「ぶら下がり人材」を減らし、意欲的な社員を増やすためのターゲティング戦略(後編)

書いてあること

  • 主な読者:社内の雰囲気をもっと良くしたい、社員のやる気をもっと高めたい経営者
  • 課題:リモートワークやフレックスタイム制などの施策をいろいろ講じているが、効果を実感できない。それどころか、逆に離職する社員までいる
  • 解決策:自社の社員を5つの層に分類し、会社に居続けてほしい社員の優先順位を立てて、それに基づいて施策を打っていく

1 ハイポテンシャル人材、立ち上がり人材、優秀人材の順で離職対策を進める

ぶら下がり人材(やる気はないが消極的な理由で会社に定着している社員)を減らし、意欲的に働く社員が増えていく好循環を創り出す方法として、まず「会社として大事にしたい人材像を定義する」ことが必要です。

具体的には社員全体を次の5つの層に分け、どの層に焦点を当てるかを明確にしていきます。

  • 優秀人材:すでに会社のけん引役となっている優秀な社員
  • ハイポテンシャル人材:3~5年後に優秀人材になりそうな社員
  • 立ち上がり人材:新卒・中途を問わず入社から1年以内の社員
  • 普通人材:やるべきことを真面目にこなす社員
  • ぶら下がり人材:やる気はないが消極的な理由で会社に定着している社員

筆者がお勧めするのはハイポテンシャル人材、立ち上がり人材、優秀人材の順で離職対策を進めることです。後編では、この3つの層の社員に対し、具体的にどのような施策を打てば会社に居続けてもらえるのかを見ていきます。

2 どうすれば会社に居続けてもらえる?

ハイポテンシャル人材、立ち上がり人材、優秀人材の社員にアプローチする上でのポイントは、離職の種類別に施策を立てることです。具体的には、次の3つの場合に分けて考えます。

  • 離脱:心身の健康状態が悪化し働けなくなるときに起こる離職
  • 消極的離職:「働きやすさ」が低下したときに、今の環境から逃れるための離職
  • 積極的離職:「働きがい」が低下したとき、つまり今の会社で働くモチベーションが低下した場合に多い離職(自分の希望をかなえるための転職)

1)ハイポテンシャル人材に対する施策

1.離脱が発生している場合

ハイポテンシャル人材をつぶしてしまう恐れがあり、一番良くないパターンなので、早急に対策が必要です。ハイポテンシャル人材は、仕事に集中しやすく、のめり込んで行うため疲労が蓄積しやすいという特徴があるので、メンタルヘルスケアを実施しましょう。

2.消極的離職が発生している場合

何らかの理由で働きやすさが低下しています。ただ、具体的に何が問題なのかが分かれば、解決策自体は明快なことが多く、経営者や管理職の覚悟さえあれば容易に対策が進みます(リモートワークやフレックスタイム制の導入、給与水準のアップなど)。ですから、まずは社員の悩みをよく聞くことが大切です。離職時のアンケートの蓄積、意識調査や1on1面談などによって、社員の声を拾いましょう。

3.積極的離職が発生している場合

一番対策が難しいです。「働きがい」を上げるための機会を創出する必要があります。具体的には、本人の強みが活用される仕事内容を与える、成長していると実感ができるようなアサインの仕方をする、職場のメンバー同士の交流機会を増やし居場所として認識してもらうなどが考えられます。ただし、「コミュニケーションを取らずに仕事に集中したい」など、社員の性格などによっては効果が見られないこともあり、対策には時間や手間を要するケースが多いです。3.の対策をするなら、1.と2.の離職対策に注力するのがよいでしょう(過度な働きやすさをつくりすぎないように注意)。

2)立ち上がり人材に対する施策

1.離脱が発生している場合

採用時にミスマッチが起きている可能性があります。入社時にストレス耐性を確認しておくこと、採用面談時に「この会社でどのような労働価値を得られるのか」などを擦り合わせておくことが大切です。また、新しい職場に適応していく段階では疲労が蓄積されやすいため、入社後3カ月程度は過度な業務負荷をかけず、段階的に業務を広げるようにしましょう。

2.消極的離職が発生している場合

業務負荷の多さや人間関係に注意が必要です。現場の上長による定期的な声掛けや1on1面談の実施、人事による会社や部署への適応状況のヒアリングを通じて、立ち上がり人材の業務や精神をサポートしていくようにしましょう。

3.積極的離職が発生している場合

見本となるハイポテンシャル人材を複数育成することが対策になります。前編で述べた通り、ハイポテンシャル人材が優秀人材になろうと成長していく姿は、立ち上がり人材にとっての良い道標となり、ひいては働きがいにつながります。

3)優秀人材に対する施策

1.離脱が発生している場合

年齢層が高めのケースが多いです。メンタルヘルスケアをはじめ、心身の健康をサポートするようにしましょう。

2.消極的離職が発生している場合

不満を特定し、全社的な問題であれば除去しましょう。親の介護や自身の体調など、高齢の社員ならではの悩みを抱えているケースがあるため、必要に応じて休暇制度や健康診断の項目の見直しなど、できる範囲での対応を行いましょう。

3.積極的離職が発生している場合

これを止めるのは至難の業です。優秀人材はその能力故に、一度転職を決意してしまうと、すぐに辞める可能性があります。ここにかける労力があれば、ハイポテンシャル人材や立ち上がり人材の離職対策に注力したほうがよいでしょう。

3 ターゲティング戦略によってぶら下がり人材はどうなる?

このように、ターゲティング戦略を行うことで、意欲的に働く社員が評価される会社になると、組織がぬるま湯化するプロセスと逆の現象が発生します。具体的には、モチベーションの低いぶら下がり人材に、次のような変化が起こります。

  • 働きやすさが下がって、自分の許容範囲から外れるので離職する(消極的離職)
  • 働きやすさは下がるが、自分のやれる範囲で頑張ろうとする(ぶら下がり状況の改善)
  • やった分だけ評価される文化になるので「やる」ようになる(染まる)

こうした変化により、意欲を持って働く社員の割合が増加すれば、会社全体の生産性の向上なども期待できます。

なお、今回は、離職対策のターゲティング戦略を中心に話してきましたが、離職は全てが悪というわけではありません。ゼロを目指すのではなく最適化することが重要です。特に近年は、働き方改革やコロナ対応により雇用の形も変わってきています。

若手未経験者を採用し、ある程度たったら積極的離職(転職)を推奨する「卒業文化」を創出することで、ハイポテンシャル人材が集まりやすい環境をつくるという戦略もあるので、会社や業種、時代に合った仕組みを取り入れていくことをお勧めします。

以上(2021年7月)
(執筆 エリクシア代表取締役 医師 産業医 経営学修士(MBA) 上村紀夫)

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画像:MOMOTAROU-Adobe Stock

「ぶら下がり人材」を減らし、意欲的な社員を増やすためのターゲティング戦略(前編)

書いてあること

  • 主な読者:社内の雰囲気をもっと良くしたい、社員のやる気をもっと高めたい経営者
  • 課題:リモートワークやフレックスタイム制などの施策をいろいろ講じているが、効果を実感できない。それどころか、逆に離職する社員までいる
  • 解決策:自社の社員を5つの層に分類し、会社に居続けてほしい社員の優先順位を立てて、それに基づいて施策を打っていく

1 「働きやすさ」重視の風潮が逆に社員の離職につながる?

