生命の持つ目には「見る」機能だけでなく、光を感知して昼と夜を認識する「時計」の機能も備わっている。また、赤色を検出できる私たち人類の目は、血液や赤く熟れた実を認識しながら生存確率を上げてきたという。生命の“目と光”の関係について、ドライアイや近視の研究を行う慶應義塾大学名誉教授・坪田一男氏が解説する。※本稿は、坪田一男『「外にいる時間」があなたの健康寿命を決める』(サンマーク出版)の一部を抜粋・編集したものです。
徳島県上勝町。美しい「ごみゼロ」の町は環境変化に適応する達人だった
1 徳島県上勝町に行ってみた!
2 環境意識が高かったわけではない
3 「ゼロ・ウェイスト宣言」に至った意外な背景
4 ごみをお金に換える仕組みが必要だ!
5 牛乳パックを捨てたら何円もらえる?
6 なぜ、ごみ処理センターなのに臭わない?
7 どうしても燃やさなければいけないごみ
8 くるくるショップでリユースを促進!
9 取材後記
1 徳島県上勝町に行ってみた!
この記事でご紹介するのは、徳島県上勝町が進めている「ごみゼロ」に向けた取り組みです。人口1500人に満たない小さな町ですが、2003年9月に日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」(ごみゼロ宣言)をしました。これをきっかけに世界から大いに注目を集め、移住者も増えたことで、2024年には、いわゆる「消滅可能都市」からも脱却しました。
「ゼロ・ウェイスト宣言」で掲げた目標を達成するための活動の中心地は、「?」の形をした「上勝町ゼロ・ウェイストセンター”WHY”」(以下「センター」)です。実際にセンターを訪れてみると、そこには様々な仕掛けがありました。
思いだけでは成し遂げ難いゼロ・ウェイスト。上勝町が「ゼロ・ウェイスト宣言」をした背景や、町の小学生が考えた循環経済の仕組みなどを、センターで働く徳重 尚(とくしげ ひさし)さんに教えていただきました。企業がESGやSDGsに取り組む際のヒントが満載です。
2 環境意識が高かったわけではない
「ゼロ・ウェイスト宣言」とは聞き慣れない言葉ですが、次のような意味を持ちます。
ゼロ・ウェイストとは、無駄、浪費、ごみをなくすという意味です。
出てきた廃棄物をどう処理するかではなく、そもそもごみを生み出さないようにしようという考え方です。
上勝町は日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」をした町で、現在、なんとごみを43種類に分別しています(2024年4月までは45種類)。こう聞くと、「上勝町は、古くから環境配慮の意識が高い先進的な町なのだな」と感じてしまいますが、この活動は近年、役場職員や住民、ゴミステーションスタッフの試行錯誤によって生まれたものだそうです。
「実はこの場所は1975年前後から1997年までは野焼き場でした。ここで穴を掘ってごみを燃やしていたのです」と教えてくれたのは、センターの徳重さん。
上勝の財源規模では処理設備を整える余裕はなく、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃掃法)」によって野焼きが禁止されていました。にも関わらず、なかなか野焼きをやめることができずにいたところ、県から「野焼きをやめて適切に処理をしてください!」と注意され、1997年から容器包装リサイクル法施行に伴い分別制度を導入し、1998年に小型焼却炉を2基設置しました。
これで安心と思いきや、2年後の2000年に、「ダイオキシン類対策特別措置法」が施行され、せっかく設置した焼却炉の1基が規制の対象になってしまいました。もともと小型で容量が小さいこともあり、そのままではごみを処理することができなくなりました。徳重さんいわく、「やむにやまれずというか、要は町の中ではごみがどんどん出てくるので、その量を減らす方向に進めていくしかなかった」というのが実情のようです。
「上勝町はもともと環境意識が高い町だった!」というわけではなく、環境変化に自らを適応させてきたということです。このあたりは、企業がESGやSDGsに取り組む背景にも似ていると感じます。
3 「ゼロ・ウェイスト宣言」に至った意外な背景
上勝町が「ゼロ・ウェイスト宣言」をしたのは2003年9月のことですが、この2カ月前に、セントローレンス大学のポール・コネット化学博士が上勝町を訪れています。上勝町の状況について相談をしている中で、「ゼロ・ウェイスト宣言をしたらどうだろう」と博士から提案され、そこからわずかな期間で、下の宣言をするに至りました。
未来の子どもたちにきれいな空気やおいしい水、豊かな大地を継承するため、2020年までに上勝町のごみをゼロにすることを決意し、上勝町ごみゼロ(ゼロ・ウェイスト)を宣言します。
- 地球を汚さない人づくりに努めます。
- ごみの再利用・再資源化を進め、2020年までに焼却・埋め立て処分をなくす最善の努力をします。
- 地球環境をよくするため世界中に多くの仲間をつくります!
平成15年9月19日
徳島県勝浦郡上勝町
徳重さんいわく、「ポール・コネットさんの提案がなかったら、ここまで大きな上勝町の転換はなかったと思います」とのこと。わずかな期間で宣言までこぎ着けるために、上勝町役場では急いで町民にゼロ・ウェイストについて説明をしたり、特定非営利活動法人ゼロ・ウェイストアカデミーを立ち上げたりしたそうです。
4 ごみをお金に換える仕組みが必要だ!
