売れる営業の5つの条件

1 販売だけではない営業担当者の仕事

営業活動の中心は販売ですが、そこに至るまでには次の活動も不可欠です。これらの活動は数字には表れませんが、優れた営業担当者はその重要性を十分に理解して取り組んでいます。

  • 関係者との良好な関係構築など、商品を販売しやすい環境をつくり上げる
  • つくり上げた環境を活かし、顧客に適切な提案をする

このような機能を「商品販売」「関係構築」「情報収集」「アラーム」に分類した場合、それらの関係図は次の通りです。

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「商品販売」機能の活性化は、営業担当者の最終目標です。この機能を十分に発揮するためには、「関係構築」「情報収集」「アラーム」の3つの機能が欠かせません。また、「関係構築」「情報収集」「アラーム」機能から「商品販売」機能に向かう途中に、最後の壁が立ちはだかっていることが分かります。最後の壁を突破できなければ、「商品販売」機能を十分に発揮することは難しいのです。

本稿では、「商品販売」「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能について確認した後、最後の壁を突破するための考え方を紹介します。

2 「商品販売」機能

「商品販売」機能とは、取り扱う商品を販売することであり、営業活動の中心です。ただし、営業担当者は営業成果として売り上げのことだけを考えていればよいわけではありません。「商品販売」機能を十分に発揮するために、営業担当者は「関係構築」機能などにも積極的に取り組まなければなりません。

一方、「関係構築」機能などが不十分であっても、コンスタントに成果を上げる営業担当者がいます。こうした営業担当者は、「事前準備が不十分でも、最後の壁を突破する力が強い」「本当に重要な場面で、上手に『関係構築』機能などを発揮している」のです。あるいは、たまたま自社の商品などを求めている顧客をタイミング良く訪問するなど、強運の持ち主であることもあります。いずれにしても、他人がまねをすることは難しいスタイルです。

営業の基本は、あくまでも「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能を十分に発揮することです。

3 「関係構築」機能

1)「関係構築」機能とは

「関係構築」機能とは、社内外を問わず、関係各所と良好な関係を構築する活動です。もし営業担当者が、「営業成果は自分の手柄。だから、社内でも社外でも一匹おおかみでいい」と考えているのなら改めましょう。顧客の要求が高度になっている現在、営業担当者だけの力には限界があります。少し乱暴な言い方ですが、「利用できる相手は利用する」姿勢が必要で、そのためには周囲との関係構築が重要となるのです。

営業担当者が「関係構築」機能を発揮すべき主な相手は次の通りです。

2)社内との関係構築

1.上司との関係

上司との関係を良好に保って信頼を獲得します。上司の信頼が得られれば自分の提案などが承認されやすくなり、営業の幅が広がります。

2.他の営業担当者との関係

他の営業担当者の好成績をうらやむだけでは前に進みません。自分よりも優れた営業担当者と積極的に情報交換を行い、そのノウハウを自分のものにしていきましょう。

3.他部門との関係

製造部門、経理部門など他部門との連携を深めましょう。営業部門と製造部門の連携がスムーズなら、少々厳しい納期にも製造部門が対応してくれるでしょう。

3)顧客との関係構築

1.窓口担当者との関係

既存顧客や見込み客から見て、営業担当者は常に頼れる味方でなければなりません。営業担当者は複数の顧客を担当しますが、顧客に「自社は○○さんが担当している営業先の1つ」と意識させては失格です。あたかも専属の営業担当者であるかのように振る舞い、「○○さんは、いつも自社のことを考えてくれる面倒見の良い担当者だ」と思わせることが重要です。

2.窓口担当者の上司の存在を意識する

営業担当者は、「自分の取引相手は顧客の窓口担当者」と考えてはいけません。窓口担当者の背後には、上位の意思決定権者がいます。その存在を常に意識しておきましょう。

3.窓口担当者の上司と商談する際のポイント

窓口担当者の上司と商談できる機会は限られています。その貴重な機会を無駄にしないよう、臆せずに自信を持って提案していきましょう。営業担当者の自信ある姿は相手に安心感を与え、信頼へとつながっていきます。

4)業界団体との関係構築

1.業界団体との関係

多くの業界には、いわゆる「業界団体」があります。必要に応じて業界団体との関係を構築しておくと、業界全体の動きが把握しやすくなります。

2.業界団体との関係構築のポイント

業界団体との関係を構築する上で注意が必要なのは、業界団体はあくまでも公平・公正な立場の組織であるということです。無理に取り入ろうとすれば、かえって不信感を抱かれます。まずはこまめに連絡するなど、自社の存在、自社の取り組み、自分の名前を覚えてもらうようにしましょう。

5)他社との関係構築

1.競合先との関係

競合先を意識し過ぎるのは問題です。競合先の営業担当者もあなたと同じ悩みを抱えているはずです。一線を引く必要はありますが、営業担当者レベルで適度に良好な関係を築き、情報交換ができる関係になるのは有意義です。

2.類似商品の販売企業との関係

直接の競合先には当たらないものの、同業界で類似した商品を販売している企業があります。こうした先を気に留めない営業担当者が多いようですが、これは残念なことです。顧客層が異なる(競合先ではない)分、ざっくばらんに情報交換ができますし、信頼関係が強まれば、互いに見込み客を紹介し合う間柄に発展することもあります。

6)友人・知人などとの関係構築

営業担当者の優劣は情報の収集・分析力にあります。社内や顧客などから得られる情報は、営業担当者には不可欠です。さらに、家族・友人・知人など営業担当者の私的な人脈から得られる情報もあります。また、セミナーや趣味などで広げた人脈を大切に育むことも非常に重要です。

4 「情報収集」機能

1)「情報収集」機能とは

「情報収集」機能とは、幅広く適切な情報を収集することです。営業担当者が収集すべき情報は多岐にわたります。「顧客との関係構築」が発揮されていれば、比較的スムーズに情報収集できるでしょう。「情報収集」機能に取り組み始めた当初、集まってくる情報は“点”にすぎないかもしれません。しかし、“点”は少しずつ連続して“線”となり、何本も“線”が引かれることで、最後は大きな“面”となります。“面”となった情報は営業戦略の方向性を確認し、必要に応じて修正していく際の羅針盤となります。

目標は、全ての情報が自分(自社)に集まるような体制を整えることです。そのために、例えば、次のような情報の収集に取り組みましょう。

2)商品情報の収集

1.同業他社の商品情報の収集

同業他社の商品情報も徹底的に収集します。一通りの情報は他社のウェブサイトなどから収集できます。

2.自社商品と他社商品の比較

自社商品と他社商品の機能などの違いをまとめた一覧表を作成することは非常に重要です。ただし、これは多くの営業担当者が実践していることなので、そこで一歩踏み込んで、顧客の窓口担当者とその上司の立場で、自社商品と他社商品について必要な情報を整理してみましょう。その際の視点は次の通りです。

  • 窓口担当者

窓口担当者は、複数の企業の商品を比較し、どの企業の提案が最も上司に報告しやすいかを考える傾向があります。また、自分と相性が良く、自分の意図を正確に理解してくれる営業担当者を好みます。窓口担当者が興味を示すのは、各社の商品の機能や価格などを一目で比較できるような資料です。

  • 窓口担当者の上司

窓口担当者の上司(この説明では以下「上司」)は、ある程度の権限を持ち、企業全体の利益を常に考えて判断しています。誰でも知っているようなメリットや機能は、既に窓口担当者からの報告で把握しています。

上司が興味を示すのは、他社の動向、商品導入後に自社が他社より優位に立てる点です。また、「費用対効果」についてもシビアなので、上司は価格に見合ったメリットを知りたいと考えています。

3)業界情報の収集

業界団体のウェブサイトや業界紙などを確認し、業界の動向を把握します。規制強化・緩和など業界の方向性を左右する重要な情報は、必要に応じて業界団体に直接問い合わせて確認します。この確認作業は、業界団体との関係構築にもつながります。

4)顧客情報の収集

1.ウェブサイトや業界紙などを通じた基本的な情報の継続的収集

業界団体のウェブサイトや業界紙などから、顧客に関する基本的な情報を収集します。例えば顧客の窓口担当者からの連絡で、「先月、当社は新しい顧客管理システムを導入したんですよ」などと、事後報告を受けるようでは失格です。顧客より先に連絡し、「御社は新しい顧客管理システムを導入されたようですね」と先手を打つようでなければなりません。これは電話が先か後かの時間的な違いではありません。先手を打って連絡することで、窓口担当者が「この営業担当は自社のことをよく理解している。信頼できるな」と考えるようになるのです。

2.窓口担当者を通じた情報収集

業界団体のウェブサイトや業界紙などから収集できない情報は、積極的に窓口担当者に連絡して確認しましょう。窓口担当者と良好な関係を構築できていることが前提ですが、窓口担当者は自分が採用した取引先を上手に使いたいと考えているので、そのために必要な情報は提供してくれることが多いのです。

