年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、阿部 悌久さん(株式会社モノトライブの代表取締役CEO)です。
Webデザイン、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、キャラクターデザイン、写真の撮影、動画の撮影・編集、コピーライティングなど。「一体何屋さんなの?」と不思議になるくらい多様な事業内容。これらを、決して多くはないけれどプロフェッショナルなメンバーと社外のネットワークできっちりまわしていく。かっこいいものづくりをする「ハートが熱く泥臭いプロ集団」。そんな組織になるまでには、紆余曲折もありました。
1 肩書きは「コンセプター」。愛称は「アイデアモンスター」
モノトライブさんの事業内容は、企画とデザインが両軸となっています。「企画」というのはコンテンツももちろんですが、ビジネスモデルであったり、商流そのものを企画したり、コンセプトワークだったりしています。
一般的に小規模事業者であれば一点突破をするところ、全くそんなことはない印象のモノトライブさん。阿部さんに伺ったところ、ご自身の肩書きは「コンセプター」がしっくりくるそうです。これをもう少し開くと、
クライアントの経営者が抱える千差万別の経営課題と向き合い、相手に“シンクロ”して、それを解決するための打ち手を提案する
という仕事だそうです。それにしても領域が広く、文字通り、お客さまのニーズ360度に対応するアイデアをお持ちで、社内外から「アイデアモンスター」と呼ばれることもあるそうです。納得ですね。
2 会社をよくする会社が追求する本質をカタチにするものづくり
阿部さんの姿勢は、とにかく問題の本質を突き止めるというもの。経営者が感じている課題は「決して間違えてはいないけれど(確かにそれが課題なのだけれど)、本質を捉え切れていない」ケースもあります。例えば、「コーポレートサイトをリニューアルしたい」といった依頼を受けたとき、「そもそもコーポレートサイトをリニューアルすることで、御社(経営者)が考えている課題は解決しないですよね? 今必要なのは人の採用だと思います」といったお話から始めて、コーポレートサイトのみならず全体的なブランディングに舵を切ることもあるようです。
「そもそも、なぜそれが課題なのですか?」
と、何度でも、長い時間をかけて問いかけ、まさに「相手の会社の人間になるくらいまで」理解を深めていくのが“阿部流”です。しかも、表面的な問答にならないように、相手の会社や地域の歴史、業界の特徴や成り立ちといったバックボーンを徹底的に調べます。そして、「その人と同じ考え方、同じ目線ができるようになるまでになって、その上でコンセプターとして意見を言う」ようにしているそうです。ここまでやるには、かなり時間がかかりますし、手間暇も相当です。阿部さんは、本当に相手(お客さま)への寄り添い方がハンパじゃない。なかなかできることではないと思います。
驚いたのは、何十時間もヒアリングしたこともあるのだとか。相手は創業20年の飲食業さまだったそうです。今回、阿部さんは、この事例を振り返ってくださいました。
創業者と、2代目以降では経営者としての立居振る舞いが大きく違います。一般的に創業者の言葉にはすごく重みがあるものですが、違う見方をすると創業者は思いやこだわりが強すぎて、共通言語として伝わりにくいところがあります。その創業者(経営者)の場合、「みんなに元気を与えたいんだ」という思いが強くて、それにちなんだ商品を提供していたそうです。ただし、「元気」というこの言葉、当たり前すぎて、逆に伝わりにくいところもある……。そこで、阿部さんがまず、次のように伝えたそうです。
「創業者(経営者)個人としての趣味嗜好ではなくて、社会の代理としてつくったのが法人、会社である」と続ける阿部さん。ですので、阿部さんとしては「代表取締役でも、取締役でも、チーフマネジャーでも、一般のメンバーでも、基本的にその法人としての人格に則って、行動原理が決まっていかないと意味がない」と思っているのだそうです。
ほとんどの場合、代表取締役の個人格に対して、法人としての人格の考え方が乖離しているので、他のメンバー皆が「理解するのが難しい」と思う結果になってしまうのでしょう。
