小売業の仕入・販売計画策定のポイント

書いてあること

  • 主な読者:仕入・販売計画を策定する小売業の経営者
  • 課題:店舗運営や商品展開の基本を踏まえたうえで、仕入・販売計画を策定したい
  • 解決策:売れ筋商品や死に筋商品の考え方や価格設定の基本を整理したうえで、仕入・販売計画を策定する際のポイントを解説する

1 店舗運営の考え方

1)最寄り品と買回り品

買い物行動から見た商品区分は、最寄り品と買回り品に大別されます。最寄り品とは、最寄りの店舗で購入する商品のことであり、食品、日常雑貨、家庭用品などが該当します。最寄り品は、値ごろ感が重要な要素です。一方、買回り品とは、地域の複数の店舗を訪れて、ニーズにより近いものを買い求める商品のことであり、家具や家電製品などが該当します。買回り品は、機能・性能・使い勝手などの比較優位性が重要な要素です。

2)店内における滞留時間と売上高の関係

一般的に、売上高は店内における滞留時間に比例するといわれています。店内の滞留時間が長くなればなるほど販売機会が増えるためです。ただし、滞留時間が売上高に結び付かないケースもあります。食品や日用品などの場合、お客様は一定の時間内に効率よく買い物を済ませたいと考えます。ルーティンとしての買い物はできるだけ短時間で済ませたいと思うのです。こうした店では、想定した時間内で一通りの買い物ができるような工夫が必要です。商品陳列は整然と、通路は広く、店の奥まで見通せるなど、見やすい売場、動きやすい売場が求められます。

3)専門的な品ぞろえとターゲットの絞り込み

小売店の集客力は品ぞろえに比例します。また、豊富な品ぞろえを可能にするのは物理的な店舗規模の大きさです。つまり、小売店の集客力は店舗規模に比例します。

従って、中小の小売店が大規模店に対抗するには独自の品ぞろえをする必要があります。例えば、取扱商品を絞り込み、得意な専門分野に特化することで大型店など競合店との差異化につながり、集客力・販売力の向上につながります。こうした品ぞろえは、ターゲットを絞り込むことにもつながります。ターゲットは、居住地域・年齢・性別・職業・収入・趣味などで絞り込まれていきます。ターゲットを絞り込むほど、売場づくりや品ぞろえがより個性的になっていきます。

2 商品展開の考え方

1)お客様の求める視点

お客様には、経済合理性を追求する一面と、安全で快適な生活環境を求める一面があります。経済合理性を求めるお客様は、家計を中心に考えた消費行動を取ることになり、経済合理性を求めるお客様は、地域の小売店の中から少しでも安い商品を購入しようとします。一方、安全で快適な生活環境を求めるお客様は、高い商品でも、それを購入することで生活が豊かになったり、快適になったりすることを重視するでしょう。

価格を下げても商品が売れないときは、快適な生活環境を求めるお客様の視点を意識した品ぞろえをしてみるのも一策です。例えば、実演販売を検討してみてください。売場に陳列するだけでは販売が難しい商品も、実演で使い方を示すことで商品の特徴がお客様に伝わり、購買意欲をかき立てることができます。

2)売れ筋商品と死に筋商品

商品には売り上げに大きく貢献する売れ筋商品と、売れ行きの悪い死に筋商品があります。各商品の売上高に占める割合を示したABCZ分析のイメージは次の通りです。

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売上高80%を占める商品がA商品群、残り20%の80%に当たる16%(20%×80%)を占める商品がB商品群です。さらに、残り4%を占める商品がC商品群とZ商品群です。売れ筋商品はA商品群、死に筋商品はZ商品群とC商品群の一部です。売れ筋商品は欠品による販売機会の損失を防ぐ必要があります。また、死に筋商品は早期に発見して値引き販売などで処分し、新商品を投入するなど次の売れ筋商品を育成することが大切です。

ABCZ分析によって売れ筋商品と死に筋商品を把握し、販売数量だけではなく、次のような商品のマトリックス表を使って利益率も考慮した商品展開をする必要があります。

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3 価格設定の考え方

1)価格設定の際の留意点

お客様にとって、価格は重要な購入基準です。低価格販売は販売戦略の1つですが、安くすれば売れるというものではなく、価格以上の付加価値があるかどうかが購入判断の要素となります。また、価格帯と品ぞろえによってターゲットが決まります。その際に意識しておきたいのが、プライスゾーン、プライスライン、プライスポイントです。

プライスゾーンとは、1つの商品カテゴリーの中で、一番安い価格から一番高い価格までの金額の幅のことです。一般的に、プライスゾーンが広いほど専門性が高くなります。しかし、ターゲットを絞り込んだ品ぞろえをする場合、プライスゾーンの幅は狭くなります。

プライスラインとは、価格の種類のことです。例えば、ビジネススーツの価格が3万円と4万円の2つの価格に統一されていたら、ビジネススーツのプライスラインは2ラインということになります。仕入原価に一定の値入率を自動的に乗せた場合、プライスラインが多くなってしまいます。プライスラインとその数は計画的に設定することが重要です。

プライスポイントとは、販売数量が最も多い価格です。プライスポイントの置き方で、競合他店との差異化を図ることができます。

2)低価格販売の限界

同じ商品なら安いほうが売れます。例えば、価格を10%引き下げたところ、販売数量が1.2倍に増えたとします。単価1000円の商品を1000個販売しているが、100円値下げして900円にすることで、値下げ前の売上高100万円(1000円×1000個)の1.2倍の数量が売れるとすると、値下げ後の売上高は108万円(900円×1000個×1.2)となります。

ここで問題となるのが利益です。例えば、値下げ前の商品1個当たりの粗利益が300円の場合、1000個販売することで30万円(300円×1000個)の粗利益を獲得できます。一方、1000円の単価を100円値引きして900円で販売した場合、商品1個当たりの粗利益は200円に下がります。これを1200個(1000個×1.2)販売した場合の粗利益は24万円(200円×1200個)となるので、売上高は8万円の増収ですが、粗利益は6万円の減益となります。

この場合、商品の値下げによるメリットは見込めませんが、競合店が10%の値下げをしてきた場合、それに合わせて値下げをせざるを得ないこともあります。

4 仕入・販売計画策定のポイント

1)販売計画

企業には経営計画があり、それに基づき販売計画が立てられます。販売計画は、「年間・月間・週間・日」などの期間、「売場の部門・カテゴリー・品種・品目」などの種類ごとに設定します。

1年は、四季(春夏秋冬)、月(12カ月)、週(52週)、日(365日)に分けることができます。小売業では季節のイベントを利用したフェアなどが頻繁に実施されます。売場のマンネリ化を防ぐためには、月単位よりももっと短い週単位などでフェアを実施するケースが多く、売場の販売計画もフェア単位で把握する必要があります。

また、死に筋商品を極力減らし、売り上げに貢献する商品の品ぞろえを増やすことで、売場効率が高まり、売上高アップにつながります。従って、カテゴリーごとにどれだけの売場面積を割り振るかは重要な問題です。売場基準面積は、次式で計算できます。

売場基準面積=総売場面積×(売上高比率+販売数量比率)/2

例えば、売場面積100坪の店で、売場全体の売上高が1080万円で販売数量が1140個、また、A~Fの商品カテゴリーごとの売上高と販売数量が次のような状況であるとします。

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この数値を、先の計算式を用いて各カテゴリーごとの売場基準面積を算出すると次のようになります。その結果、Bに27.0坪、Dに26.8坪を割り振ることになります。これと大きく異なる場合、各売場を再度振り分ける必要があります。ただし、販売戦略上、ある商品の販売数量を増加させたい場合、その商品の売場面積を広くする必要があります。

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2)仕入商品の選定

仕入管理では、商品を安定供給できるサプライヤーの確保が重要です。また、取引先の倒産などの事態を考慮し、リスク分散のため仕入先は複数確保しておくべきでしょう。

新商品を仕入れる場合、商品の選定基準を設けましょう。商品の選定基準は各社によって異なります。自社の商品選定基準は、品質・トレンド・自社のターゲット・プライスゾーン・プライスライン・プライスポイントなどを考慮して定めるようにします。

なお、仕入担当者の個人的な嗜好が強く出るのはよくありません。例えば、仕入商品の選定に当たり、複数の担当者による品評会を開き、仕入商品の選定を行うと、気まぐれな要素が少なくなります。

3)仕入計画の策定

販売計画を達成するには、欠品による販売機会損失を起こさない仕入計画が不可欠です。とはいえ、計画は予測の域を出ないため、計画の変更の事態も考慮する必要があります。例えば、100個売れると予想した商品の販売が50個にとどまった場合、残りの50個は過剰在庫として残ります。欠品を起こさず、過剰在庫を抱えないように、仕入頻度と仕入数量を調整する必要があります。売場やバックヤードスペースを考慮すると、1回に大量仕入するのは得策ではなく、少量多頻度で仕入れたいものです。しかし、少量多頻度の納品には物流費が掛かるため、仕入コストに影響します。

商品を仕入れる場合、発注から入荷までのリードタイムを計算し、入荷直前の在庫量が最低在庫量を下回らないように、また、入荷時点に在庫量が最大在庫量を上回らないように日数と数量を計算して発注する必要があります。商品在庫の入出庫による変動は次の通りです。

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4)経済的発注量

経済的発注量とは、在庫管理費用と発注費用の合計が最少になる最も経済的な発注量のことです。在庫管理費用を考えると、在庫量は極力減らし、その分発注回数を増やしたいものです。逆に発注費用が大きい場合、発注する回数を極力減らし、1回の発注量を多くしたいものです。両者の最適バランスを考慮した発注量が経済的発注量です。

在庫管理費用には、在庫管理に要する人件費、倉庫料、光熱費などが含まれます。発注費用には人件費、通信費、物流コストなどが挙げられます。一般に数量がまとまったほうが物流コストは低減します。従って、1回当たりの発注量を増やしたほうが仕入価格の割引につながります。

経済的発注量と1日当たり在庫総費用は次式で算出することができます。 
経済的発注量
=√(2×1日当たり販売数量×1回当たり発注費用/1日当たり在庫1個の保管費用)
1日当たり在庫総費用
=√(2×1日当たり販売数量×1回当たり発注費用×1日当たり在庫1個の保管費用)

例えば、1日当たり販売数量が100個、1回当たりの発注費用が2000円、1日当たり在庫1個の保管費用が3円の場合の経済的発注量と1日当たりの在庫総費用は次のようになります。

経済的発注量=√{(2×100個×2000円)/3円}≒365個
1日当たり在庫総費用=√(2×100個×2000円×3円)≒1095円

以上(2019年4月)

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金融機関担当者も注目 「事業性評価」で自社の強みと課題を分析する

書いてあること

  • 主な読者:金融機関との関係を強化し、成長につなげたい経営者
  • 課題:金融機関が自社をどう評価しているか知りたい。自社のさらなる成長につなげたい
  • 解決策:金融機関の営業担当者と一緒に、ローカルベンチマーク(ロカベン)を元に自社の強みと課題を把握するところからスタートする

1 金融機関による「事業性評価」とは

1)金融機関は“本気で”取引先企業のことを知ろうとしている

現在、金融機関は、金融庁の号令のもと、企業の事業内容や成長性などを分析・評価する「事業性評価」に基づく融資に取り組んでいます。その目的は、「金融機関が、財務データや担保・保証のみに依存する融資体制を見直し、本業支援を通じて企業の成長に貢献していく」ことにあります。

つまり、事業性評価とは、金融機関が企業のことをよく知り、“本当にその企業にとって必要なこと(課題)は何か”を本気で考え、それを解決し成長を支援するということに他なりません。こうした金融機関の姿勢は、経営者にとっても大きな意味があります。

2)経営者にとっての「事業性評価」の意味

事業性評価では、金融機関担当者はまず、事業内容をよく知るために経営者にヒアリングなどを行います。そのとき、金融機関担当者が特に重視するのは、企業の「強み」と「課題」です。これらを知ることが企業の今後の成長を促す第一歩だからです。

経営者にとっても、自社の強みと課題の把握・分析が欠かせないのは言うまでもありません。多くの金融機関では、企業の現状や事業内容などを整理する項目を立てています。経営者もそうした項目を活用して自社の現状を“見える化”すると、強みと課題を整理しやすくなるでしょう。

また、資金ニーズに対応する金融機関担当者と一緒に強みと課題を把握・分析することで、実効性のある具体策が実施できる可能性が高まります。

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この他、事業性評価に基づく支援として、企業の人材不足に対応する施策を打ち出している金融機関が増えています。これは、金融機関による人材紹介業務への参入が可能になったためです。今後も人材紹介業務を行う金融機関は増えるものと考えられます。

2 強みと課題を把握・分析するきっかけになる“ロカベン”

1)“ロカベン”で着目されている4つの視点

自社の強みと課題を把握・分析するには、まず現状をつかむことが必要です。その際、定量面(財務面)と定性面(非財務面)の両方からアプローチすることになりますが、特に難しいのは定性面の把握・分析です。

定量面は財務情報から明らかにしやすいといえますが、技術力や人材力、営業ノウハウ、ネットワークなど財務情報には表れない「知的資産」などは、改めて自社の現状をひもといてみなければ明らかにできないからです。

こうした定性面の把握に参考となるのが、経済産業省が提示している「ローカルベンチマーク(ロカベン)」という経営状態を把握するためのツールです。経営者と金融機関担当者の双方がロカベンを使って現状把握すれば、同じ目線に立って課題を話し合うことができるため、ロカベンは“事業性評価の入り口”になるといえるでしょう。

