チェックリストで確認する「経理部門」のBCP【中小企業のためのBCP】

書いてあること

  • 主な読者:経理部門のBCP(事業継続計画)を策定・定着したい経営者
  • 課題:万一の際、経理業務が中断すると、企業活動の継続がままならなくなる
  • 解決策:リスクシナリオを想定して対策を講じる。また、当面の運転資金を確保する

1 経理部門におけるBCP策定が必要なわけ

企業において「カネ」を管理する経理部門は、決算業務(決算書・申告書の作成など)の他、現金の管理・出納業務、各種伝票の起票や請求書の発行など多岐にわたる重要な業務を担います。これにより、人間の血液のように企業にカネが循環し、事業活動をスムーズにしています。もし、災害などで経理の機能がストップしたら、事業活動に大きな影響を及ぼすため、

経理部門に特化したBCP

の策定が必要です。

災害のみならず、さまざまなリスクを想定し、どのような事態が起こるのかを把握していかなければなりません。

2 経理の機能がストップした場合のリスクシナリオ

経理業務を中断せざるを得なくなるリスクには、地震・津波などの広域災害、火災、感染症のまん延、情報システムの故障などがあります。これが顕在化した場合、オフィスや工場などの閉鎖、情報システムの使用不能、社員の勤務(出社・リモート)が不可能になるなどの被害が出る恐れがあります。

その際のリスクシナリオは次の通りです。

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最悪のシナリオは、

地震・津波などの広域災害、電気などの社会インフラの故障、デモなどによるオフィス・施設の破壊が生じて、オフィスや工場などの閉鎖、情報システムが使用不能、社員の勤務(出社・リモート)が不可能という3つの被害が「同時」に発生すること

です。BCP策定の際は、このような最悪の状況も想定しなければなりません。

3 当面の運転資金はいくら必要か?

緊急時は、事業継続に不可欠な経営資源が不足することに加え、急激かつ大幅に収益が落ち込む恐れがあります。そのため、当面の運転資金やオフィス・機械の修理に必要な復旧資金の確保が重要な課題となります。同時に取引先や、社員に対する給料の支払いも重要です。

そのような状況において、

経理部門は被害額を算出し、運転・復旧資金の見積もりを行うなど、通常の業務以外に重要な業務を任される

ことが想定されます。これらの見積もりは、経営者層がBCPを実行するに当たっての判断材料として、資金繰りや復旧スケジュールの決定などに大きな影響を与えるでしょう。

なお、決算や税務申告については、東日本大震災や新型コロナ感染症の感染拡大時などのケースにもあるように、一定期間の猶予が認められると想定されます。

4 支払いの遅延を防ぐための考え方

1)オフィスや工場などの閉鎖

オフィスや工場などが使用不能となった場合の対策は、

決算書、仕訳帳・現金出納帳、伝票などの重要書類を電子データ化し、別の場所(クラウドを含む)に保管すること

です。また、本社と支社が分かれている場合、被災した本社または支社の業務を、一時的に他の場所に移すことも検討しましょう。

2)情報システムが使用不能

情報システムが使用不能となった場合の対策は、

会計システムなどの基幹システム・データのバックアップ、複数のサーバーを置くこと

です。そうすることで、経理機能を他の支店などに移す場合もスムーズになります。また、インターネットバンキングを利用していれば、移動先でも資金決済などができます。

3)社員の勤務(出社・リモート)が不可能

社員が出社することも、リモート勤務することもできなくなった場合は問題です。一般的に経理業務は専門性が高く、また内部統制の観点から、担当者間の職務分掌(責任と権限の所在が分かるよう業務を整理・配分していること)が徹底されています。そのため、同じ経理部門でも担当外の業務を代行するのは難しいのです。それに、決済の権限がないために業務が進められないことも想定されます。

このようなケースを想定した対策は、

担当外業務の代行訓練、緊急時の権限移譲ルールの明確化、業務のマニュアル化

です。

5 被害額の算出、運転・復旧資金の見積もり

1)他部門間との連携方法を決めておく

緊急時に、被害額の算出、運転・復旧資金の見積もりなどの特別業務を行うためには、誰が、どの業務を、どのように進めるかを、事前に決めておく必要があります。被害状況の情報収集先となる部門とも事前に連携方法を決めてきましょう。

2)必要資金の見積もり

緊急時に、運転・復旧に十分な資金を確保することは簡単ではなく、事前の準備が重要です。万一の場合に備え、事前に緊急時の財務状況(復旧費用総額、キャッシュフローなど)を見積もり、それに基づいて必要な資金を確保しておくことが理想です。

中小企業庁が「中小企業BCP策定運用指針」で、財務診断モデルを紹介しているので参考になります。

■中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」財務診断モデル■

https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/bcpgl_download.html#excel

3)緊急時の資金調達方法

追加の資金が必要になったら、政府系金融機関、民間金融機関などの貸し付けを検討します。

なお、災害発生時には政府系金融機関や国、地方自治体などが特別な融資制度を設ける場合も多いので、情報収集や活用の検討を行いましょう。加えて、復旧資金については、事前にオフィスや機械の損害保険、共済などに加入しておくことも有効です。

緊急時は、経理の責任者が経営者の代わりに資金繰りなどを任されることもあるでしょう。そうした場合に備え、経理の責任者は、日ごろから経営者と緊急時の財務管理について認識を共有しておく必要があります。

6 BCPを策定・定着させる

検討した対策をBCPとしてまとめます。その際、「全社共通」「リスク別」「部門・チーム別」などのようにレベル分けすると管理しやすくなります。さらに、BCPの発動基準や発動時の態勢、関係者の連絡手段なども明らかにします。

また、BCPは策定しただけでは十分に機能しないので、定期的な訓練や勉強会を行って組織全体にBCPを浸透させましょう。同時に、BCPの有効性も定期的にチェックし、必要に応じて内容の見直しを行うことが大事です。

7 経理部門におけるBCPの策定チェックリスト

1)ヒト

  • 災害が勤務時間外に起こった場合も、社員と連絡が取れるか?
  • 経理の責任者や実務担当者が勤務できない場合のルールは明確か?
  • 緊急時における業務の優先順位は明確か?
  • 緊急時における業務の役割分担はできているか?
  • 被害額の算出など、緊急時特有の業務について担当者は理解しているか?

2)モノ

  • オフィスの設備に転倒防止などの措置が施されているか?
  • オフィス周辺のハザードマップは把握しているか?
  • オフィス以外の場所(クラウドを含む)に情報のバックアップを保管しているか?
  • 情報伝達の手段、ルールは明確か?
  • 情報システムが停止した場合の代替案は決まっているか?

3)カネ

  • 事業が中断された際の、期間ごとの損失を想定しているか?
  • 1~2カ月分程度の運転資金に相当するキャッシュを確保しているか?
  • 損害保険で十分にリスクの移転ができているか?
  • 災害復旧を目的とした融資制度を把握しているか?
  • 緊急時の仕入れ先への代金、社員への給与の支払い方法を決めているか?

