新商品を開発するに当たっての一般的なプロセス

書いてあること

  • 主な読者:製品開発の新任担当者
  • 課題:新製品を開発するためのアイデアの出し方やマーケティングの方法を知りたい
  • 解決策:新商品開発の一般的なプロセスと、それに伴うマーケティング分析や販路の確保について解説する

1 新商品開発のプロセス

1)アイデア

新商品は、開発を目的にアイデアを創出するケースと、思いついたアイデアを基に新商品を開発するケースがあります。

前者の場合、ある一定期間を設けてアイデアをスタッフから募ったり、ブレーンストーミングなどの手法でアイデアを集めるのが一般的です。後者の場合は、アイデアを出そうと思って考えたわけでなく、「こんな商品があったら売れるのでは?」という偶然のアイデアから商品を開発するものです。

しかし、いざアイデアを捻り出そうと思ってもなかなか良いアイデアは浮かばないものです。そのため、社内で「提案制度」などを設けて定期的にアイデアを募集する体制が求められます。

また、アイデアの創出という意味では、顧客のニーズを取り入れることも重要です。クレームなどをデータベース化して商品開発のアイデアとして利用したり、消費者調査などを通じて「消費者の生の声」を集めるようにするのもよいでしょう。また、近年では小売業とメーカーなどの異業種が情報やノウハウを共有して共同で商品開発を行うケースも見られます。

2)マーケット分析

新商品のアイデアが出そろい、どのアイデアを採用するのかという段階では、それぞれのアイデアのマーケット分析を行います。「市場・顧客の動向」「競合他社の商品」「自社の経営資源」などの分析を行い、一番良いアイデアを選定します。

その際、「消費者へのアンケート調査」などを実施して好評だったアイデアを選ぶのも一つの方法ですが、自社に市場分析を行うノウハウがない場合は、外部へのアウトソーシングを検討するとよいでしょう。

3)企画

この段階では、各種スケジュールや予算、製造方法などを企画します。具体的には「試作品」「消費者モニター」「販売代理店募集」「製造」「営業」「販売日」などのスケジュールを立てるとともに、「開発費」「材料費」「労務費」「経費」などのコスト算出や、「外注先の選定」などの製造方法を検討します。同時にそれぞれの項目ごとに、スケジュール、予算、品質などの管理責任者を決めます。

また、できれば企画の段階で、「販売数の見込み」とともに、開発費、材料費、人件費などを考慮に入れた「利益の見込み」も立てておきたいものです。その結果、どうしても利益の確保が望めないということが分かれば、商品化を見送ります。

4)開発

開発の段階では、まず仕様書を作成し、それを基に試作品を完成させます。試作品はなるべく完成品に近いものが望ましいのですが、ここで問題となるのは製造コストです。いくら良いものでも製造コストが多大にかかるのであれば大量生産ができません。大量生産を念頭において材料・素材の選定を行い、場合によっては外注を検討します。自社の技術レベルや機材の有無によっては外注の方が結果的に安く上がることも少なくありません。

いかに製造コストを下げることができるのかという点を踏まえながら開発することが重要です。

5)テストマーケティング

試作品が出来上がったら、その商品が本当に計画通りに売れるのかどうかを検証します。消費者モニターのほか、限られた地域での市場テストや営業テストなどを行い、予想通りの販売が見込めるのかを調べます。

その際、期待通りまたは期待以上の販売結果が得られれば、すぐにでも商品化し、全国に向けて販売することができます。逆に期待通りの結果を得られなかったときは、たとえ企画の段階で売れるという結果が出ても「実際は売れない」と割り切り、商品化は見送るべきでしょう。ここまでの開発費は無駄になりますが、売れない商品を市場に導入する意味はありません。再度アイデアまたは企画の段階からやり直します。

6)商品化

テストマーケティングが終了したら、いよいよ商品化となります。大量生産を踏まえた製造方法の確立、パッケージの選定、広告戦略の推進などを行い、販売を開始します。

その際、商品の種類にもよりますが、流通ルートの開拓も重要となります。企画の段階で定めていた営業方法のほかに、代理店の選定や特殊なルートでの販売方法など、さまざまな拡販方法を推進します。

また、顧客へのアフターフォローの仕方や、クレーム処理の対処方法などもこの段階で明確にしておきます。

7)販売後のフォロー

販売を開始した後は、ただ売ればよいというわけではありません。顧客からのクレームや意見を集め、商品の仕様やパッケージの見直しを図ります。

2 マーケティング分析と販路の確保

新商品の開発に当たっては、正確なマーケット分析とともに、販路の確保が重要です。

通常、新商品というと、次のような商品に分類できます。

  • 今までにない全く新しい商品
  • 他社では販売しているが自社にとっては初めて生産する商品
  • 既存商品に何らかの改良を加えた商品

それぞれの分類ごとにマーケット分析や販路確保の手法は異なってきます。また、商品のライフサイクルによっても商品の仕様やコンセプトを変更する必要があります。

以降では、新商品を開発・販売する上で留意することをまとめます。

1)今までにない全く新しい商品

今までにない全く新しい商品を開発して販売する場合、その市場規模は未知数となります。商品を購入する消費者の「年齢層」「性別」「嗜好」のほか、「デザイン」「販路」「年間販売量」「将来性」などを考慮し、確実に売れることが見込めた段階で参入することが求められます。これらのノウハウを自社が持っている場合は問題ありませんが、そうでない場合は自社のノウハウだけに頼らず、次のような業種と協力することによって商品を企画していくことが近道になるかもしれません。

  • 商品企画会社(売れる商品の企画)
  • リサーチ会社(消費者へのアンケート調査やマーケット分析)

これらの中で最も頼りにすべきは、商品企画会社(企画デザインプロダクション)です。リサーチ会社の場合、それぞれの商品に対して調査や分析を行うのが仕事であり、売れるかどうかの見込みはあくまで予想となります。参考とはなるものの、実際の販路開拓は期待できません。

一方、商品企画会社の中には強力な販路を持ち、その販路での売り上げが期待できる商品を企画している会社もあります。そのような商品企画会社と提携し、将来的には自社で企画開発ができるようにノウハウを吸収することが大切です。なお、優れた商品企画会社を見つけるためには、今までの実績のほか、「具体的な販路を提示できるか」が重要なポイントとなります。

商品企画が決定した後は、販路を探すこととなります。販路はできれば企画の段階で見込みを立てておくことが望ましく、「このような商品があったら取り扱ってくれますか」といった問い合わせをするとともに、「○○円以下であれば○○個発注してもよい」というレベルの販路をいくつか開拓し、確実に採算が合うと判断できた段階で商品化することが求められます。

なお、今までにない全く新しい商品を開発して販売する場合、当初は、価格競争に巻き込まれることはなく、価格も強気に設定できます。しかし、競合商品が現れたときにはさらなる高付加価値化や生産コストの見直しによる低価格化が必要となります。競合商品の動向を見据え、常に売れる商品開発を行うことが大切です。

2)他社では販売しているが自社にとっては初めて生産する商品

他社では販売しているが自社にとっては初めて生産する商品の場合、既存市場への参入となるため、市場の把握はもとより、消費者へのアンケート調査が重要となります。「他社商品と比べてどう思うか」「いくらなら購入するのか」などという商品そのもののアンケートのほか、「パッケージのデザイン」「購買意欲をそそるキャッチコピー」など、十分な調査を重ねた上で商品化することとなります。できれば消費者アンケートの専門企業(リサーチ会社など)に依頼し、正確で客観的な情報を入手するとよいでしょう。

既存市場への新規参入は、通常「既存品よりも安くて良いもの」、「既存品よりも高いが付加価値が付いているもの」のいずれかを販売することになります。前者の場合は、商品1個当たりの利益は少なくなるので、大量に販売しなければ利益の確保が難しくなります。後者の場合は逆に高付加価値を前面に押し出し、なるべく商品1個当たりの利益が大きくなるようにすることが求められます。

販路に関しては、大手の販売店や問屋への営業のほか、通信販売やインターネット上での販売など、独自の販売ルートも検討したいものです。営業先の選定は、それぞれの業態や商品のカテゴリごとに業界団体を調べ、その業界団体から名簿を入手するのが早道となります。名簿を公表していない業界団体に関しては、大手企業を数社紹介してもらうなど、効率的な営業を心がけます。

3)既存商品に何らかの改良を加えた商品

既存商品に何らかの改良を加えたものを新商品として販売する場合は、従来のデザインやパッケージをそのまま踏襲するのではなく、何らかのリニューアルを加えたほうがよいでしょう。

もっとも、現在の売れ行き状況や、競合の度合いによってデザインやパッケージのリニューアル方法は異なってきます。

例えば、「市場でのシェアはナンバーワンだが、競合商品によって販売数が減少している」という商品の場合、何らかの改良を加えて商品の高付加価値化を図ることは非常に有効です。その際、商品が成長期にあるときは、機能強化や容量の増加、新材料の採用など、高付加価値化をアピールするにとどめ、大幅なリニューアルはしないほうが得策です。せっかく構築した認知度を下げてしまうことを避けるためです。

一方、商品が成熟期にあり、「買い換え需要を狙う」という状況の場合は、デザインやパッケージの大幅なリニューアルが効果的でしょう。商品の種類にもよりますが、新商品として販売すれば、競合商品よりも新鮮な商品であることをアピールできるからです。

以上(2018年10月)

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「価格戦略」の基本

書いてあること

  • 主な読者:価格決定をしなければならない経営者や担当者
  • 課題:価格設定を担当者の勘に任せてしまっている
  • 解決策:従来の価格設定法に加え、顧客が価格を決めるPWYW方式を紹介。また、価格戦略のポイントを解説する

1 なぜ同じ“食べ物”でも、価格改定の影響度合いが違うのか

2019年10月から消費税率が10%に引き上げられる一方、酒と外食などを除く食品全般は税率を8%に据え置く対象になっています。税率を8%に据え置く際に、特に注目を集めたのが「どこまでを外食として認めるのか」という点です。外食の場合、価格弾力性が大きいため、増税が需要を大きく減少させる可能性が高いからです。

価格弾力性とは、価格が1%上昇したときに、需要が何%減るかを表したものです。価格弾力性が1を下回る場合、価格の増減の変化の影響を受けにくく、1を上回ると、価格の増減の変化の影響を受けやすいとされます。

基本的には、価格弾力性の大きい商品は、他の商品で代替が可能であり、所得と比べて支出割合が大きい傾向にあります。そのため、値上げが難しく、値下げが効果的だとされています。

一方、価格弾力性の小さい商品は、他の商品で代替することが難しく、所得に対する支出と比べて支出割合が小さい傾向にあります。そのため、比較的値上げが受け入れられやすく、値下げしてもそれほど大きな効果が無いとされます。

総務省「家計調査(2018年)」を見ると、「外食」は1.908と1を上回っています(注)。なお、同じ食べ物でも、生活必需品である「食料」は0.625であり、値上げをしても外食ほど大きな影響は受けない可能性があります。

価格設定は、単に「安ければよい」というわけではなく、商品の特性を踏まえ、自社の利益が確保できる、適正な価格を検討することが重要です。

なお、いずれの価格設定法も一長一短があるため、企業では商品特性や顧客のニーズ、自社の販売戦略などを勘案しつつ、複数の方法を用いながら、価格を検討するのが一般的です。

(注)総務省「家計調査(2018年)」より「支出弾力性」を紹介しています。「食料」には「外食」を含めて「穀類」「肉類」などが含まれます。

2 基本的な価格設定法

1)コスト志向の価格設定法

コストを基本に置き、企業が安定した利益を得ることを目的として価格を設定する方法です。

1.コストプラス法(原価加算法)

商品のコストに、一定の利益率または利益額を加えて価格を設定します。

2.マークアップ法

卸売業者・小売業者が売価を決めるために使う方法です。仕入れ原価にある一定の利益率または利益額を加えて価格を設定します。

3.目標収益法

損益分岐点分析を利用した方法です。企業の目標とする投資収益率(ROI:Return On Investment)を実現できるように価格を設定します。

2)競争志向的な価格設定法

市場に既に出回っている商品や競合企業の価格を基準とし、それを模倣したり、基準よりも少し下げたりして自社の価格を設定します。

3)需要志向的な価格設定法

顧客側の事情を勘案して、自社の価格を設定する方法です。

1.知覚価値型価格設定法

マーケティング調査などによって、「いくらなら購入するか」などを顧客に聞いて自社の価格を設定する方法です。原価が顧客の希望する価格よりも高い場合は、コストカットや仕様の見直しなどを行い、その価格帯に原価を近づけます。

