社内ラジオは組織活性化へ大いに役立つってご存知ですか?〜VC、キャリコン、ラジオパーソナリティ、多岐にわたる経歴だからこそ今に活きる〜/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人 杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、ベンチャーキャピタルでキャピタリストがファーストキャリア(その社内でもたくさんの経験を積み)、そこから海外留学、キャリアコンサルタント、ラジオのパーソナリティ、研修講師などと多岐にわたる仕事を経験され、ビジネスパーソン向けにその経験を活かしていらっしゃるCareer Creationの代表である森清華(サヤカ)さんです。

組織内コミュニケーションが上手くいっていない、生産性向上、働き方改革と言われつつも程遠い……。そのような社内の活性化に困っているという経営者、人事部の方々の声を耳にすることが多くなってきています。

このような課題の解消に役立つ【社内ラジオ】をご存知でしょうか。一定の規模になれば発行されることが多い、【社内報】。しかし、会社側の一方通行になることも多いですね。今回キャリアコンサルタントの森さんが【社内ラジオ】に携わって1年が経過、組織運営にどう変化が起こったのか? そのあたりからお話を伺いました。

1 組織内だけでなく社外へも。好循環を生む社内ラジオの効用とは?

1)社内ラジオの取り組み

現在手掛けているのは【PR TIMES】社の社内ラジオ。東証一部に上場している、PR TIMES社、同社はプレスリリース配信サービスを運営していることで有名ですね。その社内で日々起こるストーリーを当事者の生の声でよりリアルに全社共有したいという思いから企画をスタート。ラジオの効能である『ながら聴き』で作業を中断せずに情報を取得できる、ラジオならではの良さに着目。ここ最近、ラジオが世間的にも復刻モード。すでに企業向けにラジオ番組を手掛けていた制作パートナーとともに、組織コミュニケーションの活性化における音声メディアの可能性に着目し、このプロジェクト開始に踏み切りました。

当番組は社内限定の配信に留めず、自らの情報をオープンにすることで社外の方々ともつながる契機をつくろうと社外にも向けて広く発信をしています。

社内ラジオの概要を示した画像です

2)番組の概要について

「PR TIMESのOpen Radio」(2019年1月9日より開始)
社内放送及びボイスメディア「Voicy」内チャンネルで配信
※毎週水曜に配信 同社の社内ラジオはこちらです

  • 番組の内容:同社の社員さんがラジオパーソナリティを務めて、毎回ゲスト(もちろんこちらも社員さん)と対談形式で、事業における挑戦や決断、そして今となっては話せる失敗のエピソードまで、ありのままを語っていらっしゃいます。

想いを自ら語ることの大切さ、自分自身の気付き、自社や自分のチャレンジ、勇気を発信することとその連鎖が波紋のように社内に広がることを目的に続けていらっしゃいます。

3)社員間のコミュニケーションが双方向で活性化 そのワケは?

以前ある投資銀行にお勤めだった方に聞いたことがあります。数千億円、数兆円規模のM&Aの世界では一瞬の行き違いは命取りに。そこで文字では伝わらない、ニュアンス、パッションを伝えるにはボイスメールを多用することが通例なんだと。

SNSなどで誰とでも簡単にコミュニケーションが取れて利便性が増す一方、組織におけるコミュニケーションは規模の大小にかかわらず各企業の大きな課題になっていることも事実。ラジオという媒体は映像が無い分、各個人の脳の中で、テレビ以上にエモーショナルな伝達になっていると感じます。社内ラジオは、語り手の気持ちや熱量、企業カルチャーが体感できるだけでなく、役職、部署のみならず組織の枠を超えた社内外での対面によるコミュニケーションの活性化、醸成につながっていくそうです。

ラジオ出演された方の意欲向上の機会となるとともに、『この人はこんな悩みがあった、こんなことにチャレンジしている、部署が違うと知らないことも多い』というようなことがラジオを通じて自然に伝わることで、お互いの仕事や想いを理解してコミュニケーションのハードルが低くなり、横断的に組織が活性化していくそうです。

この社内ラジオをスタートして1年が経過して、【変化】について森さんに伺ったところ、次のようなことを教えてもらいました。

  • ゲスト向けの事前質問箱の出現
  • 社内横断的なランチ会の自主的な開催
  • ゲスト以外のメンバーを巻き込んだ番外編や特別企画の実施
  • パーソナリティのパブリックスピーキング力の向上と視野の広がり
  • 番組を聞いたゲストのご家族、取引先などのコミュニケーション創出

活性化と一言では片付けられない変化が【現場】で自然発生的に起こっていることが効果の表れですね。

この社内ラジオを広げることで、各企業のキャリア分断、組織の活性化に取り組んでいる森さん。続いて森さんのキャリアについてお伝えしたいと思います。

2 森さんのキャリアについて

私が森さんに最初にお会いしたのは5~6年ほど前、今私がベンチャーパートナーとしてお世話になっているK&Pパートナーズにいらっしゃる時でした。当初の印象は知性派の別嬪(べっぴん)さんそのものって感じでしたね。

その後、独立され、ビジネスパーソン向けのキャリア相談、セミナー、法人向けの人材育成研修、キャリアコンサルティングに関わっていらっしゃいます。全く別の【顔】として2016年10月から、人のキャリアをテーマとしたラジオ番組「森清華のLife is the journey」にてパーソナリティを務めていらっしゃいます。ベンチャーキャピタリスト・キャリアコンサルタント・ラジオパーソナリティとたぶんこのキャリアをお持ちの方とは、今まで会ったことも聞いたこともありません。多彩とはこの方のことだと思います。森さんのキャリアについて3つの経歴についてお伝えします。

詳細は、森さんがインタビューを受けた『アナザーライフ』の記事をご覧ください。こちらから。

1)ハードワークを厭わなかったVC時代

ラジオ番組で初めて会った人からよくいろんなお話を引き出せますね、とお聞きすると、それはキャリアコンサルタントで学んだスキルと、ベンチャーキャピタリストの時の経験が影響しているように思うと話されます。新卒で入ったVCでは投資部に配属、当時は毎年数百名、かつありとあらゆる業界の経営者に会い続け初対面の相手からなかなか聞き出せない経営の根幹、秘匿情報を手にする会話力を鍛えられたからではないかと話されます。私もストレスなく、しかも楽しく自然となんでも話していることを気付かされます。VC時代のハードワークは相当のレベル、国内のみならず海外部門で海外出張もあったり、リーマンショック後はIR、予算管理が主な仕事となる経営管理部門の仕事をされていました。VC時代だけでも幅広いビジネス経験をお持ちです。

2)留学後にキャリアコンサルタントとラジオのパーソナリティを兼任

VC退職後に一度米国に語学留学、肌に合う感じだったそうで、中でも一人ひとりモノの見方、捉え方、感じ方に違いがあって良いんだと、画一的な日本人と違って個の大切さを感じ、自分自身を見つめる良い経験をされたようです。

一旦、VC時代のメンバーが立ち上げたK&Pパートナーズにジョインしながら、自身のビジネスパーソンとしての経験やキャリアが次世代のビジネスパーソンに役立てられるのではないかとの想いで今のCareer Creationを立ち上げ、同時にラジオ番組を企画。企業経営者を中心としたゲストの方に「人生の分岐点で何を考え、どう行動したか」を聞き出す番組とし、これから先のキャリアをどうしようか悩んでいる人に、考えるヒントや行動のきっかけを掴んでもらいたい、という想いでスタートしました。もう150名を超えるゲストが出演、人生の岐路の共有の場となっています。キャリアとしてバラバラですが、お話をお聞きしていると全てが1本の線でつながる、他者貢献の想いを感じる次第です。

森さんがパーソナリティを務める番組はこちらです(ラジオですがいつでも聴取可能です)。

3 森さんの今そして今後

1)森さんがパーソナリティを務めるラジオ番組に出られて

私と懇意な経営者が森さんの番組に出演されるということも。(株)ZENKIGENの野澤さん、千(株)の千葉さんがここ最近、私から森さんに推薦させていただき収録・放送されることになりました。ご出演のお二人にコメントをいただきました。

  • 野澤さん
  • (番組に対して)

    第一線のプロフェッショナルな方がどのような人生を送り今に至っているのか。文章がリアリティを持って迫って来るような迫力があります。
    加えて、共通しているのがご自身の仕事を通じて、関わる人や多くの人の幸せに貢献しようという強烈な想いを持っている方ばかりです。
    まさに仕事=人生を体現されている方々ばかりで大変刺激になっています。
    今後も人生を生ききっている素晴らしい方々のご出演を楽しみにしております。

    (森さんに関して)

    改めまして森さんのご紹介ありがとうございました。元ベンチャーキャピタリストから自身のお名前を冠したラジオ番組を持たれるとは特異な方ですよね。

森清華のLife is the journeynのページの画像です

  • 千葉さん
  • 私も起業の準備にたくさんの経営者の方々にご教授いただきました。なので、経営者の声を発信し人々のキャリアにつなげる森さんのラジオ番組は、向上心を持つ人にとって必要とされる素晴らしい内容だなと感じています。

森さんの番組タイトルは「森清華のLife is the journey」、私も人生は旅行だと心底思っているとこです。まさに番組、森さんに共感しています。

2)最後に森さんから一言、想いを。

自分は学びの機会がたくさんあってほんと得だなぁと話される森さん、人から学べるって考え方が素敵です。人が変化する場面に立ち会えていることが原動力となり、キャリアコンサルティングの立場で実績と経験も積み重ねていらっしゃいます。自分のキャリアのことを考えることはすごく大切なこと、なのにそこに行き当たらないビジネスパーソンも多い、そのような人たちに機会を創っていきたい、人の成長していく姿を見ていきたいと笑顔で話されます。まさにビジネスパーソンが駆け込む保健室の先生に相応しいと感じます。

最後に、森さんから今後についてお話しいただきました

組織におけるコミュニケーションは各企業の大きな課題となっています。 その解決の一つの切り口は、人と人とが顔を合わせ、心を通わせていく“対話”にあると考えています。キャリアコンサルタントのスキルの核となる “対話”を軸に、今後もキャリアコンサルティングや社内ラジオなどを通じて皆が安心して話せる場づくりを行い、組織に“対話”の機会を創り出していきたいと思っています。同時に、自分自身との対話である「内省」を促して個々の成長マインドの醸成やキャリア開発支援により注力し、人と組織の成長を後押ししていきます。

以上(2020年2月作成)

小売業が新規出店する際の立地調査の考え方

書いてあること

  • 主な読者:新規出店を検討する小売業の経営者
  • 課題:出店するのに望ましい立地の条件が分からない
  • 解決策:通行量や近隣の競合店など、出店候補地を調査する

