【朝礼】変化のときは「渦中の人」であれ

新型コロナウイルス感染症により、私たちの生活環境は大きな変化を余儀なくされました。ビジネスにフォーカスした場合、こうした大きな変化と直面したときの選択肢は2つしかありません。

1つは変化によって生じる新たなスペースを積極的に狙う「攻め」、もう1つは変化が収束するのをじっと待つ「守り」です。

どちらを選択するか、意見は分かれます。実際、経営者仲間の話を聞いてみると、ある経営者は「新型コロナウイルス感染症の混乱が落ち着いても、ビジネスの在り方が元に戻ることはない。ますます変わっていく。そこにチャンスがある」と言っていました。一方、別の経営者は「新型コロナウイルス感染症の混乱が落ち着いたら、多くは元の状態に戻り、マネジメントが求められるだろう。そこにチャンスがある」と言っていました。

皆さんは、攻めと守り、どちらを選択するべきだと考えていますか?

攻めと守りのような正反対のいずれかを選択するのは、とても難しく、怖いものです。そのため、しばしば「どちらかが正解というわけではない。あくまでも『考え方』の違いである」という結論に落ち着きます。考え方次第と言えば、客観性があって聞こえがいいですし、攻めを主張する人とも、守りを主張する人とも衝突しなくてすみます。しかし、今、そのような曖昧な判断をしているような企業は、間違いなく勝ち残っていくことができません。

それは、私たちが変化を余儀なくされている状態にあるからです。通常なら、変化の激流を避けることもできるでしょう。何もせずに、じっとしていればいいのです。それは、守りとは違います。変化を受け入れられず、未来を想像することなく、激流が収まるまでやり過ごしているだけの状態です。これでも一時はしのげるでしょう。

しかし、そうしている間に周りの多くの人たちは、自ら渦中に飛び込んでいます。「渦中に飛び込む」とは、変化の当事者になることです。激流を避けるのではなく、むしろ激流に乗って進もうとするわけです。先ほど紹介した経営者たちは、100人を超える人から話を聞いて情報を集めています。その情報をもとに未来を【想像】し、針路を決め、自分たちを信じて進んでいるのです。

渦中に入ってしまえば、ある程度の開き直りが生まれ、外から見ているときほどの恐怖を感じなくなります。そこで改めて周囲を見渡すと、多くのチャンスとピンチがあることにも気付きます。また、厳しい環境に身を置くような苦行を組織で体験すれば、得られるものは非常に大きいです。渦中から抜け出した企業は強いものです。

私たちは渦中の人となります。やるか、やらないか、選択の余地はありません。大切なのは、変われるか、変われないかです。これまで培ってきた価値観を自ら覆すのは勇気がいります。しかし、その勇気を持てた企業だけが勝ち残ることができるのです。

以上(2020年7月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】「基準」になろう

皆さんは今、外出自粛など、これまでにない体験をしています。アフターコロナ、ウィズコロナといった言葉で語られているように、今の状況は、今後の私たちの生活や働き方を大きく変えていくでしょう。

先日、あるアパレル業界の経営者が、ウィズコロナの世界で業界における仕事の進め方がどう変わっていくかについて、オンラインセミナーをしていました。今日は、それを聞いて私が考えたことを皆さんにお伝えします。

その経営者は、まず大きく変わるのは接客の仕方だと言っていました。従来の実店舗での接客が、全てオンラインの接客にシフトしていくというのです。その会社では、今、ネット販売に注力し、スタッフの「チャットでの接客力」を磨いているということでした。特に難しい接客例として挙がっていた、お客様と衣料品のサイズについてチャットでやり取りする話が印象に残っています。

初めてのお客様でも、チャットで「このサイズは私に合いますか?」と聞いてくることが少なくないのだそうです。スタッフからすれば、お客様の身体のサイズやスタイルは全く分かりません。そこで、その店では、スタッフはチャットでお客様にこう尋ねます。「お客様がユニクロで選ぶサイズは何ですか?」。そうすれば、「このブランドはユニクロに比べると少しゆったりしていますので、このサイズで大丈夫だと思います」といったように回答できるからです。

要は、お客様とスタッフとの間で、共通認識となる「基準」を設定するということなのでしょう。会ったこともなく、チャットでのみやり取りしているお客様とスタッフ。その状態で共通認識にするのですから、「基準」は誰もが明確にイメージできるものでなければなりません。

そういう意味で、「基準」として登場したユニクロを、さすがだなと感じる一方で、私はこうも思ったのです。「私たちの会社も、私たちの業界の中での、基準になりたい」と。皆さん、想像してみてください。何か共通認識を設定するとき、「基準」として真っ先に当社の名前が挙がる。誰もが当社の商品を思い浮かべることができる。どれほど誇らしいことでしょう。

こうした「基準」になるには、幾つかの条件があります。私が最も重要な条件だと考えているのは「信頼される」ことです。私たちは、このような非常時だからこそ、「どういう状況でもしっかり対応してくれる」「きちんと商品を提供してくれる」「顧客のことを考えてくれる」とお客様に信頼してもらえるよう、一人ひとりが誠実に行動しなければなりません。

これからは、お客様との接し方も大きく変わっていくでしょう。状況がどうなろうとも、皆で工夫し合い、お客様から「信頼できる」と評価される会社であり続ける。これが、「業界の基準」となる第一歩です。皆さん、一緒に「基準」になることを目指しましょう!

以上(2020年7月)

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画像:Mariko Mitsuda

中小企業における組織再編の活用法/弁護士が教える組織再編~事業再編・M&Aを学ぶ~(1)

書いてあること

  • 主な読者:事業承継やM&Aを検討している中小企業の経営者
  • 課題:実際に中小企業ではどのような組織再編が行われているのかを知りたい
  • 解決策:中小企業の組織再編実務に携わる弁護士が、実際の事例を交えながら解説

1 事業承継などの備えとしての組織再編

経営者の高齢化が進み、中小企業の事業承継は待ったなしの状態です。後継者がいないという理由で、他の企業とのM&A(合併や買収)を検討する経営者も少なくありません。しかし、事業承継やM&Aは、経営環境の大きな変化を伴います。そのため、経営環境の変化に合わせて、企業の組織形態を柔軟に変化させていくことが重要になります。

そこで必要なのが組織再編です。組織再編と聞くと難しい印象を受けられる方が多いと思いますので、本シリーズ(全5回)の第1回では、中小企業が事業承継やM&Aに備えて、どのような組織再編をしているのか、実際の事例をもとに概要を紹介したいと思います。

2 事業承継のための持株会社(ホールディングス)の設立

現在、中小企業が行う組織再編で最も多いケースが、持株会社(ホールディングス)の設立です。持株会社とは、事業会社(既存ビジネスを行っている会社)を所有・管理するためだけに存在する会社です。設立目的はさまざまですが、主な目的の1つに現経営者が後継者に事業会社の経営を任せた後も、親会社となる持株会社から、経営を管理・指導することがあります。これにより若い後継者や従業員などに事業会社の経営を任せられると同時に、様々なシーンで経営をサポートすることもでき、後継者難の問題を解決することができます。

この持株会社を設立するための手続きは、まず株主が事業会社の株式を持株会社に出資(現物出資という)し、その対価として新たに設立する持株会社の株式を引き受けます。このような手続きを「株式移転」と呼びます。中小企業には、株主=経営者ということも多く、その場合には経営者が個人として所有している株式が、事業会社のものから持株会社のものに変わるという手続きになります。

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この株式移転は株式を売買するのではなく、移転するというところがポイントです。従って、株式を売買することで発生する税コスト(売買益などによる納税額の増加)を負担することなく、持株会社を設立することができます。

株式移転後の組織の全体像は次のようになります。

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このように持株会社があれば、現経営者は事業会社の経営を後継者に任せても、親会社である持株会社の代表者になれますので、引き続き、後継者の経営を管理・指導できるのです。

3 1つの会社を複数の会社に分けるための会社分割

1)長男と次男のために会社を分ける会社分割

例えば、後継者が長男と次男の2人いる場合などに、会社を2つに分割することがあります(会社を2つに分けるための詳細な手続きの説明は、本稿では省略します)。このように会社を分ける手続きを「会社分割」と呼びます。また、税制上のルールを満たす形(税制適格という。本稿では詳細な説明は省略します)で行えば税負担を最小限に抑えた状態で会社を2つに分割することができます。

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会社を2つに分割できれば、次のように長男にはA社株式を、次男にはB社株式を譲り渡し、それぞれ完全に独立した形で事業承継させることができます。これにより将来、長男と次男が兄弟げんかなどを理由に経営が混乱するリスクを解消することができます。

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2)複数の事業を分ける会社分割

1.中心の事業と不動産事業を分ける会社分割

会社分割は、複数の事業を行っている場合にも活用できます。例えば、長年の経営によって得た利益を活用して事業(以下「中心事業」)に必要な不動産とは別に、収益不動産を取得している会社も多いと思います。このような会社が中心事業だけを従業員などの後継者に承継させたいという場合、中心事業と不動産事業を分離する会社分割を行います。なお、ここでは印刷事業を行っている会社をモデルに説明します。

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このように印刷事業と不動産事業を分離することによって、創業家はこれまでの利益で取得した収益不動産を失うことなく、中心事業である印刷事業だけを従業員などの後継者に承継させることもできます。

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2.不動産事業を子会社化する会社分割

収益不動産を保有している会社では、継続して一定の賃料収入が得られているため、会社の売上と利益が底上げされます。そのため、中心事業の業績が悪化しても、それが決算に表れにくく、組織に危機意識が生まれません。

そのような場合には、不動産事業を子会社として分割するケースもあります。このような会社分割をすることによって、中心事業の収益状況を正確に把握することができるようになります。

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4 強い組織をつくるための株式交換

事業を拡大していく過程で、複数の会社を設立するケースも少なくありません。一般的に複数の会社を経営する場合、経営者個人が複数の会社の株式を所有しています。しかし、このように複数の会社を経営者一人で所有していると、事業承継時の負担が増えることがあります。 

例えば、株式の承継時に贈与税・相続税(各会社の株価を合計した額をベースに計算)を負担しなければならず、税コストが高くなります。また、事業承継の手続きも複数回実施しなければならず、手続き的な負担が大きくなってしまいます。

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そこで、このような複数の会社を経営されているケースでは、「株式交換」という手続きを活用して強い組織をつくることが必要となります。例えば、上記の事例で、中核会社をA社にし、B社とC社を子会社にするため、次のような手続きを実施します。B社およびC社の株主が株式をA社に現物出資し、その対価としてA社の株式の新株発行を引き受けるのです。

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これによってB社とC社は、A社の子会社に整理され、事業承継はA社を中心に実施すれば手続きは1回で済むようになります。しかも、税務上のルール(税制適格)に従って手続きを実施することによって税コストを掛けることなく、次のような組織へと変更することができます。

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このようにA社を中核会社として組織を作ることによって、A社、B社、C社の3社は完全な親子会社となり、グループ法人税制が適用されることになります。グループ法人税制が適用される場合、A社、B社、C社間の取引に関しては損益が繰り延べられる(グループ外の会社との取引が行われたときに損益が計上される)ことになり、グループ間で自由な資産の移転や取引を行うことができるようになります。このように強い組織を形作った上で次世代の後継者に事業を承継していくことが求められています。

5 複数の会社を1社にするための合併

中小企業が合併を行う代表的なケースは2つあります。1つは、グループ内に繰越損失を抱えている会社(不採算事業)を収益性の高い会社が合併することによって繰越欠損金を引き継ぎ、法人税の負担を軽減することを狙うケースです。もう1つは、事業を複数の会社で営む理由がなくなった場合に管理コストを減らすなど、経営効率を高めるために複数の法人を合併させるケースです。

1)不採算事業を整理するための合併(繰越欠損金を引き継ぎ)

黒字体質の親会社が、不採算の子会社を抱えている場合、親会社は子会社で損失を出しているにもかかわらず、損益通算(親会社の利益から、子会社の損失を差し引くこと)されることなく、親会社の利益に対して法人税が課税されてしまいます。

そこで、子会社の業績の回復が見込めない場合には、その子会社を吸収合併することによって、それまでに蓄積された損失(税務上では繰越欠損金という)を親会社に引き継ぎ、親会社の法人税負担を軽減することを検討します。

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2)経営効率を高めるための合併

複数の法人を営んでいるケースでさらに経営効率を高めるために、複数の法人を合併させることもあります。例えば、これまで同業種の事業をA社、B社、C社の3社でそれぞれ別に営んでいるため、売上や利益が3社に分散するため高い評価を受けられないというケースもあります。そのような場合には、これらの会社を合併して統合することがあります。

事業規模に応じた正当な評価を受けられますし、間接部門(経理や総務など)の重複を解消することもでき、経営効率を高めることができます。また、一部の事業会社で損失が続いている場合には、上記同様、繰越欠損金を引き継ぐことができます。

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以上(2020年6月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 代表弁護士 福崎剛志)

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画像:Rido-Adobe Stock

第19回 【前編】起業家育成に携わる会計士が教える 財務3表と事業計画〜スタートアップ、中小企業が生き残るために必要な会計とは?〜/イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

アメリカのある研究機関の調査によると、起業家が後悔したことの第一位は、「もっと会計・財務のことを勉強しておけばよかった」というものだそうです。

そこで今回の取材では、スタートアップ、中小企業が生き残るために必要な会計について、倉田剛氏に教えていただきました。前後編の2回に分けてお届けします。前編では「財務3表について」、後編では「会計を活用したビジネスプランの立て方」を解説しています。

倉田さん、貴重な学びのシェア、愛りがとうございます!(愛+ありがとう)

1 プロローグ 〜今、会計を学ぶ必要性とは〜

昨今、大学生起業家は珍しくなく、高校生起業家も少しずつ増えてきました。彼らの起業の動機の多くは「お金持ちになりたい」「不労所得で楽をして暮らしたい」といった浮ついたものではなく、「社会課題を自分の力で何とかしたい」という高い視座によるものです。これは昨今のSDGsの流れを見るまでもなく、日本だけでなく世界的な潮流といえるでしょう。大企業だけを目指すのではなく、自ら起業して社会問題の解決に取り組む学生が増える事は素晴らしいと思います。もちろん大企業に就職して、スキルやネットワークを作ってから起業するシニア起業家も素晴らしいと思いますが、両方の起業家が日本にも増えたらさらにイノベーションは加速すると思います。

一方で、残念なことに起業した会社の多くが数年のうちに立ち行かなくなってしまうことも事実です。アメリカのある研究機関の調査によると、起業家が後悔したことの第一位は、「もっと会計・財務のことを勉強しておけばよかった」というものだそうです。また、日本のVEC(財団法人Venture Enterprise Center)の調査によると、日本の起業家の6割以上はビジネスや起業に関する教育を受けたことがなく、受けたことのある3割の起業家も、成人になってから受けたという人がほとんどです。

