広がる男性の育児休業

育児休業を取る男性が増えています。中小企業でもここ数年、男性の育児休業があたりまえになりつつあり、育児休業がとりづらい職場環境は、人材の採用・定着の面でもマイナスになりかねません。本稿では、厚生労働省が今年7月30日に公表した「令和6年度雇用均等基本調査」の結果から、男性の育児休業の現状をお伝えするとともに、その背景や、育児休業取得のための支援制度を紹介します。

1 男性の育休取得率は40.5%

雇用均等基本調査は、男女の均等な取り扱いや仕事と家庭の両立などの実態把握を目的に、厚生労働省が毎年度行っています。令和6年度、育児休業については6,300事業所を対象に行われ、有効回答率は53.7%でした。

調査結果によると、令和4年10月1日から1年間に妻が出産した男性のうち、令和6年10月1日までに育児休業を開始した人の割合(育児休業取得率)は 40.5%。前年度より10.4 ポイントもアップし、過去最高を記録しました。

男性の育児休業取得率の推移

男性の育児休業取得率の推移

注:平成23年度の[ ]内の割合は、岩手県、宮城県及び福島県を除く全国の結果
※厚生労働省 令和6年度雇用均等基本調査の結果より

男性の育児休業は、正社員だけでなく、有期契約の労働者にも広がっています。有期契約の男性の育児休業取得率は33.2%で、前年度より6.3ポイント増え、過去最高となりました。

取得率アップに大きく貢献したのが、「産後パパ育休」(出生時育児休業)です。「産後パパ育休」は、男性の育児休業を促すため、令和4年10月に導入された制度で、子供が生まれた後8週間以内に、男性が最大4週間の育児休業を取ることができます。長くは休めないが、妻の出産直後をサポートしたい、というケースに適しています。

調査結果によると、育児休業取得男性の60.6%が「産後パパ育休」を取得。有期契約の男性では、育児休業取得者の82.6%が「産後パパ育休」を取りました。

一方、女性の育児休業取得率は、平成19年度以降、80%以上となっており、令和6年度も86.6%(前年度比2.5ポイント増)でした。

2 令和12年度に85%へ

男性の育児休業が進んだ要因は、産後パパ育休の創設だけではありません。男性の育児休業取得率の公表義務も一因です。従来、従業員1,000人超の企業のみ義務となっていましたが、令和7年4月からは300人超の企業に拡大されました。

また政府は、民間企業に勤める男性の育児休業取得率を令和7年に50%、令和12年に85%にする目標を掲げています。これも、男性の育児休業を後押ししています。

政府は、こうした施策を進めるために、労働者への経済的な支援を強化しています。育児休業を取ると、その間の所得補償として雇用保険から育児休業給付金が労働者に支給されます。産後パパ育休では、出生時育児休業給付金が出ます。令和7年4月からは、両親ともに14日以上の育児休業を取った場合に、雇用保険から出生後休業支援給付金が出るようになりました。

企業に対しては両立支援等助成金があります。概要は次の表をご覧ください。

両立支援等助成金のうち育児休業に関わるコース

両立支援等助成金のうち育児休業に関わるコース

※厚生労働省リーフレット「2025(令和7)年度両立支援等助成金のご案内」より

3 さいごに

育児休業の付与は、育児・介護休業法により企業に義務づけられています。男性、女性にかかわらず、また企業の規模も関係ありません。中小企業であっても、雇用保険の給付金や助成金をうまく活用して、確実に付与してください。

※本内容は2025年9月10日時点での内容です。

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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画像:photo-ac

【計算シート付き】事業を検討する際に役立つ収支シミュレーションの作り方

1 経営者が思い描く事業の将来像を数値化する

新規事業の検討の際は収支シミュレーションが必須です。そこで、この記事では収支シミュレーションをする上で重要な意味を持つ数値について分かりやすく解説します。

また、基本的な数値を入力することで、「収支シミュレーション(財務三表)」を自動作成、主要収支シミュレーション(財務3表)が自動生成され、「主な財務指標」が自動計算されるエクセルシートもご提供します。

こちらからダウンロード

2 「収支シミュレーションの前提条件」を入力する

ここで入力する前提条件は次の通りです。数字は便宜上のものです。

収支シミュレーションの前提条件

1)売上高

売上高を予測します。例えば飲食店の場合、「客単価×座席数×回転数」といったように、要素を分解すると分かりやすいです。また、立地の市場規模や季節性向などを踏まえると、より現実的な予測になります。さらに、売上増加係数を設定すれば、2年目以降の売上が上昇します。

2)原価、営業費用

1.原価

原価は、原価率の業界平均を調べます。例えば、中小企業庁「中小企業実態基本調査」や日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」などの数値が参考になります。原価は、売上に原価率を乗じた金額が損益計算書の原価に反映されます。

2.人件費

人件費は、実際に必要な人員と支給額を決めます。業界の平均を調べる場合も、中小企業庁「中小企業実態基本調査」や日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」などの数値が参考になります。人件費は、損益計算書の営業費用に反映されます。

3.賃借料

店舗や倉庫、工場などの賃借料は、物件の目処が立っている場合は、実際の賃借料を入力します。まだ目処が立っていない場合は、想定地域にある条件の似た物件の賃借料を当てはめます。賃借料は、損益計算書の営業費用に反映されます。

4.その他

その他の項目には、10万円以下の諸費用(消耗品費や水道光熱費など)をまとめます。金額が多額の場合や、定期的に発生するなど重要度が高い場合は、個別の費用として認識しましょう。その他の項目は、損益計算書の営業費用に反映されます。

3)投下資本

1.土地、建物、建物附属設備

土地、建物を購入して店舗や工場などとして使用する場合、想定される取得価額を調べます。また、建物附属設備(内装工事や高額な備品など)については、店舗や工場に必要な項目を整理した上で見積もりを取ります。

建物と建物附属設備については、減価償却費を計算するために耐用年数も入力します。耐用年数は国税庁「主な減価償却資産の耐用年数表」の細目から該当するものを選びます。さらに土地、建物、償却資産がある場合の固定資産税、建物にかかる修繕費、火災保険料を推計します。これらの費用は、損益計算書の営業費用に反映されます。

2.開業費

開業費は、会社を設立(税務署に開業届を提出)してから、実際に事業を始めるまでの間にかかった費用です。例えば、広告宣伝費(ウェブサイト開設など)や消耗品費(オフィス家具など)などが該当します。開業費は、支出時は資産として貸借対照表に計上され、5年間(税務上は任意で決めた期間)で償却されます。開業費は、損益計算書の営業外費用に反映されます。

3.差入保証金

差入保証金は、保証金や敷金など、取引や賃貸借契約の担保のために差し入れる保証金です。オフィスや店舗を賃借する場合は入力しましょう。差入保証金は、貸借対照表の固定資産に反映されます。

4.現金預金

現金預金は、開業時に手元に残る想定の現金預金の残高です。自己資金や調達資金から、開業前に必要となる設備投資などの支出を差し引いて計算します。開業後、半年~1年の間に予想される資金(人件費、家賃、水道光熱費、修繕費など)を含めて計画しましょう。現金預金は、貸借対照表の流動資産に反映されます。

5.棚卸資産

棚卸資産は、開業前に準備をしておく在庫です。売上予測に基づいて、必要な商品や製品在庫を見積もります。棚卸資産は、貸借対照表の流動資産に反映されます。

4)資金調達

1.自己資本金

自己資本金は、自分自身はもちろん、親族や第三者などの株主から出資を受けた金額です。自分資本と後述する借入金とのバランスを考えながら事業計画を策定します。自己資本金は、貸借対照表の純資産に反映されます。

