目次
Kalep,中小企業事例集は、読者の皆さまの経営にお役立ていただけるような中小企業の事例をご紹介するシリーズです。経営者へのインタビューを通して、AIに聞いても分からない中小企業の取り組みや、人物の魅力に迫っていきます。
今回は、中小企業のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)策定を支援されている、山と風のホールディングスプロデューサー 中村 知嗣(なかむら としつぐ)さんにお話を伺いました!
1 組織崩壊の痛みから学んだ「理念」の必要性
――中村さんは長年、中小企業のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)策定に心血を注いでいらっしゃいます。この仕事についたきっかけは何ですか?
私の原点は、新卒入社した会社で携わっていた採用支援にあります。会社の魅力を求人票に落とし込み続けていく中で、最も重要で最終的な差別化ポイントは年収や事業内容ではなく、
「その企業がどんな想いでその事業に取り組んでいるのか」という一点に集約される
ことに気づいたのです。
その後、コロナ禍の際、とあるスタートアップ企業に創業メンバーに近いタイミングで参画しました。事業は急成長し、組織は150人規模まで拡大しましたが、そこで私は「急速に拡大した組織が伸び悩み、求心力を失っていくさま」を経験します。
経営環境の変化に伴い、一気に50人が離職。組織は停滞し、昨日まで一緒に戦っていた部下に、私が泣きながら退職を勧奨することもありました。この時痛感したのは、
「根っこにある価値観、言い換えれば社長の腹の中にある泥臭い価値観が言語化されていない組織は、外的な衝撃に耐えられず、成長が止まり、いずれ瓦解する」
ということです。
数値目標は達成できても、組織に心が通っていなければ優秀な人材は留まりません。
経営者の腹の底にある「泥臭い原動力」を抽出し、それを組織の武器に変える。
その重要性を、身を以て知ったからこそ、今このフィールドに立っています。
2 MVVは「最新のOS」であり、「家族の約束」である
――ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)は、多くの経営者にとって「知ってはいるけれど定義や使い分けがうまくできず、重要性もいまひとつ理解できていない」といった曖昧な存在かもしれません。中村さんはMVVをどう噛み砕いて説明されていますか?
まず、ミッション・ビジョン・バリューを一言で示すと、次のようになります。
- ミッション(Mission):存在意義
- ビジョン(Vision):未来の映像
- バリュー(Value):ルール
これらを、2つの例え話で噛み砕いてみます。
1)スマートフォンの「OS」と「アプリ」
日々の業務や新規事業を「アプリ」に例えたとします。アプリはそのときの状況に合わせて入れ替えるべきものですが、それを動かす「OS」、つまり企業でいえばMVVが古かったり、バグだらけだったりすると、どんなに最新のアプリをインストールしても正常に動くことはありません。
MVVを作ることは、
会社のOSを最新かつ最強の状態へアップデートし、どんなアプリでも動かせる土台を作る行為
といえます。
2)家族の「ドライブ旅行」
あるいは、子どもを連れた家族のドライブ旅行を想像してみてください。この場合MVVは、以下のように定義できます。
- ミッション(Mission):なぜ行くのか?
- ビジョン(Vision):どこへ行くのか?
- バリュー(Value):車内でのルール
現代は、「VUCA(先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態)」の時代です。海に向かうドライブの途中、突然の大雨や大渋滞といった予期せぬトラブルで、海に行くことを断念せざるを得ない事態になることもあるでしょう。もし、その家族にMVVがなければ、車内で喧嘩を始め、最悪の空気で帰宅することになってしまうかもしれません。
しかし、「ミッションは思い出作り、そのために海に行くビジョンを描いていた。みんな楽しく、というバリューがある」というMVVが共有されていれば、「海には行けないけれど、目的は思い出作り。ルール通り、みんな笑顔で、近くの室内遊園地に目的地を変えよう」と、瞬時に軌道修正をして、ドライブ旅行を楽しむことができるはずです。これこそが、組織におけるMVVの重要性だと考えています。

(出所:ChatGPT)
3 判断のスピードと「求心力」の劇的変化
――実際にMVVを導入・刷新した企業では、どのような変化が起きるのでしょうか。
決定的な違いは2つあります。
「判断のスピード」と「求心力」
です。
MVVがない企業では、全ての判断基準が「儲かるかどうか」に集約されます。社員が30〜50人を超えると、社長の頭の中が現場に伝わらなくなり、組織は疲弊してしまいます。
一方、MVVがある組織では、現場が「これはバリューに沿っているか?」を自問自答し、社長がいなくても自走することができます。
いくつか、事例を紹介させていただきます。
1)急成長に伴う「OSの限界」を迎えた地域事業会社
1社目は山梨県にある事業会社の事例です。同社は創業から10年ほど、地域商社や障害者就労支援など、多角的に事業を展開しています。
