「ゲーミフィケーション」の概要とビジネスへの活用を考える

書いてあること

  • 主な読者:ゲーミフィケーションをビジネスで役立てたい経営者
  • 課題:ゲーミフィケーションの考え方や具体的な活用例が分からない
  • 解決策:概要を把握し、ビジネスで役立てている事例を参考にする

1 ゲーミフィケーションの概要

1)ゲーミフィケーションとゲームについて

ゲーミフィケーションとは、「ゲームの考え方、デザイン、仕組みなどの要素を、ゲーム以外の社会的な活動やサービスに利用すること」をいいます。

ゲーム(game)は、「遊び」や「遊戯」と訳され、カードゲームやテーブルゲームから、テレビゲーム・アーケードゲーム・ネットゲームまで幅広い種類のものがあります。また、一口に「テレビゲーム」といっても、アクションゲームやロールプレイングゲーム(以下「RPG」)など、さまざまな種類のものがあります。

2)ゲーミフィケーションのビジネスへの活用

ゲームの特徴としては、「遊んでいて楽しい」とプレーヤーを楽しませることが挙げられます。「ゲームをしていると、時間を忘れるように夢中になっていた」という経験をした人も少なくないでしょう。

このようにゲームが持つ人を引き付ける力を、商品・サービスの売り上げ拡大や社員の教育などに活用しようと、ゲーミフィケーションを採り入れる企業が出てきています。

以降では、ゲーミフィケーションの考え方を理解するために、ゲームにおける人を引きつける要素と、ゲームに引きつけられる人のタイプを分類した上で、ゲーミフィケーションをビジネスで活用した事例を紹介します。

2 ゲーミフィケーションの概要

1)ゲームの特徴

ゲーミフィケーションを実施する上で、プレーヤーを夢中にさせるゲームの特徴を理解しておくことが必要です。「遊びやすさ」や「楽しさ」を演出するために、ゲームの特徴としては次の点が挙げられます。

1.インストラクション設計:マニュアルなしでも簡単に遊ぶことができる

ゲームは、簡単なマニュアル(説明書)が添えられています。説明書をよく読んでから始めてもいいですが、読まなくてもプレイしながら遊び方を身に付けることもできます。例えば、代表的なアクションゲームである任天堂「スーパーマリオブラザーズ」では、最初は前後に動くこととジャンプすることぐらいしかできないため、操作が容易です。序盤は出てくる敵の動きも単調であり、次のステージに進むためのミッションも簡単であることから、プレイをある程度続けることができ、次第に操作に慣れて上達していくことができます。

また、RPGでも、ゲームの最初にインストラクターとなる人物が登場し、操作を一つひとつ解説してくれるなど、プレイしながら操作を学べるように設計されています。

2.レベル設計:それぞれのプレーヤーが適切な難易度のゲームを楽しむことができる

ゲームは、それぞれのプレーヤーのレベルに応じて、“ちょうどいい”くらいの難易度のミッションが与えられます。ミッションが最初から難しすぎると、プレーヤーは次のステージに進むことができずゲームをつまらないと感じてしまいます。一方、ゲームに慣れてきたのにいつまでも簡単すぎても、プレーヤーはゲームに飽きてしまいます。それぞれのプレーヤーにとって、適切な難易度のミッションが与えられるようレベルを設計することが、プレーヤーにゲームを楽しんでもらうには欠かせないのです。

例えば、アクションゲームでは、プレーヤーが最初は操作に慣れることができるようミッションが簡単に設定されているものの、ステージが進んでいくにつれ、敵の動きや攻撃が複雑になってきたり、障壁となるようなトラップも増えてきます。

また、RPGでは、操作するキャラクターは最初は誰もがレベル1で、それでも十分に敵と戦えるようにできています。敵を倒してゲームを進めていくうちにキャラクターのレベルが上がり、出てくる敵も次第に強くなります。

加えて、ゲームを進めるうちに操作するキャラクターのレベルが上がり、新たな技が使えるようになるなどキャラクターの能力が向上していくようにできており、達成感を演出しています。例えば、アクションゲームでは、アイテムを入手することで、敵を攻撃する炎を出す能力や、空を飛べる能力などが得られます。また、RPGでは、敵を倒して一定の経験値を獲得するごとにキャラクターのレベルが上がり、「力が2ポイント向上」などと、キャラクターの成長を実感できるようにできています。

3.インセンティブ設計:ゲームにのめりこむようにインセンティブが与えられる

ゲームでは、例えば「自分は救世主であり、世界を救うために冒険を始める」などと、壮大なゴール(目的)が与えられます。また、そのゲームの最終的なゴールを達成する前に、いくつかのミッションが設けられています。そして、それぞれのミッションをクリアするごとに達成感を感じられるよう、クリアを祝福するような音楽や画像を挿入したり、貴重なアイテムが手に入ったり、ゲーム上の登場人物が祝福したりするようなイベントが発生するようになっています。

この他、ゲームを進めるうちに、登場するキャラクター間の意外な関係が明らかになったり、これまで謎だった「伝説」などの事実が解明されたりもします。

このように小さなゴールや発見を積み重ね、大きなゴールを目指すように設計されていることが、プレーヤーにゲームを継続するインセンティブを与えています。

2)バートルによるプレーヤーの4タイプ

以上のように、ゲームには人々を引きつけるためのさまざまな設計が施されていますが、こうした設計の中のどの要素に引きつけられるかは、人によって異なります。英国のゲーム研究家であるリチャード・バートルは、ゲームを愛好するプレーヤーについて、次の4つのタイプに分類しました。

1.アチーバー(Achiever)

達成することに満足感を覚える人です。レベルを上げることや、アイテムを獲得すること、ミッションをクリアすることに喜びを感じるタイプです。

2.エクスプローラー(Explorer)

未知の世界や新しい領域に踏み込み、新たな発見をすることに喜びを感じるタイプです。

3.ソーシャライザー(Socializer)

ゲームを通じて他者との交流を楽しむ人です。他のプレイヤーと協力したり、他のプレーヤーから感謝されたりすることに喜びを感じるタイプです。

4.キラー(Killer)

レベルを上げたりアイテムを獲得したりすることで、他者を凌ぐことに優越感を感じるタイプです。 

ゲームに熱中するプレーヤーは、これら4つのタイプのいずれかに満足感を得ているとされます。

3)ゲーミフィケーションが注目を集めている背景

1.SNSの利用者増加

周囲の人から得られるフィードバックは、行動を起こす上で大きなインセンティブとなります。このようにインセンティブを与える効果を高めている要因として、SNS(ソーシャルネットワークサービス)の利用者の増加が挙げられます。

近年、ツイッターやフェイスブックなどのSNSの利用者が増加しています。これにより自分の行動などについて投稿し、フェイスブックの「いいね!」ボタン(注)のように、さまざまなユーザーからすぐにフィードバックが得られる環境が整ってきています。前述したバートルによるプレーヤーの4タイプのうちソーシャライザーは、特にSNSの効果が高くなります。

また、スマートフォンの普及もゲーミフィケーションの効果を高めています。スマートフォンにより、時間や場所を問わずインターネットと接続してSNSを利用できます。加えて、スマートフォンには位置情報を割り出すGPS機能が備えられており、GPS機能により移動距離や走行ペースを算出するなどといった遊び方もできるようになっています。

(注)フェイスブックの「いいね!」ボタンとは、自身が良いと思った投稿について、ワンクリックで「いいね!」と評価を示すことができるボタンです。

2.ゲームに慣れ親しんだ人の増加

ゲームに慣れ親しんだ人が増加したことも、ゲーミフィケーションが注目を集める背景の一つとして挙げられます。

現在ゲームで遊ぶのは、子どもだけではありません。ゲームが日本で広まりだした1980年ごろ、家庭用ゲーム機やゲームセンターなどのゲームで遊んでいた当時10代だった世代が現在では40代になるなど、社会においてゲームのことをよく知っている人が増えています。

これらのゲームに慣れ親しんだ人の間では、ゲーミフィケーションの考え方が一つの共通言語のようにとらえられるため、ゲーミフィケーションを実践・普及させる土壌となっているといえるでしょう。

3 ゲーミフィケーションをビジネスで活用している事例

最後に、ゲーミフィケーションをビジネスで活用するためのポイントについて考えてみます。ゲーミフィケーションによって顧客の満足度や利用意欲を高め、商品やサービスの売り上げ拡大につなげるための手法と事例について、前述のバートルによるプレーヤーの4タイプを想定しながら紹介します。

1)達成度の数値化

商品やサービスを利用することで、どの程度の効果があったのかを数値で示すことは、特にアチーバーの誘引につながります。ナイキが提供する「NIKE Run Club」は、GPSを使ってランニングの履歴が記録されるスマートフォンアプリです。走行距離の目標設定を行うことで、目標に対する達成度が数値で分かります。走行距離などが一定の条件に達するとトロフィーの画像が贈られるシステムもあり、アチーバーの満足度を高めるシステムが整っています。

さらに、走行記録をSNSなどにアップすることもできるので、ソーシャライザーの欲求も満たす仕組みになっています。アプリを通じてランニングのファン層を増やすことで、ランニングシューズの売上拡大に結びつきますし、ナイキというブランドイメージの向上にも貢献します。

2)ロイヤリティプログラム

一定のポイントが貯まると特典を受け取れたり、ランクが上昇したりするロイヤリティプログラムも、アチーバーに支持されるシステムです。また、ステーキチェーンの「いきなり!ステーキ」による肉マイレージは、獲得マイレージのランキングを公表することで、キラーを呼び込む効果もあるとみられます。

3)他人のフィードバックを得られるシステム

前述のフェイスブックの「いいね!」のように、利用者の活動がインターネットなどを通じて他人からのフィードバックを得られる仕組みは、主としてソーシャライザーからの支持が獲得できます。ユーザーの疑問を別のユーザーが回答するウェブサイト「Yahoo!知恵袋」では、最も役に立った回答に対して質問者が「ベストアンサー」に選ぶことで、ソーシャライザーの満足度を高めているとみられます。

4)自虐的な宣伝や奇抜な商品

自社の食品をあえて「まずい」と強調する宣伝や、意外な食品と組み合わせて食べることの提案、奇抜な見かけやネーミングを採用する戦略などは、エクスプローラーを刺激する売り込み手法といえるでしょう。意外な食品との組み合わせについては、商品専用のウェブサイトなどを通じて一般消費者から募集し、組み合わせに対するフィードバックを掲載することで、ソーシャライザーの関心も集められる可能性があります。

また、行き先を公表せずに出発する「ミステリーツアー」も、主にエクスプローラーをターゲットにした商品といえます。

以上(2019年7月)

pj80085
画像:unsplash

広義のM&Aとしての資本提携の概要

書いてあること

  • 主な読者:資本提携を検討したい経営者
  • 課題:資本提携の主な形態、手法、留意点が分からない
  • 解決策:資本提携の基本を理解し、提携戦略上や法律上の留意点を押さえる

1 M&Aと資本提携

提携とは、経営戦略の一手段として他企業と協力関係を結ぶことをいいます。その提携の一形態である資本提携とは、「企業間の提携において(ある程度規模の大きい)資本拠出をともなったもの」をいいます。この資本提携がM&Aにおいてどのような位置付けがなされるか、まず、M&Aの概念から紹介します。

M&Aとは、Mergers(合併)and Acquisitions(買収)の略語で、最も狭い意味のM&Aは「企業合併・買収」を意味します。しかし一般に、M&Aは資本拠出を伴う提携などを含めた広い意味での企業提携を指す言葉として用いられています。

つまり、資本拠出を伴った提携(以下「資本提携」)は、広義のM&Aに含まれ、株式を持ち合うといった資本提携もM&Aの一形態と解されています。ただし、資本提携はその案件ごとに、大きく異なった形態や背景を持つことから、一義的には定まりません。業務提携を補完する意味でごくわずかの株式を持ち合う株式の相互保有は、業務提携の1つに当たり、広義の資本提携には含めないとする考え方もあります。

本稿では、広義のM&Aの範疇に入ると考えられる一定規模以上の資本拠出を伴ったものを資本提携としていくこととします。

2 資本提携の形態と手法

1)資本提携の形式的形態による分類

資本提携とは、ある程度規模の大きな資本拠出を伴った企業間の提携であり、その形態は次の3つに分けられます。

  • 相手方の株式の取得・新株引受けによる提携(資本参加)
  • 相互に相手方の株式を保有する提携(相互保有)
  • 共同で新会社を設立するジョイントベンチャー、合弁会社の設立

資本提携には、出資比率が提携補完といえる数%の相互保有から、ほぼ買収といえる50%を超えるものまであり、案件によってその性格は大きく異なります。つまり、資本提携の形態の分類は、まず、株式を引き受ける資本参加をしているか、株式を相互に持ち合うかという点で分類することができますが、その規模や出資比率によって、単なる関係の親密化を目的とするものから買収に近いものまで、企業間の目的に応じてその実質は異なります。そのため、形態からの分類はあくまで形式的なものといえます。

