【2021年1月版】AI活用により、決算書不要のオンライン融資を実現。りそな銀行が手がける「Speed on!」開発の裏側

創業企業を含む中小企業に寄り添うサービスの開発に注力する、りそな銀行。昨年の2020年1月14日より、オンライン完結型の融資商品、りそなビジネスローン「Speed on!(スピードオン)」の取扱を開始しており、今年2021年1月からは融資期間が最大3年になるなど、さらにバージョンアップしています。

りそな銀行としてこれまでにない融資の形を実現した本サービスは、どのように誕生したのでしょうか。りそなCollaborare事務局では、りそな銀行の開発担当者にインタビューし、商品開発の目的と、商品リリースまでの道のりを伺いました(インタビューを実施したのは2020年10月時点です)。

※話し手:りそな銀行の開発担当者(以下「担当者」)

※聞き手:りそなCollaborare事務局(以下「事務局」)

1 「お客様が本業に集中できる時間を」。来店や書類準備の手間を極力削減した、りそなのオンライン融資

事務局

りそなCollaborare読者に向けて、改めて「Speed on!」(インタビュー中も「Speed on!」)のご紹介をお願いいたします。

担当者

「Speed on!」は、りそな銀行が独自に開発したオンライン融資(オンラインレンディング)商品です。

審査結果は最短で即日回答な上、基本的には来店不要、手数料不要、無担保・無保証で、最大1,000万円のご融資が可能です。また、お客様のお手続きがスムーズに進んだ場合には、最短3営業日後にご入金まで完了します。

事務局

時間のない事業者の方に、特に向いているサービスですね!

しかし、銀行としては非常にチャレンジングなプロジェクトだったことと思います。どのような目的を持って、開発に着手されたのですか?

担当者

りそな銀行は、以前より「企業の成長を応援したい」という想いのもと、特に創業企業支援に注力してきました。

具体的には、法人口座WEB受付、インターネットバンキングの優遇メニューなどを備えた「創業応援パック」、経営者に向けてさまざまな情報をご提供する「りそなCollaborare」(コラボラーレ。当サイト)、創業フェーズの企業も申し込めるビジネスカードローン「活動力」などのサービスを展開しています。

そうした企業のステージに合わせたさまざまなサービスを多数展開してきたかいあって、「創業期にりそな銀行を利用した」という企業様が徐々に増えてきています。

また、そうした企業様が徐々に成長フェーズへと移り変わっていることで、「今後のさらなる成長を目指し、資金調達や融資を考えている」というご相談も多くいただくようになってまいりました。

より多くのお客様のご要望に応えるため、オンライン融資のサービス開発に着手したのです。

事務局

企業の成長やニーズに合わせて、さまざまなサービスを展開されてきた延長に、今回の「Speed on!」があるのですね!

「Speed on!」のおすすめポイントを教えていただけますでしょうか。

担当者

「Speed on!」は、「お客様が本業に集中できる時間を増やしてほしい」という想いをもって開発したサービスです。

お客様のお手間を極力削減するため、基本的には審査申込から契約・入金まで来店不要・決算書の提出不要(※一部来店必要、入金後に決算書の提出依頼あり)としていることが、もっとも大きなポイントとなっています。

オンラインで24時間お申し込み可能ですので、日中の忙しい時間帯を避け、空いた時間やご帰宅後にお手続きをしていただけます。

スタート以降もお客様のご要望を受けてサービス改善を進めており、現在の金利は1〜9%としています。これは、競争力のある水準だと思います(※参考一覧は後述)。

また、履歴事項全部証明書についても提出不要です。

これにより、審査時点で必要な書類が、免許証やマイナンバーカードといったご本人確認資料のみとなり、さらにお申し込みの手続きが簡潔になりました。

事務局

ご本人確認資料のみというのは驚きです。お客様からの反響はいかがですか?

担当者

お客様からは、「審査回答の早さ・入金の早さなど、スピード感に驚いた!」「思った以上に簡単で便利」「電子契約も簡単にできる」と言っていただいています。本当にうれしく、感謝しております。

これまで、銀行から融資を受ける際には、ご来店の上に、決算書など多くの書類を提出していただく必要がありました。担当者とのやりとりも多いため、通常2〜3週間、長ければ1カ月ほどのお時間を頂戴することもありました。

そうしたこれまでの融資と比較しますと、お客様のお手間はかなり削減することができましたし、スピードも大幅にアップしたと思います。

オンライン上でのお手続きもできるだけ簡潔にしたく、わかりやすいUI/UXを意識しました。
「お客様が本業に集中できる時間をつくる」ことを目的としており、側面的にお客様の事業の成長をサポートしたいという想いがあります。

事務局

ありがとうございます。お客様のお役に立つことができるのは、本当にすばらしいことですね。

2 部門の枠を超えて、銀行内の知見とノウハウを集結。独自のAI審査モデルを実現

事務局

ここからは開発の裏側についてもお伺いしたいと思います。

オンライン融資はりそな銀行として全く新しいチャレンジだったと思いますが、開発で1番ご苦労されたのはどのような点でしたか?

担当者

前例がないものですので、開発の大きな方向性を決めるところまでは、非常に大変でした。

当初は、「大きなシステムを1から作ろう」という方向で動いていましたが、改めて社内に目を向けてみると、すでにりそな銀行が持っているシステムや過去の経験の中にも、生かせるものが多くあると気がついたのです。

部門の枠を超えて、既存の仕組みや知見を活用していこう」と方針転換し、そこからはスムーズにプロジェクトが動き出しました。

事務局

具体的には、どのような仕組み・知見を活用されたのですか?

担当者

例えば、決算書を使わないオンライン融資において、「どのように信用を担保するか?」というのは大きな課題でした。

社内に蓄積されていたデータを応用することで、その課題を想定よりスピーディに開発することができました。

活用したデータは、りそな銀行内にある新たな審査モデルを作るチームが保有していたものです。決算書以外に信用を担保する方法はないか、以前からさまざまな研究を重ねており、豊富なデータを持っていたのです。

他にも、住宅ローンのお申し込みに使われていた電子契約システムなど、部門を問わず、過去の経験の中から生かせるものを取り入れました。

結果的に、当初の想定よりもコンパクトで、機能的なシステムにまとめることができたと思います。

事務局

まさに、りそな銀行一丸となって進めたプロジェクトなのですね。

担当者

そうですね。こうして他部署を巻き込んでいったことで、りそな銀行内でこのプロジェクトを応援してくれる社員が増えましたし、注目度も上がっていったと感じます。

事務局

「Speed on!」の特徴の1つでもある「AIによる審査」にも、他部門のデータやノウハウが生かされているのでしょうか。

AI審査がどのような仕組みとなっているのか、教えていただけますか。

担当者

AIによる審査は、決算書の代わりにお客様の入出金記録をAIが読み込み、審査を通すか否かを自動で判断する仕組みです。

融資が通るかどうかというお客様にとって非常に重要なポイントをAIが担うこととなりますので、「AIの判断に任せて良いか」という点は、慎重に検証する必要がありました。

そこでサービス開始前に、数十社以上のデータをサンプルとして、AIの判断を人の目で再確認するという調査を実施したのです。

そんな地道な作業を積み重ねて開始したサービスですので、初めて実際にお客様からお申し込みをいただき、ご契約が完了したときは、非常に感慨深いものがありました。決して忘れられない出来事です。

事務局

開発チームの苦労が垣間見えるお話ですね。お伺いしているこちらも、グッときてしまいました。

「Speed on!」というサービス名にはどのような意味や由来があるのでしょうか?

担当者

「Speed on!」の由来は、「Speed(スピード) × online(オンライン)」です。

オンラインで、スピーディに完結する融資、というコンセプトが伝わる名称にしました。

実は、他にも候補がいくつかありましたが、なかなか最終決定に至らず、一緒にプロジェクトを進めたベンダーさんからも「いつ決まるのですか?」と聞かれてしまったほどでした。

いよいよ決定しなくてはいけないという期限直前となって、「サービスのコンセプトに立ち返ろう」と考え、「Speed on!」を思いついたのです。
プロジェクトに関わる他のメンバーや経営層も賛同してくれ、すぐに決定となりました。

事務局

いろいろと紆余曲折を経て、コンセプトをストレートに伝える名前に落ち着かれたのですね。

サービスへの思い入れが伝わる、素敵なエピソードです!

