経営者・従業員の皆さんへ 粉飾決算・資産流用など、社内不正の「内部通報を受けた」場合の対処法

書いてあること

  • 主な読者:社内不正の内部通報を受けた会社の経営者と担当者
  • 課題:内部通報を受けたものの、経験不足から、どう対応したらよいのか分からない
  • 解決策:通報者の保護を前提に、素早く、できるだけ秘密裏に対応する。調査は経営者が主導するのが望ましい

1 従業員から内部通報があったのに……

社内不正の早期発見と対応のために中小企業も取り入れているのが「内部通報制度」です。しかし、仕組みは整えたものの、内部通報に対する認識の甘さや担当者の経験不足から、

せっかく内部通報があったのに対応を誤ってしまい、逆に事態を悪化させたり、関係者に証拠隠滅を図られたりしてしまう

といった問題がよく起こります。せっかく不正を正す機会があったのに、それを逃してしまうのは、本当に残念なことです。

この記事では、内部通報をしてきた従業員(以下「通報者」)に適切に対応し、素早く不正調査に移るために、不正対応の責任者に求められる心構えと、具体的な対応を解説します。

2 不正対応の責任者に必要な4つの心構え

1)通報者の心情に配慮する

通報者は、

  • 通報しても握り潰されてしまうのではないか
  • 自分がいじめなどに遭うのではないか

など大きな不安を抱えています。特に、

ハラスメントの被害者自身が通報する場合、ひどく感情的になっている

こともあるでしょう。

不正対応の責任者が通報者の心情を理解していないと、通報者の不安は不満に変わり、内部に言っても無駄だということで外部に通報してしまうなど、事態が悪化します。そのため、

不正対応の責任者は通報者の心情に十分配慮し、段階に応じてこまめにコミュニケーションを取る

ことが不可欠です。

2)匿名性を保持するなど通報者を保護する

不正調査の過程で不正関係者に通報者が特定されると、通報者は「裏切り者」として職場に居づらくなる恐れがあります。勇気を振り絞って内部通報をしてくれた従業員に不利益が及ぶことは避けなければなりません。不正調査では、

匿名性をできる限り保持し、通報者の保護に努める

ことが不可欠です。

3)素早く対応する

不正が外部に漏れれば会社の信用が地に落ちます。不正は社内で解決し、必要であれば、しかるべきタイミングで自ら外部に公表すべきです。内部通報を受けたにもかかわらず、会社が素早く対応しないと、通報者は会社に強い不満を抱き、外部に通報することがあります。このような事態を招かないために、

適切な対応と、素早く不正調査に移る

ことが不可欠です。

4)秘密裏に行う

不正に関係する者に不正調査が行われていることを知られると、証拠隠滅を図られてしまうかもしれません。そのため、

不正調査は情報管理を徹底し、できる限り秘密裏に行う

ことが不可欠です。

3 内部通報を受けたときの具体的な対応

1)内部通報の受け付け

内部通報の受け付けは電話、メール、手紙などが考えられますが、ここでは電話で通報を受けたことを想定します。内部通報の受け付け時に重要なことは次の2つです。

1.事実関係の正確な把握

事実関係を正確に把握するために、「それは考え方が違うのではないか」「勘違いなのではないか」など、個人的な見解を差し挟まずに、通報者の話を慎重に聞きます。通報者が独自に収集した資料があれば、それも提供してもらいます。

その上で、補足的に5W1H(いつ、どこで、誰が、どのようなことをしたかなど)を意識した質問をして、より正確に事実関係を把握します。ヒアリングシートを準備しておけば、抜け漏れがなくなります。

2.通報者へのリスクの告知

どれだけ気を付けて不正調査をしても、不正に関係する者に通報者の身元を察知されるリスクはあるため、通報者に告知すべきです。通報者にとってリスクが大きく、特に匿名性の保持を重視しなければならない場合は、不正調査の方法に工夫が必要です。

2)不正調査開始の判断・通知

まず、不正対応は経営者や役員が責任者となるべきです。なぜなら、通報された事実にどのようなリスクがあるのか、法令違反があるのかなどの検討は、社内の情報の全てを取り扱える経営者や役員でないと難しいからです。また、判断に迷う場合は弁護士などに仰ぎますが、どこまで依頼するのかを決めるのは経営者や役員でなければ難しいです。

不正調査をするか否かの判断は素早く行います。なぜなら、通報者を保護するための法律である「公益通報者保護法」で、

会社が内部通報を受けてから20日以内に、通報者に調査開始などの通知をしない場合、通報者が企業内部の情報を外部へ通報することを認めている(法律による保護要件を満たすことになる)

からです。また、通知が20日以内であっても、会社が誠実に対応していないと通報者が判断したら、外部への通報に踏み切る可能性があります。これを避ける意味でも、通報者とは密にコミュニケーションを取る必要があります。

なお、軽微な事案などの理由で不正調査をしないと判断した場合、具体的な理由とともに、その旨を通報者に通知します。

3)不正調査の実施

1.情報管理

不正調査を行うことになったら、調査チームを編成します。調査チームは少人数とし、責任者である経営者や役員が率います。チームのメンバーには、高度の守秘義務があること、通報者の匿名性を保持することなどを周知徹底します。不正の内容・規模によっては弁護士も調査チームに加えます。

2.調査方法

調査方法は状況によって異なります。ただし、不正に関係する者が証拠隠滅することを防ぐため、まずは目立たないように客観的情報を収集して事実を固め、その後にヒアリングを行う流れとするのがセオリーです。

通報者の匿名性保持に配慮した調査方法は次の通りです。通報内容、不正の程度、通報者の意向に応じて使い分けましょう。

  • 不正が疑われる部署だけでなく全社一斉調査を行う
  • ダミーのアンケート調査を行った上で調査を実施する
  • ヒアリングの対象者を広げる

3.客観的資料の収集

客観的資料には、帳簿類、書類、PC内のデータ、メールなどがあります。これらを収集する際は、不正に関係する者に察知されないように注意します。PC内データの閲覧や私物の調査にはプライバシー保護の問題があるので、調査の必要性や方法の妥当性を検討します。

また、不正について取引先に照会することも考えられますが、ビジネス上の信頼関係の観点からは望ましくないこともあるので、慎重な判断が求められます。

4.ヒアリング

客観的資料から事実を固めた上で、不正に関係する者にヒアリングをします。ヒアリングの状況は、後の証拠となるように録音します。不正に関係する者は言い逃れを図ることもありますが、客観的資料や他の者へのヒアリング結果との整合性・矛盾点を意識しながらヒアリングを進めます。そして、最終的に不正の事実を判断し、報告書の形でまとめます。

4)不正調査後

不正の事実が明らかになったら、是正措置と再発防止策を講じます。同時に、不正に関係する者の懲戒処分を検討します。懲戒処分には、一般的には次のものがあります。いずれの処分にするかは、行為の重大性、その会社の業種、対象者の地位・職務、過去の処分歴など、事案の個性を総合的に考慮して選択することになります。

