持株会社を活用した事業承継/弁護士が教える組織再編~事業再編・M&Aを学ぶ~(2)

書いてあること

  • 主な読者:持株会社の設立によって、事業承継をスムーズに進めたい
  • 課題:後継者がまだ若くて不安。持株会社設立のメリットもよく理解できていない
  • 解決策:株式移転による持株会社を設立することで、経営を安定させることができる

事業承継で持株会社(ホールディングス、HD)を活用するケースが増えています。持株会社とは、事業会社(既存ビジネスを行っている会社)を所有・管理するために存在する会社です。持株会社を設立すると、事業会社を管理・統括する組織体制(以下「持株会社体制」)を築くことができます。事業会社の所有と経営の分離を図り、事業会社の経営自体は第三者(後継者)に任せ、先代の経営者は持株会社の立場から、事業会社の経営を見守ることができるからです。

また、一族で複数の事業会社を経営している場合も、持株会社体制であれば複数の事業会社を持株会社1つで管理することが可能で、グループ全体の経営の効率化を図ることができます。

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持株会社の設立には多くのメリットがありますが、設立にあたり多大なコストをかけてしまっては意味がありません。シリーズ第2回では、コストをかけない持株会社の設立方法と、持株会社体制の効果を解説します。

1 低コストの設立方法

持株会社の作り方は大きく分けて次の2つです。いずれの方法によるかで、コスト面で大きな違いが出てきます。比較して見てみましょう。

  • 株式を売買させて持株会社を設立する方法
  • 組織再編(株式移転、株式交換等)により持株会社を設立する方法

1)コスト大!株式売買による持株会社の設立方法

1.の方法では、まず後継者が将来的に持株会社となる会社(「X社」)を設立します(1)。次に、X社は事業会社の株主から事業会社の株式を買い取るために、金融機関から融資を受けます(2)。X社はその資金で事業会社の株式を買い取ります(3)。これにより、X社は事業会社の持株会社となります。

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この方法では、X社は事業会社の株式を買い取るために多額の資金が必要になり、後継者は事業を引き継いだ直後から、多額の借入金の返済をしていかなければなりません。また、株式の売買により売却益が生じた場合には、税コスト(売買益による納税額の増加)を負担することになります。

2)これで安心。株式移転による持株会社の設立方法

2.の方法では、まず株主が事業会社の株式を持株会社とするために設立した会社(「X社」)に出資(現物出資といいます)し(1)、その対価としてX社の株式を引き受けます(2)。つまり、株主はX社から新株発行を受けるのです。

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これにより株式移転前の事業会社の株主が持株会社の株主に、また持株会社が事業会社の株主となり、次のような組織が出来上がります。

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株式移転であれば、株式を売買しないため、資金が必要ありません。また、一定の要件を満たすことで税コストを生じさせることなく持株会社を設立することができます。

3)株式移転に必要な主な手続き

株式移転に必要な主な手続きは次の通りです。会社ごとの事情にもよりますが、一般的に2カ月程度で完了します。

  • 株式移転計画の作成
  • 事前開示事項の作成及び備置き
  • (一定の場合に)債権者に対する催告・公告、株券・新株予約権証券の提出手続
  • 株主総会の招集通知、株主総会の承認決議
  • 設立登記の申請
  • 事後開示事項の作成及び備置き

2 後継者不足もこれで解決!後継者育成まで可能

持株会社の代表に先代の経営者が就任することで、事業会社の経営を後継者に任せたとしても、事業会社の経営を指導・管理することができます。例えば、事業会社の代表(後継者)を持株会社の意思(つまり先代の経営者の意思)で選任・交代させることもできます。

先代の経営者からすれば、後継者はまだ若く、経験も足りないことが少なくないと思うかもしれません。持株会社体制であれば、そのような後継者に実際に経営を任せたまま育成することができます。詳細な説明は省略しますが、種類株式(権利の内容が異なる株式)を併用することで、より強固なバックアップ体制を作ることができます。

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また、複数の事業会社がある場合には、それぞれの事業会社に将来のグループ全体の後継者候補を代表に置き、経営能力を比較したり、若い人材を登用するチャンスを作ったりするなどさまざまな活用方法があります。

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3 財務体質、改善できます~不動産移転による資金調達~

せっかく設立した持株会社を他にも有効活用したいものです。そこで考えられるのが不動産の活用です。例えば、事業会社(A社)の本社や工場の土地建物を持株会社(B社)に売却することで、A社の財務改善を図ることができます。

具体的には、A社が所有している事業用資産以外の不動産をB社に売却するにあたり、持株会社B社が金融機関から借り入れを行います。すると、その資金は売買代金としてA社に流れるため、A社は手元の現預金を増加させることができます。つまり、A社を財務的に強い会社とした上で、後継者へ経営のバトンを渡すことができるのです。また、後継者は借入金返済の負担を背負うことなく経営に集中することができます。

なお、B社は、A社より取得した不動産を賃貸したり、A社から配当を得たりして金融機関に対する返済を行うことになります。

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4 敵対的株主も真っ青?持株会社の意外な効果

株式が分散してしまい、敵対的な株主が存在する中小企業もあるでしょう。株式移転により持株会社を設立した場合、従前の事業会社の株主は全員持株会社の株主に移行します。つまり、従前の株主は事業会社の株主ではなくなり、新たに持株会社が事業会社の株主となります。そのため、従前の事業会社の株主は、事業会社の経営に口出しすることが難しくなります。

また、会社法上も、少数株主は原則として会計帳簿の閲覧をすることができますが、持株会社のような親会社の株主が子会社である事業会社の会計帳簿を閲覧するには、「裁判所の許可」という要件が必要になります(閲覧するためのハードルが高くなっているのです)。

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このように、仮に敵対的な株主が事業会社に存在していた場合でも、その株主の立場を弱体化させることができるのです。

5 否認注意!株価上昇抑制効果

持株会社の設立により、事業承継の対象となる株式の株価上昇を抑制することができるといわれることがあります(本稿では詳細な説明は省略しますが、株価評価の計算上、一定額を控除することができる場合があります)。確かにそのような効果がある場合もありますが、節税目的のみでの株式移転は、課税当局に否認される可能性がありますので注意が必要です。あくまで、組織再編は会社組織全体を見直し、組織に良い変化を生むことを第一目的に検討・実施することが大切です。

以上(2020年7月)
(執筆 日比谷タックス&ロー弁護士法人 弁護士 加藤憲田郎)

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画像:pixabay

ビジネスで印鑑はどこまで必要? 印鑑レスで業務の効率化

書いてあること

  • 主な読者:業務効率化の一環で、印鑑が必要な業務を見直したい経営者
  • 課題:印鑑が本当に必要なのか分からない。また、押印していないと顧客や取引先が書類を受領してくれないかもしれない
  • 解決策:印鑑が必要な書類と不要な書類を把握する。その上で、顧客などと交渉する

見積書、発注書、請求書、納品書、契約書、会議の議事録、日常業務の報告書……。

とにかく、ビジネスではたくさん「印鑑」が使われます。押印するのは当たり前ということで、その必要性が議論されることは少なかったのですが、コロナ禍において「押印のために出社しなければならない」という問題が発生し、印鑑の必要性が再確認されることとなりました。

実は多くのビジネス業務において印鑑は法的には不要です。印鑑のない文書にも法的な効果が認められ、実際に“印鑑レス化”を進めている企業もたくさんあるのです。

今回は「ビジネスで印鑑がどこまで必要か」「印鑑の法的な意味」「印鑑レス化する方法」など、ビジネスと印鑑について解説します。

1 仕事に入り込んでいる印鑑の正体(「印鑑とは?」)

1)そもそも「印鑑」とは

一般に印鑑というと、「印材に名前が彫刻された棒状の道具」を示すことが多くなっています。つまり「押印するための『はんこ』」を印鑑と呼びます。

実は、厳密には「市区町村等の役所や銀行で登録した『はんこ』」のみが「印鑑」とされ、押印するための道具は「印章」といいます。

ただ企業内でも、印鑑というと押印するための印章を指すことが多く、実印や銀行印、三文判(実印以外の印章)のいずれも印鑑と呼んでいます。本稿でも、便宜上、印鑑については押印するための印章や三文判も含めたものとして解説します。

2)印鑑の種類

企業の日常業務で使用する印鑑には以下のような種類があります。

1.認印

印鑑登録をしていない、いわゆる「三文判」です。

2.銀行印

銀行預金を開設するときに銀行に届け出る印鑑です。この印鑑がないと、通帳による出金や振込などができません。

3.実印

役所や法務局に届け出ている印鑑です。個人の実印は市区町村役場、会社印は法務局で登録します。

4.スタンプ印

朱肉を使わず、押すだけで押印できる簡易な印鑑です。日常業務で請求書や見積書、請書作成などの際に使用されます。

3)実印と認印、法律的な効果は同じ

実印は信用性が高いので法的な効力が強いと思われているかもしれません。しかし、多くのケースにおいて法的な効果は実印でも認印でも同じです。

例えば、契約書は実印でなくても作成できます。ただ信用性を高めるため、実印を使用するケースがあるだけです。

4)印鑑がなくても文書は有効?

印鑑がなくてもほとんどの文書は有効です。見積書、発注書、請求書など、印鑑がなくても本人が作成したものであれば、法的な効力が認められます。

5)印鑑の効果

では印鑑には何の効力もないのでしょうか?

