目次
1 SNS上で引き起こされる「ソーシャルハラスメント」
今やSNSは社会インフラ。ビジネスにおいても社員同士の連絡や採用広報、マーケティングなど、さまざまな用途でSNSが活用されています。一方、そうした状況の中、社員による「悪口・誹謗中傷に当たる投稿をする」「SNSのフォローや『いいね』を強要する」など、
SNSに関するさまざまなハラスメント、「ソーシャルハラスメント」(以下「ソーハラ」)
が問題になっています。
ソーハラは、個人の尊厳を深く傷つけるだけでなく、会社のレピュテーションリスクや法的リスクにも直結する、看過できない課題ですが、法務・労務体制が十分でない中小企業では、ソーハラへの対応が後手に回りがちです。
そこで、この記事では、中小企業の経営者や労務担当者の皆様が、ソーハラの実態を理解し、具体的な防止策と対応策を講じるための実践的な情報を提供します。
2 具体的にどのような行為がソーハラになる?
ここでは、ソーハラの主なパターンをご紹介します。
1)悪口・誹謗中傷
匿名性や拡散性の高いSNSの特性を利用し、特定の個人や会社、商品に対して事実無根の悪口や根拠のない誹謗中傷を投稿する行為です。名誉毀損や侮辱罪に該当する可能性があり、会社イメージの著しい低下を招くこともあります。
2)不適切な写真・動画の投稿、拡散
酒席での不適切な行動や、業務とは関係のないプライベートな写真・動画を本人の許可なく撮影し、SNSに投稿・拡散する行為です。特に、身体的特徴や性的な内容を含む場合は、セクハラに該当することがあります。
3)「いいね」やフォローの強要
主に上司が部下に対し、自身の投稿への「いいね」やアカウントのフォローを執拗に求めたり、それらを業務評価に結びつけたりする行為です。部下は上司の意向に反する行動を取ることで不利益を被ることを恐れ、精神的な負担を感じるようになります。
4)プライベートの詮索・晒し
SNSに投稿された写真や情報から、社員のプライベートを執拗に詮索したり、本人の許可なく晒したりする行為です。個人のプライバシーを侵害するだけでなく、ストーカー行為に発展する可能性も孕んでいます。
5)オンライン上での監視・つきまとい
社員のSNSアカウントを密かに監視し、業務時間外の投稿内容を業務に関連付けて指摘したり、批判したりする行為です。また、特定の社員のSNSアカウントに頻繁にコメントやメッセージを送ったり、ライブ配信などに執拗に参加したりすることも含まれます。
6)業務時間外の連絡・業務指示
緊急性がないにもかかわらず、深夜や休日にSNSのメッセージ機能を通じて業務連絡や業務指示を行う行為です。社員は常に業務から解放されないというプレッシャーを感じ、心身の健康を損なう恐れがあります。
次章からは、上記のパターンごとに具体的な事例を挙げ、それが法的にどのような問題になり得るのか、またどのように対応すべきかについて解説します。ただし、対応策は一例ですので、実際に同様の事案が起きた場合、弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。
3 悪口・誹謗中傷
1)上司を逆恨みして誹謗中傷する若手社員
若手社員のAさんは、仕事のミスが多いことを理由に、上司のB課長からよく叱られます。鬱憤がたまっていたAさんは、SNSに「ウチのBって上司、マジで使えない」「Bはハラスメントをしている」といった投稿を度々行いました。B課長はその投稿を目にして、精神的に深く傷つき、会社に行きたくないと感じるようになりました。
2)法的にどのような問題になり得るのか?
Aさんの行為は、パワハラ6類型の「精神的な攻撃」に類似するハラスメント行為であり、B課長の人格権を侵害する不法行為となる可能性が高いです。。精神的な攻撃とは、侮辱、名誉毀損、ひどい暴言などがこれに当たります。会社が適切な対応を怠ると、会社の安全配慮義務違反につながり、B課長の精神的苦痛について、会社の責任が問われる可能性があります。
3)対応策は?
投稿内容がAさんのものであることが明らかな場合、Aさんに即投稿を削除するよう指示します。投稿が匿名であっても、B課長に対する誹謗中傷であることが明らかな場合、情報流通プラットフォーム対処法にのっとり、大規模プラットフォーム事業者(プロバイダ等)の削除申出窓口から、書き込みの削除を請求することが可能です。
投稿者がAさんであることが特定できた場合、どのような意図があったのかなどの事実確認をした上で、本件がハラスメントに該当することを説明し、再発防止のための指導を行います。悪質な場合や指導をしても投稿をやめない場合は、就業規則に基づき懲戒処分も検討します。
被害者であるB課長に対しては、精神的ケアを行い、必要であれば産業医面談やカウンセリングの機会を提供します。
3 不適切な写真・動画の投稿、拡散
1)悪ふざけで女性社員の動画を許可なくSNSに投稿した同僚
Cさんは、会社の飲み会で、居酒屋の店員に扮した同僚の女性社員Dさんが、酔った勢いで男性社員に抱きつかれている様子をスマートフォンで撮影し、本人の許可なく会社のSNSグループに投稿しました。Dさんは「セクハラ被害を受けた」と晒されたことで深く傷つき、会社を辞めたいと考えるようになりました。
2)法的にどのような問題になり得るのか?
この事例は、「環境型セクハラ」に該当する可能性が高いです。環境型セクハラは、性的な言動により就業環境が害され、社員の能力の発揮に悪影響が生じることを指します。性的な言動により、Dさんの就業環境が著しく害されたと判断されます。また、本人の許可なく動画を撮影し、拡散したことは、人格権を侵害するハラスメントに該当します。
3)対応策は?
