【カンタン経済講座】英国・中国・台湾の加入申請で「TPP11」は何が変わる?

書いてあること

  • 主な読者:ヒト・モノ・カネに関して直接的、間接的に海外と関係している企業の経営者
  • 課題:海外との取引における自由化および円滑化に関する政策の方向性を知りたい
  • 解決策:英国、中国、台湾が加入の申請を行ったTPP11の最新動向を押さえる

1 英・中の2大国などの加入申請が続くTPP11

2018年12月に発効したTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定、CPTTP)が、2021年に生じた3つの出来事によって、新たなステージを迎えました。3つの出来事とは、

  • 6月、英国の加入交渉の開始が決定
  • 9月、中国が加入を申請
  • 9月、台湾が加入を申請

です。

米国の離脱で一時は頓挫しかけたTPP11(当時はTPP12)ですが、GDP(2020年)の世界2位(中国)と5位(英国)の経済大国、さらに台湾が相次ぎ加入申請をしたことで、世界的な枠組みに発展していく可能性が見えてきました。これにより、

  • 英国、中国、台湾が加入した場合、人口は20億人超、名目GDPは世界の約34.2%となる
  • 英国が加入した場合、単なる地域連携の枠を超えつつあるともいえる
  • GDPの面で日本中心だった体制が変わり、各国の思惑が入り乱れる

といった状況になります。

日本の中小企業にとって、TPP11の拡大は貿易や投資を行う上で大きなチャンスになり得ます。政府もTPP11の発効に合わせて、輸出促進や海外進出支援、国際競争力の強化などの政策を打ち出しています。海外との取引を行っている、もしくは行おうとしている中小企業の経営者にとって、TPP11の動向は人ごとでなく、最新の情報を押さえておくべきテーマの1つです。

この記事では、2021年9月24日時点で明らかになっているTPP11に関する新たな動きと、その影響などについて紹介します。

2 加入の意向を示す国・地域が相次ぐ

まず、発効前後からのTPP11をめぐる世界各国・地域の動きを確認しておきましょう。この他に、タイ、インドネシア、コロンビアなどが加入に関心を示しているとの報道もありました。

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3 TPP11が拡大するとどうなるのか?

TPP11の参加国を個別に見ると、先進国・中進国・新興国、第1次産業・第2次産業・第3次産業に強みを持つ国など多様な顔ぶれとなっており、相互補完が期待できる関係にあるといえます。

別の見方をすると、11カ国の名目GDPの合計の約半分を日本が占めており、米国の離脱後は日本が主導することで発効までこぎ着けた経緯もあって、「日本を中心とする、環太平洋の経済的な連携の枠組み」という位置付けが否めませんでした。そこに英国や中国が加入した場合、顔ぶれがさらに多彩になるとともに、日本を中心とした枠組みから一歩前に踏み出すことになるといえるでしょう。

ここでは、TPP11が拡大すると、何が変わるかを紹介します。

1)英中台が加入すると世界の3分の1超のGDPを占める巨大経済圏に

TPP11は、モノやサービスの貿易・投資の自由化および円滑化を進めるとともに、幅広い分野で新たなルールを構築することを目的としています。他の経済連携協定と同様、日本にとっては海外の成長市場を取り込むことが期待できます。

図表2のように、TPP11の参加国を合わせた2020年の人口は5億人を超え、名目GDPは世界の約12.8%を占めています。仮に英国、中国、台湾が加入した場合、人口は20億人超、名目GDPは世界の約34.2%を占めることになります。

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2)アジア太平洋地域の枠を超えた広域連携に

ASEAN(東南アジア諸国連合)やRCEP(地域的な包括的経済連携)は地域内の経済連携であり、地域外の国々と線引きをすることでのメリットを重視しています。TPP11も元来はアジア太平洋地域内の経済連携としてスタートしましたが、英国の加入申請により、単なる地域連携の枠を超えつつあるともいえるでしょう。

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3)多国間の“自由で公正な21世紀型のルール”の定着へ前進

そもそもTPP11は、単なる地域内の経済連携だけを目的とするのではなく、「自由で公正な21世紀型のルール」作りを掲げたものでした。協定は30章からなり、モノやサービスの貿易や電子商取引に関する項目をはじめ、投資、ビジネスに関するヒトの移動、競争政策や規制、知的財産など多国間のルールを多岐にわたって取り決めています。

このため、加入を申請している中国に関しては、当面はTPP11のルールに対応するのは困難との見方もあるようです。

例えば、最終的な関税撤廃率について、日本は95%、日本以外の10カ国は99~100%とするなど、既存の地域内経済連携よりレベルの高い内容にしているといったように、保護主義的な傾向に対抗する方向性を明確に打ち出しています。

また、地域内の経済連携と異なり、広く加入国を募っているのも特徴です。2018年3月の署名式では、次のような閣僚声明(仮訳)も発表しています。

本協定に加入することを希望する他の多くのエコノミーによって示された関心を歓迎する。この関心は、本協定を通じ、将来の広い経済統合のための高い水準を促進するプラットフォームを創出するという我々の共通の目標を確認するものである

TPP11の拡大は、こうしたTPP11の理念に沿ったものだといえそうです。

4)議長国日本のかじ取りは難しく

TPP11への加入は、原則として全参加国の同意が必要になります。かつては米国の主導で進められてきたTPP11(当時はTPP12)に中国が加入を申請したことに対しては、歓迎する国もあれば、TPP11が中国主導になることを警戒する国もあるとみられます。

また、中国が国家として認めていない台湾が中国に追随する形で加入申請したことで、中国が反発を強めるなど、政治問題に発展する可能性があります。

さらに、仮に加入交渉に至った場合も、英国と中国という大国の意向がTPP11の協定内容に影響することが考えられます。参加国にとっては、TPP11の拡大と理念の尊重というバランスをどう取るのか、難しい選択を迫られるかもしれません。

特にTPP11の中心的存在であり、2021年の議長国でもある日本にとっては、3カ国・地域の加入申請の取り扱いは、政治的な面でも難しいかじ取りを迫られるとみられます。

以上(2021年10月)

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画像:metamorworks-Adobe Stock

それって、「薄い話」だよね……~なぜ、その話は物足りないのかを理解する~

書いてあること

  • 主な読者:誰もが知っているようなニュースレベルの会話しかできない中堅社員
  • 課題:しっかりと提案しているつもりなのに、相手から「薄い話」と捉えられてしまう
  • 解決策:ある事柄について、「なぜ?」を5回繰り返すなどして深掘りする

1 なぜか、課長は不満顔

「最近、営業が絶好調じゃないか。この調子で頑張ってくれよ」。営業一課に所属する中堅社員のAさんは、課長から声をかけられました。「はい。運が良いのか、順調に受注できています」と、課長に褒められたうれしさを押し殺すように、謙遜気味にAさんは答えました。

「そうか。実は、この機会に、新規顧客の開拓にも取り組んでみてほしいと思っているのだが、どうだろう?」と尋ねる課長に対して、Aさんは「はい、ぜひやらせてください!」と元気良く答えました。

すると課長は、Aさんを試すように顔をのぞき込みながら、「仮に、『アプローチ先は、自由に決めていい』って言われたら、どこを攻める?」と質問をしてきました。Aさんは少し考えながら「先日、ニュースで『B業界の業況が良い』と言っていたので、B業界なんてどうでしょうか……」と答えました。

「……そうか、わかった。具体的には後で指示するが、Aさんも考えてみてくれないか」少し物足りなさそうな表情をしながら、課長は立ち去っていきました。「急に聞かれても、すぐには答えられないよ……」と、課長の真意が分からないAさんでした。

2 「薄い話」になっていませんか?