起業家の最大の後悔について説明した画像です

社会課題の解決に強い意欲を持つ日本の若い起業家達の中から、GAFAMとは違った価値観を持った世界的なスタートアップを排出するためにも、ビジネスや起業に関する教育が今こそ求められているといえるのではないでしょうか。

2 起業家育成に携わる会計士の倉田さんにお聞きしました。

Big4の会計事務所で数えられるあずさ監査法人(KPMG)のパートナー 倉田剛さんです。倉田さんは、日本の公認会計士の資格だけでなく、アメリカの大学でMBAを取得され、以前、私が運営するAngel Acceleratorという起業家育成の講座では、英語で「起業家のための会計基礎」を門下生に教えていただいた事もあります。起業家育成やスタートアップ支援も兼務しておられる志のある素晴らしい方です。

倉田さんご自身、日本の伝説的な起業家の一人、曽我弘氏とのご縁で4年ほど前から高校生に対する起業家教育に携わっています。その活動の一環で、シリコンバレーの高校生連続起業家と知り合う機会があったそうです。その高校生は、DECAという団体が主催する全米規模のビジネスコンテストの地区予選で入賞して起業し、そこで得た特許をNASAに売却しました。その売却資金で2社目を立ち上げ、半年後にはそのプロダクト(AIを活用した教育アプリ)を自分の高校に試験導入していたそうです。

もちろん、アメリカの高校生全てが彼のような起業家ではないですが、彼によると、小さい頃からビジネスに興味があり、クラブ活動などを通じてビジネスに慣れ親しんでいたそうです。

倉田さんは高校まで野球をされていて、DECAの大規模なビジネスコンテストは、日本の野球少年にとっての甲子園大会を想起させたそうです。何万人という野球少年が甲子園を目指して切磋琢磨してレベルを上げ、そこを勝ち抜いたものがプロ野球に進み、さらにそこで優れた選手がメジャーリーグに行って活躍します。大きな裾野とピラミッド構造があって初めて、イチローや大谷選手のような、世界を代表するようなプレイヤーが出てくるのではないでしょうか。

ビジネスの世界を見渡すと、世界を代表するような企業のほとんどはアメリカ、中国から出てきている一方、日本から世界を代表するような企業はなかなか出てきません。この違いの大きな原因の一つが、ビジネス教育の機会の差ではないかと考えられました。

海外の経営者には、会計士の資格やMBA、またはその両方を持っている人が少なくありません。ビジネスを数字で語る「会計」は、ビジネスの世界の共通言語です。

日本のある著名なプロ経営者と話していて印象に残ったコメントがあります。彼曰く、「財務諸表を皆が作れるようになる必要はない。ただし、財務3表を読めることは、経営者にとってのライセンスのようなもの。日本の経営者は“無免許運転”が多すぎる」とのことです。

また、日本を代表する名経営者の一人、稲森和夫氏は自身の著書で、「会計がわからんで経営ができるか」と記されています。

英語が母国語でない我々日本人が、ビジネスの世界の共通言語である会計を知らずに、どうやって世界中のビジネスパーソンと協業することができるのでしょうか?

倉田氏の画像です

3 財務3表を読めることが経営のパスポートだという。では、「財務3表とは」何だろう。

財務3表を読めることが経営のパスポート、というコメントを紹介しました。では、そもそも、「財務3表」とは何でしょう。

具体的にいうと「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュ・フロー計算書」3つのことです。限られた紙面でこれらを説明するには限界があるので、まずはざっくりとつかんでください。あとは書店で財務3表について書かれた、薄くてわかりやすい本を読んだり、自分の興味のある会社(例えば、家族が勤めている会社、働いてみたい会社、好きな商品を作っている会社)の財務諸表を見たりしてもいいでしょう。これらの用語が取っつきにくいという抵抗感もあるかもしれませんが、これはビジネスを語る上での「共通言語」なので、ぜひ覚えてください。

財務3表のイメージ画像です

主要財務諸表の役割をつかむことを説明した画像です

4 損益計算書は会社のお小遣い帳。どれくらい儲かっているか、が分かる。

1つ目は、損益計算書です。英語ではProfit and Loss Statement(PL)、もしくはIncome Statementと言います。「お小遣い帳」をイメージするとわかりやすいでしょう。日本の経営者でも、これを分かっていない人はほとんどいないと思います。「収入」から「費用」を差し引いたものが「利益」(もしくは「損失」)なので、これを見ると会社が「どれくらい儲かっているか」というのが分かります。

損益計算書(PL)を説明した画像です

倉田氏から説明を受ける森若氏の画像です

5 貸借対照表は会社の持ち物リスト。何を源泉にして儲けているのかが分かる。

2つ目は、貸借対照表(英語でBalance Sheet:BS)です。儲けを生み出すためには、一定の「資産」=「持ち物」が必要です。例えば、パン屋を営むのであれば売り物であるパンはもちろん、焼くためのオーブンや、売るための店舗が必要です。貸借対照表は、持ち物のリストと考えればいいでしょう。

表の左側が、持っているものの一覧です。例えば、鉄道や発電のようなインフラ産業は巨大な「持ち物」が必要ですし、インターネットビジネスなどは比較的小さな「持ち物」でビジネスができるでしょう。

表の右側は、これらの「持ち物」を買うための資金をどのように調達したかを表しています。調達手段は大きく「負債」と「自己資本」に分けられます。負債は分かりやすく言うと借金なので、いつか返済しなければいけません。一方で、自己資本は返済する必要はありません。この「負債」と「自己資本」のバランスをどのように取るのかというのは大きな意味を持ちます。

日本の経営者の皆さんで、このBSを意識して経営をされている方が非常に少ないと感じます。どれくらい儲かっているのかはもちろん大事ですが、それを生み出すのにどれくらいの「持ち物」が必要なのか。言い換えれば、どれくらいの資金が必要で、それをどうやって調達する必要があるのかということもそれ以上に重要です。

貸借対照表(BS)を説明した画像です

6 キャッシュ・フロー計算書は会社のお財布。結局お金が減ったのか増えたのかが分かる。

3つ目は、キャッシュ・フロー計算書(Cash Flow Statement)です。「勘定合って銭足らず」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 先ほど、起業しても多くの会社が消えていくという話をしましたが、実はこのうちの1/3は儲かっているのにも関わらずつぶれてしまうそうです。勘定が合う=採算が取れている。つまり儲かっているのにも関わらず、お金が回らなくなって立ち行かなくなるのです。

例えば、顧客に商品を売ったとして、その代金の回収が2カ月後だったとします。回収までの2カ月の間に家賃や水道光熱費、従業員の給料などの支払いができなかったとしたら、会社はつぶれてしまうでしょう。

ビジネスの世界では「Cash is King」と言われ、現金が何よりも大事なのです。この流れを表すのが、キャッシュ・フロー計算書です。キャッシュ・フロー計算書は、営業、投資、財務の3つのパートにわかれています。

キャッシュ・フロー計算書(CF)の構成要素を説明した画像です

「営業キャッシュ・フロー」は、本業でどれくらいお金が増えたか(または減ったか)を表しています。営業キャッシュ・フローがずっとマイナスであるとしたら、そのビジネスを続けることはできないでしょう。

会社を大きくするためには、本業で稼いだお金を次のビジネスに投資する必要があります。どのような領域に投資しているかを表しているのが「投資キャッシュ・フロー」です。既存のビジネスを水平展開する場合もあるでしょうし、全く新しいビジネスに広げていく場合もあるでしょう。海外進出という選択肢があるかもしれません。投資にはお金の支出が伴いますので、ビジネスが伸びている会社は投資キャッシュ・フローがマイナスになります。

本業が振るわなかったり、本業で儲けた以上にビジネスを拡大したりする場合には、新たにお金を調達する必要があります。逆に、手元資金に余裕がある場合は、借金の返済に回す場合もあるでしょう。これを表すのが「財務キャッシュ・フロー」です。

例えば、積極的に投資をする会社であれば、投資キャッシュ・フローが営業キャッシュ・フローを大きく上回り、足りない分は借り入れでまかなうため、財務キャッシュ・フローがプラスになるという形です。

このように、キャッシュ・フロー計算書は会社の経営=お金の動きを最も端的に表していることが分かると思います。

基本財務諸表 キャッシュ・フロー計算書(CF)を説明した画像です

今回お届けする会計のプロが教える「起業家育成に携わる会計士が教える 財務3表と事業計画〜スタートアップ、中小企業が生き残るために必要な会計とは?〜」の前編はここまでです。後編では、「会計を活用したビジネスプランの立て方」をお届けする予定です。楽しみにお待ちください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年6月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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第三の金融、クラウドファンディングを活用してコロナ危機を乗り切ろう

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言を経験したことによって私たちの日常は一変しました。営業自粛や事業縮小の影響が大きく、今後の事業の先行きに不安を感じる中小企業の経営者の皆さんも多いことでしょう。

 1990年代末の金融危機や10年ほど前のリーマンショックを上回ると言われる経済危機が現実味を帯びる中で、政府や都道府県は事業者向けの経済対策を取りまとめています。助成金、無担保・無利子の融資制度、税金等の減税や納税猶予等が打ち出されています。これらの公的支援の制度を活用するのはもちろんですが、インターネットを活用した新しい資金確保の方法として、クラウドファンディングをご紹介します。

1 新型コロナウイルス禍の中で広がるクラウドファンディング

1)普及のきっかけは2011年の東日本大震災

クラウドファンディングは、インターネットを通じて資金を集めたい事業者とお金の出し手をつなぐサービスです。2000年代以降のインターネットの普及に伴い、金融機関を介さずに資金の出し手と資金の受け手をオンラインで結びつけるサービスとして登場したのが始まりですが、日本では2011年の東日本大震災が大きなきっかけでした。被災地を応援したい人たちが、例えば被災した日本酒の酒蔵、三陸海岸の水産加工会社などの応援のためにクラウドファンディングを利用したのです。資金の出し手は、お金の見返りとして、支援先の商品(お酒、お米、水産食品など)を受け取ることで、金銭的リターンとは異なる喜び(社会的リターンとも言います)を得ました。

その後、多くのクラウドファンディングサイトが立ち上がり、例えば、アニメや音楽や映画などのコンテンツに強みを持つサイト、ユニークなガジェットを多く取り揃えたサイト、NPO法人などの社会的意義の高い取り組みを応援するサイト、地域に特化したサイトなどが生まれてきました。

2)コロナ禍をきっかけに広がるクラウドファンディング

そして今年のコロナ禍によって、クラウドファンディングの活用は急速に拡大しています。ある大手クラウドファンディングサイトが発表した最近の利用状況によると、2020年3月に同サイトで集められたお金の総額が10億円を超え、さらに同年4月にはその倍以上の22億円にまで伸びたとのことです。2011年6月のサービス開始から取り扱い総額が100億円になるまでに7年8カ月を要したのに対して、それからわずか1年2カ月で200億円に到達したとのことですから、成長がいかに加速しているかが分かります。そして、その拡大の背景が、新型コロナウイルス感染症に関連した事業者への支援だったり、在宅時間が長引くことによる巣篭もり系の商品に対する需要の高まりだったりするのです。

2 そもそもクラウドファンディングって一体なに?

1)お金の使い道を明示して、インターネットで広くお金を募る仕組みです

クラウドファンディングとは、群衆を意味する「クラウド」と資金集めを意味する「ファンディング」の合成語です。ですから、そのまま日本語にすると、「大勢の人たちからお金を集めること」ということになります。もう少し正確に言うと、「インターネットを通じて、不特定多数の個人から小口のお金を集める仕組み」ということになります。

アメリカでは10億円以上を集めたクラウドファンディングの事例もあります。例えば、キックスターターというサイトで募集されたスマートウォッチ「ペブル」の開発プロジェクトでは、6万6673人から12億円を超える資金が集まりました。新しいスマートウォッチの製品企画に共感した大勢の個人が、この商品の予約購入という形で資金を出し、ペブル社は集めた資金を原資に商品を開発・製造して購入者(資金を出してくれた人たち)の手元に商品を届けたのです。

Kickstarter.comの画像です

(出所:Kickstarter.com)

なお、インターネットがない時代からクラウドファンディングの概念は存在していました。例えば、あの「自由の女神」もクラウドファンディングで建設されました。アメリカ合衆国の独立100周年を記念して、フランスより贈呈された「自由の女神」。しかし、女神像を載せる台座の建築資金が足りなくなり、実業家のジョセフ・ピューリッツァーが自ら経営する新聞「ニューヨーク・ワールド」で広く一般市民に台座建設費用を寄付するように呼びかけたところ、100万人以上の人々から約6カ月で10万ドル近い寄付が集まったというのです。金額こそペブルよりも小さいですが、これこそまさに、群衆の小さな力を集めて大きなことを実現したクラウドファンディングの好例と言えるでしょう。

2)クラウドファンディングの種類

クラウドファンディングには大きく分けて、投資型クラウドファンディングと非投資型クラウドファンディングがあります。

投資型クラウドファンディングは、調達するお金の性質が借り入れであったり(融資型)、株式による出資だったりします(株式型)。借り入れの場合は返済の義務がありますし、株式であれば出資者に配当などで報いることが求められます。

一方、非投資型クラウドファンディングは、上記のペブルのようにモノ作りの会社が予約販売をしたり、飲食店が新規出店資金を用立てるために食事券や飲食券を販売したりします(報酬型)。あるいは、ニューヨーク「自由の女神像」の台座や沖縄の首里城の再建資金を集めるように、なんの見返りもない(しかし応援する喜びがある)寄付型もあります。

以下の図で、それぞれのモデルの特徴をまとめました。それぞれ資金の出し手には動機があり、資金の受け手は、その動機や期待に応える必要があります。

クラウドファンディングの種類を説明した画像です

(出所:筆者作成)

3)他の資金調達方法との違い – クラウドファンディングは夢を実現するサポーター

では次に、資金調達手段としてのクラウドファンディングに注目してみましょう。中小企業の経営者にとって、資金調達は営業と並んで最重要課題です。売り上げが増えても仕入れ資金がないと商品を仕入れられませんし、従業員や家賃を払うためにも資金は必要です。そこで資金調達方法として真っ先に思い浮かぶのは金融機関からの借り入れではないでしょうか。あるいは、取引先やベンチャーキャピタル(VC)などからの出資という資金調達もあるかもしれません。

つまり、これまで資金調達方法の選択肢は、金融機関からの借り入れか、VCや取引先や親族・友人からの出資しかありませんでした。しかし、これからは3つ目の選択肢としてクラウドファンディングも検討できるようになりました。つまり、金融機関でもなく、特定の第三者に資金提供(借り入れや出資)を相談するのではなく、インターネットを通じて自社が実現したいことをアピールし、不特定多数の人たちに少額ずつの資金の提供をお願いするという方法です。特に非投資型クラウドファンディングだと、資金の出し手に対して金銭的なリターン(融資の利息や出資金に対する配当)を支払う必要はありません。ただし、資金の出し手から集めたお金は、当然募集した目的に使って、期待通りに商品やサービスを後日提供することが必要になります。

例えば、飲食店が新しいお店を出店するための費用の一部として1000万円をクラウドファンディングで集める場合、例えば2万円分のお食事券を事前に販売して、500人が支援してくれたら目標額は達成です。さらに多くの人が支援してくれたら目標額の何倍もの金額が集まることだってあり得るのです。実際に50万円の目標額に対して10倍のお金が集まった事例も過去にはあります。もちろんクラウドファンディングで資金集めに成功したら、約束した期限までに約束の場所でお店を開き、支援してくれた人たちが来店したら、その人たちに食事を提供することが必要です。支援してくれた人たちは単なる新規出店のスポンサーだけではなく、そのお店のお客様であり、あなたに代わってお店の宣伝もしてくれる応援者でもあるのです。

このようにクラウドファンディングは、「実現したい夢やいつか挑戦したい新規事業はあるけれどもお金がない」という悩みを抱えている人に対して、その夢の実現を手助けする新しいインターネットの仕組みです。その点が、通常の資金調達手段との大きな違いなのです。

もう一点重要な点は手数料です。クラウドファンディングにはサービスを提供する会社に対して手数料を支払う必要があります。提供会社ごとに異なりますが、集めた金額の10%から20%が相場です。したがって、1000万円集めた場合、100〜200万円を手数料で支払う必要がありますので、ご注意ください。

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3 どのようなプロジェクトが成功しているのでしょうか?

