老後が安泰な「退職金」はいくらなのか?/人生100年時代の退職金制度を考える(1)

書いてあること

  • 主な読者:自社の退職金制度の方向性について考えている経営者
  • 課題:退職金制度は必要か? 必要だとしたら、どのぐらいの額を用意すべきか?
  • 解決策:公的年金の減少に伴い、老後の生活における退職金の重要性は増している。総務省「家計調査年報」などから老後に必要な資金を試算、自社の制度と照らし合わせる

1 なぜ今、退職金制度が必要なのか?

最近では「もう社員が定年まで働く時代じゃないから……」と、退職金制度の見直しや廃止を検討する会社も少なくありません。ただ、社員の退職金制度に対するニーズは、もしかしたら今後高まっていくかもしれません。「人生100年時代」といわれるほどの高齢化の陰で、

公的年金の支給額が減少し続けていて、老後の生活資金が足りなくなる恐れがある

からです。仮に御社に充実した退職金制度があれば、今働いている社員は安心ですし、新たに社員を募集する際のPRなどにも使えるでしょう。

この記事では、退職金制度を導入したり、見直したりする予定のある会社が、退職金の支給額などを検討する材料として、まず老後の生活にどのぐらいの資金が必要なのかを紹介します。

2 年金の保険料は増加、支給額は減少

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2023年3月末時点の公的年金(老齢基礎年金+老齢厚生年金)の平均支給額は、年約174.0万円です。10年前は約181.6万円で、10年間で約7.6万円減額していることが分かります(厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業の概況」)。一度の食事にかかる費用を1000円(1日3食で3000円)だと仮定すると、25日分以上の食事代がなくなってしまう計算です。

年金支給額が減少している理由の1つは、少子高齢化により現役世代1人で支えなければならない高齢者の数が増加しているからで、この傾向は今後も変わらない可能性が高いです。ですから、仮に公的年金の支給額減少を退職金制度でカバーできるなら、社員にとっては非常に魅力的です。

とはいえ、退職金制度を充実させるには、そもそも老後の生活にどのぐらいの費用がかかるのかを知っておく必要があります。早速、シミュレートしてみましょう。

3 一体いくら必要? 老後資金のシミュレーション

ここでは社員が65歳で退職した後の老後資金についてシミュレートしてみます。なお、シミュレーションは統計データを参考にした一例です。実際の内容は、社員の生活水準や希望するライフスタイルによって大きく変わることをご理解ください。

1)夫婦2人暮らしのケース

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2023年における65歳以上の夫婦のみの無職世帯の実収入は、月約24.5万円です。一方、同じ世帯にかかる生活費は、税金や社会保険料などを含めて月約28.3万円です(総務省統計局「令和5年家計調査年報」)。

実収入(24.5万円)から生活費(28.3万円)を引くと、毎月3.8万円の赤字

になります。2023年における平均寿命は、男性が81.09歳、女性が87.14歳ですから、退職してから20年以上赤字続きになる可能性があります(厚生労働省「令和5年簡易生命表」)。65歳で退職したとして、85歳までの生活を想定した場合、

  • 実収入:24.5万円×12カ月×20年=5880万円
  • 生活費:28.3万円×12カ月×20年=6792万円
  • 実収入-生活費:5880万円-6792万円=-912万円

となります。912万円分の老後資金を何らかの方法で補填しないといけません。なお、前述した通り公的年金の支給額は減少し続けており、仮にこの先90歳、95歳と平均寿命が延びていけば、補填すべき額はさらに大きくなる可能性があります。

2)1人暮らしのケース

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2023年における65歳以上の単身無職世帯の実収入は、月約12.7万円です。一方、同じ世帯にかかる生活費は、税金や社会保険料などを含めて月約15.8万円です(総務省統計局「令和5年家計調査年報」)。

実収入(12.7万円)から、生活費(15.8万円)を引くと、毎月3.1万円の赤字

になります。夫婦2人暮らしのケースと同じく、65歳で退職後、85歳までの生活を想定した場合、

  • 実収入:12.7万円×12カ月×20年=3048万円
  • 生活費:15.8万円×12カ月×20年=3792万円
  • 実収入-生活費:3048万円-3792万円=-744万円

ですから、744万円分の老後資金を何らかの方法で補填しないといけません。

4 どんな退職金制度なら老後資金を賄える?

前章のシミュレーションで、年金などの実収入だけでは老後資金を賄いきれていないことが分かりました。退職金制度の内容を検討する際の1つのポイントは、

老後資金の赤字(「実収入-生活費」のマイナス分)を退職金で補えるかどうか

です。前章のシミュレーションの数字を参考にするなら、夫婦2人暮らしの場合はあと912万円、独身の場合はあと744万円を、退職金で補う必要があります。また、前述した通り、家計の赤字は今後広がっていく可能性があり、補填すべき額はさらに大きくなります。

ちなみに、中小企業の社員(大学卒の場合)が定年退職時にもらえる退職金は、2022年平均で約1092万円です。なお、2022年時点で71.5%の中小企業が退職金制度を導入していますから、制度を社員に魅力的に見せるには、ある程度工夫が必要です(東京都産業労働局「令和4年中小企業の賃金・退職金事情」)。

社員にとって魅力的な退職金制度の選択肢としては、

  • 同業他社よりも多くの退職金を払う
  • 運用次第で退職金を増やせる制度を導入する
  • 退職金が多く支払えないなら、老後資金を補う他の福利厚生を導入する

などがあります。制度の例をいくつか紹介しましょう。

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こうした退職金制度をうまく活用すると、社員は老後資金の赤字を補うだけでなく、逆に黒字に転じさせて自分の趣味や大切な人のために使うお金を作れる可能性も出てきます。

ただ、退職金制度にはメリットと同時にデメリットもあります。ここでは詳細を割愛しますが、例えば企業型DCのように社員が自分で運用する制度の場合、運用成績に応じて退職金を増やせる可能性がある反面、運用に失敗すると元本割れしてしまう恐れがあるのです。

次回は、退職金制度ごとのメリット・デメリットや、実際に運用する場合のアクションプランについて紹介します。

以上(2024年10月作成)

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画像:pek-Adobe Stock

【賃金データ集】 退職金のモデル支給額

書いてあること

  • 主な読者:賃金体系や賃金支給額の見直しを考えている経営者
  • 課題:自社の賃金体系や賃金支給額が妥当か分からない。判断基準が欲しい
  • 解決策:統計資料における同規模・同業種の企業のデータなどを参考にする

【賃金データ集】シリーズとは?