2.借入金

借入金は、金融機関などからの借り入れです。金額だけではなく、金利と借入年数も入力します。借入金は、貸借対照表の固定負債に反映されます(この収支シミュレーションでは長期借入を想定)。また、利子は、損益計算書の営業外費用に反映されます。さらに、元本と利子の支払いは、キャッシュフロー計算書の借入金返済に反映されます。

3.預り保証金

預り保証金は、保証金や敷金など、取引や賃貸借契約の担保のために受け入れる保証金です。預り保証金は、貸借対照表の固定負債に反映されます。

3 「収支シミュレーション(財務三表)」を自動作成

1)損益計算書(PL)

損益計算書は、会社が一定期間で、どれだけもうけたのか(あるいは損をしたのか)を表します。一番上の「売上高」から費用を引いていき、利益を求める構造になっています。また、売上と費用項目を使って損益分岐点売上高も計算しています(本来はPLには計上されない項目です)。なお、変動費は原価、固定費は営業費用と仮定しています。

損益計算書

2)貸借対照表(BS)

貸借対照表は、ある時点の会社の財政状態を表します。負債及び純資産は「どのようにお金を調達したのか」を示し、資産は「調達したお金を何に使ったのか」を示します。なお、実際の貸借対照表は細かな勘定科目が表示されますが、この収支シミュレーションでは最低限の項目で表示しています。

貸借対照表

3)キャッシュフロー計算書(CF)

キャッシュフロー計算書は、損益計算書や貸借対照表からは読み取れない会社の現金の流れを表します。実際のキャッシュフロー計算書では、営業活動、投資活動、財務活動でキャッシュフローを分類しますが、この収支シミュレーションでは最低限の項目で表示しています。

キャッシュフロー計算書

4 「主な財務指標」が自動計算される

1)収益性

1.ROE=税引後当期純利益÷自己資本

ROE(Return On Equity、自己資本利益率)は、自己資本を使ってどれだけ当期純利益を上げているかを示す指標です。高いほど効率性は高くなります。

2.ROA=税引後当期純利益÷総資本

ROA(Return On Assets、総資本利益率)は、総資本を使ってどれだけ当期純利益を上げているかを示す指標です。高いほど効率性は高くなります。

3.利益率=利益÷売上高

利益率は、売上高に対する利益の割合を示す指標です。高いほど効率性は高くなります。なお、この収支シミュレーションでは、経常利益を使っています。

4.総資本回転率(回)=売上高÷総資本

総資本回転率は、どれだけ効率的に資本を使っているかを示す指標です。高いほど効率性は高くなります。

5.売上債権回転率(回)=売上高÷売上債権(受取手形+売掛金など)

売上債権回転率は、どれだけ効率的に売上債権を回収しているかを示す指標です。高いほど効率性は高くなります。

2)安全性に関する主な指標

1.流動比率=流動資産÷流動負債

流動比率は、短期的な支出を短期的な収入でどの程度カバーできているかを示す指標です。高いほど安全性は高く、200%以上が望ましいといわれます。

2.自己資本比率=自己資本÷総資本

自己資本比率は、総資本のうち返済の必要がない自己資本の占める割合を示す指標です。高いほど安全性は高くなります。

3.固定比率=固定資産÷自己資本

固定比率は、短期では回収しにくい固定資産を、自己資本でどれくらい賄われているかを示す指標です。低いほど安全性は高くなります。

以上(2025年9月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:NadyaEugene-shutterstock

【事業承継】株式移転で持株会社を設立するスキーム~親族外承継に最適

1 親族外承継を実現するための「持株会社」の活用

この記事で紹介するのは、

「株式移転」によって持株会社を設立するスキーム

です。株式移転では現金の代わりに株式などを用いて行うため低コストで実施可能です。

株式移転を活用して持株会社を設立するイメージは次の通りです。

株式移転を活用して持株会社を設立するイメージ

オーナー経営者が所有する事業会社A社(以下「A社」)の株式を、新設する持株会社B社(以下「B社」)に現物出資します。その対価として、持株会社の新株(B社株式)を引き受けます。この一連の手続きが「株式移転」です。その結果、オーナー経営者、A社、B社の関係は次のようになります。

株式移転後の関係

株主(オーナー経営者)は、B社にA社株式を売却しているわけではないので課税されません。つまり、税金コストをかけることなく、B社にA社株式を保有することができるのです。

2 持株会社を使った財務改善

設立したB社を有効活用しなければなりません。ここで重要となるのが不動産です。例えば、A社の本社や工場の土地建物をB社に売却すれば、A社の現預金が増加し、財務改善につながります。これを借入金の返済に充てれば、有利子負債も減ります。このように、

A社を財務的に強い会社とした上で、後継者に経営のバトンを渡す

ことができます。

持株会社を使った財務改善"

3 持株会社を使った所有と経営の分離

このような処理をした結果、B社は株式と不動産を所有します。株式と不動産を所有するだけなら、親族に経営を任せやすくなります。そして、事業を行うA社の経営は、従業員の中で一番優秀な者(親族外の者)に委ねることができるでしょう。つまり、

「A社の所有」はB社に、「A社の経営」は事業会社の経営者に分離する

ということです。

なお、A社はB社に対して事業で使用する不動産の賃料を常に支払わなければなりません。逆に言えば、B社には自然と売上(不動産収入)が計上されます。また、A社から配当を受けても、B社はA社株式を100%所有しているので課税されることはありません(配当収入)。詳細は割愛しますが、これは、

受取配当金の益金不算入

という法人税法上の取り扱いです。

4 持株会社を使った経営管理の仕組みづくり

持株会社を活用すると、事業会社の管理も効率化できます。A社株式はB社に100%所有されているので、A社の株主総会はB社が書面のみで決定できます。どういうことかというと、

通常ならば複雑な手続きが必要となるA社の経営者変更や役員報酬の決定なども、B社で書面決議すれば手続きが完了する

ということです。

もちろん、形式的な処理だけで会社の経営ができるわけではありませんが、法的に強い管理を及ぼすことができる組織を作ることは重要です。B社を活用すれば、それが比較的少ない負担で実現するわけです。

5 A社の従業員社長を管理する際の留意点

このように株式移転を活用して持株会社を設立する事業承継には、多くのメリットがあります。とはいえ、将来にわたって事業会社(ここではA社)の経営者となった従業員などを管理し続けるのは難しいでしょう。実際、数十年間も経営を任せていたら、子会社の社長(以下「従業員社長」)が言うことを聞かなくなったという相談を受けることもあります。

こうならないように重要となるのが従業員社長のコントロールであり、そのポイントは「報酬」と「任期」です。

1.報酬

事業会社の経営を任せるのですから、やりがいのある報酬の設定が必要です。毎月の固定報酬、決算時の賞与、そして退職慰労金について、経営者としての職務に見合った一定のルールを作ります。

2.任期

経営者の任期を決めることも重要です。あまりに長期間経営を委ねてしまうと、どうしても自分の会社だという意識が生まれてきます。そこで、実務的には5年程度のローテーションで経営を委任できるような運用が望ましいところです。

6 所有と経営の分離と出口戦略

所有と経営を分離した状態で一時的に親族外に経営を承継しますが、次の世代で親族内から後継者を選べた場合は、再度、親族への経営の承継を実施することになります。あるいは、経営を任せていた従業員社長が独立を希望するならば、MBO(マネージングバイアウト)によって事業を従業員に譲渡することもできます。