1 小売業における立地の重要性

小売業が新規出店をする場合、「立地や業態などを考慮した上で、経営が成り立つ程度の売り上げが獲得できるか」をしっかりと検証しなければなりません。

小売業は立地産業ともいわれており、立地は売り上げに大きく影響します。

例えば、次のような場合には、新規出店によって十分な売り上げを獲得することは難しいでしょう。

  • 新規出店を考えている地域にターゲット顧客としている人口が少ない
  • 新規出店を考えている立地の近隣に同じ業態の繁盛店がある

反対に、望ましい立地条件としては、次のようなものが挙げられます。

  • 人口が増加している地域であり、将来発展が見込める場所である
  • 交通事情が良く、分かりやすい場所である
  • 競合店が集中していない地域である
  • 近隣に集客施設がある
  • 店舗開設に法的および物理的な制約がない
  • 従業員(パート社員)を獲得するために、近隣に居住地がある

2 立地条件を検討する際の留意点

1)店舗のコンセプトと照らし合わせる

店舗のコンセプトとは、「どういった店舗にしたいのか」ということであり、具体的には「ターゲット顧客」「商品の品ぞろえや価格」「店舗の内外装」「従業員」などを指します。

従って、次のような点を検討する必要があります。

  • ターゲット顧客である層の人口が増加しているか
  • 従業員として店舗のコンセプトに合った層の住民が周辺に居住しているか

例えば、20代の若年層をターゲット顧客とするコンセプトの場合、60代を超える高齢層の人口が増えていても売り上げを獲得することは難しくなってしまいます。

また、店舗のコンセプトで考えている商品の価格帯が高いか低いかによって商圏なども異なります。

2)立地条件の変化に注意すること

立地条件というものは常に変化しているため、出店前は望ましいと思っていた立地条件が次のような事情で変わってしまい、想定していたほどの売り上げを獲得できない場合があります。

  • 近隣に競合店が新規出店する
  • 近隣の集客施設が他地域に移転する

一方、売り上げの獲得が難しいとして出店を見合わせた立地が、次のような事情によって、後に望ましい立地条件になることもあります。

  • 近隣に集客施設が移転してくる
  • 新規住宅施設が建設される
  • 道路や鉄道などの交通網が整備される

このように立地条件の変化は小売業の売り上げに大きな影響を与えるため、将来の変化にも注意して立地条件を検討することが重要だといえます。

以降では、立地条件を検討するための手法である立地調査について紹介します。

3 立地調査の概要

1)商圏とは

立地調査では、「その立地では自店にはどれくらいの潜在顧客がいるのか」といった市場規模(マーケットサイズ)の検討から始めます。そのためにはまず、自店の商圏を把握しなければなりません。

商圏とは顧客が自店に来店する範囲のことで、商圏内の住民を潜在顧客として市場規模を検討することができます。

商圏は、次のように3つに分類することができます。

  • 1次商圏:自店の売上高のうち、70%程度を占める顧客が居住する地域
  • 2次商圏:自店の売上高のうち、20%程度を占める顧客が居住する地域
  • 3次商圏:自店の売上高のうち、10%程度を占める顧客が居住する地域

上記のうち、1次商圏が最も自店に隣接しており、売り上げを獲得するために重要な地域となります。

また、商圏は自店が取り扱う商品の特性、競合店の出店状況、交通網の整備状況などによっても異なっており、立地を検討している場所について入念な商圏の分析・設定を行う必要があります。

2)商圏の分析・設定手法

次に、商圏の分析・設定手法を見てみましょう。

ショッピングセンター内や商店街に新規出店する場合は、関係者に聞けばおおよその商圏が分かります。しかし、それ以外の地域に出店する場合は、自分で商圏を分析・設定する必要があります。

自分で商圏を分析・設定するための代表的なモデルとして、コンバースの法則があります。コンバースの法則とは、次の通りです。

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また、コンバースの法則以外の手法で商圏を分析・設定するには、次のような方法があります。

  • 既存店がある場合、既存店の顧客属性データから顧客の居住地域を調査する
  • 出店予定地域で路上アンケート調査を行い、通行人の居住地域を調査する
  • 想定される来店ルートを使用して来店し、所要時間より顧客が来店し得る地域を推定する

3)ターゲット顧客数の調査

商圏を設定したら、その商圏内のターゲット顧客数を調査します。

この際、出店を検討している地域の地方自治体を訪問したり、ウェブサイトで検索したりすると、その地域の年齢・性別など層別の居住データを入手できます。

しかし、そのような公的統計は数が多く、なかなか目当ての統計が見つからないことがあります。また、統計間の連携がなく、個別にデータを集めて集計しなければならないケースもあります。

こうした複雑な公的統計を視覚的に分かりやすく、利用しやすくしたシステムとして、総務省統計局と統計センターが提供する地図情報システム「jSTAT MAP」があります。

■地図情報システム「jSTAT MAP」■
https://jstatmap.e-stat.go.jp/

4)「jSTAT MAP」でできること

「jSTAT MAP」を利用すれば、地図上のある地点を選択するだけで、半径500メートル圏内や半径1キロメートル圏内などの人口や世帯数、事業所数、従業者数などを簡単に把握できます。また、自分で地図上に線を引いて設定した圏内のデータも入手することができます。

地図には人口、世帯数、年齢別人口、性別人口、事業所数などさまざまなデータが収録されているため、地点と商圏を設定して入力するだけで、そのエリアの性別・年齢別人口などのさまざまなデータを出力することができます。

5)売り上げの予測

ここでは、売り上げを予測をするための手法について見てみましょう。その手法には、修正ハフのモデル式があります。修正ハフのモデル式は、来店数を見込むための手法です。地方自治体のデータや「国勢調査」などから算出した商圏内の人口・世帯数を基に、次の式で来店数を推計できます。

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4 新規出店前の現地調査

修正ハフのモデル式などで売り上げを予測しても、商圏はさまざまな要因によって左右されるため、実際に出店した際に予測していたほどの売り上げを獲得できないことは少なくありません。そうした事態を避けるために、事前に現地へ行って実情を確認することが重要です。

ここでは、その現地調査の一例として通行人調査を紹介します。

  • 通行量調査

ある時間帯のA立地(左枠)の人数は15人、B立地(右枠)の人数が10人とします。

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通行量ではA立地のほうが多いのですが、店のターゲット顧客である20代前半の女性(網掛けの部分)の数を数えると、A立地(左枠内)は4人、B立地(右枠内)が6人であった場合、出店立地としてはA立地よりもB立地のほうが適していることになります。

来店客の性別・年齢が重要な場合、通行量調査は、単に通行人の数をカウントしただけでは有用な情報とはなりません。ターゲット顧客となる性別・年齢に合致した通行人の数をカウントする必要があります。また、自動車の通行量を調査する場合、ファミリーをターゲット顧客にするならば、トラック・商用車・スポーツカーの数ではなく、ミニバンやセダンの数をカウントする必要があります。

このように通行人調査を行うことで、公的データで予測した通り、ターゲット顧客としている人口がいるのかどうかを確認することができます。

通行人調査に加えて、現地の実情を確認するためには、次のような調査が必要でしょう。

  • 路上アンケート調査により、顧客ニーズを調査する
  • 近隣の競合店を調査する
  • 今後の交通網の整備や法規制の変更などについて地方自治体に問い合わせる
  • 企業や集客施設の移転についてヒアリング調査する

こうして事前の調査を念入りに行うことで立地条件を検討し、望ましい立地を見つけることが新規出店を成功させるために重要な準備の1つといえます。

以上(2019年8月)

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画像:pixabay

後継者に伝えたい賢者の「家訓」

書いてあること

  • 主な読者:後継者候補や企業に、どのような訓戒を残せばよいか迷っている経営者
  • 課題:企業にとって最も大切なことを分かりやすく伝え、後継者に実践してもらう
  • 解決策:偉大な先人たちの家訓を参考にする。伝えられる側の気持ちにも配慮し、言いたい

ことを絞り、押し付けを避ける

1 家訓は偉大な先人たちの「知恵の結晶」

愛情を注いで育て上げた子供や孫、あるいは経営する企業について、自分が去った後の行く末を案じる気持ちは、誰にでもあるものです。こうした不安を少しでも和らげるために、子孫や部下に対する訓戒として「家訓」を遺すことは、古くから行われてきました。

東京・日本橋の老舗企業である伊場仙(後述)は、投機を戒める家訓を守ったおかげで、バブル崩壊時に損害を免れたといいます。家訓とは、偉大な先人たちが自らの人生経験から得た教訓や価値観を、後継者たちが活かせるようにまとめた「知恵の結晶」ともいうべきものです。

本稿では、企業の後継者に伝える家訓づくりの参考になるように、生きていく上での処世術や、組織の永続に関するもの(企業を永続させるための教え、組織のリーダーとしての心構え)に重点を置いて紹介します。なお、参考文献を引用したものは、現代仮名遣いに直すなど平易に読めるようにしており、必ずしも原文とは一致しません。参考文献を記載していない家訓は、当該企業に直接確認をしています。

2 日常生活に関する戒め

実はどの時代に遺された家訓も、「朝は早く起きなさい」「怠けるな」「酒に溺れるな」「忍耐せよ」など、親が子供に諭す“小言”のような内容が多くを占めています。

小説「三国志演義」では天才的な軍師として活躍している中国・三国時代の諸葛亮(孔明)ですが、妹の子に対して戒めたとされる書簡の中に、次のような一節があります。

「自分の意志を抑えることを学び、感情的な些細(ささい)にとらわれず、疑問に対しては謙虚に教えを請い、また人に対する疑いや恨みをなくすようにすれば、たとえ一時的に挫折することがあっても、品格を損なうことはなく、実現できないことから絶望に陥ったりはしないものだ」(*1)                                    

特に子供や親族に対しては、まずはリーダーとしてより、一人の人間として立派に成長してほしいと願うのは、親の正直な気持ちといえます。

3 生きていく上での処世術

1)武田信玄(戦国武将)

「弓矢の儀、勝負の事、十分(のうち)六分、七分の勝ちは十分の勝ちとする。特に大合戦はこのようにすることが肝要だ。なぜなら八分の勝ちは危うく、九分、十分の勝ちは味方が大敗する下地になる」((*2)を現代語に訳しています)            

特に大きな戦いで完勝すると心におごりが生じ、後の大敗につながると戒めたものです。戦国時代最強ともいわれた武田軍団を支えたのは、トップである信玄の用心深さでした。急成長を続けている企業ほど、こうした家訓を遺しておくべきかもしれません。

2)徳川光圀(水戸藩主)

「掟(おきて)に怖(お)じよ、火に怖じよ、分別なきものに怖じよ(後略)」((*3)を現代仮名遣いにしています)                                

水戸黄門でおなじみの、水戸藩の2代藩主である徳川光圀によるとされる「徳川光圀卿壁書」の一節です。光圀は“不良少年”時代に一念発起して勉学に励み、後に「大日本史」の編さんなどの文化事業にも力を注いだ君主とされています。

上記の家訓は現代風に解釈すると、法令遵守、災害対策、内部統制および顧客対応というリスク管理に対する警鐘とも受け取れます。企業にとって影響の大きいリスクをズバリと指摘する家訓は、遺された後継者にとって有益なアドバイスになるでしょう。

4 企業を永続させるための教え

1)半兵衛麸(京都府京都市)

