【規程・文例集】「職務発明規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 職務発明制度とは

1)職務発明制度とは

原則として、従業員が職務の範囲内で行った発明(職務発明)についての特許を受ける権利は従業員に帰属します。しかし、特に研究開発に力を注いでいるなど技術系の企業にとっては、従業員が発明した知的財産は、競争力の源であり企業の重要な財産となるべきものです。

後述する通り、現在の特許法においては、職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ企業に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、企業に当初から特許を受ける権利を帰属させることが認められています。

このような職務発明の取り扱いなどについての取り決めを、一般的に「職務発明制度」といいます。

2)職務発明規程等を修正・整備するための注意点

2016年4月1日に施行された改正特許法では、従前に比べて職務発明制度が次のように変わりました。

  • 職務発明に関する特許を受ける権利を、あらかじめ企業(会社)の帰属とすることができるようになった。

  • 従業員等は、特許を受ける権利を会社に帰属させた場合には、「相当の金銭その他の経済上の利益」を受ける権利を有するものとされた。発明者である従業員に対して付与する相当の利益について、金銭に限らないインセンティブ(ストックオプション、留学機会の付与等)も認められるようになった。

  • 相当の利益を決定するための手続きなどの基準を示した、「特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針」(以下「ガイドライン」)が経済産業省告示として公布された。

なお、上記の内容は全ての企業に対応を義務付けるものではありません。あくまで、個々の企業の裁量に委ねられています。

ただし、「職務発明は、あらかじめ法人帰属としたい」「相当の利益を巡るリスクを軽減したい」などの意向がある場合、あらかじめ職務発明規程等を整備または修正する必要があります。

また、職務発明規程等を整備・修正するとは、文言の調整にとどまらないものです。特許庁では、上記の「相当の利益」を決定するための手続きなどの基準を示した、ガイドラインを告示しています。このガイドラインに示された手続きを経ることで、企業は「相当の利益を追加的に支払うよう求められる」といったリスクを軽減することが期待できます。

このガイドラインに示された手続きのポイントは、「企業が一方的に職務発明規程等の内容を定めるのではなく、従業員の意見をしっかりと踏まえて、職務発明規程等を整備、修正する必要がある」という点です。

本稿では、特許庁が公表している「中小企業向け職務発明規程ひな形」を参考に、2015年の特許法の改正に対応した職務発明規程のひな型について紹介します。

なお、ひな型では、相当の利益に関する条項を盛り込んでいます。相当の利益は金銭に限らない「企業が負担する留学機会の付与」なども含まれます。ガイドラインに示された手続きを踏む過程で、従業員と話し合い、相当の利益に関する条項を規定していくことが求められます。

2 職務発明規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【職務発明規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、○○株式会社(以下「会社」という。)の役員および従業員(以下「従業者等」)が行った職務発明の取り扱いについて、必要な事項を定めるものとする。

第2条(適用範囲)
本規程は、従業者等に適用されるものとする。

第3条(定義)
本規程において「職務発明」とは、その性質上会社の業務範囲に属し、かつ、従業者等がこれをするに至った行為が当該従業者等の会社における現在または過去の職務範囲に属する発明をいう。

第4条(届出)
1)会社の業務範囲に属する発明を行った従業者等は、速やかに発明届を作成し、所属長を経由して会社に届け出なければならない。
2)前項の発明が2人以上の者によって共同でなされたものであるときは、前項の発明届を連名で作成するとともに、各発明者が当該発明の完成に寄与した程度(寄与率)を記入するものとする。

第5条(権利帰属)
職務発明については、その発明が完成したときに、会社が特許を受ける権利を取得する。

第6条(権利の処分)
1)会社は、職務発明について特許を受ける権利を取得したときは、当該職務発明について特許出願を行い、もしくは行わず、またはその他処分する方法を決定する。
2)出願の有無、取下げまたは放棄、形態および内容その他一切の職務発明の処分については、会社の判断するところによる。

第7条(協力義務)
職務発明に関与した従業者等は、会社の行う特許出願その他特許を受けるために必要な措置に協力しなければならない。

第8条(相当の利益)
会社は、第5条の規定により職務発明について特許を受ける権利を取得したときは、発明者に対し次の各号に掲げる相当の利益を支払うものとする。ただし、発明者が複数あるときは、会社は、各発明者の寄与率に応じて按分した金額を支払う。
  1.出願時支払金 ○円
  2.登録時支払金 ○円

(注)前述の通り、相当の利益は金銭に限らないため、1.企業が負担する留学機会の付与、2.ストックオプションの付与、3.金銭的処遇の向上を伴う昇進・昇格、4.法令または就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与、5.職務発明についての特許権に係る専用実施権の設定または通常実施権の許諾といった内容を規定することも考えられます。

第9条(支払手続)
1)第8条に定める相当の利益は、出願時支払金については出願後速やかに支払うものとし、登録時支払金については登録後速やかに支払うものとする。
2)発明者は、会社から付与された相当の利益の内容に意見があるときは、その相当の利益の内容の通知を受けた日から○日以内に、会社に対して書面により意見の申出を行い、説明を求めることができる。

第10条(実用新案および意匠への準用)
本規程の規定は、従業者等のした考案または意匠の創作であって、その性質上会社の業務範囲に属し、かつ、従業者等がこれをするに至った行為が当該従業者等の会社における現在または過去の職務範囲に属するものに準用する。

第11条(秘密保持)
1)職務発明に関与した従業者等は、職務発明に関して、その内容その他会社の利害に関係する事項について、当該事項が公知となるまでの間、厳に秘密を保持しなければならない。
2)前項の規定は、従業者等が会社を退職した後も適用する。

第12条(適用)
本規程は、○年○月○日以降に完成した発明に適用する。

以上(2020年5月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)

pj60084
画像:ESB Professional-shutterstock

【規程・文例集】「慶弔見舞金規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 慶弔見舞金規程とは

慶弔見舞金規程とは、従業員の慶弔事の祝金・弔慰金や、従業員が病気や天災・火災などの災害に見舞われたときなどの見舞金の支給について定めるものです。一般的には慶弔見舞金規程を定める際のポイントとして、次の2点が挙げられます。

1)支給する額を明示する

祝金は全従業員一律にし、弔慰金は職位ごとに支給する額を決めておくのが一般的ですが、企業によっては祝金の支給額を勤続年数によって区分する場合もあります。また、従業員本人の死亡時の弔慰金について、業務上の死亡と業務外の死亡で支給額に差をつけることもあります。

労務行政研究所『労政時報』第3934号(17.7.28)の「慶弔見舞金の支給実態」(2017年1~3月調査)によると、本人死亡弔慰金の支給水準は次の通りです。

画像1

2)支給する際のルールを明示する

慶弔見舞金規程で明示するルールとしては、例えば、次のようなものが挙げられます。

  • 従業員同士が結婚する際の結婚祝金、夫婦ともに同じ会社で勤務している場合にどちらかの父母などが亡くなった場合の弔慰金など、支給事由に該当する従業員が2名以上の場合の取り扱い
  • 従業員が行う申請のルール

この他、弔事の場合は、弔事についての連絡、通夜や告別式の参列・手伝いなどについてルールを定めることがあります。次章の慶弔見舞金規程のひな型では紹介していませんが、企業の規模によってはこうしたルールを定めておいてもよいでしょう。

2 慶弔見舞金規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。特に、弔慰金などの金額については、企業の規模・業種・保険加入の有無などによって異なることに注意が必要です。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【慶弔見舞金規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、従業員(短時間勤務従業員を除く)とその家族の慶弔、被災および従業員の傷病などを事由に支給する祝金・弔慰金・見舞金(以下「慶弔見舞金」)について定める。

第2条(慶弔見舞金の種類)
慶弔見舞金の種類は次の通りとする。
  1.慶事:結婚祝金、家族結婚祝金、出産祝金。
  2.弔事:弔慰金。
  3.見舞:傷病見舞金、災害見舞金。

第3条(重複支給の制限)
同一世帯2名以上の従業員が、本規程による慶弔見舞金の同一の支給事由に該当する場合、多額の金額に該当する従業員1名に対して慶弔見舞金を支給する。

第4条(届出)
従業員が本規程の慶弔見舞金の支給を受けようとするときは、別途定める「慶弔見舞金申請書」(省略)を総務部に届け出なければならない。なお、会社は、「慶弔見舞金申請書」と共に、必要最小限度の各種証明書の提出を求めることがある。

第5条(結婚祝金および家族結婚祝金)
1)従業員が結婚した場合は、次の結婚祝金を支給する。
  結婚祝金:2万円。
2)既に会社から結婚祝金の支給を受けたことがある従業員が再度結婚した場合は、第5条第1項に定める額の50%を支給する。
3)従業員の子女が結婚した場合は、次の結婚祝金を支給する。
  家族結婚祝金:1万円。

第6条(出産祝金)
1)従業員またはその家族が子を出産した場合は次の出産祝金を支給する。
  ・第1子:1万円。
  ・第2子以降:1万5000円。
2)双子以上の場合は人数に応じた金額とする。

第7条(弔慰金)
従業員またはその家族が死亡した場合は別表第1「弔慰金」に定める弔慰金を支給する。なお、従業員本人が死亡した場合は、民法における相続権者に対し相続順位に基づいて支給する。

第8条(弔電・祝電)
従業員またはその家族が死亡した場合は弔電、結婚した場合は祝電を会社より発信する。

第9条(供花)
従業員またはその家族が死亡した場合は生花または花輪を会社より贈る。ただし、生花または花輪に代え、供花料1万円を贈ることができる。

第10条(傷病見舞金)
従業員が、業務上または業務外の傷病により出勤できないときは、別表第2「傷病見舞金」に定める傷病見舞金を支給するものとし、その期間は暦によって計算する。

第11条(災害見舞金)
従業員が、火災・風水害・地震などの不測の災害により、本人が居住する住宅が損失を被ったときは、別表第3「災害見舞金」に定める災害見舞金を支給する。

第12条(社会保険制度との関係)
本規程の慶弔見舞金は、労働者災害補償保険法、健康保険法、その他社会保険制度に基づく給付とは関係なく支給する。

第13条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

■別表第1「弔慰金」■

画像2

■別表第2「傷病見舞金」■

画像3

■別表第3「災害見舞金」■

画像4

以上(2018年10月)

pj00160
画像:ESB Professional-shutterstock

【規程・文例集】「携帯電話の利用管理規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 携帯電話(スマートフォン)のルールを定めていますか?

