企業の顧客の中には、障害のある人もいます。障害のために商品を買えなかったり、サービスを利用できなかったりすることは、望ましくありません。今年4月1日には、改正障害者差別解消法が施行され、障害者への配慮が企業にも義務づけられました。本稿では、企業に求められる障害者への配慮についてお伝えします。
【中小企業の予算(2)】予算「損益計算書」の数字の作り方
書いてあること
- 主な読者:予算管理を自社に取り入れたい、あるいはしっかり取り組みたい経営者
- 課題:決算書はあるけれど、予算では何をどのように作成すればよいのか分からない
- 解決策:月次で予算損益計算書を作ろう。それぞれの勘定科目の数字については、特性に合わせて「掛け算型」「足し算型」のいずれか、または折衷型で作っていく
1 月次ベースで予算損益計算書を作ろう
予算として作成される代表的な書類は、
- 予算損益計算書
です。予算は目標であるという話をしましたが、目標とする業績は売上と利益を指すことが大半です。そのため、利益につながる内訳書である損益計算書を作成します。売上から仕入(原価)、人件費をはじめとした様々な諸費用の数字の根拠を集め、予算損益計算書を作成していきます。
それ以外に考えられる書類として、予算貸借対照表、予算キャッシュ・フロー計算書(または資金繰り表)がありますが、この2つは全ての会社にとって常に必要というわけではありません。実際に作成している会社は多くないです。資金繰りに不安がある場合など、これらを事前に確認しておきたい状況でのみ作成すれば十分です。そのため、この記事では、予算損益計算書の作成にスポットを当てていきます。
予算損益計算書は、月次決算で比較できるように月ごとに立てます。その際に、どの業種であっても、売上には季節による変動があるので、単純に年間目標の12分の1としてはいけません。月次決算で実績の数値を正確に把握するために、自社の特性に応じた予算を立てましょう。
予算の重要な勘定科目の数字の作り方には大きく、
- 掛け算型
- 足し算型
の2つのタイプがあります。以降で詳しく見ていきましょう。
2 数字の作り方:掛け算型
掛け算型とは、
数字の構成要素を分解し、掛け算で計算できる勘定科目に適した方法
です。この方法で数字を作るのに適した主な勘定科目に、売上や人件費があります。
例えば、売上は「単価×数量」で分解するのが一般的です。また、人件費は「平均月給×人数」に分解することができます。
売上の構成要素は、よくKPI(重要業績評価指標)としても使われています。業績を改善するために必要な行動を考える指標として、この切り口が適しているからです。例えば、市場全体や自社の顧客の状況から、単価を上げるのは厳しいと分析したとします。それであれば、数量を伸ばすという方法を考えるしかないですよね。このように重要な科目だからこそ行動とセットで考えられるよう、予算の数字の計算方法も工夫する必要があるのです。
実務上の留意点として、掛け算型の場合は複数の担当に構成要素がまたがることも多いので、予算作成の進め方に特に注意が必要なことが挙げられます。1つの売上高という勘定科目でも、単価は仕入担当が、数量は営業担当が責任を負うというように、責任の所在が分かれて複雑になることがあります。構成要素ごとに、自社の中で責任のある部署や担当者を明確に決めておき、実績とのずれが生じた際、その背景や理由の聞き先を把握しておくことが大切です。
3 数字の作り方:足し算型
足し算型とは、
数字の構成要素をエリアや媒体で分解し、足し算で計算できる勘定科目に適した方法
です。この方法で数字を作るのに適した主な勘定科目に、売上や広告宣伝費があります。
例えば、売上は関東、関西、九州などエリア別に分解することができます。全エリアを足して売上予算とします。また、広告宣伝費は、テレビCM、電車やバスの交通広告、インターネット広告など媒体ごとに分けることができます。これは、広告宣伝においては媒体ごとに対象顧客や効果が異なるため、それぞれに管理をすることが広告宣伝の活動において一般的であることに基づいた分類です。このように、自社のビジネスの特性や、行動計画に沿った形で、構成要素を分解するのが足し算型の特徴です。
4 主な科目の予算の立て方
1)売上の予算の立て方
売上の予算は、
掛け算型と足し算型のいずれか、または掛け算型と足し算型の折衷型
というのもあり得ます。例えば、全国展開、あるいは全国ではなくても、ある程度の地域を横断して展開している会社であれば、まず、全社の売上をエリア別に、Aエリア、Bエリアと分解して、足し算型の形で計算した上で、エリアごとに単価と数量に分解して、掛け算型で計算するといった具合です。
そして、季節性や繁忙期・閑散期といった自社の特性をしっかり数字に落とし込んでいきましょう。例えば、観光・宿泊業であればゴールデンウイークや夏休み、年末年始といった繁忙期と、その他の閑散期では明らかに数字が変わってくるはずです。
その上で、客単価×客数といった具体的な数字から各月の売上予算を立てていきます。このような予算であれば、実績との差異が発生した際に、原因は客単価、または客数なのか、あるいはその両方なのかを把握できます。
2)仕入の予算の立て方
仕入の予算は、
一般的に売上に連動する変動費であるため、掛け算型で数値を立て、具体的には「売上×原価率」
とします。例えば、物価高騰や賃上げの影響で原価率の上昇が見込まれている場合は、「7月から原価率を50%から55%に変更する」といったように予算を立てます。原価に含まれる構成要素が多い場合は、重要なものについて個別に数字を作るようにし、内訳として明記しておきましょう。これは実績が乖離(かいり)した場合や、売上が想定より下がった場合、問題点を明確にし、利益維持・回復する対策を早期に練るためにも大切になります。
3)人件費予算の立て方
人件費の予算は、
人員の採用計画などに基づいて掛け算型
で立てます。人件費というのは繁忙期の残業代を除くと、営業活動に連動しない固定的な部分が大半と考えられます。例えば、「7月から製造工程で人員を2人増やすため、人件費が月50万円(平均月給25万円×2人)増加する」といったようになります。なお、社員については「平均月給×人数」、パート・アルバイトについては「平均時給×労働時間数」というように、雇用形態ごとに明確に分けておきましょう。予算管理と同時に採用計画の見直しなど、幅広く活用することができます。
4)その他の諸費用予算の立て方
金額が大きくない・重要度の低い費用の場合は、数字の根拠について、必ずしも掛け算型と足し算型といった積み上げである必要はありません。前年度実績の金額をそのまま使うというのも手です。スポット的に生じる可能性のある費用についても、金額の多寡で予算に乗せるかどうかを決定していきます。また、重要度の低い費用について、細かすぎるのも問題です。例えば、消耗品費のような勘定科目については、「ボールペン 単価90円×10本」などではなく、「文房具 年2万円」とまとめも問題のないことがほとんどです。細かすぎる情報は管理も大変で、経営陣にとってもノイズ(雑音)となってしまうからです。
以上(2024年8月作成)
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画像:thanksforbuying-Adobe Stock
中小企業の「債権管理」の手引き(2024年8月号)
掛取引を行なっている企業はとても多いですが、不払いに遭ったときのことまで考えて債権管理をしている企業はあまり多くありません。債権回収に失敗した場合、回収不能額はそのまま損失になってしまいますので、企業の継続的発展という点からは避けたいところです。ここでは、債権管理のノウハウについて、時系列に沿って解説します。
【かんたん会社法(13)】企業再編の1つである「株式譲渡」
書いてあること
- 主な読者:M&A・企業再編の1つとして「株式譲渡」の基本を知りたい人
- 課題:株式譲渡の手続きはとても複雑そうで、とっつきにくい
- 解決策:通常、株式譲渡では譲渡会社(売り手)の法人格や契約関係など、対外的な側面には何も影響がなく、対価は金銭となる
1 さまざまな企業再編
いわゆる「M&A(Mergers and Acquisitions)」は、事業拡大、選択と集中、事業承継などさまざまな目的で実施されます。M&Aには、合併と買収という2つの意味がありますが、両方の意味を含むものとして、「企業再編」という言葉が使われることも多くあります。主なM&A・企業再編には次の7つの手法があります。
- 株式譲渡:会社の株式の全部または一部を他の会社に譲渡する
- 事業譲渡:事業の全部または一部を他の会社に譲渡する
- 合併:複数の会社が1つになる。吸収合併と新設合併とがある
- 会社分割:事業の全部または一部を他の会社に承継。吸収分割と新設分割とがある
- 株式交換:既にある会社を100%子会社にする
- 株式移転:会社を新規に設立し、その会社を100%親会社にする
- 株式交付:既にある会社を子会社にする(100%子会社に限らない)
ここで紹介するのは株式譲渡であり、基本的に譲渡会社(売り手)の立場で紹介します。
2 株式譲渡とは
株式譲渡とは、会社の株式の全部または一部を他の会社に売り渡すことです。会社のオーナーが変わるというイメージです。大きな特徴は、
- 譲渡会社の法人格や契約関係など、対外的な側面には何も影響がないこと
- 通常、対価は株式などではなく金銭となること
です。
