営業最強フレーズ集 クロージング編2 最後の最後に背中を一押ししたいときの一言

全力で取り組みますので、ぜひ当社にお任せください!

最後の最後に背中を一押しするものは?

商品・サービスのメリット、自社の優位性、これまでの実績、他社導入事例……。これらできることを全てやり尽くしたプレゼンの後、最後の最後に相手の背中を一押しするのは「熱意」です。

なぜなら、熱意は相手に「よし、この人になら任せても大丈夫だろう」と思わせることができるからです。“安心感”を与えられるといってもいいかもしれません。

そこで、プレゼンの最後や、後日改めて状況確認の連絡をしたときなどに、冒頭の営業最強フレーズを使ってみましょう。これは相手を大船に乗った気持ちにさせる、まさに最強のフレーズです。

相手が最後に見るものは……

商品・サービスに価値があること、適正な金額であること、メリットが感じられることなどは大前提として重要ですが、最後には、相手は「人」を見るものです。

営業担当者があまりに自信がなさそうだったり、ネガティブな発言を繰り返したりするようでは、相手は不安になります。「この人に任せても大丈夫だろうか」と。

相手は、営業担当者を通して(営業担当者の)会社を見ています。営業担当者に対する不安は、「この会社に任せても大丈夫だろうか」という会社全体への不安につながります。

自信を持って「全力で取り組むので、当社に任せてもらいたい」と背中を押せるようになりましょう。

前向きなフレーズを入れれば効果アップ

「全力で取り組む」というフレーズの前に、もっと具体的な言葉を入れてもよいでしょう。例えば、ヒアリングで出てきたキーワードなどが効果的です。「御社が地域で一番の企業になるために」「5年後に御社の新しいビジネスが日本一になるように」というように。

そのときは、大きな視点で捉えたフレーズ、前向きなフレーズ、将来を見据えたフレーズを入れるように心掛けましょう。相手に、「この人(会社)となら、一緒に前に進むことができる」と思ってもらうことが大切です。

“とってつけた感”はNG

ただし注意したいのは、“とってつけた感”です。今まではそれほど一生懸命でもなかったのに、最後になって突然、熱意を見せても相手には響きません。逆に不信がられます。

アプローチの段階から、しっかりと相手のことを調べ、考え、「本当に相手のためになることを提案しているんだ」と誇りを持って営業していなければならないのです。

クロージングだけの最強フレーズはない!

クロージングは、いわば営業の集大成です。クロージングのときだけ最強のフレーズを使っても意味はありません。これまで、いかに誠実に熱意を持って営業してきたかが問われます。「価値ある商品・サービス×相手を思う日ごろからの熱意」こそが成果を上げる秘訣です。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

営業最強フレーズ集 クロージング編1 商談を前に進めたいときの一言

もし導入していただけるとすると、いつからになりますか?

いよいよクロージングの段階に

上期も終わりに近づいてきました。そろそろ目標達成に向けて、ラストスパートを掛けていきたいところです。これまでプレゼンしてきた相手に改めて働き掛け、成約につなげていきましょう。

この段階では、「ご提案内容はいかがでしたか?」「ご検討状況を教えていただけますか?」と相手に聞くことになりますが、すぐにうれしい返事を聞けるとは限りません。「まだ検討していない」と言われることも多いでしょう。

そうしたときに使ってみたいのが、冒頭で紹介した「クロージング」での営業最強フレーズです。

「まだ検討していない」と言う背景は……

クロージングの段階で必要なのは、「相手の背中を押す」「最終的な決断を促す」などのように、商談を進めるための一言です。

相手が「まだ検討していない」と答えるのは、「検討しようと思ってはいたが後回しになっている(忘れている)」という場合が少なくありません。

これに対して「導入してもらえるならいつか?」という質問をすれば、相手は活用シーンや予算を考え、採用することを具体的にイメージしてくれるようになります。「使うとすると(相手の会社の)営業強化月間である○月かな」「上期の予算では難しいので下期になると思う」などのように。

成約までの手続きを確認してダメ押し

“仮の話”とはいえ、導入時期を答えてもらうことができたら、そこからさらに背中をもう一押ししましょう。例えば、今後の実務的な手続きについて、次のように“仮のスケジュール”を確認してみるのです。

「仮に○月にご活用される場合は、その1カ月前までには発注していただくことになります」「まず契約書を交わし、それに基づいて発注書を出していただくという流れです」

こうして「それでは、この案件は○月までに決めましょう」というコンセンサスが得られれば、相手はその時期を目指して検討しやすくなります。

期限を区切るもう1つの意味

具体的に期限を区切るのは、相手を動かすためだけではありません。「A社が難しかった場合は、次にB社に提案を」など、こちら側も戦術を立てやすくなります。

また、他への販売状況や内部のリソースの状況などによって、提案内容などは変わってきます。期限を区切るのは、そうしたリスクを避けるという意味もあるのです。

“家に帰るまでが……”

クロージングに苦手意識があったり、おろそかにする営業担当者は少なくありません。“家に帰るまでが遠足”と同じ、“クロージングまでが営業”です。最後まで気を抜かず、しっかり果実を収穫するようにしましょう。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