メールマガジンの登録ページです

3 多くの事例を蓄積し、サービスのさらなる進化を目指す

事務局

さまざまなご苦労を経て開発された「Speed on!」ですが、お客様には、どのように活用してほしいとお考えですか?

担当者

基本的には事業性資金、企業の運転資金としてのご活用を想定しているサービスです。

特に挙げるとするなら、やはりお忙しい経営者にこそご活用いただきたいと考えております。

繰り返しになりますが、基本的に来店不要で最短即日審査結果が出るような仕組みにしたのは、日中なかなかお時間の取れない経営者を応援するためです。

オンラインでのお申し込みも簡素化していて15分程度で完了しますし、スマートフォンからもアクセスできます。

最大1,000万円までの融資ができるサービスとなっていますが、ご自身で金額や返済期間をご設定いただけます。

これまでのお申し込み実績を見ますと、少額で、短期間の運転資金のためにお申し込みされている方が多い印象ですね。

事務局

堅実で計画的な経営者の方が多いのですね。

今後、オンライン融資を世に浸透させていく上で、課題に感じていることはありますか?

担当者

お客様の利便性向上と、適切な審査モデルの両立は、今後取り組むべき課題だと感じています。

従来の融資は、過去の決算をもとに融資の判断をしてきました。オンライン融資ではそこから一歩進んで、データで蓄積された入出金履歴やお客様の行動履歴をもとに、融資を行っています。

しかし、依然としてお客様側に「過去の実績」が必要であることに変わりはないのです。

この過去の実績に頼る審査モデル自体を進化させなくては、オンライン融資自体も浸透していかないと考えています。

審査モデルを進化させていくためには、失敗・成功含め、いかに多くのデータを蓄積させていけるかが、成功の鍵となるでしょう。

事務局

進化のためには、成功事例だけでなく失敗事例や、瑕疵(かし)データも必要ということですね。
「Speed on!」の今後の展開が楽しみです。

最後に読者に向けて、りそな銀行を代表してメッセージをお願いいたします。

担当者

りそな銀行はこれまでも、中小企業や創業企業の成長支援に注力してまいりました。

これからも、資金や情報・経営相談などさまざまな角度から、起業される方々を応援し、創業企業の皆さまに選んでいただける銀行を目指して精進してまいります。

4 ご参考 オンライン融資の事例一覧(2021年1月18日時点)

オンライン融資の例を示した画像です

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年1月18日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

他社の事業に出資する3つの理由と留意点

こんにちは、弁護士の松下翔と申します。

前回の「【M&A】完全子会社、連結子会社、持分法適用会社のメリット」では、会社の事業を加速度的に成長させるための方法として、M&Aをご紹介しました。しかし、方法はそれに限らず、「出資」という方法もあります。M&Aを行うのではなく、他社に出資をするにすぎない場合は、出資先の会社の事業を自社事業として取り込むことまでは考えておらず、シナジー効果によって自社事業の拡大を目指す、出資によって配当や株式の値上がり益を期待している場合が多いといえます。

他社の事業への出資を通じて会社を加速度的に成長させていく場合を念頭に、グループ体制構築の基礎知識を説明します。

1 他社の事業に出資する3つの理由

1)成長が見込める事業に出資

第1の理由は、成長が見込める事業に出資をし、経済的に支援をすることによって、将来の株式の値上がりによるキャピタルゲインや配当を期待する場合です。この場合、自社の事業とのシナジーを考えるというよりは、純粋に出資した会社が上場やM&Aによるエグジットを通じて、評価額が高くなったタイミングで株式を売却してリターンを得ることが目的ということになります。

2)シナジー効果を期待する出資

第2の理由は、自社で考えている新規事業への参入の第一歩や、既存事業とのシナジーを期待して出資をする場合です。事業を全て自前で拡大していくことはコストと時間がかかり、またリスクも高いことから、自社事業との関連性の中で興味がある会社への出資を通じて、事業シナジーを得ることが目的になります。

3)連携強化のための出資

第3の理由は、友好的関係や会社間の結束力の強化を目的に相互に出資し、株式を保有する場合(株式持ち合い)が挙げられます。現在はこのような目的で他社へ出資する場合は減ってきており、重要性は低いものになっているため、本稿での説明は割愛します。

メールマガジンの登録ページです

2 グループ会社化を検討する際の視点

他社の事業に出資をする場合のグループ会社化については、どのように考えればよいでしょうか。

まず、大きな視点として、事業への出資はM&Aとは似て非なるものであるということです。

すなわち、M&Aの場合は、基本的には相手企業の経営権を自社が譲り受け、会社の支配権を獲得し、事業を自ら行うことが念頭に置かれます。一方、事業出資は、会社の支配権を獲得して自ら事業を行っていくことは考えておらず、出資先の現経営陣が引き続き経営のかじを取っていくことが念頭に置かれています(出資した会社は、何らかの形で経営に関与するにとどまります)。

そのため、事業出資の場合は、出資先の会社について、出資者自らが事業を主導することを念頭に置く完全子会社や連結子会社(「やさしく知りたい! 組織内再編でグループ体制をどう変える?」を参照)にするのではなく、持分法適用会社(持分法が適用される会社)として相応に経営へ関与していくかどうかを検討するにとどまることが通常です。

以下で、事業出資の目的ごとに持分法適用会社とするべきか否かという視点で説明します。

1)将来の株式の値上がりによるキャピタルゲインや配当を期待する場合

事業とのシナジーを考えることなく、純粋にキャピタルゲインや配当を期待する場合、関心事は事業の成長性・将来性となります。そのため、財政状態に大きな影響を与えるような新規事業を始めたりはしません。同様に、既存事業を譲渡するなどの事情がない限りは、出資者が出資先の会社の経営に関与することはあまりありません。

また、支配力を得るための株式取得には、相当の投資コストが生じる場合が多いですが、純粋にキャピタルゲインや配当を期待するにすぎない場合は、そこまでのコストは想定しておらず、比較的低コストで一定の影響力だけを持つにとどまることが通常です。

そのため、将来的に自社事業の一つにしていきたいといった事情がない限りは、持分法が適用される会社にして、自社のグループ会社とするようなことはあまりありません。

2)自社で考えている新規事業への参入の第一歩や、既存事業とのシナジーを期待して出資をする場合

上記1)と異なり、自社の事業とのシナジーを期待します。すなわち、通常、出資先の会社が行っている事業が、自社の新規事業としてリスクを取って開始できるものであるか否かの判断や、既存事業とのシナジーを実際に発揮できる可能性があるか否かの判断が難しい場合に、出資先の会社の事業に出資をすることによって、低リスクで興味のある事業に関与していくことができます。

また、自社で検討している事業拡大の方向性が単に既存事業の焼き直しにすぎず、新たなイノベーションを生み出すものではないような場合にも出資が行われます。つまり、既存事業に対してイノベーションを起こすべく、出資先の会社の経営を現経営陣に一任しながら事業に関与することで、自社事業と良い形でコラボレーションをしたり、新たな取引関係を構築し、既存事業を拡大したり(例:取引先・調達先ルートの拡大)できる場合もあります。

この場合、シナジーを期待する自社事業の重要性(主力事業であるかどうか等)や、どの程度深く既存事業と結び付けていくのか(会社の重要なノウハウを開示しながら事業を行うのか等)、将来的にどういう形で新規事業を行っていくことを想定しているのか等によって、出資先への関与度合い(議決権やその他の方法による支配の程度)は変わってきます。

そして、相応に経営に関与し、それに応じた責任を持つような場合(一つの基準として議決権を持株比率ベースで20%以上保有する場合)には、持分法適用会社としてグループ会社化し、損益を連結決算に反映させることになります。一方、それほど経営に深く関与しない場合には、あくまで第三者の出資先会社として、グループ会社化しないということになるでしょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。関連する以下のタイトルも併せてお読みいただくと、より理解が深まると思いますので、よろしければお読みください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年1月17日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

【2020年1月弁護士再監修】委任契約(自己執行義務、履行割合に応じた給付を可能とする規定)〜民法改正と契約書の見直し(11)

