徳川家康(武将)/経営のヒントとなる言葉

「勝事(かつこと)ばかり知(しり)てまくる事をしらざれば害其身(そのみ)にいたる」(*)

出所:「東照公御遺訓」(久能山東照宮ウェブサイト)

冒頭の言葉は、

  • 「敗北から学び、逆境を乗り越えた者が、最終的に大きな成功をつかむ」

ということを表しています。

織田信長(おだのぶなが)、豊臣秀吉(とよとみひでよし)とともに、戦国の三英傑の1人に数えられる家康。「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥(ほととぎす)」という言葉でも知られ、三英傑の中でも特に忍耐強い武将というイメージがあるかもしれません。

しかし、生来の家康は、実はとても気が短い人物だったといわれています。家康の気の短さを象徴する戦(いくさ)の1つに、武田信玄(たけだしんげん)と対峙した三方ヶ原(みかたがはら)の戦い(1572年)があります。

この戦で、家康は上洛を目指す信玄が、敵である自分の居城を攻めずに素通りしようとしたことに腹を立て、兵力差があるにもかかわらず、武田軍に攻撃を仕掛けてしまいます。結果は大敗、家康は多くの家臣を失いながら、命からがら城へと逃げ帰ります。自分の短気な性格のせいで大きな敗北を味わった家康は、後年この戦での憔悴(しょうすい)した姿を肖像画として描かせ、自分への戒めとして生涯離さなかったといわれています。

信玄の死後、家康は同盟を結んでいた信長とともに武田氏を滅ぼし、大大名となりますが、本能寺の変(1582年)で信長が討たれると、その家臣である秀吉への臣従を余儀なくされます。しかし、家康はその立場を受け入れ、10年以上もの間、自分が天下を取るチャンスを虎視眈々(たんたん)と待ち続けたのです。

家康の中には、「気の短さを克服しなければ、三方ヶ原の戦いのような敗北を再び味わうことになる」という思いが少なからずあったのでしょう。過去の敗北を決して忘れまいとする家康の姿勢は、次の言葉からもうかがい知ることができます。

「こころに望(のぞみ)おこらば困窮したる時を思ひ出(いだ)すべし」(*)

秀吉の死後、家康は関ヶ原の戦い(1600年)で、秀吉の家臣だった石田三成(いしだみつなり)を倒し、征夷大将軍に任命されます(1603年)。武家としてトップの地位を手に入れた家康でしたが、豊臣家とこれに従う多くの大名が依然として天下取りの障害となっていました。そこで家康は、豊臣家を滅ぼす大坂冬の陣・夏の陣(1614年・1615年)までの間、再び忍耐の時期を過ごすことになります。

家康は征夷大将軍に就任した時点ですでに60歳を超えていました。「人生50年」といわれたこの時代に、高齢の身でチャンスを待ち続けるのは、勇気のいる選択だったかもしれません。しかし、短気な性格のせいで失敗した経験を忘れず、耐え忍んだことが、最終的に家康を天下人に押し上げ、250年以上にわたる江戸時代の礎を築いたのです。

ビジネスでも、競合の動きを見るためなど、あえて「待ち」に徹し、耐え忍ばなければならないときがあります。しかし、経営者にとって「待ち」に徹するというのは、ある意味、行動を起こすよりもつらいことです。

行動を起こせば、それに応じて何らかの結果が返ってきます。結果が良ければ「自分の行動は正しかった」、悪ければ「改めるべきところがあった」と振り返ることができるでしょう。

一方、「待ち」に徹するというのは、競合の動きなどに目を光らせながら、将来の成功のための下準備を進めることです。この下準備は、短期的に結果を出すためのものではないため、経営者は「『待ち』に徹するという選択が本当に正しいのか」について、確信を持つのが難しいのです。これはとても怖いことです。また、経営者が大きな行動を起こさない状態が続けば、「なぜ社長は動かないんだ……本当に大丈夫なのか?」と言い出す社員も出てくるでしょう。

そうしたとき、経営者に試されるのは「自分の直感を信じ抜く勇気」です。経営者がこれまでの人生で培ってきたビジネスの経験値は、並大抵のものではありません。たとえすぐに答えが見えなくても、自分の信じたタイミングが来るのを待つのです。

忍耐はいつか実を結びます。成功をつかんだときは、経営者は社員の手を取って「『待ち』に徹したかいがあった」と喜びを共有しましょう。社員は思うはずです。「この社長についてきてよかった」と。そのときこそ、「ここまで一緒に耐えてくれてありがとう」と、社員に心からの感謝を伝えることを忘れてはなりません。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

とくがわいえやす(1542〜1616)。三河(みかわ)国(現愛知県)生まれ。豊臣秀吉(とよとみひでよし)没後に関ヶ原の戦いにおいて東軍を率いて、石田三成(いしだみつなり)と対戦し、勝利。征夷大将軍に任じられ、江戸幕府を開く。

【参考文献】

(*)「東照公御遺訓」(久能山東照宮ウェブサイト)

以上(2020年1月)

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画像:Josiah_S-shutterstock

【朝礼】「裏メニュー」が出てくる関係の作り方

私は、旅行をしたときや、新しいお店で食事をするとき、積極的に地元の人や店員に話しかけるようにしています。

先日の出張でもそうでした。次のアポイントまで少し時間が空いたので、私は小さな川沿いの道を歩いていました。そのときはまだ、私にとって何の変哲もない小川です。少し歩いて喉が渇いたので、私は川沿いにあるカフェに入りました。そのカフェには小さな美術館が併設されていて、ちょっと変わった空間でした。

コーヒーを注文するとき、「美術館が併設されているなんてすてきですね」と、店員に話しかけたところから会話が始まりました。その店員は、なんと美術館の館長で、小川や展示物のことをいろいろと教えてくれました。例えば、小川には、秋になると鮭が帰ってくるそうです。また、川辺には季節ごとに美しい花が咲き、展示物はそうした自然をモチーフにしているとのことでした。

館長の話を聞いたことで、何の変哲もなかった小川が、一気に特別なものになりました。鮭が帰ってくる様子や、季節の花が咲き誇る景色を想像するのは楽しいものです。同じ時間を同じ場所で過ごすとしても、経験に格段の深みが増すことが分かると思います。

飲食店でも同じです。「おいしいですね」「丁寧な接客をありがとう」と伝えることで、店員はお店の歴史や大切にしていることを教えてくれたり、ちょっとしたサービスをしてくれたりします。

皆さんの中には、店員に気軽に話しかける私の姿を、“オヤジ臭い”と言う人がいます。店員が女性の場合は余計に、「私がその店員と話したいだけ」だと思うのでしょう。そう言われると、私は「なんて発想力がないのだ。もったいないな」と思ってしまいます。

日本では、黙っていても金額なりのサービスが受けられます。しかしそれは、マニュアル通りの、何の変哲もないサービスです。一方、いきつけの飲食店で「裏メニュー」が出てくることがありますが、いきなり出てくるわけではありません。店員と仲良くなり、「作ってほしい」「食べてみたい」などと、こちらからお願いしたからこそ出てくる、特別なサービスなわけです。

商談相手に、「予算がない」と紋切り型の断り文句を言われ、諦めている人はいませんか。無機質に断られてしまうのは、こちらも決まり切ったマニュアル通りの営業しかできていないからです。相手は予算を持っています。ただ、「私たちにその予算を使おう」と思ってくれていないだけなのです。相手にとって、皆さんは何の変哲もない営業担当でしかありません。早くそこから脱し、特別な存在になりましょう。相手が求めることを考えるのが基本ですが、いきなりビジネスの話をしているようでは駄目で、会話の広がりが大切なのです。どうすればよいのか。そのヒントは、飲食店の店員との気軽な会話にあることも少なくないのです。

以上(2020年1月)

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画像:Mariko Mitsuda

部下が辞めない叱り方/若手社員が採用できる、辞めない職場づくりのヒント(5)

1 アナタは、部下を叱れますか?

  • 「キツく叱ったら、翌日から会社に来なくなった」
  • 「ミスを指摘したら、思った以上に部下が傷ついてしまった」
  • 「パワハラが気になって指導がしにくい」

マネジメント層の方から、こんな声をよく聞きます。

パワハラ、メンタルヘルス、ブラック企業……。こんな言葉がニュースをにぎわせる昨今、いつ自分が当事者になるか分からないとすれば、ついつい腫れ物に触るようなマネジメントに終始してしまう上司にも、同情の余地はあります。

だからといって、もちろん部下を甘やかしていいわけではありません。部下がミスを犯したなら、間違いを正すのがオトナの役目。しかし、一歩間違うと辞めるに直結してしまう。怒られ慣れていない若者をどう叱ればいいのか。昨今、「叱る」は、一触即発の難しいコミュニケーションともいえます。本稿では、拙著「なぜ最近の若者は突然辞めるのか」をもとに、部下に響く叱り方について解説します。

2 居心地のいい職場

昨年、組織マネジメントやチームビルディングの領域においてバズワードとなったのが「心理的安全性」という心理学用語でした。前回の寄稿でも触れましたが、意味合いとしては、“他人の反応におびえたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境”を指しています。

ビジネスシーンにおいては、“本来の自分とは大きく異なる仕事用の人格を演じることではなく、普段通りのリラックスした状況で仕事に臨むことができる状態をつくること”が、心理的安全性の提供につながるとされます。ものすごくシンプルに解釈すると、従業員にとって「居心地のいい職場」をつくりましょうということです。

最も有効な処方箋のひとつが「褒め」です。承認欲求が強いとされる最近の若者をうまく褒めることは、マネジメントにおける最重要テーマともいえます。私も常々、講演や研修などでは、SNSで「いいね!」を押す感覚で、細かいことでもリアルタイムに褒めましょう、というプチ褒めを推奨しています。

3 失敗したくない若者

話は少し脱線しますが、「ドクターX」というテレビ番組をご存じでしょうか。米倉涼子さん扮する女医が、毎回自信満々に「ワタシ、失敗しないんで!」というセリフを決めます。最近の若者は、その真逆。「最近の若者は失敗を怖がる」「最初に行動することをちゅうちょしがち」という声をよく聞きます。