営業最強フレーズ集 アプローチ編3 忙しい相手に少しだけでも時間を割いてもらいたいときの一言

一つだけ、お耳に入れておきたいことがあります

営業担当者と相手との間には……

今年度もいよいよ大詰めです。計画達成に向けてラストスパートをかけつつ、将来の有力な見込み客を獲得するために、営業活動に一層力が入る時期です。年度末の営業では、“予算消化”で思わぬ成果が上がることもあります。

しかし、基本的には相手も忙しく、アポイントが取りにくい時期です。「今は時間がないので、年度が替わってからにして!」と門前払いされる先が増えることも覚悟しなければなりません。年度末は、「年度末に何とか成果を上げたい!」という営業担当者と、「忙しくて営業の相手をしている暇はない……」という相手の間に、いつも以上に大きなギャップが生まれる時期なのです。

ギャップを埋める言い方

営業担当者と相手とのギャップを埋めるには、相手に「忙しくても聞く価値がある」と感じてもらうことが肝要です。そんなとき、ぜひ試してみたいのが冒頭の営業最強フレーズです。このフレーズには二つのエッセンスが隠されています。

一つ目は、「一つだけ」が示す希少性。あれもこれもではなく、たった一つに絞り込まれた情報に、相手は「何か特に重要な話かも=聞く価値がありそう」と感じます。

二つ目は、「お耳に入れておきたい」というプレミア感。お耳に入れるとは、内緒話の感覚です。相手は、ある情報を自分だけが知ることができる状況に優越感を覚えます。

これは大勢が参加するパーティー会場のヒソヒソ話に似ています。大勢の中からわざわざ自分に近寄ってきて、しかも耳元でそっと情報を伝えてくれたら、誰でも悪い気はしません。これと同じ心理で、相手も営業担当者の話を「聞いてあげてもいいよ」という気になるのです。

「一つだけ」に秘められた別の機能

「一つだけ」と言うのには、もう一つ理由があります。相手に「短い時間で済む=それなら聞いてみようか」と思ってもらえる確率が高くなるからです。

ただでさえ忙しい年度末。営業の話を聞く時間は取りにくいですが、「自分だけに重要な情報を“短時間で”教えてくれるならいいかな」と感じる人は少なくありません。

言葉を付け足せば「聞く価値」を高められる

今回は年度末を想定して説明しましたが、冒頭の営業最強フレーズは、時期を選ばずに使える便利モノです。

例えば、「今年の12月から義務化されるストレスチェックに関連して、一つだけ、お耳に……」といったアレンジをすれば、相手はますます興味を持ってくれるでしょう。

このように、会ってもらうのが難しいアプローチの段階では、「時期に応じたキーワード」「相手の仕事内容」などをしっかりと捉え、「聞きたい」と思わせるプレミア感を演出することが成功の秘訣です。

以上(2018年8月)

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営業最強フレーズ集 アプローチ編2 初めて話す相手に少しでも興味を持ってもらうための一言

御社と同地域の他社で○○という効果があった事例です。全くご興味ありませんか?

メリットをより分かりやすく

新規開拓の営業では、いきなり連絡をしてもアポイントを取るのは難しいのではないでしょうか。初めのうちは、相手がこちら側の商品・サービスにほとんど興味を持っていないからです。

そこで「営業最強フレーズ集:アプローチ編1」で挙げた「御社と同じ○○業の企業様での最近のご活用事例をお持ちします」というフレーズを使って、会うメリットを伝えるわけですが、それでも「必要ないから」と断られるかもしれません。

そう言われたら、冒頭のような言い方で実際の効果を分かりやすく伝え、相手に少しでも興味を持ってもらいましょう。例えば、相手にとっての競合他社や顧客が「販路開拓に成功した」「コストを削減することができた」などの効果を伝えるのが理想的です。

具体的な数字が効果的

このとき、「具体的に」「簡潔に」「インパクトのある言葉を使って」成功事例を伝えることがポイントです。「△件の販路開拓に成功した」「□%のコストダウンが実現できた」など具体的な数字を挙げると分かりやすく、インパクトを与えやすいかもしれません。数字を挙げることが難しい場合には、「~が増えた(減った)」「~できなくて困っていたのができるようになった」というように、ビフォーアフターの違いが分かるようなフレーズを使うと効果が伝わりやすくなります。

相手にとっての競合他社や顧客に関する具体的な効果を挙げ、「それでも全くご興味ありませんか」と尋ねると、相手は断りにくくなります。自分(相手)のビジネスに関わりがあるのではないかという気持ちが強くなるからです。「全くない、というわけじゃないけど」と言ってくれるかもしれません。

「食い下がらない」ことも選択肢に

逆に、そこまで伝えても「必要ない」と言われたら、今の段階では成約の可能性は低いと考え、諦めたほうがよいかもしれません。ここで食い下がって印象を悪くするより、他の見込み先にアプローチするほうが効率的です。

ただしその場合も、資料と名刺を送り、時期を置いてから改めて連絡してみましょう。相手の状況は、いつどのように変化するか分かりません。状況が変わったとき、思い出してもらえる可能性が少しでも高まるように布石を打っておくのです。

初回アポイントは工夫のしどころ

新規開拓の営業では、初回のアポイントを取るのが一番難しいといっても過言ではありません。相手に、少しでも会うことのメリットを感じてもらえることを目標に、内容や言い方を工夫して伝えることが大切です。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