  • 戒告・けん責:将来を戒める。始末書の提出を求めることがある。
  • 減給:賃金から一定額を差し引く。
  • 出勤停止:従業員の就労を一定期間禁止する。その期間中は賃金が支払われないことが多い。
  • 降格:役職、職位、職能資格などを引き下げる。
  • 諭旨解雇:退職を勧告して依願退職させる。退職金は支給されないことがある。
  • 懲戒解雇:懲戒処分として解雇する。退職金は支給されないことが多い。

調査後も通報者の保護を忘れてはなりません。内部通報によって不正調査が行われたことが明らかである場合は、犯人捜しや通報者への報復が行われないように十分に配慮すべきであり、状況によっては人事異動も検討します。また、通報者には、是正措置と再発防止策について最終報告することが望ましいです。

以上(2021年9月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 浜地保晴)

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働き方の多様化に見合う「適正人件費」の考え方

書いてあること

  • 主な読者:改めて適正人件費を検討したい経営者
  • 課題:働き方の多様化で適正人件費の基準が会社などによって異なり、比較できない
  • 解決策:同業他社がどうかではなく、自社の今までと、これからの「人材」「業務」「投資」に着目して基準を設定する

1 適正人件費を考えるための3つの線引き

人件費を適正な水準にしたいというのは経営者共通の思いでしょうが、「では、人件費がどういう状態なら適正といえるの?」と聞かれると、答えに困る人が多いかもしれません。例えば、

自社の労働分配率(人件費÷付加価値×100)を算出し、同業他社の平均などと比較

して、人件費が適正かどうかを判断するという考え方は広く知られていますが、こうした考え方が通用していたのは、労働者全体がある程度均一的な働き方をしていた頃の話です。

年功序列型の雇用システムの崩壊、ジョブ型雇用、外部への業務委託などで働き方が多様化している中、従来の人件費の考え方を今もそのまま当てはめるのは難しくなってきていますし、そもそも当てはめること自体がナンセンスといえます。

これからの適正人件費は、

同業他社がどうかではなく、会社の現状とこれからを考えて、自社だけの基準を設定

しなければなりません。考え方はさまざまありますが、この記事で紹介するのは、次の3つの線引きによって人件費の適正化を図る方法です。

  • 人材の線引き(「中核人材」と「作業者」)
  • 業務の線引き(「自社で必ずやるべき業務」と「外部に出してもいい業務」)
  • 投資の線引き(「これからの注力事業」と「その他の事業」)

2 人材の線引き

1)「中核人材」と「作業者」

同じ仕事を担当する社員でも、「能力」や「経営方針に対する共感度」などは大きく異なります。将来の会社を担ってくれそうな社員は「中核人材」として位置付け、人件費を手厚くします。一方、そうでない社員は「作業者」として位置付け、ある程度割り切って対応します。

能力も経営方針に対する共感度も評価がブレやすいので、経営者が評価基準を決めます。能力については、営業部門であれば商品・サービスの成約件数や商談件数などを評価基準にするといった具合です。また、経営方針に対する共感度については、社員が自社の経営方針を理解しているか、理解した上でその方針についていく意思があるか、経営方針について自分なりのビジョンがあるかなどを評価基準にします。

2)限定正社員制度を設けると、人件費を管理しやすくなる

中核人材と作業者について、それぞれ別々の雇用区分を設定すると、人件費を管理しやすくなります。例えば、「限定正社員制度」を設け、中核人材は正社員、作業者は限定正社員とすることを検討します。

限定正社員とは、

職務内容、勤務地、労働時間などのいずれかが限定される正社員

のことです。例えば、職務内容が限定される限定正社員は、決められた職務以外のことをする必要がありませんが、その代わり割り当てられる人件費は、職務内容が限定されない正社員よりも少なくなります。

図表1は、正社員と限定正社員の1カ月当たりの人件費のイメージです。正社員の人件費は厚生労働省「平成28年就労条件総合調査」の労働費用(調査産業計)を基に設定し、限定正社員の人件費は正社員の9割としています。

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図表1の場合、作業者の雇用区分を「正社員→限定正社員」に変更することで、総額人件費を1カ月当たり4万1682円削減できます。削減できた金額は、中核人材の現金給与額や教育訓練費などに充てます。なお、雇用区分の変更に当たって、人件費の引き下げがどの程度まで認められるかは労働条件などによって異なりますので、実務では社会保険労務士などに相談してください。

3 業務の線引き

1)「自社で必ずやるべき業務」と「外部に出してもいい業務」

業務の一部を外部に委託すれば、社員の作業時間が減り、不要な人件費(残業代など)を削減できます。昨今は、さまざまな業務のプロ人材が外部にいるので、次のように社内業務の多くが業務委託で行えます。

  • 営業関連:見積書・営業資料などの作成、受発注業務、営業戦略の立案、営業データの集計・分析、顧客からの問い合わせ対応、ECサイトの構築・保守運用など
  • 総務・人事関連:電話応対、オフィスの備品管理、採用活動、研修の実施、給与支払い、社会保険手続き、マイナンバー管理、ハラスメントの相談対応など
  • 経理関連:経費精算、請求書発行、月次・年次決算書の作成、年末調整、税務申告など

ただし、本業を外部に委託するのは考えものです。例えば、重要な商品・サービスの営業は、自社の社員のほうが熱を入れてPRできるはずですし、外部に委託すると社内にそのノウハウが蓄積されなくなるので、自社でやるべきです。業務の専門性などにもよりますが、外部に委託するのは、原則として本業との関連性が低い業務(付随業務)にしておきましょう。

2)業務委託で削減される人件費と、発生する外注費のバランスに注意する

業務を外部に委託した場合、委託先の事業者に支払う「外注費」が発生します。ですから会社は、業務委託で削減される人件費と、発生する外注費のバランスに注意する必要があります。

図表2は、業務委託前後における1カ月当たりの人件費のイメージです。業務委託前は所定外労働(時間外・休日労働など所定外の労働)が発生していましたが、業務委託によって所定外労働が発生しなくなったことで、所定外給与(所定外労働に対して支払う給与)と法定福利費(社会・労働保険料の会社負担分)が削減されたという想定です。

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図表2の場合、総額人件費は1カ月当たり2万5064円削減されますので、外注費についても2万5064円を超えないように注意します。2万5064円を超えてしまう場合、より安価な事業者を探すか、委託する業務内容を見直すなどして外注費を調整します。

もっとも、仮に外注費が割高になってしまっても、社員が業務委託によって空いた時間で別の成果を挙げれば、業務委託は無駄になりません。この辺りはコストだけでなく、「空いた時間で、社員に何をさせるか」という点も考慮して、適正人件費を設定するようにしましょう。

4 投資の線引き

1)「これからの注力事業」と「その他の事業」

会社が複数の事業を行っている場合、経営戦略上重要となる「これからの注力事業」と「その他の事業」を線引きします。これからの注力事業に従事する社員には人件費を手厚くし、その他の事業に従事する社員には、その重要度や難易度に応じて人件費を割り当てます。

