先行き不透明な今こそリファラル採用に取り組み始めよう

日本の労働市場は世界的な新型コロナウイルスの蔓延によって、空前の売り手市場から一転。新卒採用では内定を取り消す動きがでるなど、見通しが不透明な状況となっています。採用に関して、「今はリスクを取りたくない」というのが切実な思いでしょう。そのようなときに効果を発揮するのが、長期的な取り組みこそ必要なものの、低コストでミスマッチの少ない優秀な人材を採用できるリファラル採用です。

リファラル採用とは、社員が知人や友人を会社に紹介する採用手法です。米国では、85%の企業が何らかのリファラル制度を導入しているといわれています(注)。
リファラル採用には、採用コストの削減や人材の定着、早期戦力化など多くのメリットがあります。日本でもLINEやメルカリ、サイバーエージェントなどのIT企業を中心に、積極的にリファラル採用に取り組んでいますが、慢性的な人手不足で採用難が続いていた近年では、IT業界以外にも裾野が広がってきています。また、雇用形態についても、正社員にとどまらず、アルバイトやパートの採用にも活用されるようになってきています。

(注: CareerXroads,Brown Bag Lunch Webinar REFERRAL Practices,2012 年)

1 リファラル採用のメリット

1)採用コストの削減につながる

有効求人倍率が1倍を上回る状況が続く昨今は、広告費を支払って求人サイトに掲載しても、応募が来ないことも珍しくはありませんでした。
 また、人材紹介であれば採用候補者の見込み年収の35%程度の紹介料がかかるため、優秀な人材を採用するためには、高額な紹介料を支払う必要があります。その点、リファラル採用は社員からの紹介のため、こうした費用を抑えることができ、その分を紹介してくれた社員へのインセンティブとして還元することができます。

2)定着率が高く自社にマッチした人材が採用できる

採用候補者は、実際に勤めている友人(社員)から会社の人間関係や業務内容についてのリアルな声を聞くことができます。そのため、「入ってみたらイメージと違った」といった入社後のミスマッチが起こりにくく、早期離職を防ぐことができます。また、採用候補者のスキルや価値観をよく知っている社員からの紹介であるため、即戦力としてすぐに活躍してくれる人材を、適切なポジションで採用できる可能性が高まります。

3)転職市場「外」の人材を採用できる

社員からの紹介には転職潜在層(今すぐに転職したいとは考えていない人材)も採用候補者として挙がってきます。つまり、求人サイトや人材紹介では出会えない、優秀な人材にもアプローチできる可能性があるのです。今すぐに転職する意欲がない人材でも定期的に接触し、自社の魅力を伝えておけば、将来的に転職を考えたタイミングで、自社の選考に進んでもらえるチャンスもあります。

2 リファラル採用のデメリット

1)友人が不採用になった場合、トラブルになることも

特に多くの方が気にされるのが、この点ではないでしょうか。リファラル採用はコネ採用とは違い、採用・入社が約束されている採用手法ではありません。通常の選考フローと同様に進んでいくため、選考中に不採用になってしまうこともあります。採用候補者の中には、社員からの推薦・紹介のため、「採用前提」と思って応募し、紹介者である友人(社員)とトラブルになってしまうことも。こうならないためにも、リファラル採用は通常の選考と変わらない旨を、人事から社員へきちんと伝えておくことが重要です。

2)採用までに時間がかかる

「今すぐに転職をしたい」とは考えていない転職潜在層にアプローチできるのがリファラル採用のメリットですが、その分、採用までに1~2年かかるケースも珍しくありません。「急に空きが出てしまったポジションをすぐに埋めたい!」という場合には、不向きかもしれません。

3)人材の同質化が起きやすい

リファラル採用は基本的に社員の仲の良い友人など、価値観の合う人材を紹介するケースが多いため、似たような人材が集まり、会社のカルチャーが偏ってしまう恐れがあります。全ての採用をリファラル採用だけでカバーしようとせずに、さまざまな採用チャネルと組み合わせましょう

メールマガジンの登録ページです

3 リファラル採用を成功させる6つのポイント

リファラル採用を成功させるには、どんなことに注意すればよいのでしょうか。リファラル採用の失敗を例に、6つのポイントをご紹介します。

1)社内横断的なプロジェクトチームで推進する

リファラル採用は、経営者や人事だけが頑張っても思うような成果は上がりません。他の採用手法と違い、なるべく多くの現場の社員に協力してもらう必要があります。そのため、経営者や人事だけで推進しようとするのではなく、各部門のリーダー層や若手社員などのプロジェクトチームを発足させ、社内横断的に推進していくのがお勧めです。

2)まずはエンゲージメントの高い社員に紹介を依頼する

リファラル採用には多くの現場の社員の協力が必要ですが、だからといって初めから全社員を動かそうとしてもうまくいきません。会社には、エンゲージメントが高く協力的な社員ばかりが在籍しているわけではないからです。まずは社内アンケートなどで事前調査を行い、エンゲージメントの高い社員に絞って少数で始めていき、成功事例を積み重ねていくことで理解者を増やしていきましょう

3)社員にとっての「紹介」のハードルを下げる

「リファラル採用を始めたけれど、社員からの紹介が挙がってこない」。こんな話をよく聞きますが、社員にリファラル採用の制度内容や意義をきちんと伝えられていますか? 「紹介=選考」と捉えられてしまうと、「いきなり友人を選考に呼ぶのは気が引ける」と、協力したくても躊躇(ちゅうちょ)してしまうケースもあります。
協力を求める社員には、紹介自体はあくまで会社を知ってもらうきっかけにすぎない、ということを理解してもらいましょう。紹介したい友人との飲食費を負担する会食制度を設けたり、社内に気軽に友人を呼べるピザパーティーなどのイベントを開催したりして、「紹介」のハードルを下げましょう。

4)紹介したい人材の具体的なイメージを共有する

社員から紹介が挙がってこない主な理由に、「具体的にどんな人を紹介すればいいのか分からない」「紹介の対象が『転職を考えている友人』に限定されてしまっている」ことなどがあります。このような場合は、社内でメモリーパレスというワークショップを開催してみましょう。メモリーパレスでは、社員に対して「前職で尊敬していた営業職の先輩は誰ですか?」といった質問をしてみます。このような過程で、会社が採用したい人物のイメージと、社員の間で「こんな人と一緒に働きたい」「こんな人に会社に入ってもらいたい」という具体的なイメージが共有できます。そうすることで、社員が持っている人脈の掘り起こしにつながるとともに、紹介段階のミスマッチ(後述)を減らせる可能性が高まります。

5)友人を紹介したいと思われる魅力的な職場を作る

そもそもあなたの会社は、社員が友人を紹介したいと思える魅力的な職場でしょうか? 違法な長時間労働やパワハラは論外ですが、そうでなくても社員が職場環境や待遇に不満を感じていれば、当然大切な友人を紹介したいとは思いません。人事がきちんとリファラル採用に取り組んでいるにもかかわらず、社員からの紹介が挙がってこない場合は、社員の声に耳を傾けて、魅力的な職場作りに努めましょう。

6)定期的に社内の周知を図る

当初はうまくいっていたリファラル採用も、時間がたつと忘れ去られ、紹介がぱたりと止まってしまうことも。リファラル採用を社内文化として根付かせるためには、定期的な周知が不可欠です。人事だけでなく、トップや経営層からリファラル採用の重要性を発信してもらうことも有効でしょう。

4 リファラル採用に関する疑問あれこれ

1)採用候補者が不採用に。こんなときどうする?

せっかく紹介してくれた採用候補者が不採用になってしまった場合、紹介者である社員と友人(採用候補者)が気まずい関係になり、今後社員がリファラル採用に協力してくれなくなることも。

そんな最悪な事態を回避するためにも、まずは紹介段階のミスマッチを減らすことが大切です。採用したい人物像を「〇〇部長の下で新規プロジェクトを推進できる人」「○○業界で営業していた人」など、社員がイメージしやすい具体的な言葉で共有することで、紹介段階のミスマッチを防ぎましょう。

また、採用候補者をカジュアル面談や社内イベントに呼んで、選考前に見極めることも重要です。その時点で選考を通過するのが難しいと思った場合には、紹介者である社員にその旨を伝えておきましょう。
選考過程に進んだ友人(採用候補者)が不採用になってしまったときには、必ず紹介者である社員に不採用の理由を説明しましょう。そうすることで、会社への信頼度が高まり、「もうリファラル採用に協力しない」と思う社員を減らすことができます。

2)紹介者である社員が退職してしまった場合のケアは?

紹介者である社員が何かしらの理由で退職してしまった場合、その社員の紹介で入社した友人のモチベーションが下がり、最悪の場合、一緒に辞めてしまうことも。特に、友人が入社して間もなく紹介者である社員が辞めてしまった場合には、人事だけでなく部門全体でケアするようにしましょう。

3)紹介インセンティブの設定、金額はどうしてる?

リフカムが行った調査では、リファラル採用に取り組んでいる会社のうち、95%が紹介社員への紹介インセンティブを導入していました。また、紹介インセンティブの金額については、10万円以上に設定している会社が42%にも上ります。

インセンティブの金額のアンケート結果を示した画像です

(出所:リファラル採用の取り組みに関する実態アンケート調査結果(2019年3月))

こうしてみると、金額が高いほど効果があるのでは? と思われるかもしれませんが、社員からは「お金目的で友人を紹介したと思われるのが嫌」「インセンティブ額が高いと、プレッシャーがかかる」といった声が聞かれました。

実際に、紹介数を増やすために紹介インセンティブ額を倍に引き上げた企業がありましたが、結果的には紹介数に変化はなかったようです。紹介インセンティブはあくまで「すてきな仲間を集めてきてくれたことに対する”感謝の気持ち”」であり、金額はそれほど重要ではないようです。

リファラル採用は取り組み始めてすぐに結果が出る手法ではないため、根気強く取り組むことが大切です。また、リファラル採用を取り入れることで、今の職場環境を見直す良いきっかけになるかもしれません。昨今の状況下においては、オンライン面談や動画ツールなどをうまく活用しながらリファラル採用を進めていくことをお勧めします。
時間がかかる取り組みだからこそ、今すぐ始めて将来の準備をしておきましょう。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年4月15日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

元プロ野球選手が解説 「データ野球」に基づく人事評価

書いてあること

  • 主な読者:人事評価を行う経営者や人事担当者
  • 課題:現状の人事評価制度だけでは十分に機能しなくなってきている
  • 解決策:現代野球のデータを重視した評価制度を参考に、自社の目的を明確にし、目的と一致した評価指標を設定する

1 あなたの会社の人事評価制度は、本当に適正ですか?

誰にいくらの給料を支払うべきか。誰にどのポジションを任せるべきか。どうやって優秀な新卒社員を採用するか。他社の優秀な社員を、どのようにして我が社に迎え入れられるか。

経営者にとって、人事の仕事は最も重要であり、最も難解です。それは、ビジネスにおいて最も不確定要素が多い“ヒト”という資源を扱うからに他なりません。そういう観点から考えると、カネやモノという資源は意外なほど扱いやすく思えてきます。製造能力が2倍になる機械を導入し、正しく扱いさえすれば、2倍の製造能力を期待できるのに対し、ヒトへの投資は時に“生産”能力を10倍にすることさえあり得ます(ただし、2分の1になるときもあります)。ヒトへの投資はいつも不確定要素が多く、扱うことが難しい。だからこそ、“ヒト”を制する者がビジネスを制することができます。

そして、この“ヒト”という資源のみを使って勝負する世界があります。それは、スポーツです。試合に勝つために、誰にどのポジションを任せ、どのようにパフォーマンスを引き出し、どうやって相手に勝つか。使える資源はヒトのみ。速く走れるシューズ、速く泳げる水着などのモノへの投資は規制され、勝利をカネで買う八百長はスポーツ界ではタブーです。そんなヒトのみを使うスポーツだからこそ、ビジネスに活かせるヒントが多く隠されています。今回は、人事という仕事をスポーツという側面から見ていきましょう。

2 プロ野球球団における、人件費とは?

