賃貸借契約/改正民法が分かる(7)

書いてあること

  • 主な読者:2020年4月に改正された民法のポイントを知りたい経営者
  • 課題:改正の断片的な情報しか把握していないので、全体像が知りたい
  • 解決策:賃貸借契約のポイントを紹介(シリーズの他のコンテンツもあります)

1 個人根保証の改正

1)極度額を定める

直接的には賃貸借契約に関する改正ではありませんが、賃貸借契約の締結にあたってきちんと知っておかなければいけない重要な改正民法の一つとして、個人の根保証に関する改正が挙げられます。具体的には、保証人の保護を拡充するために、全ての個人根保証契約に極度額を付すことが求められました。これにより、極度額の定めがなければ根保証契約が無効になります。

賃貸借契約の保証は、家賃の他、物件破壊などの賠償や、明け渡し遅延の損害金など、賃貸借に関して生ずる一切の金銭債務について責任を負うものであり、根保証にあたります。そのため、保証人が個人の場合、保証契約に極度額の記載が必要になります。例えば、契約書には、連帯保証人の条項を次の通り定めなければなりません。

第○条(連帯保証人)
連帯保証人丙は、本契約に基づく乙(*賃借人)の一切の債務を、乙と連帯して負担しなければならない。ただし、丙がこれにより、甲に対して負担する債務は、【○万円(または月額賃料の○カ月分)】を限度とする。

なお、2020年3月以前に締結された保証契約に係る保証債務については、旧民法が適用されます。保証債務が発生したとしても(例えば、改正民法施行後に賃料滞納が生じたとしても)、保証契約が改正民法の施行前であれば、保証人に対して責任を追及できます。一方、2020年4月以降の保証契約に係る保証債務については、改正民法に従った対応が必要です。

注意すべきは、既契約が更新または再契約によって続く場合です。このタイミングで新たな根保証契約が締結されたものと評価される可能性があるので、保証の効果が失われないよう、更新または再契約のタイミングで改正民法に従った対応が必要になります。

2)情報提供義務が履行されたことを確認する文言を入れる

改正民法では、主債務者は、事業のために負担する債務について保証人になろうとする者(個人のみ)に対し、財産・収支・負債の状況などの情報を提供しなければならないという義務が定められました(改正民法第465条の10第1項)。提供すべき情報(主債務者の財産などの状況)は、具体的には次の通りです。

  • 財産および収支の状況
  • 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額および履行状況
  • 主たる債務の担保として他に提供し、または提供しようとするものがあるときはその旨およびその内容

提供すべき情報を提供しなかったり、事実と異なる情報を提供したりしたために、保証人が上記事項を誤認し、保証契約を締結した場合、保証契約が取り消されることがあります(改正民法第465条の10第2項)。

このような理由による取り消しの主張を防ぐため、保証契約締結の手続きを見直す必要があります。契約書の中で係る義務が履行されたことを確認する文言を入れ、手続きが正しく履行された旨を書面に残すといった対応も検討するべきでしょう。また、契約書上においては、例えば、以下のような条項を設けておくことが考えられます。

第○条
連帯保証人丙は、本契約に基づく乙(*賃借人)の債務を保証するにあたり、乙に関する以下の情報提供を受け、当該事項を認識した上で乙の債務を保証するものである。

  • 財産および収支の状況
  • 本契約に基づく乙の債務以外に負担している債務の有無並びにその額および履行状況
  • 本契約に基づく乙の債務の担保として他に提供し、または提供しようとするものの有無およびその内容

なお、この情報提供義務は、改正民法上、事業用の賃貸借契約において個人が保証する場合にのみ求められています。居住用の賃貸借契約や、法人が保証人となる場合には不要です(少なくとも法令上要求されていません)。

3)主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務がある

改正民法では、債権者(賃貸人)は、保証人から求められたときは、遅滞なく、主たる債務(=家賃)の元本および利息、違約金、損害賠償などについて、不履行の有無・滞納額などに関する情報を提供しなければなりません(改正民法第458条の2)。

この義務に違反した場合、債務不履行の一般法理に従い、損害賠償請求や保証契約の解除ができることがあるので対応が必要です。なお、これは、2)と異なり、全ての保証契約が対象となります。つまり、居住用の賃貸借契約や、法人が保証人となる場合にも適用されます。

2 賃借人の修繕する権利についての改正

改正民法では、賃借人は、賃借物の修繕が必要である場合において、次のいずれかに該当する場合、自ら修繕することができることが明文化されました(改正民法第607条の2)。

  • 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、または賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間に必要な修繕をしないとき
  • 急迫の事情があるとき

ただし、賃借人の自由な修繕を認めてしまっては、紛争が複雑化することも考えられます。そこで、契約書において、例えば次のような特約を検討します。

【特約(例)】
賃借人は、民法第607条の2にかかわらず、増改築に及ぶものはもとより、耐震工事や建物の躯体(くたい)に影響する大規模修繕に関する修繕権を有しないものとし、修繕権を有するのは小規模修繕に限るものとする。ただし、賃借人が小規模修繕を行う場合には、緊急を要する場合を除き、工事費見積書を添えて事前に賃貸人に通知して、賃貸人に修繕の機会を与えるものとし、かつ、賃貸人の同意を得るものとする。

なお、賃借人が個人など消費者契約法に定める「消費者」の場合は、消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)により無効とならないかどうかの検討が必要です。

3 賃料の当然減額・契約解除についての改正

改正民法では、賃借物の一部が滅失その他の事由によって使用収益ができなくなった場合、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃借人からの請求を待たずに、賃料が減額されると規定されました(改正民法第611条第1項)。

しかし、具体的にどの程度賃料を減額するのかは、直ちに明らかになるとは限りませんし、実務上もこの点を巡る紛争はよく見られます。また、賃借人が故障をそのまま放置し、賃貸人もそれを認識していない状況で、後日、賃借人から、その間の賃料が当然に減額されていると不意打ち的に主張されて、建物賃貸借の現場が混乱する恐れもあります。そのため、契約書においては、次のような特約を入れることを検討するとよいでしょう。

【特約(例)】
賃借人は、本件賃貸物件に一部滅失を発見した場合には、発見から○日以内に、具体的な賃料減額割合を示して賃貸人に通知するものとし、この通知をしなかった場合には、特段の事情のない限り、通知以前の賃料減額を主張し得ないものとする。

また、旧民法では、賃借物の一部が「賃借人の過失によらないで滅失した場合」において、残存部分のみでは賃借人が賃借した目的を達することができないときに、賃借人は契約を解除できるとしていました。

これに対し、改正民法では、残存部分のみでは賃借人が賃借した目的を達することができないときには、賃借人に帰責事由があっても、契約の解除ができるようになりました。

4 不動産の賃貸人たる地位の移転についての改正

改正民法では、不動産の賃貸人たる地位の移転に関して、「賃貸人たる地位の留保」という新しい制度が規定されました(改正民法第605条の2第2項)。

例えば、建物所有者Aが、賃借人Bに対して賃貸している不動産を、第三者Cに譲渡するというケースを考えます。次の賃貸借の対抗要件を備えた場合、賃借人の承諾がなくても、賃貸人たる地位を旧所有者Aのもとに留保することができます。

  • AC間で賃貸人の地位をAに留保する旨の合意がなされること
  • Cを賃貸人、旧所有者Aを賃借人とする賃貸借契約が締結されること

なお、AC間の賃貸借契約が終了したときは、改めて賃貸人の地位が旧所有者Aから新所有者Cに当然に移転します。

画像1

この改正は、次のような趣旨によるものです。例えば、賃貸不動産の信託による譲渡などの場面において、新所有者(信託の受託者:C)が修繕義務や費用償還義務など、賃貸人としての義務を負わないことを前提とするスキームを構築するニーズがあり、賃貸人たる地位自体を旧所有者(譲渡人:A)に留保する必要があります。改正民法によって、賃借人の同意を得ず、現在の賃貸借関係を維持しながら、賃貸借物件の譲渡ができるようになりました。