法律では「押印」があると「文書が真正」であることが推定されます(民事訴訟法228条4項)。文書が真正とは、本人の意思に基づいて文書が作成されたという意味です。つまり押印があると本人の意思に基づいて文書が作成されたと推定されるので、名義人は「勝手に偽造された」と主張しにくくなります。偽造されたと主張したいなら、印鑑で表示された名義人が偽造された事実を証明しなければなりません。

もしも契約書等に自署がされておらず、記名(例:自署ではなくゴム印が押されている場合や名前等が印字されている場合)されているだけで印鑑がなかったら、反対に「この文書を本人が作成したものである」と主張する人が、その事実を証明する必要があります。

このように印鑑による押印があると、法的に文書の効力が認められやすくなることは確かです。なお、この場合の印鑑は、実印である必要はありません。

2 本当に印鑑が必要な業務と実はいらない業務

企業では、実は印鑑が不要な業務はたくさんあります。印鑑が必要な業務と不要な業務を振り分けてみましょう。

1)法律上、電子署名が認められている

文書に「押印」があると本人の意思に基づいて作成されたことが推定されるので、文書が真正なものであると主張しやすくなります。そうなると押印がない文書は法的な効力が弱くなり、不安を感じるかもしれません。

しかし、その心配はありません。2001年4月1日に「電子署名法」が施行され、電子署名が手書きの署名や押印と同等に通用する法的基盤が整備されました。電子署名とは、ネット上のやり取りで利用できる署名です。きちんと認定を受けた認証機関で手続きを行って電子文書をやり取りすれば、電子署名にも印鑑と同じ効力が認められます。

今は法律も「印鑑を必須とはしていない」のです。

また、請求書や領収書などの文書にはそもそも印鑑は不要です。印鑑の効力は「本人が作成したと推定する」ことなので、作成者が明らかであれば印鑑がなくても事業に支障は発生しません。

2)印鑑が不要な文書

見積書、発注書、請求書、納品書、会議の議事録、日常業務の報告書など、ほとんどの文書に印鑑は不要です。実務上、「本人が作成したこと」が争いになる危惧がないのであれば、ネット上で簡単に利用できる簡易なデジタル印鑑(印鑑の画像を貼り付けるサービス)などで対応すればよいでしょう。

また、契約書も基本的に物理的な印鑑による押印は不要ですが、将来のトラブルを防ぐために「電子署名」を利用しましょう。電子署名は「印鑑」と同じ効力が認められるので、後に相手が「そんな契約はしていない」と言い出すトラブルを防止できます。

3)印鑑が必要な文書

一方、法律上、印鑑が必要な文書もあります。ただし、実印でなくても大丈夫です。

1.不動産における35条書面、37条書面

宅地建物取引業法上、不動産会社が作成する重要事項説明書や契約内容を説明する書面で、署名(記名)押印が必要です。

2.概要書面

特定商取引法により、事業者が消費者へ契約内容の概要やクーリングオフなどについて説明するための書面です。電子署名では対応できません。

3.クーリングオフの通知書

消費者がクーリングオフを行うには、書面で通知書を送らねばならないので署名押印が必要です。ただし、電子内容証明郵便を利用すれば押印は不要となります。

4.定期借地契約、定期借家契約の書面

契約期間が終了したら土地や建物を返還する定期借地契約や定期借家契約では、書面による契約書作成が必要です。両者が署名押印しなければなりません。

4)必ず実印が必要な文書

以下のような文書には「実印」での押印が必要です。

  • 不動産の登記申請書
  • 遺産分割協議書
  • 自動車の名義変更書類

上記のような文書に認印を使うと名義変更や登記申請が受け付けてもらえません。必ず実印を使いましょう。

5)押印のために従業員を出社させることは問題?

新型コロナウイルス感染症の影響でリモートワークが進む中、企業が報告書や議事録に押印するためだけに従業員を出社させることに問題はないのでしょうか?

使用者には従業員に対する「安全配慮義務」が課されます。安全配慮義務とは「雇用者が被用者の身体や生命を保護し、安全な環境で働けるよう配慮すべき義務」です。そのため、危険防止のための対策(例えば、従業員が出社する際の体調に関する状況把握、飛沫感染を防止するための物理的措置等)を講じることなく漫然と従業員を出社させた場合は、企業は安全配慮義務違反となって、従業員から損害賠償請求をされる恐れがあります。

6)企業の「印鑑レス化」

全国的に、電子署名等の導入によって印鑑を業務から排除する企業が増えています。電子署名を利用するとペーパーレス化が進むので、文書管理も簡単になり、物理的なスペースも不要となってコスト削減ができます。

印鑑レス化はリモートワークとも好相性です。在宅勤務を増やしているなら、これを機会に印鑑レス化を進めてみるのもよいでしょう。

3 もし取引先から印鑑なしの書類受け取りを拒絶されたら?

繰り返しになりますが、見積書、発注書、請求書、納品書などの文書に印鑑が不要です。ただ相手企業の理解を得られるとは限りません。もしも「印鑑なしの書類を受け取れない」と拒絶されたらどうすればよいのでしょうか?

その場合、まずは印鑑が不要である理由を説明してみましょう。電子署名が法律上有効であることなども伝えてみます。それでも相手が押印を求めるのであれば、応じる他はないでしょう。

印鑑レス化は、まずは社内から始め、理解を得られる顧客や取引先に広げていくのがよいでしょう。

以上(2020年7月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

ルール明確化で加速する「混合介護」の動向

書いてあること

  • 主な読者:混合介護を提供したい介護事業者
  • 課題:混合介護として提供できるサービスが分からない
  • 解決策:提供できるサービスのルールを知っておく

1 曖昧だったルールが明確に

2018年9月、「混合介護」のルールが明確になりました。混合介護とは、介護保険法の介護保険サービス(法定。利用者がサービス料の1~3割を負担)と介護保険外サービス(法定外。利用者がサービス料の10割を負担)を組み合わせて提供することです。

現行の介護保険制度では、介護保険サービスと介護保険外サービスを明確に区分するなどの条件で、混合介護を認めています。しかし、区分に関する明確なルールがないため自治体によって判断が異なるなど、介護事業者が混乱していました。

そこで、2018年9月に厚生労働省と国土交通省が混合介護のルールを整理し、指針として都道府県に通知しました。指針では、訪問介護の前後や途中でペットの世話や草むしりなど、混合介護として提供できるサービスのルールが明文化されました。

ルールが明確になったことで介護事業者は混合介護を提供しやすくなるため、ビジネスの選択肢が広がっていくと期待されます。指針の内容を分かりやすく整理した上で、実際に混合介護を提供する際のポイントを確認していきましょう。

2 混合介護のイメージ

介護保険サービスは、利用者の身体介護や生活援助などに限定されます。「ヘルパーさんに、ペットの世話もしてもらいたい」といった利用者のニーズには対応できません。そこで、この点を介護保険外サービスで補うのです。イメージは次の通りです。

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混合介護サービスのメニュー内容や料金は、介護事業者が自由に設計できます。介護報酬とは別の形での収益を確保することで、職員の待遇を改善したり、人材を確保しやすくなったりする可能性があります。

3 混合介護のルールを整理する

1)通知の概要

2018年9月に通知された指針は、厚生労働省「介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する場合の取扱いについて」と、国土交通省「通所介護等に係る送迎に関する道路運送法上の取扱いについて」です。

訪問介護と通所介護において、介護事業者と自治体の解釈・判断によって運用されてきたローカルルールを整理し、個別具体的に明文化したものです。

指針に法的拘束力はないものの、厚生労働省は各自治体に対して、原則指針通りにルールを設定するよう要請しています。そのため、介護事業者と自治体がルールについて交渉したり、判断したりする際には、指針が大きな根拠になります。

2)共通のルール

指針では、訪問介護、通所介護にかかわらず混合介護を提供する上で、次のような事項を遵守するよう求めています。

  • 介護保険外サービスの事業の目的、運営方針、利用料等を、指定訪問/通所介護事業所の運営規程とは別に定める
  • 契約の締結に当たり、利用者に対し、上記の概要その他の利用者のサービスの選択に資すると認められる重要事項を記した文書をもって丁寧に説明を行い、介護保険外サービスの内容、提供時間、利用料等について、利用者の同意を得る
  • 介護保険外サービスの提供時間は、介護保険サービスの提供時間には含めない
  • 契約の締結前後に、利用者の担当の介護支援専門員(ケアマネジャー)に対し、サービスの内容や提供時間等を報告すること。その際、当該ケアマネジャーは、必要に応じて事業者から提供されたサービスの内容や提供時間等の介護保険外サービスに関する情報を居宅サービス計画(週間サービス計画表、ケアプラン)に記載する
  • 介護保険外サービスの利用料は、介護保険サービスの利用料とは別に費用請求すること。また、両サービスの会計を区分する

3)訪問介護において明確になったルール

指針では、提供できる介護保険外サービスとして「訪問介護の前後や途中に、草むしり、ペットの世話、利用者の趣味や娯楽のための外出への同行、要介護者以外(要介護者の家族など)のための食事の調理、洗濯、買い物など」等を明文化しています。

また、ケアマネジャーやヘルパーとの連絡調整業務を行うサービス提供責任者について、従来は「専ら指定訪問介護に従事すること」とされていました(「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」(以下「指定居宅サービス等基準」)による)。

これが指針では、「業務に支障がない範囲で保険外サービスにも従事することは可能」と明文化されました。指定居宅サービス等基準でも、介護保険外サービスへの従事が禁止されていたわけではありません。しかし、指針で改めて明文化されたことで、介護事業者は抵抗感なくサービス提供責任者を混合介護に従事させることができるでしょう。

他に、訪問介護で混合介護を提供する上でのルールとして、利用者の認知機能が低下している恐れがあることを踏まえ、介護保険外サービスの提供時に、利用者の状況に応じて、別サービスであることが理解しやすくなるような配慮を行うこととしています。

4)通所介護において明確になったルール

通所介護は、利用者に必要な日常生活上の世話並びに機能訓練を行う介護保険サービスです。内容が多岐にわたるため、介護保険外サービスと区分することは基本的には困難とされてきました。

そのため、混合介護として提供できる介護保険外サービスは理美容サービスと、緊急のやむを得ない場合に限り併設医療機関を受診させることに限定されていました。

指針では、これらに加え、次のサービスも「明確に区分することが可能」として、提供が認められています。

  • 通所介護事業所内において、健康診断、予防接種若しくは採血(巡回検診等)を行うこと
  • 利用者個人の希望により通所介護事業所から外出する際に、介護保険外サービスとして個別に同行支援を行うこと
  • 物販・移動販売やレンタルサービス
  • 買い物等代行サービス

ただし、上記サービスを提供するに当たっては、次の点に留意することが求められます。

  • 利用者に対して特定の事業者によるサービスを利用させることの対償として、当該事業者から「紹介料」のような形で、金品その他の財産上の収益を収受してはならない
  • 物販・移動販売やレンタルサービスを行う際に、高額な商品を販売しようとする場合には、あらかじめその旨を利用者の家族やケアマネジャーに対して連絡する。また、認知機能が低下している利用者に対しては、高額な商品等の販売を行わない
  • 介護保険外サービスとして個別に同行支援を行う際に、事業所の保有する車両を利用して行う送迎については、道路運送法に基づく許可・登録を行う

