「ムダ・ムラ・ムリ」を改善しよう

書いてあること

  • 主な読者:コスト削減を進めたい経営者
  • 課題:どのような手順で、何を対象に削減していけばよいのか迷う
  • 解決策:利益に貢献しないコストを科目ごとにあぶり出し、アプローチする

1 「ムダ・ムラ・ムリ」とは

ビジネスの「ムダ・ムラ・ムリ」とは、次のような状態を指します。

  • ムダ:時間・労力・経費が無駄遣いされている
  • ムラ:時間・労力・経費にばらつきがあり、効率的に使われていない
  • ムリ:時間・労力・経費が不足して、業務を遂行できない

こうした「ムダ・ムラ・ムリ」は、顕在化しているもの(既に認識されているが、うまく対応できずに発生しているもの)と、潜在化しているもの(認識されていないもの)とがあります。

特に問題となるのは、潜在化している「ムダ・ムラ・ムリ」のほうです。存在すら認識されていないため、無意識のうちに経営資源を浪費し続けることになるからです。まずは潜在化している「ムダ・ムラ・ムリ」を顕在化させるためのポイントを考えます。

2 「ムダ・ムラ・ムリ」が潜在化しやすい業務

1)慣例化している業務

最初から「ムダ・ムラ・ムリ」だと分かっていて導入される業務はありません。当初は明確な目的があり、それを達成するために必要な業務だった(少なくともそう考えられていた)はずが、次第にその業務を行うこと自体が目的化してしまいます。

こうなると、「以前から続いている業務だから」といった“よく聞く理由”で継続することが当たり前となり、「その業務が現在の企業全体、あるいは部門の業務目的に適合しているか」といった検討がなされなくなってしまいます。

2)担当者が頻繁に変わる業務

多くの担当者が引き継いできた業務は、目的が曖昧になりがちです。業務を引き継ぐ際、前任者は自分がいなくても進められるようにと、作業手順を丁寧に説明します。しかし、業務の目的については、新任者も既に理解していると考え、省略しがちです。

引き継ぎ後、新任者は前任者が行っていたように円滑に業務を進めることに注力します。結果として、「なぜ、この業務を現在のような手順や方法で行っているのか」という意識が希薄となり、業務だけが慣例化されてしまいます。

3)特定の人しか理解していない業務

何かのきっかけがなければ、自分の担当業務の目的を思い起こし、「ムダ・ムラ・ムリ」がないかを定期的にチェックしている人はほとんどいないでしょう。「ムダ・ムラ・ムリ」の発見には、管理者や担当者以外の社員の客観的な指摘が必要なのです。

しかし、特定の人にしか分からない業務だと、そのような指摘をすることができません。その結果、「ムダ・ムラ・ムリ」があってもその存在が認識されず、“属人的で複雑な手順の業務”ができてしまいます。

4)責任者を明確に定めていない業務

責任者を明確に定めていない業務も、「ムダ・ムラ・ムリ」が潜在化しやすくなります。例えば、複数の部門間にまたがる業務です。こうした業務では全体を統括する人が不明確になりがちで、「ムダ・ムラ・ムリ」に注意を払う人もいなくなります。

また、実務担当者が「ムダ・ムラ・ムリ」を発見しても、自分たちだけで改善することができず、他部門との調整が必要になります。こうなると、改善に対する取り組みが後回しにされ、結果として「ムダ・ムラ・ムリ」が放置されてしまうことが多いのです。

3 「ムダ・ムラ・ムリ」を発見する

1)業務プロセスなどの明確化

まず、現状の業務プロセスや業務内容の全体像を明確にします。「業務記述書」などを使って自己申告をさせるとともに、不明な部分については、直属の上司などが担当者にヒアリングをして確認するようにします。

次に、企業・部門・社員ごとに業務に対する目標を明確にします。そして、その業務目標に従って、現在の業務内容が目標達成に対して有効な業務であるか否かを客観的に検討します。

2)トラブルを放置しない

また、事前に「ムダ・ムラ・ムリ」の回避策を講じている企業であっても、不意に「ムダ・ムラ・ムリ」が表れます。例えば、日常業務でトラブルが発生した場合、原因をつくった人の「不注意」や「能力不足」といった属人的な批判で終わりがちです。

しかし、その背後において「ムダ・ムラ・ムリ」が原因となっているケースは少なくありません。トラブルが発生した場合、現在の業務の方法などに「ムダ・ムラ・ムリ」がないかを検討してみることが大切です。

例えば、納期に遅れてしまった場合、営業担当者が忙しさのあまり、必要な手続きや納期の確認をしていなかったなど、業務の進め方に「ムラ」や「ムリ」があったことが原因かもしれません。この辺りは、しっかりと確認する必要があります。

4 「ムダ・ムラ・ムリ」の改善

1)やめる

「ムダ・ムラ・ムリ」の改善方法として最も効果的なものは、「ムダ・ムラ・ムリ」の発生原因を根本的になくすことを考えてみることです。すなわち、その業務自体を「やめる」(廃止・削除など)ことができないかという視点です。

2)減らす

「やめる」ことができない業務については、「減らす」(回数・頻度・数量・重さ・サイズなどを減らす)ことを考えてみます。例えば、毎日行っている報告書の提出を週単位や月単位にして、提出頻度を「減らす」といった方法です。

3)変える

「やめる」ことも「減らす」ことも難しい業務については、「変える」(形・色・位置・場所・順序・手順・材料・部品・担当などを変える)ことを考えてみます。より効率的な業務の進め方を検討することが大切です。

5 改善例

1)問題となった事例

営業部門のAさんは、「営業成績の報告」をするために、各営業担当者の日報から営業成績を計算し、その数値を報告書フォーマットに入力して報告書を作成していました。プリントアウトした報告書は経営者・各部門長に手渡します。

毎日、前日分の営業成績を営業担当者別に集計し、経営者・各部門長に報告書を提出しています。加えて毎週月曜日には、先週分の営業成績を営業担当者別に集計し、経営者・各部門長に報告書を提出しています。

この業務の「ムダ・ムラ・ムリ」について、「やめる」「減らす」「変える」に基づいた改善例を考えてみます。

2)「ムダ・ムラ・ムリ」を「やめて」みる

Aさんは、「日単位と週単位の報告書は、本当に両方とも必要なのだろうか」と考え、上司や各部門長、経営者に確認しました。すると、「日単位の報告書は週に何回か確認しているが、週単位の報告書はほとんど見ていない」という現状を把握できました。

そこで、関係者の了承を得て、試験的に1カ月間、週単位の報告書を「やめて」みました。すると、日単位の報告書があることから、経営者・各部門長から再度作成してほしいという要望は上がらず、1カ月後には週単位の報告書の廃止が決定しました。結果的に、Aさんは「ムダ」な業務を「やめる」ことができたのです。

3)「ムダ・ムラ・ムリ」を「減らして」みる

次に、Aさんは日単位の報告書について、「営業成績は1日でそれほど大きく変わらないし、経営者・各部門長も週に何回かしか確認していない。週2回の報告でもいいのでは?」と考え、関係者の了承を得た上で、報告書を週2回に「減らして」みました。

すると、製造部門からは「生産計画を立てる際の参考にするために、週3回は報告書が欲しい」という要望がありました。また、経営者からも「収益は気になるので、毎日もらう必要はないが、週2回では少ない」との要望がありました。

そのため、Aさんは報告書の提出回数を、週2回から1回増やして月曜日・水曜日・金曜日の週3回に変更しました。それでも報告書を毎日提出していた従来の方法に比べると、回数を「減らす」ことができました。

4)「ムダ・ムラ・ムリ」の原因となるやり方を「変えて」みる

さらにAさんは、報告書を作成するやり方を見直して「ムダ・ムラ・ムリ」を改善しようと考えました。Bさんから、「もっとパソコンを上手に活用すると効率的だよ」というアドバイスを受け、早速、パソコンをもっと活用したやり方に「変えて」みました。

具体的には、これまではエクセル上で足し算をしていたやり方を、関数を使った自動的な集計に変えてみました。同時に、報告書を経営者・各部門長に手渡ししていたやり方を、電子メールで送信するという方法に変更しました。

最初は新しいやり方に手間取った部分もありましたが、慣れてくると、今までよりも1時間以上早く終わるようになりました。従来の方法を「変える」ことで、Aさんは時間の短縮に成功したのです。

このように、「ムダ・ムラ・ムリ」の改善は、企業にとって貴重な経営資源の浪費を防ぐことにつながります。企業は「ムダ・ムラ・ムリ」の発見と改善に積極的に取り組むとよいでしょう。

以上(2018年12月)

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コストダウン意識の高い組織の作り方

書いてあること

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1 コストダウンの意識を持った組織

経営者や経営幹部はもちろん、全ての社員がコストダウンの意識を持つことが理想です。コストダウンの意識を持った組織では、社員は常に「費用(コスト)対効果」を考えて行動し、また、ムダを発見した場合は率先して改善しようと試みます。

こうした組織を作り上げるためには、組織の立ち上げや評価制度の整備が必要になります。「コストダウンの意識を持った組織」作りのステップは次の通りです。

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以降で各ステップの内容を確認していきましょう。

2 「当たり前の意識」を改善

1)課題:「接待」は当たり前?

コストダウンを進める際、長い期間をかけて定着した社員の「当たり前の意識」が邪魔になることがあります。例えば、「接待がなければ顧客との親密な関係が築けない」と考えている営業担当者がいるかもしれません。

そこに突然のコストダウン宣言があり、接待交際費がこれまでの半分しか認められなくなったら、営業担当者は反発するでしょう。こうした当たり前の意識は、他にもたくさんあります。

2)対策:コストダウン推進の理由を説明

当たり前の意識を改善する方法として、経営者の宣言があります。ただし、「コストダウンを進めるので、来年度から接待交際費枠は半分になります」と説明しただけでは不十分です。これでは社員の当たり前の意識とぶつかってしまうでしょう。

ここで経営者が社員に説明しておきたいのは、「コストダウンは決して最終目標ではない」ということです。コストダウンは、新商品開発、営業活動などと同様に利益追求のための取り組みです。

この点を強調しながら、経営者はコストダウンを推進する理由を社員にきちんと説明しましょう。その際、コストダウンを推進しなかった場合の最悪のシナリオ(いくらのコストがムダになっているのか)を示すことが効果的です。

3)効果:社員の「当たり前の意識」が変わる

経営者の説明によって、社員は「なぜ、変わらなければならないのか」に気が付きます。同時に、これまでの当たり前が「本当に当たり前なのか?」と疑問を感じるようになってきます。

例えば、先の「接待」の場合は、「同僚の営業担当者Aは、接待なしでも新規顧客を獲得しているな。本当に接待は必要なのだろうか? もしかすると、接待に頼る営業スタイルに問題があるのかもしれない」といったように変化してきます。

3 「コストダウン推進委員会」の設立

1)課題:コストダウンに対する社員の意識は継続しない?

