労働条件明示ルールの見直し

労働者に労働条件を明示するルールが、今年4月に見直されました。労働者が、労働条件についてこれまで以上に明確に把握し、安心して働けるようにするためです。本稿では、厚生労働省が行った省令等の改正を参考に、新しい労働条件の明示ルールについてお伝えします。

1 すべての労働者に明示すべき事項

新しいルールのポイントは、以下のようになっています。

労働条件明示のルール

※厚生労働省「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」より抜粋

上の表のうち、パートや有期雇用などを含むすべての労働者に明示しなければならないのが、「就業場所・業務の変更の範囲」です。労働条件通知書には、次のような記載が求められます。

<就業場所の記載例>

(雇入れ直後)
広島支店

(変更の範囲)
海外(イギリス・アメリカ・韓国の3か国)及び全国(東京、大阪、神戸、広島、高知、那覇)への配置転換あり

(雇入れ直後)
金沢駅西通り店

(変更の範囲)
変更なし

(雇入れ直後)
松江支店

(変更の範囲)
会社の定める支店(ただし会社の承認を受けた場合はAブロック内の支店。詳細は就業規則第〇条参照)

<従事すべき業務の記載例>

(雇入れ直後)
店舗における会計業務

(変更の範囲)
全ての業務への配置転換あり

(雇入れ直後)
ピッキング、商品補充

(変更の範囲)
雇入れ直後の従事すべき業務と同じ

(雇入れ直後)
企画立案

(変更の範囲)就業規則に規定する総合職の業務(ただし会社の承認を受けた場合は業務を限定する。詳細は就業規則第〇条参照)

2 有期契約労働者に明示すべき事項

有期契約の労働者には、更新の上限の有無とその内容、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)と無期転換後の労働条件を明示します。労働条件通知書には、次のような記載が必要です。

<更新上限の記載例>

契約期間は通算4年を上限とする

契約の更新回数は3回まで

また、通算契約期間の上限を5年から3年に短縮する、更新回数の上限を3回から1回に短縮するなどの場合には、その理由を、あらかじめ文書や面談等で労働者に説明する必要があります。

<無期転換申込機会の記載例>

本契約期間中に無期労働契約締結の申込みをした時は、本契約期間満了の翌日から無期雇用に転換することができる

<無期転換後の労働条件の記載例>

無期転換後の労働条件は本契約と同じ

無期転換後は、労働時間を○○、賃金を○○に変更する

3 さいごに

労働条件の明示は、労働基準法に定められた基本的ルールです。しかし、労働条件通知書を労働者に渡さない企業も多く、雇用期間や賃金、労働時間などを巡って労使トラブルに発展するケースも珍しくありません。労働条件明示ルールの見直しを機に、新規採用や契約更新時には必ず労働条件通知書を交付するよう、心がけてみてください。

※本内容は2024年5月10日時点での内容です。
(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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【自社を強くする管理会計(3)】 売上の中身をじっくり見よう

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:コスト削減など守りも重要だが、収益向上の攻めの施策も講じたい
  • 解決策:顧客ごと、商品・サービスごとの売上に注目すると今後の戦略が見えてくる

1 まずは顧客別に目を向けよう

売上は部や課の単位で把握されるのが通常です。例えば、営業部門が一課から三課まである会社は各課の売上を把握しています。これは、予算作成時に各課に設定したノルマの進捗管理のためです。営業担当者1人当たりの売上を集計する場合も同じ考え方です。

売上アップのヒントを得たい場合は、このような会社「内」の区分だけではなく、会社「外」の区分にも目を向けてみましょう。代表的なものは、顧客に着目した区分です。

パレートの法則というものがあります。「上位2割の顧客で売上の8割を占める」というもので、2対8の法則とも呼ばれます。皆さんの会社の顧客数、平均売上、売上上位2割のシェアはどうなっているでしょうか。これだけ見ても、一部の顧客にどれだけ依存しているか、同業他社も同じ傾向なのかなど、有益な状況が得られます。また、単に顧客ごとの売上を計算するのではなく、全体の売上傾向を定量的に分析した上で、今後の戦略を検討していきましょう。

現場経験が長いと、自分の感覚が正しいと思い込みがちです。また、資料が共有されても、分析や検討が十分になされていない会社は多くあります。逆にいえば、集計された数字の分析を丁寧に行うことで、他の会社より頭一つ抜け出ることができるといえます。

顧客別に分けた売上を、もう少し大きな区分とするのも有効です。例えば、顧客の業種別、顧客の本社所在地エリア別などです。それ以外にも、顧客の新規獲得に力を入れる事業であれば、今月の新規顧客と既存顧客という分類もいいでしょう。

2 商品・サービスに注目するのも有効

顧客ではなく、自社の商品やサービスに注目する方法もあります。商品などに注目することで、顧客が自社に何を期待しているかを把握できます。商品アイテム数が多い場合、商品を種類ごとにまとめる「商品種類別」もよく使われています。

自社の将来の売上につながるという意味では、商品の性質に応じて、一時的売上と継続的売上に分けるのもいいでしょう。例えば、機械類は一時的売上であり、その保守費用や取換部品などは継続的売上となります。継続的売上はある意味固定売上(サブスクリプションにも通じます)なので、大きな手間もなく引き続き期待できます。一方、一時的売上も定期的に上げないと全体の売上が先細りするため、両者のバランスが重要になります。

3 過去の売上を見るのは、将来のため

売上の傾向を見ることで、今後の販売戦略の方針を考えるのに非常に役に立ちます。つまり、過去のデータは将来に有用なわけで、まさにこれは管理会計的な使い方といえます。

販売戦略を考える上では、ここまで紹介してきた区分以外に心当たり(一般に仮説と呼びます)があれば、それを試してみます。例えば、自社の課題が利益率の低さにあると感じているのであれば、利益率ごとに商品を区分して売上を集計してみましょう。そうすると、利益率が低い商品の売上シェアが高いことが分かるかもしれません。利益率の区分では目立った傾向がなかった場合は、営業部門ごとに見てみましょう。すると、一部の部門で値引きが多用されていることが見つかるなど、報告だけでは見えてこない実情が分かるかもしれません。

というように、既存の区分ありきというよりは、自社の状況や戦略ありきで分解の仕方を工夫したほうが効果的なのです。

4 年に2回程度は分析・検討を

このような分析や検討は毎月実施する必要はありません。状況に応じて、年2回程度行えばいいでしょう。月次のような頻度で見てしまうと、一時的な事象の影響に目が奪われ、戦略を考える上でかえって不都合になることがあるからです。直近6カ月や1年のデータを集計した上で、過去の同期間のものを3~5期分並べて分析や検討をしてみましょう。