また、資本提携の際には、業務提携に加えて資本を拠出することが多く、ほぼ買収に近いものであっても、提携企業のプレスリリースなどでは「業務提携および資本提携のお知らせ」という形で発表されるのが一般的です。

資本提携の概観をイメージするため、資本拠出を伴わない(業務提携補完の意味のごくわずかの相互保有を含む)、業務提携から資本提携までを簡単に図示してみます。 資本拠出から見た一般的な提携の流れは次の通りです。

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2)資本提携の目的による分類

資本提携を広義のM&Aと捉えることで、M&Aの目的から資本提携の分類を考えてみます。M&Aには、一般的に次の6つの目的(動機)があるといわれています。これらは、広義のM&Aである資本提携の際の目的としてもよく見受けられます。

1.節約目的

新規事業進出、技術開発、市場・販売ルートの開拓、工場建設などに関して、新たに自社独自で展開を図るより、既にそれらを保有する企業をM&Aをしたほうが「時間」と「コスト」を節約できる場合。

2.シナジー(相乗)目的

自社の既存事業との組み合わせで、営業面や財務面などで「相乗効果」を発揮しようとする場合。

3.企業政策目的

株式の市場公開や株価対策をにらみながら、自社の財務バランスを目的に合致する形にしたいと考える場合。

4.救済目的

子会社・関係会社や取引先を救済するという意味で行う場合。

5.業界再編目的

業界での市場占有率の拡大や供給過剰体制を解消しようとする場合。

6.企業存続目的

後継者がいないなどの理由により、存続の危ぶまれる企業が存続のために自社株の大部分を譲渡する場合。

3)資本提携の手法

ジョイントベンチャーを除くと、資本提携は提携先企業の株式を取得(相互保有を含む)することになります。株式の取得方法は、既存株式の取得と新株の取得に大きく分けられます。ここでは、それぞれの方法と留意点を紹介します。

1.既存株式の取得

資本提携における既存株式の取得方法には、提携という性質上、特定の大株主から直接株式を取得する相対買付という方法が取られます。この方法は、未公開企業の株式取得では一般的ですが、上場企業(上場していない企業であっても有価証券報告書を提出している企業を含む)などでは、公開買付けの義務が発生することがあります。

2.新株の取得

資本提携で多く見られる手法が、第三者割当増資の実行による新株発行とその引受けです。これは資本参加をする際に、提携先企業が割り当てる新株を取得するものです。 第三者割当増資では、払込金額が引受人にとって特に有利なものである場合、株主総会の特別決議が必要となるため(会社法第199条第3項、第309条第2項)、会社法上の手続きを適切に行う必要があります。

3 資本提携における実務上の留意点

1)提携戦略上の留意点

資本提携は、提携の目的や成果を明確に描く戦略が不可欠です。資本を拠出する以上、提携の成果を企業価値の向上や自社の経営力向上に結び付けなければ意味がないからです。

そのため、資本提携の際には、あらかじめ自社および提携先企業の経営資源をしっかりと分析しておくことが重要です。弁護士や公認会計士、提携やM&Aを扱う証券会社やコンサルティング会社などに相談し、提携の効果や提携後に想定される状況をできる限り把握しておきましょう。

また、自社が資本を拠出し、思い描いた資本提携の効果が得られない状況であれば、思い切って資本提携関係を解消することも戦略の1つといえます。

2)法律上の留意点

資本提携の法律上の留意点として、議決権の停止があります。会社法第308条第1項は、「議決権の数」として次の通り定められています。

【会社法第308条(議決権の数)】

株主(株式会社がその総株主の議決権の四分の一以上を有することその他の事由を通じて株式会社がその経営を実質的に支配することが可能な関係にあるものとして法務省令で定める株主を除く。)は、株主総会において、その有する株式一株につき一個の議決権を有する。ただし、単元株式数を定款で定めている場合には、一単元の株式につき一個の議決権を有する。(第2項略)

この第308条第1項括弧書にある通り、「株式会社がその総株主の議決権の四分の一以上を有することその他の事由を通じて株式会社がその経営を実質的に支配することが可能な関係にあるものとして法務省令(会社法施行規則第67条)で定める株主」は、議決権を行使することができません。 

仮に、株式の相互保有の形で資本提携している甲社と乙社において、甲社が乙社の株式を30%保有し、乙社が甲社の株式を20%保有していた場合、乙社が持つ甲社株式には議決権がなくなることに留意しておきましょう。

また、先にも触れましたが、第三者割当増資における特に有利な発行価額に関しても、事前に専門家などにしっかりと相談することが不可欠です。

これら会社法上の留意点以外にも、株式取得にかかわる関連法規なども適切に処理していくことが求められます。

以上(2019年5月)
(監修 合同会社gtra and company 代表執行役 公認会計士 朝倉厳太郎)

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画像:pexels

中小企業の経営戦略としてのM&A

書いてあること

  • 主な読者:M&Aを検討したい経営者
  • 課題:合併や買収の違い、M&Aの分類などが分からない
  • 解決策:M&Aのメリットや基本、敵対的・友好的M&Aの違いなどを理解する

1 M&Aとは

企業は、事業ポートフォリオの最適化(事業の選択と集中による経営資源の最適化)を進める必要があり、具体的な手法に、M&A(Mergers and Acquisitions:合併と買収)があります。

M&Aは合併と買収に限らず、広義では経営権の移動をともなわない株式の持ち合いや合弁会社の設立などの「資本提携」、共同開発や技術提携などの「業務提携」も含んだ手法を指す場合もあります。

2 合併と買収の違いを整理する

1)「合併」と「買収」の違い

合併では、合併される会社(被合併会社)は消滅します。一方、買収では、買収される会社(被買収会社)の株式の所有者(株主)が変わるだけで、会社そのものは存続します。

また、合併では株主総会の特別決議や特殊決議など会社法上の手続きが要求されますが、一般的な買収(買収にかかる対価を金銭とする株式の取得)は、被買収会社株主との事前交渉・合意、契約、対価の支払といったものが基本的な流れであり、会社法上の手続きは要求されません(金融商品取引法などの規制はあります)。

さらに買収の場合、その買収目的に応じて買収する持ち分を100%、3分の2、2分の1以上などと決めることができます。そのため、合併のように常に100%を自社に取り込むことに比べれば、さまざまな面で自由度は高まります。

例えば、買収したものの当初想定した目的が達成できないと分かった時点で、買収の場合、買収会社は被買収会社の株式を第三者に一部売却して自社の持ち分を引き下げたり、全部を手放すことが容易にできます。一方、合併では、合併会社と被合併会社とは既に1つの企業になっているため、容易に切り離すことはできません。

従って、将来的には合併する意向があっても、その前段階として、買収により子会社化ないしは兄弟会社化を行うのは、企業戦略としては効果的といえるでしょう。以降では、合併と買収についてもう少し詳しくみてみます。

2)合併

合併は、M&Aの基本であり、会社法制上の合併制度を用いて、合併会社と被合併会社が1つの会社になることをいいます。両社の経営陣が合併契約を締結し、さらに両社の株主総会の特別決議が必要となります(簡易合併等の場合は除きます)。合併には、次の2通りがあります。

1.吸収合併

会社が他の会社とする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させるもの

2.新設合併

二以上の会社がする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併により設立する会社に承継させるもの

合併当事会社がすべての含み損益を顕在化させるなど新設合併を行う特殊な目的がある場合を除き、通常、M&Aでいう合併とは吸収合併を指します。

3)買収

買収とは、被買収会社の経営権をそれに見合う対価で獲得することです。買収の方法には、次の2通りがあります。

1.事業譲渡による方法

事業譲渡とは、事業用財産(顧客、工場、店舗など)、無形財産(技術、特許権など)、人的財産(従業員や人脈など)など、会社の事業の全部または一部(会社の資産、従業員などが一体となった事業)を譲渡する手法です。

事業譲渡会社が事業の全部または重要な一部を譲渡する場合や、事業譲受会社が他の会社の事業の全部を譲り受ける場合は、いずれも原則として株主総会の特別決議によって、当該事業譲渡契約についての承認を受ける必要があります。

2.株式取得による方法

株式取得には、次のような方法があります。

  • 対象会社の株式が公開されている場合、証券市場から株式を入手する「市場での株式買い付け」
  • 対象会社の大株主と交渉して、その株式を譲り受ける「大株主からの株式取得」
  • 対象会社が新株または新株予約権の発行を行って、新株を買収会社が取得する「第三者割当増資」
  • 対象会社を完全子会社化する「株式交換」

・「市場での株式買い付け」

被買収会社の株式が上場されている場合(厳密には有価証券報告書提出会社株式)は、株式公開買い付け(TOB:Take Over Bid)という方法を採らなければならない場合があります。株式公開買い付けとは、「買収会社が上場している対象会社の株式を、市場の外で、買い付け条件を明示しながら株主から直接購入する行為」をいいます。

・「大株主からの株式取得」

被買収会社の株式が上場されていない場合、被買収会社の大株主等との合意による相対取引に限定されます。相対取引による株式の取得は手続きが簡単で多く利用されている手法です。

・「第三者割当増資」

第三者割当増資は買収会社が被買収会社が発行する新株を引き受ける方法です。既存株式の取得と第三者割当増資を併用することもあります。

・「株式交換」

株式交換とは、既存の会社間の株式を交換することにより、一方を完全親会社、他方を完全子会社とする組織再編手法で、会社がその発行済株式の全部を他の会社に取得させることをいいます。なお、「合併等対価の柔軟化」により、完全親会社が交付する対価は、現金とするなど、株式に限られないこととされています。

株式公開買い付け(TOB)というと、敵対的買収者が不特定多数の株主から市場価額を上回る価額で株式を集める手法というイメージがありますが、友好的な関係においても市場外で株式を取得するには、株式公開買い付けを行わなければなりません。

3 敵対的M&Aと友好的M&A

ここで敵対的M&Aと友好的M&Aについて考えてみましょう。分かりやすくするため、M&Aの買い手と売り手により、株式上場会社と株式未上場会社を分けて整理しましょう。M&Aの買い手(合併会社・買収会社)・売り手(被合併会社・被買収会社)は次の通り分類できます。

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株式上場会社の株式は市場で売買されているため、いつでも資金力のある第三者に取得される可能性がある、つまり、常に買収の対象となる可能性があります。一方、被買収会社が株式未上場会社の場合は、一般に敵対的M&Aは起こりません。

そもそも敵対的M&Aとは、被買収会社の経営陣に対して敵対しているM&Aのことを指します。敵対的な買収が成功する要因は、被買収会社の一部または全部の株主にとってメリットがあることです。

株式未上場会社の場合、所有と経営すなわち株主と経営陣が一体となっているケースが大半です。そのため、経営陣との敵対は株主との敵対となるため、敵対的買収は成功しません。

また、所有と経営が分離している場合でも、株式譲渡制限規定がある通常の株式未上場会社では、最終的に現経営陣(取締役会)により株式譲渡が承認されない限り、買い手は株主になれません。現経営陣に敵対する買い手に対する株式譲渡が取締役会で承認されることはありませんので、敵対的買収は成功しません。

このように株式未上場会社の場合は株式譲渡制限規定がある限り、敵対的買収は起こり得ません。逆に、株式未上場会社であっても、株式譲渡制限規定がない場合は、敵対的買収の可能性があります。

4 買い手からみたM&Aのメリット

1)時間を買う

新製品の開発、異業種分野への進出、規模の利益を狙う場合に、手っ取り早く「時間を買う」ことによって、早期の市場参入と早期の業績向上に寄与します。

2)人材を獲得する

被買収会社(売り手)の優れた人材を、自社に取り込むことができます。

3)投資を節約する

51%または67%の株式の取得(議決権ベース)で買収会社(買い手)は被買収会社(売り手)の経営権を取得することができます。企業全体の価値から見れば、割安で被買収会社(売り手)を取得することになります。

4)顧客を獲得する

被買収会社(売り手)の持つ顧客を、自社の顧客とすることができます。同時に被買収会社(売り手)の持つ販路や営業データなども自社のものとして利用できます。

5)事業リスクの低減

被買収会社(売り手)の過去の業績データを参考にできるため、全くの新事業分野へ進出する場合に比べ、投資の計算がより現実味のあるものとなり、リスクを低減することができます。