上勝町では、「ゼロ・ウェイスト宣言」において、
目標として2020年までにごみをゼロにする
という目標を掲げています。
しかし、現代的な生活をしている限り、ゼロ・ウェイストの達成は非常に難しいということが、2003年からの取り組みで分かりました。そもそも分別の負担もあります。自治体によってごみ分別の種類は違いますが、上勝町は43種類です。分別の種類が一気に増えるタイミングでは、うまく分別することができずにごみがたまってしまう家もあったようです。そのような場合は、ゼロ・ウェイストアカデミーなどが相談に乗りながら、解決していったそうです。
こうした現状にあって、次の展開をどうするかと考えたときに、町外の人とも連携していかなければならないと思い、そのシンボルとしてセンターを立ち上げ、そこから情報を発信していこうということになったのです。
センターを見学して気が付いたのは、ごみの「入」と「出」が円単位で確認できるプレートが設置されていることです。例えば、「紙」ごみは町にとって収入になり、具体的に何円なのかを「入」として示しています(写真は、ライターとその他の布類の例)。逆に、町の支出になるごみもあり、それは「出」として示されています。まさにごみの収支の「見える化」ということですが、これはごみを徹底的に分別して資源を取り出し、それを「入」として示しているからこそできることです。「入」と「出」を示したプレートは、
面倒な分別をしなければならない理由を、町民に分かりやすく伝える役割
を果たしているわけです。金額が手書きで示されているところも、何か身近で温かい印象を受けます。
分別するための道具として、ハサミやカッターが置いてある作業エリアもありました。紙ごみを縛るときは必ず紙ひもにすることで回収業者の負担を減らし、「入」を大きくする工夫もされています。新聞紙をまとめるなど分別の作業が大変なときは、センターの方がお手伝いしているそうです。
5 牛乳パックを捨てたら何円もらえる?
センターでさらに面白いエリアを見つけました。その名も「ちりつもPoint」。上勝町にはごみ収集車が走っていないので、町民が自らごみを持ち込まなければなりませんし、43分別に取り組まなければなりません。これは大変なことです。そこで、インセンティブとして、「ちりつもPoint」が機能しています。
ポイントは分別種類の多い紙類や、企業連携によって回収を行っている資源を対象にポイントが付与されています。まず1種類のごみを持ってくるごとに1ポイントがもらえます。
例えば、牛乳パックを1個持ってくると1ポイントが付与されます。10個持ってきても、種類は1つなので、もらえるのは1ポイントです。そうであれば、10回に分けて持ってきたほうが多くのポイント(1種類のごみを10回に分けて持ち込むので10ポイント)をもらえることになります。これが、小まめにごみを持ち込むインセンティブです。他にも、町内事業所でリユースやリデュースに取り組んだ際にもポイントが付与される仕組みになっています。また、貯まったポイントは環境にやさしい日用品や学用品等と交換ができるようになっています。例えば、学校で使える上履きは50ポイントと交換ができます。
気になるポイント単価ですが、これがなかなかお値打ちです。50ポイントなら50円相当というのが多くのポイント制の交換レートですが、センターでは、
なんと1ポイント10円相当のレートになっていて、50ポイントごとに500円相当の商品券と交換することが可能
です。ちなみに、センターにごみを持ち込めるのは町民だけなので、町外の人はごみを持ち込むことはできません。
6 なぜ、ごみ処理センターなのに臭わない?
町民以外の人は、センターに併設されたホテルに宿泊して、ごみの分別を体験することができます。自治体や企業が研修で宿泊するのはもちろん、有名人が宿泊することもあるそうです。
ここで徳重さんからクイズが!
ごみ処理場(センター)にホテルを併設できるのはなぜだと思いますか?
他のごみステーションとは異なる特徴がそこにはあります。
答えは、センターでは「生ごみ」を引き取っていないので、臭いがないということです。取材当日は風が強かったので気が付きにくかったですが、確かに臭いが一切ありませんでした。これならセンターにホテルを併設できるわけです。
生ごみは、町民がコンポストなどを使って家庭で処理をしています。コンポストなどの購入費用の一部は、上勝町が補助をしているそうです。
7 どうしても燃やさなければいけないごみ
現在、上勝町のごみリサイクル率は80%を超えていますが、100%ではありません。これだけ徹底的に分別し、様々な仕掛けを施して町ぐるみでゼロ・ウェイストを目指していますが、その達成は非常に難しいのです。
これだけ努力しても、焼却ごみ・埋立ごみが排出されます。上勝町では、これを焼却ごみとは呼ばず、
どうしても燃やさなければいけないごみ・どうしても埋め立てなければならないごみ
と言っています。たとえ燃やすとしても、そこに至るまでの多くの人の協力と努力を大切にしている呼び方ですね。
8 くるくるショップでリユースを促進!
次に案内されたのは、「くるくるショップ」というおしゃれな空間です。高い天井からつり下げられた空き瓶のシャンデリア、きれいに陳列された陶器などが印象的でした。
ショップと書かれていますが、陳列されている物品は無料です。町民がまだ使える陶器や子供服などを持ち込み、ここを訪れた人(町民でない人も含みます)は無料で持ち帰ることができるのですが、このネーミングを地元の小学生が考えたというのですから驚きです。ゼロ・ウェイストの町に暮らしていると、こういったリユースのアイデアが浮かんでくるものなのでしょうか。こうした子供たちが成長していくと、環境に優しい生活スタイルが自然と定着していくのだと感じます。
さて、くるくるショップでは、これまで持ち帰られたリユース品の重さが紹介されているのですが、ここで徳重さんから再びクイズが!