ただ、勘違いのないように補足しますと、分析や検討は年2回程度でいいのですが、データ収集は常に行っておく必要があるということです。区分の仕方が途中で変わってしまうと、データが比較できなくなるので、仕組み化する(第5回で詳しくお話しします)などの点にも注意が必要です。

まずは、これまでやってきたことが数字として表れているか過去を確認し、これから将来にわたってはどのような戦略が良さそうか検討します。営業の勘でしか販売戦略は考えられないと思われがちですが、過去の数字の延長線上で見える情報もあります。宝の山である売上データをぜひ活用してみてください。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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【自社を強くする管理会計(2)】まずは月次決算をフル活用

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:管理会計を自社にどのように取り入れればいいのか分からない、または一度は取り入れたものの継続できない
  • 解決策:月次決算を活用し、まずは損益計算書に占める割合の大きい費用トップ3の内訳を押さえる

1 月次決算で出てきた利益が、経営者の肌感覚と一致しないのは要注意

皆さんの会社でも、月次決算を行っていると思います。月次決算を通じて、経理が月次の業績を集計し経営者に報告しているでしょう。比較的規模の小さな会社の場合には、外部の顧問税理士にお願いして毎月集計してもらっているかもしれません。

この月次決算の結果出てきた利益の金額は、経営者の肌感覚と一致していますか。もし、経営者が数字を見て首をかしげたり、質問をしてきたりするのであれば、経営者の頭の中にある数字と整合しないのかもしれません。そうであれば、管理会計の第一歩として、月次決算の結果である利益が、経営者にとって理解できるように「翻訳」することから始めましょう。

「翻訳」というのは、なぜ利益がその数字になっているのかが腑に落ちるよう、内訳を用意することだとまずは捉えてみてください。例えば、売上が思ったよりも少ないのであれば、製品種類別の売上の内訳をつくってみます。そうすることで、どの製品種類がその原因になっているのかを知ることができます。

比較的規模の小さな会社であれば、経営者も内訳をみることで「ああ、あれか」とすぐに思い当たるでしょう。少し会社の規模が大きくなってくると、経営者がそもそも詳細を把握することが難しくなります。そのため、月次決算の際に、管理会計の観点から内訳を作成することで、全体像を知ってもらう情報提供を達成できます。

2 月次決算の「見える化」から管理会計を始めよう

つまり、月次決算に管理会計を取り入れることで、「見える化」するのです。

よく会社の「業績」という言葉を聞きますが、ざっくりいえば、利益のことを意味しています。経営者は業績を自分の頭で理解し、自分の言葉で関係者に説明できる必要があります。とすると、すべての情報が利益に結びつけられることが大事です。

つまり、利益にどう影響しているのかということは、経営者にとってとても重要なのです。しかし、利益を含む会計情報を苦手とする(もしくは苦手意識を持つ)経営者はたくさんいます。そこで、同じく会計の一種である管理会計を行う上でも、ぜひ利益とのつながりを大事にするといいのです。

もっといえば、利益をより良く説明できるように管理会計を組み立てるのもいいでしょう。利益は売上や費用から計算されるわけですから、例えば、自社の製品種類別売上や、原価の内訳など利益に与える影響が大きい項目について内訳がとりやすいようにしておきます。

3 月次決算で押さえるべき3つの費用

もう少し具体的に見てみましょう。会社によって、費用の内容はさまざまですが、まずは自社の損益計算書(PL)に占める割合の多い費用トップ3つについて内訳を押さえるようにしてください。例えば、交通費の金額が大きな会社であれば、公共交通機関、タクシー、宿泊費などに分類するのもいいでしょう。もし海外出張が多いのであれば、ぜひ海外交通費を区分しておきましょう。

この分け方には、すべての会社に共通する答えはありません。自分たちのビジネスや業務を踏まえた上で、決めることが重要です。考え方としては、常日ごろ自分の会社で実際に見ている見方で区分するといいのです。

なお、利益の源泉である売上についても、内訳を押さえることはもちろん大事です。それは次回(第3回)詳しくお話ししたいと思います。

4 続けられる方法で

まずは3つの費用だけ、内訳を押さえようと言いました。おそらく「3つだけでいいの?」と思われた方もいると思います。その理由は、「初めから手を広げてしまうと、続かないから」です。

管理会計では、損益計算書(PL)以上に、会社のビジネスに近い数字を多く扱います。しかし、そうした数字を集計するのに十分な仕組みを持っていない企業はたくさんあります。はじめから力を入れて対象範囲を広げてしまうと、続けられずに途中で力尽きてしまうかもしれません。管理会計のデータというのは、ある程度の期間ためて分析・比較することで初めて意味が分かるものです。そのため、まずは対象範囲を広げずに、続けられる範囲に絞って始めると無駄がありません。

この見方は、実は通常の月次決算でも言えます。例えば、損益計算書は、複数期間を並べることで、今月の数字が過去と比べてどうなのかということや、少しずつ変化している様子が分かります。どうしても、前年との比較や予算との比較ばかりがされがちですが、せっかくの数字データは複数期間並べてみる見方を身に付けましょう。ちなみに、このような複数期間が並んだ損益計算書のことは「月次推移」と一般に呼ばれています。

5 見せ方ひとつでも結構変わる

多くの会計システムは月次推移表を自動で出力できるものがほとんどです。しかし、数字があまりに多く記載されているため、少し分かりにくいと感じる経営者もいるかもしれません。そこで、お勧めなのは、グラフにすることです。例えば、過去3年分の月次売上の棒グラフを作成してみましょう。売上であれば、この月が少ないのは〇〇があったからなどと容易に思い付くと思います。グラフにするだけで、目で感覚的に理解しやすくなるため、ビジネス上、起きたことと紐付けしやすくなるのです。

さらに、費用を分析するときに有効なのは、売上高構成比を計算することです。売上高構成比とは、各費用の金額を売上で割ったものをいいます。例えば、広告宣伝費が400万円、売上が2500万円であれば、広告宣伝費の売上高構成比は、400万円÷2500万円=16%と計算されます。費用の中には、売上が増えるとそれに比例して増えるものがあります。そのような費用が増えた理由が、売上が増えたせいなのか、それともそれ以外の理由なのかを区別するのに役立つのがこの売上高構成比なのです。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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雨天時の運転中の歩行者見落としを防ごう(2024/6号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

