【朝礼】一歩一歩、素早く確実に進め

私は、仕事で行き詰まっている人から相談を受けたとき、必ず「一歩一歩進むしかないよ。焦らずにね」とアドバイスをしています。しかし、一見優しく感じるこのフレーズの厳しさを感じ取ってくれる人は、残念ながら多くありません。

まず、「一歩一歩」という言葉から、多くの人は「ゆっくり」という印象を持ってしまうようです。しかし、私が伝えたいのは、進むスピードのことではなく、“質”についてです。その一歩でやるべきことを確実にこなし、万全にしてから次の一歩を踏み出すという、厳しい基準をクリアした歩みを求めています。これがどれだけ難しいことか、ある程度のキャリアを積んだ人なら分かるはずです。「もう大丈夫だ」と自信を持てるくらい、徹底的に努力してから次の一歩を踏み出すには、忍耐力が必要です。

同様に、「焦らず」という言葉から、多くの人は「マイペース」という印象を持ってしまうようです。確かに、ペースは人それぞれです。しかし、ビジネスにおける成長とは、相対的な関係で評価されます。自分が100の成長を遂げて満足しても、他の人が120の成長を遂げたのであれば、まだまだ努力と成長が足りません。同様に、上司が120の成長を期待しているのに、100しか成長できなければ、高い評価を得ることはできません。成長を焦ってミスが頻出してしまうのは駄目ですが、自分の能力が許す限り速く進むことが求められるのです。

どうですか。私の言葉がどれほど厳しいものか分かるでしょう。言葉のあやではありません。本気で今の局面を打開したいと考えている人なら、私の言葉の厳しさを感じ取れるはずです。逆に、そうでない人は、「ゆっくり」「マイペース」などと自分に都合の良い解釈をしてしまいます。

ノミは、あの小さな体で1メートルもジャンプする力を持っているそうです。しかし、高さ50センチの瓶に入れて蓋をすると、ノミはジャンプするたびに50センチの蓋にぶつかります。そのまま放置しておくと、そのノミは瓶から出しても50センチしか跳べなくなってしまいます。

自分に甘えるということは、自分にとって心地良い大きさの瓶を作って中に入り、そこから出てこないことと同じです。もっと成長できるのに、その機会を自分で潰しているのです。

「自分は甘えていた」。そう思い当たる節がある人には、変わるためのきっかけが必要です。具体的には、先延ばしにしていた仕事をすぐに片づけなさい。先延ばしするという行為が甘えそのものであり、それを断ち切るのです。また、仕事を先延ばしにしたことで、あなたは周囲の信頼を失いました。それを取り戻すための努力をしなければ、これからのあなたの努力を誰も応援してくれません。

私から見れば皆さんはビジネスパーソンとしてまだまだ未熟です。あえて言いましょう。「一歩一歩進むしかないよ。焦らずにね」

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

戦略的直観/ローマ史から学ぶガバナンス(5)

書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 成功の裏にある「機会」と「戦略的直観」

成功したビジネス、成功した企業、成功した経営者。さまざまな成功事例をもとに、数多の学者や専門家がビジネスモデルや経営戦略論などを研究・構築し、私たちに分かりやすく紹介してくれています。たくさんのビジネス書籍が出ており、こうしたものを読むと、なるほどと理解することができ、大変参考になります。

しかしながら、こうしたビジネスモデルや経営戦略論を眺めていると、それだけが成功要因ではないだろう、ということも同時に思い至るのではないでしょうか。多くの場合、成功事例の当事者たちは、そのようなビジネスモデルも経営戦略論も知らずに実践していたでしょうし、仮に知っていたとしても、知っていたから成功した、というような単純なものでもないでしょう。

では、成功に導けるかどうかの違いは、どこにあるのでしょうか。これも当然、答えは1つではありませんが、欠くことのできない重要な要素として、「機会」を逃さないこと、「機会」を生かすことが挙げられるでしょう。

歴史にifは禁物ともいわれますが、もしもを想像してみると、「機会」がいかに重要なのかが分かります。もしも、ビル・ゲイツがOS(Operating System)の開発を始めていなかったら、現在のコンピューター市場はどうなっていたでしょうか。それが1年早くても、1年遅くても、恐らくうまくはいっていないのではないでしょうか。状況、環境、タイミングといったものがそろった「機会」を逃さず、それを有効に生かせたからこそ、その後の成功があるといえるでしょう。

次に浮かぶ疑問は、なぜ、成功した企業や経営者は、その「機会」を逃すことがなかったのか、ということです。私たちは、こうした「機会」の背景に、合理的な分析があり、その分析に基づく壮大な戦略や計画があったかのように想像しがちです。しかし、成功事例をひもといてみると、そのような戦略や計画が背景にあることはほとんどなく、多くの場合、当初は何も見えておらず、物事の進行に合わせて思考し行動していたことが分かります。こうした思考過程を「戦略的直観」といいます。なお、念のため、言及しておきますが、「直感」ではなく「直観」です。「直観」とは、推論などの論理操作を差し挟まずに、直接的かつ即時的に本質を認識することを意味します。今回は、この「戦略的直観」をもって「機会」を逃さず、それを有効に生かしたローマ史の偉人のお話になります。

2 戦略的直観によるルビコン渡河

三頭政治を成立させ、執政官となったガイウス・ユリウス・カエサルは、その後、8年間にわたり、ガリア(現在のフランス、ベルギー、スイスなど)に遠征し、その全域を征服しました。ガリア諸部族の平定、ガリアのローマ化といった戦後処理を終えたカエサルは、北伊属州総督の本営地に入り、元老院派との政治的な戦いに取り組みます。新秩序の確立を目指すカエサルと、元老院主導の維持を図る元老院派との戦いは、法律、制度、情報、言論、弁舌を駆使して進められましたが、英雄ポンペイウスを取り込んだ元老院派は、過去にも反元老院派を葬ってきた元老院最終勧告をカエサルに突きつけます。これに従わねば、国賊ということになりますが、カエサルは、以前から、元老院最終勧告の不合理をうたってきたため、元老院派は、カエサルはこれに従わず、賊軍として戦いに入ると考えていました。そして、正規軍ポンペイウスがこれをたたけば全てが終わるという算段でした。

確かに、元老院派の読み通り、カエサルは、元老院最終勧告に従わず、武力による戦いに入ります。しかし、時期と場所が違っていました。軍勢を整え、春の訪れを待って火蓋が切られると元老院派は考えていましたが、1月初旬という冬の時期にわずか一個軍団のみで、カエサルは動きました。また、ルビコン川を越えることは国法違反にあたるため、ルビコン川の北側が戦場になると考えていましたが、カエサルは「ここを越えれば、人間世界の悲惨。越えなければ、わが破滅」(*)と檄(げき)を飛ばし、ルビコン川を越え、軍を進めました。状況からすれば、決してカエサル優位ではありませんでした。ですが、戦略的直観をもって、ここを勝負どころだと見定めたのです。

