1 近年の情報漏洩事故について
東京商工リサーチ*によると、2022年に上場企業とその子会社で、個人情報の漏えい・紛失事故を公表したのは150社(前年比25%増)、事故件数は165件(同20.4%増)となり、2012年の調査開始から2年連続で最多を更新しました。中でも、深刻化する不正アクセスやウイルス感染などのサイバー攻撃は165件のうち91件(約55%)と半数以上を占めて全体の件数を押し上げました。そのような状況下において、有価証券報告書にサイバーリスクを開示している企業も93%となっていますが、サイバーリスクへの備えは不十分な企業が多いという実態があります。
個人情報漏洩やサイバーリスクが増加している背景には、ロシアのウクライナ侵攻によってサイバー攻撃が激化している現状と共に、コロナ禍におけるテレワークの浸透等も考えられますが、今後はチャットGPTのような新しい情報技術の活用による情報漏洩も増える事が想定されます。また、改正個人情報保護法による企業責任の増加やサプライチェーンを巻き込んだサイバーテロ等によって、被害を受けた企業の損失額も大きくなっています。今回は、深刻化する情報セキュリティの中でも、サイバーテロによる個人情報漏洩に焦点を当てて解説をさせて頂きます。
*【出典】株式会社東京商工リサーチ「個人情報漏えい・紛失事故 2年連続最多を更新 件数は165件、流出・紛失情報は592万人分 ~ 2022年「上場企業の個人情報漏えい・紛失事故」調査 ~」より
2 個人情報保護法の改定について
2022年4月1日に改正個人情報保護法が施行され、本人の権利保護が強化され、事業者の責務が追加されると共に、法令違反に対するペナルティが強化されることになりました。追加された事業者の責務の一つに情報漏えい時の報告義務があり、漏洩等が発生し、個人の権利利益を害する恐れがある場合に、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務化されました。報告の対象事案としては、要配慮個人情報が含まれる事態、財産的被害が生じるおそれがある事態、不正の目的をもって行われた漏えい等が発生した事態、1,000人を超える漏えい等が発生した事態の4つのケースとなります。また、法令違反に対するペナルティが強化され、個人情報保護委員会からの命令に対する違反や個人情報データベース等の不正提供等の場合は法人に対して最大で1億円の罰金が科せられることになりました。この個人情報保護法の改正により、企業が個人情報を漏洩した場合のリスクが大きくなったことは間違いありません。
3 情報セキュリティについて
情報セキュリティマネジメントシステムに関する国際規格(ISO/IEC27000)では、情報セキュリティは「情報の機密性、完全性、及び可用性を維持すること」と定義されており、情報セキュリティリスクはその特性が阻害される可能性とされています。機密性とは、認可されたものだけが情報にアクセスできる状態を指します。次に完全性とは、情報が改ざん、破壊されることなく、正確・完全である状態を保持する事を示す特性です。最後の可用性とは、正当な権利・権限を持った者が、必要な時に情報にアクセスできる事とされています。個人情報の漏洩は正に機密性が確保されなかった状態という事になりますが、最近のサイバーテロは、パソコンをロックして可用性を阻害した上で身代金を要求し、支払わない場合は情報を拡散したり、認可されてないものが情報にアクセスできる状態にして機密性を損なわせたり、データを破壊して完全性を失わせるなど、全ての特性に影響を与える可能性があります。
4 様々なサイバーリスクについて
サイバーリスクとは、コンピューターシステムやネットワークに悪意を持った攻撃者が不正に侵入し、データの搾取・破壊や不正プログラムの実行を行うことですが、2023年度の情報セキュリティの10大脅威では、1位がランサムウェアと言われる被害者のファイルを暗号化し、復旧するために身代金の支払いを要求する身代金要求型のサイバーテロでした。2位はサプライチェーンの弱点を悪用した攻撃であり、近年では自社がサイバー攻撃を受けて被害にあうだけではなく、脆弱性の高い取引先が攻撃を受けて、サプライチェーン全体に被害が及ぶケースが出てきているため、注意が必要です。3位は対象組織から情報を盗む事等を目的として、ウィルスを電子メールで送りつける標的型攻撃による機密情報の窃取であり、4位が内部不正による情報漏洩、5位がテレワーク等のニューノーマルな働き方を狙った攻撃となっています。
【引用】情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威 2023」
URL:https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2023.html
5 サイバーリスクの影響と対応について
サイバーリスクの影響としては、システム障害による復旧費用や停止時の機会損失、データ漏洩による顧客等への賠償金や法令違反があった場合の罰金等が考えられます。また、風評被害による株価の下落や顧客・取引先の減少、ハッカーからの身代金の要求や被害の調査費用、システムの刷新費や対外的な広報活動等も必要になるため、非常に大きな損失となります。サイバーリスクの事前対策としては、先ずはOSやソフトウェアを常に最新の状態にし、ウイルス対策ソフトを導入して組織内に入れないようにすると共に、入った場合もウイルスを活動させないことが重要です。また、情報管理の強化を行い、教育・訓練を通して脅威や攻撃の手口について社内で共有することも重要です。事後対策としては、サイバー攻撃を受けた場合の緊急時対応の手順書の作成や手順書に基づいた役職員への教育・訓練の実施が必要ですが、近年ではサイバー犯罪の知見が乏しい被害企業に代わり、時間の引き延ばしや要求額の引き下げを試みる「交渉人」を活用するケースもあるようです。しかし、サイバー攻撃は日々進化しており、コントロールに限界があることを考えると、最後の手段として、巨額の損失に備えたサイバー保険への加入が必要不可欠と考えられます。
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以上(2023年6月)
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哲学対話をやってみよう(実践編)
1 哲学対話をやってみよう
哲学対話をやってみたいなら、まずは参加者として近隣の哲学カフェで体験してみるのがよいでしょう。哲学カフェは全国各地で行われており、全国の哲学カフェを紹介したサイト「哲学カフェ・哲学対話ガイド」などで調べることができます(最近はオンラインで開催しているところもあるようです)。
また、哲学対話を広める「カフェフィロ」や「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」などの、全国規模の団体もあります。そこでは哲学対話のファシリテーター(進行役)の派遣などの活動を行っているので、ある程度の規模のイベントや継続的なイベントを開催したい人は、問い合わせてみてもよいでしょう。
■哲学カフェ・哲学対話ガイド■
https://www.135.jp/
■カフェフィロ■
