営業最強フレーズ集 アプローチ編1 初回のアポイントを取ろうとするときの一言

御社と同じ○○業の企業様での最近のご活用事例をお持ちします

用件は堂々と

新規開拓の営業では、まず、「会ってもらう」ことが第一の壁になります。何件電話をかけてもアポイントが取れずに悩む営業担当者は少なくないでしょう。相手に「時間が無いから」と断られることを警戒して、「ご挨拶だけなので」「名刺交換だけでも」「ほんの5分程度ですから」など、つい、「お願いトーク」をしたくなるものです。しかし、こうしたお願いトークは、相手に不信な印象を与えてしまい、かえって逆効果になることもあります。

アポイントを取るときは、お願いトークではなく、「なぜお会いしたいのか」という用件を堂々と伝えるほうが好印象を持ってもらえます。このとき、「相手にとって役に立つ情報がある」という、「会うことのメリット」を伝えるようにすることがポイントです。

いかにメリットを伝えられるか?

法人営業の場合、相手が「会って役に立つかもしれない」と感じる情報は、相手の同業他社や顧客に関連するものです。そこで、冒頭のような言い方で会うことのメリットを伝えましょう。「御社のお客様の○○業界での~」という言い方に置き換えることもできます。「最近の」というフレーズを挟むことで、相手に「自分の知らない新しい情報が入手できるかもしれない」という期待感を持ってもらうことができるかもしれません。

釣り糸を垂らすのは……

会うことのメリットを伝えるトークを展開するときには、提案する商品・サービスを活用すると想定される部門、もしくは担当者にたどり着いておくことが大切です。魚のいない釣り堀に、いくら釣り糸を垂らしても魚を釣ることはできません。魚のいる釣り堀を探して釣り糸を垂らすから魚が釣れるのです。

そこで、初回の電話のときには、これまでの営業経験や上司・先輩社員の事例などを参考に関連部門のあたりをつけ、「△△部門の方をお願いします」と伝えて担当者につないでもらうようにしましょう。

異動があったら後任の担当者を

一度担当者にたどり着けば、今回はアポイントが取れなかったとしても、次回からは直接担当者に連絡できるようになります。担当者が異動した場合でも、「後任の方をお願いします」と伝えれば、新しい担当者にたどり着くことができるでしょう。

新しい担当者には、「前任の□□様には何度かお話しさせていただき大変お世話になりました。ご後任の●●様にも一度ご挨拶をさせていただきたいと思いご連絡しました」と具体的な名前を出せば、相手との距離感が少し縮まります。不信感を与えることなくアポイントを取ることができるでしょう。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

営業最強フレーズ集 アプローチ編4 お金に関する話で相手の本音を探るときの一言

高い、というのはどのくらいの金額をお考えですか?

営業ではカードを隠す人が多い?

営業は交渉事の連続で、その戦法は次の二つに分かれます。一つ目は、自分のカードを隠し続け、最も有効なタイミングを待って切る戦法。もう一つは、あえてカードを相手に見せつけ、自分はこんなに強いのだから降りたほうが得ですよと、懐柔する戦法。

通常の営業の現場でどちらの局面になることが多いかといえば、当然、前者のほうです。特に、お金に関する話になると、「高いんでしょ?」「いやいや、お安くできますよ」等、具体的な基準もないまま曖昧な話が続くことがあります。しかもこの状況は、売り手である営業側が不利になるのが常で、「もしかして他社より高いのかも?」等とついつい弱気になって、当初の想定よりも安い金額を提示してしまいがちです。

「高いんでしょ?」の本音は?

お金の話はとても大切なのに有利に進めることができない。そんな状態に陥らないために、相手に「高いんでしょ?」と聞かれても、ビビることなく冷静に状況を判断するようにしましょう。例えば、「高いんでしょ?」の言葉から、次の二つのシナリオが思い浮かびます。

一つ目は、相手が断る理由を探している状況です。この場合、こちらが頑張って安値を提示しても「高いな~」等と断られます。

二つ目は、相手が割と本気で検討している状況です。こちらにとってはチャンスであり、不用意に値引きをしたくありません。

さて、相手の答えはどっち?

この正反対の二つのシナリオ。相手の本音はどちらにあるのかを探るときに、ぜひ、投げかけてみたいのが、冒頭の営業最強フレーズです。相手の反応から、ある程度、本音を推測できる場合があります。

相手が「断る理由を探している」場合、具体的な答えはまず返ってきません。「何か高そうじゃない?」といった具合です。このとき、安値を出すのは、後のことも考えてタブーです。丸めた金額を示すにとどめます。

一方、「割と本気で検討している」場合、相手の口から「例えば○百万円?」といった具体的な金額が出てくることがあります。これは、相手の予算が決まっていたり、既に競合他社から話を聞いている可能性があります。この場合、「定価だと○百万円になりますが、仕様によって……」等、交渉の幅を広げるようにし、必要に応じて、ボリュームディスカウント等、値引きのカードも切ります。

「高いんでしょ?」に慌てることなかれ

「高いんでしょ?」と聞かれると、つい値引きを口にしたくなったりします。そうしないと、買ってもらえないという思いに駆られるからです。

しかし、その対応は正しくありません。慌てずに、相手の出すヒントから本音を見極めて、しっかりとチャンスにつなげていきましょう。お金の話になって初めて、営業の交渉は本格的に始まったようなものなのです。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

本音を引き出す「質問力」を磨くには

1 なぜ、質問力が大事なのか

聞く力と銘打った書籍が100万部を超えるベストセラーとなり、営業から人事まで、傾聴力・質問力に関する研修やビジネス書が大量にあふれかえる昨今。そもそも、ビジネスパーソンにとって「話を聞く力」がなぜ重要なのでしょうか。

答えはとてもシンプルです。ビジネスとは課題解決であり、相手の課題が認識できないと、適切な解決策を提供できないからです。

新規営業先や既存のお客様、社内の上司や部下、株主や社外の協力者など、会社を取り巻くステークホルダーは様々。経営者はおのおのの思惑や期待値を理解し、調整していく必要があります。そのために、相手が考えていること、求めているものを正しく理解することが重要で、それらを引き出す力が質問力、というわけです。