私は2007年から2012年まで横浜ベイスターズ(現DeNA)でプレーした経験から、プロ野球の世界に明るいです。よってここでは、野球、とりわけプロ野球を例にとって話を進めていきます。

プロ野球球団は、大きく分けて3つの部署があります。観客動員、グッズ売上など、ビジネスサイドを担当する事業部と、選手の年俸、チーム構成、ドラフト戦略、トレード、解雇など、人事サイドを担当する編成部と、監督、選手を中心に試合に勝つことを使命とする現場の3つです。

チーム構成は編成部の仕事です。現状の戦力の特徴(例えば先発、中継ぎ投手などの役割に加えて、スピード系、コントロール系などの特徴など)を把握し、それらが偏らないようにバランスよくチームを編成していきます。そのために、誰を解雇し、誰をドラフトで獲得するかを考え、空いている枠は外国人やトレード、FA選手で埋めていきます。一方、用意された戦力を駆使して戦う現場の監督は、用意された食材をもとに最高の料理を作るシェフのような立ち位置といえます(もちろん、シェフには食材をリクエストする権限があります)。

そして、誰にどのくらいの給料を支払うかという年俸を決めるのも、編成部の仕事です。球団を経営するという観点から見ると、選手に支払う報酬は「人件費」とは少し異なります。それは、選手は球団が収益を上げるうえでの「商品」という見方もできるためです。とはいえ、活躍や貢献の評価に応じて報酬が変動するところや、特定の数字に対して支払われるインセンティブ契約、重大な過失(注)を犯した際に発生する報酬の減額などは、人件費の概念に近いです。故に編成部は、選手に支払う総年俸をどれだけ抑えられるかという任務も請け負います(いわゆる、人件費を抑えるという行為です)。

(注)ここでいう重大な過失とは、民事・刑事事件などのことで、プレー中のミスのことではありません。そちらは、翌年の報酬に反映されます。

3 プロ野球における相対評価と絶対評価

さて、誰にどのくらいの年俸を支払うかを、どうやって決めたらよいでしょうか。15勝した先発投手と、30本の本塁打を打った選手と、3割の打率を残した選手のうち、誰が1億円の年俸を支払うのに最も適しているでしょうか。

2008年、私の在籍していた横浜ベイスターズは、ダントツの最下位に沈みました。しかし、チームの4番バッターであった村田修一は本塁打王を獲得し、3番バッターであった内川聖一(現ソフトバンク)は、右打者歴代最高打率の3割7分8厘で首位打者を獲得しました。打撃部門の2タイトルを占めましたが、チームはダントツの最下位です。こういう場合、あなたが編成部長だったとしたら、いくらの年俸を支払うでしょうか。

ここでは、2つの評価が鍵となります。それは、相対評価と絶対評価です。相対評価はいわゆるマーケットプライスのことで、他球団との比較から、46本の本塁打を打ち、なおかつ114打点を稼いだ人にはどれくらいの年俸が支払われるべきか、という相場が算出されます。プロ野球の歴史上、選手の年俸はほとんどが相対評価で決定されてきました。だからこそ落合博満(日本人初の3億円プレーヤー)は選手時代、自らの年俸を上げることに執念を燃やしました。自らの年俸が増えれば、それが前例となって相対評価の基準が上がり、野球選手の価値の向上につながるからです。

この相対評価から算出した年俸に影響を与えるのが、絶対評価です。チームの成績は球団の収益に大きな影響を及ぼすため、人件費の上限に制限が発生します。故に、相対的な評価額(マーケットプライス)が高かったとしても、チーム成績などの絶対的な理由から、相対的な評価額よりも減額提示をされることがあります。

こういうことが続けば、選手としてはマーケットに売り出したほうが高く評価されるわけなので、時期が来たら自らをマーケットに売り出します(結果的に、前述した2選手はFAで他球団に移籍しました)。結果、強くて富める球団はより強くなり、弱くて貧しい球団はより弱くなります。資本主義の縮図のような構造を、ここでも垣間見ることができますね。

しかし、この構造に風穴を開けた球団があります。それが、メジャーリーグのオークランドアスレチックスです。

4 ヤンキースの3分の1の予算で、最高勝率を記録したチーム

1)野球=27個のアウトを取られるまでは終わらない競技

「マネーボール」という映画が話題になって久しいですね。ビリー・ビーンというGMが独自の方法で球団を経営し、全く新しいチーム構成をほぼ“発明”に近い形で作り上げました。

2002年、アスレチックスの総年俸は4000万ドルで、総年俸1位のニューヨークヤンキースは1億2600万ドル。約3分の1の人件費にもかかわらず、アスレチックスは全30球団中最高勝率・最多勝利数を記録しました。果たしてビリー・ビーンは、何を“発明”したのでしょうか? それは、データを中心にしたチームと戦略作りです。

野球の歴史は長らく、打者を評価する指標は打率、本塁打、打点の3つに、盗塁を加えた4つが中心でした。しかし、その4つが本当に「勝利」に貢献する指標なのかを疑ったビリー・ビーンは、ビル・ジェイムズが唱えたセイバーメトリクス論にたどり着きます。これは、データを統計学的見地から客観的に分析し、選手の評価や戦略を考える分析手法です。

ここでは、野球を「27個のアウトを取られるまでは終わらない競技」と定義付けています。そして、アウトにならない限り攻撃は続き、4つの塁を進塁すれば得点が入る性質上、「アウトにならない能力」と「多くの塁に進む能力」を、打者にとって最も重視すべき能力と位置付けました。その能力を評価するために、出塁率+長打率=OPS(On-base Plus Slugging)という指標を採用したのです。その一方で、盗塁やバントといった戦略を「リスクの割にはリターンが少ない戦略」とし、使用をほぼ禁止に近い状態にしました。投手に関しても独自の指標を採用し、徹底しました。

2)データに基づいたチームと戦略作り

選手をさまざまなデータで評価していくことは、今では当たり前となっていますが、当時は革新的でした。どの時代もそうですが、新しすぎるものは受け入れられません。当時のビリー・ビーンも例に漏れず批判の的となりました。

データ上、勝利への貢献度が低い選手は、スター選手であってもトレードで他チームに放出しました。代わりにトレード先のチームから、OPSが高く、年俸の安い若手選手を大量に獲得し、起用しました。当然、チーム関係者からは「スターを放出してまで獲得した、この無名選手たちは何者だ?」と、疑問や不満の声が上がります。

ドラフトでも、「肩が強い」「足が速い」といった能力よりも、徹底して出塁率と長打力といったデータを重視し、データの取れていない不確定な高校生には一切目もくれませんでした。「勘」や「経験」を頼りにするスカウトの話には一切耳を貸さず(それどころか、大半を解雇し)、逆にハーバード大卒のポール・デポデスタを右腕につけ、徹底したデータ戦略にかじを切りました。

多くの批判を受けましたが、自分の信じたやり方を貫いた結果が、前述した通りです。データを使ったチーム、戦略作りが一般化した現在、出塁率の高い選手は市場原理に則して、価格が高騰しています。よってアスレチックスの「低予算で勝率の高いチーム」戦略は別のやり方を余儀なくされています。かなり割愛しましたが、興味のある方はぜひ「マネー・ボール 完全版」(マイケル・ルイス、中山宥訳、早川書房、2013年4月)を読んでみてください。

5 目的と一致した評価指標とは?

ここで重要なのは、「これまでの評価指標は、本当の目的に貢献する指標なのか?」という目で見られるかどうかです。

そもそも、本当の目的とは何なのでしょうか。ビジネスはスポーツと違い、勝ち負けという概念が曖昧です。どちらかが勝つとどちらかが負けるというスポーツと違い、「両者とも勝者」があり得るのがビジネスです。目的を明確にしやすく、かつ選手への浸透も容易であり、競合の数も限られているスポーツのほうが、ビジネスよりも戦略を作りやすいといってもいいでしょう。だからこそ、評価の指標も設定しやすいのです。逆にいうと、ビジネスにおいても目的を明確に定めることができれば、評価の指標も設定しやすくなります。

そして、目標が明確になったら、今使われている評価の指標が目的と一致しているのかどうか、いま一度考え直してみましょう。長年の経験、信頼という解釈の陰で、実は貢献度が低いベテラン社員がいるかもしれません。暗い、ネガティブといった印象にとらわれて低い評価を受けている若手社員が、本来は秀でた部分を持っているにもかかわらず、それを評価できる指標がないために見落とされているかもしれません。そうした観点から見たときに、新たな人事の可能性が開けてきます。

6 数字は、誰のためのものか?

ただし、忘れてはならないのは、どうしても数字にした評価ができないこともある、ということです。アスレチックスの例でいうと、OPSはあくまでビリー・ビーンが当時目指した経営の観点、つまり「低予算で高勝率のチーム作り」における指標です。実際の試合では、数字以外の貢献は無数に存在します。

足の速い選手が一塁で大きいリードをとり、投手にプレッシャーをかけたとします。ランナーが気になる投手は打者への勝負がおろそかになり、甘く入ったボールを痛打されます。これは、ランナーによる貢献なのでしょうか、打者の能力によるものなのでしょうか。データはランナーによるプレッシャーをカウントできません。

経験の浅い若手投手がピンチを招き、たまらず野手がマウンドに集まります。データ上の能力は低いですが、チームメートからの信頼の厚い三塁手が投手を激励します。それに勇気づけられた若手投手は、そのピンチを切り抜けます。若手投手は、「間違いなく、あの先輩に声をかけてもらったおかげだ」と言っても、それはデータに反映されず、その先輩はその年に解雇されるかもしれません。

そしてもう1つ忘れてはならないのは、人事評価の指標は経営者にとって重要な指標であっても、現場の選手や社員にとっては役に立たない指標である、ということです。マウンドに立つ投手にとっては、このバッターのOPSが.970だという数字よりも、3球目にカーブを振ってくる確率が78%だという数字のほうが、はるかに価値が高いのです。

これはビジネスの場面でもよく起こることです。成約率が20%の営業マンに対し、「君の成約率は20%だから、みんなの平均値である40%になるように努力するように」と伝えたとします。しかしながら、本人にとっては成約率の数字よりも、具体的にどこが課題なのかということを言われるほうが、はるかに価値が高いのです。経営判断としての指標と、現場が目の前の成果を上げるための指標は、違うのです。

私はこの指標、つまり選手が試合で使える指標、情報とは何かを研究するために、1年間アナリストとして分析活動をやりました。これはこれで面白い分析結果が手に入ったのですが、それはまた機会があれば書かせていただくことにしましょう。

優勝するために自由に選手をトレードしたり、降格、解雇ができたりするプロ野球と、連綿と続く営利活動の中で個々への評価を下し続けなければならない企業とでは、指標に対する概念も評価の仕方も違います。ただ、この一連の話を通して、「我が社の目的としているものは何か?」「目的のために貢献しているかを評価するための指標は、今のままでよいのか?」と考える機会になったなら、それは本望です。(敬称略)

以上(2020年4月)

pj00368
画像:pixabay

第10回 神戸市 チーフ・エバンジェリスト 乾 洋氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第10回に登場していただきましたのは、兵庫県神戸市の“チーフ・エバンジェリスト”である乾洋氏(以下インタビューでは「乾」)です(インタビューは2019年12月時点)。

1 「エバンジェリストは、スタートアップ支援以外でも自由にやっていいというところがありますよね。そこが広報とは違うと思います」(乾)

John

乾さん、本日はお忙しいところ愛りがとう(愛+ありがとう)ございます! たくさんお聞きしたことがありますので、ぜひ、よろしくお願いします。

はい、こちらこそ、よろしくお願いします!