【賃金データ集】シリーズは、基本給や諸手当など賃金の主要な構成要素ごとの近年のトレンドを、モデル支給額を中心とした関連データとともに紹介します。経営者や実務家の方々が賃金支給水準の決定や改定を行う際の参考としてご活用ください。なお、モデル支給額などのデータを紹介する際は、基本的に出所に記載されている用語を使用するものとします。また、データは公表後に修正されることがあります。

この記事で取り上げるのは「退職金」(退職給付等の費用)です。

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なお、以降で紹介する図表データのExcelファイルは、全てこちらからダウンロードできます。

こちらからダウンロード

1 退職金の位置付けと退職金制度の概要

1)退職金の位置付け

退職金とは、在職中の従業員の功労に対する報償や賃金の後払いといった意味合いで、企業が退職した従業員に支払う金銭です。退職金制度は、支払い形態、算定の考え方、掛け金の積立形態などによって幾つかの種類に分類されます。退職金制度の導入は企業の義務ではないものの、多くの企業が実施しています。

2)退職金制度の概要

主な退職金制度の種類は次の通りです。

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1.支払い形態

支払い形態は、次のように大別されます。

  • 退職一時金:退職金を一括で支給
  • 退職年金:退職金を年金として支給(「企業年金」とも呼ばれる)

2.算定の考え方

退職一時金の算定の考え方は、次のように大別されます。

  • 基本給連動型:算定基礎額(退職金を計算する基礎となるもの)を基本給とする制度で、一般的には、「退職時の基本給×勤続年数別係数×退職事由別係数(会社都合退職と自己都合退職)」によって退職金を算定するもの
  • 基本給非連動型:算定基礎額を基本給以外とする制度で、代表的なものは「ポイント制退職金制度」や「別テーブル方式(第二基本給)」など

 退職年金の算定の考え方は、「確定給付型:あらかじめ将来の年金支払額が決まっている制度」と、「確定拠出型:あらかじめ掛け金の額が決まっている制度」に大別されます。

3.積立形態

積立形態はさまざまで、それぞれ特徴があります。

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2 退職金制度の潮流

1)退職金制度の3つの機能

退職金制度は功労に対する報奨や賃金の後払いといった機能を持ちながら、終身雇用・年功序列の人事制度に組み入れられ、定着してきました。

現在有力とされている退職金制度の機能を整理すると次の3つになります。

  • 功労報奨:従業員の長年の勤務を慰労する
  • 賃金後払い:若年時の低い賃金を補償する
  • 生活保障:退職後の労働者の生活を援助する

2)これからの退職金制度

かつての退職金制度は、年功主義の下で賃金の後払い機能を持ち、従業員の定着率向上に寄与しました。しかし、定年まで1社に勤め続ける従業員が減った昨今では、こうした考え方は必ずしも実情に合わなくなってきており、実際、退職金制度の見直し(廃止も含む)を実施・検討している企業が少なくありません。

例えば、企業の負担軽減という視点で、前述の確定給付企業年金と確定拠出年金について考えてみましょう。確定給付企業年金は企業(基金)が将来の給付額を加入者に約束するという仕組みです。仮に予定通りの運用ができなかった場合、企業は追加拠出をして加入者を保護する必要があります。一方、確定拠出年金ではあらかじめ掛け金は決まっていますが、将来の年金給付額は運用期間中の従業員の運用成績によって決まるため、運用成績に対する企業の責任が軽くなります。退職金に係る企業の負担を軽減したいと考えている企業にとっては、確定拠出年金のほうが適しているといえるかもしれません。

また、従業員の多くは、「退職後の生活のために、ある程度の資産が欲しい」と少なからず考えています。退職後の生活を考えるためには、退職金の具体的な支給額を知りたいところですが、実際の退職金制度は、退職時まで支給額の実態が分からないなど、制度内容がブラックボックス化しているケースが少なくありません。こうした場合は、確定拠出年金のように、従業員が在職中に自らの裁量で利用して、資産を運用できる退職金制度にするのも1つの方法です。

ちなみに、退職金制度ではありませんが、従業員が自分で掛け金を決めて運用する「個人型確定拠出年金」(通称「iDeCo(イデコ)」)には、従業員の掛け金に追加して、企業が掛け金を拠出することができる「中小事業主掛金納付制度」(通称「iDeCo+(イデコプラス)」)という制度があります。退職金に充てる原資の一部を企業が拠出する掛け金に充てることなどで、従業員の資産形成のサポートが可能になります。

3 厚生労働省の統計資料によるモデル支給額

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4 日本経済団体連合会等の統計資料によるモデル支給額

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5 東京都労働相談情報センターの統計資料によるモデル支給額

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6 情報インデックス(この記事で紹介したデータの出所)

この記事で紹介した統計資料は以下の通りです。調査内容は個別のURLからご確認ください。なお、内容はここ数年の公表実績に基づくものであり、調査年(度)によって異なることがあります。

■就労条件総合調査■
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/11-23.html

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■退職金・年金に関する実態調査結果■
https://www.keidanren.or.jp/policy/index09.html

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■中小企業の賃金・退職金事情■
http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/toukei/koyou/chingin/

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以上(2024年10月更新)

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経営者なら知っておきたい 税制改正のスケジュールと適用時期

書いてあること

  • 主な読者:税金対策を積極的に取り入れていきたい会社の経営者、税務担当者
  • 課題:税制は毎年改正されるが、いつ、どのようなフローで行われているのか知りたい
  • 解決策:特に12月~翌年4月の税制改正の動向に注視することが大事

1 毎年行われる税制改正

年末が近づくと、ネットニュースや新聞などで税制改正の話題を目にする機会が増えます。税制改正は、制度の抜本的な改正から細かな改正まで毎年行われています。この中には、賃上げ促進税制などの優遇税制や増税に関する項目などが含まれます。内容によっては、

企業経営に大きく影響を与える改正が行われる

こともあります。従って、この税制改正に関するスケジュールや、その過程でどのような議論が行われているかを把握しておくことは、将来の自社の税負担を考える上で重要になります。

2 税制改正の年間スケジュール

税制改正の年間スケジュール(通例)は、おおむね次の通りです。特に12月以降のスケジュールについては、実際に法案化される項目に絞られており、注視する必要があります。

なお、国会運営の都合などで、スケジュールに変動が生じる年もあります。

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このように、税制改正は1年間を通して議論され、基本的に年度末の通常国会で法案が可決・成立します。税制改正項目の多くは法案成立直後に施行され、適用されます。ただし、全ての税制改正項目が一斉に適用開始されるわけではなく、制度ごとに適用開始時期が異なるので注意が必要です。

以降では、令和6年度税制改正のうち、2025年1月1日以降に適用が始まる主な項目として、

イノベーションボックス税制の創設(法人税)、

令和6年度税制改正大綱で記された項目のうち、令和7年度税制改正で詳細が決定される主な項目として、

扶養控除等の見直し(所得税)、ひとり親控除の見直し(所得税)、免税制度の見直し(消費税)

を解説します。

3 イノベーションボックス税制の創設(法人税)

