第31回 スタートアップこそ学んでおきたい「銀行融資」の方法/イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

起業して間もない企業やこれから起業を志す方には、「お金」の不安がつきものです。

設備費、プロダクト開発費に、人件費など……。
それらをまかなうための資金調達について考えた際、エンジェル投資家、VC・CVC、株式投資型のクラウドファンディングなど、思いつく選択肢はさまざまあります。

しかし、銀行融資に関しては「実績がある企業でないと難しいのでは」とはじめから諦めている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は、さまざまな領域のスタートアップ企業で、融資サポートを行ってきた株式会社INQ 代表取締役CEO・若林哲平氏にお話を伺いました。さまざまな選択肢がある中で、銀行融資を受けるメリット、融資を受けるためのポイントをご説明いただきます。

若林さん、貴重な学びのシェアを愛りがとうございます!(愛+ありがとう)

1 「スタートアップ」とは

スタートアップの銀行融資について論じる前に、まず本記事における「スタートアップ」がどのような企業を指すのかを確認しておきます。

スタートアップとは、本来、テクノロジーなどを活用し、新たな市場を切り拓く新興企業を指します。
新たな市場をスピーディに切り拓くため、大きな額の資金調達をし、一気に成長していく戦略を取ることが多いため、大きな可能性と共にリスクもはらんでいます。

そうしたリスクの面から考えると、銀行などの金融機関にとっては、スタートアップは融資の可否の判断が難しい存在と言えるでしょう。

しかし、昨今では新たにビジネスを立ち上げる創業間もない企業全体を指してスタートアップと呼ぶことが増えてきています。
当然、業種やビジネスモデルは幅広く、リスクの程度や、金融機関の評価も企業によってさまざまです。

この記事では、特別な断りなくスタートアップと表記する場合、後者の、創業間もない企業全体を意味するものとしてご理解ください。

2 なぜ、スタートアップが銀行融資を受けるべきなのか

1)日本は今、国をあげてスタートアップを支援している

なぜ、スタートアップが銀行融資を視野に入れるべきなのか?
その最も大きな理由として、日本が国策として起業支援に注力していることが挙げられます。

日本は欧米と比較して起業・開業率が格段に低く、政府としては起業数を底上げしてきたいという意図があります。そのため、公的融資制度の充実に取り組んでいる他、民間の銀行であっても創業間もない企業に融資できるような仕組みづくりに注力しているのです。

具体的に、スタートアップが活用しやすい融資には、以下のようなものがあります。

1.日本政策金融公庫の新創業融資制度

政府系金融機関である日本政策金融公庫では、新たに事業を始める方を対象とした融資制度を設けています。
支店で1000万円まで決裁でき、原則的に無担保・無保証。代表者個人に責任が及ばない形で融資を受けられることが大きな特徴です。

万が一事業が立ち行かなくなった場合にも代表者個人が連帯保証債務を負わないため、生活を守りながらチャレンジができる上、失敗してしまっても再チャレンジしやすくなります。

2.民間金融機関の信用保証協会保証付融資

りそな銀行のような都市銀行、地方銀行、信用金庫などの民間金融機関でも、創業支援融資を受けることができます。

ただし、民間金融機関では基本的に預金者から預かったお金を融資に回すことになるため、貸し倒れが起こり、預金者の大事なお金を損なうようなことがあってはなりません。

そのような事態を防ぐために存在しているのが、都道府県ごとに設けられている信用保証協会です。

民間金融機関が企業へ融資を行い、万が一貸し倒れが発生した場合には、信用保証協会がそれを保証します。

これにより、民間金融機関は比較的リスクの高い創業間もない会社への融資を積極的に行うことができるのです。

日本政策金融公庫と、信用保証協会という2つの公的制度があることにより、スタートアップであっても銀行融資を受けることができる土台が整っています。

2)銀行融資は、株式の希薄化を抑えられる資金調達方法

融資による資金調達は、株式のシェアを渡すことがないというのは大きなメリットと言えます。

スタートアップがエグジットするまでに、3回、4回、5回とエクイティファイナンスを行っていくと、その度に株式を外部に放出していくことになります。

その中の1回をデットファイナンスに置き換えることができれば、それだけでも株式の放出を抑えることができ、株式の希薄化を抑えることができるのです。

3)資本性ローンという選択肢

「もちろん、融資のメリットはわかる。でも、創業間もない時期に、売上の中から返済原資を捻出していくのは、難しそう……。」と思われる方もいらっしゃるでしょう。

そんな方に知っていただきたいのが、資本性ローン(挑戦支援資本強化特例制度)です。
 資本性ローンとは、日本政策金融公庫の中で設けられた制度です。

最も大きな特徴は、元金の返済期限が月々ではなく期限一括返済となること。月々の返済は金利のみでよいとされています。

また、その他にも、金融検査上は資本とみなされる、経営状況によって金利が変動する(赤字である場合には金利が低く、一定水準以上の場合は高くなる)など、通常の融資とは大きく性質の異なる制度です。

元々は、シリーズA期以降のスタートアップを中心に融資実行されていた制度であり、審査要件が厳しいというデメリットがありました。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響を受けたスタートアップの支援を目的とし、新型コロナ対策資本性劣後ローン(新型コロナウイルス感染症対策挑戦支援資本強化特別貸付)がつくられました。
これは従来の資本性ローンよりも要件が緩和され、適用範囲が拡大しています。

4)創業支援制度は、使わなくてはもったいない

ここまで見てきたように、日本では現在、起業率を高めるための創業支援制度が充実してきています。

2010年代前半まではエクイティが主流という風潮があったものの、昨今の制度充実を受けて、多くのスタートアップが融資という選択肢を活用するようになってきたというのが現状です。

一般的には、起業後2年以内に、創業融資もしくは保証協会保証付の融資を受ける傾向にあります。

3 スタートアップが銀行融資を受けるには

ここからは、実際にスタートアップが融資を受けるためのステップをご説明していきます。

1)金融機関の視点を知り、準備する

まずは金融機関がどのような視点でスタートアップを評価しているのかを理解し、その上で準備を進めていきましょう。

1.金融機関の視点

・投資家は未来を見るが、金融機関は過去しか見ない

具体的な評価ポイントについては後述しますが、金融機関が評価するのは過去の実績です。スタートアップが魅力的な事業計画を有していて、その評価が株価にあらわれていたとしても、銀行の評価はイコールではありません。

・VCにはポジティブなプランを、金融機関にはネガティブなプランを見せる

VCと金融機関に同じ資料を提出するケースが見受けられますが、これはあまりおすすめできません。
金融機関に提出する計画は、堅実である方がよいため、VCに向けたものとは別で用意するのがよいでしょう。

2.具体的な評価ポイント

金融機関の具体的な評価ポイントは以下の通りです。

  • 自己資金
    (起業に向けて、代表者がどれだけ準備をしてきたか)
  • 代表者の経験・属性
    (これから立ち上げようとしている事業を実現できるだけの知識・技術などを、どのような職歴の中で培ってきたのか)
  • 事業計画
    (堅実で実現可能な事業計画であるか)

1点目の自己資金については、借りたい金額の1/2〜1/3程度が用意されていると評価が高いと言われています。

2点目の代表者の経験・属性には、個人の信用情報なども含まれます。信用情報から「お金使いが荒い」と判断されれば、融資対象としての信用度に影響してしまう可能性があります。

また、「若くてビジネス経験が乏しい」というケースもあるでしょう。そうした場合、他社から業務を受託した経験などを先につくり、記載することも可能です。

例えば、「大学でAIの研究をしていて、これからAIのビジネスを立ち上げる」といったケースでは、AIの研究実績に加え、他社の事業の受託開発経験などをいくつか積み、それを実績として提出する方法もあります。