5)通所介護施設を利用した混合介護

指針では、事業所の人員や設備を活用して、次のような混合介護が提供可能であることを明確にしています。

  • 通所介護を提供していない夜間および深夜に介護保険外サービスとして宿泊サービス(お泊りデイ)を提供する
  • 通所介護事業所の設備を、通所介護を提供していない時間帯に、地域交流会や住民向け説明会等に活用する
  • 通所介護事業所において、通所介護の利用者とそれ以外の地域住民が混在している状況下で、体操教室などの介護保険サービスを、地域住民向けに介護保険外サービスとして同時に提供する
  • 通所介護事業所において、通所介護を提供する部屋とは別室で、通所介護に従事する職員とは別の人員が、体操教室などを地域住民向けに提供する

お泊りデイを提供する際には、指定居宅サービス等基準などに定める届け出、公表、人員、宿泊室床面積、設備などの基準を守るよう定めています。

また、通所介護の利用者と地域住民に対して同時一体的にサービスを提供する場合、利用者と地域住民の合計数に対し、通所介護事業所の人員基準を満たすように職員が配置され、利用者と地域住民の合計数が通所介護事業所の利用定員を超えないようにする必要があります。

4 「同時一体的な提供」「指名料」は認められず

指針では、次の混合介護については提供不可としており、引き続き課題の整理等を行うとしています。

  • 「利用者の食事と、同居家族の食事を同時に調理する」「利用者を含めた家族全員の衣服を同時に洗濯する」といった、訪問介護と介護保険外サービスの同時一体的な提供
  • 特定の介護職員による介護サービスを受けるための指名料や、繁忙期・繁忙時間帯に介護サービスを受けるための時間指定料の徴収

提供不可の理由としては、利用者本人のニーズにかかわらず家族の意向によってサービス提供が左右されたり、指名料・時間指定料を支払える利用者へのサービス提供が優先され、社会保険制度の公平性を確保できなくなったりする恐れがあることなどが挙げられます。

5 ヒアリングから得られた混合介護の現状

1)先行事例を参考にする

東京都豊島区では、2018年8月から国家戦略特区を活用して、訪問介護と介護保険外サービスの柔軟な組み合わせを可能にする「選択的介護モデル事業」を実施しています。2019年12月からは、通所介護・居宅介護支援についても、同事業を実施しています。

同事業は、国の指針とおおむね同じルールで混合介護を提供しており、今後、介護事業者が混合介護を提供していく上での先行事例として注目されています。

■東京都豊島区「選択的介護モデル事業について」■
https://www.city.toshima.lg.jp/428/kaigo/1807100923.html

2)ルール明確化によるメリット

モデル事業に参加した介護事業者へのヒアリングによると、ルール明確化によって次のようなメリットが得られているようです。

  • サービス提供責任者が混合介護に従事できるようになり、実質的に混合介護に割ける人員を増やすことにつながった
  • 混合介護を提供する際にケアマネジャーが関わるようになったことで、これまで介護事業者が担っていた混合介護に関するクレームの対応や利用者への説明を、ケアマネジャーと連携して対応できるようになり負担が減った

3)短時間で対応可能な困り事ニーズを捉える

モデル事業に参加した介護事業者や豊島区へのヒアリングによると、混合介護には、次のような利用ニーズがあるようです。

  • 独居の高齢者を中心に、センサーやWEBカメラを定期的にチェックする見守りサービスの需要が高い。夜間の転倒などが心配という利用者家族に対し、ケアマネジャーよりサービスを提案するケースがある
  • 介護保険サービスを提供中に、「窓を拭いてほしい」「エアコンのフィルターを掃除してほしい」といった、清掃に関する依頼を突発的に受けることが多い
  • ペットの餌を買いに行けない、ペットの散歩ができないという利用者が多く、ペットの世話に関するサービスの需要も高い

利用者の傾向として、ヘルパーが1時間滞在しただけでも疲れてしまう人が多いため、ヘルパーの短い滞在時間の中で対応できる介護保険外サービスの需要が高いようです。一方、訪問介護で疲れてしまった利用者が、その前後または途中に外出することは少ないため、外出への同行サービスの需要は低いようです。

6 今後の可能性

介護保険外サービスの提供は、介護報酬の改定などの影響を受けないという点で、経営の安定化につながります。利用者のニーズに合ったサービスや、既存の人員や施設を活用したサービスを展開することにより、他事業所との差異化を図ることもできるでしょう。

また、今回の指針では、訪問介護における同時一体的な提供や指名料などの徴収は認められませんでしたが、厚生労働省は引き続き検討していくとしており、今後の動向が注目されます。

以上(2020年2月)

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画像:GagliardiPhotography-shutterstock

【規程・文例集】「職務発明規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 職務発明制度とは

1)職務発明制度とは

原則として、従業員が職務の範囲内で行った発明(職務発明)についての特許を受ける権利は従業員に帰属します。しかし、特に研究開発に力を注いでいるなど技術系の企業にとっては、従業員が発明した知的財産は、競争力の源であり企業の重要な財産となるべきものです。

後述する通り、現在の特許法においては、職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ企業に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、企業に当初から特許を受ける権利を帰属させることが認められています。

このような職務発明の取り扱いなどについての取り決めを、一般的に「職務発明制度」といいます。

2)職務発明規程等を修正・整備するための注意点

2016年4月1日に施行された改正特許法では、従前に比べて職務発明制度が次のように変わりました。

  • 職務発明に関する特許を受ける権利を、あらかじめ企業(会社)の帰属とすることができるようになった。

  • 従業員等は、特許を受ける権利を会社に帰属させた場合には、「相当の金銭その他の経済上の利益」を受ける権利を有するものとされた。発明者である従業員に対して付与する相当の利益について、金銭に限らないインセンティブ(ストックオプション、留学機会の付与等)も認められるようになった。

  • 相当の利益を決定するための手続きなどの基準を示した、「特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針」(以下「ガイドライン」)が経済産業省告示として公布された。

なお、上記の内容は全ての企業に対応を義務付けるものではありません。あくまで、個々の企業の裁量に委ねられています。

ただし、「職務発明は、あらかじめ法人帰属としたい」「相当の利益を巡るリスクを軽減したい」などの意向がある場合、あらかじめ職務発明規程等を整備または修正する必要があります。

また、職務発明規程等を整備・修正するとは、文言の調整にとどまらないものです。特許庁では、上記の「相当の利益」を決定するための手続きなどの基準を示した、ガイドラインを告示しています。このガイドラインに示された手続きを経ることで、企業は「相当の利益を追加的に支払うよう求められる」といったリスクを軽減することが期待できます。

このガイドラインに示された手続きのポイントは、「企業が一方的に職務発明規程等の内容を定めるのではなく、従業員の意見をしっかりと踏まえて、職務発明規程等を整備、修正する必要がある」という点です。

本稿では、特許庁が公表している「中小企業向け職務発明規程ひな形」を参考に、2015年の特許法の改正に対応した職務発明規程のひな型について紹介します。

なお、ひな型では、相当の利益に関する条項を盛り込んでいます。相当の利益は金銭に限らない「企業が負担する留学機会の付与」なども含まれます。ガイドラインに示された手続きを踏む過程で、従業員と話し合い、相当の利益に関する条項を規定していくことが求められます。

2 職務発明規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【職務発明規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、○○株式会社(以下「会社」という。)の役員および従業員(以下「従業者等」)が行った職務発明の取り扱いについて、必要な事項を定めるものとする。

第2条(適用範囲)
本規程は、従業者等に適用されるものとする。

第3条(定義)
本規程において「職務発明」とは、その性質上会社の業務範囲に属し、かつ、従業者等がこれをするに至った行為が当該従業者等の会社における現在または過去の職務範囲に属する発明をいう。

第4条(届出)
1)会社の業務範囲に属する発明を行った従業者等は、速やかに発明届を作成し、所属長を経由して会社に届け出なければならない。
2)前項の発明が2人以上の者によって共同でなされたものであるときは、前項の発明届を連名で作成するとともに、各発明者が当該発明の完成に寄与した程度(寄与率)を記入するものとする。

第5条(権利帰属)
職務発明については、その発明が完成したときに、会社が特許を受ける権利を取得する。

第6条(権利の処分)
1)会社は、職務発明について特許を受ける権利を取得したときは、当該職務発明について特許出願を行い、もしくは行わず、またはその他処分する方法を決定する。
2)出願の有無、取下げまたは放棄、形態および内容その他一切の職務発明の処分については、会社の判断するところによる。

第7条(協力義務)
職務発明に関与した従業者等は、会社の行う特許出願その他特許を受けるために必要な措置に協力しなければならない。

第8条(相当の利益)
会社は、第5条の規定により職務発明について特許を受ける権利を取得したときは、発明者に対し次の各号に掲げる相当の利益を支払うものとする。ただし、発明者が複数あるときは、会社は、各発明者の寄与率に応じて按分した金額を支払う。
  1.出願時支払金 ○円
  2.登録時支払金 ○円

(注)前述の通り、相当の利益は金銭に限らないため、1.企業が負担する留学機会の付与、2.ストックオプションの付与、3.金銭的処遇の向上を伴う昇進・昇格、4.法令または就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与、5.職務発明についての特許権に係る専用実施権の設定または通常実施権の許諾といった内容を規定することも考えられます。

第9条(支払手続)
1)第8条に定める相当の利益は、出願時支払金については出願後速やかに支払うものとし、登録時支払金については登録後速やかに支払うものとする。
2)発明者は、会社から付与された相当の利益の内容に意見があるときは、その相当の利益の内容の通知を受けた日から○日以内に、会社に対して書面により意見の申出を行い、説明を求めることができる。

第10条(実用新案および意匠への準用)
本規程の規定は、従業者等のした考案または意匠の創作であって、その性質上会社の業務範囲に属し、かつ、従業者等がこれをするに至った行為が当該従業者等の会社における現在または過去の職務範囲に属するものに準用する。

第11条(秘密保持)
1)職務発明に関与した従業者等は、職務発明に関して、その内容その他会社の利害に関係する事項について、当該事項が公知となるまでの間、厳に秘密を保持しなければならない。
2)前項の規定は、従業者等が会社を退職した後も適用する。

第12条(適用)
本規程は、○年○月○日以降に完成した発明に適用する。

以上(2020年5月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)

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【規程・文例集】「携帯電話の利用管理規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 携帯電話(スマートフォン)のルールを定めていますか?

