怒らせずに相手を動かす/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

  • 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
  • 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
  • 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる

1 ピンチのときに前を向く強さはあるか?

ビジネスには順境もあれば、逆境もあります。何をやってもうまくいかないと、投げ出してしまいたくなるときが誰にでもあるものですが、経営者にはそれが許されません。経営者はつらくても前を向き、進み続けることが求められるからです。

つらさをこらえて前に進む経営者の姿は虚勢に見えるかもしれませんが、日々の経営で培った心の強さは本物です。内部と外部、人・物・金、あらゆるところで発生する大小の問題を自分の弱さと向き合いながら解決してきた経験は、経営者だからこそ持ち得る強さです。

経営者の力量はピンチのときほど試されます。つらくても今の事業を継続するのか、撤退して次の事業に懸けるのか。逆境において、自分をどれだけ信じてこの難しい判断を下せるかが大事です。経営者の決意が言動に表れ、組織を導く強い力になるからです。

今回は、「厄介なプライドを捨て、助けを求める」「小さな頼み事をする」「怒らせずに相手を動かす」という3つのテーマを取り上げます。経営者がピンチに直面したとき、それに立ち向かう上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 厄介なプライドを捨て、助けを求める

本シリーズの前作「事を成すには、狂であれ/成功する経営者に欠かせない思考習慣」の中で、守屋淳著『組織サバイバルの教科書 韓非子』より“性弱説”という考え方をご紹介しました。

人間は環境によって心の持ちようや言動が変わってしまう弱い生き物であるという“性弱説”。経営者に限らず、ピンチのときはぜひとも確認したい考え方ですが、“性弱説”を意識してもなお、プライドによって正しい言動が制約されることがあります。

本当にピンチなのに妙に冷静に振る舞ったり、自分に歯向かってくる人を受け入れるそぶりを見せたりする人がいます。本当に強く、心も広いのなら素晴らしいことですが、そうした人はごくわずかでしょう。

大半の人は、「ピンチのときだって自分は強い」とプライドを保つためのカラ元気を示したり、本当は余裕がないのに、「歯向かってくる人さえ受け入れられる」という器の大きさをアピールしたりしたいだけなのです。

しかし、ピンチの経営者がこんなことをしている時間はないはずです。田村耕太郎著『頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法』(*)の中で、「メンツより実利」との指摘があります。ピンチのときこそ戦力を冷静に分析し、現実的な目標を設定しなければなりません。

起死回生の策でV字回復を果たすことはまれで、多くの場合は1つのきっかけを得て緩やかに上向いていきます。経営者はそのきっかけを見つけなければならないのですが、多くの場合は1人では解決できず、他人の助けが必要となります。

ピンチのときは困っていることを他人に示して助けを求めますが、相手が「もはや救いようがない」と判断すれば見放されます。逆に、「大したピンチではない」と判断されても、助けてもらえないときがあります。このような事態を避けるためには、どうすればよいのか考えてみましょう。

3 小さな頼み事をする

多くのビジネスパーソンが愛読する名著の1つに、D・カーネギー著『人を動かす 完全版』(**)があります。この中で指摘されている、人を動かす方法の1つが、「小さな頼み事をする」ことです。

皆さんは、人によく頼み事をするタイプですか、それともめったにしないタイプですか。日本人の場合、「人に何かを頼むと迷惑を掛けてしまうので、控えめにする」という人が多いかもしれません。

しかし立場を変えて、皆さんが頼み事をされる側になったらどうでしょう。“一部の頼み事”を除き、基本的に頼りにされることに嫌な気分はしないはずです。相手は困っていて、頼る相手として自分を選んでくれたわけですから。

特に経営者は社会に貢献したい、人の役に立ちたいという志を持っていることが多いはずです。そうした経営者は、人の頼み事をかなえて感謝される快感を知っているので、自分が忙しくても頑張ってしまうのです。

なお、“一部の頼み事”とは、単なる営業目的の頼み事です。それも、付き合いが浅く、普段はこちらがお世話をしているような相手から営業の頼み事をされると、へきえきしてしまうのです。

話を戻します。ピンチを切り抜けるために頼み事をするのはよいのですが、“小さな”というところがポイントです。頼み事の大小の基準は相手の力量によって違いますが、大切なのは事の大小よりも、相手に「小さい」と感じてもらえる関係性です。

まずは、「本当に困ったことがあります。どうか、お力添えください」と丁寧に頼み、こちらがピンチを脱する強い意志を持っていることを示しましょう。そうしたこちらの態度を見た瞬間に、相手はほとんど助けるか否かを決めているでしょう。

相手が助けるつもりなら、こちらの頼み事が厄介でも、「あなたのためならなんてことはないですよ」と応えてくれます。逆に、助けないつもりならば、こちらの頼み事がささいなことでも動いてくれません。この違いがどこからくるのか考えてみましょう。

4 怒らせずに相手を動かす 

ビジネスはチャンスとピンチの連続です。チャンスとピンチの波は市場環境の変化によって交互に訪れますが、それ以外にも「人とどのような付き合い方をしているか」にも影響を受けます。

企業を切り盛りする経営者は、それなりの自信を持っています。しかし、その自信が間違えた方向に向かうと、「自分が正しい」と思い込み、人の意見を聞かなくなります。経営者の独裁が指摘されにくい社内では、さらに経営者の言動が助長されます。

人材不足の折、社員の退職が後を絶たずに経営の継続が難しくなる企業があります。社員が新しい可能性を求めて前向きに転職するケースがある一方、経営者の間違えた自信がパワーハラスメントになってしまっているケースもあります。

これは極端な例ですが、社内外を問わず関係者とどのような関係を築いているかによって、ビジネスの状況が大きく変わるのは事実です。人の恨みによってピンチは訪れますが、人の情けによってピンチを脱することもできるのです。

ビジネスでは互いの利害はなかなか一致しません。双方が何らかの我慢を受け入れていますが、それが度を越したり、我慢する価値のない相手と判断されたりすれば、相手は怒るかもしれないし、黙って去っていくかもしれません。

ビジネスを進める上で、人との付き合い方はとても大切なことです。つまり、あなたが少々厄介な頼み事をしても、「何をいきなり……失礼な人だ」と怒るのではなく、「あなたのために頑張ります」と言ってくれる仲間をたくさん持つことが重要なのです。

では、利害が一致しない相手を怒らせずに動かすにはどうすればよいのでしょうか。前述した『人を動かす 完全版』の中でさまざまな指摘がされていますが、基本は「相手を認め、称賛する」ことです。

人は、自分の取り組みを認めてくれる人に好意を抱きます。年齢や業界に関係なく幅広い経営者の人脈を持つ人物も、「経営者は自分の話を聞いてもらい、認めてもらいたいと考えている。そこを突くのが関係構築のポイントだ」と言います。

とはいえ、あからさまな“おべんちゃら”は逆効果です。そうならないためにも、ちょっとした食事会であっても、事前に相手の取り組みを正しく知り、相手が認めてほしいと考えるポイントを押さえることが大切です。

ピンチのとき、プライドに負けるのは論外です。格好悪いなどと思わず、周囲に助けを求める姿勢が経営者には必要です。そして、そのときに実際に助けてもらえるか否かは、日ごろの相手との接し方によって変わってくるのです。

  • 【参考文献】
  • (*)「頭に来てもアホとは戦うな! 人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法」(田村耕太郎、朝日新聞出版、2014年7月)
  • (**)「人を動かす 完全版」(D・カーネギー、新潮社、2016年11月)

以上(2019年3月)

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事を成すには、狂であれ/成功する経営者に欠かせない思考習慣

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1 ピンチのときに前を向く強さはあるか?

ビジネスには順境もあれば、逆境もあります。何をやってもうまくいかないときは投げ出してしまいたくもなりますが、経営者にはそれが許されません。経営者はつらくても前を向き、進み続けることが求められるからです。

つらさをこらえて前に進む経営者の姿は虚勢に見えるかもしれませんが、日々の経営で培った強さは本物です。内部と外部、人・物・金、あらゆるところで発生する大小の問題を、自分の弱さと向き合いながら解決してきた経験はだてではありません。

経営者の力量はピンチのときほど表れます。つらくても今の事業にかけるのか、撤退して次にかけるのか。逆境において、この難しい判断をどれだけ自分を信じて下せるかどうかが大事です。経営者の決意が言動に表れ、組織を導く強い力になるからです。

今回は、「人間の本性は“弱さ”にあると心得る」「事を成すには、狂であれ」「最後は自分勝手に振る舞え!」という3つを取り上げます。経営者がピンチに直面したとき、それに立ち向かう上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 人間の本性は“弱さ”にあると心得る

中国古典から経営のヒントを得る経営者は少なくありません。特に『論語』『韓非子』『孫子』の人気は高いものです。このうち『論語』と『韓非子』に注目すると、一般的に前者は性善説、後者は性悪説に立ったものだと理解されています。

この理解をさらに掘り下げた指摘が、守屋淳著『組織サバイバルの教科書 韓非子』(*)の中にあります。「人の本性は性善説や性悪説というよりも、環境によって流される弱いものであり、いわば“性弱説”である」というものです。

“性弱説”とは、経営者の心理を鋭く突いた指摘であると思えます。特に逆境のときの経営者の心は激しく揺れています。逆境のつらさに流された結果、経営者が本来良しとする「地点(価値観など。以降、同様)」から大きく離れてしまうことがあります。

逆境のとき、「自分はへこたれず前を向ける!」と自身を鼓舞する経営者は多いものです。自分を駆り立てることはとても大事ですが、立ち止まって“性弱説”について考えてみたいものです。

なぜなら、“性弱説”を知っているか否かによって気持ちの整理の仕方が変わってくるからです。“性弱説”を知る経営者は、多少の時間を要しても、まず自分が良しとする「地点」に立ち戻ろうとし、その過程で冷静さを取り戻していきます。

