【かんたん会社法(2)】株式会社の設立

書いてあること

  • 主な読者:会社法に基づく株式会社の設立の流れを把握したい人
  • 課題:設立の手続きは複雑で、難しそう
  • 解決策:主な流れは「事前の検討」「定款の作成・認証」「出資金の払い込み」「設立時の取締役の選任」「会社の設立登記」になる

1 発起設立と募集設立

株式会社(以下「会社」)を設立する方法には、以下の2つがあります。具体的な進め方は会社法に従う必要があり、手続きに瑕疵(かし)があると、会社の設立が無効となってしまうこともあります。

  • 発起設立
  • 募集設立

1)発起設立

発起設立とは、

発起人(その会社の設立を企画した者)が、会社設立時に発行される株式(設立時発行株式)を全て引き受ける方式

です。発起人が複数いる場合、各発起人は1株以上引き受けなければなりません。現在は最低資本金制度が撤廃されているので、1人または少数の発起人でも会社を作りやすくなっています。こうした事情から、会社の設立は発起設立が一般的です。

発起人になるためには、定款に署名または記名押印しなければなりません。事実上、会社の設立に尽力したとしても、発起人として定款に署名などをしていなければ、発起人にはなれません。

2)募集設立

募集設立とは、

設立時発行株式のうち、発起人が一部だけを引き受け、その他の株式は第三者から募集する方式

です。募集設立が選択されるのは、資本金額の大きい会社を設立する必要がある、発起人の縁故者が株式の募集に応じるなどといったケースに限られます。

2 会社設立(発起設立)の流れ

会社設立の大まかな流れは次の通りです。

画像1

1)事前の検討

発起人、事業目的、商号、機関設計、資本金の額などを決めます。留意が必要な点は次の通りです(本店所在地や事業年度については触れていません)。

1.発起人

発起人は、設立時発行株式を1株以上引き受けなければなりません。誰を発起人とするかは、慎重に決める必要があります。

2.商号

商号とは、会社名のことです。原則として、会社名は自由に決められますが、株式会社、合名会社、合資会社、合同会社といった会社の種類に従い、商号中に株式会社や合名会社などの文字を用いなければなりません。また、自社が有利になるように他社と同じまたは似た商号を使用したり、有名企業の商号を使用したりすることはできません。

3.事業目的

事業目的とは、会社が行う事業の内容や目的です。会社は、定款で定めた事業目的の範囲内でしか活動できません。そのため、設立後すぐに行う事業だけではなく、今後、行う可能性のある事業も含めて記載するのが一般的です。通常、具体的な事業内容を各号で列挙した上で、最後に「前各号に付帯関連する一切の事業」と定めます。

4.機関設計

機関とは、株主総会や取締役など会社の意思決定や運営などを行うもののことです。株式会社の機関には以下のようなものがあり、これらを会社法のルールに従って組み合わせることを機関設計といいます。

株主総会、取締役・代表取締役、取締役会、監査役、監査役会、会計参与、会計監査人、監査等委員会、指名委員会等、執行役

5.資本金の額

資本金の額は、会社法上は最低資本金制度が廃止されているため、少額であっても問題ありません。ただし、資本金の額が少額だと、経営の安定性といった観点からは不安視されることがあるので、注意が必要です。

2)定款の作成・認証

定款とは、

会社の組織や運営などに関する基本的なルール

であり、発起人が作成します。定款が無ければ会社を設立することができません。定款に記載する事項は、「絶対的記載事項」「相対的記載事項」「任意的記載事項」に分かれます。

1.絶対的記載事項

絶対的記載事項とは、定款に必ず記載しなければならず、その規定を欠くと定款が無効になる事項です。絶対的記載事項は次の通りです。

  • 事業目的
  • 商号
  • 本店の所在地
  • 設立に際して出資される財産の価額またはその最低額
  • 発起人の氏名または名称および住所
  • 発行可能株式総数

発行可能株式総数は、公証人の認証を受ける際に提出する「原始定款」には記載しなくても大丈夫です。しかし、設立登記までには発起人全員の同意の上、記載しなければなりません。

2.相対的記載事項

相対的記載事項とは、記載しなくても定款の効力自体に問題はないものの、その内容について効力が認められない事項です。主な相対的記載事項は次の通りです。

  • 設立時の変態設立事項(現物出資、財産引き受けなど)
  • 種類株式の発行、全部譲渡制限、全部取得請求権・取得条項付株式の発行
  • 株券の発行
  • 取締役会、会計参与、監査役、監査役会、会計監査人、監査等委員会または指名委員会等の設置
  • 取締役、監査役、執行役を株主に限定する定め
  • 取締役および監査役の任期伸長
  • 全取締役の同意により取締役会決議を省略できることの定め
  • 取締役、会計参与、監査役、執行役、会計監査人の責任免除、取締役(業務執行取締役)、会計参与、監査役、会計監査人の責任限定契約
  • 取締役会設置会社の中間配当
  • 会計監査人設置会社の取締役会による剰余金の配当
  • 公告の方法
  • 剰余金の配当請求権の除斥期間の定め
  • 株主総会における議決権行使の代理人資格を株主に限る旨の定め

設立時の変態設立事項とは、会社設立時にその事項を決定した場合に必ず記載するものです。例えば、現物出資とは発起人が金銭以外の財産で出資を行うことです。具体的には、動産・不動産・債権・有価証券・知的財産権などで出資をします。また、財産引き受けとは、発起人が会社のために第三者との間で会社の設立後に特定の財産を譲り受ける契約のことです。

3.任意的記載事項

任意的記載事項とは、会社が任意に記載する事項であり、必ずしも定款に記載しなくてもよく、他でも規定できる事項です。定款で定められることが多い任意的記載事項は次の通りです。

  • 株式の名義書き換え手続き
  • 定時株主総会の招集時期
  • 株主総会の議長
  • 取締役・監査役の員数
  • 代表取締役の選定方法
  • 取締役の報酬等の決定方法
  • 社長・会長・専務取締役・常務取締役等の役職
  • 取締役会の招集権者・議長
  • 事業年度

定款の作成は、弁護士や司法書士などの専門家や、定款の認証を行う公証役場に相談しながら進めます。定款が完成したら、発起人全員が署名または記名押印し、公証人の認証を受けます。認証を受ける公証役場は、本店所在地の都道府県内の公証役場です。

3)出資金の払い込み

定款が認証されたら、出資金を払い込みます。具体的には、発起人が指定した銀行口座(まだ、会社の口座がないため)に、各発起人が振り込みます。これが資本金です。資本金が払い込まれたら、代表取締役(または唯一の取締役)が資本金の払い込みを証する文書を作成し、登記申請書の添付書類として法務局に提出します。

資本金は、現物出資もできます。現物出資を行う場合、定款に現物出資に関する定めを記載します。また、原則として、裁判所に検査役の選任を申し出て、検査役の調査を受けなければなりません。ただし、現物出資の総額が500万円以下である場合や、財産の価額が相当であると弁護士など専門家の証明がある場合は、検査役による調査は不要となります。

4)設立時の取締役の選任

定款で定めた機関設計に従って、設立時の取締役を選任します。定款で、設立時取締役や監査役を定めており、かつそれらの者が発起人として定款に署名または記名押印している場合は、「就任承諾書」を省略できます。

定款に定めが無い場合は、取締役と監査役の選任手続きをします。発起人が1人の場合は「設立時取締役・設立時監査役選任決定書」を作成し、発起人が2人以上いる場合は「発起人会(発起人が集まり開く会議)」で取締役や監査役を選任します。その上で、それぞれの取締役から就任承諾書を取得します。

選任された取締役・監査役は、株式の引き受けや払い込みについて調査し、法令・定款違反または不当な事項がある場合は発起人に伝えなければなりません。なお、設立時取締役・監査役の調査が完了した日(または発起人が定めた日)が発起設立の手続き終了の日になります。

5)会社の設立登記

会社の設立登記を行います。その登記申請は、会社の本店所在地を管轄する法務局で行います。

6)実務上のその他の手続き

会社法で定められている主な手続きは以上の説明で終わりですが、実務上、都道府県や市区町村、税務署、年金事務所、労働基準監督署、公共職業安定所などでの各種手続きも必要です。会社名義の銀行口座の開設なども必要となるでしょう。

具体的な説明は省略しますが、各種手続きには会社によって異なる点もあります。そのため、こうした手続きも含めて、事前に確認しておくようにしましょう。

以上(2024年7月更新)
(監修 みらい総合法律事務所 弁護士 田畠宏一)

pj60137
画像:Mariko Mitsuda

今、話題の「退職代行」を使って会社を去る社員……。退職日や仕事の引き継ぎはどうなる?