雨の降る中で運転する機会が増える梅雨の季節。車の窓やサイドミラーに雨粒が付着したり、窓が曇ったりすると周囲の状況が見えにくくなることがあります。そのような中、歩行者の存在を見落としてしまうと、重大な事故を招くリスクが高まります。

今月は、視界が悪くなる雨天時の運転において、歩行者の見落としを防ぐにはどうすればよいかを考えます。

雨天時の運転

1.雨天時の事故発生傾向とその要因

統計によると、晴天時と雨天時の死亡事故件数を類型別割合で比べた場合、雨天時のほうが「人対車両」の割合が大きくなっていることがわかります。

事故類型別死亡事故割合

出典:公益財団法人交通事故総合分析センター令和5年版統計データより当社作成

なぜ雨天時に「人対車両」の事故が発生しやすくなるのでしょうか。車両の走行環境と歩行者の行動特性に分けて考えると、それぞれ以下のような要因が挙げられます。

【車両の走行環境】

  • 路面が濡れてスリップする
  • 視界不良になる
  • 特に豪雨時などは雨音で周りの音が遮られる

【歩行者の行動特性】

  • 傘で視界が遮られ、車の接近に気づきにくくなる
  • 水たまりを避けたり、傘を広げた歩行者どうしがすれ違ったりするとき、車道にはみ出ることがある

雨天時の事故発生

歩行者の行動が不安全になるのであれば、車両の運転者は歩行者をより確実に認知しなければなりません。次項では雨天時の視界不良と歩行者の見落としについて掘り下げて考えます。

2.雨天時の視界不良と歩行者の見落としについて

雨天時の直接的な視界不良要因として、フロントガラスやサイドミラーなどに付着した雨粒が挙げられます。

また眼の特性により、雨天時は以下のような見え方にも影響します。

雨天時の視界不良

  • 暗い色の傘やレインコートが目立たなくなる(晴天時より暗いため、眼の色を感じる細胞の働きが低下し、色の違いを識別しづらくします)
  • 暗い環境ではピントが合わせにくくなる
  • 夜間時、ライトの光や濡れた路面による光の反射のまぶしさが視界不良につながる

これら悪条件が重なると歩行者を見落とすリスクが高まることになります。

3.雨天時の歩行者見落としを防ぐには

【良好な視界を確保する】

運行前にワイパーゴムの切れ・ひび割れを点検し、デフロスタやデフォッガ(曇り除去装置)の正常動作も確認しましょう。窓についた油膜やミラーの水垢も除去しておくとよいでしょう。

【眼の特性を理解する】

周囲が暗いときは歩行者が見えにくくなります。よく見えるようにライトを点灯しましょう。歩行者からみても、ライト点灯により車の接近に気付きやすくなります。

ライト点灯なし

ライト点灯あり

写真資料:Ⓒ企業開発センター 安全運転フォトニュース2018年6月号より

【雨の日の歩行者の行動に注意する】

雨天時に不安全になりがちな歩行者の行動に留意し、危険予測運転を心がけましょう。

以上(2024年6月)

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【自社を強くする管理会計(1)】管理会計は気負わずに

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:自社にとって効果的な理論や手法が分からない
  • 解決策:管理会計で大事なのは、経営者が知りたいことを数字で表現すること

1 管理会計とは一体何か?

管理会計には、予算管理や部門別損益といったイメージがあります。管理会計の勉強をしたことがある方は、CVP分析(Cost-Volume-Profit Analysis)やABC(Activity Based Costing)についても知っているかもしれません。しかし、これらの理論はよく知られていますが、会社の中では実際に目にすることが少ないものです。

そこで、本連載では、実務で本当に「使われている」と同時に「使える」(=役に立つ)管理会計のやり方を、特に中小・中堅企業を想定しながら解説していきます。

管理会計の定義を正確に覚えたり、管理会計の全体像を網羅的に説明したりはしません。なぜなら、皆さんのゴールは、自社に管理会計を取り入れることですので、それに直接役に立つ方法を中心に紹介します。

2 経営者が欲しい数字を届けよう

管理会計で最も大事なことは、経営者が欲しい数字を届けることです。分かりやすくいえば、管理会計というのは「経営者のための数字の見える化」です。管理会計が成功しているかどうかは、数字の提供状況について、自社の経営者が満足しているかどうかで判断できます。

経営者は日々多くの意思決定を行います。その際、判断を誤らないために役に立つのが、状況を客観的に教えてくれる数字です。

どのような数字を出したらいいかは、経営者や現場のトップがその答えを持っています。例えば製造業においては、業績不振の典型的な原因に「稼働率が低いライン」があります。そして、多くの場合、経営者や製造部門のトップはそのことにすでに気付いているものです。このとき、稼働率をラインごとに集計してみたり、業績が良かった過去も含めて5年間の稼働率の推移をグラフにしてみたりするといいでしょう。そうすることで、肌感覚だけに頼らず、正しく状況を把握することが可能になります。

例えば、プロ経営者として有名な松本晃さんがカルビーの立て直しを行ったときに、稼働率に注目し、徹底して改善に取り組んだというのは有名な話です。何に取り組んだら最も効果が高いのかを数字を使って検討する。これも立派な管理会計の取り組みの1つです。

3 正しさ以上に、スピードが大事

経営者に数字を提供するときに、大事なのはスピードです。前述のように、経営者が数字を欲しがるのは、これからのことを考えるのに使いたいからです。とすると、必要な数字をタイムリーに届けることが重要です。

もしあなたが経理畑で、経験も長いとすると、スピード以上に、正しさが気になるかもしれません。通常の経理では伝票を一枚一枚円単位で切るため、正しさが大事というのは当然の感覚です。しかし、管理会計の情報の使い手は、経営者です。多くの場合、1円単位はもちろん、会社の規模にもよりますが、数万円であっても経営者の意思決定においては誤差の範囲ということもあり得ます。正しさにこだわって、経営者が必要とするタイミングに数字が出せないとすれば、その方が問題なのです。

ぜひ経営者にとって、どのくらいの桁までは許容できるのか、そしていつまでに数字が欲しいのかを明確に把握しておきましょう。

4 予算管理から始めてはいけない

冒頭にも挙げた予算管理は、管理会計の代表例です。予算管理は、中小企業の管理会計で最も普及しているものだと思います。しかし、皆さんの会社が現在予算管理を行っていないのであれば、予算管理から管理会計の取り組みを始める必要はありません。