営業最強フレーズ集 アプローチ編1 初回のアポイントを取ろうとするときの一言

御社と同じ○○業の企業様での最近のご活用事例をお持ちします

用件は堂々と

新規開拓の営業では、まず、「会ってもらう」ことが第一の壁になります。何件電話をかけてもアポイントが取れずに悩む営業担当者は少なくないでしょう。相手に「時間が無いから」と断られることを警戒して、「ご挨拶だけなので」「名刺交換だけでも」「ほんの5分程度ですから」など、つい、「お願いトーク」をしたくなるものです。しかし、こうしたお願いトークは、相手に不信な印象を与えてしまい、かえって逆効果になることもあります。

アポイントを取るときは、お願いトークではなく、「なぜお会いしたいのか」という用件を堂々と伝えるほうが好印象を持ってもらえます。このとき、「相手にとって役に立つ情報がある」という、「会うことのメリット」を伝えるようにすることがポイントです。

いかにメリットを伝えられるか?

法人営業の場合、相手が「会って役に立つかもしれない」と感じる情報は、相手の同業他社や顧客に関連するものです。そこで、冒頭のような言い方で会うことのメリットを伝えましょう。「御社のお客様の○○業界での~」という言い方に置き換えることもできます。「最近の」というフレーズを挟むことで、相手に「自分の知らない新しい情報が入手できるかもしれない」という期待感を持ってもらうことができるかもしれません。

釣り糸を垂らすのは……

会うことのメリットを伝えるトークを展開するときには、提案する商品・サービスを活用すると想定される部門、もしくは担当者にたどり着いておくことが大切です。魚のいない釣り堀に、いくら釣り糸を垂らしても魚を釣ることはできません。魚のいる釣り堀を探して釣り糸を垂らすから魚が釣れるのです。

そこで、初回の電話のときには、これまでの営業経験や上司・先輩社員の事例などを参考に関連部門のあたりをつけ、「△△部門の方をお願いします」と伝えて担当者につないでもらうようにしましょう。

異動があったら後任の担当者を

一度担当者にたどり着けば、今回はアポイントが取れなかったとしても、次回からは直接担当者に連絡できるようになります。担当者が異動した場合でも、「後任の方をお願いします」と伝えれば、新しい担当者にたどり着くことができるでしょう。

新しい担当者には、「前任の□□様には何度かお話しさせていただき大変お世話になりました。ご後任の●●様にも一度ご挨拶をさせていただきたいと思いご連絡しました」と具体的な名前を出せば、相手との距離感が少し縮まります。不信感を与えることなくアポイントを取ることができるでしょう。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

営業最強フレーズ集 アプローチ編4 お金に関する話で相手の本音を探るときの一言

高い、というのはどのくらいの金額をお考えですか?

営業ではカードを隠す人が多い?

営業は交渉事の連続で、その戦法は次の二つに分かれます。一つ目は、自分のカードを隠し続け、最も有効なタイミングを待って切る戦法。もう一つは、あえてカードを相手に見せつけ、自分はこんなに強いのだから降りたほうが得ですよと、懐柔する戦法。

通常の営業の現場でどちらの局面になることが多いかといえば、当然、前者のほうです。特に、お金に関する話になると、「高いんでしょ?」「いやいや、お安くできますよ」等、具体的な基準もないまま曖昧な話が続くことがあります。しかもこの状況は、売り手である営業側が不利になるのが常で、「もしかして他社より高いのかも?」等とついつい弱気になって、当初の想定よりも安い金額を提示してしまいがちです。

「高いんでしょ?」の本音は?

お金の話はとても大切なのに有利に進めることができない。そんな状態に陥らないために、相手に「高いんでしょ?」と聞かれても、ビビることなく冷静に状況を判断するようにしましょう。例えば、「高いんでしょ?」の言葉から、次の二つのシナリオが思い浮かびます。

一つ目は、相手が断る理由を探している状況です。この場合、こちらが頑張って安値を提示しても「高いな~」等と断られます。

二つ目は、相手が割と本気で検討している状況です。こちらにとってはチャンスであり、不用意に値引きをしたくありません。

さて、相手の答えはどっち?

この正反対の二つのシナリオ。相手の本音はどちらにあるのかを探るときに、ぜひ、投げかけてみたいのが、冒頭の営業最強フレーズです。相手の反応から、ある程度、本音を推測できる場合があります。

相手が「断る理由を探している」場合、具体的な答えはまず返ってきません。「何か高そうじゃない?」といった具合です。このとき、安値を出すのは、後のことも考えてタブーです。丸めた金額を示すにとどめます。

一方、「割と本気で検討している」場合、相手の口から「例えば○百万円?」といった具体的な金額が出てくることがあります。これは、相手の予算が決まっていたり、既に競合他社から話を聞いている可能性があります。この場合、「定価だと○百万円になりますが、仕様によって……」等、交渉の幅を広げるようにし、必要に応じて、ボリュームディスカウント等、値引きのカードも切ります。

「高いんでしょ?」に慌てることなかれ

「高いんでしょ?」と聞かれると、つい値引きを口にしたくなったりします。そうしないと、買ってもらえないという思いに駆られるからです。

しかし、その対応は正しくありません。慌てずに、相手の出すヒントから本音を見極めて、しっかりとチャンスにつなげていきましょう。お金の話になって初めて、営業の交渉は本格的に始まったようなものなのです。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