現有戦力は少ないものの、ガリアを戦い抜いてきた信頼に足る兵士たちであり、戦術次第で数的劣勢をくつがえせる。そして、ポンペイウスや元老院派が想定する相手の土俵には上らない。そういったことを考えたのではないでしょうか。その後の作戦も、相手に猶予を与えぬ早さで展開していきます。恐らく、さらに先を見据え、イタリア・ローマを短期に押さえることを考え、それが可能と判断したのでしょう。地中海世界全体を見れば、ポンペイウスの地盤は広く、それを背景にじっくりと構えられてはカエサルとて厳しくなります。イタリア半島内で短期に決するのであれば、十分勝機があると考え、ルビコン渡河を速やかに判断したのでしょう。結局、ポンペイウス軍や元老院派はイタリアを脱出し、各地に戦火が広がったため、ポンペイウス落命まで1年8カ月を要しました。しかし、地中海世界全体における戦力的な劣勢は、イタリア・ローマという本国を押さえていたことで補い、勝利を得ることになったのです。

3 戦略的直観に背いた結果の死

ポンペイウスを破ったカエサルは、その後、エジプトを平定、北アフリカ、ヒスパニアで元老院派を武力制圧して、ローマに戻ります。まさに連戦連勝でした。そのカエサルが著した「ガリア戦記」に次のような文章が残されています。「成功は戦闘そのものにではなく、機会を上手(うま)くつかむことにある」(**)。

このように「機会」の重要性を十分に認識し、戦いではほとんど負け知らずのカエサルでしたが、ご存じのように、その後、国家改革を推し進める中で、暗殺されてしまいます。これは「戦略的直観」に背く形で推し進めてしまった結果だったのではないでしょうか。

「戦略的直観」には、1.歴史の先例、2.平常心、3.ひらめき、4.意志の力、という4つの要素があるといわれています。戦いの場において、カエサルは、この4つの要素を生かして、機会を捉えていたのでしょう。しかし、50代半ばで絶対的権力を手にし、ようやく着手した国家改革では、自分に残された時間を考え、いわば平常心を捨て、「機会」にそぐわない形で強引に進めてしまった。それが暗殺という結果をもたらしたと思わざるを得ません。

カエサルの遺志を継いだ後継者アウグストゥス(オクタヴィアヌス)は、30代半ばでカエサルと同等の強い権力を手に入れ、じっくりと国家改革を進めていきます。カエサル譲りの「戦略的直観」をもって、カエサルが持ち得なかった時間軸の中で、「機会」を一つ一つ生かしていったように見えてなりません。

【参考文献】
(*)「ユリウス・カエサル ルビコン以前 ローマ人の物語IV」(塩野七生、新潮社、1995年9月)
(**)「ガリア戦記」(カエサル(著)、國原吉之助(訳)、講談社、1994年5月)

以上(2021年9月)
(執筆 辻大志)

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画像:unsplash

【与信管理】信用調査の概要とマニュアル作成のポイント

書いてあること

  • 主な読者:与信管理をしっかりと組織に定着させたい経営者
  • 課題:具体的にどのようなことをすればよいのか分からない
  • 解決策:与信調査の流れを知り、チェックリスト化して組織に定着させる

1 知らない相手と取引するのはリスクが大きい

企業の倒産は規模や歴史にかかわらず発生します。従って、新規取引時はもちろん、既存取引先についても経営状態を把握する必要があります。そのために必要なのが継続的な信用調査であり、これにより、倒産の予兆に気付き、貸し倒れを未然に防ぐ可能性が高まります。

このように、信用調査は重要な取り組みですが、中小企業では十分な信用調査を行っていないことがあります。また、行っていたとしてもその情報が社内でうまく共有されていない場合があります。例えば、相手の信用不安に関する情報を事前に入手していたのに、その情報が共有されておらず、営業担当者が取引を開始してしまったといったケースなどです。

こうしたことがないように、企業はきちんと信用調査を行うだけではなく、マニュアルなどを作成し、

相手を知らずに営業したり、取引したりするのは、とてもリスクが高いことである

ことを従業員に教育する必要があります。

2 信用調査の概要と方法

1)信用調査機関による調査

信用調査機関を利用すると、より客観的で、他社とも比較可能な情報(有料)を入手することができます。データベースに登録されている簡易な信用情報をインターネットから取得する方法が一般的ですが、信用調査機関が調査員を派遣して経営者などと直接面会をして作成するレポートを購入する方法もあります。代表的な信用調査機関としては「帝国データバンク」「東京商工リサーチ」の2社があります。

■帝国データバンク■
https://www.tdb.co.jp/
■東京商工リサーチ■
https://www.tsr-net.co.jp/

2)同業者調査

同業者と情報交換することで、取引先の一般的な信用度を知ることができます。タイミングがよければ、倒産の予兆を感じさせるような情報をいち早く入手できることもあるので、同業者との情報交換のパイプは持っておく必要があります。

ただし、同業者からの情報は主観的で、臆測を多分に伴うことに注意が必要です。そのため、信用調査機関の「調査レポート」などと併せて活用しましょう。

3)実態調査

自社の営業担当者などが実際に取引先に出向き、観察や面接などを行って相手の経営状態を細かく調査します。従業員が実際に見聞きした情報をまとめているので信頼できますが、少なからず本人の主観も入っています。

例えば、長年の付き合いがある取引先に対しては思い入れがあるので、甘い評価をしてしまうことがあります。逆に、担当年数が浅く、得られる情報が少ない場合や、担当者が苦手と感じているような取引先の場合は辛めの評価になることもあるでしょう。

3 信用調査のフローチャート

信用調査は「予備調査」と「実態調査」に大別され、予備調査の結果を踏まえて実態調査を行うという流れになります。

まず、取引先の概要を知り、どの程度の実態調査が必要かを調べるため、信用調査機関調査と同業者調査を行います。その後、予備調査として、そこから得られた資料を基に分析していきます。その後、実態調査に移ります。実態調査は、「予備調査で得た情報から、取引先の実情を観察や面接などによって確認する調査」です。このような2つの調査結果から、取引方針や与信限度などを決定し、実際の営業活動に反映させていきます。

信用調査のフローチャートは次の通りです。

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4 信用調査のマニュアルの項目と作成

信用調査の具体的な手法は、経験の浅い営業担当者でも行うことができるようマニュアル化することが必要です。作成するマニュアルは、文章よりも各項目のチェックリストによる○×式シートなどが分かりやすく、調査実施の手間が省けるでしょう。マニュアルに盛り込む主な項目は次の4つです。

  • 資料分析チェック:基礎資料から読み取れる情報のチェック
  • 営業担当者チェック:営業担当者による日々の経営・営業状況のチェック
  • 実態観察チェック:個々の営業担当者や「営業管理者」)による企業実態(取引先の変化)に関するチェック
  • 取引支払いチェック:事務担当者の記帳、管理情報チェック

以降では、資料分析チェック・営業担当者チェック・実態観察チェック・取引支払いチェックの詳細にも触れつつ、信用調査マニュアルを作成する際のポイントを紹介します。

5 資料分析チェック

既に入手している基礎資料から予測される情報のチェックです。過去に行った「信用調査機関調査や同業者調査」「協力的な取引先から提出される財務諸表、不動産・商業登記簿謄本」などの定期的な点検が該当します。

資料分析チェックは、営業担当者が自身の取引先について定期的に実施し、そのデータを蓄積しておくとよいでしょう。具体的なチェック項目の例は次の通りです。

1)基本事項

  • 商号
  • 沿革
  • 資本金
  • 事業概要
  • 従業員数
  • メーンバンク
  • 主要取引先
  • 主要株主(出資者)
  • 主要役職員
  • 本店、支店、工場、その他事業所の数や所在地