「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上、

されど、財なくば事業保てず、事業なくば人育たず」

1689年(元禄2年)創業の、京麸・京ゆばを製造販売する「半兵衛麸」(京都府京都市)に、「先義後利」「不易流行」の家訓とともに伝わる教えです。企業の経営者にとって最も大切にすべきものは人材でしょう。しかし、企業である限りは利益を出すことも必要だという、理想を掲げつつも現実との両立を促す内容となっています。「商売であるのでもうけないといけないが、大事なのはもうけた金を何に使うかだ。世の中のために使うということが大事だと考えており、その1つに人材育成がある」(玉置万美社長)とのことです。

老舗と呼ばれる商家の家訓の中には、「先義後利」や「三方よし」に代表されるように、自社の利益だけでなく、企業倫理や社会に貢献することを重視した、現代のCSR(企業の社会的責任)に通じる内容の教えが少なくありません。

経営者が自社を永続させたいと願うのは当然ですが、半兵衛麸の家訓には、ステークホルダーから「この企業は永続させたい」と思われることが、結果的に企業の永続につながるという教訓が込められているようです。

2)大七酒造(福島県二本松市)

「起きて造って、寝て売れ」

1752年(宝暦2年)創業の老舗酒造「大七酒造」(福島県二本松市)で先代から受け継がれた家訓で、朝早起きして一生懸命おいしい酒造りに励んでいれば、売る段階で苦労しないという教えです。

第10代当主の太田英晴社長は、「今の時代、マーケティングが非常に重要であることは言うをまたないが、それでも、良いものを一生懸命に造ってきたという自信がなければ、相手の心を捉える良いマーケティングにつながらない。家訓は今でも私どもの心に生きている」と言います。

また、同社には「外に樫(貸し)、内に花梨(借りん)」の家訓とともに、中庭に植えられた花梨の木が残っています。江戸時代に地元の藩主の別邸で落雷に遭った木を、4代目の当主が賜って植えたもので、雷が一度落ちた木には二度と落ちないだろうという験(げん)担ぎもあるそうです。高品質な酒米の購入や、高品質を維持するための設備投資、醸造過程での長期間の熟成など、「酒蔵の経営は資金力が大切」(太田社長)であり、家訓は「堅実経営と、世間に対して貸しをつくる社会貢献の教えとして受け継がれている」(同)そうです。

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3)伊場仙(東京都中央区)

「2とつくことには手を出すな」

1590年(天正18年)創業の、うちわ・扇子・和紙製品を製造販売する東京・日本橋の老舗「伊場仙」(東京都中央区)で代々受け継がれてきた訓えです。「2とつくこと」とは、セカンドビジネスや投機、セカンドハウス、セカンドカーなど、本業と異なる分野やぜいたく品を意味します。「1つの事業でも続けていくのは大変なので、2番目に手を出す余裕はないと、父から口伝として教えられた」(第14代当主の吉田誠男社長)そうです。

同社はこの他、災害に備えておくことの重要さも伝えられてきたといいます。吉田社長は「江戸は火災や震災が多く、400年の歴史で店舗は10回焼失している。今は地震保険などの備えがあるが、かつては災害時に仮店舗も開ける避難地を所有し、店舗を復旧させるための材木の貯木もしていた」と話しています。

5 組織のリーダーとしての心構え

1)立花宗茂(戦国武将)

「戦は兵数の多少によるものではない。一和の(一つにまとまった)兵でなくては、どれほど大人数であっても勝利は得られないものだ。道雪(注)以来、我らにおいても、小人数をもってたびたび大勝利を得た。これは兵の和によるものだ。その一和の元は、日ごろから心を許して親しむことにある。そうしておけば、ただ一言によっても身命を捨てるものであるから、大将たる者は心得ておくべきだ」((*4)を現代語に訳しています)  

(注)立花宗茂の義父である立花道雪を指します。

この教えを遺した立花宗茂は、豊臣秀吉から「東の本多忠勝、西の立花宗茂。東西無双」とたたえられた武将です。関ヶ原の戦いで西軍に味方していったんは改易(取り潰し)されましたが、誠実で廉潔な人柄や武将としての能力が徳川家康・秀忠に評価されて、後に旧領への復帰を果たし、柳川藩(福岡県)の藩祖となりました。

宗茂に対する家臣の信望は厚く、改易後の浪人時代にも一部の家臣が付き従い、他家に移った旧家臣も経済的な援助をしながら宗茂の復帰を待ち望んだといわれています。

企業にも劣勢の状況で挑戦しなければならないときや、苦境に立たされるときがあるものです。そのようなときこそ、日ごろ築いてきた従業員との信頼関係が大きな意味を持つことでしょう。

2)久保本家酒造(奈良県宇陀市)

「一年の計は田でせよ

百年の計は山でせよ

それ以上は人でせよ」

1702年(元禄15年)創業の「久保本家酒造」(奈良県宇陀市)に伝わる家訓です。酒造りは田で米をつくることから始まり、1年はかかります。また、久保家では山林を所有していますが、出材まで100年がかかります。しかし、何よりも大切なのは「人」なのだという教えです。

同社は2003年に生もと造りを導入するに当たり、新たな杜氏(とうじ)を招くなど多数の協力者を得ました。「周りの人が助けてやろうと集まってくれるような、人間としての器をつくっていくことが、『人でせよ』という意味なのだと痛感している」(第11代当主の久保順平社長)そうです。

同社にはこの他にも、「自分はぜいたくせず、人様を優先させよ」「自利・利他」、第6代当主の弟と親交のあった福沢諭吉の言葉を家訓にした「家業に励み、他を羨むな」といった教えが伝えられています。

6 家訓を遺される側にも配慮を

1)時代の変化に即した家訓に

建国者や創業者の偉業の恩恵が、その後の何世代にもわたって及ぶ時代であれば、家訓は金科玉条のように守られても不思議ではありません。しかし、先代と同じことだけをしていては生き残れない可能性もある現代では、先代の家訓は一歩間違うと、一方的な時代遅れの「押し付け」と受け取られることにもなりかねません。

前述の伊場仙の吉田社長によると、「江戸の老舗には、家訓が遺されている店はそれほど多くない。江戸は経済環境の変化が激しく、火事などの災害も多かったため、のれんを守っていくためには、家訓を遺すことよりも、業態や経営の柔軟性を失わないことのほうが重視されていた」ようです。

無借金経営を勧める家訓が遺っている前述の大七酒造では、2002年の創業250周年記念事業として、新社屋および精米工場を建設するために借り入れを行う決断をしました。太田社長は、「祖父も父も、闇雲に節約して貯めるのではなく、いざというときに大胆に投資できるために蓄えてきた。今の時代は文字通りの無借金経営にこだわるよりは、健全経営に配慮しつつも、将来をみすえた投資をも大切にしている」といいます。

経営者が一番に守るべきものは家訓ではなく、従業員、顧客、取引先などを含めた企業そのものです。家訓を守るために企業の存続が危ぶまれては、本末転倒というものです。

2)家訓の伝達効果を高める方法

戦国時代の武将で津藩(三重県)の藩祖となった藤堂高虎は200カ条の家訓を遺し、それでも足りないとばかりに、さらに4カ条を追加しました。藩の行く末を案じる気持ちは分かりますが、家訓が実際に後継者たちの心にとどまり、活かされ続けるかというと、その伝達効果は疑わしいと言わざるを得ません。現代では、家訓を受け継ぐ人の気持ちにも配慮し、本当に伝えたいことに絞って簡潔にまとめることが、賢者の家訓をつくるための条件の一つになるといえるでしょう。

家訓の伝達効果を高めるためには、伝えたいことを絞るだけでなく、文書の書き方の工夫もあるとよいでしょう。前述の久保本家酒造の家訓のような対句法を活用した表現や、数え歌形式の家訓などは、後継者が覚えやすい家訓をつくるための参考になります。

また、後継者が日ごろから家訓を意識しやすくするための工夫があると、伝達効果はさらに高まるでしょう。家訓は文書にまとめて遺されることが多いですが、中には代々の口伝としている家もあるようです。例えば前述の大七酒造のように、中庭の木が家訓の由来になっていると、後継者はその木を見るたびに家訓を意識することになります。書家や企業にゆかりのある人に揮毫(きごう)してもらった掛け軸ないし色紙を飾っておくなど、目に入りやすい形にして家訓を遺しておくのもよいかもしれません。

7 目的ごとの家訓の種類

本稿で紹介してきた家訓のように、一口に家訓といっても、誰が、誰に、どのような目的で遺すかによって、内容も書き方もさまざまです。京都府が地元の老舗企業への調査などを基に編集した「老舗と家訓」(*5)では、家訓のテーマは次のように分類されるとしています。

1.家名継承、2.祖先崇拝と信仰、3.孝道、4.養生、5.正直、6.精勤、7.堪忍、8.知足、9.分限、10.倹約、11.遵法、12.用心、13.陰徳、14.和合、15.店則

さらに15.の店則については、遵法、信用、商才、倹約(始末)、職分、団結の6つに分類しています。

上記の分類を基に、家訓を目的別(組織の永続か日常生活の規範か)および内容別(実践的か心構えか)に分けて図示しました。次の図表から、家訓には日常生活に関する戒め(日常生活の規範のための実践)、生きていく上での処世術(日常生活の規範のための心構え)、企業を永続させるための教え(組織の永続のための実践)、組織のリーダーとしての心構え(組織の永続のための心構え)といったタイプがあることが分かります。

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【参考文献】
(*1)「中国歴代家訓選」(永井義男、徳間書店、1991年2月)
(*2)「甲陽叢書第一篇 甲陽軍鑑 上」(高坂弾正、温故堂、1892年12月)
(*3)「日本教育文庫 訓誡篇 上」(同文館編輯局編、同文館、1910年5月)
(*4)「名将言行録 前編 下巻」(岡谷繁実、文成社、1896年11月)
(*5)「老舗と家訓」(京都府編、京都府、1970年2月)

                         

以上(2020年7月)

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未来志向で人物評価する/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

  • 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
  • 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
  • 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる

1 「どうなりたいか」を常に考える

経営者は「自由に時間を行き来する」というのは言い過ぎですが、「自社のあるべき姿」を考えるという意味では、経営者は過去と現在の自社の姿を見つめつつ、未来のあるべき姿に思いをはせています。

しかし、先行きの不透明感が高まる昨今は、未来を考えることが一層難しくなっています。こうした不安な状況を、人は一気に打開したいと考えます。しかし、足元がおぼつかない状況で無理をすると、どこかで反動が出てしまうことを経営者は知っています。

こうしたときは、地道な努力を続けるしかありません。実際、経営者は足元はもちろん、遠くにも視線を向けながら一歩一歩進んでいます。それが「自社のあるべき姿」にたどり着く確実な方法だからです。

今回は、「未来志向で人物評価する」「『石の上にも三年』の経営者的な解釈」「自社の原点から未来が開ける」という3つの思考習慣を取り上げます。経営者が未来を見据える上で何らかのヒントになれば幸いです。

