目次
1 無症状でも見つかる「隠れ脳梗塞」とは
脳梗塞というと、急に手足が動かしにくくなったり、言葉が出にくくなったりする病気という印象があるかもしれません。ところが実際には、こういった症状がないまま、MRI検査などの画像検査で小さな脳梗塞の跡が見つかることがあります。これが、いわゆる「隠れ脳梗塞」と呼ばれる状態です。
症状がないからこそ見過ごされやすい一方で、将来の脳梗塞や認知機能の低下と関係することもあり、社員の健康管理の観点からも軽視はできません。そこで、この記事では社員の健康問題に詳しい産業医が、隠れ脳梗塞の概要と予防のポイントなどを紹介します。
【免責事項】
この記事は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断や治療方針を示すものではありません。症状がある場合や検査結果について不安がある場合は、医療機関で医師に相談してください。
2 「無症状=問題ない」ではない隠れ脳梗塞
1)人間ドックなどで偶然見つかることがある
隠れ脳梗塞は、医学的には「無症候性脳梗塞」と表現されます。脳ドックや人間ドックのオプション検査、あるいは別の目的で受けた検査がきっかけで見つかることがあります。隠れ脳梗塞の全体像を、図表1にまとめました。

症状が出ないのは、病変が小さい、または運動・感覚・言語などに直接関わる場所ではないなどの理由が考えられます。ただし、画像に所見がある以上、「無症状=問題ない」とはなりません。脳の細い血管が詰まった跡など、脳に小さなダメージが残っている可能性があるため、検査結果を持って医療機関に相談し、今後どう管理していくかを確認しておくことが基本です。
労務担当者が相談を受けた場合は、画像の細かな所見を説明しようとする必要はありません。「検査結果を主治医に見せて、血圧や血糖などの管理も含めて相談してください」と案内するだけでも、受診につながる大切な支援になります。
2)高血圧などのリスク因子と関係が深い
隠れ脳梗塞は、
高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙など、血管に負担をかけるリスク因子と関係が深い
とされています。企業の健診でも、血圧、血糖、脂質の異常はよく見つかります。本人が元気に働いていると、どうしても受診は後回しになりがちですが、症状がない時期こそ、管理を始めやすい時期です。隠れ脳梗塞の所見は、リスク因子を見直すきっかけとして捉えるとよいでしょう。
3 見つかった場合に気を付けたい将来のリスク
1)将来の脳梗塞や認知機能低下と関係することがある
隠れ脳梗塞があると、将来の脳梗塞や認知機能低下のリスクが高まることが知られています。ただ、これは「見つかった=必ず重大な脳梗塞になる」という意味ではありません。大切なのは、必要以上に怖がることではなく、背景にあるリスク因子を放置しないことです。
血圧・血糖・脂質の管理、禁煙、適正体重の維持、過度な飲酒を避けることなどは、脳だけでなく心臓や腎臓の病気の予防にもつながります。検査結果をきっかけに、かかりつけ医と一緒に管理目標を確認し、継続して見ていくことが現実的な対策です。
特に注意したいのは、健診で毎年同じ項目を指摘されているのに、医療機関を受診していないケースです。本人は「忙しいから」「症状がないから」と考えがちですが、脳血管疾患の予防では、症状が出る前の段階から管理を始めることがとても大切です。
2)自己判断で薬を始めたり中止したりしない
隠れ脳梗塞が見つかると、「血液をさらさらにする薬を飲んだほうがよいのか」と不安になる人がいます。抗血小板薬などの薬は、病状によって必要になることがありますが、無症状の脳梗塞病変があるからといって、一律に始めるものではありません。日本脳卒中学会の「脳卒中治療ガイドライン2021〔改訂2025〕」でも、無症候性脳梗塞に対する抗血小板療法については慎重な判断が求められています。出血などのリスクも考慮する必要があるため、医師が全身状態や他の病気の有無を踏まえて判断します。
反対に、すでに医師から薬を処方されている人が、自己判断で中止することも避けてください。心房細動、過去の脳梗塞、心臓病、動脈の狭窄など、別の理由で薬が必要なケースがあります。本人にも企業側にも共通して言えるのは、「薬の判断は医師に確認する」という姿勢です。
4 しびれ・ろれつが回らないときは一過性脳虚血発作(TIA)にも注意
1)症状が出た場合はTIAや脳梗塞も考える
隠れ脳梗塞は、典型的には、自覚できる明らかな脳卒中症状がないまま、MRIなどで偶然見つかる脳梗塞病変を指します。一方、片側の手足や顔がしびれる、力が入らない、ろれつが回らない、言葉が出にくい、片目が見えにくいといった症状が出た場合は、脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA)の可能性も考える必要があります。これらの疾患の主な違いは図表2の通りです。
TIAは、脳や網膜への血流が一時的に悪くなり、脳梗塞に似た症状や片目の見えにくさなどが出た後、短時間で改善することがあります。症状が消えると軽く見られがちですが、脳梗塞の警告サインとされており、「治ったから大丈夫」と判断しないことが大切です。

2)症状が消えても早めに医療機関へ
片側の手足のしびれや脱力、ろれつが回らない、言葉が出にくい、片目が急に見えにくいといった症状が出た場合は、脳梗塞やTIAの可能性があります。症状が続いているときは、ためらわず救急要請をしてください。数分など短時間で症状が消えた場合も、「治ったから大丈夫」と考えず、速やかに救急外来、脳神経内科、脳神経外科などを受診することが重要です。
職場で社員がこのような症状を訴えた場合、上司や労務担当者は、本人に業務を続けさせず、まずは受診につなげることを優先してください。企業が診断する必要はありません。大切なのは、危ない症状を見逃さず、速やかに医療につなぐことです。