ロカベンでは、企業の定性面をチェックする項目として、「経営者」「事業」「企業を取り巻く環境・関係者」「内部管理体制」という4つの視点を挙げています。

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企業には、「創業期→成長期→成熟期→転換期(事業承継期、衰退期)」といったライフサイクルがあり、それぞれのライフステージによって課題は変わってきます。例えば創業期には資金調達が大きな課題になり、成長期には販路や経営規模の拡大、安定した仕入れ先の確保などが主な課題になるでしょう。その他、業種や規模によっても課題は異なります。そこで、図表2で紹介した項目のうち、自社に当てはまるものを中心に現状把握してみるのが現実的かもしれません。

また、強みと課題を把握・分析する際には「ヒト・モノ・カネ」といった経営資源について明らかにすることになりますが、それらは「事業」「企業を取り巻く環境・関係者」にある項目を中心に明らかにすると整理しやすくなります。

自社の強みと課題を考える際に、特に重要なのは、「事業」に挙げられている「顧客から選んでもらっている理由は把握できているか」という点です。次項ではこの点を掘り下げる方法を見てみましょう。

2)バリューチェーンで自社の強みと課題を明らかに

強みと課題の把握・分析というと、多くの場合、企業の外部環境と内部環境から事業機会や課題を見つける「SWOT分析」を連想するかもしれません。しかしここでは、より自社の事業内容を掘り下げるために、事業を分解して分析する「バリューチェーン」を取り上げてみます。ロカベンでも、強みと課題を知るためにバリューチェーンの考え方を取り入れ、「業務フロー」や「商流」などを整理し、優位性を分析する方法を提示しています。

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業務フローや商流などを明らかにする際に重要なのは、「他社にない製造工程」「短納期なデリバリー」などのように、分解した業務のどの部分で付加価値を生み出しているかを挙げることです。それが「顧客提供価値=なぜ自社が選ばれているか」という自社の強みだからです。同時に「コスト負担が大きい」「ミスが発生しやすい」など、それぞれの業務の課題も明らかにしていきます。挙げられた課題については、その理由を掘り下げ、本質的な問題点を探し出す用にします。

また、課題の洗い出しには「比較」が必要です。自社の現状と、自社の理想型や業界上位企業のバリューチェーンなどを比較すれば、現状の課題が見えてくるでしょう。

3 強みと課題を把握・分析するために、経営者が忘れてはならない3つのポイント

1)全社的に実践する

自社の強みと課題を把握・分析するためには、経営者1人の視点では限界があります。経営者は、顧客からのリピートやクレームの状況について、リピート率やクレーム件数などの数字やおおよその内容は分かっているでしょう。

しかし、日々現場でやり取りされている顧客と社員の生の声までは把握できていないかもしれません。また、市場環境や顧客、競合についても、経営者は俯瞰(ふかん)的に捉えることはできているかもしれませんが、現場の状況を肌で感じている営業担当者は、経営者とは違った視点で捉えている場合もあるでしょう。そのため、自社の強みと課題の把握・分析は、全社員を巻き込んで現場の声も取り入れて行う必要があります。

企業規模にもよりますが、経営者が各部門長と各部門の社員数名にヒアリングを行ったり、各部門ごとに社員同士で話し合ってバリューチェーンや3C分析などを実践させてもよいでしょう。こうして全社員に自社の強みと課題を分析させれば、社員がどのように現状を認識しているかを知ることもできます。

また、社員に自社の強みと課題などについて考えさせることは、社員自身にとっても大きな意味があります。例えば、ある企業では、自社の強みと課題を明らかにしようと、経営者が経営幹部や社員と協力して知的資産報告書(目に見えない資産を明らかにする報告書)を作成したところ、社員一人一人が経営の視点を持って業務に取り組むようになったといいます。全社員を巻き込む強みと課題の分析は、社員教育にもつながり、それが企業の強みになっていくのかもしれません。

2)外部の視点を取り入れる

自社の強みと課題は、外部の視点を取り入れ客観的に捉えることも大切です。外部の視点は、経営者や社員が気付いていなかった強みや課題を提示してくれる可能性があるからです。そうした意味では、さまざまな業種、規模の企業について知っている金融機関担当者は、外部の頼れる情報源ともいえるでしょう。同業種、同規模、同じライフステージの企業がどのような強みと課題を持っているのか、どのようにして改善したかなどを金融機関担当者に聞いてみるとよいでしょう。

また、各都道府県にあり、無料で相談できる「よろず支援拠点」などの外部機関を活用するのも一策です。例えば、東京都よろず支援拠点では、相談しに来た経営者が思いもよらなかったアドバイスによって売り上げが向上した例があるといいます。ある居酒屋の経営者は自店舗の強みを「地酒と料理」と考えていましたが、東京都よろず支援拠点の専門家が強みとして注目したのは、「高齢者が多い高層マンションの1階にある」という立地でした。そこで、居酒屋の事業を継続しながら、店内のメニューを高層マンションに住む世帯向けにそのまま届ける宅配事業にチャレンジすることにしました。「出来立ての良さをそのままに……」というチラシ訴求のせいか、多くのマンション住民からの宅配注文が入り、結果的に宅配ユーザーが居酒屋利用客へ進化する好循環が生まれました。このように、外部の視点を取り入れれば、社内では見えない“新しい強み”が発見できるかもしれません。

3)財務面も必ずチェックする

本稿では、多くの金融機関担当者が注目している定性面からの強みと課題を明らかにする方法を紹介してきましたが、先にも述べた通り、定量面(財務面)からのアプローチも欠かせません。

特に、課題は、財務情報について他社比較や時系列比較をすることで明らかになる場合があります。分かりやすい例を挙げると、売り上げは右肩上がりにもかかわらず、利益が横ばいもしくは減少しているなどのケースです。この場合、仕入れ原価が年々膨れ上がっているなどの課題があるのかもしれません。

このように財務情報から明らかになった課題について、バリューチェーンなどで定性面から分析し、その要因を見つけるという流れで進めると、「顧客の要望に対して仕入れ先を変えることだけで対応していた。しかし、工夫すれば自社で対応できそうなので、まずそれを考えるべきだ」など、改善すべき本当の課題が発見しやすくなるでしょう。

4 企業の未来をつくろう!

ここまで、金融機関が行っている「事業性評価」を基に、自社の強みと課題を分析する方法について見てきました。繰り返しになりますが、事業性評価は金融機関が企業の将来のために、本気で、伸ばすべき強みと改善すべき課題を見つけ支援するというものです。これは、過去(財務情報による実績)だけではなく、企業の未来を見据えて行う取り組みといえます。

金融機関担当者は、これまで以上に企業のことをよく知ろうと、経営者に何度も会い、ヒアリングし、工場見学にも来るでしょう。経営者も企業の未来をつくるために、こうした事業性評価の取り組みを活用し、自社の強みと課題の分析に本気で取り組んでいくことが求められているのです。

以上(2019年4月)

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企業を困らせる悪質クレーム(カスタマーハラスメント)を退ける!

書いてあること

  • 主な読者:利用客からのクレームに悩む経営者
  • 課題:威圧的なクレームにどう対処すればいいのか分からない
  • 解決策:不用意に謝らない、即答しないなど、対応時のルールを徹底することが大事

1 強要や暴言といった脅威が企業のリスクに

「おいっ! どうなってんだ? 責任者を呼べっ!」。威圧的な態度で理不尽な要求を突き付ける利用客。ひたすら頭を下げる店員。店内には怒号が鳴り響き、周囲にいた他の利用客はその場を離れ始める……。

誰もが遭遇したことがあるかもしれないシーンです。第三者であれば「あぁ~、やだやだ」で終わりますが、もし皆さんの会社が当事者になったら、そして従業員が店員だったら、どのような指示を出しますか?

「クレームはありがたい」とは言うものの、強要や暴言などの悪質クレーム、いわゆる「カスタマーハラスメント」は脅威です。対応を誤ればイメージ低下や顧客離れを招きかねません。企業はカスタマーハラスメント対策を真剣に講じる必要があります。

2 カスタマーハラスメントが生まれる要因

1)増加するも抜本的な解決策を見いだせず

社会問題化しつつあるカスタマーハラスメントは、自社の商品開発や業務改善に役立つクレームとは異なり、「店員への土下座の強要」などのように、常識的に許される範囲を超えているのが特徴です。

カスタマーハラスメントを受けたことのある人は少なくありません。流通業などの労働組合であるUAゼンセンが2017年に実施したアンケート調査によると、「ある」と答えた人の割合は73.9%を占めます。「増えている」と答えた人の割合は49.9%で、「減っている」(3.3%)を大きく上回っています。

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中でも「暴言」「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」「権威的(説教)態度」の割合が高くなっています。「辞めろ」「死ね」と怒鳴られたり、同じ問い合わせを何回もされたり、「お前は私の会社なら首だ」と叱られたりするなどの例があるようです。

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こうしたカスタマーハラスメントへの対応は、「謝り続けた」と答えた人の割合が37.8%で最も高く、抜本的な解決策を見いだせずにいる企業は少なくないようです。

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2)利用客が企業や店員より強い立場に

「お客様は神様」といった考えが接客業を中心に根強く残っていることが、カスタマーハラスメントを生む要因の1つと考えられます。「利用客の要望に応えるのがサービス」という考えが根底にあるため、店員は多少理不尽でも要望を聞き入れたり、利用客の発言を否定しなくなったりします。その結果、「多少の無理を聞いて当たり前」「客の要望を満たすのが店員の仕事」と解釈した利用客を増長させてしまうのです。

SNSやブログサイトの影響力が拡大したことも要因です。「食べ物に異物が混入していた」「店員が失礼な態度を取った」などの失態は、SNSなどを介して容易に拡散される時代です。たった一度の失態も、企業の信用を大きく失墜しかねません。そのため企業は、拡散による信用低下を恐れるあまり、利用客の要望に常に応えようとします。こうした取り組みが利用客をかえって増長させ、さらなる悪質クレームを誘発させるのです。

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その他、UAゼンセンへのヒアリングによると、格差社会による歪みが一部の人のストレスを増加させ、反抗できない店員に強い態度を取らせてしまうことも要因になり得るそうです。消費者庁に代表される消費者偏重の保護体制も要因といえます。

消費者の立場が企業や店員より強い一方、企業や店員は消費者に言い返せず恐れているという構図が、カスタマーハラスメントを生む素地になっていると考えられます。

3 カスタマーハラスメントがもたらす弊害

1)企業のイメージ低下

言いがかりをつける利用客が店舗に頻出したり、SNSやブログサイトで自社商品やサービスの評価を下げられたりすると、自社や自社ブランドのイメージが損なわれかねません。イメージ低下は売り上げに影響し、企業の業績低迷にも直結します。一度低下したイメージを回復するのは難しいことから、長期的なダメージを被ります。

社会的な責任を負う可能性もあります。もし経営者による謝罪要求を受け入れれば、企業としての信頼が大きく失墜します。顧客離れはもとより、取引先や商談先と築き上げてきた関係も崩れかねません。

2)従業員の心的負担増加

暴言や暴力、威嚇などの行為は、対応する店員などにとって大きなストレスです。悪質な嫌がらせなどが続けば、心の病を患って長期離脱する店員も現れるでしょう。ストレスを強く受ける職場で働きたくないと考える店員が、離職する恐れもあります。

利用客による過度な要求は店員を疲弊させる他、働くモチベーションを低下させます。こうした職場環境を抱える企業は、従業員の離職率増加と定着率減少に悩まされる他、人材獲得が難しくなるといった課題に直面することになります。

3)利用客への影響拡大

自社商品やサービスのファンだった優良な利用客が、一部の言いがかりを発端とした風評被害で離れてしまう可能性があります。中でもSNSやブログサイトに投稿された口コミの影響力は甚大で、たとえ誤った情報でも真実と受け止められかねません。誤った情報を信じる利用客の中には、少なからず不信感を芽生えさせてしまう人もいるでしょう。

悪質なクレーム対応に時間を割かれると、他の利用客の満足度も低下します。店舗を訪れる利用客に商品などを十分に説明できなくなるため、利用客の商品知識やブランドへの理解が定着しにくくなることが懸念されます。

4 カスタマーハラスメントの傾向

1)クレームの悪質性の有無を見極める

利用客のクレームが悪質かどうか判別しにくいことが、店員や企業の対応を難しくしています。利用客が一方的に謝罪を要求したとしても、店員や企業に落ち度があれば一概に悪質とは言えません。10分で済む接客に1時間以上かかっても、利用客の主張に正当性があれば、それは必要な時間といえるでしょう。

「このクレームは悪質である」と断言しにくいことに加え、クレームは状況に応じた個別性が高いため、多くの企業が具体的な対策を講じるのに苦慮しています。

とはいえ、カスタマーハラスメントの対応を場当たり的にしのぐのは好ましくありません。そこで次の言動が見られる場合、カスタマーハラスメントを疑い、注意深く対応することが望まれます。

  • 大声で怒鳴る、威嚇する
  • 一般的には無理な要求を突き付ける
  • 店員の人格を否定する、名誉を毀損する
  • 責任者や経営者による対応を執拗に迫る
  • 危害を加える、器物を破損する

その他、店員や企業側の落ち度を理由に高額な賠償を請求したり、理不尽な要求を何回も何時間もし続けたりするケースも、状況によっては悪質性が疑われます。悪質性の有無を早期に見極め、不当な強要や暴言が続くようなら、毅然とした態度で拒否することが大切です。

