「建物の法令点検」という古いしきたりのある世界で、新しい仕組み「スマート点検」を提供している、その名も「スマート点検=スマテン」。その革命的な事業と、生み出した経営者に迫る/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、都築 啓一(つづき けいいち)さん(株式会社スマテン 代表取締役CEO)です。

都築さんたちスマテンが行っているのは、ビルや店舗など建物の法令点検の業界に革命をもたらす、「スマート点検=略してスマテン」です。内容は後ほどご紹介しますが、他であまり聞いたことのないサービスです。

競合がほぼなく、むしろ大企業が実現しようとして頓挫してしまったことを、都築さんたちが成し遂げている印象です。最初にビジネスモデルを聞いたときは衝撃的でした。これが本当のDXだ、と。今、スマテンのサービスは引く手あまたで、月に数百物件くらいお客さま(建物)が増えており、これからもニーズはまだまだ広がりそうです。

文章だけでは表しきれないスマテンのサービスの「現場感のすごさ」は、都築さんご自身が消防点検の会社を立ち上げたことがあるからこそです。現在34歳の都築さん、消防点検の会社よりも前に、飲食店や太陽光の会社などでしっかりと売上・利益を上げてきました。以降ではスマテンさんの他に類を見ないサービスと、爽やかでありつつ、根っこの芯が激強な都築さんの事業への取り組み方をご紹介します。

1 「建物の法令点検プラットフォーム」の導入実績は約1万棟を超える

スマテンには、全ての建物を安全なものにしたいというVISION、MISSIONがあります。

スマテンのビジョンの画像です

(出所:スマテン提供資料より抜粋)

一軒家を除く建物、例えば工場・ビル・マンション・アパート・商業施設などは、法令でさまざまな法定点検が義務付けられています。しかし、都築さん曰く、「一軒家を除く建物は400万棟ほどあり、そのうち、法令点検の実施率は50%を下回る」のだそうです。半分も実施されていない現状に驚きます。

この実施率をアップさせて、皆が安全で安心して過ごせる、働ける世界をつくるために都築さんがつくり出した仕組みが、

建物の法令点検の管理や、点検業務を受発注しやすくする総合プラットフォーム

です。このプラットフォーム、「ビルや店舗など建物を管理する側」と「建物の点検をする側」の両方の効率化、DXを実現しているサービスです。2019年以降、すでに1万棟超えの建物で導入されています。驚きなのは、この1万棟超えの建物を、大半が「営業電話1本で」開拓してきているという事実。導入しているのは大手焼肉チェーンや飲食店、カー用品、学習塾など、複数のビルや店舗を管理している企業です。そこに電話1本で導入。都築さんの営業力もさることながら、圧倒的な商品力なので、複数の建物を持っている企業の総務部などの方なら、スマテンの話を聞けば、「効率化でき、管理コストも削減できるメリット」が、すぐに理解できるからだと思います。

スマテンの導入状況の画像です

(出所:スマテン提供資料より抜粋)

2 建物を管理する側と法令点検する側の両方がうれしい「無料」のサービス

スマテンが実施している法令点検の総合プラットフォームの全体像は次の通りです。

  • 建物管理側(ビルオーナーなど)と法令点検する側(点検業者)の両方がDXできる
  • 間に入ったスマテンが点検業者に依頼するなど、しっかりとスマテンが動いている
  • 建物管理側も、法令点検する側も、ツール導入・利用の費用が無料である

スマテンの総合プラットフォームの画像です

(出所:スマテン提供資料より抜粋)

建物に関する法令点検はさまざまです。そのため、複数の地域にビルや店舗を持っている場合は実に管理が大変です。地域ごとに、その地域その地域の点検業者に依頼する形になるからです。この状況を、都築さんの言葉を借りてご紹介します。

「例えばFCなどで全国に数百店舗、数百のビルがある場合、地域ごとに、何十社の点検業者に発注しなければならないので、管理は本当に大変です。北海道の店舗(建物)は北海道の点検業者に、沖縄の場合は沖縄の点検業者に発注するという形です。点検の手配をしている総務部の方などは、例えば年に2回行う消防点検であれば、6月と12月の点検時期に点検業者に発注して、地域ごとの何十社という業者とやり取りして点検日程を調整して、『●月●日に点検業者が来るよ』と店舗ごとにお知らせして……というように、かなり業務が煩雑になってしまっています」

考えただけでも汗が吹き出そうな業務の煩雑さ。点検業者は小規模な企業や職人などが多く、全国的に展開しているケースは稀だそうです。仮に、建物管理側が点検窓口を一本化しようと、全国展開している大手警備会社に一括で依頼したとしても、実際に点検するのは警備会社の下請・孫請の小規模企業や職人です。点検の価格は高くなるし、情報連携に時間がかかるといった問題がある、と都築さん。

この業界的問題を解決するのが、建物管理側向けのツール「スマテンBASE」です。建物管理側が建物ごとの各種点検状況や予算までをWeb上で一括管理できるもので、導入・利用の費用は無料です。

そして、「スマテンBASE」を使っている建物管理側は、点検はスマテンにだけ依頼すればいいので、煩雑になりがちな各地域の点検業者とのやり取りもありません。スマテンは、全国800ほどの点検業者とパートナー企業としてつながっています。建物管理側から来た点検依頼を、スマテンが各地域の点検業者に割り振るという流れです。この、

間に入って点検業者への実際の依頼などのオペレーションをしっかりやっている

のがスマテンの大きな強みでもあります。

一方、小規模な企業や職人が多い点検業者側から見ると、

営業活動をしなくても、スマテンから点検業務の依頼が入ってくる

状態なのでメリットがあります。そしてさらに、点検業者側の大きなメリットが、現場でスマホで点検報告書が作れる「スマテンUP」というアプリケーションです。このアプリも、点検業者の導入・利用の費用は無料。しかも日本初!