現在、携帯電話は多くの人々の生活にとって不可欠なものとなっており、ビジネスシーンにおいても営業活動などに役立てられています。

従業員が業務上で利用する携帯電話の形態は「1.会社が所有する携帯電話を従業員に貸与する」「2.従業員個人が所有する携帯電話を業務用として利用し、業務に関する通話料を会社が負担する」の2つに大別されます。

「1.会社が所有する携帯電話を従業員に貸与する」場合、会社名義で契約するため、電話会社や契約プランによっては、基本利用料や、従業員間の通話料が割引される法人向けの特典などが受けられるメリットがあります。

また、「2.従業員個人が所有する携帯電話を業務用として利用し、業務に関する通話料を会社が負担する」場合、会社で携帯電話を用意する必要がなく、従業員は使い慣れた携帯電話を業務でも利用することができます。

いずれの形態にせよ、業務で利用する携帯電話について、利用・管理などのルールを定めておく必要があります。その根拠となるのが、携帯電話の利用管理規程です。

また、利用が拡大しているスマートフォンは、従来型の携帯電話に比べて、ウイルス感染などのリスクが高いなどの点に留意が必要です。スマートフォンのセキュリティー対策を講じる場合は、日本スマートフォンセキュリティ協会発行のガイドラインが参考になります。

以降では、携帯電話の利用管理規程のひな型について紹介します。

2 携帯電話の利用管理規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【携帯電話の利用管理規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、携帯電話およびスマートフォン(以下「携帯電話」)を効率的かつ安全に業務に利用するため、その適正な管理について定めることを目的とする。

第2条(適用)
本規程は、役員および従業員(以下「従業員等」)に適用されるものとする。

第3条(用語の定義)
本規程における各用語の定義は、次に定めるところによる。
  1.携帯電話
   業務上の連絡に用いる携帯電話とし、第2号の社用携帯電話と第3号の私用携帯電話のことをいう。
  2.社用携帯電話
   会社が契約し、従業員等に貸与する携帯電話をいう。
  3.私用携帯電話
   従業員等が個人的に所有する携帯電話であって、業務に利用する通話料を会社が負担するものをいう。

第4条(管理者)
携帯電話の利用・管理に関する事項は総務部門が掌握する。

第5条(利用対象者)
携帯電話の利用対象者は、次に該当する者とする。
  1.顧客との電話連絡が業務上必要不可欠と会社が認めた従業員等。
  2.電話連絡が業務上の重要な位置を占めると会社が認めた従業員等。
  3.その他会社が特に認めた従業員等。

第6条(申請)
携帯電話の利用のために必要な申請は次の通りとする。
  1.申請内容
   新規利用、携帯電話の盗難・紛失、社用携帯電話の破損・返還。
  2.申請者
   携帯電話を利用する従業員等(以下「利用者」)が行うものとする。
  3.申請方法等
   所定の「申請用紙」(省略)に記入の上、部門長に提出する。部門長が申請内容を確認した後、部門長から総務部門に提出する。
  4.提出時期
   申請は、その事由が発生後、速やかに行うこととする。

第7条(審査)
1)総務部門は、利用者の部門長から提出された申請内容を審査する。
2)申請が妥当と認められる場合には、総務部門の長が携帯電話の利用を許可する。

第8条(遵守事項)
携帯電話の利用に当たっては、次の事項を遵守すること。
  1.社用携帯電話の私用は厳禁とする。
  2.自動車の運転中、病院内、航空機内での携帯電話の利用は厳禁とする。
  3.電車、バス等公共の場所においては、状況に配慮して携帯電話を利用すること。
  4.申請なく社用携帯電話の電話番号、機種、付加サービス等の変更をしないこと。
  5.社用携帯電話を無断で他人に貸与しないこと。

第9条(社用携帯電話の利用状況の確認)
1)会社は必要に応じて、貸与した社用携帯電話の利用状況および通話記録を、加入電話会社に照会する。
2)前項において明らかに私用であると会社が認めた場合は、当該私用通話料金部分を利用者から徴収する。

第10条(私用携帯電話の利用状況の確認)
1)私用携帯電話の利用者は、業務利用部分の通話状況、通話料金を明確にした請求書を作成し、部門長、総務部門を経由して経理部門に届け出るものとする。
2)請求書には、加入電話会社より送付された、通話記録の明細書を添付しなければならない。
3)請求分は毎賃金計算期間の末日に締め切り、別途「賃金規程」(省略)に定める賃金支払日に支給する。

第11条(返還)
社用携帯電話を利用すべき事由がなくなった場合は、直ちに会社に返還しなければならない。

第12条(利用の中止)
本規程に反する携帯電話の利用が認められる場合、その他会社が利用の中止を必要と認めた場合には、利用者は携帯電話の利用を中止しなければならない。

第13条(賠償)
第9条および第10条並びに第11条について、不正や重大な過失が認められる場合は、会社は利用者に対して相当分の賠償を求めることがある。

第14条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第15条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2018年10月)

pj60029
画像:ESB Professional-shutterstock

【規程・文例集】「リコール対応に関する規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 求められるリコールへの備え

安全な製品を供給することは企業の責務ですが、製品事故の発生を完全になくすことは難しいと言わざるを得ません。例えば、サプライチェーンが複雑化する中、完成品メーカーが気付かないうちに、サプライヤーが部品の材料や仕様を勝手に変えてしまう、いわゆる「サイレントチェンジ」が発生しており、経済産業省などが注意を促しています。また、足元では、一部の素材メーカーによる製品の品質データ改ざんが相次いで発覚し、問題となっています。

企業は日ごろから製品事故の発生を想定してリコール対応のための準備を行い、製品事故の発生またはその兆候を発見した段階で、迅速かつ的確なリコールを自主的に実施できるようにしておく必要があります。

準備を怠ると、リコール対応に長い時間がかかる上、結果的に「製品事故の発生を隠そうとした」と受け止められかねません。

消費者への人的危害が発生・拡大する可能性があることに気付きながらリコールなどの対応を行わず、死亡事故や火災など重大な被害を引き起こしてしまった場合、行政処分の対象となるばかりか、損害賠償責任や刑事責任を問われることになります。

訴訟に備える意味でも、企業には、迅速かつ的確なリコールを実施できる体制の整備が求められます。

リコールに備えるためには、あらかじめルールを定め、「消費者の安全確保」を重視する企業としての姿勢を従業員などが全員で共有することが不可欠です。その根拠となるのがリコール対応に関する規程です。以降では、経済産業省「消費生活用製品のリコールハンドブック2016」を基に、リコール対応に関する規程のひな型について紹介します。

2 リコール対応に関する規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【リコール対応に関する規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、製品の使用者の生命または身体への危害の拡大防止の観点から、事故発生に伴う使用者への危険や損害発生防止の際に、当該製品の点検・修理・回収等の事故対策を迅速、適切かつ効果的に行うための社内基準として定めるものである。

第2条(対象製品)
本規程の対象とする製品は、当社が取り扱う国内向けの製品とする。ただし、その他の製品についても、本規程に準じて適用するものとする。

第3条(用語の定義)
本規程において各用語の定義は、次に定めるところによる。
 1.事故
  製品の使用に伴い、人的危害を生じた事故および人的危害を生じる蓋然性の高い物的事故をいう。また、これらの製品事故(人的事故や火災等)の発生に結びつく恐れがある製品欠陥や不具合を事故等という。
 2.拡大
  同様の事象が複数発生することをいう。
 3.リコール
  製品の使用による事故発生の拡大可能性を最小限にするための対応であって、具体的には流通および販売段階からの回収並びに顧客の保有する製品の交換、改修(部品の交換、修理、適切な者による直接訪問での修理または点検を含む)または引き取りを実施することをいう。
 4.事故の発生を予見させる欠陥等の兆候に関する情報
  事故を発生させる蓋然性が高い欠陥に関する情報および欠陥か否かは明確に判別できないものの、同様の事故の発生を予見させる情報をいう。
 5.従業員等
  当社の役員および従業員をいう。

第4条(製品安全基本方針)
当社が製造・販売した全ての製品の安全性に対する消費者の信頼を確保することが当社の経営上の重要課題であるとの認識の下、次の通り、製品安全に関する基本方針を定め、誠実に製品安全の確保に努める。
 1.消費生活用製品安全法その他の製品安全に関する関係法令・各種基準等に定められた事項を遵守する。
 2.製品安全基本方針に基づき、品質保証体制をはじめとした組織構築を行い、継続的な改善を実施して「顧客視点」に基づいた「安全」「安心」の確保と維持に努める。
 3.製品安全管理について各事業部を横断的に統括する製品安全管理室を設置する。併せて各事業部内での品質保証体制および安全管理体制を構築する。製品の設計・製造・出荷の全ての段階において、常に適正な品質管理および安全管理を行い、その向上に努める。
 4.当社製品に係る事故について、その情報を顧客や販売会社、業界団体等から積極的に収集するとともに、製品の使用に伴うリスクの洗い出しを常に行い、そのリスクを評価し、その結果を製品の設計、部品、警告ラベル、取扱説明書にフィードバックするなど、継続的な製品安全の向上に努める。
 5.当社製品に関する不測の事故が発生した場合、直ちに原因究明を行い、安全上の問題があることが判明したときは、速やかに製品の回収、その他の危害の発生・拡大の防止措置を講じ、適切な情報提供方法を用いて迅速に消費者に告知する。
 6.製品安全に関する関係法令、各種基準等に関する社内研修を行い、製品安全に関する全社的な取り組みを継続的に行うとともに、関係法令遵守と製品安全の確保について周知徹底を図る。また、定期的な内部監査を実施し、製品安全管理に関する各種規程・手順等の遵守の状況の確認や適正な体制整備を行う。

第5条(製品安全責任者)
1)各部門長を、各部門における製品安全責任者とする。
2)各部門の製品安全責任者は、各担当部門における製品の安全性を確保するよう、従業員を指導・監督し、製品安全管理室と常に連絡を取るものとする。

第6条(原因究明)
1)当社製品に事故の発生または事故の発生を予見させる欠陥等の兆候を発見した場合、可能な限り速やかに問題の製品を入手し、事実関係を確実に把握する。
2)必要に応じて再現実験等の調査を実施し、原因の究明を行う。
3)当社内での原因の究明が困難な場合、製品の種類や事故の状況に応じ、公共または民間の適切な原因究明機関を利用し、原因の究明に努める。

第7条(被害想定)
事実関係に基づき人的危害の発生および拡大の可能性を検討し、被害を想定する。

第8条(リコール実施の判断)
1)消費者の安全確保の観点から、全ての事故および事故の発生を予見させる欠陥等の兆候に関する情報について、リコール実施の要否を検討する。
2)リコール実施の要否および方法は、製品安全管理室が原因究明や被害想定の結果を基に判定し、取締役会においてリコールを実施するか否かの判断と決定を行う。
3)リコール実施の判断は、消費者の利益を第一に考え、事故の拡大防止のため迅速かつ的確に対応するものとする。ただし、具体的な対応はリコールの他、使用方法等に関する注意喚起、原因が究明されるまでの製造、流通または販売の停止等の暫定的な対応の選択肢も考慮し、製品や事故状況に応じた最適な対応方法を決定する。
4)リコール実施を不要と判断した場合においては、事故が拡大する可能性がないか継続監視を行う。
5)継続監視の結果、リコール実施について再び審議が必要と判断した場合は、製品安全責任者による会合を招集し、事故情報の内容および分析結果を審議し、その内容および結果を取締役会に報告する。