2)カスタマーハラスメントの主な例

カスタマーハラスメントに該当する行為を分類すると、「暴言」「説教」「威嚇・脅迫」「拘束」「セクハラ行為」「暴力」などがあります。次の具体的な悪質クレーム例を参考に、自社でどのような対策を講じるのかを分類ごとに検討してみましょう。

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5 カスタマーハラスメントを退ける具体策

1)不用意に謝らない

「申し訳ございません」「すみません」などの発言に注意します。言いがかりをつける利用客の中には、「謝罪=非を認めた」と受け止める人がいるからです。不用意な謝罪は利用客をさらに増長させ、経営者の謝罪や高額な賠償などを要求する事態につながりかねません。

とはいえ、店員や企業に落ち度があれば謝罪は必要です。全ての言いがかりに対して「謝罪しない」という姿勢ではなく、利用客の気持ちをくみ取った配慮を示すことが大切です。謝罪する場合、漠然ではなく何について謝るのかを明確に示すことも必要です。

2)即答しない

利用客からの要求に対し、「分かりました」「そのようにします」などの即答は避けるべきです。事態を早急に収拾しようと、要求を安易に受け入れるのは禁物です。利用客の主張を正しく認識し、店員個人としての判断ではなく、事実確認や原因を踏まえた上で、企業として判断するのが望ましいでしょう。

曖昧な返事にも注意します。「結構です」「検討します」といった発言は肯定と受け取られます。拒否する場合、「即答できません」「約束しかねます」などときっぱり否定します。

3)トップを出さない

「店長を出せ」「社長を呼んでこい」などの要求は原則、のむべきではありません。意思決定者が対応すると即答を迫られるからです。再び言いがかりをつけに現れたとき、「前回は店長が対応した。今回も店員ではなく店長に代われ」などと、責任者の対応が常態化する懸念もあります。

もっとも、判断の難しい要求は店長やエリア統括マネジャーなどに代わるケースがあります。責任者としての見解を求められたり、解決まで長期化しそうだったりする場合、責任者に対応を引き継ぐことも必要です。

4)対応時間を短くする

言いがかりをつける利用客の中には店員を何時間も拘束し、理不尽な要求をし続けるケースがあります。店舗の営業時間終了後も店員を拘束し続けることは珍しくありません。長時間の拘束によって業務が停滞しないよう、できるだけ短い時間で対応を打ち切ります。

「○時○分までお話をうかがいます」などと、対応可能な時間を事前に伝えても構いません。対応時間を過ぎても帰らない場合、警察に通報するなどの措置を検討します。対応時間は長くても30分程度を目安にするとよいでしょう。

6 企業としての対策を講じる

1)全社で情報を共有する

過去に対応したカスタマーハラスメントの事案は、全社で共有することが大切です。利用客の具体的な要求、態度、行為などを記録し、どんなケースが多いのかを把握できるようにします。加えて、過去の事案に応じた対策も周知します。

店員が「クレームは接客対応した自身のミス」と受け止めて、報告をためらうことがないようにします。具体的には、クレームに関する相談窓口を用意するとよいでしょう。どう対処すべきかアドバイスを受けられるようにするとともに、店員の心をケアするために有効です。女性店員が相談しやすいよう女性の窓口担当者を配置するのも一案です。

2)マニュアルを作成する

接客や電話応対に不慣れな若手社員の場合、カスタマーハラスメントに対して誤った対応をする恐れがあります。企業としてどう臨むのかをマニュアルで標準化し、経験の浅い社員でも適切に対応できるようにします。

特に、利用客の要求に応えるか否かを明確に定めることが必要です。企業によっては「お客様の要求には徹底的に応える」といった方針を打ち出すケースが見られるものの、悪質で理不尽と思われる要求は断る方針も示すべきです。

店員の中には「たとえ悪質であっても要求に応えないと会社に迷惑をかける」と思う人がいます。カスタマーハラスメントには毅然とした態度で臨むという企業方針を打ち出すことが、従業員を保護するためには必要です。

3)2人以上で対応する

言いがかりをつける利用客の対応は、担当者1人を孤立させず2人以上を配置できるようにします。できるだけ多人数で対応し、利用客が威圧的な態度や恫喝(どうかつ)しにくい雰囲気をつくります。

状況に応じて利用客の要求をメモします。利用客の要求を正しく把握するとともに、訴訟になったときの証拠とします。会話の録音やカメラによる録画も有効です。「録音/録画する」という行為自体が、暴言や威嚇の抑止力にもなります。

4)外部と連携する

利用客の暴力やセクハラ行為などを想定し、警察との支援体制を確立します。近隣の警察署の担当部署や問い合わせ窓口などを事前に確認し、非常時にはすぐ通報できるようにします。

弁護士への相談体制も検討します。顧客や消費者とのクレーム対応や、カスタマーハラスメントを含むハラスメント全般に精通する法律事務所は少なくありません。こうした専門家のアドバイスを受けられる体制づくりも視野に入れましょう。悪質クレームを続ける利用客に対し、法的措置に踏み切るなどの強い姿勢を示せるようにします。

なお、カスタマーハラスメントに関する弁護士への電話相談が無料になる保険も登場しています。体制や対策を自社で講じられない場合、こうしたサービスの活用を検討してもよいでしょう。

以上(2018年12月)

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画像:pexels

第13回 【前編】QBキャピタル合同会社(QB Capital,LLC)代表パートナー 本藤孝氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第13回に登場していただきましたのは、「人と大学発の技術を掛け合わせ、大学の『知』を活用した地域発イノベーションを創出する」をコンセプトに、大学発ベンチャーをプロジェクト段階から事業化支援するQBキャピタルの代表パートナー、本藤 孝氏(以下インタビューでは「本藤」)です。

前後編に分けてお送りします。今回は前編として、本藤氏の学生時代から、QBキャピタル設立前までのキャリアを伺いました。

1 「とにかく英語を吸収することに必死で、1時間授業を受けると1時間昼寝が必要になるほど疲れました」(本藤)

John

本日は、大変お忙しいところを本当に愛りがとう(愛+ありがとう)ございます! インタビューの中では、「孝さん」と呼ばせていただきますね。

早速ですが、学生時代からさかのぼってお話を聞かせてください。
孝さんは米国のイースタンミシガン大学をご卒業されていますが、なぜ米国の中でもあえてミシガン州を選ばれたのでしょうか?

本藤

米国留学を志したのは、子どもの頃から「いつか起業したい」と思っていたからです。

当時日本では、商法の最低資本金規制というルールがあって、1,000万円ないと株式会社を立ち上げられなかったのです。そして、大卒の初任給は、年収ベースで300〜400万円が一般的という時代。

「日本にいたら、起業するには最低4年以上はかかってしまう」と高校生ながらに考えていました。

そんな時に、知人から「アメリカなら1ドルから起業できる」という話を聞いて「じゃあ、アメリカに行くしかない!」と留学を決めました。

ミシガン州を選んだ理由は、遠い親戚がミシガンに住んでいて、何かあったら頼れるかなと思ったから。結局、頼ることはありませんでしたけどね。

John

孝さん、流石ですね!高校生の頃から、会社の設立費について考えていたなんて驚きました。
英語力などで不安な点はありましたか?
また、ご家族や周囲の方の反応はいかがでしたか?

本藤

僕の家族も親戚も愛知県で生まれ育っていて、留学をしている人はいなかったので、驚かれましたね。でも、母は賛成してくれました。

英語は……正直、留学するまではまったくと言っていいほど、話せませんでした。初めの頃は、お店で料理を注文するのも一苦労で。

ファーストフード店で「テリヤキバーガー」が日本限定だと知らずに頼んで店員に変な顔をされたり、ドリンクを何度言い直しても通じず、頼んでいないコーラが出てきたり(笑)。

大学内にあるESL(English as a Second Launguage)で英語を学びつつ、初めのうちは英語がわからなくても解ける数学や化学といった授業を選ぶようにしていました。

とにかく英語を吸収することに必死で、1時間授業を受けると1時間昼寝が必要になるほど疲れました。

John

テリヤキバーガーの話、面白いです。 飲食店で自分の欲しいものを英語で頼むことも、最初は本当に難しいですよね。私も19歳でオーストラリアに留学したばかりの時は、英語の発音するのに自信がなく、指をさして「This one please」とか言ってました(笑)。
孝さんは、どのように英語を上達されましたか?

本藤

勉強で役立ったのは、テレビドラマでした。

難しい単語が少なく、ストーリーがわかりやすかったので、「特攻野郎Aチーム」というアクションドラマをよく見ていました。発音には苦戦しましたが、1人でシャワーを浴びながら練習したりしていましたよ。

台湾人の学生たちとよく遊んでいたので、それも練習になったかもしれませんね。

John

当時、日本人やアジア系の留学生は多かったのですか?

本藤

日本人は、結構いましたね。というのも、ミシガンは自動車で栄えた都市なのです。
僕が最初の1年間ルームシェアをしていたのも、日本人の1つ上の先輩でした。

日本の自動車メーカーも進出してきていたので、駐在員の子どもたちなどが大きくなり、現地の大学に通っていることも多かった。

それでも学生が2万人いるうちのアジア人は200人くらいなので、少数派ではあったかなと思います。

2 「経験してよかったと思うのは、外国人と英語でディベートを重ねてきたこと」(本藤)

John

今も役立っている学生時代の学びは何でしょうか?

本藤

MBAが少し早く取得できたことは、その後のキャリアで役立っていますね。
また、僕は学校内でGA(Graduate Assistant)という教授の補佐のような仕事をさせてもらっていたので、結果的に授業料が免除され、給与も支払われていました。一足早く社会人のような経験ができたのです。

もう1つ、経験してよかったと思うのは、外国人と英語でディベートを重ねてきたこと。それも、学生同士だからお互い本気で。

これはとても大きかったです。

ディベートではA派とB派に分かれて討論をして、ある程度意見が出尽くしたところで、「じゃあさっきA派とB派でメンバーを入れ替えて、討論してみて」となるので、自分がつい先ほどまで出していた意見に真っ向から対立しなくてはいけないのです。

このような体験から、物事を両面からあるいは多角的に見るスキルが身についたと思います。

John

それは、私もとても同感です。
学生同士なので、ディベートでも何でも、社会人同士の付き合いよりも本音でぶつかり合いますよね。

私も海外で学生時代を過ごしましたが、互いにぶつかり合ったり、一緒に遊んだりした中で身についた、価値観や文化のようなものは、あの頃じゃないと得られないものだと思います。それがビジネスの場面でも活かされていると感じる事も多いです。英語でも表面的なコミュニケーションで終わらずに、人対人としての付き合いが出来ます。

本藤

そうそう。英語力など表面的なスキルセットは後からでもある程度は身につけられるけど、学生時代だからこそできる経験や、身につくものってありますよね。

英語が話せるようになるにつれて、どんどん新しい友達も増えてくるし、より深い議論もできるようになります。

勉強以外でも、いろいろと他ではできない経験もできたなぁ。
留学初日から部屋に苔が生えていて、仕方なくクローゼットで寝たり、真夏に車中で何泊もしたりーー暑くて窓を開けると蚊が大量に入ってきたのを今でも覚えています(笑)。

John

すごい体験をされていますね。
そのお話は、また改めてじっくり聞かせてください(笑)。

インタビュー中の本藤氏の画像です

3 「『1週間で慣れて、1カ月で専門家以上になってね』と言われるのです」(本藤)

John

大学卒業後、日本に帰国されてからはAndersen Consulting (現:アクセンチュア)へご入社されたのですよね。なぜ、帰国し、コンサルティング会社への入社をご決断されたのか教えて頂けますか。

本藤

新卒は人生に一度しかありませんから、そのチャンスは活かそうと思いました。
それに、米国に戻ることはいつでもできると思ったのです。

コンサルティング会社を選んだ理由は、ITや製造など幅広い業界を見ることができる仕事だと思ったためです。

当時、コンサルタントという仕事は日本ではまだメジャーではありませんでした。しかし米国では、コンサルティング会社や投資銀行はMBAを取得した学生たちには人気の職種。
僕も、特に違和感なくコンサルティング会社を選んだという感じです。

John

確かに、米国ではそうですよね。留学したことによって、視野が広がっていたのですね。
当時のコンサルタントとしての仕事内容はどのようなものでしたか?

本藤

業界ごとにチームが分かれており、僕はファイナンス系のリスク管理を担当領域としていました。リスク管理は米国の方が事例も多くかなり進んでいたので、英語で文献を探せることが有利だったのです。

お客様は主に大手の銀行や商社などでした。
経営における課題を抽出し、その解決にあたる。解決にIT化が必要であれば、PMやプログラミングもする。そういう仕事でした。

当時のアンダーセンは「3年いると10年分のキャリアが積める」と言われるほど忙しかったです。
どんな仕事でも「1時間で終わらせるように」と上司に言われたら、必ず終わらせないといけない。

また、基本は同じ業界の担当ですが、突然、別業界の案件がふってくることもありました。そして、「1週間で慣れて、1カ月で専門家以上になってね」と言われるのです。

ある日突然、石油系の本を大量に渡されて、「要点をまとめておいて」なんて言われたこともありました。

まともにやっていたらとても終わらないので、要点となりそうな部分だけを抽出して、クライアントと渡り合えるだけの知識をつけるのです。

仕事がどんどんふってくるので、今ではありえないくらいほどの残業もしましたよ。大変でしたが、鍛え上げられた時期です。

John

とてもハードな環境だったのですね。そのようなご経験をされると、自分なりのビジネスの進め方も身につきますし、短期間で出来ると思える仕事量自体が増えますから、ビジネスマンとしての強みを伸ばすことにも繋がりますね。

孝さんにとっての「良いコンサルタント像」のようなものはありましたか?

