病気で身体障害が残った社員の賃金は引き下げられる?

書いてあること

  • 主な読者:病気で身体障害が残り、労働能力が下がった社員の賃金を引き下げたい経営者
  • 課題:社員とトラブルにならないために、どのような手続きが必要なのか分からない
  • 解決策:社員の合意を得た上で、「賃金支給額の引き下げに関する合意書」などに署名してもらう。なお、賃下げの前に配置転換、労働時間や就業場所の見直しなども検討することが必要

本稿では次のケースにおいて、企業が社員の賃下げを行う際に必要な手続きを紹介します。

  • 社員が脳梗塞で倒れ、回復後に身体障害が残った。社員の労働能力は従来の半分以下に落ちているが、賃金の引き下げは可能か。

1 社員の合意を得る

賃下げは、労働条件の変更に当たるため、労働契約法(以下「労契法」)に基づき、社員の合意を得なければなりません(労契法第8条)。また、合意を得ない一方的な賃下げは、本来支払うべき賃金の一部を支払わないことになるため、労働基準法(以下「労基法」)の賃金全額払いの原則(労基法第24条第1項)にも反します。

合意を得るために企業が取るべき手続きは次の通りです。

  • 「現在の働きぶりが身体障害を負う前と比べてどの程度低下しているのか」「他の社員と比べてどこが足りないのか」をできるだけ客観的に社員に伝え、納得を得る
  • その上で、賃下げ後の条件が記載された「賃金支給額の引き下げに関する合意書」や「労働条件変更通知書」に署名してもらう

過去の裁判例では、「賃金の減額・控除に対する社員の承諾の意思表示は、社員の自由な意思に基づくものと認められる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、有効である」という旨の判断がされています(更生会社三井埠頭事件 東京高裁平成12年12月27日判決)。

また、社員が一方的な賃金の引下げに同意したというためには、ただ異議を述べなかったというだけでは必ずしも十分でなく、積極的にこれを承認する行為が必要との判断をした裁判例があります(ゲートウェイ21事件 東京地裁平成20年9月30日判決)。

従って、賃下げの合意に当たっては、社員が自由な意思に基づいて、賃下げに合意したことを確認できる環境を整える必要があります。合意に瑕疵(かし)がある場合、事後的に錯誤(民法第95条)による無効や詐欺・強迫(同法第96条)による取消しを主張される恐れがあります。

実務で賃下げを伝える話し合いをする場合は、次の3つを心掛けましょう。

  • 決して高圧的な態度を取らない
  • 2人以上が同席する
  • 話し合いの記録を議事録などにして取っておく

なお、合意内容が法令(強行法規)、労働協約、就業規則に違反するような労働条件の切り下げは無効となります(労基法第13条、第93条、労契法第12条、労働組合法第16条、最低賃金法第4条)。また、企業の権利濫用に当たるような場合も無効となるので、注意が必要です。

2 企業が注意すべきポイント

1)配置転換の可能性

労働契約などで社員が従事する職務(事務担当など)を明確に定めていない場合、賃下げの前に配置転換を検討することも必要です。例えば、総合職で採用された社員は、人事異動を通じてさまざまな職務に就きます。仮に、社員が別の職務なら十分に対応できるとします。そうすると、社員は、「配置転換で別の職務を担当させてほしい」と主張してくるでしょう。

実際、「社員である原告が私傷病を理由に、従前とは別の職務に就くことを企業に申し出たが、逆に自宅療養を命じられ、企業に対し自宅療養中の賃金支払いを求めた」という判例もあります(片山組事件 最高裁第一小平成10年4月9日判決)。この判例では、最高裁が次のような観点から、社員の訴えを認容しています。

  • 労働契約において職種や業務内容が特定されておらず、
  • 病気や障害などにより、それまでの業務を完全に遂行できないときは、
  • 他に労務を提供できる業務が存在し、かつ労働者が労務の提供を申し出ている場合、
  • 労務の提供があったものとみなし、これを受領しなかった使用者に関する賃金請求権は失われない

社員から配置転換の申し出がなされる可能性は否めないため、企業は事前に配置転換の可能性を探っておくべきです。また、職務内容の変更を伴う配置転換は、労働契約で職務を限定していない限り、企業の人事権の範囲内であると考えられます。

そのため、社員が能力を十分に発揮できる職務があるのであれば、賃下げの前に配置転換を検討することは企業にとってメリットがあります。事前に配置転換して社員にチャンスを与えることは、労使トラブルを防止するための基本的な手段です。

2)労働時間や就業場所などの見直し

身体障害により、今まで通りに働くことが難しい社員に対しては、社員がパフォーマンスを発揮しやすいよう、労働時間や就業場所などの見直しを検討します。

例えば、雇用形態を正社員から短時間正社員やパートタイマーに変更することで、労働時間を短縮し、心身の負担を軽減できるかもしれません。また、通勤時の移動が苦痛ということであれば、時差出勤やテレワーク(在宅勤務など)を認めるのもよいでしょう。労働条件を見直すことで新たな雇用形態などに応じた賃金を設定し直すこともできます。

ただし、個別の労働契約によって労働条件を変更する場合は、社員の合意が必要となります。また、短時間正社員やテレワークなどを既存の制度として導入していない場合については、就業規則の見直しなどが必要となるため、慎重な対応が求められます。

3)家族手当などの取り扱い

賃金は基本給と諸手当で構成されるため、賃下げの対象となる賃金を確認する必要があります。例えば、家族手当や住宅手当は、社員の家族構成や住居の状況によって支給の有無が決まるため、労働能力が低下しても減額の対象にはならないと考えられます。

反対に、役職手当はその職位に就いていることによって支給の有無が決まるため、労働能力の低下に伴い人事異動や職務変更が行われた場合には、減額の対象になり得ると考えられます。

4)社員が賃下げを一切受け入れない場合の対応

社員が賃下げを一切受け入れない場合も考えられます。こうした場合、企業が強硬に賃下げを行うと、社員が都道府県労働局に相談する、外部の労働組合に駆け込むなどの行動を起こし、労務トラブルに発展する恐れがあります。

労務トラブルを避けるための基本は、まず就業規則に従って賃下げを行うことです。就業規則に賃下げ(降給)といった賃金改定の規定がない場合は、次のような規定を追記しましょう。なお、就業規則の変更が社員に不利益となる場合、変更内容が社員の受ける不利益の程度や変更の必要性などに照らして、合理的なものでなければなりません(労契法第9条、第10条)。

  • 賃金は定期に実施する人事考課によって決定し、その結果不良であると判断された場合は、考課表に基づき改定を行う

就業規則を整備したら、その上で、人事考課の際に社員の労働能力を客観的に評価し、その結果に基づいて降格・降級させます。これを客観的・平等的に行うためには、職能給制度などの考課制度の整備と考課者の訓練、社員に対する制度の周知が必要となります。

恣意的であるなど、人事権の濫用と認められる降格・降級に基づく賃下げで労使トラブルになった場合、降格・降級やそれに基づく賃下げも無効と判断される恐れがあります。そのため、稚拙な対応は避け、評価結果に対する降格・降級の範囲の中で賃下げを実施します。

いずれにしても、社員の性格や意向、これまでの企業との関係、就業規則の内容、変更の可否などによって取るべき対応は変わってきます。必要に応じて弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談するとよいでしょう。

3 まとめ

賃下げは社員の合意があれば、比較的スムーズに行うことができます。賃下げ額も原則として企業と社員の話し合いで決まります(ただし、法令、労働協約、就業規則に違反しないことが条件)。その話し合いでは、企業はできるだけ客観的・定量的に現在の社員の労働能力を示す努力をしなければなりません。

また、事前に配置転換の可能性を探ることや、賃下げの対象を合理的に決めることも必要です。社員が賃下げに一切応じない場合は、就業規則などに定められている既存のルールを使って対応していくことになります。

以上が社員の賃下げを行う際のポイントですが、最も重要なことは社員の生活の安定であるといえるので、この点について十分に配慮することを忘れてはならないでしょう。

以上(2020年8月)
(監修 弁護士 田島直明)

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会社分割で社員をトラブルなく承継させるための4つの手続き

書いてあること

  • 主な読者:会社分割により、社員を別会社に承継させる予定がある経営者
  • 課題:別会社で働くことに不安を抱いている社員に対する会社の配慮が不十分だと、社員が不信感を募らせ、社員の意欲の低下や離職などにつながる恐れがある
  • 解決策:「社員の理解を得るための協議」「個別の社員との協議」といった必要な手続きを押さえる

1 会社分割で労働契約の承継を行う際に必要な手続きとは?

会社分割では、社員の同意を個別に取ることなく、承継会社や新設会社(以下「承継会社等」)に対し、労働契約を包括的に承継させることができ、会社の一方的な都合によって社員が不利益を被る恐れがあります。

そのため、「労働契約承継法」やその施行規則、指針など(以下「承継法等」)で、会社分割によって労働契約を承継する際のルールが定められています。

会社分割で労働契約の承継を行う際に必要な手続きは次の4つです。

  • 社員の理解を得るための協議
  • 個別の社員との協議
  • 社員への通知
  • 社員からの異議申し立て

2 手続き1「社員の理解を得るための協議」

「社員の理解を得るための協議」とは、会社分割に際し、分割会社に勤務する労働者から理解と協力を得るための手続きです。具体的には、雇用する過半数以上の社員で構成される労働組合(過半数労働組合)、労働組合がない場合は社員の過半数を代表する者(過半数代表)と、主に次の内容について協議しなければなりません。

  • 会社分割をする背景、理由
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)に関する事項
  • 社員が、主従事労働者か否かの判断基準(注1)
  • 労働組合と労働協約を締結している場合は、労働協約の承継に関する事項
  • 会社分割に当たり、分割会社または承継会社等と関係労働組合または社員との間に生じた労働関係上の問題を解決するための手続き(注2)

なお、ここに挙げたものは例示であり、分割会社が社員の理解と協力を得ることが必要と認められる事項が他にある場合については、その事項について、社員に対して理解と協力を得るよう努めることが必要です。

この協議は、次に述べる「個別の社員との協議」の前までに実施します。なお、協議事項についての合意までは求められていませんが、協議を行わなかったために会社分割について十分な情報提供がされず、「個別の社員との協議」に支障が出た場合は、会社分割が無効になることがあります。