こんにちは、弁護士の安田栄哲と申します。シリーズ「民法改正と契約書の見直し」の第11回は、委任契約を中心に扱います。

今回の改正では、委任契約について、1.自己執行義務(復受任者の選任)、2.委任契約が途中で終了した場合の報酬請求権(履行割合に応じた給付の可能化)、3.報酬の支払時期、4.委任契約の任意解除権に関する規定が変更されました。個別に確認していきましょう。

1 自己執行義務(復受任者の選任)

1)復受任者の選任に関する要件の改正

現行民法では、委任契約は、当事者間の信頼を基礎とする契約であるため、受任者は原則として自ら委任事務を処理すべき義務(自己執行義務)を負うと解されていました。受任者が、さらに復受任者(受任者が委任された事務を処理するために自らの名において選任した者をいいます)を選任できるのは、例外的な場合に限られており、その要件は復代理に関する現行民法第104条の規定が類推されると解されていました。

改正民法では、自己執行義務を維持しつつ、復受任者を選任できる要件を、1.「委任者の許諾を得たとき」、または2.「やむを得ない事由があるとき」(改正民法第644条の2第1項)と明記しました。

2)復受任者の権利義務

現行民法では、判例上、委任者と復受任者との関係について、現行民法第107条第2項が本人と復代理人との間に直接の権利義務が生じると定めていることから、受任者と復受任者との間に委任に基づく権利義務関係が成立するとともに、委任者と復受任者との間にも直接の権利義務関係が成立すると考えられていました(最判昭和51.4.9民集30巻3号208頁)。

改正民法では、委任者と復受任者の関係について明文化することとし、復受任者は、委任者に対し、その権限の範囲内で、受任者と同一の権利義務を有することとされました(改正民法第644条の2第2項)。

なお、代理の場合と異なり、自己の名をもって取引を行う問屋や運送取扱営業等については、再委託を受けた問屋は、委任者に対し、当然には直接の権利義務を有しないと解されていましたが(最判昭和31.10.12民集10巻10号1260頁)、改正民法においてもこの解釈は変更されていません。

2 委任契約が途中で終了した場合の報酬請求権(履行割合に応じた給付の可能化)

1)履行割合型と成果報酬型の2類型

現行民法では、受任者に帰責事由がなく委任契約が途中で終了した場合、受任者は既に行った履行の割合に応じて報酬を請求できるとされていました。

改正民法では、報酬が支払われる委任契約を履行割合型と成果報酬型に分けることとし、それぞれ新たな規律を行うこととしました。なお、履行割合型と成果報酬型は、次のような違いがあります。

  • 履行割合型
    事務処理の労務に報酬を支払う場合。例えば、会計作業やその結果の入力事務の処理量に応じて報酬が支払われるような場合をいいます。
  • 成果報酬型
    事務処理の成果に対して報酬を支払う場合。例えば、弁護士に対して訴訟の委任を行い、勝訴の際に成功報酬を支払うとされている場合をいいます。

履行割合型については、受任者は、1.委任事務の履行が不能となった場合や、2.委任契約が途中で終了した場合には、受任者の帰責事由を問わず、既に行った履行の割合に応じて、委任者に報酬を請求できるようになりました(改正民法第648条第3項)。これは雇用契約において、労働者の帰責事由によって雇用契約が途中で終了した場合でも、既に労務を行った期間の報酬請求権が認められていることと同様に考える趣旨です。

成果報酬型については、受任者は、1.成果の完成が不能となった場合や、2.成果を得る前に委任契約が解除された場合、既に行った委任事務の履行の結果が可分で、かつ、その給付によって委任者が利益を受けるときは、その利益の割合に応じて、委任者に報酬を請求することができるとされました(改正民法第648条の2第2項、第634条)。成果報酬型は請負契約に類似する点があり、請負契約において、仕事の一部が既に履行された後に請負契約が解除された場合、既に行われた仕事の成果を分けることができ、かつ、注文者が既履行部分の成果の給付を受けることに利益を有するときは、既履行部分についての報酬請求権を認めた判例(最判昭和56.2.17判時996号61頁)を受けた改正です。

2)委任者の責めに帰すべき場合

改正民法では、報酬請求権に「委任者の責めに帰することができない事由」との要件が課されていますが、これは、当事者双方に帰責事由がない場合と、受任者の帰責事由によって履行不能となった場合を指します。なお、委任者の帰責事由によって委任事務が履行不能となった場合には、報酬全額を請求することが可能です(改正民法第536条第2項)。

改正前と改正後の規定を表で比較すると次の通りです。

履行不能となった帰責事由の所在を改正前と改正後で比較した画像です


メールマガジンの登録ページです

3 報酬の支払時期

現行民法では、委任者の受任者に対する報酬の支払時期は、原則として委任事務を履行した後とされ(現行民法第648条第2項)、例外的に期間によって定めた報酬については、その期間の経過後に請求できるとされていました(同項ただし書、現行民法第624条第2項)。

改正民法では、履行割合型については、現行民法と同様の規定となります。他方で、成果報酬型については、1.成果物の引渡しを要しない場合は、成果物の完成後に報酬の支払を請求でき(改正民法第648条第2項)、2.成果物の引渡しを要する場合は、成果物の引渡しと同時に報酬の支払を請求できるとされました(改正民法第648条の2第1項)。

改正後の報酬の支払時期を示した画像です

4 委任契約の任意解除権に関する規定

改正民法では、各当事者がいつでも委任契約を解除できるとし(改正民法第651条第1項)、1.相手方に不利な時期に解除したとき、または2.受任者の利益をも目的とする委任契約を委任者が解除したときは、やむを得ない事由があるときを除き、相手方に生じた損害を賠償しなければならないと定めました(改正民法第651条第2項)。

5 契約書の見直しについて

委任契約に関する改正において、特に、委任契約が途中で終了した場合の報酬請求権や報酬の支払時期については、いずれも任意規定ですが、次の理由から、契約書の見直しを行うべきと考えられます。

委任契約が途中で終了した場合の報酬請求権について、履行割合型か成果報酬型かにより、報酬請求権が認められる要件や範囲が異なり、いずれになるのかの判断が困難な場合があるため、契約書には途中で契約が終了した際の報酬請求の可否等を明記することが望ましいです。

また、報酬の支払時期について、特に、履行割合型の場合には委任事務の終了時期が不明確となるため、委任事務の終了時期および報酬の支払時期を明記すべきです。

次回は、民法改正に伴うソフトウエア開発委託契約書の見直しについて解説いたします。


あわせて読む
民法改正と契約書の見直し

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年1月7日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

【M&A】完全子会社、連結子会社、持分法適用会社のメリット

こんにちは、弁護士の松下翔と申します。

会社を加速度的に成長させるためには、自社開発、自助努力だけに頼らず、業務提携の検討も必要です。業務提携は、資本的なつながりを持たないものから、持つものまでさまざまなスキームがあります。M&Aは他社と資本的なつながりを持つものです。

M&Aによってグループ会社化し、信頼関係を構築しながら、会社を加速度的に成長させていく場合を念頭に、グループ体制構築の基礎知識を説明します。

1 M&Aという手法について

M&Aによって他社と資本的なつながりを持つ場合に、最もよく利用される手法は株式譲渡でしょう。株式譲渡は、会社の株主の地位である株式を第三者に譲渡し、会社の支配関係を変更することです。

株式譲渡の場合、会社のオーナーが代わるだけですので、これまで会社が行っていた取引には基本的に何も影響が出ません。また、譲渡する株式数によって、会社の株主構成を調整することができます。

そのほか、会社分割、株式交換といった方法を用いて、M&Aを行う場合もありますが、本稿では典型的な株式譲渡を念頭に置いて説明します。

2 完全子会社、連結子会社、持分法適用会社を検討する際の視点

会社を加速度的に成長させるためにM&Aを行う場合、他社との資本提携関係をどのように構築していけばよいのでしょうか。

当方と他社との力関係、それぞれの会社の社風・企業風土等、さまざまなことを考慮して決めていく必要があり、画一的に決めていくことができない難しい側面はあります。

ただ、一般的に1.完全子会社、2.連結子会社、3.持分法適用会社のいずれにすることがよいかを検討する際に持つべき重要な視点には以下があります。

  • 自社にあまり知見がない新規事業、新規開発のためのノウハウを他社から共有してもらいたい
  • 原料の共同調達や販売チャネルの相互活用を通じて協業していきたい
  • 自社に知見があり、自社の規模拡大のためにM&Aを行いたい
  • グループ体制構築後、他社が持っている社風・企業風土をできる限りそのまま活かしたい、他社の経営の独立性を維持しておきたい
  • 経営幹部を役員に派遣するなど、ある程度経営に口出しができる状況にしておきたい
  • 会計上、売上などは取り込まずに他社の利益のみを取り込む形としたい

