資金調達を考える上で、ベンチャーキャピタル(以下「VC」)はメジャーな選択肢の1つです。一方で、「VCとは何か」「企業をどのように支援してくれるのか」といったことに漠然としたイメージしかなく、理解を深めたいとお考えの方も多いのではないかと思います。
今回は、株式会社産業革新機構(以下「INCJ」)元マネージング ディレクター/日本ベンチャーキャピタル協会理事、現在は株式会社Global Hands-On VCにて代表を務める安永 謙氏にインタビューを実施しました。
「スタートアップ投資と成長のさせ方」をテーマとし、投資を受けたい/投資をしたい、どちらの立場の方にとっても、学びの多いお話をいただきました。
1 安永氏の経歴
安永氏は、日商岩井株式会社(現双日)、日商岩井アメリカ株式会社で経験を積まれた後、Co-Founderとして立ち上げたアメリカのVC(Entrepia Ventures)で投資経験を重ね、帰国後日本ベンチャーキャピタル協会理事を務めた後、株式会社INCJで戦略投資グループのマネージングディレクターを務められました。
シリコンバレーでベンチャーキャピタリストとしての研鑽を積まれ、特に技術領域では、半導体、ストレージ、セキュリティなど、ソフト/ハード問わず幅広く投資を行い、日本の技術系スタートアップの海外進出支援の実績も多数お持ちです。
現在は、半導体スタートアップのCFOを兼任しながら、日本の技術系スタートアップの海外進出支援を行う「Global Hands-On VC」(以下「GHOVC」)の立ち上げを進めています。
GHOVCは、安永氏の他に、日本VC界の重鎮であるアレン・マイナー氏、DEC・Microsoft・Googleなどで経験を積んだ著名なエンジニアの及川卓也氏、安永氏が師と仰ぐ連続起業家のシュリ・ドダニ氏、スタンフォード大学で教鞭を取るリチャード・ダッシャー氏などから成る夢のスタートアップ支援チーム。
海外進出の経験、海外での会社経営経験、グローバルに通用する商材を開発・販売した経験を持つメンバーが集まり、日本の技術系スタートアップが海外へ進出するための支援をします。
その他にも、経済産業省・文科省・内閣府などのベンチャー関連のアドバイザー、大学でのアントレプレナーシップ教育も兼務するなど、その実績は枚挙にいとまがありません。
長年にわたり、日本のVCとスタートアップ業界を牽引してきたベンチャーキャピタリストです。
2 シリコンバレー流 企業を成長へ導く「ハンズオン投資」とは
ベンチャーキャピタリストは、将来成長が見込めるスタートアップ企業に対して出資を行うベンチャーキャピタルの投資担当者を指します。
投資後は、スタートアップ企業の経営を助け、成長を支援します。
文字にすると非常にシンプルではありますが、安永氏が提唱するハンズオン投資では、より深く、近い距離で、経営者の悩みに寄り添った支援をしていきます。
具体的に安永氏が行うスタートアップ支援には、以下のようなものがあります。
1)資金調達と、調達した資金の使い方に関するアドバイス
企業運営において重要であり、多くの経営者を悩ませているのは「お金」に関する問題です。ハンズオン投資では、お金を出して終わりではなく、それを企業の成長のために適切に使うための相談に乗ります。
投資先に対してマイクロマネジメントを行うのではなく、現時点で企業が何をすべきか、そのためにどれだけの資金をつぎ込むのか、次のチャレンジに向けた資金調達をどうするかといった考え方を共有し、共に計画策定に臨みます。
また、「苦しい時ほど寄り添う」というのが、安永氏が大切にしてきた価値観です。投資先企業を信頼し、資金繰りが厳しい時こそ親身に相談に乗り、時には追加で出資を行なうこともあります。
2)グロースストーリーの策定、事業推進支援
自社の商品・サービスを携え、どのマーケットに打って出るのか。その後の展開はどうするのか、大まかな成長ストーリーを経営者と共に策定していきます。
例えば、SaaSのサービスを持つIT企業の場合、イニシャルのマーケットを押えたら、次はどのマーケットを目指すのか。そのためのセールスチームのつくり方と、KPI設定などを考えると同時に、事業の選択と集中についても話し合い、「受託開発的なことはやらない」など、企業としての方向性を定める支援をします。
3)人材の採用、チームづくり
固定費としての割合が大きい人件費は、経営者にとって慎重に検討しなければならない事案の1つです。
どんな人を、どのフェーズで採用するのか。その人がチームに溶け込んでくれるまでの時間を鑑みながら、採用とチームづくりのアドバイスを行います。
4)ビジネスのピボットに関するアドバイスと支援
「事業は生き物であり、マーケットに合わせてその姿を変えなくてはならない」と安永氏は語ります。そのため、「このビジネスのために投資したのだから」ということにこだわるのではなく、いかに適切にピボットさせていくかを経営者と話し合い、適切な支援を行います。
このように全体のストーリーづくりからチームのKPI設定、人の採用など、ハンズオン投資で支援する領域は幅広くあります。