(注1)承継する事業に主として従事している社員のことを「主従事労働者」といいます。また、主従事労働者以外の労働者を「承継非主従事労働者」といいます。両者の詳細については、第6章で紹介します。

(注2)労働関係上の問題とは、主従事労働者に該当するか否かについて社員と会社の間で見解の相違が生じることや、承継会社等に承継することが難しい福利厚生に関する問題などを指します。

3 手続き2「個別の社員との協議」

会社は、主従事労働者、承継非主従事労働者に対し、主に次の事項について説明する必要があります。

  • 会社分割の効力発生後に社員が勤務する会社の概要
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)の見込みに関する事項
  • 社員が、主従事労働者か否かの判断基準

その上で、次の事項について協議しなければなりません。

  • 社員の労働契約の承継の有無
  • 承継するとした場合または承継しないとした場合に、当該社員が従事することを予定する業務の内容、就業場所その他の就業形態等

協議は次に述べる「社員への通知」を行う日までに実施します。分割会社と労働組合等との協議では社員の理解と協力を得るよう努めなければなりませんが、協議事項についての合意までは求められません。もっとも、協議が全く行われなかった、または十分に行われなかった場合は、会社分割が無効になることがあります。

なお、会社法が制定された当時の承継法等では、承継非主従事労働者と転籍合意によって承継させる主従事労働者については、「個別の社員との協議」を行う必要がありませんでしたが、現行法ではこれらの社員とも協議を行うことが義務付けられています。

4 手続き3「社員への通知」

会社は、主従事労働者、承継非主従事労働者に対して、次の内容について通知します。

  • 会社分割により承継される場合には、労働条件を維持したまま承継されること
  • 社員が主従事労働者、承継非主従事労働者のいずれに該当するかの別
  • 社員が承継会社等に承継されるという分割契約等の記載の有無
  • 承継される事業の概要
  • 会社分割後の分割会社と承継会社等の名称、所在地、事業内容、雇用することを予定している社員の数
  • 会社分割の効力発生日
  • 会社分割後に社員が従事する予定の業務の内容、就業場所その他の就業形態
  • 分割会社と承継会社等の債務の履行(賃金の支払いなど)の見込みに関する事項
  • 異議がある場合はその申し出を行うことができる旨
  • 社員が異議を申し出ることができる期限日
  • 異議の申し出を行う際の当該申し出を受理する部門の名称および所在地、または担当者の氏名、職名および勤務場所

なお、通知は次の日までに書面で行わなければなりません。また、分割会社が労働組合と労働協約を締結している場合は、労働組合に対しても別途通知を行わなければなりません(通知事項は労働者と労働組合では異なります)。

  • 会社分割を株主総会で承認する場合は、株主総会の2週間前の日の前日
  • 株主総会での承認を行わない場合は、分割契約等が締結等された日から2週間を経過する日

5 手続き4「社員からの異議申し立て」

通知を受けた労働者は、労働契約の承継に異議がある場合は、通知された期限日までに、書面で異議の申し立てを行います。

主従事労働者のうち、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがない者は、異議の申し立てを行えば、労働契約を承継させることができます。逆に承継非主従事労働者の場合は、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるため、本来は労働契約が承継されますが、異議の申し立てを行うことで、労働契約の承継を拒むことができます。

なお、主従事労働者で分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めのある者や、承継される事業に主として従事しておらず、分割契約等にも労働契約を承継させる旨の定めがない者の場合は、異議申し立てを行っても分割会社はそれに従う必要がありません。

6 主従事労働者、承継非主従事労働者とは?

会社分割によって承継会社等に労働契約が承継される社員は、承継する事業に主として従事しているか否かによって、「主従事労働者」と「承継非主従事労働者」の2種類に分けられます。

さらに、主従事労働者は、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるかによって、「承継される者」と「承継される場合がある者」の2種類に分けられます。後者には、転籍合意によって承継される主従事労働者などが該当します。

これらを踏まえると、労働契約の承継のイメージは次の通りです。

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社員は労働契約の承継に同意しない場合、異議の申し立てをすることができます。この際、社員が主従事労働者か、分割契約等に労働契約を承継させる旨の定めがあるかによって、承継会社等に承継されるか分割会社に残留するかが決まります。

主従事労働者と承継非主従事労働者の判断が難しいのは、社員が複数の事業に関わっていたり、間接部門として複数の事業を管理していたりするケースです。この場合、社員がそれぞれの事業に従事する時間、果たしている役割等を総合的に見て主従事労働者に当たるかを判断します。

例えば、人事部門であれば、承継される事業に従事する社員が多く、その管理に日ごろから特に注力している場合は、主従事労働者に該当するといえるかもしれません。

7 労働条件についての留意点

1)労働条件などは、原則そのまま承継される

分割契約等に定められた労働条件は、原則そのまま承継されます。個別の労働契約や就業規則等に定められた労働条件だけでなく、労使慣行に基づく持病や育児・介護など個人の事情に合わせた勤務配慮なども対象となります。会社分割により労働条件の不利益変更が発生する場合は、社員の合意を得る必要があります。

なお、年次有給休暇の日数や退職金の金額は、自社と承継会社等の勤続年数を通算して計算することになります。

2)36協定

承継会社等で働く場合、1日の所定労働時間については、分割会社の労働条件が原則そのまま承継されます。しかし、次の場合には、効力発生日以降に、改めて36協定を締結し、所轄労働基準監督署に届け出をする必要があります。

  • 承継会社等において時間外労働を行う場合
  • 時間外労働の限度時間について、会社分割の前後で事業場の同一性が認められない場合

3)企業年金

確定給付企業年金(基金型、規約型)や厚生年金基金などの企業年金は、分割会社が実施していても承継会社等が実施していない場合があります。

会社分割における企業年金の運用方法は次の通りです。

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4)福利厚生

福利厚生の中には、そのまま承継会社等に承継することが難しいものがあります。例えば、社宅の貸与などは承継会社等で施設を所有していないと、貸与することが困難です。この場合、代替措置(社宅を貸与する代わりとして住宅手当を支払うなど)を含め分割会社と労働者が協議を行い、妥当な解決を図る必要があります。

5)労働協約

分割会社が労働組合と締結する労働協約の内容は、賃金や労働時間その他労働者の待遇について定められた「規範的部分」と、組合事務所の提供、団体交渉の手続きなどについて定められた「債務的部分」に分けられます。

規範的部分については、労働組合員に係る労働契約が承継会社等に承継されるときは、承継会社等と労働組合との間で、同一の内容の労働協約が締結されたものと見なされます。

債務的部分については、分割会社が労働組合と協議し合意した部分についてのみ、分割契約等に記載することで、承継することができます。

以上(2020年8月)
(監修 弁護士 田島直明)

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求職者に誤解を与えない求人票の書き方

書いてあること

  • 主な読者:求人票を使って採用活動を行う会社の経営者や人事労務担当者
  • 課題:「求人票の記載内容と実際の労働条件が違う」と求職者に言われないよう、自社の労働条件を正しく求人票に記載したい
  • 解決策:「就業場所や時間外労働の内容が実態と乖離しないようにする」「残業代や手当の支給要件を明らかにする」など、ポイントを押さえる

1 2020年1月6日より新しくなった求人票の書式

2020年1月6日より、ハローワークのサービスが新しくなりました。まず、求人票の書式が新しくなり、「正社員登用」「受動喫煙対策」「必要なPCスキル」など、より詳細な情報を求職者に伝えられるようになりました。さらに、会社のパソコンから求人の申し込みができるようになり、求職者がハローワークに来庁しなくても求人情報を閲覧できるようになりました。

以前より求職者へのアプローチがしやすくなった分、「求人票の記載内容と実際の労働条件に相違が発生しないようにしなければならない」ことに、より注意しなければなりません。例えば、「求人票を見て面接に行ったら、休日や就業時間など、求人票に記載された労働条件と異なる説明を受けた」といった求職者は少なくありません。

求人票の書き方が曖昧だったために、求職者が求人票の記載内容を誤解してしまうことはよくあります。たとえ会社に悪意がなくても、会社に不信感を覚えた求職者がそのことをSNSなどで拡散すれば、会社のイメージ低下につながりかねません

また、求職者が求人票の記載内容と実際の労働条件の相違についてハローワークに相談した場合、会社に対し、事実確認や是正指導が行われることがあります。その過程で法令違反の恐れがある場合などは、職業紹介の一時保留や求人の取り消しが実施されることがあります

こうしたことにならないよう、以降では求職者に誤解を与えない求人票の書き方のポイントを紹介していきます。

2 就業場所や時間外労働の内容が実態と乖離しないようにする

求人票の「就業場所」の欄には、就業場所となるオフィスの住所などを記載する箇所があります。しかし、昨今は新型コロナウイルス感染症の影響で、オフィス以外での就業(いわゆるテレワーク)を実施する企業が増えつつあります。オフィスの雰囲気に魅せられて応募したのに、就業場所が異なる場合、「話が違う」という印象を受ける求職者もいます。

そこで、テレワークを実施している場合、次の点に注意して記載します。

  • 「就業場所」の欄にある「在宅勤務に該当」のボックスにチェックを入れる
  • 「就業場所」の欄にある「就業場所に関する特記事項」に、テレワークの内容を記載する(原則週3日を在宅勤務とする、なお業務に使用する機材は会社より貸与するなど)

また、時間外労働は、過重労働問題が注目されている現在、慎重に記載しなければ求職者とのトラブルに発展しかねない点です。

求人票には「時間外労働」の欄があり、その欄に月平均の時間外労働時間を記載します(月平均10時間など)。しかし、たとえ計算上、「月平均10時間」が事実であっても、繁忙期には60時間を超える時間外労働があるような場合、「話が違う」という印象を受ける求職者もいます。

そこで、月によって繁忙の差が激しい場合、次の点に注意して記載します。

  • 「時間外労働」の欄にある「特別な事情・期間等」に、繁忙期の時間外労働について記載する(繁忙期の3月の時間外労働は60時間程度(時間は2019年度実績)など)
  • 特別条項付きの36協定を締結している場合は、「36協定における特別条項あり」のボックスにチェックを入れ、「特別な事情・期間等」に特別な事情・延長時間などについて具体的に記載する

