【朝礼】相手を思いやる努力を惜しむな

今日は、皆さんに「思いやり」について考えてもらうために、1つの質問をしたいと思います。

ハンカチが必要なときに、会社の同僚が消毒済みのハンカチを貸してくれたとします。あなたはどのようにハンカチを返すべきでしょうか? ちなみに、ハンカチはそれほど高価には見えないものとします。私が4つ選択肢を出すので、自分ならこうすると思う方法を選んでください。

  • ハンカチを使った後、そのまま返す
  • 急いで別のハンカチを買って渡す
  • 後日、借りたハンカチを洗濯して返す
  • 後日、もっと上質なハンカチを買って渡す

どうでしょうか。私は、考えれば考えるほど難しいと感じる質問をしたつもりです。なぜなら、ハンカチを貸してくれた人の状況や性格、あなたとの関係性などによって、正解が変わるからです。

よほど気心の知れた、付き合いの長い同僚であれば、1番でもよいでしょう。ですが、そこまでの関係性のある同僚は少ないかもしれません。

もし、貸してくれた人が、その日にハンカチが使えずに困ることを気遣うのであれば、2番を選ぶのが妥当でしょう。

ものを大切にする人や、「借りたものは返すべき」という思いの強い人、あるいは貸したハンカチそのものに思い入れがある人に対しては、借りたハンカチ自体を返すことが重要ですから、3番が正解ということになります。

これはまれなケースかもしれませんが、もし、ハンカチを貸してくれた人がかなりの潔癖性で、「ハンカチを返してもらっても使えない」と考えるような人だったら、4番が無難にも思えます。

3番と4番の両方をすればいいと思った人もいるでしょう。ですが、「ハンカチ1枚のために色々してもらうのは、逆に申し訳ない」と感じる人もいるかもしれません。「だったら貸した本人に聞けばいい」のでしょうか。貸した人が遠慮がちなタイプなら、「『返して』とも言いにくいから、『あげるよ』と答えよう」と考えてしまいかねません。

というわけで、この質問に絶対的な正解はありません。私が知りたかったのは、この質問の答えを、自信をもって簡単に出したのか、悩んだ末に「強いて挙げれば」で出したのか、なのです。

皆さんに戒めてほしいのは、相手の気持ちを思いやることなく、“独り善がり”や“何となく”で方法を決めてしまわないことです。どうすれば相手が喜ぶかを、きちんと考えてほしいのです。

それをビジネスに当てはめるなら、自社のサービスやその提供方法は、お客さまにとって本当に最適なのか、常に考えることです。お客さまのことを思いやり続けることは、相手との関係性を深め、新しいサービスを生むことにつながります。結果的に選択を誤ったとしても、「実はこのように考えまして」と説明すれば、こちらの誠意は受け取ってもらえます。相手を思いやる努力は、決して無駄になりません。

以上(2021年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】「現場感」は思いやりから生まれる

ビジネスは「現場感」を持って進めなければなりません。現場感に対する解釈は人それぞれですが、私の考えはこうです。「現場感とは、携わる人の喜びや悩みを踏まえて、仕事の意義や仕組みを理解する感覚」。

現場感のない思考は机上の空論にすぎず、そのような発言をすれば、「この人はビジネスが分かってない」と厳しい評価を受けます。先日、当社にマーケティング施策を提案してきたコンサルタントも現場感がありませんでした。そのコンサルタントの提案は、大企業並みの豊富なリソースがなければ着手できない施策ばかりだったのです。また、実務はマーケティング担当者に任せて、経営者は社長室にどっしりと構えていればよいと言っていました。このコンサルタントは、中小企業にはマーケティング担当者がいないケースが多いことや、中小企業の経営者は“社長業”だけではなく、それこそマーケティングからちょっとした事務まで、組織運営に関することは何でもやるという実態が分かっていなかったのです。

何事も経験しなければ分かりません。そうした意味では、中小企業の“社長業”を経験していなければ、中小企業の経営者の本音が分かるはずはありません。しかし、このレベルで終わっているうちは現場感が身に付きません。大切なのは、自分は中小企業のことが分かっていないということを認識し、“無知の知”の状態になって、現場感を持つための努力をすることなのです。

皆さん、改めて考えてみてください。皆さんには現場感がありますか?

この質問に答えるためには、「皆さんの『現場』」を定義する必要があります。こう言うと、ほとんどの人は自分が働いている場所が現場であると定義しますが、それだけでよいでしょうか。製造担当者であれば工場、販売担当者であれば店舗が現場であることは間違いありません。しかし、会社全体ということで考えれば、工場も店舗も現場です。つまり、製造担当者は工場だけではなく、店舗も自分の現場であると認識しなければならないのです。さらに付け加えれば、お客様が当社の製品を使って活動する場所も、私たちにとっての現場であるわけです。これが分からなければ、先のコンサルタントのように、現場感のない的外れな提案をすることになってしまいます。

現場感を持つためには、相手に聞くしかありません。相手が社内の人であっても、社外の人であっても同じです。相手の今抱えている課題を聞き出し、思いを共有するのです。

ただし、特に社外の人から現場の話を聞き出すことは簡単ではありません。そこで常日ごろから、相手を思いやる気持ちを示し、「この人に話せば、何か力になってくれるかもしれない」と信頼してもらわなければならないのです。こうした努力をした人だけが、現場感のあるビジネスをすることができます。現場感は相手を思いやることで身に付くものです。忘れないでください。

以上(2021年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

5つの問題点を回避し、プロジェクトを成功させる組織づくりの秘訣

書いてあること

  • 主な読者:プロジェクトの推進体制づくりに悩む経営者、プロジェクトマネジャー
  • 課題:成果を上げるプロジェクトチームの編成、運営、推進方法が知りたい
  • 解決策:まずはどのようなプロジェクトマネジャーが必要でどこまで権限委譲するか決める

1 プロジェクト推進体制の5つの問題点

プロジェクトは新しい製品やサービスを生み出したり、既存の業務推進体制を改善したりするための取り組みで、その成功は企業の成長に大きく寄与します。仮に成功に至らなくても、ノウハウを蓄積することで次に活かすことができます。

中小企業ではそもそもの人材が限られていることに加えて、通常業務との兼ね合いもあり、プロジェクトに割り当てることができる人材の選択肢は広くありません。実際、中小企業におけるプロジェクトチームの編成では、次のような問題が起こりがちです。

  • 場当たり的な即席チームが編成される
  • プロジェクトの成果が各チームによって大きく異なる傾向がある
  • プロジェクトマネジャーに必要な資質が総合的に評価されていない
  • プロジェクトマネジャーへの権限委譲が明確でない
  • 各プロジェクトを横断的にまとめるプロデューサーがいない

こうした問題を回避し、プロジェクト推進力を高めるにはどうしたらよいのでしょうか。以降では、プロジェクトを推進するための組織づくりや、プロジェクトマネジャーに求められる資質などを解説していきます。

2 プロジェクト推進力の強い組織をつくる

1)プロジェクト推進体制の統一を図る

権限委譲した範囲であれば、プロジェクトの進め方は、プロジェクトマネジャーの裁量に任せるのが基本です。とはいえ、複数のプロジェクトが進行している場合、皆が状況を把握できるよう、スケジュール表などのフォーマットは統一するのがよいでしょう。

ビジネス情報を公開するためのウェブサイト構築プロジェクトのスケジュール表の一例は次の通りです。

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エクセルで作成する場合、グループウエアやタスク管理ツールなどを利用するのもよいでしょう。ただし、こうしたフォーマットはクライアントと共有することもあるため、ウェブ上のツールを利用する際は、セキュリティー面での配慮が不可欠です。

2)プロジェクトの評価とナレッジの共有が高業績チームを育成する

プロジェクトの評価は、プロジェクトの進行途中はそのプロセスを、終了後は具体的な成果に着目して行います。

プロセス評価は、経営者がプロジェクトマネジャーの報告を受けながら行います。例えば、ウェブサイト構築プロジェクトであれば、システム仕様やデザイン変更など要件が頻繁に変更されがちなので、それに応じた軌道修正を強いられることもあります。こうした局面で、プロジェクトマネジャーおよびメンバーがどのように考え、どのような方向に軌道修正したのかを評価します。

また、プロジェクトの成果については、次の点などを総合的に評価します。

  • 成果:最終的に、プロジェクトは成功したか(目的を達成したか)?
  • 期間:予定した期日にプロジェクトは完了したか?
  • 予算:計画した予算の範囲内でプロジェクトは完了したか?
  • 人員:当初のチームを変更することなくプロジェクトは完了したか?
  • 効果:当初のコンセプト通り、顧客に新しい価値を提供できたか?