1)ドラえもんの四次元ポケットのように「あったら良いな」を提案してみる

それではいくつかの具体的な成功事例を紹介しましょう。

一流職人の技が詰まった、現代人のための多機能クッション「KYO-SOKU」
https://sankei.en-jine.com/projects/itoshowshopping-niwa

こちらは名古屋市の布団屋さんが始めたプロジェクトです。枕になったり、パソコン台になったり、座布団になったりする多機能クッションの提案です。長く自宅待機を余儀なくされている人たちにぴったりの商品として人気を博しています。20万円の目標に対して2020年6月17日現在105万円が集まり、達成率はなんと525%です。

このプロジェクトには成功する要因がたくさん隠れています。実際のサンプル品を画像で紹介して商品の魅力に実感が持てること、プロジェクト起案者の人物をしっかりと紹介して安心感を与えていること、生産プロセスをしっかりと説明していて必ず作ってくれるという信頼感を醸成していること、また動画も使って丁寧な説明になっていることなどです。

このようにクラウドファンディングは金融機関の力を借りるのではなく、自分の力で支援者にアピールすることが重要です。インターネットに自分のプロフィールや実現したい夢を語ることで、全国(あるいは世界中)の新しい潜在顧客とつながることができます。

2)応援や地域性など共感するテーマが決め手

北海道ふるさと寄附金「今こそエールを北の医療へ!」~皆様の想いをカタチに変えて、地域医療を守ります~
https://www.furusato-tax.jp/gcf/823

こちらはいわゆる「ふるさと納税」で、ガバメント・クラウドファンディングとも言われているものです。コロナによって苦境にある北海道の医療従事者への支援ということで北海道が実施したクラウドファンディングです。目標額5000万円に対して1億円以上が集まり、2020年5月時点で6000人以上の支援者のなんと94%が北海道民からの支援だったということです(なお、6月17日現在の支援者数は7159人)。

こちらはあくまでもモノや金銭の見返りを求めない形のプロジェクトですが、自分にとって関わりが深いものであれば、これだけの大きなお金を集めることができるのもクラウドファンディングの魅力です。つまり、共感者とつながることがクラウドファンディングの成功の一つの鍵なのです。

地理的制約のないインターネット上でのやりとりであっても、地域性は共感を生み出す重要な要素となります。クラウドファンディングの成功事例を調べたオランダの学術調査によると、クラウドファンディングで資金を出した人とプロジェクト実施者との距離を調べてみると、地理的に近い人が真っ先に資金を出していたことが分かっています。クラウドファンディングに挑戦する場合、自分の身近な人からソーシャルメディア等でアピールすることは、プロジェクト成功のためにも必須と言われています。

4 すべての人が力を合わせてこの難局を乗り切ろう

クラウドファンディング業界に10年以上関わってきた私にとっても、最近クラウドファンディングの普及を実感することが増えています。コロナで外出自粛をする前ですが、カフェやオフィスで、「クラウドファンディングを使って……」という議論が周囲のテーブルから聞こえる場面も増え、クラウドファンディングが普及してきたなと嬉しい気持ちになります。

そして今、コロナ禍によって全国のさまざまな業種の人たちが深刻な影響を被っている中で、彼らを支援するクラウドファンディングが次々と立ち上がっています。これはコロナ禍による一時的な流行ではなく、不可逆なニューノーマルへの流れであり、クラウドファンディングが「第三の金融」として完全に認知されたものだと私は確信しています。

やりたい事業や夢をクラウドファンディングで実現する時代がやってきたのです。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年6月25日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

専門家が指南 是非とも使いたい支援策選

書いてあること

  • 主な読者:国による支援施策を利用したい中小企業の経営者
  • 課題:支援施策を利用したいが、自社が使えるものが分からない
  • 解決策:本稿で使いやすい支援施策の当たりをつけて、詳細を確認する

国による支援施策は、内容が多岐にわたり、要件も複雑なため、実際にどの支援施策が利用できるのかが、分かりにくいものです。

そこで本稿では、中小企業診断士の視点から、これだけは押さえておいてほしい、おすすめの支援施策をご紹介します。「令和2年度補正予算」から新型コロナウイルス感染症関連の中小企業施策も盛り込んでいます。

1 2020年版「中小企業白書」から見る中小企業施策

2020年4月24日に発表された2020年版「中小企業白書」では、複数年度で継続している施策の他、令和2年度当初予算と令和元年度補正予算に盛り込まれた施策の内容が記載されています。その中で、ぜひ知っていただきたい施策を厳選して解説します。

1)事業承継・再編・創業等による新陳代謝の促進:事業承継・再編関係の特徴的施策をご紹介

1.法人版事業承継税制

株式の価値が大きい会社が、事業承継の際にネックとなるのが、贈与税や相続税です。事業承継税制は株式を生前贈与あるいは相続する際に利用できる施策で、税が猶予または免除されます。
利用するには「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」に基づく、都道府県知事の認定が必要になります。「中小企業を次世代に円滑に承継するなら税を免除します」という趣旨の制度ですので、事業承継を行う際にはぜひ活用しましょう。

■法人版事業承継税制■
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/houjin.htm

2.経営承継円滑化法による総合的支援

この中で注目すべき項目は、「M&Aによる事業引継ぎに際しての金融支援」です。
M&Aによって、他の企業を買収したいときに必要となる株式取得資金について、日本政策金融公庫などからの融資が受けられるというものです。
都道府県知事の認定が前提となりますが、例えば中小企業A社を買収して経営を引き継ぎたい個人が、株式取得のための資金の融資を受けられるという制度です。会社を売りたいと思う経営者にとっても、円満な引退や転身が可能になります。

■中小企業庁「経営承継円滑化法による支援」■
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.htm

2)生産性向上・デジタル化:「生産性向上・技術力の強化」「IT化の促進」「人材・雇用対策」から、それぞれ1項目をご紹介

1.中小企業等経営強化法

中小企業者等が経営力向上のための「経営力向上計画」を策定し認定されると、設備取得に関して即時償却または取得価額の10%(法人税)の税額控除が選択適用できるものです(資本金3000万円超1億円以下の法人の場合は7%の税額控除)。
また、他者から事業承継するために、土地・建物を取得する場合、登録免許税・不動産取得税の軽減措置を利用できます。その他、金融支援や法的支援を受けられるなど、多くのメリットがあります。
実は「経営力向上計画」は、申請がとてもシンプルで、比較的容易に認定を受けることができるのです。設備投資をお考えの方は、ぜひチェックしてください。

■経営力向上計画申請プラットフォーム■
https://www.keieiryoku.go.jp/

2.政府系金融機関の情報化投資融資制度(IT活用促進資金)

日本政策金融公庫などの政府系金融機関には「IT活用促進資金」という融資制度があり、コンピューターやソフトウエアを導入する際には、低利率の融資を受けられる可能性があります。
今年度からは、「AIを活用して生産性の向上を図る取り組みを実施する事業者」および「中小企業等経営強化法の規定に基づき認定を受けた情報処理支援機関」に対する融資が新設されました。

■日本政策金融公庫「IT活用促進資金」(中小企業事業)■
https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/11_itsikin_m_t.html

3.地域中小企業人材確保支援等事業

当施策は従前からの継続事業ですが、今年度は「中核人材確保のため、地域の経営支援機関等による経営課題の明確化・人材ニーズの掘り起こし等の支援ノウハウの向上や、ネットワークづくりの取組等の支援を行う」という新規の取り組みが加わりました。
「中核人材」とは、経産省の資料では「成長・拡大を志向する中小企業が、企業の持続的成長・発展や地域活性化に必要な付加価値創出を狙うための人材」とあります。
同事業を実施する委託先の公募締め切りが2020年6月19日までとなっており、その後、実際の中小企業への支援が開始される予定です。
成長・発展を狙うための中核人材を必要としている企業は、この事業の進捗を注視しつつ、優れた人材を確保できるように、「商工会議所」「よろず支援拠点」など、地域の経営支援機関を活用しましょう。

■中小企業庁『経営サポート「雇用・人材支援」』■
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/koyou/

3)経営の下支え・事業環境の整備:特徴的な補助事業と融資制度についてご紹介

1.マイナポイント事業実施に伴うキャッシュレス決済端末導入支援事業

マイナンバーカードを活用した消費活性化策が実施されるのに伴い、中小・小規模事業者のキャッシュレス決済端末等の導入を支援する施策です。
2020年7月から2021年3月までの間、中小・小規模事業者がキャッシュレス決済を導入する際に、必要な端末等導入費用の1/2を国が補助するという内容です。
なお、直接補助の対象となる企業は、キャッシュレス決済事業者になります。中小の飲食店などが、キャッシュレス端末を、当補助金の補助事業者であるキャッシュレス決済事業者に依頼すると、実質の負担が少なく導入できることになります。

■マイナポイント事業費補助金■
https://tanmatsu-hojo.jp/

2.資本性劣後ローンの推進

これは以前からある施策ですが、知らない方が多いのでご紹介します。
日本政策金融公庫が行っている融資で、「挑戦支援資本強化特例制度」(通称「資本性ローン」)という制度です。
融資の元金は決めた期限に一括返済し、その間は利息だけの支払いという条件になっています。融資には違いないのですが、金融機関が行う「自己査定」において、自己資本とみなせるものなので、この融資を利用すれば自己資本が厚くなり、民間金融機関が追加融資をしやすくなるという特徴があります。

利率については、決算書が赤字の場合は1%未満ですが、黒字になると3%以上に上がります。「利益が出たらその分、還元してください」という意図があるようです。
ベンチャー企業や、再建に取り組む企業へおすすめの融資です。

■日本政策金融公庫「挑戦支援資本強化特例制度(資本性ローン)(中小企業事業)」■
https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/57_t.html

2 令和2年度補正予算で計上された施策

令和2年度補正予算では、新型コロナウイルス対策としてさまざまな施策が創設されました。経産省には以下に示した「新型コロナウイルス感染症関連」の施策について、まとめたページがあります。その中から、拡充された「ものづくり補助金」「IT導入補助金」について解説します。

■経済産業省「新型コロナウイルス感染症関連」■
https://www.meti.go.jp/covid-19/

1)「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」(通称「ものづくり補助金」)

「ものづくり補助金」では、新型コロナウイルス対応の「特別枠」という制度が創設されました。補助上限額は1000万円です。

■ものづくり補助金総合サイト■
http://portal.monodukuri-hojo.jp/

1.補助対象の前提となる要件

「ものづくり補助金」の特別枠に申請するには、「補助対象経費の1/6以上が、以下の要件に合致する投資であること」という要件があります。Aについて例示すると、「海外からの部品が調達困難になったため内製化する」といった企業が該当します。

  • A:サプライチェーンの毀損への対応
  • B:非対面型ビジネスモデルへの転換
  • C:テレワーク環境の整備

2.拡充された内容

ものづくり補助金の特別枠は、以下の点において制度の内容が拡充されています。

A.補助率が1/2から2/3へアップ
中小企業者(小規模企業者・小規模事業者を除く)の場合、通常は1/2の補助率のところが、2/3にアップします。

B.通常枠で優先的に採択
これはやや分かりにくいですが、特別枠で不採択となった場合に、通常枠で加点の上、再審査されるということです。ただし、通常枠の審査で採択された場合は、補助率が通常枠の扱いとなります。

C.補助事業の遡及適用
「補助金交付決定前に発注・購入・契約等を行った経費を対象にする」という特例が認められています。
ただし、新型コロナウイルスの影響を乗り越えるために、必要不可欠な緊急の設備・システム投資等であると認められる場合に限りの特例で、事前に事務局の承認が必要です。

D.広告宣伝・販売促進費が対象
特別枠に限り、補助対象事業で開発する製品・サービスに係る広告作成等の費用が対象になりました。

E.達成時期の緩和
申請要件である「付加価値向上」「賃上げの達成年限」について、1年猶予する緩和措置が設けられました。

2)「サービス等生産性向上IT導入補助事業」(通称「IT導入補助金」)

「IT導入補助金」では、新型コロナウイルス特別枠として「C類型」という制度が創設されました(通常枠には「A類型とB類型」があります)。補助上限額は450万円です。

■IT導入補助金2020■
https://www.it-hojo.jp/

1.「C類型」の特徴

A.補助率がアップ
補助率は、通常枠が1/2であるのに対して2/3となっています。

B.ハードウエアのレンタル費用も対象
通常枠では対象にならないハードウエア(デスクトップPC、タブレット、Wi-Fiルーターなど)も、補助対象経費として認められています(適用の条件があります)。

C.申請前に購入したものも認められるケースあり
一刻も早いテレワーク環境の整備などの必要性から、2020年4月7日以降に購入したITツールも、審査によって補助金の対象になる可能性があります。

2.申請時の留意点

A.「gBizIDプライムアカウント」の取得が必要
「gBizIDプライムアカウント」が必要ですので、早めに手続きをしましょう。同アカウントは、複数の行政サービスを1つのアカウントにより、利用することのできる認証システムのことであり、ものづくり補助金の申請に当たっても必要になります。
なお、2020年5月20日現在、同アカウントの取得について日数を要するために緩和措置が設けられています。

B.IT導入支援事業者との連携が必要
申請するには、通常枠と同様にIT導入支援事業者との連携が必要です。IT導入支援事業者とは、補助事業を申請者とともに実施する、補助事業を実施する上での共同事業者で、事務局に登録されている事業者です。