あくまで一つの定義ですが、質問力とは、「相手と同じ視点で物事を見る力」だと私は考えています。みなさんの周りでこんなことはありませんか。

  • 現場の営業担当者が商談先の要望を正しく理解できず、的外れな提案が失注につながった
  • コールセンターの担当者がお客様に寄り添った応対をできず、クレームにつながった
  • 部下と面談をしてもモチベーションや成果が上がらず、最終的に退職してしまった

経営に大きなインパクトを与えるこれらの課題について、「相手と同じ視点で物事を見られていない」ことが原因の一つとして考えられます。

では、どうやって質問力を高める教育をするべきなのか。これまで、1000人以上の人生ストーリーをインタビューした経験を基に、幾つかエッセンスをお伝えします。

2 何が質問力の高い・低いの差を分けるのか

まず、質問力を高めるために、分かりやすいゴールのイメージを持つことにしましょう。

そもそも、質問力が高い・低いとは、どういった状態なのでしょうか。先ほど、質問力とは、「相手と同じ視点で物事を見る力」であると定義しました。具体的な例をイメージしながら考えてみます。

例えば、御社で新卒採用を検討し、人材紹介会社の営業担当者と打ち合わせを設定するとします。

・1人目の営業担当者

御社の事業内容の理解度が低く、質問を聞いていると、業態を勘違いしているような印象です。募集職種に必要なスキルや特性についても、相づちを打ちながら聞いていますが、どこまでこちらの意図が伝わっているのか、いまいちピンときません。最終的には「このプランはオススメです。今なら値引きが可能です」とAプランを提案されました。

・2人目の営業担当者

御社に近い業態のクライアントを担当したことがあるようで、事業の内容や採用職種の要件について、こちらが伝えたいことを正しく理解してもらえました。その場でホワイトボードにまとめてもらいましたが、認識に相違はありません。また、商談の中で「実際にこれまで採用した新卒社員のうち、活躍する社員の共通点」について尋ねられ、皆体育会の経験があるということに気付きました。最後に、その会社で提案できるプランの説明を一通り受けた上で、体育会系の学生にリーチできるプランが良いのではないかというアドバイスをもらいました。

やや極端な例ですが、「相手と同じ視点で物事を見る力」=「質問力」によって、上記のような差が生まれます。

2つのケースで一番大きく異なるのは、話者に対する信頼の有無です。1人目の営業担当者が「この人に言っても伝わらないのではないか」と疑われているのに対し、2人目の営業担当者は、「考えていることが正しく伝わっているし、自分が気付かなかったことまで示唆してくれた」という信頼の獲得に至っています。

信頼のない相手とのコミュニケーションは、机を境界線に180度で対面した「対立構造」となる特性があります。「なぜこんなことを聞かれるんだろう」「なぜこの商品を提案されるんだろう」「なぜ値引きされるんだろう」といった探り合いが起こる構図です。

反対に、信頼できる相手とのコミュニケーションは、お互いが横の席に並んで座っているように、0度の「並列構造」となる特性があります。「実は、こんな内情なんですよね」「それであれば、無理にXXせず、YYするのがよいかもしれませんね。御社にはこのプランは合わないと思います」というように、同じものを2人で見て、相談するような構図が出来上がるのです。

目指すべきゴールは、対面の探り合いでなく、相手と横並びで同じものが見られる状態です。そのためには信頼を得ることが重要。では、どうすれば信頼を得られるのでしょう。

3 質問力を磨くには

いよいよ質問力をどう磨くかというパートに入ります。相手と信頼関係を構築し、同じ視点で物事を見るためには、「どう聞くか」「どう答えるか」の2点が重要です。

1)どう聞くか:相手が話しやすい順番で聞く

コミュニケーションにおいて、質問の順番は非常に重要です。「Aを説明するためには、前提となるBを説明しなければいけない」という考えが働いたり、「初対面でいきなりCの話をするのははばかられる」という感情が働いたりするためです。幾つか例を挙げます。

1.全体から部分へ

いきなり個別具体的な話に入らず、全体像の擦り合わせを行いましょう。特別なケースを除き、大枠から詳細に入っていくほうが、同じ前提を持って会話することができます。例えば、あなたが先の例に挙げた新卒採用の営業担当者だった場合、「新卒採用説明会の集客にお悩みではありませんか?」と聞くよりも、年次の採用目標や取り組んでいる施策、目標に対する進捗状況、と順々に絞り込んでいくほうが、相手も説明がしやすく、より本質的な課題に至ることができます。

2.事実から解釈へ(事象から感情へ)

相手が話していることが事実(事象)なのか、解釈(感情)なのかを分けて認識しましょう。商談相手が、「既存のベンダーの仕事に満足していない」のと、「今期で該当ベンダーの契約を打ち切ることが決まっている」のは明確に異なります。相手が説明しやすいのは、変動性がない事実です。まずは事実から質問し、次に解釈を聞く、という順番がオススメです。例として、ご自身がインタビューを受ける際に、「略歴」を聞かれてから「キャリア選択のこだわり」を聞かれるのと、反対の順で聞かれる場合を想像すると、前者のほうが答えやすいのではないでしょうか。

3.クローズドからオープンへ

全ての質問は、Yes/No、A/Bなど回答範囲の区切られた「クローズドクエスチョン」と、範囲が制限されない「オープンクエスチョン」の2つに分かれます。まずはクローズドから入り、関係性を築いた上で、一歩踏み込んでオープンに聞いてみる、というのが定石の一つです。例えば、営業の商談時に、相手の決裁体制を伺う際、「このような意思決定はXX様が決められるんですか?」と、範囲を限定して聞くこともできますし、「御社の意思決定フローや基準を教えてください」と、制限せずに相手に委ねることもできます。関係性を考慮して使い分けることが重要です。

2)どう答えるか:何を理解したか、相手に伝える

「質問力」というテーマで、「どう答えるか」と書かれると違和感があるかもしれませんが、相手の回答に対してどんなリアクションを取るかは、実は質問選びと同じくらい重要です。どんな受け答えが信頼を生み、相手と目線を近づけるのか、例を挙げて説明します。

