「会社の飲み会は労働時間ですよね?」と社員に聞かれたらどう返す?

1 社員が自由に行動するか、会社から指示を受けて行動するか

会社が業務終了後に新人歓迎会や忘年会を開く際、時折「会社の飲み会は労働時間だから、残業代は出ますよね?」と尋ねてくる社員がいます。「そんなわけがないだろう!」と反論したくなるかもしれませんが、実は注意が必要です。

労働時間の基本ルールは、

  • 社員が自由に利用できる時間は、労働時間にならない
  • 会社から指示(黙示の指示も含む)を受けて行動する時間は、労働時間になる

なので、飲み会が「自由参加か、強制参加か」などによって結論が変わってくるのです。「労働時間なのに賃金を支払わない」のは違法ですし、逆に「労働時間でない時間にまで賃金を支払う」のではコストがかさみます。

そして、会社の飲み会以外にも、育児や介護のための中抜け、セミナー、健康診断など、日常の中で労働時間かどうか判断に迷うケースはさまざまあります。判断が複雑なものもあるので、事例別にイメージをつかんだほうが無難です。以降でいくつかの事例について、法令や裁判例に基づく解釈を紹介するので参考にしてください。

2 会社の飲み会

会社の飲み会が労働時間に当たるかは、参加が自由かどうかで決まります。

  • 「飲み会が自由参加」の場合、参加するかは社員次第なので、労働時間にならない
  • 「飲み会が強制参加」の場合、会社から指示を受けて参加するので、労働時間になる

という判断になります。なお、明確に「強制参加」としていなくても、「欠席する社員にその理由を執拗に尋ねる」「参加しない場合に評価を下げる」など、

  • 「暗に参加を指示している(黙示の指示)」と受け取れる場合、労働時間になる

と考えられます。

営業担当の社員が、上司から言われて取引先との飲み会に参加する場合も、基本的な考え方は同じです。取引上必要な接待で、上司の命令で飲み会に参加するなら労働時間になりますが、上司から「せっかく先方が誘ってくれているし、行ってみないか?」と誘われ、自分の意思で参加するレベルなら、労働時間にはならないでしょう。

3 中抜け

「子どもの保育園への送迎」「家族の介護」など、社員が私用で業務を中断することがあります。こうした中抜けの時間は、

会社から指示を受けず、社員が自由に利用できる場合、労働時間として扱わなくてもよい

とされています。労働時間を計算する場合、社員から1日の始業・終業時刻と一緒に中抜けの時間を報告してもらうなどして対応しましょう。

中抜けの時間は、「休憩時間(無給)」にすることも、社員の求めに応じて「時間単位年休(1時間単位で取得できる年次有給休暇)」とすることも可能です。ただし、どちらの場合も就業規則等で定め、事前に社員に周知しなければなりません。また、時間単位年休を導入するには労使協定の締結が別途必要です。

ちなみに、時間単位年休の時間は、社員の自由な行動が保障されていれば、労働時間になりません。例えば、就業時間が9時から18時までの会社(所定労働時間:8時間)で、社員が

  • 9時から11時まで、2時間の時間単位年休を取得
  • 11時から20時まで、8時間勤務(1時間休憩)

した場合、実際の労働時間は11時から20時までの8時間なので、法定労働時間内(原則として1日8時間、1週40時間)ということで残業は発生せず、割増賃金を支払う必要はありません。

4 テレワークや出張での移動時間

テレワークは、就業場所(自宅やサテライトオフィスなど)を、就業規則や雇用契約書で明示(限定)した上で実施します。とはいえ、社員が「より集中しやすい場所で作業したい」など、自分の都合でカフェや図書館に移動して作業することもあります。このように

社員自身の都合で就業場所を移動し、その間自由に利用できる時間は、労働時間として扱わなくてもよい

とされています。ただし、移動時間中に会社から指示を受けてノートPCなどで業務を行う場合や、会社がテレワークをやめて急遽出社するよう命じるなど、会社都合で就業場所を指定した場合は、会社の指揮命令下にあるとみなされ、労働時間になります。

出張の場合も基本的な考え方は同じです。自宅から出張先までの移動時間は、通常は労働時間になりませんが、上司と打ち合わせをしながら出張先に向かったり、会社から移動手段を指定されたり、会社から指示を受けてお金や製品を管理したりなど、会社の指揮命令下にあるとみなされる状況では、労働時間になります。

この他、建設業などの場合、一旦会社に集合してから現場に向かうことがありますが、この移動時間が労働時間に当たるのかも、移動の態様によって判断が分かれます。例えば、

  • 「会社に集合し、資材を積み込んでから現場に向かうよう、会社から命令されている」など、移動時間が自由時間とはいえないので、労働時間になる
  • 「現場に直行したい人は直行する」「会社に集合したい人は、集合してから向かう(車両運転者や集合時刻については各自が任意で決定)」など、移動の仕方を社員が自由に決められる場合、労働時間にならない

といった具合です。

5 始業時刻前の朝礼や着替え

会社の中には、始業時刻前の朝礼や着替えについて「始業時刻は9時だが、朝礼は8時50分から行う」「始業時刻前に作業着への着替えを完了させ、始業時刻とともに業務を始める」といったルールを設けているところがあります。

始業時刻に仕事を始められるよう準備をしておくのは、社員としてのマナーですが、

始業前の準備行為を「マナーでなく社内ルール」としている場合、労働時間になる

とされています。具体的には、

  • 朝礼への参加や始業時刻前の着替えがルール化され、それが常態化している場合
  • 朝礼に参加しない社員や、始業時刻前に着替えを完了しない社員への罰則がある場合
  • 朝礼に参加しないと、その日の業務を行うために必要な情報が得られない場合
  • 着替えを完了しないと業務を行えず、会社の更衣室でなければ着替えが困難な場合

などがそうです。

判断が難しいですが、始業前の準備行為については、「義務」ではなく「任意」であることを周知しておくのがよいかもしれません。義務付ける場合、就業規則等を改定して、朝礼や着替えにかかる時間分、始業時刻を前倒しする(または始業後に実施する)などの対応が必要になります。

6 仮眠

宿直など、1つの就業場所に長時間拘束される業務では、社員が現場で仮眠を取ることがあります。この仮眠については、

仮眠中、社員が会社の指揮命令下にあったかを基準に、労働時間になるかどうかを判断

します。例えば、ビルの管理会社の社員が、仮眠中でも、警報が鳴った際にすぐ対応するよう命じられている場合などは、

仮眠中も業務から完全には解放されているとはいえない(会社の指揮命令下にある)ので、労働時間になる

と考えられます。

ちなみに、一部の業種では、仮眠が労働時間として扱われないケースもあります。例えば、トラックの運転手は、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」という告示により、

拘束時間(始業から終業までの時間)が「労働時間(作業時間+手待ち時間)」と「休憩時間(仮眠時間を含む)」に明確に区分されているので、仮眠は労働時間に当たらない

と考えられています。ただし、仮眠中であっても会社の指揮命令下に置かれているものと判断される場合(待機状態など)は労働時間となりますので、運用には注意が必要です。

病院勤務の医師・看護師や、社会福祉施設勤務の職員は、常態としてほとんど労働する必要のない勤務に従事するなどの要件を満たす場合、

所轄労働基準監督署長の許可を得ることで、労働基準法の労働時間、休憩、休日に関する規定が適用されなくなる(深夜労働の規定は適用される)

というルールがあります。ちなみに、医師・看護師などのように24時間対応が求められる職種では、「オンコール対応」といって緊急時に備えて自宅などで待機することが求められますが、

  • オンコール対応の待機時間は、原則として労働時間には含まれない
  • ただし、呼び出しの頻度や、呼び出された場合にどの程度迅速に病院に到着することが義務付けられているか、待機中の活動がどの程度制限されているかなどを踏まえ、労働時間とみなされることがある

という考え方になるようです。

7 セミナー・研修・勉強会

セミナー・研修・勉強会(以下「セミナー等」)は、受講内容などによって労働時間になるかの判断が異なります。例えば、

  • 会社から参加が義務付けられている場合
  • 業務を遂行する上で必須とされている内容を学ぶ場合(資格取得講座など)
  • 参加しない場合に人事評価上の不利益があるなど、事実上参加が強制されている場合