イノベーションボックス税制とは、

会社が保有する特許権やAI技術を活用した著作物(日本国内で研究開発されたものに限る。「特定特許権等」という)から生じる一定の利益に対して、所得控除を受けられる

という制度です。この税制は、2025年4月1日以降に開始する事業年度から適用が始まります。

所得控除額は、

特定特許権等から生じる一定の利益(当期の所得金額を限度)×30%

となっています。

実際の所得控除額の詳細な計算には、該当する特定特許権等に要した研究開発費の集計が必要になります。そのため、適用を検討している会社は日々の研究開発費の管理や会計処理を明確に行っておくようにしましょう。

4 扶養控除等の見直し(所得税)

所得税の扶養控除(16歳から18歳までの子供がいる世帯が受けられる控除)について、控除額が減額される予定です。正式な決定は、令和7年度税制改正の項目として決定される見込みです。この減額は、2024年10月1日以降の児童手当について、所得制限の撤廃、第3子以降へ支給額の増額、支給対象を高校生までに拡大されることに伴い行われる改正(予定)となります。

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適用時期については、所得税は2026年分から、住民税は2027年度以降分からとなっています。

5 ひとり親控除の見直し(所得税)

所得税のひとり親控除について、23歳未満の扶養親族がいる人を対象に、一般生命保険料控除の控除限度額が増額されます。正式な決定は、令和7年度税制改正の項目として決定される見込みです。

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適用時期については、所得税は2026年分から、住民税は2027年度以降分からとなっています。

6 免税制度の見直し(消費税)

免税店における販売時の消費税の取り扱いが見直される予定です。詳細は令和7年度税制改正で決定されるとされています。

見直しの方向性としては、免税店の販売時に消費税を含めた値段で販売(現時点は税抜金額で販売)し、海外旅行者が出国時に返金を受け取る仕組みになる予定です。

以上(2024年10月作成)
(監修 税理士 谷澤佳彦)

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画像:redgreystock-Adobe Stock

フリーランスに仕事を発注する際の手引き(2024年10月号)

ことし11月1日から、フリーランス・事業者間取引適正化等法が施行されます。この法律には、フリーランスに業務委託するすべての発注事業者に課される義務が定められています。そのため、どの会社でもその内容を理解しておく必要があります。筆者は、フリーランスからの法律相談窓口であるフリーランス・トラブル110番の事務責任者として、これまで2万件を超えるフリーランスからの相談に接してきました。本稿では、フリーランスとのトラブルを起こさないために、発注事業者が理解しておくべき実務上の重要なポイントを解説します。

効果的な「自社の魅力」の伝え方とは? ~戦わない人材採用のススメ~

1 人材採用における「自社の魅力」について

前回は、「マネーボール理論」をご紹介して、「戦わない人材採用」を実現するためには自社オリジナルの「人材要件」が必要なことについてお伝えしました。人材要件について考えてみていただけましたか?なかなか一人では難しいかも知れませんので、複数名で意見交換しながら作りあげていくことをお勧めします。

さて、採用について経営者さんとお話しさせていただく際に、「自社の魅力」についてお聞きすると、「うちにはそんな魅力はないよ」とお答えいただくことがあります。自社は、不人気業種であり若者に響く魅力が無い(少ない)と思われている方が、思った以上に多くいらっしゃいます。本当にそうでしょうか?今、働いている方は何かしらの魅力を感じて働かれているのではないでしょうか?

例えば、2024年問題の対象とされている建設業や運送業などは、一般的に「きつい」「危険」「低賃金」などのイメージから若者から敬遠される傾向があります。一方で、いずれの業種も社会インフラを支える重要な仕事であり、社会貢献度が高くやりがいのある仕事という側面もありますので、そのようなところに魅力を感じる若者も必ずいるはずです。

今回は、このような観点から「いかにして自社が欲しい人材に自社の魅力を届けるか」について掘り下げていきたいと思います。

2 「自社の魅力」の発見・整理

あらためて、「自社の魅力」とは何でしょうか?先ほどの経営者さんのように、パッとは思い浮かばない、という方もいらっしゃるでしょうし、ある程度はポンポンと思い浮かぶ方もいるかも知れません。思い付きでも良いので、できるだけ多く書き出してみてください。ある程度書き出せたら、この「自社の魅力」整理表を参考にして整理してみましょう。

【「自社の魅力」整理表】

「自社の魅力」整理表

出所:インスワーク社会保険労務士法人監修

ただ、そんなにたくさんは書けないという方がほとんどではないででしょうか? 実はそれが普通であって、いきなり聞かれてもそう多くは思いつきません。なぜなら、この記事を読まれている方の多くはベテランの経営者さんやご担当者さんだと思いますので、現状が「当たり前」だと思っているからです。

例えば、マイカー通勤可能で駐車場が勤務場所と隣接しているような環境は、ご自身にとっては「当たり前」であっても、通勤に電車やバスなどの公共交通機関を使いストレスを感じている方からすると大きな魅力ということになるでしょうし、洗練された事務所スペースで自由な服装で働けるといったことも、そうでない環境で働いている方からすると憧れに近い魅力ということになります。

それでも、すべて自分で考えるというのは難しいと思いますので、ここは社員さんの力も借りてアンケートを取ってみてはいかがでしょうか?上記整理表をもとにしてアンケートを作成し、社員さんに回答をお願いしてみてください。新卒入社の社員さんであれば入社動機、転職されてきた社員さんについては前職との差が魅力発見のカギとなります。また、アンケートだけでは書ききれないこともあると思いますので、主だった社員さんには時間を取ってもらってヒアリングすることをお勧めします。多分、皆さんが思いもつかない魅力が発見できるはずです。

それらをまとめて整理表で整理できれば「自社の魅力」の発見・整理の完成です。

3 「自社の魅力」の効果的な届け方

「自社の魅力」の発見・整理ができたとして、たくさん魅力があったとしても求職者に届かなければ人材採用においては意味がありません。ハローワークや求人サイトの求人票、自社HPなどにおいて、自社の魅力を余すところなくしっかりと伝えていくことが重要です。

ただし、単に「何でもかんでも書けば良い」ということではなく、「いかに効果的に届けるか」という観点がより重要で、ここでのポイントは二つあります。一つ目は「具体的かつストーリーとして伝える」ということです。ストーリーとは、実在する社員さんに事実ベースで物語的に語っていただくことです。ストーリーは誰かにとっての「事実」であって唯一無二なので、優劣ではなくなります。「他社と比較してどちらが優れているか」ではなく、「比較は難しいが自分にはこちらの方が合っている」という基準で選んでいただくわけです。好き嫌いに近い感覚です。ここでも「戦わない人材採用」を意識しています。