1.言質を取る

トラブルなどの文脈で使われることが多い言葉ですが、「あなたがこう言ったと私は認識した」と、相手に伝えることは非常に重要です。「相手は言葉に出していないけど、恐らくこうであろう」という予測から失敗を招かぬよう、お互いが見える場に言葉を出すことが重要です。

2.復唱、要約する

一つ目と一部重複しますが、質問において「復唱・要約」は最も重要な要素の一つです。なぜなら、相手はあなたの相づちを打つのを見て、どの程度理解したか、これからどこまで話すべきかを判断するからです。そういった意味では、ただ相手におうむ返しをすればよいわけではなく、相手が伝えたい真意、重きを置いている点をくみ取った返答を行うことが、信頼の構築につながります。さらに、こちらの要約に対し、先方から、一巡目では説明できなかった深い点への言及を引き出すきっかけにもなります。

3.意見する、アドバイスする

上記の復唱・要約からさらに一歩踏み込んだのが「意見・アドバイス」です。関係性ができていない中で行うと気分を害されたり、失礼に当たったりすることもありますが、相手の意見を引き出す上で、自分の意見を述べるのは、最も有効なアプローチの一つです。新卒採用で苦しんでいる相手に、「新卒採用よりも、中途採用のほうがいいんじゃないですか」と意見を当ててみる、などの例が挙げられます。

4 実践編:ビジネスを前に進める質問テクニック

シーンごとに、相手と同じ視点で物事を見るための簡単なテクニックをお伝えします。

1)営業の商談

「木」と「森」の両方を見ることが重要です。目の前の相手の視点を追えばよいのではなく、意思決定者であるその上司や、反対する他部署の人など、相手の周りを取り巻く他者の視点も意識することが重要です。受注の意思決定に関わる影響範囲を広く捉えた上で、それぞれの立場の視点を理解できるような質問を投げかけましょう。

2)社内の部下との1on1

「理解」と「共感」を分けて考える・振る舞うことが重要です。相手の話した内容に対し、すぐに反論したり、評価する目線で返答したりしては、純粋な意見を聞くことはできません。ご自身が相手の意見に共感するか否かは一旦置いた上で、相手の意見を引き出すための質問の仕方を心掛けましょう。

3)採用の面接

過去の意思決定や仕事の内容を「点」で聞くのではなく、「線」で聞くことが重要です。時間軸に沿って前提を積み重ねていくことで、一つ一つの意思決定を独立して聞くよりも、話の解像度が上がります。

5 おわりに

最後に、私自身の経験から、失敗例と成功例を少しだけお話しします。

・失敗例

集中力を欠いていると、会話中に「次に何を聞こう」と考え込んでしまうことがあります。会話が弾まず、こちらの価値も提示できないことで、相手からは無意味な時間だとか、面白くないやつだ、と思われてしまう。しまいには、スマートフォンを見ながら話をし始める、なんてこともありました。

こうなると、私はすぐに気持ちをリセットして相手と同じ目線に立つことに集中し直します。実は、相手と目線が合い、信頼関係が築けているときは、「相手に何を聞くか」には注目せず、「相手が何を見ているか、考えているか」に注目しています。そもそも、質問は手段であり、目的ではないのです。

・成功例

信頼関係は必ず次の機会につながります。シンプルな事例として、相手と同じ目線に立つと、意見を求められる機会が増えます。事業の相談のうち、自社でお力添えできるものはソリューションを提案し、その場で受注、なんてこともしばしば。実は取材で知り合った方と次の仕事につながるケースは非常に多いのです。

少し話はそれますが、私は、これまでの経験から「墓場まで持っていく」という言葉をあまり信用していません。誰しも、自分のことを語りたく、理解してもらいたいという特性が少なからずあると思うのです。だからこそ、それがプライベートであろうと、ビジネスであろうと、相手目線で物事を考えられる人の価値は非常に高いのではないかと思います。

質問力を高め、相手と同じ視点で物事を見ることは、経営を行う上で関わる様々なプレーヤーと、長期的に利益を共有できる関係を作るのに大きな一歩となります。無数の会話で成り立つ日々の生活の中で、本稿で紹介した質問力のエッセンスが、少しでもみなさまの役に立てるとうれしいです。

以上(2018年8月)
(執筆 株式会社ドットライフ 代表取締役 新條隼人)

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経営者のためのリスクマネジメントの心構え

書いてあること

  • 主な読者:自社を取り巻くリスクを知りたい経営者
  • 課題:多種多様なリスクがあり、何から対策をすればよいか迷う
  • 解決策:本稿ではリスクの洗い出し、リスク管理の実施などリスク対策について紹介しているので、参考にする

1 リスクの捉え方

地震や台風などの自然災害、火災、サイバー犯罪など、企業は災害・事故・事件によって組織基盤に大きなダメージを被る可能性があります。また、為替の変動、株主代表訴訟や製造物責任訴訟、セクシュアルハラスメント、パワーハラスメント、労働災害、背任、横領、インサイダー取引など、企業を取り巻くリスクはさまざまです。

リスクは、事業目的の達成を妨げるような事象が発生する危険性や不確実性として捉えられます。経営環境が変化する中、企業の存続・成長を図るためにリスクを的確に把握し、その発生の可能性を低減し、また発生した場合の損失の最小化、早期復旧および再発防止に努める不断の努力が重要です。そして、経営環境の変化に対応していくためには、最高責任者として経営者が統括する、全社的なリスクマネジメントシステムを構築することが求められます。

2 リスクマネジメントシステムを構築するための考え方

1)経営トップの関与

企業活動からリスクを全て排除することはできません。そこで、企業を取り巻くリスクと上手につきあうこと、つまり、「リスクを適切に管理する」ことが必要になります。まずは、経営トップがこのことを正しく理解し、自らが先頭に立ちトップダウンで進めることが肝心です。

2)組織としてのノウハウの継承

リスクの内容は各事業によって異なり、同じ事業でも時期や周囲の環境などによって異なってきます。従って、リスクを効果的に管理していくためには、まず、部署ごとに想定されるリスクを洗い出し、認識・確認することが重要になります。

また、リスク管理の実践に当たっては、マニュアルのメンテナンスやその教育の徹底が不可欠です。マニュアル作成当初の姿勢やリスク管理体制を継承していくためには、経営に近い部署の担当者がその任に当たり、企業規模によっては専任部署を設置することが望まれます。

