BCPの必要性と企業事例

書いてあること

  • 主な読者:BCPを策定したい経営者
  • 課題:策定手順や注意すべき点が分からない
  • 解決策:被災した企業の具体的な対応例や効果を参考にする

1 BCPの必要性

1)BCP(事業継続計画)の基本的な考え方

大規模地震などの災害が発生した際、その被害を最小限に抑えて事業を継続するために企業が策定する計画をBCP(事業継続計画)といいます。中小企業庁によるBCPの定義は次の通りです。
企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと。

中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針 第2版」(以下「運用指針」)によると、BCPの有無による食料品スーパーマーケットの緊急時対応のシナリオ例は次の通りです。

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1つのシナリオ例であるとはいえ、図表を見ればBCP策定の有無によって食料品スーパーの状況が大きく異なることが分かります。大規模地震の発生などに備え、BCPを策定しておくことは、食料品スーパーマーケットが事業継続と地域貢献を実現するための最も基本的な取り組みだといえるでしょう。

なお、中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針 第2版」には、図表で紹介した「地震災害」における事例の他に「水害」「火災」に関するシナリオ例も紹介されています。

■中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針 第2版」■
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/download/bcppdf/bcpguide.pdf

2)BCP策定の基本的な手順

BCPは企業規模や業種、現在の防災体制などに応じてその内容を決定すべきものです。ここでは、食料品スーパーマーケット(チェーンストア)の視点を交えつつ、企業がBCPを策定する際の基本的なポイントを紹介します。

1.中核事業の特定

大規模地震が発生した場合、全ての事業を被災前と同じ状態に復旧することは時間やコストなどの問題で難しいこともあり、復旧を断念せざるを得ない事業も出てきます。こうした事態に備え、企業は優先的に復旧対象とする「中核事業」を決定しておく必要があります。

【食料品スーパーマーケットの視点】
  • 食料品スーパーマーケットの場合、各店舗の被害状況にもよりますが、地域との密着度や売上規模などに応じて、早期開店する店舗、時間をかけて開店する店舗、閉鎖する店舗といった優先順位を決めておく必要があります。また、本部と各店舗に防災責任者や現場責任者を配置するとともに、責任者である店長などに万が一何かあった際にも対応できるような体制を整えておくことも不可欠です。

2.BCPの準備・事前対策を検討する

目標とする時間内に中核事業を復旧させるためにすべきことを明らかにします。具体的には、中核事業の継続に不可欠な経営資源(ボトルネック資源)を代替できるか、事前対策として何が有効かを検討し、具体的な行動計画を策定します。

【食料品スーパーマーケットの視点】
  • 食料品スーパーマーケットの場合、各店舗への連絡体制の整備が非常に重要であるため、固定電話や携帯電話以外の通信手段も確保しておきます。また、仕入れ先や配送業者などの取引先および行政との協力体制を強化し、地域ごとの物資の供給状態、道路の破損状態など物流に関する情報を収集し、各地の店舗に効率的に物資を供給できる体制を整えることが重要です。

3.BCPを策定する

「2.BCPの準備・事前対策を検討する」で検討した内容を、BCPとして文書化します。また、BCPを発動する基準や発動時の体制も明らかにしておきます。

【食料品スーパーマーケットの視点】
  • BCPを作成した後、その中心となる事項を「防災マニュアル」などにまとめ直して各店舗に備えつけると同時に従業員に周知します。また、食料品スーパーマーケットの場合、災害発生時に店内にいるお客様の安全確保が非常に重要なので、どのタイミングで避難を開始するのかについて決めておく必要があるでしょう。

4.BCPを定着させる

BCPは、策定しただけでは万一の際に機能しません。そのため、企業は定期的な防災訓練や勉強会を行い、組織全体にBCPを浸透させなければなりません。

【食料品スーパーマーケットの視点】
  • 食料品スーパーマーケットは、「お客様の安全確保」を第一に考えなければなりません。災害時のアナウンス内容を決めて従業員に暗記させるなど、徹底的な教育と防災訓練の繰り返しが不可欠です。

5.BCPの診断・維持・更新を行う

BCPを策定した後も、定期的にBCPの有効性のチェックや内容の見直しを行う必要があります。防災訓練などを通じて不備が明らかになった場合、従業員の声にも耳を傾けて必要な修正を加えます。

【食料品スーパーマーケットの視点】
  • 食料品スーパーマーケットの場合、同業他社の事例研究が有効です。連絡体制の整備方法や物資の調達方法を研究し、良いものは取り入れていくことが重要です。

2 企業事例

1)被災した企業が取った行動を学ぶ

企業は災害が発生したとき、何を優先し、どんな対応を取ったのでしょうか。ここでは中小企業庁「中小企業が緊急事態を生き抜くために」で紹介されている企業事例を抜粋し、地震で被災したときの有効な対策などを紹介します。

2)機械製造業(工作機械)

1.地震発生時の状況・被害

  • 休業日に地震が発生。休日出勤していた20人ほどの大半が退社済みで、社内には従業員が6人残っていた。
  • 電気がつかず、工場内は危険だったが、避難所にいた担当者を呼び出し、工場内の電気設備を点検させた。
  • 翌朝、全工場内を点検。停電や漏水が発生し、機械設備や製品が横転していた。
  • 電話による全社員の安否確認を実施。全員の安否を確認するのに2日間を要した。

2.地震発生後の対応

  • 従業員は車で寝泊まりしたり、避難所から通ったりし、出勤率は高かった。
  • 地震による顧客や取引先の被害は深刻ではなかった。
  • 工場の安全点検や余震対策の応急措置と安全対策を進め、早期に生産を再開する方針を決めた。
  • 機械設備の修復、製品の修理・作り直しなどを進めつつ、搬送用の迂回ルートを確認。納期は2週間ほど遅れたものの、2カ月で生産を再開した。
  • 地震発生から1週間は社内の安全確認と復旧体制を固めることに専念。
  • 近隣の顧客を訪問し、納品済み製品の安全点検などを実施。阪神・淡路大震災時にも被災地域の顧客を訪問し、製品の安全点検を実施したが、今回も同様に対応した。

3.工場などの復旧

  • 工場などを、震度6強に耐えられるよう、1年をかけて改修。全ての機械設備に地震感知機を取り付け、震度4で自動停止するようにした。強化棚や機械などの転倒防止措置も施す。
  • その後、発生した大地震のときには、安全点検などで生産を2日間止めただけで生産を再開できた。
  • 修復や耐震強化などに6000万~8000万円を要した。

3)食品製造業(米菓・餅)

1.地震発生時の状況・被害

  • 商品の入れ替え時期で、地震発生の数日前から24時間体制で工場は稼働していた。
  • 地震発生時、工場には78人の従業員がいた。停電したが、全員が無事に避難できた。毎年実施する避難訓練が奏功した。
  • 翌朝、工場を確認すると、屋根は波打ち、ガラスは粉々だった。工場内の機械設備の被害は深刻だったが、工場の構造自体は被害は少なく、建て替えせずに復旧できる状態だった。

2.地震発生後の対応

  • 地震発生の2日後、工場の従業員の半数が出勤。生産量を落とせない時期だったため、全社員に強制出勤を命じた。
  • 自宅が全壊した人や家族が亡くなった人もいたが、「会社がなくなるかもしれない」と従業員を説得した。結果として、工場の従業員の8割が出勤した。

3.生産の再開

  • 生産の再開日を設定し、水道の確保や川の水を使えるようにろ過機を発注した(現在は自家発電設備や餅の生産に必要な窒素などを常備し、基盤となるインフラが使えなくなっても生産できる体制を整えている)。
  • 製造ラインをビニールシートで覆い、生餅の製造に必要な無菌環境を作って対応した。
  • 設定した目標通り、地震発生から17日後に生産を再開した。
  • 出荷量を最少にしてでも、品物を切らさないようにすることで納入を維持した。

4)漆器製造販売業

1.地震発生時の状況・被害

  • 3人の従業員が工房で作業中に地震が発生。けがなどはなし。
  • 安否確認などのルールを定めていなかったが、他の従業員も家族の安否を確認した後、出社。
  • 本社の建物は物が転倒するなどして作業できる状態ではなかったが、途中工程の製品は別の場所に保管していたため、被害を免れた。

2.生産の復旧

  • 地震発生から1週間程度で作業場内の片づけや修復を済ませ、徐々に生産を再開。
  • 漆を塗った器を乾燥させる漆室が幾つか壊れたが、残った漆室の回転率を上げてカバーした。
  • 顧客は東京が主だったため、需要は減らなかった。

3.工房の再建

  • 罹災(りさい)証明の手続きに時間を要し、工房の建物をすぐ取り壊せなかった。3月に地震が発生してから4カ月後の7月に取り壊しを開始。
  • 工房の再建は1年後の3月に開始し、8月に完了。被災地域は再建ラッシュだったため、建設事業者を確保しにくい状況だった。
  • 再建計画は工房の使い勝手などを十分検討した上で進めたかったが、融資の手続きの関係から時間が限られてしまった。

5)酒造業

1.地震発生時の状況・被害

  • 地震直後に社内の敷地を見ると、木造の酒蔵や事務所、販売店舗は全壊していた。休業日だったため、従業員は社内にいなかった。
  • 地震発生からしばらくして、5人の幹部社員が自主的に出社して対応を協議。従業員の安否確認担当者を指名し、実施させた。
  • 製造部課長と代表取締役が社内の被害状況を確認。事務所にあったパソコンからデータなどを取り出した。

2.地震発生後の対応

  • 地震発生の翌日には従業員とその家族の安全を確認。
  • 地震発生前に発注していた仕込み用タンクが12基、地震後に入荷する予定だった。加えて、仕込み工場の一部は使える状態だったため、仕込みを行える可能性があった。酒造りを休むことは商売上致命的だし、従業員の士気を維持するためにも酒造りを実施すべきと判断。
  • 水道水が出ないという問題があったが、水道局に陳情するなどし、地震発生から2週間後に安定供給されるようになった。
  • 目標がないと従業員の士気が下がると考え、酒の瓶詰めラインの復旧日を具体的に定めた。結果的に目標より2日早く瓶詰めラインは復旧した。
  • 再開当初の出荷量は通常の6分の1程度。しかし、片付けばかりするより、わずかでも出荷を再開したほうが従業員の士気を保てると考えた。

3.酒蔵の再建

  • 酒蔵は2カ月半かけて解体。地震発生(7月)の翌年4月に再建を開始。製造ラインから再建し、9月の仕込みに間に合うようにした。
  • 倉庫の再建は後回しにし、外部の倉庫を借りて対応。地震発生から2年後の復旧工事で倉庫を再建した。
  • 再建した建物は震度7でも耐えられるようにした。商品をできるだけ高く積まないようにするなどの対策も実施した。

6)システム開発業

1.地震発生前の取り組み

  • ISOを取得していたため、事業継続活動(BCM)の取り組みを進めていた。災害時のマニュアルを策定し、訓練も実施していた。
  • マニュアルは社内のグループウエアで共有。随時バージョンアップしていた。震度6、震度4~5、地震以外の3段階の災害時レベルを設定し、レベルに応じた対応方法を定めている。
  • 災害対策本部は、指揮班や連絡班などに分け、消防団に属する従業員が主要メンバーとなる。なおシステム開発業として、サービス停止や個人情報の漏洩などの事態に対応する際も、同様の取り組みを行う。

2.地震発生時の状況・被害

  • 本社の社屋は構造的に丈夫だったため、地震による被害はなし。サーバーも自家発電で対応したため問題なし。
  • 地震発生から1週間はマニュアルに従って非常勤務体制を敷く。夜間も含め、会社の代表番号への電話に誰かが必ず出られるようにした。
  • 通常の業務体制に戻した後は、顧客の状況、社内の被害状況を1カ月にわたって随時更新するようにした。
  • 近隣の顧客を訪問し、顧客のシステムの確認や保守を可能な範囲で実施。必要な支援を実施した。インターネットラジオを使い、地元のラジオ局の情報を地域の人に向けて流すなど、地域の復興支援も行った。

3.事業継続上の課題

  • 自社の被害はなかったものの、緊急対応に人手が割かれ、進行中だったシステム開発が止まったり、商品の納品が遅れたりした。そのため現在は、代替要員や冗長性を確保できるようにしている。
  • 業務関係者だけが知っていた業務上の情報を意識的に共有するようにした。
  • 大事なプロジェクトの優先順位の見直しや絞り込みを毎年実施。
  • さまざまな事業リスクを想定し、あらかじめ対策を講じることが、パンデミックなどの場合でも容易に対処できるようにした。

7)ホテル

1.地震発生時の状況・被害

  • 地震発生時、ホテルの最大収容数である156人の宿泊客が滞在。
  • 地震発生から25分後、全宿泊客と42人の従業員全員の避難が完了。年2回実施する避難誘導訓練が奏功する。
  • 避難完了後、宿泊客の一部は送迎用のマイクロバスに入ってもらい、当日、まだホテルに着いてない予約客から電話があったときには、帰宅するよう伝えた。
  • 避難後、従業員から宿泊客用の布団を館内から持ってきたいという提案があった。この他にも従業員から積極的な提案があった。
  • 自衛隊のヘリコプターを使って宿泊客を搬送してもらうよう依頼するも、被害のより大きな地区の住民が優先された。近くの避難所に宿泊客も移動してもらうよう勧められたが、すでに避難者があふれていたため、宿泊客に避難所を案内できなかった。
  • ホテルとして備蓄品を特に準備していなかったが、支援物資などを使うことでしのげた。その後、周辺の旅館と合わせて約300人の宿泊客は、行政が手配したバスを使って搬送してもらった。

2.営業の再開

  • ホテルの建物の構造に被害はなかったものの、一部の天井が落ち、内装も被害を受けた。
  • 地震発生の4日後に取引銀行に相談したところ、全面的な支援を受けられたため、営業再開に向けた動きを取ることにした。
  • 全従業員をいったん解雇。営業再開に向けて、従業員とはすぐに連絡を取れるようにしておいた。
  • 10月に被災した翌年4月以降、従業員の再雇用を順次進め、7月には全従業員を再雇用できた。8月には営業を再開した。

8)飲食店(そば)

1.地震発生時の状況・被害

  • 店舗の建物は築140年の民家だったが、柱や筋交いを増やすなどして補強済みだった。
  • 地震発生時、4人の従業員が働いていたが、従業員をいったん帰宅させ、店主と店主の息子2人で対応することにした。