そして、最後の事業計画ですが、個人的な印象ではあるものの、金融機関では「小さく生んで、大きく育てる」ビジネスを好む傾向にあると感じます。

はじめは赤字でも資金を注ぎ込んで、大きな成長を狙うような計画よりは、売上の立ち上がりが早い堅実な計画を提出したほうが融資は通りやすいと思います。

2)適切な融資希望金額を設定する

融資金額を決めるファクターはいくつかありますが、以下のような考え方が一般的とされています。

  • 自己資金の2〜3倍
  • 月商の2〜3倍+設備資金 ※売上が立ち始めている場合
  • 前年度の売上の範囲内

また、活用する制度によっては上限が決まっているケースもあります。
制度上の上限と、融資を申し込む側の状況を鑑みて、低いほうで決まることが多いです。

利子も制度によって固定が多く、プロパー融資の場合は企業の財務状況などで判断されます。

3)金融機関と交渉する

初めて金融機関に融資の相談へ行く時には、緊張してしまうものですが、以下のようなことを意識しながら、交渉を進めてみてください。

1.ポジティブな材料を積み上げ、余すことなく見てもらう

金融機関とのコミュニケーションにおいて「これさえ見せれば大丈夫」というような裏技は、残念ながらありません。
スタートアップで実績が少ない状況でも、ポジティブな材料を積み上げて、それを見てもらうことが大切です。

ポジティブな材料としては、以下のような例が挙げられます。

  • VCからの出資を受けている
    第三者の評価を受けていることの証明になりますし、資金があるので事業計画の推進性が高まるとみなされます
  • 補助金を受けることが決まっている
    事業に対する補助金が決まっていれば、補助金をある意味担保としてみなしてもらい、融資を受けやすくなる傾向があります
  • 大口の契約が既に決まっている
    売上の見込みがあれば、当然ながら融資は受けやすくなります

銀行融資を受ける上では、これらのポジティブな材料を、しかるべきタイミングで見せることが重要です。

2.専門用語を使いすぎず、平易な言葉でコミュニケーションを

基本的に金融機関は幅広い業種とやりとりをしており、担当者が必ずしも自社の事業領域に詳しいとは限りません。
打ち合わせの際には、専門用語を使いすぎず、平易な言葉を用いたほうがよいでしょう。

4)審査〜着金までのスケジュール

金融機関にもよりますが、例えば日本政策金融公庫の場合は、申し込みから2〜3週間で面談・審査が終わり、1週間程度で着金となります。申し込みからお金が入るまでは1カ月程度を見込めばよいでしょう。

1度取引をした金融機関であれば、初めのプロセスは省略されることが多いので、2回目以降の融資では2〜3週間程度で着金となります。

また、保証協会保証付融資などの場合は、関わる人が増え、それぞれで審査・手続きなどが発生するため、着金までの期間は長くなります。
長くなった場合でも、概ね1〜3カ月程度で着金します。

4 金融機関と付き合う上で、押さえておきたいポイント

1)複数の金融機関とお付き合いするのがおすすめ

初めは誰もが不慣れな金融機関とのやりとりですが、複数の機関としっかり付き合うことで、コミュニケーションのコツが掴め、条件交渉がしやすくなっていきます。

また、金融機関の場合は担当者との相性が大切ですが、金融機関では3年に1度程度のペースで異動があります。
「相性の良かった担当者が急に異動してしまい、融資の相談をしにくくなってしまった」という事態を避けるため、リスクヘッジの意味でも複数の金融機関とやりとりしておくことが重要です。

2)継続的に情報開示を行い、信頼関係を築く

継続的にやりとりをするためには、四半期に一度程度、経営状況を説明するのがおすすめです。金融機関としては、取引実績のある既存顧客を好みますし、情報開示をきちんとしてくれる企業のほうが付き合いやすいと考えるからです。

「赤字だったから報告しづらい……」ということもあるかもしれませんが、例えば、「開発費や広告費など、先行投資的なものを除けば黒字化できている」「ある特定の部門は黒字化できている」などしっかりと説明を添えて開示できれば、赤字であっても融資を受けられることがあります。

3)企業の成長フェーズに合わせ、適切な金融機関とやりとりする

企業のフェーズによって、付き合う金融機関は信用金庫がよいのか、都市銀行がよいのかなどで迷うことがあるかと思います。

1つの目安ではありますが、保証協会の保証上限が8000万円までとなっていますので、数百万〜8000万円規模であれば、信用金庫・信用組合、地方銀行などでの事例が多く、取り扱いに慣れています。
年商5億円を超えてきた頃から、都市銀行へ相談する企業が増えるようです。

4)金融機関選定に迷ったら、各種専門家を活用する方法も

中小企業支援に関する専門的知識や実務経験が一定レベル以上ある者として、国の認定を受けた認定支援機関(主に税理士や中小企業診断士などの士業)が存在します。
彼らは金融機関とも既にネットワークを構築していますので、これらの専門家にアプローチし、状況に適した金融機関を紹介してもらうこともできます。

5 読者へのメッセージ

最後に、若林さんから読者に向けて、メッセージをいただきました。

スタートアップには、いろいろな経営の方法があると思いますし、それにより、資金調達の方法も変わってきます。
銀行融資は、会社のコントロールをキープした上で資金を調達できる方法としておすすめです。

資金調達に関する情報が溢れているので迷われることもあるかと思いますが、時には自分のコミュニティ以外も視野に入れ、詳しい専門家に相談することもよいかと思います。多くの企業が、ごく限られた制度しか活用できていないというのが現状です。

融資、出資、補助金などさまざまな方法がありますが、しっかりと自社に合ったものを見極め、思い切りチャレンジしていってください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2022年1月26日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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インターンシップから採用につなげていくノウハウ/超現実的インターンシップ主義〜手間をかけずに成功させる導入のノウハウ(5)

現在の新卒採用市場において、インターンシップは「活動の起点」になりました。本連載では、はじめてインターンシップに着手しようという中小企業の視点に立って、“超現実的かつ効果的な”インターンシップの導入ノウハウについて解説しています。

いよいよ就活本番前。年明けの1月〜2月はもっともインターンシップが活況になる時期です。ここまでお伝えしてきたノウハウをベースに、超現実的インターンシップを実施するタイミングがやってきました。しかし、いくら省エネのインターンシップを実施できたとしても、それが採用につながらないのであれば、まるで意味がありません。
第5回の本稿では、インターンシップを実施した後、採用につなげていくノウハウについてお伝えしていきます。インターンシップに参加してくれた学生が、無事に採用選考ルートに乗る。さらには内定、内定受諾につながっていく。この成功プロセスについて、具体的にご紹介していきます。インターンシップにかけたこれまでの労力が、それこそ水の泡にならないためにも、ぜひご一読ください。

1 フォローというつなぎ止め策

7月~8月のサマーインターンシップは、選考開始まで約半年間あります。もちろん、できるだけ早く学生と接触するのに越したことはないのですが、時間の経過と共に、「選考を受けよう!」という熱も下がりやすくなります。

一方で、説明会や選考を間近に控えた1月〜2月の直前期のインターンシップは、熱が下がりきる前に選考に呼び込むことができます。半年間のつなぎ止めに労力をかける必要がありません。直前に接触し、一気に採用につなげていく。ここが「超現実的」たる所以です。

とはいえ、直前期インターン参加で興味関心を持ってくれた学生が、必ずしもその後の選考フローに乗ってくれるとは限りません。学生一人あたりのインターンシップ平均参加社数が5.79社という時代です(リクルートキャリア「就職白書2021‐」より)。
当然ながら、学生が持つ情報もどんどんアップデートされていきます。選考を受けたいと感じた企業の顔ぶれが移り変わっていくのは、むしろ自然の成り行きといえるでしょう。

そういった意味では、いかに直前期であっても、学生の気持ちをつなぎ止め、リテンションし、選考を受けるルートに乗ってもらう「フォロー施策」が必要となります。インターンシップから採用成果を上げている企業は、このフォロー=つなぎ止め施策をしっかりと設計しています。