ここにもSNS世代の特徴が表れているのです。彼らは、SNSで「常に誰かに見られているリスク」を念頭に置いてコミュニケーションを取る習性が身についています。「こんな投稿をしたら、どんなふうに思われるか」「批判を浴びることにならないか」「友達に嫌がられないか」などと、いつも神経をすり減らしながら投稿しているわけです。

一度炎上してしまった投稿は、削除したところですでに手遅れ。写真のコピーや投稿画面のキャプチャ画像があっという間に増殖して、ネット上では半永久的にさらされ続けることになります。ちょっとした間違いによって、「黒歴史」や「デジタルタトゥー」といった消えない負の遺産を背負ってしまう……。そんな意識が、若者の行動を保守的にしてしまっているのです。

結果、最近の若者は、職場でも「同僚からバカにされないだろうか」「上司から叱られないだろうか」などと、極度に周囲の目を気にしながら過ごしています。

4 「怒る」を「叱る」に変えられるか

こんな話をしていると、ますます部下の失敗を正すことが難しく思えてきます。しかし褒めるだけでは、ぬるま湯のような環境にしかなりません。それは、本来の意味で心理的安全性が提供されているのとは異なります。

だからこそ、正しい叱り方を習得する必要があるのです。端的にいうと、「怒られた!」じゃなく「叱ってもらえた!」と、部下に感じてもらえるようなコミュニケーション。これに尽きます。

では、どうすれば「怒る」を「叱る」に変えることができるのでしょうか。

  • 1stSTEP~怒りを予防すること
  • 2ndSTEP~怒りの衝動をコントロールすること
  • 3rdSTEP~怒りの基準を明確に提示しておくこと

このように、叱り方のマネジメントは3段階に構造化して捉えることができます。ここからは、その具体的なメソッドを紹介していきます。

5 怒りの予防は、価値観の理解から

怒りを予防することとは、そもそも怒りが湧いてくる状態をつくらないようにすること。まず必要なのは、若者の価値観に近づくことです。彼らの行動原理が理解できれば、少なからず、「あ、そういうことか」という共感が生まれます。

例えば、「今の若者はオフィスの電話を取らない」という嘆きの声をよく聞きます。確かに「3コール以内で電話を取れ!」と教えられてきたオトナ世代からすると、イラっとしますよね。しかし、彼らの育った環境をよく考えてみてください。今の若者世代にとって、電話といえば自分の携帯電話。電話とはパブリックなものではなく、極めてプライベートなツールなのです。だから、オフィスで電話に出ないのは、ボーッとしているわけではなく、「勝手に電話に出ていいの?」という思考回路が働いているのです。

このように、彼らの行動原理を少しでも理解できるようになるだけで、怒りポイントは相当減りませんか。

6 定期的な1on1面談のススメ

最近、職場において「1on1」といわれる個人面談の重要性が語られていますが、こうした定期的な面談も怒りの予防に有効です。改まった場を作って、きちんと面談することで、コミュニケーション不足が解消されます。

忙しいと、つい“言わないでも分かってもらえるだろう”となりがちですが、それがミスやトラブルのもと。コミュニケーション量が増えれば、当然、お互いの意思疎通がスムーズになります。

部下が仕事を通じて直面した課題、悩みを上司と共有する場で、その体験に適切なフィードバックを提供できれば、ミスやトラブルの芽を摘むことができます。こうして部下が取り組むべき課題が明確になり、そこから学ぶ習慣ができる。そんな経験学習のサイクルが自然と回っていくようになることで、部下が成長してくれれば、怒りの気持ちが湧いてくる機会は激減するはずです。

7 怒りのコントロール~怒りは6秒しか続かない!

次のステップは怒りのコントロールです。人間が爆発的な怒りを感じ、その感情が持続するのは、たったの6秒ほどだそうです。だから怒りを感じたらまずは6秒間我慢する。この6秒ルールで、怒りの衝動は相当収まってきます。

とはいえ、実は6秒って意外と長く感じるもの。だからやり過ごすために、ちょっとしたワザを用います。例えば難しい計算をしてみるとか、自分の怒りに点数をつけてみるとか。 あるいは、自分の好きなタレントさんの名前とか、飼っているペットの名前とか、なんでもいいのですが、イラっとした瞬間に唱える言葉を決めておくというのも手です。いずれにせよ、冷静になれるようなルーティンをひとつ持っておけばいいのです。

そして6秒たった時点で、クールダウンした頭で怒るべきかどうかを見極めればいいのです。冷静になってみて、怒るまでもないことだと感じられれば、それは無駄な怒りだったということで、怒りを回避できます。

あるいは、6秒たって考えても怒るべきだと選択した場合でも、その怒り方がかなり違ってくるはずです。感情的に怒鳴るのではなく落ち着いて怒る。これがまさに「怒る」から「叱る」に変わる第一歩です。

8 怒りの基準を明確に~イエローカードを出すときは、ブレずに!

そもそも人が怒りを覚えるのは、“自分としてはこうあるべきだ”というこだわりが破られたときです。その自分の「べき」を、「許せる範囲」「なんとか許せる範囲」「これは許せない範囲」と線引きしてみましょう。そうすると、自分のイラっとする基準が分かってきます。

例えば「今日中に提出しなさい」と指示した資料が、出てくるのがいつになったら、あなたはイラっとしますか? 定時を過ぎたらでしょうか。あるいは、0時を過ぎたらでしょうか。どちらでも構わないのですが、まずは「これを破ったらイエローカード」という基準を自分で設定することが重要です。そして、そのルールを部下に明示しておきましょう。これが「怒る」を「叱る」に変える大きなポイントになります。

しかし実際には、このルールがブレている、あるいはルールが示されていないケースが実に多いのです。あるときは定時を過ぎても叱らなかったり、あるときはギリギリ時間内に提出したのに叱ったり。もしくは「今日中」がいつなのか、はっきり提示していなかったり。つまり、ルールが微妙に変わっていることが多々あるのです。

こうしたブレた怒り方は、若者にとっては理不尽な怒りとしか映りません。審判に抗議するサッカー選手を思い描いてください。ファウルの判定基準が曖昧だと、いくらイエローカードを出しても試合は落ち着かず、むしろ荒れ試合になって退場者が続出します。逆に、事実に基づく判定基準がしっかりしていれば、若者は素直に話を聞いてくれますし、ファウルを犯さないように努めるようにもなります。

9 ダメ出しとフォローのツンデレ効果

最後は、叱り方の複合技についてお伝えします。たとえ納得の理由で叱られたとしても、しょっちゅう叱られていると、さすがに自信を失ったりします。特に若者は「そんな自分が嫌だ」とか「いつも叱られているダメなやつだと思われたくない」という自意識が強めです。ダメ出しの言いっ放しは、どんどん二次被害を生んでしまいます。否定されると言われたほうは萎縮してしまうからです。またダメ出しされるのを怖がってしまって、意見を言うのが苦手になったり、自分なりのチャレンジをするのが嫌になったりしてしまいます。

「私には無理」「僕には向いていない」と思い込み、「辞める」につながりかねません。これでは「心理的安全性」からは真逆のループです。そんな彼らには「ダメ出し」と「フォロー」をセットにします。若者っぽく言うなら「ツンデレ」でしょうか。

「提出時間を過ぎてるぞ。ダメだよ、決められた時間内に出さないと(ツン)。中身はよくできているんだから、もうちょい早くできたら完璧だな!(デレ)」。こんな具合です。ダメなことはダメとはっきり言わねばなりません。しかし「プチ褒め」をくっつけることも忘れないようにします。注意ができないとマネジメントが難しくなるばかりですが、ちょい足しでフォローを入れるとやりやすくなります。

10 まとめ

職場の心理的安全性を高めることが重要とされる中、承認欲求を満たす、イコール褒めるマネジメントが有効であることは言うまでもありません。しかし、上司としては、当然ながら、叱らなければならない局面もあります。「同僚からバカにされないだろうか」「上司から叱られないだろうか」などと、極度に周囲の目を気にしながら過ごす若者に、どう接すればよいのでしょうか。

それは、まさに「怒る」を「叱る」に変えることです。無駄な怒りをなくす、怒りの基準を明確して伝える。怒鳴るのではなく、「こうしてほしい」というリクエストの形で伝えることができれば、職場が劇的に変わるはずです。ぜひ実践してください。

以上(2020年1月)
(執筆 平賀充記)

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画像:NDABCREATIVITY-Adobe Stock

絶対にプレゼンテーションを成功させるための事前準備

書いてあること

  • 主な読者:プレゼンテーションを担当する若手社員、営業担当者
  • 課題:プレゼンテーションが苦手、何を準備したらよいか分からない
  • 解決策:プレゼンテーションの段階やシーンによっても目的が違うので、目的に合った準備を怠らない。本番を想定した練習を繰り返し行う

1 プレゼンテーションへの苦手意識は準備で拭い去る

ビジネスシーンでは、プレゼンテーション(以下「プレゼン」)が頻繁に行われます。

しかし、「上手に話せなかったらどうしよう」「自分の提案が的を外していたらどうしよう」など、不安な気持ちが膨らみ、プレゼンに対して苦手意識を持つ人も少なくありません。

こうした不安をなくすためには、「何が起こっても大丈夫」と思えるように万全の準備をするしかありません。ここでは、絶対にプレゼンを成功させるために必要な準備のポイントを紹介していきます。

2 プレゼンの目的を理解する

1)シーンによる目的の違い

プレゼンは主に、次のようなビジネスシーンで行われます。

  • 新規見込み顧客の窓口担当者に対する商品・サービス(以下「商品」)の提案
  • 既存顧客の部門長などに対する新しい商品企画の提案
  • 商品を実際に利用している既存顧客先の従業員に対する商品の利用方法の説明
  • 自社役員に対する新しい商品企画の提案
  • 自社の部門長に対する生産性向上のための業務改善案の提案
  • プロジェクトチームのメンバーに対する新商品の営業方針の提示

シーンによって、プレゼンの目的は異なります。例えば、新規見込み顧客の窓口担当者に対する商品の提案におけるプレゼンでは、「自社商品の購入を決定してもらう」ことが目的になります。