6)シナジー効果の期待

買収会社(買い手)の経営資源(主として経営ノウハウ)と被買収会社(売り手)の経営資源の組み合わせによる相乗効果(シナジー効果)が期待できます。

5 M&Aを検討するときに考慮すべき項目

1)買い手の検討事項 

・買収によってどんな「利益やメリット」を得ようとしているか(買収目的)
・買収対象はどの企業か(対象選定とアプローチ)
・買収対象の価値はどのくらいか(買収対象の価値評価)
・どのような方法で買収するか(買収方法)
・買収資金をどのように調達するか(資金調達)
・仲介者や専門家は誰をいつ起用するか(仲介者や専門家の選定起用)
・「法的規制」や「税法上の問題」の有無と、その克服の方法(制約克服)
・買収後の総合的な事業運営をどう実施するか(買収後の事業計画)

2)売り手の検討事項

・売却によって得られるメリット、あるいはデメリットは何か(売却目的)
・誰に売却するか(買い手選定)
・売却によって得るものは何か、また失うものは何か(販売価格見込設定)
・特に「税制」などの問題で、メリットが害されないか(実質収入確保)
・仲介者や専門家は誰をいつ起用するか(仲介者や専門家の選定起用)
・売却後の計画(事業計画または資産運用計画)

6 まとめ

知識と経験を持った専任スタッフが社内にいる場合でも、M&Aを行う際は専門家の適切なアドバイスが必要です。これは、自社が買い手(合併会社・買収会社)になるか、売り手(被合併会社・被買収会社)になるかに関係ありません。

例えば、株式未上場会社を買収する場合、相手の企業評価(株式価額の算定)は非常に大きな問題です。個々のケースに応じて、さまざまな価額形成要素を加味して合理的な価額を評価していかなければなりません。

また、実際のM&Aでは、「人材や組織活性化の問題」「事業の価値評価」「将来の企業戦略設計」「税制や法規制」など、企業経営に欠かせない多くの問題を解決する必要があるため、専門家を起用し万全を期さなければなりません。

中小企業がM&Aの当事者となる場合は、「後継者不在の中小企業が、M&Aによる企業存続および経営者のリタイアを目指す」「自社の強みをさらに強化するためシナジー効果を狙って、必要な企業をM&Aする」などのケースです。今後も、中小企業が企業の発展・存続のためにM&Aを利用していくケースがさらに増えていくでしょう。

以上(2018年9月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:pixabay

自社の競争力を高める4つのポイント

書いてあること

  • 主な読者:企業を成長させたい経営者
  • 課題:企業の競争力強化のために必要な考え方を知りたい
  • 解決策:企業の競争力の源泉を見直し、競争力強化策を検討する際のポイントを解説する

書いてあること

  • 主な読者:企業を成長させたい経営者
  • 課題:企業の競争力強化のために必要な考え方を知りたい
  • 解決策:企業の競争力の源泉を見直し、競争力強化策を検討する際のポイントを解説する

1 競争力を考える

1)「競争力」の源泉を見つけるには

企業の「競争力」とは、文字通り市場において他社との競争を優位にするための能力のことをいいます。技術力や販売力など、企業の有する特定の能力だけを示すものではありません。技術力、販売力、人材開発力などの企業が持つ内部能力や業界内での自社のポジショニングなど、さまざまな要素が複合的に作用することで決定されます。

「企業の競争力を強化する」など、「競争力」という言葉は企業の「強さ」を表すキーワードとして頻繁に使われています。しかし、「自社の競争力の源泉は何か」「自社の競争力を強化するためにはどのような取り組みを行うべきか」ということを客観的に検討し、取り組んでいる企業は必ずしも多くはないようです。

そこで、本稿では企業が成長を図るための取り組みを「競争力」という視点から捉えて、競争力を強化するための基本的な考え方を紹介します。

2)理想の競争力とは

企業活動の大きな目的は「長期・継続的に収益を獲得し、存続していくこと」にあります。そのために企業は、「競合他社に対して持続的な競争優位性をもたらす能力」によって競合他社に打ち勝ち、顧客を獲得していかなければなりません。

持続的な競争優位性をもたらす能力にはさまざまな要因がありますが、それらの中でも、「他社が容易に模倣できない(模倣困難性)」ということが重要となります。容易に模倣できるものであれば、他社はすぐに同じ能力を身に付けてしまうため、持続的な競争優位性をもたらす競争力とはなりません。

この模倣困難な競争力を生み出す主な要因は次の2つです。

1.独自性

「独自性」とは、自社独自の技術やノウハウなどを取り入れた競争力のことです。競合他社の知らない技術やノウハウに裏打ちされた強みは、容易に模倣されることはありません。

特許などの知的財産権として保護されている技術などに基づく競争力が、典型的な例といえるでしょう。

2.複雑性

「複雑性」とは、多様な要素から構成されている競争力のことです。たとえ、一つ一つはどの企業でも簡単に模倣できるような小さな要素でも、それらが多様に積み重なれば、競合企業は、それら全てを模倣できにくくなります。また、たとえ競争力を構成する多様な要素の中から中心的なものだけを模倣したとしても、同じ効果を得ることは非常に困難です。「カイゼン」に積極的に取り組む企業風土、サプライヤーとの密接な関係などが複雑に絡み合って構成されている「トヨタ生産方式」は、複雑性に裏打ちされた競争力の1つといえるでしょう。

2 競争力強化に取り組む際の基本方針

競争力強化を図るための基本方針は、「どの企業にも負けない自社の得意分野」あるいは「『○○といえば、この企業』といわれるような強み」をつくることです。

その際は、現在強みを発揮している分野において取り組むとよいでしょう。これまで強みを育成するためにさまざまな取り組みを行っている分野であれば、全く新しい分野よりも、組織構造面や従業員の心理面などにおいて取り組みやすいはずです。

その上で、他社には負けない突出した優れた能力を生み出す取り組みは、競争力強化という観点で2つのメリットがあります。

1つ目は、企業全体の能力向上を促す効果があるということです。突出した優れた能力があれば、その能力を十分に活かそうと多様な取り組みが行われます。その結果、企業全体の能力を連鎖的に向上させる効果が期待できます。

2つ目は、突出した優れた能力は、関連するさまざまな情報の蓄積を促す効果があることです。突出した優れた能力を有していると、商談・共同事業・共同研究の依頼や、講演会・セミナーの講師の依頼・経営に関する相談など、その能力を求めるさまざまな企業や団体などからのアプローチが増加します。それに伴って、同業他社の動向、最新の技術情報、川上(サプライヤー)・川下(顧客)に関連する情報など、自社の能力を高めるために有益な情報がその企業に集まるようになるのです。

このように自社の強みの育成にウェートを置くことで、効果的に競争力の強化を図ることができるのです。

3 競争力強化策を検討する際に考慮すべき4つのポイント

1)自社独自の技術・ノウハウを得るために「実験」を取り入れる

「独自性」を高めるためには、自社固有の技術やノウハウなどを蓄積する必要があります。その際に有効なのは、「新商品のテストマーケティング」「新たな生産方式の試験導入」など市場や製造現場などにおける「実験」を行うことです。

さまざまなことを実際に試してみることで、書籍などからでは得ることのできない自社固有の技術・ノウハウなどを蓄積することができます。

実験を行う際のポイントは「小さく、繰り返し行う」ことにあります。実験には予算上の制約や失敗した場合のリスクが伴います。このようなリスクを回避するためには、事前に十分な検討を行うことはもちろんですが、可能な限り小規模・短期間で「小さく」取り組むことが重要となります。そして、そこから得られた成果を基に、新たな「小さな」実験を行うのです。

このように小さな実験を繰り返し行っていくことによって、経営上のリスクを回避しながら自社独自の技術・ノウハウを蓄積することができます。

2)組織的に、小さな工夫や改善を繰り返す

小さな工夫や改善といった取り組みも競争力を強化する上で効果があります。模倣困難性という視点から見ると、特別な技術など特定の能力に基づく競争力よりも、むしろ企業独自の小さな工夫や改善を重ねて構築された競争力のほうが「複雑性」が高く、模倣が困難な場合が少なくありません。

例えば、特定の技術のみに基づいた競争力は、それ以上に優れた新技術が開発されてしまえば、その競争力は失われてしまいます。しかし、小さな工夫や改善の積み重ねから形成された競争力は、容易に模倣することができないのです。

小さな工夫や改善を競争力強化に役立てる際のポイントは、「継続的に取り組む」ことです。継続的に工夫や改善を行うには、場当たり的に対応するのではなく、計画を立てて組織的に行い、工夫や改善を重層的に積み重ねていく必要があります。

3)他社の技術・ノウハウなどを積極的に取り入れる

他社の技術・ノウハウなどを積極的に取り入れることも効果的です。前述した「実験」などを通じて独自技術・ノウハウなどを蓄積するにしても、1社単独の取り組みで得ることのできる技術・ノウハウなどには限界があります。

また、他社は自社には無いさまざまな技術・ノウハウなどを有しています。これらの技術・ノウハウなどを、自社の持っている技術・ノウハウなどと融合できれば、自社単独では得ることが困難な新たな技術・ノウハウを蓄積できる可能性があります。

他社の技術・ノウハウなどを取り入れるためには、他社や団体などと交流を図る機会を積極的に設ける必要があります。例えば、異業種交流会に参加し他社や団体などの人たちと積極的に交流を図る、あるいは産学連携や他社との共同事業などを通じて自社以外の技術やノウハウなどを吸収するなどが考えられます。また、コンサルタントなど外部の専門家を利用することも有効でしょう。

4)「過大な」目標を設定してみる

ここまで紹介したポイントは、既存の業務プロセスなどをベースにして、一歩一歩着実に努力を積み重ねて競争力を高めていくという、いわば「競争力の“改善”」を行っていく方法です。

一方、過大な目標を設定することは、革新的な技術、新商品の開発、新たな生産方法を創出するなどして、革新的に競争力を向上させる可能性を秘めた方法です。

「発注から店頭に商品が並ぶまでの日数を従来の3分の1にする」など、一見すると実現できないような数値目標や、「従来には無い高品質の商品を低価格で製造・販売する」などの現在の常識とは相いれないコンセプトといった過大な目標は、「既存のシステムの改善」といった従来の延長線上の取り組みでは実現することができません。そのため、既存のシステムにとらわれないゼロベースでの検討を促し、結果として革新的な技術、商品の開発、新たな生産方法の創出につながる可能性があるのです。

過大な目標を通じて革新的に競争力を向上させる際のポイントは、「いかに設定した目標に『現実味』を持たせるか」ということにあります。単に過大な目標を設定するだけでは、従業員などには「そんなことは実現できるわけがない」といったように、現実味の無い絵空事として受け取られてしまいます。過大な目標を達成するためには、過大な目標を「実現すべき目標」として従業員を実際に動かさなければなりません。

過大な目標を「実現すべき目標」に落とし込むために最初に行うことは、「期限」を設けた計画を立案することです。過大な目標を達成するには従来とは異なった取り組みが求められるため、通常の経営計画などのように具体的かつ詳細な計画を立案することは困難でしょう。計画はラフなものでもよいですが、その際に必ず盛り込まなければならないのが期限です。明確な時間軸を与えるだけでも、過大な目標が現実味を帯びたものとなってきます。

以上(2019年10月)

pj80075
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会社を守るために知っておくべき「暴力団排除条例」

書いてあること

  • 主な読者:暴力団等の排除を進めたい経営者
  • 課題:暴排条例において企業はどんな取り組みをすべきかが分からない
  • 解決策:日ごろから新聞記事などで取引先について調べ、不安があったら、所轄の警察署に相談する。後述する暴力団等の排除に関する特約条項を契約書に盛り込むことも重要

1 暴力団等排除の当事者に位置付けられた事業者

「暴力団排除条例」(以下「暴排条例」)の目的は、社会全体で暴力団を含む反社会的勢力(以下「暴力団等」)を排除することによって、住民の安全で平穏な生活を確保し、事業活動の健全な発展に寄与するために、47都道府県でそれぞれ施行されています(各都道府県によって暴排条例の名称および内容が異なる場合があります)。

事業者が注意しなければならない大切なポイントは、暴排条例において、事業者自身も暴力団等排除の当事者に位置付けられていることです。具体的には、「利益供与の禁止」「契約時における措置」「不動産の譲渡等における措置」などの取り組みによって暴力団等を排除しなければなりません。さらに、暴排条例に違反した場合、事業者も勧告や公表などのペナルティーを受けます。

本稿では、東京都の暴排条例を中心に、事業者に求められる暴排条例上の措置、暴排条例に違反した場合のペナルティー、基本的な暴排条例対策について紹介します。なお、東京都の暴排条例は2019年中に、暴力団員による「みかじめ料」の要求に加え、飲食店などがみかじめ料を支払った場合も罰則の対象とする改正を予定しています。

2 暴力団等の定義

暴排条例では、幾つかのレベルに分けて暴力団等を定義しており、それに応じて規制の内容が変わります。東京都の暴排条例における暴力団等の定義は次の通りです。

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近年、暴力団等の活動は巧妙さを増しており、事業者が特に暴力団関係者や規制対象者に関する情報を入手することが難しくなっています。相手が暴力団等であることを知らずに利益供与などをした場合、事業者が暴排条例違反に問われることはないものの、顧客、取引先、従業員から「暴力団等の実質的支配下にある『フロント企業』と関係していたらしい」などといった評判を立てられ、会社の信用が低下するリスクがあります。