持株会社が事業会社の株式を100%所有している場合、事業会社からの配当金には課税されません。現金だけでなく現物資産を配当することもできます。となると、事業に必要な資産だけを残し、それ以外を持株会社に移転すれば、事業会社の価値は押し下げられ、従業員社長がA社の株式を買い取りやすくなります。

所有と経営の分離"

以上(2025年9月作成)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

「女性活躍」に消極的だと受注に影響が?/大門あゆみ弁護士の女性活躍ナビ(1)

1 人的資本経営・ESG投資・労働力不足——変わる経営の土台

今、企業経営を取り巻く環境はかつてない大きな転換点を迎えています。人的資本経営の本格化、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の浸透、そして深刻な労働力不足——これらのキーワードに共通するのが、「人材の多様性」の確保、特に女性の活躍推進です。

これまで「女性活躍」は、どちらかといえば大企業が取り組むテーマと捉えられてきました。 しかし、今や中小企業にとっても、経営そのものに直結する重要課題となりつつあります。

なぜなら、少子高齢化による労働人口の減少は、中小企業の現場に最も大きな影響を及ぼしているから

です。人材確保が難しくなる中、女性の力を最大限に活かすことが、企業の存続と成長のカギとなっています。

「女性活躍は大事。でも、うちにはまだ早い」

「女性活躍はもちろん大切だと思っている。でも、まずは目の前の売上や人手の確保が先だ。うちは大企業みたいに制度や体制を整える余裕はない」

このように、“重要だが緊急ではない”として後回しにされがちな女性活躍の取り組み。しかし、その判断が、企業の未来を危うくするリスクになっていることをご存知でしょうか? 今や、女性活躍は「やるべきこと」から「やらなければならないこと」へと変わっています。

2 見過ごせない法的リスクと社会的評価

1)女性活躍推進法の義務と違反リスク

まず押さえておきたいのが、女性活躍推進法(正式名称は「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」)です。2016年の施行以降、法改正を重ね、2022年4月からは社員101人以上の事業主にも「一般事業主行動計画の策定・周知・公表」「女性活躍に関する情報公表」などが義務付けられるようになりました。

女性活躍推進法には罰則規定がないため、義務を怠っても直ちに刑事罰や行政罰が科されるわけではありません。しかし、厚生労働大臣が必要と認めた場合には、報告を求めたり、助言・指導・勧告を行ったりすることができます。さらに、勧告に従わない場合は、その旨を公表される恐れがあります。

法的な罰則が限定的であっても、公表という社会的制裁は企業にとって大きな痛手です。企業名が公表されれば、企業イメージの毀損や人材確保の困難化につながり、取引先や顧客からの信頼も失いかねません。

2)人的資本開示で「見える化」される「女性管理職比率」問題

2023年の法改正で、有価証券報告書の提出義務がある企業(上場企業など約4000社)については、人的資本の開示が求められるようになりました。女性管理職比率、男女賃金差、育休取得率などが開示項目となり、投資家や求職者に対し企業の姿勢が「見える化」されています。

厚生労働省「雇用均等基本調査」によると、日本の2023年度の女性管理職比率(課長相当職以上)は12.7%と依然低水準で、国際的な比較でも遅れが目立ちます。未上場の中小企業でも、今後は取引先や金融機関、求職者から「女性管理職比率」や「ダイバーシティへの取り組み状況」の開示を求められる場面が増えていきます。

このような時代において、女性管理職比率が低い企業は「多様性に消極的」と見なされ、ESG投資評価や資金調達、採用競争で不利になるリスクが高まっています。また、情報開示が不十分な場合、投資家や取引先からの信頼を損なうことにもつながります。

3 資金調達も採用も、「女性活躍」でふるいにかけられる時代

実際、企業を取り巻く資金調達・採用環境にも大きな変化が起きつつあります。

地方銀行・信用金庫などが、融資先企業のESG取り組み状況を融資判断に反映し始めています。女性活躍推進の情報開示や行動計画の策定が、融資条件や金利優遇の要件となるケースもあるといいます。

また、優秀な人材ほど「ダイバーシティへの姿勢」を企業選びの基準にしています。特に若い世代や専門職の女性は、働きやすさやキャリア形成の観点から、女性活躍推進に消極的な企業を敬遠する傾向が強まっているといわれています。

さらに、取引先から「行動計画の策定はしていますか?」と尋ねられるケースも増えるでしょう。サプライチェーン全体でのESG対応が重視される中、女性活躍推進の遅れが新規取引や受注機会の減少につながることももはや珍しくありません。

こうした潮流の中で、女性活躍に消極的な企業は、資金調達や採用競争の場面で徐々に不利な立場に追い込まれていきます。今は目立たなくとも、数年後には競合との差が大きく開いているかもしれません。

4 経営戦略としての「女性活躍」——小さな一歩から

「女性活躍の推進=すぐに女性役員を増やす」という話ではありません。中小企業においても、できることから着実に始めることが重要です。例えば、次のような取り組みが考えられます。

  • 女性が活躍できるポジションの明確化
  • 時間単位の有休制度や柔軟な働き方の導入
  • 男性育休の取得促進
  • 管理職候補となる女性の意識醸成や面談制度の整備
  • 女性のキャリア形成支援やロールモデルの紹介
  • 育児・介護と両立しやすい職場環境の整備

こうした小さな制度や意識改革の積み重ねが、大きな信頼や成果につながっていきます。また、女性活躍推進法に基づく「えるぼし」認定や、自治体の補助金・優遇策など、女性活躍に積極的な企業にはさまざまなメリットも用意されています。

5 まとめ

「女性活躍」は、もはや一部の企業の“理想論”ではありません。人材確保、資金調達、社会的信頼――企業活動の土台そのものに関わる課題です。

中小企業こそ、今から戦略的に取り組むことで、競合との差別化が図れ、持続可能な成長への道が開かれます。後回しにしていた「女性活躍」が、いつの間にか企業の成長機会を閉ざしていたという事態にならないためにも、今こそ一歩を踏み出す時です。

「女性活躍」は、企業経営の未来を左右する最重要課題です。小さな一歩から、ぜひ始めてください。

以上(2025年10月作成)
(執筆 法律事務所UNSEEN 弁護士 大門あゆみ)

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画像:法律事務所UNSEEN 弁護士 大門あゆみ

【中小企業のためのM&A】税務デューディリジェンスの調査ポイント

1 なぜ、税務デューディリジェンスが必要なのか

M&Aにおいて、上場会社等を中心に税務デューディリジェンス(以下「税務DD」)は頻繁に実施されます。しかし、中小企業同士のM&Aにおいて税務DDを実施するケースは極めて少なく、税務DDというものを知らない中小企業の経営者も多くいらっしゃると思います。

DDの分野は幾つかありますが、この記事では「税務DD」を取り上げます。税務DDの目的は、

将来の税務調査における税務上のリスクを把握する

ことです。例えば買い手は、税務DDによって、買収後に対象会社に税務調査が入り、多額の追徴課税(追加の課税や延滞税・重加算税などの罰金課税)の指摘を受ける事態を事前に把握することができます。

なお、税務DDの目的として、税務上のリスクの把握以外にも、買収スキームの検討などがありますが、この記事では、税務上のリスクの把握に絞って説明します。

2 税務DDを実施したほうがよい3つのケース

中小企業同士、特に小規模なオーナー企業同士のM&Aにおいては、税務DDを実施しているケースはほとんどありませんが、大切なのは、どういったM&Aにおいて税務DDが必要となるのかです。税務DDを実施したほうがよいM&Aとして、次の3つのケースがあります。

