【中堅社員のスピーチ例】仕事の「やりがい」はどこにあるのか

【ポイント】

  • 仕事のやりがいは、誰かから与えられるものではない
  • 自分なりに工夫を重ねて成果を出すことは、仕事のやりがいの一つになる
  • 人から認められることもやりがいになるので、ぜひ自分の工夫などを発信してほしい

最近は、入社したばかりの社員が「退職代行」を利用して会社を辞めてしまう話題がよく取り上げられています。退職代行を利用する理由には、労働条件が聞いていた話と違った、希望の配属先でなかったなどさまざまですが、私が気になったのは「仕事にやりがいが持てない」ことでした。

皆さんの中にも、仕事のやりがいが分からない、あるいは分かるまでに苦労したという人もいるのではないでしょうか。それもそのはず、やりがいは人によって違うからです。例えば、お客様からの「ありがとう」がうれしい、責任ある仕事を任されることが誇らしい、チームでプロジェクトを成功させることが楽しいといった具合です。そして、こうしたやりがいは、誰かから与えられるものではなく、ある程度経験を積んで初めて見えてくるもの。だから、新入社員の段階では、仕事にやりがいが持てなくて当たり前なのです。

私の場合は、あるときから「仕事に自分のアイデアを加える」ようにしたことが、やりがいを見つけるきっかけになりました。前任の担当者や上司から任された仕事を、前例を踏襲して決まった通りに続けていくことは大切ですが、同じ仕事を繰り返すばかりで、自分自身の努力が反映されない状態になると、モチベーションが下がってしまいます。

私には毎月決まった仕事として、お客さま向けのメールマガジンを作成・配信する仕事があります。あるとき、「どうしたら、もっとお客さまがメールを見てくれるだろうか」と考え、これまでは長かった件名を短く端的に伝えるようにしたり、クリックできるリンクの色を目立たせたりしたところ、メールの開封数やリンクのクリック数がそれまでのメルマガよりも目に見えて増えました。自分なりに工夫を重ねて成果を出すことが、気づけば仕事のやりがいになっていたのです。

ちなみに、仕事でいろいろ工夫はしているものの、「この程度のことでは、認めてもらえなそう」と、周囲に発信できていない人の話をよく聞きます。ですが、仕事のやりがいは、「誰かの役に立っていると感じたとき」や「誰かに認められたとき」にこそ強く感じられます。だから「こんな工夫をしている、してみよう」という話は、積極的に誰かに話してみるのがよいと思います。

以上(2025年7月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【債権回収】これから倒産企業が増える?万一に備えて知っておくべき債権回収の流れ

1 「いざ」となってからではもう遅い?

「ない者からは回収できない」というのが債権回収の基本です。 「いざ、債権を回収しなければ!」という事態に陥ったとき、相手が債務を履行できるとは限りませんから、そうなる前の与信管理、契約書のチェック、債権管理がとても大切です。

ところで、皆さんは与信管理から債権回収に至るまでの流れを把握しているでしょうか? 債権回収は経験がないとイメージしにくいものですが、そのリスクが顕在化したときの影響は大きく、経営者なら基本を押さえておかなければなりません。

そこで、この記事では債権回収の基本的な流れを紹介します。 それぞれの詳細は別の記事で解説していますのでご確認ください。 ポイントは、

どのような相手と、どのような条件で契約し、どのような管理をしていたか

ということです。

与信管理から債権回収に至るまでの流れ

2 与信管理

多くのビジネスでは、売掛金などの売上債権が発生します。 そこで、万一の場合に備えて取引金額の上限や決済サイトを決めますし、担保の設定をすることもあります。 これらの条件は、債権回収ができないリスクと、それによって受ける被害を考慮して決定します。 つまり、相手が「信用」できるのかという点に尽きるため、「信用リスク」と呼ばれます。 そして、この条件なら“信用”して取引できると判断した場合、信用を相手に与えるのが「与信」です。

与信管理の基本、チェックリスト、リモート時に行う与信管理の基本については、次のコンテンツで紹介しています。

3 契約締結

1)必ず定めるべき4つのこと

「信用できる相手だから」といって、契約書を交わさずに取引していないですか? これはビジネスを進める上でとても危険なことです。 口約束だけの状態でお金のトラブルになってしまったら、双方が「言った、言わない」を主張してもめてしまいます。 裁判に発展した場合も、債権回収の根拠を立証するのが難しく、敗訴してしまうことさえあります。 そのため、

必ず契約書を交わす

ことが不可欠で、さらに、

  • 支払条件(弁済条件):定められた期日に確実に支払いをしてもらえるようにしておく
  • 期限の利益喪失:支払期日前でも債務履行(支払い)を促せるようにしておく
  • 約定解除:一定の事態が生じた場合に契約を解除できるようにしておく
  • 担保権:回収不能となった売掛債権を担保で回収できるようにする

の4つについて定めたいところです。

この4つを定める理由については、次のコンテンツで紹介しています。

2)公正証書にして強制執行認諾文言を定める

公正証書とは、公証役場で公証人がその権限に基づいて作成する文書(公文書)です。 単なる公正証書は私的な契約書と比べて訴訟における証明力は非常に強いですが、法的効力自体は同じです。

公正証書に私的な契約書よりも強力な効力を持たせるためには、公正証書に「強制執行認諾文言」を定める必要があります。 強制執行認諾文言とは、債務を履行しない場合は、「強制執行」を受けてもやむを得ないという条項です。 強制執行とは、判決等によって債務の履行をすべきであるにもかかわらず、相手がそれに応じない場合、裁判所に「強制執行の申立」をして、国家の強制力によって判決等で定められた内容を実現することです。 つまり、強制執行認諾文言があれば、強制的に債権回収ができるのです。

公正証書については、次のコンテンツで紹介しています。

4 債権管理

契約を締結した後も安心せず、日ごろから「債権管理」を徹底しましょう。 債権管理とは、滞りなく売掛金を回収するための業務全般のことで、具体的には「請求書の発行や入金チェック、未入金の場合は催促」などの一連の流れとなります。

債権管理の一般的な内容については、次のコンテンツで紹介しています。

5 債権保全

1)担保の設定

万一、取引先から売掛金が回収できないような場合に備えて「債権保全」を講じます。 債権保全とは、債権を確実に回収するための施策であり、基本的な方法が「担保の設定」です。 担保には物的担保や人的担保があります。

担保については、次のコンテンツで紹介しています。

2)手形に関する注意点

約束手形については、手形交換所が2022年11月に廃止され、政府は2026年をめどに全ての紙の手形や小切手を電子化する方針を示しています。 とはいえ、足元ではまだまだ使われていて、不渡りなどの問題も生じています。 「危ない手形」の典型は、

  • 借用書代わりの手形
  • 回り手形
  • 融通手形
  • 偽造手形

であり、適切な債権保全を講じなければなりません。

危ない手形の見分け方などについては、次のコンテンツで紹介しています。

6 内容証明郵便

期日が過ぎているのに売掛金を支払ってくれない取引先がある場合、状況にもよりますが、「内容証明郵便」を送り、法的手段を見据えつつプレッシャーをかけることが効果的です。 内容証明郵便とは、郵便認証司によって郵便物の内容を証明された郵便物です。

内容証明郵便を出すことで相手方が請求に応じる法的義務が生じるわけではありませんが、後に裁判になった場合に、債権について「契約の名称、契約日、品名、残金、期限などについて文書を出した」という有力な証拠となります。 それに、万一、支払いに応じていただけない場合は、訴訟等の法的措置を検討せざるを得ませんと記載することで、「こちらは訴訟も辞さないですよ!」という姿勢を示すことができます。