以上(2024年9月更新)

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【資金繰り】税金の中間申告・納付を正しく理解して安定した資金繰りをしよう

書いてあること

  • 主な読者:納税がどのタイミングで資金繰りに影響するのかを知りたい経営者
  • 課題:確定申告のときだけではなく、年に数回の中間納付があるがよく分からない
  • 解決策:法人税と地方税(住民税・事業税)は年に1回、消費税は最大年11回の中間申告・納付が必要

1 中間申告・納付の時期と金額を正確に把握しよう

税金の納付は期末の決算後だけではありません。年度の途中にも中間申告・納付があって、これが資金繰りに直結する問題になることがあります。注意したいのは、

中間申告・納付は税金の種類ごとに、また確定納付額などで納付時期や回数が異なるため、前期どおりと考えてはいけない

ということです。中間納付額は、当期末に算出される確定納付額から精算されます。仮に中間納付額が当期の確定申告分より多ければ、翌期に還付されるものの、それまでの間は、その資金は事業活動には使えません。

中間納付額の計算方法は、

  1. 前期の実績に基づく計算方法
  2. 仮決算(詳細は後述)に基づく計算方法

の2つです。例えば、前期に不動産売却があって臨時的に所得が大きく生じた場合などは、

前期の実績に基づく計算方法ではなく、仮決算(詳細は後述)に基づく計算方法を採用して、実態に合った中間納付額を申告・納付する

などの対策が必要になります。ただ、こうした対策を講じるためには、中間申告・納付に関する基本を押さえておくことが前提となります。そこで、この記事では経営者も押さえておきたい中間申告・納付の基本を紹介します。

2 法人税の中間申告・納付

1)申告の対象となる法人

法人はその事業年度が6カ月を超えるときは、原則として、その事業年度開始の日から6カ月を経過した日から2カ月以内(例えば、3月末決算法人の場合は11月末まで)に、法人税の中間申告・納付をしなければなりません。

ただし、次の法人については中間申告・納付の義務はありません。

  • 新設法人の設立初年度や清算中の法人
  • NPO法人や公益法人、協同組合等の普通法人以外の法人
  • 前期の確定申告書に記載された法人税額が20万円以下である法人

なお、法人税の申告期限の延長の特例申請の承認を受けていても、中間申告の申告期限の延長はないので要注意です。

2)中間納付額の計算方法は2つ

中間納付額の計算方法には、

  1. 前期実績に基づく計算方法
  2. 仮決算に基づく計算方法

の2つがあります。

前期実績に基づく計算方法は、原則として前期の法人税額の半分を納めるという簡便な方法で、

前期の法人税額÷前期の月数(通常は12)×6=中間納付額

の算式で計算されます。

仮決算に基づく計算方法は、事業年度開始の日から6カ月間を一事業年度とみなして、決算(仮決算)を行う方法で、

一事業年度とみなした期間について、通常の確定申告書を作成するときと同様の税額計算

を行います。

もし、中間申告書の提出期限までに確定申告書の提出をしなかった場合、その提出期限において、前期実績に基づく計算方法による申告書の提出があったものとみなされます(みなし申告)。したがって、仮決算に基づく計算方法による中間申告を行おうとするときには、必ずその申告期限までに中間申告書を提出しなければなりません。

その他、法人税の中間申告書を提出する法人は、地方法人税についても同時に申告・納付をする必要があります。

3 地方税の中間申告・納付

法人の事業活動に関係する主な地方税には、

都道府県民税・市町村民税(以下「住民税」)、事業税、事業所税、固定資産税(償却資産税)など

があります。これらのうち、住民税、事業税は、法人税の中間申告制度(申告の対象となる法人や、中間納付額の計算方法、みなし申告)と同様の取り扱いになります。

また、事業所税や固定資産税(償却資産税)には、中間申告制度に関する規定はなく、年1回の申告・納付や年4回の賦課決定納付(自治体から納付額の通知を受けること)など、定められた納付期日(回数)により納付手続きを行います。

4 消費税の中間申告・納付

1)申告の対象となる法人

消費税の中間納付は、前期に納めた消費税額(以下「前期の確定消費税額」)によって中間申告の回数が異なります。

法人は、原則、前期の確定消費税額の区分ごとに決められている課税期間の末日の翌日から2カ月以内に消費税の中間申告・納付を行わなければなりません。

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なお、次の法人については中間申告・納付の義務はありません。

  • 新設法人の設立初年度(合併による設立を除く)
  • 前期の確定消費税額が48万円以下の法人
  • 消費税課税期間特例選択届出書の提出により、課税期間の短縮特例を受けている法人

なお、中間申告の義務がない法人でも、自身で選択して、年2回に分けて納付ができる「任意の中間申告制度」があります。

2)中間納付額の計算方法は2つ

中間納付額の計算方法には、

  1. 前期の確定消費税額に基づく計算方法
  2. 仮決算に基づく計算方法

の2つがあります。

前期の確定消費税額に基づく計算方法は、図表1で紹介した

中間申告の回数に応じて、前期の確定消費税額の6カ月相当額、3カ月相当額、1カ月相当額を中間納付額として計算する方法

です。この場合、前期の確定消費税額による中間納付額が記載された中間申告書および納付書が、所轄税務署長から送付(e-Taxを利用している場合にはメッセージ通知)されてきます。

仮決算に基づく計算方法は、図表1で紹介した

中間申告の回数に応じた中間申告対象期間を、一課税期間とみなして仮決算を行う方法

です。この計算方法を選択する場合は法人税の中間申告と同じく、提出期限までに中間申告書を提出しなければなりません。なお、仮決算によって控除不足額(還付額)が生じても、中間申告時点では還付が行われません。

その他、中間申告書の提出期限までにその提出がなかった場合には、法人税と同様に、前期実績に基づく計算方法による申告書の提出があったものとみなされます。

3)任意の中間申告

前期の確定消費税額が48万円以下の法人が任意の中間申告を希望する場合は、「任意の中間申告書を提出する旨の届出書」を所轄の税務署長に提出します。これにより、毎年、年1回の中間申告が行えます。また、任意の中間申告をやめる場合には、「任意の中間申告書を提出することの取りやめ届出書」を提出しなければなりません。

なお、届出をした法人が、提出期限までに中間申告書を提出しなかった場合は、その法人は、任意の中間申告書を提出することの取りやめに関する届出書の提出があったものとみなされます。よって、万が一、提出期限までに中間申告書の提出がなかったときでも、延滞金は発生しません。

5 申告・納付の年間カレンダー

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以上(2024年9月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:pexels

高齢歩行者との事故防止(2024/09号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

9月21日から秋の全国交通安全運動が始まり、全国の重点取り組みの一つに『歩行者の交通事故防止』があげられています。

昨年は、交通事故死者数、重傷者数ともに増加しました。死者数では、歩行中に亡くなった方が最も多く、なかでも 65歳以上の高齢者の占める割合が高くなっています。

今回は、高齢歩行者事故の特徴を考え、運転時に注意すべき点についてまとめてみました。

高齢歩行者との事故防止

1.高齢者事故の件数と発生要因

◆高齢者の死亡・重傷事故の割合

図1の令和5年中の交通事故での死者数は2,678人でしたが、そのうちで65歳以上の方は1,466人、全体の54.7%を占めています。重傷者数では36.7%が65歳以上の高齢者となっており、統計からは高齢者との事故では死亡・重傷事故になりやすい傾向が読み取れます。

高齢者の死亡・重傷事故の割合

出典:警察庁「令和5年中の交通事故の発生状況について」より当社作成

◆高齢歩行者との事故の特徴

65歳以上の高齢者の事故として多いのが歩行中の事故で、重傷者数の55.6%、死者数の70.6%が歩行中の事故によるものです。

図2の65歳未満では、路上横臥(ろじょうおうが) ※が最も多く、横断歩道・横断歩道以外の横断中に発生した事故は41%程度ですが、65歳以上の高齢者では横断歩道以外横断中に発生した事故が50.9%と最も多く、横断歩道横断中の事故を合わせると全体の約4分の3になります。

道路横断中の事故が突出して多いのが高齢歩行者との事故の特徴です。

※道路上に泥酔、居眠り等で横たわっていた時に事故が発生した類型​

高齢歩行者との事故の特徴

出典:警察庁「令和5年中の交通事故の発生状況について」より当社作成

2.高齢歩行者の特徴

なぜ高齢者には道路横断中の事故が多いのか?
その理由を考えるには一般的な高齢者の傾向について理解しておく必要があります。

高齢歩行者の特徴

◆一般的に高齢になると運動機能が低下し、ゆっくりした歩行になることで横断に要する時間が長くかかることになります。さらに筋力の低下で前かがみ姿勢になると、視野が狭くなり、視線も足元に向きがちになって周囲の危険を発見しにくくなります。

◆視力も低下するため、動く物や遠くの物が捉えにくくなったり、明るさの変化に慣れるのに時間が掛かるようになるため、車両の発見が遅れたり、接近してくる車両の速さや距離がつかみにくくなったりします。