5 賃貸借の存続期間についての改正

賃貸借契約の存続期間が、最長50年とされました(改正民法第604条)。旧民法では最長20年だったため、大幅に長くなっています。この改正によって、例えば、建物所有を目的としない太陽光パネルの設置用地やゴルフ場の敷地の賃貸借期間の上限は、50年まで延長されました。

なお、借地契約や借家契約については、民法の特則である借地借家法が適用され、これまでと扱いは変わりません。

6 その他の改正

改正民法では、賃貸借契約終了後の収去義務および原状回復義務について改正民法第621条に規定が新設されたり、敷金について第622条の2においてその基本事項に関する規定が新設されたりしています。これらは実務の運用に合わせる形の改正内容であり、従前より契約において賃借物に損傷があった場合は、賃借人は賃貸人に対して原状回復義務を負うなどの規定を置いているのが一般的です。そのため、特段留意すべき事項はないでしょう。

これらの事項が民法上に明記されたこと自体は意義のあることですが、判例法理やこれまでの解釈を明文化したものであり、実務上の取り扱いに与える影響は小さいものと思われます。

以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

pj60162
画像:pixabay

売買契約/改正民法が分かる(6)

書いてあること

  • 主な読者:2020年4月に改正された民法のポイントを知りたい経営者
  • 課題:改正の断片的な情報しか把握していないので、全体像が知りたい
  • 解決策:売買契約のポイントを紹介(シリーズの他のコンテンツもあります)

1 契約不適合責任の新設

改正民法では、「瑕疵(かし)担保責任」が廃止され、「契約不適合責任」となりました。これに伴い、目的物が契約内容から乖離(かいり)している場合、買主に認められる請求の内容が増えました。売主にとっては負担が大きくなる改正です。そこで、本稿では、売主の視点から売買契約を締結する際に注意すべき点をまとめます。なお、契約不適合責任などの考え方については、次の記事をご参照ください。

1)責任が生じる場合の判断が変わり得る

契約不適合責任においては、合意の内容や契約書の記載だけでなく、契約を締結した目的や、締結に至る経緯など一切の事情が考慮されます(具体的な解釈はこれから積み上げられていきます)。なお、契約不適合を知らないことに関する無過失要件(「隠れている」要件)は不要です。

実務上、この点を踏まえて、売主は契約をした動機・目的・契約締結に至る経緯を明確にすることが重要になります。そこで、例えば、契約書の第1条で記載することが多い「契約の目的」の箇所に契約の動機などを記載することが考えられます(これはあくまで例示です)。

第1条(契約の目的)
本契約は、乙が顧客からの依頼を受け、サッカー選手○○、○○、○○全員のサインが入ったユニホームの購入を望んでいたところ、甲がその条件を満たすユニホームを保有していたことから、本売買契約の締結に至ったものである。

買主の動機などに沿わない(可能性のある)事項については、売主はその内容を特記することが望ましいでしょう。

第1条(契約の目的)
本契約は、乙が江戸時代に○○の手により制作された茶器の購入を望んでいたところ、甲がその条件を満たす茶器(以下、「本物件」という。)を保有していたことから、本売買契約の締結に至った。本物件は、○○の蔵に所蔵されており、本物件が入っていた箱には○○の銘があり、△△氏による鑑定書が付されている。ただし、同鑑定書には、○○の弟子である□□の手による作である可能性があると指摘されている。乙はかかる事情を承知した上で、本物件の購入を望むものである。

不具合などによる代金減額があればそれも明記すると望ましいでしょう。後で、その不具合を理由に、買主から売買価格が不合理だと主張された際の説明にもなります。

第○条(支払い)
本契約の売買代金は、○○円とする。本物件(*家)には、2階南側の部屋に南東の角からの雨漏りがあるが、乙はこの修繕を自身で選定した業者に依頼することを望んだため、本来の価格から乙の申告した工事代金相当額70万円を減額して、上記金額で合意したものである。

2)「瑕疵」という用語を使わない

細かい点ですが、契約書の中で「瑕疵」という用語を使わないことが望ましいでしょう。瑕疵を使う場合は、定義条項を置くようにしましょう。例えば、「本契約において『瑕疵』とは、種類または品質に関して契約の内容に適合しない状態をいう」といった文言が考えられます。

3)契約不適合責任を負わないという特約を検討する

買主が契約不適合であることを知っていたものについては、売主が責任を負わない旨の特約や、そもそも契約不適合責任を負わない旨の特約を検討します。

ただし、他の法令との整合性には留意が必要です。例えば、消費者との契約では消費者契約法が問題になります。消費者契約法第8条で、消費者契約に該当する場合、事業者の責任を全部免除するような条項などは無効となります。

また、不動産売買の場合は、宅地建物取引業法(宅建業法)や住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)に反する定めは無効となるので、慎重な検討が必要です。

宅建業法第40条で、宅建業者が売主となる場合、民法(改正民法では第566条、旧民法では第570条において準用する第566条第3項)で定める責任期間を2年以上とする特約をする場合を除き、同条に規定するものより買主に不利になる特約は無効となります。

品確法第95条では、新築住宅の売買の場合、構造耐力上主要な部分および雨水の浸入を防止する部分の瑕疵担保責任について(1)修補請求を認め、(2)瑕疵担保責任期間を10年間とされ、(3)(1)、(2)と異なる買主に不利な特約は無効となります。

【追完の内容を買主が指定できる場合】

第○条(目的物の不具合)
1)乙(*買主)は、本物件に何らかの不具合(物件自体の機能、品質、性能などの不具合のみならず、第1条に定めた契約の目的に適合しない場合を含む。)がある場合、自ら指定した方法による追完請求をすることができる。
2)乙は、本物件の不具合が是正不能と考える場合には、前項の追完請求を行うことなく、自らの選択により、売買代金の減額の請求または本契約の解除を行うことができる。

4)追完請求の内容を検討する

追完請求については、何が追完の内容になるかで解釈が分かれることがあるため、特約を検討する際には注意が必要です。

例えば、売った土地に土壌汚染があり、契約に適合していなかった場合、土壌汚染への対応(工事)を求めることができるようになります。ただし、何が「追完」になるかが難しい問題です。盛り土をすれば追完となるのか、汚染土壌を掘削除去して完全に汚染除去することが必要となるのか、紛争になる恐れがあります。

そのため、売主は契約書において、追完方法をあらかじめ具体的に規定しておく、買主(売主)が追完内容を指定できるように規定しておく、修補に過大の費用(○○円以上、売買代金の○%以上)を要する場合には修補を行わないと明記するなどの対応を検討すべきでしょう。

なお、追完方法を選択するのは、原則として買主ですが、例外的に「買主に不相当な負担を課するものでないとき」には、買主の選択した追完方法と異なる方法での履行の追完が認められています(改正民法第562条)。

5)権利行使の期間が変更されたことに留意

旧民法では、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求は瑕疵を知ってから1年以内に行わなければなりませんでした(旧民法第566条第3項等)。これに対して改正民法では、種類または品質に関する契約不適合を理由とする権利行使については、不適合の事実を知ってから1年以内に通知すればよく(改正民法第566条)、1年以内の権利行使は不要となりました。

そのため、種類または品質に関する契約不適合を理由とする権利行使については、通知さえしておけば、不適合の事実を知ってから5年以内、または不適合の事実があったときから10年以内という時効期間内に買主は権利行使をすればよいこととなりました(改正民法第166条)。

これにより、次のような違いが生じます。

旧民法では、買主は1年以内に権利行使することが必要でした。最高裁の判例で、具体的な不適合の内容、それに基づく損害賠償請求をする意思表明、請求する金額と根拠を示す必要があるとされていました(最判平成4年10月20日)。例えば、「購入した動産に○○という瑕疵があり、その修繕に少なくとも30万円かかるので、損害賠償として30万円を請求します」ということを、瑕疵を知ってから1年以内に示さなければなりませんでした。

これに対し、改正民法では、種類または品質に関する契約不適合を理由とする権利行使については、1年以内に契約不適合の通知だけをすればよくなりました。例えば、「購入した動産に○○という点で契約と異なる不備がありました」とだけ伝えておけば、知ってから5年以内であればいつでも買主は権利行使できます。