本音を引き出す「質問力」を磨くには

1 なぜ、質問力が大事なのか

聞く力と銘打った書籍が100万部を超えるベストセラーとなり、営業から人事まで、傾聴力・質問力に関する研修やビジネス書が大量にあふれかえる昨今。そもそも、ビジネスパーソンにとって「話を聞く力」がなぜ重要なのでしょうか。

答えはとてもシンプルです。ビジネスとは課題解決であり、相手の課題が認識できないと、適切な解決策を提供できないからです。

新規営業先や既存のお客様、社内の上司や部下、株主や社外の協力者など、会社を取り巻くステークホルダーは様々。経営者はおのおのの思惑や期待値を理解し、調整していく必要があります。そのために、相手が考えていること、求めているものを正しく理解することが重要で、それらを引き出す力が質問力、というわけです。

あくまで一つの定義ですが、質問力とは、「相手と同じ視点で物事を見る力」だと私は考えています。みなさんの周りでこんなことはありませんか。

  • 現場の営業担当者が商談先の要望を正しく理解できず、的外れな提案が失注につながった
  • コールセンターの担当者がお客様に寄り添った応対をできず、クレームにつながった
  • 部下と面談をしてもモチベーションや成果が上がらず、最終的に退職してしまった

経営に大きなインパクトを与えるこれらの課題について、「相手と同じ視点で物事を見られていない」ことが原因の一つとして考えられます。

では、どうやって質問力を高める教育をするべきなのか。これまで、1000人以上の人生ストーリーをインタビューした経験を基に、幾つかエッセンスをお伝えします。

2 何が質問力の高い・低いの差を分けるのか

まず、質問力を高めるために、分かりやすいゴールのイメージを持つことにしましょう。

そもそも、質問力が高い・低いとは、どういった状態なのでしょうか。先ほど、質問力とは、「相手と同じ視点で物事を見る力」であると定義しました。具体的な例をイメージしながら考えてみます。

例えば、御社で新卒採用を検討し、人材紹介会社の営業担当者と打ち合わせを設定するとします。

・1人目の営業担当者

御社の事業内容の理解度が低く、質問を聞いていると、業態を勘違いしているような印象です。募集職種に必要なスキルや特性についても、相づちを打ちながら聞いていますが、どこまでこちらの意図が伝わっているのか、いまいちピンときません。最終的には「このプランはオススメです。今なら値引きが可能です」とAプランを提案されました。

・2人目の営業担当者

御社に近い業態のクライアントを担当したことがあるようで、事業の内容や採用職種の要件について、こちらが伝えたいことを正しく理解してもらえました。その場でホワイトボードにまとめてもらいましたが、認識に相違はありません。また、商談の中で「実際にこれまで採用した新卒社員のうち、活躍する社員の共通点」について尋ねられ、皆体育会の経験があるということに気付きました。最後に、その会社で提案できるプランの説明を一通り受けた上で、体育会系の学生にリーチできるプランが良いのではないかというアドバイスをもらいました。

やや極端な例ですが、「相手と同じ視点で物事を見る力」=「質問力」によって、上記のような差が生まれます。

2つのケースで一番大きく異なるのは、話者に対する信頼の有無です。1人目の営業担当者が「この人に言っても伝わらないのではないか」と疑われているのに対し、2人目の営業担当者は、「考えていることが正しく伝わっているし、自分が気付かなかったことまで示唆してくれた」という信頼の獲得に至っています。

信頼のない相手とのコミュニケーションは、机を境界線に180度で対面した「対立構造」となる特性があります。「なぜこんなことを聞かれるんだろう」「なぜこの商品を提案されるんだろう」「なぜ値引きされるんだろう」といった探り合いが起こる構図です。

反対に、信頼できる相手とのコミュニケーションは、お互いが横の席に並んで座っているように、0度の「並列構造」となる特性があります。「実は、こんな内情なんですよね」「それであれば、無理にXXせず、YYするのがよいかもしれませんね。御社にはこのプランは合わないと思います」というように、同じものを2人で見て、相談するような構図が出来上がるのです。

目指すべきゴールは、対面の探り合いでなく、相手と横並びで同じものが見られる状態です。そのためには信頼を得ることが重要。では、どうすれば信頼を得られるのでしょう。

3 質問力を磨くには

いよいよ質問力をどう磨くかというパートに入ります。相手と信頼関係を構築し、同じ視点で物事を見るためには、「どう聞くか」「どう答えるか」の2点が重要です。

1)どう聞くか:相手が話しやすい順番で聞く

コミュニケーションにおいて、質問の順番は非常に重要です。「Aを説明するためには、前提となるBを説明しなければいけない」という考えが働いたり、「初対面でいきなりCの話をするのははばかられる」という感情が働いたりするためです。幾つか例を挙げます。

1.全体から部分へ

いきなり個別具体的な話に入らず、全体像の擦り合わせを行いましょう。特別なケースを除き、大枠から詳細に入っていくほうが、同じ前提を持って会話することができます。例えば、あなたが先の例に挙げた新卒採用の営業担当者だった場合、「新卒採用説明会の集客にお悩みではありませんか?」と聞くよりも、年次の採用目標や取り組んでいる施策、目標に対する進捗状況、と順々に絞り込んでいくほうが、相手も説明がしやすく、より本質的な課題に至ることができます。

