第13回 社内起業家や学生起業家を生み出すワークショップ/イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

スタートアップ企業を立ち上げる起業家をアントレプレナー「Entrepreneur」と呼ぶことに対し、大企業や中小企業の中「Inner」で、新規事業開発やオープンイノベーション創出活動をする人材のことを「Intrapreneur」社内起業家(イントレプレナー)と呼びます。

私は全国の大学や高専(高等専門学校)、アクセラレーター(スタートアップ企業向けの教育プログラム)などで、アントレプレナーシップ(起業家精神)の講義を行って、学生起業家やスタートアップ企業を生み出してきました。さらに、大企業や中小企業におけるイントレプレナーを育てるためのワークショップでは、スタートアップ企業を運営する上で重要なことを、擬似体験を通して理解していただいております。

今の大企業の重要な課題の一つであるオープンイノベーション創出では、スタートアップ支援として、アクセラレーターや投資、バイアウトをする以前に、支援者自身がスタートアップの働き方を理解し、同じようなマインドを持つ必要があります。

そのために、私のワークショップでは、「チーム作り」を学んでいただきます。

これまでの私のコラムでも、チーム作りの重要性についてお伝えしてきましたが、今回は、頭で理解するだけではなく、擬似体験を通して学ぶ「ワークショップ」の流れについてご説明いたします。これは、大企業であろうと、中小企業であろうと、リーダーにとって必要な知識ですので、ぜひ社内研修などにご活用ください。

1 ワークショップ全体の流れ

はじめに、チームを作ります。1チームは最低4名から5名は必要で、全体で5チームから7チームくらいあると盛り上がります。それよりも少なくても、全体の内容がより理解できたり、フィードバックを与え合ったりできるので問題ありません。

次に、チームごとにサービス開発(ワークショップでは、デモできる状態まで持っていきます)を行います。

最後に、アクセラレーターのデモデイ(プログラム最終日に、サービスやプロダクトのデモンストレーションを行い、投資家を見つけるもの)を仮定して、チーム全体でのピッチ(資金調達するために投資家向けに3分間でビジネスモデルをプレゼンテーション)を行います。

それを聞いている全員がエンジェル投資家になったつもりで投資金額を決め、調達金額の多い順に、1位から3位までを表彰します。

このようなワークショップは、大企業などでは2.5日間で行うケースもあります。また、大学などでは午前と午後で合計4~6時間で行いますが、最短では2時間で行う場合もあります。

2 CEOを決めよう!

チーム作りは、まず、Founder&CEOがいなくては始まりません。CEOとは、皆さんご存知の通りChief Executive Officerの略で、最高経営責任者、つまり日本でいう社長のことですね。そこで、CEOになりたい人に挙手をお願いします。すると、リーダーになりたい方や、すでにリーダーの方が手を挙げてくださいます。もし、必要な人数に達しない場合は「本当は社長をやってみたい人?」などと問いかけると、実は心の底ではやってみたいと思っている人が意外にいるものです。

では、CEOの仕事とは何でしょうか?

CEOが夢を持たないと、スタートアップを起こそうとは思わないでしょう。CEOが夢を語らないと、誰も集まりません。つまり、世界を変えるような「大きなビジョン」を掲げること、これまで大企業でさえ成し遂げられなかったような社会課題をどうにか解決したいという夢を持つことがCEOの第一の仕事です。そして「なぜこの事業を始めたのか、何を実現したいのか」を、ビジネスプラン(事業計画書、pitch deck)に落とし込んでいく必要があります。

次に、そのビジョンを実現できるチームを作らなければなりません。

最高のスタートアップのアイデアには3つの共通項があり、これはMicrosoft、Apple、Yahoo、Google、Facebookにも共通するものです。

  • 創業者(Founder)自身が望むものであり、
  • 自分自身が構築できるものであり、
  • やる価値があると認識している人が他にほとんどいない

起業当初のスタートアップ企業にとって、Founder自身がエンジニアとして、自らのビジョンを形にできる(サービスやプロダクト開発)に越したことはないですが、全て完成させられる人はほとんどいないでしょう。だからこそチームが必要ですし、ある意味、自分よりも優秀な人材を各分野で招いて、最強チームを作っていくことが重要なのです。

3 CTOを見つけよう!

ワークショップでは、CEOが45秒から1分間、みんなの前で、自身の抱く大きなビジョンを語り、CTOになってくれる方を探します。

CTOとは、Chief Technology Officerの略で、最高技術責任者です。技術と経営が分かっている人物で、プロダクト開発の責任者として、エンジニアチームの評価、育成も行います。

CEOだけでは、プロダクトを実際に開発するのは困難な場合も多く、テクノロジーを理解し、エンジニアチームを率先してリードしてくれるCTOの存在が必要になるのです。

つまり、CEOのビジョンを形に落とし込んで、プロトタイプ(デモンストレーション目的や新技術・新機構の検証、試験、量産前での問題点の洗い出しのために設計)できる人物が好ましいでしょう。

4 CFO、CMO、COOを見つけよう!

ワークショップでは、CEOとCTOとで話し合い、自分たちがすでに持っているテクノロジーで、どのような問題解決に取り組むかというビジョンを発表して、チームメンバーを獲得していただきます。

話し合いの間に、CEOとCTO以外の人に向け、私からそれぞれのCXO人材の役割について講義を行います。

CFOとは、Chief Financial Officerの略で、最高財務責任者です。

CEOが掲げた壮大なビジョンを基に、CTOを中心としてプロダクト開発チームを作りますが、そこで開発費用の問題が出てきます。エンジニアを何人雇用するかという「人件費」もそうですが、シリコンバレーの場合、相当高いです。

その値段も含めて、CEOと共に、資金調達について、ベンチャーキャピタルや金融機関と交渉してくれる人物こそCFOです。また、優秀なCFOは、資金調達後も事業戦略の執行も兼ねるケースもあります。金融機関出身のCEOは、CFOの役目を果たすこともあります(エンジニア出身のCEOは、CTOを兼務する場合もあります)。

CMOとは、Chief Marketing Officerの略で、最高マーケティング責任者です。資金調達の前後における大規模なマーケティング戦略をリードする人物で、利益を最大化する最終責任を負います。CMOは、ユーザーの獲得、またはクライアントの獲得のために、最適なマーケティングの手法を選択し、その実行のためにマーケティングチームをリードします。

COOとは、Chief Operation Officerの略で、最高執行責任者です。CEOに続くナンバー2のポジションですが、スタートアップ企業にとって、資金調達ができた後に事業を成長させるために、プロ経営者を雇う段階でCOOの存在が重要になってきます。

有名な話では、Facebookの創業者でCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は、マネタイズに悩んだ際に、ハーバードビジネススクールMBAホールダーであり、Googleを大きくした実績を持つシェリル・サンドバーグ氏をCOOとして迎え入れました。その後、Facebookは広告ビジネスとして大きな利益を生み出し始めました。

5 チームができたら、ビジネスモデルを考えよう!

CEO、CTO、CFO、CMO、COOの5名のチームができたら、会社の名前を考え、スタートアップ企業を運営している幹部のように、ビジネス戦略をみんなで話し合います。実際にシリコンバレーで起業したことを想定して、イノベーティブなサービスの開発を目指します。

また、Tech Crunchなどの著名テックイベントでピッチすることをイメージして、チームで、どのようなピッチをしたら投資家たちから出資を受けることができるか話し合いながら、ビジネスの事業計画書(投資家向けのピッチ資料)を作ります。

ワークショップをしていると、時に「斬新なアイデアが思いつかない」と壁にぶつかるチームもあります。そのような場合に私は「社会のどんな問題が気になりますか?」「最近どんなことで困っていますか?」「誰のどんな問題を助けたいと思いますか?」と質問するようにしています。すると自然と「このような問題を解決したい」と答えが返ってきます。

それから私は「あなたたちの研究や技術、テクノロジーで、その問題の解決を試みたらどうでしょうか?」とお伝えします。また、ハッカソン(Hackathon)やアイデアソン(Ideathon)を真似ると良い場合は、その方法もお伝えします。

ハッカソンとは、チームメンバーのアイデアや持っているスキルを合わせ、短期間に集中してサービスやアプリケーションを開発することです。COOの役割の代わりに、デザイナーがいても良いチームになる場合もありますし、IT技術者が多ければ行いやすいでしょう。ピッチの際もプロダクトを見せながら話せば、説得力も上がります。ちなみに、Facebookの「いいね!」ボタンも、ハッカソンからアイデアが生まれました。

アイデアソンとは、よりアイデアを出すことに重きを置くもので、ディスカッションを通じでアイデアをブラッシュアップしていきます。行う際のポイントとしては、「実現可能かどうか」などは重要視せず、突拍子もないと思えるような大胆なアイデアでもどんどん褒め合い、とにかく新しいアイデアが出しやすい環境を作ることです。凝り固まった頭で考えても、イノベーティブな発想は湧きにくいので、拍手やハイタッチなどを取り入れ盛り上げながら行うことで、思わぬ良いアイデアに辿り着きやすくなります。

6 3分間ピッチの準備をしよう!

チームで話し合い、ピッチ資料とプロトタイプを作ったら、3分間のピッチの準備をしましょう。

ピッチのやり方については、7つの順序を以前の記事で書いていますので、こちらをご覧ください。

7 3分間ピッチをしよう!

チームごとにピッチを行います。シリコンバレーのスタートアップのCEOのように、堂々とみんなの前で、チームで練り上げたビジネスについて3分間ピッチしてください。

全てのチームの発表を聞いて、ジャッジを行います。審査員がいない場合は、お互いにエンジェル投資家になったつもりで自分以外のチームの点数をつけてみましょう。先ほどのピッチの7つのポイントに沿って点数をつけても効果的でしょう。

8 表彰とフィードバック!

ジャッジの点数を集計して、優勝チーム、準優勝、3位の表彰を行います。結構ドキドキして盛り上がります。また、各チームに点数を公表すれば、点数が表す面と向かっては言えないオネストフィードバック(正直な感想)から学ぶこともあるでしょう。

審査員がいる場合は、どうしたらもっと良くなるか、感想を伝えることで学びを深めることができます。また、ユーザー目線のフィードバックも貴重なので、参加者同士で意見を伝え合える時間を作ることも大切です。この時、表彰状なども準備しておくと盛り上がります。

9 チームと個人の今後の目標!

チームごとに短期間で0から1を作るチャレンジをした後は、お互いの良いところを褒め合い、チームでの今後の成長と個人としての課題をきちんとノートに書いて復習に役立てましょう。

普段、個人で頑張っているエンジニアも、いざCTOの役割をすると意外にコミュニケーションを仲間と取るのが難しいという発見をするかもしれません。良かった点や悔しかった点を踏まえ、今後どうしたらより成長できるかを話し合うことが重要なのです。

このような私のワークショップを通して、実際に大企業からスピンオフして社内企業ができたり、大学生起業家が生まれたり、スタートアップやベンチャーキャピタルでインターンを始めた大学生も出てきました。また、ワークショップの途中で話す、シリコンバレーやハーバードで学んだことや、世界中のスタートアップエコシステムの話などにインスパイアされ、アメリカやエストニアに羽ばたいていった学生たちもいます。

こうした参加者の変化によってイノベーションを起こすカルチャーが生まれたり、社内起業家や学生起業家が増えたりすることは嬉しい限りです。また、自分たちでスタートアップを起業しない場合でも、スタートアップ企業とコラボレーションをする際に、相手の立場に立って考えられるようになり、より協業がスムーズになるようです。

オープンイノベーションという言葉はよく聞くようになりましたが、実際にどうしたら良いのか手探りなことも多いでしょう。そのような方々が、ワークショップによる擬似体験を通して、オープンイノベーションを加速するマインドやスキルを身につけ、より良いイノベーターとなるためのお手伝いをこれからも行いたいと思います。世界により良いイノベーションが溢れることを願っております。

皆さん、最後まで読んでくださり、愛りがとうございます(愛+ありがとう)。森若幸次郎ことジョンがお届けいたしました。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年11月18日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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【弁護士監修】売掛金の回収や出資者とのトラブルをどう解決するか?

