2024年改正にも対応。15分で理解! 相続税のポイント

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を控えているなど、相続税の知識が必要な人
  • 課題:日常生活ではあまり触れない税金である上、相続税の計算は複雑
  • 解決策:基礎的な情報として法定相続人や相続税の計算を把握する

1 まずは相続を自分ごととして捉える

相続税は、

亡くなった人の財産を相続した人に掛かる税金で、原則として、亡くなった日(正確には亡くなったことを知った日)から10カ月以内に申告・納税

をしなければなりません。

相続に慣れている人はいません。しかも、相続税に対応しなければならないのは、親族が亡くなった直後であることがほとんどです。事前に基本的なポイントを押さえておくことが、いざ相続が生じたときに少しでも余裕をもって対応できることに繋がります。

この記事では、まず、注目度の大きい2024年1月以降に適用される相続税等(贈与税を含む)の改正についてまとめます。その次に、相続税を考える際の重要ポイントである法定相続人、法定相続分、相続税の課税範囲、相続税の基本的な計算方法を解説します。自分の親族構成に当てはまる箇所をチェックし、相続時に自身がどのような点に対応しなければならないのかを想定しながら読み進めてみてください。

2 相続税・贈与税の2024年改正

1)相続時精算課税の基礎控除(年110万円)が創設

相続時精算課税とは、

生前に行った贈与のうち、2500万円までは贈与税が非課税となり、2500万円を超える贈与には一律20%の贈与税がかかる課税方法

です。相続時精算課税を選択した場合は、暦年課税(1年間ごとに贈与税を計算する課税方法で、毎年110万円の基礎控除がある)は受けられません。なお、非課税となった2500万円分の贈与財産については、贈与税は非課税となるものの、相続時に相続税の課税対象となります。

2024年1月以降については、

相続時精算課税にも毎年110万円の基礎控除が創設

されます。そのため、相続時精算課税を選択後に行った生前贈与のうち、毎年110万円については、相続税の課税対象となりません。その上、110万円以下の贈与については贈与税の申告が不要となります(2023年12月までに相続時精算課税を選択した人が贈与した場合には、少額でも申告が必要)。

2)相続税の課税対象となる生前贈与の期間が延長(3年から7年に)

暦年課税による生前贈与を行った場合、毎年110万円の基礎控除を受けることができます。しかし、暦年課税でも死亡日以前3年間分の贈与財産については、全額が相続税の課税対象となります。

2024年1月以降については、

  • 死亡日以前3年間の生前贈与:これまで同様に全額が相続税の課税対象になる
  • 死亡日以前4~7年間の生前贈与:100万円を差し引いた額が相続税の課税対象になる

といった取り扱いになります。

3 民法による相続人の範囲および相続の順位

相続人として配偶者は特別です。それ以降は、第1順位の相続人が存在すれば第2順位と第3順位の相続人に相続権はありません。同様に第2順位の相続人が存在すれば第3順位の相続人に相続権はありません。

1)配偶者

被相続人(亡くなった人)の配偶者は常に相続人となります。

2)子供-孫(第1順位)

被相続人の子供は、相続人となります。このとき、その子供が相続前に死亡している場合や、相続権を持たない場合は、その人の子供(被相続人の孫、孫が死亡しているときはひ孫)が代わって相続することができます。これを、「代襲相続(だいしゅうそうぞく)」といいます。

3)父母-祖父母(第2順位)

上記の2)に該当する相続人がいない場合は、被相続人の父母(直系尊属)が第2順位で相続人となります。このとき、父母共に死亡している場合、または相続放棄をしている場合で、祖父母が存命しているときは、被相続人の祖父母が父母に代わって相続することになります。

4)兄弟姉妹-甥姪(第3順位)

上記、2)および3)に該当する相続人がいない場合、兄弟姉妹が第3順位の相続人となります。このとき、その兄弟姉妹が死亡している場合は、その子供が代襲して相続することができます(ただし、兄弟姉妹の子供が死亡している場合は、孫が代わって相続することはできません)。

4 民法による「法定相続分」の主なパターン

1)第1順位の相続における法定相続分:配偶者1/2、子供1/2

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2)第2順位の相続における法定相続分:配偶者2/3、親1/3

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3)第3順位の相続における法定相続分:配偶者3/4、兄弟1/4

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5 課税対象となる財産

相続税は、原則として相続または遺贈(遺言書による贈与。「死因贈与(財産を渡す人と、受け取る側が双方で合意した契約を基に行う贈与)」を含む)によって取得した財産の全てが対象になります。ただし一部、非課税財産と呼ばれるものがあります。

1)課税対象となる財産

次のように、相続発生時において金銭に見積もることができる財産は、全て課税対象に含まれます。

現金、預貯金、有価証券、土地、建物、貴金属、書画、骨董品、貸付金、営業権、借地権・特許権など

2)みなし相続財産

法律的には被相続人からの相続や遺贈によって取得したものではないものの、結果として財産を相続したのと同じ経済効果のあるものも「みなし相続財産」と呼ばれ、課税対象となります。主なものは次の通りです。

1.保険金

被相続人の死亡によってもらった生命保険や損害保険の保険金で、その保険料の全部または一部を被相続人が負担していたもの。

2.生命保険契約に関する権利

被相続人が保険料を負担していた保険などで、相続開始の日までに保険事故が発生していないもの。

3.死亡退職金など

被相続人の死亡によってもらった退職金や功労金その他これらに準ずる給与のうち、死亡後3年以内に支給額が確定したもの。

4.定期金に関する権利

被相続人が掛け金や保険料を負担した定期金給付契約(生命保険契約を除く)で、相続開始の日までに給付が開始されていないもの。

5.その他

遺言により、著しく低い価額で財産を譲り受けたり、対価を支払わずに債務の免除を受けたりしたような場合。

3)生前贈与された財産

生前に財産を贈与することで、相続税を免れようとすることを防ぐために、相続または遺贈により財産を取得した者が、被相続人が死亡する前3年(2024年1月以降については7年)以内に贈与されていた財産は、原則として相続税の計算上、課税対象となる財産に含めなければなりません。その課税対象額は、相続時点の額ではなく、贈与を受けた時点の金額となります。なお、この場合には贈与税額控除が適用されます(詳細後述)。

6 非課税となる財産

非課税となる主な財産は、次の通りです。

  • 墓地、墓石、仏壇、仏具
  • 国または地方公共団体などへ贈与した相続財産
  • 公益法人などが継続して事業を行うために使用されるもの
  • 保険金などの一部(限度額は法定相続人の数×500万円)
  • 退職手当金・功労金の一部(限度額は法定相続人の数×500万円)
  • 地方公共団体が実施している、心身に障害のある人のための共済制度に基づく給付金の受給権

7 相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産

相続時精算課税制度の適用を受けた場合には、その適用を受けた贈与財産も相続税の課税対象(2024年1月以降の贈与については、年110万円までの非課税枠が創設されます)となります。なお、当該財産は贈与時の価額が課税対象額となります。

8 相続税の計算方法のアウトライン

相続税の確定までの基本的な流れは次の通りです。

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1)「遺産額」を算出する

被相続人の財産を合計した遺産総額から、相続税の課税対象に含めるのが不適当なものを差し引いて、遺産額を算出することになります。主なものは次の通りです。

  • 非課税財産
  • 受け継いだ債務(借入金・未払金・未払税金などのいわゆる借金)
  • 葬式費用

2)「正味の遺産額」を算出する

前述した、生前贈与された財産(被相続人が死亡する前3年(2024年1月以降は7年)以内に贈与されていた財産)と相続時精算課税制度の適用を受けた贈与財産(2024年1月以降は、年110万円の非課税枠が創設)を遺産額に加算し、正味の遺産額を算出します。

3)「課税遺産総額」を算出する

相続財産は被相続人の名義になっている財産ですが、例えば、相続財産が住宅のような場合、相続人となる配偶者や子供などは、その住居に住んでいることになります。そうした生活権を簡単に奪ってしまうことはできません。そこで、基礎控除と呼ばれる制度があります。

基礎控除額は次の計算式で算出します。

3000万円+600万円×法定相続人の数

基礎控除額が正味の遺産額を上回るときは、相続税はかかりません。なお、税務上は法定相続人の数の計算について、養子の数に制限があります。実子がいる場合は1人、実子がいない場合は2人までしか法定相続人の数の計算に含めることはできません。

4)「相続税の総額」を算出する

まず、課税遺産総額に法定相続分の割合を乗じて、各人の法定相続分に応じた相続額を求めます。その上で、次の算出式および相続税の速算表に基づいて、各法定相続人の仮の相続税額を出します。そして、それを合計したものが相続税の総額となります。

各法定相続人の仮の相続税額

=各法定相続人の法定相続分に応じた相続額×税率-控除額

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5)「各相続人の相続税額」を算出する

相続税の総額が決まれば、正味の遺産額に占める各相続人が実際に取得した正味の遺産額の比率に応じて、各相続人の相続税額を算定します。各相続人の相続税額の計算式は次の通りです。

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6)「各相続人の納税額」を決定する

各人の相続税額に、各相続人に適用される税額加算・控除を加味して、各相続人の納税額を算出・決定します(詳細は後述)。

9 相続税の税額加算および控除

1)税額が加算されるケース

相続人が、配偶者または一親等の血族である子供(第1順位の代襲相続人も含む)および親以外の者であるとき、各人の算出税額に20%加算された税額を納めなければなりません。具体的には、

被相続人の祖父母、兄弟姉妹などが相続した場合に、相続税額が加算

されることとなります。また、いわゆる孫養子(実子が生存しており「代襲相続人」に該当しない孫)も加算の対象です。

2)税額が控除されるケース

1.贈与税額控除

被相続人から相続開始前3年(2024年1月以降は7年)以内に財産の贈与を受けている場合、贈与を受けた年分ごとに次の計算式で算出された金額を相続税額から控除することができます。

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相続時精算課税制度を適用した場合も、その贈与財産に対応する贈与税額が相続税額から控除されます。