話をしていると、時々、相手の話の内容が「何となく物足りない」(以下「薄い話」)と感じることはないでしょうか。例えば、「B業界」と言ったAさんのように、誰もが知っているニュースをそのまま話しているだけの場合と、それだけではなく、自分なりに考えながら「好調なB業界の企業と取引の多いC業界」と言った場合では、どのように感じるでしょうか。

恐らく、聞き手にとっては、前者は薄い話という印象を受けるのではないでしょうか。薄い話ばかりだと、周囲の人からは、物足りなく思われます。そうなると、信頼を得ることは難しくなるので、注意しなければなりません。

薄い話になってしまうのは、これまで積み重ねてきた経験やノウハウの差などが原因ではあります。ただし、必ずしも、それだけではありません。例えば、自分より業務経験が少ない人の話でも、しっかりした話と感じることもあるでしょう。逆に、経験豊富な先輩社員の話であっても、薄い話と感じることもあるはずです。

薄い話と感じる大きな理由は、「その人なりの考えた跡が見られない」ことにあります。そのため、仮に間違った(適切ではない)意見であっても、その人なりにしっかりと考えた結果であれば、薄い話とは感じないでしょう。

以降では、薄い話とならないようにするためのヒントなどを紹介します。

3 薄い話にならないようにするためのヒント

1)本質を探る

意見が求められている話題の本質を探ります。具体的な方法は話題によって異なりますが、トヨタ生産方式で有名な「なぜを5回繰り返す」が役に立ちます。必ずしも5回ということではありませんが、「なぜ」を繰り返していくことで、本質に近づくことができる場合があります。

冒頭の例で言えば、「B業界が好調なのは『なぜ?』」→「輸出が好調だから」。「輸出が好調なのは『なぜ?』」→「Zという新興国での需要が伸びているから」……と「なぜ?」を繰り返していくことで、B業界が好調である本質に近づくことができます。

「Zという新興国での需要が伸びている」ことが原因だと分かれば、「以前から、その新興国への輸出をしている他の業界や企業も、業績が好調なのでは?」「自社が、その新興国に直接輸出してもいいのでは?」といったように、広い視野から考え、意見を述べることができるようになります。

2)一つの情報から広げて考える

一つの情報を、そのまま伝えるのではなく、それを基にして、他の情報と関連付けたり自分なりに仮説を立てたりしながら、広がりを持たせるよう考えてみます。

冒頭の例で言えば、「景気回復により、B業界が好調だ」と言うだけでは、一つの情報にしかすぎません。それを基に、B業界が好調であれば、「B業界の川上(川下)に当たる業界の業績も好調なはずだ」「B業界の業者が集積している地域では、その他の業種であっても、業績の好調な企業が多いのではないか」といったように仮説を立てて考えてみると、冒頭のAさんのような「薄い話」にはならないはずです。

以上(2021年10月)

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画像:antkevyv-shutterstock

においで感覚に訴える「香りマーケティング」で顧客をつかむ

書いてあること

  • 主な読者:これまでと違った手法で自社をPRしたい経営者
  • 課題:「におい」を用いたマーケティング方法を検討したい
  • 解決策:におい付きの名刺やオリジナルグッズなどを利用する

1 本能に訴える「におい」の魔力をマーケティングに活かす

2020年のヒット曲に、昔付き合っていた女性を、当時彼女が使っていた香水のにおいで思い出す……という内容の歌がありました。今は何とも思っていなくても、フッとにおいを嗅いだ瞬間に記憶が呼び覚まされる効果のことを、「プルースト効果」というそうです。

実は、においは人間の大脳で感情をつかさどる大脳辺縁系をダイレクトに刺激することができます。視覚や聴覚などの他の感覚が知性をつかさどる大脳新皮質を刺激するのと比べると、

においは、人間の「本能」に直接訴えることができる魔力を持っている

といえるでしょう。

この特徴を活かし、においによって他社の製品との差別化を図ったり、顧客の記憶に長くとどめたりすることを支援するサービスが登場しています。こうしたサービスは、AIなどのテクノロジーの発展により、個人の好みのにおいに調合することや、映像に合わせてにおいを発する装置を開発するなど、進化を続けています。

この記事では、新たな手法での自社のPRやブランディングを検討している企業の経営者の参考になるよう、

目には見えないけれど、記憶に刻みつけることができる「香りマーケティング」の取り組み

を紹介します。

2 香りマーケティングの事例

香りマーケティングは、ホテルのロビーや高級料理店などのおしぼりに、イメージに合ったにおいを漂わせるなどの方法で、以前から取り入れられていました。

昨今では、今回紹介する事例のように、においの活用が発展し、使われるシーンも多様化してきています。単に「いいにおいを出して終わり」ではない香りマーケティングを支える取り組みには、次のようなものがあります。

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1)におい付きの名刺で相手の印象に残る:久保井インキ

印刷用インキの製造などを行う久保井インキは、カプセル化した香料を紙などに配合した名刺やはがきを作成しています。印刷された紙の表面をこすることで、配合されたにおいを放つことができます。

こうした媒体の効果的な活用方法として、「自社のにおい」を決め、それを名刺につけてみたり、新商品をPRするチラシなどに、その商品を連想させる「商品のにおい」を染み込ませてみたりすることが想定できそうです。

2)売り場のポップから商品のにおいを発生:アルファ

販促ツールなどの製造・販売を行うアルファは、食品のにおいを発生させる売り場用のポップを販売しています。

同社の製品「かおるくん」は、ケーキやパン、焼き肉などのにおいを発生させるカートリッジを組み立て、売り場に設置します。同社の効果検証によると、「かおるくん」と実際の料理の映像などが流れるデジタルサイネージを組み合わせることで、通常のポップなどに比べて買い物客の高倍率が高いとの結果が得られたそうです。

新型コロナウイルス感染拡大によって「人との接触」に制限がある中で、「いいにおい」と映像を使うことで、実演販売に近い役割が再現できるかもしれません。

3)いいにおいで社員のコンディションを調整:CODE Mee(コードミー)

フレグランス関連商品の販売や香りを用いた空間デザインなどを行っているコードミーは、企業向けの事業として、フレグランスをオーダーメードで作っています。同社のサービス「ソリューション・フレグランス」は、同社のECサイト上の利用者の傾向や、人間の脳波との組み合わせなどを基に、オリジナルのフレグランスを作っています。

オリジナルの企業用フレグランスの利用イメージとして、会議室などで議論の活性化を目的としたものや、待合室でのリラックスを目的としたものが挙げられています。

同社の取り組みは社外から注目を集めており、広告代理店の電通や、ビジネススクールを運営するグロービスなどのアクセラレーションプログラムに採用されています。同社のように、AIなどのテクノロジーを活用し、個人や企業に最適なにおいをカスタマイズし、IoT機器などを介して提供する「香りスタートアップ」の出現も、近年では増加しているようです。

4)においの言語化体験を消費につなげる:SCENTMATIC(セントマティック)

セントマティックは、データベース内の無数のにおいと言葉とをAIで互換し、「においの可視化」「言葉のにおい化」の体験機会を提供しています。同社の「KAORIUM(カオリウム)」では、これまでは困難だった、無数のにおいの僅かな違いをその場で表現できます。

カオリウムは、専用のテーブルに置かれたボトルを選び、そのボトルのにおいを連想させる言葉の候補がテーブルに表示されます。言葉の中から自身の感覚に合う言葉を選択し、その言葉に近いボトルを再度選んで最適なものを決めます。嗅いだにおいをその場で言語化し、選ぶプロセスを体験できるため、消費者と対面して商品・サービスを提供するような業態に、カオリウム利用の相性が良いように思われます。

想定されている利用方法として、児童教育やエンターテインメント向けなどがあります。また、居酒屋での利き酒にはすでに実用化されており、カオリウムを搭載したタッチパネルを利用して、日本酒の潜在顧客へのアピールや、愛好家向けの新たな日本酒の提案などに使われています。

5)キャラクターやイベントでにおいを取り入れる:SceneryScent(シーナリーセント)

香りのプロデュースを行っているシーナリーセントは、AIを活用して二次元のキャラクターや風景をイメージしたにおいのプロデュース方法として、「Virtual Fragrance(バーチャルフレグランス)」を提案しています。

これは、特定のキャラクターや場所などをイメージしたにおいを、インターネット上の関連する書き込みや、人間工学を基ににおいを創り出すものです。キャラクターの特徴を表すにおいをイメージした商品づくりや、イベントでの活用などが想定されています。

例えば、地域活性化を狙って地元の「ゆるキャラ」をイメージした香りを作り、地場商品のPRに活用したり、地元の特産品や名所をイメージした商品を作ったりするなど、「ご当地フレグランス」を開発することもできそうです。