日ごろからスタートアップ支援をされているのぞみ総合法律事務所の3名の弁護士に、創業間もない時期に抱えがちな法務トラブルと、それを避けるための方法や対応についてお話いただいた内容をまとめたシリーズです。

第2回のテーマは、売掛金の回収などお金をめぐるトラブルです。

1 やっぱり多い! 売掛金のトラブル

市毛弁護士

スタートアップは、お金に関するトラブルも多いですね。

創業間もない頃は、まず売上を計上することに一生懸命です。そのため、買い手から「来月払いますから」などと言われたとおり信用し、全く与信調査などをしないまま取引に応じ、結局約束の期日には払ってもらえない、さらには売掛金が回収できないというケースは少なくありません。

買い手が代金を払わない理由はさまざまです。資力が乏しく払えない、仕入れた商品を転売してもうけようと思ったが転売できなかった、あるいは商品を債権者に差し押さえられてしまったといったことが想定されます。中には、(買い手の)債権者からの追求をかわすため、形ある商品を納入させそれが売れれば返済ができるかのように見せかけるなど、利用されるケースもあります。最後の例などは、仕入元を巻き込んでの“自転車操業”です。

りそなCollaborare事務局(以下「事務局」)

う~ん。それはひどいですね。

一方で、スタートアップは売上が欲しいですし、特にどのようなことに注意するのがよいでしょうか?

市毛弁護士

資金繰りが苦しい創業当初は、「この日に入金されるだろう」と期待していたお金が入ってこないことの影響は計りしれません。自分自身がお金を借りていて、その日に返さなければいけない立場にあれば、支払停止、そして倒産の危機にもつながります。ですから、本来は、「キャッシュオンデリバリー(現金取引)」が一番安全です。

また、掛け売りの取引をするのであれば、売掛金が確実に回収できるような手当てをしておくことが不可欠です。掛け売りは、相手にお金を貸しているのと同じとだという認識を持ちましょう。普通、資力の乏しい相手に、無担保無保証で、200万円、300万円ものお金を貸したりしないはずです。

ですから、相手が本当にお金を払える資力があるかどうかを、きちんと調べましょう。その後、信用状態に不安があれば、どうやって保全するのかを弁護士に相談するのがよいでしょう。保全策としては、「資力のある保証人」あるいは「不動産や売掛金などを担保に入れる」などの方法や書面の作り方などもアドバイスすることができますので。

結城弁護士

取引についてきちんと契約書を作成するのも、相手に約束違反をさせないための一つの解決策になりますね。契約書を取り交わさずに、注文書・請書のやりとりだけで取引をするのと、契約書があって、支払期限に遅れるとこんなペナルティーがあると分かっているのでは、違反の可能性は当然変わってきます。

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2 出資者とのトラブルも多い

市毛弁護士

それから、お金周りのトラブルでよく見聞きするのが、「お金を出している人、つまり出資者が、その意に沿わないことがあると、突然お金を返せと要求してくる」というケースもあります。「自分はお金を出しているのだから、経営に関して当然に口を出せるのだ」と考える人が結構いるためです。「出資」なのか「貸付」なのか、発言権や返還請求権などが法的に成り立つのかどうかは、事情により全く異なります。

トラブルが発生した場合、「出資」であったとしても、「このお金は返してもらえることになっていたはずだ」と、主張されることもよくあります。

清永弁護士

契約書のような書面が作られていて、「出資」というタイトルになっていても、内容を見ると実は「貸付」だということもあり、こうした場合は、余計にトラブルになります。お金を出してもらう側としても、「出資」なのか「貸付」なのか、明確にすることが大切ですね。

本当は、複数の人がこれから先一緒にビジネスを進めていこうとする場合、将来うまくいかなくなる可能性や、事業・会社を畳む可能性などもあらかじめ想定して、曖昧な部分がないように取り決めをしておくべきです。「これからやっていこう!」という意欲と希望に燃えているときに、うまくいかない場合のことを考えるのは難しいかもしれませんが、やはり万一のことも想定して契約を交わすことが大切です。

市毛弁護士

そうですね。また、たとえ契約書と書いていなくても、確認文書やメールの文面でも、契約(合意)成立を証明する一つの手段になりうることにも注意が必要です。セールストークで想定外の義務を負わされることがないよう、ステークホルダーとの付き合いの中でも、法的な権利義務が生じるのはどの段階か、あらかじめ明示しておくべきでしょう。

とはいえ、そもそも何をどう決めて、明示すべきか、分からない場合は、しろうと判断をするのではなく、専門家である弁護士に相談すべきでしょう。

私たち弁護士はトラブルになってから相談を受けることが多いのですが、事業開始前に、「どのようなリスクがあるのか、どうしたらリスクが回避できるのか」という予防の段階から相談していただくのが効果的で、早めに手を打つことで結局は紛争解決費用も抑えられます。「早く相談してくれればこんなトラブルにならなかったのに……」と感じることが少なくないです。

結城弁護士

弁護士のようにリスクばっかり気にしていたら経営者なんてやってられない、と思う方もいるかもしれませんが、そんな経営者でも、さすがにこれだけはまずい、ということがあると思うのです。例えば、創業間もない会社で経営を支えるあなたの右腕が、別の中心人物とともに、会社の技術と顧客情報を持ち出して、ライバル企業に移籍したらどうなるでしょうか。お金に関する問題であれば、現在の売上に比べて非常に大きな取引を持ちかけられ、なんとかその取引を獲得しようと、なんら契約などを交わす前に設備投資や人員の採用を行ってしまって、結果、取引成立に至らなければどうなるでしょうか。今の会社にとって重大なリスクを理解できているか、どうすればそのリスクを回避、低減できるかを考えながら、ビジネスを進めていくことが大切だと思います。

事務局

ありがとうございました。お金に関する問題はとても大事ですね。外部の取引先はもちろんですが、共同経営者や出資者との関係にも注意しなければならないということですね。

次回は、今回と関連して、危ない取引先の見分け方についてお伺いします。


あわせて読む
弁護士が教える 創業間もない時期の法務トラブル

以上

(監修 のぞみ総合法律事務所 弁護士 市毛由美子、清永敬文、結城大輔)

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【2019年11月弁護士再監修】売買契約(瑕疵担保責任から契約不適合責任へ)〜民法改正と契約書の見直し(7)

こんにちは、弁護士の佐藤文行と申します。シリーズ「民法改正と契約書の見直し」の第7回は、売買契約、その中でも特に、今回の民法改正で大きく法律の考え方が変わった担保責任を中心に扱います。

1 担保責任とは

例えば、A社がB社から従業員用にスマートフォン50台を購入したものの、実際に納品されたスマートフォンの数が45台しかなかったり、納品されたスマートフォンのタッチパネルの感度が悪かったりした場合、A社はB社に対してどのような請求が可能なのでしょうか。

このように、物の売買などにおいて、その物に欠陥(数量不足を含みます)があった場合に、売主が負う責任のことを担保責任といいます。改正民法では、この担保責任について、以下にご説明するように、「契約不適合責任」として整理をしています。

なお、改正民法では、担保責任が認められる場合には、通常の債務不履行に基づく損害賠償請求や契約の解除も可能ですので、買主としては、これらの中から最も自分にとって望ましい対応手段を選択することになります(詳細については本シリーズ第2回「債務不履行に基づく損害賠償請求」および第3回「契約の解除と危険負担」をご参照ください)。

2 担保責任の改正内容

1)瑕疵から契約不適合へ

現行民法では、「売買の目的物に隠れた瑕疵(かし)があったとき」に、売主の担保責任が認められていました。

しかし、「瑕疵」という言葉の意味は分かりにくいですし、客観的にキズがあれば、常に売主は担保責任を負うとの誤解を招きかねません。そこで、改正民法では、売買の目的物が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しない場合」に、売主の担保責任を認めることとしました(契約不適合責任)。

「契約の内容に適合」するか否かとは、要するに、売主と買主とが契約で合意した品質や数量の品物が実際に引き渡されているかどうか、ということです。従って、先の例では、スマートフォンの台数不足が契約不適合となることは明らかです。タッチパネルの感度不足については、もっと感度の良いタッチパネルを使用したスマートフォンを納品することが契約で合意されていたのであれば、契約不適合となります。

2)契約不適合の場合の買主の対抗手段

それでは、売買の目的物に契約不適合があった場合に、買主は、担保責任の追及としてどのような対抗手段をとることができるのでしょうか。

1.買主の追完請求権

この点について、改正民法では、まず、買主が売主に対して、一定の場合を除き、その物の修補や代替物の引渡し等を請求できることが明文化されました(追完請求権)。先の例では、A社は、スマートフォンの修理や交換、不足分の追納を求めることができます。

この追完請求権は、追完の方法が複数ある場合には、買主の希望する方法によることを原則としていますが、買主に不相当な負担を課すものでないときは、売主がその方法を選択できることとされています。ただし、契約不適合が買主の責任である場合には、追完を求めることはできません

2.買主の代金減額請求権

また、買主が追完を求めても売主が追完をしない場合や、そもそも追完が不能である場合には、買主は、売買代金の減額を請求できることも改正民法で新たに規定されました(代金減額請求権)。先の例では、A社はB社に対して、スマートフォンの代金の減額を求めることができます。もっとも、納品された台数が不足する場合であれば、不足分のスマートフォンの代金相当額を減額するのが通常でしょうが、タッチパネルの感度不足の場合にいくら減額するのが妥当なのかは、なかなか難しい問題です。

なお、契約不適合が買主の責任である場合に代金減額を求めることができないのは、追完請求権と同様です。

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3 契約書の見直し

次に、これらの改正民法の規定を踏まえて、具体的に売買契約書のどのような点について見直しを検討すべきか見ていきましょう。

1)売買の目的物の品質等の特定の程度

先に述べた通り、「契約の内容に適合」するか否かとは、売主と買主とが契約で合意した品質や数量の品物が実際に引き渡されているかどうか、ということです。従って、今後は、これまで以上に、当事者の合意内容を記載した書面である契約書にて品物の品質や仕様などを具体的に定めておくことが、契約不適合の有無に関する紛争を防ぐために重要となります(ただし、実際には、合意内容は、契約書の文言だけではなく、契約の目的や契約締結の経緯、取引通念なども考慮されます)。具体的には、仕様書を契約書別紙として添付しておくなどの対応が考えられるでしょう。

2)追完請求権について

改正民法では、追完の方法について、一定の場合に売主がその方法を選択できることとされています。しかし、買主としては、修補で対応してもらうのではなく、あくまで同等の品質の新品をあらためて納品してもらいたい場合もあるでしょう。

このような場合には、買主の立場からは、以下のように、売主の方法選択権を排除しておくことが考えられます(なお、改正民法の担保責任に関する規定は、当事者の合意によって排除・変更することが可能であると考えられます)。

本件動産が種類、品質又は数量に関して本契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、本件動産の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができるものとする。この場合、売主は、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることはできないものとする。

他方で、売主の立場からは、新品を確保して納品するよりも修補により対応したほうがコスト的に優れているということもあると思いますが、法律の規定では、買主から新品の納品を求められれば、原則としてこれに応じなければなりません。そこで、以下のように、買主の追完請求権を制限しておくことが考えられます。

本件動産が種類、品質又は数量に関して本契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、修補又は不足分の引渡しによってのみ履行の追完を請求することができるものとする。

3)代金減額請求権について

買主が代金減額請求権を行使するためには、まず売主に対して追完を求めることが必要となります。しかし、売主側の修補や代替物の確保に長時間を要することが見込まれる場合など、買主が直ちに代金減額により解決を図りたいケースもあるかもしれません。

このような場合には、買主としては、以下のように、催告を要せずして代金減額請求をなし得るようにしておくことが考えられます。

~(略)~。この場合、買主は、売主に対し、履行の追完の催告をすることなく、直ちに、不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる。

他方で、売主の立場からは、このような代金減額請求自体を排除しておくことが考えられますが、その場合であっても、通常の損害賠償請求を受ける可能性はありますので注意が必要です。

次回は、消費貸借契約について解説いたします。


あわせて読む
民法改正と契約書の見直し

以上

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ABCの考え方/コスト削減の教科書

書いてあること

  • 主な読者:取コスト削減を図りたい製造業の部門担当者
  • 課題:コスト削減のための具体的なフローを知りたい
  • 解決策:ABC(Activity-Based Costing:活動基準原価計算)を利用したコスト削減方法を実践してみる

1 ABCの考え方

1)ABCとは

ABC(Activity-Based Costing:活動基準原価計算)は、原価計算手法の1つです。ABCでは、さまざまな企業活動(アクティビティ)を基準に原価を集計します。その特長は、従来の原価管理手法では詳細に把握することができなかった間接費を、より正確につかめることにあります。製造業におけるABCのイメージは次の通りです。

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2)業務プロセスの明確化

自社の業務プロセスを、フローチャートなどを用いて明らかにします。製造業の業務プロセスは、一般的に「購買→材料在庫→製造→製品在庫→販売」などの主要業務、「経理」「人事」などの支援業務に分けられます。

3)業務をアクティビティに細分類

主要業務の「製造」に注目します。管理者や実務担当者にヒアリングすると、「製造」は、さらに「材料出庫」「段取り」「加工」「組み立て」「検査」「梱包」などのアクティビティに細分類できるでしょう。