一方、プロジェクトチームのメンバーに対する新商品の営業方針の提示では、「メンバーに営業方針を正しく理解してもらう」ことが目的になります。

2)プレゼンの段階による目的の違い

「初めて行うプレゼンなのか」「何度目かのプレゼンなのか」という、プレゼンの段階によっても目的は異なります。例えば、新規見込み顧客に対して初めてプレゼンを行う場合、「まず、自社と自社商品について理解を深めてもらう」ことが目的です。

一方、既に何度かプレゼンを行っており、今回が最終プレゼンとなる場合には、「意思決定者に購入を決定してもらう」ことが目的となるでしょう。

3)プレゼンの目的を理解するためのチェックシート

プレゼンの目的を理解するために、プレゼンの聞き手や目的などをまとめたチェックシートを活用するとよいでしょう。プレゼンの目的を理解するためのチェックシート(例)は次の通りです。

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3 プレゼンの内容を決める

1)伝える内容を検討するための情報収集

1.聞き手の状況

こちらの意図をきちんと伝えるために必要な情報を収集します。

例えば、新規見込み顧客の窓口担当者に対する商品の提案のプレゼンでは、聞き手である窓口担当者が、自社商品と同じタイプの他社商品を利用したことがあるか、また利用したことがある場合はその印象について事前に確認しておきます。

通常、新規見込み顧客の窓口担当者に対する商品の提案では、自社商品について説明することになります。しかし、仮に聞き手が他社商品を利用したことがあり、しかも何らかの不満を感じていることが分かっていれば、自社商品の基本的な説明はほどほどにして、他社商品に対する自社商品の優位性を強調したほうが印象が強くなります。

2.プレゼンの条件

聞き手の人数、プレゼン時間、会場の広さ(聞き手との距離や自分の立ち位置など)、設備(プロジェクター・ホワイトボード・マイクなど)などについて、事前に確認しておきます。プレゼン時間が短い場合は伝えたいポイントを絞る、プロジェクターがない場合はフリップを用意するなど、条件に合わせた対応が必要になります。

2)構成の決定

一般的なプレゼンの構成は「序論・本論・結論」です。

序論では、今回のプレゼンのテーマや話の流れを示した上で、本論へ導くための問題提起を行います。問題提起を行う場合は、その裏付けとなる統計データなどを示すと説得力が増します。

また、プレゼンは「『つかみ』が肝心」と言われることがあります。序論の段階で聞き手を引きつけるために「〜のような問題があるのをご存じでしょうか?」などの形で疑問を投げかけたり、最初に「今回の提案によって、貴社の抱える問題がスムーズに解決できます」と結論を先に述べる方法などがあります。

本論では、プレゼンの「肝」を伝えます。本論は、プレゼンテーターが最も伝えたい部分であるため力が入りますが、あれもこれもと盛り込み過ぎると、話が長くなり、聞き手が退屈します。「少し話し足りないな」と感じるくらいがちょうどよいものです。また、プレゼンに慣れてきたら、聞き手に質問するなど参加型にしたり、ちょっとした小話で笑いをとったりするなどして、聞き手を退屈させないような工夫を行うとよいでしょう。

結論は、プレゼンの結びのパートです。序論・本論で述べたことを簡潔にまとめる、重要なキーワードを繰り返す、序論・本論で述べたことを実現した場合に考えられる明るい未来の姿を提示する、などといった内容になります。また、本論から結論に移る際に質疑応答の時間を設け、聞き手の疑問を解消した上で結論に入ってもよいでしょう。

3)資料の内容の決定、作成

プレゼンの構成が決まったら資料を作成します。資料は、パワーポイントなどを使って作成するのが一般的です。拡大している様子を示したいときは右上がりの矢印を大きく見せるなど、伝えたいことを図やイラストを使ってイメージさせるように作ると効果的です。アニメーションなどをうまく使って動きのある資料にするのもよいでしょう。

また、資料を作成する際は、情報量に注意しましょう。小さな文字がめりはりなく羅列されているような資料だと読む気がしません。資料は「重要なポイントが一目で分かるレイアウト」「1ページに盛り込む内容は1つだけ」などを心掛けて作成します。

4 プレゼンの練習をする

プレゼンスキルを上達させるためには、とにかく、本番を想定して繰り返し練習をすることが基本です。何も見ないでもスラスラと言葉が出てくるようになるまで練習しなければなりません。とはいえ、まとまった練習時間を取りにくい場合もあります。そういうときは通勤電車の中や入浴中など、すきま時間をうまく使ってプレゼンの練習に充てるとよいでしょう。

練習をするときには、必ず時間を計り、話す速度や間の取り方を覚えていきます。また、誰でも、話し方・立ち方・視線の配り方などに癖があります。それを客観的に把握し、必要に応じて直していきましょう。スマートフォンやデジタルカメラなどを活用して自分の話している姿を録画してチェックし、良くない癖は直すように心掛けましょう。また、上司や同僚、家族などの前でプレゼンを行い、印象や良くない点を教えてもらうのもよいでしょう。質疑応答の時間も設ければ、質問への回答も練習することができます。

5 プレゼンの成功に王道なし

プレゼンを成功させるために必要な準備のポイントを、「プレゼンの目的を理解する」「プレゼンの内容を決める」「プレゼンの練習をする」といった3つの切り口で紹介してきました。

プレゼンは何度練習しても緊張するものですが、本気で準備していれば、「自分はこれだけの準備をしてきたのだ」という自信につながり、「失敗したらどうしよう」という不安は解消されていくものです。

プレゼンした結果、こちらの提案が聞き手に受け入れてもらえるか否かはその時点では分かりません。しかし、事前にしっかりと準備していればプレゼンの質は確実に向上し、聞き手にこちらの提案を受け入れてもらえる可能性が高まります。

プレゼンの成功に王道はありません。地道に努力し、しっかりと準備することが、プレゼンを成功に導いてくれるでしょう。

以上(2020年1月)

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画像:pixabay

【弁護士監修】知的財産権の侵害。御社は加害者にも被害者にもなる

日ごろからスタートアップ支援をされているのぞみ総合法律事務所の3名の弁護士に、創業間もない時期に抱えがちな法務トラブルと、それを避けるための方法や対応についてお話しいただいた内容をまとめたシリーズです。

第5回のテーマは、知的財産権の侵害です。

りそなCollaborare事務局(以下「事務局」)

スタートアップにとって、知的財産権も重要なテーマではないかと思います。

結城弁護士

知的財産権の侵害も、創業期の間もないころに起こりがちなトラブルです。自社のウェブサイトや営業資料を作成する際、他者の権利、特に知的財産権を侵害してしまうことが少なくありません。スタートアップの方々、特にネット系のビジネスに身を置く方々はITやウェブがとても身近にあり、ウェブ上にある写真や音楽などのデータを使うことに慣れています。

そういう感覚で、ビジネスの現場でも、法務ではない担当者が、ウェブ上の情報を使って自社のウェブサイトや営業資料などをつくってしまうことがあります。悪気はないのですが、結果として他者の著作権を侵害したり、あるいは著名人の画像などを勝手に使ってパブリシティ権を侵害してしまったりということで、トラブルになることがあります。

一方、ビジネスがある程度軌道に乗ってくると、自社の知的財産が他者に侵害されないように、しっかりと守ることも重要になってきます。しかし、この点についても、あまり意識されていないことが多いですね。例えば、「自社の知的財産を侵害されたときに、どのように相手に抗議して自社のブランドを守るのか」といったことを意識していない人も多いように感じます。

こうした対応について、早い段階で弁護士に相談してもらえれば有効なアクションも取りやすいのですが、特に問題意識を持たずに放置してしまうと、逆に他者に商標権を取られてしまうなどの事態が起きることがあります。スタートアップにとっては特に注意が必要です。

私が海外で働いていたとき、次のようなことがありました。スタートアップではないのですが、とある日本の著名な中堅企業が今後は海外展開に力を入れていこうということで、私が働いていた海外法律事務所に相談に来られました。その企業はそれまで日本国内では弁護士に相談したことがなく、「日本でビジネスをしているときは、特に弁護士は必要ありませんでした」と言われて、驚いた覚えがあります。本格的な海外展開ということで相談に来てくれたのでまだよかったのですが、既にその時点で色々海外で模倣をされてしまっていたので、もっと早く日本で弁護士に相談していただいていれば、色々とアドバイスが受けられたであろうに、という思いをしたことをよく覚えています。

清永弁護士

自社のウェブサイトをつくる場合、制作会社に依頼することも多いと思いますが、制作会社の中には、他者の著作権等を侵害しないように注意しながら制作にあたってくれる企業もあれば、そのような注意を怠り、クライアントから言われたままに動いて、他者の著作権等を侵害してしまう企業もあるようです。

結城弁護士

そういう意味では、フリー素材の使用にも注意が必要です。著作権フリーだと思っていたら、使用の条件が定められていることがあるからです。例えば、「使用する際には権利者への連絡が必要で、権利者が許諾すれば無償で使わせてあげます」というような条件です。

その条件を見落としていて、自由に使っていいと思っていたら、「著作権侵害だ」というクレームが来たというケースがありました。たとえフリーで使えるとしても、どのような条件があるのかという点は確認が必要ですね。

事務局

著作権侵害の場合、損害額というのはどれくらいになるものなのでしょうか? ケースバイケースではあると思うのですが、何か参考になる事例があれば是非、教えてください。

結城弁護士

例えば、私が過去に担当した案件ですと、権利者に無断でウェブサイトに写真を掲載して、トラブルになったケースがあります。権利者は海外の方です。その権利者側の弁護士事務所から、突然、写真の使用料、損害賠償の請求が、相談者のところに送られてきました。金額的には写真1枚の無断使用で、50万円程度を請求されました。これはあくまで一例で、普段、権利者がどれくらいの金額でライセンスしているかなどが勘案されて金額は変わります。もし訴訟になれば、さらに金額は増えます。

清永弁護士

ウェブサイト上で著作権がどういった形で侵害されているか、その侵害態様・状況の如何によって、莫大な金額を請求されることもあり得ます。知的財産権に関するトラブルは、そういう意味で怖いですよね。

市毛弁護士

ユーザーインターフェース、画面のデザインがそっくりだというようなケースも、極めて狭い範囲ではありますが、創作性が認められるものであれば著作権侵害になる恐れがあります。こうした場合、著作権法上の損害額推定規定を使って、権利者から「売上の何%の損害賠償を求める」という形で損害賠償請求されるということもあります。

事務局

例えば、ユーザーインターフェースをまねているとして訴えられた場合ですが、「自社としてはまねていない。参考にした部分はあるが、あくまで自分たちが考えたアイデアだ」というような主張は通るのでしょうか。

市毛弁護士

アイデアそれ自体は著作権法上の保護の対象となりません。著作権が保護しているのは創作性がある表現です。あるアイデアについて、誰が表現してもひとつの表現にしかならない場合には、そもそもその表現は創作性がないと判断されてしまいますので著作権法上の保護の対象となりません。まねたかどうか、つまり「依拠性」の有無については、次のステップの判断になります。つまり、対象が創作性がある著作物だという前提であれば、次にそれを複製等したかどうかの判断の一要素として、もとの著作物に依拠したかどうかが問題になります。

著作物性や依拠性に関する判断は判例の集積がありますが、裁判官によって判断が分かれることも多く難しい問題もあります。

事務局

なるほど、簡単には判断できないのですね。実際に裁判になるケースは多いのでしょうか?