取材日時点で、持ち帰られたリユース品の重さは、下の画像のように「534キログラム」でした。これはどれくらいの期間で到達した重さでしょうか?
筆者は、直感的に「年単位だろうな」と思ったのですが、答えはなんと1カ月。わずか1カ月で「534キログラム」がリユースされるとは、改めてゼロ・ウェイストの町の底力を感じました。
写真にも写っているのでお気づきかもしれませんが、くるくるショップの建具は規格がバラバラです。これらの建具は町内で公募をして集められたものです。数百の建具が集まったそうで、上勝町の職員もサイズを測りながら採用する建具を決めていったそうです。また、建物の構造材には町内産の杉が使われています。施工業者が決まってからだと、杉は乾燥などに時間がかかるので、施工業者を決める1年くらい前から、上勝町が町内産の杉を調達したそうです。
くるくるショップの仕組み自体も素晴らしいのですが、建物も地産地消、リユースの考え方が取り入れられています。「スタイリッシュ」な空間には、本当にいろいろな工夫が施されていて、手間をかけて丁寧に造られていました。
9 取材後記
ごみゼロの町と聞けば「すごい」と思いますが、正直なところ実感が湧きません。ごみを43種類に分別する経験がないので、想像がつかないのです。
しかし、実際にセンターを訪れ、そこで働く人などの話を聞いてみると、きれい事だけではない町の事情や、世の中の変化に巧みにキャッチアップしてきた歴史がありました。人を集め、情報を発信するためにスタイリッシュに造られた建物にもストーリーがあり、何より町の小学生のアイデアでくるくるショップが生まれたことには驚きました。
長い時間をかけてジワジワと上勝町になじんできたゼロ・ウェイスト。企業がESGやSDGsに取り組む際のヒントがここにあると思います。外部の要請を受け、トップダウンで一気に進めなければならないタイミングもありますが、それを定着させるには、企業文化として根付かせていく仕掛けが必要だと感じます。
自然と共存して暮らす人々の魅力と、可能性に満ちた上勝町。この町が目指す未来を体感するため、ぜひ再訪したいと思いました。
以上(2025年4月作成)
(取材 日本情報マート 松田泰敏)
pj80198
画像:上勝町ゼロ・ウェイストセンター”WHY”
徳島大正銀行 泉 はる香
日本情報マート 松田 泰敏
【朝礼】初めて解剖図を見た杉田玄白の「焦り」
【ポイント】
- 杉田玄白は初めて西洋の解剖図を見た際、「自分は人体のことを何も知らない」と焦った
- 焦りが玄白を駆り立て、「解体新書」の完成という大仕事を成し遂げる原動力になった
- 「自分の無知」を認めるのには勇気がいるが、認めると焦りが成長を後押ししてくれる
私たちのビジネス環境は、ここ数年で劇的に変わりました。特にAI技術の進化はすさまじく、ChatGPTなどの生成AIに文章を作らせてみても、少し前までは機械特有の不自然さがあったのが、ほんの短い期間で作家が書いたような滑らかな文章にレベルアップしている状況です。私たちは、こうしたビジネス環境の変化に頑張ってついていかなければなりませんが、なかには自分の仕事の進め方や常識をアップデートするのが苦手な人がいます。今日はそんな人に向けて、江戸時代中期に活躍した医者・杉田玄白(すぎたげんぱく)の話をします。
杉田玄白は、オランダの医学書「ターヘル・アナトミア」を翻訳して日本語版の「解体新書」を完成させ、西洋医学の知識を世に広めた人物です。今、さらっと翻訳と言いましたが、当時の翻訳はとても大変な作業でした。現代であれば外国語を即座に日本語に訳してくれるアプリなどもありますが、当時は辞書すらなかったのです。ましてや医学書は専門用語のオンパレードで、作業は困難を極めます。しかし、玄白は4年の歳月をかけて、この大仕事を成し遂げました。
それは、玄白の中に「自分は医者なのに、人体のことを何も知らない」という焦りがあったからです。当時の日本の医者は、患者の体の外側だけを見て治療の方針を決めていたため、玄白を含め、体の内側を見たことがある人はほとんどいなかったのです。あるとき、処刑された囚人の解剖に立ち会った玄白は、ターヘル・アナトミアの解剖図と本物の人体を見比べ、解剖図の精巧さに衝撃を受けます。「人体のことをもっと知らなければ……」という焦りが玄白を翻訳へと駆り立てました。
自分が知らない知識に出会ったとき、「難しそうだからいいや」とそれを遠ざけたり、表面的な情報だけを見て「大したことない」「自分には必要ない」と決めつけてしまったりする人がいます。おそらく「自分の無知を認めたくない」という一種の防衛本能なのでしょうが、それでは今以上の成長はあり得ません。知らない知識に出会ったときこそ、まずは勇気を出して、「自分は無知だ」と認めましょう。私自身も経験がありますが、一度認めてしまえば、あとは物事を知らないことへの焦りが「勉強しよう」という原動力になって、成長を後押ししてくれます。その焦りは、玄白が証明しているように、時に偉業を達成するほどの大きな力を授けてくれるのです。
以上(2025年5月作成)
pj17215
画像:Mariko Mitsuda
インターンシップ採用! 社長の言葉と泥臭さが学生に受ける?
1 インターンシップは採用チャンス!
