褒めればなんでもいいってもんじゃないんだ/若手社員が採用できる、辞めない職場づくりのヒント(3)

1 褒めるべきか褒めないべきか、それが問題だ……

最近の若者は承認欲求が強めだという声をよく耳にします。一方では、あるマネジャーが「若手は派手に営業表彰されるのが嫌いだ」と話していました。褒めればいいのか、褒めないべきか……。対応を間違えるとすぐに辞めてしまうので、余計に悩ましいところです。キーワードは「忖度(そんたく)」。忖度というと政治家や権力者に対するオトナの配慮といったイメージがあるかもしれません。その昔、KY(空気読めない)という言葉がはやりましたが、最近の若者は、実は空気読みまくり、忖度しまくりなんです。 本稿では、拙著『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』から一部抜粋し再構成の上、そんな若者への適切な接し方を探ります。

2 やる気アップを促す表彰問題

とあるアパレル企業の例をご紹介しましょう。この企業では、四半期に1度のキックオフが行われ、「売上ナンバーワン販売員」を大々的に表彰するのが恒例です。

  • 「第2クオーターの売上ナンバーワンは、加藤さんです!」。上田店長(男性・36歳)は、入社2年目の販売員・加藤さんの名を、高らかに呼びます。
  • 「はい。なんか、すみません……」
  • 「加藤さんは入って1年ちょっとだけど、勉強熱心だしサボらない。追い抜かれちゃった先輩も、また取り返すぞという気持ちで切磋琢磨(せっさたくま)していってください。じゃあ、加藤さんから、何か工夫したこととか、一言お願い」

たたえられているはずの加藤さんは、どこか居心地が悪そうにしていたものの、指名されたので仕方なしに話し始めました。

  • 「ありがとうございます。そんなに工夫したとか、私なんかが偉そうに言えるようなことはなくてですね、たまたま、うまくいったんだと思っていて……。あの、これが続くように頑張りますので、よろしくお願いします。すみません」

なぜか表彰された人の謝罪で終わるという微妙な空気の中、会は次の段取りへといつも通り進んでいきました。上田店長は過剰なくらい謙遜する加藤さんを見て、「これはもっと彼女を盛り上げて、自信をつけさせないとな」と課題を胸にしまうのでした。

3 褒めて褒めて伸ばさないと!

さて、ここに残念なズレが起こっています。

  • 上田店長の言い分
    「最近の若い子は承認欲求が強いから、褒めて褒めて伸ばしてやらないと。やっぱりご褒美こそがモチベーションだよな。ちょっと叱るとすぐ心が折れちゃうし。でも自信さえつけば、もっともっと成長してくれるはずだ。加藤さんはなんだか気まずそうにしていたけど、結果を出しているんだから、あそこは堂々としていてほしいんだよな。彼女がバリバリやることで、他のスタッフにも活気が出てくるんだから」
  • 加藤さんの言い分
    「ホント、勘弁してほしいなあ。うれしくないことはないけど、なんか大げさすぎるんだよね。あれじゃあ、私だけ意識高い感じがするし、なんか、いい子ちゃんみたいに思われてたらどうしよう。「先輩も加藤さんに負けないように」みたいなこと言って、マジ最悪。あー、また明日から先輩に気を使わないといけないじゃん……。めんどくさ」

4 認めてほしいが目立ちすぎは困る

今の若者は、実は忖度しまくっています。みなさんもニュースなどで、タレントや企業のSNSが「炎上」している様子を見たことがあると思います。一度炎上してしまった投稿は、削除したところですでに手遅れ。写真のコピーや投稿画面のキャプチャ画像があっという間に増殖して、ネット上では半永久的にさらされ続けることになるのです。消したくても消せない過去の汚点。これを「黒歴史」や「デジタルタトゥー」というそうです。