などは労働時間になります。一方、社員が自己啓発やキャリアアップを目的に自分の意思で参加する場合、通常は労働時間になりません。

8 健康診断

健康診断はその種類によって、労働時間になるかの判断が異なります。例えば、

一般健康診断(定期健康診断など)は、職種に関係なく実施され、業務と直接の関連がないので、労働時間に含めなくてもよい(ただし、円滑な受診のため、受診時間分の賃金は支払うのが望ましい)

とされています。一方、特定の有害な業務に従事する社員に対して行う特殊健康診断(有機溶剤健康診断など)は、業務を遂行する上で実施が不可欠なので、労働時間になります。

以上(2025年10月更新)
(監修 弁護士 八幡優里)

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【事業承継】民事信託を活用するメリットと実務

1 事業承継に民事信託を活用する3つのメリット

民事信託を設定すると、事業承継対策として次の3つのメリットがあります。

  • 経営者自身に認知症など不測の事態が起きても、滞りなく経営権の移行ができる
  • 自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからない
  • 後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地ができる

1)経営者が認知症になるなど不測の事態でも、滞りなく経営権を移行できる

多くの中小企業では、経営者が自社株式の過半数を保有しています。もし、

認知症などで判断能力が低下し、株主総会で必要な議決権が行使できなかったら、会社の重要な意思決定が難しく

なります。

このような事態を回避するための仕組みが、親族などの後継者に経営者が保有する自社株式を託す「信託」です。信託とは、

自分の財産を信頼できる人に託し、自身が決めた目的に沿って、その財産の管理・運用などをしてもらう仕組み

です。信託は、

  • 自身の財産を託す「委託者」
  • 託された財産を管理・処分を行う「受託者」
  • 財産から生じる利益を受ける「受益者」

の3者で成り立ちます。

信託

信託には、商事信託と民事信託とがあります。商事信託は、営利目的(信託報酬を得るなど)、かつ反復継続して行われる信託で、国の許認可を受けた信託銀行や信託会社などが受託者となります。

一方、民事信託は、非営利目的、かつ反復継続して行われない信託で、原則、個人・法人を問わず受託者となることができます。民事信託は、

後継者を受託者として設定できたり、経営者自身が受託者にも受益者にもなれたりする

など柔軟なスキームが可能なため、経営者に認知症など不測な事態が起きたときでも、経営権の移行を滞りなく進めることができます。

2)自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからない

自社株式の譲渡または贈与時に、買い取り費用や贈与税がかからないようにするには、経営者を委託者・受益者とし、後継者を受託者とする信託を設定します。

委託者・受益者

経営者が元気なうちに、後継者に自社株式を譲渡または贈与したいと考えても、買い取り費用や贈与税の負担があるので、すぐに実行できないかもしれません。しかし、

このスキームなら自社株式の買い取り費用は不要で、「委託者」である経営者を「受益者」にもすることで、財産の移転に伴う贈与税も課されない

ことになります。また、議決権の行使についても、

経営者が元気なうちは自身の指図で受託者に議決権を行使させ、認知症などで判断能力が低下したら議決権を後継者に移すように設定する

ことができます。

一方、法令上は受託者には「善管注意義務」という職務執行上の義務に加え、信託財産に関する帳簿などを作成する義務があります。また、もし受託業務から債務が発生した場合、受託者は信託財産の範囲内で責任を負うという限定責任信託にしていなければ、原則として無限責任を負うことになるので注意が必要です。

3)後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地ができる

後継者を育成しながら、自社株式を譲り渡す下地を作るためには、経営者が委託者・受託者、後継者が受益者とする民事信託を設定します。なお、委託者と受託者が同じケースを「自己信託」といいます。

委託者・受益者

後継者は決まっているものの、まだ実力が伴っていない、または、まだ自身が実質的な経営者でいなければならない状況にあるケースは多くあります。しかし、

このスキームなら信託設定後も経営者が自社株式の名義人なので、引き続き議決権を行使でき、実質的な経営権を維持する

ことになります。また、

後継者に実力が備わったと判断したときや、経営者自身が死亡したときに信託を終了するように設定する

こともできます。

一方、実質、財産は同一人物間(経営者)でやりとりされているだけなのですが、税務面では、委託者(経営者)から受益者(後継者)に贈与があったものとみなされます。そのため、受益者に対して贈与税が課されます。

3 民事信託を設定するための3種類の手続きと留意点

1)民事信託契約を締結する

委託者と受託者間の民事信託契約を締結します。その際、

  • 受益者
  • 信託目的
  • 信託財産の管理・処分方法

を決めます。なお、契約に受益者自身は関与する必要はありません。

2)遺言をする

委託者が自身の死亡後に後継者を受託者とすることを遺言で定めます。決めるべきことは、前述した民事信託契約の場合と同じです。なお、信託の開始は委託者の死亡時となることに注意が必要です。

3)公正証書を作成する等(自己信託の場合)

自己信託では委託者と受託者が同じ人物なので、公証役場で公正証書を作成するなどをしなければなりません。決めるべきことは、前述した民事信託契約の場合と同じです。

また、公正証書を作成しない場合は、信託の効力の発生のためには、確定日付のある書面により、信託内容を受益者に通知する必要があります。

以上(2025年8月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

とくぎんDX応援コンテンツ 公開中!

徳島大正銀行では、「とくぎんDX・ICTサポート」として、お客さまの業務効率化を応援しています!


また、「とくぎんDXコンサルティング」では、

  • ビジョン策定、ITリテラシー恒常など、お客さまのニーズに応じたコンサルティングの実践「DXコンサルティング」
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など、幅広い支援を行っております。

とくさくnaviでは、実際に「とくぎんDX・ICTサポート」をご利用されたお客さまや、本サービスのパートナー企業についてのコンテンツを公開中!



本件にご興味をお持ちになりましたら、ぜひお気兼ねなくご連絡くださいませ。


本件に係るお問合わせについて
とくぎんサクセスクラブでは、DX担当者と連携し、会員さまのお役に立てるよう尽力してまいります。ご興味のある方は、下記の電話番号またはサイト内のお問い合わせフォームよりご連絡ください。
お電話:088-656-1125(担当:安友)

以上(2025年8月作成)

細かな管理を止めたら「隠れ残業」が減るって本当?

1 管理、管理の「北風政策」では隠れ残業は減らない?

「隠れ残業」とは、

定時で退勤打刻し仕事を終えたように見せかけて、実はその後も仕事を続けること

です。いわゆる「サービス残業」ですが、隠れ残業には「会社に隠れてこっそり残業する」といったニュアンスがあります。

隠れ残業をする社員の言い分は、おそらく図表のようなイメージでしょう。

隠れ残業をする社員の言い分

一方、会社は社員の労働時間を管理する義務を負っていて、だからこそ多くの会社が残業を許可制にしているわけです。残業削減は社員の健康のためでもありますから、経営者は、

社員が残業のルールを守らないなら、もっと厳しく管理するしかない!

と考えます。これは至極当然の考え方ですが、長年、このアプローチを続けてもなかなか隠れ残業がなくならないのも事実です。

そこで、この記事では、

厳しく管理するという「北風政策」ではなく、「許可制を廃止し、ある程度社員の自主性に任せて残業を認めるという、いわば『太陽政策』で隠れ残業をなくす」考え方

をご提案します。ただし、「そもそも仕事が多すぎ! 『残業はダメ!』なんて言われても無理だよ……」といったケースは、業務効率化や人材採用の問題なので、この記事で提案する方法では事態が悪化する恐れがあります。

2 隠れ残業で会社に生じるリスクを確認

まずは、隠れ残業がなぜ問題になるのかを簡単におさらいしましょう。

会社は、36協定(労働基準法第36条に基づく労使協定)を締結し、労働基準監督署に届け出ることで、36協定に定めた範囲内で社員に残業を命じることができます。残業を許可制にしている場合、社員が残業を申請し、上司がそれを承認します。

明確な申請と承認がなければ残業は発生しないように思えますが、実は「黙示の指示」があれば残業を命じたとみなされることがあります。黙示の指示とは、

  • 残業しないと終わらない量の業務を社員に命じている場合
  • 社員が残業をしていることを知りながら放置している場合

などのことです。隠れ残業が法的に労働時間と判断されると、会社が把握していない残業が出てきます。その影響で社員の残業時間が36協定の時間数を超えると労働基準法違反となります。もちろん、残業手当の支払いも必要です。

また、隠れ残業によって過重労働となれば、

社員が心身の健康を害してしまう

恐れがあります。そうなると、会社が安全配慮義務(社員が心身の安全を確保しつつ働けるような配慮する義務)違反を問われることにもなります。

3 許可制を廃止しつつ、残業を必要最小限にとどめる!