「スマテンUP」では、単にスマホで点検報告書が作れるだけではありません。なんと、すごいことに、作成した点検報告書などの書類提出業務はスマテンが代行して郵送業務などを行います。点検業者が点検だけに集中できて、一日に回れる件数が増えるので、点検業務の稼働率は上がります。逆に管理コストは下げられます。

「私たちスマテンが今、パートナーである点検業者さんたちにお願いしているのは、点検作業そのものと、『スマテンUP』で報告書を作ることだけです。営業活動、点検スケジュールの調整、点検報告書を消防署や建物管理側に提出することまで、スマテンが巻き取っています。
大事な本業の点検作業と報告書作成以外のところを全部スマテンが巻き取っていくことで、点検業者の稼働率アップも実現しています」

そう語る都築さん。建物管理側と点検業者側の両方の管理コストを減らし効率化し、そして点検業者の稼働率もアップする……これが本当のDX、スマテン、すごすぎます。何か、人間の知恵というのは、このように工夫して使って進化していくのだということを見せてくれている感じがします。

●スマテンBASE(建物管理側向け:Webで建物の点検状況などを一括管理)

https://sumaten.co/#/

●スマテンUP(点検業者向け:報告書を現場でスマホで作成)

https://sumatenup.co/

●さまざまな種類を実施しなければならない建物の法令点検

建物の法令点検の画像です

(出所:スマテン提供資料より抜粋)

 

●スマテンの総合プラットフォームの説明動画

(出所:スマテン説明動画)

●福祉事業のスマテン導入事例

福祉事業のスマテン導入事例の画像です

(出所:スマテン提供資料より抜粋)

導入企業の事例、導入者の声などは、「スマテンMagazine」にも掲載されています。

https://mag.sumaten.co/

3 「業界ど真ん中」に身を置いていた、でも「よそ者」だから良かった

スマテンのサービスが、建物管理側と点検業者側の両方にとって本当にメリットがあり重宝されているのは、都築さんが消防点検の会社を実際に行っていたからです。

「現場を知っているからここまでいけたというのもあると思います。例えば点検業者さんが『スマテンUP』アプリを使うことで、その場でスマホで報告書が作れて業務効率化できると、1日3件しか回れなかったのが、5件6件と点検に回れるようになります。そうすると工事単価・点検単価が下がったとしても売上は上がる。仮に、その部分をスマテンに支払ったとしても、点検業者さんとしては見えない管理コストがかなり圧縮できていることになります。

点検した後に会社にわざわざ戻って報告書を作ったりしないから楽だし、件数も回れるし、近い地域の点検をスマテンが回してくれるから遠いところに行かなくていいし、消防署に書類を持って行かなくてもいい。スマテンが現場感あるサービスを提供して、点検業者さんが見えないコストを削減できているので、こういうところは他社が真似するのは難しいのかもしれません」

都築さんの画像1です

都築さんは謙虚な語り口で爽やかにサラッとこうお話しますが、すごいことを成し遂げています。古くからのしきたりが色々あったり、ITやツールに強くない方が多いイメージの点検業界ですが、そこで「スマホ一つで簡単に」「面倒で時間を取られる書類提出はスマテンが巻き取る」という、とても分かりやすいサービス設計で革命的に効率化しています。

2016年に名古屋で自ら消防点検の職人たちを集めた会社を立ち上げた都築さんは、外から業界に飛び込んでいるので、業界ど真ん中にいつつも、「なんでこんな非効率的なことが当たり前に?」と普通に思えて、改善しようとしたのがスマテンのサービスに生きたのかもしれません。

「よそ者だったから良かったっていう話ですね」と笑顔の都築さんです。

4 自分の命をどこに使うか

都築さんの根底には、強烈に、

自分の使命を果たしたい、自分のやるべきことで世の中や人の役に立ちたい

という思いがあります。これが2016年に立ち上げた消防点検の会社、ひいては、そこで感じた課題を解決する現在のスマテンにつながっています。少し紐解いてみましょう。

もともと、実家が自営業の都築さん。継がないと決めたため、中学生のころから「自分の道は自分で決めないといけない」という気持ちがあったそうです。

理系を選択し、理系の大学に進んだ都築さんですが、入学1週間で大学を辞めようと思います。曰く、「周りが優秀すぎてとても敵わないレベル。入学した時点でこんなにギャップがあるのに、4年間積み重ねたらもっとギャップは広がる」と感じたとのこと。

しかしここで止まる都築さんではありません。そこから行動開始です。バックパッカーとして世界中を旅してアジアなど何十カ国を回りました。「1カ月間バイトして10万円貯めて、翌1カ月で海外に行く、を繰り返してました」という都築さんは、タイでアジアン系カフェアンドバーを見て、そういう店が名古屋にあったらいいなと思うと、思い立ったが吉日、半年くらいで名古屋に共同出資でバーを開業しました。それが19歳のときだそうです。すごい行動力とスピード感!

その名古屋のバー時代の話がまたものすごい。なかなか文章にしにくいところもありますが、最初に3人でバーを始めたものの、色々あって別の地元の友だち2人を呼びまたバーを経営。当時、年中無休で1日20時間くらい働くという生活を3年間くらい続けたそうです……。このバー時代の物語は、ここには書ききれません。バー時代だけで前後編の映画が撮れるくらいのドラマがあり、泣ける、笑える、そして感動します。ですので、映画になることを期待しています!(期待している人は多いと思います)

とにかく常に「自分の使命、やりがいを見つけたい」「自分の道は自分で決めなければ」と感じてきた都築さん。10代後半から20代前半にかけてバーを経営したのも、まだ世の中にどういう仕事があるのか分からないので、色々なお客さんからさまざまな話を聞けるからという理由もあったそうです。

その後、2011年に東日本大震災が起きます。とにかく「自分の使命を見つけ、果たす」という気持ちの都築さんは、震災1週間後、福島県いわき市にボランティアに行きます。当時のいわき市は「今日食べるご飯がない」という状態だったといいます。このボランティアを通じて都築さんは感じたことをこのように語ってくれています。

「当たり前の生活の大切さ、日常の幸せを感じました。そういうものに本当に心から感謝しなければならないな、有り難いことなのだな、と」

「一方、ボランティアは、継続していくのが難しいことなのだなとも感じました」

そこから都築さんは、ボランティアではなく仕事として、「自分の使命、やりがい」「自分はどうやって人の役に立てるのか」を見つけるために、さまざまな事業にチャレンジしていきます。

太陽光の会社を立ち上げたり、福祉の会社を立ち上げたり。それらの事業でちゃんと売上・利益を上げているというところがまたすごいところです。「うまくいかなくて撤退した」のでは全く無い、「本当に自分が一生を捧げたいと思える仕事は本当にこれなのだろうか、まだ見つかっていない。燃えない」感に悩み、事業を変えていったそうです。事業的に成功はしていても。やるべきことはしっかりやった上で、です。何か、ないものねだりでフワフワと青い鳥を探していたりする感じとは全く違います。

悩んでいるとしても、常に行動し、結果を出す。止まらない。こういうところにも、都築さんの底知れぬエネルギー、芯の強さ、ビジネスにフルコミットする力を感じます。

色々なことを考えて行動し続けている中で、2016年に消防点検の会社を立ち上げ、そこから現在のスマテンの立ち上げに至った都築さん。

このスマテンも、最初は点検業者向けアプリ「スマテンUP」を、自分たちの消防点検の会社で使おうと思ったところから始まったのだそうです。自分たちだけで使うには開発費も結構かかったし、実はこのアプリは自分たちだけではなく、業界全体で困っている職人さんたちの役に立つのではないかと考えたことがきっかけで、プラットフォーム事業に転換していったといいます。