◆認知機能の低下は、同時に多方向へ注意を向けながら、新しい情報を処理、判断していくことが苦手になる傾向があります。例えば、横断をはじめると注意は足元に向けられ、途中での安全確認がおろそかになり、横断の後半では車両の接近に気付きにくくなります。

※上記は、いずれも個人差があります。

出典:損害保険料率算定機構 高齢者の歩行中の交通事故を防ぐには P1-P15 P5を基に当社作成
https://www.giroj.or.jp/publication/accident_prevention_report/pdf/senior_driver_202102.pdf(2024/08/01 アクセス)

3.高齢歩行者との事故防止

運動能力や認知能力には個人差が大きくでます。運転中に高齢者など個々の能力を把握することは困難ですので、想定される最悪の状況に対処できる運転をする必要があります。

高齢者は車両に気付かず、急に横断をはじめたり、横断中に立ち止まったり、引き返したり、運転者が予測しない、思いもよらない行動をとることがあります。また、危険を感じても急いだり、走ったりしての回避ができないこともあります。

したがって、突発的な状況に対応できる速度と距離を保持し、歩行者優先で運転するのが安全運転の要です。

また、早め点灯で高齢者に車両の接近を気付きやすくしたり、夜間はハイビームにより横断する高齢者を早く発見したりすることも安全確保に重要です。

高齢歩行者との事故防止

以上(2024年9月)

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日本における西洋菓子製造のパイオニア・森永太一郎。彼が生涯大切にしていた言葉から分かる、顧客に愛され続ける秘訣とは?

人間は正直でなければならない。殊に商売は正直でなければいけない

森永太一郎氏は、森永製菓の創業者。だいだい色のパッケージにエンジェルマークが印象的な「森永ミルクキャラメル」が発売されてから、2024年で111周年です。森永氏は2坪の製造所から始まった森永製菓(当時は森永商店)を、日本を代表するお菓子メーカーに育て上げました。

冒頭の言葉は、森永氏の伯父が説いた商道徳であり、森永氏が生涯大切にし続けたものです。幼い頃に両親と離別した森永氏は、陶器商だった伯父に引き取られ、「正直」な商売―どんなときも、商品を手に取る消費者に誠実な商売を徹底することの大切さを教わります。やがて森永氏は成人し、日本の陶器を売るため渡米しますが、全く売れず途方に暮れ、そんなときに現地のキャンディーを口にします。その味に感動した森永氏は、「日本の子どもたちにも栄養のあるおいしいお菓子を食べてもらいたい」という夢を抱き、陶器商から一転、菓子職人になるための修業に明け暮れ、11年後、一人前の職人になって帰国しました。

ですが、いざ西洋菓子を売り始めると和菓子とは違う独特の形や味が理解されず、買い手がつきません。そんな状況から森永氏が成功をつかむことができたのはなぜか。その理由の1つは、伯父の教えである「正直」な商売を徹底したからです。

例えば、西洋菓子の営業をしに行ったときのこと。取引先から「商品が小さくて見栄えが悪いから上げ底をして売ってくれ」と頼まれた森永氏は、「消費者を裏切りたくない、インチキはできない」と首を横に振ります。このような誠実な行動が積み重なって評判となり、最初は敬遠されがちだった西洋菓子は、次第に多くの人に受け入れられ、森永製菓を大企業へと押し上げていきます。

また、1923年の関東大震災の折には、こんな出来事がありました。森永製菓が被災者にミルクを配ることになった際、大行列に驚いた部下が、1人当たりのミルクの量を規定量より減らそうとしたことがありました。それを見た森永氏は、「そんな誠意のないことはできん、どんなことをしても私が工面するから規定通りでお渡しするんだ」と一喝。30万人の被災者全員に規定量のミルクを配るべく奔走し、感謝されたそうです。

「商売」とは、文字通り「商品を売ること」ですが、同時に「思いを売ること」でもあります。長く商品を買い続けてくれる顧客というのは、その会社の人が情熱を注いだ商品、その思いに共感してくれる“ファン”だからです。その点で言うと、森永氏の考え方の根底にある「日本の子どもたちにも栄養のあるおいしいお菓子を食べてもらいたい」という思いは、彼が「正直」を積み重ねたからこそ、多くの人に届いたといえるでしょう。

今も盛んに手に取られている森永ミルクキャラメルの姿を見てみると、一粒のキャンディーから抱いた熱い想いとそれを届けようとする彼の「正直」な商売が、未来まで愛される会社や商品を作ったのだと窺い知れます。

出典:『キャラメル王森永太一郎伝』(山本清月(著)、関谷書店、1937年4月)

以上(2024年9月作成)

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画像:beats_Adobe Stock

「節税」と「脱税」の境界線と、脱税と判断される10の取引

書いてあること

  • 主な読者:健全な税金対策を心掛けたい中小企業の経営者とその従業員
  • 課題:節税と脱税の違いを明確に認識しておらず、脱税を軽く見ている
  • 解決策:脱税は法を犯すことにほかならず、最悪逮捕され、刑事罰を受ける恐れがある

1 【提案】会社にお金を残したくても「脱税」はダメ!

「脱税」という言葉に、どのようなイメージをお持ちでしょうか。普段意識している節税の仕方をちょっと間違えたくらいのものと軽く考えてはいけません。

脱税は法を犯すことにほかならず、最悪逮捕され、刑事罰をうける恐れがあるものです。

会社にお金を残したいのは当然ですが、税金対策も度を越えると脱税になって取り返しのつかないことになります。経営者は、税務上の善悪(節税と脱税)の線引きをしっかり持ちましょう。また、経営陣が知らないところで、従業員がごまかし程度の感覚で脱税につながる行為をしていたり、社内の手続きミスが脱税とみなされたりするケースもあるので、会社全体として税務上の善悪の意識を持ちましょう。

では、具体的に税務上の善悪の線引きがどこにあるのかについて紹介していきますので、経営者自身が理解することはもちろん、従業員にも周知徹底しましょう。

2 悪質な脱税には1000万円以下の罰金が科されることも

節税と脱税の違いは、

  • 節税:税法のルールの範囲内で納税額を低くする行為
  • 脱税:税法のルールを無視、あるいは自分に都合よく解釈して納税額を低くする行為

といったように明確に違います。節税は経営努力であり、積極的に取り入れることで会社の資金繰りも楽になります。一方、脱税は犯罪であり、脱税と判断された場合は、次の税が追加で課されます(税務署が判断する悪質度合いなどにより課される加算税の種類は変わる)。

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より悪質であったり、金額が大きかったりする重大な脱税の場合、刑事罰(10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金、またはその両方)の対象となる恐れもあります。

なお、節税と脱税以外に税務のグレーゾーンと呼ばれる処理があります。これは、節税と脱税の間に位置する処理で、ルールに従って処理しているつもりであるものの、税務調査で認められる可能性もあれば、認められない可能性もあるという曖昧な部分をいいます。税務のグレーゾーンについては、以下の記事で解説しているので参考にしてください。

3 脱税と判断される代表的な10の取引

1)架空経費を計上する

主な例は次の通りです。

  • 業務目的でない支払いの領収書など集めて、会社の経費として計上する
  • 人件費を水増しして(実際に支給している金額と異なる金額を)計上する
  • 実在しない会社に対する架空の外注費を計上する
  • 実際の請求書を偽造・複製するなどして、架空の支払い費用を計上する

2)売り上げを過少に見せかける・除外する

主な例は次の通りです。

  • 現金売り上げを計上していない
  • 継続しない単発的な取引に関する売り上げを計上していない
  • 特定の口座に入金されている売り上げを計上していない

3)在庫を過少に見せかけて、売上原価を過大に計上する

主な例は次の通りです。

  • 在庫の紛失など現場担当者が自身のミスを隠すため、実地棚卸の数字を調整する
  • 仕掛りの製品などについて、製作に要している材料費・労務費・経費などを在庫として計上していない
  • 翌期の売り上げのために決算日にすでに出荷している、いわゆる「トラック在庫」を計上していない