市毛弁護士

例えば、大手の上場企業など広く名前が知られている企業では、「侵害している」と訴えられること自体がブランドや体面を損ねることがあります。そのため、万が一裁判になっても、費用をかけて防御してくるし、事前に、十分な費用をかけ準備をして、理論武装していることが想定されます。「侵害だ」としてこれにチャレンジするためには、相応の根拠と理論武装が必要になります。

他方、スタートアップの場合は、大企業に比べて、裁判で戦う体力が弱い傾向にありますので、裁判に持ち込まれることを回避するため、クレームをつけてきた相手から請求された金額をやむなく払わざるを得ない、というようなケースもあると思います。

事務局

お話しいただいたような侵害に関する損害賠償の請求は、頻繁に起こっているのですか?

結城弁護士

感覚的には、昔よりは増えている気はします。

清永弁護士

先ほどのユーザーインターフェースの話ですが、創作性があり著作物と認められるケースを前提にお話ししますと、全く知らずに独自につくった場合は、もちろん、「たまたま似ていた、偶然の一致だ、相手のユーザーインターフェースなんて見ていない」といった主張を行い、「依拠性」を争うことが考えられます。

しかし、例えば、相手のユーザーインターフェースが業界ないしは世の中で非常に有名だったりすると、裁判官も「見ていないはずはない」といった判断をすると思います。ですので、たとえ本当に相手のユーザーインターフェースを見たことがなかったとしても、ケースによっては、「見ていないし、依拠していない」という主張が苦しいこともありますね。

一旦、「侵害している」というクレームがついてしまうと、最終的には勝てたとしても、それまでの対応に時間も費用も掛かってしまいますし、負けてしまうと損害賠償金の負担等も生じ得ます。ですから、やはりそうしたトラブルはなるべく避けて通ったほうが、結果的に無駄な時間とお金は使わずに、本来の仕事に時間とお金を掛けられると思います。

事務局

スタートアップの場合、組織が若く、会社としての経験や知見が少ないからこそ、今回お話しいただいたような、「人・お金・契約」などに関するさまざまなトラブルが起こってしまう恐れがありますよね。

そこで、スタートアップであっても法令遵守、社内体制の整備などをしっかり進めていくのが理想ですが、やはりどうしても現実的に難しい場合もあると思います。そうしたときには、弁護士など専門家に相談する、シリーズ第3回「危ない取引先の見分け方」でお聞きした、日弁連(日本弁護士連合会)および各地の弁護士会の「ひまわりほっとダイヤル」の無料相談などを活用するといったように、外部の力を上手に使っていくことが大切なのだと感じました。

●ひまわりほっとダイヤル
https://www.nichibenren.or.jp/ja/sme/index.html

貴重なお話をありがとうございました!

りそコラでは、このシリーズのほかにも、スタートアップ×法務の記事を数多く掲載しています。少しでも皆さんのビジネスのお役に立てば幸いです。

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弁護士が教える 創業間もない時期の法務トラブル

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(監修 のぞみ総合法律事務所 弁護士 市毛由美子、清永敬文、結城大輔)

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MaaS市場拡大を見据える事業者が集結 保険業界やスタートアップが考える未来像とは

各種交通手段を1つのサービスとして考える「MaaS(Mobility as a Service)」。自動運転などのテクノロジーは、今後訪れようとするMaaS社会をどう支え、私たちの生活をどう変えるのか。MaaSに進化する“移動体験”に続き、ここでは、2019年11月15日に開催されたイベント「Mobility Transformation―移動の進化への挑戦―」の主要セッションの内容を紹介します。

1 電気自動車やコネクテッド・カーを想定した安全対策とサービス拡充を

渋滞や事故を加味した最適な移動ルートの算出、移動に伴う決済の簡略化、自動運転によるドライバーの負荷軽減……。MaaSが本格的に社会に根付けば、移動の利便性や効率性を図れるようになる他、交通事故も減少するといわれています。では、これまで事前の備えとして不可欠だった保険は、どんな形で進化するのでしょうか。

「モビリティの変化に伴う保険・サービスの未来」と題したセッションでは、プレステージ・コアソリューションの執行役員第一事業部長である松永新悟氏と、アクサ損害保険の執行役員 CTOである佐藤賢一氏が登壇。今後の保険のあり方について講演しました。

プレステージ・コアソリューションの松永新悟氏

松永氏は冒頭、MaaSの中心的な役割を担うことが想定される自動車の特性を踏まえた安全対策の必要性を指摘しました。「保険業界が関わる自動車は一般的に『事故車』。電気自動車が普及すれば、ガソリン車では見られなかった漏電のような新たなリスクも顕在化する。保険業界は電気自動車の普及を見据えた対策が求められる」と言いました。ロードサービスを手掛ける同社は、既に全ての出動車両に絶縁グローブを具備するなどの対策を講じているそうです。今後は出動車両を電気自動車にし、バッテリー切れで動かせない事故車に充電できるようにする対策も検討します。

佐藤氏も保険業界として電気自動車への対応の必要性を強調しました。「自動車保険は現状、ガソリン車より電気自動車の保険料のほうがやや高い。電気自動車が普及したとき、合理的な計算に基づいた保険料が求められる。保険業界は、電気自動車ならではのトラブルを想定した保険商品を整備する必要がある」と指摘しました。

両氏は、自動車がインターネットに常時接続するコネクテッド・カーの普及がロードサービスに与える影響についても考察しました。

松永氏は、「コネクテッド・カーは、遠隔地にある自動車の状態を把握できるのがメリット。鍵を自動車の中に置き忘れたときなどの開錠も遠隔操作できるようになる。現地にスタッフを派遣することなく、迅速なサービス提供が可能になる」と推察しました。

佐藤氏も、「数キロ先で発生した事故の情報を後続の自動車に通知できるようになる。また、ドライバーの感情などを読み取って危険度を知らせるといった使い方も見込める。インターネットを駆使し、事故を起こさせない事前策をサービス化することも模索すべきだ」と続けました。

一方、佐藤氏は自動車がインターネットに接続することによるリスクも指摘しています。「大型トラックが遠隔地から乗っ取られればテロ行為すら容易に起こり得てしまう。保険会社として、新たに起こり得るリスクを想定した対策は不可欠だ。コネクテッド・カーなどの普及を促進させるためにも、保険会社として対応し続けたい」と述べました。

2 モビリティ革命で勢い増すスタートアップ 日本は強みを活かして市場をリードせよ

自動運転やカーシェアリング、電動化など、次々に登場するテクノロジーやビジネスモデルは、業界にどんな影響を与えるのでしょうか。「資本市場から見たモビリティ業界の今後」と題したセッションでは、新たに参入するプレーヤーの動向などが紹介されました。

投資会社であるDNX VenturesのMANAGING DIRECTORである倉林陽氏は、テクノロジーを基点にしたスタートアップの動きを紹介。「海外では『ライドシェア』によるサービスは多く、投資対象にはなりにくい。伸びているのは半導体、MaaSを支えるハードウエア。これらはデータを収集・分析する基盤として、今後も欠かせない役割を担う」と分析しました。さらに投資に向く領域として、「鉄道や航空といった交通手段は軒並み成熟しつつあるが、自動車は『自動化』『コネクテッド』『シェア』などのキーワードを中心に伸びる。中でもAIを搭載したドライブレコーダーを開発するナウトや、スクールバスをシェアするズムなどのスタートアップに注目している」と具体的な企業名を交えて市場の動きを紹介しました。

ゴールドマン・サックス証券のヴァイス・プレジデントである鎌田和博氏は、「スタートアップのビジネスモデルに着目すべき」と指摘しました。「次々登場するスタートアップを見極めるとき、ライドシェアなどの新たなサービスであるかどうかに注意を払うべきだ。今後も新しいビジネスモデルの創出が見込まれるが、サービスの基盤を構築するプラットフォーマーとして収益化できるかどうかを見極めたい。現在の株価からでは評価が分からなくても、今後、サービスがブレイクスルーするかが重要である」と述べました。

投資会社であるPlug and Play JapanのDirector,Mobilityである江原伸悟氏は、変化に追随できるスピードの重要性を強調しました。「自動車メーカーが自動車を販売するというビジネスモデルは、2020年にも変わると見ている。このとき、変わることに抵抗感なく取り組むのと、最高のチャンスと受け止めて取り組むのとではスピードが違う。既存プレーヤーがスタートアップの強みであるスピードに対抗するには、最新のテクノロジーやITとどう向き合うのかが重要だ。いつまでにMaaSに取り組むのか、サービス化するのかといったタイムラインを設定し、世の中が求めるニーズを競合より早く満たせるかが生き残る鍵だ」と指摘しました。