1)株式譲渡によるM&Aを検討している

M&Aのスキームには、株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割などがあります。中小企業同士のM&Aでは、株式譲渡を選択することが多いです。株式譲渡とは、

売り手が保有する対象会社の株式を買い手に譲渡する方法(買い手は対象会社の株式を取得する方法)

です。

株式譲渡の場合、株式の取得を通じて会社自体を買収することになるので、

対象会社の税務上のリスクは対象会社が抱えたままで、リスクを切り離すことはできない

という特徴があります。そのため、税務DDの実施を検討します。

なお、事業譲渡の場合、税務上のリスクを切り離すことが可能です。事業譲渡とは、

対象会社が運営している事業の一部を、買い手が買収する方法

です。会社自体を買収するわけではないので、税務上のリスクは承継されず、税務DDは実施しないことが多いです。当初は株式譲渡を考えていたものの、税務DDを実施した結果、リスクが高いと判断した場合、売り手と交渉して事業譲渡に変更することもあります。

2)対象会社が特殊な取引などを行っている

対象会社が次に挙げるような特殊な取引などを行っている場合、税務DDの実施を検討します。

  • 過去にM&Aを行っている
  • 輸出入など海外取引を行っている
  • 多額の非経常的取引を行っている(例:土地や建物の売却などにより、多額の特別損益が計上されている場合など)
  • 売り手が対象会社を含めて複数のグループ会社を抱えている

上記の場合、多額の追徴課税が発生するなどの恐れがあります。また、一般的な取引ではないので、税務処理を間違えていることもあります。

3)対象会社に顧問税理士がいない、長年税務調査を受けていない

それほど多くありませんが、対象会社に顧問税理士がいない場合や、長年税務調査を受けていない場合には、税務DDの実施を検討します。一般的に、法人に対する税務調査は3~5年ごとに実施されます。長年税務調査を受けていない場合、近い将来、税務調査が実施されて、税務上のリスクが顕在化する可能性は、他のリスク(法務、労務など)よりも高いと考えられます。

3 税務DDの進め方

税務DDでは、主に次の3つのことが実施されます。

  • 資料の閲覧
  • 対象会社の経営者・実務担当者へのインタビュー
  • 上記1.と2.の情報の分析など

税務DDを実施する場合、仲介会社やフィナンシャル・アドバイザー(FA)を通じて、対象会社に税務DDの目的や理由を丁寧に説明します。何も説明がない、もしくは簡単な説明だけで税務DDを実施すると、対象会社としては、まるで税務調査を受けているような不愉快な気分となり、M&Aプロセスがスムーズに進まず、場合によっては中止になることもあります。

税務DDを担当するのは、税理士や税理士法人であり、買い手の専属アドバイザーとして実施します。買い手の顧問税理士が担当する場合もありますが、通常は、税務DDの経験豊富な税理士や税理士法人が実施します。税務DDは、単に対象会社の税務申告書の計算をチェックするのではなく、計算の前提となるさまざまな取引の内容、背景、理由、根拠などを調査し、それらは税務上問題がないのか、問題がある場合はどの程度のリスクなのかなどを総合的に検討するためです。また、M&Aに関する豊富な知識も必要です。

通常、税務DDの期間は2~3週間です。この期間内に、買い手と対象会社との間でやり取りし、情報開示が行われます。

インタビューは、経営者の他、必要に応じて経理等の実務担当者にも行うことがあります。ただ、M&Aは公にせずに実行されることが少なくないので、通常、情報共有の範囲は限定されます。実務担当者にもインタビューをする場合は、情報漏洩に十分留意しましょう。

4 税務DDで調査されること

税務DDでは、対象会社にある税務上の潜在的なリスクを調査し、その結果に応じて次のように対応を検討します。

  • 買収価格に反映:過去に対象会社が申告した税務申告書の計算に明らかな間違いが発見された場合、税務調査で指摘を受ける恐れが高いため、買収価格に反映する(買収前に修正申告する場合もある)
  • スキームの変更:多額の追徴課税などの恐れがある場合、株式譲渡から事業譲渡にスキームを変更する
  • 買収契約書または買収後の統合作業のプランニングなどに反映:買収後に税務調査が入って指摘を受けた場合、売り手に追徴課税相当を補填してもらう旨を契約書に反映する

では、具体的に税務DDの主な調査対象事項・目的を確認していきましょう。なお、税務の時効は原則5年であることや、税務調査は過去3年を対象とすることが多いことから、調査対象年は過去3~5年で実施することが一般的です。

調査対象事項・目的

税務DDの実施に当たって、よく見られる問題点を以降で紹介します。

5 税務DDで注意すべきこと

1)オーナーの個人的費用の計上

対象会社が高級車、クルーザー、高級マンション、別荘などを購入している場合や、多額の接待交際費や旅費交通費を計上している場合があります。オーナー会社においては、個人的な費用と会社の費用を混同しやすい環境にあるため、資産の利用目的や支出した理由によっては、オーナーの個人的経費とみなされ、追徴課税のリスクがあります。

2)オーナーの資産管理会社との取引

相続対策の一環で、売り手のオーナーが資産管理会社を保有している場合があります。対象会社が資産管理会社に不動産を売却していたり、資産管理会社から不動産を借りていたりする場合、その取引価格はオーナーの一存で決めることができます。そのため、一般的な水準と比較して著しく異なる場合が多くあります。このような場合、対象会社に対して追徴課税のリスクがあります。

また、対象会社が不動産を保有している場合、その不動産をオーナーが引き続き保有するために、M&Aプロセスの直前に不動産とM&A対象事業を分けることがよくあります。仮に対象会社が事前にオーナーに不動産を売却する場合、その売却価格が妥当かどうか、売却により対象会社で、どの程度の売却益および税金が発生するのかを調査する必要があります。多額の税金が発生すると見込まれる場合、それを考慮してM&Aの買収価格を検討します。

3)輸入に係る消費税のリスク

消費税の計算では、原則として、支払った消費税は預かった消費税から控除して納税額を算出します。さらに輸入に関しては、手続きが複雑です。対象会社が海外から物品を輸入している場合、輸入時に消費税を支払います。支払った消費税を証明するために、対象会社宛ての輸入許可書が必要となります。しかし、輸入代行業者を通じて輸入している場合、輸入許可書が対象会社宛てではなく、輸入代行業者宛てとなっていることがあり、それを知らずに消費税申告書を作成している場合(本来は控除できない支払った消費税を、誤って控除してしまっているケース)があります。

4)源泉所得税の徴収漏れ(特に海外取引)

対象会社が、海外の会社や海外在住の個人に対して何らかの支払いをしている場合、一定の支払いについては、その支払いの際に源泉所得税を徴収して納付する義務があります。源泉所得税の納税義務があることを知らずに取引を続けている場合がよくあります。

5)過去のM&A

過去に対象会社がM&Aを行っていた場合には要注意です。他の調査項目と比較して、金額面で税務上のリスクが高い可能性があります。そのM&Aが成立した際に仲介会社に手数料を支払うことが一般的ですが、株式譲渡スキームの場合、税務上は、その仲介手数料は経費として認められず、株式の取得価額に含めます。支払手数料等の費用として処理しているケースがよくあります。

以上(2025年9月更新)
(執筆 アクシアパートナーズ税理士法人 税理士 大塚行親)

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画像:Mariko Mitsuda

教育者としての松岡修造が「感情論」を嫌う理由とは?