書いてあること

  • 主な読者:退職代行を使って退職(自主退職)を申し出る社員への対応を知りたい経営者
  • 課題:社員を通さずに退職について交渉していいの? 仕事の引き継ぎはどうなるの?
  • 解決策:弁護士、労働組合は直接交渉可(民間事業者は不可)。社員に出社してもらっての引き継ぎは期待しにくいので、業務に関する質問内容を送って回答してもらう

退職代行とは、

会社に直接「退職(自主退職)したい」と言えない(言いたくない)社員が、他者(以下「退職代行者」)に依頼して、退職手続きなどを代行してもらうこと

です。最近はサービスとして退職代行を行う民間事業者が急増し、入社したばかりの新入社員がこうしたサービスを利用して早期退職してしまうニュースが世間を賑わせています。

「退職の手続きを人任せにするなんて非常識だ」と思うかもしれませんが、

退職代行であっても、社員本人の意思による申し出であれば、退職は成立する

ので、むげには扱えないのがつらいところです。

これまで社員に退職代行を使われた経験がない場合、「社員を通さずに退職について交渉していいの?」「仕事の引き継ぎはどうなるの?」など、いろいろと疑問もあるでしょう。この記事では、そんな経営者の疑問に答えるべく、退職代行の対応のポイントをまとめました。

Q1 なぜ、社員は自分で「退職したい」と言わないのか?

退職は本来、社員が自分の口で会社に申し出るのが礼儀です。社員に退職代行を使われると、経営者としては「なぜ自分の口で言わないの?」という腹立たしさもあり、同時に「最後なのに顔も見せてくれないのか……」という悲しさもあって、複雑な気持ちになります。

社員はなぜ、自分で退職を申し出ずに退職代行を使うのでしょうか? 人それぞれではありますが、例えば次のような理由が考えられます。

  • 人手不足で会社が非常に忙しいなど、「退職したい」と言えない雰囲気がある
  • 過去に退職を申し出たが、会社から引き留められ退職させてもらえなかった
  • 職場に問題(過重労働やハラスメントなど)があり、一刻も早く退職したい
  • うつ病などの精神疾患を患っていて、自分で退職手続きをしたくない
  • 自身がトラブルを起こして会社に居づらくなり、バツが悪いので黙って退職したい
  • 経営者や上司など、退職の窓口となる人間との折り合いが悪く、顔を合わせたくない

1.から4.は、「会社の対応に期待できない」という諦めや「自分の安全を守らなければ」という焦りから来るもので、退職代行を使われても仕方がないといえる面もあります(特に3.は、明らかに会社に問題がある)。5.と6.は、単純に「居心地が悪い」という不快感から来るもので、社員のわがままにも取れますが、直接「退職したい」と言いにくい心情は理解できるでしょう。

いずれにせよ、上のように

退職代行を使う社員は、会社に対して少なからずネガティブな感情を持っているケース

が多いです。「退職代行を使うなんて非常識だ」という考えも分かりますが、会社がこうした社員と直接退職について話をしようとすると、お互いの感情がヒートアップするなどして、かえってトラブルになることもあります。つまり、ポジティブに捉えるなら、

退職代行者が会社と社員の間に入ることで、退職手続きを円滑に進められる可能性がある

という考え方もできるわけです。

Q2 退職代行者って何者? 具体的に何ができる?

ここから退職代行の具体的な話に入ります。まずは「退職代行者とは何者で、具体的に何ができるのか」を確認していきましょう。一般的に、退職代行者は次の3種類に大別できます。

  • 弁護士:社員との委任契約により退職代行を行う法律の専門家
  • 労働組合:組合員となった社員について退職代行を行う労働者団体
  • 民間事業者:1.と2.のいずれにも該当せず、サービスとして退職代行を行う民間の会社

なお、2.の労働組合については、自社で労働組合を持たない中小企業の社員の場合、個人単位で加入できるユニオン(合同労働組合)が退職代行を行うことになります。

この3種類の退職代行者ですが、実は弁護士、労働組合、民間事業者それぞれで、退職代行で行えることが異なります。具体的には次の通りです。

退職代行で行えることの違い

お気付きかと思いますが、

民間事業者は「退職手続き」は代行できるが、会社との「交渉」は代行できない

のです。弁護士は弁護士法により、社員の代理として会社と直接交渉することが認められていますが、弁護士以外の者が同じことをすると非弁行為(違法)になるからです。ただし、労働組合は労働組合法により、労使関係や労働条件について会社と交渉すること(団体交渉)が認められているので違法になりません。言うなれば、

  • 弁護士、労働組合は、会社と直接交渉できる社員の代理
  • 民間事業者は、社員の要望を会社に伝えるだけのメッセンジャー

というイメージです。

なお、弁護士と労働組合については、退職に関する交渉がこじれて訴訟などに発展した際、弁護士は引き続き社員の代理として会社と争ったり、和解の交渉をしたりできるのに対し、労働組合にはその権限がないという違いがあります。

Q3 退職代行者から連絡が来たら、まず何をする?

社員が退職代行を使う場合、まずは退職代行者から会社に対し、「電話」「メール」「内容証明郵便」などで、社員に退職の意思があることや退職理由などについて連絡が来ます。

連絡が来たら、まずは退職代行者に対し、

  • 退職代行者が「弁護士」「労働組合」「民間事業者」のどれに当てはまるのか
  • 社員本人からの依頼であることを証明できるもの(委任状、本人直筆の退職届など)があるか

を確認しましょう。1.を確認するのは、退職代行者が退職について直接交渉できる相手なのかを判断するためです。2.を確認するのは、社員本人以外(社員の家族など)からの依頼だった場合、後々退職について本人とトラブルになる恐れがあるからです。

なお、民法上、

退職代行であっても、社員本人の意思による申し出であれば、退職は成立する

ので、社員本人からの依頼にもかかわらず、「退職代行を使っての退職は認めない」などと、退職代行者を拒絶することはできません。仮に拒絶したとしても、

  • 正社員等(無期雇用)の場合、退職の申し出から2週間が経過すれば退職できる
  • パート等(有期雇用)の場合、契約期間が満了すればいつでも退職できる(期間満了前の退職が認められる場合もある)

というルールがあるので、退職の成立自体を妨げることはできません。

Q4 退職に関する社員の要望には、どう答えればいいの?

退職代行者からの連絡が来る際は、社員に退職の意思があることや退職理由の他に、

退職に関する社員の要望(退職日、年次有給休暇の取得、未払い残業代の支払いなど)

も併せて伝えられます。

基本的に会社の選択肢は、

  • 社員の要望に異論がなければ、それに従う
  • 社員の要望に異論があれば、交渉して条件を決める

のいずれかになります。なお、2.については、退職代行者によって次のように対応が変わります。

  • 弁護士、労働組合:会社が退職代行者と直接交渉して条件を決める
  • 民間事業者:会社の要望を退職代行者から社員に伝えてもらい、社員からの回答を待つ

社員の要望に答える際は、口頭だと「言った、言わない」のトラブルになる恐れがあるので、

社員の要望に対する会社の回答を「回答書」などにまとめ、退職代行者に渡す

ようにしましょう。社内で検討すべき内容がある場合は、その内容についてだけ後日回答する旨を伝えます。

Q5 社員本人の口から退職理由を聞くのはNG?

退職代行者から連絡があった場合、経営者が特に気になるのは「なぜ、社員が退職することになったのか」でしょう。ただ、退職理由については、例えば

内容証明郵便で届いた書面に「一身上の都合により退職します」とだけ書かれているなど、表面的な理由しか分からないケース

が少なくありません。経営者としては、ちゃんとした退職理由を知りたいところですが、

退職代行者は、社員本人から伝えてよいと言われていること以外は基本的に話せない

ので、詳細を聞くのは難しいと考えられます。

「ならば、社員本人と直接話したい」という経営者もいるでしょうが、この点についても、

そもそも社員は会社とコミュニケーションを取りたくなくて退職代行を使っている

という事情があるので、基本的には避けるべきです。どうしても気になるのであれば、

退職代行者に「退職理由をもう少し詳しく知りたいと、社員に伝えてほしい」と依頼

するとよいでしょう。強要はできませんが、社員が同意した場合であれば、退職代行者もその範囲内で話をすることができます。

Q6 仕事の引き継ぎをしてほしいが、頼めるの?