2.需要価格設定法

市場セグメントごとに、価格を変化させる方法です。顧客層(学割など)、時間帯(早朝割引など)、場所(グリーン車など)によって、異なった価格を設定します。

3.心理的価格設定法

「498円」などの端数を用いたり、「ジュースは1本130円」といったよくある価格や、ある商品に対して持つ顧客の心理的反応・知覚に基づいて設定する方法です。

4)戦略的な価格設定法

商品単体の価格設定を考える際の基本的な方法は前述の通りですが、この他にも、戦略的な視点から価格を検討する方法もあります。代表的なものは、新商品の価格設定法である、スキミングプライスとペネトレーションプライスです。スキミングプライスは、高価格を設定し、早期に開発コストなどを回収する方法です。一方、ペネトレーションプライスは低価格を設定し、市場シェアの獲得を目指す方法です。

この他にも、「複数商品のセット価格を単品価格の合計よりも安くする」といったように、複数商品を考慮した価格設定法などがあります。

3 顧客に価格を決めてもらうPWYW方式

前述のような価格設定法は、以前から見られるものですが、売り上げや収益を最大化するために、多くの企業では最適な価格を求めてさまざまな工夫を行っています。

例えば、比較的新しい価格設定法の1つに「ペイ・ワット・ユー・ウォント(ペイ・アズ・ユー・ウィッシュともいわれます。以下「PWYW」)方式」があります。この方法は、「顧客が価格を決める=価値に見合うだけの価格を支払う」というものです。世界的に人気のあるロックバンドが、この方式を使って新作アルバムをiTunes上で発売したことから話題になりました。日本では愛知県のはづ別館が導入しています(前日までの予約客のみが対象です。あらかじめ料金が設定されている日があるなど例外もあります)。 最近では、衣料品通販サイト「ゾゾタウン」を運営するZOZOが、商品の配送時に掛かる送料を顧客が自由に設定できる「送料自由」を試験導入しました。その結果、送料として設定された金額の平均は、税込みで96円で、送料が0円で設定された割合は43%に達しました。この結果を受けて、同社は通常配送の送料を税込みで一律200円に改訂しました。

「PWYW方式では、利益が確保できないのでは?」と思いがちですが、一部の企業ではPWYW方式で成功を収め、同等の商品に比べて高い価格を支払う人も多数いるようです。PWYW方式で成功している企業は、顧客から商品の価値を認められているからこそ、適正な利益を確保することができます。

なお、「顧客が認めた価値に見合うだけの価格を支払う」というPWYW方式の価格設定は、基本的にBtoCが対象であり、「できるだけ安く」という経済合理性が特に強く働くBtoBには適していません。また、PWYW方式は、飲食や宿泊、音楽や書籍といった経験や満足度など、実体の無い価値を提供している商品が適していて、形のある商品の場合、他の商品と価格比較が容易なので、買いたたかれてしまう可能性が高く、導入には向いていません。

4 Pepperに学ぶ価格戦略

1)Pepperの価格

ここでは、ソフトバンクが手掛けるロボット「Pepper(ペッパー)」の事例を紹介します。

現在、Pepperは、個人・法人の双方が利用できる「Pepper(一般販売モデル)」と、法人のみの「Pepper for Biz(法人向けモデル)」がありますが、ここでは一般販売モデルを取り上げます。

【一般販売モデル(本体のみ購入可能・価格は全て税抜き)】

  • 本体:19万8000円
  • サービスなど(任意加入・クラウドサービスなど+保険・最低36カ月の契約が必要):2万4600円(月額)×36カ月=88万5600円
  • 合計:108万3600円

2)市場に浸透させるための戦略的な価格設定

発売当初のPepperは、ペネトレーションプライスを設定しています。孫正義社長がPepper発表の記者会見の際、19万8000円の販売価格は「製造台数が少ないこともあり、現状では製造コスト以下だ」と発言しているように、本体のみの販売では赤字になるような価格設定をしていました。

Pepperは2015年に発売され、クラウドサービスや保険などのプランの契約期間が3年で更新されます。Pepperを開発・販売するソフトバンク傘下のソフトバンクロボティックスによると、大半の利用者が契約の更新をしているそうです。

ソフトバンクは、コスト以下であっても価格を抑えて、まずは市場シェアを獲得することを最優先としたマーケティング目標にしているのでしょう。

5 BtoCとは異なるBtoBの価格戦略

1)BtoBの価格設定の特徴

本稿で紹介してきた内容は、BtoCの価格戦略を前提としています。一方、BtoBにおける価格設定は、BtoCとは異なり、価格を公表しないことが多くなります。これは取引金額が多額になること、取引関係が継続的になることなどから、次のような点を考慮しながら、購入先と個別に交渉して価格を決定するためです。

  • 商品の仕様
  • 販売数量
  • 取引条件(支払時期・方法、納期、納品方法、販売後の保証など)
  • 過去および現在の取引実績
  • 今後の取引数量・継続の可能性
  • 購入者との力関係や依存度
  • 販売先の予算
  • 競合する商品の価格

これらの点を考慮して価格を決定するため、同一の仕様・販売数量・取引条件であっても、実際の販売価格は販売先によって異なることがあります。また、今回、販売することによって、今後、多額の取引が見込める場合などは、商品を購入してもらうことを優先するために、大幅な赤字となる価格で販売することもあります。

交渉によって価格を決定する場合は、原価を把握しておく、BtoCと同様の方法で社内的な基準価格、取引数量と割引率などを明示した標準的な割引表、取引数量などを基にした最終決裁者を決めておくなど、実際の販売価格をスムーズに検討するための資料や規定を作成しておくとよいでしょう。

2)価格を公表するか否かの基準

BtoBの商品であっても、価格を公表したほうがよい商品もあります。具体的には、次のような商品は、個別交渉に掛かる手間やコストの削減などを勘案し、価格の公表を検討してもよいでしょう。

  • 取引金額が少額になる商品
  • 仕様や取引条件を標準化できる商品
  • 販売先が多数にわたる商品

ただし、価格を公表すると、前述したような柔軟な価格設定を行いにくくなるので、慎重に検討する必要があります。例えば、購入者の予算などを勘案し、標準的な価格よりも高い価格で販売できる場合もありますが、価格を公表していると、こうした価格設定は難しくなります。

なお、価格を公表する場合は、基本的にはBtoCと同様の方法で価格を決定することになります。

6 今こそ、価格戦略を見直そう!

価格決定は、企業の収益を左右する重要な事柄です。とはいえ、重要であることは理解していても、体系的な価格戦略を持っている企業は限られているようです。

裏を返せば、多くの企業が「競合企業が値上げした」「顧客から値下げ要請があった」といった場面で慌てふためき、場当たり的な対応に終始しているのではないでしょうか。

例えば、社内の基準となる価格は、先達がマーケティング調査や顧客の声を反映して決めたものでしょうが、その内容は現在のビジネス状況に合致しているでしょうか。何年も前から改定されていないものであれば、再度マーケティング調査や顧客アンケートなどを実施して、改めて価格戦略について見直してみましょう。

以上(2019年4月)

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小さな会社でもアピールできる会社案内のアイデア集

書いてあること

  • 主な読者:「会社の名刺」として会社案内を作成したい経営者・担当者
  • 課題:取引先や顧客向けに会社案内が必要
  • 解決策:自社が属する「業界イメージ」などを踏まえて、「冊子の形状や色」「載せる内容」などを決定する

1 会社案内のコンセプト

「会社案内」は自社の“顔”です。住所や連絡先などの基本情報の他に、事業内容などを簡潔に記載することで、ウェブサイトと並び自社のことを知ってもらうための有効なツールになります。

新たに会社案内を制作する際は、まずはコンセプトを明確にしましょう。その際、業界の特徴を考慮することが大切です。例えば、介護・福祉業界の場合は「温かさや清潔感」といったように、消費者が各業界に期待しているイメージがあり、それを無視するのは得策ではありません。洗練されているとはいえ、介護・福祉業界の会社がデザイン会社のような会社案内を作成すると、介護・福祉サービスの利用者である高齢者などから敬遠されてしまう恐れがあるのです。

そのため、会社案内を作成する際は、同業他社の会社案内を入手するなどして、必ず次のような業界特有の雰囲気を確認しておきましょう。

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会社案内を構成する代表的な要素は「形、素材、色、内容」です。コンセプトから大きく逸脱することなく、これらの要素をうまく組み合わせながらオリジナルの会社案内を制作しましょう。

会社案内の制作代行サービスを行う会社に相談してみるのも一策です。各社ともノウハウ、価格、デザイン性、スピードなどそれぞれの持ち味を売りにしているようです。近年は紙媒体だけでなく、ウェブサイトや動画による会社案内とコラボレーションしたプランも提案してくれます。

2 会社案内のアイデア:形

よく見られるA4サイズの会社案内の形状はさまざまで、表紙と裏表紙に挟まれた見開きの形のものから、表紙と裏表紙を含めて数十ページを超えるものまであります。レストランのメニュー表のように細長い形状の会社案内もあります。また、細長い三つ折りのものなどもあり、その形状の例は次の通りです。こうした会社案内は、「センス良く見える」「スマートに見える」などの理由で人気があるようです。

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さらに楕円形や、表紙をくりぬいたものなど、さまざまな形状の会社案内があります。従来の形にとらわれない形状の例は次の通りです。

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図表3以外にも、例えば楽器メーカーの会社案内であればピアノの形状、住宅メーカーであれば表紙に長方形のドアが貼ってあり、ドアを開けて会社案内に「入っていく」ような形状などさまざまな例が考えられます。ただし、斬新な形状で目を引くものであっても、自社の事業内容との関係性が感じられないようでは意味がありません。

3 会社案内のアイデア:素材

会社案内で使用される紙質は、表面に光沢がありツルツルしている「コート紙」が中心ですが、この他にもさまざまな種類があります。面白い素材としては、和紙・わら半紙・段ボールなどがあります。また、紙以外では麻布などが使用されることもあります。

和紙やアルミ箔など一般的に会社案内には使われない素材をそのまま会社案内に使用すると、印刷コストが高くなったり、「読みにくい」「ページがめくりにくい」などの問題が出てきたりします。この場合、和紙などはそのまま使用するのではなく、コート紙などに和紙などの模様を印刷して和紙風にするなどの工夫をするとよいでしょう。

この他、梱包材やジグソーパズルなどをコート紙に印刷して背景や模様にすると、デザイン性の高いユニークな会社案内になります。

4 会社案内のアイデア:色

1)基本の配色パターン

会社案内にたくさんの色を使用すると、読み手は「楽しそう」という印象を持ちます。一方、使う色を減らせば、「落ち着いている」という印象を持つでしょう。同様に、配色のコントラスト(対照)がはっきりしていれば、読み手は「メリハリがある」という印象を持ちますし、同系色でまとめていれば「統一感がある」という印象を持つでしょう。

実際に会社案内を制作する際は、コンセプトに基づいた色使いをします。例えば次のように、最初からある程度、使用する色の方向性を決めておくとよいでしょう。

  • 明るい元気な色を中心:オレンジ、黄色、赤系統などの色
  • 爽やかな自然を感じさせる色を中心:緑、黄緑、茶系統などの色
  • クールさを感じさせる色を中心:青、水色、白、グレーなどの色

また、色の系統は次のような配色で考えることもできます。

2)コントラスト配色

色の明るさ、暗さなどのバランスで配色をまとめる方法です。例えば、黒に対してオレンジなどの対照的な色を組み合わせることによって、人目を引く効果が期待できます。チラシや看板広告などによく用いられる配色です。

3)アクセント配色

コントラスト配色と類似したイメージですが、似たような色使いの中にアクセントとなる色を配色することで、目立たせる効果があります。例えば、薄い緑色と薄い黄緑色をベースに、目立たせたい部分にオレンジや黒などの強い色をアクセントカラーとして配色すると、見た目が引き締まります。

4)優しい配色

パステル調の淡い配色でまとめると、全体的に優しい雰囲気に仕上がります。例えば淡い黄色、淡いピンク色、淡い水色、白などを基調としてまとめる方法です。

5)鮮やかな配色

ビビッドカラー(他の色の混ざっていない純粋な赤、青、緑などの鮮やかな色)の配色でまとめる方法です。純粋な強い色はビビッドの名の通り鮮やかに目に飛び込んでくるため、イベントのチラシやショーウインドーなどによく見かけられます。ただし、ビビッドカラーを使用する際に注意したいのは、それだけでまとめてしまうと全てが鮮やかになってしまい、目立たせたい部分が埋もれてしまう恐れがあることです。ビビッドカラーを効果的に使用したい場合には、淡い色などと組み合わせるほうがよいかもしれません。

6)配色パターンの応用編

配色パターンによって読み手の感じ方は変わります。会社案内を制作する際に、配色について勉強してみてもよいでしょう。

また、変わった色使いとしては、印刷会社などで本刷りする前に、校正・確認用に青くプリントアウトする「青焼き」という状態の印刷物をそのまま使用したり、昔の写真のようなセピア調でシックにまとめたりするなどの方法が考えられます。例えば、社屋や社屋周辺の地域の写真を全てセピア調にして、昔懐かしい風景に仕上げると面白いかもしれません。