若者たちは、SNSのこうした「常に誰かに見られているリスク」を念頭に置いて、コミュニケーションをとる習性が身についています。もちろん認めてもらうことはうれしいのですが、自分アピールが強すぎると叩かれる。若者はそんなリスクマネジメントをしているのです。ですから「加藤さんってこんなにすごい」とやたらに推されるのが、恥ずかしい上にリスキーなのです。

活躍にスポットライトを当てることができない。なかなか大変な世の中になってきました。

5 「いいね!」社交界に生きる若者

また、このSNS的な忖度の流れには、取りあえずの「いいね!」もあります。

「今日、23歳のバースデー! 仲間にお祝いしてもらいました!」「1週間、お休みもらってスペインに行ってきた! ガウディ最高!」。そんな友達の投稿に、無心で「いいね!」を押す。それがSNSの世界では当たり前の習慣です。自分が何か投稿すれば、どんなささいな内容でも何件かレスポンスがあるというのが普通。逆にレスポンスがなかったりしたら、彼らは言い知れぬ不安に襲われます。何かおかしな投稿をした? 周りに変なふうに思われていない? そんな気持ちが増幅していきます。だからこそ友達の投稿にほぼ自動的に「いいね!」を押すのです。

「いいね!」を押し合うのは、言ってみれば礼儀作法。こうして「いいね!」社交界が形成され、友達に忖度した「いいね!」が激増、結果「いいね!」がばらまかれます。もはや若者が押す「いいね!」は、「見たよ!」というサイン程度のものです。

そして若者たちは、職場にも同様の感性を持ち込みます。だから、なにかにつけ「いいね!」がデフォルトなのです。例えば「課長、アレやっときました!」などと報告があったとき、目も見ないで「ああ」とか、素っ気ない返事をしていると、確実に「あれ?」と思われてしまいます。「いいね!」どころかレスポンスが薄い……。自分が何かおかしなことをしたのではないかと不安になるのです。

6 とにかくプチ褒め! プチ感謝!

SNSの発達が、若者に過剰なメンタリティを植え付けたことは間違いありません。目立ちたいけど目立ちすぎるのはリスク。でもやっぱちょっとは目立ちたい。この葛藤の中で若者は揺れているのです。そして自意識が勝ってしまったとき、バズりたい表現がチラリと顔をのぞかせます。しかし悪目立ちするわけにはいきません。小さなコミュニティーの中で小さく「バズる」のが、ちょうどいいのです。それは、すなわち友達からの「いいね!」。

そう考えると、若者の褒め方が見えてきます。職場でリアルな「いいね!」をたくさん送ればいいのです。彼らにフィットするのは、日々の「プチ褒め」。

その昔、「褒め」はとっておきの最終奥義だったような気がします。ここぞというときに、すごいシゴトを成し遂げたときに大いに褒める。むしろ、ちょこちょこ褒めていると、それが当たり前になって、勘違いするんじゃないかとか、効き目がなくなるんじゃないかとか考えられていました。

いつもしかめっ面で怒ってばかりの厳しい師匠が、最後の最後で「よく頑張ったな」とポツリ。またしかめっ面で歩き出す師匠。その背中を、目に涙を浮かべた弟子が追いかけていく……。褒めの究極的なシーンとは、こんなイメージじゃないですか。しかし、残念ながら若者はこんな「ドラマチックな光景」は望んでいません。

7 コミュニケーションは質より量

実は、私が取材してきた中で、スタッフがイキイキ働いていると思った職場のマネジャーは、全員、コミュニケーションは質より量です!と言い切っていました。

彼らは、図らずも自身の経験から、職場でのリアルいいね!を実践しているのです。みんな、内容はたいしたことでなくてよいと口をそろえます。例えばメールの返信が早かったね!とか、挨拶の声が良かったね!とか。自分が見てもらえていると感じるだけでも承認欲求が満たされるのです。

また「プチ感謝」も効果的です。例えば報連相には必ず「ちょい足し」して返す。言葉はなんでも構いません。「良くなったな」と褒めてもいいし「大変だったろう」と共感してもいいし、「助かったよ」と感謝を伝えてもいいでしょう。