成功するには具体的な手立て、方法論、計画が必要です。意外に思われるかもしれませんが、僕は感情論が嫌いです

松岡修造氏は、元プロテニス選手であり、国際的なスポーツ大会などのキャスターとしても広く知られています。2025年の7月は松岡氏が現役時代、日本男子で62年ぶりにベスト8進出を果たしたウィンブルドン選手権から30年です。
冒頭の言葉は、松岡氏がテニス選手の育成について語ったものです。松岡氏は現役引退後、コーチとして多くのテニス選手を育成し、世に送り出しました。2015年に世界ランキング4位になった錦織圭選手もその一人です。松岡氏には「熱血」のイメージがありますが、言葉の通り、意外にも「感情論は嫌い」だそうです。

例えば、松岡氏はかつて、当時12歳の錦織選手が海外の選手に大敗を喫した際、「何のためにこの試合に出たんだ!」と怒鳴ったことがありました。その理由は、「負けたことではなく、彼が(体格や年齢などを言い訳にして)試合の途中で諦めたから」です。松岡氏らしいエピソードで、一見感情論のように思えますが、そうではありません。

外国人に体格で劣る日本人が試合に勝つには、緻密にゲームの戦略を立て、工夫を凝らさなければなりません。ですが、諦めてしまってはそのスタートラインにさえ立てない。松岡氏にとって「諦めないこと」は、勝つために理論上必要なことなのです。錦織選手が厳しく叱られながらも松岡氏に着いて行ったのは、彼が「勝つための指導」を徹底するコーチだったからでしょう。

また、松岡氏は、勝つために必要であれば、時に従来のテニス理論をも無視する柔軟性も持ち合わせていました。例えば、錦織選手のバックハンドグリップ(利き手の反対側にボールが来た際のラケットの握り方)に特徴的な癖があり、それを海外の有名トレーナーが矯正しようとした際は「彼なりのやり方でいい、回転の持って行き方に天性のものがある」と、セオリー通りの意見を跳ねのけました。松岡氏は錦織選手のプレーをよく理解し、「錦織選手が勝つための指導」を行っていたのです。

スポーツでの勝利は、会社に置き換えれば「ビジネスの成功」でしょうか。経営者の皆さんならご存じの通り、思いつきだけで成功することはほとんどなく、経営者なりの理論に基づいて行動しなければ勝ち筋は見えてきません。そして、その勝ち筋も、松岡氏が錦織選手のバックハンドをあえて直さなかったように、会社や社員の強みに合わせて、柔軟に探っていくことが大切です。いずれにせよ、まずは「勝つためにやる」という姿勢が最初のステップ。それをどう社員たちに見せるのかに、経営者の手腕が問われるのでしょう。

後に錦織選手は松岡氏に激怒されたことについて、「あの時初めて世界を本気で感じた」と語りました。本気で勝ち筋を考えた松岡氏の元で世界的スターが生まれたように、本気で勝ちに行く経営者の元には、本気で勝ちたいと願い、努力する社員たちが集まるのではないでしょうか。

出典:「松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気」(坂井利彰著、東邦出版、2015年9月)

以上(2025年9月作成)

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画像:Maksym-Adobe Stock

【中小企業のためのM&A】財務デューディリジェンスの調査ポイント

1 なぜ、財務デューディリジェンスが必要なのか

M&Aにおいて、対象会社(売り手)は何らかの目的や課題があって会社や事業を売却します。ですから、買い手は相手の実態を正確に把握しなければならず、その一環が「デューディリジェンス(以下「DD」)」です。DDの直訳は、「正当な・相当な(Due)、努力・注意(Diligence)」ですが、噛み砕くと、

買い手が、対象会社やその事業の実態を事前に把握し、価格や取引について適切な判断をするための調査

となります。

DDの分野はいくつかありますが、この記事では「財務DD」を取り上げます。財務数値は、

M&Aの可否に加えて、買収価格の決定などに大きく影響

します。ただし、一般的に財務DDは範囲が広い上に期間が短いです。また、対象会社から提出される財務数値は、企業の実態を正確に表していないケースが少なくなく、その判断に専門知識が多く必要とされるため、外部の専門家に依頼するのが通常です。

2 財務DDの進め方

財務DDでは主に次の3つのことが実施されます。

  • 資料の閲覧
  • 対象会社の経営者・実務担当者へのインタビュー
  • 上記1.と2.の情報の分析など

通常、財務DDの期間は3~4週間です。この期間内に、買い手と対象会社との間でやり取りし、情報開示が行われます。

インタビューは、経営者の他、必要に応じて経理等の実務担当者にも行うことがあります。ただ、M&Aは公にせずに実行されることが少なくないので、通常、情報共有の範囲は限定されます。実務担当者にもインタビューする場合は、情報漏洩の可能性に十分留意しましょう。

3 財務DDで調査されること

財務DDには、一般的な調査対象事項と呼ばれる項目はありますが、厳密に決まっているわけではありません。そのため、

経営者が「こんな情報があればM&Aの可否を検討できる」という情報の調査・分析が必要

ということになります。そうした意味では、対象会社にある財務・会計上の潜在的なリスクを調査し、その結果に応じて次のように対応を検討します。

  • 買収価格に反映する:正常収益力(事業そのものが生み出す実態の収益)などを基に企業価値を算定し、買収価格に反映する
  • スキームを変更する:簿外債務を引き継いでしまうリスクがあるので、株式譲渡から事業譲渡にスキームを変更する
  • 買収契約書または買収後の統合作業のプランニングなどに反映する:保有している不動産の収益性が低いので、売却する旨を契約書に反映する

では、具体的に財務DDの主な調査対象事項・分析手法を確認していきましょう。

財務DDの主な調査対象事項・分析手法

各分析手法の詳細や、実施に当たってよく見られる問題点を以降で紹介します。

4 財務DDで注意すべきこと

1)対象会社に対する理解

対象会社に対する理解では、対象会社の人員、管理体制の状況などを確認します。

この分析を実施することで、限られた財務DDの期間中にどの項目にリスクがあるかを把握しやすくなります。

よく見られる問題点は次の通りです。

  • 事業規模に比して、経理部門の人員が著しく不足している
  • 仕訳の作成と承認を同一担当者が行うといったように職務権限の分掌が十分でない
  • 対象会社が採用している会計方針が、決められたルール(会計基準)に則していない

2)純資産分析

純資産とは、

資産から負債を差し引いた正味の財産で、投資家からの出資金や利益の積み立て分など

です。純資産分析では、貸借対照表の各項目を精査し、含み損や簿外債務などがないかを調査します。そして、含み損などがあった場合、それを一定の基準日時点の対象会社の簿価純資産に加味し、調整します。

この分析を実施することで、買収後に買い手側の財務諸表に計上される、のれんの計上額および償却額の分析や、対象会社の貸借対照表において簿価と時価との差額が生じている項目を把握します。

よく見られる問題点は次の通りです。

  • 回収困難な売上債権について、貸倒引当金の計上や貸倒処理などの必要な処理がされていない
  • 長期間滞留している、または陳腐化している棚卸資産について、評価減などの必要な処理がされていない
  • 減損が必要な固定資産について、必要な処理がされていない
  • 支払義務のある仕入債務が計上されていない
  • 簿外債務(貸借対照表に計上されていないもの)や、偶発債務(係争中で判決の結果によっては負債を負う可能性のあるもの)の存在が考慮されていない

3)純有利子負債(ネットデット)分析

純有利子負債(ネットデット)とは、

有利子負債残高から現金および現金同等物を差し引いた正味(ネット)の有利子負債

です。純有利子負債分析では、有利子負債や余剰現預金に加え、

  • 将来のキャッシュフローに影響を及ぼす恐れがある非経常的な残高(デットライクアイテム)
  • 対象会社の事業遂行にあたり不要な資産(非事業用資産)
  • 一定の条件下で顕在化する可能性のある簿外債務(コミットメントや偶発債務)