具体的には、若手人材は就職(転職)先を決める際に「自己成長できるかどうか」という点を重視する傾向にあります。これに対し会社から求職者に向けて「当社では人材育成を重視し、成長できる環境を用意しています」と伝えるよりも、実在の社員さんのコメントとして「自分がいかにしてこの会社で成長できたか」を自社の魅力と合わせて語ってもらった方が、他社との比較にさらされることなく、より効果的に伝えることができます。

二つ目は、「相手を知る」ということです。これは前回の「人材要件」にもかかわってくるところですが、自社の人材要件で定めたターゲットに対し響く(刺さる)と考えられる自社の魅力を重点的にアピールする、ということです。

例えば、ターゲット人材を「未経験でも良いのでとにかく若い人材」とするのか、逆に「年齢層は高くても良いので即戦力として使える人材」とするのかによって、アピールする自社の魅力が変わってきます。以下のとおり、学生が就職先を決定する理由は「自らの成長が期待できる」や「福利厚生や手当が充実している」が最重要となっていますので、これらに対して応えられる「自社の魅力」に重点を置いてアピールします。

就職先を確定する際に決め手となった項目

出所:株式会社リクルート 就職みらい研究所 就職プロセス調査(2024年卒)

一方で、年齢層が高くなるにつれて、「自己成長」や「処遇」という点よりも「社会貢献」や「やりがい」の方が重視される傾向にありますので、「年齢層は高くても即戦力」をターゲット人材とした場合は、そのような点について応えることができる「自社の魅力」を重点的にアピールしていくことが重要です。

こうすることによって、他社と「戦わない人材採用」を実現しつつ、自社の「人材要件」にマッチした求職者に「自社の魅力」を効果的に届けることが可能になるのです。

以上(2024年9月作成)

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画像:Paylessimages-Adobe Stock

【働き方改革】「持ち帰り残業」は運用次第で柔軟な働き方を実現する

書いてあること

  • 主な読者:持ち帰り残業を柔軟な働き方の手段として検討したい経営者
  • 課題:そもそも持ち帰り残業は労働基準法に違法するのでは?
  • 解決策:適切な持ち帰り残業は違法ではない。就業規則などを変更して、就業場所に社員の自宅などを加える。労働時間を管理して過重労働の防止などにも配慮する

1 「持ち帰り残業」自体は違法ではない

社員の中には、「業務が終わっていないことを周囲に知られたくない」「業務量が多いけど、指定の納期までに作業を間に合わせなければならない」などの理由から、本来オフィスでやるべき業務を自宅などに持ち帰って行う、いわゆる「持ち帰り残業」をする人がいます。

誤解されがちですが、持ち帰り残業自体は違法ではありません。持ち帰り残業というのは、要するに「テレワークで行う残業」なので、会社が認めた場所で行うのであれば、法的には何も問題ありません。

問題は、社員が会社にバレないよう「コッソリと」持ち帰り残業をすることによって、

  • 本来支払われるべき残業代が支払われない
  • 過重労働の温床となる
  • 社員が会社の許可なく書類やデータを持ち出しても分からない(情報漏洩などの危険性)

などの事態が起こり得ることです。逆に言えば、

会社がきちんと認識や管理をした上で、社員が「堂々と」持ち帰り残業をする

ようになれば、上記のようなリスクは発生せず、むしろ、「家に帰って家族と食事などをした後、残りの仕事を終わらせる」など、柔軟な働き方を実現できるメリットもあります。

2 持ち帰り残業を認める上で注意したいポイント

1)就業場所

「就業場所」は社員に明示しなければならない労働条件です。すでに会社全体でテレワークを導入しているのであれば問題ありませんが、そうでなければ、採用時の労働条件通知書や就業規則を変更して、社員の自宅などを就業場所に追加する必要があります。

2)隠れ残業の慢性化

会社は、36協定(労働基準法第36条に基づく労使協定)を締結し、所轄労働基準監督署に届け出ることで、36協定の範囲内で社員に残業を命じることができます。問題は、自宅などで社員がどれくらい残業をしたのか、会社が把握しにくくなることです。いわゆる「隠れ残業」が起こりやすくなって残業が慢性化すると、

  • 社員の精神的・身体的健康が害される
  • 仕事に対するモチベーションが低下する
  • 会社に対する家族の理解がなくなる
  • 会社が労働基準法に違反する

といった問題が出てきます。持ち帰り残業といえども、開始と終了はきちんと社員に報告してもらうと同時に、定期的に上司がチェックする必要があります。

なお、労働基準法上、36協定で定められる残業時間には「原則1カ月45時間、1年360時間まで」などの上限があります。「時間外労働の上限規制」といわれるものですが、

2024年4月1日からは、これまで対象外だった建設業、自動車運転業務、医師、砂糖製造業(鹿児島県・沖縄県)にも上限規制が適用(いわゆる2024年問題)

されています。当然、この上限規制を超えての残業は認められませんから、自社の今の36協定が適正か念のため再度確認しておきましょう。

3)情報の紛失や漏洩

社外秘の情報の紛失や漏洩などの不祥事は、ほぼ人のミスによるものです。持ち帰り残業でこのリスクが顕在化するのを防ぐため、社外秘の情報などの持ち出しは厳重に禁止しなければなりません。また、私有パソコンやスマートフォンなどの利用を認めるのであれば、取り扱うデータなどは制限する必要があります。この他、自宅のWi-Fiやネットワークのセキュリティにも配慮する必要があります。

4)残業代の計算

一口に残業といっても、深夜残業や法定休日の勤務などがあり、残業代の割増率が異なります。持ち帰り残業をする社員が深夜に働くことがあるならば、きちんと把握し、適切に計算した残業代を支払わなければなりません。

  • 通常の残業:割増率25%
  • 月60時間を超える残業:割増率50%
  • 22時から5時までの深夜残業:割増率25%(通常の残業の割増率25%とは別に計算)
  • 法定休日の勤務:割増率35%

3 定めておくとよいルール

以上を踏まえ、持ち帰り残業を認める際は次のようなルールを定めておくとよいでしょう。

  • 持ち帰り残業は、必ず事前申請制とする
  • 持ち帰り残業の実施場所を指定しておく
  • 持ち帰り残業の開始と終了を、必ず会社に報告する
  • 持ち帰り残業は、持ち帰り残業は、あらかじめ時間を限定する(例:1日2時間まで)
  • 持ち帰り残業の際は、会社貸与のノートパソコンなどを使う
  • 社外秘の情報の持ち出しは禁止する、持ち出しを認める情報を限定する
  • 会社貸与のノートパソコンなどで、公衆無線LANや不正なサイトにアクセスしない
  • 上記のルールに違反した場合は、懲戒処分事由に該当するものとする

なお、懲戒処分については、違反内容に照らして重すぎる処罰は認められません。極端な例ですが、持ち帰り残業をしたからといって、直ちに懲戒解雇にするといった対応はできないということです。

以上(2024年10月更新)
(監修 弁護士 田島直明)