3.人脈を活かした情報収集

家族や友人などから貴重な顧客情報を収集できることもあります。友人の学生時代の後輩が顧客企業に勤めているなどのケースは意外とあるものです。

5)他社情報の収集

1.ウェブサイト、窓口担当者などからの情報収集

一通りの情報は、他社のウェブサイトなどから収集可能です。より踏み込んだ詳細な情報は、顧客の窓口担当者から収集できることもあります。窓口担当者は、自分の立場を維持するためにも、自分が選択した取引先に一番でいてほしいと考えます。そのため、同業他社について「先日、○○社さんがこんな提案をしてきたよ」などといった貴重な情報を教えてくれることがあります。窓口担当者がこうした情報を教えてくれたときは、素直に感謝しましょう。

2.窓口担当者から情報収集する際の注意点

顧客の窓口担当者が情報を提供してくれるとはいえ、それに頼り過ぎることは禁物です。窓口担当者はこちら側の情報収集力を疑い、「実は何も知らないのではないか」と考えます。一度そのように思われてしまうと、信頼を回復することは容易ではなく、最後は取引を打ち切られるといった最悪のケースもあり得ます。

3.同業他社からの情報収集

同じ業界に属している企業は情報の宝庫です。積極的に情報交換しましょう。

5 「アラーム」機能

1)「アラーム」機能とは

「アラーム」機能とは、業界・顧客・他社などのちょっとした変化も見逃さず、自社のチャンスになる場合も危機になる場合も必ず上司に報告する活動です。この「アラーム」機能が発揮されなければ、「情報収集」機能は意味がありません。

例えば顧客の窓口担当者が、「先日、○○社さんが来て、新しいサービスの提案をしてくれたよ」と貴重な情報を教えてくれたにもかかわらず、何の対策も講じず、上司にも報告しない営業担当者がいたとします。

最悪の場合、この営業担当者は取引先を○○社に奪われてしまいます。また、最悪のケースは回避できたとしても、顧客の窓口担当者は「○○社の提案内容を教えているのに、今の取引先から何のリアクションもない。もしかすると、自社にとってあまり良くない取引先なのではないか」と信頼を失う結果になりかねません。

こうしたことがないように、営業担当者は業界・顧客・他社などのちょっとした変化も見逃してはなりません。例えば、次のような変化には注意が必要です。

2)業界の動き

1.顧客が属する業界で新たな規制強化(緩和)が実施された

自社商品が規制強化(緩和)に対応しているかを即座に確認しましょう。自社商品は既に対応しているが、他社商品はまだ対応していないのであれば大きなビジネスチャンスです。逆の場合は危機であり、早急な対応が求められます。

2.業界団体が、業界標準のサービス構築を進めている

自社商品が業界標準になるチャンスである半面、他社商品が業界標準となれば、多くの顧客を失う危険性があります。

3)顧客の動き

1.顧客からの連絡が途絶えている

頻繁に連絡のあった顧客から、プッツリと連絡が途絶えたら危険信号です。こちらから連絡して状況を確認しましょう。

2.顧客が同業他社のことについて質問してきた

顧客が同業他社を必要以上に気にし始めたら危険信号です。「同業他社から提案がきているのか」「その提案はどのような内容か」を素直に質問し、対策を講じましょう。

3.顧客が突然、訪問したいと言ってきた

通常は営業担当者が顧客を訪問するものです。にもかかわらず、顧客のほうが訪問を申し出てきたら、大きな危機かもしれません。落ち着いて訪問の理由を聞いてみましょう。

4.顧客が値下げ要請をしてきた

値下げ要請は危険信号ですが、大切なのは値下げの金額だけではありません。顧客が値下げを要請してきた理由です。顧客企業内でコスト削減の対象となったのか、他社が自社を下回る価格で提案をしてきているのかを確認しなければなりません。場合によっては、窓口担当者が“言ってみただけ”ということもあります。値下げ要請を受けると、多くの営業担当者は慌てますが、こんなときこそ冷静に対応しなければなりません。

5.顧客がまともに話を聞いていない

営業担当者としての信頼を失っている危険性があります。一から関係を構築し直す必要があるかもしれません。

6.顧客の窓口担当者が異動になった

状況に応じてチャンスにもなりますが、前提として認識しなければならないのは、新たな窓口担当者は、自社商品に何の思い入れもないということです。そのため、取引先を変更したり、それまでの提案の差し戻しを求めることがあります。

一方、前任の窓口担当者になかなか採用してもらえなかった商品を、仕切り直しで提案するチャンスでもあります。いずれにしても、慎重に一から関係を構築し直さなければなりません。

7.顧客の主要な営業エリアで大きな事件や事故があった

顧客への影響が心配です。プレスリリースやインターネットから必要最低限の情報を入手しておきましょう。ただし、こちらから質問することは控えます。

8.顧客の窓口担当者が、訪問前の事前の資料提出を求めている

これまで提出してきた提案書などが、窓口担当者のイメージ通りでなかった場合は危機です。半面、窓口担当者が“本気”で上司に商品導入を進言しようとする際も、同様の動きが見られます。その場合はチャンスです。

9.商談の場に窓口担当者の上司、あるいはさらに上役が出席すると言っている

顧客は営業担当者の提案を本気で検討する姿勢を見せています。大きなチャンスであるため、臆することなく、自信を持って提案しましょう。

10.門前払いが多かった見込み客が、話を聞きたいと言っている

商品を導入したいのか、情報収集だけをしたいのかは微妙です。ただし、見込み客との関係を深めるチャンスであることに違いはありません。

4)他社の動き

1.他社が新しい商品を開発した

新商品に関する情報を収集し、特徴・機能を整理しましょう。仮に自社商品よりも優れているようであれば、その点は素直に認め、顧客から質問されれば事実を伝えます。

2.新たな競合先が誕生した

危機であるかチャンスであるかは分かりません。「強力なライバル」になる可能性と「頼れる提携先」になる可能性の両方があるためです。「関係構築」機能と「情報収集」機能を発揮させ、状況を見守りましょう。

3.顧客から他社の悪評を頻繁に耳にする

顧客の言葉は受け流し、悪評の事実関係の確認を急ぎましょう。決して、顧客と他社の悪口で盛り上がってはいけません。

6 「Win-Win関係創造」機能

1)「Win-Win関係創造」機能がブラックボックスを解き明かす

営業では「商品販売」機能が注目されがちですが、実際は「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能も欠かせません。そして多くの営業担当者は、このことは頭では理解しています。事前準備を周到に行うだけでは営業成果に結びつかないこと、あるいは事前準備をおろそかにしては、コンスタントに営業成果は上げられないことを知っているのです。

実際、多少のビジネスセンスのある営業担当者は、事前準備として「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能を発揮しています。にもかかわらず、なかなか「商品販売」機能に結び付かないのは、事前準備から最終目標である販売に向かう途中に立ちはだかる最後の壁を突破することができないからです。最後の壁は営業のブラックボックスといえ、それを解き明かす鍵となるのが、「Win-Win関係創造」機能です。「Win-Win関係創造」機能の発揮のイメージは次の通りです。

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2)「Win-Win関係創造」機能の基本は想像力

「Win-Win関係創造」機能の基本は、「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能によって明らかになった状況を確認し、自社と顧客の双方にメリットがあるWin-Winの関係をじっくりと想像してみることにあります。要はWin-Winの関係が構築できるように、さまざまな仮説を立ててみればよいのです。

営業担当者が立てた仮説がそのまま実現することは少ないかもしれません。しかし、仮説を立てて検証するという一連の思考を何度も繰り返すことで、「Win-Win関係創造」に近づくことができます。こうした創造のための想像力(仮説立案とその検証)が研ぎ澄まされてくれば、最後の壁を打ち破るための本当の営業力が養われていきます。

  • ケーススタディー

次のような場面に遭遇した際、あなたはどのような仮説を立てますか。

    • 自社:顧客にシステムの一部を販売している。
    • 顧客C社:自社の既存顧客であり、ライバル社とも取引関係にある。
    • ライバル社:競合先。顧客C社にシステムの一部を販売している。
    • 同業他社:自社とライバル社のいずれとも競合関係にない同業他社。自社の営業担当者は、同業他社の営業担当者と関係を構築している。

現在、自社とライバル社は顧客C社にシステムの一部を販売しています。自社とライバル社は競合関係にありますが、顧客C社に関しては一応、営業上のすみ分けができており、直接的な競合関係にはありませんでした。

ところが、顧客C社の業界に直接関係する新法が施行されることになって状況が一変します。顧客C社は新法に対応した新システムの導入を検討し始めました。その一環として複数のシステム業者と取引している現在の体制を見直し、取引先を一本化することも検討しています。

ライバル社はいち早く新法に対応した新システムを開発し、活発に営業活動を展開しています。当然ながら、顧客C社にも積極的にアプローチしています。

また、このケーススタディーで「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能を発揮した結果は次の通りです。

1.「関係構築」機能

    • 私は自社の営業部長とのコミュニケーションは良好で、かなり信頼されている。
    • 私が同僚の営業担当者に聞いたところ、最近、ライバル社の営業が活発らしい。
    • 私がライバル社の営業担当者に聞いたところ、最近、新法に関する問い合わせが多いらしい。
    • 私は顧客C社の窓口担当者と非常に良好な関係を築いている。