John

実は、本日のインタビューの前にご連絡いただいた情報ですが、関西限定の毎日放送の番組で、乾さんともう1人、神戸市のエバンジェリストである女性のことが特集されていましたね。

はい、20分くらいの特集ですね。(2019年)11月14日、15日に毎日放送で密着取材があり、そこで我々がどのような活動をしているのかを取り上げていただきました。

John

番組ではどのような内容が特集されたのですか?

内容は、神戸市でエバンジェリストが採用されたということで、まず、「エバンジェリストとは何者か」からですね。

John

確かに、エバンジェリストとは、具体的にどのような仕事をされているのかなど、まだ知らない人もいるかもしれませんね。

そうですね。「エバンジェリスト」は、元々ITの業界で使われている言葉ですからね。私たち神戸市のエバンジェリストは、神戸の伝道師であり、広い意味では神戸市のPRなどを担っています。特に、もう1人のパートナーが、ブランディング、PRを得意としています。

John

そうなのですね。なぜ神戸市のエバンジェリストは、2名選ばれたんですか?

元々募集は1名でしたが、最終的に専門分野の異なる2人を採用することになったようです。

John

乾さんは、エバンジェリストの募集を、どこで目にされたのですか?

最初は、転職サイトです。「神戸市がこうしたポジションを募集している」ということで、目に留まりました。私は元々神戸出身ということもありますし、「あぁ、これは神戸が面白いことをやろうとしているな」と思ったのです。

John

なるほど。応募数はどれくらいでしたか?

720名くらい応募があったようです。

John

720名、多いですね。乾さんは、そこを突破して見事に受かったということですね! 素晴らしい!!(拍手)。

いえいえ、ありがとうございます。

John

なかなか受かるものではありませんよね。倍率がかなり高いと思います。

いえいえ、そのようにおっしゃっていただくと恐縮です……。

John

もう1名のエバンジェリストの方は、元々何をされていたのですか?

元々、食品会社のエバンジェリストで、食品会社で開発、企画やマーケティングの仕事をされていました。

John

そうですか。その方は、肩書も「エバンジェリスト」だったのでしょうか?

いや、肩書は違います。「アマニ油」をご存知ですか?「ニップンのアマニ」と呼ばれる近年の大ヒット商品を世に出した立役者です。ほとんど市場がゼロのところから、自身もテレビ通販番組にも出演されたりして100億円規模まで育てた方です。


ですから、彼女は本当にエバンジェリストと呼ばれるのにふさわしいと思います。私の場合はPRやブランディングの経験はありませんのでそこは少し、今でも違和感があります。

John

そうなのですか! それは面白いですね。神戸市では、どのような方、あるいはどのような部署が「エバンジェリストを採用しよう」と考えたのでしょうか?

私の所属している「新産業部新産業課」ですね。ここは神戸市の中で新規事業開発を担う部署でして、ここでいわゆるスタートアップの支援をやっています。

John

なるほど、そうでしたか。
エバンジェリストというと、ガイ・カワサキさんなどが思い浮かびます。

そうですね。それから、以前このイノベーションフィロソフィーでJohnさんと対談されたLINEの砂金(いさご)さんも有名ですよね。砂金さんには神戸市のイベントに出ていただいことがあるんです。

John

砂金さんが出られたのはどのようなイベントだったのですか?

「エバンジェリストとは何か?」をテーマにしたイベントです。砂金さんという本物のエバンジェリストが出てきて、私ともう1人のこれから(神戸市で)なろうとしているエバンジェリストとトークセッションを一緒にやったのです。ウィズグループ(Wiz.Group)の奥田浩美さんにも神戸とはいろいろとかかわっていただいています。

John

奥田さん! 奥田さんにも以前イノベーションフィロソフィーに出て頂き、非常に勉強になるお話を聞かせて頂きました。

そうですよね! 奥田さんは、神戸が4年間続けている500 Kobe Accelerator (以下500)というスタートアップ支援取組のオーガナイザーもされている方で、そうした偉大な方がこのイノベーションフィロソフィーの連載に出て、Johnさんと対談されていますよね。私自身はまだ神戸市でイノベーションは起こしていませんが、これから頑張りたいです。

John

このイノベーションフィロソフィーの連載のこともおっしゃっていただいて、本当にありがとうございます。乾さんも、素晴らしいことに取り組んでおられると思っております!


それでは、乾さんがこれまでどのようなお仕事をされてきたのか、これからどのような活動をされていくのかなど、いろいろとお話お伺いしたいと思います。


神戸市がエバンジェリストを設けたというのは、全国で初めてなのでしょうか?

自治体がエバンジェリストという肩書のポジションを置いたのは、どうも初めてみたいです。首都圏で神戸のブランドや都市の魅力を戦略的に情報発信する目的でこのポジションが設置されました。加えて、私が所属している課はIT・テクノロジー系を、スタートアップを育てようという、支援しようという部署ですから、神戸に形成されつつあるイノベーションエコシステムを東京からもサポートする役割、またそれを首都圏で伝える人材が必要と考えたのだと思います。

John

昔の言葉でいうと広報ですよね。神戸市におけるイノベーション担当のPRということでしょうか。

そうですね。端的にいえば、神戸市をPRせよということになるのかもしれませんが、神戸市は大きな組織ですので、当然広報にはたくさんの広報のプロの人間がいます。

John

確かにそうですよね。乾さんは、広報とエバンジェリストの違いは何だと思いますか?

PR以上のことが求められる点で異なると思います。私は部門横断的な仕事もできるポジションにありますので、エバンジェリストは、スタートアップ支援以外民間企業との提携や企業誘致などの営業的な業務もやっていいというところがありますよね。そこが広報とは違うと思います。

John

なるほど、それは面白いですね! どなたがOKを出してくれたのですか?

市長でしょうね。

John

面白い市長ですね。

実は本日も、上司からも「何を話してもいい」と言われています。神戸市には、市長の意見や過去のコメントを忖度して発言する必要はないという自由な気風がありますので自由にやっていいと言ってもらっています。

2 「人生の半分が終わり、かなり経験も積ませてもらいましたので、ここで一旦リセットして。そして、いきなり起業するのではなく、この3年間でぐっと人脈を作るという感じでしょうか」(乾)

ちなみに、私は期間限定、3年間の任期付きですが、公務員です。3年後には一旦契約が切れてしまうので、新しい仕事を見つけなければなりません。

John

そうなのですね。この3年の期間で人脈がたくさんできると思います。乾さんにとっては、さまざまな会社のエバンジェリストをできる可能性が生まれるのではないでしょうか?

そうですね、そうなれればいいなと思っています。

John

なれます! 3年でかなりの人脈ができますから。これは相当面白いことですよね。乾さんにとっては、自分の中でもチャレンジですよね。

はい、ですから自分の中では、この3年間は長い目で見れば助走期間かなと考えています。もちろん神戸に貢献することを前提ですが。助走期間という言い方は適切ではないかもしれませんが、実質起業したような感じで、3年後のIPOを目指すような、自分の中ではそうしたイメージです。人生の半分が終わり、かなり経験も積ませてもらいましたので、ここで一旦リセットして。そして、いきなり起業するのではなく、この3年間でぐっと人脈を作るという感じでしょうか。

John

なるほど、分かりました。過去のお話になりますが、乾さんはマレーシアでお仕事をされていましたよね?

はい。私は以前、オリックスに勤めていましたが、マレーシアはオリックスの中でも東南アジアで1番大きな拠点です。ファイナンスのリースをやっていて、従業員も650人くらいいます。

John

そうなのですね! そのトップを2年間務めていたのですか?

そうです。そこは、30億円くらいの税引前利益を上げているくらいの非常に大きな会社でした。

John

すごいですね。日本のオリックスのグループ会社ですか?

日本のオリックスです。日本のオリックスが出資する100%の現地法人で、立ち上げは48年くらい前です。かなり歴史のある会社です。

John

どういうきっかけで、乾さんはその会社で働くことになったのですか?

本社からの出向ということになりますね。本社からの出向で4年半、マレーシアに行くことになりまして。マレーシアと同時にシンガポールの社外役員を2社やっていましたので、マレーシアからマネジメントをしていました。マレーシアとシンガポールの経験は、完全に経営ですね。CFOを経て、CEOになったという形です。

John

オリックスに勤務されていた期間は長いですね。

はい、長いです。もう1990年からです。

John

乾さんが、オリックスで1番長く担当していた事業はどのような分野ですか?

直近のマレーシアでは、マネジメント、経営をやっていました。その前の東京では、オリックスの投資ポートフォリオのマネジメントや、直接投資を行っているファンドの組成などもやっていましたね。

John

スタートアップの支援も、その際に取り組んでおられたのでしょうか?

スタートアップの支援という形ではなく、レイターステージのファンドに投資をしていましたので、それをある上場企業とGPでファンドを組成して、その運営もやっていました。さらにさかのぼると、シンガポールのオリックスのコーポレートベンチャーキャピタル、CVCのディールを担当していたこともあります。

John

それは2000年ごろのお話ですか?

はい、2003年くらいまでですね。あまりいい時ではありませんでしたので、ここではかなり苦しい投資の経験をしました。

John

どういった会社に投資していたのですか? ネット関連サービスの会社が出てきたところで投資していた感じでしょうか?

はい、正直に言いますと、ドットコムに群がったところはありますね。そういう会社への出資は後に失敗しているところも多いです。成功した事例もありますけど、7、8件くらい投資してかなり失敗しました。このときは、やはり会社を好きになってしまったというか、1つ会社を応援したくなると、その会社にグっと気持ちが入ってしまいますから。それで投資したら、やはり最後はマーケットも落ちたということで失敗してしまいました。

John

そうした失敗は、会社で責められたりしないのですか?

それが、前職のオリックスは懐が大きいんですよね。またチャンスを与えてくれました。元々ベンチャーキャピタル投資というのは、10本で1本くらいしか成功しないというところもあると思いますし。

John

そうなのですね。

乾氏の近影です

3 「ただ『やらなければいけない』と経営者が思ってるだけでは、伝わらないと思います」(John)

John

乾さんは、オリックスでのご経験で、1番何を学ばれましたでしょうか? やはり海外に長くいらしたので、そうしたご経験に関するものでしょうか。ちなみに、乾さんは海外にはどのくらいいたのでしょうか?

留学していた時期もありましたので、17年くらいです。

John

留学先はワシントン大学ですか?

はい、シアトルのワシントン大学です。

John

シアトルはスターバックス発祥の地ですね。いい街ですよね。

はい、いい街ですね。ワシントン大学には、会社からの派遣で、通わせてもらいました。

John

オリックスからですか? 素晴らしい会社ですね!