2.配偶者に対する相続税額の軽減

配偶者の税額軽減措置です。この適用を受けるには、軽減される金額の計算の明細の他、次の書類が必要となります。

  • 戸籍謄本(相続開始日から10日経過以後に作成されたものに限る)
  • 遺産分割協議書または遺言の写しなど、配偶者の取得した財産が分かる書類
  • 相続人全員の印鑑証明(原本)

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3.未成年者控除

法定相続人のうち、相続開始時に18歳未満の人の場合、次の計算式で算出された金額を相続税額から控除することができます。

10万円×(18歳-相続開始時の年齢)

4.障害者控除

法定相続人のうち、心身に障害のある85歳未満の人の場合、次の計算式で算出された金額を相続税額から控除することができます。

10万円×(85歳-相続開始時の年齢)

(注)特別障害者については、上記算式の10万円が20万円となります。

5.相次相続控除

今回の相続(第2次相続)の被相続人が死亡する前10年以内に、相続(第1次相続)により取得した財産について相続税額を納付した場合、次の計算式で算出された金額を相続税額から控除することができます。

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6.外国税額控除

外国にある財産を相続して、外国で日本の相続税に当たる税金を支払った場合に、次の金額を相続税額から控除することができます。

その国で支払った税金の全額(一定の限度あり)

以上(2023年7月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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【伝わる文章の書き方】書き始める前に準備しよう

1 書く前の下ごしらえ

文章を書いていて、何度書き直してもうまくいかなかった経験はありませんか? 誤字脱字や文法などをチェックするのは、自分が言いたいことを読者に分かりやすく伝えるために大切です。しかし、何度書き直しても、何を言いたいのか伝わらず、納得できる文章にならないとしたら、それは書き始める前の準備が足りていなかったのかもしれません。

文章(書き言葉)は、一般的に話し言葉より論理的なつながりが重視されます。詩歌や小説など文学的な作品でないなら、何をどのような順番で書くかという事前の計画、構成案が不可欠です。

書く前の下ごしらえ

構成案なしに書き始めることは、レシピなしで料理を始めるのと似ています。慣れていない人が、使う食材の種類や分量、入れる順番などを決めずに始めると、食材が生煮えだったり、味のバランスがおかしかったりします。気付いてもう一度加熱したり、調味料を足したりしても、なかなか挽回できません。

書くのも同じです。構成があやふやであれば、情報が分散してまとまりがなく、何度も読み返さないと理解できない文章になりがちです。
そのため、文章を書くときは、事前の準備が欠かせないのです。

2 書くためのプロセス

文章を書く全体の流れを把握すると、いつ何をすればよいかがイメージできるはずです。書くためのプロセスは、文章の長さや内容、形式によっても異なりますが、本稿では数百字から2000字程度の短い文章を書く場合のプロセスを想定しています。

文章を書くときの全体的な流れは次の通りです。

<全体的な流れ>

●文章を書く前の準備・書き始める

  • 1.持っている事実を整理する
  • 2.問いを立てて、書きたい結論(主張)を決める
  • 3.構成案を作り、それに従って書く

●書いた文章を直す

  • 4.読み返して直す(文法中心)
  • 5.読み返して直す(表現中心)

このプロセスはいつも絶対的に変わらないものではなく、書く目的や内容、文章の長さによっては省略することもあります。
以降では、この文章を書くときの全体的な流れのうち、「文章を書く前の準備・書き始める」について詳しく紹介していきます。

3 持っている事実を整理する

前述した、話し言葉と書き言葉の大きな違いである論理(ロジック)とは、どんなものなのでしょうか。ビジネス書で多くのベストセラーを生み出したライターの古賀史健氏は、『取材・執筆・推敲――書く人の教科書』で、「言葉における論理は、絵画における遠近法」 というような表現をしています。

今ある情報を見える化して、書きたい内容をイメージし、またそれが本当に書けそうかどうかを判断する準備をします。

具体的なステップは次の通りです。

  • ステップ1:持っている事実を全て書き出す
  • ステップ2:欠けている事実を探す
  • ステップ3:事実を分類する

1)ステップ1:持っている事実を全て書き出す

事実とは情報のことです。この後で決める自分の結論(主張)の前提となります。

今分かっている事実を箇条書きで全て書き出します。頭の中にある状態で構成を考えたら、後できっと足りない情報が出てきます。何が分かっていて何が分からないかを整理するのです。

なお、この段階ではきちんとした書き言葉(文語体)で表現する必要はありません。ただし、口語的な副詞や形容詞(「やっぱり」や「いい」など)、ら抜き言葉などは使わないほうが後で修正が少なくて済みます。

取引先に資料の催促メールを送るために分かっている事実を書き出してみると、次のようになります。

  • 〇日の会議で、資料を▲日までに送ってもらうように頼んだ
  • 明日の社内会議でその資料を基に話すことになっている
  • ▲日を過ぎたが、担当者から送られてきていないのを確認した
  • ただし、絶対に見落としていないとはいえない

2)ステップ2:欠けている事実を探す

全て書き出したつもりでも、見落としている部分はあるものです。ステップ1で挙げた中に、欠けている事実がないか確認します。

見えていない情報に気付くのは容易ではありませんが、5W1H(Who(誰が)、What(何を)、When(いつ)、Where(どこで)、Why(なぜ)、How(どうやって))に当てはめて確認するクセをつけるとよいでしょう。上の例では、Howの情報が抜けています。資料は郵送で届くはずなら、メールを確認する意味はありません。

相手が知っている情報であればあえて書く必要はありませんが、足りない情報に自分で気付けるようになると、相手とのトラブルの可能性を下げられます。

なお、事実は正しいことが大前提です。書き並べた情報が本当に正しいのかどうか、情報源となる資料を確認しましょう。

3)ステップ3:事実を分類する

集めた事実を意味ごとに分類します。同じ内容をグループ化し、小見出しを付けるイメージです。

催促メールの例で考えると次のようになるでしょう。

●これまでの経緯

  • 〇日の会議で、資料を▲日までにメールで送ってもらうように頼んだ
  • ▲日を過ぎたが、担当者から送られてきていないのを確認した
  • ただし、絶対に見落としていないとはいえない

●これからに向けたお願い

  • 明日の社内会議でその資料を基に話すことになっている
    →そのために、すぐに送ってもらいたい。また、できればいつまでに送ってもらえるか確認したい

このように分類することで、自分が言いたいことが前よりも明らかになってきます。

4 問いを立てて、書きたい結論(主張)を決める

続いて集めた事実を基に、伝えたい自分なりの結論(主張)を明らかにします。

具体的なステップは次の通りです。

  • ステップ4:読み手の目線を入れ、結論(主張)を整理しタイトルを付ける
  • ステップ5:結論の根拠となる推論(理由)を確かめる

1)ステップ4:読み手の目線を入れ、結論(主張)を整理しタイトルを付ける

まずは自分がこの文章で何を伝えたいか、読み手にどんな反応をしてほしいかをイメージします。上の例では、「担当者に資料を送ってほしい」という目的がはっきりしているので、一見答えは出ているように見えます。

しかし、このステップで大切なのは読み手の視点を入れることです。もしタイトル(件名)に「お約束していた資料の督促」と入れたら、読み手は責められたと感じるはずです。

それが本意ではないなら、この文章の目的は「担当者との関係を良好に保ったまま、今日中に資料を送ってもらいたい」となります。タイトルはシンプルに「資料送付のお願い」くらいがよいでしょう。

2)ステップ5:結論の根拠となる推論(理由)を確かめる

ステップ4と同様、読み手に自分の主張を伝えるための準備です。読み手の視点に立って、事実と結論が納得できるものか確認します。内容が複雑なら、ステップ3で分類した事実のグループ単位などで、結論(主張)、推論(理由)、前提(事実)に分けてみるとよいでしょう。

5 構成案を作り、それに従って書く

いよいよ構成案を作って実際に書くステップです。書き始める前に、どの事実を載せて何を省くかを決めておきます。

具体的なステップは次の通りです。

  • ステップ6:事実を並べる順番を決める
  • ステップ7:どれくらいの分量にするか決める
  • ステップ8:完成した構成案に従って書く

1)ステップ6:事実を並べる順番を決める

ステップ4、5で相手目線を取り入れた事実を基に、一番伝えたい結論を表現するのにふさわしい順番を考えます。

催促メールの場合、次の順番はいかがでしょうか。箇条書きの頭に付けた数字が書く順番です(この順番が唯一の正解ではありません)。

●これまでの経緯の確認

  • 1.〇日の会議で、資料を▲日までにメールで送ってもらうように頼んだ
  • 2.▲日を過ぎても、担当者から送られてきていない
  • 3.ただし、絶対に見落としていないとはいえない

●これからに向けたお願い

  • 4.明日の社内会議でその資料を基に話すことになっている
  • 5.すぐに送ってもらいたい
  • 6.忙しい中で対応してもらうが申し訳ない
  • 7.これからも良好な関係を保ちたい
    (できればいつまでに送ってもらえるか確認したいが、それは必要に応じて電話する)

なお、適切な順番は、文章を載せる場所、媒体によって異なります。ビジネスのメールは基本的に最後まで読んでもらえますが、ネット記事のように途中で読者の離脱が想定される場合は、冒頭に結論を持ってきて読み手の興味を引いたほうが、読んでもらいやすくなります。

2)ステップ7:どれくらいの分量にするか決める

事実を書く順番が決まったら、その事実をどれくらい肉付けして表現するか決めます。強調したいところは長めに語り、分かりづらいところには例え話を入れます。テンポを良くするために、重要でないところは大胆に削ってみてもよいでしょう。

3)ステップ8:完成した構成案に従って書く

最後に、完成した構成案に合わせて原稿を書きます。

【参考文献】

  • 『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』(山田ズーニー、PHP新書、2001年10月)
  • 『哲学思考トレーニング』(伊勢田哲治、ちくま新書、2005年7月)
  • 『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング できるビジネスシリーズ』(唐木元、インプレス、2015年8月)
  • 『【新版】日本語の作文技術』(本多勝一、朝日文庫、2015年12月)
  • 『取材・執筆・推敲――書く人の教科書』(古賀史健、ダイヤモンド社、2021年4月)

以上(2023年7月更新)

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【伝わる文章の書き方】文章を書くのは難しい?