働き方改革にコロナ対応の影響があり、リモートワークやフレックスタイム制、長時間労働の規制など、「働きやすさ」を高める施策は日本社会に一気に浸透しました。ただ、これは手放しで歓迎できるかというと、必ずしもそうではありません。

働きやすさを改善する施策は、導入当初は喜ばれますが、時間がたつにつれて「当たり前」となり、その状況に甘んじる社員が増えていきます。そして、

業務への責任感ややる気が感じられない、いわゆる「ぶら下がり人材」

を生み出してしまうのです。ぶら下がり人材が増え、仕事は「ほどほどにやればいい」という空気感が出来上がると、

意欲的に働いている社員のやる気がそがれ、最悪の場合、離職してしまう

という、施策の本来の目的と逆の結果を生み出すことがあります。

では、これを防ぐにはどうすればいいのでしょうか? 対策を端的に言うと、

働きやすさと働きがいの片方ではなく両方を満たすことを意識しつつ、意欲のある社員が評価され離職しなくなるシステムをつくることです。そのためには、会社として大事にしたい人材像を定義し、その社員が活躍しやすい職場環境を実現する施策を打つことが必要

です。

前編では、組織の成長を妨げるぶら下がり人材を減らし、意欲的に働く社員が増えていく好循環を創り出す施策として、ターゲティング戦略の一部を紹介します。この方法は、筆者がこれまで累計3万件以上の産業医面談や年間1000件以上の組織への従業員サーベイを実施してきた経験と、MBA、経営コンサルタント、産業医としての知見から効果が得られると実感している手法です。組織活性の低さに課題を抱える経営者の方は、ぜひご活用ください。

2 ぶら下がり人材ってどんな社員?

前述の通り、会社が働きやすさ重視の施策を導入しても、社員は時間がたつとそのありがたみを忘れてしまい、「当然の権利だ」と思うようになります。あなたの周囲でこんな声を聞いたことはありませんか?

  • 会社は好きじゃない。でも転職してまでも環境を変えたいわけじゃない
  • 会社も仕事もどうでもいいけど、人間関係や給与には不満がない
  • お金のために毎日8時間を犠牲にしていると思えば我慢、我慢

こんな声を発している人は「ぶら下がり人材」である可能性があります。仕事をしないわけではありませんが、モチベーションが低く本来の能力を発揮しようとせず、ローエネルギーで働いていることが多いです。

ぶら下がり人材が増えると、仕事はほどほどにやればいいという「ぬるま湯」のような文化が出来上がり、意欲的に働きたい社員は不満を抱えます。こうした社員が、

  • この会社では自分の能力を活かせない
  • このままでは自分が駄目になる

と思い詰めてしまえば離職につながり、会社は優秀な人材を手放すことになります。

3 会社に居続けてほしい社員は誰?

1)まずは社員を5つの層に分ける

ぶら下がり人材を減らし、意欲的に働く社員が増えていく好循環を創り出すためには、まず「会社として大事にしたい人材像を定義する」ことが必要です。具体的にはどんな人でしょうか? ここでは、ターゲティング戦略を用いた分析のやり方を説明します。

ターゲティング戦略とは端的に言うと、

社員全体を幾つかの層に分け、どの層に焦点を当てるかを明確にしていく手法

です。グラフを使って考えると分かりやすいです。縦軸にパフォーマンス、横軸に社歴を取り、次の5つの層に分けて社員を当てはめます。

  • 優秀人材:すでに会社のけん引役となっている優秀な社員(全体の10%で設定)
  • ハイポテンシャル人材:3~5年後に優秀人材になりそうな社員(全体の10%で設定)
  • 立ち上がり人材:新卒・中途を問わず入社から1年以内の社員(全体の10~20%で設定)
  • 普通人材:やるべきことを真面目にこなす社員(全体の50~60%で設定)
  • ぶら下がり人材:やる気はないが消極的な理由で会社に定着している社員(全体の0~10%で設定)

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2)次に会社として優先的に対策すべき層を決める

5つの層に社員を当てはめたら、どの層の社員を優先的に対策すべきか決めます。会社として大事にしたい人材像は、経営方針や業界状況によって異なりますので一概には言えませんが、筆者の経験からお勧めする順番は、こちらです。

ハイポテンシャル人材→立ち上がり人材→優秀人材

「あれ? 優秀人材が最優先ではないの?」と思った方、これには3つ理由があります。

  • 優秀人材は、働く理由や仕事をする上で大切にしたいこと(労働価値)が明確な分、ばらつきも大きいので対策がしにくい
  • 優秀なので外部から魅力的なオファーを受けやすいため、転職のハードルが低く、引き止めるのが困難
  • 優秀人材を手放すことで、それまで優秀人材が独占していた仕事や役職が他の社員に引き継がれ、他の社員の成長が促進される場合がある

では、ハイポテンシャル人材が最優先となる理由は何でしょう? これにも3つ理由があります。

  • 優秀人材とは逆に労働価値のばらつきが小さく、「成長機会」や「強みを活かせること」を重視する傾向があり、対策がしやすい
  • ハイポテンシャル人材が豊富にいれば、優秀人材が抜けてもその穴を埋めることができ、会社が安定する
  • 修練を積んで優秀人材へとレベルアップしていくハイポテンシャル人材の姿は、他の社員(特に立ち上がり人材)が自身の成長を考える上でのロールモデルになる

続いて優先すべきは、立ち上がり人材です。理由は2つです。

  • 立ち上がり人材は、入社して日が浅く会社に染まりきっていない分、これからハイポテンシャル人材に成長する可能性がある
  • フレッシュな立ち上がり人材がいきいきと働いていると、採用活動で求職者にプラスのイメージを与えやすい(逆に立ち上がり人材が離職すると、「入ってもすぐ辞めてしまう会社」というレッテルを貼られやすく、採用活動に影響する)

まずは、会社として大事にすべき人材は誰か、その優先順位をイメージしていただくことが重要です。

以上(2021年7月)
(執筆 エリクシア代表取締役 医師 産業医 経営学修士(MBA) 上村紀夫)

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片手で殴り合いながら、片手で握手をする

書いてあること

  • 主な読者:入社3〜5年目でさらに成長したい中堅社員と、それを見守る経営者
  • 課題:ビジネスの状況を一面的にしか見ることできない
  • 解決策:自分の立ち位置や感情にこだわりすぎず、高所から目的を確認する

1 競合他社と業務提携。その理由は?

中堅社員のAさんは、上司であるB部長の営業方針が理解できません。最近、Aさんの会社は競合C社の参入で浮足立っているのですが、B部長はそのC社と業務提携しようと画策しているのです。

確かにC社と業務提携をすれば、正面から争うことはなくなるかもしれません。しかし、先日、Aさんは自身が担当する顧客をC社に奪われたばかりで、心情的にC社を受け入れられません。たまりかねたAさんは、B部長に直談判しました。「B部長、C社の件ですが、本当に業務提携が最善策なのでしょうか? 正面から戦いましょう!」。するとB部長は次のように返しました。

「Aさんの気持ちは分かる。誤解しないでもらいたいのは、私を含め、当社が戦う姿勢を失ったわけではないよ。より大きな市場をつくり、当社がさらに成長するためにC社と提携するほうがよいと判断したんだよ」

2 一見矛盾する相手との付き合い方

上司も部下に限らず、当事者には意見があり、衝突することもあるでしょう。人と人が密接に関わるシーンにおいて一方の主張が100%通ることはほぼなく、分かり合える領域、分かり合えない領域、その中間にある調整が可能な領域が混在しています。

競合先であっても、100%利害が不一致であるとは限りません。実際、ビジネスでは「先行企業がいたほうが、新規参入が楽である」「後続企業がいたほうが、市場が広がりやすい」といったことがあります。戦うことで一緒に市場を広げるイメージです。

こうした状況を、「片手で殴り合いながら、片手で握手をするようなもの」と表現することがあります。自分の立ち位置や感情にこだわりすぎず、高所から目的を再確認できれば、一見矛盾する相手との付き合い方が見えてきます。

3 交渉や議論からは結果が得られない

競合先と業務提携を判断する一つの基準は、競争領域と協調領域が明確に線引きでき、なおかつその業務提携によって自社に利益がもたらされるか否かです。このイメージがないと、交渉や議論を重ねても活路が見いだせないことがよくあります。かといって、力押しをすれば関係は破綻するでしょう。