本藤

“Think straight. Talk straight. Client first.”

アンダーセンの社内で、よく使われていた言葉です。
これを常に念頭におき、実践できる人が良いコンサルタントだと思っています。

「難しいことを難しく伝えるのが学者、難しいことを簡単に伝えるのがコンサルタントだ」というのも、上司からよく言われました。

難解な課題であっても論点を整理し、クライアントにシンプルに伝える。
そして常にクライアントのことを最優先に考え、ベストな提案をする。
「自社内のパワーバランスや、自社の利益のことは後回しでもいい」とはっきり言ってくれる会社でした。

また、「クライアントを最優先にする」というのは、クライアントの言いなりになるのではなく、クライアントの会社のためになることを徹底することだと学びました。

John

素晴らしい教えですね。「御社に、このような利益が出せます」ということを相手が納得する形で伝えられるかどうかは、人に何かを提案する上で非常に重要ですよね。本当に学ぶことが多い職場だったのですね。

コンサルティング会社をやめてVCへ転職しようと思われたのは何故ですか?

本藤

コンサルタントの仕事に限界を感じたからです。
具体的に言うと、コンサルタントは、ディシジョンメイキング(意思決定)ができないということに、もどかしさを感じた。

例えば、僕がコンサルタントとして、企業にこんな提案をしたとします。

「A案はリスクもありますが、成功すると大きな利益を産みます。
B案は、失敗する可能性は低いですが、成功した場合の利益も小さいです。どちらにしますか?」

このような2択の場合、ほとんどのクライアントはB案を選択するのです。

進んでリスクを取れというわけではないけど、A案こそが本当にクライアントのためになると思って提案しても、それを採用するかどうかの意思決定をするのは、クライアントなのです。

そのことに気づいたのは、20代後半くらいの頃でした。
「次はディシジョンメイキングができる仕事をしよう」という想いから、エクイティに興味を持つようになっていきました。

John

コンサルタントという立場では叶えられないものを求めて、VCの世界へと進まれたのですね。

4 「投資する時は、『この案件はうまくいく』と心から信じていますので、不安はないですね」(本藤)

John

数あるVCの中でも、NIFベンチャーズ(現:大和企業投資)を選ばれた理由を教えて頂けますか。

本藤

NIFベンチャーズへ入社したのは、2000年のこと。ヘッドハント会社からの紹介でした。

「NIFベンチャーズがロンドンで新たな支店開設を予定している。そこに赴任して欲しい」とオファーがあり、海外で仕事ができるという点に惹かれて受けることにしたのです。

しかし入社して間もなく、ITバブル、いわゆる「ドットコムバブル」がはじけてしまいました。

結局、ロンドン支店開設の話は立ち消えに。出張ベースで海外と日本を行き来する日々が始まりました。

John

それは残念でしたね!
何カ国くらいを担当されていたのですか?

本藤

イギリス・ドイツ・ベルギー・フランス・オランダ・イスラエルなどさまざまでした。2週間ヨーロッパ、2週間日本……といった形で往復していましたね。

当時はベンチャー企業の黎明期。
2016年に孫正義氏が3.3兆円かけて買収した半導体企業・ARMが生まれたのもこの時期です。

イギリス政府もベンチャー企業の成長に期待し、スリーアイというVCを持っていました。

2000年代前半にはケンブリッジ大学が学内発ベンチャーを推奨しはじめ、アントレプレナーシップセミナーが開催されたり、政府もそれを支援するようになりました。

僕たちNIFベンチャーズは、そうした「イギリス政府×大学」のプロジェクトにも関わっていたのですよ。

John

日本のVCが、イギリス政府や大学が関わる大型プロジェクトに参画できたというのがすごいことですよね。秘訣は何だったのですか?

本藤

僕たちの1番の強みは、日本国内のコンシューマーエレクトロニクス(家電)とのネットワークでした。まだ追随する中国や台湾、アジアのメーカーが少なかった頃で。

大学側も、もちろん日本の大手企業からの援助は欲しいですからね。
「良い技術があれば、日本の大手企業とマッチングしますよ」という強みをアピールしました。

もちろん、信頼できる投資先を紹介してくれる、現地のVCネットワークの強化も非常に重要です。

ネットワークを構築するために、まずは現地へ赴いてファンドへ出資し、ディールフロー、つまり良い投資機会を得られる販路を確立していくのです。

また、ディールによっては複数のVCが投資するので、そこでもネットワークができます。

業界の特性上、横のつながりというのも非常に強いのです。
だんだんと「タカシのVCは日本の家電メーカーを紹介してくれるよ」など仲間内での評判も広がり、知り合いも増えていきました。
日本のVCは少なかったので、目立ちやすかったというのもあるかもしれませんね。

現地で信頼できるネットワークやパートナーを築くことは、ある意味、良い投資先を見つけることよりも重要なのです。

John

なるほど。すべては良いVCネットワークを確立することからはじまるのですね。
投資先としては、どのような業種の企業が多かったのですか?

本藤

さまざまな企業がありましたが、特に多かったのは技術系の企業ですね。

日本におけるSuicaのような非接触ICの技術を持つフランスの会社にも投資しました。ISO14443のTypeA/TypeBどちらにも適応する技術でした。
この企業には日本の大手印刷会社などを紹介するなど経営支援も行い、見事上場を果たしてくれました。

John

投資するにあたり、大きな金額が動きますが、ご不安を感じた経験はありませんでしたか?
また、投資先の企業が伸び悩んでいる時などはどのような働きかけをされているのでしょうか?

本藤

投資する時は、「この案件はうまくいく」と心から信じていますので、不安はないですね。

それでもすべての案件がうまくいくわけではないですし、投資先企業を見守る中で、状況が変わったりすることもあります。

しかしそうした時も、ネガティブな感情からではなく「会社をよくするために、彼らに何かしてあげられることはないか」という気持ちになりますね。

自分たちはいつでも現地へ飛んでいけるわけではないので、投資先企業で何かトラブルがあれば、すぐに現地のパートナーに状況を確認しに行ってもらえるように準備もしていました。

John

横のつながりが非常に重要な世界ですね。
30代前半で、日本を背負い、リターンを考えながら海外スタートアップ投資を行って来られた孝さんだからこそ、今の日本に必要なのは、東京一極集中ではなく、地方の大学発スタートアップ増加による地方創生の実現であるというビジョンを描かれているのでしょうね。

インタビュー中の森若氏の画像です

5 「午前中はVC業務、午後はCTOの仕事という日々でした」(本藤)

John

その後、NIFベンチャーズを退社され、フィンテックグローバルキャピタル(以下、FGC)という会社を設立されたのですよね。どのような背景があったのですか?

本藤

NIFベンチャーズの仕事はすごく楽しかったのですが、上場・合併などの紆余曲折を経て、銀行系のVCという位置付けになってしまったのです。米国のルールなども相まって、新規案件への投資が難しい状況になってしまいました。

同時期に、フィンテックグローバルという上場企業がVC子会社をつくりたく、出資もしてくれるという話が持ち上がり、共同代表という形で経営に参画しました。

John

ベンチャーキャピタルの立ち上げ方をお話してくださいますか?

本藤

まずは機関投資家を中心に、ファンド設立のための資金を集めに行きました。

「日本国内にありながら、グローバルにジャンル問わず投資できるファンドで、今後このような戦略で進めます」というのをプレゼンし、僕を含めたメンバーの実績を各所で地道に説明していくのです。

最終的にはもともと付き合いのあったヨーロッパの政府系投資会社や大手化学品メーカーなど、いろいろな企業が出資をしてくれました。

FGCでは経営メンバーという立場でしたので、NIF 時代とは違い、初めて経験するようなことが他にも多々ありましたよ。
中でも「2度とやりたくない」と思うのは、投資先企業でCTO代理を務めたことです(笑)。

John

VCの経営と企業のCTOを兼任! 両立はさぞ大変だったでしょうね。

本藤

午前中はVC業務、午後はCTOの仕事という日々でした。

その会社は、Web上でブログの検索システムを作っている会社でした。最近は当たり前になっている、SNSのトレンドワードランキングなどを算出するシステムに近いかな。

CEOは僕のファーストキャリアがアンダーセンのコンサルタントだったことを知っていたので「本藤さん、PMできますよね?」とお願いされて……。

VC業務は忙しいのでどんどん朝早くからスタートすることになるし、CTO業務は夜型のエンジニアたちとやりとりするので夜中まで仕事をすることも多々ありました。

1年間ほどその生活を続けましたが、あれは本当に大変でした(笑)

John

それほど、投資先企業に真摯に対応されているのですね。すばらしいです。
ご経歴を伺って、孝さんの仕事に取り組む姿勢、考え方などが非常によくわかりました! 愛りがとうございます!

  • 本藤氏との対談はまだまだ続きます!「後編」では、QBキャピタル設立の背景や地方創生への想い、投資家目線での伸びるスタートアップ企業を見極めるポイントについて語っていただきました。

    この続きは「後編」(近日公開予定)をご確認ください!

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年7月29日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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事業の適法性を確保するための手段

「事業の適法性」が確保されていない場合のリスクは、起業家が知っておきたい「事業の適法性」においてご紹介した通りです。これに続く今回は、事業の適法性を確保するための具体的な方法をご説明していきます。

1 公表されている資料等の活用

インターネット上には様々な情報が存在していますが、事業判断の前提として信憑性の薄い情報源を用いることは避けるべきです。そこで、容易にアクセスが可能で信頼できる情報源のうち、代表的なものをご紹介します。

1)e-Gov法令検索

事業において問題となりそうな法令の名称が分かっている場合には、「e-Gov法令検索」上で法令(法律・政令・府省令・規則)を検索することができます。掲載内容については、法改正の反映が遅れているものや、法令を所管する行政庁による確認が未了のものもあるため、官報に比べると最新性や正確性の点で劣りますが、基本的には信頼できる情報源といえます。

2)各省庁のガイドライン・リーフレット・Q&A等

法令の条文は、複雑なものも多いため、それだけを見て内容を正確に理解することは難しいかもしれません。一方、法令を所管する行政庁が法令の内容を分かりやすく説明したガイドラインやリーフレット、Q&A等を公表していることがあるので、確認してみましょう。
職業紹介事業を例に挙げると、職業安定法を所管する厚生労働省が、職業紹介事業者向けのガイドラインとして『職業紹介事業業務運営要領』を公表し、2020年3月30日施行の改正職業安定法を簡潔に説明するリーフレットとして『職業紹介事業者の皆様へ』を公表しています。また、2018年1月1日施行の同法の改正については『職業安定法改正Q&A』にて、疑問を生じやすい点がまとめられています。

3)規制のサンドボックス制度・新事業特例制度・グレーゾーン解消制度の活用実績

「規制のサンドボックス制度、新事業特例制度及びグレーゾーン解消制度の活用実績」で過去の照会内容や結果が掲載されています。これら制度の活用実績の中に自社の事業と類似のものがあれば、適用のある法令の理解の一助となります

4)過去の行政処分の事例

法令によっては、過去の行政処分の事例が公表されていることがあります。例えば、消費者庁は、「行政処分の状況を知りたい」で特定商取引法や景品表示法に関する過去の行政処分の事例を公開しています。消費者向けの広告を検討する際には、消費者庁が違法と考える事例を閲覧することで、その考え方を知る手掛かりになるでしょう。

5)有価証券報告書

有価証券報告書は、金融庁が提供しているデータベース『EDINET』で閲覧することができます。有価証券報告書には、「事業等のリスク」に関する項目が設けられており、その企業の事業に適用され得る法令や法的論点に関する説明が記載されています。従って、自社と類似業種の上場企業の有価証券報告書を複数閲覧することで、適用され得る法令の洗出しをすることができます。
もっとも、法令には改正がある他、有価証券報告書が作成された時期やその企業の背景事情によって、記載には濃淡があるため、あくまで参考程度の位置付けであることには注意が必要です。

6)裁判例検索システム

裁判例は、最高裁判所が提供している「裁判例検索システム」により検索することができます。本来、法令の解釈適用に関する最終的な判断権は司法にあるため、行政解釈を掲載したガイドライン等よりも優先すべき資料といえますが、事業の適法性に関する判断が司法でなされるケースがあまり多くないこと、裁判例を検索しその内容を理解するためにはノウハウや前提知識が必要となること、検索システムに掲載されている裁判例は一部に過ぎないことから、若干優先度を下げてご紹介しました。

2 所管の行政庁への事前相談

特に許認可の要否が問題となる事案では、法令を所管する行政庁の担当部署に対し、事前相談を行うことが可能です。もっとも、事前相談において、未確定な情報や不正確な情報を伝えてしまうと、行政庁から正確な回答が得られないばかりか、あらぬ疑いをかけられてしまうケースもあるため、事前相談を行う際には、きちんと社内で情報を整理した上で、正確に情報を伝えることが重要です。

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3 法令等に基づく照会制度および規制の例外制度

1)グレーゾーン解消制度

グレーゾーン解消制度とは、産業競争力強化法に基づき、実施しようとする事業およびその関連事業に関する規制を定める法令の解釈、適用の有無について、経済産業省を介して、所管行政庁に対する照会を行うことができる制度です。

所管の行政庁に申請書が受領されてから照会結果を得るまでに原則1カ月とされていますが、実際の照会では以下のような流れとなるため、検討段階から照会結果を得るまでに3カ月から半年程度の期間を要することが多いとされています。