経営者の説明によって、社員のコストダウンに対する意識は高まります。しかし、そうした意識は、放っておけばすぐに薄らいでしまうため、何らかの仕掛けが必要になってきます。

2)対策:コストダウン推進委員会を設置する

そこで、社員のコストダウンに対する意識を持続するために「コストダウン推進委員会」を設置しましょう。コストダウン推進委員会とは、「コストダウンを推進するために設置される専門チーム」です。

企業規模などによってコストダウン推進委員会の概要などは異なりますが、理想は、経営者が委員長になることです。経営者が出席するだけでも、委員会の場に良い意味での緊張感が生まれます。

また、各部門から少なくとも1人ずつメンバーを選出して全社的なタスクフォースとします。メンバーは、部長クラスなど意思決定権を持つ社員を選出したほうが好ましいといえます。

コストダウン推進委員会では、コストダウン計画を立案します。計画のポイントは、具体的に「どのコストを」「いつまでに」「何%削減する」といった目標を部門ごとに設定することです。

コストダウン推進委員会の活動状況(議事録、決定事項など)は、必ず社員に通知します。全体朝礼・部門別朝礼・回覧物などを利用するとよいでしょう。コストダウン推進委員会の活動は全て社員に伝え、コストダウンに対する意識の統一を図ります。

コストダウン計画の対象期間が終了した時点で、コストダウン計画の実効性を確認し、見直しを行います。その際、目標を達成した部門と未達成の部門にヒアリングを行い、双方で相違点がないかを確認してみましょう。

もしかすると、達成組には「部長が先頭に立って部全体でコストダウンに取り組む強い機運が生まれていた」「定期的にコストダウンミーティングを開き、効果を検証していた」など、未達成組にはない動きがあったかもしれません。

3)効果:社員はコストに対する意識を高めていく

コストダウン推進委員会は、コストダウンを進める上で大きな権限を持つタスクフォースです。ここがきちんと機能していれば、社員はコストダウンに対する意識を高め、それを持続することができるでしょう。

4 小規模な「分科会」の設置

1)課題:他人任せの社員が出てくる

コストダウン推進委員会は、総務部門、製造部門など各部門に具体的なコストダウンの目標を与えます。しかし、部門全体の目標の場合、個々の社員は「自分がやらなくても、同僚がやってくれるだろう」と考えてしまいがちです。

2)対策:小規模な分科会を設置する

社員にコストダウンに対する責任を持ってもらうためには、コストダウン推進委員会が決定した各部門のコストダウンの目標を、個々の社員の業務目標に置き換える必要があります。

例えば、総務部門の中に「冷暖房の設定温度に気を配り、光熱費のコストダウンを推進するチーム」「オフィス備品購入のコストダウンを推進するチーム」といったような、小規模な分科会を設置し、それぞれが責任を持って活動します。

3)効果:個々の社員が責任を持ってコストダウンに取り組む

分科会を設置し、コストダウンの目標の達成に対する責任の所在を明確にすることで、社員はこれまで以上に強い責任を持ってコストダウンに取り組むようになるでしょう。

5 評価する仕組みを作る

最後に、コストダウンを推進する際、企業(経営者)と社員の関係を良好に保つための取り組みを紹介します。コストダウンを成功させるために、ある程度の責任を社員に課すことは重要です。しかし、責任があまり重過ぎてはいけません。

多くの社員はコストダウンにマイナスのイメージを抱いており、責任まで問われることになれば大きな負担に感じます。こうした問題に対応するために、コストダウンへの取り組みを評価できる仕組みを構築することです。

例えば、経営者が目標を達成した部門(総務部門)や分科会(光熱費チームなど)を表彰し、賞金を出します。また、コストダウンの目標達成手当を作ることや、コストダウンへの意欲的な姿勢を人事考課の対象とするなどの方法もあります。

正しいコストダウンを推進するには、個々の社員が当たり前の意識を改善し、責任を持ってコストダウンに取り組むことが必要です。そのためには、コストダウン推進委員会の設置と、評価体制の整備が非常に重要なポイントになるといえるでしょう。

以上(2018年10月)

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新しい収益認識基準で考える ITサービスの会計・税務上のポイント

書いてあること

  • 主な読者:大企業を相手に定額利用サービスを提供している企業の経営者・経理担当者
  • 課題:取引相手が大企業である場合には、実態に即した契約内容に修正を求められるなどの手続きが生じる可能性がある
  • 解決策:ソフトウエアのライセンス定額利用サービスを念頭に、収益の計上時期や、処理の判断が難しい取引の会計上の取り扱い、および税務上の留意点を解説

1 様々な分野に広がるサブスクリプション取引とは

サブスクリプション取引とは、定額課金により一定期間サービスを提供する取引をいいます。新聞や雑誌の定期購読など、定額課金によるサービスは以前から存在していましたが、近年では、ソフトウエアのライセンス供与や動画・音楽配信サービスの他、自動車や洋服など様々な分野でもサブスクリプション取引が広がっています。

本稿では、サブスクリプション取引の典型例として、ソフトウエアのライセンス定額利用サービスを念頭に、収益の計上時期や、処理の判断が難しい取引の会計上の取り扱い、および税務上の留意点について解説します。

2 サブスクリプション取引の会計上の問題~新しい収益認識基準~

企業がサブスクリプション取引を行う場合、販売側の企業では会計上収益を計上することになります。しかし、従来の会計基準では、企業会計原則に「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」とされているのみで、収益認識に関する詳細な基準は定められていませんでした。

これが、2018年3月に企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下「会計基準」)および企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下「適用指針」といい、会計基準と適用指針を合わせて「収益認識基準」)が公表され、収益認識に関する包括的な会計基準が定められました。

収益認識基準の適用時期は2021年4月1日以降開始の事業年度からですが、現時点でも任意適用することができます。以降では収益認識基準を参考に、サブスクリプション取引の会計上の取り扱いを解説します。

3 販売側の会計上の取り扱い

1)収益の計上時期

ソフトウエアのライセンス定額利用サービスを提供する企業は、収益認識基準に基づいて収益計上を行う場合、ライセンス供与の性質が次のいずれであるかによって計上時期の判定を行います(適用指針62項)。

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ライセンス供与後も随時ソフトウエアのアップデートが行われると想定される場合は上記の(2)に該当し、一定期間(契約に基づくサービス期間)にわたり分割して収益を計上します。また、ライセンス供与後のアップデートが予定されていない場合は上記の(2)に該当し、ライセンスの供与を開始した時点で一括して収益を計上します。

2)収益の計上単位

次に、ソフトウエアのライセンス供与は、インストール・サービス、ソフトウエア・アップデートおよびテクニカル・サポートなどとともに、同一の契約で提供される場合があります。このような場合、各サービスが「一体のもの」か、「別個のもの」かによって収益の計上方法が異なります。

収益認識基準では、顧客に提供するサービスなどについて、次の要件をいずれも満たす場合は別個のものとすると定めています(会計基準第34項)。

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ソフトウエアがソフトウエア・アップデートやテクニカル・サポートなどがなくても機能し続けるような場合は、上記(2)の要件を満たすと考えられます。また、各サービスを独立して履行することができ、各サービスの依存度合いや関連度合いが高くないといえるような場合は上記(2)の要件を満たすと考えられます。

各サービスが別個のものと判定される場合、サービスごとに区分して収益認識を行うことになります。

3)収益の額の算定

ソフトウエアのライセンスの定額利用サービスでも、完全定額制ではなく、利用量が一定水準を超えた場合は従量課金となる場合があります。このように、顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分を、収益認識基準では「変動対価」と定義し、変動対価の額の見積もりによる会計処理を行わなければなりません。

見積もりに当たっては、発生し得ると考えられる対価の額を最も可能性の高い単一の金額(最頻値)とする方法か、発生し得ると考えられる対価の額を確率で加重平均した金額(期待値)とする方法のいずれかのうち、対価の額をより適切に予測できる方法を用いることとされています。また、サービス期間が決算をまたぐ場合には、上記の見積もりについて決算時に金額を見直す必要があります。

4 購入側の会計上の取り扱い

ソフトウエアのライセンスの定額利用サービスを購入している企業においては、通常はサービス利用期間を通じて均等に費用計上することになると考えられます。

ただし、費用を一括で前払いしている場合には、支払い時に前払費用として資産計上し、利用期間にわたって費用に振り替える会計処理が必要になると考えられます。

また、支払形態は定額課金であったとしても、実態としてはソフトウエアの買い切りであると考えられるような取引の場合は、無形固定資産として計上し、使用期間に応じて償却を行うことも考えられます。

5 中小企業の場合

一般的な中小企業の会計処理は、「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」等によることが認められていますが、収益認識基準はこれらの会計ルールに反映されていません(任意に適用することは可能です)。

従って、一般的な中小企業においては、収益認識基準による厳格な会計処理は求められず、収益認識については従来通り実現主義による会計処理(サービスの提供が終わった時点で、かつ対価が確定したときに収益計上)で問題ありません。

ただし、前述した「収益の計上単位」がそれぞれのサービス(インストール・サービス、テクニカル・サポートなど)ごとに別個のものと判断される取引で、かつ取引相手が大企業である場合には、実態に即した契約内容に修正を求められるなどの手続きが生じる可能性があります。近年、サブスクリプション取引は様々な分野に広がっているため、中小企業においても無視できないトピックであることは間違いありません。