3 事業者に求められる暴排条例上の措置

1)利益供与の禁止

利益供与の禁止の対象となる主な行為は、次のように大別されます(「威力の利用」と「助長取引」は、便宜上、定義したものです)。なお、相手方が供与された利益に見合った適正な料金を支払ったとしても、利益供与には該当します。

  • 威力の利用:
    事業者が暴力団等の威力を利用するために(利用したことに関し)、金品その他財産上の利益を与える行為
  • 助長取引:
    事業者がその行う事業を通じて暴力団等の活動を助長するなどの行為

一見分かりにくい助長取引の具体的な内容を、東京都の暴排条例で確認してみましょう。

【東京都 暴力団排除条例第24条第3項】

事業者は、第1項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることの情を知って(注1)、規制対象者又は規制対象者が指定した者(注2)に対して、利益供与をしてはならない。ただし、法令上の義務(注3)又は情を知らないでした契約に係る債務の履行(注4)としてする場合その他正当な理由がある場合には、この限りでない。

1.暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることの情を知って(注1)

「暴力団の活動を助長し、または暴力団の運営に資することになるという『事情』を知って」ということです。そのため、そもそも相手が暴力団員などの規制対象者または規制対象者が指定した者だと知っていたか否かだけではなく、その活動の助長等につながることを認識していたか否かも重要なポイントとなります。また、これは決裁権者の、利益供与時の認識を基準とします。

暴排条例に違反するケースと、そうではないケースの例は次の通りです。

  • 違反している:
    ホテルが、暴力団組長の襲名披露パーティーに使われることを知って、宴会場を貸し出す
  • 違反ではない:
    ホテルが、暴力団等の会合とは知らず、また、知る余地もないまま宴会場を貸し出したところ、会合後に暴力団員の利用であった

2.規制対象者又は規制対象者が指定した者(注2)

第1には、事業者は「規制対象者=暴力団員」として対策を講じることになるでしょう。なぜなら、暴力団員以外の規制対象者(フロント企業など)に関する情報を事前に入手するのは難しいからです。

ただし、業界や地域警察のデータベースに登録のある規制対象者については,実際にデータベース等を見ていなかったというだけで単純に「知らなかった」と扱ってもらえるとは限りません。言動等から疑わしく感じられる取引先については、都度調査するなどの対策を講じる必要があります。

3.法令上の義務(注3)

医療やライフライン(電気・水道・ガス)の提供や、建築物等の維持保全などがこれに当たります。そのため、情を知った上で規制対象者または規制対象者が指定した者に医療やライフラインを提供しても、暴排条例違反とはなりません。

4.情を知らないでした契約に係る債務の履行(注4)

情を知らずに交わした契約の債務を履行することは暴排条例違反とはなりません。例えば、次のケースは暴排条例違反とはなりません。

  • リース会社が、相手が規制対象者または規制対象者が指定した者であることを知らずにOA機器のリース契約を交わしたが、後日規制対象者であることが判明したので、契約書上の暴排条項に基づいて直ちに解約し、解約前の利用分についてリース料を請求した

更新契約を締結することはもちろんのこと、規制対象者だと判明して以降もなお、契約書に暴排条項がありながら解約をせずに契約関係を続ければ、条例違反となる可能性が高いでしょう。

2)契約時における措置

契約時における措置とは、事業者が、事業に関する契約が暴力団の活動の助長等につながる疑いがあると認められる場合には、相手方(代理人もしくは媒介する者を含む。以下、本章にて同様)が暴力団関係者でないかを確認するように努めなければならないというものです(東京都暴排条例18条1項)。

また、契約書面に次のような特約条項等を盛り込むように努めなければなりません(同条2項1号)。

相手方が暴力団関係者であることが判明した場合、事業者は催告を要せずに契約を解除できる

3)不動産の譲渡等における措置

不動産の譲渡等における措置は、不動産の譲渡または貸し付け(地上権の設定を含む)を行う者が、相手方に、その不動産を暴力団事務所に使うものではないことを確認するように努めなければならないというものです(不動産の譲渡等の契約主体は事業者に限られません。以下、本章にて同様)(東京都暴排条例19条1項)。

加えて、契約書面に次のような条項を盛り込むことも、努力義務として求められています(同条2項1号2号)。

  • 当該不動産を暴力団事務所として使ってはならない、または第三者に暴力団事務所として使用させてはならない
  • 当該不動産を暴力団事務所として使っていることが判明したときは、催告を要せずに契約を解除し、または当該不動産を買い戻すことができる

また、不動産仲介業者は、暴力団事務所に利用されることを知って不動産の仲介をしないように努めるとともに、不動産の仲介を依頼する者に対して、適切な情報提供などの助言その他必要な措置を講じることが求められています(同条例20条)。

4)その他の措置

上記の他、祭礼、花火大会、興行等の主催者等は、当該行事の運営に暴力団等を関与させないための措置を講ずること、青少年の教育または育成に携わる者は、暴力団等に加入せず、暴力団員による犯罪の被害を受けないよう、指導、助言等の措置を講ずること等が規定されています(東京都暴排条例16条,17条)。また、暴力団排除活動に資する情報を知った場合、都道府県または暴追センター等に情報提供することが定められている場合があります(同条例15条1号参照)。

4 暴排条例に違反した場合のペナルティー

東京都の暴排条例に違反した場合に事業者が受けるペナルティー等としては,公安委員会から報告や資料提出を求められること、立入検査、勧告、公表、命令があり(東京都暴排条例26条から30条)、特にこの命令に違反した場合には、その行為態様次第で1年以下の懲役または50万円以下の罰金を受ける可能性があります(同条例33条)。しかも、法人、担当者、代表者全員に対して罰が下される可能性があります(同条例34条)。

暴排条例に違反することがないよう、しっかりと手を打っておくべきであることは間違いありません。

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5 事業者が行う基本的な暴排条例対策

1)情報収集が基本

事業者が取り組む暴排条例対策の基本は情報収集です。近年、暴力団等の活動は巧妙さを増しています。暴力団等の実質的支配下にある「フロント企業」を隠れみのにして、その実態を巧みに隠しながら事業者に近づいてきます。

役員や株主に手を回していることがあり、その正体をつかむことは以前にも増して難しくなっています。悪意のない「助長取引」を避けるためにも、日ごろから取引先などに関する情報収集を徹底することが重要です。基本的な情報収集の方法は次の通りです。

  • 新聞記事:
    新聞のデータベースで過去の記事を検索し、相手が暴力団等との関係を持っていないか、トラブルを起こしていないかなどを調べます。
  • 信用調査:
    帝国データバンクなどの信用調査会社を利用して、相手の情報を入手します。明るみに出ていない、業界内での情報などが分かる可能性もあります。
  • 雑誌記事:
    週刊誌に暴力団等の記事、人物の名前などが掲載されていることがあるので、国立国会図書館などでバックナンバーを調べます。

以上のような情報収集の結果、少しでも不安を感じたらすぐに所轄の警察署に相談するようにしましょう。所轄の警察署は、暴排条例を順守するために事業者が行う照会に対して、事案に応じて情報を提供してくれる可能性があります。

例えば、相手方が次のような場合は注意が必要です。

  • 明確な理由がないのに、頻繁に社名を変更している
  • 会談の場などで態度が横柄かつ言葉遣いが威圧的である
  • 袖口などから暴力団員と推測されるような入れ墨が見える
  • 事務所が住宅地にあり、その入り口周辺に不自然に複数の防犯カメラが設置されている、怪しい人物が周辺を見回るなどして警備している

2)契約書面に盛り込む暴力団等の排除の特約条項

契約に暴力団等の排除に関する特約条項(暴力団排除条項)を盛り込むことも重要です。以下は特約条項の一例(甲はご自身、乙は相手方を指します)であり、事業者の実態に応じて必要な修正を行うとよいでしょう。

第○条(反社会的勢力の排除)

1)乙は、甲に対し、次の各号のいずれにも該当しないことを確約し、甲は、乙が次の各号に該当する場合に、何らの催告を要せず、本契約を解除することができる。甲がこれによって解除した場合、乙は、甲に対して負うすべての債務について期限の利益を喪失し、直ちに弁済する。

  • 乙(または乙の保証人)が、暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなったときから5年を経過しない者、暴力団準構成員、総会屋等、社会運動等標ぼうゴロ、政治活動等標ぼうゴロ、宗教活動標ぼうゴロ、または暴力団関係企業もしくは特殊知能暴力団その他これらに準ずるものに属する者(以下「反社会的勢力」という)に該当すること。

  • 乙(または乙の保証人)が、現在または将来にわたって、反社会的勢力または反社会的勢力と密接な交友関係にある者(以下併せて「反社会的勢力等」という)と次のいずれかに該当する関係を有すること。

    • 反社会的勢力等が、その経営を支配している関係
    • 反社会的勢力等が、その経営に実質的に関与している関係
    • 乙(または乙の保証人)や第三者の不正の利益を図り、または第三者に損害を加えるなど、反社会的勢力等を利用している関係
    • 反社会的勢力等に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関係
    • その他反社会的勢力等との社会的に非難されるべき関係
  • 乙(または乙の保証人)が、甲に対して、自らまたは第三者を利用して次のいずれかの行為を行ったこと。
    • 暴力的な要求行為
    • 法的な責任を超えた不当な要求行為
    • 取引に関して、脅迫的な言動をし、または暴力を用いる行為
    • 風説を流布し、偽計または威力を用いて甲の信用を毀損し、または甲の業務を妨害する行為
    • その他イからニに準ずる行為

2)甲が前項の規定により本契約を解除した場合には、乙に損害が生じても甲は何らこれを賠償ないし補償することは要せず、また、かかる解除により甲に損害が生じたときは、乙はその損害を賠償するものとする。

(出所:暴力団追放運動推進都民センター「暴力団対応ガイド」を基に作成)

 

以上はあくまで一例に過ぎません。事業や契約の内容次第でカスタマイズする必要がございます。そして、契約書は、将来のトラブルを予測して事前にリスクを潰すものでなければ意味がありません。安易に上記例文を契約書へコピーアンドペーストし完了とするのではなく、ぜひ、法律相談または顧問契約をご利用の上、きちんと将来のトラブルを抑止できる契約書をご作成ください。

3)経営者のリーダーシップ

正しい方向で事業を運営していくことは経営者の使命であり、暴排条例への対応もその一環です。経営者は、自らが強いリーダーシップを発揮して、組織に暴力団等の排除の意識を定着させていかなければなりません。

同時に、「助長取引」などを防止するためには、最前線でさまざまな情報に触れている従業員の“感覚”が重視されます。少しでも不安を感じたら、その情報がすぐに上層部に報告されるような、風通しの良い組織をつくることが重要です。

4)相談窓口

警察関係で事業者が初めに相談することになるのは、所轄の警察署です。「暴力団排除条例の関係で相談したい」と伝えれば、担当課につながります。この他、東京都の場合は以下も相談先となります。

・警視庁 組織犯罪対策第三課 特別排除係
 TEL:03-3581-4321(警視庁代表)
・警視庁 暴力ホットライン
 TEL:03-3580-2222(24時間受け付け)
・暴力団追放運動推進都民センター
 TEL:0120-893-240
・公益財団法人警視庁管内特殊暴力防止対策連合会
 TEL:03-3581-7561

以上(2019年5月)
(監修 ベリーベスト法律事務所 福田匡剛)

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中小規模のM&Aの現状と留意点

書いてあること

  • 主な読者:事業承継や事業の拡大などでM&Aを検討している経営者
  • 課題:限られた予算の中でM&Aを行いたい
  • 解決策:まずは、デュー・ディリジェンス(会社や事業の価値やリスクの調査)を始めるに当たって、M&Aによって得たい価値を明確にすることが大事

1 中小規模のM&Aは「限られた予算」の効率的な活用がポイント

現在、中小企業同士や中小企業と起業家、大企業・中小企業とスタートアップ企業といった「中小規模のM&A」が注目されています。その理由の一つは、中小企業の後継者不足が深刻化しているためです。中小企業白書(2019年版)でも、経営者の高齢化や後継者不足は、中小企業における重要な課題として挙げられています。今後も、中小規模のM&Aは増えていくことでしょう。

弁護士という職業柄、私はさまざまなM&Aについてのご相談を受けますが、中小規模のM&Aの場合、会社の法務担当者は、「法務リスクをチェックしたいものの、使える予算が限られる」といった悩みが多いようです。そのため、中小規模のM&Aでは、「限られた予算の中で、いかに効率的にデュー・ディリジェンス(後述で説明)、契約書の作成・交渉を行えるか」がより重要です。外部アドバイザーとして、弁護士にもこの点が求められると感じます。