一方、“性弱説”を知らない経営者は、「とにかく何とかしなければ!」と、自分が良しとする「地点」から離れた場所でもがきます。確信を持てずに迷っているのに、外見は泰然とした立ち居振る舞いを続ける“カラ元気”のようなものです。

ピンチを跳ね返そうとするとき、私たちは拳をぐっと握り締めて構えがちですが、こうした剛の姿勢だけでは柔軟性がありません。ましてや“カラ元気”では、すぐに倒れてしまいます。こうしたときこそ、自分の弱さを受け入れる柔の姿勢が大切です。

3 事を成すには、狂であれ

“性弱説”を知り、自分が良しとする「地点」に立ち返った後は、自信を持って信じる道を進みましょう。信じる道とは、経営者が「成し遂げたいこと」と言い換えることもできます。それを実現したいという思いの強さが前に進む強さになります。

西沢泰生著『1分で心に効く 50の名言とストーリー』(**)の中で、京セラ創業者・稲盛和夫氏の「事を成すには、狂であれ」という言葉が紹介されています。稲盛氏は、狂を「壁を打ち破る強力なエネルギーに満ちた状態」と表現したそうです。

こう聞くと、確かに「狂」の状態は大切です。ただし、いくら熱狂しているとはいえ、自分の思いだけを押し通そうとすれば、事は失敗するでしょう。熱狂しているからこそ、逆に冷静になって、事を成し遂げなければなりません。

歴史上、非常に難しいといわれた外交交渉の1つに、日露戦争終結を目的とした「ポーツマス条約」があります。国家の未来をかけて交渉に臨んだ小村壽太郎氏は交渉を必ず成立させなければならず、事の大きさにチームは熱狂していたはずです。

戦争を終わらせたい日本と、続けたいロシア。交渉余地が限られた状況にあって、小村氏は日本からの指示とそれまでの交渉過程を分析し、絶好のタイミングでロシアが受け入れやすい条件(賠償金要求の撤回とサハリンの北半分の放棄)を提示しました。

小村氏が提示した2つの条件は、交渉開始当初の日本の態度からは考え難いものでした。しかし、小村氏は丁寧に交渉を積み重ねていき、そうした小村氏の姿勢と刻々と変わる世界情勢が、日本とロシアの態度を変容させたのかもしれません。

リアルのビジネスで、こちらの要求が100%受け入れられる交渉はまずありません。難しい局面だからこそ、経営者は全てを求めず、冷静に譲歩の余地を計算する必要があります。譲歩の余地は、そこに至るまでの経営者の姿勢にかかってきます。

4 最後は自分勝手に振る舞え!

経営はピンチの連続です。そのため、経営者はある意味でピンチの対応に慣れており、経験で何となく対応できてしまうこともあります。しかし、そうした経験に甘えずに、「成し遂げたいこと」と真摯に向き合い続けなければなりません。

経営者の決断は関係者の生活などに影響を及ぼします。経営者は、たくさんのことを背負っているという感覚を忘れてはならず、常にそれを考えて行動している姿が周囲の態度を変容させ、また経営者が周囲を巻き込む権利を得ることにつながります。

上記の条件を満たした経営者は、最終的に「こうだ!」と決めたことを、ある意味で自分勝手に進めてもよいでしょう。判断は前進に限らず、撤退もありますが、根本的な方向性を決める際は独断することもできます。

周囲には常にさまざまな意見があり、満場一致はありません。であるならば、「誰が何と言おうと、自分の考えは正しい」と信じられなければ、経営者は自分の意思で道を切り開くことができません。

なお、経営者の最終的な判断が、どうしても納得できないという人もいます。その結果、例えばビジネスの提携関係が決裂したり、従業員が辞めていったりすることもあります。

そうなるかもしれないと覚悟していたとはいえ、これは経営者にとって悲しい出来事です。しかし、その悲しみやつらさを乗り越えなければ切り抜けられないピンチがあります。得るものもあれば、失うものもあるということです。

こうした感覚は経営者にしか分からず、だからこそ経営者は孤独であるといわれます。しかし、見方を変えれば、自分の弱さを知り、自分が成すべきことを知り、そして痛みを乗り越えて進む機会を得ることで、経営者は確実に成長できるのです。

  • 【参考文献】
  • (*)「組織サバイバルの教科書 韓非子」(守屋淳、日本経済新聞出版社、2016年8月)
  • (**)「1分で心に効く 50の名言とストーリー」(西沢泰生、大和書房、2016年8月)

以上(2018年12月)

pj10015
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もどかしいけど、自分でやらない/成功する経営者に欠かせない思考習慣

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1 「当たり前」の呪縛から解放する

世の中には、「当たり前」という一言で片付けられてしまうことが多くあります。「9時に出社して18時に退社する」という働き方もその1つで、これまで疑問を持つ人はほとんどいませんでした。しかし今、「当たり前」がさまざまな分野で覆されつつあります。

実際、世の中にある多くのサービスは、仕方がないと諦められてきた「不満・不便・不信」を解消するものであり、「ディスラプター」(新技術で既存のサービスを破壊するスタートアップ企業など)と呼ばれる企業が提供しているものが少なくありません。

肌で感じられるほど時代の流れが急速な現在、長年続く企業の経営者であっても、ディスラプターの精神を持ち、当たり前のことを疑い、新たな視点でビジネスにチャレンジしていかなければ勝ち残ることが難しいでしょう。

今回は、「訓練すれば“ボルトは外せる”」「もどかしいけど、自分でやらない」「バッドケースがグッドケースにつながる」という3つを取り上げます。経営者が新しいチャレンジを推し進める上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 訓練すれば“ボルトは外せる”

スティーブ・ジョブズの「Stay hungry,stay foolish」、吉田松陰の「諸君、狂いたまえ」。経営者ならどこか共感できる言葉かもしれません。何かを成し遂げたいのなら、常識の枠から飛び出すことも必要です。

そして、何かを成し遂げようとする人の姿はいつの時代も大胆で、“ボルトが何本か外れている”ように見えます。ここでいうボルトが外れた状態とは、「歯止めを外して、限界を設けずに行動する」という前向きな意味です。

経営者の中にもボルトが外れた人がたくさんいます。有名な経営者でなくても、「このプロダクトで世の中を良くしてみせる!」と、周囲の反対を押し切り、熱い思いで突き進む経営者は、ボルトが何本か外れているように見えます。

もちろん、経営者にはさまざまなタイプがいて、ボルトを締めるほうが得意な人もいます。ただし、そうした経営者でさえ、新規事業の開発や働き方改革の推進など、常識が通用しないことを進める中で、突き抜けたいと感じる機会が増えているでしょう。

そのようなとき、「自分はおとなしいタイプだから」と自分の枠を決めるのではなく、ボルトを外す訓練をしてみましょう。スタートアップの経営者の中にも、ボルトを外す訓練をすることで、新しいスタイルを手に入れた人がたくさんいます。

ボルトを外すには、ボルトの外れた人と積極的に交流するのが一番です。直接話をしたり、一緒に行動したりして異質なエネルギーに触れ続けるのです。そうすると、新しいエネルギーが自分に注入され、やがて定着していきます。

ボルトの外れた自分は、“出島”のようなものです。出島とは、本丸とは違う考え方を育み、行動するための心のよりどころです。本質を変える必要はありません。しかし、出島を幾つも持って多様性を確保することは、持続的な成長に寄与します。

3 もどかしいけど、自分でやらない

中小企業では、経営者であっても税務や労務の手続きなど、こまごまとしたバックオフィス業務を行わざるを得ません。営業に関してもそうで、ちょっとした顧客へのフォローなどがなかなか手から離れません。

また、今どきは新規事業の開発や働き方改革の推進など、常識が通用しない取り組みが求められる中で、活動のスピードを上げ、しかも成功の確率を高めるために、これまで以上に経営者が手を動かす機会が増えています。

経営者が動くのは悪いことではありませんが、「自分が動けば必ずうまくいく」という思い込みは排除すべきです。現場から離れていれば感覚がズレますし、別の観点から見ても、企業の持続的な成長のために社員に任せることが大切だからです。

「2018 FIFAワールドカップ ロシア」の決勝トーナメントで、日本代表はベルギー代表に惜敗したのですが、その試合で、ベルギー代表のエースストライカーであるルカク選手が見せたプレーは、ビジネスにも通じる大事なことを示していました。

この試合、あまり活躍していなかったルカク選手。そこに決勝点を狙えるパスがきます。エースストライカーの意地もあり、自ら決めたいと考えて不思議はありません。しかし、ルカク選手はシュートを打たずにスルーし、背後のシャドリ選手に託したのです。

ルカク選手は、自分でシュートを打つと見せかけてマークを引きつけ、背後をノーマークで走ってくるシャドリ選手に託したほうが、得点できる可能性が高いと考えたのでしょう。そして、シャドリ選手は、見事に決勝点を挙げたのです。

全てを自分でやろうとするのは頑張り屋ですが、一方で自分勝手ともいえます。理想は、周りに注意を払い、そのプロジェクトを最も成功させる確率の高い人、あるいは将来のために学んでほしい人に託すことです。

新規事業の開発や働き方改革の推進などは、経営者にとって失敗したくない取り組みです。であるならば、「もどかしい、自分でやりたい」という気持ちを抑え、社員に任せてみることが大切です。

4 バッドケースがグッドケースにつながる

「日々の業務を細かく管理し、失敗を許さない」。こうしたマネジメントをしている企業は少なくないようです。失敗を許さない環境で働く社員は叱られることを嫌い、チャレンジをしなくなってしまいます。