3 残業代や手当の支給要件を明らかにする

賃金についてトラブルになりやすい点として、残業代と手当があります。

残業代については、例えば、固定残業代の問題があります。求人票の「基本給は月30万円」という記載を見て、求職者が「賃金が高い」と思い応募したが、実はその30万円の中に固定残業代が含まれていたというような場合です。

求人票には、「基本給」の欄と「固定残業代」の欄が別々に設けられているので、固定残業代制を採用している場合、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「基本給」の欄には、固定残業代を含まない純粋な基本給の額を記載する
  • 「固定残業代」の欄には、固定残業代の額、対象となる時間数(固定残業時間)を記載する。さらに、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働があった場合、割増賃金を追加で支払う旨を記載する

手当はその有無によって給与の支給額が変わるので、多くの求職者が気にする点です。新書式の求人票では、「定期的に支払われる手当」の欄と「その他の手当等付記事項」の欄が設けられているので、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「定期的に支払われる手当」の欄には、採用する社員全員に毎月定額的に支払われるものを記載する(役職手当、技能手当、資格手当、地域手当など)
  • 「その他の手当等付記事項」の欄には、個人の状態、実績に応じて支払われるものを記載する(家族手当、皆勤手当など)

4 業務内容や選考フローは分かりやすく記載する

求人票の「仕事の内容」の欄に記載された業務と、実際の業務が違う場合、求職者とトラブルとなります。

特に中小企業では、大企業のように業務が明確に分かれておらず、状況に応じて各人が担当外の業務を任されることが多いため、潜在的にこうした問題が起こりやすい環境にあるといえます。

そのため、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「仕事の内容」の欄には、メーンとなる業務が分かるようにしながら、担当する可能性の高い業務も記載する(伝票入力(全体の約7割)、請求書発行、請求データ照合、会議の準備など)

選考開始から内定までの選考フローは、求職活動や就職時期に影響するので、求職者にとっては大切な情報です。求人票には「選考方法」の欄や「選考結果通知のタイミング」の欄が設けられているので、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「選考方法」の欄に、選考方法が面接なのか書類選考なのか、面接の場合は何回なのかなどを記載する
  • 「選考結果通知のタイミング」の欄に、面接の場で採用の可否を即決するのか後日通知するのか、後日通知する場合は選考後何日以内に通知するのかなどを記載する

なお、中小企業では、「2次面接までの予定だが、良い人材なので1次面接で内定を出す」といったように、柔軟な選考をすることがあります。また、他の求職者との比較検討をするので、標準的なスケジュールよりも時間を要することもあります。

求人票には、「選考に関する特記事項」の欄が設けられているので、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「選考に関する特記事項」の欄に、あくまで標準的なフローやスケジュールであり、変更することがある旨を記載する

5 試用期間中の労働条件などを明確にする

試用期間中の労働条件などにも注意が必要です。試用期間中でも入社後14日を超えると、労働基準法の解雇予告や解雇予告手当の支払いなどが必要となります。そのため、正社員募集であっても、試用期間中は契約社員などとして勤務させる企業があるようです。

しかし、それが分かるように求人票に記載していないと、試用期間中から正社員として採用されると思っていた求職者との間でトラブルになることがあります。そのため、試用期間中の労働条件(賃金額など)が本採用後と異なる場合は、試用期間中と本採用後のそれぞれの労働条件を明示する必要があります。

求人票の「試用期間」の欄には、「試用期間中の労働条件」を記載する箇所が設けられているので、次のポイントを押さえておきましょう。

  • 「試用期間」の欄にある「試用期間中の労働条件」に、試用期間中と本採用後の違いが分かるように記載する(本採用後は月給25万円だが、試用期間中は20万円とする。試用期間中は、年1回の昇給、年2回の賞与支給の対象外とするなど)

6 補足:求人票の記載内容に変更があった場合の対応

2018年1月1日より、企業は選考過程にある求職者の労働条件を求人時のものから変更する場合、変更後の労働条件を新たに明示しなければならなくなりました。明示は労働契約の締結前に原則書面で行いますが、求職者等が希望した場合には電子メールでの明示も可能です。

労働条件の変更に当たるのは、例えば次のような場合です。

  • 求人票で「月額30万円」としていた基本給を「月額28万円」に変更する
  • 求人票で「月額25万円~30万円」としていた基本給を「月額28万円」と特定する
  • 求人票に記載していた(いなかった)「営業手当」を削除する(追加する)

労働条件の変更の明示は、当初の明示と変更された後の内容を対照できる書面を交付することが望ましいですが、「変更部分に下線・マーカーを引く」「変更内容を注記する」など変更内容を明らかにすれば、労働条件通知書で明示しても差し支えありません。

以上(2020年8月)
(監修 社会保険労務士 志賀碧)

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画像:pixabay

【朝礼】残業を命じる権利、する権利

皆さん、おはようございます。今朝は「権利と義務」についてお話しします。

我が家では、私が子供に宿題を教えていますが、言うことを聞かないときは、叱りつけて無理やり宿題をさせることもあります。子供に宿題を命じることは親の「権利」であるから、叱っても当然と思うわけですが、一方で教育は「義務」でもあります。例えば民法では、「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」と定められています。

つまり、権利として子供に宿題を命じ、実際に子供に宿題をさせる義務を負うということですが、問題は「義務を履行するレベル」です。

強制的に子供に宿題をさせれば、最低限の義務は果たしたことになるでしょう。しかし、そうした行為を続ければ、子供は勉強嫌いとなり、その後の成長にもマイナスとなりかねません。もっと高いレベルで義務を履行するためには、子供に勉強の楽しさを教え、集中して取り組める環境を与える必要があるでしょう。

そして、ここから私が考えたのは、上司の「残業を命じる権利と義務」についてです。上司には部下の残業を認める権利がありますが、それと対になる義務について考えたことがありますか。まず、労働基準法関連のガイドラインにおいて、企業は社員の労働時間を適正に管理する義務を負うとされていますから、社員の健康管理と違法な残業の撲滅は明確な義務となります。

また、これは法令に示されたものではありませんが、信義則として、企業は社員に成長の機会を与える義務があると考えています。

残業を命じる権利を持っている上司の皆さんは、こうしたことを考えて部下の残業を認めているでしょうか。慣れないリモートワークで、残業が増えることは仕方がありませんが、その残業を行う部下のモチベーションはどうですか。また、その残業を行うことで企業にどのような成果が上がりますか。さらには、部下の成長につながりますか。もちろん、心身の健康を損ねるような残業を認めてはいけません。リモートワークで対面する時間が減った今、残業を含め部下をマネジメントする上司の役割が重要になっているのです。

部下にも「残業をする権利と義務」があります。上司の承認を受ければ、ある意味、残業することは部下の権利となります。しかし、その残業によって、どのような成果が上がるのでしょうか。厳しい言い方ですが、単に効率が悪い、集中していないなどの理由で仕事が終わらずに残業を申請しているのなら、最低限の義務すら果たしていないことになります。

「上司だから仕事ができる」「長時間、働いているから頑張っている」。こうした価値観は変わりました。皆さんには権利と義務があります。義務は成果を上げること、権利はそのための権限です。高いレベルで義務を果たすほど、権利も大きくなります。これを認識してください。

以上(2020年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】今だからこそ「自分たちっぽさ」を挙げてみよう

もうすぐ上期が終わります。今期はコロナ禍の影響で、思うように成果が上げられていない人も多いでしょう。例えば営業担当者は、見込み先となかなか会えず、苦戦したはずです。

そこで今日は、下期、皆さんが新たに取り組めるよう、ある業界のトップセールスの方から聞いたことを一つ、お話しします。

それは、「自分たちにキャッチフレーズをつける」というものです。短い時間しか会ってもらえない、対面に比べて距離感を覚えがちなオンライン商談になった。そういうときでも、自分たちにキャッチフレーズをつけることで、より興味を持ってもらえるようになるというのです。

ここで言うキャッチフレーズは、「エッジの効いたかっこいい言葉」ではありません。「自分たちは何を実現しているのか、何を解決しているのかを分かりやすく表す言葉」です。そういうキャッチフレーズをつけるには、「自分たちは、誰にどのような価値をお届けしているのか。あるいは、お届けしたいのか」といったことを突き詰めて考えなければなりません。

例えば、「低価格でさまざまなオフィス家具を扱っている◯◯社です」を、「在宅勤務に合ったデスクと椅子を提供し、社員の満足度アップに貢献する◯◯社です」に変えると、まるで印象が違います。後者のほうが、「経営者向けに、社員に喜ばれる環境を提供するオフィス家具の会社である」ことが分かりやすくなるでしょう。

トップセールスの方の「キャッチフレーズをつける」話を聞き、私は思いました。キャッチフレーズそのものよりも、そのために「自分たちは何者か」を考えること自体がとても重要で、今の当社に必要なのではないだろうか、と。

コロナ禍をきっかけに、ビジネスそのものも、業界全体も、私たち一人ひとりの働き方も変わってきています。こうした大きな転換点にあるときこそ、「自分たちは何者か」を一人ひとりが改めて意識しなければなりません。

そこで皆さん。下期に入る前に一度、「自分たちは何者か」について、全員で議論をしてみませんか。それこそ、オンラインでもよいでしょう。難しく考えなくて大丈夫です。まずは頭を柔らかくして、「どういうものが自分たちっぽいか」をどんどん挙げることから始めましょう。

自分たちっぽい言葉、立ち居振る舞い、お客さまへの接し方、提案の仕方、トラブル対応の仕方、社員同士のつながり方、働き方、挨拶の仕方。また、自分たちっぽい「喜び」や実現したいことは何か。「やってはいけないこと」は何か。そういう一つひとつの「自分たちっぽさ」から、自分たちは何を大切にしているのか、何者なのかを、皆で見つけて形にしていきたいと思います。