https://cafephilo.jp/
■こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ■
https://ardacoda.com/
2 哲学カフェのやり方
以降では、哲学カフェのやり方を紹介します。哲学対話は特別な道具や技術は必要ないので、仲間たちで遊び感覚で企画するなら専門家を呼ぶ必要はありません。ただ、事前にどのようなものかを知っておいたほうが、安心して参加することができるでしょう。
1)概要
哲学カフェは、専門家が集まって議論する堅苦しい場ではなく、コーヒーを片手に対話できる、自由で開かれた場です。
町中のカフェや喫茶店などで開催することが多いため、哲学カフェと呼ばれています。
2)実施頻度、参加者
開催頻度は多くて週に1回、少なくて年に数回程度です。定期的に開いている場合は月に1回程度が多いようです。
参加者は幅広く、子どもから大人まで参加します。性別の偏りはなく、職業もバラバラですが、自由な発言を促すため、あえてこうした属性を明らかにせずに話すことが多いです。
参加人数は、6人から15人程度がやりやすいでしょう。多過ぎると発言の機会が少なくなり、少な過ぎると多様な意見が集まらないためです。
3)進行役
ファシリテーター(進行役)がいて、対話の交通整理などをしながら進めるのが通常です。ただし、ファシリテーターの役割はあまり決まっておらず、進行役に徹するケースもあれば、いったん対話が始まると参加者のように議論に加わるケースもあります。
対話の時間は通常1時間から2時間、長くても3時間くらいで、1回の対話の中で1つのテーマや問いを掘り下げていきます。
対話の進め方もさまざまで、最初から最後までファシリテーターが問いを投げかけるパターンや最初にテーマに関する講義を聞いてそれについてみんなで対話するパターン、小グループに分かれて議論した後に全体で議論するようなパターンなどがあります。
4)ルール
決まったルールはありませんが、他者の発言をきちんと聞くための工夫が必要です。
例えば、同時に複数の人が話すような状態は避け、人の話をさえぎらないようにするといった具合です。
哲学カフェは自分の意見を主張するための場ではなく、人の話をよく聞いて、その上で自分も考える場であることを周知します。
また、難しい言葉(専門的な哲学用語)などを使わない、人の発言を全否定しないというルールを設けているところもあります。
難しい言葉を使うと、話についていけない人が出てきて、みんなで考える意味がなくなってしまいます。また、「全く違う」「あなたは何も分かっていない」などの発言は、対話をする雰囲気を壊してしまいます。
5)テーマ
哲学対話はどんなテーマでも話題にすることができます。身近な物事をめぐって生じた問いや人生を送るうえで切実に感じられる問いでもよいでしょう。
ただし、扱うのが難しいテーマもあります。あまりにも抽象度の高いテーマ(愛とは何か、死とは何か、など)は議論がまとまりにくくなります。また、政治に関するテーマはいきなり扱うと意見が割れがちになるようです。
3 子どもの哲学
1)概要
子どもの哲学は、小学校・中学校・高校の児童・生徒が参加者となります。学校の教室で授業の一環として行われることが多いですが、親子でやることもあれば、地域のコミュニティーセンターなどで実施することもあります。
2)実施頻度、参加者
実施頻度はまちまちです。学校の場合、授業の一環として実施することもあれば、独自カリキュラム、部活動として実施することもあります。地域のコミュニティーセンターなどの公共施設で開催する場合は、多くて週に1回、少なくて年に数回程度です。
子どもの哲学は参加者の年齢によって集中できる時間の目安が異なります。語彙や知識の範囲も違うので、参加者の年齢をある程度区切る必要があります。
参加人数は、5人から10人くらいがちょうどよいようです。1クラス(40人程度)で実施することもできますが、それには慣れが必要です。
初めて参加する子どもたちは、意見を出しやすくするため5人程度の小グループに分けるとよいでしょう。
3)進行
ここでは、学校ではなく希望者を集めて行う場合を紹介します。
ファシリテーター以外にサポート役がいたほうがよいでしょう。受付などの手伝いだけではなく、子どもたちが飽きたり行き詰まったりしたときに、助け舟を出してもらうことができます。
お互いの顔が見えるよう、初めに輪をつくって座ることが多いようです。未就学児や小学校低学年の子どもは走り回って遊びだすことがありますが、叱らず飽きて対話に戻ってくるのを待つか、アイスブレイク(緊張をほぐすためのワークショップ)をして輪になるように促しましょう。
時間は、30分から2時間が目安です。未就学児は30分もすれば飽きてしまいますが、小学生(高学年)になればやり方次第で2時間続けられるでしょう。子どもは大人よりも緊張したり、恥ずかしがったりしがちです。集中力が切れることも考慮に入れ、議論の途中でも臨機応変にアイスブレイクや休憩時間を入れるようにします。
4)ルール
子どもの哲学も大人の哲学対話と同じように、他者の発言をきちんと聞く、難しい言葉は使わないなどのルールが必要です。
また、子どもの哲学は大人の場合よりもさらに雰囲気づくりが大切です。子どもが大人の顔色をうかがって自由な意見を言わないことや、参加者同士の意見が食い違って気まずい雰囲気になることは少なくありません。話の流れを追い切れず、置いてきぼりにされてしまう子どももいます。
そうしたときはファシリテーターが、子どもたちが安心して話せる雰囲気をつくっていきます。意識してゆっくり話し、理論が飛躍したときは質問して、子どもたちが自分で気付くよう促します。また、自分(大人)でも分からない(正解のない)問題があると正直に伝えてみることも効果的です。
5)テーマ
子どもの哲学では、問い(テーマ)は、基本的には子どもたちが決めるようにします。興味を持っている問いのほうが議論は活発になりやすいからです。
ただし、一から十まで全て子どもたちで決める必要はありません。参加する子どもから意見を聞き多数決などで決める方法もありますが、大きなテーマを事前に決めてその範囲内で選ぶ方法、いくつか候補を出しておいてそこから選んでもらう方法もあります。
また、大人にとっては「議論するまでもないだろう」というような問いが出ることもあります。それでも、子どもがその問いを出した理由も含め、対話を通して明らかにしていきます。「なぜ宿題をしなければならないのか」という問いも、話してみるといろいろな発見があるはずです。
なお、子どもの哲学では、答えを絶対に出さなければならないわけではありません。子どもたちが議論に参加し、自分で考え、他の人の話を聞いて自分の意見を見直すことで、自然と思考力やお互いの考えを理解する力が身に付いていきます。
以上(2023年6月更新)
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哲学対話をやってみよう(歴史編)
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哲学といえば、多くの人は難解な言葉で書かれた哲学書を読み解くことだと思っているかもしれません。しかし、哲学が始まったとされる古代ギリシャでは、哲学と対話は深く結び付き、対話の文化といえるものが花開いていました。