プロジェクトの成功率を高めるには、プロジェクトを成功させた経験のあるチームのナレッジを全社的に共有することが重要です。ナレッジ共有の場を提供し、プロジェクトに成功したコアチームにプレゼンテーションをしてもらうのもよいでしょう。

プレゼンテーションする際には、プロジェクトで利用したスケジュール表などの資料を配布し、予算の動き、時間管理状況などを報告します。また、プロジェクトの進行途上で発生した問題については、初めに「どのような問題があったのか」だけを紹介し、その対策は他の参加者に考えてもらってもよいでしょう。

そして、実際の行動と他の参加者の回答とでは何が違うのかを比較するなどして、プロジェクトの難所を乗り越えるためのノウハウを共有します。

プロジェクトを成功に導くためのキーパーソンはプロジェクトマネジャーです。中小企業では、業務の処理スピードが速い、営業成績が優れているなど、部分的に高い能力が評価されて経営者の目に留まる人材が少なくありませんが、プロジェクトマネジャーに求められる資質はさまざまで、これらをバランスよく備えた人材であるのが理想です。次章で、プロジェクトマネジャーに求められる10の資質を確認してみましょう。

3 プロジェクトマネジャーに求められる10の資質

1)理解力

経営者の考えや企業の置かれている状況、プロジェクトの目的を理解し、プロジェクトを正しい方向に進める力が求められます。

2)調整力

利害の一致しないこともある社内外の意見を調整し、プロジェクトを当初の方針通りに進める力が求められます。特に中小企業の場合、業務委託など外部のネットワークも活用してプロジェクトを進めることが多いので、こうした社外の人と調整する力も非常に重要です。

3)推進力

強力なリーダーシップがあり、プロジェクトの終点までチームを導く力が求められます。プロジェクトの進捗には、大なり小なりトラブルがつきものです。トラブルが起きても、プロジェクトを進めていく心の強さも必要です。

4)遂行力

迅速かつ正確に業務を遂行し、プロジェクトをスケジュール通りに進める力が求められます。

5)先見力

プロジェクトの始点から終点までを見渡し、事前に課題を想定する力が求められます。

6)対話力

メンバーと対話して良好な関係を築き上げることができ、結束力の強いチームをつくり上げる力が求められます。

7)決断力

冷静で的確な決断力があり、プロジェクトの方向転換や中止を経営者に進言する力が求められます。

8)想像力

最良のシナリオと最悪のシナリオを想像し、最良の成果を上げることができるだけでなく、最悪の結果を避ける力も求められます。

9)管理力

メンバー、設備、費用を管理し、バランスよく使いこなし、チームを切り盛りする力が求められます。

10)精神力

強い精神力があり、課題に直面したときに、強いハートで立ち向かっていく力が求められます。

11)プロジェクトマネジャーを育成する

以上で紹介した10の資質を全て備えた人材は、なかなか存在しないため、経営者はその育成を進めなければいけません。候補となる人材を経営者に同行させる機会を増やし、商談の流れや交渉術などを学ばせることが大切です。

4 権限委譲の範囲を明確にする

プロジェクトマネジャーには、プロジェクト推進に関する一定の権限が委譲されます。経営者が細かな点までを管理せずに済む体制が整えば、それがベストです。また、権限委譲はプロジェクトマネジャーのモチベーションを高める上でも効果的です。ただし、権限委譲の範囲について、経営者とプロジェクトマネジャーに認識の相違があってはいけません。権限委譲の確認表の一例は次の通りです。

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5 横断プロデューサーを配置する

メンバーが固定化されたプロジェクトチームの結束力は強くなります。これはプロジェクトチームにとってプラスである半面、いわゆる「グループシンク」に陥りやすい傾向でもあります。そうした傾向を是正するのはプロジェクトマネジャーの役割ですが、当の本人も担当プロジェクトに愛着があり、客観的な評価ができないことがあります。

こうした状況を解決するために、複数のプロジェクトを第三者的な立場で冷静に見守る横断プロデューサーを配置します。横断プロデューサーは、プロジェクトに主体的に参画して他のメンバーと一緒に議論したり、行動したりするのではなく、プロジェクトの方向性、プロジェクトマネジャーの考えや癖などを客観的に観察する役割です。横断プロデューサーがプロジェクトが暴走しそうな気配を感じたら、必ず経営者に報告するようにすれば、致命的な失敗を回避できる可能性が高まります。横断プロデューサーは、経営者の参謀的な役どころであり、過去に幾つものプロジェクトに携わってきた、ベテラン社員に任せるのがよいでしょう。

6 ボトムアップ型プロジェクトを形にする

プロジェクトのキーパーソンは優秀なプロジェクトマネジャーであり、まずはその選抜、育成に力を注ぐことが必要です。その後、横断プロデューサーの育成などを少しずつ進めていけばよいでしょう。こうして、プロジェクト推進体制が整った後、中小企業が取り組むとよいのは、従業員の自主的な立案による「ボトムアップ型プロジェクト」の募集です。ボトムアップ型プロジェクトとは、いわば従業員のアイデアから始まったプロジェクトであり、従業員が日ごろの業務遂行の中で感じている生の声を企画にしたものです。それらの中には、経営者が考えもしなかった視点で自社製品の改善を提案するものなど、経営のヒントになるものがあるかもしれません。

ボトムアップ型プロジェクトを多く募るためには、小規模なもので構わないので、実際にボトムアップ型プロジェクトを始動してみることです。立案者である従業員から見たボトムアップ型プロジェクトは、「自ら企画した提案を具現化する大きなチャンス」であり、高いモチベーションでプロジェクトに臨みます。こうした実例は従業員に“夢”を与えるため、ボトムアップ型プロジェクトが集まりやすい企業風土が生まれてきます。

中小企業のプロジェクト推進力の向上とは、単にプロジェクトチームの力量だけで実現できるものではありません。経営者が立案する「トップダウン型プロジェクト」の成功はもちろんのこと、「従業員が自ら考え、立案し、実際に行動して成功させるといった、積極的、自発的な組織であること」も重要なポイントといえるのです。

以上(2021年8月)

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画像:photo-ac

「世界初」があるけど、何屋さんかをあえて絞り込みはしない。でも、お客さまからすごく支持されている会社。躍動するコンセプトデザイナーが描く夢/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、阿部 悌久さん(株式会社モノトライブの代表取締役CEO)です。

Webデザイン、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、キャラクターデザイン、写真の撮影、動画の撮影・編集、コピーライティングなど。「一体何屋さんなの?」と不思議になるくらい多様な事業内容。これらを、決して多くはないけれどプロフェッショナルなメンバーと社外のネットワークできっちりまわしていく。かっこいいものづくりをする「ハートが熱く泥臭いプロ集団」。そんな組織になるまでには、紆余曲折もありました。

1 肩書きは「コンセプター」。愛称は「アイデアモンスター」

モノトライブさんの事業内容は、企画とデザインが両軸となっています。「企画」というのはコンテンツももちろんですが、ビジネスモデルであったり、商流そのものを企画したり、コンセプトワークだったりしています。

モノトライブの経営理念を示した画像です

一般的に小規模事業者であれば一点突破をするところ、全くそんなことはない印象のモノトライブさん。阿部さんに伺ったところ、ご自身の肩書きは「コンセプター」がしっくりくるそうです。これをもう少し開くと、

クライアントの経営者が抱える千差万別の経営課題と向き合い、相手に“シンクロ”して、それを解決するための打ち手を提案する

という仕事だそうです。それにしても領域が広く、文字通り、お客さまのニーズ360度に対応するアイデアをお持ちで、社内外から「アイデアモンスター」と呼ばれることもあるそうです。納得ですね。

2 会社をよくする会社が追求する本質をカタチにするものづくり

阿部さんの姿勢は、とにかく問題の本質を突き止めるというもの。経営者が感じている課題は「決して間違えてはいないけれど(確かにそれが課題なのだけれど)、本質を捉え切れていない」ケースもあります。例えば、「コーポレートサイトをリニューアルしたい」といった依頼を受けたとき、「そもそもコーポレートサイトをリニューアルすることで、御社(経営者)が考えている課題は解決しないですよね? 今必要なのは人の採用だと思います」といったお話から始めて、コーポレートサイトのみならず全体的なブランディングに舵を切ることもあるようです。

「そもそも、なぜそれが課題なのですか?」

と、何度でも、長い時間をかけて問いかけ、まさに「相手の会社の人間になるくらいまで」理解を深めていくのが“阿部流”です。しかも、表面的な問答にならないように、相手の会社や地域の歴史、業界の特徴や成り立ちといったバックボーンを徹底的に調べます。そして、「その人と同じ考え方、同じ目線ができるようになるまでになって、その上でコンセプターとして意見を言う」ようにしているそうです。ここまでやるには、かなり時間がかかりますし、手間暇も相当です。阿部さんは、本当に相手(お客さま)への寄り添い方がハンパじゃない。なかなかできることではないと思います。

驚いたのは、何十時間もヒアリングしたこともあるのだとか。相手は創業20年の飲食業さまだったそうです。今回、阿部さんは、この事例を振り返ってくださいました。

創業者と、2代目以降では経営者としての立居振る舞いが大きく違います。一般的に創業者の言葉にはすごく重みがあるものですが、違う見方をすると創業者は思いやこだわりが強すぎて、共通言語として伝わりにくいところがあります。その創業者(経営者)の場合、「みんなに元気を与えたいんだ」という思いが強くて、それにちなんだ商品を提供していたそうです。ただし、「元気」というこの言葉、当たり前すぎて、逆に伝わりにくいところもある……。そこで、阿部さんがまず、次のように伝えたそうです。