2.地震発生後の対応

  • 地震発生後の3日間は地域の活動に専念。ボランティアの受け付けを設置するなどして支援した。この活動に従業員を従事させることはしなかった。
  • 地震発生から4日目になり、店舗の片付けを開始。厨房は使える状態だった。下水道の復旧に10日かかったため、それに合わせて店舗も10日後に再開。
  • 再開後はボランティアの人向けのメニューを準備。しかし、ボランティアの多くの人が高いセットメニューを注文するなどの心遣いを見せてくれた。

3.店舗の再建

  • 3月に被災し、11月の連休まで営業を継続したが、建物に不安があったため、銀行からの融資を受け、翌年2月に建て替えた。見た目が多少悪くなってもいいから、震度7でも耐えられるように再建し、地盤も改良した。

3 その他の企業の取り組み

上記以外にも、災害時の対応として参考になる企業の事例は数多くあります。事例集は、前述した中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針 BCP関連資料」以外に、都道府県が独自に取りまとめを行っているものもあります。

例えば神奈川県では、ウェブサイト上で中小企業のBCPの取り組みをまとめた事例集を紹介しています。また大阪府では、2013年7月から府内中小企業への国際規格(ISO)に対応したBCPの普及啓発や策定支援を目的とした「国際規格対応型BCP人材育成支援事業」に取り組んでおり、その事業を通じてBCPを策定した30社の取り組み実績を事例集としてウェブサイト上で紹介しています。

■神奈川県「中小企業BCP(事業継続計画)作成事例集」■
http://www.pref.kanagawa.jp/docs/jf2/cnt/f4763/documents/747304.pdf
■大阪府「BCP策定支援企業事例集のご紹介」■
http://www.pref.osaka.lg.jp/keieishien/bcp/bcpsakuteishienjirei.html

以上(2019年11月)

pj60150
画像:libreshot

中小企業における執行役員制度

書いてあること

  • 主な読者:執行役員制度を導入したい経営者
  • 課題:執行役員の契約形態や選任方法、任期などが分からない
  • 解決策:何を定めるのかを洗い出し、導入メリットを得られるようにする

1 執行役員制度とは

1)執行役員の位置付け

会社の取締役会においては、取締役が重要な経営事項を議論して決定します。しかし、取締役会を中心とした経営体制だけで全ての問題に適切に対応するには限界があります。

そこで、「経営の意思決定機能および管理監督機能」と「業務を執行する機能」を分離し、前者を取締役(取締役会)の職務、後者を執行役員の職務にするという執行役員制度が登場しました。

執行役員制度が導入された背景として、次が挙げられます。

  • 大企業において取締役の人数が多くなり過ぎたこと
  • 使用人兼務取締役(注)の比率が高いことが原因で、取締役会の形骸化という問題が生じたこと

(注)使用人兼務取締役とは、取締役のうち部長などのように法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、使用人としての職務に従事する人をいいます。具体的には、「取締役営業部長」や「取締役経理部長」などといった肩書を持っている人のことです。

執行役員は「会社の業務を執行する役員」という意味の役職ですが、会社法上の取締役、あるいは会社法第402条で規定されている「指名委員会等設置会社」における「執行役」とは異なります。執行役員は、会社の業務執行に関しては相当の裁量権限を持ち、職務の執行に関しては従業員とは異なりますが、立場としては従業員のままであることが一般的です。

なお、国税庁法人課税課「所得税基本通達30-2の2及びその解説」では、執行役員制度について次のように述べられています。

執行役員制度とは、取締役会の担う①業務執行の意思決定と②取締役の職務執行の監督、及び代表取締役等の担う③業務の執行のうち、この③業務の執行を「執行役員」が担当するというものである。導入の趣旨は、取締役会の活性化と意思決定の迅速化という経営の効率化、あるいは監督機能の強化を図るというもので、取締役会の改革の一環とされている。もっとも、この「執行役員制度」あるいは「執行役員」については、法令上にその設置の根拠がなく導入企業によって任意に制度設計ができることから、当該執行役員の位置付けは、役員に準じたものとされているものや使用人の最上級職とされるものなど区々となっている。

このような「執行役員」を制度として導入するか否か、また、導入する場合でも、それが法律上の制度でないため、執行役員の地位と権限、会社との契約形態(雇用契約にするか委任契約にするか)といった点などについては、導入する企業によって内容が異なります。

2)執行役員制度導入のメリット

執行役員制度は任意の制度であるため、制度設計は会社の自由です。例えば、執行役員になる者については基本的に制限がなく、その任期についても自由な設定が可能です。

執行役員制度を導入するメリットとしては、一般に次に挙げるものが考えられます。

  • ・取締役会による経営の監督機能と、執行役員による業務執行機能とを分離することで、それぞれの機能強化を図ることができる。取締役会の監督機能の強化は、経営の効率性を向上させるとともに、内部統制システムの改善にも寄与する。
  • ・形骸化した取締役会の構成員を見直すことによって、取締役会は本来の機能を果たすことができるようになり、人件費などの経費削減が可能となる。
  • ・業務執行について執行役員に大幅に権限委譲することにより、取締役は戦略決定などの本来の職務に集中でき、取締役会においても大局的な観点から企業戦略を練るための議論をする余裕が持てる。また、業務執行のチェックがより適正にできるようになる。
  • ・取締役の人数を減らす代わりに、従業員の昇進目標として「執行役員」という地位を設けることにより、取締役の減員がもたらす影響を最小限度に抑えることが期待できる。また、従業員の昇進目標が執行役員となれば、取締役を社外から招きやすくなり、「社外取締役」を採用するための布石にもなる。
  • ・執行役員には人数や選任基準に制約がないため、社外から執行役員を登用することも可能となる。従って、必要に応じて、特定の分野に強い人材を活用するなどして組織の活性化を図ることもできる。

3)執行役員の契約形態

1.雇用契約型

会社との雇用契約の締結により、執行役員に就任するケースです。例えば、従業員が就任するなど、使用人としての色合いが強くなります。

2.委任契約型

会社の業務に関し、委任契約により執行役員に就任するケースです。雇用契約型に比べて付与される執行権限が広く、取締役に近いものと考えられます。

4)執行役員の選任

取締役は、会社法により株主総会での選任が義務付けられています。他方、執行役員の選任については会社法上明示的な規定はありません。

そのため、執行役員の選任方法については、議論があるところですが、一般的には、取締役会を設置する会社においては取締役会(取締役会を設置しない会社においては株主総会)で選任すべきものとされています。

5)執行役員の任期

取締役の任期は、会社法により原則として2年以内と定められています。他方、執行役員の任期は、一般的に、雇用契約期間ではなく職務担当期間にすぎず、取締役会で自由に設定することができると考えられています。ただし、一般的には、2年の任期を設定している企業が多いようです。

6)執行役員の役位

執行役員には、常務・専務などの役職名称付与に関しても法的な規定はなく、自由に使用することができます。常務執行役員・専務執行役員など、執行役員の前に役位を付ける場合が多いようです。貢献に応じた待遇という観点から、役位は執行部門の規模や責任の重大性、これまでの実績に応じて付与するのが望ましいでしょう。

7)執行役員の権限

執行役員は、基本的に、取締役会の決議により決められた業務執行の方針に従って、特定の事業部門に関して、代表取締役の指揮および命令の下、具体的な業務執行に専念します。

なお、執行役員は会社法上の機関ではないため、基本的には株主代表訴訟の被告とはなりません。

8)執行役員の報酬

報酬額の決定についても、取締役については株主総会の決議が必要です。他方、「使用人」である執行役員の場合には、株主総会の決議は必要ありません。とりわけ、雇用契約型の執行役員の場合には、報酬の決定を株主総会の決議にかからしめるべきではない、という考えもあります。

9)執行役員規程の制定

執行役員制度は、会社法上の制度ではないため、直接的な法律の定めはありません。また、執行役員は「使用人」として、従業員の一人と解釈されるのが一般的ですが、取締役会で選任され、任期を設けられることが多くあります。

このように、執行役員には広い裁量権が与えられ、重要な業務執行を担当することがあり、通常の従業員の就業規則の規程に服させることが妥当でない場合があるので、執行役員用の就業規則の規程を設けることが望ましいでしょう。

その内容としては、次のようなものが考えられます。

  • 執行役員制度導入の趣旨
  • 執行役員の意義
  • 選任の際の手続き
  • 退任
  • 職務分掌の定め
  • 処遇(給与、任期、通常の従業員と同一の就業規則適用の有無、退職金など)
  • コンプライアンス(法令遵守)の徹底

2 中小企業における執行役員制度

1)執行役員制度は中小企業でも導入可能か

執行役員制度は、事業の規模が大きくかつ多角化した大企業を念頭に置いた制度であるといわれます。規模が大きく、事なかれ主義や官僚的な発想で従業員が動き、責任関係が不明確になっているような企業においては、従来とは異なる経営体制へと変革することが求められます。こうした企業においては、執行役員制度が適しているかもしれません。

また、同族経営企業やベンチャー企業など、あまり規模の大きくない企業であっても、幹部従業員と他の従業員との権限や待遇面の差異化策として、執行役員の肩書を付与することが行われているようです。例えば、執行役員に選任し、経営会議へ参加する権利を与えたり、決裁権限を大幅に委譲したりするとともに、それに見合った待遇としてのインセンティブ報酬を与える一方、厳格な守秘義務や競業避止義務を課すなどの処遇をする方法です。取締役に向いていない者を無理に取締役にすることは適切ではないものの、役員待遇とすることで企業をリードしてもらうことには意味があります。そうした場合には、取締役ではなく、執行役員にすることで機能の分離を図ることが望ましいでしょう。

こうした観点から見ると、複数の事業を経営し、かつある程度の数の人材がいて、従業員の中に「この事業を任せたい」という人材がいるのであれば、中小企業であっても、執行役員制度を活用することは有効です。ただし、ここでいう「事業」には、損益計算書や貸借対照表を作成するなど独立採算性を持たせることができる程度の実質が必要です。そうした事業があることを前提とするならば、取締役会とは別に執行役員制度を新たに導入することは有意義でしょう。

2)中小企業における執行役員制度導入のメリットとデメリット

中小企業においては、「経営の意思決定機能および管理監督機能」と「業務を執行する機能」を分離するためというよりも、むしろ、執行役員制度を「人材」の登用および活用の方策の一つとして検討するほうが現実的かもしれません。

中小企業における「人材」の問題には、採用・教育・定着・ポスト・モチベーション・給与・経営への参画など、さまざまな要素があります。このうち、ポスト・モチベーション・給与・経営への参画などに関しては、執行役員制度を活用することが可能であり、次のメリットが挙げられます。

  • 執行役員は、幹部従業員の新たなポストになる
  • 執行役員への権限委譲を明確にすることで、幹部従業員としての自覚と責任感が生まれるなどモチベーションが向上する
  • 執行役員に対する給与については、原則として税法上の制限はなく、会社の裁量(執行役員給与規程など)によることになり、会社の業績に貢献した執行役員に対して柔軟な報酬制度を構築できる
  • 執行役員の参加する会議は、取締役会の意思決定の場でないものの、経営に関する情報交換の場であり、事実上の会社の経営に参画することになる

また、執行役員は基本的に株主代表訴訟の対象とならないため、執行役員に就任する従業員にとっては、就任に際しての負担が少なく、業務執行に注力できることも中小企業においても制度を導入しやすい要因といえます。

一方、執行役員は基本的には「使用人」であるため、会社法では執行役員についての規定はありません。従って、各企業は、自社に適した執行役員制度の仕組みを自前で最初から設計しなければならないため、形式的な導入にとどまってしまう可能性があることがデメリットとして挙げられるでしょう。

執行役員制度は、会社法の枠組みを前提としつつも、それに制限されない執行役員という新たな役職を設置するものです。大企業のみならず、中小企業でもこうした制度設計の柔軟性を活用することには一考の余地があります。

例えば、工場・物流・経理・販売といった各部署別に責任者がいる企業では、その責任者を執行役員として処遇することで、執行役員制度を人材活用のための有意義な制度として導入することができるでしょう。

以上(2019年11月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 平田圭)

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画像:Pexels

M&A成功のカギを握るPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)実施のポイント

書いてあること

  • 主な読者:M&Aの効果を最大化したいと考える経営者
  • 課題:M&A成立後の経営統合に向けた施策が分からない
  • 解決策:PMIと呼ぶ統合プロセスを使って具体的な施策を検討する

1 買い手から見たM&Aのメリット

M&A(企業の合併・買収)が多くの企業で検討・実施されています。M&Aが経営戦略や事業戦略の実現手段の1つとして定着してきた背景には、企業間の競争激化による事業領域の選択と集中を進めるための施策としてM&Aが積極的に活用されるようになったことや、後継者不在による事業承継の困難さが増していることなどが挙げられます。

特に、他の企業が保有する既存の経営資源の買収による事業領域の拡大・再構築は、企業経営にとって大きなメリットです。

一般的に、買い手(買収側)から見たM&Aのメリットには次のようなものがあります。

1)時間を買う

新製品の開発、異業種分野への進出、あるいは規模の利益を狙う場合に、手っ取り早く「時間を買う」ことによって、早期の市場参入と早期の業績に寄与します。

2)人材を獲得する

売り手(被買収側)の優れた人材を、自社に取り込むことができます。

3)投資を節約する

51%の株式の取得で買い手(買収側)は売り手(被買収側)の経営権を取得することができます。企業全体の価値からみれば、49%引きで売り手(被買収側)を取得することになります。

4)顧客を獲得する

売り手(被買収側)の持つ顧客を、自社の顧客とすることができます。同時に売り手(被買収側)の持つ販路や営業データなども自社のものとして利用できます。

5)事業リスクの低減

売り手(被買収側)の過去の業績データを参考にできるため、全くの新事業分野へ進出する場合に比べ、投資の計算がより現実味のあるものとなり、リスクを低減することができます。

6)シナジー効果の期待

買収側(買い手)の経営資源(主として経営ノウハウ)と売り手(被買収側)の経営資源の組み合わせによるシナジー効果(相乗効果)が期待できます。

2 M&Aの成否を握る事業統合後のマネジメント

M&Aでは、相手企業と合意するまでの、企業買収そのもののプロセスに関心が集中しがちです。しかし、前述のメリットを効果的に生かし、最大限のシナジー効果を発揮するためには、売買契約の合意・成立後に売り手・買い手双方の事業分野を整理・統合し、それらの事業分野が効果的に機能するようなマネジメントをしなくてはなりません。株式を取得して支配権を得るだけでは、単なる株式投資と変わらないからです。

特にM&Aの中でも企業合併の場合は子会社化に比べて企業内が混乱しがちです。準備が不十分な場合、重大なミスやシステム障害などが発生し、最悪の場合には社員の離職や業績悪化、内部対立の顕在化などを招き、M&Aが逆に企業の成長力を損なう要素となるかもしれません。その意味では、M&A成立後の統合に向けたマネジメントがM&Aの成否を握っているといえるでしょう。