2.「情報収集」機能

    • 私が調べた結果、顧客C社の業界では、新しい業界指針が出るらしい。
    • 顧客C社の窓口担当者は、私にこう言っていた。「現在、複数の取引先に自社システムの構築をお願いしているが、できれば一本化してコストを削減したい」
    • 私は同じ業界の同業他社から、次のような情報を入手した。「ライバル社が新法に対応した新しいシステムを開発したらしいが高価格のようだ」

3.「アラーム」機能

    • 顧客C社の窓口担当者の上司から私に直々に連絡があり、会いたいと言ってきた。その際、システムを一手に引き受けた場合の見積もりを提示してほしいと求められた。新法への対応が前提のようだ。
    • そういえば先日、顧客C社の窓口担当者は、私に今のシステムがもう少し安くならないかと尋ねた。本気とは思わなかったが、どうやら自社の価格競争力を確認しているようだ。
    • 顧客C社の窓口担当者は、訪問前に資料だけ送ってほしいと言っている。

例えば次の仮説が立てられるのではないでしょうか。

    • 顧客C社の業界では、新法への対応が重要な課題となっている。近々、業界指針が出るらしく、急いで対応しなければならないようだ。
    • 顧客C社は、新法対応とコストダウンのため、取引先の一本化を図っているようだが、それに対応できる企業は限られてくる。
    • そこで、現時点で有力な選択肢の1つとなっているのが、ライバル社の開発した新システムなのだろう。
    • ただし、同業他社からの情報通り、ライバル社の新システムは高価格らしい。顧客C社の窓口担当者とは良好な関係を築いているはずなのに、わざわざその上司から連絡があり、見積もりが欲しいというのは迷っている証拠だ。
    • いずれにしても、顧客C社は新法に対応したシステムを一手に引き受けてくれる取引先を探していることは間違いない。しかも事前に資料提出まで要求しているところを見ると、商談の場に上位の役職者が出席するかもしれない。

この仮説が妥当であるか否かは分かりません。しかし、このような仮説を立てた営業担当者は、上位の役職者が出席するかもしれない商談をチャンスと捉えることができます。そして、顧客C社のシステムを一手に引き受けるために、新法に対応できるシステムを提案するでしょう。

また、顧客であるC社との交渉では価格が1つのポイントとなることも分かっているため、事前に自分の上司である営業部長に通常よりも低価格で提案をすることの承認も得てあります。顧客C社から見ると、この提案は求める要求の多くを満たすものであり、十分に検討に値するでしょう。

最終的に、顧客C社に自社システムを導入できるか否かは分かりません。もしかすると、ライバル社が大幅な値下げをしてくる可能性もあります。仮にライバル社が大幅な値下げをして、自社が顧客C社を失うことになったとしても、それは営業担当者の責任ではありません。自社のシステムがライバル社より価格競争力で劣っていたための結果であるからです。

営業担当者が臆する必要はありません。大切なことは、継続して「関係構築」「情報収集」「アラーム」の各機能を発揮して営業の事前準備を行い、常に「Win-Win関係創造」機能を発揮するといった、正しい営業のプロセスを踏んでいればよいのです。これを続けていけば、いずれは最終目標である「商品販売」機能が高まるでしょう。

7 スランプのときこそ基本に立ち返る

本稿では、営業という仕事を改めて見直すために、営業担当者に求められる機能を「商品販売」「関係構築」「情報収集」「アラーム」「Win-Win関係創造」の5つに分けて紹介してきました。

これらは営業の基本ですが、スランプに陥った営業担当者は、得てして営業の基本を忘れてしまいがちです。大切なのは、スランプのときこそ基本に立ち返ってコツコツと営業活動を展開していくことなのです。

また、「商品販売」機能は、一足飛びに達成できるものではありません。田畑を耕すように事前準備を進め、出始めた芽が枯れないように育て、慎重に収穫までこぎつけなければなりません。

営業の仕事は毎日続くものです。そして、営業の仕事には高いモチベーションとその維持が求められます。このような仕事だからこそ、正しいアプローチを常に継続し、それを自信につなげていきましょう。今は数字が上がっていなくても、正しいアプローチを続けてさえいれば、必ず成約(収穫)のときが訪れます。

以上(2019年10月)

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画像:photo-ac

新たな食糧源として注目される昆虫食の動向

書いてあること

  • 主な読者:食品としての昆虫に関心のある経営者
  • 課題:昆虫食の長所、短所を把握する
  • 解決策:国内外の事例や、専門家の意見を参考にする

1 注目される昆虫食

昨今、「昆虫食」がにわかに注目されており、日本では、昆虫食のメニューや試食会を紹介する記事やテレビ番組を目にすることが増えています。世界に目を向ければ昆虫食は20億人の食生活の一部になっており、今後はさらにその数が増えると予測されています。

昆虫食が注目を集める背景には、食糧を巡る問題があり、昆虫食はその解決策として期待されています。2013年には、国際連合食糧農業機関(以下「FAO」)が、食用昆虫の飼育を推奨する報告書を公表し、昆虫食への注目度が一段と高まりました。

こうした中、海外を中心に、従来は駆除の対象であった昆虫の飼育に乗り出している畜産家や農家がある他、効率的に昆虫を養殖する方法や、昆虫を原料とする加工品などの製造・販売に取り組む企業が出てきています。

2 国内外を取り巻く昆虫食の状況

1)昆虫食を取り巻く世界の状況

世界的に人口や中間所得者層の増加が見込まれる中、食糧の安定的な確保、肉などの動物性たんぱく質のコスト上昇、家畜生産の増加による環境汚染の拡大など、さまざまな食糧を巡る問題への対応が求められています。

こうした中、FAOが「食用昆虫についての報告書」(Edible insects Future prospects for food and feed security)を2013年に公表しました。この報告書では、食用昆虫が、牛肉や鶏肉に匹敵する栄養分を含有し、かつ大きな設備などを必要とせず、水や餌などを抑えて養殖できることが示されています。

また、2018年1月から施行された「新規食品(ノベルフード)」に関するEU規則も、昆虫食市場への追い風とされています。従来、食品としての昆虫の販売は、禁止も認可もされていない状態でした。そのため、昆虫が新規食品として認定されたことで、EU全域で食品として昆虫を流通させることができるようになりました。

昆虫食には、マクドナルドや穀物メジャーのカーギルなどのグローバル企業も注目しています。こうした企業は、肉や大豆といった従来のたんぱく源への依存を減らし、代替たんぱく源の獲得を志向しているとされており、昆虫食関連の企業へ出資しています。

もともと昆虫食の文化があるタイなどの他、欧米諸国においても、昆虫を効率的に養殖するための研究や養殖工場の建設を手掛ける企業、昆虫の粉末を含んだプロテインバーなどの加工品の製造・販売に取り組む企業などが注目されています。

世界全体の市場規模については明らかではないものの、2019年から2030年までの間に、年率24%以上の上昇を続け、2030年には約80億ドル(約8500億円)に達するとの予測もあります。

2)国内の状況

日本における昆虫食の市場規模はどうなのでしょうか。農林水産省や財務省などに生産量や輸入量などについてヒアリングしたところ、昆虫食の市場規模は小さく、統計を集計していませんでした。

昆虫食を販売している国内企業などへのヒアリングによると、一部の大学が研究として昆虫の養殖などを手掛けてはいるものの、タイや欧米諸国のように、本格的な養殖工場などを持っている日本企業はまだないようです。

ただし、伝統的なイナゴのつくだ煮や蜂の子などを製造・販売する企業にヒアリングしたところ、FAOの報告書が公表されてから販売数が増えており、新たな引き合いに対応できないほど盛況のようです。さらに、これらの企業に対して、スーパーマーケットなどを展開する大手企業から、全国の店舗で昆虫のつくだ煮などの販売を打診されているとのことです。

3 従来の家畜との比較

昆虫は、牛や豚、鶏などの従来の動物性たんぱく源に比べると、飼育のための水や餌、土地などが少なくて済むので、生産コストを低く抑えられ、環境への影響も小さいとされています。

その理由として、昆虫は外部の温度により体温が変化する変温動物であるため、牛や豚、鶏などの恒温動物と異なり、体温を保つのに消費するエネルギーが少ないことが挙げられます。

また、種類によって異なるものの、昆虫は従来の動物性たんぱく源と同等かそれ以上の栄養素を含んでいます。FAOの報告書を基に、従来の家畜を生産する場合と昆虫を養殖する場合に必要な水・餌・土地および栄養素の比較は次ページの通りです。

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4 国内外の昆虫食の製品事例

1)Exo(エクソ)(米国):コオロギ粉末を使ったプロテインバーを製造・販売

昆虫食ベンチャーのエクソは、コオロギの粉末を練り込んだプロテインバーを製造・販売しています。同社のプロテインバーは、単にたんぱく質が豊富なコオロギの粉末を固めるだけでなく、フルーツなどの天然素材とミックスさせたものを販売しています。

同社のウェブサイトでは、16グラムのたんぱく質を配合したアイスクリームやチョコブラウニー味などのプロテインバーを、1ダース28ドル(定期購入の場合は23.8ドル)で販売しています。

また、大手広告代理店の電通が運用するコーポレート・ベンチャーキャピタル・ファンドである電通ベンチャーズでは、2016年4月に同社に出資し、製品の普及や新規事業の開発を支援しています。