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【朝礼】俳句に学ぶ「想像すること」の面白さ

おはようございます。突然ですが皆さん、俳句はお好きですか。実は最近、季節の変わり目などに、昔の俳人が読んだ俳句を探すのにハマっています。私自身は素人なので、とても多くを語れるレベルではないのですが、「五・七・五」という短い文字数で、かつその季節ならではの「季語」を織り交ぜるという、俳句独特のルールがとても好きです。なぜなら、そんな制約に縛られながら、人々の心をつかんできた昔の俳人たちの俳句に触れると、「日本語とは、こんなに美しいものなのか」と感動させられるからです。

さて、今日は皆さんに、ある秋の俳句を紹介します。

柿くへ(え)ば 鐘が鳴るなり 法隆寺

ご存じの方も多いでしょう。明治時代の俳人・正岡子規(まさおかしき)の詠んだ有名な句です。意味は、柿を食べていると、法隆寺の鐘が鳴り、その響きに秋を感じたというものです。「なんだ、そのままじゃないか」と思った人もいるかもしれませんが、そう思った人はぜひ目を閉じて、私の話を聞いてください。

柿は奈良を代表する農産物。今でも全国第2位の生産量を誇ります。多くの場合、果実は小さいときには緑色をしていますが、秋が近づくにつれ、だいだい色の大きな実へと成熟します。実をたくさんつけた柿の木、その先には、これまた奈良を象徴する建造物、法隆寺が建っています。

ご存じ世界最古の木造建築、古き日本の歴史を伺い知れる、金堂や五重塔が印象的なお寺です。だいだい色の実をたくさんつけた柿の木、その先にある落ち着いた色合いの法隆寺、そしてその法隆寺から聞こえてくる鐘の音色、皆さんの頭にも、秋の情景が浮かんでくるのではないでしょうか。

五・七・五に記されたわずかな情報から、その句が詠まれたときの情景を「想像してみること」、これが俳句の1つの楽しみ方です。ちなみに、正岡子規が「柿」を俳句に使ったのには、「日本の歴史上、漢詩にも和歌にも『奈良』と『柿』を組み合わせた作品がなく、自分でこの組み合わせを見つけられたのがうれしかったから」という理由もあるそうです。本人の思いも踏まえて、改めてこの句に触れてみると、また違ったものが見えてくるかもしれません。これも1つの楽しみ方です。

さて、私が皆さんに俳句についてお話しした理由は、日ごろのビジネスでも「想像力を働かせる」ということを、もっと意識してほしいからです。今は、SNSなどでちょっとした発言が炎上したり、ハラスメントとしてトラブルに発展したりする時代です。もちろん、許されない発言はありますし、それらには毅然と対応しなければなりません。ただ、一方で言葉尻だけを捕まえて大騒ぎするのが健全なのかというと、それもまた違うと私は思うのです。話し手の言葉に注意深く耳を傾け、言葉の裏にあるものを想像してみる。こうしたスキルもビジネスパーソンには必要です。

以上(2024年9月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

5種類の「税務調査」の調査方法。オフィス以外でも行われ、社長の自宅や個人口座の情報も調査対象に!

書いてあること

  • 主な読者:税務調査を控えている、または税務調査を受けたことがない会社の経営者
  • 課題:税務署の調査官が、どのような情報を得ているのかを知りたい
  • 解決策:税務調査の調査方法は、実際に会社に訪問して調査する実地調査以外に、調査前後で、机上調査、内観・外観調査、反面調査、金融機関調査があるので、それぞれの特徴を押さえることで、調査官がどのような情報を得ているのかを想像する

1 【ご提案】税務調査の流れを理解し、備えよう

税務調査は、税務署の調査官が実際に会社に来て調べるだけではなく、

取引先や金融機関への問い合わせなど様々な方法

で行われます。これは、帳簿や書類だけではなく、様々な視点から取引の実態や会社の税務管理体制を把握するためです。

日々の記帳や経費の処理、売上の計上など正確に行っていても、「何かあるかもしれない」と不安を覚えるのが税務調査です。自分の会社に税務調査が入るとなった場合、税務署はどのような情報を持っているのか。税務調査時に適切な対応を取るためにも、税務調査の調査方法を押さえておくことをご提案いたします。以降では、次の5つの税務調査について紹介していきます。

  • 机上調査
  • 内観・外観調査
  • 実地調査
  • 反面調査
  • 金融機関調査

2 税務署内で確認する「机上調査」

机上調査とは、

会社が提出した申告書や帳簿資料を税務署内で確認する

調査方法です。調査官が現場に訪問する前段階の調査として行われ、書類の整合性や不備をチェックすることが主な目的です。

この机上調査を通じて、申告内容に矛盾や不自然な点がないかを確認します。もし疑問点が見つかった場合、軽微なものに関しては、この段階で税務署からの問い合わせや追加資料の提出依頼の連絡がくることもあります。問い合わせなどだけでは、足りないような不明点がある場合には、後述する実地調査へと進展します。

3 店舗などの営業状況や外観を調べる「内観・外観調査」

内観調査とは、

税務署の調査官が店舗などを直接訪れ、実際の客として通常の運営状況を観察する

調査方法です。この調査も、一般的に調査官が現場に訪問する前段階の調査として行われ、例えば、

  • 店内での顧客数や客単価はいくらか
  • 注文の処理方法やレジ打ちが適切に行われているか

などを観察し、申告内容との整合性を確認します。主に、現金取引の多い飲食店などに対して行われることが多いといわれます。

外観調査とは、

オフィスや店舗などの外観を観察し、立地や事業規模、客の入り具合などを確認する

調査方法です。この調査は、事前に行われる場合もあれば、現地に訪問して実地調査をする際に行われる場合もあり、例えば、

  • 店舗の外から観察した客の出入りと、申告された売上高が釣り合っているか
  • 会社の工場や倉庫の規模と、申告された売上高や在庫の規模と釣り合っているか

など、申告内容との整合性を確認します。また、社長の自宅の外観を観察して、申告された役員報酬の金額に違和感はないか(かなり豪華な自宅や複数の高級車所有にもかかわらず、役員報酬が極端に低いなど)を、確認するためにも行われることがあります。

また、近年では、ネット上の情報チェックも重要視されており、企業のホームページやソーシャルメディアの投稿を確認することも行われています。

4 対象会社のオフィスなどで行われる「実地調査」

実地調査とは、

税務署の調査官が対象会社のオフィスや工場、倉庫などを直接訪問し、帳簿や証憑(しょうひょう)書類(契約書や請求書など)や実物を見ながら、取引の実態を確認する

調査方法です。これは税務調査の中でも最も一般的な調査方法で、通常は事前に通知されます。顧問税理士がいる場合には、税理士に連絡があります。

基本的に、

  • 会社の財務担当者や経営者に対して質問
  • 申告書には添付されていない書類で確認が必要な書類の請求
  • オフィスの状況(出社人数や会社、工場などの固定資産の状況など)の確認
  • 調査結果の報告