8 松岡修造さんに学ぶ褒めの極意

褒めのプロといえば、松岡修造さん。彼は「ほめくりカレンダー」を発売するなど、今や日本における褒めの第一人者。ちなみに産業能率大学が毎年発表している「理想の上司」にランクインすることもしばしばです。

彼は、ただ褒めるのではなく、相手をちゃんと把握して褒めるのに定評があります。2018年に平昌(ピョンチャン)で開催された冬季五輪でのエピソードを紹介しましょう。女子フィギュアスケートで宮原知子選手が4位に入賞したときのインタビューシーン。あるテレビ局の女子アナがかけたねぎらいの言葉は「メダル、惜しかったですね」でした。多くの日本国民が感じたであろう言葉を代弁したようなコメントです。ところが別の番組で、松岡修造さんがかけたのは「良かったね! 自己ベスト」という言葉でした。

「メダル惜しかったね」ではなく「良かったね! 自己ベスト」で、ひとつの褒めが誕生したわけです。しかもこのすてきな褒めは、宮原選手のこれまでのスコアなどをしっかり把握していたからこそ生まれたわけです。相手に「自分のことを見てくれているんだ」「自分は理解してもらえているんだ」と感じさせる究極の褒め。ここが彼のセンスです。

いきなりシューゾーレベルになるのは難しいかもしれません。しかし前述のようにささいな褒めでも、見てもらえているんだ感は提供できます。自分の部下を細かく観察してあげること、それが愛情です。

SNS世代の若者が抱える複雑な価値観や行動原理。忖度と承認欲求の葛藤を知ると、少しは彼らへのコミュニケーションが見えてきませんか。小さくたくさん褒める。そこから彼らとの信頼関係が育まれていくのです。

以上(2019年10月)
(執筆 平賀充記)

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【朝礼】ゴルフ界の「スマイルシンデレラ」に学ぶこと

2019年8月、ゴルフの全英女子オープンで、渋野日向子(しぶのひなこ)選手が優勝しました。日本勢としては、実に42年ぶりのことです。

渋野選手のトレードマークは、あの「笑顔」で、「スマイルシンデレラ」と呼ばれています。優勝後のインタビューでも、「世界でも笑顔は共通。笑顔で努力すれば結果に出ると思った」という趣旨の発言をしていたのが印象的でした。

渋野選手については、「真剣な表情と笑顔、オンとオフの切り替えができている」「プレー中にお菓子を食べ、ギャラリーとハイタッチをするなど、自然体。自分をリラックスさせるようコントロールする方法を知っている」と報道されていました。しかし、私はそうしたことよりも、渋野選手の笑顔から、「絶学無為(ぜつがくむい)」という禅語を連想したのです。

「絶学無為」とは、学びに学んで学び尽くして、もはや学ぶことのない、自然な、淡々とした悟りの境地といった意味です。心底学んで自分自身の中で消化し、しっかりと取り込んでいる人は、飄々(ひょうひょう)としていて、その苦労や学びが消えてしまっているように見える。苦労や学びを、まるで感じさせない。そうした意味でも使われることがあります。

私は、渋野選手のことを詳しく知っているわけではありませんが、渋野選手の笑顔や自然体は、想像を絶する努力を重ね続けてきた人だけができる、いわば「絶学無為の笑顔」に思えたのです。

学びや努力を、「苦労している」と人に思われたり、人に苦労話を言いたくなったりするうちは、「本物」とはいえないのかもしれません。まだまだ未熟な状態なのでしょう。

ビジネスの世界でも同じです。私たちは、日々、仕事に活かせる能力や技術、考え方などを学ぶ努力をします。学んでいる姿を見せて、周りに対して「学ぶ意識を浸透させる」という良い影響を与えることも必要ですが、自分が学んでいることを人にひけらかすようではいけません。

