「印紙税」の概要と税理士が教える実務のポイント

書いてあること

  • 主な読者:実務で印紙を取り扱う営業担当者、経理担当者
  • 課題:印紙を貼り忘れたり、金額を間違ったりすることがある
  • 解決策:印紙税の概要と実務上のポイントを知る

1 印紙税とは

1)印紙税と納税者

印紙税とは、契約締結時や代金を領収したときなどに作成される文書に対して課される流通税(財産が動くときに課される税)です。

工事請負契約書や不動産売買契約書、領収書などに決められた印紙を貼り、印鑑や署名で消印することで納税します。また、預貯金通帳など、特定の文書については、印紙を貼ることに代えて、納税義務者が申告することで納付金額を確定させる申告納税方式も認められています。

印紙税の納税義務は課税文書を作成したときに発生し、課税文書の作成者は、その作成した課税文書ごとに、印紙税を納める義務があります。「作成した時」の判定は、課税文書の作成目的などによって異なります。印紙税の納税義務が生じるタイミングは次の通りです。

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なお、複数の人が共用して一つの課税文書を作成した場合は、作成をした人全員に連帯納付義務が発生します。

2)印紙税の貼り漏れがあった場合

印紙税の貼り漏れがあった場合、課税文書の作成者から、納付しなかった印紙税額とその2倍に相当する金額との合計額、つまり、合計で3倍の金額に相当する過怠税が課税されます(200円の場合は、600円)。

印紙の貼り漏れがあることを自主的に所轄税務署長に申し出た場合、貼り漏れていた印紙税の金額と、その印紙税の額に100分の10の割合を乗じて計算した金額を加えた金額が過怠税となります(200円の場合は、220円)。

なお、印紙は貼ったものの、消印がない場合には、消印されていない印紙の税額と同額の金額が過怠税となります(200円の場合は、200円)。

2 印紙税が課される課税文書とは

1)課税文書とは

課税文書(印紙税が課税される文書)とは、国税庁「印紙税額一覧表」(以下「一覧表」)に記載されている20種類のいずれかの文書に該当するもので、課税事項を証明する目的で作成された文書をいいます。ただし、一覧表の右側に掲載されている非課税文書(一定の金額以下のものなど)を除きます。

2)課税文書に該当するかどうかの判定のポイント

課税文書に該当するかどうかについては、その文書に記載されている個々の内容について判断します。そのため、一覧表にはない文書の名称(見積書や請求書など)でも、その文書に記載されている文言の実質的な意義に基づいて課税文書かどうかを判断します。例えば、契約書は、契約の成立を証明する文書だけでなく、契約の変更をする際の文書、契約の更新、内容変更、内容の補充を証明する文書など、重要事項の契約に関連する文書すべてが課税文書となります。

■国税庁「印紙税額一覧表」■
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/inshi/tebiki/pdf/08.pdf

なお、課税文書の種類ごとの内容と印紙税額については、以下コンテンツをご参照ください。

▶ 30015 「いくらの印紙を貼るのか?」を分かりやすくまとめています

3 税理士に聞く 印紙税Q&A

1)電子契約書の場合の取り扱いは?

近年では、紙の代わりに電子データ上で取り交わす契約書(電子契約書)が広がっています。電子契約書の場合には、印紙税は課税されません

前述の通り、印紙税は課税文書の作成者が納税者となります。ここでいう「作成」とは、紙の書面にて交付することをいいます。つまり、電子契約は紙の書面ではないので課税文書の「作成」に該当せず、印紙税は課税されないということになります。

2)子会社や社員と、会社が締結した契約書の取り扱いは?

まず、子会社との間で締結した契約書については、収入印紙の貼付が義務付けられております。次に社員と会社が締結した契約書については、契約の内容に応じて取り扱いが変わってきます。どのような雇用形態であっても、雇用契約書の内容が請負契約である場合については印紙が必要となります

3)海外企業と契約を締結した場合の取り扱いは?

印紙税は日本国内の法律なので、その適用地域は日本国内に限られます。従って、課税文書が国外で作成されるときは、国内でサービスを受ける場合や日本国内で文書を保存する場合でも課税されません

その文書が、いつ・どこで作成されたのかということと、その文書の効力が生じるタイミングが重要となります。つまり、効力が生じるときに国内で文書が作成された場合は、印紙税が課税されることになります。

4)「覚書」に印紙は必要?不必要?

「覚書」についても印紙が必要となるケースがあります。印紙が必要か否かの判断は、その作成した覚書が課税文書に該当するか否かで判断をします。「契約書」か「覚書」か、文書の名称で判断をするのではなく、前述の「課税文書に該当するかどうかの判定のポイント」に記載されている内容に合致した場合、課税されることとなりますので注意が必要です。

5)レシートに印紙が貼られていなかった場合は、受け取った側も問題があるの?

レシートや契約書に印紙の貼付がなかった場合でも、課税文書自体は有効です。また、この場合、印紙税の納税者は、あくまでも「課税文書の作成者」になりますので、受け取った側は特に問題はありません。

6)一つの文書に複数の金額記載がある場合の取り扱いは?

一つの文書に複数の金額記載がある場合、印紙税は契約書に記載されている金額の合計額で判断をすることになります。

以上(2020年8月)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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画像:pixabay

会計基準とは? 日本基準・IFRS・米国基準の違いを整理しよう

書いてあること

  • 主な読者:将来IPOを考えている経営者
  • 課題:日本の上場企業のすべてが、同じ会計基準を採用しているわけではない
  • ポイント:日本基準、IFRS、米国基準それぞれの背景や適用範囲、代表的な違いについて紹介

1 1つだけではない会計基準

会計基準とは、主に財務諸表(貸借対照表、損益計算書など)の作成ルールのことをいいます。会計のルールは、各国において慣行や法令などで定められており、日本には日本の会計基準(以下「日本基準」)があります。ただし、代表的な日本企業をいくつか見てみると、全ての企業が日本基準を適用しているわけではありません。

現在、国内において適用が認められている会計基準としては、日本基準の他に、国際財務報告基準(以下「IFRS」)、米国の会計基準(以下「米国基準」)があります。この他に修正国際基準(いわゆる「日本版IFRS」)も認められていますが、現時点で適用している企業はほとんどないと思われますので、説明は省略します。

これらの会計基準は、基本的には上場企業に適用が義務付けられているものですが、近年、売上計上基準やリース基準などについて、IFRSの改定を受けて、日本基準や中小会計指針(中小企業向けの会計ルール。詳細は後述)が変わるという報道を目にする機会が増えています。

会計基準が違うと、同じ項目であっても、意味する数値が異なっていたり、財務諸表の項目が異なっていたりします。なぜ、異なる会計基準を適用するのかや、それぞれの会計基準の特徴を知ることは、他社の財務分析をする上で欠かせません。

本稿では、日本基準、IFRS、米国基準それぞれの背景や適用範囲、代表的な違いについて紹介します。

2 それぞれの会計基準の背景と適用範囲

1)日本基準とは

日本基準は、日本において一般に公正妥当と認められる「公正なる会計慣行」を規範としています。公正なる会計慣行とは、「企業会計原則」(1949年に大蔵省企業会計審議会が制定)を中心に、同審議会が設定した会計基準と、2001年より会計基準の設定主体となった企業会計基準委員会が設定した会計基準を併せたものから構成されます。

2)IFRSとは

IFRSとは、国際会計基準委員会(IASB)が設定する会計基準です。日本基準や米国基準などのように各国において定められたルールとは異なり、国際的な会計ルールとして適用される目的で設定されています。

2005年からEU域内の上場企業に対して、IFRSの適用が義務付けられたことをきっかけに、現在では世界中で普及しています。

日本においても、金融商品取引法における連結財務諸表の作成に、IFRSを適用することが認められ、現在では200社を超える企業が適用しています。

3)米国基準とは

米国基準は、米国において一般に公正妥当と認められる会計基準をいい、会計基準を設定する機関として米国財務会計基準審議会(FASB)があります。

かつては米国の証券市場に上場する場合、外国企業であっても米国基準で財務諸表を作成する必要がありました。このため、米国の証券市場に上場する日本企業は米国基準で財務諸表を作成しなければならず、当該企業に対しては、日本においても金融商品取引法における連結財務諸表の作成に、米国基準を適用することが認められています。

しかし、現在では、米国でも外国企業に対しIFRSの適用が認められており、米国証券市場に上場している企業も米国基準からIFRSへ移行する企業が相次いでいるため、米国基準を採用する日本企業は減少傾向にあります。

4)IFRSや米国基準の適用範囲

わが国において適用を認められている会計基準として、日本基準の他にIFRSや米国基準があると述べましたが、その適用範囲は原則として金融商品取引法における連結財務諸表に限定されます。つまり、個別財務諸表については適用することができません。

また、IFRSは上記範囲の財務諸表に任意適用が認められていますが、米国基準は米国上場企業(例えばソニー、トヨタ自動車など)にしか認められていません。

さらに、米国上場企業の中にも米国基準からIFRSに移行ないし移行予定の企業が増えており、現在では米国基準を採用する企業は十数社にすぎません。IFRSが会計の世界標準となる中、今後米国基準を新たに採用する日本企業はほとんど出てこないことも考えられます。

個別財務諸表については日本基準しか認められていませんので、株主総会に提出される決算書や税務申告のための決算書は、日本基準で作成する必要があります。

そのため、一般的な中小企業においてIFRSや米国基準は選択肢になりませんが、今後上場を目指して準備中の企業においては、連結財務諸表のみIFRSの適用が選択肢となり得ます。

5)(参考)中小企業のための会計ルール

上場企業や一部の大企業などにおいては、会計監査が義務付けられており、上記いずれかの会計基準に準拠した財務諸表を作成する必要があります。

一方、一般的な中小企業においては、会計基準を厳格に適用せず、税務申告のための決算書のみ作成しているのが実情です。特に会計上は費用計上すべきにもかかわらず、税務上損金として認められないもの(例えば退職給付費用、賞与引当金繰入額など)は、費用計上していない企業が大半です。

このような実情を受け、中小企業においても一定水準の会計ルールを適用することを目的に、「中小企業の会計に関する指針(中小会計指針)」が策定されています。これは、日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所および企業会計基準委員会の4団体が、法務省、金融庁および中小企業庁の協力のもと、中小企業が計算書類を作成するに当たってよるべき指針を明確化するために作成し、2005年に公表したものです。中小企業向けとはいえ、一定水準の会計ルールとするため、IFRSの改定による影響も受けることになります。

また、中小会計指針に準拠した財務諸表の作成であっても相応の負担が生じることから、中小会計指針に比べて簡便な会計処理である「中小企業の会計に関する基本要領(中小会計要領)」も策定されています。これは、中小企業団体、金融関係団体、企業会計基準委員会および学識経験者が主体となって設置された「中小企業の会計に関する検討会」が、中小企業庁、金融庁および法務省の協力のもと策定したものであり、2012年に公表されています。