これらの行為は、税務調査により、必ず明らかになります。税務調査では、税務上の取り扱いやお金の流れに不可解な点を見つけるために、その会社に訪問して調査する実地調査だけでなく、取引先や金融機関へ問い合わせを行う反面調査など、様々な調査が行われます。税金を低く抑えることに執着しすぎたり、脱税行為を軽く見すぎたりしないよう、経営者自身だけでなく、従業員に対しても正しい認識を持つよう周知徹底しましょう。

以上(2024年9月)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:琢也 栂-Adobe Stock

江戸っ子企業・新門に史上初の女性社員が誕生!~進化し続ける老舗に学ぶ、自然体の体制改革

書いてあること

  • 主な読者:体制や採用の見直しなど、今までとは違う取り組みを始めてみたい経営者
  • 課題:事業を継続し次世代にも引き継げるよう、時代に合わせて自社を進化させていきたい
  • 解決策:「守りながらも進化を続ける」ことを心がけて、柔軟に変わっていく

1 変革しながら続いてきた老舗企業の重みに学ぶ

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どのような企業も、強みを生かし、弱みを克服しなければ生き残っていくことはできません。特に「老舗」と呼ばれる長い歴史のある企業は、大小の変革を乗り越えて現在に至っていて、強みを生かし弱みを克服してきた経験に重みがあります。

今回取材した東京・浅草にある株式会社新門(しんもん)は、200年以上の歴史を持つ老舗企業です。いわゆる町鳶(まちとび)でありつつ、浅草寺(せんそうじ)で行われる各種の行事を取り仕切っている特別な存在といえます。最近は、鳶未経験の女性を採用してメディアなどでセンセーショナルに取り上げられましたが、果たして、どのような狙いがあったのでしょうか。そして、その影響はどのようなものだったのでしょうか。

新門の専務取締役・杉林 礼二郎(すぎばやし れいじろう)さんと、初の女性社員、地元・浅草出身の櫻井 晴菜(さくらい せな)さん、23歳にお話を聞きました。お話ししてくださった「意外な内容」は、老舗に限らずどの企業にとっても参考になるものでした。

2 進化し続ける老舗企業「新門」

1)浅草と共に生きる

東京都台東区、浅草。下町情緒溢れるこの街と共に、新門は今日も歴史を紡いでいます。

新門は、江戸時代末期から200年余りの歴史を持つ老舗企業。町鳶として建設現場の内外装工事を行っている企業ですが、普通の町鳶とは違います。新門は、浅草寺・浅草神社周辺で行われる行事を取り仕切る役割も持っています。

「新門の半纏を見るとハッとして、背筋が伸びる」

と、とある地元の人は語っていました。日本を代表する祭礼のひとつである三社祭や、夏の風物詩・ほおずき市など、伝統行事でキビキビと働く新門の半纏を見るたびに、浅草の人々は特別な感情を抱きます。新門は浅草寺・浅草神社の“御用出入(浅草寺・浅草神社から許され、敷地内を仕切ること)”として、浅草の文化を守り、未来へ繋げてゆく役目を背負った老舗企業なのです。

「新門」の歴史は、江戸時代末期の鳶・火消しである新門辰五郎に由来します。「を組の頭・辰五郎」の名前は、時代劇や歴史ドラマなどでも耳にしたことがある方もいるかもしれません。彼は町火消ながら上野大慈院(東叡山寛永寺)の義寛僧正に見込まれ、浅草界隈の取締を務めました。

勝海舟や徳川慶喜などとも親交を深めた辰五郎は、江戸っ子の鑑のような男気ある人物。そのいなせな人柄に惚れる人は数多く、彼の子分は3000人にも及んだと言われています。辰五郎からはじまった新門は戦争や天災を乗り越え、今も浅草に息づいています。

そんな新門に、今年(2024年)3月から新しいメンバーが加わりました。それが櫻井 晴菜さんです。

2)「現状維持は衰退のはじまり」

メディアでも、もちろん浅草界隈でも、櫻井さんの入社はちょっとしたニュースになりました。その理由は、

櫻井さんが新門200年の歴史の中で、初の女性社員

だからです。

今なお建築関係の現場で働く女性は少なく、プラスして浅草界隈で有名な老舗の町鳶とあれば、新門はとても思い切った採用をした、と思われることも多いはず。しかし、実際に取材をして見えてきたのは、櫻井さんをごく自然な流れで採用することになり、そして自然体で受け入れ、共に働く「新門ファミリー」の姿でした。

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浅草寺敷地内の事務所で出迎えてくれた杉林さんと櫻井さんは、本当の家族のように仲良さげです。

「実は採用にあたって、特別なことをしようという気持ちや覚悟などは無かったんです。男性だ女性だという意識もないし、壁を作ることもない。他の人員と何も変わることはない、一緒に働く仲間ですから」

新門の8代目である杉林さんはそう語ります。櫻井さんの採用は周りから見ればとても斬新な取り組みですが、内部では特別なことをしているつもりはなく、自然体のまま受け入れて一緒に働いているとのこと。

杉林さんが率いる新門は、老舗企業ながら、新しいことにチャレンジし続け、進化し続けている企業です。例えば、新門は「町鳶の仕事」である足場づくりだけでなく、内装の仕事も手掛けるようになっています。これは杉林さんと弟さんが会社の中心になってからはじめたもので、7代目であるお二人のお父さまも、「やりたいようにしてみればいい」と、背中を押してくれたそうです。

櫻井さんを採用したきっかけも、「内装の仕事を進めるにあたり、現場管理をする人員が必要になり自然な流れで」とのこと。加えて、鳶職といえば力仕事、というイメージがあったのも、今は昔の話。金具ひとつ締めるのにも力が必要だった昔とは違い、いまは女性の力でも仕事が出来るようになったこともあり、最初から採用に対する壁は無かったと言います。

櫻井さんはいま、現場に入りながら、日々新門の先輩方の背中を追い、仕事のいろはを学んでいます。

「新卒で入社した前の会社と(仕事の相性が)合わなくてずっと燻っていたけれど、今はたくさんの人と関わって体を動かす仕事で、働いていてとても楽しい。少しずつ重いものも運べるようになってきて、もっと新しいことにチャレンジしたいし、ひとつでも出来ることを増やしたい。皆さんの背中を追いたい。大好きな地元のために働けることもとても嬉しくて、友達に自分の仕事を自慢しているんです」

活き活きとした瞳で語ってくれた櫻井さんは、地元で育ち、毎年三社祭のお神輿を担いできた生粋の“浅草っ子”です。素直で人懐っこい櫻井さんが入社してからは、新門全体の雰囲気も明るくなったと杉林さんも語ります。

「『去年』と『今年』で、何か変えていきたい。もちろん『今年』と『来年』も。何事もやってみなければわからないし、現状維持は衰退のはじまりですから」

「プライドじゃあ、飯は食えませんからね。いい意味でプライドを持ちながらも、僕たちは変わっていかないと。変わっていきたいんです」

時代に対応し、また、ニーズに合わせて柔軟に変わっていく、変えていく。「老舗企業」という文字列には頑固一徹のイメージがありますが、

200年もの間「新門」が続いているのは、紛れもなく、「新門が変わってきたから」

なのです。

3)守りながら、進化してゆく

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杉林さんは、これからの新門の「あるべき姿」について、こう語ります。

「新門の看板や先人が繋いできた歴史はしっかりと守っていきたい。ただ、守りながらも進化していきたいんです。そして少しでも上向きにして、次世代に渡していきたい」

「うちは特別なことをしているつもりはないけれど、いま迷っている人たちが、一歩を踏み出すきっかけになればいいですね」

変化を受け入れ、新しいことをしてゆく。新門は常に未来を見ています。櫻井さんを採用したのも、その変化の流れの中で「自然と必要だった」ことなのかもしれません。しかし、新門のこうした姿勢は、すべての老舗が当たり前に真似出来ることではないとも感じます。