4)アクティビティごとのコストを把握

アクティビティごとのコストは、単価と時間と回数を掛け合わせて計算します。そのため、前述したヒアリングの際に、作業時間や回数についても明らかにすることが重要になります。

5)労務費以外への展開

アクティビティを行うために投入する経営資源を、金額に換算してコストを把握します。業種やABCを活用する目的などによって異なるため一概には言えませんが、製造業の場合、次のように考えられます。

  • 材料費:原材料などに関する費用で、原材料費や買入部品費など
  • 労務費:従業員を雇用することにより発生する費用で、賃金や法定福利費など
  • 経費:材料費と労務費以外の費用で、賃借料や水道光熱費など

「材料費」「労務費」「経費」の3つの費目は、従来通りの原価計算で直接費と間接費に分類できます。ABCが主に対象とするのは、製品などに直接配賦することのできない間接材料費・間接労務費・間接経費です。

2 ABCの活用例

1)業務プロセスを明確にする

最終消費財メーカーX社の生産部門における製造業務を例に、ABCの活用例を見ていきます。X社の生産部門における業務プロセスは次の通りです。

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X社では、原材料の仕入先から材料を購入し、それを加工・組み立てることで製品化しています。完成した製品は製品在庫として一時保管した後、注文に応じて出庫されることになります。また、これら一連の製造部門のプロセスは、現在の製品在庫量や受注量などを勘案した上で作成された、生産計画に基づいて実施・管理されています。

2)アクティビティを明確にする

X社では、作成したフローチャートを基に、各部門の責任者などへのヒアリングを実施しながら、各業務のプロセスのアクティビティを明確にし、製造部門のアクティビティを「材料出庫」「段取り」「工程待ち」「加工・組み立て」「検査」「梱包」の6つに分類しました。X社の製造業務のアクティビティは次の通りです。

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3)投入要素の算出

X社では、製造原価報告書などの財務データを基に、製造業務で発生している費用を次の4つの投入要素に分類しました。

  • 間接材料費:補助材料費など製造部門で使用している直接材料費以外の費用
  • 労務費:従業員の賃金など製品の製造にかかった費用
  • 設備関係費:経費の中で製造部門に配置されている機械類に関わる修繕費など
  • その他経費:上記以外に発生する費用(水道光熱費など)

労務費およびその他経費は、各アクティビティに関する費用をできるだけ正確に把握する目的から、直接労務費・直接経費を含むこととしました。これら4つの投入要素を業務ごとに分析した結果、製造業務の4つの投入要素は次の通りで、合計1850万円となっていることが分かりました。

  • 間接材料費:100万円
  • 労務費:1200万円
  • 設備関係費:350万円
  • その他経費:200万円

4)投入要素別コストの算出・配賦

X社では、間接材料費は全て「加工・組み立て」で発生しているため、このアクティビティに配賦しました。また、「労務費=作業時間」「設備関係費=(機械設備の)稼働時間」「その他経費=作業時間」と配賦基準を定め、それに従って投入要素を各アクティビティに配賦して算出しました。

X社の製造業務のアクティビティコストは次の通りです。

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5)アクティビティコストを各製品に配賦する

X社では、製品Aと製品Bを製造しています。これらを製造するのにかかった作業時間・稼働時間を基にアクティビティごとの単価を算出し、「4)投入要素別コストの算出・配賦」でアクティビティ別に算出されたアクティビティコストと掛け合わせると、製品別コストが算出されます。X社の製造業務における製品別コストは次の通りです。

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X社の製造業務における製品別コストは、次の結果になりました。

  • 製品A:1071万円
  • 製品B:779万円

3 ABCをコスト削減のために活用するには

1)付加価値を生み出さないアクティビティに注目する

本来、自社の業務は、「部品を加工・組み立てて製品にする」など、新たな付加価値を生み出すために行われることが理想です。しかし、実際には、付加価値を全く生み出さない、あるいは付加価値をほとんど生み出さない業務が見られる場合があります。

ABCでは、現在の自社における業務プロセスと、その業務プロセスを構成している具体的な活動(アクティビティ)を明確に定義します。すると、削減すべき付加価値を生み出さないアクティビティを把握することができます。

例えば、X社の製造業務プロセスにおいては、「工程待ち」は全く付加価値を生み出さないため無駄であり、できる限り「工程待ち」の時間をゼロに近づけることが理想です。また、「段取り」は「加工・組み立て」を行うために欠かすことのできないアクティビティですが、それ自体に付加価値はないため、「段取り」の時間を短縮する取り組みが必要です。

ABCでは各アクティビティにかかるコストも明確にしていることから、無駄なアクティビティの削減に対する取り組みの効果や、進捗状況などを具体的な金額として、定量的に把握できるというメリットがあります。

2)コストの高いアクティビティに注目する

ABCをコストダウンに活用する際のもう1つの視点は、コストの高いアクティビティに注目することです。もちろん、コストが高いアクティビティでも、それに見合うだけの付加価値を生み出していれば、経営資源が適正に配賦されているということになります。

しかし、コストの高いアクティビティには、無駄なコストを生み出す要因が潜んでいることがしばしばあります。そのため、コストの高いアクティビティを細分化してより詳細に分析を行い、無駄なコストが発生していないかを確認することが必要です。

以上(2019年11月)

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画像:pixabay

【朝礼】理想の姿を描けば、なすべきことが見えてくる

ここ数カ月、私は知り合いの経営者に勧められて、「経営道場」なるものに参加しています。ここでは、受動的に学ぶのではなく、能動的にあるべき「理想の姿」を追求していきます。そして、理想の姿を実現するために足りていない部分を認識し、それを埋めるために最も効果的な取り組みを検討、実行します。

この一連の流れを繰り返す、こんなシンプルな経営道場での活動を通じて、私はとても重要な2つの気付きを得ました。今朝は、それを皆さんにお伝えします。

1つ目の気付きは、「『理想の姿』を持つ」ことの大切さです。経営道場の参加者は、向上心あふれる経営者ばかりなので、仕事についての理想の姿を熱く語ることができます。理想の姿を実現したいという思いは、日々の活力になります。

皆さんはどうですか。仕事でもプライベートでも結構です。「理想の姿」はありますか?

もしかすると、仕事について理想の姿を持つことは難しいかもしれません。私や上司の指示に従うことに慣れ過ぎていて、自由に発想することが苦手になっているかもしれないからです。

では、「皆さんに、仕事上の課題はありますか?」という質問ならどうですか。

こちらのほうが答えやすいのではないでしょうか。謙遜もあるかもしれませんが、自分の至らない部分、つまり課題を挙げるのは比較的、簡単なことでしょう。

問題は、皆さんが挙げた課題のほとんどが、改善に向かっていないと思われることです。それはなぜか。厳しい言い方かもしれませんが、課題について深く考えていないからです。この朝礼のように、課題の解決を約束するような場でなければ、「何となく、このままではいけない」と思っている程度のものについて、さも自分が思い悩んでいる重要な課題として話していないでしょうか。

ここで、経営道場で学んだ、重要な2つ目の気付きが活きてきます。それは、「自分を疑う」ことです。経営道場で私も熱く理想の姿を語りました。しかし、他の経営者から突っ込んだ質問をされると言葉に詰まってしまいました。考えているようで、実は表面的なところしか捉えていなかったのです。そこで、何度も何度も「それは本当に自分の理想なのか?」と自分に問いかけた結果、表面的な部分がそぎ落とされていき、本当の理想に近づけたのです。

理想が明確になると、今、克服しなければならない課題も分かります。課題を公式化すると、「理想-現実=課題」となります。本気で願う「理想の姿」から、正しい「現実」を引き算した結果が、今、取り組むべき本当の課題なのです。

ビジネスでは正しい課題設定が重要です。ただし、足元を見るだけでは正しい課題は見つかりません。思いつきレベルの課題でお茶を濁すのは、論外です。本当に重要な課題は、「理想の姿」を描くことで見つかるものなのです。

以上(2019年11月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】勝ちたければ、やるべきことはひとつ

今日は皆さんに、私が知っているある2人の話をします。2人とも、私がよく行くビリヤード場で一緒にビリヤードをする人です。その2人の話から何を感じるか、それぞれ考えてみてください。

1人は、ビリヤードを始めてまだ2カ月とほぼ初心者なのですが、とても研究熱心です。ビリヤードのプロの動画を何度も何度も見て正しいフォームを一から覚え、ビリヤード場で繰り返し練習しています。思うように玉を突けないときは、プロの動画を改めて見直したり、ビリヤードの上手な人に頭を下げて教えてもらったりしています。やみくもに自分の突き方だけを押し通そうとせず、素直に教えを聞き、自分の良くない点を改善しようとしているのです。

こうした姿勢でビリヤードに取り組む彼は、まだ始めてたった2カ月ですが、どんどん腕を上げ、時にはビリヤード歴の長い人に勝つこともあるくらいです。

一方、もう1人は、かれこれ、もう2年以上ビリヤード場に通っている人ですが、言葉を選ばずに言えば、実に下手で、誰かに勝っているのをほとんど見たことがありません。研究熱心な彼とは違い、練習したり誰かに教わったりするわけでもないので、一向に上達する気配もありません。単にビリヤードをすること自体が好きなのかと思っていましたが、本人はとても負けず嫌いな性格で、「勝ちたい」といつも言っています。負けると悔し涙を浮かべることもあるくらいです。

研究熱心な彼と、上手ではない彼は、「勝ちたい」という気持ちは同じです。しかし、気持ちは同じでも、それを原動力にして実際に行動に移したかどうかで、その先は大きく違ってきます。

研究熱心な彼は、勝ちたいと思うからこそ、研究し、練習したり教わったりするのは当たり前だといつも言っています。これには非常に共感しますし、彼の本気度合いが伝わってきます。

その一方で、本人はどう考えているのか分かりませんが、上手ではない彼が「勝ちたい」と言っていても、とても本気には思えません。「勝ちたい」と言う割に、勝つための努力や工夫をしようとしていないからです。負けて悔し涙を浮かべるのも、「誰かに負けてしまう」という事実を、感情的に嫌がっているようにしか見えないのです。

ビリヤードは単なる遊びですが、この2人の行動は、仕事にも通じるところがあると思います。皆さんも、日ごろ仕事で、「こうすればいいのに」「もっとこうしたい」などといろいろと言うことがあるでしょう。果たして、皆さんの「こうしたい」は、どれだけ本気で言っていることなのでしょうか。皆さんは、「こうしたい」ことを、実際にどのような行動に移しましたか。

口であれこれ言うのは簡単です。誰でもできることです。大切なのは、その先に、実際に具体的な行動に移したかどうかです。皆さん、「口だけ」は早く卒業してください。行動が全てです。皆さんの本気の行動を期待しています。

以上(2019年11月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】自分の「人付き合いルール」を持つ意味

先日、とても尊敬しているメンターの方から、人付き合いについて大切なことを教えてもらいましたので、それを皆さんに共有します。

実は、私は最近、仕事上で協業する可能性がある人との人間関係に困っていました。相手は悪い人ではないし、仕事で協業できそうなことも多いのですが、言動を見ているとどこか違和感があり、なんとなく打ち解けられずにいたのです。

そうした折、メンターの方とお会いする機会があったので、相手の実名は出さずに、私の心持ちだけを打ち明けてみました。するとメンターの方は、私にこう尋ねたのです。

「あなたが、『付き合わない』と決めているのは、どのような人ですか?」

正直に言えば、これまで私は、そうした視点で考えたことはありませんでした。「どのような人と付き合いたいか」と聞かれたら、恐らくすぐに答えることができたでしょう。しかし、「どのような人とは『付き合わない』のか」という問いかけに、私は答えることができませんでした。

メンターの方は続けて言いました。「経営者ともなると、多くの人と出会います。だからこそ、『こういう人とは付き合わない』というルールを持っておくことが、あなた自身と会社を守ることにつながります。『付き合わない』というルールに当てはまる人に出会ったら、早いうちに、お付き合いをお断りするのがよいでしょう。ただし、謙虚な気持ちで丁寧にお断りすることです」

私は、どのような人とは「付き合わない」のかをじっくりと考えてみました。私にとって大切なのは、やはり、「人」です。特に、社員や部下を大切にしていないと感じる人とは、たとえ仕事上のメリットがあっても、付き合いたくありません。当社の社員である皆さんのことも大切にしてもらえないような気がするからです。それが私の人付き合いのルールなのだと、初めて実感しました。