3 知っておきたい会計基準の主な違い

1)のれんの会計処理

のれんの会計処理には大きな違いがあります。日本基準ではのれんの定期償却が義務付けられていますが、IFRSや米国基準では定期償却を行いません。

なお、IFRSでは、定期償却を行わないものの、毎期買収した企業の収益性をテスト(減損テスト)し、回収可能価額がのれんの帳簿価額を下回る場合には、損失を計上しなければなりません(減損処理)。

2)各段階損益

日本基準では、損益計算書において、営業利益、経常利益、当期純利益という各段階損益が表示されますが、IFRSと米国基準ではこのような区分がありません。本稿では詳細な説明は省略しますが、異なる会計基準では、それぞれの損益の意味(計算過程に含まれている項目)が異なります。

それぞれの会計基準を適用している企業の損益計算書(各段階損益抜粋)を並べると次のようになります。

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このようにIFRSを適用している企業の損益計算書には、経常利益の区分がなく、特別利益・損失の区分が認められていません。また、日本基準であれば営業外収益・費用に計上される項目が金融収益・費用とそれ以外に区別され、後者は営業利益の構成要素となっています。

3)売上計上基準

現時点では日本基準とIFRS・米国基準で売上計上時期や金額に差異が生じるケースがあります。例えば、日本基準では売上高と販売促進費(ポイント還元費用など)などをそれぞれ総額で計上しているケースにおいて、IFRS・米国基準では販売促進費等を実質的な売上値引きとみなし、売上から控除するといった違いがあります。

なお、日本基準ではこれまで売上高などの収益全体を取り扱う会計基準がなく、実務慣行に基づき売上計上を行ってきました。しかし、IFRSと米国基準が共同で収益認識に関する包括的な会計基準の開発を行い、2014年に公表したことを受け、わが国でも「収益認識に関する会計基準」を作成、2018年に公表するに至りました。当該基準の適用が義務付けられる2021年4月1日以降開始の事業年度からは、日本基準とIFRS・米国基準で基本的には違いがなくなります。

4)リース基準

IFRSでは原則として全てのリース取引について資産計上するルールとなっていますが、日本基準では、一部のリース取引については資産計上せずに、リース料支払時に費用(支払リース料などとして)処理するルールがあります。ただし、日本基準でも同様のルール(全てのリース取引を資産計上するルール)を導入する方向で会計基準の開発に関する検討を進めています。

4 IFRSを会計基準として選択する理由

日本企業は、通常であれば日本基準に基づき財務諸表を作成しますが、金融商品取引法における連結財務諸表についてはIFRSや米国基準(米国証券市場に上場している企業のみ)を選択することができます。

前述の通り、今後、米国基準を選択する日本企業はレアケースと思われますので、ここでは日本基準でなくIFRSを選択する理由について説明します。

企業が連結財務諸表作成に際しIFRSを選択する主な理由としては、次のものが考えられます。

1)のれんの会計処理

M&Aを積極的に行う企業においては、IFRSを導入することにより毎期の利益額が大きくなりますので、これをメリットと考える企業は少なくありません。

M&Aを実施する際、買収対象企業の純資産よりも買収金額のほうが大きい場合、その差額がのれんとして資産計上(一部無形資産として計上するケースもある)されます。日本基準ではのれんを毎期償却(毎期一定の償却費用が計上される)しなければならないのに対し、IFRSでは定期償却が必要ないため、利益額はIFRSを適用したほうが大きく見せることができます。

2)財務諸表の国際的な比較可能性

IFRSは会計基準の世界標準となっているため、海外の投資家らに企業内容を理解してもらうことが容易になり、資金調達などの選択肢が増えることはメリットといえます。また、海外に多くの子会社を持つ企業であれば、グループ企業の会計基準をIFRSに統一することで、経営管理が容易になります。

他方で、IFRSを導入するデメリットとしては、事務負担やコスト増が挙げられます。これまでの日本基準での財務諸表をIFRSで作成するためには、多大な事務負担が生じる上、IFRS導入のためのアドバイザリー費用やシステム対応費用など、コスト面での負担も大きくなります。

これらのメリットとデメリットを勘案して、メリットのほうが大きいと判断した企業がIFRSを導入し、そうでない企業は従来通り日本基準を採用することになります。

以上(2020年7月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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画像:unsplash

源泉徴収の義務は企業にある 副業や業務委託の取り扱いは?

書いてあること

  • 主な読者:源泉徴収事務を行っている経理担当者
  • 課題:取引の内容や、相手によって源泉徴収が必要かどうか迷うことが多い
  • 解決策:源泉所得税の基本を押さえた上で、フリーランスと業務委託した場合や副業を認めた場合などの取り扱いを解説

源泉徴収とは、会社がフリーランスに報酬を支払ったり、社員に給料を支払ったりする際に、その金額に応じた所得税等(所得税及び復興特別所得税)を差し引き、本人に代わって国に納めなければならない制度です。この差し引かれる所得税等を源泉所得税といいます。

社員・契約社員・外国人社員、フリーランスなど、企業が労働力を確保する方法が多様化しています。それに応じて源泉徴収のルールも違ってくるため、源泉徴収事務にもミスが出やすくなっています。源泉所得税の基本を押さえた上で、具体的に見ていきましょう。

1 源泉所得税とは~現場担当者の迷いどころ~

1)源泉徴収は会社の義務

源泉徴収は、給与や報酬を支払う側(会社側)の義務です。源泉徴収した所得税等は、原則、報酬等を支払った月の翌月の10日までに国に納めなければなりません。もし、納付漏れが生じた場合、罰則を科せられるのは源泉徴収義務者となります。

2)給与に係る源泉徴収税額表にある3つの欄~甲・乙・丙欄の違い~

会社が社員らに支払う給与から徴収する源泉所得税額は、国税庁「源泉徴収税額表」を使用して、決めていきます。まず、月額払いの場合には月額表を、日当払いの場合には日額表を使用します。いずれの表にも、「甲」「乙」欄があり、日額表にはこれに「丙」欄が追加されます。それぞれの欄には、次のような意味があります。

  • 甲:「給与所得者の扶養控除等申告書」の提出があった人が当てはまります。具体的には、その従業員にとって、その会社が主たる給与の支払先である場合が該当します。
  • 乙:「給与所得者の扶養控除等申告書」の提出がない人が当てはまります。具体的には、その従業員が2カ所以上の事業所から給与をもらっていて、自社以外の者に「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出している場合が該当します。
  • 丙:日雇い労働者や雇用期間が2カ月以内の短期雇用者が該当します。

なお、年末調整ができるのは「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出した甲欄が適用される人だけとなります。

3)ミスの多い報酬・料金等に係る源泉徴収

源泉徴収事務の中でミスが生じやすいのは、報酬・料金等に係る源泉徴収です。報酬・料金等は、給与のように毎月(または毎日)定期的に発生しないものが多く、また、通常の取引の中で発生するため、請求時に個々の判断が必要です。報酬・料金等の源泉徴収が必要なのは、日本国内に住所があるか、または現在まで引き続き1年以上居住している個人(以下「居住者」)に対して、次の支払いがあった場合です。 

  • 原稿料・講演料など
  • 弁護士、公認会計士、司法書士等の特定の資格を持つ人に支払う報酬・料金
  • 社会保険診療報酬支払基金が支払う診療報酬
  • プロスポーツ選手やモデル、外交員などに支払う報酬・料金
  • 芸能人や芸能プロダクションを営む個人に支払う報酬・料金
  • コンパニオンやホステスなどに支払う報酬・料金
  • プロ野球選手の契約金など、役務の提供を約することにより一時に支払う契約金
  • 広告宣伝のための賞金や馬主に支払う競馬の賞金

4)源泉所得税の納期の特例

所得税等の納付は、原則、給与等を支払った月の翌月10日までに所定の納付書により、所轄の税務署へ納付しなければなりません。

しかし、給与等の支給人員が常時10人未満である場合には、1~6月に徴収した所得税等を7月10日までに、7~12月に徴収した所得税等を翌年1月20日までの年2回に納付回数を少なくすることができます。この特例を受けるには、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を税務署に提出しなければなりません。そうすると、申請書を提出した月の翌月に支払う給与等から、適用することができます。

ただし、対象となるのは、給与や退職金から源泉徴収をした所得税等と、弁護士・税理士などの一定の報酬から源泉徴収をした所得税等に限られており、原稿料や講演料などに係る源泉所得税等は納期の特例の対象となっていません。対象外の源泉所得税については、原則通り支払った月の翌月10日までの納付となります。

2 ケース別の源泉所得税の取り扱い

1)契約社員を採用した場合

契約社員の給与や賞与(以下「給与等」)は、正社員と同様の取り扱いになります。給与等から源泉所得税を徴収するに当たり、雇用契約の違いにより区分することはありません。

2)外国人を採用した場合

外国人が居住者と非居住者(居住者以外の個人)のどちらに該当するかにより取り扱いが異なります。

日本へ入国した日の翌日から1年以上居住していること、もしくは継続して1年以上居住することを通常必要とする職業に就職したことを満たしている外国人は「居住者」に該当します。その場合は、日本人の他の社員らと同様に、源泉徴収税額表を使用して求めた所得税等を徴収します。

それ以外の者は「非居住者」に該当し、税率20.42%で所得税等を徴収します。ただし、出身国との租税条約により課税関係が変わる場合もあるので注意が必要です。なお、租税条約の有無や、要件などの判断は複雑なため、税理士など専門家に相談するようにしましょう。

また、採用時に記載してもらう「給与所得者の扶養控除等申告書」に日本国外に居住する親族を含める場合は、その者と生計を一にする証明書として「親族関係書類」及び「送金関係書類」を添付する必要があり、その書類が外国語で作成されているときは翻訳文も添付する必要があります。

もちろん、入管法に違反しないようにパスポート及び在留資格の確認は必ずしておきましょう。なお、採用後不法就労が判明した場合でも、その者への給与からは源泉徴収をしなければなりません。

3)個人(フリーランス)と業務委託した場合

業務委託の内容が前述の報酬・料金等に該当する場合は、所定の税率(報酬・料金等の種類により異なる)により源泉徴収します。なお、報酬・料金等には、ホームページや会社ロゴ作成に伴うデザイン料、翻訳や通訳の料金、建築士の業務報酬なども該当します。個人(フリーランス)に対して支払いが生じるときは、都度源泉徴収が必要かどうかを確認するようにしましょう。また、その業務委託が実質の雇用とみなされる場合は、報酬・料金等ではなく、給与として取り扱われます。なお、雇用契約とは使用者の指示に従い業務を遂行することに対して、業務委託とは委託者から独立して、受託者(本ケースでは、個人・フリーランス)の判断により業務を進めていく点が異なります。

4)副業を認めた場合

副業を認めた場合においては、「給与所得者の扶養控除等申告書(以下「扶養控除等申告書」)」の提出の有無がポイントになります。

副業をしている社員にとって、自社の仕事が本業である場合は、自社に扶養控除等申告書を提出します。この場合、源泉徴収税額表の甲欄を適用します。一方、自社の仕事が副業である場合は、他社に扶養控除等申告書を提出しており、自社には提出することができません。そのため、乙欄を適用することになります。なお、社員自身がいずれの会社にも扶養控除等申告書を提出することのないよう、副業に許可を出す際には、確認が必要です。

以上(2020年8月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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画像:photo-ac

社内ラジオは組織活性化へ大いに役立つってご存知ですか?〜VC、キャリコン、ラジオパーソナリティ、多岐にわたる経歴だからこそ今に活きる〜/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人 杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、ベンチャーキャピタルでキャピタリストがファーストキャリア(その社内でもたくさんの経験を積み)、そこから海外留学、キャリアコンサルタント、ラジオのパーソナリティ、研修講師などと多岐にわたる仕事を経験され、ビジネスパーソン向けにその経験を活かしていらっしゃるCareer Creationの代表である森清華(サヤカ)さんです。

組織内コミュニケーションが上手くいっていない、生産性向上、働き方改革と言われつつも程遠い……。そのような社内の活性化に困っているという経営者、人事部の方々の声を耳にすることが多くなってきています。

このような課題の解消に役立つ【社内ラジオ】をご存知でしょうか。一定の規模になれば発行されることが多い、【社内報】。しかし、会社側の一方通行になることも多いですね。今回キャリアコンサルタントの森さんが【社内ラジオ】に携わって1年が経過、組織運営にどう変化が起こったのか? そのあたりからお話を伺いました。

1 組織内だけでなく社外へも。好循環を生む社内ラジオの効用とは?