倉林氏、江原氏、鎌田氏の画像

モビリティ革命を日本が主導する必要性についても言及しました。江原氏は、「今のモビリティ革命は米国のスタートアップやグーグルの自動運転への取り組みなど、海外勢が中心だ。世界は日本で始めた取り組みが広がることを求めている。日本でつくれるものは何かを模索すべきだ。海外のノウハウや知見を活用し、日本発の取り組みを世界に向けて打ち出すことが重要だ」と指摘しました。

倉林氏も日本が活躍できる領域があると続けました。「ICT領域はすでに海外勢に押され気味だが、ハードウエアが欠かせないMaaSでは、日本の『ものづくり』の強みを活かせるのではないか。特に自動車とハードウエアを結び付けたビジネスモデルは日本の得意分野に違いない。新たなテクノロジーに目を向け、モビリティ革命を日本がリードすべきだ」と結びました。

3 サプライズでウサイン・ボルト氏が登壇 電動キックボードのシェアリングを日本で展開

イベント終盤、セッション終了後のサプライズとしてウサイン・ボルト氏が壇上に上がりました。同氏が共同出資するBolt Mobilityが新サービスを発表するのに合わせて登壇しました。

ウサイン・ボルト氏の画像

同社は、電動キックボードを使ったシェアリングサービスを日本向けに展開することを発表。これに伴い、同社が開発した電動キックボードも紹介されました。一度の充電で約50キロメートルを走行可能で、最高速度は約24キロメートル/時、ハンドル付近にドリンクホルダーを装備しているなどの特徴を有します。なお同社は、小型の電気自転車もすでに発表済みで、動力源に電気を用いる各種移動手段を拡充するとともに、シェアリングサービスの普及・拡大を目指す構えです。

日本で電動キックボードを使うためには、原動機付自転車(原付き)として運転免許の所持やナンバープレートの取り付けなどが必要です。本格的な普及はまだ先かもしれませんが、自動車や自転車のシェアが拡大する中、キックボードやバイクのシェアも今後、急成長が見込まれる分野といえるでしょう。

以上

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【2019年12月弁護士再監修】請負契約(可分な給付を可能とする規定の制定、瑕疵担保責任から契約不適合責任への規定の見直し)〜民法改正と契約書の見直し(10)

こんにちは、弁護士の小林敬正と申します。シリーズ「民法改正と契約書の見直し」の第10回は、請負契約を取り上げます。その中でも特に可分な給付を可能とする規定の制定、瑕疵担保責任から契約不適合責任への規定の見直しを中心に扱います。なお、ソフトウェア開発委託契約書や建設請負契約書など、具体的な契約書内容の見直しについては、第11回で扱います。

1 仕事が完成しなかった場合の報酬に関する規定の明文化

1)現行民法における規律

特定の業務を行うことを依頼してその業務遂行に対して報酬が支払われる委任契約とは異なり、請負契約は請負人が仕事の完成を注文者に対して約束し、その仕事の完成に対して報酬が支払われる性質の契約です。

そのため、現行民法の条文上では、原則として仕事が完成し目的物を引き渡した段階で報酬が支払われることとなっており、請負契約が仕事の完成前に解除等により終了した場合に、既に完成した一部に対する報酬を請求できるか否かは、明らかとなっていませんでした。

この点、公平の見地から、判例(大判昭和7年4月30日、最判昭和56年2月17日)では、仕事の完成前に請負契約が解除された事案において、契約内容が可分であって、既に履行された部分によって注文者が利益を得ている場合には、既に履行された部分についての報酬請求権を認めていました。

2)改正民法での変更点

改正民法では、上記の判例の内容が明文化されました。具体的には、次の1.または2.の場合に請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなし、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができることとなりました。

  • 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき
  • 請負が仕事の完成前に解除されたとき

1.の「注文者の責めに帰することができない事由」とは、請負人と注文者の双方に帰責事由がない場合と、請負人に帰責事由がある場合を含みます。また、「仕事を完成することができなくなった」とは、仕事の完成が不能となった場合を意味します。

また、2.の「完成前に解除されたとき」には、注文者が請負人の債務不履行を理由に解除した場合だけでなく、注文者と請負人が合意により解除した場合を含みます。

改正民法下で、1.および2.の場合の報酬請求の可否および根拠条文等をまとめると、次の通りとなります。

報酬請求の可否および根拠条文等を示した画像です

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2 仕事の目的物が契約に適合しない場合の請負人の担保責任

1)概要

現行民法では、請負契約の特性に注目し、仕事の目的物に瑕疵があった場合の請負人の担保責任について、売買の担保責任と異なる規定を設けていました。しかし、社会状況の変化を踏まえ、両者を異なるものとする理由が乏しくなったことから、改正民法では、売買の担保責任に関する規定を準用するとともに、請負独自の規定や重複する規定を削除し、売買と統一的な内容としています。

また、担保責任の制限に関する規定を、一部変更しています。なお、担保責任が瑕疵担保責任から契約不適合責任へと変更された背景等については、本シリーズ第7回「売買契約(瑕疵担保責任から契約不適合責任へ)」をご参照ください。

2)請負独自の規定の削除と売買契約に関する規定の準用

1.瑕疵修補請求に関する規定の削除

現行民法では、請負契約の仕事の目的物に瑕疵があるときは、瑕疵が重要でなくかつ修補に過分な費用を要する場合を除き、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができるとされています。

また、瑕疵が重要な場合は、その修補に過分な費用が必要であっても、請負人が修補義務を負うとされていました。

しかし、改正民法では、売買契約に関して、引き渡された目的物が、種類、品質または数量について契約の目的に適合しない場合、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引き渡しまたは不足分の引き渡しによる履行の追完を請求できるとされており(改正民法第562条第1項)、この規定が請負契約にも準用されることとなりました(同第559条)。そのため、瑕疵修補請求に関する規定は削除されました。

2.損害賠償請求に関する規定の削除

現行民法では、仕事の目的物に瑕疵があった場合について、注文者は、請負人に対し、瑕疵の修補に代えて、またはその修補とともに、損害賠償の請求をすることができるとされていました。

しかし、改正民法では、請負人が行った仕事の内容が契約の内容に適合しない場合を請負人の債務不履行ととらえ、債務不履行の一般的規定を適用することとし、内容が重複することから、瑕疵修補に代えてまたは瑕疵修補とともに行う損害賠償に関する請負独自の規定を削除しました。

なお、注文者が、催告をすることなく直ちに瑕疵修補に代わる損害賠償請求をできる点は、改正後も変更はありません。

3.解除に関する規定の削除

現行民法では、仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができない場合、注文者は、請負契約を解除することができるとされています。これは、一般の債務不履行を理由とする解除の際に必要とされる債務者の帰責性を不要とする点で、請負契約特有の規定でした。

しかし、改正民法では、一般の債務不履行解除について、債務者の帰責性が不要とされました(詳細は、本シリーズ第3回「契約の解除・危険負担~民法改正と契約書の見直し(3)」をご参照ください)。その結果、上記のような請負契約特有の規定は不要となりました。

また、現行民法では、建築に多くの労力を要する「建物その他の土地の工作物」については、解除することの社会的経済的損失の大きさや、請負人の負担の重さを考慮し、瑕疵があったとしても請負契約を解除できないとされていました。

しかし、判例(最判平成14年9月24日)では、条文の通り解除はできないとしながら、建物建替費用相当額の損害賠償請求を認めており、実質的に考えて建物等の場合に解除を制限する合理的理由はないとされていました。

そこで、改正民法では、「建物その他の土地の工作物」に関する特則部分も、解除に関する規定とともに削除されています。

3)請負独自の規定の削除と売買契約に関する規定の準用

1.請負人の担保責任の制限に関する規定

現行民法では、「仕事の目的物の瑕疵が注文者の供した材料の性質または注文者の与えた指図によって生じたとき」は、請負人がその指示または指図が不適当であることを知りながら告げなかった場合を除いて、担保責任を負わないとされていました。

改正民法でも、書き方に変更はあるものの、条文の趣旨は維持されています。

2.担保責任の期間制限に関する規定の変更

現行民法では、担保責任を追及できる期間について、原則、「仕事の目的物を引き渡したときから1年以内」とし、建物その他の土地の工作物についてのみ、材質に応じて5年または10年に延長していました。

しかし、注文者が瑕疵の存在を知らない場合にも引き渡しから1年を経過すると担保責任が追及できないのは、注文者にとって不利益が大きすぎるといわれていました。

そこで、改正民法では、注文者の負担を軽減するために、注文者が目的物の種類または品質が契約の内容に適合しないことを知ったときから1年以内にその旨を請負人に通知することで、注文者は、その不適合を理由として、請負人の担保責任を追及できることとなりました。

ただし、請負人が不適合を知っていた場合または重過失により知らなかった場合については、期間制限はありません。また、土地の工作物に関する特則も削除されています。

4)実務上の相違点

改正による実務上の主な相違点は次の通りです。

  • 瑕疵から契約不適合へ
  • 修補に過分な費用を要する場合は瑕疵が重要でも修補請求不可に
  • 注文者による報酬減額請求が可能に
  • 建物その他の土地の工作物の請負についても解除可能に
  • 瑕疵担保責任追及可能期間が契約不適合を知ったときから1年に

次回は、委任契約について解説いたします。


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民法改正と契約書の見直し

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【弁護士監修】軽んじてはいけない「NDA(秘密保持契約書)」

日ごろからスタートアップ支援をされているのぞみ総合法律事務所の3名の弁護士に、創業間もない時期に抱えがちな法務トラブルと、それを避けるための方法や対応についてお話しいただいた内容をまとめたシリーズです。

第4回のテーマは、NDA(秘密保持契約書)の注意点です。

市毛弁護士

スタートアップでは、NDA(秘密保持契約書)に関するトラブルも多いです。リスクがあるのは、秘密情報を開示する際、NDAを結んでいない、取り扱い注意という口約束だけで開示している、中には口約束すらなくて、信頼関係の中での開示だから大丈夫だと思い込んでいる場合もあります。また、仮にNDAを結んでいても内容が不十分であったり、曖昧であったりして、結局、守りたい情報をしっかりと守れないというケースが結構あります。

営業秘密は、不正競争防止法という法律により法的に保護されており、侵害があれば損害賠償や差止請求が認められ、その反射的効果として不正や使用や開示に対する抑止力が働きます。「営業秘密」は、1.事業活動に有用であること、2.非公知であること、3.秘密として管理されていること、という3要件を満たす必要があります。この要件が満たされないと法的には保護されません。NDAなしに秘密情報を開示するということは、3.の点で秘密として管理されていないことになるし、2.の公知になるリスクもある、つまり、法的保護を放棄するに等しい行為です。形式的にNDAを締結しても、どの情報がNDAの対象になるのかが曖昧なままだと、NDAの拘束力が及ばず、やはり秘密として管理されていないと評価されるリスクもあります。

また、特許出願をする場合でも、「新規性」が要件となりますので、出願前にNDAなしに開示すると、開示先から広く世間に知れ渡ることも考えられ、「新規性」を喪失して権利化することができなくなることもあります。

りそなCollaborare事務局(以下「事務局」)

NDAを結ぶと重い責任を伴います。秘密情報をやり取りするのであれば理解できますが、しばしばあるのが会社概要やウェブサイトに掲載されているレベルの情報、外部に明らかになっている情報をやり取りするだけなのにNDAを結ぶケースです。本当にNDAを結ぶ必要があるのかなと思ったりします。

また、NDAを結んでいたとしても、「NDAベースで」と言えばどのようなことでも話していいのか、と不安になるくらい情報を明らかにする経営者もいるように思います。NDAは、どの程度話が進んだ段階で結ぶのが適切なのでしょうか?