担当者や担当部署は、企業全体を見渡したリスク管理の構築を行い、日常的にはリスクの予防対策や従業員への教育訓練を実施し、緊急事態には経営トップの補佐として、リスク管理の中枢として活動することが求められます。

3)一貫した体制構築と対応

リスク管理の最大の目的は、可能な限りリスクを排除することであり、もし、実際にリスクが顕在化したとしても損害を最小限に抑えることにあります。そのためには、さまざまなリスクに対し、日常的な対応をおろそかにしないことが重要です。

ただし、日常の管理だけに目を向け過ぎ、リスクの防止だけが強調され過ぎると、かえって過信につながりかねません。

3 リスク管理体制の確立

1)全社的潜在リスクの洗い出し

まず、全社的潜在リスクの洗い出しを実施します。社内に潜在するリスク要因の多様さを認識させ、意識を高めるとともに、リスクの防止に取り組ませます。その上で、全社的なリスク管理対応能力を高める「リスク管理マニュアル」を作成します。従業員の誰もが迅速で正しい判断と行動が取れるように、「必要なこと」と「必要でないこと」を明確に示すことが重要です。

経営幹部には、リスク管理の知識と意識を高める継続的な「リスク管理セミナー」を実施します。これにより、経営幹部のちょっとした判断ミス・連絡ミス・対応ミスが大きなリスクを招いてしまうことを自覚させます。

2)継続的な「シミュレーショントレーニング」の実施

初期対応の判断ミス防止策としての継続的な「シミュレーショントレーニング」を実施し、どう判断し、どう行動すべきか、ケースごとに具体的に習得させます。必要に応じて、経営トップのマスコミ対応を高める定期的な「メディアトレーニング」を実施し、マスコミ関係者への正しい対応の仕方を理解させます。

リスク管理で大切なことは、予測できる、あるいはその逆に予測できない事態が起きたときの対処法を考えておくことです。例えば、リスクが発生しても対応できるよう、次のような体制を整えておくことが必要となります。

  • リスク管理マニュアルの整備
  • 全社的な対応方法の統一
  • 責任窓口の明確化

3)リスク管理の効果的な実施

リスク管理マニュアルの通りにうまく事が運ぶとは限らないので、マニュアルで想定しない事態が起きる可能性も認識しておかなければなりません。

リスク管理を効果的に実施するためには、次のような対策が求められます。

  • 従業員のリスクに対する感性が敏感となるような教育や啓発を行う
  • 当初は小さな事故や事件と判断される場合も大事件に発展することもあるので、事故発生の場合には、極力情報を収集し、重大性を意識して対応する
  • 事故が発生した場合、地元住民、行政、マスコミにすべてを隠さず情報公開する

リスク管理を実効性のあるものとするためには、適切な方法と頻度で評価・検証することが重要となります。評価・検証の実施に当たっては、第三者機関を利用することも考えられ、評価を通じて得られた問題点や改善点などは、審議を経て、フィードバックされなければなりません。また、社会情勢の変化や他社事例なども是正・改善のための有力な情報源となります。

4 リスクコミュニケーションの重要性

世の中のあらゆる事象には、利便性とともにリスクが潜んでいます。従って、そのリスクを回避するために、企業は、事象の持つ利便性とリスクを広く一般に伝え、ともに対応を考える必要があります。

このように、事象の持つポジティブな側面だけではなく、ネガティブな側面についての情報もリスクはリスクとして公正に伝え、関係者がともに考えることのできるコミュニケーションのことを、「リスクコミュニケーション」といいます。

リスクコミュニケーションは、関係者の参加を促し、発展させながら、リスクの理解とリスクへの対処方法ついての双方向の交流を進めることといえます。そして、リスクコミュニケーションでは、どのような結果になるかではなく、意見交換の過程でどのような関係を構築していくかが重視されます。

リスクコミュニケーションの流れを整理すると、大きく次の形態に分けられます。

  • 社内のリスクコミュニケーション
  • 外部(取引先や行政など)とのリスクコミュニケーション
  • 消費者や顧客とのリスクコミュニケーション

これらは、平常時から心掛けるべきコミュニケーションです。リコールや事故などのリスクの発生時には、マスメディアなどとのコミュニケーションの不備が二次的なリスクを発生させたり、損害を必要以上に拡大させることがあります。マスメディアなどは社会の理解を得るための重要な関係者であり、誠実に対応することが望まれます。

リスクコミュニケーションを効率的かつ効果的に進めるために、経営トップがリスクコミュニケーションを理解し、基本方針と責任体制を確立し、戦略的に取り組むことが重要です。

5 参考ウェブサイト

リスクマネジメント協会では、リスクマネジメントに関連した情報の提供・相談や各種セミナー・交流会を開催しています。また、ウェブサイトでリスクマネジメントに関連する書籍および推薦書籍を紹介しています。

それぞれ、企業を取り巻くリスクとリスク管理について多くのヒントを与えてくれるものであり、参考になるでしょう。

■リスクマネジメント協会■
https://www.arm.or.jp/

以上(2018年3月)

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【朝礼】「人の話」から学ぶための、正しい聞き方

日ごろ、私は経営者同士の交流会や勉強会、セミナーなどによく招待していただきます。また、経営者の方にインタビューしたり、対談したりする機会をいただくこともあります。そうして日々、さまざまな方の話を聞いていると、本当に多くのことを考えさせられます。

中でも私が最近、改めて感じるのは、「人の話を聞き、そこから学ぼうとするときこそ、自分の思いをしっかりと持っていなければならない」ということです。

私がお会いする方々は、自分自身で考え、主体的にビジネスを動かしている方がほとんどです。そうした方は、何事についても“一家言”持っているのが通常です。将来のビジョンや会社の在り方、人とつながる方法、社員の育て方、商品の売り方など、ビジネスに関わる全てのことについて、自分なりに考え、苦労したり工夫したりして実践してきているからでしょう。

そうした方々の話は、どれも非常に力強く、示唆に富み、さまざまな気付きを得られることは間違いありません。一方で、話を聞くこちら側が自分の思いをしっかり持っていないと、「ただ表面的に感心して終わってしまう」のも事実です。それでは、自分の学びにはつながりません。