  • 社内での照会対象の事業、法令の検討
  • 経済産業省への事前相談
  • 申請書案の作成
  • 再度、経済産業省への事前相談
  • 申請書の確定、申請
  • 所管の行政庁による照会結果の通知

事前相談においては、会社から事業の概要や照会対象となる法令についての見解等の説明を行い、何度かやり取りを重ねながら申請書の内容を確定させていきます。並行して経済産業省から所管の行政庁への事前相談が行われることもあり、会社にとって不利益な照会結果が予想される場合には、事前に情報を共有してもらえることもあります。このような経過を踏まえ、最終的に申請の対象となる事業の範囲等を変更し、または申請を行わないといった対応を行うことも可能であるため、積極的に事前相談を活用してみても良いように思います。

2)新事業特例制度

新事業特例制度とは、新事業活動を行おうとする事業者が、その支障となる規制の特例措置を提案し、安全性等の確保を条件として、企業単位で、規制の特例措置の適用を認める制度です。グレーゾーン解消制度同様、産業競争力強化法に基づく制度ですが、こちらの制度は法令の適用があることを前提に、その特例を認めてもらう点で大きく異なります。
手続の大まかな流れは、グレーゾーン解消制度の場合と同様ですが、1.規制の特例措置を求める申請を行いその結果が出た後で、2.自社の事業についてその特例措置の適用を受けるために事業計画の認定を受ける必要があり、2段階の手続が必要となる点で、グレーゾーン解消制度の場合とは異なります。なお、既に自社の行おうとする事業について、特例措置が設けられている場合には、1.の手続は不要となり、2.の手続のみで足りることになります。
検討段階から自社が特例措置の適用を受けられるまでの期間としては、内容にもよりますが、グレーゾーン解消制度の場合よりも長期間を要することが多いようです。

3)規制のサンドボックス

規制のサンドボックスとは、生産性向上特別措置法に基づき、AI、IoT、ブロックチェーン等の革新的な技術の実用化の可能性を検証し、実証により得られたデータを用いて規制・制度の見直しに繋げる制度です。法令の適用があることを前提に、規制の特例措置を求める制度である点は、新事業特例制度と同様ですが、規制のサンドボックスは、あくまで実証のための制度であることから、実施期間が設けられる点で大きく異なります。
なお、こちらの制度も新事業特例制度同様、グレーゾーン解消制度の場合よりも長期間を要することが多いようです。

4)ノーアクションレター(法令適用事前確認手続)

ノーアクションレターとは、事業における行為について法令の適用の有無を照会するための制度であり、グレーゾーン解消制度と似ているところがあります。しかし、照会の対象となる法令が、罰則のある許認可制度に関するものなどに限定されています。また、法令に基づく制度ではなく、各行政庁に実施方法が委ねられているため、所管の行政庁ごとに手続を調べた上で申請等を行う必要です。これらの点で、上記3つの制度とは異なります。

4 活用に際して考慮すべきこと

これらの制度を活用し、会社の事業が適法である旨の見解を取得し、または、規制の特例が認められれば、事業の適法性について大きな後ろ盾を得ることができます。投資家、顧客、買収者、引受証券会社、証券取引所等に対する事業の適法性に関する説明においては非常に有用といえるでしょう。
一方で、これらの制度を活用する場合、最終的な結果が出るまで、一定の期間を要します。また、2020年3月末現在のグレーゾーン解消制度の申請件数は累計で161件であるのに対し、新事業特例制度および規制のサンドボックス制度の申請件数はいずれも10件前後にとどまっています(経済産業省のホームページ)。この2制度の申請件数が極端に少ない理由については明らかにされていませんが、最終的な結果が出るまでに期間を要すること、安全性等の確保のための体制を現実的に備えられる企業数が少ないことなどが考えられます。
これらの制度を活用する場合、結果とともに、自社のビジネススキームも公となります。また、弁護士等の意見を踏まえ、法令の適用がない蓋然性が高いといえるにも拘わらず、敢えてグレーゾーン解消制度やノーアクションレターを活用すると、規制がないことが公になり、競業事業者の参入障壁が下がる可能性もあります。
もっとも、これらの制度の有用性は高いため、以上の事情も考慮した上で、最終的に活用すべきかご判断頂くのが良いと考えます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年7月28日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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反社会的勢力の活動への対策ポイント

書いてあること

  • 主な読者:反社会勢力からの被害の防止に備えたい経営者
  • 課題:具体的にどのような対策をしておけばよいのか分からない
  • 解決策:ケースごとの具体的な対応要領を押さえておく。相談窓口も確認しておく

1 反社会的勢力の活動の状況

暴力団やその関連企業など(以下「反社会的勢力」)は、組織の実態を隠し、企業活動を装ったり、共生者(注)を利用したりするなどして、活動を不透明化させています。反社会的勢力は、企業などに対してさまざまな手段で不当な要求を行い、活動の資金源としており、証券取引や不動産取引などを通じて資金獲得活動を巧妙化させています。

暴力団関係相談受理件数の推移は次の通りです。ただし、これはあくまで警察と暴追センターに寄せられた相談受理件数であり、実際には、警察や暴追センターに相談していないケースもあると考えられます。

(注)暴力団に利益を供与することにより、暴力団の威力、情報力、資金力などを利用し自らの利益拡大を図る者。

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2 反社会的勢力の活動への対策のポイント

1)反社会的勢力による被害を防止するための基本原則

政府は、2007年6月に「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ。以下「指針」)を公表し、反社会的勢力による被害を防止するための基本原則として、次の5項目を示しています。

  • 組織としての対応
  • 外部専門機関との連携
  • 取引を含めた一切の関係遮断
  • 有事における民事と刑事の法的対応
  • 裏取引や資金提供の禁止

2)経営トップのコミットメント

企業が組織として対策を進める上で重要なのは、「反社会的勢力とは一切の関係を持たない」という基本方針と、経営トップによるコミットメントです。多くの企業が、倫理規程として定める企業行動指針や、就業規則など従業員が順守しなければならない義務を定めた規程の中で、反社会的勢力との関係遮断について明文化しています。

反社会的勢力の活動をリスクとして認識し、一切の関係を遮断することは、反社会的勢力の活動資金源を絶つことにつながります。

3)取引先の状況を確認する

新規取引先や既存取引先が反社会的勢力と関係していないか、調べ直すことも大切です。すぐに実行できる方法として新聞記事や雑誌記事を検索し、取引先の企業情報を収集・分析することが挙げられます。

また、専門会社のデータベースを利用するのもよいでしょう。例えば、企業の危機管理を総合的に支援するエス・ピー・ネットワークでは、反社会的勢力に係る独自のデータベースを使った情報分析サービスを提供しています。

この他、所轄の警察署や都道府県警察本部の暴力団対策主管課に照会する方法も考えられます。警察では、取引などの相手方が反社会的勢力でないことを確認するなど、暴力団排除条例に定められた事業者の義務を履行するために必要と認められる場合には、可能な限り情報提供を行っています。

4)契約書や取引約款に「暴力団排除条項」を盛り込む

暴力団排除条項は、取引先が反社会的勢力と認められる場合には一方的に契約を解除できることを定めるもので、反社会的勢力との関係遮断のために有効です。ただし、現行の契約書や取引約款に暴力団排除条項を盛り込む場合、「コンプライアンスを重視する企業の姿勢を示す一環として、暴力団排除条項を盛り込むことになりました」と説明するなど、取引先に失礼のないようにしなければなりません。

5)日ごろからの対策

反社会的勢力の活動への対策を進めることは、企業の社会的責任の観点からも重要です。基本方針に基づいて、反社会的勢力への応対の方法を検討します。また、責任体制を明確にし、経営トップ以外で直接応対に当たる責任者を選任し、日ごろの心構え、具体的な応対要領を従業員に徹底します。

3 具体的な応対要領

1)相手を確認する

初対面の段階で、名刺をもらうか面会カードに記載を求めるなどの方法で相手の氏名、勤務先などを確認します。相手がこれに応じなければ、「お引き取りください」などと面談を断ります。

2)相手より有利な人数や場所で短時間で応対する

反社会的勢力の常とう手段は、大声や脅し文句で不安・恐怖を与え、懐柔するそぶりで困惑させ、要求に応じざるを得ないようにするものです。面談の際には、相手より多い人数で社内で応対することで心理的に優位な状態を保ちます。

反社会的勢力が指定する場所(暴力団の組事務所など)に出向いてはいけません。また、応対時間は、あらかじめ15分などと決め、それ以上に長引くようならば「お引き取りください」と言って面談を打ち切ります。なお、茶菓を出す必要はありません。

3)用件を確認する

初期段階で、相手の用件や要求内容を確認することが重要です。反社会的勢力は、恐喝や威力業務妨害などの罪に問われることを恐れて、「誠意を見せろ」などと要求内容を明示しない場合が多いので、「具体的にどうすればよいのですか」などと聞き返し、要求内容と根拠を相手自身から明確に引き出します。

なお、「お前では話にならない。社長(最高責任者)を出せ」と言われても、応対の責任者が「当社では、私がその担当者ですので、まず私が話を伺い、報告することになっています」と言って最高責任者には取り次がないようにします。

4)言動に注意する

反社会的勢力は巧みに論争に持ち込んで、相手の失言を誘い、言葉尻を捕らえて因縁をつけてきます。不用意な発言をしないように慎重に言葉を選び、発言は必要最小限にとどめます。また、相手の不当な要求に対しては、曖昧な返答をしないで明確に断ります。その場を逃れようとして「検討します」「善処します」などと言うのは禁物です。

5)応対内容を記録する

反社会的勢力との電話や面会の際には、応対内容を録音したり、メモを取ったりして正確に記録に残すことが重要です。また、事前に「正確を期すため、会話の内容を録音させていただきます」と告げることは、相手をけん制する上で効果的です。

6)わび状などの書類作成は拒否する

反社会的勢力は、「一筆書けば許してやる」などとわび状や念書を書かせようとします。わび状や念書は、相手の不当な要求に対して、非を認めた証拠となります。相手に有利な交渉材料を与えるだけなので、わび状や念書の作成には絶対に応じてはいけません。

7)警察に通報する

反社会的勢力が暴行や器物損壊など不法行為に及んだときは、直ちに警察に通報します。受傷事故などを防止するために、気付かれないように通報するとよいでしょう。通報することを相手にとがめられたら、「警察にそうするように指導を受けている」と答えます。

4 ケースを想定した対応策

1)見知らぬ団体などから機関紙・図書などが送り付けられ、料金を請求される

売買契約を結んでいない機関紙・図書が送り付けられてきた場合、相手に返送するのが基本です。

開封前であれば、メモ用紙に「受取拒否」と記載し、受取人の名前を記載して押印した上、郵便物などの宛名面に貼り付け、郵便局などを通じて返送します。

開封後であっても、購読拒否の意思を相手に明確に伝える文書を同封し、簡易書留や宅配便で送付します。なお、後日、言い掛かりをつけられる可能性もあるため、書留郵便物受領書や宅配便の送付依頼書、同封した文書の控えを保管しておくとよいでしょう。

2)見知らぬ団体などから電話があり、機関紙・図書などの購入を要求される

電話による機関紙・図書の購入要求に対しては「必要ありません」と明確に拒否することが基本です。

相手が「同業他社の多くが協賛している」「今回限りで構わない」などと強引に購入を要求してきても、その場しのぎに要求に応じてはいけません。また、「結構です」などといった、どちらとも取れる返答をするのは禁物です。なお、機関紙・図書などを購入するかしないかは、各企業の自由意思であり、購入を拒否する理由を告げる必要はありません。

今まで機関紙・図書の購読をしている場合でも、購入に至った経緯や現状での必要性を改めて確認し、必要のないものであれば購入を断るべきです。

5 主な相談先

各都道府県に設置されている暴力追放運動推進センターでは、反社会的勢力の活動に対する企業の対応について、弁護士や警察出身者など専門知識や経験を有する暴力追放相談委員による相談を受け付けています。

また、暴力追放運動推進センターや警察署では、暴力団対策法に基づき、事業所ごとに選任された不当要求防止責任者に対して、暴力団の情勢や暴力団からの不当な要求の対処方法などに関する講習を実施しています。

反社会的勢力の活動に関しては、所轄の警察や暴力追放運動推進センターの担当者との連携を密にし、ささいなことでも早期に相談するとよいでしょう。各都道府県の暴力追放運動推進センターは次のウェブサイトで確認することができます。

■全国暴力追放運動推進センター「都道府県暴追センター連絡先一覧表」■
http://fc00081020171709.web3.blks.jp/center/index.html

日本弁護士連合会や各地の弁護士会でも、反社会的勢力の活動に関する相談を受け付けています。

■日本弁護士連合会■
https://www.nichibenren.or.jp/

以上(2018年10月)

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弁護士が教える企業法務のツボ 厳格化する取締役の責任と会社の対策

書いてあること

  • 主な読者:取締役、取締役就任予定の従業員
  • 課題:取締役の法的な責任について知っておきたい
  • 解決策:民事上、刑事上の責任を負っている。民事上では、特に不祥事が起こった場合、この責任の負担は、取締役本人のみにとどまらず、家族にまで及ぶ可能性がある。責任が大きいのは権限の大きさと比例している。取締役には企業をよい方向に導くためにその責任と権限を意識することが求められる