2)TAKEO(東京都):昆虫食の販売、店舗の運営、昆虫の養殖

昆虫食を販売するTAKEOは、日本で唯一の実店舗を運営しています。実店舗では、同社が運営する通販サイトと同様に、バッタなどの粉末や、サソリをチョコレートでコーティングしたお菓子、タガメからエキスを抽出し、国内で製造されたサイダーなどを販売しています。

同社は、食用の昆虫を養殖するため、神奈川県で「むし畑」も運営しています。むし畑は、できるだけ自然に近い形で環境に配慮した養殖を行うため、化学薬品の使用を極力抑えた土壌や餌を用いています。同社はむし畑で養殖された昆虫の初めての収穫を2019年秋に予定しています。

5 昆虫食の製造・販売を行う際のコスト・留意点

1)原料について

昆虫のつくだ煮などを製造・販売している塚原信州珍味(長野県)によると、日本国内の昆虫を原料とする場合、田畑での採集が基本になります。捕獲は自社で行うか、捕子と呼ばれる昆虫を採集する業者に依頼します。

ただし、自然採集には限界があります。最近では引き合いが増えており、需要に対応するために東北地方や長野県内から仕入れているイナゴや蚕を自社で養殖したり、昆虫食が盛んなラオスから輸入したりすることを検討しているそうです。

なお、同社では、加工前のイナゴを冷凍し、食品の原料用として1キログラム当たり3300円で販売しています(2018年8月時点)。

また、FAOの報告書「Six-legged livestock : edible insect farming, collection and marketing in Thailand」には、昆虫食が盛んなタイ国内での食用昆虫の卸売価格が掲載されています。

同報告書によると、ヨーロッパイエコオロギが1キログラム当たり80~100タイバーツ(当時の日本円で約257~322円)、蚕のさなぎが同120タイバーツ(同約386円)で卸業者向けに販売されていました。

この他、フィンランドで昆虫食の製造・販売をしているEntoCube(以下「エントキューブ」)にヒアリングしたところ、法人向けのコオロギのアメリカ向け参考価格は、最低販売可能数量の2キログラムで70ユーロ(約8800円)、一般向けは5キログラム200ユーロ(約2万5000円)で販売しています(2018年8月時点)。

フィンランド大使館商務部によると、エントキューブも含め、現時点でフィンランドから食品の原料として昆虫を日本へ輸出している企業は把握していないそうです。また、フィンランド国内で流通している食品を日本へ輸入する場合、運賃や保険料などが加算されるため、現地価格の約1.3~2倍程度になるケースが多いとのことです。

2)昆虫の養殖コストについて

エントキューブによると、フィンランド国内でコオロギを養殖する場合、1キログラム当たり5.5ユーロ(約690円)の固定費がかかるそうです。この固定費の中には、餌代や温度調節のための電気代などが含まれています。また、固定費の他にも人件費や運送費、昆虫を乾燥させるための熱処理などの費用がかかるとのことです(2018年8月時点)。

また、農家などが新規に養殖を行う際、養殖器具に関連する費用として、次のようなケースが挙げられるとのことです。

中規模の農家が450個の養殖器具を導入し、1器具当たり1.5キログラムのコオロギを年間11回繰り返して養殖した場合、約4万ユーロ(約500万円)の費用が想定されます。これに加えて、器具の更新などのため、およそ1000~3000ユーロ(約12万5000~37万5000円)の費用が発生するそうです(2018年8月時点)。

3)輸入および国内で製造・販売する際の法規制など

厚生労働省や農林水産省などの関係省庁に確認したところ、昆虫食を輸入および国内で製造・販売する際の法規制などは見当たらないとのことです。しかし、輸入する場合には検疫所、製造・販売する場合には保健所へ相談するのが望ましいとのことです。

また、昆虫食を販売している店舗では、消費者の昆虫食に対する認識が低いため、衛生面で問題が発生しないことに特に留意しているとのことです。

6 専門家からのコメント 

昆虫食の可能性や食べ方について研究をしている、昆虫食普及ネットワーク理事長の内山昭一氏にインタビューした結果は次の通りです。

1)日本における昆虫食の養殖の現状

  • 日本では本格的にビジネスとして昆虫を養殖している企業はまだ多くはありません。徳島大学が食用コオロギの研究に取り組み、地元の企業が連携し、非常食としてコオロギの粉末を生地に練り込んだパンの缶詰を製造しています
  • MUSCA(東京都)は、家畜のし尿にイエバエの卵を入れて短期間に魚の飼料と農業用肥料を量産するシステムを開発しました。他にも小規模ながらコオロギなどを養殖し、商品化を目指す企業や個人からの問い合わせがここ数年増えてきています

2)養殖に適した立地や昆虫の種類

  • 昆虫の養殖は広い面積を必要としない利点があります。飼育セットを積み上げれば狭い面積でも量産できます。また、耕作放棄地に養殖用ハウスを設置する方法も想定されます。外気温が成長速度や身体の大きさに影響を与えるため、温暖な地域が養殖に適しているといえるでしょう
  • 食用としては、今のところ飼育技術が確立しているコオロギ、ミールワーム、蚕などが適しています。イナゴやトノサマバッタなども候補として挙げられるでしょう。飼料としてはイエバエが注目されています。生ごみや家畜の排せつ物なども餌として活用でき、ライフサイクルも他の昆虫に比べて早いのが利点です

3)昆虫食の市場を広めるための課題

  • 今後、市場を拡大するためには、見た目と安全性、価格が主なハードルです。見た目については、欧米の昆虫食品メーカーは、高い栄養素をセールスポイントにして、粉末やプロテインバーに加工し、健康意識の高い人をターゲットに販売しています。日本でもそうした工夫が必要です
  • EUでは昆虫を「新規食品」に加える規則改正が2018年1月から施行されましたが、日本では昆虫はJAS規格に入っていません。昆虫もJAS規格として認定されれば安心して食べてもらえると思います
  • 見た目と安全性がクリアできれば、消費が増えて価格を抑えることができるでしょう

以上(2019年10月)

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会社計算規則に準拠した自己株式の会計処理と表示

書いてあること

  • 主な読者:自社株の取得・処分を検討している中小企業の経営者
  • 課題:中小企業では、自社株取引は頻繁に発生しないため、その取り扱いに迷う
  • 解決策:自社株を取得・処分をした場合の会計上の取り扱いを解説する

1 貸借対照表の純資産の部の表示例

会社法により、株式会社は、自社の株式を取得することが認められています(会社法第155条)。自己株式の会計処理と表示については、法務省令の会社計算規則に定められています。

株式会社が自己株式を取得する場合、その取得価額を自己株式の額とします(会社計算規則第24条第1項)。自己株式は、純資産の部の株主資本に係る項目の中で、控除項目として区分表示します(会社計算規則第76条第2項)。

また、企業会計基準委員会の「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準(企業会計基準第1号)」には、自己株式の貸借対照表における表示方法について「取得した自己株式は、取得原価をもって純資産の部の株主資本から控除する。期末に保有する自己株式は、純資産の部の株主資本の末尾に自己株式として一括して控除する形式で表示する」とされています。会社計算規則に基づいた貸借対照表の純資産の部の表示例は次のようになります。

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本稿は、会社計算規則と企業会計基準委員会の「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準(企業会計基準第1号)」を基に自社株の取得・処分に係る会計処理方法についてまとめたものです。

2 自己株式の会計処理

1)自己株式の取得と保有

自己株式については、従来より資産として扱う考えと資本の控除として扱う考えがありました。資産として扱う考えは、自己株式を取得したのみでは株式は失効しておらず、その他の有価証券と同様に換金性のある会社財産とみることができる点を論拠としています。また、資本の控除として扱う考えは、自己株式の取得は株主との間の資本取引であり、会社所有者に対する会社財産の払戻しの性格を有することを主な論拠としています。

会社法第155条には、「株式会社は、次(同条第1~第13号)に掲げる場合に限り、自己株式を取得することができる」と規定されています。

取締役会設置会社は、市場取引等により自己株式を取得することを取締役会の決議によって定めることができる旨を定款で定めることができます(会社法第165条第2項)。

自己株式の取得価額の総額は、分配可能利益を超えることはできません(会社法第461条第1項)。会社法上の「分配可能額」は分配(配当や自己株式取得)時の財政状態を基に計算されます(会社法第461条第2項)。

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自己株式2000万円を保有したまま期末を迎えた場合、貸借対照表の純資産の部は次のようになります。

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2)自己株式の処分

自己株式の処分は株主との間の資本取引と考えることができ、自己株式の処分に伴う処分差額は原則として損益計算書に計上せず、純資産の部の項目を直接増減します。 自己株式を処分する際に生じる自己株式の処分差益は、その他資本剰余金に計上します。自己株式の処分差損は、その他資本剰余金から減額し、減額しきれない場合は、繰越利益剰余金から減額します。

自己株式処分差益と自己株式処分差損は、会計年度単位で相殺した上で上記処理を行います。

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自己株式1000万円を保有したまま期末を迎えた場合、貸借対照表の純資産の部の株主資本は次のようになります。

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3)自己株式の消却

株式会社は自己株式を消却することができます(会社法第178条第1項)。また、取締役会設置会社では、株式消却の決定は取締役会の決議によらなければなりません(会社法第178条第2項)。自己株式を消却する場合、消却手続きが完了したときに、その他資本剰余金から減額します。

