書いてあること
- 主な読者:社内不正の内部通報を受けた会社の経営者と担当者
- 課題:内部通報を受けたものの、経験不足から、どう対応したらよいのか分からない
- 解決策:通報者の保護を前提に、素早く、できるだけ秘密裏に対応する。調査は経営者が主導するのが望ましい
1 従業員から内部通報があったのに……
社内不正の早期発見と対応のために中小企業も取り入れているのが「内部通報制度」です。しかし、仕組みは整えたものの、内部通報に対する認識の甘さや担当者の経験不足から、
せっかく内部通報があったのに対応を誤ってしまい、逆に事態を悪化させたり、関係者に証拠隠滅を図られたりしてしまう
といった問題がよく起こります。せっかく不正を正す機会があったのに、それを逃してしまうのは、本当に残念なことです。
この記事では、内部通報をしてきた従業員(以下「通報者」)に適切に対応し、素早く不正調査に移るために、不正対応の責任者に求められる心構えと、具体的な対応を解説します。
2 不正対応の責任者に必要な4つの心構え
1)通報者の心情に配慮する
通報者は、
- 通報しても握り潰されてしまうのではないか
- 自分がいじめなどに遭うのではないか
など大きな不安を抱えています。特に、
ハラスメントの被害者自身が通報する場合、ひどく感情的になっている
こともあるでしょう。
不正対応の責任者が通報者の心情を理解していないと、通報者の不安は不満に変わり、内部に言っても無駄だということで外部に通報してしまうなど、事態が悪化します。そのため、
不正対応の責任者は通報者の心情に十分配慮し、段階に応じてこまめにコミュニケーションを取る
ことが不可欠です。
2)匿名性を保持するなど通報者を保護する
不正調査の過程で不正関係者に通報者が特定されると、通報者は「裏切り者」として職場に居づらくなる恐れがあります。勇気を振り絞って内部通報をしてくれた従業員に不利益が及ぶことは避けなければなりません。不正調査では、
匿名性をできる限り保持し、通報者の保護に努める
ことが不可欠です。
3)素早く対応する
不正が外部に漏れれば会社の信用が地に落ちます。不正は社内で解決し、必要であれば、しかるべきタイミングで自ら外部に公表すべきです。内部通報を受けたにもかかわらず、会社が素早く対応しないと、通報者は会社に強い不満を抱き、外部に通報することがあります。このような事態を招かないために、
適切な対応と、素早く不正調査に移る
ことが不可欠です。
4)秘密裏に行う
不正に関係する者に不正調査が行われていることを知られると、証拠隠滅を図られてしまうかもしれません。そのため、
不正調査は情報管理を徹底し、できる限り秘密裏に行う
ことが不可欠です。
3 内部通報を受けたときの具体的な対応
1)内部通報の受け付け
内部通報の受け付けは電話、メール、手紙などが考えられますが、ここでは電話で通報を受けたことを想定します。内部通報の受け付け時に重要なことは次の2つです。
1.事実関係の正確な把握
事実関係を正確に把握するために、「それは考え方が違うのではないか」「勘違いなのではないか」など、個人的な見解を差し挟まずに、通報者の話を慎重に聞きます。通報者が独自に収集した資料があれば、それも提供してもらいます。
その上で、補足的に5W1H(いつ、どこで、誰が、どのようなことをしたかなど)を意識した質問をして、より正確に事実関係を把握します。ヒアリングシートを準備しておけば、抜け漏れがなくなります。
2.通報者へのリスクの告知
どれだけ気を付けて不正調査をしても、不正に関係する者に通報者の身元を察知されるリスクはあるため、通報者に告知すべきです。通報者にとってリスクが大きく、特に匿名性の保持を重視しなければならない場合は、不正調査の方法に工夫が必要です。
2)不正調査開始の判断・通知
まず、不正対応は経営者や役員が責任者となるべきです。なぜなら、通報された事実にどのようなリスクがあるのか、法令違反があるのかなどの検討は、社内の情報の全てを取り扱える経営者や役員でないと難しいからです。また、判断に迷う場合は弁護士などに仰ぎますが、どこまで依頼するのかを決めるのは経営者や役員でなければ難しいです。