現在、携帯電話は多くの人々の生活にとって不可欠なものとなっており、ビジネスシーンにおいても営業活動などに役立てられています。

従業員が業務上で利用する携帯電話の形態は「1.会社が所有する携帯電話を従業員に貸与する」「2.従業員個人が所有する携帯電話を業務用として利用し、業務に関する通話料を会社が負担する」の2つに大別されます。

「1.会社が所有する携帯電話を従業員に貸与する」場合、会社名義で契約するため、電話会社や契約プランによっては、基本利用料や、従業員間の通話料が割引される法人向けの特典などが受けられるメリットがあります。

また、「2.従業員個人が所有する携帯電話を業務用として利用し、業務に関する通話料を会社が負担する」場合、会社で携帯電話を用意する必要がなく、従業員は使い慣れた携帯電話を業務でも利用することができます。

いずれの形態にせよ、業務で利用する携帯電話について、利用・管理などのルールを定めておく必要があります。その根拠となるのが、携帯電話の利用管理規程です。

また、利用が拡大しているスマートフォンは、従来型の携帯電話に比べて、ウイルス感染などのリスクが高いなどの点に留意が必要です。スマートフォンのセキュリティー対策を講じる場合は、日本スマートフォンセキュリティ協会発行のガイドラインが参考になります。

以降では、携帯電話の利用管理規程のひな型について紹介します。

2 携帯電話の利用管理規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【携帯電話の利用管理規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、携帯電話およびスマートフォン(以下「携帯電話」)を効率的かつ安全に業務に利用するため、その適正な管理について定めることを目的とする。

第2条(適用)
本規程は、役員および従業員(以下「従業員等」)に適用されるものとする。

第3条(用語の定義)
本規程における各用語の定義は、次に定めるところによる。
  1.携帯電話
   業務上の連絡に用いる携帯電話とし、第2号の社用携帯電話と第3号の私用携帯電話のことをいう。
  2.社用携帯電話
   会社が契約し、従業員等に貸与する携帯電話をいう。
  3.私用携帯電話
   従業員等が個人的に所有する携帯電話であって、業務に利用する通話料を会社が負担するものをいう。

第4条(管理者)
携帯電話の利用・管理に関する事項は総務部門が掌握する。

第5条(利用対象者)
携帯電話の利用対象者は、次に該当する者とする。
  1.顧客との電話連絡が業務上必要不可欠と会社が認めた従業員等。
  2.電話連絡が業務上の重要な位置を占めると会社が認めた従業員等。
  3.その他会社が特に認めた従業員等。

第6条(申請)
携帯電話の利用のために必要な申請は次の通りとする。
  1.申請内容
   新規利用、携帯電話の盗難・紛失、社用携帯電話の破損・返還。
  2.申請者
   携帯電話を利用する従業員等(以下「利用者」)が行うものとする。
  3.申請方法等
   所定の「申請用紙」(省略)に記入の上、部門長に提出する。部門長が申請内容を確認した後、部門長から総務部門に提出する。
  4.提出時期
   申請は、その事由が発生後、速やかに行うこととする。

第7条(審査)
1)総務部門は、利用者の部門長から提出された申請内容を審査する。
2)申請が妥当と認められる場合には、総務部門の長が携帯電話の利用を許可する。

第8条(遵守事項)
携帯電話の利用に当たっては、次の事項を遵守すること。
  1.社用携帯電話の私用は厳禁とする。
  2.自動車の運転中、病院内、航空機内での携帯電話の利用は厳禁とする。
  3.電車、バス等公共の場所においては、状況に配慮して携帯電話を利用すること。
  4.申請なく社用携帯電話の電話番号、機種、付加サービス等の変更をしないこと。
  5.社用携帯電話を無断で他人に貸与しないこと。

第9条(社用携帯電話の利用状況の確認)
1)会社は必要に応じて、貸与した社用携帯電話の利用状況および通話記録を、加入電話会社に照会する。
2)前項において明らかに私用であると会社が認めた場合は、当該私用通話料金部分を利用者から徴収する。

第10条(私用携帯電話の利用状況の確認)
1)私用携帯電話の利用者は、業務利用部分の通話状況、通話料金を明確にした請求書を作成し、部門長、総務部門を経由して経理部門に届け出るものとする。
2)請求書には、加入電話会社より送付された、通話記録の明細書を添付しなければならない。
3)請求分は毎賃金計算期間の末日に締め切り、別途「賃金規程」(省略)に定める賃金支払日に支給する。

第11条(返還)
社用携帯電話を利用すべき事由がなくなった場合は、直ちに会社に返還しなければならない。

第12条(利用の中止)
本規程に反する携帯電話の利用が認められる場合、その他会社が利用の中止を必要と認めた場合には、利用者は携帯電話の利用を中止しなければならない。

第13条(賠償)
第9条および第10条並びに第11条について、不正や重大な過失が認められる場合は、会社は利用者に対して相当分の賠償を求めることがある。

第14条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第15条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2018年10月)

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【規程・文例集】「リコール対応に関する規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 求められるリコールへの備え

安全な製品を供給することは企業の責務ですが、製品事故の発生を完全になくすことは難しいと言わざるを得ません。例えば、サプライチェーンが複雑化する中、完成品メーカーが気付かないうちに、サプライヤーが部品の材料や仕様を勝手に変えてしまう、いわゆる「サイレントチェンジ」が発生しており、経済産業省などが注意を促しています。また、足元では、一部の素材メーカーによる製品の品質データ改ざんが相次いで発覚し、問題となっています。

企業は日ごろから製品事故の発生を想定してリコール対応のための準備を行い、製品事故の発生またはその兆候を発見した段階で、迅速かつ的確なリコールを自主的に実施できるようにしておく必要があります。

準備を怠ると、リコール対応に長い時間がかかる上、結果的に「製品事故の発生を隠そうとした」と受け止められかねません。

消費者への人的危害が発生・拡大する可能性があることに気付きながらリコールなどの対応を行わず、死亡事故や火災など重大な被害を引き起こしてしまった場合、行政処分の対象となるばかりか、損害賠償責任や刑事責任を問われることになります。

訴訟に備える意味でも、企業には、迅速かつ的確なリコールを実施できる体制の整備が求められます。

リコールに備えるためには、あらかじめルールを定め、「消費者の安全確保」を重視する企業としての姿勢を従業員などが全員で共有することが不可欠です。その根拠となるのがリコール対応に関する規程です。以降では、経済産業省「消費生活用製品のリコールハンドブック2016」を基に、リコール対応に関する規程のひな型について紹介します。

2 リコール対応に関する規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【リコール対応に関する規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、製品の使用者の生命または身体への危害の拡大防止の観点から、事故発生に伴う使用者への危険や損害発生防止の際に、当該製品の点検・修理・回収等の事故対策を迅速、適切かつ効果的に行うための社内基準として定めるものである。

第2条(対象製品)
本規程の対象とする製品は、当社が取り扱う国内向けの製品とする。ただし、その他の製品についても、本規程に準じて適用するものとする。

第3条(用語の定義)
本規程において各用語の定義は、次に定めるところによる。
 1.事故
  製品の使用に伴い、人的危害を生じた事故および人的危害を生じる蓋然性の高い物的事故をいう。また、これらの製品事故(人的事故や火災等)の発生に結びつく恐れがある製品欠陥や不具合を事故等という。
 2.拡大
  同様の事象が複数発生することをいう。
 3.リコール
  製品の使用による事故発生の拡大可能性を最小限にするための対応であって、具体的には流通および販売段階からの回収並びに顧客の保有する製品の交換、改修(部品の交換、修理、適切な者による直接訪問での修理または点検を含む)または引き取りを実施することをいう。
 4.事故の発生を予見させる欠陥等の兆候に関する情報
  事故を発生させる蓋然性が高い欠陥に関する情報および欠陥か否かは明確に判別できないものの、同様の事故の発生を予見させる情報をいう。
 5.従業員等
  当社の役員および従業員をいう。

第4条(製品安全基本方針)
当社が製造・販売した全ての製品の安全性に対する消費者の信頼を確保することが当社の経営上の重要課題であるとの認識の下、次の通り、製品安全に関する基本方針を定め、誠実に製品安全の確保に努める。
 1.消費生活用製品安全法その他の製品安全に関する関係法令・各種基準等に定められた事項を遵守する。
 2.製品安全基本方針に基づき、品質保証体制をはじめとした組織構築を行い、継続的な改善を実施して「顧客視点」に基づいた「安全」「安心」の確保と維持に努める。
 3.製品安全管理について各事業部を横断的に統括する製品安全管理室を設置する。併せて各事業部内での品質保証体制および安全管理体制を構築する。製品の設計・製造・出荷の全ての段階において、常に適正な品質管理および安全管理を行い、その向上に努める。
 4.当社製品に係る事故について、その情報を顧客や販売会社、業界団体等から積極的に収集するとともに、製品の使用に伴うリスクの洗い出しを常に行い、そのリスクを評価し、その結果を製品の設計、部品、警告ラベル、取扱説明書にフィードバックするなど、継続的な製品安全の向上に努める。
 5.当社製品に関する不測の事故が発生した場合、直ちに原因究明を行い、安全上の問題があることが判明したときは、速やかに製品の回収、その他の危害の発生・拡大の防止措置を講じ、適切な情報提供方法を用いて迅速に消費者に告知する。
 6.製品安全に関する関係法令、各種基準等に関する社内研修を行い、製品安全に関する全社的な取り組みを継続的に行うとともに、関係法令遵守と製品安全の確保について周知徹底を図る。また、定期的な内部監査を実施し、製品安全管理に関する各種規程・手順等の遵守の状況の確認や適正な体制整備を行う。

第5条(製品安全責任者)
1)各部門長を、各部門における製品安全責任者とする。
2)各部門の製品安全責任者は、各担当部門における製品の安全性を確保するよう、従業員を指導・監督し、製品安全管理室と常に連絡を取るものとする。

第6条(原因究明)
1)当社製品に事故の発生または事故の発生を予見させる欠陥等の兆候を発見した場合、可能な限り速やかに問題の製品を入手し、事実関係を確実に把握する。
2)必要に応じて再現実験等の調査を実施し、原因の究明を行う。
3)当社内での原因の究明が困難な場合、製品の種類や事故の状況に応じ、公共または民間の適切な原因究明機関を利用し、原因の究明に努める。

第7条(被害想定)
事実関係に基づき人的危害の発生および拡大の可能性を検討し、被害を想定する。

第8条(リコール実施の判断)
1)消費者の安全確保の観点から、全ての事故および事故の発生を予見させる欠陥等の兆候に関する情報について、リコール実施の要否を検討する。
2)リコール実施の要否および方法は、製品安全管理室が原因究明や被害想定の結果を基に判定し、取締役会においてリコールを実施するか否かの判断と決定を行う。
3)リコール実施の判断は、消費者の利益を第一に考え、事故の拡大防止のため迅速かつ的確に対応するものとする。ただし、具体的な対応はリコールの他、使用方法等に関する注意喚起、原因が究明されるまでの製造、流通または販売の停止等の暫定的な対応の選択肢も考慮し、製品や事故状況に応じた最適な対応方法を決定する。
4)リコール実施を不要と判断した場合においては、事故が拡大する可能性がないか継続監視を行う。
5)継続監視の結果、リコール実施について再び審議が必要と判断した場合は、製品安全責任者による会合を招集し、事故情報の内容および分析結果を審議し、その内容および結果を取締役会に報告する。

