国が推進する環境配慮の債券「グリーンボンド」

書いてあること

  • 主な読者:リーンボンドについて知りたい経営者
  • 課題:発行するメリットやモデルケースを詳しく知りたい
  • 解決策:グリーンボンド発行により、グリーンプロジェクト推進に積極的であることをアピールできるといったメリットがある

1 グリーンボンドとは

近年、地球温暖化による異常気象などが問題視される中で、環境問題への意識がますます高まっています。2016年11月に発効したパリ協定(日本では2016年12月に効力発生)では、世界共通の長期目標として、産業革命前からの世界全体の平均気温上昇を2度未満に抑える(1.5度に抑える努力をする)ことなどが掲げられました。

この長期目標を達成するためには、環境問題の解決に貢献する事業(以下「グリーンプロジェクト」)に民間資金を大量に導入していくことが不可欠です。そこで、グリーンプロジェクトの資金調達に限定して発行される債券「グリーンボンド(環境債)」が国際的に注目を集めるようになりました。

グリーンボンドの発行とそれに対する投資は、EUや米国、ここ数年では中国などのアジア地域を中心に活発化しています。しかし、日本では低金利が長期化していることなどから、通常の債券よりも発行に手間の掛かるグリーンボンドの発行額は少なく、市場としては発展途上です。

そこで、日本は2017年3月に「グリーンボンドガイドライン2017年版」を策定するなどして、国内でのグリーンボンドの普及を推進しています。今後、日本でもグリーンボンド市場が発展していく可能性があります。

2 グリーンボンド市場の動向

1)世界のグリーンボンド市場

世界のグリーンボンド年間発行額の推移は次の通りです。

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2014年1月に、国際的なガイドラインである「グリーンボンド原則(以下「GBP」)」が策定されたことなどで、発行額が急増しました。2017年の発行額は1608億ドルとなっています。

GBPが策定されるまでは、世界銀行などの国際開発金融機関が発行額の多くを占めていました。しかし、GBPによって、それまで不明瞭だった調達資金の管理、情報開示、投資家への報告などが自主的ルールとして定められたことで、民間金融機関や民間企業、地方自治体などによる発行が増加しました。

国別の発行額では、2017年時点で米国が424億ドルと最も多く、次いで中国が371億ドルとなっています。中国は、2015年に国内向けのグリーンボンド発行ガイドラインが策定されたことなどで、発行額が急増しました。

2)世界と日本における発行事例

世界のグリーンボンド発行事例(民間企業)は次の通りです。

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グリーンボンドが発行される具体的なグリーンプロジェクトの事例としては、再生可能エネルギー、省エネ性能の高い建築物(グリーンビルディング)の新築、電気自動車や水素自動車などの低公害車の購入支援などが見られます。米国や中国などでは、こうした事業に数千億円規模の大型投資を行っています。

日本のグリーンボンド発行事例は次の通りです。

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日本においては、主にメガバンクなどがグリーンボンドを発行しています。現状、その多くは途上国の環境対策への投資に使いやすいドルやユーロなど外貨建てです。

しかし最近では、野村総合研究所がガス発電時の廃熱を空調に活用するなど環境性能の高いビル(横浜野村ビル)の一部を取得するために、2016年9月、日本の事業会社としては初めて円建てでグリーンボンドを発行しました。それ以降、円建ての発行事例も増えています。

グリーンボンド発行促進プラットフォームによると、国内企業の発行実績は、2016年が約748億円(4件)だったのに対し、2017年は約2176億円(10件)に増加しています。また、2018年は、6月時点ですでに約1400億円(6件)となり、前年を上回るペースとなっています。

2017年3月に策定された「グリーンボンドガイドライン2017年版」(以下「ガイドライン」)では、一般的に定義されているグリーンボンドのメリットや発行フローなどがまとめられています。

3 ガイドラインから見るグリーンボンド

1)グリーンボンドのメリット

グリーンボンドの発行体の主なメリットは次の通りです。

  • グリーンボンドは調達資金の使途がグリーンプロジェクトに限定される。グリーンボンド発行によりグリーンプロジェクト推進に積極的であることをアピールでき、それを通じて社会的支持の獲得につながる可能性がある
  • グリーンボンド発行により、グリーン投資家等と新たな関係を構築し、資金調達基盤の強化につながる可能性がある。

2)発行フロー

グリーンボンドと他の債券との最大の違いは、調達資金の使用使途をグリーンプロジェクトに限定していることです。投資家は、拠出した資金がグリーンプロジェクトに充当され、環境改善効果がもたらされることを期待して投資します。

そのため、グリーンボンドの発行体は、通常の社債や地方債、証券化商品などの発行手続きに加えて、投資家に対して調達資金の管理方法や環境改善効果を説明するなどする必要があります。

グリーンボンド発行のフローは次の通りです。

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3)グリーンボンドによる調達資金の追跡管理

発行体は、グリーンボンドにより調達された資金が確実にグリーンプロジェクトに充当されるよう、調達資金の全額について追跡管理を行います。

追跡管理の方法としては、社内システムや電子ファイルで調達資金の全額とグリーンプロジェクトへの充当資金の累計額を管理し、定期的に両者を調整して、後者が前者を上回るようにすることなどが挙げられます。

4)環境改善効果の算定、レポーティング

発行体は、グリーンプロジェクトの進捗状況を含む概要、グリーンプロジェクトに充当した資金の額、グリーンプロジェクトがもたらすことが期待される環境改善効果などに関する最新の情報を、発行後に一般に開示する必要があります。

開示方法としては、発行体のウェブサイトなどに情報を掲載することなどが挙げられます。

5)外部機関によるレビューの取得

発行体は、グリーンボンド発行に際し、客観的評価が必要と判断する場合は、外部機関によるレビューを受けることが望ましいでしょう。

発行前のレビューとしては、グリーンプロジェクトの評価基準の評価や、期待される環境改善効果の適切性の評価などが挙げられます。

発行後のレビューとしては、グリーンボンドにより調達された資金管理の評価や、グリーンプロジェクトへの調達資金の充当が発行前に発行体が定めた方法で適切に行われていたかの評価などが挙げられます。

6)想定モデルケース

ガイドラインでは、実際にグリーンボンド発行モデルケースを想定し、例示しています。民間企業が発行体となる想定モデルケースは、次の通りです。

  • 風力発電・太陽光発電事業を行うSPC(特別目的会社)が、事業資金を調達するケース
  • 廃棄物処理業を営む事業会社が、自社工場内に廃棄物からのレアメタル回収を行う施設を新設するとともに、当該施設に有害化学物質を含む排水の高度な処理設備を付するための資金を調達するケース
  • 製造業を営む事業会社が、自社工場の省エネ性能を高めるための改修資金や、本社オフィスを省エネ性能の高いビルに建て替える資金を調達するケース
  • 自動車メーカーのグループ企業である金融会社が、電気自動車、水素自動車等の低公害車の購入者向けの融資に係る融資債権を信託スキームを活用して証券化し、資金を調達するケース

4 日本におけるグリーンボンド市場の可能性

1)中小企業や中小規模自治体による活用の可能性

ガイドラインによって、日本国内においてもグリーンボンドの考え方が整理されました。とはいえ、中小企業が容易にグリーンボンドを発行できるほど、市場は成熟していません。

そこで、国としては、まずは大企業や大規模自治体からグリーンボンドを市場に浸透させ、認知度を上げていきながら、中小企業や中小規模自治体へと活用の可能性を広げていくことを考えています。

例えば、東京都は、2017年10月に機関投資家向けに円建てで総額100億円、12月には個人向けにオーストラリア・ドル建てで約92億円(1.17億オーストラリア・ドル)の「東京グリーンボンド」をそれぞれ発行しています。

将来的には、地方自治体や地域の事業者が、地域におけるグリーンプロジェクトのためにグリーンボンドを発行し、地域の資金が地域で循環する流れや、雇用の創出、観光事業の発展などを生み出すことが期待されています。

2)ESG投資対象としてのグリーンボンド

近年、日本を含めた国際的な潮流としてESG投資が拡大しています。ESG投資とは、財務情報だけでなく、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)などの非財務情報も考慮する投資手法であり、その対象としてグリーンボンドが注目を集めています。

日本の投資家も、グリーンボンド市場の主要な買い手です。例えば、日本の大手生命保険会社の中には、グリーンボンドに数百億円規模で投資を行い、今後は、グリーンボンドを含めたESG債券投資を数千億円規模に拡大させる方針を示しているところもあります。

日本は、EUや中国と同様にパリ協定を批准しており、2030年に温室効果ガス排出量を2013年比で26%削減するという目標を掲げています。今後、日本国内において、こうした目標に向けた対策が本格化していくことにより、グリーンボンドへの投資がさらに活発化する可能性があります。

以上(2018年10月)

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画像:pexels

法人税に関する税務対策

書いてあること

  • 主な読者:税務対策を適切に行いたい中小企業の経営者
  • 課題:事業年度が終わり、申告書の作成時期に税金のことを心配しても、とれる税務対策はない
  • 解決策:「事業年度当初」「事業年度の中途」「事業年度末」それぞれの時期に適した税務対策を解説する

1 税務対策と経営計画

会社の経営は経営計画を策定し、それを着実に実行していかなければなりません。その際、経営と切り離せない税金については、経営計画の段階で納税額を試算し、納税資金の準備と税務対策を講じる必要があります。経営計画を実行する過程で月次や四半期ごとに年間利益を推計し納税額を試算し、それに対応した対策を検討します。

事業年度が終了し、申告段階になって税金の心配をしても、既に手遅れです。こうしたことのないように、定期的に税理士などの専門家のアドバイスを受けるようにしましょう。

なお、企業にかかる税金で、とっさにできる対策はありません。基本的には、払い過ぎを防止したり、課税の繰り延べを図ることが中心となります。

2 税務対策のポイント

1)費用および損失の発生

損金に算入できる給与の増額、福利厚生の充実、設備投資、不良資産の処分など。

2)損金算入可能な経理処理の適用

貸倒引当金の計上、棚卸資産の評価損の計上など。

3)費用および損失の前倒し計上

短期前払費用の費用計上、少額減価償却資産の費用化、特別償却など。

4)課税の繰り延べ処理の活用

圧縮記帳など。

5)特例制度の活用

設備投資などの税額控除など。

税務対策は、そのときだけの税額が少なくなればよいというだけではなく、中長期的な観点で判断し、タイミングや組み合わせを考えて行う必要があります。また、各種の税務対策を実行するに当たっては、税理士などの専門家に相談して実行する必要があります。