1)残業時間の上限を社員ごとに設定する

隠れ残業が引き起こすリスクを回避するために、会社は残業の許可制を導入するなどして管理しようとするのですが、なかなかうまくいきません。であれば、いっそ許可制をやめてしまうというのがこの記事の提案です。

具体的には、残業の許可制を廃止する代わりに

ことにします。その際、残業時間の上限(1日○時間、1カ月□時間など)を社員ごとに設定し、月初などに本人と上司に通知します。上限は業務量や経験、職種などに応じて判断します。

例えば、明らかに業務量が多い社員や、新商品の開発など重要かつ時間が読みにくい業務に従事する社員は、36協定の範囲内で残業を認めます。一方、他の社員のサポートが主な業務である社員などは、実績に応じた時間を設定します。新入社員など残業をするほどの業務がなければ、残業を禁止します。

なお、36協定自体が法律に違反していないかもチェックが必要です。36協定で定める残業時間には、「原則1カ月45時間、1年360時間まで」などの上限があります。労働基準法の「時間外労働の上限規制」といわれるものです。

2)残業時間と社員の健康状態は常にチェックする

上限設定後も、社員がその枠内で安全に働いているかは定期的に確認します。上司は部下の日々の残業時間を把握し、残業が多い人がいたら、声をかけ状況を聞きます。必要な残業であれば認めますし、臨機応変にフォローもします。また、状況確認の結果に応じて設定する残業時間の上限を見直すようにします。

残業の許可制を廃止する際、特に注意が必要なのは社員の健康管理です。許可制なら体調不良の社員が残業を申請してきても、上司がストップすることができます。しかし、許可制を廃止すると社員の健康状態が分からないため、日ごろのコミュニケーションが大切になります。上司が相談しやすい雰囲気を作り、仕事の遅れや体調不良を早めに共有できるような仕組みを整える必要があるでしょう。

4 社員を尊重し、信じる「太陽政策」を進める

この記事で提案しているのは、残業の仕方について社員の自主性を尊重し、申告(勤怠管理システムの打刻など)を信じる仕組みです。社員が申告した時間に基づいて残業手当を支払うため、いわゆる「固定残業代」とは違います。

一定期間内の残業時間の上限を決めますが、それは個々の社員と向き合い、その仕事の状況を把握した結果です。全体を管理するための「申請制度」よりも、一歩も二歩も社員と向き合うことになるため、会社の負担は増えるかもしれません。しかし、会社と社員の双方がルールを守ることによって新しい残業制度となるでしょう。

5 許可制を廃止しても法的な問題はないのか?

最後に補足すると、残業の許可制を廃止すること自体に法令上の問題はありません。ただし、

  • 36協定の締結・届け出をし、その範囲内で残業を認める
  • 労働時間を適切に把握する
  • 設定した枠よりも長い残業をした場合は、その分の残業手当をきちんと支払う
  • 設定した枠内であっても、休日や深夜の残業には法定以上の割増率で残業手当を支払う

ことには注意が必要です。

また、実態を正確に把握したいならば、パソコンの使用時間のログを出力し、勤怠管理システムなどの打刻内容と乖離(かいり)がないか定期的に調査する方法もあります。

以上(2025年9月更新)

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画像:Elnur-Adobe Stock

地域とともに舞うー『とくぎん連』阿波おどりレポート

夏の夜、鳴り物の音に誘われて街がひとつになる瞬間、それが阿波おどりです。

8月13日、今年も当行は『とくぎん連』として参加者110名に、『はなしか連』さま20名が加わり阿波おどりに参加しました。行員有志による連は、日頃の業務とは一味違う熱気と笑顔に包まれ、お客さまや地域の皆さまと心を通わせる貴重なひとときとなりました。

その様子をとくぎんサクセスクラブ事務局よりレポートとしてご紹介します!

阿波おどりの様子01

踊りの練習は7月初旬からスタートしました。

練習は業務終了後に行われ、「とくぎん阿波おどりクラブ」(※)に所属している行員の主導による練習が続きました。踊り手は、入行1年目の行員から、支店長、役員まで幅広く参加しており、部署・支店・年齢を越えた交流が生まれました。互いに励まし合い、少しずつ息の合った連へと成長していく過程は、まさにチームワークの結晶でした。

(※)とくぎん阿波おどりクラブ
当行に勤務しているメンバーで構成されており、今年で結成7年を迎えます。阿波おどりを通じた地域貢献や活性化に繋がる活動を行っており、取引先の慰問や各種イベント等に参加して阿波おどりを披露しています。

阿波おどりの様子02

いよいよ阿波おどり当日、本店ホールに『とくぎん連』、『はなしか連』が集結。

板東頭取の挨拶とともに出陣の熱が高まり、演舞への期待が膨らんでいきました。

阿波おどりの様子03

その後、会場を本店東側駐車場へと移し、演舞がスタート。阿波おどりの衣装に身を包んだ行員たちが「ヤットサー!」の掛け声とともに、笑顔で踊りの輪を広げました。時間が経つにつれて、踊り手たちの足取りは力強さを増していきます。ひとりひとりの動きが次第にひとつの“連”としてまとまっていく様子が見られました。

阿波おどりの動画は、こちらからご覧いただけます!
(下の画像をクリックしていただくと、YouTubeに遷移します)


本店東側駐車場での演舞を皮切りに、紺屋町演舞場、南内町演舞場、そして両国本町演舞場へと舞台を移し、それぞれの会場にて心を込めた踊りを披露しました。

各演舞場では、桟敷席、沿道の皆さまから温かい拍手と声援をいただき、大きな励みとなりました。

阿波おどりの様子05

阿波おどりの様子06

阿波おどりの様子07

今回の阿波おどりを通じて、地域の皆さまと心を通わせる貴重な機会をいただきました。

来年もまた、あの熱気の中で皆さまとお会いできることを楽しみにしています。

引き続き、温かいご支援を賜りますようお願い申し上げます。

【今回とくぎん連に参加した、とくぎんサクセスクラブ事務局の杉綾香さん、泉はる香さん、法人推進部の宮本波太郎さんに感想を聞いてみました!】

阿波おどりの様子08

【関連コンテンツ】

以上(2025年8月作成)

動画:ST企画 提供

画像:徳島大正銀行 谷本真二 提供

【事業承継】投資育成会社を活用するメリットと実務

1 事業承継に投資育成会社を活用する3つのメリット

投資育成会社(正式には「中小企業投資育成株式会社」)とは、

中小企業投資育成株式会社法に基づき設立された投資会社で、その株式は経済産業省、地方公共団体、銀行などが保有

しています。一般的な株式会社と違う公的な株式会社として位置付けられており、東京・名古屋・大阪の3カ所にあります。

この投資育成会社を活用すると、事業承継対策として次の3つのメリットがあります。

  • 事業承継コスト(贈与税など)が軽減される
  • 会社の信用力を向上させる
  • 経営の安定性を高める効果が期待できる

1)事業承継コスト(贈与税など)が軽減される

例えば、社長が株価1億円の事業会社の株式を100%保有しているとします。その株式を長男に贈与する場合、1億円の財産を贈与したものとして贈与税が課税されます。一方、社長が保有する株式の30%を投資育成会社に売却し、70%しか保有していない状態にすると、7000万円の財産を贈与したものとして贈与税が課税されるので、負担が軽減されます。