    これまで個人の人格で進んできましたが、その先を目指すのであれば「個人の人格から公=法人としての人格」になる必要がありますね

「創業者(経営者)個人としての趣味嗜好ではなくて、社会の代理としてつくったのが法人、会社である」と続ける阿部さん。ですので、阿部さんとしては「代表取締役でも、取締役でも、チーフマネジャーでも、一般のメンバーでも、基本的にその法人としての人格に則って、行動原理が決まっていかないと意味がない」と思っているのだそうです。

ほとんどの場合、代表取締役の個人格に対して、法人としての人格の考え方が乖離しているので、他のメンバー皆が「理解するのが難しい」と思う結果になってしまうのでしょう。

とにかくクライアントからのヒアリング、対話に時間をかける阿部さん。コーポレートのブランディングをする際は、先ほどの「個人格」に対しての「法人としての人格」という話をしてクライアントに理解していただいて、課題を明らかにしていく。こうした過程にかなり時間がかかります。
よくあるのが、経営者の趣味でウェブサイトを作ってしまうというパターンでしょう。もちろん相手はクライアントなので「どうしても」ということであれば、モノトライブ社が折れることもあるそうです。ただ、その場合でも「こういう理由から止めたほうがいいですよ」と根拠を示して、ご提案をしているといいます。時間がかかりますが、相手、クライアントに本当に寄り添っているということですね。時間も労力もかかりますが、泥臭い大切な部分だと思います。

3 先生のモノマネで養った観察眼。そして、なぜか学級委員

相手との対話を重んじる阿部さんの原点は、子供のころにあるようです。

小学校や中学校ではクラスに1人くらい、先生のモノマネが上手なクラスメートがいたと思いますが、阿部さんは、まさにそのタイプ。モノマネをするには相手のことをよく観察しなければならず、そこからクライアントの経営者になり切るくらいの観察眼が身についたようです。

また、阿部さん曰く「推薦で学級委員などをやる機会が多かった」ようで、当時から集団の中心にいる存在だったみたいです。例えば、専門学校でクラス委員長をやっていたときは、クラス全員で卒業する!という目的を達成するために、欠席が目立つ人にも声を掛けたりしたのだとか。自分が関わった人には、諦めたくないという気持ちが強いようです。
そうした経験もあり、仕事ではさまざまタイプの経営者と真剣に向き合って相手とのコミュニケーションを深化させていく手法になっていったのかもしれません。

4 連戦連勝が招く危機の予感

モノトライブさんは2011年の創業ですが、それから6年目くらいまでは、コンペはほとんど負けなしだったようです。これはすごいことですね! リピート率も60%くらいと高く、あまり営業していないのに、大手出版社や大学、行政など大きな案件がいくつかポンポンと入ってきました。大手出版社との取り組みは、最初の2時間ですぐに取り組みのアイデアが浮かぶくらい、相手の課題と解決策が見えていました。

大手出版社というと「お堅い感じ」がありますが、阿部さんの聞く姿勢とアイデア力がそれを突破したのですね。素晴らしいのは、今もそのサービスが自立して運営されていること。ただし、ここまで持っていくのは並大抵のことではありませんでした。以降では、紆余曲折あった過去も振り返ってみます。

好調が続いていたモノトライブ社ですが、その後に大変な事態になっていきます。妙に安定した状態に甘え、だんだん業績が芳しくなくなっていったのです。

将来を見据えて短期計画・中期計画・長期計画などを語るものの、形があるだけで魂がこもっていない。それでもなんか安定している。

そんな状態を放置したままにして、気づいたときにはもう大変な状態になっている。周りが見えていない状態で、どうしていいのか分からなかった。そう語り、「当時の自分を全力でグーで殴りたい」と表現する阿部さん。「いまのその妙な安心感が、あとで大変なことになるぞ」と過去の自分に言いたいそうです。こういうことは、本当にまずい状況にならないとなかなか気づかないものですよね。身につまされます。

5 会社の危機を乗り越えた 3つの取り組み

モノトライブさんのオフィスはとてもオシャレで、こだわりを感じます。メンバーの方にもお話をお伺いしますと、社内の雰囲気はとても和やかで、自由だそうです。また、ディスカッションも頻繁に、しかも激しく行うのだとか。良い会社だなと感じます。

ただ、阿部さん曰く、最初からこうではなく、混沌とした時期もあったそうです。例えば、今から4年前、「あっ、ヤバい」と思うことがあったとのこと。それはまさに、先ほど触れた「個人格と法人としての人格」の問題です。代表取締役である阿部さんの判断で会社の方針が決まるのはある意味で普通のことですが、阿部さんは、ご自身の生き方、考え方、大義や信念で会社が揺れ動いてしまうことをよしとしませんでした。

その問題に気づいていても、それよりも前に経営基盤を安定させなければならないと感じた阿部さんは、「365日会食」みたいな状態で新規案件を獲得しようとしました。しかし、その結果、メンバーと接する機会が減り関係が悪化してしまいました。日頃メンバーとコミュニケーションを取っていないので、「あの件どうなったの?」という普通の会話すら成立しない状態でした。当時のことを「根っこの部分では仲が良いというのはあったのですが、僕もみんなも距離を感じていたと思います」と振り返る阿部さん。

このような状態の中で権限で押してしまうこともできますが、阿部さんが選んだのは組織改革であり、それがあったからこそ、今の自由なモノトライブ社があることは間違いありません。具体的に、阿部さんが取り組んだことは、

社員との対話
社外取締役の選任
権限委譲

の3つでした。

まず、「社員との対話」では、阿部さんのほうから接し方を変えたそうです。そうすると、その姿勢が社員にも伝わり、フラットな関係が生まれていったそうです。モノトライブさんは2021年で10周年を迎えますが、何よりも素晴らしいのは、創業メンバーに退職者が1人もいなくて、全員残っているということです。これはなかなか実現できないことです。阿部さんの思いと社員の思いが一つになっているからのことですね。

次に社外取締役の選任です。自分1人で経営をやるのは止めようと決めても、それだけでどうにかなるものではありません。阿部さんは社外取締役を探し出すのですが、求めた人物像は「信頼できて、僕とは違う能力を持っていて、かつ僕の理念に共感してくれる人」でした。探すのはとても大変だったそうですが、無事、3人に社外取締役になってもらうことができました。

自分だけで考えても大した答えはでない。それに、自分を厳しい目で監視してくれる人がいれば、日々、自分を律しながら経営することができる。阿部さんのようにこう考え実践することは、経営者としてとても大切なことだと思います。阿部さんは次のように言っています。

    色々な人たちに相談する、聞くというのをやり続けました。僕は経営者として何もできていないという思いがあって。昔から、分からないことは聞くというスタンスでやっているのですが、色々な人に話を聞いて、教えてもらって。例えば、自社のデザインを提供するので、その代わりにコーチングをやってもらったりもしました。
    色々な人に話を聞いていますが、僕と話をして、共感してくれる人に聞いて、教えてもらっているので、ブレはないですね。

そして、新しい経営陣を探すのと同時に、阿部さんはメンバーに権限を委譲していきました。経営者なので指示は出さないといけないのですが、それは、阿部さんが全部確認しなければいけないからだと気づいたんだそうです。そこで、チームをつくって、各チームのリーダーに少しずつ権限を委譲していきました。

また、阿部さんは、外部の人に入ってもらって、メンバーがディスカッションをする機会をたくさんつくりました。こうやって、阿部さんは皆のマインドを変えていったのですが、その際は同時に自分のマインドも変えないといけない、と決心しました。悪癖だと注意された点を真摯に受け止め、できるだけそれを出さないように、減らすようにしたそうです。「すごくすごく時間がかかってしまったのですが」と阿部さん。

一番会社がしんどい時期に、権限委譲して、確認承認フローを撤廃したのもすごいところの一つです。最近、阿部さんが不思議だなと思っているのが、昔は言わなきゃメンバーから出てこなかったのに、最近は阿部さんが言わなくても「確認してください」とスケジュールが押さえられていることだそうです。確認のときも阿部さんは、昔は細かく色々と言っていましたが、今は基本的に「いいんじゃない。後は任せるよ」と言っているそうです。

    権限が委譲できて、メンバーが動いてくれているので。それまでは、「僕がやらなきゃいけない」と思っていただけなんですよね。任せればよかったのに、ビビってそれができなかった。みんなに任せたら、できたというだけの話でした。

この阿部さんの言葉。経営者や管理職の皆さんは身に覚えがあるところかもしれません。「言うは易く行い難い」ことを、阿部さんは実践されてきたということですね。

6 コロナ禍で確認できたこと

去年(2020年)はコロナの影響で一時期リモートになり、逆にメンバーとの会話の機会が増えました。大変なピンチを迎えた直後だったので、ふっと時間ができた「小休止」みたいな感覚だったそうです。