株式譲渡では会社のオーナーである株主が変わるだけです。会社法上、対象会社や買い手(会社の場合)の株主総会、取締役会総会等を必ず経なければいけないといった決まりはありません(株式に譲渡制限が付されている場合を除きます)。そのため、事業譲渡などとは異なり、基本的に譲受後に必要な手続きの手間があまりかかりません。
一方、株主が複数いる場合は、株主それぞれと交渉する必要があるため手間がかかったり、一人の株主が反対すると、全ての株式を集約することが困難になり、対象会社を完全子会社にすることができなかったりする点はデメリットです。
3 株式譲渡の手続き
1)譲渡当事者間の合意
株式譲渡は、売り手が保有する株式を買い手に譲渡する売買契約になるため、譲渡当事者間の合意が必要です。基本的には、株式譲渡は当事者間の合意があれば効力が生じます。ただし、後述するように、「株券発行会社」の場合は異なります。
2)株式譲渡の承認機関における承認(譲渡制限会社の場合)
中小企業の場合、株式が譲渡されてオーナーが変わることに対する抵抗感が強いため、簡単に株式譲渡ができないように、株式に譲渡制限をつけていることが多くあります。譲渡制限会社の場合、承認機関における株式譲渡の承認が必要です。承認機関は、原則として、取締役会設置会社の場合は取締役会、それ以外の会社は株主総会となります。
なお、会社によっては、これらの承認機関ではなく、代表取締役の承認とする場合もあります。譲渡制限会社であるか、承認機関がどうなっているかは、法人登記で確認できます。
4 株式譲渡における注意事項
1)株券発行会社における株券交付の必要性
定款に、株券(株式を表章する有価証券)を発行する旨を定めている株式会社を株券発行会社といいます。2006年以前に設立された会社は、原則として、株式譲渡の際に株券の交付が必要なので注意しましょう。この点を理解するために、まず株券の発行に関する法改正の経緯を紹介します。
2004年の改正前の商法では、全ての株式会社に株券の発行を義務付けられていました。しかし、同族会社をはじめとして多くの株式会社では、株式譲渡の機会は相続などの場合を除きほとんどないため、わざわざ株券を発行していない会社が多数ありました。このような実情等を勘案し、2004年の商法改正によって、株券は原則不発行となり、定款で定めた場合のみ株券の発行が可能となるというように大きな改正が行われました。
その後、2006年に会社法が施行された際に、会社法施行時に存在する株式会社は、株券を発行しない旨の定款の定めがない場合、その会社は株券を発行する旨の定款の定めがある(=株券発行会社)とみなされるという経過措置が設けられました。
このように会社を取り巻く法律において、株券の発行についての取り扱いは大きく変わりましたが、株式譲渡の機会がない限り、2006年の会社法施行前に設立された会社の多くは、設立時から定款を変更していないことが多く、株券を発行しない旨の定款の定めを新設することもありませんでした。そのため、現在存在している株式会社では、株券発行会社であることが少なくない状況にあります。
そうすると、会社法上、株券発行会社が株式譲渡を行う場合、株券を交付しなければ効力を生じないものと定められていますので、少なくともその時点で株券を発行して交付する必要があります。形式的な手続きだと軽視せず、このような「儀式」をきちんと踏まえなければ、株券発行会社においては、株式譲渡の効力が生じないため、留意しなければなりません。
2)株主であることの証明
繰り返しになりますが、株券発行会社の場合、株券の交付がなければ、株式譲渡の効力は生じません。しかし、中小企業の株式譲渡では、株券の発行や交付を行わずに株式譲渡を行っていることが少なくありません。
このようなケースで、どうやって株式譲渡の手続きを進めればよいのかは、ケース・バイ・ケースで異なります。弁護士等の専門家に相談をしながら、解決策を考えつつ手続きを進めていく必要があります。
以上(2024年8月更新)
(監修 Earth&法律事務所 弁護士 岡部健一)
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画像:Mariko Mitsuda
企業に求められる障害者への配慮
企業の顧客の中には、障害のある人もいます。障害のために商品を買えなかったり、サービスを利用できなかったりすることは、望ましくありません。今年4月1日には、改正障害者差別解消法が施行され、障害者への配慮が企業にも義務づけられました。本稿では、企業に求められる障害者への配慮についてお伝えします。
1 合理的配慮
今年4月から義務になったのは、「事業者による障害者への合理的配慮の提供」です。「事業者」とは、商業その他の事業を行う企業や団体、店舗のことで、法人だけでなく個人事業主も対象となっています。
「障害者」の範囲も広く、身体障害だけでなく、知的障害、精神障害、発達障害、高次脳機能障害、難病など病気に伴う障害も含まれます。障害者手帳を持っていなくても、生活面で相当な制約を受けている人はすべて対象となります。
では、「合理的配慮」とは、どのようなものでしょうか。内閣府は、次のような具体例を挙げています。
※内閣府「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されました」
実際には、要望の内容や状況によって、ケースバイケースで対応することになります。その際、事業者は、過重な負担にならない範囲で、本来の事業に付随する配慮を行えばよいとされています。内閣府は、次のようなケースでは、合理的配慮が提供されなくても、違反にはならないと例示しています。
▽飲食店で「食事の介助」を求められたが、この飲食店では、食事の介助を事業の一環として行っていないので断った。
▽小売店で、混雑時に視覚障害者から、「店内を付き添って買い物の補助をしてほしい」と求められたケースで、店員が「混雑時のため付き添いはできないが、購入したい商品を聴き取ってリストにし、商品を準備します」と提案した。
2 対話が重要
できる限り合理的な配慮をするために、内閣府は「障害者と事業者の『対話』が重要」と強調しています。障害者からの要望に100%応じることができない場合でも、話し合って、「ここまでならできる」という点を探っていくことが大切です。
もっともよくないのは、「保護者や介助者がいなければ一律に入店を断る」「不動産会社が、『障害者向けの物件はない』と言って断る」「障害者に対して一律に接遇の質を下げる」といった対応です。これらは、正当な理由なく障害を理由としてサービス等の提供を拒否したり、提供するにあたって場所・時間帯等を制限するなどの「不当な差別的取り扱い」とされ、改正前の障害者差別解消法で、すでに禁止されています。
3 さいごに
改正障害者差別解消法では、合理的配慮を怠っても罰則はありません。しかし、超高齢社会の日本では、加齢に伴う障害をもつ人は大勢います。障害のある人へ配慮の行き届いたサービスは、障害のない人にとっても、良質なサービスとなるでしょう。まずは企業内で、合理的配慮について「対応マニュアル」をまとめることをお勧めします。
※本内容は2024年7月10日時点での内容です。
(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)
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【収支シミュレーション】 眉毛サロンの開業収支モデル
書いてあること
- 主な読者:眉毛サロンをフランチャイズで出店したい方
- 課題:収益構造や法規制、開業にかかる費用を知りたい
- 解決策:眉毛のみの施術メニューでは差別化が難しい。美容師免許を持つ人材の確保も大きな課題。一定条件の収支シミュレーション結果は、7年度目の売上高2858万円、営業利益759万円となった
1 眉毛サロン事業の概要
このリポートでは、眉毛サロンにおける開業要件や業界動向、ビジネス環境、さらに開業後の収支シミュレーションを紹介します。
なお、シミュレーションに当たっては、東京都渋谷区の恵比寿エリアで店舗を開業すること、フランチャイズで出店することを想定しています。
眉毛サロンとは、アイブロウ・スタイリング(眉を整えること)サービスの提供を専門とするエステティックサロンです。カウンセリングを通じて眉のデザインを決め、主にワックス脱毛とカット、ツイージング(毛抜き)で眉を整えます。
利用者は、ブロウアーティストの整えた眉毛をガイドラインとして、日々の手入れをするだけでよいので、眉が整うだけでなく、メイク時間の短縮にもなります。
施術後さらに、メイクとそのアドバイスまで行う店舗や、髪色などに合わせた眉毛のカラーリング、まつげエクステンション、フェイシャルエステ(顔)、ネイルアート(爪)といった複数のメニューを展開している店舗もあります。
2 開業に必要なこと
眉毛サロンを開業するには、出店エリアを管轄する保健所に届け出て営業許可を得なくてはなりません。その基準は、大きく分けて「人的基準」と「設備基準」の2つがあります。それぞれ簡単に解説します。
人的基準については、
- 施術を行うスタッフは「美容師」(美容師免許を保有している)であること
- 常時2人以上の美容師を配置する場合は、いわゆる「管理美容師」を置かなければならないこと
と定められています。
設備基準については、
- 作業室面積は内法13平方メートル以上であること
- 客待ち場所と作業室は、ついたて、ケースなどで区画されていること
- 洗い場は流水装置とすること
- 洗い場に近接して消毒用の場所を設け、消毒設備を整えていること
- イスの台数は13平方メートルに6台までであること
- イスが1台増えるごとに作業室面積を3平方メートル追加すること
などが定められています。