第9条(リコール体制の確立)
1)リコール実施を決定した場合、直ちに製品安全管理室にリコール対策本部を設置する。
2)各関係部門の製品安全責任者をリコール対策本部のメンバーとして招集し、具体的なリコール計画の策定、実施を行う。
3)製品使用者等からの問い合わせに確実に対応するため、リコール対策本部の指揮下にリコール対応窓口を設置し、要員を配置する。

第10条(リコール計画の策定)
リコール実施を決定した場合、迅速かつ的確に事故の拡大を防止するため、リコール計画を策定する。リコール計画には次の事項を定める。
 1.目的
 2.リコールの種類
  ・製品の交換
  ・部品の交換
  ・修理
  ・点検
  ・引き取り(返金)
 3.具体的な目標
  ・リコール対象数
  ・リコール実施期間
 4.責任母体
  ・責任者
  ・対応組織と役割分担
 5.対象製品
  ・品名、型番、ロット番号、シリアル番号等
  ・稼働状況(販売台数、市場稼働台数、在庫台数等)
 6.情報提供方法
  ・記者発表実施の有無
  ・社告等の情報提供方法(媒体、時期、内容)
  ・社内外に対するリコール進捗状況の情報提供に関する透明性確保の方法
 7.製品使用者への対応
  ・既に被害が発生している場合、当該被害者の救済方法を含めた対応方針
  ・まだ被害が発生していない場合、被害を予測した被害者への対応方針
 8.官公庁・公的機関への報告
 9.社内への情報伝達
  ・関係部門への連絡と主旨の徹底方法
  ・従業員等への伝達方法
 10.原因究明
  ・原因究明の結果
  ・実施状況(実施機関、時間的目標等)
  ・原因が部品供給会社等の関連会社製品にある場合の原因追究の範囲および方法等
 11.関係者からの意見聴取
  ・法的な責任の有無の確認
  ・将来的な信用や風評への対応方法等
 12.対策および再発防止策
  ・リコール実施状況のモニタリング・評価および見直し方法

第11条(販売会社等への事故対策協力要請)
リコール実施に先立ち、対象製品を供給した販売会社、委託等により対象製品の設置・修理を行っている設置・修理業者等に対し、事故対策の実施に関する連絡を行うとともに、対策の実施について協力を依頼するものとする。

第12条(関係機関等へのリコールの報告)
リコール実施を決定した場合、次の関係機関等に情報提供を行う。
 1.無用な混乱、誤った情報の流出を避けるため、従業員等に対し必要な情報提供を行う。
 2.製品使用者への対応を適切に行うため、販売会社等に対し必要な情報提供を行い、協力を要請する。
 3.関係行政機関等に対し、リコール実施前にリコール計画等を報告する。その際、報告先、書式は関係行政機関等の通達に基づく。
 4.第3号の報告は、業界団体および、関連会社が加盟している関連団体等に対し、必要に応じ速やかに行う。
 5.対象製品について、使用者団体や、常日ごろ情報提供等を行っている関連団体がある場合、これらの団体に対し情報提供を行い、協力を要請する。
 6.法的責任判断のため、弁護士に速やかに事実関係を報告する。
 7.迅速な被害者救済のため、保険会社に速やかに事実関係を報告する。
 8.必要に応じ新聞・テレビ等に情報提供を行い、協力を要請する。

第13条(リコール実施の製品使用者への通知方法・手段)
製品使用者への通知方法は次の通りとする。
 1.保守点検契約等により顧客名簿が作成され、対象製品の所在が特定される場合、ダイレクトメール、電話、FAX、Eメール、直接訪問等により、速やかに製品使用者に対し直接連絡し、通知を図る。
 2.製品使用者を確実に特定できない場合、ウェブサイト、新聞社告、記者発表等、最適な情報提供媒体を決定し、事故の重大性や緊急性によって複数の通知方法から効果的な方法を選択し、または組み合わせて、適宜に通知を図る。
 3.製品使用者に対し通知を図る際には、次の点を考慮する。
  ・高齢者を考慮した文字の大きさや分かりやすい表現方法を用いる。
  ・広告、宣伝と誤解されない体裁とする。
  ・リコール目標の達成まで継続的に実施する。
  ・通知方法、手段は最適な方法を模索し続ける。
  ・情報提供に際して、必要に応じ関係行政機関等と相談をして対応する。

第14条(リコール実施の製品使用者への通知内容)
製品使用者への通知内容は次の通りとし、簡潔かつ正確に記載する。
 1.会社名、製品名、機種名、モデル名
 2.事故の内容(現象、原因、過去の事故の件数および概要)
 3.危険性の有無と発生が予想される危害等の内容
 4.リコールの内容
  ・リコールの種類
 製品の交換、部品の交換、修理、点検、引き取り(返金)
  ・使用の中止
  ・製品使用者への依頼内容(連絡要請や着払いでの返送依頼)
  ・簡潔な謝辞
 5.製品の識別方法:名称、型番、シリアル番号、製造場所等
 6.対象製品の情報
  ・製品の製造(輸入)期間、販売期間、該当商品の販売台数、対象台数
  ・製品の型番、シリアル番号(表示箇所の写真やイラストによる説明)
  ・その他、製品を限定する情報(販売地域、販路経路等)
 7.対策の開始時期と未対策品の注意事項
 8.連絡先
  ・連絡先名(返送を依頼する場合は送付先名、住所)
  ・電話番号(フリーダイヤル)
  ・連絡可能曜日および時間帯
  ・FAX番号
  ・Eメールアドレス
  ・自社ホームページのアドレス
  ・連絡可能な問い合わせ事項の明示等
 9.日付(社告公表日)
 10.住所(本社所在地または顧客対応窓口)
 11.会社名(クレーム送付先または顧客対応窓口)

第15条(事故対策の公表)
1)製品使用者を確実に特定できない場合、適切かつ効果的な事故対応を行うために、事故対策内容を原則として記者発表等により公表する。
2)公表の時期は、切迫した危害等の恐れがある場合は、直ちに公表を行うものとする。切迫した危害等の恐れが少ない場合には、対策措置の諸準備を速やかに実施し、準備が整い次第直ちに行うものとする。
3)公表内容は第14条と同等の内容とする。

第16条(進捗状況の評価および修正)
1)策定したリコール計画通りにリコールが履行されているか否か、リコール対策本部において進捗状況を評価する。
2)リコールの進捗状況によって、逐次最適な対応方法の検討および修正を行う。リコール計画通りにリコールが進まない場合、製品使用者への通知方法・手段を再度検討する等、対応策を講じる。

第17条(対策状況の報告)
1)対策状況について、リコール計画の報告を行った関係機関等に対し報告を行う。
2)対策状況の報告は、リコール計画の報告後1カ月経過するごとに行うことを基本とし、報告先が報告頻度について特別の指示を行った場合には、それに従う。

第18条(教育等)
1)日ごろより、従業員等に対し、必要な教育・研修を実施し、消費者の安全確保の観点から企業の社会的責任の重要性を認識させるよう努める。
2)リコール完了後、リコール対策本部は、一連のリコール対応について記録をまとめ、関係機関等に報告を行う。また、一連のリコール対応で明らかになった問題点や課題を整理し、従業員等に周知する。
3)リコール対策本部は、前項の終了をもって解散できるものとする。

第19条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第20条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2018年11月)

pj60035
画像:ESB Professional-shutterstock

ヒューマンエラー対策の基本

書いてあること

  • 主な読者:「個人情報の漏洩」など、ヒューマンエラーによる事故の防止を図りたい経営者
  • 課題:ヒューマンエラー防止策を講じても、事故が発生することもある
  • 解決策:防止策を着実に実行させるために、社内にチェック機関を設け、定期的に内部監査をすることが効果的

1 ヒューマンエラーの脅威

十分な対策を講じていても、事故発生のリスクは常にあります。その原因はさまざまで、「ヒューマンエラー(人間の誤認識や誤動作によって引き起こされるミス)」もその1つです。

「個人情報の漏洩」など、ヒューマンエラーによる事故はさまざまな分野で起こり得ます。これらの事故は、「信頼の失墜」「多額の賠償責任の発生」「顧客の安全性の損失」など、取り返しのつかない大きな損害を顧客や企業に与える恐れがあります。

IT化の進展でヒューマンエラーは起こりやすくなり、また想定される被害も大きなものになっています。企業は、日ごろからヒューマンエラーに対する適切な対応をしなければなりません。

2 ヒューマンエラーの類型と対策

1)情報処理のプロセスは3つ

人間による情報処理のプロセスは、「1.入力のプロセス(情報を自身の中に取り込むプロセス)」「2.媒介のプロセス(取り込んだ情報を判断するプロセス)」「3.出力のプロセス(判断に基づいて行動を決定、実行するプロセス)」の3つです。

ヒューマンエラーは、この全てのプロセスで発生する可能性があります。また、各プロセスで生じた個々のエラーは軽微でも、一連の情報処理のプロセスの中でそれらが連鎖することにより、より大きな事故を発生させる恐れがあります。

2)入力エラー

情報を入力するプロセスで発生するエラーです。集中力の欠如、見落とし、見間違い、聞き間違いなどにより、情報を正しく知覚・認知できないことをいいます。例としては、「数字の入力ミス」などがあります。

入力エラーを防止するために、指さし確認を行う、複数の担当者が読み合わせを行うなどの対策が効果的です。また、作業と作業の間に休憩時間を設けたり、集中力の高い朝に間違いやすい業務を行ったりします。

3)媒介エラー

情報を媒介するプロセスで発生するエラーです。油断、誤った知識、経験への依存などにより、情報を正しく判断・決定できないことをいいます。例としては、「正しいはずだという思い込みにより、誤った数字のまま次工程に進める」ことなどがあります。

媒介エラーを防止するために、上司が定期的にチェックして間違いを修正したり、勉強会を行って正しい知識を習得できる機会を設けます。また、マニュアルを作成し、業務や確認事項の統一化を図るなどします。

4)出力エラー

行動を出力するプロセスで発生するエラーです。やり忘れ、やり間違い、勘違いなどにより、作業を計画通りに正しく実行できないことをいいます。例としては、「数字の最終チェックを忘れてしまう」ことなどがあります。

出力エラーを防止するには、「ToDoリスト」(やるべき事柄をまとめたリスト)を作成する、余裕のあるスケジュールを組んで抜け漏れをなくすなどします。また、1つの業務を複数の社員が担当できるようにして、互いに確認し合うのもよいでしょう。