2 インターンシップ採用の大まかな流れをつかむ
3 泥臭く、「現場感」を前面に出す
4 「短期集中」を意識しつつ、ある程度柔軟に対応する
(参考)インターンシップの日数、学生側の要望など
1 インターンシップは採用チャンス!
かつてはインターンシップを採用選考に組み込む「インターンシップ採用」は御法度でしたが、2025年卒生からは条件付きで緩和されています。ということで、各社ともインターシップ採用を取り入れようとしています。そして、このインターシップ採用、実は中小企業にとってはチャンスです。なぜなら、
中小企業のインターンシップは実践的で、社長が泥臭く語りかけることができる
からです。特に、起業前の就業先を探している学生や、実業に触れたい学生には魅力的ですし、就業体験を経た上での採用なら入社後のミスマッチも防ぎやすくなります。
この記事では、中小企業がインターンシップ採用に取り組む際のポイントを3つ紹介します。
- インターンシップ採用の大まかな流れをつかむ
- 泥臭く、「現場感」を前面に出す
- 「短期集中」を意識しつつ、ある程度柔軟に対応する
2 インターンシップ採用の大まかな流れをつかむ
文部科学省・厚生労働省・経済産業省「インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」では、学生のキャリア形成支援活動が図表1の通り、4つに類型化されています。いわゆる「インターンシップ」はタイプ3とタイプ4ですが、タイプ4は主に理系大学院生を対象とするので、
多くの企業に関係するのはタイプ3の「汎用的能力・専門活用型インターンシップ」
です。
2
025年卒生から、タイプ3とタイプ4で得た学生の情報を採用活動で利用できるようになっています。具体的には、
インターンシップに参加した学生に求人案内を送る、選考過程を一部免除するなど
といったことができます。ただし、そのためには産学協議会(日本経済団体連合会と大学関係団体等の代表者により構成)基準に準拠した、図表2の5つの要件を満たす必要があります。
5つの要件を満たすことが理想ですが、これらは法律のような強制力があるものではないので、しゃくし定規に従う必要はないともいえます。それよりも、中小企業は学生に自社の良さをアピールできるプログラムの検討に注力するべきでしょう。
以降では、中小企業がインターンシップを実施する上でのポイントを紹介します。
3 泥臭く、「現場感」を前面に出す
インターンシップの参加者を集めるには、
大学のキャリアセンターや就活サイト、自社ウェブサイトなどで時期や期間、内容などの要項を告知する
といった方法があります。ただ、形式的な内容を出しても学生の興味はひけないので、より現場感のある発信をすべきです。例えば、外構工事業を営むある会社では、自社ウェブサイトで、
- そもそも外構とは何なのか
- スタッフの1日の仕事の流れ
- 職場で達成感や満足感が得られる理由
などを、イラストや写真付きで分かりやすく紹介しています。また、SNSの動画サイトで自社の事業や社員の仕事内容をアニメーションで紹介しており、動画の最後にインターンシップや会社訪問を常時受け付けている旨と受付用の連絡先を記しています。こうした募集は、
業界に興味があるけど、自分が実際に仕事をするイメージが湧かない。もっと“現場感”のある話が聞きたい
という学生の興味をひくはずです。
こうして参加者を集めることができたら、時間がゆるす限り社長も参加者と交流しましょう。中小企業の魅力は社長の魅力でもあります。社長が語る内容は、学生にとってかなりエキサイティングなはずですし、恐らく大学の講義では教えてくれないもののはずです。
なお、最近はオンラインでインターンシップを行うケースも増えています。オンラインにするか対面にするかについては、内容によって次のように使い分けるとよいでしょう。オンラインと対面を交互に行うのもよいでしょう。
- オンライン:会議や説明、情報収集、個人の作業など
- 対面:職場の見学、クライアントへの訪問、社員のサポートなど
4 「短期集中」を意識しつつ、ある程度柔軟に対応する
インターンシップはやりたいが、本業が忙しくてなかなかリソースを割けないという会社は少なくありません。そんな場合におすすめしたいのが「1dayインターンシップ」です。
1dayインターンシップとは、文字通り、1日限りのプログラムであり、インターンシップにあまり時間を割けない場合に有効です。また、何日もかけてダラダラとインターンシップを行うよりも、充実した1日を過ごしてもらいつつ、自社に興味を持ってくれた学生に個別にアプローチするほうが中小企業にとっても効率的です。
例えば、情報通信業の会社が行う1dayインターンシップのプログラム例としては、
- 午前:IT業界の現状や将来像に関する説明会
- 午後:要件確認、設計、プログラム、テスト、完成報告を疑似体験
といったものが考えられます。一方、1dayインターンシップを基本としつつ、意欲のある学生に対しては必要に応じて中長期のインターンシップを実施するという方法もあります。例えば、建設業などを営むある会社では、
- 工場見学、ものづくり体験:数時間から1日
- より実践的な業務体験(ポンプの分解点検、レーザー加工など):5日から2週間
といった具合に、インターンシップの実施期間について複数の選択肢を設けています。会社が割くべきリソースは増えますが、選択肢を設けることで、より意欲のある学生を見つけやすくなるメリットがあります。なお、この会社ではインターンシップを実施する際、
会社が事前にあれこれ決めず、学生の希望に合わせてどんな内容にするかを検討していく
という方法を取っています。大企業の場合、参加人数の関係で日程や内容をある程度画一的にせざるを得ませんが、この辺りを柔軟に調整できるのは、中小企業ならではの強みといえます。
5 (参考)インターンシップの日数、学生側の要望など
最後に、「インディードリクルートパートナーズ リサーチセンター」が2026年卒生に対して実施したアンケート調査(2024年9月実施)から「プログラム期間別の参加状況」「インターンシップ等の期間別プログラム内容」「インターンシップ等に参加して良かった点(参加日数別)」のデータを紹介します。
プログラム期間別の参加状況は図表3の通りです。多くの学生が半日または1日のインターンシップに参加しているようです。
インターンシップ等の期間別プログラム内容は図表4の通りです。「業種や企業の説明を受ける」はプログラム期間に関わらず、いずれも7割以上となっています。また、ワークやディスカッション、職場見学、業務の一部を経験するといったプログラムの場合は、時間をかけて実施するケースが多いようです。
インターンシップ等に参加して良かった点(複数回答)は図表5の通りです。参加日数に関係なく、「業種や仕事などについて具体的に知ることができた点」が多くの学生の満足感につながったようです。
以上(2025年5月更新)
pj00264
画像:maroke-Adobe Stock
経営課題の解決に「地方副業」マッチングサイトを使ってみよう
1 地元の正社員採用に限界を感じたら、都市部の副業人材を!