そして現在、都築さんは、効率化できる余地が山ほどあるのにできていない法令点検の業界を、革命的に効率化して業界全体に役に立つのと、「法令点検の実施率を上げて、安全で安心な世の中にしたい」という思いで突き進んでいます。

色々と事業を立ち上げて結果を出し続けている都築さんに、「本当に自分が一生を捧げたいと思える仕事は本当にこれなのだろうか、まだ見つかっていない。燃えない」感について聞いてみました。すると、とても印象的なことを語ってくださいました。

ここは、都築さんご自身の言葉で最後にお伝えしたいと思います。

「確かに太陽光の会社をやっているときは調子は良かったです。ただやはり、お金が儲かるからビジネスに本気になれるかっていうとそうではなくてですね。

なんというか、『自分の命をどこに使うか』っていうのを考えていたと思います。結局、今のスマテンをやっていても違う会社をやっていても、生活はできるでしょうし生きていくことはできるとは思うんですけど、ただ、振り返ったときにこの事業をやって本当に社会のためになったなとか、世のためとか人のためになったなって思えないのは残念というか悔しいなっていうところがあって。

なので、自分の使命であったり、自分ができることは何なんだっていうのをずっと考えています。

今、僕は社員とかにも言いますが、本当に自分には能力がない、本当にポンコツな人間だと思っているんです。本当に。普通の社会人としてだったら、どこも雇ってくれないくらいポンコツだと思います。自分は。

ただ、人によって適材適所といいますか、逆に経営者としてリスクを背負うことは全くビビることなく攻めれるっていうのは強みかもしれないです。そういうことを踏まえて、とにかく何か自分の命を、ポテンシャルを最大限発揮できるのはどこなんだろうというのを常に探していました。

正直に言うといい家に住んだりいい車を買ったり、色々やったんですが、僕の場合はそれで幸福度は上がらなかった。やはりそういうところじゃない、ただお金を稼ぐということではなく、自分の命をそこに使うんだっていう、『そこ』をいち早く見つけてフルコミットすることが自分の人生の幸せにつながるんではないか。それを探し求めてたって感じです」

「自分の命をどこに使うか」を探し求めていた。現在34歳、経営者歴14年の都築さん。もう、他に何も言葉はいらない感じです。都築さん、本当に有り難うございます!

都築さんの画像2です

以上(2023年9月作成)

社員が喜ぶ。新しい福利厚生として奨学金の代理返還を考えてみよう

書いてあること

  • 主な読者:若手社員の定着を図りたい、新卒社員を採用したい経営者
  • 課題:社員が学生時代に利用した日本学生支援機構の貸与奨学金の返還(返済)を企業としてサポートしたい
  • 解決策:貸与奨学金の返還分を、企業が社員に代わって日本学生支援機構へ直接送金する「代理返還制度」の活用を検討する

1 社員の奨学金返済を企業がサポートするには?

学生が利用する「奨学金」の中心は、日本学生支援機構の貸与奨学金です。卒業・修了後に貸与奨学金を返還(返済)するのは当然ですが、少し角度を変えて見ると、新入社員は、

300万円超の借金(貸与奨学金)を背負って就職し、20代前半から30代後半になるまで返済を続ける

ということになります。こうした中、2010年代に貸与奨学金の返済に充てる一定金額を手当や一時金の名目で社員の給与に上乗せ支給する「奨学金返済支援制度」を導入する企業が出てきました。その主な狙いは、社員の定着率の向上と採用応募者へのアピールです。奨学金返済の負担が大きい若手社員をサポートすれば定着率の向上が期待できます。また、求職者にとって奨学金返済の支援は魅力的です。

しかし、この方法では、上乗せ支給した奨学金返済分の税務上の取り扱いは「給与」です。社員のためにしたことが、かえって社員の所得税や住民税、社会保険料の負担を増すことになってしまう側面がありました。

そこで、日本学生支援機構が2021年4月から受付を開始したのが、

企業が日本学生支援機構に対し、社員に代わって貸与奨学金の返還分を直接送金する「企業の奨学金返還支援(代理返還)制度」(以下「奨学金の代理返還制度」)

です。奨学金の代理返還制度は、返済分を社員の給与に上乗せ支給する場合と比べて、税金や社会保険料の負担などで社員、企業の双方にメリットがあります。以降で詳しく見ていきましょう。

2 奨学金の代理返還制度のメリット

1)【社員】所得税や住民税の負担を抑えられる可能性がある

貸与奨学金の返還(返済)に充てる一定金額を社員の給与に上乗せ支給した場合、給与所得として課税対象となります。

一方、企業が代理返還する場合、企業が直接、日本学生支援機構に送金するので、社員の通常の給与と返還分は区分され、かつ奨学金の返還であることも明確です。このため、返還分に係る所得税は非課税となります(貸与奨学金の返還をしなければならないのが役員である場合など、一定の場合には所得税の課税対象となることがあります)。

国税庁「質疑応答事例(所得税)」によると、

奨学金の返済に充てるための給付は、その奨学金が学資に充てられており、かつ、その給付される金品がその奨学金の返済に充てられる限りにおいては、通常の給与に代えて給付されるなど給与課税を潜脱する目的で給付されるものを除き、これを非課税の学資金と取り扱っても、課税の適正性、公平性を損なうものではないと考えられます

との見解が示されています。

住民税は前年の所得に基づいて徴収されますが、貸与奨学金の返済額を社員の給与に上乗せ支給する場合と比べて、企業が代理返還する場合は住民税の負担を抑えられる可能性があります。

2)【社員/企業】健康保険料などの負担を抑えられる可能性がある

企業が代理返還する場合、その返還分は、原則として、標準報酬月額の算定の基となる報酬に含めません(ただし、給与規程などによって、給与に代えて奨学金返還を行う場合には、報酬に含みます)。

このため、標準報酬月額を基に計算する健康保険料、厚生年金保険料の負担を抑えられる可能性があります。なお、介護保険料については、貸与奨学金を返還し終わるであろう40歳以上の社員が対象のため、ここでは考慮していません。

3)【企業】法人税では給与として全額損金算入できる

企業が代理返還する場合、その返還分は、社員(使用人)の奨学金の返済に充てるための給付に当たるので、給与として全額損金算入できます。

4)【企業】一定の要件を満たせば、法人税の税額控除ができる

企業が代理返還する場合、その返還分は、「賃上げ促進税制」の対象となる給与等の支給額にも該当します。そのため、一定の要件を満たす場合には、法人税の税額控除の適用を受けることができます。

5)【企業】支援の取り組みを採用活動でPRできる

奨学金の代理返還制度を導入することは、福利厚生の1つとして求職者へのPR材料となります。

また、奨学金の代理返還制度を導入している(導入予定も含む)企業は、掲載依頼をすれば、日本学生支援機構のウェブサイトにある「各企業の返還支援制度」に社名や支援内容を掲載してもらえます。日本学生支援機構から、大学や学生などに対して就職後に支援が受けられる企業として紹介してもらうことも可能です。

3 奨学金の代理返還制度を導入するには?