はい、1年間ビジネススクールで学ばせてもらいました。今でも感謝しています。

John

会社の制度で留学された人って、留学後すぐに会社を辞めてしまう方も多いと思うのですが。乾さんは留学後、長く会社に貢献されてから辞めたのですね。

ちょっと辞めるのが遅すぎたかもしれませんが。

John

しかし、十分に会社に貢献できたのではないでしょうか。

十分……そうですね。なぜ会社を辞めたのかというと、私の場合、ギブアンドテイクで言えば、最後にはイーブンの関係がつくれたのではないかと思ったからです。金融の専門部門にも在籍し、証券化でも、リーマンショック前に証券化商品の組成を行い、それを機関投資家に販売しましたし。


投資でしたら1件何百億円という案件をフィリピンでも2件ほど実行しました。こうした経験を積ませてもらい、小さなものから大きなディールまで現場の最前線でやらせてもらいましたね。

John

オリックスではどのくらい働いていたのでしょうか?

オリックスには30年おりまして、そのうち17年が海外でした。

John

30年働いてそして17年海外にいた、そうした会社を辞める決断はどのようなものだったのでしょうか。そして公務員になろうと思ったきっかけは何だったのですか?

そうですね。やはり、外での自分の価値を見てみようかというところが大きいと思います。

John

正直なところで言えば、少し飽きてきた部分もあったのでしょうか?

そうかもしれません。海外での仕事に少し飽きてきたことは否定しませんが、人生50歳くらいになると折り返しだとか、今はLIFE SHIFTで、人生100年時代などといわれます。そうしたものに影響を受けたところもあります。自分は折り返し地点に来ているのではないかと思います。転換するのであれば、これがラストチャンスだろうと思いました。


まだ私は50歳を少し超えたところですが、ここから、今までの経験を活かして次に何をやるか。そう考えたときに、同じ業種の民間企業に転職するのではなく、全然違ったところへ、いったん資本主義から離れてということを考えるようになりました。しかも、私の出身地である神戸ですし。

John

ちょっと休憩、というイメージでしょうか。

ただ、全然休憩にはなっていません(笑)。全く休憩になっていないことは想定外でした(笑)。


頭の中で、ずっと新しいことを、常にイノベーションを起こそうと思っています。それは後ほど触れていただければと思うのですが、まず何か分からないイノベーションというものを起こさないといけない。ずっと自分の中でそうした思いがあります。

John

いつから思い始めたのですか?

もうずっとですよね。海外でマネジメントをしているときにも、イノベーションは起こさないといけないと考えていました。リースという単純な限界金融というのは、イノベーションを起こさない限り成長は難しいと考えていました。

John

乾さんがイノベーションという言葉に触れたのは、いつ頃でしたか?

実際に触れて、言い始めたのはマレーシアの会社の社長になってからです。ですので、2017年くらいだと思います。そのときに、ダイバーシティとインクルージョン、そしてイノベーションに早く取り組まないといけないと感じました。

John

なるほど。そうしたことを、会議などでメンバーに対して言っていたのですか?

そうですね。会議などで言っていました。メンバーが650人いましたので、その人たちを動かそうと思ったら、大きなメッセージを発信しなければなりません。ですので、「ここでイノベーションを起こさないとやばいよ」と発信していました。

John

乾さんは、何のためにイノベーションに取り組もうと思ったのですか?

これはネガティブな言い方かもしれませんが、リース、金融ビジネス、いわゆるデッドファイナンスといった単純なスプレッド商売は近い将来衰退する可能性があると考えたからですね。先進国を見たら分かるように、今マレーシアやシンガポールで行っている単純な金融ビジネスは、付加価値を付けたりしない限りいずれは下火になっていくだろう、と感じていました。Fin Techなど新しいテクノロジーが出てきたという要因もあります。

John

そうした乾さんの思いはメンバーには伝わりましたか?

難しいですね。こうしたことは、ずっと言い続ける必要があると思います。言い続けていると、メンバーの中でポツポツと、感度のいい人やとがった人が動き始めるというのはありました。

John

そうした感度のいい人、とがった人にしか伝わらないのですよね?

そうです。まずは彼らが自発的に行動を起こして、新しい社内のイノベーションを起こしています。

John

なぜ、そうした数人にしか伝わらなかったのだと思いますか? 今、エバンジェリストという仕事をされていますが、当時と違って今でしたら、乾さんはどのように伝えていたと思いますか? もちろん、時代の違いもあると思いますが。

はい、確かに時代もあると思うのですが、私の場合は言葉でなかなか伝えるのが難しいので、自分が動くでしょうね。自分が動いて、ある程度イノベーションを起こしている人たちと会って行き、そこをつないでいくという方法を取ると思います。

John

なるほど、部下を巻き込むというスタイルですね。

はい、巻き込んでいきますね。でも、経営者はビジョンを示さないといけないので、まず「ビジョンはこれだ」というのを示して、そのビジョンは絶対ぶれないようにして、そこに向かっていく。そのためには何が必要かということが大切なのだと思います。

John

今のお話、経営者は皆さん取り組もうとしますが、失敗していますよね。ただ「やらなければいけない」と経営者が思ってるだけでは、伝わらないと思います。例えば、産業が衰退するから、日本は停滞しているからと言っても誰も働かないじゃないですか。働いているふりなのではないでしょうか。なぜかというと、要は「仕事だから」という意識だけなのではないかと思います。どうすれば心から「動こう、働こう」と思えるようになるのか、そうしたことを、今だから訴えたいですね。全員自発的にね、神戸市民はもちろん、それ以外にも全国、全世界に、何のためにイノベーションを起こすのか、なぜそれが幸せなのかということを訴えたいです。

素晴らしい思いですね。神戸市が今からやろうとしている取り組みにも絡んでくると思うのですが、やはり底上げが重要になると思います。一言でいうと「早く起こさないと、取り残されちゃう」ということになるでしょうか。


Johnさんが言われたように、現状では、このままでは沈んでいく。神戸市もこのままだと沈んでいってしまうという危機感はあります。

John

乾さんがお話されていることは分かります。一方で、失礼なことを言うかもしれませんが、「いや、イノベーション起こさなくても、今の生活で一応生きていける」と思っている人もまだまだ多いと思います。

そうですね、確かに。でも、これからはそうじゃないということを、うまく伝えていかなければならないと思います。

John

どうすればもっと伝わるのでしょうか?

難しい課題ですが、かなり大きなインパクトのあることをやったり、事例を示したりしていくことが必要だと思います。

John

私は、本当に世の中を変えようとするなら、「あなたの生活が変わる」と言うのが、エバンジェリストの仕事だと思っています。「イノベーションを起こしたら、あなたの生活がより豊かになるよ。チームでイノベーションを起こすのだから、あなたの生活にもよい影響が及ぶよ」と。今はこの点を伝える人が1人もいないじゃないですか。それは国の危機であり、一部の地域を何とかしなければいけないということではないと思っています。

確かにそうですね。

John

一部の地域に限定された話ではなくて、実は1つのコミュニティで全員皆、1人1人の人生が変わるという点を、リーダーやエバンジェリストが伝えることができたら、少しよくなると思うんですよ。日本人は。

今、日本人は1人1人が自分の生活、これまで当たり前だと思っていた価値観を見直す岐路にあると思います。例えば、身近なところでいうとペットボトル。今はプラスチックを使っていますが、こういうのは環境に配慮して、できるだけ使わないようにするなど、そうしたことを実践していく必要があります。


そして、身の丈にあった生活をしていく必要があると思います。例えば、なぜ東京で暮らしているのかというと、ある程度イノベーションも起きていて、収入もあるからという理由ではないでしょうか。50万円の収入があって、コストが30万円、40万円でも暮らしていける。でも、地方だったらそれより少ない金額でいけると思いますが。

John

地方だとよりおいしいものが食べられますよね。

そうだと思います。だからそれを個人個人が見直していかなければいけないと思います。

John

そう、あなたの人生が変わるためのという。それで、豊かさの定義といいますか、お金だけではなくて、時間の余裕、心の余裕というのが地方だと生まれやすいのではないかと思っているんです。

そうですね、通勤時間もかからないですし。

John

そうですよね。結局、休日に何をするかとなったときには、どこか自然のあるところに行こうとしますよね。何もしない、自然の多いところ。


結局、忙しく働いていれば働いている人ほど、時間とお金の余裕があるときは、都会の状況から離れようとするのではないでしょうか。人に会わなくていいところへ行き、シャットアウトする。地方の人は、いる場所自体が恵まれているから、逃げ出す必要がない。そういう風に考えてみると、(都会では)本当は人の幸せにおいて大切なものを見落としているのかなと思います。


皆、なぜか「東京に住まなければいけない」「シリコンバレーだ」と言っていますよね。それだけが正解なわけではないと思います。

スタートアップ支援のスタイルもこれからどんどん変わってくるでしょうね。ピッチをして、大きなイベントをやって、お金を使ってという今の形が。

John

新しい日本の、本当にキャッシュを生んでいる人たちをうまく巻き込んでいかなければなりませんよね。

本当にそう思います。実際に私の部署がやっていることは、1%のイノベーションを起こしてくれそうな人たち、要はスタートアップですよね。そうした人たちを市として、行政としてバックアップしていきますが……。

John

今までやっていなかったのですよね。その点に、皆さんがやっと気づいてくれたのだと思います。日本にも、スタートアップというのは昔からありましたが、そこに注目しなさすぎたのです。

その反動といいますか、今度は中小企業のことをあまり見なくなり、スタートアップと大企業の連携が増えてきました。

私たちは、シリコンバレーに、中小企業のオーナー社長等を20名以上お連れして、現地で活躍するスタートアップ、アクセラレーター、エンジェル投資家やベンチャーキャピタリストなどをご紹介しています。日本の現状では、スタートアップと大企業だけがイノベーション創出のためのマッチング等を頻繁に行っています。しかし、自分の意思決定でキャッシュをスタートアップに投資ができる可能性が高い中小企業のオーナー社長が、シリコンバレーのスタートアップエコシステムを理解し、日本のエコシステム構築をエンジェル投資を通してサポートすることで、日本の地方都市でも起業する人が増えていくと良いと個人的に考えています。


乾さんにエバンジェリストとして、中小企業にも目を向けて「全員でやる」ということを伝えていただければ嬉しいです。

ありがとうございます。これはもう本当に取り組まないといけませんよね。おとといまで神戸市に行っていましたが、中小企業の方の集まりができてきています。もともと神戸市は医療産業都市で、医療関連の会社が360社くらい集まっています。さらに航空機のクラスターというものもあり、市内の中小企業が航空機の部品を結構作っています。


神戸経済の大部分を支えているのは、やはり中小企業です。大企業はもちろん、そうした企業の製品で必要な部品から航空機まで派生して、中小企業を巻き込んで取り組みたいと思いますね。


神戸市のエコシステムはすごく小さいので、今は、ベンチャーキャピタルに認識されている会社が数十社くらいしかないと思います。そこを広げていかないといけませんね。

John

そうですね。なかなか注目される機会は多くはありませんが、地場の町にたくさんある中小企業。あれが本物の企業ですよね。

そうですよね。エバンジェリストは部門横断的に仕事ができますので、スタートアップはもちろん、中小企業のバックアップの仕事もやっていいと言われています。

John

いいですね! このイノベーションフィロソフィーの連載や、このりそなCollaborare
サイトは中小企業の経営者もたくさん見てくださっていますので、ぜひメッセージを伝えていただきたいと思います。

中小企業の皆さんにも輪に加わっていただいて、大きな産業をプロデュースしていく。それも1つやってみたいと思っています。

4 「結局、民間企業も神戸市という自治体も、利益を上げるというよりも、発展するということを目的にしていますから、やることは大きく変わらないと思います」(乾)

John

乾さんはエバンジェリストになられてからどのくらい経つのですか?