恐らく、私は今回、そうした点で相手に違和感を持ったのでしょう。その人との協業の話は、お断りしました。ただし、これはあくまでも私の主観です。実は社員や部下を大切にする人なのに、私が未熟で、そのことに気付けなかっただけなのかもしれません。そう考えると、メンターの方が言う「お断りは、謙虚な気持ちで丁寧に」というのも、よく分かる気がしたのです。

今日お伝えしたことは、皆さんには、まだピンとこないかもしれません。しかし、「こういう人とは付き合わない」という自分のルールを決めておくことは、皆さん自身が「どのように仕事をしていきたいか」「どのような人生を送りたいか」につながっていくのではないでしょうか。

ちなみに、尊敬するメンターの方は、「人の時間を大切にしない人とは付き合わない」と決めています。遅刻の他、自分勝手に仕事を進め、周りへの配慮がない人も該当するそうです。そうした方にお付き合いいただけることに感謝し、自分を顧みる軸にしようと、改めて感じました。

以上(2019年11月)

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画像:Mariko Mitsuda

【規程・文例集】「私有スマートデバイス取扱規程」のひな型

書いてあること

  • 主な読者:最新法令に対応し、運営上で無理のない会社規程のひな型が欲しい経営者、実務担当者
  • 課題:法令改正へのキャッチアップが難しい。また、内規として運用してきたが法的に適切か判断が難しい
  • 解決策:弁護士や社会保険労務士、公認会計士などの専門家が監修したひな型を利用する

1 私有スマートデバイスを業務に利用する「BYOD」

スマートフォンやタブレット端末などの携行可能な情報通信機器(以下「スマートデバイス」)が普及し、従業員が私有スマートデバイスを業務に利用する「BYOD」(Bring Your Own Device)という考え方が広まっています。

従業員にとってBYODは、使い慣れたスマートデバイスで、自ら導入したアプリケーション(アプリ)やクラウドサービスを利用し、いつでもどこでも業務を行えるという面で大きなメリットがあります。例えば、次のような行為を日常的にしているビジネスパーソンは少なくないのではないでしょうか。

  • 私有のスマートフォンで顧客に連絡し、訪問のアポイントメントを取る
  • 私有のスマートフォンにインストールした名刺管理アプリで顧客情報を管理する
  • 私有のタブレット端末で会社のサーバーにアクセスし、メールを確認する
  • 自宅で私有のタブレット端末を使い、見積書を作成する
  • 出張先のホテルで私有のタブレット端末を使い、翌日の会議の資料を作成する

会社にとってBYODは、従業員の業務効率化や組織の生産性向上、機器の導入や使い方の教育に掛かるコスト抑制などが期待できる半面、ルールを定めなければ、重要な情報の紛失・漏洩にもつながる危険性をはらむ悩ましい課題です。

BYODを有効活用するためには、私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する際の取り扱いと情報管理について定めた規程の策定や、業務に利用する場合の注意点についての教育を受ける機会を設ける必要があります。

本稿では、コンピュータソフトウェア協会が公表している「私有スマートデバイス取扱規程サンプル」「私有スマートデバイス利用許可申請書サンプル【新規】」「私有スマートデバイス利用許可申請書サンプル【機器追加】」「私有スマートデバイス利用解除申請書サンプル」(注)を基に、私有スマートデバイス取扱規程のひな型について紹介します。

■コンピュータソフトウェア協会「『BYOD』導入検討企業向け情報提供ページ」■
https://www.csaj.jp/activity/support/sample/byod.html

(注)コンピュータソフトウェア協会「私有スマートデバイス取扱規程サンプル」「私有スマートデバイス利用許可申請書サンプル【新規】」「私有スマートデバイス利用許可申請書サンプル【機器追加】」「私有スマートデバイス利用解除申請書サンプル」は、クリエイティブ・コモンズライセンス「CC BY-SA 2.1 JP 」によって許諾されています。

BY-SA

ライセンス証  https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.1/jp/
リーガルコード https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.1/jp/legalcode

なお、これらのサンプルは、特定の前提条件を想定して作成されており、それぞれの内容が必ずしも参照される各社の状況にそのまま合致するとは限りません。

2 私有スマートデバイス取扱規程のひな型

以降で紹介するひな型は一般的な事項をまとめたものであり、個々の企業によって定めるべき内容が異なってきます。実際にこうした規程を作成する際は、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。

【私有スマートデバイス取扱規程のひな型】

第1条(目的)
本規程は、私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する際の取り扱いと情報管理について定めるとともに、私有スマートデバイスからの情報漏洩、紛失、盗難、外部侵入などの危機に際しての行動指針を定め、会社の情報セキュリティの維持・向上並びに業務効率の向上を通じて、顧客の信頼を確保することを目的とする。

第2条(適用範囲)
1)本規程は、役員および従業員(以下「従業員等」)に適用されるものとする。
2)会社の業務委託を受けて、会社の情報システムに接続する委託事業者および派遣社員等が、私有スマートデバイスから会社の情報システムへ接続することは原則禁止とする。

第3条(用語の定義)
スマートデバイスとは、スマートフォン、タブレット端末等の携行可能な情報通信機器もしくは会社が判断した機器をいう。

第4条(利用許可)
1)利用許可を得た従業員等に限り、会社の許可条件に従い、私有スマートデバイスで、会社の電子メール、業務で使用する情報資産、顧客情報、業務アプリケーションの使用等もしくは、VPN、有線LAN、無線LAN等へ接続、使用することができる。なお、利用許可の範囲は、会社が認めた所定の範囲とする。
2)従業員等は、業務遂行において私有スマートデバイスを利用しようとする場合、所定の別表第1「私有スマートデバイス利用許可申請【新規】」を提出し、承認を得なければならないものとする。
3)会社は、利用状況等に鑑み、いつでも前項に規定する利用許可を解除することができるものとする。
4)会社は、第2項に規定する利用許可に当たり、許可申請のあった私有スマートデバイスに他の企業の機密情報であって、持ち出し・複製・第三者への開示が禁止された情報が含まれている場合には、従業員等に当該情報を消去させることができる。
5)従業員等は、会社が定めた私有スマートデバイス利用許可申請に記載されている内容および本規程の全てを順守するものとする。
6)従業員等は、会社が実施する私有スマートデバイスに関する教育プログラムを受講し、受講報告書を提出するものとする。
7)従業員等は、業務遂行において私有スマートデバイスを追加する場合、所定の別表第2「私有スマートデバイス利用許可申請【機器追加】」を提出し、承認を得なければならないものとする。
8)従業員等は、退職や業務遂行において私有スマートデバイスを利用する必要がなくなった場合、所定の別表第3「私有スマートデバイス利用解除申請」を提出し、承認を得なければならないものとする。なお、従業員等は利用解除に当たり事前に、利用していた私有スマートデバイスに登録されている会社業務に関する全ての情報を消去するものとする。
9)従業員等は、機種変更などの事由により業務遂行において私有スマートデバイスを変更する場合、初めに別表第3を提出した後、あらためて別表第1を提出し、承認を得るものとする。
10)利用許可を得ていない従業員等は、私有スマートデバイスによる会社の電子メール、業務で使用する情報資産、顧客情報、業務アプリケーションの使用等もしくは、VPN、有線LAN、無線LAN等への接続、使用を一切禁止する。

第5条(費用負担)
1)会社は、従業員等が利用する私有スマートデバイスの通信費用、保守費用、データバックアップ費用、紛失等での再取得費用等を原則として一切負担しない。
2)私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する従業員等は、業務利用部分の通話費用を明確にした請求書を作成し、部門長、総務部門を経由して経理部門に届け出るものとする。その場合、加入電話会社が提供する通話記録の明細書を添付しなければならない。
3)前項の請求分は毎賃金計算期間の末日に締め切り、別途「賃金規程」(省略)に定める賃金支払日に支給する。

第6条(善管注意義務)
1)私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する従業員等は、個人情報保護、不正競争防止、情報管理における一般的な知識の下、法令を順守し、善良なる管理者の注意をもって私有スマートデバイスを管理、運用しなければならない。
2)従業員等は、本規程、その他情報セキュリティに関連する全ての規程等(以下「情報セキュリティ等の規程等」)の改定、変更に注意を払い、常に最新の情報セキュリティ等の規程等を十分に理解するよう努めなければならない。
3)従業員等は、私有スマートデバイスの管理、運用に当たり、業務で利用する情報とプライベートで利用する情報を、明確に分けておかなければならない。
4)従業員等は、私有スマートデバイスを紛失し、もしくは盗難に遭った場合、またはコンピューターウイルスに感染し、もしくはその恐れがあると判断した場合には直ちに上長等に報告しなければならない。

第7条(監査)
1)私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する従業員等は、会社の求めに応じて、情報セキュリティ等の規程等に関する適用状況について、監査を受けなければならない。
2)私有スマートデバイスで会社の情報システムに接続する従業員等は、監査において、デバイスの安全性や設定状態、業務情報の保存状態の開示、これらを確認するための操作に協力しなければならない。

第8条(緊急措置)
1)会社は、会社のデータやプログラム、もしくは情報システム、または顧客のデータ(以下「データ等」)の保護のため必要と判断される場合、従業員等の私有スマートデバイスによる会社の情報システムへの接続を解除することができる。
2)従業員等は、本規程に違反し、もしくはその恐れがあると判断された場合、速やかに私有スマートデバイスの利用を中止し、上長等に報告するとともに、本規程で定められた手順、もしくは上長等の指示にのっとり、私有スマートデバイスにあるデータ等の消去など、適切な処置を講じなければならない。
3)前項の私有スマートデバイスにあるデータ等の消去には、状況に応じて私有スマートデバイスに保存されたプライベートで利用する情報が含まれる場合がある。
4)上長等は第1項および第2項に規定する措置を実施するに際し、合理的かつ有効な措置を従業員等とともに講じなければならない。
5)従業員等が第2項にあるデータ等の消去などを速やかに行わない、もしくはそれらの措置を講じることが困難な場合、会社は強制的にデータ等の消去などを行える権利を有するものとする。

第9条(免責)
従業員等は、業務遂行において私有スマートデバイスを利用するに当たって生じるリスクについて、全ての責任を負うものとし、会社は一切責任を負わないものとする。これには、会社が第8条第3項にある私有スマートデバイスに保存されたプライベートで利用する情報などを消去した場合を含む。

第10条(賠償)
従業員等が本規程に違反し会社に損害を与えた場合、会社は当該従業員等に対して相当分の賠償を求める場合がある。

第11条(罰則)
従業員等が故意または重大な過失により、本規程に違反した場合、就業規則に照らして処分を決定する。

第12条(改廃)
本規程の改廃は、取締役会において行うものとする。

附則
本規程は、○年○月○日より実施する。

(別表第1)

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(別表第2)

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(別表第3)

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以上(2019年11月)

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画像:ESB Professional-shutterstock

私有スマートデバイスの業務利用BYODについて考える

書いてあること

  • 主な読者:私有スマートデバイスを業務で利用する従業員がいる企業の経営者、情報システム部門、管理責任者
  • 課題:従業員の業務効率化や組織の生産性向上は図りたいが、重要な情報の紛失・漏洩は避けなければならない
  • 解決策:実態を把握した上で、リスクの軽減と、従業員の利便性や業務効率化を勘案した対応をしていく

1 私有スマートデバイスの脅威

1)BYODとは

スマートフォンやタブレット端末などの携行可能な情報通信機器(以下「スマートデバイス」)が普及し、従業員が私有スマートデバイスを業務に利用する「BYOD」(Bring Your Own Device)という考え方が広まっています。

従業員にとってBYODは、使い慣れたスマートデバイスで、自ら導入したアプリケーション(アプリ)やクラウドサービスを利用し、いつでもどこでも業務を行えるという面で大きなメリットがあります。

一方、企業にとってBYODは、従業員の業務効率化や組織の生産性向上、機器の導入や使い方の教育にかかるコストの抑制などが期待できる半面、重要な情報の紛失・漏洩の危険性もはらむ悩ましい課題です。

2)情報漏洩が発生すれば企業の責任が問われる

業務用の社有パソコンについては、多くの企業が情報システム部門や管理責任者などを設置し、端末の管理規程や利用マニュアルを整備し、情報セキュリティや個人情報保護に関する教育などの措置を講じ、取り扱いを管理・監視する体制を構築していることでしょう。

一方、従業員の私有スマートデバイスについては、あくまで「私物」であり、企業の管理の範囲外と見なしているケースもあるようです。しかし、仮に、業務にスマートデバイスを利用し、そのことが原因でセキュリティ被害や情報漏洩が発生した場合には、「そのスマートデバイスが社有か、私有か」「利用場所は社内か、社外か」「利用時間は業務時間内か、業務時間外か」などにかかわらず、企業の責任が問われることになります。