今年度の下期は、今までとは違う私たちです。皆さんは下期、自分たちを何者と考え、どのようなキャッチフレーズをつけるでしょうか。私はとても楽しみです。

以上(2020年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

今、注目の「5G」が分かる用語集

書いてあること

  • 主な読者:話題の5Gについて、ポイントを知りたい経営者
  • 課題:5Gの説明は専門用語が多く、分かりにくいものが多い
  • 解決策:専門用語を使わない5Gの基本を素早く理解する

5Gとは「5th Generation」の略で、「第5世代移動通信システム」として大きな注目を集めています。本稿は、必ず押さえておきたい5Gの基本をまとめています。まずは、タイトル1~5をお読みください。15分で十分にお読みいただける文章量です。

1 5Gの通信速度は20倍

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5Gの通信速度は4Gの20倍です。これにより、大きな容量のデータをより短時間で送れるようになります。例えば、映画やドラマといったコンテンツだけではなく、監視カメラやドライブレコーダー、遠隔地にいる取引先とのウェブ会議の映像など、さまざまなシーンで高品質な映像を届けることが可能になります。

2 5Gの同時接続数は10倍

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5G用の基地局と従来の4G用の基地局が同時に接続できる端末数を比較すると、5Gは4Gの10倍です。これにより、IoTの普及によって通信機能を備える小型センサーなどが大量にインターネットに接続されるようになっても、基地局を増設することなく対応できる可能性があります。

3 5Gの遅延は10分の1

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5Gの遅延は4Gの10分の1です。これにより、よりリアルタイムに近い動きや反応が実現します。例えば、自動車を遠隔から制御する自動運転に5Gを使ったとき、リアルタイムにブレーキを踏んだときとほぼ同じタイミングでブレーキが踏まれることになります。わずかな遅れが問題になりかねない遠隔医療の分野でも、5Gの低遅延という特性に期待が集まっています。

4 5Gによってビジネスはどう変わる?

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特筆すべきはIoTの対象領域の拡大でしょう。自動運転や遠隔医療、警備・監視といった代表的なニーズに加え、電気の使用量などを可視化するスマートメーター、戸建て住宅などの防犯サービスを提供するホームセキュリティー、さらには工場や建設現場の安全管理、労働環境維持などの目的でも、通信機器を使ったビジネスが模索されています。

例えば、メンテナンス業の場合、現在は遠隔の顧客先まで足を運び、故障した機器などを点検、修理します。5Gを業務に利用した場合、故障した機器の状況を高品質な映像で詳細に確認できるようになります。機器の稼働状況を監視するセンサーを事前に設置しておけば、故障の原因を早期に特定できるかもしれません。もし、部品交換で済む故障だと分かれば、顧客先への交通費や移動時間を削減できる他、即時対応により顧客満足度も高められます。

同様に、在宅介護サービス業の場合、現在は利用者宅を一軒ずつ訪問し、健康状態を確認しています。5Gを業務に利用した場合、ウェブ会議システムの仕組みを使って必要なタイミングで利用者と対面で会話できるようになります。ウエアラブル端末を使えば心拍数などをほぼリアルタイムに計測できるので、異変の検知にも役立ちます。こうした情報を医療機関と連携しておけば、病院搬送後に迅速に治療を始めることも可能です。

5 自社の敷地限定で5Gが使える「ローカル5G」

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5Gを利用できる地域は限られます。NTTドコモやKDDIなどの事業者が提供する5Gを使った通信サービスは、日本の全ての地域をカバーするわけではないからです。そこで登場するのがローカル5Gです。

ローカル5Gとは、特定の地域やエリア限定で5Gを利用できるようにする通信サービスで、NTTドコモなどの事業者が提供する5Gの通信サービスを使いません。自社が管理する工場や倉庫、建設現場、商業施設などの特定エリアに専用の基地局を設置し、プライベートな5G通信サービス網を構築します。これにより、「電波が届きにくい」「セキュリティーが不安」「震災などによる急激な通信機器の利用増加」などといった課題を解消します。ローカル5Gはこれから本格化が見込まれるサービスであり、注目したいところです。

6 5Gの関連用語:ご興味があればお読みください

1)bps(ビーピーエス)

インターネットやスマートフォンなどの通信回線の速度を表す単位です。「bits per second」の略で、1秒間に何ビットのデータを送れるのかを示します。1秒間に1ビットのデータを送信するなら「1bps」、1秒間に1000ビットのデータを送信するなら「1000bps」または「1kbps」と表されます。数値が大きいほど「高速」です。

一般的に、1000kbpsは「1Mbps」、1000Mbpsは「1Gbps」です。5Gの場合、通信速度は最大20Gbpsです。ちなみに、4Gの通信速度は最大1Gbpsです。

2)IoT(アイオーティー)

「Internet of Things」の略で、あらゆるものがインターネットに接続するという考えです。「モノのインターネット」などと呼ばれています。

PCやスマートフォンなどといった通信機器以外に、家電、製造機器、自動車、重機などもインターネットに接続し、さまざまなデータをやり取りできるようになります。例えば、自動車に最新の渋滞情報を知らせたり、重機で使用するモーターやファンベルトの摩耗状況を確認したりと、これまで分からなかった情報を手軽に入手できるようになります。

3)ms(ミリセカンド、ミリセック)

「millisecond」の略で、時間を表す単位です。1msは1000分の1秒を表し、「1ミリ秒」などとも表されます。

5Gなどの通信規格では、遅延の長さを表すときに主に使われます。送ったデータが届くまで、もしくは届いて戻ってくるまでの時間が短いほど低遅延といえます。5Gの場合、遅延は1msといわれています。

4)周波数帯(しゅうはすうたい)

電波の種類を区別するときに使われ、「バンド」とも呼ばれます。電波は波長ごとに種類が異なり、スマートフォンや携帯電話などで使われる通信規格は、そのうちの一部が割り当てられています。到達距離が長い、建物などの障害物を回り込んで届くなど、種類に応じて電波特性は異なります。5Gは新たに割り当てられた電波を使用しています。

5)基地局(きちきょく)

スマートフォンなどからの電波を受信する専用施設です。スマートフォンで電話をかけたとき、最寄りの基地局が電波を受信し、交換局を経由するなどして相手の電話につながります。   

このときの電波の橋渡し役を担います。鉄塔の形の基地局から、ビルやマンションの屋上に設置される基地局まで、さまざまな種類があります。

1つの基地局で一度に接続できる通信機器やデータの容量には制限があります。5Gはこうした制限を解消する特徴を持っています。

以上(2020年6月)

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画像:日本情報マート

少人数私募債の概要

書いてあること

  • 主な読者:少人数私募債の発行を検討している経営者
  • 課題:制度の内容や、どのような準備が必要なのかよく分からない
  • 解決策:少人数私募債は、縁故者との信頼関係があれば無担保でも社債を引受けてもらえるなどのメリットがある。一方で、縁故者を引受人とすることから事前の準備が非常に重要であり、弁護士や公認会計士などの専門家や関係先との連携が必須

1 少人数私募債とは

1)少人数私募債とは

少人数私募債は、金融商品取引法上の概念で、同法に規定されている有価証券届出書・有価証券報告書の開示規制が課されず、社債管理者の設置も不要となるように設計されている社債を指します。一般に、親族・従業員・取引先など、自社にとって身近な者(縁故者)を対象として発行されています。

少人数私募債は、直接金融による資金調達手段として中小企業でも活用されています。メリットとしては、次のような点が挙げられます。

  • 縁故者との信頼関係があれば無担保でも社債を引受けてもらえる
  • 発行企業が自由に発行条件を決定できる
  • 利息の固定化・低金利化が可能である
  • 通常の社債より手続きが簡単である

一方で、少人数私募債は社債ですから、会社から見ると投資家に対する債務です。そのため、償還期日に償還原資を確保しておかなければなりません。

2)少人数私募債に係る法律

社債は、金融商品取引法上の「有価証券」になりますので、社債取得の申込みを勧誘することは、「有価証券の募集」に該当します。そのため、金融商品取引法上、少人数私募債に該当するための要件である、1.募集人数が50名未満であること、2.譲渡制限や分割禁止が定められていること等の構成要件を満たす形で社債を発行する場合、当該社債の発行は、同法における「有価証券の私募」の一類型となります。

このように社債発行が「有価証券の私募」に該当すれば、上述した金融商品取引法上の開示規制は課されないことになります。

なお、この場合であっても、発行する社債は、会社法上の「社債」として、同法の規定に服することにはなります。

以降では、まず金融商品取引法および会社法における少人数私募債を構成する要件を見た上で、会社法上の社債発行手続きを見ていくものとします。

また、少人数私募債では、縁故者を引受人とすることから事前の準備が非常に重要となります。そのため、弁護士や公認会計士などの専門家や関係先との連携を密にし、計画的に進めていくことが必須となります。

2 金融商品取引法と少人数私募債

1)金融商品取引法における規定

新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘(取得勧誘)のうち、金融商品取引法第2条第3項各号の規定に該当するものを「有価証券の募集(公募)」といい、係る有価証券の募集に該当しないものを「有価証券の私募」といいます。

少人数私募債に該当するためには、「有価証券の私募」の要件を満たすことが必要となります。

【金融商品取引法第2条第3項】
この法律において、「有価証券の募集」とは、新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘(これに類するものとして内閣府令で定めるもの(次項において「取得勧誘類似行為」という。)を含む。以下「取得勧誘」という。)のうち、当該取得勧誘が第一項に掲げる有価証券又は前項の規定により有価証券とみなされる有価証券表示権利若しくは特定電子記録債権(次項及び第六項、次条第四項及び第五項並びに第二十三条の十三第四項において「第一項有価証券」という。)に係るものである場合にあっては第一号及び第二号に掲げる場合、当該取得勧誘が前項の規定により有価証券とみなされる同項各号に掲げる権利(次項、次条第四項及び第五項並びに第二十三条の十三第四項において「第二項有価証券」という。)に係るものである場合にあっては第三号に掲げる場合に該当するものをいい、「有価証券の私募」とは、取得勧誘であって有価証券の募集に該当しないものをいう。