とにかくクライアントからのヒアリング、対話に時間をかける阿部さん。コーポレートのブランディングをする際は、先ほどの「個人格」に対しての「法人としての人格」という話をしてクライアントに理解していただいて、課題を明らかにしていく。こうした過程にかなり時間がかかります。
よくあるのが、経営者の趣味でウェブサイトを作ってしまうというパターンでしょう。もちろん相手はクライアントなので「どうしても」ということであれば、モノトライブ社が折れることもあるそうです。ただ、その場合でも「こういう理由から止めたほうがいいですよ」と根拠を示して、ご提案をしているといいます。時間がかかりますが、相手、クライアントに本当に寄り添っているということですね。時間も労力もかかりますが、泥臭い大切な部分だと思います。
3 先生のモノマネで養った観察眼。そして、なぜか学級委員
相手との対話を重んじる阿部さんの原点は、子供のころにあるようです。
小学校や中学校ではクラスに1人くらい、先生のモノマネが上手なクラスメートがいたと思いますが、阿部さんは、まさにそのタイプ。モノマネをするには相手のことをよく観察しなければならず、そこからクライアントの経営者になり切るくらいの観察眼が身についたようです。
また、阿部さん曰く「推薦で学級委員などをやる機会が多かった」ようで、当時から集団の中心にいる存在だったみたいです。例えば、専門学校でクラス委員長をやっていたときは、クラス全員で卒業する!という目的を達成するために、欠席が目立つ人にも声を掛けたりしたのだとか。自分が関わった人には、諦めたくないという気持ちが強いようです。
そうした経験もあり、仕事ではさまざまタイプの経営者と真剣に向き合って相手とのコミュニケーションを深化させていく手法になっていったのかもしれません。
4 連戦連勝が招く危機の予感
モノトライブさんは2011年の創業ですが、それから6年目くらいまでは、コンペはほとんど負けなしだったようです。これはすごいことですね! リピート率も60%くらいと高く、あまり営業していないのに、大手出版社や大学、行政など大きな案件がいくつかポンポンと入ってきました。大手出版社との取り組みは、最初の2時間ですぐに取り組みのアイデアが浮かぶくらい、相手の課題と解決策が見えていました。
大手出版社というと「お堅い感じ」がありますが、阿部さんの聞く姿勢とアイデア力がそれを突破したのですね。素晴らしいのは、今もそのサービスが自立して運営されていること。ただし、ここまで持っていくのは並大抵のことではありませんでした。以降では、紆余曲折あった過去も振り返ってみます。
好調が続いていたモノトライブ社ですが、その後に大変な事態になっていきます。妙に安定した状態に甘え、だんだん業績が芳しくなくなっていったのです。
将来を見据えて短期計画・中期計画・長期計画などを語るものの、形があるだけで魂がこもっていない。それでもなんか安定している。
そんな状態を放置したままにして、気づいたときにはもう大変な状態になっている。周りが見えていない状態で、どうしていいのか分からなかった。そう語り、「当時の自分を全力でグーで殴りたい」と表現する阿部さん。「いまのその妙な安心感が、あとで大変なことになるぞ」と過去の自分に言いたいそうです。こういうことは、本当にまずい状況にならないとなかなか気づかないものですよね。身につまされます。
5 会社の危機を乗り越えた 3つの取り組み
モノトライブさんのオフィスはとてもオシャレで、こだわりを感じます。メンバーの方にもお話をお伺いしますと、社内の雰囲気はとても和やかで、自由だそうです。また、ディスカッションも頻繁に、しかも激しく行うのだとか。良い会社だなと感じます。
ただ、阿部さん曰く、最初からこうではなく、混沌とした時期もあったそうです。例えば、今から4年前、「あっ、ヤバい」と思うことがあったとのこと。それはまさに、先ほど触れた「個人格と法人としての人格」の問題です。代表取締役である阿部さんの判断で会社の方針が決まるのはある意味で普通のことですが、阿部さんは、ご自身の生き方、考え方、大義や信念で会社が揺れ動いてしまうことをよしとしませんでした。