5)ヒューマンエラーの検知

以上のような対策を講じてもヒューマンエラーは発生します。そうしたヒューマンエラーがどのような状況で起こったのか、対策に問題がなかったのかを確認し、改善していくことが大切です。

また、ヒューマンエラーが発生した場合を想定し、損害の拡大を防ぐための対応も検討しなければなりません。具体的には、報告経路を定めて周知したり、クレーム対応の訓練をしたりします。マニュアル化するのもよいでしょう。

3 防止対策の運用上の留意点

過去に発生したヒューマンエラーによる事故を検証してみると、「決められた通りに防止対策を実行しなかったためヒューマンエラーが発生し、しかもその検知が遅れたために損害が拡大してしまった」というケースが多く見られます。

決められた通りに防止対策が実行されないのは、次のような担当者の主観的な判断や、油断によります。「エラーが出ていたが、経験から問題ないと判断した」「自分が確認したので大丈夫と油断し、ダブルチェックをしなかった」。

この他、防止対策が実行されているものの形骸化していて、動作としての指さし確認はしているが、無意識に指を指しているだけで全く確認をしていないということもあります。

こうした問題を改善するために、社内にチェック機関を設け、定期的に内部監査をすることが効果的です。加えて、ヒューマンエラーが起きたときの被害をイメージが湧きやすいように数字などを交えて共有するとよいでしょう。

以上(2018年10月)

pj60022
画像:unsplash

【規程・文例集】苦情対応力を上げるマニュアル作成のポイント

書いてあること

  • 主な読者:自社の苦情対応力を上げたい経営者
  • 課題:苦情対応マニュアルなどを整備しておらず、自社として統一された対応ができていない
  • 解決策:マニュアルを作成することをゴールにしないように注意する。また、苦情対応責任者を明確化するなどして、マニュアルを整備する

1 苦情対応力を高めることの重要性

苦情というと、どうしても「悪いもの」「避けたいもの」というイメージがあり、苦情に対して、消極的な姿勢をとってしまいがちです。しかし、苦情対応をおろそかにすると、企業イメージの低下、顧客喪失など企業経営に大きな影響を及ぼす事態になりかねません。

また、苦情の背景には、企業経営を脅かすような重大な問題が潜んでいる可能性もあります。こうした類の苦情を、初期の段階で察知・分析することなく見過ごしてしまうと、取り返しのつかない事態に陥るケースもあります。

このように考えると、苦情対応は企業にとって重要な経営課題であり、組織全体で取り組むべきものと認識し、適切に対応していくことが重要です。

苦情対応に組織全体で取り組むためには、従業員教育など、行うべきことは多々ありますが、本稿では、従業員が苦情対応を行う際の指針となる苦情対応マニュアル(以下「マニュアル」)作成に焦点を当てて見ていきます。

マニュアルを作成することで、期待できる効果は次の通りです。

画像1

ただし、マニュアルは、それを作成するだけで適切な苦情対応に結び付くものではありません。マニュアルを従業員全員に周知させ、必要に応じて内容を見直しながら運用していくという一連の流れが企業の苦情対応力を高めていくのです。

そのため、「マニュアルを作成する際には、マニュアルを作成することそのものを目的としないこと」「マニュアルに頼りすぎた苦情対応をしないこと」に注意する必要があります。

こうした点も考慮しながら、以降では中堅・中小企業におけるマニュアルの基本的な作成手順とその留意点について見ていきます。

2 責任の明確化

1)苦情対応責任者の明確化

まずは、苦情対応の責任者は誰かということを明確にします。

責任者を明確にし、苦情が発生した場合には情報が全て苦情対応責任者の下へ集まるようにしておくことで、苦情対応の効率的な管理が行えるようになります。

なお、苦情対応責任者は、経営トップもしくはそれに近い階層の者が就くほうが望ましいでしょう。苦情対応への取り組みは、企業イメージを大きく左右することがあります。経営トップ自らが苦情対応責任者として率先して苦情対応に取り組むことで、苦情対応を「企業活動における重要な取り組みの1つ」と捉え、高い意識を持って苦情対応に取り組む姿勢を内外に示すことができます。

また、経営トップ自らが苦情対応責任者を務めることは、苦情処理の迅速化という点でも意味を持ちます。対応者が自身で判断できない苦情に対して、経営トップに直接指示を仰ぐことができる仕組みをつくっておくことで、社内手続きを簡素化し、迅速な対応が可能になるのです。仮に一般の従業員が苦情対応責任者を務める場合、苦情受領の報告を受けた苦情対応責任者がその上司に、上司がさらに経営トップに指示を仰ぐ、といった社内手続きが生じる可能性があります。その場合、苦情への対応に時間がかかり、顧客の気分を害してしまう恐れがあります。経営トップが自ら苦情対応責任者となり、苦情への対応方針を決定・指示することで迅速な対応が可能となります。

2)苦情対応責任部門の設置

苦情対応責任部門の主な役割はマニュアルの作成や運用、修正や見直しなど、苦情対応に関するプロセス全体の統括を行うことです。マニュアル作成に関しては、実際に苦情対応を行っている現場の従業員の意見をマニュアルに取り入れることで、現実に即した「生きたマニュアル」を作成することができます。苦情対応責任部門には、顧客からの苦情を受けることが多い従業員(営業、お客様センターなど)をメンバーとして組み入れるとよいでしょう。

3 マニュアル作成・運用の手順

苦情対応責任者および苦情対応責任部門が中心となってマニュアルの作成を進めます。マニュアルに盛り込む項目は業種によって多少の違いはありますが、基本的には次のような項目を盛り込みます。

1)マニュアルの目的

まず、苦情に対する組織の考え方を記載します。冒頭にこうした考え方を盛り込むことで、従業員の苦情対応に対する意識の統一を図ります。ここで記載する内容としては、例えば「苦情を受領した際には、お客様第一の立場で迅速かつ丁寧な対応を心掛ける」「お客様からの苦情には誠意をもって対応し、当社の商品・サービスをより適切にご利用いただけることを目指す」などとします。

この項目は単文でも構いませんし、複数行に分けても構いません。ただし、苦情対応に対する組織の考え方を示すものとなるため、「できるだけ分かりやすく、従業員全員が共有できる内容にすること」が大切です。

2)苦情対応の具体的な手順

次に、苦情が発生した場合の対応手順について記載します。この項目はマニュアルの中核となる部分なので、慎重に検討しましょう。具体的な項目としては「受領」「内容の調査」「対応の検討」「苦情対応の実施」などがあります。手順については、従業員が苦情対応の流れを理解しやすくなるような工夫が必要です。例えば、「苦情の受領から終了まで時系列に並べる」「実際の苦情対応例を併せて記載しておく」「『お客様への対応』と『社内の対応』に分けて手順を記載する」などがあります。

3)苦情対応報告書の作成手順

次に、苦情が発生した場合の対応手順について記載します。苦情対応報告書は、苦情対応に関する情報を管理するために必要となる重要な書類です。ただし、担当者によって報告書の記載内容・項目に大きな差があるようでは、情報を適切に管理することはできません。あらかじめ「苦情発生状況」「苦情内容」「苦情原因」「お客様のご要望」「対応」「対応結果」「備考」などの記載項目を盛り込んだ苦情対応報告書フォーマットを作成しておき、苦情が発生したら、直接苦情対応に当たった担当者に記載・報告をさせるようにします。

4)苦情情報のデータベース化の手順

最後に、苦情情報をデータベース化する際の手順を記載します。

データベース化の目的は、「苦情内容やその対応方法を全社で共有し、苦情の再発防止に役立てること」が挙げられます。そこで、苦情対応者から提出された苦情対応報告書を基に苦情内容と対応方法などを蓄積し、従業員が誰でもアクセスできるようにしておくことが必要です。そうすることで、従業員が以前の苦情対応情報を参考に、よりスムーズな苦情対応を行うことが期待できます。

5)マニュアルの周知・実施

マニュアルを作成したら、苦情対応の勉強会などを開催し、従業員全員にマニュアルの浸透を図ります。従業員の苦情対応のレベルアップを図るためには、こうした勉強会を定期的に開くことが理想的ですが、まとまった時間をとることが難しいという場合もあるでしょう。そうした場合には、朝礼などの時間を利用して通知するだけでも効果が期待できます。1回当たりの時間は少しずつでも、継続して取り組むことが重要です。

4 マニュアル作成・運用上の留意点

1)マニュアルは精密に作りすぎない

マニュアルは、精密に作りすぎないようにしましょう。マニュアルで多くを規定しようとすると、マニュアル作成に時間や手間がかかる上、従業員が覚えにくく、浸透しづらいなどの問題点が出る恐れがあります。

しかも、精密なマニュアルがあると、従業員は全てマニュアルに従って苦情対応を行うことになります。マニュアル通りの対応は、顧客に「機械的な対応」という印象を与えかねません。企業に対して苦情を申し出る顧客は、「自分の話を聞いてほしい」「自分が怒っている理由を理解してほしい」と考えています。そうした顧客に対して「機械的な対応」をしてしまうと、「本当に悪いと思っているのか」と、余計に顧客を興奮させてしまう可能性もあります。

また、従業員がマニュアル通りの対応に慣れてしまうと、マニュアルにない(想定していない)苦情に対して、対応できなくなる恐れもあります。

こうした問題を防ぐために、マニュアルには、「苦情に対する基本的な考え方」「苦情が発生したときにどういう手順で対応するのか」「苦情対応を終了した後の社内処理はどうするのか」など基本的な事項についてのみ記載するのがよいでしょう。

なお、実際の苦情対応に際しては、従業員にある程度の裁量を与え、柔軟に対応させ、もし、運用していて不足などがあれば、その都度見直していけばいいのです。もともと簡潔に作ってあるマニュアルであれば、見直しも簡単に行えます。

2)マニュアルは定期的に見直しをする

マニュアルは一度作成したら終わりというものではなく、苦情対応を常に質の高いものとするためにも、定期的に見直しを行うことが重要です。企業を取り巻く環境は、刻一刻と変化しています。作成時点では非の打ちどころのないマニュアルだったとしても、環境が変化すれば、不都合が出てくる可能性があります。作成したマニュアルを見直すことなく使い続けていては、顧客の要求に応え切れなくなる可能性があります。

そのため、データベース化された苦情対応の情報や、実際に苦情を受ける従業員の意見を定期的に集約して内容を見直すなど、常に鮮度の高いマニュアルにすることが大切です。また、「同業他社の苦情対応事例」などの身近な事例は、適切な苦情対応をするために大変参考となります。日ごろから苦情対応に対するアンテナを張っておきましょう。

3)従業員を評価する仕組みが必要

どんなに素晴らしいマニュアルを作ったとしても、実際の現場で顧客に対応する従業員が高い意識を持っていなければ意味がありません。経営トップは、朝礼や研修などあらゆる機会を使って、従業員に苦情対応の重要性や苦情対応に当たっての心構えなどを伝えていくことが大切です。