  • 一 多数の者(適格機関投資家(有価証券に対する投資に係る専門的知識及び経験を有する者として内閣府令で定める者をいう。以下同じ。)が含まれる場合であって、当該有価証券がその取得者である適格機関投資家から適格機関投資家以外の者に譲渡されるおそれが少ないものとして政令で定める場合に該当するときは、当該適格機関投資家を除く。)を相手方として行う場合として政令で定める場合(特定投資家のみを相手方とする場合を除く。)
  • 二 前号に掲げる場合のほか、次に掲げる場合のいずれにも該当しない場合
  • イ 適格機関投資家のみを相手方として行う場合であって、当該有価証券がその取得者から適格機関投資家以外の者に譲渡されるおそれが少ないものとして政令で定める場合
  • ロ 特定投資家のみを相手方として行う場合であって、次に掲げる要件のすべてに該当するとき(イに掲げる場合を除く。)。
  • (1)当該取得勧誘の相手方が国、日本銀行及び適格機関投資家以外の者である場合にあっては、金融商品取引業者等(第三十四条に規定する金融商品取引業者等をいう。次項、第四条第一項第四号及び第三項、第二十七条の三十二の二並びに第二十七条の三十四の二において同じ。)が顧客からの委託により又は自己のために当該取得勧誘を行うこと。
  • (2)当該有価証券がその取得者から特定投資家等(特定投資家又は非居住者(外国為替及び外国貿易法(昭和二十四年法律第二百二十八号)第六条第一項第六号に規定する非居住者をいい、政令で定める者に限る。)をいう。以下同じ。)以外の者に譲渡されるおそれが少ないものとして政令で定める場合に該当すること。
  • ハ 前号に掲げる場合並びにイ及びロに掲げる場合以外の場合(当該有価証券と種類を同じくする有価証券の発行及び勧誘の状況等を勘案して政令で定める要件に該当する場合を除く。)であつて、当該有価証券が多数の者に所有されるおそれが少ないものとして政令で定める場合
  • 三 その取得勧誘に応じることにより相当程度多数の者が当該取得勧誘に係る有価証券を所有することとなる場合として政令で定める場合

【金融商品取引法施行令第1条の5(勧誘の相手方が多数である場合)】
法第二条第三項第一号に規定する多数の者を相手方として行う場合として政令で定める場合は、五十名以上の者を相手方として有価証券の取得勧誘を行う場合とする。

そこで、金融商品取引法における少人数私募債を発行するための要件(「有価証券の私募」に該当するための要件)を見ていきます。

2)「有価証券の私募」

先に紹介した金融商品取引法、同施行令にある通り、社債などにおける「有価証券の募集」とは、次のものをいいます。

  • 50名以上の多数の者を相手方とするもの
  • 次に掲げる要件(イ・ロ・ハ)のいずれにも該当しないもの
  • イ 適格機関投資家のみを相手方とする場合(いわゆるプロ私募)であって、発行する当該有価証券がその取得者から適格機関投資家以外の者に譲渡されるおそれが少ないもの
  • ロ イに該当しない場合であって、
    • 当該取得勧誘の相手が、国、日本銀行及び適格機関投資家以外の者である場合にあっては、金融商品取引業者又は登録金融機関が顧客からの委託により又は自己のために当該取得勧誘行為を行い、かつ
    • 当該社債の発行者とその社債の取得勧誘に応じてその社債を取得しようとする者(取得者)との間及びその社債勧誘を行う者とその取得者との間において、取得者がその社債を特定投資家等以外の者に譲渡されるおそれが少ないもの
  • ハ 50名以上の者を相手方とする場合及びイ・ロ以外の場合であって、発行する当該有価証券がその取得者から多数の者に譲渡されるおそれが少ないもの

簡単にいうと、50名以上の者を相手方とするもの、および発行する有価証券が第三者へ譲渡されることが予定されているものは、「有価証券の募集」に当たると理解いただければと思います。

この有価証券の募集の規定を充足しない(該当しない)ものが「有価証券の私募」に当たります。つまり、新たな有価証券(社債)の発行を少人数私募債とするための主な要件は次の通りと考えることができます。

  • 取得勧誘が50名未満であること、および発行する社債が多数の者へ譲渡されるおそれが少ないこと(譲渡制限や分割制限が付されていることが取得者に分かるようになっていること)等(金融商品取引法施行令第1条の7、金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令第13条第3項第1号)

なお、この50名未満とは、当該有価証券の発行される日以前の6カ月以内通算の人数であることに注意が必要です。過去6カ月以内に同種の社債が発行されている場合にはそのときの勧誘人数との通算が50名未満でなければなりません。通算で50名以上となる場合は、少人数向け勧誘に該当しないものとなります(金融商品取引法施行令第1条の6)。

3 会社法と少人数私募債

1)社債とは

社債とは、会社法の規定により、会社が行う割当てにより、発生する当該会社を債務者とする金銭債権であって、第676条各号に掲げる事項についての定めに従い償還されるものをいいます(会社法第2条第23号)。社債(少人数私募債)の発行に際しては、次の規定に基づき行うこととなります。

【会社法第4編社債(第676条~第742条)】
第1章 総則(第676条~第701条)
募集社債に関する事項の決定、募集社債の申込み、募集社債の割当て、募集社債の申込み及び割当てに関する特則、募集社債の社債権者、社債原簿、社債原簿記載事項を記載した書面の交付等、社債原簿管理人、社債原簿の備置き及び閲覧等、社債権者に対する通知等、共有者による権利の行使、社債券を発行する場合の社債の譲渡、社債の譲渡の対抗要件、権利の推定等、社債権者の請求によらない社債原簿記載事項の記載又は記録、社債権者の請求による社債原簿記載事項の記載又は記録、社債券を発行する場合の社債の質入れ、社債の質入れの対抗要件、質権に関する社債原簿の記載等、質権に関する社債原簿の記載事項を記載した書面の交付等、信託財産に属する社債についての対抗要件等、社債券の発行、社債券の記載事項、記名式と無記名式との間の転換、社債券の喪失、利札が欠けている場合における社債の償還、社債の償還請求権等の消滅時効

第2章 社債管理者(第702条~第714条)
社債管理者の設置、社債管理者の資格、社債管理者の義務、社債管理者の権限等、特別代理人の選任、社債管理者等の行為の方式、二以上の社債管理者がある場合の特則、社債管理者の責任、社債管理者の辞任、社債管理者が辞任した場合の責任、社債管理者の解任、社債管理者の事務の承継

第3章 社債権者集会(第715条~第742条)
社債権者集会の構成、社債権者集会の権限、社債権者集会の招集、社債権者による招集の請求、社債権者集会の招集の決定、社債権者集会の招集の通知、社債権者集会参考書類及び議決権行使書面の交付等、議決権の額等、社債権者集会の決議、議決権の代理行使、書面による議決権の行使、電磁的方法による議決権の行使、議決権の不統一行使、社債発行会社の代表者の出席等、延期又は続行の決議、議事録、社債権者集会の決議の認可の申立て、社債権者集会の決議の不認可、社債権者集会の決議の効力、社債権者集会の決議の認可又は不認可の決定の公告、代表社債権者の選任等、社債権者集会の決議の執行、代表社債権者等の解任等、社債の利息の支払等を怠ったことによる期限の利益の喪失、債権者の異議手続の特則、社債管理者等の報酬等、社債権者集会等の費用の負担

2)少人数私募債と社債管理者

会社法上、会社が社債を発行する場合には、社債管理者(銀行、信託銀行など)を定め、社債権者のために、弁済の受領、債権の保全その他の社債の管理を行うことを委託しなければなりません(会社法第702条)。

ただし、各社債の金額が1億円以上である場合、その他社債権者の保護に欠けるおそれがないものとして次の会社法施行規則の要件を満たす場合は、社債管理者の設置を要しないものとされています。

【会社法施行規則第169条(社債管理者を設置することを要しない場合)】
法第702条に規定する法務省令で定める場合は、ある種類(法第681条第1号に規定する種類をいう。以下この条において同じ。)の社債の総額を当該種類の各社債の金額の最低額で除して得た数が50を下回る場合とする。

すなわち、社債発行額を社債の最低額で割った数が50未満である場合には、社債管理者の設置が不要となります。例えば、社債発行額を1000万円とする場合、社債管理者の設置を不要とするためには、1口の債権額は1000万円の50分の1である20万円よりも大きくしなければなりません。次章で、会社法における少人数私募債(社債)の発行手続きを紹介しますが、一般的に少人数私募債を設計する際に社債管理者を置かない形とするため、係る一般的な場合を前提に説明します。

4 会社法における少人数私募債(社債)の発行手続き

1)募集社債に関する事項の決定

会社は、その発行する社債を引き受ける者の募集をしようとするときは、その都度、募集社債(当該募集に応じて当該社債の引受けの申込みをした者に対して割り当てる社債をいいます)について次に掲げる事項を定めなければなりません(会社法第676条、会社法施行規則第162条)。

  • 募集社債の総額
  • 各募集社債の金額
  • 募集社債の利率
  • 募集社債の償還の方法及び期限
  • 利息支払の方法及び期限
  • 社債券を発行するときは、その旨
  • 社債権者が第698条の規定による請求の全部又は一部をすることができないこととするときは、その旨
  • 各募集社債の払込金額(各募集社債と引換えに払い込む金銭の額)若しくはその最低金額又はこれらの算定方法
  • 募集社債と引換えにする金銭の払込みの期日
  • 一定の日までに募集社債の総額について割当てを受ける者を定めていない場合において、募集社債の全部を発行しないこととするときはその旨及びその一定の日
  • 数回に分けて募集社債と引換えに金銭の払込みをさせるときは、その旨及び各払込みの期日における払込金額(法第676条第9号に規定する払込金額をいう)
  • 他の会社と合同して募集社債を発行するときは、その旨及び各会社の負担部分
  • 募集社債と引換えにする金銭の払込みに代えて金銭以外の財産を給付する旨の契約を締結するときは、その契約の内容

なお、取締役会設置会社にあっては募集社債に関する事項の決定は取締役会の決議事項となります(会社法第362条第4項第5号)。なお、会社法施行規則第99条に定める事項(2以上の社債引受人の募集に係る募集事項の決定を委任するときはその旨、募集社債の総額の上限、募集社債の利率の上限その他の利率に関する事項の要綱、募集社債の払込金額の総額の最低金額その他の払込金額に関する事項の要綱)以外のものは、取締役会で定めないでその決定を取締役に委任することができます。