多くの会社は、社員が退職する際に業務が滞らないよう、就業規則に

退職する社員は、会社の指示する期間内に速やかに後任者に業務の引き継ぎを行わなければならない

などの規定を設けています。退職代行の場合も、退職するまでは就業規則が適用されるので、

就業規則の内容を退職代行者に伝え、社員に引き継ぎをするよう働き掛けてもらうことは可能

です。ただ、問題は、会社とコミュニケーションを取りたくない社員が、

退職日までの間、年次有給休暇を使って休むなどして、引き継ぎを拒否するケース

があることです。年次有給休暇は、労働基準法で認められた社員の権利であり、会社も原則として取得を拒否できないので、こうしたケースでは引き継ぎが難航します。

難しいところですが、対応としては、

会社側で社員の担当業務に関する質問内容を取りまとめ、退職代行者経由で社員に渡し、回答してもらう

といった方法が考えられます。社内の人間と対面しない形での引き継ぎであれば、社員もある程度は応じてくれるかもしれません。

Q7 急な退職は正直迷惑……損害賠償は請求できるの?

通常の退職であれば、会社は社員と、退職日や引き継ぎなどについて綿密に話し合いながら、退職手続きを進めることができます。一方、退職代行の場合、退職代行者を挟んでの話し合いになる上に、会社もあまり社員を刺激したくないため、退職日や引き継ぎなどについては、通常の退職よりも会社が社員に譲歩せざるを得ない面があります。

経営者としては、「急な退職な上に、引き継ぎも不十分で迷惑が掛かった。少しは社員に補填してほしい」と考えるかもしれません。この点、民法上、

退職時に会社が具体的な損害を受けた場合であれば、社員に損害賠償を請求できる可能性

はあります。ただし、引き継ぎ不十分などを理由に請求が認められる可能性は低く、例えば、

社員が担当していた業務について、代替要員を急遽採用する必要に迫られたため、採用に掛かった費用の実額○○円を請求する

など、具体的な損害内容を会社側が立証する必要があります。

なお、損害賠償を請求せずに、退職時に発生した損害を賃金や退職金から差し引くことは、社員本人の自由な意思に基づく同意がなければ認められないので、注意が必要です。

以上(2024年7月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

pj00662
画像:ChatGPT

「新たなコミュニケ―ション習慣」で実現する幸せな未来/武田斉紀の『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』(12)

書いてあること

  • 主な読者:会社経営者・役員、管理職、一般社員の皆さん
  • 課題:最近話題のZ世代(1990年代後半以降生まれで会社においては20代前半くらいまで)だけでなく、それ以前の平成生まれ(30代前半くらいまで)の世代と、現在経営や管理職を担っている昭和世代との世代間ギャップが注目されています。それは価値観の違いやコミュニケーションの違いとして表れ、変化や多様性が求められる昨今、日本企業において深刻な経営の足かせとなりつつあるようです。
  • 解決策:まず会社においてZ世代を含む平成生まれと昭和生まれの世代背景を整理しながら、ギャップを埋めるための「価値観の変化」を明らかにします。その上で、筆者が多くの講演や企業研修で紹介してきた『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』を実践的に指南します。

1 『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』は、なぜ“必須”か?

シリーズ『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』も今回が最終回です。

今シリーズでは、管理職・リーダー側の皆さんがすぐにでも取り組むべき3つのコミュニケーション習慣をご紹介してきました。

組織は人でできており、互いに関わりながら高いパフォーマンスを生み出していくためにはコミュニケーションが欠かせません。とりわけ管理職・リーダーの立場にある人たちには、チームや課や部や会社全体をリードしたり、マネジメントしたりする役割として高いコミュニケーション能力が求められます。

しかしながら今、若い世代が管理職・リーダーに求めるコミュニケーションの内容が、10年前とはすっかり変わっているのです。

シリーズ第1回では、そのことに触れました。新入社員が理想とする職場像、上司像は、ここ10年で「丁寧な指導/褒める/傾聴」「個性の尊重/助け合い」などの優先順位が上昇し、逆に低下したのは「活気がある」「互いに鍛え合う」「みんなで1つの目標を共有する」などでした。

低下した項目には、昭和や平成前期の時代の空気感が漂っています。若い世代はそれらに基づいたコミュニケーションを求めなくなっているのです。

とはいえ「なぜ管理職・リーダーの側が変わらなければならないのか」「そもそもリーダーとは、『あるべきコミュニケーションはこうなのだ』とリードして、言って聞かせる側ではないか」といった声も聞こえます。

けれど変わったのは若い世代だけではありません。世界のビジネストレンドも、すでに若い世代が求めている方向に変わっているのです。

2 世界のビジネストレンドの変化を表す4つのキーワードとは

世界のビジネストレンドはどのように変わってきたのでしょうか。以下の矢印の左にある従来のキーワードに対し、新たなトレンドとしてどんなキーワードが浮かびますか。考えてみてください。

1)[競争] → [〇〇]

2)[経験・改善] → [〇〇〇〇〇]

3)[管理]  → [〇〇]

4)[指導]  → [〇〇]

1)[競争]から変わったキーワードは、発音自体は同じ(きょうそう)ですが、漢字が異なる[共創]です。文字のごとく共(とも)に創ることを意味します。

よく引き合いに出されるのは、自動車およびIT・半導体業界などにおいて、日本企業が、桁違いに規模の大きい米国グローバル企業とどう戦えばよいかという話です。

従来の常識からすれば、トヨタ自動車が他社と組む、ホンダが日産と組むなどとは考えられなかったでしょう。しかし各社単独ではとても勝てない、だったら協力しようじゃないか、そのほうが得意分野・不得意分野も補い合えるし、投資がダブらず効率も良いと判断したわけです。

[共創]はさまざまな業界で始まっています。コンビニ業界では2位と3位のファミリーマートとローソンが物流網を共有していますし、自動運転車の開発ではホンダとソニーが手を組むなど異業種間での連携も珍しくなくなっています。

2)[経験・改善]から変わったキーワードは[新価値創造]、英語の[イノベーション]のほうがしっくりくるでしょうか。とりわけ[改善]はトヨタに代表される日本のお家芸でしたが、[改善] を繰り返すだけでは付加価値は限られ、価格にも転嫁できないし、競合他社にもすぐにまねされてしまう。日本の生産性が一向に上がらない原因の一つともいえました。

大きな付加価値を生み、価格転嫁して生産性を上げていくには[イノベーション]が必要なのです。

けれども[イノベーション]は言うほど簡単ではありません。その実現には自社単独では技術や人やお金など経営資源も限られるし、発想も狭くなる。そこで先ほどの[共創]というトレンドも「あり得ない」世界ではなくなったのです。

同じように3)[管理]は [自律]に、4)[指導]は [支援]に変わりつつあります。

上司が部下に対して4)の一方的な[指導]や指示命令に従わせるという関係ではなく、部下を[支援]することで3)の[自律]を促すこと。一人ひとりが[自律]し自ら考え行動することで、世の中の激しい変化にも対応し、同時に個々を育て、組織を活性化することを目指しているのです。

3 若手がすぐに辞めてしまうのは、変われない上司に失望したから?

若い世代が管理職・リーダーに求めるコミュニケーションも、世界のビジネストレンドも同じ方向にすっかり変わっているのであれば、管理職・リーダーの側が変わるしかありません。

いうまでもなく、皆さんの会社の将来を担うのは若い世代です。会社の未来のためにも管理職・リーダーの側が変わるしかないのです。それも今すぐ、一刻も早く。

なぜなら、部下は上司を選べません。上意下達で下から何を言ってもダメ、一向に変わらない、変われない上司に失望した部下は、どうすればよいでしょう。「この上司の下では自身と会社の未来がない」と悟り、会社を去るしかありません。

最近各社からよくご相談をいただくお悩みの一つが、「ただでさえ人材難で人がいないのに、せっかく採用した若手がすぐに辞めてしまいます、どうしたらいいでしょう」というものです。

若手の早期退職の原因が上司と部下のコミュニケーションギャップにあると感じたら、ご紹介してきた3つのコミュニケーション習慣を上司の皆さんが身に付けることが、解決の近道になると思います。

4 いきなり習慣は身に付かない? 何から始めたらいい?