第9条(リコール体制の確立)
1)リコール実施を決定した場合、直ちに製品安全管理室にリコール対策本部を設置する。
2)各関係部門の製品安全責任者をリコール対策本部のメンバーとして招集し、具体的なリコール計画の策定、実施を行う。
3)製品使用者等からの問い合わせに確実に対応するため、リコール対策本部の指揮下にリコール対応窓口を設置し、要員を配置する。

第10条(リコール計画の策定)
リコール実施を決定した場合、迅速かつ的確に事故の拡大を防止するため、リコール計画を策定する。リコール計画には次の事項を定める。
 1.目的
 2.リコールの種類
  ・製品の交換
  ・部品の交換
  ・修理
  ・点検
  ・引き取り(返金)
 3.具体的な目標
  ・リコール対象数
  ・リコール実施期間
 4.責任母体
  ・責任者
  ・対応組織と役割分担
 5.対象製品
  ・品名、型番、ロット番号、シリアル番号等
  ・稼働状況(販売台数、市場稼働台数、在庫台数等)
 6.情報提供方法
  ・記者発表実施の有無
  ・社告等の情報提供方法(媒体、時期、内容)
  ・社内外に対するリコール進捗状況の情報提供に関する透明性確保の方法
 7.製品使用者への対応
  ・既に被害が発生している場合、当該被害者の救済方法を含めた対応方針
  ・まだ被害が発生していない場合、被害を予測した被害者への対応方針
 8.官公庁・公的機関への報告
 9.社内への情報伝達
  ・関係部門への連絡と主旨の徹底方法
  ・従業員等への伝達方法
 10.原因究明
  ・原因究明の結果
  ・実施状況(実施機関、時間的目標等)
  ・原因が部品供給会社等の関連会社製品にある場合の原因追究の範囲および方法等
 11.関係者からの意見聴取
  ・法的な責任の有無の確認
  ・将来的な信用や風評への対応方法等
 12.対策および再発防止策
  ・リコール実施状況のモニタリング・評価および見直し方法

第11条(販売会社等への事故対策協力要請)
リコール実施に先立ち、対象製品を供給した販売会社、委託等により対象製品の設置・修理を行っている設置・修理業者等に対し、事故対策の実施に関する連絡を行うとともに、対策の実施について協力を依頼するものとする。

第12条(関係機関等へのリコールの報告)
リコール実施を決定した場合、次の関係機関等に情報提供を行う。
 1.無用な混乱、誤った情報の流出を避けるため、従業員等に対し必要な情報提供を行う。
 2.製品使用者への対応を適切に行うため、販売会社等に対し必要な情報提供を行い、協力を要請する。
 3.関係行政機関等に対し、リコール実施前にリコール計画等を報告する。その際、報告先、書式は関係行政機関等の通達に基づく。
 4.第3号の報告は、業界団体および、関連会社が加盟している関連団体等に対し、必要に応じ速やかに行う。
 5.対象製品について、使用者団体や、常日ごろ情報提供等を行っている関連団体がある場合、これらの団体に対し情報提供を行い、協力を要請する。
 6.法的責任判断のため、弁護士に速やかに事実関係を報告する。
 7.迅速な被害者救済のため、保険会社に速やかに事実関係を報告する。
 8.必要に応じ新聞・テレビ等に情報提供を行い、協力を要請する。

第13条(リコール実施の製品使用者への通知方法・手段)
製品使用者への通知方法は次の通りとする。
 1.保守点検契約等により顧客名簿が作成され、対象製品の所在が特定される場合、ダイレクトメール、電話、FAX、Eメール、直接訪問等により、速やかに製品使用者に対し直接連絡し、通知を図る。
 2.製品使用者を確実に特定できない場合、ウェブサイト、新聞社告、記者発表等、最適な情報提供媒体を決定し、事故の重大性や緊急性によって複数の通知方法から効果的な方法を選択し、または組み合わせて、適宜に通知を図る。
 3.製品使用者に対し通知を図る際には、次の点を考慮する。
  ・高齢者を考慮した文字の大きさや分かりやすい表現方法を用いる。
  ・広告、宣伝と誤解されない体裁とする。
  ・リコール目標の達成まで継続的に実施する。
  ・通知方法、手段は最適な方法を模索し続ける。
  ・情報提供に際して、必要に応じ関係行政機関等と相談をして対応する。

第14条(リコール実施の製品使用者への通知内容)
製品使用者への通知内容は次の通りとし、簡潔かつ正確に記載する。
 1.会社名、製品名、機種名、モデル名
 2.事故の内容(現象、原因、過去の事故の件数および概要)
 3.危険性の有無と発生が予想される危害等の内容
 4.リコールの内容
  ・リコールの種類
 製品の交換、部品の交換、修理、点検、引き取り(返金)
  ・使用の中止
  ・製品使用者への依頼内容(連絡要請や着払いでの返送依頼)
  ・簡潔な謝辞
 5.製品の識別方法:名称、型番、シリアル番号、製造場所等
 6.対象製品の情報
  ・製品の製造(輸入)期間、販売期間、該当商品の販売台数、対象台数
  ・製品の型番、シリアル番号(表示箇所の写真やイラストによる説明)
  ・その他、製品を限定する情報(販売地域、販路経路等)
 7.対策の開始時期と未対策品の注意事項
 8.連絡先
  ・連絡先名(返送を依頼する場合は送付先名、住所)
  ・電話番号(フリーダイヤル)
  ・連絡可能曜日および時間帯
  ・FAX番号
  ・Eメールアドレス
  ・自社ホームページのアドレス
  ・連絡可能な問い合わせ事項の明示等
 9.日付(社告公表日)
 10.住所(本社所在地または顧客対応窓口)
 11.会社名(クレーム送付先または顧客対応窓口)

第15条(事故対策の公表)
1)製品使用者を確実に特定できない場合、適切かつ効果的な事故対応を行うために、事故対策内容を原則として記者発表等により公表する。
2)公表の時期は、切迫した危害等の恐れがある場合は、直ちに公表を行うものとする。切迫した危害等の恐れが少ない場合には、対策措置の諸準備を速やかに実施し、準備が整い次第直ちに行うものとする。
3)公表内容は第14条と同等の内容とする。

第16条(進捗状況の評価および修正)
1)策定したリコール計画通りにリコールが履行されているか否か、リコール対策本部において進捗状況を評価する。
2)リコールの進捗状況によって、逐次最適な対応方法の検討および修正を行う。リコール計画通りにリコールが進まない場合、製品使用者への通知方法・手段を再度検討する等、対応策を講じる。

第17条(対策状況の報告)
1)対策状況について、リコール計画の報告を行った関係機関等に対し報告を行う。
2)対策状況の報告は、リコール計画の報告後1カ月経過するごとに行うことを基本とし、報告先が報告頻度について特別の指示を行った場合には、それに従う。

第18条(教育等)
1)日ごろより、従業員等に対し、必要な教育・研修を実施し、消費者の安全確保の観点から企業の社会的責任の重要性を認識させるよう努める。
2)リコール完了後、リコール対策本部は、一連のリコール対応について記録をまとめ、関係機関等に報告を行う。また、一連のリコール対応で明らかになった問題点や課題を整理し、従業員等に周知する。
3)リコール対策本部は、前項の終了をもって解散できるものとする。

第19条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第20条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

以上(2018年11月)

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ヒューマンエラー対策の基本

書いてあること

  • 主な読者:「個人情報の漏洩」など、ヒューマンエラーによる事故の防止を図りたい経営者
  • 課題:ヒューマンエラー防止策を講じても、事故が発生することもある
  • 解決策:防止策を着実に実行させるために、社内にチェック機関を設け、定期的に内部監査をすることが効果的

1 ヒューマンエラーの脅威

十分な対策を講じていても、事故発生のリスクは常にあります。その原因はさまざまで、「ヒューマンエラー(人間の誤認識や誤動作によって引き起こされるミス)」もその1つです。

「個人情報の漏洩」など、ヒューマンエラーによる事故はさまざまな分野で起こり得ます。これらの事故は、「信頼の失墜」「多額の賠償責任の発生」「顧客の安全性の損失」など、取り返しのつかない大きな損害を顧客や企業に与える恐れがあります。

IT化の進展でヒューマンエラーは起こりやすくなり、また想定される被害も大きなものになっています。企業は、日ごろからヒューマンエラーに対する適切な対応をしなければなりません。

2 ヒューマンエラーの類型と対策

1)情報処理のプロセスは3つ

人間による情報処理のプロセスは、「1.入力のプロセス(情報を自身の中に取り込むプロセス)」「2.媒介のプロセス(取り込んだ情報を判断するプロセス)」「3.出力のプロセス(判断に基づいて行動を決定、実行するプロセス)」の3つです。

ヒューマンエラーは、この全てのプロセスで発生する可能性があります。また、各プロセスで生じた個々のエラーは軽微でも、一連の情報処理のプロセスの中でそれらが連鎖することにより、より大きな事故を発生させる恐れがあります。

2)入力エラー

情報を入力するプロセスで発生するエラーです。集中力の欠如、見落とし、見間違い、聞き間違いなどにより、情報を正しく知覚・認知できないことをいいます。例としては、「数字の入力ミス」などがあります。

入力エラーを防止するために、指さし確認を行う、複数の担当者が読み合わせを行うなどの対策が効果的です。また、作業と作業の間に休憩時間を設けたり、集中力の高い朝に間違いやすい業務を行ったりします。

3)媒介エラー

情報を媒介するプロセスで発生するエラーです。油断、誤った知識、経験への依存などにより、情報を正しく判断・決定できないことをいいます。例としては、「正しいはずだという思い込みにより、誤った数字のまま次工程に進める」ことなどがあります。

媒介エラーを防止するために、上司が定期的にチェックして間違いを修正したり、勉強会を行って正しい知識を習得できる機会を設けます。また、マニュアルを作成し、業務や確認事項の統一化を図るなどします。

4)出力エラー

行動を出力するプロセスで発生するエラーです。やり忘れ、やり間違い、勘違いなどにより、作業を計画通りに正しく実行できないことをいいます。例としては、「数字の最終チェックを忘れてしまう」ことなどがあります。