6 税務上の留意点

1)法人税について

法人税法上、益金の額および損金の額は、原則として「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って処理することとされており、サブスクリプション取引の場合、益金として計上すべき時期は「サービス提供が完了したタイミング」となります。

従って、会計上の取り扱いと同様に「ライセンス期間にわたり存在する企業の知的財産にアクセスする権利」であれば一定期間にわたり分割して益金を認識し、「ライセンスが供与される時点で存在する企業の知的財産を使用する権利」であればライセンスの供与を開始した時点で一括して益金を認識します。

なお、税務上、変動対価については次の要件のすべてを満たす場合に所得として認めることとしています。会計上はこういった要件がないため、会計上と税務上で相違する点となりますが、実務的には会計上もこの要件を参考に収益の額を見積算定することが多いと思われるため、実質的な相違はないと考えられます。

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2)消費税について

サブスクリプション取引について、会計上と法人税との間に差異が発生する可能性は低いと考えられます。ただし、消費税については一定の影響が生じます。主な理由は消費税では、「変動対価の見積計上」を認めていないため、会計上、変動対価を計上している場合には、課税売上(消費税の計算上の売上)を計算する上で所定の調整が必要になると考えられます。

3)その他の留意点

一般的な中小企業の会計処理は、従来通り「中小企業の会計に関する指針」や「中小企業の会計に関する基本要領」などによることが認められています。従って、一般的な中小企業においては、収益認識基準による厳格な会計処理は求められず、収益認識については従来と取り扱いが変更になることはありません。

以上(2019年9月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士・税理士 仁田順哉)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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課税強化が進む「国外財産」に関する申告制度

書いてあること

  • 主な読者:国外に財産を有する経営者
  • 課題:現在の国外財産に関する税務手続きや、税務当局の情報収集の方法を知りたい
  • 解決策:2017年1月に創設・開始された2つの制度を解説した上で、その他の国外財産に関する申告制度をまとめる

1 強まる国外財産に関する情報収集

近年、税務当局は国民の資産に関する情報収集を強めています。背景には、高齢化に伴う相続件数や国外転出者の増加などが考えられます。また、複雑化する国外財産の移転手段などにより、国内の情報だけでは、正確に資産状況を把握することが難しくなっており、近年では各国の税務当局が連携して、自動で情報を交換する制度(詳細は後述)も始まっています。本稿では、まず、2017年1月に創設・開始された2つの制度を解説した上で、その他の国外財産に関する申告制度をまとめます。

2 国外財産に対する課税の動向

1)財産債務調書制度

最近の海外資産の申告制度に関する税制改正のひとつに、財産債務調書制度の創設があります。

この制度により、一定以上の所得や資産などのある個人は、「財産債務調書(国内・国外にある財産の一覧)」をその年の翌年の3月15日までに提出しなければなりません。

なお、財産債務調書の提出が必要な個人とは、所得税の確定申告書を提出しなければならない人で、かつ、次のいずれの要件も満たす者をいいます。

  • その年分の総所得金額及び山林所得金額の合計額が2千万円を超える者
  • その年の12月31日時点で、その価額の合計額が3億円以上の財産を有する者、または、その価額の合計額が1億円以上の国外転出特例対象財産を有する者

財産債務調書を未提出であったとしても、罰金や懲役、加算税といった直接のペナルティーは設けられていません。しかし、財産債務調書を提出しているかどうかは、後に申告漏れが見つかったときのペナルティーに影響してきます。

財産債務調書を期限内に提出した場合には、財産債務調書に記載がある財産または債務に関して所得税・相続税の申告漏れが生じたときであっても、過少申告加算税等が5%軽減されます。一方、財務債務調書を提出していない場合に、所得税・相続税の申告漏れが生じたときは、過少申告加算税等が5%課されます。

2)共通報告基準(CRS)

国外では、租税条約による各国の相互情報交換が進み、海外資産に対する課税が強化されています。

外国の金融機関などを利用した国際的な脱税や租税回避に対処するため、OECD(経済協力開発機構)において、非居住者に係る金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準である「共通報告基準(以下「CRS:Common Reporting Standard」)」が公表され、日本を含む各国がその実施を約束しました。この基準に基づき、まずは各国の税務当局は、自国に所在する金融機関の情報の報告を受けます。

そして、租税条約等の情報交換規定に基づいて、その非居住者の居住地国(例えば、日本人が国外の金融機関に預貯金等を有する場合には日本)の税務当局に対して、その情報を提供します。

CRSにより、これまで各国の税務当局が把握することが困難であった租税回避行為の情報を、タイムリーに知ることができるようになります。

3 その他の国外財産に関する申告制度

1)国外送金等調書制度

国外送金等調書制度とは、国外への送金または国外から送金を受領した金額が100万円を超えた場合に、金融機関が「国外送金等調書」を税務署に提出することをいいます。

なお、国外送金等調書には、次の事項が記入されます。

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国税当局にとっては、海外取引に係る資金の流れや国外財産を把握するための重要な情報源となっています。この制度は、納税者自身ではなく、金融機関に提出が義務付けられているものであるため、100万円を超える国をまたいだ資金移動は、確実に国税当局が把握することになります。

2)国外証券移管等調書制度

国外証券移管等調書制度とは、国境を越えて有価証券の証券口座間の移管を行った場合に、証券会社が「国外証券移管等調書」を税務署に提出することをいいます。この制度も、納税者自身ではなく、証券会社に提出が義務付けられているものです。

3)国外財産調書制度

国外財産調書制度とは、その年の12月31日において、価額の合計額が5000万円を超える国外財産を有する個人(国内に住所を有し、または現在まで引き継いで1年以上居所を有する非居住者以外の居住者)が、「国外財産調書(国外にある財産の一覧)」を税務署に提出することをいいます。

なお、居住者のうち国外財産調書の提出が不要となる非居住者とは、日本の国籍を持たず、かつ過去10年以内に日本に住所または居所を有していた期間の合計が5年以下の個人です。

4 実務家からのアドバイス

これまで見てきた通り、近年、海外資産に対する課税は強化されています。特にCRSの導入により、最新の海外資産の情報が送られることになります。これらの情報が、今後の税務調査に活用されることは間違いないでしょう。

また、「財産債務調書」と「国外財産調書」の両調書に「質問検査権」の規定を設けました。質問検査権の規定を設けることは、両調書に対して税務署が税務調査を行えるということです。税務当局がこの両調書をいかに重要視しているのかをうかがい知ることができます。

税務署が国外財産の存在を把握するのは時間の問題と捉えて、もし申告漏れが発覚した場合などには自主的に、かつ速やかに申告するようにしましょう。

以上(2019年9月)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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「印紙税」の概要と税理士が教える実務のポイント

書いてあること

  • 主な読者:実務で印紙を取り扱う営業担当者、経理担当者
  • 課題:印紙を貼り忘れたり、金額を間違ったりすることがある
  • 解決策:印紙税の概要と実務上のポイントを知る

1 印紙税とは

1)印紙税と納税者

印紙税とは、契約締結時や代金を領収したときなどに作成される文書に対して課される流通税(財産が動くときに課される税)です。

工事請負契約書や不動産売買契約書、領収書などに決められた印紙を貼り、印鑑や署名で消印することで納税します。また、預貯金通帳など、特定の文書については、印紙を貼ることに代えて、納税義務者が申告することで納付金額を確定させる申告納税方式も認められています。

印紙税の納税義務は課税文書を作成したときに発生し、課税文書の作成者は、その作成した課税文書ごとに、印紙税を納める義務があります。「作成した時」の判定は、課税文書の作成目的などによって異なります。印紙税の納税義務が生じるタイミングは次の通りです。

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なお、複数の人が共用して一つの課税文書を作成した場合は、作成をした人全員に連帯納付義務が発生します。

2)印紙税の貼り漏れがあった場合

印紙税の貼り漏れがあった場合、課税文書の作成者から、納付しなかった印紙税額とその2倍に相当する金額との合計額、つまり、合計で3倍の金額に相当する過怠税が課税されます(200円の場合は、600円)。

印紙の貼り漏れがあることを自主的に所轄税務署長に申し出た場合、貼り漏れていた印紙税の金額と、その印紙税の額に100分の10の割合を乗じて計算した金額を加えた金額が過怠税となります(200円の場合は、220円)。

なお、印紙は貼ったものの、消印がない場合には、消印されていない印紙の税額と同額の金額が過怠税となります(200円の場合は、200円)。

2 印紙税が課される課税文書とは

1)課税文書とは

課税文書(印紙税が課税される文書)とは、国税庁「印紙税額一覧表」(以下「一覧表」)に記載されている20種類のいずれかの文書に該当するもので、課税事項を証明する目的で作成された文書をいいます。ただし、一覧表の右側に掲載されている非課税文書(一定の金額以下のものなど)を除きます。

2)課税文書に該当するかどうかの判定のポイント

課税文書に該当するかどうかについては、その文書に記載されている個々の内容について判断します。そのため、一覧表にはない文書の名称(見積書や請求書など)でも、その文書に記載されている文言の実質的な意義に基づいて課税文書かどうかを判断します。例えば、契約書は、契約の成立を証明する文書だけでなく、契約の変更をする際の文書、契約の更新、内容変更、内容の補充を証明する文書など、重要事項の契約に関連する文書すべてが課税文書となります。

■国税庁「印紙税額一覧表」■
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/inshi/tebiki/pdf/08.pdf

なお、課税文書の種類ごとの内容と印紙税額については、以下コンテンツをご参照ください。

▶ 30015 「いくらの印紙を貼るのか?」を分かりやすくまとめています

3 税理士に聞く 印紙税Q&A

1)電子契約書の場合の取り扱いは?

近年では、紙の代わりに電子データ上で取り交わす契約書(電子契約書)が広がっています。電子契約書の場合には、印紙税は課税されません

前述の通り、印紙税は課税文書の作成者が納税者となります。ここでいう「作成」とは、紙の書面にて交付することをいいます。つまり、電子契約は紙の書面ではないので課税文書の「作成」に該当せず、印紙税は課税されないということになります。

2)子会社や社員と、会社が締結した契約書の取り扱いは?