(2019年の)10月からですので、2カ月と少し経ちました(インタビューは2019年12月時点)。

John

毎日どのような働き方をされているのでしょうか?

毎日できるだけ人に会っています。インスパイアされるような人に会いに行くことを心掛けています。

John

そうなのですね。乾さんと私の出会いも、そうしたことからでしたよね。乾さんからは、突然、Facebookで英語でメッセージをいただきました。他の日本人の方にも同じように英語でメッセージを送っているのですか?

いや、違います。Johnさんは英語のほうが得意なのではないかと思ったのです。

John

ちょうど乾さんからメッセージをいただいたとき、シリコンバレーのIPOをしていた会社の友達が遊びに来ていて、「あっ、英語で来た」と思って、すぐに返信しました。
「日本人から英語でメッセージが来た!」と、すごくインパクトがありました。

Johnさんはイノベーションを起こされていらっしゃるので、私も勉強したいなと思いまして、連絡させていただきました。

John

いやいや、とんでもないことです、愛りがとうございます。それで、乾さんの毎日の仕事は、そうして面白い人たちに会ったりしていることが多いのですか?

それに加えて、地道な仕事としては、神戸市に企業を誘致するというミッションもあります。私は東京にいて、WeWorkのオフィスにいますが、そこで出会った人たちが大きくなり50人くらいの規模になってくると、関西に第2拠点を欲しいという話になります。そうなると、関西にゆかりのある社長さんもいらっしゃるので、そういった人たちに「神戸でやりませんか?」という風になります。


こうした企業誘致は、イノベーションに関して大きなアドバルーンを上げるというよりも、地道な営業に近い仕事ですね。やはり実際に神戸の地に仕事がないと、学生は神戸にそのまま留まってくれません。ですから、企業の第2本社、拠点として誘致できたらいいと思っています。

John

なるほど。ただ、それは3年以内でできる仕事ではないかもしれませんよね?

確かにそうですね。3年間の中で、できるだけ誘致できればいいなと思っています。それに向けて、こうしてメディアに出る仕事もそうですし、メッセージも出しながら「神戸市がこうした活動をやっている」というメッセージを発信するという仕事があります。

John

企業を神戸市に連れて行くというお仕事と、加えて、神戸市で育てるという仕事もあるわけですよね?

そうですね、東京だけではなく、海外など、500の卒業生なんかも含めて実際に神戸市に連れて行きます。


シンガポール出身で、500の卒業生が神戸に会社を作ってくれました。神戸市が全面的なバックアップをしています。その会社が将来的にIPOをしてくれたら、それは大きなことですよね。500では、全員神戸市に残ってくださいというような、そういう覚書を交わすわけではないので。


そうした会社が毎年何社か出てきてくれると思います。

John

海外からの有力スタートアップの日本進出は、私たちもお手伝いできますので、今後は神戸市とも連携したいですね。

ありがとうございます! バックアップして、神戸市に根付いてくれる会社を育てたいと思っています。

John

そうですね。育てただけで、神戸市から出ていってしまうというのではもったいないですからね。

ただ、市長は、最後は世界に出て活躍してもらいたいと言っていますけどね。

John

そうなのですね。ちなみに、乾さんは長く民間企業に勤めてきましたが、民間と公務員の仕事の進め方の違いはありますか?

私の場合、基本的にはあまり違いはないと思っています。

John

スピード感などはいかがですか?

現在の仕事のほうが速いですね。

John

それは権限が与えられているからでしょうか?

そうですね、意思決定は早いです。私の部署がトップ(市長)と直接つながっているからだと思います。


市長のところに話が届くのも、意思決定も両方とも早いですし、全員が同時進行でSNSでやり取りしますので、メールでいちいち「こういうのやりますか?」とやっているよりも、コミュニケーションが早いですね。


結局、民間企業も神戸市という自治体も、利益を上げるというよりも、発展するということを目的にしていますから、やることは大きく変わらないと思います。最後ボトムラインとしては出て来ませんが、やることは営業でもあり、宣伝でもあり。それはあまり変わらないなと思います。

John

1人社長をやっているようなものですよね。「1人社長」とは、まさに、全部自分で企画して、自分でアポを取って進めていくようなスタイルです。

そうです。それで、自分の中にある妄想を構想に変えて、それを実現していくということかなと思います。

John

何かワークとライフの境界もなく仕事をしている感じですよね。

そうですね、そうなっていくと思います。

John

私もそうです。自分でアポをたくさん取って、実際に会って話して、決めて。それをどんどんやります。乾さんは、バジェットも自由に使うことができるのでしょうか?

それはありません。そこが役所の辛い所で、来年度の予算もある程度決まっていますので。

John

予算は潤沢なのでしょうか?

予算はもちろん取っています。そこは本当に吟味、検討、分配してということをして、来年度はこのスタートアップ関連の活動に、これくらいやりましょうというのを決めていきます。

John

スタートアップ関連って、今さまざまな自治体で結構予算を取っていますよね? 
何に予算を使ってきたのでしょうか?

各自治体さんは、さまざまなインキュベーション施設を作ったりしていますね。


そもそも地方創生で2015年くらいから、国からも予算が降りてきて、そこから(スタートアップ支援が)始まっていると思います。ですので、ほとんどの地方自治体が2015年からこういうことをやろうとしていて、そこに神戸市は真っ先に取り組んで、世界に伍するといいますか、世界レベルのアクセラレータ・プログラムである500をやってみよう、ということで取り組みました。


何のノウハウもない状態で2015年から始めて、それを4年間続けて、成果も出てきたと思っています。その次の段階に進むために、今「Urban Innovation JAPAN」という、全国初の取り組みを神戸市が行っています。行政の持っている課題をスタートアップと一緒に4カ月ほど協働してプロダクトを開発して、最後はそのスタートアップから調達までやってしまうという取り組みです。

John

そうなのですね! それは誰が主体となって取り組んでいるのですか?

神戸市の私のいる部署の人間がコーディネートし、問題を持っている所管課と取り組んでいます。例えば、毎月手作業で行っていたレセプトチェックについて、ITツールを使って自動化するといったものです。また、給与関係では、通勤手当支給の際に経路の認定作業を手作業でやっていたものを、最適経路の検索を自動化して年間何千時間もの業務削減ができたとか。あとは受付。区役所においては、受付の方が紙のマニュアルを活用し来庁者の方の案内をしていたのですが、これをタブレットアプリに変えることで案内時間を半減したといったものです。


こうした役所が持っている課題について、神戸市はスタートアップと協働し4カ月間でプロダクトとオペレーションを開発し、その結果を発表しています。2017年の9月ころに始めて、2年以上経ちました。実際に幾つかの成功モデルもできて、かなり高い確率で課題が解決しています。


500に並行して、こうした取り組みを自治体で初めて取り組んでいますので、他の自治体からも興味を持ってもらっていますし、どんどんやりたいという声をいただいています。そこで、お隣の芦屋市や姫路市、兵庫県などとも一緒に「Urban Innovation Japan」に取り組んでいます。これからは関西も超えて一緒に取り組めると思いますが、成功モデルをさらにもっと横展開するということを考えています。

John

素晴らしいですね!!

ありがとうございます。神戸市だけでノウハウを持っていてももったいないので、横展開できるものはしていきます。「Japan」の中で横展開していきましょうと思っています。これは他の自治体だけじゃなくて、国からもかなり注目されています。


これらの取り組みは次につながる「UNOPS」、「The United Nations Office for Project Services」といいますが、ここの目に留まりました。国連等の依頼に基づき援助事業の実施をやる、デンマークのコペンハーゲンに本拠を持つ国連機関です。


彼らは、例えば紛争に苛まれるアフガニスタンの、貧困・環境問題など、いわゆるSDGsに関係するところ、SDGsの中でも本当に1番ベーシックな人間らしい生活を送るために必要な環境を整えることで、いろいろな社会問題を解決していく機関です。


UNOPSは80以上の国と地域でプロジェクトをやっている機関です。彼らが支援する先は、これまで通りの援助をするだけでは、課題が解決できないこともありますので、テクノロジーを使い、イノベーションを起こして解決していこうと考えています。現在、世界で2カ所だけグローバルイノベーションセンターという拠点を設けていますが、その3カ所目に神戸市が選ばれたのです。

John

おめでとうございます! もう2カ所はどこなのですか?

カリブ海東部のアンティグア・バーブーダという国とスウェーデンです。

John

なぜそこに作ったのでしょうか?

やはり、そこに一番の解決すべき問題があったのではないでしょうか。それで、コペンハーゲンのお隣のスウェーデンに2カ所目をつくり、その次に彼らはアジアで探していたのです。

John

しかし、神戸市には問題はないように思いますが。

確かに神戸市には紛争といった問題はありませんが、日本は人口減少や少子高齢化など、課題先進国でもあります。神戸はイノベーションを起こす拠点を作るのに適していたのだと思います。神戸市に2020年の9月にグローバルイノベーションセンター「UNOPS」の拠点を作り、世界からスタートアップを年間で15社程度を集めます。そこに日本の大企業もパートナーとして加わります。それで、1年という期限で3カ月ごとにPDCAサイクルを回し、年間で5社程度を国連調達に参加させる予定です。今後、UNOPSは、アンティグア・バーブーダ、スウェーデンと神戸を含め世界で合計15個所にグローバルイノベーションセンターを開設すると聞いています。

John

新しい取り組みですよね。シリコンバレーとは違う、非シリコンバレーといえますね。

はい、非シリコンバレーの取り組みだと思います。

John

デンマーク流のイノベーションの起こし方。デンマーク流のデザイン思考ですね。

そうですね。国連も関係していますし。

John

デンマークには一度、福岡の人たちと視察に伺わせて頂きましたが、「Citizen-Led Innovation」といい、市民発のイノベーションという考え方が根付いていました。ですので、福祉やウェルネスの先進国になっていますね。


デンマークなど北欧は、やはりシリコンバレー流のキャピタリズムだけの考え方ではなくて、課題に対する彼らなりのデザイン思考があるので、やっていることがシリコンバレーとは違います。


シリコンバレーは、どこか利益に終始するところがあります。人が抱える課題の解決というのとは違うかもしれません。バリエーションゲームであって、結局お金を持っている人がそのゲームに入れば、大きくなります。


しかし、デンマークの場合、全体に広げるというよりも、その地域の課題解決や、その地域の福祉施設をどううまくデザインしていくか、そういう考えが根本にあります。ある福祉施設では身体に障害のある方が理事を務めていました。頭が動くのだから働けるのだと。日本であれば、身体に障害のある方が理事まで務められるケースはあまり多くないようです。しかし、誰でもイノベーションは起こせるんだとデンマークで感じました。


ちなみに、日本は働き方改革を推進していますが、私に言わせると「考え方の改革」が必要です。愛があれば、能力が埋もれて発揮できていない人をより適した場所に配置する、適材適所ができます。デンマークの福祉施設を見て、「優しいな」と思ったのです。この優しさがあれば、働き方はガラっと変わりますよ。そうしたことを、日本はデンマークに見習わなければならないと思います。

乾氏と森若氏の対談の様子です

5 「違うアイデア、違う意見を持っている人たちを同じところに集めない限り、イノベーションのサイクルは起こりません」(John)

今のお話をお伺いして思ったのは、先ほどの神戸市のUrban Innovation Japanの取り組みは、イノベーションがあったから、国連にも評価されたのかもしれませんね。社会課題を必死に解決しようとしていて、それを全国展開しようとしているという神戸市の真剣さが伝わったのかもしれません。

John

それはよかったですね! 都市としてのサイズ感もちょうどいいですよね。

そうだと思います。

John

それこそ中央都市の港側、ポートアイランドというのがとても魅力的かもしれませんね。

ありがとうございます。ただ私は、エバンジェリストという役割ではありますが、他の都市と比較して神戸市のほうが優れている!ということはしたくないんですよね。「神戸もいいけど、他の都市もいいよ」と言いたいです。やはり、そうじゃないですか。

John

乾さん、素晴らしいお考えです! では、世界であればどの街を目指したいなど、目標はありますか?