今どきはどの会社も採用活動に苦戦していますが、特に地方企業の経営者の場合、
- これまで、地元に住んでいる人を正社員として採用してきたけど、それだけでは自社の課題を解決できない
- 販路拡大や自社PRなど新たな取り組みを始めたいけど、社内に知見のある人がいない。専門的な人材を採用するにも、高額な人件費をかけることができない
といったことにお悩みかもしれません。
そんな地方企業の経営者の方々にお勧めしたいのが
「地方副業」マッチングサイト! 都市部の優秀な人材に、原則オンライン勤務という条件で業務を委託するサイトの活用
です。都市部で働く年収1000万円クラスの優秀な人材も、月額数万円程度でサポートしてくれるオトクな仕組みで、一般的に1件の募集につき15~18人の応募があります。何人と面談しても追加料金がかからず、採用してみて合わないと感じたら契約を打ち切ることもできます。
実際に地方副業のマッチングサイトを運営する4つの会社・団体の担当者に、
- 地方企業が都市部の優秀な副業人材を募集・迎え入れる際のポイント
- 副業人材を活用した地方企業の成功事例
などを聞きましたので、以降で紹介します。自社に新しい風を吹き込み、成長を軌道に乗せるための起爆剤としての副業人材の活用を、ぜひ、ご検討ください。なお、お話を伺った会社・団体と、それぞれが運営するマッチングサイトは、次の通りです(「」内がマッチングサイトの名称です)。
■NPO法人ETIC.(エティック)(東京都渋谷区)「YOSOMON!」■
https://yosomon.jp/
■みらいワークス(東京都港区)「Skill Shift」■
https://www.skill-shift.com/
■パーソルキャリア(東京都港区)「HiPro Direct for Local」■
https://talent.direct.hipro-job.jp/talent/for-local/top/
■リクルート(東京都千代田区)「サンカク」■
https://sankak.jp/
2 副業人材の採用は双方にwin-winなシステム
地方副業は、企業側、副業人材側の双方にメリットがあります。地方副業のマッチングサイト運営者に聞いた、企業側、副業人材側のそれぞれがマッチングサイトを利用する理由には、次のようなものがあります。
1)企業側がマッチングサイトを利用する理由
1.正社員よりも低価格、短期間で優秀な副業人材に仕事を依頼できる
副業人材の応募者の平均年齢は30~40代が7割以上で、正社員が6割程度、フリーランスが4割程度といいます。
- 正社員の人が自身のスキルを試すために副業をはじめ、慣れてきたらフリーランスに転身するケースもあるそうです(Skill Shift)
- 特に、30代後半が年齢のボリュームゾーンとなっており、現場で働きつつ、マネジメント経験もある人材が中心(サンカク)
- 本業での年収は600万円超が7割近くを占めており、2割は1000万円超と、本業である程度の実績があり、十分な稼ぎのある人が応募している(Skill Shift、サンカク)
こうした優秀な人材にもかかわらず、副業人材に支払う月額の報酬は、Skill Shiftでは月額5万円と、正社員よりも割安で仕事を依頼することが可能です。
マッチングサイトには、
- 採用の有無にかかわらず案件の掲載費用が発生するもの
- 案件の掲載や副業人材との面談までは無償で、副業人材を採用した段階で費用が発生する成果報酬型のもの
などがあります。例えば、サンカクの場合、副業人材とマッチングした場合に費用が発生しますが、案件を募集する文面の作成や応募者との座談会、面談に関しては、無償でサポートを受けることができます。
採用期間も「原則1カ月単位」(YOSOMON!)、「半年以上のプロジェクト」(サンカク)などで、募集した案件の事業が終了したり、マッチング後に事業がうまく進まなかったりした場合、速やかに契約を解除できます。
後述しますが、応募者の多くは、報酬目当てではなく、募集企業への共感や、地方への貢献、自らのスキルアップなど、高い“志”を持っているので、共に成長できる“同志”を見つけられる可能性が高いといえるでしょう。
2.買い手市場となっているため、人材の選択肢が広い
全てのマッチングサイトの担当者が口をそろえて話すのが、「今は買い手市場」ということです。サイトや案件によっても異なりますが、
- 1件の募集に対して、15~18人程度が応募してくる
- 応募者は企業の思いに共感して、企業に貢献できる自分のスキルを理解した上で応募するため、「質」が高い
そうです。
どのマッチングサイトでも、自社都合で募集を取り下げるケースなどを除き、ほとんどの場合は副業人材を迎え入れているといいます。
なかには、複数人との副業人材との座談会や面談をした結果、良いアイデアがたくさん出たため人数を絞りきれず、当初の予定よりも多く副業人材を迎え入れたケースもあるそうです。
もし、人選が難しい場合は、募集内容に適した能力や意欲の高い人材を、マッチングサイトの担当者が選んで薦めてくれることもあります。
3.面談だけでも優れた知見やアイデアを得ることができる