基準は保健所ごとに異なる場合があります。詳しくは管轄の保健所にてご確認ください。今回のシミュレーションでは恵比寿で店舗を開くことを想定しているので、管轄は渋谷区保健所となります。また、東京都内の管轄保健所については、東京都保健医療局のウェブサイトから調べられます。
■東京都渋谷区「理容所・美容所」■
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/jigyosha/jigyo-eisei/kankyo-eisei/riyo_biyo.html
■東京都保健医療局「美容所の開設に関する基準等について」■
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kankyo/eisei/biyou/biyou_kijyun.html
なお、渋谷区保健所へのヒアリングでは、施術スペースを個室にする場合、1室当たりの内法面積を13平方メートル以上とする必要があるとのことでした。ただし、扉がないものやカーテンのみで仕切っているものは個室として認められないため、この限りではないそうです。
また、床置きの棚などで床が有効に使えない場合、棚の床占有面積は作業室面積として認められません。内装設計の際は、これらにご留意ください。
届け出のおおまかな流れは以下の通りです。
- 相談:必要書類や審査基準などの説明を受ける(※店舗工事の着工前に行うことが推奨されている)
- 申請:開設届・施設平面図・従業員名簿と美容師免許・健康診断書などの必要書類を提出する(※申請手数料が必要)
- 検査:店舗の工事完了後、構造設備の検査が行われる。不適合箇所があれば再検査となる
- 許可:保健所の窓口にて確認書を受領する
この流れについても保健所ごとに異なる場合があります。詳しくは管轄の保健所にてご確認ください。
3 業界動向とビジネス環境
1)業界動向
リクルートが運営する、美容に関する調査研究機関「ホットペッパービューティーアカデミー」は、美容サロン、コスメ、美容医療の利用行動調査「美容センサス」を公表しています。この項では、主に同調査のデータに基づいて業界動向を俯瞰(ふかん)します。
なお、同調査は眉毛サロンに限らず、まつげエクステサロンやまつげパーマ専門店なども含めた、アイビューティーサロン全体での調査であることにご留意ください。ここでいうアイビューティーサロンとは、「まつげパーマ」や「まつげエクステンション」「アイブロウ・眉カット」のメニューが利用できるサロンのことです。
また、同調査においてアイブロウ(眉)に関する調査を始めた、2020年からのデータを参考とします。
まずは、市場規模から確認していきます。2024年上期調査によると、アイビューティーサロンの市場規模は1179億円でした。これはサロン業界全体(2兆6496億円)の4.5%に当たります。
市場規模は拡大と縮小を繰り返しており、2024年は前年比で28.9%増加しました。これは男女ともに利用者が増えたことに加えて、1回あたり利用金額や、女性の年間利用回数の増加が影響しています。
次に、市場の成長性を確認していきましょう。アイビューティーサロンの過去1年間の利用率は、2020年時点で女性7.2%、男性3.1%でしたが、2024年時点では女性9.1%、男性4.4%に成長しています。
しかし、2024年調査のアイビューティーサロンの利用意向を確認すると、「とても利用したい」が女性4.3%、男性1.4%、「まあ利用したい」が女性9.3%、男性3.4%と低く、今後の急激な成長はあまり期待できない状況にあることが分かります。
最後に、アイブロウ(眉)メニューの利用傾向について確認しましょう。2024年調査において、過去1年間でアイビューティーサロンを利用した人の、アイブロウ・眉カットのメニュー利用率は、女性26.5%、男性42.2%となっています。
男性の利用率は上下の激しい推移となっていますが、他のメニューの利用率も35%以上となっており、全体的に女性よりも高い傾向にあることが分かります。ただし、(図表1)で確認した通り、アイビューティーサロン業界における男性の市場規模は、女性と比べて圧倒的に少ないことに留意しなければなりません。
2)ビジネス環境
眉技術(眉を整える技術)や脱毛技術によるサービスは、眉毛サロン以外でも提供されています。これらを整理するために、アイブロウ(眉)関連のスタイリング技術を、以下の(図表5)にまとめました。
この中で、眉毛サロンで取り扱っているのは、主にワックス脱毛と眉カットです。一部のサロンではスレッディング(糸脱毛、毛を糸に絡めて脱毛する手法)も行っていますが、高い技術力を要するため、サービスを提供している店舗は限られています。なお、ホットペッパービューティーにて、“関東エリア全て”で“スレッディング”と検索したところ、検索結果はわずか14件でした。
光脱毛は、光を照射することで一時的な除毛・減毛などを行う脱毛方法で、エステでもできます。効果は一時的なものであるため、永久脱毛や効果の長い脱毛方法に比べて、リピーターを得られる機会が多くなります。一方、眉以外の部位において、皮膚障害や熱傷のような健康被害が多く報告されており、サービスを提供する際には十分な注意が必要です。
レーザー脱毛やニードル脱毛、眉毛アートメイクは医療行為とされており、医師もしくは医師の監修を受ける看護師がいないとサービスを提供できません。中でもレーザー脱毛とニードル脱毛はどちらも脱毛効果が長い技術、もしくは永久脱毛であり、脱毛効果の高さと通院回数を抑えられることから、利用者はこれらの方法を選ぶことが多いようです。しかしその半面、デザインが気に入らない場合でも、やり直すのが難しいというリスクがあります。
眉ティントは、色素を塗って乾燥・沈着させることで、眉毛と肌を染める化粧品とその技術のことです。海外製ティントの一部は2週間ほどもつそうですが、成分が強いものが用いられており、日本では認可されていません。日本製のものは3日ほどしかもたないようなので、施術の際には利用者との認識齟齬(そご)から生まれるトラブルに発展しないよう、十分な説明をする必要があるでしょう。
以上から、眉毛サロンのビジネス環境と外的脅威を、次の図表6にまとめました。
業界内では、同じ眉毛サロンだけでなく、脱毛サロンや脱毛クリニックともアイブロウ(眉)のスタイリングサービスとして競合しています。
アイビューティーサロン業界ではまつげパーマ・カールや、まつげエクステンションが人気を集めており、これらの専門サロンや美容院がアイブロウ(眉)のスタイリングメニューを導入する可能性があります。
また、美容業界の人材採用環境は売り手市場です。まず、美容師免許を保有している人材が限られており、優秀なスタッフが育ったとしても転籍や独立してしまう可能性が高い業界慣習があり、多くの経営者は常に人手不足に悩まされています。
加えて、目元に使用する薬剤は、健康上の理由から規制されてきた経緯があり、脱毛ワックス剤も規制の対象となる可能性があります。そうなれば事業の根幹が揺らいでしまうことになり、これらの影響は大きいものと考えられるでしょう。
最後に、首都圏にある眉メニューを提供している美容院オーナーによると、東京都内でアイブロウ(眉)のみの施術で顧客を呼び込むことはかなり難しいとのことでした。以下、ヒアリングの内容です。
「地方都市であれば眉毛サロンが少ないので、顧客のターゲット層を広く取り、広い敷地面積で個室型のラグジュアリーな店舗を経営することが可能です。しかし、都内の場合は、競合が多くて家賃も高いので、顧客のターゲット層を絞り込み、その顧客に適した、眉毛に限定しない施術メニューの組み合わせや、メイクサービスで使用した化粧品の販売などで客単価を向上させなければ、思うような売り上げは上がりません」(美容院オーナー)
4 開業収支シミュレーション
1)前提条件
ここでは、眉毛サロンの開業収支をシミュレーションします。前提条件として、東京都渋谷区恵比寿にある13坪の居抜き物件にて、施術スペース2室、店頭スタッフ2人(スタッフ総数3人のシフト制)の眉毛サロンを想定します。
1.売上高
売上高は年間1613万円とします。算出式は次の通りです。
1回当たりの平均利用金額7000円×1日当たりの平均施術回数6.4回×年間営業日数360日≒1613万円
1回当たりの平均利用金額は、ホットペッパービューティー“恵比寿・広尾”エリアに掲載されている眉毛サロンの料金を参考に、7000円とします。
1日当たりの平均施術回数は、店頭スタッフの人数、勤務時間、施術1回当たりの時間、稼働率から算出します。13坪(約43平方メートル)の物件で設備要件(作業場の内法面積13平方メートル以上)を満たすためには、施術スペ-ス2室が妥当だと考えられます。そこで、店頭スタッフ数は2人と設定します。
施術1回当たりの時間は、眉毛サロンの実例を参考に60分、スタッフの勤務時間はそれぞれ8時間、初年度の稼働率は40%と仮定し、これらから1日当たりの平均施術回数を6.4回(スタッフの1日当たり施術可能回数8回×スタッフ2人×稼働率40%)と算出しました。
年間営業日数は、不定休かつ年末年始休業(12/30~1/3)で360日とします。
2.原価率
原価率は17.5%とします。算出式は次の通りです。
フランチャイズのロイヤリティ10%+材料費3%+水道光熱費2%+キャッシュレス決済手数料2.5%=17.5%
フランチャイズのロイヤリティは、フランチャイズを募集しているサロンが公開している情報を基に10%とします。
材料費は、脱毛ワックスや施術道具、肌ケア用品、化粧品などが含まれます。まつエク、アイブロウ(眉)の技術者養成スクール「ジャパンアイリストカレッジ」と都内の眉毛サロンへの取材を基に、売上比3%とします。