まずはCさんに即座に動画を削除させ、拡散を防止します。さらに、Cさんにどのような意図があったのかなどの事実確認をした上で、本件がハラスメントに該当することを説明し、再発防止のための指導を行います。悪質な場合や指導をしても投稿をやめない場合は、就業規則に基づき懲戒処分も検討します。
被害者(Dさん)が安心して働けるよう、必要に応じて配置転換なども検討しますが、基本的に配置転換させる対象は行為者(Cさん)です。被害者を配置転換してしまうと、被害者はハラスメントだけではなく、仕事の内容についても被害を受けることになりかねません。
4 「いいね」やフォローの強要
1)部下に「いいね」やフォローを強要する上司
E課長は、自身のSNSアカウントで日常の出来事や趣味に関する投稿を頻繁に行っています。E課長は部下のFさんに対し、業務時間中に「私の投稿に 『いいね』ついてないよ、早く押しといてね」「なんでフォローしてくれないの?」などと繰り返し発言し、露骨に「いいね」やフォローを強要しました。Fさんは、E課長との人間関係を悪化させたくない一心で、仕方なく「いいね」やフォローをしましたが、そのことでSNSの利用が苦痛になりました。
2)法的にどのような問題になり得るのか?
この事例は、E課長が、優越的な関係を背景として、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動をすることで、Fさんの就業環境が害されたとして、パワハラに該当する可能性があります。
3)対応策は?
E課長に対し、SNS活動は個人の自由であることを説明し、部下への干渉、「いいね」やフォローの強要を行わないよう指導します。悪質な場合や指導をしても改善が見られない場合は、就業規則に基づき懲戒処分も検討します。
なお、本件は上司から部下に対するソーハラですが、例えば会社の公式アカウントについて、「いいね」やフォローをするよう業務命令を出すのも、基本的には避けたほうがよいです。SNSは本来、個人がプライベートで自由に使用するものです。そこに業務命令が介入する余地がどの程度あるかは疑問の残るところです。
5 プライベートの詮索・晒し
1)部下のSNS投稿について執拗に質問し、周囲に言いふらす上司
営業部の女性Gさんが、業務時間外に友人と旅行に行った写真を個人のSNSに投稿しました。数日後、上司のH課長がGさんに対し、業務中に「この前の旅行、楽しかったみたいだね。彼氏と行ったの?」「写真の背景、〇〇だよね?どんな店だった?」などと執拗に質問してきました。さらに、H課長は、GさんのSNS投稿を他の社員に見せながら、「彼女にもついに彼氏ができたらしいぞ」などと吹聴しました。
2)法的にどのような問題になり得るのか?
この事例は、パワハラ6類型の「個の侵害」に該当する可能性が高いです。「個の侵害」とは、私的なことに過度に立ち入る言動を指します。また、性的な要素が含まれる場合や、職場環境を害するような場合は「環境型セクハラ」に該当する可能性もあります。
3)対応策は?
まずはH課長に対し、個人のプライベートな情報に不必要に立ち入らないように注意し、業務に関係のない質問や情報共有を行わないよう指導します。悪質な場合や指導をしても投稿をやめない場合は、就業規則に基づき懲戒処分も検討します。
なお、被害者がハラスメントを受け流して意思をはっきりと伝えない場合があります。そして、このような場合に加害者を頭ごなしに叱責すると、「セクハラだと思わなかった。嫌なら嫌と言ってくれなければ分からないじゃないか」と反発してくることがあります。ですので、いきなり頭ごなしに叱責するのは得策とはいえないケースがあります。
6 オンライン上での監視・つきまとい
1)部下のSNSをフォローし、休日の過ごし方などを執拗に聞く上司
I課長は、部下のJさんのSNSアカウントをフォローし、業務時間外に投稿した内容(例えば、休日の過ごし方や趣味の活動など)について、職場で全て把握しているかのように話しかけてきます。「週末は〇〇に行ってきたんだね。仕事の疲れは取れた?」など、一見気遣うような言葉も、Jさんにとっては監視されているようで常に不快でした。
2)法的にどのような問題になり得るのか?
この事例は、業務とは無関係な私生活への過度な干渉「であり、部下が当惑や不快の念を示したのにやめないような場合は、パワハラ6類型の「個の侵害」に該当する可能性が高いです。上司としては部下との雑談のつもりであっても、部下のプライベートに必要以上に踏み込むのは避けるべきです
3)対応策は?
基本的な対応は「5 プライベートの詮索・晒し」と同じです。
7 業務時間外の連絡・業務指示
1)深夜や休日でもおかまいなしに連絡を入れる上司
K課長は、部下のLさんに対し、休日や深夜でもSNSのメッセージ機能で業務に関する連絡や指示を頻繁に送ってきます。例えば、夜11時に「明後日までにこの資料を修正しておいて」とメッセージを送ったり、休日に「〇〇の進捗ってどうなってる?」と聞いたりします。しかも、メッセージへの返事が遅いと叱るので、Lさんは気持ちが休まりません。
2)法的にどのような問題になり得るのか?
この事例は、パワハラ6類型の「過大な要求」に該当する可能性があります。「過大な要求」とは、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なこと、あるいは業務とは関係のないことを強制することです。業務時間外の過度な連絡や指示は、社員の心身の健康を害し、過重労働につながる恐れがあります。
3)対応策は?
まずK課長に対し、業務時間外の連絡・指示を控えるよう指導します。
その上で、就業規則等で「原則、勤務時間外には連絡しない(緊急の案件などを除く)」などのルールを定め、社内に周知します。SNSの通知についても、勤務時間外では通知をオフにすることを推奨し、社員が安心してプライベートを過ごせるよう配慮します。
以上(2025年8月作成)
(監修 弁護士 坂東利国)
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画像:Robert Kneschke-Adobe Stock