そこで私は、誰かの話を聞くときは、自分の思いと照らし合わせることにしています。私には、「自社のためだけでなく、世の中のためになることをしたい」という思いがあります。

そのため、お会いする方から、「自社のことだけでなく、世の中のことをどのように考えているか」「どうやって世の中に貢献しようとしているか」について学ぶことを一番大切にしています。

皆さんも、セミナーや勉強会などに参加し、さまざまな人の話を聞く機会があるはずです。その際、ただ「すごい!」と話に感心しているだけでは、学びにはつながりません。その人の話と照らし合わせ、実際の行動に役立てられるように、自分の思いや、何を学びたいのかをしっかりと固めた上で参加してもらいたいのです。

もう一つ注意してほしいことがあります。それは「人の話に真摯に向き合う」ことです。学びにつなげるには、人の話をとことん掘り下げて聞かなければなりません。その人の本当の思いはどのようなものか、何を大切にしている人なのか。ぜひ、そうしたことを「聞ききる」くらいの気持ちで向き合って、話を聞いてみてください。

誰かに何かを伝えようとするとき、人は「良いこと」を言うものです。それは決して悪いことではありませんが、表面的に「良いこと」を聞いているだけでは、その人の本当の思いは見えてきません。人の話は、「なぜそう考えるのか」「なぜそうするのか」をできるだけ掘り下げて聞きましょう。それが「聞ききる」ための第一歩です。

自分の思いをしっかりと持ち、話を「聞ききる」。そうすれば、人の話が皆さんの糧になり、皆さん自身の“一家言”が生まれるでしょう。

以上(2019年7月)

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画像:Mariko Mitsuda

真田昌幸(武将)/経営のヒントとなる言葉

「汝才智勝るとも、軍陣の数を重ねざる故、名顕はれざれば、良策なりとも用られず」(*)

出所:「戦国武将のひとこと」(丸善)

冒頭の言葉は、

  • 「自分に有利な交渉の素地をつくることが大切である」

ということを表しています。

幸村の父であり、近世大名の地位を固めたことから、真田家「中興の祖」といわれる昌幸。冒頭の言葉は、昌幸が息子の幸村に贈ったアドバイスとされ、交渉や提案などの場面では、自身の要求を受け入れてもらうため、準備を怠らないよう諭していると取れます。

こうした昌幸の考え方は、自身の経験によるところが大きいのかもしれません。昌幸が真田家の地位を高めることに成功したのは、時勢を読み、自らに有利な主君に仕えてきたからです。ただし、力ある者に擦り寄っていけば、生き残っていけるというものではありません。昌幸は敵方への調略が得意だったとされます。交渉や提案などの場面で、自らの主張や有利な条件を織り交ぜながら、主君や敵方などの了解を取り付けることに長けていたからこそ、高い身分になくても一目置かれたのでしょう。

また、力ある者にかしずくだけでなく、時には立ち向かっていった点も、昌幸の特徴です。徳川家康(とくがわいえやす)が対立していた北条家と和解するために、昌幸は従前に苦労して獲得した沼田領を明け渡すように宣告されました。これに対して、昌幸は猛然と家康に反発します。そして、城下の各地に徳川勢を分断して誘い込み、その大軍を撃退しました。このときの昌幸は、対立していた上杉景勝(うえすぎかげかつ)に幸村を人質に出すことで講和を結んでいます。これは家康や北条家との対決に備えて、双方と対立関係にあった景勝の支援を取り付けようとの意図があったようです。勝利を引き寄せるために、昌幸が入念に準備していたことがうかがえるエピソードです。

状況が大きく変化する戦国時代でしたが、昌幸は変わり身の早さが突出していたためか、「表裏比興(ひょうりひきょう)の者」と揶揄(やゆ)されました。この言葉には、態度がころころと変わるという意味が込められています。表面的なプライドや名声を重視する人には分からないかもしれませんが、昌幸は真田家を存続させるという目的があったからこそ、表裏比興と呼ばれようとも手段を選ばなかったのであり、自社を存続させる重要性を知っている経営者には、昌幸の行動が理解できるでしょう。実質を重視する昌幸の姿は、次の言葉にも表れています。

「たとえ錦(にしき)を着ても心が愚かならば役に立たない」(**)

ビジネスでは、自社の要求をうまく提案したり、逆に相手から自社に不利な提案をされたりする交渉の場面が多々あります。重要な取引先など相手の力が大きいほど、どのように対応するか頭を悩ますのではないでしょうか。

弱い立場にありながらも、厳しい時代を生き抜いた昌幸の姿勢から、多くのことを学べます。例えば、交渉の際、相手の力が大きいほど、その要求に全面的に応えなければという考えが頭をもたげます。しかし、自社の選択肢は「譲歩」だけではありません。日ごろから誠実な対応が取れていれば、相手に強く主張することもできます。いつもは相手の要求に応えようと誠実に努力している自社が強く主張すれば、よほどの事情があるのかもしれないと、相手はこちらの状況を鑑みてくれる可能性があります。

もう1つ、力の大きな相手と対峙する場合に大切なのが、協力する姿勢です。ビジネスでは、戦国時代のように命を賭することはありません。多くの相手は自社を潰そうとしているのではなく、自らに有利な条件で交渉を進めたいという思いから、厳しい要求をしています。「相手の要求をのむ」「自社の要求をのんでもらう」というゼロサムではなく、相手も自社も現状の問題を解決し、互いのビジネスを発展させるという姿勢が大切になります。自社が相手と一緒になって解決策を出し合う雰囲気をつくることができれば、前向きな交渉へと導きやすくなるでしょう。

交渉を成功させるための前提は日ごろから誠実に対応し、価値ある商品やサービスを提供することです。この基本を徹底することで、新規の取引先であっても、既存の取引先であっても、自社を選んでもらうスタートラインに立つことができるのです。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