2 1Day×Webインターンのあとは対面接触

本連載では、できるだけ労力をかけずにたくさんの学生と接触できるといった観点から1day×Web形式のインターンシップを推奨しました。いわばインターンシップは母集団形成の手段という割り切りです。
オンラインで会って採用選考に進んでほしいと思った学生に対してのフォローは、やはり対面が有効。学生の好意度を高めるためにも、熱量を伝える必要があるからです。
コロナの影響で、オンラインイベントが当たり前となる中、リアルイベントはプレミア化しており、学生にとっても特別な体験につながりやすくなっています。コロナの感染状況に左右されますが、オンラインから対面への流れ。ある意味で、これはワンセットとして捉えるべきかもしれません。

代表的なのは、

インターン生限定社員座談会、インターン生限定食事会(もしくは飲み会)、希望者全員にOB・OG訪問、個別フィードバック会など

です。インターンで伝えきれていない自社の魅力をコンテンツに落としこんでセミナーを実施する企業、インターンでの様子、もっと成長してほしい点などをフィードバックする個別面談を行う企業など、目的に応じて企画内容もさまざまです。

もっともダイレクトなフォローは「選考優待」。インターンシップに参加してくれた学生には、説明会、ES、適性検査、1次面接などを免除するといった特典をつけることです。ここ数年で、インターンシップを実施している企業様の多くが、選考優待やインターン生限定のイベントを企画しています。
また、ある人材サービス企業の23卒学生向けの調査では、インターンシップ先を選ぶ基準として、「インターン参加後に選考などで優遇されるかどうか」を重視している学生が56.8%に上るという結果も出ています。

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3 SNSを駆使したオンラインフォロー

インターネット上で継続的にコミュニケーションを図るフォローについても解説しましょう。コロナ禍の影響を受けて、オンラインで継続したコミュニケーションをとるフォローも増えています。

もっとも一般的なのはオンライン社員座談会です。オンラインが主流になっているからこそ、より社員の生の声を聞きたいという学生のニーズにもマッチします。物理的な距離の関係で対面座談会では参加が難しかったエース社員に参加してもらったり、チャットを通してより気軽に質問をしやすくしたり、オンラインならではの工夫を盛り込むことで、対面同様の満足度を提供できます。

説明会やインターンシップでは伝えきれない情報をタイムリーに深く伝える手段として、「採用ブログ」を運用する企業も増えています。また、時期をみながら、学生のニーズに合った情報を「メルマガ」で配信するというのも手です。インターンシップ開催直後であれば、業界、会社、仕事をさらに知ってもらうような情報、就活本シーズンになったら、就活のアドバイスなどを送ります。

その際、学生にとって親和性の高いSNSを使ったフォローも有効です。例えば、Instagramなどを活用し、ブログより手軽に視覚的に伝える手法を取り入れている企業も多くあります。更新性のあるコンテンツをSNSでインターン参加学生に見てもらうことで、つながりを維持できるのも大きなメリット。 
中でも圧倒的に学生の利用率が高い、LINEでのコンタクトがおススメです。インターンシップを通して、自社のLINEグループに入ってもらい、LINEを通して情報を提供する。うまく活用している企業は、メッセージの伝達のみでなく、先輩情報にアクセスできたり、各種セミナー予約もLINEで完結できたりといった工夫もしています。
メルマガの配信もLINEを使えば一方通行にはなりません。学生からの反応をもらうコンテンツをLINEに入れることで、双方向のメルマガになります。

4 内定承諾を得るために

こうしてインターンシップから採用選考ルートに乗ってもらうことができて、無事、内定出しまで進んだとします。しかし、内定者からの承諾を獲得することが非常に難しい時代になってきました。
2021年の5月1日時点の内々定取得率は6割弱というデータがありました。二人に一人は内々定を取得しているという状況で、内定保有者の過半数は今後も就職活動を行うと回答していました。
このような状況で学生から内定承諾を引き出すためには、内定者に対するフォロー施策のアップデートが不可欠となってきます。

では、内定者フォローを行うのに適した時期はいつなのでしょうか。もちろん内定を出した後のフォローも重要ですが、内定を出した後から始まる内定者フォローでは学生の志望度を上げることは難しくもあります。学生がその企業に最初に入社したいと思ったタイミングは、実は選考期間中なのです。

この期間も、インターンシップから採用選考ルートに乗ってもらうために活用したSNSによる情報提供を継続しましょう。繰り返し接触することで好感度や印象が高まる単純接触効果(=ザイオンス効果。5回以上接触すると急激に好意度が高まるとされる)と呼ばれる心理的効果が働き、学生の志望度を上げることにつながります。

5 不安を払拭するフォロー

もし選考中に十分なフォロー施策を実施することができず内定を出してしまったという場合は、人事担当者によるフォロー面談も追加で行っていただくほうがいいかもしれません。
内定を出してから内定承諾に至る時期は、業務に対する不安を抱えている学生が多く、イベントやフォロー面談の際に、不安を払拭してあげることが効果的です。
特に「社員との交流会」や「他の内定者との交流会」を希望する学生が多いため、この機会に実施することをおススメします。

この機会には、

  • 他社の選考状況
  • 自社志望度の変化
  • 不安に感じるポイント

といった3点について、必ず確認してください。
このフォロー面談の際に、煮え切らない反応や明確な答えが返ってこないようでしたら、ここからの巻き返しはかなり厳しいといえるかもしれません。しかし、ここで諦めては元も子もありません。可能な限り、なぜ煮え切らないのか、なぜ志望度が低くなったのかを具体的に確認し、改善に向けて動いてみてください。

ここまで選考中・内定フォローの重要性と施策についてご紹介しましたが、最後にもう一点アドバイスがあります。それは、選考回数を増やすこと。採用の開始時期が早まり、選考から内定承託までの時期が遅くなる。こうした採用の長期化傾向においては、選考フローを増やすことが有効だという認識が広がりつつあります。実際に2022年卒から2023年卒にかけて導入する企業も多く、新卒採用のトレンドになりつつあります。
接触回数が増えることで好意度が増すことは、すでにお伝えしました。しかしそれ以上に選考回数を増やすことには効能があるのです。近年の学生は承認欲求が強いといわれます。数多くの選考を乗り越えて内定を勝ち取ったという中で、彼らの承認欲求がより満たされていく。この承認欲求の充足が自社への好意度に直結していくからです。

学生の活動時期が早期化し、採用活動のオンライン化が広がっていく中、学生に対するフォロー=つなぎ止め施策は不可欠になってきました。インターンシップから採用選考につなげるフォロー施策。内定出しから内定受諾につなげるフォロー施策。ここがインターンシップを起点としながら採用成功を勝ち取る上でのラストピースです。ぜひ、自社にあった取り組みを検討してみてください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2022年1月26日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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【財務会計】貸借対照表にある「純資産」の基本

書いてあること

  • 主な読者:会計の基礎を勉強し始めた新入社員で、「純資産」について知りたい人
  • 課題:純資産に含まれる項目の名称が難しく、内容も複雑なので分かりにくい
  • 解決策:純資産は資産と負債の差額。株主に帰属する部分とそうでない部分がある

1 純資産とは

純資産とは、

会社の正味の財産(=資産-負債)で、投資家からの出資金や利益の積み立て分など

が該当します。純資産は貸借対照表の右側に表示され、次のように大別されます。なお、株主資本と評価・換算差額等を合あわせたものを「自己資本」と呼びます。

  • 株主に帰属する部分:「株主資本」
  • そうではない部分:「評価・換算差額等」「新株予約権」

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2 プラスの場合とマイナスの場合

資産が負債より大きい場合はプラスの正味財産といい、正常な状態です。一方、資産が負債より小さい場合にはマイナスの正味財産といい、債務超過の状態になります。債務超過とは、