一方、新規事業の開発などの新しい取り組みにおいて、ミスをしないというのは無理な話です。いわゆる「シリアルアントレプレナー」(連続起業家)と呼ばれる人たちも、「新規事業を全て成功させるなんてあり得ない」と言います。

幾つも取り組んだ結果、その中で成功するものがあればいい。経営者は、社内にこのような雰囲気を根付かせなければなりません。つまり、「バッドケースがグッドケースにつながる」という考え方を徹底するのです。

実際、私たちは失敗をして初めて、自分が気付かなかった課題に気付くことができます。早いタイミングで何度も何度も失敗することで、成功に一歩ずつ近づけるということなのです。

大切なのは、「失敗の原因をしっかりと分析し、改善策を講じた上で次に進む」ことです。ただし、こうした過程を踏む企業は多くないため、経営者がトップダウンで指示しつつも、現場の社員の意見を聞いて整備するのが理想です。

ここでも経営者はもどかしさを感じるでしょう。しかし、我慢して社員に任せなければなりません。それも、その時点の社員の能力で対応できるであろうことの2段階くらいレベルの高い取り組みを任せてみるのです。

こうした活動を続けることで社員は成長し、経営者が知らない情報を集めてきたり、気付かなかった視点を指摘してきたりします。これらが組織の成長と、組織力の底上げにつながります。

ビジネスの潮流が目まぐるしく変わる現在、経営者にはボルトを外すような大胆さ、もどかしくても社員に任せる忍耐力、組織全体で失敗から学ぶ謙虚な姿勢が求められます。これらがそろったとき、組織は次のステージへと進むことができるのでしょう。

以上(2018年9月)

pj10005
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SDGsが中小企業にもたらすビジネスチャンス

書いてあること

  • 主な読者:サプライチェーンに属する中小企業
  • 課題:そもそもSDGsとは何か、どのように取り組めばよいのかを知りたい
  • 解決策:中小企業の間ではSDGsの知名度はまだ低い。今のうちにSDGsに取り組むことで、他社に先んじて、サプライヤーとしての競争力を高めることができる

1 SDGsは中小企業のビジネスチャンス

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)と書いて、「エスディージーズ」と読みます。この言葉は、地球環境や雇用の問題など、国際社会が抱える課題を解決に導くために設定された国際目標です。

現在、SDGsに積極的に取り組んでいるのは大企業ですが、そこには中小企業のビジネスチャンスが見え隠れします。例えば、大企業のサプライチェーンに属する中小企業がSDGsに取り組むことで、サプライヤーとしての立場が強固になります。独自にSDGsに取り組み、新規事業として成功させた中小企業もあります。

中小企業もSDGsの当事者に十分なり得ます。SDGsは中長期的な経営戦略を考える際の重要な要素であり、経営者がぜひとも知っておきたい取り組みです。中小企業の経営者に必要なSDGsの情報をコンパクトにまとめます。

2 SDGsの概要

SDGsは、2015年9月の国連サミットにおいて193カ国の全会一致で採択されました。2030年を期限として、17のゴール(目標)と具体的なアプローチである169のターゲット(達成基準)からなります。SDGsの17目標は次の通りです。

なお、詳細は、国連グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)のウェブサイトなどで確認できます。

■GCNJ「持続可能な開発目標(SDGs)」■
http://www.ungcjn.org/sdgs/index.html

SDGsが中小企業にもたらすビジネスチャンスの画像です

SDGsの特徴は、国やNPO・NGOだけでなく、民間企業が、SDGsに取り組むべき主要プレーヤーとして位置付けられていることです。民間企業が、社会課題の解決にビジネスチャンスを見いだすことに主眼が置かれているのです。

ビジネスと持続可能な開発委員会(BSDC)が2017年6月に発表した報告書では、アジア圏の企業がSDGsの主要目標を達成することで、2030年までに5兆米ドル以上のビジネスチャンスが見込まれています。

3 SDGsを取り巻く国内動向

1)日本政府が積極的に推進

日本政府は、SDGsを積極的に推進する姿勢を示しています。2016年5月には、内閣にSDGs推進本部が設置され、同年12月には、実施指針が策定されました。

同指針では、国と民間企業が連携強化を図り、国が、民間企業によるSDGsを通したイノベーション創出を支援するとしています。2018年12月には、そのための具体的な取り組みなどを盛り込んだ「SDGsアクションプラン2019」が発表されました。

SDGsアクションプラン2019では、大企業や業界団体に加えて、中小企業に対してもSDGsの取り組みを強化することが明記されています。

内閣府、外務省、経済産業省、環境省など、各省庁にまたがる横断的な取り組みとなっています。

2)産業界も呼応

産業界の動きも活発で、日本経済団体連合会(以下「経団連」)は2017年11月、「企業行動憲章」にSDGsの理念を取り入れた改定を行いました。ISO26000(企業の社会的責任に関する国際規格)の制定に応じた前回の改定から、7年ぶりに内容を大きく見直しました。

改定版では、企業がIoTやAIなどの技術を活用して経済成長を進めるとともに、SDGsが定める社会的課題の解決に積極的に取り組むことを促しています。

経団連の会員企業は日本を代表する1376社であり、これら企業が順守すべき指針としてSDGsへの取り組みを掲げたことは、日本の産業界に大きなインパクトを与えました。

3)東京五輪が普及の起爆剤に?

2020年に開催される東京五輪に向けた動きも活発化しており、SDGsへの取り組みが国内で普及する起爆剤になるのではという見方もあります。

2012年のロンドン大会では「持続可能な調達コード」が導入され、建物から大会で提供される食品に至るまで、経済合理性のみならず持続可能性にも配慮した調達を行う仕組みが導入されました。

東京大会でも、2019年1月に「持続可能性に配慮した調達コード(第3版)」が発行されており、東京大会で製品やサービスを納入する企業やスポンサー企業の他、東京都をはじめとする地方自治体の公共調達にも影響を与えるといわれています。

4 サプライヤーとしての立場を強固にする

1)サプライヤー管理に乗り出す大企業

前述した通り、SDGs推進の動きは中小企業にも無関係ではありません。中小企業のSDGsへの関わり方には大きく分けて2つありますが、まず1つが、サプライヤーとしての立場を強固にするために取り組むというものです。詳しく見てみましょう。

近年は、外資系企業やグローバルに事業を展開する日本企業などが、SDGsの実践的な取り組みとしてサプライヤー管理に乗り出しています。

例えば、米アップル社はサプライヤーに対して再生可能エネルギーの利用を促しています。2017年3月に同社は、部品メーカーのイビデンが日本で初めて、同社向けの製造活動の全てを再生可能エネルギーで賄うことを約束したと発表しました。

また、国内ではANAグループが、環境保全や人権尊重を含む「食のサプライチェーンマネジメント」を強化するため、将来的に、流通段階も含め機内食に係る全ての人・組織がIDを登録し、サプライチェーンを「見える化」する取り組みなどを進めています。

こうした動きに加え、今後は、SDGsに積極的な大企業の取引先となった企業も、自社のサプライヤーに対して同様の取り組みを求めていくだろうといわれています。

2)大企業の具体的な取り組み

大企業が、SDGsに沿って自社のサプライヤー管理を進める際に、サプライヤーに求める可能性の高い事柄を見てみましょう。

GCNJと地球環境戦略研究機関(IGES)が2018年3月に発表した調査レポート「未来につなげるSDGsとビジネス」によると、日本の大企業などが重点的に取り組んでいる目標は、「気候変動(13)」「働きがい・雇用(8)」「消費・生産(12)」「健康と福祉(3)」などです。その上で、同レポートは、こうした企業の傾向として「SDGsをビジネス機会の獲得・拡大よりも経営リスクへの対応として取り組んでいるとも捉えられる」と分析しています。

例えば、近年、サプライチェーン上で起こる人権侵害や環境破壊などが、経営を揺さぶる問題にまで発展するケースが増えていることから、電子機器関係のメーカーや大手サプライヤーの中では、「働きがい・雇用(8)」と「消費・生産(12)」への取り組みとしてEICC(電子業界行動規範)にのっとったCSR調達などに取り組む企業が増えているといわれます。

今後、大企業のサプライチェーンに属する中小企業がSDGsに取り組むことで、サプライヤーとしての競争力が強まったり、サプライチェーンから外された企業に代わって、新たなサプライヤーに選ばれる余地が出てきたりするかもしれません。

5 独自に取り組みビジネスチャンスを創出

大企業の動きに呼応する関わり方は、中小企業にとって現状維持や新たな取引先開拓にはなるものの、あくまで受動的な取り組みといえます。

他方で、中小企業のSDGsへのもう1つの関わり方として、独自にSDGsに取り組み、新規事業としてビジネスチャンスを創出するというものがあります。

例えば、神奈川県にある従業員約40人の大川印刷は、2005年から、石油系溶剤を含まない印刷インキの使用を開始したり、生態系や地域社会に配慮した調達を示すFSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)認証の紙を使用したりするなど、環境に配慮した印刷に取り組んでいます。

2017年からは、こうした自社の経営戦略にSDGsを統合させながら、製品開発などを進めています。同年11月には、紙を束ねる金属製の輪の代わりに紙製のリングを使用し、さらに白内障の人や、色弱者なども見やすいように配慮した卓上カレンダーを発売し、SDGsの5つの目標達成に貢献できるものとして紐づけました。

同製品は、外資系企業のオフィシャルカレンダーに選定され、また、同社にユニバーサルデザインの依頼増加をもたらしました。SDGsへの取り組みが売り上げの増加や販路開拓に結びついた事例といえます。