哲学対話は、そうした古代ギリシャの文化から受け継がれた、歴史の長い営みです。この記事では哲学対話の歴史と、そこで形成された議論のルールについて紹介します。
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1 対話形式だったソクラテスの哲学
「哲学の祖」といわれるソクラテス(紀元前470/469年~前399年)はアテネの街で年齢や地位に関係なく、さまざまな人々と自由闊達な対話を繰り広げていました。
ソクラテス自身は著書を残さず、その様子は、ソクラテスの弟子であるプラトン(紀元前427年~前347年)が対話篇(対話形式を用いた哲学的著述)として書き記し、当時の対話の生き生きとした様子を今に伝えています(注)。
こうした古代ギリシャの対話、つまり論証し合いながら共通点や一般法則を見つける議論の特徴について、西研『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(筑摩書房、2019年10月)にはこう書かれています。
- 何かの問いをめぐって議論する。そのさいに各自はそれぞれの根拠を挙げることで、他の人たちが(可能ならばすべての人が)納得できるように努力する。そのうえで、どの考えがもっとも説得力があるかを、皆で吟味する。
- 根拠をあげるさいに、権威や伝承にたよらない。また発言者の地位や年齢は無関係であり、どんな人も議論に参加するうえでは対等とみなされる。
- どこから・どうやって考えれば「なるべく根本から」考えたことになるか、をつねに問題にする。
- 以上のようにして、「だれもが納得できる一般性(共通了解性)と原理性」を備えた考えを育てようとするのが、この議論の目的である。
要するに、当時から哲学対話は、テーマや問いに対して、合理的な(根拠を挙げて妥当性を吟味でき、権威など合理性に関係しない点を極力排除する)考えを追求するものとして発展したといえるでしょう。
(注)プラトンの著作に描かれるソクラテスの姿には、プラトンによる創作も含まれます。
2 ルネサンス時代にヨーロッパへ
ソクラテスを通して描かれた古代ギリシャの対話の文化は、ルネサンス時代にフィチーノ(1433年~1499年)がプラトン全集をラテン語に訳したことによってヨーロッパに知られていきます。フィチーノはメディチ家の保護下にあったため、その周りにいた大商人や知識人たちによってさかんに対話が行われるようになり、近代の哲学者・思想家にもさまざまな影響を与えました。
3 近現代の哲学対話
日本で哲学対話という言葉が広まったきっかけは、ドイツの哲学研究者であるゲルト・アーヘンバハが1980年代に始めた哲学プラクティスと国際哲学プラクティス協会の設立にあります。哲学プラクティスとは「哲学相談所」「哲学カウンセリング」というような意味です。
ただ、日本では哲学プラクティスより哲学カフェという言葉のほうがなじみ深いかもしれません。哲学カフェは、アーヘンバハに示唆を受けたフランスの哲学研究者マルク・ソーテが、1990年代に始めたものです。哲学カフェは、街角のカフェなどで哲学研究の専門家でない一般の人々が哲学的な対話を楽しむ場として世界中に広がりました。
日本でも哲学カフェは定着しつつあり、2005年には哲学カフェをはじめとする街角の哲学の実践やサポートを行う「カフェフィロ」という団体が設立されました。
また、1970年代に米国で始まった子どもの哲学も、哲学プラクティスとともに広がりを見せています。
子どもの哲学は、哲学教授マシュー・リップマンが大学生よりも早い時期から哲学的な思考を学ぶ必要があると感じ、始めたものです。
子どもの哲学は日本の教育現場でも少しずつ広まり、今後は道徳の授業などでも取り入れられていくかもしれません。
これ以外にも、哲学的な手法を使った対話の方法はいくつもあります。例えば、哲学の一分野である現象学的な手法を用いた本質観取(かんしゅ)や、20世紀前半の哲学者レオナルド・ネルゾンが実践していた哲学教育の手法を基にした、ソクラティク・ダイアローグなどがあります。
【参考文献】
筑摩書房『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(西研、2019年10月)
ひつじ書房『ゼロからはじめる哲学対話 Philosophical Dialogue for Beginners:哲学プラクティス・ハンドブック』(河野哲也、2020年10月)
以上(2023年6月更新)
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哲学対話をやってみよう(基礎知識編)
1 多様性と付き合う
働き方の多様性、価値観の多様性、多様性が求められる社会など、さまざまな場面で「多様性」という言葉を耳にするようになりました。これまで「当たり前」と考えられてきた生き方や価値観が通用しなくなり、一人ひとりに自分で生き方を決める判断力が求められています。
全ての人が自分なりの価値観に従って生きるようになれば、「常識」や「当たり前」に合わせる能力よりも、異なる意見や価値観を尊重し、お互いに違いを受け入れる力のほうが重要になってきます。全ての人が自分の要求を無制約に主張し、他人に強制していては、多様性は成り立ちません。異なる価値観や文化の人々と共生するためには、お互いの考えを理解し合う努力が不可欠なのです。
2 すれ違いを埋めていくための対話
価値観や文化の違いは、たくさんの擦れ違いを生じます。好きな相手同士が結婚しても、長年共に暮らしていれば意見の対立やいざこざが起きるのは普通のことです。職場の人間関係でも、トラブルまではいかなくても、不満や違和感を感じることは日常茶飯事でしょう。
対話は、そうした擦れ違いや違和感を埋め、相互理解を試みるための手段です。参加者が対等な立場で、テーマや問いに対するお互いの考えや問題意識を話し合うことで、問題への理解がお互いに深まり、一応の解決策を見いだすことにつながります。また、対話を通して参加者同士に信頼が生まれることも、哲学対話の効果です。
この記事では、対話の方法のなかでも、教育現場や市民活動などで広く取り入れられている「哲学対話」について紹介します。
3 哲学対話とは
哲学対話は、「哲学カフェ」や「子どもの哲学」などの形で行われる対話の総称です。明確な定義はありませんが、テーマや問いがあり、それについて話し合うのが一般的です。参加者は職業や地位、履歴、人柄、名前などを教え合う必要はありません。呼んでほしい名前を自由に設定できる場合が多いようです。
哲学対話はどんなテーマや問いでも扱うことができますが、一般的には、「当たり前」のこと、つまり簡単には答えが出ない問題を扱うケースが多いです。専門家に聞いたり調べたりすれば簡単に答えが分かるような問いはあまり対象にしません。
そうした問いを通し、自分自身、また他の人と共に考えることで、哲学対話を始める前より後のほうが、テーマや問いに対する考えが深まっている状態を目指します。
4 哲学対話に欠かせない「安全と安心」
一般的に、哲学対話には司会のような役割をするファシリテーターがいます。また、テーマに詳しい専門家が参加することもありますが、その人たちを含めて参加者の立場は対等です。「あなたは何も分かっていない」と相手を全否定する発言や差別的な発言、相手を傷つける発言は、対等な議論を難しくするため禁止されます。