まず、子会社との間で締結した契約書については、収入印紙の貼付が義務付けられております。次に社員と会社が締結した契約書については、契約の内容に応じて取り扱いが変わってきます。どのような雇用形態であっても、雇用契約書の内容が請負契約である場合については印紙が必要となります

3)海外企業と契約を締結した場合の取り扱いは?

印紙税は日本国内の法律なので、その適用地域は日本国内に限られます。従って、課税文書が国外で作成されるときは、国内でサービスを受ける場合や日本国内で文書を保存する場合でも課税されません

その文書が、いつ・どこで作成されたのかということと、その文書の効力が生じるタイミングが重要となります。つまり、効力が生じるときに国内で文書が作成された場合は、印紙税が課税されることになります。

4)「覚書」に印紙は必要?不必要?

「覚書」についても印紙が必要となるケースがあります。印紙が必要か否かの判断は、その作成した覚書が課税文書に該当するか否かで判断をします。「契約書」か「覚書」か、文書の名称で判断をするのではなく、前述の「課税文書に該当するかどうかの判定のポイント」に記載されている内容に合致した場合、課税されることとなりますので注意が必要です。

5)レシートに印紙が貼られていなかった場合は、受け取った側も問題があるの?

レシートや契約書に印紙の貼付がなかった場合でも、課税文書自体は有効です。また、この場合、印紙税の納税者は、あくまでも「課税文書の作成者」になりますので、受け取った側は特に問題はありません。

6)一つの文書に複数の金額記載がある場合の取り扱いは?

一つの文書に複数の金額記載がある場合、印紙税は契約書に記載されている金額の合計額で判断をすることになります。

以上(2020年8月)
(監修 南青山税理士法人 税理士 窪田博行)

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会計基準とは? 日本基準・IFRS・米国基準の違いを整理しよう

書いてあること

  • 主な読者:将来IPOを考えている経営者
  • 課題:日本の上場企業のすべてが、同じ会計基準を採用しているわけではない
  • ポイント:日本基準、IFRS、米国基準それぞれの背景や適用範囲、代表的な違いについて紹介

1 1つだけではない会計基準

会計基準とは、主に財務諸表(貸借対照表、損益計算書など)の作成ルールのことをいいます。会計のルールは、各国において慣行や法令などで定められており、日本には日本の会計基準(以下「日本基準」)があります。ただし、代表的な日本企業をいくつか見てみると、全ての企業が日本基準を適用しているわけではありません。

現在、国内において適用が認められている会計基準としては、日本基準の他に、国際財務報告基準(以下「IFRS」)、米国の会計基準(以下「米国基準」)があります。この他に修正国際基準(いわゆる「日本版IFRS」)も認められていますが、現時点で適用している企業はほとんどないと思われますので、説明は省略します。

これらの会計基準は、基本的には上場企業に適用が義務付けられているものですが、近年、売上計上基準やリース基準などについて、IFRSの改定を受けて、日本基準や中小会計指針(中小企業向けの会計ルール。詳細は後述)が変わるという報道を目にする機会が増えています。

会計基準が違うと、同じ項目であっても、意味する数値が異なっていたり、財務諸表の項目が異なっていたりします。なぜ、異なる会計基準を適用するのかや、それぞれの会計基準の特徴を知ることは、他社の財務分析をする上で欠かせません。

本稿では、日本基準、IFRS、米国基準それぞれの背景や適用範囲、代表的な違いについて紹介します。

2 それぞれの会計基準の背景と適用範囲

1)日本基準とは

日本基準は、日本において一般に公正妥当と認められる「公正なる会計慣行」を規範としています。公正なる会計慣行とは、「企業会計原則」(1949年に大蔵省企業会計審議会が制定)を中心に、同審議会が設定した会計基準と、2001年より会計基準の設定主体となった企業会計基準委員会が設定した会計基準を併せたものから構成されます。

2)IFRSとは

IFRSとは、国際会計基準委員会(IASB)が設定する会計基準です。日本基準や米国基準などのように各国において定められたルールとは異なり、国際的な会計ルールとして適用される目的で設定されています。

2005年からEU域内の上場企業に対して、IFRSの適用が義務付けられたことをきっかけに、現在では世界中で普及しています。

日本においても、金融商品取引法における連結財務諸表の作成に、IFRSを適用することが認められ、現在では200社を超える企業が適用しています。

3)米国基準とは

米国基準は、米国において一般に公正妥当と認められる会計基準をいい、会計基準を設定する機関として米国財務会計基準審議会(FASB)があります。

かつては米国の証券市場に上場する場合、外国企業であっても米国基準で財務諸表を作成する必要がありました。このため、米国の証券市場に上場する日本企業は米国基準で財務諸表を作成しなければならず、当該企業に対しては、日本においても金融商品取引法における連結財務諸表の作成に、米国基準を適用することが認められています。

しかし、現在では、米国でも外国企業に対しIFRSの適用が認められており、米国証券市場に上場している企業も米国基準からIFRSへ移行する企業が相次いでいるため、米国基準を採用する日本企業は減少傾向にあります。

4)IFRSや米国基準の適用範囲

わが国において適用を認められている会計基準として、日本基準の他にIFRSや米国基準があると述べましたが、その適用範囲は原則として金融商品取引法における連結財務諸表に限定されます。つまり、個別財務諸表については適用することができません。

また、IFRSは上記範囲の財務諸表に任意適用が認められていますが、米国基準は米国上場企業(例えばソニー、トヨタ自動車など)にしか認められていません。

さらに、米国上場企業の中にも米国基準からIFRSに移行ないし移行予定の企業が増えており、現在では米国基準を採用する企業は十数社にすぎません。IFRSが会計の世界標準となる中、今後米国基準を新たに採用する日本企業はほとんど出てこないことも考えられます。

個別財務諸表については日本基準しか認められていませんので、株主総会に提出される決算書や税務申告のための決算書は、日本基準で作成する必要があります。

そのため、一般的な中小企業においてIFRSや米国基準は選択肢になりませんが、今後上場を目指して準備中の企業においては、連結財務諸表のみIFRSの適用が選択肢となり得ます。

5)(参考)中小企業のための会計ルール

上場企業や一部の大企業などにおいては、会計監査が義務付けられており、上記いずれかの会計基準に準拠した財務諸表を作成する必要があります。

一方、一般的な中小企業においては、会計基準を厳格に適用せず、税務申告のための決算書のみ作成しているのが実情です。特に会計上は費用計上すべきにもかかわらず、税務上損金として認められないもの(例えば退職給付費用、賞与引当金繰入額など)は、費用計上していない企業が大半です。

このような実情を受け、中小企業においても一定水準の会計ルールを適用することを目的に、「中小企業の会計に関する指針(中小会計指針)」が策定されています。これは、日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所および企業会計基準委員会の4団体が、法務省、金融庁および中小企業庁の協力のもと、中小企業が計算書類を作成するに当たってよるべき指針を明確化するために作成し、2005年に公表したものです。中小企業向けとはいえ、一定水準の会計ルールとするため、IFRSの改定による影響も受けることになります。

また、中小会計指針に準拠した財務諸表の作成であっても相応の負担が生じることから、中小会計指針に比べて簡便な会計処理である「中小企業の会計に関する基本要領(中小会計要領)」も策定されています。これは、中小企業団体、金融関係団体、企業会計基準委員会および学識経験者が主体となって設置された「中小企業の会計に関する検討会」が、中小企業庁、金融庁および法務省の協力のもと策定したものであり、2012年に公表されています。

3 知っておきたい会計基準の主な違い

1)のれんの会計処理

のれんの会計処理には大きな違いがあります。日本基準ではのれんの定期償却が義務付けられていますが、IFRSや米国基準では定期償却を行いません。

なお、IFRSでは、定期償却を行わないものの、毎期買収した企業の収益性をテスト(減損テスト)し、回収可能価額がのれんの帳簿価額を下回る場合には、損失を計上しなければなりません(減損処理)。

2)各段階損益

日本基準では、損益計算書において、営業利益、経常利益、当期純利益という各段階損益が表示されますが、IFRSと米国基準ではこのような区分がありません。本稿では詳細な説明は省略しますが、異なる会計基準では、それぞれの損益の意味(計算過程に含まれている項目)が異なります。

それぞれの会計基準を適用している企業の損益計算書(各段階損益抜粋)を並べると次のようになります。

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このようにIFRSを適用している企業の損益計算書には、経常利益の区分がなく、特別利益・損失の区分が認められていません。また、日本基準であれば営業外収益・費用に計上される項目が金融収益・費用とそれ以外に区別され、後者は営業利益の構成要素となっています。

3)売上計上基準

現時点では日本基準とIFRS・米国基準で売上計上時期や金額に差異が生じるケースがあります。例えば、日本基準では売上高と販売促進費(ポイント還元費用など)などをそれぞれ総額で計上しているケースにおいて、IFRS・米国基準では販売促進費等を実質的な売上値引きとみなし、売上から控除するといった違いがあります。

なお、日本基準ではこれまで売上高などの収益全体を取り扱う会計基準がなく、実務慣行に基づき売上計上を行ってきました。しかし、IFRSと米国基準が共同で収益認識に関する包括的な会計基準の開発を行い、2014年に公表したことを受け、わが国でも「収益認識に関する会計基準」を作成、2018年に公表するに至りました。当該基準の適用が義務付けられる2021年4月1日以降開始の事業年度からは、日本基準とIFRS・米国基準で基本的には違いがなくなります。

4)リース基準

IFRSでは原則として全てのリース取引について資産計上するルールとなっていますが、日本基準では、一部のリース取引については資産計上せずに、リース料支払時に費用(支払リース料などとして)処理するルールがあります。ただし、日本基準でも同様のルール(全てのリース取引を資産計上するルール)を導入する方向で会計基準の開発に関する検討を進めています。

4 IFRSを会計基準として選択する理由

日本企業は、通常であれば日本基準に基づき財務諸表を作成しますが、金融商品取引法における連結財務諸表についてはIFRSや米国基準(米国証券市場に上場している企業のみ)を選択することができます。

前述の通り、今後、米国基準を選択する日本企業はレアケースと思われますので、ここでは日本基準でなくIFRSを選択する理由について説明します。

企業が連結財務諸表作成に際しIFRSを選択する主な理由としては、次のものが考えられます。

1)のれんの会計処理

M&Aを積極的に行う企業においては、IFRSを導入することにより毎期の利益額が大きくなりますので、これをメリットと考える企業は少なくありません。

M&Aを実施する際、買収対象企業の純資産よりも買収金額のほうが大きい場合、その差額がのれんとして資産計上(一部無形資産として計上するケースもある)されます。日本基準ではのれんを毎期償却(毎期一定の償却費用が計上される)しなければならないのに対し、IFRSでは定期償却が必要ないため、利益額はIFRSを適用したほうが大きく見せることができます。

2)財務諸表の国際的な比較可能性

IFRSは会計基準の世界標準となっているため、海外の投資家らに企業内容を理解してもらうことが容易になり、資金調達などの選択肢が増えることはメリットといえます。また、海外に多くの子会社を持つ企業であれば、グループ企業の会計基準をIFRSに統一することで、経営管理が容易になります。

他方で、IFRSを導入するデメリットとしては、事務負担やコスト増が挙げられます。これまでの日本基準での財務諸表をIFRSで作成するためには、多大な事務負担が生じる上、IFRS導入のためのアドバイザリー費用やシステム対応費用など、コスト面での負担も大きくなります。

これらのメリットとデメリットを勘案して、メリットのほうが大きいと判断した企業がIFRSを導入し、そうでない企業は従来通り日本基準を採用することになります。

以上(2020年7月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

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源泉徴収の義務は企業にある 副業や業務委託の取り扱いは?