C.補助対象になるITツールの分類・要件が複雑
「C類型」は、導入予定のITツールの内容等によって、細分化された類型に分かれます。
ITツールの分類としては、通常枠と同様、「大分類Ⅰ ソフトウエア(業務プロセス・業務環境)」「大分類Ⅱ ソフトウエア(オプション)」「大分類Ⅲ 役務(付帯サービス)」に分かれており、小分類でツール等の内容が指定されています。
また、導入目的が「甲:サプライチェーンの毀損への対応」「乙:非対面型ビジネスモデルへの転換」「丙:テレワーク環境の整備」のいずれかに当てはまる必要があります。
これらのITツールの分類と導入目的(甲、乙、丙)の組み合わせや要件が複雑になっていますので、しっかりと確認することが重要です。
また「賃上げ目標・要件」について、「必須要件」とするか「加点要件」とするかによって申請類型が異なり、補助金の申請可能額が変わってきます。

今回ご紹介した令和2年度の施策は、ごく一部です。
2020年版「中小企業白書」や経産省(中小企業庁)の発表資料などをチェックして、ぜひ貴社に適する施策を活用してください。

以上(2020年6月)
(執筆 株式会社MMコンサルティング 代表取締役・中小企業診断士 上野光夫)

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画像:BullRun-Adobe Stock

民法改正で見直し必要!? 賠償リスクへの備え

書いてあること

  • 主な読者:自社が顧客などに対して負う賠償リスクについて知りたい経営者など
  • 課題:さまざまなリスクがあり、リスクの種類や対処方法の把握が難しい
  • 解決策:2020年4月に施行された改正民法も踏まえて、起こり得るトラブルを網羅的に把握することで、対処方法などについても想定することができる

1 賠償リスクを知る必要性

企業がビジネス活動を行うに当たって、予期せぬトラブルに遭遇し、賠償義務を負うことは少なからず存在します。

そのようなトラブルを事前に全て予測して防ぐことは難しいですが、トラブルに遭遇してしまった場合の賠償リスクをあらかじめ認識し、対処方法を把握することは、持続的な会社経営を可能とするために、とても重要なことだといえるでしょう。

本稿では、民法改正も踏まえて、どの企業にも生じ得るトラブルを紹介するとともに、そのようなトラブルが生じた場合の賠償リスクを説明します。

2 企業の賠償リスクにはどのようなものがあるか

企業の賠償リスクの種類はさまざまですが、大きく分類すると次のようになるでしょう。

  • ビジネス活動に直接起因する賠償リスク
  • ビジネス活動を行う場所・施設で生じる賠償リスク
  • 委託された業務に基づき製造した商品運送時の賠償リスク

それぞれ具体的に説明をしていきます。

1)ビジネス活動に直接起因する賠償リスク~人的・物的事故関連

業種によって異なりますので、一概に例示することは難しいですが、例えば次のような場合が考えられます。

  • 従業員が顧客に接客中、飲み物をこぼしてやけどなどをさせてしまう(飲食業)、重機などの機械操作を誤って通行人にけがをさせてしまう(建設業)、販売した商品に故障が発生し、購入者にけがをさせてしまう(製造販売業)場合などの人的事故トラブル
  • 家電を設置する際に誤って設置場所の屋根や壁を損傷してしまう(製造販売業)、宿泊者から預かっていた荷物を紛失してしまう(宿泊業)場合などの物的事故トラブル

企業の賠償リスクを考えるに当たって、最も基本的なことは、ビジネス活動によって第三者の生命、身体、財産などに損失を与えてしまう場合といえるでしょう。

これらの賠償リスクは業種によって大きく異なるものですので、同業他社で生じたトラブルなどにも目を向けつつ、自社で生じ得るトラブルや賠償リスクを一度整理しておくとよいでしょう。

2)ビジネス活動に直接起因する賠償リスク~知的財産関連

ビジネス活動に直接起因する賠償リスクは、前述した人的・物的事故だけでなく、知らない間に第三者の知的財産権を侵害してしまうことなどによっても生じ得ます。その中でも特にトラブルになりやすい権利は、商標権と著作権といえるでしょう。例えば、次のような場合が考えられます。

  • インターネット上のフリー(無料)素材集を利用した際に、規約に「商用利用禁止」と定められていたにもかかわらず、自社商品の広告物に利用してしまった場合(著作権侵害)
  • 商品ブランドを考える際に、商標登録調査を行わなかった結果、知らない間に第三者が登録していた商標を使用していた場合(商標権侵害)

今般、知的財産をライセンスして販売するIP(Intellectual Property)ビジネスが、企業における成長分野と位置付けられていることからも分かる通り、知的財産権に対する意識が過去に比べて一段と高まっています。このような社会的背景もあり、自らが保有する知的財産権が侵害されているような場合に、権利保護のために賠償請求などを行うことも増えてきています。

著作権については、出所が分かっているものを使用するとともに、著作権フリーと記載がされているサイトであっても、利用規約を見て、利用目的に制限がないかなどを確認する必要があるでしょう。

また、商標についてはブランドの準備段階で、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を利用して、キーワードなどで第三者の商標として登録されていないかを調べることが必要といえるでしょう。

3)ビジネス活動に直接起因する賠償リスク~個人情報関連

最近では、家電量販店やアパレルメーカーの通販サイトがサイバー攻撃を受け、顧客情報が流出するなど、個人情報の漏洩に関するトラブルがニュースとならない日はないほど多く目にします。

このような大規模な情報漏洩とまではいかなくとも、個人情報をきちんと管理していないと、自社の評判は一気に低下してしまうことがあります。考えられる賠償リスクとしては、上記の他、次のような場合が考えられます。

  • 従業員が顧客名簿を勝手に持ち出して名簿業者に売却してしまった場合
  • 従業員が個人情報を含むデータを第三者に誤送信してしまった場合

企業は、個人情報の漏洩が分かった場合、情報収集、情報が漏洩してしまった被害者への謝罪、広報対応、(場合によっては)弁護士への相談、再発防止策の検討など、さまざまな対応を強いられます。

これらを事前に検討しておかないと、いざそのような事態が発生した場合に適切に対応できないことが多いことから、対策を早めに整理しておくことをお勧めします。

4)ビジネス活動を行う場所・施設で生じる賠償リスク

ビジネス活動を行っている場合の予期せぬリスクとして、工場や店舗で起きるリスクも想定しておく必要があります。例えば、次のような場合が考えられます。

  • 台風や大雨のときに、店舗の看板が落下し、通行人にけがをさせてしまった場合
  • 工場で起きた火災事故によって、隣接する他社工場の操業が停止せざるを得ない事態となり、損失を与えてしまった場合
  • 店舗内の商品棚の商品が崩れ落ちて、子供にけがをさせてしまった場合

企業には、施設を管理する責任がありますので、上記リスクが現実化した場合には、少なくとも一義的な責任を負う可能性が高いといえます。そのため、このような賠償リスクについても事前に想定しておく必要があるでしょう。

5)委託された業務に基づき製造した商品運送時の賠償リスク

特に、メーカーなどにおいては、商品の引き渡しまでの運送過程で生じるリスクについても把握しておく必要があるでしょう。例えば、次のような場合が考えられます。

  • 商品を運搬する車を客先の倉庫などにぶつけ、備品などを壊してしまった場合(自社で運送を行っている場合)

この他、運送契約を締結している業者が商品を破損したり、盗難被害に遭ったりするなどのリスクも考えておく必要があります。この点は、運送契約において、補償や免責条項がどのように記載されているかを確認し、必要に応じて弁護士などに相談をしつつ、契約条件を見直すなどが必要でしょう。

3 民法改正により賠償リスクは変わるか

前述した賠償リスクには、取引契約に基づく債務不履行を理由として負うことになる損害賠償義務が含まれます。このような債務不履行に基づく損害賠償義務については、2020年4月1日施行の改正民法によって、法律判断が変わる可能性があります。

債務不履行に基づく損害賠償義務が生じるためには、法律上、債務者の責めに帰すべき事由(帰責事由)が必要になります。

ただし、2020年4月以降は、帰責事由に該当する場合の法律判断の枠組みが変わる可能性があります。これまでは、帰責事由を「債務者の故意・過失又はこれと信義則上同視すべき事由」がある場合とする考えが一般的でした。これに対し、改正民法においては、帰責事由を「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断することが明記されました。

そのため、これまではどちらかというと債務者の主観的な要素が重視されて法律判断がなされていましたが、今後は契約の性質や当事者が契約をした目的、契約の締結に至る経緯などの契約の実質を判断要素とし、取引通念も勘案して決まるということになります。

この改正が、実務上の判断にどの程度の影響を及ぼすものであるかは判然としない点もあり、判例の蓄積を待つことになりますが、締結される契約の実質を見て個別具体的に判断する場合が多くなることが予想されます。

そのため、今後契約を締結するに当たって、契約の目的や契約締結に至った経緯を明確にすることによって、賠償リスクの低減が可能と考えられる場合には、その点を明確にしておく(例えば、契約書に契約締結に至った経緯を記載する、メールで契約の目的に関する認識を整理しておく)ことが重要になります。賠償リスクを最小限に抑えるためにも、対策を検討するとよいでしょう。

4 最後に

企業がビジネス活動を行っていると、さまざまなトラブルに遭遇することは避けて通れません。そのため、トラブルに巻き込まれないように予防策を講じておくだけでは必ずしも十分とはいえません。

本稿を参考にしていただきながら、自社で考えられる賠償リスクとしてはどのようなことが考えられるかを整理していただき、万一トラブルが発生したときには、社内で対応する部署を決めておく、顧問弁護士に相談する、企業賠償保険に加入して保険で処理するなどを決めておくとよいと思います。

以上(2020年6月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 渡邉和也)

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画像:picjumb

【会計士再監修】財務3表のつながりと、キャッシュフロー計算書の読み方

会社経営において、キャッシュの動きは必ず押さえるべき数字です。帳簿上は十分な売上と利益が出ているのに、まだキャッシュが入ってこなくて資金繰りに窮し、最悪の場合は「黒字倒産」になりかねません。安定した会社経営をするためには、キャッシュの動きを踏まえた資金繰りが不可欠です。そのために、まずは「キャッシュフロー計算書」(以下「CF計算書」)を読めるようにしましょう。

1 キャッシュフローの考え方

CF計算書は、貸借対照表(以下「BS」)と損益計算書(以下「PL」)とともに財務3表を構成します。BSは決算期末時点の会社の資金調達(借入金など)や運用の状態、PLは会社の一定期間の経営成績である期間利益(利益=収益-費用)を示します。

CF計算書ではキャッシュフローを、営業活動によるキャッシュフロー(以下「営業CF」)、投資活動によるキャッシュフロー(以下「投資CF」)、財務活動によるキャッシュフロー(以下「財務CF」)の3つの活動に分けて示しています。その概要は次の通りです。

  • 営業CF:売上、仕入れなど主に本業によるキャッシュの動きを示す
  • 投資CF:固定資産、投資有価証券の取得、売却などのキャッシュの動きを示す
  • 財務CF:借入、返済、増資などのキャッシュの動きを示す

営業CFは、本業が生み出すキャッシュを示すためプラスが良いのです。一方、投資CFと財務CFは、一概に判断できません。例えば、新店舗用の不動産を購入した場合も、投資有価証券を購入した場合も投資CFはマイナスになります。大切なのは、「何のために?」という理由です。投資CFがマイナスであっても、それが将来への布石を打つための投資ならば評価できるわけです。

財務CFも同様です。例えば、金融機関から借入をすれば財務CFはプラス、返済すればマイナスになりますが、やはり理由が大事です。金融機関からの借入が将来への布石を打つためであれば評価できますが、売上債権が膨らんでいる(営業CFが減少している)状況で、運転資金を借入しているのであれば、好ましいとはいえません。

CF計算書を読むときはプラスとマイナスに注目しますが、単純に符号だけで判断してはいけません。創業したての会社では、営業CFがマイナスのことも珍しくないのです。キャッシュの状況をどう判断するかは社長の仕事です。たとえ、足元のキャッシュがマイナスであっても、きちんとした事業計画があり、それに沿って成長を目指しているのであればよいわけです。

2 財務3表のつながり

CF計算書は、BSとPLの数字から作られます。まずは、ざっくりと財務3表のつながりを確認してみましょう。なお、これから紹介するBS、PL、CF計算書の事例は、相当に単純化された事例であることをあらかじめご了承ください。

CF計算書がBSやPLとどのようにつながっているのかについて、簡単な財務諸表の例を使って紹介した画像です。

PLの「当期純利益」は、BSの「繰越利益剰余金」として留保され、投資や財務基盤を強化するための原資となります。BSの「現金預金」は、CF計算書の「現金および現金同等物の期末残高」と一致します。また、PLの「税引前当期純利益」は、会社の本業による手元資金の増加分として「営業活動によるキャッシュフロー」(営業CF)に計上されます。

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3 キャッシュフロー計算書を読んでみよう

財務3表のつながりが分かったところで、次はCF計算書を読んでいきましょう。CF計算書の作成方法には「直接法」と「間接法」がありますが、ここでは実務でよく使われる「間接法」について紹介します。また、簡単な算式も紹介しているので、これを使えばエクセルで比較的容易にCF計算書を作成することもできます(間接法)。

1)営業活動によるキャッシュフロー(営業CF)

営業活動によるキャッシュフローの項目を示した画像です。

1.税引前当期純利益

当期のPLの税引前当期純利益である1億2000万円(29)を記載します。営業CFは、税引前当期純利益にキャッシュの増減を勘案して算出します。

2.減価償却費

減価償却費である1000万円(28)は、キャッシュの支出を伴わないので、税引前当期純利益に足し合わせます。

3.売上債権の増減

税引前当期純利益には、キャッシュの収入を伴わない未回収の債権が含まれます。未回収の部分を除き、当期の債権回収高を14億9500万円(=(2)+(26)-(11))にするため、期末の売上債権残高9000万円(11)と期首(前期末。以降、同様)の売上債権残高8500万円(2)の差額500万円(=(11)-(2))を、税引前当期純利益から差し引きます。逆に、期末の売上債権が期首の売上債権よりも少ないケースでは、未回収債権が減少するので、税引前当期純利益に足し合わせます。

4.棚卸資産の増減

棚卸資産は、仕入価額相当のキャッシュが商品に形を変え、在庫になっていることを意味します。期末の棚卸資産残高である5500万円(12)が期首の棚卸資産残高である5000万円(3)よりも500万円(=(12)-(3))増加しているため、税引前当期純利益から差し引きます。逆に、期末の棚卸資産が期首の棚卸資産よりも少ないケースでは、棚卸資産残高が減少するので、税引前当期純利益に足し合わせます。

5.仕入債務の増減

税引前当期純利益を計算する際、売上原価である12億円(27)を売上高である15億円(26)から差し引きます。しかし、売上原価にはキャッシュの支出を伴わない未払いの債務が含まれます。未払いの部分を除くため、期末の仕入債務残高1億円(16)と期首の仕入債務残高8500万円(7)の差額1500万円(=(16)-(7))を、税引前当期純利益に足し合わせます。逆に、期末の仕入債務が期首の仕入債務よりも少ない場合、仕入債務が減少するので、税引前当期純利益から差し引きます。