出力エラーを防止するには、「ToDoリスト」(やるべき事柄をまとめたリスト)を作成する、余裕のあるスケジュールを組んで抜け漏れをなくすなどします。また、1つの業務を複数の社員が担当できるようにして、互いに確認し合うのもよいでしょう。

5)ヒューマンエラーの検知

以上のような対策を講じてもヒューマンエラーは発生します。そうしたヒューマンエラーがどのような状況で起こったのか、対策に問題がなかったのかを確認し、改善していくことが大切です。

また、ヒューマンエラーが発生した場合を想定し、損害の拡大を防ぐための対応も検討しなければなりません。具体的には、報告経路を定めて周知したり、クレーム対応の訓練をしたりします。マニュアル化するのもよいでしょう。

3 防止対策の運用上の留意点

過去に発生したヒューマンエラーによる事故を検証してみると、「決められた通りに防止対策を実行しなかったためヒューマンエラーが発生し、しかもその検知が遅れたために損害が拡大してしまった」というケースが多く見られます。

決められた通りに防止対策が実行されないのは、次のような担当者の主観的な判断や、油断によります。「エラーが出ていたが、経験から問題ないと判断した」「自分が確認したので大丈夫と油断し、ダブルチェックをしなかった」。

この他、防止対策が実行されているものの形骸化していて、動作としての指さし確認はしているが、無意識に指を指しているだけで全く確認をしていないということもあります。

こうした問題を改善するために、社内にチェック機関を設け、定期的に内部監査をすることが効果的です。加えて、ヒューマンエラーが起きたときの被害をイメージが湧きやすいように数字などを交えて共有するとよいでしょう。

以上(2018年10月)

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【規程・文例集】苦情対応力を上げるマニュアル作成のポイント

書いてあること

  • 主な読者:自社の苦情対応力を上げたい経営者
  • 課題:苦情対応マニュアルなどを整備しておらず、自社として統一された対応ができていない
  • 解決策:マニュアルを作成することをゴールにしないように注意する。また、苦情対応責任者を明確化するなどして、マニュアルを整備する

1 苦情対応力を高めることの重要性

苦情というと、どうしても「悪いもの」「避けたいもの」というイメージがあり、苦情に対して、消極的な姿勢をとってしまいがちです。しかし、苦情対応をおろそかにすると、企業イメージの低下、顧客喪失など企業経営に大きな影響を及ぼす事態になりかねません。

また、苦情の背景には、企業経営を脅かすような重大な問題が潜んでいる可能性もあります。こうした類の苦情を、初期の段階で察知・分析することなく見過ごしてしまうと、取り返しのつかない事態に陥るケースもあります。

このように考えると、苦情対応は企業にとって重要な経営課題であり、組織全体で取り組むべきものと認識し、適切に対応していくことが重要です。

苦情対応に組織全体で取り組むためには、従業員教育など、行うべきことは多々ありますが、本稿では、従業員が苦情対応を行う際の指針となる苦情対応マニュアル(以下「マニュアル」)作成に焦点を当てて見ていきます。

マニュアルを作成することで、期待できる効果は次の通りです。

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ただし、マニュアルは、それを作成するだけで適切な苦情対応に結び付くものではありません。マニュアルを従業員全員に周知させ、必要に応じて内容を見直しながら運用していくという一連の流れが企業の苦情対応力を高めていくのです。

そのため、「マニュアルを作成する際には、マニュアルを作成することそのものを目的としないこと」「マニュアルに頼りすぎた苦情対応をしないこと」に注意する必要があります。

こうした点も考慮しながら、以降では中堅・中小企業におけるマニュアルの基本的な作成手順とその留意点について見ていきます。

2 責任の明確化

1)苦情対応責任者の明確化

まずは、苦情対応の責任者は誰かということを明確にします。

責任者を明確にし、苦情が発生した場合には情報が全て苦情対応責任者の下へ集まるようにしておくことで、苦情対応の効率的な管理が行えるようになります。

なお、苦情対応責任者は、経営トップもしくはそれに近い階層の者が就くほうが望ましいでしょう。苦情対応への取り組みは、企業イメージを大きく左右することがあります。経営トップ自らが苦情対応責任者として率先して苦情対応に取り組むことで、苦情対応を「企業活動における重要な取り組みの1つ」と捉え、高い意識を持って苦情対応に取り組む姿勢を内外に示すことができます。

また、経営トップ自らが苦情対応責任者を務めることは、苦情処理の迅速化という点でも意味を持ちます。対応者が自身で判断できない苦情に対して、経営トップに直接指示を仰ぐことができる仕組みをつくっておくことで、社内手続きを簡素化し、迅速な対応が可能になるのです。仮に一般の従業員が苦情対応責任者を務める場合、苦情受領の報告を受けた苦情対応責任者がその上司に、上司がさらに経営トップに指示を仰ぐ、といった社内手続きが生じる可能性があります。その場合、苦情への対応に時間がかかり、顧客の気分を害してしまう恐れがあります。経営トップが自ら苦情対応責任者となり、苦情への対応方針を決定・指示することで迅速な対応が可能となります。

2)苦情対応責任部門の設置

苦情対応責任部門の主な役割はマニュアルの作成や運用、修正や見直しなど、苦情対応に関するプロセス全体の統括を行うことです。マニュアル作成に関しては、実際に苦情対応を行っている現場の従業員の意見をマニュアルに取り入れることで、現実に即した「生きたマニュアル」を作成することができます。苦情対応責任部門には、顧客からの苦情を受けることが多い従業員(営業、お客様センターなど)をメンバーとして組み入れるとよいでしょう。

3 マニュアル作成・運用の手順

苦情対応責任者および苦情対応責任部門が中心となってマニュアルの作成を進めます。マニュアルに盛り込む項目は業種によって多少の違いはありますが、基本的には次のような項目を盛り込みます。

1)マニュアルの目的

まず、苦情に対する組織の考え方を記載します。冒頭にこうした考え方を盛り込むことで、従業員の苦情対応に対する意識の統一を図ります。ここで記載する内容としては、例えば「苦情を受領した際には、お客様第一の立場で迅速かつ丁寧な対応を心掛ける」「お客様からの苦情には誠意をもって対応し、当社の商品・サービスをより適切にご利用いただけることを目指す」などとします。

この項目は単文でも構いませんし、複数行に分けても構いません。ただし、苦情対応に対する組織の考え方を示すものとなるため、「できるだけ分かりやすく、従業員全員が共有できる内容にすること」が大切です。

2)苦情対応の具体的な手順

次に、苦情が発生した場合の対応手順について記載します。この項目はマニュアルの中核となる部分なので、慎重に検討しましょう。具体的な項目としては「受領」「内容の調査」「対応の検討」「苦情対応の実施」などがあります。手順については、従業員が苦情対応の流れを理解しやすくなるような工夫が必要です。例えば、「苦情の受領から終了まで時系列に並べる」「実際の苦情対応例を併せて記載しておく」「『お客様への対応』と『社内の対応』に分けて手順を記載する」などがあります。

3)苦情対応報告書の作成手順

次に、苦情が発生した場合の対応手順について記載します。苦情対応報告書は、苦情対応に関する情報を管理するために必要となる重要な書類です。ただし、担当者によって報告書の記載内容・項目に大きな差があるようでは、情報を適切に管理することはできません。あらかじめ「苦情発生状況」「苦情内容」「苦情原因」「お客様のご要望」「対応」「対応結果」「備考」などの記載項目を盛り込んだ苦情対応報告書フォーマットを作成しておき、苦情が発生したら、直接苦情対応に当たった担当者に記載・報告をさせるようにします。

4)苦情情報のデータベース化の手順

最後に、苦情情報をデータベース化する際の手順を記載します。

データベース化の目的は、「苦情内容やその対応方法を全社で共有し、苦情の再発防止に役立てること」が挙げられます。そこで、苦情対応者から提出された苦情対応報告書を基に苦情内容と対応方法などを蓄積し、従業員が誰でもアクセスできるようにしておくことが必要です。そうすることで、従業員が以前の苦情対応情報を参考に、よりスムーズな苦情対応を行うことが期待できます。

5)マニュアルの周知・実施

マニュアルを作成したら、苦情対応の勉強会などを開催し、従業員全員にマニュアルの浸透を図ります。従業員の苦情対応のレベルアップを図るためには、こうした勉強会を定期的に開くことが理想的ですが、まとまった時間をとることが難しいという場合もあるでしょう。そうした場合には、朝礼などの時間を利用して通知するだけでも効果が期待できます。1回当たりの時間は少しずつでも、継続して取り組むことが重要です。

4 マニュアル作成・運用上の留意点

1)マニュアルは精密に作りすぎない

マニュアルは、精密に作りすぎないようにしましょう。マニュアルで多くを規定しようとすると、マニュアル作成に時間や手間がかかる上、従業員が覚えにくく、浸透しづらいなどの問題点が出る恐れがあります。

しかも、精密なマニュアルがあると、従業員は全てマニュアルに従って苦情対応を行うことになります。マニュアル通りの対応は、顧客に「機械的な対応」という印象を与えかねません。企業に対して苦情を申し出る顧客は、「自分の話を聞いてほしい」「自分が怒っている理由を理解してほしい」と考えています。そうした顧客に対して「機械的な対応」をしてしまうと、「本当に悪いと思っているのか」と、余計に顧客を興奮させてしまう可能性もあります。

また、従業員がマニュアル通りの対応に慣れてしまうと、マニュアルにない(想定していない)苦情に対して、対応できなくなる恐れもあります。

こうした問題を防ぐために、マニュアルには、「苦情に対する基本的な考え方」「苦情が発生したときにどういう手順で対応するのか」「苦情対応を終了した後の社内処理はどうするのか」など基本的な事項についてのみ記載するのがよいでしょう。

なお、実際の苦情対応に際しては、従業員にある程度の裁量を与え、柔軟に対応させ、もし、運用していて不足などがあれば、その都度見直していけばいいのです。もともと簡潔に作ってあるマニュアルであれば、見直しも簡単に行えます。

2)マニュアルは定期的に見直しをする

マニュアルは一度作成したら終わりというものではなく、苦情対応を常に質の高いものとするためにも、定期的に見直しを行うことが重要です。企業を取り巻く環境は、刻一刻と変化しています。作成時点では非の打ちどころのないマニュアルだったとしても、環境が変化すれば、不都合が出てくる可能性があります。作成したマニュアルを見直すことなく使い続けていては、顧客の要求に応え切れなくなる可能性があります。

