書いてあること

  • 主な読者:業務の効率化や人手不足の解消を図りたい養殖業・水産業経営者
  • 課題:どのようにすれば効率化や人手不足の解消が図れるのか分からない
  • 解決策:事例を参考に、AIやドローンなどの最新技術を業務に取り入れる

1 テクノロジーで養殖業・水産業の課題を解決「水産テック」

近年、農林水産業を営む企業で、人工知能(AI)やドローンなどのテクノロジーを取り入れる動きが出てきています。体力勝負のこまめな管理や、自然環境の影響を大きく受けるこれらの業界では、次のような課題が挙げられています。

  • 高齢化による人手不足、ノウハウの継承
  • 変化する自然環境への対応
  • 効率的、持続的な生産・収穫・漁獲体制の確立

このシリーズでは、農林水産業を営む企業が直面する課題を解決するための最新テクノロジーの動向と、その活用事例を紹介します。

第1回の今回のテーマは、養殖業や水産業が直面する課題を解決するための「水産テック」です。具体的には、

  • 水中ドローンを使ったいけすの管理
  • 餌やりの自動化
  • ゲノム編集で体を大きくした魚の養殖

といった取り組みを紹介します。

2 AI、ドローン、ゲノム編集などの活用事例

1)画像認識×養殖魚を自動カウント=生産金額を予測可能に

発動機メーカーのヤンマーのグループ企業、ヤンマー舶用システム(兵庫県)は、画像認識技術を使ったマグロの「自動魚数カウントシステム」を提供しています。これは、専用に開発された水中カメラや画像処理などを組み合わせることで、養殖網の中の魚の数をリアルタイムで計測することができるものです。精度は98%以上ともいわれており、漁獲数の報告のための作業や、適正な餌代の管理などを効率化させることができます。

養殖網の中の魚の数をより正確にカウントすることは、予測される生産金額と、実際に販売された実績値の誤差を小さくするのに不可欠です。水産庁の資料によると、魚の数を基に予測した生産金額の誤差による収益の減少率は、魚の数が1%少なかった場合は5%減、3%少なかった場合は14%減という試算もあります。

一旦稚魚を養殖網に放流すると、成長するまでこまめに確認したり、個体の減少を把握したりすることが難しく、餌代が余分にかかり、想定よりも出荷が振るわないこともあります。従来は、人が目視してカウントしていましたが、水中での画像認識を駆使することで、正確な数を把握でき、餌代のコントロールや生産金額のより正確な予測が可能になります。

2)AI×錦鯉の模様を画像診断=高額に育つ稚魚を判別

ITソリューションを提供するメビウス(新潟県)は、新潟県特産の錦鯉の個体識別に、機械学習を用いる取り組みを進めています。錦鯉をスマホで撮影することで、個体ごとのヒレや骨格の比率などからAIが個体を識別するものです。

錦鯉は成長するにつれて模様が変化するため、高額で取引されるような優良な成魚になるかどうかの判別が難しく、熟練者による「長年の勘」に頼っていました。AIを用いて個体情報や成長記録を蓄積することで、最終的には、錦鯉の成長を予測することを目指しています。また、この取り組みで得られた結果を基に、養殖分野での品質管理や水面での画像検査などでの応用を検討しています。

3)水中ドローン×いけすの管理=潜水作業の省力化と早期の異常発見

潜水できるドローンを使い、いけすの中を監視するドローンも現れました。これまで人間が高いリスクにさらされながら行ってきた仕事を、水中ドローンに代替させることを試みています。

ドローンの販売や関連サービスを展開するスペースワン(福島県)は、水中ドローンの養殖業での本格利用を推進し、マダイなどの養殖を行うダイニチ(愛媛県)とともに、水中ドローンの活用について実証実験を実施しました。

この実証実験では、養殖いけすに水中ドローンを投入し、いけすの底に沈んだ死魚の回収や、いけすの網の点検などを行いました。これまでは、死魚の回収やいけすの点検は人間が潜水して行っており、危険な潜水作業で体力的に負担が大きいため頻繁に行うことが難しく、死魚が大量に発生していたり、いけすの破損に気付くのが遅れたりなどの課題がありました。水中ドローンであれば、陸上のモニターで水中の様子を確認し、その場で水中ドローンを使って対処することができます。

この他にも、KDDI(東京都)は、世界初ともいわれる「水空合体ドローン」を開発し、陸地からドローンを発進させ、目的の沖合に着水し水中用の子機ドローンを潜水させる実証実験を行っています。飛行型の親機が音響測位を行って水中の子機をコントロールし、子機は搭載されたカメラで水中の様子を撮影する仕組みです。

同社は、水中ドローンの「目的地まで船などで運ぶ必要がある」課題を、飛行型ドローンに水中ドローンを搭載するというアプローチで解決を試みており、今後は、水中ドローンをダムや港湾施設での点検、水産施設での監視などで活用することを目標にしています。

4)スマホ×いけすの餌やり自動最適化=餌やりの省力化と適量化

ウミトロン(東京都)は、養殖業向けに、スマホやクラウドを利用して遠隔からいけすの餌やりなどを自動化する給餌器「UMITRON CELL(ウミトロン セル)」や、水中カメラでいけすの様子を撮影・解析し、魚群の食欲などを判定する「UMITRON FAI」などを提供しています。