自社の資産だけでは借入金の返済や買掛金、その他債務の支払いができない状況

で、これが続けば実際にデフォルト(債務不履行)を起こし、最悪の場合には倒産します。

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3 純資産の部に書かれていること

貸借対照表の純資産の部に記載される主な項目は次の通りです。全ての会社の貸借対照表に次の全項目が記載されているわけではなく、逆にここでは紹介していない項目が記載されていることもあります。あくまでも、会社の状況次第です。

1)株主資本

株主資本とは、株主からの出資と会社が稼いだ利益の蓄積であり、資本金、新株式申込証拠金、資本剰余金、利益剰余金、自己株式、自己株式申込証拠金の6つに区分されます。

1.資本金

資本金は、会社の設立または株式の発行時に、株主から会社に払い込まれた、または給付された財産の額です。資本金として計上された金額を減額する場合、株主総会の特別決議や登記変更など一定の手続きが必要です。

なお、この払い込みまたは給付に係る額の2分の1を超えない額は、資本金として計上せずに資本準備金(詳細は後述)とすることができます。

2.新株式申込証拠金

新株の引受人は出資金の払込期日に株主となるため、株式の払込期日前に払い込まれた金額(手付金)は資本金として処理できず、一時的に新株式申込証拠金として表示されます。

3.資本剰余金

資本剰余金は、資本準備金とその他資本剰余金とに区分されます。資本準備金は、株式の発行時に株主となる人から払い込まれた、または給付を受けた財産のうち資本金に組み入れなかった額です。会社法により、一定の積み立てが強制されています。赤字(欠損金)が生じた場合などには、これを取り崩して補填することができます。ただし、資本準備金を取り崩すためには、株主総会の普通決議など一定の手続きが必要になります。

その他資本剰余金は、企業再編(合併など)時に発生する合併差益、株式交換差益および株式移転差益や、自己株式を処分した際に発生する差損益などが表示されます。

4.利益剰余金

利益剰余金は、利益準備金とその他利益剰余金に区分されます。利益準備金は、利益の配当時に、配当額の一定額を積み立てる項目で、会社法により積み立てが強制されています。これは、異常に高額な配当によって会社の財産が一定以上減少し、借入金の返済や買掛金の支払いができなくなることを防ぐためです。なお、株主に配当金を支払う場合、資本準備金と利益準備金の合計額が資本金の4分の1に達するまで、その配当の額の10分の1以上を資本準備金または利益準備金として積み立てる必要があります。

また、その他利益剰余金には、過去において計上した利益のうち、社内留保している繰越利益剰余金や任意積立金が表示されます。

5.自己株式

自己株式は、会社が保有する自社の株式のことです。会社が自社の株式を既存の株主から買い受けた場合、資本の払い戻しとなるため、純資産の控除項目として表示されます。

6.自己株式申込証拠金

自己株式の処分(会社が保有する自社の株式を外部(将来の株主)に売却すること)に際して払い込まれた金額のうち、払込者が株主となる前(払込期日前)のものは、自己株式申込証拠金に表示されます。

2)評価・換算差額等

評価・換算差額等は、その他有価証券評価差額金、繰延ヘッジ損益及び土地再評価差額金の3つに区分されます。

1.その他有価証券評価差額金

その他有価証券とは、市場価格のある株式(売買目的有価証券、子会社及び関連会社株式を除く)、社債等の債券(満期保有目的の債券は除く)のことで、会社同士の持ち合い株などが該当します。その他有価証券については、時価評価(決算時の時価(市場価格など)に帳簿価額を修正すること)を行うことで生じる評価差額のうち、当期の損益に反映されなかったものをその他有価証券評価差額金に表示します。

これは、その他有価証券はその保有目的(持ち合いなど)から、時価との評価差額の全額を損益に反映するのはふさわしくないとの考えのもと、その一部(税効果を考慮した後の評価差額、つまり、税効果会計によって認識された繰延税金資産または繰延税金負債に見合う額を除いた額)が純資産に表示されます。

2.繰延ヘッジ損益

ヘッジ手段とするデリバティブ取引の損益を発生時に認識せずに、ヘッジ対象に係る損益が認識されるまで損益認識を遅らせるために、ヘッジ手段に係る損益を繰延ヘッジ損益に表示します。これは資産・負債のいずれの性質も有しないことから純資産に表示されます。

3.土地再評価差額金

土地再評価差額金は、事業用土地を時価で評価し、土地の帳簿価額を改定する1回限りの臨時的かつ例外的な会計処理によって計上されるものです。土地の再評価差額から再評価に係る税効果の影響を加味した金額を純資産に表示します。

3)新株予約権

新株予約権は、株式の交付を受けられる権利です。新株予約権は、将来、権利行使されると払込資本となるため資本金または資本準備金に計上されますが、権利行使されず失効してしまうと払込資本にはなりません。従って、払込資本となることが確実ではないものの、返済義務のある負債の性質を有しないことから純資産に表示されます。

4 純資産を使用する主な財務指標から分かること

1)自己資本比率

自己資本比率とは、会社の総資産に占める自己資本の割合のことをいいます。計算式で示すと次の通りです。

自己資本比率(%)=自己資本÷総資産×100

自己資本比率は、会社の財務健全性を示す指標です。この指標が高いほど安全性は高くなり、一般的に40%以上あれば安全と考えられています。

2)総資本利益率(ROA、Return On Asset)

総資本利益率とは、利益を自己資本(純資産の部)と他人資本(負債の部)の合計額(総資本)で除した比率をいい、一般的にROAと呼ばれます。計算式で示すと次の通りです。

総資本利益率(%)=(当期純利益or営業利益or経常利益)÷(自己資本+他人資本)×100

総資本利益率は、総資本を使ってどの程度の利益を生み出せたかを示し、効率性を見る指標です。この指標が高いほど、利益を効率的に生み出せていると見ることができます。

3)自己資本利益率(ROE、Return On Equity)

自己資本利益率とは、当期純利益を自己資本で除した割合のことをいいます。計算式で示すと、次の通りです。

自己資本利益率(%)=当期純利益÷自己資本×100

自己資本利益率は、株主が拠出した自己資本を使って株主のためにどれだけの利益を上げたかを示す指標です。この指標が高いほど、投資が効率的に行われているとみられます。

以上(2022年1月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 伏見健一)

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画像:pixta

【朝礼】「三年寝太郎」という生き方を再評価する

けさは、昔話の「三年寝太郎」について、私が感じていることを話したいと思います。三年寝太郎の話の内容は幾つか説があるようですが、最も知られている話を大まかに言うと、3年間寝続けていた男が、川の流れを変えることで、干害で苦しんでいた村を救った、というものです。

恐らく江戸時代の農村が舞台の話だと思いますが、もし現代に寝太郎のような人物がいたとしたら、皆さんはどのように感じるでしょうか?