2 未来志向で人物評価する

何かを見たり、感じたりするとき、多くの人は「他とは違う部分」に注目します。例えば視力検査で使う、一部が欠けたアルファベットの「C(シー)」のような図形と、全く欠けていない円の図形があった場合、前者の欠けているほうに注目しがちです。

問題は、欠けている部分の捉え方です。一般的な経営者の場合、ビジネスで知り合う相手の多くから得られるのは、「ある部分は至らないが、他は問題ない」といった評価でしょう。これを先の「C(シー)」に当てはめると、欠けている部分がすなわち「欠点」ということになります。

そして、欠点は時間の経過とともに“強烈”に映るようになることがあります。最初は我慢できていても、付き合いが長くなると欠点に触れる機会が増え、徐々に我慢できなくなっていくからです。

それに対し、成功する経営者は「C(シー)」の欠けている部分に注目しますが、捉え方が異なります。欠けている部分、つまり他とは違う部分を、その人の特徴や可能性として前向きに捉えます。

日ごろのビジネスを通じて、経営者は自分自身も含め、人には至らない点があることを痛感しています。そのため、いつも人の優れたところと至らないところの凸凹をつなぎ合わせて、社内のチームや他社との連携を実現しているのです。

また、経営者はその時点の姿だけで人物評価をしません。その人の特徴や可能性が、将来、どのような成長につながるのかをイメージしながら教育します。こうすることが会社のためになることを知っているからです。

相手の欠点ではなく美点に注目し、未来志向で人物評価をするのが、成功する経営者のやり方です。人には欠点があることを前提に、欠点をカバーする美点がどれだけ成長の余地を持っているのかを見極めることが重要なのです。

3 「石の上にも三年」の経営者的な解釈

「石の上にも三年」ということわざがあります。冷たい石でも、3年間、座り続ければ温まってくるという意味が転じて、「つらいことでも3年間我慢して努力を続ければ、道が開ける」という教えにつながっています。

このことわざは、地道な努力を称賛する日本人の気質に合う面があります。しかし、最近では、なぜ硬い石に座るのか、3年は長過ぎるなど否定的な意見も聞かれます。確かに、見方によっては、「石の上にも三年」というのは“苦行”です。

「石の上にも三年」というのは、経営者にも当てはまります。企業経営とは、現実の石とは比べものにならないほど座り心地の悪いところに、いつ終わるか分からない時間、座り続けなければならないものでもあるからです。

これを苦行と思うか、次へのステップにつながる経験と思うかが大きな分かれ道です。何事も相応の努力をして知識を身に付けなければ、次に進めません。この努力は、自己成長につながる、ある意味でワクワクする経験です。

にもかかわらず、努力をする前から、経営者が「つらい。自分には合わない」と諦めたら企業は潰れます。まずはやってみて、その結果で判断すればよいのです。試みたことが自社にフィットしなかったり、自分(経営者)には不要だと思ったりすれば、きっぱりやめればよいことです。

3年という時間も捉え方次第です。企業が3年の中期計画を策定したとしても、それを実現するのは月次計画です。さらに、月次計画の遂行は日々行われます。つまり、同じことを3年続けるというよりも、短期間の努力をつなぐイメージで捉えます。

「石の上にも三年」ということわざを解釈するときに、「石」や「三年」という言葉に引っ張られてしまうのは残念なことです。大切なのは、環境や期間を問わず、必要なときに相応の努力ができるか否かということなのです。

4 自社の原点から未来が開ける

「先のことは誰にも分からない」のは当然のことです。昨今は特に先行きの不透明感が高まっています。こうした状況は、チャンスにも、脅威にもなり得ますが、これもまた経営者の考え方次第です。

先が読めない時代を勝ち抜くために、多くの人が「イノベーション」を求めます。一瞬のひらめきとともに舞い降りるような、圧倒的に斬新で、かつてないアイデアをイノベーションと捉え、夢見るのです。

経営者も常にイノベーションを求めますが、捉え方が違います。経営者の前提は、どんなに素晴らしいひらめきでも、顧客ニーズを満たしていなければ意味がないということです。そして、先が読めない時代は、顧客ニーズも見通しにくいものです。

こうした状況で、やみくもに組織を動かすのは危険です。「活動している」という実感は得られるかもしれませんが、成果はなかなか上がらないはずです。前提となるゴール(顧客のニーズ)が明確でないからです。

イノベーションには「0から1を起こすタイプ」と、「1と1を足して2にするタイプ」とがあります。多くの人は前者をイメージしますが、実際には「ちょっとした組み合わせ」から生まれる後者のイノベーションのほうが世の中では多いのです。

先が読めない時代だからこそ、焦らずに多くの知識を貪欲に吸収しながら、自社の強みを再確認することが重要です。こうしたタイミングでこそ「原点回帰」し、顧客、競合、自社の状況を見つめ直すことが、新たな事業を模索する機会になるでしょう。

インプットとアウトプットの連続によって、組織の“活動域”は揺らぎながら広がっていきます。不確実性が高い状況なら、自社の得意分野を深く耕しつつ、ビジネス領域を広げていくのも有効な手段です。

以上(2018年10月)

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人を好きになるより嫌いにならない/成功する経営者に欠かせない思考習慣

書いてあること

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1 思考習慣のバージョンアップ

経営者は独自の視点と価値観を持って、ビジネスと向き合っています。そうした視点や価値観は、著名な経営者の言葉や、会合などで知り合った経営者仲間から学ぶこともあれば、自身の経験の中で培われたものもあります。

経営者は企業経営において大きな権力を持ち、多くのことを自ら決めることができます。一方、経営者はビジネスから逃げることができません。こうした環境が、経営者ならではの「思考習慣」に結びついていくのでしょう。

経営者は自分の考え方を大切にしなければなりません。それこそが自身の経営哲学でもあるからです。同時に、経営者が成長していくためには、これまでの考え方をバージョンアップする必要があります。

今回は、「報連相は型よりもスピードを求める」「こだわりを守るために方針転換する」「人を好きになるより嫌いにならない」という3つの思考習慣を取り上げます。経営者の考え方をバージョンアップするための何らかのヒントになれば幸いです。

2 報連相は型よりもスピードを求める

「報連相」(報告・連絡・相談)はビジネスの基本であり、社員教育の重要テーマに位置付けられています。そのため、上司は報連相のやり方として、報告をする内容や順番、タイミングを細かく部下に指導します。

やがて部下は、上司から指示された内容を、指示された順番で話すという“型にはまった報連相”が上達していきます。しかし、上司が心から納得できる報連相ができる部下はほとんどいません。

そもそも、上司と部下とでは立場や経験が違うため、報連相の内容などにおいて上司と部下のギャップが完全に解消されることはありません。また、“型にはまった報連相”ができたとしても、その部下が物事を深く考えているとは限らず、上司から「で、どうしたいの?」と聞かれると、何も答えられなくなってしまうことがあります。

経営者も社員に報連相を求めますが、自分と社員とのギャップを誰よりもよく理解しています。そのため、社員には報連相の型よりもスピードを求めます。社員に少しでも早く情報を伝達してもらったほうが、経営者が物事を考え、判断する時間を長く確保することができるからです。

また、経営者は社員が報連相をしやすい雰囲気づくりにも配慮しています。それは、社員から「悪い情報」をいち早く知るためです。悪い情報でも隠蔽されずに伝達される組織は健全といえ、課題の早期解決にもつながるからです。

報連相に限りませんが、情報は求めるだけでは入手できず、相手に「情報を出したい」と思ってもらわなければなりません。経営者は、社員の報連相に感謝する姿勢を示し、社員が情報を出したいと思える雰囲気づくりをすることが欠かせません。

3 こだわりを守るために方針転換する

「一度決めたことに、どれだけこだわるか」。ビジネスでしばしば議論になることです。ビジネスにおいて、経営者は周囲の反対を押し切ってでも自分の考えを押し通すことがある一方で、他人の意見を聞いてすんなりと自分の考えを変えることもあります。

経営者が最もこだわるのは、企業経営の根幹となる理念であったり、社運をかけて取り組む新規事業であったりします(「撤退プラン」はあります)。もちろん、そこから派生する重要事項についてもこだわります。

一方、経営者は競争に勝ち抜くために柔軟性のある考え方を維持することにも努めています。そのため、「これは素晴らしい!」と感じたものは積極的に取り入れます。企業経営に関して多くのことを決められる、経営者だからこその決断です。

また、当初は1000万円の予算を承認する雰囲気だった経営者が、1週間後には500万円まで削減するように指示を出したりします。1週間で考えが変わることもあれば、「具体的な根拠はないものの、500万円が惜しくなった」ということもあります。

いずれも、経営者としては「こだわりを捨てず、直感を信じ、より良い決断をした」ということです。しかし、周囲にはそれが分からないことがあり、自分勝手な経営者であるとか、考えがころころ変わる経営者と映ってしまうことがあります。

企業でありがちな問題ではありますが、経営者の方針が社員にとっては受け入れ難いものでは困ります。経営者の方針を実行するのは社員だからです。そのため、経営者は自分の方針転換によって影響を受ける社員の心境もおもんぱかり、ある程度の配慮をする必要があります。

このことは、提携先など社外の人との関係においても同様です。経営者がより良いサービスを実現するために提携先と決めた内容を見直した場合、その理由が明確に伝わっていないと、提携先は経営者のことを「やりにくい相手」と認識してしまうのです。

経営者のこだわりは周囲からは見えにくく、柔軟性は「付和雷同」と映ることもあります。そうならないように、経営者は方針を出した背景や目的を周囲に伝え、理解を得るようにしましょう。これは、経営者のこだわりを実現するために欠かせない配慮です。

4 人を好きになるより嫌いにならない

ビジネスでは、人と人とのつながりが大切です。相手と良い関係を築くことができれば、ビジネスの可能性は大いに広がります。良いパートナーを見つけ、関係を維持する力は、今どきのビジネスパーソンにとって必須だといえるでしょう。

相手と良い関係を築くために多くの人がすることは、相手を好きになる努力です。ビジネスでは双方の利害がなかなか一致しませんが、相手を好きになることができれば、相手のことを受け入れる余地が広がり、良い関係が築きやすいと考えるためです。

相手を好きになろうとする過程で、相手のことをより深く知れるのはよいことです。ただし、人を好きになるのは簡単ではありません。家族や友達、恋人でさえ分かり合えないことがあるので、ビジネス上の相手ではなおさらのことです。

一方、ビジネスで知り合ったばかりの人のことを好きだという人がいますが、これは考え方や波長が合う程度のことが多く、一緒にビジネスをしてみると、意見が合わない部分や、好ましくないと感じる部分が出てくるものです。

人を好きになるのは難しいということを経営者は理解しています。加えて、企業経営を任されている経営者は、「だまされてはいけない」という思いも強く、会ったばかりの相手とは一歩引いて付き合わざるを得ない面もあります。

以上から、経営者は相手を好きになることよりも嫌いにならない努力をします。好きではないことと、嫌いであることは全く違います。好きではないというのは普通の関係ですが、嫌いになると相手を避けるようになり、ビジネスがしにくくなるのです。