6 他社に先行することで勝機を得る

中小企業が本格的にSDGsに取り組むためには、超えなければならない幾つかの課題があります。それは、資金・人的資源や取り組み方法に関する知識などの不足です。

そこで、環境省は、中小企業向けのSDGs導入手引きとして「持続可能な開発目標(SDGs)活用ガイド」を、2018年6月に発表しました。

■「持続可能な開発目標(SDGs)活用ガイド」■
http://www.env.go.jp/policy/sdgs/index.html

また、具体的な取り組み方や自社の経営戦略への統合手法が分からないという企業向けの支援ツールとして、GRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)と国連グローバル・コンパクトおよびWBCSD(持続可能な発展のための世界経済人会議)が、企業行動指針「SDG Compass」を共同で発行しています。

■「SDG Compass:SDGsの企業行動指針-SDGsを企業はどう活用するか-」■
https://pub.iges.or.jp/pub/sdg-compass:sdgsの企業行動指針-sdgsを企業はどう活用するか-

現状では、前述した課題もあり、SDGsに本格的に取り組む中小企業は多くありません。関東経済産業局と日本立地センターが2018年12月に発表した共同調査レポートによると、SDGsについて全く知らないと答えた中小企業経営者は84.2%に上ります。

逆に言えば、今のうちにSDGsに取り組むことで、他社に先んじて、サプライヤーとしての競争力を高めたり、新たなビジネスチャンスを創出できたりする可能性があります。

以上(2019年4月)

pj80048
画像:un.org

鶏と卵の順番にこだわる/成功する経営者に欠かせない思考習慣

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1 「当たり前」の呪縛から解放する

世の中には、「当たり前」という一言で片付けられてしまうことが多くあります。例えば、「9時に出社して18時に退社する」という働き方に疑問を持つ人は、これまでほとんどいませんでした。しかし今、「当たり前」がさまざまな分野で覆されつつあります。

世の中にある多くのサービスは、仕方がないと諦められてきた「不満・不便・不信」を解消するものであり、「ディスラプター」(新技術で既存のサービスを破壊するスタートアップ企業など)と呼ばれる企業が提供しているものが少なくありません。

肌で感じられるほど時代の流れが急速な現在、長年続く企業の経営者であっても、ディスラプターの精神を持ち、当たり前のことを疑い、新たな視点でビジネスにチャレンジしていかなければ勝ち残ることが難しいでしょう。

今回は、「鶏と卵の順番にこだわる」「『言霊(ことだま)』を信じる」「『本の世界』から飛び出す」という3つを取り上げます。経営者が新しいチャレンジを推し進める上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 鶏と卵の順番にこだわる

ミーティングの場では、「それは鶏と卵の問題ですよね」というフレーズがよく使われます。これの意味するところは、「今、検討されている取り組みの順番は、どちらが先でもよい」といったものです。

特に新たなチャレンジをする際の検討事項は多いものですが、本当に優先順位が高い事項はわずかで、ほとんどは「目の前のものから片付ければよい」類いです。しかし、それでも経営者は“鶏と卵の順番”、つまり手順にこだわります。

まずは鶏が先の場合。例えば、新規事業の具体的な内容は決まっていないが、先に別会社や事業部を立ち上げて体制を整え、新しい環境で事業を検討するアプローチです。魅力的な卵を産み出す環境の整備を重視しています。

次は卵が先の場合。例えば、新規事業の内容を明確にした後に、その卵を素早くふ化させるために、既存組織とは別の組織運用ができる別会社や事業部を立ち上げるアプローチです。卵を確実にふ化させる手順を重視しています。

鶏が先か、卵が先か。好ましい順番は状況によって異なるもので、どちらかが絶対的な正解というわけではありません。前述した例の場合は、組織の雰囲気や規制の厳しさなどによって選択することになるでしょう。

大切なのは、一見すると後先は特に問題にならないような場合でも、手順を常に考え続けることです。「それは鶏と卵の問題ですよね」というフレーズは、ともすれば組織が優先順位の判断を放棄して、思考停止の状態に陥るきっかけにもなり得るからです。

経営者は細部にまでこだわります。社員からすれば鶏と卵の問題に見える簡単そうな判断でも、経営者は事柄を細かく分類し、詰め将棋のような思考実験をして手順を決めているものなのです。

3 「言霊(ことだま)」を信じる

「言霊」という言葉を使う経営者が少なくありません。これは“霊的”な意味で用いているわけではなく、「一つのことを願い、言い続けていれば、いつか実現できると信じている」と考えているのです。

この一つのことを願うというのは意外と難しいものです。本で読んだり、人から聞いたりした話を表面的になぞって話す人がいますが、しばらくすると、全く違ったことを言い始めたりします。これでは、言霊が宿ることはないでしょう。

経営者が同じことを言い続けることで宿る言霊には、科学的な根拠があります。一つのことを願い続けるということはゴールが変わらない、つまり取り組みにぶれがないということです。そのゴールに向かって一歩一歩進めば、ビジネスは成功に近づきます。

また、一つのことを言い続けると、周囲に刷り込まれていきます。そして、「○○を目指す人」という“通り名”ができると、経営者仲間などが関連する情報をくれたり、人を紹介してくれたりします。

社内にも良い効果を与えます。経営者が常に同じことを言っていれば、社員は自分たちがどこに向かっているのかが分かります。それが具体的な行動につながれば、全体で共有しているゴールを目指して、効率的に仕事をすることができます。

このように、経営者が考える言霊の効果は、ある意味で科学的な根拠があります。特に経営者は、同じ悩みを抱える経営者仲間を応援したいと考えているものであり、その力を貸してもらえることは頼もしい限りです。

以上が、経営者が言霊に見いだしている意義ですが、その前提となる大切なポイントは、経営者がずっと言い続けることができる「何か」を見つけていることです。それは、経営者本人が本気でほれ込み、全力で打ち込めるものであるのが理想です。

4 「本の世界」から飛び出す

経営者は知識の吸収に貪欲で、本や雑誌、テレビなどから得ます。それも本業の関連分野から芸能分野まで幅広いジャンルです。なぜなら、「どのようなものでも、ビジネスに結び付く可能性がある」と考えているからです。

また、経営者が本を読むときなどは、フラットに構え、いわゆる「バイアス」を取り除く努力をします。特にビジネスの変化が急速な今どきは、過去から続く“当たり前”を排除しなければ時代にキャッチアップできません。

このような知識の吸収の仕方は経営者が実践しているものです。大切なのは、吸収した知識を使って行動することです。逆に言えば、知ることで満足し、吸収した知識を使わないでいるようでは意味がないのです。

また、経営者は知識の蓄積と活用について独自の感覚を持っています。例えば、集中して本を読めば、ある程度の知識が吸収されて「知らない」状態から、「知っている」状態に進むことができます。

しかし、たくさんの本を読むと1冊に対する印象が薄くなり、本に書いてあった内容がほとんど記憶に残らない状態になります。これを回避するために、多くの人は3回読むとか、線を引くなどのテクニックを使います。

一方、経営者は本の知識が蓄積されにくいことをあまり気にしません。大切なのは行動であり、本の知識を正確に蓄えることではないからです。行動のヒントが得られれば、本の途中でも読むのをやめることが珍しくありません。

経営者は、行動することで得られる「気付き」を大切にします。知識を得て行動し、リアルな課題に遭遇し、それを乗り越えることで、ようやく本質にたどり着くことができます。

そして、気付きを得た後に、もう一度、本を読み返してみると、最初は読み飛ばしていた文章の意味を見いだすことができ、それをまた行動に生かします。これこそが本の世界から飛び出さないと得られない価値です。

以上(2019年10月)

pj10040
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光あるところに人は集まる/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

  • 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
  • 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
  • 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる

1 「どうなりたいか」を常に考える

経営者は独自の視点と価値観を持って、ビジネスと向き合っています。そうした視点や価値観は、著名な経営者の言葉や、経営者仲間の姿勢から学ぶこともあれば、自身の経験の中で培われたものもあります。

経営者は企業経営において大きな権力を持ち、多くのことを自ら決めることができます。一方、経営者はビジネスから逃げることができません。こうした環境が、経営者ならではの「思考習慣」に結び付いていくのでしょう。

経営者にとって、自身の考え方は経営哲学とイコールであり、大切にしなければなりません。同時に、経営者が成長していくためには、これまでの考え方をバージョンアップする必要があります。

今回は、「『付き合わない』選択肢を持つ」「光あるところに人は集まる」「『信用』持ちにも慣れが必要」という3つを取り上げます。経営者が未来を見据える上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 「付き合わない」選択肢を持つ

「ビジネスで最も面倒なのは『人』である」。多くの人が日々感じていることでしょう。AI(人工知能)とは違い、人には感情があります。しかし、感情を正確に言語化して伝えることは至難であり、意図していないすれ違いが生じたりします。

時には、ちょっとしたすれ違いが大きなトラブルに発展してしまうこともあるため、経営者はこれを避けるべく、社内外の関係者との接し方に常に気を配っています。低姿勢な経営者が多いのはこのためでもあります。

ただ、全ての人とうまくコミュニケーションが取れるわけではありません。ここでいうコミュニケーションとは、ビジネスを進める上で重要な“感覚の共有”です。重視する部分が同じだったり、スピード感が同じだったりという相性のようなものです。

もし、感覚が共有できない相手だと分かったら、それ以上、コミュニケーションに時間を割くのは考えものです。経営者は人とつながりながらビジネスを広げていくため、関係を続ける相手は慎重に選択する必要があるのです。

特にベンチャー界隈(かいわい)では、比較的簡単に経営者と経営者とがつながっているように感じます。しかし実際は、お互いがシビアに品定めをし、合格した者同士のコミュニケーションが続いているのです。

経営者は、相手と関係を続けるか否かの基準を持ちましょう。ダラダラと実のない関係を続ける人もいますが、これにはほとんど意味がありません。経営者は自分が大切にする価値観を再確認した上で、「付き合わない」選択肢を持つことも大切です。