さなだまさゆき(1547〜1611)。出生地不明(出生年や出生地には諸説あります)。信幸(のぶゆき。後に信之)、幸村(ゆきむら。本名:信繁(のぶしげ))の父。

【参考文献】

(*)「戦国武将のひとこと」(鳴瀬速夫、丸善、1993年6月)
(**)「愛蔵版 戦国名将一日一言」(童門冬二、PHP研究所、2010年12月)
「産経新聞 東京朝刊(2000年10月3日付)」(産経新聞社、2000年10月)
「真田宝物館ウェブサイト」(長野市教育委員会 松代文化施設等管理事務所)

以上(2016年10月)

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真田幸村(武将)/経営のヒントとなる言葉

「およそ家臣ほど油断のならぬ者はなし。親子兄弟の間にても偽り多し。或ひは利に迷ふことあり。然るに、家人は血を分けたるにもあらず、ただ恩義に感じ、又は勢に恐れて下知に随(したが)ひ、命をもくれることあれば、よく心を用ひ察すべきことなり」(*)

出所:「戦国武将のひとこと」(丸善)

冒頭の言葉は、

  • 「部下の考えを知ろうとすることが重要である」

ということを表しています。

多数いる戦国武将の中でも、高い人気を誇る幸村。それは忠義に厚い、悲劇のヒーローというイメージがあるからかもしれません。

弱小大名だった真田家は、幸村の父である昌幸(まさゆき)の活躍によって、一目置かれるようになりました。昌幸は、生涯同じ主の下に仕えたわけではなく、武田を筆頭に北条・上杉・豊臣・徳川などの強豪の中で、時勢を読み、自らに有利な主に仕えることを選びました。こうした昌幸の政略は、幸村の思想や生き方にも影響を与えていたと考えられます。

幸村は若い頃から人質として、上杉や豊臣などの元に送られており、身の上が安定しない生活を送っていました。忠義に厚かったとのイメージが定着している幸村ですが、こうした生い立ちや“ドライ”とも取れる冒頭の言葉を考えると、ひたむきに主(豊臣家)のために尽くそうと思っていたわけではないのかもしれません。

幸村は主(豊臣家)という存在に忠誠を誓っていたのではなく、自らの信念に対して忠実な人だったのではないでしょうか。大坂冬の陣では、徳川家康は強敵である幸村を調略しようと、信濃一国を与えるので、徳川方に付くようにと勧誘します。しかし、それに対して幸村は、「父である昌幸が家康に立ち向かう志を持っていたことや、不遇をかこつ自分を一軍の将に取り立ててくれた豊臣に報いるため」として、次のように答えて断ったとされます。

「一旦の約の重きことを存じて較ぶれば、信濃一国は申すに及ばず、日本国を半分賜はるとも瓢(ひるがえ)し難し」(*)

幸村は自分の能力が生かせる戦場において、活躍の場を与えてくれたという点で、豊臣方に付いたのでしょう。

部下としての幸村、一軍の将(リーダー)としての幸村、それぞれの立場の生き方から、現代のリーダーは2つのことを学ぶことができます。

1つは、幸村のような才能ある人材を用いるためには、活躍の場を与えることが欠かせないということです。

もう1つは、リーダーには強い信念が欠かせないということです。幸村が現代でも人気を誇るのは、信念を貫き通した幸村に対して憧れる人が多いからでしょう。裏を返せば、それだけ多くの人が自分の信念を貫くことや、信念を持つことに対して難しさを感じているのかもしれません。だからこそ、強い信念を持っているリーダーの存在は、メンバーを引き寄せます。

しかし、常にリーダーの信念に共感し、フォローするメンバーばかりではありません。リーダーが信念に従って、既存事業を大きく変化させたり、前例の無い新しい事業に挑戦したりすることがあれば、反発するメンバーや、離脱するメンバーが出てくることもあります。たとえメンバーの離反を招いたとしても、決断に対して責任を取るのはリーダーであり、リーダーは自らの信念を貫くことに対して遠慮は不要です。

とはいえ、離反するメンバーを放っておけば、リーダーの信念に共感しているメンバーたちにもマイナスの影響を与える恐れがあり、組織全体の結束が乱れることにもつながりかねません。リーダーには、離反するメンバーの存在を認識し、そうしたメンバーの考えを知ることで、組織にマイナスの影響が及ばないように、うまくコントロールしていくことが求められるのです。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

さなだゆきむら(本名:真田信繁(さなだのぶしげ))(1567〜1615)。出生地不明(出生年や出生地には諸説あります)。大坂冬の陣、夏の陣にて徳川家康(とくがわいえやす)を大いに悩ませ、その活躍ぶりから日本一の兵(ひのもといちのつわもの)と評された。

【参考文献】

(*)「戦国武将のひとこと」(鳴瀬速夫、丸善、1993年6月)
「産経新聞 東京朝刊(2000年10月3日・4日・5日付)」(産経新聞社、2000年10月)
「真田宝物館ウェブサイト」(長野市教育委員会 松代文化施設等管理事務所)

以上(2016年1月)

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坂本龍馬(幕末の志士)/経営のヒントとなる言葉

「天下に事をなす者ハ ねぶともよくゝはれずてハ、はりへハうみをつけもふさず候」(*)

出所:「坂本乙女宛ての手紙(『七人の龍馬 坂本龍馬名言集』)」(講談社)

冒頭の言葉は、

  • 「時機を待って行動しなければ、事はうまく運ばない」

ということを表しています。

さまざまな人の協力を引き出しながら、新しい時代を導くために奮闘した龍馬。既存の常識にとらわれず、広い視野から日本や世界を見ていた龍馬は、現代のリーダーからも敬愛される偉人の1人です。

龍馬の代表的な功績として知られるのが、日本初の株式会社である亀山社中を設立したことです。亀山社中は、薩摩藩や商人などの援助を受けて結成された貿易会社ですが、単なるモノのやり取りだけではなく、海軍や航海術研修機関などの多様な機能を持ったユニークな組織でした。また、亀山社中が英国の商人グラバーの助力を得て海外から武器の調達を行い、長州藩へ提供したことによって、長州藩と薩摩藩との対立関係が緩和され、薩長同盟の設立に一役買ったのです。この亀山社中は後に海援隊として、再編されます。

海援隊には、龍馬を慕って個性豊かな人材が各地から集まっていました。陸奥宗光(むつむねみつ)を筆頭格に、明治維新後は国や地方で重責を担うことになる人材を輩出しています。基本的に、海援隊は龍馬のリーダーシップによって強い結束力を誇ったものの、個性豊かな人材が集まっていることもあってか、時にまとまりを欠くこともあり、次のようなエピソードも残っています。