書いてあること

  • 主な読者:源泉徴収事務を行っている経理担当者
  • 課題:取引の内容や、相手によって源泉徴収が必要かどうか迷うことが多い
  • 解決策:源泉所得税の基本を押さえた上で、フリーランスと業務委託した場合や副業を認めた場合などの取り扱いを解説

源泉徴収とは、会社がフリーランスに報酬を支払ったり、社員に給料を支払ったりする際に、その金額に応じた所得税等(所得税及び復興特別所得税)を差し引き、本人に代わって国に納めなければならない制度です。この差し引かれる所得税等を源泉所得税といいます。

社員・契約社員・外国人社員、フリーランスなど、企業が労働力を確保する方法が多様化しています。それに応じて源泉徴収のルールも違ってくるため、源泉徴収事務にもミスが出やすくなっています。源泉所得税の基本を押さえた上で、具体的に見ていきましょう。

1 源泉所得税とは~現場担当者の迷いどころ~

1)源泉徴収は会社の義務

源泉徴収は、給与や報酬を支払う側(会社側)の義務です。源泉徴収した所得税等は、原則、報酬等を支払った月の翌月の10日までに国に納めなければなりません。もし、納付漏れが生じた場合、罰則を科せられるのは源泉徴収義務者となります。

2)給与に係る源泉徴収税額表にある3つの欄~甲・乙・丙欄の違い~

会社が社員らに支払う給与から徴収する源泉所得税額は、国税庁「源泉徴収税額表」を使用して、決めていきます。まず、月額払いの場合には月額表を、日当払いの場合には日額表を使用します。いずれの表にも、「甲」「乙」欄があり、日額表にはこれに「丙」欄が追加されます。それぞれの欄には、次のような意味があります。

  • 甲:「給与所得者の扶養控除等申告書」の提出があった人が当てはまります。具体的には、その従業員にとって、その会社が主たる給与の支払先である場合が該当します。
  • 乙:「給与所得者の扶養控除等申告書」の提出がない人が当てはまります。具体的には、その従業員が2カ所以上の事業所から給与をもらっていて、自社以外の者に「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出している場合が該当します。
  • 丙:日雇い労働者や雇用期間が2カ月以内の短期雇用者が該当します。

なお、年末調整ができるのは「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出した甲欄が適用される人だけとなります。

3)ミスの多い報酬・料金等に係る源泉徴収

源泉徴収事務の中でミスが生じやすいのは、報酬・料金等に係る源泉徴収です。報酬・料金等は、給与のように毎月(または毎日)定期的に発生しないものが多く、また、通常の取引の中で発生するため、請求時に個々の判断が必要です。報酬・料金等の源泉徴収が必要なのは、日本国内に住所があるか、または現在まで引き続き1年以上居住している個人(以下「居住者」)に対して、次の支払いがあった場合です。 

  • 原稿料・講演料など
  • 弁護士、公認会計士、司法書士等の特定の資格を持つ人に支払う報酬・料金
  • 社会保険診療報酬支払基金が支払う診療報酬
  • プロスポーツ選手やモデル、外交員などに支払う報酬・料金
  • 芸能人や芸能プロダクションを営む個人に支払う報酬・料金
  • コンパニオンやホステスなどに支払う報酬・料金
  • プロ野球選手の契約金など、役務の提供を約することにより一時に支払う契約金
  • 広告宣伝のための賞金や馬主に支払う競馬の賞金

4)源泉所得税の納期の特例

所得税等の納付は、原則、給与等を支払った月の翌月10日までに所定の納付書により、所轄の税務署へ納付しなければなりません。

しかし、給与等の支給人員が常時10人未満である場合には、1~6月に徴収した所得税等を7月10日までに、7~12月に徴収した所得税等を翌年1月20日までの年2回に納付回数を少なくすることができます。この特例を受けるには、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を税務署に提出しなければなりません。そうすると、申請書を提出した月の翌月に支払う給与等から、適用することができます。

ただし、対象となるのは、給与や退職金から源泉徴収をした所得税等と、弁護士・税理士などの一定の報酬から源泉徴収をした所得税等に限られており、原稿料や講演料などに係る源泉所得税等は納期の特例の対象となっていません。対象外の源泉所得税については、原則通り支払った月の翌月10日までの納付となります。

2 ケース別の源泉所得税の取り扱い

1)契約社員を採用した場合

契約社員の給与や賞与(以下「給与等」)は、正社員と同様の取り扱いになります。給与等から源泉所得税を徴収するに当たり、雇用契約の違いにより区分することはありません。

2)外国人を採用した場合

外国人が居住者と非居住者(居住者以外の個人)のどちらに該当するかにより取り扱いが異なります。

日本へ入国した日の翌日から1年以上居住していること、もしくは継続して1年以上居住することを通常必要とする職業に就職したことを満たしている外国人は「居住者」に該当します。その場合は、日本人の他の社員らと同様に、源泉徴収税額表を使用して求めた所得税等を徴収します。

それ以外の者は「非居住者」に該当し、税率20.42%で所得税等を徴収します。ただし、出身国との租税条約により課税関係が変わる場合もあるので注意が必要です。なお、租税条約の有無や、要件などの判断は複雑なため、税理士など専門家に相談するようにしましょう。

また、採用時に記載してもらう「給与所得者の扶養控除等申告書」に日本国外に居住する親族を含める場合は、その者と生計を一にする証明書として「親族関係書類」及び「送金関係書類」を添付する必要があり、その書類が外国語で作成されているときは翻訳文も添付する必要があります。

もちろん、入管法に違反しないようにパスポート及び在留資格の確認は必ずしておきましょう。なお、採用後不法就労が判明した場合でも、その者への給与からは源泉徴収をしなければなりません。

3)個人(フリーランス)と業務委託した場合

業務委託の内容が前述の報酬・料金等に該当する場合は、所定の税率(報酬・料金等の種類により異なる)により源泉徴収します。なお、報酬・料金等には、ホームページや会社ロゴ作成に伴うデザイン料、翻訳や通訳の料金、建築士の業務報酬なども該当します。個人(フリーランス)に対して支払いが生じるときは、都度源泉徴収が必要かどうかを確認するようにしましょう。また、その業務委託が実質の雇用とみなされる場合は、報酬・料金等ではなく、給与として取り扱われます。なお、雇用契約とは使用者の指示に従い業務を遂行することに対して、業務委託とは委託者から独立して、受託者(本ケースでは、個人・フリーランス)の判断により業務を進めていく点が異なります。

4)副業を認めた場合

副業を認めた場合においては、「給与所得者の扶養控除等申告書(以下「扶養控除等申告書」)」の提出の有無がポイントになります。

副業をしている社員にとって、自社の仕事が本業である場合は、自社に扶養控除等申告書を提出します。この場合、源泉徴収税額表の甲欄を適用します。一方、自社の仕事が副業である場合は、他社に扶養控除等申告書を提出しており、自社には提出することができません。そのため、乙欄を適用することになります。なお、社員自身がいずれの会社にも扶養控除等申告書を提出することのないよう、副業に許可を出す際には、確認が必要です。

以上(2020年8月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 税理士 森浩之)

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画像:photo-ac

社内ラジオは組織活性化へ大いに役立つってご存知ですか?〜VC、キャリコン、ラジオパーソナリティ、多岐にわたる経歴だからこそ今に活きる〜/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人 杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、ベンチャーキャピタルでキャピタリストがファーストキャリア(その社内でもたくさんの経験を積み)、そこから海外留学、キャリアコンサルタント、ラジオのパーソナリティ、研修講師などと多岐にわたる仕事を経験され、ビジネスパーソン向けにその経験を活かしていらっしゃるCareer Creationの代表である森清華(サヤカ)さんです。

組織内コミュニケーションが上手くいっていない、生産性向上、働き方改革と言われつつも程遠い……。そのような社内の活性化に困っているという経営者、人事部の方々の声を耳にすることが多くなってきています。

このような課題の解消に役立つ【社内ラジオ】をご存知でしょうか。一定の規模になれば発行されることが多い、【社内報】。しかし、会社側の一方通行になることも多いですね。今回キャリアコンサルタントの森さんが【社内ラジオ】に携わって1年が経過、組織運営にどう変化が起こったのか? そのあたりからお話を伺いました。

1 組織内だけでなく社外へも。好循環を生む社内ラジオの効用とは?