また、会社法では、頻繁な流通を予定していない社債券について、原則不発行とするものとされました。そのため、社債券を発行する場合、募集事項に社債券を発行する旨を定めることが必要となります。

2)募集社債の申込み

会社は、会社法第676条の募集に応じて募集社債の引受けの申込みをしようとする者に対し、次に掲げる事項を通知しなければなりません(会社法第677条第1項、会社法施行規則第163条)。

  • 会社の商号
  • 当該募集に係り、決定した募集社債に関する事項(「1)募集社債に関する事項の決定」における記載参照)
  • 社債原簿管理人を定めたときは、その氏名又は名称及び住所

なお、この事項について変更があった場合、会社は直ちにその旨および当該変更があった事項を、会社の募集に応じて募集社債の引受けの申込みをした者(以下「申込者」)に通知しなければなりません(会社法第677条第5項)。

この会社の募集に応じる申込者は、次に掲げる事項を記載した書面を会社に交付しなければなりません(会社法第677条第2項)。

  • 申込みをする者の氏名又は名称及び住所
  • 引き受けようとする募集社債の金額及び金額ごとの数
  • 会社が各募集社債の払込金額(各募集社債と引換えに払い込む金銭の額)若しくはその最低金額又はこれらの算定方法(会社法第676条第9号)を定めたときは、希望する払込金額

3)募集社債の割当て

会社は、申込者の中から募集社債の割当てを受ける者を定め、かつ、その者に割り当てる募集社債の金額および金額ごとの数を定めなければなりません。この場合において、会社は、当該申込者に割り当てる募集社債の金額ごとの数を、申込者が引き受けようとする募集社債の金額および金額ごとの数よりも減少することができます(会社法第678条第1項)。また、会社は、募集社債と引換えにする金銭の払込期日の前日までに、申込者に対し、当該申込者に割り当てる募集社債の金額および金額ごとの数を通知しなければなりません(会社法第678条第2項)。

4)社債原簿

会社は、社債を発行した日以後遅滞なく、社債原簿を作成し、これに次に掲げる事項(「社債原簿記載事項」)を記載または記録しなければなりません(会社法第681条、会社法施行規則第165条、同第166条)。

  • 1.第676条第3号から第8号までに掲げる事項その他の社債の内容を特定するものとして法務省令で定める事項
    • 社債の利率
    • 社債の償還の方法及び期限
    • 利息支払の方法及び期限
    • 社債券を発行するときは、その旨
    • 社債権者が法第698条の規定による請求の全部又は一部をすることができないこととするときは、その旨
    • 他の会社と合同して募集社債を発行するときは、その旨及び各会社の負担部分
    • 社債原簿管理人を定めたときは、その氏名又は名称及び住所
    • 社債が担保付社債であるときは、担保付社債信託法第19条第1項第1号、第11号及び第13号に掲げる事項
  • 2.種類ごとの社債の総額及び各社債の金額
  • 3.各社債と引換えに払い込まれた金銭の額及び払込みの日
  • 4.社債権者(無記名社債の社債権者を除く)の氏名又は名称及び住所
  • 5.前号の社債権者が各社債を取得した日
  • 6.社債券を発行したときは、社債券の番号、発行の日、社債券が記名式か、又は無記名式かの別及び無記名式の社債券の数
  • 7.募集社債と引換えにする金銭の払込みに代えて金銭以外の財産の給付があったときは、その財産の価額及び給付の日
  • 8.社債権者が募集社債と引換えにする金銭の払込みをする債務と会社に対する債権とを相殺したときは、その債権の額及び相殺をした日

5)その他

  • 社債原簿記載事項を記載した書面の交付(会社法第682条)
    社債権者(無記名社債の社債権者を除く)は,社債発行会社に対し、社債原簿記載事項を記載した書面または電磁的記録の提供の請求を受けた場合、当該書面の交付または電磁的記録の提供を請求することができます(ただし、社債券を発行する旨の定めがある場合を除きます)。
  • 社債原簿の備置き及び閲覧等(会社法第684条)
    社債発行会社は、社債原簿をその本店(社債原簿管理人がある場合にあっては、その営業所)に備え置かなければなりません。また、社債発行会社の営業時間内に、社債権者等から理由を明らかにして社債原簿の閲覧謄写を請求された場合には、原則としてこの請求に応じなければなりません。
  • 社債券の発行、社債券の記載事項(会社法第696条、同第697条)

社債発行会社は、社債券を発行する旨の定めがある社債を発行した日以後遅滞なく、当該社債に係る社債券を発行しなければなりません(会社法第696条)。社債券には、社債発行会社の商号、当該社債券に係る社債の金額、当該社債券に係る社債の種類およびその番号を記載し、社債発行会社の代表者がこれに署名し、または記名押印しなければなりません(会社法第697条第1項)。また、社債券には利札を付することができます(会社法第697条第2項)。

社債権者は、募集事項で定められ、社債原簿に記載された内容の利息の支払いを受け、定められた社債の期限が到来したときに償還を受ける権利を有します。この他、社債権者は、団体として発行会社に対し権利の行使等の行動をとることができます。その1つが、会社法第715条から第742条にまとめられている社債権者集会で、会社法に規定する事項および社債権者の利害に関する事項について決議をすることができるものとされています。

社債発行に際しては、こうした社債権者に認められる権利や制度についても十分に理解しておくことが必要となります。

以上(2019年8月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:unsplash

持株会社を活用した事業承継/弁護士が教える組織再編~事業再編・M&Aを学ぶ~(2)

書いてあること

  • 主な読者:持株会社の設立によって、事業承継をスムーズに進めたい
  • 課題:後継者がまだ若くて不安。持株会社設立のメリットもよく理解できていない
  • 解決策:株式移転による持株会社を設立することで、経営を安定させることができる

事業承継で持株会社(ホールディングス、HD)を活用するケースが増えています。持株会社とは、事業会社(既存ビジネスを行っている会社)を所有・管理するために存在する会社です。持株会社を設立すると、事業会社を管理・統括する組織体制(以下「持株会社体制」)を築くことができます。事業会社の所有と経営の分離を図り、事業会社の経営自体は第三者(後継者)に任せ、先代の経営者は持株会社の立場から、事業会社の経営を見守ることができるからです。

また、一族で複数の事業会社を経営している場合も、持株会社体制であれば複数の事業会社を持株会社1つで管理することが可能で、グループ全体の経営の効率化を図ることができます。

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持株会社の設立には多くのメリットがありますが、設立にあたり多大なコストをかけてしまっては意味がありません。シリーズ第2回では、コストをかけない持株会社の設立方法と、持株会社体制の効果を解説します。

1 低コストの設立方法

持株会社の作り方は大きく分けて次の2つです。いずれの方法によるかで、コスト面で大きな違いが出てきます。比較して見てみましょう。

  • 株式を売買させて持株会社を設立する方法
  • 組織再編(株式移転、株式交換等)により持株会社を設立する方法

1)コスト大!株式売買による持株会社の設立方法

1.の方法では、まず後継者が将来的に持株会社となる会社(「X社」)を設立します(1)。次に、X社は事業会社の株主から事業会社の株式を買い取るために、金融機関から融資を受けます(2)。X社はその資金で事業会社の株式を買い取ります(3)。これにより、X社は事業会社の持株会社となります。

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この方法では、X社は事業会社の株式を買い取るために多額の資金が必要になり、後継者は事業を引き継いだ直後から、多額の借入金の返済をしていかなければなりません。また、株式の売買により売却益が生じた場合には、税コスト(売買益による納税額の増加)を負担することになります。

2)これで安心。株式移転による持株会社の設立方法

2.の方法では、まず株主が事業会社の株式を持株会社とするために設立した会社(「X社」)に出資(現物出資といいます)し(1)、その対価としてX社の株式を引き受けます(2)。つまり、株主はX社から新株発行を受けるのです。

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これにより株式移転前の事業会社の株主が持株会社の株主に、また持株会社が事業会社の株主となり、次のような組織が出来上がります。

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株式移転であれば、株式を売買しないため、資金が必要ありません。また、一定の要件を満たすことで税コストを生じさせることなく持株会社を設立することができます。

3)株式移転に必要な主な手続き

株式移転に必要な主な手続きは次の通りです。会社ごとの事情にもよりますが、一般的に2カ月程度で完了します。

  • 株式移転計画の作成
  • 事前開示事項の作成及び備置き
  • (一定の場合に)債権者に対する催告・公告、株券・新株予約権証券の提出手続
  • 株主総会の招集通知、株主総会の承認決議
  • 設立登記の申請
  • 事後開示事項の作成及び備置き

2 後継者不足もこれで解決!後継者育成まで可能

持株会社の代表に先代の経営者が就任することで、事業会社の経営を後継者に任せたとしても、事業会社の経営を指導・管理することができます。例えば、事業会社の代表(後継者)を持株会社の意思(つまり先代の経営者の意思)で選任・交代させることもできます。

先代の経営者からすれば、後継者はまだ若く、経験も足りないことが少なくないと思うかもしれません。持株会社体制であれば、そのような後継者に実際に経営を任せたまま育成することができます。詳細な説明は省略しますが、種類株式(権利の内容が異なる株式)を併用することで、より強固なバックアップ体制を作ることができます。

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また、複数の事業会社がある場合には、それぞれの事業会社に将来のグループ全体の後継者候補を代表に置き、経営能力を比較したり、若い人材を登用するチャンスを作ったりするなどさまざまな活用方法があります。

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3 財務体質、改善できます~不動産移転による資金調達~

せっかく設立した持株会社を他にも有効活用したいものです。そこで考えられるのが不動産の活用です。例えば、事業会社(A社)の本社や工場の土地建物を持株会社(B社)に売却することで、A社の財務改善を図ることができます。

具体的には、A社が所有している事業用資産以外の不動産をB社に売却するにあたり、持株会社B社が金融機関から借り入れを行います。すると、その資金は売買代金としてA社に流れるため、A社は手元の現預金を増加させることができます。つまり、A社を財務的に強い会社とした上で、後継者へ経営のバトンを渡すことができるのです。また、後継者は借入金返済の負担を背負うことなく経営に集中することができます。