2)継続事項

  • 不動産登記情報のチェック(所有権の移動、第三者の権利設定、消滅など)
  • 商業登記情報のチェック(主要役員、資本金、支店、その他営業状況の変化など)

6 営業担当者チェック

営業担当者に、「日常の営業活動の中で積極的に取引先の経営、信用情報を収集・チェックさせる方法」です。営業担当者は取引先だけではなく、同業者や隣近所などからの情報収集も行うと、より効果的です。具体的なチェック項目の例は次の通りです。

1)営業状況

  • 新規、多額の設備投資または未経験の分野への進出投資
  • 新任経営者による営業方針、営業政策の急激な変更
  • 従業員の目立った異動、増減
  • 主要売上先の変更、取引状況の急変
  • 主要仕入れ先の変更、系列の転換
  • 主要役職員の更迭、辞任、死亡、事故など

2)資金繰り

  • 融通手形の発行
  • 取引先の倒産による多額の焦げつき、貸し倒れの発生
  • 金融業者などの高利資金の利用
  • 他の債権者の債権保全の状況や取り立ての強化

3)経営者の私生活

  • 経営者およびその家族の死亡、事故、病気など
  • 夫婦間、家庭内の不和、不満、不遇
  • 趣味、道楽、賭け事などへの過度の熱中
  • 名誉職、公職への過度の執心や熱中
  • 本業外の投機的事業、相場などへの過分の投資や傾注
  • 同族役員間の不和

7 実態観察チェック

営業管理者などが取引先訪問時に、経営や営業状態を注意深く観察し、その変化をチェックする方法です。営業管理者は、店頭や工場内、倉庫内などを詳細にチェックして取引先の経営状況を調査します。具体的なチェック項目の例は次の通りです。

1)営業状況の変化

  • 店内、現場における異常な雰囲気
  • 店舗、工場、倉庫、特に本社事務所、社長私宅などの新築、増築、改築、拡張など
  • 高額な機械装置、高級乗用車、その他高額資産の購入とその後の利用状況など
  • 在庫の急激な増減、返品の急増、特定品の異常な荷動き
  • 自動車、その他稼働率の高い営業用資産の買い替え状況およびその整備状況
  • 従業員の集団離職、幹部従業員の相次ぐ退社、労働争議の激化など
  • セールス訪問時における来客・電話などの繁閑度、機械工具などの稼働操業状況、従業員の勤務態度など
  • 社内の告示、机上や黒板のメモなど

2)応対、支払い状況の変化

  • 自社に対する応対、支払い態度の急激な変化
  • 自社以外の仕入れ先、外注先に対する支払い引き延ばしの兆候、支払い遅延の言い訳
  • 一部債権者の債権取り立て強化の動き、仮差し押さえ・仮処分・差し押さえ・強制執行などの、法的手続きの進行

3)代表者および主要役員の変化

  • 代表者および主要役員の交代
  • 大口取引先・大口債権者・金融機関の担当者に対する役員などの接触状況、応対態度の変化
  • 来訪客筋の急激な変化、特に本業外および好ましからざる来客の急増
  • 役員相互の接触、また役員と従業員との接触態度の変化
  • 趣味道楽への出費や新規事業・本業外への投資の傾注度合い

8 取引支払いチェック

経理担当者などが、取引先ごとの売り上げ、代金回収の記帳照合、監査事務、代金決済状況などをチェックする方法です。具体的なチェック項目の例は次の通りです。

1)取引状況の変化

  • 取引高(取引数量、取引金額、取引商品構成)の急激な増減、変化
  • 取引条件の変更とその後の取引高変動
  • 設備投資、または新規事業進出後の取引情報、支払い状況の変化
  • 取引商品構成の異常な変動など

2)買い掛け支払い手段の変化

  • 現金(小切手)、手形による支払い割合の変化
  • 回し(裏書譲渡)手形の急増、特に直接営業取引がないと思われる企業の振出手形の増加
  • 先日付小切手の発行、異常な長期決済手形の振り出し
  • 商取引名義人、正常銀行当座取引名義人以外の名義人振り出しの手形、小切手による支払い

9 信用調査教育の実施

自社独自の信用調査マニュアルを作成することは、経営の安定を図るだけでなく、従業員に信用調査の意識を植え付ける意味でも非常に重要です。

作成した信用調査マニュアルを効率的に活用するために、従業員に信用調査に関する教育を行いましょう。まず、営業管理者には、債権管理などの問題を研修テーマに取り上げ、手続き方法や、取引先の信用情報の収集分析方法を習得させます。同時に、営業担当者には、営業活動に関する教育の中で信用調査の重要性について理解させます。そして、経営者は朝礼・社内通達・各部連絡会議などで、信用調査の重要性を社内に周知徹底させましょう。

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

【規程・文例集】「転籍規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:社員を関連会社などに転籍させる予定があり、転籍規程を整備したい経営者
  • 課題:在籍出向との違い、具体的に転籍規程に定める内容が分からない
  • 解決策:在籍出向では自社と社員の労働契約が維持されるが、転籍では労働契約が終了する。転籍規程には、「転籍は社員の同意を得て行う」旨を明記する。

1 「転籍は社員の同意を得て行う」のが原則

「転籍」とは、現在会社に在籍している社員が、関連会社などと新たに労働契約を結び直してその籍を移すことです。転籍出向とも呼ばれ、よく「在籍出向」とセットで語られますが、

  • 在籍出向では、自社と社員の労働契約が維持されるのに対し、
  • 転籍では、自社と社員の労働契約が維持されず終了する

社員を転籍させる場合、事前に就業規則(転籍規程など)に転籍に関する定めを設ける必要があります。定める内容はさまざまですが、まず大切なのは、

「転籍は社員の同意を得て行う」旨を明記する

ことです。転籍は社員との労働契約を終了させる性質上、同意を得た上で行うのが原則とされており、この同意に関するルールがあいまいだと社員とトラブルになる恐れがあります。

そのため、例えば、会社が転籍後の労働条件について定めた「転籍同意書」を作成し、社員がその内容に同意した場合に転籍させるなど、同意取得の手続きを明確に定める必要があります。次章ではここまでの内容を基に、関連会社への転籍を想定した転籍規程のひな型を紹介します。

2 転籍規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【転籍規程のひな型】

第1条(転籍制度)
会社は、当社の関連会社(以下「転籍先」という)との相互援助および共存共栄などを目的に、会社の従業員が3カ月の出向期間を経て転籍先に転籍する制度を設ける。

第2条(転籍先)
転籍先は次の各号に定める通りとする。会社は転籍先に変更がある場合は、速やかに本規程を見直し、従業員に周知しなければならない。

  • ○○株式会社 東京都
  • ××生産工場 東京都
  • △△株式会社 東京都

第3条(転籍の対象となる従業員など)
1)転籍は、入社後5年を経過した従業員のうち、会社から転籍条件の提示を受け、これに同意した者(以下「転籍者」)を対象に行う。転籍者は、別表第1「転籍同意書」に記入の上、遅滞なくそれを所属長に提出しなければならない。また、会社は、転籍先となる関連会社を明らかにした上で、その就業規則の写しを交付するなど、転籍先における転籍者の労働条件を通知するものとする。
2)転籍により、会社と転籍者との労働契約は消滅する。転籍者は新たに転籍先と労働契約を交わすものとする。
3)会社は、会社が提示した転籍条件に従業員が同意しないことを理由に、解雇、降格など不利益な取り扱いをしない。