3)リスクを認識し、実態に即した対応が求められる

企業がルールを定めなければ、従業員は私有スマートデバイス内に、業務データとプライベートなデータを混在させて保存することになります。従業員のプライベートなデータを企業が管理・監視することは、プライバシーの権利の観点からも現実的ではありませんが、業務データは企業が管理・監視し、守るべき重要な経営資源の1つです。

従業員が、私有スマートデバイスを使って社有パソコンと同等の業務データを取り扱えるという状況は紛れもない事実であり、その状況を看過、黙認することは、業務データの紛失・漏洩などにつながりかねません。

企業は、BYODにおける脅威およびリスクを認識する必要があります。そして、自社のBYODの実態を把握した上で、リスクの軽減と、従業員の利便性や業務効率化を勘案した対応をしていくことが求められます。

2 BYODにおける脅威およびリスクの例

BYODにおける脅威およびリスクの例として次が挙げられます。

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従業員は、私有スマートデバイスを常に持ち歩くため、紛失、水没や落下による故障といった偶発的な事象によって業務データが漏洩、消失する恐れがあります。

また、悪意を持った第三者による盗難、画面ののぞき見、不正プログラムへの感染などによって業務データが漏洩する恐れもあります。

さらに、タッチパネルの反応範囲や反応速度による操作ミス、Wi-Fiの自動接続設定をオンにしておいたことによる不正な無線LANアクセスポイントへの接続、私的に利用するアプリがGPSの位置情報や電話帳データにアクセスすることを知らずにインストールしていたなど、従業員の認識不足が業務データの漏洩につながる恐れもあります。

3 BYOD導入に当たっての検討課題

1)BYODにおけるリスクへの対応

リスクの大きさは、一般的に、脅威の発生確率、脅威が及ぼす影響度の掛け算によって評価できます。

BYODにおけるリスクへの対応を検討する際には、まず、自社にどのような脅威があるのか、実態を把握し、リスクを適切に評価する必要があります。アンケートやヒアリングを実施するなど、私有スマートデバイスの業務利用について従業員の実態を確認し、脅威を洗い出し、その上で、脅威の発生確率や影響度について評価していきます。

リスク評価の結果は、どのような業務をBYODで遂行するのか/しないのかを決める際の1つの判断材料となります。

2)従業員の利便性や業務効率化の勘案

どのような業務をBYODで遂行するのか/しないのかを決める際、重要なのは、リスク評価の結果と従業員の利便性や業務効率化の関係を勘案することです。

リスク評価の結果、仮にリスクが大きいと判断したとしても、リスクに比して、従業員の利便性や業務効率化の効果が期待できることもあり得ます。また、仮に、リスクが大きいという理由で、ある業務をBYODで遂行することを禁止したとしても、隠れて行う従業員が出てくる可能性もあります。

リスクへの対応は、リスク評価の結果と従業員の利便性や業務効率化を比較検討し、経営判断を下すことになります。

3)セキュリティ対策の考え方

BYODにおけるセキュリティの確保は、従業員の意識次第という面は否めません。そのため、BYODにおけるセキュリティ対策を検討する際には、従業員による運用面と企業(情報システム部門)による技術面の2つの側面から考える必要があります。BYODにおけるセキュリティ対策例として次が挙げられます。

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例えば、盗難や紛失は、発生してしまうことを前提に、「端末内に業務データを残さないこと」が情報漏洩を防ぐための基本的な考え方となります。その上で、業務データが残っている可能性を考慮し、「第三者による侵入やデータの窃取を防ぐために端末をパスワードで保護しておくこと」、さらに「万一、端末のパスワードが破られた場合に備えてデータを暗号化しておくこと」が必要といえるでしょう。

4)従業員の私的なデータと業務データの使い分け

BYODで重要なのは、私的なデータと業務データを明確に使い分けることです。これらが端末内で混在して保存されていた場合、万一の際、業務データの情報漏洩を防ぐために、リモートワイプ機能で私的なデータも一緒に消去しなければならなくなります。

また、私的なデータと業務データがクラウドサービスなどの外部記憶域で混在して保存されていた場合、業務データが個人ごとに異なるクラウドサービスに広く拡散し、情報漏洩などが発生した際の原因究明や対策が困難になってしまいます。

業務で利用するアプリやアカウントは、プライベートで利用するアプリやアカウントと別にするなど、「公私を使い分ける」ことを従業員に理解させる必要があります。

5)利用終了時の取り扱いの明確化

従業員が退職したときやスマートデバイスを買い替えたときなどには、それまで使ってきたスマートデバイスを、業務で利用できないようにしなければなりません。その際、顧客情報や業務上知り得た機密情報などが、端末内に残存していないかチェックし、残っていれば削除する必要があります。また、ファイルサーバー、社内ネットワークなどへのアクセス権限も削除します。

ただし、従業員が個人で利用しているクラウドサービスのシステム上に残っている業務データについて、企業側で把握することは困難です。そのため、クラウドサービスについてあらかじめ利用を禁止するか、クラウドサービスのシステムから業務データを削除したことを誓約させるなどの措置が必要です。

6)費用負担

業務目的以外で従業員が自費で購入した有償アプリの取り扱い、スマートデバイス本体の購入代金の負担、通信費の負担などについても取り決めておく必要があります。

例えば、セキュリティ対策製品の導入や業務アプリのインストールなどについては、状況によって企業側の費用負担を考慮する必要があるでしょう。

なお、ビジネス用には050で始まる番号(IP電話)、プライベート用には080/090で始まる番号を簡単な操作で使い分けでき、ビジネスで利用した通話料は企業に請求するサービスもあります。そうしたサービスの利用も検討するとよいでしょう。

以上(2019年11月)

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第6回 埼玉県和光市長 松本武洋氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第6回に登場していただきましたのは、埼玉県和光市の市長を務められている松本武洋(まつもとたけひろ)氏(以下インタビューでは「松本」)です。

1 「まいた種が、将来的に雇用や税収を生み、和光のベースを支えていくことに期待しています」(松本)

John

本日は、埼玉県和光市の松本市長をお迎えしてお送りいたします。松本市長、お忙しいところ、本当に愛りがとう(愛+ありがとう)ございます!

この連載は、イノベーションを起こしている方、各界のトップの方々にどういったビジョンや経営戦略、行動原則などがあるかをお伺いして、皆さん一人ひとりがイノベーションを起こせるような国づくりができたらと思って始めました。本日は、日本をもっと良くしていくために、松本市長からさまざまなお話をお聞きしたいと思います。よろしくお願いいたします。

松本市長は、和光の市長を務められてからもう10年目になるんですよね?

松本

そうですね。間もなく満10年です。2019年5月から11年目に入りました。

John

素晴らしいですね! 3期目に入り、「もっと元気な和光市へ」を掲げ、「政策実行計画」をつくられましたよね。これはどういったものなのでしょうか? 2期目までの公約とどのように違うのでしょうか?

松本

1期4年で公約をつくって、それを市の計画に落とし込んで、オーソライズして実施します。政治家の個人の公約と、市の計画に齟齬(そご)が生じることがあるので、各期で目標を定めて、それで市の計画と整合性をとって実施しています。

まず1期目ですが、実はちょうどリーマンショックが終わった後で、財政危機が非常に大きな課題でした。あるいは世の中も割と不況という時期でした。ですから、財政危機への対応、いわゆるリストラや効率化。そういった点を主眼に取り組みました。

2期目はそこが一段落ついたので、特に中長期的な課題に重点的に取り組んでいこうということで、都市基盤整備と福祉・教育を中心に中長期的な視点でさまざまな公約を掲げました。

3期目の公約の中でも重要なのが街づくりですね。将来の産業の種をまくという意味で、土地区画整理による工業地の整備などに取り組んでいます。1期目から街づくりには取り組んでいて、2018年には、和光北インター地域の土地区画整理を行い、非常に大きな物流センターなどを誘致した結果、順調に雇用や税収が生まれています。現在はさらに東側の地域に、2倍くらいの規模の土地区画整理事業を進めています。このようにしてまいた種が、将来的に雇用や税収を生み、和光のベースを支えていくことに期待しています。

また、街づくりでいえば、約40年前から和光市駅の北口の区画整理が上がっていましたが、なかなか実現できませんでした。現在、だいぶ取り組みが進んできており、これをしっかり軌道に乗せるというのが私の大きな使命です。

特に、和光市駅の南口に東武鉄道さまがビルを建設して、拠点性を高めるための環境は非常に整ってきています。北口についても区画整理による街並みの整備だけでなく、併せて駅直結の部分を再開発し、高層化によって住居や店舗をつくる。これによって和光の拠点性が高まると考えており、しっかりと取り組んでいきます。

この都市計画とともに重点的に進めてきたのが地域包括ケアという福祉を軸とした政策です。和光は非常に狭い街で11平方キロしかありません。中学校区は3つしかないのです。

我々は、中学校区を日常生活圏域と呼んでいますが、中学校区ごとに福祉の拠点をつくって、身近に歩いていくことのできる範囲の中で、いろいろな福祉サービスの出口があり、顔の見える関係の中で福祉サービスが受けられる、という政策を推進してきました。

和光はこの地域包括ケアの取り組みについて、私の市長就任前から取り組んでいます。それを私の3期目に、直接的な福祉にとどまらず、よりしっかりと地域ごとの多様なサービスの提供を実現するベースをつくろうということで取り組んでいます。

John

街づくりは4年ごとに計画されているのですか?

松本

市長の任期は4年のため、公約についても4年を念頭につくります。しかし、実際問題として、街づくりは10年、20年を要する場合もあります。4年で完結するものもあれば、4年で種をまくものもあります。中長期的な取り組みのベースをつくることが公約であれば、当然に市の計画の中ではもっともっと先のことまで構想を立てます。

John

この公約をつくるに当たり、市長と何人の方々が携わって決められるのですか?

松本

最終的には私がもちろん決めますが、いろいろな方の意見を取り入れています。基本的には、市の今やっている取り組みの中で目玉のもの、市の計画にまだのってないものの、「こういうことがあったらいい」という意見は、市の職員もそうですし、地域の方などたくさんの人と会って、その中で抽出したものをとりまとめてつくるという形になります。そういう意味で、関わっている人間は数十人に及びます。

John

いつの時代でも、人口を増やす、市の財政を良くするために雇用を生むということが、目標、ゴールに掲げられるのでしょうか?

松本

今の日本社会においては、まず人口減少への対応と、少子高齢化への対応が非常に重要だと言われていて、国もそれに取り組んでいます。実は和光の場合、人口はこれから15年くらいのスパンで見ると、伸び続けるという予測になっています。放っておいても伸びます。

John

素晴らしいことですね! その理由はどういったことなのでしょうか?

松本

地理的に、有利な場所に街があることです。東京の隣にあって、しかも交通の結節点になっています。例えば、駅には東武線と副都心線とそれから有楽町線の3路線が乗り入れているので、非常に利便性が高い。また、電車だけではなくて東京外環道という高速道路のインターが市の南北にあり、これによってバスやトラック輸送などの面でも非常に有利ですね。

将来的な視点で言うと、現在でもマイカー通勤の人は便利ですが、高速バスがさらに多く発着するなど、和光が鉄道とバスや自動車などがうまくミックスした拠点になることで、より強みを増すだろうという話をしています。

John

なるほど。例えば、和光で獲れていなくても、新鮮な魚が届くというようなことでしょうか。

松本

そういうことですね。羽田空港から車で40~45分くらいで着きますから。世界へのアクセスという点でいうと、羽田空港からは非常に便利ですし、もちろん成田空港からも1時間半くらいの距離です。どちらの空港にも高速道路のネットワークでつながっている。そして東京の都心とも高速道路あるいは電車でつながっているということで、これが和光の一番の強みですね。

John

市の財政は伸び続けているのですか?

松本

リーマンショックで一時は財政危機に陥りました。4年間、いわゆる地方交付税が交付される交付団体になりましたが、その他の時期はずっと財政としてはいわゆる不交付団体ということで、健全だとされています。

John

松本市長は多くの政策実行計画を掲げられています。最初が介護予防などの地方包括ケアの推進、2番目が地域密着型高齢者入居住宅、いろいろと健康と教育に関わることを挙げておられますね。そして、とても面白いのが、17番目に「さらなる企業誘致の推進」と書いてあることです。松本市長はどのような企業を和光に誘致したいと考えているのですか?

松本

和光には理化学研究所(以下「理研」)があるので、テクノベンチャー、あるいは工業など、理研のサポートをするような、さまざまな「小規模な工作所」のような企業があるといいと考えています。

2 「もう少し企業に入り込んで伴走するのがベンチャーキャピタルで、私は今でもそうだと思いますが、そちらのほうが面白いだろうと思って興味を持ちました」(松本)

John

松本市長の最初のキャリアとしては、早稲田大学法学部を卒業後にベンチャーキャピタルに入社されていますね。最初にそれを聞いたときにとても驚いて、理由が知りたいと思い、市長と対談させていただきました。銀行を目指す人なら分かりますが、ベンチャーキャピタルを目指す人というのは、当時珍しかったのではないでしょうか。30年前、日本でもベンチャーキャピタルと呼んでいたのですか?