6.法人税等の支払

法人税等の支払は、事業年度終了日の翌日から2カ月を経過する日までに行います。当期中に支払う法人税等の金額は、前期分の所得に係る法人税等の金額となります。そのため、当期中に支払った前期末の未払法人税等の金額3000万円(9)を差し引きます。

2)投資活動によるキャッシュフロー(投資CF)

投資活動によるキャッシュフローの項目を示した画像です。

1.減価償却資産の増減

減価償却資産の増減額の算式は、-((13)-(4)+(28))=((4)-(28)-(13))です。

(注)事例を単純化するため、図表1~3では、「減価償却資産の売却に伴い発生する損益」や「減価償却資産の取得および売却に係る未払金および未収入金」は、発生しなかったものとしています。

2.建設仮勘定

建設仮勘定は、自社の長期建設工事などの前払金の性格を有します。建設仮勘定の増減額の算式は、-((14)-(5))=((5)-(14))=-(22)です。

3.投資有価証券の増減

投資有価証券の増減額の算式は、-((15)-(6))=((6)-(15))=-(23)です。

(注)事例を単純化するため、図表1~3では、「有価証券の売却に伴い発生する損益」は、発生しなかったものとしています。また時価のある有価証券を「その他有価証券」として保有していなかったものとしています。

3)財務活動によるキャッシュフロー(財務CF)

財務活動によるキャッシュフローの項目を示した画像です。

借入金の増減額の算式は、(17)-(8)=(25) です。

4)資金の増減に関する項目

その他の項目の項目を示した画像です。

1.現金および現金同等物の増減額

営業CFの計・投資CFの計・財務CFの計の合計額である7700万円を記載します。この金額は、BSの現金預金の期首残高と期末残高の差額と同額になります。

2.現金および現金同等物の期首残高

当期のBSの現金預金の期首残高である2000万円(1)を記載します。

3.現金および現金同等物の期末残高

現金および現金同等物の増減額である7700万円とBSの現金預金の期首残高である2000万円(1)の合計額を記載します。この金額は、当期のBSの現金預金の期末残高9700万円(10)と一致します。

4 キャッシュに着目した財務指標と目安

キャッシュに着目した財務指標として比較的よく用いられるものに、手元流動性比率があります。

手元流動性比率=現預金÷平均月商

これは、月商に対して何か月分の現預金を保有しているかを示す指標です。
企業は、仕入代金や経費の支払いに備えて、また不測の事態による支出への備えとして、一定程度の現預金を確保しておく必要があります。
手元流動性比率の目安としては、1以上、すなわち月商分以上の現預金を確保していることが望ましいと言われることが多いです。ただし、この目安は新型コロナウイルス感染症のような事態までは想定されていないので、今後は月商分の現預金でも不十分との見方が増えてくるかもしれません。

以上

(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年6月11日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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第12回 株式会社プロフィットメイカーズ代表取締役 社長 坂口(田邊)賢司氏/森若 幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第12回に登場していただきましたのは、自ら代表取締役として事業を運営する一方、複数の会社でCTOや取締役、顧問などを兼務し、スタートアップへの技術、採用、経営戦略面などで支援を行っている、株式会社プロフィットメイカーズ代表取締役 社長の坂口(田邊)賢司氏(以下インタビューでは「坂口」)です。

1 「スキルもなく、どんな仕事をしようかなと思ったときに、やりたいことベースで仕事を考えることにしました」(坂口)

John

坂口さん、本日はお忙しいところ愛りがとう(愛+ありがとう)ございます! ランサーズの元CTOであり、現在、多くのスタートアップ企業の顧問、CTOアドバイザー、エンジェル投資家、自らも企業経営者として大活躍の坂口さんとの対談、非常に楽しみにしておりました。
坂口さんとは2016年初めに、某グローバル企業の社内起業家育成プログラムで、同じ審査員として来ていらして、お会いしましたね。懐かしいですね。

それでは、早速お話を伺いたいと思います。学生の頃から、IT業界へ興味を持たれていたのですか。

坂口

インターネットが流行りはじめた世代なのですが、当時は特に興味はありませんでした。
私は、高校卒業後、フリーターとしていろいろな仕事を経験しました。大学に行って何をするのかな、という感じでしたので、進学しようとは思いませんでしたね。

John

はっきりとやりたいことがなくても、とりあえず進学はしておこう…と考える人も多いと思いますが、坂口さんは思い切ったご決断をされましたね。
フリーター生活を終え、就職されたのは、おいくつのときですか?

坂口

一通り色々な遊びをやり尽くしたのもあって、24、25歳のときにさすがにそろそろ仕事に就こうと思いました。仕事に就くからには、真剣に取り組みたい。ですが、その年齢で、スキルもなく、どんな仕事をしようかなと思ったときに、やりたいことベースで仕事を考えることにしました。

2000年頃のことで、スーツを着てオフィスワークをしたいと思っていて、未経験者でも雇ってくれるというのが、IT業界、エンジニアだったのです。ただ、未経験者歓迎といっても、さすがに何もスキルがないのは難しいだろうと考え、アルバイトをしながら勉強をして、国家試験である基本情報技術者試験に合格しました。

John

今は、Tシャツを着てらっしゃいますが、当時は、スーツを着たかったのですね。遊びも、仕事も、やるとなったら徹底的にやるという、そのパワーや意志の強さは素晴らしいですね! 中途半端な状態から学べることは少ないと思いますし、坂口さんのように1つ1つのことに没頭していくことで、人間としての幅も広がるのだと思います。

勉強はどのような方法でされたのでしょうか。

坂口

私は参考書を端から端まで、ひたすら読むタイプですね。それで分からないことが出てくると、その都度調べるという感じです。情報のインプットのやり方は、やってみて、行き詰まったら調べる、という風にしています。仕事の取り組み方も似ています。

John

行動しながら学ぶというスタイルが勉強にも仕事にも活かされているのですね。努力して、国家試験に合格したときは、どのようなお気持ちでしたか?

坂口

これで就職するきっかけを得たな、という気持ちでしたね。自分なりに勉強もしたし、もう後戻りはできないな、という感じでした。

2 「どの現場でも、しっかりと教えてくれる人、助けてくれる人が必ずいたお陰で成長できたと思います」(坂口)

John

そして、目標であったIT業界に入ることになるのですね。初めての就職は、いかがでしたか。

坂口

最初に就職した会社は、今でいうところのブラック企業で、既に無くなってしまいましたが、研修内容などは充実していました。特に、「挨拶はちゃんとしよう」など、コミュニケーションの基本的な部分について教えられました。
当時は、現場によっては黙々と仕事をはじめるといった感じで、全く挨拶がないこともありました。そのような現場だと、最初は挨拶をしても誰も返してくれないのですが、3カ月続けていると空気が変わってきて、次第に会釈をしてくれるようになり、最後は挨拶もしてくれるようになっていきました。「いつも挨拶する人ね」と、コミュニケーションのきっかけになったこともあります。

John

自分だけが挨拶するというのは、勇気が要りますよね。しかし、ビジネスマンとして、挨拶は基本ですから、その基本をしっかりと作りなさいと教えてもらえたことは、一生の財産ですね。

仕事内容は、どのようなことをされていたのですか?

坂口

最初にやるのは、テスターという、つくったものがちゃんと動くかどうかのチェックです。そしてテストの設計をやり、次にプログラミング。それができたらプログラミングの設計をやり、要件固めをやり、最後は企画に携わります。そこに人のマネジメントや進捗管理が付いてきたりします。さらに、プロジェクトマネジャーになると、お金の管理なども業務に入ります。

John

1つ1つ確実にステップアップしていく様子がよく伝わります。そうやって任される仕事が増えていくと、求められることも高度になり、新たな壁にぶつかることもあったと思います。そのようなときに、自分自身をどのように成長させていきましたか。

坂口

キーマンを見つけるようにしました。私は運が良かったのだと思うのですが、それぞれの仕事の現場で、優しく教えてくれる人、厳しく教えてくれる人などがいました。どの現場でも、しっかりと教えてくれる人、助けてくれる人が必ずいたお陰で成長できたと思います。

John

素晴らしいですね! 課題にぶつかったときに、相談できるメンターがいるかどうかで、その後の仕事の発展に大きな差が出ますよね。それぞれの仕事現場で、自分をより良く導いてくれる人を見つけることができて、本当に良かったですね。

3 「自分よりもずっと高いところにいるメンターとの関わりは、緊張感もありますが、今まで見えなかった世界を見せてもらえて、本当に勉強になりますね。」(John)

坂口

5~6年くらいした後、これ以上SIでやることはないなと感じました。そこで、転職するなら事業会社に入って、自社でつくっているサービスに携わりたいと思うようになり、オウケイウェイヴに入社しました。

オウケイウェイヴではSIの経験を活かして、最初はFAQ作成や問い合わせ管理・ヘルプデスクのサービスに携わりました。その後、チャンスが巡ってきて、新規事業に取り組めるようになりました。SNSを連動させるなど、当時話題のことをはじめることが決まり、それに手を上げたのです。新規事業の企画段階から携わる機会を得て、事業をつくることの楽しさを知りました。めちゃくちゃ楽しかったです!

John

新規事業に携われることになり、坂口さんご自身の発想を活かして働ける環境になってきたのですね。とてもワクワクしていた気持ちが伝わってきますが、就職前の遊びに全力投球していた時代の楽しさと、そのオウケイウェイヴ時代の楽しさを比べると、違いがありますか。

坂口

仕事のほうが楽しかったですね。難しくはあるけれど、だからこそ楽しかったのかもしれません。難しい問題って楽しいじゃないですか。

John

確かに、難しいからこそチャレンジ精神が沸き立ちますよね。特に好きな仕事をしているときの楽しさは、格別です。坂口さんは、新規事業に携わってみて、「これが自分の好きなことだ」という感覚になりましたか。

坂口

そうですね。何となく気づきはじめていました。エンジニアリングだけでなく、新規事業の企画やマーケティングについて、興味を持ち出した時期です。

John

新規事業では、人を巻き込むことも必要だったと思いますが、未経験でどのように進めていかれたのですか?

坂口

オウケイウェイヴにも、厳しいけどめちゃくちゃ良いメンターの人がいたのです。結構、厳しいことを言われましたけど(笑)。その方は業務委託の方だったのですが、とてもスキルが高く、知識も経験も豊富で、年収でいえば恐らく2倍以上の差がありました。

John

自分よりもずっと高いところにいるメンターとの関わりは、緊張感もありますが、今まで見えなかった世界を見せてもらえて、本当に勉強になりますね。

オウケイウェイヴで約2年間勤務された後、インタースペースに転職し、サブマネージャーをされていますね。

坂口

オウケイウェイヴ時代、新規事業に2回ほど携わったのですが、その後、元の部署に戻ることになったのです。それで、もっと新規事業に携わりたいなと思っていたところ、インタースペースでは既存のサービスだけでなく、部署の立ち上げから経験させてもらえるということだったので、その話に飛びつきました。インタースペースは、広告事業などは皆さんもご存じかと思いますが、私はメディア事業をはじめるのを手伝いました。

John

坂口さんのように向上心が強い方にとっては、新たなステップを踏み出すことの方が、慣れた部署に戻ることよりも魅力的に感じますよね。ちょうど良いタイミングで、転職ができましたね。

坂口

実は嬉しいエピソードがありまして、当時私の転職をお手伝いしてくれたのが、現在は個人投資家としても活躍されている高野さんという方なのです。高野さんとは、今でもお話をさせていただいています。

そのような経緯でインタースペースに入社したのですが、当時は占いコンテンツや、エンタメ系のSNSを絡めたコンテンツ、ソーシャルゲームなどをやっていました。

私はサブマネージャーをやっていたのですが、モアゲームスという会社に出向して、新しいメディア事業のエンジニア部署を立ち上げました。そこではCTOみたいなことをやっていて、部署の立ち上げや、開発方針やアーキテクチャの策定はもちろん、エンジニア不足解消のための採用に取り組んだりしました。

John

既に、この頃からCTOに近い業務をされていたのですね。さまざまなキャリアを積み、自分自身も「いけるな」と、だんだん自信がついてくる頃だと思いますが、もっと大きな会社へ行こうと言った考えはなかったのでしょうか。

坂口

どちらかというと大きな会社は好きではなく、次はスタートアップで会社の立ち上げから携わりたいなと思っていました。ちょうどインタースペースを辞めるときに、トライフォートという会社を設立するから手伝って欲しいと、代表に就任予定の友人から話をもらいました。

4 「採用の選考フローが多ければ多いほど、人は集まりにくくなるので、極力簡素化するといいですね。業務委託契約など正社員以外の人は、私自身が採用の最終決定を出す権限を持ち、代表を通さなくてもよくしましたし、スピーディーに決断できてよかったと思います。」(坂口)

John

トライフォートでは、坂口さんは、運用統轄本部長をされていたとのことですが、当時の様子について教えていただけますか。急成長された会社ですよね?

