書いてあること

  • 主な読者:自社製品を作るという夢をかなえたい、ものづくり中小企業の経営者
  • 課題:自社だけでは、新しい技術を開発する時間、人、技術がない
  • 解決策:大企業や大学、研究機関などが公開している未活用の「開放特許」を利用する

1 「開放特許」を使って自社製品を開発しよう!

多くのものづくり中小企業にとって、自社製品の開発は1つの夢といっても過言ではないでしょう。時間やコストを掛け、失敗を乗り越えた先に広がる世界には、新たな可能性が広がっています。この夢をお手伝いする手段として紹介したいのが「開放特許」です。開放特許とは、

大企業や大学、研究機関などの特許権者が公開している未活用の特許

です。特許権者は、未活用の特許を第三者に使用してもらうことでライセンス収入を得ることなどを目的としているため、前向きにこちらの提案を聞いてくれる可能性があります。

この記事では、

  • 開放特許を活用するメリット
  • 売れる特許技術の見つけ方
  • 佐々木工機の「真空吸着ツールスタンド」
  • マイスの部品定数供給装置「パーツカウンター」
  • 事業化するまでの流れ

について紹介していきます。

2 開放特許を活用するメリット

特許庁「特許行政年次報告書 2022年版」によると、国内特許約166万件の半数に当たる約80万件が未活用特許です。これらのうち、「市場規模が合わない」「経営方針が変わった」などの理由で未活用になっている特許が、開放特許として公開されることがあります。こうした開放特許をうまく活用することができれば、中小企業は次のようなメリットを享受できるかもしれません。

  • 開発期間の短縮や費用の削減ができる
  • 大企業の技術者から特許技術を直接学べる
  • 大企業の特許技術を活用することで製品の信用・ブランド力が向上する
  • 大企業との協業関係が深まり、新しい事業展開の可能性も広がる

大企業にとっても、放っておけば何も生み出さない開放特許で、ライセンス収入が得られます。

3 売れる特許技術の見つけ方

1)開放特許データベースから探す

開放特許は、独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)が運営している「開放特許データベース(以下「データベース」)」から探すことができます。データベースの登録件数は約2万3000件です(2023年2月時点)。

膨大な開放特許から自社が活用できそうな情報を見つけるのは大変ですが、データベースでは、複数の開放特許を組み合わせてパッケージ化したアイデアを含めて紹介していたり、開放特許の活用事例集を紹介していたりします。

■独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)「開放特許データベース」■
https://plidb.inpit.go.jp/

2)地元の産業振興団体に相談する

データベースから探す以外に、地元の産業振興団体に相談する方法もあります。東京都知的財産総合センターの製品化コーディネーターである木村勝己さんは、

「各都道府県にある発明協会や自治体の産業振興課、産業振興団体、商工会・商工会議所、地元の金融機関などの産業支援機関に『特許技術を活用した新製品を開発したい』と相談するほうが、データベースから探すより近道になる場合が多い。なお、各支援団体の専門職員の一部は、自治体特許流通コーディネーターとして特許庁の認定を受け、相互の情報交換や新規開放特許情報などを得ながら活動しています」

と言います。また、各都道府県の産業振興に関わる部署には、特許庁から専門の職員が派遣されているケースもあるので、その人につなげてもらうことも有効だそうです

同センターは東京都内の中小企業と大企業とのマッチング支援をしています。マッチング支援では、数十社参加から数社参加のセミナー・マッチング会の開催や、特許技術を使えそうな技術を持った中小企業を大企業にピンポイントで引き合わせる活動などをしています。

こうしたマッチング会・セミナーは、多くの産業支援機関が自治体ごとに開催しています。新しい自社製品を開発するためにも、このような場を交流活動の一環として考え、定期的に参加することも一策です。

ピンポイントでの引き合わせは、担当者の知識と経験による目利き力だと木村さんは言います。

「まず特許を見て、その技術を使って製品化できそうな中小企業を探し、コンタクトしていきます。あの会社なら製品化できそうだと判断するのは、製品化コーディネーターの目利き力によります」

日頃から交流している企業であれば、「あの企業ならこの技術を活用できそうだ」と思いつくこともあるそうです。

次章からは、開放特許を活用して、自社製品を開発し、事業化に成功した2社を紹介します。

4 佐々木工機の「真空吸着ツールスタンド」

1)会社と開放特許の概要

1.会社名:佐々木工機(神奈川県川崎市、従業員6人)

アルミやステンレス、プラスチックなどの素材を取り扱い、各種機械装置の設計から製作・組み立て・調整・据付などを取り扱っています。特に、空気を動力とした機器の制御(空圧制御)を得意としています。

■佐々木工機■
https://www.sasaki-koki.co.jp/index.htm

2.開発製品:「真空吸着ツールスタンド」(2015年発売)

佐々木工機は、ミツトヨの特許「真空吸着ツールスタンド」を活用し、さまざまな素材の定盤(じょうばん)に固定できる測定用ツールスタンド(以下「ツールスタンド」)を製品化しました。

従来の定盤は鉄製のものが多く、マグネットで固定して測定していましたが、鉄製はさびや温度によって体積が変化するなどの欠点があり、これらの欠点のない石やセラミックの定盤が増えてきています。そのため、マグネットに代わる、固定できる測定器が求められていました。

製品化したツールスタンドは、空気圧で吸着するため、鉄製以外の定盤にも固定することができ、測定の効率を向上させました。

左はミツトヨの特許「真空吸着ツールスタンド」を活用した佐々木工機の製品。右は真空吸着ツールスタンドに比べ排気音を静音化し、固定器具として用途を広げた新製品「Air-fix(画像中央~画像下部)」 (写真提供:佐々木工機)