1 話すよりも書くほうが大変?

わたしたちはメールなどで毎日何かしらの文章を書いています。普段のメモやメールであればほとんどストレスなしに書けますが、普段と少し違う内容になったとたん、予定した時間の何倍もかかってしまうことがあります。

話すよりも書くほうが大変?

例えば、メールで人に何かを催促しなければならないとき、何と書きますか。対面や電話であれば、声のトーンなどで気遣っている気持ちを表現できますが、メールではそれができません。伝えたい内容はそれほど複雑でなくても、自分の意図を相手に正しく伝えるにはよく考えて文章を作る必要があります。

例えば、取引先に約束していた資料を催促する場合、こういうメールになるでしょうか。

先日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

その際にご依頼した資料の件でご連絡致しました。
わたしがメールを紛失してしまったのかもしれませんが、ご依頼した資料に関するメールが確認できない状態でございます。
大変お手数をおかけしますが、メールを再送していただけないでしょうか。

いただいたメールを基に、明日、社内で会議を開くことになっています。
お忙しい中大変恐縮ですが、ご対応のほど、何卒よろしくお願い致します。

このメールは、敬語をしっかり使い、丁寧な印象になるよう工夫しています。また、「明日社内の会議で使う」という理由も添えたのは、相手に納得して対処してもらうためです。

普段は当たり前にできているからこそ、意識的に相手に伝わる文章を書こうとすると、どうしてよいか分からなくなってしまいます。書きやすい手順、注意すべきポイントを押さえて自分のやり方を見直してみてはいかがでしょうか。

2 意外に違う“話し言葉”と“書き言葉”

映像や音楽の迫力を伝えるとき、話して説明するのと書くのでは、どちらが伝えやすいですか? 口では説明できるのに、文字ではなかなか表現しにくいことがあります。

話し言葉と書き言葉、両方とも言葉を使うことは同じですが、話すときの言葉は音声、書くときの言葉は文字で表されるのが大きな違いです。話し言葉は音声なので、声のトーン、大きさで情感を込められます。また、身ぶり、視線、表情などで情報をさらに付与できます。

一方、書き言葉は、音声や身ぶりなどで表現される話し言葉の非言語的な情報を、主に「論理(ロジック)」で補っているといわれています。文章を読むとき、話し言葉なら気にならない細かな矛盾が気になってしまうのは、書き言葉にとって論理がとても重要だからです。

また、普段はあまり意識されていませんが、話し言葉と書き言葉の言い回しの違いも文章を書くときの悩みのタネになるでしょう。文章を一旦話し言葉で書いてから書き言葉に直してみると、直す箇所の多さに驚くはずです。例えば、ビジネス文書などでは、語尾が「●●なんです」となっていると、基本的に「●●なのです」「●●となっています」などに修正しなければなりません。

3 論理(ロジック)とは何か

前述した、話し言葉と書き言葉の大きな違いである論理(ロジック)とは、どんなものなのでしょうか。ビジネス書で多くのベストセラーを生み出したライターの古賀史健氏は、『取材・執筆・推敲――書く人の教科書』で、「言葉における論理は、絵画における遠近法」 というような表現をしています。

絵画は三次元の現実を二次元の世界で表現するため、遠近法で空間的関係性を損なわないようにしています。

言葉の論理は、“結論(主張)” “前提(事実)” “推論(理由)”の3つで成り立っています。わたしたちが頭の中だけで考えているとき、自分ではその考えにはそれなりに理由があると思っていますが、それはただの主観にすぎません。他人から見れば、ほとんど理由になっていない場合があります。

例えば、ある人が映画を見てとても感動し、思わず「この映画は世界一だ」と言ったとします。本人にとっては自分が感動したことほど、映画を称賛する根拠は必要ありませんが、「わたしが感動したから、この映画は世界一だ」という文章は、論理的に正しく、多くの人を納得させるとは言い難いでしょう。文章を書く際の論理とは、自分の考えを客観によって裏打ちするための技術のようなものです。

では、論理の組み立て方について、哲学の分野などで使われるクリティカルシンキングの手法を使って考えてみましょう。

そもそもクリティカルシンキングとは、ある意見をうのみにせずに吟味する、批判的思考のことです。クリティカルシンキングはある意見を検証するとき、結論、推論、前提の3つの要素にわけて考えます。先ほどの例を分解すると、次のようになります。

  • 結論:この映画は世界一の作品だ
  • 前提:わたしはこの映画に感動した
  • 推論:わたしを感動させた映画が世界一の作品である

わたしたちが「論理的に妥当だと認めてもいい」と思うのは、前提と推論が共に妥当だったときです。

この例の場合、「わたしは感動した」という前提には嘘はないでしょう。しかし、その前提から「この映画を世界一だ」とする推論は明らかに間違っています。他人に正しい推論と納得してもらうには、世界一の映画作品を評価する方法を明らかにして、それを満たしているという前提がなければ難しいのです。

このように論理的な正しさは結論、前提、推論の関係の中で判断され、文章を書くときはそうした論理的な正しさに留意しなければなりません。

ただし、一口に文章といっても、私的な手紙、メール、ビジネス文書、エッセイ、論文、公文書など、その形式によって、求められる論理の厳密さは変化します。先ほどの文章を書いた「わたし」が、カンヌ映画祭の審査員を務めるような人物で、その記事がエッセイとして美容雑誌などに載っていたら、多くの読者は違和感なく読み進めるでしょう。

文章を書くときには、そうした臨機応変さも含めて、論理をうまく使いこなすことが必要なのです。

【参考文献】

  • 『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』(山田ズーニー、PHP新書、2001年10月)
  • 『哲学思考トレーニング』(伊勢田哲治、ちくま新書、2005年7月)
  • 『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング できるビジネスシリーズ』(唐木元、インプレス、2015年8月)
  • 『【新版】日本語の作文技術』(本多勝一、朝日文庫、2015年12月)
  • 『取材・執筆・推敲――書く人の教科書』(古賀史健、ダイヤモンド社、2021年4月)

以上(2023年7月更新)

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【伝わる文章の書き方】書いた文章を直す

1 書くためのプロセス

文章を書く全体の流れを把握すると、いつ何をすればよいかがイメージできるようになります。書くためのプロセスは、文章の長さや内容、形式などによっても異なりますが、この記事では数百字から2000字程度の短い文章を書く場合のプロセスを想定しています。

文章を書くときの全体的な流れは次の通りです。

<全体的な流れ>

●文章を書く前の準備・書き始める

  • 1.持っている事実を整理する
  • 2.問いを立てて、書きたい結論(主張)を決める
  • 3.構成案を作り、それに従って書く

●書いた文章を直す

  • 4.読み返して直す(文法中心)
  • 5.読み返して直す(表現中心)

このプロセスはいつも変わらないものではなく、書く目的や内容、文章の長さによっては省略することもあります。

この記事では、この文章を書くときの全体的な流れのうち、「書いた文章を直す」について紹介します。ただし、本稿では概要だけの紹介にとどめ、より詳しい方法に関心がある方は、記載する参考文献をご確認ください。

2 読み返して直す(文法中心)

読み返して直す

結論、前提、推論を整理してから書き始めれば、単なる自分の主観だけではなく、客観的な論理で裏打ちされた文章になります。

そこから文章をさらに磨かなければならないのはなぜでしょうか。一つは、純粋に読者のためです。せっかく自分の文章を読んでもらえるなら、喜んでほしいと思うのは自然なことです。

また、取引先に送った見積もり金額など、誤ってはいけないミスもあります。ミスを防ぎ、文章を読みやすくするため、文法をチェックする具体的なステップは次のようになります。

  • ステップ9:表現の重複をなくす
  • ステップ10:文章の構造をチェックする
  • ステップ11:句読点で意味をとりやすくし、リズムをつくる
  • ステップ12:改行や漢字ひらがなで視覚的なバランスを整える
  • ステップ13:もう一度事実確認をする
  • ステップ14:全文を読み直す

これらのステップは、概念的にルールを理解するよりも、実際の文章から問題のある箇所に気付き自分で直す練習が必要です。

参考となる書籍は次の通りです。関心のある人はぜひご覧ください。

【参考文献】

  • 『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング できるビジネスシリーズ』(唐木元、インプレス、2015年8月)
  • 『【新版】日本語の作文技術』(本多勝一、朝日文庫、2015年12月)

3 読み返して直す(表現中心)

ここでの表現とは、読者を引きつけて楽しませるものです。ただし、詩や小説などの文学的な作品に書かれているような「名文」や「うまい文章」である必要はありません。読者に分かりやすくするためのステップは、次の通りです。

  • ステップ15:この文章でしか読めないエピソードを入れる/活かす
  • ステップ16:伝えたい話を的確に表現する例え話を作る

自分の表現力でオリジナリティーを出すには、普通根気強く訓練する必要があります。しかし、テーマに合ったエピソード(インタビュー、独自コメントなど)を調べるのは、やる気があれば技術はさほど関係ありません。

また、扱う話題が抽象的だと、読者はなかなかイメージできず理解できません。例え話は、その分かりづらさを補い、読者の理解を高めてくれる方法です。

例え話を作る技術、文章力を磨く考え方などが書かれた参考文献は次の通りです。

【参考文献】

  • 『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』(山田ズーニー、PHP新書、2001年10月)
  • 『哲学思考トレーニング』(伊勢田哲治、ちくま新書、2005年7月)
  • 『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング できるビジネスシリーズ』(唐木元、インプレス、2015年8月)
  • 『【新版】日本語の作文技術』(本多勝一、朝日文庫、2015年12月)
  • 『取材・執筆・推敲――書く人の教科書』(古賀史健、ダイヤモンド社、2021年4月)

以上(2023年7月更新)

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「自著」を経営者の名刺代わりに。手軽にできる電子書籍の自費出版のポイント