清永弁護士

当初から、会社概要やウェブサイトに掲載されているレベルの情報だけで話が終わる想定ならNDAは不要でしょう。ただ、どういった話の展開になるのかが読めないことは多いですし、そうした場合は念のためNDAを結んでおいたほうがよいこともあります。

また、少し話をしてみて、事業化できるか検討しようという段階になったら、恐らくは、会社概要やウェブサイトに掲載されているレベルの情報だけでは終わらず、秘密情報もやり取りされるでしょうから、NDAを結んでおいたほうがよいことが多いですね。もちろん、結果として不要だったということもあるでしょうが、事業化検討段階に入ったときは、できるだけ早くNDAを結ぶに越したことはないと思います。

市毛弁護士

NDAを結ぶリスクは、情報を開示される側、つまり受け取る側にあり、厳格な管理義務や用途制限を守らなければならない場合や、NDAの内容によっては開示者と競合するビジネスや競合取引先との取引が難しくなることもあります。この点は、よく契約内容を確認する必要があります。

結城弁護士

NDAでは、結ぶことそれ自体だけでなく、「結んだ後に何をやろうとしているのか」が大きな問題になります。単発で契約を結ぼうとしているのか、継続的な契約を結ぼうとしているのか。ジョイントベンチャーをやろうとしているのか、M&Aをしようとしているのかなど、状況によって、例えばNDAにおいて定める内容(秘密情報の定義や有効期間など)が異なってくる可能性もあるので、この辺りは弁護士に相談したほうがよいかもしれません。

また、先ほどのご質問にもありましたが、NDAを結べば、どのような情報でも渡してよいかというと、もちろんそんなことはありません。例えば、M&Aでいえば、自社が競合先から買収のオファーを受けたとします。自社としては、買収される前提で秘密情報を渡していたとしましょう。しかし、結局はM&Aの話が白紙になれば、競合先に自社の秘密情報が渡ってしまうという結果だけが残ることになります。相手の頭の中に渡してしまった情報は返ってこないわけです。

ですから、どこまで情報開示をするのかということを考えてNDAを結んだとしても、情報管理は引き続き重要であるという意識を持っておかなければなりません。

同様に、NDAを結んだ後、相手方はこちらが開示した情報を適切に管理しているか、そもそも自社の担当者は、NDAで秘密情報には「秘密」である旨の明示をするという定めになっている場合に、そのような表示をしているかなど、NDAに基づいた適切な運用がなされているかという点にも、注意を払う必要があります。

事務局

NDAの有効期間が永久的なものがありますが、これは負担が大きすぎるように思います。このような永久的な期間が定められている場合も、契約期間を守らなければいけないものなのでしょうか?

市毛弁護士

相手が従業員を含めた個人の場合と、企業の場合とで考え方が変わってくると思います。個人の場合、未来永劫(えいごう)の守秘義務が、憲法上の基本的人権である職業選択の自由や営業の自由を制約する可能性があります。そのため、守秘義務の対象となる秘密情報の範囲が広すぎたり契約期間が長すぎたりすると、公序良俗違反として効力が否定される可能性もあると思います。

一方、被開示者が企業の場合、上記の基本的人権を考慮する必要はないので、期限がない守秘義務契約も基本的には有効に存続します。ただ、不正競争防止法の趣旨に鑑みて、例外的に、当該情報が公知となった場合には、義務の遵守は意味をなさなくなるので、守秘義務が終了すると解釈できる余地もあると思います。

事務局

ありがとうございました。NDAは相手との関係が始まって早い段階で結ばれるため、余計に注意しなければならないことが分かりました。

最終回となる次回は、スタートアップが最も注意すべきともいえる知的財産権の侵害についてお伺いします。

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【2019年12月弁護士再監修】賃貸借契約(賃借人の修繕権、土地の賃借権の存続期間の伸長等)〜民法改正と契約書の見直し(9)

こんにちは、弁護士の髙畑晶子と申します。シリーズ「民法改正と契約書の見直し」の第9回は、賃貸借契約を中心に扱います。

1 賃貸借契約の改正のポイント

賃貸借契約に関する改正は多岐にわたりますが、改正内容を大きく分けると、判例法理等が明文化されたものと、従来のルールを変更またはルールを新設したものの2つになります。

前者については、改正により大きく契約書の変更を要するものではありませんが、これまでは判例法理等を前提とした解釈に委ねられていたものが法律に明文化されたことにより、ルールの適用がより厳格になるものと予想されます。そのため、改めて現在の契約書の文言に曖昧な部分がないか等を見直す必要があります。

また、後者については、締結する契約において当該ルールが該当する可能性があるか否かを確認し、該当する場合には改正内容に沿った文言に改める必要があるでしょう。

2 「敷金、賃借人の修繕権など」は判例法理等を明文化

1)敷金

賃貸借契約においては、契約時に敷金として一定額を賃貸人に預けることが慣例となっています。そして、契約終了時にこの敷金の返還をめぐって、その金額、返還時期等についてトラブルとなることがよくあります。しかしながら、現行民法には敷金に関するルールについての明確な規定がなく、その解釈は判例法理等に委ねられてきました。

そこで、改正民法では、敷金を「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう」と定義付けるとともに、敷金の返還時期及び返還の範囲に関し、賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたときまたは賃借人が適法に賃借権を譲渡したときに、未払賃料等の額を控除した残額を返還しなければならないものと規定しました。これらは、いずれも判例法理等を明文化したものであるため、実務上は大きな影響がないものと思われます。

もっとも、改正民法では敷金について「いかなる名目によるかを問わず」と定義付けていることから、敷金とは異なり返還義務を負わない権利金等がある場合には、当該金員の性質を契約書上で明らかにし、敷金との区別を明確にしておくことが望ましいでしょう。

また、敷金の返還時期及びその充当関係についての規定はいずれも任意規定であり、別途当事者の合意で定めることができます。しかし、従来以上に厳格な判断をされる可能性があり、当該合意が認められるためには、契約書上で具体的に合意をする必要があるでしょう(例えば「敷金は、明け渡し完了後○日以内に返還する」等)。

2)賃借人の修繕権

入居中の部屋に雨漏り等の不具合が発生した場合、賃借人は、賃貸人に対して修繕をするように請求することはできますが、賃借人が自ら修繕をすることができるか否かについては現行民法上明らかではありませんでした。

そこで、改正民法では、これまでの判例法理等に沿って、賃借人から賃貸人に対して通知をしても賃貸人が修繕をしない場合及び急迫の事情がある場合には、賃借人が修繕することができる旨を明示しました。

これにより、賃借人は、賃貸人が修繕をしてくれないような場合には、自ら修繕を行い、その費用を賃貸人に請求できることが権利として認められることとなりました。

このように、賃借人の修繕権が民法上明確に認められたことにより、今後は賃借人の恣意的な修繕がなされたり、意図せず多大な修繕費用の請求を受けたりすることも危惧されます。

そこで、賃貸人の立場からは、契約書において賃借人の修繕権を排除しておくか、または次のような条項を追加し、賃借人の修繕権が発生する条件及びその修繕の範囲等を明確にしておくことが望ましいものと思われます。

賃借人は、賃借人が賃貸人に対し修繕が必要である旨を書面にて通知したにもかかわらず、賃貸人が当該通知から○日以内に必要な修繕をしないときに限って本物件の修繕をすることができる。

3)原状回復義務

賃貸借契約は、契約終了後に賃借物を「原状」に戻して返還する必要がありますが、「原状」がどのような状態を指すかは、現行民法上は明らかではありませんでした(これが前述した敷金の返還をめぐるトラブルの要因の一つです)。

そこで、改正民法においては、これまでの判例法理等と同様に、賃借物に生じた損傷のうち、通常の使用及び収益によって生じた損耗(いわゆる「通常損耗」)及び「経年変化」を除いたものにつき、賃借人は原状回復義務を負うことが明記されました。

しかしながら、「通常損耗」及び「経年変化」がどのような損傷を指すものであるかは依然として明らかではありません。これまでと同様にその点が争いとなる可能性が高いものと思われますし、賃貸人の立場としては「通常損耗」や「経年変化」を含めて原状回復してもらいたい場合もあるかと思われます。

原状回復に関する改正民法の条項は任意規定ですので、契約書においては、費目ごとにその負担者を決めておく等の工夫をすることが望ましいでしょう(なお、判例上、通常損耗について原状回復義務を負わせる場合には、原状回復の対象となる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記される等、具体的に合意することが必要とされていますので注意が必要です)。


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3 「賃料債務の個人保証、賃借権の存続期間の伸長など」のルールの変更または新設