1)社内ラジオの取り組み

現在手掛けているのは【PR TIMES】社の社内ラジオ。東証一部に上場している、PR TIMES社、同社はプレスリリース配信サービスを運営していることで有名ですね。その社内で日々起こるストーリーを当事者の生の声でよりリアルに全社共有したいという思いから企画をスタート。ラジオの効能である『ながら聴き』で作業を中断せずに情報を取得できる、ラジオならではの良さに着目。ここ最近、ラジオが世間的にも復刻モード。すでに企業向けにラジオ番組を手掛けていた制作パートナーとともに、組織コミュニケーションの活性化における音声メディアの可能性に着目し、このプロジェクト開始に踏み切りました。

当番組は社内限定の配信に留めず、自らの情報をオープンにすることで社外の方々ともつながる契機をつくろうと社外にも向けて広く発信をしています。

社内ラジオの概要を示した画像です

2)番組の概要について

「PR TIMESのOpen Radio」(2019年1月9日より開始)
社内放送及びボイスメディア「Voicy」内チャンネルで配信
※毎週水曜に配信 同社の社内ラジオはこちらです

  • 番組の内容:同社の社員さんがラジオパーソナリティを務めて、毎回ゲスト(もちろんこちらも社員さん)と対談形式で、事業における挑戦や決断、そして今となっては話せる失敗のエピソードまで、ありのままを語っていらっしゃいます。

想いを自ら語ることの大切さ、自分自身の気付き、自社や自分のチャレンジ、勇気を発信することとその連鎖が波紋のように社内に広がることを目的に続けていらっしゃいます。

3)社員間のコミュニケーションが双方向で活性化 そのワケは?

以前ある投資銀行にお勤めだった方に聞いたことがあります。数千億円、数兆円規模のM&Aの世界では一瞬の行き違いは命取りに。そこで文字では伝わらない、ニュアンス、パッションを伝えるにはボイスメールを多用することが通例なんだと。

SNSなどで誰とでも簡単にコミュニケーションが取れて利便性が増す一方、組織におけるコミュニケーションは規模の大小にかかわらず各企業の大きな課題になっていることも事実。ラジオという媒体は映像が無い分、各個人の脳の中で、テレビ以上にエモーショナルな伝達になっていると感じます。社内ラジオは、語り手の気持ちや熱量、企業カルチャーが体感できるだけでなく、役職、部署のみならず組織の枠を超えた社内外での対面によるコミュニケーションの活性化、醸成につながっていくそうです。

ラジオ出演された方の意欲向上の機会となるとともに、『この人はこんな悩みがあった、こんなことにチャレンジしている、部署が違うと知らないことも多い』というようなことがラジオを通じて自然に伝わることで、お互いの仕事や想いを理解してコミュニケーションのハードルが低くなり、横断的に組織が活性化していくそうです。

この社内ラジオをスタートして1年が経過して、【変化】について森さんに伺ったところ、次のようなことを教えてもらいました。

  • ゲスト向けの事前質問箱の出現
  • 社内横断的なランチ会の自主的な開催
  • ゲスト以外のメンバーを巻き込んだ番外編や特別企画の実施
  • パーソナリティのパブリックスピーキング力の向上と視野の広がり
  • 番組を聞いたゲストのご家族、取引先などのコミュニケーション創出

活性化と一言では片付けられない変化が【現場】で自然発生的に起こっていることが効果の表れですね。

この社内ラジオを広げることで、各企業のキャリア分断、組織の活性化に取り組んでいる森さん。続いて森さんのキャリアについてお伝えしたいと思います。

2 森さんのキャリアについて

私が森さんに最初にお会いしたのは5~6年ほど前、今私がベンチャーパートナーとしてお世話になっているK&Pパートナーズにいらっしゃる時でした。当初の印象は知性派の別嬪(べっぴん)さんそのものって感じでしたね。

その後、独立され、ビジネスパーソン向けのキャリア相談、セミナー、法人向けの人材育成研修、キャリアコンサルティングに関わっていらっしゃいます。全く別の【顔】として2016年10月から、人のキャリアをテーマとしたラジオ番組「森清華のLife is the journey」にてパーソナリティを務めていらっしゃいます。ベンチャーキャピタリスト・キャリアコンサルタント・ラジオパーソナリティとたぶんこのキャリアをお持ちの方とは、今まで会ったことも聞いたこともありません。多彩とはこの方のことだと思います。森さんのキャリアについて3つの経歴についてお伝えします。

詳細は、森さんがインタビューを受けた『アナザーライフ』の記事をご覧ください。こちらから。

1)ハードワークを厭わなかったVC時代

ラジオ番組で初めて会った人からよくいろんなお話を引き出せますね、とお聞きすると、それはキャリアコンサルタントで学んだスキルと、ベンチャーキャピタリストの時の経験が影響しているように思うと話されます。新卒で入ったVCでは投資部に配属、当時は毎年数百名、かつありとあらゆる業界の経営者に会い続け初対面の相手からなかなか聞き出せない経営の根幹、秘匿情報を手にする会話力を鍛えられたからではないかと話されます。私もストレスなく、しかも楽しく自然となんでも話していることを気付かされます。VC時代のハードワークは相当のレベル、国内のみならず海外部門で海外出張もあったり、リーマンショック後はIR、予算管理が主な仕事となる経営管理部門の仕事をされていました。VC時代だけでも幅広いビジネス経験をお持ちです。

2)留学後にキャリアコンサルタントとラジオのパーソナリティを兼任

VC退職後に一度米国に語学留学、肌に合う感じだったそうで、中でも一人ひとりモノの見方、捉え方、感じ方に違いがあって良いんだと、画一的な日本人と違って個の大切さを感じ、自分自身を見つめる良い経験をされたようです。

一旦、VC時代のメンバーが立ち上げたK&Pパートナーズにジョインしながら、自身のビジネスパーソンとしての経験やキャリアが次世代のビジネスパーソンに役立てられるのではないかとの想いで今のCareer Creationを立ち上げ、同時にラジオ番組を企画。企業経営者を中心としたゲストの方に「人生の分岐点で何を考え、どう行動したか」を聞き出す番組とし、これから先のキャリアをどうしようか悩んでいる人に、考えるヒントや行動のきっかけを掴んでもらいたい、という想いでスタートしました。もう150名を超えるゲストが出演、人生の岐路の共有の場となっています。キャリアとしてバラバラですが、お話をお聞きしていると全てが1本の線でつながる、他者貢献の想いを感じる次第です。

森さんがパーソナリティを務める番組はこちらです(ラジオですがいつでも聴取可能です)。

3 森さんの今そして今後

1)森さんがパーソナリティを務めるラジオ番組に出られて

私と懇意な経営者が森さんの番組に出演されるということも。(株)ZENKIGENの野澤さん、千(株)の千葉さんがここ最近、私から森さんに推薦させていただき収録・放送されることになりました。ご出演のお二人にコメントをいただきました。

  • 野澤さん
  • (番組に対して)

    第一線のプロフェッショナルな方がどのような人生を送り今に至っているのか。文章がリアリティを持って迫って来るような迫力があります。
    加えて、共通しているのがご自身の仕事を通じて、関わる人や多くの人の幸せに貢献しようという強烈な想いを持っている方ばかりです。
    まさに仕事=人生を体現されている方々ばかりで大変刺激になっています。
    今後も人生を生ききっている素晴らしい方々のご出演を楽しみにしております。

    (森さんに関して)

    改めまして森さんのご紹介ありがとうございました。元ベンチャーキャピタリストから自身のお名前を冠したラジオ番組を持たれるとは特異な方ですよね。

森清華のLife is the journeynのページの画像です

  • 千葉さん
  • 私も起業の準備にたくさんの経営者の方々にご教授いただきました。なので、経営者の声を発信し人々のキャリアにつなげる森さんのラジオ番組は、向上心を持つ人にとって必要とされる素晴らしい内容だなと感じています。

森さんの番組タイトルは「森清華のLife is the journey」、私も人生は旅行だと心底思っているとこです。まさに番組、森さんに共感しています。

2)最後に森さんから一言、想いを。

自分は学びの機会がたくさんあってほんと得だなぁと話される森さん、人から学べるって考え方が素敵です。人が変化する場面に立ち会えていることが原動力となり、キャリアコンサルティングの立場で実績と経験も積み重ねていらっしゃいます。自分のキャリアのことを考えることはすごく大切なこと、なのにそこに行き当たらないビジネスパーソンも多い、そのような人たちに機会を創っていきたい、人の成長していく姿を見ていきたいと笑顔で話されます。まさにビジネスパーソンが駆け込む保健室の先生に相応しいと感じます。

最後に、森さんから今後についてお話しいただきました

組織におけるコミュニケーションは各企業の大きな課題となっています。 その解決の一つの切り口は、人と人とが顔を合わせ、心を通わせていく“対話”にあると考えています。キャリアコンサルタントのスキルの核となる “対話”を軸に、今後もキャリアコンサルティングや社内ラジオなどを通じて皆が安心して話せる場づくりを行い、組織に“対話”の機会を創り出していきたいと思っています。同時に、自分自身との対話である「内省」を促して個々の成長マインドの醸成やキャリア開発支援により注力し、人と組織の成長を後押ししていきます。

以上(2020年2月作成)

小売業が新規出店する際の立地調査の考え方

書いてあること

  • 主な読者:新規出店を検討する小売業の経営者
  • 課題:出店するのに望ましい立地の条件が分からない
  • 解決策:通行量や近隣の競合店など、出店候補地を調査する