3 事業年度当初から行う税務対策

1)役員報酬の改定

事業年度初めに引き続き業績好調が見込まれる場合は、役員報酬の改定を行います。その額は業績などから検討します。なお、事業年度開始からの3カ月以内に改定しなければなりません。留意点は次の通りです。

  • 役員報酬の総額については定款に定めのない場合は株主総会(株式会社以外は、社員総会)の決議事項であり、各役員の報酬額は取締役会および監査役会の決議事項であるため、必ず株主総会・取締役会および監査役会を開催し、その承認を受け議事録を作成します。なお、取締役会非設置会社においては株主総会で全てを決議します。
  • 職務の内容、収益状況および使用人に対する給与の状況、同業同規模の他社の支給状況などと照らして、その役員の職務に対する対価として不当に高額でないかを確認します。

2)事前確定届出給与の届出

事前確定届出給与とは、その役員の職務につき所定の時期に確定額を支給する給与で、次に定める届出期限までに納税地の所轄税務署長に、事前確定届出給与に関する定めの内容の届出をします。

原則として次の1または2のうち、いずれか早い日が届出期限です。

  • 株主総会等の決議により、その定めをした場合におけるその決議をした日から1カ月を経過する日
  • その事業年度開始の日から4カ月を経過する日

3)中小企業倒産防止共済制度への加入

中小企業基盤整備機構の「(中小企業倒産防止共済制度)経営セーフティ共済」に基づき納付する掛け金は、全額損金算入することができます。

中小企業倒産防止共済制度とは、取引先の倒産の影響を受けて中小企業者が倒産する事態(連鎖倒産)、または倒産に至らないまでも、著しい経営難に陥る事態の発生を防止するため、中小企業者の拠出による共済制度で、中小企業の経営の安定に寄与することを目的としています。

中小企業倒産防止共済制度の諸条件は次の通りです。

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4)中小企業退職金共済制度(中退共)への加入

勤労者退職金共済機構の中小企業退職金共済制度へ納付する掛け金は、全額損金の額に算入されます。

中小企業退職金共済制度は事業主が機構と退職金共済契約を結び、毎月の掛け金を最寄りの金融機関に納付し、従業員が退職したときその従業員に機構から退職金が直接支払われる制度です。単独では退職金制度を持つことが困難な中小企業に、事業主の相互共済と国の援助によって退職金制度を設け、これによって中小企業の従業員の福祉の増進と雇用の安定を図ることを目的としています。

中小企業退職金共済制度の諸条件は次の通りです。

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5)役員退職金の支払い

高齢の役員などがいれば、退職を検討します。留意点は次の通りです。なお、役員退職金の算式の例としては「最終月額報酬×役員在任年数×功績倍率(規定に準ずる)」といったケースなどが見られます。

  • 役員退職金は原則として株主総会で決議された日の属する事業年度で損金経理をします。
  • 同業同規模の他社と比較して不当に高額でないようにします。
  • その役員の業務従事期間や退職の事情に照らして不当に高額でないようにします。

また、実際に退職しない場合の分掌変更による退職金も検討できます。

4 事業年度の中途で行う税務対策(修繕・修理の実施)

1)資本的支出の範囲

古くなった建物、機械、車両などの修繕・修理を行います。なお、資本的支出に該当するか否かという点には注意が必要です。

税務上の資本的支出に該当するものとして、次のような例が明らかにされています。

  • 【法人税法基本通達7-8-1】
    法人がその有する固定資産の修理、改良等のために支出した金額のうち当該固定資産の価値を高め、又はその耐久性を増すことになると認められる部分に対応する金額が資本的支出となるのであるから、例えば次に掲げるような金額は、原則として資本的支出に該当する。
  • 建物の避難階段の取付等物理的に付加した部分に係る費用の額
  • 用途変更のための模様替え等改造又は改装に直接要した費用の額
  • 機械の部分品を特に品質又は性能の高いものに取替えた場合のその取替えに要した費用の額のうち通常の取替えの場合にその取替えに要すると認められる費用の額を超える部分の金額

(注)建物の増築、構築物の拡張、延長等は建物等の取得に当たる。

この通達は、資本的支出の基本的な考え方を明らかにしているもので、リフォームなどが、「建物の価値を高めているか否か」「建物の耐久性を増加させるかどうか」で、資本的支出または修繕費に該当するかどうかを示しています。

2)資本的支出と修繕費の区分の特例

実務上、資本的支出と修繕費の区分は大変困難な問題です。そこで、税務上において、その区分の特例として次の取り扱いが認められています。なお、この方法は、法人が継続的に一種の簡便法を適用することを認めたものですが、あらかじめ文書により所轄の税務署長に届け出る必要はありません。

  • 【法人税法基本通達7-8-5】
    一つの修理、改良等のために要した費用の額のうちに資本的支出であるか修繕費であるかが明らかでない金額(法人税法基本通達7-8-3「少額又は周期の短い費用の損金算入」、法人税法基本通達7-8-4「形式基準による修繕費の判定」の適用を受けるものを除く)がある場合において、法人が、継続してその金額の30%相当額とその修理、改良等をした固定資産の前期末における取得価額の10%相当額とのいずれか少ない金額を修繕費とし、残額を資本的支出とする経理をしているときは、この経理を認める。

3)災害等の場合の資本的支出と修繕費の区分の特例

災害等の場合においては、特別な手当てが必要ですが、これについて税務上次の特例を認めています。

  • 【法人税法基本通達7-8-6(3)】
    被災資産について支出した費用の額のうちに資本的支出であるか修繕費であるかが明らかでないものがある場合において、法人が、その金額の30%相当額を修繕費とし、残額を資本的支出とする経理をしているときは、この経理を認める。

この取り扱いは、資本的支出と修繕費の区分について特例を認めたものですが、災害等の場合には、被災した建物などへの支出額に関して、資本的支出であるか修繕費であるかの区分が困難な場合が多いことから、この特例が設けられ、処理の簡便化を図っています。

なお、災害等の場合における修繕については、災害損失特別勘定など、別途、一定の経理処理が認められています。そのため、災害時の修繕費の取り扱いについては注意が必要です。

4)耐用年数を経過した建物について行った修理、改良など

耐用年数を経過した減価償却資産につき、修理、改良などを行った場合の税務上の取り扱いは次の通りです。

  • 【法人税法基本通達7-8-9】
    耐用年数を経過した減価償却資産について修理、改良等をした場合であっても、その修理、改良等のために支出した費用の額に係る資本的支出と修繕費の区分については、一般の例によりその判定を行うことに留意する。

5)他人の建物に対する造作など

他人から賃借している建物に対して造作などを行った場合においては、原則として、資本的支出に該当し、その内部造作を1つの資産として合理的に見積もった耐用年数により償却します。

ただし、当該建物について賃貸期間の定めがあるもの(賃借期間の更新のできないものに限る)で、かつ、有益費の請求または買取請求ができないものについては、当該賃借期間を耐用年数として償却することができます(耐用年数の適用等に関する取扱通達1-1-3)。

5 事業年度末に行う税務対策

1)ボーナスの支給

業績が好調な会社の場合、社員の功績に応じて決算賞与を支給します。留意点は次の通りです。また、未払経理により賞与を決算に計上して経費とします(一定の要件あり(注))。

  • 社員に対する賞与であれば、年度末までに支給額が確定していれば問題になりませんが、役員に対するものは損金になりません。
  • 使用人兼務役員に支給する場合は、他の使用人等と同時期に支給し、かつ損金経理した使用人分相当額のみが損金となり、それを超える部分は損金となりません。

(注)一定の要件とは、「支給額を各人別に同時期に支給を受けるすべての使用人に対し、期末日までに通知し、その通知をした日の属する事業年度において損金経理をした上で、翌期首から1カ月以内に通知通り支給すること」です。

2)未払費用の検討

社会保険料、電話料、電気料、給与のうち、締め日から期末日までの期間分(役員報酬は不可)等の未払費用の計上漏れがないかチェックします。留意点は次の通りです。

  • 事業年度末までに債務が成立していること。
  • 債務に基づいた具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
  • その支払うべき金額が明らかであること。

3)その他の税務対策

その他の税務対策として検討できるものとしては次のようなものがあります。

  • 生命保倹(経営者保険)の加入(注)。
  • 固定資産の売却・除却。
  • 消耗品の購入(貯蔵品として資産計上するものを除く)。
  • 不良債権の処理(損失処理・引当金計上など)。

(注)支払額全額が損金計上できるとは限りません。また、固定資産を売却した時は、利益が生じる場合があるので注意が必要です。

6 決算時に行う税務対策

1)棚卸資産の評価損計上

法人税法上、資産の評価損の計上は原則認められていません(法人税法第33条第1項)。しかし、棚卸資産については次のような場合および法的整理に限り評価損の計上が認められています(法人税法施行令第68条第1項第1号)。

  • 当該資産が災害により著しく損傷したこと。
  • 当該資産が著しく陳腐化したこと。
  • 上記に準ずる特別の事実。

例えば、身近で分かりやすい例を挙げると、売れ残りの季節商品で通常の価額では今後販売できないことが明らかであるものや、新製品が発表されたことで流行遅れになるため、今後通常の方法で販売できなくなった場合も当てはまります。

つまりは、いろいろな要因はあるものの、著しく価値が減少して、今後その価格が回復しない状態や、通常の価額で販売できないということが明らかであれば、評価損として計上できるのです。ただし、単に時価や物価変動があった場合や、過剰生産によって価額が低下した場合には、計上することができません。

最後に、評価損を計上する場合、「著しく価値が減少して、通常の方法で販売できなかった」旨を、税務署から問われても大丈夫なように証拠資料をそろえておくことです。例えば、バーゲンセールの広告などを保管しておくとよいでしょう。

2)特別償却や税額控除の検討

経営改善設備を取得した場合の特別償却または税額控除、特定経営力向上設備等を取得した場合の即時償却または税額控除、雇用者給与等支給額が増額した場合の特別控除などの制度があります。これらの制度の適用を受けることができるかどうかについては、顧問税理士など専門家に確認するとよいでしょう。

以上(2020年1月)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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対象税金の拡大で注目される「クレジットカード納付」

書いてあること

  • 主な読者:税金納付を金融機関の窓口で行っている企業の経理担当者
  • 課題:税金納付の時間を短縮したい
  • 解決策:以前はクレジットカードで納付できる税金の科目がすくなかったが、現在は拡大され、多くの税金が対象になっている