しかし、そうは言っても議論がヒートアップすると、参加者からそうした発言が出てしまうことや、発言者に相手を傷つける意図がなくても受け手が侮辱と解釈すること(意見に対する疑問や否定を、人格の否定だと感じることなど)はあり得ます。
哲学対話は、異なる立場、価値観の人が対等な関係を築くための練習の場としても使われます。健全な対話をするのにふさわしい態度を多くの人が身に付けなければ、多様性を受け入れる社会の実現は不可能です。
一人ひとりが対等な立場で話し合う「安全と安心」な場のつくり方を訓練できる点は、テーマや問いに対する思考を深めることとともに、哲学対話の大きなメリットといえるでしょう。
以上(2023年6月更新)
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【朝礼】教学相長(きょうがくあいちょう)ず
皆さんが担当している仕事は順調に進んでいますか。中には、仕事が順調に進んでいない人もいるでしょう。そうした人は、単に効率的な方法を知らないだけかもしれません。上司や先輩、あるいは同僚から「こうした方がいいよ」とヒントをもらい、これを実践することで、飛躍的に良い仕事ができるようになることがあるものです。
今日は皆さんに、「教学相長(きょうがくあいちょう)ず」という言葉についてお話しします。これは中国の四書五経の一つである「礼記(らいき)」にある言葉で、「お互いに教えあい、学びあって共に成長してゆく」という意味です。
教学相長ずの一節は「学びて然(しか)る後に足らざるを知り、教えて然(しか)る後に困(くる)しむを知る。足らざるを知りて、然(しか)る後によく自ら反(かえ)りみるなり。困(くる)しむを知りて、然(しか)る後によく自ら強むる也。故にいわく、教学相長ずるなり」とあります。
この言葉をもう少し分かりやすく解説すると、「学ぶことにより自分の知識の少なさに気づき、人に教えることにより物事の難しさに気づかされる。自分の知識の少なさを知ることにより、自分自身を省みることができる。人に教えることの難しさを知ることにより、自ら勉強することができる。であるから、教えることと学ぶことは互いに作用しあう」ということです。
人に教えるためには、まず自分が学ばなければなりません。自分の知っていることを分かりやすく人に教えるためには、教えること以上に多くのことを知っておかなければなりません。
また、人から物事を教えてもらうことによって、さらに学ばなければならないという意識を持つでしょう。人から教えてもらったことを学ぶ過程において、新たなことを発見するかもしれません。そして、その新たな発見は、もしかしたら教えてくれた人が知らないことかもしれません。学んだ側が今度は教える側となり、新たに発見したことを教えるのです。お互いに教えあうことによって、相手も自分も学習を重ね、結果として双方が新たな知識や思考を身につけることができるのです。
「教(きょう)」つまり教えることと、「学(がく)」つまり学ぶことには相乗効果があります。お互いに教えあい、学びあうことによってさらなる成長を図りたいものです。
この考えは、ビジネスだけでなく、人生においても役立ちます。上司、同僚、部下、友人・知人、親兄弟に聞きたいことがあれば、臆することなく聞いてみましょう。思いがけず良いことを学ぶことができるかもしれません。また、同様に、皆さんが周りの人に良いことを教えることができるでしょう。このように「教学相長ず」は、人間関係をより深めることにもつながるのです。
以上(2023年6月)
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伝え方をバージョンアップしよう
書いてあること
- 主な読者:オンラインでのコミュニケーションに苦戦しているビジネスパーソン
- 課題:対面より意思疎通がしにくいし、時間も手間もかかる。相手に伝わっているか不安
- 解決策:「準備」「丁寧」「配慮」という当たり前を徹底し、改めてオフラインも大切にする。「準備」のアジェンダ作りにはChatGPTのようなツールを使うのも一策
1 オンラインの工夫がオフラインにもつながる
ビジネスでは、日常的にオンライン・オフライン(対面)の両方を使うのが当たり前になっています。また、リモートワークを出社に戻した職場もあるでしょう。そうなると、オンライン・オフラインの切り替えがうまくできない人、オフラインが通常で「時々使うオンラインのコミュニケーションが何かぎこちない」人がいるかもしれません。
オンラインでもオフラインでも、物事を伝えるときには相手のことをよく考えるのが鉄則ですが、加えてオンラインでは、「相手との接点がパソコンやスマホ上に限られている」ことを考慮した工夫が必要です。
そこでこの記事では、改めて実践したいオンライン時の工夫として「準備」「丁寧」「配慮」の3つをご提案します。オンラインミーティング(ウェブ会議ツールを使ったミーティングや商談)編と、テキストコミュニケーション(チャットツールを使ったテキストベースのやり取り)編に分け、それぞれの工夫をご紹介しますので、今日から実践してみてください。
オンラインで気持ち良くコミュニケーションが取れると、オフラインでも会いたくなります。なんとなく、オフラインは「本当に会いたい人と会う」「大切な話で会う」イメージがあります。大切なオフラインにつなげていくためにも、オンラインでの工夫を心掛けてみましょう。
2 オンラインミーティング編
1)内容の強弱まで伝えておく「準備」
オンラインミーティングでは、事前の資料展開がより重要です。相手に一方的に話を聞かせるだけだったり、参加者がその場で初めて考え始めて沈黙が多くなったりするようでは時間の無駄です。アジェンダ(議題)は、遅くとも、開催1日前には展開しましょう。
さらにオンラインミーティングの密度を高めるには、「特に話し合いたいのはこの点です。賛成・反対と、その理由を考えておいてください」「今回、必ず決めたいのはこの2点です」「問題となるのはこの点です」など、内容の強弱もあらかじめ伝えておくのが理想的です。
また、最も重要な点やデリケートなことについては、事前に音声を録音・送信できるボイスメールなどでポイントを頭出ししておくのもよいでしょう。音声だとテキストよりニュアンスが伝わりやすくなります。このように、「準備」には、ある程度手間を掛けることが必要です。
なお、アジェンダについて一つ参考になるものを、この記事の最後に参考情報として掲載します。ChatGPTに、オンラインMTGのテーマと目的をざっくり指定して、どういうアジェンダが理想的か聞いてみた結果です。アジェンダ準備のご参考になれば幸いです。
2)理論的かつ認識合わせを挟む「丁寧」
オンライン上では、理論的に話すことを心掛けなければなりません。「結論(言いたいこと)と理由」を意識して「丁寧」に、筋道を立てて話すと、相手に伝わりやすくなります。例えば、「今回のご提案は◯◯です。まず、ご提案する理由からご説明します」「メリットと考えられるのは△△です。なぜなら?」という具合です。
また、誤解や勘違いは対面していても起こりがちですが、相手の表情が分かりにくいオンラインミーティングでは、もっと多くなります。そこで、「ここまでをまとめると私の認識はこうですが、何か違う点はありますか?」「ご認識の内容を念のためご説明いただけますか?」と、途中で認識合わせを挟むなどして「丁寧」に進めましょう。