買主にとっては、1年以内の権利行使が必須でなくなるため、負担軽減となります。しかし、売主にとってはその間法的安定性が得られず、負担が重くなります。

当初は契約不適合の通知だけしかなかったとしても、買主からあらためて損害賠償などを権利行使される可能性が残っているということを売主は認識しておかなければなりません。

売主がこうしたリスクを低減するためには、契約書において権利行使の期間を制限することを検討すべきでしょう。

2 危険負担についての改正

改正民法では、危険負担における債権者主義(旧民法第534条)が廃止され、債務者主義に統一されました。改正前より、契約締結後引渡前の滅失・損傷について、契約で特約を定めることは、通常よく行われていることでしたが、ビジネスリスクを取引の実情に合わせて当事者間で調整する必要がある場合には、自社の契約書に、例えば次のような条項を設けておくことがよいでしょう。

第○条(所有権の移転)
○○(*売買目的物)の所有権は、第○条(代金の支払い)に定める代金のうち、○○年○月○日までに支払うべき分割金が支払われたときに甲(*売主)から乙(*買主)へ移転する。

第○条(危険負担)
1)乙(*買主)は、○○(*物件)の引渡までに、両当事者の責めに帰することのできない事由により○○が滅失、毀損した場合には、その限度で代金支払義務を免れる。
2)○○の所有権の移転後、甲(*売主)の責めに帰すべからざる事由により○○が滅失、毀損した場合、甲(*売主)は売買代金請求権を失わない。

以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

pj60154
画像:pixabay

債務の履行/改正民法が分かる(5)

書いてあること

  • 主な読者:2020年4月に改正された民法のポイントを知りたい経営者
  • 課題:改正の断片的な情報しか把握していないので、全体像が知りたい
  • 解決策:契約不適合責任や危険負担など債務の履行のポイントを紹介(シリーズの他のコンテンツもあります)

1 契約不適合責任の新設

1)契約不適合責任とは

改正民法では、「瑕疵(かし)担保責任」が廃止され、「契約不適合責任」が新設されました。契約不適合責任とは、特定物(取引の目的物として当事者が物の個性に着目した物)の売買(例えば、中古カメラ)か、不特定物(例えば、新品のカメラ)で分けることなく、目的物が契約内容から乖離(かいり)していることに対する責任です。

この改正により、買主が請求できる内容が増えました。旧民法では、目的物の欠陥に関する買主の救済手段は損害賠償請求と解除の2種類でしたが、これらに加えて、追完請求権や代金減額請求が可能となりました。

追完請求権とは、「代替物を引き渡せ」「不足分を引き渡せ」「目的物を修補せよ」といった債務の完全履行を請求する権利です(改正民法第562条第1項)。改正民法では、売主が契約の内容に適合しない目的物を引き渡した場合、追完が不能であったり、不相当な負担が生じたりするときを除き、買主には追完請求権が認められました(買主の追完請求に対する売主の責任は無過失責任)。

また、売主が契約の内容に適合しない目的物を引き渡した場合、買主の責めに帰すべき場合を除き、新たに代金減額請求権が認められました(改正民法第563条第1項、第2項)。代金減額請求権は、基本的には履行の追完がなされないときの二次的な救済策との位置付けです。

なお、追完請求権または代金減額請求権を行使しても、損害賠償の請求および解除権を行使することはできます(改正民法第564条)。

2)実務上の留意点

売主は、買主に追完請求を許すことで、場合によっては大きな負担となったり、対応が煩雑になったりすることがあります。そこで、売買契約において、買主が契約不適合であることを知っていた場合(例えば、売買契約上は、商品は仕様書に基づくと定められているものの、複雑な仕様のため、実際には仕様書と異なる点があることを売主は知らず、買主だけがそれを認識していたような場合等)について、一定の場合には責任を負わない特約を置いたり、契約不適合責任そのものを排除する特約を置いたりすることが考えられます。

また、追完請求権そのものを排除しないとしても、追完請求権の内容を特定することも考えられます。例えば、デザイナーの装飾を付したカメラを販売した場合、代替物を用意するが、同水準の別のデザイナーの装飾となるなどです。他には、追完請求権は排除しないが、補修に過大の費用(○円以上、売買代金の○%以上)を要する場合には、補修を行わないと明記することも考えられます。

また、売主としては、契約の交渉経緯や契約の動機を証拠に残すことが必要です。買主は契約に適合しないと主張して責任を請求してきますが、「契約に適合するかどうか」の解釈は、合意の内容や契約書の記載内容だけでなく、契約の性質(有償か無償かを含む)、当事者が契約をした目的、契約締結に至る経緯をはじめ、一切の事情を考慮して評価・判断されると考えられます。そのため、契約過程でどのようなやり取りをしたかを記録しておくことや、契約書に契約締結過程について記載しておくことが重要です。

なお、細かい点ですが、瑕疵担保責任は廃止されたので、契約書の中では「瑕疵」という用語を使わないことが望ましく、従前のひな型を使いたいなどの理由により、「瑕疵」という用語を残す場合は、定義条項を置きましょう。例えば、「本契約において『瑕疵』とは、種類または品質に関して契約の内容に適合しない状態をいう」といった文言が考えられます。

2 危険負担における債権者主義の廃止

1)危険負担とは

危険負担とは、債務者の責めに帰することができない事由により、目的物が滅失・損傷などによって履行不能となった場合、その危険(リスク)を誰が負担するのかという問題を指します。旧民法では、債権者がその危険を負担することとなっていました(特定物に関する物権の設定または移転を目的とする双務契約における場合)。

例えば、売買契約の締結後に、売主が買主に建物を引き渡す前に、火災などにより当該建物が滅失したとします。このとき、建物は引き渡せないため売主の建物引渡義務は消滅しますが、債権者である買主の代金支払義務は消滅しませんでした(いわゆる債権者主義)。

改正民法では、この第534条を削除しました。前述の例でいうと、買主は、そのまま代金を支払わないか、契約を解除することができるようになりました。

2)実務上の留意点

改正によって条文などは大きく変わりました。しかし、旧民法の結論(債権者主義)は、通常の意思に反し合理性に欠けることから、以前から、契約締結後引渡前の滅失・損傷について旧民法第534条の適用を回避するために、契約で特約を定めることが一般的でした。そのため、実務への影響は実質的にはあまり大きくはないと思われます。

まずは、自社が標準的に使用している契約書などにおいて、そのような特約が盛り込まれているかを確認しましょう。

3 危険負担における債務者主義についての改正

特定物に関する物権の設定または移転を目的とする双務契約については、債権者主義が適用されます。それ以外の契約については、債務者主義が採用されており、それ自体は変わりません。債務者主義とは、当事者双方の責めに帰することができない事由により一方の債務の履行が不能となったときは、他方の反対給付債務も消滅するというものです。例えば、ある建物の補修について契約を締結したものの、工事前に不可抗力で建物が全壊してしまい、補修工事ができなくなった場合、債権者である建物オーナーの工事代金支払債務も消滅します。

この点について、旧民法では、自動的に債務が消滅していたのに対し、改正により、債権者が反対給付債務の履行を拒むことができると定めるにとどめ、自動的に債務が消滅しないこととなりました。ただし、債権者は、債務の履行が不能である場合は、債務者の帰責事由を問うことなく、契約解除をすることができ、これにより自己の反対給付債務を消滅させることが可能となります。

例えば、建物が全壊して補修工事ができなくなった場合、旧民法では、債務が自動的に消滅するので、債権者は特段の手続きは必要ありませんでした。これに対し、改正民法では債務は自動的に消滅しないため、自己の反対給付を拒むだけではなく、消滅させるには契約解除の手続きが必要となります。

なお、本稿で紹介した契約不適合責任や危険負担についての改正を踏まえた売買契約のポイントについては、次のコンテンツが参考になります。

以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

pj60144
画像:pexels

債権者代位権、詐害行為取消権、債権譲渡/改正民法が分かる(4)

書いてあること

  • 主な読者:2020年4月に改正された民法のポイントを知りたい経営者
  • 課題:改正の断片的な情報しか把握していないので、全体像が知りたい
  • 解決策:債権者代位権、詐害行為取消権、債権譲渡のポイントを紹介(シリーズの他のコンテンツもあります)