「毎日と言わず、毎週でも毎月でもよいのですが、何か長く続いている習慣がありますか?」私は講演会やセミナーで、社会人の受講者の方々によくこの質問をします。

けれど会場の誰もが首を横に振るばかり。何人かを指名し「仕事や勉強でなく、趣味やこだわりでもいいですよ」と聞き直して、ようやく「ゴルフの練習なら週に1回、半年ほど続いています」「お習字の教室に通い始めたのですがまだ3回目で……」と、いくつかの習慣に出会えます。読者の皆さんはどうでしょうか。

三日坊主という言葉は万人のためにあるのかもしれません。それくらい長く一つのことを“続ける”ことはハードルが高いのでしょう。「3つのコミュニケーション習慣」をお勧めする私としても心配になります。習慣といっても“クセ”に近いので、一度身に付いてしまえば後は無意識にできるようになれるのですが……。

習慣を身に付けるコツの基本は、ア)小さなことから始める、イ)ご褒美を用意する、ウ)1回くらい途切れても気にせず続ける、といったことでしょうか。

「3つのコミュニケーション習慣」を身に付けていくには、特にア)小さなことから始めるのがよいでしょう。そしてウ)一度や二度うまくいかなくても諦めずに続けることです。イ)は自分で用意しなくとも、相手の反応や関係性の変化で得られるようになります。

「①傾聴」は、まず「相手の話を最後まで聞く」練習から始めてみてください。

途中で遮ってはいけません。ひたすら頷き・相槌、承認や共感の態度を示しながら、最後まで聞ききるのです。そうして「全部話せましたか?」「話したかったことは、これこれこういうことですね」と確認するところまでが1セットです。

実は「①傾聴」の場合、これができれば、ほぼできていることになります。あとはひたすら傾聴スキルを駆使して相手が話しやすくなるレベルを上げていくことです。高ければ高いほど、あなたに対してまた相談したくなり、信頼も増していくことでしょう。シリーズ第3回から第5回までを振り返ってみてください。

「②褒める」は、「褒めると相手も自分もハッピーになれておトクだし、人も育つ」ということを思い出して、小さな「褒める」から始めてみてください。

シリーズ第6回から第9回までで、相手の【何を】「褒める」かで5つ、【どう】「褒める」かで4つのポイントをご紹介しました。組み合せると20通りもありますし、それらから相手の良いと感じたところをただ声に出せばいいのです。同時にご紹介したNGなケースに気を付けさえすれば、いくらでも見つかるはずです。

今までひと言も褒めたことのない人からいきなり褒められると、相手はびっくりし、「どうしたんですか?」といぶかるかもしれません。でも「ただ、いいなって思ってね」と返して気にしないことです。

相手は喜んでいないわけではありません。繰り返していれば、互いにすぐに慣れて良好な関係に変われます。

「②前向き発想」は、言葉通り“発想”を転換する訓練から始まります。逆境や苦しい状況になったとき、あるいは想像してみて、どのように“発想”を転換できるか。日ごろから訓練しておけば、いざというときに役立ちます。

あとはその場の状況や相手の状態によって、言い回しを使い分ければいいでしょう。その際、前向きな言葉をかける前に「メンバーの今の気持ちをしっかりと受け止める」ことをお忘れなく。シリーズ第10回と11回の内容や事例をヒントにしてください。

5 新しいコミュニケーション習慣は、あなたの人生をも幸せにする

今シリーズもいよいよ最後のまとめです。これまで『次世代リーダーに必須のコミュニケーション習慣』と題して、30代くらいから上の全ての方々に、3つの新しいコミュニケーション習慣を身に付けることをお勧めしてきました。

日ごろからリーダーがメンバーの話を傾聴し、先に褒めることで相手の存在や個性が尊重され、互いが信頼に基づく良好な関係に変われます。同時に尊重して任せることでメンバーも育ちます。組織内のコミュニケーションは活発になり、「ここでみんなと頑張り、貢献したい」とエンゲージメントが高まっていくことでしょう。

長年の間には、会社や組織が逆境や苦しい状況に置かれる場面が何度もやってきます。そこで多くの人が去ったり、停滞したり、潰れてしまったりするのか。あるいはリーダーの前向きな言葉に励まされて全員で力を合わせて乗り越え、成功体験を糧にすることができるのか。

後者の組織は、この変化の激しい時代にあっても数々の困難を乗り越えて、成長し続けていけることでしょう。

それは現在のリーダーにとっても、次代を受け継ぎリーダーとなっていくメンバーにとっても幸せなことです。

ちなみに新しいコミュニケーション習慣は、あなたの仕事だけでなく、プライベートの人生も幸せにしてくれます。

お子さんがいらっしゃるという読者の中には、現在うまくコミュニケーションが取れていない、もしくはまだ小さいけれど将来相手にしてくれなくなるのではと心配している方も少なくないでしょう。

体験談で申し上げれば、新しいコミュニケーション習慣を身に付ける以前の私は、決して人を褒めることもなく、時に怒ったりと、部下からは怖がられていたかもしれません。

けれど新しいコミュニケーション習慣を身に付けてからの私は、部下や若手メンバーからだけでなく、自分の子どもからも気軽に相談されるようになりました。最後まで傾聴してあげるだけで「やる気になれた」と感謝の言葉をもらえる存在に変われたのです。

『人生100年時代』がすでに到来しています。みなさんが定年してからも、何十年という時間が待っており、第二第三の人生が始まります。気持ちは元気でもやがて体は次第に衰えていき、誰かの手を借りることになるでしょう。誰かとは誰でしょう。そう、若い人たちです。

彼らと良好な関係でいられてこそ、最後まで幸せな人生を全うできるのではないでしょうか。そのためには彼らとの信頼関係を築くための新しいコミュニケーション習慣が必須なのです。

ちょっとした勇気を持って小さなことから始めれば、皆さんもきっと変われます。

今シリーズも最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

<ご質問を承ります>

ご質問や疑問点などあれば以下までメールください。※個別のお問合せもこちらまで

Mail to: brightinfo@brightside.co.jp

※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』 https://amzn.asia/d/e8GZwTB

『なぜ社長の話はわかりにくいのか』 https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2024年6月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
https://www.brightside.co.jp/

pj90261
画像:PureSolution-Adobe Stock

【朝礼】知らない世界の「居心地の悪さ」を楽しもう!

いつもこの朝礼では、なるべくポジティブな話をするように努めていますが、今日は私の反省を込めたネガティブな話から始めます。

私にはとても尊敬する仲の良い経営者Aさんがいます。離れた場所に住んでいるので、実際に会えるのは年に2回くらい、あとはオンラインやチャットで頻繁に情報交換、意見交換をしています。そんなAさんが少し前、たまたま仕事で当社の近くに来る機会があり、多忙な中、私と会ってくれました。久しぶりに会えたので話も盛り上がり、とても楽しいひとときを過ごしました。ただ、Aさんが帰った後、私は少し罪悪感を覚えました。「Aさんはおそらく、今回、私から学べることは何もなかっただろうな」と思ったのです。

この罪悪感の正体は、私がここしばらく、新しいことに全然チャレンジしてこなかったという“後ろめたさ”です。もちろん、新しい書籍を読んだり、経営者同士の交流会に参加したりといった取り組みはずっと継続しているので、昔に比べれば知識や知見は多少増えていますが、それらの取り組みは私の日常にあるもの、「ルーティーン」であって「チャレンジ」ではありません。

自分が慣れ親しんだ「居心地の良い」世界の中で、多少勉強をしたところで達成感は得られません。テレビゲームのRPGに例えるなら、とっくに強くなっているのにスタート地点の大陸から一歩も外に出ず、レベルの低いモンスターだけを倒して、経験値を稼いでいるような状態です。

こんな状況では、尊敬するAさんに「私はこんなことをやっているんです!」なんて、胸を張ることはできません。それが後ろめたかった私は、反省して自分を変えようと決意しました。

私が実践したのは、自分とは全く年代の違う人と出会い、話をすることです。ターゲットは、私が普段の生活ではおそらく知り合うことのない人たち。例えば、「30歳以上年の離れた10代の高校生」「20代の学生」「会社に入ったばかりの新社会人」です。

知り合いを通じて、そういう人たちに積極的に会いに行き、会話をしました。日ごろどのような遊びをしているのか、何に興味があるのか、どういう手段で情報収集しているのか、どういうツールで人と仲良くなっているのか、将来何をしたいか、などなど。

普段では全く知る由もないことを見聞きし、教えてもらい、そこから大いに刺激を受けています。もちろん、周りが若い人ばかりなので、そこに交じっていくのは少し勇気がいりますし、分からない言葉も多ければスピード感にもついていけず、たくさん恥ずかしい思いをしています。ですが、この「居心地の悪い」世界にいるからこそ、「私は今、成長している」と強く実感できるのです。

今日は、私自身の反省を込めてこの話をしました。皆さんもあえて行動を変え、普段とは違った人に会い、違ったことをしてみてください。きっと新しい発見と喜びがあるでしょう!