3 においの提供方法・利用目的が多様化

香りマーケティングは最新技術を活用することで、次のように手法や狙いが拡大しています。

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香りマーケティング提供企業に聞いた成功の秘訣

においを使った演出や、さまざまなにおいを放つ装置や商品の製造を行っている企業からは、次のような意見を聞くことができました。

香りマーケティングを依頼する企業や依頼背景:

食品やイベント関連、宿泊業などからの依頼が多い。依頼内容は、自社商品のPR用途や、宿泊フロアやロビーに漂うにおいの調合依頼などが多い。自社商品のPRには、商品イメージに合ったにおいを新規に作ることもあるが、イベントなどで使う場合には、果物や花のにおいなど、「既にあるにおい」を使用することが多い

香りマーケティングの効果:

食品の販売など、「においと売り物」が直結する形態を除き、香りマーケティング単体の取り組みで、劇的に売上増につながるケースは少ないと感じており、依頼元も認識している様子。自社商品のプロモーションや、自社や商品がSNSで注目される(=“バズる”)ためのアイテムの一手法として、香りマーケティングは効果的と考えている

香りマーケティングを行うときの留意点:

香りマーケティング単体よりも、SNSでのPRなど他の手法と組み合わせることで、新奇性を打ち出すことができると思う。特に、オリジナルのにおいやキャラクターをイメージしたにおいなどの「これまでにないにおい」を作る際には、商品やキャラクターとのイメージの乖離(かいり)を防ぐために、においを調合する調香師との入念な擦り合せが重要。ここがおろそかになると、イメージと違うにおいが出来上がり、顧客が違和感を持つポイントになり得る

においを活用する「香りマーケティング」は、香水の文化がある欧米諸国では以前から普及しており、一説では世界全体で300億ドルを超える市場規模ともいわれています。日本では普及途上ではあるものの、近年のテクノロジーの発展により、活用の裾野が広がっています。においを既存のマーケティング手法と組み合わせることで、他社とは一味違うPR手法として注目に値するといえるでしょう。

以上(2021年10月)

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画像:Pixabay

【債権回収】取引先が倒産した場合にすべきこと

書いてあること

  • 主な読者:取引先が倒産してしまった場合の対応を確認したい経営者
  • 課題:具体的に何をすべきなのかが分からない
  • 解決策:担保の確認、資金繰りの確認、必要に応じて関係者への説明と支援の要請をする

1 取引先が倒産! そのときどうする?

こちらがいかに与信管理や債権管理をしていても、取引先は倒産するときは倒産します。もし、取引先が倒産してしまったら、冷静に対応するしかありません。

債権回収を進めるというのはもちろんのこと、「連鎖倒産」は避けなければなりません。既にそうしたシミュレーションは済んでいると思いますが、いま一度、確認してみることは大切です。現実的には、取引先が倒産してしまった後で売掛債権の保全策を講じようとしても、十分にその債権を回収することは難しいでしょう。従って、

取引先の倒産が起きても、自社が大きな損害を被らないためには事前の備えが必要

となるのです。自社が倒産に対して事前準備を講じていれば、たとえ取引先が倒産してもその影響をある程度低減することができます。

2 取引先が倒産した場合に行うべきこと

1)法的な債権回収手段があるかを検討する

倒産した取引先に対して売掛債権を持っている場合、これを法的に回収する手段があるかを検討します。

1.人的担保の確認

売掛債権について保証人または連帯保証人の有無を確認します。保証人には「催告の抗弁権」と「検索の抗弁権」が認められる一方で、連帯保証人はこれらの抗弁権を有しません。従って、自社にとっては、売掛債権について連帯保証人があったほうが有利です。

催告の抗弁権とは、債権者が主たる債務者に催告をするまで一時的に債務の履行を拒絶することができるものです。

検索の抗弁権とは、保証人が主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ執行が容易であることを証明した場合には、まず主たる債務者の財産に執行をするべく、それまでは、保証人に対して債務の履行を請求することはできないというものです。

なお、民法改正により、賃貸借契約や継続的売買契約などにおける根保証契約を締結する場合、保証人の責任金額の上限(「極度額」)を定めることが必要となり、これがないと保証が無効となりました。そのため、極度額の定めがあるかを確認しましょう。

また、この民法改正により、事業債務の主債務者が、保証人になろうとする個人に対して、財産・収支・負債の状況などの情報を提供する義務が定められました。提供すべき情報を提供しなかったり、事実と異なる情報を提供したりした場合は、保証契約が取り消されることがあるので、情報提供がきちんと行われたことを確認しておく必要があります。民法改正後の保証人への責任追及の場合には、留意が必要でしょう。取引先が倒産した場合に、連帯保証人からの支払いを受けるに当たっては、弁護士に相談してもよいでしょう。

2.物的担保の確認

主に物的担保の対象となる財産は不動産です。不動産は安定性があり、登記制度による対抗力があるなど、担保として適しています。不動産を担保とする場合には、登記上、実態上ともによくチェックすることが重要です。登記面の手続は司法書士に、実態面の調査は土地家屋調査士や不動産鑑定士に必要に応じて任せるとよいでしょう。

不動産に限らず物的担保があれば別除権者などとして倒産手続で有利な扱いを受ける可能性があるため弁護士に相談します。

3.倒産した取引先が民事再生法の適用を申請している場合

倒産した取引先(債務者)が民事再生法の適用を申請している場合、この取引先への売掛債権を保有する自社(債権者)は、裁判所の決定に従わなければなりません。裁判所は再生手続きの申し立てがあってから再生手続開始の決定があるまでの間、全ての再生債権者(注)に再生債務者の財産に対する強制執行などの禁止を命ずる包括的禁止命令を発することができます。これにより、再建に必要不可欠な資産の離散を防ぐことが可能になります。

再生手続の開始決定後、裁判所が定める再生債権届出期間内に再生債権者は裁判所に再生債権の内容などについて届出をします。裁判所は、再生手続開始の決定と同時に、再生債権の届出をすべき期間とともに再生債権の調査をするための期間を定めなければならないとされており、その調査において、再生債務者などが認め、かつ調査期間内に届出再生債権者の異議がなかったときは、その再生債権の内容は確定します。なお、再生計画の定めなどによって認められていない再生債権について、再生債務者は原則として免責されることになるので、債権届出は行っておきましょう。

再生債権者は、裁判所によって認可された再生計画に沿って弁済を受けることになります。

(注)再生債権は、再生手続開始決定前の原因に基づいて生じた財産上の請求権と考えておけばおおむね問題ありません(民事再生法第84条第1項参照)。

2)自社の資金繰り状況を把握する

取引先と自社との取引額や取引条件を改めて把握します。倒産した取引先にどの商品をどれくらい販売し、取引先に対する売掛債権がいくら残っているのか、また取引の際にどのような契約を結んだのかについても確認します。その上で、自社の資金繰りが今後大丈夫なのか把握します。

3)金融機関に事情説明を行う

取引している金融機関に取引先が倒産した旨の事情説明を行います。取引先の倒産によって一時的に自社の資金繰りに支障が生じる場合、金融機関に支援を要請することになります。その際、自社の事業計画、収益計画、返済計画などに関する資料を用意しておくのが好ましいといえます。

4)他の取引先に事情説明を行う

販売先、仕入れ先などの間で「取引先が倒産したため、あの企業は危ない」といった信用不安が広がらないよう、取引先に十分な事情説明を行い、理解を得ます。

また、取引先の倒産によって一時的に自社の資金繰りに支障が生じそうな場合、取引先に支払い条件の変更を要請することも考えられます。例えば、支払いを分割払いにしてもらうといった方法です。

5)弁護士に相談する

倒産した企業からの債権回収は、倒産した企業が会社法、破産法、民事再生法や会社更生法などによる法的整理を行ったのか、それとも私的整理を行ったのかなどによって手続きが異なります。債権回収に関する今後の対応策について専門家である弁護士に相談することが大切です。

3 事前の対策が必要であることを認識する

現実的には、取引先が倒産してしまった後で売掛債権の保全策を講じようとしても、十分にその債権が回収できないことも考えられます。従って、取引先の倒産が起きても、自社が大きな損害を被らないためには事前の備えが必要です。自社が倒産に対して事前準備を講じていれば、たとえ取引先が倒産してもその影響をある程度低減することができます。

万一のときのために日ごろの債権管理がとても重要であることを改めて認識いただければと思います。

以上(2021年9月)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)

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画像:Mariko Mitsuda

「課長! さすがに時間が足りません!」~急ぎの仕事の対処法

書いてあること

  • 主な読者:上司から無理難題を依頼されて不満を覚えている社員
  • 課題:急ぎと言われても、時間は限られているので対応しようがない
  • 解決策:仕事を分解し、メリハリをつけて対処する。無理難題を頼まれるのは信頼の証

1 課長! それは無理です!