いわゆる「ジョブ型雇用」に通じる考え方であり、具体的には、

  • 会社の事業と、それに関連する社員の職務をリストアップする
  • 重要度や難易度に応じて事業内容と職務内容をグルーピングする
  • グルーピングの内容を基に格付けを行い、その格付けに基づいて人件費を設定する

という流れで人件費の見直しを進めることになります。

2)年齢給など属人的な要素を、職務給などに振り替える

ジョブ型雇用では、仕事(ジョブ)に等級を設け、それに基づいて給与を支払いますので、現状その仕組みがない場合、給与制度の改定が必要になります。とはいえ、給与制度の改定によって総額人件費があまり大きく変動するのは、会社にとって困りものです。

そこで、ジョブ型雇用に移行する場合、まずは総額人件費を変更しないまま、現行の給与制度の内容をジョブ型雇用の考え方に合致したものに変えていきます。具体的には、「年齢給」などの属人的な要素を廃止し、「職務給」などに振り替えます。

図表3は、年齢給を廃止し、職務給を導入する場合のイメージです。A、B、C、Dの4人の社員について、給与の総額が職務給の導入前後で変更がないようにしつつ、年齢給を職務給に振り替えています。

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BとCは、職務給導入前は年齢給の関係で支給額に差がありましたが、職務給導入後は等級が同じため、支給額も同額になっています。なお、図表3では、職務給導入前後で給与の総額は変わりませんが、年齢給の廃止に伴い、今後は年齢が上がることによる定期昇給がなくなりますので、長期的な視点で見た場合、人件費が抑制されることになります。

なお、このような変更は、労働条件の不利益変更となる場合がありますので、導入に当たっては社会保険労務士などの専門家に相談してください。

以上(2021年9月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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続・ウソかホントか? 税務調査にまつわる噂

書いてあること

  • 主な読者:噂に惑わされず、税務調査の実態を知りたい経営者
  • 課題:「調査官によって厳しさが違う」などの噂が本当なのか確かめようがない
  • 解決策:臆測で税務調査を捉えない。大切なのは、日ごろの税務・会計処理、契約書面の作成などを徹底すること。また、イレギュラーな処理の場合は事前に税理士に相談

もはや都市伝説? 税務調査にまつわる噂

「別に悪さをしているわけではないけれど、税務調査は嫌だ」。ほとんどの経営者はこう考えるでしょう。いきなり調査官がやって来て、あれこれと帳簿の提出を求められ、多額の税金を支払わされるイメージです。それに、とにかく「面倒」です。

こうした思いもあり、税務調査については、

「コロナで税務調査もオンラインになった」

など、さまざまな臆測が飛び交いますが、これは本当なのでしょうか。この記事では、現役税理士に覆面インタビューを実施し、普段はなかなか聞くことのできない税務調査の舞台裏を徹底的に聞き出しました。

Q1 コロナで税務調査がオンラインになった?

緊急事態宣言が発令された際には、会社の同意のもと、調査官と会社が双方にアクセスできるサーバーに必要書類を保存するといった形で資料の提示や質問のやり取りをする方法が取られたことがありました。これは新型コロナウイルス感染症の影響によって一時的に取られた措置ですが、今後は調査手法にも変化が出てくる可能性はあります。

Q2 税務調査の対象はどのように決まる?

基本的に、どのような会社も税務調査の対象になります。ただ、長い間(7年以上)、税務調査が入っていない会社や、直近3〜5年の決算書類の比較・分析から異常な数値の動きが見られる会社は、調査の対象となりやすいようです。

また、国税局・税務署側も毎年テーマを持って調査を行っているケースがみられます。例えば、今は新型コロナウイルス感染症の影響によって赤字決算となった会社も多いため、赤字会社のうち、「調査内容によっては黒字になる可能性がある(=税務上の所得が発生し、税金が徴収できる)」と判断されるような会社が調査対象に選定されるかもしれません。他にも、売上が急激に伸びている会社なども目につきやすいでしょう。

Q3 調査日数は会社ごとに違う?

調査日数は会社ごとに異なり、1日で終わる調査もあれば、5日以上続く調査もあります。大体2〜3日の調査が多いようです。

調査日数は、会社の規模(売上高や資産規模など)、業種業態、同時に行われる調査税目など、さまざまな要因で決定されます。そのため、前回の調査が1日で終わったからといって、次回も同じ調査日数だとは限りません。

Q4 税務調査の間、経営者は何をする?

税務調査の対応は、基本的には税理士と自社の経理(税務)責任者が行います。経営者が調査官と話をするシーンは、通常、調査の冒頭で行われる会社概要の説明時(スケジュールの調整は可能)となります。

知っておいてもらいたいのは、この会話の中においても、調査官は目を光らせているということです。趣味の話や世間話などをして場の雰囲気を和らげ、経営者を油断させるのも、調査官の調査手法の1つです。例えば、週末の過ごし方を聞く中で、経営者のプライベートな趣味やその頻度などを把握し、個人資産(別荘やクルーザーなど)を会社の資産として計上していないかなどの判断材料とすることもあります。

Q5 調査官は何を見ている?

基本的に、調査官は提出を要求した帳簿や、売上・仕入関連資料、経費資料などを黙々と調べ続けます。その他、棚卸資産・固定資産の実物チェックや疑義のある取引の担当者へのヒアリングが行われます。最近では、従業員のパソコンや、サーバー内のデータをチェックすることもあります。例えば、表や文書ファイルの更新日時を見て、取引日と照らし合わせるなどです。

また、調査官にとっては、従業員同士の会話など、見聞きするもの全ての情報が税務調査の資料となります。例えば、トイレに行く際に社内の売店に立ち寄って、店員に世間話をしながら会社役員の勤務状況を聞いたり、喫煙室で従業員同士の会話を聞いていたりと、いろいろなところで調査官は会社の実態を知ろうとします。

Q6 社歴の浅い会社には税務調査は入らない?

税務調査が全くないわけではありませんが、設立後3年未満の会社に税務調査が入ることはまれだといえます。

モバイルアプリ開発などで、売上が急激に伸びた会社などは調査に入ることがあるかもしれませんが、設立直後の会社は売上規模が小さく、取引の動きも少ないことから、調査に入っても指摘事項があまりないと考えられます。また、過去の取引が少ないと、調査官側も事前に十分な分析ができないことなどから、調査対象になりにくいのではないでしょうか。

Q7 調査官によって調査の結果が左右される?

調査官によって調査の結果が左右されることは、少なからずあります。納税者側の反論に耳を傾けてくれる調査官もいれば、全く耳を傾けない調査官もいます。また、高圧的な態度の調査官もいれば、柔和な態度の調査官もいます。

ただ、耳を傾けない調査官だからといって、指摘を全て受け入れないといけないかといえば、そうではありません。そういうときのために、代理人として税理士がいますので、納得のいかない指摘に対しては、税理士と相談しながら理路整然と対応していきましょう。

Q8 前回調査と指摘が変わることってあるの?