1 小売業における立地の重要性

小売業が新規出店をする場合、「立地や業態などを考慮した上で、経営が成り立つ程度の売り上げが獲得できるか」をしっかりと検証しなければなりません。

小売業は立地産業ともいわれており、立地は売り上げに大きく影響します。

例えば、次のような場合には、新規出店によって十分な売り上げを獲得することは難しいでしょう。

  • 新規出店を考えている地域にターゲット顧客としている人口が少ない
  • 新規出店を考えている立地の近隣に同じ業態の繁盛店がある

反対に、望ましい立地条件としては、次のようなものが挙げられます。

  • 人口が増加している地域であり、将来発展が見込める場所である
  • 交通事情が良く、分かりやすい場所である
  • 競合店が集中していない地域である
  • 近隣に集客施設がある
  • 店舗開設に法的および物理的な制約がない
  • 従業員(パート社員)を獲得するために、近隣に居住地がある

2 立地条件を検討する際の留意点

1)店舗のコンセプトと照らし合わせる

店舗のコンセプトとは、「どういった店舗にしたいのか」ということであり、具体的には「ターゲット顧客」「商品の品ぞろえや価格」「店舗の内外装」「従業員」などを指します。

従って、次のような点を検討する必要があります。

  • ターゲット顧客である層の人口が増加しているか
  • 従業員として店舗のコンセプトに合った層の住民が周辺に居住しているか

例えば、20代の若年層をターゲット顧客とするコンセプトの場合、60代を超える高齢層の人口が増えていても売り上げを獲得することは難しくなってしまいます。

また、店舗のコンセプトで考えている商品の価格帯が高いか低いかによって商圏なども異なります。

2)立地条件の変化に注意すること

立地条件というものは常に変化しているため、出店前は望ましいと思っていた立地条件が次のような事情で変わってしまい、想定していたほどの売り上げを獲得できない場合があります。

  • 近隣に競合店が新規出店する
  • 近隣の集客施設が他地域に移転する

一方、売り上げの獲得が難しいとして出店を見合わせた立地が、次のような事情によって、後に望ましい立地条件になることもあります。

  • 近隣に集客施設が移転してくる
  • 新規住宅施設が建設される
  • 道路や鉄道などの交通網が整備される

このように立地条件の変化は小売業の売り上げに大きな影響を与えるため、将来の変化にも注意して立地条件を検討することが重要だといえます。

以降では、立地条件を検討するための手法である立地調査について紹介します。

3 立地調査の概要

1)商圏とは

立地調査では、「その立地では自店にはどれくらいの潜在顧客がいるのか」といった市場規模(マーケットサイズ)の検討から始めます。そのためにはまず、自店の商圏を把握しなければなりません。

商圏とは顧客が自店に来店する範囲のことで、商圏内の住民を潜在顧客として市場規模を検討することができます。

商圏は、次のように3つに分類することができます。

  • 1次商圏:自店の売上高のうち、70%程度を占める顧客が居住する地域
  • 2次商圏:自店の売上高のうち、20%程度を占める顧客が居住する地域
  • 3次商圏:自店の売上高のうち、10%程度を占める顧客が居住する地域

上記のうち、1次商圏が最も自店に隣接しており、売り上げを獲得するために重要な地域となります。

また、商圏は自店が取り扱う商品の特性、競合店の出店状況、交通網の整備状況などによっても異なっており、立地を検討している場所について入念な商圏の分析・設定を行う必要があります。

2)商圏の分析・設定手法

次に、商圏の分析・設定手法を見てみましょう。

ショッピングセンター内や商店街に新規出店する場合は、関係者に聞けばおおよその商圏が分かります。しかし、それ以外の地域に出店する場合は、自分で商圏を分析・設定する必要があります。

自分で商圏を分析・設定するための代表的なモデルとして、コンバースの法則があります。コンバースの法則とは、次の通りです。

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また、コンバースの法則以外の手法で商圏を分析・設定するには、次のような方法があります。

  • 既存店がある場合、既存店の顧客属性データから顧客の居住地域を調査する
  • 出店予定地域で路上アンケート調査を行い、通行人の居住地域を調査する
  • 想定される来店ルートを使用して来店し、所要時間より顧客が来店し得る地域を推定する

3)ターゲット顧客数の調査

商圏を設定したら、その商圏内のターゲット顧客数を調査します。

この際、出店を検討している地域の地方自治体を訪問したり、ウェブサイトで検索したりすると、その地域の年齢・性別など層別の居住データを入手できます。

しかし、そのような公的統計は数が多く、なかなか目当ての統計が見つからないことがあります。また、統計間の連携がなく、個別にデータを集めて集計しなければならないケースもあります。

こうした複雑な公的統計を視覚的に分かりやすく、利用しやすくしたシステムとして、総務省統計局と統計センターが提供する地図情報システム「jSTAT MAP」があります。

■地図情報システム「jSTAT MAP」■
https://jstatmap.e-stat.go.jp/

4)「jSTAT MAP」でできること

「jSTAT MAP」を利用すれば、地図上のある地点を選択するだけで、半径500メートル圏内や半径1キロメートル圏内などの人口や世帯数、事業所数、従業者数などを簡単に把握できます。また、自分で地図上に線を引いて設定した圏内のデータも入手することができます。

地図には人口、世帯数、年齢別人口、性別人口、事業所数などさまざまなデータが収録されているため、地点と商圏を設定して入力するだけで、そのエリアの性別・年齢別人口などのさまざまなデータを出力することができます。

5)売り上げの予測

ここでは、売り上げを予測をするための手法について見てみましょう。その手法には、修正ハフのモデル式があります。修正ハフのモデル式は、来店数を見込むための手法です。地方自治体のデータや「国勢調査」などから算出した商圏内の人口・世帯数を基に、次の式で来店数を推計できます。

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4 新規出店前の現地調査

修正ハフのモデル式などで売り上げを予測しても、商圏はさまざまな要因によって左右されるため、実際に出店した際に予測していたほどの売り上げを獲得できないことは少なくありません。そうした事態を避けるために、事前に現地へ行って実情を確認することが重要です。

ここでは、その現地調査の一例として通行人調査を紹介します。

  • 通行量調査

ある時間帯のA立地(左枠)の人数は15人、B立地(右枠)の人数が10人とします。

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通行量ではA立地のほうが多いのですが、店のターゲット顧客である20代前半の女性(網掛けの部分)の数を数えると、A立地(左枠内)は4人、B立地(右枠内)が6人であった場合、出店立地としてはA立地よりもB立地のほうが適していることになります。

来店客の性別・年齢が重要な場合、通行量調査は、単に通行人の数をカウントしただけでは有用な情報とはなりません。ターゲット顧客となる性別・年齢に合致した通行人の数をカウントする必要があります。また、自動車の通行量を調査する場合、ファミリーをターゲット顧客にするならば、トラック・商用車・スポーツカーの数ではなく、ミニバンやセダンの数をカウントする必要があります。

このように通行人調査を行うことで、公的データで予測した通り、ターゲット顧客としている人口がいるのかどうかを確認することができます。

通行人調査に加えて、現地の実情を確認するためには、次のような調査が必要でしょう。

  • 路上アンケート調査により、顧客ニーズを調査する
  • 近隣の競合店を調査する
  • 今後の交通網の整備や法規制の変更などについて地方自治体に問い合わせる
  • 企業や集客施設の移転についてヒアリング調査する

こうして事前の調査を念入りに行うことで立地条件を検討し、望ましい立地を見つけることが新規出店を成功させるために重要な準備の1つといえます。

以上(2019年8月)

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画像:pixabay

後継者に伝えたい賢者の「家訓」

書いてあること

  • 主な読者:後継者候補や企業に、どのような訓戒を残せばよいか迷っている経営者
  • 課題:企業にとって最も大切なことを分かりやすく伝え、後継者に実践してもらう
  • 解決策:偉大な先人たちの家訓を参考にする。伝えられる側の気持ちにも配慮し、言いたい

ことを絞り、押し付けを避ける

1 家訓は偉大な先人たちの「知恵の結晶」

愛情を注いで育て上げた子供や孫、あるいは経営する企業について、自分が去った後の行く末を案じる気持ちは、誰にでもあるものです。こうした不安を少しでも和らげるために、子孫や部下に対する訓戒として「家訓」を遺すことは、古くから行われてきました。

東京・日本橋の老舗企業である伊場仙(後述)は、投機を戒める家訓を守ったおかげで、バブル崩壊時に損害を免れたといいます。家訓とは、偉大な先人たちが自らの人生経験から得た教訓や価値観を、後継者たちが活かせるようにまとめた「知恵の結晶」ともいうべきものです。

本稿では、企業の後継者に伝える家訓づくりの参考になるように、生きていく上での処世術や、組織の永続に関するもの(企業を永続させるための教え、組織のリーダーとしての心構え)に重点を置いて紹介します。なお、参考文献を引用したものは、現代仮名遣いに直すなど平易に読めるようにしており、必ずしも原文とは一致しません。参考文献を記載していない家訓は、当該企業に直接確認をしています。

2 日常生活に関する戒め

実はどの時代に遺された家訓も、「朝は早く起きなさい」「怠けるな」「酒に溺れるな」「忍耐せよ」など、親が子供に諭す“小言”のような内容が多くを占めています。

小説「三国志演義」では天才的な軍師として活躍している中国・三国時代の諸葛亮(孔明)ですが、妹の子に対して戒めたとされる書簡の中に、次のような一節があります。

「自分の意志を抑えることを学び、感情的な些細(ささい)にとらわれず、疑問に対しては謙虚に教えを請い、また人に対する疑いや恨みをなくすようにすれば、たとえ一時的に挫折することがあっても、品格を損なうことはなく、実現できないことから絶望に陥ったりはしないものだ」(*1)                                    

特に子供や親族に対しては、まずはリーダーとしてより、一人の人間として立派に成長してほしいと願うのは、親の正直な気持ちといえます。

3 生きていく上での処世術

1)武田信玄(戦国武将)

「弓矢の儀、勝負の事、十分(のうち)六分、七分の勝ちは十分の勝ちとする。特に大合戦はこのようにすることが肝要だ。なぜなら八分の勝ちは危うく、九分、十分の勝ちは味方が大敗する下地になる」((*2)を現代語に訳しています)            

特に大きな戦いで完勝すると心におごりが生じ、後の大敗につながると戒めたものです。戦国時代最強ともいわれた武田軍団を支えたのは、トップである信玄の用心深さでした。急成長を続けている企業ほど、こうした家訓を遺しておくべきかもしれません。

2)徳川光圀(水戸藩主)

「掟(おきて)に怖(お)じよ、火に怖じよ、分別なきものに怖じよ(後略)」((*3)を現代仮名遣いにしています)                                

水戸黄門でおなじみの、水戸藩の2代藩主である徳川光圀によるとされる「徳川光圀卿壁書」の一節です。光圀は“不良少年”時代に一念発起して勉学に励み、後に「大日本史」の編さんなどの文化事業にも力を注いだ君主とされています。

上記の家訓は現代風に解釈すると、法令遵守、災害対策、内部統制および顧客対応というリスク管理に対する警鐘とも受け取れます。企業にとって影響の大きいリスクをズバリと指摘する家訓は、遺された後継者にとって有益なアドバイスになるでしょう。