以上(2024年6月作成)

pj17184
画像:Mariko Mitsuda

【事業承継】ホールディングスを活用するメリットと実務

書いてあること

  • 主な読者:事業承継の具体的な効果や手続きを知りたい経営者
  • 課題:事業承継対策として、ホールディングスを活用することのメリットを知りたい
  • 解決策:ホールディングスを活用すれば、株価対策や後継者不足の問題に対応できる

1 事業承継でホールディングスを活用する5つのメリット

ホールディングスとは、事業会社の株式を譲渡などして設立される会社(持株会社)です。このホールディングスの傘下に事業会社を加えれば、事業承継対策として次の5つのメリットが期待できます。

  1. 株価上昇を抑制する効果が得られる
  2. 先代経営者のポストが用意できる
  3. 後継者世代の経営管理ができる
  4. 所有と経営の分離ができ、親族外への承継に対する不安排除の一助になる
  5. 複数の事業を統括・管理できる機能が持てる

1)株価上昇を抑制する効果が得られる

ホールディングス体制に移行すると、事業会社の株価上昇を抑制する効果が得られます。これはホールディングスの資産となった事業会社の株式が値上がりすると、ホールディングスが保有する資産に含み益が生じるからです。

ホールディングスは、事業会社の株式が資産の50%以上を占めているケースが多いです。そのため、株価評価をする際は純資産方式で株価を算定します。この純資産方式による計算過程で時価評価が必要になるのですが、価値が上昇している資産(業績好調な事業会社の株式など)を有している場合は含み益が生じます。そして、この含み益に対して純資産方式では、

法人税相当額37%を控除できる

ので、結果として株価の上昇を抑えられる効果が期待できるのです。

画像1

さらに、ホールディングスが本社ビルなどの不動産を保有すると、不動産の評価減によって株価が引き下げられる効果も期待できます。なぜなら、ホールディングスが不動産を取得した場合、取得後3年間は取得価格で評価しなければなりませんが、3年を経過するとその不動産を相続税評価で評価できるようになるからです。

不動産の相続税評価というのは、建物は固定資産税評価額、土地は路線価評価額となりますが、このような相続税評価は、時価の半額ほどであるケースが多いといわれています。つまり、評価減が起こる資産を親会社であるホールディングスが取得すると事業会社の株価を押し下げてくれる効果が期待できるのです。

2)先代経営者のポストが用意できる

事業承継を円滑に進めるためには、役員退職金を支給された先代経営者のポストを用意するケースがあります。長期にわたって代表者として事業会社の経営を担ってきた先代経営者は、依然として社内外に大きな影響力を持っているのが通常だからです。

ホールディングスは事業会社の株式を100%保有しており、事業会社を経営支配していますので、先代経営者がホールディングスの代表者に就任し、事業会社は後継者世代に委ねると良いバランスになることがあります。

画像2

3)後継者世代の経営管理ができる

事業承継を決断する経営者の悩みの多くは後継者の経営手腕ですが、この問題もホールディングスの活用で解消できます。

ホールディングスは、事業会社の株式を100%保有しているため、事業会社の株主総会の決議を書面決議(書面やPDF上の同意のみで決議があったものとみなされる方法)で行うことができます。事業会社の株主総会決議というのは、事業会社の取締役の選解任や報酬の決定など、事業会社の経営の根幹にかかわる事項です。それを書面決議で決定できる権利を持っているのですから、ホールディングスは事業会社に対して強い経営支配を及ぼします。

この経営支配の仕組みを活用し、若い後継者世代の経営をサポートすることができます。経営のバトンを後継者に渡した後、事業会社の経営状況が思わしくない場合には、経営方針を変更させるなどの修正を行うことができます。

4)所有と経営の分離ができ、親族外への承継に対する不安排除の一助になる

中小企業の事業承継がなかなか進まない理由の1つは、親族内に後継者がいないことです。経営者に子がない、子がいたとしても他の企業に就職しているなど、事情はさまざまです。こうした後継者不在の問題もホールディングスの活用で解消できます。

具体的には、ホールディングスは事業会社の株式や不動産などの資産を所有する機能だけを担わせ、事業会社の経営は、役職員の中で一番優秀な者に担わせるのです。事業会社に利益が計上された場合、例えばその3割をホールディングスに配当で分配し、3割を内部留保にし、4割を役職員の報酬として分配するなど、一定のルールを作って、経営を親族外の経営者に担わせることも可能です。

親族外の者に事業会社の社長のポストを担わせることは不安に感じられる場合もあるかもしれませんが、ホールディングスは、事業会社の株式の100%を保有していますので、事業会社の社長を変更するのも書面決議で行うことができます。

画像3

5)複数の事業を統括・管理できる機能が持てる

どのような事業であっても、良いときもあれば悪いときもあります。そのような中で事業を永続させていくには、複数の事業をホールディングスの傘下で管理していくことが重要になります。A、B、Cの3つの事業のうち、A事業の将来性は低くても、B事業、C事業がそれを補ってくれるグループを目指すということです。

このように複数の事業を統括するのが、まさにホールディングスです。ホールディングスに管理部門を配置することで、A事業、B事業、C事業の経営を管理し、経営資源を将来の事業計画に従って振り分けていくことができるようになります。また、このようにグループ経営ができれば、A事業は親族内の後継者に、B事業、C事業は親族外の役員に経営を委ねるなどの体制を取ることもできるようになります。

画像4

2 ホールディングス化のための2種類の手続き

1)株式譲渡によりホールディングスを設立する方法

オーナーが保有する事業会社の株式をホールディングスに譲渡すれば、ホールディングス体制を構築することができます。しかし、株式譲渡をする場合は、ホールディングスが株式を買い取る資金を銀行から調達しなければならず、過剰な債務を負担せざるを得ない恐れがあります。また、株式の譲渡代金の20%が譲渡所得税として課税され、ホールディングス体制に移行するだけで多額の税負担が発生する恐れもあることに留意しなければなりません。

2)株式移転を行う方法

株式移転によって持株会社を設立する場合、大きな税負担を負うことなく、ホールディングス体制に移行できます。株式移転の場合には、オーナーが事業会社の株式をホールディングスに現物出資し、その代わりにホールディングスの新株の発行を受けます。オーナーはホールディングスに事業会社の株式を渡しますが、対価として現金の支払いを受けないので課税されることは有りません。

画像5

3 事業承継でホールディングスを活用する際のポイント

以上のように、事業承継対策としてホールディングスを活用するメリットは多いです。もっとも、このようなメリットを享受するためにはある程度の時間が必要です。一口にホールディングスといっても、どの程度の期間、その組織が運営されているのかで信用力も得られるメリットも大きく違ってくるからです。

事前にどのような課題を解決するためにホールディングスを活用するのか、方針を明確化した上で、じっくり組織を作っていくことが重要になってきます。

以上(2024年3月作成)
(日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 福崎剛志)

pj30207
画像:Mariko Mitsuda

カタログから選んだ省力化製品の導入に補助金支給! 「中小企業省力化投資補助金」のご紹介

中小企業等を支援する国や自治体の補助金・助成金事業では、雇用・人材開発・IT補助・コロナ支援など幅広いジャンルの支援があります。
本レポートでは、おすすめの補助金・助成金について支援の内容や対象条件、申請方法等についてわかりやすく紹介します。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf


中小企業向け賃上げ促進税制のメリットと賃金制度の見直しのポイント

政府は今後も「賃上げ促進税制」や賃金引上げに向けた助成金などの支援を行い、企業の賃上げを促すとしています。そこで、「賃上げ促進税制」の概要から、活用するメリットや注意点、賃金制度見直しのポイントについてご説明いたします。

この記事は、こちらからお読みいただけます。pdf

先輩社員の本音「Z世代の部下、ここが困った……」第1位はコミュニケーションの基本といえることだった!

書いてあること

  • 主な読者:10~20代の新入社員とのコミュニケーションに悩む、30代以上の先輩社員
  • 課題:Z世代特有の行動や態度が受け入れられないときがある。ただ、どこまで注意していいのか、どう注意すれば新入社員に響くのかが分からない
  • 解決策:他の同年代の社員などに聞いて、自分の注意の仕方に足りていない部分を補う

1 Z世代の新入社員とのコミュニケーションに悩む人たちへ

現在、10~20代の新入社員は、いわゆる「Z世代」(1990年代半ば~2010年代初頭生まれ)と呼ばれる人たちです。先輩社員は「せっかくわが社を選んで入社してくれたのだから、しっかり育てよう」とはりきりますが、ジェネレーションギャップは世の常。Z世代特有の行動や態度に悩まされることも多いのではないでしょうか。

例えば、SNSなど特定のコミュニティ内での会話やスマホなどの扱いに慣れているために、

  • 対面でのコミュニケーションが苦手で、挨拶がちゃんとできない
  • 友達感覚の話し方が抜けきらず、敬語が正しく使えない
  • 大学の講義の黒板も写メで撮るのが当たり前だったので、メモを取る習慣がない

といった話などはよく聞きます。「ビジネスパーソンとして非常識だし、ちゃんと注意したほうがいいのかな……」「それとも、これも時代だと思って、新入社員に合わせたほうがいいのかな……」と、先輩社員の心境は複雑です。

そこで、この記事では

直近3年間で10~20代の新入社員を採用した会社に勤める「30代以上の先輩社員310人」に「新入社員の気になった行動・態度」や「新入社員への注意の仕方」をアンケート