前回の税務調査で指摘されなかった項目について、次の税務調査で指摘されることがあります。中には、前回の調査官から認められた経理処理について指摘される場合もあります。

調査ごとに指摘が変わるのは、前回の調査官が見落としていたり、判断が間違っていたりすることなどが考えられます。もし、前回の調査官に認められた経理処理について指摘された場合は、前回の調査で、調査官に対して話した取引の背景や、経理処理が認められた経緯などを詳細に説明しましょう。

Q9 税務調査対策としてワンポイントアドバイスを!

基本的なことですが、書類をしっかり保存・整理しておきましょう。言うまでもありませんが、契約書関係はすぐに提出できるようにしておいてください。調査官にとっても、提出依頼をした書類がすぐに出てくると、その会社に良い印象を抱くはずです。

万一、作成漏れなどにより契約書がない取引などがある場合は、税務調査の有無にかかわらず、すぐに作成するようにしてください。最終的に、調査官は書類を基に、その経理・税務処理が認められたものなのか、認められたものでないのかを判断することになるからです。

ただし、印紙を貼るべき契約書の作成を失念していた場合には注意が必要です。印紙のデザインは年度によって異なる場合があり、調査のために後付けで貼ったことが露呈する恐れもあります。

以上(2021年9月)

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ウソかホントか? 税務調査にまつわる噂

書いてあること

  • 主な読者:噂に惑わされず、税務調査の実態を知りたい経営者
  • 課題:「調査官によって厳しさが違う」などの噂が本当なのか確かめようがない
  • 解決策:臆測で税務調査を捉えない。大切なのは、日ごろの税務・会計処理、契約書面の作成などを徹底すること。また、イレギュラーな処理の場合は事前に税理士に相談

もはや都市伝説? 税務調査にまつわる噂

「別に悪さをしているわけではないけれど、税務調査は嫌だ」。ほとんどの経営者はこう考えるでしょう。いきなり調査官がやって来て、あれこれと帳簿の提出を求められ、多額の税金を支払わされるイメージです。それに、とにかく「面倒」です。

こうした思いもあり、税務調査については、

「コロナが落ち着くまで税務調査は行われない」

など、さまざまな臆測が飛び交いますが、これは本当なのでしょうか。この記事では、現役税理士に覆面インタビューを実施し、普段はなかなか聞くことのできない税務調査の舞台裏を徹底的に聞き出しました。

Q1 コロナが落ち着いたら税務調査が増える?

2020年11月に東京国税局から発表された情報では、2020年6月までの直近1年においては、大口・悪質な不正計算が想定される会社を中心に税務調査を実施しており、法人税・消費税の調査件数は前年比の75%まで減少したようです。

これは、悪質な案件に調査対象を絞ったということもありますが、2020年に入ってからの新型コロナウイルス感染症による影響も少なからずあると思います。そのため、今後、新型コロナウイルス感染症が落ち着いた場合、2019年以前の水準まで調査件数が増えることは予想されます。

また、新型コロナウイルス感染症の影響で、今まで黒字だった会社が赤字に陥ったケースも増えています。しかし、中には「コロナを理由に、粉飾決算で赤字を装っている会社も存在する」と税務当局は見ているようです。そのため、急に赤字となった事業者のうち、事前の予備調査で「怪しい」と思った案件を中心に税務調査が実施される可能性もあります。

Q2 税務調査は突然やって来る?

税務調査は強制調査と任意調査とに大別されます。強制調査は、突然、やってきますが、これは悪さをしている場合に受ける調査です。通常は、事前に連絡があります。

強制調査とは、悪質な脱税の疑いがある者に対して行われる調査です。いわゆる「マルサ」(国税局査察部の通称)が担当し、査察調査とも呼ばれます。調査官は事前に実態を調べ、脱税が事実であることに確信を持った上で会社にやって来ます。納税者による帳簿などの証拠書類の隠蔽を防ぐために、事前の連絡はなく、突然やって来ます。

任意調査とは、調査に入るために会社の同意が必要な調査です。ほとんどの税務調査がこちらに該当し、強制調査のように突然やって来ることはありません。事前に会社や確定申告書に署名している税理士に対して調査の予告が来ます。基本的には電話で連絡が来た後に、事前準備資料リストその他の書類が送られてきます。

Q3 税務調査を断ることができる?

強制調査の場合は、裁判所の令状を持って調査に入るため断れません。会社側の都合で調査日を変更することもできません。

任意調査の場合も、原則として断ることはできません。ただし、事前予告の段階での日程調整は融通が利きます。調査官から日程が提案されますが、会社の繁忙期、立ち会いの税理士の都合などもろもろの正当な理由があれば、日程を調整できます。

Q4 税務調査が集中する時期はある?

調査官(税務職員)の人事異動は毎年7月に行われます。そこから1年間、調査官は与えられたノルマ(調査件数や指摘金額)を基に税務調査を行っていくことになります。なるべく早くノルマを消化するため、年内、特に8~9月に税務調査が多く行われます。

また、7月の人事異動に合わせて、調査官の評価が決まることを考えると、年内、遅くとも翌年の4月ごろまでに行われる調査に力が入ると考えられます。

Q5 税務調査が中止になることはある?

基本的に、一度予告された税務調査は必ず行われます。

ただし、4~6月ごろに予告された税務調査について、調査時期を7月以降で日程調整をお願いすると、まれに調査が実施されないことがあります。はっきりした理由は分かりませんが、調査の実施自体がうやむやになってしまうケースが過去にありました。明確ではありませんが、考えられるのは「7月に行われる調査官の人事異動により、新旧担当者間の引き継ぎがうまく行われていない」「そもそも重要性の高い調査対象ではない」といった理由です。

Q6 反面調査はどのように対応する?

反面調査とは、調査対象会社の取引先などに対して、取引状況などを確認する調査で、自社に対しては調査対象会社との契約書や請求書などの提出が求められます。反面調査の性質は、調査対象会社に対する税務調査が強制調査か任意調査かに準じます。調査対象会社に配慮して、事実と異なった回答をしたり、あやふやな回答をしたりすると、自分の首を絞めることにもなり得ます。事実を淡々と語り、求められた書類などは提出するようにしましょう。

Q7 繰越欠損金があると税務調査が入りにくい?

繰越欠損金がある会社は、税務調査後において修正申告をしても所得が発生しにくいので、税金を徴収できる可能性が低いという意味においては対象外となることが多いのではないでしょうか。

ただし、繰越欠損金のある会社に税務調査が入るケースもたくさんあります。そのため、繰越欠損金があるから、税務調査が来ないだろうという考えは正しくありません。

Q8 どういった科目を重点的に調査する?