本稿では、中小規模のM&Aを中心に、現状や留意点などを紹介しています。本稿が、中小規模のM&Aを予定されている皆さまにおいて、方針検討の一助となれば幸いです。

2 中小規模のM&Aの現状

1)中小企業白書から見る中小企業の重要課題

中小規模のM&Aが注目される背景について、まず、中小企業白書を例に見ていきます。2019年4月26日、中小企業白書(2019年版)が公表されました。今回の中小企業白書は、令和時代の中小企業・小規模事業者の活躍に向けて、経営者の世代交代と中小企業の自己変革に焦点が当てられています。

中小企業白書によれば、2018年の休廃業・解散件数は4万6724件にも上ります。また、中小企業の経営者の年齢の分布を見ると、1995年には、最も多い経営者の年齢は47歳でしたが、2018年には69歳となっており、経営者の高齢化が進んでいることが分かります。このような状況を受けて、経営者の世代交代により、有用な事業や経営資源を次世代に引き継ぐことの重要性が高まっています。

同様に、中小企業白書では、事業承継の手法としては親族内承継が55.4%と最も高く、次いで役員・従業員承継(19.1%)、社外への承継(16.5%)となっており、親族外への承継も一層推進することが重要と指摘しています。また、会社の事業を社外の起業家が承継することがありますが、起業家から見ても、事業承継が一層推進されることで、有用な事業や経営資源を引き継ぐことが可能となり、初期費用を抑えて創業ができるというメリットがあります。このような中小企業と起業家の事業承継を通じ、起業家による新しい事業展開も期待されるところです。

2)中小規模のM&Aのもう一つの意味

中小規模のM&Aは、「経営者の世代交代に伴う事業承継」にとどまりません。「将来のM&A候補の探索」という意味も持っています。

従来、特に米国や中国で顕著でしたが、近年では、日本でも、スタートアップ企業への投資件数および金額は大幅に増加しています。

大企業は、その規模の大きさから意思決定などに時間がかかり、新たな事業への取り組みが遅れがちです。そのため、大企業はスタートアップ企業を通じて自社の技術革新につなげたいという意向を持っており、それがスタートアップ企業への投資ニーズの拡大要因といえます。

これらの投資は一定の出資を伴うため、投資自体がM&Aの一種ともいえますが、マイノリティー株主(親会社以外の株主)として投資する場合も多いため、支配権獲得という観点では、将来のM&A候補の探索(=将来の支配権獲得に向けた準備)という側面のほうが強いといえます。

なお、このような事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携については、経済産業省が手引きをまとめていますので、こちらも参考になります(経済産業省産業技術環境局技術振興・大学連携推進課(平成31年4月付)「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第三版)」)。

■「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第三版)」を取りまとめました■
https://www.meti.go.jp/press/2019/04/20190422006/20190422006.html

3 中小規模のM&Aにおけるデュー・ディリジェンス

1)デュー・ディリジェンスの実施

ここでは、中小規模のM&Aにおける具体的な留意点などを見ていきます。買主は、会社や事業の支配権を取得する場合、その会社や事業の価値やリスクを調査することになります。このような調査を「デュー・ディリジェンス」と呼びます。

またデュー・ディリジェンスは、(そのスコープはさまざまですが)近年では、M&Aの規模を問わず行われます。また、法務に限らず、財務や税務についても行われることが一般的です。さらに、製造業を営む会社などで、その保有する工場の価値が大きい場合には、工場の敷地に環境問題が発生していないかを確認するために、環境に特化したデュー・ディリジェンスが行われるなど、個別の事例に応じて、さまざまなアレンジがなされます。

規模の大きなM&Aが行われる場合には、デュー・ディリジェンスのために、数千万円から数億円の費用がかけられることもあります。そのような場合には、各分野の専門家が対象会社や対象事業について、網羅的かつ詳細なチェックを行い、問題点を確認することとなります。

2)中小規模のM&Aにおけるデュー・ディリジェンスの悩み

中小規模のM&Aでは、予算の都合上、規模の大きなM&Aのように、費用をかけて網羅的なデュー・ディリジェンスを行うことは簡単ではありません。また、「規模が小さければ、その会社や事業が抱えているリスクは小さい」という相関性は必ずしも成立しない点に注意が必要です。

会社の規模が小さく、大企業のようなコンプライアンス体制が整っていない結果、法務・財務・税務など、さまざまな観点で潜在的な問題を抱えている例も多く見られます。そのため、中小規模のM&Aであるという理由でデュー・ディリジェンスをしないと、取引の実行後に問題点が見つかり、最悪の場合には、想定していたビジネスが営めないこともあり得ます。例えば、対象会社で本来必要となる許認可を取得していなかった場合には、一定期間営業停止をせざるを得ないという事態も考えられます。

また、デュー・ディリジェンスを行わなかったため、事業運営のコストが想定以上にかかり、不採算ビジネスになってしまうといった事態が生じることもあります。例えば、サービス残業が常態化していたことが買収後に分かった場合に、サービス残業をなくし、未払賃金の支払いを行った結果、事業運営のコストが想定以上にかかってしまうという事態も考えられます。

そのような想定外の事態が生じた場合の対処方法として、契約書に基づき、損害賠償請求をできるようにしておけばよいという考え方もありますが、契約違反や損害を主張・立証するために一定の時間や費用が必要となりますし、買主側で考えている損害額が全て認められるとは限りません。また、損害賠償請求が認められたとしても、売主側の財務状態が悪化していれば、結局、支払いを受けることができないといった事態も考えられます。そのため、仮に契約書での手当てが可能な場合であっても、できる限りデュー・ディリジェンスを行って、リスクを把握することが必要です。

3)デュー・ディリジェンスを効率的に行うための方策

中小規模のM&Aでは、限られた予算の中で、どのように効率的にデュー・ディリジェンスを行うかが課題となります。効率性を上げるための方策は一つではありませんが、デュー・ディリジェンスを始めるに当たって、まず、M&Aによって得たい価値を明確化することが重要です。

例えば、事業を営むに当たって許認可を得る必要がある場合には、その許認可についてチェックしなければなりません。また、その会社の有している特許やライセンスが重要な場合には、その特許やライセンスの有効性や契約条件(ライセンスの範囲、有効期間、ライセンスフィーの算定方法など)をチェックすることになります。さらに多数の従業員を雇用する企業では、先ほど挙げた例にもある通り、未払賃金についてもチェックをする必要があるでしょう。

チェックすべきポイントを明確化したうえで、社内の法務部、財務部などで対応できるか、または外部のアドバイザーを起用する必要があるかを検討することとなります。チェックポイントの明確化の作業は、中小規模のM&Aの経験が豊富な外部のアドバイザーと一緒に行う、また、初期の段階で対象会社にインタビューを行って、問題点を絞り込むといった手法も有用です。

このように、デュー・ディリジェンスのチェックポイントを明確化し、効率的に作業を行うことで、買収時のリスクを抑えつつ、買収にかかる費用をコントロールすることが可能になります。

4 売主側における準備行為

デュー・ディリジェンスは、買主側が行いますが、デュー・ディリジェンスの過程で問題が見つかると、スケジュールの遅延や譲渡対価の減額など、売主側にも大きな影響が生じます。このような事態を避けるため、M&Aを検討する売主としては、買主側のデュー・ディリジェンスが始まる前に、自ら社内のコンプライアンス体制のチェックなどを行うことが考えられます。

また、デュー・ディリジェンスでは、契約書をはじめ、さまざまな資料の提出が求められることとなりますので、売主側で、あらかじめ社内資料の整理を行っておくと、デュー・ディリジェンスから案件の成立・譲渡の実行までを、スムーズに進めることができます。

5 中小規模のM&Aにおける契約書の作成・交渉プロセスの特徴と留意点

契約書には、デュー・ディリジェンスで発見された問題点を解消するための条項などが盛り込まれることとなります。例えば、許認可の取得に不備がある場合には、取引の実行に先立って、必要な許認可を取得させるなど、その不備を是正する義務が盛り込まれます。

また、デュー・ディリジェンスの結果によっては、単純な株式譲渡や事業譲渡の手法ではなく、他の手法を選択する必要が生じる場合もあります。例えば、会社分割などの組織再編行為を利用して、一部の事業を承継するといった手法が採用されることもあります。このようなスキームの検討や契約書の作成は、社内に適切な担当者がいる場合は別ですが、外部のアドバイザーを起用するほうが、作業を効率的に進められることが多いでしょう。

中小規模のM&Aの場合、社長がキーパーソンであり、社長がいなくなると、ビジネスが円滑に運営できないといった事態が往々にして生じます。そのような場合には、社長に、少なくとも一定期間、経営に関与してもらうための仕組みづくりを検討することになります。契約上の手当てとしては、社長と経営委任契約を締結することなどが考えられますが、社長に、今までと同様、またはそれ以上に、会社の業績向上に向けて尽力するモチベーションを持ってもらうための仕組みをつくることも重要です。

社長のモチベーションを保つ手法として、例えば、報酬に一定のインセンティブを付与することも考えられますし、また、対象会社の株式の一部を社長に継続的に保有してもらい、退任時に対象会社の企業価値が向上している場合には、高い企業価値を前提に、社長の保有している株式を買い取るといった手法も考えられるところです。

どのような手法が良いかは、個別の案件ごとに異なります。外部のアドバイザーなどから、インセンティブについてのアイデアを出してもらうことも有用でしょう。

規模にかかわらず、M&Aは非常に労力も手間もかかるのが一般的です。特に、社内に専門部署や専門知識のある人がいないことが多い中小規模のM&Aでは、なおさらです。しかし、会社を次の世代に残すために、また、新しいビジネスの可能性を生み出すために、中小規模のM&Aが求められているのも事実です。

後継者不足に悩んでいる方、または、新しいビジネスにチャレンジしたい方は、外部の専門家などにも相談しながら、中小規模のM&Aを検討してみてはいかがでしょうか。

以上(2019年6月)
(執筆 弁護士 柴田久)

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働き方改革に適した組織再考~昭和、平成の組織から振り返る~

書いてあること

  • 主な読者:いまの時代にあった組織変革を考える経営者
  • 課題:働き方改革など、社会の状況が変化する中で、適切な組織形態を選択したい
  • 解決策:昭和から平成に起こった社会と組織形態の変化と、自社に合った組織形態を選択するためのポイントを解説する

1 令和時代の組織はどうあるべき?

30年以上続いた平成が終わりを迎え、いよいよ「令和」の時代が始まります。改元という節目に当たり、改めて企業の未来に思いを馳せている経営者も多いでしょう。振り返ってみると、昭和から平成にかけて企業を取り巻く環境は大きく変化しました。

“労働力を提供する大勢の中の1人”だった従業員が“個”としての性格を強め、終身雇用ではなく、転職や副業など自分で働き方を選ぶ時代になりました。インターネットの発展により、情報戦略の重要性がこれまで以上に増しています。

こうした変化は、時として組織の在り方にも影響を与えます。組織上の階層がなく、全従業員が自らの権限で資源分配や意思決定を行う「ティール組織」などは、その最たる例といえるかもしれません。

経営者は、企業を取り巻く環境の変化に合わせて、組織の在り方を見直さなければなりません。とはいえ、「世間で注目されているから、うちもティール組織にしよう」といった考えはあまりにも安直です。

どのような組織にも長所と短所があり、企業によって在るべき姿が異なります。令和時代の組織はどうあるべきか、昭和から平成にかけての環境の変化などを踏まえて考えてみましょう。

2 昭和から平成にかけての環境の変化

1)「企業主導の働き方」から「従業員主導の働き方」へ

昭和の時代は、多くの企業が終身雇用や年功主義といった「日本的雇用システム」を採用し、長期的に労働力を確保することで、高度経済成長期(1955年ごろから1973年ごろまでを指すといわれます)を乗り切ろうとしました。

従業員は、一度入社すれば企業にその生活を保障される代わりに、長時間労働や今であればハラスメントに該当しそうな上司のしごきなど、多少のつらいことには耐えながら働く時代でした。

しかし、平成に入り、バブル崩壊後の長期不況により、リストラなどに踏み切る企業が出てくると、企業の生活保障能力に不安を抱く従業員が出てきました。同時に、それまで企業から生活を保障される代わりにある程度我慢していた、長時間労働やハラスメントが社会問題化するなど、従業員の働き方についても見直しが始まりました。

こうした状況の中、「定年まで1社に勤め続ける」という働き方は一般的でなくなっていきました。今では、「企業が自分に合わないと思ったら転職する」「あえて労働時間の短い働き方を選び、空いた時間を自分の趣味・自己啓発・副業などのために使う」など、従業員が自分で働き方を選ぶことが当たり前になりつつあります。