1 取締役の責任の厳格化の流れ

従来から日本の会社においては、長年会社に勤めてきた従業員が内部昇格して取締役になる傾向があります。このような生え抜きの取締役の場合、社内の事情に精通しているという利点がある半面、長年勤めていた会社であるが故に取締役就任に伴って、それまでとは異なる大きな責任を負うことを認識しづらいという問題があります。

近年、こうした問題点が広く認識されるようになり、投資家・消費者などを公正に保護しようとする傾向が生じていることから、取締役の責任が加重されつつあります。

その1つの例が2015年5月に施行された改正会社法です。この改正では、社外取締役などによる株式会社の経営に対する監査などの強化や、会社運営の適正化が大きな目的とされており、取締役の会社運営上の責任は一層重くなりました。

本稿では、押さえておくべき「取締役の法的責任」について、実例を用いて説明します。

2 民事上の責任1:取締役・執行役が負う責任の類型と賠償額

取締役は、経営に当たり会社に損害を与えないように注意すべきという善管注意義務を負っています(会社法第330条、民法第644条)。その義務の内容はさまざまですが、取締役の責任がよく問題となるケースとして「法令違反」「著しく不合理な経営判断」「監視監督義務違反」があります。

1)法令違反

取締役は、職務を行うに際して、法令を遵守する義務を負っています(法令順守義務、会社法第355条)。法令違反の事例としてはミスタードーナツをフランチャイズ経営していたダスキンで起こった事件(以下「ダスキン事件」)(大阪高裁平成18年6月9日判決判時1979号115頁)が有名です。ダスキン事件は、食品衛生法上使用が認められていない食品添加物を肉まんに使用して、販売したことが新聞・テレビ等で報道されて、ミスタードーナツの売上が低下する等の損害が生じたため、ダスキンは加盟店に売上減に対する補償等をするなど多額の出費をしたことについて、取締役および監査役の善管注意義務違反に起因するとして、株主代表訴訟が提起された事件です。

判決では、取締役が未認可添加物の使用および販売という事実を認識しながらも、その事実を公表せず継続して販売したことなどにより、会社の損害および信用失墜を大きくさせたことについて、隠蔽に関与した取締役だけでなく、隠蔽に関与していない11人の取締役についても責任を認め、具体的な損害賠償額は5億円以上にも上りました(ただし、取締役ごとで責任の範囲は異なっています)。

2)著しく不合理な経営判断

「法令違反」行為をした場合に責任を負わなければならないというのは、当然のことです。しかし、法令に反する行為ではなく、経営上の判断においても、取締役の責任が発生することがあります。

一般的に、会社の経営には一定程度のリスクを冒すことが不可避です。そのため、取締役の経営手腕を遺憾なく発揮できるように、経営上の判断についてはなるべく責任を負わせないようにすべきと考えられています。この考え方を経営判断原則といいます。しかし、近年、この経営判断原則を適用しつつも、取締役が経営判断に関して責任を負わされる裁判例が増えつつあります。

有名な事件としては、北海道拓殖銀行事件(最高裁平成20年1月28日判決判時1997号143頁他)が挙げられます。この事件では、取締役らが健全とは到底認められない貸付先に対して、確実な担保余力があるかどうかを慎重に検討せずに追加融資を決定したことについて、取締役の責任が問われました。最高裁は、銀行の取締役は、債権回収・保全を優先に考えるべきであるから、短期間のうちに対処方針および追加融資に応じるかどうかを決定しなければならないという時間的制約を考慮しても、その責任を免れることはできないとしました。そして、同事件では、一連の不祥事について5件の訴訟が起こされ、約101億円もの賠償金の支払いが13人の取締役に対して命じられました。

3)監視監督義務違反

取締役に就任した場合、自己の担当業務ではなくとも、他の取締役の行為について責任を取らなくてはいけないケースがあります。「代表取締役でもないのに、なぜ自分が関与していない他の取締役の行為にまで責任を負わなくてはいけないのか」と思うかもしれません。しかし、会社法第362条第2項第2号では取締役会の義務として取締役の職務執行を監督すべきことを定めています。判例でも、個々の取締役は、取締役会の構成員として、取締役会に上程された事柄についてだけ監視すればよいわけでなく、代表取締役の業務執行一般について監視する職務を有するとされています(最高裁昭和48年5月22日判決民集27巻5号655頁)。

これは、取締役が不正な行為をしないよう監督し、会社に損害を与えないようにするという取締役の善管注意義務から導かれます。複数の取締役が相互に監視監督し合うことで、会社業務の適正が確保されるのです。そのため、各取締役は取締役会のメンバーとして他の取締役の監視監督義務を負います。また、会社法第430条により、各取締役は連帯して賠償責任を負わなくてはならないため、監視監督義務違反だから責任は軽いだろうという油断は禁物です。

監視監督義務違反の有名な事件として、大和銀行事件(大阪地裁平成12年9月20日判決判時1721号3頁)があります。この概要は、大和銀行ニューヨーク支店の行員が、10年以上もの間、簿外で米国財務省証券の取引を行って約11億ドルの損失を出し、その隠蔽のため、大和銀行所有の米国財務省証券を無断で売却したというものです。同事件では、一部の取締役について監視監督義務違反が認められました。判決で認められた監視監督義務違反は次のようなものです。

まず、取締役会の招集権限を持っていた取締役会長については、代表取締役頭取の報告により簿外の無断取引行為と無断売却行為の事実を知ったのであるから、米国当局に対する届け出を行うように代表取締役に働きかけるべき義務があったとしています。

また、頭取については、一連の違法行為について認識しながら米国当局に対する届け出を行わなかったことを前提に、指揮系統の上位者であることを理由として、少なくとも未然に防止すべき義務があったとされています。

このように取締役には、行員による簿外での無断取引行為および無断売却行為を未然に防止すべき監視監督義務違反があったと認定されました。被告取締役のうち、11人に対して、総額7億7500万ドル(当時の日本円に換算して、約830億円)の損害賠償を命ずる判決が言い渡されています。

なお、この判決で注目すべきは仮執行宣言という裁判が出されたことです。通常、裁判は判決が言い渡されてから一定期間経過するまでの間、賠償金の支払義務は確定しません。ところが、仮執行宣言という裁判が出されてしまうと、直ちに支払義務(仮の支払義務)が生じることとなります。大和銀行事件では、約830億円もの賠償金の仮執行により、取締役は自宅を差し押さえられるか、それを免れる代償として約8億円もの供託金を集めるかという二者択一を迫られました。このことからも、取締役の責任がいかに重いものであるかが分かるでしょう。

また、近年では、子会社が不祥事を起こした場合に、親会社取締役の責任が追及されるケースがあります。ここでよく問題になるのは、親会社の子会社に対する監視監督義務違反です。例えば、子会社が「ぐるぐる回し取引」と呼ばれる粉飾決算の原因となる一種の架空の循環取引によって経営が破綻しかけたことをめぐる福岡魚市場株主代表訴訟事件(福岡高裁平成24年4月13日判決)が挙げられます。

この事件では、子会社がぐるぐる回し取引によって不良在庫を抱え、経営破綻しかけていたにもかかわらず、子会社に対して多額の貸付けなどを行った親会社の監視監督責任が問題となりました。福岡高裁は、親会社の取締役が子会社に不明瞭な多額の在庫があるとの報告を受け、その後も在庫や借入金が急速に増加し、状況が一向に改善しないことなどを認識していながら、何らの有効な措置を講じないまま経営破綻の事態が差し迫った状況になった後に、支援と称して貸付けなどを行ったことを指摘し、親会社取締役としての善管注意義務に違反すると判示しています。

この事件の第一審判決の中では、「公認会計士からの指摘を受けた時点で、親会社の取締役として、親会社および子会社の在庫の増加の原因を解明すべく、従前のような一般的な指示をするだけでなく、自ら、あるいは、親会社の取締役会を通じ、さらには、子会社の取締役等に働きかけるなどして、個別の契約書面等の確認、在庫の検品や担当者からの聴き取り等のより具体的かつ詳細な調査をし、またはこれを命ずべき義務があった」との指摘がなされています。現在では、子会社の株式は親会社にとっては財産であり、そのような財産の価値を維持するため、親会社の取締役は一定の範囲で子会社について監視をしなければならないと考えられています。その点から、上記裁判例は、親会社取締役の子会社に対する監督の在り方の参考になる一例といえるでしょう。

3 民事上の責任2:負担は家族にまで及ぶ

これまで見てきたように、取締役の責任は重く、特に不祥事が起こった場合の責任は甚大です。この責任の負担は、取締役本人のみにとどまらず、家族にまで及ぶ可能性があります。それは、高額な賠償額の支払いのため自宅が差し押さえられるということはもとより、取締役が亡くなった場合、その配偶者や子が高額の賠償義務を相続し、多額の負債を負う場合があり得るのです。

限定承認(注)や相続放棄という制度を用いてこの多額の債務を回避することはできますが、限定承認や相続放棄には熟慮期間という期間制限(自分のために相続があったことを知ってから3カ月以内)があり、原則としてその期間内に申立てなければならず注意が必要です(民法第915条第1項、第921条第2号)。

(注)「限定承認」とは、相続によって得た財産の限度においてのみ、被相続人の債務などを相続することです(民法第922条)。

4 刑事上の責任

取締役への就任に伴って生じる責任は、民事上の責任にとどまらず、刑事上の責任も生じます。実際にあった事件を参考に説明します。

1)北海道拓殖銀行事件

前述したように、北海道拓殖銀行の頭取が在職中に、実質破綻状態にあったグループ会社3社に対して十分な担保を取らず、融資した事件です。頭取と後任および融資を受けたグループ会社の実質的経営者が特別背任罪に問われ、全員実刑判決が言い渡されました(刑事事件につき札幌高裁平成18年8月31日判決刑集63巻9号1486頁)。

特別背任罪とは、会社法第960条に規定された犯罪で、刑法第247条の背任罪の特別規定で刑法上の背任罪より重く罰するものです。単なる背任罪よりも刑罰が加重されていることからしても、会社役員である取締役の責任の重さが分かるでしょう。取締役が自己や第三者の利益を図りまたは会社に損害を加える目的で、任務に違反し、会社に財産上の損害を与えた場合に成立します。法定刑は、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金またはその併科とされています。

また、実刑判決とは、一般に執行猶予が付されない懲役・禁錮刑のことを意味します。実刑判決が下されると、直ちに刑務所に入れられることになるので、執行猶予判決と異なり生活環境が大きく変わるという点で、重い処分といえるでしょう。

2)ライブドア事件

ライブドア社の粉飾決算などにより、元取締役らが旧証券取引法(現金融商品取引法)違反の罪に問われた事件(東京高裁平成20年7月25日判決判時2030号127頁、東京高裁平成20年9月12日判決)です。財務等に関する業務を統括していた元取締役に対して、懲役1年2カ月の実刑判決が言い渡されました。

3)ミートホープ事件

食肉製造加工会社のミートホープ社が、実際には豚肉や鶏肉などを混入した牛ひき肉を、牛肉のみを原料とするかのような表示をして製造・販売したとして、詐欺罪、不正競争防止法違反(虚偽表示)の罪に問われた食肉偽装事件(札幌地裁平成20年3月19日判決)で、同社元社長に、懲役4年の実刑判決が言い渡されました。

5 会社における対策

1)不祥事を防ぐ施策

まずは、会社の不祥事を未然に防ぐ策を施すこと、つまり不祥事を予防するためにリスク管理体制を徹底することが大切になります。会社法も、大会社(会社法第2条第6号)と指名委員会等設置会社(会社法第2条第12号)において、「内部統制システム」と呼ばれるリスク管理体制の構築・運用を、取締役会の義務として定めています(大会社については会社法第362条第5項および第4項第6号、指名委員会等設置会社については第416条第1項第1号ホおよび第2項)。

前述したように、取締役はその職責として、会社業務の適正を確保しなくてはなりません。しかし、事業が複雑化した大会社や指名委員会等設置会社では、体制としてリスク管理のシステムを構築しなければ、会社業務の適正を確保することは困難です。そこで、会社法では大会社や指名委員会等設置会社について、会社業務の適正確保という取締役の義務が全うされるよう、内部統制システムの構築を求められているわけです。

もっとも、法律上は、不正な行為を防止するために具体的にどのような内部統制システムを採用すべきかについてまでは規定されておらず(会社法施行規則第100条第1項各号参照)、各社の判断に委ねられています。これは、内部統制システムが、その会社の業務において想定されるリスク、想定リスクの現実化による事件・事故といった経験の蓄積、各社内でのリスク管理に関する研究の進展などといった、会社ごとの事情により充実していくシステムであるとされているからです。

従って、内部統制システム構築義務を負わない会社の取締役であれば、極端な話、内部統制システムを構築する必要がないと判断することも、それがその会社の実態に即した判断である限り許されるわけです。確かに、内部統制システムは、構築して運用するにはコストが掛かり、自由な組織風土を損ねる恐れもあります。内部統制システムを構築するかどうかも含め、自身の会社が置かれている状況やさまざまなバランスを考慮し、より良いリスク管理体制を模索していくことは、経営のプロフェッショナルである取締役の判断に委ねられているのです。

ここで内部統制システムの例としては、内部通報制度に関する規定や、担当窓口を設けるという方法があります。会社で不正な行為があった場合、やはり最初に気付くのは内部の人間であることが多くなります。内部通報制度が機能していれば、会社における不正行為によって、会社に甚大な損害が生じる前に食い止められる可能性が高まります。

また、不正防止委員会や担当者を置くという方法、コンプライアンス規定を定めて定期的に取締役や従業員に研修を行うという方法も考えられます。取締役は、予算や会社の組織風土などを考慮した上で、会社の実態に沿った内部統制システムを構築することになります。