その他資本剰余金の残高がマイナスになった場合、会計期間末において、その他資本剰余金をゼロとして、そのマイナス分の金額を繰越利益剰余金から減額します。

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以上(2019年10月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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褒めればなんでもいいってもんじゃないんだ/若手社員が採用できる、辞めない職場づくりのヒント(3)

1 褒めるべきか褒めないべきか、それが問題だ……

最近の若者は承認欲求が強めだという声をよく耳にします。一方では、あるマネジャーが「若手は派手に営業表彰されるのが嫌いだ」と話していました。褒めればいいのか、褒めないべきか……。対応を間違えるとすぐに辞めてしまうので、余計に悩ましいところです。キーワードは「忖度(そんたく)」。忖度というと政治家や権力者に対するオトナの配慮といったイメージがあるかもしれません。その昔、KY(空気読めない)という言葉がはやりましたが、最近の若者は、実は空気読みまくり、忖度しまくりなんです。 本稿では、拙著『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』から一部抜粋し再構成の上、そんな若者への適切な接し方を探ります。

2 やる気アップを促す表彰問題

とあるアパレル企業の例をご紹介しましょう。この企業では、四半期に1度のキックオフが行われ、「売上ナンバーワン販売員」を大々的に表彰するのが恒例です。

  • 「第2クオーターの売上ナンバーワンは、加藤さんです!」。上田店長(男性・36歳)は、入社2年目の販売員・加藤さんの名を、高らかに呼びます。
  • 「はい。なんか、すみません……」
  • 「加藤さんは入って1年ちょっとだけど、勉強熱心だしサボらない。追い抜かれちゃった先輩も、また取り返すぞという気持ちで切磋琢磨(せっさたくま)していってください。じゃあ、加藤さんから、何か工夫したこととか、一言お願い」

たたえられているはずの加藤さんは、どこか居心地が悪そうにしていたものの、指名されたので仕方なしに話し始めました。

  • 「ありがとうございます。そんなに工夫したとか、私なんかが偉そうに言えるようなことはなくてですね、たまたま、うまくいったんだと思っていて……。あの、これが続くように頑張りますので、よろしくお願いします。すみません」

なぜか表彰された人の謝罪で終わるという微妙な空気の中、会は次の段取りへといつも通り進んでいきました。上田店長は過剰なくらい謙遜する加藤さんを見て、「これはもっと彼女を盛り上げて、自信をつけさせないとな」と課題を胸にしまうのでした。

3 褒めて褒めて伸ばさないと!

さて、ここに残念なズレが起こっています。

  • 上田店長の言い分
    「最近の若い子は承認欲求が強いから、褒めて褒めて伸ばしてやらないと。やっぱりご褒美こそがモチベーションだよな。ちょっと叱るとすぐ心が折れちゃうし。でも自信さえつけば、もっともっと成長してくれるはずだ。加藤さんはなんだか気まずそうにしていたけど、結果を出しているんだから、あそこは堂々としていてほしいんだよな。彼女がバリバリやることで、他のスタッフにも活気が出てくるんだから」
  • 加藤さんの言い分
    「ホント、勘弁してほしいなあ。うれしくないことはないけど、なんか大げさすぎるんだよね。あれじゃあ、私だけ意識高い感じがするし、なんか、いい子ちゃんみたいに思われてたらどうしよう。「先輩も加藤さんに負けないように」みたいなこと言って、マジ最悪。あー、また明日から先輩に気を使わないといけないじゃん……。めんどくさ」

4 認めてほしいが目立ちすぎは困る

今の若者は、実は忖度しまくっています。みなさんもニュースなどで、タレントや企業のSNSが「炎上」している様子を見たことがあると思います。一度炎上してしまった投稿は、削除したところですでに手遅れ。写真のコピーや投稿画面のキャプチャ画像があっという間に増殖して、ネット上では半永久的にさらされ続けることになるのです。消したくても消せない過去の汚点。これを「黒歴史」や「デジタルタトゥー」というそうです。

若者たちは、SNSのこうした「常に誰かに見られているリスク」を念頭に置いて、コミュニケーションをとる習性が身についています。もちろん認めてもらうことはうれしいのですが、自分アピールが強すぎると叩かれる。若者はそんなリスクマネジメントをしているのです。ですから「加藤さんってこんなにすごい」とやたらに推されるのが、恥ずかしい上にリスキーなのです。

活躍にスポットライトを当てることができない。なかなか大変な世の中になってきました。

5 「いいね!」社交界に生きる若者

また、このSNS的な忖度の流れには、取りあえずの「いいね!」もあります。

「今日、23歳のバースデー! 仲間にお祝いしてもらいました!」「1週間、お休みもらってスペインに行ってきた! ガウディ最高!」。そんな友達の投稿に、無心で「いいね!」を押す。それがSNSの世界では当たり前の習慣です。自分が何か投稿すれば、どんなささいな内容でも何件かレスポンスがあるというのが普通。逆にレスポンスがなかったりしたら、彼らは言い知れぬ不安に襲われます。何かおかしな投稿をした? 周りに変なふうに思われていない? そんな気持ちが増幅していきます。だからこそ友達の投稿にほぼ自動的に「いいね!」を押すのです。

「いいね!」を押し合うのは、言ってみれば礼儀作法。こうして「いいね!」社交界が形成され、友達に忖度した「いいね!」が激増、結果「いいね!」がばらまかれます。もはや若者が押す「いいね!」は、「見たよ!」というサイン程度のものです。

そして若者たちは、職場にも同様の感性を持ち込みます。だから、なにかにつけ「いいね!」がデフォルトなのです。例えば「課長、アレやっときました!」などと報告があったとき、目も見ないで「ああ」とか、素っ気ない返事をしていると、確実に「あれ?」と思われてしまいます。「いいね!」どころかレスポンスが薄い……。自分が何かおかしなことをしたのではないかと不安になるのです。

6 とにかくプチ褒め! プチ感謝!

SNSの発達が、若者に過剰なメンタリティを植え付けたことは間違いありません。目立ちたいけど目立ちすぎるのはリスク。でもやっぱちょっとは目立ちたい。この葛藤の中で若者は揺れているのです。そして自意識が勝ってしまったとき、バズりたい表現がチラリと顔をのぞかせます。しかし悪目立ちするわけにはいきません。小さなコミュニティーの中で小さく「バズる」のが、ちょうどいいのです。それは、すなわち友達からの「いいね!」。

そう考えると、若者の褒め方が見えてきます。職場でリアルな「いいね!」をたくさん送ればいいのです。彼らにフィットするのは、日々の「プチ褒め」。

その昔、「褒め」はとっておきの最終奥義だったような気がします。ここぞというときに、すごいシゴトを成し遂げたときに大いに褒める。むしろ、ちょこちょこ褒めていると、それが当たり前になって、勘違いするんじゃないかとか、効き目がなくなるんじゃないかとか考えられていました。

いつもしかめっ面で怒ってばかりの厳しい師匠が、最後の最後で「よく頑張ったな」とポツリ。またしかめっ面で歩き出す師匠。その背中を、目に涙を浮かべた弟子が追いかけていく……。褒めの究極的なシーンとは、こんなイメージじゃないですか。しかし、残念ながら若者はこんな「ドラマチックな光景」は望んでいません。

7 コミュニケーションは質より量

実は、私が取材してきた中で、スタッフがイキイキ働いていると思った職場のマネジャーは、全員、コミュニケーションは質より量です!と言い切っていました。

彼らは、図らずも自身の経験から、職場でのリアルいいね!を実践しているのです。みんな、内容はたいしたことでなくてよいと口をそろえます。例えばメールの返信が早かったね!とか、挨拶の声が良かったね!とか。自分が見てもらえていると感じるだけでも承認欲求が満たされるのです。

また「プチ感謝」も効果的です。例えば報連相には必ず「ちょい足し」して返す。言葉はなんでも構いません。「良くなったな」と褒めてもいいし「大変だったろう」と共感してもいいし、「助かったよ」と感謝を伝えてもいいでしょう。

8 松岡修造さんに学ぶ褒めの極意

褒めのプロといえば、松岡修造さん。彼は「ほめくりカレンダー」を発売するなど、今や日本における褒めの第一人者。ちなみに産業能率大学が毎年発表している「理想の上司」にランクインすることもしばしばです。

彼は、ただ褒めるのではなく、相手をちゃんと把握して褒めるのに定評があります。2018年に平昌(ピョンチャン)で開催された冬季五輪でのエピソードを紹介しましょう。女子フィギュアスケートで宮原知子選手が4位に入賞したときのインタビューシーン。あるテレビ局の女子アナがかけたねぎらいの言葉は「メダル、惜しかったですね」でした。多くの日本国民が感じたであろう言葉を代弁したようなコメントです。ところが別の番組で、松岡修造さんがかけたのは「良かったね! 自己ベスト」という言葉でした。

「メダル惜しかったね」ではなく「良かったね! 自己ベスト」で、ひとつの褒めが誕生したわけです。しかもこのすてきな褒めは、宮原選手のこれまでのスコアなどをしっかり把握していたからこそ生まれたわけです。相手に「自分のことを見てくれているんだ」「自分は理解してもらえているんだ」と感じさせる究極の褒め。ここが彼のセンスです。