3 「完全子会社」にメリットがありそうな場合

他社を完全子会社とする場合、基本的には他社の経営の独立を維持したり、社風・企業風土をできる限り活かしたりするというよりは、将来的には自社の経営方針、事業計画に沿って、他社を自社の色にできるだけ染めていくことに重点が置かれているといえるでしょう。

これまで行っていた事業の方向性と、M&Aによって実現したい目的を実行するための方向性が同じ場合に適切といえるでしょう。例えば、次のような場合です。

  • 同業他社にM&Aを行う場合のように、既に知見がある自社の事業の規模拡大に生じる時間と手間の効率性を最大化するために他社に対してM&Aを行う
  • 同業他社を自社に取り込むことでシェア拡大を図る
  • 共同調達や販売チャネルの相互活用を通じて、コストの削減や売上拡大を図る

メールマガジンの登録ページです

4 「連結子会社」にメリットがありそうな場合

では、完全子会社とせずに、連結子会社にとどめる場合とはどういった場合でしょう。

連結子会社は、完全子会社化する場合と異なり、他社には経営の独立性を維持させる場合が多いといえます。例えば、他社が自社の事業と親和性のある新規事業を行っている場合にシナジー効果を狙ってM&Aをする場合、マジョリティを取りつつも、他社の社風や企業風土を尊重し、役員や経営幹部の派遣等を通じて経営に関与するにとどめる場合などが考えられます。

M&Aは、他社の役員や従業員に、時に会社を乗っ取られるという感覚を持たれることがあり、その結果、M&A後の統合作業(PMI:Post Merger Integration)がうまく軌道にのらず、失敗することも少なくありません。そうならないためにも、他社の役員や従業員に対して、会社を支配し、乗っ取られるという感覚を持たれないように、株式をあえて全部取得しない、役員の派遣を半数以下にするなどして、経営の独立性をある程度維持していくことを明確にすることが必要になる場合もあるでしょう。

特に、自社に十分な知見を有しない新規事業を行うための最初の一歩としてM&Aを行い、最終的に自社に知見をストックすることを考えているような場合には、他社とどのような資本提携関係を築いていくかは慎重に検討する必要があります。

5 「持分法適用会社」にメリットがありそうな場合

連結子会社に比べて格段に経営への関与度合いが低くなるのが、持分法適用会社です。持分法適用会社とすることが良い場合とはどのような場合でしょう。

持分法適用会社の場合、通常は役員や経営幹部を一切派遣しない場合も少なくはなく、経営の独立性が強く維持されており、あまり経営への口出しができない場合が多いといえます。それにもかかわらず、M&Aによってグループ化して持分法適用会社とするメリットは主に以下の点にあります。

1)グループ会社化することによるブランド力の向上

他社にブランド力の高い商品がある場合に、そのような会社がグループ会社であることが対外的に知られる機会となり、それにより自社の信用が増したり、自社を消費者に知ってもらうことができる機会になるというメリットが考えられます。

2)技術供与による新製品の共同開発や販売チャネル・共同調達を通じた売上拡充

持分法適用会社において、実質的に最もメリットとなる点はこの点と思われますが、法律上経営に対して影響力を持つことはできません。ただ、役員や幹部の派遣をしていないとしても、若手の交流やさまざまなリソースの共有を通じて、自社にはなかったさまざまな知見を得るきっかけとなることが往々にしてあります。そういったことを通じて新製品の開発につながったり、今までになかった販路への拡大を図ったりできる場合があります。

3)利益の取り込みによる会計上のメリット

持分法適用会社に当期純利益が発生している場合、M&Aを行った会社は、「持分法適用会社の純利益×持株比率」相当額を営業外収益として計上することになります。そのため、連結上の営業利益や経常利益が多くなり、決算上の数値の見栄えが良くなるというメリットがあります。

このような持分法適用会社とすることのメリットを勘案しながら、M&Aを行って他社との資本提携関係をどのように築くのが良いかを検討する必要があります。

M&Aは、自社の中長期経営計画を実現するために行われることが多く、M&Aの成否が会社の将来の成功を大きく左右することも少なくありません。そうであるからこそ、M&Aによって何を実現したいのか、そのためには資本提携関係を築く必要があるのか、どの程度の資本関係を築かなければならないのかをきちんと整理する必要があります。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。次回は事業出資について説明をしていく予定です。また、以下のタイトルも併せてお読みいただくと、より理解が深まると思います。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年1月7日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

M&A時の「のれん」と「負ののれん」について分かりやすく解説

「のれん」とは、M&A(企業買収など)を行ったときに発生する資産で、貸借対照表に無形固定資産として計上されます。「のれん」の意味などを紹介していきます。

1 「のれん」とは何か?

M&Aは、企業が対価を支払って、別の企業や事業の一部を取得することなどをいいます。一般的にその対価は、取得される企業や事業(以下「被取得企業等」)の純資産額(=資産-負債)よりも大きな金額になります。この支払った対価と被取得企業等の純資産額との差額が「のれん」として、取得企業側の貸借対照表に計上されます。

例えば、純資産額10億円の企業を、15億円で買収するケースでは、差額の5億円が「のれん」となります。

のれんの説明画像

なぜ、被取得企業等の純資産額よりも多くの金額を支払うのかというと、それは被取得企業等が持っているブランドやノウハウ、将来の成長性、優れた技術力など目に見えない価値を評価しているからです。

このようにM&Aを機に、今までは決算書に表れていなかった被取得企業等の「のれん(被取得企業等自身が積み上げてきたブランドなどの目に見えない価値。「自己創設のれん」という)」が、取得企業側の決算書に表れることになるのです。

2 もう1つののれん「負ののれん」

ここまで、被取得企業等の純資産額よりも多くの金額を支払うケースの「のれん」について説明してきましたが、もちろん被取得企業等の純資産額よりも少ない金額を支払うケースもあります。この場合の支払った対価と被取得企業等の純資産額との差額は、「負ののれん」といいます。

負ののれんの説明画像

例えば、業績が悪化していたり、多額の賠償請求があるなどの法務リスクを抱えていたりするような被取得企業等に対してM&Aを行う場合には、「負ののれん」が生じるケースがあります。

「負ののれん」が生じるようなM&Aの主な目的には、事業再生の可能性を被取得企業等に見いだしていることがあります。取得企業側にある経営手法や販売網を活用することで、事業を立て直し、将来収益化につなげることができれば、むしろ「負ののれん」が生じるM&Aは、「のれん」が生じるM&Aよりも、会社の業績に与えるプラスの影響が大きくなるのです。

メールマガジンの登録ページです

3 「のれん」計上後の会計処理

M&Aにより、「のれん」が計上された場合には、原則20年以内に定額法(毎年均等額)で償却(費用化)しなければなりません(米国など他国の会計基準では処理が異なります)。なお、償却する期間は20年以内とありますが、20年以内ならば何年に設定してもよいわけではありません。そのM&Aの効果が及ぶ期間が実態に合っているものかどうか、公認会計士などの専門家と相談しながら決めていくことになります。

また、償却期間の途中に「のれん」の価値が著しく損なわれた場合、一時に多額の損失(以下「減損損失」)を計上しなければならない、減損会計の適用対象となります。

なお、「負ののれん」は発生した事業年度に、全額を原則として特別利益(収益)に計上することとなります。

4 経営者が押さえておきたい「のれん」に関するリスクと対応策

「のれん」は、被取得企業等の目に見えない価値であり、本当に金額通りの価値があるのかを客観的に評価することが難しい資産です。

もし、被取得企業等を過大に評価してしまった場合には、割高な買収価額を支払っていることになり、結果として多額の「のれん」が計上されてしまいます。このようなケースでは、M&Aから数年後に、被取得企業等の価値が買収時の見込みを下回ることが多く、期待していた売上が確保できないばかりか、「のれん」の価値が著しく損なわれたことによる減損損失の計上で、業績が圧迫されるリスクがあります。