この状況を突破するには、ある程度こちらが折れて、相手が求めるものを差し出すことです。ただし、そうすることで自社が大きな損害を被るだけでは意味がありません。今は厳しくても、将来の可能性が広がるかを分析し、したたかに進める必要があります。

また、業務提携が成立した後も大変です。双方が勝手な解釈をして動き始めると、そもそもの協調領域が崩壊してしまいます。慎重に相手との距離感を測りながら、粛々と目的を達成するための活動を続ける忍耐力が求められます。

4 使えるものは何でも使う

ビジネスは関係者に動いてもらうことで成立します。管理職など、組織の中での立場が上になればなおさらで、社内外の多くの人を巻き込んでいく必要があります。相手が競合先であっても例外ではありません。

仕事に対する情熱があり、理想があるからこそ競合であっても業務提携を進めることができます。そして、相手に合わせつつも、一つ一つの言動を数字に裏付けられたものとして行います。これは、なかなか高度なテクニックだといえるでしょう。

立場が上になれば、難しい局面を乗り越えなければならないことも増えます。“使えるものは何でも使う”という感覚を持ち、自分が動かすことのできる関係者を増やしていくことが、ビジネスの可能性を広げることにつながります。

以上(2021年8月)

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「デジタル」でシニアの生活を変革 “高齢者テック”最新事情

書いてあること

  • 主な読者:高齢者向けの新サービスを展開したい経営者
  • 課題:高齢者の悩みに応えるサービスを知りたい
  • 解決策:国内外の事例を参考にし、他社にないサービス展開の参考とする

1 高齢社会の課題をテクノロジーで解決

スマートフォン(スマホ)、テレビを使って高齢者向けのサービスが続々と登場しています。国内では、離れた土地に住む子供や孫とリアルタイムに会話ができるサービスや、長年の仕事の経験を活かせる仕事のマッチングサービスなどが注目されています。

また、海外のスタートアップからは、クレジットカードの詐欺を防止するデビットカードを提供するサービスや、子供の独り立ち後の空き部屋をレンタルできるサービスなどが登場し、「高齢大国ニッポン」が直面する課題を解決できそうなものもあります。

この記事では、続々登場している高齢者向けのデジタル技術「高齢者テック」の動向を追います。

2 国内外で登場した最新の高齢者テック

今回紹介する「高齢者テック」の特徴を、「人や社会との関わりをもつ」「健康や安全な生活を送る」「仕事や資産形成に役立てる」「余暇や趣味を楽しむ」で分類してみると次のようになります。

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1)孫の様子をスマホで確認「まごチャンネル」

動画配信サービスを手掛けるスタートアップのチカクは、スマホのアプリで撮影した孫の動画を、祖父母のいる実家のテレビに送信し、テレビで孫の様子を楽しめる「まごチャンネル」を提供しています。

核家族化が進み、子供を連れて実家に帰省する回数も限られる現代、親世代は手軽にスマホで子供の動画を記録・視聴できるようになった一方、スマホに不慣れな祖父母世代は引き続きテレビが主な視聴デバイスとなっています。同社はこの世代間のギャップを「まごチャンネル」で埋めることに成功しました。

実家のテレビに専用の受信ボックスを接続し、テレビリモコンで「まごチャンネル」に合わせるだけで、送られてきた動画を視聴できることから、スマホやアプリに不慣れな高齢者でも簡単に操作できます。送信されてきた動画を視聴すること自体はスマホでも可能ですが、老眼で小さいものが見づらい高齢者も多く、大きな画面のテレビで見る臨場感が好評なようです。

2)孤独解消にご近所さんをマッチング「Buddy Hub(バディーハブ)」

Buddy Hubは、英国で高齢者向けの多世代間コミュニティーサービスを提供しています。Buddy Hubに登録すると、家の近隣に暮らす、共通の関心事や経験を持つ異なる世代の3人のユーザーとマッチングしてもらえます。ユーザーには、高齢者と3週間に1度は会うことが推奨され、スケジュールが合わない場合は他のユーザーが穴埋めをすることになります。

英国では、65歳以上の高齢者のうち約150万人が日ごろから孤独を感じており、慢性的な孤独が早死にするリスクを高めるともいわれています。こうした中で、同社のサービスにより、高齢者とその他の世代間のコミュニティーづくりを活性化させ、より良い社会の実現につながると期待されています。

なお、マッチングには性格やコミュニケーションスキル、好みなどに加え、犯罪歴の有無なども審査されます。これには、サービス内容には買い物や料金の支払いの援助なども含まれ、高齢者の中には介護などの支援が必要とされる場合もあるといった理由があります。

3)デジタルスキルを学び直し「MENTER(メンター)」&「複業留学」

エクセルやデータ分析、情報セキュリティー知識などのデジタルスキルの学習サービスを提供するWHITEは、ベンチャー企業での副業を支援するエンファクトリーとともに、シニア人材のデジタルスキル学習支援「MENTER」と、企業への人材マッチング「複業留学」を複合させたサービスを開始しました。

両社の共同事業の背景として、新型コロナの影響を受けてリモートワークの広まり・デジタル人材の需要が高まったこと、シニア人材にもデジタルスキルの学習を支援することで、新たなキャリア構築の支援を行うためとしています。

70歳までの就業機会の確保が企業に求められていく中で、これまでの社会人経験を活かしつつ、時代に合ったスキルを身に付けたシニア人材をベンチャー企業に供給していく仕組みです。スキルアップのためのオンラインでの学習プログラムをMENTERが、本業に影響が出ない範囲での実際の就業機会を複業留学がそれぞれ提供します。就業の際は、報酬型の「複業タイプ」、研修形式の「研修タイプ」のどちらかを選択できます。

4)ベテラン社員のノウハウを企業とマッチング「inow(イノウ)」

転職サイトなどを運営するアトラエは、ベテラン人材と、彼らの豊富な経験を業務に活かしたい企業をマッチングさせるプラットフォーム「inow」を、2021年5月から提供しています。

inowでは、ユーザー(ベテラン人材)の経験や人脈、自身の興味のある分野などを登録し、関連する求人を掲載している企業とマッチングすることができます。企業側が掲載する求人は、ベテラン社員のノウハウや顧問としての意見を求めるようなものを想定しています。inowの特徴として挙げられるのは、単なる求人マッチングだけでなく、週1日の業務委託や長期の顧問契約なども柔軟に決められることです。

マッチングの肝となる人材と案件の検索は機械学習を用いて、ユーザーの経験と企業の人材ニーズのマッチングの精度を高めています。さらに、ユーザーの興味や関心を機械学習することで、ユーザーが想定していないマッチング候補の提案も行えるようです。

副業や人材の流動化が進み、高齢者雇用安定法により高齢者の雇用がこれまで以上に求められる中で、ベテラン人材のノウハウの活用は、ユーザーと企業の双方にとって今後も要注目といえそうです。

5)使わなくなった空き部屋を貸し出す「Homesharing(ホームシェアリング)」

米国のSilvernestは、高齢者の住む家や空き部屋を若者とシェアする「Homesharing」を提供しています。これは、自宅をシェアするルームメイトをマッチングさせる高齢者のためのプラットフォームです。一般的な賃貸と異なり、自身は家に住みながら、使わなくなった空き部屋を貸し出し、リビングなどを共有します。こうすることで、貸し手である高齢者は、使わない部屋を収益化でき、同時に審査を通過した同居人と時間をシェアすることが可能です。同居人となるユーザーとしても、通常の部屋を借りるよりも安価に住まいを確保できるメリットがあります。

同居人の候補とのマッチングには、貸し手のプロフィールや質問事項への回答内容、部屋の詳細などを基に候補者とのマッチング度がランク付けされます。また、家賃を安定的に確保するために、同社ではリース契約や家賃の自動引き落としなどにも対応しています。