何年か前は、上司は「シリコンバレー目指します」と言っていましたが、私はそうではありません。経験から、個人的にはポートランドとシアトルの間くらいかなと思います。

John

あぁ、デザインの街のポートランドですね。

そうです。そことシアトルの間くらいの街を目指すべきかなと思います。

John

個人的には、神戸市のほうが綺麗だと思います。もしくは、シドニーかもしれませんね。意外と潤っていますので。ダイバーシティというのはシドニーが世界2位、1位がサンフランシスコなんです。シドニーには世界190カ国から人が集まって来ていますので、それで私は留学先にシドニーを選びました。


ダイバーシティのある場所にいないと、ダイバーシティな人間にはなれませんし、自分がそこに住みつかなければ分からないこともあります。私がいつも言っているのは、「Diversity of ideas」です。違うアイデア、違う意見を持っている人たちを同じところに集めない限り、イノベーションのサイクルは起こりません。理系や文系ということは関係なく融合して、そこに体操選手がいてもいいわけです。そうするとそこでスポーツの話、スポーツTechの話題が出ることもあるでしょう。


万博のような、さまざまなバックグラウンドを持つ人が参加できる機会や場所がないと、ミートアップに行っても、全部同じイベントでは飽きてしまいますよね。

そう思います。全部同じでは、良くないですよね。

John

はい。全部スタートアップの人だったり、全部大企業の人だったと偏りがちです。イベントだと同じTシャツを着たりすることもありますね、それもいいですが、大事なことは同じ服より同じビジョンです。更に言えば、「同じビジョンで異なるアイデアを持つ者」が集まること。そうすれば、自然と面白い雰囲気が生まれます。


乾さんのお話を伺うと、神戸市はスタートアップの支援だけでなく、国連に選ばれたりと、多岐にわたる可能性を秘めていますね。それが神戸市の一番の魅力ではないかと思います。

ありがとうございます。ですから、これからはもっと大企業やスタートアップが、国連のグローバルイノベーションセンターを目指して来ると思います。15社くらいが集まります。

John

神戸市のエコシステムはもちろん魅力的です。しかし、世界中を意識すると、少し変化球的な魅力もあると良いのではないでしょうか。神戸には港があり、夜景も綺麗で、食事もおいしい、人もいい人が多いし、阪神大震災を乗り越えたという歴史もあります。こうしたことに加えて最後、もう1つあるといいなと思うのはアートですね。アートや音楽、舞台などを充実させてもいいのではないでしょうか。

そうですよね、そうしたものを広めてほしいですよね。

John

海外の方は特にそうしたものを求めます。感覚を鋭敏にすることが非常に大事です。


彼らは、もっと日本人には遊んでほしいと思っています。単にビジネス上の会話だけではなく、お酒を飲みに行ったり、踊ったり歌ったりしたい。金曜日の夜に遊んで土曜日になったら一緒にアウトドアに行くなど、そういうことを一緒にやるのが親密になる秘訣だと思います。神戸市には、そうした面での魅力があるということを発信できれば、長く居続ける、住み続ける動機になると思います。

そうですね。ビジネスの話だけでは広がりがありませんよね。やはりそこは教養や遊びも必要ですよね。

John

そうしたものを共に楽しめる環境が整えば、「乾さんは趣味が多いから好き」ということにも繋がりますよね。他にも、神戸牛を食べたい人はたくさんいますので、「神戸市に来たら、神戸牛を神戸市役所で食べてもらえますよ」といったことも面白いかもしれません。レストランと一緒に盛り上げて、「やはり神戸牛はすごかった」ということになればいいじゃないですか。FoodTechも世界中でブームになってきてますし、また、流行り廃りを超えた本当に美味しい神戸牛というブランドはこれからも世界で求められると思います。

そうですね、神戸牛のブランド力は非常に高いですからね。

John

食からイノベーションに繋がるといいですね。美味しいというのは記憶に残りますから。

神戸市には、今、世界に誇る食文化の都になるという食を軸とした都市戦略「食都神戸2020」ガストロポリス構想を進めています。近隣の大阪が「食い倒れの街」で、京都にも伝統料理があります。神戸市は、それこそダイバーシティの街であり、さまざまな食文化があります。


昔から、海外のものは神戸から入ってきているわけです。例えば洋食、洋服、洋菓子など……。私の名前の「ひろし」も「洋」と書きますが、たくさんの洋が神戸から入ってきて、全国に広まっているのではないでしょうか。もちろん、神戸市の現状で足りないものは、まだまだ色々あると思いますが。

John

なるほど! 食に絡めた、ガストロポリスの取り組みも面白いですね! 楽しみです。

6 「私のイノベーションの哲学は、『自発的セレンディピティの創出』」ということなのではないかと思います」(乾)

John

それでは、最後になりますが、乾さんにとって「イノベーションの哲学」を一言で表してもらえますか?

日々の勉強の中の連続で訪れるチャンスをつかんで、それを掛け合わせてイノベーションにするということですかね。


私の場合は、愚直にじゃないですけど、本当に素直に誠心誠意、人と接して、そこで信頼を勝ち得るというのが自分のポリシーです。それで、皆が好きになってくれるタイプかなと自分で思っています。


ただ、イノベーションというのは、いつもいつも起きるわけではないので、日ごろから相当なアンテナを張って、思い切り勉強して、日々の鍛錬、日々の勉強があって、その中にチャンスがちょっと巡ってくる。そういうことだと思います。それをうまく掴んでいくことが重要なのではないかと思っています。

John

よく分かります。それを、乾さんの言葉で一言で表現するとどうなりますか?

うーん、一言で表すのが難しいですが、格好良く言うと、私のイノベーションの哲学は、「自発的セレンディピティの創出」ということなのではないかと思います。「セレンディピティ=幸運を偶然に掴み取る能力」を日頃から鍛えておく、自ら取りに行けるよう準備しておく、ということでしょうか。

John

なるほど! 確かに、お話をお聞きして思ったのは、積み重ねの中に閃きと目的のある発見があるということです。その閃きを見つけて、爆発させる、掛け合わせることによってセレンディピティの回数を増やしていく。


神戸市というエコシステムを作って、全世界から人々を呼び込み、その出会いの場に種を蒔きながら、色々な木の実がなるのを待つ。ある意味、セレンディピティの回数を増やすためにエコシステム作っているのです。実は、乾さんが言わんとしている活動は、「セレンディピティを爆発させる仕掛け人」ってことなのではないかと思いました。

ありがとうございます。あとはそのチャンスを掴めるかどうかだと思います。見極めて、チャンスと取るか、スルーするか。私はチャンスと取る人間になりたいと思います。

John

乾さんならなれます! 私も陰ながら応援しています!
今回の私たちの出会いもそうだと思うのですが、アンテナを張って動いていれば、重なって、いいものが創出されます。乾さんとの出会いに感謝しています。


本日は貴重なお話を聞かせていただき、愛りがとう(愛+ありがとう)ございました! とても勉強になりました!

こちらこそ、大変勉強させていただきました。ありがとうございました!

乾氏のイノベーションの哲学を示した画像です

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年4月10日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

連絡が取れない「所在不明株主」の問題を解決する3つの方法

こんにちは、弁護士の松下翔と申します。

会社設立時には良好な関係でも、事業方針等をめぐって対立し、関係が悪くなってしまう株主がいます。こうして関係が疎遠になると、出資を受けているのに連絡先が分からない株主が出てくることがあります。

日ごろは、所在不明の株主(以下「所在不明株主」)がいてもあまり支障はありません。しかし、 組織再編、M&A、事業承継を検討する段階に至った際は、その対応が大きな悩みの種となります。この記事では、所在不明株主への対応について、どのような方法があるかを説明します。

1 所在不明株主への対応

所在不明株主が保有する株式については、当該株主の意向によらずに処分することはできません。そのため、会社をグループ化して完全親子会社化したり、株式を全て第三者に譲渡したりする段階において、問題が生じます。
このような場合、次の方法によって問題解決の道筋が立てられるかもしれません。

1)所在不明株主の居所を調査する

現在連絡は取れないものの、居住している場所にて住民登録をしている場合は、弁護士に依頼するなどして、株主の住民票が登録されている住所地を調査してみましょう。当該住所地に居住しているようであれば、書面送付などの方法でコンタクトを取って、協議を試みることが考えられます。

この方法は、所在不明株主から任意に株式を譲り受けるために協議をして、解決することを想定したものです。もし、協議による任意での解決が難しい場合には、功を奏しない方法といえるでしょう。

2)所在不明株主の株式を強制的に取得または排除する

上述の調査をした結果、所在不明株主の居所が分からなかった場合は、当該株主の株式を強制的に取得する方法を検討する必要があります。具体的には次の3つの方法が考えられます。

  • 所在不明株主の株式売却制度
  • 特別支配株主による株式等売渡請求制度
  • 株式併合を用いた株式の強制取得

それぞれの方法には、実施に当たって要件がありますので、次章以降で詳述します。

2 「所在不明株主の株式売却制度」とは

所在不明株主の株式売却制度は、1.株主に対して行う通知または催告が、5年以上継続して到達しなかったとき、かつ、2.その株主が、継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったときに、対象会社が当該株式を競売したり、一定の条件のもと任意売却したりすることができる制度です。対象会社が株式を買い取ることも認められています。

具体的な手続きの流れは割愛しますが、おおむね次の流れを経ることになります(取締役会設置会社の場合)。

1)所在不明株主の処理方法に関する取締役会決議

所在不明株主の株式をどのように処理するのか(競売、売却、買受)を、社内にて決定するプロセスになります。

2)異議申述手続

一定の期間内に異議を述べることができる旨などの事項を公告するとともに、所在不明株主に対して各別の催告を行います。なお、異議を述べることができる期間(3カ月)において異議がなかった場合に換価可能となり、株券は無効となります。

3)換価手続

換価方法は、競売、第三者への売却、会社による買受という方法があります(取締役会決議を経た方法になります)。
 第三者への売却、会社による買受において、対象となる株式に市場価格がある場合は、それによることになりますが、市場価格がない場合は、取締役全員の同意により裁判所に株式売却許可申立を行い、売却許可決定を得る必要があります。

所在不明株主は株券が無効となり、株主たる地位を失う代わりに売却代金請求権を取得します。なお、売却代金は株主に交付する必要がありますが、所在が不明ですので、株主に交付する機会がないことが多くなります。その場合は、供託されることになります。

3 「特別支配株主による株式売渡請求制度」とは

特別支配株主による株式売渡請求制度は、単独または完全子会社等で、総株主の議決権の90%以上を保有する株主(特別支配株主)が、少数株主の有する株式の全部を、少数株主の個別の承諾なく売渡しを請求できる制度です。
 当該制度は、株主総会決議を経ることなく、取締役会決議(取締役会非設置会社の場合は、取締役の過半数)のみで手続きを進めていくことができます。具体的な手続きの流れは次の通りです。

