1 問題社員と別れるための現実的な対応は?
世の中には、遅刻や無断欠勤を繰り返す、指示に従わない、注意しても改善が見られない――そうした「問題社員」が少なくありません。こうした問題社員を抱える経営者の本音は、言葉を選ばずに言えば「できることなら、早く辞めてもらいたい」というところではないでしょうか。
しかし、日本の労働法制のもとでは、解雇のハードルは決して低くありません。なかでも懲戒解雇は、有効と認められるための要件が非常に厳しいのです。仮に解雇に踏み切っても、後になって無効と判断されれば、遡っての賃金支払いや復職対応など、会社にとって大きなリスクを抱えることになります。
だからこそ実務では、
いきなり解雇を目指すのではなく、注意・指導を重ねながら、最終的には合意退職という形に落ち着ける、という進め方
が広く行われています。この記事では、社会保険労務士の視点から、そうした現実的な対応の進め方を、架空の事例を交えながら整理します。
2 【事例】勤務不良の社員と穏便に別れるには?
1)勤務不良が続く社員と穏便に別れたい
勤怠不良が続く社員への対応を、できるだけ穏便な形で進めるというケースを想定します。
社員15名の製造業A社。営業職のBさん(30代)は、入社3年目から遅刻・無断欠勤が目立つようになった。注意しても改善がなく、他の社員からの不満も出ている。就業規則には懲戒事由の記載があるが、Bさんはギリギリ該当しない状況。社長は「できれば穏便に辞めてもらいたい」と考えている。
月に何度も遅刻がある、欠勤の連絡が遅い、無断欠勤に近い状態がある。これらは現場の不満がたまりやすい典型例です。会社として、どのように対応を進めていけばよいのでしょうか。
2)いきなり解雇に踏み切るのはリスキー
結論から言えば、Bさんのようなケースでは、いきなり重い処分に進むのではなく、まずは事実を整理し、注意を明確にした上で、改善を求めていくのが基本です。
遅刻や無断欠勤の事実があったとしても、それによる会社への被害状況を考慮しなくてはならないので、この事例では一概に懲戒事由に該当していると判断することは難しいといえます。そのため、仮に解雇を検討するとしても、制裁的な性格を持つ懲戒解雇ではなく、能力不足や勤怠不良などを理由とする普通解雇が対象になります。ここで解雇の種類を改めて整理しておきましょう。
(図表1)【3種類の解雇】
| 概要 | 特徴 | |
|---|---|---|
| 1.懲戒解雇 | 横領、暴力、重大なハラスメントなど、極めて悪質な規律違反や非行があった場合に社員を解雇する | 最も重い懲戒処分。それゆえに有効と認められるハードルが非常に高く、最初から懲戒解雇のみを見据えて処分を進めるのはリスクが高い |
| 2.諭旨解雇 | 本来は懲戒解雇もあり得る社員に対し、会社が反省や情状を考慮して退職届の提出を促し、応じなければ解雇する | 懲戒解雇を検討する前段階で選択肢の1つとして考えられることも多く、中小企業の実務では比較的現実的な対応になりやすい |
| 3.普通解雇 | 遅刻や欠勤の繰り返し、勤務態度不良、能力不足、業務命令に従わないことなどを理由に社員を解雇する | 能力不足のように目に見えにくい事情が背景にある場合、解雇に踏み切る前に、本人を指導して問題点を理解させたり、配置転換などを検討したりする必要がある |
(出所:筆者作成)
普通解雇であっても、その有効性は裁判で厳しく判断されます。仮に解雇に踏み切り、後から無効と判断されれば、次のようなリスクを抱えることになります。
- (バックペイ)「解雇した日~裁判や和解が決着した日」までの期間について、賃金を遡って支払わなければならなくなることがある(併せて社会保険料も発生する)
- (職場環境の悪化)問題社員が解雇無効で復職してくる場合、復職後の配置や人間関係をめぐって職場環境が不安定になりがち。結局、解決金等の条件調整を経て退職に至ることが多い
- (時間や労力の浪費)解雇をめぐる争いでは、書類の準備、弁護士との打ち合わせ、エビデンスの整理、期日対応など、想像以上に時間がかかることが多い
- (遡及手続きと費用)退職手続きを既に行っていた場合、各種手続きを遡って取り消さなければならず、労働保険料なども遡って支払う必要が出てくる
こうしたリスクを踏まえ、A社は懲戒解雇や普通解雇をすぐに目指すのではなく、
注意や指導を重ねた上で、最終的に合意退職という選択肢も取り得るかを見ながら進める
ことにしました。実際の対応を見てみましょう。
3)Bさん、その後の対応
Bさんの遅刻はその後も繰り返され、顧客への返信漏れや上司への報告の遅れも重なっていきました。A社は当初、口頭注意にとどめていましたが、
取引先からのクレームが重なった段階で、注意書を交付し、1カ月間の改善目標を設定