1)社内制度を整える

奨学金の代理返還制度は、学生時代に日本学生支援機構の貸与奨学金を利用し、その返済をしている社員を優遇するものです。そのため、対象者と対象でない社員との公平性に留意した上で、社内規程を作成することが求められます。検討すべきポイントは次の通りです。

  • 対象者:雇用形態、勤続年数、選考を行うなど
  • 支援金額:返還額の一部または全額、上限金額を設けるなど
  • 施行期日:いつから施行するか

2)対象者を決める

奨学金の代理返還制度の対象者については慎重に検討しましょう。対象者が、返還が終わったらすぐに退職してしまう場合もあり得ます。そうすると、企業側は、いわば「借金を肩代わりしただけ」になってしまいます。

しかし、「一定期間自社に勤務しなければ、自社が代理返還した金額を返さなければならない」といった契約を結ぶことはできません。労働基準法では、労働契約の不履行について違約金を定め、また損害賠償額を予定する契約を禁止しているからです。

職場や仕事内容への不満などが理由で退職に至らないよう、企業としての魅力を高めつつ、対象者を上手にフォローしていくことも大切です。

3)日本学生支援機構に返還支援申請をして、「スカラKI」に登録する

企業から日本学生支援機構への送金は、日本学生支援機構が提供する、企業の返還支援(代理返還)システム「スカラKI(ケーアイ)」を利用して行います。

詳細は、日本学生支援機構のウェブサイトをご確認ください。

■日本学生支援機構「企業の奨学金返還支援(代理返還)制度」■
https://www.jasso.go.jp/shogakukin/kigyoshien/

4 奨学金の利用実態

1)学生の3.1人に1人が日本学生支援機構の貸与奨学金を利用

2017年度には日本学生支援機構の給付型奨学金も開始されましたが、奨学金制度の中心は同機構の貸与奨学金です。

同機構によると、日本の高等教育機関(大学・短大、大学院、高等専門学校、専修学校専門課程)で学ぶ学生364万人のうち、116万人(31.8%)が、同機構の貸与奨学金を利用しています(日本学生支援機構「令和3事業年度業務実績等(令和4年10月)」)。

2)借入総額は平均310万円、毎月の返済額は1.5万円、返済期間は14.5年

労働者福祉中央協議会(中央労福協)によると、日本学生支援機構の貸与奨学金を利用し、現在返還中(猶予制度利用や滞納中も含む)の人の場合、「借入総額は平均310万円で、毎月の返済額は1.5万円、返済期間は14.5年。時系列でも状況はそれほど変わらない」といいます(中央労福協「奨学金や教育費負担に関するアンケート報告書(2022年9月実施)」)。

3)延滞問題

貸与奨学金の返済が滞り、延滞3カ月になると、延滞情報が個人信用情報機関のいわゆる「ブラックリスト」に登録されます。そうすると、一定期間、クレジットカード利用が制限されたり、住宅ローンを組めなくなったりします。

延滞4カ月になると、債権回収業者による回収が行われます。さらに延滞9カ月になると、多くの場合、支払督促という裁判所を利用した手続きに移行します。一括返済するように督促され、支払いができないとき、自己破産に至るケースがあります。親が連帯保証人や保証人となっていた場合、自己破産をすると親に一括請求がなされることになり、破産が連鎖する恐れもあります。

こうした奨学金の利用実態も踏まえ、新しい福利厚生の一策として奨学金の代理返還制度の導入を検討してみてはいかがでしょうか。

以上(2023年9月)

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画像:Jokiewalker-Adobe Stock

【経理業務の効率化】法人クレジットカードを使って経費精算の手間を軽減

書いてあること

  • 主な読者:経理部門の業務効率化を進めたい経営者、経理担当者
  • 課題:会計処理(仕訳)の方法や、税務上のリスクを確認したい
  • 解決策:不正利用を防ぐために厳格な利用ルールが必要。電子帳簿保存法の適用を受ければ、大幅な業務効率化が可能

1 経費精算の手間は減り、社内の現金も少なくできる

毎月の経費精算が無くなれば…。

会社で働く人であれば、一度は思ったことがあるでしょう。特に外出や出張の多い役員や営業担当者の交通費精算は、多くの手間と時間を要します。また、経理担当者としても、経費精算の提出遅れやミスがあると決算作業が遅れたりして困ります。

そうした中、比較的手ごろに取り組める経費精算の効率化として注目されているのが、

法人クレジットカードを利用

です。主なメリットは次の通りです。

  • 経費申請の時間短縮。ウェブサイト上のカード利用明細から直接会計データを取り込み、経費精算システムが連動できるサービスもある
  • 経費の請求漏れやミスの防止
  • 現金の出し入れ回数の削減
  • 支払いが翌月以降に繰り延べられることで資金繰り改善、ポイント還元される

この他、経営者や経理担当者が気になるのは、

法人クレジットカードを利用したときの会計処理(仕訳)はどうなるのか?

でしょう。そこで、この記事では法人クレジットカードを利用した場合の会計処理を分かりやすく解説しますので、経理業務の効率化を進めるためにご活用ください。なお、以降で紹介する勘定科目は一例なので、貴社の実情に合わせて読み替えてください。

2 会計処理(仕訳)

1)法人クレジットカードの利用時

法人クレジットカードで経費を支払った場合、実際の支払日(会社から出金がある日)と、費用の発生日が異なるため、いったん「未払金」勘定で処理します。

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2)カード利用額が口座からの引き落とし時

カードの利用額が口座から引き落とされたら、「未払金」勘定を解消します。

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3)誤って個人利用をしてしまった場合

誤って法人クレジットカードを個人利用してしまった場合、カード利用時、返金時、引き落とし時にそれぞれ次のように処理します。

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3 税務上の留意点

法人クレジットカードを使って支払った経費を損金算入するには、請求書や領収書など(以下「請求書等」)の書類を保存しておかなければなりません。法人クレジットカードの利用明細書だけでは十分な証憑(しょうひょう)書類として認められないケースがある(商品やサービス内容や購入者の氏名など、一定の事項が記載されているものを除く)ので、法人クレジットカード利用時に受領する請求書等を保管します。