1 債権者代位権

1)債権者代位権とは

「債権者代位権」とは、債権者が自己の債権について十分な弁済を受けるために、債務者が他人に対して持つ権利を代わって行使する権利であり、債権回収策の1つとして利用されます。

例えば、債権者(A)が債務者(B)に債権を持ち、債務者(B)がBの取引相手(C)に唯一の財産である債権(売掛金300万円)を有する場合、民法上の要件を満たせば、債権者(A)は債務者(B)に対する債権を回収するため、債務者(B)に代わってBの取引相手(C)に対する権利を行使できます。

画像1

(注)同じ者でも「債権者」や「債務者」など、立場によって異なる場合がありますが、便宜上、以降では、「債権者(A)」など、図表の表記に基づいて記載しています。

このとき、債権者(A)がBの取引相手(C)から受領した金銭などは、自己の財産とはならず、債務者(B)に返還しなければなりません。ただし、この返還すべき債務と、自身の債務者(B)に対する債権を相殺することができます。これにより、債権者(A)は、事実上、他の債務者に優先して債権を回収することができます。これを「事実上の優先弁済機能」といいます。

なお、改正民法では、債権者代位権が行使された場合、債務者(B)の処分権限は制限されないものと規定されました(改正民法第423条の5)。つまり、当該債権については、Bの取引相手(C)が債権者(B)に対してのみ、支払いをすればよいこととなり、債権者(A)から見ると、事実上の優先弁済機能が制限されます。

2)債務者(B)の取引相手(C)に対する権利を差押さえる

旧民法では、債権者(A)は、債権者代位権の行使に着手し、債務者(B)に対し、その旨を内容証明郵便などで通知するだけで、債務者(B)の処分権限を失わせることができました。

しかし、改正民法では債務者(B)の処分権限は制限されません。そのため、内容証明郵便などで通知するだけでは、債務者(B)とBの取引相手(C)との間で債権債務が処分されてしまう恐れがあります。そこで、債権者(A)の立場であれば、債権者代位権行使を確実にするため、債務者(B)の取引相手(C)に対する債権の仮差押さえを検討する必要が生じる場合もあるでしょう。

改正民法施行日前に、債務者に属する被代位権利が生じた場合に係る債権者代位については、旧民法が適用されます(附則第18条第1項)。前述の例でいうと、(B)(C)間の権利発生が2020年3月以前であれば旧民法が、2020年4月以降であれば改正民法が適用されます。

2 詐害行為取消権

1)詐害行為取消権とは

「詐害行為取消権」とは、債権者が債務者の行為を一定の要件の下、取消すことができる権利です。詐害行為取消権を行使するためには、裁判所に取消しの訴えを提起する必要があります。この詐害行為取消権も、債権回収策の1つです。

例えば、債権者(A)が債務者(B)に債権を有し、債務者(B)が唯一の財産である不動産を受益者(C)に無償で譲渡(贈与)した場合、民法上の要件を満たせば、債権者(A)は債務者(B)への債権を回収するため、債務者(B)が行った受益者(C)に対する贈与行為を取消すことができます。

画像2

2)詐害行為取消権の要件と効果

1.詐害行為取消権の要件(改正民法第424条~第424条の5)

詐害行為取消権は、典型的には、債務者が債権者への債務弁済ができなくなるような財産処分(財産減少行為)を行った場合に、当該財産処分行為を取消して、債務者のもとに当該財産を取り戻す権利として認められています。

改正民法においては、前述の場合の他、破産法における否認権の行使に関する規定を参考に、一見すると、債権者への債務弁済ができなくなるような財産処分行為とはいえないものの、実質的にみて、その恐れがある場合を類型化して、一定の要件のもと、詐害行為取消権を認めています。具体的には、以下のような場合になります。

  • a.相当の対価を得て財産を処分した場合(例:不動産を市場価格で売却し、現金化する場合)
  • b.特定の債権者に対して担保の供与などを行った場合(例:特定の債権者に対して、事後的に債務者が有する不動産に抵当権を設定する場合)
  • c.過大な代物弁済を行った場合(例:1000万円の金銭債権しか有しない債権者に対して、1500万円の価値がある不動産を代物弁済する場合)

また、転得者(例えば、債務者(B)が受益者(C)に対して不動産を贈与した場合、その不動産をさらに受益者(C)から譲り受けた転得者(D)や、転得者(D)からさらに譲り受けた者)に対する詐害行為取消権が認められるための要件が明確になりました。

さらに、受益者および転得者のうち1人でも善意の者がいれば、債権者は詐害行為取消権を行使できないこととされました。これにより、詐害行為取消権を行使する際は、財産を保有している転得者だけでなく、その前者(例えば、転得者(D)に不動産を贈与した受益者(C))の全員が詐害行為について悪意であることを確認する必要があります。

ただし、転得者(D)は自ら悪意だと認めることはないでしょうから、この点が訴訟でどう判断されるかがポイントとなります。そのため、行為の態様、財産状況、債務者と受益者との関係(いくらで譲渡したか、譲渡を受けたシチュエーションは自然なものか、同居の親族など事情をよく知っている人ではないか)などを確認し、訴訟(詐害行為取消訴訟)でどう判断される見込みなのかを弁護士と協議した上で進めることになるでしょう。

2.詐害行為取消権の行使の方法および範囲(改正民法第424条の6~9)とその効果(改正民法第425条~第425条の4)

改正民法では、受益者(C)または転得者(D)を被告として訴訟を提起すると、その判決の効力が債務者(B)に及ぶこととされ(改正民法第425条)、その前提として債権者(A)から債務者(B)に対して訴訟告知することが必要とされました(改正民法第424条の7第2項)。

実務上、訴訟において債務者(B)への訴訟告知を忘れないように注意しましょう。また、債務者(B)が所在不明の場合などは、住民票の調査や、住民票上の住所の現地調査などによる所在調査をする必要があり、債務者(B)への送達が速やかにできなければ、その分訴訟に時間がかかってしまいます。

3.詐害行為取消権の期間の制限(改正民法第426条)

改正民法では、詐害行為取消訴訟を提起する期間の制限が変更されました。出訴期間(提訴手続きを取ることのできる期間)は「債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時から2年」および「行為の時から10年」です。

旧民法では内容証明郵便で請求をするだけで、6カ月間時効完成を防ぐことができましたが、改正民法では期間内に提訴手続きを取らなければならないため、十分注意しましょう。

3 債権譲渡

1)債権譲渡とは

「債権譲渡」とは、債権者が保有する債権を第三者に譲渡することをいいます。債権譲渡も、債権回収の方策の1つとして利用されています。

例えば、債権者(A)が債務者(B)に債権を持ち、債権者(A)がこの回収をしたいと考えたとします。しかし、「支払期限が到来していない」「債務者(B)の資力が不十分で支払ってくれない」といった場合に、債権者(A)は債権を第三者の(C)に譲渡して債権譲渡対価を得て、回収を図ることがあります。

画像3

2)債務者(B)の立場は要注意

前述のケースにおいて、債務者(B)としては、譲渡制限があることを理由に譲受人(C)への支払いを拒絶し、譲渡人(A)への支払いをすることも考えられます。しかし、譲渡制限の意思表示がなされたことについて譲受人(C)の悪意または重過失がなければ、支払拒絶は認められず、譲受人(C)に対して支払うこととなります。とはいえ、債務者(B)の立場から、譲受人(C)に悪意または重過失があるか否かを判断するのは容易ではありません。

また、債務者(B)が譲受人(C)に支払うべき債権金額を譲渡人(A)に支払った場合、間違った者に対する弁済となってしまい、譲受人(C)からの当該債権に関する支払いを拒むことができません。その結果、既に債権者ではない譲渡人(A)に支払い、現時点での債権者である譲受人(C)にも支払うという二重払いのリスクが顕在化します。この場合、債務者(B)は、譲渡人(A)に対して、「理由のない支払いだから金銭を返還せよ」と請求するでしょうが、譲渡人(A)が無資力の場合、債権の回収は困難となります。