を特定します。

この分析を実施することで、買収価格の決定に必要な情報が得られます。買収価格の決定には株式価値が最終的に大きな影響を与えますが、この株式価値は企業価値から純有利子負債(ネットデット)を差し引いたものになります。

よく見られる問題点は次の通りです。

  • 有利子負債の大部分をグループ会社からの借入に依存している
  • 確定給付型の退職給付制度を採用しており、退職給付会計上、貸借対照表に計上されていない退職給付債務が多額に存在する
  • 簿外債務や偶発債務が存在する

4)運転資本分析

運転資本とは、

事業運営上、短期的に計上・決済されることにより回転している資産および負債

です。一般的には、営業取引関連の運転資本である売上債権、棚卸資産、仕入債務の他、未払金、前払金、その他流動資産、その他流動負債が含まれます。運転資本分析では、過去の運転資本残高の季節的変動やトレンドを分析し、正常的な運転資本水準を算出します。

この分析を実施することで、事業上、最低限必要とされる運転資本の水準が把握できます。

よく見られる問題点は次の通りです。

  • 回収可能性に疑義のある長期滞留売上債権や、販売可能性に疑義のある長期滞留在庫が存在する
  • 仕入先への支払条件や得意先からの回収条件が悪化し、必要となる運転資本金額が増加している
  • 運転資本水準の季節的変動が大きいため、買収のタイミングによっては、買収後に追加の出資が必要になる可能性がある

5)固定資産・設備投資分析

固定資産・設備投資分析では、過去に実施された設備投資や事業計画達成のために、将来的にどの程度の設備投資が必要かを明らかにします。具体的には、設備投資を新規投資と既存設備の維持・保守投資とに区分し、それぞれがどのような水準で推移しているか、また、対象会社の規模や業種に基づいて必要な投資サイクルを把握します。それを実績と比較し、必要な投資が先延ばしにされていないかを検証します。さらに、現行の生産能力や稼働率等を理解し、余剰の生産能力および投資予定の新規設備による生産能力の増強と事業計画上の前提が整合しているかの検証を行います。

この分析を実施することで、新たな設備投資や不要な固定資産の売却などを検討できます。

よく見られる問題点は次の通りです。

  • 事業継続上、必要性が高い設備投資が、資金的な理由により先延ばしになっている
  • 不採算店舗閉鎖後に、他の用途に転用できていない遊休状態の土地、建物や設備がある
  • 減損会計における資産のグルーピングの方法次第では、減損が必要な可能性がある

6)収益性分析

収益性分析では、調査の対象期間において同じ会計方針で財務諸表が作成されていることを前提に、過去の損益構造を理解するため、収益力の把握において有効な指標の特定や変動要因を分析します。その上で、過去実績(非経常的要因が含まれている場合には調整を実施)と、事業計画の財務情報における比較可能性や一貫性を検討し、対象会社の収益性を分析します。

この分析を実施することで、対象会社が持つ稼ぐ力の実力値が把握できます。

よく見られる問題点は次の通りです。

  • 過去実績において一時的または非経常的な要因による収益が多額に計上されており、対象会社の「本来の実力値」である正常化損益に影響を与えている
  • 調査対象期間にわたって、適用されている会計処理や会計方針に一貫性がない、もしくは誤りがある
  • 多角化事業を営んでいる対象会社の場合、コア事業に関連しない事業や赤字が継続している事業がある

7)事業計画検証

事業計画検証では、対象会社が作成した事業計画の前提条件が過去の実績や現状と整合しているか、現状の余剰生産能力および新規の投資計画による生産能力増強分に比較して過度に乖離していないかなどを把握します。

この分析を実施することで、今後の事業運営を検討したり、企業価値を評価する際に使う情報が得られたりします。

よく見られる問題点は次の通りです。

  • 事業計画上、リリースされたばかりの新製品の売上に大きく依拠している
  • 計画期間における販売原価に原材料や人件費の増加分を見込んでいない
  • 生産計画が、既存設備及び新設設備による生産能力を遥かに上回っている

上記は比較的よく検出される懸念事項の一例に過ぎません。財務DDにおいて、ディールに重要な影響を及ぼす種々のリスクが出てくることも少なくないため、M&Aにおける財務DDのプロセスは非常に重要であることを改めてご認識いただければと思います。

以上(2025年9月更新)
(執筆 公認会計士・米国公認会計士 碓田篤史)

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画像:Mariko Mitsuda

経営者のマイカー通勤に潜むリスク。きちんと対策を講じて安全運転!

1 経営者のマイカー通勤に潜む見過ごせないリスク

皆さんの会社では、マイカー通勤(社用車・社有車を含みますが、この記事では便宜上「マイカー通勤」とします)を認めていますか? マイカー通勤は、満員電車のストレスがなくなったり、子どもの送り迎えをしながら通勤できたりと色々便利ですが、一方で避けて通れないのが「交通事故」のリスクです。特に、経営者の交通事故は、

  • 経営者が死傷することで、会社の意思決定に支障を来す
  • 経営者が加害者の場合、損害賠償を請求され、社会的信用が損なわれる

など、経営に深刻な影響を与えます。

交通事故の発生件数は減少傾向にありますが、依然として年間27万件以上の交通事故が発生しており、うち約26%が65歳以上のドライバーによる交通事故となっています。身体機能は加齢に伴って低下しますから、年齢を重ねるほど交通事故のリスクは高まるのです。

原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別交通事故件数の推移

この記事では、マイカー通勤中の経営者が交通事故の当事者となった場合、どのような問題点があるかを整理した上で、交通事故のリスクを回避する方法の一例をご提案します。総務担当者などが中心となって、経営者のマイカー通勤のリスクを改めて見直してみてください。

2 経営者が交通事故の当事者となってしまった場合

1)経営者自身の死傷

経営者が入院や自宅療養を余儀なくされる場合、会社は経営者不在の状況となり、意思決定に支障を来します。資金調達など会社の重要な機能が滞ってしまいます。傷害の程度によっては、経営者ご自身の体が事故前の状態に完全に戻るとは限りません。

最悪の事態は、経営者が急逝してしまった場合です。この場合、後継者選定や事業継続のための準備が不十分なままとなり、会社の存続自体が危ぶまれる状況になります。

2)会社の信用度の低下

経営者が交通事故の加害者の場合、特に相手が死亡するなどの重大な交通事故を起こした場合は、社会から非難され、今の役職にとどまることが難しくなるかもしれません。もちろん、過失割合の大小にかかわらず、その事実が明るみに出た時点で会社のイメージも悪化します。

3)刑事上・民事上の責任

経営者が交通事故の加害者の場合、事故の内容に応じて、刑事上・民事上の責任を問われることになります(この他に行政上の責任がありますが、この記事では割愛します)。

まず、刑事上の責任ですが、自動車の運転上必要な注意を怠り、人を死傷させることは過失運転致死傷罪に該当し、7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金の対象になります(ただし、被害者の傷害が軽ければ、情状により免除されることもあります)。

次に民事上の責任ですが、加害者は交通事故の被害者やその遺族に対し、与えた損害を賠償しなければなりません。重傷・死亡の場合、賠償金も高額になります。交通事故の場合、賠償金は損害保険を利用して支払うのが一般的ですが、任意保険の補償金額で足りなければ経営者自身が負担することになりますし、会社が「経営者のマイカー通勤を認めている場合」などは、