負担が軽減

日本の贈与税や相続税は、財産の額が大きくなるほど税率も高くなるので、株式価値を減らせば事業承継コストはそれ以上の割合で軽減されます。しかも、投資育成会社は、事業会社の株式を保有したとしても経営に干渉することはありません。こうしたことから、事業承継対策の1つとして投資育成会社の活用が検討されているのです。ただし、投資育成会社は、事業会社の株式50%超は保有することができないことは把握しておきましょう。

2)会社の信用力を向上させる

投資育成会社が株主になると、会社の信用力向上が期待できます。投資育成会社から出資を受けるためには、出資に関しての事前相談をした上で、正式な出資申込を行い、審査を受けなければなりません。審査では、

  • 本社・工場の訪問
  • 経営方針、事業計画、事業内容、収益見通し等についてのヒアリング
  • 経営者自身のプレゼンテーション

が求められます。このような審査手続きをパスして、初めて投資を受けられることから、取引先や金融機関からの評価につながります。

投資育成会社の投資先は現在、全国に3000社以上ありますが、その投資先企業は優良な上場会社や中堅企業が多いです。

3)経営の安定性を高める効果が期待できる

投資育成会社が株主となることで、より確実な経営が行えるようになります。例えば、投資育成会社が株主となった場合、毎年の株主総会に投資育成会社が出席します。また、株主総会開催前に決算内容や議案などについて、事前説明を求められることも少なくありません。このように株主に投資育成会社が入ることで、会社法や税法など、これまで以上に法令を遵守した経営を求められるようになり、その結果、経営の安定性が高まるという効果が期待できます。

さらに、投資育成会社は、中小企業の「育成」を使命としているため、各種の経営課題についての相談もすることができます。

2 投資育成会社に株式を保有してもらうための手続き

1)事前相談と出資審査

投資育成会社から投資を受けるためには、東京・名古屋・大阪のいずれかの投資育成会社に投資の相談と申込をします。その上で、投資育成会社の審査を受け、投資決定を受ければ、株式を引き受けてもらえます。

投資育成会社からの出資の流れは次の通りです。

  • 【ご相談】事業の概況、増資計画等についてのヒアリング(会社パンフレット、最近3期分の決算書、株主名簿の提出)
  • 【お申込受付】投資決定に必要な資料の提出(事業計画書、事業経歴書、役員等の略歴、製品カタログ等の提出)
  • 【審査(事業調査)】本社・工場などの訪問。経営方針・事業計画、事業内容、収益見通し等についてのヒアリング。経営者の投資育成会社でのプレゼンテーション
  • 【投資決定】引き受けの可否および条件を投資育成会社内で機関決定
  • 【資金払い込み】株式、新株予約権付社債などの発行手続きと資金の払い込み
  • 【プレスリリース】新聞社などへのプレスリリース

2)株式取得

投資育成会社の投資が決定したら、経営者などが保有する既発行株式を譲渡するか、新株を発行することによって株式を保有させます。投資育成会社が株式を取得する価格は、投資育成株価算定方式(以下「投資育成算式」)という特有の計算方法で算定されます。投資育成算式とは、1株当たり予想利益を基にした収益還元方式によって算定されますが、その金額は一般的に使われる算式(類似業種比準方式など)に比べ、かなり低額になります。

3)安定配当の継続

投資育成会社は、毎年、投資額の6%程度を配当として求めてきます。通常配当を実施していない会社が6%の配当を実施するには、種類株式の優先配当株式(普通株式より優先して配当する株式)を設定したり、株式の属人的定め(定款で株主ごとに異なる取り扱いを定めること)を設けたりして、投資育成会社にだけ配当できるような仕組みを導入する必要があります。なお、投資育成会社は長期的な投資を行っており、一度投資をしたら原則として10年以上は投資を継続します。従って、年6%の配当は10年以上継続されます。ただし、事業の状況が悪いときは配当をする必要はありません。

3 株式を買い戻す際の重要なポイント

投資育成会社は、投資育成算式に従って企業の株式を取得します。投資育成算式は、1株当たりの予想利益を基にした収益還元方式なのですが、その算式によって算定される額は、

企業が成長するにつれ高額になっていく

ことが特徴です。従って、10年間、投資育成会社に株主になってもらい、事業承継も完了したので株式を買い戻したいと考え、改めて投資育成算式で株価を評価すると、何倍にもなっているということが少なくありません。

毎年6%の優先配当をし、最後には買い戻す価格が何倍にもなる可能性があることを理解した上で活用する必要があります。

また、株式を買い戻すとき、

自社の株主の3分の1以上が、従業員持株会、取引先、銀行などの同族株主以外の株主で占められていなければ、投資育成会社は株式の買い戻しには応じない

ことになっています。将来的に従業員持株会などが整備できなければ、買い戻しが困難となることに注意してください。

以上(2025年8月更新)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

「ワーケーション」の労務管理は業務とプライベートの線引きが重要!

1 旅行先でテレワークをする「ワーケーション」

ワーケーション(Workation)とは、「ワーク(Work)=仕事」と「バケーション(Vacation)=休暇」を組み合わせた造語です。例えば、

旅行先でテレワークを行いながら、空いた時間に休暇を楽しむという柔軟な働き方

を指します。働き方改革や地域おこしにつながるという理由から、各自治体もワーケーションの普及・啓発に取り組んでいます。

ただ、旅行先で「仕事も遊びも両方する」という働き方なので、

業務とプライベートの境界をしっかり分けて労務管理

をしないと、「労働時間管理」「労災(労働災害)の判断」「ワーケーションの費用負担」などで思わぬトラブルに遭遇します。以降でポイントを確認していきましょう。

2 「始業・中断・終業」のタイミングはこまめに把握する

業務とプライベートの境界が曖昧だと、労働時間を正確に算定できないだけでなく、労災の判断や、ワーケーションに掛かる費用負担の判断なども難しくなります。

問題は、ワーケーションでは次の図表のように、1日の中で業務と観光が交互に発生したり、日によって労働時間が変わったりすることです。

ワーケーション

こうした問題を解決するには、

業務の「始業・中断・終業」のタイミングをこまめに把握すること

が大切です。社員から都度チャットツールで連絡を入れてもらう、あるいは1日に複数回の打刻ができる勤怠管理システムを使う方法があります。また、業務時間が長くなりすぎると社員が休暇を楽しめないので、「1日当たりの業務時間の上限」を事前に決めておくとよいでしょう。

次の問題は、賃金の取り扱いです。上の図表の場合、所定労働時間中に、1日目は5時間(8時間-3時間)、2日目は3時間(8時間-5時間)の不就労時間(働かなかった時間)があります。完全月給制の場合などを除き、不就労時間の賃金は控除できますが、ワーケーションを強く推進したいのであれば、

「半日単位」や「時間単位」の年休(年次有給休暇)の活用

を促すのが望ましいです。ちなみに、

  • 半日単位年休:導入する場合、就業規則への定めが必要
  • 時間単位年休(年5日まで):導入する場合、就業規則への定め、労使協定の締結が必要

です。なお、半日単位年休も時間単位年休も、計画的付与(会社が年休の取得日の計画を立て、日にちを指定すること)の対象にはならないので、取得はあくまで社員の意思に委ねられます。

この他、ワーケーションの開始前に、期間中の行動計画、予定表などを作成し、社員と共有しておくのも有効です。

3 業務中と自宅・ホテル間の移動中の被災は労災になり得る

労災には、業務上の事由による「業務災害」、通勤上の事由による「通勤災害」があります。

1)業務災害の考え方

業務災害は、

  • 業務遂行性(社員が会社の支配下にあるときに被災したこと)
  • 業務起因性(業務と被災との間に因果関係があること)

の両方を満たすと労災として認定されます。業務に従事しているときや、業務に付随する行為をしているときに被災すると、「業務遂行性」が認められます。

2)通勤災害の考え方

通勤災害は、

  • 自宅と就業場所
  • 就業場所と他の就業場所
  • 帰省先と赴任先と就業場所の三者間(やむを得ない事情がある場合)

のいずれかを、合理的な経路・方法で移動していて被災した場合に労災として認定されます。ただし、合理的な経路を逸脱(不要な遠回りなどをした場合)した場合や、移動を中断した場合(通勤と関係ない行為をした場合。ただし日用品の購入などは可)は、労災になりません。

3)具体的には?