3 PMIを構成する3つの段階

M&Aによる企業合併の効果を最大化するための統合プロセスは、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション、以下「PMI」と表記)と呼ばれます。PMIのプロセスは、おおむね次の3段階に分かれています。

  • 経営の統合(理念・戦略・経営体制の統合)
  • 業務の統合(業務内容・人事制度・組織・拠点の統合)
  • 企業風土・文化の統合

PMIに取り組むには、これらのうちどれを優先し、いつまでに統合するかを決定することが必要です。そして、広範な領域に及ぶ企業の統合を成功させるためには、全体の整合を図りながら個々の統合について検討を進めることが条件となります。

以降では、各段階についてポイントとなる施策をまとめます。

4 合併後の経営統合に向けた施策

1)ビジョンの明確化

経営理念、企業戦略、経営陣の体制などを統合するのがこの段階です。

PMIを進めるに当たって必要な業務は、経営資源の再配分や業務プロセスの統合、社内書式の統一など膨大な量に上ります。この大量の業務を処理する上での羅針盤となるのが「ビジョン」です。

事業統合によって何を実現するのか、将来的なゴールはどこに置くのかなど、企業が目指すべき道を明快なビジョンによって共有することで、統合に向けた作業を進めていく上での判断にぶれが生じにくくなります。

なお、ビジョンを策定する際には、成長の目標を盛り込むのが望ましいでしょう。単純な資産・設備の統廃合によるコストの削減だけでは、現状維持あるいは縮小均衡にとどまります。PMIによってシナジー効果を期待するならば、明確な成長のビジョンを持って業務に臨まなければなりません。

その他、ビジョンの策定に当たっては次のような点を明示したほうがよいでしょう。

  • 合併によって何を達成したいのかを明確に定義する
  • 目指すべき合併効果の目標値を設定する

2)強いリーダーシップの実現

事業統合の強い推進力となるのが、リーダーシップを持つ人物が企業の方向性を明確に指し示し、目標に向かって全従業員が動くという体制作りです。

どんなに素晴らしいビジョンがあっても、個々の施策が着実に実行されなくてはビジョンの実現はままなりません。ビジョンが企業の行き先を定める羅針盤とするならば、強いリーダーシップでPMIをけん引する人物の存在は、目標に向けて組織のかじを切る船長として不可欠であるといえるでしょう。強いリーダーシップを実現するために、次のような点に留意する必要があります。

1.経営トップによるコミットメント

強いリーダーシップを実現するためには、M&Aが決定した早い段階で、ビジョンや基本方針について経営者によるトップダウンの形で従業員に提示することが重要です。経営トップ自らが従業員に対して宣言し、コミットメント(約束)することで、企業の新しい姿が明確になり、目指すべき方向性を従業員に浸透させることが容易になります。

2.プロジェクトリーダーを明確にする

経営トップが明確な方向性を指し示したら、次に業務を推進するためのプロジェクトリーダーを決定します。プロジェクトリーダーは、組織・業務・人事といった業務ごとに、ビジョンによって指し示された統合計画を推進していきます。

プロジェクトリーダーの決定は、PMI開始後可能な限り早くしなくてはいけません。「当面は話し合いながら」などの理由でリーダーが定まらないまま統合作業がスタートすれば、意思決定が遅れ、従業員に統合への不安が広がりかねません。

特に、有能な人材に対しては早い時期からリーダーとしての役割と権限を与え、主体性を持ってPMIに取り組ませることで人材の流出を防ぎ、モチベーションの維持を図ることができます。

3.誰をリーダーにするか

業務ごとのプロジェクトリーダーを誰にするかは、PMIの成否を決める重要な要素です。吸収合併であれば買収側がリーダーとなり主導権を握ることも可能なのですが、対等合併の場合では事業執行の主導権争いによってPMIの実務が停滞してしまう恐れがあります。

3)専任部署の設置

PMI全体を統括する専任部署の設置も不可欠な要素の1つです。専任部署は一般的にPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)と呼ばれます。

PMOの役割は、PMIの全体最適を目指して同時並行の形で進む各部署の統合関連業務を把握し、それぞれの調整役として円滑な遂行を図ることにあります。膨大な業務が発生するPMIにおいて、扇の要となる役割を担っているといえるでしょう。PMI作業全体をまとめるPMOが効果的に機能しているかによって、PMI全体の成否が左右されるほど、PMOの役割は重要といえます。

PMOの役割には、次のようなものがあります。

  • PMIの基本計画の策定
  • 全体スケジュールの調整
  • 基本方針の提案・伝達・徹底
  • 各部署ごとの検討・進ちょく状況の整理
  • 各部署ごとの決定内容の共有

PMOのメンバーは、経営企画部門だけでなく、間接部門や事業部門など幅広い部門の業務を知る人材を選出するとよいでしょう。また、管理職ポストの統廃合への執着が薄い中堅従業員に実務を担当させたのほうが、より機能的な活動ができると考えられます。

5 人事制度の設計の考え方

人事・報酬制度の相違や格差は、PMI推進に当たって非常に大きな阻害要因となります。合併によって目指す目標やビジョンに整合する形で新たな制度を構築することが望ましいでしょう。

人事制度の統合のパターンは、大まかに分けて次のようなものがあります。

  • どちらかの企業に人事制度を合わせる(片寄せ)
  • どちらか一方の人事制度をベースに、2社の制度を反映した制度を作る(折衷型)
  • ゼロベースで全く新しい人事制度を構築する(新規構築)

一般的には、吸収合併の場合は吸収する企業の人事制度に片寄せするケースが多いようです。一方の制度に片寄せする場合、方針が明確になり制度設計上の検討項目も少なくなるため、意思決定が迅速で徹底しやすいというメリットがあります。また、待遇面での悪化がなければ、被吸収企業の従業員からも制度を受け入れられやすいでしょう。

対等合併の場合、人事制度は折衷型または新規構築の形をとることが多くなりますが、この場合、従業員間の融和を考慮して、管理職の数や給与体系などで両社のバランスをとらざるを得ないことが多くなり、結果として全体の整合性が失われることもあります。

従業員に勝敗の意識を持たせないことはPMIにおいて重要ですが、意思決定の遅れやシナジー効果を追求するダイナミズムの喪失は、さらに大きな悪影響を及ぼす要因となるでしょう。

人事制度の設計に際しては、実務上の視点から見れば経営トップが強いリーダーシップを持ってどちらかの制度に片寄せし、バランス調整は最小限にとどめるのが望ましいでしょう。

対等合併であり、かつ合併当事会社2社の代表者による代表取締役2人体制であるなど、仮に合併に際して人事制度を調整せざるを得ない事情があったとしても、長時間の議論よりも迅速な意思決定を優先すべきです。

6 組織設計のポイント

1)組織設計の考え方

組織の設計には、2つの大きなポイントがあります。1つは、組織の枠組みをどのように作るのかという点、もう1つは、組織の枠組みに基づいてどのように人材を配置するかという点です。比較的大規模な企業の場合は、まず組織の枠組みを決定し、その組織に人材を配置する方法をとるほうが効率がよいでしょう。一方、比較的小規模の企業の場合には、各部門の責任者となる人材を決定し、その人材に合わせた組織を設計するという方法も有効に機能します。

組織を作る上で、理想的には新たなビジョンが示す枠組みに基づく組織を新規に構築するのが望ましいのはいうまでもありません。しかし、近接した2つの営業拠点が存在するケースなど、現実的には合併対象となる2社の組織が並立しながら業務を進めるというケースが少なくありません。

2社の組織が併存している状況は、シナジー効果の追求という点では非効率であることは否めません。可能な限り速やかに組織の枠組みを決定し、効率的な組織体制を構築する必要があります。人事制度の構築と同様に、PMIにおいては調整や長時間の議論よりも、迅速な意思決定を優先すべきでしょう。

以降では、組織構築に当たっての留意点を紹介します。

2)組織能力の棚卸しを行う

まずは、目標を達成するために必要な能力・スキルを検討します。その上で企業が保有するスキル、能力、実績を把握し、将来のあるべき姿に対する過不足を洗い出します。この組織の持つ能力・スキルの「棚卸し」によって、企業にとって強みとなる分野や不足している能力が明確になるでしょう。

この作業を行うことで、全く新しい部署の設置や、旧組織の持ち味をそのまま生かした組織再編などの検討がしやすくなります。

3)企業の内外から意見を求める

合併当事会社双方の従業員・顧客・取引先などから、幅広く意見を聞くとよいでしょう。意見を聞くことで組織の良い点や問題点が明確になります。同時に、従業員に対しては組織設計に対する不満の抑制効果を期待でき、社外に対しては合併に伴って企業が「変革」に向けて動いていることをアピールすることができます。

なお、組織設計に当たっては、新しい組織の構造を明確に伝えるとともに、どのような役割や機能を持っているのかという点と、なぜそのような組織設計を行ったかについて、従業員や取引先に意図が正しく伝わるように説明することが重要です。

7 業務・情報システムの統合

顧客データベースなどの情報システム、在庫管理の手法、販売管理の方法、細かなことでは伝票処理のルールなど、合併当事会社双方の業務の進め方には大きな違いがあります。こうした業務を統合する作業は、PMIの中でも最もボリュームがあります。

業務処理の統合については、そのボリュームの大きさに配慮し、どちらか一方の企業の処理方法に片寄せすることを基本に、細部については調整を行うのが現実的です。

特に、業務の基盤となる情報システムについては、合併と同時に全く新しい仕組みを導入するのは危険でもあります。まずは片寄せを基本として統合を行い、既に稼働実績のあるシステムで運用をするのがよいでしょう。

業務を片寄せする上の基準としては次のような点を考慮するとよいでしょう。

  • 業務推進手順をシミュレーションし、より効率的な方法に片寄せする
  • 取引条件面で有利な方法に片寄せする
  • 業務のボリュームが大きく、主幹的な業務に片寄せする

なお、合併の直後は、従業員にとって不安が最も大きくなる時期です。自身の処遇も含めて、今後企業がどうなっていくのかという関心が最も高まる時期といえるでしょう。

このような時期には、即効性のある小さな変革を矢継ぎ早に実施することが重要になります。例えば「コストダウン」「労働条件の改善」「間接業務の効率化」「調達の一本化」など、目に見える形で小さな成果を上げることが、従業員に「この合併は成功だった」という実感を持たせることにつながります。中長期的なビジョンを明確にすることはPMI実施の上で非常に重要ですが、それと並行して従業員のモチベーションを維持するための即効性の高い施策を進めておきましょう。

8 企業文化の統合に向けた施策

1)まずは方向性の共有から

PMIにおいて、企業文化の統合は最も困難な問題をはらんでいます。

例えば製造業でも、伝統的に開発者の発言力が強い企業もあれば、営業の意見が最優先される企業もあります。小さなところでは、「毎日朝礼がある企業」と「朝礼がない企業」というのもあるでしょう。企業文化とは、過去の企業の歴史に支えられて醸成されてきたものであり、100の企業があれば100の企業文化があるといってよいでしょう。異なる企業文化を一つに融合し、より強い企業を作るための新しい企業文化を生み出すことが、PMIの最終的な目標といえるかもしれません。

企業文化は、従業員の意識に根付いているものだけに、統合は一朝一夕に進むものではありません。企業規模に圧倒的な差がある場合は、吸収企業の文化に同化させることは困難ではありませんし、結果的にそのほうがうまくいくケースもあります。しかし、基本的な企業文化の統合を進める上での考え方としては、2つの企業文化を同一のものにするのではなく、まずは方向性を共有することを優先するのがよいでしょう。方向性とはM&Aのビジョンや短期・中期の目標を従業員全員が共有し、その目標に向けて進んでいくということです。

無理に企業文化を創り出そうとせず、「共通の目標を持つことができれば、その目標を達成する過程で新たな企業文化が生み出されるかもしれない」という考え方のほうが、社内に不要なあつれきや不満を生み出さないと思われます。また、将来に対する明確な目標があれば小さな企業文化の差はちょっとした習慣の違いとしてやがて収束していくことでしょう。

とはいえ、異なる企業が1つになる以上、相互理解を深めるための努力は不可欠です。そこで、以降では、企業文化に対する相互の理解を進める上でポイントとなる点を挙げてみます。

2)研修の実施とリーダーの選出

従業員間の相互理解を深めるために、研修などを実施して広報も積極的に行うのがよいでしょう。研修は、ビジョンや目標を伝える場であると同時に、参加者同士の横の連携を通じて、相互の価値観を知るための場ともなります。

研修の実施に当たっては進行役となるリーダーを選出します。リーダーは少なくとも合併企業それぞれから1名ずつ選出するとよいでしょう。リーダーに適した人材の条件は、「相互の企業文化を受け入れることができる」「人望があり、積極的に行動できる」「改革への意欲が高い」などが挙げられます。

3)「対等な関係」の構築

少なくとも、合併企業の従業員間では対等な関係を築くことは重要です。仮に資本関係の上では支配的な合併であっても、業務の現場では相互の企業文化を尊重し、理解し合う姿勢を徹底しないと、無用なあつれきを生んでしまいます。特に、吸収合併の場合には被吸収企業の従業員に不満が出やすく、これを放置すると優秀な人材の流出にもつながってしまいます。

4)討論の場を設ける

相互理解を深めるためには、従業員の間で討論の場を設けるのが効果的です。研修プログラムの中に討論の時間を組み込むのが一般的ですが、それ以外に定期的に社員同士が討論する場を設けるとよいでしょう。お互いが疑問点を話し合うことで、相互理解が深まると同時に「場を共有」することによる一体感も生まれます。

なお、討論の場を設ける際にはPMI開始の初期よりも、従業員がある程度企業文化の違いを肌で理解してからのほうがよいでしょう。

以上(2019年7月)

pj80068
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「ゲーミフィケーション」の概要とビジネスへの活用を考える

書いてあること

  • 主な読者:ゲーミフィケーションをビジネスで役立てたい経営者
  • 課題:ゲーミフィケーションの考え方や具体的な活用例が分からない
  • 解決策:概要を把握し、ビジネスで役立てている事例を参考にする

1 ゲーミフィケーションの概要

1)ゲーミフィケーションとゲームについて

ゲーミフィケーションとは、「ゲームの考え方、デザイン、仕組みなどの要素を、ゲーム以外の社会的な活動やサービスに利用すること」をいいます。

ゲーム(game)は、「遊び」や「遊戯」と訳され、カードゲームやテーブルゲームから、テレビゲーム・アーケードゲーム・ネットゲームまで幅広い種類のものがあります。また、一口に「テレビゲーム」といっても、アクションゲームやロールプレイングゲーム(以下「RPG」)など、さまざまな種類のものがあります。