そのため、データベース化された苦情対応の情報や、実際に苦情を受ける従業員の意見を定期的に集約して内容を見直すなど、常に鮮度の高いマニュアルにすることが大切です。また、「同業他社の苦情対応事例」などの身近な事例は、適切な苦情対応をするために大変参考となります。日ごろから苦情対応に対するアンテナを張っておきましょう。

3)従業員を評価する仕組みが必要

どんなに素晴らしいマニュアルを作ったとしても、実際の現場で顧客に対応する従業員が高い意識を持っていなければ意味がありません。経営トップは、朝礼や研修などあらゆる機会を使って、従業員に苦情対応の重要性や苦情対応に当たっての心構えなどを伝えていくことが大切です。

また、苦情対応に対する従業員の高い意識を保つためには、「苦情対応を行った従業員をしっかりと評価する」ことも忘れてはなりません。苦情対応は、対応する従業員にとって大きな負担となりますが、苦情対応を行った従業員を評価する仕組みが整っている企業は多くはありません。

確かに、苦情対応は利益に直結するものではないため、評価の対象となりにくい面はあるのですが、これでは、従業員に「苦情対応は割に合わない」という意識が生まれても仕方ありません。従業員がそうした意識を持つと、苦情対応に対する意識が低下してしまう恐れがあります。

こうした事態を防ぐために、苦情対応を行った従業員を評価する仕組みづくりが必要です。こうした仕組みとしては「半年間の苦情対応件数が最も多かった従業員を表彰する」「データベースに蓄積された苦情対応情報から、『参考となる対応』を従業員に選択させ、最も選択された数が多かった従業員に特別手当を支給する」などが考えられます。

4)JIS規格も参考に

苦情対応については、JIS規格「JIS Q 10002:2005 品質マネジメント-顧客満足-組織における苦情対応のための指針」が制定されています。この規格は、組織内部における製品やサービスに関する苦情対応プロセスの指針について標準化を行い、生産および使用の合理化、品質の向上を図ることを目的として制定されたものです。

同規格には、苦情対応の「基本原則」「苦情対応の枠組み」「計画および設計」「苦情対応プロセスの実施」「維持および改善」などの規定事項の他に、苦情対応プロセスの構築や維持に大きく経営資源を投資することが難しい小規模企業のための指針、苦情の受け付けおよび苦情のフォローアップをする際のフォーマットなども添付されています。マニュアルの作成に当たっては、こうした規格を参考にするのもよいでしょう。

なお、同規格は日本工業標準調査会のウェブサイトで閲覧することができます。

■日本工業標準調査会■
http://www.jisc.go.jp/

5 マニュアル項目例

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6 苦情対応報告書例

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以上(2018年4月)

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画像:ESB Professional-shutterstock

困ったときに役立つ 中小企業を守る法律の知識

書いてあること

  • 主な読者:大企業との取引が多い中小企業の経営者、窓口担当者
  • 課題:取引上弱い立場にあるので、大企業からの要望・要請を断れない
  • 解決策:独禁法、下請法などの中小企業を守る法律を知ることで、トラブルを避けることができる

1 知っておきたい中小企業を守る法律とは?

取引において、できる限り自社の利益となるように相手と交渉をすることは当然のことです。これは、中小企業と大企業間の取引であっても何ら変わりはありません。

しかし、一方が理由もなく、有利な契約条件を押しつける形となることは不合理であり、認められるべきではありません。とはいえ、取引当事者間で会社の規模が大きく違う場合には、こうしたケースが少なからず見受けられます。

このような場合に、弱い立場にある当事者を保護する取引関係の法律として、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下「独禁法」)や「下請代金支払遅延等防止法」(以下「下請法」)があります。

最近では、通販サイトなどを運営し、市場で大きな地位を占めているIT企業、いわゆるデジタル・プラットフォーマーが、蓄積データを活用して市場を寡占化したり、その優位性によって取引先である中小企業に対して、一方的に不利益を与えたりすることが問題視されています。2020年2月には、公正取引委員会が大手の通販サイト運営会社に対する緊急停止命令の申立てを行いました(後日、申立ての命令を取り下げました)。

また、昨今では、著作物やノウハウなどの知的財産権に関連するトラブルが増えており、大企業が取引先である中小企業の知的財産権を侵害するケースも指摘されています。このような場合に、「著作権法」や「不正競争防止法」といった、自社の知的財産権を守る法律についても知っておく必要があります。

本稿では、中小企業が取引で不利な立場に置かれたり、自社の権利を侵害されたりといった、トラブル時に知っておくと役に立つ法律の知識を簡潔に説明します。

2 取引で困ったときに役立つ「独禁法」の知識

1)独禁法の概要

独禁法は、公正かつ自由な競争を阻害する行為などを禁止するために定められた法律です。独禁法において禁止されている違反類型のうち、中小企業を守る内容として、「不当な取引制限」と「不公正な取引方法」の2つを押さえておきましょう。

なお、「私的独占」も重要な違反類型ではありますが、実際の違反事例はそれほど多くありませんので、本稿では割愛します。

2)不当な取引制限

「不当な取引制限」とは、他の事業者と共同して、相互にその事業活動を拘束し、または遂行することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいいます。カルテルや入札談合などの価格協定が典型的な例といえるでしょう。

例えば、大企業が結託して、小売店に販売する製品・部品の金額が下落しないように販売価格を擦り合わせている場合には、この違反類型に該当します。なお、ここでの「擦り合わせ」とは、互いに自身の意向を明確にして合意する必要はなく、歩調をそろえる黙示の意思があればよいとされています。

3)不公正な取引方法

不公正な取引方法とは、例えば、自由な競争が妨げられていること、競争の中心が本来重要な要素となるべき価格・品質・サービスになっていないこと、取引主体が不合理な理由で自主的な判断が困難になっていることなどにより、競争秩序に悪影響を及ぼす取引をいいます。

具体的な内容は、後述する下請法で禁止されている行為と重なるところもありますが、取引拒絶、不当廉売、不当高価購入、抱き合わせ販売、再販売価格維持、優越的地位の濫用などが規定されています。不公正な取引方法については業種ごとにさまざまなガイドラインが公表されていますので、詳細は公正取引委員会のウェブサイトを参照ください。

3 取引で困ったときに役立つ「下請法」の知識

1)下請法の概要

下請法は、独禁法によって禁止されている優越的地位の濫用に該当する行為形態のうち、適用対象や違反行為を類型化して規制しています。下請法では、個別具体的な判断が必要な優越的地位の濫用に該当する行為を類型化することで、簡易迅速に下請事業者を保護することを目的に規定されています。

商慣行の中で、自社に不利益だとは思いつつも、長年にわたって行っていた取引が、実は下請法に違反していたという場合もあります。

また、2019年10月から消費税率引き上げが実施されました。税率引き上げ時に、代金から税率引き上げ分相当額の全部または一部を差し引いて支払うように要請されることなどがあったかもしれませんが、こうした行為は下請法に違反します。

以降で紹介する内容を参考に、自社の取引を見直してみるのは有用なことだといえるでしょう。

2)下請法が適用される取引当事者・取引内容

下請法上、中小企業を下請事業者、大企業を親事業者と呼んでおり、具体的には次の関係にある事業者間における取引が下請法の適用対象となります。

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また、取引当事者についてだけでなく、下請法が適用される取引内容についても、次の通り4つに類型化されています。これらの類型に該当する場合に下請法が適用されることになります。

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3)親事業者に課されている義務事項

下請法が適用される取引当事者・取引内容の場合に、親事業者は次の4つの義務が課されています。なお、書面への記載事項などの詳細は、公正取引委員会のウェブサイトを参照ください。

  • 書面交付:発注後直ちに、書面(3条書面)を交付しなければいけません。
  • 支払期日の定め:成果物(役務提供)の受領日から60日以内のできる限り短い期間内に代金の支払期日を定めなければいけません。
  • 書類作成・保存:委託内容に関する事項が記載されている書類を作成し、2年間保存しなければいけません。
  • 遅延利息の支払:代金を支払期日までに支払わなかった場合、成果物(役務提供)の受領日から60日を経過した日から支払日までの期間について、年率14.6%の遅延利息を支払わなければいけません。

4)こんな場合には下請法で守られる

前述した通り、下請法は適用される場合が具体的に定められています。そのため、例えば、取引先から次のような行為があった場合には、下請法違反の可能性がありますので、対応を検討されることをお勧めします(なお、下請法では11の禁止行為が類型的に規定されていますので、一度見直してみるとよいでしょう)。

  • 消費税率引き上げのタイミングで販売価格低減を要請された場合
  • 発注者側の都合で商品を返品された場合
  • 従業員の派遣や、不要な在庫商品の購入を求められた場合
  • 少量発注にもかかわらず、大量発注を前提とした単価設定を求められた場合
  • 製品の図面などの技術情報の提供を求められた場合
  • 事後的な仕様変更や工程変更による追加費用を一方的に負担させられた場合

4 知的財産を侵害されたときに役立つ「著作権法」の知識

自社の知的財産を守る権利の中でも、最も知っておく必要があるのは著作権の知識でしょう。著作権は著作物に対して生じる権利です。小説や楽曲、絵画といったものだけでなく、ダンスの振り付けやゲームソフト、コンピュータープログラムといったさまざまなものが著作物に該当し、これらには著作権があります。著作権は原則として、著作者の死後70年の間保護されます(団体名義や無名の場合は著作物公表後70年)。

著作権には主に次のような権利があります。

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中小企業においても、自社で制作している商品の設計書、図面、マニュアルなどがあれば、それは著作物であり著作権によって保護されます。それ以外にも取引先に提案した企画書といったものも保護対象になります。これらのものが、知らない間に勝手に利用されている場合、著作権侵害の可能性がありますので、侵害行為の差し止め等を検討するとよいでしょう。

また、場合によっては、きちんと著作権の利用許諾契約を締結して、許諾料を支払ってもらうなどして、自社の知的財産を活用したビジネスを確立していくことが、将来的に有益となることもあります。

5 知的財産を侵害されたときに役立つ「不正競争防止法」の知識

不正競争防止法は、もともとは事業者間の公正な競争を確保するための法律であり、知的財産を保護することを直接の目的にしているものではありません。ただし、未登録の商標や商品形態の模倣、営業秘密の不正取得に関しての規定など、実質的には知的財産を保護する機能を有した法律といえます。