ワーケーションで想定される事故と労災の判断の例は次の通りです。ただし、細かい判断は個別の案件ごとに異なるので、必ず所轄労働基準監督署などに確認をしてください。

【自宅と就業先であるホテルの往復中に負傷した場合】

→自宅と就業場所の間を移動しているので、労災になる可能性が高い

【就業先のホテルや、ホテルへ移動する機内等で業務をしていて負傷した場合】

→業務中の負傷なので、労災になる可能性が高い

【就業先のホテルで、業務の準備や休憩(トイレに行くなど)をしていて負傷した場合】

→業務に付随する行為なので、労災になる可能性が高い

【業務終了後、就業先のホテルから飲食店に移動していて負傷した場合】

→飲食は業務(出張)に付随する行為なので、労災になる可能性が高い

【業務終了後、飲食店で飲酒をして酔っ払い、ホテルに戻る際に負傷した場合】

→酔っ払うのは業務(出張)に付随する行為とはいえず、労災にならない可能性が高い

【観光施設に行った後、ホテルに戻ろうとして負傷した場合】

→自分の意思で観光施設に行っている場合、業務(出張)に付随する行為とはいえないので、労災にならない可能性が高い

4 業務に関する費用以外は個人負担としても差し支えない

ワーケーションで発生する費用としては、自宅とホテル間の交通費や宿泊費、通信費などが考えられます。結論から言うと、

通信費など業務に関する費用は会社が負担し、それ以外の旅行費用は本人負担とする

のが一般的です。

自宅とホテル間の交通費や宿泊費は、出張や社内研修のように会社命令に基づくものであれば、会社負担とするのが妥当です。ただ、会社命令ではなく社員自身の意思で就業場所を選択している場合は、個人負担としても差し支えないでしょう。

通信費については、会社がパソコンなどを貸与する場合、会社負担とします。社員が私物のパソコンなどを使って業務を行う場合も、業務に要した分については会社負担とするのが妥当でしょう。

この他、最近は、社員がホテルなどでワーケーションを行いながら、人間ドックや保健指導、運動指導などを受けられるサービスも登場しています。社員がこうしたサービスを受ける可能性がある場合、福利厚生として会社負担にするのか、社員の意思に任せて個人負担にするのかも決めておきましょう。

なお、会社の命令によらないプライベートの旅行の途中で一部業務を行う場合、

旅行に係る交通費を会社が負担すると、その費用が従業員への給与として課税される可能性がある

と観光庁のQ&Aで指摘されています。旅費や宿泊費をどのように扱うかは、税務上の取扱いも踏まえて検討しましょう。

■観光庁「労災や税務処理に関するQ&A」■
https://www.mlit.go.jp/kankocho/workation-bleisure/corporate/qa/

5 必要に応じて就業場所や対象者、使用機器などを制限する

ワーケーションの就業場所は、

原則として社員が自由に選択できるようにしつつ、「集中できなかったり、セキュリティーに問題があったりする場所は認めない」というのが基本

です。例えば、不特定多数が出入りし、パソコンの画面を見られる恐れがある場所は不適切です。どこまでやるかは会社次第ですが、参考として紹介すると、

始業前に就業場所の状況を映せるコミュニケーションツールを使用して、上司の承認を得ている会社

もあります。

また、ワーケーションの対象となるのは、

ある程度自立して業務を遂行できる社員

です。このあたりも会社次第になりますが、例えば、就業規則で「能力や勤務態度を考慮して、所属長が承認した者を対象とする」などと定めておき、事前にワーケーションの就業場所や期間を申請してもらう形にすると、管理がしやすくなります。

ワーケーション中に使用する機器については、会社が貸与するパソコンやWi-Fi端末を利用させるのが基本です。私物のパソコンなどの利用を認める場合は、

  • 会社指定のセキュリティーソフトをインストールさせる
  • フリーのWi-Fiには接続させないようにする

などの対策を取りましょう。Wi-Fi環境を整備しているホテルなどは多くありますが、セキュリティーの強度が異なるので、社員には会社から貸与したモバイルルーターなどを使用させるのが無難です。対策の詳細については、総務省の資料などが参考になります。

総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)(令和3年5月)」
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/cybersecurity/telework/

以上(2025年9月更新)
(監修 監修 弁護士 田島直明)

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画像:pixabay

【オーナー企業の事業承継(8)】資産管理会社を活用した事業承継対策

1 事業承継に伴う間接的な資産の移転

事業承継に伴う自社株式や不動産などの資産の移転は、相続や贈与により後継者に直接移転する方法の他に、いわゆる「資産管理会社(持株会社または不動産管理会社)」を活用して、間接的に後継者に移転する方法もよく使われます。

「資産管理会社(持株会社または不動産管理会社)」を活用して資産の移転をする場合の効果や留意点を認識し、自社に合った対策案として検討してみてください。

2 持株会社を活用した事業承継対策

1)持株会社とは

持株会社とは、

他の株式会社を支配する目的を持って、その被支配会社の株式を保有する会社

をいいます。なお、支配を本業とする持株会社を「純粋持株会社」といい、別途、本業を持ちながら他の会社を支配する持株会社を「事業持株会社」といいます。

2)持株会社活用の流れ

持株会社活用の流れは次の通りです。

  • 後継者の出資により持株会社を設立する
  • 持株会社が金融機関などから資金調達する
  • 株式を持株会社に譲渡する

なお、持株会社移行後の全体像は次の通りです。

持株会社移行後の全体像

持株会社移行後の全体像

3)持株会社へ移行する際のポイント

1.自社株式の買取価額

持株会社が自社株式を買い取る価額は「時価」となります。利益が相反する純然たる第三者との間の取引では、お互いの合意価額が「時価」になりますが、同族関係者間の取引の場合には、自分たちに都合の良い取引価額を決められる可能性があるため、原則として純資産価額を基に「時価」を算出します。なお、純資産価額の計算式は次の通りです。

純資産価額=会社の資産(時価評価額)-負債(時価評価額)

2.オーナーは確定申告が必要

非上場会社の株式を譲渡したオーナーは、「株式譲渡益」に対して譲渡所得税等(20.315%)を負担する必要があるため、譲渡した年の翌年3月15日までに確定申告をする必要があります。なお、株式譲渡益の計算式は次の通りです。

株式譲渡益=譲渡代金-取得費用(出資金額など)

4)持株会社活用のメリット

1.非上場株式が現金化できる

オーナーにとっては売却が難しく、換金性の乏しい自社株式を現金化することができます。併せて換金した現金を活用して、将来の相続税の納税資金に充てることで、納税問題も解決することもできるため、自社株式の時価評価額が高い場合や、社長の保有する財産の中での自社株式の占める比率が高い場合には効果があります。

2.いわゆる「争続」問題を回避できる

後継者がオーナーの子どもなどの相続人である場合、相続を待つことなく、事前にオーナーの意向に沿ったかたちで、後継者に法的な経営権を譲ることができます。

後継者にとっては、将来的な自社株式に関わる相続税の負担や遺産分割問題の心配がなくなり、経営に専念することができます。もし、後継者が自社株式を相続で引き継ぐことを前提に経営を引き継いだ場合には、「相続税負担を抑えたい」という思いと、「業績の向上による自社株の時価評価額の上昇(相続税負担の増加)」という矛盾を抱えて経営することになりかねませんが、こうした問題も解決できます。

また、オーナーの相続財産から自社株式を分離することで、結果的に相続人間の争い(争続)を回避することもできるため、収益力が高く、今後も自社株式の評価額が上昇していく見込みのある法人や、オーナーの相続人が複数存在する法人には効果的です。