阿部さんが思うに、「メンバー全員が、ほっとしたという感覚があったのかもしれない」そうです。「会社がヤバい」という状況でもなく、「案件がいっぱいで動けない」という状況でもなく。意図せずフラットな状態ができたため、阿部さんとしては「みんなと普通の会話ができた」という印象だったそうです。

阿部さんは、このときを振り返って次のように語っています。

    改めて思うのは、これまでは会話や対話じゃなかったなと。会話って会って話す、対話は「対(つい)になって話す」と書きますよね。会話や対話ではないものは、一方通行でしかなくて。どちらかがということではなく、お互いにそういう状態で。僕もそうだし、他のメンバーもそうだし。

    つまり、これまで、話している時間は長かったかもしれないけれど、内容が違っていたのだと思います。僕が一方的に指示していたり、メンバーから見ればお説教のように聞こえていたりしたかもしれないなと思います。そうなってしまうと、メンバーからすると諦めるしかない。「社長がああ言ってるし」と。でも僕はそういうのが嫌だから、会話しようとするけれど、伝え方が間違っているから、喧嘩になったり、遮断されたりする。だから模索して、自分を掘るしかないんです。

とにかくメンバーと、相当な時間をかけて話したそうです。阿部さんは、クライアントからもメンバーからも、「聞く」というスタイルを徹底していることがうかがえます。

一方、阿部さんは、「話し出すと止まらない」楽しい面もお持ちです。聞くし、話す。会話を非常に大事にしている阿部さんの考え方、お人柄が本当に素晴らしいです。阿部さんは、企画やネーミングなどのアイデアも「センスがものすごい」と感じますが、日頃からクライアントやメンバーとたくさん会話していることも、アイデアの源泉になっているのかもしれません。

7 モノトライブ社がこれから取り組むこと

ストック型のビジネスを安定稼働させる。これが、モノトライブ社が取り組もうとしていることの一つです。そうすれば、積み上げたら、積み上げただけ見えている数字が分かるからという阿部さん。確かに、こうなってくると経営の安定感やメンバーの安心感が変わってくると思います。
そして、「それが実現できたら、僕はそれこそ全然違うことを言い始めると思うんですよ。例えば、キャンプ場を作り始めるとか。ガレージを買って車いじりを始めるとか。それって(ストック型ビジネスで)余裕がないとできないことなので」とニコニコワクワク伝えてくださる阿部さん。

    たとえ僕が会社にいなかったとしても、誰もストレスを感じずに仕事が回る状態をつくらなきゃいけないじゃないですか。

そういう阿部さんは、「そういう状態がつくれれば、1週間のうち3日間、クライアント先で商品企画のチームビルディングのコンサルティングをするみたいなことができるし。いまもそれができる状況ではあるのですが、そこに売上というベースがあるかないかは大きな違いだと思っている」と続けてくださいました。ストック型ビジネスの実現が、モノトライブ社の2021年~2022年の課題といえそうです。

他社ではなかなか見ないくらいの温度感&長時間でクライアントに寄り添い、話を聞くスタイルを貫いている阿部さん。阿部さんと話をしていると、次から次へと新しいアイデアやユニークかつ愛と意味のあるネーミングが出てきます。そんな阿部さんとともに、ときには大いに議論しながら、力を合わせて「泥臭いモノづくり」を実現しているメンバーの皆さん。何より、やっていることが非常に面白いことばかりです。「ブランディングや企画を相談したら、何か大きく変えてくれそう!」と感じるモノトライブ社の今後に、大いに期待したいと思います!

以上

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利害の衝突を問題解決へ生かす/ローマ史から学ぶガバナンス(1)

書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 人は歴史に学ぶ

歴史は、人間社会が経てきた変遷であり、私たちに多くのことを教えてくれます。時の権力者の意向や著述者の思想といった影響もあり、歴史は、必ずしも真実の記録とは言えませんが、その1つ1つの出来事を見つめることで、私たちが現実に抱えている課題に対するヒントが見えてきます。

「歴史は現在と過去の対話である」と言われますが、この対話を通じて、先人たちと自分たちを重ね合わせ、自分たちの判断や行動に対する助言を得ることができるのです。本シリーズでは、古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、ビジネスガバナンスについての示唆を得ていきます。

2 社会集団の形成:5つの段階

国家と企業の違いは多くあるものの、多数人から構成される社会集団として捉えると、類似した点も多く見いだせます。部門やチームも同様です。通常、社会集団が形成される場合には、形成期・激動期・規範形成期・実現期・終了期といった5つの段階があると言われています。この中で、特に重要なのは、激動期です。激動期をどのように経て、規範形成期に入っていくか、というのが、後々の形に大きな影響を与えるからです。

すなわち、激動期は、社会集団を構成するメンバーの間でコンフリクト(衝突、対立)が生じ、一見すると良くない兆候のように見えますが、このコンフリクトを通じ解決に向けて行動することによって、お互いの考えが理解され、社会集団内の共通規範のイメージが形成されます。もちろん、コンフリクトを放置しているだけでは崩壊に向かいますが、解決に向けた議論や行動が先々の礎となって、共通規範が形成され、豊かな成果が上げられるようになるのです。

3 古代ローマにおける激動期とコンフリクト

古代ローマ史とは、一般的に、紀元前753年の建国から西暦476年の西ローマ帝国の滅亡までの約1200年を指します。この長きにわたった社会集団の変遷もまた、先述の5つの段階を経ていきましたが、やはり激動期におけるコンフリクトとその解消に向けた取り組みが、後々の礎になったように思います。それでは、簡単に、古代ローマ史の第1幕を見ていきましょう。

ローマの歴史は、ロムルスとレムスという双子の兄弟から始まります。2人は、新たな都市をつくるべく近隣の人々をまとめていきましたが、2人の間に不和が生じ、レムスは殺されてしまいます。そして、紀元前753年、ロムルスが王となり、ローマが建国されました。ここから7代、約240年にわたって王政が続きましたが、市民たちが決起して王を追放し、紀元前509年、共和政へ移行しました。

共和政の下、ローマは周辺部族との戦いを続けながら、徐々に力をつけ、市民の数も増えていきましたが、貴族層と平民層の対立が深刻な問題になっていきます。富と権力を持つ貴族層に対し、数で勝る平民層がストライキを起こし、貴族層がほんの少し譲歩する。そういったことが繰り返されました。まさに、激動期におけるコンフリクトでした。

4 国家存亡の危機からコンフリクトの解消へ

しかし、一時的ではありますが、このコンフリクトは落ち着きます。それは、国家存亡の危機というべき出来事が発生し、国内でコンフリクトを起こしている場合ではなくなったからです。古代も現代も、共通の敵を持つと、社会集団の結束が高まるということでしょう。このときは、北方からのケルト族の襲来でした。この紀元前390年のケルト族の襲来は、ローマにとって屈辱的で、甚大な被害をもたらしました。ローマは、ケルト族の侵入を阻むことができず、彼らの残虐な蛮行を7カ月間も許すことになります。

更に屈辱的だったのは、300キロの金塊を条件に、ケルト族に撤退を受け入れてもらったことでした。しかし、このケルト族の襲来は、この後長く続くローマの発展と繁栄の契機になったのではないでしょうか。国家も企業も、あるいは個人も、壊滅的な打撃を受けた後、大きな変革が進むことがあります。

ケルト族の襲来後、破壊されたローマの再建が進められました。屈辱、不安、恐怖などはまだ拭えずとも、20年が経ち、ようやく襲来前の状態に近づいていくと、貴族層と平民層との間のコンフリクトが再燃しました。

一方で、このコンフリクトこそが国家の脆弱性をまねき、ケルト族の襲来の本質的な原因であると認識していたのでしょう。ローマの人々は、この問題を先送りせず、解決に向けて歩みを進めました。紀元前367年、ローマの人々は「リキニウス・セクスティウス法」と呼ばれる画期的な法律を成立させます。この法律は、貴族層が占めていた国家の要職についての規程を改め、平民層の不満を解消するものでした。その後、更に法律が整えられ、貴族層と平民層との間のコンフリクトは治まっていくのです。

5 コンフリクト・マネジメント:ローマのアプローチ

一般に、ビジネスにおけるコンフリクト・マネジメントは、「競争」「和解」「回避」「妥協」「協力」という5つの対処法があると言われています。「競争」は、相手を打ち負かすことでコンフリクトを解消することで、かなり一方的な対処法と言えるでしょう。「和解」「回避」「妥協」は、対立する両者、あるいはいずれかに火種を残すこともありますが、平和的にコンフリクトを鎮静化する対処法と言えます。「協力」は、双方の利得が大きくなる方策を見つけて実行することでコンフリクトを解消することですが、現実の対立場面を考えると少々理想論にも思えます。

いずれにせよ、この5つの対処法を知らずとも、経営者が日々目にするコンフリクトを思い浮かべれば、想像できる対処法でしょう。

「リキニウス・セクスティウス法」は、5つの対処法のどれにも当てはまらないようにも、すべてに当てはまるようにも見えるものでした。そもそも平民層は、貴族層が占めている国家の要職を、平民層と貴族層で配分することを求めていました。