しました。その後も改善が乏しかったため、面談の機会を設けて業務の優先順位や報告のルールを文書で再提示しました。さらに配置の見直しも試みましたが、改善は見られませんでした。最終的に「このまま在籍を続けるより、退職条件を整理した上で合意退職という形を検討するほうが、双方にとって現実的ではないか」と提案するに至りました。
このケースで大切なのは、最初から退職の話に進んでいないことです。まず注意書で
- 遅刻の回数と日時
- 顧客返信漏れの内容
- 報告がなかった案件
を具体的に示し、併せて「今後は始業時刻を守ること」「顧客メールは当日中に一次返信を行うこと」「日次で上司に進捗報告をすること」といった改善項目を期限付きで明記します。報告書や顛末書の提出を求めることも考えられます。その上で、改善が見られなければ、人事上の配置・役割の見直しや今後の雇用継続について協議する可能性がある旨も添えておきます。こうしたこまめな対応が、実務上は非常に重要です。
残しておきたいエビデンスとしては、
勤怠記録、遅刻時の連絡履歴、取引先からのメールやクレーム記録、上司との面談メモ、注意書の交付記録、チャットや日報、そのほか顛末書や自戒のための誓約書など
が挙げられます。
「何度も注意した」という感覚だけではなく、「いつ、何を、どう伝えたか」を残しておくことが最終的に会社を守ることにつながります。また、Bさんのようなケースでは、顧客対応の不備が続くことで、本人だけでなく部署全体の信頼にも影響が及びます。そのため、本人への注意と同時に、現場へのフォローや引継ぎの準備も並行して考えておくことが、管理側としては重要になります。
4)退職時の条件面は最後にきちんと整える
円満に進まない可能性もあるため、あとで問題が蒸し返されないよう、条件面を整理しておくことも大切です。退職の話し合いでは、退職日、有給休暇の扱い、貸与物の返還、秘密保持に関する確認事項、今後の連絡方法などを明確にしておくことが考えられます。この場面でも、書面で確認しながら進めることが望まれます。
また、退職となる社員が営業職のように取引先を担当している職種や管理業務を担う立場の場合は、退職日の決め方ひとつで現場の負担が大きく変わります。引継ぎ資料の作成、取引先への連絡の順番、社内アカウントの停止時期なども含めて整理しておくと、退職後の混乱を防ぎやすくなります。
5)事例から見える、実務で大切な4つのポイント
Bさんのケースを振り返ると、実務で大切なのは、次の4つの「前段階」の積み重ねです。
1.口頭注意だけで終わらせない
現場で社員が非違行為をした際、口頭注意だけで終わってしまうとエビデンスが残らないため、あとで会社の対応が見えにくくなります。そこで注意をしたら、注意書を出す、面談をしたらメモを残す、といった後で確認できる形で残すことが大切です。
今回の事例では「就業規則の懲戒事由にはギリギリ該当しない」と記載がありましたが、仮に就業規則を作成しておらず、対応を急ぐ場合には、このような注意書等が当該社員との約束事となりますので、非違行為を就業規則に代わって明示することになります。
2.改善点はできるだけ具体的に伝える
「気を付けてください」だけでは、本人も何をどう直せばよいのか分かりません。例えば、遅刻の問題なら始業時刻を守ること、遅れる場合の連絡方法、再発防止策をいつまでに出すかなどを、目に見える形で提示します。改善点は、行動レベルまで落とし込むことが大切です。
3.確認日を決めて変化を見る
注意したまま時間が流れてしまうと、次の対応に進みにくくなります。1カ月後など日にちを区切り、次回の面談で確認することをルールにしておくことが大切です。改善の機会を設け、その結果を見て次を考えます。この流れができると、本人にも会社にも納得感が生まれやすくなります。また、少しでも前向きな変化が見えたときは、その点も記録に残しておくと、注意一辺倒ではない丁寧な対応として伝わりやすくなります。
4.面談は「追い込む場」ではなく「整理する場」にする
面談の場で感情的になってしまうと、社員が会社に不信感を抱き、話し合いが難航します。会社が困っている事実、これまで求めてきた改善点、現時点で変わっていない点を、落ち着いて整理して伝えることが大切です。「何が問題なのか」「いつまでにどう変わってほしいのか」「変化が見られない場合には、今後の配置や役割、雇用継続のあり方を検討する可能性があるのか」を、冷静に確認する姿勢が、結果として会社を守ることにつながります。
3 トラブルを防ぐための実務のポイント
1)就業規則や書式の整備を日ごろから進めておく
このような退職にかかわる場面はトラブルになりやすいため、日ごろからの備えが最も重要です。退職の根拠となる就業規則や雇用契約書に加え、手続面で用いる確認書、注意書、面談記録の様式などが整っていると、対応のぶれを小さくすることができます。