第4条(労働条件)
転籍者の労働条件は、本規程に特別な定めがない限り、転籍先の労働協約、就業規則、労使協定、そのほか従業員の労働条件に関して定めた規程に従うものとする。

第5条(退職金)
1)退職金は、転籍者が転籍先を退職した日より3カ月後に支給する。
2)退職金の算定期間は、転籍者が会社に入社した日から転籍先を退職するまでの期間を通算した期間とする。
3)第2項以外で、会社と転籍先の退職金規程で異なる内容がある場合は、原則として会社の規程を適用する。

第6条(社会・労働保険)
健康保険、介護保険、厚生年金保険および雇用保険などの社会・労働保険については、転籍時に転籍先に移行する。

第7条(福利厚生施設)
転籍者の社宅・寮は転籍先がこれを調達し、転籍者は転籍先の定める賃借料を支払うものとする。

第8条(福利厚生制度)
転籍者の福利厚生制度は転籍先のものを適用するものとする。会社が実施し、転籍者が利用していた福利厚生制度で転籍先が実施していないものがあるときは、会社および転籍者が協議の上で対応を決定する。

第9条(転籍費用など)
1)転籍者の転籍にともなう旅費、荷造費、運送費などの転籍費用は、会社の基準に基づいて転籍先が支払うものとする。
2)会社は、転籍者の申請に応じて、3労働日の転籍休暇を付与する。転籍休暇は有給とする。

第10条(復籍)
転籍者が、自らの責に帰さない事由によりやむなく転籍先を退職し、転籍者が会社への復籍を希望する場合は、事情を斟酌し、会社と転籍先が協議の上、会社への復籍を認めることがある。

第11条(罰則)
転籍者が故意または重大な過失により懲戒処分を受けることになった場合、転籍前の事案については会社の就業規則、転籍後の事案については転籍先の就業規則に照らして処分を決定する。

第12条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

■別表第1「転籍同意書」■

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以上(2021年9月)

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画像:ESB Professional-shutterstock

データを交えて確認する「適正人件費」の求め方・考え方

書いてあること

  • 主な読者:適正人件費の基本的な計算方法を知りたい経営者、人事担当者
  • 課題:相対的な指標ばかりで、具体的にどれくらいが妥当なのか、はっきりした答えがない
  • 解決策:人件費は付加価値の分配である。付加価値を基準に適正人件費を検討する

1 適正人件費の考え方

コストにはさまざまな種類がありますが、人件費はコントロールがとても難しいものです。「給与で社員と会話ができたら一流の経営者」と言えるほど、

経営者の評価を給与として社員に伝え、やる気を引き出す

ことは容易ではありません。

一方、人件費は収益、あるいは借金から支払うコストですから、適正な水準にコントロールしなければなりません。そこで登場するのが「適正人件費」です。この記事では、適正人件費を求めるための基本的な考え方を紹介していきます。

2 労働分配率と付加価値を確認する

本来、適正人件費は絶対的に決められるべきものですが、一般的には、

  • 労働分配率=人件費÷付加価値×100

を計算し、同業他社などと比較して相対的な目安を求めます。労働分配率とは、

付加価値に対する人件費の割合

です。そして、付加価値とは、

企業が生産・サービス活動によって新たに生み出した価値

です。付加価値は企業の実力であり、同業他社などと差別化を図る上での基本です。付加価値の求め方には、

  • 日銀方式:経常利益+人件費+賃借料+減価償却費+金融費用+租税公課
  • 中小企業庁方式:売上高-外部購入価値(材料費、買入部品費、外注加工費など)

などがあります。

労働分配率と付加価値は、経済産業省「企業活動基本調査」で確認できます。これにより、

同業他社と自社の労働分配率や付加価値を比較することで、相対的な妥当性を知ること

ができます。なお、この調査では労働分配率と付加価値を次のように計算しています。

  • 労働分配率=給与総額÷付加価値×100
  • 付加価値=営業利益+給与総額+減価償却費+福利厚生費+動産・不動産賃借料+租税公課

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3 モデル給与額を確認する

同業他社がどのくらい給与を支払っているのかを確認することで、より具体的なイメージをつかむことができます。ここでは厚生労働省「令和2年賃金構造基本統計調査」のデータを紹介します。

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4 適正人件費を絶対的に決定する

以上のデータから、相対的な適正人件費を確認することができます。ただ、適正人件費は各社の状況によって絶対的に決定すべきものです。極端にいえば、

同業他社よりも給与が高くても経営が安定していればよいし、逆に同業他社よりも給与が低くても社員がやりがいを感じているならよい

ということです。

自社の給与を上げることを検討する場合、次の2つの方法があります。

  • 人件費以外のコストや利益を削減して、人件費枠を増やす方法
  • 収益を拡大し、それによって人件費枠も増やす方法

1.は現在の収益構造の中でのやりくりといえ、2.は新規事業の開発などをする攻めの方法といえます。いずれにせよ、人件費(給与)は付加価値の分配なので、付加価値の支払い能力が重要です。次の指標などが良好であれば適正人件費を高めに設定でき、逆の場合もしかりです。

  • 年間の付加価値額
  • 付加価値率(=付加価値÷売上高×100)
  • 労働分配率(=人件費÷付加価値×100)

5 (おさらい)適正人件費の求め方

適正人件費の求め方を整理しましょう。まずは現在の労働分配率を計算し、業界平均との差異を分析して、適正人件費を設定する方法です。その際、モデル支給額を確認すると、具体的なイメージが湧きます。

こうしてイメージした適正人件費に、企業の経営戦略を加味します。例えば、新規事業を開発する場合、目標売上高を決定し、そこから予想される付加価値を基に適正人件費を検討します。詳細は割愛しますが、目標利益を考慮した損益分岐点は、

  • (固定費+目標利益)÷限界利益率

によって求めることができます。この場合の付加価値を検討し、適正人件費を求めます。

以上(2021年9月)

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画像:pixta

エコドライブのすすめ(2021/09号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

今、地球温暖化により、異常気象、海面上昇に伴う浸水被害、生態系の変化、森林消失の危険などが深刻な問題になっています。
地球温暖化を防ぐには、私たちが日々のくらし中で二酸化炭素(CO2)をなるべく出さないことが大切であり、そのために私たちがすぐにできる取組みは身近にたくさんあります。
その一つが、自動車の「エコドライブ」※の実践です。
ドライバー一人ひとりの日々の積み重ねが地球環境の改善につながります。

※「エコドライブ」という言葉には、エコロジカルドライビング(環境に配慮した運転)とエコノミカルドライビング(経済的な運転)の2つの意味があります。

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1.エコドライブ10のすすめ

エコドライブとは、燃料消費量やCO2排出量を減らし、地球温暖化防止につなげる運転技術や心がけであり、以下の「エコドライブ10のすすめ」を実践する運転です。

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出典 経済産業省ウェブサイト 2020年1月27日エコドライブ普及連絡会発表資料
https://www.meti.go.jp/press/2019/01/20200127004/20200127004.html (2021.8.17閲覧)より当社作成