もともとMVVはあり、社長の求心力も非常に強い組織でした。しかし、
事業(アプリ)が増え、組織が拡大したことで、既存のミッション・ビジョンでは今の活動を「包摂」しきれなくなっている
という課題がありました。現場の判断スピードが落ち、社長一人の独断に頼る「労働集約的な経営」へと陥っていたので、そこからの脱却が必要でした。
そこで、弊社は今までの成功体験を否定するのではなく、次の10年を見据えてOS(MVV)を刷新することを提案しました。その結果、「自分たちが改めて何に価値を置くべきか」が整理され、社長が不在でも現場が自らMVVに照らして判断できる土壌が整いました。
2)創業間もないスタートアップの「行動加速」
もう1社はbirchさまの事例です。同社の代表取締役である赤井 義大さんは、これまで地域事業を数多く立ち上げてきた実績がおありですが、今回は過去のしがらみなく事業に挑戦するために、birchを設立しました。設立時の社員数は10名以下です。
赤井さんの中に熱い想いはあるものの、それが整理されておらず、
誰に共感してもらい、どの事業を優先すべきかの取捨選択に迷いが生じている
という課題がありました。そこで、私は複数回のディープインタビューを赤井さんと実施した後、実際に現地へ赴き、2日間、赤井さんの運転する車で町中を案内してもらいながら対話を通して事業の魅力と社長の本音に向き合いました。こうして徹底したヒアリングを行い、赤井さんの「熱源」を言語化。何度も議論を重ね、本人が「これだ」と確信できる理念体系を納品しました。
結果として、MVV策定の会議中から、赤井さん自身が「ビジョンの世界」に生き始め、顔つきが変わってきました。納品後は、理念に沿った事業構想の取捨選択と優先順位付けが明確になり、現在は圧倒的なスピードで社員の行動が加速しているそうです。今回、赤井さんのコメントをいただいたので、ご紹介します。
(赤井さんのコメント)
創業から走り出してしばらくの間は、目の前の継続事業を回すことに精一杯で、「私たちは何のために存在するのか」「どんな未来を描くのか」を、一本線で語れずにいました。
地域のしがらみから独立して新しい挑戦の起点を作りたかったはずなのに、その旗が立っていなかったんです。
中村さんとの対話やご提案を通して、自分の腹の底にずっとあった熱源を、一つひとつ言葉として取り出してもらう時間でした。「挑戦と驚きを生み出し、ローカルキャリアの土壌をつくる」というミッションが定まった瞬間、迷っていた事業構想の取捨選択が、一本の線でつながりました。今は新しい話が来ても、これに沿うか否かで即座に判断できますし、意思決定のスピードが、策定前と別物になりました。

赤井 義大さん
4 組織名に込めた思想:「山と風」と「共繁栄」
――中村さんがプロデューサーをされている「山と風のホールディングス」。お名前が非常に印象的です。ここにはどのような思いがあるのでしょうか。
私たちのグループの土台には、「KEIPE(ケイプ)」という会社があります。これは漢字で「恵みの風(恵風。けいふう)」に由来します。
そこに、拠点の山梨の「山」をつけ、「困難な『山』を越えて価値を広げていく」という意味を込めました。
自然界で山と風が共生するように、
ステークホルダーと100年先を見据えた「共繁栄(きょうはんえい)」が実現できる関係性を発明すること
が、私たちのミッションです。
山と風の共繁栄関係が自然界でずっと続いていくように、企業のMVVも作ったら終わり、ということはありません。MVVについて何らかの施策を講じたり、アンケートをとって終わり、というものでもありません。MVV策定、そして策定後の企業の活動は、それこそ100年先までじわじわと浸透し続ける終わりなき旅です。
MVVを策定した企業は、どこに向かっていくのか? 100年先にどんな姿を見せて、社会にとってどんな存在になっているのか?
常にそんなことを考えながら、ご支援しています。
■山と風のホールディングス■
https://yama-kaze.co.jp/
(出所:山と風のホールディングス)
5 次世代へ「明るいビジョン」を繋ぐために
――最後に、中村さん自身のミッションを教えてください。
私の個人的なミッションは、
「世の中に、才能を発揮する人を増加させる」こと
です。
人は、誰しも才能を持っています。企業のMVVを整えることは、そこで働く人たちが「自分の力をどう生かすか」を考えるきっかけになります。これが、最もレバレッジの効く社会貢献だと信じています。
私は「失われた30年」の中で育ち、日本全体に明るいビジョンがない空気感を感じながら生きてきました。だからこそ、あらゆる企業が自らのビジョンを誇れる世界を作りたいんです。効率や正解だけを求めるAIの時代だからこそ、社長の熱源を言葉にし、次の世代へ繋いでいく。それが、私の人生を捧げるべき挑戦なのです。
【編集後記】
中村さんへのインタビューを通じて感じたのは、
MVVとは単なる「お飾り」ではなく、組織という生命体を動かす「血液」そのものであるということ
です。「このMVVを100回、口にしたいですか?」という問いに答えられるか。経営者の真実の言葉だけが、未来を切り拓くことができます。
以上(2026年5月作成)
(聞き手 日本情報マート 代表取締役 松田泰敏)
pj10104
画像:日本情報マート





