手書きでも箇条書きでもいいので、その場で図やキーワードを書いて画面共有し、視覚的に情報共有するのも「伝える」ための一策です。後は「誤解は生じるのが普通」と捉え、大事なことほど、オンラインミーティング後に個別にフォローするという「丁寧さ」も必要です。
3)資料の作り方、名前の表示、顔の出し方まで「配慮」
まず、資料の作り方から、オンラインならではの「配慮」が求められます。オンライン上では、「資料の“ここ”」と言っても相手には分かりません。「画面共有している資料の右上にあるオレンジ色の番号」などと具体的に伝える必要があります。ページ数やポイントとなる図・キーワードは、口頭で伝えやすい色や大きさにしましょう。
また、複数社・複数人が参加していると、名前が覚えられない、話す人がかぶるなどの事態が発生します。そこで、画面上で表示される自分の名前を「平仮名の名前/会社名」に変える、名刺を背景にするなどの工夫が必要です。発言も、「□□(会社名)の◇◇(自分の名前)が発言します」といったように、誰が話すかを、明確にしてから始めるのがよいでしょう。
オンラインミーティングの際、顔出し(カメラをオンにすること)は必須ではありませんが、初対面のときやお礼・おわびをするとき、年末年始・年度初めなどの節目のときには、顔出しして表情を伝えるのがよいでしょう。相手の状況にもよりますが、自分が顔出ししない場合は、「接続を安定させるためカメラをオフにします」と最初に一言お断りを入れる、途中で相づちや質問をして「話を聞いていますよ」という姿勢を伝えることなども大切です。音と画面だけで物事を伝えるオンラインミーティングでは、こうした細かい「配慮」が欠かせません。
3 テキストコミュニケーション編
1)自ら積極的に情報収集するのが「準備」
リモートワークの導入度合いにもよりますが、テキストコミュニケーションについては、社内メンバーやプロジェクトメンバーとやり取りするケースが多いでしょう。まず「準備」すべきことを考えてみます。
テキストコミュニケーションにおける「準備」として必要なのは、メンバーと「丁寧」にやり取りし、「配慮」して物事を伝えるために、日ごろ、自ら積極的に周りと関わり、情報収集しておくことです。例えば、よく使う資料はどこにあり、誰が関係しているか。今、誰がどの案件を担当しているか。困っていそうな人は誰か。全体としてどのような動きがあるか(新規営業に力を入れているか、採用活動はどうなっているかなど)などが挙げられます。
2)強度も伝えるのが「丁寧」
テキストで物事を伝えるときのポイントは、「相手の手数を少なくする」ことです。「それは何のためですか?」「いつまでですか?」など相手に何度も質問を打ち返させないよう、物事は「丁寧」に伝えましょう。ここでは分かりやすいように、悪い例と良い例を出してみます。
【悪い例】
次回のMTG(ミーティング)で話し合いたいので、提案書の作成をお願いします。内容については、前回MTGの資料を参考にしてください。よろしくお願いします。
【良い例】
提案書の作成をお願いします。概要は下記の通りです。
- 目的:6/16(金)10:00のMTG時にメンバーで提案内容を話し合うため。
- 内容:前回(6/1(木)10:00)のMTGで使った資料を参考にしてください。
→該当資料の在りか:https://××××
- 期限:6/14(水)17:00
- 格納:出来上がったら下記フォルダに入れてください。私が内容を確認します。
→フォルダの場所:◯△□
- 備考:他に◇◇の案件で忙しいと思いますので、時間をかけず所要2時間のイメージ。それ以上時間がかかりそうだったら相談してください。他のメンバーに振ります。
上記は極端なので、悪い例と良い例の違いが分かりやすいでしょう。良い例では、「強度=力の入れ具合、時間のかけ具合」を明確に伝えていることがポイントです。お互いに見えない状態で進めるテキストコミュニケーションでは、強度まで明確に伝える「丁寧さ」が必要です。
3)読んだ相手が本当にすぐ行動できるかイメージする「配慮」
テキストコミュニケーションにおける「配慮」とは、相手が次の行動を起こしやすいようにすることです。物事を「丁寧」に伝えつつ、より一歩踏み込んで、テキストを読んだ相手の行動を具体的に想像しましょう。これも、悪い例と良い例を出してみます。
【悪い例】
顧客XYZ社からメールが来ました。本件の進め方について、AとBが書いてあります。Aが良さそうな気がします。ここにそのメールを貼り付けます。 ※以下メール文面
【良い例】
顧客XYZ社からメールが来ました。本件の進め方について、AとBが書いてあります。AとBのどちらが現実的に可能か、コストも考慮して、ご意見教えてください。私は◯△という理由でAと思いますが、最終的に、◇□さん(テキストの宛先)のご意見を聞いた上で、明日、判断したいです。ここにそのメールを貼り付けます。 ※以下メール文面
悪い例では、単に情報共有なのか、感想を言っているだけなのか、それとも何かを求められているのか分かりません。一方、良い例を読めば、相手は「意見を言う(書く)」のを求められているということが明確に分かります。とても基本的なことですが、顔の見えない状態では、「相手はこのテキストを読んで、求められていることがすぐに分かるか」という「配慮」が欠かせないのです。
参考 ChatGPTでアジェンダを作ってみると
ChatGPTにテーマと目的をざっくり指定して、理想的なアジェンダを作ってみてもらいました。下記の通りです。そのままコピペしてアジェンダにできるわけではありませんが、むしろ、オンラインMTGの進め方の参考になりそうなところもあります。
また、かなり議題がもりだくさん、かつ俯瞰(ふかん)的なアジェンダになっているので、当日のオンラインMTGで全部を話し合うのは難しそうです。そこで、このChatGPTアジェンダから「事前の宿題」にできそうなものをピックアップし、事前に参加メンバーに考えておいてもらうといいかもしれません(「どの業務が不適切であるなど、業務における問題点」など)。オンラインMTGの準備としては、こうしたChatGPTなどのツールを使う方法も考えられるでしょう。
【設定(ChatGPTへの質問)】
業務効率化についてのオンラインMTGについて。初回MTGで役割を決めるときの理想的なアジェンダを作ってください
【ChatGPTの作ったアジェンダ例】
1. 紹介とアイスブレイク
参加者の自己紹介と、職務や役割についての簡単な説明
参加者同士が知り合い、雰囲気を和やかにする
2.MTGの目的
なぜ業務効率化についてオンラインMTGを行う必要があるのかを明確にする
3.討論する課題、問題点の明確化
どの業務が不適切であるかなど、業務における問題点を共有する
何が改善必要であるかを話し合って問題を明確化する
4.役割の割り当て
役割ごとに何を解決しなければならないか意見を共有する
各自が得意な部分や強みを考慮した上で、最終的な役割分担を決定する
5.アクションプランの策定
役割と責任を確認し、問題解決のためのアクションプランをディスカッションする
各アクションプランについて、担当者と期限を確認する
6.MTGのまとめ