例えば、共和政ローマにおける最高職である2人の執政官のうち、1人を平民層からにすることを求めていたわけです。しかし、「リキニウス・セクスティウス法」は、ローマの共和政府のすべての要職を全面開放しました。つまり、人数の配分枠はなく、どの要職にも、平民層でも貴族層でも就けるるということです。完全に自由な競争で、執政官が2人とも平民層の場合もあれば、貴族層になる場合もありますし、1人ずつになる場合もあります。すべて公平で自由な競争の結果に委ねようというわけです。もし人数枠を等分していたら、国家が2つの組織構造を抱え、それらを争わせることになっただけでしょう。

更に、この数年後に成立した法律では、重要な公職に就き、その職を全うした者は、貴族層か平民層かにかかわらず、元老院議員になれる権利を与えることにしました。経験と能力さえあれば出自を問わないこととし、元老院議員という地位をも開放したわけです。

6 コンフリクト・マネジメントがつくる文化・思想

前述の通り、社会集団におけるコンフリクトは、起こらないほうがよいというわけではなく、適切な対処によっては、社会集団としての共通規範のイメージが形成され、後々の礎になり得る貴重な機会となります。

紀元前4世紀半ばにローマで実行されたコンフリクト・マネジメントは開明的だっただけでなく、その後のローマ国家における文化・思想を決定づけるものになります。貴族層、平民層という階層がなくなったわけではありませんが、いずれの立場であろうとも、更にはローマ市民でなかろうとも、機会の均等をつくっていこうという共通規範のイメージがここで明らかに示されたのです。そして、その共通規範のイメージが、この後に続くローマ史に色濃く表れていきます。

ビジネスにおいても同様でしょう。会社設立後、事業が回り始めると、社員を採用し、社員が一定数になると、コンフリクトが起こり始めます。企業間の合併や吸収などにおいてもコンフリクトが生じ、それがもとで実行が見送られるケースもありますし、合併や吸収の後も、コンフリクトが長らく続くこともあります。

こうした場面で、経営者や管理者が示すマネジメントは、企業のその後の文化・思想の礎になります。更には、その企業におけるリーダーシップ上の不文律になることもあるでしょう。コンフリクト自体を好ましい機会とできるのか、生産性のない内輪もめにしてしまうのかは、コンフリクト・マネジメントに掛かっています。経営者や管理者は、日々の対処の1つ1つがその後の事業運営に大きな影響を与えることを肝に銘じねばなりません。

7 敗北からの学び

ケルト族の襲来は、ローマにとって屈辱的な出来事でしたが、ローマが内部的に抱えていたコンフリクトと向き合う契機となったことは先に述べた通りです。もう1つ付け加えておきたいのは、ケルト族の襲来という屈辱は、内政上のコンフリクトの対処だけでなく、他国との同盟関係を見直す契機にもなり、「政治建築の傑作」とも呼ばれ、ローマの拡大を支えたローマ連合の仕組みづくりに繋がったという点です。また、このローマ連合を支える動脈網として、街道の整備が全国に展開されていきます。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざもありますが、ローマは、ケルト族の襲来と、その後の苦悩を忘れることなく、改革を進めていきました。こうしたことがこの後長く続くローマの発展と繁栄を築いていったのです。

ビジネスにおいても、大小さまざまな失敗や敗北が積み重ねられます。失敗や敗北の直後は、原因調査と改善策検討がなされますが、それを何年にもわたり、多方面から対応していくことは難しいでしょう。多くの場合、長くても次の年度になる頃には、取り組みが頓挫し始めるのではないでしょうか。

ケルト族の襲来は、ローマにとって忘れ去ることができないほど、甚大で屈辱的な敗北でしたが、こうした敗北からの学びが重要であり、その取り組みが後々にまで生きるということを忘れずに、失敗や敗北と向き合っていきたいものです。

以上(2021年8月)
(執筆 辻大志)

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知的財産権の全体像と役割/意外と知らない「知的財産権」シリーズ2

書いてあること

  • 主な読者:知的財産権を侵害してしまうリスクと活用するメリットについて知りたい経営者
  • 課題:何をすると他社の知的財産権を侵害してしまうのか? また、どうすれば自社の知的財産が保護されるのか?
  • 解決策:それぞれの知的財産権が何を保護対象としているのか、権利取得のためにどのような手続が必要となるのか、保護期間はどれくらいあるのかを押さえておく

1 ゆるキャラはどの権利で保護する?

突然ですが、皆さんの会社で「ゆるキャラ」をつくることになりました!

Webサイトでの掲載などのPR活動、ぬいぐるみやお菓子などのグッズ展開もしようと考えています。ここで質問です。

このゆるキャラをどのような知的財産権で保護していくべきでしょうか?

著作権、意匠権などさまざまな知的財産権が思い当たるでしょうが、「これだ!」という確信はないのではないでしょうか。今回は、さまざまな知的財産権の種類と、それらが何を保護してくるかについて分かりやすく説明していきます。

2 ゆるキャラを保護する知的財産権

まずは、皆さんも気になっているはずの、「ゆるキャラを保護するための知的財産権」について簡単に触れておきましょう。結論としては、「何を保護したいのか?」によって重要となる知的財産権は変わってきます。この辺りを意識して確認してみてください。

1)著作権で保護する

キャラクターの保護として、最初に思い浮かぶのは著作権ではないでしょうか。ディズニーなどの映画に出てくるキャラクターを商業利用するときに著作権の問題をクリアにしておかなければならないことは、よくご存じだと思います。

著作権の発生には何らの手続も必要なく、権利期間も著作者の死後(法人著作物や映画の著作物は公表から)70年間と長期にわたって保護を受けることができる点でメリットがあります。

ただ、裁判所は、キャラクターそのもの、つまり小説や漫画等の具体的表現から昇華したイメージ(小説や漫画等に実際描かれたイラストとは異なる)に関しては著作物には当たらず、著作権法の保護対象ではないと判断しているという点については注意が必要です。このため、展開するグッズは知的財産権を保護できない可能性があるのです。また、ゆるキャラのネーミングも保護できません。

2)意匠権で保護する

意匠権は、権利の存在の証明が容易であることに加え、物品を特定してそのデザインを権利化し、その効力は類似範囲の物品にまで及びますから、「ぬいぐるみ」「菓子」「表示画像」などの意匠として登録することで、第三者による無断使用を広く排除することができます。

もっとも、意匠権は意匠登録が必要なためコストがかかりますし、出願前に発表したり秘密保持契約のない第三者に開示してしまったりすると登録ができなくなる上、権利期間も著作権と比べると短期に終わるというデメリットがあります。グッズなどを急いで展開したい場合などは向かないかもしれません。また、著作権と同様に、ネーミングは保護されません。

3)商標権で保護する

立体商標としての商標権による保護も考えられます。商標権は、更新によって半永久的に保護を受けられるメリットがあります。ゆるキャラのネーミングも商標権で保護する必要があります。

ただし、商品役務の区分ごとに登録をしていく必要がありますのでコスト面でのデメリットがありますし、立体商標として登録されるためには、十分な識別力がある必要があり、若干ハードルが高いといえます。

3 知的財産権の活用で重要なポイント

このように知的財産を保護する方法は一長一短があり、正解があるというわけではありません。実際の事業活動の内容との関係でその都度最適な保護方法を検討していくことが必要となるのです。

その場合、次のようなポイントを押さえた上で、知的財産権を取得するメリット・デメリットについて知っておくことが重要です。

  • 特許権や著作権など知的財産権がそもそも何を保護対象としているのか
  • 権利取得のためにどのような手続が必要となるのか
  • 保護期間はどれくらいあるのか など

そこで、次章では、知的財産法の全体像を概観し、それぞれの特徴や守備範囲などを解説していきます。

4 知的財産法の全体像と各法域の特徴

前回「知的財産権侵害のリスクと知的財産権活用のメリット/意外と知らない「知的財産権」シリーズ1」のおさらいになりますが、知的財産とは、財産的価値のあるアイデアやブランドなどの無形固定資産をいいます。これらのうち知的財産に関する法令によって保護される権利や利益のことを、一般に知的財産権と呼んでいます。

主な知的財産権の種類、保護対象、保護期間については、次のように整理することができます。

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以降では、主な知的財産権の特徴を紹介します。

1)特許権

特許法の保護対象は「発明」です。新しい物の組成や構造、その物の製法、新しい測定方法などの技術に関するアイデアが発明として保護を受けられることになります。エネルギー、宇宙関連、IT、医薬品など最先端の科学技術から、日常生活における目からうろこの知恵まで、ありとあらゆる分野で、日々特許発明が生まれています。

なお、特許権は、特許庁に対して特許出願を行い、審査官による審査を経て、登録査定を得たのちに特許庁にある特許原簿へ登録されることによって、はじめて権利として成立します(登録主義)。特許権を取得するためには、必ず「出願」という手続をしなければなりません。