近年、日本を代表する大企業においても莫大な減損損失が発生し、経営自体を揺るがす事例も出てきています。

このような「のれん」に関するリスクを低減するためには、被取得企業等の価値をいかに正確に評価できるかどうかが肝になります。そのためには、被取得企業等の事業性の評価(ビジネスデューデリジェンス)や、M&Aの経験が豊富な公認会計士などによる財務的・税務的なリスクの詳細調査(財務・税務デューデリジェンス)、弁護士による法務的なリスクの詳細調査(法務デューデリジェンス)を実施した上で、M&Aを行うべきかどうか検討することが大切です。

以上

(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年1月6日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

リース料の算出方法について

書いてあること

  • 主な読者:固定資産の調達方法にリースを検討している中小企業の経理担当者
  • 課題:リース・レンタルの違いがよくわからない
  • 解決策:リースの基本的な考え方から、会計上の取り扱いまでを解説する

1 リースとは

1)リースとは

企業は、製造・販売・事務・管理など、さまざまな目的で経営に必要な設備を調達します。リースというシステムが導入される以前は、自己資金または借入金によってそれら設備を購入により調達していました。しかし、資金力が乏しいあるいは信用力が低い企業などは、設備資金を十分に確保することができません。そこで、設備を「購入する」ことではなく「使用する」ことが設備投資の本来の目的であることに着目し、新たな設備調達手段として米国で1950年代に誕生したのがリースです。

リースとは英語で「賃貸借」を指し、この設備調達手段であるリースは賃貸借を意味するリースと区別するため、「ファイナンス・リース」と呼ばれます。ただし、日本では「リース」の呼称がファイナンス・リースを指すのが一般的です(以下「リース」)。

2)リースと通常の賃貸借の違い

リースは、設備資金を貸し付ける(借りる)のではなく、設備そのものを賃貸する(賃借する)取引ですが、もともと、設備資金調達の代替手段として構築されたもので、その取引の仕組みや契約の内容は通常の賃貸借とは異なっています。

リース事業協会によると、ファイナンス・リースと賃貸借・レンタルとの違いは次の通りです。

画像1

2 リース料の算式

1)リース料の算式

リース料の算式は一般に次のようになっています。

リース料の算式に使用されている項目の内容は次の通りです。

画像2

2)基本額

一般的にリース物件の購入価額から見積残存価額を差し引いた金額で、これがリース料の計算の基本となります。

リース取引における物件の購入価額は、通常の商取引と同じく、ユーザーとメーカー(販売店)の間で決められます。

見積残存価額とは、リース期間が終了した時点で、その物件がどのくらいで売却できるかを見込んだ「物件の処分価値」のことです。この残価の見積もりは、物件の種類・機能によって異なってきます。例えば、自動車・建設機械・工作機械などのように中古市場が確立されている物件では残価が見込まれますが、これら以外の物件では、ほかに転用が利かないものがほとんどであるため、残価は見込まれません。

3)金利

リース会社は、通常、物件の購入資金を金融機関から調達します。この資金には当然金利が伴うので、リース料の構成要素の中でも物件購入価額の次に重要な要素となります。

この金利の算出では、リース料は月額均等払いのため、発生する金利に関しては「元利均等返済方式」によって計算されます。

この利率をいくらにするかがリース料を大きく左右します。

金利はリース会社の調達金利に一定の率を加えたものとなりますが、リース会社は巨額な資金を借り入れており、調達金利は相当低い率となっているのが一般的です。

従って、リース会社は、将来的な金利水準の変動を十分見極めた上で金利を決めています。

4)固定資産税

土地・建物・機械装置などの固定資産の所有者には、固定資産税が課されています。リース物件に対しても同様に固定資産税が課されるので、リース物件の所有者であるリース会社にも所有物件の固定資産税を支払う義務があります。リース料にはこの税金も含まれます。

5)保険料

リース物件には、一般に火災や盗難などによる損害に備えて「動産総合保険」が掛けられています。

この保険料もリース料に含まれます。保険料率は物件の種類によっても異なりますが、大口契約によりかなり割安となっています。

6)管理費(販売管理費)

管理費は、リース会社の販売費および一般管理費のことです。

7)利益

リース会社が確保する「リース会社の利潤」のことです。リース会社の収益は、この「利益」部分をどの程度見込むかによって決定されます。この「利益」部分は、物件金額やユーザーの信用状態によっても差が生じてきます。

3 月額リース料率を使ったリース料の算出

1)リース料の算出例

各リース会社ではリース期間に応じた「月額リース料率」を用意しています。リース期間は基本的に各機器の法定耐用期間よりも短く設定できるため、リース利用者にとっては購入した場合と比べ、早期の償却ができるという利点があります。

図表3は、パソコンやコピー機のような見積残存価額が事実上ゼロの物件に関しての月額リース料率の例です(リース終了時に残価が見込まれる物件はさらにリース料率は低率となります)。

画像3

リース物件の価格にこの月額リース料率を乗ずれば、毎月のリース料が簡単に算出できます。

上記月額リース料率を基に、仮に、モニター・ソフトウエアなどの周辺機器を含むパソコン10台セットの価格合計150万円を5年リースした場合、月額リース料は次の通りです。

  • 150万円×1.818%=2万7270円

5年間では163万6200円(2万7270円×60カ月)を支払うこととなります。同じ計算を3年リースの場合で考えてみると、次の通りです。

  • 150万円×2.937%=4万4055円

3年間で158万5980円(4万4055円×36カ月)を支払うこととなります。

また、リース期間終了後に継続して機器を使用したいと考えた場合、「再リース」によって継続できます。

1年間再リースした場合の再リース料は、目安として1年間で月額リース料並みの料金となります(上記5年リースのケースでは、1年間の再リース料は2万7270円)。

なお、本稿はあくまでリース料の算出などの基本的な考え方をまとめたものです。実際にリース料やリース契約を検討する際は、リース会社から十分な説明等を受け検討を行う必要があります。

2)リース会計基準(日本会計基準)

現在のリース会計基準(日本会計基準)は、2007年3月30日に公表された「企業会計基準第13号 リース取引に関する会計基準」及び「企業会計基準適用指針第16号 リース取引に関する会計基準の適用指針」が適用されています。

リース会計基準の対象となるのは、金融商品取引法の適用を受ける会社およびその子会社や会計監査人を設置する会社およびその子会社となります。

なお、国際財務報告基準(IFRS)では2019年1月1日以後、米国会計基準では2018年12月16日以後から始まる会計年度において、すべてのリース取引について資産計上をする新しいリース会計基準(IFRSと米国会計基準ごとに詳細は異なります)が適用されています。日本会計基準においてもIFRSや米国会計基準との足並みをそろえるため、現在改正に向けた草案作成等が行われています。

一方、中小企業の場合、「中小企業の会計に関する指針」に従って、会計処理することができます。

この「中小企業の会計に関する指針」については、現在「中小企業の会計に関する指針(平成31年2月27日改正版)」が公表されおり、所有権移転外ファイナンス・リース(中途解約不可や、所有権移転条項がないなど一定のリース取引)について、次の2つの会計処理が規定されています。

  • 通常の売買取引に係る方法に準ずる会計処理
  • 通常の賃貸借取引に係る方法に準じて会計処理し、かつ未経過リース料を注記する方法

以上(2020年1月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 仁田順哉)

pj35069
画像:photo-ac

退職給付引当金が引き起こす財務上の問題

書いてあること

  • 主な読者:退職金制度の見直しを検討している経営者・経理担当者
  • 課題:長い間、退職金制度の見直しなどを行っていない企業は、一度、自社の退職金制度に問題がないか、確認をしてみる必要がある
  • 解決策:退職一時金制度を前提に、退職給付会計の概要を簡単に整理した上で、中小企業によく見られる財務上の問題などを解説

1 退職金制度に問題はありませんか?