1)社内ラジオの取り組み

現在手掛けているのは【PR TIMES】社の社内ラジオ。東証一部に上場している、PR TIMES社、同社はプレスリリース配信サービスを運営していることで有名ですね。その社内で日々起こるストーリーを当事者の生の声でよりリアルに全社共有したいという思いから企画をスタート。ラジオの効能である『ながら聴き』で作業を中断せずに情報を取得できる、ラジオならではの良さに着目。ここ最近、ラジオが世間的にも復刻モード。すでに企業向けにラジオ番組を手掛けていた制作パートナーとともに、組織コミュニケーションの活性化における音声メディアの可能性に着目し、このプロジェクト開始に踏み切りました。

当番組は社内限定の配信に留めず、自らの情報をオープンにすることで社外の方々ともつながる契機をつくろうと社外にも向けて広く発信をしています。

社内ラジオの概要を示した画像です

2)番組の概要について

「PR TIMESのOpen Radio」(2019年1月9日より開始)
社内放送及びボイスメディア「Voicy」内チャンネルで配信
※毎週水曜に配信 同社の社内ラジオはこちらです

  • 番組の内容:同社の社員さんがラジオパーソナリティを務めて、毎回ゲスト(もちろんこちらも社員さん)と対談形式で、事業における挑戦や決断、そして今となっては話せる失敗のエピソードまで、ありのままを語っていらっしゃいます。

想いを自ら語ることの大切さ、自分自身の気付き、自社や自分のチャレンジ、勇気を発信することとその連鎖が波紋のように社内に広がることを目的に続けていらっしゃいます。

3)社員間のコミュニケーションが双方向で活性化 そのワケは?

以前ある投資銀行にお勤めだった方に聞いたことがあります。数千億円、数兆円規模のM&Aの世界では一瞬の行き違いは命取りに。そこで文字では伝わらない、ニュアンス、パッションを伝えるにはボイスメールを多用することが通例なんだと。

SNSなどで誰とでも簡単にコミュニケーションが取れて利便性が増す一方、組織におけるコミュニケーションは規模の大小にかかわらず各企業の大きな課題になっていることも事実。ラジオという媒体は映像が無い分、各個人の脳の中で、テレビ以上にエモーショナルな伝達になっていると感じます。社内ラジオは、語り手の気持ちや熱量、企業カルチャーが体感できるだけでなく、役職、部署のみならず組織の枠を超えた社内外での対面によるコミュニケーションの活性化、醸成につながっていくそうです。

ラジオ出演された方の意欲向上の機会となるとともに、『この人はこんな悩みがあった、こんなことにチャレンジしている、部署が違うと知らないことも多い』というようなことがラジオを通じて自然に伝わることで、お互いの仕事や想いを理解してコミュニケーションのハードルが低くなり、横断的に組織が活性化していくそうです。

この社内ラジオをスタートして1年が経過して、【変化】について森さんに伺ったところ、次のようなことを教えてもらいました。

  • ゲスト向けの事前質問箱の出現
  • 社内横断的なランチ会の自主的な開催
  • ゲスト以外のメンバーを巻き込んだ番外編や特別企画の実施
  • パーソナリティのパブリックスピーキング力の向上と視野の広がり
  • 番組を聞いたゲストのご家族、取引先などのコミュニケーション創出

活性化と一言では片付けられない変化が【現場】で自然発生的に起こっていることが効果の表れですね。

この社内ラジオを広げることで、各企業のキャリア分断、組織の活性化に取り組んでいる森さん。続いて森さんのキャリアについてお伝えしたいと思います。

2 森さんのキャリアについて

私が森さんに最初にお会いしたのは5~6年ほど前、今私がベンチャーパートナーとしてお世話になっているK&Pパートナーズにいらっしゃる時でした。当初の印象は知性派の別嬪(べっぴん)さんそのものって感じでしたね。

その後、独立され、ビジネスパーソン向けのキャリア相談、セミナー、法人向けの人材育成研修、キャリアコンサルティングに関わっていらっしゃいます。全く別の【顔】として2016年10月から、人のキャリアをテーマとしたラジオ番組「森清華のLife is the journey」にてパーソナリティを務めていらっしゃいます。ベンチャーキャピタリスト・キャリアコンサルタント・ラジオパーソナリティとたぶんこのキャリアをお持ちの方とは、今まで会ったことも聞いたこともありません。多彩とはこの方のことだと思います。森さんのキャリアについて3つの経歴についてお伝えします。

詳細は、森さんがインタビューを受けた『アナザーライフ』の記事をご覧ください。こちらから。

1)ハードワークを厭わなかったVC時代

ラジオ番組で初めて会った人からよくいろんなお話を引き出せますね、とお聞きすると、それはキャリアコンサルタントで学んだスキルと、ベンチャーキャピタリストの時の経験が影響しているように思うと話されます。新卒で入ったVCでは投資部に配属、当時は毎年数百名、かつありとあらゆる業界の経営者に会い続け初対面の相手からなかなか聞き出せない経営の根幹、秘匿情報を手にする会話力を鍛えられたからではないかと話されます。私もストレスなく、しかも楽しく自然となんでも話していることを気付かされます。VC時代のハードワークは相当のレベル、国内のみならず海外部門で海外出張もあったり、リーマンショック後はIR、予算管理が主な仕事となる経営管理部門の仕事をされていました。VC時代だけでも幅広いビジネス経験をお持ちです。

2)留学後にキャリアコンサルタントとラジオのパーソナリティを兼任

VC退職後に一度米国に語学留学、肌に合う感じだったそうで、中でも一人ひとりモノの見方、捉え方、感じ方に違いがあって良いんだと、画一的な日本人と違って個の大切さを感じ、自分自身を見つめる良い経験をされたようです。

一旦、VC時代のメンバーが立ち上げたK&Pパートナーズにジョインしながら、自身のビジネスパーソンとしての経験やキャリアが次世代のビジネスパーソンに役立てられるのではないかとの想いで今のCareer Creationを立ち上げ、同時にラジオ番組を企画。企業経営者を中心としたゲストの方に「人生の分岐点で何を考え、どう行動したか」を聞き出す番組とし、これから先のキャリアをどうしようか悩んでいる人に、考えるヒントや行動のきっかけを掴んでもらいたい、という想いでスタートしました。もう150名を超えるゲストが出演、人生の岐路の共有の場となっています。キャリアとしてバラバラですが、お話をお聞きしていると全てが1本の線でつながる、他者貢献の想いを感じる次第です。

森さんがパーソナリティを務める番組はこちらです(ラジオですがいつでも聴取可能です)。

3 森さんの今そして今後

1)森さんがパーソナリティを務めるラジオ番組に出られて

私と懇意な経営者が森さんの番組に出演されるということも。(株)ZENKIGENの野澤さん、千(株)の千葉さんがここ最近、私から森さんに推薦させていただき収録・放送されることになりました。ご出演のお二人にコメントをいただきました。

  • 野澤さん
  • (番組に対して)

    第一線のプロフェッショナルな方がどのような人生を送り今に至っているのか。文章がリアリティを持って迫って来るような迫力があります。
    加えて、共通しているのがご自身の仕事を通じて、関わる人や多くの人の幸せに貢献しようという強烈な想いを持っている方ばかりです。
    まさに仕事=人生を体現されている方々ばかりで大変刺激になっています。
    今後も人生を生ききっている素晴らしい方々のご出演を楽しみにしております。

    (森さんに関して)

    改めまして森さんのご紹介ありがとうございました。元ベンチャーキャピタリストから自身のお名前を冠したラジオ番組を持たれるとは特異な方ですよね。

森清華のLife is the journeynのページの画像です

  • 千葉さん
  • 私も起業の準備にたくさんの経営者の方々にご教授いただきました。なので、経営者の声を発信し人々のキャリアにつなげる森さんのラジオ番組は、向上心を持つ人にとって必要とされる素晴らしい内容だなと感じています。

森さんの番組タイトルは「森清華のLife is the journey」、私も人生は旅行だと心底思っているとこです。まさに番組、森さんに共感しています。

2)最後に森さんから一言、想いを。

自分は学びの機会がたくさんあってほんと得だなぁと話される森さん、人から学べるって考え方が素敵です。人が変化する場面に立ち会えていることが原動力となり、キャリアコンサルティングの立場で実績と経験も積み重ねていらっしゃいます。自分のキャリアのことを考えることはすごく大切なこと、なのにそこに行き当たらないビジネスパーソンも多い、そのような人たちに機会を創っていきたい、人の成長していく姿を見ていきたいと笑顔で話されます。まさにビジネスパーソンが駆け込む保健室の先生に相応しいと感じます。

最後に、森さんから今後についてお話しいただきました

組織におけるコミュニケーションは各企業の大きな課題となっています。 その解決の一つの切り口は、人と人とが顔を合わせ、心を通わせていく“対話”にあると考えています。キャリアコンサルタントのスキルの核となる “対話”を軸に、今後もキャリアコンサルティングや社内ラジオなどを通じて皆が安心して話せる場づくりを行い、組織に“対話”の機会を創り出していきたいと思っています。同時に、自分自身との対話である「内省」を促して個々の成長マインドの醸成やキャリア開発支援により注力し、人と組織の成長を後押ししていきます。

以上(2020年2月作成)

小売業が新規出店する際の立地調査の考え方

書いてあること

  • 主な読者:新規出店を検討する小売業の経営者
  • 課題:出店するのに望ましい立地の条件が分からない
  • 解決策:通行量や近隣の競合店など、出店候補地を調査する

1 小売業における立地の重要性

小売業が新規出店をする場合、「立地や業態などを考慮した上で、経営が成り立つ程度の売り上げが獲得できるか」をしっかりと検証しなければなりません。

小売業は立地産業ともいわれており、立地は売り上げに大きく影響します。

例えば、次のような場合には、新規出店によって十分な売り上げを獲得することは難しいでしょう。

  • 新規出店を考えている地域にターゲット顧客としている人口が少ない
  • 新規出店を考えている立地の近隣に同じ業態の繁盛店がある

反対に、望ましい立地条件としては、次のようなものが挙げられます。

  • 人口が増加している地域であり、将来発展が見込める場所である
  • 交通事情が良く、分かりやすい場所である
  • 競合店が集中していない地域である
  • 近隣に集客施設がある
  • 店舗開設に法的および物理的な制約がない
  • 従業員(パート社員)を獲得するために、近隣に居住地がある