業績管理課に所属する中堅社員のAさんは、必死の形相で業績資料を作成しています。原因は、50分前に外出中の課長から入った電話でした。「申し訳ないが、いつもの業績資料を大至急で作成してくれないか。午後の会議で急きょ必要になったのだ。あと1時間で戻るので、それまでに頼む」。課長はそう指示をして、電話を切ろうとしました。

「ちょ、ちょっと待ってください。あの業績資料の作成には最低3時間はかかります。とても1時間ではできません。そもそも、今どきこんな資料が必要なのかと申し上げようと思っていたところです……」。そう答えるAさんの言葉を遮るように課長は話し始めました。「そんなことは分かっている! おおよその数字が分かればいいから。すまん。今、急いでいるから、40分後にまた電話する。とにかく頼むぞ!」と言って電話を切ってしまいました。

……40分後、課長から進捗状況の確認の電話が入りました。「資料はできたか?」「申し訳ありません。まだできていません。今、関係者に数字を確認していますが、リモートで連絡が取れない社員もいます……」。消え入りそうな声でAさんは答えました。

「何でそんなことしているんだ。『おおよその数字が分かればいい』と言ったよね? 先週末に報告してもらった見込みを使ってまとめてくれたらいいよ」。課長は少し呆れたようにAさんに指示を出しました。「分かりました。それであれば、あと20分でできます」。Aさんは、そう答えて電話を切りました。

「課長も、先にそう言ってくれればいいのに……」と不満顔のAさんでした。

2 急ぎの仕事を指示されたときの心構え

急ぎの仕事は、短時間でミスなく進めなければならないため、信頼できる人に任せます。ですから、上司から急ぎの仕事を任されるということは、「短い期間でも、確実に仕事をこなしてくれる」という信頼の証しでもあります。その信頼に応えるためには、限られた時間の中で、要求されるクオリティーを満たす仕事をしたいものです。そのためには、急ぎの仕事を上手にこなすコツを知っておく必要があります。

まず、急ぎの仕事を進めるときに、通常の手順を早く回そうとしてはいけません。例えば、冒頭の Aさんの例でいえば、業績資料の作成には6つの手順があり、通常は各30分、計3時間かかるところ、各手順を一律10分に短縮して1時間で終えようとする進め方です。しかし、この進め方は基本的には間違いです。当然ですが、通常3時間かかる仕事を、「急ぎ」だからといって、1時間でこなすことはできません。それを無理に進めれば、ミスが発生するでしょう。

急ぎの仕事は、通常の手順を変更しつつ、メリハリをつけて行うことがコツです。Aさんの例でいえば、6つの手順について、「ポイントとなる2と5は各20分かけ、1と4は各10分で簡易的に行い、3と6は省略(0分)」といったイメージです。ただ、このメリハリをつけるというのは簡単ではありません。以降で、もう少し詳しく見てみましょう。

3 メリハリをつけるための2つのポイント

メリハリをつけるためには、2つのポイントがあります。

1つは、仕事の目的を理解することです。Aさんの例でいえば「業績に関するおおよその数字が分かればよい」と言われています。そうであれば、課長の指示がなくても「先週末の報告数値でよい」という考え方も選択肢として浮かぶはずです。

もう1つは、仕事の難所やポイントを把握することです。急ぎであるとはいえ、仕事には一定のクオリティーが求められます。Aさんの例でいえば、「急いでいたから、数値に誤りがあってもよい」ということにはなりません。

仕事のクオリティーを担保するためには、急いでいても、時間をかけてじっくりとやらなければならない作業もあります。仕事にメリハリをつけるためには、仕事のポイントを把握することも大切です。

4 不安があれば上司に確認する

急ぎの仕事の場合、上司の指示も大雑把になりがちです。これは「事細かに説明している時間がない」ということもありますが、信頼している人(=仕事が分かっている人)に指示しているので、「言わなくても分かるだろう」という思いがあることが最大の理由です。

急ぎの仕事は、限られた時間の中でこなさなければなりません。不安な点や迷っている点があれば、即座に上司に確認するようにしましょう。

以上(2021年10月)

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画像:Wayhome Studio-Adobe Stock

【ワークシート付き】最強の社員教育。価格決定プロセスに詰め込まれた重要な要素に注目せよ

書いてあること

  • 主な読者:社員に自社のビジネスを理解し、主体的に働いてほしい経営者
  • 課題:社員教育はいろいろ行ってきたが、成長の実感が湧かない
  • 解決策:価格決定にはビジネスの重要な要素が詰まっている。経営者と社員が共通のワークシートを使って一緒に価格決定をしてみる

1 価格決定こそ最強の社員教育である

価格決定はビジネスの肝となります。なぜなら、価格決定では、

見込み市場や販売計画、競合他社の動向、自社の収益構造、自社が込めた思い

などを総合的に検討するからです。つまり、

価格決定にはビジネスの重要な要素が詰まっている

のです。もし社員が価格決定プロセスを経験したら、とても良い成長機会になります。そこで、この記事では、次のようなオリジナルのワークシートを使って、

経営者と社員が対話しながら価格決定していく取り組みをご提案

いたします。社員の自社ビジネスに対する理解が深まることは間違いありません。

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ワークシートは、別の補助シートを使いながら次の項目を埋めていきます。

  • 自社の理念・あるべき姿:自社が広く社会に伝えたい思い・メッセージは?
  • 需要・市場動向:ターゲットとなる市場は? 市場規模は? 今後の成長見込みは?
  • 競争状態:自社の競合は? 自社の競争優位性は?
  • 参考価格:強豪の価格・市場の慣習価格は?
  • 損益分岐点:損益分岐点売上高は? 目標利益は?
  • 資源:提供価値を生み出す資源(知的財産、人員)は?
  • 提供価値:顧客にとっての価値は? 希少性は? 模倣されやすいか?

なお、ワークシートは以下のボタンをクリックしてダウンロードできますので、ご活用ください

こちらからダウンロード

2 自社の理念・あるべき姿

最初に明らかにするのは、「自社の理念・あるべき姿」です。これが共有されていないと、経営者と社員が同じ方向に進むことができません。自社の理念・あるべき姿とは、

  • 当社のサービスを通して世の中の人々を健康にする
  • 社員が長く元気に働ける職場を実現する

などといったものです。

自社の理念・あるべき姿は不変的なものなので、

経営者も必ず記入して社員に示す

ようにしてください。

3 需要・市場動向:補助シート(1)

「需要・市場動向」については、ターゲットとなる市場の成長見込みを予測し、それに基づく需要を記入します。国や業界団体の統計情報、シンクタンクのリポートなどが参考になります。

このワークシートでは、「PEST分析」を活用します。PEST分析とは、

対象市場を「政治」「経済」「社会」「技術」の4つの視点で整理する

ものです。大切なのは、社員がターゲット市場をきちんと理解することです。例えば、フィットネス機器を販売するにしても、主な営業先を一般家庭、フィットネスジム、オフィスのどこに設定するかで市場は異なります。これを明らかにすることで、

自分たちがどの市場で戦っていくのか

が明確になります。

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4 競争状態:補助シート(2)(3)

「競争状態」については、ターゲット市場における自社の競合を記入します。前述した需要・市場動向においてターゲット市場をどう定義したかによって競合は変わります。

このワークシートでは、「ポジショニングマップ」を活用します。例えば、

縦軸に「高価格」「低価格」、横軸に「機能性重視」「デザイン性重視」などを設定し、競合と自社を比較しながらマッピング

していきます。ポジショニングマップで自社の周りに競合が少なければ戦いやすいということですが、

そもそも市場が小さすぎる(ニーズがない)

ということもあるので注意しましょう。

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また、競合の市場シェアや価格など、自社と競合の違いを比較・分析する「競合分析」も作成すると、状況がよりクリアになります。

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5 参考価格:補助シート(3)