現在、中小企業における退職金制度が問題になっているケースがあるようです。例えば、中小企業では退職一時金制度を導入している企業が多くありますが、その際の退職金の算定基礎額に退職時の給与を用いていることから、退職金の額が多額になり、必要資金の手当てが十分にできていない企業が見られます。

また、かつては「入社したら、その企業に定年まで勤め上げたい(できるだけ長く働きたい)」という従業員が多かったため、退職金は従業員に対するインセンティブや定着率向上に資する制度として機能してきました。しかし、現在は若年者層を中心に転職をいとわない人が多くなっていることもあり、こうした効果が低下しているといった指摘もなされています。

とはいえ、退職金制度に関する問題は各社各様です。そのため、長い間、退職金制度の見直しなどを行っていない企業は、一度、自社の退職金制度に問題がないか、確認をしてみる必要があります。

その際に大切になるのが、退職金制度に関する会計処理(退職給付会計)や税務上の取り扱いに関する知識です。

退職給付会計の制度は、詳細な定めがなされており、非常に複雑です。本稿では、退職一時金制度を前提に、退職給付会計の概要を簡単に整理した上で、中小企業によく見られる財務上の問題などを紹介します。なお、制度の詳細などについては、公認会計士などの専門家に確認をするようにしてください。

2 退職給付会計の確認

1)退職給付会計の概要

退職給付会計とは、退職以後に支給される給付(退職給付)を扱う会計処理のことをいい、退職一時金や退職年金等が対象になります(退職給付会計の対象については後述を参照)。

通常、退職給付は「退職金規程」などの定めに従って支給されますが、こうした規程を定めており、かつ後述する「退職給付会計の対象」となる制度を導入している企業は、原則として退職給付会計を行う必要があります。

退職給付会計の基本的な考え方は、将来の退職給付のうち当期の企業負担に属する額を当期の費用(退職給付費用)として計上するとともに、引当金に繰り入れ、当該引当金の期末時点での残高を貸借対照表の負債の部に「退職給付引当金」として計上するというものです。

画像1

図表1の退職給付債務とは、退職金規程などに基づいて企業が従業員に対して支給する給付のうち、認識時点(一般的には決算日)までに発生していると認められる金額の総額です。また、年金資産は、企業年金制度に基づき退職給付に充当するために、社外に積み立てられている資産のことをいいます。

退職給付債務のうち、当期の負担に属する額を当期の費用(退職給付費用)として損益計算書に計上し、当該退職給付引当金の残高を貸借対照表の負債の部に計上します。

2)退職給付会計の対象

退職給付制度は、退職一時金制度と企業年金制度(確定給付年金または確定拠出年金)に大別できます。また、この中で、退職給付会計の対象となるのは、原則、退職一時金制度と確定給付年金制度となります。

これらは、将来従業員に支払うべき退職金や年金の額が決まっているため、退職給付会計を通じて、認識時点までに企業が負担すべき金額などを明らかにする必要があります。

一方、確定拠出年金制度は、拠出する掛金があらかじめ確定しており、掛金拠出後は企業に追加負担が生じることはないため、退職給付会計の対象となりません。確定拠出年金の会計処理は、掛金拠出時に掛金を費用処理するのみで終了します。

なお、多くの中小企業が利用している中小企業退職金共済制度や特定退職金共済などは確定拠出型のため、退職給付会計の対象外となり、掛金拠出時に掛金を費用処理するのみで会計処理は終了します。

3 退職給付債務の計算方法の概要

1)「原則法」と「簡便法」

退職給付会計を行う際のポイントの1つは退職給付債務の計算にあります。ここでは、退職給付債務の計算方法の概要を紹介します。

退職給付債務の計算方法には、原則法と簡便法があります。詳しい説明は割愛しますが、原則法は文字通り、原則的に適用する計算方法です。年金数理計算(確率や統計学を中心とした高度な数理知識を活用する計算)を行う必要があるなど、非常に複雑な方法となります。

こうした計算を行うことは、中小企業にとっては事務負担が大きい、信頼性の高い計算をすることが難しいといった問題があります。そのため、中小企業などの小規模企業には、簡便な方法で計算できる簡便法が認められています。

簡便法を適用できる小規模企業とは、原則として従業員数300人未満の企業となります。退職一時金制度における簡便法による計算方法には、次の3つがあります。

2)簡便法による計算方法

1.原則法による計算と比較指数を用いる方法

退職給付会計の適用初年度の期首における退職給付債務の額を原則法に基づき計算し、当該退職給付債務額と自己都合要支給額との比(比較指数)を求め、期末時点の自己都合要支給額に比較指数を乗じた金額を退職給付債務とする方法です。

  • 退職給付債務=自己都合要支給額×比較指数

(注)比較指数=退職給付会計適用初年度期首時点の原則法による退職給付債務額/適用初年度期首時点の自己都合要支給額

2.割引率および昇給率の係数を使用する方法

退職給付に係る期末自己都合要支給額に、平均残存勤務期間に対応する割引率および昇給率の各係数を乗じた額を退職給付債務とする方法です。

  • 退職給付債務=自己都合要支給額×割引率係数×昇給率係数

(注)各係数の算出方法は省略します。

3.自己都合要支給額をそのまま使用する方法

退職給付に係る期末自己都合要支給額を退職給付債務とする方法です。

  • 退職給付債務=自己都合要支給額

中小企業においては、実務上は、上記3つの中で最も容易な方法である「自己都合要支給額をそのまま使用する方法」で計算しているケースが多く見られます。

4 税務上の取り扱いと税効果会計を考慮した仕訳例

1)税務上の取り扱い

退職給付会計では、年度に発生した退職給付費用を計上します。

一方、法人税法上は、退職給付費用計上時には損金算入が認められません(損金不算入)。損金に算入できるのは、実際に退職金を支払ったときとなります。

2)税効果会計を考慮した仕訳例

前述の通り、会計と税務の間では、費用計上の時期に差異が生じます。この点を考慮した上での退職給付引当金を計上したときと、退職金を支払ったときの仕訳例は次の通りです(簡便的に実効税率は30%とします)。

1.退職給付引当金2000万円を計上したときの仕訳例

画像2

2.退職金1000万円を支払ったときの仕訳例

画像3

5 よくある財務上の問題

中小企業における、財務上に起こりがちな主な問題を紹介します。自社の退職金制度を確認する際に参考にするとよいでしょう。

1)適正な会計処理ができているのか

中小企業では、計算に手間が掛かる、決算書上は費用や負債が増加してしまう(決算内容が悪く見えてしまう)といった理由などから、退職給付会計を行っていないケースがあるようです。

また、中小企業退職金共済制度などを利用している場合、退職給付会計を行う必要はありませんが、その給付額よりも退職金規程で定めた支給額が多いとき、その差額は企業負担となるため、その部分については、退職給付会計を行う必要があります。しかし、「中小企業退職金共済制度に加入しているから、大丈夫」と考え、不足額を正確に把握できていないこともあるようです。

退職給付会計は、遵守すべき会計上のルールであることはもちろんですが、退職給付会計を行わないと、企業の退職給付に関する負債を把握できなくなってしまう恐れがあります。

そのため、「退職金の負担が過大になっている」「十分な資金対策が講じられていない」といったような問題があっても、その事実を把握しにくくなってしまいます。

2)将来の資金繰りを勘案しているか

退職給付会計を行うことで、決算書上は企業の退職給付に関する負債を明確にすることができます。しかし、実際にその金額を現金などで別途積み立てているわけではありません。そのため、例えば、短期間に多数の従業員が退職すると、退職金の支給が企業の資金繰りを圧迫する要因となり得ます。

最近は、以前と比べると若年層を中心として転職をする従業員が多くなっています。また、従業員の高齢化が進み、比較的近い将来に従業員が次々と退職するという企業もあるでしょう。

従業員の退職に伴って資金繰りに窮することがないようにするためには、給付予定時期なども踏まえた資金対策が講じられているか確認をしておくことが大切です。

以上(2020年1月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

pj35070
画像:photo-ac

営業権(のれん)の評価と償却の取り扱い

書いてあること

  • 主な読者:M&Aを検討している中小企業の経営者や経理担当者
  • 課題:営業権(のれん)が会社の財政状態にどのような影響を与えるのか知りたい
  • 解決策:営業権の基本的な考え方から、会計上の取り扱いを解説する

1 営業権の評価

1)営業権の定義

営業権とは、特定企業が同種の平均的企業と比較して超過収益力を持っている場合、この超過収益力の一般的要因を価額評価したものを指します。

会社法並びに企業会計は、営業権を個別の権利として規定していませんが、会社計算規則第11条で、「のれん」としての営業権の計上が認められています。なお、ここでは、単体上ののれんを対象としており、連結上ののれんは含みません。