書いてあること

  • 主な読者:自著の出版に興味のある中小企業経営者、士業、専門家
  • 課題:書籍の執筆・出版は資金や手間が掛かりそう
  • 解決策:無料ツールなどを使ってプロ顔負けの電子書籍を作れる。執筆・校正・表紙デザインなどを外部サービスに比較的安価で依頼することも可能

1 自著を出版する6つのメリット

「何をきっかけとして創業したのか、どのような苦難があったのか、社員や顧客への思い、商品・サービスの誕生秘話、自身や会社ならではの専門知識」。こうした経営者の思いなどを知りたい人は社内外にたくさんいます。

それらを書籍にまとめ自費出版すれば、社員教育や採用、自身や会社の周知やブランディングに役立てることができます。自著を出版するメリットは主に次の6つです。

  1. 自身や会社の理念、事業内容などを社員や求職者に知ってもらい、社員教育や採用活動に活用できる
  2. 自身や会社の専門知識や経験を顧客や取引先にアピールすることで、その情報を参考にしてビジネスの相談や取引の機会が生まれる可能性がある
  3. 専門知識や特定のノウハウを書けば、その業界やトピックにおける「専門家」「その道のプロ」としての信頼性や評判を上げることができる
  4. 外部の人が口コミやSNSなどを通じて他の人に推薦することがあれば、自身や会社の知名度が広がる可能性がある
  5. テレビや雑誌などのメディアがネタを探す際の事前資料となるため、インタビューや特集記事などに取り上げられやすくなる
  6. 経営者自身が会社の専門知識やビジネス戦略、経験、理念などをまとめることで、自社の強みを再構築することができる

とはいえ、

書籍を出版するのは簡単ではない、ましてや中小企業や一個人には難しい

と考える人は多いでしょう。

確かに出版社に委託して紙の書籍を作ってもらったり、書店に流通させたり、不特定多数に届けるために広告宣伝を打ったりすると、数十万円~数百万円規模の予算が必要。原稿の確認や修正のやり取りにも相当の手間が掛かります。

しかし、

社員や顧客、名刺を配った相手などにPCやスマホで読んでもらう

ことを第一の目的にした場合、

予算や手間を抑えながら一定以上のクオリティの電子書籍を自費出版することが可能

です。

電子書籍なら紙の書籍のように在庫を抱える必要はなく、名刺の裏に自著の表紙画像と書籍のQRコードをプリントして配ったり、メールにURLを添付したりすることができます。また、電子書籍なら価格を0円に設定することができ、多くの人に読んでもらいやすくなります。

この記事では、誰でも手軽に電子書籍を出版する方法を分かりやすく解説します。

2 まずは書籍の中身を決める

1)テーマと内容

まずは肝心のテーマ・内容を決めます。自身の経営人生をただまとめるのではなく、読んだ人が「何かを得られる」内容が書かれているとなお良いでしょう。

創業に至った経緯を書くのであれば、その道程でどんな失敗をし、どう苦難を乗り越えてきたのかという教訓を織り交ぜます。社員への思い、顧客への思いを熱く述べれば、著者や会社への親近感や信頼感の醸成につながります。

地域に根ざした経営をしているのであれば、これまで地域とどう関わってきたのか、どのような貢献をしてきたのかなどを書けば、想定読者である地域住民になじみ深さを感じてもらうことができます。

お世話になった取引先などへ事前に許可を取り、印象的なエピソードなどを紹介すれば取引先との関係を深めることにつながる上、取引先が書籍を紹介してくれることもあるでしょう。

自社の商品・サービスの誕生秘話を紹介するのであれば、誕生に至った苦労だけでなく、開発するに当たってどのような工夫を施したのか、他社商品・サービスとの差異化ポイントなど、商品・サービス開発のヒントとなるような情報も書くといいでしょう。

そうすることによって社員や既存顧客がその商品・サービスへの親近感を抱きやすくなる上、新規顧客からの問い合わせなどのビジネスチャンスにつながる可能性もあります。

2)タイトルは一工夫が必要

社員や顧客などに読んでもらう書籍とはいえ、タイトルが「●●社の創業史」「■■商品の誕生秘話」といったお堅いものでは、読んだ人が何を得られるのかが明確になっておらず、読んでもらいづらくなります。

例えば、「●●社が絶体絶命の危機から回復した5つの方法」「地元で20年愛され続ける3つの習慣」や「■■商品が一日100個売れるようになったのは▲▲をやめたから」など、読んだ人が自分に照らし合わせて有益そうだ、内容が面白そうだと感じるタイトルを付けるのがおすすめです。

書店やAmazonのビジネス・経済のカテゴリーでヒットしている書籍のタイトルなどを参考にするといいでしょう。

3)文字数は少なくてもOK

一般的に紙の新書の場合、一冊当たりの文字数は8万~12万字程度と言われています。しかし電子書籍の場合、文字数の決まりは特にありません。価格も自由に設定できるため、例えば「1万字の書籍を200円で売る」といったことも可能です。

文字数の目安として、例えばビジネスパーソンを対象としたビジネス書籍なら2万字が推奨されています。2万字は、通勤電車や休憩時間に20分~30分前後で読める文量と言われているためです。

宣伝広報を目的として0円で配布する、ということを念頭に置けば、伝えるべき内容が分かりやすく書かれてさえいれば文字数はそれこそ数千字でも構いません。

4)校正・校閲は意外に重要

誤字脱字のチェックは重要です。一般的に書籍に対して人は「しっかりしたもの」という権威性を感じています。些細な漢字のミスや、表記の揺れ、事実誤認などが多いと「チープさ」「手作り感」が出てきてしまいます。

自費出版といえども、読者は書籍に対して一定の権威性を求めているので、校正・校閲は繰り返し行ったほうがいいでしょう。自身で見直したり社員に任せたりするだけでなく、外部の校正のプロに頼るのも一策です。

例えば、ココナラやランサーズといったアウトソーシングサービスでも校正・校閲を手軽に依頼することができます。金額的にもリーズナブルですが、依頼する際はなるべく対応実績の豊富なプロを選ぶと間違いがないでしょう。

■ココナラ■

https://coconala.com/

■ランサーズ■

https://www.lancers.jp/

5)必ずしもあなたが書く必要はない

書籍になるような長い文章を書いたことがないという方も多いでしょう。その場合、経営者自身が無理して書く必要はありません。自著を作る上で最も重要なのは、伝えたい情報を読者に面白く、分かりやすく伝えることです。そのためには、慣れない文章を貴重な時間を使って書くよりも、別の誰かに書いてもらったほうがいい場合があります。

現に経営者や著名人の著書の中には、外部のライターが著者にインタビューをし、その内容をライターがまとめ、最終的に著者がチェックするといった形で出版されているケースも少なくありません。

前述したココナラやランサーズなどでは、こうしたインタビューに特化したライターに数万円~で依頼することも可能です。

3 表紙やタイトルデザインは権威性の象徴

自費出版で見落としがちなのが、表紙とタイトルデザインの豪華さ・ゴージャス感です。ここでいう豪華さ・ゴージャス感とは、一般に流通している書籍のような品格や、プロの手が入っている感じを指します。

自費出版では表紙やタイトルデザインも自前のパワーポイントなどを使って用意することができますが、どうしてもレイアウトや文字のフォントでは先述したような「チープさ」「手作り感」が出てきてしまいます。

表紙やタイトルデザインは書籍の看板であり、著者や会社の権威性や信頼性を想起させるものですので、こだわるべきポイントと言えます。

最近ではCanva(キャンバ)といったウェブ上の無料ツールで、誰でも手軽に表紙をデザインすることが可能です。Canvaで「電子書籍 表紙」などと検索すれば、商業書籍と遜色ない表紙・タイトルデザインの案がいくつも出てきます。自著のイメージに合ったテンプレートを選んだり、自前で用意した画像などを組み合わせたりしてプロ顔負けの表紙を作成することができます。

■Canva■

https://www.canva.com/

また前述したココナラやランサーズでも、数千~数万円で書籍の内容やタイトルに合った表紙を作成してくれるサービスが数多く出品されているので、こちらを利用してもいいでしょう。

4 電子書籍を出版する

書籍の原稿が出来上がったら、いよいよ電子書籍として出版手続きを行います。電子書籍を販売できるストアは数多くありますが、本記事では世界で最も利用者の多い電子書籍ストアであるAmazon Kindleストア(以下「Kindleストア」)において無料で出版する方法を紹介します。

1)原稿をEPUB形式にする

Kindleストアに限らず、多くの電子書籍ストアでは、EPUBというファイル形式で電子書籍が販売されています。そのためWordやPDFにまとめた原稿をEPUB形式に変換する必要があるのですが、これもRomancer(ロマンサー)といったウェブ上の支援ツールを活用すれば手軽に行うことができます。

Romancerは月額660円(税込)でWordやPDFをそのままの見た目・文字サイズでEPUB化したり、Romancer上に直接見出しや本文を入力して読者が自由に文字サイズなどを変更できる形式に変換できたりします。

■Romancer■

https://romancer.voyager.co.jp

2)Kindleストアに登録する

EPUB化した原稿が用意できたら、Kindleストアに登録します。登録方法は下記のKindle Direct Publishing(以下「KDP」)のウェブサイト上でも詳細に説明されていますが、本記事でも簡単に解説します。

■KDPでの出版■

https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/help/topic/GHKDSCW2KQ3K4UU4

KDPで自費出版する手順は次の通りです。

1.アカウントの作成

KDPのウェブサイト(https://kdp.amazon.co.jp)にアクセスし、無料でアカウントを作成します。

2.著者ページの設定

KDPのダッシュボードにログインし、著者ページの設定を行います。著者ページには自己紹介やプロフィール画像、連絡先情報などを設定できます。

3.タイトル情報の入力

書籍の詳細情報を入力します。タイトル、サブタイトル、著者名、言語、カテゴリーなどの情報を提供します。

4.書籍の内容のアップロード

EPUB化した原稿をKDPにアップロードします。

5.表紙画像のアップロード

書籍の表紙画像を設定します。

6.価格を設定する(0円にするにはKDPセレクトの登録設定をオフにしておく)