5 会社案内のアイデア:内容

内容にはキャッチコピーや文章、写真などがあります。写真であれば社屋や代表者、また従業員一同の写真、研究開発装置や機械の写真などの他に、次のような案も考えられます。従業員一人一人に自由な意見を求めると、より幅広い意見が集まってくるでしょう。

  • 読み手が会社の入り口から入って社内を散策しているかのように、道順に沿った社内風景を写真で順番に掲載する
  • 会社の窓から見える四季折々の風景を掲載する

また、掲載する文章としては、事業概要や会社の沿革の他に、次のような内容を盛り込んでみるのもよいでしょう。

  • 機械や品種などの研究開発に関する秘話
  • 商品にまつわる小話や歴史
  • 従業員の座右の銘や尊敬する人物

会社案内の中で新商品を開発する際のアイデア募集の告知を行ったり、クーポン券やクジなどを付けたりしても面白いかもしれません。この他、自社・商品のキャッチコピーを工夫するとより効果的でしょう。キャッチコピーは、伝えたいことを簡潔かつ的確に表現するものであることが重要です。

6 さまざまなアイデア例

これまでに紹介してきた4つのアイデアをベースに、営業や採用など目的に合わせて工夫を凝らした会社案内を制作している会社が多くあります。そうした事例のいくつかを以下に紹介します。なお、現在さらにリニューアルなどが加えられ、表にまとめた形態とは異なるものもあります。

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7 会社案内は「自社の名刺」

今どきはウェブサイト上で自社の会社案内を紹介するのが一般的です。また、ツイッターやフェイスブックなど手軽に情報発信できるツールを活用して、自社のウェブサイトへのアクセスを促したり、商品やサービスの情報を公開したりする会社も増えています。広い意味で捉えると、こうした方法も会社案内の1つといえるでしょう。

会社案内は自社の“顔”であり、自社のことを知ってもらう「名刺」のようなものです。会社案内を制作する際には、コンセプトを明確にした上で、従業員それぞれがアイデアを持ち寄りながら、世界でたった1つの「名刺」を目指してみましょう。

以上(2018年4月)

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いまさら聞けない「のれん」の基礎知識

書いてあること

  • 主な読者:M&Aを検討している中小企業の経営者
  • 課題:「のれん」の実態や、財務上どのように影響するのか分からない
  • 解決策:のれんは超過収益力(買収価額と買収企業の純資産額の差額)をいい、財務上無形固定資産に計上する。税務上の取り扱いも要注意

1 「のれん」とは何か?

「のれん」とは、超過収益力を表したものとよくいわれます。会計的には、被取得企業または取得した事業の買収価額が、取得した資産および引き受けた負債の純額(以下、「純資産価額」)を超過する額と表現されます。図表1の通り、純資産価額を超過する買収価額のM&Aが成立するのは、そこに超過収益力の価値が含まれているためと考えられます。

なお、被取得企業または取得した事業の買収価額が純資産価額を下回ることもあり得ます。この場合の不足額は、「負ののれん」といわれ、マイナスの超過収益力として買収価額の算定に当たり減額要素となります。

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2 「のれん」はなぜ発生するのか?

M&Aにおける買収価額は、被取得企業または取得した事業の純資産価額と一致するとは限りません。買収価額は、被取得企業または取得した事業の資産および負債の買収時の時価評価額(以下、「時価純資産価額」)のみで決定されるものではなく、被取得企業または取得した事業の収益性・成長性、仕入先・販売先ルート、優れた営業力・技術力・人員、ブランド等の無形の価値も反映して決められるためです。

時価純資産価額に無形の価値を反映したものが買収価額となるため、この無形の価値が「のれん」として認識されることになります。

「負ののれん」の発生原因には、M&A実施後に大規模なリストラクチャリングに関連する費用の発生が見込まれる等、被取得企業または取得した事業に関連して発生する費用負担額を、買収価額の算定に当たって減額した場合等が考えられます。

●設例1

  • 被取得企業の貸借対照表(以下、「BS」)の純資産価額は10でした。これを時価評価した結果、保有する土地の時価が10増加していたため、時価純資産価額は20となりました。
    被取得企業の得意先には大口顧客が多く、今後も高い収益性が見込める状況です。
    買収価額が20であれば、時価純資産価額20と同額のため「のれん」は発生しません。
    買収価額が50であれば、高い収益性という無形の価値が反映されていると考えられ、時価純資産価額20を超過する30が「のれん」として認識されます。

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3 「のれん」の会計上の取扱い

「のれん」は無形固定資産に計上し、20年以内の効果の及ぶ期間にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却します。「のれん」の償却費は販売費及び一般管理費に計上します。実務上は、償却期間を5年とするケースが多く見受けられます。

償却期間を長く設定することで、1年当たりの償却負担額を少なくすることが可能ですが、「のれん」は減損会計の適用対象でもあるため、償却期間の途中に「のれん」の価値が損なわれた場合、一時に多額の減損損失を負担することもあります。

なお、「負ののれん」は発生した事業年度に全額を特別利益に計上することとなります。

●設例2

  • 設例1の「のれん」30を5年間で償却した場合、1年当たりの償却負担額は6となります(図表3、黒色の長い棒部分)。10年間で償却した場合、1年当たりの償却負担額は3となります(図表3、オレンジ色の短い棒部分)。
    償却する総額はいずれも30で同額ですが、5年間で償却した場合、前半の5年間は10年間で償却した場合より1年当たりの償却負担額は3多くなります。後半の5年間は1年当たりの償却負担額は3少なくなります。

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「のれん」を10年間で償却した場合、1年当たりの償却負担額は3(図表4、オレンジ色の短い棒部分)となりますが、5年目に「のれん」の価値が全部損なわれ、未償却残高15が全て減損損失となった場合、償却負担額3に加え減損損失15(図表4、赤色の長い棒部分)を一時に負担するため、5年目の損益に大きな影響を及ぼす懸念があります。「のれん」自体を個別に売却するのは困難であることを考慮すると、合理的に説明ができる範囲内で、なるべく短期間で償却することが健全な対応と考えられます。

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4 「のれん」の税務上の取扱い

純粋な第三者間による組織再編のような非適格組織再編において、組織再編の対価の額が移転を受けた資産および負債の時価純資産価額を超過する額を「資産調整勘定」として計上します。「資産調整勘定」は5年間にわたり月割りで均等に償却し、償却額は損金の額に算入します。また、組織再編の対価の額が移転を受けた資産および負債の時価純資産価額を下回る額は「差額負債調整勘定」として計上します。「差額負債調整勘定」も5年間にわたり月割りで均等に償却し、償却額は益金の額に算入します。

「資産調整勘定」は会計上の「のれん」に、「差額負債調整勘定」は会計上の「負ののれん」に対応する概念となります。ただし、会計および税務において、償却期間の考え方が異なっているため、同一の償却期間とならない場合、申告調整および税効果会計の適用が必要になります。

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5 M&Aを考える中小企業経営者が知っておきたい「のれん」に関するリスクと対策

前述の通り「のれん」は、被取得企業または取得した事業の無形の価値であり、買収価額と時価純資産価額の差額として把握されます。被取得企業または取得した事業を過大に評価した場合、割高な買収価額となり、結果として「のれん」も多額となります。この場合、被取得企業または取得した事業の収益力は買収時の見込みを下回ることが多く、「のれん」償却額に比較し十分な売上が確保できないばかりか、「のれん」の価値の毀損による減損損失の計上で、業績が圧迫されるリスクがあります。

このリスクを低減するためには、被取得企業または取得した事業を適切に評価した買収価額を算定することが何よりも重要です。以下は、中小企業におけるM&Aの実務で広く普及している主な買収価額の算定式です。

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算定式から分かる通り、時価純資産価額の算定に当たって資産および負債の時価評価を適切に実施する必要があります。また、「のれん」の算定に当たっては、適切な営業利益の算定および妥当な倍率を判断することが欠かせません。

ただし、いずれの算定に当たっても専門的な技能を要する局面が多いことから、金額的重要性が乏しいM&Aを除き、公認会計士や税理士等による財務的・税務的なリスクの詳細調査(デューデリジェンス)を実施した上で判断することが、中小企業のM&Aにおいて効果的な対策と考えられます。

以上(2020年7月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 米山泰弘)

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経理担当者でも迷う社会保険の会計・税務処理を徹底解説

書いてあること

  • 主な読者:社会・労働保険の会計上の取り扱いの整理がしたい経理担当者
  • 課題:社会・労働保険は労務の分野であることに加え、保険の種類ごとに保険料の負担者や納期限などが異なるため、会計の処理が複雑でわかりにくい
  • 解決策:社会・労働保険の基礎知識をまとめ、事例を用いながら会計処理を解説する

1 社会・労働保険と会計処理

多くの中小企業は、独立した経理部門や人事部門を設置していません。しかし、労務、会計、税務の業務は少しずつ重なるため、担当者は幅広い知識を持っていないとスムーズに業務を処理できません。

例えば、社会・労働保険は労務の分野であることに加え、保険の種類ごとに保険料の負担者や納期限などが異なるため、会計の処理が複雑になります。また、保険料を損金算入するタイミング、つまり税務上の注意が必要です。

ここでは、中小企業の担当者が迷いがちな社会・労働保険の会計処理についての流れを紹介します。

2 社会・労働保険の基礎知識

1)社会保険

社会保険とは、健康保険、厚生年金保険、介護保険をいいます。社会保険は、被保険者の月額報酬(会社から受ける毎月の給与など)を区切りのよい幅で区分した「標準報酬月額」を設定し、この標準報酬月額に基づいて保険料の額を計算します(注)。

標準報酬月額の算定方法には毎年1回行う「定時決定」、昇給などにより標準報酬月額が大幅に変動した場合に行う「随時改定」などがあります。

なお、社会保険料は、毎月、会社と従業員が半分ずつ負担します。従業員負担分については、会社が給与から徴収し、会社負担分と併せて発生月の翌月末に納付(10月保険料の場合は、11月末日)します。

(注)賞与が支給される場合、賞与分は「標準賞与額」に基づき保険料を計算します。

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2)労働保険

労働保険とは、雇用保険、労災保険をいいます。労働保険は、一般的な事業の場合、毎年4月1日から翌年3月31日までに対象となる被保険者に支払った賃金総額に保険料率を乗じて算出します。申告手続きの際は、労働保険に加えて石綿健康被害救済法に基づく一般拠出金(確定分のみ)の申告も同時に行います。

保険料は算定期間の初めに賃金総額の見込額を基に「概算保険料」を算出して申告・納付します。その後、算定期間終了後における実際の賃金総額を基に確定保険料の申告を行い、概算保険料との差額分を精算します(以下「年度更新」)。

年度更新は、原則として年1回、6月1日から7月10日までの間に行われます。ただし、次のいずれかの場合には年3回の分割納付が認められています。

  • 概算保険料が40万円(労災保険か雇用保険のどちらか一方の保険関係のみ成立している場合は20万円)以上の場合
  • 労働保険事務組合に労働保険事務を委託している場合

なお、雇用保険料は会社と従業員が一定の割合で双方負担しますが、労災保険料については全額会社が負担します。

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3 会計上の取り扱い

1)社会保険料の取り扱い

社会保険料の会計処理の方法は、預り金(負債)として処理する方法と、従業員負担分を法定福利費(費用)のマイナスとして処理する方法とに大別されます。それぞれの方法で処理した場合の社会保険料の発生月、給与支給日、社会保険料の納付月の会計処理を紹介します。

なお、それぞれの事例の前提として、10月分の社会保険料を500万円(会社と従業員で折半)とします。また、社会保険料の取り扱い以外の項目については簡略して紹介します。勘定科目については、会社ごとに異なる場合があります。

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2)労働保険料の取り扱い

労働保険は毎年7月に納付する概算保険料と確定保険料の差額の調整が必要です。なお、労働保険のうち、雇用保険の会計処理の方法は、概算保険料を納付時に資産で処理する方法と、納付時に法定福利費(費用)で処理する方法とに大別されます。

ここでは、概算保険料納付時、会社負担分の月次計上時、給与支給日、翌年の年度更新時の会計処理を紹介します。なお、概算保険料を納付時に資産計上する方法においては、翌年の年度更新時に確定保険料が概算保険料を上回った場合と、下回った場合(次期の概算保険料納付額に充当する方法と還付を受ける方法)において、処理が異なるため注意してください。

それぞれの事例は前提として、2019年7月に算定した概算保険料250万円(うち、従業員負担分の雇用保険料が60万円)とします。また、労働保険料の取り扱い以外の項目については、簡略して紹介しています。勘定科目については、会社ごとに異なる場合があります。

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4 税務上の取り扱い

1)税務上の考え方

社会・労働保険料ともに、会社負担分の金額については損金(税務上の費用)に算入でき、従業員負担分については損金に算入することはできません。

税務上の取り扱いで注意すべきなのは、会社負担分を損金に算入するタイミングです。社会・労働保険料は、発生時期と納付時期が一致しなかったり、概算額を計上したりするため、会計上、未払費用勘定や前払費用勘定などを用いて処理しました。税務上、損金に算入するためには、原則、債務が法律的に確定していなければなりません。つまり、いつの時点で社会・労働保険料が税法上確定していると見なされるのかが重要なポイントとなります。