3)刑事上・民事上の責任

経営者が交通事故の加害者の場合、事故の内容に応じて、刑事上・民事上の責任を問われることになります(この他に行政上の責任がありますが、この記事では割愛します)。

まず、刑事上の責任ですが、自動車の運転上必要な注意を怠り、人を死傷させることは過失運転致死傷罪に該当し、7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金の対象になります(ただし、被害者の傷害が軽ければ、情状により免除されることもあります)。

次に民事上の責任ですが、加害者は交通事故の被害者やその遺族に対し、与えた損害を賠償しなければなりません。重傷・死亡の場合、賠償金も高額になります。交通事故の場合、賠償金は損害保険を利用して支払うのが一般的ですが、任意保険の補償金額で足りなければ経営者自身が負担することになりますし、会社が「経営者のマイカー通勤を認めている場合」などは、会社に責任が及ぶ恐れもあります。

3 交通事故を回避するためのアプローチ

前述した通り、交通事故のリスクは年齢を重ねるほど高くなります。「加齢による交通事故のリスク」という観点から対応を考えるなら、基本的なアプローチは「自身の運転能力を高める」「運転を減らす(やめる)」「別の人に運転してもらう」のいずれかになります。

1.タクシーやハイヤーを利用する

自分よりも若く、運転技術のある人に運転してもらえば、その分、交通事故のリスクを減らせるでしょう。タクシーとハイヤーは、どちらも車で目的地に移動するという点では同じですが、ハイヤーは完全予約制かつ、タクシーよりもサービスが充実しています。利用料金も異なるため、通勤の頻度や利用シーンによって使い分けるとよいでしょう。

2.専属の運転手を確保する

自社雇用、もしくは外部委託で専属の運転手を確保するのも一策です。自社雇用であれば、⾃社で重視する条件に合わせた雇用、育成ができる点がメリットになります。一方で、外部委託であれば、車両の運転のみなど、業務の範囲が限られますが、求⼈、採⽤、管理などのコスト削減につながる点がメリットになります。

3.運転や管理を自家用自動車管理業に委託する

社用車・社有車を通勤に使っている場合の話になりますが、自家用自動車管理業への委託を検討するのもよいでしょう。企業や官公庁の役員車などの車両について、運転、整備、修理、燃料、消耗品、自動車保険、そして事故処理までを包括的に請け負うサービスです。そのため、自社で車両を管理する手間が省けるといったメリットがあります。

自動車保険は自家用自動車管理業のほうで契約(保険料は依頼者側が負担)し、交通事故発生時の補償や処理も自家用自動車管理業側で行ってもらえます。

■日本自動車運行管理協会■
https://www.ajva.or.jp/service/index.html

以上(2025年9月更新)

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画像:pexels

【中小企業のためのM&A】法務デューディリジェンスの調査ポイント

1 なぜ、法務デューディリジェンスが必要なのか

法務デューディリジェンス(以下「法務DD」)の目的は、

M&Aに内在するリスクを把握することで、適切なM&Aのスキームを選択し、M&A実行後に経営に及ぼす影響を知る

ことです。財務DDに比べて優先度が低くなりがちですが、法務DDをせずにM&Aを行って、

  • 事業を適正に行うには許認可を取得する必要があった
  • 問題が顕在化していないものの、事業の一部に法律違反があった
  • 未払残業代があった

などの問題が発見されることは珍しくありません。そうなると、不備を是正するために想定外の費用がかかりますし、一部の事業撤退も検討せざるを得なくなります。

そうならないように、法務DDの重要性を認識し、専門家と協議しながらM&Aを進めていくことを検討してみてください。この記事では、法務DDで何が行われるのか、そのポイントを紹介します。

2 法務DDを実施したほうがよいケース

1)株式譲渡や合併など包括的に会社や事業を譲り受ける場合

M&Aでは、「あの会社と一緒になれば、自社にないノウハウや顧客網が手に入る」など、対象会社の魅力が注目されがちです。こういった魅力があるからこそM&Aを行うことにはなりますが、M&Aの実行後に自社にとってどのような負担、デメリットが生じるのかもきちんと検討しなければなりません。

特に株式譲渡や合併などのように、会社全体の負債、義務を包括的に引き受けるM&Aのスキームの場合、「M&A実行後のデメリット」を正確に把握するための法務DDが重要です。

2)参入障壁が低い事業、自社に十分な知見がない新規事業についてM&Aを行う場合

許認可や登録が必要な事業の場合、そうした条件を満たすために会社のコンプライアンス(法令遵守)体制が担保されていることも多く、大きな問題やリスクが内在していることは少ないように感じます。一方、許認可や登録が必要ないなど参入障壁が低い事業の場合、他社との競争に勝とうとするあまり、コンプライアンス体制が不十分であることも少なくありません。そうした会社とのM&Aは、いかにシナジーが大きいとしても、後々さまざまな問題が生じる恐れが高いといえるでしょう。

また、M&Aによって新規事業に取り組む際も注意しましょう。なぜなら、自社にはその事業に関する知見がないので、将来的に生じそうな問題や、それに対応することの大変さが分かりません。この辺りを明らかにするためにも、法務DDが重要です。

3)M&Aをこれまで行ったことがない場合

「費用をかけずにM&Aを進めるために、自社のリソースだけで対象会社の調査などをしたが、意外と問題なかった」という話を聞くことがあります。ただ、よくよく話を聞いてみると、「問題の種はあるが、それが顕在化していないだけ」ということがあります。

M&Aに慣れていない場合、今、問題が生じていないことをもって「問題のない会社」と評価してしまうことがありますが、これは危険です。M&Aを成功させるには、M&A実行後の経営に影響を及ぼす事実をきちんと把握することが不可欠であり、そのために法務DDが重要になるのです。

3 法務DDの進め方

法務DDでは、主に次の3つのことが実施されます。

  • 資料の閲覧
  • 対象会社の経営者・実務担当者へのインタビュー
  • 上記1.と2.の情報の分析など

通常、法務DDの期間は1カ月程度です。この期間内に、対象会社から必要な資料を開示してもらい、それを精査し、経営者や実務担当者へインタビューが行うというのが一般的な法務DDの流れです。

4 法務DDで調査されること

一般的な法務DDの調査対象事項はあるものの、

対象会社の業種、社風、社歴やM&Aのクロージングまでのスケジュール、M&Aの予算などにより、実際に調査する事項は大きく変わる

というのが実情です。

法務DDの調査事項を決めた上で、対象会社にある法務上の潜在的なリスクを調査し、その結果に応じて次のように対応を検討します。

  • 買収価格に反映する:潜在的な法務リスクの有無と、それが顕在化した場合の対応費用を想定し、買収価格に反映する
  • スキーム(手法)を変更する:潜在的な法的リスクを引き継ぐことがM&Aの実行において足かせになる場合などに、株式譲渡から事業譲渡、会社分割にスキームを変更する
  • 買収契約書または買収後の統合作業のプランニングなどに反映する:取引先を円滑に引き継ぐために、現経営陣にM&A実行後も一定期間業務を遂行してもらうことなどを契約書に反映する

では、具体的に法務DDの主な調査対象事項・分析手法を確認していきましょう。

法務DDの主な調査対象事項・分析手法

法務DDの実施に当たって、よく見られる問題点を以降で紹介します。

5 法務DDで注意すべきこと

1)株主の異動履歴

株主の異動履歴は、その会社の歴史を物語るものといっても過言ではありません。例えば、「株主が創業者の親族から第三者に変わった後に再び親族に変わった」「創業者の引退を機にその長男に変わった後、早々に株式譲渡を希望している」などの動きを見れば、会社の内情が分かってきます。