1)対象会社への通知

特別支配株主は、対象会社に対して一定の事項(株式等売渡請求をする旨、売渡株主に対する対価の内容、取得日等)を通知します。

2)対象会社の承認

対象会社が取締役会設置会社の場合は、取締役会の承認決議(取締役会非設置会社の場合は、取締役の過半数が承認)を経ることになります。

3)売渡株主への通知または公告

対象会社は、上記承認後、取得日の20日前までに、売渡株主に対し、一定の事項(承認をした旨、特別支配株主の氏名・名称・住所、売渡株主に対する対価の内容、取得日等)を通知または公告します。
 これにより、特別支配株主から売渡株主に対し株式等売渡請求がされたものとみなされます。また、この通知は、株主名簿に記載された住所に通知をすればよく、当該通知は、通常到達すべきであったときに到達したものとみなされます。

4)事前開示書面の備置

対象会社は、上記通知または公告のいずれか早い日から取得日後6カ月(非公開会社の場合は1年)を経過する日まで、事前開示書面を本店に備え置きます。

5)売渡株式の取得

特別支配株主は、取得日に売渡株式の全部を取得することになります。

6)事後開示書面の備置

対象会社は、取得日後遅滞なく、事後開示書面を本店に備え置きます。

なお、特別支配株主による株式売渡請求制度を利用する場合、特別支配株主以外の全ての株主を対象にする必要があるため、所在不明株主以外の株主が存在するときは、当該株主にも効果が及ぶことに注意しましょう。

メールマガジンの登録ページです

4 「株式併合を用いた株式の強制取得」とは

株式併合とは、発行済み株式総数を減らすために、複数の株式を合わせて、1株に統合することをいいます。この方法を利用して、所在不明株主の保有する株式数を1株未満の端数株式になるように株式を併合し、強制的に株主から排除することが考えられます。なお、端数株式については、会社が現金で買い取ることが一般的です。

株式併合を用いた株式の強制取得は、特別支配株主による株式売渡請求制度と異なり、総株主の議決権の90%以上を保有する株主でなくても実行可能な方法です。ただし、株式併合を行うに当たっては株主総会の特別決議が必要になります。具体的な手続きの流れは次の通りです。

1)事前開示書面の備置

対象会社は、株主総会に先立って、事前開示書面を本店に備え置きます。

2)株主総会

株式併合をするための株主総会決議は特別決議になります。

3)株主に対する個別の通知発送

株式併合の効力発生日の20日前までに、全株主に対して、個別に株式併合の割合等を通知します。

4)効力発生

株主総会で決議した効力発生日に株式併合の効力が生じます。

5)事後開示書面の備置

対象会社は、株式併合の効力が生じた後、遅滞なく、事後開示書面を本店に備え置きます。

株式併合を用いた株式の強制取得を用いることにより、所在不明株主を排除することが可能になります。なお、所在不明株主の端数株式を買い取るに当たって行う裁判所への申し立てについては、若干手続きが煩雑だと思われるため、弁護士等の専門家と相談をしながら手続きを進めていくのが良いでしょう。

5 面倒な事態を避けるためのアドバイス

所在不明株主の株式を強制的に取得または排除する方法は幾つかありますが、これらは、必ずしも簡易な手続きで迅速に行うことができるわけではありません。

そのため、できる限り所在不明株主を生じさせないように、「日ごろから株主間のコミュニケーションを充実させる」「株主間契約を締結しておき、連絡が取れなくなった場合の対応のルールを決めておく」ことは重要でしょう。

それでもなお、所在不明株主の対応が必要になった場合は、紹介した2つの方法の中から適したものを選択、実施していくことになります。その際は、手続不備により、株主関係がかえって複雑にならないように、弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。

なお、組織再編やM&Aなどの解説については、以下のコンテンツを参照ください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年4月10日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

過熱するエンジニア採用を成功に導くために/激動の2020年を勝ち抜く採用戦略(5)

世界中を震撼させる新型コロナウイルスの蔓延によって、日本の労働市場は大混乱に陥っています。空前の人手不足から一転、内定取り消し報道が相次ぐなど採用環境も激変。今後の見通しも不透明な状況です。
しかし不況による厳選採用時代が到来したとしても、確実に超売り手の環境が継続するであろう採用市場があります。それがエンジニアの世界です。
ますます争奪戦が過熱するITエンジニア採用について2回にわたって解説していきます。この記事では、まずエンジニア採用の実情を把握しその課題について整理してみましょう。

1 そもそもエンジニアの数が圧倒的に足りない

「エンジニア」とは、広くは技師や技術職のことを指しますが、ここでいうエンジニアは、プログラマーやシステムエンジニア、ネットワークエンジニアなど、一般的に「ITエンジニア」と言われる職域を指します。
ITエンジニアの需要は、年々高まりをみせています。doda転職求人倍率レポート(2020年2月)によると職種別の有効求人倍率において、技術系(IT・通信)職種=ITエンジニアが8.69倍。他職種と比較しても群を抜いて高い倍率になっています。技術系(電気・機械)職種=ものづくりエンジニアの5.54倍と比較すると、いかにITエンジニアの需要が大きいか分かります。

こうしたITエンジニアの不足は、さらに顕著になっていきます。経済産業省の調査によると、2018年時点でIT人材は約22万人不足。これが2030年になると、約44.9万人(IT需要の伸びが中位)、多ければ約78.7万人(IT需要の伸びが高位)にも膨れ上がると予測されているのです。

2 GAFAが優秀なエンジニアをさらっていく

「人々が私たちを頼りにしている」。アマゾン・ドット・コムのCEOジェフ・べゾス氏は、こう従業員にメッセージを送ったとのこと。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため外出自粛が進む中、必要なものを手に入れる手段としてネット通販の利用が跳ね上がりました。さらには、店舗でもレジなしで決済できるテクノロジーの外販を打ち出しています。人との接触を避けて買い物ができるので、小売業界での導入が進みそうです。

この動き自体、コロナ対策として歓迎されるものですが、実はエンジニア採用にも影響を与えると考えられます。ただでさえGAFAと言われるアメリカのIT大手4社の人気はすさまじいものがあります。その一角をなすアマゾンがこうした社会貢献的かつ先駆的な動きをとったわけですから、魅力を感じるエンジニアもいるはずです。

GAFAに限らず、巨大なIT企業や有名テック企業が優秀なエンジニアを厚待遇で囲い込む。逆に中小企業においては、エンジニアからの応募を集めることさえもままならない。このように、人材獲得において極めて市場原理が働きやすいのが、エンジニア採用市場の特徴なのです。

3 エンジニア争奪戦の第2幕

しかもこれからは、本格的に第4次産業革命が進みます。情報システムの高度化やAI(人工知能)・IoTなどを活用した新サービスが普及していきます。デジタルを生業にしていない企業であっても、社内情報システムを開発するエンジニアやビッグデータ活用の基盤を整えるエンジニアが必要になります。その構築を担うエンジニアの需要が今後さらに高まっていくことは、言うまでもありません。

総合商社が配送の効率化や需要予測、タクシー会社が配車アプリの開発といった、デジタル事業の強化を目的に子会社を設立する動きがあります。
このような動きは、あらゆる業種の企業がエンジニア争奪戦に加わってくることを意味します。先述のようなGAFAに代表される巨大IT企業の囲い込みが第1幕だとすると、あらゆる業種の企業がエンジニア採用に加わってくることで、激しいエンジニア争奪戦の第2幕が明けたといえます。

メールマガジンの登録ページです

4 ミスマッチという根深い課題

エンジニア採用が難しいのは、数が足りないという問題だけではありません。いくつかの要因から発生する構造的ミスマッチの問題もあるのです。
せっかく採用できたものの、求めるスキルや経験を持ちあわせていなかったという残念なケースは少なくありません。採用担当者の多くは人事系のキャリアを歩んできており、エンジニアとしての経験を持っていることは多くありません。そのため、現場が求める人材と採用担当者が選考を進める人材とのミスマッチが発生しがちなのです。

条件のミスマッチもあります。候補者の求める条件が自社の採用条件に該当せず、内定承諾に至らないというケースです。「超」がつく売り手市場であるにもかかわらず、決裁する上層部がエンジニアの貴重さを理解していないと、高い待遇を認めないこともあるのです。当然ながら優秀なエンジニアの需要は大きく、多くの企業が内定を出します。その中から自社を選んでもらうには、他社に勝る魅力が必要です。

5 エンジニアの気質とズレている

他社に勝る魅力ということでいえば、ある企業では、要となる最高技術責任者(CTO)はネット系スタートアップから迎えいれ、エンジニア採用においては、そのCTOが陣頭指揮を執りました。求めるスキルを明示し、年齢不問で採用する。給与は能力主義として、働き方の自由度を高めたのです。
こういう採用ができれば、ミスマッチはおろか、優秀な人材の獲得につながることは言うまでもありません。しかしできていない企業があまりにも多いように感じます。

その背景にあるのは、デジタル世界に生きるエンジニアの気質と日本に根付く企業文化のズレです。エンジニアを総合職として採用し、最初の1年は営業を経験してもらうといったジョブローテーション。最新の開発ツールを導入しようとしても、あまりに手間と時間のかかる承認プロセス。エンジニアがやる気を失っていく要素が満載なのです。
経営が自ら目指すデジタル戦略を示し、エンジニアが力を発揮できる環境を整備する。それができなければ、採用市場にいるエンジニアからの求心力は獲得できません。

6 実態を把握し、エンジニア採用を変えていく

エンジニア採用が難しいとされる理由を、改めてまとめてみます。

  • 社会のデジタルシフトにともなうエンジニア自体の不足
  • GAFAをはじめとした一部の人気企業による人材の囲い込み
  • 人事が応募者の技術やスキルを見極められず、現場配属後に露見するミスマッチグ
  • 上層部の無知などによるエンジニアの気質にそぐわないリクルーティング

こうした実態をしっかり把握することで、エンジニア採用に対する意識を大きく変えていく必要があります。
次回は、エンジニア採用を成功させるノウハウとして、

  • エンジニアの性質をしっかり理解した上での「採用計画づくり」
  • エンジニア職の社員に関与してもらう「採用プロセス企画」
  • ダイレクト・リクルーティングやリファラル採用などの「最適な採用手法」

などについて、具体的に解説していきます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年4月2日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

知的財産の価値評価の考え方

書いてあること

  • 主な読者:自社や他社の知的財産をビジネスに活用したい経営者
  • 課題:知的財産の価値の評価手法が分からない
  • 解決策:3種のアプローチによるそれぞれの評価手法について理解する

1 知的財産の概要

1)知的財産の重要性

知的財産とは、人々の工夫や発見、営業上の信用など、人間の知的な活動から生じる財産を指します。主な知的財産としては次のようなものが挙げられます。

1.知的な創造物

  • 発明(独創的なアイデア) 
  • 考案(物品の形状や構造)
  • 意匠(物品のデザイン)
  • 著作物(音楽、小説、絵画など)

2.営業上の標識となるもの

  • 商号(企業が事業活動を行う時に使う名前)
  • 商標(商品やサービスを示す文字、デザイン)