2.燃費改善の効果

エコドライブ実践による燃費改善は、CO2排出量の削減と燃料代の節約につながります。

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日々の運転で燃費を管理しましょう。

※COOL CHOICE ウェブサイト内に「エコドライブ実践ツール」として燃費管理の方法が掲載されています。
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/ecodriver/point/  (2021.8.17閲覧) 

3.安全運転の効果

エコドライブを実践することは安全運転を行うことと同じ効果があります。
急発進、急ブレーキをなくし、車間距離を適切にとれば、周りの交通状況に柔軟に対応することができ、交通事故防止の効果を得られます。
仮に日本中のすべてのドライバーがエコドライブを徹底したら交通事故発生件数は約半分になると言われています。

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※出典 COOL CHOICE ウェブサイト
https://ondankataisaku.env.go.jp/coolchoice/ecodriver/about/03.html (2021.8.17閲覧)より当社作成

運転の仕方は、その人の性格を映すといわれます。エコドライブの実践で、スマートで安全な運転を心がければ、周りの人からの評価・信頼にも繋がります。

以上(2021年9月)

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画像:amanaimages

【与信管理】海外ビジネスにおけるリスクマネジメント

書いてあること

  • 主な読者:海外企業と取引することになり、リスクマネジメントをしたい経営者
  • 課題:何に注意したらよいのか、どこから情報を入手できるのか分からない
  • 解決策:リスクを調査して対応方法(予防・除去、回避、移転、保有)を決定する

1 リスクマネジメントの基本的な考え方

外国企業を相手にする海外ビジネスは、国内企業を相手にする場合と比べて、為替相場やビジネスに対する意識の違いなど不確実な部分が大きくなります。そこで重要になるのがリスクマネジメントです。

リスクマネジメントでは、まず、企業を取り巻く外部・内部の環境を調査した上で、どのようなリスクがあるのかを確認します。その後、調査・確認によって明らかになったリスクの評価・分析を行います。具体的には、リスクの発生要因と発生確率、リスクの大きさ(発生時の被害額)の見積もりを立てます。リスクが企業にもたらす損失は一定ではないため、リスクの評価・分析は、先入観にとらわれることなく客観的で冷静な視点から行うことが求められます。

リスクの調査・確認、評価・分析は、リスクマネジメントの基礎になるものであり、継続的に取り組むことで効果的なリスクマネジメントの実践が可能となります。

2 リスクへの対応の基本的な考え方

1)リスクの予防・除去

例えば、信用調査会社、取引先銀行、支援機関などを通じて必要な情報を収集、分析することは、リスクの予防・除去の第一歩につながります。リスクを完全に予防・除去することは困難なため、リスク調査・確認、評価・分析において、可能な限りさまざまなリスクを想定して対応策を準備することが重要です。

2)リスクの回避

リスクが大きく対応が不可能と判断された場合、そのリスクに関わる一切の企業活動を速やかに停止します。例えば、海外ビジネスでは、「交渉相手の信用が著しく低い場合」「投資先の国内の政情が著しく不安定な場合」などのケースが該当します。企業活動を停止する際の基準(ルール)を策定し、策定した基準に該当した場合は、ためらわずに迅速に行動することが重要です。

3)リスクの移転

損害保険などに加入することで、リスク(発生した損失)を保険会社に移転する方法です。ただし、全てのリスクを補填できる完全な保険商品は存在しないため、各企業の中核となる業務に手厚い保険を掛けることになります。

4)リスクの保有

自社への影響が小さいと評価・分析されたリスクへの対応手段で、対応するために必要な資金を手当てするものです。具体的には、貸倒引当金の計上などによって万一の事態に備えます。前述したリスクの移転を併用し、自社で保有できない部分について保険に加入することもあります。

3 契約内容を巡るトラブルへの備え

1)海外信用調査

海外企業と取引する場合、事前に信用調査を行い、相手方の財務状況などを確認することが不可欠です。信用調査の具体的な方法として次が挙げられます。

  • Dun & Bradstreet(米国)、Experian(アイルランド)など国際的な信用調査会社を通じて調査する
  • 取引相手から近年の会計書類を受け取って調査する
  • 取引銀行に依頼して銀行照会を行う

データベースサービス「日経テレコン21」の「D&Bグローバルプロファイル」や「エクスペリアン企業調査レポート」を利用すれば、Dun & BradstreetやExperianがまとめた海外企業の信用情報を入手できます。

また、国内の大手信用調査会社である東京商工リサーチは、Dun & Bradstreetと業務提携し、海外の企業情報を提供しています。

■日経テレコン21■
https://t21.nikkei.co.jp/
■東京商工リサーチ「D&Bレポート(海外企業調査レポート)」■
https://www.tsr-net.co.jp/service/product/dnb_report/

2)英文契約書作成

海外企業と取引する場合、契約書は英文で作成するのが一般的です。後の誤解が生じるのを防ぐためにも、契約書は分かりやすい内容にすることが基本です。しかし、実際は米英の法律家による長大な契約書の例文がそのまま使用されることがあります。米国などの法律家が長年かかって作成した契約書の例文は、完成度が高く、条項の見落としがないと考えられているからです。

こうした例文を用いて契約書を作成する場合、必ず日本語訳を添付し、内容を徹底的に理解し、企業内外での誤解を回避することが必要です。また、当然のことながら、完成した契約条項の内容を詳細まで把握しなければなりません。トラブルが発生し、相手方に問題となる条項を指摘された場合、「理解していなかった」という言い訳は通用しません。

3)仲裁による紛争の解決

トラブルが発生し、当事者間の話し合いで解決できない場合、仲裁か訴訟かの選択になります。将来のトラブルに備えて一般に広く行われているのは、仲裁によって解決する旨を合意し、契約書に仲裁条項または仲裁約款を挿入しておく方法です。

日本貿易振興機構「貿易・投資相談Q&A クレームなどの紛争解決のための仲裁」によると、仲裁と訴訟との比較は次の通りです。

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仲裁は、私法上の権利やその他の法律関係に関する紛争が生じた場合、または生じる恐れのある紛争を、訴訟による解決ではなく、相互の合意の上で当事者以外の第三者に解決を委ね、その判断に服する制度です。仲裁判断は裁判判決と同様、相手方がその履行を拒否したとしても裁判所による執行が可能となり、日本国内はもとより、「外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(ニューヨーク条約)」の締約国であれば外国での執行も可能です。

解決を委ねる第三者としては仲裁機関を選定するのが一般的です。常設の仲裁機関としては、日本商事仲裁協会や、アメリカ仲裁協会、ロンドン国際仲裁裁判所、国際商業会議所などがあります。仲裁地は、言語や距離的な側面を考慮すると自国の機関を選択できれば最良ですが、自社と相手方の双方の合意が難しいときは、第三国の機関を選定するのも一案です。仲裁条項には、「どの仲裁機関の」「どの仲裁規定に従って」「どこの仲裁地で行うか」の3点を明記することが重要です。

■日本貿易振興機構「貿易・投資相談Q&A」■
https://www.jetro.go.jp/world/qa/
■日本商事仲裁協会■
https://www.jcaa.or.jp/