今後の連絡方法を確認する
今回のMTGで得た知見や、今後の改善フィードバックについて話し合う
お礼の挨拶をする
以上(2023年6月)
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【海外展開の手引(1)】 構想段階での目的の明確化が 成否を左右する
書いてあること
- 主な読者:販路拡大や生産コスト削減などのために、海外展開を検討している経営者
- 課題:海外展開までの手順や具体的な手段や、検討に際しての相談先を知りたい
- 解決策:構想段階では、海外展開の目的を明確化することが最も重要。何のために、どんな商品・サービスを、どこに、どうやって展開するのかなどを決める
1 海外展開の検討は正しい手順と入念な計画が不可欠
人口減少などによって、日本国内の市場は長期的に縮小することが見込まれています。日本企業にとって、海外展開によって新興国などの市場や労働力を取り込むことは、企業の将来を左右する重要な戦略となります。
とはいえ、海外展開にはリスクがつきものです。正しい手順を踏んで十分な検討と入念な事前計画を立てなければ、「すぐに撤退、多大な損失」という結果になりかねません。
そこでこのシリーズでは、中小企業が海外展開を検討するための手順とポイント、検討する際の有益な参考情報を紹介します。
2 海外展開のための構想は「目的の明確化」から
海外展開を構想する際は、まず比較的低コストで相談できる「日本貿易振興機構(以下「ジェトロ」)」「中小企業基盤整備機構」などの公的機関を活用してみましょう。
その際、「海外進出を検討したいが有望な進出先や商品はないか」といったような漠然とした相談を持ち込んでも有効なアドバイスを得ることは難しいのです。最低でも「何のために」「何を(商品・サービスなど)」「どこに(海外展開先国)」は決めておく必要があります。
1)何のために海外展開するのか
企業として、自社の海外展開をどのように位置付けるのかを決めます。例えば、海外市場の開拓を目的とするならば、
- 海外市場への開拓は本当に必要か
- 国内市場にもう可能性を見いだせないのか
- 商品・サービスを見直すなど、市場を拡大する以外の戦略はないのか
など、別の視点から考えてみるのもよいでしょう。
また、生産コスト削減を目的として人件費が安価な国に海外展開するのであれば、現地の現在の賃金のみを考慮するのではなく、賃金の上昇率を調べ、事業が軌道に乗り始めたころには賃金が大幅に上昇している可能性がないかも含めて検討しましょう。
2)何を(商品・サービスなど)展開するのか
海外展開で、どんな取引をするのか決めます。例えば自社の商品・サービスを海外で販売する場合、国内では高い競争力を持つ商品・サービスであっても、海外市場では強力なライバルが存在したり、需要がなかったりすることがあります。反対に、国内では苦戦を強いられている商品・サービスが、海外市場では競争力を維持できたり、新たな需要を発掘できたりすることもあります。
また、海外から商品やサービスを調達する場合、価格面だけでなく、品質面やアフターサービス、安定的に仕入れることが可能かなどの面も含めて、国内調達との比較検討をする必要があります。
3)どこに(海外展開先国)展開するのか
世界のどこで事業展開したいのかを決めます。そのためには、何よりも情報収集が必要です。まずは国内にいながら収集可能な情報を分析することから始めましょう。収集する現地の情報は多岐にわたります。詳細は後述します。
4)いくら稼いで(収支)いつ黒字転換させるのか
大まかでよいので、収支に関する構想も練っておきましょう。海外展開によって、どれほどの売り上げをつくりたいのか、どれだけコストを削減したいのか、という収支見通しを立案します。海外展開では想定外のことが起こる可能性も少なくありませんので、収支見通しは厳しめに見ておくとよいでしょう。
初期投資額なども勘案して、いつまでに黒字転換させるのかを決めておくことも大切です。
5)撤退要件もあらかじめ決めておくべき
「始める前から失敗することは想定したくない」という気持ちも分かりますが、あらゆるリスクを考慮しておくことは、経営者としての責務です。
海外展開が構想通りにいかないことも想定して、「当初3年間の売り上げが計画の7割未満なら撤退する」「5年以内に黒字転換しなかったら撤退する」など、あらかじめ撤退要件を決めておくべきでしょう。損失をいたずらに拡大させることや社内のリソースの無駄遣いを防ぐだけでなく、海外展開に携わる社員などに対して必達条件を共有しておくといった意味もあります。
3 海外展開のさまざまな手段を検討する
1)主な海外展開手段
一口に「海外展開」といっても、その手段はさまざまです。企業の主な海外展開手段の概要は次の通りです。
最も一般的な海外展開手段は「貿易」であり、「国産製品の輸出」「原材料・部品の輸入」などが挙げられます。最近では越境ECを通じた取引が多く活用されています。
「直接投資」は、投資先国に新たに法人を設立する、投資先国の既存の企業と株式取得・交換を通じて提携などパートナーシップを結ぶ、投資先国の既存の企業を買収するなどがあります。
「技術・業務提携」は、企業同士が資本の移動を伴わずに技術または業務において提携し、共同で事業を行います。技術の場合はライセンシング(産業財産権や著作権の有償使用許諾)、飲食業などの場合はフランチャイズ展開などがあります。
2)越境ECという選択肢
コロナ禍で注目が高まったのが、越境ECです。海外支店の開設などに比べ、越境ECは初期費用が少額で済むため中小企業でも始めやすく、仮に失敗したとしても撤退が比較的容易です。
1.ジェトロ主催の「JAPAN MALL事業」と「JAPAN STREET」
ジェトロが主催する「JAPAN MALL事業」および「JAPAN STREET」は、海外主要ECサイトとの取引を実現させるためのプラットフォームで、無料で商品を登録できます。
JAPAN MALL事業は、海外ECサイトのバイヤーに商品を紹介する事業です。原則として商品はECサイトのバイヤーが日本国内で円建て決済をして買い取るため、返品リスクがなく、複雑な輸出手続きが不要です。対象となる商品は食品・飲料、化粧品、日用品、生活雑貨などです。
2023年度からは有料サービスとして、商品ごとのプロモーションと、プロモーションデータのフィードバックを行う「プレミアムプラン」も提供しています。
JAPAN STREETは、ジェトロが招待した、限られた海外の有力バイヤーだけが閲覧できるオンラインカタログサイトです。取引は海外ECサイトが指定する方法や商社を通じて行うことになります。対象となる商品は食品や化粧品からファッション、玩具などの消費者向けから、精密機器、産業機械・部品、原料・素材、映像・音楽・ゲームなどのコンテンツなど、多岐にわたっています。
■ジェトロ「海外におけるEC販売プロジェクト」■
https://www.jetro.go.jp/services/japan_mall/
2.中小企業基盤整備機構「EC活用支援アドバイス」
中小企業基盤整備機構では、ECを通じて海外などの販路が拡大できるよう、アドバイスをしています。無料で何度でも相談でき、東京本部での対面での面談の他、オンラインでの面談も実施しています。
■中小企業基盤整備機構 ebiz「EC活用支援アドバイス」■