予算管理とは、年度初めに目標となる予算を作り、その通りに実績が推移するかを月次決算の都度確認していく手法のことをいいます。2~3カ月をかけて予算を作るという会社も多くあり、問題点の1つ目はまさにそこです。予算を作るのにあまりに時間がかかりすぎるのです。また、予算を作るには、会社全体の協力は必須であり、必要とする情報も膨大です。予算作りは、あまりに大がかりな取り組みといえます。

その結果、多くの会社では、年度初めの予算作りに疲弊してしまい、その後の進捗管理がおざなりになっている光景を見ます。しかし、これでは本末転倒です。予算という目標を立てるからには、本来達成に向けて期間中に頑張らなくては意味がないのです。

このような現状を踏まえると、時間も労力も多大に必要とする予算管理は、必ずしも取り組むべき管理会計とは言えません。むしろ、予算管理は、管理会計にある程度習熟した会社にとってこそ、効果的な管理会計の最高峰なのです。

もし、自社が予算管理をやっていない、またはうまくいっていない場合には、予算管理にとらわれずに、数字のPDCAを小さく回すことから始めてみてください。その題材は何でも構いませんので、前述の通り経営者が見たい数字から始めるといいでしょう。

予算管理もそうですが、世の中で管理会計として紹介されている取り組み全てを自社に取り入れる必要はありません。それよりは、経営者や部門のトップの声に耳を傾け、ヒントを得てください。それこそが、自社に合ったものであり、効果が期待できるものといえます。

5 「天気予報」のイメージを忘れない

管理会計を、皆さんのなじみのあるものに例えるなら、天気予報といえます。天気予報を皆さんが見るのは、これからの天気を知ることで、必要な準備をし、より快適に過ごすためでしょう。管理会計も同様です。得られた情報をもとに、会社のこれからをより良くできるからこそ、価値があるのです。管理会計は難しそうと気負わずに、経営者の声に耳を傾け、取り組めるところから小さく始めていきましょう。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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孤高の天才ドライバー、アイルトン・セナ。彼が言う「集中」の意味、そして勝利への覚悟が分かる一言とは?

結局、自分や他人の失敗から学んでいくしかないんだ。それが僕のいう、『コンセントレーション(集中)』の意味だ

アイルトン・セナは、F1世界選手権において、1988年、1990年、1991年と計3度のチャンピオンを獲得した、ブラジルのレーシングドライバーです。彼がレース中の事故でこの世を去ってからちょうど30年。今なお世界中のレーシングファンの憧れであるセナは、1988年からの約6年間、イギリスのレーシング・チームであるマクラーレンに所属していました。当時、マクラーレンとタッグを組んでいたのは日本企業のホンダです。

冒頭の言葉は、当時ホンダのF1総監督だった桜井淑敏(さくらい よしとし)氏が、セナに「F1のドライビングの難しさは?」と聞いた際の返答の一部です。セナが口にした「集中」という言葉を、私たちは「余計なことを考えず、一点だけを見据える」という意味で捉えがちですが、彼の場合はその逆でした。セナの考える集中とは、「自分を取り囲むあらゆる要素、つまりレースにおけるその時々の状況、サーキットやマシンのコンディション、天候などを完全に理解すること」でした。要するに、ゴールの一点だけを見据えて走るのではなく、視野を広く持って周囲を冷静に観察しながら走るというアプローチです。

デビューして間もない頃のセナは、速く走りたいと気が急くあまり、マシントラブルやアクシデントを起こすことが度々ありました。ただ速く走るだけではトップに立てないと気付いたセナは、「自分の感情をコントロールし、置かれているシチュエーションを完璧に読み解くこと」を信条とします。何度も失敗を繰り返しますが、その失敗の繰り返しこそが彼の集中力を研ぎ澄ましていったのです。その先に3度のチャンピオン獲得という栄光があったことは言うまでもありません。

社員の人生や会社の未来を一身に背負う経営者もまた、並大抵ではない集中力が求められますが、「成功したい」と気が急くあまり、周りが見えなくなっているときはないでしょうか。そんなときこそセナの言葉を思い出し、「自分や会社の置かれているシチュエーションを読み解くこと」に集中してみてください。

そして、もう1つ忘れてはならないのが、集中を支える「原点」です。誰しも集中力を維持することは簡単ではありません。なぜ、セナは維持できたのか。それは、一選手としての重圧だけでなく、故郷の未来も背負って戦っていたからです。

セナは生前、獲得した多額の賞金を匿名で、故郷・サンパウロ(ブラジル)の病院や施設に寄付していました。レースを終えるたびに貧富の差が激しい故郷へと戻り、その現状を見て「故郷のために負けられない」と気持ちを新たにし、次のレースに向かう。それが彼の原動力だったのです。

自分の原点は何か。自分は今どこに立っているのか。冷静に考えていけば、視界はクリアーになり、進むべき道が自然と明らかになります。その先にはきっと、「成功」という勝利のチェッカーフラッグが見えてくるはずです。

出典:『セナ(RiversidePress)』(桜井淑敏、谷口江里也(著)、早川書房、1996年12月)

以上(2024年6月作成)

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2024年6月から始まる「定額減税」の内容とやるべきことを整理

書いてあること

  • 主な読者:社員の給与計算を担当している給与計算担当者
  • 課題:イレギュラーな手続きであるため、減税の処理の漏れも心配だが、そもそも現場では何をすればよいのか把握できていない
  • 解決策:2024年6月以降に支払う給与等の源泉徴収税額から定額減税額を控除し、年末調整時も定額減税を反映させた精算が必要になる

1 2024年6月から始まる「定額減税」とは?