6)単身高齢者向け見守りサービス「ドシテル」

日立グループの日立グローバルライフソリューションズは、高齢の親の生活をセンサーで検知し、スマホで様子を見守るサービス「ドシテル」を提供しています。

これは、高齢の親のリビングなどにセンサーを設置し、日々の動きを「活動量」として検知し、活動量の程度に応じてユーザーのスマホにアニメーションとして表示されます。こうすることで、親の在宅・不在や、活動量の増減が把握できます。日々のデータも蓄積されることから、「起床時間になっても冷蔵庫を開けていない」「夜になっても外出から戻っていない」などの、いつもと異なる行動もプッシュ通知で設定できることから、万が一のときの備えにもなります。

活動量を計測するセンサーには、監視するカメラなどはついていないため、親のプライバシーを守ることもできます。親の様子はアニメーションで表示されるので、ユーザー側も「監視している」感覚を最低限に抑えることができます。

7)認知症を事前に検知し、脳トレで予防「Neurotrack(ニューロトラック)」

米国のシリコンバレー発のスタートアップNeurotrackは、スマホで認知機能のテストを行い、アルツハイマーなどの認知症の早期発見と脳機能の維持・改善を行うアプリを提供しています。

記憶や脳機能が徐々に失われるアルツハイマーなどの進行を止めたり、予防したりする薬は開発段階です。また、認知症は実際に目に見える症状が現れる10年以上も前から徐々に進行しており、症状が現れたときにはもう手遅れともいわれます。

Neurotrackは、こうした予兆をアプリで把握し、症状が現れる前に脳のトレーニングを行うことで、予防・改善を目指しています。臨床的に実証されている同社の認知機能のテストでは、スマホやパソコンのカメラで、ユーザーの視線を解析し、処理速度や注意力などの異常を検知します。そして、認知機能の改善に効果的とされる生活習慣の改善プログラムを提案し、テストを繰り返すことで認知機能の改善・向上を図ります。

同社は既に日本企業とも業務提携を始めており、第一生命ホールディングスやSOMPOホールディングスに認知機能に関するアプリの提供を行っています。

8)クレジットカードや銀行口座を管理する「True Link(トゥルーリンク)」

米国のTrue Linkは、高齢者や障害者など、自身でクレジットカードや銀行口座の管理が難しい人を対象とした、利用制限付きのプリペイドカードを提供しています。同社の「The True Link Visa Prepaid Card」は、カードが使える商品や店舗、金額などを本人以外がコントロールすることができます。

そうすることで、例えば、オンラインショッピングで高額商品を買うのを家族がブロックしたり、健康を損なう恐れのあるお酒やタバコの購入を制限したりできます。また、物忘れのために「頼んでもいないのに注文してしまった」というようなアクシデントも防げます。利用履歴はオンライン上で見られ、不正利用や使いすぎなども確認できます。

日本では、高齢者を狙った架空請求詐欺や振り込め詐欺が後を絶たない状況で、こうしたサービスへの期待が今後高まってくる可能性があります。一方で、高齢者のお金の使い道を制限することにもなり、導入するには丁寧な説明が必要になりそうです。

3 高齢者テック関連データ

前述の通り、高齢者向けのさまざまなサービスが世の中に登場しています。こうしたサービスのユーザーである高齢者の、インターネットの利用や日常生活の動向を見てみましょう。

1)総務省「令和2年通信利用動向調査」:年齢層別のインターネット利用機器

総務省「令和2年通信利用動向調査」によると、年齢層別のインターネット利用機器の状況は次の通りです。

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この調査結果から、60歳未満の層ではスマホの利用が高く(おおむね80%以上)、パソコンの利用率も20~59歳では60%を超えています。一方、60~80歳以上の層を見ると、年齢層とともにスマホやパソコンなどの利用率は減少するものの、「スマホとパソコンの利用率の差(緑の丸枠)」が縮小しています。高齢者向けのデジタルサービスを提案するには、画面が大きく、現役時代に操作することのあったパソコンでの利用を考慮した仕様にする必要があるかもしれません。

2)東京都「令和2年度東京都福祉保健基礎調査」:日常生活に必要なサービス

東京都では、65歳以上を対象とした高齢者の生活実態に関する調査を実施しています。それによると、回答者の57.2%が、身の回りの世話などの「日常生活支援サービス」の利用意向があると回答しています。

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同調査では、「生きがいを感じるとき」についても調査しており、回答者の40%以上が、「趣味やスポーツに熱中しているとき」「夫婦や孫など家族との団らんのとき」「友人や知人と交流しているとき」「テレビを見たり、ラジオを聴いたりしているとき」と回答しています。

同調査から、「ちょっとした家のお手伝い」や「気軽な話し相手」など、「人とのつながりを得るためのサービス」へのニーズがあることが伺えます。

前述の「まごチャンネル」や「Buddy Hub」のようなサービスは、今後のさらなる成長が期待できそうです。

以上(2021年8月)

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経営者100人アンケートで分析 ITを活用した業務効率化はこの項目から始めよう

書いてあること

  • 主な読者:ITを活用した業務効率化に取り組みたいと考えている経営者
  • 課題:他社と比べて自社がどの程度遅れているのか、何から着手すればよいのか知りたい
  • 解決策:多くの企業が導入している項目や業務効率化に成功しやすい項目などを参考に、優先順位を付けて取り組む

1 ITを活用した効率化、他社はどうなの? 何からすべき?

「ITを活用して業務効率化を!」――。最近よく耳にする言葉ですが、一口にITを活用した業務効率化といっても、導入すべき分野や項目はさまざまです。項目によっては、既に中小企業にも定着しているものや経営者の関心の高いものがある一方で、頑張って取り組んでみても業務効率化につながる可能性が低いものもあります。実際にITを活用して業務効率化に結びつけるには、項目ごとに優先順位を付けるべきです。

そこで、この記事では、経営者を対象に実施した、ITを活用した業務効率化の取り組み状況についてのアンケート結果を、ランキング形式で紹介します。アンケートは2021年5月にインターネットで行い、経営者111人から回答を得ました。ITを活用した業務効率化に取り組んでいる企業、これから取り組もうと考えている企業の皆さんが、今、何に優先して取り組めばよいのかの判断材料にご活用ください。

なお、質問した取り組みは30項目に上り、分野は「社内の連絡」「社内の機器」「経理関連」「営業関連」「人事・総務関連」と多岐にわたります。詳しくは巻末をご参照ください。

2 ライバルに後れを取るな!:既に導入して成功している企業が多い項目

30項目のうち、「既に導入し、業務効率化に成功している」との回答率の高かった上位5項目は、次の通りです。

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インターネットによるアンケートということもあり、さすがにフロッピーディスクの廃止やインターネット回線の導入は、既に終えている企業が少なくないようです。

注目すべきは、インターネットバンキングの活用です。まだ経理担当者が銀行回りをしている企業は、早めに見直しを検討したほうがよさそうです。また、チャットやSNSに詳しい社員も増えているので、こうしたツールの活用や、ノートPC・タブレット端末の支給が、業務効率化につながる可能性は高まっているといえるでしょう。

3 今、最もホットなのはこれ!:多くの企業が取り組みたいと思っている項目

30項目のうち、「早急に取り組みたいと思っている」との回答率の高かった上位7項目(同率第2位まで)は、次の通りです。

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上位7項目のうち、4項目がペーパーレス化に関する項目でした。ペーパーレス化はITの活用を広げていくために、避けては通れない入り口です。今のうちに、ペーパーレス化できる項目がないか、検討しておくとよいでしょう。

4 ライバルは尻込みしている!:取り組みたいけど難しいと思われている項目

30項目のうち、「取り組みたいが、実際に導入するのは難しいと思う」との回答率の高かった上位5項目は、次の通りです。

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見積書・請求書・発注書といった取引関連の書類のペーパーレス化については、図表2のように早急に取り組みたいという企業が多い一方で、導入は難しそうとの見方も多くなっています。経営者にとっては最も「頭の痛い課題」といえそうですが、既に導入したと回答した28人のうち、6割弱に当たる16人が「業務効率化に成功している」と回答しています。同業他社を引き離すために、導入を検討してみてはいかがでしょうか。