4 構想段階から相談ができる専門機関
最後に、海外展開を検討する際に、構想段階から相談や情報収集ができる代表的な専門機関を紹介します。
1)ジェトロ
ジェトロは国内外の拠点において、対日直接投資の促進、日本企業の海外展開支援、農林水産物・食品の輸出支援などを行っています。海外展開を検討している企業に対しては、貿易投資相談や海外ミニ調査サービス(有料)、国内外における展示会・商談会の開催および出展支援などのサービスを提供しています。
ウェブサイト「初めての海外進出」では、海外展開の目的別のチェックポイントを設定しています。検討時の参考にするとよいでしょう。
■ジェトロ「初めての海外進出」■
https://www.jetro.go.jp/theme/fdi/basic/
2)新輸出大国コンソーシアム
政府系機関、地域の金融機関や商工会議所など1123の支援機関(2023年4月7日時点)が幅広く参加し、海外展開を図る中堅・中小企業などに対して、海外展開の計画立案から実行・実現までを、専門家が支援します。
対象となる企業へワンストップの支援サービスを提供するため、全国に配置された「新輸出大国コンシェルジュ」が最適なサービスを紹介します。具体的な支援はジェトロが事務局機能を担っており、海外展開フェーズに応じて専門家がアドバイスを行います。また、個別課題に対するスポット支援として、海外展開戦略策定支援や、貿易実務・商談支援、基準・認証の取得に関する支援、法務や税務・会計、物流など、個別課題に対応する専門家による支援も行っています。
■ジェトロ「新輸出大国コンソーシアム」■
https://www.jetro.go.jp/consortium/
3)中小企業基盤整備機構
中小企業基盤整備機構では、海外展開を目指す中小企業を、初期の計画段階から進出後のフォローアップまで、幅広い支援メニューでサポートしています。これから海外展開を考え始める企業も含めて、海外展開に関する相談を受け付けており、専門家による「海外展開ハンズオン支援」を行っています。
また、国内の「展示会での出張アドバイス」「海外展開セミナー」なども開催しています。
■中小企業基盤整備機構「海外展開」■
https://www.smrj.go.jp/sme/overseas/
4)地方自治体や各地の中小企業支援機関
地方自治体や各地の中小企業支援センター、中小企業振興公社、商工会議所などでは、中小企業の海外展開を支援するために、「国際化支援室」「国際経済推進室」などの名称で専門部署を設置しています。
東京商工会議所では、初めて海外ビジネスに取り組む企業への相談を受け付けています。専門的なサポートが必要な場合は、登録している専門家が対応します。
■東京商工会議所「海外ビジネス相談」■
https://www.tokyo-cci.or.jp/soudan/globalsupport/
5)貿易アドバイザー協会(AIBA)
貿易アドバイザー協会(AIBA)は、貿易に関するコンサルティングなどを行う貿易アドバイザーによって運営されている団体です。
AIBAでは中小企業の海外展開支援や輸出・輸入事業などのコンサルティング、国内外法規制調査、市場調査などのサービスを提供しています。この他、無料相談として、AIBA会員(認定貿易アドバイザー)がコンシェルジュとして、海外ビジネスにおける課題をヒアリングし、解決に向けてアシストするサービスも行っています。相談内容の例の中には、海外進出に向けた事業の可能性の調査や、越境ECを始める際の指導に関するものもあります。
■貿易アドバイザー協会(AIBA)「無料相談トレード・コンシェルジュ」■
https://trade-advisers.com/service/trade-concierge
以上(2023年6月)
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画像:pixabay
海外展開の落とし穴〜製造物責任トラブル対策として、今すぐにすべき7つのこと
書いてあること
- 主な読者:海外展開をしているのに、海外PLトラブルに対応していない企業の経営者
- 課題:日本とは社会慣習や法制度が違うので、訴訟リスクが高く、費用負担も大きい
- 解決策:輸出先の法制度に沿った製造工程の整備と見直しなどを進めつつ、海外PL保険への加入も検討する
1 海外のほうがPLトラブルのリスクが高い!
海外展開をしている企業の皆さん、海外PL(製造物責任(Product Liability、以下「PL」))トラブルへの対応は済んでいますか。日本からの輸出の多くを占めるのは米国や中国ですが、これらの国では、訴訟を含むPLトラブルが日本よりも多く起きています。
ケースによりますが、海外PLトラブルが発生すると次のような事態になります。
- トラブル発生後、すぐに訴訟を起こされ、賠償額も高額(集団訴訟制度があり、原告側の訴訟を起こすハードルが低い。集団訴訟を専門とする弁護士も多い。また、日本と異なり懲罰的損害賠償が認められる場合がある)
- 製造に一部でも関わっていれば、訴えられる恐れがある(自動車などの完成品のトラブルで、完成品メーカーだけなく、部品・原材料メーカーも訴えられる恐れ)
- 訴訟の証拠開示手続き(ディスカバリー)への対応だけでも、被告側が負担する労力・費用は多大になる
海外向けに製品を輸出するメーカー、越境ECの出店者は海外PLトラブルに備えなければなりません。現地法人がなかったり、現地の弁護士とのパイプがなかったりする場合はなおさらです。海外PLトラブルを防止するための基本的な考え方は日本国内と同じですが、以降で大切なポイントを紹介します。
- 輸出先の法制度に沿った製造工程の整備と見直し
- 契約で自社の免責条項などを設定
- 「文書」管理の徹底
- 取扱説明書や品質表示ラベルの見直し
- ISO9000シリーズの認証取得
- 海外PLトラブルを想定した対応マニュアルの作成
- 海外PL保険への加入検討
2 輸出先の法制度に沿った製造工程の整備と見直し
輸出先の国が特定されているのであれば、現地の法制度に沿った安全基準や品質基準を満たしているかを確認し、次の点を確認したり、見直したりします。
- 製造ラインの設計
- 設備や機器などの整備
- 安全対策ポリシー、作業手順書の作成
- 従業員の教育や訓練の実施、品質管理・安全対策専門部署の設置
- 検査の実施
この確認、見直しは、
自社の完成品だけでなく、サプライヤーから調達している部品についても行う
必要があります。サプライヤーに対しては、仕様や品質の基準を書面で示したり、定期的に検査を実施したりして、品質を保つようにしていきます。
3 契約で自社の免責条項などを設定
商社などの取引先を通じて自社の製品を輸出している場合、取引先とコミュニケーションを密に取りましょう。信じられないことですが、取引先からは「米国向けの輸出」と聞いていたのに、実際は「中国やその他の国々にも輸出されていて、中国などでPLトラブルが起きる」といったケースもあるようです。
また、被害者への対応などで取引先が費用を負担していれば、自社も負担を求められる恐れがあります。
取引先との契約には、輸出先の国、販売方法、製品の用途などを指定し、契約に反した場合のPLトラブルは自社が責任を負わないよう、免責条項を設定