昨今の物価上昇を上回る賃上げを実現するために、令和6年度税制改正で決まった所得税と住民税の定額減税。定額減税とは、

2024年6月以降、会社から支給される従業員の給与、賞与から所得税と個人の住民税に一定額の減税(税額控除)が行われる制度

です。

定額減税の処理の一部は、社内の給与計算担当者が一定の調整を行わなければなりません。もし、その調整を忘れてしまうと、社員が受けられるはずの減税の恩恵を受けられず、損をしてしまいます。定額減税のようなイレギュラーな対応を漏れなく行うために、事前に何をすべきなのか、制度の概要とともに何をすべきかを把握しておきましょう。

1)定額減税の対象者

定額減税の対象者は、以下のすべての要件を満たす人です。

  • 2024年1月1日時点で日本国内に住所を有する個人、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人であること
  • 2024年分の所得金額が1805万円以下であること
  • 給与収入のみの場合は年収2000万円以下であること
  • 子ども、特別障害者等を有する者等の所得金額調整控除の適用を受ける場合、2015万円以下であること

2)定額減税の減税額

実際の減税額は次の通りです。

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2 【所得税】定額減税で新たに生じる実務

所得税については、

  • 給与計算:2024年6月以降に支払う給与などの源泉徴収税額から定額減税額を控除(月次減税事務という)
  • 年末調整:2024年10月~12月の年末調整作業時に定額減税額に基づいた精算を行う(年調減税事務という)

の2つの実務が生じます。

1)給与計算

2024年6月1日以降に支払う給与について、月次減税額(2024年6月以降に支払う給与などの源泉徴収税額から控除する3万円の定額減税額)を源泉徴収額から、できる限り控除します。

賞与支給月は、同月に給与と賞与の支給が発生すると思います。まず先に支給される給与もしくは賞与から月次減税額を控除します。控除しきれない場合、その後に発生する給与もしくは賞与から残額を控除します。

もし、従業員の収入額や扶養家族の人数などにより、6月中の給与や賞与だけで月次減税額の上限に達せず、控除しきれない場合は7月以降の給与や賞与に繰り越して残額を控除していきます。

なお、これらの処理は、2024年6月1日時点で勤めている従業員(定額減税対象者で、扶養控除等申告書を提出している人に限る)に対して行います。6月2日以降に入社した従業員については月次減税事務ではなく、年末調整減税事務で対応します。

また、2024年6月時点では、合計所得金額が1805万円を超えると見込まれる役員や従業員に対しても月次減税処理を行う必要がある点には注意が必要です(年末調整時において精算)。

2)2024年末の年末調整ですべきこと

従業員本人およびその家族の12月31日時点の状況を確認し、

  • 所得税の定額減税対象者であること
  • 定額減税対象者の場合の減税額

を確認した上で年末調整により年間の所得税額の調整を行います。

また、6月2日以降に入社した従業員や役員(前職で定額減税の処理が終わっている人は除く)に対しては、ここで定額減税額を控除します。なお、年末調整時に合計所得金額が1805万円を超えると分かっている役員や従業員については、この制度の対象外であるため、定額減税額を控除しないで年末調整を行います。

3 【住民税】定額減税で新たに生じる実務

1)住民税の処理の基本

住民税の実務はシンプルです。具体的には、

各市区町村から、定額減税を反映した特別徴収税額決定通知書が送付されてくるので(各従業員分)、そこに記載されている金額を法定控除する

ことになります。

注意すべきは特別徴収です。従来、ほとんどの給与所得者は前年度の所得に基づいて当年6月から翌年5月にかけて給与から住民税を特別徴収します。しかし、定額減税の対象者については、

2024年6月の特別徴収額を0円

とします。その上で、以下の計算式で計算した金額を11で割った金額を年間の住民税として、2024年7月の給与から2025年5月の給与にかけて特別徴収します。

所得割―定額減税額+均等割+森林環境税

2)源泉徴収票への記載

定額減税の対象者については、源泉徴収票の摘要欄に以下の通り記載する必要があります。

「源泉徴収所得税減税控除済額〇〇円」

「控除外額〇〇円」

ちなみに、年末時点で控除外額がある場合の調整給付に関しては、各市区町村により実施されるため企業側の対応は不要です。

以上(2024年6月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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Z世代のトリセツ イマドキの若手社員を指導する際に知っておくべき3つのポイント

書いてあること

  • 主な読者:入社1~3年目のZ世代の若手社員を指導する上司
  • 課題:Z世代には、これまでの指導法が通用しない……
  • 解決策:「対面の指導を望む」など、Z世代の特徴を踏まえた指導をする

1 Z世代の若手社員向けに指導をアップデート

入社1~3年目の若手社員は、いわゆる“Z世代”(1990年代半ば~2010年代初頭生まれ)と呼ばれ、ようやく戦力になった“ミレニアル世代”(1980年代~1990年代半ば生まれ)とは違う価値観を持っています。

日本能率協会マネジメントセンター「イマドキ新入社員の仕事に対する意識調査2023」(以下「調査」)によると、Z世代の若手社員は、上司の指導に関して次のニーズを持っています。

  • デジタルネイティブだけど対面での指導を望んでいる(社内の人間関係が大切で、自分のことを認めてほしい)
  • 自分が納得のいく方法で指導してほしい(自分らしく、自分のペースで取り組みたい)
  • うまくいかなかった経験から学びたいが、失敗はしたくない(無理のない範囲で成長したい)
  • 時には厳しい指導も望むが、理由や目的を明確に伝えてほしい(きちんと納得した上で、指導を受け入れて成長したい)

この記事では、Z世代の若手社員(以下「Z世代 」)の特徴を捉えた指導法を紹介します。

2 指導で押さえておくべき3つのポイント

1)遠慮せずに対面でコミュニケーションを取る

Z世代は、対面での指導を望む傾向があります。調査でも「報告・連絡・相談をするのに、有効と感じるのは対面とチャットツールのどちらか」という質問に対し、74.4% が「対面」を望んでいます。この点を踏まえると、リモートワークをしている会社でも、上司は伝えるべきことは対面で伝えることが大切です。

また、「これくらいは分かっているだろう」と放置せず、「ここは理解している?」と細かく確認しながら、必要な指示を出すようにします。さらに、Z世代が理解した指示の内容を言葉で表現してもらうと、確認できるので確実です。

「任せた」「やっておいて」という言葉にも注意しましょう。上司からすれば期待を表現した言葉であり、Z世代にとってもやりがいがあるはずです。しかし、共有すべきことが共有されていないと、互いにイメージと違ったアウトプットになり、ストレスが高まります。もしもZ世代からアウトプットされた仕事が上司のイメージと違った場合は、きちんと認識に齟齬(そご)があったことを認め、丁寧に説明した上で修正を依頼することが必要です。

2)無理をさせず、じっくりと育てる

Z世代は、まずは自分の能力の範囲で仕事をしたいと考えています。調査でも「自分自身が成長することについて、どのように考えるか」という質問に対し、53.9%が「無理のない範囲で業務に取り組みたい」と回答しています。この点を踏まえると、上司は大きく構えてZ世代と接する必要があります。