「参考価格」についても、上で紹介した補助シート3を使い、競合先の価格を記入します。

価格設定の方針は競合状態によって変わります。例えば、市場シェアが高く価格に大きな影響力を持つ企業(プライスリーダー)が競合である場合、

プライスリーダーが設定した価格は顧客の信頼を得ている

と考えるべきです。同様に、伝統的に設定されてきた「慣習価格」がある場合、そこから逸脱する価格は顧客から受け入れられない恐れがあります。

6 損益分岐点:補助シート(4)

「損益分岐点」については、売上高と費用がちょうど等しくなる損益分岐点売上高や、上乗せする利益を記入します。目標利益をどの水準にするかは非常に重要なポイントです。経営者が目標利益を示すことで、商品やサービスに対する力の入れ方や、自社の将来像を社員と共有できます。

また、製造原価と販売費及び一般管理費を、変動費と固定費に振り分ける過程で、社員は、どの業務にどの程度の費用がかかっているのかを理解することができます。

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7 資源:補助シート(5)

「資源」については、新規事業に関わる社内・社外の人員、技術、データ、販売チャネル、財務基盤などの経営資源を記入します。特に、高い付加価値を生み出している経営資源を洗い出すことが重要です。

ここでは、「バリューチェーン分析」を活用します。バリューチェーン分析とは、

自社の商品やサービスが生み出す付加価値を活動プロセスで分解する

ものです。まず、「購買物流」「製造」といった大まかな活動プロセスを洗い出した後、「購買物流」を「材料選定」「配送」といった細かいプロセスに分解していきます。

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8 提供価値:補助シート(6)

「提供価値」については、自社の商品やサービスが顧客にどのような価値を提供するのかを記入します。具体的には、

  • 顧客は本当に価値を感じているか
  • その価値は自社にしか提供できないものか

を考えます。当然ながら、提供価値が高いほど、費用や価格の選択肢の幅が広がります。

大切なポイントは、提供価値が自社の理念・あるべき姿に合致していることです。また、競争状態で洗い出した自社の競争優位性や資源が活かされていることも重要であり、これらが三位一体となって、

自社だけの提供価値を生み出す

ことができます。

ここでは、「VRIO分析」を活用します。VRIO分析とは、

「経済価値」「希少性」「模倣困難性」などの視点から自社の競争優位性を分析する

ものです。

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9 重視する項目を明確にする

最終的に導き出される価格には、各項目が均等に影響するわけではありません。ワークシートを完成させる際は、そうした力関係を「見える化」するとイメージを共有しやすくなります。例えば、

  • 損益分岐点重視型:自社は絶対に赤字にできないという場合
  • 参考価格重視型:ターゲットとする市場に慣習価格が存在する場合

といったように、重視する項目をワークシート上で大きく表示すると分かりやすいでしょう。

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10 「ビジネスモデル」を記入する

ワークシートの中央の「価格」の枠にある「ビジネスモデル」の欄は、

商品やサービスの営業方針、販路、周知・ブランディング方法など、どのように売っていくのか

を記入します。価格と売り方の組み合わせに無理がないかどうかを確認できます。

ビジネスモデルは、価格決定で重視する項目を反映したものにするのが基本です。例えば、

  • 損益分岐点重視型:1年で1000個を定価で売り切るために、在庫商品とセットにする
  • 競争優位性重視型:メンテナンス無料を前面に押し出したウェブ広告を打つ

といった内容が考えられるでしょう。

11 社員一人ひとりのあるべき姿は?

価格決定のプロセスを通して、社員は自社の姿を明確に認識できるようになります。同時に、利益を生み出すために、自分が何をすべきかに気付き、実行に移す機会を得ます。それは、

社員一人ひとりが自分の「あるべき姿」を見つめ直す

ことにもつながります。

社員にとって、自分のあるべき姿や、その実現のために何をすべきなのかというのは、最初は漠然としたイメージかもしれません。しかし、ワークシートを使って自社のビジネスについて深く理解する過程で、徐々に具体化していくはずです。社員に、人生のあるべき姿を見つけてもらうことは経営者の願いです。社員が自分のあるべき姿と、そこに至る道筋がはっきり分かっていれば、企業も十分にバックアップできるでしょう。

以上(2021年12月)

pj80083
画像:unsplash

【朝礼】耳の痛い話こそ、謙虚な姿勢で聞くようにしよう

仕事でミスをすると、「失敗した……」と落ち込みます。そんな状態で上司から叱責されると、精神的にますます追い込まれてしまい、「そこまで言わなくてもいいのに……」と、思わず反発したくなることもあるでしょう。仕事は毎日続くものなので、ある程度のミスは仕方がありません。大切なのは、ミスが出にくい仕事の進め方を心掛け、何かミスをしてしまったときはそこから学んで、同じようなミスを繰り返さないことです。

今、私は当たり前のことを言いましたが、皆さんはよく理解し、実践できていますか? 皆さんを見ていると、「ミスに対する上司の指摘を素直に聞いていないのではないだろうか?」と、不安になることがあります。例えば、上司の指摘に対して「でも……」と口をとがらせている人や、「ハイ。ハイ。モウシワケゴザイマセン」とロボットのような受け答えをして、とにかくその場をやり過ごそうとする人がいます。

皆さんがこのような態度を取ってしまうのは、心の中で、「悪気のないミスに対して、上司はもっと寛容であるべき!」と考えているからではないでしょうか。これには私も同感ですが、皆さんがもう一度考えるべきなのは、「ミスを防ぐために、やるべきことをやったのか?」ということです。仕事のミスのほぼ全ては悪意のないものですが、一方でそれら多くの原因は皆さんの怠慢かもしれません。例えば、ミスをしたときに、いつもの確認作業をしなかった、過去の指摘を守らなかった、適当にやってしまった、ということはありませんか。悪意がないとはいえ、やるべきことを怠った結果のミスならば叱責されて当然です。

こう言うと、「時間がなかったのだから仕方がない!」と主張する人が出てきます。そうした人には逆に問いたい。「時間が足りなくなりそうだと分かった時点で上司に報告し、対策を検討しましたか?」。この報告をしなかったのなら、やはりそれは怠慢であり、上司から叱責されて当然です。なぜなら、急いで多くの仕事をすればミスも起こりやすくなるものであり、本人に悪気はなくても、その人は間違った仕事の進め方をしたことになるからです。

一方、立て続けに上司に叱責されると、皆さんは上司を恐れ、接しにくいと感じるでしょう。この場合、上司の言動にも問題があるのでしょうが、イマドキの上司は、よほど問題だと感じなければ、あまり部下を叱責しないものです。にもかかわらず、立て続けに叱責されるということは、皆さんは、上司から見て指摘しなければならないミスを繰り返してしまっていることになります。

ほぼ全てのミスは悪意のない状態で起こります。悪意がない、つまり意識せずに起きてしまうのがミスなので、これを一人で防ぐのは容易ではありません。では、どうすればよいのでしょうか。それは、皆さんのミスを指摘してくれる上司の言葉を素直に聞くことです。ミスを減らすために、これ以上の近道はありません。

以上(2021年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】どんなに大変でも笑顔だけは絶やさない

先日、後輩の○○さんと一緒に大事な取引先の上役の方を訪問する機会がありました。大事な取引先であり、いつもお会いしている担当者よりも上席の方ですので、私はとても緊張して取引先に向かっていました。

そのとき、ふと○○さんを見ると、緊張のあまり顔面蒼白(そうはく)になっていたのです。それを見て私は「しまった!」と思いました。私が緊張している姿を見せたら、後輩の○○さんはもっと緊張してしまうということを、すっかり忘れていたのです。○○さんを気遣うことができなかった自分が情けなく、○○さんに申し訳ない気持ちになりました。そして、私が新人の頃に立てた目標のことを思い出し、さらに反省しました。

私は新人の頃、ろくに仕事もできず、会社の戦力になっていないことを自覚していました。そこで、何か会社の役に立ちたいと私なりに考えて出した結論が、「仕事はできなくても、笑顔だけは絶やさない」ことだったのです。

私の新人時代も会社の業績は厳しく、上司や先輩たちは超人のように働いていました。私に構う余裕なんてなさそうなのに、いつも私には笑顔で接してくれました。私は最も親しかった××先輩に、「どうしていつも笑顔でいられるんですか?」と聞いたことがあります。そのときの××先輩の答えは、「笑っていても、怒っていても一緒だから」でした。私は、目からウロコが落ちたような気分になりました。