そのため、誰に支払うべきかを安易に判断して弁済するのではなく、改正民法第466条の2に基づき、供託という手段を取るほうが賢明な場合もあるでしょう。

また、譲受人(C)は、譲渡人(A)に破産手続開始決定があったとき、債務者(B)が本来弁済を受けることができない譲渡人(A)に弁済をしてしまうと、債権回収が不能になるなどの無用な争いに巻き込まれる恐れがあることから、改正民法においては、譲受人(C)が債務者(B)に対して、債権全額に相当する金銭を供託するよう求めることができる規定が新設されました(改正民法第466条の3)。そのため、譲受人(C)は、かかる制度を利用して、確実に債権回収ができるように策を講じることも一つでしょう。

債務者(B)の立場で、譲受人(C)から供託請求があった場合、たとえ譲渡人(A)に裁判所の選任した破産管財人から債権金額を支払うよう請求があったとしても、その支払請求に応じてはならず、譲受人(C)の請求通り供託しなければなりません。

以上(2020年11月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

pj60134
画像:photo-ac

【朝礼】アフターコロナに必要なのは「代替を作れる人」

今朝は、アフターコロナに勝ち抜くための働き方についてお話しします。私が考えるキーワードは「代替性」ですが、「代替の利かない人材になってほしい」という、よく言われる論調とは少し違います。とても大事なことなので、しっかり聞いてください。

代替性について考える上では、セミナーと講演の違いが参考になります。私の知人に、自らセミナー講師や講演家として活躍する一方で、コンサルタントとして、他のセミナー講師に、セミナーの構成の組み立て方や話し方などを教えている人がいます。以前、その知人と話をしていたとき、セミナーと講演の違いは、「再現性と属人性の違いである」という結論に至りました。

セミナーとは、内容を正しく相手に伝え、理解してもらうためのものです。大切なのは、分かりやすい構成と正しく伝える技術です。これらを徹底し、誰がセミナー講師になったとしても同じ結果が出せるようにすることが理想です。つまり、セミナー講師は代替が利くほうがよいのです。

一方、講演とは、受講者に考えるきっかけを与えるためのものです。大切なのは、受講者の共感を得ることであり、共感は講演家のキャラクターなどから生まれます。受講者は、その講演家の話を聞きたいわけで、極端にいえば、話の内容がそれほど良くなくても、「その講演家」の言葉であれば共感できます。つまり、講演家は代替が利かない存在といえます。

この話だと、代替の利くセミナー講師より、代替の利かない講演家のほうが格上に思えます。しかし、企業経営では別の考え方が必要です。

例えるなら、私が行うトップセールスは講演です。私の立場とキャラクターによって実現しているもので、他人にはまねができないからです。私に限らず、組織には講演家のような存在も必要ですが、技能の横展開が難しい以上、企業全体の成長幅は限定的です。そのため企業経営では、1人が10の仕事をこなす体制から、10人がそれぞれ1の仕事をこなせる体制に移行することを重視します。そして、1の仕事を2に増やし、10人を20人にすることで成長していくのです。

つまり、皆さんにセミナー講師のようになってもらい、再現性の高い業務をこなしてほしいのです。そのためには担当者の代替性が不可欠であり、これに気付いている一部の企業は、改めてマニュアル作成を進めています。このマニュアルがしっかりしているからこそ、代替が利きます。

リモートワークだと個人プレーが増えるため、個人の能力にフォーカスされがちです。しかし、企業が今重視するのはチームプレーです。アフターコロナで生き残るのは、代替の利かない人材よりも、「代替を作れる人」です。また同時に、アフターコロナで淘汰されるのは、能力の低い人以上に、代替を作れない人です。代替を作れば、今の業務の引き継ぎが容易となり、レベルのより高い業務にも取り組みやすくなるのです。

以上(2020年10月)

pj17024
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】結局、他人のせいにしていませんか?

最近、「心理的安全性」「エンゲージメント」などの言葉をよく聞きます。社員が安心して発言できる雰囲気づくりや、会社への愛着心を高めてもらう施策が、これからの組織運営上、重要なテーマになると私も認識しています。

だからこそ、今朝はあえて皆さんに苦言を呈したいと思います。

当社の行動指針に「少しのムダと思いやり」というものがあります。困っている同僚がいたら、率先してサポートできる組織でありたい。また、忙しいときに手を差し伸べられた人は、「自分でやったほうが早い」などと言って相手の厚意を台なしにせず、自分の仕事を説明し、一緒に仕事をしてもらいたい。説明などで多少のムダが出て通常より時間がかかってもいい。互いを思いやる気持ちを持った組織こそ、私が求める理想の姿です。そして、この考えを定着させるために、組織への貢献を把握し、賞与査定に反映しているのです。

ここで考えたいのは、同僚をサポートするときの皆さんの気持ちです。「賞与が上がるぞ!」と期待していますか。あるいは、「大して賞与に反映されない」と不満ですか。それとも、元来の優しい性格で、リターンなどは求めていませんか。

この手の話をするとき、よく取り上げられるのが「コブラ効果」です。19世紀、イギリスはインドを支配していました。当時のインドにはコブラが多く生息していて危険だったので、イギリス政府はコブラ退治に報奨金を出しました。

すると市民は率先してコブラを退治し、その数は順調に減っていきました。ところが、もっと報奨金をもらいたいと考えた市民は、なんと自分たちでコブラを飼育し始めたのです。それを知り憤慨したイギリス政府は、報奨金を廃止します。すると市民は、無価値となったコブラを野に放ってしまいます。その結果、皮肉にも、コブラの数が以前よりも増えてしまいました。

行動の対価としてリターンを求め、リターンがなくなれば態度が変わることを私は否定しません。むしろ、人間として自然です。ただ、忘れてならないのは、「相手も、こちらにリターンを求めていることがある」という事実です。

話を戻しますが、会社が心理的安全性などを確保しようと取り組むのはなぜなのか、皆さんは少しでも考えたことがありますか。

それは、皆さんに「当たり前のことが、当たり前のようにできる戦力になってほしい」と期待しているからです。会社から見ると、会議で一言も発言しないとか、十分な顧客対応ができない社員は戦力外です。そして、皆さんがそれをできない理由が、心理的安全性にあると聞けば、会社は本気で心理的安全性を確保しようとするわけです。

皆さんが会社にリターンを求めるように、会社も皆さんに求めています。心理的安全性もエンゲージメントも、会社の努力だけでは決して高まりません。会社と皆さんの相互理解、そしてたゆまぬ努力が不可欠なのです。

以上(2020年10月)

pj17025
画像:Mariko Mitsuda

【規程・文例集】「自転車通勤規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:自転車通勤制度の導入を検討している経営者
  • 課題:保険への加入など、リスク管理を含めて制度を整備したい
  • 解決策:自転車通勤は許可制とする。本稿で紹介するひな型を参考に制度を整備する

1 自転車通勤制度を導入するには

1)自転車通勤のリスク。どこに注意して許可すべき?

自転車通勤には、健康増進、通勤ラッシュの回避など、企業と従業員に双方にさまざまなメリットがあります。特に、コロナ禍では「密を避けられる」という点で、自転車通勤を希望する従業員が増えているようです。

一方、電車通勤に比べ車両や歩行者との交通事故を起こしやすいなど、自転車通勤特有のリスクもあります。そのため、自転車通勤は許可制とし、「保険に加入している」など一定の要件を満たす従業員についてのみ認めるのがよいでしょう。

自転車通勤を希望する従業員がいた場合、具体的には次の点などを確認します。

1.保険への加入

自転車による交通事故が増加傾向にあることや、事故による賠償金が高額化しているとされます。そのため、東京都など全国各地の自治体では、保険への加入を義務化しています。

保険への加入が義務付けられていない地域であっても、従業員の自転車通勤を承認する場合、従業員の保険への加入は必須としたほうがよいでしょう。その際は、保険の契約期間が通勤許可期間をカバーしているかについても確認します。