2 立地条件を検討する際の留意点

1)店舗のコンセプトと照らし合わせる

店舗のコンセプトとは、「どういった店舗にしたいのか」ということであり、具体的には「ターゲット顧客」「商品の品ぞろえや価格」「店舗の内外装」「従業員」などを指します。

従って、次のような点を検討する必要があります。

  • ターゲット顧客である層の人口が増加しているか
  • 従業員として店舗のコンセプトに合った層の住民が周辺に居住しているか

例えば、20代の若年層をターゲット顧客とするコンセプトの場合、60代を超える高齢層の人口が増えていても売り上げを獲得することは難しくなってしまいます。

また、店舗のコンセプトで考えている商品の価格帯が高いか低いかによって商圏なども異なります。

2)立地条件の変化に注意すること

立地条件というものは常に変化しているため、出店前は望ましいと思っていた立地条件が次のような事情で変わってしまい、想定していたほどの売り上げを獲得できない場合があります。

  • 近隣に競合店が新規出店する
  • 近隣の集客施設が他地域に移転する

一方、売り上げの獲得が難しいとして出店を見合わせた立地が、次のような事情によって、後に望ましい立地条件になることもあります。

  • 近隣に集客施設が移転してくる
  • 新規住宅施設が建設される
  • 道路や鉄道などの交通網が整備される

このように立地条件の変化は小売業の売り上げに大きな影響を与えるため、将来の変化にも注意して立地条件を検討することが重要だといえます。

以降では、立地条件を検討するための手法である立地調査について紹介します。

3 立地調査の概要

1)商圏とは

立地調査では、「その立地では自店にはどれくらいの潜在顧客がいるのか」といった市場規模(マーケットサイズ)の検討から始めます。そのためにはまず、自店の商圏を把握しなければなりません。

商圏とは顧客が自店に来店する範囲のことで、商圏内の住民を潜在顧客として市場規模を検討することができます。

商圏は、次のように3つに分類することができます。

  • 1次商圏:自店の売上高のうち、70%程度を占める顧客が居住する地域
  • 2次商圏:自店の売上高のうち、20%程度を占める顧客が居住する地域
  • 3次商圏:自店の売上高のうち、10%程度を占める顧客が居住する地域

上記のうち、1次商圏が最も自店に隣接しており、売り上げを獲得するために重要な地域となります。

また、商圏は自店が取り扱う商品の特性、競合店の出店状況、交通網の整備状況などによっても異なっており、立地を検討している場所について入念な商圏の分析・設定を行う必要があります。

2)商圏の分析・設定手法

次に、商圏の分析・設定手法を見てみましょう。

ショッピングセンター内や商店街に新規出店する場合は、関係者に聞けばおおよその商圏が分かります。しかし、それ以外の地域に出店する場合は、自分で商圏を分析・設定する必要があります。

自分で商圏を分析・設定するための代表的なモデルとして、コンバースの法則があります。コンバースの法則とは、次の通りです。

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また、コンバースの法則以外の手法で商圏を分析・設定するには、次のような方法があります。

  • 既存店がある場合、既存店の顧客属性データから顧客の居住地域を調査する
  • 出店予定地域で路上アンケート調査を行い、通行人の居住地域を調査する
  • 想定される来店ルートを使用して来店し、所要時間より顧客が来店し得る地域を推定する

3)ターゲット顧客数の調査

商圏を設定したら、その商圏内のターゲット顧客数を調査します。

この際、出店を検討している地域の地方自治体を訪問したり、ウェブサイトで検索したりすると、その地域の年齢・性別など層別の居住データを入手できます。

しかし、そのような公的統計は数が多く、なかなか目当ての統計が見つからないことがあります。また、統計間の連携がなく、個別にデータを集めて集計しなければならないケースもあります。

こうした複雑な公的統計を視覚的に分かりやすく、利用しやすくしたシステムとして、総務省統計局と統計センターが提供する地図情報システム「jSTAT MAP」があります。

■地図情報システム「jSTAT MAP」■
https://jstatmap.e-stat.go.jp/

4)「jSTAT MAP」でできること

「jSTAT MAP」を利用すれば、地図上のある地点を選択するだけで、半径500メートル圏内や半径1キロメートル圏内などの人口や世帯数、事業所数、従業者数などを簡単に把握できます。また、自分で地図上に線を引いて設定した圏内のデータも入手することができます。

地図には人口、世帯数、年齢別人口、性別人口、事業所数などさまざまなデータが収録されているため、地点と商圏を設定して入力するだけで、そのエリアの性別・年齢別人口などのさまざまなデータを出力することができます。

5)売り上げの予測

ここでは、売り上げを予測をするための手法について見てみましょう。その手法には、修正ハフのモデル式があります。修正ハフのモデル式は、来店数を見込むための手法です。地方自治体のデータや「国勢調査」などから算出した商圏内の人口・世帯数を基に、次の式で来店数を推計できます。

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4 新規出店前の現地調査

修正ハフのモデル式などで売り上げを予測しても、商圏はさまざまな要因によって左右されるため、実際に出店した際に予測していたほどの売り上げを獲得できないことは少なくありません。そうした事態を避けるために、事前に現地へ行って実情を確認することが重要です。

ここでは、その現地調査の一例として通行人調査を紹介します。

  • 通行量調査

ある時間帯のA立地(左枠)の人数は15人、B立地(右枠)の人数が10人とします。

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通行量ではA立地のほうが多いのですが、店のターゲット顧客である20代前半の女性(網掛けの部分)の数を数えると、A立地(左枠内)は4人、B立地(右枠内)が6人であった場合、出店立地としてはA立地よりもB立地のほうが適していることになります。

来店客の性別・年齢が重要な場合、通行量調査は、単に通行人の数をカウントしただけでは有用な情報とはなりません。ターゲット顧客となる性別・年齢に合致した通行人の数をカウントする必要があります。また、自動車の通行量を調査する場合、ファミリーをターゲット顧客にするならば、トラック・商用車・スポーツカーの数ではなく、ミニバンやセダンの数をカウントする必要があります。

このように通行人調査を行うことで、公的データで予測した通り、ターゲット顧客としている人口がいるのかどうかを確認することができます。

通行人調査に加えて、現地の実情を確認するためには、次のような調査が必要でしょう。

  • 路上アンケート調査により、顧客ニーズを調査する
  • 近隣の競合店を調査する
  • 今後の交通網の整備や法規制の変更などについて地方自治体に問い合わせる
  • 企業や集客施設の移転についてヒアリング調査する

こうして事前の調査を念入りに行うことで立地条件を検討し、望ましい立地を見つけることが新規出店を成功させるために重要な準備の1つといえます。

以上(2019年8月)

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後継者に伝えたい賢者の「家訓」

書いてあること

  • 主な読者:後継者候補や企業に、どのような訓戒を残せばよいか迷っている経営者
  • 課題:企業にとって最も大切なことを分かりやすく伝え、後継者に実践してもらう
  • 解決策:偉大な先人たちの家訓を参考にする。伝えられる側の気持ちにも配慮し、言いたい

ことを絞り、押し付けを避ける

1 家訓は偉大な先人たちの「知恵の結晶」

愛情を注いで育て上げた子供や孫、あるいは経営する企業について、自分が去った後の行く末を案じる気持ちは、誰にでもあるものです。こうした不安を少しでも和らげるために、子孫や部下に対する訓戒として「家訓」を遺すことは、古くから行われてきました。

東京・日本橋の老舗企業である伊場仙(後述)は、投機を戒める家訓を守ったおかげで、バブル崩壊時に損害を免れたといいます。家訓とは、偉大な先人たちが自らの人生経験から得た教訓や価値観を、後継者たちが活かせるようにまとめた「知恵の結晶」ともいうべきものです。

本稿では、企業の後継者に伝える家訓づくりの参考になるように、生きていく上での処世術や、組織の永続に関するもの(企業を永続させるための教え、組織のリーダーとしての心構え)に重点を置いて紹介します。なお、参考文献を引用したものは、現代仮名遣いに直すなど平易に読めるようにしており、必ずしも原文とは一致しません。参考文献を記載していない家訓は、当該企業に直接確認をしています。

2 日常生活に関する戒め

実はどの時代に遺された家訓も、「朝は早く起きなさい」「怠けるな」「酒に溺れるな」「忍耐せよ」など、親が子供に諭す“小言”のような内容が多くを占めています。

小説「三国志演義」では天才的な軍師として活躍している中国・三国時代の諸葛亮(孔明)ですが、妹の子に対して戒めたとされる書簡の中に、次のような一節があります。

「自分の意志を抑えることを学び、感情的な些細(ささい)にとらわれず、疑問に対しては謙虚に教えを請い、また人に対する疑いや恨みをなくすようにすれば、たとえ一時的に挫折することがあっても、品格を損なうことはなく、実現できないことから絶望に陥ったりはしないものだ」(*1)                                    

特に子供や親族に対しては、まずはリーダーとしてより、一人の人間として立派に成長してほしいと願うのは、親の正直な気持ちといえます。

3 生きていく上での処世術

1)武田信玄(戦国武将)

「弓矢の儀、勝負の事、十分(のうち)六分、七分の勝ちは十分の勝ちとする。特に大合戦はこのようにすることが肝要だ。なぜなら八分の勝ちは危うく、九分、十分の勝ちは味方が大敗する下地になる」((*2)を現代語に訳しています)            

特に大きな戦いで完勝すると心におごりが生じ、後の大敗につながると戒めたものです。戦国時代最強ともいわれた武田軍団を支えたのは、トップである信玄の用心深さでした。急成長を続けている企業ほど、こうした家訓を遺しておくべきかもしれません。

2)徳川光圀(水戸藩主)

「掟(おきて)に怖(お)じよ、火に怖じよ、分別なきものに怖じよ(後略)」((*3)を現代仮名遣いにしています)                                

水戸黄門でおなじみの、水戸藩の2代藩主である徳川光圀によるとされる「徳川光圀卿壁書」の一節です。光圀は“不良少年”時代に一念発起して勉学に励み、後に「大日本史」の編さんなどの文化事業にも力を注いだ君主とされています。

上記の家訓は現代風に解釈すると、法令遵守、災害対策、内部統制および顧客対応というリスク管理に対する警鐘とも受け取れます。企業にとって影響の大きいリスクをズバリと指摘する家訓は、遺された後継者にとって有益なアドバイスになるでしょう。