ここで注意したいのが、本人が「もう治ったので大丈夫です」と言ってくるケースです。TIAは症状が消えることがあるため、本人が軽く考えてしまいがちですが、症状が消えても危険がなくなったわけではありません。本人をそのまま一人で帰宅させたり、業務に戻したりせず、速やかに受診につなげましょう。受診先への移動手段を確保し、本人の同意を得た上で家族に連絡するなど、職場としてできる範囲で安全に配慮することが大切です。
5 個人ができる予防と医療機関での相談
1)血圧・血糖・脂質・喫煙を管理する
隠れ脳梗塞が見つかった人や、健診でリスク因子を指摘された人にとって、予防の中心はリスク因子の管理です。血圧が高い人は家庭血圧も含めて確認し、糖尿病や脂質異常症がある人は、医師と治療目標を相談しましょう。喫煙している人は、禁煙外来なども選択肢の1つになります。
生活習慣の改善も重要です。禁煙、適度な運動、バランスの良い食事、飲酒量の見直し、良好な睡眠の確保に加え、脱水を避けるための適度な水分摂取も大切です。これらは、血圧や血糖、脂質などのリスク因子の管理と併せて、脳血管疾患の予防を考える上での基本になります。
ただし、完璧を目指す必要はありません。塩分を控える、歩く時間を少し増やす、飲酒量を少し減らすなど、続けられる変更を積み重ねることが大切です。本人だけで抱え込まず、かかりつけ医に相談し、必要に応じて産業医や保健師の支援も活用すると続けやすくなります。
企業が支援する場合も、「痩せなさい」「薬を飲みなさい」と指示するのではなく、受診しやすい勤務調整、保健指導の案内、禁煙支援制度の周知など、本人が行動しやすい環境を整えることに重点を置きましょう。
2)脳ドックは必要性を相談して判断する
脳ドックは、脳の状態を詳しく調べる手段の一つです。高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、家族歴などがある人は、必要性や受ける時期をかかりつけ医に相談しながら判断するとよいでしょう。すでに隠れ脳梗塞を指摘されている場合も、新たな病変や変化がないかを確認する画像フォローについては、病変の内容やリスク因子を踏まえて、医師と相談しながら進めることが大切です。
企業が脳ドックを福利厚生として案内する場合も、希望者やリスクが気になる社員が相談しやすい形にするのが現実的です。健保組合や協会けんぽの補助制度があるかどうかは、人事・総務が確認しておくと、案内がスムーズになります。
6 企業ができる健康管理上の支援
1)健診結果を渡して終わりにしない
企業がまず取り組みやすいのは、定期健診後の受診勧奨です。高血圧、糖尿病、脂質異常症などの有所見者に対して、医療機関への受診を案内し、必要に応じて受診状況を確認しましょう。健診結果を本人に渡すだけで終わらせないことが、脳血管疾患の予防にもつながります。
受診勧奨の記録を残しておくことも、実務上は役に立ちます。いつ、誰に、どのような案内をしたかを簡単に管理しておくと、未受診者への再案内や産業医との情報共有もしやすくなります。
2)産業医や地域産業保健センターを活用する
産業医や保健師がいる企業では、健診結果を基に高リスク者を把握し、保健指導や受診勧奨の仕組みを整えることができます。複数のリスク因子が重なっている社員や、再検査・治療が中断しがちな社員には、個別にフォローする体制があると安心です。
産業医がいない小規模事業場では、地域産業保健センターを活用するとよいでしょう。主に社員数50人未満の事業場を対象に、医師や保健師による相談などの支援が用意されています。支援の利用条件や内容は地域によって異なるため、最寄りのセンターに確認してください。
3)過重労働と脳・心臓疾患リスクにも注意する
脳・心臓疾患のリスクを考えるときは、個人の病気だけでなく、働き方の負荷も見ておく必要があります。過重労働は脳・心臓疾患と関係するため、長時間労働だけでなく、勤務間インターバルの短さ、不規則勤務、深夜勤務、出張や移動の多さ、心理的・身体的負荷なども含めて確認します。
高血圧や糖尿病などの有所見者が多い職場では、健診後フォローと労働時間管理を別々に考えず、あわせて見直すことが大切です。産業医の意見を聞きながら、必要に応じて業務量や勤務形態を調整できる仕組みを整えておくと、社員の健康管理と企業のリスク管理の両方に役立ちます。
また、特に夏場や高温環境での勤務では、熱中症対策に加えて、脱水を避ける観点からも、休憩や適度な水分補給をしやすい職場環境を整えることが重要です。
勤務上の配慮を検討する際は、病名や治療内容そのものを職場で扱うのではなく、業務上必要な配慮内容に絞って整理することが重要です。個人情報の取り扱いに配慮しながら、時間外労働、深夜勤務、出張などについて、勤務上の留意点を確認していきましょう。
7 まとめ
隠れ脳梗塞は、無症状のままMRIなどで見つかる脳梗塞病変です。見つかった場合に大切なのは、必要以上に怖がることではなく、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙などのリスク因子を管理することです。薬を始めるか、中止するかは自己判断せず、医師に確認してください。
また、片側のしびれ、力が入らない、ろれつが回らない、片目が見えにくいなどの症状が出た場合は、隠れ脳梗塞とは別に、脳梗塞やTIAを疑います。症状が軽度であったり消えたとしても、速やかな受診が必要です。
企業は、健診後の受診勧奨、高血圧・糖尿病・脂質異常症の有所見者フォロー、産業医・保健師との連携を整えることから始めるとよいでしょう。
以上(2026年6月作成)
(執筆 株式会社中央総合産業医事務所 代表産業医 細江隼)
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画像:日本情報マート