未来を語る杉林さんを見つめる櫻井さんの瞳には、確かなリスペクトが宿っていました。江戸中にその名を響かせた新門辰五郎の心意気は、今も確かに浅草で生き続けているのです。

3 100年先、自社が「老舗」と呼ばれるために

取材陣が新門を訪れたとき、事務所には今年から新設したという更衣室が設えられていました。現状、男女別の更衣室については法律的な決まりはありませんが、女性を雇用するにあたっては必要な配慮です。「自然に受け入れる」という気持ちだけではなく、そのための環境を整備するのを忘れないところにも、新門の思いやりと心意気を感じます。

新門は採用に限らず、進化を続けている老舗企業でしたが、自社の体制を見直すにあたって、まずは現在の採用の広告を見直したり、人材の幅を広げてみたりするのもひとつの手です。

しかし新しい人材を採るにあたり、守らなければいけないルールもありますので、今一度確認してみるのも良いでしょう。例えば女性を雇用する際には、以下のような法律上の決まりがあります。

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帝国データバンクの調査によると、2023年時点で創業100周年以上の「老舗企業」は、日本に4万3631社存在します。全世界の「老舗企業」の総数は約7万5000社と言われているので、そのうちの60%弱が日本にあるという計算になります。日本は世界でも有数の「老舗企業大国」といえるでしょう。

その一方で2024年上半期の老舗企業の倒産件数は、年上半期として過去最多の74件でした。経営環境の変化に適応し、自然災害などを乗り越え、自社を守り抜くのは並大抵のことではありません。今回取材した新門は、100年先の未来でも自社が「老舗企業」として活躍できるよう、一歩ずつ進化してゆくことの大切さを教えてくれました。

すでに「老舗企業」と呼ばれている会社も、これから「老舗企業」を目指していく会社も、一歩を踏み出すときは今なのかもしれません。

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以上(2024年9月作成)

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画像:株式会社新門

災害時の労務管理! 賃金の口座振込ができない場合や、復旧作業で社員を残業させたい場合はどうする?

書いてあること

  • 主な読者:BCP(事業継続計画)の策定など、自社の災害対策を進めたい経営者
  • 課題:労務管理についても対策したいが、具体的に何に注意すればいいか分からない
  • 解決策:災害時も平常時も変わらず適用されるルールと、災害時のみ適用される特殊なルールがある。賃金の支払い、労働時間管理などに区分けして押さえる

1 災害時でも労務管理は万全に

2024年は元旦から「令和6年能登半島地震」が発生し、多くの人が改めて災害の脅威を目の当たりにしました。災害時は会社の事業継続が重要で、「労務管理」もその一環です。例えば、家族の治療や家屋の修理などでお金が必要なときに、賃金の支払いが滞ったら大変です。災害時こそ、労務管理はより重要になってきます。

この記事では、賃金支払い、労働時間管理などに区分けして「災害時の労務管理」の基本ルールを紹介します。労働基準法(以下「労基法」)などの定めが基準になりますが、

  • 災害時も平常時も変わらず適用されるルール(例:賃金は毎月1回以上、一定の期日に支払わなければならない)
  • 災害時のみ適用される特殊なルール(例:36協定によらずに社員に残業を命じられる)

があるので、その点に注意しながら確認してみてください。

2 賃金支払いのルール

1)口座振込ができなくなったらどうする?

労基法上、賃金は毎月1回以上、一定の期日に支払わなければなりません。これは災害時でも変わりません。また、社員が災害による治療などのために賃金の前払いを請求してきた場合、支払期日前でも、すでに働いた時間分については支払わなければなりません。

災害時は金融機関の機能停止などで、賃金を通常通りに支払えないこともありますが、

  • 支払い方法を一時的に「口座振込」から「手渡し」に切り替える
  • 手渡しも難しければ、金融機関の機能が回復したタイミングで、即座に賃金を支払う

などの対応をします。

また、社員本人と連絡が取れない間に、その家族が賃金の支払いを請求してくることもあります。本来、賃金は社員本人に支払わなければなりませんが、使者(本人に支払うのと同一の効果を生じさせる者)に対して賃金を支払うことは差し支えないとされています。ただ、緊急時に相手が使者かどうかを判別するのは困難な場合もあるので、まずは家族の身分や事情等を確認し、受領書を取得することを条件として支払うことなどを検討します。

ただし、支払額が高額になる退職金などの場合は、社員が「失踪宣告」(生死不明の者を、法律上死亡したものとみなす効果を生じさせる制度)を受けているのかを確認した上で支払うなど、慎重に対応します。

2)災害時も休業手当を支払う?

労基法上、「使用者の責に帰すべき事由」により休業する場合、会社は休業期間中、社員に平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければなりません。

使用者の責に帰すべき事由とは、簡単に言えば「会社都合」です。その範囲は広く、会社側に故意・過失があるケースだけでなく、不可抗力を主張し得ない全てのケースが含まれる

とされています。休業が不可抗力によるものと認められれば、休業手当の支払いは不要ですが、そのためには次の2つの要件を満たす必要があります。

  1. 休業の原因が外部により発生した事故であること
  2. 会社が最大の注意を尽くしても、避けられないといえる事故であること

例えば、建物が損壊して事業を行えない、警報が出ていて安全のために社員を自宅待機させる必要があるなどの理由で休業する場合、休業手当の支払いは不要になる可能性が高いです。

一方、オフィスに直接的な被害はないものの、道路が損壊し資材が届かないなどの理由で操業できずに休業する場合、判断が分かれます。日ごろの備蓄管理の状況、他の調達手段の可能性、災害発生からの期間などによって、休業手当の支払いが必要になる可能性があります。所轄の労働基準監督署に相談等して対応を検討するようにして下さい。

3)賃金や休業手当の支払いが難しい場合は?

災害によって資金繰りが悪化し、賃金や休業手当の支払いが負担となる場合、「雇用調整助成金」を利用するとよいでしょう。

復旧に長い時間がかかる、交通インフラの問題で資材が手に入らないなど「経済的な理由」により休業せざるを得ない場合、会社が雇用保険の適用事業所であれば、雇用調整助成金が支給される可能性があります。使用者の責に帰すべき事由による休業でも、助成金の扱いは変わりません(助成を受けるためには指定されている要件を満たす必要があります。)

中小企業の場合、原則として

  • 支給額は、休業手当負担額の3分の2(上限額あり)
  • 支給限度日数は、1年の間に最大100日、3年の間に最大150日

ですが、災害時は支給額や支給限度日数について特例措置が講じられることがあります。例えば、令和6年能登半島地震で事業活動の縮小を余儀なくされ、雇用調整が必要になった中小企業については、

  • 支給額は、休業手当負担額の5分の4(上限額あり)
  • 支給限度日数は、1年の間に最大300日(「3年の間に最大150日」のルールは適用しない)

という措置が講じられています。詳細については、厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。

■厚生労働省「雇用調整助成金」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07_20200515.html

3 労働時間管理のルール

1)災害時は36協定に関係なく残業を命じられる?

会社が社員に時間外労働等を命じるには、労基法第36条に基づく労使協定(通称「36協定」)の締結・届け出が必要です。

しかし、災害などの緊急事態で臨時に社員を働かせる必要がある場合、36協定とは関係なく残業(時間外労働や休日労働)を命じることができます。これを「災害時の時間外労働等」といいます。ただし、通常の残業と同様、休日・時間外・深夜の割増賃金の支払いは必要です。

災害時の時間外労働等の場合、会社は事前に所轄労働基準監督署に申請して、社員に残業を命じる許可をもらう必要があります。認められる基準は次の通りです。

  1. 単に仕事が忙しいなど、経営上の理由だけでは認められない
  2. 地震や津波、風水害、雪害、爆発、火災などの災害への対応、または急な病気への対応など、人の命や公共の利益を守るために必要な場合は認められる
  3. 機械や設備が突然壊れて、それが修理されないと事業が運営できなくなるような場合や、システムがダウンしてそれを直さないと事業の運営が不可能であるような場合は認められる。ただし、平常時でも発生し得る部分的な修理や、定期的な保守点検の場合は認められない
  4. 上の2.と3.の基準は、他の会社からの協力を求められた場合でも適用される。つまり、人の命や公共の利益を守るために協力が必要な場合や、協力しないと会社の運営ができなくなる場合は認められる

申請の際は、

  • (事前申請の場合)非常災害等の理由による労働時間延長・休日労働許可申請書
  • (事前申請ができない場合)非常災害等の理由による労働時間延長・休日労働届

に残業を命じる理由や社員数などを記入し、所轄労働基準監督署に提出します。原則は事前申請ですが、事態が逼迫している場合は事後に遅滞なく届け出ます。どちらの書類も厚生労働省ウェブサイト(下記URL中段)からダウンロードできます。

■厚生労働省「主要様式ダウンロードコーナー(労働基準法等関係主要様式)」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudoukijunkankei.html

2)災害時は年少者や派遣社員にも残業を命じられる?