例えば、Z世代から「ちょっと難しいです」「期限に間に合いそうにないです」と言われると、上司はむっとしてしまいますが、Z世代は「今の実力ではまだ難しい」ということを真剣に上司に訴えているだけです。部下の成長を望むのが上司ですが、そこは焦らず、少しずつ難しい仕事や、量の多い仕事を任せるようにしてみましょう。

また、調査では「新しい知識やスキルを身につけることは重要か」という質問に対し、「YES」と答えたZ世代が86.0%います。これは、ミレニアル世代(80.7%)よりも高い数値です。無理をしたくないだけで、「学びたい、成長したい」という意欲自体はZ世代は十分に持っているので、働きぶりを見ながらゆっくりと業務の幅を広げていくとよいでしょう。

3)いつの時代も? 褒めると伸びるタイプ

Z世代は、褒められながら成長したいという傾向があります。調査でも「自分はどのように指導されることで、成長していけると考えるか」という質問に対し、65.7% が「できている点に目を向け、褒めてもらう」ことを望んでいます。この点を踏まえると、上司は、ささいなことでも、きちんと褒める配慮が必要です。

Z世代は、まだ自分の仕事に自信が持てていません。Z世代が1つの仕事を終えても、上司から何も言われずにすぐに次の仕事を振られてしまうと、「本当にこれでよかったのか」という不安が生じます。この気持ちが続くと、Z世代は「自分はあまり期待されていない」と思うようになり、上司の言葉も次第に響かなくなってしまいます。そこで上司は、

Z世代の仕事や仕事ぶりに良い点を見つけたら、積極的に褒める

ようにします。その際、褒める基準を明確にします。特に、Z世代は失敗を恐れる傾向が強いので、成否を問わず挑戦に対して褒めるようにします。

一方、重大な過失に関しては、50.8%のZ世代が「二度と同じ失敗をしないためにも、本気で厳しく叱ってもらいたい」と回答しており、必要に応じて厳しい指導も望んでいます。しかしその際、Z世代が厳しく指導される理由を納得できるように説明する必要があります。例えば、「悪かった点とその理由を具体的に伝える」「不明な点は確認する(決め付けない)」「過去のミスや人格などに話を発展させない」「人前で叱らない」などを踏まえた上で指導すれば、Z世代は成長のために不可欠なものとして受け入れてくれることでしょう。

以上(2024年6月更新)

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画像:unsplash

事業再構築補助金の採択事例から見る、新規事業開発のヒント

書いてあること

  • 主な読者:新分野展開、業態転換、業種転換などのヒントをつかみたい経営者
  • 課題:ちまたに情報があふれていて、どれが自社に合っているか分からず、コストも心配
  • 解決策:「事業再構築補助金」の採択事例に注目し、補助金をもらいながら事業を見直す

1 事業再構築補助金はビジネスヒントの宝庫?

経営者は、会社を成長させるために、常に新しい事業の可能性を模索しています。ただ、ビジネスが複雑化し、目まぐるしいスピードで変化し続ける昨今は、会社の方向性を見定めるのも一苦労です。そんなときにヒントとなるのが、

中小企業が思い切った事業再構築(新分野展開、業態転換、業種転換など)に取り組むことを支援する「事業再構築補助金」

です。

本来は、コロナ禍で商品・サービスの需要や売り上げが減退した中小企業を救済するための補助金ですが、その採択事例の中には、今の時代に新たな取り組みにかじを切ろうとする経営者にこそ見てほしいものがあります。

国が、今後どのような中小企業の取り組みを支援し、どのような産業や業種・業態を後押ししようとしているのかを測る指標にもなるので、事例を知っておいて損はありません。

この記事では、事業再構築補助金の今後の動きを紹介しつつ、これまで採択された数多くの事例のうち、いくつか汎用性のありそうなものをピックアップして紹介します。

2 国が「成長を見込む」業種・業態とは

事業再構築補助金について今押さえておきたいトレンドが、

第12回公募における類型の見直しから生まれた「成長分野進出枠」

です。これはさらに「通常類型」と「GX進出類型」に分かれています。

まず、

通常類型は、過去~今後のいずれか10年間で、市場規模(製造品出荷額や売上高など)が10%以上拡大する業種・業態への新規参入などを支援するもの

です。

具体的には、国が経済産業省の統計データを基に選出した109種の他、各業界団体から客観的なデータを募って選出した38種が対象です(2024年5月7日時点)。38種には宇宙機器産業やリチウムイオン蓄電池の製造関連、キャンプ場・グランピング施設宿泊業、eスポーツ興行などがあり、こうした対象業種・業態のリストを見るだけでも、今後新規事業や参入を考える際の参考になります。

また、

GX進出類型は、「2050年カーボンニュートラル(2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロとする取り組み)」の実現に当たり、成長が期待される産業(14分野)について、研究・技術開発や人材育成を行う中小企業を支援するもの

です。

14分野は洋上風力・太陽光・地熱産業や水素・燃料アンモニア産業といった次世代エネルギーの開発から、自動車・蓄電池産業といった製造分野、住宅・建築物・次世代電力マネジメントなど多岐にわたります。

成長分野進出枠は、国が今後成長を見込み、後押ししていこうと考えている業種・業態が対象となっています。事業再構築補助金ウェブサイトでチェックしておくとよいでしょう。

■事業再構築補助金ウェブサイト■
https://jigyou-saikouchiku.go.jp

上のURLをクリック後、

  • 「通常類型」については、「2023.09.13 第11回公募以降の成長枠対象業種・業態リストの公開について」
  • 「GX進出類型」については、「2022.04.19 グリーン成長枠の想定事例集について」

に進むと、それぞれの対象となる業種・業態を確認できます。

3 採択事例から見る新規事業開発のヒント

1)自社の遊休地を活用してドッグラン・グランピング複合施設をオープン

自社のリソースをそのまま活用して、新しい分野での事業展開に成功した会社の事例です。

この会社は、建設会社向けの機械のリースなどを手掛けてきましたが、コロナ禍の影響に加え、大手レンタル会社が業界に参入してきたことなどで、営業赤字が続いていました。そこで

事業再構築補助金を活用し、機械のストックヤード用の遊休地に全天候型のドッグランコートを備えたグランピング施設をオープン

しました。

既存の事業の資産、人材、ノウハウなどをそのまま活用することで、施設内の機器の導入費やメンテナンス費用が抑えられ、低価格でサービスを提供できています。しかも、元々首都圏とつながる高速道路のインターチェンジより数分という好立地にあるため、競合他社との差異化も図れています。