相手を嫌いになる理由は、見た目や話し方、考え方などさまざまです。このうち、見た目や話し方などについては、ビジネスと直接関係ないので、経営者は気にしないようにしています。

また、相手の考え方が気に入らない場合は、自分の考え方を相手の考え方に合わせようとせず、「考え方は多様である」ことを分かる努力をします。あえて苦手な人と2人で会食をして、“異質”に触れる訓練をする経営者もいます。

以上のように、相手を嫌いにならないことは大切です。ただし、ドライに徹し過ぎると“仲間”をつくることができません。経営者には社内外の仲間が必要です。「この人だ!」と感じる人がいれば、心を開いて相手の懐に飛び込んでみることも大切です。

以上(2019年4月)

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経営者から管理職へ 「名言」で伝える心構え

書いてあること

  • 主な読者:日々、部下指導に悩む管理職を励ましたい経営者
  • 課題:うまく部下指導ができない、部下に気を使いすぎる。そんな管理職が多い
  • 解決策:名言を使って管理職としての自覚を伝えると同時に、経営者が管理職を応援する気持ちも伝える。

1 管理職に対してこそ必要な「メッセージ」

管理職は、部下の指導について多くの悩みを抱えています。部下との意思疎通をうまく図れない、部下がついてきてくれない、部下が思うように成長しない、部下が何を考えているか分からない……。こうした現状に疲弊している管理職は少なくありません。

管理職の話を聞き、励ますのは、経営者の大切な仕事です。特に、組織を率いる立場の経営者から語りかけるメッセージは、管理職の「行動指針」にもなるでしょう。本稿では、「重さ」「弱さ」「強さ」というテーマでそのようなメッセージを紹介します。

2 「重さ」を自覚するための言葉

今、多くの管理職が「部下との接し方」に迷い、悩んでいます。「部下を理解したい」「自分(管理職)の意図を理解してほしい」と思う一方、「部下を叱るとパワハラと言われるのでは」「部下に嫌われたくない」と恐れる気持ちもあります。

こうした気持ちが強過ぎると指導がしにくくなり、部下を避けてしまいかねません。そこで経営者は、「管理職としての部下との接し方」を、改めて管理職に伝えましょう。その際、ミスター・ラグビーと呼ばれた平尾誠二氏の次の言葉が参考になります。

  • 「コミュニケーションの頻度を高めることが、コミュニケーションを深めるとは限らない」(*)

数々のラグビーチームを率いた経験を持つ平尾氏の考えは、リーダーが行うコミュニケーションの在り方として、「短絡的に、コミュニケーションは量が多いほうが良いと考えるのは間違いだ」というものでした。

リーダーが安易にコミュニケーションを取り過ぎていると、「肝心なときに言葉が求心力を持たなくなる」と平尾氏は考えていました。そのため、神戸製鋼ラグビー部のキャプテン時代には、他の選手とはあえて距離を取り、メリハリをつけていたといいます。

平尾氏の考え方は、管理職にもあてはまる部分があります。部下を指導する立場にある管理職の発言には、ある程度、「重さ」が必要です。部下に好かれようと気を使い、部下に対して“仲良く”接しているだけでは、管理職としての「重さ」は感じられません。

管理職の役目は、部下を成長させることです。そのため、叱るべきときは厳しく叱る、褒めるときは大いに褒める、挑戦させるときには思い切って部下を突き放し、部下に一人で苦労させるなど、メリハリをつけて接するのが理想です。

しかし、これは簡単ではありません。特に、叱ることや、突き放すことができない管理職は多いでしょう。経営者は、平尾氏の言葉を借りて、管理職に必要な「重さ」を自覚させ、部下との接し方を、改めて考えさせることが大切です。

3 「弱さ」をさらけ出すための言葉

管理職の中には、部下や周りに対して「格好をつける人」がいます。「管理職として部下に良い影響を与えたい」といった思いであれば理解できますが、単に「できる管理職として自分を良く見せたい」という自分勝手な考えが行き過ぎてはなりません。

こうした管理職は、問題を隠したり、部下に対して「いい顔」ばかりしたりすることがあるからです。経営者は、「時にはありのままを見せる大切さ」を伝えましょう。その際、スターバックスの元CEO、ハワード・シュルツ氏の次の言葉が参考になります。

  • 「偉大なリーダーも、時にはある程度の弱さを見せ、本心を他人と共有しなければなりません」(**)

スターバックスにとって、非常に厳しいシーズンとなった1995年のクリスマス。売り上げは「絶望的」で、このままでは会社が危機に直面するという状況でした。シュルツ氏は、全社員を集め、厳しい現状と、心配している苦しい胸の内を正直に伝えたのです。

それまで、常勝のヒーローとされてきたシュルツ氏が社員に初めて「弱さ」を見せたため、反発する経営陣もいました。しかし、社員の多くは、自分たちが直面している問題を直接CEOから詳細に説明してもらい、非常に良かったと言ったそうです。

シュルツ氏はこのとき、社員にとって必要なのは、「気勢を煽ることではなく、苦境を具体的に知らせ、実質的な指導をすることだ」と思っていました。これは、会社全体と社員一人ひとりのために自分がすべきことを真剣に考えたからこそといえるでしょう。

ビジネスは、良いこともあれば悪いこともあります。時と場合によりますが、管理職は組織全体や部下のために、悪いことや弱点ほどいち早く明らかにし、具体的な対策を考え、部下に指示しなければなりません。格好をつけている場合ではないのです。

管理職が考えるべきなのは、「自分がどう見られるか」ではありません。組織のこと、そして守るべき部下のことです。経営者は、シュルツ氏の言葉を借りて、真剣に部下を思う気持ちを伝え、管理職に「自分視点」から脱却するよう指導しましょう。

4 継続する「強さ」を持つための言葉

部下の指導に真面目に取り組んでいる管理職ほど、悩みは深いものです。部下が思うように成長しないことに腹立ち、落胆し、つい、「自分で全部やったほうが早い」と自分で手を動かしてしまうことなどは、管理職の“あるある”といってもよいでしょう。

経営者は、部下の指導は地道に行うべきものであること、そして指導をあきらめてしまっては、部下だけでなく管理職自身も成長できないことを繰り返し伝えなければなりません。その際、帝人の元会長・社長である長島徹氏の次の言葉が参考になります。

  • 「どうぞあきらめさせないでください」(***)

貧しかった長島氏は幼い頃、野球用のボールを買ってもらえず、何時間もかけて布を巻きボールを作りました。そのボールが竹やぶに入ってしまい、どれほど探しても見つからなかったとき、長島氏は「あきらめさせないでください」と祈ったといいます。

長島氏は、「ボールが見つかるように」ではなく、「ボールを探そう」という自分の気持ちが消えないように、自分があきらめるという考えを抱くことのないようにと祈ったのです。何事も自分の気持ち次第であるという強い意志の表れといえるでしょう。

部下の指導も同じです。管理職があきらめてしまったら、部下の成長は止まってしまうでしょう。管理職にとって“敵”は部下ではありません。あきらめて、「自分で全部やったほうが早い」と部下と向き合うのをやめてしまう管理職自身の気持ちが“敵”なのです。

多くの経営者は、管理職に比べて、社員(部下)を育てることを簡単にあきらめたりはしません。経営者は、会社やビジネスから逃げることができません。覚悟の度合いとそれに支えられた意志の強さが管理職とは違うのです。

とはいえ、経営者も、人を育てることが一番難しいと実感しています。そこで経営者は、長島氏の「どうぞあきらめさせないでください」という言葉を借りて、管理職に、「自分も決してあきらめない。だから一緒に頑張ろう」と思いを共有することが肝要です。

  • 【参考文献】
  • (*)「人を奮い立たせるリーダーの力」(平尾誠二、マガジンハウス、2017年4月)
  • (**)「世界のトップ経営者に聞く!:CNNリスニング・ライブラリー」(『CNN English Express』編集部編、朝日出版社、2012年3月)
  • 「スターバックス成功物語」(ハワード・シュルツ、ドリー・ジョーンズ・ヤング(著)、小幡照雄、大川修二(訳)、日経BP社、1998年4月)
  • (***)「58の物語で学ぶリーダーの教科書」(川村真二、日本経済新聞出版社、2014年4月)

以上(2019年1月)

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いまさら聞けない請求書・領収書の基礎知識

書いてあること

  • 主な読者:適正な会計処理・税務処理を徹底したい経営者・経理担当者
  • 課題:身近であるが故に、特段注意を払わずに、流れ作業的に取り扱ったりしている人が少なくない
  • 解決策:実務上問題になることの多い税務の観点から、請求書・領収書に関する基礎知識を解説

1 請求書・領収書の基本

1)請求書・領収書とは

請求書は、代金の支払人に対して、販売した商品等の代金の支払いを求める書類です。また、領収書は、代金の受取人がその代金を受け取ったことを証明する書類です。

請求書・領収書は、ビジネスパーソンであれば必ず取り扱うことになる身近なものです。一方で、身近であるが故に、「会社の備品を買ったときには、とにかく領収書をもらわなければいけない」といったように、曖昧に覚えていたり、特段注意を払わずに、流れ作業的に取り扱ったりしている人が少なくありません。

しかし、請求書・領収書は、誰が誰に対して、いつ、何のために代金を支払った(受け取った)かという「お金の動き」を示す大切な書類です。

本稿では、実務上問題になることの多い税務の観点から、請求書・領収書に関する基礎知識を紹介します。実際には、この他にも会計上や法務上の留意点や、社内規程などのルールが定められていることがあるので、こうした点にも注意しましょう。

2)請求書・領収書の記載事項および様式

請求書・領収書の記載事項については、「この事項の記載が漏れていたら請求書・領収書として認められない」といったものが、法人税法・所得税法上で定められているわけではありません。ただし、「お金の動き」を把握するために必要となる事項は共通しているので、請求書・領収書はおおむね同じです。

例えば、請求書の一般的な記載事項は次の通りです。

  • 宛名
  • 発行者(会社等)の名称・住所
  • 日付
  • 請求金額(内訳と合計金額)
  • 支払期限
  • 振込先(銀行口座名等)および振込手数料負担者

また、領収書の一般的な記載事項は次の通りです。

  • 宛名
  • 発行者(会社等)の名称・住所
  • 日付
  • 受領金額
  • 但書

請求書・領収書の様式も記載事項と同様に法人税法・所得税法上では定められていません。そのため、市販されているもの、インターネット等で入手したひな型、自社独自に作成したもの等であっても問題はありません。

3)消費税法における定め

消費税法上では、請求書・領収書の記載事項について定めがあります。詳しい説明は省略しますが、消費税の課税事業者で簡易課税制度を適用しない事業者が、支払対価が3万円以上の場合で仕入税額控除を受けるときには、原則として、取引の相手方から交付を受ける請求書等(請求書、納品書その他これらに類する書類で領収書も含まれる)を保存しなければならず、その請求書等には、次の事項が記載されていなければなりません。

  • 書類の作成者の氏名又は名称
  • 課税資産の譲渡等を行った年月日
  • 課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容
  • 課税資産の譲渡等の対価の額
  • 書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
  • 軽減税率の対象品目である旨(「※」等軽減税率の対象となることを表示)
  • 一般税率と軽減税率ごとに区分して合計した対価の額(税込)