2)社会保険料の損金算入時期

社会保険料は、その算定の対象となった月の末日が属する事業年度に損金に算入することができます。つまり、10月の社会保険料であれば、10月31日が事業年度内にあるかどうかがポイントとなります。

注意が必要なのは、決算月の取り扱いです。例えば、3月末決算法人であった場合、3月の社会保険料の算定の対象となった月末は3月31日であるため、その事業年度の損金に算入することができます。ただし、決算日が月末ではなく、月の中途である場合(例えば3月20日など)には、3月の社会保険料はその事業年度の損金に算入することはできません。

3)労働保険料の損金算入時期

労働保険料は、概算保険料、概算保険料と確定保険料の差額について、それぞれ損金算入時期が決められています。

概算保険料については、申告書を提出した日または納付日の属する事業年度に損金に算入することができます。原則的には、6月1日から7月10日までの間のいずれかの日(申告または納付した日)となります。なお、一定の要件を満たし、分割納付の適用を受けている会社はそれぞれ納付した日となります。

概算保険料と確定保険料の差額については、申告書を提出した日、または不足額を納付した日の属する事業年度の損金に算入することができます。原則的には、6月1日から7月10日までの間のいずれかの日(申告または納付した日)となります。

以上(2019年10月)
(監修 税理士法人コレド会計 税理士 石田和也)
(監修 社会保険労務士コレド事務所 社会保険労務士 古田美奈子)

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これだけ押さえて! 「民法改正」の要点

書いてあること

  • 主な読者:2020年4月に改正された民法。そのポイントを知りたい経営者
  • 課題:改正の断片的な情報しか掴んでいない。契約にどのような影響が出そうなのか? など自社に必要な対応の目星がつかない
  • 解決策:本稿で改正のあらましを押さえて、自社に必要な対応の検討材料とする

2020年4月に民法が改正されました。よく話題になるのが「瑕疵担保責任」の言葉が無くなった点です。既存の契約では、瑕疵担保責任の条項を盛り込んでいる場合も多いと思いますが、今後(改正後)の契約では、どのような内容にすればよいのでしょうか。

瑕疵担保責任を含めて改正民法では多岐にわたる点が改正され、中には旧民法と比べて要件・効果に変更が生じたものもあります。自社の契約のどの部分に見直しが必要? などの疑問を解消するためにも、まずは改正のあらましを押さえて、対応を検討しましょう。

1 個人保証人の保護が拡充された保証債務

保証に関する規定は、改正の主要なテーマの1つです。本稿では大枠のみをお伝えすることになりますが、大きく2つのポイントを挙げると、1.個人の包括根保証や事業用融資における第三者保証の制限、2.保証契約締結時の情報提供義務になります。

1)個人の包括根保証や事業用融資における第三者保証の制限

改正民法は、これまで規定されていた個人貸金等根保証契約に限らず、個人が行う根保証契約全て(一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約であって、保証人が法人でないもの)について極度額を付すことが求められ、極度額の定めがなければ根保証契約が無効になります。

そのため、これまで極度額が付されていないことも多かった次の契約では、注意が必要になります。

  • 不動産の賃借人が賃貸借契約に基づいて負担する債務一切を保証する保証契約
  • 企業の代表者が保証人となり当該企業が負う債務等を保証する保証契約
  • 介護施設等への入居者が負う各種債務を保証する保証契約

その他、個人的な義理等から安易に保証人になった結果、想定外の多額の保証債務の履行を求められ、保証人の生活が破綻するような事例が少なからず存在していました。かかる保証人を保護する必要性から、改正民法では、事業用融資(事業のために負担した貸金等債務)について、第三者が個人保証をする場合には、当該保証契約締結の日前1カ月以内に作成された公正証書において、保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思表示をしていなければ、保証契約の効力は生じないと定められました(ただし、主債務者が法人の場合における理事や取締役等、一定の場合は除かれます)。

2)保証契約締結時の情報提供義務

さらに、保証人に対して適切な情報を提供することで、保証人が履行義務を負う可能性をなるべく具体的に把握できるように、主たる債務者の財産状況やその他の債務の履行状況などについて情報提供を義務付ける規定が新設されました。主たる債務者がかかる情報提供義務に違反した場合には、保証人が保証契約を取消すことができる規定も設けられました(改正民法第465条の10第2項)。

2 新設された定型約款

さまざまな場面で使われる定型的な取引条項である約款のうち、次の要件を満たす約款は、「定型約款」として改正民法上の規定の適用を受けます。

  • 特定の者が、不特定多数を相手方とする取引で
  • 取引内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的なもので
  • 契約内容とすることを目的として上記特定の者により準備された条項の総体

例えば、鉄道・バスの運用約款、電気・ガス・水道の供給約款、インターネットサイトの利用規約などがこれに該当するといえるでしょう。

そして、定型約款であれば、次の要件のいずれかを満たす場合には、その内容を認識していなくても、定型約款の各条項に合意したものと見なされることになります。

  • 定型約款を契約内容とする旨の合意をした場合(改正民法第548条の2第1項第1号)
  • 定型約款を準備した者が、あらかじめその定型約款を契約内容とする旨を相手方に表示していた場合(同項第2号)

また、定型約款は次のいずれかに該当する場合には、一方的にその内容を変更することができます(改正民法第548条の4第1項)。なお、変更するにあたっては、効力発生時期を定め、定型約款を変更する旨および変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期を、適切な方法により周知しなければいけません(同条第2項)。

  • 変更が相手方の一般の利益に適合する場合
  • 変更が契約の目的に反せず、かつ変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無およびその内容その他の変更にかかる事情に照らして合理的なものである場合

このように「定型約款」に該当すると、改正民法ではさまざまな効力が認められます。そのため、対象となる約款が「定型約款」に該当するかどうかを判断する必要があります。

3 分かりやすくなった消滅時効

改正によって、時効期間はシンプルに統一され、次のように整理されました。また、時効に関する次の概念の意味が統一されました。

  • 時効の「更新」:一定の事由が発生することでそれまでの時効期間がリセットされ、新たな時効が進行する(時効期間のリセット)
  • 時効の「完成猶予」:一定の事由が発生した場合に一定期間時効の完成が猶予される

(注)改正民法では、新たに当事者間で権利に関する協議を行う旨の書面合意があるときは、時効の完成が猶予される規定が新設されました。

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4 利率の引き下げと緩やかな変動制の導入、商事法定利率が廃止された法定利率

旧民法では、民事法定利率は年5%でしたが、それが年3%に引き下げられるとともに、3年ごとに法定利率を見直す緩やかな変動制が導入されました。また、商事法定利率が廃止され、商行為によって生じた債務についても民法の規定が適用されます。

5 柔軟性が高まった債権譲渡

近年、債権譲渡を利用した資金調達が、特に中小企業において期待されています。しかし、旧民法においては譲渡制限特約が付されていると、譲受人がその特約につき悪意または重過失がある場合には債権譲渡が無効となると解されていたため、譲渡制限特約が債権譲渡の有用な利用において大きな阻害要因となっていました。

そこで、改正民法においては、譲渡制限特約につき悪意または重大な過失がある場合でも債権譲渡が有効とされました。もっとも、譲渡制限特約が付されていることで、自身の弁済先が転々と変更されてしまう債務者を保護するために、譲渡制限特約につき悪意または重大な過失がある譲受人その他の第三者に対しては、債務者はその債務の履行を拒むことができ、かつ、元の債権者(譲渡人)に対する弁済等を行うことで免責される規定も設けられました。

また、これまで実務上争いがあった将来債権の譲渡について、明文で認められました。

これらの規定により、これまでよりも債権譲渡を容易に行うことができるようになりました。

6 全面改定された瑕疵担保責任(契約不適合責任)

旧民法の規定において、一般的に理解が難しい用語として「瑕疵担保責任」という言葉がありました。言葉の意味もさることながら、特定物か不特定物かによって適用が異なったり、瑕疵担保責任として追及できる責任の内容に実務上争いがあったりするなど、国民一般に分かりにくい内容であることは否定できませんでした。

そこで、ルールを分かりやすく明確にする観点から、特定物か不特定物かを区別することなく、「契約の内容に適合しない」目的物を引き渡した場合に責任を負う形に改正されました(これまでの裁判例における「瑕疵」の解釈を見てみると、「瑕疵」=「契約の内容に適合しないこと」と考えられていた傾向がありますので、実務上大きな影響はないと思われます)。

その他、旧民法では瑕疵担保責任に基づいて買主が請求できる権利は、損害賠償請求権と契約解除権に限られていました。改正民法ではこれに加えて、目的物の修補や代替物の引き渡しなどの履行の追完請求や代金減額請求ができることが明記されました。

なお、買主が上記のような請求権を行使するには、目的物が契約の内容に適合しないことを知ってから1年以内にその旨を売主に対し通知することが原則として必要です。

7 要件が変わった契約解除

旧民法においては、履行不能の場合における契約解除は、債務者に帰責性がない場合には認められないと定められており、履行遅滞などの債務不履行についても債務者の帰責性が必要だと解されていました。

しかし、契約解除は、債務不履行の場合において、債権者を契約の拘束から解放することを目的とする制度と捉える考えが有力だったこともあり、改正民法においては、債務者の帰責性がなくても契約解除ができるようになりました(ただし、債権者に帰責性がある場合、契約解除はできません)。

その他、債務者がその債務の履行をせず、債権者が催告をしても契約をした目的を達するのに足りる履行がされる見込みがないことが明らかであるときや債務者がその債務の全部の履行を拒絶する意思を明確に表示したときなどには、無催告解除が可能であることが明文化されました。

以上(2020年7月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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オンラインセールスの落とし穴とは?〜社員5名でアクティブユーザー2000社をオンラインセールスで開拓したからこそ言えること〜/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人 杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、齋藤 正秋さん(株式会社meet in代表取締役)です。

新型肺炎の発生から半年が経過し、セールスのあり方も劇的に変わろうとしています。訪問型のセールスが全くできなくなっていた4月〜5月に、訪問→オンラインセールスへの置き換わりが全国で始まりました。そんな中、オンラインセールスツールmeet inのメーカーであり、このツールの販売手法をオンラインセールス主体で、今年の初めまでは社員数2名でアクティブユーザー1000社を開拓、そこからおおよそ6カ月弱でさらに1000社開拓された(現在社員数は5名)株式会社meet in齋藤社長にオンラインセールスのあり方について、特にオンラインセールスへの単純置き換わりでは上手く行かないこと、【落とし穴】についてお話を伺いました。

(インタビューも終始笑顔で楽しく。左上が齋藤さん)

1 オンラインセールスツールmeet inの良さはどこにあるのか?またどんなことが起きているのか、実際の利用されている方のコメントとご自身がSNSに投稿されていた内容が想いの部分として非常に解りやすく以下にまとめます。

1)セールスプロモーションのプロ集団であるSANGO株式会社 立花社長のコメント

■ミートイン導入を決めた二つの理由

弊社は営業会社という性質上、毎年数百件程度の商材の話を聞かせて頂きます。
その中でもミートインは今後爆発的な需要がありそうだと確信した事と、日本中の潜在労働力(ママ・障碍者)の最大化を実現するというコンセプトに大きな社会的意義を感じた事でした。

■爆発的な需要を感じた理由

これも二点ありまして、一つ目は、弊社ではコロナ以前の昨年2月よりオンライン商談ツールを導入し、導入後その部署の売上が急遽3倍となる経験をしていた事。
二つ目は、商品力の高さ、高品質・低価格・超簡単という3拍子そろった完成度に衝撃をうけました。しかも、こんな事が出来たら良いなと思う機能が、どんどん追加され進化していくスピード感もすごかったです。

2)セールスのみならず、学校の授業シーンでも活用、不登校がゼロに!

  • オンラインにすることで不登校の子が100%授業に参加するようになった
  • iPadを生徒全員に支給し数学の授業でホワイトボードを活用し授業
  • 通信の学校は不登校の子が多いのでオンライン導入はかなりいいと思うとのこと
  • 学校関係の方はIT苦手な方が多いのでシンプルで使いやすいのがいいからとにかく接続が簡単でいい!