その問題に気づいていても、それよりも前に経営基盤を安定させなければならないと感じた阿部さんは、「365日会食」みたいな状態で新規案件を獲得しようとしました。しかし、その結果、メンバーと接する機会が減り関係が悪化してしまいました。日頃メンバーとコミュニケーションを取っていないので、「あの件どうなったの?」という普通の会話すら成立しない状態でした。当時のことを「根っこの部分では仲が良いというのはあったのですが、僕もみんなも距離を感じていたと思います」と振り返る阿部さん。
このような状態の中で権限で押してしまうこともできますが、阿部さんが選んだのは組織改革であり、それがあったからこそ、今の自由なモノトライブ社があることは間違いありません。具体的に、阿部さんが取り組んだことは、
社員との対話
社外取締役の選任
権限委譲
の3つでした。
まず、「社員との対話」では、阿部さんのほうから接し方を変えたそうです。そうすると、その姿勢が社員にも伝わり、フラットな関係が生まれていったそうです。モノトライブさんは2021年で10周年を迎えますが、何よりも素晴らしいのは、創業メンバーに退職者が1人もいなくて、全員残っているということです。これはなかなか実現できないことです。阿部さんの思いと社員の思いが一つになっているからのことですね。
次に社外取締役の選任です。自分1人で経営をやるのは止めようと決めても、それだけでどうにかなるものではありません。阿部さんは社外取締役を探し出すのですが、求めた人物像は「信頼できて、僕とは違う能力を持っていて、かつ僕の理念に共感してくれる人」でした。探すのはとても大変だったそうですが、無事、3人に社外取締役になってもらうことができました。
自分だけで考えても大した答えはでない。それに、自分を厳しい目で監視してくれる人がいれば、日々、自分を律しながら経営することができる。阿部さんのようにこう考え実践することは、経営者としてとても大切なことだと思います。阿部さんは次のように言っています。
色々な人たちに相談する、聞くというのをやり続けました。僕は経営者として何もできていないという思いがあって。昔から、分からないことは聞くというスタンスでやっているのですが、色々な人に話を聞いて、教えてもらって。例えば、自社のデザインを提供するので、その代わりにコーチングをやってもらったりもしました。
色々な人に話を聞いていますが、僕と話をして、共感してくれる人に聞いて、教えてもらっているので、ブレはないですね。
そして、新しい経営陣を探すのと同時に、阿部さんはメンバーに権限を委譲していきました。経営者なので指示は出さないといけないのですが、それは、阿部さんが全部確認しなければいけないからだと気づいたんだそうです。そこで、チームをつくって、各チームのリーダーに少しずつ権限を委譲していきました。
また、阿部さんは、外部の人に入ってもらって、メンバーがディスカッションをする機会をたくさんつくりました。こうやって、阿部さんは皆のマインドを変えていったのですが、その際は同時に自分のマインドも変えないといけない、と決心しました。悪癖だと注意された点を真摯に受け止め、できるだけそれを出さないように、減らすようにしたそうです。「すごくすごく時間がかかってしまったのですが」と阿部さん。
一番会社がしんどい時期に、権限委譲して、確認承認フローを撤廃したのもすごいところの一つです。最近、阿部さんが不思議だなと思っているのが、昔は言わなきゃメンバーから出てこなかったのに、最近は阿部さんが言わなくても「確認してください」とスケジュールが押さえられていることだそうです。確認のときも阿部さんは、昔は細かく色々と言っていましたが、今は基本的に「いいんじゃない。後は任せるよ」と言っているそうです。
権限が委譲できて、メンバーが動いてくれているので。それまでは、「僕がやらなきゃいけない」と思っていただけなんですよね。任せればよかったのに、ビビってそれができなかった。みんなに任せたら、できたというだけの話でした。
この阿部さんの言葉。経営者や管理職の皆さんは身に覚えがあるところかもしれません。「言うは易く行い難い」ことを、阿部さんは実践されてきたということですね。
6 コロナ禍で確認できたこと