1 クレジットカード納付の対象税金

2017年1月より、「国税」をクレジットカードで納付できるようになりました。それ以前は、国税の納付については、現金納付、振替納税、ダイレクト納付、インターネットバンキングなどを利用した電子納税、延納・物納(相続税・贈与税)の方法(詳細は後述)のみでした。

また、一部の地方自治体(東京都など)ではすでに住民税・事業税・固定資産税・都市計画税、自動車税などの地方税についてクレジットカード納付は認められていましたが、所得税などの国税は適用対象外でした。

なお、クレジットカード納付の適用対象である税金は次の通りです。

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2 国税のクレジットカード納付の概要

1)制度の概要

国税のクレジットカード納付は、インターネット上のクレジットカード支払いの機能を利用して、国が指定する納付受託者(クレジットカード会社)へ、納付の立て替え払いを委託する手続きをいいます。

クレジットカードにより国税の納付ができる金額は、1000万円未満かつ、クレジットカードの決済可能額以下(決済手数料を含む)です。ただし、これはクレジットカード納付手続き1度ごとの利用可能額となるため、納付税額が1000万円以上となる場合、決済可能額以下であれば、納付手続きを複数回行うことで、クレジットカード納付の利用が可能となります。

また、利用できるクレジットカードは、Visa、Mastercard、JCB、American Express、Diners Club、TS CUBIC CARDのマークが付いているものに限定されています。

なお、納付税額に応じた決済手数料が別途必要になります。決済手数料は、最初の1万円までは76円(税抜)、以後1万円を超えるごとに76円(税抜)が加算されます。

2)利用方法

国税のクレジットカード納付は、専用サイト「国税クレジットカードお支払サイト」を通じて、インターネット上で決済手続きを行います。そのため、銀行の窓口やコンビニエンスストアのレジでのクレジットカードによる納付はできません。

クレジットカード納付の手順は次の通りです。

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納付手続きが完了すると、その手続きの取り消しや変更はできません。もし、誤って納付手続きをした場合には、後日税務署に対して還付等の手続きを行うことになります。なお、決済手数料は国の収入になるものではないため、還付等の対象にはなりません。

■国税クレジットカードお支払サイト■
https://kokuzei.noufu.jp/jpn/

3 クレジットカード納付のメリット

1)利便性の向上

クレジットカード納付は、休日を問わず24時間いつでも利用可能です。また、インターネットに接続可能なパソコンやスマートフォンなどを使って、どこからでも納付することができます。

なお、e-Taxからアクセスする場合は、e-Taxの利用時間に限ります。

2)資金繰りへの好影響

支払い回数を一括払い・分割払い(3回、5回、6回、10回、12回)、またはリボ払いのうちから選ぶことができます(カードの種類によっては、分割払いやリボ払いが利用できない場合があります)。そのため、納税に係る現金支出を先延ばしにすることができ、資金繰りの面で良い影響を与えることになります。

3)附帯税の課税リスクの回避

法定納期限内に納付手続きが完了していれば、その完了した日をもって延滞税や利子税が計算されます。そのため、分割払いなどにより引き落とし日が法定納期限よりも後になった場合でも、延滞税は発生しません。

たとえ手元に納税資金が不足している場合でも、延滞税などの附帯税の課税リスクを回避することができます。

4)ポイント還元による納税負担の軽減

カードの種類によってはポイントが付与されるものもあり、納税負担を軽減することができます。ただし、クレジットカード納付には決済手数料の支払いが必要です。ポイント還元率とクレジットカード納付に係る決済手数料の割合を比較し、ポイント還元率が決済手数料の割合を上回る場合に限り、納税負担の軽減が見込めます。

例えば、990万円の納税を、ポイント還元率1%のクレジットカードで行った場合の納税負担の軽減額は次の通りとなります(この場合の決済手数料は8万1259円(税込)となり、決済手数料の割合は約0.82%となります)。なお、カード会社ごとにポイントの還元率や算式が異なるので、実際に行う場合は、自社のカード会社に問い合わせるなどして確認するようにしましょう。

  • ポイント還元率=9万9000円(990万円×1%)
  • 決済手数料=8万1259円(詳細は後述)
  • 納税負担の軽減額=1万7741円(9万9000円-8万1259円)

4 クレジットカード納付のデメリット

1)決済手数料の負担

クレジットカード納付では、納付税額に応じた決済手数料が発生します。例えば、500万円の納付税額の場合の決済手数料は、4万1040円(税込)となります。「国税クレジットカードお支払サイト」では、990万円までの納付税額につき、決済手数料を試算することができます。

2)納付の都度、手続きが必要

クレジットカード納付は継続的な手続きではないため、その都度納付手続きを行う必要があります。この点については、振替納税のように継続して自動振替ができる納付方法に比べて、手間が掛かります。

3)納税の猶予の不適用

クレジットカード納付をした場合には、納税の猶予(一定の要件を満たした場合、1年以内の期間に限り納税の猶予が認められる制度)などの適用を受けることはできません。

5 (参考)その他の国税の納付手続きの概要

クレジットカード納付以外の国税の納付手続きの概要は次の通りです。

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以上(2019年10月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 山口善明)

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社長と外出。何に気を配り、何を学ぶか。

書いてあること

  • 主な読者:出張や会食など、社長と一緒に行動することになった社員
  • 課題:ガチガチに緊張するし、どうすれば失敗しないか不安。せっかくの一緒の機会にうまくコミュニケーションも取れない
  • 解決策:とにかく準備をしっかりと。社長を大切なお客様と思って「相手のことを考える」ことを忘れずに。そして、社長の一言、一挙手一投足から学びましょう

1 社長と一緒に行動。そのときあなたはどうする?

社長と一緒に行動するのは、とても緊張するものです。忙しい社長に迷惑をかけたくない。失敗のないようにしたい。そんな気持ちが働くかもしれません。しかし、考えてみてください。普段と違って社長から直接学ぶチャンスでもあるのです。

本稿では、社長と一緒に行動するときに気をつけたいことに加え、どのようなことが学べるかもまとめてみました。現在は新型コロナウイルス感染症の影響で、社長と一緒に行動できる機会はないかもしれませんが、いつか来るその日のために、参考になれば幸いです。

2 「移動」はとにかく時間が大事

1)移動ルートを確認する

社長と一緒に移動するときは、電車などの公共交通機関やタクシーを使いますが、いずれの場合も目的地までの移動ルートと、それぞれの所要時間は確実に頭に入れておきましょう。

社長は移動中も仕事をするなど、時間を無駄にしません。また、時間の長さによってやることを決めるので、所要時間は特に大切です。事前に移動ルートと所要時間を伝えるのはもちろん、移動直前にも「今から〇分間乗車します」と伝えましょう。

タクシーを使うときには、早くタクシーをつかまえて、待ち時間を短くします。事前に手配しておくのが望ましいのですが、難しい場合は、タクシー乗り場など早くタクシーをつかまえられる場所を把握しておきます。

2)できるだけ下見する

可能な範囲で、事前に同じ移動ルートを下見・体験しておきましょう。駅の構造やタクシー乗り場の場所などを確認します。遠方であっても、「Google ストリートビュー」で道順を確認できます。

また、健康のために歩くことを好む社長もいます。当日、歩いて移動できる時間の余裕があれば、その旨を社長に伝えてもよいでしょう。もちろん、社長が徒歩を選択した場合に備えて、事前に徒歩ルートも確認しておきます。

3)新幹線の席はどこが良い?

新幹線で移動する場合、社長の席は、人の出入りが少なく、駅に到着したらすぐに降りやすい位置が望ましいでしょう。例えば、お手洗いに近い車両の、前から3列目くらいの窓側などが良いかもしれません。

また、新幹線は、上りと下りの列車がすれ違うとき、車両が大きく振動し、騒音が発生することがあります。それを避けるため、対向列車とすれ違う側とは反対側の窓際の席を取るなど、そこまで気を使うこともあるようです。

ただし、「パソコンを使うため、コンセントがある席が良い」「ゆったりした席で集中して仕事がしたいのでグリーン車が良い」といったように、社長によって好みの席があることがあります。こうした点は、上司や秘書などに事前に確認しておきましょう。

3 「食事」は心地よい雰囲気が大事

1)食事のときも重要なのは時間

社員がホストになり、少し改まった場(店)で社長と会食するときを想定して考えてみます。まずは社長の好みを確認することが大切です。好き嫌いや、「肉か魚か」「和食か洋食か」といった希望や、アレルギーも必ず確認します。

また、会食前後の予定も確認し、その上で、来店のしやすさ、次の予定先への移動のしやすさなども考慮して店を選びます。次の予定がある場合は、「次の予定に間に合うには、店を何時に出ればよいか」ということも確認しておきます。

社長に次の予定がある場合、当日は、店を出る時間を忘れないようにしておかなければなりません。時間が迫ってきたら「あと10分で時間です」などと、社長に伝えるようにしましょう。

2)店側とタッグを組むことも必要

店を選ぶときは、「実際に行ったら、全然違った」ということもあるので、必ず自分で下見をしてから決めましょう。料理の味を確認するのはもちろん、店の雰囲気、利用できる席(個室かどうかなど)、接客のレベルなどもチェックします。

店を決めたら、事前に店側に事情を話し、社長と食事をする当日に協力してもらえるようにしておくことも必要です。その場合、「気持ちのよい接客をしてくれた」「サービスが行き届いている」と思える店員に事情を話しておくことがポイントです。

その店員には、社長が店に入る時間と出る時間、社長の好みの他、会食の趣旨や大まかな流れを伝えておきましょう。例えば、「お祝いの席なので、乾杯前に社長が5分くらい話をする。話が終わる頃を見計らって料理を運んでほしい」といった具合です。

3)複数人で会食する場合はどこに座る?