内容証明郵便については、次のコンテンツで紹介しています。

7 取引継続などの判断

取引先からの支払いが滞り、こちらの催促にも応じない場合、いよいよ経営が危ないかもしれないので、速やかに行動しましょう。 債権保全と回収の方法は幾つかありますが、取引先が破産や民事再生などの法的手続きを取ると、原則として個別の取り立てを行うことが禁止され、債権回収が認められなくなる場合があります。 また、取引先に債権を持つのは自社だけではないはずですから、債権回収は「早い者勝ち」ともいえます。

この段階になったら、「取引を継続するか、仮差押えをするかなどを速やかに判断し、行動に移すこと」が重要です。

取引継続などの判断については、次のコンテンツで紹介しています。

8 任意回収

取引先に債務不履行があったとき、会社が払えないなら、経営者から回収をしたいと考えます。 特に相手が中小企業だと、経営者と会社が一体と感じられるので、なおさらです。 しかし、原則として会社と経営者は別の法人格であり、会社の債務を経営者個人が負うことはありません。 ただし、経営者が連帯保証人になっている、実質的に株式会社と経営者が一体とみなされるなど、4つのケースでは経営者から債権回収ができます。

「経営者個人」から債権回収が可能となる4つのケースについては、次のコンテンツで紹介しています。

9 支払督促

内容証明郵便などで催促をしても相手が債務を弁済してくれない場合、「支払督促制度」を利用する方法もあります。 支払督促制度とは、簡易裁判所の裁判所書記官から、債務者に対して「金銭等の支払いを命じる督促状(支払督促)」を送ってもらう制度です。 内容証明郵便とは違い、裁判所からの督促となるので、相手に相当のプレッシャーをかけることができます。

支払督促制度については、次のコンテンツで紹介しています。

10 民事調停

民事調停とは、簡易裁判所が間に入り、当事者間での話し合いを試みる手続です。 相手との関係性を維持しながら、あくまでも話し合いで解決したい場合に有効です。 通常、調停は裁判官と一般市民から選ばれた調停委員とともに進められます。

調停が成立した場合、調停調書が作成されます。 作成された調書は、判決等と同じく、債務名義となります。 債務名義とは、「強制執行」をする根拠となる文書であり、「債権債務の存在を公に認めるもの」です。

民事調停については、次のコンテンツで紹介しています。

また、債務者しか申立てることができないものに、特定調停があります。 特定調停とは、債務の返済ができなくなる恐れのある債務者(特定債務者)の経済的再生を図るため、特定債務者が負っている金銭債務に係る利害関係の調整を行う手続です。 債務者である相手が特定調停を申し立てた場合、それに応じるか否かを判断する知識は必要と思います。

特定調停については、次のコンテンツで紹介しています。

11 即決和解

即決和解とは、「裁判上の和解」の一種で、当事者が民事上の争いについてある程度の合意がある場合に、裁判所へ申立てをして裁判上での和解を行う制度です。 訴訟の提起前に行われるので「裁判前の和解」とも呼ばれます。 ちなみに、示談など裁判所が関与しないものを「裁判外の和解」といいます。

即決和解については、次のコンテンツで紹介しています。

12 倒産手続

会社が債務超過に至った場合、その手続は、

  • 私的整理:裁判所を利用しない
  • 法的整理:裁判所を利用する

に大別されます。 法的整理はさらに、

  • 清算型:会社の清算を目的とする
  • 再建型:会社の再建を目的とする

に大別されます。 私的整理は当事者の話し合いです。 一方、法的整理はそれが清算型であれ、再建型であれ、取引先がこれを申立てれば、自社の債権は大きな影響を受けます。 そのため、それぞれの倒産手続の基本を押さえておく必要があります。

以上(2025年7月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

社員のミスで会社に損害が……。 本人への賠償請求は可能?

1 原則:社員に全額の損害賠償を請求することはできない

会社には、様々なバックグラウンドを持つ人間が集まっています。ですから、社員が業務中にミスをすることも当然想定されます。ただ、なかには「看過しにくい重大なミスをする社員」などもいて、そうした社員に対し、「損害賠償を請求できないか?」と考える経営者がいても不思議ではありません。

しかし、まず理解しておくべきことは、

社員に全額の賠償を請求することは原則としてできない

ということです。一口にミスといっても、同じミスを何度も繰り返しているのか、取引先の信用を失うほどのミスなのかなどによって判断が変わります。そのため、

  • 社員に対する損害賠償請求に関する基本的な考え方
  • 「こんな場合に請求できる? できない?」というケーススタディー

を学ぶ必要があります。以降で弁護士(筆者)がポイントを解説するので見ていきましょう。

2 なぜ、ミスがあっても基本は会社負担なのか?

日本の労働関係法令では、社員と会社の関係は「報償責任」の考えに基づいています。

報償責任とは、「会社は、社員が業務を遂行することで利益を得ているのだから、その過程で発生する損害について、会社が責任を負うのは当然である」という考え方

です。そのため、社員が業務中にミスをしたとしても、原則として全額の損害賠償を求めることは認められません。労働基準法でも、社員に対する不当な賠償請求を防ぐことを目的として、社員に過度な責任を問うことを避けるための規定が設けられています。こうした法律の考えから、社員のミスによる損害についても、基本的には会社が負担することになるのです。

実際に社員に対する損害賠償請求が問題になった事案もあります。有名な「茨城石炭商事事件(最高裁第一小法廷昭和51年7月8日判決)」においても、

会社が社員に対して賠償責任を問う際の基準が示されており、社員のミスによる損害が会社の業務指示の範囲内で起こった場合、その基準に基づいて妥当な範囲でのみ、社員個人に責任を追及できる

とされています 。この判例により、社員が業務上のミスを犯した場合でも、原則として会社が損害を負担するという考え方が強調されました。具体的な基準は次の通りです。

具体的な基準

3 このケースは損害賠償できる? できない?

1)発注ミスで、頼んでいない商品が大量に会社に届いてしまった……

1.ケーススタディー

卸売業の会社に勤めるAさんは、商品の発注を担当しています。あるとき、Aさんは10個発注する予定の商品を、入力を誤って100個発注してしまいました。返品も利かず、会社は大量の在庫を抱えることになってしまいました……。会社からAさんへの損害賠償請求は認められるでしょうか?

2.考え方

商品の発注、特にウェブ上で発注を行う場合、入力ミスなどによって発注内容(種類・数量など)を間違えてしまうことがあります。業務を行っていれば、通常起こり得るようなささいな不注意であり、一般的に損害賠償請求は認められにくいといえるでしょう。

Aさんが新入社員の場合などは、上司や先輩が横について発注前に画面を確認するなどの配慮が必要であり、なおさら損害賠償請求は難しくなります。

ただし、Aさんが長年経験を積んだ管理職にもかかわらず、基本的な発注手順を無視して発注ミスを犯した場合などは、Aさんの過失が重大であるとして、損害賠償請求が認められる可能性があります。

2)営業担当が勝手に納期を決めたせいで、開発部門にしわ寄せが……

1.ケーススタディー

BさんはIT企業の社員で、システム開発の営業を担当しています。ある日、Bさんは、取引先から短納期でのシステムの納入を頼まれましたが、取引先との関係を維持したいあまり、開発部門に確認もせず、納入を約束してしまいました。開発部門は無理なスケジュールでシステム開発を行いましたが、結果として納期には間に合わず、しかも納入後にシステムの不具合が発生。取引先側でもリリース延期の対応が生じてしまい、会社が取引先から「どうしてくれるんだ!」と詰められる事態に……。会社からBさんへの損害賠償請求は認められるでしょうか?