などが行われます。

実地調査は数日から1週間程度かかることが多く、机上調査などで矛盾や不自然な点のあった箇所を重点的に調べたり、ミスの多い一般的な論点(会議費・福利厚生費・交際費の混同や役員報酬、減価償却費など)をまんべんなく調べたりと、調査ごとに異なります。

5 取引先などに出向いて調べる「反面調査」

反面調査とは、

調査対象である会社ではなく、取引先など関係先への文書や電話での問い合わせや、場合によっては直接出向いて契約書、請求書、受注書、発注書などを確認する

調査方法です。主に実地調査後に行われ、具体的には、

  • 必要な書類をなくしたり、廃棄したりしており、データがそろっていない場合
  • 嘘偽りを疑わせる応答があった場合
  • 重要な書類の提出を拒否したり、調査に対し協力的でなかったりした場合
  • 取引先や関連会社との取引に不明点がある場合
  • 受け答えの内容に不明確な部分があり、その裏付けが必要な場合
  • 所得隠しや不正な取引(架空取引など)が疑われる場合

に、実施される可能性があります。

反面調査は、調査対象の会社と取引先の間での口裏合わせなどを防ぐため、調査対象の会社への事前連絡はなく、なかには反面調査に入る取引先へ、事前連絡なしに突然訪問することもあります。反面調査があった時点で、税務署から疑われているというマイナスの印象を持たれかねず、自社に対する信用低下にもつながります。このことからも、実地調査は誠実に対応するよう心掛けましょう。

6 金融機関に直接連絡する「金融機関調査」

金融機関調査は、

税務署の調査官が金融機関に直接問い合わせて、銀行口座や証券口座の取引内容を確認する

調査方法です。金融機関調査は、前述した反面調査の一部で、その会社が口座を通じて、

  • 異常な金銭の動きがないか、
  • 送金先と入金先はまっとうか

などを確認し、申告内容と実際の取引内容に不一致がないかを検証するために行われます。また、会社名義の口座だけでなく、役員や親族名義の個人口座も対象に行われ、申告された役員報酬との整合性や、親族への不自然な送金や入金の有無などを調べることもあります。

以上(2024年10月作成)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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画像:Ashan-Adobe Stock

社有車の交通事故防止対策 押さえておきたいポイントと具体的な対策例を紹介!

書いてあること

  • 主な読者:社員の交通事故防止に当たって、会社が取るべき対策について知りたい経営者
  • 課題:具体的にどのような対策をすればよいのか分からない
  • 解決策:就業規則の整備、車両管理の徹底、安全運転教育の実施などが必要

1 社員の交通事故は、会社にとって大きなリスク

もし社員が業務中や通勤中に交通事故を起こしてしまったら……。日常的に自動車を運転する場合、このリスクは常に付いて回ります。

交通事故を防止し、万一のとき、被害を最小限に抑えるには、安全運転に関する日ごろの対策が重要です。対策はさまざまですが、基本的には下図のように、会社と社員が連携し、社内規程の下で社有車・社用車の管理・安全運転に努めることになります。また、自動車保険(任意保険)についても、加入の検討や定期的な見直しをすることで、リスク移転につながります。

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以降で、交通事故防止対策のそれぞれのポイントについて詳しく見ていきましょう。

なお、社員が交通事故を起こした場合の会社の責任について知りたい場合、次の記事をご確認ください。

2 規程の整備

就業規則は、職場内の規律や労働条件について定めた会社のルールブックです。社員が業務や通勤で日常的に自動車を運転する場合、まずは運転に関する社内ルールを就業規則で定めましょう。定め方は会社の自由ですが、自動車を運転する上での基本的なルールを就業規則本則で定め、車両管理などの細かいルールについては「車両管理規程」などとして別に定めるのが分かりやすいでしょう。

1)就業規則本則

就業規則本則では、例えば次のような内容を定めます。

  • 服務規律:悪質な交通違反(飲酒、暴走、無免許等)をしてはならないなど
  • 懲戒処分:上記の服務規律に違反した場合、懲戒処分の対象とするなど

本来、就業規則に関係なく、社員は道路交通法などの法令を守らなければいけませんが、就業規則にこうした定めがあると、会社として「悪質な交通違反を許さない」という強い姿勢を示すことができます。

2)車両管理規程

就業規則とは別に車両管理規程(社有車を使用する際のルールなどを定めたもの)を定めることも一考しましょう。例えば次のような内容を定めます。

  • 使用用途:社有車の私的利用は原則として認めないなど
  • 使用手続き:事前に所属長から使用許可を受け、運転前にアルコール検知器でのチェックを行うなど
  • 車両点検:運転前に始業前点検を行い、異常があれば使用を中止するなど
  • 社有車で帰宅する場合の注意点:所属長の許可を得るなど

3)その他の規程

その他、必要に応じて次のような規程を定めるとよいでしょう。

  • 安全運転管理規程:安全運転管理者の設置、運転者の心得など
  • 自動車事故対応マニュアル:事故が起こった場合のけが人の救護、警察への連絡など
  • レンタカー・カーシェア利用規程:出張先などでレンタカー・カーシェアを利用する際の承認手続き、保険の扱いなど

最近は、出張などの際にレンタカーではなくカーシェアを利用するケースも増えています。カーシェアは、車両に空きがあれば直前でも予約できる、15分単位といった短い時間でも利用できる、レンタカー店が営業していない早朝や夜間でも利用できる、基本的には給油をして返却しなくてもよいなど、レンタカーに比べて便利な面もあります。既にレンタカーに関する規程がある会社も、カーシェアの利用を見据えて、利用規程を見直すことを検討しましょう。

3 車両管理の徹底

社員が私用で勝手に社有車を使ったり、会社のあずかり知らないところで事故を起こしたりするような事態は、必ず防がなければなりません。そのためには、社有車を使用する社員に、「使用開始時間と終了時間」「使用者」「使用目的」「目的地」を記入した書面を提出させるなどして、車両管理を徹底します。会社で行える車両管理の例としては、次のことが挙げられます。

  • 社有車責任者の明確化と責任者不在時の代理人の選定
  • キーの一元管理
  • 駐車場での社有車の一元管理
  • 車両点検
  • 自動車保険の更新手続きの確認

紙ベースで以上の管理を行うのはとても煩雑ですが、最近は、社有車の管理システムなどのサービスも各社から提供されています。管理システムでは、例えば以下のような車両管理をスマートフォン上やパソコン上で行うことが可能です。