また、株券発行会社の場合、株式の交付がなければ、法律上、株式譲渡の効力が生じません。そのため、株券発行会社において複数にわたる株主の異動が、株券が発行されずに行われていたら法律上は大きな問題となり、是正しなければなりません。

2)M&Aの実行が取引先との契約関係に与える影響の把握

取引先との契約書を確認すると、M&Aを行う場合の事前通知が必要であったり、M&Aが契約の解除事由になっていたりすることがあります。このような条項を「チェンジオブコントロール条項」といいます。

チェンジオブコントロール条項によってM&Aの後に取引先との関係が悪化したり、契約を解除されたりしてしまうことがあります。その相手が重要な先なら、買収した目的を達成できなくなる恐れもあります。そうならないように、事前に取引先との契約を確認しましょう。

3)知的財産権の保護

近年、知的財産に対する権利意識が高まっており、M&Aにおいても重要なポイントです。対象会社のロゴや商品名、商品のデザインなどが悪意なく他者と似通っていることがあるので、他社の商標権、意匠権などを侵害していないかを調査しましょう。

逆に、対象会社が他社から模倣されていたり、商標登録などをしていない知的財産権を、第三者が登録申請してしまったりすることもあるので、対象会社の知的財産権に対する防衛状況も調査しましょう。

4)労働関係の法令遵守体制

雇用に関する問題は避け難いかもしれません。経営者がよかれと思った労働条件が、実は法律に違反していることもあります。また、従業員との間で合意をしていたとしても、未払残業代が発生していることもあります。法務DDでは、このような既に存在する問題や潜在的な問題を洗い出していきます。

5)個人情報の管理体制

個人情報保護法の改正等によって、個人情報の厳格な管理が求められています。特に、顧客情報や従業員情報を多く取り扱う事業では、社内規程の整備、委託先の管理、漏えい時の対応体制などが整備されているかが重要なチェックポイントとなります。また、プライバシーポリシーの整備や社内教育の実施状況、過去の漏えい事案の有無などについても確認し、M&A後のリスクを見極めることが必要でしょう。

以上(2025年9月更新)
(執筆 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

建設業の担い手確保! 2025年全面施行の改正法、ポイントは3つ!

1 建設業の担い手確保に向けて

建設業者は、地域のインフラや住居・オフィス・商業施設の建設を担う重要な存在でありながら、他の産業よりも賃金が低く、就労時間も長いという課題があります。

一方で、2024年4月1日から労働基準法の「時間外労働の上限規制」が建設業にも適用されるようになったこと(いわゆる「2024年問題」)等を受けて、これまでのような長時間労働に依存した働き方も難しくなり、建設業の担い手を一刻も早く確保する必要が出てきています。

そんな中、建設業の担い手確保に向けて、2024年6月14日に改正建設業法・入契法が公布され、2025年12月13日までに全面施行されることとなりました(2025年9月現在、すでに施行済みの内容もあります)。ポイントは大きく次の3つに分けられます。

  • (ポイント1)処遇改善
  • (ポイント2)資材高騰に伴う労務費へのしわ寄せ防止
  • (ポイント3)働き方改革・生産性向上

以降で簡単にポイントを紹介します。より詳しく知りたい場合は、国土交通省のウェブサイトをご確認ください。

■国土交通省「建設業法・入契法改正(令和6年法律第49号)について」■
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/tochi_fudousan_kensetsugyo_const_tk1_000001_00033.html

2 (ポイント1)処遇改善

1)労働者の処遇確保の努力義務化

建設業者に対し、労働者の処遇を確保する「努力義務」が課せられます。具体的には、

  • 労働者の能力(知識や技能)を公正に評価して、適切な賃金を支払うこと
  • その他、労働者の処遇を確保するための措置を効果的に実施すること

が求められるようになります。

2)不当に金額の低い見積もり提出・見積もり依頼の禁止

また、労務費(賃金原資)について、国土交通省の中央建設業審議会が「労務費の基準」を作成・勧告することになりました。そして、この基準に照らして、

著しく低い材料費等による見積もり提出・見積もり依頼が禁止

されるようになります。

この規定に違反した場合、発注者は国土交通大臣による勧告・公表の対象、受注者は指導・監督の対象となります。特に重要なのが「公表」です。従来の規制下では、不適切な契約が結ばれても、受注者側が泣き寝入りするケースが多くありました。しかし、今回の改正により、不当に低い労務費の見積りを依頼した発注者の名称が公表されることになります。

3)原価割れ契約の禁止

この他、建設工事の請負契約について、

建設業者がその地位を利用して、原価に満たない金額で契約を締結することが禁止

されます。ただし、自ら保有する安価な資材を工事に用いることができる等、正当な理由がある場合を除きます。

3 (ポイント2)資材高騰に伴う労務費へのしわ寄せ防止

1)契約締結前のルールの追加

請負契約の締結前のルールとして、

受注者が注文者に、資材高騰等の請負金額に影響を及ぼすリスクの情報(おそれ情報)を通知すること

が義務付けられます。おそれ情報には、必要な資材の供給不足や価格高騰、特定の建設工事における労働者不足等が含まれます。また、

おそれ情報と併せて、状況把握のために必要な情報(根拠情報)を通知すること

も求められます。根拠情報は、メディアの記事、資材業者の記者発表、公的機関による統計資料等一定の客観性を有するものである必要があります。

さらに、契約締結後に予期せぬ事態が発生した際の協議を円滑に進めるためのルールとして、

資材が高騰した際の請負代金等の「変更方法」を、契約書記載事項として明確に定めること

が義務付けられます。

2)契約締結後のルールの追加

請負契約の締結後のルールとして、

  • 実際に資材の価格高騰等が起きた場合、受注者が注文者に、請負代金等変更について協議を申し出ることができること
  • 注文者は、受注者から協議の申し出があったら、誠実に応じる努力義務を負うこと

が定められます。協議すること自体を正当な理由なく拒絶したり、協議の開始をあえて著しく遅らせたり、受注者の主張を一方的に否定したり、十分に聞き取らずに協議を打ち切ったりすると、「誠実」に協議に応じていないと判断されます。

4 (ポイント3)働き方改革・生産性向上

1)働き方改革

いわゆる工期ダンピング(建設工事を施工するために通常必要とされる期間よりも著しく短い工期を設定する請負契約)への規制が強化されます。

もともと注文者については、工期が著しく短い請負契約を締結することが禁止されていますが、このルールが受注者側にも適用

されるようになります。受注者自らが無理な工期設定を提案することを抑制し、長時間労働の温床を根本から絶つのが狙いです。

また、

  • 受注者が注文者に、資材が入手困難になる等工期に影響を及ぼすリスクの情報を通知する義務を負うこと
  • 通知を受けた注文者は、工期の調整について誠実に協議に応じる努力義務を負うこと

が定められます。

2)生産性向上

本来、公共性があったり、多くの人が利用したりする建物の建設工事では、専任の監理技術者等を置くことが義務付けられていますが、

ICT(情報通信技術)を活用することを条件に、専任者の設置義務が緩和

されます。ICTの活用例としては、

  • タブレット端末を通じた設計図面や現場写真等の共有
  • ウェアラブルカメラ等による現場のリアルタイム映像・音声の共有

等が挙げられます。ただし、ICTの活用と併せて「現場間の移動時間が概ね2時間以内であること」等の要件も満たす必要があります。

以上(2025年9月作成)

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