「笑っていても、怒っていても、今の厳しい状況が変わるわけではない。だったら笑っているほうが、みんなで次こそ結果を出そうと前向きな気持ちになれる」ということを理解したのです。

それ以来、私はせめて先輩たちの態度だけでも学び、笑顔を絶やさないようにすることを目標に立てたのでした。先輩たちの気持ちが和むように、笑いをとるような努力もしました。そしてその目標は、今でも私の中で変わっていないはずでした。にもかかわらず、いざ先輩の立場になってみたら、後輩と一緒にいる、しかも取引先の訪問という大事なところで笑顔を絶やしてしまったのです。

この経験から、私は笑顔を絶やさないことは、年次が上がっていくにつれて、ますます大事になると痛感しました。立場が上になり、会社全体への影響力が増すほど、自分の表情ひとつで会社の雰囲気を変えてしまう存在になるわけですから。

今、会社が大変な時期だということは、皆さんも感じていると思います。こんなときこそ、私は笑顔を絶やさないようにしようと、改めて誓います。作り笑い、空元気、痩せ我慢、なんと言われても構いません。私の笑顔で、社内の誰かが少しでも前向きな気持ちになれる可能性があるのなら、私が笑顔を絶やさないことに意味はあると思います。時にはあまりの忙しさや理不尽なことに、笑顔を絶やしてしまうことがあるかもしれません。そんなときには皆さん、ぜひ私に「笑え!」というサインを笑顔で送ってください。

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

ひっそりと「変革」を進めるためのヒント/ローマ史から学ぶガバナンス(6)

書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 現在における「変革」の重要性

「VUCA(ブーカ)」という言葉を目にされたことはあるでしょうか。一般的に広まっている言葉ではないので、初めて見る方も少なくないと思います。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字を並べた造語で、不確実性の高い現在、特に2010年代以降の社会経済環境を表す言葉として、ダボス会議などでも用いられるようになっています。こうしたVUCAの環境の中で、企業はその変化に適応することが求められており、事業推進や経営管理における適応力の重要性が語られるようになっています。

一方、変化への適応とは、後追いという側面もあるため、自ら変化を起こし、変化を有利な形で進めていく「変革」とは切り離した見方も散見されます。しかし、適応力を高めていくということも「変革」であり、適応力の高さを差別化要素として、市場を動かしていくということも「変革」です。つまり、不確実性の高い現在においても、企業活動における「変革」の重要性は、いささかも揺らぐことはなく、むしろ現在の状況や環境にふさわしい形への「変革」がどの企業も強く求められています。

2 「変革」に要する時間

とはいえ、言うまでもなく、「変革」は簡単ではなく、一朝一夕にはいかないものです。ビジネスにおいては、ジャック・ウェルチによる米ゼネラル・エレクトリック社の変革の例がたびたび取り上げられ、「変革への目覚め」「ビジョンの構築」「日常としての革命」という3つの幕が説明されます。私たちは、トップダウン型のアプローチによって、それらがあたかも整然と短期間に実行されたかのように思いがちですが、彼の自叙伝「ジャック・ウェルチ わが経営」を読むと、一筋縄ではいかず、それ相応の労力と時間を要したことがよく分かります。

しかし、できることならば、時間をかけずに変革を成し遂げたいと、誰しもが思うことでしょう。21世紀に入り、血で血を洗う競争の激しい領域(レッドオーシャン)を避け、競争のない新たな未知の市場を切り開いていくべき、という「ブルーオーシャン戦略」が説かれるようになりました。ブルーオーシャン戦略は、「バリュー・イノベーション」が中心に語られがちですが、変革への抵抗を克服し、短期間かつ低コストで実行すること、そして、変革の中核たる新たな戦略を効果的に浸透させることについても、考察されています。

3 抵抗の克服と変革の浸透

前者、すなわち変革への抵抗をいかに克服するかについては、「ティッピング・ポイント・リーダーシップ」というアプローチが語られています。企業変革の実行においては、認識、経営資源、士気、社内政治という4つの組織面のハードルがあり、これらのハードルそれぞれに最も影響力を持つ要素を見つけ出し、そこに集中的かつ迅速に働きかけることがうたわれています。より大きな変化を引き起こすために、影響力のある人物や領域に集中して小さな変化を起こす、というレバレッジの発想に基づく変革の推進です。

後者、すなわち変革の中核たる新戦略をいかに組織に浸透させるのかについては、「フェア・プロセス」が示されています。組織に浸透させていくためには、戦略の正しさもさることながら、手続きの公平性が大切であるということです。「フェア・プロセス」は、プロセスに関与する機会を設けること、適切な説明により理解と納得を得ること、そして、社員それぞれに何が期待されているのかを明確に示すこと、と説かれています。優れた戦略であっても、組織に浸透せず葬り去られた例は枚挙にいとまがありません。このアプローチこそ、変革を一過性のものに終わらせないための要になるのです。

4 カエサルの変革の途絶

さて、「変革」にまつわる諸概念を少々長めにご紹介しました。羅列的で退屈だったかもしれませんが、ローマの共和政から帝政への「大変革」を眺めていくにあたり、こうした要素を頭の片隅に置いていただくのがよいだろうと思ったためです。実際、共和政から帝政への変革を詳細に見ていくと、より多くのことが想起されます。人間の機微にあふれた大小さまざまなドラマがあり、それらの総和として大変革がなされたということでしょう。教科書では1行程度で終わる話ですが、ここではもう少し詳しく眺めたいと思います。

ポンペイウスを破り、元老院派を武力制圧したガイウス・ユリウス・カエサルは、ローマに戻り、国家改革に乗り出します。カエサルが絶対的な権力者を欲し、共和政から帝政への移行を推し進めたと見る向きもありますが、急激に巨大化した国家ローマにおける組織構造の抜本的な変革を断行しようとしていたのでしょう。

元老院派主導のローマ共和政は、イタリア半島を領有していた時代には適していましたが、地中海を越えて広がる地域を治めるようになった国家ローマには適さなくなりました。これに代わる新秩序が必要と考えたカエサルは、統治能力を強化するために、自身の下に権力を集約させていきます。これが帝政への移行です。その際、カエサルはこれ以上の領有拡大を考えておらず、パルティア遠征計画も国家ローマの防衛線を築くためだったようです。つまり、成長拡大を一旦やめ、規模にふさわしい組織構造の確立に注力する考えだったのです。

しかし、ご存じのように、カエサルの変革は道半ばにして暗殺という形で途絶します。紀元前44年3月15日、カエサルは、ブルータスやカッシウスらによって暗殺されました。「ブルータス、お前もか」の場面です。ここでいうブルータスは、マルクス・ブルータスかデキムス・ブルータスかと諸説ありますが、カエサルはいずれに対しても、相応の配慮を払い、厚く処遇していました。首謀者とされるカッシウスに対しても、長年の軍功には報いていたといえるでしょう。暗殺に関わった14名全てに対し、カエサルなりに配慮し、信頼を示していたので、カエサルは裏切られたと思ったかもしれません。

しかし、彼らは裏切りとは思っていません。むしろカエサルこそ共和政の裏切り者であり、共和政を守るという信念に従って行動したのです。カエサルは、自身が思い描く「変革」に対して抵抗があることを知りながら、その抵抗の強さを見誤り、あるいはその抵抗の克服を十分にせぬままに、変革を急いでしまったと言わざるを得ないでしょう。

5 オクタヴィアヌスの基盤確立

思いがけない形で死を迎えたカエサルは、名と実を託すべく、遺言状を残していました。第一相続人にオクタヴィアヌスを指名し、自身の養子として迎えてユリウス・カエサルの名を与えることにしていたのです。これは正統な後継者指名です。オクタヴィアヌスは、カエサルのめいの息子で、当時18歳の無名の若者でした。

カエサルとしては、十数年後の後継を想定していたのでしょうが、すでにこの時点で、オクタヴィアヌスの才能と可能性を見極め、補うべき弱点も考慮していました。軍才の不足を補うため、若き勇兵アグリッパを付けたこともその1つです。また、家柄の低さを補うために、名門貴族である自分の名を与えた点は何より大きな補強でした。