この規定に該当する請求書・領収書には、上記事項の記載がなければなりませんが、前述した一般的な請求書・領収書には、これらの記載事項が含まれているため、実務上はあまり気にする必要はないかもしれません。

なお、軽減税率等の導入により、2019年10月1日から2023年9月30日までの期間は、今までの『請求書等保存方式』を維持しつつ、区分経理に対応するための措置として、『区分記載請求書等保存方式』が導入されています。

2 請求書・領収書のよくある10の疑問

ここでは税務上、問題になることが多い領収書を中心に、実務上よくある疑問点や間違った認識を持っている人が多い事項について、取り扱い方法等を紹介します。

1)領収書は必要になるか

領収書がなくてもレシートがあれば問題がない場合があります。

最近のレシートには、発行する会社名・店名、住所、日時、購入品目、購入金額に加えて、飲食店の場合は利用人数なども印字されているものが多くなっています。こうしたレシートであれば、前述した「領収書の一般的な記載事項」については、おおむね網羅されているため、領収書がなくとも問題はありません。ただし、金額しか記載されていないような簡易レシートの場合は、領収書を発行してもらう必要があります。また、高額の支出の場合は、領収書を発行してもらうほうが無難です。

なお、レシートには宛名の記載がありません。一方、前述した消費税法上定められた記載事項には「書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称」とあります。ただし、消費税法には小売業、飲食店業、写真業、旅行業等を営む事業者が交付する請求書等については、「書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称」の記載要件が除かれています。

レシートを発行する企業のほとんどは小売業や飲食店業のため、実務上、この点を気にする必要はほとんどないといえるでしょう。

2)宛名が「上様」とされた領収書は有効か

領収書の宛名が、「上様」とされることがありますが、これは会社名を記載するようにしたほうがよいでしょう。

法人税法上は、宛名に関する特段の規定がないため、「上様」とされている領収書であるからといって、直ちに経費にできないということはありません。ただし、「上様」では、誰が支出したのか(本当に会社の経費なのか)ということが、領収書だけでは判断できません。そのため、税務調査の際に指摘を受けたり、説明を求められたりするなど、問題が発生することがあります。

また、社内実務においても、「上様」の領収書では、個人的な支出など不適切な支出に対するものか否かといった判断が難しくなります。

加えて、消費税法上の場合は、前述した通り、一定の要件に該当する場合以外は、「書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称」がなければ、仕入税額控除の対象とすることができなくなることがあります。

3)4万円の領収書を発行。収入印紙を貼り付ける必要はあるか

2014年4月1日付以降に発行される領収書(印紙税法上は「領収書」「レシート」等の名称にかかわらず、金銭又は有価証券の受取書の全てが対象になります)については、記載された受取金額が4万円であれば、収入印紙を貼り付ける(印紙税を納付する)必要はありません。

領収書は、記載された受取金額に応じて、印紙税を納付しなければなりません。印紙税の納付は、領収書などの課税文書に収入印紙を貼り付けた上で、その課税文書と収入印紙の彩紋とにかけて消印等をしなければなりません。

2014年3月31日までに発行された領収書は、記載された受取金額が3万円未満の場合に非課税となるため、4万円の領収書であれば印紙税を納付する必要がありました。一方、2014年4月1日以降に発行される領収書は、5万円未満まで非課税となるので、印紙税を納付する必要はありません。

領収書の発行実務を頻繁に行わない人は、「3万円未満は、印紙税の納付は不要」としか覚えていないことがあり、誤って収入印紙を貼り付けてしまうことがあるので注意しましょう。

なお、消費税額等が区分記載されているとき又は、税込価格及び税抜価格が記載されていることにより、その取引に当たって課されるべき消費税額等が明らかとなる場合には、その消費税額等は印紙税の記載金額に含めないこととされています。

4)領収書に貼る収入印紙の消印が押されていないけど問題ないか

印紙税を納付するときには、単に収入印紙を貼り付けるだけではなく、その収入印紙が使用済みであることを示す消印等をしなければなりません。そのため、正しい金額の収入印紙を貼り付けていたとしても、消印等がない場合には「印紙税を納付していない」ことになるので、収入印紙の金額の同額と過怠税が課されます。

また、本来、印紙税を納付する必要があるにもかかわらず、収入印紙を貼り付けていない場合は、その事実が税務調査等で発覚すると、「納付しなかった印紙税額+その2倍に相当する金額の合計額」(すなわち印紙税額の3倍の金額)の過怠税が課されるので注意が必要です。ただし、不備について自己申告した場合は、「納付しなかった印紙税額+その10%に相当する金額の合計額」に過怠税が軽減されます。

なお、印紙税が納付されているか否かと、領収書の有効性は関係ありません。そのため、印紙税が納付されていなくても、領収書の内容自体は有効と認められます。

5)領収書に宛名の記載が漏れていた。追記してよいか

領収書に不備がある場合は、勝手に追記をせずに、それらを発行した相手方に修正をしてもらったり、再発行してもらったりするなどしてください。

領収書・請求書は法律上の証拠書類に当たります。証拠書類に勝手に追記をしたり、書き換えたりすると私文書偽造として刑事罰の対象となる可能性があります。また、税務調査などで発覚すれば、重加算税を課される可能性があります。

6)領収書に書損が生じたので、破棄してよいか

領収書は、書損をしても勝手に破棄せずに、領収書の控えと併せて保管するのが一般的です。

様式は各社各様ですが、領収書は通し番号を付して管理するのが一般的です。また、相手に渡す領収書と社内で保管する控えがワンセットになっていますが、書損が発生した場合は、領収書を破棄せずに控えと併せて保管しておくことが大切です。

これは、領収書の改ざんや金銭の横領などの事故を防止するためです。例えば、誰かが「顧客から現金を受領し、控え分と併せて事前に抜き取った領収書に金額を記載して顧客に渡し、現金を横領する」ということを企てた場合、通し番号を付していれば、会社に保管している領収書は、その番号だけ抜けているので、不正の端緒をつかむことができます。

7)クレジットカード会社が発行した請求明細があれば領収書は不要か

商品などの販売元が発行する「ご利用明細」等は領収書の代わりになりますが、クレジットカード会社が発行した請求明細は、領収書の代わりにならないと考えたほうがよいでしょう。

請求明細の取り扱いで問題になるのが消費税です。クレジットカード会社が発行した請求明細は、課税資産の譲渡等を行った事業者(商品などを販売した事業者)が作成・交付した書類ではないため、前述した消費税法の規定に該当する書類とは認められません。

一般的に、クレジットカードで商品などを購入すると、販売元は「ご利用明細」等を発行しています。通常、「ご利用明細」等には、書類の作成者の氏名又は名称をはじめ、前述した要件が全て記載されているため、消費税法の規定に該当する書類と認められます。

ポイントは「ご利用明細」等の書類の名称ではなく、必要事項が漏れなく記載されていることなので注意をしましょう。

8)インターネット通販での「取引内容確認メール」は、領収書の代わりになるか

「取引内容確認メール」は、基本的に領収書の代わりになります。

インターネット通販の場合、領収書・請求書を発行していないことがあります。この場合、購入手続きを終えた後に送信されてくる「取引内容確認メール」や、購入手続き終了後に表示される購入情報が掲載されたウェブページなどは、発行する会社名・店名、住所、日時、購入品目、購入金額、購入者名といった事項が記載されていることが一般的であり、こうしたものであれば領収書の代わりとすることができます。

9)倉庫がいっぱいになったので、請求書・領収書を破棄してよいか

請求書・領収書は保存期間が決められているので、勝手に破棄してはいけません。

請求書・領収書は、法人税法上、「取引等に関して作成し、又は受領した書類」として、保存期間が定められています。例えば、青色申告者の場合は、原則、その事業年度の確定申告書の提出期限の翌日から7年間の保存が義務付けられています(青色申告書を提出した事業年度に欠損金が生じた場合は、当該年度からの保存期間は9年間(注)となります)。この期間中は「保存スペースがないから」「前回の税務調査で、税務署に確認されたから」等という理由で、勝手に破棄してはいけません。

なお、請求書・領収書などの帳簿書類は、一定の要件を満たす場合は、マイクロフィルムや電磁的データ等で保存することができます。スペースの問題で保存が難しい場合は、こうした方法を検討してもよいでしょう。

(注)2018年4月1日以後に開始する欠損金の生ずる事業年度においては、保存期間は10年間となります。

10)交際費等に該当する飲食費が1人当たり5000円を超えた。領収書を2つに分けてそれぞれ1人当たり5000円以下になるようにしたらどうなるか

領収書を2つに分けることには意味がありませんし、分けてはいけません。

現在は法人の資本金や交際費の内容等の一定要件により損金に算入できる場合がありますが、原則として、交際費等は税務上の損金に算入することができません(一定要件に関する詳しい説明は省略します)。ただし、交際費等の範囲に含まれるものであっても、1人当たり5000円以下の飲食費(社内飲食費を除く)は、一定の要件に該当するものについては、損金に算入することができます。

そうすると、「1人当たり5000円を超えたときに、領収書を複数に分けてそれぞれ1人当たり5000円以下になるようにしたら、損金に算入することができるのでは」と考える人がいるようです。

しかし、領収書が複数に分かれていても、それが一体の飲食であるときは、全ての領収書に記載された金額を合計した上で、金額の判定を行います。

国税庁「交際費等(飲食費)に関するQ&A(平成18年5月)」では、これに類似したケースである「1次会と2次会の費用」に関するQ&Aがあり、次の通り説明されています。

(Q)

飲食費が1人当たり5000円以下であるかどうかの判定に当たって、飲食等が1次会だけでなく、2次会等の複数にわたって行われた場合には、どのように取り扱われるのでしょうか。

(A)

1次会と2次会など連続した飲食等の行為が行われた場合においても、それぞれの行為が単独で行われていると認められるとき(例えば、全く別の業態の飲食店等を利用しているときなど)には、それぞれの行為に係る飲食費ごとに1人当たり5000円以下であるかどうかの判定を行って差し支えありません。

しかしながら、それら連続する飲食等が一体の行為であると認められるとき(例えば、実質的に同一の飲食店等で行われた飲食等であるにもかかわらず、その飲食等のために要する費用として支出する金額を分割して支払っていると認められるときなど)には、その行為の全体に係る飲食費を基礎として1人当たり5000円以下であるかどうかの判定を行うことになります。

(出所:国税庁「交際費等(飲食費)に関するQ&A(平成18年5月)」)

なお、こうしたことを意図的に行うと、仮装隠蔽と判断されて重加算税の対象となる可能性があるので注意しましょう。

以上(2019年12月)
(監修 税理士法人コレド会計 税理士 石田和也)

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働く人なら一度は考えるべき「ビジネスの三種の神器」

書いてあること

  • 主な読者:立場を問わず、悩みや迷いを抱える全ての働く人
  • 課題:もやもやした悩みや迷いを誰に相談したらいいか、どう解決したらいいか分からない
  • 解決策:自分がビジネスにおいて大事にしている軸は何か。それを「三種の神器」として改めて考えてみる