3 光あるところに人は集まる

最近のビジネス関連のイベントでは、最後の30~60分を「ネットワーキング」の時間に充てることが多くなっています。いわゆる「懇親会」のことですが、ネットワーキングと言ったほうが、参加者に“つながり”を強く意識させることができます。

ネットワーキングに参加する人は、最初から“つながるモード”で接してきます。名刺交換した後、Facebook(フェイスブック)などのSNSで友達になり、その後、何度か会って話をすることもあります。

こうした活動は大事である一方、「浅い人脈持ち」にならないための注意が必要です。浅い人脈持ちは、「○○さんを知っています。××と言っていました」などと言います。しかし、当の○○さんは、その人のことなどとっくに忘れていることが少なくありません。

人と人とのつながりが、ネットワーキングから生まれるのはよくあることです。しかし、比較的簡単につながれるようになったからこそ選別の目は厳しくなり、“光を放つ人”でなければ、人は集まらず、また定着しません。

経営者の仕事の一つはネットワーキングであり、そこからビジネスに発展することもあります。一方、経営者は多くの人との出会いの中で自分を磨き、光を放って周囲の人を引きつける魅力を持たなければなりません。

浅い人脈しかなければ失格、多少の深い人脈があれば普通。そして、放っておいても自分の周囲に人が集まるようであれば“本物”です。ネットワーキングはFacebookの友達探しの場ではなく、自分に磨きをかける場であると認識することが大切です。

経験やスキルが自分と同等以下の人が集まる会合は居心地が良いかもしれませんが、自分を磨くことにはつながりにくいものです。自分よりも格上の人が集まる場に率先して顔を出したいものです。

4 「信用」持ちにも慣れが必要

「自分は評価されている」。真摯にビジネスと向き合っていれば、そう感じることもあるでしょう。「年上の経営者が何度も食事に誘ってくれる」「年下の経営者から『いろいろ教えてください』と言われる」などのケースは、まさにそうです。

人手不足、後継者不足の現在は、食事の場で相手の社長から「うちの会社の役員は未熟だ。うちに来てくれないか」「あと3年で引退する予定だ。その後を任せたい」などの相談を持ちかけられることもあります。

こうした良い評価は、本人が努力して築いた「信用」であり、大切にしたいものです。しかし、相手から深く信用されることに慣れていないと、相手が自分のどこを評価しているのかが分からず、立ち居振る舞いに戸惑うことがあります。

そして、「信用を失いたくない」と意識し始めると、不自然で弱気な(妙に下手に出た)立ち居振る舞いになってしまうことがあります。信用されることに慣れていない経営者が直面しがちな問題です。

このようなときは、言動の一貫性を保ち、決して嘘をつかないことを心掛けましょう。相手はそれまでの自分を評価してくれたのであり、背伸びをする必要はないのです。もし、分からないこと、できないことがあれば正直に伝えましょう。

経営者同士の信用はすぐには生まれません。逆に、一度信用が生まれれば、そう簡単には揺らぎません。こちらが引き受けられない頼まれ事であっても、一緒に解決策を模索していく過程で、さらに大きな信用を得られるものなのです。

以上(2019年4月)

pj10031
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因果関係よりも相関関係を重視する/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

  • 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
  • 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
  • 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる

1 思考習慣のバージョンアップ

経営者は独自の視点と価値観をもって、ビジネスと向き合っています。そうした視点や価値観は、著名な経営者の言葉や、会合などで知り合った経営者仲間から学ぶこともあれば、自身の経験の中で培われたものもあります。

経営者は企業経営において大きな権力を持ち、多くのことを自ら決めることができます。一方、経営者はビジネスから逃げることができません。こうした環境が、経営者ならではの「思考習慣」に結び付いていくのでしょう。

経営者は自分の考え方を大切にしなければなりません。それこそが自身の経営哲学でもあるからです。同時に、経営者が成長していくためには、これまでの考え方をバージョンアップする必要があります。

今回は、「因果関係よりも相関関係を重視する」「『飽き』とうまく付き合う」「けんかの相手を間違えない」という3つの思考習慣を取り上げます。経営者としての考え方をバージョンアップするための何らかのヒントになれば幸いです。

2 因果関係よりも相関関係を重視する

因果関係と相関関係は混同しがちな考え方ですが、意味は全く異なります。因果関係は、「AをすればBになるという原因と結果の関係」であり、原因から結果の流れが一方通行なのが特徴です。

一方の相関関係は、「AとBに関連はありそうだが、原因と結果ではない関係」を指します。因果関係があると思えることでも、よくよく考えてみると相関関係しか見いだせないことは珍しくありません。

例えば、「優秀な営業担当者は、他の営業担当者よりも数多く訪問活動をしており、成約件数も多い」とします。この場合、訪問件数と成約件数に因果関係はあるのでしょうか。それとも、相関関係しかないのでしょうか。

営業には確率の問題という側面もあるため、訪問件数を増やせば成約件数も多少は伸びるでしょうが、成果は限定的です。それに、訪問件数を増やした割に成約件数が伸び悩み、かえって無駄になることもあり得ます。

この点、経営者は目に見えるものが全てではないことを知っています。訪問件数と成約件数に何らかの関係がありそうだと敏感に感じますが、それらが因果関係にあると短絡的に考えず、もっと詳しく状況を分析します。

その結果、「優秀な営業担当者は、有力な見込み客を見つけてアポイントを取る能力が高い」ことが分かります。有力な見込み客を数多く訪問すれば、成約件数も伸びるはずであり、単に訪問件数を増やすより成果を得やすくなります。

ビジネスに因果関係を求める人は大勢います。因果関係が分かれば、やるべきことを迷わないからです。「○○の法則」や「○○メソッド」などと称した書籍を、買ってみるのもこうした心理からです。

しかし、いきなり因果関係が見つかるほどビジネスは甘くありません。相関関係を敏感に察知し、無駄になるかもしれないリスクを覚悟して、本質を見極めるための行動を起こした結果、因果関係に近づけることがあるということです。

このように、ビジネスでは相関関係を突き詰めた先に因果関係があることが少なくありません。これを理解している経営者は、勝利の方程式といえる因果関係の“可能性”として、小さな相関関係であっても大事にするのです。

3 「飽き」とうまく付き合う

ある意味、仕事は同じことの繰り返しです。多少の変化はあっても、進んでいる方向や組織の雰囲気といった根本が変わらなければ、そのうち飽きてしまいます。そして、もっと刺激が欲しいと思うかもしれません。

仕事に飽きたとき、社員は転職することができます。しかし、経営者が転職するわけにはいきません。「経営者は逃げられない」というのは、厳しい経営環境から逃げられないことの他に、飽きから逃げられないことも意味します。

仕事に飽きたときの対応は2つです。1つ目は、やり過ごすことです。飽きたからといって、会社や仕事が嫌になったわけではないので、そこに居続けることはできます。そうして、飽きたことにしばらく耐えていると、飽きていることを忘れたりします。

ストレス対策として、ストレスをためないことばかり考えずに、ストレスとうまく付き合うことが大切だといわれます。経営者が抱える飽きの問題も、これと似たところがあるかもしれません。

2つ目は、自ら積極的に変化を起こすことです。新しい事業を始めたり、会いたい人と会って刺激を受けたりする。こうした大小の変化を起こすことで、飽きを和らげることができます。

とはいえ、特に創業者は「やりたいこと」や「信念」をもって創業したわけであり、それ自体に飽きてしまったのなら、小手先の刺激では満足できないはずです。この場合、事業承継やM&Aなど、自身の出口を考えざるを得ないかもしれません。

このように、経営はある意味で飽きとの闘いでもあります。スポーツではけがをしないことが一流選手の条件の一つですが、ビジネスでは飽きをうまくマネジメントできる経営者が一流だといえるのです。

また、飽きのマネジメントは社員に対しても必要です。優秀な社員ほど仕事の習得や環境への適用力が高く、「この会社はもう卒業してもよい」と考えます。優秀な社員に転職されては困るので、経営者は刺激を与えなければなりません。

そのために、経営者は新しいことにチャレンジして、組織に刺激を与え続ける必要があります。経営者自身についてはもちろん、組織全体の飽きをマネジメントするためにも、経営者の攻める姿勢が大切だということです。

4 けんかの相手を間違えない

ビジネスでは、衝突や対立を避けて通れないことがあります。経営者の立場になると、他社との取引解消のリスクがあったり、社内で深刻な対立が生じたりしても、守らなければならないことがあります。

こうした意味で、会社を背負って立つ経営者は相手と主張をぶつけ合うことに慣れています。逆に、相手に配慮するあまり、きちんと主張することができない社員に対して物足りなさを感じるくらいです。

とはいえ、衝突や対立が当たり前になり過ぎると、「けんかになってもいいから、とにかく主張することから始める」という姿勢になってしまうことがあります。時には、必要のない衝突や対立を生んでしまうこともあります。

経営者が主張を行うのは、自身の理想や志に真っすぐに経営するためです。しかし、その目的を忘れるほど感情的になると、経営者の態度は横柄になり、自分や会社の評価を落とします。正々堂々と主張しようとしているのに、もったいないことです。

このあたり、経営者は良い意味で、したたかになりましょう。相手に取り入るのではなく、相手を利用するということです。これは、経営者が冷静でなければできることではありません。

もし、自分で感情をコントロールするのが難しいと感じるときは、信頼できる部下を同行させます。経営者が感情的になったときに、そのことを指摘してくれるかもしれません。また、経営者としても、隣に部下が座っていれば冷静になれるでしょう。

相手に主張できるようになることは、経営者としての第一歩です。次はそこから進み、けんかする相手やけんかの仕方を心得ることです。感情的になりそうになったら、「なぜ、衝突や対立をするのか」を自分に問い掛けましょう。