坂口

トライフォートは、設立から1年で約120人規模の会社に成長しました。私は2年くらい在籍し、最初の頃は自分で仕事を取ってきて、自分も含めてメンバーでプログラミング含め企画、開発、デザインをするということをやっていました。急激に人が増えた頃には、採用などにも関わりましたね。
トライフォートの初期は、受託してアプリを開発することをメインとした会社です。当時はソーシャルゲームの会社を含めて、ネイティブアプリをつくるエンジニアが不足していて、困っている会社が多かったのです。それに対してトライフォートでは、ネイティブアプリをつくる一線級のエンジニアが在籍していて、エンジニアを育成する環境が整っていました。それで、ソーシャルゲームをつくっている多くの会社が訪ねてくるような状況でした。

John

他社に先駆けてネイティブアプリを作れる環境を社内に整えたことが、急成長の秘訣だったわけですね。需要の多さに比べ、供給できる会社が少なければ、自ずと仕事依頼が集まりますからね。鍵となる、ネイティブアプリを作る一線級のエンジニアチームの育成はどのように行われたのでしょうか。

坂口

SIの会社は、自社サービスの魅力などを話すことが難しく、人材を集めにくいのですが、そうした中でも、代表が「既存のSE業界をぶっ壊そう」くらいの“尖った発信”を採用メディアやこれまで繋がりのあったメディア等を活用して発信し、それがエンジニアに刺さるものだったためスキル的にも尖った人材を集めることができました。

John

これはエンジニアだけでなく、これから人材採用をしようとするさまざまな企業にとって参考になるお話ですね。
坂口さんにとって、トライフォートは設立から携わった初めての会社ですが、思い描いていたような「ザ・スタートアップ」という感覚はありましたか。

坂口

ありましたね。西麻布のマンションの一室からスタートして、人が増えるたびにさらに隣の一室を借りて、という感じで楽しかったです。

普通、スタートアップはメンバーが5人、10人の段階では人事採用担当は雇わないと思いますが、トライフォートの場合は大量に人材採用が必要になる見込みがあったので、専任の人事採用担当者を置かなければ回らないと考えました。そこで、出入りしていた人材紹介会社の方を「うちで働きませんか?」と口説いて雇い、その方や私で採用を担当しました。受託の業務なので、前金があり、採用のためのコストは捻出できていました。

坂口氏の画像です

John

スタートアップでは、資金調達をしないと思うように人材採用が進まない場合もありますが、その心配はなかったわけですね。しかし、大量に採用しても、長続きしない社員もいますよね。

坂口

急成長している会社にはありがちな課題だと思うのですが、当初は20人入社して10人辞める、という感じの状態のときもありました。

John

すると、かなりの回数の採用面接を行われたと思いますが、その中で気づいたいい人材を採用するポイントがあれば教えてください。

坂口

採用の選考フローが多ければ多いほど、人は集まりにくくなるので、極力簡素化するといいですね。業務委託契約など正社員以外の人は、私自身が採用の最終決定を出す権限を持ち、代表を通さなくてもよくしましたし、スピーディーに決断できてよかったと思います。

また、当時は最初から正社員で採用するだけでなく、エージェントと交渉して、3カ月のSES契約(システムエンジニアリング契約、クライアントに技術者を派遣し、雇用時間に対して報酬を支払う準委任契約)を結び、正社員で働いてもらいたいという人材がいれば、直接雇用させてもらう、という方法を一部取っていたりました。

John

最近は、面接にかかる期間や準備が多いと応募自体を辞めてしまう人も多いみたいですからね。
その後、トライフォートでの組織拡大経験などを評価され、ランサーズに転職されることになったわけですが、設立から関与したトライフォートに離れ難さは感じましたか。

坂口

逆ですね。トライフォートは友人が困っていたのでジョインしたのですが、お互いに本気でぶつかるので、仲が悪くなることもありえる。なので、本当は友だちとは一緒にビジネスをやりたいとはそれほど思ってなくて、最初から「会社がある程度軌道に乗ったら辞める」という話をしていました。それで、第一回の資金調達が終わった後に辞めることにしました。

5 「日本の大学生たちにも、もっと海外のトップ層の学生たちの様子を伝えたいですし、良い刺激を受けてくれたら嬉しいと思います。」(John)

John

友人同士で仕事をすると、いろいろありますよね。仕事も頼みやすいですし、特にスタートアップでは時間もリソースもありませんから、肩書き以外の仕事もふられたり。それがスタートアップらしさでもあるのですが。

坂口

そうですね、各メンバーが限界状態で余力がないときに、誰もやりたがらない仕事を代表から振られて、ということもありました。しかし、好きなことをやっているから楽しかったですね。

John

ですよね! 主体的に行動しているときは、はたから見たら辛い環境でも楽しいんですよね。「自分たちで会社を作っている」と感じながら働けることは、スタートアップの良さですね。

その後、トライフォートで1年間に120人の組織に成長させた実績を評価され、ランサーズにCTOとして入社することになられたと。入社当時は、社員数は30人程で、シリーズAの資金調達を終えて「これからビジネスをスケール(規模拡大)するぞ!』というタイミングだったそうですが、最近、上場されましたね。おめでとうございます。
ランサーズでの業務はどのようなものでしたか。

坂口

基本的には、スケールするために、主に開発組織の採用、組織マネジメントなどをやっていました。その他、企画などについても絡んでいました。

当時は30人規模のスタートアップでしたので、多少、自分でも手を動かしました。自社のサービスのコードを全部書くということはありませんが、例えばインフラ周りなどをやることがありました。

John

「インフラ周り」の作業について、具体的に教えていただけますか。

坂口

サーバーの設定などです。24時間365日の稼働システムが求められていますが、2つサーバーがあったとして、片方のサーバーが死んでしまった場合、1台しかサーバーが動かなければ、サービスが停止してしまいます。それを、片方のサーバーが死んでもサービスが継続できるような構成にしたり、ユーザーからリクエストがあった場合に、死んでいないほうのサーバーに振り分けたりという、いわゆるシステムの冗長化です。インフラエンジニアは特に採用が難しいですし、業務を一部切り出しやすく、自分が得意な分野でもあることから、マネジメント以外にも実作業を手伝っていました。

John

エンジニアの採用は、なかなか厳しいようですね。人口に対するエンジニアの比率が世界一のイスラエルでさえ、エンジニア不足という課題と直面していると、以前イスラエル大使館でインタビューを行った際に教えて頂きました。日本企業でもエンジニア採用に対する課題感を持つ企業は少なくないですよね。

坂口

日本でエンジニア採用がうまくいっている会社というのは、ほとんどないように思います。例えば、アマゾンさんが主催している、一度に100人以上のCTOが集まるイベントで、「採用がうまくいっている会社はありますか?」と聞いても、誰も手を挙げないです。

しかし、自社の認知力を高め、魅力をアピールすることができれば、人は集まると思います。例えば、メルカリさんはメディアでの発信力も高く、優秀な成長意欲の高いエンジニアが集まっていると思います。

世界に目を向けると、GAFAなどは、既に中国、インド、日本などの優秀な人材は採用し尽くしているので、モンゴルなどの、あまり他の会社がいかないところで人材を集めているという話を聞きます。

John

インド工科大学ムンバイ校で講演を行った際に、シリコンバレーからGAFAの採用担当者がやって来て、2日間かけてトップ層の学生たちを連れて帰るという話を聞きました。ムンバイ校はインド国内でもトップレベルの学生が集まりますので、優秀なエンジニア候補である彼らを採用するために、世界の巨大企業も力を入れていますね。

ちなみに、インド工科大学ムンバイ校の優秀な学生たちの傾向としては、トップの学生たちは起業をし、次のランクの学生はGAFAに行き、さらにその次のランクの学生はスタンフォードなどの米国のトップクラスのMBAを取得するために大学院に進もうと考えるそうです。日本の大学生たちにも、もっと海外のトップ層の学生たちの様子を伝えたいですし、良い刺激を受けてくれたら嬉しいと思います。

6 「ボードメンバーの考え方と相性を大事にしています。『こういう人は伸びるだろうな』『私も一緒に成長させてもらえるな』といった観点で会社を選んでいます。」(坂口)

John

ランサーズに入社されるときは、今みたいに大きくなることは予想していましたか?

坂口

自分の中では「成長するのではないか」と考えていました。

John

どのような観点から、そう思われたのですか?

坂口

私はカルチャーが重要だと思っていて、それをつくる「人」、具体的には、人間性や、どういうビジョンを持っているのかを見るようにしています。特に、ボードメンバーの考え方と相性を大事にしています。「こういう人は伸びるだろうな」「私も一緒に成長させてもらえるな」といった観点で会社を選んでいます。そこがないと、一緒に仕事をしたくないですね。

John

社内のナンバーワンであるCEOとナンバーツーであるCOOとの架け橋になるような役割をされてきた坂口さんだからこそ、会社のビジョン、ミッション、バリューを明確に理解し、共感することの重要性が身にしみていらっしゃるように感じます。その上で、会社がつくりたいものをつくるために、CTOとしてチームを編成していくわけですね。

坂口

そうですね。いわゆるビジョナリーカンパニーみたいな話ですよね。そういう点でいえば、オウケイウェイヴにはそのようなカルチャーがありました。社長との関わり方でいえば、インタースペース時代には社長と直接話しができましたし、役員会議に出ているのでコミュニケーションが取れる関係にもありました。ただ、一番大きかったのは、トライフォート時代です。代表とは友人で、「ツーカーの仲」だったという経験が大きいですね。

John

CEOと直接コミュニケーションを取ることが多いと、会社全体のことを考えられるようになっていきますよね。
ランサーズを成長させるためには、どのような取り組みをされましたか。

坂口

ランサーズには、人の採用という組織のマネジメントの部分と、レガシーなシステムをどうしていくかという、2つの課題がありました。その2つの課題を主に1年半で取り組んでいきました。

人の採用については、役割や責任を明確にして、組織として開発プロセスのフローを整えた上で、それに応じた人の配置などを行いました。また、ツールや機械でできるところは、置き換えたりもしました。

システムに関しては、私が入社した時点でサービスがスタートしてから6、7年経過していたのですが、その間に一度も大きな改修はしておらず、機能を継ぎ足ししていた状態でした。そのため、技術負債がどんどん溜まっており、改善の必要がありました。例えば、システムを最新のものに置き換え、古い部分はどんどんバージョンアップしました。

John

わずか1年半でこのような変革を行うとは、坂口さんのやると決めたらとことんやるという姿勢が表れていますね。また、組織のマネジメントとエンジニアリングも、システマチックという点で似ているように感じます。
人を動かすに当たり、意識していたことはありますか。

インタビューする森若氏の画像です

坂口

ランサーズのときからは、特に「任せる」ということを意識しました。もちろん相手の経験や能力によって任せる度合いは異なります。任せるようになったのは、トライフォート時代の経験があったからです。

トライフォート時代は、人の入れ替わりが激しくて、仕事がたくさんあって、という状況でした。なので、入ってきたばかりの人に仕事を任せなければいけない場合もありました。任せた人の中には、伸びる人もいれば、できない人もいます。ただ、任せてみることによって、分かることがあります。それをフィードバックしていきました。

John

任せてみて、できなかったときのフォローはどうされていましたか。

坂口

基本的には、何度かチャレンジしてもらって、自分なりに考えて改善してもらいます。それでもできなかった場合、エンジニアリングであれば、私がやるという方法があるので(笑)。また、外部から調達したり、機械に任せたりするということもあります。できることは何でもやる、というのが重要だと思います。

エンジニアリングというのは、アウトプットできたもので判断されます。エンジニアリングはコストではなく、競争力だと思っています。エンジニアリングをコストだと考えている会社は伸びないのではないかと、個人的には思っています。

John

まずは、できる限り自分で考えさせ、挑戦する機会を与えると。問題を解決することだけを目的にするなら最初から答えを与えれば良いかもしれませんが、社員の成長を考えると、試行錯誤させることでより多くの学びが得られると思います。会議などでも、工夫していることがありますか。

坂口

一般的にエンジニアの間には、振り返りをする文化があることが多いです。KPT(Keep、Problem、Try)と呼ばれる振り返りです。それをチームごとにやって、棚卸しをするのです。その中で、基本的にはメンバーに課題を出してもらい、出てこなければ私から出す、ということをやっています。会議はアジェンダベースで隔週のペースで行っています。プロセスに課題があれば、できればメンバーだけで解決策を考え、実行してもらいます。私はできるだけ口を出さず、ヒントを出すくらいにしています。

John

自分の結論を押し付けるのではなく、皆に主体的に課題解決に取り組んでもらうと。自分で気が付いた解決策にチャレンジした方がモチベーションも高まりますよね。坂口さんのような優れたファシリテーターが増えて欲しいと思います。会議を通して、社員の一人一人にチームの一員として課題に取り組むんだという意識が芽生えることが望ましいと思います。

7 「新しい概念やサービスを認知してもらわなければ、どんなに革新的で優れたサービスができたとしても、ユーザーの獲得に繋がりません。人は分かりにくいものを敬遠しがちですから、知ってもらう、理解してもらう努力が必要です。」(John)

John

ランサーズを退職された後、ついに起業されましたね。

坂口

「そろそろ自分の会社をつくりたい」という思いがきっかけとなり、ランサーズを辞め、株式会社プロフィットメイカーズを立ち上げました。

ただ、諸般の事情から自分の会社だけではなく、他社で働きながら自分の会社もやろうということになりました。そこで、知り合いのエージェントからEmotion Tech(当時Wizpra)を紹介してもらい、常勤で勤めていました。プロフィットメイカーズは顧問やアドバイザー、一部業務委託を受ける事業でしたので、私が仕事を取り、それ以外の実際のコンサルティングや開発は共同経営者に任せるという感じでした。

John

Emotion Techでは、4年近く働かれていますね。

坂口

そうですね。これまでの経験をもってしても、スケールするのに4年間近くかかってしまったのが、自分としては満足していないというか、△な点です。新しい市場をつくるというのは並大抵のことではないです。既存の市場のパイを取る、もしくは広げるということであれば、前例もあるので、ある程度やり方も分かります。ですが、今までなかった市場をつくるのは、まず認知から始まります。そのような状況からはじめて市場をつくっていくのは、結構大変でした。

John

これは多くのスタートアップの課題でもありますね。新しい概念やサービスを認知してもらわなければ、どんなに革新的で優れたサービスができたとしても、ユーザーの獲得に繋がりません。人は分かりにくいものを敬遠しがちですから、知ってもらう、理解してもらう努力が必要です。

坂口さんは、どのように4年間でスケールさせましたか。

坂口

エンジニアはゼロのチームから、私が最大20人近くのチームに、営業も最大10人くらいのチームから、最終的には全体で60人くらいのチームになりました。

BtoBのサービスですが、最初は法人営業が得意な人がいなくて、思ったほど伸びませんでした。私と同時期に、法人営業の経験があるCOOが入ったことで、急激に伸びました。COOが営業組織の構築などをやり、私がプロダクトの企画、デザイン、開発をやるという感じでした。2人で相談しながら、営業に装着する武器を私の方でつくり、COOは武器を持った部隊を編成するという感じでした。

実績がないと大企業には採用してもらえないので、最初のうちは、まずは無料でもいいので利用してくださいとお願いしましたが、無料であっても結果が出なければ続けてもらえません。
そこで、テレアポや、トークスクリプトの整理などセールスにも力を入れ、サービスの認知度を高めるためにイベントや説明会も行いました。それによって、アーリーアダプターの人たちに少しずつ認知してもらえるようになり、大企業にも継続してもらえるようになりました。

John

COOの方にとっても、自分の考えを理解し、強い武器を与えてくれるCTOの存在は、何よりも心強いと思います。素晴らしいタッグです。

そうしてEmotion Techがスケールしてきたところで、プロフィットメイカーズの運営や多数の会社顧問などとして、より力を入れることができるようになったのですね。投資もこの頃からはじめられたのですか?