上記は、つくば開成高等学校様のコメントです。

3)齋藤社長のFacebookでの投稿(7月9日)を下記に。想いと経営姿勢を物語っている内容です。

    『先月末に中小企業様向けのオンラインセールスツールmeet inがアクティブユーザー社数2000社を超えました!!
    エンドユーザーの皆様、関係者の皆様いつもご協力いただきありがとうございます。
    社員5名で成し遂げられたのは、リモートママ達のおかげなのと、4月から参画してくれたハンデを抱えたメンバー達のおかげです!!固定費(人件費・地代家賃・光熱費)をあまりかけず、採用費もほぼなし、広告費はゼロのため、金額を販売当初からずっと変えずに、新しい機能追加を実現できています
    このあたりの組織の仕組化を今後サービスとして提供して参りますので、ご興味ある方はぜひお気軽にコメントか、メッセージをくださいませm(__)m
    また、今後は多くの企業様と連携してコロナの時代を乗り切る施策をして提供して参ります。【★第1弾★】は株式会社ライトアップ様とです。全国の中小企業様の補助金・助成金の申請の負担を軽減できればと思います。
    引き続き世のため人のために事業展開をして参ります。どうぞ宜しくお願い致します。』

というコメントです。齋藤さんの経営への考え方も解りやすい素晴らしいものでした。また、同社の立ち上げから齋藤さんの想いを詳しく私のHPにて掲載しています。よろしければこちらも御覧ください。私のHP記事はこちら

杉浦氏と齋藤氏の画像です

2 オンラインセールスの【落とし穴】?自社で経験したからこそ解ること?

※『同社作成のオンラインセールスのはじめ方(オンラインセールス虎の巻)』から内容を抜粋いたしました。

1)オンラインセールスは万能ではない

訪問営業→オンラインセールスに全部移行できるものではないと話す齋藤さん。
加えて、【 オンラインセールスができる ≠ オンラインセールスで成約できる 】セールスの結果は、ツールが利用できることでもありません、結果、成果が出せるか否か。前述のSANGO社の立花さんが選定理由に、このツールで3倍の成果が出たと話していらっしゃいます。成約に至ることが必須ですね。
オンラインセールスに向く、向かない、商材、サービス、だれに販売するか、新規か継続か、オンラインだけか、オフラインも織り交ぜるのかによって大きく成果に差が出るそうです。そこも踏まえて、今回は、【新規開拓営業のオンライン化】に絞って記述してまいります。

2)オンラインセールス可否判断のポイント

■対面営業の商談を整理する

オンラインセールスを始めるにあたり、はじめに商談を整理します。商品・サービス別に以下の内容を確認しましょう。

  • 決裁キーマン(または決裁プロセス):誰が最終決定者なのか? 承認プロセスはどうなっているのか?
    ※誰が買っているのか? どの地域で売れているのか? などの顧客属性の整理は別途で必要
  • 平均商談期間:初期接点から成約までの平均期間はどのくらいか?
  • 商談の基本ステップ:初期接点から成約までには平均何ステップ必要か?
  • 成約の鍵:成約のための重要な鍵は何か?何をすれば成約率が引きあがるのか?
  • 成約率:成約率はどの程度なのか?

営業を単純にオンライン化しただけでは、“成約”という結果を安定して出すことはできません。例えば、最終決裁者が上場企業の役員だった場合、最後は訪問する必要はないでしょうか? 商談の基本ステップが5回だったとした場合、そのすべてのステップをオンラインだけで対応できるでしょうか? こうした観点で整理をし、そもそも自社にとってのオンラインセールスの役割を明確にする必要があります。
オンラインセールスの役割として、オンラインだけで成約をしたいのか。それともオンラインと対面営業を併用して、営業活動を効率化したいのか、を考えておく必要があります。例えば、初回接点における商談確度の見極めだけをオンラインで行いたいという場合であれば、オンラインにおける役割は非常に小さくなります。ところが、一度も会わずにオンラインだけで成約したいのであれば、実施のハードルは一気に高くなります。まずは自社にとっての“オンラインにおける基本的な役割”を決定します。
オンラインセールスにおける役割を決定した上で、以下の項目について整理をしてみましょう。

  • 決裁キーマン、または決裁プロセス
  • 平均商談期間
  • 商談の基本ステップ
  • 商談成功の鍵
  • 成約率

■【商談成約の鍵】がオンラインセールスの鍵

オンラインセールスの役割として“成約”をゴールとした場合、自社のオンラインセールスの可否判断をどうすれば良いでしょうか? ここでオンラインセールスでできること、できないことの整理をしてみます。

オンラインセールスでできること、できないことの比較表の画像です

対面営業でできることの多くは、オンラインでも同じように対応できます。注目して欲しいのは、“できないこと・難しいこと”に記載されている2つの項目です。“集中力を持続させる”については、後の章で解説をしますので、本章では“体験や体感を伴うデモ”について解説します。商談において成約率を左右するポイントの一つに“デモ(≒体験版・貸出し等)”があります。これは実際に商品・サービスを体験することで利用イメージが湧き、その効果や価値を実感できることにあります。試食や試飲、試供品の提供など、様々な形でのデモが世の中には溢れています。オンラインセールスではどうでしょうか?実は“できないデモ”があります。それは、実際に触れて貰う。大きさや重さを実感して貰う。味や匂いを感じて貰うなどの体験・体感を伴うデモです。貸出機を先に送り、それからデモを行うなどの対応ができない限り、解決はできません。つまり、“デモ”が重要な鍵となっているのであれば、最初からすべてのオンラインセールスでは完結できません。シンプルにオンラインだけで、対面営業で行ってきた事と同様の効果を再現できるかどうかの判断が必要になります。

■標準化とオンラインの壁

『商談シナリオを見ながらセールスができるため、経験値の低い営業マンでも対応できます』本当でしょうか?ここには大いなる誤解があります。オンラインセールスを支援するツールの中には、商談シナリオをカンニングペーパー的に表示する機能を有しているものもあります。ところが、カンペだけで安定的に“成約”という結果を獲得できる企業の前提には

  • 商談シナリオが定まっている
  • シナリオ通りに説明すれば成約率が高くなる
  • 顧客側がそのシナリオを受け入れてくれる

という3つの条件が整っている必要があります。これだけでも相当に営業が仕組み化されている必要があるのですが、その上で、オンラインという独特の環境要因が壁になります。画面を通した1対1の面談の場面で、お客様とカンペを交互に確認しながら商談を進め“成約”する必要があります。少しでも営業経験がある方なら、これは非常に難易度の高い営業だと気付かれると思います。多くの場合、営業はブラックボックス化しており属人的です。成約率の高い標準的な営業シナリオが決まっているというケースは稀です。仮にカンペを見ながら営業ができたとしても、経験の少ない営業マンが単なる商品・サービスの説明を行っているだけのオンラインセールスになってしまったら、オンラインセールスを実施すればするほど、顧客を失うという悲惨な結果となってしまいます。

■営業の本質

もしも商品のニーズが明確で、それが誰にとってもイメージができるものであれば、“営業”をしなくても勝手に売れてしまいます。それでは営業が必要な理由とは何でしょうか?【商品・サービスの価値を顧客の課題と結びつけ、その効果や効能を理解して貰うために“説明が必要”な商品】だからです。その存在を知って貰うために営業が必要というケースもありあすが、いずれにしても営業とは、顧客が購入に至るまでの“不足している何か”をアシストする役割となります。シンプルですが、自社の商品・サービスの購入者について

  • 決裁者が分かっている
  • 課題が分かっている
  • 効果・効能が分かっている

この3点が分かっていれば、それがオンラインに移行したとしても成約することは可能です。ちなみに、【競合比較】【顧客の声(事例)】【実績】【価格】【サポート体制】【導入障壁の低さ】なども大切だと言われますが、これは購入を決める上での後押しの要素でしかありません。シンプルな要素が整理できた後に、購入者にとっての安心感を訴求する、これらの項目を検討していきます。

◆まとめ オンラインセールスの可否判断のポイントをまとめます。

  • 【決裁者-課題-効果・効能】のシンプルな要素が整理できている
  • 読むだけで安定的な成約率が出せる商談シナリオが明文化されている
  • 体験を伴うデモなどが成約の鍵となっていない
  • オンラインセールスの役割が決まっている(部分的導入による効率化か。オンラインのみか)
  • 商談の整理ができている

【オンラインセールスができる】だけの状態であれば、これらの要素はすっ飛ばして、“やり方”だけを学べば、今からもオンラインセールスはスタートできます。オンラインセールスを今後の時流と捉えて、自社の新しい武器としたいと考えるのであれば、この要素を一つ一つ検証していきましょう。

3)オンラインセールス 成功のポイント

■はずさないオンラインセールスの肝

可否判断の結果、オンラインセールスを実施できると判断できたとします。いよいよオンラインセールスを始めていくことになりますが、成果を上げるために絶対に外してはいけないポイントがあります。

【売り込みの意識を“0”にすること】です。

オンラインセールスでは“売り込み”はNGです。驚かれるかもしれませんが、この事が分かっていなければ、オンラインセールスで成果を上げることはできません。“セールス”という言葉を使っているので、どう売るか?と考えてしまいます。オンラインセールスで大切なことは“どう売るか?”ではなく、“どう理解し合えるか?”という意識で臨むことです。感覚としては、自社の商品・サービスが解決できるテーマに関するコンシェルジュの様な立ち位置を意識すると良いかもしれません。

“いやいや、可否判断のポイントで“商談シナリオ”の明確化と話していたじゃないですか!“

とお叱りを受けそうですが、読むだけで安定した成約率を実現できる商談シナリオは必要です。それは、課題も含めて理想通りのお客様と出会うという可能性も十分にあるからです。この商談シナリオが安定していなければ、すべての商談が博打となってしまいます。

■オンラインのネガティブ要素

オンラインは手軽に始められそうなイメージがある一方で、特有のネガティブ要素が存在します。

  • 雰囲気が何よりも重要(訪問以上に細かな点に注意する)
  • 事前準備を徹底していることが最低条件
  • 焦りや緊張感が伝わり易く、相手のペースに巻き込まれやすい
  • 相手の本音、細かな仕草が掴みにくく、距離感を縮める難しさがある

1.雰囲気が何よりも重要

オンラインミーティングでは、身だしなみも含めた雰囲気が大切です。上半身の鎖骨辺りから上部しか映りません。また基本はアップで映るため、細かな点に目がいきます。襟が曲がっている。髭の剃り残しがある。洋服にシミがあるなど。対面では気付かない点にも自然と意識が向いてしまいます。資料を説明している際は、顔は映りませんが、商談中は相手の画面にこちら側の顔がアップとなっています。

マイクの精度や背景などにも、気を遣う必要があります。声が聞こえ難い。声が割れている。周囲の雑音を拾ってしまうなど、集中できない雑音をなるべく除去することが必要になります。さらには背景。最近ではバーチャル背景などが当たり前に利用できます。バーチャル背景が自然となる様に単一色の壁を背にする。背景にもこだわりを持って、それが商談の中で話題になる事も含めて考えるなど。全体の雰囲気に考慮する必要があります。また、照明やカメラ位置なども重要です。PC内臓のカメラの場合、どうしても目線が上からになってしまいます。PCの位置を上に上げる。またはタブレット等で目線の位置の外部カメラを利用して目線の位置を並行にするなどの配慮が必要になります。

2.事前準備を徹底していることが最低条件

『“商談のために移動する”という行為に価値があったんです!』そんな話しをすると「まさか、そんなこと」と感じるかもしれません。オンライン化が進んだことで、これまで以上にミーティングの回数が多くなって忙しくなった、と悲鳴を上げる人が続出しています。これは“移動”という物理的な負荷が無くなったことで、反対に“会う”という行為そのものの心理的負荷が軽くなったことに原因があります。

確かに【オンライン=気軽・手軽】というイメージがあります。対面と同じ長さのミーティングであっても、“移動”という負荷が無くなるだけで、お互いに感じる“相手に対する申し訳なさ”は小さくなります。それではオンラインセールスにおける“訪問=移動”と同じような効果をもたらすものは何でしょうか?それが事前準備です。ここで言う事前準備とは、【お客様のことを事前に知る準備】を指しています。

例えば、

  • 企業情報を知るためにHPを確認する(属性や商品・サービス等を知る)
  • 商品・サービスのレビューなどのサイトが無いかを確認する
  • メディアなどで取り上げられていないかを確認する
  • 社長がSNSなどを通じた発信をしていないかを確認する
  • 求人情報などから、その会社の特徴などを確認する

こうした事前準備をした上で、商談に臨むことで相手の印象が変わります。“移動”という負荷が無いため、心理的には“営業が楽をしている”という印象を与えてしまいます。ところが、商談の端々に事前に調べていると実感できる内容が含まれていると、『そこまで調べて貰っているのですか!?』と驚かれます。気軽だからこそ、手間を掛けていないという誤った印象があります。その反作用として、事前準備をしてくれているという事実が好印象を与える効果を発揮します。

3.焦りや緊張感が伝わり易い

オンラインセールスの場合、『台本を用意すれば新人でも対応できますよ』と言われる事があります。例えば、営業側の画面にのみカンニングペーパーが表示される機能や、上司がモニタリングできてチャットで指示を出す機能などがあり、新人営業マンをサポートします、と言われています。本当でしょうか?