最後に、「あれはあれ。これはこれ」といったように、素早く気持ちを切り替えられる柔軟さを持ちましょう。過去のけんかにこだわって未来の可能性を潰してしまうのは、会社のためになりません。

以上(2018年10月)

pj10011
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小売店が成功するための立地を考える

書いてあること

  • 主な読者:小売店の店舗開発担当者
  • 課題:立地の良し悪しを客観的に判断したい
  • 解決策:好立地の条件を解説し、商圏設定や売上高予測の方法を整理する

1 店舗展開の基本

店舗が長期にわたり一定以上の収益を確保するには、どれだけリピーターを確保できるかが重要な課題となります。地域の生活者が顧客として定着するには次の段階を経ることになります。

  • 認知:店舗の存在を知る
  • 関心:店舗に興味を持つ
  • 評価:店舗に好感を持つ
  • 利用:店舗を実際に利用する
  • 再評価:予想以上の内容に満足する
  • 再利用:顧客として定着する

小売業は立地がとても重要です。街は変化しており、店舗開発においては、出店予定地の現状だけでなく将来の展望も考慮に入れなければなりません。特に、大規模店が同地域に出店すると、人の動きに大きな変化を与えます。基本的には、次のような点を考慮すべきです。

  • 交通の便が良く、分かりやすい場所であること
  • 競合店が集中していない地域であること
  • 店舗開設に支障がなく、比較的安価に出店できること

また、立地は大きく3つのタイプに分けられます。

  • 繁華街
  • 都市部の住宅密集地域
  • 郊外の新興住宅地域

店舗の集客力を大きく左右する要素としては、立地、施設形状、品ぞろえ、価格、品質、味、サービスなどが挙げられます。

「認知」~「利用」の段階にかけては立地の影響が大きく作用します。特に、品質・価格・サービスの差異化が難しい業種の場合には、立地や施設形状が影響します。

2 好立地の条件

好立地とは地域の顧客が来店しやすい立地のことで、自店の基準値以上の商圏人口が見込め、目標売上高の達成を見込める立地のことをいいます。

商圏は大きく近隣商圏、地域商圏、広域商圏とに分けられます。各商圏で成立する店舗業態は次のようになります。

  • 近隣商圏立地:コンビニエンスストア、各種食料品店など
  • 地域商圏立地:量販店、家電販売店、衣料品店など
  • 広域商圏立地:百貨店、高級専門店など

商圏規模は、次の通りになります。

  • 近隣商圏 < 地域商圏 < 広域商圏

例えば、広域商圏・地域商圏立地でもコンビニエンスストアは成立しますが、近隣商圏立地では百貨店や量販店は成立しません。

大規模店舗は単独店による集客が期待できますが、小規模店舗は単独店による集客が難しい場合があります。こうした場合は、商店街などの商業集積地やショッピングセンターなどの商業施設に出店すれば、地域商圏の確保や集客も容易になります。

商業施設内に出店する場合には、自店の営業に必要なだけの商圏人口が見込め、人通りが十分であり、商業集積地や商業施設の集客力が十分であることが必要です。

また、郊外ロードサイド立地の場合には、次のような点が重要です。

  • 自店の営業に必要なだけの商圏人口が見込める
  • 必要な店舗面積を確保できる
  • 駐車場が確保できる
  • 間口の広さが十分ある
  • 車道から認知しやすい
  • 車の出入りがしやすい

店舗は、顧客が入りやすくなければなりません。明るい店内・広い間口・広い窓・見やすい商品ディスプレーなど、顧客を店内に誘導するための工夫を常に心掛ける必要があります。立地選定はその第一歩であり、後からでは修正できない重要な要素です。

3 入り口は広く

例えば、図表1のようなA店とB店があったとします。A店もB店も店舗面積は同じですが、A店の間口(道路に面した部分)は狭く、B店の間口は広いものとします。図中の矢印は、車が店舗に入るときの動きを表しています。

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まず、A店の場合、間口が狭い分、道路から鋭角に進入する必要があります。次に、B店の場合、間口が広い分、道路から鈍角に進入することができます。

当然のことながら、曲がる角度が急であるほど、その分スピードを落とす必要があります。A店とB店を比較すると、B店よりもA店に入るときのほうがよりスピードを減速する必要があります。追突事故の危険を考慮すると、A店よりもB店のほうが入店しやすいといえます。

減速のしやすさ、曲がりやすさは、実際に現地でドライブテストをする必要があります。急ブレーキではなく、安全に減速できる手前から店舗の位置を認知できるかどうかも重要です。

図表2のように、地域によっては、街路樹が植えられていて、ロードサイドの状況が分かりにくい場合があります。店舗入り口の街路樹は伐採するとしても、安全に減速できる手前から店舗の位置が確認できなければ、安心して左折できません。

例えば、同じ業態のライバル店のA店とB店が図表1のように並んでいたとします。街路樹があると走行中の斜め前方にある店舗の認知は難しくなります。他に目印になるものがない場合、入店しにくいA店を目印にしてB店に入るということになります。

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4 遠くから分かる

1)カーブの影響

入店するには、安全に減速できる手前で店舗の位置を確認できることが必要です。周辺に建物が無い場合、容易に店舗の位置を確認することができますが、周りに建物や看板が多く、自店が風景に埋没してしまう場合、店舗の位置を確認することが難しくなります。この場合、看板や店舗の外装が目立つような工夫が必要です。

図表3で、各道路の左側に位置しているのが店舗です。ロードサイドに当該店舗以外に何も無い場合は別として、手前に建物などがあると店舗が手前の建物の背後に隠れます。認知しやすさの点では、「1位:カーブの外側、2位:直線、3位:カーブの内側」という順になります。

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2)坂道の影響

例えば、図表4のようなA店~D店があったとします。

D店は下り坂の途中にあり、下り始めるまでドライバーの視界に入りません。また、下り坂は自然と速度が上がる傾向にあり、入店するために減速しにくくなります。

A店~D店を比較するとC店が最も認知しやすく、入りやすい立地といえます。C店のある場所は、道路の下り坂から上り坂に切り替わる間のサグ部となっており、無意識のうちに減速をするからです。B店は上り坂の途中にあり減速しやすいのですが、逆に店舗を出るときには加速に苦労する立地です。

A店は坂を上り切るまで視界に入りません。また、坂を上り切ると速度が戻るため、通り過ぎてしまう可能性があります。

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5 右折より左折

車の運転では、右折よりも左折が優先されます。右折の得手・不得手とは別に、右折せずに入出店できる立地が望ましいといえます。

通行量の多い通りで、反対車線から右折して店舗に入ろうとする車は後続車の交通渋滞を引き起こします。このため、大型商業施設では反対車線からの右折入店を禁止するところが多く見られます。

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郊外ロードサイド店が、集客の中心となる人口集積地から左折の連続で来店~帰宅できるようにするためには、図表6のように人口集積地に背を向けた位置に出店することが望まれます。

新規出店に際し留意すべきことは、現在のみならず将来の競合関係です。例えば、競合店が見当たらない地域に出店する場合は、競合関係を考慮せずに済みます。一方で、自店の成功を見て、将来競合店が出店した場合でも、優位性を保てる立地を押さえておく必要があります。そのためには、「人口集積地により近い」「信号機の付いた交差点の角など、右折でも出入りができる」など、考えられる限り良好な立地を選定することが必要です。

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6 商圏設定

立地調査は、好立地であるかどうかを判断するための調査です。先述の通り、好立地とは地域の顧客が来店しやすい立地のことで、自店の基準値以上の商圏人口が見込め、目標額以上の売上高が見込める立地のことをいいます。

最寄り品の販売店の商圏は、都市部では半径500メートル~1キロメートルが目安になります。もし、途中に、鉄道線路、高速道路などの広い道路がある場所や、川が流れている場所があれば、そこが商圏の境界線になります。また、「上り下り」の人の流れも考慮する必要があります。地域商圏を念頭に置いた郊外ロードサイド店の場合、走行時間10分程度の距離が目安になります。街と街の商圏境界線を算出するには、次の式を参照してください。

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7 売上高予測

1)外部データの活用

新規事業として第1号店を出店する場合、過去の実績が無いため、外部データを参考に推測せざるを得ません。例えば、総務省「家計調査年報」、経済産業省「経済センサス」、日本生産性本部「レジャー白書」などのデータを基に個人消費支出額を算出し、次の式で推計します。

  • 売上高=個人消費支出額×商圏人口×市場占有率

自店の市場占有率については外部データだけでは分からないため、過去の実績がない場合は、「他店に学ぶ」という方法があります。自店の立地・イメージ・客層が似ている他店の調査を行います。しかし、その店に「御社の売り上げはどの程度ですか」と聞いても答えてはくれません。そのようなときには、店舗を観察し売り上げを推測します。

売上高は、次の式で推計することができます。

  • 売上高=平均客単価×入店客数

平均客単価はレジの近くで観察すれば把握することができます。入店客数は入り口が見える目立たない場所でカウントします。

2)社内データの活用

商圏内市場規模と自店の売上高推計は、既存店があり社内データが蓄積されている場合には、次式で推計することができます。

  • 年間売上高=個人MS(マーケットサイズ)×商圏人口(1式)
  • 年間売上高=立地前通行量×入店率×平均客単価×営業日数(2式)

社内データは社外データに比べて、質・量ともに参考になります。まず、売上高推計をするのに必要になるのは、自店独自の個人MSを把握するためのデータです。既存店の商圏並びに商圏内人口を把握することによって、個人MSは次式で推計することができます。

  • 個人MS=売上高÷商圏人口

実際の商圏を把握するには、顧客の住所を調べます。顧客カードの作成や意識調査などを通してデータが蓄積されます。蓄積されたデータを地域ごとに集計すると自店の商圏の広がりが見えてきます。