【会社計算規則第11条】
会社は、吸収型再編、新設型再編又は事業の譲受けをする場合において、適正な額ののれんを資産又は負債として計上することができる。

のれんの具体的な内容は、超過収益力を有するための無形の財産的価値を有する事実関係であり、その超過収益力の要因としては、企業の伝統と社会的信用、立地条件、経営の優秀性、優れた技術の保有(秘法や秘伝など)、特殊の取引関係の存在とそれらの独占性(仕入先・販売先・金融機関などとの親密性)、生産設備・技術・人的組織の優秀性(従業員の熟練度・管理者の管理能力・労使の協調性)などを総合一体化したものということができます。

企業会計では企業会計原則・貸借対照表原則5のEと注解25で、営業権を無形固定資産とし、その償却の取り扱いを定めています。

【企業会計原則・貸借対照表原則5のE】
無形固定資産については、当該資産の取得のために支出した金額から減価償却累計額を控除した価額をもって貸借対照表価額とする。

【企業会計原則・注解25】
営業権は、有償で譲受け又は合併によって取得したものに限り貸借対照表に計上し、毎期均等額以上を償却しなければならない。

なお、法人税法上の営業権(資産調整勘定(注))の概念は、かつて他社から購入したものだけを認めていました。その営業権は会計上の超過収益力による営業権の他、「繊維工業における組織の登録権利、許可漁業の出漁権、タクシー業のいわゆるナンバー権のように法令の規定、行政官庁の指導等による規制に基づく登録、許可、割当て等の権利を取得するために支払う費用」を営業権とし、5年間の均等償却を要求しています。

現在では他社購入の営業権に加え、一定の合併等により資産または負債を受けた場合において、移転を受けた法人がその合併等により交付した金銭等の額について調整勘定が生じるときは、その調整勘定は借方勘定の場合は正ののれん(資産)として計上し、20年以内の償却期間で定額法により償却し、貸方勘定の場合は負ののれん(負債)として計上し、原則として特別利益とします。

(注)税法上の営業権については、法人税法と相続税法で名称や取り扱いが異なります。法人税法上では、法人が一定の合併などに伴い生じる「資産調整勘定」に、相続税法上では、一定の相続や贈与に伴い生じる「営業権」になります(詳細は後述)。ここで用いる営業権は法人税法上の資産調整勘定を意味し、会計上の営業権と基本的に同じ概念のものになります。

2)営業権の評価

会社法並びに企業会計が、営業権を認めるのは企業の事業譲渡、合併、吸収分割が行われる際に限られます。ここでは分かりやすいように企業合併(買収)のケースで見てみます。

企業を買収する際、買収対象の企業価値は、時価純資産価額方式を基礎に考えることが一般的です。

画像1

 被買収企業の時価純資産価額方式による企業価額は、次の通りです。

  • イ.資産(A)+含み損益(D)-負債(B)

しかし、この企業価額は資産の時価を合計したものにすぎず、営業権などの価値が含まれていません。一方、営業権を含んだ企業の正しい価値を評価しようとすれば、次の通りです。

  • ロ.資産(A)+含み損益(D)+営業権(E)-負債(B)

通常、被買収企業の価額はイ.ロ.のいずれかで決定します。

ここで「営業権の価額をいくらに設定するか」という問題が発生します。そもそも営業権とは、実際の買収価額から時価による資産と負債の合計を引いた金額としています。つまり、買収企業が被買収企業に対して支払った金額から、被買収企業の時価純資産を引いた金額を営業権の価額としており、会社法並びに企業会計では先に営業権の価額が決定しているという解釈ではなく、あくまで後付け的な曖昧なものとなっています。

実際の買収の場面では、営業権の価額は当事企業間で取り決められます。そのため、買収企業が被買収企業の不動産や生産設備以外に資産的価値を認めない場合は、営業権の価額はゼロとなります。半面、是が非でも買収したい企業の場合には営業権の価額は高く設定されます。

通常、被買収企業は営業権の価額を高く評価しがちです。そのため買収企業が妥当と考える営業権の価額と大きくかけ離れるケースも少なくありません。

なお、赤字企業の場合は同種の平均的企業よりも超過収益力があるとはいえないため、営業権が認められないのが一般的です。ただし、赤字企業であっても特殊な諸権利、強固な販路、高付加価値の商品などを保有し、将来の超過収益が見込める場合は、営業権として認められる場合があります。

3)財産評価基本通達による評価

相続税法上の営業権に係る評価方法は、財産評価基本通達(165~166:第7章「無体財産権」第9節「営業権」)に規定されています。

画像2

画像3

4)寄附または贈与に留意する

営業権に関する課税は財産評価基本通達による営業権の価額が基準となります。被買収企業の営業権を財産評価基本通達による営業権の価額より著しく高く評価し、買収企業が対価を支払った場合は、買収企業は寄附金課税、被買収企業は受贈益課税の対象になります。反対に、財産評価基本通達による営業権の価額より著しく低い価額で買い取った場合には、買収企業は受贈益課税、被買収企業は寄附金課税の対象になることがあるので注意が必要です。

これは税法上、資産の譲渡は時価で行われるのが原則なので、営業権(無形固定資産)の譲渡についても同様に取り扱われているためです。

2 営業権の償却の取り扱い

営業権は無形固定資産なので、当該資産の取得のために支出した金額から減価償却累計額を控除した価額をもって貸借対照表価額とします。

営業権の減価償却については税務上、「無形減価償却資産の耐用年数等に関する省令」によって、営業権の耐用年数は5年と規定されています。なお、その減価償却額は定額法でなければなりません。

以上(2020年1月)
(監修 税理士法人AKJパートナーズ 公認会計士 鬼丸真史)

pj35071
画像:hoto-ac

負担付贈与って何?

書いてあること

  • 主な読者:財産と同時に債務の贈与を検討している人
  • 課題:贈与された資産が何かなどによって、贈与税の計算が異なるなど複雑な仕組みになっている
  • 解決策:負担付贈与の基本的な考え方と主な計算パターンを、事例を交えながら解説

1 負担付贈与とは

負担付贈与とは、受贈者(贈与を受ける人)に一定の債務を負担させることを条件にした財産の贈与をいいます。個人から負担付贈与を受けた場合は贈与財産の価額から負担額を控除した価額に課税されることになります。

この場合の課税価格は、贈与された財産が土地や借地権などである場合および家屋や構築物などである場合には、その贈与の時における通常の取引価額に相当する金額から負担額を控除した価額によることになっています。

また、贈与された財産が上記の財産以外のものである場合は、その財産の相続税評価額から負担額を控除した価額となります。

なお、負担付贈与があった場合において、その負担額が第三者の利益に帰すときは、第三者は負担額に相当する金額を贈与により取得したことになります。

相続税法基本通達には負担付贈与について、次のように定められています。

1)負担付贈与等(相続税法基本通達9-11)

負担付贈与又は負担付遺贈があった場合において当該負担額が第三者の利益に帰すときは、当該第三者が、当該負担額に相当する金額を、贈与又は遺贈によって取得したこととなるのであるから留意する。この場合において、当該負担が停止条件付のものであるときは、当該条件が成就した時に当該負担額相当額を贈与又は遺贈によって取得したことになるのであるから留意する。

2)負担付遺贈があった場合の課税価格の計算(相続税法基本通達11の2-7)

負担付遺贈により取得した財産の価額は、負担がないものとした場合における当該財産の価額から当該負担額(当該遺贈のあった時において確実と認められる金額に限る)を控除した価額によるものとする。

3)負担付贈与の課税価格(相続税法基本通達21の2-4)

負担付贈与に係る贈与財産の価額は、負担がないものとした場合における当該贈与財産の価額から当該負担額を控除した価額によるものとする。

2 贈与税の課税対象金額

繰り返しになりますが、負担付贈与とは、受贈者に第三者に対して一定の給付をすべき債務を負担させることを条件にした財産の贈与をいいます。個人から負担付贈与を受けた場合の課税は贈与財産の価額から負担額を控除した価額に課税されることになります。

例えば、父親から時価2000万円の土地の贈与を受ける代わりに父親の有する借入金1000万円を負担することとした場合の贈与税の課税対象金額は次の通りです。

  • 土地の時価2000万円-借入金1000万円=贈与税の課税対象金額1000万円

3 贈与財産の価額

贈与財産が、「土地等又は建物等」(土地及び土地の上に存する権利並びに家屋及びその附属設備又は構築物)か、「土地等又は建物等以外」の財産であるかで財産の価額の評価方法が異なります。