4 企業を永続させるための教え

1)半兵衛麸(京都府京都市)

「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上、

されど、財なくば事業保てず、事業なくば人育たず」

1689年(元禄2年)創業の、京麸・京ゆばを製造販売する「半兵衛麸」(京都府京都市)に、「先義後利」「不易流行」の家訓とともに伝わる教えです。企業の経営者にとって最も大切にすべきものは人材でしょう。しかし、企業である限りは利益を出すことも必要だという、理想を掲げつつも現実との両立を促す内容となっています。「商売であるのでもうけないといけないが、大事なのはもうけた金を何に使うかだ。世の中のために使うということが大事だと考えており、その1つに人材育成がある」(玉置万美社長)とのことです。

老舗と呼ばれる商家の家訓の中には、「先義後利」や「三方よし」に代表されるように、自社の利益だけでなく、企業倫理や社会に貢献することを重視した、現代のCSR(企業の社会的責任)に通じる内容の教えが少なくありません。

経営者が自社を永続させたいと願うのは当然ですが、半兵衛麸の家訓には、ステークホルダーから「この企業は永続させたい」と思われることが、結果的に企業の永続につながるという教訓が込められているようです。

2)大七酒造(福島県二本松市)

「起きて造って、寝て売れ」

1752年(宝暦2年)創業の老舗酒造「大七酒造」(福島県二本松市)で先代から受け継がれた家訓で、朝早起きして一生懸命おいしい酒造りに励んでいれば、売る段階で苦労しないという教えです。

第10代当主の太田英晴社長は、「今の時代、マーケティングが非常に重要であることは言うをまたないが、それでも、良いものを一生懸命に造ってきたという自信がなければ、相手の心を捉える良いマーケティングにつながらない。家訓は今でも私どもの心に生きている」と言います。

また、同社には「外に樫(貸し)、内に花梨(借りん)」の家訓とともに、中庭に植えられた花梨の木が残っています。江戸時代に地元の藩主の別邸で落雷に遭った木を、4代目の当主が賜って植えたもので、雷が一度落ちた木には二度と落ちないだろうという験(げん)担ぎもあるそうです。高品質な酒米の購入や、高品質を維持するための設備投資、醸造過程での長期間の熟成など、「酒蔵の経営は資金力が大切」(太田社長)であり、家訓は「堅実経営と、世間に対して貸しをつくる社会貢献の教えとして受け継がれている」(同)そうです。

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3)伊場仙(東京都中央区)

「2とつくことには手を出すな」

1590年(天正18年)創業の、うちわ・扇子・和紙製品を製造販売する東京・日本橋の老舗「伊場仙」(東京都中央区)で代々受け継がれてきた訓えです。「2とつくこと」とは、セカンドビジネスや投機、セカンドハウス、セカンドカーなど、本業と異なる分野やぜいたく品を意味します。「1つの事業でも続けていくのは大変なので、2番目に手を出す余裕はないと、父から口伝として教えられた」(第14代当主の吉田誠男社長)そうです。

同社はこの他、災害に備えておくことの重要さも伝えられてきたといいます。吉田社長は「江戸は火災や震災が多く、400年の歴史で店舗は10回焼失している。今は地震保険などの備えがあるが、かつては災害時に仮店舗も開ける避難地を所有し、店舗を復旧させるための材木の貯木もしていた」と話しています。

5 組織のリーダーとしての心構え

1)立花宗茂(戦国武将)

「戦は兵数の多少によるものではない。一和の(一つにまとまった)兵でなくては、どれほど大人数であっても勝利は得られないものだ。道雪(注)以来、我らにおいても、小人数をもってたびたび大勝利を得た。これは兵の和によるものだ。その一和の元は、日ごろから心を許して親しむことにある。そうしておけば、ただ一言によっても身命を捨てるものであるから、大将たる者は心得ておくべきだ」((*4)を現代語に訳しています)  

(注)立花宗茂の義父である立花道雪を指します。

この教えを遺した立花宗茂は、豊臣秀吉から「東の本多忠勝、西の立花宗茂。東西無双」とたたえられた武将です。関ヶ原の戦いで西軍に味方していったんは改易(取り潰し)されましたが、誠実で廉潔な人柄や武将としての能力が徳川家康・秀忠に評価されて、後に旧領への復帰を果たし、柳川藩(福岡県)の藩祖となりました。

宗茂に対する家臣の信望は厚く、改易後の浪人時代にも一部の家臣が付き従い、他家に移った旧家臣も経済的な援助をしながら宗茂の復帰を待ち望んだといわれています。

企業にも劣勢の状況で挑戦しなければならないときや、苦境に立たされるときがあるものです。そのようなときこそ、日ごろ築いてきた従業員との信頼関係が大きな意味を持つことでしょう。

2)久保本家酒造(奈良県宇陀市)

「一年の計は田でせよ

百年の計は山でせよ

それ以上は人でせよ」

1702年(元禄15年)創業の「久保本家酒造」(奈良県宇陀市)に伝わる家訓です。酒造りは田で米をつくることから始まり、1年はかかります。また、久保家では山林を所有していますが、出材まで100年がかかります。しかし、何よりも大切なのは「人」なのだという教えです。

同社は2003年に生もと造りを導入するに当たり、新たな杜氏(とうじ)を招くなど多数の協力者を得ました。「周りの人が助けてやろうと集まってくれるような、人間としての器をつくっていくことが、『人でせよ』という意味なのだと痛感している」(第11代当主の久保順平社長)そうです。

同社にはこの他にも、「自分はぜいたくせず、人様を優先させよ」「自利・利他」、第6代当主の弟と親交のあった福沢諭吉の言葉を家訓にした「家業に励み、他を羨むな」といった教えが伝えられています。

6 家訓を遺される側にも配慮を

1)時代の変化に即した家訓に

建国者や創業者の偉業の恩恵が、その後の何世代にもわたって及ぶ時代であれば、家訓は金科玉条のように守られても不思議ではありません。しかし、先代と同じことだけをしていては生き残れない可能性もある現代では、先代の家訓は一歩間違うと、一方的な時代遅れの「押し付け」と受け取られることにもなりかねません。

前述の伊場仙の吉田社長によると、「江戸の老舗には、家訓が遺されている店はそれほど多くない。江戸は経済環境の変化が激しく、火事などの災害も多かったため、のれんを守っていくためには、家訓を遺すことよりも、業態や経営の柔軟性を失わないことのほうが重視されていた」ようです。

無借金経営を勧める家訓が遺っている前述の大七酒造では、2002年の創業250周年記念事業として、新社屋および精米工場を建設するために借り入れを行う決断をしました。太田社長は、「祖父も父も、闇雲に節約して貯めるのではなく、いざというときに大胆に投資できるために蓄えてきた。今の時代は文字通りの無借金経営にこだわるよりは、健全経営に配慮しつつも、将来をみすえた投資をも大切にしている」といいます。

経営者が一番に守るべきものは家訓ではなく、従業員、顧客、取引先などを含めた企業そのものです。家訓を守るために企業の存続が危ぶまれては、本末転倒というものです。

2)家訓の伝達効果を高める方法

戦国時代の武将で津藩(三重県)の藩祖となった藤堂高虎は200カ条の家訓を遺し、それでも足りないとばかりに、さらに4カ条を追加しました。藩の行く末を案じる気持ちは分かりますが、家訓が実際に後継者たちの心にとどまり、活かされ続けるかというと、その伝達効果は疑わしいと言わざるを得ません。現代では、家訓を受け継ぐ人の気持ちにも配慮し、本当に伝えたいことに絞って簡潔にまとめることが、賢者の家訓をつくるための条件の一つになるといえるでしょう。

家訓の伝達効果を高めるためには、伝えたいことを絞るだけでなく、文書の書き方の工夫もあるとよいでしょう。前述の久保本家酒造の家訓のような対句法を活用した表現や、数え歌形式の家訓などは、後継者が覚えやすい家訓をつくるための参考になります。

また、後継者が日ごろから家訓を意識しやすくするための工夫があると、伝達効果はさらに高まるでしょう。家訓は文書にまとめて遺されることが多いですが、中には代々の口伝としている家もあるようです。例えば前述の大七酒造のように、中庭の木が家訓の由来になっていると、後継者はその木を見るたびに家訓を意識することになります。書家や企業にゆかりのある人に揮毫(きごう)してもらった掛け軸ないし色紙を飾っておくなど、目に入りやすい形にして家訓を遺しておくのもよいかもしれません。

7 目的ごとの家訓の種類

本稿で紹介してきた家訓のように、一口に家訓といっても、誰が、誰に、どのような目的で遺すかによって、内容も書き方もさまざまです。京都府が地元の老舗企業への調査などを基に編集した「老舗と家訓」(*5)では、家訓のテーマは次のように分類されるとしています。

1.家名継承、2.祖先崇拝と信仰、3.孝道、4.養生、5.正直、6.精勤、7.堪忍、8.知足、9.分限、10.倹約、11.遵法、12.用心、13.陰徳、14.和合、15.店則

さらに15.の店則については、遵法、信用、商才、倹約(始末)、職分、団結の6つに分類しています。

上記の分類を基に、家訓を目的別(組織の永続か日常生活の規範か)および内容別(実践的か心構えか)に分けて図示しました。次の図表から、家訓には日常生活に関する戒め(日常生活の規範のための実践)、生きていく上での処世術(日常生活の規範のための心構え)、企業を永続させるための教え(組織の永続のための実践)、組織のリーダーとしての心構え(組織の永続のための心構え)といったタイプがあることが分かります。

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【参考文献】
(*1)「中国歴代家訓選」(永井義男、徳間書店、1991年2月)
(*2)「甲陽叢書第一篇 甲陽軍鑑 上」(高坂弾正、温故堂、1892年12月)
(*3)「日本教育文庫 訓誡篇 上」(同文館編輯局編、同文館、1910年5月)
(*4)「名将言行録 前編 下巻」(岡谷繁実、文成社、1896年11月)
(*5)「老舗と家訓」(京都府編、京都府、1970年2月)

                         

以上(2020年7月)

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未来志向で人物評価する/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

  • 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
  • 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
  • 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる

1 「どうなりたいか」を常に考える

経営者は「自由に時間を行き来する」というのは言い過ぎですが、「自社のあるべき姿」を考えるという意味では、経営者は過去と現在の自社の姿を見つめつつ、未来のあるべき姿に思いをはせています。

しかし、先行きの不透明感が高まる昨今は、未来を考えることが一層難しくなっています。こうした不安な状況を、人は一気に打開したいと考えます。しかし、足元がおぼつかない状況で無理をすると、どこかで反動が出てしまうことを経営者は知っています。

こうしたときは、地道な努力を続けるしかありません。実際、経営者は足元はもちろん、遠くにも視線を向けながら一歩一歩進んでいます。それが「自社のあるべき姿」にたどり着く確実な方法だからです。