オンラインでは営業マンの顔がアップとなります。また声もクリアに聞こえるため、焦りや緊張といった精神的な動揺が対面営業よりも伝わってしまいます。緊張で営業トーク中に頻繁に噛んだり、目線がうろうろしたりといった微妙な仕草も気付かれてしまいます。また、予想外のお客様からの質問に動揺し、詰まったり無関係な回答をした瞬間に信頼は崩れていきます。焦りや緊張感は顧客にとっての不信感を高める事になります。“新人でもできます”が、“新人には難易度が高い”営業と考える必要があります。

4.相手の本音、細かな仕草が掴みにくく、距離感を縮める難しさがある

営業マンの細かな仕草や動揺が相手に伝わってしまう一方で、お客様の本音や細かな仕草が掴み難いのもオンラインの特徴です。対面営業であれば、お客様の全身が見えているため、その行動の微細な変化に気付くことができます。時計を見る仕草が多くなった。資料から目を離し、下を向くケースが増えた。身体が揺れ始めて明らかに飽きが来ているなど。営業サイドの説明が受け入れられているかどうかを、お客様の雰囲気を感じながら対応することができます。オンラインの場合は、顧客側の顔のみ。またカメラ機能をオフにされてしまえば、音声のみが頼りとなります。そのため、こうした微妙な変化を感じ取ることができません。

【最大3分】

これはYoutubeなどの一方的な動画を集中して視聴できる時間も目安と言われています。決してオンラインでのセールスは3分以内で終わりましょうと無茶振りをしたい訳ではありません。認識をしておくべきことは【オンラインは遥かに聞き手の集中力が持続しない】という事実です。そうでなくとも新規開拓営業は、聞き手の姿勢が懐疑的です。オンラインの場合、お客様がPCで対応されるケースがほとんどです。“集中力を阻害する環境”という前提を理解して取り組む必要があります。
本音が見え難く、集中力を阻害する要因が多く、距離を縮め難いというデメリットがあると理解をすることがオンラインの前提となります。

■オンラインセールス成功の原則

ここからはオンラインセールスで成功するための原則をお伝えします。可否判断が終わり、オンラインの特性も理解した上で、どうすれば自社でもオンラインセールスができるのか。そのポイントを原則という観点から整理してみましょう。

  • まずはトップセールスから事例を作る
  • 30分1本勝負! 短い説明、顧客の状況把握質問
  • 開始3分に集中する
  • クロージングパターンの明確化

1.まずはトップセールスから

オンラインセールスを成功させるためのキーポイントは、“誰が事例づくりをするか”に掛かっています。
事例づくりを行うのはトップセールスマンです。自社のトップセールスでも難易度が高いとなった場合、それを新人で対応するというのは無理があります。対面営業とはその作法が異なるため、対面営業で強い営業マンがオンラインでも成果を上げられるかどうかは分かりません。それでも一定の指標にはなります。

オンラインセールスでは、商談そのものを録画する事ができます。トップセールスと共にトライ&エラーを繰り返し、自社の型を作ることが重要です。商談を録画する事で、その雰囲気やトークの流れ、ポイントになるキラーワードなどを他の営業マンに伝え易くなります。社内での成功事例づくりは必須となりますが、その型はトップセールスマンと作る。商談を録画し、成功商談自体を教材として横展開をしていくというステップが大切です。

2.30分1本勝負! 短い説明、顧客の状況把握質問

オンラインセールスの基本は30分。「え!?そんなに短いの?」と思いましたか?会議は1時間以内。セールスは30分前後というのが、オンラインの平均的な時間となりつつあります。商談が予想以上に盛り上がれば、1時間前後というケースもありますが、基本は30分です。その時間内で商品・サービスを理解して貰い、顧客の課題を把握し、温度感を高め、購入意思を固めて貰う必要があります。その為、商品・サービスの説明をいかにコンパクトにできるかどうかも重要になります。

【5~7分】

これはベンチャー企業が起業家向けにプレゼンするピッチコンテストの制限時間です。自社の説明、その事業を始めたきっかけ、サービス概要と顧客へのメリット。そして将来展望までをこの時間内で話します。オンラインセールスでは、こうした5分で理解できるサービスプレゼンのシナリオを精緻に設計する必要があります。

説明よりも対話を重視するオンラインセールスでは、説明の時間が長くなると、“ながら視聴モード”に入り、集中力が持続しません。短い説明と適切なタイミングでの質問や確認が、集中力を持続させる鍵です。
また顧客の状況、特に課題を把握する質問を準備しておくことも大切です。可能であれば商談前に簡易的なアンケートなどで必要事項は押さえておくなど工夫も必要になります。【診断・分析】などをセールスの前に行うステップに入れておくだけで、セールスのタイミングで確認すべき事項を減らすことができます。セールスを行う上で重要な事は、顧客の課題とその解決による効果です。課題の認識が明確で緊急性が高く、そしてその効果も明確であれば、セールスは容易です。ポイントは、“気付いていない課題を顕在化すること”です。状況把握は課題把握と同義です。ここについても、事前に準備をしておく必要があります。

3.開始3分に集中する

“3分で掴めば成約率は20倍になる!”

これは当社の実績です。オンラインセールスを始めた当初は2%程度だった受注率が今では40%と20倍になっています。商談シナリオもブラッシュアップしていますし、いくつもの改善を重ねた結果ではあります。
ただ、最も大きな要素は何かと聞かれたら“冒頭3分です”と答えます。
冒頭の3分はお互いの距離感を模索し、相手に営業マンとして信頼できるかどうかを見定めて貰う時間です。
この3分で掴めなければ商談はLOSSします。逆にこの3分で掴めたら、商談を有利に進める事ができます。
それでは3分のポイントは何でしょうか?

  • 人柄を宣言する
  • 事前準備で収集した情報で距離感を縮める

この3分という時間で、“自分という人間”を感覚的に理解して貰う必要があります。人柄を表現する言葉というのは幾つもあります。実際に自分はどんな人だと認識をして欲しいのか。自己紹介を兼ねた冒頭3分間では、そうした人柄に関するコメントもそれとなく入れておく必要があります。“少し早口ですが”“よく笑うと言われるので”“雑談が少し多めかもしれませんが”“固いですが緊張している訳ではありません”など。事前に自分という人間を相手に伝えておくことで、聞き手はパーソナリティを意識する事になります。

さらに事前準備で調べた顧客情報を活用して、“御社に興味があります”というメッセージを伝えます。『HPにあったんですが』『○○の記事に書かれていた』『求人サイトで見かけたんですが』など、それとなく調査した情報を、お客様との会話の架け橋に活用します。“ちゃんと調べてるんだね”という印象を与えることができれば、相手との距離は縮まっています。
この3分という時間は、営業マンの人柄を理解させ、お客様との距離感を縮めるために外すことのできない大切な時間です。成約率20倍の差がこの3分にあります。

4.クロージングパターン

セールスなのでクロージングは大切です。このクロージングのパターンを明確にしておく必要があります。1回のオンラインセールスで決着を付けるのか。複数回でクロージングまで持っていくのか。その商談の次のステップが何であり、どの様な反応が取れなければ失注と認識するのか。ここが曖昧なままであれば、グレイな案件が大量に発生することになります。
クロージングを最小ステップで設計するのであれば、初期接点者は決裁者に絞る必要があります。また初期接点者が決裁者であったとしても、実際の商品・サービスを利用する部門長の理解を得なければいけないというケースも多くあります。法人にはありがちな事ですが、決裁者が複数存在するパターンです。初回クロージングのパターンと最終クロージングに分ける等、パターンを事前に認識した商談設計が必要です。

4)まとめ

今回は新規開拓営業をオンラインセールスで成功するためのポイントを整理してきました。オンラインセールスで成果を上げるために、『最も大切なことを一つだけ教えてください』と聞かれたら、間違いなく【相談相手になること】と答えます。「3)オンラインセールス 成功のポイント」でもお伝えしましたが、【売り込みの意識を“0”】にできれば、半分以上は成功すると考えています。
その分野やテーマにおける相談者やコンシェルジュとは何でしょうか?そのポイントは次の3点です。

  • 説明ではなく聞き役だと意識する
  • 提案ではなくアドバイスだと考える
  • 相談者を思い、自社以外のサービスでも積極的に提案する

この3点を意識できれば、オンラインセールスで成果を出すことができる様になります。どうやって売ろうか。上手にクロージングする方法は無いか。そればかりを考えると、本質を見失ってしまいます。
今や情報過多の時代に入りました。お客様が求めているのは、新たな情報ではなく、この情報の渦の中から自社にとって適切な商品・サービスはどれかを導いてくれる先導者の存在です。説明や説得ではなく、自社を理解した上でのアドバイスや納得性の高い提案です。これは時代の変化であり、営業という仕事自体のマインドチェンジが必要なのかもしれません。【売る】のではなく【売れる】状態をつくること。それは顧客との関係性においても大切なポイントになります。

営業のオンライン化によって、営業自体の本質的価値の変化が顕在化されています。
根底から営業の仕組みを見直すことを前提に、取り組んで頂けたら幸いです。

3 齋藤社長からのコメントもいただきました。

正直、私はオンラインで何かをすることは今でも苦手です。人材系の会社に入社し、朝から晩まで電話営業・飛び込み営業を経験し、直接会って信頼関係を構築する大切さを学んだからです。しかし、meet inに限らずオンラインツールを活用すれば大きな可能性を広げられることも痛感しました。待機児童を抱えたママが働けるようになったり、コロナの影響で学校・塾が休校を余儀なくされているときに授業を継続できたり、訪問することができずに営業活動が全くできない企業が少なからず売上をあげられたり。と。オンラインツールは決して魔法の杖ではありませんが、活用することで雇用の創出・学習の継続・営業活動の再開が実現できることで、生活の可能性が大きく広がると思います。中にはオンラインツールを使用すれば売上が5倍にあがる! みたいな広告も見ますが、それは本当に極端な例で、あくまでもオンラインツールは道具であり、手段の一つです。現在この手段を「どのように活用して、目的を果たすか?」ということが肝心になっています。今後はこのあたりの活用方法の共有・ソリューション提供など、ソフト面の強化をはかり、コロナと共存する世界、労働人口減少が著しい日本に、少しでも貢献できれば幸いです。

とコメントくださった、齋藤さん。
コメントにもありましたが、齋藤さんのように、オンラインが苦手だからこそ、中小企業の苦手意識ある皆さんにこれだけのスピード感で受け入れられたこと、広がったことに納得感があります。そして事業の根底に働き手としてのママ支援、想いの大きさも在られるからこそと感じます。まだまだこれからと話される、齋藤さんの活動をこれからも注目し続けたいと思います。

以上(2020年7月作成)

旅費交通費における領収書の基礎知識

書いてあること

  • 主な読者:新任経理担当者
  • 課題:経費精算のチェックは時間がかかるため、少しでも作業を効率化したい
  • 解決策:旅費交通費の基本を押さえた上で、判断に迷う事例をQ&A形式で解説する

1 手間の掛かる旅費交通費の申請

「あぁ~、毎月の旅費交通費の精算が面倒だ……」。特に社外での活動が多い従業員はこう感じているかもしれません。旅費交通費の申請は、「移動ルート」も記載することが多く、とにかく面倒な作業です。それに、近場の電車やバスの移動では、そもそも領収書をもらわない場合が多いでしょう。そのため、過去の行動を思い出しながら経費精算するので、時間もかかります。

旅費交通費の申請を面倒に感じる人の気持ちはよく分かります。経営者としても、従業員が旅費交通費の申請に長い時間をかけているのは困ります。とはいえ、経費精算の最も重要な目的は、企業の利益を正しく計算することであり、少額だからといって適当にできるものではありません。

また、経理担当者側も、経費精算の漏れや、間違った金額での請求などのチェックに多くの時間を要します。経費精算の作業を少しでも効率的に行うためには、従業員の意識と経理担当者の正確な知識が必要です。

本稿では、旅費交通費の基本事項を押さえた上で、判断に迷いやすい旅費交通費の取り扱いを解説します。

2 旅費交通費の基本を押さえよう

1)旅費交通費とは

旅費交通費とは、業務に必要な移動や宿泊で生じる費用です(旅費交通費にならないケースは後述)。厳密には遠方への移動を旅費、近場の移動を交通費と考えますが、一般的には「旅費交通費」として取り扱います。ただし、出張旅費規程においては、いわゆる「出張手当」との兼ね合いから、移動距離に応じた取り扱いを自社で定めているケースが多いので、一度、自社の規程を確認してみてください。

旅費交通費に含まれる主な費用は次の通りです。

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自宅から勤務先への通勤費も旅費交通費に含まれます。一般的に、通勤費は給与に含めて支給されるため、給与と勘違いしている人もいるかもしれません。ここで注意が必要なのは源泉所得税の問題です。

通勤費は、基本的に源泉所得税は課されません(非課税)。ただし、非課税になるには次のような要件を満たしている必要があります。

  • 電車、バスなど公共の移動手段を利用して通勤する場合は、1カ月当たり15万円以内であること
  • マイカー、自転車を利用して通勤する場合は、片道の通勤距離が2キロメートル以上であること(通勤距離ごとに1カ月当たりの限度額があります)

通勤費が上記の限度額を超えた場合、超えた部分は従業員の給与所得となり、源泉所得税の課税対象となります。

2)旅費交通費として処理されない費用

業務上の移動に掛かる全ての費用が、旅費交通費で処理されるわけではありません。重要なのは「移動の目的」であり、これによって旅費交通費ではなく、交際費や福利厚生費などとして処理される場合があります。企業によって処理方法は異なるため、自社の取り扱いについては、税理士などの専門家に相談しましょう。

1.交際費として処理する場合

自社の主催で取引先を接待する場合に、取引先を会場まで送迎した際のタクシー代などは、交際費として処理します。一方、取引先主催の接待に出席する際のタクシー代などは接待そのものに対する支出ではないため、旅費交通費として処理します。

2.福利厚生費として処理する場合

社員旅行や従業員の歓送迎会など、福利厚生を目的としたイベントを開催する場合に、目的地までの移動に掛かる費用は、福利厚生費として処理します。

3.研修費として処理する場合

社外の会場での社員研修や外部講師のセミナーを受講する場合に、会場までの移動に掛かる費用は、研修費として処理します。

3)旅費交通費の精算には必ず領収書が必要か?