去年(2020年)はコロナの影響で一時期リモートになり、逆にメンバーとの会話の機会が増えました。大変なピンチを迎えた直後だったので、ふっと時間ができた「小休止」みたいな感覚だったそうです。
阿部さんが思うに、「メンバー全員が、ほっとしたという感覚があったのかもしれない」そうです。「会社がヤバい」という状況でもなく、「案件がいっぱいで動けない」という状況でもなく。意図せずフラットな状態ができたため、阿部さんとしては「みんなと普通の会話ができた」という印象だったそうです。
阿部さんは、このときを振り返って次のように語っています。
改めて思うのは、これまでは会話や対話じゃなかったなと。会話って会って話す、対話は「対(つい)になって話す」と書きますよね。会話や対話ではないものは、一方通行でしかなくて。どちらかがということではなく、お互いにそういう状態で。僕もそうだし、他のメンバーもそうだし。
つまり、これまで、話している時間は長かったかもしれないけれど、内容が違っていたのだと思います。僕が一方的に指示していたり、メンバーから見ればお説教のように聞こえていたりしたかもしれないなと思います。そうなってしまうと、メンバーからすると諦めるしかない。「社長がああ言ってるし」と。でも僕はそういうのが嫌だから、会話しようとするけれど、伝え方が間違っているから、喧嘩になったり、遮断されたりする。だから模索して、自分を掘るしかないんです。
とにかくメンバーと、相当な時間をかけて話したそうです。阿部さんは、クライアントからもメンバーからも、「聞く」というスタイルを徹底していることがうかがえます。
一方、阿部さんは、「話し出すと止まらない」楽しい面もお持ちです。聞くし、話す。会話を非常に大事にしている阿部さんの考え方、お人柄が本当に素晴らしいです。阿部さんは、企画やネーミングなどのアイデアも「センスがものすごい」と感じますが、日頃からクライアントやメンバーとたくさん会話していることも、アイデアの源泉になっているのかもしれません。
7 モノトライブ社がこれから取り組むこと
ストック型のビジネスを安定稼働させる。これが、モノトライブ社が取り組もうとしていることの一つです。そうすれば、積み上げたら、積み上げただけ見えている数字が分かるからという阿部さん。確かに、こうなってくると経営の安定感やメンバーの安心感が変わってくると思います。
そして、「それが実現できたら、僕はそれこそ全然違うことを言い始めると思うんですよ。例えば、キャンプ場を作り始めるとか。ガレージを買って車いじりを始めるとか。それって(ストック型ビジネスで)余裕がないとできないことなので」とニコニコワクワク伝えてくださる阿部さん。
そういう阿部さんは、「そういう状態がつくれれば、1週間のうち3日間、クライアント先で商品企画のチームビルディングのコンサルティングをするみたいなことができるし。いまもそれができる状況ではあるのですが、そこに売上というベースがあるかないかは大きな違いだと思っている」と続けてくださいました。ストック型ビジネスの実現が、モノトライブ社の2021年~2022年の課題といえそうです。
他社ではなかなか見ないくらいの温度感&長時間でクライアントに寄り添い、話を聞くスタイルを貫いている阿部さん。阿部さんと話をしていると、次から次へと新しいアイデアやユニークかつ愛と意味のあるネーミングが出てきます。そんな阿部さんとともに、ときには大いに議論しながら、力を合わせて「泥臭いモノづくり」を実現しているメンバーの皆さん。何より、やっていることが非常に面白いことばかりです。「ブランディングや企画を相談したら、何か大きく変えてくれそう!」と感じるモノトライブ社の今後に、大いに期待したいと思います!
以上
※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年8月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。
※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。
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