2)ゲーミフィケーションのビジネスへの活用

ゲームの特徴としては、「遊んでいて楽しい」とプレーヤーを楽しませることが挙げられます。「ゲームをしていると、時間を忘れるように夢中になっていた」という経験をした人も少なくないでしょう。

このようにゲームが持つ人を引き付ける力を、商品・サービスの売り上げ拡大や社員の教育などに活用しようと、ゲーミフィケーションを採り入れる企業が出てきています。

以降では、ゲーミフィケーションの考え方を理解するために、ゲームにおける人を引きつける要素と、ゲームに引きつけられる人のタイプを分類した上で、ゲーミフィケーションをビジネスで活用した事例を紹介します。

2 ゲーミフィケーションの概要

1)ゲームの特徴

ゲーミフィケーションを実施する上で、プレーヤーを夢中にさせるゲームの特徴を理解しておくことが必要です。「遊びやすさ」や「楽しさ」を演出するために、ゲームの特徴としては次の点が挙げられます。

1.インストラクション設計:マニュアルなしでも簡単に遊ぶことができる

ゲームは、簡単なマニュアル(説明書)が添えられています。説明書をよく読んでから始めてもいいですが、読まなくてもプレイしながら遊び方を身に付けることもできます。例えば、代表的なアクションゲームである任天堂「スーパーマリオブラザーズ」では、最初は前後に動くこととジャンプすることぐらいしかできないため、操作が容易です。序盤は出てくる敵の動きも単調であり、次のステージに進むためのミッションも簡単であることから、プレイをある程度続けることができ、次第に操作に慣れて上達していくことができます。

また、RPGでも、ゲームの最初にインストラクターとなる人物が登場し、操作を一つひとつ解説してくれるなど、プレイしながら操作を学べるように設計されています。

2.レベル設計:それぞれのプレーヤーが適切な難易度のゲームを楽しむことができる

ゲームは、それぞれのプレーヤーのレベルに応じて、“ちょうどいい”くらいの難易度のミッションが与えられます。ミッションが最初から難しすぎると、プレーヤーは次のステージに進むことができずゲームをつまらないと感じてしまいます。一方、ゲームに慣れてきたのにいつまでも簡単すぎても、プレーヤーはゲームに飽きてしまいます。それぞれのプレーヤーにとって、適切な難易度のミッションが与えられるようレベルを設計することが、プレーヤーにゲームを楽しんでもらうには欠かせないのです。

例えば、アクションゲームでは、プレーヤーが最初は操作に慣れることができるようミッションが簡単に設定されているものの、ステージが進んでいくにつれ、敵の動きや攻撃が複雑になってきたり、障壁となるようなトラップも増えてきます。

また、RPGでは、操作するキャラクターは最初は誰もがレベル1で、それでも十分に敵と戦えるようにできています。敵を倒してゲームを進めていくうちにキャラクターのレベルが上がり、出てくる敵も次第に強くなります。

加えて、ゲームを進めるうちに操作するキャラクターのレベルが上がり、新たな技が使えるようになるなどキャラクターの能力が向上していくようにできており、達成感を演出しています。例えば、アクションゲームでは、アイテムを入手することで、敵を攻撃する炎を出す能力や、空を飛べる能力などが得られます。また、RPGでは、敵を倒して一定の経験値を獲得するごとにキャラクターのレベルが上がり、「力が2ポイント向上」などと、キャラクターの成長を実感できるようにできています。

3.インセンティブ設計:ゲームにのめりこむようにインセンティブが与えられる

ゲームでは、例えば「自分は救世主であり、世界を救うために冒険を始める」などと、壮大なゴール(目的)が与えられます。また、そのゲームの最終的なゴールを達成する前に、いくつかのミッションが設けられています。そして、それぞれのミッションをクリアするごとに達成感を感じられるよう、クリアを祝福するような音楽や画像を挿入したり、貴重なアイテムが手に入ったり、ゲーム上の登場人物が祝福したりするようなイベントが発生するようになっています。

この他、ゲームを進めるうちに、登場するキャラクター間の意外な関係が明らかになったり、これまで謎だった「伝説」などの事実が解明されたりもします。

このように小さなゴールや発見を積み重ね、大きなゴールを目指すように設計されていることが、プレーヤーにゲームを継続するインセンティブを与えています。

2)バートルによるプレーヤーの4タイプ

以上のように、ゲームには人々を引きつけるためのさまざまな設計が施されていますが、こうした設計の中のどの要素に引きつけられるかは、人によって異なります。英国のゲーム研究家であるリチャード・バートルは、ゲームを愛好するプレーヤーについて、次の4つのタイプに分類しました。

1.アチーバー(Achiever)

達成することに満足感を覚える人です。レベルを上げることや、アイテムを獲得すること、ミッションをクリアすることに喜びを感じるタイプです。

2.エクスプローラー(Explorer)

未知の世界や新しい領域に踏み込み、新たな発見をすることに喜びを感じるタイプです。

3.ソーシャライザー(Socializer)

ゲームを通じて他者との交流を楽しむ人です。他のプレイヤーと協力したり、他のプレーヤーから感謝されたりすることに喜びを感じるタイプです。

4.キラー(Killer)

レベルを上げたりアイテムを獲得したりすることで、他者を凌ぐことに優越感を感じるタイプです。 

ゲームに熱中するプレーヤーは、これら4つのタイプのいずれかに満足感を得ているとされます。

3)ゲーミフィケーションが注目を集めている背景

1.SNSの利用者増加

周囲の人から得られるフィードバックは、行動を起こす上で大きなインセンティブとなります。このようにインセンティブを与える効果を高めている要因として、SNS(ソーシャルネットワークサービス)の利用者の増加が挙げられます。

近年、ツイッターやフェイスブックなどのSNSの利用者が増加しています。これにより自分の行動などについて投稿し、フェイスブックの「いいね!」ボタン(注)のように、さまざまなユーザーからすぐにフィードバックが得られる環境が整ってきています。前述したバートルによるプレーヤーの4タイプのうちソーシャライザーは、特にSNSの効果が高くなります。

また、スマートフォンの普及もゲーミフィケーションの効果を高めています。スマートフォンにより、時間や場所を問わずインターネットと接続してSNSを利用できます。加えて、スマートフォンには位置情報を割り出すGPS機能が備えられており、GPS機能により移動距離や走行ペースを算出するなどといった遊び方もできるようになっています。

(注)フェイスブックの「いいね!」ボタンとは、自身が良いと思った投稿について、ワンクリックで「いいね!」と評価を示すことができるボタンです。

2.ゲームに慣れ親しんだ人の増加

ゲームに慣れ親しんだ人が増加したことも、ゲーミフィケーションが注目を集める背景の一つとして挙げられます。

現在ゲームで遊ぶのは、子どもだけではありません。ゲームが日本で広まりだした1980年ごろ、家庭用ゲーム機やゲームセンターなどのゲームで遊んでいた当時10代だった世代が現在では40代になるなど、社会においてゲームのことをよく知っている人が増えています。

これらのゲームに慣れ親しんだ人の間では、ゲーミフィケーションの考え方が一つの共通言語のようにとらえられるため、ゲーミフィケーションを実践・普及させる土壌となっているといえるでしょう。

3 ゲーミフィケーションをビジネスで活用している事例

最後に、ゲーミフィケーションをビジネスで活用するためのポイントについて考えてみます。ゲーミフィケーションによって顧客の満足度や利用意欲を高め、商品やサービスの売り上げ拡大につなげるための手法と事例について、前述のバートルによるプレーヤーの4タイプを想定しながら紹介します。

1)達成度の数値化

商品やサービスを利用することで、どの程度の効果があったのかを数値で示すことは、特にアチーバーの誘引につながります。ナイキが提供する「NIKE Run Club」は、GPSを使ってランニングの履歴が記録されるスマートフォンアプリです。走行距離の目標設定を行うことで、目標に対する達成度が数値で分かります。走行距離などが一定の条件に達するとトロフィーの画像が贈られるシステムもあり、アチーバーの満足度を高めるシステムが整っています。

さらに、走行記録をSNSなどにアップすることもできるので、ソーシャライザーの欲求も満たす仕組みになっています。アプリを通じてランニングのファン層を増やすことで、ランニングシューズの売上拡大に結びつきますし、ナイキというブランドイメージの向上にも貢献します。

2)ロイヤリティプログラム

一定のポイントが貯まると特典を受け取れたり、ランクが上昇したりするロイヤリティプログラムも、アチーバーに支持されるシステムです。また、ステーキチェーンの「いきなり!ステーキ」による肉マイレージは、獲得マイレージのランキングを公表することで、キラーを呼び込む効果もあるとみられます。

3)他人のフィードバックを得られるシステム

前述のフェイスブックの「いいね!」のように、利用者の活動がインターネットなどを通じて他人からのフィードバックを得られる仕組みは、主としてソーシャライザーからの支持が獲得できます。ユーザーの疑問を別のユーザーが回答するウェブサイト「Yahoo!知恵袋」では、最も役に立った回答に対して質問者が「ベストアンサー」に選ぶことで、ソーシャライザーの満足度を高めているとみられます。

4)自虐的な宣伝や奇抜な商品

自社の食品をあえて「まずい」と強調する宣伝や、意外な食品と組み合わせて食べることの提案、奇抜な見かけやネーミングを採用する戦略などは、エクスプローラーを刺激する売り込み手法といえるでしょう。意外な食品との組み合わせについては、商品専用のウェブサイトなどを通じて一般消費者から募集し、組み合わせに対するフィードバックを掲載することで、ソーシャライザーの関心も集められる可能性があります。

また、行き先を公表せずに出発する「ミステリーツアー」も、主にエクスプローラーをターゲットにした商品といえます。

以上(2019年7月)

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広義のM&Aとしての資本提携の概要

書いてあること

  • 主な読者:資本提携を検討したい経営者
  • 課題:資本提携の主な形態、手法、留意点が分からない
  • 解決策:資本提携の基本を理解し、提携戦略上や法律上の留意点を押さえる

1 M&Aと資本提携

提携とは、経営戦略の一手段として他企業と協力関係を結ぶことをいいます。その提携の一形態である資本提携とは、「企業間の提携において(ある程度規模の大きい)資本拠出をともなったもの」をいいます。この資本提携がM&Aにおいてどのような位置付けがなされるか、まず、M&Aの概念から紹介します。

M&Aとは、Mergers(合併)and Acquisitions(買収)の略語で、最も狭い意味のM&Aは「企業合併・買収」を意味します。しかし一般に、M&Aは資本拠出を伴う提携などを含めた広い意味での企業提携を指す言葉として用いられています。

つまり、資本拠出を伴った提携(以下「資本提携」)は、広義のM&Aに含まれ、株式を持ち合うといった資本提携もM&Aの一形態と解されています。ただし、資本提携はその案件ごとに、大きく異なった形態や背景を持つことから、一義的には定まりません。業務提携を補完する意味でごくわずかの株式を持ち合う株式の相互保有は、業務提携の1つに当たり、広義の資本提携には含めないとする考え方もあります。

本稿では、広義のM&Aの範疇に入ると考えられる一定規模以上の資本拠出を伴ったものを資本提携としていくこととします。

2 資本提携の形態と手法

1)資本提携の形式的形態による分類

資本提携とは、ある程度規模の大きな資本拠出を伴った企業間の提携であり、その形態は次の3つに分けられます。

  • 相手方の株式の取得・新株引受けによる提携(資本参加)
  • 相互に相手方の株式を保有する提携(相互保有)
  • 共同で新会社を設立するジョイントベンチャー、合弁会社の設立

資本提携には、出資比率が提携補完といえる数%の相互保有から、ほぼ買収といえる50%を超えるものまであり、案件によってその性格は大きく異なります。つまり、資本提携の形態の分類は、まず、株式を引き受ける資本参加をしているか、株式を相互に持ち合うかという点で分類することができますが、その規模や出資比率によって、単なる関係の親密化を目的とするものから買収に近いものまで、企業間の目的に応じてその実質は異なります。そのため、形態からの分類はあくまで形式的なものといえます。

また、資本提携の際には、業務提携に加えて資本を拠出することが多く、ほぼ買収に近いものであっても、提携企業のプレスリリースなどでは「業務提携および資本提携のお知らせ」という形で発表されるのが一般的です。

資本提携の概観をイメージするため、資本拠出を伴わない(業務提携補完の意味のごくわずかの相互保有を含む)、業務提携から資本提携までを簡単に図示してみます。 資本拠出から見た一般的な提携の流れは次の通りです。

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2)資本提携の目的による分類

資本提携を広義のM&Aと捉えることで、M&Aの目的から資本提携の分類を考えてみます。M&Aには、一般的に次の6つの目的(動機)があるといわれています。これらは、広義のM&Aである資本提携の際の目的としてもよく見受けられます。

1.節約目的

新規事業進出、技術開発、市場・販売ルートの開拓、工場建設などに関して、新たに自社独自で展開を図るより、既にそれらを保有する企業をM&Aをしたほうが「時間」と「コスト」を節約できる場合。

2.シナジー(相乗)目的

自社の既存事業との組み合わせで、営業面や財務面などで「相乗効果」を発揮しようとする場合。

3.企業政策目的

株式の市場公開や株価対策をにらみながら、自社の財務バランスを目的に合致する形にしたいと考える場合。

4.救済目的

子会社・関係会社や取引先を救済するという意味で行う場合。

5.業界再編目的

業界での市場占有率の拡大や供給過剰体制を解消しようとする場合。

6.企業存続目的

後継者がいないなどの理由により、存続の危ぶまれる企業が存続のために自社株の大部分を譲渡する場合。

3)資本提携の手法

ジョイントベンチャーを除くと、資本提携は提携先企業の株式を取得(相互保有を含む)することになります。株式の取得方法は、既存株式の取得と新株の取得に大きく分けられます。ここでは、それぞれの方法と留意点を紹介します。

1.既存株式の取得

資本提携における既存株式の取得方法には、提携という性質上、特定の大株主から直接株式を取得する相対買付という方法が取られます。この方法は、未公開企業の株式取得では一般的ですが、上場企業(上場していない企業であっても有価証券報告書を提出している企業を含む)などでは、公開買付けの義務が発生することがあります。