災害時の時間外労働等の場合、通常の残業の対象とならない、18歳未満の年少者や派遣元で36協定を締結していない派遣社員にも残業を命じられます。ただし、妊産婦については、本人が請求した場合、残業命令は出せません。

なお、派遣社員を残業させる場合、前述した所轄労働基準監督署への申請手続きは派遣先の会社が行います。その場合、前述した「非常災害等の理由による労働時間延長・休日労働許可申請書」などには、派遣社員を含む社員数を記入して提出します。

3)災害時の時間外労働等の時間数に上限はある?

災害時の時間外労働等の場合、労基法の「時間外労働の上限規制(時間外労働は月45時間以内、年360時間以内を原則とするなど)」は適用されません。ただし、厚生労働省は、過重労働などを防止する上で、「時間外労働を月45時間以内にすること」などの計らいが重要としています。

そもそも災害時は、家族が負傷したり家屋が損壊したりして、社員が強いストレスを抱えた状態で働くことが予想されます。残業を社員に命じる場合、社員の疲労の状態、生活の現状などにも配慮する必要があるでしょう。

4)災害時に社員が年休を申請してきたらどうする?

年休(年次有給休暇)は原則として、社員が指定した時季に与えなければなりません。ただし、指定した時季に年休を与えて事業の運営に支障が出る場合については、会社はその時季を変更することができます。これを「時季変更権の行使」といいます。

災害時は、復旧作業などで人手が必要なときに年休を取得されると、事業の運営に支障が出る恐れがあります。ですから、時季変更権の行使は比較的認められやすいと考えられます。

ただし、「災害により負傷した家族の看護」など、やむを得ない理由による年休取得の場合は慎重に判断したほうがよいでしょう。また、例えば、退職が近い社員で退職日までに有休を別の時季に変更できない場合は、時季変更権は行使できません。

どうしても災害時の復旧作業などで出勤してもらいたい場合は社員とよく話し合い、年休を取れなくなる場合には、取得することができなかった「年休を買い上げる」などの代替措置を検討する必要があるでしょう。

4 労働災害や解雇のルール

1)災害による負傷は労働災害に当たる?

労働災害(以下「労災」)とは、業務上の事由による「業務災害」と、通勤による「通勤災害」のことです。震災や豪雨などの災害(自然災害)は、業務や通勤とは関係なく発生するので、これらによる負傷が労災に当たるのか、疑問に思うかもしれません。

結論から言うと、業務中や通勤途中の災害による負傷は、労災として認定されやすい傾向にあります。オフィスや通勤経路に被災しやすい事情(建物や道路の構造上の脆弱性など)があって、その危険が災害によって現実化したものと考えられるからです。

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2)災害を理由に解雇は可能?

災害によって経営環境が著しく悪化した場合、人員削減のために社員を解雇せざるを得なくなることがあります。こうした解雇はいわゆる「整理解雇」に当たります。

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効とされています。なかでも整理解雇は、社員に明確な落ち度がなくても行うことがあるため、特に厳しい判断がなされます。

「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である」かどうかを判断するに当たっては、次の整理解雇の4要素が重要な考慮要素となります。

  1. 人員削減の必要性:人員削減措置が経営上の十分な必要性に基づいていること
  2. 解雇回避努力義務の履行:配置転換・出向、希望退職者の募集等の手段によって、整理解雇を回避する努力を尽くしていること
  3. 人選の合理性:被解雇者の選定にあたり、客観的で合理的な基準を設定し、公正に適用していること
  4. 手続きの妥当性:対象社員や労働組合に対して整理解雇の必要性と時期、規模、方法等について説明、協議を行ったこと

過去には、これらを「4要件」として「どれか1つでも欠ければ整理解雇は無効である」と判断した裁判例がありますが、最近は「4要素」としてそれぞれの要素を総合的に考慮して、整理解雇の有効性を判断する傾向にあります。

実務では、整理解雇は最後の選択肢として、まずは前述の雇用調整助成金などを活用して事業や雇用の継続を図る努力をするのが一般的と考えられています。

以上(2024年9月更新)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

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画像:metamorworks-Adobe Stock

“昭和”のコンピテンシーはお払い箱? 「時代に合わなければ変える、でも大切なものは残す」がポイント

書いてあること

  • 主な読者:今の状況に応じて「優秀な社員」を再定義し、人材育成につなげたい経営者
  • 課題:ビジネスの環境が大きく変わる中、昔のエースの作法が通用しなくなってきた
  • 解決策:会社の期待する成果とそれをコンスタントに達成している社員を再定義する

1 コンピテンシーをバージョンアップ!

「コンピテンシー」とは、

高い成果を上げる「ハイパフォーマー」の行動特性

です。例えば、野球で150キロ超の球を投げる投手には、図表1のような共通した投球動作があるといわれます。こうした高い成果を上げるための要素1つ1つがコンピテンシーです。

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そして、このコンピテンシーを可視化し、採用、配置、教育、人事評価などに活用するのが「コンピテンシーマネジメント」です。コンピテンシーマネジメントという言葉は使わなくても、

社内の優秀な社員がやっていることを他の社員にも横展開する

ことは、多くの会社が日常的に行っていると思います。成果に結びつく行動を「型」として共有することは人材育成の基本です。ただ、問題は

過去のコンピテンシーが、今の時代に通用しなくなってきていること

です。「昭和だな~」などと今っぽくないことを揶揄(やゆ)することがありますが、実際のビジネスでも古めかしいやり方を推奨し、組織で共有しているケースがあります。こうした組織が成果を上げたり、業務効率化を実現したりできるわけがありません。現在のように経営環境の変化が急激なときにはコンピテンシーの見直しが必要です。

そこで、この記事ではコンピテンシーマネジメントのポイントを分かりやすく紹介します。

2 遠慮なく変える。ただし、大切なものは残す

コンピテンシーの見直しで起こりがちな問題は、

過去のハイパフォーマーに忖度(そんたく)し、コンピテンシーの変更ができないケース

です。例えば、ベテラン営業部長の行動特性をコンピテンシーとしている場合、部下などはその営業部長のやり方を否定しにくいものです。この点は、経営者が率先して変えていくしかありません。ただし、

「古いものは全てダメだ」と、過去のコンピテンシーの良いところまで否定してしまう

ことは避けましょう。営業相手の調査を徹底することや、礼儀礼節を欠かさないことなど、時代に関係なく大切なことがあります。

3 コンピテンシーを明らかにしていく

1)成果とは

成果の定義は会社次第ですが、「QCDV」という指標を使うとまとめやすくなります。

  • Q(Quality):ミス、エラー、事故、不良などがない
  • C(Cost):投入資源(ヒト、モノ、カネ、時間など)が少ない
  • D(Delivery):納期に遅れない(または納期より早い)
  • V(Value):プラス(売上、出来栄え、生産量、品質)が多い、高い

よく間接部門は成果が定義しにくいといわれますが、そのようなことはありません。「ミスが少ない、省力化されている、余裕を持って決算業務を終える、採用コストを抑える」など考え方次第で成果を定義できます。ここで定義した成果をコンスタントに上げている社員がハイパフォーマーです。