した結果をまとめました(実施期間:2024年5月15日~5月16日)。ぜひ、自分と同年代の社員がどう考えているのかをご確認ください。最近話題の「ゆるブラック企業」や「退職代行」についてどう考えているのかも質問していますので、併せてご一読ください。

2 新入社員の行動や態度について、思うところがあるか

まずは、新入社員の行動や態度に、困惑したり違和感を覚えたりしたことはあるかを聞きました。先輩社員の回答は次の通りでした。

画像1

先輩社員の47.4%は、新入社員の行動や態度について、思うところがあるようです。

3 具体的にどのような行動や態度が気になったか

新入社員の行動や態度について、困惑したり違和感を覚えたりしたことが「ある」と回答した先輩社員に、具体的にどのような行動や態度が気になったかを聞きました。

画像2

「挨拶をしない」という回答が43.5%と最も多く、次いで「言葉遣い(独特の表現、敬語が使えない、タメ口)」の37.4%が続きます。

4 実際に新入社員を注意したことがあるか

同じく、新入社員の行動や態度について、困惑したり違和感を覚えたりしたことがある先輩社員に、実際に新入社員を注意したことがあるかを聞きました。

画像3

「たくさん注意した」「まあまあ注意した」が合計61.2%、「あまり注意しなかった」「一度も注意したことがない」が合計38.8%となりました。問題があったら注意するスタンスの先輩社員が多い一方で、それを苦手としている人も4割弱いるようです。

5 注意した/しなかった理由は何か

前章で新入社員を「たくさん注意した」「まあまあ注意した」と回答した先輩社員に「注意した理由」を、「あまり注意しなかった」「一度も注意したことがない」と回答した先輩社員に「注意しなかった理由」を聞きました。

画像4

「注意した理由」は、「仕事に支障を来すから」が42.2%と最も多く、次いで「新入社員に成長してほしいから」の34.4%が続きます。「仕事を進める上で必要だと思ったら注意する」というスタンスの先輩社員が多いようです。

「注意しなかった理由」は、「下手に注意してハラスメントと言われたくないから」が35.1%と最も多く、次いで「仕事に支障を来すほどのことではないから」の24.6%が続きます。社会におけるコンプライアンス意識が高まる中で、ハラスメントになるのを恐れて新入社員を注意できない先輩社員が多いようです。また、「仕事をちゃんとやってくれるなら、あとは本人に任せよう」というスタンスの人も一定数いるようです。

6 具体的に何を注意したか

新入社員を注意したことがある(図表3で「一度も注意したことがない」以外の回答をした)先輩社員に、具体的に何を注意したのかを聞きました。

画像5

「挨拶をしない」という回答が27.2%と最も多く、次いで「メモを取らない」の24.8%が続きます。このあたりの傾向は第3章(具体的にどのような行動や態度が気になったか)と大体同じです。また、第5章(注意した理由)を踏まえて見てみると、挨拶やメモの取り方について注意することで「仕事が円滑に進む」「新入社員の成長につながる」と考えている先輩社員が多いといえます。

7 新入社員の行動や態度は改善したか

同じく、新入社員を注意したことがある先輩社員に、注意した結果、新入社員の行動や態度が改善したかを聞きました。複数の新入社員を注意した経験がある先輩社員には、1人でも改善した新入社員がいるかを回答してもらいました。

画像6

50.4%の先輩社員が「改善した」と回答しています。

8 改善につながった/つながらなかった理由は何か

新入社員の行動や態度が「改善した」「改善しなかった」と回答した先輩社員に、それぞれそう思う理由を聞きました。

画像7

注目したいのは赤字の部分です。「改善につながらなかった理由」の1位「分からない(28.6%)」を除くと、「改善につながった理由」「改善につながらなかった理由」の上位5つは同じ内容になっています。これはもしかしたら「注意の仕方」の問題かもしれません。

例えば、「『それは間違っている』など、ストレートな言い方をした」は、「改善につながった理由」の1位(28.6%)、「改善につながらなかった理由」の3位(17.1%)になっていますが、改善につながらなかったという先輩社員は、ただストレートに注意するだけで、

  • 「何が間違っているか」「なぜ間違っているのか」などを説明する
  • 優しめのトーンで叱る

といった、他の要素をおろそかにしている可能性があります。図表7は複数回答ですが、実際「ストレートな言い方をして、改善につながった」という先輩社員の中には、上記のような他の要素も併せて選択している人が少なからずいました。

ちゃんと注意しているつもりなのに、いまいち新入社員に響かないと悩んでいる先輩社員は、

自分が新入社員だった頃を思い出しつつ、複数の要素を織り交ぜて注意する

ということを意識してみるとよいかもしれません。

9 いわゆる「ゆるブラック企業」についてどう思うか

労働環境はしっかりしているが、優しすぎて社員が仕事にやりがいを感じられない「ゆるブラック企業」が最近話題になっています。先輩社員全員に、ゆるブラック企業についてどう思うかを聞いてみました。

画像8

先輩社員の45.2%は自社もゆるブラック企業かもしれないと思っている一方、41.6%はやりがいをちゃんと伝えられている自信があるようです。

10 いわゆる「退職代行」についてどう思うか

退職代行とは、会社に直接「退職したい」と言えない社員が、他者に依頼して、退職手続きなどを代行してもらうことです。最近は民間の退職代行サービスが急増し、入社したばかりの新入社員がこうしたサービスを利用して早期退職してしまうニュースが世間をにぎわせています。先輩社員全員に、退職代行についてどう思うかを聞いてみました。

画像9

先輩社員の38.7%は、歓迎はできないまでも、ある程度は理解できると考えているようです。

以上(2024年6月作成)

pj00714
画像:KatoSaori-Adobe Stock

【自社を強くする管理会計(6)】 不測の事態の備え方

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:不測の事態に対して、どのように管理会計を活用すればよいのか分からない
  • 解決策:資金調達、業績予測、費用削減における管理会計の活用方法を解説

1 非常時は何よりも資金

日ごろから資金繰りには気を配っていることと思いますが、非常時は、より一層重要になります。万が一資金が切れることがあっては、会社が存続できません。資金は会社にとって血液であり、救命のためにはキャッシュアウトを止め、資金源を確保することが大事です。実際にコロナ禍において実施された給付金や補助金、制度融資には多くの会社が申請しました。

給付金などの申請時には、必要な数字などの情報をどこまで自分たちで用意できたかによって、自社の管理会計の仕組みがうまくできているのかが確認できます。申請に必要とされる数字は、損益計算書(PL)に関連する重要なものです。これらの数字を顧問税理士に頼らずともすぐに出せるようでなければ、管理会計が目的にする「使う」(=役に立つ)に至ることはできません。

2 必要なときに「業績予測」が作れればよい

当面の資金が用意できたら、次は、これからどうなるかという将来の「業績予測」に着手します。ポイントは、自社の状況が「どれくらいまずそうなのか」を客観的に把握することです。

業績予測は、上場会社を中心に行われている管理会計の活動ですが、非常時には中小企業にも大きな助けとなります。中小企業においては定期的に行っているケースは少なく、必要になった際におおまかな業績予測ができれば大丈夫です。今後の行動の目安として使えればよいからです。例えば、追加の融資がどのくらい必要か、費用の削減の規模はどの程度かなどを判断するのに使います。

非常時に行う中小企業の業績予測には、売上と資金という2つの視点が必要です。まず売上の視点では、当面の月次売上高を予想し、それを損益分岐点売上高と比べてみます。月次売上高を予想するには、足元数週間の売上の数字や、最新の受注状況が必要なので、そうしたデータがすぐに用意できる仕組みを作っておきましょう。また、得意先や商品カテゴリによって、その影響度合いはさまざまだと思います。そこで、どのような分け方で売上を整理すれば見通しを持ちやすいのかについて、ノウハウをためておくことも必要です。

もう1つの視点は、資金です。売上が損益分岐点を超えたとしても、資金が足りていないことがあり得ます。例えば、売掛金の回収に時間がかかる場合や未払いの支払いが早い場合が代表例であり、まさに「勘定合って銭足らず」の状態です。自社はどのような理由で、利益=資金にならないのか、その要因については月次決算を通じて把握するようにします。

3 費用削減に取り組む

業績予測の結果、「このままでは、◯◯程度の赤字になりそうなのか」ということが分かったとします。赤字の程度が分かった上で、事業への影響を踏まえながら、費用の削減を進めます。利益を出す方法は、売上を上げるか費用を削減するかのどちらかです。緊急時において即効性があるのは費用の削減です。売上は顧客あってのことで、すぐに上がるとは限らないからです。