2.考え方

Bさんのケースのように、部門間で十分な連携をしないまま、取引先に無理な約束をしてトラブルになるケースは少なくありません。部門間の情報共有・連絡方法などの体制を見直すべき案件です。とはいえ、Bさんの過失は法的には軽微なものであり、損害賠償請求は認められにくいといえるでしょう。

ただし、Bさんが、事前に開発部門から「このスケジュールでは難しい」「納期を調整してくれ」と言われていたにもかかわらず、それを無視して納期を約束してしまった場合などは、損害賠償請求が認められる可能性があります。

3)コンピューターシステムの操作ミスで、大事なデータが消えてしまった……

1.ケーススタディー

Cさんはある会社のIT部門で、システムのメンテナンスを担当しています。Cさんが、夜な夜なシステムのアップデート作業を行っていた際、誤って重要なデータを削除してしまいました。その結果、会社のシステムが一時的に停止し、取引先にも影響を与えてしまいました……。会社からCさんへの損害賠償請求は認められるでしょうか?

2.考え方

パソコンで業務を行うのが当たり前の現代、システムのアップデートに限らず、作業中に保存されていたデータを誤って消してしまうというミスはどの会社でも発生し得ます。こうしたミスは、原則として損害賠償請求が認められにくい、といえるでしょう。

ただし、Cさんが、過去にも注意を受けたにもかかわらず作業手順やマニュアルを無視して、独自の方法で作業を行った場合や、夜な夜なお酒を飲みながら作業していた場合などは、過失が重大であるとして、損害賠償請求が認められる可能性があります。

4)広告に著作権違反のイラストが掲載されて、権利者から警告を受けた……

1.ケーススタディー

若手社員のDさんはマーケティング部門で、自社商品の広告を制作しています。Dさんが新商品のウェブ広告を制作した際、他社のキャラクターを参考にしたイラストが含まれてしまい、そのまま広告に掲載されてしまいました。これを見た他社の権利者から警告を受け、消費者からの信頼を失い、ブランドイメージに大きな悪影響を与える結果となりました……。会社からDさんへの損害賠償請求は認められるでしょうか?

2.考え方

広告に関するミスは、会社のイメージにも直結するため、損害が大きくなりがちです。とはいえ、イラストの著作権などについて正しく理解している社員はそう多くありませんし、Dさんの立場にもよりますが、一般的に若手社員が1人で制作した広告がそのまま採用されるケースはまれです。通常は複数の社員が広告に携わるものであるという前提に立つと、Dさんの過失は法的には軽微なものであり、損害賠償請求は認められにくいといえるでしょう。

ただし、Dさんが、本来であれば広告チェックを担う立場の社員であるにもかかわらず、楽をするために生成AIを利用した場合などは、その過失が重大であるとして、損害賠償請求が認められる可能性が高くなります。

5)消費者からのクレーム対応を誤ってしまい、消費者に損害を与えた……

1.ケーススタディー

Eさんは、一般消費者向けに化粧品を販売する会社の、カスタマーサポート部門に勤めています。ある日、Eさんは消費者からのクレームに対し、誤った情報を伝えてしまいました。そのため、顧客は化粧品の使い方を間違ったことで肌荒れになり、訴訟を起こすと言っています……。会社からEさんへの損害賠償請求は認められるでしょうか?

2.考え方

クレーム対応の際に誤った情報を伝えたことによって、顧客が損害を被ったという事例です。カスタマーサポートなどの業務では、オペレーターによる誤案内も発生しやすいミスであり、会社がマニュアルを作成したり、社内相談フローが定められたりしているケースが多いです。オペレーターによる誤案内が過失によるミスであった場合、会社がその損害を負担するのが一般的であり、Eさんの誤案内が軽度のものであれば、損害賠償請求は難しいといえるでしょう。

ただし、Eさんが過去にも、同様のクレーム対応で同じようなミスを繰り返していたり、会社が定めるマニュアルや相談フローに従わずに独自で判断したりした場合には、損害賠償請求が認められる可能性があります。

4 会社ができる対策は?

こうした社員のミスによる損害を未然に防ぐために、会社が実施すべき対策がいくつかあります。これらの対策をしっかりと整備することで、リスクを減らし、社員の負担を軽減しつつ、会社の利益を守ることができます。

1)マニュアルの整備と研修・教育

まずは会社が、業務を遂行する社員に対し、明確な指示を与えることが重要です。業務の進め方や手順について詳細なマニュアルを整備し、社員がミスをしないように配慮しましょう。

また、社員による業務上のミスを最小限に抑えるには、定期的な研修や教育が重要です。会社は、社員に対して業務に必要な知識やスキルを定期的に習得させることで、ミスを減らし、万が一ミスが発生した場合でも、迅速に対応できる体制を整えることが可能です。

2)就業規則への明文化

就業規則には、社員が業務を遂行する際に注意すべき事項や、ミスが発生した場合の対応方法、賠償責任に関する規定などを盛り込むことができます。例えば、社員が業務中に重大な過失を犯した場合の対応方法や、その責任の範囲について明記しておくことが考えられます。これによって、社員も事前に自分の責任範囲を理解し、ミスを防ぐ意識が高まります。

なお、就業規則に損害賠償規定を盛り込むことも可能ですが、過度に厳しい規定(全額の請求や損害賠償額の予定)を設けると、違法・無効となる恐れがあります。

3)保険の活用

社員のミスに対するリスクを減らすために、適切な保険に加入するのも一つの方法です。特に、社員が業務を遂行する中で生じる事故や損害をカバーする保険を活用することで、予期しないリスクに備えることができます。保険会社によって様々な内容の保険があり、契約内容によっては社員の過失による損害も対象となるものがあります。

以上(2025年7月作成)
(執筆 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

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画像:rrice-Adobe Stock

【債権回収】取引先の「破産手続」申立て 債権はどうなるのか?

1 「破産手続」の位置付け

取引先が破産手続を申立てた場合、自社の債権は大きな影響を受けます。そのため、取引先の破産手続の申立てに備えて、事前に何ができるのかを知っておく必要があります。その前提となる情報として倒産処理の手続を整理します。

倒産処理の手続

会社が債務超過などで倒産した場合、その手続は、

  • 私的整理:裁判所を利用しない
  • 法的整理:裁判所を利用する

に大別されます。法的整理はさらに、

  • 清算型:会社の清算を目的とする
  • 再建型:会社の再建を目的とする

に大別されます。

破産手続とは、

会社を清算し、消滅させることを想定した制度

です。会社の全財産が債権額に応じて債権者に按分で弁済され、会社は消滅します。弁済しきれない残債務は実質的に免責されます。そのため、取引先が破産手続に進むと、

何らかの担保を設定していない限りは、全て破産手続上でしか回収できない

状態になります。また、回収できるのは、債権額の0~1%程度にとどまることも少なくないため、ほぼ回収できずに債権が消滅してしまう恐れもあります。

では、破産手続の基本的なポイントを紹介していきます。

2 破産手続における債権の分類

破産手続では、債権を5つに分類します。

破産手続における債権の分類

商取引上の債権の多くは一般破産債権です。債権額のほとんどは弁済されないことになるため、取引先が破産をしてしまうと、最終的に貸倒損失として処理をすることになります。

3 破産手続の概要

破産手続の主な流れは次の通りです。図の黒塗りの部分については以降で詳しく紹介しています。

破産手続の主な流れ

1)裁判所による包括的禁止命令・財産保全処分

裁判所は、破産手続の申立てを受けてから破産手続開始の決定があるまでの間、

全ての破産債権者に、破産債務者の財産に対する強制執行などの禁止を命ずる包括的禁止命令を出す

ことができます。包括的禁止命令が出ると、債権者は売掛金の回収や自社商品の引き揚げなどができません。

また、民事再生手続と同様、裁判所は職権で仮差押え・仮処分その他の必要な保全処分ができます。

2)破産債権の届出・調査・確定

債権者は、破産手続の開始決定後、裁判所が定める債権届出期間内に、裁判所に対して債権の内容および額などを届け出ます。この届出を怠ると、債権者は債権を失う恐れがあるため十分に注意する必要があります。