2)インタビュー(代表:佐々木政仁さん)

1.マッチングに至る経緯

2013年に川崎市の職員と川崎市産業振興財団の知的財産コーディネーターから「ミツトヨさんの真空吸着技術は、空圧技術を持つ御社なら活かせるのではないか」と紹介されたのがきっかけです。

資料を見て、技術的には作れると思いましたが、売れるのかどうかは、分かりませんでした。それでも、ミツトヨさんと協業できることは宣伝になるし、技術交流にもつながるので、当社として大きなメリットになると思い、契約を締結しました。

2.試作の繰り返し

契約後はひたすら試作品作りです。試作品を作り、実験し、それを特許の発明者に見ていただきました。そこで、さまざまな指摘を受けて、修正していくことで、製品をブラッシュアップしていくコツを学びました。

3.大企業と組むメリット

完成に至るまで、ミツトヨさんとは、さまざまな意見交換をしました。そうしたやり取りのなかで信頼関係が深まり、ツールスタンドをミツトヨさんの展示会に一緒に展示してもらったり、ミツトヨさん側から新しく取得した特許を使った製品開発の相談をいただいたりして、ついには佐々木工機・ミツトヨの両社でアイデアを出して作った技術を共同で出願するまでになりました。

また、川崎市内でのミツトヨさん初の開放特許活用事例ということで、川崎市長の記者会見で発表してもらったことでマスコミにも取り上げられ、大企業と組むメリットは予想以上に大きいと実感しました。

4.開放特許を活用したメリット

ものづくりをしている中小企業の共通の夢は、自社製品の開発だと思います。当社はもともと図面通りに金属を加工する会社でした。図面通りには加工できるけれど、図面あっての事業です。そうではなく、自社でコンセプトから製品開発、販売価格まで決め、収益を得ていくのは、中小企業にとってなかなか難しい。開放特許はものづくり中小企業の夢をかなえる1つのツールなのだと思います。

5 マイスの部品定数供給装置「パーツカウンター」

1)会社と開放特許の概要

1.会社名:マイス(神奈川県川崎市、従業員6人)

工業製品の生産に使用される組立機、検査装置、部品供給装置などの自動化装置を作成しています。特に、顧客の要望に応じて開発、設計から組立、配線、制御、据付までを、オーダーメイドで対応する高い技術力が強みです。

■マイス■
https://www.mice1991.co.jp/

2.開発製品:部品定数供給装置「パーツカウンター」(2015年発売)

マイスは、日産自動車追浜工場(神奈川県横須賀市)で試作された特許技術である小型部品定数供給装置の原理を活用して、金属ボルトの部品定数供給装置「パーツカウンター」を製品化しました。

自動車メーカーの生産ラインでは、従来から作業員が車種に応じて必要な数のボルトやナットを取り出していたため、作業の滞りやボルトの締め忘れなどが発生していました。しかし、同製品を導入することで、取りこぼしがなくなり、部品を数える手間などが削減でき、ある自動車メーカーでは、約20%の生産性向上につながったそうです。

同製品は日産自動車に限らず、トヨタ自動車、SUBARU、いすゞ自動車などの自動車会社にも多数導入されています。2017年には、樹脂(プラスチックファスナー)用のパーツカウンターも発売しました。

日産の部品定数供給装置を活用して開発したパーツカウンター。左が「金属ボルト用」、右が「樹脂 (プラスチックファスナー) 用」(写真提供:川崎市産業振興財団)

2)インタビュー(代表:秋山昌宏さん)

1.マッチングに至る経緯

川崎市の知財マッチングイベントで知的財産コーディネーターに紹介され、日産自動車さんと個別面談を行いました。その後、日産自動車追浜工場の自動車生産ラインで部品供給装置の試作品を見たところ、改良も製品化もできると思いました。製品は日産自動車さんに購入してもらえば販路も確保できると思い、契約を締結しました。

2.試作の繰り返し

当社にとって自動車業界との取引は、今回が初めてだったので、原理通りには作れるけれど、自動車ラインがどういうもので、製品はどの場所に設置し、どれくらいの大きさであると一番いいのかも分かりませんでした。そこでヒアリング、試作品開発、テストを何度も繰り返しました。

3.大企業と組むメリット

10人に満たない中小企業は、市場調査もできないので、技術はあっても製品をどう売っていいか分かりません。そのため、大企業の知名度と信用力を活用できるのは、販売面では大きなメリットを感じました。「日産自動車の特許を使った技術」と伝えると話を聞いてくれるケースがよくありました。

6 事業化するまでの流れ

開放特許を活用して、事業化していくために必要なのは「販売ルートを考えること」だと、川崎市産業振興財団の知的財産コーディネーターである西谷亨さんは強調します。

「開放特許を活用するとしても、製品化を目標にするのではなく、どういうルートで売るのかを考えないと、せっかく作ったものが売れないということになりかねません。必ず、販路や客層を確保してから、ライセンス契約を結ぶようにしてください」

また、「自社の事業を洗い出し、強みを見つけることが重要」だそうです。

「自社の強みや本業を活かす技術を探すほうが、実現する可能性は高いと思います。残念ながら大企業とマッチングまで成立しても、製品化や販売にたどり着かないケースもあります。そうならないためにも、まずは自社の強みを見つけてください」

なお、川崎市産業振興財団は下記図表のような流れでサポートしているといいます。これは一例ですが、参考にしてください。

川崎市産業振興財団の中小企業サポートの一例

以上(2023年4月)

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画像:naum-Adobe Stock

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