どの費用を削減するかを決め打ちするのではなく、全体を見渡してから決めるようにしましょう。そのために、費用を必須と任意とに分けます。例えば、同じ従業員のための費用でも、社会保険料は法律に基づく必須の費用ですが、レクリエーションなどの福利厚生費は任意の費用といえます。

削減できない必須の費用については、払い方に目を向けてみましょう。分割払いやリスケジュールなど、可能な範囲で支払いを先延ばすことを検討しましょう。最終的には支払うことが必要ですが、手元資金に不安がある会社にとっては、資金を絶やさないために役に立ちます。

4 日常の管理会計の積み重ねが危機にも役に立つ

このように管理会計は、日常の意思決定だけではなく、不測の事態にも役立ちます。しかし、これらは別々に存在するわけではありません。危機時の管理会計は、日常の管理会計の延長線上にあります。日ころから管理会計に取り組むことで、過去の数字を整理でき、その内容も理解することができます。ある意味、日常の管理会計をやることで、日常だけではなく非常時に備えることができ、一石二鳥といえます。

管理会計は天気予報のようなものです。天気予報の訓練を重ねることで、万が一の場合にも、身を助けるための「災害予報」にも対応することができます。少しずつ気負わずにできることから、管理会計に取り組んでみてください。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

pj35097
画像:pixabay

IT×障がい者の就労支援の本質は、「支援」ではなく、ニアショア的に一緒に仕事をする感覚。これからの時代、子どもたちの未来を地域全体でつくっていくために今できる「共感資本」を、就労支援カムラックの賀村さんに学びました!/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、賀村 研さん(株式会社カムラック 代表取締役)です。

カムラックは博多にある会社で、障がい者への就労支援を行っています。「障がい者への就労支援」と聞くと、作業所などで行う仕事の内容も簡単なものを想像するかもしれません。でも、カムラックの就労支援はまったく違います。IT分野に強く、明るい、楽しい、やりがいがある。パソコンに向かい、かつデータ入力だけではなく、法人アプリの動作確認や開発、デザインといったクリエイティブな仕事があります。実際に、政令指定都市自治体ホームページの構築もやり切っています!

そして2024年3月には、カムラックは障がい者へのAI教育の開始を発表しました(下記プレスリリース)。ChatGPTなど生成AIのプロンプトエンジニアへのニーズが高まる中、カムラックの就労支援はますます注目されそうです。

今回、この記事では、カムラックの取り組みや賀村さんの歩み、思いなどをご紹介します。賀村さんたちの取り組みについてお話を聞いていると、とにかく「明るい」「楽しい」。「支援」ではなく、ちゃんと仕事を依頼する、一緒に仕事をしていくという考え。障がい者への就労支援に対する考え方が変わること間違いなし。地域貢献の取り組みとしても必見です。福岡、大分などを中心に繰り広げられているこの動き、もっと全国に広がっていくといいなと思います。

カムラックには視察・見学もできるので、まずは見学を申し込んでもいいかもしれません。実際に、日々、たくさんの方が見学に訪れています。なんとタイからも!

【プレスリリース】障がい者向けの革新的なe-ラーニングシステム「AICA for 福祉」の共同開発をスタート。障がい者AI人財育成を目指し、障がい者メンバーや障がい者福祉の専門家が開発を監修。
https://www.comeluck.jp/161537.html

 

【見学のご案内】カムラックを見に来ませんか
https://www.comeluck.jp/37414.html

1 「支援」というより、ニアショア的に一緒に仕事してプロジェクトを進める感覚

障がい者の雇用を増やし、自立を支援する取り組みなどが評価され、第12回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞で「審査委員会特別賞」を受賞しているカムラック。

●第12回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の「審査委員会特別賞」
https://www.comeluck.jp/141339.html

カムラック

(出所:カムラックホームページより)

カムラックのホームページには、手がけている「ITを活用した仕事×障がい者就労支援」に対する考え方が掲載されていますので、ここでご紹介します。

 

●カムラックが取り組んでいること

カムラック

(出所:カムラックホームページより)

カムラックのように、障がい者の就労支援×ITビジネスのユニークな取り組みは、ほかでは聞いたことがありません。賀村さんは、「ただの作業所ではなく、パソコンを使ったITの実務経験を積ませることで、障がい者が社会で活躍できる環境を整える」と語ります。

もっと言えば、障がい者の雇用は「支援」ではなくて、労働人口が減っていく日本における大事な働き手として障がい者にも国を支えてもらうように「活躍」してもらう。こうした障がい者の就労支援のあるべき姿について、賀村さんは次のように表現します。

「地域の就労支援事業所だから隅っこで助けてくださいとかって言うんじゃなくて。九州の経営者の輪の中のど真ん中にいる。それで一緒にやりましょうという感じ」

この言葉通り、事業所の一つは、福岡県庁前にあります。Comeluckラボ県庁前(就労継続A型事業所カムラック)。見学もできます。

【見学のご案内】カムラックを見に来ませんか
https://www.comeluck.jp/37414.html

 

そして、その先にある思いとして、

「障がい者の方々だけじゃなく、いろいろな活躍人材を育成していくには、仕事がちゃんと事業として成り立ってるところじゃないと。それが自分たちの事業から遠い世界とか思わずにですね。多くの皆さんがどんどんどんどんこの業界(活躍人材の育成)に意識を向けてもらってね。共存の道を作ってくれれば、みんながすごく苦労している社会課題なんて一気に解決しちゃうと思うんです」

と続ける賀村さん。

「支援」だから何かお願いするのではなく、自分たち(依頼する側)にとって必要な仕事、やってほしい仕事だからニアショア的に依頼してちゃんとやってもらう。それで事業として成り立つ。「支援」ではなく、一緒に開発する、プロジェクトを進める。この感覚がとても大事で、目から鱗だと思います。

実際にカムラックでは、「建設業界の深刻な人手不足解消を福祉事業で支援」するために2023年11月に「Constructionカムラック コンソーシアム」を設立しました。

土木関連の企業などがコンソーシアムにバックオフィス業務や図面などの書類作成をアウトソーシング。その業務をコンソーシアム内で連携。カムラックグループの障がい者が作業を行います。品質向上のためコンソーシアム内で技術サポートも入ります。

●日本のインフラを支える建設業界の深刻な人手不足解消を福祉事業で支援 「Constructionカムラック コンソーシアム」設立
https://www.elseif.jp/157498.html

 

●Constructionカムラック コンソーシアム
https://ccconsortium.hp.peraichi.com/

 

●Constructionカムラック コンソーシアムのスキーム

カムラック

(出所:Constructionカムラック コンソーシアム ホームページより)

実は賀村さんは、こうした「単なる支援ではなく一緒にちゃんと仕事として進める形」や障がい者のこれからのあり方については、かなり前から言っていました。例えば、7~8年前ごろに、当時の加藤一億総活躍担当大臣が講演した「一億総活躍・地方創生全国大会in九州」では、賀村さんもパネリストとして登壇し、障がい者の今後について語っています。

●社長の賀村が登壇しました!一億総活躍・地方創生全国大会in九州
https://www.comeluck.jp/68263.html

 

「地域のはじっことかじゃなく、九州全体、ど真ん中で。さまざまな業界から仕事をちゃんと受けて一緒に開発する、プロジェクトを進める」といった考えや発想は、賀村さん自身が以前、IT企業で営業部長をしていた経験や、カムラック設立のきっかけとなったIT系SES企業の社長との出会いなどが関係しているかもしれません。次章で、少し賀村さんのこれまでを振り返ってみます。

2 賀村さんの歩みを振り返る。カムラックの原点とは

賀村さんといえば福岡、博多のイメージが定着していますが、実はご出身は愛媛県です。東京で大学卒業後、最初はゼネコンに就職。東京で働くつもりが、最初の配属は福岡でした。当時はまだみんなが福岡の良さに気付いてない時代だったそうです。バブル崩壊後、ゼネコンを辞めて東京へ。今度は福岡ブームの到来。就職当時とは真逆で、「福岡、そんないいところから東京に来たのねー」と言われた賀村さんでした。

再びの東京で、IT系のスタートアップ企業に入社した賀村さん。セキュリティ製品が大当たりしたその会社で、賀村さんはバリバリの営業部長をやっていました。そのころ「福岡で子育てをしたい」という奥さまの思いもあり、福岡に戻るのですが、ここからが大変。特にIT系は、東京都と地方(当時)とで、まず就職先の数が違う。そして、仕事のやり方も違っていました。

東京では提案営業、ソリューション営業を得意とし、成果を上げていた賀村さん。一方、当時の地方ではそういう営業スタイルは合わない。必要なのはソリューション営業ではなく、実際につくる人、例えるなら大工さん。そのため「やり方が福岡じゃ合わない。給料も合わない」と言われてなかなかよい仕事に恵まれないなど、とても大変な思いをしたそうです。