売上・仕入関連の勘定の場合、期ズレに注意しましょう。例えば、3月決算の会社であれば、特に3月・4月の取引は重点的に調べられます。収益・費用を正確に計上するためには、日々の書類整理や、経理担当者だけでなく営業担当者など、従業員全体の期ズレに関する意識を高めることなどが大切です。

人件費では、役員、特に同族会社であれば身内に関連する報酬や給与でしょう。例えば、勤務実態(業務内容や出勤日数)に見合わない報酬・給与を支払っていないかが重点的に調べられます。

固定資産では、資本的支出(固定資産として計上しなければならない修繕費用など)を、費用計上していないかといった点も指摘されやすい箇所でしょう。

他には、外注委託費です。特に外注委託先に身内が経営している会社がある場合、委託業務の内容と金額が適正なものかがよく調べられます。

Q9 税務調査に臨む経営者にアドバイスを!

税務調査のあるなしにかかわらず、税務顧問としてお願いしたいのは、「イレギュラーなことをやるときは、事前に相談してほしい」ということです。事前に相談してくれさえすれば、多くの場合、税務的なリスクをかなり減らすことができます。もちろん、完全に違法な取引を合法にすることはできませんが、白黒つけがたい取引であれば、より白に近づけることは可能です。もし、事後に報告を受けた場合には、後付けで対策を練ることとなってしまい、十分な対応ができません。

また、税務・会計処理は日々の取引の積み重ねです。税務調査の予告が来てからまとめて書類を整理したとしても、どうしても抜け漏れが生じます。日々の税務・会計処理を、継続して適切に処理していれば、税務調査は決して恐れるものではないのです。

以上(2021年9月)

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画像:Veres Production-shutterstock

社内の情報流通をブロックする「門番社員」を排除せよ!

書いてあること

  • 主な読者:自身と他の部下との間に入って「門番」になってしまう部下がいる
  • 課題:門番にもやる気はあるが、他の部下の成長に悪影響を及ぼす
  • 解決策:上司がつとめてフラットかつ平等に接して、情報の非対称性をなくす

1 特定の部下に頼り過ぎてはいけない?

来年度の行動計画を検討している中堅社員のAさん。人、つまり部下に関する課題解決が重要だと認識しています。Aさんが最も憂慮している課題は、機能するチームづくりです。

Aさんのチームは5人です。このうち、Aさんの考えを理解して、自主的に活動してくれるのはBさん1人だけで、残りの4人は指示された仕事しかしません。自主的に活動しようとする部下もいますが、何から始めたらよいのか分からないようです。

こうなるとAさんはBさんに頼るようになりますが、チーム内でコミュニケーションの偏りが生じると、Bさん以外の4人の活動がますます停滞します。どうしたらよいのか、AさんがC部長に相談したところ、C部長は次のように返しました。

「優秀なBさんに頼るのは当然だけど、与える権限は調整しないとね。例えば、他の部下がAさんに話をする際、必ずBさんを通すような体制になっていると、チームのコミュニケーションは停滞し、部下の成長機会も失うことになるよ」

2 部下を門番にしてはいけない

優秀な部下は上司とともに行動する時間が長く、かばん持ちや秘書(スケジュール調整)のような役割を担います。こうして、上司が会う相手、商談の内容、ビジネスの進め方などを学んでいくわけです。上司としても優秀な部下を育てたいと思っているので、特に重要なシーンでは同行させます。また、一部のスケジュール管理も任せるようになるため、その部下は上司のスケジュールを把握するようになります。

こうなったときに生じる、上司が意図しない現象が優秀な部下の“門番化”です。以下、門番化した部下を「門番」と表記します。上司と話をするには必ず門番を通したり、上司の考えを本人ではなく門番に確認したりする体制になっていくのです。

皮肉なことに、この傾向は一生懸命に働いている上司のチームほど顕著です。こうした上司の威厳は高く、多忙のため、部下はなかなか話す機会のない上司に畏怖の念を抱くため、門番に頼るようになります。

これはいけないと感じた上司は、全ての部下を平等に扱おうとするかもしれません。しかし、経験の浅い部下や、やる気が乏しい部下に時間を割いて、優秀な部下と接する時間が減ることの機会費用は小さくありません。

では、上司はどうするべきなのでしょうか。まず、上司の考え方、スケジュール、経費(交際接待費など)の使い道などの情報を平等に知らせます。こうすることで、門番による偏った情報統制を回避でき、チームに平等感が広まります。

一方、部下が上司から与えられた情報を活用して具体的にどのような行動を取るかは、部下自身に任せます。こうすると、優秀な部下や、やる気のある部下が自然と目立つようになってきます。

3 能力不足の部下をフォローする

部下の中には、上司の方針を踏まえ、いかにも“もっともそう”なことを言うものの、何ら行動を起こさない人が少なくありません。このタイプは、何も考えていない口だけの部下と、やる気はあるが何をしたらよいか分からない部下に大別されます。

後者のやる気はあるが何をしたらよいか分からない部下には、何らかのケアをしなければなりません。重要なのは、思考と行動をセットにすることと、期限を設けることの徹底です。

思考と行動をセットにすることについては、1~2カ月に1回の頻度で個別面談をすると効果的です。部下が次の面談までにすべきことを決めていくのです。なお、最初は様子見ということで、上司は細かな管理などはせずに部下に任せてみます。

その結果、上司が納得できるスピード感で行動できている部下はそのままでよいでしょう。一方、面談では目標に納得しているようだが、ほとんど行動を起こすことができない部下には、期限を設ける必要があります。

具体的には、部下と一緒に行動を分解し、優先順位付けも行います。部下が動けない理由は、「能力がない」「時間がない」「優先順位が分からず混乱している」といった3点に集約されます。

行動を分解し、優先順位付けを行うことで問題は切り分けられます。「いつまでに何をする」ところまで明確なのに行動できないのは、その時点では部下の能力が不足しているということなので、目標のレベルを下げる必要があります。

部下の人数にもよりますが、この取り組みを上司1人で行うのは負担が重くなります。そのため、一部の取り組みについては優秀な部下に任せるようにします。ただし、優秀な部下が門番化しないように注意することは不可欠です。

4 自分で人材を見つけ、採用する

ここで紹介してきたのは、今いるメンバーの力を高めていくための取り組みです。一方、新しいことを始める場合には、新たなメンバーを迎え入れなければならないこともあります。

最近は空前の人手不足で、いわゆる「リファラル採用」(社員による人材の紹介や募集)が中小企業に広まっています。採用はこれまで人事の仕事でしたが、リファラル採用では、上司が自分の欲しい人材を積極的に見つけられるようになります。

今、自分のチームに不足しているのはどのような人材なのか、上司が一番理解しているはずです。部下の成長を待つ時間はなく、全社的に人手不足で補充が見込めないのであれば、人事と連携しながら、自らメンバーを探してくることも大切なのです。

以上(2021年9月)

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画像:gstockstudio-Adobe Stock

成果と出口戦略を決める/経済性と社会性を両立させる中小企業のSDGs(2)