3.後継者の保有株式の評価額の上昇を抑制できる

持株会社の純資産価額は計算上、保有資産の時価が取得時の価額(帳簿価額)を上回る場合、いわゆる「含み益」のある保有資産の評価は、法人税相当額37%を控除することが認められています。

含み益のある保有資産の計算式およびイメージは次の通りです。

保有資産の計算式

従って、社長と後継者間で直接自社株式を売買して後継者が直接保有する場合に比べて、資産管理会社を通じて自社株を保有するほうが、その純資産価額の評価は低くなり、後継者が将来的に直面する自身の相続財産の評価額の上昇を抑制することができます。そのため、収益力が高く、今後も自社株式の時価評価額が上昇していく見込みの法人には効果があります。

ここで、事例を使って自社株式を個人保有した場合と持株会社を活用した場合の自社株式の評価額を比較してみます。個人保有した場合と持株会社を活用した場合の比較例および比較表は次の通りです。

自社株式の評価額

自社株式の評価額

5)持株会社へ移行する際の留意点

1.持株会社設立、運営のコスト

持株会社を新会社として設立する場合は、登録免許税などの登記費用が必要となります。また、毎期、法人税等の確定申告が必要となるなどの管理コストに加えて、所得が発生する場合は、法人税等の納税に係る負担が発生します。仮に所得が発生しない場合でも、資本金等の額に応じた法人住民税均等割額の負担が発生します。

2.資金調達、返済の検討

持株会社は、自社株式を購入するための資金を準備する必要があります。また、銀行などの金融機関から資金を調達する場合は、その返済方法(返済資源)を検討しなければなりません。

事業会社の配当金を返済資源にする場合は、「受取配当等の益金不算入」規定などの適用を受け持株会社の法人税負担を抑制したり、あるいは持株会社に収益不動産を保有させたりして収益力を確保する必要があります。

3.自社株式の譲渡に関わる税負担

前述のように、自社株式を譲渡したオーナーは、譲渡代金から取得費用を差し引いて譲渡益が生じた場合は、その譲渡益に対して譲渡所得税等(20.315%)を申告、納税する必要があります。

また、時価以外での譲渡が行われた場合は、譲渡価額と時価との差額について、追加的な税負担が発生するケースもあるので注意が必要です。

3 不動産管理会社を活用した事業承継対策

1)不動産管理会社とは

不動産管理会社とは、

オーナーが所有している賃貸不動産などを購入し、その賃貸不動産などの管理や保有を主な事業とする会社

をいいます。

オーナー自身で経営する事業会社に事業用の不動産を貸し付けている場合は、承継後の経営をスムーズに行えるようにするため、原則、その事業会社が使用している資産を自社株式と同様に、後継者に承継する必要があります。

2)不動産管理会社活用の流れ

不動産管理会社活用の流れは次の通りです。

  • 後継者の出資により不動産管理会社を設立する
  • 不動産管理会社が金融機関などから資金調達する
  • 賃貸用不動産を不動産管理会社に売却する

不動産管理会社活用

なお、不動産管理会社への売却後の全体像は次の通りです。

売却後の全体像

3)不動産管理会社へ売却する際のポイント

1.不動産の売買価額

オーナーが賃貸用不動産を売却する価額は「時価」となります。この場合の時価には実務上、市場の実勢を反映した専門家による評価額として、「不動産鑑定士による鑑定評価額」を利用するケースが多くあります。

2.オーナーは確定申告が必要

賃貸用不動産を譲渡したオーナーは、「譲渡益」に対して譲渡所得税等を負担する必要がありますので、譲渡した年の翌年3月15日までに確定申告をする必要があります。

3.含み損のある不動産の売却

不動産の取得時の価額よりも時価の低い(含み損のある)不動産を売却した場合は、不動産売却損が計上されます。そのため不動産売却損が計上された年に、別の不動産の売却による不動産売却益がある場合は、売却損を売却益から控除することができます。

 

4)不動産管理会社活用のメリット

1.不動産を現金化することができる

オーナーは換金の難しい不動産を現金化することができます。また、相続人が相続するのは換金された現金(預金)となるため、遺産分割も容易で、相続人は相続した現金(預金)の一部を相続税の納税資金に充当することができます。

2.いわゆる「争続」問題を回避できる

相続資産の中で比較的ウエートの高い不動産を、オーナーの生前に、その意向に沿うかたちで承継させることができるため、複数の賃貸不動産を保有している場合は、物件ごとに承継者を決めるなどの対策で「争続」問題を回避することが可能です。

また、賃貸不動産売却後の賃貸料収入は不動産管理会社の収入となるため、収益の分散効果で、特に収益性の高い物件の売却によりオーナーの相続財産の抑制を図ることができます。

3.将来の相続登記の必要がなくなる

個人所有の不動産については、相続のたびに名義変更の登記が必要となりますが、法人所有にすることにより、登記に係る負担が不要になります。

5)不動産管理会社へ売却する際の留意点

1.不動産管理会社設立、運営のコスト

不動産管理会社を新会社として設立する場合は、持株会社のときと同様、登記費用の負担や、毎期の確定申告などの管理コスト、法人税等の負担が発生します。

2.資金調達、返済の検討

不動産管理会社で賃貸用不動産を購入するための資金を準備する必要があります。検討に当たっては、賃料収入から固定資産税などのランニングコストや大規模修繕のための積立金などを差し引いたフリーキャッシュフローについて、事前にシミュレーションを実施し、無理のない返済計画を策定することがポイントになります。また、空室の多い物件については、併せて空室率の改善計画なども立てる必要があります。

3.譲渡に伴う税負担の発生

不動産を購入した不動産管理会社は不動産の所有権移転に伴い、登録免許税(固定資産課税台帳の価格×原則2%)・不動産取得税(同×原則4%:特例による軽減あり)を負担する必要があります。

また、不動産を譲渡したオーナーは土地・建物の譲渡に係る譲渡所得税等を負担する必要があります。特に一族で代々所有してきた不動産については、取得費の不明なものもあり、長期譲渡所得といえども相当の負担となる場合がありますので、注意が必要です。

4.相続予定財産の一時的増大

時価による不動産譲渡の取引価格は、一般的にその不動産の相続税評価額より高額となるケースが多いため、譲渡代金を得たオーナーの相続予定財産は一時的に増大します。

相続予定財産の一時的増大

ただし、前述の通り、賃貸不動産の家賃収入は譲渡によりオーナーから不動産管理会社に移転するため、個人所得が減少し、中長期的には不動産管理会社を活用しない場合に比べて、相続予定財産の抑制につながります。

例えば、賃貸による家賃収入が年間1000万円あった場合には、10年後の相続予定財産はおおよそ家賃収入分(1億円)増加します。しかし、不動産管理会社を活用し、家賃収入を不動産管理会社に移転した場合には、その家賃収入分、オーナーの相続予定財産を抑制することができます。

5.建物のみを譲渡した場合の借地権相当額の取り扱い

コスト圧縮のため建物のみを不動産管理会社に譲渡するケースもありますが、この場合、通常では当該土地に借地権設定がなされるため、借地権相当額の収受がオーナーと不動産管理会社間で行われないときは、不動産管理会社に対して借地権相当分の受贈益が発生し、法人税等が課税されるケースがあります。

このため、実務上は不動産管理会社からオーナーに対して相当の地代を支払うか、税務署に無償返還の届け出をすることによって、受贈益課税を回避することが一般的です。

4 (参考)土地・建物の譲渡に係る譲渡所得税

土地や建物の譲渡所得に対する税金(譲渡所得税)は、他の所得と区分して計算し、適用される税率は、譲渡した土地や建物の所有期間が、譲渡した年の1月1日現在で5年を超えるかどうかによって異なります。

譲渡所得税額の計算式は、次のようになります。

譲渡所得税額の計算式

以上(2025年8月更新)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:soo hee kim-shutterstock

改正が見込まれる 暗号資産に関する税金の取り扱い

1 改正議論が本格化。暗号資産に係る税制の改正

資産形成の選択肢の1つ、暗号資産(ビットコインなどの仮想通貨)。ただ、興味はあるものの、「税金の取り扱いが難しそう」「他の金融商品に比べて税率が高い」といった理由で、なかなか投資に踏み出せない方も多いのではないでしょうか。