食事をするときは、座る場所にも気を配りましょう。上座・下座の他、眺めが一番良い席、空調が一番心地よい席はどこなのか。あるいは、店員を呼んで話をしやすい席(ホストの自分が座る席)はどこがよいかを事前に確認しておくことが大切です。

社長も交えて複数人での会食であれば、一番出入りしやすい末席で、すぐに動けるようにしておきましょう。そうした席だと、店員と話をしやすく、注文などで大きな声を出さずに済むので、場の雰囲気を壊すこともありません。

なお、ホストとはいえ、段取りばかりに気を取られてはいけません。出席者の顔ぶれや会食の趣旨などにもよりますが、社長との会話を楽しんだり、社長の話を聞いたりして、社長と一緒の時間を楽しむようにしましょう。

4 「会話」は話して聞くのが大事

1)“現場感”のある話

社長は、社員のことをもっと知りたいと思っています。特に日ごろなかなか接する機会のない社員と一緒に行動できるときにこそ、いろいろな話をしたいと考えているものです。

そこで、社長と一緒に行動するときは、できるだけ現場感のある話を心掛けてみましょう。この機会に、日ごろ温めている企画があれば、「こんなことがしたいです!」と社長に直接ぶつけてみるのも一策です。

良い話ばかりでなくてもかまいません。例えば、今、職場で困っていることを話したり、思い切って、自分自身の仕事上の悩みを話したりしてみるのもよいでしょう。社長は、真剣に相談に乗ってくれるはずです。

2)パーソナルな引き出しを準備

社長が知りたいのは仕事の話だけではありません。社員はどのような趣味を持っているか、家族とはうまくいっているか、心身の健康状態は問題ないか。社長は、できるだけ社員のことを知りたいものです。

そこで、趣味や家族、出身地、学生時代の部活、最近読んだ本など、少し仕事から離れた話題で、自分のことを話せる引き出しを準備しておくとよいでしょう。格好つけて話をつくる必要はありません。ありのままの自分を話すことが大切です。

ただし、社長も交えて複数人で会食しているときは、自分ばかりでなく他の人にも話を振ることを忘れてはなりません。「△△さんはこの間、大きな魚を釣ったと言っていましたよね」など、他の人の趣味に関する話題を振るのもよいでしょう。

3)やっぱり聞きたい社長の話

自分が話すばかりではなく、社長に、少し仕事から離れた話を聞いてみるのも勉強になります。事前に、社長の趣味や愛読書、好きな偉人(歴史上の人物)などを調べておき、そのことを質問していろいろと教えてもらってもよいでしょう。

社長は、さまざまなことを知っていて、人生経験も豊富です。また、自分なりの哲学を持っていたり、何事にも“一家言”持っていたりするものです。こうした社長の話は普段はなかなか聞けない宝物です。

社長の話を聞くと「勉強になった」と感謝することがたくさんあるはずです。後日、「先日聞いた話にとても感動したので実践してみました(あるいは、もっと深く勉強してみました)」ということを社長に伝えれば、感謝の気持ちがきっと伝わります。

5 社長と一緒に行動して学べること

1)社長の行動は“教科書”

社長と一緒に行動することは、社員にとって大きな“学び”のチャンスです。社内の誰よりも働き、多くの経験を積んできた社長の一挙手一投足はまさに、ビジネスパーソンとしての“教科書”です。

仕事のことだけではありません。多くの社長は、恐らくどのような場所に行ってもそこになじんで見えるでしょう。どの場の空気にも溶け込み、気張らず自然な立ち居振る舞いをするのは、簡単に見えて、とても難しいことなのです。

日ごろ社長と一緒に行動する機会の少ない若手社員や中堅社員は、社長と一緒に行動することで、普段の仕事では得られない気付きを得られるはずです。例えば、次の3つの点は、社長と一緒に行動した経験のある人の多くが実感できるものです。

2)社長の時間の使い方

社長と一緒に行動すると、その時間の使い方に驚くはずです。社長は移動中も時間を無駄にしません。資料を読む、メールを送る、顧客に連絡を入れる……。そうした姿から、隙間時間の使い方を学ぶことができるでしょう。

社長が時間を無駄にしないのは仕事が忙しいからというだけではありません。時間をやりくりして本を読み、勉強会に出かけ、そして社員を育てています。つまり、会社の未来に投資する時間をつくるため、社長は少しの時間も無駄にできないのです。

3)社長のお金の使い方

社長は、「お金を使うべきところには使い、使う必要のないところには使わない」ということを徹底しています。例えば、大切に思う社員のためになることであれば、お金を使うことを惜しみません。

こんな話があります。社員旅行に行ったある会社では社員が大いに飲んだため、予算オーバーしそうになりました。それを見た社長が一言。「会社で全部持つから好きなだけ飲んでください。これは社員のための旅行です」。その社長の、社員への感謝の気持ちだったのでしょう。

4)社長の社員を思う気持ち

もしかすると、最初に社長と一緒に行動したときに、一番驚くのは、社長の社員を思う強い気持ちかもしれません。一緒に行動していると、その言動の端々に社員に対する思いや愛情を感じることができるでしょう。

社長は社員の想像以上に社員のことを思っています。社長の時間の使い方もお金の使い方も、社員に感謝し、社員の未来を思っている証しです。一緒に行動した社長の姿からそのことが少しでも社員に伝わってほしい。それが、社長の本音なのかもしれません。

以上(2020年7月)

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デジタルを活用した「攻めの採用」/採用活動のデジタルシフトで攻めに転じる!リクルーティングDX最前線(2)

書いてあること

  • 主な読者:採用活動のデジタル化を検討したい経営者
  • 課題:デジタルは苦手。それに人を採用するのだから、リアルのほうがいい?
  • 解決策:いい人材に自社からアプローチして、人材データベースを構築。関係を温めて、採用候補者をあぶり出 して採用につなげる。こうした一連の活動がデジタルの力を借りることで、適切に行える

新型コロナウイルス問題は、採用市場を激変させました。空前の人手不足から一変し、企業の採用意欲は劇的に冷え込んでいます。しかし、こうして他社の採用活動が慎重になることは、逆にいい人材を獲得できるビッグチャンスともいえます。勇気は必要なものの、不況期こそ「攻めの採用活動」に転じるべきなのです。

そして採用のカギを握るキーワードが「デジタル」です。本連載では、ウィズコロナ時代の採用における明暗を分けていくであろう「リクルーティングDX(デジタル・トランスフォーメーション)」のノウハウについて解説していきます。

第2回のテーマは、ダイレクト・リクルーティングとその進化形、タレントプールとリクルーティング・オートメーションについて。横文字だらけで「?」かもしれませんが、できるだけ分かりやすくお伝えしていきます。最先端のデジタル・リクルーティングについて学んでいきましょう。

1 ダイレクトの定義

本稿の理解を深めるためにも、まずはダイレクト・リクルーティングについての解説から始めていきたいと思います。

ダイレクト・リクルーティングとは、

  • 人材サービスに頼ることなく(=企業がダイレクトに行う)、
  • 自ら欲しい人材を見つけて(=候補者にダイレクトにコンタクトを取り)採用すること

ダイレクトには、こうした2つの意味が込められています。

もう少し補足しましょう。ダイレクト1.は、「求人広告への掲載」や「人材紹介」といった人材サービスへ採用業務(=母集団形成)を発注することが採用のアウトソーシングだとしたとき、その対比として、自社で積極的に採用活動を展開することを指しています。

第1回でお伝えしたように、Indeedをはじめとする「求人検索エンジン」から“直接”自社の「採用ホームページ」に誘導するという手法は、求人広告メディアを介さないという点で、まさにダイレクト・リクルーティングといえます。採用ホームページ=オウンドメディアを主軸とした採用は“手っ取り早い”という観点から「ファスト・リクルーティング」とも呼ばれています。

ダイレクト2.は、企業が求めている人材に対し“直接”アプローチするという採用のやり方を示しています。応募があった際に選考する「待ちの採用」ではなく、企業が自ら欲しい人材を“直接”スカウトする「攻めの採用」ともいわれます。日本においてダイレクト・リクルーティングといえば、1.よりも2.のスカウト手法を指すことが一般的でしょう。ちなみにダイレクト・リクルーティングは和製英語で、このようなスカウト方式を英語では「ダイレクト・ソーシングDirectsourcing」と呼びます。

2 データベース・リクルーティング

日本において、こういった「スカウト」系のダイレクト・リクルーティングは、求人サイトに登録した求職者データベースを対象に始まりました。求人広告を掲載した際のオプションサービスとして、登録者に対してオファーを送ることができるようになったのです。このサービスは企業側、求職者側、双方の支持を得たことで瞬く間に広がっていきました。

そして、こうしたダイレクト・リクルーティングの流れを決定づけたのがSNSの普及です。ソーシャルにつながっていくサービスが生まれたことで、「誰がどこでどんな仕事をしていて、どういう経歴を持っているのか」という情報にアクセスすることが、どんどん一般化していったのです。そこに記載されている本人情報、あるいは投稿内容から過去のキャリアや今後の志向などを読み取ることもできます。スカウト目線で見ると極上の人材データベースといえるかもしれません。

欲しい人材を直接スカウトする。こうしたダイレクト・リクルーティングを成功させるカギを握るのが「人材データベース」の質にあるのは、いうまでもありません。求人サイトの登録者データベースにせよ、さらにはSNS上のつながりをベース構築するデータベースにせよ、(表現としてはあまり適切ではないかもしれませんが)どの漁場に釣り糸を垂らすかが、採用の勝敗を決するわけです。

3 タレントをプールして、自前のデータベースを作る

この人材データベースを自前で構築しようというのが「タレントプール」の考え方です。

才能を意味する「タレント」と、蓄えることを意味する「プール」を組み合わせた言葉で、有望な人材をためて、その人材に企業が継続的にアプローチしていくためのデータベースを指します。これまで優秀な個人を一企業が見つけてくることは困難だとされていましたが、デジタル技術の進化は不可能を可能にしてくれたのです。まさにリクルーティングDXです。

タレントプールの手法をもう少しかみ砕いて解説します。この手法は、

  • 企業にとって「逃したくない人材」、すなわち経験や技術、実績などの条件面で非常に高いポテンシャルを秘めている人材をためる、
  • その人材と継続的にコンタクトを取り、常に一定の関係性を構築する。そして、企業と有望人材の双方にとってベストなタイミングが来た際に、採用を実施しよう

という考え方なのです。

まず1.の自社独自の候補者データベースを構築するにはどうするか。データベースの質がカギを握ると述べたように、ここは極めて重要なポイントです。最初にやるべきなのは、自社の採用ホームページに「応募ボタン」だけでなく「タレントプール登録ボタン」を付けること。

拍子抜けするくらいシンプルな方法ともいえますが、「求人応募」以外の選択肢が設けられていることにより、「今すぐの転職は考えていないが、興味はある」という、まさに潜在的な採用候補者をキャッチ、プールして資産に変えることが可能となります。現にタレントプール活用が進む海外企業の採用サイトでは、「求人への応募」以外に「タレントプールに登録する」というボタンが設置されているケースがほとんど。これ以外のプールの作り方については、連載3回目となる次回で詳しく解説する予定です。