2.新株の取得

資本提携で多く見られる手法が、第三者割当増資の実行による新株発行とその引受けです。これは資本参加をする際に、提携先企業が割り当てる新株を取得するものです。 第三者割当増資では、払込金額が引受人にとって特に有利なものである場合、株主総会の特別決議が必要となるため(会社法第199条第3項、第309条第2項)、会社法上の手続きを適切に行う必要があります。

3 資本提携における実務上の留意点

1)提携戦略上の留意点

資本提携は、提携の目的や成果を明確に描く戦略が不可欠です。資本を拠出する以上、提携の成果を企業価値の向上や自社の経営力向上に結び付けなければ意味がないからです。

そのため、資本提携の際には、あらかじめ自社および提携先企業の経営資源をしっかりと分析しておくことが重要です。弁護士や公認会計士、提携やM&Aを扱う証券会社やコンサルティング会社などに相談し、提携の効果や提携後に想定される状況をできる限り把握しておきましょう。

また、自社が資本を拠出し、思い描いた資本提携の効果が得られない状況であれば、思い切って資本提携関係を解消することも戦略の1つといえます。

2)法律上の留意点

資本提携の法律上の留意点として、議決権の停止があります。会社法第308条第1項は、「議決権の数」として次の通り定められています。

【会社法第308条(議決権の数)】

株主(株式会社がその総株主の議決権の四分の一以上を有することその他の事由を通じて株式会社がその経営を実質的に支配することが可能な関係にあるものとして法務省令で定める株主を除く。)は、株主総会において、その有する株式一株につき一個の議決権を有する。ただし、単元株式数を定款で定めている場合には、一単元の株式につき一個の議決権を有する。(第2項略)

この第308条第1項括弧書にある通り、「株式会社がその総株主の議決権の四分の一以上を有することその他の事由を通じて株式会社がその経営を実質的に支配することが可能な関係にあるものとして法務省令(会社法施行規則第67条)で定める株主」は、議決権を行使することができません。 

仮に、株式の相互保有の形で資本提携している甲社と乙社において、甲社が乙社の株式を30%保有し、乙社が甲社の株式を20%保有していた場合、乙社が持つ甲社株式には議決権がなくなることに留意しておきましょう。

また、先にも触れましたが、第三者割当増資における特に有利な発行価額に関しても、事前に専門家などにしっかりと相談することが不可欠です。

これら会社法上の留意点以外にも、株式取得にかかわる関連法規なども適切に処理していくことが求められます。

以上(2019年5月)
(監修 合同会社gtra and company 代表執行役 公認会計士 朝倉厳太郎)

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中小企業の経営戦略としてのM&A

書いてあること

  • 主な読者:M&Aを検討したい経営者
  • 課題:合併や買収の違い、M&Aの分類などが分からない
  • 解決策:M&Aのメリットや基本、敵対的・友好的M&Aの違いなどを理解する

1 M&Aとは

企業は、事業ポートフォリオの最適化(事業の選択と集中による経営資源の最適化)を進める必要があり、具体的な手法に、M&A(Mergers and Acquisitions:合併と買収)があります。

M&Aは合併と買収に限らず、広義では経営権の移動をともなわない株式の持ち合いや合弁会社の設立などの「資本提携」、共同開発や技術提携などの「業務提携」も含んだ手法を指す場合もあります。

2 合併と買収の違いを整理する

1)「合併」と「買収」の違い

合併では、合併される会社(被合併会社)は消滅します。一方、買収では、買収される会社(被買収会社)の株式の所有者(株主)が変わるだけで、会社そのものは存続します。

また、合併では株主総会の特別決議や特殊決議など会社法上の手続きが要求されますが、一般的な買収(買収にかかる対価を金銭とする株式の取得)は、被買収会社株主との事前交渉・合意、契約、対価の支払といったものが基本的な流れであり、会社法上の手続きは要求されません(金融商品取引法などの規制はあります)。

さらに買収の場合、その買収目的に応じて買収する持ち分を100%、3分の2、2分の1以上などと決めることができます。そのため、合併のように常に100%を自社に取り込むことに比べれば、さまざまな面で自由度は高まります。

例えば、買収したものの当初想定した目的が達成できないと分かった時点で、買収の場合、買収会社は被買収会社の株式を第三者に一部売却して自社の持ち分を引き下げたり、全部を手放すことが容易にできます。一方、合併では、合併会社と被合併会社とは既に1つの企業になっているため、容易に切り離すことはできません。

従って、将来的には合併する意向があっても、その前段階として、買収により子会社化ないしは兄弟会社化を行うのは、企業戦略としては効果的といえるでしょう。以降では、合併と買収についてもう少し詳しくみてみます。

2)合併

合併は、M&Aの基本であり、会社法制上の合併制度を用いて、合併会社と被合併会社が1つの会社になることをいいます。両社の経営陣が合併契約を締結し、さらに両社の株主総会の特別決議が必要となります(簡易合併等の場合は除きます)。合併には、次の2通りがあります。

1.吸収合併

会社が他の会社とする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後存続する会社に承継させるもの

2.新設合併

二以上の会社がする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併により設立する会社に承継させるもの

合併当事会社がすべての含み損益を顕在化させるなど新設合併を行う特殊な目的がある場合を除き、通常、M&Aでいう合併とは吸収合併を指します。

3)買収

買収とは、被買収会社の経営権をそれに見合う対価で獲得することです。買収の方法には、次の2通りがあります。

1.事業譲渡による方法

事業譲渡とは、事業用財産(顧客、工場、店舗など)、無形財産(技術、特許権など)、人的財産(従業員や人脈など)など、会社の事業の全部または一部(会社の資産、従業員などが一体となった事業)を譲渡する手法です。

事業譲渡会社が事業の全部または重要な一部を譲渡する場合や、事業譲受会社が他の会社の事業の全部を譲り受ける場合は、いずれも原則として株主総会の特別決議によって、当該事業譲渡契約についての承認を受ける必要があります。

2.株式取得による方法

株式取得には、次のような方法があります。

  • 対象会社の株式が公開されている場合、証券市場から株式を入手する「市場での株式買い付け」
  • 対象会社の大株主と交渉して、その株式を譲り受ける「大株主からの株式取得」
  • 対象会社が新株または新株予約権の発行を行って、新株を買収会社が取得する「第三者割当増資」
  • 対象会社を完全子会社化する「株式交換」

・「市場での株式買い付け」

被買収会社の株式が上場されている場合(厳密には有価証券報告書提出会社株式)は、株式公開買い付け(TOB:Take Over Bid)という方法を採らなければならない場合があります。株式公開買い付けとは、「買収会社が上場している対象会社の株式を、市場の外で、買い付け条件を明示しながら株主から直接購入する行為」をいいます。

・「大株主からの株式取得」

被買収会社の株式が上場されていない場合、被買収会社の大株主等との合意による相対取引に限定されます。相対取引による株式の取得は手続きが簡単で多く利用されている手法です。

・「第三者割当増資」

第三者割当増資は買収会社が被買収会社が発行する新株を引き受ける方法です。既存株式の取得と第三者割当増資を併用することもあります。

・「株式交換」

株式交換とは、既存の会社間の株式を交換することにより、一方を完全親会社、他方を完全子会社とする組織再編手法で、会社がその発行済株式の全部を他の会社に取得させることをいいます。なお、「合併等対価の柔軟化」により、完全親会社が交付する対価は、現金とするなど、株式に限られないこととされています。

株式公開買い付け(TOB)というと、敵対的買収者が不特定多数の株主から市場価額を上回る価額で株式を集める手法というイメージがありますが、友好的な関係においても市場外で株式を取得するには、株式公開買い付けを行わなければなりません。

3 敵対的M&Aと友好的M&A

ここで敵対的M&Aと友好的M&Aについて考えてみましょう。分かりやすくするため、M&Aの買い手と売り手により、株式上場会社と株式未上場会社を分けて整理しましょう。M&Aの買い手(合併会社・買収会社)・売り手(被合併会社・被買収会社)は次の通り分類できます。

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株式上場会社の株式は市場で売買されているため、いつでも資金力のある第三者に取得される可能性がある、つまり、常に買収の対象となる可能性があります。一方、被買収会社が株式未上場会社の場合は、一般に敵対的M&Aは起こりません。

そもそも敵対的M&Aとは、被買収会社の経営陣に対して敵対しているM&Aのことを指します。敵対的な買収が成功する要因は、被買収会社の一部または全部の株主にとってメリットがあることです。

株式未上場会社の場合、所有と経営すなわち株主と経営陣が一体となっているケースが大半です。そのため、経営陣との敵対は株主との敵対となるため、敵対的買収は成功しません。

また、所有と経営が分離している場合でも、株式譲渡制限規定がある通常の株式未上場会社では、最終的に現経営陣(取締役会)により株式譲渡が承認されない限り、買い手は株主になれません。現経営陣に敵対する買い手に対する株式譲渡が取締役会で承認されることはありませんので、敵対的買収は成功しません。

このように株式未上場会社の場合は株式譲渡制限規定がある限り、敵対的買収は起こり得ません。逆に、株式未上場会社であっても、株式譲渡制限規定がない場合は、敵対的買収の可能性があります。

4 買い手からみたM&Aのメリット

1)時間を買う

新製品の開発、異業種分野への進出、規模の利益を狙う場合に、手っ取り早く「時間を買う」ことによって、早期の市場参入と早期の業績向上に寄与します。

2)人材を獲得する

被買収会社(売り手)の優れた人材を、自社に取り込むことができます。

3)投資を節約する

51%または67%の株式の取得(議決権ベース)で買収会社(買い手)は被買収会社(売り手)の経営権を取得することができます。企業全体の価値から見れば、割安で被買収会社(売り手)を取得することになります。

4)顧客を獲得する

被買収会社(売り手)の持つ顧客を、自社の顧客とすることができます。同時に被買収会社(売り手)の持つ販路や営業データなども自社のものとして利用できます。

5)事業リスクの低減

被買収会社(売り手)の過去の業績データを参考にできるため、全くの新事業分野へ進出する場合に比べ、投資の計算がより現実味のあるものとなり、リスクを低減することができます。

6)シナジー効果の期待

買収会社(買い手)の経営資源(主として経営ノウハウ)と被買収会社(売り手)の経営資源の組み合わせによる相乗効果(シナジー効果)が期待できます。

5 M&Aを検討するときに考慮すべき項目

1)買い手の検討事項 

・買収によってどんな「利益やメリット」を得ようとしているか(買収目的)
・買収対象はどの企業か(対象選定とアプローチ)
・買収対象の価値はどのくらいか(買収対象の価値評価)
・どのような方法で買収するか(買収方法)
・買収資金をどのように調達するか(資金調達)
・仲介者や専門家は誰をいつ起用するか(仲介者や専門家の選定起用)
・「法的規制」や「税法上の問題」の有無と、その克服の方法(制約克服)
・買収後の総合的な事業運営をどう実施するか(買収後の事業計画)

2)売り手の検討事項

・売却によって得られるメリット、あるいはデメリットは何か(売却目的)
・誰に売却するか(買い手選定)
・売却によって得るものは何か、また失うものは何か(販売価格見込設定)
・特に「税制」などの問題で、メリットが害されないか(実質収入確保)
・仲介者や専門家は誰をいつ起用するか(仲介者や専門家の選定起用)
・売却後の計画(事業計画または資産運用計画)

6 まとめ

知識と経験を持った専任スタッフが社内にいる場合でも、M&Aを行う際は専門家の適切なアドバイスが必要です。これは、自社が買い手(合併会社・買収会社)になるか、売り手(被合併会社・被買収会社)になるかに関係ありません。

例えば、株式未上場会社を買収する場合、相手の企業評価(株式価額の算定)は非常に大きな問題です。個々のケースに応じて、さまざまな価額形成要素を加味して合理的な価額を評価していかなければなりません。

また、実際のM&Aでは、「人材や組織活性化の問題」「事業の価値評価」「将来の企業戦略設計」「税制や法規制」など、企業経営に欠かせない多くの問題を解決する必要があるため、専門家を起用し万全を期さなければなりません。

中小企業がM&Aの当事者となる場合は、「後継者不在の中小企業が、M&Aによる企業存続および経営者のリタイアを目指す」「自社の強みをさらに強化するためシナジー効果を狙って、必要な企業をM&Aする」などのケースです。今後も、中小企業が企業の発展・存続のためにM&Aを利用していくケースがさらに増えていくでしょう。

以上(2018年9月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:pixabay

自社の競争力を高める4つのポイント

書いてあること

  • 主な読者:企業を成長させたい経営者
  • 課題:企業の競争力強化のために必要な考え方を知りたい
  • 解決策:企業の競争力の源泉を見直し、競争力強化策を検討する際のポイントを解説する

書いてあること

  • 主な読者:企業を成長させたい経営者
  • 課題:企業の競争力強化のために必要な考え方を知りたい
  • 解決策:企業の競争力の源泉を見直し、競争力強化策を検討する際のポイントを解説する

1 競争力を考える

1)「競争力」の源泉を見つけるには

企業の「競争力」とは、文字通り市場において他社との競争を優位にするための能力のことをいいます。技術力や販売力など、企業の有する特定の能力だけを示すものではありません。技術力、販売力、人材開発力などの企業が持つ内部能力や業界内での自社のポジショニングなど、さまざまな要素が複合的に作用することで決定されます。

「企業の競争力を強化する」など、「競争力」という言葉は企業の「強さ」を表すキーワードとして頻繁に使われています。しかし、「自社の競争力の源泉は何か」「自社の競争力を強化するためにはどのような取り組みを行うべきか」ということを客観的に検討し、取り組んでいる企業は必ずしも多くはないようです。

そこで、本稿では企業が成長を図るための取り組みを「競争力」という視点から捉えて、競争力を強化するための基本的な考え方を紹介します。

2)理想の競争力とは

企業活動の大きな目的は「長期・継続的に収益を獲得し、存続していくこと」にあります。そのために企業は、「競合他社に対して持続的な競争優位性をもたらす能力」によって競合他社に打ち勝ち、顧客を獲得していかなければなりません。

持続的な競争優位性をもたらす能力にはさまざまな要因がありますが、それらの中でも、「他社が容易に模倣できない(模倣困難性)」ということが重要となります。容易に模倣できるものであれば、他社はすぐに同じ能力を身に付けてしまうため、持続的な競争優位性をもたらす競争力とはなりません。

この模倣困難な競争力を生み出す主な要因は次の2つです。

1.独自性

「独自性」とは、自社独自の技術やノウハウなどを取り入れた競争力のことです。競合他社の知らない技術やノウハウに裏打ちされた強みは、容易に模倣されることはありません。