2)「社内の労働力」から「社外の労働力」へ

昭和の時代は、もともと雇用している既存の従業員だけが企業の労働力でした。しかし、1986年の労働者派遣法施行に伴い、派遣社員という社外の労働力を活用することが正式に認められました。

さらに、バブル崩壊後は、社内のコスト削減や中核事業への注力などを目的として、社内の業務の一部を「アウトソーシング」する企業が出てきました。インターネットを通じて、不特定多数の個人に業務を委託する「クラウドソーシング」も登場しました。

また、派遣社員やアウトソーシングとは視点が異なりますが、オフィス外に労働力が出ていくという点では、テレワークなども注目すべき働き方です。昭和の時代は、外回りなどの業務を除き、オフィス内で仕事をするのが当たり前でしたが、インターネットの発展に伴い、在宅などでも仕事をすることができるようになりました。

3)「トップダウン」から「ボトムアップ」へ

昭和の高度経済成長期は、「三種の神器(冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビ)」や「3C(カラーテレビ・クーラー・自動車)」など、消費者の生活レベルを向上させる製品を大量生産して販売する時代でした。

うがった見方をすれば「モノを作れば売れた時代」であったため、企業の向かうべき方向性がある程度明らかであり、経営者に求められたのは、企業がその方向性に向かって進むことができるよう、従業員の足並みをそろえることでした。

しかし、高度経済成長期が終わりを迎えると、経済環境は徐々に複雑化します。平成に入ると、バブル崩壊後の消費減退に伴い、「モノを作るだけでは売れない時代」へと変わっていきます。

さらに、インターネットの普及に伴い、市場情報などがリアルタイムで入手できるようになると、「消費者のニーズや他社の動きを迅速にキャッチして、経営判断に回さなければならない」など、情報戦略が重要性を増してきます。

企業が生き残るのに必要な情報や意見を、スピーディーに集約するため、従業員から経営者へのボトムアップが昭和の時代以上に求められるようになってきたのです。

3 組織形態の選択肢

1)さまざまな組織形態

1.機能別組織

経営者の下に総務部門、経理部門、営業部門、製造部門といった機能・役割別の部門を置いたピラミッド型組織の典型例です。部門は機能・役割によって、部や課などに細分化され、それぞれに部長、課長などの長が置かれています。そして、経営者を筆頭に、上の階層の従業員(役員を含む)から下の階層の従業員に命令が与えられます。

中小企業の場合は、大企業ほど部門が明確に区分されていないところがありますが、総務担当者、営業担当者など、従業員個人が部や課の役割を果たし、実質的に機能別組織に近い運用をしていることがあります。

機能別組織は、指揮命令系統が明らかであるため、従業員を統率するのに適しています。一方、階層が多くなればなるほど、下の階層の従業員は自身の裁量で行える業務の幅が狭くなります。そのため、上の階層からの命令に従い、淡々と業務を行うだけの従業員も多く、情報や意見のボトムアップが行われにくい面があります。

2.マトリックス組織

1人の従業員が同時に2つ以上の部門に所属する組織形態です。1人の従業員が構造的に2人以上の上司を持ち、2つ以上の指揮命令系統によってコントロールされることになります。

例えば、多数の製品を担当する「営業部」の従業員が、特定の製品Aについて、製造部門や営業部門も併せた「製品A部」にも属するというようなイメージです。この場合、従業員は、営業部の上司と製品A部の上司の2人から命令を与えられることになります。

マトリックス組織は、複数の目的(上の例でいえば営業部の業績アップと、製品Aの販売促進など)を同時に進めるのに適しています。一方で、指揮命令系統が複雑になり、業務の責任者が曖昧になりやすい傾向があります。

3.アウトソーシング型組織

社内の業務の一部を、外部の専門業者などに切り出した組織形態です。アウトソーシングを行う場合は、外部の専門業者などと、業務委託契約・請負契約・委任契約などを締結することになります。

外部の専門業者などは、企業とは指揮命令関係にないため、基本的に依頼された仕事について企業から逐一指示を受けることはありません。ただし、例えば、ウェブサイトの制作などの場合、依頼元の企業と依頼先のITベンダーなどが、半ばパートナーのような形で仕事を進めることになります。

アウトソーシング型組織は、企業が社内のコスト削減を図ったり、中核事業に注力したり、自社では提供できないノウハウが必要だったりする場合などに適しています。一方で、外部の専門業者などに逐一具体的な指示を与えるなど、労働者に近い扱いをしてしまうと、法的なトラブルに発展する恐れがあります。

4.リモート型組織

従業員が必ずしもオフィスに出社せず、自宅やサテライトオフィスなどでテレワークの形態で仕事をする組織形態です。就業場所などの労働条件が一部変更されるだけなので、オフィス内で働く場合と指揮命令系統は変わりません。

ただし、オフィス内で働く場合に比べ、上司の目が届きにくいため、実質的には業務委託などに近い働き方になります。従業員には、上司に管理されなくても業務を遂行できるだけの自己管理能力が求められます。

リモート型組織は、従業員が就業場所をある程度自由に選択できるため、育児・介護と仕事を両立させたり、集中しやすい場所で働くことで、オフィス内で作業する場合よりも仕事がはかどったりといった効果が期待できます。一方で、オフィス外で行える業務が限定されやすい、働き方によっては上司が部下に具体的な命令を出すことが認められないことがある(事業場外みなし労働時間制など)といったデメリットもあります。

5.ティール組織

部長、課長などの組織上の階層がなく、指揮命令系統が存在しない次世代型の組織形態です。全従業員は、自らの権限と責任で資源分配や意思決定を行います。

例えば、プロジェクトを推進したり、物資を購買したりする場合、事前に他の従業員からの助言を受ける必要がありますが、反対する従業員がいたとしても、必ずしもコンセンサスを得る必要がありません。

組織内での役割分担から労働時間、賃金に至るまで、企業から一方的に決められることはほとんどなく、従業員自身の判断または他の従業員との話し合いで決めることになります。

ティール組織は、従業員が自身の裁量で行える業務の幅が広いため、経営上の意思決定を迅速に行うことができ、一般的な企業でありがちな「経営陣の承認を待っている間にビジネスチャンスを逃す」といった問題を回避できる可能性があります。一方で、従業員の業務習熟度や知識量が不足していると、正しい資源分配や意思決定が行われない危険性があります。

2)各組織形態の比較

ある企業の経営者、営業部、製造部、企画部を例にとって、各組織形態のイメージを比較すると、次の図表のようになります。なお、図表の色付きの箇所は、組織内の指揮命令系統に属しているもの、色付きでない箇所は指揮命令系統に属していないものです。

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機能別組織は、経営者を筆頭に上の階層から下の階層に命令が及ぶ組織形態です。マトリックス組織も、「従業員が営業部と製品A部に属し、同時に2人の上司を持つ」といった特徴はありますが、上の階層から下の階層に命令が及ぶシステム自体は機能別組織と変わりません。

アウトソーシング型組織では、例えば企画部の業務をアウトソーシングした場合、その業務に携わる外部の専門業者などは企業の指揮命令系統には属しません。また、リモート型組織で、企画部の従業員にテレワークを認めた場合、その従業員は依然として指揮命令系統には属するものの、オフィス内で作業している場合に比べ、指揮命令が及びにくくなり、業務委託などに近い形になります。

ティール組織では、指揮命令系統は完全に廃止され、各部門の従業員が自身の判断または他の従業員の助言を受けたりしながら業務を行うことになります。

4 組織形態を考える上での注意点

1)そもそも組織形態を変える必要があるのか?

企業が組織形態を変えると、第3章で紹介したように、組織内の指揮命令系統が少なからず変更される可能性があります。安易に組織形態を変えるとかえって従業員を混乱させることになりかねません。

組織形態を変える必要があるか否かの判断は、まず「自社が抱えている重要な課題があるか?」「その課題は、組織形態の変更以外の手段で解決することができないのか?」などを検討した上で行うのがよいでしょう。

例えば、「これまで機能別組織でやってきたが、従業員からの情報や意見のボトムアップがほとんどない。企業内にイノベーションを起こすために組織形態を変える必要がある」といった課題があれば、従業員自身の裁量で行える業務の幅を広げることから始めてもよいでしょう。幾つか対策を講じても効果がないときに、初めて組織形態の変更を検討するべきです。

2)従業員は組織形態の変更に対応できる?

企業の組織形態を変える必要性があったとしても、その変化に従業員が対応できるとは限りません。

例えば、リモート型組織やティール組織を導入する場合、従業員が自身の自己管理を行うことができることや、業務習熟度や知識量が高いレベルに達していることが求められます。また、機能別組織のようなトップダウン型の組織であっても、そもそも従業員の多くが経営者の強いリーダーシップに憧れて働いているような場合は、組織形態の変更が、かえって従業員の仕事へのモチベーションをそいでしまう恐れもあります。

組織形態を変更する場合は、「今の組織形態について感じていることは何か?」「〇〇の組織形態についてどのような意見を持つか?」といった内容について、事前に従業員にヒアリングやアンケートを実施するなどして、慎重に進める必要があるでしょう。

3)1つの組織形態にこだわりすぎていないか?

第3章では5つの組織形態を紹介しましたが、自社の在り方を5つの組織形態のいずれかに無理やり当てはめる必要はありません。

例えば、リモート型組織を導入する場合、従業員がオフィスに出社する日とテレワークを行う日を決めておき、オフィスに出社する日は、機能別組織の指揮命令系統に基づいて業務を進めるといった対応が可能です。ティール組織を導入する場合も、緊急時においてはトップダウン型で意思決定を行う必要があるかもしれません。

組織の在り方に正解はありません。経営者が自社の課題、従業員の希望や能力などを勘案し、自社に最も適合するであろう形に組織をカスタマイズしていくことを心掛けるとよいでしょう。

以上(2019年5月)

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中小企業にとって最適な組織形態

書いてあること

  • 主な読者:組織変革を考える経営者
  • 課題:現在の市場環境と社内の状況に合わせ、適切な組織形態を選択したい
  • 解決策:組織形態の基本的な形を紹介し、理想の組織のヒントをまとめる

1 組織形成は社長の仕事

小規模な組織は職務・責任・権限の所在が明確で、組織間のコミュニケーションも取りやすいものです。ただし、組織は“生き物”です。事業拡大、人材不足などさまざまな要因で組織は機能不全を起こします。

そのため、社長は常に組織の状態を確認しつつ、社内外の環境変化や自社の中期計画に沿って組織変革を進める必要があります。こうした社長の参考となるよう、本稿では組織形態の基本を紹介していきます。

2 職能別組織(機能別組織)

企業の規模拡大によって、仕入れ、製造、販売、財務、総務といったような機能の分化が起こります。このように、組織をその果たす機能・役割によって分化させたものを職能別組織(または機能別組織。以下「職能別組織」)といいます。

職能別組織において、各職能別組織の長は、与えられた職能に関する個別の意思決定はしますが、全社的な意思決定は社長に委ねられます。職能別組織は、事業環境が安定し、事業分野が限定されている企業にとっては効率的です。

一方、機能分化によって部門間のコミュニケーションが不足し、販売部門と製造部門が対立する状況が典型です。また、事業規模が拡大して経営が多角化した場合などは、職能単位での意思決定を集約しても、企業全体での方向性を見失う可能性もあります。

さらに、職能別組織の責任者は専門性を深めることはできますが、事業の全体像を見る機会が少ないため、次代の経営を担う人材を育てるのが難しいこともあります。選別された人材の、組織横断的な人事ローテーションが必要になります。

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3 事業部制組織

企業が成長し、多角化や地域的な拡大を図った場合、職能別組織では対応が困難になっていきます。例えば製品の多角化によって複数の製品を製造する場合、同一の製造部門に複数のラインを持つことでマネジメントがかえって複雑になる恐れがあります。

事業部制組織は、事業に関して製品開発から販売までを垂直的に統合し、併せて人事・経理などの機能も組織内に包含する事業部が複数存在する形態です。事業部はあたかも1つの企業のように権限と責任を持って行動することになります。

事業部制組織は、製造から販売までの一貫体制が保たれるため、市場の声を反映しやすくなります。一方、事業部が独立採算制で運営され、他の事業部との競争が生じます。短期的な収益を追いがちで、中長期的な視点のマネジメントを阻害することがあります。

そのため、中長期的な視点から事業ポートフォリオを作成する経営企画部門や、基礎的研究を行う部門を置くことが必要ですが、当初は経営企画部門と事業部門のコミュニケーションが上手くいかないケースも多々見られます。

なお、中小企業においては大企業のような事業部制組織をつくるケースは少ないようですが、過去に成熟産業の分野で業績を伸ばした中小企業の中には、その部門を一定規模に縮小し、新規事業部門を新たに設けるといった事例も見られます。