2.事実から解釈へ(事象から感情へ)

相手が話していることが事実(事象)なのか、解釈(感情)なのかを分けて認識しましょう。商談相手が、「既存のベンダーの仕事に満足していない」のと、「今期で該当ベンダーの契約を打ち切ることが決まっている」のは明確に異なります。相手が説明しやすいのは、変動性がない事実です。まずは事実から質問し、次に解釈を聞く、という順番がオススメです。例として、ご自身がインタビューを受ける際に、「略歴」を聞かれてから「キャリア選択のこだわり」を聞かれるのと、反対の順で聞かれる場合を想像すると、前者のほうが答えやすいのではないでしょうか。

3.クローズドからオープンへ

全ての質問は、Yes/No、A/Bなど回答範囲の区切られた「クローズドクエスチョン」と、範囲が制限されない「オープンクエスチョン」の2つに分かれます。まずはクローズドから入り、関係性を築いた上で、一歩踏み込んでオープンに聞いてみる、というのが定石の一つです。例えば、営業の商談時に、相手の決裁体制を伺う際、「このような意思決定はXX様が決められるんですか?」と、範囲を限定して聞くこともできますし、「御社の意思決定フローや基準を教えてください」と、制限せずに相手に委ねることもできます。関係性を考慮して使い分けることが重要です。

2)どう答えるか:何を理解したか、相手に伝える

「質問力」というテーマで、「どう答えるか」と書かれると違和感があるかもしれませんが、相手の回答に対してどんなリアクションを取るかは、実は質問選びと同じくらい重要です。どんな受け答えが信頼を生み、相手と目線を近づけるのか、例を挙げて説明します。

1.言質を取る

トラブルなどの文脈で使われることが多い言葉ですが、「あなたがこう言ったと私は認識した」と、相手に伝えることは非常に重要です。「相手は言葉に出していないけど、恐らくこうであろう」という予測から失敗を招かぬよう、お互いが見える場に言葉を出すことが重要です。

2.復唱、要約する

一つ目と一部重複しますが、質問において「復唱・要約」は最も重要な要素の一つです。なぜなら、相手はあなたの相づちを打つのを見て、どの程度理解したか、これからどこまで話すべきかを判断するからです。そういった意味では、ただ相手におうむ返しをすればよいわけではなく、相手が伝えたい真意、重きを置いている点をくみ取った返答を行うことが、信頼の構築につながります。さらに、こちらの要約に対し、先方から、一巡目では説明できなかった深い点への言及を引き出すきっかけにもなります。

3.意見する、アドバイスする

上記の復唱・要約からさらに一歩踏み込んだのが「意見・アドバイス」です。関係性ができていない中で行うと気分を害されたり、失礼に当たったりすることもありますが、相手の意見を引き出す上で、自分の意見を述べるのは、最も有効なアプローチの一つです。新卒採用で苦しんでいる相手に、「新卒採用よりも、中途採用のほうがいいんじゃないですか」と意見を当ててみる、などの例が挙げられます。

4 実践編:ビジネスを前に進める質問テクニック

シーンごとに、相手と同じ視点で物事を見るための簡単なテクニックをお伝えします。

1)営業の商談

「木」と「森」の両方を見ることが重要です。目の前の相手の視点を追えばよいのではなく、意思決定者であるその上司や、反対する他部署の人など、相手の周りを取り巻く他者の視点も意識することが重要です。受注の意思決定に関わる影響範囲を広く捉えた上で、それぞれの立場の視点を理解できるような質問を投げかけましょう。

2)社内の部下との1on1

「理解」と「共感」を分けて考える・振る舞うことが重要です。相手の話した内容に対し、すぐに反論したり、評価する目線で返答したりしては、純粋な意見を聞くことはできません。ご自身が相手の意見に共感するか否かは一旦置いた上で、相手の意見を引き出すための質問の仕方を心掛けましょう。

3)採用の面接

過去の意思決定や仕事の内容を「点」で聞くのではなく、「線」で聞くことが重要です。時間軸に沿って前提を積み重ねていくことで、一つ一つの意思決定を独立して聞くよりも、話の解像度が上がります。

5 おわりに

最後に、私自身の経験から、失敗例と成功例を少しだけお話しします。

・失敗例

集中力を欠いていると、会話中に「次に何を聞こう」と考え込んでしまうことがあります。会話が弾まず、こちらの価値も提示できないことで、相手からは無意味な時間だとか、面白くないやつだ、と思われてしまう。しまいには、スマートフォンを見ながら話をし始める、なんてこともありました。

こうなると、私はすぐに気持ちをリセットして相手と同じ目線に立つことに集中し直します。実は、相手と目線が合い、信頼関係が築けているときは、「相手に何を聞くか」には注目せず、「相手が何を見ているか、考えているか」に注目しています。そもそも、質問は手段であり、目的ではないのです。

・成功例

信頼関係は必ず次の機会につながります。シンプルな事例として、相手と同じ目線に立つと、意見を求められる機会が増えます。事業の相談のうち、自社でお力添えできるものはソリューションを提案し、その場で受注、なんてこともしばしば。実は取材で知り合った方と次の仕事につながるケースは非常に多いのです。