2)コンピテンシーのイメージ

例えば、営業職が「新規取引の成功」という成果を上げた場合、その裏には「情報収集力」「プレゼンテーション力」「条件交渉力」「ビジネスマナー」など、さまざまなコンピテンシーがあります。コンピテンシーマネジメントでは、こうしたコンピテンシーを洗い出した上で、「コンピテンシーモデル」という1つの箱にまとめます。

コンピテンシーモデルをゼロからつくるのは大変なので、一般的なものをたたき台にして、自社に合わせてブラッシュアップしていきます。図表2は、人事政策研究所が提唱しているコンピテンシーモデルの一例です。

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4 コンピテンシーマネジメントの流れ

1)コンピテンシーインタビュー

「コンピテンシーインタビュー」とは、

ハイパフォーマーとコンピテンシーを明らかにするためのインタビュー

です。インタビューの対象者は、会社が期待する成果を上げている社員ですが、この時点では、必ずしもコンスタントに成果を上げていなくても構いません。

インタビューの内容は、

  1. 過去(直近2~3年など)に、どのような成果を何回出しているか
  2. 1.の成果を出すために、どのような行動をしたか
  3. 2.の行動を選択したのは、どのような意図によるものか

などです。いずれの質問にも明確に答えられる社員は、特定の行動特性によって高い成果をコンスタントに上げているハイパフォーマーと評価できます。また、同じ職種にハイパフォーマーが複数人いて、同じ行動特性がある場合、その行動特性は重要なコンピテンシーとなります。

なお、インタビューだけでハイパフォーマー、コンピテンシーを決めるのは早計なので、実際の社員の業務の様子を観察した上で判断します。

2)コンピテンシーモデルの設計

コンピテンシーインタビューが終了したら、一般的なコンピテンシーモデルをたたき台にして、自社に合わせてブラッシュアップしていきます。

出来上がったコンピテンシーモデルを、ハイパフォーマーだけでなく他の社員にも確認してもらいます。優れたコンピテンシーでも、特定の人間しか実践できないようでは効果が限定されます。ハイパフォーマーにコンピテンシーのポイントを説明してもらいつつ、他の社員が実践できるかを確認します。あまりにも高度なものは、コンピテンシーモデルから削除します。

3)採用、配置、教育、人事評価などへの落とし込み

コンピテンシーを採用、配置、教育、人事評価で活用するイメージは次の通りです。

1.採用

面接などでコンピテンシーモデルを活用すれば、求職者がその時点でどのようなコンピテンシーを持っているのか、そのレベルはどの程度なのかなどがイメージできます。

2.配置

コンピテンシーモデルの活用で人材の行動特性を把握できていれば、おのずと最適な職種が発見できます。

3.教育

ハイパフォーマーのコンピテンシーを基準にOJT教育を実施したり、必要な研修を組んだりすることができます。また、成果の上がらない社員については、コンピテンシーモデルとその社員の行動特性とを比較することで、指導の方向性を決めることができます。

4.人事評価

コンピテンシーマネジメントでは、最終的な結果のみならず、それに至るまでのプロセスも評価します。テレワークなどで働きぶりの見えにくい社員も、コンピテンシーに沿ったプロセスを踏んで業務を進めているかどうかで評価できます。

以上(2024年9月更新)

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画像:pixabay

えっ!こんなときどうする?「企業の守り方」~その病気は労災?~

1 労災認定

労働者が仕事(業務上)や通勤が原因で負傷や疾病を生じた場合に、その本人や遺族に各種保険給付が支給されるのが労災保険です。ケガや病気の治療費や休業補償等の他に、後遺障害が残った場合に義肢等補装具の費用補助やリハビリ支援、遺族のための就学費用や保育費用の補償も受けられることはあまり知られていません。

事業主の皆さまは、労災事故を起こさないように日頃から安全教育や事故防止に注力されているとは思います。万が一、従業員やパートアルバイトが仕事中にケガをした場合や仕事が原因で病気になった場合、労災保険の申請手続きについては労働者本人や遺族任せにせずに、事業主の皆さまも積極的に協力をしてください。労災事故の初動対応が、その後の労災トラブルを回避するためには極めて重要となります。

2 労災認定から支給まで

労災保険の請求から認定、支給決定までには一定の期間を要します。労災の指定医療機関で治療をすれば労働者本人(事業主)が負担することなく治療を受けることはできますが、治療費を立て替える場合や休業補償を請求する場合には必要書類を提出してから支給決定まで約1か月間、場合によっては1ヵ月以上要することもあります。さらには、後遺障害は約3か月、遺族補償は約4か月と見込まれています。また、疾病であれば下表のとおりいずれの補償においても約6か月の期間を要します。いずれも必要書類を不備なく労働基準監督署に提出してから要する期間であり、事故発生時からではないことも改めて確認してください。

特に後遺障害と認定されるためには、その症状がこれ以上治療しても改善されない状態「症状固定」として医師に後遺障害診断書を作成してもらう必要があります。治療期間も含めれば、後遺障害に関する労災保険の支給には相当の時間を要することは想像に難くありません。

保険給付の種類と標準処理期間

出典:労働実務 事例研究 労働新聞社編

3 脳・心臓疾患や精神傷害による労災認定

厚生労働省は、過重な仕事等が原因で発症した脳・心臓疾患や、仕事による強いストレス等が原因で発病した精神障害で、労災請求された件数や業務上の疾病と認定された支給決定件数を毎年6月末に「過労死等の労災補償状況」と称して公表しています。

この資料には下表のような過去5年間の労災請求件数と支給決定件数の推移から始まり、業種別、職種別、年齢別、都道府県別、残業時間数別等、様々な観点から分析されたデータが掲載されています。

脳・心臓疾患の労災補償状況

出典:厚生労働省 令和5年度 過労死等の労災補償状況
別添資料 脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況

「脳・心臓疾患」に関するデータで注目する点は、令和5年度に初めて請求件数が1,000件を超えました。また過労死ラインである残業時間が月80時間を超えた場合に支給決定件数が急増していることです。2021年(令和3年)9月14日に「脳・心臓疾患の労災認定基準」が緩和され、残業時間が月80時間を超えなくても、その他要因を考慮して労災認定すると改正されています。

脳・心臓疾患の時間外労働時間別支給決定件数

出典:厚生労働省 令和5年度 過労死等の労災補償状況
別添資料 脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況

「精神障害」に関するデータでは、「請求件数」が毎年増えていることです。20年前の2003年度(平成15年度)は742件、10年前の2013年度(平成25年度)は1,409件です。請求件数が10年ごとに倍増しており、今後も増加傾向が継続するものと推察されます。2023年(令和5年)9月1日に「精神障害の労災認定基準」が改正されて、精神障害の原因としての具体的出来事に「カスハラ」が含まれました。

精神障害の労災補償状況

出典:厚生労働省 令和5年度 過労死等の労災補償状況
別添資料 精神傷害に関する事案の労災補償状況

4 企業の対応方法

事業主の皆さまにとっては、今後ますます労務管理に関する負担が増えていくことは明らかです。労災事故防止の各種対策はすでに講じてはいるものの、人為的なミスを完全に排除することはできないため、国の労災保険だけではなく、民間の損害保険会社で労災上乗せ保険を別途手配されていると思います。労災の上乗せ保険には、国の労災保険の支給決定を待たずに保険金支払いをする商品が主流にもなっています。しかし、今後は、従前のようなケガを前提とした労災の上乗せ保険の補償だけではなく、上述の脳・心臓疾患や精神障害を前提とした補償内容に見直すことをお勧めします。

国の労災保険の認定要件は「業務遂行性」と「業務起因性」です。いずれの要件を満たすということは、企業に責任があることを国が証明したということになります。そのため、企業側の安全配慮義務違反を理由に高額な損害賠償を請求されるケースを想定して、既存の労災上乗せ保険に「使用者賠償責任保険」を適切な金額で付帯すること、役員個人の善管管理義務違反を理由に提訴された場合を想定して、別途「会社役員賠償責任保険」を手配することをお勧めいたします。