債権者からの届出を受けた裁判所は、債権の内容および額などについて調査期間を設けます。その調査期間において、破産管財人が作成した債権認否書の内容について、破産債務者が認め、かつ届出をした破産債権者の異議がなかったときは、その破産債権の内容は確定します。

3)債権者集会の決議

破産法では、破産債権者の意思を、債権者集会あるいは債権者委員会(破産債権者をもって構成する委員会)によって破産手続に反映させます。債権者集会は、破産管財人・債権者委員会・知れている破産債権者の総債権について、裁判所が評価した額の10%以上の破産債権を有する破産債権者の申立てまたは裁判所の職権で招集します。

債権者集会の決議は、債権者集会に出席または書面投票した者の議決権の総額の50%超の同意によってなされます。

債権者委員会は裁判所または破産管財人に意見を述べることができ、裁判所は債権者委員会から意見を求めることが可能です。また、破産管財人は財産の管理および処分に関して、債権者委員会の意見を聴取することとされています。

4)破産債権者に対する配当

破産管財人は、財産の換価の終了後、遅滞なく、裁判所書記官の許可を得た上で届出をした破産債権者に配当します。配当には、原則型である「最後配当」、最後配当に代わる簡便な手続である「簡易配当」と「同意配当」、換価終了前の例外的な手続である「中間配当」、最後配当の補充的な手続きである「追加配当」があります。通常、単に配当という場合は「最後配当」を指します。

破産管財人は、配当の手続に参加できる破産債権者の氏名または名称および住所、債権の額および配当できる金額を記載した「配当表」を裁判所に提出します。その後、破産管財人は遅滞なく、配当の手続に参加することができる債権の額および配当できる金額を公告、または破産債権者に通知します。

配当表に異議のある破産債権者は、破産管財人が裁判所に届出をした日から2週間以内(除斥期間)に、配当表の修正記載の基礎となる事実を提示します。破産管財人は、これを受けて配当表を更正します。さらに、配当表の記載に不服がある破産債権者は、除斥期間が経過した後1週間以内に限り、裁判所に異議を申立てることができます。

4 破産手続中の取引先から債権回収する手立て

1)債権債務の相殺

破産債権者が債務者に対して債務を有する場合、

破産手続によらずに、双方の債権債務を相殺

できます。相殺権を行使する場合、一般的に配当を受けるわけではない以上、破産債権の届出は必要ないと考えられています。

なお、破産債権者の公平・平等と相殺権行使の濫用防止の観点から、破産手続特有の相殺禁止に関する定めがあるので注意が必要です。

2)担保権の行使

破産手続開始の時点で、

債務者の財産に設定されている担保権(特別の先取特権、質権、抵当権、商事留置権)を有する者は、その目的である財産については「別除権」を有し、破産手続によらずに行使できる

とされています。そのため、上記に該当する担保権を有していれば、原則として競売などを通じて債権回収できる可能性があります。なお、担保権の実行手続を開始している場合、破産手続が開始されても影響を受けません。

以上(2025年7月更新)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)

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「事業承継・M&A補助金」で中小企業のM&Aを実現!

1 事業承継・M&A補助金とは?

中小企業が抱える後継者不足や成長戦略の課題……。事業承継やM&Aは、これらの課題を解決し、経営資源を円滑に移転するための有効な手段となり得ます。ただ、M&Aプロセスには専門的な知識が必要であり、多額の費用が発生することが少なくありません。

そこで利用を検討したいのが、経済産業省の「事業承継・M&A補助金」です。これは、

中小企業・小規模事業者等が、事業承継やM&Aに際して行う設備投資等や、事業承継等に伴う経営資源の引き継ぎ、引き継ぎ後の経営統合に係る経費の一部を補助する補助金

で、事業の移行と活性化の多様な側面に対応するため、4つの枠組みで構成されています。

  • 事業承継促進枠: 親族内承継や従業員承継を促進することに焦点を当てています。
  • 専門家活用枠: M&Aプロセスにおける外部専門家の活用を支援します。
  • 廃業・再チャレンジ枠:事業の閉鎖を支援し、起業家の再挑戦を促します。
  • PMI推進枠: M&A後の経営統合(Post-Merger Integration)活動を支援し、M&Aの成功を確実にします。

2025年6月15日時点では、第11次公募まで実施されています。この記事では、第11次公募で実施された「専門家活用枠」に焦点を当て、その概要や申請手続きの内容を簡単に紹介します。詳細については、下記の公式ページをご確認ください。

■事業承継・M&A補助金■
https://jsh.go.jp

2 メーンとなる「専門家活用枠」とは?

2025年度の11次公募(令和6年度補正予算)においては、「事業承継促進枠」や「PMI推進枠」の申請ができず、「専門家活用枠」に特化した補助金の公募が実施されています。

専門家活用枠は、M&Aプロセスにおいて専門家の支援を受ける際に発生する費用を対象とし、さらに2つの支援類型に細分化されています。

  • 買い手支援類型(Ⅰ型):株式・経営資源を「譲り受ける」予定の中小企業者が対象
  • 売り手支援類型(Ⅱ型):株式・経営資源を「譲り渡す」予定の中小企業者が対象

1)補助対象経費

補助の対象となる経費は、M&Aプロセスの遂行に必要不可欠であり、かつ以下の3つの要件を全て満たすものに限られます。

  • 補助対象となる事業の遂行に必要であることが明確に特定できる費用
  • 補助事業期間内(交付決定日以降)に契約・発注が行われ、支払いが完了した費用
  • 補助事業期間終了後の実績報告において、その金額と支払いが証拠書類によって確認できる費用

専門家活用枠で補助対象となる主な経費カテゴリーは次の通りです。第11次公募では、事業費と廃業費に分けて、次のような費用が補助対象として例示されています。

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2)補助上限額、補助率等

専門家活用枠の補助下限額は50万円です。補助額が50万円未満となる申請は受け付けられません。補助上限額は次の通りです。

  • 通常の補助上限額:600万円
  • デューディリジェンス費用追加額: 上記に加え、最大200万円が追加
  • 廃業費用追加額: 上記に加えて、最大150万円が追加

補助率は、次の通り適用されます。

  • 買い手支援類型(Ⅰ型): 対象経費の2/3以内
  • 売り手支援類型(Ⅱ型): 対象経費の1/2または2/3位内

売り手支援類型(Ⅱ型)の場合、次のいずれかの条件を満たすと補助率が2/3以内になります。

  • 物価高騰などの影響により営業利益率が低下している場合(2期前と比較、または前年度同時期の連続する3カ月間と比較)
  • 直近の会計年度の営業利益または経常利益が赤字(損失)である場合

なお、補助事業期間内に事業承継が実現しなかった場合(クロージングが行われなかった場合)、補助上限額は300万円に減額されます。また、関連する事業承継が補助期間内に実現しない場合、廃業費用は補助対象外となります。買い手支援類型の場合、M&Aが実現しなかった場合は、原則としてデューディリジェンス費用のみが補助対象として認められます。

3 申請手続き

1)GビズIDの取得

本補助金の申請はjGrantsを通じた電子申請となるため、GビズID(1つのIDで複数の行政サービスにアクセスできるサービス)のプライムアカウントが必要です。アカウント発行までの期間は、おおむね3週間です。

取得には、印鑑証明書原本(発行から3カ月以内)、法人代表者の実印または個人事業主の登録印を押印した申請書、法人代表者または個人事業主のメールアドレスおよびSMS受信可能な電話番号が必要です。必要書類をgBizID運用センターへ郵送またはオンライン(マイナンバーカード読み取り可能なスマートフォンおよびGビズIDアプリが必要)で申請します。