少し話はそれますが、私は、これまでの経験から「墓場まで持っていく」という言葉をあまり信用していません。誰しも、自分のことを語りたく、理解してもらいたいという特性が少なからずあると思うのです。だからこそ、それがプライベートであろうと、ビジネスであろうと、相手目線で物事を考えられる人の価値は非常に高いのではないかと思います。

質問力を高め、相手と同じ視点で物事を見ることは、経営を行う上で関わる様々なプレーヤーと、長期的に利益を共有できる関係を作るのに大きな一歩となります。無数の会話で成り立つ日々の生活の中で、本稿で紹介した質問力のエッセンスが、少しでもみなさまの役に立てるとうれしいです。

以上(2018年8月)
(執筆 株式会社ドットライフ 代表取締役 新條隼人)

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経営者のためのリスクマネジメントの心構え

書いてあること

  • 主な読者:自社を取り巻くリスクを知りたい経営者
  • 課題:多種多様なリスクがあり、何から対策をすればよいか迷う
  • 解決策:本稿ではリスクの洗い出し、リスク管理の実施などリスク対策について紹介しているので、参考にする

1 リスクの捉え方

地震や台風などの自然災害、火災、サイバー犯罪など、企業は災害・事故・事件によって組織基盤に大きなダメージを被る可能性があります。また、為替の変動、株主代表訴訟や製造物責任訴訟、セクシュアルハラスメント、パワーハラスメント、労働災害、背任、横領、インサイダー取引など、企業を取り巻くリスクはさまざまです。

リスクは、事業目的の達成を妨げるような事象が発生する危険性や不確実性として捉えられます。経営環境が変化する中、企業の存続・成長を図るためにリスクを的確に把握し、その発生の可能性を低減し、また発生した場合の損失の最小化、早期復旧および再発防止に努める不断の努力が重要です。そして、経営環境の変化に対応していくためには、最高責任者として経営者が統括する、全社的なリスクマネジメントシステムを構築することが求められます。

2 リスクマネジメントシステムを構築するための考え方

1)経営トップの関与

企業活動からリスクを全て排除することはできません。そこで、企業を取り巻くリスクと上手につきあうこと、つまり、「リスクを適切に管理する」ことが必要になります。まずは、経営トップがこのことを正しく理解し、自らが先頭に立ちトップダウンで進めることが肝心です。

2)組織としてのノウハウの継承

リスクの内容は各事業によって異なり、同じ事業でも時期や周囲の環境などによって異なってきます。従って、リスクを効果的に管理していくためには、まず、部署ごとに想定されるリスクを洗い出し、認識・確認することが重要になります。

また、リスク管理の実践に当たっては、マニュアルのメンテナンスやその教育の徹底が不可欠です。マニュアル作成当初の姿勢やリスク管理体制を継承していくためには、経営に近い部署の担当者がその任に当たり、企業規模によっては専任部署を設置することが望まれます。

担当者や担当部署は、企業全体を見渡したリスク管理の構築を行い、日常的にはリスクの予防対策や従業員への教育訓練を実施し、緊急事態には経営トップの補佐として、リスク管理の中枢として活動することが求められます。

3)一貫した体制構築と対応

リスク管理の最大の目的は、可能な限りリスクを排除することであり、もし、実際にリスクが顕在化したとしても損害を最小限に抑えることにあります。そのためには、さまざまなリスクに対し、日常的な対応をおろそかにしないことが重要です。

ただし、日常の管理だけに目を向け過ぎ、リスクの防止だけが強調され過ぎると、かえって過信につながりかねません。

3 リスク管理体制の確立

1)全社的潜在リスクの洗い出し

まず、全社的潜在リスクの洗い出しを実施します。社内に潜在するリスク要因の多様さを認識させ、意識を高めるとともに、リスクの防止に取り組ませます。その上で、全社的なリスク管理対応能力を高める「リスク管理マニュアル」を作成します。従業員の誰もが迅速で正しい判断と行動が取れるように、「必要なこと」と「必要でないこと」を明確に示すことが重要です。

経営幹部には、リスク管理の知識と意識を高める継続的な「リスク管理セミナー」を実施します。これにより、経営幹部のちょっとした判断ミス・連絡ミス・対応ミスが大きなリスクを招いてしまうことを自覚させます。

2)継続的な「シミュレーショントレーニング」の実施

初期対応の判断ミス防止策としての継続的な「シミュレーショントレーニング」を実施し、どう判断し、どう行動すべきか、ケースごとに具体的に習得させます。必要に応じて、経営トップのマスコミ対応を高める定期的な「メディアトレーニング」を実施し、マスコミ関係者への正しい対応の仕方を理解させます。

リスク管理で大切なことは、予測できる、あるいはその逆に予測できない事態が起きたときの対処法を考えておくことです。例えば、リスクが発生しても対応できるよう、次のような体制を整えておくことが必要となります。