水道光熱費は、同スクールと都内の眉毛サロンへの取材によると月3万円とのことでした。今回のシミュレーション上では、売上比2%となります(水道光熱費3万円×12カ月÷売上高1613万円)。
キャッシュレス決済手数料は、業界水準が3.24%となっています。キャッシュレス利用率は、ホットペッパービューティーアカデミー「美容サロンのDXに関する利用意識・実態調査(2022年)」を参考に約77%と仮定して、キャッシュレス決済手数料の売上比は2.5%とします。
また、人件費、賃借料も売上原価に含まれますが、必ずしも売り上げに連動するわけではないので、今回のシミュレーションでは原価率に含めず計算します。
3.人件費
令和5年度賃金構造基本統計調査と、美容院オーナーへのヒアリングを基に、施術スタッフ(正社員)の給与を月35万円とします。スタッフ総数3人として、年間人件費は1260万円となります。
4.賃借料
サロン専門の不動産検索サイトを確認したところ、店舗種別が「アイラッシュサロン」であった恵比寿エリアの物件(JR山手線・恵比寿駅から徒歩2分、13.68坪)の賃借料を参考に月19万円、年間228万円とします。
5.その他
この項目には、宣伝広告費、予約管理システムの支払手数料、賠償責任保険料が入ります。
広告宣伝費は、大手サロン集客・予約サイトの掲載料を想定します。同サービス“恵比寿・広尾”エリアの店舗への取材によると、月5万5000円を支払っているとのことでした。今回はこれを参考に、年間66万円とします。
予約管理システムは、Maneql(マネクル、大阪府堺市)の提供する「Lステップ」を利用することを想定します。同サービスのウェブサイトで紹介されている費用イメージを参考に、予約管理システムの支払手数料は年間13万円とします。
賠償責任保険料は、年間3万円とします。
6.建物附属設備
この項目には、内装工事費を盛り込みます。改装の坪単価30万円として、390万円(13坪×坪単価30万円)と算出しました。
7.開業費用
この項目には、開業前に準備したアイブロウスクールのジャパンブロウテストスクールや眉毛サロンへのヒアリングにより、利用者を寝かせるリクライニングチェアーやワゴン台、スツール(移動可能な椅子)、フェイスタオル、ひざ掛け、サンダル(スタッフ用)、スリッパ(来店者用)、清掃用具、レジカウンター、POSレジなどを想定し、50万円とします。
8. 差入保証金
差引保証金は、賃借料の10カ月分となる190万円とします。
2)収支シミュレーション
5 資料一覧
このリポートの作成に当たって参考にした資料を以下に紹介します。
ウェブサイト一覧
■リクルート「ホットペッパービューティーアカデミー」■
https://hba.beauty.hotpepper.jp/
■リクルート「ホットペッパービューティー」■
https://beauty.hotpepper.jp/nail/svcSA/
■J-Net21「業種別開業ガイド(まつ毛エクステサロン)」■
https://j-net21.smrj.go.jp/startup/guide/service/2017071301.html
■J-Net21「業種別開業ガイド(脱毛サロン)」■
https://j-net21.smrj.go.jp/startup/guide/service/2017071303.html
■ジャパンブロウアーティスト協会■
https://j-eyebrow.com/
■e-Gov法令検索「美容師法」■
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=332AC1000000163
■厚生労働省「美容師法概要」■
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-eisei04/06.html
■東京都保健医療局「美容所の開設に関する基準等について」■
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kankyo/eisei/biyou/biyou_kijyun.html
■東京都渋谷区「理容所・美容所」■
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/jigyosha/jigyo-eisei/kankyo-eisei/riyo_biyo.html
■東京都豊島区「理容所・美容所の開業を予定されているかたへ」■
https://www.city.toshima.lg.jp/214/kurashi/ese/kankyoese/jigyosha/002025.html
■東京都千代田区「理容所・美容所の開設」■
https://www.city.chiyoda.lg.jp/koho/kurashi/kankyoese/egyo/riyojo.html
以上(2024年7月作成)
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生コンスラッジ等の再利用事例とセメントの代替製品の動向
書いてあること
- 主な読者:生コンクリートスラッジ(以下「生コンスラッジ」)等を取り扱う企業
- 課題:残コン、戻りコンの問題を解決するため、生コンスラッジ等の再利用事例を知りたい
- 解決策:防草剤や石灰の代替製品として活用を模索する企業がある。また、洗浄などの工程でマイクロバブルを用いて、処理コストや廃棄量自体の削減に取り組む企業もある
1 生コンスラッジについて
1)生コンスラッジ発生の流れ
生コンスラッジとは、
生コンクリート工場のミキサー設備や、工事現場から回収された生コンクリート(以下「生コン」)を運搬後のミキサー車(注)を洗った水から出る汚泥
です。通常、工事現場で生コンを使用する場合、建設業者は設計の段階で使用量を計算しますが、実際は計算した使用量よりも多めに発注するケースが少なくありません。生コンが不足すると、作業に待ち時間が発生したり、後からコンクリートを継ぎ足しても、先に打ち込んだコンクリートが固まってうまく一体化しなかったりすることがあるからです。
(注)生コン工場で作られた生コンを、品質を落とさないように撹拌(かくはん)しながら工事現場まで運搬する車両を「アジテータ車」といいますが、この記事では一般的な「ミキサー車」と表記します。
こうした事情から、
生コンが想定よりも余り、出荷先の生コン工場に返却される
という問題が発生します。生コン工場に返却される生コンは、
- 残コン(ミキサー車から荷下ろしされた後に残った生コン)
- 戻りコン(ミキサー車から荷下ろしされずに返却される生コン)
と呼ばれています。生コン工場では、残コン、戻りコンを主に2つの方法で処理します。
1つは、工場の敷地内で薄く敷いて固めた上で、砕いてコンクリートガラとして処理する方法です。
もう1つは、洗浄して骨材(コンクリートを作る際にセメントや水と一緒に混ぜ合わせる砂や砂利)を取り出す方法です。骨材と分別された後の水を「スラッジ水」と呼びます。さらに、このスラッジ水を脱水することで、上澄み水と固形の塊に分別します。こうしてできた塊が生コンスラッジ(スラッジケーキとも呼びます)に該当します(図表1)。
この記事では便宜上、生コンスラッジ(スラッジケーキ)の他、回収骨材やスラッジ水も含めて「生コンスラッジ等」と呼称し、その再利用事例などを紹介していきます。
2)生コンスラッジ等の処理の課題
北川鉄工所(広島県府中市)などが2023年10月に公表した「生コンクリートスラッジ水高度利用システムの開発」資料によると、日本国内の生コン工場数が3052件(2023年6月末時点)、生コンの年間出荷量は7445万2000立方メートル(2022年度)となっています。このうち、1立方メートル当たりのスラッジ水発生量は工場平均15.4キログラム、業界全体での年間発生量は約115万トンとされています。
生コンスラッジ等は強アルカリ性の産業廃棄物となっており、処分に関して次のような課題が挙げられます。
- 管理型の埋め立て処分場での処分が義務付けられているが、処分場の残余年数(満杯になるまでの期間)が年々短くなっており、埋め立て処分にも限界がある
- 専用の設備がなく、生コンスラッジ等に骨材が混ざったまま工場の敷地内に積まれており、管理方法に問題がある生コン工場もある
残コンや戻りコンの発生を抑えるため、各地の生コン組合では、発注元に対して処理を有償化するケースもあります。例えば、東京地区生コンクリート協同組合では、残コンや戻りコンの処理費用を1立方メートル当たり「商品代相当額+取消料1万円」としていますが、有償化のみでは大きく削減が進んでいないのが実情のようです。
これまでは再利用されることなく処分されてきた残コンや戻りコンですが、こうした処理費用の高騰や環境への配慮などの問題から、再利用の可能性を模索する動きがあります。
2 生コンスラッジ等の再利用の可能性
1)普及に向けての課題と今後の展望について
生コンスラッジ等については、個々の企業で「再生セメント」「埋め戻し材」などへの再利用の取り組みが進められていますが(事例については後述)、まだ実証実験段階のものも多く、普及といえるレベルには至っていないのが実情です。
一方、新素材や余ったコンクリートの再利用の研究、規格化などに取り組む「RRCS」では、今後どのように普及を進めていくか、有識者を集めての協議が行われています。