2.駐輪場の確保

企業で駐輪場を整備していない場合、従業員が自ら駐輪場を確保している旨を証明する書類を提出してもらうなどして、駐輪場を確保していることを確認する必要があります。

3.合理的な通勤経路

通勤に必要以上に時間を掛けて疲弊し、業務に支障が出るようでは本末転倒です。どの程度の距離まで自転車通勤を認めるかは企業によって異なりますが、疲労によって業務に支障がないよう、距離にして10キロメートル、時間にして1時間程度を目安に、通勤距離・時間の限度を決めるのがよいでしょう。

自転車通勤を許可するかを検討する際は、自宅から会社までの通勤経路を申告してもらいます。従業員の通勤経路を把握しておくと、万一、事故が起こったとき、労働者災害補償保険(以下「労災保険」)の通勤災害として認定されずに、従業員が不利益を被ることを防ぐこともできるでしょう。後述の通勤手当を幾ら支給するか決める際の基準にもなります。

1.から3.の内容を確認するに当たっては、保険証書のコピー、駐輪場の契約書、通勤経路を示した資料を「自転車通勤許可申請書」「誓約書」とともに提出させ、総務部などの担当部署で確認した上で自転車通勤の可否を判断するとよいでしょう。詳細は第2章をご確認ください。

2)通勤手当の取り扱い

自転車通勤者に対する通勤手当の支給方法の一つとして、通勤距離に応じて一定額を支給する方法があります。通勤手当の計算方法は、1キロメートル当たりの支給額を設定した上で、通勤距離に応じた額を支給する方法や、数キロメートルごとにテーブルを設けて、テーブルごとに支給額を変更する方法などが考えられます。

1カ月当たりの非課税限度額は次の通りです。

画像1

通勤距離ごとの非課税限度額を基準に、自動車通勤をする従業員などと公平性が保たれるように自転車通勤の手当の額を決めるとよいでしょう。

次章では、ここまでの内容を踏まえた自転車通勤規程のひな型を紹介します。

2 自転車通勤規程のひな型

以降で紹介するひな型などは一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、自転車活用推進官民連携協議会が公表している「自転車通勤導入に関する手引き」を参考にしたり、必要に応じて専門家のアドバイスを受けたりすることをお勧めします。

■自転車活用推進官民連携協議会が公表している「自転車通勤導入に関する手引き」■
https://www.jitensha-kyogikai.jp/project/

【自転車通勤規程のひな型】

第1条(総則)
本規程は、従業員が通勤のために自転車を使用する場合の取り扱いについて定める。

第2条(適用範囲)
1)本規程は、従業員が所有者または使用者となっており、専ら通勤のために使用する自転車について適用する。
2)本規程は、会社の許可を得た上で業務に使用する自転車については適用しない。

第3条(許可条件)
1)自転車による通勤を希望する者は、会社に申請して許可を受けなければならない。
2)自転車による通勤は、次の各号を全て満たす従業員に認める。
1.自宅から会社までの直線距離が10キロメートル未満の者であり、自転車による通勤時間が1時間を超えない者。
2.安全運転に支障のない者。
3.自転車保険に加入している者。
3)従業員の自宅から会社までの経路については、安全且つ合理的 でなければならない。
4)自転車通勤の許可期間は1年以内とし、毎年4月1日に更新する。
5)更新は自動更新とせず、所定の承認手続きを取らなければならない。

第4条(許可)
1)自転車通勤を希望する者で第3条第2項各号の要件を満たした者は、所定の書類を添えて「自転車通勤許可申請書」を提出し、総務部長の承認を得なければならない。
2)「自転車通勤許可申請書」の記載内容に変更があった場合には、速やかに総務部長に報告し、再度、自転車通勤の許可を受けなければならない。

第5条(禁止事項)
1)運転に際しては、次の各号に該当する行為をしてはならない。
 1.自転車を業務に使用すること。
 2.労働時間中に私用で自転車を使用すること。
 3.許可を受けた自転車を他者に使用させること。
 4.飲酒運転をすること。
 5.過度の疲労等、安全運転が困難と予想される状態で運転すること。
 6.整備不良の自転車を使用すること。
 7.安全のための装備(ヘルメット、グローブ)をせずに運転すること。
 8.携帯電話を使用しながら運転すること。
 9.傘を差しながら運転すること。
 10.夜間、無灯火で運転すること。
 11.2人乗りをすること。
 13.その他、道路交通法等の各種法令により禁止されている行為や会社が不適と認める行為をすること。
2)第1項各号に該当する行為をした場合には、自転車通勤の許可を取り消すことがある。

第6条(安全教育)
自転車通勤を許可された従業員は、会社が主催する安全教育を年に1回受けなければならない。

第7条(事故等の取り扱い)
1)自転車での通勤途中に事故を起こした場合は、速やかに上長に報告し、その指示に従わなければならない。
2)第1項における事故について、会社は第三者に対する賠償責任を負わない。また、事故に伴う物損についてもその補償を行わない。
3)第1項における事故により会社が損害を受けたとき、会社は当該従業員に対して、賠償請求を行うことがある。
4)駐輪場内での自転車の破損・盗難等について、会社は一切の補償を行わない。

第8条(通勤手当等)
1)自転車による片道の通勤距離が2キロメートル以上の場合には、通勤距離に応じて、1キロメートル当たり400円を通勤手当として支給する。
2)通勤に使用する自転車の修理費その他一切の費用については、従業員の自己負担とする。

第9条(自転車の無断駐輪禁止)
1)自転車通勤をする従業員は、原則として会社の指定する駐輪場に通勤で使用する自転車を駐輪するものとする。
2)会社指定の駐輪場を利用しない特別な理由がある場合には、第4条に定める書類に加え、利用しない理由等を記載した事由書及び代替として利用する駐輪場の利用許可証等を添付した上で総務部長に提出し、許可を得るものとする。
3)会社の指定する駐輪場もしくは事前に許可を得ている駐輪場以外の場所に駐輪してはならない。

第10条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第11条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

画像2

以上(2020年11月)
(監修 人事労務すず木オフィス 特定社会保険労務士 鈴木快昌)

pj00451
画像:ESB Professional-shutterstock

リアル商談会に参加してビジネスの可能性を広げよう~事前準備編~

書いてあること

  • 主な読者:商談会への参加を検討する経営者
  • 課題:商談会に出展するためには、何を準備すればよいか分からない。大変そうに思える
  • 解決策:商談会のルールや雰囲気を把握した上で、必要な設備、準備する備品などを整理。感染症対策に必要なものも用意する

1 事前準備では、まず出展条件などを確認する

本稿では、リアル商談会に出展する際に必要な事前準備を見ていきます。商談会で良い出会いを果たし、その後、最終的に取引につなげるには、この事前準備の段階が非常に重要です。なお、本稿では「商談会」は全て、特別なことわりがない限り「リアル商談会」を指します。

1)商談会のルールや雰囲気を把握する

出展準備の前に、商談会のルールや固有の雰囲気を把握しておきましょう。これはブース作りなどにも役に立ちます。ルールは、主催者が準備している資料をよく読み、不明な点は主催者に確認しましょう。

注意が必要なのは各商談会固有の雰囲気です。例えば、ブースであれば「おしゃれで洗練されたブースが多い」「手作り感のあるブースが多い」「派手な装飾はなく『実質重視』のブースが多い」などのような違いがあります。また、商談会によっては、「大企業中心」「中小企業中心」といったように来場者層も異なります。こうした雰囲気はルールを確認するだけでは分かりにくい点があります。そのため、定期的に開催されている商談会であれば、出展前に、その商談会に足を運んで雰囲気を肌で感じておくとよいでしょう。また、主催者や出展経験者に話を聞くことや、以前に開催された際の映像や画像などを確認することも大切です。

2)ブースの備品、使用可能な設備などを確認する

通常、主催者は出展企業に、テーブル、椅子、パネル、スポットライトなどの照明器具、社名の入った看板といった備品などを提供しています。また、電源(コンセント数)などの設備は、使用できる数などが制限されていることがあります。

足りない備品があれば自社で準備しなければなりませんし、使用できる設備に制限があれば、ブースでの展示内容や展示方法などが制限されることもあります。備品や使用可能な設備などについては、必ず確認しましょう。