いきなりシューゾーレベルになるのは難しいかもしれません。しかし前述のようにささいな褒めでも、見てもらえているんだ感は提供できます。自分の部下を細かく観察してあげること、それが愛情です。

SNS世代の若者が抱える複雑な価値観や行動原理。忖度と承認欲求の葛藤を知ると、少しは彼らへのコミュニケーションが見えてきませんか。小さくたくさん褒める。そこから彼らとの信頼関係が育まれていくのです。

以上(2019年10月)
(執筆 平賀充記)

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画像:NDABCREATIVITY-Adobe Stock

【朝礼】ゴルフ界の「スマイルシンデレラ」に学ぶこと

2019年8月、ゴルフの全英女子オープンで、渋野日向子(しぶのひなこ)選手が優勝しました。日本勢としては、実に42年ぶりのことです。

渋野選手のトレードマークは、あの「笑顔」で、「スマイルシンデレラ」と呼ばれています。優勝後のインタビューでも、「世界でも笑顔は共通。笑顔で努力すれば結果に出ると思った」という趣旨の発言をしていたのが印象的でした。

渋野選手については、「真剣な表情と笑顔、オンとオフの切り替えができている」「プレー中にお菓子を食べ、ギャラリーとハイタッチをするなど、自然体。自分をリラックスさせるようコントロールする方法を知っている」と報道されていました。しかし、私はそうしたことよりも、渋野選手の笑顔から、「絶学無為(ぜつがくむい)」という禅語を連想したのです。

「絶学無為」とは、学びに学んで学び尽くして、もはや学ぶことのない、自然な、淡々とした悟りの境地といった意味です。心底学んで自分自身の中で消化し、しっかりと取り込んでいる人は、飄々(ひょうひょう)としていて、その苦労や学びが消えてしまっているように見える。苦労や学びを、まるで感じさせない。そうした意味でも使われることがあります。

私は、渋野選手のことを詳しく知っているわけではありませんが、渋野選手の笑顔や自然体は、想像を絶する努力を重ね続けてきた人だけができる、いわば「絶学無為の笑顔」に思えたのです。

学びや努力を、「苦労している」と人に思われたり、人に苦労話を言いたくなったりするうちは、「本物」とはいえないのかもしれません。まだまだ未熟な状態なのでしょう。

ビジネスの世界でも同じです。私たちは、日々、仕事に活かせる能力や技術、考え方などを学ぶ努力をします。学んでいる姿を見せて、周りに対して「学ぶ意識を浸透させる」という良い影響を与えることも必要ですが、自分が学んでいることを人にひけらかすようではいけません。

大切なことは2つで、1つは、社内だけで満足するのではなく社外でも通用するよう学ぶこと。そしてもう1つは、どれほど努力をしても、おごらず、「上には上がいる」という謙虚な気持ちを持ち続けることです。人にもよりますが、本当に努力している人ほど、「自分はまだまだ足りない」と言います。逆に、それほど努力していないときほど、「こんなに頑張っているのに」と言いたくなるものです。

「絶学無為」の境地にたどり着くのは、並大抵のことではありません。一生かかっても、たどり着けるかどうか分からないくらいです。私たちにできるのは、「自分はまだまだ足りない」という気持ちを持ち、一歩一歩学び、努力し続けていくことではないでしょうか。

渋野選手の「絶学無為の笑顔」から、私は謙虚に努力し続けようと改めて思いました。皆さんは、あの笑顔に、何を学ぶでしょうか。

以上(2019年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】台風のときに守ってほしい2つのルール

先日の台風の際、交通機関が乱れて時間通りに出社できないなど、皆さんはそれぞれ、大変だったと思います。今日は、今後こうしたことが起きたとき、当社の社員はどのように行動すればよいのかを、改めて皆さんにお伝えします。

皆さん、まず何よりも、皆さん自身の身の安全が一番大切だということを、決して忘れないでください。暴風雨のときに無理して出社しようとしたり、電車のホームから人があふれそうなときに、無理して電車に乗ろうとしたりしないでほしいのです。台風などの天災で出社するのが難しいときには、出社しなくてかまいません。ただし、連絡を入れるなどのルールは守ってもらわなければなりません。そこで今後、当社では、次にお伝えすることを台風など天災時のルールとしますので、全員、必ず守ってください。

1つ目のルールは、今お伝えした連絡についてです。出社が難しいときは、必ず連絡を入れてください。その際は、全員で共有しているチャットツールを使いましょう。そうすれば、全員が、「誰が出社できないのか」が分かります。

また、時間は多めに見積もってください。今回の台風では、なるべく早く電車に乗ろうとして、自宅の最寄り駅で何時間も立ち往生した人がいます。体調を崩しかねませんし、時間も無駄になります。そうしたことはやめましょう。「午前中は自宅待機で様子見し、午後1時に出社予定です」などの連絡を入れてくれればよいのです。

2つ目のルールは、日中、「これから台風が来る」というときに守ってほしいことです。私や上司が、「これから台風が来る可能性が高いので、今日はもう帰ってください」と指示するときがありますが、なかなか帰ろうとしない人がいます。これはいけません。必ず私や上司の指示に従って、速やかに自宅に帰ってください。

お客さま向けの仕事が残っているなど、皆さんなりの事情があるのでしょうが、皆さんの身の安全よりも大切な仕事などありません。お客さまや取引先に「これから台風が来るので、全社的に帰らなければなりません」と連絡を入れ、仕事を切り上げてください。台風などの際には、全社的にこうした対応を取るのが当社の姿勢だと、社外の方に説明して分かっていただくのが、皆さんのやるべきことです。

どうしても終わらせなければならない仕事があるときは、周りに助けを求めてください。皆で手分けすればすぐに終わるはずです。そうして全員、速やかに帰りましょう。

皆さん、分かりましたか? 今お伝えした2つのルールはとても重要です。必ず守ってください。上司は部下に、徹底するよう指導しましょう。

また、ルールを守り、皆さん一人ひとりの安全を確保するためにも、日ごろから仕事のやり方や状況を共有しておかなければなりません。具体的にどのような方法が良いか、皆で一緒に考えて、今日から実践していきましょう。

以上(2019年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】君たちは、ジャングルを目指したくはないか?

今、時代はめまぐるしく進化しています。テクノロジーを活用した、現金がなくても決済できる仕組みや、無人店舗が浸透しつつあります。人工知能どころか、それだけでは解決できない定性的な情報を定量化する、人工知能に次ぐ新たな技術の開発も進められています。私たちの業界も、大きく変わっていくのは間違いありません。

当社も、この下期から、新規事業への取り組みを本格化させます。それだけではありません。新しい仕組みもどんどん取り入れていきます。それが、今後もこの会社が生き残り、成長していくために、必要なことだからです。

今日ここに集まっている皆さんには、全社を挙げて、新しいことにチャレンジしていくということを、改めて認識してもらいたいのです。

これまでの当社は、いわば国立公園でした。きれいに人の手で区画整理され、安全で、どこに行けばどのようなエサがあるか分かっており、この中にさえいれば、無事に何事もなく、平和な毎日を生きていける状態でした。

しかし、これから当社が目指すのは、未開の地、ジャングルです。ジャングルでは、区画整理はおろか、敵がどこにいるのか、エサがどこにあるのかさえ全く分かりません。生きていくために、自らエサを探し、ジャングルを開拓していかなければならないのです。陸上だけでなく、空や川、海なども開拓しなければならないかもしれません。ジャングルこそが、皆さんを成長させるのです。

つまり、私たちは、これから、私たち自身の手で、会社の新しい仕組みをつくろうとしているのです。そのためには、皆さん一人ひとりが、「ジャングルを目指す」ことを理解し、自ら開拓者にならなければなりません。

ジャングルは、厳しい世界です。国立公園のような安全な世界とは違います。黙っていても仕事が与えられるわけではありません。言葉を選ばずに言えば、これまでのように、言われたことを言われた通りにやっているだけでは、生き残っていくことは難しいでしょう。

そこで、皆さん一人ひとりに考えてほしいことがあります。皆さんは、この会社を、そして皆さん自身を、どのような姿にしていきたいですか。

将来、どのような姿でありたいと思いますか。そしてそのために、皆さんは、今から、何をしていきますか。ジャングルを生き抜くためには、「意思」が必要です。一人ひとりが、「自分はこうしたい」という意思を持ち、行動していかなければなりません。

もちろん、簡単にできることではないでしょう。私も皆さんと一緒になって考え、議論し、新しいことにチャレンジしていきます。

ジャングルは、とても厳しい世界です。しかし、自ら開拓していけば、皆さんが、未来永劫(えいごう)、誇れる宝物のような世界にもなるのです。私は皆さんの意思と行動を、心から応援します。一緒に、ジャングルを目指しましょう!