特許などの知的財産権として保護されている技術などに基づく競争力が、典型的な例といえるでしょう。

2.複雑性

「複雑性」とは、多様な要素から構成されている競争力のことです。たとえ、一つ一つはどの企業でも簡単に模倣できるような小さな要素でも、それらが多様に積み重なれば、競合企業は、それら全てを模倣できにくくなります。また、たとえ競争力を構成する多様な要素の中から中心的なものだけを模倣したとしても、同じ効果を得ることは非常に困難です。「カイゼン」に積極的に取り組む企業風土、サプライヤーとの密接な関係などが複雑に絡み合って構成されている「トヨタ生産方式」は、複雑性に裏打ちされた競争力の1つといえるでしょう。

2 競争力強化に取り組む際の基本方針

競争力強化を図るための基本方針は、「どの企業にも負けない自社の得意分野」あるいは「『○○といえば、この企業』といわれるような強み」をつくることです。

その際は、現在強みを発揮している分野において取り組むとよいでしょう。これまで強みを育成するためにさまざまな取り組みを行っている分野であれば、全く新しい分野よりも、組織構造面や従業員の心理面などにおいて取り組みやすいはずです。

その上で、他社には負けない突出した優れた能力を生み出す取り組みは、競争力強化という観点で2つのメリットがあります。

1つ目は、企業全体の能力向上を促す効果があるということです。突出した優れた能力があれば、その能力を十分に活かそうと多様な取り組みが行われます。その結果、企業全体の能力を連鎖的に向上させる効果が期待できます。

2つ目は、突出した優れた能力は、関連するさまざまな情報の蓄積を促す効果があることです。突出した優れた能力を有していると、商談・共同事業・共同研究の依頼や、講演会・セミナーの講師の依頼・経営に関する相談など、その能力を求めるさまざまな企業や団体などからのアプローチが増加します。それに伴って、同業他社の動向、最新の技術情報、川上(サプライヤー)・川下(顧客)に関連する情報など、自社の能力を高めるために有益な情報がその企業に集まるようになるのです。

このように自社の強みの育成にウェートを置くことで、効果的に競争力の強化を図ることができるのです。

3 競争力強化策を検討する際に考慮すべき4つのポイント

1)自社独自の技術・ノウハウを得るために「実験」を取り入れる

「独自性」を高めるためには、自社固有の技術やノウハウなどを蓄積する必要があります。その際に有効なのは、「新商品のテストマーケティング」「新たな生産方式の試験導入」など市場や製造現場などにおける「実験」を行うことです。

さまざまなことを実際に試してみることで、書籍などからでは得ることのできない自社固有の技術・ノウハウなどを蓄積することができます。

実験を行う際のポイントは「小さく、繰り返し行う」ことにあります。実験には予算上の制約や失敗した場合のリスクが伴います。このようなリスクを回避するためには、事前に十分な検討を行うことはもちろんですが、可能な限り小規模・短期間で「小さく」取り組むことが重要となります。そして、そこから得られた成果を基に、新たな「小さな」実験を行うのです。

このように小さな実験を繰り返し行っていくことによって、経営上のリスクを回避しながら自社独自の技術・ノウハウを蓄積することができます。

2)組織的に、小さな工夫や改善を繰り返す

小さな工夫や改善といった取り組みも競争力を強化する上で効果があります。模倣困難性という視点から見ると、特別な技術など特定の能力に基づく競争力よりも、むしろ企業独自の小さな工夫や改善を重ねて構築された競争力のほうが「複雑性」が高く、模倣が困難な場合が少なくありません。

例えば、特定の技術のみに基づいた競争力は、それ以上に優れた新技術が開発されてしまえば、その競争力は失われてしまいます。しかし、小さな工夫や改善の積み重ねから形成された競争力は、容易に模倣することができないのです。

小さな工夫や改善を競争力強化に役立てる際のポイントは、「継続的に取り組む」ことです。継続的に工夫や改善を行うには、場当たり的に対応するのではなく、計画を立てて組織的に行い、工夫や改善を重層的に積み重ねていく必要があります。

3)他社の技術・ノウハウなどを積極的に取り入れる

他社の技術・ノウハウなどを積極的に取り入れることも効果的です。前述した「実験」などを通じて独自技術・ノウハウなどを蓄積するにしても、1社単独の取り組みで得ることのできる技術・ノウハウなどには限界があります。

また、他社は自社には無いさまざまな技術・ノウハウなどを有しています。これらの技術・ノウハウなどを、自社の持っている技術・ノウハウなどと融合できれば、自社単独では得ることが困難な新たな技術・ノウハウを蓄積できる可能性があります。

他社の技術・ノウハウなどを取り入れるためには、他社や団体などと交流を図る機会を積極的に設ける必要があります。例えば、異業種交流会に参加し他社や団体などの人たちと積極的に交流を図る、あるいは産学連携や他社との共同事業などを通じて自社以外の技術やノウハウなどを吸収するなどが考えられます。また、コンサルタントなど外部の専門家を利用することも有効でしょう。

4)「過大な」目標を設定してみる

ここまで紹介したポイントは、既存の業務プロセスなどをベースにして、一歩一歩着実に努力を積み重ねて競争力を高めていくという、いわば「競争力の“改善”」を行っていく方法です。

一方、過大な目標を設定することは、革新的な技術、新商品の開発、新たな生産方法を創出するなどして、革新的に競争力を向上させる可能性を秘めた方法です。

「発注から店頭に商品が並ぶまでの日数を従来の3分の1にする」など、一見すると実現できないような数値目標や、「従来には無い高品質の商品を低価格で製造・販売する」などの現在の常識とは相いれないコンセプトといった過大な目標は、「既存のシステムの改善」といった従来の延長線上の取り組みでは実現することができません。そのため、既存のシステムにとらわれないゼロベースでの検討を促し、結果として革新的な技術、商品の開発、新たな生産方法の創出につながる可能性があるのです。

過大な目標を通じて革新的に競争力を向上させる際のポイントは、「いかに設定した目標に『現実味』を持たせるか」ということにあります。単に過大な目標を設定するだけでは、従業員などには「そんなことは実現できるわけがない」といったように、現実味の無い絵空事として受け取られてしまいます。過大な目標を達成するためには、過大な目標を「実現すべき目標」として従業員を実際に動かさなければなりません。

過大な目標を「実現すべき目標」に落とし込むために最初に行うことは、「期限」を設けた計画を立案することです。過大な目標を達成するには従来とは異なった取り組みが求められるため、通常の経営計画などのように具体的かつ詳細な計画を立案することは困難でしょう。計画はラフなものでもよいですが、その際に必ず盛り込まなければならないのが期限です。明確な時間軸を与えるだけでも、過大な目標が現実味を帯びたものとなってきます。

以上(2019年10月)

pj80075
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会社を守るために知っておくべき「暴力団排除条例」

書いてあること

  • 主な読者:暴力団等の排除を進めたい経営者
  • 課題:暴排条例において企業はどんな取り組みをすべきかが分からない
  • 解決策:日ごろから新聞記事などで取引先について調べ、不安があったら、所轄の警察署に相談する。後述する暴力団等の排除に関する特約条項を契約書に盛り込むことも重要

1 暴力団等排除の当事者に位置付けられた事業者

「暴力団排除条例」(以下「暴排条例」)の目的は、社会全体で暴力団を含む反社会的勢力(以下「暴力団等」)を排除することによって、住民の安全で平穏な生活を確保し、事業活動の健全な発展に寄与するために、47都道府県でそれぞれ施行されています(各都道府県によって暴排条例の名称および内容が異なる場合があります)。

事業者が注意しなければならない大切なポイントは、暴排条例において、事業者自身も暴力団等排除の当事者に位置付けられていることです。具体的には、「利益供与の禁止」「契約時における措置」「不動産の譲渡等における措置」などの取り組みによって暴力団等を排除しなければなりません。さらに、暴排条例に違反した場合、事業者も勧告や公表などのペナルティーを受けます。

本稿では、東京都の暴排条例を中心に、事業者に求められる暴排条例上の措置、暴排条例に違反した場合のペナルティー、基本的な暴排条例対策について紹介します。なお、東京都の暴排条例は2019年中に、暴力団員による「みかじめ料」の要求に加え、飲食店などがみかじめ料を支払った場合も罰則の対象とする改正を予定しています。

2 暴力団等の定義

暴排条例では、幾つかのレベルに分けて暴力団等を定義しており、それに応じて規制の内容が変わります。東京都の暴排条例における暴力団等の定義は次の通りです。

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近年、暴力団等の活動は巧妙さを増しており、事業者が特に暴力団関係者や規制対象者に関する情報を入手することが難しくなっています。相手が暴力団等であることを知らずに利益供与などをした場合、事業者が暴排条例違反に問われることはないものの、顧客、取引先、従業員から「暴力団等の実質的支配下にある『フロント企業』と関係していたらしい」などといった評判を立てられ、会社の信用が低下するリスクがあります。

3 事業者に求められる暴排条例上の措置

1)利益供与の禁止

利益供与の禁止の対象となる主な行為は、次のように大別されます(「威力の利用」と「助長取引」は、便宜上、定義したものです)。なお、相手方が供与された利益に見合った適正な料金を支払ったとしても、利益供与には該当します。

  • 威力の利用:
    事業者が暴力団等の威力を利用するために(利用したことに関し)、金品その他財産上の利益を与える行為
  • 助長取引:
    事業者がその行う事業を通じて暴力団等の活動を助長するなどの行為

一見分かりにくい助長取引の具体的な内容を、東京都の暴排条例で確認してみましょう。

【東京都 暴力団排除条例第24条第3項】

事業者は、第1項に定めるもののほか、その行う事業に関し、暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることの情を知って(注1)、規制対象者又は規制対象者が指定した者(注2)に対して、利益供与をしてはならない。ただし、法令上の義務(注3)又は情を知らないでした契約に係る債務の履行(注4)としてする場合その他正当な理由がある場合には、この限りでない。

1.暴力団の活動を助長し、又は暴力団の運営に資することとなることの情を知って(注1)

「暴力団の活動を助長し、または暴力団の運営に資することになるという『事情』を知って」ということです。そのため、そもそも相手が暴力団員などの規制対象者または規制対象者が指定した者だと知っていたか否かだけではなく、その活動の助長等につながることを認識していたか否かも重要なポイントとなります。また、これは決裁権者の、利益供与時の認識を基準とします。

暴排条例に違反するケースと、そうではないケースの例は次の通りです。

  • 違反している:
    ホテルが、暴力団組長の襲名披露パーティーに使われることを知って、宴会場を貸し出す
  • 違反ではない:
    ホテルが、暴力団等の会合とは知らず、また、知る余地もないまま宴会場を貸し出したところ、会合後に暴力団員の利用であった

2.規制対象者又は規制対象者が指定した者(注2)

第1には、事業者は「規制対象者=暴力団員」として対策を講じることになるでしょう。なぜなら、暴力団員以外の規制対象者(フロント企業など)に関する情報を事前に入手するのは難しいからです。

ただし、業界や地域警察のデータベースに登録のある規制対象者については,実際にデータベース等を見ていなかったというだけで単純に「知らなかった」と扱ってもらえるとは限りません。言動等から疑わしく感じられる取引先については、都度調査するなどの対策を講じる必要があります。

3.法令上の義務(注3)

医療やライフライン(電気・水道・ガス)の提供や、建築物等の維持保全などがこれに当たります。そのため、情を知った上で規制対象者または規制対象者が指定した者に医療やライフラインを提供しても、暴排条例違反とはなりません。

4.情を知らないでした契約に係る債務の履行(注4)

情を知らずに交わした契約の債務を履行することは暴排条例違反とはなりません。例えば、次のケースは暴排条例違反とはなりません。

  • リース会社が、相手が規制対象者または規制対象者が指定した者であることを知らずにOA機器のリース契約を交わしたが、後日規制対象者であることが判明したので、契約書上の暴排条項に基づいて直ちに解約し、解約前の利用分についてリース料を請求した

更新契約を締結することはもちろんのこと、規制対象者だと判明して以降もなお、契約書に暴排条項がありながら解約をせずに契約関係を続ければ、条例違反となる可能性が高いでしょう。

2)契約時における措置

契約時における措置とは、事業者が、事業に関する契約が暴力団の活動の助長等につながる疑いがあると認められる場合には、相手方(代理人もしくは媒介する者を含む。以下、本章にて同様)が暴力団関係者でないかを確認するように努めなければならないというものです(東京都暴排条例18条1項)。

また、契約書面に次のような特約条項等を盛り込むように努めなければなりません(同条2項1号)。

相手方が暴力団関係者であることが判明した場合、事業者は催告を要せずに契約を解除できる

3)不動産の譲渡等における措置

不動産の譲渡等における措置は、不動産の譲渡または貸し付け(地上権の設定を含む)を行う者が、相手方に、その不動産を暴力団事務所に使うものではないことを確認するように努めなければならないというものです(不動産の譲渡等の契約主体は事業者に限られません。以下、本章にて同様)(東京都暴排条例19条1項)。

加えて、契約書面に次のような条項を盛り込むことも、努力義務として求められています(同条2項1号2号)。

  • 当該不動産を暴力団事務所として使ってはならない、または第三者に暴力団事務所として使用させてはならない
  • 当該不動産を暴力団事務所として使っていることが判明したときは、催告を要せずに契約を解除し、または当該不動産を買い戻すことができる

また、不動産仲介業者は、暴力団事務所に利用されることを知って不動産の仲介をしないように努めるとともに、不動産の仲介を依頼する者に対して、適切な情報提供などの助言その他必要な措置を講じることが求められています(同条例20条)。

4)その他の措置

上記の他、祭礼、花火大会、興行等の主催者等は、当該行事の運営に暴力団等を関与させないための措置を講ずること、青少年の教育または育成に携わる者は、暴力団等に加入せず、暴力団員による犯罪の被害を受けないよう、指導、助言等の措置を講ずること等が規定されています(東京都暴排条例16条,17条)。また、暴力団排除活動に資する情報を知った場合、都道府県または暴追センター等に情報提供することが定められている場合があります(同条例15条1号参照)。

4 暴排条例に違反した場合のペナルティー

東京都の暴排条例に違反した場合に事業者が受けるペナルティー等としては,公安委員会から報告や資料提出を求められること、立入検査、勧告、公表、命令があり(東京都暴排条例26条から30条)、特にこの命令に違反した場合には、その行為態様次第で1年以下の懲役または50万円以下の罰金を受ける可能性があります(同条例33条)。しかも、法人、担当者、代表者全員に対して罰が下される可能性があります(同条例34条)。