坂口

そうです。Emotion Techを辞める前から、自分の会社であるプロフィットメイカーズを通じて投資をしていました。投資先は、縛りはないのですが、基本的にはIT企業です。

ただ、プロフィットメイカーズをVCにしていくつもりはありません。2019年末に別のスタートアップ支援のためのハンズオンで支援を行う、まさしく名前の通りのハンズオンという会社を設立し、その関連会社でLLCをつくって、支援の一環としてVC的な機能を提供していたりはします。

8 「機能や価格面での差別化は、他に良いものが出れば、そちらに移ってしまいます。ですから、誰もが認知して、誰からも共感を得るという点を念頭に置いてつくるようにしています」(坂口)

John

最近は、投資家とスタートアップをマッチングさせる「スタートアップリスト」というサービスなどを手がける、プロトスターにも携わっていらっしゃいますね。スタートアップは投資家を、投資家はスタートアップを探すことができ、メッセージを送って、マッチングする機能などがあると。
起業家の方は事業概要や世界観などのプロフィールを登録し、投資家は基本的にはVCやCVC、大企業、一部、個人投資家の方に登録してもらっているそうですね。

坂口

はい。マッチングを促進させることを目的としているため、双方から頂くのは利用料のみで、マッチングフィーはなく、基本的には無料で利用できるようにしています。
プロトスターは「スタートアップと新たにプロジェクトをやりたい」「オープンイノベーションに取り組みたいので、イベントを開催したい」と考える大企業などに対して、コンサルティング料や協賛金を頂いたり、運営する「起業LOG」などのメディアへの広告料金などで収益をあげるビジネスを展開していたりします。

プロトスターに、スタートアップの有益な情報が集まるといいですね。「あの会社は、資金調達が終わった後だ」といった情報は、「スタートアップと組みたい」「スタートアップ向けにサービスを提供したい」と思っている側にとって有益な情報です。それを提供できれば、プロトスターとしてもビジネスにつながります。

John

スタートアップが何を求めているのかが分かれば、こちら側から「このスタートアップには、あの投資家を紹介してあげよう」といった動きもできますしね。私も、海外スタートアップから日本の大企業や投資家を紹介して欲しいとよく連絡を頂きますが、逆に、日本側からもどんな海外のスタートアップと協業したり、投資したいかをしっかり聞かないといけない時期に来ています。

坂口さんはAmazing Day、GVA-TECH、Voicyなど、紹介しきれないほど多くの企業で顧問をされていますよね。すごいですね! 今日のインタビュー会場である銀座の弁護士事務所もですよね。

坂口

そうです。クラウドファームという会社を新しく設立して、役員として携わっています。2020年2月にプロダクトをリリースしました。どのようなものかと言うと、クックパッドの企業法務版というイメージです。法的な問題を解決する場合、過去の判例や事例に大きく左右されることがあり、その判例に基づいてどう問題を解決したらよいかが決まってきます。弁護士や公認会計士など、法務に関する関係者や担当者の方をメインに、そうした処方箋を提供するサービスです。

また、日本だけでなく、海外の法的な問題に対応しなければならないときは解決に困るものですが、海外のどの事務所に依頼したらよいのかも分かります。

John

私も海外とのやり取りが多いので、海外にも対応できるサービスはありがたいですし、今後も需要は増えるでしょうね。

ちなみに、読者の皆さんの中には、顧問というのはどのような仕事をしているのか、イメージがわかない方もいらっしゃると思います。坂口さんの場合、主にどのような場面で支援されているのでしょうか。

坂口

最近は、事業計画や経営について相談されることが多いです。クラウドファームも、立ち上げ前から支援しています。スタートアップで皆さんがつまずくのが、エンジニアがおらず、開発のコストがどれくらいなのか見通せないということです。人材およびインフラなどシステムのコストを見積もるには、そもそもどのような事業をやるのかということをはっきりさせる必要があります。私はそこを考えることができますし、どちらかというと“考えるのが楽しい派”なので、「じゃ、私がやります」と言って、情報をもらって、一気に事業計画をつくって、それをベースに社長と叩いて、ということをやっていたりします。

坂口氏と森若氏の画像です

John

セールス以外の事業作り全般に携わられていらっしゃるんですね。
ユーザーが使いやすいプロダクトを開発するために一番大切なことは何だと思いますか。

坂口

ユーザーインタビューやマーケットの調査はもちろん大切だと思うのですが、一番大切だと分かっているのに、割とみなさん疎かにしがちという点でいえば、「ドッグフーディング(自分たちで自社製品を使うこと)」です。

私が一番大事だと思うのが、誰もが認知して、誰からも共感を得ることができるという点です。機能や価格面での差別化は、他に良いものが出ればそちらに移ってしまいますし、そうでなければ、お客様から、新たな機能を追加して欲しいなどいわれ、それに終始してしまうだけになってしまいます。

John

自分が一番のファンでなければダメですよね。そうでないと、お客様も絶対に使わないです。シリコンバレーで事業をスタートしたUber Eatsも、創業当時は、まず自分たちでサービスを率先して使っていたそうです。

9 「製造現場などを含めたエンジニアリングは、コストとして捉えられがちです。しかし、コストではなく競争力として捉え、組織をつくっていくことが重要だと思います」(坂口)

John

この「りそなCollaborare」は多数の中小企業やスタートアップの経営者の方がご覧になられています。伝統的な中小企業と、坂口さんの新しい考え方をかけ合わせることで、何か面白いことができるといいと思うのですが、いかがでしょうか。
デジタルトランスフォーメーション(DX)、つまり、進化したデジタル技術の浸透によって人々の生活をより良く変革するという観点からも、多くの可能性があると思います。

坂口

新しい動向へのアクセスパスをお持ちでない中小企業に対して、私からそうした情報を提供できることもあると思います。DXでいえば、とてもたくさんあるのではないでしょうか? まだメールを使っている企業も多いと思いますが、社内コミュニケーションにはチャットツールが便利ですし、営業管理に関しても、ツールの導入や、簡単な自動化で生産効率を上げることができると思います。

John

中小企業はスタートアップと違ってスケールする速度はゆっくりでも、長く続く優良企業も多いと思います。数多くのスタートアップを支援してきた坂口さんの考える、中小企業の今後の課題は何でしょうか。

坂口

Johnさんが仰られた通り、急成長することだけが全てではないと思います。長く続くということは、それだけお客様からの共感を得ているという表れだと思います。
ただし、競合が機能や価格で優るものを出してくる可能性もあると思います。そういう意味でいえば、事業のスピードを上げて、打席に立つ回数を増やすというのは重要ではないでしょうか。

クリエイティブな部署やITにとどまらず、製造現場などを含めたエンジニアリングは、コストとして捉えられがちです。しかし、コストではなく競争力として捉え、組織をつくっていくことが重要だと思います。
今までのやり方では新しい競合に対抗できなくなったときに、私の持っている知識や経験がお役に立てるかもしれません。

John

これまでの成功方法に、必ずしも永続性があるわけではないのだということを自覚して、先手を打つ姿勢を忘れないようにしないといけませんね。「競争力」と聞くと、まず営業部をイメージする人も多いかもしれませんが、会社に利益をもたらすための努力は、全部署、全社員でできるんですよね。「コストではなく競争力として捉える」という発想は、これまで眠っていた可能性を引き出す鍵になるかもしれません。

話は変わりますが、私の夢として、20歳から80歳まで3世代で働ける会社を増やしていきたいというのがあります。そのためにも、日本企業の大半を占める中小企業のデジタル化することが急務だと思いますが、特に地方の中小企業ではデジタルに強い人材を採用することが難しいという課題があります。この点に関して、アドバイスをお願い致します。

坂口

地方には地方の魅力があると思います。その点を認知してもらうために、お金はそれほどかけられなくても、その他のリソースはしっかりかけるべきだと思います。例えば、無料で使えるSaaSツールなどをうまく使うことで、浮いた人手を採用の施策のために回すことができます。

私は、DXというのは2つの意味があると思っています。1つ目は、Digital Transformation。2つ目がDeveloper Experienceです。

私はデベロッパーというのは、広くものづくりをする、クリエイティブなことをする人全般と捉えています。そのデベロッパーの人たちの体験というのはとても重要で、彼らが働く環境、会社の認知、会社がどう成長できるのかについて、発信していくことが重要です。

それがないと、DXというのは、単なる「人が不要な効率化」になってしまいます。Developer Experienceがあることで、効率化するだけでなく、他にやるべきことに人手を割くことが実現して、働く人の心の余裕も出てくると思います。

働く環境の整備というのは、個人ではなかなかできません。それをできるのは、やはり経営者だけだと思います。働く人の環境を整備して、Developer Experienceを高める。Digital TransformationとDeveloper Experienceの2つが実現できれば、地方の中小企業も魅力的な就職先になり得るのではないでしょうか。

また、資金調達の方法でも、他にできることがあると思います。銀行からの借り入れは既にやっている企業が多いでしょうが、社債の発行をウェブで行うこともできます。そうしたものを使ったり、そのような知識を得たりするだけでも、中小企業の魅力が違ってくると思いますよ。

10 「会社は何のためにあるのかといえば、基本的にはビジョン、ミッションを実現するためにあると思っています。」(坂口)

John

素晴らしいアドバイス、愛りがとうございます! 最後に、坂口さんのイノベーションの哲学を教えていただけますか?

坂口

やはり「打席に立つ回数を増やす」ですかね。一朝一夕ではイノベーションは起こせません。ですから、数を増やすというのが重要だと思います。空振りでもいいと思うのです。そうしないと、フィードバックもないですから。

John

チャレンジし続けることで、認知度も上がりますし、改善の手がかりを掴むためにもアウトプットすることが重要ですね。打席がない場合は、ホームを作る、打席を提供してくれるところに出向くなど、自分で打席を生み出す方法も考えればいいですし。

そうして打席に立ったときの、坂口さんの「勝つための打ち方」とは、どのようなものでしょうか。

坂口

まずは「きちんと数値を抑える」ことを大切にします。数値管理は皆さんできると思うのですが、それをプロダクトにまで落とし込めている方は少ないように思います。例えば、このプロダクトのこのボタンがなければ、売上がどれくらい変わるのか。この当たりまで押さえることです。数値を押さえる、そして振り返りをするのがとても大切ではないでしょうか。

John

振り返りも、数値で行われるのですか?

坂口

数値も大事ですが、数値だけではだめだと思います。狭義の数値だけですと、短期的な施策になりがちです。どういう世界をつくりたいのか、どういうことを実現したいのかという、ビジョン、ミッションが重要になります。

私がプロダクトの優先順位を決めるときに、どう判断するのかというと、「KPI、KGIにどう影響するのか」「開発コストがどれくらいかかるのか」「開発までにどれくらいの期間があるのか」「どれくらいのマーケティング効果があるのか」などの基準があります。基準はいろいろあるのですが、「マーケットの課題にどれだけフィットしているか」「自分たちが実現したいビジョン、ミッションにどれだけ近づけているのか」というのも大事な要素であり、判断の軸として、会社や事業のフェーズを考慮しつつ、その時々で重みを加えて考えています。

数値だけで優先順位を決めると、クリエイティブ側は営業の言っていることをやるだけになってしまいます。そうすると、例えばエンジニアは言われたことだけをやることになるので、モチベーションが下がるのです。

全社的なモチベーションを保つためにも、ビジョン、ミッションの部分は、プロダクト開発の中に織り込み、定量的に管理していくことが重要だと思っています。

John

ビジョン、ミッション、バリューに基づく行動計画によってユーザー数を伸ばし、バリュエーション(企業価値)を上げることにはつながっても、利益を出すまでには至らないスタートアップも多いですが、どのようなアドバイスをされますか。

坂口

フェーズがあると思っています。例えば、上場直前期ですと、コストを抑えることでバリュエーションが高まります。その場合は、一時的にビジョン、ミッションへの支出は抑えて、短期的な数値を追う経営戦略もあると思います。ビジョン、ミッションが全社的に共有されていれば、問題は起きないと思います。ですが、経営層とメンバー層とで情報の格差があって、メンバー層が「経営層はコストばかり気にして、開発部隊の身動きが取れない。やりたいことができない」となってしまうと、人が辞めていくことにつながってしまいます。

会社は何のためにあるのかといえば、基本的にはビジョン、ミッションを実現するためにあると思っています。短期的には、「売上が上がらないので、少ない給料でも頑張りますか?」「売上を上げるためには、皆の給料を上げないといけない。そうしなければ人が辞めてしまう」という観点でコストを抑える施策を取ることもあると思います。ただし、それで10年、20年続いていくのかといえば、そうではない面もあります。ビジョン、ミッションを共有した上で、どういう戦略を取るのかを考えるべきです。

11 「2019年9月に設立したハンズオンという会社では、日本から10年以内に、明日のGoogle、Facebookのようなユニコーンを10社輩出したいと思っています。」(坂口)

John

坂口さんは、何歳まで働きたいですか?

坂口

ずっと働いていたいですね。スタートアップ支援でいえば、私自身の体が動かせなくなれば、投資をしてという形になるかもしれませんが(笑)。体が動く限り、スタートアップ支援はやっていきたいと思っています。それを最終的な仕事にしたいと思っているのです。2019年9月に設立したハンズオンという会社では、日本から10年以内に、明日のGoogle、Facebookのようなユニコーンを10社輩出したいと思っています。それができた暁には、世界にイノベーションの輪を広げる、日本独自のエコシステムをつくれたらいいと思っています。

今お話したことを全部やろうと思うと、「生きているうちに全部できるのかな?!」と思うくらいなので、ずっと働いていると思います(笑)。

John

「生きているうちに全部できるのかな?!」と思えるほど、高い目標があるということは、毎日チャレンジ精神を持って生きることにも繋がりますし、年齢を重ねても向上心を忘れないでいられるので、素晴らしいと思います。

ユニコーンを増やすことにこだわられる理由は何でしょうか。

坂口

まだまだ日本人が活躍できる幅がある、特にエンジニアはもっと外に出て活躍できると思うからです。エンジニアの文化として、先人がつくってきたオープンソースの恩恵にあずかって育ってきたという経緯が誰しもあるはずで、自分もその恩を返したいという想いがあります。私の場合はエンジニアという立ち位置から得たマーケティングや企画、デザインなどのノウハウ、スキル、経験を還元していきたいと思っています。それをさらに、ウェブなどに仕組み化して還元できればいいと思っています。

John

坂口さんは、遊びも仕事も全力で取り組まれ、ついには投資家にもなられるなど、これまでの人生を通して、人一倍濃い経験をされていると思いますが、人々が幸せに生活するためには何が必要だと考えますか。

坂口

幸せの定義は人それぞれだと思いますが、皆の選択肢が増えることでしょうか。選択肢が増えると迷うという意見もあると思いますが、必要なときに自分が選べる範囲がそれなりにないと、不公平だと思うからです。選択肢がなくても幸せであればいいのですが、選択肢はある程度あったほうがいいかなと思います。

John

ユニコーンが増えると、その選択肢が増えるということですか?

坂口

選択肢が増えることもあると思いますし、できることが増えるかなとも思います。

John

チャレンジする人が爆発的に増えるでしょうね! 北海道から1社、東京から2社とか、全国各地からユニコーンが出てくるといいですね。

これからは東京一極集中ではなく、地方の企業や大学の力なども活用して、みんなで日本を盛り上げていくべきだと思いますね。ユニコーンが生まれ、中小企業でDXが実現し、海外と円滑に協業できる…これが地方で実現すれば、生まれ育った場所で思う存分自分の力を発揮して働けるため人口も分散しますし、休日は家族とともに豊かな自然を楽しむといった心の豊かさを育むこともできます。

坂口

そうですね。エリアを分散させたいですね。東京だけじゃなくて、地方からもユニコーンを出したいです。それは誰もやっていないことなので、ワクワクします!

John

ぜひ、一緒に日本を盛り上げましょう!
本日は長時間、貴重なお話を聞かせていただきまして、愛りがとう(愛+ありがとう)ございました!