海援隊の中には、もともとは佐幕派(幕府を補佐するの意味・幕府を擁護する勢力のこと)だった隊員が加わっていました。この隊員は他の隊員との折り合いが悪く、しばしば激論を交わすこともあったようです。そのため、他の隊員は、この隊員を追い出すように龍馬に訴えました。この訴えに対して龍馬は、次のように答えたといわれています。

「海援隊は政治研究所にあらず、航海の実習を目的とするものなり。主義の異同は敢えて問はず。隊中唯一人の佐幕の士を同化する能はずしてまた何をか為さんや(注)」(**)

龍馬は「目的が同じであれば、多少意見がぶつかることがあっても、構わない」と考えていました。さまざまな意見が飛び交い、目的を達成していくためにより良い方法を模索していく組織や、意見が違う者を自らのほうに引き寄せるほど魅力ある人材が集まる組織を目指していたのかもしれません。

目的を共有しながらも、各人がユニークな能力を発揮する組織は、多くのリーダーが理想とする組織ではないでしょうか。

ただし、組織は最初から互いの違いを認め合えるわけではありません。

最初の頃は、メンバーが遠慮して活発な意見が出なかったり、意見が出たとしてもまとまらず、メンバー同士で衝突したりするようなこともあります。リーダーはこうした衝突を避けようとするのではなく、互いに遠慮せずに意見できるような関係を築いていきましょう。例えば、メンバーの組み合わせに配慮したり、衝突によって関係が悪化しすぎないよう「違ってもいい。違いを認めることが大切」といったフォローをしたりするのです。

また、あらかじめこうした紆余曲折(うよきょくせつ)を経ることをチームのメンバーとも共有しておくことで、メンバーも組織の成長の過程として、衝突などの課題を乗り越えることができます。

組織が越えなければいけないステージを意識し、それに合わせてメンバーをフォローするリーダーの心配りが、目的に向かって前進する組織を育てるのです。

(注)引用元では旧漢字で記載されています。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

さかもとりょうま(1835〜1867)。土佐国(現高知県)生まれ。1866年、薩長同盟周旋。1867年、船中八策起草。

【参考文献】

(*)「七人の龍馬 坂本龍馬名言集」(出久根達郎編著、講談社、2009年12月)
(**)「坂本龍馬」(千頭清臣、博文館、1914年6月)
「高知県立坂本龍馬記念館ウェブサイト」(高知県立坂本龍馬記念館)

以上(2015年5月)

pj15197
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吉田松陰(幕末の思想家)/経営のヒントとなる言葉

「天下才なきに非ず、用ふる人なきのみ、哀しいかな」(*)

出所:「ひとすじの蛍火 吉田松陰 人とことば」(文藝春秋)

冒頭の言葉は、

  • 「優秀な人材が活躍できるか否かはリーダーの手腕によるところが大きい」

ということを表しています。

松陰は、幕末や明治維新をけん引した人材を輩出した松下村塾での指導が有名です。松陰は身分の上下や職業などを問わず塾生を受け入れ、自らも師匠というよりは学問を学ぶ同志として、塾生に接しました。

塾生を分け隔てなく扱い、謙虚に接するという松陰の姿勢は、次の言葉にも表れているでしょう。

「天の材を生ずるや、貴賤を別(わか)つなし」(*)

松陰は塾生の長所を見つけて、それを伸ばすことを旨としていました。また、「記憶力が悪く、学んだことがすぐに身に付かない」と悩む塾生に対しても、「記憶力が悪いほうが何度も復習するので、理解が深まる。事業にしろ、学問にしろ急ぐべからず」と諭すなど、寛大かつ前向きな姿勢で塾生を指導しました。

とはいえ、塾生の中でも、妹・文の夫である久坂玄瑞(くさかげんずい)や、高杉晋作など、傑出した才能を持つ塾生に対しては特別に目を掛けていたようです。そして、次のようなエピソードからは、見込みのある塾生を厳しく指導し、鍛えていたことがうかがえます。

松陰と玄瑞との出会いは、若き玄瑞が松陰に対して激しい攘夷論を訴えた手紙を送ったことがきっかけでした。松陰はこの手紙に対して、「上っ面の議論で、思慮が浅く、気骨があるように見せ掛けているが、実態は俗人と変わらない。自分はこういう人物を憎む」と厳しい口調で返信しました。松陰は玄瑞に非凡さを見いだし、気骨ある人物ならば、めげずに反論の手紙を送ってくるだろうと見込んで、わざと批判的に返信したのです。松陰の思惑通りに玄瑞は反論の手紙を送り、松下村塾に入門するに至りました。

また、高杉の場合、真剣に学問に取り組むように、高杉とは対照的な玄瑞ばかりをわざと褒めて、そのやる気に火をつけたのです。

組織には、2・6・2の法則が働くといわれています。これは、組織が2割の優秀な人たち、6割の普通の人たち、2割のあまりパッとしない人たちという、3つのグループで成り立っているというものです。そして、この中から優秀な2割の人たちやパッとしない2割の人たちを取り除いても、組織はやがては2・6・2の割合になっていきます。

2・6・2の法則を前提にすると、環境によって人は良いほうにも、悪いほうにも変わる可能性があるという見方ができます。現在はパッとしない2割の人に対しても、6割の普通の人へ、さらに2割の優秀な人へのステップアップを信じて、リーダーは諦めずに根気強く指導しなければなりません。

部下に根気強く指導する思いやりを持つ一方で、見込みのある優秀な部下だからこそ、リーダーは厳しく接する強さを持ちましょう。近ごろは「褒めて伸ばす」風潮が強いため、部下に厳しく接することに抵抗を感じるリーダーがいるかもしれません。

また、厳しく接することは大きなエネルギーを要します。単に部下を非難するのではなく、部下のことを考え、モチベーションをそがないように上手に叱ることが求められるなど、一義的には褒めることよりも、厳しく接することのほうが難しいといえるかもしれません。