確かに、現状の暗号資産は、税金の取り扱いが株や債券といった通常の金融商品と異なり、課税のタイミングなどについて誤解が生じやすかったり、税率が高かったりします。しかし、近年は暗号資産を金融商品として位置付けるための税制の改正や、税務上の取り扱いについて見直しの議論が進んでいます。

  • 金融庁が暗号資産に関連する制度の在り方等の検証資料を2025年4月と6月に公開
  • 令和7年度税制改正大綱において、見直しの検討が明記される

この記事では、現状の暗号資産に関する所得税のルールから、今後、改正がされた場合に想定される取り扱いまでを解説します。

2 暗号資産に関する所得税の現状ルール

1)暗号資産は利益が大きくなるほど税率が高くなる(最大55%)

現状、暗号資産の利益は原則として、

「雑所得」に分類

され、給与所得や事業所得など他の所得と合算される、

「総合課税」の対象

となります。これにより、利益が大きくなるほど税率も高くなる累進課税が適用され、

最大で55%(所得税45%+住民税10%)

の税金がかかる可能性があります。株式投資の利益が通常20.315%の申告分離課税(他の所得と合算しないで税額計算する課税方式)であることを考えると、これは非常に高い税率であり、特に高所得者にとっては大きな負担となります。

累進課税の税率

2)5パターンもある課税されるタイミング

暗号資産に係る課税のタイミングは、日本円に換金したときだけでなく、様々な取引で発生します。なお、下記2.~5.の課税については、現金が手元に入らないにもかかわらず税金が発生するため、特に注意が必要です。

1.暗号資産を売却(日本円に換金)したとき

保有する暗号資産を日本円に換金し、売却益が出た場合、課税対象となります。

2.暗号資産で商品やサービスを購入したとみなされたとき

暗号資産を支払い手段として利用した場合、その暗号資産を一度売却し、商品やサービスを購入したとみなされ、利益が出ていれば課税対象となります。

3.暗号資産同士を交換したとき

例えば、ビットコインでイーサリアムを購入するなど、異なる暗号資産同士を交換した場合も、売却した暗号資産に利益が出ていれば課税対象となります。日本円に換金していなくても税金がかかる点に注意が必要です。

4.マイニング、ステーキング、レンディングなどで暗号資産を取得したとき

これらの活動によって新たに暗号資産を取得した場合、その取得時点での時価が所得として課税対象となります。

5.暗号資産を寄附したとき

寄附時点の時価と取得価額との差額が利益とみなされ、課税対象となります。

3 今後はどうなる? 税制改正議論の動向

現時点(2025年7月)では、暗号資産について、具体的な税制改正の内容が明示されているわけではありません。ただし、暗号資産の法律上の位置付けの改正については、具体的な議論が進んでいます。

【現状】は支払い手段として資金決済法の下に位置付けられていますが、【改正案】では投資対象として金融商品取引法の下

に位置付けられ、決済手段の1つとしての取り扱いから、金融商品としての取り扱いに変わると見込まれています。この改正が実現した場合、税務上最も大きな影響があるのは、課税方式と税率です。

暗号資産に係る税金の取り扱い

現状の総合課税かつ累進課税(所得が大きくなるにつれ税率が高くなる)の下では、合算する他の所得のバランスを取りながら、暗号資産の売却を考えなければならないなど、税金が投資の足かせ要因の1つともいわれています。そのため、今後の改正により、他の所得とは区別して課税される申告分離課税、かつ一律20.315%となれば、

売却時の懸案事項が減り投資の促進にもつながる

とみられています。

以上(2025年8月作成)
(監修 税理士 石田和也)

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画像:Fand-Adobe Stock

ヒント2[採用2]:会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”を明示する/武田斉紀の『人が辞めない会社、10のヒント』(3)

1 “自社を必要以上に大きく見せる”ことなく、採用したい人に応募してもらう

今シリーズの狙いは、経営者、人事担当者、現場の皆さんのお悩みである「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題を解決することです。

『人が辞めない会社、10のヒント』と題して、「時系列」で毎回1つずつご紹介しています。

「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」という課題の原因と解決策は会社によってさまざまです。

今回ご提示するヒントが皆さんの抱える原因に明らかに当てはまらない場合は、読み飛ばしてくださって結構です。ですが、ヒントの1~9までが該当しなくても、10が当てはまるかもしれません。

全社共通の原因もあれば、部署ごとの固有の原因も存在することでしょう。原因が1つだけというケースは少ないので、何回分か読んでいただければ「これはうちにも当てはまるな」というものを見つけていただけるのではと思います。

前回、ヒント1として社員の入り口となる採用について触れました。募集時に“自社を必要以上に大きく見せていませんか?”と、皆さんに疑問を投げかけました。

社員が早期退職してしまう事例として、「普通に募集しても応募者が集まらないから」「もっと優秀な人を集めたいから」と、募集段階で“自社を必要以上に大きく見せてしまう”ケースが後を絶ちません。

募集広告の内容を信じて応募し入社した本人が、「聞いていた話と違う」となって、早期退職につながってしまうのです。

“だって自社を大きく見せないと、うちみたいな会社には応募者が来てくれないじゃないか”という声が聞こえてきそうです。

そこで今回と次回で、本人が「聞いていた話と違う」となることなく、「自社が本当に採用したい人に応募してもらう」方法を、事例と合わせてご紹介します。

2 会社の「求める人材像」が明確で、採用基準となっていますか?

採用に関わったことのある人であれば、「求める人材像」という言葉はご存じでしょう。文字通り「会社がどんな人材を求めているか、その条件を定めたもの」です。

あなたの会社の「求める人材像」は明確ですか。「求める人材像」を基準に募集や面接を進めて、採用者を決定できていますか。できていないとすれば、それが「社員を採ってもすぐに辞めてしまう上に、そもそも採れない」ことの原因の1つである可能性が高いです。

「求める人材像」という言葉を初めて聞いたという人は、「そんなものを提示したところで、会社が採用したいのは、学生でいえば偏差値の高い大学の出身者や、働く意欲や向上心の高い学生なのではないか」と考えるでしょうか。

一方、「求める人材像」を定めているという会社でも、それを基準に採用活動ができているとはいえない。そもそも採用基準にすることに懐疑的なところも少なくないようです。

理由として、先ほどのように「定めてはいるけれど、他社と大差ないと思うので結局はあまり意識せず採用している」や「人事レベルでは採用基準としているが、最終判断する役員や社長が意識しているとは思えない」など、いろいろな状況があるようです。

「求める人材像」なら知っているよという方に聞きます。「求める人材像」にはどんな要素が含まれるでしょうか。

何かの法則のように明確に定義されているわけではないのですが、さまざまな文献や専門家の意見、私の実感も含めて整理すると、大きくは「(1)適性」と「(2)意欲」に分けられるようです。それぞれには次のような要素を含んでいると考えられます。

(1)適性 ①価値観/資質・性格  ②経験/スキル(知識・能力)
(2)意欲 ③興味関心 ④将来像

先に申し上げておくと、(2)意欲①興味関心については、本人がすでに持っている部分はあるものの、会社からの情報提供により仕事や会社への理解が進むにつれて高まっていくものといえます。

同じく(2)意欲④将来像についても、本人が具体的な将来像を描けているか、それが会社の求めるものと一致するかは、仕事や会社への理解次第でしょう。

すなわち、(2)意欲については、会社の求める(1)適性との一致を確認した後で、“会社からの働きかけ次第”でいかようにも変えられる部分なのです。

ということで(1)適性のほうを掘り下げてみましょう。

3 企業が応募者に求める資質やスキルは共通? では価値観はどうか

2022年に経団連がまとめた「採用と大学改革への期待に関するアンケート」結果によれば、「採用の観点から、大卒者に特に期待する資質・能力・知識」として、次のような点が挙げられています。