なお、B社は、A社より取得した不動産を賃貸したり、A社から配当を得たりして金融機関に対する返済を行うことになります。

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4 敵対的株主も真っ青?持株会社の意外な効果

株式が分散してしまい、敵対的な株主が存在する中小企業もあるでしょう。株式移転により持株会社を設立した場合、従前の事業会社の株主は全員持株会社の株主に移行します。つまり、従前の株主は事業会社の株主ではなくなり、新たに持株会社が事業会社の株主となります。そのため、従前の事業会社の株主は、事業会社の経営に口出しすることが難しくなります。

また、会社法上も、少数株主は原則として会計帳簿の閲覧をすることができますが、持株会社のような親会社の株主が子会社である事業会社の会計帳簿を閲覧するには、「裁判所の許可」という要件が必要になります(閲覧するためのハードルが高くなっているのです)。

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このように、仮に敵対的な株主が事業会社に存在していた場合でも、その株主の立場を弱体化させることができるのです。

5 否認注意!株価上昇抑制効果

持株会社の設立により、事業承継の対象となる株式の株価上昇を抑制することができるといわれることがあります(本稿では詳細な説明は省略しますが、株価評価の計算上、一定額を控除することができる場合があります)。確かにそのような効果がある場合もありますが、節税目的のみでの株式移転は、課税当局に否認される可能性がありますので注意が必要です。あくまで、組織再編は会社組織全体を見直し、組織に良い変化を生むことを第一目的に検討・実施することが大切です。

以上(2020年7月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 加藤憲田郎)

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画像:pixabay

ビジネスで印鑑はどこまで必要? 印鑑レスで業務の効率化

書いてあること

  • 主な読者:業務効率化の一環で、印鑑が必要な業務を見直したい経営者
  • 課題:印鑑が本当に必要なのか分からない。また、押印していないと顧客や取引先が書類を受領してくれないかもしれない
  • 解決策:印鑑が必要な書類と不要な書類を把握する。その上で、顧客などと交渉する

見積書、発注書、請求書、納品書、契約書、会議の議事録、日常業務の報告書……。

とにかく、ビジネスではたくさん「印鑑」が使われます。押印するのは当たり前ということで、その必要性が議論されることは少なかったのですが、コロナ禍において「押印のために出社しなければならない」という問題が発生し、印鑑の必要性が再確認されることとなりました。

実は多くのビジネス業務において印鑑は法的には不要です。印鑑のない文書にも法的な効果が認められ、実際に“印鑑レス化”を進めている企業もたくさんあるのです。

今回は「ビジネスで印鑑がどこまで必要か」「印鑑の法的な意味」「印鑑レス化する方法」など、ビジネスと印鑑について解説します。

1 仕事に入り込んでいる印鑑の正体(「印鑑とは?」)

1)そもそも「印鑑」とは

一般に印鑑というと、「印材に名前が彫刻された棒状の道具」を示すことが多くなっています。つまり「押印するための『はんこ』」を印鑑と呼びます。

実は、厳密には「市区町村等の役所や銀行で登録した『はんこ』」のみが「印鑑」とされ、押印するための道具は「印章」といいます。

ただ企業内でも、印鑑というと押印するための印章を指すことが多く、実印や銀行印、三文判(実印以外の印章)のいずれも印鑑と呼んでいます。本稿でも、便宜上、印鑑については押印するための印章や三文判も含めたものとして解説します。

2)印鑑の種類

企業の日常業務で使用する印鑑には以下のような種類があります。

1.認印

印鑑登録をしていない、いわゆる「三文判」です。

2.銀行印

銀行預金を開設するときに銀行に届け出る印鑑です。この印鑑がないと、通帳による出金や振込などができません。

3.実印

役所や法務局に届け出ている印鑑です。個人の実印は市区町村役場、会社印は法務局で登録します。

4.スタンプ印

朱肉を使わず、押すだけで押印できる簡易な印鑑です。日常業務で請求書や見積書、請書作成などの際に使用されます。

3)実印と認印、法律的な効果は同じ

実印は信用性が高いので法的な効力が強いと思われているかもしれません。しかし、多くのケースにおいて法的な効果は実印でも認印でも同じです。

例えば、契約書は実印でなくても作成できます。ただ信用性を高めるため、実印を使用するケースがあるだけです。

4)印鑑がなくても文書は有効?

印鑑がなくてもほとんどの文書は有効です。見積書、発注書、請求書など、印鑑がなくても本人が作成したものであれば、法的な効力が認められます。

5)印鑑の効果

では印鑑には何の効力もないのでしょうか?

法律では「押印」があると「文書が真正」であることが推定されます(民事訴訟法228条4項)。文書が真正とは、本人の意思に基づいて文書が作成されたという意味です。つまり押印があると本人の意思に基づいて文書が作成されたと推定されるので、名義人は「勝手に偽造された」と主張しにくくなります。偽造されたと主張したいなら、印鑑で表示された名義人が偽造された事実を証明しなければなりません。

もしも契約書等に自署がされておらず、記名(例:自署ではなくゴム印が押されている場合や名前等が印字されている場合)されているだけで印鑑がなかったら、反対に「この文書を本人が作成したものである」と主張する人が、その事実を証明する必要があります。

このように印鑑による押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなることは確かです。なお、この場合の印鑑は、実印である必要はありません。

2 本当に印鑑が必要な業務と実はいらない業務

企業では、実は印鑑が不要な業務はたくさんあります。印鑑が必要な業務と不要な業務を振り分けてみましょう。

1)法律上、電子署名が認められている

文書に「押印」があると本人の意思に基づいて作成されたことが推定されるので、文書が真正なものであると主張しやすくなります。そうなると押印がない文書は法的な効力が弱くなり、不安を感じるかもしれません。

しかし、その心配はありません。2001年4月1日に「電子署名法」が施行され、電子署名が手書きの署名や押印と同等に通用する法的基盤が整備されました。電子署名とは、ネット上のやり取りで利用できる署名です。きちんと認定を受けた認証機関で手続きを行って電子文書をやり取りすれば、電子署名にも印鑑と同じ効力が認められます。

今は法律も「印鑑を必須とはしていない」のです。

また、請求書や領収書などの文書にはそもそも印鑑は不要です。印鑑の効力は「本人が作成したと推定する」ことなので、作成者が明らかであれば印鑑がなくても事業に支障は発生しません。

2)印鑑が不要な文書

見積書、発注書、請求書、納品書、会議の議事録、日常業務の報告書など、ほとんどの文書に印鑑は不要です。実務上、「本人が作成したこと」が争いになる危惧がないのであれば、ネット上で簡単に利用できる簡易なデジタル印鑑(印鑑の画像を貼り付けるサービス)などで対応すればよいでしょう。

また、契約書も基本的に物理的な印鑑による押印は不要ですが、将来のトラブルを防ぐために「電子署名」を利用しましょう。電子署名は「印鑑」と同じ効力が認められるので、後に相手が「そんな契約はしていない」と言い出すトラブルを防止できます。

3)印鑑が必要な文書

一方、法律上、印鑑が必要な文書もあります。ただし、実印でなくても大丈夫です。

1.不動産における35条書面、37条書面

宅地建物取引業法上、不動産会社が作成する重要事項説明書や契約内容を説明する書面で、署名(記名)押印が必要です。

2.概要書面

特定商取引法により、事業者が消費者へ契約内容の概要やクーリングオフなどについて説明するための書面です。電子署名では対応できません。

3.クーリングオフの通知書

消費者がクーリングオフを行うには、書面で通知書を送らねばならないので署名押印が必要です。ただし、電子内容証明郵便を利用すれば押印は不要となります。

4.定期借地契約、定期借家契約の書面

契約期間が終了したら土地や建物を返還する定期借地契約や定期借家契約では、書面による契約書作成が必要です。両者が署名押印しなければなりません。

4)必ず実印が必要な文書

以下のような文書には「実印」での押印が必要です。

  • 不動産の登記申請書
  • 遺産分割協議書
  • 自動車の名義変更書類

上記のような文書に認印を使うと名義変更や登記申請が受け付けてもらえません。必ず実印を使いましょう。

5)押印のために従業員を出社させることは問題?

新型コロナウイルス感染症の影響でリモートワークが進む中、企業が報告書や議事録に押印するためだけに従業員を出社させることに問題はないのでしょうか?

使用者には従業員に対する「安全配慮義務」が課されます。安全配慮義務とは「雇用者が被用者の身体や生命を保護し、安全な環境で働けるよう配慮すべき義務」です。そのため、危険防止のための対策(例えば、従業員が出社する際の体調に関する状況把握、飛沫感染を防止するための物理的措置等)を講じることなく漫然と従業員を出社させた場合は、企業は安全配慮義務違反となって、従業員から損害賠償請求をされる恐れがあります。

6)企業の「印鑑レス化」

全国的に、電子署名等の導入によって印鑑を業務から排除する企業が増えています。電子署名を利用するとペーパーレス化が進むので、文書管理も簡単になり、物理的なスペースも不要となってコスト削減ができます。

印鑑レス化はリモートワークとも好相性です。在宅勤務を増やしているなら、これを機会に印鑑レス化を進めてみるのもよいでしょう。

3 もし取引先から印鑑なしの書類受け取りを拒絶されたら?

繰り返しになりますが、見積書、発注書、請求書、納品書などの文書に印鑑が不要です。ただ相手企業の理解を得られるとは限りません。もしも「印鑑なしの書類を受け取れない」と拒絶されたらどうすればよいのでしょうか?