1 「ビジネスの三種の神器」とは何か

ビジネスにおいて大切だと思うものが何かは、人によって異なります。「コミュニケーション」を大切にしている人もいれば、「知識」が大切という人もいます。これらはいわば、「ビジネスの価値観」です。

ビジネスの価値観が明確な人は、実はあまり多くはありません。むしろ、これまで考えたこともないという人が大半ではないでしょうか。そうした人にお勧めしたいのが、「ビジネスの三種の神器」を挙げてみることです。

戦後の日本における新生活の象徴であり、生活の必需品だった「白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫」は、一般的には「家電の三種の神器」といわれていました。「ビジネスの三種の神器」は、そのビジネス版と考えれば分かりやすいでしょう。

自分のビジネスにおける必需品、欠かせないもの、大切にしているもの。こうした「ビジネスの三種の神器」を挙げれば、ビジネスに対する取り組み方や向き合い方が分かります。本稿では、「ビジネスの三種の神器」の活用法や例などを紹介します。

2 「ビジネスの三種の神器」で見えるその人の姿

自分で挙げるだけでなく、人の「ビジネスの三種の神器」を知れば、その人の考え方や姿勢が見えてきます。経営者と社員、上司と部下などが、それぞれ「ビジネスの三種の神器」とその理由を挙げれば、互いに対する理解が一歩深まるかもしれません。

また、社内外を問わず、自分よりも立場が上の人に聞いてみると、自分では思い至らなかった「ビジネスの三種の神器」を学ぶことができます。「ビジネスの三種の神器」は、立場によって変わってくるからです。

例えば、ある営業担当者が「パソコン、スマホ、名刺」というツールを3つ挙げたのに対して、その上司は「パソコン、部下、メンター」を挙げました。部下やメンターが必要だという考えは、上司という立場だから出てきたものといえるでしょう。

起業家と社員でも「ビジネスの三種の神器」は違います。例えば、ある起業家は「理念、情熱、教育」の3つを挙げています。もし、社員がこうしたものを挙げたなら、その社員には新しい道を切り開いていこうとする起業家マインドがあるのかもしれません。

3 「ビジネスの三種の神器」には理由がある

「ビジネスの三種の神器」に正解はありません。人それぞれで、立場の他にも、関わっている仕事によっても異なるでしょう。例えば接客業であれば、「笑顔」を挙げるかもしれません。専門職の人の中には「技術力」を挙げる人もいるでしょう。

また、ツールとスキルを組み合わせる人もいます。「パソコン」に加え、「文章力、分析力」を挙げた人がいますが、これは、パソコンは必需品ではあるものの、それだけでは十分ではなく、自分で考えアウトプットすることが大切だといいます。

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「ビジネスの三種の神器」は、「何を挙げるか」も大切ですが、それよりもっと重要なのは、自分にとっての「ビジネスの三種の神器」は何か、それはなぜかを考えることにあります。そうすると、ビジネスに対する自分の思いが明らかになるからです。

例えば、上表では「墓参り」を挙げている人がいます。これは、その人が日ごろから感謝の気持ちを忘れず、常に正しい行いをしていることがビジネスの成功につながると考えているからであり、正しい行いを象徴するのが「墓参り」なのだといいます。

また、「人物を見極める力」を挙げている人は、相手が何をどこまでできる人なのか、本当に信頼できる人なのかを見極める力が、ビジネスには欠かせないといいます。ビジネスは一人ではできない、「人」の力こそが必要だという思いの表れといえるでしょう。

4 誰の「ビジネスの三種の神器」を聞きたいか

「ビジネスの三種の神器」がビジネスに対する思いを表すのなら、次に考えてみたいのは、「誰に聞きたいか」ということです。自分が尊敬している人や一目置いている人、目標としている人の「ビジネスの三種の神器」を聞きたいと思うのではないでしょうか。

そうした人には機会を見つけて、「ビジネスの三種の神器」を尋ねてみましょう。周りから尊敬されるような人は、ビジネスに対する強い思いや信念を持っているものです。大きな学びとなる「ビジネスの三種の神器」を答えてくれることでしょう。

また、部下育成に悩んでいる経営者や上司は、部下に、誰の「ビジネスの三種の神器」を聞いてみたいかを尋ねてみるのも一策です。そうすれば、部下がどのような人を尊敬しているか、どのような人に憧れを抱いているかが見えてくるかもしれません。

5 変化する「ビジネスの三種の神器」

立場が変われば「ビジネスの三種の神器」も変わってきます。そうした意味では、成長度合いを測るモノサシともいえます。経営者や上司は、定期的に部下に、「今のビジネスの三種の神器は何か」を尋ねてみてもよいでしょう。

自分の「ビジネスの三種の神器」の記録を付けておけば、自分自身の成長を測ったり、考え方の変化を認識したりすることもできます。今の「ビジネスの三種の神器」を書き留めておき、3年後、5年後に改めて振り返ってみるのもよいでしょう。

例えばある経営者は、会社設立当初は、恐らく「信念、スピード、根性」といったものが「ビジネスの三種の神器」だったと振り返ります。経営が安定し社員が増えた今では、「信念」は変わらないものの、残り2つは「社員」と「誇り」だといいます。

人にもよりますが、「ビジネスの三種の神器」の変化は、どのようにビジネスに取り組んできたかを表す軌跡でもあります。今、自分がビジネスにおいて大切だと思うものは何か。そして、それがどのように変化していくのか。一度、真剣に考えてみましょう。

以上(2019年1月)

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経営者と管理職の役割分担を考える

書いてあること

  • 主な読者:もっと管理職に期待に応えてほしいと思っている経営者
  • 課題:管理職との意思疎通がうまくできていない、管理職が頼りない
  • 解決策:経営者がやるべきは、思いの共有、役割の確認、そして我慢

1 経営者から見ると管理職が頼りない?

経営者は、管理職が自分(経営者)の考えや思いを正しく理解し、それを現場に伝えてまとめてほしいと期待します。しかし、これができている管理職は多くはありません。経営者から見ると、管理職が管理職としての仕事をしていないのです。

見かねて管理職のやり方に口を出し、場合によっては経営者自身が細かく指導することもあるでしょう。社員育成は経営者の仕事ですが、細かなところまでやっていては、将来のビジネスの種を見つけ、組織を前に進めるという経営者本来の仕事ができません。

このように、経営者が管理職を頼りないと感じると、経営者と管理職の役割分担がうまくいかなくなり、企業活動に支障を来すことがあります。本稿では、そうならないようにするために、経営者が意識すべきポイントをまとめました。

2 組織のギャップを解消する

1)まずはギャップの認識

理想的な組織は、経営者が掲げる“理想の社員像”を少なくとも管理職が理解し、それに基づく指導を現場で行うことです。しかし、経営者と管理職の考えや思いには次のようなギャップがあり、なかなか認識合わせができません。

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2)理解できる? 管理職の経営者に対する不満

経営者が管理職に不満を覚えているのと同様に、管理職も経営者に不満を覚えています。管理職も「管理職としての役割を果たそう」と思ってはいます。「自分がこの組織を回していく!」という責任感や、やりがいを持っている管理職もいます。

しかし、経営者の思いが分からず、自分のやり方に自信が持てない管理職もいるのが事実です。特に、答えが見えにくい部下指導については、自分のやり方が正しいのかどうか迷うことが多いのです。

経営者は、管理職の部下指導が正しくない、迷っているのだろうと感じると口を出します。経営者は指導方法の手本を管理職に見せているつもりですが、管理職にはそれが分からず、「自分のやり方はそんなにまずいのか」と自信をなくします。

そして、経営者が直接社員を指導するなら、「自分は何も言わないほうがよいのではないか」と誤解する管理職が出てきます。経営者は管理職を指導しているつもりが、自信のない管理職は、強烈な“ダメ出し”をされているように感じるのです。

3)経営者と管理職のギャップを埋めるには?

こうした経営者と管理職のギャップを埋めるために、経営者は管理職に2つの働き掛けをしましょう。1つ目は経営者の考えや思いを管理職に伝え、理解させることです。2つ目は、経営者が管理職に対して、管理職として成長させる機会をつくることです。

そのためには、経営者自身が経営者と管理職の役割を整理した上で、「経営者として何をすべきか」「どこまで管理職に任せるか」を考えなければなりません。管理職も、「経営者が教えてくれないから分からない」と言っているだけではなく、経営者の考えや思いを理解するよう努め、部下指導に生かす方法を考えなければなりません。

以降ではそれぞれのやるべきことを見てみましょう。

3 経営者と管理職が考えや思いを共有する

1)経営者は管理職に「何を大切にしているか」をイメージさせる

経営者は、管理職に自分の考えや思いを伝える機会を設けましょう。経営者の考えや思いをある程度理解し、行動に移すことのできる管理職もいます。そうした管理職に協力してもらって、他の管理職に伝えてもらうのも一策です。ただしその場合、えこひいきに思われないよう注意が必要です。

経営者の言うことを“腹落ち”しないと思う管理職もいますが、そうした管理職に対しては、ゆっくり時間をかけて話すしかありません。

2)管理職のほうから経営者に近づく努力をする

経営者の考えや思いが分からない、期待されている役割が分からないという管理職は、遠慮せずに経営者に質問してみましょう。しかし、一見簡単なようでいて、この「経営者に質問する」ことがなかなかできないのが管理職です。

管理職には「管理職なのだから自分でなんとかしなければ」という思いがあるのです。そこでまず、経営者の愛読書や普段よく使う言葉などから、「経営者が何を大切にしているか」を学び取ることから始めてみましょう。

経営者が大切にしていることを学ぶと、経営者と同じ言葉で話ができるようになります。経営者が管理職や他の社員に、考えや思いを伝えるのは言葉です。経営者と同じ言葉で話せるようになれば、経営者の考えや思いに近づくことができるでしょう。

管理職が経営者の考えや思いを理解するために、部下指導について具体的な相談を持ち掛けるのも一策です。経営者の答えとその理由を聞けば、経営者がどのような部下指導を求めているかを知るためのヒントになるでしょう。

3)「耳の痛い話」こそ共有できる関係を目指す

「こんなことは経営者に言えない」と思い、自ら口を閉ざしてしまう管理職もいるでしょう。特に、自分の部下のマイナス点は「部下のために」「経営者に心配を掛けたくない」と、よかれと思って言わない管理職は少なくありません。

しかし、部下にマイナス点があるのなら、その事実は早く経営者に伝えなければなりません。経営者には、現状を正しく把握し、組織全体の今後を考える責任があります。現場の社員(部下)の現状を、正しく経営者に伝えるのも管理職の重要な役割です。

一方の経営者も、管理職から部下のマイナス点など「耳の痛い話」を聞き出せるように、一緒に飲みに行くなどの機会をつくらなければなりません。耳の痛い話こそ、経営者と管理職で共有していくことが大切です。