暴排条例に違反することがないよう、しっかりと手を打っておくべきであることは間違いありません。

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5 事業者が行う基本的な暴排条例対策

1)情報収集が基本

事業者が取り組む暴排条例対策の基本は情報収集です。近年、暴力団等の活動は巧妙さを増しています。暴力団等の実質的支配下にある「フロント企業」を隠れみのにして、その実態を巧みに隠しながら事業者に近づいてきます。

役員や株主に手を回していることがあり、その正体をつかむことは以前にも増して難しくなっています。悪意のない「助長取引」を避けるためにも、日ごろから取引先などに関する情報収集を徹底することが重要です。基本的な情報収集の方法は次の通りです。

  • 新聞記事:
    新聞のデータベースで過去の記事を検索し、相手が暴力団等との関係を持っていないか、トラブルを起こしていないかなどを調べます。
  • 信用調査:
    帝国データバンクなどの信用調査会社を利用して、相手の情報を入手します。明るみに出ていない、業界内での情報などが分かる可能性もあります。
  • 雑誌記事:
    週刊誌に暴力団等の記事、人物の名前などが掲載されていることがあるので、国立国会図書館などでバックナンバーを調べます。

以上のような情報収集の結果、少しでも不安を感じたらすぐに所轄の警察署に相談するようにしましょう。所轄の警察署は、暴排条例を順守するために事業者が行う照会に対して、事案に応じて情報を提供してくれる可能性があります。

例えば、相手方が次のような場合は注意が必要です。

  • 明確な理由がないのに、頻繁に社名を変更している
  • 会談の場などで態度が横柄かつ言葉遣いが威圧的である
  • 袖口などから暴力団員と推測されるような入れ墨が見える
  • 事務所が住宅地にあり、その入り口周辺に不自然に複数の防犯カメラが設置されている、怪しい人物が周辺を見回るなどして警備している

2)契約書面に盛り込む暴力団等の排除の特約条項

契約に暴力団等の排除に関する特約条項(暴力団排除条項)を盛り込むことも重要です。以下は特約条項の一例(甲はご自身、乙は相手方を指します)であり、事業者の実態に応じて必要な修正を行うとよいでしょう。

第○条(反社会的勢力の排除)

1)乙は、甲に対し、次の各号のいずれにも該当しないことを確約し、甲は、乙が次の各号に該当する場合に、何らの催告を要せず、本契約を解除することができる。甲がこれによって解除した場合、乙は、甲に対して負うすべての債務について期限の利益を喪失し、直ちに弁済する。

  • 乙(または乙の保証人)が、暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなったときから5年を経過しない者、暴力団準構成員、総会屋等、社会運動等標ぼうゴロ、政治活動等標ぼうゴロ、宗教活動標ぼうゴロ、または暴力団関係企業もしくは特殊知能暴力団その他これらに準ずるものに属する者(以下「反社会的勢力」という)に該当すること。

  • 乙(または乙の保証人)が、現在または将来にわたって、反社会的勢力または反社会的勢力と密接な交友関係にある者(以下併せて「反社会的勢力等」という)と次のいずれかに該当する関係を有すること。

    • 反社会的勢力等が、その経営を支配している関係
    • 反社会的勢力等が、その経営に実質的に関与している関係
    • 乙(または乙の保証人)や第三者の不正の利益を図り、または第三者に損害を加えるなど、反社会的勢力等を利用している関係
    • 反社会的勢力等に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関係
    • その他反社会的勢力等との社会的に非難されるべき関係
  • 乙(または乙の保証人)が、甲に対して、自らまたは第三者を利用して次のいずれかの行為を行ったこと。
    • 暴力的な要求行為
    • 法的な責任を超えた不当な要求行為
    • 取引に関して、脅迫的な言動をし、または暴力を用いる行為
    • 風説を流布し、偽計または威力を用いて甲の信用を毀損し、または甲の業務を妨害する行為
    • その他イからニに準ずる行為

2)甲が前項の規定により本契約を解除した場合には、乙に損害が生じても甲は何らこれを賠償ないし補償することは要せず、また、かかる解除により甲に損害が生じたときは、乙はその損害を賠償するものとする。

(出所:暴力団追放運動推進都民センター「暴力団対応ガイド」を基に作成)

 

以上はあくまで一例に過ぎません。事業や契約の内容次第でカスタマイズする必要がございます。そして、契約書は、将来のトラブルを予測して事前にリスクを潰すものでなければ意味がありません。安易に上記例文を契約書へコピーアンドペーストし完了とするのではなく、ぜひ、法律相談または顧問契約をご利用の上、きちんと将来のトラブルを抑止できる契約書をご作成ください。

3)経営者のリーダーシップ

正しい方向で事業を運営していくことは経営者の使命であり、暴排条例への対応もその一環です。経営者は、自らが強いリーダーシップを発揮して、組織に暴力団等の排除の意識を定着させていかなければなりません。

同時に、「助長取引」などを防止するためには、最前線でさまざまな情報に触れている従業員の“感覚”が重視されます。少しでも不安を感じたら、その情報がすぐに上層部に報告されるような、風通しの良い組織をつくることが重要です。

4)相談窓口

警察関係で事業者が初めに相談することになるのは、所轄の警察署です。「暴力団排除条例の関係で相談したい」と伝えれば、担当課につながります。この他、東京都の場合は以下も相談先となります。

・警視庁 組織犯罪対策第三課 特別排除係
 TEL:03-3581-4321(警視庁代表)
・警視庁 暴力ホットライン
 TEL:03-3580-2222(24時間受け付け)
・暴力団追放運動推進都民センター
 TEL:0120-893-240
・公益財団法人警視庁管内特殊暴力防止対策連合会
 TEL:03-3581-7561

以上(2019年5月)
(監修 ベリーベスト法律事務所 福田匡剛)

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中小規模のM&Aの現状と留意点

書いてあること

  • 主な読者:事業承継や事業の拡大などでM&Aを検討している経営者
  • 課題:限られた予算の中でM&Aを行いたい
  • 解決策:まずは、デュー・ディリジェンス(会社や事業の価値やリスクの調査)を始めるに当たって、M&Aによって得たい価値を明確にすることが大事

1 中小規模のM&Aは「限られた予算」の効率的な活用がポイント

現在、中小企業同士や中小企業と起業家、大企業・中小企業とスタートアップ企業といった「中小規模のM&A」が注目されています。その理由の一つは、中小企業の後継者不足が深刻化しているためです。中小企業白書(2019年版)でも、経営者の高齢化や後継者不足は、中小企業における重要な課題として挙げられています。今後も、中小規模のM&Aは増えていくことでしょう。

弁護士という職業柄、私はさまざまなM&Aについてのご相談を受けますが、中小規模のM&Aの場合、会社の法務担当者は、「法務リスクをチェックしたいものの、使える予算が限られる」といった悩みが多いようです。そのため、中小規模のM&Aでは、「限られた予算の中で、いかに効率的にデュー・ディリジェンス(後述で説明)、契約書の作成・交渉を行えるか」がより重要です。外部アドバイザーとして、弁護士にもこの点が求められると感じます。

本稿では、中小規模のM&Aを中心に、現状や留意点などを紹介しています。本稿が、中小規模のM&Aを予定されている皆さまにおいて、方針検討の一助となれば幸いです。

2 中小規模のM&Aの現状

1)中小企業白書から見る中小企業の重要課題

中小規模のM&Aが注目される背景について、まず、中小企業白書を例に見ていきます。2019年4月26日、中小企業白書(2019年版)が公表されました。今回の中小企業白書は、令和時代の中小企業・小規模事業者の活躍に向けて、経営者の世代交代と中小企業の自己変革に焦点が当てられています。

中小企業白書によれば、2018年の休廃業・解散件数は4万6724件にも上ります。また、中小企業の経営者の年齢の分布を見ると、1995年には、最も多い経営者の年齢は47歳でしたが、2018年には69歳となっており、経営者の高齢化が進んでいることが分かります。このような状況を受けて、経営者の世代交代により、有用な事業や経営資源を次世代に引き継ぐことの重要性が高まっています。

同様に、中小企業白書では、事業承継の手法としては親族内承継が55.4%と最も高く、次いで役員・従業員承継(19.1%)、社外への承継(16.5%)となっており、親族外への承継も一層推進することが重要と指摘しています。また、会社の事業を社外の起業家が承継することがありますが、起業家から見ても、事業承継が一層推進されることで、有用な事業や経営資源を引き継ぐことが可能となり、初期費用を抑えて創業ができるというメリットがあります。このような中小企業と起業家の事業承継を通じ、起業家による新しい事業展開も期待されるところです。

2)中小規模のM&Aのもう一つの意味

中小規模のM&Aは、「経営者の世代交代に伴う事業承継」にとどまりません。「将来のM&A候補の探索」という意味も持っています。

従来、特に米国や中国で顕著でしたが、近年では、日本でも、スタートアップ企業への投資件数および金額は大幅に増加しています。

大企業は、その規模の大きさから意思決定などに時間がかかり、新たな事業への取り組みが遅れがちです。そのため、大企業はスタートアップ企業を通じて自社の技術革新につなげたいという意向を持っており、それがスタートアップ企業への投資ニーズの拡大要因といえます。

これらの投資は一定の出資を伴うため、投資自体がM&Aの一種ともいえますが、マイノリティー株主(親会社以外の株主)として投資する場合も多いため、支配権獲得という観点では、将来のM&A候補の探索(=将来の支配権獲得に向けた準備)という側面のほうが強いといえます。

なお、このような事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携については、経済産業省が手引きをまとめていますので、こちらも参考になります(経済産業省産業技術環境局技術振興・大学連携推進課(平成31年4月付)「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第三版)」)。

■「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第三版)」を取りまとめました■
https://www.meti.go.jp/press/2019/04/20190422006/20190422006.html

3 中小規模のM&Aにおけるデュー・ディリジェンス

1)デュー・ディリジェンスの実施

ここでは、中小規模のM&Aにおける具体的な留意点などを見ていきます。買主は、会社や事業の支配権を取得する場合、その会社や事業の価値やリスクを調査することになります。このような調査を「デュー・ディリジェンス」と呼びます。

またデュー・ディリジェンスは、(そのスコープはさまざまですが)近年では、M&Aの規模を問わず行われます。また、法務に限らず、財務や税務についても行われることが一般的です。さらに、製造業を営む会社などで、その保有する工場の価値が大きい場合には、工場の敷地に環境問題が発生していないかを確認するために、環境に特化したデュー・ディリジェンスが行われるなど、個別の事例に応じて、さまざまなアレンジがなされます。

規模の大きなM&Aが行われる場合には、デュー・ディリジェンスのために、数千万円から数億円の費用がかけられることもあります。そのような場合には、各分野の専門家が対象会社や対象事業について、網羅的かつ詳細なチェックを行い、問題点を確認することとなります。

2)中小規模のM&Aにおけるデュー・ディリジェンスの悩み

中小規模のM&Aでは、予算の都合上、規模の大きなM&Aのように、費用をかけて網羅的なデュー・ディリジェンスを行うことは簡単ではありません。また、「規模が小さければ、その会社や事業が抱えているリスクは小さい」という相関性は必ずしも成立しない点に注意が必要です。

会社の規模が小さく、大企業のようなコンプライアンス体制が整っていない結果、法務・財務・税務など、さまざまな観点で潜在的な問題を抱えている例も多く見られます。そのため、中小規模のM&Aであるという理由でデュー・ディリジェンスをしないと、取引の実行後に問題点が見つかり、最悪の場合には、想定していたビジネスが営めないこともあり得ます。例えば、対象会社で本来必要となる許認可を取得していなかった場合には、一定期間営業停止をせざるを得ないという事態も考えられます。

また、デュー・ディリジェンスを行わなかったため、事業運営のコストが想定以上にかかり、不採算ビジネスになってしまうといった事態が生じることもあります。例えば、サービス残業が常態化していたことが買収後に分かった場合に、サービス残業をなくし、未払賃金の支払いを行った結果、事業運営のコストが想定以上にかかってしまうという事態も考えられます。

そのような想定外の事態が生じた場合の対処方法として、契約書に基づき、損害賠償請求をできるようにしておけばよいという考え方もありますが、契約違反や損害を主張・立証するために一定の時間や費用が必要となりますし、買主側で考えている損害額が全て認められるとは限りません。また、損害賠償請求が認められたとしても、売主側の財務状態が悪化していれば、結局、支払いを受けることができないといった事態も考えられます。そのため、仮に契約書での手当てが可能な場合であっても、できる限りデュー・ディリジェンスを行って、リスクを把握することが必要です。

3)デュー・ディリジェンスを効率的に行うための方策

中小規模のM&Aでは、限られた予算の中で、どのように効率的にデュー・ディリジェンスを行うかが課題となります。効率性を上げるための方策は一つではありませんが、デュー・ディリジェンスを始めるに当たって、まず、M&Aによって得たい価値を明確化することが重要です。

例えば、事業を営むに当たって許認可を得る必要がある場合には、その許認可についてチェックしなければなりません。また、その会社の有している特許やライセンスが重要な場合には、その特許やライセンスの有効性や契約条件(ライセンスの範囲、有効期間、ライセンスフィーの算定方法など)をチェックすることになります。さらに多数の従業員を雇用する企業では、先ほど挙げた例にもある通り、未払賃金についてもチェックをする必要があるでしょう。

チェックすべきポイントを明確化したうえで、社内の法務部、財務部などで対応できるか、または外部のアドバイザーを起用する必要があるかを検討することとなります。チェックポイントの明確化の作業は、中小規模のM&Aの経験が豊富な外部のアドバイザーと一緒に行う、また、初期の段階で対象会社にインタビューを行って、問題点を絞り込むといった手法も有用です。

このように、デュー・ディリジェンスのチェックポイントを明確化し、効率的に作業を行うことで、買収時のリスクを抑えつつ、買収にかかる費用をコントロールすることが可能になります。

4 売主側における準備行為

デュー・ディリジェンスは、買主側が行いますが、デュー・ディリジェンスの過程で問題が見つかると、スケジュールの遅延や譲渡対価の減額など、売主側にも大きな影響が生じます。このような事態を避けるため、M&Aを検討する売主としては、買主側のデュー・ディリジェンスが始まる前に、自ら社内のコンプライアンス体制のチェックなどを行うことが考えられます。

また、デュー・ディリジェンスでは、契約書をはじめ、さまざまな資料の提出が求められることとなりますので、売主側で、あらかじめ社内資料の整理を行っておくと、デュー・ディリジェンスから案件の成立・譲渡の実行までを、スムーズに進めることができます。

5 中小規模のM&Aにおける契約書の作成・交渉プロセスの特徴と留意点

契約書には、デュー・ディリジェンスで発見された問題点を解消するための条項などが盛り込まれることとなります。例えば、許認可の取得に不備がある場合には、取引の実行に先立って、必要な許認可を取得させるなど、その不備を是正する義務が盛り込まれます。