近場の得意先に訪問するためなどに電車やバスを利用した場合、領収書が発行されないことがあります。原則としては、少額であっても領収書を添付しなければなりません。

ただし、鉄道会社やバス会社によって領収書の発行方法が異なり、その都度領収書をもらうのも手間がかかります。また、経路や運賃はインターネットなどでも確認することができます。

さらに、消費税法上、税込みの支払額が3万円未満の場合には、請求書等の保存は必要なく、法定事項(取引年月日、取引内容など)が記載された帳簿の保存のみでよいこととされています(3万円以上で請求書等の交付を受けなかったことにつき、やむを得ない理由がある場合には、帳簿にそのやむを得ない理由および相手方の住所または所在地を記載することになっています)。

このような理由から、多くの企業は公共の移動手段を使った近場での移動に限って、領収書の添付は不要としています。ただしこうした場合、移動の根拠(適正な旅費交通費であることの証明)として、使用した路線や運賃などを「旅費交通費精算書」に記載することが大切です。

3 実費精算と出張旅費規程に基づく精算

1)実費精算

実費精算(従業員の請求)で支払う場合は、従業員が立て替えた費用を事後に精算する場合と、事前に仮払金を支払い、後日、実費との差額を精算する場合があります。

前者の場合、従業員が立て替える費用が高額になると負担が大きくなります。出張などに掛かる費用が高額になることが事前に分かるときは、仮払いを併用するのがよいでしょう。

また、経費精算には必ず期限が設けられています。仮に、経費精算が遅れてしまうと、一定期間内(月次決算の場合には月、四半期の場合には期間)に発生した費用が把握できず、正確な損益計算(決算処理)ができなくなります。そのため、従業員が出張などから戻った際には、期限に遅れないように経費精算を申請してもらうようにしましょう。

2)出張旅費規程に基づく精算

出張旅費規程に基づいて精算する場合は、交通費や宿泊代などの手当を定額で支給することができます。従業員によって経路や宿泊先が違う場合でも、支給する金額は定額なので、経費精算の事務処理を簡略化することができます。

出張旅費規程で定めるべき主な事項は次の通りです。

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また、定額で出張旅費が支給されることで、実際に掛かる金額よりも多くの金額を受け取ることができる場合もあるため、実費精算の場合よりも、多くの旅費交通費を法人税の計算上、損金(税務上の費用)の額に計上することができます。損金が多いほど、所得(税務上の利益)が少なくなるため、所得に対して課税される法人税の負担を軽減することができます。

3)出張手当の取り扱い

宿泊費や旅費交通費以外で出張の際に発生する食事代や雑費などについても、出張旅費規程で定めることで、実費ではなく、あらかじめ決められた金額を支給することができます。遠距離出張旅費・出張手当・宿泊料の取り決め例は次の通りです。

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この他、必要に応じて、時間外労働に掛かる手当(時間外の割増賃金とは別に企業が定めるもの)の有無を記載します。

また、定額で出張旅費が支給される場合でも領収書が必要です。領収書がないと、空出張や費用の架空計上を疑われることがあるためです。出張に使った新幹線代や航空券代、ホテル代などの領収書は必ず保存するようにしましょう。なお、保存期間は、7年間となります。

4 こんなときはどうする? 旅費交通費のQ&A

1)タクシーの相乗りで領収書がない場合

タクシーに相乗りし、運賃を割り勘で支払った場合、領収書がもらえないケースがあります。このような場合は、領収書の代わりとして、出金伝票を作成してもらう必要があります。

市販の出金伝票を使うこともできますが、自社でひな型を作成する場合には、支払日、支払先、支払内容、支払金額を記載する必要があります。出金伝票のひな型は次の通りです。

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2)企業支給の交通系ICカードでチャージした場合

企業支給の交通系ICカードにチャージした場合の取り扱いには迷います。「交通系」といえども、コンビニなどさまざまな店舗で決済できるため、チャージした時点では、交通費として処理することはできません。

そのため、仮払金として一旦処理をし、実際に使った用途に応じて仮払金以外の科目に変更します。例えば、ボールペンやノートなどを購入したときは、旅費交通費ではなく消耗品費として処理をします。

また、交通系ICカードを、うっかりプライベートのシーンで使ってしまう場合もあると思います。このような私的な支出は費用にはならないので、経費精算に含めないよう注意しましょう。

3)電車事故などにより通勤経路を変更した場合

通常、通勤に利用している路線が電車事故などにより運休になっていた場合、別の路線を利用することになります。通常よりも交通費が高くなったときは、経路を変更した理由が合理的であれば、差額を交通費として支給することができます。

このような場合は、経路を変更して通勤したことが分かるように、遅延証明書や振替輸送票を申請書に添付してもらうようにします。また、電車事故などで通勤経路を変更する場合の取り扱いは、あらかじめ就業規則で支給額も含めて定めておくとよいでしょう。

4)週末の出張でプライベートの旅行をした場合

例えば、金曜日に東京から名古屋へ出張したので、少し足を延ばして土日に京都に行って観光をした従業員がいるとします。この場合、東京-名古屋間の交通費は、旅費交通費として往復の金額を支給します。

しかし、名古屋-京都間の交通費や観光のための宿泊費は自己負担になります。とはいえ、法律上で一律にこのような対応を取らなければならないという規定はないため、自社の旅費交通費規程に従うこととなります。

なお、プライベートの旅費を会社が負担した場合には給与として取り扱われますので注意が必要です。

5)過去の領収書が見つかった場合

旅費交通費の精算を忘れていた数カ月前の領収書が見つかる場合があります。原則、領収書の日付と旅費交通費を精算する日付が同じ年度内であれば、経費精算をすることができます。

例えば、3月末決算の企業の場合、4月1日から翌年の3月31日までの間であれば、その年度中に支払った費用については精算が可能です。会計処理は年度ごとに行われており、その会計処理に基づいて、法人税などの税金が計算されるからです。つまり、決算日を越えてしまうと、前年度の費用は、原則損金として処理することはできません。従業員には経費精算の目的を理解してもらい、期限を守って経費精算をするように呼び掛けましょう。

以上(2020年6月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:pixabay

外出自粛、休業……緊急時の労務手続き

書いてあること

  • 主な読者:社員を休ませるか否かの基準や手続きを、正しく知りたい経営者
  • 課題:リモートワーク、出社、休業を実施するための手続きが分からない
  • 解決策:基本は命令の根拠を得るために就業規則を変更すること

新型コロナウイルス感染症により、会社は予期せず社員を休業させなければならない経験をしました。今回は突然のことであったため体制が整わないまま対応したかもしれませんが、新型コロナウイルス感染症の第2波も懸念される今、BCPの観点からも今後に向けた準備が必須です。

そこで本稿では、社員にリモートワークを命じる場合などに必要な主な労務手続きをまとめます。

1 リモートワークを命じるための主な労務手続き

1)就業場所の見直し

リモートワークの就業場所は、自宅、カフェ、サテライトオフィスなどさまざまです。感染症対策などとしてのリモートワークの場合、安全衛生などの観点から就業場所を「自宅、その他会社が指定した場所」などに限定する必要があります。

2)労働時間管理の方法の見直し

自社の労働時間管理がリモートワークでも適用できるかを確認します。タイムカードなど、オフィス備え付けの設備がないと労働時間を管理することが難しい場合、次のように労働時間管理の方法を変える必要があります。

  • 社員に始業・終業時刻を、電話、メール、業務日報などで報告させる
  • 社員が使用するノートパソコンの使用時間を記録する
  • ノートパソコンでも打刻可能な勤怠管理システムを導入する

3)通勤手当の見直し

オフィスに出勤しない社員に、定額の通勤手当を支払うことは合理的ではなく、実際にこれを見直す会社が増えています。就業規則や賃金規程の見直しが必要です。「月に所定労働日数の3分の1以下しか出勤予定のない社員には定額の通勤手当は支給せず、社員の請求に基づき実費を支給する」などの規定を置くことになるでしょう。

4)費用負担の見直し

リモートワークで発生する通信費などの費用を、会社と社員どちらが負担するのか決めておく必要があります。業務に要した通信費などは会社の負担とするのが望ましいでしょう。光熱費など、仕事とプライベートの境界線が分かりにくい費用は、社員とトラブルにならないよう、会社と社員どちらが負担するのか、定額で支給するのか明細を提出してもらい会社が認めた費用を支給するのかなど、明確にルールを定めます。

5)就業規則の変更・届け出

上の1)から4)については、就業規則の見直しが必要となる可能性があります。就業規則を変更する場合は、社員の過半数を代表する者の意見書を添えて所轄労働基準監督署に届け出ます。緊急時は就業規則の変更などが即座にできない場合がありますが、少なくとも個別の同意を取るようにしておきましょう。なお、リモートワークの規程例については、次のコンテンツが参考になります。

6)情報通信機器の見直し

労務管理ではありませんが、セキュリティーの観点で重要なので紹介します。

リモートワークに必要な機器は原則として会社が貸与することが望ましいです。台数の関係などで社員が私物のノートパソコンなどを使用する場合、会社指定のセキュリティーソフトをインストールしてもらう、フリーのWi-Fiには接続しないよう指導を徹底するなどの対策を講じます。こうしたルールは、「リモートワーク規程」などにまとめるとよいでしょう。

2 出社させる場合の主な労務手続き

1)労働時間制度の見直し

例えば、緊急事態宣言中などの非常時に社員を出社させる場合、感染リスクを減らすための取り組みが不十分だと、会社が安全配慮義務違反に問われる恐れがあります。

労働時間制度については、社員が混雑する時間帯の通勤を避けられるよう、時差出勤やフレックスタイム制などを導入することを検討します。すでにこれらの制度を導入している場合も、社員に混雑の状況をヒアリングし、必要があれば時差出勤の始業・終業時刻やフレックスタイム制のコアタイム(必ず出社しなければならない時間帯)を変更します。

2)社員へのマスク着用などの徹底周知

オフィス内で感染者が出ると、その社員だけでなく、他の社員や来客などにも感染が広がる恐れがあります。

そのため、業務中はマスク着用や手洗いを徹底するよう、社員に周知する必要があります。なお、就業規則に規定があれば、一定の強制力をもって社員に命じることができます(命令の妥当性はケース・バイ・ケースです)。会社が命じてマスクを着用させる場合、社員が義務を履行できるよう、マスクなどを会社側で用意するのが望ましいでしょう。

3)体調不良の社員への対応

例えば、新型コロナウイルス感染症の場合、症状として発熱やせきを伴うといわれています。業務上の必要性・緊急性があっても、原則としてこうした症状がある社員は出社を認めるべきではなく、他の社員が業務を代行できないか検討するなどの対応を取る必要があります。

4)就業規則の変更・届け出

上の1)から3)については、就業規則の見直しが必要となる可能性があります。就業規則の見直しについては、前述した通りです。緊急時は就業規則の変更などが即座にできない場合がありますが、少なくとも個別の同意を取るようにしておきましょう。

5)オフィス内の“3密”の解消

労務管理ではありませんが、感染防止の観点で重要なので紹介します。

密閉空間(換気の悪い密閉空間である)、密集場所(多くの人が密集している)、密接場面(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる)は、感染リスクを増大させる、いわゆる“3密”といわれています。

オフィスの場合、「30分に1回以上、数分間程度、窓を全開にする」「執務室や会議室の座席を、ソーシャルディスタンス(社会的距離)が取れる間隔に配置する」などの取り組みが必要となります。

3 休業させる場合の主な労務手続き

1)休業手当の支払い

使用者の責に帰すべき事由により休業する場合、会社は休業期間中、社員に平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければなりません。使用者の責に帰すべき事由には、会社の故意・過失による場合はもちろん、不可抗力を主張し得ない全ての場合が含まれます。