「日本ならでは」の課題ともいえるのが、FAXやハンコの廃止です。この2項目がボトルネックとなってITの活用が滞る可能性もありますので、この際、思い切って検討してみるのも一策です。

5 導入した場合の成功率と失敗率に注目

せっかく導入しても、業務効率化につながらなければ、経費の無駄遣いとなるだけでなく、社員の間に混乱を来すという弊害も生じてしまいます。導入した場合の成功率と失敗率を参考に、取り組むべきかどうかを検討してみてはいかがでしょうか。

1)導入して業務効率化に成功した割合が高い項目

30項目のうち、「既に導入し、業務効率化に成功している」「導入したが、あまり成果が上がっていない」と回答した人の中で、「既に導入し、業務効率化に成功している」人の割合が高かった上位5項目は、次の通りです。

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チャット・SNSツールの活用やフロッピーディスクの廃止に関しては、既にプライベートでも定着していることが、社員にはなじみがあり技術的にも対応が容易という、ソフト・ハードの両面で成功率を高める要因になっているとみられます。

一方、稟議書のペーパーレス化、インターネットバンキングの活用、電子納税・電子申告については、社員全員が関わるものではなく、一部の担当者だけが対応すれば導入可能という点が、成功率の高さにつながっているとみられます。経理関連の項目は、多くの社員の対応が必要な「経費申請や領収書、会計処理などの書類のペーパーレス化」を除くと、比較的成功率が高くなっています。

2)導入しても成果が上がっていない割合が高い項目

30項目のうち、「既に導入し、業務効率化に成功している」「導入したが、あまり成果が上がっていない」と回答した人の中で、「導入したが、あまり成果が上がっていない」人の割合が高かった上位5項目は、次の通りです。

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上位5項目のうち、営業関連が上位3項目を占めています。顧客分析に基づくターゲットマーケティングやWebサイトを使ったマーケティングなど、今までの営業の手法と大きく異なる上に、専門性の高さが難易度を高めている背景にありそうです。

また、非対面での研修や、図表にはありませんが第6位に入っている「テレビ会議システムを活用した営業や接客(オンライン商談)」(45.0%)など、対面の強みを持っている項目は、ITを活用しても強みを維持できるかどうか慎重に検討する必要があるかもしれません。

3)成功率を分ける要因

一概には言えませんが、大きな傾向として、導入して成功する可能性が高い項目は、

  • 少ない人数が対応すれば導入できる
  • 既に社員にとってなじみがある
  • 技術的に導入が容易

といった要素が影響している側面もあるとみられます。

一方、導入をしても失敗する可能性の高い項目は、

  • 従来と手法が大きく異なる
  • 専門性が高い
  • IT化すると強みを発揮させにくい

といった要素が影響しているといえるかもしれません。

6 参考:アンケートで質問した項目のリスト

今回のアンケートでの質問項目は、次の30項目です。

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以上(2021年8月)

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画像:pixabay

知的財産権侵害のリスクと知的財産権活用のメリット/意外と知らない「知的財産権」シリーズ1

書いてあること

  • 主な読者:知的財産権を侵害してしまうリスクと活用するメリットについて知りたい経営者
  • 課題:何をすると他社の知的財産権を侵害してしまうのか? また、どうすれば自社の知的財産が保護されるのか?
  • 解決策:商標権の侵害はよくあるリスクなので、事前調査をしっかり行い、自社の商品名などについて商標権を取得する

1 中小企業こそ知的財産権を活用しよう

知的財産権と聞くと、一般的には、最先端の科学技術である発明や、世界的に有名となった一流ブランド、あるいは大ヒットした映画や音楽などがイメージされるかもしれません。特に中小企業にとっては、「あまり関係のない話だ」と考えられる方も少なくないでしょう。

しかし、実際には、

中小企業こそ、知的財産権を活用することで大きな競争優位性を確保できることもあれば、事業の存続が危ぶまれるリスクにもなり得るという点で、重要な経営上のリソース

の一つと言えます。そこでこの記事では、経営者の皆さま向けに知的財産権の基礎として主に次の点をご紹介していきます。「知的財産権を知っておくと何の役に立つか」のご参考にしていただければと思います。

  • 知的財産権とは
  • 事例:知的財産権を侵害するとどういうトラブルになるか
  • 事例:中小企業が活用するとどういうチャンスにつながるか

2 知的財産権とは

では、そもそも「知的財産権」とは何かについて、ご説明します。知的財産権には次のようなものが挙げられます。

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覚えておいて欲しいのは以下のポイントです。

  • 物の構造や作り方、方法などといった「アイデア」を保護するものとして代表的なのは、特許権や実用新案権
  • 商品の名前やロゴ、ブランドなどを保護するものとして代表的なのは、商標権や商品等表示(不正競争防止法)
  • 物品や店舗のデザインなどを保護するのは意匠権
  • 楽曲や文章、写真、プログラムなどの創作的な表現を保護するのは著作権
  • 営業秘密などを保護するのは不正競争防止法

これらの各種権利等によって守られている対象を無断で複製したり使用したりした場合は、

差止め、損害賠償、信用回復措置などの民事上の責任に加え、刑事上の責任も追及される

ことがあります。

このため、商品を製造・販売する企業であれば、その商品に具体化されたアイデアは「発明」として、デザインは「意匠」として、商品名は「商標」として、ノウハウは「営業秘密」としていくつもの知的財産に関連性を有しています。その企業が特許権(発明)や商標権などの知的財産権を取得していれば、模倣品を製造・販売する者に対してその中止や損害の賠償などを請求できます。

反面、その商品の製造・販売が他人の知的財産権を侵害するものである場合は、差止め、損害賠償等の責任を負わされる恐れがあります。

3 他人の知的財産権を侵害すると大きなビジネスリスクに

他社の知的財産権を侵害してしまうことがないように、あらかじめ商品・サービスに関する特許権や商標権の事前調査を行うべきことは、読者の皆さんもご存知だと思います。

特に、商品・サービスの名前、場合によっては会社の名前などについて、必要な商標権が取得できていないために、多額の損害賠償を支払わされたり、急に名称が使えなくなってしまったりということで、重大なトラブルになることは、頻繁にあります。

商品・サービスの名前を決める際には、必ず商標調査をしなければなりませんし、可能であれば、商標登録もしっかり済ませておく必要があります。以下で紹介するのは、商標調査が不十分なためにトラブルになった事例です。

1)「どん兵衛」vs日清食品

山口県萩市を中心に、中国地方などでうどんやそばなどを提供する外食チェーン店を20店舗程度経営していた「どん兵衛」が、カップうどん「どん兵衛」の製造元である日清食品から、商標権侵害を理由に、1億1000万円の損害賠償と「どん兵衛」の名称の使用中止を求める訴訟を提起された

このようなケースでは、一地方の中小企業である「どん兵衛」が、日清食品の大ヒットカップ麺である「どん兵衛」と関係がある、と思う消費者はほとんどいなかったのではないかと思います。しかし、そのような「消費者が間違うことはない」や「一地方の小規模な店舗だから」という理由で商標権侵害が正当化されることはなく、結果的に他人の商標権を侵害してしまえば、大きな法的責任を負うリスクがあると言えます。

なお、この「どん兵衛」は、日清食品との間で、2010年11月に、店舗名称の変更等を内容とする和解をしましたが、2011年には経営破綻しました。

2)「ゆうメール」vs日本郵政

札幌市でダイレクトメールの発送等を行っていた企業が、「ゆうメール」の商標権を保有していたところ、日本郵政の「ゆうメール」がその商標権を侵害するということで日本郵政を訴えた

この訴訟は、日本郵政側が不利となり、2012年9月、日本郵政が札幌の企業から、この商標権を買い取る形で、和解により終結しています。

企業規模にかかわらず、商標権の調査や検討がいかに重要かということを、この例は、私たちにわかりやすく教えてくれます。新しい商品やサービスの名前を決める際には、必ず商標調査を行うことが必要です。