一般的に、マッチングサイトは何人の応募者と面談しても追加料金がかからないので、時間さえ都合がつけば、応募者全員とオンラインで面談することが可能です。
- それぞれの募集案件で、少なくとも5人の副業人材を集めて座談会を開いているケースもある(サンカク)
- 面談では応募者側が募集内容に応じた提案をしてくれるため、提案を聞くだけでも参考になるとして、「応募者全員と面談をした旅館業者もいる(Skill Shift)。
4.自社が抱えている課題を明確にできる
副業人材の採用活動を通して、自社に潜む本質的な課題が見つかったり、新たな課題を解決するための方法が分かったりすることも少なくないようです。
- 企業が副業人材を募集しようとする段階では、「『DX化を進めたい、販路を拡大したい』など、思いはあるものの、必要な機能や人材などの明確な要件定義ができていないことが多い(サンカク)
このため、マッチングサイト運営者のサポートや応募者からの提案によって、本質的な課題や、課題解決のために必要な人物像や解決策が導き出されるケースが多いようです。
2)副業人材側がマッチングサイトを利用する理由
1.企業への共感
副業を志望する理由として、報酬も重要な一方で、その企業への共感や、その企業を応援したいという気持ちで応募する人が多いといいます。
- 副業先の企業が気に入って、そのまま転職したケースもある(Skill Shift)。
2.地域貢献、地方創生
自分の出身地や住んだことがある場所、旅行で訪れて気に入った地域など、思い入れのある地域の企業に、移住・転職を伴わず貢献できることを魅力に感じて応募する人も少なくありません。
- 将来的に地方への移住や出身地に戻ることを検討しており、その地域を知る足掛かりとして副業を始める人や、地方の人とのつながりを楽しんでいる人もいる(HiPro Direct for local)
- もともと地方の出身者で、地元とのつながりを持ちたい、都市部で得たスキルや経験を還元したいという思いを持った人もいる(サンカク)
3.キャリアアップ
正社員として勤務している企業では経験できないような、経営企画などの業務を副業として行うことで、自らのキャリアアップにつなげることを目的としている人もいるそうです。
- 副業人材にとってのメリットは、経営陣と直接仕事のやり取りができ、自分のアイデアで会社が変わっていく様子を目の前で実感できること。マネジメントになった人事部門の部長クラスの人が、現場の感覚を忘れないために応募するケースもある(サンカク)
4.日常では得られない体験
日常の中では得られない体験を求めて、地方副業に応募するケースもあります。
例えば、Skill Shiftでは、現地の視察と絡めた副業体験として、福島県いわき市で2泊3日のクラフトビールの発展に向けた課題解決プログラムと、参加者によるクラフトビール発展のためのアイデアのプレゼン大会を開催しました。
また、スポーツによるまちおこしとして、アメフト社会人リーグ・Xリーグのクラブチームの広報・PRの副業案件もあります。他の副業案件と比較して謝礼が低額となる代わりに、オフィシャルポロシャツの贈呈や練習・試合観戦の特典があり、通常の副業にはない珍しい体験といえます。
他にも、漁業・水産業者向けに特化した地方副業のマッチングサイトである「GYOSOMON!」(ギョソモン!)では、副業人材への報酬は金銭ではなく「魚」となっています。このサイトはYOSOMON!が共同で運営しており、「応募者は、副業の報酬として、ご近所などに配らないといけないほどの大量の魚が送られてくるという、日常ではできない体験に魅力を感じる人が多い」といいます。
3 副業人材を募集・採用する際の勘所
1)自社のファンになってもらう
副業人材に共感してもらうには、自社のファンになってもらえるPRを行うことが重要です。
- 募集の文面を作る際は、企業が目指している姿や、社内の人が気付いていないような、企業の魅力を掲載するようにしている。副業人材との面談でも、企業の実現したいことや、企業ならではの魅力を話すとよい(HiPro Direct for Local)。
2)募集する業務を絞るよりも課題を示す
副業人材とのマッチングに成功する秘訣は、「経営課題を示す」ことにあるようです。
- 「業務のアウトソースとは異なる」ことを意識し、「経営課題を一緒に考えてくれるパートナー」というイメージで採用すべき(Skill Shift)。
- 募集に際しても、「これをしてください」と細かく決めるより、今、企業がどんなことに取り組んでいて、どんな困り事があるのかを掲載して、協力、支援をしてほしいというニュアンスの文面のほうがよい(YOSOMON!)
3)経歴や肩書だけで選ばない
マッチングサイト運営者の多くは、採用に関しては、経歴や肩書にとらわれず、熱意や提案内容を重視すべきといいます。
- 経歴や条件面よりも、企業や地域への思いがどれだけあるか、企業の課題に対してどんなアイデアで解決できるかという視点で選考をしている企業が、副業人材とうまくマッチする(Skill Shift)
- 副業人材側も企業の募集案件をきちんと読み込んだ上で応募をしているので、経歴や条件面よりも、面談を通じての相性・フィーリングで採用する人材を判断するほうがマッチする(YOSOMON!)