一方、オクタヴィアヌスもその意味を正確に理解していました。遺言状の内容を知るや否や、直ちにローマに入り、カエサルの遺志を継ぐ決意を明らかにした上で、カエサル記念の競技会を開催し、カエサルの息子としての責務を果たす姿をローマの人々に高らかに示しました。カエサルの息子の下には、部下だった兵士たちが続々と集まり、弱冠19歳にして一大勢力を指揮する立場を築いていきます。

こうして存在感を得ていったオクタヴィアヌスは、カエサルの右腕だった武将アントニウスと争うことになります。オクタヴィアヌスは、アントニウスを政治的に追い込んだ上で戦場でも勝利を収めましたが、あえて追撃はせずにローマに帰還し、執政官に就任します。

19歳の執政官は、カエサルの暗殺者を公式に有罪とし、追放刑にすることを法で定めました。続いて、亡きカエサルの神格化を決議します。これには2つの意味があります。1つは、自らが神の子になるということ。もう1つは、ブルータスやカッシウスの討伐に消極的なアントニウスを引きずり出すということでした。ブルータスらはギリシャで兵力を築いており、オクタヴィアヌスだけでは討伐が困難だったため、アントニウスの戦力が必要でした。カエサルを神格化することで、神の暗殺者の討伐となり、アントニウスも参戦せざるを得ません。こうして、アントニウスと共闘し、暗殺者たちを葬り去ったのです。変革に向けての重要なハードルが取り去られたといえるでしょう。

次は、いよいよアントニウスと雌雄を決する戦いとなります。クレオパトラに翻弄されたアントニウスが失策に失策を重ね、自ら政治的に追い込まれたため、頂上決戦としてはいささか興をそがれる構図になります。最終的には、軍事的にも勝敗が決し、映画でもおなじみの、アントニウスとクレオパトラの自害によって幕が下ろされます。カエサル暗殺に始まった14年に及ぶ混乱劇が終わったのです。

この14年間は無駄なようにも見えますが、オクタヴィアヌスにとって、とても重要な時間だったと思います。この間に、オクタヴィアヌスの実績、名声、自信が育まれたことは言うまでもありません。そして、カエサル暗殺から始まった諸現象と一連の要因を直視したことで、その後の治世に生かされる青図が描かれました。

ローマ世界で最高権力者の地位にあったカエサルの基本方針が「寛容」であったのに対し、同じ地位に就いたオクタヴィアヌスの基本方針が、自らの安定的かつ長期的な施政を含意する「平和」であったことは、それを示しているように思います。

6 帝政の始まり

ローマ唯一の最高権力者の地位に就いたオクタヴィアヌスは、元老院議場で、全特権の返上と、共和政体への復帰を宣言します。実際には、無用の長物で、むしろ手放したほうが有利な3つの臨時特権を放棄しただけなのですが、この宣言に元老院は狂喜し、オクタヴィアヌスに「アウグストゥス」という尊称を贈ることを決議しました。「アウグストゥス」とは、神聖で崇敬されるべき存在を意味します。

オクタヴィアヌスには「インペラトール」と「プリンチェプス」という称号がすでにありました。前者は、勝った将軍を呼ぶ敬称で、終身での軍団指揮権を示しました。後者は、ローマ市民の第一人者という意味です。属州総督任命権を持つ現職執政官という最高位の立場と、3つの称号が組み合わされることで、1つ上の世界観を帯びる唯一無二の存在になりました。

合法的に得られたものを組み合わせ、それ故、反発や抵抗を受けることもなく、政治的に調和された絶対的地位が密やかに築き上げられました。皇帝という概念は、このときまだありません。半世紀ほどたったときに帝政が始まった、つまりその年に初代皇帝アウグストゥスが誕生した、といわれるようになったのです。

共和政から帝政へという政体の移行は、大変革の根幹ではあるものの、一面にすぎません。その側面を中心に眺めてみましたが、お気付きのように、大変革であったにもかかわらず、いつの間にか、気付かぬうちに変わっていたという流れが見て取れます。時間については、長くかかったと見る方もいるかもしれませんが、国家政体の移行と考えると、短期間になされたと評すべきと思います。

この一連の流れの中には、企業における「変革」を考えさせられる要素が数多あります。さまざまな側面から見つめ直し、思考の材料にしてもらえればと思います。

(2021年10月)
(執筆 辻大志)

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【債権回収】法律から見た債権回収のポイント

書いてあること

  • 主な読者:債権回収のポイントを法律的な観点から網羅的に知りたい経営者
  • 課題:債権回収にはさまざまなステージがあり、ポイントが定まらない
  • 解決策:誰から、何を根拠に、いつまでに回収するのかを考える

1 はじめに

最も確実な代金回収の方法は現金取引ですが、実際は信用取引が多いです。そのため、売掛金の未回収などに備え、債権管理や債権保全などを講じる必要があります。また、これらの取り組みには法的な根拠が必要になりますが、考え方が複雑なところもあります。

そこで、この記事では、

債権管理・回収に当たって、押さえておくべき法務上のポイント

をまとめました。こうしたポイントを押さえることが、万一に備えた第一歩となります。

2 債権管理・代金回収で気を付けるポイント

代金を回収するに当たって、どういう方法で支払ってもらうのか、どうしても支払ってもらえない場合にどのような回収方法があるのか、債権管理をするに当たって、どういった点に特に気を付けなければならないのかを見ていきます。

1)約束手形で支払ってもらう

売掛金回収の手段として、代金を手形で受け取る方法があります。約束手形は、あらかじめ支払期日が定められており、また割引や裏書譲渡によって期日前でも資金の調達ができるので、支払誓約書や借用書よりも利便性が高いです。

仮に、手形が決済されずに不渡りとなると、各銀行に不渡り通知が回って相手方の信用は急落します。さらに6カ月以内に再び不渡りを出すと、銀行取引停止処分を受け、当座預金取引や融資が制限されます。そのため、相手方は手形の不渡りは何としても避けようとするので、回収の確実性はその分高くなります。

また、手形が不渡りになった場合には、手形金請求の訴訟は通常の訴訟よりも簡単な手続きで迅速に判決が下されるので、時間や費用をあまりかけずに処理できます。なお、通常訴訟と異なる手形訴訟の特色は次の通りです。

  • 最初の口頭弁論期日で審理が完了する(一期日審理の原則)
  • 原則として、証拠となるのは書証のみ
  • 請求認容判決の場合、職権で必ず仮執行宣言が付される
  • 反訴ができない

2)強制執行認諾約款を盛り込んだ公正証書を作成する

取引業者間の私的契約書を作るだけでなく、公正証書を作成すれば債権回収が危ぶまれる事態になった際に効果を発揮します。

公正証書とは、公証役場で公証人に作成してもらう証書です。公正証書に私的契約書よりも強力な効力を持たせるためのポイントは、「強制執行認諾約款」を盛り込むことです。これは、債務を履行しない場合は、訴訟を経ずに即時に強制執行を受けても異議がないとする条項のことです。

強制執行認諾約款があれば、公正証書は確定判決と同様に、強制執行をするための「債務名義」となります。買い主つまり債務者が代金の支払いを怠った場合、買い主の資産(不動産・動産・売掛債権・銀行預金など)を、種類を問わず訴訟を経ることなしに即座に差し押さえることが可能となります。もっとも、売り主の債務の一部または全部が先履行と定められているときは、売り主は、執行文付与申請に当たり、その部分の債務の履行を証明する必要があります。

ただし、公正証書は、一定額の金銭の支払いを目的にするものに限られるので、継続的に取引が行われるいわゆる「基本契約書」の場合は、強制執行認諾約款付き公正証書とすることができません。

強制執行認諾約款を盛り込んだ公正証書を作成するためには、取引先の了解を得なければなりません。公正証書の作成には、当事者双方が公証役場に出頭するか、当事者からの委任を受けた代理人が公証役場に出向く必要があります。

3)代物弁済を受ける

代物弁済とは、本来の弁済に代えて、他の給付をすることで弁済と同一の効果を生じさせることであり、債権回収の観点からは、「現金の代わりに品物などを受け取って売掛金を回収する方法」ということになります。現金の代わりに受け取るものとして考えやすいのが、「相手方の会社の商品」です。その場合、売却は容易か、売却金額はいくらになるかを検討して、売掛金額相当分の商品による代物弁済ができないか交渉してみることです。