GビズID(gBizID)
https://gbiz-id.go.jp/top/

2)M&A支援機関(FA・仲介業者)の選定

本補助金で、M&Aに関する業務の一部を第三者に委託する場合、M&Aの手続き進行の支援に関する手数料については、「M&A支援機関登録制度」によりあらかじめM&A支援機関として登録されたFA・仲介業者の場合のみが補助対象となります。そのため、申請前に自社の状況やM&Aの目的に沿って、信頼できるM&A支援機関を選定することが重要です。

M&A支援機関登録制度「登録支援機関データベース」
https://ma-shienkikan.go.jp/search

3)公募申請・採択

jGrantsを通じて指定された書類をダウンロードし、必要事項を記入して提出します。主な提出書類には、

  • 直近3期分の決算書
  • 株主名簿
  • 株主代表に係る確認書
  • 営業利益率低下に関する計算書(売り手支援類型(Ⅱ型)で補助率2/3以内での申請を希望する場合)
  • 審査において加点される事由を証明する賃金引き上げ計画の誓約書
  • 賃金引き上げ計画の表明書

などがあります。その他、法人であれば履歴事項全部証明書、個人であれば住民票(3カ月以内に発行されたもの)などが必要になることがあります。

申請後、申請された内容に対して審査委員会および事務局による採択が実施されます。申請から採択までの期間は1~2カ月程度です。採択・不採択の結果は、jGrantsから通知されます。

4)交付申請・交付決定

補助事業を行うに当たり、使途ごとの必要経費を具体的に算出し、各経費の見積もりを取得します。その後、jGrants上の交付申請用フォームに必要事項を記載し、取得した見積もり書などとともにオンラインで申請します。

申請後、提出された書類が審査され、交付が決定されます。この交付決定日が補助事業の開始日となります。

5)M&Aに係る各事業の実施・報告

交付決定を受けたら、M&Aの専門家との契約やM&Aの実行、費用の支払いを行います。交付決定前に契約・発注・支払いを行った費用は補助金の対象とならないため、注意が必要です。また、補助対象となる経費を使うときは、必要な証憑(しょうひょう)を保管する必要があります(例:領収書)。

M&Aプロセス完了後、補助事業者がjGrantsを通じて、実際にかかった費用等の事業実績内容を事務局へ報告します。

6)補助金交付

事業実績報告の確定検査が行われると、補助金決定額が確定し、交付請求に基づいて補助金が交付されます。

4 不正行為に関する注意

補助金の申請に当たって

  • 虚偽の申請による不正受給
  • 補助金の目的外利用
  • 補助金受給額を不当につり上げ、関係者へ報酬を配賦する

といった不正な行為が判明した場合は、交付規程に基づき交付決定取り消しとなるだけでなく、補助金交付済みの場合、加算金を課した上で当該補助金の返還が求められます。

また、交付決定の取り消しを受けた者は、不正内容の公表等を受けることや「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」に基づく、5年以下の拘禁刑もしくは100万円以下の罰金または両方に処せられる可能性があります。

以上(2025年7月作成)

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とくぎんサクセスクラブ セミナー・イベントに関するアンケートのお願い

平素よりとくぎんサクセスクラブnaviをご利用いただき、誠にありがとうございます。

会員さまの声を、さらなるサービス向上のヒントにさせていただきたく、アンケートを実施しております。皆さまからの貴重なお声を心よりお待ちしております。

ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

■現在受付中のアンケート■

【令和7年ブロック別セミナー】

以上(2025年7月作成)

インボイス制度の2026年問題! 来年10月から消費税負担が増える?

1 なぜ今、インボイス制度の2026年問題を知るべきなのか

2026年10月に、インボイス制度が大きな転換期を迎えることをご存じでしょうか。具体的には、

1.仕入先に免税事業者などがある会社が影響を受ける

免税事業者などからの仕入れに係る経過措置(以下「インボイス経過措置」)の控除率が縮小

2.インボイス制度の導入を機に、課税事業者となった小規模事業者が影響を受ける

免税事業者が課税事業者を選択した場合の2割特例(以下「インボイス2割特例」)の廃止

の2つです。適切な準備を怠ると、消費税負担が増えるだけでなく、既存の取引関係にも変化が生じることになりかねません。今のうちから、このインボイス制度の2026年問題のポイントを知り、対策を講じておきましょう。

2 インボイス経過措置による控除率の縮小について

1)内容は?

インボイス制度の下では、適格請求書発行事業者として登録した事業者しか「適格請求書(インボイス)」を発行できず、買い手側(課税事業者)はインボイスを保存することで、仕入税額控除を受けられます。つまり、インボイスが発行できない免税事業者(あるいは適格請求書発行事業者の登録をしていない事業者)からの仕入れについては、原則控除が受けられません。

しかし、制度導入直後の急激な税負担の増加などの影響を避けるため、導入後の数年間は、インボイスが発行できない事業者からの仕入れでも、一定額の控除を受けられるインボイス経過措置が設けられました。一定額の控除率は段階的に縮小され、最終的にはなくなります。

  • 2023年10月1日〜2026年9月30日:仕入れに係る消費税額の80%まで控除可
  • 2026年10月1日〜2029年9月30日:仕入れに係る消費税額の50%まで控除可
  • 2029年10月1日~:控除不可

この経過措置による控除率の第一段階の縮小(80%→50%)が、2026年10月に到来します。

2)その影響は?

1.消費税負担の増加

免税事業者から商品やサービスを仕入れている場合、これまで80%控除できていた消費税が、2026年10月からは50%しか控除できなくなります。つまり、控除できない30%分がそのまま消費税の納税負担として上乗せされるのです。免税事業者との取引が多いほど、納税額の増加は顕著になります。

納税額の増加は、会社の資金繰りに直接影響します。特に、利益率の低い事業や、運転資金がタイトな企業にとっては、予期せぬ支出増が経営を圧迫する可能性があります。

2.仕入れコストの増加と価格交渉の必要性

仕入税額控除が縮小されるということは、免税事業者からの仕入れコストは当然上がります。そのため、こうしたコスト増を加味した価格交渉や取引先の選定基準の見直しが必要になります。また、現時点では2029年10月をもって、この経過措置が終わることになっているので、第一段階(控除率の縮小)だけでなく、経過措置の完全終了も視野に入れることが大切です。

3)取るべき対策は?

1.消費税の納税シミュレーションをして、資金繰りへの影響を把握

2026年10月以降の消費税の納税額がどう変化するか、シミュレーションしましょう。現在の取引状況(免税事業者からの仕入額の見込みや前年度取引実績値など)に基づいて、経過措置の控除率が50%になった場合(余裕があれば、2029年の経過措置の完全終了の場合も併せて)の納税額を計算し、資金繰りへの影響を把握しましょう。

2.取引先との具体的な協議と、価格・取引条件の再検討

まずは、免税事業者の取引先に対し、適格請求書発行事業者への登録を促すことを検討しましょう。もし取引先が登録しない選択をした場合には、価格の見直しや取引条件の再交渉が必要になる可能性があります。ただし、その際は、

独占禁止法や下請法に違反しないよう細心の注意が必要

です。 例えば、一方的に値引きを要求したり、取引価格を据え置いたまま消費税分を負担させたりすることは、優越的地位の濫用とみなされるリスクがあります。交渉担当者は、取引先との良好な関係を維持しつつ、デリケートな交渉を誠実かつ丁寧に、そして法的なリスクを理解した上で進める必要があります。

3 インボイス2割特例の廃止について

1)内容は?