1年目、3年目、5年目と、成長に合わせた各フェーズで、スタートアップはさまざまな課題に直面するため、それに合わせてベンチャーキャピタリストに寄せられる相談の内容も、おのずと広がっていくのです。
課題に対する解決方法は必ずしも1つではありませんが、ベンチャーキャピタリストは、過去の知見やノウハウを元に、経営者により正しい決断ができるヒントを与えてくれる存在です。
3 海外進出を成功させるために必要なポイント
数多くのスタートアップを支援してきた安永氏ですが、中でも日米のVCで培った経験を活かした海外進出のノウハウに多くの経営者が助けられてきました。
ここでは、安永氏が実際にどのように海外進出を支援しているかをご紹介します。
1)マーケットを見極め、適切な商品を、適正価格で売る
当然ながら、はじめは進出国の選定からスタートします。
競合が多いか、少ないか。自社の商品がフィットしそうな市場はあるか。
保有する商材の中で最もマッチする市場をセレクトします。
そして価格設定についても、競合と比較の上で、「あえて高価格に設定する」「圧倒的に低価格に設定する」などの工夫をします。
2)現地へ赴き、現地法人のトップを見つける
創業したばかりのスタートアップの場合、進出方法として現地の企業と代理店契約を結ぶというのはあまり現実的ではありません。いかに現地法人を任せられるトップを探し、権限移譲していけるかが成功の鍵となります。
また、採用後も、はじめは自社の方向性や文化を浸透させるため、ファウンダーの1人が現地に残り、寄り添うことを勧めています。
シリコンバレーなど、安永氏が運営するGHOVCのメンバーがいるエリアでは、採用の支援まで行うことも可能だそうです。
3)現地化に向け、売れる仕組みと継続できる兵站(へいたん)を整える
現地化を成功させるためには「現地社員のモチベーションが上がるようなインセンティブが設定できた」など、「売れる仕組みづくり」が不可欠です。
また、現地化は一朝一夕でできるものではないため、長期的な目線を持ち、充分な兵站(=資金やパートナーなどのリソース)を準備することも重要となります。
4 成長する企業に必要な「アンフェア・アドバンテージ」
多くのスタートアップ企業を支援してきた安永氏が、支援する企業に一貫して伝えているのが、「アンフェア・アドバンテージ」という考え方です。
アンフェア・アドバンテージとは、わかりやすく表現すれば、「これをやれば、競合は敵わない」というような、競合に対する圧倒的な優位性のことを指します。
例えば、半導体であれば、競合と比較して圧倒的に速い処理速度、圧倒的に低い消費電力など、圧倒的に勝る技術力のことです。ソフトウェアであれば、競合と比較して圧倒的に優れたUI/UX、圧倒的に低価格な導入コストなども、アンフェア・アドバンテージと言えます。
もちろん、技術で圧倒的に勝ることが理想ではありますが、それが難しい場合には、「仕組み」で競合を上回ることもできます。
例えば、安永氏が支援する、あるストレージ事業の企業では、シリコンバレー進出にあたりAWS(Amazon Web Services)とパートナーシップを結びました。
これを実現させた企業が他になかったため、同社ではそれが圧倒的なアドバンテージとなり、GoogleのGCP(Google Cloud Platform)、MicrosoftのAzureとも提携を進めた他、BIツールとも連携してストレージ内の分析ができるようにサービスを改善していったのです。
結果として、このエコシステム自体がさらに他社が追随できないアドバンテージとなり、売上が約30倍まで伸長していきました。
もちろん、パートナーとなる企業に対して「当社と組めばこんなメリットがあります」といえる強みは必要ですが、技術的なパフォーマンスだけではなく、サプライチェーン自体がアンフェア・アドバンテージとなった成功事例です。
5 スタートアップが成長するために、起業家/投資家に必要なマインド
多数のスタートアップやVCと共に仕事をしてきた安永氏から見て、事業を大きく成長させる起業家/投資家に共通するポイントはあるのでしょうか。
それぞれに共通するポイントについて、教えていただきました。
1)起業家に必要な3つの要素
1.事業をやり遂げる情熱
まず、起業家にもっとも必要な要素として、安永氏が挙げたのは「事業をやり続ける情熱」でした。
もちろん、技術が必要な事業であれば、「こういうものがつくりたい!」といくら言っても、それを実現する技術力やスキルがなければ、それは机上の空論です。技術があっても、マーケットが受け入れるには時間がかかります。最初は受け入れられなくても、マーケットに合わせて商品やビジネスモデルを変えながら、事業をやり続ける・やり通す情熱がなければ、スタートアップに成功はないのです。
2.ステークホルダーを巻き込むコミュニケーション能力
次いで重要なのは、「コミュニケーション能力」だといいます。
安永氏が尊敬し、GHOVCのメンバーでもある起業家・経営者のシュリ・ドダニ氏は、元々安永氏が出資していたスタートアップのCEOでした。
安永氏のVCからは5%程度の出資しかしていなかったものの、ドダニ氏は経営判断の際には必ず「こんなことをしようと思うけど、理解してもらえるか?」と安永氏に確認を取っていました。