また、苦情対応に対する従業員の高い意識を保つためには、「苦情対応を行った従業員をしっかりと評価する」ことも忘れてはなりません。苦情対応は、対応する従業員にとって大きな負担となりますが、苦情対応を行った従業員を評価する仕組みが整っている企業は多くはありません。

確かに、苦情対応は利益に直結するものではないため、評価の対象となりにくい面はあるのですが、これでは、従業員に「苦情対応は割に合わない」という意識が生まれても仕方ありません。従業員がそうした意識を持つと、苦情対応に対する意識が低下してしまう恐れがあります。

こうした事態を防ぐために、苦情対応を行った従業員を評価する仕組みづくりが必要です。こうした仕組みとしては「半年間の苦情対応件数が最も多かった従業員を表彰する」「データベースに蓄積された苦情対応情報から、『参考となる対応』を従業員に選択させ、最も選択された数が多かった従業員に特別手当を支給する」などが考えられます。

4)JIS規格も参考に

苦情対応については、JIS規格「JIS Q 10002:2005 品質マネジメント-顧客満足-組織における苦情対応のための指針」が制定されています。この規格は、組織内部における製品やサービスに関する苦情対応プロセスの指針について標準化を行い、生産および使用の合理化、品質の向上を図ることを目的として制定されたものです。

同規格には、苦情対応の「基本原則」「苦情対応の枠組み」「計画および設計」「苦情対応プロセスの実施」「維持および改善」などの規定事項の他に、苦情対応プロセスの構築や維持に大きく経営資源を投資することが難しい小規模企業のための指針、苦情の受け付けおよび苦情のフォローアップをする際のフォーマットなども添付されています。マニュアルの作成に当たっては、こうした規格を参考にするのもよいでしょう。

なお、同規格は日本工業標準調査会のウェブサイトで閲覧することができます。

■日本工業標準調査会■
http://www.jisc.go.jp/

5 マニュアル項目例

画像2

6 苦情対応報告書例

画像3

以上(2018年4月)

pj60007
画像:ESB Professional-shutterstock

困ったときに役立つ 中小企業を守る法律の知識

書いてあること

  • 主な読者:大企業との取引が多い中小企業の経営者、窓口担当者
  • 課題:取引上弱い立場にあるので、大企業からの要望・要請を断れない
  • 解決策:独禁法、下請法などの中小企業を守る法律を知ることで、トラブルを避けることができる

1 知っておきたい中小企業を守る法律とは?

取引において、できる限り自社の利益となるように相手と交渉をすることは当然のことです。これは、中小企業と大企業間の取引であっても何ら変わりはありません。

しかし、一方が理由もなく、有利な契約条件を押しつける形となることは不合理であり、認められるべきではありません。とはいえ、取引当事者間で会社の規模が大きく違う場合には、こうしたケースが少なからず見受けられます。

このような場合に、弱い立場にある当事者を保護する取引関係の法律として、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下「独禁法」)や「下請代金支払遅延等防止法」(以下「下請法」)があります。

最近では、通販サイトなどを運営し、市場で大きな地位を占めているIT企業、いわゆるデジタル・プラットフォーマーが、蓄積データを活用して市場を寡占化したり、その優位性によって取引先である中小企業に対して、一方的に不利益を与えたりすることが問題視されています。2020年2月には、公正取引委員会が大手の通販サイト運営会社に対する緊急停止命令の申立てを行いました(後日、申立ての命令を取り下げました)。

また、昨今では、著作物やノウハウなどの知的財産権に関連するトラブルが増えており、大企業が取引先である中小企業の知的財産権を侵害するケースも指摘されています。このような場合に、「著作権法」や「不正競争防止法」といった、自社の知的財産権を守る法律についても知っておく必要があります。

本稿では、中小企業が取引で不利な立場に置かれたり、自社の権利を侵害されたりといった、トラブル時に知っておくと役に立つ法律の知識を簡潔に説明します。

2 取引で困ったときに役立つ「独禁法」の知識

1)独禁法の概要

独禁法は、公正かつ自由な競争を阻害する行為などを禁止するために定められた法律です。独禁法において禁止されている違反類型のうち、中小企業を守る内容として、「不当な取引制限」と「不公正な取引方法」の2つを押さえておきましょう。

なお、「私的独占」も重要な違反類型ではありますが、実際の違反事例はそれほど多くありませんので、本稿では割愛します。

2)不当な取引制限

「不当な取引制限」とは、他の事業者と共同して、相互にその事業活動を拘束し、または遂行することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいいます。カルテルや入札談合などの価格協定が典型的な例といえるでしょう。

例えば、大企業が結託して、小売店に販売する製品・部品の金額が下落しないように販売価格を擦り合わせている場合には、この違反類型に該当します。なお、ここでの「擦り合わせ」とは、互いに自身の意向を明確にして合意する必要はなく、歩調をそろえる黙示の意思があればよいとされています。

3)不公正な取引方法

不公正な取引方法とは、例えば、自由な競争が妨げられていること、競争の中心が本来重要な要素となるべき価格・品質・サービスになっていないこと、取引主体が不合理な理由で自主的な判断が困難になっていることなどにより、競争秩序に悪影響を及ぼす取引をいいます。

具体的な内容は、後述する下請法で禁止されている行為と重なるところもありますが、取引拒絶、不当廉売、不当高価購入、抱き合わせ販売、再販売価格維持、優越的地位の濫用などが規定されています。不公正な取引方法については業種ごとにさまざまなガイドラインが公表されていますので、詳細は公正取引委員会のウェブサイトを参照ください。

3 取引で困ったときに役立つ「下請法」の知識

1)下請法の概要

下請法は、独禁法によって禁止されている優越的地位の濫用に該当する行為形態のうち、適用対象や違反行為を類型化して規制しています。下請法では、個別具体的な判断が必要な優越的地位の濫用に該当する行為を類型化することで、簡易迅速に下請事業者を保護することを目的に規定されています。

商慣行の中で、自社に不利益だとは思いつつも、長年にわたって行っていた取引が、実は下請法に違反していたという場合もあります。

また、2019年10月から消費税率引き上げが実施されました。税率引き上げ時に、代金から税率引き上げ分相当額の全部または一部を差し引いて支払うように要請されることなどがあったかもしれませんが、こうした行為は下請法に違反します。

以降で紹介する内容を参考に、自社の取引を見直してみるのは有用なことだといえるでしょう。

2)下請法が適用される取引当事者・取引内容

下請法上、中小企業を下請事業者、大企業を親事業者と呼んでおり、具体的には次の関係にある事業者間における取引が下請法の適用対象となります。

画像1

また、取引当事者についてだけでなく、下請法が適用される取引内容についても、次の通り4つに類型化されています。これらの類型に該当する場合に下請法が適用されることになります。

画像2

3)親事業者に課されている義務事項

下請法が適用される取引当事者・取引内容の場合に、親事業者は次の4つの義務が課されています。なお、書面への記載事項などの詳細は、公正取引委員会のウェブサイトを参照ください。

  • 書面交付:発注後直ちに、書面(3条書面)を交付しなければいけません。
  • 支払期日の定め:成果物(役務提供)の受領日から60日以内のできる限り短い期間内に代金の支払期日を定めなければいけません。
  • 書類作成・保存:委託内容に関する事項が記載されている書類を作成し、2年間保存しなければいけません。
  • 遅延利息の支払:代金を支払期日までに支払わなかった場合、成果物(役務提供)の受領日から60日を経過した日から支払日までの期間について、年率14.6%の遅延利息を支払わなければいけません。

4)こんな場合には下請法で守られる

前述した通り、下請法は適用される場合が具体的に定められています。そのため、例えば、取引先から次のような行為があった場合には、下請法違反の可能性がありますので、対応を検討されることをお勧めします(なお、下請法では11の禁止行為が類型的に規定されていますので、一度見直してみるとよいでしょう)。

  • 消費税率引き上げのタイミングで販売価格低減を要請された場合
  • 発注者側の都合で商品を返品された場合
  • 従業員の派遣や、不要な在庫商品の購入を求められた場合
  • 少量発注にもかかわらず、大量発注を前提とした単価設定を求められた場合
  • 製品の図面などの技術情報の提供を求められた場合
  • 事後的な仕様変更や工程変更による追加費用を一方的に負担させられた場合

4 知的財産を侵害されたときに役立つ「著作権法」の知識

自社の知的財産を守る権利の中でも、最も知っておく必要があるのは著作権の知識でしょう。著作権は著作物に対して生じる権利です。小説や楽曲、絵画といったものだけでなく、ダンスの振り付けやゲームソフト、コンピュータープログラムといったさまざまなものが著作物に該当し、これらには著作権があります。著作権は原則として、著作者の死後70年の間保護されます(団体名義や無名の場合は著作物公表後70年)。

著作権には主に次のような権利があります。

画像3

中小企業においても、自社で制作している商品の設計書、図面、マニュアルなどがあれば、それは著作物であり著作権によって保護されます。それ以外にも取引先に提案した企画書といったものも保護対象になります。これらのものが、知らない間に勝手に利用されている場合、著作権侵害の可能性がありますので、侵害行為の差し止め等を検討するとよいでしょう。

また、場合によっては、きちんと著作権の利用許諾契約を締結して、許諾料を支払ってもらうなどして、自社の知的財産を活用したビジネスを確立していくことが、将来的に有益となることもあります。

5 知的財産を侵害されたときに役立つ「不正競争防止法」の知識

不正競争防止法は、もともとは事業者間の公正な競争を確保するための法律であり、知的財産を保護することを直接の目的にしているものではありません。ただし、未登録の商標や商品形態の模倣、営業秘密の不正取得に関しての規定など、実質的には知的財産を保護する機能を有した法律といえます。

この法律では、9つの行為類型を不正競争と定義して禁止しています。そのうち、自社を守る権利として、次に紹介する行為類型については知っておくとよいでしょう。

画像4

例えば、秘密として管理していた商品の設計情報を、業務提携していた大手メーカーが他の提携先企業に流出させて類似の商品製造を行っていた場合や、自社のヒット商品と類似の粗悪品が出回っているような場合に、不正競争防止法に基づいて差し止めや損害賠償請求等をしていくことができます。

6 まずは自社を守る法律を知ることが第一歩

中小企業においては、取引先とのパワーバランスなどから、法律に定めがあっても、声を出して取引先からの不利な要請などを是正することが難しく、権利が保護されにくい現状があることは否めません。もっとも、近年では、親事業者が下請法違反で摘発される事例などが多く出始めており、社会全体の流れとして、中小企業の保護の見直しが図られていることは事実です。