また、「上から目線」の応募者は避け、“同志”としてふさわしい人材を選んだほうがよいようです。
- 面談をした応募者の「一緒に汗をかきましょう」という言葉を聞いて採用を決めた企業もある(サンカク)
4)既存の社員を巻き込む
副業人材の働き方としては、経営者のブレーンのような形で相談相手になる場合と、既存の社員と協業する場合があります。
既存の社員と協業する場合、社員が副業人材の存在に反発して、マッチングがうまくいかないケースもあるようです。
副業人材を採用する場合、ノウハウを社員に落とし込むことも大切なので、副業人材との面談は、経営者だけでなく、現場の社員も参加できるとよいでしょう。事前に社員のコンセンサスを得ておき、「社長が思いつきで変なことを始めた」と思われない状態からスタートすべきといえます。
5)副業人材の稼働時間を考慮する
副業人材の場合、本業以外の時間帯で稼働するため、自社の就業時間外や週末にやり取りをすることがあります。オンラインでも円滑にやり取りするために、チャットツールなどの用意は必須になります。副業案件によって異なりますが、週1回~月1回の頻度でオンライン面談を開き、それ以外はチャットツールを活用して、副業人材とやり取りを進めているケースが多いといいます。
課題だけ明示する形であれば、副業人材のほうで必要な作業を、自分でスケジュールを立ててやってくれるようになります。
6)時には顔合わせも必要
副業案件の多くはウェブマーケティング、ECサイトの強化、事業戦略の立案など、リモートワークでも進められるものですが、お互いの理解を深めるためにも顔合わせは必要です。
企業によっては、プロジェクトを始める際に副業人材を企業側の費用負担で現地に招き、顔合わせをして親睦を図ったり、設備や工場を見学してもらったりして、自社への理解を深めてもらう取り組みをしているところがあります。副業人材の側から、現地で顔を合わせることを希望するケースも少なくないようです。
4 副業人材の成功事例
1)副業人材がファシリテーターになって社員のアイデアを募集(HiPro Direct for Local)
来客数増加を課題にしていた、地域に数店舗を展開するスーパーマーケットが契約した副業人材は、既存の社員からのアイデアを募集することを提案しました。副業人材がファシリテーターになって社員を集めた会議を開催したところ、社員からさまざまなアイデアが出され、実際に採用したアイデアも生まれたそうです。
会議を行うことによって、社内コミュニケーションの活性化にもつながったといいます。
2)ECサイトの全面改修などで売り上げが前年度の17倍に(サンカク)
石川県のある和菓子製造販売会社では、ECサイトのテコ入れが課題となっていました。当初、経営者はSNSの活用によるテコ入れを想定して副業人材を募集しましたが、応募者を集めた座談会では、応募者側からサイトの改修などさまざまな提案が出て、応募者同士でも提案のブラッシュアップが行われるなど、盛り上がりを見せたといいます。
そこで経営者は座談会に参加した応募者5人を、それぞれ担当分野を決めた上で採用し、社内の若手社員数人とともにプロジェクトチームを結成。ECサイトの全面的な改修だけでなく、デジタルマーケティング戦略の上流から再設計し、企業のウェブページとECサイトを含めて最適化に取り組んだことで、ECサイトによる売り上げは前年度の17倍に達したそうです。
劇的な成果を目の当たりにして、既存の社員のモチベーション向上や育成にもつながり、新たなスキルを身に付けようと、自ら勉強を始める社員も現れるようになったといいます。
3)能登半島地震被災した和菓子店舗の再建プロジェクトで副業人材が活躍(Skill Shift)
石川県珠洲市にある創業116年の和菓子店「多間栄開堂」は、令和6年能登半島地震の影響で、店舗(工場含む)兼自宅が全壊の認定を受け、更地となってしまいました。周りからの応援もあり、菓子製造店舗の再建を決意し、クラウドファンディングで資金調達をすることを目的に、副業人材を募集しました。
募集の結果、令和2年に熊本県人吉市で豪雨災害があった際に、地域の中小企業で支援するセンター長として30件のクラウドファンディング支援の経験のある方が副業人材としてマッチングし、プロジェクトを推進しています。目標金額を2倍以上も上回る結果となりました。
以上(2025年5月更新)
pj00656
画像:tiquitaca-Adobe Stock
甘い組織ではない「心理的安全性」のつくり方
1 「心理的安全性」は決して甘いものではない
経営環境が劇的に変化する中で、組織の意思決定にもバージョンアップが求められています。社長や一部の幹部が過去の経験で「えいやっ!」と決めるスタイルでは、今の延長線でしか進むことができず、新しい発想が生まれてこないからです。
会社は社内外から幅広く意見を募り、それを受け止めて議論できる組織に生まれ変わる必要があり、それを実現するキーワードが「心理的安全性」です。
心理的安全性を確保するとは、社員が「これを言ったら間違えているかもしれない……」などと考えて、意見を言いにくくなってしまう環境を改善すること
でもあります。「それだと、相手に遠慮するだけの甘い組織になってしまうのでは……」と思うかもしれませんが、大きな誤解です。心理的安全性を解説する「恐れのない組織――『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」に次のような一節があります。