同研究会の「第39回 RRCS 対談・座談会 2024.02.14 コンクリート業界のサスティナブル化、始めましょう! 『これからのスラッジ水・回収骨材の使い方』」では、普及が進まない理由や、今後求められることとして、次のような課題を挙げています。
- 発注者側(建設業者)では「スラッジ水・回収骨材のリサイクル材を用いることが、品質面・性能面で不安」という意見がある
- 回収骨材を使わないでほしいと発注者側が求めた場合、材料を分けて管理したり保管設備を増強したりする必要があるが、生コン業者側での場所の確保は難しい
- そもそも発注者側で、スラッジ水・回収骨材について正しい理解がされていないケースも少なくない
- 制度改正などでスラッジ水・回収骨材の用途は拡大しつつあり、使用に問題はない旨、環境に優しい旨などを発注者側に周知して、再利用への理解を高める必要がある
RRCSの概要や制度改正については、最終章で改めて紹介します。
■第39回 RRCS 対談・座談会 2024.02.14 コンクリート業界のサスティナブル化、始めましょう!「これからのスラッジ水・回収骨材の使い方」■
https://youtu.be/XIhk9DQgN8g?si=QxErmz-Mp51RpFSO
2)生コンスラッジ等の再利用事例
1.戻りコンから再生セメントを製造する体制を構築:鹿島(東京都港区)
同社では、神奈川県内の生コン工場で発生した戻りコンを原料にした、再生セメントの「Cem R3」を製造しています。さらに、通常のセメントの代わりに、「Cem R3」を材料にした環境配慮型コンクリートの「エコクリートRR3」を自社開発しています。
また、製造時にCO2を吸収・固定し、排出量を抑えることができる「CO2-SUICOM」という環境配慮型コンクリートも開発しており、2023年に自社の研修施設を建設した際には、この2種類のコンクリートを使用することで、施工時のCO2排出量を約31トン削減しています。
■鹿島■
https://www.kajima.co.jp/
なお、セメントについては、通常の製法で製造した際に排出されるCO2の削減が世界的な課題となっています。セメントの主な用途となるコンクリートにおいても、製造時にセメントの使用量を抑えたり、セメントに代わる材料を用いたりすることで、セメント、コンクリート一体での環境負荷を抑える動きが近年活発になっています。
セメントの代替製品に関する詳細については、次章で解説します。
2.埋め戻し材を製造:金子コンクリート(神奈川県横浜市)
生コンメーカーの同社では、生コンスラッジ等を原料に、埋め戻し(地下工事や基礎工事が終了した後、掘削した部分に土を戻すこと)に用いる建材の「スラモル」を製造しています。
スラモルは、生コンに使用されている砂をはじめ、コンクリートガラやスラッジケーキを砕いて作られた砂、セメント、スラッジ水で製造されています。元々は廃棄物となるものが原料なので環境に優しく、工事現場での用途に合わせて材料の配合を変えることで強度を調整できる特徴があります。
また、ダンプカーが入れない狭い場所であったり、土で埋め戻しをすると周辺が汚れてしまったりする場所に、スラモル製品を流し込むことで施工が可能です。
■金子コンクリート■
https://kanecon.jp/
3.石灰の代替品として再利用:タケ・サイト(静岡県静岡市)
同社では、生コン工場で発生する生コンスラッジ等を、特許技術により乾燥・破砕し、リサイクル石灰の「タケサイト」を製造しています。これまで未利用だった生コンスラッジ等を原料とすることで、製品開発のコストや生コンスラッジ等の処理費用の削減につなげています。
また、同社では、建設現場で生コンを流す管の詰まりを防ぐ先行剤の「ルブリ」や、生コンの処理を効率化する「テラ」などの製品も開発しています。
■タケ・サイト■
https://www.takecite.com/
4.戻りコンのリサイクル材活用コンクリートを公道に:加和太建設(静岡県三島市)
同社では、戻りコンを骨材として再利用した生コンを、公道での施工に使用しました。
戻りコンを全量骨材として再利用したり、戻りコンから発生した生コンスラッジ等を、CCU混和材(Carbon Capture Utilization)としてコンクリートに混ぜ込んだりすることで、1トン当たり159.9キログラムのCO2が固定され、排出量の削減につながっています。
■加和太建設■
https://www.kawata.org/
5.マイクロバブルを用いてスラッジを削減:和泉生コンクリート(大阪府泉佐野市)
生コンメーカーの同社では、生コンの製造や戻りコンの処理にマイクロバブルを用いることで、処理コストの削減につなげています。マイクロバブルは炭酸水やビールの泡の1000分の1程度の微細な気泡で、洗浄効果や科学反応の促進効果の高さから、戻りコンの処理などで次のようなメリットがあるとしています。
- スラッジ水にマイクロバブルを加えると、水と汚泥が分離しやすくなり、上澄み水の再利用が可能となる
- スラッジケーキにマイクロバブルを散布すると、短時間で乾燥するため、スラッジケーキが軽量化し処理コストの削減につながる
- マイクロバブル水を貯蔵設備などに散布すると、ホコリがたまりにくくなるため、工場を清潔に保てる
生コンスラッジ等の再利用ではありませんが、そもそもの廃棄量を抑えるという点では参考にしたい事例です。
■和泉生コンクリート■
https://izumi-concrete.com/
6.防草剤としての活用を模索:沖坤(沖縄県名護市)
建設土木資材メーカーの同社では、生コンスラッジ等を防草剤として再利用する実証実験に取り組んでおり、2024年度以降の事業化を目指すとしています。
同社では、強アルカリ性の生コンスラッジ等を中性化する処理を施すことで、使用に問題がないようにしています。また、2023年秋から取り組んでいる実証実験では、雑草が生い茂るのを抑制する効果が出ているといいます。
■沖坤■
https://www.okikon.com/
3 セメントの代替製品の動向について
1)セメント製造における課題
生コンの主な原料となるのがセメントです。セメントの原料は、石灰石、けい石、粘土などですが、他産業の廃棄物や、災害時に発生した廃棄物などもセメントの原料として活用できるため、循環型社会の構築や災害復旧にも貢献しています。
全国生コンクリート工業組合連合会、全国生コンクリート協同組合連合会「生コンクリート産業の現状」によると、2023年度に生コンの原料として使用されたセメントは1986万トンとなっており、日本国内のセメントの全販売量2774万トンの71.6%を占めています。
一方で、製造時のCO2排出が課題となっています。経済産業省製造産業局 資源エネルギー庁「コンクリート・セメントのカーボンニュートラルに向けた国内外の動向等について」によると、2019年度にセメント製造時に排出されたCO2は国内全体で4147万トンですが、このうち石灰石(原料)由来の排出量は2533万トン、化石燃料(エネルギー)由来の排出量は1614万トンです。
こうした事情から、2050年のカーボンニュートラルの実現に向けてCO2の排出削減や、CO2を資源として活用するカーボンリサイクルが求められています。
2)セメント使用量の削減、代替などで環境配慮を図る事例
1.カーボンリサイクル・コンクリート:大成建設(東京都新宿区)
同社では、環境に配慮したコンクリートの「T-eConcreteR」を開発し、資源の有効利用と脱炭素化に取り組んでいます。T-eConcreteRは、目的や用途に応じ、
- 建築基準法対応型:セメントを減らす代わりに、高炉スラグ(製鋼から生じる産業副産物)を原料に使用。建築基準法に準拠した建物の建設に適している
- フライアッシュ活用型:セメントを減らす代わりに、高炉スラグとフライアッシュ(石炭灰の一種)を原料に使用。石炭火力発電所から生じる石炭灰の有効活用につながる
- セメント・ゼロ型:セメントを全く使用せず、高炉スラグを特殊な反応剤を用いて固める。セメントを使用する場合よりも、最大で80%のCO2削減が可能
- Carbon-Recycle:セメントを全く使用せず、高炉スラグと炭酸カルシウムなどのCO2を吸収したカーボンリサイクル製品を特殊な反応剤を用いて固める。コンクリート内部にCO2を固定することにより、CO2吸収・排出の収支をマイナスにする
の4種類のタイプ分けがされています。
■大成建設■
https://www.taisei.co.jp/
2.火山ガラス微粉末を用いた環境配慮型コンクリートの研究開発:戸田建設(東京都中央区)
建設事業や再生エネルギー事業を営む同社では、同じく建設会社である西松建設(東京都港区)と共同で、火山ガラス微粉末を用いた環境配慮型コンクリートの研究開発を進めています。
火山ガラス微粉末は火山噴出物を原料とし、選別、分級、粉砕などによって製造したアルミノけい酸塩ガラス(火山ガラス)を主成分とした微粉末(日本産業規格 JIS A 6209:2020)のことで、セメントと比較した場合に次のようなメリットがあるといいます。
- 焼成する必要がないため、製造における環境負荷が少ない
- 原料となる火山性堆積物は国内に広く分布しており、運搬負荷の低減が期待できる
- セメントや骨材と置き換えて使うことで、コンクリートの耐久性向上が期待できる
今後は生コン工場での出荷を想定した試し練りや、強度、耐久性、施工性などの試験や、出荷時のCO2削減量に関しての試算を進めていくとしています。
■戸田建設■
https://www.toda.co.jp/
3.カキ殻をコンクリート製造に活用:大和クレス(岡山県岡山市)