この法律では、9つの行為類型を不正競争と定義して禁止しています。そのうち、自社を守る権利として、次に紹介する行為類型については知っておくとよいでしょう。

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例えば、秘密として管理していた商品の設計情報を、業務提携していた大手メーカーが他の提携先企業に流出させて類似の商品製造を行っていた場合や、自社のヒット商品と類似の粗悪品が出回っているような場合に、不正競争防止法に基づいて差し止めや損害賠償請求等をしていくことができます。

6 まずは自社を守る法律を知ることが第一歩

中小企業においては、取引先とのパワーバランスなどから、法律に定めがあっても、声を出して取引先からの不利な要請などを是正することが難しく、権利が保護されにくい現状があることは否めません。もっとも、近年では、親事業者が下請法違反で摘発される事例などが多く出始めており、社会全体の流れとして、中小企業の保護の見直しが図られていることは事実です。

そのため、まずはきちんと自社を守る法律の内容を知っておき、いつでも法律に基づく保護を受けられる知識と体制を整えておくことが必要といえるでしょう。

本稿を「中小企業を守る法律」の知識を整理する一助にしていただければと思います。

以上(2020年5月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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差し戻しにならない登記手続きのコツ

書いてあること

  • 主な読者:面倒?な登記を一回で済ませたい担当者
  • 課題:登記に行っても細かな指摘を受けて、二度手間、三度手間となる!!!
  • ポイント:手続きの基本ポイントを押さえ、抜け漏れをなくす

1 二度手間は避けたい「登記」の手続き

商業登記(以下「登記」)事項の変更手続きは所管の法務局(注)に必要書類を提出して行います。登記実務を司法書士に依頼することもありますが、中小企業では「役員に関する登記手続き」など、定期的に発生するものは社内の担当者が行うのが一般的です。

登記は厳格な手続きが求められ、わずかでも書類に不備があると処理をしてもらえません。必ず補正(書類に不備がある場合に修正をすること)などをして正しい内容の書類を提出しなければなりません。

また、最近、添付書類などが一部変更されているので、スムーズに手続きを進めるためには、こうした点にも注意が必要です(詳細後述)。そうしないと、何度も法務局に足を運ぶなど、二度手間になりかねません。

このリポートでは、全ての株式会社(以下「会社」)が定期的に行っている役員変更の登記手続きのポイントを紹介します。想定するのは、中小企業に多い「取締役会+監査役」の機関設計の会社の手続きです。なお、登記手続きは法務局の窓口での申請の他、郵送やオンライン申請も可能ですが、窓口での申請の場合について紹介します。

(注)商業登記法では、登記の事務を行う法務局、地方法務局などをまとめて「登記所」としていますが、本稿では「法務局」にて統一しています。

2 登記に関する基礎知識

1)登記すべき事項は多岐にわたる

登記すべき事項は多岐にわたります。巻末に例として、会社の場合の登記すべき事項を掲載しているので、必要に応じて参照してください。

2)「登記事項証明書」と「登記簿謄本」の違い

自社の登記事項を確認したり、取引先の与信管理を行ったりするときなどに、登記事項を証明する書類を取得することがあります。この書類を「登記事項証明書」や「登記簿謄本」などと呼ぶことがあります。

法務局は登記事項を磁気ディスクに記録しており、その内容を用紙に印刷し、証明したものが登記事項証明書です。登記事務をコンピューターで処理していない時代は、登記事項を直接登記用紙に記載しており、その用紙を複写し、証明したので、登記簿謄本と呼んでいました。

現在、法務局が管轄する登記情報について原則コンピューター化が完了しています。名称が異なるだけで、どちらも証明内容は同じです。 実務上は、登記事項証明書を扱うことが多くなるため、以降では登記事項証明書を前提に説明します。

3)実務で主に利用する登記事項証明書の3種類

  • 現在事項証明書
    主に現在効力を有する登記事項が記載された証明書です。その他に会社成立の年月日、取締役、監査役、代表取締役などの就任年月日、会社の商号、本店の登記の変更に関する事項で現に効力を有するもの、直前のものが記載されています。
  • 履歴事項証明書
    現在事項証明書の記載事項に加えて、当該証明書の交付の請求のあった日の3年前の日の属する年の1月1日から請求の日までの間に抹消された事項が記載された書面です。
  • 閉鎖事項証明書
    履歴事項証明書に記載されていない事項(閉鎖した登記記録に記録されている事項)が記載された書面です。

それぞれの証明書には、該当する事項が全て記載されているもの(全部証明書)と、一部だけ記載されているもの(一部証明書)があります。

3 役員変更の登記手続き

役員(取締役・監査役)変更の登記手続きに必要な書類は、役員が新任か重任(役員の任期満了の後、同じ人が再度就任すること)かによって異なります。ここでは、「全ての役員が重任の場合」と「新任役員がいる場合」の登記手続きのポイントを紹介します。なお、各書面の記載例などは、法務局「商業・法人登記申請手続」に掲載されています。

■法務局「商業・法人登記申請手続」■
http://houmukyoku.moj.go.jp/homu/touki2.html

1)全ての役員が重任の場合

全ての役員が重任の場合は、次の書類が必要となります。

  • 変更登記申請書
  • 株主総会議事録
  • 株主リスト
  • 取締役会議事録(代表取締役を選任する場合)
  • 就任承諾書

1.手続きのポイント1:株主リスト

2016年10月1日以降、登記すべき事項に次の手続きを要する場合は、いわゆる「株主リスト」の添付が必要となります。

  • 株主総会(種類株主総会を含む)の決議
  • 株主全員(種類株主全員を含む)の同意

役員の選任には株主総会の普通決議が必要となるため、後述する新任役員がいる場合も含めて登記手続きには、株主リストは必須となります。株主リストの記載事項は、上記2つのケースによって異なりますが、「株主総会(種類株主総会を含む)の決議を要する場合」は、次の通りです。

【株主リストの記載事項】

「議決権数上位10名の株主」、または「議決権割合が2/3に達するまでの株主」のいずれか少ないほうの株主について、次の事項を記載して代表者が証明をします。

  • 株主の氏名、または名称
  • 住所
  • 株式数(種類株式発行会社は、種類株式の種類および数)
  • 議決権数
  • 議決権数割合

(注1)自己株式などの当該事項について議決権行使できない株式は除きます。

(注2)株主総会に欠席し、または議決権を行使しなかった株主を含みます。

(注3)議決権割合が2/3に達するまでの株主は、議決権割合の多いほうから加算します。

2.手続きのポイント2:就任承諾書の省略

就任承諾書は、選任された人が、その就任を承諾する旨を記載した書面です。役員および代表取締役の就任の登記手続きの際に、原則、添付しなければなりません。ただし、一定の場合は、添付を省略することができます。

具体的には、役員の場合であれば、選任された人が株主総会の席上で就任を承諾し、株主総会議事録にその旨の記載がある場合は、変更登記申請書に「就任承諾書は、株主総会議事録の記載を援用する」と記載をすることで、就任承諾書の添付を省略できます。

代表取締役の場合も、取締役会議事録に同様の記載などをすることで、就任承諾書の添付を省略できます。

3.手続きのポイント3:原本還付

初めて実務を担当する人が、忘れがちなのが「原本還付」の準備です。この手続きでいえば、株主総会議事録・取締役会議事録・就任承諾書は、原則、原本が必要になります。しかし、これらの書類の原本は会社でも保管しなければならないため、原本を返却してもらう必要があります。この手続きを原本還付といいます。

原本還付を受ける場合は、次の書類を準備します。

  • 書類原本
  • コピーした当該書類の欄外に「これは、原本の写しである」などと記載した上で、代表取締役の署名・捺印をした書面

法務局の窓口では、双方の書面に相違がないことを確認した後に、原本を返却してくれます。

ここでは、株主総会議事録・取締役会議事録・就任承諾書を原本還付の対象としましたが、その他、返却してもらいたい書類がある場合は、同様の手続きで原本還付を受けることができます。

2)新任役員がいる場合

新任役員がいる場合は、次の書類が必要となります。

  • 変更登記申請書
  • 株主総会議事録
  • 株主リスト
  • 取締役会議事録(代表取締役を選任する場合)
  • 就任承諾書
  • 新任役員の本人確認証明書など

1.手続きのポイント1:本人確認証明書など

1.~5.については、前述した「全ての役員が重任の場合」の書類と同じです。注意が必要なのは6.の書類です。2015年2月27日から、新任役員については次のいずれかの書類が必要となりました。

  • 新任役員の印鑑証明書
  • 新任役員の本人確認証明書

また、株主総会議事録に新任役員の住所の記載がない場合には、別途、その役員が住所を記載し、記名押印した就任承諾書を添付しなければなりません。本人確認証明書の例は次の通りです。

  • 住民票記載事項証明書(マイナンバーが記載されていないもの)
  • 戸籍の附票
  • 住基カード(住所が記載されているもの)のコピー(注1)
  • 運転免許証などのコピー(注1)
  • マイナンバーカードの表面のコピー(注2)

(注1)裏面もコピーし、本人が「原本と相違がない」と記載した上で、記名押印が必要です。

(注2)表面(氏名、住所、生年月日および性別が記載されている面)のみをコピーし、本人が「原本と相違がない」と記載した上で、記名押印が必要です。

実務上は、書面取得の手続きが不要で、常時携帯していることの多い運転免許証のコピーを使うことが多いようです。

なお、法務局によるチェックでは、就任承諾書などに記載した新任役員の住所などと、本人確認証明書などの記載内容の整合性を確認します。そのため、役員が就任に伴って転居した場合などは、本人確認証明書などの住所が転居前のものとなっていたりしないか(住所が相違していないか)確認するようにしましょう。

ちなみに、就任承諾書に押印した印鑑と、本人確認証明書に押印した印鑑は相違していても問題ありません。

2.手続きのポイント2:辞任を伴う場合の添付書類

新任役員の就任が前任役員の任期満了に伴う場合は、原則、前述の書類で登記手続きをすることができます。一方、前任役員が任期途中で辞任した場合は、当該役員の辞任届を添付しなければなりません。

辞任届に押印する印鑑は、当該役員が代表取締役など(法務局で印鑑の届出を行った人)ではない場合は、どの印鑑でも問題ありません。しかし、当該役員が代表取締役などの場合は、2015年2月27日から次のいずれかでなければならないため、注意が必要です。

  • 法務局に届出を行った印鑑による押印
  • 代表取締役などの個人の実印による押印+当該実印の印鑑証明書

4 (参考)株式会社の場合の登記すべき事項

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以上(2019年4月)
(監修 ベリーベスト法律事務所 弁護士 高橋敬太郎)

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