1)賃料債務の個人保証

不特定債務について個人が保証することを「個人根保証」といい、賃貸借契約から発生する賃料を個人で保証する場合もこの個人根保証にあたります。

現行民法は、個人根保証のうち、貸付金等を主債務とするものに関しては極度額(保証する金額の上限)を明らかにすることを義務付けていましたが、今回の改正により保証する債務の性質にかかわらず全ての個人根保証に対し極度額を設定することを義務付けました。これに伴い賃貸借契約に個人の保証人をつける場合にも極度額の設定が必要となります。

極度額の設定がない個人根保証契約は無効となってしまいますので、賃貸人の立場で契約をする際には、次のように、極度額を明示する一文を追加することを忘れないように留意してください。なお、極度額そのものの上限に関する規制はありませんが、今後その相場観が形成されていくものと思われます。

連帯保証人は、賃借人と連帯して、本契約から生じる賃借人の一切の債務を保証するものとする。ただし、当該保証の極度額は○円とする。

2)賃借権の存続期間の伸長

現行民法は賃貸借の存続期間の上限を20年と規定しており、例えば借地借家法の適用がない(建物所有目的ではない)土地について20年を超える期間賃貸借しようとする場合、これまでは賃貸借契約を更新して対応する必要がありました。

これに対し、改正民法は賃貸借期間の上限を50年に伸長したため、ゴルフ場、太陽光発電、駐車場等の敷地を賃借するような借地借家法の適用のない土地賃貸借の場合にも、20年を超える賃貸借契約を締結することが可能となりました。

3)賃貸人たる地位の移転

賃貸借契約の対象となっている不動産が第三者に売却された場合、賃貸人たる地位は当然に新所有者たる第三者に移転するのかという点について、現行民法では規定はありません。ただし、判例においては新所有者に移転するものとしており、改正民法はこの点を明文化しました。

一方で、いわゆる不動産の証券化のために、賃貸不動産の所有者が特定目的会社や信託銀行に賃貸中の不動産を譲渡してリースバックを受け、引き続き賃借人に賃貸するような場合、賃貸人の地位を旧所有者に留保させておくニーズがあります。これまでの実務では、それぞれの賃借人の同意を得て旧所有者に賃貸人たる地位を留保させるという煩雑な手続きが行われていました。

そこで、改正民法では、この点についてのルールを変更し、1.賃貸人たる地位を旧所有者に留保する旨の旧所有者と新所有者の合意と、2.新所有者から旧所有者に対する賃貸借契約があれば、賃貸人たる地位を旧所有者に留保することを可能としました(これまでの実務とは異なり賃借人の同意が不要になります)。

次回は、請負契約について解説いたします。


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民法改正と契約書の見直し

以上

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第8回 株式会社日本医療機器開発機構(JOMDD)取締役 CBO 石倉大樹氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第8回に登場していただきましたのは、日本発の医療イノベーション活性化のためのエコシステム構築を目指す、株式会社日本医療機器開発機構(JOMDD)取締役 CBOの石倉大樹氏(以下インタビューでは「石倉」)です。

1 「大学のときから技術をベースにしたベンチャーをやりたいなと思っていて、在学中に起業しました」(石倉)

John

本日は、医療分野での起業・新規事業のスペシャリストであり、日本発の医療イノベーションに取り組んでおられる石倉さんをお招きしてお送りいたします。

石倉さん、本日はお忙しいところ、本当に愛りがとう(愛+ありがとう)ございます!

石倉さんは、九州大学では農学部で学ばれたのですよね。なぜ農学部から、九州大学発のバイオベンチャーであるアキュメンバイオファーマに参画することになったのでしょうか? ちなみにアキュメンバイオファーマは、日本で初めて大学の技術を事業化した会社ということですよね。

石倉

はい、そうです。アキュメンバイオファーマは創業者が鍵本さんという、今は再生医療を手掛けるヘリオスの社長をやっている方です。

私は元々バイオが専門ですので、「バイオという技術を軸にして、それを事業化できるようなベンチャーをやりたい」と思っていました。鍵本さんは医学部で、バイオテクノロジーを医療現場に、という志を掲げておられ、その高い志に共感を受けて、創業に参画させていただきました。

John

ご経歴には、アキュメンバイオファーマが欧州での上市に成功とありますね。

石倉

はい。上市というのは、製品の承認を取って、売り始めたということですね。

John

素晴らしいですね。大学生で、どのようにしてそれをやることができたのでしょうか?

石倉

私たち以外は全員、専門家の方々にチームに入っていただいて、そういうチーム組成をしていました。もちろん、それを支えていただく投資家やVCの方々にも入っていただきました。

John

もう大学生のころに、そうしたことに関わっていたのですね!

石倉

そうですね。最初の会社は大学3年生のときでしたので。

2 「常にフラグを振りながらネットワーキングすると、だんだん認識されて、『彼は○○をやっている人』という風に知られるようになります」(石倉)

石倉

最初の3年弱くらいはずっと東海岸のフィラデルフィアやデラウェアにいまして、最後はアメリカで資金調達もしていました。2007年は資金調達のために、ボストン、サンフランシスコ、ニューヨーク、フィラデルフィアなど、大都市はほとんど回ったと思います。結局は成功しませんでしたが、私1人ではなく現地のアメリカ人のマネジメントメンバー、あとはブティックファームを1社採用して一緒に回っていました。

ちなみに、ブティックファームは小さな投資銀行みたいなもので、VCなどのドアオープナーを手伝ってくれます。

John

どのようにして出会ったのですか?

石倉

バイオや医療というのは狭いコミュニティーですので、その中でアクセスを持っているファームを採用して、彼らと一緒にという形です。


その後、アメリカのコミュニティーにしっかり入ってみたいという気持ちがありスタンフォードに入学しました。

John

シリコンバレーには、どのような思い出がありますか?

石倉

仕事の延長で行っていたこともあるので、楽しいというよりは、「戦いに行く場所」という感覚のほうが強いです。今も1年に1度程度は行っていますが、どちらかというとネットワークのアップデートや、資金集め・パートナー探しに行く場所といった感じで、「ネタを仕込んでアメリカに持っていく」イメージです。

John

どのようにすれば、インナーサークルといいますか、シリコンバレーのエコシステムの重鎮たちと会えるようになるのでしょうか?

石倉

それは、なかなか難しいことですよね。

John

例えば、スタンフォードに行く前と後では、人脈は全然違いますか?

石倉

それは全然違います。もう間違いなく違いますね。

John

スタンフォードはブランド力がありますし、実際に学ばれたマインドだったりスキルだったりも多いかと思いますが、具体的にはどういうものが現在に活かされていますか?

石倉

ネットワークだと思います。アルムナイ(卒業生)のデータベースがあるのですが、現役生がアルムナイに、例えば投資をお願いしに行くなど、具体的な仕事の話を相談するのはNGなのです。ただし、現役生が今後の仕事のことで困っているというと、卒業生は必ず時間を使ってくれます。そこから次につなげられるかは、自分の実力次第ですが、そこはいわゆる「パスポートをもらっている」状態ですので、最初の一歩は、踏み入れることができます。

John

なるほど~。アルムナイのデータベースを見てメールをするのですか?

石倉

メールアドレスと名前と、どこのVCのパートナーなのかといったことが載っていますので、自分で当たりをつけて連絡をします。アルムナイの横のつながりで紹介を受けることも多々あります。

John

どういった内容のメールをするのでしょうか?

石倉

「私はこういう人間で、いまこの領域で起業の準備をしている」と伝えます。アルムナイの多くは「キャリアに悩んでいる」と言ってアプローチしてくる人には、あまり時間を使ってくれない傾向があると思います。(課題が明確でないので、話すのに)時間がかかりますし、自分のことしか考えていない相談者には魅力を感じないのだと思います。

そうではなく、「こういう事業をやろうと思っている」「こういうベンチャーを立ち上げて、社会にインパクトをもたらしたい」というミッションや課題を基に相談すると、「それはコミュニティーとして助けないといけないよね」という話になるので、時間を割いてくれます。
ですから、途中で失敗するリスクがあるとしても、「常にフラグを振りながらネットワーキングしたほうがいい」と思います。そうしていると、だんだん認識されて、「彼は○○をやっている人/○○を解決したい人」と認知してもらえるようになります。

自分がどういう領域で、何をやっている人なのかを認識してもらうと、それに関する案件や人をどんどん紹介してもらえるし、次のビジネス機会につながっていきます。よく日本人はアメリカのインナーサークルに入れないと言われますが、それは会社から派遣されている人が多く、短いタームで帰ってきてしまい、何者なのかが認識されずに終わってしまうのも1つの原因ではないかと思います。

John

なるほど、これはいいことを教えていただきました! 読者の方にも分かりやすいと思います。

石倉氏の近影です

3 「医師(戦士)として臨床現場(戦場)で戦う立場でなくても、武器の供給者『ウェポンプロバイダー』という立場で医療に貢献したいと思いました」(石倉)

John

医療の領域に携わっている理由は、子供のころの体験など、何か影響される出来事があったのでしょうか?

石倉

元々、私は医師になろうと思っていて、高校のときも医学部クラスでした。高校3年のときのクラスメートの中で、医師にならなかったのは私を含めて数名くらいで、クラスメートのほとんどは医師になっています。

当時、私のメンターの1人に言われた言葉なのですが、「臨床現場(戦場)において、医師(戦士)が病気を治すには、薬か手術の2つしかない。つまり、医薬品か、医療機器で手術するかの2つの武器しかない。武器を作っているのは我々ウェポンプロバイダーであり、もっと個別化している疾患が認識・解明されて、どんどんフラグメント化していくときに、個別のアンメット・ニーズに応えられるような製品・サービスを作っていかなければ、病気を駆逐していくことはできない」という話をされまして、「ウェポンプロバイダー」という立場で医療に貢献したいと思いました。

最近では、AIの活用などが入ってくると、医師だけではなくて、もう少しシステマティックにアプローチする試みも出てきますので、そうした意味では、我々、製品の作り手ができることというのは、まだまだたくさんあると思っています。

John

JOMDDはたくさんのプロジェクトを抱えていますが、それぞれの製品に必要とされる知識は違いますよね? どういう風にプロフェッショナルな人材を集めてマネジメントされているのでしょうか?