しておきましょう。ただし、こうした免責条項が有効なのは、自社と取引先(契約の当事者)間だけです。契約関係にない被害者から、自社に直接、損害賠償などを求められた場合は対抗できません。そこで、
取引先が契約に反した際のPLトラブルによって自社が損害賠償金を負担した場合に、取引先に求償できるような補償条項を設定
することも検討すべきです。
仮に、取引先が上記のような補償条項に応じない場合でも、
自社の損害賠償責任の上限を設定
する条項の設定を交渉すべきでしょう。
4 「文書」管理の徹底
訴訟の際、米国などでは広範な証拠開示手続き(ディスカバリー)が求められ、短期間で訴訟に関連した大量の文書提出が必要になることもあります。また、訴訟の際は、自社に責任がないことを証明するために、日ごろから安全性の確保に万全を尽くしていたと示す証拠が必要になることもあります。
そのため、
日ごろから製造活動全般に関する文書や、取引先などとのやり取りを文書として残し、適切に保管
しておくことが重要です。
5 取扱説明書や品質表示ラベルの見直し
製造工程の見直しなどに比べて、取扱説明書や品質表示ラベルは後回しにされがちですが、米国などでは取扱説明書や品質表示ラベルの「表示上の欠陥」を指摘する訴訟も多いとされています。そのため、
- 製品の使用方法を分かりやすく説明しているか
- 危険な使用方法などについて注意喚起する表示になっているか
などを確認しましょう。
6 ISO9000シリーズの認証取得
JETRO(日本貿易振興機構)は、輸出製品の製造事業所はISO9000シリーズの認証を取得しておくことが望ましいとしています。ISO9000シリーズは、ISO(国際標準化機構)が定めた品質管理システムに関する国際規格で、ISO9001、ISO9004、ISO9011などがあります。
ISO9001は、製品やサービスの品質を向上させ、顧客満足度を高めていくことを目的としています。この規格に基づいて社内で品質管理の仕組みを見直して改善したり、顧客や第三者機関が品質管理状況を審査したりします。認証の取得には、審査費用、マネジメントシステム構築費用、設備投資、諸経費などが掛かります。
7 海外PLトラブルを想定した対応マニュアルの作成
海外PLトラブルが発生した場合の対応についてマニュアルを作成しておきます。海外PLトラブルに特化したものではありませんが、経済産業省「消費生活用製品のリコールハンドブック2022」では、事故への対応などについて紹介しています。こうした資料を参考に、製品の不具合が発見された場合のリコール対応などの手順について定めたマニュアルを作成したり、輸出先の国の実情に詳しい弁護士に対応を相談したりするなどしておきましょう。
■経済産業省「消費生活用製品のリコールハンドブック2022」■
https://www.meti.go.jp/product_safety/producer/recalltorikumi.html
8 海外PL保険への加入検討
細心の注意を払っていても、海外PLトラブルの発生リスクをゼロにすることはできません。また、海外PLトラブルへの対応は広範囲に及びます。そこで、
海外展開する際には、訴訟に発展した場合に備えて、海外PL保険に加入する
ことも検討しましょう。PL保険とは、PLトラブルが起きたときに損害賠償金や訴訟費用などを補償するものです。
通常のPL保険の補償範囲は「日本国内での事故や訴訟」に限定されているので、海外PLトラブルに備えるのであれば、海外PL保険への加入が必要です。海外PL保険には、
- 損害賠償金や訴訟費用などの費用面での補償
- 示談交渉や訴訟を担当する弁護士の選定
などを代行してくれるものもあります。
例えば、日本商工会議所では、会員を対象とした「中小企業海外PL保険制度」を提供しています。安心して自社のビジネスを拡大していくための一策として、海外PL保険への加入を検討しましょう。
■日本商工会議所「中小企業海外PL保険制度」■
https://hoken.jcci.or.jp/overseas-pl
以上(2023年6月)
(監修 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 堀田陽平)
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中小企業が知っておきたい割増賃金の引き上げ 月60時間超の時間外労働に関する企業実務
1 改正の概要
労働者が健康を保持しながら、労働以外の生活のための時間を確保して働くことができるよう、1か月60時間を超える法定外時間外労働について、法定割増賃金率が50%に引き上げられました。
中小企業においては、猶予期間が設けられていましたが、令和5年4月1日からは、月60時間を超える時間外労働については、割増賃金率が大企業同様50%に引き上げられたところです。
時間外労働が深夜労働に及んだ場合は75%もの割増賃金を支払う義務が生じるため、長時間労働を余儀なくされている中小企業の場合は、何らかの対策を講じる必要があります。
2 改正後の具体的な内容
(1)月60時間の算出方法
1か月60時間を超える法定時間外労働を算出するには、法定休日労働は含めません。法定休日以外の総労働時間のみで算出します。例えば、法定休日を日曜日と定めた場合、日曜日以外の労働時間のみで算出します。
(2)代替休暇の運用と労使協定
1か月60時間を超える法定時間外労働について、労働者の健康を確保するため、引き上げ分の割増賃金の代わりに有給の代替休暇を与えることができます。
割増賃金の支払を要しないのは、法定割増賃金率の引き上げ分のみですので、これまでと同様、25%までの割増賃金は支払う必要があります。
代替休暇制度導入にあたっては、過半数組合(ない場合は労働者の過半数代表者)との間で労使協定を結ぶ必要がありますが、労働基準監督署に届出する必要はありません。
労使協定を結んでも、代替休暇を取得するかしないかは労働者の自由ですので強制はできません。
労使協定で定める事項は以下の通りです。
① 代替休暇の時間数の具体的な算出方法
② 代替休暇の単位(1日または半日)
③ 代替休暇を与えることができる期間(2か月以内)
④ 代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日
① 代替休暇の時間数の具体的な算出方法
代替休暇の時間数の具体的な算出方法は以下の通りです。
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画像:photo-ac
中小企業が知っておきたい割増賃金の引き上げ 月60時間超の時間外労働に関する企業実務
労働者が健康を保持しながら、労働以外の生活のための時間を確保して働くことができるよう、1か月60時間を超える法定外時間外労働について、法定割増賃金率が50%に引き上げられました。
中小企業においては、猶予期間が設けられていましたが、令和5年4月1日からは、月60時間を超える時間外労働については、割増賃金率が大企業同様50%に引き上げられたところです。
時間外労働が深夜労働に及んだ場合は75%もの割増賃金を支払う義務が生じるため、長時間労働を余儀なくされている中小企業の場合は、何らかの対策を講じる必要があります。