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4 プロジェクト・チーム

明確な目的のもと、一定の期間を設けて編成されるのがプロジェクト・チーム(以下「PT」)です。PTは、その組織を必要とする期間が有限である場合や、既存の組織の枠内では対処することが難しい課題などを取り扱う場合に組成されます。

一般的に、PTの構成メンバーは新規事業の検討や経営ビジョンの策定といったプロジェクトの目的に応じて、組織横断的に選任されます。多くの場合、構成メンバーはそれぞれの組織のエース級で、本来業務との兼務となります。

PTが困難なテーマに取り組む場合、構成メンバーが本来業務へ逃げてしまったり、各部門の利益代表になってしまったりという問題が発生します。この回避策は、プロジェクト・マネジャーのリーダーシップと適切な業績評価システムです。

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5 マトリックス組織

マトリックス組織は、1人の組織構成員が同時に2つの組織に所属する形態です。1人の構成員が構造的に2人以上の上司を持ち、2つ以上の命令系統によってコントロールされることになります。

マトリックス組織の分かりやすい事例は、自動車の開発生産体制です。新車開発では、マーケティング・設計・試作・テスト・生産準備・本格生産まで多くの職能別組織の構成員が新車開発のプロジェクト・マネジャーの下で、業務を推進します。

マトリックス組織は指揮命令系統が多元的であり、運用は容易ではありませんが、成功すると大きな成果を収めるといわれます。成功のためには、あらかじめ職能別組織の長にマトリックス組織の役割を十分に理解してもらうことが不可欠です。

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6 ラインとスタッフ

ラインとは、メーカーにおける製造部門と営業部門、流通業における仕入れ部門や販売部門など、企業の目的を直接的に達成するための部門です。そのため、「直接部門」と呼ぶこともあります。

一方、スタッフとは、企画部門、研究開発部門、広告宣伝部門、管理部門など、ラインに助言を与えて支援するための部門です。そのため、「間接部門」と呼ぶこともあります。

一般的に事業規模が拡大し、経営に必要な専門的知識や経験が増すと、スタッフの数が増加します。しかし、スタッフは企業の収益に直接的に貢献しないため、コストセンターとして位置付けられ、ラインとスタッフの要員バランスが課題となります。

企業では高収益時にスタッフ部門を強化し、ラインのサポート強化と“暴走”を抑制します。一方、収益が低下した場合、コスト削減のためにスタッフからラインへの配置転換を行います。

7 中小企業の外部組織活用

1)中小企業の特徴

中小企業の特徴は、構成員個々人が組織に埋没せず、しかも組織全体が固い結束を持って事業を進めるところにあります。企業の目標が組織構成員1人ひとりに正しく理解され、同じ目標に向かって一丸となってまい進するところが中小企業の良さです。

しかし、規模の拡大に従って、社長と従業員の間に、部長・課長・係長などの管理層が存在し、本来の中小企業の特徴である「風通しの良さ」がなくなってしまうことがあります。

2)中小企業と外部組織

中小企業の組織を考えた場合、内部組織と同等あるいはそれ以上に大切なのが企業の外部組織です。中小企業は大企業に比べて規模が小さいために取引上不利を被ることが少なくありません。

このため「協同組合」などを組織し、不利を克服する努力が続けられてきました。近年では、中小企業の「情報ネットワーク」が著しく広がりを見せ、世界的な規模での事業を展開している中小企業もあります。

具体的な方法としては、「協同組合」はもとより、外部専門能力の活用の観点から「公設試験研究機関」や「大学」に研究開発を委託したり、製品の販売を「専門商社」に任せるといった方法があります。

また、新規事業のアイデアを模索して、異業種企業と接触したり、共同事業化を行う例もあります。金融機関や商工会議所、商工会などが組織する「交流会」なども有効でしょう。

8 理想の組織形態とは

「理想の組織をつくること」は社長にとって永遠の課題ですが、「組織は環境に応じて組み替えられていくもの」であり、環境が刻々と変化する以上、理想の組織も常に変化せざるを得ません。

また、企業は外部環境だけではなく、企業の内部環境(年齢別人員構成など)の変化により、常に自らの組織の改編を迫られています。まさに、組織は“生き物”であり、時代とともに変化していくものなのです。

競争のグローバル化、IT技術を利用したディスラプト、働き方改革など、日本企業を取り巻く環境は急速に変化しています。単に今どきの組織を追い続けるのではなく、環境変化に適合した内部組織の改編や外部組織の活用が必要です。

以上(2019年4月)

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販売代理店契約の概要と契約書のひな型

書いてあること

  • 主な読者:販売代理店契約を締結したいと考える経営者
  • 課題:契約締結に当たって注意すべき点、具体的な契約内容が分からない
  • 解決策:契約書のひな型を参考に、自社に即した契約内容にする

1 販売代理店制度について

1)販売代理店と販売代理店制度

「販売代理店」とは、メーカーなどの商品供給者(以下「メーカーなど」)に代わって商品を販売する法人・個人事業主を指します。この場合、メーカーなどが販売代理店に対して、販売代理店契約に基づいて手数料などの対価を支払ったり、独占的・優先的に商品を供給したりします。こうした取り決めを「販売代理店制度」といいます。

メーカーなどは、販売代理店制度を利用することで、短期間で効率的に流通チャネルを構築できるとともに、販路開拓を販売代理店に任せることができるため、商品の開発・提供に専念することができます。

一方、販売代理店は、メーカーなどから特別な条件を認めてもらうことが期待できます。例えば、仕入れ価格を通常よりも安くしてもらうことで、事実上の問屋として活動ができたり、一定範囲の市場に関する販売を独占的に認められたりするなどがあります。ただし、販売代理店契約の内容によっては、こうした条件と引き換えに、逆に販売代理店が最低販売目標、販売地域の限定などの制約を受ける場合もあります。

メーカーなどが新たな販売ルートとして販売代理店を開拓するに当たっては、販売代理店契約を締結する必要があります。その際には、法的な規制に十分に留意し、適切な販売手数料を設定した上で双方が合意する必要があります。

2)販売代理店の契約形態

販売代理店の契約形態には、「売買型」と「仲介型」の2つに分別されます。

メーカーなどが販売代理店制度を構築する際は、商品の魅力、販売代理店との力関係などを考慮した上で、いずれの形態にするかを決める必要があります。

1.売買型

メーカーなどが販売代理店に商品を販売し、販売代理店が利益を上乗せした価格で顧客に商品を販売します。売買型の販売代理店は、売買契約の当事者となるため、代理店というよりも販売店に近い位置付けとなります。販売代理店は、仕入れによる在庫リスクを負う一方、販売価格をある程度自由に設定して販売できるのが通常です。

2.仲介型

販売代理店が顧客をメーカーなどに紹介し、メーカーなどが顧客に商品を販売します。メーカーなどから販売代理店に対して販売手数料を支払うことで、関係が成り立つのが通常です。

2 販売代理店契約の留意点

1)独占禁止法による規制

売買型の販売代理店契約を締結する際は、独占禁止法による規制に留意する必要があります。これは、販売代理店の販売活動を強く拘束する条項は、独占禁止法に抵触することがあるためです。

事業者が取引をどのような条件で行うかということは、基本的には契約当事者間の自主的な判断に委ねられるものです。しかし、独占禁止法では、自由な競争の制限につながるような行為や競争の基盤を侵害するような行為を、「不公正な取引方法」として禁止しています(独占禁止法第2条第9項)。

1.「再販売価格の拘束」の禁止

販売代理店が商品を販売する際の価格(再販売価格)は、販売代理店の意向を尊重しなければならず、メーカーなどが販売価格を拘束することは、原則として独占禁止法で違法とされています。

【独占禁止法第2条第9項第4号】

自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次のいずれかに掲げる拘束の条件を付けて、当該商品を供給すること。

  • 相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させること、その他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。
  • 相手方の販売する当該商品を購入する事業者の当該商品の販売価格を定めて相手方をして当該事業者にこれを維持させること、その他相手方をして当該事業者の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束させること。

2.「優越的地位の濫用」の禁止

メーカーなどが商品の取引において優越的な地位にあることを利用して、販売代理店に金銭や役務の提供を求める行為は原則として独占禁止法で違法とされています。

【独占禁止法第2条第9項第5号】

自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。

  • 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
  • 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
  • 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。

3.「排他条件付取引」の禁止

自社が供給する商品のみを取り扱い、他社の競合関係にある商品を取り扱わないことを条件として取引を行うなどにより、不当に競争相手の取引の機会や流通経路を奪ったり、新規参入を妨げるおそれがある場合は、独占禁止法で違法とされる場合があります。

【不公正な取引方法(昭和57年6月18日公正取引委員会告示第15号)(一般指定11項)】

(排他条件付取引)
不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあること。

4.「拘束条件付取引」の禁止

取引相手の事業活動を不当に拘束するような条件を付けての取引は独占禁止法で違法とされる場合があります。テリトリー制によって販売地域を制限したり、安売表示を禁じたりするなど、販売地域や販売方法などを不当に拘束するような場合がこれに該当します。

【不公正な取引方法(昭和57年6月18日公正取引委員会告示第15号)(一般指定12項)】

(拘束条件付取引)
独占禁止法第2条第9項第4号又は前項に該当する行為のほか、相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。

これらの独占禁止法の規制に抵触する場合には、公正取引委員会により排除措置命令(違反行為を取り除く旨の命令)や課徴金納付命令(再販売価格の拘束と優越的地位の濫用に限る)が執行される可能性があるので注意が必要です。

詳細については、公正取引委員会「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」を参照してください。

■公正取引委員会「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」■
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/ryutsutorihiki.html

2)商品提供義務と解除権の行使

販売代理店が最低販売目標を達成できない場合や、信用不安に陥った場合など、メーカーなどの信用を害するような販売方法で販売を行った場合には、メーカーなどは販売代理店契約の解除と商品供給の停止を検討する必要が出てきます。

メーカーなどには販売代理店に対して商品を供給する義務があるので、どのような場合に商品供給を停止するのかを、あらかじめ契約で明確に定めておき、この点について後に紛争が発生することを防止しなければなりません。

3 仲介型販売代理店の販売手数料

販売手数料(仲介型)の設定方法には一律方式と逓増方式があります。一律方式は、販売手数料を、販売代金の○%と一律に設定する方法です。一方、逓増方式は、次のようなテーブルを設ける方法です。

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手数料率が一律であるよりも、売上高に応じて手数料率が上がるほうが販売代理店の販売意欲は増します。なお、一律方式であっても、販売手数料の他に売上高に応じたリベートを出せば、逓増方式と同様の効果が得られます。

4 仲介型販売代理店契約書のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容は異なります。実際に販売代理店契約書を作成する際には、専門家のアドバイスを受けることが必要です。

【仲介型販売代理店契約書のひな型】

株式会社○○○○(以下、甲という)と□□□□株式会社(以下、乙という)は、次の通り販売代理店契約を締結する。

第1条(独占的販売代理店の指定)
本契約の有効期間中、甲は本契約により、乙を別紙に規定した商品(以下「本商品」という)の独占的販売代理店に指名し、乙は甲の販売代理店として、本商品を適正価格で継続的に販売するものとする。

第2条(販売代理店の表示)
乙は店頭に甲の販売代理店であることを表示する。乙の店頭に表示する標識は、甲より乙に本契約期間中貸与する。

第3条(二次販売代理店)
乙は、甲の事前の承諾を得ない限り、他の法人または個人を本商品を販売する二次販売代理店として指名し、本商品を販売する権利を付与することはできない。

第4条(販売手数料)
乙の販売手数料は本商品の販売代金の△%とし、乙は毎月○日までに、前月中に販売した本商品の販売代金の総額から、その販売手数料を控除した残額を、甲の指定する銀行口座に振り込んで支払う。

第5条(月次報告義務)
乙は、毎月○日までに、次の事項を記載した報告書を甲に提出するものとする。

  • 前月中に販売した本商品の種類、数量、販売代金の総額
  • 前月中に販売した本商品にかかわる販売手数料の金額
  • 前月中に販売した本商品の販売代金の総額から販売手数料を控除した残額

第6条(年次報告義務)
1)乙は甲に対し、毎年、○月○日までに、向こう1年間の販売予定数量および金額を記載した報告書を提出するものとする。
2)前項の報告書には次の各書類を添付しなければならない。

  • 貸借対照表、損益計算書およびこれに付随する明細書
  • 青色申告書および付属書類の写し

第7条(販売目標額)
1)乙の販売目標額は年額金○○万円とする。
2)前項の目標額達成が著しく困難なときは、甲は本契約を解除することができる。
3)甲は第1項の目標額を毎年改定し、これを乙に通知する。

第8条(競業品の販売)
乙が他より本商品と同種または類似の物品の委託販売を引き受けようとするときは、あらかじめ甲の許諾を要する。

第9条(担保)
甲は、乙の資産状態が悪化するなど担保を必要と認める場合には、乙に対し、次の措置を求めることができ、乙は甲からの請求に基づき担保を提供しなければならない。