4 登録された「タレント」との関係性を、時間をかけて温める

そして2.潜在候補者の登録自体は「タレントプール」のスタートにすぎません。重要なのはむしろこれからです。「今すぐの転職は考えていないが、興味はある」という状態の人が登録するわけなので、当然、この会社に応募しようというスイッチはまだ入っていません。「採用につながるタレントプール」に育てていくためには、登録したタレントの「転職スイッチオン」のタイミングを素早くキャッチしたり、自社への興味喚起や、イベントなどオフラインの場での接点づくりが必要となります。

登録者と細やかなコミュニケーションを取りながら関係性を構築する。プールされたタレントが採用候補者への階段を一歩一歩上っていく。結果としていい人材を採用できる。概念としては素晴らしいものの、これには採用担当者の並々ならぬ労力を必要とします。候補者とのコミュニケーションを管理するために、Excelやスプレッドシート、既存の採用管理システムなどとにらめっこするだけで1日が終わってしまいそうです。

5 マーケティング・オートメーションの採用版

この煩雑な業務をテクノロジーで解決する。ここがタレントプールというダイレクト・リクルーティングの進化形を成功させる肝の部分です。AIをうまく活用しながら半自動的に適切なタイミングで、適切なコミュニケーション(メルマガ配信やキャンペーン、イベントの案内など)を取っていくことで、熱量を持った採用候補者をあぶり出していくのです。

この手法は「マーケティング・オートメーション」の採用版として、「リクルーティング・オートメーション」とも呼ばれています。マーケティング・オートメーションとは、獲得した見込み客を半自動的に育てながら、検討度合いの高い見込み客をAIで選別し、商談を成立させるという営業マーケティングにおけるデジタル時代の新手法。

例えば、過去のデータから機械学習して「タレントプール登録から1週間後に、社長のインタビュー記事を配信」「タレントプール登録から3回以上採用サイトにアクセスした場合に、面談に呼び込むメールを送る」など、候補者とのコミュニケーションを取りながら関係性を構築し、ジャストタイミングでオファーにつなげていくことが可能なのです。

6 買い手市場の今が導入の好機

もう一度、まとめを記しておきます。

  • いい人材にこちらからアプローチするダイレクト・リクルーティングに、デジタル・マーケティングの手法を導入する
  • タレントプールという人材データベースを構築し、そのデータベースに対しAIを駆使しコミュニケーションを取りながら関係を温める
  • オートメーション技術で採用候補者をあぶり出して採用につなげる

最先端のリクルーティング手法の概念と一連の流れについて、理解していただけたでしょうか。

では、どうやって実践すればよいのか。タレントプール、あるいはリクルーティング・オートメーションというHRテックサービスが、日本にも出てきています。両者は独立したものではありません。リクルーティング・オートメーションを完備したタレントプールであったり、タレントプールを前提としてリクルーティング・オートメーションを強く打ち出していたりしますが、基本的にはセットです。ぜひ問い合わせなどしてみてください。

人手不足の売り手市場だと、候補者のプールを作るのは大変かもしれませんが、今は買い手市場です。試してみるには絶好の機会です。

以上(2020年7月)
(執筆 平賀充記)

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事業承継計画を見直すためのポイント

書いてあること

  • 主な読者:事業承継を考えている中小企業の経営者
  • 課題:円滑に事業承継を成功させるためには何から手を付けてよいかわからない
  • 解決策:事業承継の主なポイントである人、資産、知的資産の承継についてポイントを解説する

1 事業承継の範囲

事業承継は、中小企業(特にオーナー企業)の経営者にとって重要な経営課題です。事業承継を円滑に進めるためには、さまざまな対策が必要であり、相応の期間がかかります。そのため、事業承継は早めに計画を立て、取り組みを進めていくことが大切です。

事業承継は、事業そのものを承継する取り組みであり、その構成要素は広範囲にわたります。誰か(親族内外)に、株式を渡せばよいというわけではなく、その他にも事業運営に関わる有形・無形の資産を承継しなければなりません。

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これらは、事業承継計画に沿って承継されます。例えば、「息子に経営権を承継させる場合は株式の評価を下げつつ、知的財産はきちんと権利化して守る」といったようにです。以降でそれぞれのポイントを確認していきます。

2 事業承継の類型

事業承継の主な方法は「親族内承継」「役員・従業員承継」「M&A」に大別されます。最も多いのは親族内承継ですが、最近は後継者不足からM&Aなどの親族外承継も増えています。それぞれのメリットを確認してみましょう。

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次章では、中小企業に多い親族内承継を対象に、「人(経営)の承継」「資産の承継」「知的資産の承継」の3つの観点から、事業承継対策をチェックする際の基本的なポイントを確認します。

3 「人(経営)の承継」のポイント

1)後継者の育成

後継者の育成方法は、事業承継に費やすことのできる期間や後継者の能力などに応じて異なります。通常は、「自社で教育する」「他社で経験を積ませる」「外部研修機関で知識を習得させる」の3つを組み合わせます。

1.自社で教育する

社内の主要部門をローテーションさせたり、関連会社の経営を任せたりして、自社の業務内容や実情を肌で感じながら経験を積む機会を与えます。経営者が直接育成に携わることで、いわゆる“帝王学”を教え込むこともできます。

2.他社で経験を積ませる

経営者の親族という甘えのない環境で経験を積ませることができます。また、自社とは異なる業務内容や経営手法など、社内での教育では得ることのできない知識や経験を習得させることも可能です。人脈の形成にもつながります。

3.外部研修機関で知識を習得させる

外部研修機関のセミナーや勉強会などに参加させます。経営に関する幅広い知識を体系的に習得させることができます。また、他の参加者や講師との人脈の形成にもつながります。

2)理念や価値観の承継

経営者は、経営に対する理念や価値観を有しています。これらが明文化されていない場合もあるので、経営者は日々のコミュニケーションの中で後継者に伝え、また後継者は理念や価値観を理解・尊重して会社を率いなければなりません。

4 「資産の承継」のポイント

1)株式の集中

事業承継後、後継者の意思決定を迅速に経営に反映させるためには、後継者や後継者に友好的な株主の元に株式の相当数を集中させることが望まれます。目安は、株主総会で重要事項を決議するために必要な3分の2以上の議決権を確保できる株式数です。

経営者が目安となる株式を保有していれば、相続などを通じて後継者に株式を集中させます。株式が分散している場合は、後継者や会社が株式の買い取り、後継者を対象とした新規株式の発行などを通じて、後継者の持株比率を高めるなどします。

また、事業承継後の株式分散防止策などとして、定款に株式譲渡制限や株式の買い取り請求に関する事項を定めるなど、必要に応じて会社法に基づく対策も検討するようにしましょう。

なお、株式の集中においては、経営者と友好的な関係であった株主が、後継者に対しても友好的であるとは限らないという点に留意が必要です。中小企業の場合は、経営者個人への信頼に基づき関係を構築していることが多く、株主も例外ではありません。

2)事業用資産の集中

中小企業の場合、経営者の個人資産を事業用資産として利用していることがあります。相続などを通じてこうした資産が分散すると、事業継続に支障を来すことにもなりかねません。株式同様、事業用資産も後継者が集中して承継するなどの対策が必要です。

3)相続対策

後継者へ株式および事業用資産の集中を図る際のポイントは相続対策です。相続や贈与に際しては法定相続分や遺留分(一定の相続人が最低限相続できる財産)などの制約を受ける点を勘案しなければなりません。

こうした点を考慮しておかなければ、「主な相続財産が株式や事業用資産しかなく、これらの資産が後継者以外の相続人の手に渡ってしまった」など、後継者への株式および事業用資産の集中を図ることができなくなってしまいます。

相続対策は、経営者の所有財産や相続人の数などを把握した上で、財産の移転・財産の評価引き下げ、納税資金の確保などの観点で検討します。その際、税法などの専門的な知識が不可欠なので、税理士や弁護士などの専門家に相談するようにしましょう。

なお、財産の移転とは、相続発生前に、株式および事業用資産を後継者や会社などに移転することです。贈与や売買などによって行います。

財産の評価引き下げとは、資産の移転などをスムーズに行うために、事前に株式などの評価額を引き下げることです。株式の評価額の引き下げに効果がある役員退職慰労金の支給などを検討することが一般的です。  

納税資金の確保とは、財産のほとんどが株式や不動産などで占められ、金融資産(現金・預金、市場性のある有価証券など)が少ない場合に、相続人のために行う対策です。生命保険の活用などを検討することが一般的です。

5 「知的資産の承継」のポイント

知的資産とは、特許などのいわゆる知的財産権にとどまらず、「人材、技術、組織力、経営理念、顧客とのネットワーク」など、通常は財務諸表には表れない企業の財産を指します。

知的財産権の活用は、中小企業の重要な経営課題です。手続きの煩雑さを嫌う経営者もいますが、事業承継までを見据えて計画的に進める必要があります。また、知的資産をリスト化しておくことも欠かせません。

この他、人材、技術、組織力などが自社ならではの強みになっていることもあります。経営者は、後継者や社員と対話をしながら、組織運営に関する多様な資産を承継していく必要があります。

以上(2018年10月)

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初めてオフィスを移転するときに知っておきたいこと

書いてあること

  • 主な読者:初めてオフィスの移転を考える経営者
  • 課題:オフィス移転に必要な手続きやかかる費用がわからない
  • 解決策:現在のオフィスを評価し、移転するオフィスを探すための方法や、オフィス移転に必要な公共的な手続きなどを整理する

1 オフィス移転の検討プロセス

オフィス環境は、従業員のワークスタイルやモチベーション、社内のコミュニケーション、人的なネットワークにも影響を及ぼします。働きやすく魅力的なオフィス環境を提供することで、人材の定着につながりやすく、人材採用にも効果が期待されます。

本稿では、オフィスビルにテナントとして入居している企業(株式会社)を想定し、別のオフィスビルに移転する場合の実務について考えていきます。

1)現状のオフィスについて評価する

オフィス移転の検討に際しては、まず、次のような視点で現状のオフィスについて評価することが大切です。

1.現状のオフィス面積は、適正なのか

現状のオフィス面積をベースとして増員計画に合わせて案分し、必要な面積を算出する方法では、オフィスが適正な広さかどうかを判断できないでしょう。そこで、同規模企業や同業種企業と比較することで、適正なオフィス面積を考えていくことが求められます。