これは、消費税の控除(以下「仕入税額控除」)も同様です。インボイス制度が始まる2023年10月1日以降についても、仕入税額控除を受けるためには、法人クレジットカードの利用明細ではなく、支払った先の店舗やサービス業者から受け取るインボイスの保管が必要になります。

また、電子帳簿保存法により2024年1月以降、紙ではなく、データ(PDFやシステム上の請求書ダウンロードなど)で請求書等を受け取る場合には、一定の要件のもと、データでの保存が義務化されます。経理担当者とデータ上でやり取りできる仕組み作りも必要になります。

4 厳格なルールが必要

法人クレジットカードの不正利用を防ぐために、法人クレジットカードの利用ルールや規程(以下「利用ルール」)の整備が必須です。利用ルールを作成したら、その内容と違反した場合の罰則について役員・社員に周知します。

  • 部長以上など、利用対象者や利用人数を限定する
  • 利用用途を限定する(旅費交通費、交際費の支払いに限定するなど)
  • 役職ごとにカードの利用限度額を設定する
  • 不正利用した場合の罰則を定めておく(最悪の場合は刑事告訴するなど)

以上(2023年9月更新)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:photo-ac

【中堅社員のスピーチ例】なぜマリオは40年も愛され続けるのか?

おはようございます。今日はテレビゲームのキャラクター「マリオ」について話したいと思います。皆さんもご存じですよね。赤い帽子と青いオーバーオール、白い手袋に身を包んだ、配管工の男性です。1985年にマリオを操作して敵をかわしながらクリアを目指すアクションゲーム「スーパーマリオブラザーズ」が発売されて以降、マリオが活躍するゲームソフトは何十種類も作られています。今年はゲームの世界を題材にしたマリオの映画が公開され、アニメ映画の世界興行収入歴代2位を記録したことでも注目を集めました。

なぜ、マリオは約40年もの間、人々に愛され続けているのでしょうか。アクションの爽快感や年々進化するグラフィックの美しさなど、さまざまな理由があるでしょうが、私自身はマリオというキャラクターの「親しみやすさ」によるところが大きいのではないかと思っています。

マリオをご存じの人は分かると思いますが、彼は良くも悪くもヒーローらしくないのです。団子鼻で口ひげを蓄え、体形は小太り。一般的な「格好いい」からはだいぶ外れるビジュアルです。敵に負けたときに、おどけながら「マンマミーア!(何てことだ!)」と叫ぶなどユニークな一面もあり、ヒーローというよりは身近にいそうな面白いおじさんというイメージが強いです。でも、そんな親しみやすいキャラクターが、ゲームでは高い身体能力を活かして縦横無尽にフィールドを飛び回る。そのギャップがとても魅力的なのです。

マリオが活躍するゲームのジャンルは、アクション以外にも、カートレースやスポーツ、パーティーゲームなど多岐にわたります。アクションゲームの枠を超えてソフトが作られ続けるのも、マリオの持つ親しみやすいキャラクターが人々から愛され、「もっといろいろなマリオを見てみたい」と望まれてきたからではないでしょうか。

少々熱くなってしまいましたが、私が皆さんに伝えたかったのは、「長年愛されるものには、必ず愛される理由がある」ということです。私たちの会社も、ありがたいことに何十年と続いてきていますが、そこにもお客さまから愛され続ける理由があるはずです。それは、商品・サービスによるものかもしれませんし、それ以外の当社が持つ魅力によるものかもしれません。

いずれにせよ、大切なのは、時代に合わせて自分たちをアップデートしていくときに、お客さまから愛される、会社の「核」とも呼べる魅力を誤って消さないようにすることです。私たちは、常にお客さまに良い商品・サービスを提供するために、古い技術や考え方を改め、より新しいものを吸収するということを繰り返しています。でも、仮にその過程で会社が持つ本来の魅力を捨て去ってしまったら、当然お客さまは離れていきます。アップデートを継続することは大切ですが、一方で会社の歴史に目を向け、当社が愛され続ける理由を掘り下げていくことも忘れてはならないと思う今日このごろです。

以上(2023年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

購買管理の基本「品質・価格・納期(QCD)」を意識しよう

書いてあること

  • 主な読者:購買管理に慣れておらず、基本の考え方を知りたい購買担当者
  • 課題:購買管理を適切に進めるためのポイントがわからない
  • 解決策:QCD(品質・価格・納期)の3つを意識し、過剰な在庫を持たないようにする

1 購買管理の基本はQCDを意識すること

購買管理とは、

企業が生産活動を行う際に、外部から適正な品質の資材を、必要な量だけ、必要な時期までに調達するための一連の活動

です。例えば製造業の場合、原価に占める材料費の割合は約40~60%とされています。企業にとって、購買管理がいかに重要な業務であるかがわかるでしょう。購買管理というと、価格を抑えて調達できれば問題ないと考えるかもしれませんが、それだけでは不十分です。購買管理の基本は、

QCD:Quality(品質)、Cost(価格)、Delivery(納期)

を意識することです。優先順位はQ>D>Cの順が一般的です。品質が最優先で、多少価格が高くても納期が守られるほうを優先するという判断になります。

購買担当者はQCDを理解し、適切な購買先を選択しなければなりません。同時に、QCD以外の技術提案力や法令遵守の状況なども勘案し、必要に応じて購買先にフィードバックして改善を促すことも必要です。購買先を評価する基準の例は次の通りです。

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この記事では、購買管理の基本となるQCDの考え方を紹介します。

2 Quality:品質の考え方

1)過剰品質の防止が重要

品質は、仕様に基づいて合否ラインを決めます。仕様は、寸法・重量・強度・成分などを数値や図面などで示して明確にします。品質を考える上で大切なのは、

過剰品質に陥らないこと

です。例えば、設計上必要な仕様を大幅に上回り、過剰に高い強度の資材を使えば、価格は高くなります。品質が高ければ全て良しとするのではなく、完成品の販売価格に見合った資材を購買します。

また、仮に最適な品質であっても、規格外の寸法など特別な仕様の資材を使えば価格は高くなります。このような場合、仕様を見直して、より低価格で購買できる資材での代替などを検討します。

2)受入検査と源流管理による品質管理

品質管理の方法としては、次の2つがあります。

  1. 受入検査:自社に納品された資材が仕様通りかを確認することで不良品の流入を防ぐ
  2. 源流管理:設計の見直しなども含め、購買先の製造工程を確認することで不良品の発生を防ぐ

源流管理は不良品の発生そのものを防ぐことができるため、品質管理の点では得策に思えます。ただし、購買先の負担が増えるため、その分価格は高くなります。そのため、代替品の確保が難しいなど重要度の高い資材について源流管理を行い、そうでないものは受入検査で品質管理を行うなどのメリハリをつけます。