特許権の存続期間は、出願の日から20年間です。

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2)実用新案権

実用新案法が保護するのは、物品の形状、構造または組合せに係る「考案」です。発明と考案は、創作の程度が高度かどうかによって区別されています。考案は「小発明」ともいわれ、私たちの身近なところでは、洗濯槽の糸屑を集めるネットやフローリングワイパーの回動自在なジョイント機構などのアイデアの保護に利用されています。

実用新案法においても登録主義が採用されていますので、実用新案権を得るためには、必ず出願をして実用新案登録を受ける必要があります。なお、実用新案法では、特許法と異なり、審査を受けなくても実用新案権者になれるという特徴がありますが、この点については、次回以降に改めて詳しく触れたいと思います。

実用新案権の存続期間は、出願の日から10年間です。

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3)意匠権

意匠法で保護されるのは「意匠」、すなわち物品のデザインです。人工衛星のような大型のものから電子顕微鏡で見なければ分からないような極小の粒子まで幅広く保護対象とされています。

意匠法においても登録主義が採用されており、意匠権者になるためには出願して登録を受けることが必要です。また、意匠法には、秘密意匠、関連意匠、部分意匠、動的意匠など特有の制度が用意されていますので、これらについては、また回を改めて詳しく解説したいと思います。

なお、2019年の意匠法改正で保護対象が拡充され、スマートフォンなどの端末画面そのもののデザインや建造物、店舗内装のデザインまで意匠登録を受けられるようになりました。

意匠権の存続期間は、出願の日から25年間です。

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4)不正競争防止法

商品や営業の表示、商品の形態、ドメインネーム、営業秘密等は、不正競争防止法によって保護されています。不正競争防止法上の保護は、特許庁への出願手続等は必要ありません。また、保護期間についても、商品形態の保護が国内初販日から3年間に限られるのを除いては、特に制限はありません。

5)著作権

著作権法の保護対象は、楽曲や小説、映画、プログラムなどの著作物です。ゲームソフトなども著作物として保護されます。著作権は、各利用行為に応じたさまざまな権利の束として構成され、複製、上映、インターネット配信など、さまざまな場面において保護を受けられることとなります。

著作権法は、特許法や商標法などの産業財産権法とは異なり、登録主義を採用していません。このため、著作行為を完成すれば、何らの手続を行うことなく、著作権が発生するという仕組みになっており、この点に大きな特徴があるといえます。

なお、著作権法においても登録制度はありますが、権利の発生要件ではなく、著作者の実名や創作年月日の推定や権利移転、担保権の設定の第三者対抗要件を目的として利用されています。

著作権の存続期間は、著作者の死後70年間、法人著作や映画の著作物については公表後70年間です。

6)育成者権

種苗法では植物新品種が保護対象とされています。農林水産省の品種登録簿に登録することにより、育成者権者として保護を受けられることとなります。

なお、日本の優良品種が海外へ流出するのを防止することを目的として、令和2年の種苗法改正で、登録品種の種苗については育成者権者の意思に反する海外持ち出しや自家増殖が禁止され、これに違反した場合は損害賠償請求や刑事罰の対象とされることとなった点には注意が必要です。

育成者権の存続期間は、登録日から25年間(果樹等の永年性植物は30年間)です。

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7)商標権

商標法は、「商標」、すなわち商品やサービスのネーミング、ロゴマークなどを保護対象としています。2014年の法改正で保護対象が拡充され、名称やロゴマークなど従来の伝統的な商標に加え、動き商標、ホログラム商標、色彩商標、音商標、位置商標が新しい商標として保護を受けられるようになりました。

商標法も登録主義を採用していますから、商標権を得るためには出願・登録が必要となります。ただ、商標法は、特許法、実用新案法、意匠法などの他の産業財産権法とは異なり、登録要件として「新規性」が不要であるという点に特徴があります。このため、既に使用を開始したネーミングであっても商標登録を受けることは可能である反面、場合によっては、他人に冒認されて先に商標登録されてしまう危険もあるのです。

商標権の存続期間は、登録日から10年間です。ただし、他の産業財産権と異なり何度でも更新可能ですので、更新を続ける限り半永久的に保護を受けられる点に特徴があります。

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以上(2021年8月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)

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飲酒運転の根絶に向けて(2021/08号)【交通安全ニュース】

活用する機会の例

  • 月次や週次などの定例ミーティング時の事故防止勉強会
  • 毎日の朝礼や点呼の際の安全運転意識向上のためのスピーチ
  • マイカー通勤者、新入社員、事故発生者への安全運転指導 など

飲酒運転による交通事故は、2006年に福岡県で幼児3名が死亡する重大事故が発生するなど大きな社会問題となりました。その後、飲酒運転の厳罰化・行政処分強化などにより、飲酒運転による交通事故は年々減少しているものの、近年では下げ止まり傾向にあり、依然として飲酒運転による悲惨な交通事故は後を絶ちません。

飲酒運転は悪質・危険な犯罪です。
私たち一人ひとりが、「飲酒運転を絶対にしない、させない」という強い意志を持ち、飲酒運転を根絶しましょう。

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※ 警察庁Webサイト 「飲酒運転による交通事故件数の推移」
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/insyu/img/insyu_03.pdf (2021.7.13閲覧)

1.飲酒運転での死亡事故事例

飲酒運転は、絶対に許されません。被害者も加害者も あまりに多くのものを失います。

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2.飲酒の影響

アルコールの影響について理解を深めましょう。

①体内からアルコールが抜けるまでの時間

リスクの低い飲酒の目安として1日純アルコール20グラム(=1単位)以内と示されており、1単位のアルコールが体内で分解されるには、個人差はありますが約4時間かかります。2単位では約8時間となり、3単位では約12時間かかります。

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※特定非営利活動法人ASK Webサイト「アルコールが体から抜けるまでの時間」
https://www.ask.or.jp/article/8502 (2021.7.13閲覧)

②少量の飲酒でも危険

アルコールが認知・判断・動作に与える影響は、酒に強いか弱いかに関係なく、同じ飲酒量であれば同程度という検証結果もあります。しかし、酒に強い人ほど酒による酔いの自覚症状が出にくいため、酔いの程度を低く評価する傾向があります。少量の飲酒だから酔っていないだろうと思っても、アルコールによる「脳の麻痺」は始まっています。

※警察庁Webサイト 科学警察研究所交通安全研究室「低濃度のアルコールが運転操作等に与える影響に関する調査研究」
https://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku/insyuunten/kakeiken-kenkyu.pdf  (2021.7.13閲覧)

3.飲酒運転を根絶しましょう

飲酒運転に対する社会的制裁は非常に大きいものです。

<飲酒運転をしないために>

  • ・翌日に運転予定がある場合は、飲酒を控えましょう。
    翌朝アルコールが残っていると「飲酒運転」になります。
  • ・飲酒習慣のあるドライバーは、自身のアルコール依存度を把握しましょう。アルコール依存症の疑いのある方は専門医に相談しましょう。

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<飲酒運転をさせないために(職場での取り組み)>

  • ・日頃から過度の飲酒とならないよう、お互いに気を付けましょう。
  • ・飲酒習慣のあるドライバーに対しては、運転前のアルコール残量チェックを行いましょう。
  • ・従業員の健康管理の一環で、習慣飲酒やアルコール依存の状況を把握し、必要に応じて健康指導を行いましょう。

≪飲酒運転防止の取り組みの参考≫

日本損害保険協会のサイト「飲酒運転防止マニュアル」https://www.sonpo.or.jp/report/publish/bousai/trf_0003.html

以上(2021年8月)

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基本をおろそかにした仕事をするな! ~「バック・トゥ・ベーシックス」の大切さを確認する~

書いてあること

  • 主な読者:入社3〜5年目でさらに成長したい中堅社員
  • 課題:「基本」の大切さは分かっているが、忙しいと疎かになってしまうことがある
  • 解決策:忙しいからこそ、難しいからこそ「基本」を判断のよりどころにする

1 ルールを守らなかったら……

「リモートワーク中なのだから、いつも以上に確認しないと駄目じゃないか。もう一度、確認して!」

現金出納帳と実際の現金残が一致していないことを報告した経理課の中堅社員Aさんは、課長に大目玉を食らいました。Aさんの会社では、毎日、17時に現金出納帳への記載や帳簿と実際の現金残の確認をする決まりです。最近は、リモートワークが導入されて環境が変わったので、2人で確認することがルール化されたのですが、Aさんはそれを守らなかったのです。

「失敗したな……」としょんぼりとしながら、改めて現金残などの確認をするAさんでした。

2 基本を徹底することの難しさ

中堅社員になると業務は多様になり、難しい決断も迫られます。業務量も増えるので、慌ただしい中で多くの仕事をこなさなければなりません。そんな中堅社員だからこそ、大切にしなければならないのが「基本」です。基本とは、「ルールや手順を守る」「時間を守る」「お客様を優先する」といったもので、中堅社員にとっては「今さら何を……」と思うようなことです。

しかし、業務上のミス、お客様からのクレームなど、身近な問題だけでなく、マスコミで報じられるような世間を騒がす大きな不祥事も、その原因を探ると、「基本をおろそかにしている」という点にあることが少なくありません。