日本ビルヂング協会連合会が発行する「ビル実態調査(全国版)」では、契約面積ベースのオフィスワーカー1人当たり床面積の推移などが掲載されており、参考にすることができます。

2.現在支払っている賃料は、適正なのか

現在支払っている賃料が相場と比べて適正なのかを確認します。例えば、不動産流通推進センターが運営する総合不動産情報サイト「不動産ジャパン」では、不動産流通4団体(全国宅地建物取引業協会連合会、不動産流通経営協会、全日本不動産協会、全国住宅産業協会)に加盟する全国の不動産会社およびその営業所が持つ物件情報の中から、エリア・路線などの条件を入力して、事業用物件を検索できます。また、オフィス仲介大手の三鬼商事、三幸エステート、シービーアールイーなどは、主要都市のオフィス市況データを公表しています。

■不動産ジャパン■
http://www.fudousan.or.jp/
■三鬼商事■
http://www.e-miki.com/
■三幸エステート■
http://www.sanko-e.co.jp/
■シービーアールイー■
https://www.cbre-propertysearch.jp/

現在支払っている賃料について、これらから得られる情報と比較し、移転による削減余地がどれくらいあるのか把握します。

3.移転する場合、イニシャルコストはどの程度掛かるのか

オフィス移転に掛かるイニシャルコストは、敷金、礼金、仲介手数料、前家賃、前共益費、火災保険料、内装工事費、設備工事費、家具・備品購入代、引っ越し代、名刺や封筒の印刷代など多岐にわたります。これらの金額を全て見積もる必要があります。

なお、イニシャルコストの中には経費として損金算入できない費用もあります。詳細は税理士などに確認するようにしましょう。

2)移転先オフィスビルの選定

移転先オフィスビルについては、不動産会社に仲介を依頼するのが一般的です。その際には、立地条件、必要面積、賃料、移転時期に加え、オフィスビルの仕様(天井高、床荷重、電気容量、OAフロアの有無、個別空調の有無、セキュリティーの有無、喫煙コーナーの有無、駐車場・駐輪場の有無など)の条件を設定した上で依頼します。

なお、1981(昭和56)年5月31日以前に建築確認を受けた建物であれば、耐震診断を受け、必要に応じた耐震補強が行われているかどうかを確かめておきましょう。

3)パートナー(移転担当業者)の選定

オフィス移転に関する業務は非常に多岐にわたります。通常業務と並行してオフィス移転を進めるために、ノウハウ・実績を持つパートナーを選定するのが一般的です。

パートナー候補先としては、オフィス家具メーカー、建築デザイン事務所、プロパティマネジメント会社、通信系設備工事会社などさまざまな企業が挙げられます。自社のオフィス移転の目的や新しいオフィスのコンセプトに応じて、必要性・重要性が高い業務を得意とするパートナーを選定することが大切です。ノウハウ・実績などからパートナー候補先を数社に絞り、各社にプレゼンテーションを行ってもらい、提案の良しあし(技術面、コスト面)や、パートナー候補先の担当スタッフの力量を見定めるとよいでしょう。

4)現状のオフィスの解約予告期間の確認

不動産の賃貸借契約書には、「(借主は)少なくとも○○日前までに解約の申し入れを行うことにより、契約を解除できる」といった、契約解除に関する条項があります。オフィス移転のスケジュールを立てるに当たって、まずは、現在のオフィスの賃貸借契約書で、この条項を確認することが大切です。

現在のオフィスと移転後のオフィスの賃料について、両方負担する期間をなるべく短くするため、この解約予告期間を勘案して移転の時期や条件を検討します。

2 オフィス移転の実施プロセス

1)不動産会社へ紹介を依頼~現地内見

移転の時期や希望する条件が固まったら、不動産会社に移転先オフィスビルの紹介を依頼します。移転先の候補となる物件については、現地に赴いて内見をします。あらかじめ設定していた条件に加え、フロアの形状、フロア内の柱の有無、眺望、採光、ブラインドの有無、入居している他のテナントの状況、エントランスの開閉時間、エレベーター・トイレなど共用部分の状況、携帯電話の電波状況などを確認します。

2)申し込みと条件交渉~審査書類提出

移転先の候補として気に入った物件が見つかれば、不動産会社へ申し込みをして、その物件を押さえます。この段階で不動産会社を通じて、移転先候補の物件の貸主に条件交渉を行います。賃料・共益費の金額交渉とともに、フリーレント(賃料を無料とする期間)の交渉も行うとよいでしょう。共益費についても、交渉次第で入居工事着工時から請求対象とするといった条件が得られることもあります。また、間仕切りなどの内装工事やオフィス内の電気コンセント工事については、借主負担で貸主側が指定する施工業者が行う条件となっているケースが多いといわれますが、交渉次第で、借主負担で借主側が指定する施工業者が行うことに変更できる場合があります。

なお、宅地建物取引業法では、賃貸借契約を締結するまでの間に、仲介や代理を行う不動産会社は、入居予定者に対して賃借物件や契約条件に関する重要事項の説明をしなければならないと定められています。重要事項説明は、宅地建物取引士が内容を記載した書面に記名押印し、その書面を交付した上で、口頭で説明を行わなければなりません。重要事項説明書に記載されていることは、「対象物件に関する事項」と「取引条件に関する事項」に大別できます。確認していた情報と異なる説明はないか、その他気になる事実はないかなど、何か不明な点があれば納得のいくまで確認しましょう。
不動産会社が貸主の場合は、重要事項説明の義務がないので、物件や契約条件について気になることがあれば、自ら不動産会社に確認するようにしましょう。

その後、不動産会社を通じて審査書類を提出します。主な審査書類として次が挙げられます。

  • 法人の登記簿謄本(写し)
  • 法人の概要(会社のパンフレット等)
  • 直近3期分の決算書類
  • 連帯保証人の身分証明書(写し)
  • 連帯保証人の収入証明(写し)

なお、提出が求められる審査書類は、物件の貸主によって異なるので、あらかじめ確認しておくことが大切です。

3)審査通過~現状のオフィスの解約申し入れ

審査書類を提出後、審査を通過した段階で現状のオフィスを管理している先に解約を申し入れます。解約の申し入れは基本的に、電話ではなく書面で行います。この解約通知書面は、契約時に渡されるのが一般的で、その書面をFAXまたは郵送で送付します。

なお、解約の申し入れ後は、日割り計算で賃料を支払うのが通常です。送付日が解約を受け付けた日付となるため、早めに対応するとよいでしょう。

4)電話回線・インターネット回線の移転の手配、各種見積もり

移転に向けて、電話回線・インターネット回線の移転の手配を行い、各種見積もりを取ります。

  • オフィスのレイアウト作成、内装工事の見積もり
  • 購入する家具・備品の見積もり
  • 通信機器・LAN設定工事の見積もり
  • 引っ越しの見積もり

5)賃貸借契約の締結

契約時に必要なものとしては、一般的に次の書類があります。契約によって必要な書類は異なるので、事前に不動産会社や貸主に確認の上、契約日までに用意します。

  • 法人の登記簿謄本
  • 法人の印鑑証明書
  • 連帯保証人の住民票
  • 連帯保証人の印鑑証明書

賃貸借契約を締結した後に一方的に解約を申し出ても、それが認められるとは限らず、違約金などが発生する可能性もあるので、事前に条件交渉の結果が正確に契約書に反映されているかをしっかりと確認することが大切です。内容に問題がなければ契約書に署名・押印を行います。敷金、礼金、仲介手数料、火災保険料などの支払いを行い、費用に応じて領収書、預かり証などを受け取った後、鍵が渡されると契約は完了します。
契約に必要な初期費用は、契約時に支払うのが基本ですが、事前に振り込む方法を取る場合もあります。貸主、不動産会社、保険会社それぞれに必要な金額を支払い、敷金に関しては預かり証、それ以外の支払いについては、領収書を受け取ります。火災保険料については、不動産会社経由で保険会社に支払い、後日郵送で領収書や保険証書を受け取る場合が多いようです。

6)各種発注~工事の施工

賃貸借契約完了後に、内装工事、家具・備品、通信機器・LAN設定工事、引っ越しの発注を行います。また、取引先などに出す移転通知状や、社用封筒、名刺、ゴム印などの発注を済ませます。

内装工事に入る前には、レイアウトと工事内容が記載された図面、工程表を貸主に提出して、許可を得ます。騒音が出る工事については、他のテナントの迷惑にならないよう、土日にしか作業ができない場合も多いため、注意が必要です。

7)引っ越し

引っ越しでは、前日までに梱包作業を済ませておき、移転先での開梱作業で混乱が生じないようにしましょう。梱包した荷物と移転後のレイアウト図面に番号を振って引っ越し業者に渡し、梱包した荷物をどこに配置するのか分かるようにしておくとよいでしょう。

粗大ごみが出る場合、各市区町村の窓口に問い合わせ、日時・場所など指示に従って出します。回収は基本的に有料なので(無料の市町村もあります)、問い合わせのときに料金や支払い方法について確認します。ビルで指定の業者がある場合には、ビルの管理会社から収集日や収集方法などの説明を受けます。

3 移転に伴う関係官庁への手続き

移転によって所在地が変更となるため、登記、税務、労務などについて関係官庁へ必要書類を提出し、手続きをしなければなりません。オフィス移転に伴って必要となる関係官庁への主な手続き(例)は次の通りです。

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ケースによって提出書類の様式や添付書類、提出期限が異なるため、実際には関係官庁に問い合わせて確認することが大切です。必要に応じて、司法書士、行政書士、税理士、社会保険労務士に手続きの代行を依頼することも検討するとよいでしょう。

以上(2018年10月)

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入会金・会費などの税務上の取り扱い

書いてあること

  • 主な読者:適正な税務処理を徹底したい経営者・税務担当者
  • 課題:入会金や会費は内容によっては、税務上役員報酬や給与とみなされることがある
  • 解決策:ゴルフクラブの入会金や同業団体の会費など、会社で発生する主な入会金や会費を抜粋して、税務上の取り扱いを解説

1 ゴルフクラブの入会金など

1)ゴルフクラブの入会金

法人がゴルフクラブに対して支出した入会金については、次のいずれかの場合に応じて処理します(法人税基本通達9-7-11)。

1.法人会員としてゴルフクラブに入会するケース

法人会員として入会する場合、入会金は資産として計上します。

ただし、記名式の法人会員で名義人として特定の役員または使用人が法人の業務に関係なく利用するため、これらの者が負担すべきものであると認められるときは、当該入会金に相当する金額は、これらの者に対する給与とします。