また、デュー・ディリジェンスの結果によっては、単純な株式譲渡や事業譲渡の手法ではなく、他の手法を選択する必要が生じる場合もあります。例えば、会社分割などの組織再編行為を利用して、一部の事業を承継するといった手法が採用されることもあります。このようなスキームの検討や契約書の作成は、社内に適切な担当者がいる場合は別ですが、外部のアドバイザーを起用するほうが、作業を効率的に進められることが多いでしょう。

中小規模のM&Aの場合、社長がキーパーソンであり、社長がいなくなると、ビジネスが円滑に運営できないといった事態が往々にして生じます。そのような場合には、社長に、少なくとも一定期間、経営に関与してもらうための仕組みづくりを検討することになります。契約上の手当てとしては、社長と経営委任契約を締結することなどが考えられますが、社長に、今までと同様、またはそれ以上に、会社の業績向上に向けて尽力するモチベーションを持ってもらうための仕組みをつくることも重要です。

社長のモチベーションを保つ手法として、例えば、報酬に一定のインセンティブを付与することも考えられますし、また、対象会社の株式の一部を社長に継続的に保有してもらい、退任時に対象会社の企業価値が向上している場合には、高い企業価値を前提に、社長の保有している株式を買い取るといった手法も考えられるところです。

どのような手法が良いかは、個別の案件ごとに異なります。外部のアドバイザーなどから、インセンティブについてのアイデアを出してもらうことも有用でしょう。

規模にかかわらず、M&Aは非常に労力も手間もかかるのが一般的です。特に、社内に専門部署や専門知識のある人がいないことが多い中小規模のM&Aでは、なおさらです。しかし、会社を次の世代に残すために、また、新しいビジネスの可能性を生み出すために、中小規模のM&Aが求められているのも事実です。

後継者不足に悩んでいる方、または、新しいビジネスにチャレンジしたい方は、外部の専門家などにも相談しながら、中小規模のM&Aを検討してみてはいかがでしょうか。

以上(2019年6月)
(執筆 弁護士 柴田久)

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働き方改革に適した組織再考~昭和、平成の組織から振り返る~

書いてあること

  • 主な読者:いまの時代にあった組織変革を考える経営者
  • 課題:働き方改革など、社会の状況が変化する中で、適切な組織形態を選択したい
  • 解決策:昭和から平成に起こった社会と組織形態の変化と、自社に合った組織形態を選択するためのポイントを解説する

1 令和時代の組織はどうあるべき?

30年以上続いた平成が終わりを迎え、いよいよ「令和」の時代が始まります。改元という節目に当たり、改めて企業の未来に思いを馳せている経営者も多いでしょう。振り返ってみると、昭和から平成にかけて企業を取り巻く環境は大きく変化しました。

“労働力を提供する大勢の中の1人”だった従業員が“個”としての性格を強め、終身雇用ではなく、転職や副業など自分で働き方を選ぶ時代になりました。インターネットの発展により、情報戦略の重要性がこれまで以上に増しています。

こうした変化は、時として組織の在り方にも影響を与えます。組織上の階層がなく、全従業員が自らの権限で資源分配や意思決定を行う「ティール組織」などは、その最たる例といえるかもしれません。

経営者は、企業を取り巻く環境の変化に合わせて、組織の在り方を見直さなければなりません。とはいえ、「世間で注目されているから、うちもティール組織にしよう」といった考えはあまりにも安直です。

どのような組織にも長所と短所があり、企業によって在るべき姿が異なります。令和時代の組織はどうあるべきか、昭和から平成にかけての環境の変化などを踏まえて考えてみましょう。

2 昭和から平成にかけての環境の変化

1)「企業主導の働き方」から「従業員主導の働き方」へ

昭和の時代は、多くの企業が終身雇用や年功主義といった「日本的雇用システム」を採用し、長期的に労働力を確保することで、高度経済成長期(1955年ごろから1973年ごろまでを指すといわれます)を乗り切ろうとしました。

従業員は、一度入社すれば企業にその生活を保障される代わりに、長時間労働や今であればハラスメントに該当しそうな上司のしごきなど、多少のつらいことには耐えながら働く時代でした。

しかし、平成に入り、バブル崩壊後の長期不況により、リストラなどに踏み切る企業が出てくると、企業の生活保障能力に不安を抱く従業員が出てきました。同時に、それまで企業から生活を保障される代わりにある程度我慢していた、長時間労働やハラスメントが社会問題化するなど、従業員の働き方についても見直しが始まりました。

こうした状況の中、「定年まで1社に勤め続ける」という働き方は一般的でなくなっていきました。今では、「企業が自分に合わないと思ったら転職する」「あえて労働時間の短い働き方を選び、空いた時間を自分の趣味・自己啓発・副業などのために使う」など、従業員が自分で働き方を選ぶことが当たり前になりつつあります。

2)「社内の労働力」から「社外の労働力」へ

昭和の時代は、もともと雇用している既存の従業員だけが企業の労働力でした。しかし、1986年の労働者派遣法施行に伴い、派遣社員という社外の労働力を活用することが正式に認められました。

さらに、バブル崩壊後は、社内のコスト削減や中核事業への注力などを目的として、社内の業務の一部を「アウトソーシング」する企業が出てきました。インターネットを通じて、不特定多数の個人に業務を委託する「クラウドソーシング」も登場しました。

また、派遣社員やアウトソーシングとは視点が異なりますが、オフィス外に労働力が出ていくという点では、テレワークなども注目すべき働き方です。昭和の時代は、外回りなどの業務を除き、オフィス内で仕事をするのが当たり前でしたが、インターネットの発展に伴い、在宅などでも仕事をすることができるようになりました。

3)「トップダウン」から「ボトムアップ」へ

昭和の高度経済成長期は、「三種の神器(冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビ)」や「3C(カラーテレビ・クーラー・自動車)」など、消費者の生活レベルを向上させる製品を大量生産して販売する時代でした。

うがった見方をすれば「モノを作れば売れた時代」であったため、企業の向かうべき方向性がある程度明らかであり、経営者に求められたのは、企業がその方向性に向かって進むことができるよう、従業員の足並みをそろえることでした。

しかし、高度経済成長期が終わりを迎えると、経済環境は徐々に複雑化します。平成に入ると、バブル崩壊後の消費減退に伴い、「モノを作るだけでは売れない時代」へと変わっていきます。

さらに、インターネットの普及に伴い、市場情報などがリアルタイムで入手できるようになると、「消費者のニーズや他社の動きを迅速にキャッチして、経営判断に回さなければならない」など、情報戦略が重要性を増してきます。

企業が生き残るのに必要な情報や意見を、スピーディーに集約するため、従業員から経営者へのボトムアップが昭和の時代以上に求められるようになってきたのです。

3 組織形態の選択肢

1)さまざまな組織形態

1.機能別組織

経営者の下に総務部門、経理部門、営業部門、製造部門といった機能・役割別の部門を置いたピラミッド型組織の典型例です。部門は機能・役割によって、部や課などに細分化され、それぞれに部長、課長などの長が置かれています。そして、経営者を筆頭に、上の階層の従業員(役員を含む)から下の階層の従業員に命令が与えられます。

中小企業の場合は、大企業ほど部門が明確に区分されていないところがありますが、総務担当者、営業担当者など、従業員個人が部や課の役割を果たし、実質的に機能別組織に近い運用をしていることがあります。

機能別組織は、指揮命令系統が明らかであるため、従業員を統率するのに適しています。一方、階層が多くなればなるほど、下の階層の従業員は自身の裁量で行える業務の幅が狭くなります。そのため、上の階層からの命令に従い、淡々と業務を行うだけの従業員も多く、情報や意見のボトムアップが行われにくい面があります。

2.マトリックス組織

1人の従業員が同時に2つ以上の部門に所属する組織形態です。1人の従業員が構造的に2人以上の上司を持ち、2つ以上の指揮命令系統によってコントロールされることになります。

例えば、多数の製品を担当する「営業部」の従業員が、特定の製品Aについて、製造部門や営業部門も併せた「製品A部」にも属するというようなイメージです。この場合、従業員は、営業部の上司と製品A部の上司の2人から命令を与えられることになります。

マトリックス組織は、複数の目的(上の例でいえば営業部の業績アップと、製品Aの販売促進など)を同時に進めるのに適しています。一方で、指揮命令系統が複雑になり、業務の責任者が曖昧になりやすい傾向があります。

3.アウトソーシング型組織

社内の業務の一部を、外部の専門業者などに切り出した組織形態です。アウトソーシングを行う場合は、外部の専門業者などと、業務委託契約・請負契約・委任契約などを締結することになります。

外部の専門業者などは、企業とは指揮命令関係にないため、基本的に依頼された仕事について企業から逐一指示を受けることはありません。ただし、例えば、ウェブサイトの制作などの場合、依頼元の企業と依頼先のITベンダーなどが、半ばパートナーのような形で仕事を進めることになります。

アウトソーシング型組織は、企業が社内のコスト削減を図ったり、中核事業に注力したり、自社では提供できないノウハウが必要だったりする場合などに適しています。一方で、外部の専門業者などに逐一具体的な指示を与えるなど、労働者に近い扱いをしてしまうと、法的なトラブルに発展する恐れがあります。

4.リモート型組織

従業員が必ずしもオフィスに出社せず、自宅やサテライトオフィスなどでテレワークの形態で仕事をする組織形態です。就業場所などの労働条件が一部変更されるだけなので、オフィス内で働く場合と指揮命令系統は変わりません。

ただし、オフィス内で働く場合に比べ、上司の目が届きにくいため、実質的には業務委託などに近い働き方になります。従業員には、上司に管理されなくても業務を遂行できるだけの自己管理能力が求められます。

リモート型組織は、従業員が就業場所をある程度自由に選択できるため、育児・介護と仕事を両立させたり、集中しやすい場所で働くことで、オフィス内で作業する場合よりも仕事がはかどったりといった効果が期待できます。一方で、オフィス外で行える業務が限定されやすい、働き方によっては上司が部下に具体的な命令を出すことが認められないことがある(事業場外みなし労働時間制など)といったデメリットもあります。

5.ティール組織

部長、課長などの組織上の階層がなく、指揮命令系統が存在しない次世代型の組織形態です。全従業員は、自らの権限と責任で資源分配や意思決定を行います。

例えば、プロジェクトを推進したり、物資を購買したりする場合、事前に他の従業員からの助言を受ける必要がありますが、反対する従業員がいたとしても、必ずしもコンセンサスを得る必要がありません。

組織内での役割分担から労働時間、賃金に至るまで、企業から一方的に決められることはほとんどなく、従業員自身の判断または他の従業員との話し合いで決めることになります。

ティール組織は、従業員が自身の裁量で行える業務の幅が広いため、経営上の意思決定を迅速に行うことができ、一般的な企業でありがちな「経営陣の承認を待っている間にビジネスチャンスを逃す」といった問題を回避できる可能性があります。一方で、従業員の業務習熟度や知識量が不足していると、正しい資源分配や意思決定が行われない危険性があります。

2)各組織形態の比較

ある企業の経営者、営業部、製造部、企画部を例にとって、各組織形態のイメージを比較すると、次の図表のようになります。なお、図表の色付きの箇所は、組織内の指揮命令系統に属しているもの、色付きでない箇所は指揮命令系統に属していないものです。

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機能別組織は、経営者を筆頭に上の階層から下の階層に命令が及ぶ組織形態です。マトリックス組織も、「従業員が営業部と製品A部に属し、同時に2人の上司を持つ」といった特徴はありますが、上の階層から下の階層に命令が及ぶシステム自体は機能別組織と変わりません。

アウトソーシング型組織では、例えば企画部の業務をアウトソーシングした場合、その業務に携わる外部の専門業者などは企業の指揮命令系統には属しません。また、リモート型組織で、企画部の従業員にテレワークを認めた場合、その従業員は依然として指揮命令系統には属するものの、オフィス内で作業している場合に比べ、指揮命令が及びにくくなり、業務委託などに近い形になります。

ティール組織では、指揮命令系統は完全に廃止され、各部門の従業員が自身の判断または他の従業員の助言を受けたりしながら業務を行うことになります。

4 組織形態を考える上での注意点

1)そもそも組織形態を変える必要があるのか?

企業が組織形態を変えると、第3章で紹介したように、組織内の指揮命令系統が少なからず変更される可能性があります。安易に組織形態を変えるとかえって従業員を混乱させることになりかねません。

組織形態を変える必要があるか否かの判断は、まず「自社が抱えている重要な課題があるか?」「その課題は、組織形態の変更以外の手段で解決することができないのか?」などを検討した上で行うのがよいでしょう。

例えば、「これまで機能別組織でやってきたが、従業員からの情報や意見のボトムアップがほとんどない。企業内にイノベーションを起こすために組織形態を変える必要がある」といった課題があれば、従業員自身の裁量で行える業務の幅を広げることから始めてもよいでしょう。幾つか対策を講じても効果がないときに、初めて組織形態の変更を検討するべきです。

2)従業員は組織形態の変更に対応できる?

企業の組織形態を変える必要性があったとしても、その変化に従業員が対応できるとは限りません。

例えば、リモート型組織やティール組織を導入する場合、従業員が自身の自己管理を行うことができることや、業務習熟度や知識量が高いレベルに達していることが求められます。また、機能別組織のようなトップダウン型の組織であっても、そもそも従業員の多くが経営者の強いリーダーシップに憧れて働いているような場合は、組織形態の変更が、かえって従業員の仕事へのモチベーションをそいでしまう恐れもあります。

組織形態を変更する場合は、「今の組織形態について感じていることは何か?」「〇〇の組織形態についてどのような意見を持つか?」といった内容について、事前に従業員にヒアリングやアンケートを実施するなどして、慎重に進める必要があるでしょう。

3)1つの組織形態にこだわりすぎていないか?

第3章では5つの組織形態を紹介しましたが、自社の在り方を5つの組織形態のいずれかに無理やり当てはめる必要はありません。

例えば、リモート型組織を導入する場合、従業員がオフィスに出社する日とテレワークを行う日を決めておき、オフィスに出社する日は、機能別組織の指揮命令系統に基づいて業務を進めるといった対応が可能です。ティール組織を導入する場合も、緊急時においてはトップダウン型で意思決定を行う必要があるかもしれません。

組織の在り方に正解はありません。経営者が自社の課題、従業員の希望や能力などを勘案し、自社に最も適合するであろう形に組織をカスタマイズしていくことを心掛けるとよいでしょう。

以上(2019年5月)

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画像:pixabay