  • 車両予約・管理機能:いつ、誰がどの社有車を使用しているのか・使用する予定なのかを把握することが可能
  • 運行記録の把握:走行距離やアルコールチェックなどの記録をまとめて管理することが可能。アルコールチェッカーと連携することも可能
  • 免許証の有効期限の把握:免許証の更新時期を一括管理することで、更新漏れの社員が社有車を利用してしまう事態を防ぐことが可能
  • デジタルキーの導入:スマートフォンを車のキー代わりにすることで、物理的なやりとりがなくなり、紛失などのトラブルを防ぐことが可能

その他、位置情報の把握などができる車両管理システムもあります。管理の手間を省くためだけでなく、トラブルを避けるためにも、導入を検討してみるのもよいでしょう。

4 安全運転教育の実施

安全運転教育は、交通事故を防止する上で必要な知識や運転技術を、社員に習得させるために行います。教育内容は会社によってさまざまですが、一般的には次のようなものが挙げられます。

  • 交通規則の理解:道路標識の意味、交差点の通行車両の優先順位、法改正の動向など
  • 危険予測:運転中に発生するであろう危険を予測し、適切に対応するためのノウハウ
  • 運転技術の向上:安全に車を操作するための基本的な技術から高度な運転技術まで
  • メンタルヘルス:ストレスや疲労が運転に与える影響を理解し、適切に管理する方法
  • エコドライブ:燃費を良くし、環境に配慮する運転方法

安全運転教育を実施するためにはどのような方法があるのか、次から具体的な例を紹介します。

1)企業講習

新入社員など、自動車の運転に不慣れな社員が運転に携わる場合、地域の教習所が提供する企業講習(運転者研修)を受けてもらうことなども検討しましょう。

各教習所では運転スキルのチェックのほか、運転のクセや弱点などを整理して個人に合わせた実車指導を行っているところもあります。

また、事故を未然に防ぐために、新入社員だけでなく運転に慣れた社員などにも定期的に企業講習を受けさせることも効果的です。事故や違反を起こした社員向けに、個々に講習を受けさせることも可能です。

企業講習の内容や申し込み方法などは各教習所によって違いますので、導入を検討する場合は、まずは詳細を各教習所まで問い合わせてみましょう。

2)安全運転診断アプリの導入

損保会社などが提供する安全運転診断アプリを利用する方法もあります。一般的にアプリを通じて次のようなことが可能で、スマートフォンやタブレット上で管理できます。

  • 運転傾向の把握:脇見運転や速度超過、一時不停止などの行動を検知する
  • 運転評価:ドライバーごとに運転を評価し、危険運転の傾向があったかを確認する
  • 安全運転マップの作成:通った道のどの地点で危険運転が行われたかを確認する

事故防止の一環として、導入を検討してみるのもよいでしょう。

3)エコ安全ドライブ3か条

日本損害保険協会は、エコドライブ普及連絡会が定めた「エコドライブ10のすすめ」のうち、交通安全に関係の深い3つに着目し、「エコ安全ドライブ3か条」として推進しています。燃費を改善させるエコ運転が、結果的に事故防止の安全運転にもつながることが分かります。

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また、損害保険会社では、自動車保険に加入している法人向けに交通事故防止支援サービスなどを実施しているところもあります。こうしたサービスを利用して交通事故防止に努めるのも1つの方法です。

車両にドライブレコーダーを搭載し、運転中の映像記録を残すのも効果的です。記録された映像を見て、社員は、「ヒヤリハット」が起きた場所や時刻、そのときの運転行動などを振り返ります。そして、好ましくない運転特性がある場合は、それを反省して今後の運転に活かすことができます。

自社に合う安全運転教育を探してみるとよいでしょう。

5 運転免許証、運転経歴の定期的な確認

貨物運送業や旅客運送業ではない一般事業会社の場合、業務で自動車を運転する社員の運転免許証を、会社が確認する機会は少ないかもしれません。

社員の違反点数が何点累積しているのか、免許停止処分や免許取消処分を受けているのかなどを会社が把握するには、定期的な確認が必要です。

効果があるのは運転経歴に係る証明書による調査です。自動車安全運転センターが発行する、「無事故・無違反証明書」や「運転記録証明書」で調査すれば、事故・違反の状況から処分の実態が把握できます。対象となる社員が押印した委任状があれば、会社が証明書の取得を一括申請することも可能です。

6 自動車保険(任意保険)への加入

社員が交通事故を起こすと、運転者本人だけでなく、会社も「使用者責任」や「運行供用者責任」を問われる恐れがあります。こうした場合に自動車の事故によるさまざまな損害を補償するのが「自動車保険」で、大きく次の2種類に分けられます。

  • 自賠責保険(自動車損害賠償責任保険):全ての自動車に加入が義務付けられている
  • 任意保険:所有者の判断で任意に加入する

自賠責保険の補償には一定の限度(傷害による損害の場合で1人当たり120万円など)があり、事故の内容によっては自賠責保険だけでは損害をカバーしきれない場合があるので、必要に応じて損害保険会社に相談の上、任意保険への加入も検討するとよいでしょう。

以上(2024年9月更新)

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画像:pexels

社員が交通事故を起こした場合に会社が問われる3つの責任

書いてあること

  • 主な読者:社員が自動車で交通事故を起こした場合の会社の責任について知りたい経営者
  • 課題:交通事故に関連する法律が多く、具体的にどのような責任を負うのか分からない
  • 解決策:使用者責任、運行供用者責任、違反行為の下命・容認による刑事責任などを負う。違反行為の1つ「過労運転」に関しては、安全配慮義務の観点からも注意が必要

1 社員が交通事故を起こした場合、会社の責任は?

警察庁、交通事故総合分析センターのデータによると、

年間で、自動車だけでも26万6千件余りの交通事故が発生

しています。この記事の最後に図表を掲載していますので、件数の増減などはそちらでご確認ください。

この中には業務中の事故も含まれており、会社にとっても交通事故はひとごとではありません。会社側でどれだけ事故防止対策をしていても、業務で自動車を使っている限り、自動車事故のリスクはあります。

そして、社員が業務中や通勤中に交通事故を起こした場合、

運転者本人だけでなく、使用者である会社も責任を問われる

ことがあります。業務で自動車を使用する会社に問われる責任は、

  1. 民法:使用者責任
  2. 自動車損害賠償保障法:運行供用者責任
  3. 道路交通法:違反行為の下命・容認による刑事責任(交通事故が社員の飲酒運転や過労運転に起因するものだった場合)

の3つです。

業務中の交通事故の場合、会社側から社員に損害額を求償することは難しく、基本的には

会社は被害者に生じた損害を全額負担する方向で対応する

ことになります。事故の被害者が死亡したり、介護を要する重度の後遺障害が残ったりした場合、数億円に上る損害賠償が発生するケースもあります。「もしものとき」の膨大な損失を避けるため、いま一度、使用者責任などの定義と会社が負うリスクについておさらいし、社有車の保険契約内容を確かめてみましょう。