不正調査をするか否かの判断は素早く行います。なぜなら、通報者を保護するための法律である「公益通報者保護法」で、
会社が内部通報を受けてから20日以内に、通報者に調査開始などの通知をしない場合、通報者が企業内部の情報を外部へ通報することを認めている(法律による保護要件を満たすことになる)
からです。また、通知が20日以内であっても、会社が誠実に対応していないと通報者が判断したら、外部への通報に踏み切る可能性があります。これを避ける意味でも、通報者とは密にコミュニケーションを取る必要があります。
なお、軽微な事案などの理由で不正調査をしないと判断した場合、具体的な理由とともに、その旨を通報者に通知します。
3)不正調査の実施
1.情報管理
不正調査を行うことになったら、調査チームを編成します。調査チームは少人数とし、責任者である経営者や役員が率います。チームのメンバーには、高度の守秘義務があること、通報者の匿名性を保持することなどを周知徹底します。不正の内容・規模によっては弁護士も調査チームに加えます。
2.調査方法
調査方法は状況によって異なります。ただし、不正に関係する者が証拠隠滅することを防ぐため、まずは目立たないように客観的情報を収集して事実を固め、その後にヒアリングを行う流れとするのがセオリーです。
通報者の匿名性保持に配慮した調査方法は次の通りです。通報内容、不正の程度、通報者の意向に応じて使い分けましょう。
- 不正が疑われる部署だけでなく全社一斉調査を行う
- ダミーのアンケート調査を行った上で調査を実施する
- ヒアリングの対象者を広げる
3.客観的資料の収集
客観的資料には、帳簿類、書類、PC内のデータ、メールなどがあります。これらを収集する際は、不正に関係する者に察知されないように注意します。PC内データの閲覧や私物の調査にはプライバシー保護の問題があるので、調査の必要性や方法の妥当性を検討します。
また、不正について取引先に照会することも考えられますが、ビジネス上の信頼関係の観点からは望ましくないこともあるので、慎重な判断が求められます。
4.ヒアリング
客観的資料から事実を固めた上で、不正に関係する者にヒアリングをします。ヒアリングの状況は、後の証拠となるように録音します。不正に関係する者は言い逃れを図ることもありますが、客観的資料や他の者へのヒアリング結果との整合性・矛盾点を意識しながらヒアリングを進めます。そして、最終的に不正の事実を判断し、報告書の形でまとめます。
4)不正調査後
不正の事実が明らかになったら、是正措置と再発防止策を講じます。同時に、不正に関係する者の懲戒処分を検討します。懲戒処分には、一般的には次のものがあります。いずれの処分にするかは、行為の重大性、その会社の業種、対象者の地位・職務、過去の処分歴など、事案の個性を総合的に考慮して選択することになります。
- 戒告・けん責:将来を戒める。始末書の提出を求めることがある。
- 減給:賃金から一定額を差し引く。
- 出勤停止:従業員の就労を一定期間禁止する。その期間中は賃金が支払われないことが多い。
- 降格:役職、職位、職能資格などを引き下げる。
- 諭旨解雇:退職を勧告して依願退職させる。退職金は支給されないことがある。
- 懲戒解雇:懲戒処分として解雇する。退職金は支給されないことが多い。
調査後も通報者の保護を忘れてはなりません。内部通報によって不正調査が行われたことが明らかである場合は、犯人捜しや通報者への報復が行われないように十分に配慮すべきであり、状況によっては人事異動も検討します。また、通報者には、是正措置と再発防止策について最終報告することが望ましいです。
以上(2021年9月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 浜地保晴)
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