また、近年増加しているのが、Webサイトや販促物などのデザインや表現が他人の著作権を侵害してしまうケースです。多くの企業では、Webサイトや販促物のデザインや表現は、自社では作成せず、デザイン会社や広告代理店などに外注されていると思います。しかし、その外注先のデザイン会社や広告代理店が著作権侵害をしていないかをきちんと確認している企業は少ないでしょう。もし、外注先のデザイン会社や広告代理店が著作権侵害をすると、発注元の企業が責任を負うケースがあります。

3)「パンダイラスト事件」(東京地判平成31年3月13日)

菓子等を製造するA社は、新しい菓子のパッケージデザインを制作するにあたり、デザインの外注先であるB社から提案されたパンダのイラストを採用し、これを菓子の外箱に印刷して販売した。

実はこのパンダのイラストは、全く別のX社が、自社の手ぬぐいを製造するにあたってデザインした柄であったものを、B社の社員が無断で転用していた。そこでX社は、デザインを盗用したデザイン会社であるB社ではなく、その菓子の製造販売元であるA社を、著作権侵害として訴えた

裁判所の判断を簡単に紹介すると、A社(発注元)がB社(外注先)より納品を受けたデザインを、何ら著作権処理が適正かの検証を行わなかったことに対して、注意義務違反を認めています。発注元に注意義務違反が認められた場合、著作権侵害の責任を負わされる可能性があります。つまり、発注元は外注先によるデザイン作成の過程についても、きちんと管理しておかなければならないということです。

とはいえ、外注先のデザイン創作の過程をすべて把握することは実際上困難です。万が一、著作権侵害が含まれていた場合に備えて、損害賠償の範囲、額、さらに著作権侵害行為がないことの表明・保証についてあらかじめ契約で定めておくことが重要となってきます。

4 知的財産権は中小企業のビジネスチャンスを広げる

知的財産権をうまく活用することで、ビジネス上の付加価値を増大させ、企業経営上の大きなメリットが得られるケースもあります。

1)アスタリスク社

ファーストリテイリング社(以下「ファストリ社」)の経営するユニクロ、ジーユーの店舗に2019年頃から導入され始めた買い物かごを置くだけで中身の合計額が自動的に計算されるセルフレジについて、アスタリスク社が自社の特許権を侵害されたとして、東京地裁に差止めの仮処分命令の申立てを行った。

ファストリ社は、当該特許の有効性を争い、両社が現在も係争中

この特許の有効性については、特許庁の審判段階において一部無効との判断がなされたものの、知財高裁は特許庁の判断を破棄して全部有効であるとの判断を示しました。まだ、訴訟の最終的な帰趨(きすう。ゆきつくところ)は不明ですが、ファストリ社は、アスタリスク社との間で適切なビジネス上の関係を構築できない限り、このセルフレジの使用ができなくなった上で、多額の賠償金を支払うことになる可能性があります。

報道などによると、ファストリ社は新しいセルフレジを導入するにあたって、もともと取引関係にあったアスタリスク社と交渉をしていたようです。ただし、アスタリスク社に対して、同社の製品を導入するとか、適切な特許のライセンスを受けるということは検討せず、一方的にアスタリスク社の特許の使用をファストリ社に許諾するようにということで、「ゼロ円ライセンス」を要求したと言われています。

今回の知財高裁の判決により、従業員100人程度の小さな会社でも、強い知的財産権を持っていれば、時価総額日本第7位という巨大な企業とも対等に渡り合えるということが、明確に周知されることになりました。

昨今の、経営資源における知的財産権重視の傾向からも、今後ますます、有効な知的財産権を保有していれば、中小企業にとってもビジネスチャンスを広げたり、大企業とも対等な交渉ができる結果、単なる「下請」を脱却して、対等なビジネスパートナーとしての関係を築けたりするでしょう。

2)ユニバーサルビュー

眼科医療機器開発ベンチャーであるユニバーサルビュー社は、いわゆるピンホール原理をコンタクトレンズに応用し、レンズに微細な穴を穿設することで、度を入れなくとも近視、遠視、老眼のすべてに対応できるようにしたコンタクトレンズに関するアイデアで世界各国において特許権や意匠権を取得。

一部上場企業である東レから出資を受けて共同でビジネス展開、さらにベンチャーキャピタルからの出資獲得などに成功

ユニバーサルビュー社は、2001年に設立された「社員数9名」(2021年6月15日時点の同社Webサイトより)の決して大きいとは言えない企業ですが、同社は知的財産権の有効活用によって資金調達や信用獲得を成功させています。

創業当初は多方面に事業範囲を向けていたようですが、コアとなるピンホールコンタクトレンズなどのごく限られた範囲に事業活動に絞り込むことで資本を集中させ、大企業を含む競合他社に対して高い参入障壁を形成・維持する目的で、特許権や意匠権などの知的財産権の拡充に取り組むことに方針転換しました。

また、ユニバーサルビュー社は、韓国のコンタクトレンズメーカーとの間における知財紛争を約2年間にわたり徹底的に戦って勝訴し、国内外の業界内における同社の知財の存在感を顕在化させることにも成功しています。

さらにこのピンホールコンタクトレンズに対してウェアラブルデバイスとしての要素を付加したスマートコンタクトレンズの開発を行っており、これらの技術についても知財を拡充させながら発展を続けています。

5 中小企業にとって、経営陣の知財リテラシーが、事業の成否を決める時代が来ている

知的財産権は、きちんと向き合わなければ事業を破綻させるリスクにもなり得る半面、しっかりとした戦略を作り、それに基づいて知的財産権を活用することができれば、飛躍的に事業を拡大させるきっかけともなると言えます。

「知的財産権は、一部の技術系企業だけが考えるもの」という考えは、もう通用しません。どんな業種、規模の企業であっても、経営陣の知財リテラシー(知的財産権に関するリテラシー)と知財戦略が事業の成否を分ける、という時代が、もう既に到来しているのです。

以上(2021年7月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)

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画像:areebarbar-Adobe Stock

座学だけでなく実践を! 「70:20:10」の法則で部下を育てる

書いてあること

  • 主な読者:入社3〜5年目でさらに成長したい中堅社員と、それを見守る経営者
  • 課題:一生懸命に勉強しているのに、なかなか実際のビジネスに活かせない
  • 解決策:座学だけではなく、実際に「経験」できる機会をどんどん与える

1 部下が育たない……

「あぁ~、もう! 何度言ったら分かるの!! ビジネスは相手の立場も考慮しながら進めないとトラブルになるよ。社内も社外も同じ。『次工程はお客様』って言うでしょ」。こう語気を強めているのは、営業を担当する中堅社員のAさん。

Aさんは、日々、部下に営業の姿勢を指導していますが、なかなか成果があがりません。そこでAさんは、上司であるB本部長に相談しました。「部下がなかなか育ちません。本を読ませたり、セミナーに行かせたりしているのに……。今のままではとても現場に出すことは難しいです」。するとB本部長は、次のように返しました。

「Aさんが教育熱心なのは分かっているよ。部下もそれを分かっているから、Aさんが厳しくてもついてくるんだよ。でもね、Aさん。人は受け身の座学だけでは成長できないんだよ」

2 「70:20:10」の法則

社員教育の現場でしばしば話題に上る、「70:20:10」の法則というものがあります。これは、

人の成長に影響を与えるのは、70%の経験、20%の教え(上司などからの)、10%の座学(研修など)である

ことを示しています。

教えや座学も大事だけれど、実際に自分で経験してみなければ身に付かないことが多いというのは感覚で分かります。特に、失敗は貴重な経験で、次の挑戦に生かすことができます。ところが、部下の教育に熱心な上司ほど“30%の壁”にぶつかります。「まずは基礎固めから」「失敗しないように慎重に」などの思いから、20%の教えと10%の座学という、足して30%の教育(教えと座学に偏った教育)ばかりを実行してしまうのです。