3 Cost:価格の考え方

品質面の要求を満たしていれば、価格は低いほうがよいです。参考になるのが、コストテーブルです。コストテーブルとは、

重量・寸法・数量などの価格に影響を与える要因と、価格との関係を整理し、表や計算式にまとめたもの

です。

具体的には、購入実績や見積もりなどのデータから作成します。コストテーブルは、自社内で蓄積されていることも多いと思います。ただし、コストは技術革新や市場価格の変動によって都度変わりますので、継続的にコストテーブルを更新するのが不可欠です。

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4 Delivery:納期の考え方

納期は、余裕を持った日程で購買先に確認し、決定します。納期を決めるには、文字通りの期間だけでなく、最適な数量を確保するという視点が必要です。自社としては、在庫リスクをできるだけ避けるため、需要が確実になってから購買先に発注したいと考えます。しかし、これでは購買先が十分なリードタイムを確保できないため、品質の低下や価格の上昇、場合によっては納期遅れが発生します。

最適な数量を算出する際に参考になるのが、「ウィルソンの公式」です。これは、単価と発注費用および在庫保管・維持費用を勘案して、最も価格の低い発注数量(経済的発注数量)を算出するものです。

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例えば、「年間需要数量1000個」「1回当たりの発注費用1000円」「単価500円」「1年間の在庫維持費用が単価の20%」の資材があるとします。この場合、公式から求められる経済的発注数量は次の通りです。

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この製品の場合、最も価格が低くなる発注数量は約141.4個です。この数量を基本にしながら安全な在庫水準など、その他の要因を勘案して発注期間や発注数量を決定します。

以上(2023年9月更新)

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【経理業務の効率化】交通系ICカードを使って経費精算の手間を軽減

書いてあること

  • 主な読者:経理部門の業務効率化を進めたい経営者、経理担当者
  • 課題:会計処理(仕訳)の方法や、税務上のリスクを確認したい
  • 解決策:会計処理ミスを防ぐなら旅費交通費に用途を限定する。利便性を高めるなら用途は限定しない。ただ、個人利用の混在に要注意。

1 経費精算の手間が減って社内の現金も少なくできる

毎月の経費精算が無くなれば……。

会社で働く人であれば、一度は思ったことがあるでしょう。特に外出や出張の多い役員や営業担当者の交通費精算は、多くの手間と時間を要します。また、経理担当者としても、経費精算の提出遅れやミスがあると決算作業が遅れたりして困ります。

そうした中、比較的手ごろに取り組める経費精算の効率化として注目されているのが、

交通系ICカードの利用

です。主なメリットは次の通りです。

  • 経費申請の時間短縮。アプリを利用すれば、交通経路などの検索も不要
  • 経費の請求漏れやミスの防止
  • 小口現金の出し入れ回数の削減

この他、経営者や経理担当者が気になるのは、

交通系ICカードを利用したときの会計処理(仕訳)はどうなるのか?

でしょう。そこで、この記事では交通系ICカードを利用した場合の会計処理を分かりやすく解説しますので、経理業務の効率化を進めるためにご活用ください。

2 会計処理(仕訳)

ここでは、交通系ICカードの利用について、

  • 用途を限定しない
  • 旅費交通費だけに用途を限定する

といったそれぞれのケースについて会計処理を紹介します。なお、以降で紹介する勘定科目は一例なので、貴社の実情に合わせて読み替えてください。

1)用途を限定しない場合の会計処理

1.交通系ICカードに現金をチャージ

現金をチャージしたときは、まだ用途が不明のため、仮払金などの仮勘定で処理します。

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2.支払い

支払った用途に合わせて仕訳を切ります。支払い用途の確認は、利用明細などを基に行います。交通系ICカードの利用明細は駅の自動券売機で出力できますが、交通機関の利用以外の項目は、「物販」とだけ記載されている場合があるので「個々に領収書」が必要です。

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利用明細の中に、社員が私用で購入したものが含まれている場合は要注意です。その場合は、「立替金」勘定に振り替え、後日、社員より現金で精算(給与天引きなど)します。

2)旅費交通費だけに用途を限定する場合

1.交通系ICカードに現金をチャージ

チャージされた現金の用途は旅費交通費に限定されるので、旅費交通費として計上します。

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2.支払い

支払った際は、既に旅費交通費として計上しているので、特段の会計処理は不要です。ただ、支払いが本当に旅費交通費だけなのかを明確にする必要があるので、交通系ICカードの利用明細などはこまめに提出してもらいます。

3.決算時

決算時に交通系ICカードに残高がある場合は、旅費交通費の前払いとして処理するので、前払費用に振り替えます。ここで前払費用に振り替えた旅費交通費は、決算日翌日に反対仕訳が必要になるので忘れないようにしましょう。

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3 税務上の留意点

交通系ICカードを利用すれば経費精算が楽になりますが、うっかり個人利用が混在してしまうことがあるので注意しましょう。もし、交通系ICカードで行った個人利用の支払いを経費として処理してしまった場合、社員であれば給与、役員であれば役員給与として取り扱います。

社員給与であれ、役員給与であれ、いずれの場合もまずは源泉所得税の徴収に関する問題が生じます。また、役員給与の場合は問題が複雑です。税務上、損金算入できる役員報酬は、「定期同額給与」「事前確定届出給与」「業績連動給与」のいずれかに該当するものです。役員の個人利用が判明した場合は損金算入できず、法人税が課されるケースがほとんどです。また、後日税務調査などで指摘を受けた場合は、加算税や延滞税が課されてしまう恐れがあります。最近は、税務調査の際に、交通系ICカードの経理処理に関して指摘を受けるケースが増えているようなので注意しましょう。

以上(2023年9月更新)
(監修 税理士 石田和也)

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【経理人材の育成(5)】今の時代に適した日常のピープルマネジメントとは?

書いてあること

  • 主な読者:経理人材の育成や、経理部全体の効率化に悩む中小企業のマネジメント職
  • 課題:メンバーについて、業務面のみしか把握できていないため、個々人の価値観に即した人材育成が難しい
  • 解決策:メンバーについて業務面・個人面両方を把握するため日常のささいな会話からも情報収集し、人材育成に役立てる。また、指示を伝える際にはホワイトボードなどを使って具体的に伝える

1 人を育てるためには、日常の些細なやり取りが大切

管理職の重要な仕事の1つに、ピープルマネジメントスキルがあります。ピープルマネジメントスキルとは、

メンバー一人ひとりに向き合い、仕事に対するモチベーションやエンゲージメントを向上させ、チーム全体の力を高めるスキル

です。書店に行くと、部下との接し方といった本を多く見かけることからも、おそらく苦手にしている方も多いのではないでしょうか。私の印象では、経理の管理職の皆さんも例外ではなく、むしろ他の職種以上に課題感を感じている方が多い気もします。

そこで今回は、

ピープルマネジメントスキルの中でも、日常のやり取り

を中心に見てみます。評価面談など定期的に行われるかしこまったやり取りももちろん人材育成に影響を与えますが、圧倒的に多くの影響を与えるのは日常のやり取りです。日常の中で、どのような情報を得ておくとメンバーとのコミュニケーションがスムーズになるのか、また、こちらから指示など伝えるときのポイントなどをお話しします。

2 メンバーについて5分間語れるように

突然ですが、

皆さんのチームのメンバー全員について、それぞれどのような人物なのかを5分間ずつ説明をすることはできますか?