コンクリート製品製造を手掛ける同社は、カキ殻の肥料製造などを手掛ける卜部産業(広島県福山市)と共同で、カキ殻を素材の一部に使用したコンクリートの「オイスタークリート」を開発しています。
カキ殻は鶏の飼料に混ぜて利用されていますが、鳥インフルエンザの影響で飼料の需要が減少し、カキ殻が余ったことが開発のきっかけといいます。オイスタークリートは2022年の12月に完成し、広島県が発注した工事での採用実績もあります。
両社では、カキ殻の主成分となる炭酸カルシウムはセメントの代わりになると見ており、今後は、殻をセメントの代替物としたコンクリート開発の研究も進めていくとしています。
■大和クレス■
https://www.daiwa-cres.co.jp/
4 関連制度、団体など
1)日本産業規格(JIS)の改定
レディーミクストコンクリート(JIS上での生コンの呼称)は、2024年3月にJISが改正されました(JIS A 5308:2024)。製造におけるリサイクル材の活用や廃棄物削減などの社会的要請、生産者や発注者のニーズを踏まえて、5年ぶりの改正となりました。主な改正点は次の通りです。
- 使用可能な材料に石炭ガス化スラグ骨材(石炭灰をガス化炉内で溶融して製造したコンクリート用の骨材)や火山ガラス微粉末(火山灰を選別、粉砕してできた粉末)が追加された
- 強度試験の試料の採取可能場所の拡大、強度試験時の廃棄試料の量の削減、試料の採取前のドラムの回転速度の緩和などの検査方法が合理化された
- これまでは書面での取り扱いとしていた、購入者に提出する配合計画書(材料の種類や配合割合などの品質を決定する資料)や納入書などの書類を、電磁的に記録できるようになった
この改正によって、他産業から発生した副産物の活用や環境負荷低減の進展、DX推進などが期待されています。
2)低炭素型材料の活用に向けたマニュアル
国土交通省 関東地方整備局港湾空港部では、2023年3月に「港湾工事等における低炭素型材料の活用マニュアル」を取りまとめました。これは、湾岸工事などから排出されるCO2の大半は材料に由来しているとして、CO2削減のために低炭素型材料を活用するに当たって、工事に活用する際の基本的な考え方を示したものです。
2023年度には、このマニュアルに基づいて2件の試行工事を実施しています。
■国土交通省 関東地方整備局港湾空港部「港湾工事等における低炭素型材料の活用マニュアル(Ver.1.0)」■
https://www.pa.ktr.mlit.go.jp/kyoku/work/CNC/cnc.htm
3)日本建築学会 JASS5(鉄筋コンクリート工事標準仕様書)の改定
地球温暖化抑制や資源循環に対する要求の高まりや、技術進歩の変化に適応するために、2022年11月に改定されたもので、約10年ぶりの大改定となっています。
詳細は割愛しますが、大きな改正点に、構造体および部位、部材に求められる性能に「環境性」が加えられました。これによって、スラッジ水の利用範囲が広がった他、回収骨材やスラッジ水を用いたコンクリートを使うことで、この環境性を満たすものとされており、今後、回収骨材やスラッジ水の利用も拡大するものとされています。
■日本建築学会「建築工事標準仕様書・同解説 JASS5 鉄筋コンクリート工事 2022」■
https://www.aij.or.jp/books/productId/674406/
4)残コン・戻りコンに関する協同組合アンケート集計結果報告
全国生コンクリート工業組合連合会、全国生コンクリート協同組合連合会が行ったアンケート調査で、残コン・戻りコンの発生状況について取りまとめています。また、組合内での残コン・戻りコンの活用事例も紹介しています。
■北海道生コンクリート工業組合「戻りコン・残コンアンケート調査集計結果(2024.1実施)」(下記URLの【報告事項】資料4を参照)■
https://www.doukouso.or.jp/2024/04/24/%E7%90%86%E4%BA%8B%E4%BC%9A%E8%B3%87%E6%96%99/
5)RRCS(Ready-mixed & Returned Concrete Solution Association)
「地球を削らない産業」を目指して、新素材や余ったコンクリートの再利用の研究や、残コン・戻りコン起源製品をJIS等に規格化・標準化することを目指す団体です。大学・研究機関の教授、セメント・生コン会社、圧送会社、施工関係者など、143の会員で構成されています。
ウェブサイトでは座談会・対談会の動画を公開しており、残コンの処理・削減策やスラッジ水・回収骨材の使い方をテーマに話しているものもあります。
■RRCS■
https://rrcs-association.or.jp/index.html
以上(2024年7月作成)
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【高齢者雇用】法改正で変わる高齢社員の働き方、どうマネジメントする?
書いてあること
- 主な読者:高齢社員(おおむね60歳以上)の働き方について検討中の経営者や労務担当者
- 課題:何歳まで雇用するか、賃金はいくらに設定するかなどの方針を決めあぐねている
- 解決策:法令遵守は大前提。2024年度以降の法改正の動向を押さえた上で方針を決める
1 法改正の動向を押さえつつ、自社の方針を決めよう
人手不足に悩む経営者にとって、高齢社員の活用はぜひ、検討したいところです。特に2024年度以降は、厚生年金保険法や高年齢者雇用安定法について
- (2024年4月~)在職老齢年金の支給停止調整額が「48万円→50万円」に引き上げ
- (2025年4月~)高年齢雇用継続給付の最大給付率が「15%→10%」に引き下げ
- (2025年4月~)希望者全員を65歳まで継続雇用することが義務化
といった具合に法改正が続きます。これからの高齢社員の働き方も変わってくるでしょうから、法改正の動向をしっかり押さえた上で、雇用の方針を決めましょう。
以降で上記3つの法改正の概要を紹介した上で、今後の高齢者雇用を考える際のポイントを紹介します。また、高齢者雇用に関する参考記事も併せて紹介するので、ご確認ください。
2 高齢社員に関する3つの法改正
1)(2024年4月~)在職老齢年金の支給停止調整額が「48万円→50万円」に引き上げ
在職老齢年金とは、
働きながら老齢年金をもらうと、年金額がカットされることがあるという制度
です。厚生年金保険に加入しながら老齢年金をもらう60歳以上の社員が対象で、賃金(賞与を含む)と年金の合計額が「支給停止調整額」というボーダーラインを超えると、十分な収入があるとみなされ、老齢年金の一部または全額が支給停止となる仕組みです。
せっかく働いても年金が減ってしまうので、以前はこれを避けようと就業調整する人が少なくなく、人手不足の会社などから不満の声が多く上がりました。こうした問題を解決するため、
2024年4月から、ボーダーラインである支給停止調整額が「48万円→50万円」に引き上げ
られました。具体的には、
- 基本月額(1年間の年金額÷12)と、総報酬月額相当額(毎月の賃金額+1年間の賞与額÷12)の合計額が50万円以下の場合、老齢年金は全額支給される
- 合計額が50万円を超える場合、超えた分の1/2の額が年金から差し引かれる
という仕組みになっています。なお、支給停止を受けるのは老齢年金のうち老齢厚生年金(厚生年金保険)だけで、老齢基礎年金(国民年金)は対象になりません。
2)(2025年4月~)高年齢雇用継続給付の最大給付率が「15%→10%」に引き下げ
高年齢雇用継続給付とは、
賃金が「60歳時点の75%未満」に低下した状態で働く場合に支給される雇用保険給付
です。雇用保険の被保険者であった期間が5年以上ある、60歳以上65歳未満の社員が対象です。
再雇用制度(定年退職後に、パートや嘱託として再雇用すること)で契約を結び直すと、定年前と比べ賃金がガクッと下がることがあります。こうした場合に、社員の仕事へのモチベーションが下がらないよう、高年齢雇用継続給付が減った分の賃金を補填するわけです。
ただ、この高年齢雇用継続給付は、
2025年4月から、最大給付率が「15%→10%」に引き下げ
られることが決まっています。例えば、60歳以降の賃金が20万円の場合、改正前は高年齢雇用継続給付を最大3万円もらえたのが、改正後は最大2万円しかもらえなくなるわけです(年間で12万円のマイナス)。ただし、受給者が1965年4月1日以前生まれの(2025年3月31日までに60歳を迎える)場合、原則として現行法が適用され、最大給付率15%のままで支給されます。
3)(2025年4月~)希望者全員を65歳まで継続雇用することが義務化
会社は高年齢者雇用安定法により、社員を65歳まで雇用するために
- 定年の引き上げ(65歳まで)
- 定年制の廃止
- 継続雇用制度(65歳まで)の導入 ※前述した再雇用制度も継続雇用制度の一種
のいずれかの措置(雇用確保措置)を実施する義務があります。これを「65歳までの雇用確保」といいます。
このうち継続雇用制度(65歳まで)については、労使協定(2012年度以前に締結されたものに限る)により、老齢厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢以上の社員を、継続雇用の対象から除外すること(雇用確保義務に対する経過措置)が認められていました。しかし、2025年3月をもってこの経過措置は終了し、
2025年4月から、定年後も働くことを希望する社員は全員、継続雇用(65歳まで)の対象
になります。
3 これからの高齢者雇用をどう考える?