このころ、後のカムラック設立につながる出会いがあります。それは、地元(福岡)のIT系SES企業の社長との出会いでした。

この社長は、自分たちの会社の姿に疑問を感じていたといいます。当時その企業では、採用してもすぐ社員は東京や大阪、福岡の大手IT企業に出向、常駐。5~10年経つと返されるものの、常駐先の大手のことしか分からない状態になってしまっている実情。こうした、ある意味下請け的な状況を改革し、「あなたの会社とお付き合いしたいと言われる会社にしたい」と思っていたその社長は、賀村さんに新規事業開発を任せます。

ここで賀村さん、年齢を重ねて東京や大阪などから地方に戻ってきたIT系社員の活用をいろいろ考えます。その中で、戻って来たIT系社員が高齢者や障がい者にITのノウハウを教えて、高齢者や障がい者もITの仕事をする戦力にしていく、という好循環を考え、少しずつ動いていたといいます。これが、ある意味カムラックの原点なのだと思います。

その後、そのSES企業の社長が病気になって経営を離脱すると、新規事業を辞めるか会社を辞めるかの選択に迫られ、賀村さんは次の場所へ行くことを決断。「辞めるなんて聞いていない。お前がいないと困る」と心から引き留めてくれた社長には、転職後もお見舞いに行き、いろいろ話をし続けた賀村さん。社長が亡くなった後、その社長の思いもあり、賀村さんは元のSES企業に戻ります。

その後、その会社を出て賀村さんが別で新しく創った、それが障がい者の就労支援をするカムラックでした。

カムラック設立までの話は、いろいろな出来事があり、文章にするのがなかなか難しいところもたくさんあります。ただ言えるのは、一緒に仕事をした地元福岡のIT系SES企業の社長、この社長との出会いや社長の未来への思い、賀村さんへの思いがあったからこそ、カムラックがこの世に生まれたのだと思います。

3 就労支援の業界全体、地域全体、そして未来をとらえて今歩む賀村さん

IT×障がい者への就労支援を実現しようとしていた賀村さん、障がい者への就労支援の部分はカムラックを設立しますが、IT部分(ITを障がい者に教える、サポートする)は前のSES企業を辞めているので、新しく会社が必要。ということでできあがったのが関連会社else if(エルスイフ)です。こちらもそうそうたるメンバーがそろっているといいます。こうして立ち上がったカムラックグループ、「地方のはじっこではない、九州の経営者の輪のど真ん中」にいて、さまざまな業界に対して共存共栄を呼び掛けていきます。

「強みのある商品やサービスや技術、人材、歴史、ノウハウがあり、顧客、ファンがあるところがこの業界にどんどん入ってきてもらって、我々就労支援事業者との共存共栄をしてもらうのが一番の近道。なので、企業さんのところに回っては、あなた方が当事者ですって言っています」

一方、自分たちの業界(就労支援)こそが、まさに今、変わる必要があるとも賀村さんは考えています。

「就労支援事業所に対しては、これからいろんな企業がその気になって我々とお付き合いしようとしてくれるけど、あなた方は受け皿になれますか? ということを聞く。正直言うと、障がい者自身が活躍したいとあまり思っていない場合も少なくない。子どものころから頑張らなくていい、無理しなくていいと言われてきている人たちが多いから。それではこの先困るかもしれないので、それも含めて、我々の同業者、当事者が今一番変わらなくちゃいけない。逆に言うと、これからの次の就労支援は、我々で、今、変えていかなくちゃいけない」

業界のど真ん中にいて、しかも他ではやらないようなことを実践している賀村さんだからこそ出てくる言葉かもしれません。

とにかく業界全体を巻き込み、変えていこうしている賀村さんは、講演や本を出すなどさまざまな活動を行っています。業界団体の理事や部長といった要職も数々。

「業界を変えていこうとすると、カムラックでは、無力ではないが微力。リーダーシップをとりながら業界全体を巻き込み変えていく。そしてそれだけでなく、就労支援とか障がい者の枠じゃなくて、地域、地域貢献、地域活性化、未来の子どもたちへの教育だとか、だんだんこう目の前のことをしようとすると、一番遠いところに考えるようになっていくみたいな感じになってきている」

賀村さんが、未来のあるべき姿、理想の姿を明確に思い描き、それを実現するための歩みを常に続けているのだという感じがします。

この「目の前のことをしようとすると、一番遠いところに考えるようになっていく」は経営者の方であれば特に、よく分かるのではないでしょうか。

4 「共感資本」の考えで、カムラックのノウハウをさまざまな地域に提供

賀村さんは、カムラックのノウハウを惜しげもなく他者に提供します。福岡にいくつか、大分などにも「カムラック〇〇」があります。例えば「カムラックおおいた」など。これらは、賀村さんのカムラックと資本関係はなく、賀村さんは役員でもなく、そしてフランチャイズでもありません。でも、カムラックのノウハウは提供している、人の教育なども行っている賀村さんです。

「我々はカムラックで儲けようとしているわけじゃない。名古屋とか大阪とか大分とか宮崎とか、他の地域で我々の代わりにカムラックをやってくれるんだったら、応援するのが当たり前じゃないですか。

しかもゼロからつくるって大変だから、カムラックの10年のブランドで良ければカムラックの名前つけてもらったらいいじゃないですか、と。我々が地方支店をつくってしまうより、そっち(の地域)でやってそっちで全部完結したら、それこそその地に税金をちゃんと収めて、働く人もその地で」

とにかく「その地域を支える活躍人材を育てる、送り出すために、その地域でやっているのだから」と言う賀村さん。

「僕はお金の関係のないままカムラックをどんどん広げていったらどうなるかという未来を見てみたい」

そう言う賀村さんは、ノウハウの渡し合い、まさに「共感資本」を実現しようとしています。カムラックのノウハウを製造業や飲食店など他の業種に提供したときに、逆に製造業や飲食店の信頼や人脈などがついてくる。お金とかではなく、共感して信頼して、お互いに大事な提供できるものを提供し合う。これが、これからの社会を進化させていくには、とても大事な考え方なのかもしれません。

賀村さんは福岡のご当地アイドル九州プロジェクト後援会会長でもあり、地元福岡のヒーロー「ドゲンジャーズ」のオフィシャルパートナーズ後援会会長でもあります。こうした活動も、共感資本につながっています。

「僕は福岡で子育てすると妻が決めたのに賛同して、この街に住んで事業するようになった。ということは、子どもが過ごすこの街を、事業の中で良くしなくちゃいけない。

アイドルも、福岡という町で女の子たちが夢を諦めない町にしたいというところからスタートして応援している」

こうした共感資本、子どもたちの未来をみんなでノウハウを渡し合ってつくる、業界全体を変え、そして地域貢献していくといった考えの背景には、カムラックを見学した人たちがかつて発したある言葉が関係しているのかもしれません。

「カムラックさんはすごい、素晴らしいですね! これはうちには無理だ」

という言葉を、見学に来た人たちが発していたそうです。とがった就労支援をやろうとしていた、一番になろうとしていた賀村さん、見学者たちの言葉に最初は「やはりうちが一番か!」と喜んでいたそうです。でも、本当にそれでいいのか、と。

せっかく見学に来た人たちに「無理だ」と諦めさせて帰すのは、業界全体にはよくないのではないか。トップが「無理だ」と思って帰ったら、そこの利用者さんやスタッフさんには未来がない。「うちは無理だ」じゃなく、「うちもできる」「私もやってみます」になって帰ってもらおう。

そう考えるようになった賀村さん。カムラックのノウハウを惜しみなく提供するのはそういう理由もあるのでしょう。

「うちには無理だ」と言われて喜んでいたことについて、賀村さんはご自身のブログで「知らないうちにマウントをかけていた」と表現しています。

「そこからはカムラックのことだけを考える経営をやめた」

とブログではつづっています。もっと、「社会の公器」としてできることを実践していく、つくっていく。そんな風に読めるこのブログは、見ていると胸がいっぱいになります。賀村さんのこの思いに大いに共感する経営者の方も多いのではないでしょうか。

最後に、そのブログ、一部をこちらに貼り付けさせていただきます。

カムラック

(出所:カムラックホームページより)

ブログの全文は下記リンクから読めます。

https://www.comeluck.jp/156351.html

みんなでノウハウを渡し合い、地域全体で子どもたちの未来をつくっていく。そんな大きな可能性を感じつつ、今日もIT×障がい者の就労支援に奔走する賀村さんたちカムラックに、心から感謝と感激を伝えたいと思います! 有り難うございます!

【見学のご案内】カムラックを見に来ませんか
https://www.comeluck.jp/37414.html

以上(2024年6月作成)