3)関連サービスの提供・あっせんの有無を確認する

商談会によっては、出展費用とは別料金で、主催者が関連サービスを提供・あっせんしている場合があります。例えば、オリジナルブース施工業者のあっせん、展示に必要な機器の貸し出し、搬入・搬出作業の補助など行っている場合があります。

また、備品の中には、申し出のあった出展者にのみ無料で貸し出す場合もあるようです。こうした関連サービスを上手に活用することで、負担を軽減しながら準備を進められる場合もあるので、忘れずに確認するようにしましょう。

2 自社で準備する物品の確認・手配を行う

1)ブース作りに必要な備品を準備する

展示する製品などブース作りに必要となる備品を準備します。主催者側が用意する備品は、通常、最低限度のものに限られるので、種類や数を確認しましょう。

ブース作りに関して準備する備品(例)は次の通りです。

画像1

特に最近は、アルコール消毒液やマスクといった感染症対策に必要な備品の準備も欠かせません。来場者も、ブースにいる社員も、どちらも安心して参加できるように心掛けることが大切です。

2)来場者への配布物を準備する

会社案内や製品パンフレットなど、来場者への配布物を準備します。配布物として準備するもの(例)は次の通りです。

画像2

この他にも、名刺交換などを通じて顧客情報を得るためのツールとして、簡単なアンケートを実施してもよいでしょう。

3)商談シートを準備する

商談会当日の商談内容を整理する「商談シート」を準備します。商談シートは、短時間で記載できるように、記載項目を絞り込んだシンプルなフォーマットにします。また、記載の手間を省き、後で見ても商談のポイントが分かりやすいように、可能な項目についてはチェックボックスを設けておくとよいでしょう。また、商談シートは、パソコンやスマホで簡単に入力できるような方法を検討するのも一策です。

4)人の手配をする

商談会には、さまざまな役割の人が必要となります。例えば、ブースへの来場者に製品の説明をしたり質問に答えたりする「説明担当」、来場者と商談を行う「商談担当」などが考えられます。また、場合によっては、商談会前日や終了後にブースへの機器類の搬入・搬出などをする人員も必要かもしれません。最小限で最大のパフォーマンスを発揮できるよう、役割分担やスケジュールなども、事前に決めておくことが大切です。

3 商談会への出展をPRする

1)招待状や案内状でご案内

既存の顧客や見込み客へは招待状や案内状などでご案内します。ただし、中には、「人がたくさん集まる場所に行くのはちょっと……」という考えの人もいます。強引に会場に呼ぶことのないようにしましょう。そういう人には、「当日、出展の模様をライブ中継します」といった案内方法もよいかもしれません。

一方、ご招待・ご案内して来てくださった方に対しては、感謝の気持ちを込めて、ノベルティーグッズなどのプレゼントを用意することも考えましょう。

2)自社ウェブサイトやSNSなどへの情報掲載

来場者は、事前に参加企業を確認し、興味があれば、会社概要や製品に関する情報収集を行います。そのため、主催者は、参加企業や展示製品の概要をパンフレットや商談会専用のウェブサイト・SNSなど(以下「ウェブサイトなど」)で紹介しています。しかし、多くの来場者は、それらとは別に当該企業のウェブサイトなどを閲覧します。また、会場で気になったブースがあれば、帰社後に当該企業のウェブサイトなどを閲覧します。

こうした情報ニーズに応えるため、自社のウェブサイトなどで商談会のパンフレットなどには掲載しきれない、より詳しい情報を掲載するようにします。また、会社概要や商談会当日に展示する製品以外の情報も、必要があれば掲載しておきましょう。

4 商談に関する事前準備を行う

事前マッチング制などによって、商談会当日の商談予定企業が事前に決まっている場合は、当該企業に関する情報収集を行います(「事前マッチング制」活用のポイントは後述参照)。商談会の参加企業の中に興味のある企業があれば、そこに対しても同じです。

基本的な情報は当該企業のウェブサイトやパンフレットなどを参考にします。また、商談会当日に、より踏み込んだ商談に至る可能性がある場合などは、帝国データバンクや東京商工リサーチなどの信用情報も確認するとよいでしょう。

5 その他の準備事項を確認する

ここまで、一般的に必要となる事前準備の事項を紹介しましたが、他にも、確認したほうがよいことがあります。例えば、ブース作りに使用する物品をレンタルするなど、社外から調達する場合は、それらを手配する必要があります。また、招待客に対する交通や宿泊の手配が必要になることもあります。商談会当日の商談が事前に決まっている場合は、スケジュール調整も必要です。このように、事前に準備すべき事項は多岐にわたるので、一覧表などを作成して漏れがないように進めていくようにしましょう。

6 事前マッチング制活用のポイント

1)事前マッチング制の概要

商談会当日に活発な商談が行われるように、事前マッチング制を導入しているケースがあります。事前マッチング制は、おおむね次のような流れです。

  • ブース出展者や商談会への来場予定者などが、事前に商談ニーズなどを記載したシートを作成・登録する
  • 商談ニーズなどを出展者や来場予定者などで共有し、興味のある企業に対して、商談会当日に行う商談を申し込む
  • 商談を申し込まれた企業が了承すれば、商談会当日に商談を行う

また、主催者がニーズの近い企業同士をマッチングしてくれる場合もあります。

2)商談ニーズを分かりやすく記載する

事前マッチング制を上手に活用するためには、シートに自社の商談ニーズを分かりやすく記載することが大切です。そのためには、「商談ニーズが一目で分かるタイトルとする」「自社のニーズを明確にし、取引実績など信頼性を高める情報を掲載する」などに留意するとよいでしょう。参考として、以下に、食品加工業者に関する商談ニーズの記載例(タイトル20文字以内、本文200文字以内)を紹介します。

画像3

「悪い例」は、タイトルからは販売製品が分からず、商談ニーズをイメージすることができません。また、本文は事業内容や取扱製品は分かるものの、希望する取引先や取引実績などが不明確になっています。一方、「良い例」は、タイトルから製品の種類が一目で判断できます。本文には、事業内容、取扱製品、取引実績、希望取引先などが分かりやすくまとめられています。

3)幅広い相手と商談を行う

商談の申し込みを行う場合や、申し込まれた商談に対して了承するか否かを判断する場合は、自社のニーズに合っているか否かということを厳格に判断するのではなく、「参考になりそうな企業、面白そうと思う企業であれば、商談を申し込む(商談の申し込みを了承する)」というイメージで間口を広くするようにしましょう。

以上(2020年11月)

pj70023
画像:pixabay

リアル商談会に参加してビジネスの可能性を広げよう~商談会の概要~

書いてあること

  • 主な読者:商談会への参加を検討する経営者
  • 課題:商談会に参加したことがないので不安。何を準備したらいいかも分からない
  • 解決策:まずは、商談会の種類や特徴を知る。事前・当日・後日など時系列でどのようなことが必要か整理することも大切

1 商談会に参加してビジネスチャンスをつかもう!

商談会の主催者やスタイルはさまざまです。例えば、一般的には自治体や商工会議所、金融機関、コンサルティング会社などが主催するものが挙げられます。さらに、本稿で取り上げるのは実際に会場に出展・参加する「リアル商談会」ですが、今年2020年は、インターネット上での「オンライン商談会」「ウェブ展示会」も数多く開催されるようになっています。

商談会で、見込み先やアライアンス先候補と出会い、その後、最終的に取引につなげていくには、集客方法や商談会後のフォロー方法などについて、事前に準備することが大切です。本稿では、そうした準備をするために必要な基礎情報(商談会の種類、特徴など)をまとめていますので、商談会への参加を検討する際に、ぜひ、ご一読いただければと思います。

(注)開催されている商談会は「展示会」「ビジネスフェア」「ビジネスマッチング」など、さまざまな名称が用いられていますが、本稿では「商談会」として統一表記します。特別なことわりのない限り、本稿での「商談会」は「リアル商談会」を指しています。

2 商談会の来場者像を理解する

商談会への出展検討や、出展決定後の計画立案に際しては、まず、「来場者は何を目的に来るのか」という特徴を認識しておきましょう。

商談会では、「商談会で具体的な商談をしたい」「その場で、製品の購入先を決定したい」といった来場者は多くはありません。新製品、関連業界、競合他社などの情報収集を目的とした来場者がほとんどです。