成長が期待され、また、日々、より難易度の高い業務への対応が求められる中堅社員の目は、より高い方に向けられがちです。しかし、そうしたときだからこそ、謙虚な姿勢で、いま一度、基本を重視することの大切さを認識することが大切なのです。

3 今、基本を再認識することの3つの意義

1)難易度の高い業務に向かう基礎作り

中堅社員に求められる難易度の高い業務の多くは、非定型的な意思決定を伴うものです。端的な例を挙げると「決まった手順を覚えて、特定の業務をこなせるようになる」といったことから、

その特定の業務を、より効率的に進めるためには、どのように改善すべきか。また、その改善案の実現は、どのように進めていくか

といったイメージです。

非定型的な意思決定を行う際は、さまざまな状況を考慮しますが、基本に従うことは最低条件です。例えば、コスト削減を進めていても、サービスの質の低下などお客様に悪い影響が及ぶ恐れがあれば、そのまま採用することはできないはずです。このように、基本は、意思決定の大切なよりどころであり、それをないがしろにしては、質の高い意思決定はできません。

2)部下への指示・指導

部下への指示・指導という点では、基本にのっとった指示・指導は、部下の納得性を高めるために不可欠です。

部下も人間です。上司の指示・指導だといっても、自身が理解・納得できないことに対しては、反発心を覚えます。また、実践しようとしても、上司の意図通りのパフォーマンスを発揮することはできません。

しかし、基本にのっとった指示・指導であれば、部下は理解・納得できるものです。仮に、理解・納得できなくとも、基本にのっとったものであることを説明すれば、指示・指導の意図を納得させる際の一助となります。

3)周囲からの信頼の獲得

基本にのっとった仕事に対する姿勢や、部下に対する指示・指導を続けることは、周囲からの信頼を獲得する上でも効果的です。常に基本を意識して業務に当たることで、自身の言動にブレがなくなり、一貫性が生まれます。そうした姿は、周囲から信頼を得るためには大切になります。

4 「基本に忠実に」の難しさ

「基本に忠実に」と言うと、「何をいまさら」と言う人もいるでしょう。しかし、こうしたことが言われるのには、それなりの意味があります。それは、「当たり前のことだが、実践し続けることが難しい」ということです。

そうした意味では、これからさらなる飛躍が期待される中堅社員だからこそ、いま一度、その大切さをかみしめることが必要なのです。

以上(2021年8月)

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初期投資のリスクを測るモノサシ「回収期間」/経営者のためのファイナンス講座(6)

書いてあること

  • 主な読者:将来の意思決定に役立つファイナンス思考を身に付けたい経営者
  • 課題:一度に多額の支払いが必要になる初期投資の判断は難しい
  • 解決策:ファイナンスでは「回収期間」を用いることで、どれだけ自社にとってその投資のリスクが小さいかを判断する

1 設備などの初期投資は、超・固定費

今回は、固定費の中の固定費ともいえる存在について解説したいと思います。それは、設備や新規事業などの「初期投資」です。

固定費は、売上の増減に関わらずに一定額発生する費用であり、手を打たなければ将来にわたり発生し続けるものです。これに対して初期投資は、いっときに多額のお金を支払います。払ったら最後、もう取り戻すことはできません。将来にわたって発生が続く固定費と違い、過去の支払いで、支払ったら最後変えることができないのが初期投資なのです。実は、この特徴が、固定費以上に、悪魔にも天使にもなるのです。

2 初期投資は、何が難しいのか?

初期投資を支払った後で、状況が想定と違ってしまうというケースがあります。例えば、海外からの観光客が増えているからと、ホテルを建設中にコロナ禍に見舞われた会社は、すでに建設に要した初期投資を取り戻すことはできません。また、仮にホテルはなんとか開業できたとしても、人の動きが抑制され宿泊客が激減している状況では、建設にかかった初期投資を取り戻すことは不可能です。このように、すでに支払ってしまったものというのは、当たり前の話ではありますが、どうにもできないのです。

そのため、資金に余裕がある会社は別として、一般的な中小企業にとっては、初期投資に慎重になるのは必然なことです。これは、初期投資のために銀行から融資を受けるという場合も、考え方は同じです。なぜなら、自社から実際にお金が出ていくタイミングが融資によって後ろ倒しになるものの、結局、自社で負担せざるを得ないのは同じだからです。

これまでの経験から、中小企業の経営者は肌感覚が優れており、さらに資金に対する保守的な考え方故に、あまり無理な初期投資を行うことが少ないと感じています。しかし、もし初期投資が必要になった場合には、その案件が自社にとっての負担の大きさ、つまりリスクの大きさをファイナンス的に理解しておくと判断がしやすくなります。

3 リスクは回収期間でつかむ

ファイナンスでは、初期投資のリスクの大きさを測る指標として、「回収期間」を使います。ざっくり言えば、回収期間とは、「投資後、何年たったらトントンになるのか」を示します。例えば、新工場建設投資の回収期間が2年という場合には、新工場が予定通りに操業し売上につながれば、投資で出ていった金額と同じ金額が入ってきて元が取れるのが、2年後ということです。

「回収」という言葉の意味は、かけたお金が回収できる、つまり収支がトントンになることを表します。「損益分岐点売上高」という考え方がありますが、これは、損益計算書上の収支がトントン、つまり利益がゼロになる売上高のことです。回収期間というのは、投資版の損益分岐点売上高と考えると分かりやすいかもしれません。

4 回収期間は短いほうがいい理由

では、次は判断の仕方です。回収期間が2年と4年であればどちらがいいでしょうか。答えは2年です。

回収期間においては先のことは分からないので、あまり長くないほうが安全という考え方がベースにあります。

例えば、500万円の機械を生産拡大のために新たに購入するとします。これにより追加の売上が発生し、追加分の材料費などを差し引いても、手元にお金が1年当たり200万円残る見込みとしましょう。この場合、投資額500万円÷得られる年当たり資金200万円=2.5年と計算できます。つまり、この場合の機械の回収期間は2.5年となります。

5 短い方がいいとしても、回収期間は具体的に何年がベスト?

短い方がいいのは分かったと思いますが、実際に判断に用いるときには、具体的に何年ということが知りたくなることでしょう。実は、この点については、各社の資金状況や事業の種類によって大きく異なります。そのため、個別に判断するしかないのです。

仮に、同じ飲食業でも、扱うジャンルによっては、回収期間の目安は異なるべきです。飲食店で考えてみましょう。飲食業は、出店のために6カ月分の敷金や什器設備を必要とする、初期投資が重い業種の1つです。そのため、回収期間が指標として重視される傾向があります。

例えば、タピオカドリンク屋を出店するとしましょう。数年前に流行したのはまだ記憶に新しいですが、このような新しいメニューを主に扱う場合には、その流行が数年、数十年にわたって続くかどうかは分かりません。とすると、回収期間としては、できるだけ早く、例えば、数カ月から1年程度、長くても2年以内を目指したほうが安全です。

一方、出す店がラーメン屋だった場合は、話は変わります。ラーメンは人気が安定しているジャンルといえますので、タピオカドリンクに比べれば、長い期間需要が見込めるでしょう。もちろん、回収期間は短い方がいいものの、例えば、3〜5年程度の回収期間であれば、許容できることも多いといえます。

このように、同じ飲食業でも主力のメニューが違えば、顧客や市場の状況は全く異なります。その結果、回収期間の目安にも大きく影響を与えるのです。そこで、自社が取り組む事業の性質を十分理解したうえで、目安は各社で設定するしかありません。逆に、目安がイメージできないようであれば、その事業や業種に関する情報収集が十分ではない可能性がありますので、再考した方がいいかもしれません。

6 安全であることが中小企業では特に大事

これまでの説明の通り、回収期間を用いることで、どれだけ自社にとってその投資のリスクが小さいかを判断できます。この視点をファイナンスでは「安全性」と呼び、回収期間はそれを判断する代表的な指標の1つです。回収期間以外にも、ファイナンスの世界には安全性に関する多数の指標があります。

また、安全性以外に、ファイナンスが大事にする視点として収益性がありますが、中小企業においては、基本的には「収益性」よりも「安全性」を優先して確認する方がいいでしょう。なぜなら、資金面の制約が大きいこと、さらには、多角化されていないが故に、1つの失敗が全体に大きな影響を与えるためです。

特に、初期投資は多額かつその固定性故に、固定費以上に会社の業績に与える影響は大きいのです。回収期間は簡単に計算できますので、ぜひ勘を裏付けるための材料という形でも、使ってみていただければと思います。

以上(2021年8月)
(執筆 管理会計ラボ 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

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突然、社員が訴えてきたらどうする?「労働審判手続」の概要

書いてあること

  • 主な読者:これから増えるかもしれない「労働審判手続」による社員とのトラブルに備えたい経営者
  • 課題:労働審判手続は聞き慣れない。それに、審理の内容が非公開のため情報が少なく、手続のイメージがつかみにくい
  • 解決策:社員から労働審判手続の申立てがあったら早期に弁護士に相談する。第1回期日での回答が特に重要