インボイス2割特例とは、免税事業者がインボイス制度の導入を機に、課税事業者を選択した場合、

納税額を、売上に係る消費税(仮受消費税)の2割とする制度

です。この特例を適用すると、売上に係る消費税額の20%だけを納税すればよいことになります。つまり、80%の消費税額が免除される計算です。例えば、売上に係る消費税が50万円であれば、納税額は10万円で済みます。この特例は、事前の届け出が不要で、複雑な消費税の納税計算の簡便さも特徴です。

この制度を適用できるのは、2023年10月1日から2026年9月30日までの日の属する課税期間です。最短で影響が出るのは課税期間の開始日を10月1日としている会社(事業 年度を10月~翌年9月としている会社など)です。この場合、2026年10月1日以降の取引について、特例を適用できなくなり、通常の課税事業者と同様の処理が必要になります。

2)その影響は?

1.消費税負担の大幅増、キャッシュフローの悪化、利益率の低下

インボイス2割特例の廃止により、これまで売上に係る消費税額の20%で済んでいた納税が、通常の計算方法に戻ります。納税額が大幅に増える可能性があり、特に仕入れが少ない事業や、これまで消費税を価格に含んでいながら納税していなかった事業では、影響が大きくなります 。

納税額の増加は、手元の資金(キャッシュフロー)を直接圧迫します。これまで免税事業者だった会社は、消費税の納税を考慮した資金繰り計画を新たに立てる必要が出てきますし、また価格に含んでいた消費税相当額を納税に回すことになり、実質的な利益率が低下します。

2.経理業務の複雑化

インボイス2割特例では、売上に係る消費税額に20%を掛けるだけで消費税の計算が済みましたが、廃止後は、

売上に係る消費税額から仕入にかかる消費税額を差し引く「原則課税」または、売上に係る消費税額に一定割合を乗じて計算する「簡易課税制度」

で計算しなければなりません。特に原則課税の場合は、仕入取引一つ一つのインボイスの保存、税率ごとの区分経理など経理業務が複雑化し、小規模事業者にとっては大きな負担となります。

3)取るべき対策は?

1.原価管理の徹底と価格戦略の見直し

消費税の負担が増える分、まずは仕入れや経費などのコストを見直して、削減できるところがないか確認しましょう。また、商品やサービスの価格に消費税の負担を上乗せする「価格の見直し」も大切な対応の1つです。 その際は、周りの競合や市場の動きにも注意しながら、自社の商品やサービスの魅力を保てるように、無理のない価格の付け方を考えることが大切です。

2.会計ソフト・請求書発行システムの導入・活用

インボイス2割特例廃止後の複雑な消費税計算や、インボイスの保存・管理には、会計ソフトや請求書発行システムの導入が不可欠といっても過言ではありません。これらのシステムは、請求書の作成・発行、受領したインボイスの内容チェック、税率ごとの区分経理、消費税の自動計算などを効率化し、経理業務の負担を大幅に軽減します。なお、インボイス制度に対応したシステムを導入する際は、IT導入補助金(インボイス枠)の申請も併せて検討するようにしましょう。

以上(2025年9月作成)
(監修 税理士 石田和也)

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【賃金データ集】法定・法定外福利費のモデル支給額

【賃金データ集】シリーズとは?

【賃金データ集】シリーズは、基本給や諸手当など賃金の主要な構成要素ごとの近年のトレンドを、モデル支給額を中心とした関連データとともに紹介します。経営者や実務家の方々が賃金支給水準の決定や改定を行う際の参考としてご活用ください。なお、モデル支給額などのデータを紹介する際は、基本的に出所に記載されている用語を使用するものとします。また、データは公表後に修正されることがあります。

この記事で取り上げるのは「法定・法定外福利費」です。

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なお、以降で紹介する図表データのExcelファイルは、全てこちらからダウンロードできます。

こちらからダウンロード

1 法定福利厚生と法定外福利厚生の概要

福利厚生とは、企業が従業員やその家族の福祉の向上を目的に行う諸制度の総称で、法定福利厚生と法定外福利厚生に大別されます。福利厚生を実施するために掛かる費用を法定福利(厚生)費、法定外福利(厚生)費と呼びます。いずれも総額人件費には含まれるものの、労働の対償ではないことから賃金にはならないのが原則です。

1)法定福利厚生の概要

法定福利厚生とは、法令で定められた福利厚生です。社会・労働保険(厚生年金保険、健康保険、労災保険、雇用保険、介護保険)や災害補償(労働基準法に基づく)などがあり、法令に基づいて運用しなければなりません。

2)法定外福利厚生の概要

法定外福利厚生とは、企業が独自に取り組む福利厚生です。前述した法定福利厚生とは違い、法定外福利厚生は企業が自由に設計することができます。

一般的な法定外福利厚生のメニューには次のようなものがあります。

  • 育児・介護:育児・介護相談、託児施設、育児・介護用品、ベビーシッターなど
  • 健康:人間ドック、メンタルヘルス、電話健康相談など
  • 自己啓発:資格取得、語学学校、通信教育、カルチャースクール、セミナーなど
  • 住宅:社宅貸与、引っ越し、リフォーム、ホームセキュリティーなど
  • スポーツ:スポーツクラブ、ゴルフ場、テニスコート、ダイビング、ボウリングなど
  • リラクセーション:クアハウス、健康ランド、エステティックサロン、マッサージなど
  • 旅行・レジャー:宿泊施設、飛行機などの割引、レンタカー、カーシェアリングなど
  • ファイナンス:財形貯蓄、社内預金、企業年金(確定拠出年金など)、投資教育など
  • 日常生活:家事代行、冠婚葬祭、ショッピング、レストラン、ペット、害虫駆除など
  • その他:社内スポーツ大会、特別休暇、社員食堂など

2 法定外福利厚生の潮流

1)法定外福利厚生の必要性

企業が法定外福利厚生を導入する狙いは、従業員満足度と定着率の向上にあります。その効果を図るための基準は、「どれだけ従業員に利用されたか(喜ばれたのか)?」「実際に従業員の定着率は高まったか?」などとなります。

しかし、法定外福利厚生の充実度合いと従業員満足度の関係は明確ではなく、「手間とお金を掛けている割に、手応えがつかめない……」という企業が少なくありません。このような事情から、法定外福利厚生は景気動向や企業業績に左右されやすい項目です。例えば、景気低迷時には削減されやすく、景気好調時には増加されやすくなります。

一方、昨今ではプライベートと仕事の両立や従業員の健康増進に積極的に取り組もうと、法定外福利厚生に力を入れる企業も少なくありません。例えば、介護・育児と仕事の両立を希望する従業員をサポートするために家事代行のメニューを提供したり、従業員に健康を気遣ってもらうため誕生日に生野菜をプレゼントしたりしている企業があります。

2)注目される福利厚生のアウトソーシング

法定外福利厚生の永遠の課題は、全ての従業員が満足するメニューを設計できないことです。従業員の家族構成、趣味・嗜好などによって望まれる法定外福利厚生のメニューは異なるからです。こうした事情から、少ない費用で充実した福利厚生のメニューを実現するために、福利厚生をアウトソーシングする企業が少なくありません。

福利厚生のアウトソーシングでは、企業から福利厚生の運用を受託するアウトソーサーが、企業から従業員規模に応じた入会金と会費を受け取り、企業の福利厚生の運用を受託します。

提供するサービスはアウトソーサーによって異なりますが、医療、育児、介護関連サービス(人間ドック、福祉・介護サービスなどを割安で提供)、旅行関連サービス(旅行ツアー、宿泊施設や交通機関などの手配など)、キャリアアップ関連のサービス(英会話、資格取得講座などを割安で提供)などがあります。多様な福利厚生メニューの中から、好みのメニューだけを従業員が選んで利用する選択型の福利厚生制度「カフェテリアプラン」もあります。