そのため、まずはきちんと自社を守る法律の内容を知っておき、いつでも法律に基づく保護を受けられる知識と体制を整えておくことが必要といえるでしょう。

本稿を「中小企業を守る法律」の知識を整理する一助にしていただければと思います。

以上(2020年5月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

pj60102
画像:pexels

トラック運送元請事業者による下請・傭車のリスク把握

書いてあること

  • 主な読者:トラック運送元請事業者
  • 課題:下請・傭車を使う場合にどのようなリスクがあるのか押さえておきたい
  • 解決策:労働災害や積み荷の損壊をはじめとするリスクを把握し対策を講じる。荷主・元請事業者・実運送事業者の連携が重要

1 貨物自動車が第1当事者となった交通事故件数

近年、交通事故件数合計は減少傾向にあり、2017年には47万2165件となっています。そのうち、貨物自動車が第1当事者となった交通事故件数は、自家用貨物自動車と事業用貨物自動車を合わせて7万9970件で、1日当たりおおよそ219件のペースで発生していることになります。

画像1

交通事故の原因はさまざまですが、ドライバーの不注意や車両の整備不良などによることがあります。納品時刻に間に合わせるために疲労や睡眠不足を押して走行した場合など、運行作業にムリが生じたときに交通事故が発生しがちです。

2 トラック運送業における労働災害の発生状況

トラック運送業(陸上貨物運送事業)は、製造業、建設業に次いで労働災害事故による死傷者が多い業種です。

画像2

トラック運送業ではドライバーが荷役作業を担う場合もあり、実際には労働災害の多くが荷役作業中に発生しています。例えば、荷台や荷物の上などからの「墜落・転落」の他、作業中の「転倒」、フォークリフトやかご台車などによる「はさまれ・巻き込まれ」といった労働災害も少なくありません。

3 荷主・元請事業者・実運送事業者の連携が不可欠

トラック運送業では、荷主から元請事業者、最終的に実運送を行う下請事業者(以下「実運送事業者」)までの間で下請構造が多層化しています。そのため、荷主から実運送事業者までの契約、輸送責任は複雑・曖昧になりがちです。また、元請事業者から自社の請負能力にかかわらず仕事を受注し、傭車(ようしゃ)を使うことで自らは実運送をせずにコスト管理のみを行う、いわゆる「水屋業」などもあり、トラック運送の市場構造は非常に複雑なものとなっています。

そうした中、業界では、自主的な交通労働災害防止対策の他、関係法令に基づき、輸送の安全確保のために必要な運行管理や運輸安全マネジメントが実施されています。

一方、荷主側は他社との競争が激しさを増す中、在庫をできるだけ持たないようにする傾向にあります。そのため、元請事業者、実運送事業者に対して、ジャスト・イン・タイムの納品や多頻度少量輸送などを要求するケースが増えています。

荷主の中には、到着時間に遅れた場合に元請事業者に対して厳しいペナルティーを科している場合もあり、それが行き過ぎて、実運送事業者の運行の安全を阻害する要因にもなっているといいます。このような事態が労働災害に結びついており、中には第三者を巻き込む深刻な交通死亡事故も発生しています。

運行作業中の労働災害防止のためには、実運送事業者が安全運転・車両整備点検を徹底するとともに、荷主、配送先、元請事業者など(以下「荷主等」)には、運行作業にムリが生じないように、発注や納品のスケジュールに配慮することが求められます。

荷役作業中の労働災害防止のためには、安全衛生教育の中で、「墜落・転落」「転倒」「はさまれ・巻き込まれ」などの災害防止に向けた作業手順の徹底などに取り組むことが求められます。実際には、実運送事業者のドライバーや作業者が、荷主等の構内で荷役作業を行うことが多く、その作業内容は、荷主等が提供する荷の積卸し現場の作業環境や荷主等が示す発注条件によって左右されます。そのため、荷主等にも安全衛生対策に関して積極的に取り組むことが求められます。

運行作業や荷役作業の安全には実運送事業者に第一義的責任があるものの、安全確保には、荷主等の理解と協力が不可欠です。

2017年11月4日に標準貨物自動車運送約款等が改正され、運送の対価としての「運賃」と、運送以外の役務等の対価としての「料金」の区別が明確化されました。荷主は、運送状に、積込み・取卸し、附帯業務(棚入れ、ラベル貼り等)の料金を、運賃とは別に記載する必要があります。また、運送状に記載がない作業や荷待ち時間が発生した場合においても料金を支払う必要があります。

トラック運送業者は、「積込料」「取卸料」「待機時間料」を新たに設定し、運賃・料金表の変更を届け出て、新標準約款を主たる事務所その他営業所に掲示する必要があります。

4 トラック運送業における労働災害防止に向けた行政の動き

1)厚生労働省「改善基準告示」

厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下「改善基準告示」)では、トラック運送業について、ドライバーの労働条件の改善を図るため、拘束時間の限度と休息期間の確保、運転時間の限度などが規定されています。改善基準告示の主なポイントは次の通りです。

  • 1カ月の拘束時間は原則293時間が限度。ただし、毎月の拘束時間の限度を定める書面による労使協定を締結した場合は、1年のうち6カ月までは、1年間の拘束時間が3516時間(293時間×12カ月)を超えない範囲内において、1カ月の拘束時間を320時間まで延長することができる。
  • 1日(始業時刻から起算して24時間)の拘束時間は13時間以内を基本とし、これを延長する場合であっても16時間が限度。1日の拘束時間を13時間から延長する場合でも、拘束時間が15時間を超える回数は、1週間について2回以内が限度。
  • 1日の休息期間は継続8時間以上。
  • 1日当たり運転時間は、2日(始業時刻から起算して48時間)平均で9時間が限度。
  • 1週間当たり運転時間は、2週間ごとの平均で44時間が限度。
  • 連続運転時間(1回が連続10分以上で、かつ、合計が30分以上の運転の中断をすることなく連続して運転する時間)は、4時間が限度。

(注)拘束時間とは、始業時刻から終業時刻までの時間で、労働時間と休憩時間(仮眠時間を含む)の合計時間をいいます。休息期間とは、勤務と次の勤務の間の時間で睡眠時間を含む労働者の生活時間として、労働者にとって全く自由な時間をいいます。

なお、時間外労働および休日労働は、1日の最大拘束時間(16時間)、1カ月の拘束時間(原則293時間、労使協定があるときは320時間まで)が限度です。また、使用者は、ドライバーの休息期間については、ドライバーの住所地における休息期間が、それ以外の場所における休息期間より長くなるように努めなければなりません。

2)国土交通省「安全運行パートナーシップ・ガイドライン」

国土交通省「トラック事業における荷主・元請事業者と実運送事業者との協働による安全運行の向上に向けて―安全運行パートナーシップ・ガイドライン―報告書」(以下「安全運行パートナーシップ・ガイドライン」)では、次の6項目が掲げられています。

  • 荷主側で、運送する貨物の量を増やすよう急な依頼があった場合、適正な運行計画が確保され、過積載運行にならないよう、関係者が協力して取り組む。
  • 到着時間の遅延が見込まれる場合、荷主・元請事業者は安全運行が確保されるよう到着時間の再設定、ルート変更等を行う。また、到着時間の遅延に対して一律に厳しいペナルティーを与えるのではなく、原因を分析し柔軟に対応する。
  • 荷主・元請事業者は、実運送事業者に対して安全運行が確保できない可能性が高い運行依頼は行わない。なお、無理な運行が予見される場合、到着時間の見直し等を行うなど協力して安全運行を確保する。
  • 荷主・元請事業者は、積込・荷卸し作業の遅延により予定時間に出発できない場合、到着時間の再設定を行い、適正な運行計画を確保するための措置を講じるとともに、貨物車両が敷地内待機できる措置を講じる。
  • 安全運行の確保に向け、協力して安全推進活動に取り組むとともに、安全運行パートナーシップ・ルールとして各種課題について具体的な改善方策を取り入れてルール化する。
  • 安全運行パートナーシップを確立するため、基本方針・目標の共有化、人材の育成・確保と実施体制の整備等を行う。

3)国土交通省「適正取引推進ガイドライン」

国土交通省「トラック運送業における下請・荷主適正取引推進ガイドライン」では、独占禁止法や下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」)に抵触するような問題となる取引の防止に向けて、望ましい取引実例として次のような取り組みが挙げられています。

  • 原価計算に基づく運賃交渉
  • 3PLにおける原価把握
  • 燃料サーチャージ制運賃の導入
  • 手待ち時間のデータを示して交渉
  • 有料道路の利用条件、利用料金の支払い条件を書面化して適切な費用負担を実施
  • 試行的な業務実施(トライアル)による見積もりの作成
  • 安全運行のためのシステム導入
  • 手形支払期日の統一と柔軟な対応

4)厚生労働省「交通労働災害防止のためのガイドライン」

厚生労働省「交通労働災害防止のためのガイドライン」は、労働安全衛生関係法令や、前述した「改善基準告示」などと相まって、交通労働災害の防止を図るための指針です。交通労働災害防止のためのガイドラインでは、次の事項を積極的に推進するとされています。

  • 交通労働災害防止のための管理体制の確立
  • 適正な労働時間等の管理、走行管理
  • 教育の実施
  • 健康管理
  • 交通労働災害防止に対する意識の高揚
  • 荷主、元請による配慮

5)厚生労働省「陸上貨物運送事業における荷役作業の安全対策ガイドライン」

厚生労働省「陸上貨物運送事業における荷役作業の安全対策ガイドライン」は、労働者の荷役作業での労働災害を防止するために、トラック運送業者や荷主等が取り組むべきこととして、次のような事項が示されています。

  • 荷役災害防止のための担当者の指名
  • 定期的に運搬を発注するトラック運送業者と合同の安全衛生協議組織を設置
  • 荷役作業をトラック運送業者に行わせる場合の事前通知
  • 余裕を持った着時刻の設定
  • 安全に荷役作業ができる状況の保持(荷の積卸しや荷役運搬機械・荷役用具等を使用するために必要な広さの確保、床の凹凸や照度の改善、混雑の緩和、荷や資機材の整理整頓、できるだけ雨風が当たらない荷役作業場所の確保)
  • 墜落・転落防止のための施設等(プラットホーム、荷台への昇降設備、安全帯取付設備)の用意
  • フォークリフトによる労働災害の防止対策
  • クレーン等による労働災害の防止対策
  • コンベヤーによる労働災害の防止対策
  • ロールボックスパレット等による労働災害防止対策
  • 転倒、腰痛等の労働災害防止対策

5 元請事業者が把握しておきたいリスク

1)ドライバー不足が続く

トラック運送業では、ドライバー不足と高齢化が急速に進行しています。ドライバーは、長時間労働の割に賃金が低く、職業としての魅力が薄れているといわれ、新規就業の減少と高齢者の退職によって、ドライバー不足の深刻化が懸念されています。

一部の元請事業者では、下請事業者や傭車を使ってもほとんど手数料が入らないような仕事を断ったり、人材確保・維持のために荷主に対して運賃の値上げ交渉を始めたりするケースも出てきています。