また、ドダニ氏は困っている時にはそれを正直に伝え、自信がある時には自信がある、ということをはっきりと伝える経営者でもあったそうです。
恐らくドダニ氏は、他の投資家や従業員、ステークホルダーに対しても安永氏への対応と同様に、真摯で丁寧なコミュニケーションを取っていたのでしょう。
彼のコミュニケーション能力は、従業員のモチベーションを高め、投資家やステークホルダーからの共感を集めることに大きく貢献しました。
3.常に大きな商売のことを考えるアイデアマン
最後に安永氏が挙げた要素は、「大きな商売を見据えたアイデアマンであること」です。
優れた経営者というのは、少しの時間話すだけでも「この事業をもっとこうしたら」「あの事業とくっつけたら」「こんな売り方をしたら」と湧水のようにアイデアが出てきます。
そして「儲かる」とは目先の利益ではなく、将来の数十億・数百億という利益を見据えているのです。
安永氏が過去に仕事をした仲間の中に、自身が経営する企業を上場させ、大きなエグジットを成し遂げた人物がおり、彼はまさにそのタイプだったといいます。
どうしたら儲かるのかをいつも考え、「数億で喜んでいたらダメ。数十億・数百億を目標に置かなくては」と常々語り、時には雑誌社を買収するようなダイナミックなお金の使い方をしました。
その一方で、コストマインドも高く、出張先で安いレンタカーを探すような地道なコスト削減を自ら行う、謙虚な経営者でもあったそうです。
2)投資家に必要な3つの要素
1.主人公は経営者であることを理解する、良きメンター
投資家に必要な要素の1つ目は「主人公は経営者」という認識を持っていることです。
投資家はパートナーであり、経営者との間に上下関係はありません。
経営者やメンバーが本当にやりたいことをやるために必要なものを揃えてあげて、時にはその知見やノウハウを経営者にシェアしてヒントや気づきを与える良きメンター。
それが、安永氏が考える投資家の理想の姿です。
2.付加価値があること
1.で挙げたような良きメンターであるためには、投資家自身に、経営者にシェアできる「付加価値」がなくてはなりません。
例えば、トップ営業の支援ができるだけのコネクション、セールスの組織を育てた経験、エンジニアのマネジメント経験、プロダクトマネジメントのノウハウ、経営ノウハウなどです。もちろんすべてを持っている人はいないでしょうが、何かしらの付加価値を持って、経営者を支援できる経験値は必要不可欠です。
3.自ら手を動かした経験があること
ここまでの話ともつながりますが、投資家は自ら手を動かした経験を持つべきだと安永氏は語ります。
経営者は企業の成長過程で、さまざまな困難にぶつかります。
MBAなどの経営の知識を元に解決を試みるものの、「論理的にはそうだけど、それでは解決できないから困っているのに!」という状況は多々あるのです。
そんな時、投資家が同じような苦労をしたことがあれば、経営者も心を開いて話を聞いてくれるでしょうし、より現実的な解決策が見つかります。
シリコンバレーでは元経営者がVCに入ることが多く、このように自らの経験をシェアして育てる、という文化が根付いているといいます。
6 VCは、たくさんの人を幸せにするエキサイティングな仕事
最後に、ベンチャーキャピタリストとして熱い想いを持つ安永氏に、仕事にかける想いを語っていただきました。
私は、「生きている中で、たくさんの人を幸せにしたい」という想いのもと、情熱を持ってベンチャーキャピタリストを続けています。
私自身は起業家にはなれませんでしたが、自分たちでアメリカでベンチャーキャピタルを立ち上げた時に、組織が大きくなっていくワクワク感を味わってきました。
また、シリコンバレーでは、すばらしく優秀な経営者の方々と出会い、謦咳に接する幸せを感じました。そして、「人生においてチャレンジする喜び」を知ることができました。
一方で、日本には、良い商品・サービスを持ち、優秀な経営者・良いチームを持つ企業がたくさんあるにもかかわらず、グローバルに出て成長していく企業がそれほど多くないと思っており、この状況を変えたいという想いもあります。
だからこそ、日本企業の海外進出を支援する、GHOVCを立ち上げました。
GHOVCには、自分たちが手を動かし、成功・失敗を重ねてきたアントレプレナーが揃っています。
このチームの力を活かして、自分が味わったようなワクワク感や、チャレンジする喜びを、もっと多くの人に知ってもらいたい。
そして、国内の上場までをゴールとするのではなく、グローバルに出て、ユニコーン企業へ成長を遂げる日本のスタートアップ企業を、より多く輩出していく。
それが今の私の願いであり、情熱の源となっています。
以上
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2022年3月28日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
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