希望の価格を入力します。ここで著書のロイヤリティを設定することができます。「KDPセレクト」の登録設定をオンにすると希望小売価格の70%を受け取る代わりにKindleストアでの専売となり、さらにKindle Unlimitedという月額読み放題サービスに加入した読者が無料で読める書籍の対象となります(著者には1ページ読まれるごとに報酬が支払われます)。

ただし、

KDPセレクトの登録設定をオンにしてしまうと価格を0円(無料)にすることができない

ため、オフにしておきます。その上で、初期設定では価格を0円にすることはできないため、適当な価格を入れておきます。価格を0円に設定する方法は後述します。

7.出版とプレビュー

必要な情報を入力した後、プレビュー機能を使用して書籍のレイアウトや表示を確認します。問題がなければ、「出版」ボタンをクリックして書籍を出版します。

3)Kindleストアで無料販売する

長期的にKindleストアで無料販売する場合は、「プライスマッチ」という手続きを踏む必要があります。

これはKindleストア上で販売されている書籍と、他の電子書籍ストアで販売されている同一の書籍の価格を合わせるというものです。

そのため、先ほどKDPで出版した電子書籍を、楽天koboといった価格を0円に設定できる電子書籍ストアで登録・販売し、その上でAmazonにプライスマッチを申請する必要があります。

楽天koboで販売するには、AmazonのKDPに当たる楽天koboライティングライフにアカウント登録する必要があります。出版手続きはAmazonと同様に銀行口座や必要情報、EPUB形式の原稿データを登録していくだけです。

楽天koboにおいて0円で出版したら、KDPにログインし、メニューの「ヘルプ」→画面左端の「お問い合わせ」→「価格設定」→「プライスマッチ」の順にクリックしていきます。

すると画面右側に、楽天koboで0円に設定した書籍の販売ページURLや販売価格など、申請時に必要となる内容が表示されるので、それに従って申請メールを書き、「メッセージを送信」をクリックすればプライスマッチの申請は終了です。

なお、2)の6.でも先述しましたが、KDPセレクトに登録しているとプライスマッチの申請が通らないので、

必ずKDPセレクトの登録設定はオフにしておく

ことがポイントです。

なお、ここまで紹介したKindleストアや楽天koboの出版手続きやプライスマッチの申請方法などは、あくまで2023年5月時点の情報です。システムや規約の変更などで手続きや方法が変わる可能性があることにご留意ください。

4)出版申請の手続きを外部に丸投げすることもできる

ココナラやランサーズでは、この出版申請の手続きの代行サービスも出品されています。こちらは表紙やタイトルなどの制作も込みで5万円~というものが多いようです。

サービスによっては、本記事でこれまで解説してきた原稿の執筆(企画・構成)、校正・校閲などもひっくるめて代行してくれるところもありますが、全てを丸投げするとそれなりに費用も掛かります。

また、出版申請の代行は、KDPアカウントや銀行口座の情報などの漏洩リスクがゼロではありません。さらに、丸投げすると書籍の内容を修正・加筆したり、価格を変更したり、出版を取り下げたりする際に勝手が分からず、また代行業者に依頼することになってしまいます。

外部サービスに依頼する際はそうしたリスクを踏まえつつ、あくまで自身が制作をハンドリングするということを念頭に置くようにしましょう。

以上(2023年7月作成)

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【朝礼】たまには「面倒」な三河武士になってください

突然ですが、皆さんの周りに「この人、面倒だな」と感じる人はいますか? 「面倒」の意味はいろいろありますが、私がイメージしているのは「人に何かを言われても、簡単には自分の意見を曲げない頑固な人」です。例えば、リーダーがチームの行動方針を提案したとき、1人だけ反対するような人です。リーダーや他のメンバーからすれば、反対する人を説得するのには手間も時間もかかるので、面倒だと思う気持ちも分かります。

ただ、私はこうした面倒な人こそ、会社に必要な人材だと思っています。ちょうど大河ドラマで「どうする家康」が放映中ですので、けさは徳川家康の家臣を例に、この話をしたいと思います。

家康の家臣の多くは、家康の一族に代々仕えた譜代の武士で、本拠地にちなみ「三河武士」と呼ばれます。三河武士は戦場では勇敢な一方で、冒頭で話した「面倒な人」が多いことでも有名です。

例えば、三河武士の中でも随一の猛将として知られる本多忠勝(ほんだただかつ)です。彼は、娘婿の真田信之(さなだのぶゆき)が、家康の敵となった父・昌幸(まさゆき)と弟・幸村(ゆきむら)の助命を嘆願した際に、「真田親子を助けなければ、自分は徳川の兵と戦って死ぬ」とまで言って後押ししました。忠勝以外にも似たようなことをした家臣はいます。家康の立場からすれば、面倒なことこの上ないでしょうが、彼は多くの場面でこうした家臣の振る舞いを許し、少なからずその意見を聞き入れています。なぜでしょうか?

私は、家康がこの三河武士の面倒さを、逆に頼もしく感じていたからではないかと思います。誰かとの衝突を恐れず、そこに自分の命を懸けられる家臣は、他国と戦いになったときに頼りになるからです。しかも、家康に異を唱えた三河武士の多くは、自分の損得だけではなく、徳川家や家康のことまで考えていました。信之の嘆願を後押しした忠勝は、信之に恩を売ることによって、信之と真田家の家臣や旧領の民を徳川家がしっかり掌握できるメリットまで考えていたはずです。

家康の三河武士への信頼感は、豊臣秀吉に「あなたの宝物は何か」と聞かれた際、「私のために命を懸けてくれる家臣が500人います。それが宝物です」と答えたという逸話からも分かります。

私たちの仕事の話に戻ります。この会社では、残念ながら経営者である私が決めることに、異を唱える人がほとんどいません。スピーディーに物事を進められるのは良い面もありますが、一方で「皆さんは、ただトップに従うだけでいいのか」「自分の本気をトップにぶつけてでも成し遂げたいことはないのか」と不安にもなります。

私の考えが全部正しいなんてことは、あり得ません。ですから、皆さんの中に、会社の方針に少しでも疑問を抱いている人がいるのなら、それを私にぶつけてきてください。衝突を恐れず、そこに本気で挑める人が、これからの会社を支えます。ここぞというときには、面倒な三河武士になることも大切なのです。

以上(2023年7月)

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流通王・鈴木敏文。コンビニを生活に欠かせないインフラにまで育てた彼の、経営指針がよく分かる一言とは?

他の企業がどうであろうと、自分のお客様のニーズを満たせば自分たちの存在意義はある

鈴木敏文氏は、1970年代から2016年に名誉顧問に退くまで、現在のセブン&アイ・ホールディングスを率いて、日本を代表する流通グループに成長させました。その優れた経営手腕と実績から、「流通王」などとも称されています。

数ある鈴木氏の功績の中でも最大のものは、今から50年前の1973年に、日本のコンビニエンスストア(以下「コンビニ」)の草分けであるセブン-イレブン・ジャパンを創設したことでしょう。

鈴木氏はコンビニを創設した後、精緻な商品管理システムの開発、独自の商品開発や物流体制の構築、公共料金の収納代行など公共サービスの提供、新銀行の設立を通じたコンビニ内へのATM設置など、常にコンビニを進化させ続けていきました。その結果、今やコンビニは、災害時に優先的な復旧が望まれるほど、私たちの生活に欠かせないインフラ基盤になっています。

冒頭の言葉は、鈴木氏がなぜコンビニを日本に導入し、本家の米国とは違う「日本式」のコンビニスタイルを発展させていったかを理解する上で、象徴的な言葉といえます。鈴木氏は冒頭の言葉の前後に、自らの経営指針に関して、「(同業)他社さんとの競争における勝者と敗者というのではなく、お客様のニーズをどうつかめるかだけが勝負」「お客様を喜ばせなければならないというより、そうしないと自分たちの存在価値がない」と語っています。

自社の存在意義を重視する鈴木氏の言葉は、決して人ごとではないはずです。

足元の経営環境が厳しく、目先の業績改善と会社の生き残りに汲々(きゅうきゅう)とするあまり、ついつい同業他社との勝ち負けに目がいってしまうことは、どの会社も陥りがちな“わな”といえます。それは経営者のみならず、現場の社員にも当てはまります。会社のためには、自社の商品・サービスを、同業他社のものより多く売り込むことこそ最重要だと考えてしまうものです。

本来、会社の存在意義と、顧客のニーズをつかむこと、同業他社との競争に勝つことは、三位一体のものです。ただ、同業他社を意識しすぎて、同じフィールドでの競争に一喜一憂するだけになってしまえば、その会社は「同業他社でも代わりがきく会社」ということになってしまいます。顧客が喜ぶ商品・サービスを生み出そうという気概を失えば、やがては顧客のニーズをつかめなくなり、結局は同業他社に負けてしまうでしょう。

社員にとっても、「同業他社に勝ちたいだけの会社」と、「顧客が喜ぶ商品・サービスを生み出そうとしている会社」とでは、仕事のやりがい、会社に対する思い入れが違ってくるはずです。こうした会社の姿勢は、採用活動などで求職者に「この会社に入りたい」と思ってもらえる分かれ目になる可能性もあります。進化し続ける「50歳」のコンビニを参考に、もう一度、自社の存在意義を問い直してみるのはいかがでしょうか。

出典:「鈴木敏文経営を語る」(鈴木敏文述、江口克彦著、PHP研究所、2003年4月)

以上(2023年7月)

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経営者の離婚で生じる「お金」のリスク ~注意すべきポイントを分かりやすく解説

書いてあること

  • 主な読者:離婚リスクに備えておきたい、離婚問題を身近に感じることがある経営者
  • 課題:経営者特有のリスクにはどのようなものがあり、どう備えればいいのか分からない
  • 解決策:財産分与などで揉め、状況によっては、離婚までに5~6年以上を要する。円満のうちに、弁護士に相談しつつ財産分与の対象となりうる財産について整理、対策しておくことが早期解決に有効。結婚する前なら夫婦財産契約を結んでおくのも一策