4)専門家の利用

契約交渉や契約書の作成は、弁護士や公認会計士などの専門家に依頼するほうが無難です。投資先である現地の法律と税務については、現地の専門家とコンサルティング契約を結ぶとよいでしょう。

また、事前に日本で調べたい事項については、外国法事務弁護士を利用するとよいでしょう。外国法事務弁護士は、法務大臣が外国法事務弁護士となる資格を承認し、日本弁護士連合会の名簿に登録された者で、自分が資格を有する国(原資格国)の法律と一定条件の下で日本以外の第三国の法律事務を行うことを業務とします。

渉外的要素を有する法律事務については、日本の弁護士と共同して事業を営むことができ、日本で行われる国際仲裁事件の手続きにおいては、日本の法律・外国の法律にかかわらず、日本の弁護士と同様に当事者を代理して活動できます。

4 取引先が倒産した場合への備え

1)海外取引先の倒産

海外取引先が倒産した場合、売掛金などの債権回収は困難です。従って、海外取引先が倒産した場合は、「技術提供契約の場合には、技術資料を引き揚げる」「自社保有と主張できる商品を回収する」「現地の法制度に詳しい弁護士の意見を聞いて違法性のある行為を避ける」など、できることを迅速かつ冷静に行うことが大切です。

2)保険による対処

貿易取引において「輸出ができない」「代金回収ができない」といった取引のリスクをカバーするために保険商品が利用されます。これらは貿易保険といい、日本貿易保険が扱う保険商品です。なお、貿易取引では一般的に、輸送中の貨物の破損・毀損などをカバーするための保険も利用されます。これらは海上保険といい、損害保険会社が扱う保険商品です。

各保険商品の詳細は、日本貿易保険もしくは損害保険会社などで確認できます。

■日本貿易保険■
https://www.nexi.go.jp/

5 留意したい外的要因・内的要因

1)外的要因

外的要因とは、相手先国の政策変更、政治・経済・社会環境の変化など、自社以外の要因から派生するリスク(いわゆるカントリーリスク)です。例えば、次のようなリスクが挙げられます。

  • 相手先国のデフォルト(債務不履行)
  • インフレの急進
  • 通貨の急落
  • 内乱や革命
  • 外資規制
  • 政権交代による経済・通商政策の変更
  • 地震や洪水などの自然災害

海外進出計画を立てる際は、販売計画など収支・採算面に関する調査にばかり重きを置いて、外的要因の調査分析はおろそかになりがちです。しかし、実際には外的要因から派生するリスクが海外進出企業の活動の制約となることが多くあります。そのため、外的要因の調査は事前に行う必要があります。政情が不安定な国はもとより、政情が安定していても製造・環境基準や会計基準、商習慣などに違いがある国については、外的要因を冷静かつ慎重に調査分析することが必要です。

2)内的要因

内的要因とは、自社の情報収集能力、調査分析能力、品質管理能力、労務管理能力、資金調達力、現地社会への貢献力など自社内の弱点から派生するリスクです。例えば、次のようなリスクが挙げられます。

  • 事業部間のコミュニケーションが円滑でない
  • 技術系の社員と事務系の社員の認識にギャップがある
  • 営業部門と生産部門の認識にギャップがある
  • 本社と現場の認識にギャップがある
  • ビジョン、重点戦略が現場の一般社員にまで浸透していない
  • 短期的、個別的対応が中心で中長期的視点に立った戦略が乏しい
  • 組織が保守的で機動性、柔軟性に欠ける

海外進出に際しては、関連部門との連携なしには、効果的なリスクマネジメントの実現は困難であるといえるでしょう。

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

【規程・文例集】業務効率化のために見直したい「職務分掌規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:法改正に対応した会社規程のひな型が欲しい経営者、人事労務担当者
  • 課題:どの情報が正しいか分からない。シンプルで分かりやすい情報が欲しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士など、専門家が監修したひな型を利用する

1 職務分掌とは

職務分掌とは、次のように各部門や従業員の役割と責任を決めることです。

  • 企業で行われている職務の内容、遂行方法、難易度、重複(1つの職務を複数の従業員が担当しているなど)を把握する
  • 職務の担当部門を決定する
  • 職務を遂行するための職位ごとの権限を決定する
  • 決定した内容を文書化し、それに従って活動する

中小企業では、各部門の職務や職位の権限の境界が曖昧なことが少なくありませんが、職務分掌を定めることで社内に規律が生まれ、部門間のけん制機能も働くようになります。

以降で紹介するひな型は、一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定める内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

2 職務分掌規程のひな型

【職務分掌規程のひな型】

第1章 総則
第1条(目的)

本規程は、会社の経営方針を実施するための組織機構、職務分掌、職務権限に関する基準を明確に定め、職務の効率的かつ円滑な遂行と責任体制の明確化を図ることを目的とする。

第2条(用語の定義)
本規程において各用語の定義は、次に定めるところによる。

  • 組織
    経営方針を実施するために系統的に編成された機構をいう。
  • 職位
    組織における職務遂行上の地位をいう。
  • 職務分掌
    各組織に配分された一定範囲の責任業務をいう。
  • 職務権限
    職位にある者に与えられた職務遂行上の権限をいう。

第2章 組織機構
第3条(組織単位)

組織機構の単位は、機能別に編成された部・課とする。この他、必要に応じて横断的なプロジェクトチームを編成することがある。

第4条(組織図)
組織図は別表第1「組織図」の通りとする。

第5条(組織運営の原則)
1)職務の遂行に当たっては、関係部門と十分に協議しなければならない。
2)権限行使に当たっては、認められた範囲を超えてはならない。

第3章 職務分掌
第6条(経営企画部の分掌事項)

経営企画部の分掌事項は次の各号に定める通りとする。

  • 中期経営計画に関する事項。
  • 資本政策に関する企画立案および推進に関する事項。
  • 新規事業の企画に関する事項。
  • 予算編成に関する事項。
  • 経営分析および諸経営資料作成に関する事項。
  • その他の特命業務。

第7条(総務部の分掌事項)
総務部の分掌事項は次の各号に定める通りとする。
<総務課担当業務>

  • 売上債権の回収および与信管理に関する事項。
  • 役員の庶務事項および取締役会開催に関する事項。
  • 諸規程の立案、制定、改廃並びに示達に関する事項。
  • 文書の管理に関する事項。
  • 印鑑、印章の管理に関する事項。
  • 損害保険に関する事項。
  • 広告宣伝に関する事項。
  • 社宅および寮、社有車の管理に関する事項。
  • 社外慶弔、見舞い、贈答に関する事項。
  • 防災体制整備および指導に関する事項。
  • リース資材および消耗品の発注に関する事項。
  • 個人情報の保護に関する事項。
  • 苦情処理に関する事項。
  • その他の特命業務。

<人事課担当業務>

  • 人員計画に関する事項。
  • 人事考課、業績考課に関する事項。
  • 給与、賞与、その他諸手当、退職金、社会・労働保険に関する事項。
  • 従業員の採用、退職、解雇、休職、復職、異動に関する事項。
  • 従業員の勤怠管理に関する事項。
  • 従業員の研修、教育に関する事項。
  • 従業員の福利厚生に関する事項。
  • 従業員の労働安全衛生に関する事項。
  • 労働法令の手続きに関する事項。
  • 人事、労務関係規程の立案、制定、改廃に関する事項。
  • その他の特命業務。