図表8は、店舗立地と顧客を地図上にイメージして商圏の広がりを描いたものです。

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1.個人MSからの売上高予測

図表8のように自店の商圏設定ができたら、商圏内各地区の人口を地区別人口表などで調べ、自店の売上高を推計します。

例えば、既存店の売上高が1億円で商圏人口が10万人の場合、個人MSは次の式で推計することができます。

  • 個人MS=1億円÷10万人=1000円

そして、出店予定地の商圏人口8万人の場合、自店の売上高は次の式で推計することができます。

  • 年間売上高=1000円×8万人=8000万円

2.入店率からの売上高予測

商店街などに出店する場合、当商店街の商圏と集客数(集客力)は既に決まっています。この場合、集客数の中からどれだけの人を自店に吸引できるかと考えたほうが、商圏全体から推計するよりも容易に推計することができます。自社既存店の通行量と入店率を調べ、新規出店の際に活用します。

例えば、出店予定立地前の人の通行量が5000人、店舗前通行者の入店率が5%、平均客単価が1000円であった場合、次の式で推計することができます。

  • 年間売上高=5000人×5%×1000円×365日=9125万円

なお、顧客のデータをより詳細なものにするためには、性別・年齢別でデータを蓄積していきます。例えば、出店予定の商業施設の来店客の客層と自店の客層に違いがある場合、単純に上記の式で推計するわけにはいきません。性別・年齢別データは、顧客別に売上管理ができれば、顧客ごとの購入金額や購入頻度などのデータも簡単に把握できます。または、レジに入力する際に、性別と年齢(見た目)を入力するという方法もあります。その他、簡単な方法としては店内外の観察(性別・年齢別にカウント)により性別・年齢別客数を把握することができます。

以上(2019年10月)

pj80074
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営業担当者に求められる情報収集術

書いてあること

  • 主な読者:営業活動の効果を高めたいと考える経営者
  • 課題:営業活動に情報を十分活用できない、必要な情報を収集できない
  • 解決策:情報から課題を見つけたり、情報を聞き出す術を身につけたりする

1 顧客志向が求められる中での「ソリューション営業」

インターネットの普及など、誰もが手軽にさまざまな情報を収集できるようになった現在、顧客が営業担当者よりも質・量ともに充実した情報を持っていることも珍しくなくなりました。営業担当者が、商品の機能について通り一遍の営業トークをしても顧客の興味を引くことはできません。顧客は、「その商品を購入することによって自分の課題がどのように解決できるのかを、自分(顧客)が気付いていなかった視点で提案して欲しい」と望んでいます。そうした中で定着したのが「ソリューション営業」(提案型営業)です。

【ソリューション営業】

自社の売り上げ増加のみを最終目標とする自社本位の営業活動ではなく、徹底的な情報収集・分析を通じて顧客のビジネス上の課題を把握し、その解決策を全社的に提案することで顧客と自社の利益を同時に達成し、他社が介入する余地のない長期にわたるパートナーシップを確立するという顧客本位の営業スタイル。

2 ソリューション営業で重要な顧客の情報収集と分析

1)ソリューション営業の進め方

ソリューション営業は手間がかかります。なぜなら、ソリューション営業では、顧客に関するさまざまな情報を収集・分析した上で課題を発見し、それを解決に導く提案をしなければならないからです。ソリューション営業の進め方は業種、企業、営業担当者によって異なりますが、基本的には次のような流れで進めることになります。

1.ソリューション営業を行う顧客の決定

全ての顧客にソリューション営業を行うのはリソースの問題で困難です。また、関係が良好な顧客に、その時点でわざわざソリューション営業を展開し、波風を立てる必要もありません。ソリューション営業は、必要な時に、必要な相手に行うことが基本です。

2.対象となる顧客に関する情報の収集・分析

顧客に関する情報の収集・分析は、ソリューション営業の最も重要なステップです。社内外、インターネットとリアルを使い分け、必要な情報を効率的かつ迅速に収集し、分析しなければなりません。

3.課題の把握と提案の内容の組み立て

顧客に関する情報を分析した結果に基づいて仮説を立て、その顧客が抱えているであろう課題を導き出します。その仮説を顧客に伝え、実際にそうであるのかを確認し、提案内容を考えます。もし、仮説が間違っていたら、顧客にヒアリングしながら軌道修正していきます。

4.提案内容をプレゼンテーション

提案内容を顧客にプレゼンテーションします。提案内容によるものの、プレゼンテーションでは、できるだけ数字を交えて定量的に説明するようにします。下手に金額を隠すようなことをすると顧客と信頼関係が築けません。

5.フォローアップ(効果の確認)

ソリューション営業を行った顧客とは、中長期的な付き合いになります。サービスを導入した後は、想定した効果が表れているかなど、継続的にフォローをします。仮に効果が上がっていないようであれば、再度、情報の収集・分析から始めます。

2)情報収集の基本

前述した5つのステップはどれも重要ですが、ここでは「2.対象となる顧客に関する情報の収集・分析」に注目します。情報を収集する際は、どのような情報を、どのような手段で収集するかを明確にします。これができていないと、不適切な情報、不必要な情報を収集してしまうこともあり、効果的なソリューション営業を実践できません。

1.どのような情報を収集するか

必要となる情報はケースバイケースですが、少なくとも顧客の内部環境(資源)・外部環境は把握しておかなければなりません。一般的に、企業経営を取り巻く環境は次のように大別されます。これらの基本情報を整理することで、「顧客の強み、弱み」や「顧客が抱えている課題」などが見えてきます。

  • 内部環境(資源):経営戦略、経営理念、経営資源(ヒト、モノ、カネ)など
  • 外部環境:人口動態、経済動向、市場動向、競合状況など

2.どのような手段で収集するか

情報収集の手段は、次のように大別されます。情報収集の手段は多種多様です。状況に応じてこれらを使い分けることができれば、求める情報に素早くたどり着くことができます。

  • 読む情報:インターネット、新聞、雑誌など
  • 聞く情報:顧客、顧客の取引先、自社の前任の営業担当者、金融機関など
  • 見る情報:顧客訪問、顧客がサービスを提供する事業所の訪問など

3 情報収集・分析の具体的な手法

1)多くの情報源を確保する

情報収集の原則は、数多くの信頼できる情報源を確保することです。素早く情報を収集するには、「関連の記事や報告書を読む」「知っている人に聞く」「実際の現場に行く、相手と会う」ことが欠かせませんが、求める情報がどこにあるのか分からないと、情報収集の初手からつまずいてしまいます。

また、さまざまな情報があふれる時代にあって、中には不適切な情報、不正確な情報もあります。そのため、情報源を確保する際は、信頼できる情報源を見極める必要があります。特に、人と会って収集する情報は非常に貴重ですが、情報源となる頼れる人脈は自らの力で構築していかなければなりません。必要な情報を収集するための情報源の例は次の通りです。

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2)収集した情報を基に課題を把握する(仮説を立てる)

必要な情報が収集できたら、今度はそれを分析し、顧客が抱える課題を把握することが必要です。情報の分析方法はさまざまですが、代表的な方法にはSWOT分析があります。SWOTとは、「S:Strength(強み)」「W:Weakness(弱み)」「O:Opportunity(機会)」「T:Threat(脅威)」の頭文字をとったもので、企業が置かれている状況を客観的に判断する際に用いられる分析手法です。イタリア料理のレストランを例にした場合、SWOT分析の一例は次の通りです。

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SWOT分析の例で紹介したイタリア料理のレストランの場合、次のような仮説を立てることができます。このような仮説が立てられるのは、適切な情報を収集し、それを客観的に分析したからに他なりません。

  • オフィスビルができたことで、特にランチタイムの顧客が増える可能性があるものの、向かいのファミリーレストランと競合になる
  • 有名イタリア人シェフの料理や丁寧な接客は強みであるものの、人件費が高い

4 「聞く」テクニック

1)情報を聞き出す

情報を収集する方法として「読む」「聞く」「見る」の3つを紹介しました。これらの中で、情報の収集が最も難しいものの、成功すれば有益な情報を得られる可能性が高いのは「聞く」情報です。

通常、顧客が胸の内に秘めている思いは新聞などの記事にはなりませんし、観察してもなかなか察知できません。こうした情報を聞き出すには、聞き手となる営業担当者にそれなりのテクニックが求められます。これから紹介するテクニックは、既に多くの営業担当者が心得ていることと思いますが、確認のために紹介します。

2)顧客が受け入れやすい話題から始める

顧客と顔を合わせてすぐに商談の話をすることもありますが、これは、その顧客とある程度の信頼関係がある場合に限られます。新規の見込み客を訪問し、いきなり「いい商品ですから、ぜひとも購入してください」なととセールスをはじめたら、顧客が警戒心を強めることは間違いないでしょう。

そこで、まずは顧客にとって良いニュース、あるいは当たり障りのない話題から始め、全体の空気を和ませることから始めましょう。

3)自分ばかりが話しすぎない

自社のサービスを熟知している営業担当者は、ついついサービスの機能や利点ばかりを宣伝しがちです。自分が話すことに夢中になり、1時間の商談で営業担当者が45分以上話してしまっていることもあります。

目的はあくまでも情報収集ですから、できるだけ質問することを心掛け、顧客が話す時間を長くします。ただし、あれもこれも聞きすぎると、顧客が疲れてしまい、話す気をなくしてしまうことがあります。このような場合は、話のところどころで顧客が興味を持つ情報を提供し、「情報のギブアンドテイクの関係」を築くようにします。

4)あらかじめ質問内容を準備しておく

「聞く」情報収集は、顧客に質問し、それに対する回答から必要な情報を導き出すものです。従って、最低でも訪問前に質問したい事項をまとめておく必要があります。

ただし、用意した質問を全てしなければならないと考え、顧客の話の腰を折って質問をし続けてはいけません。あくまでも、話の流れを止めないように臨機応変に対応します。また、話しているうちに、事前に準備していた質問が的外れとなってしまうことがあります。こうした場合は、準備していた質問にとらわれることなく、新たに浮かんでくる疑問について、素直に質問してみましょう。