3 日本経済団体連合会の統計資料によるモデル支給額など

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4 厚生労働省の統計資料によるモデル支給額

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5 経済産業省の統計調査によるモデル支給額

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6 労働政策研究・研修機構の調査による福利厚生制度の実態

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7 情報インデックス(この記事で紹介したデータの出所)

この記事で紹介した統計資料は次の通りです。調査内容は個別のURLからご確認ください。なお、内容はここ数年の公表実績に基づくものであり、調査年(度)によって異なることがあります。

■福利厚生費調査結果報告■
https://www.keidanren.or.jp/policy/index09.html

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■就労条件総合調査■
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/11-23.html

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■企業活動基本調査■
https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kikatu/

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■企業における福利厚生施策の実態に関する調査■
https://www.jil.go.jp/institute/research/2020/203.html

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以上(2025年7月更新)

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「社員がすぐに辞める」への対策は2つの〇〇を丁寧に拾うこと/武田斉紀の 『人が辞めない会社、10のヒント』(1)

1 新卒3年以内の離職率がジリジリと増加中

今回から新シリーズが始まります。武田斉紀の『人が辞めない会社、10のヒント』です。

企業の経営者や人事担当者から「社員がすぐに辞めて困っています」というご相談をいただくことが増えてきました。以前からも似た話はあったのですが、最近は規模や業種によらず頻繁に耳にするようになりました。

「大卒の新卒は3年で3割が辞めてしまう」という数字はずいぶん前から聞かれますが、昨今の状況はどうなっているのでしょうか。

厚生労働省から、新規学卒就職者の離職状況が毎年発表されています。新卒で入社して3年ですから最新データは令和3年(2021年)3月卒業者が対象です(2024年10月25日発表)。それによると

新卒の3年以内の離職率は、大卒で34.9%(前年比2.6ポイント上昇)、高卒で38.4%(同1.4ポイント上昇)だそうです。

5年間を遡って比較すると、大卒では2021年(34.9%)、2020年(32.3%)、2019年(31.5%)、2018年(31.2%)、2017年(32.8%)と

漸増傾向にあると分かります。

規模別を見てみましょう。従業員数1、000人以上では28.2%、500~999人で32.9%、100~499人で35.2%、30~99人で42.4%、5~29人で52.7%、5人未満では59.1%。高卒でも同じように1、000人以上で27.3%から、5人未満で62.5%まで増加しています。

規模が小さくなるほど新卒3年以内の離職率が高くなっており、事態は深刻です。

業種別の調査結果もあり、

最も高いのが大卒・高卒共に「宿泊業、飲食サービス業」

で大卒が56.6%(前年比5.2ポイント上昇)、高卒が65.1%(同2.5ポイント上昇)。

高卒では3人採用しても2人が、大卒でも2人に1人超が辞めてしまう現状なのです。

ちなみに3年以内の離職率が高い5業種は、順に1位「宿泊業、飲食サービス業」、2位「生活関連サービス業、娯楽業」、3位「教育、学習支援業」、4位(高卒は5位)「小売業」、6位(高卒は4位)「医療、福祉」となっています。

新卒だけでなく転職者全体ではどうかというと、総務省統計局の2023年12月の調査報告によれば、3カ月を1期とする推移で転職者数は6期連続、転職希望者は10期連続で増加し続けています。就業者に占める割合も、転職者、転職希望者共に同じように増加、

転職希望者は数の上でも占める比率も過去最多です。

すなわち新卒・中途に限らず、せっかく採用した従業員の流出が、年々進んでいることが分かります。“採っても辞める、採っても辞める”状況に陥っているのです。

2 若手の転職自体へのハードルが下がっている?

社員全体で転職者やその比率が漸増している中でも、若手の転職が目立っている理由に挙げられるのが「我慢が足りない」という指摘です。そうでしょうか。

最近の若手社員は、人手不足から空前の売り手市場でちやほやされて採用されているように思われるかもしれませんが、彼らとて「自分に本当に合った1社を見つけよう」ともがいてきました。

大卒の場合、多くの学生は大学3年時からインターンシップに参加したり、何十社もの説明会に参加したり、応募書類もその都度個別にカスタマイズして提出したりと、学生時代の多くの時間を割いて就職活動をしてきているのです。

「タイパ(タイムパフォーマンス)重視」の傾向が強いといわれる若手が、そうして選んで入社した1社を簡単に辞めたいと思うでしょうか。あまりにタイパが悪いでしょう。彼らだってできることなら、時間をかけて選んだ1社で働き続けたいはずなのです。

一方で転職が身近になり、特に若手は転職自体をかつてのような少し後ろめたい行為ではなく、“前向きな選択”と捉えるようになっています。せっかく選んだ1社ではあるけれど、「合わないなら石の上にも3年どころか、1年でも時間がもったいない」と考えるのです。

昭和世代からすれば「我慢が足りない」と見えていても、彼らは「合わないと分かった時点で我慢して居続けることは時間がもったいない(タイパが悪い)し、自分と会社双方にとってプラスにならない」と判断しているのでしょう。

もっといえば、今の若者は「まだ20代」とも「まだ10代」とも考えていない節があります。彼らの同世代には既に結果を残したり、日本どころか一気に世界に羽ばたいていたりする仲間がいっぱいいるのです。

その昔にも10代、20代で名を馳せた人はいましたが、数もスピードも勢いも違います。お金がなく、先生もいなくともYouTubeを見て学んで、金メダルを獲ってしまう世代。明確な根拠の提示もなしに「とにかく20代は下積みを」といった考えは通用しません。

今の会社、今の仕事は、現在と未来の自分にとってどれだけプラスなのか。もっと良い会社や仕事はないのか。あると分かれば迷わずそちらを選択するのです。

若手の早期退職増加の理由に、退職代行業者の存在を挙げる人もいます。

お金を出せば自分の退職意向を代わりに会社に伝えて、手続きまで進めてくれるから、安易に退職を考えるようになっているのではないかと。事実、退職代行業者の取扱件数はうなぎ上りに増えているようです。

影響がゼロとはいいませんが、私はそれが早期退職増加の直接的な理由ではないと考えます。なぜなら退職代行業者に依頼する時点で、本人の退職意向が固まっている可能性が高いからです。

退職代行業者を利用しなくても、直接会って話さずに手紙やメールを送るだけで退職意向を伝える人、最悪は突然消えてしまう人だっているでしょう。代行業者はあくまで手続きを代行しているにすぎません。

会社への恩義やメリットを感じ、今後も関係を保ちたいなら自分で直接伝えるでしょうし、そうでないなら退職代行業者も利用する。代行業者から連絡があった場合は、少なくとも本人には直接伝えづらい何かがあったと考えるべきでしょう。

3 そもそもの採用自体が難しくなり、諦める中小も

多くの企業の「社員がすぐに辞めて困っています」という嘆きの原因が、離職率の漸増だけにとどまらないのはご承知の通りです。そもそも採用自体が難しくなっていることです。

原因の原因を真因と呼ぶようですが、採用難の真因は1つではありません。まず「少子化」です。日本の少子化は、従前の想定以上に進んでおり、採用したくとも対象者の数が減っているのです。

加えて「グローバル化」もあります。外資系企業が日本人を積極的に採用したり、日本企業が海外進出に向けて求人を拡大したりしています。結果、特に優秀な人材に対する採用競争の激化が止まりません。

大手企業を中心に初任給をかつてないほどの幅で増額提示する、あるいはキャリア次第で破格の好待遇で迎える企業が増えてきました。

数年前までは大卒初任給は基本給が20万円余り、大手と中小で差があってもせいぜい数万円でした。しかし今や30万円以上を提示する大手企業が次々と現れています。

高額の初任給はさまざまな手当を含んでいたり、一部の職種だけに適用にしていたりというケースもありますが、優秀な学生なら是が非でも採りたい、競合他社に採られたくないという意思が伝わってきます。