松本氏と森若氏の対談の画像です

松本

当時はバブルの最末期です。バブルのころはベンチャーキャピタルがちょうど世界的にブームになった、第一次VCブームの時代です。ベンチャーキャピタルと呼んでいました。日本でいうと、当時ジャフコという企業が立ち上がって上場していました。ジャフコが上場していたので、私はジャフコも内定をいただきましたが、入るのは上場していない企業にしようと思いました。当時、エヌアイエフとエヌアイディという企業があり、そういった企業の話をいろいろと聞き、結局エヌアイエフの社風が面白そうだということで入社しました。

John

どのような社風だったのですか?

松本

比較的緩やかといいますか、それほどガツガツしていない感じでした。割と国際部門、インターナショナル系が強い企業でした。

John

当時、どのような仕事内容でしたか?

松本

当時は、スタートアップに投資をしない時代ですね。どちらかというと、巷にある起業済みの企業にいって資本を持ち込んでいく、そういった感じでした。スタートアップ支援は個人のキャピタリストが支援していたイメージです。

John

通常、銀行を目指す人は多いと思いますが、ベンチャーキャピタルを目指す人は稀だったのではありませんか?

松本

はい。当時はバブル末期でしたので、就職先として銀行と証券会社の人気が非常にありました。銀行はお金を貸す際に、もちろん企業を育てますが、もう少し企業に入り込んで伴走するのがベンチャーキャピタルで、私は今でもそうだと思いますが、そちらのほうが面白いだろうと思って興味を持ちました。

John

松本市長は、既に30年前にそのように考えていたのですね。素晴らしいことですね! しかし、ベンチャーキャピタルへの就職は一般的ではなかったですよね?

松本

ベンチャーキャピタルへの就職に関心を持つ学生が出始めたころ、その最初が私の時代ですかね。

実は就職活動をした年の12月はバブル崩壊が始まった時期でした。それで、実際に入社してみると仕事がなくて。どの企業も新規公開はストップしていて、しばらく新規公開案件はありませんでした。それから投資もしないのです。

毎朝出社して、「部長、今日は何をしましょうか?」と聞くと、「松本君、こういうときは勉強だ」ということで、会社法の本などを読むことになりました。ベンチャーキャピタルですから投資をするのが仕事ですが、投資案件がないので、「この企業に投資をする場合、どういう資本政策になるのかプランをつくってみろ。俺が見てやるから」と言われたのです。

そういうことを1年行っていたのですが、バブル崩壊は経済的ダメージが大きすぎたため、しばらく新規公開はないだろう、そういう見込みの時代でした。私もこの企業に居続けるのはちょっと難しいかもしれないと思ったりしました。それで、もう1つ興味のあった出版社に移りました、わずか1年で。

John

そこから編集者としてのキャリアを積まれたのですね。それは10年くらいですか?

松本

そうですね。ちょうど編集者として10年ですね。

John

当時、松本市長は、どのようなテーマを担当されていたのですか?

松本

私の専門分野の1つは会計です。それから、会計関連で会社法。会社法関連で当時、証券取引法、今の金融商品取引法。あとは経済ですね。それが私の守備範囲でした。

編集者というのは、だいたい専門分野を持っています。講談社などですと、漫画や文芸などの担当者もいるのですが、私が在籍していたのは経済の出版社なので、経済が専門の人がいたり、経営が専門の人いたりといった感じです。

John

法学部を卒業されて経済を学ぶとなると、大学の専攻とは少し違いますよね。どのように勉強されたのでしょうか?

松本

法学部では、いわゆるパブリックの法律の分野と、会社法などの経済法の分野を学びます。経済法、いわゆる商法を勉強するときは商法会計、当時の商法会計と証取法会計は少し違うのですが、いずれにしても商法の切り口から学ぶと経済の勉強が面白くなっていきました。

John

早稲田大学時代も経済について学んでいたのですか?

松本

いいえ。当時はあくまで法学です。会社法が中心なのですが、たまたま少し、大学のときに簿記の勉強をしまして、それもあって簿記や会社法に強い出版社に入りました。

John

その仕事は面白かったのですか? どのようにやりがいがあったのでしょうか?

松本

当時は、企業のガバナンス改革がとても進んだ時代でした。1990年代後半から2000年代初頭、時価会計が導入され始めた時代です。簿価、いわゆる取得した原価でそのまま企業の資産として寝かしておけましたが、しかしそれではリアルタイムな企業の価値が分からないだろうと。そういう時代の中で、それでは時価で企業を見たらどうなるかと。

あるいは、当時は景気が悪いので、企業の財務が悪化している、それをどのように理解するのかということで、会計の制度が大きく変わっていった時代でした。そうした時代に、私は制度改革や経済を追い、本や雑誌をつくるという仕事をしていたので、かなり面白い時代でしたね。

今思えば、簿価、いわゆる静的な企業のとらえ方と、動的な企業のとらえ方は、どちらが正しいとかではないですよね。ただ、当時は静的なものがあって、そこに対して動的なものが出てきて、「動的なもののほうがリアルタイムで分かるから、よい」というような考え方でいろいろな制度改革が突き進みました。

結局、それは今、経済がまさにその流れの中にあるじゃないですか。要するに、そのときのリアルタイムの企業の価値、そのときのリアルタイムの仕事の価値、というものを追求することによって、いわゆる投資家が判断をするという時代に変わってきた。今思えば大きな転換点でしたね。

3 「もし、落選しても、編集者として食べていけるだけのスキルはあるから、とりあえず興味持ったことをやってみようと思ったのです」(松本)

John

それから一大決心して政治の世界へと進まれたのですね。もともと、政治の世界につながりはあったのですか?

松本

全然ありませんでした。私は会計が専門で、一番本をつくったのも会計学のテーマです。そういうキャリアの中で、パブリックの会計の本の企画を担当したことがあり、そのときに「公共とは何か」「政治とは何か」というところに触れる機会がありました。これが2001年、2002年ごろだと思います。

John

何歳くらいのころですか?

松本

30歳になったころですね。そのころは「平成の大合併」の時代で、全国で自治体の合併がかなり進んでいました。私がちょうどパブリックに興味を持ったころに、こうした合併の問題が起こり、非常に面白いなと興味を持ちました。実は、和光も合併するという話があったのです。

John

当時はどこに住んでおられたのですか? もう和光でしょうか?

松本

もちろんです。私は23歳のときに和光市民になりました。

John

その23歳のときにご結婚されたのですか?

松本

結婚したのは26歳ですね。

松本氏の画像です

John

奥さまが和光のご出身なのでしょうか?

松本

そうです。企業の寮を出るときに、どこに住もうかといろいろ考えたのですが、便利で安くて環境がいい場所にということで、和光に来ました。

John

それからずっと和光に住まれているのですね!

松本

社会人になって1年間、ベンチャーキャピタル時代は寮に入っていたのですが、その寮から出るときに、和光に転居しました。私の人生でいうと、18歳まで兵庫県の明石市で、そのあと23区にちょっと住んで、実際には渋谷区、新宿区、杉並区……。

John

大学時代のお話しですか?

松本

そうですね。最後、在籍していた会社の寮も杉並区だったのですが、その後に和光に来ました。

John

素晴らしいです! 和光在住歴、長いですね!

松本

ありがとうございます。そうですね。

John

それからすぐに市長になったのですか?

松本

いいえ。今から16年前ですが、市議会議員選挙がありまして。当時、既に今の団地に住んでいて、いろいろな管理組合や自治会の仕事を手伝ったりしていました。地域でさまざまなつながりがあったのですが、たまたま市議選があるときに、「興味があるから、市議選に出てみようと思ってるんだけど……」と伝えると、一緒に自治会をやっていた人たちに「面白いから、応援してやるよ!」と言っていただけて、立候補することになりました。

John

当時は何歳だったのですか?

松本

33歳のときです。

John

若いですね!

松本

それで、市議になって……

John

今、「市議になって」とおっしゃいましたが、演説の方法などはどのように学ばれたのですか? 誰か教えてくださる方がいたのでしょうか?

松本

いえいえ。適当ですよ(笑)。

John

例えば、「何分間話すのがよい」など、そういうことはどう学ばれたのでしょうか?

松本

全く分からなかったのです。私は政治のことがそれほど分からないし、ましてや市政のことも分かりませんでした。ただ、1つ言えるのは、私はやはり経営に関する仕事をしてきたので、市の経営についても、「市の経営でこういう点に問題があるよ」「地域の経営でこういう問題があるよ」といったことは言える。その観点で政策をつくったり、話をしたりしました。

それから、もう1つは、たまたまうちの子供が保育園に通っていたこともあり、ちょうど待機児童対策に関心を持っていました。私の子供も何カ月か待機児童で、認可外の施設に通いました。認可外の施設に課題を感じていたこともありましたし、待機児童問題の苦労も切実に感じていました。

当時の和光の市議会は高齢化が進んでいました。40代後半など、子育てはひと段落された年代の人しかいなかったのです。そうしたこともあり、「若い人がいないから、これほど保育園に入りにくいのか?」ということも思いました。そこで、経営の問題と保育園の問題と2つの切り口でストーリーをつくって、お話させていただきましたね。

John

何分間くらい講演するのですか?

松本

講演はしません。街頭演説です。いわゆる大物の先生ですと、会場も時間もきちんと決まっていて、聴衆の方が集まっていてというふうになると思います。しかし、新人が市議会議員選挙に出る場合はそういう環境ではありません。通りがかった方に「響く言葉」を、シャワーのように浴びせ続けるしかありませんでした。

John

街頭演説は、好きなように行ってよいものなのですか?

松本

そうです。基本的には選挙のときもそうなのですが、街頭演説はどこでもできますから。

John

「響く言葉」はどのように選んで、発していたのですか?

松本

そうですね。和光の都市と市役所の経営の問題点などでしょうか……

John

皆さん立ち止まって聞いてくださるのでしょうか?

松本

地域の人の中には、「地元で若い人が出てきたから、応援してやろうか」という人もいましたね。

John

同じくらいの年齢で、他の候補者はいなかったということでしょうか?

松本

そうですね。私が圧倒的に若い候補者でした。33歳です。今回(2019年)の選挙で、当時の私と同じくらいの年齢の人が何人か出ていますが、当時は圧倒的に私が若かったですね。

John

仕事を辞めて出馬ということで、奥さまは反対されなかったのですか?

松本

もちろん反対でした。ただ、たまたま、当時在籍していた会社が、「有給休暇を取って選挙に出てもいい」ということでした。なぜかというと、私がいた会社は東洋経済新報社といって、総理大臣をやったこともある石橋湛山が社長を務めたこともある企業で、以前から政治家を輩出していたのです。ですから、私が「選挙に出てもいいですか?」と聞いたら、「じゃあ、有休を取ってやったら」と言っていただきました。それで、立候補し、当選しました。

John

そのとき、もし当選しなかったらどうしようという不安はありませんでしたか?

松本

いいえ、全然。

John

そうなのですね! 不安を感じなかったのは、若かったからというのもありますか?

松本

当時の私は、編集者としては100万部の本を出す力はないけれど、10万部の本をつくる力はありました。「もし、落選しても、編集者として食べていけるだけのスキルはあるから、とりあえず興味持ったことをやってみよう」と思ったのです。

John

市長の気持ちの中では、やはり出馬だったのですか? 起業して社長になろうというような気持ちはなかったのでしょうか?

松本

サラリーマンを辞めるという決断はものすごく重い決断だと思います。サラリーマンを辞めて起業する人もいるし、政治家になる人もいますが、起業する人というのは何か1つのやりたい事業があって、起業するわけです。政治家というのは、世の中を変えてやろうとか、地域を変えてやろうということで、これもまた仕事を辞めるわけですが、同じくらい決断としてはしんどい決断ですよね。

John

地域振興や地方創生に携わる経営コンサルタント、あるいはアドバイザーのような仕事に就こうとは思わなかったのでしょうか?

松本

私は編集者で、人の書いた原稿を直したり、人の書いた原稿で雑誌をつくったりという仕事をしてきました。常にアシストする立場です。編集者はコンテンツを自分でつくって、発信するという立場ではありませんよね。あくまで人のコンテンツを人に売る媒介。編集とはそういうことではないかと思います。しかし、もう少しコンテンツをつくる側に寄った仕事がしたいと常々思っていましたので、政治家もそれに近いようなイメージがありました。

John

なるほど、そうなのですね。

ところで、先ほど演説のお話が出ましたが、松本市長は、人前でお話されることが多いと思います。話すときに失敗したことなどは、演説の際にどのようにカバーしているのでしょうか?