その理由は、

実は教えと座学に偏った教育は、上司にとっては達成感がある

からです。そもそも座学の機会を与えているのは自分(上司)です。同様に、自分の指示に従っている部下を見ることで、自分の教えが浸透していると誤解します。しかし実際は、上司の言葉の字面しか理解していない部下は少なくないものです。

足して30%の教育で成長できるのは、自ら率先して行動できる人だけです。そうでなければ、「頭ではある程度理解しているが、経験が浅いため現場に出ると何をしてよいのか分からずに動けない」ことにあります。冒頭のAさんが直面しているのは、まさに“30%の壁”です。自分(上司)としては十二分に教えているのに、いつまでたっても部下が現場で通用するほどには育たない。そんな困った状況にあるわけです。

3 もう少し問題を掘り下げる

足して30%の教育がもたらす問題をもう少し掘り下げてみましょう。部下は上司の下で成長できないばかりか、将来に向かって「勇気(ゆうき)」「当事者意識(とうじしゃいしき)」「やる気(やるき)」という、ビジネスで大切な3つの“き”を失います。

まず、経験がなければ、現場で一歩を踏み出す勇気が湧いてきません。そうしたときに、上司が常にフォローしていれば当事者意識をなくします。そして最後は、「どうせ自分は仕事ができない」とやる気を失うのです。

こうした状況が長く続くほど、事態は深刻になります。そして、上司は簡単な仕事さえ任せることができなくなり、本来は上司がやるべきではない仕事をいつまでも引き受けることになります。上司が上司としての仕事をしなければ、組織は停滞します。

4 経験しながら学ぶ機会が大事

「70:20:10」の法則を考慮すれば、部下の成長を促すためには経験が大切です。そこで、部下には小さな経験からしてもらい、上司は少しずつ難しい局面を設定するようにします。例えば、最初は上司が同行している商談の場でサービスの提案をさせ、その後に価格交渉など利害が衝突しやすい局面を経験させます。

難しいのは、冒頭のAさんが遭遇したような、「相手のことを考えて行動する」といった類いのつかみどころのない内容です。これは個人によって考え方が異なるもので、世代によっても“常識”が違います。個人の考え方を教えるのは難しく、それが良いともいえません。また、仮に上司の考えを隅々まで教えられたとしても、同じような考え方をするメンバーが多い組織に多様性はありません。

そこで、上司のほうが部下の多様な考え方を受け入れるという発想の転換が必要かもしれません。もちろん、守らなければならない接客の基準などがあって、その部分については議論の余地はないわけですから、徹底的に教え、経験させましょう。

以上(2021年8月)

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画像:fizkes-Adobe Stock

【朝礼】残念な「時間の感覚」を改善する2つのコツ

つい先日、社外の人とオンライン会議の日程調整をしているときに、「マナーがなっていない」と感じることがありました。初めてお会いする相手だったので、私も気を使い、候補日を3つ提示しました。各日それぞれ3時間の範囲から選んでもらう想定でしたので、合計9時間です。相手の日程調整がなかなか進まず、結局、1週間もかかりました。しかも決まったのは、最初の候補日の前日ギリギリです。その間、私は仮予定として9時間をブロックされたままです。こういう時間の感覚は本当に良くないと改めて思った次第です。

今挙げた例は極端ですが、「自分のところで仕事を止めてしまい次工程が遅れる」「リアクションが遅く相手を待たせてしまう」なども同様に良くない時間の感覚です。これでは物事が停滞し、前に進められないからです。

どうですか。皆さんもやりがちなことではないですか?

特に、リモートワークをしている当社では時間の感覚がとても重要です。この感覚が適切でないと大きなミスにつながりますし、全体的に緩い雰囲気となれば、組織の成長の妨げにもなります。これまでも繰り返してきましたが、改めて言います。皆さん、時間の感覚をバージョンアップさせてください。そのためのコツが2つあります。

1つ目は「早く返す」ことです。メールの他、チャットやSNSツールなど、リモートワークではさまざまな形でメッセージが届きます。

いずれの場合も、まずは早くリアクションしてください。特別な理由がなければ、長くても、待って1日です。すぐに答えられなくても、「確認が必要なので明日の17時までに回答します」と返すことはできるでしょう。特にチャットの場合、半日過ぎたら遅いくらいです。立て込んでいる場合は、「本日は16時ごろまで他案件で立て込んでおりリアクションできません。それ以降に確認します」と返しておけばいいのです。相手を「どうなっているか分からない状態のまま待たせる」のは、相手の時間を奪っているものと認識してください。

2つ目は「早く放出する」ことです。これは、60%でいいのでとにかく早く相手に出す、見せることです。「自分の中でメドがついてから」「完璧にしてから」と考えてため込んでいると物事は停滞します。相手も状況が分かりません。リモートワークにある意味慣れてきた皆さんの中には、「まだメドがついていないし、催促されていないから黙っていよう」という人が出てきています。これは大きな間違いです。催促されないことほど怖いことはありません。社内外問わず、「この人のところで仕事が止まる」というレッテルを貼られている可能性のあることを自覚してください。

時間の感覚のバージョンアップは、組織のバージョンアップにつながります。むしろ、そうしていかなければ、皆さん自身も、当社も生き残れません。ぜひ、今日から実践してください。

以上(2021年7月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】人を動かすために知っておくべき、たった1つのこと

今朝は管理職の方に集まってもらいました。日ごろ皆さんと話をしていると、思うように部下とコミュニケーションが取れないという相談をよく受けるので、その点をテーマに取り上げたいと思います。

皆さんが部下を褒めたり叱ったりするのは、部下に何かを伝えるためです。こうした行為を一般的にコミュニケーションと呼びますが、コミュニケーションと伝えることは同じではありません。ビジネスにおけるコミュニケーションの目的は、相手に動いてもらうことであり、伝えることの一歩先になります。部下とのコミュニケーションを良くするための方法として、伝える言葉を吟味して、伝える回数を増やし、伝えるシーンにもこだわることを推奨する書籍があります。これらは大切なことですが、表面上のテクニックとして実践するだけでは、部下は動いてくれないでしょう。

まず、部下を動かすためには、教えることと促すことが必要だと理解してください。教えることとは、AがAであることを部下のレベルや成長度合いに応じて効率的に教え、理解してもらうことです。一方、促すこととは、Aをしなければならない理由、あるいはAをしてはいけない理由を伝え、実際にそう動いてもらうことです。

正しい知識を教え、そこから派生する問題を部下の“自分事”として伝えて行動を促せば、部下は動いてくれるでしょう。これが上司と部下の理想的なコミュニケーションです。

こうしたコミュニケーションができるか否かで大きな差がつきます。

今、我が社は「自己啓発」を重視しています。部下に自己啓発の大切さを教え、実際に取り組むように促すのは上司の役割ですが、上司によって部下の行動に大きな違いが生じています。ある上司の部下は積極的に自己啓発に励み、別の上司の部下は全く自己啓発に取り組もうとしません。

個々の部下の姿勢による違いはあります。しかし、それを凌駕するようなコミュニケーションを上司が取れていないということでもあります。

大切なのは、促す力です。なぜなら、ここで教えるのは「どうして、会社が自己啓発を求めているのか」「会社の方針に合った自己啓発はなにか」といったことであり、誰が説明をしてもそれほど大きな違いはないからです。

上司は部下と真正面から向き合い、本気で自己啓発に取り組んだ場合に、部下の活動フィールドがどのように広がっていくのかを伝えなければなりません。部下の行動を促すには、部下が理想とする具体的なキャリアと、その実現に自己啓発が不可欠であることを伝える必要があります。これは、日ごろから部下のことを真剣に考えている上司でなければ分からないことです。

部下とのコミュニケーションは、時間をかけて良くなっていくものです。日ごろから良い関係づくりを心掛けつつ、教え、促してください。

以上(2021年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

特許権/知的財産権をビジネスで活用する(1)