1)定年引き上げ(または定年制の廃止)か、継続雇用か?
現在、定年を60歳に設定している会社が、社員を65歳まで雇用する場合、「定年の引き上げ(65歳まで)」「定年制の廃止」「継続雇用制度(65歳まで)の導入」のいずれかで対応します。
広く浸透しているのは、継続雇用制度の一種である再雇用制度ですが、この制度は
定年をきっかけに労働契約をまき直し、雇用形態がパートや嘱託になることで、待遇が大きく変わり、それが原因で会社と社員がトラブルになるケース
が少なくありません。定年引き上げ(または定年制の廃止)で対応する場合、退職金の在り方や賃金カーブの見直しなどの課題はありますが、一方で労働契約のまき直しが不要なため、待遇をめぐるトラブルのリスクを低減できる可能性があります。
なお、会社が社員を雇用する義務を負っているのは65歳までですが、その後も努力義務ではあるものの、社員に70歳まで働ける機会を与えることが求められています。これを「70歳までの就業機会確保」といいます。こちらは自社で雇用する以外に、他社で再就職させたり、フリーランスとして契約を締結してもらったりといった選択肢(創業支援等措置)もあります。
高齢者雇用の基本的な考え方については、次の記事をご確認ください。
2)高齢社員の待遇は、何を考慮して決めるべきか?
定年後の社員を再雇用する場合、賃金は定年前よりも下がるのが一般的ですが、
「パートや嘱託だから」というだけで賃金を下げるのは、同一労働同一賃金違反
です。仕事内容や役職、労働時間、責任、ノルマなどが定年前とどう変わるのかを考慮した上で、待遇を決めるようにしないといけません。
社員が60歳以降も厚生年金保険に入ったまま働く場合、在職老齢年金にも注意しましょう。法改正でボーダーライン(支給停止調整額)が引き上げられたとはいえ、高所得であればあるほど老齢年金のカット幅が大きくなるのは変わりません。カットされた分の年金は退職後も戻ってきませんから、賃金設計を考える際は確認が必要です。
また、賃金が「60歳時点の75%未満」に低下する場合、高年齢雇用継続給付の支給対象になりますが、こちらは前述した通り、最大支給率の引き下げが予定されています。将来的には廃止される見通しなので、会社としてはこの給付をあてにしない賃金設計をすることが大切です。
あと、もう1つ注意しておきたいのが、社員の社会保険料の負担です。定年後は社会保険に加入するパターンが複数あり、「会社の健康保険に入るのか」「任意継続の制度を利用するのか」などによって、保険料負担が変わってくるのです。
高齢社員の待遇については、次の記事をご確認ください。
3)健康に無理なく働いてもらうためには、どうすればいいか?
高齢社員に働いてもらう上で、特に気になるのは「健康」でしょう。人間は基本的に加齢によって身体機能が変化するので、高齢社員は若手社員よりも労働災害に遭いやすい傾向にあります。例えば、身体のバランス能力に支障を来し、障害物にぶつかったり転倒したりして、骨折などに至るケースは珍しくありません。
実際、60歳以上の男女別の労働災害発生率は、30代と比較して男性が約2倍、女性が約4倍です。また、年齢に着目した場合、「転倒」「墜落・転落」は高年齢になるほど労働災害発生率が上昇します。特に60歳以上の女性の転倒による骨折などは、20代女性の15倍にも上ります(厚生労働省「令和5年高年齢労働者の労働災害発生状況」)。
高齢社員の多くは、「自分はまだ若い」と思っているケースが少なくないので、健康診断や体力テストで自分の体の状態を正しく理解してもらうことが大切です。また、時短勤務やフレックスタイム制、在宅勤務制度、あるいは労働時間の枠にとらわれないフリーランスなど、加齢に合わせて自分のペースで稼働できる働き方を提案してみるのもよいでしょう。
高齢社員の健康を考慮した働き方については、次の記事をご確認ください。
以上(2024年7月作成)
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これからどうなる?「機能性表示食品制度」
書いてあること
- 主な読者:機能性表示食品制度の動向について知りたい食品関連事業の経営者
- 課題:機能性表示食品制度の見直しで、今後どのような対応が必要になるのか分からない
- 解決策:国(消費者庁)の関与する度合いが高まる。政策動向をウォッチする
1 機能性表示食品制度とは?
機能性表示食品制度は、国が定めるルールに基づき、
事業者が、販売しようとする食品の安全性と機能性に関する科学的根拠などを消費者庁長官に届け出れば、国の審査なしで、健康効果(例えば「脂肪の吸収を抑える」「睡眠の質を高める」などといった機能)を表示できる
というものです。機能性表示食品制度が導入されたのは2015年4月。当時の規制緩和による経済成長戦略の一環で、「特定保健用食品(トクホ)」や「栄養機能食品」とは異なる、食品の新しい表示制度として期待され、大手メーカーを中心に普及してきました。
民間調査会社・富士経済によると、機能性表示食品の国内市場は、2024年予測で7350億円(対2022年比27.7%増)と拡大しています。
ところが2024年3月、制度の根幹を揺るがす事案が発覚しました。小林製薬(大阪市)が製造販売していた「紅麹(べにこうじ)」の成分を含むサプリメントを摂取した人の多くから、腎疾患などの健康被害が発生し、関連性は明らかではないものの複数の死亡事例も報告されたのです。
この事案を受け、消費者庁は、すべての機能性表示食品の緊急点検を実施し、また有識者らによる「機能性表示食品を巡る検討会報告書」を公表しました。さらに政府は、「紅麹関連製品への対応に関する関係閣僚会合」を立ち上げ、次のようなポイントを柱とする機能性表示食品制度の見直しの方向性を示しました。
- 機能性表示食品による健康被害が発生した場合、事業者から行政への速やかな情報提供を義務化
- 機能性表示を行うサプリメントについて適正製造規範(Good Manufacturing Practice : GMP)に基づく製品管理を要件化
この記事では、食品関連事業の経営者の方に、現行の機能性表示食品制度の問題点と、同制度がこれからどうなるのか、見直しの方向性を整理して紹介します。また、そもそも機能性表示食品が何なのか、特定保健用食品、栄養機能食品と比較してどのような違いがあるのか解説します。
2 機能性表示食品制度の見直しの方向性
1)現行の機能性表示食品制度の問題点
機能性表示食品制度の導入当初から、消費者団体などによって指摘されてきたのが、
消費者庁に届け出がされた機能性表示食品の中には安全性や機能性の科学的根拠が十分でないものがある
ことです。届け出をしようとする事業者が遵守するべき「機能性表示食品の届出等に関するガイドライン」を見てみると、「事業者の責任」に委ねる部分が大きいことが分かります。
例えば、安全性については、届け出ようとする製品または類似するものの食経験、医薬品と機能性関与成分との相互作用という、主に2つの観点からの評価が必要とされますが、評価自体は、届け出を行う事業者の責任です。
事業者には生産・製造における衛生管理、品質管理に関する情報を届け出ることが求められていますが、生産・製造や品質管理の体制構築については義務付けられていません。
事業者は健康被害の情報を収集し行政機関への報告を行う体制を整備することが適当であるとされ、入手した情報が不十分であったとしても速やかに消費者庁および都道府県等(保健所)に報告することとされています。しかし、報告時期は明確でなく事業者側に判断が委ねられています。
機能性の根拠は、最終製品を用いた臨床試験(ヒト試験)の実施、もしくは最終製品または機能性関与成分に関する研究レビューのいずれかによって実証することとされています。このうち研究レビューについては、データベース上の学術論文等の関連研究を網羅的に収集し、肯定的なデータだけではなく否定的なデータも含めて総合的に判断するという条件はあるものの、事業者が自己責任で総合的に機能性の評価を行うこととなっています。
2)「紅麹関連製品への対応に関する関係閣僚会合」が示した見直しの方向性
規制緩和に重きが置かれて「事業者の責任」に依拠した機能性表示食品制度の負の側面が顕著に表れてしまったのが、今般の「紅麹関連製品」による健康被害の事案なのかもしれません。
以降では、政府の「紅麹関連製品への対応に関する関係閣僚会合」が示した、制度見直しの主な方向性を紹介します。
1.健康被害に関する情報提供の義務化
健康維持・増進に役立つ効果を表示し、反復・継続して摂取することが見込まれる機能性表示食品について、
- 健康被害と疑われる情報(医師が診断したものに限る)を把握した場合、当該食品との因果関係が不明であっても速やかに消費者庁長官および都道府県知事(保健所を設置する市の市長または特別区の区長)に情報提供することを、食品表示法に基づく内閣府令である「食品表示基準」における届出者の遵守事項とする
- 提供期限については、重篤度等に対応した明確なルールを設ける