2.個人会員としてゴルフクラブに入会するケース

個人会員として入会する場合、入会金は個人会員たる特定の役員または使用人に対する給与とします。

ただし、無記名式の法人会員制度が無いため個人会員として入会し、その入会金を法人が資産に計上した場合、その入会が法人の業務の遂行上必要であるため法人の負担すべきものであると認められるときは、その会計処理を認めます。

入会金はゴルフクラブに入会するために支出する費用なので、他人の有する会員権を購入した場合、その購入代価の他、他人の名義を変更するためにゴルフクラブに支出する費用も含まれます。

2)資産に計上した入会金の処理

法人が資産に計上した入会金は償却を認められていません。しかし、ゴルフクラブを脱退してもその返還を受けることができない場合、当該入会金に相当する金額およびその入会金に係る譲渡損失に相当する金額は、脱退または譲渡をした日の属する事業年度の損金の額に算入します(法人税基本通達9-7-12)。

3)年会費その他の費用

法人がゴルフクラブに支出する年会費、年決めロッカー料その他の費用(その名義人を変更するために支出する名義書換料を含み、プレーする場合に直接要する費用を除く)については、「入会金が資産として計上されている場合には交際費」とし、「入会金が給与とされている場合には会員たる特定の役員または使用人に対する給与」とします(法人税基本通達9-7-13)。

プレーする場合に直接要する費用については、入会金を資産に計上しているかどうかにかかわらず、その費用が法人の業務の遂行上必要なものであると認められる場合には交際費とし、その他の場合には当該役員または使用人に対する給与とします。

4)レジャークラブの入会金

前述の「ゴルフクラブの入会金」および「資産に計上した入会金の処理」の取り扱いは、法人がレジャークラブに対して支出した入会金について準用します。

ただし、レジャークラブ会員としての有効期間が定められており、かつ、その脱退に際して入会金相当額の返還を受けることができないものとされているレジャークラブに対して支出する入会金(役員または使用人に対する給与とされるものを除きます)については、繰延資産として償却することができます(法人税基本通達9-7-13の2)。

レジャークラブとは、宿泊施設、体育施設、遊技施設その他のレジャー施設を会員に利用させることを目的とするクラブで、ゴルフクラブ以外のものをいいます。

年会費その他の費用は、その使途に応じて交際費または福利厚生費もしくは給与となることに留意を要します。

施設を利用する人が特定の役員や社員だけの場合は、入会金も年会費も給与になります。また、特定の社員の他に取引先の接待などに使えば、年会費は交際費になります。そして、施設を従業員全員が平等に使えるのならば、年会費は福利厚生費になります。

2 社交団体の入会金など

1)社交団体の入会金

法人が社交団体(ゴルフクラブおよびレジャークラブを除きます)に対して支出する入会金については、次の各場合に応じて処理します(法人税基本通達9-7-14)。

1.法人会員として入会する場合

法人会員として入会する場合、入会金は支出の日の属する事業年度の交際費とします。

2.個人会員として入会する場合

個人会員として入会する場合、入会金は個人会員たる特定の役員または使用人に対する給与とします。ただし、法人会員制度がないため個人会員として入会した場合において、その入会が法人の業務の遂行上必要であると認められるときは、その入会金は支出の日に属する事業年度の交際費とします。

2)社交団体の会費など

法人がその入会している社交団体に対して支出した会費その他の費用については、次の区分に応じて処理します(法人税基本通達9-7-15)。

1.経常会費

経常会費については、その入会金が交際費に該当する場合には交際費とし、その入会金が給与に該当する場合には会員たる特定の役員または使用人に対する給与とします。

2.経常会費以外の費用

経常会費以外の費用については、その費用が法人の業務の遂行上必要なものであると認められる場合には交際費とし、会員たる特定の役員または使用人の負担すべきものであると認められる場合には当該役員または使用人に対する給与とします。

3)ロータリークラブおよびライオンズクラブの入会金など

法人がロータリークラブまたはライオンズクラブに対する入会金または会費などを負担した場合には、次によります(法人税基本通達9-7-15の2)。

1.入会金または経常会費として負担した金額

入会金または経常会費として負担した金額は、その支出をした日の属する事業年度の交際費とします。

2.それ以外に負担した金額

それ以外に負担した金額は、その支出の目的に応じて寄附金または交際費とします。

ただし、会員たる特定の役員または使用人の負担すべきものであると認められる場合には、当該負担した金額に相当する金額は、当該役員または使用人に対する給与とします。

3 同業団体の会費など

1)同業団体などの会費

法人がその所属する協会、連盟その他の同業団体などに対して支出した会費の取り扱いについては次によります(法人税基本通達9-7-15の3)。

1.通常会費

同業団体などがその構成員のために行う広報活動、調査研究、研修指導、福利厚生その他同業団体としての通常の業務運営のために、経常的に要する費用の分担額として支出する通常会費については、支出をした日の属する事業年度の損金の額に算入します。

ただし、当該同業団体などにおいてその受け入れた通常会費につき不相当に多額の剰余金が生じていると認められる場合には、当該剰余金が生じたとき以後に支出する通常会費については、当該剰余金の額が適正な額になるまでは、前払費用として損金の額に算入しないものとします。

同業団体などの役員または使用人に対する賞与または退職給与の支給に充てるために引き当てられた金額で適正と認められるものは、剰余金の額に含めないことができます。

2.その他の会費

同業団体などが次に掲げるような目的のために支出する費用の分担額として支出する会費については、前払費用とし、当該同業団体などがこれらの支出をした日にその使途に応じて当該法人がその支出をしたものとします。

  • 会館その他特別な施設の取得または改良
  • 会員相互の共済
  • 会員相互または業界の関係先などとの懇親など
  • 政治献金その他の寄附

通常会費として支出したものであっても、その全部または一部が当該同業団体などにおいて上記のような目的のための支出に充てられた場合には、その会費の額のうちその充てられた部分に対応する金額については、その他の会費に該当します。

ただし、その同業団体などにおける支出が当該同業団体などの業務運営の一環として通常要すると認められる程度のものである場合には、この限りでありません。

2)災害見舞金に充てるために同業団体などへ拠出する分担金など

法人が、その所属する協会、連盟その他の同業団体などの構成員の有する事業用資産について災害により損失が生じた場合に、その損失の補てんを目的とする構成員相互の扶助等に係る規約など(災害の発生を機に新たに定めたものを含む)に基づき、合理的な基準に従って当該災害発生後に当該同業団体などから賦課され、拠出した分担金などは、支出した日の属する事業年度の損金の額に算入します(法人税基本通達9-7-15の4)。

以上(2019年4月)
(監修 税理士法人コレド会計 石田和也)

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経理担当者が迷いやすい固定資産の会計・税務

書いてあること

  • 主な読者:適正な会計・税務処理を徹底した経営者・経理担当社
  • 課題:固定資産に関する会計・税務上多くの規定があるため、処理を行う際、判断に迷いやすい
  • 解決策:固定資産に関する会計・税務上の取り扱いについて、「取得時」「修理・改良時」「除却・売却時」に分けて解説

1 判断に迷う固定資産の会計・税務上の処理

固定資産(本稿においては有形固定資産に限る)に関しては、会計・税務上多くの規定があるため、処理を行う際、判断に迷うことが少なくありません。

固定資産と一言で言っても、建物や機械装置、車両などさまざまなものがあります。そのため、固定資産を取得すると、まずは、その固定資産がどの種類に分類されるのかを判断していかなければなりません。主な固定資産の種類は次の通りです。

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例えば、社屋を新たに建設した場合には、建物本体(「建物」)だけでなく、電気設備や給排水・衛生設備、ガス設備などの「建物附属設備」、舗装道路・路面などの「構築物」などに分類し、それぞれの取得価額などを決めていかなければなりません(詳細は後述)。

また、修理・改良や除却・売却を行った場合も、会計・税務上の判断が必要になります。

本稿では、固定資産の取得、修理・改良、除却・売却時の会計・税務上のポイントを紹介します。なお、実務では、会計上の処理においても税法上の規定を適用している企業が多いことから、本稿においては、税法上の規定を前提にしています。また、最終的な判断については、公認会計士や税理士などの専門家と相談するようにしましょう。

2 取得時(購入の場合)のポイント

1)取得価額の決定

取得価額は次の算式で計算されます。

  • 取得価額=購入代価+事業の用に供するために直接要した費用

固定資産の取得価額には購入代価だけでなく、「事業の用に供するために直接要した費用」が含まれます。例えば、機械の据付費や試運転費用などが該当します。

なお、次の費用については、固定資産の取得価額に含めなくてもよいとされています。

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2)減価償却方法などの選択

ほとんどの固定資産は減価償却という手続きが必要になります。減価償却とは、取得価額を耐用年数にわたって適正に配分(減価償却費(費用)として計上)することで、適正な期間損益計算を行うことを目的とした会計上の計算手続きになります。なお、土地のように使用や時間の経過で価値が減少しないものは、減価償却を行いません。

減価償却は、事業の用に供した日(使用を開始した日)から行わなければならないため、取得時に減価償却方法や耐用年数を判断しておく必要があります。

1.減価償却方法

主な減価償却方法としては定額法、定率法、生産高比例法があります。なお、生産高比例法は、対象資産が限定されているため、本稿では説明を省略します。

定額法とは固定資産の耐用年数にわたって、毎期、均等の額を減価償却費として計上する方法です。一方、定率法とは固定資産の耐用年数にわたって、毎期、前期末の未償却残高(取得価額-減価償却累計額)に一定の償却率を乗じて計算した金額を減価償却費として計上する方法です。

定額法と定率法の違い(イメージ)は次の通りです。

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現在、新たに取得した建物・建物附属設備・構築物の減価償却方法として選択できるのは定額法のみとなります。その他の固定資産(生産高比例法の適用が認められているものを除く)は、定額法または定率法のいずれかを選択して適用することになります。

定額法と定率法の大きな違いは、固定資産の減価償却費につき、耐用年数にわたって平均的に計上するか、耐用年数の初期には多く、後になるにつれて少なく計上するかという点です。なお、耐用年数を通して見た場合、減価償却費の合計額はいずれも同額になります。