書いてあること

  • 主な読者:SDGsに本格的に取り組みたいけれど、企業としての損得勘定も気になる経営者
  • 課題:経済性と社会性を両立させるSDGsの取り組み方を知る
  • 解決策:取り組みの成果を誰が褒めてくれ、どんな経済的なメリットがあるのかという出口戦略を決める。必要であれば行政などへの提言事業も行ってメリットを引き出す

1 SDGsで経済的なメリットを享受するのに必要な「出口戦略」

第1回では、コロナ禍において、新しいビジネスモデルへの転換が求められている中で、

「もっと社会課題、そして政府や地方自治体が作る政策に目を向け、経済性と社会性の両立を目指すことが、中小企業のSDGsの取り組み方である」

と、お話しさせていただきました。また、具体的に自社の事業と政策のマッチングの仕方も示させていただきました。

ただし、実際に政策とマッチングさせた事業に取り組んで成果を上げ、経済的なメリットを享受することは、口で言うほど簡単ではありません。行政など社会課題の解決に取り組むプロ集団とパートナーになり、運動(成果を作るアクション)を行う必要があります。

今回は、こうした運動の仕方を含め、

最終的にSDGsで経済的なメリットを享受するまでの「出口戦略」を決める方法

についてお話をさせていただきます。

2 成果を得るための運動は「推進事業」と「提言事業」の2つ

第1回でご説明したように、SDGsの取り組みで鍵になるのは、ビジネスに取り組んでいるプロ集団である企業と、社会課題の解決に取り組んでいるプロ集団である行政やNPOという、両プロ集団の融合です。両プロ集団の融合は、解決する社会課題を決める段階では自社の事業と政策とのマッチングでしたが、成果を得るために運動する段階での両プロ集団の融合は、企業が行政やNPOなどとパートナーとして連携することを意味します。

では、両プロ集団を融合させ、成果を得るための運動とは、具体的にはどんなアクションでしょうか? 私が共同代表を務める一般社団法人SDGsマネジメント(以下「SDM」)では、「推進事業」と「提言事業」の2つがあると定義しています。

第1回でも紹介した、SDMで共同代表をしている西岡徹人さんが経営するSUNSHOW GROUP(以下「SG」)による女性活躍の推進を例に、2つの運動の方法をご説明します。

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1)推進事業

「推進事業」の第一歩は、自社が目指す成果と、行政などが後押ししている政策をマッチングさせることです。政府は女性活躍の推進にあたり、女性活躍推進法という法律を策定し、女性採用比率の向上、勤続年数の男女格差是正、労働時間の適正化、女性管理職比率の向上などを指標に掲げて、企業の女性活躍を後押ししています。

その一環として厚生労働省では、「えるぼし認定」という企業認定制度を準備し、企業の女性活躍への取り組みを見える化し、社会的に評価できるような仕掛けを展開しています。SGでは、厚生労働省をパートナーにすることに決め、同省が推進するえるぼし認定を取得しました。

ただし、SGの推進事業のポイントは、えるぼし認定の取得だけを成果とせず、女性従業員が活躍できるような環境づくりを目指す部門「チーム夢子」を創設するという、自社で独自に決めた成果を連動させていることです。

政府が制定する認定制度系の推進事業は、取得したら終わりという企業が少なくありません。認定を取得することは、「政府からのお墨付き」としてとても重要なことなのですが、我々が目指すべき成果とは、持続的に社会課題を解決する仕組みを作ることです。

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2)提言事業

次に「提言事業」についてご説明します。SDMでは提言事業を「政策の弱点を捉えて、自ら仮説を立案し、対象地域を決めて、プロ集団とのパートナー連携を通じて社会実験を行い、エビデンスを集めて検証すること」と定義しています。推進事業による成果だけでは経済的なメリットが得られにくいと感じた場合、提言事業によって世論や行政などに働き掛け、メリットを享受できるようにするための運動です。

具体的に、SGでの事例をお話しします。前述の通り、SGはえるぼし認定という制度を活用しました。ですが、残念ながらこのえるぼし認定という制度だけでは、女性活躍推進政策として完璧なものとはいえませんでした。

SDMは2020年、企業のえるぼし認定取得を後押しするため、女性活躍推進アドバイザーによる無料相談事業を支援しました。ところが、コロナ禍ということもあるかもしれませんが、正直に申し上げると、中小企業の皆さまの反応は良くありませんでした。SDMが社会保険労務士や専門家の皆さまと検証した中では、「えるぼし認定だけでは、中小企業にとって女性活躍を推進するインセンティブが感じられない」との意見が多く出ました。

これを受けてSGは、他の企業も女性活躍の推進に取り組みやすくなるようなメリットが明らかになる仮説を立証するために、一般社団法人WOMAN EMPOWERMENT PLATFORM(以下「WEP」)を立ち上げました。WEPでは、「どんな中小企業でも女性と男性が力を合わせ、得意なことを活かしあうことができる」という仮説を立証するための社会実験を行い、その経過を発信しています。SGでのビジネス上の成果に加え、WEPでの社会実験の成果についても、西岡さんを通じて厚生労働省に伝えられますので、政策の変化も期待できます。なお、一般社団法人を立ち上げる意義については、次回に詳しくご説明させていただきます。

3 出口戦略は「褒めてもらう」ことから始まる

最後に、経済的なメリットを享受するための「出口戦略」について話をします。企業が社会課題の解決に取り組むときに陥りがちなのが、「自己満足」です。設定した成果は、誰が幸せになっているのでしょうか? 誰が褒めてくれるのでしょうか? 出口戦略は、それが「誰か」を、事前にしっかり決めておくことから始まります。

SGの事例の場合、女性活躍のための推進事業は、直接的に「お客さまから褒められる」ことは目指していません。むしろお客さまには見えない部分であり、「女性活躍を推進しているのでSGから家を買う」という動機付けにもなりません。SGの女性活躍推進事業は、「厚生労働省から褒められる」「従業員から褒められる」「金融機関から褒められる」「報道機関から褒められる」ことを出口戦略にしています。結果として、褒められることが「生産性の向上」「離職率の低下」「金融評価の向上」などのメリットに結び付いているのです。

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また、提言事業の出口戦略は、行政などに提言を受け入れてもらうことです。ですが、提言は行政にとって耳の痛い話です。行政の立場で見れば、自分たちがやってほしいこと(推進事業)をやってもくれない企業から、正論であっても耳の痛い話は言われたくないでしょう。SGは政策推進をしっかりと実行することで、厚生労働省や地元の岐阜市に提言を受け入れてもらいやすい良好な関係を構築しているので、提言事業についてもしっかりと出口を確保することができています。

4 ここまでのまとめ

ここまでの話で、経済性と社会性を両立させるために決める、成果と出口戦略をイメージすることはできましたでしょうか? 最後に、成果と出口戦略の思考フローを整理します。

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第3回は、推進事業と提言事業という2つの運動について深掘りしながら、SDGsの究極の形ともいえる、SDGsをビジネスモデル化するためのパートナーシップによる価値創造についてお話をします。

以上(2021年9月)

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画像:Adobe Stock-Sakosshu Taro