とされています。
これらを遵守しない場合、事業者(届出者)は食品表示法に基づく指示・命令を受け、機能性表示を行うことができなくなります。また、情報提供の義務化に違反した場合は、食品衛生法に基づき営業の禁止・停止の行政処分を受けることになります。
2.サプリメントについて適正製造規範(GMP)に基づく製品管理の要件化
機能性表示を行うサプリメントについて、
- GMPに基づく製造管理を、食品表示法に基づく内閣府令である「食品表示基準」における遵守事項とする
- 届出者が自主点検をするとともに、必要な体制を整備した上で消費者庁が食品表示法に基づく立入検査等を行う
とされています。
GMPとは、Good Manufacturing Practiceの略で、原料の受け入れから最終製品の出荷に至るまでの全工程において「適正な製造管理と品質管理」を求めるものです。従前も「機能性表示食品の届出等に関するガイドライン」で、「サプリメント形状の加工食品については、GMPに基づく製造工程管理が強く望まれる」とされていたものが義務化されるかたちです。
なお、健康食品については、日本健康・栄養食品協会がGMP適合認定を行っています。同協会は、機能性表示食品の届け出の支援も行っており、相談・問い合わせを受け付けています。
■日本健康・栄養食品協会「適正製造規範 GMP」■
https://www.jhnfa.org/gmp-0.html
3.その他
「紅麹関連製品への対応に関する関係閣僚会合」では、これら以外にも、信頼性の確保のための措置、情報提供のDX化、消費者教育の強化、国と地方の役割分担などの見直しの方向性や、更なる検討課題を示しています。もっと知りたい方は、次のURLから資料をご参照ください。
■内閣官房「紅麹関連製品への対応に関する関係閣僚会合」■
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/benikouji/
3 機能性表示食品、特定保健用食品、栄養機能食品の比較
ここであらためて、機能性表示食品、特定保健用食品、栄養機能食品について整理してみましょう。
1)機能性表示食品、特定保健用食品、栄養機能食品の位置付け
ヒトが口から摂取するもののうち医薬品・医薬部外品以外のものは食品に該当します。食品のうち、機能性の表示ができないものを一般食品といいます。一方、食品のうち、機能性の表示ができるものを保健機能食品といいます。保健機能食品は、2015年4月より前は「特定保健用食品(トクホ)」と「栄養機能食品」に限られていましたが、規制緩和によって導入されたのが「機能性表示食品」です。
なお、栄養補助食品、健康補助食品、栄養調整食品といった表示で販売されている食品は、紛らわしいですが一般食品です。
2)機能性表示食品、特定保健用食品、栄養機能食品で何が違うのか?
機能性表示食品、特定保健用食品、栄養機能食品について、それぞれの概要を押さえておきましょう。
1.機能性表示食品
安全性および機能性に関する一定の科学的根拠に基づき、食品関連事業者の責任において特定の保健の目的が期待できる旨の表示を行うものとして、消費者庁長官に届け出が行われた食品です。販売予定日の60日前までに届け出が必要であるものの、国の審査はなく、あくまでも事業者の責任において機能性を表示します。
消費者庁「機能性表示食品の届出情報検索」によると、販売中の機能性表示食品は3340件となっています(2024年7月17日更新時点)。
2.特定保健用食品
身体の生理学的機能や生物学的活動に影響を与える保健機能成分を含み、特定の保健の目的のために摂取をする者に対し、その摂取により当該保健の目的が期待できる旨の表示をする食品です。
個別に生理的機能や特定の保健機能を示す有効性や安全性等に関する国の審査を受け、国から個別に許可/承認を受ける必要があります(許可は健康増進法第43条第1項に基づく国内での表示、承認は同法第63条第1項に基づく外国での表示に関するものです)。
消費者庁「特定保健用食品許可(承認)品目一覧」によると、許可を受けた特定保健用食品は1038件、承認を受けた特定保健用食品は1件となっています(2024年7月8日更新時点)。
3.栄養機能食品
身体の健全な成長、発達、健康の維持に必要な栄養成分(ミネラル、ビタミン等)の補給を目的として、栄養成分の機能の表示をする食品です。
国(厚生労働省)が定めた規格基準に適合すれば許可申請や届け出の必要はなく、製造販売することができます。公的な統計情報はありません。
機能性表示食品、特定保健用食品、栄養機能食品の主な相違点をまとめると、次のようになります。
4 参考
■消費者庁「機能性表示食品について」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/foods_with_function_claims
■消費者庁「特定保健用食品について」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/foods_for_specified_health_uses
■消費者庁「栄養機能食品について」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/foods_with_nutrient_function_claims
■消費者庁「機能性表示食品を巡る検討会」■
https://www.caa.go.jp/notice/other/caution_001/review_meeting_001
以上(2024年8月作成)
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『ぼくらの七日間戦争』の生みの親、宗田理。好奇心に生きた彼の言葉から分かる、「ワクワク」する未来の創り方とは?
30、40年先の未来を考えることはとても面白い。僕は存在しないけれど、いまの中学生が大人になった世界はどうなっているんだろう
宗田理(そうだおさむ)氏は、『ぼくらの七日間戦争』をはじめ、子供向けの作品を数多く残した小説家です。記者や編集者を経て小説家としてデビューしたのは51歳と遅咲きでしたが、2024年4月に95歳でこの世を去るまで絶え間なく小説を発表し続け、「ぼくら」シリーズだけでも52作品と、最後まで創作意欲を発揮し続けました。
冒頭の言葉は、2017年に行われた取材で、宗田氏が「ぼくら」シリーズ次作の構想について語ったときのものです。宗田氏は当時88歳。米寿を迎えてもなお、未来への憧れを持ち続けていたことが如実に感じられます。この「ワクワク」こそが彼の創作の原動力でした。
宗田氏は、1928年生まれ。戦争の影が近づき、次第に自由が制限されていく子供時代を過ごしました。その反動ゆえか、宗田氏の作品は常に子供が主役。「何十年たっても子供は変わらない。自分が子供だったら楽しいだろうな、と思うことを書いているし、書いていて楽しいから書き続けられる」と、宗田氏は語っています。
一方、子供の本質は変わらないとしつつも、作品の内容はもちろん時代に合わせてアップデート。例えば、2023年に書き下ろされた「ぼくらのオンライン戦争」では、序盤では、どの時代も子供たちが憧れる「秘密基地作り」をテーマにしつつ、中盤からはオンラインゲームでのトラブルに巻き込まれた友人を救うため、SNSなどを駆使して事件解決に奔走する主人公たちの活躍が描かれます。
宗田氏は、前述した2017年の取材の際も「今一番関心があるのは、AIとVRだ」と語っています。新しい情報を次々に吸収して、自分の中の世界をブラッシュアップする。そして、さらに未来へと思いをはせる。それが宗田氏にとってのワクワクなのでしょう。
経営者は常に、会社や社会の未来を思って行動しています。ただ、何かを「しなければならない」という使命感が強すぎるあまり、「やってみたい」「もっと知りたい」といった、純粋な気持ちを忘れてはいないでしょうか。童心がとてつもなく大きなエネルギーを持っていることは、宗田氏の書いた作品の数を見るだけでも明らかです。
一方、自分だけがワクワクしていても意味はありません。ビジネスは1人でやるものではなく、顧客、社員など経営者を取り巻くさまざまな人たちがいて成り立っています。宗田氏は、読者である子供から手紙が届けば会いに行って話を聞き、彼らの不安や不満を作品に落とし込むなど、常にその時代その時代の子供の視点に立つことを忘れませんでした。どうすれば子供を巻き込んで、「一緒にワクワクできる作品を創れるか」を常に考えていたわけです。
ワクワクを忘れず、そして共有していく。宗田氏の創作に対する姿勢は、未来を創り出す上で大切なことを私たちに教えてくれています。
出典:「時代のしるし 悪い大人をやっつけたい」(朝日新聞、2017年6月28日)
以上(2024年8月作成)
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