その場合、まずは印鑑が不要である理由を説明してみましょう。電子署名が法律上有効であることなども伝えてみます。それでも相手が押印を求めるのであれば、応じる他はないでしょう。

印鑑レス化は、まずは社内から始め、理解を得られる顧客や取引先に広げていくのがよいでしょう。

以上(2020年7月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

ルール明確化で加速する「混合介護」の動向

書いてあること

  • 主な読者:混合介護を提供したい介護事業者
  • 課題:混合介護として提供できるサービスが分からない
  • 解決策:提供できるサービスのルールを知っておく

1 曖昧だったルールが明確に

2018年9月、「混合介護」のルールが明確になりました。混合介護とは、介護保険法の介護保険サービス(法定。利用者がサービス料の1~3割を負担)と介護保険外サービス(法定外。利用者がサービス料の10割を負担)を組み合わせて提供することです。

現行の介護保険制度では、介護保険サービスと介護保険外サービスを明確に区分するなどの条件で、混合介護を認めています。しかし、区分に関する明確なルールがないため自治体によって判断が異なるなど、介護事業者が混乱していました。

そこで、2018年9月に厚生労働省と国土交通省が混合介護のルールを整理し、指針として都道府県に通知しました。指針では、訪問介護の前後や途中でペットの世話や草むしりなど、混合介護として提供できるサービスのルールが明文化されました。

ルールが明確になったことで介護事業者は混合介護を提供しやすくなるため、ビジネスの選択肢が広がっていくと期待されます。指針の内容を分かりやすく整理した上で、実際に混合介護を提供する際のポイントを確認していきましょう。

2 混合介護のイメージ

介護保険サービスは、利用者の身体介護や生活援助などに限定されます。「ヘルパーさんに、ペットの世話もしてもらいたい」といった利用者のニーズには対応できません。そこで、この点を介護保険外サービスで補うのです。イメージは次の通りです。

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混合介護サービスのメニュー内容や料金は、介護事業者が自由に設計できます。介護報酬とは別の形での収益を確保することで、職員の待遇を改善したり、人材を確保しやすくなったりする可能性があります。

3 混合介護のルールを整理する

1)通知の概要

2018年9月に通知された指針は、厚生労働省「介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する場合の取扱いについて」と、国土交通省「通所介護等に係る送迎に関する道路運送法上の取扱いについて」です。

訪問介護と通所介護において、介護事業者と自治体の解釈・判断によって運用されてきたローカルルールを整理し、個別具体的に明文化したものです。

指針に法的拘束力はないものの、厚生労働省は各自治体に対して、原則指針通りにルールを設定するよう要請しています。そのため、介護事業者と自治体がルールについて交渉したり、判断したりする際には、指針が大きな根拠になります。

2)共通のルール

指針では、訪問介護、通所介護にかかわらず混合介護を提供する上で、次のような事項を遵守するよう求めています。

  • 介護保険外サービスの事業の目的、運営方針、利用料等を、指定訪問/通所介護事業所の運営規程とは別に定める
  • 契約の締結に当たり、利用者に対し、上記の概要その他の利用者のサービスの選択に資すると認められる重要事項を記した文書をもって丁寧に説明を行い、介護保険外サービスの内容、提供時間、利用料等について、利用者の同意を得る
  • 介護保険外サービスの提供時間は、介護保険サービスの提供時間には含めない
  • 契約の締結前後に、利用者の担当の介護支援専門員(ケアマネジャー)に対し、サービスの内容や提供時間等を報告すること。その際、当該ケアマネジャーは、必要に応じて事業者から提供されたサービスの内容や提供時間等の介護保険外サービスに関する情報を居宅サービス計画(週間サービス計画表、ケアプラン)に記載する
  • 介護保険外サービスの利用料は、介護保険サービスの利用料とは別に費用請求すること。また、両サービスの会計を区分する

3)訪問介護において明確になったルール

指針では、提供できる介護保険外サービスとして「訪問介護の前後や途中に、草むしり、ペットの世話、利用者の趣味や娯楽のための外出への同行、要介護者以外(要介護者の家族など)のための食事の調理、洗濯、買い物など」等を明文化しています。

また、ケアマネジャーやヘルパーとの連絡調整業務を行うサービス提供責任者について、従来は「専ら指定訪問介護に従事すること」とされていました(「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(以下「指定居宅サービス等基準」)による)。

これが指針では、「業務に支障がない範囲で保険外サービスにも従事することは可能」と明文化されました。指定居宅サービス等基準でも、介護保険外サービスへの従事が禁止されていたわけではありません。しかし、指針で改めて明文化されたことで、介護事業者は抵抗感なくサービス提供責任者を混合介護に従事させることができるでしょう。

他に、訪問介護で混合介護を提供する上でのルールとして、利用者の認知機能が低下している恐れがあることを踏まえ、介護保険外サービスの提供時に、利用者の状況に応じて、別サービスであることが理解しやすくなるような配慮を行うこととしています。

4)通所介護において明確になったルール

通所介護は、利用者に必要な日常生活上の世話並びに機能訓練を行う介護保険サービスです。内容が多岐にわたるため、介護保険外サービスと区分することは基本的には困難とされてきました。

そのため、混合介護として提供できる介護保険外サービスは理美容サービスと、緊急のやむを得ない場合に限り併設医療機関を受診させることに限定されていました。

指針では、これらに加え、次のサービスも「明確に区分することが可能」として、提供が認められています。

  • 通所介護事業所内において、健康診断、予防接種若しくは採血(巡回検診等)を行うこと
  • 利用者個人の希望により通所介護事業所から外出する際に、介護保険外サービスとして個別に同行支援を行うこと
  • 物販・移動販売やレンタルサービス
  • 買い物等代行サービス

ただし、上記サービスを提供するに当たっては、次の点に留意することが求められます。

  • 利用者に対して特定の事業者によるサービスを利用させることの対償として、当該事業者から「紹介料」のような形で、金品その他の財産上の収益を収受してはならない
  • 物販・移動販売やレンタルサービスを行う際に、高額な商品を販売しようとする場合には、あらかじめその旨を利用者の家族やケアマネジャーに対して連絡する。また、認知機能が低下している利用者に対しては、高額な商品等の販売を行わない
  • 介護保険外サービスとして個別に同行支援を行う際に、事業所の保有する車両を利用して行う送迎については、道路運送法に基づく許可・登録を行う

5)通所介護施設を利用した混合介護

指針では、事業所の人員や設備を活用して、次のような混合介護が提供可能であることを明確にしています。

  • 通所介護を提供していない夜間および深夜に介護保険外サービスとして宿泊サービス(お泊りデイ)を提供する
  • 通所介護事業所の設備を、通所介護を提供していない時間帯に、地域交流会や住民向け説明会等に活用する
  • 通所介護事業所において、通所介護の利用者とそれ以外の地域住民が混在している状況下で、体操教室などの介護保険サービスを、地域住民向けに介護保険外サービスとして同時に提供する
  • 通所介護事業所において、通所介護を提供する部屋とは別室で、通所介護に従事する職員とは別の人員が、体操教室などを地域住民向けに提供する

お泊りデイを提供する際には、指定居宅サービス等基準などに定める届け出、公表、人員、宿泊室床面積、設備などの基準を守るよう定めています。

また、通所介護の利用者と地域住民に対して同時一体的にサービスを提供する場合、利用者と地域住民の合計数に対し、通所介護事業所の人員基準を満たすように職員が配置され、利用者と地域住民の合計数が通所介護事業所の利用定員を超えないようにする必要があります。

4 「同時一体的な提供」「指名料」は認められず

指針では、次の混合介護については提供不可としており、引き続き課題の整理等を行うとしています。

  • 「利用者の食事と、同居家族の食事を同時に調理する」「利用者を含めた家族全員の衣服を同時に洗濯する」といった、訪問介護と介護保険外サービスの同時一体的な提供
  • 特定の介護職員による介護サービスを受けるための指名料や、繁忙期・繁忙時間帯に介護サービスを受けるための時間指定料の徴収

提供不可の理由としては、利用者本人のニーズにかかわらず家族の意向によってサービス提供が左右されたり、指名料・時間指定料を支払える利用者へのサービス提供が優先され、社会保険制度の公平性を確保できなくなったりする恐れがあることなどが挙げられます。

5 ヒアリングから得られた混合介護の現状

1)先行事例を参考にする

東京都豊島区では、2018年8月から国家戦略特区を活用して、訪問介護と介護保険外サービスの柔軟な組み合わせを可能にする「選択的介護モデル事業」を実施しています。2019年12月からは、通所介護・居宅介護支援についても、同事業を実施しています。

同事業は、国の指針とおおむね同じルールで混合介護を提供しており、今後、介護事業者が混合介護を提供していく上での先行事例として注目されています。

■東京都豊島区「選択的介護モデル事業について」■
https://www.city.toshima.lg.jp/428/kaigo/1807100923.html

2)ルール明確化によるメリット

モデル事業に参加した介護事業者へのヒアリングによると、ルール明確化によって次のようなメリットが得られているようです。

  • サービス提供責任者が混合介護に従事できるようになり、実質的に混合介護に割ける人員を増やすことにつながった
  • 混合介護を提供する際にケアマネジャーが関わるようになったことで、これまで介護事業者が担っていた混合介護に関するクレームの対応や利用者への説明を、ケアマネジャーと連携して対応できるようになり負担が減った

3)短時間で対応可能な困り事ニーズを捉える

モデル事業に参加した介護事業者や豊島区へのヒアリングによると、混合介護には、次のような利用ニーズがあるようです。

  • 独居の高齢者を中心に、センサーやWEBカメラを定期的にチェックする見守りサービスの需要が高い。夜間の転倒などが心配という利用者家族に対し、ケアマネジャーよりサービスを提案するケースがある
  • 介護保険サービスを提供中に、「窓を拭いてほしい」「エアコンのフィルターを掃除してほしい」といった、清掃に関する依頼を突発的に受けることが多い
  • ペットの餌を買いに行けない、ペットの散歩ができないという利用者が多く、ペットの世話に関するサービスの需要も高い

利用者の傾向として、ヘルパーが1時間滞在しただけでも疲れてしまう人が多いため、ヘルパーの短い滞在時間の中で対応できる介護保険外サービスの需要が高いようです。一方、訪問介護で疲れてしまった利用者が、その前後または途中に外出することは少ないため、外出への同行サービスの需要は低いようです。

6 今後の可能性

介護保険外サービスの提供は、介護報酬の改定などの影響を受けないという点で、経営の安定化につながります。利用者のニーズに合ったサービスや、既存の人員や施設を活用したサービスを展開することにより、他事業所との差異化を図ることもできるでしょう。

また、今回の指針では、訪問介護における同時一体的な提供や指名料などの徴収は認められませんでしたが、厚生労働省は引き続き検討していくとしており、今後の動向が注目されます。

以上(2020年2月)

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画像:GagliardiPhotography-shutterstock