以上(2024年8月作成)

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画像:photo-ac

【計算シート付き】事業を検討する際に役立つ収支シミュレーションの作り方

書いてあること

  • 主な読者:中期経営計画の策定や新規事業の検討で収支シミュレーションを作成したい経営者
  • 課題:売上高や原価の見直しによる数字の変化を手軽にシミュレーションしたい
  • 解決策:収支シミュレーションのフォーマットを活用する

1 経営者が思い描く事業の将来像を数値化する

新規事業の検討の際は収支シミュレーションが必須です。そこで、この記事では収支シミュレーションをする上で重要な意味を持つ数値について分かりやすく解説します。

また、基本的な数値を入力することで、「収支シミュレーション(財務三表)」を自動作成、主要収支シミュレーション(財務3表)が自動生成され、「主な財務指標」が自動計算されるエクセルシートもご提供します。以下のボタンをクリックしてダウンロードしてください。

こちらからダウンロード

2 「収支シミュレーションの前提条件」を入力する

ここで入力する前提条件は次の通りです。数字は便宜上のものです。

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1)売上高

売上高を予測します。例えば飲食店の場合、「客単価×座席数×回転数」といったように、要素を分解すると分かりやすいです。また、立地の市場規模や季節性向などを踏まえると、より現実的な予測になります。さらに、売上増加係数を設定すれば、2年目以降の売上が上昇します。

2)原価、営業費用

1.原価

原価は、原価率の業界平均を調べます。例えば、中小企業庁「中小企業実態基本調査」や日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」などの数値が参考になります。原価は、売上に原価率を乗じた金額が損益計算書の原価に反映されます。

2.人件費

人件費は、実際に必要な人員と支給額を決めます。業界の平均を調べる場合も、中小企業庁「中小企業実態基本調査」や日本政策金融公庫「小企業の経営指標調査」などの数値が参考になります。人件費は、損益計算書の営業費用に反映されます。

3.賃借料

店舗や倉庫、工場などの賃借料は、物件の目処が立っている場合は、実際の賃借料を入力します。まだ目処が立っていない場合は、想定地域にある条件の似た物件の賃借料を当てはめます。賃借料は、損益計算書の営業費用に反映されます。

4.その他

その他の項目には、10万円以下の諸費用(消耗品費や水道光熱費など)をまとめます。金額が多額の場合や、定期的に発生するなど重要度が高い場合は、個別の費用として認識しましょう。その他の項目は、損益計算書の営業費用に反映されます。

3)投下資本

1.土地、建物、建物附属設備

土地、建物を購入して店舗や工場などとして使用する場合、想定される取得価額を調べます。また、建物附属設備(内装工事や高額な備品など)については、店舗や工場に必要な項目を整理した上で見積もりを取ります。

建物と建物附属設備については、減価償却費を計算するために耐用年数も入力します。耐用年数は国税庁「主な減価償却資産の耐用年数表」の細目から該当するものを選びます。さらに土地、建物、償却資産がある場合の固定資産税、建物にかかる修繕費、火災保険料を推計します。これらの費用は、損益計算書の営業費用に反映されます。

2.開業費

開業費は、会社を設立(税務署に開業届を提出)してから、実際に事業を始めるまでの間にかかった費用です。例えば、広告宣伝費(ウェブサイト開設など)や消耗品費(オフィス家具など)などが該当します。開業費は、支出時は資産として貸借対照表に計上され、5年間(税務上は任意で決めた期間)で償却されます。開業費は、損益計算書の営業外費用に反映されます。

3.差入保証金

差入保証金は、保証金や敷金など、取引や賃貸借契約の担保のために差し入れる保証金です。オフィスや店舗を賃借する場合は入力しましょう。差入保証金は、貸借対照表の固定資産に反映されます。

4.現金預金

現金預金は、開業時に手元に残る想定の現金預金の残高です。自己資金や調達資金から、開業前に必要となる設備投資などの支出を差し引いて計算します。開業後、半年~1年の間に予想される資金(人件費、家賃、水道光熱費、修繕費など)を含めて計画しましょう。現金預金は、貸借対照表の流動資産に反映されます。

5.棚卸資産

棚卸資産は、開業前に準備をしておく在庫です。売上予測に基づいて、必要な商品や製品在庫を見積もります。棚卸資産は、貸借対照表の流動資産に反映されます。

4)資金調達

1.自己資本金

自己資本金は、自分自身はもちろん、親族や第三者などの株主から出資を受けた金額です。自分資本と後述する借入金とのバランスを考えながら事業計画を策定します。自己資本金は、貸借対照表の純資産に反映されます。

2.借入金

借入金は、金融機関などからの借り入れです。金額だけではなく、金利と借入年数も入力します。借入金は、貸借対照表の固定負債に反映されます(この収支シミュレーションでは長期借入を想定)。また、利子は、損益計算書の営業外費用に反映されます。さらに、元本と利子の支払いは、キャッシュフロー計算書の借入金返済に反映されます。

3.預り保証金

預り保証金は、保証金や敷金など、取引や賃貸借契約の担保のために受け入れる保証金です。預り保証金は、貸借対照表の固定負債に反映されます。

3 「収支シミュレーション(財務三表)」を自動作成

1)損益計算書(PL)

損益計算書は、会社が一定期間で、どれだけもうけたのか(あるいは損をしたのか)を表します。一番上の「売上高」から費用を引いていき、利益を求める構造になっています。また、売上と費用項目を使って損益分岐点売上高も計算しています(本来はPLには計上されない項目です)。なお、変動費は原価、固定費は営業費用と仮定しています。

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2)貸借対照表(BS)

貸借対照表は、ある時点の会社の財政状態を表します。負債及び純資産は「どのようにお金を調達したのか」を示し、資産は「調達したお金を何に使ったのか」を示します。なお、実際の貸借対照表は細かな勘定科目が表示されますが、この収支シミュレーションでは最低限の項目で表示しています。

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3)キャッシュフロー計算書(CF)

キャッシュフロー計算書は、損益計算書や貸借対照表からは読み取れない会社の現金の流れを表します。実際のキャッシュフロー計算書では、営業活動、投資活動、財務活動でキャッシュフローを分類しますが、この収支シミュレーションでは最低限の項目で表示しています。

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4 「主な財務指標」が自動計算される

1)収益性

1.ROE=税引後当期純利益÷自己資本

ROE(Return On Equity、自己資本利益率)は、自己資本を使ってどれだけ当期純利益を上げているかを示す指標です。高いほど効率性は高くなります。

2.ROA=税引後当期純利益÷総資本

ROA(Return On Assets、総資本利益率)は、総資本を使ってどれだけ当期純利益を上げているかを示す指標です。高いほど効率性は高くなります。

3.利益率=利益÷売上高

利益率は、売上高に対する利益の割合を示す指標です。高いほど効率性は高くなります。なお、この収支シミュレーションでは、経常利益を使っています。

4.総資本回転率(回)=売上高÷総資本

総資本回転率は、どれだけ効率的に資本を使っているかを示す指標です。高いほど効率性は高くなります。

5.売上債権回転率(回)=売上高÷売上債権(受取手形+売掛金など)

売上債権回転率は、どれだけ効率的に売上債権を回収しているかを示す指標です。高いほど効率性は高くなります。

2)安全性に関する主な指標

1.流動比率=流動資産÷流動負債

流動比率は、短期的な支出を短期的な収入でどの程度カバーできているかを示す指標です。高いほど安全性は高く、200%以上が望ましいといわれます。

2.自己資本比率=自己資本÷総資本

自己資本比率は、総資本のうち返済の必要がない自己資本の占める割合を示す指標です。高いほど安全性は高くなります。

3.固定比率=固定資産÷自己資本

固定比率は、短期では回収しにくい固定資産を、自己資本でどれくらい賄われているかを示す指標です。低いほど安全性は高くなります。

以上(2024年8月更新)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:NadyaEugene-shutterstock