昨今、個人情報や企業秘密の流出による不祥事が問題に上がることが多いですが、そのようなケースでは、現場の従業員を情報セキュリティー管理責任者に任命する、管理体制について第三者からのアドバイスを受けられるように諮問委員会を設置する、全ての派遣会社および従業員に対して集合教育・eラーニングテストなどによる個人情報保護教育を実施するなどといった措置が、内部統制システムの例として考えられます。

ただし、取締役は「他社もやっているから自社も」というのではなく、あくまで「自社にはこのやり方が合う」という見方で判断する必要があります。

2)顕在化した責任を軽減する施策

次に、実際に顕在化したリスクを軽減する策を施すことが考えられます。株式会社の取締役は会社との委任契約に基づいて会社に対する責任を負うため、不祥事が起きると会社から損害賠償を請求されてしまいます(会社法第423条)。

これに対しては、法律上の対策と事実上の対策が考えられます。まず法律上の対策として挙げられるのが、会社法第424条から第427条までに定められている責任免除ないし限定措置です。会社法第424条は、責任の全部免除について定めていますが、それには総株主の同意を得る必要があるとされており、現実的にはほとんど不可能と言わざるを得ません。

一方、会社法第425条および第426条は、責任の一部免除について定めており、株主総会特別決議または定款の定めに基づく取締役会決議を要する点で、決して容易な手段ではありませんが、全部免除よりは現実的な方法で、実際に利用されることもあります。なお、会社法第427条は、非業務執行取締役等の責任を限定する契約について規定しており、非業務執行取締役等はこの責任限定契約を事前に結ぶことで、多額の損害賠償債務を圧縮することができます。

また、実際に訴訟を提起されてしまった場合の対策としては、あらかじめ会社役員賠償責任保険(D&O保険)に加入しておくことや、請求額よりも低額による和解をすることなどが考えられます。会社役員賠償責任保険への加入は、米国のような訴訟社会では一般的のようですが、日本ではまだそれほど普及はしていません。しかし、最近の取締役の責任厳格化の傾向からすると、日本でも会社役員賠償責任保険への加入を真剣に考えるべき段階に至っているといえるでしょう。

6 まとめ

取締役の責任の重さは、権限の大きさの裏返しでもあります。前述した経営判断原則が一般的に承認されているのは、取締役にはその権限をフル活用し、時にはリスクを冒して、より良い経営を行うことが求められているからに他なりません。近年の取締役の責任厳格化の流れの中では、不祥事を起こさない十分なリスク管理体制の構築と、不祥事が起こってしまったとしても責任をなるべく軽減できるよう、対策をしっかり取って、取締役が萎縮することなく経営を行う環境を整えることが求められているといえるでしょう。

以上(2019年4月)
(監修 弁護士法人 法律事務所オーセンス 弁護士 佐藤駿介)

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画像:unsplash

第20回 【後編】起業家育成に携わる会計士が教える 財務3表と事業計画〜スタートアップ、中小企業が生き残るために必要な会計とは?〜/イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

アメリカのある研究機関の調査によると、起業家が後悔したことの第一位は、「もっと会計・財務のことを勉強しておけばよかった」というものだそうです。

前編の「財務3表について」に続き、今回の後編では「会計を活用したビジネスプランの立て方」をKPMGの倉田剛氏に解説していただきます。

1 事業計画(ビジネスプラン)は、ビジネスの航海図(Navigation Map)

先に、起業家が後悔したことの第一位は「もっと財務管理(Financial Management)を勉強すべきだった」という話をしました。これに続いてほぼ同数の回答だったのが「もっと良いビジネスプランを作るのに時間をかけるべきだった」です。

事業計画とは「事業の達成目標、それを達成するための具体的な計画・過程を示した公式の文書」のことで、起業して資金調達をしたり、仲間を集めたりするには事業計画を作成する必要があります。そこで、起業家は自分の事業に対する思い、どういう事業をやって世の中にどういう価値を提供するのか(事業理念)、どこで、誰に対して何をどうやって提供し(マーケティング戦略)、どうやって、どれくらい儲けるのか(財務戦略)を語るのです。理念や戦略の無い事業に資金提供してくれる銀行や投資家はいませんし、一緒に働く仲間も集まらないでしょう。事業計画書には、事業全体をコンパクトまとめたエグゼクティブサマリーのほか、事業の概要、製品/サービスの説明、マーケット分析、マーケティングプラン、事業展開計画、財務計画などからなり、最後にマネジメントチームの紹介をするのがオーソドックスなスタイルです(図1参照)。

図1の画像です

このうち、前回説明した財務3表と密接に関係するのが、財務計画です。図2(下記)は今後6年間の財務計画の例です。上にある「中期事業計画」のうち、売上高は市場全体の伸びやマーケットシェアなどを加味して作成します。コストは、ビジネスの実施に当たって必要なものを見積もって入れます。ここで、いい加減な見積もりをしているとビジネスが立ち行かなくなりますし、銀行や投資家から見て「この経営者は大丈夫かな?」と思われてしまいます。例えば、人員の増加にともなって増えるはずの人件費や家賃が増えていない、ビジネスの核がアプリケーションなのに、その開発費用が入っていないような事業計画に、いったい誰がお金を出してくれるでしょうか?

最近では、きちんとした事業計画がなくても、面白いアイディアや経営者のキャラクターだけで資金調達ができてしまうこともあるようです。確かに、変化の激しい現在のビジネス環境においては、3年先や5年先を見越した事業計画を作成することは難しいです。しかしながら、基本は分かった上であえて省略するのと、そもそも作ろうともしないのでは全く意味合いが異なります。ビジネスはある意味PDCA(Plan-Do-Check-Action)が大事ですから、計画を作った上で、環境の変化に応じて臨機応変に財務計画も変えていくべきでしょう。

図2の画像です

2 リーン・スタートアップ・キャンバス:儲かるビジネスをデザインするフレームワーク

では、中期事業計画のもとになる売上やコストはどのように考えればいいのでしょうか。この儲けるための仕組みが「ビジネスモデル」です。最近の起業家の多くが、社会問題の解決を動機にビジネスを立ち上げている、という話を前回しました。しかしながら、「儲かる」ビジネスを構築出来ずに、事業を継続できなくなる人が多いのも事実です。日本の教育では、お金儲けをすること自体をタブー視するような傾向もありますが、これは誤りです。儲けの出ないビジネスは継続できません。結果として、そのようなビジネスでは社会問題を解決することはできないのです。「儲かる」ビジネスの仕組みのことを、「ビジネスモデル」と言い、スタートアップが事業計画(ビジネスプラン)のためのビジネスモデルを検討・作成するツールとして、リーン・スタートアップ・キャンバスと呼ばれるフレームワークがあります(図3参照)。

図3の画像です

勘違いしてほしくないのは、リーン・スタートアップ・キャンバスは単なるツールであり、これを使ったからと言ってすべてのスタートアップが「儲かる」ビジネスモデルを作れるわけではありません。ただし、ツールを使うことによりあるべき思考プロセスに沿って進めることができるので、ある程度は失敗する可能性を減らすことができる、といえるでしょう。このキャンバスの使い方については、すでに多くの書籍が出版されていますので、細かい説明は割愛します。注目していただきたいのは、この表の下の段にあるのが「コスト構造」と「収益の流れ」です。

レクチャーを受ける森若氏の画像です

3 損益分岐点を見極める

最低でも、「収入」が「費用」を上回っていないと、ビジネスを継続することはできません。しかしながらスタートアップは、立ち上げ当初は売上が立たずに費用が先行するので、赤字が続くことが多くなります。やがて顧客の増加=収入の増加とともにある点を境に利益が出るようになります。この「ある点」のことを簡単に説明するために知っておかなければならないのがBreak Even Point(損益分岐点)という考え方です。シリコンバレーの起業家は、投資家向けのピッチの時に、いつbreak evenするかを語る方が多いです。それだけ、投資家もいつExitして、リターンが見込めるかを知るのと同じくらい、break evenする時がいつなのかおおよその目安をつけるのが重要だということでしょう。

損益分岐点売上は、固定費を貢献利益で割ることで計算できます。貢献利益とは、商品を一個売ることによって得られる利益のことで、売上高から、材料費などの変動費を差し引いたものです。固定費の大きなビジネスはより多くの収入がないと利益は出ませんし、固定費の小さなビジネスは比較的少ない収入でも採算がとれることになります。先の貸借対照表で説明した「持ち物」を思い浮かべていただけると分かりやすいと思います。ビジネスを始めるには、一定の投資が必要になります。鉄道や発電のようなインフラ産業は巨大な「持ち物」が必要ですし、インターネットビジネスなどは比較的小さな「持ち物」でビジネスができるでしょう。大きな「持ち物」を手に入れるためには多額の資金調達が必要になりますし、より多くの売り上げがないと固定費を回収できません。

図4の画像です

4 財務3表と事業計画、ビジネスモデルの関係

「持ち物」と「資金調達」の関係、貸借対照表の説明にあたる部分が、図2でいうところの「資金計画」の部分です。スタートアップは、立ち上げ当初は赤字が続くことが多いですから、営業活動のキャッシュ・フローはマイナスになり、このマイナス部分を自己資本や銀行からの調達で穴埋めし、営業活動でのキャッシュ・フローがプラスになってきたら、その分を新たなビジネスの投資に回したり、借金の返済に使ったりするのです。この赤字から黒字化のタイミング、必要な資金の調達のタイミングを見誤ると、ビジネスは立ち行かなくなってしまうのです。

5 最後に

どんな組織を経営する上でも、会計は必要です。どのように数ヶ月後、3年後、6年後、10年後に会社を成長させて行くかを考える上で、数字に落とし込んで計画し、戦略を練り、実行して成果を出すことはとても大切なことだと思います。前後編で学んだことが、読者の皆様が会社を経営される際に、お役に立てば嬉しいです。

倉田さん、会社を経営する上で、重要な会計について教えて頂き、愛りがとうございました。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年7月27日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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効果的な「ほめ方」とは?/部下のやる気を引き出す「ほめ方」(3)

書いてあること

  • 主な読者:「ほめる」のが苦手、「ほめ下手」なリーダー(経営者・部下を持つ上司)
  • 課題:叱られた経験がほとんどない若手社員と良好な関係を築きたい
  • 解決策:本連載を通じて「ほめる」ことができるリーダーになる。今回は、ほめることの本質は、「相手ではなく自分が変わることである」ことを知り、その上で効果的な「ほめ方」のポイントを解説

1 「ほめる」。その前に知っていただきたいこと

今回は、いよいよ「ほめる」ポイントについてお伝えしていきます。

「ほめる」とは、価値を発見して伝えること。ほめる達人とは、価値発見の達人でもあるのです。ですから、ほめる達人=「ほめ達」からすると、ほめるべき点がない人はいません。ほめられない=自分がほめるところを見つけられないだけ、ということになります。

その上で、皆さんに「ほめる」ことを実践する際に心しておいていただきたいことがあります。これからお伝えすることが、腹落ちしていないと、ほめ言葉が生臭く伝わります。逆に、このことをしっかり理解しておけば、どのようなほめ方をしても大丈夫です。

それは、

    • 「ほめる」ことを、相手をコントロールすることには使わない

ということです。

皆さんご存知のように、人を変えることはできません。人は自ら気づき、変わることはあっても、人を変えることはできないのです。人には、影響を与えることしかできません。

では、「ほめる」ことによって、どんな良い結果が生まれるのか。それは、「ほめる」ことができると自分自身の心が整いだすのです。自分の心が整って、自分の心に余裕ができる。自分の心に余裕ができることによって、相手との関係性が変わりだすのです。「ほめる」は人の為ならず、回り回って我が身の幸せ。

「ほめる」ことは、自己完結なのです。「ほめる」ことで自分の心が整うことこそが、最大のメリットといえます。

2 効果的なほめ方

『「ほめる」ことを相手のコントロールには使わない』という点は理解していただけたと思います。とはいえ、それでも相手の心に届くほめ方のほうがいいですよね。

では、心に届く「ほめる」基本ポイントとは何なのか。これは「ほめる」と「おだてる」の違いでもあります。次に紹介する4つのポイントを押さえてください。

1.事実が入っている

    • 例:「気持ちのいい挨拶だね!」

相手からすると、確かに自分は挨拶をしているので納得感があります。事実が入っているのが「ほめる」、事実が入っていないのがおべんちゃらです。

2.その事実の貢献を伝える

    • 例:「気持ちのいい挨拶だね!」「なんだか朝から元気をもらえたよ!」

相手からすると、自分の挨拶が相手に貢献できたのだと実感できます。

3.第三者の声を使う

    • 例:「部長も言ってたよ、〇〇さんの挨拶、いいよねって」

これはオプションです。相手からすると、「『部長も』ということは、本当に認められているのだな」と思います。

4.主観でほめ切る

    • 例:相手
      「いやいや、そんなことないですよ。普通の挨拶ですよ」
    • あなた
      「いや、少なくとも私は、〇〇さんの挨拶から元気もらっています。気持ちのいい挨拶だと思いますよ」

これは、もし相手が、ほめ言葉を受け止めようとしない時の最後のとどめです。ですから、主観でほめ切れないことは、言ってはいけない。心にもないことは、言ってはいけないということです。

3 さらに「ほめる」際の注意点

「ほめる」際の注意点として知っておいていただきたいことがあります。これは「ほめられない!」という理由をなくすポイントでもあります。

1.他者と比べない

「ほめる」ことの反対は、誰かと比べること。

優秀な人と比べたり、自分の過去と比べてしまうと、なかなか部下や後輩のことがほめられなくなります。比べるべきは、他人との比較ではなく、過去のその人です。半年前、1年前のその人の能力と比べてほんの少しでも、変化や成長があれば、そこに意識を向けて言葉にして伝えてあげる。誰かと比べ、水平にほめるのではなく、彼・彼女の過去の状態との変化を見つけて、時間軸の垂直で比べほめてあげる。これが大切です。

2.ほめ惜しみをしない

これまで数多くの失敗を重ねてきた。失敗10連発。今回、なぜか結果を出した、その時に「ほめる」、これが大切です。失敗10回に対して、成功が1回、マイナス10に対してプラスが1。差し引き、まだマイナス9だと思ってほめ惜しみをすると、次に「ほめる」チャンスは中々やってこないかもしれません。ほんの小さな結果でも、結果を出した時にほめ惜しみせずに「ほめる!」。これも重要です。

3.たまたまこそ、ほめる!