1 何も知らないと大ごとになるのが経営者の離婚

「結婚した3組に1組が離婚する」と言われる今、知り合いや家族から離婚をした、もしくは離婚の危機にあるという話を聞く機会もあるでしょう。

経営者の離婚の場合、

離婚に際して夫婦間で決めるべき条件(別居中の婚姻費用、財産分与の対象や割合、親権者の指定、養育費など)をめぐり、長期間にわたってこじれがち

です。これは経営者の離婚特有の「お金」に関する問題を知らないがゆえに、その都度、大ごとになってしまうためです。

例えば、財産分与は夫婦の資産を合算して(基本的に)互いに2分の1ずつ分け合うのですが、

婚姻後に築いた個人名義の資産はすべて財産分与の対象となる

のです。婚姻後に購入した個人名義の土地に自社ビルなどが建っている場合などは、その評価額は高くなり、財産分与で支払う額も莫大なものになってしまいます。一方、会社名義の資産は財産分与の対象にならないので、このことを知っていれば事前に対策を講じることができます。

離婚は、経営者にとっても身近なリスクです。たとえ夫婦関係が円満であったとしても、先々のリスク管理の一つとしてこうした情報を知っておくに越したことはないでしょう。

この記事では、経営者の離婚問題に詳しい、Authense(オーセンス)法律事務所の白谷英恵(しらたにはなえ)弁護士監修の下、特にこじれがちな

別居中の婚姻費用、財産分与、親権者の指定、養育費

について分かりやすく解説し、どうすればリスクを抑えられるかも紹介します。

この記事を読むことで、自身のリスクに備えるだけでなく、離婚のリスクを抱えている経営者仲間や親しい取引先に対して、有用なアドバイスをしたり、理解ある相談者になったりすることもできるでしょう。

2 財産分与……の前に別居の問題が立ちはだかる

1)別居期間中に相手の生活費を支払わなければならない

経営者の離婚で大きな問題として取り上げられるのは財産分与なのですが、これはあくまで法的に婚姻関係を解消するに至った段階の問題です。実はその前、離婚に至るまでの段階で大きな問題となるのが、

別居期間中の婚姻費用の支払い

です。婚姻費用とは夫婦がお互いに分担し合うべき生活費のことです。民法では「夫婦はお互いに扶助し合わなければならない」と定めており、それは別居期間中にも適用されます。

具体的な金額はお互いの合意の上で決められるのですが、裁判所が相場を発表しています。

■裁判所「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究 標準算定方式・算定表(令和元年版)」■
https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/siryo/H30shihou_houkoku/

例えば、子どもがいない夫婦で妻が専業主婦などで収入はゼロ、夫が役員報酬として2000万円もらっているケースだと、妻には月30万円程度の婚姻費用を支払うことになります。年間にすると360万円、別居期間が3年以上になれば1000万円を超えます。

離婚におけるお金の問題というと財産分与を真っ先にイメージしがちですが、その前に、長い別居期間中の経済的負担も大きいことを知っておく必要があります。

2)経営者は別居期間が長くなりがち

白谷弁護士によると、

「お互いが話し合いによって離婚に合意する協議離婚でない場合、調停離婚、裁判離婚となります。調停離婚では一般的には半年から1年程度で離婚が成立することも多いですが、経営者の場合は、調停では解決せずに、離婚が成立するまで5~6年かかることも珍しいことではなくて、それ以上かかるケースもある」

とのことです。

ここまで長引く理由は、後述する財産分与の手続きに時間が掛かるというのもあるのですが、一番は別居期間が長くなることです。

白谷弁護士によると、

「相手側からすれば、離婚時の財産分与に加え、別居期間が長ければ長いほど婚姻費用を多く受け取れる。経営者が男性の場合、妻は専業主婦であるケースが多く、また婚姻費用も多額になることが多いので、妻は別居して生活費をもらい続けるほうが有利と判断し、離婚をせずに別居期間を長引かせる選択をすることが多い」

とのことです。

この場合、夫側が早く離婚したいと思っても、

簡単には離婚できない(妻が協議離婚に応じてくれない)

ことを知っておく必要があります。

基本的に、離婚はお互いの合意がないとできません。一方が離婚に応じない場合、「調停」や、それでも合意に至らない場合に「裁判」をすることになりますが、裁判となっても法律上に定められている離婚事由がないと認められません。

また、もし不貞を働いたり暴力を働いたりした場合、「有責配偶者」とみなされます。そうすると、有責配偶者からの離婚申し立ては基本的に認められません。

そのため、夫側に有責の疑いがある場合、探偵を雇って不貞の証拠を集めて夫を有責配偶者であることを明白にすることで夫側からの離婚申し立てをできなくさせ、別居期間を長引かせるケースも多いようです。

白谷弁護士によると、

「経営者側も『離婚による財産分与で現状の資産を減少することは避けたい』『持ち株などがあり、財産分与することによって会社の経営に影響が出ることを避けたい』『別居して婚姻費用を払い続けるほうが離婚するよりは世間体的にもいい』『長くて面倒な調停、裁判をするよりは、現状維持でもいい』という消極的な理由で、気がついたら結果的に長い別居を選択していたという方も一定数いる」

とのことです。

3)婚姻費用を低く抑えようとする際には注意が必要

別居期間中の婚姻費用は、経営者側の収入に左右されます。そのため婚姻費用を抑えようと自身の役員報酬を下げようと考えるケースがあります。しかし、そういった、婚姻費用を下げる目的での収入の操作は裁判所では認められないことがあるようです。

一方、会社の資産状況などでやむを得ない場合だと認められることもあり、ここは一概にはいえない複雑な問題があります。そのため、一度税理士や弁護士に相談するのがいいでしょう。

3 財産分与で揉めないための注意点

1)会社名義の資産は財産分与の対象外

別居期間を経て、離婚の条件を詰める段階になっていよいよ財産分与の問題が浮き彫りになります。

財産分与は、

夫婦どちらの名義の資産であっても、婚姻後に築いた個人の名義のものは合算して対象になるが、会社名義のものは対象外になる

というのが基本です。

会社名義の資産は経営者個人のものとは別で会社のもの、とみなされますが、

会社名義の資産ではあるが、実質は家族のために使うなどして個人と会社の区別が曖昧

といった場合には、夫婦の共有財産であるとして財産分与の対象になる場合もあるので、迷ったらその都度弁護士に相談したほうがいいでしょう。

2)揉めがちなのは財産分与の対象の特定と評価額

財産分与の対象になるのは、預貯金や不動産(自宅の土地・建物など)の他、株、保険といった資産、自動車・家具・貴金属類・絵画といった動産についても婚姻中に築いたものは共有資産としてみなされるので、多岐にわたります。

これらの時価などを評価した上で分与することになるのですが、この財産分与の対象物を特定し、評価するのがまず一苦労で、かなりの時間を要します。

その上で、

特に評価で時間を要するのが非上場株式

です。

上場企業の株式であれば離婚時の時価を評価額にすることができますが、非上場会社の株式の場合は市場で取引されていないので、評価自体が難航したり、評価方法をめぐって揉めたりするケースもあります。

3)自社株も2分の1を渡さないといけない?

経営者が保有する自社株も、個人名義のものであれば財産分与の対象となります。そうなると財産分与によって2分の1の株式を譲渡してしまっては会社の経営権に影響が出てしまいます。

そのため、現実には、

経営者が自社株を100%保有する代わりに、自社株の評価額の2分の1に相当する金銭を支払う

という合意をする場合がほとんどです。

中小企業は基本的に非上場会社なので、相手側としても、買い主を見つけるのも大変な株式よりも、現金でもらったほうがいいという判断になるからです。

相手が役員などで自社株を保有している場合も、それをすべてこちらがもらう代わりに対価を支払うということになります。

白谷弁護士によると、

「相手が妻の場合、例えば子どもが小さければ離婚後もずっと養育費をもらっていかなければならないので、夫の会社には安泰でいてほしい。また、妻自身が、離婚後に夫の会社と関わることも望まない。そのため夫の株主比率が下がることを望む人はほとんどおらず、株式の譲渡自体で揉めることはほぼない」

とのことです。

仮に自社株の評価額が高くなり、その他の資産の評価額以上になって2分の1を現金で工面するのが難しい場合は、足りない分を分割で支払うことになります。

なお、財産分与における株式の評価額は、

別居開始日の保有株数×離婚成立日の評価額

となるので注意が必要です。

4)財産分与の割合でも揉めがち

基本的に財産分与の割合は「夫婦で2分の1ずつ」が妥当というのが原則です。

しかし、相手が専業主婦(主夫)の場合、「妻(夫)は家にいるだけで資産形成に貢献していない」といった理由で、経営者が財産分与の割合を修正することを求めるケースがあります。

確かに、例えばスポーツ選手や特殊技能を持った職人など、本人の特殊な資質によって高額な所得を得て資産を築いた場合などは、相手方への財産分与の割合が減らされる場合もあります。

ただし、この寄与度(貢献度)については双方で揉め、調停・裁判が長引くことが多く、また「夫婦で2分の1ずつ」の原則により認められないケースも多々あることを念頭に置く必要があります。この点も、迷ったら弁護士に相談するようにしましょう。

5)財産分与の対象から外すのは円満なときに

財産分与の対象となる資産を減らそうと、別居前に慌てて個人名義の資産を売却したり、会社の名義にしたりしても、その資産が財産分与の対象とされてしまうことがあります。

白谷弁護士によると、

「裁判になると、別居と財産分与を見越し、財産分与の対象となる財産から外すために財産を隠したり名義を変更したりするなどしたと評価されるものは、対象内に戻されるという例外が起こる場合がある。経営者の場合、財産分与によって会社経営に影響を与えることを避ける方法を日ごろから検討、対策しておくのがベスト」

とのことです。

4 配偶者が会社で働いている場合、離婚で解雇はできない

配偶者を役員にして役員報酬を払っていたり、事務員として雇用したりしているケースは多いでしょう。その場合、離婚を理由に解任・解雇はできません。

役員の場合、別居した時点で実質その役割を果たさないという理由で解任したいと考えても、基本的には任期があるので、任期満了を待ってそこで解任することになります。

雇用している場合でも、解雇するには会社に多大な損害を与えたり、長期にわたる無断欠勤をしたりなど、合理的な理由が必要です。どうしても解雇したい場合は、退職金を提示するなどして、合意の上で退職してもらうことになります。