- 心理的に安全な環境で仕事をすることは、感じよくあるために、誰もがいつも相手の意見に賛成することではない。あなたが言いたいと思うあらゆることに対して、明らかな称賛や無条件の支持を得られるわけでもない。むしろ、その正反対だと言ってもいい。心理的安全性は、率直であるということであり、建設的に反対したり気兼ねなく考えを交換し合ったりできるということなのだ。
- 心理的安全性とは、高い基準も納期も守る必要のない「勝手気ままな」環境のことではない。職場で「気楽に過ごす」という意味では、決してないのだ。このことは肝に銘じておいたほうがいい。(*)
どうでしょう。心理的安全性に対する印象が変わりますよね? 言い換えれば、
心理的安全性とは、社員が組織の一員として自覚を持ち、共通の目標を達成するために、学習を通じて自らを高めていけること
であり、むしろ、見方によっては厳しいことなのです。この心理的安全性の確保を意識しながら議論し、決断できる組織に変革していくためのヒントをご提案していきます。
2 優秀な社長が生み出す集団圧力と集団浅慮のわな
一般的に、組織における意思決定は個人よりも合理的に思えます。しかし実際は、個人ならまず下さないような筋の悪い決断をしていることがあります。いわゆる「集団圧力」の影響です。ピア・プレッシャーや同調圧力ともいわれるもので、要は、
少数意見を持つ人に対し、多数派と同じ意見にするように無言の圧力をかけること
です。客観的に見て少数意見のほうが正しくても、「その他の多数と違うので、間違えているのだろう」と、意見の正当性が否定されてしまいます。「集団浅慮(グループシンク)」という問題もあります。集団浅慮とは、
早く結論を出すことにとらわれ、きちんと検討せずに決めてしまうこと
です。その結果、プランA~Cがあったとして、最もリスクが高いプランCを「何とかなるさ。早くこれに決めて実行しよう!」と決断してしまいます。
これまでの研究から、集団圧力や集団浅慮が生じやすい組織の特徴として、
- 集団の結び付きが強い
- 外部から隔離されている
- 優秀で強いリーダーがいる
などが考えられています。つまり、
長年、社長がコツコツと作り上げ、収益も安定している組織こそ、実は間違えた決断をしてしまうリスクが高い
ことが分かります。今、こうした組織体制を見直すことが求められています。
3 間違えた判断プロセスから脱却するには?
では、どのようにすればよいのでしょうか? その答えが冒頭で紹介した「心理的安全性の確保」です。社員が発言しないのは、「自分自身が無知・無能である」と思われたくないからなので、これを何とかする必要があります。
ただし、「よし!」とばかりに社長が旗を振って声高に推進すると、上層部の結束が強い組織ほど、幹部たちが真っ先に反応します。幹部たちは社長におもねることなく、ただ改善を成功させたいという思いから、いつも以上に大きな声で意見を出すわけです。ただ、この光景を客観的に見ると、一部の人だけが意見を言い、それによって判断されるという【いつものあれ】になっているわけです。
組織を変えたければ若手を巻き込むべきです。「若手でも意見を言える」という事実は、社員に大きなインパクトを与えるからです。これを実行する際のヒントになりそうなことを、宇宙飛行士の野口聡一さんが過去にテレビのインタビューで答えていたので紹介します。あくまで筆者の解釈ですが、内容は次の通りです。
- 明確な指示:しっかり教え、分かりやすく教えてほしい
- 承認:自分の意見を認めてほしい
- 責任:失敗しても、その責任をとってほしい(**)
これを実現することが、若手から意見を吸い上げるための1つのヒントになるでしょう。筆者はここに、
- 事前確認:会議などの前に発言を求めることを伝える
を付け加えたいと思います。いきなり話を振られた若手が混乱することがないように、事前に「意見を求めますよ」と伝えておくわけです。こうして実際に若手が意見をいったら、ぜひ、試していただきたいのが、いわゆる「おうむ返し」です。若手の発言を、社長や幹部がそのまま繰り返します。若者からすると、
相手は自分の意見をしっかり聞いてくれて、否定もしていない
となります。ここを起点に議論が始まればよいわけです。
4 ノイズは排除する
組織の議論を活発にするために、社長や幹部が果たすべき役割は非常に大きなものです。また、この活動は根気よく続けなければなりません。
これを踏まえた上で最後に補足をすると、出てくる意見の全てを受け入れる必要はありません。同じテーマで議論をした場合、議論の中身やアウトプットの質は「メンバーの本気度×能力×知識」で決まることは間違いありません。そのため、
- 明らかに見当違い
- 勉強不足でレベルが低い
- 自身の保身しか考えていない
などの意見はノイズでしかないので、相手にする必要はありません。逆にいえば、
(経営者)その意見って見当違いなんじゃない。何を根拠に言っているの?
(若手)あ、確かに。私がズレていましたね
などと気兼ねなく言える関係を、心理的安全性が確保された状態というのでしょう。
【参考文献】
(*)「恐れのない組織――『心理的安全性』が学習・イノベーション・成長をもたらす」(エイミー・C・エドモンドソン(著)、村瀬俊朗(解説)、野津智子(訳)、2021年2月)
(**)「ワールドビジネスサテライト“究極のテレワーカー”野口聡一宇宙飛行士の仕事術(2021年4月19日)」(テレビ東京、2021年4月)
以上(2025年6月更新)
pj10057
画像:buritora-Adobe Stock