従来は、それぞれのいけすを船で回りながら、餌の量を「漁師の勘」で与えていましたが、餌代が余分にかかることや、残った餌による水質悪化などが養殖業の課題として挙げられていました。また、毎日餌やりのため、悪天候や休日でも作業をすることが必要でした。

ウミトロンの製品を用いることで、餌やりのタイミングをAIで自動判定し、いけすに設置した餌入れから適切な量だけが自動、またはスマホでリアルタイムに確認しながら給餌されるので、こうした課題を解決することができます。さらに、生育期間の短縮や、魚の体重増加にも効果がありました。

また、同社は陸上養殖向けのAIを利用した自動給餌機も開発し、2021年9月から試験運用を行っています。魚群の行動や水質データをAIが解析し、最適な餌の量やタイミングをコントロールして自動で餌やりをすることで、餌代の抑制や水質管理に役立てることができるとされています。

5)LEDライト×ヒラメの養殖=成長の促進

深良津二世養殖漁業生産組合(大分県)は、大分県農林水産研究指導センターや北里大学とともに、緑色のLEDライトを用いたヒラメの養殖に取り組んでいます。自然界では、ヒラメは、太陽光が届きにくい海底で生息していますが、海底まで届く太陽の緑色光を受けることで、成長が促進するとされています。この緑色光をLEDライトで再現し、養殖しているヒラメの成長を早める狙いがあります。

同センターによると、ヒラメの養殖場の電球をLEDライトに変更するだけで効果が表れ、平均体重は約1.6倍増、出荷可能な大きさに成長する期間は約3カ月短縮されたとのことです。LEDライトにすることで電気代なども削減できるため、コストを下げながら収益を伸ばすことができそうです。

6)人工海水×サーモンの陸上養殖=どこでも養殖可能で環境負荷もかけない

これまでは海でしか養殖できなかった魚を、陸上のみで養殖する動きも出てきています。FRDジャパン(埼玉県)は、海水や地下水を使わずに、水道水を独自の技術でろ過し、人工海水を作って養殖サーモンに使用しています。

人工海水を使うことで、川や海への排水をなくし、陸上養殖の課題である海水の温度管理を解決しています。陸上養殖のため、人口密集地に近い場所でも新鮮な魚を養殖、直送できるメリットがあります。

同社が開発した養殖システム「閉鎖循環式陸上養殖システム」は、水道水から人工海水を作り出すだけでなく、いけすで使用した人工海水を再度バクテリアで清浄化することで、実質的な水の入れ替えが不要になります。

同社はすでに、養殖サーモンを「おかそだち」というブランド名で販売しており、「取れたてのサーモン」を冷凍せずに首都圏まで直送できることを強みとしています。現在は実証実験用の養殖施設を運営していますが、商業用の大型施設を2022年に着工する計画です。

7)ゲノム編集×マダイの養殖=少ない餌で大きく成長

品種改良や陸上養殖を行うリージョナルフィッシュ(京都府)は、ゲノム編集(生物のゲノムDNA(DNAおよびその中の遺伝情報)の特定の遺伝子を狙って変異させることで、特性を活かす個体を生み出すもの)によって作り出されたマダイの養殖を行っています。

家畜や植物と異なり、魚類などは養殖技術の発展が先行する一方、食品としての質を向上させる品種改良は遅れているといわれています。同社の取り組みは、狙った遺伝子を切除する「欠失型ゲノム編集」と呼ばれるもので、どんな影響が出るか分からない従来の品種改良よりも安全とされています。

欠失型ゲノム編集で生み出された同社のマダイ「22世紀鯛」は、通常の品種に比べて餌の消費を抑え、肉付きが1.2~1.6倍に増加しています。すでに厚生労働省から食品としての安全性に問題がないと判断されており、同社のECサイトで昆布締めなどが販売されています。

世界の人口増加を受けた乱獲や餌の原料価格の高騰、地球環境の変化による生息域の縮小などで、魚類などの安定供給が難しくなると予想される中、こうした品種改良の取り組みは、今後も注目される可能性があります。

3 水産テック関連のデータ:求められるニーズと課題、漁獲量

これまで見てきたように、さまざまなシーンで「水産テック」導入の動きが始まっています。水産庁の資料から、求められているニーズや課題、養殖での漁獲量の推移を見てみましょう。

1)水産テックのニーズと課題

水産庁では、テクノロジーを漁業や養殖業に活用するべく、企業や有識者、水産試験場などからなる「水産業の明日を拓くスマート水産業研究会」を開催しています。

その中で、水産庁が、都道府県の水産試験場、水産研究センターの担当者に行った調査によると、養殖業におけるスマート化に対するニーズ、課題には次のようなものが挙げられています。

画像1

画像2

この調査によると、回答した18県のうち、「生産管理(品質管理)」「省人省力化・ロボット化」「リスク管理」などでニーズが高いようです。また、課題として挙げられるものとして、「初期コストが高い、ランニングコストがかかる」「高齢者はICTを扱えない、扱える者の養成が必要」「操作位置情報や漁獲情報は出したくない」などが挙げられています。

2)令和2年漁業・養殖業生産統計

水産庁「令和2年漁業・養殖業生産統計」によると、養殖魚の魚種別の収穫量は次の通りです。

画像3

この統計によると、収穫量が多いのは「海藻類」「貝類」「魚類」です。他の魚種に比べて収穫量が多いこうした魚種の養殖から、水産テックの導入が進む可能性があります。

以上(2022年6月)

pj50510
画像:stephan kerkhofs-Adobe Stock

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です