第8条(経理・財務部の分掌事項)
経理・財務部の分掌事項は次の各号に定める通りとする。

  • 小口現金の取り扱いに関する事項。
  • 支払伝票などの管理に関する事項。
  • 請求業務に関する事項。
  • 現金・預金に関する事項。
  • 小切手・手形に関する事項。
  • 有価証券に関する事項。
  • 金融機関との取引に関する事項。
  • 資金計画に関する事項。
  • 決算に関する事項。
  • 税務に関する事項。
  • 経理・会計関係規程の立案、制定、改廃に関する事項。
  • その他の特命業務。

第9条(営業部の分掌事項)
営業部の分掌事項は次の各号に定める通りとする。

  • 新規取引先の開拓に関する事項。
  • 営業展開のための技法開発に関する事項。
  • 営業計画、販売計画および集金計画の作成並びに実施に関する事項。
  • 販売方法の検討および販売価格の設定に関する事項。
  • 取引先の動向把握および市場情報の収集管理に関する事項。
  • 同業他社の動向把握に関する事項。
  • その他の特命業務。

第10条(製造部の分掌事項)
製造部の分掌事項は次の各号に定める通りとする。

  • 製品の製造に関する事項。
  • 製品製造計画の作成および実施に関する事項。
  • 製造設備の管理に関する事項。
  • 資材調達に関する事項。
  • 製造技術の動向把握および市場情報の収集管理に関する事項。
  • 会社同等製品および同業他社の動向把握に関する事項。
  • その他の特命業務。

第4章 職務権限
第11条(職位)

職位は次の各号に定める通りとする。

  • 代表取締役社長
    取締役会の決定に基づき会社業務を統括し、業務遂行の最高責任者として会社業務を執行する者。
  • 取締役
    取締役会の決定に基づき、代表取締役社長から委嘱された会社業務を執行する者。
  • 監査役
    取締役の会社業務の執行を監査する者。
  • 部長
    代表取締役社長などの命に従い、管轄業務を遂行する者。
  • 課長
    部長の命に従い、管轄業務を遂行する者。

第12条(職務権限の行使)
職位にある者は、明確な範囲の責任事項と、職務遂行に必要な権限を有するものとする。職位にある者は、法令、会社の諸規程などに従い、最も適した方法で自己の権限を行使する。

第13条(職務権限事項)
職位にある者に付与される職務権限は、別表第2「職務権限表」の通りとする。

第14条(代位行使)
職位にある者が不在または事故など一定の事由によりその権限を行使し得ない場合は、原則として、直属の上位職位にある者の決定または協議によるものとする。

第15条(相互協力)
職位にある者は、互いの職務権限を尊重し、他の職位の職務権限を侵してはならない。職位間の見解などが一致しない場合は、必要な指導、助言を上位職位に求めた上で協議する。

第16条(報告義務)
職位にある者は、職務遂行の経過および結果について、速やかに直属の上位職位に報告しなければならないが、一定の軽易な事項については省略することができる。

第17条(罰則)
役員および従業員が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第18条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

■別表第1「組織図」■

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■別表第2「職務権限表」■

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以上(2021年9月)

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画像:ESB Professional-shutterstock

部下のやる気を高める上手な褒め方のポイントは「あいうえお」

書いてあること

  • 主な読者:部下を「褒める」ということに本気で向き合いたい中堅社員
  • 課題:褒めるのが苦手だし、そもそも褒めるようなことを部下はしていない?
  • 解決策:愛情を持つ、言い方に注意する、上から目線にならない、影響に配慮する、同じ基準で叱る

1 褒めるべきだったのか……

「課長から指示された会議資料の確認をお願いしたいのですが……」。中堅社員のAさんに、部下である入社1年目のBさんが声をかけました。「分かりました。15時までには確認するよ」とAさんは答えました。

資料に一通り目を通し、問題がないことを確認したAさんは、Bさんに、その旨を伝え、課長に資料を提出するよう指示をしました。

その後、Bさんが作成した資料を手にした課長の反応は、Aさんには意外なものでした。課長は資料に目を通しながら、「今回の会議の議題の中心となる●●が一目で分かるようになっていて、よく出来ているじゃないか! よくできてる」と、普段は厳しい課長が満足そうな笑顔でBさんの仕事を褒めたのです。また、そんな課長の表情を見たBさんもうれしそうに「ありがとうございます。次も頑張ります!」と元気よく答えました。

その様子を見たAさんは「課長が言っていることは資料作成の基本中の基本だよな。べつに褒めるようなことではないと思うんだけど……」と。

2 褒めることの効果

中堅社員になって部下を持つと、指導の一環で部下を褒めることが大切になってきます。褒める一番の目的は、「部下の成長を促すこと」です。上司から褒められることで、部下は自分の考え方や仕事の進め方などが正しいことを認識し、仕事に対して自信を深めるきっかけになります。また、自分が会社や部署に貢献できていること、また、会社や部署が自分を必要としていることを実感する機会にもなります。

そして、褒められることで得た自信や充実感は、仕事に対するモチベーションや、会社や部署に対する貢献意欲を高める効果があり、それが、部下の成長の原動力となるのです。

とはいえ、「褒め言葉を掛けさえすればよい」ということではありません。こうした効果を高めるためには、上司は正しく部下を褒めなければなりません。

3 「褒めるところがない」は、上司の責任

部下について「褒めるようなことは、それほど多くない」と言う上司が、しばしばいます。しかし、それは部下ではなく、「褒めるところを見つけられない」上司自身に問題があります。もし、そう感じている人がいれば、次の2つの点について振り返ってみてください。

1つ目は、部下の仕事ぶりを自分(上司)基準で評価していないかということです。褒めるべき点は、部下基準で評価しなければなりません。当然のことのようですが、こうしたことは意外と見落とされがちです。

もう1つは、常に部下に対して気を配っているかということです。部下は、部下なりに、常に努力し、創意工夫をしながら、仕事に取り組んでおり、褒めるべき点は必ずあるはずです。

そうした部下の姿に気が付いていない(=褒めるところがない)のであれば、それは、部下の言動に対して、しっかりと気を配っていないということであり、上司失格を意味するものです。「褒めるところがない部下はいない」。そういう気持ちで、今一度、部下の言動に注目するようにしましょう。

4 上手な褒め方の「あいうえお」

1)「あ」:愛情を持つ

褒めるということは、単に「褒め言葉を掛ける」ことではありません。その言葉に、上司の思いがこもっているか、単なるうわべだけの言葉なのかは、部下は敏感に感じ取ります。そして、うわべだけの褒め言葉では、部下のモチベーションや貢献意欲は高まりません。むしろ、うわべだけの褒め言葉では、上司に対する失望感を与えるだけであり、逆効果になることを覚えておきましょう。

2)「い」:言い方は具体的にする

同じ内容について褒める場合でも、言い方次第で部下の成長度合いは違ってきます。例えば、難しい仕事を成し遂げたとしましょう。その部下を褒める際、「よく頑張った」といったように、漠然と褒めるだけでは、部下の成長にはつながりません。「●●について工夫をした点が良かった」といったように、良かった点などを具体的に褒めることで、はじめて部下は何が良かったのかを理解し、次に生かすことができるようになります。