  • リスク管理マニュアルの整備
  • 全社的な対応方法の統一
  • 責任窓口の明確化

3)リスク管理の効果的な実施

リスク管理マニュアルの通りにうまく事が運ぶとは限らないので、マニュアルで想定しない事態が起きる可能性も認識しておかなければなりません。

リスク管理を効果的に実施するためには、次のような対策が求められます。

  • 従業員のリスクに対する感性が敏感となるような教育や啓発を行う
  • 当初は小さな事故や事件と判断される場合も大事件に発展することもあるので、事故発生の場合には、極力情報を収集し、重大性を意識して対応する
  • 事故が発生した場合、地元住民、行政、マスコミにすべてを隠さず情報公開する

リスク管理を実効性のあるものとするためには、適切な方法と頻度で評価・検証することが重要となります。評価・検証の実施に当たっては、第三者機関を利用することも考えられ、評価を通じて得られた問題点や改善点などは、審議を経て、フィードバックされなければなりません。また、社会情勢の変化や他社事例なども是正・改善のための有力な情報源となります。

4 リスクコミュニケーションの重要性

世の中のあらゆる事象には、利便性とともにリスクが潜んでいます。従って、そのリスクを回避するために、企業は、事象の持つ利便性とリスクを広く一般に伝え、ともに対応を考える必要があります。

このように、事象の持つポジティブな側面だけではなく、ネガティブな側面についての情報もリスクはリスクとして公正に伝え、関係者がともに考えることのできるコミュニケーションのことを、「リスクコミュニケーション」といいます。

リスクコミュニケーションは、関係者の参加を促し、発展させながら、リスクの理解とリスクへの対処方法ついての双方向の交流を進めることといえます。そして、リスクコミュニケーションでは、どのような結果になるかではなく、意見交換の過程でどのような関係を構築していくかが重視されます。

リスクコミュニケーションの流れを整理すると、大きく次の形態に分けられます。

  • 社内のリスクコミュニケーション
  • 外部(取引先や行政など)とのリスクコミュニケーション
  • 消費者や顧客とのリスクコミュニケーション

これらは、平常時から心掛けるべきコミュニケーションです。リコールや事故などのリスクの発生時には、マスメディアなどとのコミュニケーションの不備が二次的なリスクを発生させたり、損害を必要以上に拡大させることがあります。マスメディアなどは社会の理解を得るための重要な関係者であり、誠実に対応することが望まれます。

リスクコミュニケーションを効率的かつ効果的に進めるために、経営トップがリスクコミュニケーションを理解し、基本方針と責任体制を確立し、戦略的に取り組むことが重要です。

5 参考ウェブサイト

リスクマネジメント協会では、リスクマネジメントに関連した情報の提供・相談や各種セミナー・交流会を開催しています。また、ウェブサイトでリスクマネジメントに関連する書籍および推薦書籍を紹介しています。

それぞれ、企業を取り巻くリスクとリスク管理について多くのヒントを与えてくれるものであり、参考になるでしょう。

■リスクマネジメント協会■
https://www.arm.or.jp/

以上(2018年3月)

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画像:alphaspirit-shutterstock

【朝礼】「人の話」から学ぶための、正しい聞き方

日ごろ、私は経営者同士の交流会や勉強会、セミナーなどによく招待していただきます。また、経営者の方にインタビューしたり、対談したりする機会をいただくこともあります。そうして日々、さまざまな方の話を聞いていると、本当に多くのことを考えさせられます。

中でも私が最近、改めて感じるのは、「人の話を聞き、そこから学ぼうとするときこそ、自分の思いをしっかりと持っていなければならない」ということです。

私がお会いする方々は、自分自身で考え、主体的にビジネスを動かしている方がほとんどです。そうした方は、何事についても“一家言”持っているのが通常です。将来のビジョンや会社の在り方、人とつながる方法、社員の育て方、商品の売り方など、ビジネスに関わる全てのことについて、自分なりに考え、苦労したり工夫したりして実践してきているからでしょう。

そうした方々の話は、どれも非常に力強く、示唆に富み、さまざまな気付きを得られることは間違いありません。一方で、話を聞くこちら側が自分の思いをしっかり持っていないと、「ただ表面的に感心して終わってしまう」のも事実です。それでは、自分の学びにはつながりません。

そこで私は、誰かの話を聞くときは、自分の思いと照らし合わせることにしています。私には、「自社のためだけでなく、世の中のためになることをしたい」という思いがあります。

そのため、お会いする方から、「自社のことだけでなく、世の中のことをどのように考えているか」「どうやって世の中に貢献しようとしているか」について学ぶことを一番大切にしています。

皆さんも、セミナーや勉強会などに参加し、さまざまな人の話を聞く機会があるはずです。その際、ただ「すごい!」と話に感心しているだけでは、学びにはつながりません。その人の話と照らし合わせ、実際の行動に役立てられるように、自分の思いや、何を学びたいのかをしっかりと固めた上で参加してもらいたいのです。

もう一つ注意してほしいことがあります。それは「人の話に真摯に向き合う」ことです。学びにつなげるには、人の話をとことん掘り下げて聞かなければなりません。その人の本当の思いはどのようなものか、何を大切にしている人なのか。ぜひ、そうしたことを「聞ききる」くらいの気持ちで向き合って、話を聞いてみてください。

誰かに何かを伝えようとするとき、人は「良いこと」を言うものです。それは決して悪いことではありませんが、表面的に「良いこと」を聞いているだけでは、その人の本当の思いは見えてきません。人の話は、「なぜそう考えるのか」「なぜそうするのか」をできるだけ掘り下げて聞きましょう。それが「聞ききる」ための第一歩です。