管理職の方であれば、業務面での課題については延々と話せる方もいると思います。ただ、これから挑戦してほしいことといったメンバーの弱みが中心になりがちで、すでに達成している強みには目が向いていない方もいらっしゃるのではないのでしょうか。

管理職はメンバーに比べて視野が広く、かつ視座が高いものの、多忙を極めるため、なかなか小さな変化には気付きにくいものです。しかし、メンバー本人の視点に立てば、以前できなかった業務ができるようになること(変化)が、仕事に対するモチベーションに大きく影響してきます。このようなメンバーの変化を把握し、折に触れてコメントするだけでも、思った以上に相手に響きます。私の経験では、小さな事柄ほど、「こんなことまで気が付いてくれた、見守ってくれている」というように好意的に解釈してくれて、効果が高いものです。ぜひ、できるようになったことやプラスの面にも視点を向けるようにしてください。

次に確認していただきたいのは、

業務面と個人面の両方から語られているかということ

です。業務面とは具体的に、入社年次、これまでの配属と業務内容、担当業務を行ううえでの強みと課題、資格といったことです。これらの業務面に触れるのは難しくないと思いますが、業務面だけ押さえるのでは不十分です。

ぜひ個人面についてもコメントできるようになりましょう。例えば、入社理由、家族構成や状況、性格や思考、趣味など大事にしていることです。なぜこれらが大事かといえば、業務の進め方や得意不得意に与える影響が大きいためです。例えば、思考のパターンだけみても、慎重にミスがないことを確認しながら仕事を進めるタイプもいれば、スピード感をもって次々進めることを好むタイプもいます。私たちが行う経理業務にとって正確さもスピードもどちらも大事な要素ですが、メンバーがどちらのタイプなのかによっては、管理職の皆さんの確認すべき項目や仕事の依頼内容も変わるはずです。

また、個人的項目の中でも、入社の理由は必ず押さえておきましょう。なぜこの会社を選んだのか、経理の仕事に就いたのか、を聞くことで、本人の価値観やキャリアの考え方のベースを知ることができます。面談で改まって今後のキャリアへの希望を聞いても、饒舌(じょうぜつ)に語ってくれるメンバーは少ないものです。しかし、なぜここを選んだのかという過去については、本人も大体よく記憶しており、率直に教えてくれるケースが多いのです。まずはそれを聞き出して、今後の業務において少しでも考慮することができれば、本人のやる気アップにも中期的なキャリア形成にもつながり、一石二鳥です。

このように、個人面の情報を知ることは、雑談もできる、人間関係がスムーズになるからというレベルの話ではありません。私は、

管理職の仕事は「チューニング」だと考えています。個人の方向性と会社の方向性を合わせることで、業務の進み具合は大きく変わります。

共通点を見つけ、実行を助けるのがまさに管理職の仕事といえます。最近聞く「パーパス経営」も、個人のパーパス(存在意義)と会社のパーパスを合わせることが重要といわれており、もはや管理職の役割として社会的にも求められているのです。

3 ツールや会話を通じて、メンバーの情報を集める

では、業務面の情報はまだしも、個人面の情報はどのように集めたらいいのか、悩む方もいるでしょう。

1つの手は、性格診断テストの活用です。もし会社で人材育成の目的で受けたものがあれば、その結果を人事部門から入手して見直すといいでしょう。管理職であれば、多くの場合メンバーの診断結果は見られるはずです。おすすめなのは、

その結果を半年に1回程度定期的に目を通すこと

です。そうすることで、最近見かけた気になる行動について、この思考タイプが影響していたのかもとつながりに気が付くことがあります。これらの情報は、日常をより良く理解し、個人の性格に合わせた人材育成を行うためのものです。決して日常と切り離さないことが大事です。

例えば、私が在籍していた日本マクドナルドやウォルト・ディズニーでは、「ストレングスファインダー」という強みを把握する診断テストを部門で受検していました。各人の強みが公開されており、チームマネジメントやプロジェクトマネジメントに活用されていました。どのようなテストでも、参考になる情報は含まれています。

また、テストは大げさかもと感じる方は、会話のなかで情報を少しずつ集めていくのもおすすめです。メンバーの中には、あまり自分からは発言しないタイプもいます。その場合は、例えば、管理職自身が自分自身のことから発言してみるのもいいでしょう。あるいは、新たなメンバーが来るなど皆が自己紹介をする機会を積極的に設けることができれば、そこで改めて聞くこともできます。また、口下手なメンバーと仲がいい他のメンバーと一緒に会話をするのもおすすめです。上司と自分という1対1だと緊張あるいは警戒しますが、社交的なメンバーを巻き込むことで複数人の和のなかで安心して発言してもらえます。

私の場合には、部の定例ミーティングの報告内容に、「今週のすごい!」という項目を入れて、発表してもらっていました。対象は、仕事でもプライベートでも構いません。自身がこの1週間の中ですごいと感じたことを共有してもらいます。2~3カ月続けると、各人の傾向がかなり見えて、その方の特性が理解できるようになりました。新しい職場などでお互いの理解を深めたい場合に特におすすめです。

情報を集める際の全般的なポイントは、

自分の推測をはさまないこと

です。推測ではなく、本人の発言を得てその内容を重視してください。例えば、子供のいる女性には負担が少ないよう経験のある仕事を中心に任せようと、優しい性格の方ほど先回りして考えがちです。そのような配慮を実際に行う前に、ぜひ本人に働き方の希望を聞いてみてください。人間ですので自分の先入観がどうしても推測にはいってしまいがちですが、本人の発言ほど役に立つものはありません。もしかすると、プライベートに関することは聞きにくいと思うかもしれませんが、この例のように業務分担のための質問であれば、その旨を説明したうえで質問することには大きな問題はないはずです。

4 具体的に伝える

ここまでは、メンバー各人の情報を得るというインプットの話でした。管理職の皆さんは、インプットした情報を踏まえて、メンバーに指示などを出す場面も日常では多いはずです。ここからは、アウトプットする際のポイントを見ていきましょう。