4 管理職が管理職としての役割を果たすには

1)経営者はとにかく我慢する

基本的には、「経営者が決めて管理職が実行する」というのが経営者と管理職の役割分担です。経営者が部下指導について決めるのは、会社としてのルール、社員のあるべき姿、そして個々の社員について「どのレベルに達してほしいか」の3つです。

この3つを管理職に伝えた上で、具体的な部下指導の方法は管理職に考えさせましょう。どうしても管理職がうまく指導できないときなどは、経営者が口を出す必要がありますが、原則として部下指導は管理職に任せ、「我慢する」のも経営者の役割です。

経営者から見れば、管理職の部下指導は不十分に思えることが多々あります。その場合も、経営者が直接その部下に指導する前に、管理職に「もし私だったらこうする」と伝えてみるとよいでしょう。そうして管理職を成長させることが必要です。

2)管理職は経営者の決めたことを部下に行動で示す

管理職の役割の1つは、経営者と部下(社員)のクッションになることです。経営者の決めたことを部下が理解できるよう、管理職が自分(管理職)の言葉や行動で、「どうすればよいか」を具体的に示すことが大切です。

例えば、経営者が「自己啓発に積極的に励んでほしい」と決めたとしましょう。管理職がやるべきは、まず、セミナーに参加したり資格取得を目指すなどして、管理職自身が自己啓発に努めている姿を部下に見せ、まねさせることです。

部下にまねさせるには、実績を上げなければなりません。この場合、本気で自己啓発に取り組み、資格取得にチャレンジするなら合格することが大切です。その上で、部下の適性やキャリアなどを考え、具体的に部下が行くべきセミナーなどを指示しましょう。

ルールについても同様です。「挨拶をする」のが会社のルールなら、管理職自身が職場の誰よりも挨拶をしっかりしなければなりません。時間管理を徹底するのがルールなら、管理職がまず時間管理をしなければならないのです。

3)管理職の仕事を取り上げられるのは経営者しかいない

多くの管理職が抱えるのが「時間の壁」です。プレイングマネジャーの管理職は、部下指導に割く時間がないというのが本音です。状況に応じて管理職の仕事を取り上げ、他の社員に振り分けるのは経営者の仕事です。

管理職は、ある程度は自分で差配してなんとかしなければなりませんが、難しい場合はそのことを経営者に相談しましょう。「大丈夫です」と言って無理に仕事を抱え込むのは、管理職として正しい選択ではないことを理解しなければなりません。

5 経営者も管理職も考えるべき管理職の成長

部下指導について経営者と管理職のやるべきことを見てきましたが、重要なのは、経営者が決めたことを管理職が実行できるよう、経営者が管理職を育てることです。同様に管理職は、自ら管理職として成長できるよう努めなければなりません。

経営者が管理職に求めることは、経営者の考え方や会社の規模などによって違ってきますが、「全体を捉えられる大局観」「部下がまねしようと憧れる人間力」「やるべきことを遂行する仕事力」です。そして、これを表しているのが次のカッツ・モデルです。

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カッツ・モデルの特徴は、ヒューマン・スキルがどのレベルの管理職にも求められることと、管理職のレベルによって重要度が増す能力(コンセプチュアル・スキルとテクニカル・スキル)が違ってくることです。

しかし、人数の少ない会社では、「上位だから」「下位だから」と言っている場合ではありません。管理職である以上、前述の3つの能力全てを身に付けて成長できるように、経営者も管理職も努めなければならないといえるでしょう。

組織の成長は、日ごろ現場の社員を指導している管理職の成長なくして実現することはできません。人が育つ、人を育てる会社になるには、経営者も管理職も、互いに思いを共有し、力を合わせなければならないことを、いま一度、自覚することが大切です。

  • 【参考文献】
  • 「一日一話 仕事の知恵・人生の知恵」(松下幸之助(著)、PHP総合研究所(編)、PHP研究所、1999年4月)

以上(2019年4月)

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信頼される経営者になるための「10のチェックリスト」

書いてあること

  • 主な読者:改めて自分自身の立ち位置、足りない部分を知りたい経営者
  • 課題:どのような経営者であれば、社内外でもっと信頼されるか分からない、迷う
  • 解決策:自分自身の「やりたいこと」を考え抜き、周りに感謝の気持ちを持つことが大切。本稿では、経営者が今日からやるべき10のことを明らかにする

1 経営者に求めるものは何か

経営者は「会社の顔」であり、常に、顧客や取引先、金融機関、社員などから見られています。これらの人々が経営者に対して求めるものはさまざまですが、根源にあるのは、「『この人なら』と信頼できるかどうか」ではないでしょうか。

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上表は、経営者から見ると、「言われなくても分かっている」と感じることかもしれません。しかし、実際に身に付けられているかは別問題です。本稿では、「信頼される経営者」になるために、経営者が自らを振り返る「10のチェック項目」を紹介します。

2 どのような経営者が信頼されるのか

経営者の仕事は、利益を出し、社員を雇用し、何があっても会社を存続させることです。会社の規模にもよりますが、「この人ならそれができる」と信頼されるためには、「先見性」「決断力」「ビジネスを形にする行動力」「人を育てる力」などが必要です。

これらの力さえあればよいわけではありませんが、時代を読み顧客が何を望んでいるのか、ビジネスチャンスはどこにあるのかを見極めて進む力、それを形にして利益を出す力、会社の成長を担う社員を育てる力などは経営者の基本といえるでしょう。

3 信頼される経営者になるために必要な10のこと

1)「やりたいこと」を明確に示しているか

よくいわれる例えですが、経営者は会社という船の船長です。船長は、世の中の流れを読みつつも、船がどこに進むのか、何を目指しているのかということを一番明確に持っていなければなりません。会社の「理念」と言い換えてもよいでしょう。

社内外に対して、この理念を明確に示すのは経営者の重要な仕事です。何をしている会社なのか、これから先、何を実現しようとしているのか。顧客や金融機関などの他、実際に現場で働く社員に対しては、特に繰り返し伝えていかなければなりません。

2)自分の弱点を認識しているか

経営者一人の力では会社は立ちゆきません。社員や周囲の協力、補完があって初めてて、会社は成り立ちます。この点についてよく例に挙げられるのは、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏とその名参謀、藤沢武夫氏の関係です。

2人は、「技術の本田」「経営(販売)の藤沢」と呼ばれるほど、それぞれが得意分野を突き詰め、互いに補完し合って会社を成長させたといいます。経営者には、自分の弱点を認識した上で社員や周囲に協力してもらい、それに対して感謝する器が必要です。

3)社外ネットワークを広げているか

経営者には、社外ネットワークも必要です。「困ったときに相談できる“その道のプロ”がどれだけいるか」「自社のために一肌脱いでくれる社外の人がどれだけいるか」は、信頼される経営者のバロメーターの一つといえるでしょう。

また、テクノロジーが発展し、グローバル化が進む現在では、社内のリソースだけでは今後の成長が難しい局面も出てくるでしょう。新しい分野の社外ネットワークを築き、ビジネスの可能性を広げていくことも、経営者にとって欠かせない仕事です。

4)誰よりも勤勉であるか

経営者は、自社のことに加え、顧客や業界のことについて社内外の誰よりも詳しいといえるくらい常に情報収集し、学び続けなければなりません。経営者には、会社を存続させていくために先見性が求められますが、それには裏付けとなる知識が必要です。

また、業種や規模にもよりますが、現場に行って情報収集することにも勤勉でなければなりません。顧客が今、何を求めているのか、オペレーションにはどのような課題があるのかなどは、実際に現場に行ってこそ見えてくるものです。

5)キャッシュフローを把握しているか

会社の規模にもよりますが、経営者が意外と正確に把握できていないのが「会社のお金の動き」です。金融機関などステークホルダーに対して説明するのはもちろん、会社のあらゆる活動を進めていくため、「お金の動き」は必ず把握しなければなりません。

ただし、経営者が知っておくべきなのは、細かい仕訳などではありません。例えば、前月どれだけの利益を出しているのか、すぐに動かせるキャッシュはどのくらいあるのか。こうした数字を把握しておけば、経営者は迅速に“次の一手”が打てるでしょう。

6)決断する軸を持っているか

会社の最終的な意思決定者は経営者です。大なり小なり、日々、あらゆることを決断するのが経営者の仕事です。しかも、決断したことの責任も、最終的には全て経営者が負うことになります。経営者とその他の社員とでは、この点が決定的に違います。

だからこそ、経営者は決断するのに迷うことがあります。そこで必要なのは、決断する軸として、「どのようなことを大切にする会社なのか」「どのような経営者でありたいか」といったことを、常に自分の中に持っておくことです。

7)社員の「人間力」を磨いているか

経営者には社員を成長させる責任がありますが、それは仕事面のことだけではありません。会社で重要なのは「人」です。「相手のことを考える」「礼儀をわきまえる」「困難を乗り越える」など、社員の基本的な「人間力」を育成することが必要です。

また、経営者が直接指導して育成するだけでは足りません。経営者がいなくても、あるいは次の経営者にバトンタッチした後も、「社員が社員を育てる」会社にしていくことが理想です。非常に難しいことですが、信頼される経営者としての重要な役目です。

8)社員に誇りを持たせられているか

考え方は人によりますが、社員が働きがいを感じ成長していく源泉は、「この会社で働くことを誇りに思える」ということです。そして、社員に誇りを持たせることができるのは、経営者に他なりません。

自社のビジネスや社員一人ひとりの活動にはどれだけ価値があるか、どのような顧客に喜ばれているか、どれだけ経営者が社員に感謝しているか。そうしたことを社員に伝え、社員と一緒に大きな夢を描いていきましょう。それが社員の誇りにつながります。

9)素直であり続けているか

環境や時代の変化など、何があっても会社を存続させていくために、経営者には時に柔軟性も必要です。そのために忘れてならないのは「素直さ」です。立場や年齢などにこだわらず、社員や周囲の人の話に、素直に耳を傾けてみましょう。

そうすることで、経営者が気付いていなかった思わぬヒントが得られる場合があるからです。特に、経営者とは異なる視点や反対意見を持つ人の話は、腹が立つかもしれませんが、素直に聞いてみれば大きな発見があるかもしれません。

10)24時間365日、経営者でいられるか

社員には休みがありますが、経営者には休みはありません。24時間365日、経営者は経営者です。会社のこと、社員のこと、ビジネスのことなどを、いつでもどこでも考えることができるのが真の経営者といえるでしょう。

会社を経営するのは簡単ではありません。つらいことも困難も山ほどあります。しかし、ビジネスが成功したときや社員の成長を感じられたときなど、24時間365日経営者でいた者にしか味わうことのできない、大きな深い喜びもあることを忘れてはなりません。

4 まとめ:10のチェックリスト

  • 「やりたいこと」を明確に示しているか
  • 自分の弱点を認識しているか
  • 社外ネットワークを広げているか
  • 誰よりも勤勉であるか
  • キャッシュフローを把握しているか
  • 決断する軸を持っているか
  • 社員の「人間力」を磨いているか
  • 社員に誇りを持たせられているか
  • 素直であり続けているか
  • 24時間365日、経営者でいられるか

以上(2019年3月)

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