コロナ禍以前からあったグランピングの需要と、コロナ禍で高まったペットという孤独を癒やしてくれる存在の需要、その両方を取り込んだ事例といえます。

2)鉄工職人の技術を活かしてアウトドア製品を開発

これまで培ってきた専門技術を活かして、新しい分野に挑戦した会社の事例です。

この会社は、水門などの水利設備を製造してきましたが、コロナ禍の影響に加え、水利設備工事自体が、新しいものを建造するより既存のものを長寿化させる方向へとシフトしてきたこともあって、売り上げの確保が厳しくなっていました。そこで、

事業再構築補助金を活用し、在籍する鉄工職人の技術を生かしたアウトドア製品を開発

しました。

2年以上の歳月を費やして開発したのは、アウトドア用の窯・コンロ一体型グリル。オーブン調理とバーベキューを一度に楽しめるようにした製品です。水門設備にも使っているステンレス素材を採用して、耐久性が高くて熱効率の良い設計、組み立ての必要がない手軽さなど、鉄工職人の熟練技術を活かした製品となっています。

従来のビジネスのノウハウをコロナ禍でも好況だったアウトドア市場に横展開し、注目を集めた事例といえます。

3)高度な技術力で別分野に進出

これまで特殊分野で培ってきた高い技術力を活かして、対面で調整する必要が少ない部品の受注生産への新規参入に挑戦した会社の事例です。

この会社は、ミクロン単位の超高精度の切削加工技術を持ち、航空・宇宙、自動車、半導体、建設機械などさまざまな分野で、小ロットの特注品や、産業機器の試作開発を得意としてきました。しかし、コロナ禍では対面での細かな調整や確認が難しくなったことで多くのプロジェクトが停滞、新規案件も激減してしまいました。そこで、

事業再構築補助金を活用して、対面のやり取りが発生しづらい超高速鉄道用の部品製造事業にも参入

することにしました。

超高速鉄道用の部品は、あらかじめ指定されたスペックに基づいて製造するので、試作品を作るときのように何度も現場でやり取りする必要がありません。さらに、品質が顧客から認められれば、長期にわたって安定した取引ができます。

自社の強みを活かせる事業として、コロナ禍の状況でも対応できる堅実な成長産業に新規参入した事例といえます。

4)発泡プラスチック成形機の製造から電気自動車分野に参入

自社の強みとする素材の加工技術を活かして新規の事業分野に参入し、さらに参入市場にそれまでなかった新しいニーズをもたらした会社の事例です。

この会社は、発泡樹脂成形品の成形機や金型の設計・製造、発泡樹脂製品の断熱材や家電の部品、自動車の内装部材などを手掛けてきました。ですが、これらの商材は、プラスチック使用量の削減や、新築住宅戸数の減少などで需要が減ってきていました。そこで、

事業再構築補助金を活用して、これまでの成形加工技術と金型設計ノウハウを生かせる電気自動車向けバッテリーケースの製造分野に参入

することにしました。

電気自動車向けバッテリーケースは、円筒型やパウチ状などさまざまな形状があるため、高精密の特殊な金型や、機械制御の技術が要求されます。これまで多様な高機能発泡製品を原料の性質に合わせて製造してきた技術を活かし、この課題に対応した成形機を設計・導入します。また、従来のバッテリーケースはスチール製のため、重量や電池安定性の問題、漏電・発火事故などのリスクがありましたが、発泡樹脂製品に置き換えればそれらの課題も解消できます。

電気自動車分野と一口に言っても関連部品は多く、市場の要求に耳を傾けることで新規事業につながった事例といえます。

5)化石燃料と新エネルギーの両方を取引先にして経営を安定化

従来の事業分野が縮小していくのに伴い、その代替として成長している事業分野にも参入した事例です。

この会社は、国内の火力発電所を中心とするプラントに工業用弁やバルブを提供してきました。バルブメーカーにとって、近年の化石燃料依存から脱却していく方針や、再生可能エネルギー推進の動きは、ビジネス上の脅威といえます。そこで、

事業再構築補助金を活用して、エネルギー産業機械部品などの加工分野に参入

することにしました。

新規事業として考えられたのは、火力発電の代替となる新エネルギー分野の部品です。原子力発電所の弁遠隔操作装置の微細加工や、水素関連設備用機器の製作などです。これまで高く評価されてきた製造技術と品質管理能力を活かし、迅速さと低コストを武器に勝負を懸けました。

同一市場の中でも、縮小傾向の事業と拡大傾向の事業を両立させると、バランスのいい事業ポートフォリオを構築できるかもしれないというヒントを与えてくれる事例です。

6)工具メーカーが医療機器産業へ参入

異業種同士の連携コーディネーターとの出会いから、従来の製品と全く違うジャンルの製品の開発・製造に取り組んだ事例です。

この会社は、製鉄工具や土木工具の独自開発・製造・販売を手掛けてきました。ですが、国内の製鉄産業は高炉数がどんどん減っており、成長が見込めないという状況でした。そこで、

事業再構築補助金を活用して、医療機器産業へ参入

することになりました。

意外な業界へ参入することとなったきっかけは、医工連携コーディネーター(注)との出会いです。これまで培ってきた技術力を活かし、外科手術に使う内視鏡スコープレンズの洗浄装置の開発に挑戦することを決めました。さらに、販売代理店や行政との連携によって販売を推進していきます。

異業種の方や業界をまたぐ人材との出会いは、ときに思いがけない事業転換のきっかけになるということが再確認できる事例といえます。

(注)優れた技術を持ち、医療機器産業への参入意欲のある企業と、医療機器の製造販売企業や臨床機関とのマッチングを支援できる人材のこと

7)ワーケーションのためのテレワーク対応ホテルを整備

コロナ禍によって需要が高まったワーケーション(リゾート地などに滞在しながらテレワークをすること)に対応した会社の事例です。

この会社は、自然豊かな土地でホテル業を営み、宿泊のみならず結婚式や宴会も手掛けていました。ですが、コロナ禍による影響で予約キャンセルが相次ぎ、売り上げの6割を占める結婚・宴会部門が特に甚大な影響を受けます。そこで、

事業再構築補助金を活用し、コロナ禍で需要が増えたワーケーション対応の宿泊施設を新たに整備する

ことを決めました。

施設の共有スペースには、モニター用の50型テレビや、FAX・コピー機などのオフィス機器を配置。ミーティングスペースも用意するなど、コワーキングに十分な設備をそろえています。さらに、共用のキッチンや大型冷蔵庫、コインランドリーも設置しており、長期の宿泊でも対応できるようにしました。