まず、

新しい話や不得手そうな話は、対面で伝える

ようにします。もちろん、リモート勤務の場合には最近多いWeb会議でも構いません。要は電話やメールといった相手に伝わる情報(表情や雰囲気など)が少ない手段は避ける方がいいでしょう。また、本人にとって難易度が高いであろう仕事の話をする場合には、相手の反応が容易に分かり、臨機応変に説明を変えられる方法で伝えます。

また、

紙に書いたり、ホワイトボードを活用したりする

こともいい方法です。私の上司は、私に新しい資料の作成を依頼するときには、一緒にホワイトボードの前に立ちイメージを書き込み、さらにスマホで画像データにして共有してくれました。そうすることで、行き違いを防ぎ、何度も見直すことができます。対面と紙・ホワイトボードに共通するメリットは、容易に目に見えることといえます。

他にも、

理解の相違を避けるためには、使う言葉を選ぶこと

も大事です。例えば、「注意する」「意識する」などは、あまり使わない方がいいでしょう。なぜなら、具体的に何をどうすることなのかが分かりにくいからです。実際に本人が対応方法を考えることになってしまうため、そこでずれが生じがちなのです。もしそれを考えさせたいということであれば、会話の中で、具体的にどうやったらいいと思いますか? と質問して、その回答内容をもとに必要なら説明する方がいいでしょう。

さらに、

日常においてメンバーが判断する拠り所を、標語にして伝える

のも有効です。例えば、私の上司は「Quick Win」という言葉を部門の指針として使っていました。Quick Winとは、とりあえずすぐにできることに取り組んで少しでも改善するという意味です。当時、残業が非常に多く、業務上の課題が山積みという状況でした。その中で、完璧な解決を目指すのではなく、少しでも前に進もうということでこの言葉を使っていたようです。メンバーである私は、この言葉を判断基準として、根本的な解決に時間がかかる場合には応急処置を優先するという行動を迷わずとることができました。このように、標語はいちいち指示をしなくても、管理職の皆さんの考え方を届けてくれるのです。

以前に比べて、コミュニケーションの「ブラックボックス」化が進んでいる今、このような「分かりやすさ」は人材育成や業務の進捗に大きく影響すると感じます。

少し前の時代では、上司が電話でやり取りする様子を伺って、こういうことも起こるんだとか、こういう風に伝えればいいんだと、まさに背中を見て学ぶことができました。しかし、もはや電話はそれほどかかってこない時代であり、代わりにチャットなどで1対1でのコミュニケーションが簡単にとれるようになりました。それも同じタイミング(同期)ではなくお互いの都合がいいタイミングで(非同期)というタイムラグもあります。

よく世代による考え方の違いを踏まえてメンバーとコミュニケーションをとるべきといわれます。しかし、私はそれに加えて、コミュニケーションツールが変わったことで、学ぶ機会が大幅に減少していることをメンバーとのやり取りにおいては大いに踏まえる必要があるのではないかと強く感じます。

以上(2023年9月作成)

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クリーンエネルギー自動車導入促進補助金(CEV補助金)のご紹介

中小企業等を支援する国や自治体の補助金・助成金事業では、雇用・人材開発・IT補助・コロナ支援など幅広いジャンルの支援があります。本レポートでは、おすすめの補助金・助成金について支援の内容や対象条件、申請方法等についてわかりやすく紹介します。

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中小企業の経営者が知っておきたい 経営者のための相続税対策

相続税対策を行うには、まず相続税がどれぐらいかかるかを把握しておくことが必要です。また、相続税対策をするには、その計算をどのようにするかも知っておかなくてはなりません。そこで、経営者にありがちな具体的な問題点をもとに、基本的な相続税計算と、相続税対策のポイントをご紹介させていただきます。

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【朝礼】“効率的じゃない”行動が皆さんを成長させる

今朝は「余白」というテーマで話をします。余白といってもページの余り部分ではありません。仕事の「余白」です。これだけ言われてもピンとこないと思いますから、まずは聞いてください。

今、世の中は「効率化の時代」を迎えています。働き方改革やコロナを背景に広がったリモートワーク、ChatGPTのような生成AIの登場によって、効率化を求める動きはこれまでとは全く違ったレベルで進んでいることを日々実感します。タイムパフォーマンスを略した「タイパ」という言葉が出てくるほどです。

皆さんも日ごろから「効率的に仕事をする」ということを意識しているはずです。効率化とは「無駄」をそぎ落とすことですから、できるだけ直線的に、なおかつ最短距離でゴールに向かうイメージです。ここで問題なのは、「何を『無駄』と定義するか」です。効率的に仕事をすることだけを考え、自分の感情を考慮せずにひたすら仕事をした場合、それは作業に近くなっていくでしょう。確かに早く仕事が終わるかもしれませんが、果たしてそれで皆さんは楽しいでしょうか? あるいは、そんな仕事をしている皆さんは、周囲の人から見て魅力的に映るでしょうか?

私の経営者仲間に、とても魅力的な人がいます。その人は頭が良く、それこそ効率的に仕事をするのですが、「効率化」や「タイパ」などと言っているのを聞いたことがありません。常に「余裕」を持って、本当に楽しそうに仕事をするのです。

この「余裕」が、いうなれば仕事の「余白」なのですが、もう少し掘り下げていきましょう。私の考える余白には、「内側の余白」「外側の余白」の2種類があります。

内側の余白とは、自由な時間や、おおらかな気持ちです。忙しい中でも、自分の趣味に没頭したり、考え事をしたりする時間を確保していれば、定期的に自分と向き合うことができます。そうすると、「私が進むべき道はこれでいいのか?」と考えては足元を固めていくので、めったなことではぐらつかないのです。

外側の余白とは、仕事や家族とは違う人とのコミュニケーションと、そこから得られる気づきです。人間関係にまで効率化を持ち込めば、それは損得感情での付き合いになってしまいます。気遣いをすることもなく、関係も深まりません。しかし、外側に余白があり、異業種の人や自分とは違う年代の人と積極的に交わっていけば、皆さんの、人としての厚みが増していくのです。

「余白は余裕」と言いましたが、余白には無駄なものもあります。しかし、無駄を経験したからこそ気づくこと、得られることがあるのも事実です。常に時間に追われ、ろくに会話もせずに仕事をする人を、誰も魅力的とは思いません。魅力的でなければ周りも本気で話しかけてはきませんから、皆さんの可能性を引き出してくれる人はいなくなります。効率化の時代だからこそ、余白を大切にすることで広がる世界もあるのです。

以上(2023年9月)

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画像:Mariko Mitsuda