松本

面白いことを言おうとしないほうがいいと思っています。面白いことを言おうとして口がすべって、それが災いの元になるってことが往々にしてありますよね。

John

でも松本市長は、面白いことを言ってくださいますよね。

松本

ありがとうございます。しかし、面白いことをなるべく言わないようにする努力をしないと、口がすべってしまいますから。面白いことを言ってみんなを喜ばせようと思い、リップサービスが過ぎて失敗する人もいますよね。実際にはそんなことで喜ばすよりも、いい仕事をして喜ばせようとか、アイデアを出して喜ばせないとダメだと思います。だから面白いことを言いそうになったときに、「待てよ」とよくよく考えて、これは言っても大丈夫だと判断したことは言います。

John

なるほど、ありがとうございます。起業家や経営者に対して、人前でプレゼンやピッチをする際のアドバイスはありますか?

松本

1つは、ゆっくりと伝えたいことを、簡単に明確に話すことだと思います。どうしても何かを達成したいときなどは、焦ったり、脈拍が上がって早口になったりするものですが。聞いてくださっている相手には、さまざまな方がいますので、ゆっくりしゃべると分かりやすく、伝わると思います。「話す際のバリアフリーに配慮する」と言えるかもしれません。特に高齢社会では、プレゼン資料も見やすいほうがいいと、政治家としてすごく感じます。

John

とても参考になりますね、松本市長、愛りがとうございます!

4 「メイヤーがCEOみたいな、市長が社長になったような感覚で、企業経営のように市長は市を経営されているということですね」(John)

John

市議に当選されて、その後、どのようにして市長になったのですか?

松本

市議の任期は1期4年です。私は2期目の途中、6年を務めたところで、市長選に立候補しました。和光の経営ということでいえば、財政危機の話は先ほどお話ししましたが、併せて都市経営と役所の経営、2つの切り口を訴えました。

まず、都市経営で言うと、和光の前市長はスポーツ行政や青少年健全育成の分野がすごく強い方でした。もともとバスケットボールの指導者をしていたという経歴の方で、スポーツ行政などをかなり推進してきた方です。さらにその前の市長はお医者さまで、医療や福祉に携わってきた方です。

医療やスポーツに強みを持つ市長によって20年、和光は運営されてきたのですが、都市計画などの面では後れを取っていました。そこで、都市経営という点では、いわゆる都市基盤をしっかりつくることで、より街が活性化すると訴えました。例えば、当時も今も、和光市駅はとてもポテンシャルがあります。

私は、街が全体的に機能するような、そういう仕組みをつくっていけば、かなり価値が上がると思っていました。そして、それができていないとも感じていたのです。ですから、私としては、都市計画事業を推進するということを訴えました。

もう1つは、拠点性を活かして、企業を誘致するというものです。そのために何をすべきかというと、都市計画を見直したり、都市計画を推進したりというのが大事です。さらに、もう1つ大事なのが、いわゆる将来的にどのような街にしたいのかというビジョンを明確にして、それを全てのものに落とし込んでいくという形をつくることです。これは、地域経営の観点だけでなく、企業の経営でも同じではないでしょうか。そうしたところに注力してきました。

それから、和光は、実はかなりさまざまなメディアで取り上げられるようになっているのです。こうなったのは、ここ数年のことです。それまで和光は、積極的にメディア露出をしたり、イメージをつくったりということに取り組んできませんでした。市役所に失敗を恐れる文化があったのだと思います。しかし現在は、和光としてのメディア戦略といいますか、さまざまな情報を積極的にプレスに流して、和光は活性化していますというメッセージを伝え続けています。

以前はそういうことも全くやってきませんでしたので、「都市経営、地域経営のやり方を変えれば、かなり伸びるのだ」ということを、私が市長になって体現したいと考えていました。

John

なるほど。メイヤーがCEOみたいな、市長が社長になったような感覚で、企業経営のように市長は市を経営されているということですね。

松本

市民のために地域の価値を最大化する、極大化するのが私の仕事です。企業であれば、企業価値を極大化しますよね。市長というのは、もちろん市民を幸せにするという目的のために仕事をしますが、そのために地域の価値を最大化して、地域を活性化して、その活性化したものを地域に還元することによって、市民の皆さんが幸せになるのだろうと考えています。そういうことを思って、市の経営をしています。

John

周りの都市との連携などには取り組まれていますか? あるいは海外の都市などはいかがでしょうか?

松本

和光もそうですが、和光周辺の自治体は、一つひとつは小さな市や町です。地方に行くと、一つの市の圏域というのが広く、生態系が全部入っていますよね。エコシステムが一つの自治体になっているようなイメージです。しかし、和光はそうではありません。

東京の衛星都市ですから、当然、広域連携をしていかなければ、全てのサービスが完結しないということもあります。特に大切なのが、防災の観点です。例えば、和光には都県境があります。都県境というのは、想像以上に地域の間に横たわる深い溝だといえます。東京都の自治体と埼玉県の自治体、東京都の自治体と千葉県の自治体は付き合いがすごく薄いのです。

市長に就任してすぐに、和光の隣にある板橋区と練馬区と防災協定を結ぶなど、都県域を超えたお付き合いに積極的に取り組んでいます。この防災協定は深いお付き合いをするための第一歩でした。例えば和光市は国道254号線のバイパスの延伸が悲願なのですが、このような幹線道路を延ばすのには、延ばす先の東京都側の合意が必要です。東京都側がOKと言わないと、つなげないのです。結果的にこの延伸計画の推進では板橋の坂本区長さんに本当にご尽力いただきました。また、練馬区とは地下鉄大江戸線の延伸にまつわる街づくりで今後、緊密な協力体制が必要ですが、そのための下地ができてきた状況でもあります。

John

他の市の市長とは、どのようにコミュニケーションを取られているのでしょうか?

松本

隣同士ですと、調整が難しいところもあります。こちらがある程度有機的に、柔軟に動いていく必要がありますね。特に、東京の区部などは規模が大きいですし。

John

例えば、板橋区であれば帝京大学などが区内にありますよね。そして、和光には、理研やホンダがあります。そうなると、市長と区長同士で協力されて、互いの地域にある研究機関や企業を巻き込んで、研究機関や企業同士の交流を図るなど、そういった工夫をされたりしているのですか?

松本

そこまでは少し難しいかもしれません。企業は企業で、それぞれに考えがあると思います。役所も役所で考えがありますし。

ただ、和光にはホンダがありますが、ホンダ絡みの自治体の勉強会というのは数年に1回開催されています。また、埼玉県内のホンダに関係の深い自治体がそろって、ホンダの本社がある青山を訪問するということはしていますよ。

John

市長と企業のトップ、ホンダであったり、理研であったり、あるいは銀行やメディアなど、トップ同士のつながりはあるのでしょうか?

松本

理研は本部が和光にありますので、松本理事長とはもちろん意見交換させていただいています。

John

ご親戚ですか?

松本

よく言われるのですが、違います(笑)。理研とは、非常にさまざまな連携ができています。ホンダは、本社が和光ではないので、実際にお付き合いさせていただいているのは、和光のオフィスのほうとやり取りさせていただいていますね。

5 「和光であれば、東京には近いですが、まだまだそれほど産業も集積していないし、面白い仕事をすれば非常に注目されると思います」(松本)

John

この対談の冒頭で市長からお話しいただいたように、企業を誘致して、市の雇用や税収を生むという方法があります。

従来の企業誘致のような手法ではなく、アクセラレータープログラムで人を育て、会社を起業してもらい、ビジネスに取り組んでもらうという方法については、市長はどう思われますか?

私は「Angel Accelerator(エンジェルアクセラレーター)」というアクセラレータープログラムを和光市で開始して、松本市長にもアンバサダーになっていただきました。あのように、都内で頑張っている学生たちを受講生として迎える。東大、早稲田、慶応など日本のトップ校の学生起業家候補や、大企業からも参加してもらい、オープンイノベーションを進めていくという趣旨で2カ月くらい取り組み、実際に何社か起業しました。

起業した彼らの会社の所在地を和光に登記してもらうなど、この地(和光)で登記して、ここで企業が徐々に生まれてくればいいなと思っています。数はだんだん質になっていくと思っています。こうした塾やアクセラレータープログラムについては、私自身もやりがいを感じていますし、意味があると思っていますが、市長はどのようにお考えですか?

松本

日本社会全体として、いわゆる起業する人というのは、それほど多くないですよね。企業を誘致するというのは手っ取り早いのですが、本来であれば、地域で企業をつくって育てていくというのが筋だと思います。例えば、商工会議所とか商工会などは、まさにそうした役割を担っていますよね。ところが、それでも、なかなか企業が生まれてこないという現実もあるため、そこで企業を誘致するということになります。

本筋としては、ぜひとも和光市内で(起業の)最初から育てていきたい、支援していきたいと思っています。言葉が適切ではないかもしれませんが、養殖みたいなものかもしれません。魚を獲ってくるのではなくて、(市が)漁礁だったりするわけですよね。自然の話ですし、それができるのであれば、そのほうがいいですよね。

John

松本市長、愛りがとうございます! その魚たちを育てる上で、どうすれば都内ではなくて、和光に来てくれるでしょうか?

授業を受け、登記して働いて、チームメンバーもここに引っ張って来て、住むというように。和光が「起業の町」になれば、これは1つの新しい顔になると思うのですが、和光が「起業してもよし、働いてもよし、住んでもよし」という風になると思われますか?

松本

東京では街が既にしっかりとできあがっていて、かなりの数の企業がひしめいていますよね。その中で、結局埋没してしまっている企業もあるわけですが、和光であれば、東京には近いものの、まだまだそれほど産業も集積していないし、面白い仕事をすれば非常に注目されると思います。

ですから、埋没しないという意味でいうと、起業してそこで存在感を発揮しながら、だんだん成長していく、というのがよいのではないでしょうか。非常に期待を集めることができますし、当然いろいろな救いの手というのも出てくると思います。

John

松本市長が16年前に市議会議員選挙に出たときのように、言葉を選ばずに言いますと、「若くて目立っていれば」ということでしょうか?

松本

そうですね。何か、尖ったことをやろうとしていて、東京では埋没することであっても、和光だから注目される、和光だからいろいろなネットワークに入っていけるなど、そうしたメリットがあると思います。

John

和光で、新しいスタートアップのエコシステムをつくっていくということでしょうか?

松本

そうですね。また、(和光には)理研がありますので、その理研を活かすということも視野に入ってくると思います。あとは、交通の利便性です。もちろん、ネットワークの時代なのですが、それでも、地域によっては不便なこともあると思います。そういう意味では、メンターの方がすぐそばにいる、銀行が近隣にあるといったように、和光というのはちょうどよい距離感だと思います。さらに言えば、地方出身の方にとっては、緑がたくさんあるため、和光は落ち着く場所ではないでしょうか。違う種類の優位性があると認めていただけるようにしたいと思っています。

John

これまで他のメディアの記事でも、りそコラでも和光で開催した「エンジェルアクセラレーター」について書かせていただきました。今回の対談でも、全国の人に「和光でこういう起業支援の取り組みが始まった」ということをお伝えしたいと思っています。

松本市長から見て、実際にスタートアップが和光でオフィスを構えるとしたら、どのエリアがお勧めですか? 若者は駅が近いほうがいいということや、住む場所をどのようにして見つけたらいいかなど、オフィスの見つけ方について、市長のアドバイスがありましたら、ぜひ教えてください!

松本氏と森若氏の対談の画像です

松本

さまざまな考え方があると思います。「和光ならでは」なのは、割と拠点性の高い駅から徒歩圏で、自宅兼事務所を構えることができるという点です。まず、自宅費用だけでオフィスを構えるという場合は、非常に向いていると思います。

John

1カ月の家賃の相場はどれくらいですか? 若者が5人から10人で住むとなると。

松本

なるほど、それは面白いですね! シェアハウス的なイメージですよね。

John

そうです! 空き家はあるのでしょうか?

松本

あまりないですね。不動産の人気がかなりあるものですから。

John

なるほど。そうすると家賃も結構高いのですね……。しかし、都心と比べたら安いですよね。

松本

そうですね。

John

一軒家に住むことができる可能性もあるでしょうか?