しかし、リーダーが厳しく接することで、部下は責任の重さや自分の失敗について、強く認識することができます。リーダー自身も、部下時代にリーダーの厳しさに接して、悔しさやふがいなさを感じると同時に、成長の糧としてきたのではないでしょうか。

鉄は鍛えることによって不純物を取り除き、より強くしなやかに変化します。部下も同様に、リーダーに鍛えられることでビジネスの基本動作を身に付けた上で、もともと持っている自身の個性を発揮することができれば、大きく成長するはずです。

思いやりを持って根気強く指導するとともに、見込みのある塾生について厳しく接した松陰の指導スタイルは、現代のリーダーにとっても参考になるものでしょう。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

よしだしょういん(1830〜1859)。長門国(現山口県)生まれ。私塾「松下村塾」で講義を行い、高杉晋作(たかすぎしんさく)や伊藤博文(いとうひろぶみ)氏などの門下生を育成。

【参考文献】

(*)「ひとすじの蛍火 吉田松陰 人とことば」(関厚夫、文藝春秋、2007年8月)
「吉田松陰とその家族 兄を信じた妹たち」(一坂太郎、中央公論新社、2014年10月)
「松陰神社ウェブサイト」(松陰神社)

以上(2015年1月)

pj15191
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黒田長政(武将)/経営のヒントとなる言葉

「今夜は何事を言ひたりとも、重ねて意趣に残すべからず。又他言すべからず。勿論当座に腹を立つべからず。思ひ寄りたることを、必ず控え間敷(まじく)」(*)

出所:「戦国武将のひとこと」(丸善)

冒頭の言葉は、

  • 「部下の“異見”こそがリーダーを成長させる」

ということを表しています。

知略に長け、人心掌握に優れていたとされる父親の官兵衛に比べると、長政は家臣との接し方に不器用なところがあったようです。

中でも、長政と折り合いの悪かった家臣が、後藤又兵衛基次(ごとうまたべえもとつぐ。通称「又兵衛」)です。幼い頃、長政と又兵衛は兄弟同然に育ち、あるときまでは強い信頼関係で結ばれていましたが、2人は次第に対立するようになってしまいます。2人がいがみ合っていたエピソードには、次のようなものがあります。

朝鮮出兵の際、黒田家の陣営に大きな虎が現れ、大騒ぎになりました。又兵衛は怖気づく他の家臣を横目に、その虎を退治します。事の顛末(てんまつ)を見守っていた長政は、大勢の前で、「大将として、多くの者に手本を示す立場にもかかわらず、猛獣と勇を争うとは大人げない」と又兵衛を叱責したといわれています。

一方、又兵衛も、長政に黙って従っていたわけではありませんでした。又兵衛は、戦場において、敵将と組み合って川に落ちた長政を助けようとせず、ようやく相手を倒して岸に上がってきた長政に対して、「我らの主君は武勇に優れる人であるため、敵に引けを取るようなことはない。手出しは無用」と言い放ちました。一説には、このときのことを長政は深く恨んでおり、2人の対立は決定的なものとなったとされます。

官兵衛の死後、ついに又兵衛は黒田家を出奔します。そして、大坂の役が勃発すると、又兵衛は豊臣(とよとみ)方に加わり、家康についた長政とは敵同士として、戦うことになったのです。又兵衛は猛将の名に恥じぬ活躍を見せますが豊臣方は敗れ、又兵衛も戦場にて亡くなりました。一方、長政は太平の世で福岡藩発展の礎を築き、その名を後世に残しています。

又兵衛との仲たがいのように、時に家臣とぶつかることがあった長政ですが、家臣への接し方について、次のような言葉を残しています。

「大将は、わが家人をよく見知らざれば、わが家人によき者あれども用ゐず、かえって他所より浪人などを大祿を与へて招き寄することもあり。これまた、よき者ならば苦しからずといへども、わが家中のよき者を差し置きて、他所より招くは愚かなり」(**)

長政は家臣の声に耳を傾けようと努めており、福岡藩の藩主となった後は、「異見会」を設けました。

異見会では、「身分の上下に関係なく誰もが平等に意見を述べることができる」などの決まりの上で活発に意見が交わされ、長政も家臣の声を藩政に生かしました。冒頭の言葉も、異見会に際して発せられたものとされます。長政は家臣との接し方に苦手意識があったからこそ、このような制度を設けたのかもしれません。

いつの時代でも、リーダーと部下の間には、その立場の違いから相互のコミュニケーションに食い違いが生じるものではないでしょうか。そうした齟齬を解消するために、リーダーは部下に歩み寄り、“異見”を含めた部下の声を聞こうと、努めていると思います。

とはいえ、リーダーが歩み寄っても、必ずしも部下はそれに応えてくれるわけではありません。リーダーとしては、あまり意欲が感じられない部下よりも、意欲の高い部下に質・量の両面で仕事を任せるほうが、組織の成長に資すると考えるでしょう。その考えは間違いではありません。

ただし、特定の部下にだけ目を掛けると、他の部下が不満を抱きます。このようなとき、自分が「この部下だ!」と信じた相手に英才教育を施しつつ、その他の部下にも特別な役割を与え、リーダーと個々の部下とのコミュニケーションのバランスを上手に取る必要があります。リーダーは、全ての部下にチャンスと役割を与えますが、その内容は必ずしも平等なものではなく、部下の能力ややる気によって差をつけます。リーダーが、良い意味で“えこひいき”することが、組織の成長には必要なことがあります。

長政の「異見会」のように全員の意見に耳を傾けるのも一つ、自分が信じた部下の言葉に重点的に耳を傾けるのも一つです。いずれの場合も、リーダーは自身のマネジメントスタイルを確立し、貫かなければなりません。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

くろだながまさ(1568〜1623)。播磨国(現兵庫県)生まれ。黒田官兵衛(くろだかんべえ)の子。徳川家康(とくがわいえやす)についた関ヶ原の合戦での活躍から、筑前国(現福岡県)を与えられ、福岡藩の初代藩主に就いた。

【参考文献】

(*)「戦国武将のひとこと」(鳴瀬速夫、丸善、1993年6月)
(**)「名将名君に学ぶ 上司の心得」(童門冬二、PHP研究所、2007年5月)

以上(2014年12月)

pj15188
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