以上(2019年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】部下指導に悩める管理職への「たったひとつの処方せん」

管理職の皆さんは、日ごろ、一生懸命、部下を指導してくれています。しかし、なかなか部下が成長してくれないと悩む管理職も多いようです。今日は、そうした悩める管理職に、私から一つアドバイスをお伝えします。それは、「部下には、答えは教えない。答えにたどり着くための方法を教える」ということです。

分かりやすい例を挙げてみましょう。部下が、何かの参考として、書籍やインターネットの中から資料を探そうとしているとき、皆さんの多くは「これを見て」と参考になりそうな資料を渡しています。部下のためによかれと思っているのでしょうが、これでは「参考になる資料はこれだ」という答えを教えているにすぎません。

皆さんが部下に教えるべきなのは、「資料の探し方」です。どのようなキーワードで探すのか、どのような得意分野の人に聞いてみるとよいか。そうしたことを教えるほうが、部下本人のためになります。もっと言えば、「どのようなキーワードで探すのか」ということから部下に考えさせ、大きくズレているようなときにだけ、「自分だったらこのキーワードで探すと思う」とアドバイスするくらいでよいでしょう。

初めから答えを教えてしまうと、部下は自分で考えられなくなります。教えてもらったそのときは、無事に参考資料を手に入れられるでしょうが、「探し方」が身に付いていないので、別のときに、部下は自分で探すことができません。

また、こうしたことが続くと、部下は、管理職に教えてもらったことが全てだと思い込みます。それ以外のこと、それ以上のことにチャレンジしなくなってしまうでしょう。これでは部下が成長するわけがありません。

そうならないために、管理職の皆さんには、常に「相手軸」で考えてもらいたいのです。これは、「相手の立場で考えて、本当にためになるか」という視点です。ここでいう「相手軸」は、皆さんにとっての部下です。皆さんには、本当に部下のためになることを考えてほしいのです。

とはいえ、相手の立場に立つのは簡単ではありません。そこでヒントとなるのは「再現性」です。

今、自分が部下に教えようとしていることは、部下が次に似たようなシーンに出くわしたとき、管理職の力を借りず、部下自らの力で再現できる方法か。部下指導をするときには、常にこの点を考えてみてください。再現性があれば、部下は自らの力で突破できるようになります。部下の成長にもつながるでしょう。

管理職の皆さんに、はっきり言っておきます。部下が、いつまでたっても管理職の力を借りなければならない状態だとしたら、それは管理職の教え方が良くないからです。

管理職の皆さん、今日から、自分の部下指導を見直してみてください。この上半期が終わる頃、皆さんが「部下のこの点が成長した!」と大いに自慢してくれることを期待しています。

以上(2019年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

保有目的によって異なる「有価証券」の会計処理

書いてあること

  • 主な読者:会計の基礎を身につけたい中小企業の経理担当者
  • 課題:有価証券は保有目的ごとに会計処理が異なり、判断に迷いやすい
  • 解決策:保有目的の判断基準や、それぞれの区分ごとの会計処理を解説

1 会計処理が複雑な有価証券

会社はさまざまな目的で有価証券を保有します。しかし、有価証券と一口に言っても、会計上はその保有目的ごとに区分されており、期末の評価などの会計処理が異なるなど、実務上、判断に迷いやすい勘定の1つでもあります。本稿では、会計上の分類や基本的な会計処理を紹介します。

2 有価証券とは

会計上、有価証券は法律(金融商品取引法)で定められており、主なものは次の通りとなります。

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これらの有価証券を会社が取得した場合、原則売買契約を締結した日に、資産として計上されます。そこでポイントとなるのが、その有価証券を「どのような目的で保有しているのか」という点です。

有価証券は、保有目的ごとに次の4区分に分類されます。

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また、区分ごとに会計処理が異なります。特に期末時の評価方法がポイントとなります。以降では、取得時・期末時・売却時・満期償還時の会計処理を区分別に紹介します。

3 有価証券の会計処理

1)売買目的有価証券

1.取得時

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売買目的有価証券を取得した場合には、手数料など購入に要する費用を取得価額に含めた金額で、貸借対照表に「有価証券(流動資産)」として計上します。

2.期末時

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売買目的有価証券を期末時に保有している場合には、期末日の時価で貸借対照表に計上します(以下「時価評価」)。時価評価による差額は、損益計算書に有価証券売却益(営業外収益)または、有価証券売却損(営業外費用)として計上します。

3.売却時

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売買目的有価証券を売却した場合には、売却時の時価との差額を損益計算書に有価証券売却益(営業外収益)、または有価証券売却損(営業外費用)を計上します。なお、売却時の手数料などの費用については有価証券売却損益に含めて処理します。

2)満期保有目的の債券

1.取得時

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満期保有目的の債券を取得した場合には、発行価額の金額で、満期までの期間に応じて「有価証券(流動資産)」か「投資有価証券(固定資産)」として計上します。

なお、社債などの債券については、額面金額より低い金額または高い金額で発行されることがあります。この額面と発行価額の差額(以下「調整差額」)は市場金利との調整によるものです。この調整差額は償還日までの期間にわたって、償却原価法(詳細は後述)により計算し、有価証券の帳簿価額に加減算していくことになります。

2.期末時

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満期保有目的の債券を期末時に保有している場合は、原則、償却原価法により計算した金額を取得原価に加算または減算した金額で計上します。

償却原価法とは、金利の調整とみなされた調整差額を取得日から償還日までの期間にわたって、毎期一定の方法で有価証券の取得価額に加算または減算する方法をいいます。

償却原価法により計算された調整差額は、「有価証券利息(営業外収益または営業外費用)」として計上されます。なお、詳細な説明は省略しますが、償却原価法には利息法(原則法)と定額法(簡便法)の2つの方法があります。

3.満期償還時

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満期保有目的の債券の満期償還時には、調整差額の残額を有価証券利息(営業外収益または営業外費用)に計上します。このとき、額面金額と帳簿価額は一致することになります。そして利息の支払いを受けた場合には、その金額も有価証券利息(営業外収益)に計上します。

最後に、額面金額で償還することになります。

3)子会社株式及び関連会社株式

1.取得時

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子会社株式及び関連会社株式を取得した場合には、取得原価で「関係会社株式(固定資産)」として計上します。

2.期末時

子会社株式及び関連会社株式については、期末時においても取得原価で、貸借対照表に計上します。そのため、期末の評価替えは行いません。

3.売却時

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子会社株式及び関連会社株式を売却した場合には、帳簿価額と売却価額との差額を有価証券売却益(特別利益)、または有価証券売却損(特別損失)として計上します。

4)その他有価証券

1.取得時

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その他有価証券を取得した場合には、取得価額で、「投資有価証券(固定資産)」として計上します。

2.期末時

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その他有価証券を期末時に保有している場合は、その他有価証券に市場価格があるかないかで、次の金額で評価することになります。

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市場価格ありのその他有価証券の場合は、期末日の時価で貸借対照表に計上します。時価評価による差額は、その他有価証券評価差額金として、貸借対照表の純資産の部に計上されます(注)。また、時価評価した場合には、翌期首に洗い替え(期末の仕訳と逆仕訳)をすることになります。そのため、その他有価証券が時価で計上されるのは、期末時のみとなり、基本的に期中は取得原価で計上されていることになります。

市場価格なしのその他有価証券の場合は、取得原価で貸借対照表に計上されるため、特段処理はありません。なお、債券の場合は、上述した満期保有目的の債券の期末時の仕訳と同様の処理をすることになります。

(注)時価が取得原価を下回る場合には、時価評価による差額を純資産ではなく、投資有価証券評価損(営業外費用)として損益計算書に計上する方法によることもできます。

3.売却時

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その他有価証券を売却した場合には、帳簿価額と売却価額との差額は、その他有価証券が次のいずれに該当するかに応じて、売却損益の表示場所が異なります。

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5)減損

決算時における時価評価をしない売買目的以外の有価証券については、通常の場合には損益計算書上に損失は計上されません。しかし、時価が取得原価よりも著しく下落し、回復が見込めない場合には、売買目的有価証券以外の有価証券においてもそのときの時価をもって貸借対照表に計上し、かつ損失(特別損失)を損益計算書に計上しなければなりません。この損失は減損損失といいます。

時価が著しく下落し、回復が見込めない場合とは主に次の通りです。

  • 時価が50%以上下落した場合
  • 時価が30%以上50%未満下落した場合で、継続して30%以上時価が下落している場合など、回復の見込みがない合理的な基準があること

なお、詳細な説明は省略しますが、時価評価が困難な株式などは、純資産方式、または企業価値算定方式といった一定の計算により時価を把握することになります。

以上(2019年10月)

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棚卸資産の取得価額

書いてあること

  • 主な読者:会計の基礎を身につけたい経理担当者
  • 課題:棚卸資産の取得価額は購入代価以外にも、含めなければならないなど、会計処理が複雑で分かりにくい
  • 解決策:取得価額に含めなければならない費用、含めなくてもよい費用や、期末の評価方法を解説

1 購入した棚卸資産

1)購入した棚卸資産の取得価額

購入した棚卸資産の取得価額には、その購入の代価のほか、これを消費しまたは販売の用に供するために直接要した全ての費用の額が含まれます。

しかし、次に掲げる費用については、これらの費用の額の合計額が少額(当該棚卸資産の購入代価のおおむね3%以内の金額)である場合には、その取得価額に算入しないことができます(法人税基本通達5-1-1)。

  • 買入事務、検収、整理、選別、手入れなどに要した費用の額
  • 販売所等から販売所等へ移管するために要した運賃、荷造費等の費用の額
  • 特別の時期に販売するなどのため、長期にわたって保管するために要した費用の額