5 親権問題で揉めがちなのは子どもとの面会交流

1)親権問題は妻側が有利になりやすい

夫が経営者の場合、経済力の高さから子どもの親権獲得に有利に思われがちですが、実際は妻側が有利になりやすいといわれます。

裁判所は、次の点を重視してどちらが親権者にふさわしいかを判断するからです。

  • これまで(同居中)どちらが主に子どもの面倒を見ていたか
  • 現在(別居時)どちらが子どもの面倒を見ているか

多忙な経営者は、あまり家におらず、帰りが遅いことも多いため、子と関わる時間が持てず、親権問題だと一般社員よりも認められない可能性が高いといわれます。

2)面会交流は相手が合意すれば自由にできるが……

親権者の指定については、双方で合意ができ、あまり揉めることはないようです。一方で揉めやすいのが、離婚後に子どもと非親権者が会う面会交流についてです。

離婚裁判まで進んだ場合、一般的に裁判所は「月1回数時間」程度の面会交流しか認めないといわれます。しかし、経営者の場合、

  • 家族での会合が多く、そこに子どもを連れて行きたい
  • 海外や国内への数泊の旅行へ一緒に行きたい

といった要望がかなり多いそうです。この場合、

親権者と子どもが合意すれば面会交流は自由

にできます。

ただし、離婚に至るほど夫婦関係が悪化し、また調停や裁判を経てさらに険悪になっている場合、親権者側が面会交流を認めなかったり、慎重になったりするケースがほとんどです。

こうしたとき、面会交流で揉めないためのポイントの一つが、養育費です。詳しくは次の章で解説します。

6 養育費は子どもの学費問題

養育費の金額は、第2章で紹介した算定表が目安になります。例えば0歳~14歳の子どもが1人いて妻の収入はゼロ、夫が役員報酬として2000万円もらっているケースだと、妻には月25万円程度の養育費を支払うことになります。

ここで揉めがちなのが、妻側がこれでは足りないと要望するケースです。主な理由として多いのが、子どもの学費です。

算定表はもともと公立学校に通わせることを念頭に算出されていますが、夫が経営者の場合、妻は私学や習い事、海外留学などに年間数百万円超を掛けることも少なくありません。

白谷弁護士によると、経営者の離婚ではこの学費問題で揉めるケースがかなり多いようです。

「経営者が、自力でここまで来たという感覚があり、ある程度の学費は出すが後は子どもの自己判断でというマインドを持っている場合、習い事や留学など、際限なく良い教育を受けさせたいという妻側との教育観の違いが浮き彫りになり揉めてしまいます」

現実としてこの養育費で揉めてしまうと、その後の面会交流の交渉で妻側が慎重になってしまう場合があります。

白谷弁護士によると、

「最終的には学費を含めて算定表よりも多めに養育費を払うというところに落ち着くことが多い」

とのことです。

学費の心配がなくなることで子どもとの関係が円満になったり、成長したときに非親権者の家から学校に通ったり、面会交流も制限なく自由にできるようになったりするケースも多いようです。

7 結婚する前なら夫婦財産契約という選択肢も

こうした経営者特有の離婚リスクに備え、これから結婚する若い経営者の中には夫婦財産契約(婚前契約、プレナップとも)を結ぶ人が増えています。

夫婦財産契約とは、

離婚時の財産分与で揉めることがないように資産の帰属などを決めておく契約書

です。

この契約は、「婚姻後に取得した株式も財産分与の対象外とする」といった内容を定めることもできます。

ただし、夫婦財産契約は当然、お互いの合意が必要になります。婚姻前に離婚を前提とした取り決めをするというのは、感情的に受け入れられないかもしれません。

実際に契約を結んでいるケースでは、

経営者の結婚は家族だけでなく会社経営にも大きく関わる出来事なので、会社のリスク管理のためにも結んでおきたい

と切り出すことが多いようです。

なお、夫婦財産契約は婚姻後に結ぶことはできません。

また、結んだ後に契約内容を変更することも基本的にはできないので、その点は留意しておきましょう。また、夫婦財産契約は会社の規模や目的によって内容も大きく変わってくるので、結ぶ際は弁護士に相談するのがいいでしょう。

白谷 英恵(しらたに はなえ)

https://www.authense.jp/lawyers/lawyer_shiratani/

弁護士法人Authense法律事務所 弁護士。神奈川県弁護士会所属。同志社大学商学部卒業、創価大学法科大学院法学研究科修了。

不動産法務およびスタートアップ支援を中心とした企業法務分野の実績を豊富に有する。所内では離婚分野のマネージャーを務め、離婚や相続といった家事案件の実績も多数。特に経営者の離婚や熟年離婚を数多く取り

扱う。離婚や相続に関するセミナーの講師などにも積極的に取り組む。

以上(2023年7月)

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労働災害リスクとその対応

1 労働災害と労働保険について

労働災害とは、業務が原因で労働者が負傷したり病気になることを言いますが、労働保険には労働者の業務災害や通勤災害などによる疾病や障害などに対して保険給付を行う労働者災害補償保険(以下「労災保険」)と雇用の継続が困難になった被保険者(労働者)に対して保険給付を行うことを目的とする雇用保険が含まれます。また、労災保険は労働者に対する補償の公平性を保つため一人でも労働者を雇用する事業主は加入が義務付けられ、保険料は全額事業主が負担する必要があるため、殆どの事業所で毎年6月1日から7月10日までの間に年度更新の手続きを行うことになります。尚、年度更新とは1年間の保険料を計算して、毎年6月1日から7月10日の間に保険料算定のために行う手続きのことを言います。

今回は、労災保険の給付対象となる労働災害について解説をさせて頂きますが、近年は労働者の高齢化による労災の増加や、パワハラやセクハラに伴う精神疾患等が増加しており、会社側に安全配慮義務違反等の過失がある場合は、巨額の賠償請求を受ける可能性もあるため注意が必要です。

労働保険は労災保険と雇用保険の総称です

出典:厚生労働省ホームページ 埼玉労働局 労働保険制度について

https://jsite.mhlw.go.jp/saitama-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudou_hoken/seido.html

2 災害補償責任と労災保険

労働基準法第8章には「使用者の災害補償責任」が定められており、労働災害については、企業側が労働者に災害補償をしなければなりません。しかし、企業側が労働者に対して支払う災害補償は、経営状況によって支給できない可能性があるため、労災保険法は企業側による災害補償の実施を確実にするために、労働基準法による企業の個別責任を代行する役割があります。そのため、労災保険の給付内容は労働基準法の第8章をカバーする内容となっており、労働基準法第84条には、「労働基準法で規定している災害補償について、労災保険法に基づいた給付が行われるときは、使用者は災害補償責任を免れる」と定められています。尚、労災保険の補償内容としては、治療費関連の療養補償給付、休業中に支給される休業補償給付や傷病補償年金、後遺障害が残った時に支給される障害補償給付や介護状態となった場合の介護補償給付、死亡時に支給される遺族補償給付や葬祭料等があります。

しかし、事業所によって労災リスクは異なるため、保険料負担の公平性の確保と、労働災害防止努力の一層の促進を目的として、労災保険率または労災保険料額を一定の範囲内(基本:±40%)で増減させるメリット制が設けられており、保険給付が多い事業所は保険料が高くなる可能性があります。

使用者の災害補償責任と労災保険給付の関係

出典:厚生労働省ホームページ 福井労働局 使用者の災害補償責任と労災保険給付の関係

https://jsite.mhlw.go.jp/fukui-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/rousai_hoken/hourei_seido/hosyousekinin.html

3 労働災害による影響について

労働災害が発生すると、企業は様々な法的責任や社会的責任を負う事なります。法的責任には刑事責任、民事責任、行政責任等があり、刑事責任を問われるケースとしては、労働安全衛生法違反や業務上過失致死傷がありますが、それぞれ労働基準監督署や警察の調査に基づいて、懲役や禁固刑や罰金等が科せられる可能性があります。

民事責任は大きく3つに分けられますが、1つ目が労働基準法に基づく災害補償責任であり、2つ目が故意・過失に基づく不法行為責任や安全配慮義務違反等の債務不履行による民事上の損害賠償責任、最後の3つ目は上乗せ労災規程や退職金規程等の社内規程に基づく労働契約責任になります。そして、行政責任としては、労働基準監督署の調査に基づく、作業停止命令や設備等の使用停止命令、是正勧告等が考えられます。また、それ以外にも取引先や関与先からの取引停止や指名停止、風評被害による売上減少、従業員の勤労意欲の減退や設備等の破損等による生産性の低下や財産損失リスクが生じる可能性があります。また、優秀な人材を労災で失うと、同様の人材の採用・育成が困難となり、致命的な影響を受ける可能性もあります。これらの影響の大きさから、労災事故はとにかく起こさない事が求められますが、労災事故をゼロにすることは出来ないため、巨額の賠償請求などに備えた財務対策も検討が必要です。

4 リスクコントロール対策

労働災害のリスクコントロール対策は大きく労働安全衛生関係法令の順守と自主的な安全衛生活動に分けられますが、労働安全衛生関係法令で事業者に義務づけられている措置としては、危険な状況が想定される場合の危険防止措置、従業員に対して定期健康診断等を実施する健康管理の措置、安全衛生推進者や衛生推進者、作業主任者の選任、従業員の意見を聴取する等の安全衛生管理体制の整備、従業員を雇い入れた場合の安全衛生教育の実施等があります。自主的な安全衛生活動としては、作業中にヒヤリとした、ハッとしたが幸い災害にならなかった事例を報告・提案して災害の発生前に対策を打つヒヤリ・ハット活動や、作業前に現場や作業に潜む危険要因や発生する可能性のある災害を共有し、作業者の危険に対する意識を高めて災害を防止する危険予知活動(KY活動)、職場の安全パトロール員や安全ミーティングの進行役を、当番制で全従業員に担当させて従業員の安全意識を高める安全当番制度などがあります。その他に、安全提案制度、4S(整理、整頓、清潔、清掃)活動、職場安全ミーティング等がありますが、事業場の実態に即して、ふさわしい活動に取り組むことが重要です。