特に中小企業では、対応する上司や担当者によって言い方や運び方が変わりやすいため、あらかじめ使う書式や流れを揃えておくことが、結果としてトラブル予防につながります。
2)時間と金銭の組み合わせ(対応方法の考え方)
これまで述べてきた手順を踏むことでリスクを小さくしていくことは大切ですが、社員側も退職後の生活を考えているため、直ちに退職を受け入れないケースもあります。そこで、時間的な猶予と金銭的な条件を組み合わせて提示することで、合意退職に向けた話し合いが進みやすくなる場合があります。

図のイメージは次のようになっています。
- 左下(赤):時間も金銭もほとんどかけずに即時に退職を迫る
- 左上(橙):ある程度の条件調整を行いながら、比較的早めに整理を目指す
- 右下(青):一定期間雇用を継続するが、出勤は停止(免除)して、転職支援などを組み合わせながら、次の進路を考える時間をとる
- 右上(緑):時間面と金銭面の両方から支援する条件を提示することで、合意退職に向けた話し合いを進めやすい状態をつくる
もっとも、この図はあくまで考え方の整理です。実際の対応では、非違行為の内容や回数、会社への影響だけでなく、当該社員の役職、勤続年数、家族の状況などの事情も踏まえて、どの程度の時間をかけるのが適切か、どのような条件調整や配慮が現実的なのかを見極めることになります。必要に応じて、外部専門家への相談を検討する場面も出てくるでしょう。
例えば、勤続年数が長く、家計を支える立場にある社員に対しては、急ぎすぎる進め方をすると、強い反発を招く恐れがあります。
反対に、再就職が比較的容易と考えられる職種や年齢層であれば、時間的猶予を与えることが、必ずしも有効な条件になるとは限りません。また、役職者である場合には、周囲への説明や権限の外し方まで含めて、慎重に段取りを組む必要があります。
このように退職における条件調整を考える場面では、金銭面だけで解決を急ぐのではなく、引継ぎ期間の設定、有給休暇の消化方法、再就職活動に配慮した日程調整など、時間面の配慮を組み合わせることも選択肢になります。
ただし、常にこの組み合わせで対応しようと考えてしまうと、「強く争えば何らかの条件上乗せが得られる」と他の社員に受け取られるおそれがあります。そのため、慎重に進めつつも、非違行為の内容次第では毅然とした対応を取る必要があることはいうまでもありません。
3)実務上のポイント
- 就業規則や雇用契約書で非違行為について、明確にしておくこと
- 問題が起きたら、口頭注意だけで終わらせず、注意書や面談記録を残すこと
- 改善点は、できるだけ具体的に伝えること
- 注意や面談の機会を設けたら確認日を設定し、改善の有無を見ながら次の対応を考えること
- 最初から強い処分にこだわらず、最終的に合意退職に向けた話し合いができる状態を整えること
4 結局、大切なのは「退職の前段階の対応」
問題社員対応では、最後にどのような結論になるかということ以上に、
その前段階でどのような注意・指導を行い、どのような手続きを踏んできたか
が大切です。対応を急ぐあまり、手順や説明の整理が不十分なまま進めてしまうと、かえって会社側の負担が大きくなることもあります。だからこそ、強い対応を急ぐのではなく、まずは事実と経過を丁寧に整理し、段階を踏んで進めることが求められます。
実際には、「この段階で注意書を出してよいのか」「面談ではどこまで伝えるべきか」「配置の見直しを先に検討すべきか」「退職勧奨を視野に入れるのはいつ頃か」といった判断に悩む経営者は少なくありません。こうした場面では、早い段階で現状を整理し、実務上の進め方や選択肢を確認しておくことで、不要な混乱や感情的な対立を避けやすくなります。
特に中小企業では、ひとつの対応が職場全体の空気や今後の人材定着にも影響しやすいものです。問題が大きくなる前に、注意の進め方、記録の残し方、面談の組み立て方、今後の選択肢の整理まで含めて、一度専門家と一緒に見直してみるのもよいでしょう。
なお、この記事では問題社員対応における退職を中心に扱いましたが、他にもメンタルヘルス不調や私傷病により復職が難しい場合など、解雇や退職を検討する場面は様々あります。そのような場面では、注意書による対応が前提にならないこともありますし、「時間と金銭の組み合わせ」の考え方も異なってくる可能性があります。それでも、
何を根拠に、どのような説明と手続で進めるかという基本は共通
しています。そうした意味でも、平時から対応の指針を定めておくことが重要です。
以上(2026年8月作成)
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画像:ChatGPT