例えば、「自社が販売できるような目新しい製品はないか」「最近の業界のトレンドはどのようなものか」「競合他社はどのような製品を展示しているか」といった意識で来場しています。こうした来場者は、事前に興味のあるブースをいくつか決めており、それらのブースを中心に会場全体を見学します。

ただし、興味のあるブースを見つけても、通常はその場では担当者の説明を立ち話程度で聞いたり、資料をもらったりして会社に帰ります。そして、社内でじっくりと検討し、本当に興味のある会社に対しては、改めて連絡を取り、商談に至るというケースが多いようです。

3 商談会の特徴と参加目的の検討

1)商談会の種類を把握する

商談会への参加を検討する際には、来場者の特徴などを把握し、自社の目的に合った商談会を選ぶようにする必要があります。ここでは、商談会の分類例を見てみましょう。

1.出展企業の立地と業種による分類

商談会の特徴は、出展企業の立地と業種によって大まかに分類することができます。出展企業の特性に基づく商談会の分類は次の通りです(あくまで一例です)。

画像1

この図表1は、従来の一般的な内容をまとめたものですが、今は状況が変わってきています。例えば、これまで、全国各地から企業が出展・参加する「全国-総合型」「全国-業種特化型」は、規模が大きく、東京や大阪といった大都市での開催が多いのが一般的でした。

しかし、最近では、新型コロナウイルス感染症対策などの面でも、オンライン商談会が定着してきているため、全国区=大都市開催という常識は、変わりつつあります。むしろ、リアルで開催する商談会の場合には、「実際に会場に行くなら、東京や大阪などへ出かけていくより、地元や近場開催のほうがよい」という人も多いかもしれません。今後、立地や業種によって商談会を分類するやり方については、見直していく必要があるでしょう。

2.ターゲットによる分類

業種による分類と似ていますが、「誰(どの地域の企業)に向けてアピールする商談会か」というターゲットを明確にしている商談会があります。分かりやすいところでいえば、海外市場などが挙げられます。その他、特定業界や特定の職種(バイヤー向け、人事担当者向けなど)をターゲットにしているケースもあります。

2)商談会への出展目的を明確にしよう

商談会の主な特徴は次の通りです。

画像2

これは、一般的な特徴を整理したものです。出展を検討する際には、各商談会の特徴を把握した上で、例えば、「営業エリアなどの活動地域が限られているので、自社の活動地域を対象にした『特定地域型』の商談会に出展する」といったように、自社の目的や予算に合った商談会を選択するようにしましょう。

4 商談会への参加に際して検討・実施すべき主な事項

商談会への出展に際しては、ここまで紹介した点を勘案しながら、計画的に準備を進めていきます。商談会の事前準備から終了後に検討・実施すべき主な事項は次の通りです。

画像3

以上(2020年11月)

pj70041
画像:unsplash

リモートワーク導入時に再確認 固定資産管理を徹底しよう

書いてあること

  • 主な読者:固定資産管理が曖昧な中小企業の経理や総務担当者
  • 課題:固定資産管理が徹底されていないと、会計・税務のミスや、無駄な支出につながる恐れがある
  • 解決策:帳簿管理と現物管理を徹底することで、適切な会計処理や、固定資産税の節約ができる可能性がある

1 固定資産管理が必要な理由

1)会計上、事業を行った上での諸問題

在宅勤務の広がりにより、パソコンなど会社の固定資産が社外に持ち出される機会が増える中、固定資産管理の重要性が高まっています。特に中小企業においては、固定資産管理に十分に手が回らず、固定資産台帳に載っているのに現物がないケースや、現物があるのに固定資産台帳に載っていないケースがよく見られます。

会社の固定資産管理が適切に行われていない場合、会社として固定資産の紛失や故障などを把握できず、会計上の影響はもとより、事業を行っていく上でもさまざまな問題が生じます。

まず、固定資産周りの会計処理(減価償却など)が実態と異なってしまうことにより、会社の決算や法人税などの計算に誤りが生じる恐れがあります。また、必要ない固定資産や処分済みの固定資産を資産計上し続けている場合、固定資産税を過大に支払ってしまうこともあります。なぜなら、固定資産税は、毎年1月に会社が会計上の固定資産をもとに作成し、市町村に提出する償却資産申告書により計算されるからです。

事業を行っていく上でも、すでに会社にある固定資産を重複して購入してしまうなど無駄な出費や、紛失・盗難に気付かないといった問題が生じる可能性があります。

2)在宅勤務により増える会社資産の家庭内使用

在宅勤務により、外部への資産持ち出し(家庭内使用)が増える中で、従業員が会社の資産を使っていることの意識が薄い可能性もあります。例えば、会社から貸与されているパソコンを私用で使ったり、従業員が退職時に貸与されているパソコンを返却せず、会社側もそれに気付かず私物化してしまったりすることがあり得ます。会社の資産を使っているということを従業員へ認識してもらうことも、適切な固定資産管理を行うために大切です。

2 固定資産管理のイロハ

固定資産管理には、主に帳簿管理と現物管理があります。

画像1

1)帳簿管理

帳簿管理では、固定資産台帳を作成します。固定資産台帳の記載内容は特に決められているわけではありません。一般的に次のような項目があればよいでしょう。

  • 管理番号、資産名、管理部門、設置場所、取得年月日、数量、取得価額、耐用年数、償却方法、期首帳簿価額、当期減価償却額、期末帳簿価額、減価償却累計額

重要なのは固定資産台帳の記録ルールの徹底です。固定資産の取得時、移動時、処分時には、社内稟議(りんぎ)や許可申請を行うなど、必要な申請手続きをとるようにしましょう(詳細は後述)。

よく見られる事例は、減価償却資産については台帳を作成しているものの、減価償却の対象外である固定資産については台帳を作成していないケースです。適切な固定資産管理のためには、減価償却の対象外である固定資産(減価償却が終了している固定資産など)についても、台帳に記載する必要があります。

また、管理が徹底されていない事例として、取得時の記載漏れはないとしても、移動や処分については手続きが不十分で、設置場所が不明になっていたり、処分済みの固定資産が台帳に載ったままであったりするケースがあります。

リース資産を使用している場合には、リース資産台帳を作成します。主な記載内容は次の通りです。

  • 管理番号、資産名、管理部門、設置場所、数量、契約開始日、契約終了日、支払回数、支払間隔、支払リース料、リース料総額

なお、小規模な会社であれば、固定資産台帳やリース資産台帳はエクセルで作成していることが多いですが、固定資産管理業務が煩雑になるようなら、費用対効果を勘案してシステムの導入を検討することをお勧めします。

2)現物管理

現物管理の主な内容には、固定資産現物への管理ラベルの貼付があります。管理ラベルには資産の品目名や管理番号などを記載することで、固定資産台帳と照合できるようにします。なお、管理ラベル自体は、市販されているものを利用するといいでしょう。

また、年に1~2回程度で現物実査を行います。現物実査では固定資産台帳と現物との突合を行い、合わないものがあればその原因を調べます。なお、現物実査ではあるかないかだけを調べるのではなく、現物の状態も確認し、処分する必要がないかなどを検討します。

中小企業では、この現物実査が不十分なケースが多く、税務調査などで初めて固定資産の紛失や廃棄が発見されることがあります。現場と経理などの部署間の電話連絡や申請書ベースのコミュニケーションだけでは、どうしても漏れが生じることがあります。現場に足を運び、実物を確認することは大切です。

3)より効率的に行うために

固定資産管理をより効率的に行うためには、固定資産管理規程を整備するなど、管理ルールを作成し、担当者に対して周知徹底する必要があります。発注、検収、移動、処分ごとに担当者を分け、権限や責任を明確にする(職務分掌)などのルールを作り、社内で共有しましょう。中小企業の場合は、人手の問題から業務分担がこの通りにできないこともあります。その場合は、最低限「入り(取得)」と「出(廃棄や売却など)」は別の担当者を設けるなど、適切な固定資産管理に加え、社内不正を予防するためのルールを考えるようにしましょう。

以上(2020年11月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

pj35096
画像:pixabay