社長が、特に「企業の未来」のような型にはまらない話を幹部社員とする場合、「どうも噛み合わない」とモヤモヤします。その理由は、社長の話は抽象度の幅が広く、瞬時にいろいろなレベルを行き来できるのに対し、幹部社員は基本的に抽象度の低い具体的な話に終始するからです。この問題を解決できる対話の「型」は、
- 抽象的な「夢(あるべき姿)」を掲げ、具体化していく
- 解釈次第で景色が変わることを理解してもらう
- 自分や仲間を信じるマインドを持ってもらう
であり、詳しくは次のコンテンツで紹介しています。
この記事では、実際に「型」を使った社長からの投げかけの例を紹介します。幹部社員との対話の参考にしてください。
1 「我々は月に行くことを選択する」
【狙い】
Aさん(幹部社員)の思考をストレッチしながら、ビジネスにおけるAさんの「夢(あるべき姿)」を明らかにする。
【社長からの語りかけの例】
Aさん、日頃から会社のために尽力してくれて本当にありがとう。Aさんの働きがなければ、今の会社の成長はなかったと断言できますし、心から感謝しています。
今日は、Aさんにとっても会社にとっても、非常に重要な話があって、この時間を設けました。Aさんが担当している事業は、現時点では安定しています。しかし一方で、生成AIの進化や人材の枯渇といった大きな環境変化により、これから先の事業環境は決して楽観視できるものではありません。むしろ、不確実性の高い時代に入っています。
こうした状況を乗り越えていくためには、既存事業をこれまでの延長線で捉えるのではなく、新しい発想で見直していく必要があります。そして同時に、新規事業の開発にも踏み出していかなければなりません。
Aさんはこれまで、自身の担当事業について「もっとこうしたい」という理想を持ち、改善を積み重ねてきたはずです。その積み重ねがあるからこそ、お客様からの評価も高く、チームの雰囲気も良いのだと思います。
ビジネスにおいて「理想」を持つことは極めて重要です。理想があるからこそ、やるべきことが明確になり、困難に直面しても前に進む力が湧いてきます。だからこそ私は、Aさんと一緒に、今の事業の枠にとらわれず、会社の未来に向けた理想の姿を描いていきたいと考えています。
これまであえて深く聞いてこなかったのですが、Aさんがこの会社で本当に成し遂げたい「夢(あるべき姿)」は何でしょうか。ぜひ、率直に聞かせてください。私がこの問いを投げかけるとき、いつも思い浮かべる言葉があります。
「我々は月に行くことを選択する」(*)
これは、1962年に米国大統領ジョン・F・ケネディがライス大学で行った演説の一節です。当時、米国は宇宙開発でソ連(当時)に遅れを取っており、その状況を打破するためにこの言葉を掲げました。
結果として、この壮大な目標は約7年後、アポロ11号によって実現されました。ただし、この演説当時においては、その実現性に懐疑的な声も多く、決して確実な未来ではなかったはずです。それでも「月に行く」という明確で大きな目標を掲げ、一つひとつ課題を分解し、解決し続けたからこそ実現できたのです。
ビジネスも同じです。最初は「月に行く」くらい大胆なテーマで構いません。Aさんの描く「夢(あるべき姿)」を、まずは大きく掲げてほしいのです。そして、それを具体化しながら、一緒に会社の未来をつくっていきましょう。
2 「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」
【狙い】
「夢(あるべき姿)」を実現するには、居心地のよい現在地から一歩飛び出す必要がある。変化を拒むか、受け入れるか。解釈によって世界が変わることを知ってもらう。
【社長からの語りかけの例】
Aさんの「夢(あるべき姿)」、とてもいいですね。その夢が実現した世界を、少し具体的に想像してみてください。そこには誰がいて、どんな表情をしていて、どんな会話が交わされているでしょうか。きっと、メンバーは前向きに仕事に取り組み、笑顔があふれているはずです。会社も確実に成長していますよね。
では、その「夢」が実現したいという気持ちをどれだけ強く持てているだろうか。100点満点で表すと、何点くらいになる?
私は無理に「100点」と言ってほしいわけではありません。むしろ大事なのは、その点数を下げている要因、つまりストッパーになっているものを明らかにすることです。それを一つひとつ解消していくことが、夢の実現につながります。
ここで1つ、重要な考え方を共有したいと思います。ドイツの哲学者であるフリードリッヒ・ニーチェの言葉です。
「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」(**)
これは、ビジネスにおいて非常に示唆に富んだ言葉です。例えば、「今の環境は安定していて居心地がいい」と捉える人もいれば、「同じことの繰り返しで成長が止まっている」と捉える人もいます。どちらが正しいという話ではなく、すべては【解釈】なのです。
Aさんが感じている不安や課題も、見方を変えれば意味が変わります。これまで「できていないこと」「足りないこと」と捉えていた部分は、別の見方をすれば、「これから成長するための具体的なテーマが見えている状態」とも言えます。つまり、未来へのチケットのようなものなのです。
変化を避けるか、それとも受け入れて前に進むか。その分かれ道は、事実ではなく【解釈】によって決まります。
3 「この道より、我を生かす道はなし。この道を歩く」
【狙い】
一歩を踏み出すときは、「自分ならできる!」という勇気と自信を持ちたい。幹部社員の背中を最後に一押しして、自信を持って具体的な行動につなげてもらう。
【社長からの語りかけの例】
Aさんの「夢」と、それを実現したいという強い思いはしっかり伝わってきました。その夢が実現すれば、Aさん自身の成長にも、会社の成長にも確実につながります。だからこそ、自信を持って取り組んでほしい。
改めて聞きますが、その夢が実現できる確信度を100点満点で表すと、今は何点でしょうか。そして、その点数を引き上げるために、最も効果的な行動は何でしょうか。その行動を、これから一緒に取り組んでいきましょう。実際に動きながら、確信度を高めていけばいいのです。
もちろん、不安や迷いが出ることもあるでしょう。そんなときに思い出してほしい言葉があります。
「この道より、我を生かす道はなし。この道を歩く」(***)
これは、武者小路実篤の言葉です。かつては「石の上にも三年」や「量質転化」といった言葉に励まされながら、苦しい下積みの時代を乗り越えてきました。それができたのは、「今歩んでいる道こそが自分を成長させる」と信じていたからです。
私がAさんに期待しているのは、既存の枠にとらわれず、外から新しい視点を持ち込み、ときには私と衝突することも恐れずに進んでいくことです。そして、「PDCA」を回すのではなく、「pDDDDDca」というくらいのスピード感で、圧倒的な行動量を積み重ねてほしいのです。
それをやり遂げる胆力がAさんにはあると信じています。
さあ、一緒に新しい会社の未来を切り拓いていきましょう!
【参考文献】
(*)「Address at Rice University on the Nation’s Space Effort」(ジョン・F・ケネディ、1962年9月12日)
(**)「権力への意志(上・下)」(フリードリッヒ・ニーチェ著、原佑訳、ちくま学芸文庫、1993年12月)
(***)「武者小路実篤――理想に向かい歩み続けた人生に学ぶ」(伊藤陽子、致知出版社、2024年10月)
以上(2026年5月作成)
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画像:日本情報マート
