上記(1)①に含まれる「資質」として特に期待するのは「主体性」「チームワーク・リーダーシップ・協調性」で、回答企業の約8割が指摘しています。次に変化の激しい人生100年時代を迎えて、「学び続ける力」も4割近くが求めています。

上記(1)②に含まれるスキルの「知識」として最も期待するのは、「文系・理系の枠を超えた知識・教養」。「能力」の上位は、「課題設定・解決能力」「論理的思考力」「創造力」とのことです。

多くの企業で新卒採用での「求める人材像」(1)の①資質・性格や②スキル(知識・能力)が似通っている点は否めません。

ちなみに、これらの項目は、ここ数年でもあまり変化していないようです。

これから就職活動を始める学生さんや若手社員の皆さんには、これらの「資質」「知識能力」を意識して鍛えていただければと思います。ただ会社側にも知っておいていただきたいのは、①資質・性格は簡単ではないですが、

少なくとも②スキル(知識・能力)は入社後でも十分に鍛え得るという点です。

少し想像すれば分かりますが、これらの条件を全て満たしている学生など、ほんの一握りでしょう。

一定基準では満たしていてほしいところですが、採用時点で多くを求めれば求めるほど自社の採用の可能性を狭めてしまいそうです。

では、残った(1)①の「価値観」についてはどうでしょうか。皆さんの会社が社員に求めている「価値観」とは何ですか?

「求める人材像」の(1)①「価値観」が明確ではないという方は、次の質問を自社に問うてみてください。

Q.会社が「これだけは譲れない」と大切にしてきた価値観は何ですか

経営トップが「こういう社員を大事にしたい」「こういう社員は許さない」と繰り返し求めていれば、それも会社として「大切にしたい価値観」の1つといえるでしょう。以上を含めて複数ある場合は、優先順位をつけて並べてみてください。

「大切にしたい価値観」が10も20もたくさんあるという会社もあるかもしれませんが、求める数が増えるほど採用できる対象者がどんどん少なくなってしまいます。

また、あらゆる価値観が一致する同質な人材だけを集めても、会社の強みや魅力は広がりませんし、世の中の変化にも対応できなくなります。

理想としてはこれだけは譲れないものを、優先順位の高い順にできれば3つ程度、せいぜい5項目くらいまでに絞ってみてください。他社は必ずしも優先しなくとも、自社としては優先的に採用したい価値観を共有できる人材が集まってくれる可能性が高いでしょう。

会社と価値観を共有できている人材は、入社してから簡単には辞めません。

4 “目指すこと”、“大切にしたいこと”の明示が、人を強く引き寄せる!

会社が“大切にしたいこと”=価値観が明確になったら、同時に会社が“目指すこと”=目的も、併せて言葉にしてみましょう。

会社が目指す目的は、企業理念を言葉にまとめている会社であれば、その中に書いてあるはずです。会社が目指す理想の姿としてどうなりたいのか、それが目指す目的です。

最近よく耳にする「パーパス(英語で目的、そこから派生して存在意義と訳しているケースもあります)」はこれに当たります。社会的存在としての目的のようにいわれていますが、自社が本気で目指していることであれば社会的存在としての云々でなくとも私はいいと捉えています。

さて、本人が「聞いていた話と違う」となることなく、「自社が本当に採用したい人に応募してもらう」方法の1つは、採用時に会社が“目指すこと”、“大切にしたいこと”を明示することです。

そんなものを明示したところで、応募者を引きつけられるものだろうか。中小企業や不人気の業界に応募者が増えるのだろうかと、不安に思われるでしょうか。

身近な例で考えてみましょう。あなたに“推し”たい(大好きな)対象がいて、でもすごくマイナーな存在だったとしましょう。

ジャンルは皆さんが趣味としているもので構いません。アーティストやアイドル、スポーツ選手やチーム、アニメや漫画のキャラ、敬愛する歴史上の人物、昔のクルマやバイク。何でもいいので世の中としてはマイナーな“推し”を、1つ(1人)思い浮かべてみてください。

マイナー過ぎて公言することには気後れしていたかもしれませんが、ここは思い切ってSNSでカミングアウトしてみましょう。SNSの素晴らしさは、一瞬で世界中の人とつながれることですよね。すると、同じように「こんな対象を“推す”人なんていないだろう」と思っていた人があなたを見つけて反応してくれます。

彼らからすればどうでしょう。「やった、同じ目的や価値観を共有できる仲間が見つかった!」となるはずです。世界中のあまたの人の中に、自分にとって本当に心を許せる友を見つけたような喜び。その人にとって、こんなに魅力的なことがあるでしょうか。

それらの“推し”は、ある意味で知る人ぞ知る中小企業(ほとんどの人は知らない)と同じです。「うちの会社の目的や価値観は、かなり特殊だから」と心配でしょうか。むしろそれくらいでいいのです。だからこそ強烈に共感して“推し”てくれる人材が見つかります。

5 上場後に幹部が一斉退職したA社を救ったのは、価値観を共有して入社した若手だった

私がかつて採用をご支援したA社の事例を紹介します。

A社はB社長が創業したレストランチェーンで、まだ店舗数も限られた中小企業でした。数年以内には株式上場を果たし、一気に規模も大きくしたいということで、まとまった数の新卒採用を成功させたいとのことでした。

私は取材を進めながら、オーナーであるB社長が“目指すこと”、“大切にしたいこと”を打ち出して、共感してくれる学生を集めましょうとご提案しました。

例えばこんな感じです。価値観はまずまず独特ですよね。

・目的/誰もが楽しめて感動できるレストランを作る
・価値観/結果次第で社長の給料さえ超えられるが、降格もある
 価値観/自分で手を挙げない限り昇給も昇格もできない
 価値観/会議では社長も店長も同じ1票
 価値観/上司を見るより、お客様を見ろ

これらの考え方を分かりやすく解説した冊子を用意して、広告やホームページで告知し、読んで共感した人は社長宛に手紙を書いて送ってほしいという形で募集をかけました。その代わり、送ってくれた全員に社長が直接会うという約束をして。

結果、学生の売り手市場の中、予想を大きく上回る数の熱い気持ちのこもった手紙が集まりました。社長は約束通り全員と会って話を聞き、その中から特に共感してくれた学生を中心に採用を決めました。

その後、A社は無事に株式上場を果たします。ところが、とんでもない事態が起こります。事前に経営幹部にも会社の株の一部を持ってもらっていたところ、彼らのほとんどが、株を売って独立し、会社を去ってしまったのです。一国一城の主を目指す人たちが集まる業界とはいえ、上場してこれからというタイミング。B社長は頭を抱えました。

すると、その姿を見ていた若手の店長たちが、B社長のところに来てこう言ったそうです。「社長、僕らは辞めません。社長の考え方に強く共感してこの会社を選んだのですから。大丈夫ですよ、僕らに任せてください!」彼らはあのときに採用した新卒たちでした。

その後若手の店長たちは幹部が抜けた穴を見事に埋め、成長しながら危機を乗り切ってくれたそうです。

ネットやSNSの時代には、会社が“目指すこと”=目的と“大切にしたいこと”=価値観を分かりやすく明示できれば、本当に共感してくれる人材に届けることができます。彼らは自分の目的と価値観に一致する会社を見つけて、「ここしかない」と思って応募してくれるはずです。

第3回を最後までお読みいただきありがとうございました。

ご紹介するヒントを参考にしながら、自社を退職する一人ひとりの「辞める理由」と、働いている一人ひとりの「辞めない理由」を丁寧に拾ってみましょう。見えてきた自社ならではの“課題”を解消し“強み”を活かせれば、『人が辞めない会社』へと変われるはずです。

次回も引き続き『人が辞めない会社、10のヒント』をご紹介していきます。

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※武田が以前上梓した書籍『新スペシャリストになろう!』および『なぜ社長の話はわかりにくいのか』(いずれもPHP研究所)が、ディスカヴァー・トゥエンティワンより電子書籍として復刻出版されました。前者はキャリア選択でお悩みの方に、後者はリーダーやトップをめざしている方にお薦めです。

『新スペシャリストになろう!』
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以上(2025年9月作成)
(著作 ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田斉紀)
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