3)「う」:うれしさを共有する

褒めることがあるということは部下の成長の証しであり、それは、部下に期待を寄せ、成長を願っている上司にとっても喜ばしいことです。褒めるときには、例えば「私もうれしいよ」といった言葉を添えるなどして、そうした思いを伝え、部下と共有する雰囲気をつくりましょう。それは、部下にとっても、うれしいことのはずです。

4)「え」:笑顔で褒める

いくら褒めているといっても、上司が堅い表情や暗い声では、部下は素直に喜ぶことはできません。また、モチベーションや貢献意欲も高まりにくいものです。褒めるときには、部下が遠慮なく喜びを表せるように、笑顔と明るい声で褒めるようにしましょう。

5)「お」:オープンにする

褒めるときは、周囲に人がいる前で、大きな声で褒めるのが原則です。皆の前で、褒められることで、部下の喜びは大きくなり、自信も一層深まります。

ただし、皆の前で褒められたことで、気が緩んでしまう部下もいます。そうしたことがないように、部下に気を配ることも上司の役割であることを忘れてはいけません。

以上(2021年9月)

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画像:Drobot Dean-Adobe Stock

パワハラにならない上手な叱り方のポイントは「あいうえお」

書いてあること

  • 主な読者:部下を「叱る」ということに本気で向き合いたい中堅社員
  • 課題:ついつい感情的に怒ってしまい、後から後悔する
  • 解決策:愛情を持つ、言い方に注意する、上から目線にならない、影響に配慮する、同じ基準で叱る

1 叱った後に……

仕事でミスをした部下のBさんを叱った中堅社員のAさん。Aさんとしては熱心に指導したつもりですが、周囲は「少し厳し過ぎでは……」と感じている様子です。

その日の夕方、タイミングを見計らって課長がAさんに声をかけました。「今日はずいぶん厳しくBさんを叱っていたけど、何があったんだ?」。これに対してAさんは、「はい、実は……」と、Bさんを叱った理由を説明しました。それを聞いた課長は、「なるほど。理由は分かった」と言いつつも、「ここにはBさんの同期や後輩もいるわけだから、その辺りのことも考えてあげないといけないよ。Bさん、ひどく落ち込んだ様子だったから、後でフォローしておくように」と、Aさんに指示を出しました。

Aさん自身も、「ちょっと厳しすぎたかな」と感じていたところだったので、課長に指摘されて、「やはりそうだったか。もう少しBさんの気持ちに配慮して叱ればよかった……」と、反省したのでした。

2 “安全策”は上司の身勝手

中堅社員になって部下を持つと、指導の一環で部下を叱る機会が増えてきます。「叱る」ことは、「褒める」「教える」「考えさせる」ことと同様に、部下を指導する上で欠かせない取り組みです。同時に、上司も叱る過程で、問題をきちんと分析し、どうすれば部下に正しく伝わるかを考えたり、部下の話を根気強く聞こうと努力したりするため、叱ることによって自身の上司としての成長にもつながります。

一方、「パワハラと言われたくない」「部下に嫌われたくない」などと考え、真剣に叱らずに、“安全策”に逃げ込む上司もいます。この場合、上司は部下の顔色をうかがいながら、話す内容、言葉、口調、時間を選びます。時には、場を和ますために不必要な笑顔も振りまくかもしれません。こうすれば、部下との衝突は避けられるでしょう。

ただし、オブラートに包まれた上司の言葉や表情から、部下はその真意を読み取ることはできません。また、部下は上司の叱り方から自分が犯したミスの重大さを理解するものですが、これもままなりません。

部下を叱る一番の目的は「部下の成長を促すこと」ですが、上司が“安全策”に逃げ込んだ瞬間に、叱る目的は「部下の機嫌を損ねないこと」にすり替わります。その場しのぎで部下と表面上は友好的な関係は保てるかもしれませんが、その代償として部下の成長の機会を奪っていることを認識しなければなりません。

3 逃げず、怒らず、あくまで「叱る」

「叱るときは真剣に叱る」。これが上司の仕事であり、安易に“安全策”に逃げてはいけません。とはいえ、ただ厳しくすればよいわけでもありません。先の“安全策”とは正反対で、感情に任せて部下を怒鳴りつける上司もいますが、これでは部下は畏縮してしまいます。

よく「叱る」と「怒る」は違うといわれます。怒るというのは、自分の気持ち(怒り)を、一方的かつ感情的に相手にぶつけている状態です。一方、叱るというのは、部下の成長を促すために、相手を尊重しながら間違いを正し、共に成長していくことです。叱るのは「教育」(教えて育てる)の一環ですが、そこには、同じ「きょういく」でも意味が異なる、「共育」(共に育む)という意味も含まれることを忘れてはいけません。

4 上手な叱り方の「あいうえお」

1)「あ」:愛情を持つ

「叱るよりも叱られるほうが楽」と言われる程、叱る側にはエネルギーが必要です。しかし、自分が辛いときでも、部下のためになるのであれば、上司は真剣に叱らなければなりません。

なお、叱るのを止めることを部下への「やさしさ」と勘違いしてはいけません。真剣に叱らなければ、部下の成長の機会を奪ってしまうのです。

2)「い」:言い方に注意する

同じ内容について叱る場合でも、言い方次第で部下の聞く態度(話の受け入れ度合い)は大きく違ってきます。

例えば、部下が納期遅れを起こしたとしましょう。「部下が二度と納期遅れをしないように指導する」という上司の意図は同じでも、納期遅れのいけない点を強調する叱り方と、部下本人の性格(「ずぼら」「忘れっぽい」など)のいたらなさを強調する叱り方では、明らかに前者のほうが部下は聞く耳を持ってくれるものです。

3)「う」:上から目線にならない

上司の立場と権限を利用して、「とにかく俺(上司)の言うことを聞けばいい!」という叱り方は好ましくありません。叱るときの原則は、できるだけ部下と同じ目線に立ち、部下の言い分もよく聞くことです。そうしなければ部下の考えをよく理解できず、適切な「言い方」が分からないからです。

ただし、「遅刻をしない」などビジネスでは理屈抜きで守るべきルールがあります。それを教え込むときは、上司の立場を利用するのも一策です。

4)「え」:影響に配慮する

周囲に人がいる前で叱られる部下は、「恥ずかしい」「皆の前で侮辱された」と考え、上司の話を聞くどころか、反発を強めます。同様に、朝一番で叱られた部下は、一日中、嫌な思いをすることになります。こうした叱ることの悪影響を排除するために、叱る場所やタイミングには配慮しなければなりません。

また、叱ることとセットで、こちらから世間話をふってみるなど部下の気持ちをフォローすることも上司の役割です。

5)「お」:同じ基準で叱る

同じことをしたのに、あるときは褒められ、あるときは叱られるというのでは、部下は何が正しいのか分かりません。叱る側が必ず守るべきこととして、叱る基準を明確にしなければなりません。

ただし、そのときの状況や部下の成長度合いなどによって叱る基準が変化するのも事実です。これまでとは違う基準で部下を叱る場合、「今回、叱るのは……」と、はじめにその理由を明確にするのが理想的です。

以上(2021年9月)

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画像:Drobot Dean-Adobe Stock