万が一我が社に寝太郎のような社員がいた場合、3年も寝続けられる状況にしないでしょう。すぐに結果を出すことが求められているこの時代に、3年かけないと結果が出せないような社員は、なかなか受け入れることができません。

ですが、私はすぐに結果を出すことが求められる今のような時代こそ、寝太郎の話に見習うべき点があるのではないかと思っています。例えば、3年間という長い年月をかけて、一つのことを考え続けた根気です。少し結果が出ないと諦めてしまうことが多い中で、長期的な視野に立って、それだけの情熱と信念をもって取り組むことは大切だと思います。

また、寝太郎は自分の幸せではなく、世の中をより良く変えていくために3年間を費やしたという、公共心です。SDGsが注目され、共生社会を目指さなければならない今こそ、自分の損得だけで物事を判断しない寝太郎のような考え方を見習うべきではないでしょうか。

実は、研究者のような人たちは、ある意味で寝太郎のような長期的な時間軸と公共心をもって取り組んでいるといえます。研究者と寝太郎の唯一といっていい違いは、寝太郎は寝続ける前に、「私は干害で苦しんでいる村人たちのために、解決策を考える時間がほしい」と打ち明けなかった点です。もし寝太郎がクラウドファンディングをしていれば、それなりの資金が集まったのではないでしょうか。

そして、私が何より感じているのは、結果的にかもしれませんが、寝太郎という人間の生き方を受け入れた社会の寛容性の素晴らしさです。今の医学で診断すると、かつては真面目な働き者だった寝太郎が一日中寝ているのは、うつ病を患ったためにそうせざるを得なくなってしまった、という説もあるようです。それはさておき、さまざまな事情で社会に適応することが難しい人は、少なからずいます。そういった人たちを温かい目で支えられる社会になればいいと思いますし、我が社もさまざまな意味で「人に優しい」会社でありたいと思っています。

私は、皆さんに寝太郎になってもらいたいとは思いませんが、長期的な視点で物事を考えること、情熱と信念をもって一つのことを続けること、世の中を良くしたいと考える気持ちなど、見習ってほしいことがたくさんあります。そして私も、少し長い目で皆さんの成長を見守れるような、「人に優しい」経営者でありたいと思います。

以上(2021年12月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】共進化を促す存在になろう

おはようございます。今日は、約300万年前に起きたとされる「アメリカ大陸間大交差」という現象の話から始めたいと思います。

元来、北米大陸と南米大陸は別々の大陸の一部でした。それが分離して単独の大陸となり、約300万年前に陸続きになりました。こうして、2つの大陸の動物たちが互いに行き来できるようになった結果、北米大陸出身の動物は多くが生き残り、生存領域を広げる動物もいた一方、南米大陸出身の動物の多くは絶滅したとみられています。

2つの大陸の動物たちの運命を分けたのは、それまでの生存競争の質の違いでした。北米大陸はユーラシア大陸とつながっていた時期が長く、外来の強敵との生存競争を繰り広げる中で進化し、競争力を高めてきました。

一方の南米大陸は孤立している時期が長かったため、北米大陸ほどの激しい生存競争はありませんでした。その差が、陸続きになったときに明確に現れたのです。

話は現代に移りますが、人類を襲った新型コロナウイルスは、久しく動物界の頂点に立っている人類に対して、生存競争を挑んできた強敵だと見ることもできます。ある生物が繁栄していると、それを捕食したり、寄生したりする生物が現れるのは、当然の現象なのです。

これに対して人類は、ワクチンや特効薬の開発の他、「3密」の回避など生活スタイルを変化させることで、強敵に打ち勝とうとしています。

進化した強敵に打ち勝つために自分たちも進化することなどを「共進化(きょうしんか)」といいます。人類は、新型コロナウイルスに打ち勝つために、共進化をしている最中なのです。

広い意味での共進化は、実は私たちも日々実践している身近なものです。ライバルとの切磋琢磨(せっさたくま)や、課題の克服と言い換えれば分かりやすいでしょう。同業他社との競争で、我が社は新商品や新サービスを開発し、新たな販路を開拓しています。同業他社が新基軸を打ち出せば、それを研究して取り入れることもしています。

皆さん一人ひとりも、同じように共進化をしてきたはずです。同僚や、同業他社の同じ部門に優秀な社員がいれば、彼らのやり方を見習い、彼らを超えられるように努力をしてきたでしょう。業務上、足りない知識や技術があれば、人から聞いたり本を読んだりして補ってきたはずです。

これからの皆さんに私が期待するのは、自ら積極的に進化して、同僚たちの共進化を促すことです。同僚や同業他社に合わせて共進化するだけで満足せず、自分が社内や業界内の生存競争の質を高める、という気概を持ってください。

経済の地殻変動が激しい今の時代、他の大陸と陸続きになる、つまり他業種や他地域、新興企業などとの競合が急に始まっても不思議ではありません。生存競争の質を高めておけば、新たな強敵に打ち勝ち、生存領域を広げることもできます。皆さんの一層の奮起に期待します。

以上(2022年1月)

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画像:Mariko Mitsuda

【中小企業のためのM&A】基本となる9つのプロセスを順番に確認

書いてあること

  • 主な読者:重要な経営のかじ取りのためにM&Aを検討している、買い手側の経営者
  • 課題:M&Aといっても、どこから検討すればよいのか分からない
  • 解決策:M&Aのビジョン・目的を明確にした上で、代表的なプロセスを確認する

1 事業拡大から事業承継まで。中小企業にも身近になったM&A

新規事業への進出から事業承継まで、会社経営の重要な局面で有力な選択肢となるのが「M&A」です。M&Aとは、

Mergers(合併)and Acquisitions(買収)の略称で、資本の移動を伴う企業の合併と買収のこと

です。最近は、会社の成長を目指す中小企業と事業承継をしたい中小企業とがM&Aをするなど、M&Aは中小企業にとっても身近なものになっています。

M&Aで重要なのは、

明確なビジョン・目的を明確にした上で、理想のシナリオを描き、戦略的にM&Aを進めていくこと

です。とはいえ、M&Aで買収するモノ(事業)は、ビジネス上、頻繁に行われる商品の売買とは大きく異なる点が多々あります。経営者としては、

  • 買収先はどうやって探す?
  • M&Aを進める体制はどうする?
  • M&Aのスキームはどれが適切?
  • どのような情報を基に買収を判断したらよい?
  • 期待する効果は得られる?

などの疑問や課題が浮かび、何をどこから検討すればよいのかお困りかと思います。

この記事では、M&Aの全体を簡潔に分かりやすくまとめました。これからM&Aを検討する経営者の方に、最初に読んでいただくことを想定しています。M&Aの全体を把握し、疑問や課題を整理するためにお役立てください。

2 M&Aの基本となる9つのプロセス

M&Aの基本的なプロセスは次の通りです。

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1)M&Aの相手を選定

まずは、M&Aの相手となる企業を探します。M&Aの明確な目的がないままに、やみくもに相手を探してもM&Aは失敗してしまうことが多いです。そのため、M&Aを行うビジョン・目的をしっかり考えることが先決です。つまり、

  • M&Aは、今の強みを伸ばすために行うのか、弱みを補完するために行うのか
  • M&Aの結果、会社をどのように拡大していきたいのか

などを考えます。

また、相手の探し方は、

  • 特定の企業を一本釣りで検討する
  • M&Aの売り手と買い手をつなげるM&A仲介会社や、FAと呼ばれるフィナンシャル・アドバイザーに相手となる会社の候補をリストアップしてもらって検討する
  • インターネット上のM&Aマッチングサービスを利用して、ニーズに合う会社を探して検討する

などさまざまです。

相手先の設立年度や資本金、株主構成、業績の推移、今年度の事業の見通しなどを確認するとともに、自社と社風や風土が合うかどうかなど、数字に表れない部分も検討する必要があるでしょう。

2)秘密保持契約(NDA)の締結

M&Aでは、会社の重要な情報を開示する必要があります。M&Aの対象となる会社としては、会社の重要な情報だけ吸い上げられて、それを利用されることは避けたいと考えます。そのため、情報を開示する前に秘密保持契約(NDA)を結ぶことが不可欠です。

NDAを締結し、M&Aの対象となる会社からビジネスの商流や仕入先、販売先、今後の事業展開など、通常第三者に知られたくない重要な情報を開示してもらいながら、M&Aを実行することが双方にとって良い結果となるかを検討していくことになります。

3)M&Aのスキームの策定

中小企業の場合、

株式譲渡のスキームが取られることが大半

ですが、さまざまな事情を考慮して、事業譲渡や会社分割、場合によっては合併などのスキームを検討することになります。どのようなスキームを取るかは、M&Aを行うビジョン・目的を達成するためにどうすればよいかという点の他、スケジュールや法務、税務、会計上の観点を加味しながら決めることになります。