5)相づちは打つが、メモは取りすぎない

顧客との商談が1時間になっても、本当に重要な情報は会話の中のごく一部であるのが通常です。そして、大切なのは、重要な情報を聞き出すことですから、適度に相づちをうち、適度に笑います。また、必要に応じてメモを取り、真剣に話を聞いている姿勢を顧客に示します。

ただし、あまりに真剣にメモを取りすぎるのは問題となることがあります。メモは紙に残るものであるため、顧客が警戒して話をやめてしまうことがあるからです。メモを取るべきなのは、顧客が話した本当に重要な情報の部分だけで十分なのです。

6)確認をする

会話が一段落ついたところで、「今のお話は○○ということですね?」といったように確認をしましょう。この効果は2つあります。1つ目は、顧客が「自分の話を聞いてくれているんだな」と気分を良くすることです。もう1つは、営業担当者が確認のために話した内容に対して、顧客が補足説明をしてくれることがあるということです。補足説明を受けられれば、より幅広い情報を収集することができます。

営業担当者の中には、わざと間違えて確認をしたり、顧客の補足説明を導き出すテクニックを使う人がいます。ただし、このテクニックを使いすぎると、「理解の遅い営業担当者だ」と顧客に嫌われてしまう恐れがあるので、使う相手と場面を確実に見極めることが重要です。

7)予期せぬ事態になっても慌てない

商談の場では、全く予期せぬ質問を顧客にされることが多々あります。このような時、何も言えなくなってしまう営業担当者、意味不明な回答をしてしまう営業担当者、正しくない回答(嘘)をしてしまう営業担当者がいます。顧客から予期せぬ質問をされた場合も、決して慌てる必要はありません。自分の知らないことであれば、「一度社に戻ってから回答させていただきます」と素直に言えばよいのです。

逆に、何も言えなくなったり、意味不明な回答をしてしまったりすると、慌てていることを顧客に悟られてしまい、後の営業活動に支障をきたすおそれがあります。また、1回でも正しくない回答をすれば、一瞬にして信用を失ってしまいます。

5 営業活動で使えるヒアリングシートの一例

実際は訪問履歴のスペースを大きくして、多くのことを書き込めるようにしておきましょう。

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以上(2019年5月)

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画像:pixabay

企業のライフサイクルに沿った人材活用の考え方

書いてあること

  • 主な読者:企業のライフサイクルに応じた人材配置をしたい経営者
  • 課題:適任者がいない。あるいは、同じようなタイプの人材が登用される
  • ポイント:既存の枠にとらわれないチャレンジングな登用が奏功することもある

1 企業の「ライフサイクル」とは

1)商品のライフサイクルの考え方

ヒットした商品もいずれは衰退期を迎え、市場から姿を消していきます。商品が市場に出てから姿を消すまでを「商品のライフサイクル」といい、次の4段階で進んでいきます。

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導入期や成長期では、市場に参入する負荷が高いので、宣伝広告や営業活動などの販促活動を総動員して「市場づくり」「顧客づくり」に力を注ぎます。

成熟期では、需要をできる限り継続させてシェアの維持を図ります。このため、ユーザーへのアフターケアを強化するとともに、生産や供給コストの合理化を図って商品力を強化していきます。

衰退期は、商品が徐々に衰退しながら新しい商品へと交替していく時期です。従来の商品に替えて、次の商品を導入するタイミングが重要な意味を持ってきます。早過ぎると在庫過剰や自社ブランドの共食い現象が発生し、遅過ぎると旧商品によって形成された市場に競合が割り込んでしまいます。

2)企業にもある「ライフサイクル」

企業(組織)においても商品と同様に「ライフサイクル」が存在します。ライフサイクルを企業に当てはめてみましょう。企業のライフサイクルの4段階は次の通りです。

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企業の人材活用に必要な視点は、自社がこれらのライフサイクルのどの段階にあるかによって異なります。本稿では、身近な例を挙げながら、企業のライフサイクルと人材活用の関係について紹介します。

2 企業のライフサイクルと人材戦略の関係

1)企業のライフサイクルと「適材」「適所」の関係

企業のライフサイクルが進むごとに、企業の組織構成も新しくなります。新しい組織に人材を配置するセオリーが「適材」「適所」であることは言うまでもありません。「適材」とは、適切な能力を持った人材であり、「適所」とは、人材が適切な機能を果たす部門ということです。例えば、会計部門であれば会計業務に長じた人材を配置することになります。

しかし、もう少し戦略的な見方で「配置」を考えると、いくつかの問題点が浮上してきます。例えば次のような問題点が挙げられるでしょう。

  • 適任者がいなければ、機能すべき部門が十分に機能しない可能性がある
  • 適任者といえども、あくまで業務に対する能力であって、「新組織」という不確定要素の多い環境に適応しているとは限らない
  • 逆に、安定して機能している組織に「新組織」を得意とする人を配置してしまうケースもある

2)「適材」「適所」の考え方

こんな例があります。ある広告代理店で、クライアントの増加により営業社員の担当エリアが拡大したため、営業部が本社とは別に支社を設置することになりました。しかし、新しい支社の責任者選びになかなか結論が出ません。人事部長はどうにか候補者を2名に絞り込んだところで会議を招集し、「新しい支社の責任者にA君とB君を候補として考えています。意見を聞かせてください」と伝えました。

A君は、社内状況をしっかりと把握し、営業面でもそつなくこなしており、現場での人望も厚いようです。しかも生え抜きで、下馬評では最有力です。B君は、実績面でこそ合格ラインとなっているものの、ルール違反や社内の他部門に対する配慮に欠けた営業活動で、他の部門からは非難を浴びているとのことです。

結果、会議で出された意見ではA君の支持が圧倒的となりました。しかし、そこで人事部長は「皆さんの意見は分かりました。私の意見はB君です。会議結果をまとめて社長に報告します。従って、最終的な辞令は後日、社長から発表していただきます」と伝えました。そして数日後、大方の予想を裏切ってB君が責任者として任命されました。

半年後、新支社は見事に大きな実績を上げることができたのです。当初の立ち上げ計画を大幅に上回り、新規のクライアントが数多く含まれていました。

実は、人事部長は社長にこんな提言をしていました。「普通に考えれば、A君で決まりです。しかし、これでは支社の立ち上げ目標をクリアするのは困難で、本社から相当の支援を必要とします。ですから、今回はあえてB君に白羽の矢を立てたのです。彼は、どうも本社内で勝手な動きをしているのが気になるのですが、原因は本社の業務システムと彼の活動システムが根本的に違うことにあるのではないかと思うのです。責任者としての適性に疑問は残りますが、新規の土俵をつくり上げる役割という視点で見れば彼の発想は注目すべきです」。

新しい部門は、ルールづくりから始めなければなりません。新しい関係先や取引先も、一からの関係づくりが必要です。その半面、コストパフォーマンスや合理性の追求は後回しになりがちで、既存の「やり方」と摩擦を起こすこともしばしばあるものです。責任者がこうした摩擦を負担に感じてしまうようでは推進力が鈍ります。負担には違いないけれども、これらを解決することに焦点を定めて果敢にトライするエネルギーが貴重な戦力になるのです。

今回のケースは、企業のライフサイクルにおける「拡大期」の人材配置の例です。企業が飛躍を始める拡大期においては、業務をそつなくこなすことよりも、新しいことに次々と取り組んでいける人材が必要になります。

平時において治めることに力を発揮する者もいれば、混乱の中でその力を発揮する者もいます。B君の特質はまさに後者であったということです。支店の営業が安定した後にはA君に責任者の地位を譲り渡すこともあり得るでしょうが、少なくとも支店の立ち上げという「拡大期」においてはB君の起用がより効果的だったわけです。一見、不適切に思える人材配置も、その「時期」を見極めれば適切なものになり得るのです。

3 「適材」「適所」に「適時」の視点を加える

企業経営はよりスピードを増し、経営者にとっても、企業にとっても過酷な要求が次々と投げかけられます。例えば、社内の情報化を例に挙げると、「組織として対応せざるを得ないのは分かっているが、組織を動かす『人』がいない」といった悩みを抱えている経営者は数多くいるのではないでしょうか。企業では既に分社化や事業部ごとの独立採算制が進み、組織はどんどんコンパクトになり、それに伴い意思決定のスピードも速くなっています。意思決定スピードの上昇に対応するため、従来のタテ割りの組織形態を変更し、よりフラットな組織形態を選択する企業も出てきています。そのような組織形態では、タテ割り型の組織よりもリーダーになる人材が限られることが多く、組織のリーダーとなる人材を選択することの重大さはますます大きくなるでしょう。

そんな変革の時代の人材配置の考え方として、「適材」「適所」という選択基準に「適時」という考え方を取り入れてみてはいかがでしょうか。A君とB君の例では、事業が拡大期にあり、新しいことを次々とこなしていける人材が求められていたからこそB君の力が生きたわけです。逆に、衰退期にある事業部を統合するといった状況であれば、A君やその他の人材の能力が活かされることでしょう。

人材は見方を変えれば、異なった特性を発見することができます。変革の時代においては、従来の人材配置手法である、業務の達人が昇進してリーダーになるだけのシステムでは、真に優秀な人材を活かすことはできなくなるかもしれません。

これからの人材配置は、次のような点をより重視して、「適切な人材」を「適切な部門」へ「適切な時期」に配置することが重要となるでしょう。

  • 今、その事業がライフサイクル上のどのような位置にあるのか
  • 今、求められているのはどのような能力なのか

以上(2019年10月)

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