【従業員が交通事故!】責任割合はどうなる? ①同幅員の交差点

書いてあること

  • 主な読者:社有車の事故防止に力を入れたい経営者や運行管理責任者ならびに運転者
  • 課題:交通事故の基本的な責任割合や未然防止策を知りたい
  • 解決策:過去の裁判例に基づく基本的な責任割合と場所や状況に応じた事故防止策を理解する

1 今回の現場と事故の状況を把握します。

今回の事故状況はこちらです。A(自社の青い車)が、交差点でB(相手方の赤い車)と接触してしまいました。双方ともに、直進しようとしていたそうです。

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【A車:自社車両 B車:相手方車両】

一般的に交差点で確認すべきポイントは、主に以下の5点です。

①信号の有無
②双方の道路幅
③交通規制の有無
④センターラインの有無
⑤双方の速度

その他、双方の進行方向(直進、右折、左折など)、車の損害状況や通行した時間帯なども把握しておくと、責任割合を判断する参考になります。また、最近ではドライブレコーダーを搭載した車両も多くなってきました。ドライブレコーダーの機種によっては、時間経過するとデータが自動消去されるものや、走行すると上書きされてしまうものもありますので、事故を録画したデータの保全も重要です。

2 今回の責任割合を、見てみましょう。

1)責任割合の決まり方は?

双方に責任が生じる事故の場合、主に加入している保険会社が窓口となって、相手保険会社と交渉します。過去の裁判例を参考に、実際の事故状況に応じて責任割合を話し合い、決定します。

2)今回の責任割合は?

過去の裁判例より、A(自社の青い車)60%:B(相手方の赤い車)40% が基本の責任割合となります。

今回は信号機や一時停止等の規制がなく、どちらの道路も同じ幅でセンターラインがありません。双方同程度のスピードで接触した場合の基本の割合です。

道路交通法では、左方優先(左側の車を優先)とすることが定められています(道路交通法36条1項1号)。そのため、左方側のB車の割合が10%程度少なくなることが一般的です。

※実際は、それぞれの事故状況に応じて個別に決定されます。そのため、記載の内容とは異なる結果になる場合もあります。

3 事故を未然に防ぐポイントは?

交差点は建物やブロック塀などで見通しの悪い場所も多く、左右の安全を走行しながら確認するのは、難しいケースもあります。

  • まずは、交差点進入時はスピードを落とす
  • 次に、左右の安全が確認できる地点まで、減速しつつ進む(カーブミラーも活用)
  • さらに、車や自転車が突然出てくる事も想定し、慎重に走行する

ことで、事故のリスクを軽減することができます。

車の運転は一人で行う業務のため、運転者本人が「事故を絶対に起こさない。」という意識を強くもち、事故を起こさない運転行動を自主的に行うことが重要です。

また、管理者は運転者がそのような意識をもち、日々実践できるように組織的なサポート・指導・管理を行う必要があります。

以上(2021年9月)

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本記事で紹介している責任割合は、過去の裁判例を参考にした基本的な割合です。実際は、それぞれの事故状況に応じて個別に決定されます。そのため、記載の内容と異なる結果になる場合もあります。

組織を速く動かすために必要なのはアクセル人材よりもブレーキ人材

書いてあること

  • 主な読者:プロジェクトなどを率いる立場になってきた中堅社員
  • 課題:スピードをあげるために「イケイケ」で進もうとするが、危ういところがある
  • 解決策:アクセルを踏む人材だけではなく、ブレーキを踏める人材を側におく

1 流れを途絶えさせる(?)意見

現在、中堅社員のAさんの会社では、全社を挙げて業務効率化プロジェクトを推進しており、Aさんはそのプロジェクトの責任者を任されていました。業務効率化は喫緊の課題であり、これまでにもさまざまな案が出され、既に実行に移されているものも数多くあります。

今は、各部署のメンバーが集まったオンラインミーティングの最中です。既にスタートしている取り組みの進捗状況や成果報告、新たな業務効率化策の検討を行っています。

そこで、あるメンバーから、新たな業務効率化案が提案されました。そのメンバーの説明では、大きな効果が見込めるとのことで、Aさんをはじめ、各メンバーもすぐにでも取り組みを始めるという方向で議論が進んでいました。そのような中、メンバーのBさんが発言をしました。

ちょっと待ってください。その部署では既に多くの取り組みが始められています。それらは、まだ部署内で定着しておらず、効果測定も十分ではありません。その上、この案を進めれば、業務に混乱を来してミスが発生したり、社員の“業務効率化疲れ”を招いたりしないでしょうか。その辺りを確認しつつ、場合によっては、現在の取り組みの優先順位の見直しや、この案の延期や中止も視野に入れて、もう少し慎重に検討しませんか。

Bさんの発言で、盛り上がっていた会議が静まり返ってしまいました。

2 カーレースで勝つためのポイント

中堅社員が円滑に業務を進めていくためには、信頼のおける部下が必要です。その部下に求める基準や役割はさまざまですが、大切なポイントの一つに

適切にブレーキを踏むことができるか

ということがあります。適切にブレーキを踏むことのできる人(以下「ブレーキを踏む人」)とは、組織の流れや雰囲気に流されず、また自身の利害関係を問わずに、そこに潜むリスクなどを見つけ、必要に応じて建設的な対策を提案したり、時には「反対だ」という意見を、毅然として主張したりできる人です。

しばしば、「カーレースで重要になるポイントは、ブレーキングにある」といわれます。これと同じで、組織が“速く走る”ためには、アクセルを踏む人だけではなく、ブレーキを踏む人も重要な存在です。

中堅社員が、その役割を担うこともできますが、自分とは違った視点からブレーキを踏む人が身近にいることは、意思決定の質を高める上で大切になります。

3 ブレーキを踏む人はなぜ貴重か

反対意見を言える人をそばに置くことの大切さは、よく指摘されます。そのため、ブレーキを踏む人のような存在の重要性は認識している人が多いでしょう。しかし、ブレーキを踏む人は多くありません。それは、ブレーキを踏む人になるためのハードルが高いからです。例えば、ブレーキを踏む人には次のような要素が欠かせません。

1)相応の知識や経験

ブレーキを踏む人は、決して保守的であったり、自身の保身を図るために反対したりしてはいけません。また、人の好き嫌いで物事を判断するような人でもありません。ブレーキを踏む人は、各局面において是々非々で考え、ブレーキを踏む必要性、踏むときのタイミングを考慮した上で、適切な意見を表明できる人です。

こうした判断を下すには、業務に関する知識・経験が必要ですし、実務の流れや組織の現状などを、しっかりと把握していなければできません。

2)組織への高い貢献意欲や使命感

通常、ブレーキを踏むことで、“得”をすることはありません。冒頭の例でいえば、業務効率化という実績が上がれば組織での評価は高まります。メンバーは昇進・昇格するかもしれません。