1.~3.に掲げる費用の額の合計額が少額かどうかについては、事業年度ごとに、かつ、種類等(種類、品質及び型)を同じくする棚卸資産ごとに判定することができます。事業所別に異なる評価方法を選定している場合には、事業所ごとの種類等を同じくする棚卸資産とすることができます。

棚卸資産を保管するために要した費用(保険料を含む)のうち、3.に掲げるもの以外のものの額は、その取得価額に算入しないことができます。

2)棚卸資産の取得価額に算入しないことができる費用

次に掲げるような費用の額は、たとえ棚卸資産の取得または保有に関連して支出するものであっても、その取得価額に算入しないことができます(法人税基本通達5-1-1の2)。

  • 不動産取得税の額
  • 地価税の額
  • 固定資産税及び都市計画税の額
  • 特別土地保有税の額
  • 登録免許税その他登記または登録のために要する費用の額
  • 借入金の利子の額

3)取得後の事業年度において購入代価が確定した場合の調整

棚卸資産を取得した日の属する事業年度において、その購入の代価が確定していないため、見積価額で棚卸資産の取得価額を計算している場合、その後の事業年度において購入の代価が確定したときは、その確定した金額と見積価額との差額に相当する金額は、その確定した日の属する事業年度の益金の額または損金の額に算入します。

ただし、その差額が多額である場合には、その差額については、原価差額の調整方法に準じて調整します(法人税基本通達5-1-2)。

2 製造等に係る棚卸資産

1)製造等に係る棚卸資産の取得価額

自己の製造等に係る棚卸資産の取得価額には、その製造等のために要した原材料費、労務費および経費の額の合計額の他、これを消費しまたは販売の用に供するために直接要した費用の額が含まれます。

しかし、次に掲げる費用については、これらの費用の額の合計額が少額(当該棚卸資産の製造原価のおおむね3%以内の金額)である場合には、その取得価額に算入しないことができます(法人税基本通達5-1-3)。

  • 製造等の後において要した検査、検定、整理、選別、手入れ等の費用の額
  • 製造場等から販売所等へ移管するために要した運賃、荷造費等の費用の額
  • 特別の時期に販売するなどのため、長期にわたって保管するために要した費用の額

1.~3.に掲げる費用の額の合計額が少額かどうかについては、事業年度ごとに、かつ、種類等を同じくする棚卸資産(工場別に原価計算を行っている場合には、工場ごとの種類等を同じくする棚卸資産)ごとに判定することができます。

棚卸資産を保管するために要した費用(保険料を含む)のうち、3.に掲げるもの以外のものの額は、その取得価額に算入しないことができます。

2)製造原価に算入しないことができる費用

次に掲げるような費用の額は、製造原価に算入しないことができます(法人税基本通達5-1-4)。

  • 使用人等に支給した賞与のうち、例えば創立何周年記念賞与のように特別に支給される賞与であることの明らかなものの額(通常賞与として支給される金額に相当する金額を除く)
  • 試験研究費のうち、基礎研究及び応用研究の費用の額並びに工業化研究に該当することが明らかでないものの費用の額
  • 措置法に定める特別償却の規定の適用を受ける資産の償却費の額のうち特別償却限度額に係る部分の金額
  • 工業所有権等について支払う使用料の額が売上高等に基づいている場合における当該使用料の額及び当該工業所有権等に係る頭金の償却費の額
  • 工業所有権等について支払う使用料の額が生産数量等を基礎として定められており、かつ、最低使用料の定めがある場合において支払われる使用料の額のうち生産数量等により計算される使用料の額を超える部分の金額
  • 複写して販売するための原本となるソフトウエアの償却費の額
  • 事業税及び地方法人特別税の額
  • 事業の閉鎖、事業規模の縮小等のため大量に整理した使用人に対し支給する退職給与の額
  • 生産を相当期間にわたり休止した場合のその休止期間に対応する費用の額
  • 償却超過額その他税務計算上の否認金の額
  • 障害者の雇用の促進等に関する法律第53条第1項「障害者雇用納付金の徴収及び納付義務」に規定する障害者雇用納付金の額
  • 工場等が支出した寄附金の額
  • 借入金の利子の額

3)製造間接費の製造原価への配賦

法人の事業の規模が小規模である等のため製造間接費を製品、半製品または仕掛品に配賦することが困難である場合には、その製造間接費を半製品および仕掛品の製造原価に配賦しないで製品の製造原価だけに配賦することができます(法人税基本通達5-1-5)。

4)法令に基づき交付を受ける給付金等の額の製造原価からの控除

法人が、その支出する休業手当、賃金、職業訓練費等の経費を補填するために「雇用保険法」「雇用対策法」「障害者の雇用の促進等に関する法律」等の法令の規定等に基づき給付される給付金等の交付を受けた場合、その給付の対象となった事実に係る休業手当、賃金、職業訓練費等の経費の額を製造原価に算入しているときは、その交付を受けた金額のうち、その製造原価に算入した休業手当、賃金、職業訓練費等の経費の額に対応する金額を当該製造原価の額から控除することができます(法人税基本通達5-1-6)。

5)副産物、作業くずまたは仕損じ品の評価

製品の製造工程から副産物、作業くずまたは仕損じ品(以下「副産物等」)が生じた場合には、総製造費用の額から副産物等の評価額の合計額を控除したところにより製品の製造原価の額を計算します。

しかし、この場合の副産物等の評価額は、継続して当該副産物等に係る実際原価として合理的に見積もった価額または通常成立する市場価額によるものとします。

ただし、当該副産物等の価額が著しく少額である場合には、備忘価額で評価することができます(法人税基本通達5-1-7)。

3 棚卸資産の評価

1)原価法による評価方法

原価法とは、当該事業年度終了の時において有する棚卸資産を取得価額をもって当該期末棚卸資産の評価額とする方法をいいます。

法人税法で定めている原価法による棚卸資産の評価方法には、個別法、先入先出法、総平均法、移動平均法、最終仕入原価法、売価還元法の6つの方法があります(法人税法施行令第28条第1項)。

次の前提条件を基に、各評価方法による期末棚卸資産の取得価額を算出してみます。

  • 期首商品=10円×10個=100円
  • 第1回当期仕入=20円×20個=400円
  • 第2回当期仕入=30円×20個=600円
  • 当期販売数量 =40個
  • 期末棚卸数量 =10個

1.個別法

個別法は、棚卸資産全てを個別に算出します。例えば期末商品が第1回当期仕入分4個、第2回当期仕入分6個で構成されている場合、次の通りです。

  • 期末棚卸高=20円×4個+30円×6個=260円

2.先入先出法

先入先出法は先に仕入れたものから先に売れるものと考えます。期末棚卸資産の取得価額は、最も後に仕入れた商品で構成されます。

  • 期末棚卸高=30円×10個=300円

3.総平均法

総平均法は次式で計算します。

  • 商品仕入単価=(100円+400円+600円)÷(10個+20個+20個)=22円
  • 期末棚卸高=22円×10個=220円

4.移動平均法

移動平均法では、棚卸資産を仕入れる都度、平均仕入単価を改定します。

  • 第1回当期仕入時の仕入単価=(100円+400円)/30個≒16.7円

次に、20個を販売した後、第2回当期仕入をしたものとした場合、次の通りです。

  • 第2回当期仕入時の仕入単価=(16.7円×10個+600円)/30個≒25.6円
  • 期末棚卸高=25.6円×10個=256円

5.最終仕入原価法

最終仕入原価法では、次の通りです。

  • 期末棚卸高=30円×10個=300円

6.売価還元法

売価還元法では、次のように算出されます。

  • 原価率=(期首商品+当期仕入高)/(当期売上高+期末棚卸資産の販売価額)
  • 期末棚卸資産=期末棚卸資産の販売価額×原価率

そこで、販売単価を50円とした場合、次の通りです。

  • 原価率=(100円+1000円)/(50円×40個+50円×10個)=44%
  • 期末棚卸高=50円×44%×10個=220円

2)原価法による評価と低価法による評価

法人税法施行令第28条第1項には、棚卸資産の評価方法として、次の2つの方法が規定されています。

  • 原価法(第28条第1項第1号)
  • 低価法(第28条第1項第2号)

原価法は前述の通り、期末棚卸資産を取得価額をもって当該期末棚卸資産の評価額とする方法をいいます。低価法は期末棚卸資産を原価法により評価した価額と当該事業年度終了の時における価額とのうち、いずれか低い価額をもってその評価額とする方法をいいます。

3)棚卸資産の評価方法の変更

法人税法施行令第30条第1項には、「内国法人は、棚卸資産につき選定した評価の方法を変更しようとするときは、納税地の所轄税務署長の承認を受けなければならない」と規定されています。例えば、先入先出法を総平均法に変更する場合や原価法による評価を低価法による評価に変更する場合、納税地の所轄税務署長の承認を受ける必要があります。

4)低価法採用後の処理

低価法により評価した場合において、翌事業年度終了の日において評価をする場合の当該棚卸資産の取得価額は、前事業年度終了の日における評価額ではなく、実際の取得価額を基礎として計算します。

以上(2019年10月)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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