なお、具体的な交通事故防止対策について知りたい場合、次のコンテンツをご確認ください。

2 民法:使用者責任

1)使用者責任の概要

一般的に、交通事故の加害者である社員は、民法第709条による「不法行為責任」を負います。そして、使用者である会社は、社員がその業務中に起こした事故(不法行為)について、民法第715条による「使用者責任」を負います。簡単に言うと、

会社は社員を使って利益を得ているのだから、その社員が引き起こした損害についても責任を負うべきである

という考え方です。

例えば、

社有車での事故で、しかも会社が社有車の使用を認めていた場合、交通事故が発生することは十分予見できるので、使用者責任が認められやすい

といえます。

使用者責任が認められれば、被害者は社員だけではなく、会社に対しても損害賠償請求を行うことができます。

会社が使用者責任を免れるには、

「被用者の選任や事業の監督に相当な注意を払ったこと」または「相当な注意を払っても損害が生じざるを得なかったこと」が明らかである必要

があります。ただし、裁判では、会社がこれらの事情を主張して、責任を免れた事例はほとんどありません。

2)使用者責任が認められた判例

社有車での事故で、使用者責任が認められた判例(最高裁第二小法廷、令和2年2月28日)を紹介します。

元社員Aは業務中に社有車で人身事故を起こしました。会社はその車両について任意保険に入っていなかったため、元社員Aは被害者から裁判を起こされ、結果、賠償金を被害者に支払うことになりました。元社員Aは事故を起こしてから退職しましたが、被害者に払った賠償金の一部を会社に対して請求する裁判を起こしました。当然、

使用者である会社の業務中に第三者に損害を与えたので使用者責任が認められ、元社員の活動によって利益を得ていたのであるから、損害も公平に分担すべきである

ので、元社員は使用者に対して求償できると判断されました。

このように、業務中に起きた事故は使用者責任が認められる可能性が非常に高いほか、事故が原因で退職した社員から裁判を起こされたり、車両保険に入っていないことで膨大な賠償金を求められたりするケースもあります。

3 自動車損害賠償保障法:運行供用者責任

1)運行供用者責任の概要

運行供用者責任とは、自動車損害賠償保障法第3条に定められたもので、人身事故が発生した際、「運行供用者」が賠償責任を負うというものです。運行供用者とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者」、分かりやすく言うと、

事故を起こした車両の運行を管理し、それによって利益を得ている者

のことです。

誰が運行供用者になるかはケース・バイ・ケースですが、典型的なのは車の「保有者」です。

業務中の交通事故の場合、基本的には「会社=保有者」ということになりますが、仮に会社名義の車でなくても、会社がその自動車の使用権を持っている場合は「保有者」

になります。

仮に、社員が社有車で事故を起こした場合、車の保有者である会社が運行供用者責任を問われる恐れがあります。一方、社員が無断でマイカー通勤をして、その通勤途上で事故を起こした場合、会社は通常、運行供用者責任を負いません。ただし、使用者責任と同様、

会社が社員のマイカー通勤を黙認していたり、マイカーで営業をさせたりしている状況で社員が交通事故を起こしたときは、社員の運転により会社が利益を受けていたとして運行供用者責任が認められやすい

といえます。

また、運行供用者責任では、不法行為責任や使用者責任と異なり、善意・無過失などの立証責任を運行供用者自身が負っています。会社が運行供用者責任を免れるためには、過失がなかったこと、具体的には次の3つを自ら立証しなければなりません。

  1. 自己および運転者が車の運行に関し注意を怠らなかった
  2. 被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があった
  3. 車の構造上の欠陥または機能上の障害がない

2)運行供用者責任が適用された判例

マイカー通勤による事故について、会社に運行供用者責任が認められた判例(最高裁第三小法廷、平成元年6月6日判決)を紹介します。

社員Aは、仕事場である工事現場から会社の寮に帰宅する途中に交通事故を起こしました。会社はマイカー通勤を禁じていましたが、工事現場が公共交通機関でアクセスしづらい場所にある場合などは社員の移動に支障が出るためにマイカー通勤を黙認し、社員Aは上司から注意を受けたこともありませんでした。その上、社屋に隣接する駐車場を利用させていたことなども明らかになり、会社は

マイカーを利用させて利益を得ているので、運行供用者責任が認められる

と判断されました。

4 道路交通法:違反行為の下命・容認による刑事責任

1)違反行為の下命・容認による刑事責任の概要

道路交通法第75条では、自動車の使用者(安全運転管理者等)は、自動車の運転者に対し、次の違反行為を命じたり、違反行為を知りながら放置したりしてはならないとされています。

  1. 無免許運転
  2. 最高速度制限違反運転
  3. 飲酒運転
  4. 過労運転
  5. 大型自動車等無資格運転
  6. 積載制限違反運転
  7. 車両の放置行為

違反行為の中でも会社側で特に注意が必要なのは、過労運転です。

過労運転とは、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができない恐れがある状態で自動車を運転すること

です。

社員が過労状態にあることを知りながら適正な措置を取らずに自動車を運転させた場合、会社は労働契約法第5条による「安全配慮義務」違反を問われる恐れがあります。安全配慮義務とは、「社員が安全で健康に働けるよう配慮する義務」のことで、この義務に違反した場合、社員から損害賠償請求を受ける恐れがあります。つまり、

過労運転による交通事故が発生した場合、会社は交通事故の被害者と社員の両方に対する損害賠償のリスクを負う

というわけです。

2)違反行為の下命・容認による刑事責任が認められた判例

過労運転による刑事責任が認められた裁判例(仙台簡易裁判所、平成19年8月2日判決)を紹介します。社員Aが居眠り運転をして赤信号の交差点に進入し、被害車両と衝突しました。社員Aは疲労による眠気を自覚していたために運転を中止する義務がありましたが、社員Aが勤務する会社側が、

過労により正常な運転ができない恐れがあることを認識しながら、加害車両を運転することを指示したと認められた

ことから、道路交通法違反罪(過労運転の下命)の判決を受けています。

過労運転を防ぐための1つのポイントは、適正な労働時間管理です。厚生労働省がトラック、バス、タクシー運転者の労働時間等の改善基準のポイントを示しているので、参考にするとよいでしょう。

■厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善の基準」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/roudoujouken05/

5 補足:自動車事故件数の推移

補足として、警察庁、交通事故総合分析センターが公表した自動車事故件数のデータを紹介します。

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自動車事故件数は、外出自粛などを余儀なくされたコロナ禍の影響などで全体的には減少していますが、2020年からの3年間はおおむね横ばいといえます。毎日730件近くの自動車事故が発生していると考えれば、自社の社有車がいつ事故を起こしても不思議ではありません。

自動車事故を「じぶんごと」として捉え、「もしものとき」のため社有車の保険契約内容を見直すと共に、事故防止への取り組みを行うことも検討しましょう。

以上(2024年9月更新)
(監修 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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