しかし、Bさんのようなブレーキを踏む人は、ともすると「抵抗勢力」「後ろ向きの人」などと、否定的な評価をされがちです。また、ブレーキを踏むことに対する明確な評価基準はないので、昇進・昇格につながることも少ないです。

そのため、社員の中には「ブレーキを踏むべきだ」と思っていても、「ここで言っても、何の得もない」などと考えて、実際に発言を控えるような人もいます。それにもかかわらず、ブレーキを踏めるというのは、その人が「組織を、より良くしたい」「組織のために役立ちたい」といったような、組織への高い貢献意欲や使命感があるからです。

4 育てるために上司が気を付けること

ブレーキを踏む人を育てるために大切なことは、月並みかもしれませんが、上司がその人の意見や行動を認め、感謝の思いを示すことです。

昇進・昇格などの形で報いることも大切です。しかし、組織への高い貢献意欲や使命感がある人は、それと同等、あるいはそれ以上に、上司の「ありがとう」という言葉で、自身が認められているという事実を意気に感じます。

例えば、重要案件について意見を聞くようにすると、その人は「上司に信頼されている」「組織に必要とされている」ということを実感するものです。

また、ブレーキを踏む人は、社内で相応の役職にいることが一般的なため、上司は「職務上、当然のこと」と考え、その後のフォローを怠りがちです。しかし、「ありがとう。あの意見は役に立ったよ」などといった一言も効果があるので、そうした配慮を忘れないようにしましょう。

以上(2021年9月)

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画像:khosrork-Adobe Stock

【朝礼】営業力を高めるために必要な3つのこと

私が通うクリーニング店には、2通りの店員がいます。白いシャツをクリーニングに出すことが多い私に、「シャツ1枚につきプラス15円で襟をより白く仕上げるサービスがおすすめです。いかがですか」と提案してくれる店員と、そうした提案を全くしてくれない店員です。

前者の場合、白いシャツを着る機会が多い私は喜んでそのサービスを利用します。後者の場合、仕方なく私のほうからそのサービスをお願いすることになります。するとその店員は、「1枚プラス15円かかってしまいますが、よいですか」と聞いてきます。まるで、私に対して悪いことをしているかのように。そう聞かれた私は、後者の店員の「営業力の低さ」をもどかしく思います。同時に、我が社の社員は、前者の「サービスを自ら前向きに提案できる店員」のようにあってほしいと願うのです。実際のところ、皆さんはどちらの店員に近いのでしょうか?

日ごろから皆さんに言っている通り、お客様に提案するのは悪いことではありません。むしろ、お客様は提案を待っています。状況にもよりますが、商品やサービスを提案してくれる皆さんのことを、お客様は、「自分のことを考えてくれているのだな」と好意的に感じるものです。

皆さんがお客様に提案できないのは、「何を提案すべきか分からない」「断られたりしたくない」と思うからかもしれません。中には、営業しようという意識を持てていない人もいるでしょう。

こうした状況を変え、営業力を高めてお客様に自ら提案できるようになるために、今日から次の3つのことを実践してください。

まず1つ目は、数字に敏感になることです。皆さんは今期の売上目標が分かりますか? 会社の売上と営業利益を知っていますか? 一番大きな売上のお客様とその金額をすぐに答えられますか? こうした数字は営業の基本です。売上や利益といった数字に敏感になることで、営業しようという意識も芽生えてくるでしょう。

2つ目は、我が社の商品やサービスをよく知ることです。特に、商品やサービスの「おすすめポイント」は必ず押さえておきましょう。コストや納期を含め、お客様にどのような価値を提供できるのかを知っていれば、「何を提案すべきか分からない」ということはなくなるはずです。

そして3つ目は、お客様のことをよく知ることです。それには、接する機会を増やすことが大切です。私が皆さんに、少なくとも月に1度はお客様と話をするように言っているのはそのためです。今どきはSNSを使っているお客様も多いので、それをチェックするのもよいでしょう。お客様の投稿、どのようなセミナーやイベントに顔を出しているかを見れば、お客様が今、何に関心を持っているかが分かるからです。

この3つのことを積み重ね、ぜひ一度、営業で成功体験をしてください。それこそが、皆さんの営業力の大きな肥やしになるでしょう。

以上(2021年9月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】「なぜ」を考えたくなる提案があります

先日、ウェブサイトのマーケティングをしている人と話す機会があり、「ウェブサイトの利用状況を分析する秘訣」を聞きました。印象に残った部分を皆さんにお話しします。

さて、皆さんは、ウェブサイトの利用状況を分析するにあたり、一番重要なことは何だと思いますか。考え方は人それぞれですが、その人が重要だと言っていたのは、

「なぜ」と思えるかどうか

でした。集計データを見て、「ウェブサイトの訪問数が増えた、あるいは減った」を把握して終わりではなく、「それはなぜだろう」と思ってもう一歩調べを進めてみる。例えば、月間でウェブサイト全体の訪問数が増えたなら、「前月に比べてどのページの訪問数が増えたから全体が増えたのか」を調べていく。減った場合もしかりです。

そして該当するページが分かったら、今度は、「なぜ、そのページの訪問数が増えたのか」「どんな人が訪問しているのか」とさらに調べを掘り下げ、「こういう人が、こういう理由で訪問するケースが増えていると思われる」と仮説を立てていく。こうして、一つひとつの事象に「なぜ」と思い、掘り下げていくことが、分析とその後の改善には欠かせないのだそうです。

これは、ウェブに限らずビジネス全般に通じることではないでしょうか。例えば、お客さまから要望を聞いたときや苦言を呈されたとき、皆さんは「なぜ」と思い、尋ねることができますか。

あるいは、「今月はこの商品が売れた、問い合わせが多かった」「今期の売り上げが前期を上回った」といった状況に対して、「なぜ」と思い、理由を知ろうと行動できるでしょうか。

お客さまの要望や苦言の理由を知れば、お客さまの本音、やりたいことが見えてくるかもしれません。また、商品の売れた理由が分かれば、次の商品開発に活かせるでしょうし、前期を上回る売り上げに何が寄与したかが分かれば、それを次の営業活動や、リソース配分に活かせるでしょう。このように、「なぜ」の理由には、ビジネスを前進させるヒントがたくさんあると思います。

また、別の角度から見ると、

「なぜ」と思えるのは関心があるから

ともいえます。恐らく、ウェブサイトの分析でも、「訪問してくれた人をもっと知りたい」と思うことが、「なぜ」の源泉になっているはずです。

同じように、お客さまや商品、売り上げに関心を寄せれば、おのずと「なぜだろう」と理由が知りたくなるのではないでしょうか。

そこで、皆さんに提案です。毎月、チームで「今月、人気があった商品はどれか。それはなぜか」を話し、発表し合ってみましょう。自分一人では見えていなかったお客さまのやりたいことや商品の良さに、気付けるかもしれません。そして何より、「なぜ」の理由を考えるのは、皆さんの知的好奇心をくすぐる面白いことだと私は思うのです。

以上(2021年8月)

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画像:Mariko Mitsuda