1 会社が不利? 準備が不十分な状態で争う

解雇や賃金の支払いなどをめぐって社員とトラブルになった場合、社員が「会社と話し合ってもらちが明かない」と判断すると法的手続に打って出ることがあります。訴訟手続、総合労働相談、紛争調整委員会によるあっせんなどの他に、「労働審判手続」があります。

労働審判手続は、「原則3回以内」という短い期日で集中的に審理を行うため、主張書面や証拠書類の一括提出主義が取られています。これにより、労働紛争の迅速な解決ができますが、裏を返すと、社員は十分な準備で労働審判手続に臨んでくるのに対して、会社は態勢が整わないうちに労働審判手続に突入することになりかねません。

労働審判手続の概要は後述しますが、経営者が心得ておくべきことは、社員から労働審判手続の申立てがあったら早期に弁護士に相談することです。労働審判手続では、最初の主張書面、証拠書類によって紛争解決の大きな道筋が確定します。従って、早期に弁護士に相談し、次の内容について打ち合わせておくことが極めて重要になるのです。

  • 予想される争点の整理
  • 会社の主張の方向性の検討
  • 証拠の収集(事情をよく知る関係者の日程の確保も含む)
  • 事案の見通しと調停となった場合の解決イメージ(いくらまで金銭の支払いが可能なのかなど)

それでは、労働審判手続の特徴や対応のポイントなどを確認していきましょう。

2 労働審判手続の特徴は?

1)「労働審判委員会」が審理を行う

労働審判手続では、「労働審判委員会」という会議体が審理を行います。労働審判委員会は、裁判官である労働審判“官”1名、裁判官ではないですが、労働関係に関する専門的知識、経験を有する労働審判“員”2名で構成されています。通常、労働審判“員”は使用者側・労働者側の団体が推薦した弁護士となります(使用者側と労働者側が1名ずつ)。

審理は法廷ではなく裁判所の一室において、各出席者が室内の円テーブルを囲む形式で行われます。なお、審理の内容は非公開です。

2)原則3回以内で終了する

労働審判法により、労働審判手続は原則として3回の期日で手続を終了させなければなりません。「特別の事情がある場合」は3回を超えることも認められていますが、この特別の事情は極めて狭く解釈されており、3回を超える例はほとんど見られません。実務上、2回で終了することが多いです。

なお、このように期日の回数に制限があることから、裁判所からは、事情をよく知る担当者や、調停を成立させるか否かの決定権を持つ担当者の出席が求められます。そのため、これらの担当者にも出席してもらうようにしておきましょう。

3)主張書面や証拠書類は一括で提出する(一括提出主義)

労働審判手続では、労働紛争の迅速な解決を図るため、主張書面や証拠書類の一括提出主義が取られています。そのため、使用者側・労働者側共に、主張立証責任に関係なく、想定される争点や事前の交渉経緯などに関する主張証拠を、第1回期日の前に一括で提出しなければなりません。これ以降の提出が認められないわけではありませんが、あくまで例外的です。

4)労使間の個別的な労働紛争を扱う

労働審判手続の対象は、「労使間の個別的な労働紛争」です。次の3つが社員からの申立てが多い内容で、特に多いのは、解雇に関する紛争(地位確認)と賃金未払いに関する紛争です。

  • 解雇、配置転換、降格の効力を争う紛争
  • 賃金、退職金、解雇予告手当の支払いを求める紛争
  • セクハラ・パワハラによる損害賠償を求める紛争

ただし、セクハラ・パワハラの加害者本人に対する請求(労使間の紛争でない)や不当労働行為などの集団的な紛争(個別的な紛争でない)は、労働審判手続の対象になりません。

5)比較的争点が単純な紛争、調停による解決の可能性がある紛争の解決に適している

労働審判手続は、原則3回以内で終了し、主張書面や証拠書類の一括提出主義が取られている都合上、比較的争点が単純な紛争の解決に適しています。一般的に、能力不足解雇や単純な残業代未払いに関する紛争は申立てがされやすくなっています。

一方、内容が複雑、請求金額が大きい、膨大な証拠を要するといった紛争の解決には適していません。例えば、整理解雇、差別的取扱い、就業規則の不利益変更、労災に関する事件などは申立てがされにくいといえます。もっとも、新型コロナウイルス感染症の拡大による経営不振から、今後は整理解雇、雇止めに関する労働審判の申立てが増加することが懸念されます。

また、実務的にはほとんどが調停で解決されているため、次のように交渉の経緯などから見て調停による解決が見込める事案については、申立てがされることが多いといえます。

  • 主要な事実関係の認識に大きな相違がない
  • 想定される解決金の認識に大きな相違がない
  • 感情的な対立がない

労働組合が絡む事案でなく専ら個別的な事案である場合にも、労働審判の申立てがされやすいといえます。

3 労働審判手続の流れと終了のパターンは?

1)労働審判手続の流れ

労働審判手続は、次の流れで進行します。

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まず、申立てがなされると、第1回期日は申立てから40日以内の日程で指定されます。会社には裁判所から申立ての内容が記載された「申立書」の副本が送付されます。会社は、申立書の内容を確認の上、第1回期日の1週間前までに、反論をまとめた「答弁書」を提出します。

第1回期日までには労使双方の主張書面や証拠書類が出そろうため、労働審判委員会は第1回期日前に、それらを確認して争点を検討します。第1回期日当日は、労働審判委員会が争点に基づき、当事者や関係者に対して質問を行います。これを「審尋」といいます。

審尋を終えると、いったん当事者は退席し、労働審判委員会で評議がされ、当該事案に対する心証が形成されます。労働審判委員会は、その心証に基づいて、解決案(調停案)を示し、その後は、調停の成立に向けた手続が進むことになります。労働審判委員会からの解決案の提示は、第1回期日中に行われることが多く、第1回期日は、審尋を含めて2時間程度を要する場合が多いです。

2)労働審判手続の終了のパターン

労働審判手続の終了のパターンとしては、次の3つがあります。

  • 調停の成立
  • 労働審判
  • 労働審判を行わず終了

実務では約7割が調停の成立で終了しています。例えば、解雇事案の場合、次のような調停案が考えられます。

  • 申立人と相手方は、申立人が相手方を令和○年○月○日付で合意退職したことを相互に確認する
  • 相手方は、申立人に対して、本件解決金として○○万円の支払義務があることを認める

なお、労働審判手続は非公開であるため、調停が成立した場合は、「申立人および相手方は、本件紛争の経緯および本調停の内容を、正当な理由なく第三者に口外しないことを相互に約束する」などの守秘義務条項を加えることもあります。

3回の期日で調停が成立しない場合、労働審判委員会が労働審判を下します。審判については、基本的に調停案として示される内容と類似することとなります。例えば、解雇事案では、次のような審判が下されます。

  • 相手方は、申立人に対し、令和○年○月○日付で行った解雇の意思表示を撤回し、申立人が相手方を令和○年○月○日付で会社都合により合意退職したことを確認する
  • 相手方は、申立人に対し、本件解決金として〇〇万円の支払義務があることを認め、これを直ちに支払う

ただし、この審判は、2週間以内にどちらかが異議を申し出ると失効し、通常の訴訟手続に移行します。異議の理由は問われないため、労働審判の効力は不安定なものといえます。

また、件数としてはあまり多くはないですが、当該紛争が労働審判による解決に適していないと労働審判委員会が判断した場合、労働審判を下すことなく終了することもあります。この場合も訴訟手続に移行することとなります。

4 労働審判手続の対応ポイント

1)第1回期日が勝負

第1回期日「前」の準備だけでなく、第1回期日「当日」の対応も重要です。第1回期日では、労働審判委員会から審尋が行われますが、審尋での回答内容や回答態度は労働審判委員会の心証に大きく影響します。

次のようなケースは、労働審判委員会の心証を悪くしたり、調停成立が難しいと判断されたりする恐れがあるため、注意が必要です。弁護士とともに事前に想定問答を作成し、リハーサルを行い、会社にとって弱い点の補強や回答の練習をしておきましょう。

  • 主張・証拠書面で記載したストーリーと、回答内容が適合しない
  • 会社担当者であれば当然ながら知り得る事項について、しどろもどろな回答をする
  • 感情的な回答をする

2)訴訟手続への移行を想定しておく

最終的に訴訟手続へ移行する可能性があることを想定しておくことも重要です。必ずというわけではありませんが、通常は労働審判手続での主張や証拠が、そのまま訴訟手続でも使われます。そのため、「どうせ調停で終わるだろう」と高をくくらず、訴訟手続へ移行して判決となった場合を十分に視野に入れ、主張立証の構成を組み立てておく必要があります。

また、労働審判“官”は裁判官ですので、労働審判委員会から提示される調停案の内容や、場合によって直接的に行われることがある心証開示の内容は、訴訟手続に移行した際の裁判所の判断を予測する重要なファクターとなります。

会社としては、これらの調停案や心証開示の内容から、訴訟手続へ移行した場合のリスクと早期解決のメリットを慎重に検討しながら、調停案を承諾するか否か判断することが重要です。

以上(2021年8月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 堀田陽平)

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