M&Aのスキームによっては、自社に不必要な資産や負債を引き継いでしまうなど、想定していたM&Aのメリットを得られない場合もあります。簡単でもよいので専門家に相談するなどして、それぞれのスキームのメリット・デメリットを理解しながら進めることをお勧めします。

4)条件交渉

双方にとって譲れない条件は何かなど、契約の核となる点について交渉をします。この段階で条件面の折り合いがつかなければ、後述する基本合意を締結することなくM&Aは決裂となります。また、この段階での交渉は、M&Aの核となる部分ですので、とても重要なフェーズといえるでしょう。例えば、一般的に、次の事項について条件交渉をすることが多いです。

  • 譲渡対象となる重要な部分(事業譲渡の場合は事業の内容・範囲、株式譲渡の場合は譲渡株式数、譲渡対価など)
  • 投資後の会社の運営体制の方向性(取締役、キーパーソンの去就など)
  • クロージングまでのスケジュール
  • 独占交渉の有無

5)基本合意の締結

M&Aでは、詳細まで合意を得ることになるので、クロージングするまでに半年から1年程度の期間を要することも珍しくありません。そのため、前述した基本事項が合意でき、おおよその方向性が決まった段階で基本合意書が締結されることがよくあります。

なお、基本合意は、あくまで双方の今後の交渉にあたっての認識の擦り合わせという程度の意味合いを持つにすぎないことが多いため、

基本合意に定める事項の多くは法的拘束力を持たないこと

がよくあります。基本合意は、LOI(Letter of Intent)やMOU(Memorandum of Understandings)などと呼ばれることもあります。

6)デューディリジェンス・バリュエーション

M&Aに向けた方向性が決まった段階で、M&Aの対象となる会社の実態を調査するため、デューディリジェンス(DD)が行われます。中小企業同士のM&Aでは、コストやスケジュールとの関係で、DDを行わなかったり、調査する範囲を絞ったりすることが少なくありませんが、一般的には、ビジネス、会計、法務の他、税務、人事労務などの観点から、M&Aを行うビジョン・目的との関係で気になる点に絞って調査をすることが多いように思います。

DDは、軽視されることもありますが、買い手にとってはM&Aを後悔しないために必ず行ったほうがよいプロセスです。

DDの結果によって、M&Aの検討を断念したり、基本合意で擦り合わせた条件内容を変更する交渉を行ったりするような場合があります。

7)最終契約の締結

DDによって明らかになった内容や問題点を踏まえて、譲渡価格、譲渡条件、表明保証条項、誓約条項、譲渡後の義務等について協議をし、最終的に合意に至った内容を契約書に整理して締結することになります。

中小企業のM&Aでは、最終契約の締結日に、対象会社において必要な株主総会・取締役会といった内部手続きを経ることが多いです。

8)クロージング(契約の効力発生日)

中小企業同士のM&Aでは、最終契約の締結日に契約の効力が発生し、クロージングとなる場合も少なくありません。ただし、一般的には最終契約で定めたクロージングの前提条件の履行や会社法、商業登記法等の手続き上必要なことを行うため、契約締結日とクロージング日は別の日とすることが多いです。

9)M&A後の統合プロセス(PMI)

M&Aで最も大事なことは、

クロージング後に買収した事業を買い手の下で、どのように軌道に乗せていくか

ということに尽きるといってもよいでしょう。

一般的に、クロージング後は、買い手がM&Aを決めた目的を達成するのに必要な事業シナジーの実現のための事業計画の策定や実行、KPIの設定・管理、人事労務関係、決裁プロセス、社内規程等の統合作業などが行われます。

以上(2022年1月)
(執筆 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Atstock Productions-shutterstock

「資産」って何?/社会人に必要な会計の基本(1)

書いてあること

  • 主な読者:会計の基礎を勉強したい人で、貸借対照表の「資産」について知りたい人
  • 課題:資産には、流動や固定などたくさんの種類があって整理しにくい
  • 解決策:資産は会社が所有する財産。現金化への期間など性質により3種類に分かれる

1 資産とは

資産とは、

会社が所有する財産で、手元にある現金や会社が購入した商品、土地・建物など

が該当します。資産は貸借対照表の左側に表示され、次の3つがあります。

  • 流動資産:短期間(1年以内)で現金化できる資産
  • 固定資産:長期間(1年超)にわたって保有される資産
  • 繰延資産:実質的に費用(開発費など)だが、支出効果が1年以上に及ぶもの

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2 資産の部に書かれていること

貸借対照表の資産の部に記載される主な項目は次の通りです。全ての会社の貸借対照表に次の全項目が記載されているわけではなく、逆にここでは紹介していない項目が記載されていることもあります。あくまでも、会社の状況次第です。

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1)流動資産

流動資産とは、1年以内に現金化できる資産で、当座資産、棚卸資産、その他の流動資産の3つに分かれます。流動資産が多ければ、取引先への支払いが滞ることなく、また、急に生じた損失にも耐えられる安全性の高い会社と判断されます。

また、日々の営業活動で生じる商品及び製品(以下「商品等」)は、販売されたら売掛金や現金及び預金のような当座資産となりますが、販売されるまでは在庫として貸借対照表に記載されます。在庫があれば欠品を防げますが、一方で、保管コスト(維持管理のための人件費や賃借料など)がかかり、盗難リスク(減耗損)や陳腐化リスク(評価損)もあります。

2)固定資産

固定資産とは、1年を超えて使用・保有される資産(販売目的の資産を除く)をいい、有形固定資産、無形固定資産、投資その他の資産の3つに分類されます。建物や土地など形のあるものは「有形固定資産」、ソフトウェアやのれん、特許権のような法律上の権利など形のないものは「無形固定資産」となります。また、関係会社株式(子会社や関連会社の株式)や長期貸付金など、有形固定資産・無形固定資産に該当しないものは「投資その他の資産」となります。

固定資産は、長期間にわたって使用することで収益を生み出す資産です。また、建物や機械装置といった設備には多額の投資資金が必要です。投資の際には、自社の規模に適した投資なのか、将来の収益計画に無理はないかを十分に検討する必要があります。

3)繰延資産

繰延資産とは、会社が支出する費用のうち、支出後その効果が1年以上にわたって及ぶものをいいます。会計上、繰延資産として計上することができる次の5つの支出項目は、実質費用ではあるものの、その効果の期間にわたって、一旦資産に計上することができます。その後、一定期間にわたって償却することにより、少しずつ費用化します。なお、会計上の原則的な取り扱いは、いずれの支出項目も支出時に費用として処理することとなっており、繰延資産としての資産計上は例外的な取り扱いとなります。

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3 資産を使用する主な財務指標から分かること

1)安全性

1.流動比率

流動比率とは、短期的な支出である流動負債と流動資産の比率です。流動負債とは、支払手形や買掛金など1年以内に支払う必要のある負債です。計算式で示すと次の通りです。

流動比率(%)=流動資産÷流動負債×100

流動比率は、流動負債に対して、1年以内に現金化できる流動資産がどれくらいあるのか(流動負債を返済する能力)を示します。この指標が高いほど安全性は高くなり、一般的には200%以上あれば安全とされます。

2.当座比率

当座比率とは、流動負債と当座資産の比率です。当座資産は、現金及び預金、売掛金、受取手形、有価証券の合計額になります。なお、売掛金、受取手形は、貸倒引当金を控除した後の値を用います。貸倒引当金とは、取引先の倒産などにより回収ができなくなる可能性がある金額を見積もった値です。計算式で示すと次の通りです。

当座比率(%)=当座資産÷流動負債×100

当座比率は、流動負債に対して、すぐに現金化できる当座資産がどれくらいあるのかを示します。この指標が高いほど安全性は高くなり、一般的には100%以上が目安です。

3.固定比率

固定比率とは、固定資産と自己資本(純資産の部)の比率です。計算式で示すと次の通りです。

固定比率(%)=固定資産÷自己資本×100

固定比率は、短期間での回収が難しい固定資産が、返済期限の定めのない自己資本によってどれくらい賄われているのかを示します。この指標が低いほど、企業の長期的な安全性は高くなり、一般的には100%以下が目安です。