自分の思いをしっかりと持ち、話を「聞ききる」。そうすれば、人の話が皆さんの糧になり、皆さん自身の“一家言”が生まれるでしょう。

以上(2019年7月)

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画像:Mariko Mitsuda

真田昌幸(武将)/経営のヒントとなる言葉

「汝才智勝るとも、軍陣の数を重ねざる故、名顕はれざれば、良策なりとも用られず」(*)

出所:「戦国武将のひとこと」(丸善)

冒頭の言葉は、

  • 「自分に有利な交渉の素地をつくることが大切である」

ということを表しています。

幸村の父であり、近世大名の地位を固めたことから、真田家「中興の祖」といわれる昌幸。冒頭の言葉は、昌幸が息子の幸村に贈ったアドバイスとされ、交渉や提案などの場面では、自身の要求を受け入れてもらうため、準備を怠らないよう諭していると取れます。

こうした昌幸の考え方は、自身の経験によるところが大きいのかもしれません。昌幸が真田家の地位を高めることに成功したのは、時勢を読み、自らに有利な主君に仕えてきたからです。ただし、力ある者に擦り寄っていけば、生き残っていけるというものではありません。昌幸は敵方への調略が得意だったとされます。交渉や提案などの場面で、自らの主張や有利な条件を織り交ぜながら、主君や敵方などの了解を取り付けることに長けていたからこそ、高い身分になくても一目置かれたのでしょう。

また、力ある者にかしずくだけでなく、時には立ち向かっていった点も、昌幸の特徴です。徳川家康(とくがわいえやす)が対立していた北条家と和解するために、昌幸は従前に苦労して獲得した沼田領を明け渡すように宣告されました。これに対して、昌幸は猛然と家康に反発します。そして、城下の各地に徳川勢を分断して誘い込み、その大軍を撃退しました。このときの昌幸は、対立していた上杉景勝(うえすぎかげかつ)に幸村を人質に出すことで講和を結んでいます。これは家康や北条家との対決に備えて、双方と対立関係にあった景勝の支援を取り付けようとの意図があったようです。勝利を引き寄せるために、昌幸が入念に準備していたことがうかがえるエピソードです。

状況が大きく変化する戦国時代でしたが、昌幸は変わり身の早さが突出していたためか、「表裏比興(ひょうりひきょう)の者」と揶揄(やゆ)されました。この言葉には、態度がころころと変わるという意味が込められています。表面的なプライドや名声を重視する人には分からないかもしれませんが、昌幸は真田家を存続させるという目的があったからこそ、表裏比興と呼ばれようとも手段を選ばなかったのであり、自社を存続させる重要性を知っている経営者には、昌幸の行動が理解できるでしょう。実質を重視する昌幸の姿は、次の言葉にも表れています。

「たとえ錦(にしき)を着ても心が愚かならば役に立たない」(**)

ビジネスでは、自社の要求をうまく提案したり、逆に相手から自社に不利な提案をされたりする交渉の場面が多々あります。重要な取引先など相手の力が大きいほど、どのように対応するか頭を悩ますのではないでしょうか。

弱い立場にありながらも、厳しい時代を生き抜いた昌幸の姿勢から、多くのことを学べます。例えば、交渉の際、相手の力が大きいほど、その要求に全面的に応えなければという考えが頭をもたげます。しかし、自社の選択肢は「譲歩」だけではありません。日ごろから誠実な対応が取れていれば、相手に強く主張することもできます。いつもは相手の要求に応えようと誠実に努力している自社が強く主張すれば、よほどの事情があるのかもしれないと、相手はこちらの状況を鑑みてくれる可能性があります。

もう1つ、力の大きな相手と対峙する場合に大切なのが、協力する姿勢です。ビジネスでは、戦国時代のように命を賭することはありません。多くの相手は自社を潰そうとしているのではなく、自らに有利な条件で交渉を進めたいという思いから、厳しい要求をしています。「相手の要求をのむ」「自社の要求をのんでもらう」というゼロサムではなく、相手も自社も現状の問題を解決し、互いのビジネスを発展させるという姿勢が大切になります。自社が相手と一緒になって解決策を出し合う雰囲気をつくることができれば、前向きな交渉へと導きやすくなるでしょう。

交渉を成功させるための前提は日ごろから誠実に対応し、価値ある商品やサービスを提供することです。この基本を徹底することで、新規の取引先であっても、既存の取引先であっても、自社を選んでもらうスタートラインに立つことができるのです。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

さなだまさゆき(1547〜1611)。出生地不明(出生年や出生地には諸説あります)。信幸(のぶゆき。後に信之)、幸村(ゆきむら。本名:信繁(のぶしげ))の父。

【参考文献】

(*)「戦国武将のひとこと」(鳴瀬速夫、丸善、1993年6月)
(**)「愛蔵版 戦国名将一日一言」(童門冬二、PHP研究所、2010年12月)
「産経新聞 東京朝刊(2000年10月3日付)」(産経新聞社、2000年10月)
「真田宝物館ウェブサイト」(長野市教育委員会 松代文化施設等管理事務所)

以上(2016年10月)

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画像:Josiah_S-shutterstock