贈与された財産が「土地等又は建物等」である場合には、その贈与の時における通常の取引価額に相当する金額から負担することとなる債務額を控除した価額によることになっています。「土地等又は建物等」が贈与財産の場合、その価額は相続税評価額ではないのです(相続税関係個別通達(注))。

(注)個別通達、平成元年3月29日(改正平成3年12月18日)「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び家屋等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について」

一方、「土地等又は建物等以外」の財産の場合、その価額は相続税評価額になります。贈与された財産が「土地等又は建物等以外」の財産のものである場合は、その財産の相続税評価額から負担することとなった債務額を控除した価額となります。

国税不服審判所の平成18年12月15日裁決(裁決事例集No.72 218頁)によると、「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び建物等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について」通達でいう「通常の取引価額」は、贈与があったとされる当時の課税の対象となる資産の現況を考慮し、最も合理的かつ適切な評価方法により当時の時価を見いだすべきであり、土地については公示価格に基づいて算出する方法により、また、建物については再建築価格を基準とした価額から、建物の建築時からその経過年数に応じた減価又は償却費の額を控除して算出する方法によるのが合理的かつ最も適切な評価方法であると認めるのが相当であるとされています。

4 第三者の利益

負担付贈与があった場合において、その負担額が第三者の利益に帰すときは、第三者は負担額に相当する金額を贈与により取得したことになります。

例えば、兄に金融機関からの借入金があり、父親の土地がその担保に供されていたとします。その土地が弟に贈与されるに当たり、兄の借入金の返済も弟が引き受ける場合、兄は借入金の分の贈与を受けたことになります。

画像1

5 相続税・贈与税の税率

1)相続税の税率

相続税の税率は次の通りです。

画像2

2)贈与税の税率

贈与税の税率は次の通りです。

画像3

以上(2020年1月)
(監修 税理士法人コレド会計 税理士 石田和也)

pj30081
画像:photo-ac

17年ぶりのガイドライン改定 パソコン業務による健康問題

書いてあること

  • 主な読者:長時間のパソコン業務がある企業の経営者など
  • 課題:この業務による従業員の健康悪化は問題。どうすれば防げる?
  • 解決策:「片方のまぶたがけいれんする」などの症状は、作業環境が原因である可能性が高い。症状を訴える従業員がいたら、付属のチェックシートを使って改善点を確認する

1 アンケートに見るパソコン業務への対応

長時間に及ぶ「情報機器作業」(パソコンやタブレット端末などを使ったデータ入力、文章・画像の編集、監視などの作業)は、眼精疲労、首・肩こり、腰痛、抑うつ症状など、さまざまな不調を引き起こす恐れがあり、社会的な問題となっています。

しかし、全国の経営者に対して行った独自アンケートによると、情報機器作業による健康悪化への対応を「行っている」のは全体の21.0%にとどまり、「健康悪化が認められるが行っていない」のは36.9%という結果になりました。

画像1

「健康悪化が認められるが行っていない」、最も大きな理由は「どんなことをしたらよいか分からないから」の30.6%、次は「対応を進める上での知識・ノウハウがないから」の25.9%でした。

情報機器作業による従業員の健康悪化に問題意識を持ちつつも、情報不足により具体的な対応策を見いだせない企業が多いことが分かります。

画像2

一方、対応を講じている企業に具体的な対応策を聞いてみたところ、最も多かったのは、「照明・採光の調整・管理」の58.3%、次は「デスク(作業台)や椅子の改善」の56.5%でした。

画像3

必要な対策は作業環境などによって異なりますが、具体策を検討する上で参考になるのは、実に17年ぶりに改定された「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(以下「ガイドライン」)です。

2 17年ぶりに改定されたガイドラインのポイント

ガイドラインは、2002年4月に公表された「VDT(Visual Display Terminals)作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を、近年の情報機器の多様化などを踏まえて、17年ぶりに改定したものです。

ガイドラインは、産業医学や人間工学などの知見に基づき、適切な採光条件や作業時間などを具体的に示しており、産業医による職場巡視の際などに、チェックの基準となります。

ガイドラインの改定のポイントは、情報機器作業において、「拘束性のある作業」を健康悪化の最も大きな原因としたことです。拘束性のある作業とは、次の通りです。

  • 【拘束性のある作業の定義】
    1日に4時間以上情報機器作業を行う者であって、次のいずれか
    • 作業中、常時ディスプレイを注視、または入力装置を操作する必要がある
    • 作業中、自身の裁量で適宜休憩を取ることや作業姿勢を変更することが困難である

ガイドラインでは、上記のような作業者に対し、事業者は、適切な作業環境管理などの他、配置前および1年に1回、「業務歴」「既往歴」「自覚症状の有無」「眼科学的検査」「筋骨格系検査」について健康診断を実施することとしています。

これら情報機器作業に関する健康診断は、一般的に「VDT健診」などと呼ばれます。VDT健診では、受診者ごとに眼や首・肩などに関するアドバイスや、作業環境の改善点の指摘などを行ってくれることが多いようです。

■情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン(厚生労働省「職場における労働衛生対策」ページの「情報機器作業」にアップされています)■
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei02.html

3 パソコン業務が原因かどうかを見分けるには?

VDT健診を実施している医療機関へのヒアリングによると、「VDT健診を依頼する企業や、情報機器作業による健康悪化を訴える人はかなり増えている。ただし、拘束性のある作業に従事して、健康悪化の症状を訴えている人でも、本当に作業環境の改善が必要なレベルではない場合も多い」(*)とのことです。

(*)2019年12月13日時点

では、どのような症状がある場合に、VDT健診を受診したり、作業環境の改善が必要になったりするのでしょうか。同医療機関へのヒアリングによると、次の自覚症状がある場合、作業環境の改善項目が見つかる可能性が高いとのことです。

  • 【作業環境などが要因となっている可能性が高い症状】
    次のいずれかの症状が、睡眠をしっかり取った翌日も改善しない場合
    • 午後にかけて、眼の奥に痛みを感じる
    • 午後にかけて、眼を開けていたり、物を見るのがつらい
    • 片方のまぶたがけいれんする

上記のような自覚症状を訴える従業員がいたら、原因となっている作業環境を洗い出し、改善していきましょう。

4 【チェックシート】あなたの職場の問題点と改善策

ガイドラインなどを基に、健康悪化の原因になりやすい作業環境と、その改善策の例をチェックシートにまとめたので、ぜひご活用ください。

なお、産業医業務を受託している企業へのヒアリングによると、「工場など製造現場の執務スペースや、小売業のバックオフィスなどは、照明や採光、デスク(作業台)や椅子などの作業環境が整っていないことが多い。ただし、情報機器の数が多くないので改善されやすい」(*)とのことです。

一方で、「パソコン業務が多い企業では、照明や採光、デスク(作業台)や椅子などは整っているものの、姿勢や連続作業時間など、自助努力で改善できる部分が整っていないことが多い」(*)とのことです。

(*)2019年12月13日時点

画像4

5 ノートパソコンでの作業は特に注意

前述した産業医業務を受託している企業へのヒアリングによると、「最近は、フリーアドレスで、従業員がノートパソコンを使う事業所が増えている。ノートパソコンでの作業は姿勢が悪くなりやすい」(*)とのことです。

(*)2019年12月13日時点

日本人間工学会「ノートパソコン利用の人間工学ガイドライン」によると、ノートパソコンでの作業の際には、次のような点に特に注意が必要とされています。

  • ノートパソコンを狭いデスク(作業台)に置いたり、資料を横に置きながら作業したりすることで、ねじれ姿勢になりやすい
  • ノートパソコンはディスプレイとキーボードが一体化しているため、前かがみになり、眼との距離が近くなりやすい
  • キーが小さかったり、作業スペースが十分でない場合、手首が外側へ曲がった窮屈な姿勢になったり、手首に対して指先側が外側へ曲がりすぎたり(尺側変位)、手首から先が上方向(背屈)あるいは下方向(掌屈)に曲がりすぎたりしやすい

このような状況で作業している従業員が見られる場合は、正しい作業姿勢を図解したチラシなどを用いて、自助努力による姿勢改善を促しましょう。

また、キーボードが小さすぎると感じる従業員のために、外付けキーボードを用意しておくのもよいでしょう。

以上(2020年1月)

pj40040
画像:pixabay