なお、現金の代わりに受け取るものとして不動産も考えられますが、不動産評価には手間が掛かること、売却の見通しが付くのかという問題があること、さらに既に抵当権が設定されている場合があることなどから、現実的には難しいと思われます。

4)調停や即決和解を検討する

裁判ほど面倒な手続きがなく、時間や費用がかからず、妥協点を探して現実的な解決を図る方法が民事調停です。民事調停は裁判官と民間の有識者から選任された調停委員、それに当事者が一緒になって話し合い、さまざまな事情を考慮しながら実情に沿った解決を図る制度です。

民事調停の申し立ては、原則として相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に対して、調停申立書を提出することで行います。調停によって合意が成立し、調書に記載された場合には確定判決と同一の効力があり、強制執行が可能となります。

また、既に合意がほぼ成立している場合は、簡易裁判所に対して和解の申し立てを行い、和解内容を調書に記載してもらう即決和解(訴え提起前の和解)という方法もあります。和解が成立し、調書に記載されれば、確定判決と同一の効力があります。これらの手続きによれば相手方の合意があるので、任意の支払いが期待でき、任意に支払ってくれない場合でも訴訟を経ることなく強制執行に進められます。

5)支払い督促を申し立てる

債権回収方法の1つに、支払い督促を申し立てる方法があります。支払い督促は、債務者が異議を出してこないのであれば、通常の訴訟よりも簡易に債務名義を取得することができます。支払い督促手続きは、金銭その他の代替物、有価証券の給付を求める場合にのみ利用することができます。

支払い督促の申し立ては簡単にできますが、逆に債務者が異議を申し立てることも簡単にできます。もし異議の申し立てがなされると、通常の訴訟手続きに移行するので、この点には注意が必要です。

6)訴訟を提起する

訴訟では、当事者間の権利関係を国家機関である裁判所に決めてもらうことになります。訴訟には時間や費用がかかるので、どうしても他の方法では解決できない場合の最後の手段といえます。訴訟を提起する場合は、専門家である弁護士に手続きを任せるとよいでしょう。

7)強制執行を検討する

支払い督促や訴訟などを行っても相手方が債務の弁済を行ってくれない場合には、強制執行によって債権の回収を図ることになります。

強制執行は、債権者に満足を得させるため、私法上の請求権の実現を国家の力によって行うものです。強制執行も、執行の可能性も含めて専門家である弁護士に手続きを任せるとよいでしょう。

8)消滅時効に気を付ける

1.消滅時効の原則

消滅時効については、2017年6月に公布された改正民法(以下「改正法」)において、改正されています。改正法の施行日は2020年4月1日です(「民法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」(平成29年政令309号))。

原則として、改正法施行前に生じた債権には現行法、施行後に生じた債権には改正法が適用されます。そのため、消滅時効については、現行法および改正法の両方の概要を押さえておく必要があります。

現行法では、消滅時効は、権利を行使することができる時から進行します。会社間の取引の場合、会社の行為は基本的に商法上の商行為として扱われるので、債権の消滅時効は5年となります。ただし、例えば小売業者が商品などを売買した場合の代金債権は2年という、短期消滅時効が適用されることもあるので注意が必要です。

一方、改正法では、商行為の債権の消滅時効5年という規定および短期消滅時効の規定は廃止され、また時効の起算点も改正されています。改正法では、債権の種類にかかわらず、次のいずれか早い時点で消滅時効が完成することとなります。こうした改正法の内容や施行動向にも注意を払いつつ、自社に関わる債権の時効を把握した上で、債権回収のための手立てを検討する必要があります。

  • 権利を行使することができる時(客観的起算点)から、10年経過した時点
  • 権利を行使することができることを知った時(主観的起算点。例えば、代金などを請求することができることを知った時)から、5年が経過した時点

2.約束手形や小切手の場合

約束手形や小切手の消滅時効は、手形法・小切手法により次のように定められています。

  • 約束手形の時効期間は、所持人の振出人に対する権利については満期の日から3年、裏書人に対する権利については拒絶証書作成の日(その作成が免除されているときは満期)から1年。裏書人の他の裏書人および振出人に対する権利については、受け戻しをした日または訴えを受けた日から6カ月で時効が完成
  • 小切手の時効期間は、所持人の振出人・裏書人その他の債務者に対する権利については支払提示期間が経過した日から6カ月、小切手金を償還した者のその前者に対する権利については受け戻しの日から6カ月

なお、手形の消滅時効完成前でも、その手形の振り出しの原因となった債権(売掛債権など)が時効で消滅していれば、手形の支払いを拒むことができる事由(抗弁)が認められるため、支払いを受けられない可能性があります。

例えば、手形の振出人に対する請求権の時効は支払期日から3年ですが、その手形が商品の売掛金債権の回収のために受け取ったものであるときは、手形振り出しの原因債権は現行法では2年で時効になります。

この場合、手形上の権利を行使しても、原因債権の時効消滅を理由に支払いを受けられないことも考えられます。

3.時効の中断(更新)

上述した消滅時効を中断させるためには、主に次の方法が考えられます。

1つ目は、相手方に支払いを請求することです。請求には、給付訴訟を起こすなどそれ自体で時効中断の効力を生じさせる方法と、相手方に内容証明郵便などで請求(催告)するなどそれだけでは時効中断の効力を生じさせない方法があります。

後者の場合には、催告が相手方に到達した時から6カ月以内にさらに訴訟提起などの措置を取らなければ、時効中断の効力が生じません。何度も催告を行ったとしても、最初の催告から6カ月以内に訴訟提起などの措置をしなければならないことに注意が必要です。催告の際には、催告の事実を証拠として残すため、内容証明郵便を配達証明扱いで送るようにします。

2つ目は、相手方に債務の承認をさせることです。債務確認書・残高確認書を取得したり、代金の一部を内入れさせたりするなど、その手段はどのような方法でも構いません。相手に債務の承認をさせ、その事実を書面などに証拠として残しておくことがポイントです。

なお、これまで「中断」という用語には複数の意味があり、理解しづらい点がありました。そこで、改正法においては、中断事由ごとに、その効果に応じて、時効の完成を猶予する「完成猶予事由」と、新たに時効が進行する(時効期間がリセットされる)「更新事由」とに振り分けられました。具体例は次の通りです。

【具体例】
(改正前)

  • 裁判上の請求→時効中断事由(現行民法第147条第1号)
  • 差押え→時効中断事由(現行民法第147条第2号)
  • 仮差押え→時効中断事由(現行民法第147条第2号)
  • 承認→時効中断事由(現行民法第147条第3号)

(改正後)

  • 裁判上の請求→完成猶予事由+更新事由(改正民法第147条)
  • 差し押え→完成猶予事由+更新事由(改正民法第148条)
  • 仮差し押え→完成猶予事由(改正民法第149条)
  • 承認→更新事由(改正民法第152条)

4.改正民法における新設規定(時効の完成猶予)

改正法では、当事者間で協議を行う場合には時効の完成を猶予させるとの規定が新設されています。

時効の完成猶予をさせるためには、「当事者間で権利について協議を行う旨の合意がされること」および「その合意が書面(電磁的記録によるものを含む)によるものであること」が要求されています。

この要件を満たすことで、次のいずれか早い時までの間は、時効は完成しません。

  • その合意があった時から1年を経過した時
  • 合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときは、その期間を経過した時
    当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6カ月を経過した時

なお、この制度を利用して協議することとしたものの、協議期間中に協議が調わず、さらに協議を続けたい場合は、時効の完成猶予期間中に、再度協議を行う旨の合意を書面ですることで、通算して5年まで延ばすことができます。

3 取引先からの回収が難しい場合に備えて

債務者から直接、債権を回収するわけではありませんが、取引先の倒産などに備えて中小企業基盤整備機構が運営する経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済制度)に加入しておくことで、債権回収が不能になった場合の影響を軽減することができます。中小企業倒産防止共済制度は、取引先が倒産して売掛金や受取手形などの回収が困難となった中小企業に対して、連鎖倒産や経営難に陥ることを防ぐためのつなぎの事業資金を貸し付ける制度です。

以上(2021年9月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda