小売店が成功するための立地を考える

書いてあること

  • 主な読者:小売店の店舗開発担当者
  • 課題:立地の良し悪しを客観的に判断したい
  • 解決策:好立地の条件を解説し、商圏設定や売上高予測の方法を整理する

1 店舗展開の基本

店舗が長期にわたり一定以上の収益を確保するには、どれだけリピーターを確保できるかが重要な課題となります。地域の生活者が顧客として定着するには次の段階を経ることになります。

  • 認知:店舗の存在を知る
  • 関心:店舗に興味を持つ
  • 評価:店舗に好感を持つ
  • 利用:店舗を実際に利用する
  • 再評価:予想以上の内容に満足する
  • 再利用:顧客として定着する

小売業は立地がとても重要です。街は変化しており、店舗開発においては、出店予定地の現状だけでなく将来の展望も考慮に入れなければなりません。特に、大規模店が同地域に出店すると、人の動きに大きな変化を与えます。基本的には、次のような点を考慮すべきです。

  • 交通の便が良く、分かりやすい場所であること
  • 競合店が集中していない地域であること
  • 店舗開設に支障がなく、比較的安価に出店できること

また、立地は大きく3つのタイプに分けられます。

  • 繁華街
  • 都市部の住宅密集地域
  • 郊外の新興住宅地域

店舗の集客力を大きく左右する要素としては、立地、施設形状、品ぞろえ、価格、品質、味、サービスなどが挙げられます。

「認知」~「利用」の段階にかけては立地の影響が大きく作用します。特に、品質・価格・サービスの差異化が難しい業種の場合には、立地や施設形状が影響します。

2 好立地の条件

好立地とは地域の顧客が来店しやすい立地のことで、自店の基準値以上の商圏人口が見込め、目標売上高の達成を見込める立地のことをいいます。

商圏は大きく近隣商圏、地域商圏、広域商圏とに分けられます。各商圏で成立する店舗業態は次のようになります。

  • 近隣商圏立地:コンビニエンスストア、各種食料品店など
  • 地域商圏立地:量販店、家電販売店、衣料品店など
  • 広域商圏立地:百貨店、高級専門店など

商圏規模は、次の通りになります。

  • 近隣商圏 < 地域商圏 < 広域商圏

例えば、広域商圏・地域商圏立地でもコンビニエンスストアは成立しますが、近隣商圏立地では百貨店や量販店は成立しません。

大規模店舗は単独店による集客が期待できますが、小規模店舗は単独店による集客が難しい場合があります。こうした場合は、商店街などの商業集積地やショッピングセンターなどの商業施設に出店すれば、地域商圏の確保や集客も容易になります。

商業施設内に出店する場合には、自店の営業に必要なだけの商圏人口が見込め、人通りが十分であり、商業集積地や商業施設の集客力が十分であることが必要です。

また、郊外ロードサイド立地の場合には、次のような点が重要です。

  • 自店の営業に必要なだけの商圏人口が見込める
  • 必要な店舗面積を確保できる
  • 駐車場が確保できる
  • 間口の広さが十分ある
  • 車道から認知しやすい
  • 車の出入りがしやすい

店舗は、顧客が入りやすくなければなりません。明るい店内・広い間口・広い窓・見やすい商品ディスプレーなど、顧客を店内に誘導するための工夫を常に心掛ける必要があります。立地選定はその第一歩であり、後からでは修正できない重要な要素です。

3 入り口は広く

例えば、図表1のようなA店とB店があったとします。A店もB店も店舗面積は同じですが、A店の間口(道路に面した部分)は狭く、B店の間口は広いものとします。図中の矢印は、車が店舗に入るときの動きを表しています。

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まず、A店の場合、間口が狭い分、道路から鋭角に進入する必要があります。次に、B店の場合、間口が広い分、道路から鈍角に進入することができます。

当然のことながら、曲がる角度が急であるほど、その分スピードを落とす必要があります。A店とB店を比較すると、B店よりもA店に入るときのほうがよりスピードを減速する必要があります。追突事故の危険を考慮すると、A店よりもB店のほうが入店しやすいといえます。

減速のしやすさ、曲がりやすさは、実際に現地でドライブテストをする必要があります。急ブレーキではなく、安全に減速できる手前から店舗の位置を認知できるかどうかも重要です。

図表2のように、地域によっては、街路樹が植えられていて、ロードサイドの状況が分かりにくい場合があります。店舗入り口の街路樹は伐採するとしても、安全に減速できる手前から店舗の位置が確認できなければ、安心して左折できません。

例えば、同じ業態のライバル店のA店とB店が図表1のように並んでいたとします。街路樹があると走行中の斜め前方にある店舗の認知は難しくなります。他に目印になるものがない場合、入店しにくいA店を目印にしてB店に入るということになります。

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4 遠くから分かる

1)カーブの影響

入店するには、安全に減速できる手前で店舗の位置を確認できることが必要です。周辺に建物が無い場合、容易に店舗の位置を確認することができますが、周りに建物や看板が多く、自店が風景に埋没してしまう場合、店舗の位置を確認することが難しくなります。この場合、看板や店舗の外装が目立つような工夫が必要です。

図表3で、各道路の左側に位置しているのが店舗です。ロードサイドに当該店舗以外に何も無い場合は別として、手前に建物などがあると店舗が手前の建物の背後に隠れます。認知しやすさの点では、「1位:カーブの外側、2位:直線、3位:カーブの内側」という順になります。

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2)坂道の影響

例えば、図表4のようなA店~D店があったとします。

D店は下り坂の途中にあり、下り始めるまでドライバーの視界に入りません。また、下り坂は自然と速度が上がる傾向にあり、入店するために減速しにくくなります。

A店~D店を比較するとC店が最も認知しやすく、入りやすい立地といえます。C店のある場所は、道路の下り坂から上り坂に切り替わる間のサグ部となっており、無意識のうちに減速をするからです。B店は上り坂の途中にあり減速しやすいのですが、逆に店舗を出るときには加速に苦労する立地です。

A店は坂を上り切るまで視界に入りません。また、坂を上り切ると速度が戻るため、通り過ぎてしまう可能性があります。

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5 右折より左折

車の運転では、右折よりも左折が優先されます。右折の得手・不得手とは別に、右折せずに入出店できる立地が望ましいといえます。

通行量の多い通りで、反対車線から右折して店舗に入ろうとする車は後続車の交通渋滞を引き起こします。このため、大型商業施設では反対車線からの右折入店を禁止するところが多く見られます。

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郊外ロードサイド店が、集客の中心となる人口集積地から左折の連続で来店~帰宅できるようにするためには、図表6のように人口集積地に背を向けた位置に出店することが望まれます。

新規出店に際し留意すべきことは、現在のみならず将来の競合関係です。例えば、競合店が見当たらない地域に出店する場合は、競合関係を考慮せずに済みます。一方で、自店の成功を見て、将来競合店が出店した場合でも、優位性を保てる立地を押さえておく必要があります。そのためには、「人口集積地により近い」「信号機の付いた交差点の角など、右折でも出入りができる」など、考えられる限り良好な立地を選定することが必要です。

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6 商圏設定

立地調査は、好立地であるかどうかを判断するための調査です。先述の通り、好立地とは地域の顧客が来店しやすい立地のことで、自店の基準値以上の商圏人口が見込め、目標額以上の売上高が見込める立地のことをいいます。

最寄り品の販売店の商圏は、都市部では半径500メートル~1キロメートルが目安になります。もし、途中に、鉄道線路、高速道路などの広い道路がある場所や、川が流れている場所があれば、そこが商圏の境界線になります。また、「上り下り」の人の流れも考慮する必要があります。地域商圏を念頭に置いた郊外ロードサイド店の場合、走行時間10分程度の距離が目安になります。街と街の商圏境界線を算出するには、次の式を参照してください。

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7 売上高予測

1)外部データの活用

新規事業として第1号店を出店する場合、過去の実績が無いため、外部データを参考に推測せざるを得ません。例えば、総務省「家計調査年報」、経済産業省「経済センサス」、日本生産性本部「レジャー白書」などのデータを基に個人消費支出額を算出し、次の式で推計します。

  • 売上高=個人消費支出額×商圏人口×市場占有率

自店の市場占有率については外部データだけでは分からないため、過去の実績がない場合は、「他店に学ぶ」という方法があります。自店の立地・イメージ・客層が似ている他店の調査を行います。しかし、その店に「御社の売り上げはどの程度ですか」と聞いても答えてはくれません。そのようなときには、店舗を観察し売り上げを推測します。

売上高は、次の式で推計することができます。

  • 売上高=平均客単価×入店客数

平均客単価はレジの近くで観察すれば把握することができます。入店客数は入り口が見える目立たない場所でカウントします。

2)社内データの活用

商圏内市場規模と自店の売上高推計は、既存店があり社内データが蓄積されている場合には、次式で推計することができます。

  • 年間売上高=個人MS(マーケットサイズ)×商圏人口(1式)
  • 年間売上高=立地前通行量×入店率×平均客単価×営業日数(2式)

社内データは社外データに比べて、質・量ともに参考になります。まず、売上高推計をするのに必要になるのは、自店独自の個人MSを把握するためのデータです。既存店の商圏並びに商圏内人口を把握することによって、個人MSは次式で推計することができます。

  • 個人MS=売上高÷商圏人口

実際の商圏を把握するには、顧客の住所を調べます。顧客カードの作成や意識調査などを通してデータが蓄積されます。蓄積されたデータを地域ごとに集計すると自店の商圏の広がりが見えてきます。

図表8は、店舗立地と顧客を地図上にイメージして商圏の広がりを描いたものです。

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1.個人MSからの売上高予測

図表8のように自店の商圏設定ができたら、商圏内各地区の人口を地区別人口表などで調べ、自店の売上高を推計します。

例えば、既存店の売上高が1億円で商圏人口が10万人の場合、個人MSは次の式で推計することができます。

  • 個人MS=1億円÷10万人=1000円

そして、出店予定地の商圏人口8万人の場合、自店の売上高は次の式で推計することができます。

  • 年間売上高=1000円×8万人=8000万円

2.入店率からの売上高予測

商店街などに出店する場合、当商店街の商圏と集客数(集客力)は既に決まっています。この場合、集客数の中からどれだけの人を自店に吸引できるかと考えたほうが、商圏全体から推計するよりも容易に推計することができます。自社既存店の通行量と入店率を調べ、新規出店の際に活用します。

例えば、出店予定立地前の人の通行量が5000人、店舗前通行者の入店率が5%、平均客単価が1000円であった場合、次の式で推計することができます。

  • 年間売上高=5000人×5%×1000円×365日=9125万円

なお、顧客のデータをより詳細なものにするためには、性別・年齢別でデータを蓄積していきます。例えば、出店予定の商業施設の来店客の客層と自店の客層に違いがある場合、単純に上記の式で推計するわけにはいきません。性別・年齢別データは、顧客別に売上管理ができれば、顧客ごとの購入金額や購入頻度などのデータも簡単に把握できます。または、レジに入力する際に、性別と年齢(見た目)を入力するという方法もあります。その他、簡単な方法としては店内外の観察(性別・年齢別にカウント)により性別・年齢別客数を把握することができます。

以上(2019年10月)

pj80074
画像:unsplash

営業担当者に求められる情報収集術

書いてあること

  • 主な読者:営業活動の効果を高めたいと考える経営者
  • 課題:営業活動に情報を十分活用できない、必要な情報を収集できない
  • 解決策:情報から課題を見つけたり、情報を聞き出す術を身につけたりする

1 顧客志向が求められる中での「ソリューション営業」

インターネットの普及など、誰もが手軽にさまざまな情報を収集できるようになった現在、顧客が営業担当者よりも質・量ともに充実した情報を持っていることも珍しくなくなりました。営業担当者が、商品の機能について通り一遍の営業トークをしても顧客の興味を引くことはできません。顧客は、「その商品を購入することによって自分の課題がどのように解決できるのかを、自分(顧客)が気付いていなかった視点で提案して欲しい」と望んでいます。そうした中で定着したのが「ソリューション営業」(提案型営業)です。

【ソリューション営業】

自社の売り上げ増加のみを最終目標とする自社本位の営業活動ではなく、徹底的な情報収集・分析を通じて顧客のビジネス上の課題を把握し、その解決策を全社的に提案することで顧客と自社の利益を同時に達成し、他社が介入する余地のない長期にわたるパートナーシップを確立するという顧客本位の営業スタイル。

2 ソリューション営業で重要な顧客の情報収集と分析

1)ソリューション営業の進め方

ソリューション営業は手間がかかります。なぜなら、ソリューション営業では、顧客に関するさまざまな情報を収集・分析した上で課題を発見し、それを解決に導く提案をしなければならないからです。ソリューション営業の進め方は業種、企業、営業担当者によって異なりますが、基本的には次のような流れで進めることになります。

1.ソリューション営業を行う顧客の決定

全ての顧客にソリューション営業を行うのはリソースの問題で困難です。また、関係が良好な顧客に、その時点でわざわざソリューション営業を展開し、波風を立てる必要もありません。ソリューション営業は、必要な時に、必要な相手に行うことが基本です。

2.対象となる顧客に関する情報の収集・分析

顧客に関する情報の収集・分析は、ソリューション営業の最も重要なステップです。社内外、インターネットとリアルを使い分け、必要な情報を効率的かつ迅速に収集し、分析しなければなりません。

3.課題の把握と提案の内容の組み立て

顧客に関する情報を分析した結果に基づいて仮説を立て、その顧客が抱えているであろう課題を導き出します。その仮説を顧客に伝え、実際にそうであるのかを確認し、提案内容を考えます。もし、仮説が間違っていたら、顧客にヒアリングしながら軌道修正していきます。

4.提案内容をプレゼンテーション

提案内容を顧客にプレゼンテーションします。提案内容によるものの、プレゼンテーションでは、できるだけ数字を交えて定量的に説明するようにします。下手に金額を隠すようなことをすると顧客と信頼関係が築けません。

5.フォローアップ(効果の確認)

ソリューション営業を行った顧客とは、中長期的な付き合いになります。サービスを導入した後は、想定した効果が表れているかなど、継続的にフォローをします。仮に効果が上がっていないようであれば、再度、情報の収集・分析から始めます。

2)情報収集の基本

前述した5つのステップはどれも重要ですが、ここでは「2.対象となる顧客に関する情報の収集・分析」に注目します。情報を収集する際は、どのような情報を、どのような手段で収集するかを明確にします。これができていないと、不適切な情報、不必要な情報を収集してしまうこともあり、効果的なソリューション営業を実践できません。

1.どのような情報を収集するか

必要となる情報はケースバイケースですが、少なくとも顧客の内部環境(資源)・外部環境は把握しておかなければなりません。一般的に、企業経営を取り巻く環境は次のように大別されます。これらの基本情報を整理することで、「顧客の強み、弱み」や「顧客が抱えている課題」などが見えてきます。

  • 内部環境(資源):経営戦略、経営理念、経営資源(ヒト、モノ、カネ)など
  • 外部環境:人口動態、経済動向、市場動向、競合状況など

2.どのような手段で収集するか

情報収集の手段は、次のように大別されます。情報収集の手段は多種多様です。状況に応じてこれらを使い分けることができれば、求める情報に素早くたどり着くことができます。

  • 読む情報:インターネット、新聞、雑誌など
  • 聞く情報:顧客、顧客の取引先、自社の前任の営業担当者、金融機関など
  • 見る情報:顧客訪問、顧客がサービスを提供する事業所の訪問など

3 情報収集・分析の具体的な手法

1)多くの情報源を確保する

情報収集の原則は、数多くの信頼できる情報源を確保することです。素早く情報を収集するには、「関連の記事や報告書を読む」「知っている人に聞く」「実際の現場に行く、相手と会う」ことが欠かせませんが、求める情報がどこにあるのか分からないと、情報収集の初手からつまずいてしまいます。

また、さまざまな情報があふれる時代にあって、中には不適切な情報、不正確な情報もあります。そのため、情報源を確保する際は、信頼できる情報源を見極める必要があります。特に、人と会って収集する情報は非常に貴重ですが、情報源となる頼れる人脈は自らの力で構築していかなければなりません。必要な情報を収集するための情報源の例は次の通りです。

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2)収集した情報を基に課題を把握する(仮説を立てる)

必要な情報が収集できたら、今度はそれを分析し、顧客が抱える課題を把握することが必要です。情報の分析方法はさまざまですが、代表的な方法にはSWOT分析があります。SWOTとは、「S:Strength(強み)」「W:Weakness(弱み)」「O:Opportunity(機会)」「T:Threat(脅威)」の頭文字をとったもので、企業が置かれている状況を客観的に判断する際に用いられる分析手法です。イタリア料理のレストランを例にした場合、SWOT分析の一例は次の通りです。

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SWOT分析の例で紹介したイタリア料理のレストランの場合、次のような仮説を立てることができます。このような仮説が立てられるのは、適切な情報を収集し、それを客観的に分析したからに他なりません。

  • オフィスビルができたことで、特にランチタイムの顧客が増える可能性があるものの、向かいのファミリーレストランと競合になる
  • 有名イタリア人シェフの料理や丁寧な接客は強みであるものの、人件費が高い

4 「聞く」テクニック

1)情報を聞き出す

情報を収集する方法として「読む」「聞く」「見る」の3つを紹介しました。これらの中で、情報の収集が最も難しいものの、成功すれば有益な情報を得られる可能性が高いのは「聞く」情報です。

通常、顧客が胸の内に秘めている思いは新聞などの記事にはなりませんし、観察してもなかなか察知できません。こうした情報を聞き出すには、聞き手となる営業担当者にそれなりのテクニックが求められます。これから紹介するテクニックは、既に多くの営業担当者が心得ていることと思いますが、確認のために紹介します。

2)顧客が受け入れやすい話題から始める

顧客と顔を合わせてすぐに商談の話をすることもありますが、これは、その顧客とある程度の信頼関係がある場合に限られます。新規の見込み客を訪問し、いきなり「いい商品ですから、ぜひとも購入してください」なととセールスをはじめたら、顧客が警戒心を強めることは間違いないでしょう。

そこで、まずは顧客にとって良いニュース、あるいは当たり障りのない話題から始め、全体の空気を和ませることから始めましょう。

3)自分ばかりが話しすぎない

自社のサービスを熟知している営業担当者は、ついついサービスの機能や利点ばかりを宣伝しがちです。自分が話すことに夢中になり、1時間の商談で営業担当者が45分以上話してしまっていることもあります。

目的はあくまでも情報収集ですから、できるだけ質問することを心掛け、顧客が話す時間を長くします。ただし、あれもこれも聞きすぎると、顧客が疲れてしまい、話す気をなくしてしまうことがあります。このような場合は、話のところどころで顧客が興味を持つ情報を提供し、「情報のギブアンドテイクの関係」を築くようにします。

4)あらかじめ質問内容を準備しておく

「聞く」情報収集は、顧客に質問し、それに対する回答から必要な情報を導き出すものです。従って、最低でも訪問前に質問したい事項をまとめておく必要があります。

ただし、用意した質問を全てしなければならないと考え、顧客の話の腰を折って質問をし続けてはいけません。あくまでも、話の流れを止めないように臨機応変に対応します。また、話しているうちに、事前に準備していた質問が的外れとなってしまうことがあります。こうした場合は、準備していた質問にとらわれることなく、新たに浮かんでくる疑問について、素直に質問してみましょう。

5)相づちは打つが、メモは取りすぎない

顧客との商談が1時間になっても、本当に重要な情報は会話の中のごく一部であるのが通常です。そして、大切なのは、重要な情報を聞き出すことですから、適度に相づちをうち、適度に笑います。また、必要に応じてメモを取り、真剣に話を聞いている姿勢を顧客に示します。

ただし、あまりに真剣にメモを取りすぎるのは問題となることがあります。メモは紙に残るものであるため、顧客が警戒して話をやめてしまうことがあるからです。メモを取るべきなのは、顧客が話した本当に重要な情報の部分だけで十分なのです。

6)確認をする

会話が一段落ついたところで、「今のお話は○○ということですね?」といったように確認をしましょう。この効果は2つあります。1つ目は、顧客が「自分の話を聞いてくれているんだな」と気分を良くすることです。もう1つは、営業担当者が確認のために話した内容に対して、顧客が補足説明をしてくれることがあるということです。補足説明を受けられれば、より幅広い情報を収集することができます。

営業担当者の中には、わざと間違えて確認をしたり、顧客の補足説明を導き出すテクニックを使う人がいます。ただし、このテクニックを使いすぎると、「理解の遅い営業担当者だ」と顧客に嫌われてしまう恐れがあるので、使う相手と場面を確実に見極めることが重要です。

7)予期せぬ事態になっても慌てない

商談の場では、全く予期せぬ質問を顧客にされることが多々あります。このような時、何も言えなくなってしまう営業担当者、意味不明な回答をしてしまう営業担当者、正しくない回答(嘘)をしてしまう営業担当者がいます。顧客から予期せぬ質問をされた場合も、決して慌てる必要はありません。自分の知らないことであれば、「一度社に戻ってから回答させていただきます」と素直に言えばよいのです。

逆に、何も言えなくなったり、意味不明な回答をしてしまったりすると、慌てていることを顧客に悟られてしまい、後の営業活動に支障をきたすおそれがあります。また、1回でも正しくない回答をすれば、一瞬にして信用を失ってしまいます。

5 営業活動で使えるヒアリングシートの一例

実際は訪問履歴のスペースを大きくして、多くのことを書き込めるようにしておきましょう。

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以上(2019年5月)

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企業のライフサイクルに沿った人材活用の考え方

書いてあること

  • 主な読者:企業のライフサイクルに応じた人材配置をしたい経営者
  • 課題:適任者がいない。あるいは、同じようなタイプの人材が登用される
  • ポイント:既存の枠にとらわれないチャレンジングな登用が奏功することもある

1 企業の「ライフサイクル」とは

1)商品のライフサイクルの考え方

ヒットした商品もいずれは衰退期を迎え、市場から姿を消していきます。商品が市場に出てから姿を消すまでを「商品のライフサイクル」といい、次の4段階で進んでいきます。

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導入期や成長期では、市場に参入する負荷が高いので、宣伝広告や営業活動などの販促活動を総動員して「市場づくり」「顧客づくり」に力を注ぎます。

成熟期では、需要をできる限り継続させてシェアの維持を図ります。このため、ユーザーへのアフターケアを強化するとともに、生産や供給コストの合理化を図って商品力を強化していきます。

衰退期は、商品が徐々に衰退しながら新しい商品へと交替していく時期です。従来の商品に替えて、次の商品を導入するタイミングが重要な意味を持ってきます。早過ぎると在庫過剰や自社ブランドの共食い現象が発生し、遅過ぎると旧商品によって形成された市場に競合が割り込んでしまいます。

2)企業にもある「ライフサイクル」

企業(組織)においても商品と同様に「ライフサイクル」が存在します。ライフサイクルを企業に当てはめてみましょう。企業のライフサイクルの4段階は次の通りです。

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企業の人材活用に必要な視点は、自社がこれらのライフサイクルのどの段階にあるかによって異なります。本稿では、身近な例を挙げながら、企業のライフサイクルと人材活用の関係について紹介します。

2 企業のライフサイクルと人材戦略の関係

1)企業のライフサイクルと「適材」「適所」の関係

企業のライフサイクルが進むごとに、企業の組織構成も新しくなります。新しい組織に人材を配置するセオリーが「適材」「適所」であることは言うまでもありません。「適材」とは、適切な能力を持った人材であり、「適所」とは、人材が適切な機能を果たす部門ということです。例えば、会計部門であれば会計業務に長じた人材を配置することになります。

しかし、もう少し戦略的な見方で「配置」を考えると、いくつかの問題点が浮上してきます。例えば次のような問題点が挙げられるでしょう。

  • 適任者がいなければ、機能すべき部門が十分に機能しない可能性がある
  • 適任者といえども、あくまで業務に対する能力であって、「新組織」という不確定要素の多い環境に適応しているとは限らない
  • 逆に、安定して機能している組織に「新組織」を得意とする人を配置してしまうケースもある

2)「適材」「適所」の考え方

こんな例があります。ある広告代理店で、クライアントの増加により営業社員の担当エリアが拡大したため、営業部が本社とは別に支社を設置することになりました。しかし、新しい支社の責任者選びになかなか結論が出ません。人事部長はどうにか候補者を2名に絞り込んだところで会議を招集し、「新しい支社の責任者にA君とB君を候補として考えています。意見を聞かせてください」と伝えました。

A君は、社内状況をしっかりと把握し、営業面でもそつなくこなしており、現場での人望も厚いようです。しかも生え抜きで、下馬評では最有力です。B君は、実績面でこそ合格ラインとなっているものの、ルール違反や社内の他部門に対する配慮に欠けた営業活動で、他の部門からは非難を浴びているとのことです。

結果、会議で出された意見ではA君の支持が圧倒的となりました。しかし、そこで人事部長は「皆さんの意見は分かりました。私の意見はB君です。会議結果をまとめて社長に報告します。従って、最終的な辞令は後日、社長から発表していただきます」と伝えました。そして数日後、大方の予想を裏切ってB君が責任者として任命されました。

半年後、新支社は見事に大きな実績を上げることができたのです。当初の立ち上げ計画を大幅に上回り、新規のクライアントが数多く含まれていました。

実は、人事部長は社長にこんな提言をしていました。「普通に考えれば、A君で決まりです。しかし、これでは支社の立ち上げ目標をクリアするのは困難で、本社から相当の支援を必要とします。ですから、今回はあえてB君に白羽の矢を立てたのです。彼は、どうも本社内で勝手な動きをしているのが気になるのですが、原因は本社の業務システムと彼の活動システムが根本的に違うことにあるのではないかと思うのです。責任者としての適性に疑問は残りますが、新規の土俵をつくり上げる役割という視点で見れば彼の発想は注目すべきです」。

新しい部門は、ルールづくりから始めなければなりません。新しい関係先や取引先も、一からの関係づくりが必要です。その半面、コストパフォーマンスや合理性の追求は後回しになりがちで、既存の「やり方」と摩擦を起こすこともしばしばあるものです。責任者がこうした摩擦を負担に感じてしまうようでは推進力が鈍ります。負担には違いないけれども、これらを解決することに焦点を定めて果敢にトライするエネルギーが貴重な戦力になるのです。

今回のケースは、企業のライフサイクルにおける「拡大期」の人材配置の例です。企業が飛躍を始める拡大期においては、業務をそつなくこなすことよりも、新しいことに次々と取り組んでいける人材が必要になります。

平時において治めることに力を発揮する者もいれば、混乱の中でその力を発揮する者もいます。B君の特質はまさに後者であったということです。支店の営業が安定した後にはA君に責任者の地位を譲り渡すこともあり得るでしょうが、少なくとも支店の立ち上げという「拡大期」においてはB君の起用がより効果的だったわけです。一見、不適切に思える人材配置も、その「時期」を見極めれば適切なものになり得るのです。

3 「適材」「適所」に「適時」の視点を加える

企業経営はよりスピードを増し、経営者にとっても、企業にとっても過酷な要求が次々と投げかけられます。例えば、社内の情報化を例に挙げると、「組織として対応せざるを得ないのは分かっているが、組織を動かす『人』がいない」といった悩みを抱えている経営者は数多くいるのではないでしょうか。企業では既に分社化や事業部ごとの独立採算制が進み、組織はどんどんコンパクトになり、それに伴い意思決定のスピードも速くなっています。意思決定スピードの上昇に対応するため、従来のタテ割りの組織形態を変更し、よりフラットな組織形態を選択する企業も出てきています。そのような組織形態では、タテ割り型の組織よりもリーダーになる人材が限られることが多く、組織のリーダーとなる人材を選択することの重大さはますます大きくなるでしょう。

そんな変革の時代の人材配置の考え方として、「適材」「適所」という選択基準に「適時」という考え方を取り入れてみてはいかがでしょうか。A君とB君の例では、事業が拡大期にあり、新しいことを次々とこなしていける人材が求められていたからこそB君の力が生きたわけです。逆に、衰退期にある事業部を統合するといった状況であれば、A君やその他の人材の能力が活かされることでしょう。

人材は見方を変えれば、異なった特性を発見することができます。変革の時代においては、従来の人材配置手法である、業務の達人が昇進してリーダーになるだけのシステムでは、真に優秀な人材を活かすことはできなくなるかもしれません。

これからの人材配置は、次のような点をより重視して、「適切な人材」を「適切な部門」へ「適切な時期」に配置することが重要となるでしょう。

  • 今、その事業がライフサイクル上のどのような位置にあるのか
  • 今、求められているのはどのような能力なのか

以上(2019年10月)

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画像:pixabay

「お客様が怖い」をなくす営業力強化法

書いてあること

  • 主な読者:営業部に配属されたがお客様とうまく話せない “営業初心者”や「営業が苦手な部下」を持つマネジャー
  • 課題:お客様と話すとき、必要以上に委縮してしまう
  • 解決策:怖れるなかれ、失敗はあってよい。あとは、簡潔に話す、プラスの言い方をするなど日ごろの訓練がものを言う

1 営業担当者は「お客様が怖い」?

営業担当者がお客様としっかりコミュニケーションが取れない。うまく提案できない。多くの会社で共通する課題です。例えば、お客様のニーズや提案の検討状況など確認するための質問ができない営業担当者が少なくないのです。

営業担当者がお客様に質問できない理由は2つです。1つ目は、質問すべきことが分からないことです。上司の指示の下、言われたことをやっているだけの営業担当者は、何を質問したらよいか自分で考えることができません。

2つ目は、営業担当者に「お客様が怖い」という気持ちがあることです。確かに、お客様と向き合いその声に真摯に耳を傾けようとすればするほど、大切なお金を支払っていただいていると思えば思うほど「お客様は怖い」ものです。

しかし、必要以上に「お客様が怖い」と萎縮するのは問題です。行き過ぎると、「時間がない」と言い訳をして、お客様への連絡や提案などを避け、後回しにするようになるでしょう。これでは営業のチャンスを逃してしまいます。

「お客様が怖い」を克服して営業力を強化するには、訓練することが大切です。特に営業担当者が苦手意識を持ちやすい「質問するとき」「プレゼンテーション(プレゼン)するとき」について、今日からでも社内でできる訓練法や心構えを見てみましょう。

2 質問の訓練は、事前準備が大切

質問の訓練は、質問する役とお客様役に分かれて行うロールプレイング(ロープレ)が効果的です。お客様役には営業経験の豊富な上司や先輩が適していますが、今までにない視点を求めるなら、若手社員をお客様役にするのも一策です。

「お客様が怖い」を克服するための訓練は、臨場感が必要です。質問する役はもちろん、お客様役も、想定するお客様のことを事前に情報収集した上で訓練に臨みましょう。この事前準備を習慣づけると、実際の営業現場でも役に立ちます。

また、質問する役が「この質問によって商談をどのように進めたいのか」を考え、自分の意思を持っておくことも不可欠です。冒頭で紹介した「何を質問したらよいか自分で考えることができない」という問題の解決にもなるでしょう。

そこでお客様役は、質問する役が「どうしたいのか」をあらかじめ確認し、その方向に進む質問ができているかをチェックしましょう。例えば提案プランAの導入を目指すなら、Aについての感触を確認する質問ができているか、などのようにです。

3 「簡潔に分かりやすく」の訓練

「お客様が怖い」という気持ちが先立つと、「嫌がられたらどうしよう」「断られたらどうしよう」という不安がどんどん大きくなります。その結果、お客様に対して回りくどい言い方で長々と質問してしまうことがあります。

状況や関係性にもよりますが、回りくどい質問は、お客様を不快な気分にさせます。質問の意図が分からず、答えにくいからです。こうならないように、訓練の際に簡潔で分かりやすい言い方を心掛けることが大切です。

例えば、質問する役は、初めに「お聞きしたいことが3点あります」と言って、質問が何点あるか明らかにすることを習慣づけます。そうすれば、相手に「いつまで質問が続くのだろう」と思わせることはなくなるでしょう。

また、5W2H「いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どうする・いくら」を明らかにすれば、自分の考えを整理して質問ができます。特に重要かつお客様に聞きにくいのは「なぜ」です。必ず「なぜ」を明らかにする訓練をしましょう。

4 「プラスの言い方」の訓練

質問も含め、お客様と話をする際はできるだけプラスの言い方をすることが大切なのですが、「お客様が怖い」と思い過ぎていると、自分のほうからマイナスの言い方をしてしまうことがあります。

例えば、「この方法が良いと思いますが、これだと手間が掛かって大変ですよね?」と聞くのと、「多少手間が掛かるかもしれませんが、これがお客様のニーズに合った一番良い方法です。いかがですか?」と聞くのとでは印象が全く違います。

お客様に対してプラスの言い方ができるようになるには、ロープレにおいてプラスの言い方を意識します。それをお客様役がチェックし、マイナスの印象を受けた言い方については改善します。

5 プレゼンは緻密な組み立てが必要

お客様に商品・サービスを提案するプレゼンの訓練にも事前準備が必要です。プレゼンの目的や内容を覚えるのはもちろん、「どこにどのくらいの時間を掛けて話すか」をあらかじめ組み立てなければなりません。

例えば、資料1ページごとに何分間話をするかという進行表を作っておくのもよいでしょう。聞き役は、進行表を見ながら、想定時間をオーバーしたページをチェックしてプレゼンする側にフィードバックし、調整しながら全体を仕上げます。

こうした準備や訓練は自信につながります。プレゼンは緊張するので、「お客様が怖い」という気持ちが全くなくなることはないかもしれませんが、自信がつけば、必要以上に萎縮せずに済むでしょう。

また、聞き役には、厳しい上司や先輩がよいかもしれません。プレゼン後の質疑応答のロープレでは、聞き役がわざと答えにくい質問をするのもよいでしょう。厳しい状況を想定して訓練をしておけば、本番で楽に話せるようになるでしょう。

6 「堂々と話す」訓練

プレゼンで大切なのは、相手に伝わるよう、堂々と話すことです。いくら提案の内容が良くても、早口過ぎたり声が小さかったり、自信がなさそうな話し方では、相手に与える印象が良くありません。

人は自分の話し方に影響されます。小さい声で自信がなさそうに話していると、本当に自信がなくなり、「お客様が怖い」という気持ちが強くなるものです。訓練のときから大きな声でゆっくり話すよう心掛けましょう。

また、自分の言葉で話すことも大切です。上司から言われた通りのことを説明しているだけでは深みがなく、相手に伝わりません。お客様の前では、緊張してなおさら自分で言っていることが分からなくなるでしょう。

プレゼンの訓練をしていると、どうしても話しにくいところが出てきたりしますが、これも「自分の言葉になっていない」のが原因です。こうした場合は、話す内容や資料をもう一度見直して、自分の言葉で説明しやすいように変えていくとよいでしょう。

7 失敗は、あっていい

プレゼンには自信があるものの、その後にお客様から質問されるのが怖いという営業担当者も少なくありません。想定問答集は作るものの、リアルのビジネスではお客様が想像もしないような質問をしてくるのが常だからです。

これは対面のプレゼンに限らず、電話でも同じです。営業担当者はお客様からの質問にうまく答えられないと「失敗した」「お客様が怖い」と思いがちですが、分からないことを「分からないので確認します」と答えるのは恥ずかしいことではありません。

「お客様が怖い」と萎縮する気持ちは、裏を返せば「うまくいかなかったらどうしよう」「嫌な思いをしたくない」「恥ずかしい思いをしたくない」という失敗を恐れる気持ちでもあります。

こうした気持ちにとらわれ過ぎてお客様と接することを避けていては、結果を出すことはできません。たとえ失敗したとしても、それは貴重な経験です。何もしないでいるより、一歩前に進んでいるのです。

以上(2018年11月)

pj70050
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ワイン市場と国内ワイナリーの業界動向

書いてあること

  • 主な読者:ワインの製造・販売を検討する経営者
  • 課題:市場規模や業界を取り巻く環境が分からない
  • 解決策:市場規模や大手製造業者の動き、輸入ワインの状況などを把握する

1 ワインの基準と分類

1)ワインの定義

国税庁のウェブサイトによると、ワインとはぶどうを原料として発酵させたものの総称を指します。ただし、酒税法では果実酒もしくは甘味果実酒に分類されます。国税庁は「酒のしおり(平成31年3月)」の中で、酒税法第3条第13号および第14号に基づく果実酒および甘味果実酒の定義の概要について、主に次のように説明しています。

  • 果実酒…「果実を原料として発酵させたもの(アルコール分が20度未満のもの)」または「果実に糖類を加えて発酵させたもの(アルコール分が15度未満のもの)」
  • 甘味果実酒…「果実酒に糖類又はブランデー等を混和したもの」

ワインの製造法によって4分類したものを当てはめると、非発泡性のスティル・ワインおよび発泡性のスパークリング・ワインは果実酒に、発酵過程でブランデーなどの強い酒を加えたフォーティファイド・ワインの多く(一部は果実酒)や、スティル・ワインに薬草や果汁などを加えたフレーバード・ワインは甘味果実酒となります。

2)「国産ワイン」の表示基準

国税庁は、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律第86条の6第1項に基づき、2015年10月30日に「果実酒等の製法品質表示基準」(以下「基準」)を定めました。それまで一般的に「国産ワイン」と呼ばれてきたものを、原材料や製造地によって明確に分類したもので、2018年10月30日から適用しています。基準では、ワインを次の3つに区分しています。

  • 日本ワイン…国産ぶどうのみを原料とし、日本国内で製造された果実酒
  • 国内製造ワイン…日本ワインを含む、日本国内で製造された果実酒および甘味果実酒
  • 輸入ワイン…海外から輸入された果実酒および甘味果実酒

基準では、この他にも「特定の原材料を使用した旨の表示」など、ワインの表示について定めています。

2 国内ワイン市場の規模

1)日本のワイン市場

国税庁「酒税課税関係等状況表」によると、果実酒および甘味果実酒の販売(消費)数量の推移は次の通りです。

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ワインの中心を占める果実酒の販売(消費)数量は、ここ数年はほぼ横ばいですが、10年前と比べると大きく増加しています。なお、キリンのウェブサイトにある「ワイン参考資料(2019年7月)」では、「2000年以降ワインは、食事をしながら楽しむ食中酒として、(中略)スーパーやコンビニエンスストアでも気軽に購入できるようになり、日常で飲まれるお酒として定着しつつあります」としています。

■キリン「データ集」■
https://www.kirin.co.jp/company/data/

総務省「家計調査」によると1世帯当たりのワインの購入数量と支出金額の推移は次の通りです。

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10年前と比べると、酒類全体の支出金額が減少傾向にあるのに対して、ワインの支出金額は大幅に増加し、ここ数年は横ばいとなっています。結果的に、酒類に占めるワインの支出の割合は、10年前と比べて3ポイント上昇しています。

2)国内のワイナリー数

国税庁「国内製造ワインの概況」によると、国内ワイナリー数およびワイン製造販売事業者数の推移は次の通りです。

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堅調なワインの消費動向にも支えられ、国内のワイナリーは増加傾向にあります。ワイナリー数は2017年度に300場を超えました。

3 国内ワイン業界の環境

1)PEST分析

国内ワイン業界を取り巻く環境について、ビジネスフレームワークのPEST分析を基に触れていきます。

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ワイン自体の需要は堅調に推移していますが、酒類全体の消費の落ち込みや、低価格の輸入ワインの流入といった価格低下要因もあります。国内ワインは製造ノウハウや機器類の技術の改善による品質向上や、日本ワインのブランド化などによって、付加価値を高める土壌が整備されてきているといえます。現時点では、ワインに対する堅調な需要を背景に、国内外の製造・販売業者が売り上げを拡大させようと、品質面および価格面で激しく競合している状況にあるといえます。

2)ワイン製造業者の経営状況

ワイン製造業は、大手飲料・食品メーカーのグループであるメルシャン(キリンホールディングス傘下)、サントリーワインインターナショナル(サントリーホールディングス傘下)、アサヒビール(旧サントネージュワイン)、サッポロビール(旧サッポロワイン)、マンズワイン(キッコーマン傘下)の大手5社と、その他の中小企業という構造となっているようです。

国税庁による2014年度のデータでは、ワインの製成数量(9万5098キロリットル)のうち、78.7%(7万4864キロリットル)を大手5社が占めています。

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国税庁「国内製造ワインの概況(平成29年度調査分)」によると、ワイン製造業者の8割以上は生産規模が100キロリットル以下にとどまる一方で、1000キロリットル以上を生産する7者で全体の8割以上を生産しています。一方、日本ワインの生産割合で見ると、300キロリットル以下の製造業者は9割以上が日本ワインを製造しているのに対し、1000キロリットル以上の大手製造業者では8.4%にとどまっています。

生産規模によって、少量高付加価値型と大量生産型に分かれているといえます。 

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大手を除いたワイン製造業者の経営状況は、2015年度をピークに利益が悪化しているようです。特に期限付免許者である新規参入業者の平均では赤字経営となっています。国税庁「国内製造ワインの概況(平成29年度調査分)」によると、期限付免許者を除いた製造業者においても、2017年度は営業赤字の製造業者が49者(27.2%)、営業利益額が50万円未満の製造業者が28者(15.6%)で、両者を合わせると77者(42.8%)に上ります。営業赤字ないし営業利益額が50万円未満の製造業者の数は、2016年度の66者(39.7%)、2015年度の51者(28.2%)から年々増加しており、経営環境が厳しくなってきていることが分かります。

3)ワイン製造の主要産地と品種

ワインの原材料となるぶどうは、気候や土壌の性質などによって生産に適した品種が異なります。また、ぶどうの品種改良の進展によってもワインの品質が変わります。例えばヤマソービニオンは、1990年に山梨大学によって登録された、カベルネ・ソービニヨンとヤマブドウを交配して作られた品種で、山形県や岩手県などで生産されています。

ワインは原材料となるぶどうの品種の他、製造地域の気候や製造方法などによって、地域単位、ワイナリー単位で個性が出るため、差異化しやすい商品といえます。

ワインの生産量の上位5道県である主要ワイン生産地の生産量と、使用しているぶどうの品種別数量は次の通りです。

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4)輸入ワインの状況

国内ワイン市場に大きな影響を与えるのが、輸入ワインの存在です。前出のキリンのウェブサイトにある「ワイン参考資料(2019年7月)」によると、2018年のワインの出荷数量(36万1388キロリットル)のうち、3分の2程度(23万9379キロリットル)を輸入ワインが占めています。

海外からのワインの輸入量は、ここ数年はほぼ横ばいとなっていますが、10年前と比べると数量ベースで39.9%増加しています。ただし、金額ベースでは18.3%の増加にとどまっています。1リットル当たりの平均単価で見ると、2008年の約764円から2018年には約646円へと下落しています。

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主要6カ国からのワインの輸入の状況は、各国によってさまざまです。最も輸入数量が増えているのは、2007年9月に発効した日本チリ経済連携協定に基づき、段階的に関税の引き下げが続いたチリです。輸入数量は10年間で4倍近くに増えて、日本向け第1位の輸出国に躍進しました。ただ、平均単価は1リットル当たり300円台と低価格商品の扱いとなっており、2018年には1リットル当たり約316円まで下落しています。スペイン産ワインも低価格商品の位置付けにあるといえます。

一方、米国産ワインは平均単価を上昇させており、「カリフォルニアワイン」などのブランド戦略が奏功しているといえます。また、フランスも1リットル当たり1000円前後を維持しています。

消費者がブランドによって、低価格帯と高価格帯の商品を選別して購入する傾向が広がっているとみられます。

5)経済連携協定の影響

今後は、自由貿易協定の広がりにより、輸入ワインの数量が増加する可能性があります。2019年2月に発効した日EU経済連携協定により、これまで15%または1リットル当たり125円のうち安い関税がかけられていたEU産のワインへの関税が撤廃されました。これにより、イタリア、フランス、スペインといったワイン輸出国から無関税でワインが流入することとなりました。

また、2007年9月に発効した日本チリ経済連携協定に基づき、12年間で段階的に関税を引き下げてきたチリワインに対する関税が、2019年4月に完全撤廃となりました。オーストラリアに関しても、2015年1月に発効した日本オーストラリア経済連携協定に基づき、ボトルワインの輸入に関して7年間での撤廃に向けた段階的な関税の引き下げを行っています。

輸入会社は、従来は販売価格に転嫁していた関税の分の費用を、価格を下げたり、拡販施策に活用したりして、販売攻勢をかけることも想定されます。

6)ワイナリーへの格付け

これまで日本では個別のワインに対する品評会はありましたが、ワイナリーに対する評価には、あまり高い関心が寄せられていませんでした。

こうした中で2018年から、品質の高いワインを造るワイナリーを表彰する「日本ワイナリーアワード」が始まりました。消費者がワインを愉しむ一助となることを目指したもので、日本ワインを広く取り扱う酒販店・飲食店の代表または仕入れ担当者や、日本ワインに関する著作・記事のある人たちで構成する日本ワイナリーアワード審議会が審査を行います。

審査では、最高位の「5つ星」から「4つ星」「3つ星」「コニサーズワイナリー」の4段階で格付けを行います。高い格付けを得た中小のワイナリーは、ワイン愛好家からの関心が集まり、独自のブランドづくりに役立つとみられます。

以上(2019年12月)

pj50473
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イベント業界(企画会社、会場設営会社)の動向

書いてあること

  • 主な読者:イベント業界への参入を検討する経営者
  • 課題:現在の市場規模、注意すべき点などが分からない
  • 解決策:市場規模や今後の展望などから、参入の可能性を探る

1 イベント業界の概要

1)イベント業界の成り立ち

イベントには、オリンピックやFIFAワールドカップなどの巨大なスポーツ大会をはじめ、国際会議(コンベンション)、展示会・見本市、コンサートや演劇などの興行や地域のフェスティバルなど多種多様なものがあります。広義で見ると、会社内の周年事業や学校の運動会などもイベントに含まれます。

イベントの開催目的は社会貢献から企業の営利活動、地域住民の集まりまで多岐にわたっており、主催者も官公庁、企業、業界団体、地域住民などさまざまです。

こうしたイベントは、規模が大きくなるほど主催者が独力で開催することは困難となり、いわゆるイベント業界の会社やボランティアの協力が欠かせません。また、経験の浅い主催者は、外部からイベント開催のノウハウの指導を受けることが必要な場合もあります。イベントの開催に当たり、裏方作業を中心に主催者などから業務を請け負うことで、イベント業界は成り立っています。

2)イベント業界の構成

イベントを開催するには、企画、制作、運営、会場設営、会場の警備、物販、清掃、広報など、多様な役割の担い手が必要です。イベント業界には、主催者だけでは手が回らない、さまざまな業務を遂行する数多くのイベント関連会社があり、こうした業務を請け負っています。

イベントの規模や目的などによってイベント関連会社の関わり方はさまざまです。主催者が企画段階からイベント関連会社に協力を仰ぐ場合、業務委託を受けたイベント関連会社が、運営や会場設営などその他の業務全般の発注についても取り仕切るケースが多いようです。

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3)イベント関連会社の業務内容

ここでは、イベント関連会社の業務内容について触れます。

1.イベント企画会社

主催者から請け負ったり、広告代理店などから業務を受託したりします。主催者がコンペ方式やプロポーザル方式で企画会社を選定することが多いようです。

イベントの内容や企画会社によっては、企画会社が制作や運営まで一貫して取り仕切るケースもあるようです。例えば、イベント企画会社のフロンティアインターナショナル(東京都渋谷区)は、労働者派遣業、屋外広告業、特定建設業、一級建築士事務所、警備業などの許可・登録・認定を受けています。

一方、シミズオクト(東京都新宿区)のように、イベントの運営から会場設営、会場管理など「裏方」業務に強みを持った会社もあります。こうした「裏方」業務は、主に人材派遣会社などからの派遣人材が実際の担い手となっています。

2.イベント会場設営会社

イベントの制作・運営を行う企画会社などからの発注に応じて業務を行います。会場設営といっても、建築、建築用機材などのレンタル、電気系統の配線、映像・音響系の機材設置および演出など、さまざまな分野があります。イベント会場の内装や展示のデザインなどを中心に手掛ける大手ディスプレイ会社の中には、展示会のブースの設営などを、自社グループ会社で行うケースもあるようです。

4)イベント業界に関する法規制など

イベントを開催するには、主に安全面から、さまざまな法規制に従う必要があります。

1.建築基準法

建築基準法では、仮設興行場や仮設店舗などを含む仮設建築物に関し、安全上、防火上および衛生上の観点から許可基準を設けています。例えば、火気を使用する設備もしくは器具を設けた場合、壁や天井の表面の仕上げを準不燃材料にすることが定められています。

2.警備業法

来場者の誘導や会場の警備、交通整理などイベントでの警備は、雑踏警備業務となります。国家公安委員会規則により、雑踏警備業務を行うには、予想される雑踏の状況に応じて、開催区域ごとに1級または2級検定合格警備員を配置する必要があります。

3.食品衛生法

飲食物を提供する出店者がある場合は、出店場所の所轄の保健所から営業許可証を得る必要があります。

4.道路交通法

道路露店や屋台を出店したり祭礼行事を行ったりする場合や、道路案内などの広告板を設置する場合は、管轄する警察署長から道路使用許可を受けなければなりません。

5.消防法(火災予防条例)

イベントの際に、コンロなど規制の対象となる火気器具などを使用する露店などには、消火器の準備が義務付けられています。また、消防長が定める屋外イベントを行う場合には、防火担当者の選任や火災予防上必要な業務計画の提出などが必要となります。

この他、法規制ではありませんが、イベントの円滑な実施のために、事前に保健所、警察、消防などに相談することを求めている地方自治体が多いようです。

2 イベント業界の市場分析と展望

1)イベント業界の市場規模と環境分析

日本イベント産業振興協会が2019年6月に公表した2018年の国内イベント消費規模推計によると、交通費や宿泊費なども含めた国内イベント消費規模は前年比4.2%増の17兆3510億円に上り、7年連続で前年を上回りました。

また、日本展示会協会が2019年2月に公表した展示会実績によると、同協会会員である主催者・団体が2017年度に開催した展示会数は、前年度を10.1%上回る369件となりました。来場者数も前年度より9.5%多い412万4965人となっています。

電通テックのイベントプロデューサーの経歴を持つ岡星竜美・目白大学メディア学部特任教授(イベント学)へのヒアリングによると、「全てのイベントの市場規模が拡大しているわけではないが、特にスポーツ分野や、大規模な音楽フェスティバルなど大型イベントの市場が拡大しており、業界全体としては成長している」(*)とのことです。

2020年には東京オリンピック・パラリンピック、2025年に国際博覧会(大阪・関西万博)という巨大イベントを控えている他、観光庁などが訪日客の増加などを目指しMICE(Meeting=企業などの会議、Incentive Travel=企業などの報奨・研修旅行、Convention=国際会議、Exhibition/Event=展示会・見本市やイベント)誘致に取り組んでいること、消費者が参加・体験型のレジャーを楽しむ“コト消費”を好む傾向が強まっていることなど、今後もイベント業界の市場規模が拡大するとみられる要因はさまざまあります。

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2)イベント業界のM&Aの動向

業務内容の特性を考慮すると、イベント企画会社はクリエーティブ性に加え、ノウハウの蓄積や、クライアントなど関係各社へのコネクションといったノウハウ・情報集約性の高い業種であり、大手では組織力やネームバリュー、小規模の会社は個人の経験や力量に依存する部分が大きいと考えられます。このため、海外展開などを除き、単純な規模拡大を目指した水平的な統合効果は、それほど大きくないといえるでしょう。

一方、垂直的な統合には自社グループによる提供サービスの拡充という点から一定の効果があると考えられます。特に、主催者やイベント参加者からの信頼度を高めるため、知名度の高いメディアや広告代理店の傘下に入るケースは、被買収企業にもメリットのあるM&Aになるといえます。

また、肉を中心としたスーパーマーケットや外食事業を展開するジャパンミートが、「肉フェス」などを制作・運営しているAATJを買収したように、本業に関わる分野の啓発・発展を目指し、イベントの譲り受けを目的としたM&Aを行うことも合理的な戦略といえるでしょう。

イベント設営会社に関しては、現場部門は労働集約的であり、2020年の東京オリンピック・パラリンピックなど巨大イベントが増えた場合、人手不足になる可能性も考えられます。こうした要因もあり、特に小規模の事業者にとっては、水平的な統合を目的としたM&Aによるスケールメリットは大きいとみられます。また、業務量を平準化しにくいイベント業界の弱点を補完するために、既存事業を活かした他業種への進出もしくは他業種との統合のために、M&Aを活用することも有効でしょう。

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3)イベント業界の展望

前述の岡星特任教授へのヒアリングによると、「最近のイベント業界の傾向として、大型化、長期化、複合化が見られる。消費者の満足度を高め、興行者の利益も拡大させるために、規模を拡大したり、開催期日を長くしたり、例えば花火大会の開催地周辺で音楽ライブやグルメイベントを開催するなどイベントを複合化させたりしている。これらはイベントの規模が大きくなるので、一定程度の大きな会社でないと企画・運営はできない」(*)とのことです。

その一方で、「映像系に強いとか、演出の評価が高いといった、『クリエーティブ・ブティック』もある。今後も有名ユーチューバーとの連携やドローン、VR(バーチャルリアリティー)を使った映像表現など、突出したコンテンツを活用したイベントを開催できる企画会社が急成長する余地がある。地方の地域イベントは、地方自治体の予算が続く限りは継続的に行われるので、安定性はあるだろう」(*)とのことです。

4)イベント産業のISO

イベント業界の展望として、イベントマネジメントの国際標準規格ISO20121の取得が挙げられます。2007年に策定された規格で、環境問題などの持続可能性を考慮したものとなっています。認証の対象はイベント、主催者や制作会社などの企業、競技会場などの施設といったもので、ロンドンやリオデジャネイロのオリンピック・パラリンピックの組織委員会も取得しました。

国内のイベント関連会社では、コンベンションの企画・運営を行う日本コンベンションサービス(東京都千代田区)や、スポーツイベントなどを制作するセレスポ(東京都豊島区)が取得しています。今後、規格の知名度が高まるに従って、取得の有無が1つの評価につながる可能性もあります。

3 経営指標

イベント関連会社に関する公的機関が公表している経営指標は確認できませんでしたが、イベント関連会社である広告代理業およびディスプレイ業の経営指標を紹介します。

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以上(2019年12月)

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遊休地活用のアイデア例

書いてあること

  • 主な読者:遊休地を活用したい経営者
  • 課題:具体的にどう活用するのが効果的か分からない
  • 解決策:さまざまな活用例を参考に、できそうなアイデアを模索する

1 新事業の展開の必要性が高まる

どの産業も導入期、成長期、成熟期、衰退期をたどります。成熟期もしくは衰退期にある産業の事業者は、規模を縮小しつつ事業を継続して残存者利益を勝ち取るか、新たな収益源を生み出すしか、生き残る手段はありません。

本稿では、従来の事業の縮小・撤退などで生じた遊休地もしくは空きビルなどの建築物の活用により、新たな収益源を生み出すためのアイデア例を紹介します。

2 遊休地の活用例

1)セルフストレージ

セルフストレージは、顧客に収納スペースを提供するものです。タイプを大きく分けると、倉庫業法に基づき、物品を預かる事業である「トランクルーム」と、物品を収納するためのスペースを顧客に賃貸する事業の「レンタル収納」および「貸しコンテナ」があります。

トランクルームは倉庫業法に基づく事業であり、事業者には顧客との寄託契約により物品の補償義務が生じます。これに対し、レンタル収納および貸しコンテナは、スペースの賃貸借契約になるので、賃貸業と見なされ、原則として物品の補償はありません。

レンタル収納はビルや専用施設の室内を区切って使用するのが一般的で、貸しコンテナは屋外にコンテナを設置することが多いようです。このため、後者は遊休地、前者は後述する空きビル(建築物)の活用例に該当します。

セルフストレージは国内での歴史が浅く、今後の市場の成長が期待されています。業界大手のキュラーズのプレスリリースによると、トランクルームの2018年の市場規模は約590億円で、2025年には1000億円を超える規模へと成長する可能性を秘めているとしています。また、日本セルフストレージ協会のウェブサイトによると、米国では1700万室のセルフストレージがあるのに対し、日本では50万室程度にとどまっており、「狭い住宅事情の日本では、今後このサービスの需要は大きくなっていくものと思われます」と分析しています。

■キュラーズによる市場規模に関するプレスリリース■
https://www.quraz.com/info/pr/20190523.aspx
■日本セルフストレージ協会■
http://www.japanssa.org/

2)コインランドリー

コインランドリーはクリーニング業法の適用外の事業です。ただし、衛生的な管理を行うために厚生労働省が「コインオペレーションクリーニング営業施設の衛生措置等指導要綱」を定めており、事業者は施設の開設時などに保健所への届け出を行うことが必要となります。

基本的に店舗の営業は無人で行えるメリットがあることから、個人がフランチャイジーになるなどして副業として事業を始めるケースもある他、異業種からの参入も活発になっているようです。

東日本コインランドリー連合会のウェブサイトによると、コインランドリーの店舗数は、1997年の1万739店から、2017年は2万店となり、20年間でほぼ倍増しています。同連合会では、米国と比べて人口当たりのコインランドリーの店舗数はまだ半分であることから「これから伸びるビジネス」と見ています。

コインランドリーの特徴として、顧客には洗濯や乾燥のための待ち時間があることから、さまざまな施設を併設し、売り上げ手段の多様化や集客力のアップを図る動きが見られます。代表的な併設店舗は、カフェ、コンビニエンスストア、書店、ガソリンスタンド、フィットネスクラブなどで、この他にも洗濯関連のワンストップサービスとして洗濯代行を引き受ける店舗やクリーニング店もあるようです。

併設店舗の広がりは、逆に異業種からの参入を促す効果もあります。コンビニエンスストア大手のファミリーマートは2018年3月、コンビニエンスストアに併設したコインランドリー「ファミマランドリー」の第1号店を開店しました。2019年2月にはコンビニエンスストアおよび24時間フィットネスクラブとコインランドリーを併設した店舗も開設しています。また、ドラッグストア大手のツルハドラッグは2018年7月、コインランドリーのフランチャイズを展開するエムアイエス(旧mammaciao)とフランチャイズ契約を結び、ドラッグストアの施設内にコインランドリーを開設しました。

■東日本コインランドリー連合会■
http://claej.net/

3)サービス付き高齢者向け住宅

サービス付き高齢者向け住宅(以下「サ高住」)は、2011年に改正された「高齢者の居住の安定確保に関する法律」に基づく高齢者向けの住宅です。入居する高齢者に対し、状況把握サービス(入居者の心身の状況を把握し、その状況に応じた一時的な便宜を供与するサービス)、生活相談サービス(入居者が日常生活を支障なく営むことができるようにするために入居者からの相談に応じ必要な助言を行うサービス)、その他の高齢者が日常生活を営むために必要な福祉サービスを提供する施設で、建築物ごとに都道府県知事の登録を受けた住宅(もしくは有料老人ホームの居住部分)を指します。

登録を受けるには、国土交通省および厚生労働省が定めた基準を満たす必要があります。基準は国土交通省のウェブサイト「サービス付き高齢者向け住宅」に掲載されています。

高齢者住宅協会のウェブサイトによると、サ高住の登録件数は毎月増加しており、2011年12月の112棟・3448戸から、2019年7月には7415棟・24万7165戸へと増えています。

サ高住に関しては国が供給支援策を講じており、建設・改修の補助や税制優遇、住宅金融支援機構による融資などを受けられることも、追い風になっているといえます。

■国土交通省「サービス付き高齢者向け住宅」■
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000005.html

3 空きビル(建築物)の活用例

1)レンタルオフィス、貸し会議室

レンタルオフィスにはさまざまな定義がありますが、ここでは椅子やデスク、電話、通信回線など業務に使用される一定の物品や環境が備わったオフィス全般を指すこととします。そのため、シェアオフィス、コワーキングスペース、サービスオフィス、バーチャルオフィス、インキュベーションオフィスなどもレンタルオフィスに含むこととします。貸し会議室は、椅子、テーブル、ホワイトボードなどを備えた会議用の一室のみを貸し出す事業です。いずれも建築物内の1部屋単位から開業可能な事業です。

レンタルオフィスはシェアハウスのオフィス版という見方もできますが、他社との交流による情報収集や、施設に付随した各種サービスなど、賃料の安さ以外の目的で利用する企業が多いと見られます。料金体系は、月決めから時間貸し、機器類や各種サービスの利用といったオプションの設定などさまざまあります。貸し会議室は1日単位、時間単位での料金体系が多いようです。

貸し会議室大手で、サービスオフィスを展開する日本リージャスホールディングスを2019年4月に完全子会社化したティーケーピーが2019年8月に公表した新中期経営計画説明資料によると、同社が「フレキシブルオフィス」と定義するホテル宴会場、貸し会議室、レンタルオフィス、コワーキングスペースの2019年の市場規模は2000億円で、2030年には6兆円に拡大すると予測しています。同社はフレキシブルオフィス事業に関して、提供施設を2019年7月の410拠点・48万7000平方メートルから、2030年には約1500拠点・約140万平方メートルに拡大させる計画です。

レンタルオフィスは、施設やサービスの内容によって差異化が図れます。例えば、起業家向けのインキュベーションオフィス、セミナールーム・イベントスペース・会議室が使用可能なオフィス、共用スペースにラウンジやカフェを併設したオフィスなどがあります。この他、受付や電話対応の人員を配備したオフィスや、キッズルームが利用可能なオフィスもあります。さらに運営者側が共用スペースを使って、想定顧客のニーズに合わせたセミナーやイベントを定期的に開催するなど、ソフト面でも差異化できます。

一方、会議室は差異化策よりも規模や立地の影響が大きいと見られますが、前述のティーケーピーは宿泊施設に会議室などを併設した宿泊研修施設も展開しており、差異化にも取り組んでいます。

2)フィットネスクラブなど

日本生産性本部「レジャー白書2019」(以下「白書」)によると、フィットネスクラブの2018年の市場規模は7年連続の拡大となる4800億円で、前年を190億円(4.1%)上回りました。白書では小規模フランチャイズチェーンの拡大と、大手事業者のリノベーションや新業態・サービスの提供が寄与しているとしています。具体的には、24時間セルフサービス型ジムやトレーニングスタジオ、ホットヨガスタジオ、ストレッチサービス店を例に挙げています。さらに、新たに注目を集めている業態として、低酸素状態や暗闇でトレーニングするなど、小規模の目的志向業態と呼ばれる“ブティックスタジオ”の出店にも言及しています。

また、ヨガ・ピラティススタジオも成長が期待されています。白書によると、2018年の余暇活動の潜在需要(希望率から参加率を引いた数値が高いもの)の上位10位の中で、ヨガ・ピラティスは女性合計で第5位(13.6%)となり、女性の20代から50代までの各世代で上位10位以内に入っています。

ボルダリング・クライミングジムも注目されています。スポーツクライミングは新たに2020年の東京オリンピックで正式競技種目になり、今後メディアでの露出度が増えることが予想されます。中でもスポーツクライミングの3競技(リードクライミング、スピードクライミング、ボルダリング)のうち最も手軽に行えるボルダリングに特化したジムは、老若男女が参加できる施設としてニーズが高まる可能性があります。

3)その他

この他にも、立地の制約などは受けますが、今後の市場の拡大が見込まれる事業として、幼児向けのインドアプレイグラウンド、VR(バーチャルリアリティ)アミューズメント施設、インドアゴルフ場・シミュレーションボウリング場、カフェ等併設型ランニング(ウォーキング)ステーションなどが挙げられます。

以上(2019年11月)

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事業多角化のアイデア例

書いてあること

  • 主な読者:既存事業の多角化を検討したい経営者
  • 課題:具体的にどんな事業で多角化すればよいのか分からない
  • 解決策:さまざまな業種の多角化例を参考に、事業の方針を模索する

1 新事業の展開の必要性が高まる

どの産業も導入期、成長期、成熟期、衰退期をたどります。成熟期もしくは衰退期にある産業の事業者は、規模を縮小しつつ事業を継続して残存者利益を勝ち取るか、新たな収益源を生み出すしか、生き残る手段はありません。

本稿では、ガソリンスタンド業、ガス検針業、住宅リフォーム業、墓石販売業という既存の事業をベースにした事業の多角化により、新たな収益源を生み出すためのアイデア例を紹介します。

2 既存事業の多角化例

事業の多角化には、既存事業のノウハウを活かせる事業や、既存事業と顧客層が重なり相乗効果も期待できる事業があります。事業の多角化の方向性について図表に示した後に、具体的な多角化の事例を紹介していきます。

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1)ガソリンスタンド業

1.自動車関連事業

車検や修理、タイヤの販売を行うガソリンスタンド(以下「SS」)は従来からありますが、事業範囲をクルマ回り全般に広げる動きがあります。 

コスモ石油はグループ会社などを通じて、カーリース、レンタカー、自動車販売・買い取り・廃車手続きの他、自動車保険やロードサービス「コスモカーレスキュー」を展開しています。自動車販売や保険などについては、「くるまの相談窓口」をコンセプトにSSに併設している「ビークルショップ」で、カーライフコンシェルジュと呼ぶ認定スタッフによる無料アドバイスも行っています。

また、伊藤忠エネクスも「カースタ」(カーライフスタジアムの略)のブランドを使った車の総合サービスとして、レンタカーや自動車販売・買い取りなどを行っています。

この他、ある程度の敷地の広さがあることが条件になりますが、SSにEV(電気自動車)の充電ステーションを併設するケースもあるようです。

2.給油や洗車の待ち時間を活用した併設店舗

SSを利用する顧客には、一般的に給油や洗車の間の待ち時間があります。SS事業者の中には、この時間を利用して他の商品・サービスの購入を促したり、SSへの来店動機を増やしたりすることを目的に、さまざまな施設を併設するケースが増えています。ただし、併設した施設の運営は、自社で行うよりもノウハウを持っている専門の事業者が行うほうが成功率は高いと考えられるため、併設店舗の設置については多角化よりも既存SSの活性化を主眼に置いたほうがよいでしょう。

併設店舗の代表的な例がコンビニエンスストアやコーヒーショップであり、大手チェーンとの協業も進んでいます。この他にも、出光興産(旧昭和シェル石油)は2018年12月、ピザハットとの併設店舗の1号店を開設するとともに、5年以内に併設店舗を100店開発する計画を明らかにしました。また、ENEOSを展開するJXTGエネルギーは2018年12月、コインランドリー併設事業のトライアルを実施するため、併設店舗の1号店を開設しました。併設するコインランドリーはOKULABが運営する「BALUKO」で、SSのスタッフがコインランドリーを管理します。

運転に伴う身体の凝りを和らげることなどを想定したストレッチ店や、長距離トラックのドライバーなど向けにシャワー室や入浴施設を併設したSSもあります。なお、シャワー室は無料で提供している店舗もあるようです。

2)ガス検針業

ガス検針業に関連する多角化として、ガス検針を利用した見守りサービスがあります。大東建託グループでLPガス販売などを行うガスパルは、離れて暮らしている65歳以上の高齢者もしくは障害を持っている人が使用しているガスメーターを1日1回検針し、使用状況を親族などの指定されたメールアドレス(最大3カ所)に送る「ぱるメール」のサービスを月額500円で提供しています。

東京ガスは「くらし見守りサービス」の名称で、同社のガスメーターが設置されている住戸を対象に、見守りサービスを提供しています。ガスの消し忘れ確認のために、スマートフォンを使ってガスの使用状況を確認し、ガスを止めることもできる他、ガスを長時間使用している場合に電話で確認するサービスもあります。また、離れて暮らす家族の見守りのために、前日にガスの利用が一度もなかった場合に、登録したメールアドレスに知らせるサービスもあります。利用するためには、ガスメーターを通信機能付きのタイプに交換する必要があります。

同社の「くらし見守りサービス」ではこの他、「自宅・家族の見守り」として、スマートフォンに、外出時の鍵の締め忘れをすぐに知らせるサービスや、外出前や就寝時に戸締まりをチェックできるサービス、子供や高齢者が帰宅したことを知らせるサービスも提供しています。利用するには有料のセンサーの設置が必要となります。

ちなみに、ガス検針業者ではありませんが、ガスメーターを製造している東洋計器も、ガスの使用が長時間なかった場合に指定したメールアドレスに自動的に知らせるサービスを提供しています。

3)住宅リフォーム業

リフォーム事業のノウハウを活かした多角化の例として、買い取り再販事業やワンストップリノベーション事業が挙げられます。ただし、リフォームの中でもごく一部の改修や修理ではなく、フルリフォームもしくは新たな機能や装備などを加えたリノベーションを行うノウハウを持っていることが前提となります。

いずれも顧客層を従来の住宅保有者から、住宅の購入希望者にまで広げることができます。また、今後増加が見込まれる空き家を活用できる事業であるため、ビジネスチャンスが広がることも期待されます。

1.買い取り再販事業

買い取り再販事業は、リフォーム業者が自ら中古の物件を購入し、フルリフォームもしくはリノベーションをして価値を高めて再販売する事業です。物件購入と販売まで行うため、利益率が高まる可能性がありますが、物件購入のための資金が必要となり、在庫を抱えるリスクもあります。

なお、当該事業は不動産業の要素もあるため、参入するには、リフォーム範囲や規模に応じて必要となる建築一式工事や内装仕上工事といった建設業許可に加えて、宅地建物取引業の免許と、宅地建物取引士の設置が必要となります。

2.ワンストップリノベーション事業

ワンストップリノベーション事業は、物件購入希望者に対し、リフォーム工事を前提に、中古物件探しからリフォームプランの提供、購入に際しての資金計画、ローン申し込みの案内まで行う事業です。物件の仲介やあっせんを行う場合は、買い取り再販事業と同様に宅地建物取引業の免許と宅地建物取引士の設置が必要となります。また、物件購入希望者がローンを組む際に案内できる金融機関と連携しておく必要もあります。

4)墓石販売業

1.石材関連事業

墓石に限らず、石碑や記念碑、石像なども取り扱って事業を多角化するケースがあります。従来の墓石の製造技術を活用すれば、技術的な参入障壁は低いといえます。例えば、導入する石材の種類を広げ、デザイン性を高めた商品を提案すれば、石材加工に関連する多様なニーズに対応するサービスを提供できるようになります。需要全体は少ないかもしれませんが、インターネットでも注文を受け付けるなどして、ニッチトップを目指すという考え方もあります。

2.葬儀関連事業など

墓石の購入希望者へサービスの提供ができ、相乗効果が見込める関連サービスとして、墓地および霊園の案内があります。また、墓石販売業者が葬儀業に進出する事例もあるようです。

3.アフターサービスの拡充

墓石販売だけでなく、墓石保有者へのアフターサービスを拡充させることでビジネスチャンスは広がります。

特に、地方の過疎化や都市部への人口流入などに伴い、地方にある墓の“墓守”が不在となったり、親族が墓参りすることが困難になったりするケースが話題となっており、こうした人たちの問題解決が事業多角化のヒントとなる可能性があります。墓参り代行や、墓の清掃代行・洗浄などの需要は、今後も増えていくことが想定されます。また、これまで十分に墓参りができていなかったことで墓が荒れたり、複数ある墓を合葬したり、といった事情で墓をリフォームするニーズもありそうです。

墓守の問題がさらに深刻化して、墓じまいや改葬を行うケースもあります。先祖代々の墓に納骨するという従来の考え方から、納骨堂の活用や散骨などへと多様化している中で、墓石関連業は今後、新規販売よりも既存の墓石の解体の需要のほうが高まることも考えられます。

以上(2019年11月)

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増加する「リハビリ難民」の受け皿 自費リハビリ事業の動向

書いてあること

  • 主な読者:自費リハビリ事業を検討する経営者
  • 課題:市場の動向や、サービスの具体的な価格帯が分からない
  • 解決策:事業を取り巻く環境を整理し、既存サービスの価格を参考にする

1 自費リハビリ事業とは

脳梗塞を含む脳血管疾患などを発症すると、約6割の患者に「片まひ」や、筋肉が不自然につっぱる「痙縮(けいしゅく)」などの後遺症をもたらすといわれます。この後遺症の程度を軽くしたり、一度失った機能を取り戻したりするのに欠かせないのがリハビリです。

脳血管疾患でのリハビリは、「急性期」「回復期」「維持期・生活期」の大きく3段階に分かれます。

  • 急性期:発症から2~3週間程度で、体の機能低下を最小限に抑えるもの
  • 回復期:発症から1~4カ月程度で、日常生活に最低限必要な動作や機能を回復させるもの
  • 維持期・生活期:発症から4~6カ月以降で、自宅に戻って回復期に取り戻した機能を維持させるもの

病院など医療機関に入院して行われる急性期と回復期のリハビリは主に医療保険、退院後、介護保険事業所が行う維持期・生活期のリハビリは主に介護保険から費用が給付されます。

ただし、医療保険によるリハビリは保険適用日数に制限があったり、介護保険によるリハビリは利用者の個別のニーズを満たすことができなかったりすることから、希望するリハビリが受けられない「リハビリ難民」が増加しています。

このように、公的社会保障制度の下では対応が難しいニーズに対して、保険外の完全自費負担で、個別具体的にサービスを提供する自費リハビリ事業が注目されています。自費リハビリ事業が満たすニーズには、次のようなものがあります。

  • すし職人の「再び握りたい」というニーズに対し、手先の回復に特化したリハビリを提供
  • 社長の「座って話せるようになりたい」というニーズに対し、言語聴覚療法に特化したリハビリを提供
  • 事務職の職場復帰したいというニーズに対し、パソコンのキーボードを打てるようになることに特化したリハビリを提供
  • 母親の「子どものお弁当が作れるようになりたい」というニーズに対し、車いすに座ったままでも料理ができるようになることに特化したリハビリを提供

2 自費リハビリ事業を取り巻く環境と成長要因

1)自費リハビリ事業のPEST分析

自費リハビリ事業を取り巻く環境と成長要因について、ビジネスフレームワークの「PEST分析」に沿って考えていきます。自費リハビリ事業のPEST分析は次の通りです。

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2)政治(Political):医療保険・介護保険制度の改正により「リハビリ難民」が増加

厚生労働省は、2006年度の診療報酬改定で、病院など医療機関におけるリハビリ(医療保険)に対し、長期にわたり継続的にリハビリを行うことが医学的に有用であると認められる一部の疾患等を除き、算定日数上限を設けました。

例えば、脳血管疾患のリハビリの算定日数上限は180日で、基本的には、180日以内に退院しなければならなくなりました。

退院後は、例えば脳血管疾患の場合、1カ月当たり13単位(1単位20分)に限り、医療保険でリハビリ病院の外来を受けることができました。しかし、2018年度の診療報酬改定で、2019年4月以降は要介護者等については、1カ月当たり13単位のリハビリ外来も廃止されました。

このため、多くのリハビリ患者は、退院後、介護保険でデイサービスや訪問リハビリテーションなどの介護保険によるリハビリに移行することになります。こうした背景から、デイサービスの受給者数は、2008年4月の1カ月当たり約46万人から、2018年10月の1カ月当たり約61万人まで増加しています。

しかし、デイサービスは基本的に集団リハビリが主で、個別の機能訓練は15分程度といわれます。また、訪問リハビリテーションは、個別リハビリですが、それでも基本的に40分~1時間と短時間です。また、いずれの場合も、脳血管疾患専門のスタッフなどは多くありません。

このような背景から、長期にわたってリハビリを希望しているにもかかわらず、医療保険から切り離された患者のうち、介護保険1号被保険者でも2号被保険者でもない40歳未満の患者や、介護保険によるリハビリを受けたくても利用可能な施設がなかったり、介護保険によるリハビリでは満足できない患者を中心に、「リハビリ難民」が生まれました。

3)経済(Economical):高齢の労働者が増加

脳血管疾患患者の約6割が70歳以上といわれます。近年では、働く高齢者が増加しており、70歳以上の労働者は2008年の268万人から、2018年には425万人となっています。60歳以上の労働者を見ても、2008年の1099万人から、2018年には1414万人まで増えています。

働く高齢者が増えたことで、脳血管疾患患者で職場復帰を急ぐケースが増加しているとみられます。前述の通り、介護リハビリでは、患者の職種に応じた個別機能訓練を十分に受けることができません。

4)社会(Social):働き盛りで職場復帰を急ぐ若年層が存在

厚生労働省「患者調査」によると、2017年10月時点の脳血管疾患の総患者数は約112万人、日本リハビリテーション医学会によると、2014年時点で約300万人と推定され、毎年、新たに25万~30万人が発症しているといわれます。

今後、高齢化により患者数は増加するとみられており、それに伴って、自費リハビリ事業への需要も広がることが予想されます。

また、前述した通り、介護保険1号被保険者でも2号被保険者でもない40歳未満の若年層を含め、20代~50代といった働き盛りで、自らの職種に応じた個別機能訓練を強く希望する人たちに対し、自費リハビリサービスが受け皿となります。

現に、デジタルヘルスベンチャーとして自費リハビリ施設「脳梗塞リハビリセンター」を全国で17店舗展開するワイズが、2018年3月9日の未来投資会議 構造改革徹底推進会合で発表した資料によると、利用者の年代は20代~50代が全体の46%に上っています。

5)技術(Technological):個別的なニーズに応える最新機器が登場

利用者の個別的なニーズに応えるため、VR機器やロボットなどさまざまな機器が開発されています。

ワイズは、麻痺した下肢の運動を脳に再学習させる歩行支援ロボット、仮想現実(VR)技術を応用して、ゲーム感覚で車いすでの姿勢保持や歩行などに必要なトレーニングを行う機器、会話を通じて言語トレーニングを行うロボットなどを導入しています。

3 自費リハビリ事業の競争環境

1)自費リハビリ事業のファイブフォース(5つの力)分析

自費リハビリ事業の競争環境について、ビジネスフレームワークの「ファイブフォース分析」に沿って考えていきます。自費リハビリ事業の競争環境は次の通りです。

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2)新規参入の脅威 脅威度:大

厚生労働省へのヒアリングによると、「自費リハビリ事業は介護保険外のサービスとなるので、介護保険法に基づく都道府県の指定・許可は必要なく、施設・設備基準も存在しない」(*)とのことです。

そのため、既存の介護保険事業者や異業種からの参入が相次いでいます。

(*)厚生労働省 老健局(2019年8月22日時点)

3)売り手の脅威 脅威度:中

施設・設備面での参入障壁も低く、理学療法士が1名とベッドが2台程度あれば開業することが可能だといわれます。

ただし、個別のニーズに応えるために、前述したような最新のリハビリ機器を導入する場合は、特定のメーカーの独自技術であることが多いため、売り手の価格決定力が大きくなるでしょう。

また、理学療法士や作業療法士は、近年増加しているものの、介護保険事業所が全国的に増えていることから、現在ではまだ人手不足といわれます。サービスの質は、いかに優秀な理学療法士や作業療法士を確保するかに影響される部分も大きいため、採用の際は、既存の介護保険事業所よりも高い給与や待遇を設定することなどが重要です。

4)代替サービスの脅威 脅威度:小

リハビリテーションを提供するサービスという観点では、既存の介護保険内のリハビリサービスが代替サービスといえるでしょう。

前述の通り、介護保険内のリハビリサービスに満足できない、または、利用することができない人たちが、自費リハビリサービスに流れてきていることから、代替サービスとしての脅威は小さいといえます。

5)買い手の脅威 脅威度:小

自費リハビリ事業の基本的なサービスとして、利用者と個別に面談し、各利用者に合ったプログラムを組むことで、効果を実感させやすいという特色があります。一度、効果を実感するとリピーターになりやすいため、多くの自費リハビリ施設では、無料や安価での体験サービスを実施しています。

また、現状、自費リハビリ施設は都市部に多く、都市の郊外や地方にはニーズに対して施設数が少ないといわれます。そのため、今後、都市の郊外や地方への出店には大きな可能性があるといえます。

6)業界内の競合企業との敵対関係 脅威度:小~中

前述したワイズや、豊田通商の完全子会社である豊通オールライフが運営する「AViC THE PHYSIO STUDIO」(都内で4店舗展開)などが、出店攻勢を強めています。

新規参入が容易なことから、今後も、大規模・小規模問わず出店が増えていくことが予想され、立地やサービス面での差異化が重要になってくるでしょう。

例えば、無料体験を実施してリピーターを確保したり、家族が送迎しやすい日曜日などに営業したり、遠方の利用者のために送迎サービスを行ったりするなどの差異化を図っているケースがあります。

4 【参考】自費リハビリ事業のサービス・価格帯

参考として、AViC THE PHYSIO STUDIOの2019年9月時点での主なサービス内容や価格は次の通りです。

・上肢(麻痺手)集中コース

  • 【内容】脳卒中の中でも、日常生活で非常に困る上肢の麻痺の改善に特化したリハビリコース。利用者それぞれに適した課題を設定し、反復で手・腕をトレーニングする。
  • 【回数】週5回(1回約3時間、3週間)
  • 【価格】45万円~(税別)

・歩行集中コース

  • 【内容】脳卒中の後遺症として代表例の1つである歩行障害の改善に特化したリハビリコース。免荷式トレッドミルやエアロバイクなどの機器を用いて、歩く練習を行う。
  • 【回数】週4回(12週間)
  • 【価格】48万円~(税別)

・整形外科・運動器リハビリプログラム

  • 【内容】整形外科疾患の後遺症による体の痛みや歩きにくさ、動かしにくさといった機能不全に対して集中的にトレーニングを行うプログラム。独自の動画解析システムを利用して、姿勢・歩行・痛み動作の確認をし、北欧最先端機器を利用した「スリングエクササイズセラピー」やインナーマッスルを目覚めさせる体幹トレーニングを行う。
  • 【回数】オーダーメードプラン:週1~3回 回数×12週間
  • 短期集中プラン:週3~5回 回数×2週間
  • 【価格】オーダーメードプラン:12万円~(税別)
  • 短期集中プラン:6万円~(税別)

・訪問リハビリプログラム

  • 【内容】さまざまなリハビリ機器を利用者の自宅に持参し、日常生活をうまく送れるための練習をする。
  • 【価格】1時間当たり1万2000円(税別)

以上(2019年11月)

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DIY市場の動向

書いてあること

  • 主な読者:ホームセンターの開業を検討する経営者
  • 課題:現在の市場規模、注意すべき点などが分からない
  • 解決策:市場規模を把握し、既存店の差異化策を参考にする

1 DIY市場の動向

1)ホームセンターとは

日本標準産業分類によると、ホームセンターとは、「主として住まいの手入れ改善にかかる商品を中心に、家庭用品、園芸用品、電気機械器具、家具・収納用品、建築材料などの住関連商品を総合的、系統的に品ぞろえし、セルフサービス方式により小売りする事業所で、店舗規模が大きい事業所をいう」と定義されています。

2)売上高および店舗数の推移

日本ドゥ・イット・ユアセルフ協会(以下「日本DIY協会」)の推計によると、ホームセンターの売上高および店舗数の推移は次の通りです。

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日本DIY協会の推計によると、ホームセンター業界の売上高は2003年以降、業界全体で約3兆9000億円前後で、ほぼ横ばいの状態が続いています。

商品ジャンルごとの売上高では、ニトリやイケアなど専門店や、ドラッグストアなど他業種との競合により、家具・収納用品や家庭用品の売上高は減少する傾向にあります。

加えて、少子高齢化の影響により地方の人口減少や都市部への人口集中が進み、戸建て住宅からマンションへの移行が進むなど、住環境が変化することによって、長期的にホームセンターの売上高は減少するとみられています。

ホームセンター大手各社は、これまで特定地域を中心にドミナント展開を行ってきましたが、業界の売上高の伸びが鈍化する中、これまで出店を行ってこなかった他地域への新規出店を進めています。店舗数の増加に伴い競争が激化し、1店舗当たりの販売額や売り場面積当たりの売上高も減少しています。

3)大型店出店とホームセンター業界の寡占化

ホームセンターが取り扱う商材は他の業態に比べ差異化が難しく、同質化競争に陥りやすいといえます。品ぞろえを充実させることが、他店との差異化につながるため、大手各社は大型店舗を新規出店し、集客力を確保してきました。こうした大手各社の新規出店により、同一商圏にあった中堅・中小のホームセンターの淘汰が進みました。その結果、現在、売上高が1000億円を超える上位9社で、売上高ベースで業界全体の約7割を占めるようになっています。

ホームセンター売上高上位9社の売上高、店舗数は次の通りです。

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2 ホームセンター各社による主な取り組み

ホームセンター各社は、他社との差異化戦略に取り組んでいます。主要な取り組みには、次のようなものがあります。

1)商品力の強化

ホームセンター各社は、プライベートブランド(PB)商品の開発を進めています。スケールメリットを活かせることなどから、大手各社では、今後もPB商品の点数を増やし、全商品に占めるPB商品の売上構成比率を高める方針を掲げています。

いち早く2000年代から、自社で製造から小売りまでを行うSPA(製造小売り)化を進めたカインズによる差異化戦略の成功も、各社による取り組みを進める後押しになっているとみられます。

2)新たな店舗開発

ホームセンターの中には、新しい店舗開発を行うことで、集客力の向上を目指す動きがあります。例えば、食品スーパーとの併設店や、ホームセンターを中心としたショッピングモール型の店舗開発です。食品などを取り扱う店舗と併設することで、集客力を高めるとともに、日常的に利用してもらうことで来店機会を増やす狙いがあるようです。

これまでホームセンターは、主に郊外のロードサイドに自動車で来店するファミリーを想定して大型店を開発してきました。しかし今後、地方人口が減少し都市部への人口集中が進むと予想される中、都市生活者など新たな顧客をターゲットとする小型店の開発も進められています。

また、従来のホームセンターは、一般消費者向けと事業者向けの商品が同じ売り場で販売されてきました。しかし、双方で商品に対するニーズが異なることや利用シーンが異なることなどから、建設業者などの事業者を対象とする小規模商圏を想定した小型店舗の開発が進められています。

3)新たなマーケット開拓

ホームセンターの中には、より専門性の高いサービスに注力することで、新たなマーケットを開拓しようとする取り組みを進めているところもあります。例えば、コメリでは既存のホームセンター事業に加え、農家などへの支援サービスを打ち出しており、農業従事者向けに特化したサービスを展開することで、マーケット開拓に取り組んでいます。

また、この他にも、ペット販売に関する業界シェアの拡大を狙い、他の事業者と提携するケースなども見られます。

大手ホームセンター上位9社の主な対応は次の通りです。

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この他にも、大手各社では、ECサイトと実店舗との連携強化や会員サービスの充実、既存店の活性化・効率化、物流網の整備などに取り組むとしています。

専門誌などによると、今後、例えば空き家対策におけるDIYへの需要の高まりや、余暇時間が増加することで多様なレジャーへの需要が生まれる可能性もあり、ホームセンター各社にはこうした機会を捉え新しいビジネスモデルを構築することが求められます。

3 コーナン商事の取り組み

1)コーナン商事の現状

コーナンを運営するコーナン商事(大阪府堺市)は、主に近畿圏を中心に2019年2月末時点で全国に356店舗を展開しています。同社の店舗には、一般消費者向けのホームセンター事業である「コーナン」、建築、塗料、作業用品などのプロ向けの工具や資材を取り扱う「コーナンPRO」などがあります。「コーナンPRO」では、現場作業に向かう前に利用してもらうために早朝から営業を行うなどしています。

同社のセグメント別売上高の推移は次の通りです。

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また、同社は2018年4月に九州地区を中心に、食品スーパーとホームセンターを併設した店舗の展開を行う、ホームインプルーブメントひろせ(大分県大分市)と資本業務提携し、九州地区での出店を進めました。

2)今後の取り組み

コーナン商事は、2018年4月12日に2020年を目標とする第2次中期経営計画「もっと大好きや!!コーナン」を策定しています。計画では、売り上げ規模を拡大して高収益を追求するとしています。そのための重点戦略として、商品戦略、人事戦略、投資戦略、財務戦略の4つの戦略を掲げ、特に商品戦略を最重要として位置付けています。商品戦略の具体的な内容は、次のようなものです。

・PB商品開発体制を強化し、売上構成比40%を目指す
・「誰に」「何を」販売するのかを明確に設定し、魅力あるPB商品の開発を進める

これにより、同社の商圏シェア率を向上させるとしています。

同社は、2017年4月に小田急電鉄の子会社でホームセンター事業を行っていた「ビーバートザン(神奈川県厚木市)」、2019年4月にプロ顧客向けの会員制建築資材卸売店舗「建デポ(東京都千代田区)」の株式を取得して子会社としています。同計画において、3年間で50店舗をめどに出店を進めるとしており、第2の商圏と位置付けた東京などの首都圏での出店を進める方針を打ち出しています。

この他にも、2019年4月1日より、楽天が運営する共通ポイントサービス「楽天ポイントカード」を導入し、「ホームセンターコーナン」「ホームストック」「コーナンPRO」で共通するポイントサービスの利用を可能にしました。また、同日より同社独自のチャージ式電子マネー「コーナンpay」を全店で導入しています。こうした取り組みにより顧客の利便性を高めるとともに、業務の効率化を目指すとしています。今後は、こうした顧客情報を活用したサービスの充実を進めるとみられます。

同社は、2019年5月に公表した長期ビジョン「New Stage 2025」の中で、PB比率の向上とともにSPA化の推進、ホームセンター業界に限らない商品供給事業の拡大、ECとリアル店舗の連携による利便性の向上を打ち出しています。また、同ビジョンでは、2016年にベトナムに出店した後、2025年までにベトナム国内に30店舗展開することを目標として掲げています。

4 参考:統計資料

「ホームセンター経営統計 2019年版」(日本ホームセンター研究所、2019年4月12日)

■日本ホームセンター研究所■
http://www.hci.co.jp/

以上(2019年10月)

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