3つ目は、「ほめ惜しみをしない」と重なる部分もあるのですが、これを知って実践されると、皆さん、その効果に驚かれます。

いつも提出期限ギリギリに書類を提出する部下が、今回は早めに提出した。その時に何と言うかです。

ついつい、「おっ! 珍しいな、明日は雪でも降るんじゃないか」なんて言ってしまいませんか。

たまたま、きちんとしたことができた。たまたま、上手くいった。たまたまかもしれないけれども、結果が出た時に、「珍しいな」と言わずに、「さすが!」あるいは「意識できるようになってきたね!」とほめてあげる。これが大切なのです。たまたまをほめていると、不思議なぐらい、そのたまたまの頻度が上がっていきます。ぜひ、実践してみてください。

4 ほめ達の口癖「ほめ達3S」とは

ほめる達人が使っている口癖があります。これを使うと誰もがほめる達人になってしまうと言う口癖、それは、「ほめ達3S」です。

Sで始まる3つの言葉なのですが、おそらく皆さん、自然と使っている言葉だと思います。

それは、

    • すごい!
    • さすが!
    • 素晴らしい!

これを口にするだけで、ほめる達人になってしまいます。皆さん、すごいです! お忙しい中、時間を作ってこの記事を読まれて、さらにここまで読み進められている、さすが! この記事をご購読されている読者の皆さん、その学びの姿勢が、本当に! 素晴らしいです!

と、私は心の底からそう思って、お伝えしているのですが、例えばこのように使うのです。

さらに相手へのインパクトを大きくするには、ささやくように、独り言のように言うと効果絶大になります。

また「ほめ達3S」ではないのですが、相手にアドバイスをしたい時に、相手が皆さんのアドバイスの続きを聞きたくて仕方がなくなるという言葉があります。子育てでも使える魔法の言葉です。

それは、「惜しい……」です。「惜しい……」と言われた方は、自分はもう8割は完成している。自分は認められている。完成に向けて、あともう少しであり、残り2割に向けてすぐに実践できる効果的なアドバイスが続くという安心感があるのです。本当は、「惜しい!」ではなくて、「残念!」な状態であっても、「惜しい!」で一つずつ直してもらう。人が一度に直せるのは一つずつなのですから。

5 人が大好きな言葉とは

人が大好きな言葉があります。その一つは、自分のものなのに、自分以外の人が最も使うもの。それは何でしょうか? 答えは自分の名前です。「君(きみ)」と呼ばれるより、「〇〇さん」と呼ばれたいものなのです。

ですから、会話の中に相手の名前を織り込みながら話してみてはいかがでしょうか。ちなみに皆さんは、部下の名前、全員、漢字フルネームで書くことができますか。名前の由来などはご存知でしょうか。相手の名前に関心を寄せるということは、相手の存在そのものに関心を寄せるということなのです。少し意識してみてはいかがでしょうか。

さらに、人が大好きな言葉で、普段私たちが無意識に使っている言葉があります。今後、皆さんにはぜひ、意識して使っていただきたい言葉です。これまでの連載でも触れてきましたが、それは、「ありがとう」です。

人は、ただ、ほめられたいのではないのです。自分が誰かの役に立っているということを知りたい! 感謝されたい! そういう気持ちが非常に強いのです。

ですから、単なる「ありがとう」ではなく、〇〇してくれて、ありがとう!と、事実+「ありがとう」。これが最高のほめ言葉です。

そして、「ありがとう」を言う機会を増やすヒントがあります。それは「ありがとう」の反対を考えること。「ありがとう」の反対は、「当たり前」です。

    • 家族がいて、当たり前、自分の世話をしてくれて、当たり前。
    • 仕事はあって、当たり前。
    • お客様はいて、当たり前。
    • 目標数字は達成されて、当たり前。
    • 社員や部下は出社して、当たり前。
    • 自分や家族は健康で、当たり前。

当たり前だと思った瞬間に感謝がなくなってしまうのです。当たり前の中に、価値を見つけ、言葉として届ける、これが「ほめる」ということなのです。人は、当たり前だと考えていたことが当たり前でなくなった時にしか、その価値を見つけられないもの。

今、当たり前だと思っていることに、気づき、言葉を届けてみませんか。

それこそが、究極のほめ言葉です。

以上(2020年4月)

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画像:unsplash

法人税法における繰延資産の概要

書いてあること

  • 主な読者:適正な税務処理を徹底したい経営者・税務担当者
  • 課題:そもそも、税務上繰延資産とは、どういうものなのか分からない経営者は多い
  • 解決策:開業直後の費用や新規開発に要した費用など、税務上繰延資産として取り扱われる費用は決まっており、一定額以下のものは一括損金算入できる

1 繰延資産の範囲

法人税法上の繰延資産の範囲は次の通りです(法人税法施行令第14条)。なお、支出金額が20万円未満であるものについては、支出した事業年度の損金に算入することができます(法人税法施行令第134条)。

1)創立費

発起人に支払う報酬、設立登記のために支出する登録免許税その他法人の設立のために支出する費用で、当該法人の負担に帰すべきものをいいます。

2)開業費

法人の設立後事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用をいいます。

3)開発費

新たな技術もしくは新たな経営組織の採用、資源の開発、または市場の開拓のために特別に支出する費用をいいます。

4)株式交付費

株券等の印刷費、資本金の増加の登記についての登録免許税その他自己の株式(出資を含む)の交付のために支出する費用をいいます。

5)社債等発行費

社債券等の印刷費その他債券(新株予約権を含む)の発行のために支出する費用をいいます。

6)次に掲げる費用で支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもの

  • 自己が便益を受ける公共的施設または共同的施設の設置または改良のために支出する費用
  • 資産を賃借または使用するために支出する権利金、立退料その他の費用
  • 役務の提供を受けるために支出する権利金その他の費用
  • 製品等の広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用
  • その他、自己が便益を受けるために支出する費用

上記繰延資産1)~5)の償却の時期と償却の額については、税法上は法人の任意となっており、全額を一括して償却することもできますし、分割して随時償却することもできます(法人税法施行令第64条第1項第1号)。

繰延資産6)の償却限度額算出式は次の通りです。なお、償却期間については後掲表を参照してください。

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2 繰延資産の例示

1)創立費(定款記載を欠く設立費用)

法人がその設立のために通常必要と認められる費用を支出した場合において、その法人の負担とすべきことがその定款などで定められていないときであっても、創立費に該当します(法人税基本通達8-1-1)。

2)開発費(資源の開発のために特別に支出する費用)

開発費には、新鉱床の探鉱のための地質調査、ボーリングまたは坑道の掘さくなどに要する費用などの資源の開発に直接要した費用のほか、その開発に要する資金に充てるために特別に借り入れた借入金の利子が含まれます(法人税基本通達8-1-2)。

3)自己が便益を受ける公共的施設の設置または改良のために支出する費用

「自己が便益を受ける公共的施設の設置または改良のために支出する費用(公共的施設などの負担金)」とは次に掲げる費用をいいます(法人税基本通達8-1-3)。

  • 法人が自己の必要に基づいて行う道路、堤防、護岸、その他の施設または工作物などの公共的施設の設置または改良のために要する費用、または法人が自己の有する道路その他の施設または工作物を国などに提供した場合における当該施設または工作物の価額に相当する金額
  • 法人が国などの行う公共的施設の設置などにより著しく利益を受ける場合におけるその設置または改良に要する費用の一部の負担金
  • 法人が、鉄道業を営む法人の行う鉄道の建設に当たり支出するその施設に連絡する地下道などの建設に要する費用の一部の負担金

また、「自己が便益を受ける共同的施設の設置または改良のために支出する費用」には、法人がその所属する協会、組合、商店街などの行う共同的施設の建設または改良に要する費用の負担金も含みます。しかし、共同的施設の相当部分が貸室に供されるなど協会などの本来の用以外の用に供されているときは、その部分に係る負担金は、協会などに対する寄附金となります(法人税基本通達8-1-4)。

4)資産を賃借するための権利金等

次のような費用は「資産を賃借するための権利金等」として繰延資産に該当します。

  • 建物を賃借するために支出する権利金、立退料その他の費用
  • 電子計算機その他の機器の賃借に伴って支出する引取運賃、関税、据付費その他の費用

なお、建物の賃借に際して支払った仲介手数料の額は、その支払った日の属する事業年度の損金の額に算入することができます(法人税基本通達8-1-5)。

5)役務の提供を受けるための権利金等(ノウハウの頭金等)

ノウハウの設定契約に際して支出する一時金または頭金の費用は、「役務の提供を受けるための権利金等」として繰延資産に該当します。ただし、ノウハウの設定契約において、頭金の全部または一部を使用料に充当する旨の定めがある場合または頭金の支払いにより一定期間は使用料を支払わない旨の定めがある場合には、当該頭金の額のうちその使用料に充当される部分の金額またはその支払わないこととなる使用料の額に相当する部分の金額は、これを繰延資産としないで前払費用として処理することができます。

なお、前払費用として処理した頭金の額についてその使用料に充当すべき期間または使用料を支払わない期間を経過してなお残額があるときは、その残額は当該期間を経過した日の属する事業年度の損金の額に算入することができます(法人税基本通達8-1-6)。

6)製品などの広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用

「製品などの広告宣伝の用に供する資産を贈与したことにより生ずる費用」とは、法人がその特約店等に対し自己の製品等の広告宣伝等のため、広告宣伝用の看板、ネオンサイン、どん帳、陳列棚、自動車のような資産(展示用モデルハウスのように見本としての性格を併せ有するものを含みます)を贈与した場合、または著しく低い対価で譲渡した場合における当該資産の取得価額または当該資産の取得価額からその譲渡価額を控除した金額に相当する費用です(法人税基本通達8-1-8)。

7)その他自己が便益を受けるための費用

1.スキー場のゲレンデ整備費用

積雪地帯におけるスキー場(その土地が主として他の者の所有に係るものに限ります)においてリフト、ロープウェイなどの索道事業を営む法人が当該スキー場に係る土地をゲレンデとして整備するために立木の除去、地ならし、沢の埋立て、芝付け等の工事を行った場合には、その工事に要した費用の額は、「その他、自己が便益を受けるために支出する費用」として繰延資産に該当します。

当該スキー場において旅館、食堂、土産物店などを経営する法人が当該費用の額の全部または一部を負担した場合のその負担した額についても、同様とします。

ただし、既存のゲレンデについて支出する次のような費用の額は、その支出をした日の属する事業年度の損金の額に算入することができます。

  • イ.おおむねシーズンごとに行う傾斜角度の変更その他これに類する工事費用
  • ロ.崩落地の修復、補強などの工事費用
  • ハ.シーズンごとに行うブッシュの除去、芝の補植その他これらに類する作業費用

なお、自己の土地をスキー場として整備するための土工工事(他の者の所有に係る土地を有料のスキー場として整備するための土工工事を含む)に要する費用の額は、構築物の取得価額に算入します(法人税基本通達8-1-9)。

2.出版権の設定の対価

著作権法第79条第1項に規定する出版権の設定の対価として支出した金額は、「その他、自己が便益を受けるために支出する費用」として繰延資産に該当します。

なお、漫画の主人公を商品のマークなどとして使用するなど他人の著作物を利用することについて著作権者の許諾を得るために支出する一時金の費用は、出版権の設定の対価に準じて取り扱います(法人税基本通達8-1-10)。

3.同業者団体などの加入金

法人が同業者団体など(社交団体を除く)に対して支出した加入金は、「その他、自己が便益を受けるために支出する費用」として繰延資産に該当します。

なお、構成員としての地位を他に譲渡することができることとなっている場合における加入金および出資の性質を有する加入金については、その地位を他に譲渡し、または当該同業者団体等を脱退するまで損金の額に算入しないものとします(法人税基本通達8-1-11)。

4.職業運動選手などの契約金

法人が職業運動選手などとの専属契約をするために支出する契約金は、「その他、自己が便益を受けるために支出する費用」として繰延資産に該当します。

なお、セールスマン、ホステスなどの引抜料、仕度金などの額は、その支出をした日の属する事業年度の損金の額に算入することができます(法人税基本通達8-1-12)。

5.簡易な施設の負担金の損金算入

国、地方公共団体、商店街等の行う街路の簡易舗装、街灯、がんぎなどの簡易な施設で主として一般公衆の便益に供されるもののために充てられる負担金は、これを繰延資産としないでその負担金を支出する日の属する事業年度の損金の額に算入することができます(法人税基本通達8-1-13)。

3 繰延資産の種類と償却期間

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以上(2019年4月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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