外資系の中には、相対的な円安も相まってさらに上の金額を提示する企業も見られます。大手ならなんとか対抗できたとしても、中小では国内大手に対抗することすらままならないでしょう。

そのせいか、リクルートワークス研究所「第42回 ワークス大卒求人倍率調査(2026年卒)」によると、大卒の2026年卒では従業員300人未満の企業の求人数が前年比7.9%、3.4万人も減少しているのです。一方で学生側の希望者は33.3%と大幅に減少し求人倍率は前年比2.48ポイント増の8.98倍。学生の就職希望先が初任給を大幅に増額した大手に引っ張られていることが分かります。

中小企業の求人数の大幅減少は、採用競争に着いていけず、諦めて求人自体をやめてしまった結果なのでしょう。

しかしながら、採用自体をやめたところで事態は好転しません。先ほどのように早期退職者がジワジワと増加する中では、座して死を待つのみではないでしょうか。

4 「採っても辞めてしまう上に、そもそも採れない」を解決する10のヒント

冒頭で紹介した企業経営者や人事担当者の「社員がすぐに辞めて困っています」との声は、「採っても辞めてしまう上に、そもそも採れない」という嘆きのようです。

そこで今シリーズでは、『人が辞めない会社、10のヒント』と題して、多くの企業が抱えている悩みを解決するためのヒントを第2回~第11回までで毎回1つ、計10個紹介していきます。

切り口を「採用」「仕事」「組織」「人と人」などに整理しながら、多角的に解説していきます。また、“ヒント”は原因の究明にとどまらず、最もお困りの中小企業の皆さんにも実践していただけそうな具体策を目指します。

ただ「採用力向上」については、過去のシリーズでも取り上げたことがありますので、今回は「退職防止」のほうに重きを置いてお話しするつもりです。

もちろん以前「採用力向上」についてお話しした頃とは、先ほど触れた初任給や待遇格差問題など状況が変わっていますので、「それでも中小企業にも勝機はある」ことをお伝えしたいと思います。決してあきらめてはいけません。

最終回の第12回では、10のヒントを振り返りながら、各社でどうとらえて実践していっていただければよいかのアドバイスで締めくくりたいと存じます。ご期待ください。

5 取るべき対策の1つは、一人ひとりの「辞める“本当の理由”を丁寧に拾う」こと

さて、次回から10のヒントをご紹介する前に、皆さんの会社で見つめ直し、今後継続的に取り組んでいただきたいことがあります。

前提として「何人中の何人が辞めた」という数字ばかりにとらわれるのではなく、辞めた「何人」はそれぞれが一人ひとりの人間であることを忘れないでください。

その上で会社は、退職を選択した一人ひとりの「辞める理由」を正しく把握できているでしょうか。退職時に本人が口にした理由が“本当の理由”とは限りません。

私が人事部でキャリア採用に関わり始めた数十年前は、まだ転職が一般的ではありませんでした。応募者が会社に「転職を考えている」とバレようものなら、上司は徹底的に説得して慰留するのです。はたして慰留に応じれば幸せになれるかというと、会社の裏切り者のレッテルを貼られて左遷の憂き目に遭うことも珍しくなかったのです。

転職者を受け入れる側としては、内定した際は、次に家族を説得すること。そうして転職を確実にしてから会社に“ゆるぎない決意”として報告するようにアドバイスしていました。

また、もし転職理由を聞かれた際には、前の職場や上司への不満を口にしないよう厳命しました。上司の面目を潰すことになるからです。上司は自分が理由で部下が退職したとしたくないため、「だったら改善しよう」とますます強く慰留するのです。

そこで勧めていたのは、嘘でもいいので個人的なプライベートの理由をつくって、慰留を押し切ることでした。典型的なケースは、「親の介護」や「親が商売をしていて跡を継ぐことになった」などです。最近では「親の介護」には会社からの配慮も進んできており、理由にしづらいかもしれませんが。

時代も進んで転職自体が身近な存在になってきた今でも、「実家を継ぐことになった」はよく聞く嘘の理由です。情報社会でSNSなどもありますから、継いでいない、あるいは実家が商売すらしていないなどの嘘はバレやすくなってきましたが、言い張ればいいのです。退職してしまえば、前の会社がもう後を追うことはありません。

会社にもよりますが、本人が既に決心していると分かれば以前ほど慰留するケースは減っています。かといって不満を吐露して辞めるのは、やはり後味が悪いものです。

そこで多く聞かれるのは「新しくやりたいことが見つかったので」という理由。“本当の理由”の一部であることも多いのですが、直接的な退職理由は前職への不満だったというケースは少なくありません。送り出す側は当人の不満に気付くことなく、「分かった。新しい世界で頑張ってね」と笑顔で手を振ってくれるのです。

話を戻しましょう。本人がわざわざ本音を言わずに去っていくのに、ではどうやって転職の“本当の理由”を聞き出せばいいのでしょう。

例えば、本人と仲の良かった職場の仲間、よく相談していた相手などに聞いてみることです。「退職したからまあいいでしょう」と話してくれるケースもありますし、「今後の改善に生かしたいのでぜひ」と頼み込んで話してもらうことも必要でしょう。

そうやって退職していった一人ひとりの退職理由を丁寧に拾っていけば、今この会社に何が足りないのか、どんな手を打てば退職者を減らせるかのヒントが見つかる可能性が高いのです。

6  同時に今働いている一人ひとりの「辞めない理由を丁寧に拾う」こと

退職者の辞める“本当の理由”を追って今後の改善に活かしていくだけでは、残っている社員にはさほど響かないかもしれません。個々に現状への不満はありながらも、この会社で働く選択をしてくれているのですから。

今働いている社員に対しては、1 on 1などの面談を通して現状への不満は拾いつつも、一人ひとりの「辞めない理由を丁寧に拾う」ことをお勧めします。

恐らくその理由は、あなたの会社が持っている他社にない“強み”である可能性が高いのです。例えば、教育制度の充実、公正で分かりやすい人事評価、細かく配慮された人事制度、職場の雰囲気が合う人には合う、社会や地域からの信頼やブランド力など。それらを失ってしまっては、彼らですらも会社を去る選択をしかねません。

他社にない“強み”はむしろ強化していくように取り組みましょう。

自社ならではの“強み”の強化は、人材確保だけでなく、企業としての競争力にも直結するはずです。

退職する一人ひとりの「辞める理由」と、働いている一人ひとりの「辞めない理由」の2つを丁寧に拾っていくことで、自社ならではの“強み”と“課題”が浮き彫りになってくることでしょう。

それらをシリーズで取り上げる10のヒントと照合していけば、あなたの会社が「人が辞めない会社」に生まれ変わるための処方箋も見えてくると思います。

第1回を最後までお読みいただきありがとうございました。次回からは『人が辞めない会社、10のヒント』を順にご紹介していきます。

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※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』https://amzn.asia/d/e8GZwTB

『なぜ社長の話はわかりにくいのか』https://amzn.asia/d/8YUKdlx

以上(2025年7月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
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画像:VectorMine-Adobe Stock

高まる経営リスクに備える!中小企業のためのハラスメント対策を徹底解説

近年、社内のみならず、社外からのハラスメント(カスタマーハラスメント)に対しても厳しい目が向けられています。ハラスメントが起き、ひとたび悪評が立つと、企業価値やコーポレートイメージの著しい低下を引き起こし、また、職場内の離職率・訴訟リスクを高め、生産性も悪化するなど、大きな“経営リスク”を伴います。

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