今回は、「未来志向で人物評価する」「『石の上にも三年』の経営者的な解釈」「自社の原点から未来が開ける」という3つの思考習慣を取り上げます。経営者が未来を見据える上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 未来志向で人物評価する

何かを見たり、感じたりするとき、多くの人は「他とは違う部分」に注目します。例えば視力検査で使う、一部が欠けたアルファベットの「C(シー)」のような図形と、全く欠けていない円の図形があった場合、前者の欠けているほうに注目しがちです。

問題は、欠けている部分の捉え方です。一般的な経営者の場合、ビジネスで知り合う相手の多くから得られるのは、「ある部分は至らないが、他は問題ない」といった評価でしょう。これを先の「C(シー)」に当てはめると、欠けている部分がすなわち「欠点」ということになります。

そして、欠点は時間の経過とともに“強烈”に映るようになることがあります。最初は我慢できていても、付き合いが長くなると欠点に触れる機会が増え、徐々に我慢できなくなっていくからです。

それに対し、成功する経営者は「C(シー)」の欠けている部分に注目しますが、捉え方が異なります。欠けている部分、つまり他とは違う部分を、その人の特徴や可能性として前向きに捉えます。

日ごろのビジネスを通じて、経営者は自分自身も含め、人には至らない点があることを痛感しています。そのため、いつも人の優れたところと至らないところの凸凹をつなぎ合わせて、社内のチームや他社との連携を実現しているのです。

また、経営者はその時点の姿だけで人物評価をしません。その人の特徴や可能性が、将来、どのような成長につながるのかをイメージしながら教育します。こうすることが会社のためになることを知っているからです。

相手の欠点ではなく美点に注目し、未来志向で人物評価をするのが、成功する経営者のやり方です。人には欠点があることを前提に、欠点をカバーする美点がどれだけ成長の余地を持っているのかを見極めることが重要なのです。

3 「石の上にも三年」の経営者的な解釈

「石の上にも三年」ということわざがあります。冷たい石でも、3年間、座り続ければ温まってくるという意味が転じて、「つらいことでも3年間我慢して努力を続ければ、道が開ける」という教えにつながっています。

このことわざは、地道な努力を称賛する日本人の気質に合う面があります。しかし、最近では、なぜ硬い石に座るのか、3年は長過ぎるなど否定的な意見も聞かれます。確かに、見方によっては、「石の上にも三年」というのは“苦行”です。

「石の上にも三年」というのは、経営者にも当てはまります。企業経営とは、現実の石とは比べものにならないほど座り心地の悪いところに、いつ終わるか分からない時間、座り続けなければならないものでもあるからです。

これを苦行と思うか、次へのステップにつながる経験と思うかが大きな分かれ道です。何事も相応の努力をして知識を身に付けなければ、次に進めません。この努力は、自己成長につながる、ある意味でワクワクする経験です。

にもかかわらず、努力をする前から、経営者が「つらい。自分には合わない」と諦めたら企業は潰れます。まずはやってみて、その結果で判断すればよいのです。試みたことが自社にフィットしなかったり、自分(経営者)には不要だと思ったりすれば、きっぱりやめればよいことです。

3年という時間も捉え方次第です。企業が3年の中期計画を策定したとしても、それを実現するのは月次計画です。さらに、月次計画の遂行は日々行われます。つまり、同じことを3年続けるというよりも、短期間の努力をつなぐイメージで捉えます。

「石の上にも三年」ということわざを解釈するときに、「石」や「三年」という言葉に引っ張られてしまうのは残念なことです。大切なのは、環境や期間を問わず、必要なときに相応の努力ができるか否かということなのです。

4 自社の原点から未来が開ける

「先のことは誰にも分からない」のは当然のことです。昨今は特に先行きの不透明感が高まっています。こうした状況は、チャンスにも、脅威にもなり得ますが、これもまた経営者の考え方次第です。

先が読めない時代を勝ち抜くために、多くの人が「イノベーション」を求めます。一瞬のひらめきとともに舞い降りるような、圧倒的に斬新で、かつてないアイデアをイノベーションと捉え、夢見るのです。

経営者も常にイノベーションを求めますが、捉え方が違います。経営者の前提は、どんなに素晴らしいひらめきでも、顧客ニーズを満たしていなければ意味がないということです。そして、先が読めない時代は、顧客ニーズも見通しにくいものです。

こうした状況で、やみくもに組織を動かすのは危険です。「活動している」という実感は得られるかもしれませんが、成果はなかなか上がらないはずです。前提となるゴール(顧客のニーズ)が明確でないからです。

イノベーションには「0から1を起こすタイプ」と、「1と1を足して2にするタイプ」とがあります。多くの人は前者をイメージしますが、実際には「ちょっとした組み合わせ」から生まれる後者のイノベーションのほうが世の中では多いのです。

先が読めない時代だからこそ、焦らずに多くの知識を貪欲に吸収しながら、自社の強みを再確認することが重要です。こうしたタイミングでこそ「原点回帰」し、顧客、競合、自社の状況を見つめ直すことが、新たな事業を模索する機会になるでしょう。

インプットとアウトプットの連続によって、組織の“活動域”は揺らぎながら広がっていきます。不確実性が高い状況なら、自社の得意分野を深く耕しつつ、ビジネス領域を広げていくのも有効な手段です。

以上(2018年10月)

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人を好きになるより嫌いにならない/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

  • 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
  • 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
  • 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる

1 思考習慣のバージョンアップ

経営者は独自の視点と価値観を持って、ビジネスと向き合っています。そうした視点や価値観は、著名な経営者の言葉や、会合などで知り合った経営者仲間から学ぶこともあれば、自身の経験の中で培われたものもあります。

経営者は企業経営において大きな権力を持ち、多くのことを自ら決めることができます。一方、経営者はビジネスから逃げることができません。こうした環境が、経営者ならではの「思考習慣」に結びついていくのでしょう。

経営者は自分の考え方を大切にしなければなりません。それこそが自身の経営哲学でもあるからです。同時に、経営者が成長していくためには、これまでの考え方をバージョンアップする必要があります。

今回は、「報連相は型よりもスピードを求める」「こだわりを守るために方針転換する」「人を好きになるより嫌いにならない」という3つの思考習慣を取り上げます。経営者の考え方をバージョンアップするための何らかのヒントになれば幸いです。

2 報連相は型よりもスピードを求める

「報連相」(報告・連絡・相談)はビジネスの基本であり、社員教育の重要テーマに位置付けられています。そのため、上司は報連相のやり方として、報告をする内容や順番、タイミングを細かく部下に指導します。

やがて部下は、上司から指示された内容を、指示された順番で話すという“型にはまった報連相”が上達していきます。しかし、上司が心から納得できる報連相ができる部下はほとんどいません。

そもそも、上司と部下とでは立場や経験が違うため、報連相の内容などにおいて上司と部下のギャップが完全に解消されることはありません。また、“型にはまった報連相”ができたとしても、その部下が物事を深く考えているとは限らず、上司から「で、どうしたいの?」と聞かれると、何も答えられなくなってしまうことがあります。

経営者も社員に報連相を求めますが、自分と社員とのギャップを誰よりもよく理解しています。そのため、社員には報連相の型よりもスピードを求めます。社員に少しでも早く情報を伝達してもらったほうが、経営者が物事を考え、判断する時間を長く確保することができるからです。

また、経営者は社員が報連相をしやすい雰囲気づくりにも配慮しています。それは、社員から「悪い情報」をいち早く知るためです。悪い情報でも隠蔽されずに伝達される組織は健全といえ、課題の早期解決にもつながるからです。

報連相に限りませんが、情報は求めるだけでは入手できず、相手に「情報を出したい」と思ってもらわなければなりません。経営者は、社員の報連相に感謝する姿勢を示し、社員が情報を出したいと思える雰囲気づくりをすることが欠かせません。

3 こだわりを守るために方針転換する

「一度決めたことに、どれだけこだわるか」。ビジネスでしばしば議論になることです。ビジネスにおいて、経営者は周囲の反対を押し切ってでも自分の考えを押し通すことがある一方で、他人の意見を聞いてすんなりと自分の考えを変えることもあります。

経営者が最もこだわるのは、企業経営の根幹となる理念であったり、社運をかけて取り組む新規事業であったりします(「撤退プラン」はあります)。もちろん、そこから派生する重要事項についてもこだわります。

一方、経営者は競争に勝ち抜くために柔軟性のある考え方を維持することにも努めています。そのため、「これは素晴らしい!」と感じたものは積極的に取り入れます。企業経営に関して多くのことを決められる、経営者だからこその決断です。

また、当初は1000万円の予算を承認する雰囲気だった経営者が、1週間後には500万円まで削減するように指示を出したりします。1週間で考えが変わることもあれば、「具体的な根拠はないものの、500万円が惜しくなった」ということもあります。

いずれも、経営者としては「こだわりを捨てず、直感を信じ、より良い決断をした」ということです。しかし、周囲にはそれが分からないことがあり、自分勝手な経営者であるとか、考えがころころ変わる経営者と映ってしまうことがあります。

企業でありがちな問題ではありますが、経営者の方針が社員にとっては受け入れ難いものでは困ります。経営者の方針を実行するのは社員だからです。そのため、経営者は自分の方針転換によって影響を受ける社員の心境もおもんぱかり、ある程度の配慮をする必要があります。

このことは、提携先など社外の人との関係においても同様です。経営者がより良いサービスを実現するために提携先と決めた内容を見直した場合、その理由が明確に伝わっていないと、提携先は経営者のことを「やりにくい相手」と認識してしまうのです。

経営者のこだわりは周囲からは見えにくく、柔軟性は「付和雷同」と映ることもあります。そうならないように、経営者は方針を出した背景や目的を周囲に伝え、理解を得るようにしましょう。これは、経営者のこだわりを実現するために欠かせない配慮です。

4 人を好きになるより嫌いにならない

ビジネスでは、人と人とのつながりが大切です。相手と良い関係を築くことができれば、ビジネスの可能性は大いに広がります。良いパートナーを見つけ、関係を維持する力は、今どきのビジネスパーソンにとって必須だといえるでしょう。

相手と良い関係を築くために多くの人がすることは、相手を好きになる努力です。ビジネスでは双方の利害がなかなか一致しませんが、相手を好きになることができれば、相手のことを受け入れる余地が広がり、良い関係が築きやすいと考えるためです。

相手を好きになろうとする過程で、相手のことをより深く知れるのはよいことです。ただし、人を好きになるのは簡単ではありません。家族や友達、恋人でさえ分かり合えないことがあるので、ビジネス上の相手ではなおさらのことです。

一方、ビジネスで知り合ったばかりの人のことを好きだという人がいますが、これは考え方や波長が合う程度のことが多く、一緒にビジネスをしてみると、意見が合わない部分や、好ましくないと感じる部分が出てくるものです。

人を好きになるのは難しいということを経営者は理解しています。加えて、企業経営を任されている経営者は、「だまされてはいけない」という思いも強く、会ったばかりの相手とは一歩引いて付き合わざるを得ない面もあります。