2)効率性

1.売上債権回転率

売上債権回転率とは、売上高を売上債権(売掛金と受取手形の合計額)で除した比率です。計算式で示すと次の通りです。

売上債権回転率(回)=売上高÷売上債権

売上債権回転率は、売上から販売代金の回収までの期間が長いのか短いのかを示します。この指標が高いほど売上から債権回収までの期間が短く、効率的と判断できます。

2.棚卸資産回転率

棚卸資産回転率とは、売上高を棚卸資産で除した比率です。計算式で示すと次の通りです。

棚卸資産回転率(回)=売上高÷棚卸資産

棚卸資産回転率は、効率よく販売できているのか、棚卸資産の在庫数が適正かどうかを示します。この指標が高いほど、棚卸商品が効率的に販売されていると判断できます。また、棚卸資産回転率が低い場合は、企業が在庫過多になっている、もしくは不良在庫を抱えている可能性があります。

3.有形固定資産回転率

有形固定資産回転率とは、売上高を有形固定資産で除した比率です。計算式で示すと次の通りです。

有形固定資産回転率(回)=売上高÷有形固定資産

有形固定資産回転率は、売上高を獲得するために、有形固定資産がどれくらい効率的に使用され、売上に影響しているかを示します。この指標が高いほど、有形固定資産が効率的に使用されていると判断できます。逆に、この指標が低い場合、建物や土地への投資が過剰になっている、または遊休化している建物や土地があるなどの可能性があります。

以上(2022年1月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 伏見健一)

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画像:pixta

【朝礼】北条義時に見習う「位負け」しない気概

私の今年の目標は、「位(くらい)負け」をしないことです。これまで私は、取引先の人と会話をする際、役員クラスの人や一部上場企業の社員を「格上」と感じて、どうしても緊張してしまい、気後れするという悪い癖がありました。そんな「位負け」のような状態になってしまうと、自分のペースで会話をすることができず、会社として主張すべきことを伝えられなかったこともありました。今年こそ、どのようなときも「位負け」をしない気概を持ちたいと思います。

「位負け」をしないために私が見習いたいと思っているのが、今年の大河ドラマの主人公にもなっている北条義時(ほうじょうよしとき)です。義時のことをインターネットで調べたところ、思った以上にすごい人だったことが分かりました。

義時は鎌倉幕府の第2代執権で、当時の幕府で実質的な最高権力者になった人です。今からほぼ800年前の1221年(承久3年)、後鳥羽上皇を中心とした朝廷との戦い「承久の乱」に勝利し、武士を中心とした時代の幕を開けました。

日本の歴史上の大きな転換点として、承久の乱は3本指に入る出来事といわれています。なぜなら、それまでは天皇や上皇による朝廷が持っていた絶対的な権力を、武士のものにしたからです。あとの2つの転換点とされる明治維新や第二次世界大戦後の民主化は、黒船などの外圧や敗戦に促される形での変化ですので、外圧なしに変化をもたらした承久の乱のすごさが分かると思います。

承久の乱が起きた当時、朝廷の権威は絶対的でした。武士は朝廷あっての存在であり、鎌倉幕府も征夷大将軍が朝廷から任命されることによって、存在が認められていました。

ですから、朝廷の中心にいた後鳥羽上皇から名指しで追討命令を宣告された義時は、最初はとても狼狽(ろうばい)したといわれています。しかし、義時は武士のリーダーとして鎌倉幕府を守らなければならない立場。姉の北条政子の支援もあり、朝廷という権威に「位負け」しませんでした。義時は、兵を率いた息子の泰時に、「天皇自ら兵を率いてきた場合は降伏せよ。ただし、都から兵だけを送ってくるのであれば力の限り戦え」と命じ、最終的には朝廷軍を打ち破って「前代未聞の下克上」を果たしたのです。これは、朝廷が絶対だった当時の「常識」から考えると、非常に勇気のいる決断だったに違いありません。

今は、「大企業だから立場が上」「役員だから偉い」ということではなく、その企業、その人の実力が問われる時代です。当たり前のことですが、フェアな取引をしている企業同士、対等な立場で話をすることに何の問題もありません。格上に感じる人と話をするプレッシャーだって、朝廷が絶対だった義時の時代を思えばささいな問題です。

このように自分を励まして、今年は「位負け」をしないように頑張ります。もし取引先の人に会う前に私が青い顔をしていたら、「承久の乱を思い出せ」と声をかけてください。

以上(2022年1月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】「人の褌で相撲を取る」のもう一つの意味

今年度も残り2カ月程度となりました。年度始めに立てた目標は、どれだけ達成できましたか。1年間の活動を振り返ってみれば、数多くの課題が見つかるはずです。そして、特に管理職以上の人は、自分一人の努力だけでは解決できない課題が増えたことを痛感するでしょう。

組織や自分自身の成長に応じて、ビジネスは難しくなっていきます。新しいことにチャレンジしたり、これまでよりもレベルの高い人の信頼を獲得したりする必要があるからです。そして、これらの課題は、孤軍奮闘するだけでは、うまく解決できない場合があります。

例えば、新しいことにチャレンジする場合です。私たちにとっては未知の領域でも、他の誰かにとっては“土地勘のある”ビジネスであるというのが通常です。それならば、“土地勘のある”人のアドバイスを得たほうが課題を解決しやすくなります。そうした人と親しくなれば、人脈や販路を紹介してくれる可能性もあるでしょう。

これは「人の褌(ふんどし)で相撲を取る」ことでもあります。この言葉は良い意味で使われないこともありますが、私の考え方は少し違います。確かに、他人の権勢を利用する、「虎の威を借る狐(きつね)」のような振る舞いは好ましくありません。しかし、相手との信頼関係を築いた上で、相手の同意を得て褌を借りるのであれば、何の問題もありません。それに他人から褌を借りるというのは、相当に難しいことでもあるのです。

一つ、私の経験談をお話ししましょう。私には懇意にさせてもらっている10歳以上年上の大学教授がいます。彼はベンチャー企業を経営した経験があり、ビジネスをよく知っています。そして、折に触れて私に言ってくれます。「私の人脈を全部紹介してあげるよ。きっかけは会食でもゴルフでもいいんだから、もっと私を利用しなさい」

その大学教授は、知識だけではなく、リアルなビジネスを知っているからこそ、人の“パワー”を借りる、つまり人の褌で相撲を取ることの大切さを痛感しているのでしょう。

実際、私はその大学教授の“パワー”を借りてビジネスをすることもありますが、なぜ、ここまで私に良くしてくれるのでしょうか。大学教授に尋ねてみると、答えは「信用しているからだよ」というシンプルなものでした。信用をもう少し分解すると、「礼儀正しく約束を破らない」「相手のメリットをよく考えられる」「自分にないものを持っている」ということでした。

大学教授の言葉から、真摯にビジネスと向き合い、社外で通用する絶対的な強みがなければ、他人から褌は貸してもらえないことが分かるでしょう。あえて言います。人の褌で、正々堂々と相撲が取れる人になってください。言葉を変えれば、相手が大切な褌を貸してもいいと思えるくらい信用される人になってください。そのためには、皆さんは何を磨くべきでしょうか。来年度の皆さんの課題が見えてきたはずです。

以上(2022年1月)

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画像:Mariko Mitsuda

採用ミスマッチはなぜ発生する? 会社要因、個人要因、思い込み要因の3つに分けて整理しよう

書いてあること

  • 主な読者:採用ミスマッチが増えてきたと感じている経営者
  • 課題:なぜ採用ミスマッチが発生するのかが分からず、具体的な対策が打てない
  • 解決策:採用ミスマッチは「会社側の問題」「求職者側の問題」「会社・求職者双方の誤った思い込み」で発生するので、それぞれに対応する