  • 保証金の差し入れ
  • 有価証券、預金についての質権設定
  • 根抵当権の設定

第10条(機密保持)
乙は甲の業務上の機密に関しては、本契約継続中はもちろん、契約終了後といえども他に漏洩してはならない。

第11条(譲渡の禁止)
乙は、本契約上の地位もしくは本契約に基づく一切の権利または義務を甲の書面による事前の同意なく、第三者に譲渡もしくは担保の目的に供してはならない。

第12条(契約の解除)
1)乙について以下の各号の一に該当する事実が生じたときは、本契約に基づき乙が甲に対して負担する債務につき、乙は甲の催告なくして当然に期限の利益を失い、直ちに債務全額を支払わなければならない。

  • 債務を1回でも期限に支払わなかったとき
  • 手形または小切手につき不渡りを発生させたとき
  • 破産、民事再生、会社更生、特別清算の申し立てをし、または申し立てがなされたとき
  • 保全処分、強制執行がなされたとき
  • 乙の株式の過半数が他に譲渡されて、実質上の経営者が代わったとき
  • 合併、事業譲渡など、重大な組織変更があったとき
  • 乙が第9条に基づく担保、保証の提供を拒否したとき
  • 第5条および第6条の報告義務を怠ったとき

2)甲は乙に前項各号または、以下の各号の一に該当する事実が発生したときは、何らの催告なく本契約を解除することができる。

  • 甲の名誉、信用を棄損し、機密を漏洩し、甲または顧客に対して損害を与え、またはこれらのおそれがあるとき
  • その他本契約条項の一つにでも違反したとき

第13条(契約期間)
本契約の有効期間は、締結の日から1年間とし、同期間満了3カ月前までに甲乙いずれからも別段の申し出のないときは、さらに1年間延長するものとし、以後も同様とする。

第14条(契約終了時の措置)
1)本契約が終了したときは、乙は直ちに甲の販売代理店である旨の表示を中止するものとし、以後、甲の販売代理店である旨を表示してはならない。
2)乙は甲が本商品販売のために貸与した標識などを本契約終了後直ちに甲に返還しなければならない。

第15条(合意管轄)
本契約上の紛争については、甲の本店所在地を管轄する地方裁判所を第一審の専属的管轄裁判所とすることに合意する。

以上(2019年7月)

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経営者と音楽

書いてあること

  • 主な読者:余暇に音楽を楽しみたい、音楽をビジネスに活かしたい経営者
  • 課題:音楽とどう向き合い、ビジネスに活かせばいいのかが分からない
  • 解決策:クラシック音楽への理解を深める。音楽を使った事例を参考にする

1 音楽への参加の実態

1)音楽のもたらすさまざまな効果や楽しみ方

音楽は、人の心を動かし、喜びや感動、癒しを与え、そして時には聴く人の悲しみやせつなさを代弁してくれる。また、「ゆったりとした」「高揚した」「威厳に満ちた」「はかなげな」など、さまざまな雰囲気を演出する。

音楽が人の心に与えるさまざまな効果をビジネスに取り入れている例は少なくない。例えば、ホテルのラウンジではゆったりとくつろぐことができるよう、控えめで穏やかな音楽が流れている。また、エステティックサロンやリラクゼーション施設などでは美しい音色のクラシック音楽で高級感を演出している。

そして音楽は、自らが演奏者となって奏でるという楽しみ方もできる。ピアノ・バイオリン・ギター・トランペットといった楽器を独奏して楽しむ他、オーケストラに参加したりバンドを結成するなど複数人で音楽を演奏することもできる。複数人での演奏は、「共に1つの音楽を作り上げる」という一体感で心を満たしてくれるだろう。

団塊の世代などを対象とした音楽教室も多くなっており、こうした大人向けの音楽教室では、楽器のレンタルやサークル感覚で集えるグループレッスンなどが行われている。これまで楽器に触れたことのない初心者でも気軽に参加できるし、さまざまな人と交流することもできる。

本稿では、余暇活動として音楽を楽しむ人がどのくらいいるのかというデータを紹介するとともに、経営者が音楽をビジネスに生かす方法を考えていく。

2)音楽への参加人口

日本生産性本部「レジャー白書」によると、音楽関連の余暇活動参加人口の推移は次の通りである。

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音楽関連の余暇活動を楽しむ人は、減少傾向にある。スマートフォンやゲームなど余暇時間を楽しむための選択肢が増えているからかもしれない。ただし、2017年以降、作曲ができるウエアラブル端末なども登場しているため、上記の項目に当てはまらない“新しい音楽の楽しみ方”もこれから増えていくかもしれない。

2 音楽と心

1)心に影響を与えるさまざまな音楽

そもそも音楽は人の心に影響を与えるものだが、特に「ヒーリングミュージック」は人の心に癒しを与えてくれる。小川のせせらぎや小鳥のさえずりなど自然を連想させる穏やかなヒーリングミュージックは、医療機関や福祉施設などでも取り入れられている。

また、映画やテレビといった映像の世界では、多くの音楽が、観ている者に対してより効果的に喜び・悲しみ・せつなさといった心の機微を伝えたり、あるいは恐怖感や高揚感を高める手段として用いられている。

この他、格闘技の選手入場の際には、気分を奮い立たせるような、あるいは選手の特徴を表すようなテーマ曲が会場に響き渡る。観客は、テーマ曲が流れると大いに盛り上がり、気持ちを高めつつ、試合を観戦することができる。

2)心に影響を与えるクラシック音楽の例

音楽が人の心に喜びや悲しみをもたらし、心を動かす作用は古くから注目されてきた。音楽には、クラシック・ジャズ・ロック・パンク・ポップス・レゲエ・歌謡曲などのさまざまなジャンルがあるが、特にクラシック音楽は、時を越え場所を越えて人々の心に語りかけ、共通の音楽として全世界に広がっている。

例えば、18世紀、バッハやハイドンをしのぐ人気を博していたといわれるドイツの作曲家テレマンは、「ターフェルムジーク」すなわち「食卓の音楽」という宮廷音楽を作っている。「食事時が楽しくなるような音楽」「食が進む音楽」として宮廷で行われた祝宴のときなどに多く演奏された。

また、19世紀のドイツの作曲家ワーグナーによる歌劇「ニーベルングの指環」の第1夜「ワルキューレ」で演奏される「ワルキューレの騎行」が、闘争心をかきたて人々の心を高揚させる曲として、政治家の演説の際などに聴衆を引き付けるために用いられたのは有名な話である。

この他、クラシック音楽は戦時中に自らの主義主張を訴える手段としても用いられた。ロシアの作曲家ショスタコービッチによって第二次世界大戦時に作曲された交響曲第7番「レニングラード」は、ドイツ軍に包囲されたレニングラードを表している作品で、ショスタコービッチのドイツ軍への反発の気持ちを表現しているとされている。当時、ロシアではドイツ軍による侵略に対する不満が渦巻いていたことから、ドイツ軍への反発を表現した「レニングラード」は人気を集めたという。

このように、音楽は、古くから人の心に影響を与えるものとして認識されてきた。

3 経営者が音楽をビジネスに生かす

1)ビジネスに生かす考え方

これまで、音楽は少なからず人の心に影響を与えることを紹介してきた。ここでは、こうした音楽を経営者が実際にビジネスに生かすことを考えていく。

飲食店などのサービス業の多くは、集客策の一環として、顧客に対して「居心地のよい空間」「オリジナル性豊かな空間」の提供を心がけている。こうした空間を演出する際に、BGMとして流す音楽が大きな役割を担うことになる。

また、音楽は人の心にさまざまな影響を与えることが多いため、顧客に対してだけではなく、メンタルヘルスケアの観点から従業員に対しての活用も考えられる。従業員の心を癒しリラックスさせるというだけではなく、従業員に前向きな気持ちになってもらうために活用してもよいだろう。

ここでは、さまざまな音楽のジャンルの中から主にクラシック音楽を取り上げ、集客策やメンタルヘルスケアなどにつながる音楽を紹介しよう。

1.飲食店などのサービス業における集客策としての音楽

サービス業での効果的な音楽の活用方法は、2つのパターンが考えられる。1つ目は「一般的に軽やかでやわらかな、耳にして気持ちが良いとされる音楽を流す」というものである。多くの人が好む(あるいは不快感を抱かない)とされる音楽をBGMとして流すことで、顧客に対する居心地のよい空間の提供を試みるのである。例えば飲食店などの場合、先に紹介したテレマン作曲の「ターフェルムジーク」などは、多くの顧客が気持ち良く食事をする雰囲気を作り上げるだろう。

また、一般的に軽やかでやわらかな音楽として、モーツァルトの曲がBGMに広く活用されている。モーツァルトの場合、明るい、軽やかといったイメージの曲が多いため、葬送用の「レクイエム」などの一部の曲を除けば、どの曲を流しても和やかな雰囲気が生まれるだろう。モーツァルトの曲の中で紹介するとすれば、「フルートとハープのための協奏曲」などは、優雅で宮廷にいるような時間を演出してくれる。また、誰もがそのメロディを知っている「きらきら星変奏曲」は、軽快で楽しく、明るい雰囲気を演出してくれるだろう。

サービス業での効果的な音楽の活用方法の2つ目は、店舗のコンセプトや雰囲気に応じて「自店舗の特徴を表現する音楽を流す」というものである。例えば、スペイン料理店では情熱的なラテン系のギター演奏が行われていることが多い。こうした店舗では、料理を楽しみながらスペイン音楽に触れ、顧客は舌と耳の両方でスペインを堪能することができる。

この他、スーパーマーケットなどのタイムサービス時などに、フランスで活躍したドイツの作曲家オッフェンバッハの「天国と地獄」を流し、テンポよく顧客心理を盛り上げても面白いかもしれない。

2.従業員のメンタルヘルスケアや気分転換としての音楽

従業員に対するメンタルヘルスケアや気分転換には、「朝の出勤時間・業務終了時間などにその時間にふさわしい音楽を流す」ことが考えられる。朝であれば爽やかな気分になる音楽を流して従業員に気持ち良く1日をスタートしてもらい、業務終了時間には心に安らぎと癒しを与える音楽を流して従業員の心の疲れを癒す。

朝にふさわしい音楽としては、ノルウェーの作曲家グリーグによる「ペールギュント第一組曲」の中の「朝」が有名で、学校や職場で朝の音楽として広く活用されている。

業務終了時間には、心の疲れを癒すことを第一の目的として音楽を選択するとよいだろう。例えば、ドイツの作曲家パッヘルベルの「カノン」やバッハの「主よ人の望みの喜びよ」などは親しみやすく、心の疲れを洗い流してくれるような音楽である。

さらに、癒し効果のある音楽として取り上げられることが多いのが、モーツァルトである。モーツァルトは「胎教によい」「脳の活性化をサポートする」「ストレスをやわらげてくれる」などとされ、音楽療法などにも活用されている。業務終了時間には、モーツァルトの中でも心に染みる曲や優しい曲、あるいは充足感を感じるような曲などを流してもよいだろう。例えば「バイオリン協奏曲第3番第2楽章」などはバイオリンの旋律が心に染みる名曲である。また、「交響曲第40番」は優しいメロディと広がりのあるオーケストラの音色が、従業員の心をゆったりとやわらげてくれるだろう。

この他、音楽を流して「従業員の気持ちを盛り上げ会議などの活性化につなげる」といった例が考えられる。この場合、軽快なリズムと心が躍るような音楽がよいだろう。例えば、イタリアの作曲家ヴィヴァルディの「バイオリン協奏曲」や、「四季」の中の「春」などが挙げられる。会議の際、あるいは会議の休憩時間などに控えめに流しておいてもよいだろう。

2)経営者が自分自身のために聴く音楽

経営者は、1人部屋にこもり集中力を高めることもあるだろう。また、自分自身を鼓舞しなければならないときもある。このようなときも、音楽は効果的である。

人によって好みは異なるため、集中力を高める効果が得られる音楽のジャンルも人それぞれであろうが、ここではクラシック音楽の例を紹介する。

先に紹介したワーグナーの「ワルキューレの騎行」では、気分を奮い立たせることができるだろう。また、ドイツの作曲家ブラームスによる「交響曲第1番」も、1人で集中力を高めたいとき、あるいは自分を鼓舞したいときにお薦めの音楽とされている。オーケストラの荘厳な響きと打楽器(ティンパニ)の連打で重々しく幕を開けるこの交響曲は、完成までにブラームスが20年以上もの歳月を費やした曲である。20年以上という歳月がそのまま体現されているような重厚な曲で、特に第一楽章の始まりは、1歩1歩かみ締めながら運命を切り開いていくかのような雰囲気さえ漂っている。経営者が気持ちを集中し高めていくのにふさわしい曲といえるだろう。

以上(2019年5月)

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