もともと取り組みたいと考えていたワーケーション事業の需要がコロナ禍で高まったタイミングをとらえ、うまく取り込んだ事例といえます。

8)とび職人たちがオリンピック競技BMXのパークを自社建設&自社運営

これまで受注施工してきた施設を、自社で企画から設置まですべて作って運営することで収益を上げている事例です。

この会社は鉄骨工事(とび・土工工事、鉄骨組み立て工事)を専門として、工事のプランニングから設計、施工までを一貫して受注しています。ですが、冬には閑散期となるため、どうしても経営が不安定な状況でした。さらに、コロナ禍による建設需要の低下も重なったころ、競技者との個人的な交流から生まれた構想を実現させる予定でした。そこで

事業再構築補助金を活用し、BMXパークの施工・運営に挑戦

しました。

BMXとはバイシクルモトクロス(Bicycle Motocross)の略で、2021年の東京五輪からは正式種目にも選ばれている自転車競技です。同社のある九州では雪が降らず、BMX競技が盛り上がれば冬場の安定収入となります。自社の名前でパークを運営しているため、公園などの施工を新たに受注・請負する上での宣伝効果も期待できます。

新規事業の成功が、新規受注にもつながる好循環を生み出せるという事例です。パーク運営となればチャレンジ性は高いですが、製品サンプルを作るという観点で考えてみると、応用できそうな企業は多いのではないでしょうか。

9)ゲストハウスが離婚家庭の親子の面会交流を支援

従来の稼働外時間を活用して、社会ビジネスを展開している事例です。

この会社は、元民家をリノベーションしてゲストハウスを運営していました。しかし、コロナ禍で宿泊客が激減してしまいます。そこで、

事業再構築補助金を活用し、アイドルタイム(宿泊客のいない時間)を活用する新しい取り組みとして「ペアレンティングハウス事業」を実施

しました。

ペアレンティングハウス事業とは、両親の離婚や別居によって離れ離れで暮らす親子の面会交流を支援するというものです。面会の承認・調整がアプリ上でできるシステムを構築して、親同士が直接連絡を取り合わなくても親子が会えるという環境を提供しています。また、全国のゲストハウスにも参加を呼びかけているようです。

社会問題に切り込んだビジネスは多くありますが、まだまだ新しい切り口が見つかるかもしれないと思わせてくれる事例です。

4 採択事例は今後も要チェック

事業再構築補助金では、その時々のビジネス環境の変化や、それに応じた応募枠の趣旨に合致した事業が採択されます。中小企業庁の技術・経営革新課にヒアリングしたところ、次の回答が得られました。

「事業再構築補助金は、コロナ禍における補助事業として始まりました。しかし、アフターコロナを迎え、今後は企業の成長支援に軸足をシフトし、ビジネスにおける新しい挑戦を応援するような採択事例がますます増えていくと考えられます。

 

なお、2023年11月までの調査において、採択された事業の13%が収益化に成功していることが分かっています。BtoBビジネスは収益化まで時間が掛かる傾向にありますが、それでも全体の56%が1回以上の販売実績を得ており、順調に効果が出ているといえます。

また、事業計画の達成率については、計画を上回っている事業者が多いのが、基礎素材型産業と加?組?型産業における製造業で、計画を下回っている事業者が多いのは飲食業となっています」(中小企業庁技術・経営革新課)

なお、これまで採択された事業のその後の展開については、経済産業省が次のウェブサイトで公表しています。

■経済産業省「事業再構築補助金」■
https://www.meti.go.jp/covid-19/jigyo_saikoutiku/index.html

以上(2024年6月更新)

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画像:Nuthawut-Adobe Stock

【中堅社員のスピーチ例】初めて意識するようになった“機会損失”

私が昨年課長を拝命してから、約1年が経ちました。以前は自分1人で仕事をこなすだけでよかったのが、自分以外の誰かに仕事を振って部署を回していかなければならない立場になりました。誰かに指示をする管理職の仕事には、正直いまだに慣れません。ですが、自分なりに1年間課長を務めてみて、前より少しだけ成長したと思っている点もあります。それは会社に入って初めて“機会損失”を意識するようになったという点です。

例えば、フリーランスに仕事を頼む場合がそうです。コンテンツ制作会社である当社は、フリーランスのライターに、記事の作成やリライトを業務委託で依頼しています。フリーランスには「何時から何時まで働く」という就業時間のルールはなく、各々が1日の中で働く時間を決めて自由に働きます。一方、「1カ月に何時間まで稼働できる」という枠は決まっていて、この枠をしっかり有効活用するのが私の仕事です。

当社は小さな会社ですから、仮に1カ月に20時間まで稼働できるフリーランスに、10時間分しか仕事を頼まなかったら、残り10時間分の仕事は、社員が引き受けなければいけません。本来であれば他の仕事に割けたはずの10時間を失えば、それは“機会損失”です。だから、私はフリーランスが1つの仕事を完了させたら、間髪を入れずに次の仕事を依頼し、1カ月の稼働時間の枠を目一杯使うようにしています。もちろん、相手に負担をかけすぎないよう、配慮をした上でです。

今度は社内の話になりますが、部下に仕事を任せる際も“機会損失”に気を付けます。私が初めて持った部下は新入社員で、仕事にはまだ不慣れです。もちろん、1つの仕事をこなすのには時間がかかりますし、こちらで引き取ったほうが早く終わる可能性はあります。

ですが、それをやると、私が本来、他の仕事に割けるはずだった時間を失うことになります。だから多少時間がかかっても、部下に与えた仕事は信頼して任せます。ただし、部下が何かに困っていたら、その課題を解決するための指導の時間はしっかり確保します。これは“機会損失”ではなく、部下の成長のために必要な“投資”です。

と、ここまで偉そうに言ってきましたが、実は私の管理職としての仕事には甘いところが多々あります。フリーランスとの連携や、部下への指示など自分の目の届く範囲での“機会損失”には注意していますが、そもそも目の届く範囲が狭すぎるからです。私が気づかないうちに、誰かが私をフォローしてくれて、その人の“機会損失”が発生しているというケースはたくさんあるでしょうし、他にも多くの人の時間をムダにしていないかと心配しています。

今年度の私の目標は、「社内の皆の時間を大切にすること」です。そのためには、もっと視野を広くする必要があります。ですから皆さん、私が「全然周りを見られてないよ!」と思ったら、そのときは遠慮せずに言ってくださいね。

以上(2024年6月作成)

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画像:Mariko Mitsuda