労災事故の発生に伴うリスク

参考:厚生労働省 労働災害防止のために(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署)

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/110222-1_001.pdf

5 リスクファイナンシング対策

近年の傾向として、労災にあった労働者が会社を安全配慮義務違反等で訴えるケースが増加していることから、政府労災とは別に民事上の賠償責任をカバーする使用者賠償責任保険の必要性が高まっています。また、福利厚生規程に基づいて発生する費用をカバーするために上乗せ労災保険や傷害保険、医療保険や生命保険を活用するケースもありますが、それらは自社のルールにより生じるリスクですので、死亡や後遺障害等の大きな費用となるもの以外は基本的に財務力の中で保有することが多いと考えられます。

一方で、健康経営に取り組む企業や人材不足に備える企業においては、治療と勤務を両立させるための福利厚生制度の重要度が非常に増しており、業務上外に関係なく、自宅療養でも補償され、長期に渡る所得が補償されるGLTD(長期障害所得補償保険)を活用した福利厚生制度を整える事で、心身の不調を抱える社員の自己申告を促し、早期の対応を行うことで、優秀な人材の採用や確保を行っています。

労災保険給付の概要

出典:厚生労働省 労災保険給付の概要 P.11

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-12.html

以上(2023年7月)

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提供:ARICEホールディングスグループ( HP:https://www.ariceservice.co.jp/
ARICEホールディングス株式会社(グループ会社の管理・マーケティング・戦略立案等)
株式会社A.I.P(損保13社、生保15社、少額短期3社を扱う全国展開型乗合代理店)
株式会社日本リスク総研(リスクマネジメントコンサルティング、教育・研修等)
トラスト社会保険労務士法人(社会保険労務士業、人事労務リスクマネジメント等)
株式会社アリスヘルプライン(内部通報制度構築支援・ガバナンス態勢の構築支援等)

業務用と私用で併用している資産がある場合に、オーナー経営者が注意すべきこととは?

書いてあること

  • 主な読者:業務用と私用で併用している車や不動産を所有するオーナー経営者
  • 課題:業務用と私用の区別を明確にしていない場合、税務調査で指摘される可能性が高い
  • 解決策:社用車であれば法人名義にして、利用規程も作成する。不動産は、契約書を作成し、賃料も設定する

1 勤務日と休日の境界線なく働くからこそ要注意!

オーナー経営者の場合、車や不動産などの固定資産を私用と業務用で併用しているケースがよくあります。すぐに税務上の問題になるわけではありませんが、業務用と私用の区別がきちんとできていない場合は要注意です。なぜなら、

  • 会社で計上した経費が損金(税務上の費用)として認められない
  • 役員給与と指摘され、源泉徴収が必要

ため、思わぬ追加納付が必要になる恐れがあるからです。

重要なのは「業務用」と「私用」の区別です。この違いを簡単に言うならば、

会社が売上を上げるために必要なものかどうか

です。例えば、

  • 業務用:車を自社商品の運搬や得意先回りに使用する
  • 私用:車を家族旅行に使用する

といったケースは分かりやすいですが、オーナー経営者は勤務日と休日の境界線が曖昧なのでこのような単純な線引きが難しく、税務調査で詳細に調べられる可能性も高くなります。

この記事では、業務用と私用の両方に使われやすい社用車とオフィス兼住宅などの不動産に着目し、取るべき対応と迷いやすい事例をまとめました。「あれ、自分は大丈夫かな?」と思い当たるオーナー経営者やその下で働く経理担当者の方は、今一度御社での取り扱いと照らし合わせてみてください。

なお、これから紹介する事例は、各会社の実態(業種業態や会社規模など)によって税務上の取り扱いが変わる可能性があるため、実際の判断については、顧問税理士などの専門家にご相談ください。

2 税務リスクを避けるためにすべきことは?

1)社用車で税務リスクを避けるためには

1.会社側で準備すべきこと

オーナー経営者も使用する社用車は、

  1. 法人名義で購入すること
  2. 利用規程を作成すること

が税務リスクを避けるポイントです。

個人名義がダメというわけではありませんが、税務調査で「私的なもの」と見られる可能性が高くなります。業務で使用していることを明確にするためにも、社用車は法人名義にしておくとよいでしょう。また、社用車は法人名義で購入することにより、購入費用は減価償却費として損金にできる上、ガソリン代や自動車税、車検費用なども全て会社の損金にできるというメリットもあります。

利用規程については、オーナー経営者の私用としても使われる可能性がある場合は、必ず作成しましょう。具体的には、

  • 「私用での利用も一定程度認める」ことを決めておく
  • 私的利用時の利用料を定めておく

とよいでしょう。

利用料は1日単位で定めたり、1カ月単位で定めたりします。金額の決め方に税務上の明確なルールはありませんが、社用車の減価償却費や自動車税その他の諸経費を加味し、1日単位(あるいは1カ月単位)で合理的な金額を決めましょう。

2.経営者個人が注意すべきこと

経営者個人の立場で注意すべきことは、

  1. 駐車場の場所
  2. (既に個人名義で所有している場合のみ)個人名義の車両を法人名義に変更する際の金銭のやり取り

の2点です。

社用車の駐車場所に決まりはないものの、いつも社長宅に保管されていたり、社用車としては不自然な場所(会社から相当離れた場所など)に駐車場を借りていたりすると、本当に社用車として使用されているのか疑われかねません。会社に駐車場を確保する、もしくは常識の範囲内の距離にある駐車場を借りるようにしましょう。

また、実質的に業務で使っている個人名義の車を会社名義に変更する場合には要注意です。名義変更という書面上の手続きだけで済む話ではありません。税務上は、

経営者個人から会社に自動車を売却する取引

とみなされます。必ず売買契約書を作成し、中古車市場などを参考にした時価で売却(金銭のやり取り)をするようにしましょう。

2)オフィス兼住宅で税務リスクを避けるためには

1.会社側で準備すべきこと

オーナー経営者が所有しているオフィス兼住宅は、

  1. 契約書を作成すること
  2. 賃料を設定すること

がポイントです。

業務用と私用を明確に区別するため、オーナー経営者と会社間の賃貸であっても契約書を作成しましょう。契約書には賃料や契約期間の他、図面などを利用し、どの部分をオフィスとして利用するのか明確にしておくとともに、光熱費などの取り扱いについても決めておきます。

また、個人所有の物件の一部をオフィスとして貸す場合は、会社からオーナー経営者へ支払う賃料を決めます。賃料の決め方に一律的な決まりはありませんが、相場とかけ離れた高額な賃料に設定すると、会社としての支払賃借料ではなく、役員給与と指摘されることがあります。そのため、不動産会社などで近隣の相場を確認し、その賃料に利用割合(オフィスで使用する床面積の割合など)を掛けて算出することをお勧めします。

逆に法人名義の物件の一部を個人(オーナー経営者)に貸し出す場合は、「会社が用意した物件の一部を社宅として利用する」形態になります。会社がオーナー経営者に社宅を貸す場合の賃料の計算方法は税法で決まっています。社宅の規模ごとに定められた計算式に当てはめて賃料を設定しましょう。

2.経営者個人が注意すべきこと

経営者個人が所有する物件の一部をオフィスとして会社に貸す場合、経営者は会社から賃料を受け取ることになるため、所得税の「不動産所得」が生じることになります。そのため、所得税の確定申告を行うようにしましょう。

3 こんな時はどうする? 迷いやすい事例の境界線は

1)社用車で事故を起こした場合

もし社用車で事故を起こし、会社が被害者に損害賠償金を支払った場合、この損害賠償金が会社の損金になるかどうかは、

  1. 業務遂行上の事故かどうか
  2. 故意・重過失が認められるかどうか

の2点で取り扱いが変わってきます。

業務遂行上の事故であるものの、故意・重過失が認められない場合、会社が支払った損害賠償金は、そのまま会社の損金として認められます。

ただし、業務遂行外の事故である場合と、業務遂行上の事故であっても、故意・重過失が認められる場合は会社の損金にはなりません。このケースでは、オーナー経営者が負担すべき損害賠償金を会社が立て替えて支払ったと考え、会社からオーナー経営者への債権として取り扱われます。

2)高級車は社用車として認められないというのは本当か?

よく高級車は社用車として税務署が認めないと言われます。しかし、税務に「社用車の範囲」の決まりはなく、スーパーカーであっても、「法人名義で購入」し、「業務として使用している」のであれば社用車として認められます。よって、その車に係る減価償却費の他、自動車税その他の諸経費も全て法人の損金とすることができます。

「業務として使用している」ことを証明するためにも、少々面倒でも運行記録などは残しておくとよいでしょう。また、私的利用がある場合には、すでに紹介した利用規程を準備しておき、利用に応じた利用料を会社に支払うようにしましょう。

3)住宅用マンションの一室は支社として認められるのか?

例えば、地方企業の都心支社としてマンションの一室を購入または賃借し、オフィス登録をしたものの、実際にはオーナー経営者の親族(学生である子供など)が住んでいるようなケースです。このケースにおいて、会社が購入した不動産の減価償却費や賃借した場合の賃料は損金として認められるでしょうか。

ケースバイケースですが、「事業活動としての実体」が存在し、かつ「親族(あるいはオーナー経営者)から会社が賃料を受け取っている場合」に限り、会社が支払った賃料から受け取った賃料の差額相当部分については損金として取り扱われると考えられます。ただし、事業活動の実体は存在しても、メーンは親族などの住居として使用している場合には、それに比例して会社が受け取るべき賃料も高額となるため、結果として所得を減らす効果は少なくなる可能性があります。「事業活動としての実体」を証明するための書類として、営業活動報告書等を準備しておくとよいでしょう。

以上(2023年7月作成)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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