2017年3月には年齢制限や運転経験の要件を普通免許と同一にし、高校を卒業して間もない人材でも取得可能な「貨物自動車を運転できる免許」として、準中型免許が新設されました。これにより、若年層の雇用増加が期待されています。

2)把握すべきリスクは多岐にわたる

元請事業者が下請事業者や傭車を使う場合にも、荷主に対する契約上の責任は基本的に元請事業者にあります。下請事業者がさらに下請事業者や傭車を使ったとしても、万一、到着が遅延したり、積み荷に損壊などが発生した場合には、元請事業者が下請事業者の監督を適切に行わなかったということで、損害賠償を請求される可能性があります。

それ以外にも元請事業者が把握すべきリスクは多岐にわたります。例えば、下請事業者や傭車が過積載をしていた場合、道路交通法違反によって荷主等の責任も追及される可能性があります。荷主等が、反復して過積載の要求をする恐れがあると認められるときは、警察署長から過積載の「再発防止命令」(道路交通法第58条の5第2項)が出されます。その命令に違反すると6カ月以下の懲役または10万円以下の罰金に処されます(道路交通法第118条第1項第3号、第123条)。

なお、国土交通省では、過積載車両の荷主対策を進めており、基地取締り時に、ドライバーから任意で荷主情報の聴取を行うなど、荷主にも過積載の責任とコスト等を適切に分担させる仕組みの導入を図ろうとしています。

この他、窒素酸化物(NOx)・粒子状物質(PM)の排出基準を満たす適合車以外の運行を、条例などで規制している都道府県などでは、荷主等に対して、下請事業者や傭車が適合車以外の車両で輸送を行わないように必要な措置を講じることを義務付けている場合があります。

3)元請事業者が下請事業者や傭車を使った場合に発生した労災事故の責任

元請事業者が下請事業者や傭車を使った場合に、運行作業中の交通事故や荷役作業中の墜落・転落などの事故が発生したことによって、元請事業者が一緒に責任を問われるかどうかは、一概には言えません。これは、請負契約の場合、法的には元請事業者と下請事業者や傭車は独立した存在であり、その責任も個別にあると考えられるためです。

しかし、下請事業者や傭車が元請事業者の指揮監督下にあり、通常の従業員と変わらない存在である場合には、元請事業者にも責任が認められます。実際には、裁判を通じて、両者の一般的な関係、資本関係や取引内容、自動車の使用状況などを総合的に勘案して判断が下されています。

例えば、和歌山地方裁判所判決平成16年2月9日/平成15年(ワ)第114号損害賠償請求事件では、原告(傭車のドライバー)と被告(原告を傭車として専属的に使っていた運送会社)との間に、雇用契約に準じるような使用従属関係があったと判断されました。その上で、原告が起こした追突事故および後遺障害を負った要因が、被告が少なくとも1年にわたって原告に対して恒常的に過重な業務を行わせた結果、原告が高血圧性脳内出血および脳梗塞を発症したためであることを認め、被告に対して、安全配慮義務違反による損害として逸失利益、慰謝料など合計6887万円余を支払うよう判決が下りました(労働判例874号64頁)。

4)元請事業者が下請事業者や傭車を使った場合に発生した積み荷の損壊に対する責任

元請事業者が下請事業者や傭車を使う場合にも、荷主に対する契約上の責任は基本的に元請事業者にあります。事故が発生して積み荷に損壊などが発生した場合に備え、元請事業者は、下請事業者や傭車の側で損害を賠償できるかどうか、損害保険に加入しているかどうかについても把握しておくべきでしょう。

その上で、下請事業者や傭車の側では損害が賠償できない場合には、自社の損害保険を下請事業者や傭車の側に適用できるようにしておく必要があるでしょう。損害保険会社では、貨物の輸送中に生じた損害によって荷主等に対して負う法律上・契約上の賠償責任を補償する保険(「貨物賠償保険」など)を取り扱っています。

元請事業者は、下請事業者や傭車の側が損害保険に加入しているかどうか、また、加入している場合には、その補償内容についても可能な限り把握しておく必要があるでしょう。ただし、元請事業者が、下請事業者や傭車の側に対して、自社や関連会社のような特定の損害保険代理店での自賠責・任意保険などへの加入を強要することは、独占禁止法や下請法に抵触する可能性があるため行ってはなりません。

以上(2018年10月)

pj60030
画像:pixabay

差し戻しにならない登記手続きのコツ

書いてあること

  • 主な読者:面倒?な登記を一回で済ませたい担当者
  • 課題:登記に行っても細かな指摘を受けて、二度手間、三度手間となる!!!
  • ポイント:手続きの基本ポイントを押さえ、抜け漏れをなくす

1 二度手間は避けたい「登記」の手続き

商業登記(以下「登記」)事項の変更手続きは所管の法務局(注)に必要書類を提出して行います。登記実務を司法書士に依頼することもありますが、中小企業では「役員に関する登記手続き」など、定期的に発生するものは社内の担当者が行うのが一般的です。

登記は厳格な手続きが求められ、わずかでも書類に不備があると処理をしてもらえません。必ず補正(書類に不備がある場合に修正をすること)などをして正しい内容の書類を提出しなければなりません。

また、最近、添付書類などが一部変更されているので、スムーズに手続きを進めるためには、こうした点にも注意が必要です(詳細後述)。そうしないと、何度も法務局に足を運ぶなど、二度手間になりかねません。

このリポートでは、全ての株式会社(以下「会社」)が定期的に行っている役員変更の登記手続きのポイントを紹介します。想定するのは、中小企業に多い「取締役会+監査役」の機関設計の会社の手続きです。なお、登記手続きは法務局の窓口での申請の他、郵送やオンライン申請も可能ですが、窓口での申請の場合について紹介します。

(注)商業登記法では、登記の事務を行う法務局、地方法務局などをまとめて「登記所」としていますが、本稿では「法務局」にて統一しています。

2 登記に関する基礎知識

1)登記すべき事項は多岐にわたる

登記すべき事項は多岐にわたります。巻末に例として、会社の場合の登記すべき事項を掲載しているので、必要に応じて参照してください。

2)「登記事項証明書」と「登記簿謄本」の違い

自社の登記事項を確認したり、取引先の与信管理を行ったりするときなどに、登記事項を証明する書類を取得することがあります。この書類を「登記事項証明書」や「登記簿謄本」などと呼ぶことがあります。

法務局は登記事項を磁気ディスクに記録しており、その内容を用紙に印刷し、証明したものが登記事項証明書です。登記事務をコンピューターで処理していない時代は、登記事項を直接登記用紙に記載しており、その用紙を複写し、証明したので、登記簿謄本と呼んでいました。

現在、法務局が管轄する登記情報について原則コンピューター化が完了しています。名称が異なるだけで、どちらも証明内容は同じです。 実務上は、登記事項証明書を扱うことが多くなるため、以降では登記事項証明書を前提に説明します。

3)実務で主に利用する登記事項証明書の3種類

  • 現在事項証明書
    主に現在効力を有する登記事項が記載された証明書です。その他に会社成立の年月日、取締役、監査役、代表取締役などの就任年月日、会社の商号、本店の登記の変更に関する事項で現に効力を有するもの、直前のものが記載されています。
  • 履歴事項証明書
    現在事項証明書の記載事項に加えて、当該証明書の交付の請求のあった日の3年前の日の属する年の1月1日から請求の日までの間に抹消された事項が記載された書面です。
  • 閉鎖事項証明書
    履歴事項証明書に記載されていない事項(閉鎖した登記記録に記録されている事項)が記載された書面です。

それぞれの証明書には、該当する事項が全て記載されているもの(全部証明書)と、一部だけ記載されているもの(一部証明書)があります。

3 役員変更の登記手続き

役員(取締役・監査役)変更の登記手続きに必要な書類は、役員が新任か重任(役員の任期満了の後、同じ人が再度就任すること)かによって異なります。ここでは、「全ての役員が重任の場合」と「新任役員がいる場合」の登記手続きのポイントを紹介します。なお、各書面の記載例などは、法務局「商業・法人登記申請手続」に掲載されています。

■法務局「商業・法人登記申請手続」■
http://houmukyoku.moj.go.jp/homu/touki2.html

1)全ての役員が重任の場合

全ての役員が重任の場合は、次の書類が必要となります。

  • 変更登記申請書
  • 株主総会議事録
  • 株主リスト
  • 取締役会議事録(代表取締役を選任する場合)
  • 就任承諾書

1.手続きのポイント1:株主リスト

2016年10月1日以降、登記すべき事項に次の手続きを要する場合は、いわゆる「株主リスト」の添付が必要となります。

  • 株主総会(種類株主総会を含む)の決議
  • 株主全員(種類株主全員を含む)の同意

役員の選任には株主総会の普通決議が必要となるため、後述する新任役員がいる場合も含めて登記手続きには、株主リストは必須となります。株主リストの記載事項は、上記2つのケースによって異なりますが、「株主総会(種類株主総会を含む)の決議を要する場合」は、次の通りです。

【株主リストの記載事項】

「議決権数上位10名の株主」、または「議決権割合が2/3に達するまでの株主」のいずれか少ないほうの株主について、次の事項を記載して代表者が証明をします。

  • 株主の氏名、または名称
  • 住所
  • 株式数(種類株式発行会社は、種類株式の種類および数)
  • 議決権数
  • 議決権数割合

(注1)自己株式などの当該事項について議決権行使できない株式は除きます。

(注2)株主総会に欠席し、または議決権を行使しなかった株主を含みます。

(注3)議決権割合が2/3に達するまでの株主は、議決権割合の多いほうから加算します。

2.手続きのポイント2:就任承諾書の省略

就任承諾書は、選任された人が、その就任を承諾する旨を記載した書面です。役員および代表取締役の就任の登記手続きの際に、原則、添付しなければなりません。ただし、一定の場合は、添付を省略することができます。

具体的には、役員の場合であれば、選任された人が株主総会の席上で就任を承諾し、株主総会議事録にその旨の記載がある場合は、変更登記申請書に「就任承諾書は、株主総会議事録の記載を援用する」と記載をすることで、就任承諾書の添付を省略できます。

代表取締役の場合も、取締役会議事録に同様の記載などをすることで、就任承諾書の添付を省略できます。

3.手続きのポイント3:原本還付

初めて実務を担当する人が、忘れがちなのが「原本還付」の準備です。この手続きでいえば、株主総会議事録・取締役会議事録・就任承諾書は、原則、原本が必要になります。しかし、これらの書類の原本は会社でも保管しなければならないため、原本を返却してもらう必要があります。この手続きを原本還付といいます。