アイデア(発明・考案)・デザイン・ロゴマーク・著作物・営業上のノウハウなど、企業には多くの知的財産があります。知的財産は、コピーやいわゆるパクりなどの被害に遭いやすいという問題があります。これを防ぐためには、「特許権」「商標権」など、個々の知的財産を権利化することで、自社の知的財産を守ることが大切です。

このシリーズでは、さまざまな知的財産について、「何が保護されるのか」「どうすれば取得できるのか」といった基本を解説していきます。第1回は、アイデア(発明・考案)を保護する「特許権」を取り上げます。

 なお、特許権以外の知的財産や知的財産にはどのような種類があるのか? などを知りたい場合は、次の記事をご覧ください。

1 特許権とは

特許権は、発明について特許庁に特許出願をして、審査をクリアした後に登録することで取得することができます。
発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なものを指します。どのようなものが発明に該当するのか? など発明の詳細は、後述する「3 特許権の対象となる発明が満たす4つのこと」で紹介しています。

特許権の取得には、次のようなメリットがあります。

  • 特許権の存続期間中は、特許権者(特許権を持つ権利者)だけがその発明を独占排他的に実施することができる
  • 特許権の侵害があった場合、特許権者は侵害者に対して差止請求権、損害賠償請求権などの権利を行使することができる
  • 自社の発明を使用したいという他者とライセンス契約を結び、ライセンス料を得ることができる
  • 特許権=自社にしかない発明があることを広くアピールでき、ブランディングに役立つ

特許権の保護期間は、出願から原則として20年(医薬品など一部は25年)です。

2 特許出願で注意すべきこと

1)先行調査が必須

出願する前に自社の発明と同じもの(または類似するもの)が、既に出願されているかどうかを調査します。既に同じような技術が公開されている場合には、特許を受けることができませんし、特許権が設定されている技術を無断で使用すると特許権の侵害となる可能性もあります。先行調査をする際は、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を利用して、キーワードなどから調査します。

2)すぐに出願する

特許権には「先願主義」というルールがあります。これは同じ発明があった場合、特許庁に先に出願した出願者が特許権を取得できるというルールです。発明の完成後は速やかに出願することが重要になります。

3)従業員や外部の協力先との権利関係をクリアに

特許出願をする権利や特許権は、発明を行った本人にあります。そのため、特許権を自社の名義にしたい場合、発明を行った従業員や外部の協力先などから権利を譲渡してもらう必要があります。

中小企業や起業したばかりの企業では、企業規模が小さく、従業員も外部の協力先もよく知った仲ということが多いと思います。良好な関係が築けている間は問題にならなくても、従業員の退職や、外部の協力先との方向性の違いなどから、後日特許権をめぐってトラブルになる恐れもあります。権利譲渡について、あらかじめ契約を交わしておくと良いでしょう。

4)「特許権を取得しない戦略」についても検討する

特許権を取得すれば、他者の利用を排除することができます。一方、どのような発明なのか、その詳細が広く公開されますし、保護期間を過ぎれば他者の利用を排除することができません。

もし、特許権の取得を検討しているのが、「製品を見ただけでは想像できないような製造方法」などの場合、徹底的に秘匿して、社内でノウハウとして管理するほうが得策でしょう。出願ありきではなく、弁理士や弁護士などの専門家に相談して、自社に適した戦略を検討します。

3 特許権の対象となる発明が満たす4つのこと

特許法が定義する「発明」とは、次の4つを満たしているものになります。

1)自然法則を利用していること

自然法則とは、自然界において経験的に見いだされる科学的な法則のことで、「万有引力の法則」などが該当します。従って、計算方法、コンピューター言語、ゲームのルール、ビジネスモデルなどの人為的な取り決めや経済法則は自然法則とは異なります。
なお、「ビジネスモデル特許」という言葉がありますが、これはビジネスモデルに不可欠な、ソフトウエアや情報処理装置などが発明に該当するものを指します。ビジネスモデルそのものは発明には該当しません。
また、自然法則を利用していなければならないため、「万有引力の法則」のように、自然法則そのものは発明には該当しません。

2)技術的思想であること

技術とは、反復可能で、実際に利用でき、知識として客観的に伝達できるもののことです。従って、熟練職人の持つ技や勘など、個人の熟練によって得られる技能や奥義・秘伝などは技術とは異なります。
また、絵画や彫刻などの美的創作物、機械の操作方法についてのマニュアル、デジタルカメラで撮影された画像データなど、単なる情報の掲示も発明には該当しません。

3)創作であること

創作とは、新たに創り出すことであり、既にあるものを発見するのとは異なります。従って、自然界に存在する天然物を発見しても創作を伴わなければ、発明には該当しません。ただし、抗生物質など、天然物から人為的に単離精製した化学物質などは発明に該当します。

4)高度なものであること

発明は高度なものであることが求められています。これは、特許権と似た権利である実用新案権と区別するためです。実用新案権では、考案(いわゆる小発明など高度でないもの)を保護対象としていて、保護期間も出願から10年となっています。

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4 特許権を取得することができる発明の要件

前述した、発明の定義を満たすだけでなく、次の4つに該当しなければ、特許権は取得できません。

1)産業上の利用可能性を有していること

特許制度は産業の発達を目的にしているため、産業として利用できる発明に該当しない場合、特許権を取得することはできません。ここでいう産業とは、工業・鉱業・農業などの生産業だけでなく、サービス業・運輸業など、あらゆる産業を含む広い概念です。
例えば、人間の手術方法や個人的にのみ利用する発明は、産業上の利用可能性を有していない発明になります。

2)新規性を有していること

社会で一般的に知られた発明は特許権を取得することができません。新規性を有しているか否かは、特許出願の時点で判断されます。
例えば、ある発明を4月1日の午後に出願しても、同日の午前にテレビでその発明が放映されていた場合などは、新規性を有していないと判断されます。

3)進歩性を有していること

既に知られている発明を少し改良しただけの発明など、当業者(発明の属する技術分野において通常の知識を有する者)が容易に行える発明については、特許権を取得することができません。
ただし、既に知られた技術や発明などを組み合わせた発明であっても、その組み合わせに意外性がある場合や組み合わせた効果が大きい場合は、進歩性を有した発明だと判断される場合があります。

4)先願であること

同一の発明について異なった日に2つ以上の特許出願があったときは、先に出願した特許出願人のみがその発明について特許を受けることができます
この他、紙幣偽造機械などの「公共の秩序に反した発明」は特許権を取得することができません。

5 特許権を取得する際の手続き

発明について特許権を取得するためには、特許庁長官に対して特許出願を行わなければなりません。出願から特許権取得までの期間は平均15.0ヵ月(2020年度)です。
特許出願から特許権取得までの流れは次の通りです。

特許出願から取得までの流れを説明した画像です

出願後、審査の通知を受けるまでには平均9.5カ月(2019年度)の期間を要します。
しかし、特許庁では「早期審査」「スーパー早期審査」という制度を設けており、通常よりも短期間で審査の通知が届く制度があります。審査の通知が届くまでの期間は、早期審査の場合は平均2.5カ月、スーパー早期審査の場合は平均0.6カ月(2019年度)となっています。早期審査の対象は中小企業など、スーパー早期審査の対象はベンチャー企業などとなっています。詳細については、特許庁のウェブサイトで紹介されています。

特許出願の際には、所定の書類を提出しなければなりません。特許出願時に必要となる書類は次の通りです。

特許出願時に必要となる書類を示した画像です

特許出願の際には、次の費用を特許庁に納付します。

  • 出願費用:1万4000円(定額)
  • 出願審査請求費用:12万2000円〜(請求項(保護を受けたい発明を記載した項)の数により増加します)

また、審査をクリアした後、特許料の納付が必要です。特許料は登録期間や請求項などによって異なります。
取得のための手続きや出願費用などの詳細は、特許庁のウェブサイトで紹介されています。

以上

(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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