4 企業を永続させるための教え

1)半兵衛麸(京都府京都市)

「財を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上、

されど、財なくば事業保てず、事業なくば人育たず」

1689年(元禄2年)創業の、京麸・京ゆばを製造販売する「半兵衛麸」(京都府京都市)に、「先義後利」「不易流行」の家訓とともに伝わる教えです。企業の経営者にとって最も大切にすべきものは人材でしょう。しかし、企業である限りは利益を出すことも必要だという、理想を掲げつつも現実との両立を促す内容となっています。「商売であるのでもうけないといけないが、大事なのはもうけた金を何に使うかだ。世の中のために使うということが大事だと考えており、その1つに人材育成がある」(玉置万美社長)とのことです。

老舗と呼ばれる商家の家訓の中には、「先義後利」や「三方よし」に代表されるように、自社の利益だけでなく、企業倫理や社会に貢献することを重視した、現代のCSR(企業の社会的責任)に通じる内容の教えが少なくありません。

経営者が自社を永続させたいと願うのは当然ですが、半兵衛麸の家訓には、ステークホルダーから「この企業は永続させたい」と思われることが、結果的に企業の永続につながるという教訓が込められているようです。

2)大七酒造(福島県二本松市)

「起きて造って、寝て売れ」

1752年(宝暦2年)創業の老舗酒造「大七酒造」(福島県二本松市)で先代から受け継がれた家訓で、朝早起きして一生懸命おいしい酒造りに励んでいれば、売る段階で苦労しないという教えです。

第10代当主の太田英晴社長は、「今の時代、マーケティングが非常に重要であることは言うをまたないが、それでも、良いものを一生懸命に造ってきたという自信がなければ、相手の心を捉える良いマーケティングにつながらない。家訓は今でも私どもの心に生きている」と言います。

また、同社には「外に樫(貸し)、内に花梨(借りん)」の家訓とともに、中庭に植えられた花梨の木が残っています。江戸時代に地元の藩主の別邸で落雷に遭った木を、4代目の当主が賜って植えたもので、雷が一度落ちた木には二度と落ちないだろうという験(げん)担ぎもあるそうです。高品質な酒米の購入や、高品質を維持するための設備投資、醸造過程での長期間の熟成など、「酒蔵の経営は資金力が大切」(太田社長)であり、家訓は「堅実経営と、世間に対して貸しをつくる社会貢献の教えとして受け継がれている」(同)そうです。

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3)伊場仙(東京都中央区)

「2とつくことには手を出すな」

1590年(天正18年)創業の、うちわ・扇子・和紙製品を製造販売する東京・日本橋の老舗「伊場仙」(東京都中央区)で代々受け継がれてきた訓えです。「2とつくこと」とは、セカンドビジネスや投機、セカンドハウス、セカンドカーなど、本業と異なる分野やぜいたく品を意味します。「1つの事業でも続けていくのは大変なので、2番目に手を出す余裕はないと、父から口伝として教えられた」(第14代当主の吉田誠男社長)そうです。

同社はこの他、災害に備えておくことの重要さも伝えられてきたといいます。吉田社長は「江戸は火災や震災が多く、400年の歴史で店舗は10回焼失している。今は地震保険などの備えがあるが、かつては災害時に仮店舗も開ける避難地を所有し、店舗を復旧させるための材木の貯木もしていた」と話しています。

5 組織のリーダーとしての心構え

1)立花宗茂(戦国武将)

「戦は兵数の多少によるものではない。一和の(一つにまとまった)兵でなくては、どれほど大人数であっても勝利は得られないものだ。道雪(注)以来、我らにおいても、小人数をもってたびたび大勝利を得た。これは兵の和によるものだ。その一和の元は、日ごろから心を許して親しむことにある。そうしておけば、ただ一言によっても身命を捨てるものであるから、大将たる者は心得ておくべきだ」((*4)を現代語に訳しています)  

(注)立花宗茂の義父である立花道雪を指します。

この教えを遺した立花宗茂は、豊臣秀吉から「東の本多忠勝、西の立花宗茂。東西無双」とたたえられた武将です。関ヶ原の戦いで西軍に味方していったんは改易(取り潰し)されましたが、誠実で廉潔な人柄や武将としての能力が徳川家康・秀忠に評価されて、後に旧領への復帰を果たし、柳川藩(福岡県)の藩祖となりました。

宗茂に対する家臣の信望は厚く、改易後の浪人時代にも一部の家臣が付き従い、他家に移った旧家臣も経済的な援助をしながら宗茂の復帰を待ち望んだといわれています。

企業にも劣勢の状況で挑戦しなければならないときや、苦境に立たされるときがあるものです。そのようなときこそ、日ごろ築いてきた従業員との信頼関係が大きな意味を持つことでしょう。

2)久保本家酒造(奈良県宇陀市)

「一年の計は田でせよ

百年の計は山でせよ

それ以上は人でせよ」

1702年(元禄15年)創業の「久保本家酒造」(奈良県宇陀市)に伝わる家訓です。酒造りは田で米をつくることから始まり、1年はかかります。また、久保家では山林を所有していますが、出材まで100年がかかります。しかし、何よりも大切なのは「人」なのだという教えです。

同社は2003年に生もと造りを導入するに当たり、新たな杜氏(とうじ)を招くなど多数の協力者を得ました。「周りの人が助けてやろうと集まってくれるような、人間としての器をつくっていくことが、『人でせよ』という意味なのだと痛感している」(第11代当主の久保順平社長)そうです。

同社にはこの他にも、「自分はぜいたくせず、人様を優先させよ」「自利・利他」、第6代当主の弟と親交のあった福沢諭吉の言葉を家訓にした「家業に励み、他を羨むな」といった教えが伝えられています。

6 家訓を遺される側にも配慮を

1)時代の変化に即した家訓に

建国者や創業者の偉業の恩恵が、その後の何世代にもわたって及ぶ時代であれば、家訓は金科玉条のように守られても不思議ではありません。しかし、先代と同じことだけをしていては生き残れない可能性もある現代では、先代の家訓は一歩間違うと、一方的な時代遅れの「押し付け」と受け取られることにもなりかねません。

前述の伊場仙の吉田社長によると、「江戸の老舗には、家訓が遺されている店はそれほど多くない。江戸は経済環境の変化が激しく、火事などの災害も多かったため、のれんを守っていくためには、家訓を遺すことよりも、業態や経営の柔軟性を失わないことのほうが重視されていた」ようです。

無借金経営を勧める家訓が遺っている前述の大七酒造では、2002年の創業250周年記念事業として、新社屋および精米工場を建設するために借り入れを行う決断をしました。太田社長は、「祖父も父も、闇雲に節約して貯めるのではなく、いざというときに大胆に投資できるために蓄えてきた。今の時代は文字通りの無借金経営にこだわるよりは、健全経営に配慮しつつも、将来をみすえた投資をも大切にしている」といいます。

経営者が一番に守るべきものは家訓ではなく、従業員、顧客、取引先などを含めた企業そのものです。家訓を守るために企業の存続が危ぶまれては、本末転倒というものです。

2)家訓の伝達効果を高める方法

戦国時代の武将で津藩(三重県)の藩祖となった藤堂高虎は200カ条の家訓を遺し、それでも足りないとばかりに、さらに4カ条を追加しました。藩の行く末を案じる気持ちは分かりますが、家訓が実際に後継者たちの心にとどまり、活かされ続けるかというと、その伝達効果は疑わしいと言わざるを得ません。現代では、家訓を受け継ぐ人の気持ちにも配慮し、本当に伝えたいことに絞って簡潔にまとめることが、賢者の家訓をつくるための条件の一つになるといえるでしょう。

家訓の伝達効果を高めるためには、伝えたいことを絞るだけでなく、文書の書き方の工夫もあるとよいでしょう。前述の久保本家酒造の家訓のような対句法を活用した表現や、数え歌形式の家訓などは、後継者が覚えやすい家訓をつくるための参考になります。

また、後継者が日ごろから家訓を意識しやすくするための工夫があると、伝達効果はさらに高まるでしょう。家訓は文書にまとめて遺されることが多いですが、中には代々の口伝としている家もあるようです。例えば前述の大七酒造のように、中庭の木が家訓の由来になっていると、後継者はその木を見るたびに家訓を意識することになります。書家や企業にゆかりのある人に揮毫(きごう)してもらった掛け軸ないし色紙を飾っておくなど、目に入りやすい形にして家訓を遺しておくのもよいかもしれません。

7 目的ごとの家訓の種類

本稿で紹介してきた家訓のように、一口に家訓といっても、誰が、誰に、どのような目的で遺すかによって、内容も書き方もさまざまです。京都府が地元の老舗企業への調査などを基に編集した「老舗と家訓」(*5)では、家訓のテーマは次のように分類されるとしています。

1.家名継承、2.祖先崇拝と信仰、3.孝道、4.養生、5.正直、6.精勤、7.堪忍、8.知足、9.分限、10.倹約、11.遵法、12.用心、13.陰徳、14.和合、15.店則

さらに15.の店則については、遵法、信用、商才、倹約(始末)、職分、団結の6つに分類しています。

上記の分類を基に、家訓を目的別(組織の永続か日常生活の規範か)および内容別(実践的か心構えか)に分けて図示しました。次の図表から、家訓には日常生活に関する戒め(日常生活の規範のための実践)、生きていく上での処世術(日常生活の規範のための心構え)、企業を永続させるための教え(組織の永続のための実践)、組織のリーダーとしての心構え(組織の永続のための心構え)といったタイプがあることが分かります。

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【参考文献】
(*1)「中国歴代家訓選」(永井義男、徳間書店、1991年2月)
(*2)「甲陽叢書第一篇 甲陽軍鑑 上」(高坂弾正、温故堂、1892年12月)
(*3)「日本教育文庫 訓誡篇 上」(同文館編輯局編、同文館、1910年5月)
(*4)「名将言行録 前編 下巻」(岡谷繁実、文成社、1896年11月)
(*5)「老舗と家訓」(京都府編、京都府、1970年2月)

                         

以上(2020年7月)

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