新型コロナウイルス感染症を例にすると、緊急事態宣言が発出されたからといって、直ちに休業手当の支払いが不要と判断されるわけではありません。「社員を(リモートワークで実施できる)他の業務に就かせることができるのに休業させた」場合などは、休業手当の支払いが必要になる可能性があります。

2)雇用調整助成金の申請

「雇用調整助成金」は、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた会社が、社員に対して一時的に休業などを行った場合に支給される助成金です。事業を行えない状態で休業手当を支払うのは会社にとって負担ですが、これを利用することでその負担を軽減することができます。

2020年6月12日からは、新型コロナウイルス感染症に伴う特例措置として、支給上限額の引き上げ(1人日額8330円から1万5000円へ)なども行われています。詳細は、都道府県労働局やハローワークに問い合わせるとよいでしょう。

以上(2020年7月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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期待高まる「自転車関連ビジネス」 裾野を広げて顧客獲得

書いてあること

  • 主な読者:宿泊施設・住宅(不動産)・観光・健康関連サービス業界の経営者
  • 課題:人口減や高齢化の加速に備え、集客力の向上および集客方法の転換が求められている
  • 解決策:健康志向や環境問題など、将来的なテーマに合致したアイテムである自転車のユーザーの裾野を広げ、固定客として取り込む

1 自転車関連ビジネス、続々登場

健康志向、環境問題、人口減に伴うコンパクトシティ化、災害時の交通機能の維持、観光立国などなど。

「自転車」は、日本の将来を語る上で欠かせない、こうしたキーワードに合致するアイテムの1つです。国や地方自治体が自転車の活用の推進を図る中、潜在的な成長余地を見込む会社による、自転車ユーザーをターゲットにしたビジネスが続々と登場しています。

その中には、顧客として取り込める自転車ユーザーの裾野を自ら広げる動きもあります。ひとたび自転車ユーザーの取り込みに成功すると、自転車関連の他領域に進出したり、自転車メーカーとコラボレーションができたりと、波及効果や相乗効果が期待できます。

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2 裾野を広げる自転車関連ビジネスの事例

1)自転車ショップ×八百屋×コインランドリー

東京・五反田駅近くの東急池上線のガード下に自転車ショップと八百屋、コインランドリーを併設したショップ「STYLE-B」があります。運営するのは、駐輪場システムなどを手掛ける日本コンピュータ・ダイナミクスです。中核の自転車ショップでは、自転車を含むアウトドア関連のアパレル・雑貨を販売する他、メンテナンス用のピットや、レンタサイクルも展開しています。

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目指しているのは、裾野が広いライトユーザーの取り込みから始まる自転車関連事業の垂直展開です。米国発のおしゃれな自転車ブランド「Pure Cycles」を国内独占販売するなど、商品や店舗の内装はデザイン性にこだわりましたが、ライトユーザーは「自転車ショップだけでは気軽に入りにくい」(店舗開発を行ったマネジャー)という面もあります。

そこで、東京都内で多店舗展開している「旬八青果店」をテナントに呼び込んだり、スウェーデン製の洗濯乾燥機6台を導入して自社運営のコインランドリーを併設したりして、「入りやすさ」と「入りたい」を意識しました。

旬八青果店ではコーヒーも販売しており、来店者は10席ほどの多目的スペースでくつろぐことができます。自転車ショップを、来店頻度の高い八百屋とコインランドリーに挟まれた多目的スペースに面して配置することで、来店者が自転車を目にする機会を増やしました。

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「八百屋に来た母親に自転車ショップであることも認知してもらい、子供を送り迎えするようになったときに、電動アシスト自転車を購入してもらう」「コインランドリーに来た人が、待ち時間に多目的スペースでコーヒーを飲みながら自転車を眺めるうちに、サイクリングに興味を持ち始める」。STYLE-Bでは、このようなシーンを想定しています。

2)サイクリスト向けマンション

「愛する自転車を、屋外の共用駐輪場には置きたくない」。そんなサイクリストの思いを実現した賃貸ワンルームマンション「LUBRICANT ARAKAWA BASE」が、東京・江東区の荒川近くにあります。部屋に自転車を収納できるラックがあり、マンション入り口はカギを取り出さなくても開くシステムを採用。エレベーターは自転車を楽に載せられるように奥行きを広くしています。マンションを開発した長谷工不動産はこうした設備を、自転車雑誌の監修を受けながら整えました。

開発会社の狙いの1つは、新たな入居者募集ルートの開拓です。LUBRICANTの場合、入居者の募集は不動産業者経由ではなく、自転車関連イベントなどの場で独自に行っています。当初は手間が掛かるものの、「認知度の向上とともに入居者の募集コストが低下する」(マンションの企画担当者)ことが期待できます。

また、LUBRICANTで得られる、自転車ユーザーにとって便利な設備に関するノウハウを活用して、通常のマンションで自転車を利用する人たちへの利便性の向上につなげることも想定されています。

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さらに、共用スペースの貸し出しによる収益も大きな狙いの1つです。荒川沿いにサイクリングに訪れる非入居者も含め、共用スペースを「サイクリストが集まる場所」として定着させることで、自転車や関連用品の製造販売業者をはじめとする、自転車関連業者による臨時出店やイベント開催の機会が増えると見込んでいます。

自転車関連業者にとっても、サイクリストを対象としたターゲット・マーケティングをしやすいメリットがあります。自転車用のトレーニング機材の製造会社が、マンションの住民などをモニターとして活用したケースもあるそうです。

こうした狙いを実現させるため、開発会社は最も重要となるマンションの認知度向上に向けて、次のような取り組みを行っています。

  • 月に2~3回程度のペースで、サイクリストを対象にしたトレーニングやスキルアップの講習を開催する
  • 海外で活躍する現役の自転車競技の選手がオフシーズンに入居した際の感想をSNSに投稿してもらう
  • サイクリストとして影響力の強いYouTuberに共用スペースを体験してもらう

なお、マンションの賃料は「サイクリストに向けた設備・サービスなどのこれまでにない付加価値により、周辺相場に縛られない賃料設定をしている」(マンションの企画担当者)とのことですが、30~40代の独身者を中心に20戸程度(全38戸)の入居者があり、セカンドハウスとして週末に利用する人もいるそうです。

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共用スペースには、メンテナンス用のピットやトレーニング施設、洗車用の設備があります。また、交流スペースには自転車雑誌が並び、自転車競技が見られる大型テレビも備えます。この他、提携した近隣の自転車ショップが「サイクルコンシェルジュ」として週に1回マンションを訪問し、自転車のサポートやメンテナンスをするサービスも提供しています。

3)愛車で観光地を回れるサイクリングバスツアー(R)

旅行先でサイクリングを楽しむ「サイクルツーリズム」は、国内外の観光客を誘致し地域の活性化につなげる手法として注目を集めています(後述)。とはいえ、わざわざ遠方の観光地まで自転車をこいで行くほどの愛好家は限られます。

そこで生まれたのが、自転車を積んだバスで観光地まで移動し、好きなスポットだけを自転車で回れる「サイクリングバスツアー(R)(注)」です。

国際興業は、2012年4月から日帰りを中心としたサイクリングバスツアーを催行している草分け的な存在です。ターゲットは、サイクリングの初心者からサイクリングの面白さを感じてきた人までの、ビギナー層が中心です。このため当初は「顧客と自転車の輸送サービス」としてスタートしましたが、今では添乗員が同伴し、現地でサポートライダーが帯同することもあります。同社は、「適切なサイクリングルートの選定や、食事場所・観光場所の紹介が大切。各種のトラブルや、補給食の提供などのさまざまなニーズにも対応するようになった」(ツアーの担当者)といいます。ツアーによっては現地で自転車を借りられるようにアレンジし、手ぶらでの参加も可能としました。きめ細かなサービスにより、「価格面で改善の余地はあるが、一度ツアーに参加していただくと、ヘビーなリピーターになってもらっている」(同)とのことです。

長年の取り組みにより、ツアーの受け入れに関する引き合いも増えているそうです。同社は、「サイクリングイベントの開催者からの問い合わせはしばしばある。サイクリングを活用して観光振興につなげたい地方自治体からの問い合わせも、日を追うごとに増加している。お客様に良質なサービスを提供できるよう、受け入れ先の地方自治体の熱心さなども考慮しながら、タイアップ先を考えている」(同)といいます。

(注)「サイクリングバスツアー」は、国際興業の登録商標です。

4)“輪泊”ホテルも開業 官民一体でサイクルツーリズムの拠点に

東京から電車で1時間程度の距離にある茨城県土浦市。霞ヶ浦と筑波山の結節点として、湖と山を臨む自然豊かなエリアでもあります。その要衝となるJR土浦駅に直結した駅ビル「PLAYatre TSUCHIURA」内に、星野リゾートが手掛ける自転車ユーザー向けのホテル「星野リゾート BEB5土浦」が開業しました。

ホテルのテーマ「ハマる輪泊(りんぱく)」は、自転車に興味のない人もその魅力にはまり、あらゆる自転車ニーズにはまることを意味しています。部屋数は90室で、一部の部屋は自転車を持ち込める他、愛車と一緒にチェックイン・チェックアウトができます。

BEB5土浦が入居するPLAYatreは、霞ヶ浦の外周など全長約180キロメートルのサイクリングロード「つくば霞ヶ浦りんりんロード」の利用者へのワンストップサービスを提供する拠点施設として、2018年3月にオープンしました。館内には自転車で乗り入れることができます。駐輪場や、自転車を持ち込めるサイクルカフェの他、自転車ショップ、レンタサイクル、シャワー室、コインロッカーなどを集約した茨城県の施設「りんりんスクエア土浦」も入居しています。

同県によると、りんりんロードの自転車利用者数は2015年度の約3万9000人から2018年度には約8万1000人に増加しました。2020年度は約10万人を目標に掲げており、BEB5土浦とりんりんスクエアとの融合により、東京方面を中心とした一般観光客などの集客力向上が期待されます。

3 自転車ユーザーの増加に寄与する要因

今後、自転車ユーザーの増加に寄与する要因について、ビジネスフレームワークのPEST分析を使って紹介します。

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特に注目すべき点は、社会的、経済的な流れを受けて、国や地方自治体が自転車の活用を積極的に推進していることです。国や地方自治体による取り組みは今後、自転車ユーザーの裾野の拡大や、自転車関連ビジネスの発展に、さまざまな影響を与えることも想定されます。そこで本章では、国および地方自治体による自転車の活用推進の動きをまとめました。

1)自転車活用推進法の施行

2017年5月に、「自転車の活用による環境への負荷の低減、災害時における交通の機能の維持、国民の健康の増進等を図る」ことを目的とした自転車活用推進法が施行されました。これに基づき政府は同月、国土交通大臣を本部長とする自転車活用推進本部を設置しました。

2018年6月に閣議決定された2020年度までの自転車活用推進計画では、自転車の活用の推進に向け、さまざまな指標を設定しています(図表3)。

同推進本部は2019年11月、サイクルツーリズムの推進を目的に、「第1次ナショナルサイクルルート」として3ルートを指定しました。前述の「つくば霞ヶ浦りんりんロード」もそのうちの1つに含まれています。

また、同推進本部と自転車協会など自転車関連の団体は2019年4月、自転車活用推進官民連携協議会を発足させています。

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2)自転車を活用したまちづくりを推進する全国市区町村長の会

2018年11月に、294の地方自治体が参加して「自転車を活用したまちづくりを推進する全国市区町村長の会」が発足しました。発足1年後の2019年11月時点で参加する地方自治体は358まで増えています。同会について、ウェブサイトでは「我が国の自転車文化の向上、普及促進を図るとともに、各地域が取り組む地方創生推進の一助となること」を目的に掲げています。

4 参考データ

本章では、自転車の普及率や購入されている新車の車種など、自転車ユーザーに関する現在の傾向を示したデータを紹介します。

1)自転車の普及率の推移

自転車の普及率は上昇傾向にあります。

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2)車種別の1店舗当たり平均年間新車販売台数の推移

新車販売台数に占める車種別の構成比を見ると、日常の交通手段に主として使われる一般車が低下傾向にある一方で、一般道路での走行に適したスポーツ車であるクロスバイクや、電動アシスト車の比率が高まっています。

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自転車ユーザーの好みが、従来の「ママチャリ」のようなタイプから、ファッション性や機能性の高いタイプの自転車にシフトしているとみられます。

同じく自転車産業振興協会「自転車国内販売動向調査 年間総括(2018年)」では、一般車で最も多く購入された価格帯(価格帯別販売台数構成比が最も高い価格帯)は、2万3001円~2万7000円です。一方、クロスバイクは5万1円~8万円、電動アシスト車は10万1円~12万円の価格の自転車が最も購入されています。自転車が「単なる交通手段としてのツール」から、「こだわりを持った愛用品」「サイクリングを楽しむための娯楽用品」に変わってきているといえそうです。                              

以上(2020年4月)

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