以上から、経営者は相手を好きになることよりも嫌いにならない努力をします。好きではないことと、嫌いであることは全く違います。好きではないというのは普通の関係ですが、嫌いになると相手を避けるようになり、ビジネスがしにくくなるのです。

相手を嫌いになる理由は、見た目や話し方、考え方などさまざまです。このうち、見た目や話し方などについては、ビジネスと直接関係ないので、経営者は気にしないようにしています。

また、相手の考え方が気に入らない場合は、自分の考え方を相手の考え方に合わせようとせず、「考え方は多様である」ことを分かる努力をします。あえて苦手な人と2人で会食をして、“異質”に触れる訓練をする経営者もいます。

以上のように、相手を嫌いにならないことは大切です。ただし、ドライに徹し過ぎると“仲間”をつくることができません。経営者には社内外の仲間が必要です。「この人だ!」と感じる人がいれば、心を開いて相手の懐に飛び込んでみることも大切です。

以上(2019年4月)

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経営者から管理職へ 「名言」で伝える心構え

書いてあること

  • 主な読者:日々、部下指導に悩む管理職を励ましたい経営者
  • 課題:うまく部下指導ができない、部下に気を使いすぎる。そんな管理職が多い
  • 解決策:名言を使って管理職としての自覚を伝えると同時に、経営者が管理職を応援する気持ちも伝える。

1 管理職に対してこそ必要な「メッセージ」

管理職は、部下の指導について多くの悩みを抱えています。部下との意思疎通をうまく図れない、部下がついてきてくれない、部下が思うように成長しない、部下が何を考えているか分からない……。こうした現状に疲弊している管理職は少なくありません。

管理職の話を聞き、励ますのは、経営者の大切な仕事です。特に、組織を率いる立場の経営者から語りかけるメッセージは、管理職の「行動指針」にもなるでしょう。本稿では、「重さ」「弱さ」「強さ」というテーマでそのようなメッセージを紹介します。

2 「重さ」を自覚するための言葉

今、多くの管理職が「部下との接し方」に迷い、悩んでいます。「部下を理解したい」「自分(管理職)の意図を理解してほしい」と思う一方、「部下を叱るとパワハラと言われるのでは」「部下に嫌われたくない」と恐れる気持ちもあります。

こうした気持ちが強過ぎると指導がしにくくなり、部下を避けてしまいかねません。そこで経営者は、「管理職としての部下との接し方」を、改めて管理職に伝えましょう。その際、ミスター・ラグビーと呼ばれた平尾誠二氏の次の言葉が参考になります。

  • 「コミュニケーションの頻度を高めることが、コミュニケーションを深めるとは限らない」(*)

数々のラグビーチームを率いた経験を持つ平尾氏の考えは、リーダーが行うコミュニケーションの在り方として、「短絡的に、コミュニケーションは量が多いほうが良いと考えるのは間違いだ」というものでした。

リーダーが安易にコミュニケーションを取り過ぎていると、「肝心なときに言葉が求心力を持たなくなる」と平尾氏は考えていました。そのため、神戸製鋼ラグビー部のキャプテン時代には、他の選手とはあえて距離を取り、メリハリをつけていたといいます。

平尾氏の考え方は、管理職にもあてはまる部分があります。部下を指導する立場にある管理職の発言には、ある程度、「重さ」が必要です。部下に好かれようと気を使い、部下に対して“仲良く”接しているだけでは、管理職としての「重さ」は感じられません。

管理職の役目は、部下を成長させることです。そのため、叱るべきときは厳しく叱る、褒めるときは大いに褒める、挑戦させるときには思い切って部下を突き放し、部下に一人で苦労させるなど、メリハリをつけて接するのが理想です。

しかし、これは簡単ではありません。特に、叱ることや、突き放すことができない管理職は多いでしょう。経営者は、平尾氏の言葉を借りて、管理職に必要な「重さ」を自覚させ、部下との接し方を、改めて考えさせることが大切です。

3 「弱さ」をさらけ出すための言葉

管理職の中には、部下や周りに対して「格好をつける人」がいます。「管理職として部下に良い影響を与えたい」といった思いであれば理解できますが、単に「できる管理職として自分を良く見せたい」という自分勝手な考えが行き過ぎてはなりません。

こうした管理職は、問題を隠したり、部下に対して「いい顔」ばかりしたりすることがあるからです。経営者は、「時にはありのままを見せる大切さ」を伝えましょう。その際、スターバックスの元CEO、ハワード・シュルツ氏の次の言葉が参考になります。

  • 「偉大なリーダーも、時にはある程度の弱さを見せ、本心を他人と共有しなければなりません」(**)

スターバックスにとって、非常に厳しいシーズンとなった1995年のクリスマス。売り上げは「絶望的」で、このままでは会社が危機に直面するという状況でした。シュルツ氏は、全社員を集め、厳しい現状と、心配している苦しい胸の内を正直に伝えたのです。

それまで、常勝のヒーローとされてきたシュルツ氏が社員に初めて「弱さ」を見せたため、反発する経営陣もいました。しかし、社員の多くは、自分たちが直面している問題を直接CEOから詳細に説明してもらい、非常に良かったと言ったそうです。

シュルツ氏はこのとき、社員にとって必要なのは、「気勢を煽ることではなく、苦境を具体的に知らせ、実質的な指導をすることだ」と思っていました。これは、会社全体と社員一人ひとりのために自分がすべきことを真剣に考えたからこそといえるでしょう。

ビジネスは、良いこともあれば悪いこともあります。時と場合によりますが、管理職は組織全体や部下のために、悪いことや弱点ほどいち早く明らかにし、具体的な対策を考え、部下に指示しなければなりません。格好をつけている場合ではないのです。

管理職が考えるべきなのは、「自分がどう見られるか」ではありません。組織のこと、そして守るべき部下のことです。経営者は、シュルツ氏の言葉を借りて、真剣に部下を思う気持ちを伝え、管理職に「自分視点」から脱却するよう指導しましょう。

4 継続する「強さ」を持つための言葉

部下の指導に真面目に取り組んでいる管理職ほど、悩みは深いものです。部下が思うように成長しないことに腹立ち、落胆し、つい、「自分で全部やったほうが早い」と自分で手を動かしてしまうことなどは、管理職の“あるある”といってもよいでしょう。

経営者は、部下の指導は地道に行うべきものであること、そして指導をあきらめてしまっては、部下だけでなく管理職自身も成長できないことを繰り返し伝えなければなりません。その際、帝人の元会長・社長である長島徹氏の次の言葉が参考になります。

  • 「どうぞあきらめさせないでください」(***)

貧しかった長島氏は幼い頃、野球用のボールを買ってもらえず、何時間もかけて布を巻きボールを作りました。そのボールが竹やぶに入ってしまい、どれほど探しても見つからなかったとき、長島氏は「あきらめさせないでください」と祈ったといいます。

長島氏は、「ボールが見つかるように」ではなく、「ボールを探そう」という自分の気持ちが消えないように、自分があきらめるという考えを抱くことのないようにと祈ったのです。何事も自分の気持ち次第であるという強い意志の表れといえるでしょう。

部下の指導も同じです。管理職があきらめてしまったら、部下の成長は止まってしまうでしょう。管理職にとって“敵”は部下ではありません。あきらめて、「自分で全部やったほうが早い」と部下と向き合うのをやめてしまう管理職自身の気持ちが“敵”なのです。

多くの経営者は、管理職に比べて、社員(部下)を育てることを簡単にあきらめたりはしません。経営者は、会社やビジネスから逃げることができません。覚悟の度合いとそれに支えられた意志の強さが管理職とは違うのです。

とはいえ、経営者も、人を育てることが一番難しいと実感しています。そこで経営者は、長島氏の「どうぞあきらめさせないでください」という言葉を借りて、管理職に、「自分も決してあきらめない。だから一緒に頑張ろう」と思いを共有することが肝要です。

  • 【参考文献】
  • (*)「人を奮い立たせるリーダーの力」(平尾誠二、マガジンハウス、2017年4月)
  • (**)「世界のトップ経営者に聞く!:CNNリスニング・ライブラリー」(『CNN English Express』編集部編、朝日出版社、2012年3月)
  • 「スターバックス成功物語」(ハワード・シュルツ、ドリー・ジョーンズ・ヤング(著)、小幡照雄、大川修二(訳)、日経BP社、1998年4月)
  • (***)「58の物語で学ぶリーダーの教科書」(川村真二、日本経済新聞出版社、2014年4月)

以上(2019年1月)

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いまさら聞けない請求書・領収書の基礎知識

書いてあること

  • 主な読者:適正な会計処理・税務処理を徹底したい経営者・経理担当者
  • 課題:身近であるが故に、特段注意を払わずに、流れ作業的に取り扱ったりしている人が少なくない
  • 解決策:実務上問題になることの多い税務の観点から、請求書・領収書に関する基礎知識を解説

1 請求書・領収書の基本

1)請求書・領収書とは

請求書は、代金の支払人に対して、販売した商品等の代金の支払いを求める書類です。また、領収書は、代金の受取人がその代金を受け取ったことを証明する書類です。

請求書・領収書は、ビジネスパーソンであれば必ず取り扱うことになる身近なものです。一方で、身近であるが故に、「会社の備品を買ったときには、とにかく領収書をもらわなければいけない」といったように、曖昧に覚えていたり、特段注意を払わずに、流れ作業的に取り扱ったりしている人が少なくありません。

しかし、請求書・領収書は、誰が誰に対して、いつ、何のために代金を支払った(受け取った)かという「お金の動き」を示す大切な書類です。

本稿では、実務上問題になることの多い税務の観点から、請求書・領収書に関する基礎知識を紹介します。実際には、この他にも会計上や法務上の留意点や、社内規程などのルールが定められていることがあるので、こうした点にも注意しましょう。

2)請求書・領収書の記載事項および様式

請求書・領収書の記載事項については、「この事項の記載が漏れていたら請求書・領収書として認められない」といったものが、法人税法・所得税法上で定められているわけではありません。ただし、「お金の動き」を把握するために必要となる事項は共通しているので、請求書・領収書はおおむね同じです。

例えば、請求書の一般的な記載事項は次の通りです。

  • 宛名
  • 発行者(会社等)の名称・住所
  • 日付
  • 請求金額(内訳と合計金額)
  • 支払期限
  • 振込先(銀行口座名等)および振込手数料負担者

また、領収書の一般的な記載事項は次の通りです。

  • 宛名
  • 発行者(会社等)の名称・住所
  • 日付
  • 受領金額
  • 但書

請求書・領収書の様式も記載事項と同様に法人税法・所得税法上では定められていません。そのため、市販されているもの、インターネット等で入手したひな型、自社独自に作成したもの等であっても問題はありません。

3)消費税法における定め

消費税法上では、請求書・領収書の記載事項について定めがあります。詳しい説明は省略しますが、消費税の課税事業者で簡易課税制度を適用しない事業者が、支払対価が3万円以上の場合で仕入税額控除を受けるときには、原則として、取引の相手方から交付を受ける請求書等(請求書、納品書その他これらに類する書類で領収書も含まれる)を保存しなければならず、その請求書等には、次の事項が記載されていなければなりません。