坂口氏のイノベーションの哲学を示した画像です

以上

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社長が語る あのとき、私が決断した理由

書いてあること

  • 主な読者:会社が岐路に立ち、大きな決断をしなければならない社長や経営幹部
  • 課題:他の社長の考えを聞いてみたい
  • 解決策:会社の命運を左右する重大局面で、実際に決断をした経営者の当時の心の動き、思いを参考にする。決断に一番重要なものは何か

1 事例1:「背水の陣」で製造小売りに事業転換

業績が下降していた折、追い打ちをかけるように東日本大震災が発生しました。取引先の相次ぐ廃業で売り上げの約3分の1を失う見通しにもかかわらず借り入れはできず、資金が枯渇している状態です。

約100年続くオーダースーツ製造卸会社「オーダースーツSADA」(以下「SADA」)の4代目社長である佐田展隆さんが、古巣への復帰を要請されたとき、SADAはそのような危機的状況にありました。

そこで下した「佐田さんの決断」は、従来の小売業者向けの製造卸から、製造小売り(SPA)に事業転換することでした。そのために、新たな小売店を日本最大の繁華街である東京・新宿に出店する「乾坤一擲(けんこんいってき)の戦い」に打って出ます。

1)4代目社長就任も5年で会社を去る

佐田さんが最初にSADAの社長に就任したのは、2003年12月のことでした。年商を上回る有利子負債を抱えて倒産の危機に瀕(ひん)し、当時の社長だった父の願いを聞き入れる形で、勤務先を退職して社長を引き継ぎました。佐田さんが29歳のときでした。

佐田さんは利益を重視した営業戦略を徹底し、半年で黒字転換を果たします。しかし、買掛金や給与の支払いまで先延ばししていた状況には焼け石に水でした。私的再生したSADAは2007年6月に投資ファンドに引き取られ、実家の資産も全て失いました。社長職から外され、もはや社員や工場を守ることができないと悟った佐田さんは、会社を去ることにしました。

2)震災で再び窮地に陥った中での復帰要請

東日本大震災の混乱も冷めやらぬ2011年6月、佐田さんはSADAに復帰します。投資ファンドから小売り流通大手の手に渡った後も下降線をたどり続けたSADAに、震災が追い打ちをかけました。自社工場の損壊に加え、取引先の多かった東北地方を中心とする小売り業者の相次ぐ廃業によって、売り上げの約3分の1を失う見通しに陥ったSADA。進退窮まった当時の社長が、佐田さんに復帰を要請したのです。

復帰要請とともに知らされたSADAの財政状態は、社長を離れた当時よりも悪化していました。周囲の知り合いの誰もが改善の見込みはないと口をそろえましたが、佐田さんは“火中の栗を拾う”決心をします。

復帰後の社員の反応は好意的でした。しかし、佐田さんは前回の経験も踏まえ、「社員の期待感がなくならないうちに、新たな方向に転換して成果を収める。そして、社内を『いける』という雰囲気に変えなければ、中期的には存続できない」ことを肝に銘じていました。しかも、佐田さんの復帰当初の肩書は、“社長含み”とはいえ一介の経営企画室長。部長待遇で、株式も保有しておらず、「金融機関などは『お手並み拝見』というスタンスだった」といいます。

3)製造小売りに軸足を転換

佐田さんがSADA存続の道として「これ以外にない」と示したのは、従来の製造卸から、製造小売りへの業態転換でした。

小売り事業は、前回の社長時代に、ECサイトと大都市を中心に7店舗の出店を試みていました。ただ、その目的は、小売業者に対して自社の中国工場の製品を売り込むことで、中国製品を若者に販売するパイロットケースの意味合いでしかありませんでした。

このため、佐田さんが復帰するまでの小売り事業自体は赤字が続いており、売り上げは全体の15%程度しかありませんでした。出店用の新たな借り入れが許される財務状態ではなく、既存の取引先である小売業者とは競合関係になります。

それでも佐田さんは、幹部たちを説得します。「他に策があるんですか? このまま何もせずに籠城戦をして、社員を餓死させるつもりですか? 打って出るなら今しかないじゃないですか!」

しかし、佐田さんの決断には幹部全員が猛反対。「もうオーダースーツの時代は終わったのです。持ちこたえるには節約しかない」と抵抗する幹部もいたといいます。結局、佐田さんは復帰後1年の間に、社内の主要ポストに就いていた5人の幹部全員の辞表を受理することになりました。

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「背水の陣での乾坤一擲の戦い」を始めるべく、佐田さんは自らの足で店舗の物件探しから始めます。出店先は、駅の乗降客数が最も多い東京・新宿に絞りました。「震災後で空き店舗が増えており、安い条件で見つけられるはず」との見通しが当たり、ビルの4階ではありますが、新宿駅南口から徒歩3分の好物件を押さえられました。

新規出店に伴う資金繰りは、まさに薄氷を踏むような綱渡りの状態でした。注目したのは、卸と小売りの支払いサイトの違いです。卸では受注から入金までに平均75日程度掛かりますが、小売りであれば受注即日に入金されます。オープンセールでの売り上げを当て込み、店舗物件の敷金や礼金の3分の2と内装費、約100万円を掛けた山手線の窓上広告などの支払いを先延ばししてもらいました。必然的に新店舗の開店日は、冬物の注文が最も多い10月となりました。

4)今やれることを徹底してやる

新宿への出店について、幹部や社員に対しては不安のそぶりも見せなかった佐田さんですが、内心は「成功する可能性は、5割もないと思っていた」といいます。それでも決断が揺らがなかったのは、幼少の頃から祖父に何度も聞かされた「出足と手数」の教えがあったからでした。祖父は常々、「困ったときにすべきことは、今できることは何かを考えることだ。そして思いついたらすぐにやってみる。それでダメなら、また別の方法を考えればよい。それができなければ、戦場では生き残れなかった」と語っていました。祖父の言葉を胸に、佐田さんは「成功する確率が低いので意味がない、という理由をつけてやらなくなるのは、未来に翻弄されている中途半端に賢い社長がはまる落とし穴。どんなに可能性が低くても、他に道がなければ、徹底してやる」と決意を固めます。

佐田さんの決意を象徴するのが、宣伝用のティッシュ配りです。朝4時頃に起床して、新宿の店舗の看板を出し、ティッシュ配りをしてから、どの社員よりも早く出社する。新宿の店舗のオープン後の半年間、佐田さんはこのような毎日を過ごしました。「通行人に舌打ちされることもあるし、売り上げに対する効果はゼロかもしれない。でも、新宿の店舗の成功のために、他に早朝の時間にできることはなかった。私の本気を社内に示すためにも、続けることにした」といいます。

5)小売り事業は大成功

オープンセールでは、スペアのスラックス付きオーダースーツを1万9800円に設定した目玉商品が話題を呼び、約800万円の売り上げを記録。この成功で社内の雰囲気が一気に変わります。得られた利益を新規出店や店舗の移転費用に回し、さらに利益を得るという好循環も生まれ、SADAは増収増益基調に転じます。内外からその実力を認められた佐田さんは、社長復帰への道筋をつけました。

社長に復帰した佐田さんは、会社のために、自らが“広告塔”となることも厭(いと)いません。小売り事業で重要な知名度の向上と、社員に「メディアで取り上げられるほど、自分たちの会社の進む方向は正しい」と感じてもらうためだといいます。2013年からは動画マーケティングに着目し、年に1回程度、自社製のスーツ姿で富士登山やスキージャンプ、東京マラソンなどに挑戦する動画をYouTubeにアップしています。

こうした努力が実り、SADAは2017年、社員への賞与を20年ぶりに復活させることができました。そのとき工場のベテラン女性社員たちから掛けられた言葉は、佐田さんにとって今でも忘れられない一言になっています。それは、「社長を男にできた」でした。

2 事例2:「会社は社長のものにあらず」未練を残さず事業売却

皆と力を合わせて、会社はそれなりの規模にまで成長した。でも今後、社員やその家族にとって、より良い会社にしていくためにふさわしい社長は、自分ではないかもしれない――。

豆腐の移動販売フランチャイズ事業会社「豆吉郎」の創業者である宮嵜太郎さんは、10年以上掛けてグループ累計の売上高を100億円にまで成長させた後、そんな思いに至ります。

そのとき下した「宮嵜さんの決断」は、新聞社へ事業を譲渡することでした。そしてそう決断した宮嵜さんは、売却する際に自分自身に対して、「社員や金融機関に迷惑を掛けない」という条件を課していました。

1)当初のイメージの7割以下なら撤退

24歳のときから地元の福岡県でおよそ13年間にわたり、米の配達業、レンタカー事業、物干し竿(ざお)の移動販売業、造園業など約20の事業の起業と撤退を繰り返した宮嵜さん。2005年に起業した豆吉郎(当時は藤吉郎)も、開設した50事業所のうち25事業所を撤退しました。13年中、赤字だったのは8年でした。

その間、子供のための積立預金や、一人暮らしの母親が老後のために積み立ててきた生命保険を解約するなどして、資金をやり繰りしてきました。

「家族にも苦労を掛けた」という宮嵜さんですが、社員のリストラと給料の遅配、そして金融機関への返済の遅延だけは一度もしませんでした。宮嵜さんは、そうならないように「失敗したら会社そのものが潰れる、というチャレンジはしない」と自らを戒めていたためです。軽トラックによる豆腐の移動販売事業を、初期投資の回収リスクが軽減できるフランチャイズチェーン(以下「FC」)方式にした理由の1つも、その戒めがあるからでした。深手を負う前の早めの撤退も、自身の中のルールに定めていました。「売り上げを含めて、当初イメージしていた姿の7割以下だったら事業を撤退すると決めていた」といいます。

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2)全国最大の移動販売組織を構築

過度なリスクを取らないとはいえ、宮嵜さんは、事業拡大のためのチャレンジには貪欲でした。客単価アップのため、豆腐以外の製品の販売を拡充していきます。また、ファン層拡大のため、月に1回、顧客が考えた豆腐を使ったオリジナルレシピなどを掲載したチラシの発行を始めました。FC事業の要である加盟店のオーナーとは頻繁に意思疎通を図り、パートナーとしての信頼関係を築くとともに、社員に対しては加盟店オーナーになることを奨励しました。

こうして広げていったFC網は、やがて西日本一帯をカバーする全国最大の移動販売組織にまで発展します。グループ累計の売上高は100億円に達しました。

3)社員とその家族の利益を考え、売却を決意

ようやく“収穫期”を迎えた豆吉郎ですが、宮嵜さんは2016年、M&A仲介会社を通じて会社そのものを売りに出します。

理由の1つは、売り上げ至上主義からの転換です。起業当初は、仕入れ面などでのスケールメリットを享受するために、売り上げの拡大に努めてきました。しかし、スケールメリットは限界に達し、「労働集約的な事業なので、これ以上売り上げが増えても、社員や加盟店の人たちの収入や休暇の増加にはつながらない。今後の売り上げ増は社長の自己満足でしかない」と考えるようになったそうです。

利益面でのネックになっていたのは採用コストでした。事業が軌道に乗り始めた頃は、リーマンショックの影響もあって1人当たりの採用コストが2万円程度でした。ところが景気が回復して人手不足となった結果、80万~90万円にまで上昇し、「利益の多くが求人のために使われ、起業当初のイメージと違ってきた」といいます。

その一方で、10年掛けて構築した事業の運営ノウハウに関しては、「すでに仕組みが出来上がっており、自分がいなくても会社が回るようになっている」と判断。このような状況を客観的に分析した宮嵜さんは、「200人の社員とその家族のことを考えると、豆吉郎が潰れない確率が高い、安心感や社会的に高い評価のある会社がオーナーになるほうがよい」との考えに至ったといいます。

4)売却先は西日本新聞社に

「そこまで黒字額が多いわけでなく、食品を移動販売で取り扱うというリスクもある。引き受けてくれるところが多くあるとは思っていなかった」という豆吉郎の売却先ですが、大手のコンビニエンスストアや飲食店チェーンを含む約100社が関心を示してくれました。

数ある選択肢の中から宮嵜さんが売却先に選んだ相手は、全くの異業種である西日本新聞社でした。決め手は、豆吉郎に対する評価額と、新聞社という社会性の高さからくる安心感でした。さらに、「西日本新聞社はなかなかリストラをしない会社だと知っていたので、雇用を守ってくれるだろうと思った」といいます。

5)情と数字のバランスを意識する

家族に苦労を掛けながら、社長・会長として13年を費やして育て上げた豆吉郎ですが、売却することに全く未練はなかったといいます。その背景には、宮嵜さんが「会社に対する愛着を50%しか持たないように心掛けてきた」ことがあります。

「起業した当初は社員を家族のように思い、社員から好かれようとしていた」宮嵜さんですが、社員の数が10人、15人と増えて“部下の部下”ができ、全社員に直接自分の思いを伝えられなくなった頃から、考えを改めるようになりました。「社員の生活を安定させ、良くしていくのが仕事」と割り切り、50%はドライなビジネス感覚で経営判断を行うようにしたといいます。起業時からいる社員や、自分の近くで働いている社員を特別に高く評価したり、頑張った出店者に同情して不振店の撤退を決められなかったりという、「正常な判断ができない」状態を避けるためでした。

ドライなビジネス感覚での経営判断は、自分自身の進退に関しても一貫していました。「ずっと未来永劫(えいごう)、(自分が)社長でいられるわけではなく、会社を渡すのが今なのか、30年後なのかという、時間の問題だけ。それならば、利益も出ており、売却するにはもったいないと言われている今のほうがよい。売却候補と有利な立場で話を進められ、社員の雇用の維持なども求められる」。それが宮嵜さんの出した結論でした。

宮嵜さんが豆吉郎の売却を終えて抱いた思いは、「誰にも迷惑を掛けず、ちゃんと辞められて、ほっとした」でした。

3 決断とは、何が一番大事なのかを選ぶこと

既存の取引先と競合関係になるリスクを負いながら、会社の危機的状況を打開するために小売り事業に参入した佐田さん。会社が大きく成長して収穫期を迎えた中で、社長やオーナーの座を譲ることにした宮嵜さん。2人の決断の内容は全く異なりますが、佐田さんは会社を存続させること、宮嵜さんは社員や金融機関に迷惑を掛けないことを一番に考えて、それぞれ決断しました。

そして、佐田さんはどの社員よりもがむしゃらに働き、宮嵜さんは会社を手放すという、ある意味で「自分が一番損な役回り」になることを厭いませんでした。

決断に迷ったとき、「何が一番大事なのか」「大事なもののためなら自分が不利になっても構わないと思えるか」を自問することが、迷いから抜け出すためのヒントになるのかもしれません。

【参考文献】

「迷ったら茨の道を行け:紳士服業界に旋風を巻き起こすオーダースーツSADAの挑戦」(佐田展隆、ダイヤモンド社、2018年12月)

「元手10万円で100億円の売上をつくった事業のコピペ術:フランチャイズ本部のつくり方」(宮嵜太郎、クロスメディア・パブリッシング、2019年11月)

以上(2020年5月)

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画像:インタビュー先より入手