1 深刻化する採用ミスマッチ

採用ミスマッチとは、

採用時に会社と求職者との間で起こる、働き方やスキルなどに関する認識のズレ

であり、経営者にとっては常識の、古くて新しい問題です。ミスマッチがあると次のような問題が生じます。

  • 期待通りの働きをしてくれない
  • 自社のやり方になじまず、不満ばかり述べている
  • 既存のメンバーとトラブルになることが多い
  • 入社数カ月後に他の会社に転職してしまった

また、採用コストが無駄になるだけではなく、フォローに回る社員は疲弊し、社内の雰囲気も悪くなります。

かつては採用ミスマッチがあっても、求職者のほうが入社後に「何とか新しい会社に適応しよう」と努力する風潮がありました。しかし、ここ10年ほどの傾向を見ると、中途採用・新卒採用を問わず、

会社に無理やり合わせなくても、いざとなれば転職すればいい

と考える人が増え、問題が深刻化しているようです。この記事では、やっかいな採用ミスマッチを防止するため、その原因と対策について簡単に紹介します。

2 会社要因(会社側の問題)による採用ミスマッチ

1)就業環境が劣悪である

求職者がミスマッチを感じる原因として一番多いのは、業務や人間関係などを含む就業環境に関する問題です。具体的には、「業務が多忙・過酷すぎる、または暇すぎる」「職場が殺伐としている、パワハラ気質がある」「職場内のコミュニケーションが希薄すぎる、またはウエットすぎる」「管理職個人と相性が悪い」などが挙げられます。

2)受け入れ準備が不足している

求職者は、入社に必要なスキルは兼ね備えていても、新しい会社の業務ルール、利用するツール、承認フローなどは知りません。また、社内の関係もゼロから構築していく必要があり、入社時に負担になります。よって、順調に仕事を進めていくために必要なルールを教える場(研修など)や社内の他メンバーとコミュニケーションを取る機会などがない場合、ミスマッチの原因になります。

3)採用担当者のマインドセットに問題がある

採用活動の本来の目的は、「自社にとって魅力的な求職者」に自社を選んでもらうこと、会社と求職者の相性を確認することです。しかし、採用担当者の「入社してもらいたい」「採用してやる」という意識が強すぎると、求職者のニーズや会社との相性の確認がおろそかになる恐れがあります。

3 個人要因(求職者側の問題)による採用ミスマッチ

1)求職者のマインドセットに問題がある

「過去へのこだわりが強い」「プライドが高い」など、求職者のマインドセットに問題があると、入社後に会社と価値観が合わなくなる恐れがあります。

2)性格傾向が合わない

変化への適応力やストレス耐性が低かったり、問題行動を起こしやすい傾向があったりすると、入社後、業務を十分にこなせなかったり、既存メンバーと衝突したりする恐れがあります。

3)入社前の準備が不足している

自分の仕事と生活スタイルが大きく変化することへの覚悟や、入社後に実現したいことについての自己分析などが足りない求職者は、入社早々に、「この会社は自分に合わない」と判断してしまう恐れがあります。

4)スキルなどが不足している

求職者が「自分は新しい職場で活躍できる」と思っていても、実際はスキルなど(技能、知識、資格、経験など)が会社の求める水準に達していないケースがあります。しかも、こうした求職者は自己評価が高く自信ありげに見えるため、会社もスキルなどの不足に気付かず採用してしまう恐れがあります。

4 思い込み要因(会社・求職者双方の誤った思い込み)による採用ミスマッチ

1)会社側の誤った思い込み

1.会社の「当たり前」は、求職者にとっても「当たり前」に違いない

会社は、企業理念など自社にとっては当たり前の価値観を、「求職者も当然理解してくれるだろう」と思い込んでいることがあります。求職者がその価値観に合っていない場合、入社後、会社になじめなくなる恐れがあります。

2.会社が伝える入社後の業務やキャリアパスなどについての情報は、絶対に正しい

会社は、求職者に業務やキャリアパスなどについての情報を提供しますが、現場への聞き込みや自社の状況分析が足りない場合、情報の不足や誤った情報を提供してしまう恐れがあります。

3.会社は、募集業務に必要なスキルなどを正しく認識している

現場への聞き込みや自社の状況分析が不足しているために、会社が募集業務に必要なスキルなどを過小評価、もしくは過大評価している場合があります。その場合、採用時に求職者のスキルなどを正しく判断できない恐れがあります。

2)求職者側の誤った思い込み

1.自分は、入社後の業務内容や業務の仕方を正しくイメージできている

入社後の業務内容や業務の仕方について、会社から与えられる情報は限定的です。本来は、面接時などに求職者が会社に質問して情報を補完するのですが、あまり質問をせず、分からない部分の情報を分からないまま放っておく求職者もいます。また、想像で補える求職者の場合、精度が高ければ問題ありませんが、実際は、企業側が考える以上に「現実とは全く異なる環境をイメージしている」ケースが少なくありません。

2.会社ウェブサイトなどを見れば、会社の雰囲気が分かる

会社ウェブサイトなどに業務風景や社員インタビューが掲載されている場合、そこから会社の雰囲気をある程度読み取れます。しかし、会社も自社を良く見せようと演出するので、そこで会社と求職者の認識のズレが生じる恐れがあります。

5 3ステップの採用ミスマッチ対策

採用ミスマッチを減らすためには、会社要因、個人要因、思い込み要因をそれぞれなくしていく必要があります。ここでは、個人要因と思い込み要因に注目します。会社要因については、社内アンケートや管理職へのヒアリングなどを通して、就業環境や受け入れ体制の問題点を洗い出し、取り組めるものから改善に着手するというのが基本的なアプローチになりますが、詳細は割愛します。

個人要因と思い込み要因をなくすためのポイントは次の通りです。

  • 求職者による個人要因をなくすには、履歴書・職務経歴書で想定し、面接で確認する
  • 会社・求職者それぞれの思い込み要因をなくすには、応募の段階での思い込みを可能な限り発生させないために、職務記述書(ジョブディスクリプション)に必要な情報を確実に記載した上で、面接で確認する

これらのポイントを踏まえるための具体的なアクションを、3ステップにまとめました。

1)ステップ1:職務記述書の作成

職務記述書とは、職務内容(担当する業務内容やその範囲、難易度、必要なスキルなど)がまとめられた書類です。求職者の思い込み要因を最小化するためには、この職務記述書を作り込む必要があります。

2)ステップ2:履歴書・職務経歴書・エントリーシートの確認

ステップ1の段階で、会社が求めるスキルなどを細かく列挙しておけば、自社が求める人材像について社内での認識を合わせられます。その上で、履歴書や職務経歴書、新卒採用の場合にはエントリーシートなどから、職務記述書と一致するスキルなどを持っているか確認しましょう。

また、短期間での転職を繰り返しているなど、気になる経歴がないかを可能な範囲で探ります。履歴書などの内容を見て、採用担当者自身が「自分であればこのキャリアチェンジをするだろうか」と自問してみましょう。

3)ステップ3:面接の実施

面接時は、職務記述書に沿って求職者への質問を行い、履歴書などに書かれた内容について会社が誤った思い込みをしていないか、入社後の業務の難易度、ハードさなどについて認識にズレがないかなどを確認していきます。

求職者のマインドセット、性格傾向といった履歴書などに表れない部分については、これまでの求職者の経験や、そのエピソードの際に何を考えて行動していたかなどを質問して見極めましょう。人材紹介会社などに事前に話を聞いた上で面接に臨むのも有効です。

なお、1回の面接で確認できることは限られるので、可能であれば面接の機会は複数回設け、それぞれの面接で何を確認するかを絞り込んだ上で、懸念事項を1つずつ潰していくことをお勧めします。

以上(2022年1月)
(執筆 エリクシア代表取締役 医師 産業医 経営学修士(MBA) 上村紀夫)

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