原本還付を受ける場合は、次の書類を準備します。

  • 書類原本
  • コピーした当該書類の欄外に「これは、原本の写しである」などと記載した上で、代表取締役の署名・捺印をした書面

法務局の窓口では、双方の書面に相違がないことを確認した後に、原本を返却してくれます。

ここでは、株主総会議事録・取締役会議事録・就任承諾書を原本還付の対象としましたが、その他、返却してもらいたい書類がある場合は、同様の手続きで原本還付を受けることができます。

2)新任役員がいる場合

新任役員がいる場合は、次の書類が必要となります。

  • 変更登記申請書
  • 株主総会議事録
  • 株主リスト
  • 取締役会議事録(代表取締役を選任する場合)
  • 就任承諾書
  • 新任役員の本人確認証明書など

1.手続きのポイント1:本人確認証明書など

1.~5.については、前述した「全ての役員が重任の場合」の書類と同じです。注意が必要なのは6.の書類です。2015年2月27日から、新任役員については次のいずれかの書類が必要となりました。

  • 新任役員の印鑑証明書
  • 新任役員の本人確認証明書

また、株主総会議事録に新任役員の住所の記載がない場合には、別途、その役員が住所を記載し、記名押印した就任承諾書を添付しなければなりません。本人確認証明書の例は次の通りです。

  • 住民票記載事項証明書(マイナンバーが記載されていないもの)
  • 戸籍の附票
  • 住基カード(住所が記載されているもの)のコピー(注1)
  • 運転免許証などのコピー(注1)
  • マイナンバーカードの表面のコピー(注2)

(注1)裏面もコピーし、本人が「原本と相違がない」と記載した上で、記名押印が必要です。

(注2)表面(氏名、住所、生年月日および性別が記載されている面)のみをコピーし、本人が「原本と相違がない」と記載した上で、記名押印が必要です。

実務上は、書面取得の手続きが不要で、常時携帯していることの多い運転免許証のコピーを使うことが多いようです。

なお、法務局によるチェックでは、就任承諾書などに記載した新任役員の住所などと、本人確認証明書などの記載内容の整合性を確認します。そのため、役員が就任に伴って転居した場合などは、本人確認証明書などの住所が転居前のものとなっていたりしないか(住所が相違していないか)確認するようにしましょう。

ちなみに、就任承諾書に押印した印鑑と、本人確認証明書に押印した印鑑は相違していても問題ありません。

2.手続きのポイント2:辞任を伴う場合の添付書類

新任役員の就任が前任役員の任期満了に伴う場合は、原則、前述の書類で登記手続きをすることができます。一方、前任役員が任期途中で辞任した場合は、当該役員の辞任届を添付しなければなりません。

辞任届に押印する印鑑は、当該役員が代表取締役など(法務局で印鑑の届出を行った人)ではない場合は、どの印鑑でも問題ありません。しかし、当該役員が代表取締役などの場合は、2015年2月27日から次のいずれかでなければならないため、注意が必要です。

  • 法務局に届出を行った印鑑による押印
  • 代表取締役などの個人の実印による押印+当該実印の印鑑証明書

4 (参考)株式会社の場合の登記すべき事項

画像1

以上(2019年4月)
(監修 ベリーベスト法律事務所 弁護士 高橋敬太郎)

pj60059
画像:photo-ac

【規程・文例集】「出張旅費規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 出張旅費規程とは

業務を進める上で、顧客との商談や支社などでの会議や打ち合わせ、研修などで出張する場合があります。出張旅費規程は出張に関わる旅費(交通費・宿泊を伴う出張の宿泊費・日当)の支給などについて定めるものです。支給する旅費の額などは企業によって異なりますが、職位ごとに支給する旅費の額を定めておくのが一般的です。

出張旅費規程を定める際のポイントとしては、主に次の2点が挙げられます。

  • 支給する旅費の額は、実際の交通機関の料金や宿泊料金の相場などを考慮した上で、分かりやすく一覧表にして明示する
  • 旅費の支給に関するルールを明示する

上記のうち、2.については、例えば「交通費は最短の経路で計算すること」「ハイヤーなどは会社が必要と認めた場合にのみ利用することができること」「出張から帰ったら旅費の精算をするための手続きを行うこと」などが挙げられます。

また、人事異動で従業員やその家族が新任地に向かうための引っ越し費用(交通費や家財道具の荷造り、運送に関わる費用など)について、出張旅費規程で定める場合があります。

例えば、「会社が引っ越しに関わる費用をどこまで負担するか」などは定めておいたほうがよい項目です。ピアノなど、いわゆるぜいたく品などは運送費が高額になるため、企業と従業員とでトラブルになりやすいといわれるからです。

以降で紹介する出張旅費規程では省略していますが、「ピアノについては1台分までは会社が負担する」「高額な骨董(こっとう)品は本人負担とする」などのように、別途内規を設けて詳細に定めておいたほうがよいでしょう。

この他、企業によっては国内だけではなく、海外へ出張する場合があります。以降で紹介する出張旅費規程のひな型では紹介していませんが、業務内容によっては、海外出張についても定めておく必要があります。

2 出張旅費規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【出張旅費規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、役員および従業員(以下「従業員等」)が会社の業務のために出張する場合の手続きおよびその旅費、並びに転勤のために居住地を変更する場合の交通費等の支給について定める。

第2条(出張の定義)
本規程で定める出張とは、会社の出張命令による国内出張をいう。

第3条(出張の区分)
1)出張の区分は次の通りとする。
1.日帰り出張
 出張する従業員等(以下「出張者」)の勤務地より片道150キロメートル以上かつ片道2時間以上の地域で出発の当日帰着できる出張。
2.宿泊出張
 通常、宿泊を必要とする地域への出張として会社が認めた地域への出張。
2)日帰り出張であっても、業務の都合上または交通不便等のため日帰りが困難な場合は宿泊出張として取り扱うことがある。

第4条(旅費の種類)
本規程で定める旅費の種類は次の通りとする。
1.交通費
2.宿泊費
3.日当

第5条(出張中の傷病・災難)
出張中の傷病(ただし業務外を除く)のため、または不慮の災難等によりやむを得ず出張した地域へ滞在したときは、医師の診断書、または事実の証明のある場合に限り、原則として7日以内において別表第1「旅費」(以下「別表第1」)に定める日当および宿泊費を支給する。

第6条(出張中の勤務)
出張中の勤務に関しては、特別の事情がある場合を除いて就業規則に定める所定労働時間を勤務し、休日に休務したものとみなす。ただし、業務の都合によりやむを得ず出発の日が休日となる場合または出張期間内に休日がある場合の旅費の取り扱いは次の通りとする。
1.宿泊費
 休日の宿泊費は別表第1に定める宿泊費を支給する。
2.日当
 休日勤務の場合の日当は別表第1に定める日当を支給する。
 移動のみの場合の日当は別表第1に定める日当の50%を支給する。
 完全休日の場合の日当は支給しない。

第7条(旅費の計算)
旅費の計算は最短の経路または時間によらなければならない。ただし、天災その他やむを得ない事由で順路を変更した場合は、実際の経路により旅費を計算し支給する。

第8条(タクシー、ハイヤー、レンタカー、航空機等の利用)
タクシー、ハイヤー、レンタカー、航空機等は緊急または特別の必要のある場合において所属長の許可を受けて利用できるものとし、航空機については会社が認める航空会社の航空機を利用するものとする。

第9条(交通費)
1)交通費のうち、鉄道運賃、船舶運賃、航空運賃については、別表第1に定める職位に応じた等級の額を支給する。
2)バス運賃についてはその実費を支給する。
3)社有自動車を利用した場合、あるいは他社の自動車に便乗した場合、交通費は支給しない。ただし、燃料費、通行料、駐車料等は実費を支給する。
4)タクシー、ハイヤー、レンタカー、航空機等の利用については第8条に基づいて会社が必要と認めた場合であって、第14条第1項および第2項に定める手続きを行う際に領収書を添付したときには実費を支給する。
5)出張区間と通勤手当の認定区間が重複する場合には、それに該当する区間の交通費は支給しない。ただし、特に会社が必要と認めた場合にはこの限りではない。

第10条(宿泊費)
1)宿泊費は宿泊した夜数(午前0時を過ぎるごとに1夜とする)に応じて別表第1に定める額を上限とする実費を支給する。
2)宿泊研修等で宿泊費込みの受講料を会社が負担している場合は、宿泊費を支給しない。

第11条(日当)
1)日当は出張の初日から最終日まで、暦日により出張日数に応じて別表第1に定める額を支給する。ただし、午後出発の場合および午前帰着の場合には、その日については別表第1に定める日当の50%を支給する。
2)第3条第1項第1号の日帰り出張の場合は、その日について別表第1に定める日当の50%を支給する。

第12条(出張の手続き)
出張者は、出発の前日までに出発の日時、行き先、訪問先および用件について、別途定める「出張承認申請書」(省略)を所属長に提出し、承認を得なければならない。この手続きをしない者に対しては、旅費の支給をしないことがある。

第13条(旅費の仮払い)
出張者は、第12条に定める承認を得た場合には、出発前に別途定める「仮払申請書」(省略)を所属長に提出し、承認を得た上で旅費の仮払いを受けることができる。

第14条(帰社の報告および旅費の精算)
1)出張者が出張先から帰着したときは、3営業日以内に別途定める「旅費請求書」(省略)および「出張報告書」(省略)を所属長に提出し、承認を得た上で旅費の精算をしなければならない。
2)出張先からの帰着が予定より遅延するときは、電話その他によりその旨を所属長に報告しなければならない。
3)第14条第1項および第2項に定める手続きをしない者に対しては、旅費の支給をしないことがある。

第15条(転勤旅費の種類)
本規程で定める転勤旅費の種類は次の通りとする。
1.本人交通費
 会社から転勤を命ぜられ転勤する者(以下「転勤者」)の旧任地から新任地までの交通費。
2.荷造り運送費
 家財道具等の荷造り、運送に要する費用。
3.家族交通費
 転勤者の家族の旧任地から新任地までの交通費。
4.宿泊費
 転勤者及びその家族の新任地における宿泊費。

第16条(転勤者本人の交通費)
転勤者には、第9条に定める交通費を支給する。

第17条(荷造り、運送費等)
赴任および帰任に伴う荷造り、運送などの費用は会社が実費を支給する。

第18条(家族の交通費)
1)転勤者が配偶者、転勤者の父母および子を帯同するときは、帯同する家族1人につき、転勤者本人と同等の交通費の実費を支給する。ただし、子については、12歳未満の者は半額、6歳未満の者には支給しない。
2)転勤者が赴任した後、3カ月を経ても移転しない家族に関する交通費は、原則として支給しない。

第19条(転勤者の宿泊費)
転勤者およびその家族が、新任地に赴任してから新しい住居に入居するまでは、会社が認める宿泊施設に宿泊するものとし、その宿泊費は会社が負担する。

第20条(罰則)
役員および従業員が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第21条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

■別表第1「旅費」■

画像1

以上(2019年4月)

pj00255
画像:ESB Professional-shutterstock