減価償却方法は、固定資産の種類ごとに選定し、税務署に届出を行います。もし、届け出た減価償却方法を変更しようとするときは、原則として、その変更しようとする事業年度開始の日の前日までに税務署に申請書を提出し、承認を受けなければなりません。

2.耐用年数

法定耐用年数とは固定資産が使用できる期間として、法的に定められている年数をいい、減価償却を行う期間として使われます。法定耐用年数は、固定資産の種類・仕様・用途などさまざまな要素ごとに細かく規定されており、それぞれの固定資産の特徴を考慮して決定します。

3)少額の減価償却資産と一括償却資産

1.少額の減価償却資産

少額の減価償却資産とは、「使用可能期間が1年未満」または「取得価額が10万円未満」のいずれかに該当する減価償却資産(減価償却を行う固定資産)をいい、その事業の用に供した事業年度において、取得価額の全額につき損金経理(費用として経理)をした場合に、その全額を損金(税務上の費用)の額に算入することができます。

つまり、固定資産として計上するのではなく、消耗品費などの費用と同様に処理できます。そのため、減価償却を行う必要がありません。

なお、特例として青色申告を行う中小企業者等(資本金の額などが1億円以下で一定の法人)の場合は、一定の範囲内で、取得価額が30万円未満である減価償却資産を少額の減価償却資産と同様に処理することができます。

2.一括償却資産

一括償却資産とは、取得価額が20万円未満の減価償却資産をいい、3年間の均等償却をすることができます。

つまり、機械装置や工具器具備品などの個々の耐用年数を把握し、固定資産として計上するのではなく、一括償却資産として計上し、3年間の均等償却を行います。そのため、通常の減価償却を行う必要はありません。

少額の減価償却資産と一括償却資産、中小企業等の少額減価償却資産の特例の概要は次の通りです。

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3 修理・改良時のポイント

固定資産は長期にわたり使用するものも多く、修理・改良(以下「修理等」)が必要になることがあります。ここで問題となるのが、その修理等のための支出を費用(修繕費)として計上するのか、または新たな固定資産の取得と見なし、固定資産として計上するのか(資本的支出)の判断です。

修繕費は通常の維持管理または原状回復のための支出をいいます。一方で、資本的支出とは、固定資産の修理等のうち、その固定資産の価値や耐久性を高めたと認められる支出をいいます。例えば、資本的支出に該当するものとしては、次のようなものがあります。

  • 建物の避難階段の取り付け等、物理的に付加した部分に係る費用の額
  • 用途変更のための模様替え等、改造または改装に直接要した費用の額
  • 機械の部分品を特に品質または性能の高いものに取り換えた場合のその取り換えに要した費用の額のうち、通常の取り換えの場合にその取り換えに要すると認められる費用の額を超える部分の金額

ただし、上記の事例だけでは判断のつかない修理等が多く、次の修繕費と資本的支出の判断用フローチャートを参考にしながら、実際の修理等ごとに検討する必要があります。

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4 除却・売却時のポイント

固定資産は老朽化や陳腐化により、除却・売却することになります。除却・売却したときには、その時点における固定資産の帳簿価額と売却価額の差額を固定資産除却(売却)損益として計上します。なお、除却・売却の際に、手数料などの付随費用が生じたときは、その金額は固定資産除却(売却)損益に含めて処理します。

除却の場合には、実際に廃棄せずに保有している固定資産であっても、次の場合には固定資産除却損を計上することができます。

  • その使用を廃止し、今後通常の方法により事業の用に供する可能性がないと認められる固定資産
  • 特定の製品の生産のために専用されていた金型などで、当該製品の生産を中止したことにより将来使用される可能性のほとんどないことがその後の状況などから見て明らかなもの

なお、一括償却資産として3年間の均等償却をしているものを償却期間中に除却または売却した場合には、上記の取り扱いとは異なります。一括償却資産に係る固定資産除却(売却)損に相当する額(当該事業年度に減価償却費として計上できる金額を除く)は損金の額に算入することができないため、除却または売却した事業年度においても、引き続き3年均等償却を行うことになります。実務上は、一度固定資産除却(売却)損を計上し、税務申告書上で調整をすることになります。

以上(2020年3月)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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会社の税金管理を考える タックスプランニングの策定

書いてあること

  • 主な読者:タックスプランを作成していない中小企業の経営者・税務担当者
  • 課題: タックスプランの作り方がわからない
  • 解決策:まずは、将来の課税所得を予測する。予測した課税所得に基づき、さまざまな税務対策を計画し、実行する

1 タックスプランニングの必要性

タックスプランニングとは、将来の課税所得(課税の対象となる所得)を想定して、税務対策や納税資金の確保などについて計画(以下「タックスプラン」)を立てることをいいます。タックスプランニングを行うメリットとしては、「将来の税負担の最小化ができる」ことや「納税資金を予測できる」ことが挙げられます。

決算期末の直前になってしまうと有効な税務対策を行えないことが多くあります。そのため、あらかじめタックスプランニングを行い、計画的に税務対策を実行することで、将来の税負担を最小に抑えることができます。

また、法人税等は納付額が多額になることもあり、納期限の直前になって納税資金の確保に追われることも少なくありません。そのため、タックスプランニングを行い、納税資金を予測することで、資金計画に沿った資金繰りが可能になります。

2 タックスプランニング策定の基本的な手順と検討する際の留意点

1)タックスプランニング策定の基本的な手順

タックスプランニングを策定する場合、まずは将来の課税所得を予測することが必要となります。将来の3事業年度(翌事業年度、翌々事業年度、翌々々事業年度)の課税所得を予測することが望ましいのですが、将来の1事業年度(翌事業年度)だけの予測でも問題ありません。もし、将来の1事業年度の課税所得を予測することが困難な場合には、現在の事業年度の課税所得を予測することから始めてもよいでしょう。予測した課税所得に基づき、さまざまな税務対策(詳細後述)を計画・実行していくことになります。

なお、課税所得を予測する際には、実現可能かどうかなど、複雑な分析が必要になるため、公認会計士や税理士などの専門家に相談するようにしましょう。

2)タックスプランニングを検討する際の留意点

税務対策の中には、資金の流出を伴うものが多いことから、タックスプランニングを検討する際には、資金の準備が必要になることがあります。そのような場合には、必要に応じ、金融機関から運転資金の融資を受けておくなどの事前対応が大事になります。また、時期によっては、その税務対策の効果が想定している事業年度に表れないこともあります。

このように、タックスプランニングは、自社の資金状況や税務対策を実行するタイミングなどに留意しつつ検討する必要があります。

3)タックスプランを事業年度の途中で修正する場合

当初に策定したタックスプランは、さまざまな事情に応じて適宜見直すことが望ましいと考えられます。

タックスプランを見直した結果、現在の事業年度の課税所得の見込み額が、当初に予測した課税所得に比べて大幅に相違がある場合には、タックスプランを事業年度の途中で修正しなければなりません。

1.課税所得が増加する場合

課税所得が当初に予測した金額を大幅に上回ることが分かった場合には、予定していた税務対策に加え、新たに課税所得を減少させる税務対策(詳細後述)を実行するようにしましょう。

2.課税所得が減少する場合

課税所得が当初に予測した金額を大幅に下回ることが分かった場合には、予定していた税務対策を取りやめることや、課税所得を増加させる税務対策を実行するようにしましょう。具体的には、次のものが挙げられます。

  • 臨時改定事由に基づく役員給与の減額
  • 事前確定届出給与を届け出ている場合における支給の中止
  • 中小企業倒産防止共済の掛け金を支払っていた場合における中小企業倒産防止共済の解約
  • 生命保険に加入していた場合における生命保険の解約

3 事業年度の開始前と開始直後に実行できる代表的な税務対策

1)事業年度の開始前

1.所得拡大促進税制の適用

従業員に対する給与のベースアップなどを行うことにより、所得拡大促進税制の適用(税額控除)を受けることができます。

2.連結納税制度の導入

グループ会社の中で、課税所得がプラスの会社とマイナスの会社とが存在する場合には、連結納税制度を導入することにより、法人税の課税所得を通算することができます。連結納税制度を採用するためには、原則として、事業年度開始の日の3カ月前の日までに申請書を提出する必要があります。

3.合併の実行

グループ会社のうち、繰越欠損金を有する会社が存在する場合には、課税所得がプラスの会社と合併することにより、繰越欠損金の有効活用ができるケースがあります。その場合、特定資産譲渡等損失や欠損等法人の欠損金の不適用の規定に留意する必要があります。

4.分割や株式交換・株式移転の実行

所得の分散化や交際費の定額控除限度額の活用などを目的として、会社の1部門を分割により分社化することや、株式交換・株式移転により持株会社を設立します。

2)事業年度の開始直後

一般的には事業年度開始の日から3カ月以内に行われる定時株主総会において、役員給与の支給額を改定することや、事前確定届出給与の支給を設定することができます。事前確定届出給与を設定した場合、事前確定届出給与に関する届出書の提出期限は、原則として、支給の決議をした日(同日が職務の執行を開始する日後である場合には、その開始する日)から1カ月を経過する日までとされています。

4 決算期直前でも検討できる税務対策

2020年3月期決算の会社について、今から実行可能なものとして、検討できる主な対策は次の通りです。なお、ここでは各対策の概要のみを紹介します。詳細は別途確認するようにしてください。

また、生命保険に係る支払保険料を損金にする税務対策は、税制改正により、解約返戻金の割合の高い保険について損金にできる割合が大きく減少しました。そのため、税務対策としての効果は少なくなりましたが、長期的なタックスプランニングを踏まえて、検討してみるのもいいでしょう。

1)中小企業倒産防止共済への加入

中小企業倒産防止共済に加入し、掛け金を支払った場合には、その全額を損金算入することができます。なお、掛け金は最大で800万円まで(ただし、年額240万円まで)支払うことが可能です。

2)決算賞与の支給

従業員に対して決算賞与を支給した際に、一定の要件を満たす場合には、その全額を損金算入することができます。

3)短期前払費用の支払い

支払家賃等について、年払い契約にしたうえで、今後継続して1年分を前払いする場合には、その全額を損金算入することができます。

4)日本型オペレーティング・リースの取得

日本型オペレーティング・リース(注)の出資持分を取得した場合には、今後の2~3事業年度において、出資金の全額を損金算入することができます。

(注)日本型オペレーティング・リースとは、航空機・船舶・海上コンテナ・プラント設備などの大型物件のリース事業に、投資家が営業者(特定目的会社)の出資者として参加するものです。

以上(2019年12月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 大関香一)

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