石倉

投資する場合は、その投資先のベンチャーにおいて必要な機能をお手伝いできるようにすることです。例えば、プロダクトを固めていくところ、製品開発をするところ、製造のパートナーを見つけてくるところ、臨床開発をするところ、薬事承認を取得するところ、などです。専門的な知識というよりも、実際の実行能力(Implementation)において投資先が不足していると困っておられるところを、しっかり各投資先に提供していくというのが、各投資先との関わり方だと思います。

John

JOMDDの一番の特技といいますか、強みはどういったことでしょうか?

石倉

代表の内田がFDA(米国食品医薬品局)で医療機器の審査官をしていましたので、薬事申請などの、レギュラトリーアフェアーズを熟知できているところではないでしょうか。つまり申請を取得するリスク、できないリスクを知っていることです。例えば、治験にどのくらいの期間がかかり、資金がどれくらいかかるですとか、そのあたりもある程度は精緻に読むことができます。やったことのない人から見ると、どこから始めたらいいか分からない世界なので、そこは専門性があるかなと思います。

John

一緒に仕事をしているチームのメンバーは、どのように集めたのですか?

石倉

人づても多いですね。もちろんエージェント経由もありますが。医療分野で新規事業をやりたい、ベンチャーをやりたいという20~30代や、今までコンサルティング会社にいました、他のベンチャーをやっていましたなど、こうしたアグレッシブな人たちは横のつながりがありますので、そういった関係の中で紹介された経緯が多いです。

John

そうなのですね。素晴らしい仲間が集まりましたね。いよいよ、医療機器イノベーションを日本で起こそうという時代が到来したということなのでしょうか。

石倉

おっしゃる通りですね。私たちが会社を始めたのが2012年ですが、そのときはまだこれほど機運も高まっていませんでした。

4 「現場の複数の先生に聞いてみるなど、Proof-of-Conceptに関連して徹底的な定性調査をやります」(石倉)

John

開発のパートナーとなる会社はどのようにして見つけるのですか?

石倉

それはけっこう難しい課題ですね。例えば、パートナーであるシリコンバレーのトリプル・リング・テクノロジーズという会社がありますが、その会社の最大の強みとして、「この案件に関してはあそこがしっかりした製造拠点で、臨床体制もできていて、しかも比較的手ごろな価格でやってくれる」など、ウェブになかなか出てこない情報をしっかり持っています。私たちも、案件をたくさん回していきながら、だんだん蓄積しているという感じですね。

John

なるほど。シリコンバレーの医療機器インキュベーターたちとのネットワークも豊富だということですね?

石倉

そうですね。あとはサンディエゴ・ボストンなどでもネットワークを持っています。

John

お客様やプロジェクトを一緒にやるパートナー会社などに対して、1つだけ核となるビジョンを示すとすれば、どういったものになりますか?

石倉

弊社は今、週に10件弱ほど、年間500件弱ほどの案件について相談をいただいています。それをデューデリジェンスするときの評価基準は4つあります。1つ目は臨床のプルーフオブコンセプト。2つ目が知財・IPですね。3つ目がレギュラトリーアフェアーズ。そして、4つ目が市場性、要はビジネスとして売れるかという点です。

1つ目のプルーフオブコンセプトは、元々、弊社の内田が医師ということもあるので、一番重要視していて、社内でも一番時間を使って議論をするポイントです。とても面白い技術で、それを使ったら何か面白いことができそうだよね、といった相談は多くいただくのですが、発明者の先生は、どうしても自分の発明なので「良い」と言いますよね。ですので、その人ではない、現場の同じ診療科の複数の先生に聞いてみるなど、そこはProof-of-Conceptに関連して徹底的な定性調査をやりますね。

John

案件にもよると思いますが、どれぐらいの人に聞いてゴーサインが出れば、開発に踏み切るものなのでしょうか?

石倉

確かに、案件によります。内田の専門である循環器であれば1人、2人で済むと思いますし、全然違う診療科の場合、我々の社内に知見が無いケースもありますので、それなりの人数の人に聞きに行きます。


過去に手術器具のプロトタイプがアメリカで売れるのかというのを視察した例があります。アメリカにはリサーチセンターがありまして、お金を払うとデータベースから10人や20人の専門医を集めてくれます。そうすると空港の隣のホテルに泊まって、1泊2日でリサーチができます。リサーチセンターの中に入ると、マジック・ミラーで仕切られている部屋の中にプロトタイプが置いてあって、モデレーターも準備してあります。それで1時間ごとに医師が来てくれて、私たちはマジック・ミラー越しに、「その医師がどう触るか」「最初に想定している握り方をしてくれているか」「これを使いたいと思うか」などを見てリサーチできるのです。

John

なるほど! そうしたリサーチは、日本では難しいものなのでしょうか?

石倉

日本の場合、医師の元を1件1件回ってリサーチするのが一般的です。アメリカでは医療機関が多いシカゴやロサンゼルスの医師が対象になることが多いのですが、先生方がアルバイト感覚でデータベースに登録していますので、そうしたリサーチの方法ができるのです。今後、医療機器の開発の案件がもっと増えてくると、日本でも同様の(リサーチ)ニーズが出てくるのではないかと思います。

森若氏の近影です

5 「必ずしも日本発である必要はないと思いますが、ただ、私たちはやはり国益にかなうような事業をやっていきたいという思いがあります」(石倉)

John

今、一番日本に必要なことの1つに、医療機器イノベーションは含まれていますでしょうか?

石倉

はい、もちろんです。

John

石倉さんは、なぜ、日本から医療機器イノベーションを起こすことが必要だと思いますか?

石倉

まだまだ臨床の現場でアンメット・メディカル・ニーズ、要は「満たされていないニーズ」があるという点です。人類の医学はかなり進展してきました。しかし、がんや中枢神経系などもそうですが、まだまだ薬にしても、医療機器にしても解決できていない問題が多々あり、それを解決していかなければなりません。もちろん、必ずしも日本発である必要はないと思いますが、ただ、私たちはやはり国益にかなうような事業をやっていきたいという思いがあります。

John

今後、海外のお客様の案件も手掛けていく予定はありますか?

石倉

今、実際にあります。イスラエルや台湾、イギリスから依頼される案件などもあります。

6 「高いレジリエンスは、1人では維持できないので、チーム、仲間とやっていくことで高いレジリエンス、回復力を得ることができるのだと思います」(石倉)

John

そもそも、医療機器などの分野でイノベーションを生む人材は、どのようにしたら生まれると思いますか? 

石倉

そこは、先ほどお話しした4つの視点が重要になってくると思います。ある程度、基礎的な専門性を身に付けてもらい、そこにプラスαで起業家精神が必要です。ゼロイチで始めることですので。起業家精神については、スタンフォードでも、その他のビジネススクールでも、かなり力を入れて教えようとしていますが、個人的には系統立てて学べるものではないと思っています。どちらかといえば、実際にやっていきながら、どんどん自分の中で研ぎ澄まされていくようなことだと思いますので、まずは「やる」「やってみる」ということが一番重要な気がします。

John

石倉さんは、大企業の方とも、行政の方とも、スタートアップの方とも仕事をされています。日本人に共通して、こうした考え方やマインドがあれば、もっとイノベーティブなものができるというアドバイスはありますか?

石倉

先ほどの人材の話にもつながるのですが、私たちが人材を採用するときに重要視していることとして、「レジリエンス」があります。レジリエンスがあることは成功している多くの起業家にも当てはまります。製品開発などでいえば、色々な人にインタビューをすると、たいてい否定的なことを言われますし、「こんな製品はいらない」とも言われます。それでも、本当に自分たちが良いと思ったら、やってみなければなりません。VCも、100社回ってようやく1社、2社が資金を入れてくれるか、くれないか。そういう世界です。


ですから、「めげない」という性格は重要だと思います。ただし、レジリエンスというと、どうしても「打たれ強さ」という解釈をされがちですが、正確な訳や意味は、「打たれても早く戻ってこられる」「回復力」というものです。しんどかったら、倒れてもいいし、投資を得られなくても、その日は落ちこんでもよくて、次の日からすぐに通常業務に戻ってこられるほうが大事だと思いますね。

John

なるほど~。このお話は、最後の質問にもとても関係してきそうです!


最後に、石倉さんにとってのイノベーション哲学をお聞きしたいと思います。なぜ私がイノベーションの哲学をテーマに、りそコラ(本サイト)で連載を始めたのかといいますと、経営者にどんどん話を聞いて考え方を体系化し、イノベーションを生む人間を1人でも多く日本に増やしたい。そんな想いがあるからです。
石倉さんにとっての、イノベーションを起こすための哲学、一番重要なことはレジリエンスということでしょうか?

石倉

そうですね。投資をするときに、シリコンバレーでよくされる議論に、「プロダクトか、マーケットか、チームか」というのがありますよね。この議論は、色々なところでよく出てきますし、全て等しく重要だとは思いますが、高いレジリエンスは、1人では維持できないので、チーム、仲間とやっていくことで高いレジリエンス、回復力を得ることができるのだと思っています。

John

本当にそうですね! そういった仲間、同志は、どのようにして作っていくものなのでしょうか?

石倉

カルチャーが大切だと思います。仲間と一緒に維持していくレジリエンス、そうしたものを重要視していますよという人を当然集めていきますし、また、ある程度生まれながらに身に付けている人たちを集めていきます。そうして、仲間や同志と一緒にレジリエンスを維持していくカルチャーが確立されていくと、新しく入ってくる人たちも、必然的にそうなっていくのではないでしょうか。

John

めげない性格、打たれてもすぐに戻ってこられる回復力。メンバーそれぞれがこうしたものを重視して、皆で一緒に維持していくカルチャー、つまり風土が大切ということですね。本当にそうだと思います!

石倉さん、本日は、お忙しいところ、たくさんのお話をお聞かせくださいまして、本当に愛りがとうございました! これからも、日本発の医療イノベーションの活性化に、ますますご尽力されることと思います。素晴らしい日本の未来を作っていきましょう!

石倉氏のイノベーション哲学を示した画像です

以上

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