松本

もし、一軒家を借りることができれば面白いと思いますね、十数万円くらいはすると思いますが。しかし、都内のマンションを借りると思えば、そのくらいの金額で、一軒家を借りられるなら、面白いと思います。

John

いいですね! この点をもっと具体的に調べたら、宣伝になるかもしれないですね。

これからスタートアップを育てていく際、実際に彼らに期待することや、市長自身がエンジェラアクセラレーターのアンバサダーとしてどういったサポートをしていただけるのか教えていただけますか? 「エンジェルアクセラレーター」でも、場所を貸していただいたり、実際に来て応援していただいたり、市長には非常に感謝しています。

松本

いえいえ、こちらこそ。講座はこれからもできるような形で、私たちとしても場所を提供したいと思いますし、将来的な構想としてはシェアオフィスを実現したいということで、いろいろと考えてはいます。スタートアップ向けのシェアオフィス的なものが一番実現したいところですね。そこに例えばアシストの機能がついているといいかもしれません。

John

私たちがやっているようなアクセラレータープログラムなどがあってもよいですね。

松本

そうですね。

John

そこでファンディングまで支援できたらいいですね!

松本

一番いいですよね。あるいはエンジェル投資家をやりたい人が集うというようなこともできたらいいと思います。

John

松本市長としては、今後、どのような和光、どのような日本、どのような世界、どのような未来になっていくのがよいと思われますか?

松本

私は和光の市長なので、和光の話が中心になりますが、今はネットワークを通じて世界とつながっていて、世界を相手に仕事ができるじゃないですか。

東京都やその近隣に住むことは若者にとっては、とても魅力のあることだと思うのですが、ただ都心に住むにはストレスもあるし、家賃も高いなど、さまざまな問題があるとも思います。

ですから、和光くらいまで来ていただけると、例えば家庭菜園もできるような環境で、自宅で起業し、世界とつながってビジネスをしながら、時間があるときはネギでもつくって、それを食べる。このように「プチ田舎暮らし」と起業と東京のカルチャーが全部味わえる。そう考えると、これほど幸せなことはないと思います。

和光の立地は本当に素晴らしくて、朝採れた野菜をすぐに買って食べられるのです。そういう楽しみもあります。一方で、例えば渋谷でコンサートに行き、その後一杯飲んでも電車で帰って来られる距離なんですよね。

John

それはいいですね! 渋谷から電車で何分ですか?

松本

渋谷から一番速い電車で約25分です。

John

すぐですね!

松本

池袋からですと約13分で着く電車がありますよ。地方にまで行ってしまうと、渋谷でのコンサートに行けないですし。

今、和光の不動産に投資する地方の資産家の方が急激に増えています。この背景には、地方の拠点都市に投資するのと大差ないくらいの金額で、将来性の高い街に投資できるという魅力があるからだそうです。

John

市長には、私たちのエンジェルアクセラレーターの生徒たちとお食事も何度か行っていただいたりしています。地元の素晴らしいお店をよく知っていらっしゃいますよね。

松本

ちょっとコアなお店などですね。

John

松本市長は、市のトップでありつつも、学生たちと一緒にお店に行き、ご飯を食べ、同じ目線でお話されます。こうしたことは、市長になった最初のころからそうなのでしょうか?

松本

和光は人口が約8万3000人のすごく小さな街ですよね。これが横浜市のような大きな都市になると、街の全部の店を知ることは不可能だと思います。でも、私はこうした小さな街の市長なので、基本的に和光にあるいろいろな面白い要素は全部知っているべきだと思っています。その中で、逆にいうと「和光に住んでよかった」と思えるようなものを、皆さんと共有することができると楽しいなと思っていて、その努力を、SNSなどを通じてやっています。

6 「開かれた思考で経営する」(松本)

John

松本市長の中では、国会議員になりたいですとか、違う大きな市のトップになりたい、国のトップになりたいといったお考えはあるのでしょうか? 市長が和光にこだわり続ける理由があれば教えてください。

松本

和光の街の可能性を最大限に伸ばすことができたらなというのが、私の人生そのものです。もちろん、和光市長を永久に務めるわけにはいかないですが、常に、和光市長という仕事が終わっても、この街が成長していくための力になれたらと思っています。

John

素晴らしいですね! 最後に、松本市長にとっての世の中をよくするイノベーションの哲学。一言でまとめていただくとすると、どのようなことでしょうか?

松本

なかなか難しいですよね。基本的によくこだわっている言葉で言うと、「アカウンタビリティー」ですね。要するに説明責任だったり、会計責任だったりを指す言葉です。どういうことかというと、説明責任のある開かれたプロセスで、いろいろなことをみんなでつくって、開かれたプロセスでみんなが良くなっていくのがいいことだと思っています。

私は、世の中には、閉じた思考で街を経営する経営者と、開かれた思考で経営する経営者がいると思っています。閉じて仲間うちだけで、物事を決めたりするのは、「成長」という視点で考えるとよくないと思っています。むしろ、オープンなプロセスを見せる、オープンな意思決定をすることによって、「それだったら」ということで、いろいろな人が飛び込んできてくれる街になると思っています。

John

流行りに乗るわけではないですが、「オープンイノベーション」というものは、市長が今まさにおっしゃったことだと思います。

オープンなマインドを持ってオープンな行動に出て、みんなとビジョンを共有して、この街を盛り上げる。そういうことですよね。

松本

今伸びている街は、みんな、開かれた思考で経営していると思います。埼玉県でいうと、さいたま市。千葉県では千葉市が開かれた経営を行っていて、流山市や柏市もそうだと思います。

John

企業の伸びと街の伸びは一緒ですか? その自治体に良い企業がたくさんあれば、市の財政は良くなるのでしょうか?

松本

私は、街を伸ばすときの哲学として、「人口などを急に伸ばさない」ということを考えています。急激な成長は、企業にとっては必要だと思います。突き抜けるときに突き抜けなければ、次のステージに行けないのが企業ですから。

しかし、街はそうではありません。急激に伸びると必ずその副作用があり、必ずそれを借金みたいに返さなきゃならなくなります。企業はそうではないですよね。副作用の部分、経済学では外部不経済といいますが、この外部不経済を切り捨てられる。また、企業はまさしく従業員と株主とお客さまを相手にしていますが、自治体は地域全てを相手にしています。

私、人口はそれほど増やさなくていいという話をしています。和光の場合、勝手に伸びますので。街づくりも同じなのですが、しっかりとやるべきことをやって、地道に伸ばしていこう。それによって副作用も抑えられるし、それでいいだろうと考えています。

John

どのような人が増えてほしい、どのような人を育てていきたいなどお考えはありますか?

松本

これは明確にあります。自分事として仕事をする人。やらされている人ではなくて、自分に使命感を持って、仕事を楽しめるような市民が増えると、とても活性化するだろうと思っています。全てが自分事の人たちが集まればいいと思います。

John

そうですね。自分の街ですからね。

松本

そうです、そうです! 誰かにやらされている人ばかりが集まるのは困りますよね。それは仕事もそうですし、地域活動もそうだと思います。全てが自分事で、全てが楽しめるってことですよね。

7 「仕事を通じて人生を豊かにしたい人に来てほしい」(松本)

John

先ほど、最後の質問と言いつつ、もっとお話しをお伺いしたくなってしまいました! 市長は、チームをまとめるとき、例えば部下や市役所の職員の方に対して、どのような接し方やマネジメントをされているのでしょうか?

松本

まず、ミッション、ビジョン、バリューは明確にしたほうがいいと思っています。実は市役所のトイレに貼ってあります。それも、こちら側が決めたものではなく、ミッション、ビジョン、バリューを考えるプロセスにみんなを巻き込んでいます。もちろん全員でとなると難しいのですが、意見を求めるなどして、みんなでつくったということで、みんなのミッション、ビジョン、バリューであるということです。

John

ミッション、ビジョン、バリューを、どのように浸透させるのですか?

松本

確かに難しいことですね。最近、私も腹をくくって昇任試験の際に聞いたりするようにしていますが。ある程度、強制的に。そうしなければ覚えない人もいますので。それでは自分事になりません。

John

やはり、自分事にするためにはみんなで決めるということでしょうか?

松本

そうですね。あとはやはり経営者は、「いばって」いるのは良くないと思います。1人の人間として対等に接しなければなりません。言葉に気を付けたり、相手の立場を考えたり、そういうことを忘れてはいけないと思います。

John

例えば、言うこと聞かないような人には、どのように対応・対処されるのですか?

松本

人事ですね。頑張った人は、頑張った人なりの職にということです。市の場合はあまりお金の差をつけることはできませんので、昇任や配転など、そうしたところで「ちゃんとあなたが頑張っているのを見ていますよ」ということを明確に伝えることが大切です。

John

市で求めているのは、どのような人材ですか? 民間の方が良いのでしょうか?

松本

民間の人も採用しています。仕事を、「単にやらされること」として捉える人ではなくて、仕事を通じて人生を豊かにしたい人に来てほしいですね。

John

よく分かります! 松本市長が目指される市長像を教えてください。どのような市長になりたいですとか、こういう方がいたから日本のさまざまな市が盛り上がったなど、そういうお話はありますか?

松本

神戸に昔、宮崎市長という方がいました。神戸の山をごそっと海に持ってきて埋めて、ポートアイランドをつくった方です。市街地の狭い神戸で街を発展させるにはどうしたらいいかを、時代の流れの中で捉えて、街を発展させた方だと思います。市長は、ときに、嫌な決断もしなければなりません。嫌な決断も含めてしっかりと決断して、近未来だけではなく、将来的に中長期的に街が良くなるような決断ができる人が大事だと思います。

John

本当にそうですね。財政危機のときにはどのように乗り越えたのでしょうか? みんなの意識が下がったときに盛り上げる方法などはありますか?

松本

財政危機のときはもう、思い切って大鉈を振るうというのが1つですよね。そのときの大鉈の振るい方が、一律に振るのではなくて、メリハリをつけることが大切だと思います。

John

ありがとうございます。

そしてお聞きしたかったのが、SNSの活用方法です。市長は相当多忙な中でも1日何度も投稿されていますよね。

松本

5、6回は投稿していると思います。

John

投稿を多くの人に見てもらうために気を付けていることなどはありますか?

松本

仕事の話ばかりでは飽きますよね。仕事の話は同じ内容になりがちですし。やはり相手を飽きさせない努力が必要だと思います。特に、政治家の場合、統一地方選前になると、その話ばかり書きがちです。そうすると、タイムラインが全部政治の話になってしまって、見たくなくなるじゃないですか。

そうではなく、統一地方選のことを書きたくても我慢して書かない。そうでないと相手が嫌になってしまう。相手が見て飽きない、相手が見て不愉快に思わない、だけど言わなきゃならないことは言うという点を心掛けています。

John

市長のSNSの場合、市のことをポジティブに評価した書き込みをする人がほとんどだと思います。ただ、中には、ちょっとネガティブな内容を書く人もいます。そういう人に対しても、市長は切り替えしの返信がとても上手ですよね。

松本

とても攻撃的な相手に対して正面から反論しても、相手を説得できる確率はゼロだと思います。そこで、やり方としては、1.誰もがクスッとするような面白いことを言う、2.とりあえず流しながら真意を探る、3.もっともっと深いことを言う。この3つのどれかで対応すればよいと思っています。相手が殴りかかってきたときに殴り返していたのでは、相手を説得することはできません。しかし、面白いこと言われると、相手も思わず笑ってしまったりしますよね。

John

なるほど~。市長はどのように心の余裕を保っているのですか?

松本

そこはすごくストレスを感じますよ、私も。「うわ、きついこと言われてるな」と思うこともあります。そのときには、一息つきます。腹が立った状態で書いてもリターンキーは押さない。一回削除して、落ち着こう、と思います。

John

それでは、市長は人と口論にはならないのですか?

松本

口論するときありますよ。するのはしてもいいときです。人と人で、対面でしたら、口論してもいいじゃないですか。でもSNSでは口論はしてはいけないと思っています。

John

なるほど、そのようにお考えなのですね。また、単に「ありがとう」と書くだけではなく、どのように上手く、ありがとうという感謝の気持ちを市民の人にSNSで伝えたりしているのですか?

松本

ありがとうございます、だけではつまらない場合、例えば相手がダンスサークルの方でしたら、「ところで昨日は踊らなかったんですか?」など相手の背景を踏まえたメッセージの伝え方を心掛けています。

John

そうなのですね! 松本市長、愛りがとうございます! とても勉強になりますね。

松本市長、素晴らしいお話でした!

どんどんお話をお伺いしたくなって、たくさんお聞きしてしまいました! とても大切なことを、たくさんお教えいただきました。愛りがとうございます。

これからも、素晴らしい街、和光を、みんなで一緒に盛り上げていけたらと思います! 今日はお忙しいところ、本当に愛りがとうございます!

松本氏のイノベーション哲学を示した画像です

以上

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