  • 書類の作成者の氏名又は名称
  • 課税資産の譲渡等を行った年月日
  • 課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容
  • 課税資産の譲渡等の対価の額
  • 書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
  • 軽減税率の対象品目である旨(「※」等軽減税率の対象となることを表示)
  • 一般税率と軽減税率ごとに区分して合計した対価の額(税込)

この規定に該当する請求書・領収書には、上記事項の記載がなければなりませんが、前述した一般的な請求書・領収書には、これらの記載事項が含まれているため、実務上はあまり気にする必要はないかもしれません。

なお、軽減税率等の導入により、2019年10月1日から2023年9月30日までの期間は、今までの『請求書等保存方式』を維持しつつ、区分経理に対応するための措置として、『区分記載請求書等保存方式』が導入されています。

2 請求書・領収書のよくある10の疑問

ここでは税務上、問題になることが多い領収書を中心に、実務上よくある疑問点や間違った認識を持っている人が多い事項について、取り扱い方法等を紹介します。

1)領収書は必要になるか

領収書がなくてもレシートがあれば問題がない場合があります。

最近のレシートには、発行する会社名・店名、住所、日時、購入品目、購入金額に加えて、飲食店の場合は利用人数なども印字されているものが多くなっています。こうしたレシートであれば、前述した「領収書の一般的な記載事項」については、おおむね網羅されているため、領収書がなくとも問題はありません。ただし、金額しか記載されていないような簡易レシートの場合は、領収書を発行してもらう必要があります。また、高額の支出の場合は、領収書を発行してもらうほうが無難です。

なお、レシートには宛名の記載がありません。一方、前述した消費税法上定められた記載事項には「書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称」とあります。ただし、消費税法には小売業、飲食店業、写真業、旅行業等を営む事業者が交付する請求書等については、「書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称」の記載要件が除かれています。

レシートを発行する企業のほとんどは小売業や飲食店業のため、実務上、この点を気にする必要はほとんどないといえるでしょう。

2)宛名が「上様」とされた領収書は有効か

領収書の宛名が、「上様」とされることがありますが、これは会社名を記載するようにしたほうがよいでしょう。

法人税法上は、宛名に関する特段の規定がないため、「上様」とされている領収書であるからといって、直ちに経費にできないということはありません。ただし、「上様」では、誰が支出したのか(本当に会社の経費なのか)ということが、領収書だけでは判断できません。そのため、税務調査の際に指摘を受けたり、説明を求められたりするなど、問題が発生することがあります。

また、社内実務においても、「上様」の領収書では、個人的な支出など不適切な支出に対するものか否かといった判断が難しくなります。

加えて、消費税法上の場合は、前述した通り、一定の要件に該当する場合以外は、「書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称」がなければ、仕入税額控除の対象とすることができなくなることがあります。

3)4万円の領収書を発行。収入印紙を貼り付ける必要はあるか

2014年4月1日付以降に発行される領収書(印紙税法上は「領収書」「レシート」等の名称にかかわらず、金銭又は有価証券の受取書の全てが対象になります)については、記載された受取金額が4万円であれば、収入印紙を貼り付ける(印紙税を納付する)必要はありません。

領収書は、記載された受取金額に応じて、印紙税を納付しなければなりません。印紙税の納付は、領収書などの課税文書に収入印紙を貼り付けた上で、その課税文書と収入印紙の彩紋とにかけて消印等をしなければなりません。

2014年3月31日までに発行された領収書は、記載された受取金額が3万円未満の場合に非課税となるため、4万円の領収書であれば印紙税を納付する必要がありました。一方、2014年4月1日以降に発行される領収書は、5万円未満まで非課税となるので、印紙税を納付する必要はありません。

領収書の発行実務を頻繁に行わない人は、「3万円未満は、印紙税の納付は不要」としか覚えていないことがあり、誤って収入印紙を貼り付けてしまうことがあるので注意しましょう。

なお、消費税額等が区分記載されているとき又は、税込価格及び税抜価格が記載されていることにより、その取引に当たって課されるべき消費税額等が明らかとなる場合には、その消費税額等は印紙税の記載金額に含めないこととされています。

4)領収書に貼る収入印紙の消印が押されていないけど問題ないか

印紙税を納付するときには、単に収入印紙を貼り付けるだけではなく、その収入印紙が使用済みであることを示す消印等をしなければなりません。そのため、正しい金額の収入印紙を貼り付けていたとしても、消印等がない場合には「印紙税を納付していない」ことになるので、収入印紙の金額の同額と過怠税が課されます。

また、本来、印紙税を納付する必要があるにもかかわらず、収入印紙を貼り付けていない場合は、その事実が税務調査等で発覚すると、「納付しなかった印紙税額+その2倍に相当する金額の合計額」(すなわち印紙税額の3倍の金額)の過怠税が課されるので注意が必要です。ただし、不備について自己申告した場合は、「納付しなかった印紙税額+その10%に相当する金額の合計額」に過怠税が軽減されます。

なお、印紙税が納付されているか否かと、領収書の有効性は関係ありません。そのため、印紙税が納付されていなくても、領収書の内容自体は有効と認められます。

5)領収書に宛名の記載が漏れていた。追記してよいか

領収書に不備がある場合は、勝手に追記をせずに、それらを発行した相手方に修正をしてもらったり、再発行してもらったりするなどしてください。

領収書・請求書は法律上の証拠書類に当たります。証拠書類に勝手に追記をしたり、書き換えたりすると私文書偽造として刑事罰の対象となる可能性があります。また、税務調査などで発覚すれば、重加算税を課される可能性があります。

6)領収書に書損が生じたので、破棄してよいか

領収書は、書損をしても勝手に破棄せずに、領収書の控えと併せて保管するのが一般的です。

様式は各社各様ですが、領収書は通し番号を付して管理するのが一般的です。また、相手に渡す領収書と社内で保管する控えがワンセットになっていますが、書損が発生した場合は、領収書を破棄せずに控えと併せて保管しておくことが大切です。

これは、領収書の改ざんや金銭の横領などの事故を防止するためです。例えば、誰かが「顧客から現金を受領し、控え分と併せて事前に抜き取った領収書に金額を記載して顧客に渡し、現金を横領する」ということを企てた場合、通し番号を付していれば、会社に保管している領収書は、その番号だけ抜けているので、不正の端緒をつかむことができます。

7)クレジットカード会社が発行した請求明細があれば領収書は不要か

商品などの販売元が発行する「ご利用明細」等は領収書の代わりになりますが、クレジットカード会社が発行した請求明細は、領収書の代わりにならないと考えたほうがよいでしょう。

請求明細の取り扱いで問題になるのが消費税です。クレジットカード会社が発行した請求明細は、課税資産の譲渡等を行った事業者(商品などを販売した事業者)が作成・交付した書類ではないため、前述した消費税法の規定に該当する書類とは認められません。

一般的に、クレジットカードで商品などを購入すると、販売元は「ご利用明細」等を発行しています。通常、「ご利用明細」等には、書類の作成者の氏名又は名称をはじめ、前述した要件が全て記載されているため、消費税法の規定に該当する書類と認められます。

ポイントは「ご利用明細」等の書類の名称ではなく、必要事項が漏れなく記載されていることなので注意をしましょう。

8)インターネット通販での「取引内容確認メール」は、領収書の代わりになるか

「取引内容確認メール」は、基本的に領収書の代わりになります。

インターネット通販の場合、領収書・請求書を発行していないことがあります。この場合、購入手続きを終えた後に送信されてくる「取引内容確認メール」や、購入手続き終了後に表示される購入情報が掲載されたウェブページなどは、発行する会社名・店名、住所、日時、購入品目、購入金額、購入者名といった事項が記載されていることが一般的であり、こうしたものであれば領収書の代わりとすることができます。

9)倉庫がいっぱいになったので、請求書・領収書を破棄してよいか

請求書・領収書は保存期間が決められているので、勝手に破棄してはいけません。

請求書・領収書は、法人税法上、「取引等に関して作成し、又は受領した書類」として、保存期間が定められています。例えば、青色申告者の場合は、原則、その事業年度の確定申告書の提出期限の翌日から7年間の保存が義務付けられています(青色申告書を提出した事業年度に欠損金が生じた場合は、当該年度からの保存期間は9年間(注)となります)。この期間中は「保存スペースがないから」「前回の税務調査で、税務署に確認されたから」等という理由で、勝手に破棄してはいけません。

なお、請求書・領収書などの帳簿書類は、一定の要件を満たす場合は、マイクロフィルムや電磁的データ等で保存することができます。スペースの問題で保存が難しい場合は、こうした方法を検討してもよいでしょう。

(注)2018年4月1日以後に開始する欠損金の生ずる事業年度においては、保存期間は10年間となります。

10)交際費等に該当する飲食費が1人当たり5000円を超えた。領収書を2つに分けてそれぞれ1人当たり5000円以下になるようにしたらどうなるか

領収書を2つに分けることには意味がありませんし、分けてはいけません。

現在は法人の資本金や交際費の内容等の一定要件により損金に算入できる場合がありますが、原則として、交際費等は税務上の損金に算入することができません(一定要件に関する詳しい説明は省略します)。ただし、交際費等の範囲に含まれるものであっても、1人当たり5000円以下の飲食費(社内飲食費を除く)は、一定の要件に該当するものについては、損金に算入することができます。

そうすると、「1人当たり5000円を超えたときに、領収書を複数に分けてそれぞれ1人当たり5000円以下になるようにしたら、損金に算入することができるのでは」と考える人がいるようです。

しかし、領収書が複数に分かれていても、それが一体の飲食であるときは、全ての領収書に記載された金額を合計した上で、金額の判定を行います。

国税庁「交際費等(飲食費)に関するQ&A(平成18年5月)」では、これに類似したケースである「1次会と2次会の費用」に関するQ&Aがあり、次の通り説明されています。

(Q)

飲食費が1人当たり5000円以下であるかどうかの判定に当たって、飲食等が1次会だけでなく、2次会等の複数にわたって行われた場合には、どのように取り扱われるのでしょうか。

(A)

1次会と2次会など連続した飲食等の行為が行われた場合においても、それぞれの行為が単独で行われていると認められるとき(例えば、全く別の業態の飲食店等を利用しているときなど)には、それぞれの行為に係る飲食費ごとに1人当たり5000円以下であるかどうかの判定を行って差し支えありません。

しかしながら、それら連続する飲食等が一体の行為であると認められるとき(例えば、実質的に同一の飲食店等で行われた飲食等であるにもかかわらず、その飲食等のために要する費用として支出する金額を分割して支払っていると認められるときなど)には、その行為の全体に係る飲食費を基礎として1人当たり5000円以下であるかどうかの判定を行うことになります。

(出所:国税庁「交際費等(飲食費)に関するQ&A(平成18年5月)」)

なお、こうしたことを意図的に行うと、仮装隠蔽と判断されて重加算税の対象となる可能性があるので注意しましょう。

以上(2019年12月)
(監修 税理士法人コレド会計 税理士 石田和也)

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