知的財産の中には第三者が簡単に模倣できてしまうものがあります。しかし、発明の成果などを無制限に第三者が模倣して利用できるとなると、人や企業が費用や労力をかけてつくり出す意味がなくなってしまいます。また、長年の積み重ねで消費者から信頼を受けてきた商品のデザインなどを模倣したものが市場に出回ると、消費者は安心してその商品を選ぶことができません。こうした第三者による模倣への対策のために知的財産の創作者に与えられる法的な権利が知的財産権です。

知的財産権は、それぞれの保護対象に応じて、特許法、実用新案法など個別の法律によって保護されています。知的財産権のうち、特許権・実用新案権・意匠権・商標権の4つは「産業財産権」と呼ばれています。

2)知的財産の活用

知的財産は保有しているだけでは意味がありません。知的財産は、ビジネスに結びつけることでその価値を発揮するものです。具体的には、次のような方法によります。

  • 市場に参入障壁を築き、自社の優位性を確保する
  • 他者とライセンス契約を結び、実施料収入を得る
  • 知的財産を担保に融資を受ける

知的財産は、「他者による模倣などを受けた際の対抗手段」ですが、そうした「受け身」的な対応だけでは、競争が激化するビジネス社会では生き残っていくことはできません。知的財産を積極的に活用することで、自社の収益性を高めることが重要です。

3)知的財産の価値評価の重要性

特許などの知的財産について従来型の「権利による保護」という観点だけではなく、積極的にビジネスに活用していく必要性がますます高まっています。知的財産の活用において、「知的財産権の売買」「資金調達」「M&A」などの場面では、知的財産の価値評価が必要不可欠です。

知的財産をビジネスに活用するためにも、企業にとっては「自社が有する知的財産の金銭的価値はどの程度なのか」という点が重要となります。

しかし、現在のところ、知的財産の価値に関する評価方法が確立していないために、優れた知的財産を持ちながら、知的財産による資金調達などができない企業があると指摘されています。また、企業以外にも、裁判所や金融機関などが企業の資産価値などを算出する際にも知的財産の価値評価は必要となります。

知的財産の価値を評価する際の考え方としては、主にコストアプローチ、インカムアプローチ、マーケットアプローチの3種が用いられます。

それぞれの考え方には一長一短があり、実際に評価を行う際には、それぞれのケースに合わせて有効な手法を選択します。また、複数の手法による評価を行い、その結果を比較検討して最終的な評価を決定することもあります。

2 知的財産の価値評価の手法

1)コストアプローチ

コストアプローチは、知的財産を取得するために要した費用額から、知的財産の価値を評価しようとする考え方です。

コストアプローチには、主に次の2通りの方法があります。

  • 原価法
  • 再構築費用法

コストアプローチは、取得に要する(要した)費用を価値評価の基準としていることから、比較的客観性があるといえます。

しかし、「コストに含める範囲によって価値が大幅に変化する」などの問題があります。

2)インカムアプローチ

インカムアプローチは、知的財産が将来生み出すと予測される利益などから、知的財産の価値を評価しようとする考え方です。

インカムアプローチには、主に次の4通りの方法があります。

  • 計画キャッシュフロー法
  • 単純DCF法
  • リスクを考慮するDCF法
  • オプション理論ベース

インカムアプローチは、知的財産が持つ収益力を反映した手法だといえます。現在、知的財産の価値評価において最も一般的に用いられているのは、このインカムアプローチです。

しかし、「収益予測が困難であり、不確実性が高い」「主観や経験的判断に陥りやすい」などの問題があります。

3)マーケットアプローチ

マーケットアプローチは、評価される資産に類似する資産取引を調査して知的財産の価値を評価しようとする考え方です。

マーケットアプローチには、主に次の2通りの方法があります。

  • 批准アプローチ
  • 残差アプローチ

マーケットアプローチは、実際の取引価額を基準とするため、客観性や信頼性があるといえます。

しかし、特に技術をはじめとした知的財産に関しては、取引当事者間の秘密事項として外部に取引価額などの情報が出てこないことが多いため、参照できる適切な事例がほとんど存在しないという問題があります。

3 企業の知的財産に関連する活動をサポートする機関

1)日本弁理士会

現在、国内には知的財産の価値を客観的に評価する大規模な機関はありません。知的財産の価値評価に際しては、「知的財産関連の専門部署や関連企業を設置し、企業が独自に評価を行う」「ノウハウを持つ弁理士に依頼して個別に評価を行う」ことが一般的です。しかし、評価者によって評価が大きく異なっているのも事実です。

そこで、日本弁理士会では、弁理士が関与する知的財産の価値評価について客観性および妥当性の向上を図ることを目的として、知的財産価値評価推進センターを設立しました。同センターは直接的に知的財産の価値評価を行うわけではありませんが、適切に価値評価を行うための情報をまとめるなどしています。

2)知財総合支援窓口

知財総合支援窓口では、知的財産権制度の説明といった基本的な事項から、知的財産を出願する際の手続き支援など、企業が知的財産に関する悩みや相談を一元的に受け付けています。

以上(2020年4月)

pj80014
画像:pixabay

防災対策チェックリスト/中小企業のためのBCP

1 オフィス内のチェックリスト

画像1

2 災害時の備蓄チェックリスト

画像2

3 社員の安否確認リスト

画像3

4 顧客・取引先の被災状況確認リスト

画像4

5 各種防災訓練・感染症予防のチェックリスト

画像5

画像6

以上(2020年4月)

pj60216
画像:Maslakhatul Khasanah-Shutterstock

防災に関する設備投資で受けられる税制優遇はありますか?/中小企業のためのBCP

Q.防災に関する設備投資で受けられる税制優遇はありますか?

A.中小企業者等を対象とした「中小企業防災・減災投資促進税制(防災・減災設備に係る特別償却制度)」があります。

1 中小企業防災・減災投資促進税制における税制優遇

「中小企業防災・減災投資促進税制」とは、中小企業者等(資本金の額が 1億円以下の法人で、大法人(資本金の額が 5億円以上である法人など)から 50%以上の出資を受けていないなど一定の法人)が行う防災・減災を目的とした設備投資について、特別償却(取得価額の 20%)ができる制度です。特別償却とは通常の減価償却に追加して、損金処理することができる償却のことです。

この制度を利用するためには、次の3つの要件を満たす必要があります。

  • 青色申告書を提出する中小企業者等(適用除外事業者に該当するものを除く)
  • 改正中小企業等経営強化法の事業継続力強化計画または連携事業継続力強化計画の認定を受けるもの
  • 上記2.の認定に係る事業継続力強化計画または連携事業継続力強化計画に係る特定事業継続力強化設備等の取得等をし、その事業の用に供すること

2019年7月16日から2021年3月31日までの間に取得した対象設備等に対して適用されます。対象となる設備投資は次の通りです。

画像1

以上(2020年4月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之、税理士 中川昌紀、CFP(日本FP協会認定) 辻野顕子)

pj30106
画像:Maslakhatul Khasanah-Shutterstock

災害時における税務の特例には、どのようなものがありますか?/中小企業のためのBCP

Q.災害時における税務の特例には、どのようなものがありますか?

A.申告・納付などの期限延長があります。また、顧問税理士が被災したことにより申告できない場合においても、同様の取り扱いを受けられることがあります。

1 申告・納付などの期限に関する特例

1.個別指定による期限延長

納税地を管轄する税務署長に対し、災害などの止(や)んだ日から相当の期間内に「災害による申告、納付等の期限延長申請書」を提出した場合、その承認を受けることにより、税務署長等が指定した日(災害などの止んだ日から 2カ月以内)まで申告・納付などの期限が延長されます。

「災害などの止んだ日」とは、申請者に特別な事情がある場合を除いて、客観的に見て、申告・納付などの期限延長の申請をした人が、申告・納付などの行為をするのに差し支えないと認められる程度の状態に回復した日になります。例えば、新幹線の運行休止など交通の途絶があった場合、交通機関が運行を始めた日などが災害などの止んだ日になります。

2.地域指定による期限延長

2011年3月11日に発生した東日本大震災のときには、地域を定めて申告・納付期限を延長する対応が取られました。

2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震のときも、北海道の一部の地域で申告・納付期限を延長する対応が取られました。

なお、地域指定された地域に納税地がある個人または法人については、特段の手続きを経ることなく、自動的に申告・納付の期限が延長されます。また、申告・納付期限延長措置の終了に関しては、各地域の復興などの状況を踏まえ、国税庁のウェブサイトなどで告示されます。地域指定に関する情報は定期的に確認しましょう。

3.顧問税理士が被災した場合

顧問税理士が被災したら、期限までに顧客の申告ができないことが想定されます。こうした場合、「災害による申告、納付等の期限延長申請書」に必要事項を記載し、納税地を管轄する税務署長に提出し、その承認を受けることで、税務署長等が指定した日(災害などの止んだ日から2カ月以内)まで期限が延長されます。

2 延滞税・利子税・加算税に関する特例

災害などにより国税の納期限が延長された場合、延長された期間については、その国税に係る延滞税および利子税は課されません。また、申告・納付などが適正に行われない場合に課される加算税については、認められた延長期限内に申告を行えば課されません。

以上(2020年4月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之、税理士 中川昌紀、CFP(日本FP協会認定) 辻野顕子)

pj30105
画像:Maslakhatul Khasanah-Shutterstock

取引先の被災で、通常とは異なる税務上の取り扱いはありますか?/中小企業のためのBCP

Q.取引先の被災で、通常とは異なる税務上の取り扱いはありますか?

A.取引先に対する支援の一環として行った、災害見舞金や売掛金の免除などは、損金処理することができます。また、金銭以外に自社製品などを提供した場合でも、損金処理することができます。

1 取引先に対する災害見舞金など

通常、取引先などの慶弔、禍福に際して支出する費用(見舞金や香典費など)は、贈答などと同様の行為とされ、交際費として取り扱われ、一定の金額以上については損金処理することができません。

ただし、被災前の取引関係の維持・回復を目的として、取引先の復旧過程において、その取引先に対して行った災害見舞金の支出、事業用資産の供与などのために支出した費用は、交際費などに該当しないものとして全額損金処理することができます。

なお、こういった災害見舞金などについては、領収書の発行を依頼するのが難しいケースが多いですが、帳簿書類に相手先の名称や所在地、支出年月日などを記載しておけば問題ありません。

2 取引先に対する売掛金の免除など

取引先などの債権を合理的な理由がなく免除した場合、原則、取引先などに寄附したものとされ、一定の金額以上については損金処理することができません。ただし、災害を受けた取引先の復旧過程において、復旧支援目的で売掛金、貸付金などの債権を免除する場合、その免除したことによる損失(債権免除損など)は、寄附金または交際費以外の費用として、全額損金処理することができます。

また、既契約のリース料、貸付利息などの減免を行う場合や、災害発生後に取引条件を変更する場合も、同様に取り扱われます。

3 取引先に対する低利または無利息による融資

災害を受けた取引先の復旧過程において、復旧支援を目的として低利または無利息による融資を行った場合、通常収受すべき利息と実際に収受している利息との差額は、寄附金に該当しないものとされ、全額損金処理することができます。

4 被災者に対する自社製品などの提供

災害時、倫理的・社会的要請により自社製品を被災地などに無償で提供することがあります。これは、国が被災者を支援することと同様です。また、広告宣伝費と同様の性質があるとも考えられるため、寄附金に該当しないものとされ、無償で提供した自社製品の金額は、全額損金処理することができます。

以上(2020年4月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之、税理士 中川昌紀、CFP(日本FP協会認定) 辻野顕子)

pj30104
画像:Maslakhatul Khasanah-Shutterstock