大切なことは2つで、1つは、社内だけで満足するのではなく社外でも通用するよう学ぶこと。そしてもう1つは、どれほど努力をしても、おごらず、「上には上がいる」という謙虚な気持ちを持ち続けることです。人にもよりますが、本当に努力している人ほど、「自分はまだまだ足りない」と言います。逆に、それほど努力していないときほど、「こんなに頑張っているのに」と言いたくなるものです。

「絶学無為」の境地にたどり着くのは、並大抵のことではありません。一生かかっても、たどり着けるかどうか分からないくらいです。私たちにできるのは、「自分はまだまだ足りない」という気持ちを持ち、一歩一歩学び、努力し続けていくことではないでしょうか。

渋野選手の「絶学無為の笑顔」から、私は謙虚に努力し続けようと改めて思いました。皆さんは、あの笑顔に、何を学ぶでしょうか。

以上(2019年10月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】台風のときに守ってほしい2つのルール

先日の台風の際、交通機関が乱れて時間通りに出社できないなど、皆さんはそれぞれ、大変だったと思います。今日は、今後こうしたことが起きたとき、当社の社員はどのように行動すればよいのかを、改めて皆さんにお伝えします。

皆さん、まず何よりも、皆さん自身の身の安全が一番大切だということを、決して忘れないでください。暴風雨のときに無理して出社しようとしたり、電車のホームから人があふれそうなときに、無理して電車に乗ろうとしたりしないでほしいのです。台風などの天災で出社するのが難しいときには、出社しなくてかまいません。ただし、連絡を入れるなどのルールは守ってもらわなければなりません。そこで今後、当社では、次にお伝えすることを台風など天災時のルールとしますので、全員、必ず守ってください。

1つ目のルールは、今お伝えした連絡についてです。出社が難しいときは、必ず連絡を入れてください。その際は、全員で共有しているチャットツールを使いましょう。そうすれば、全員が、「誰が出社できないのか」が分かります。

また、時間は多めに見積もってください。今回の台風では、なるべく早く電車に乗ろうとして、自宅の最寄り駅で何時間も立ち往生した人がいます。体調を崩しかねませんし、時間も無駄になります。そうしたことはやめましょう。「午前中は自宅待機で様子見し、午後1時に出社予定です」などの連絡を入れてくれればよいのです。

2つ目のルールは、日中、「これから台風が来る」というときに守ってほしいことです。私や上司が、「これから台風が来る可能性が高いので、今日はもう帰ってください」と指示するときがありますが、なかなか帰ろうとしない人がいます。これはいけません。必ず私や上司の指示に従って、速やかに自宅に帰ってください。

お客さま向けの仕事が残っているなど、皆さんなりの事情があるのでしょうが、皆さんの身の安全よりも大切な仕事などありません。お客さまや取引先に「これから台風が来るので、全社的に帰らなければなりません」と連絡を入れ、仕事を切り上げてください。台風などの際には、全社的にこうした対応を取るのが当社の姿勢だと、社外の方に説明して分かっていただくのが、皆さんのやるべきことです。

どうしても終わらせなければならない仕事があるときは、周りに助けを求めてください。皆で手分けすればすぐに終わるはずです。そうして全員、速やかに帰りましょう。

皆さん、分かりましたか? 今お伝えした2つのルールはとても重要です。必ず守ってください。上司は部下に、徹底するよう指導しましょう。

また、ルールを守り、皆さん一人ひとりの安全を確保するためにも、日ごろから仕事のやり方や状況を共有しておかなければなりません。具体的にどのような方法が良いか、皆で一緒に考えて、今日から実践していきましょう。

以上(2019年10月)

pj16977
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】君たちは、ジャングルを目指したくはないか?

今、時代はめまぐるしく進化しています。テクノロジーを活用した、現金がなくても決済できる仕組みや、無人店舗が浸透しつつあります。人工知能どころか、それだけでは解決できない定性的な情報を定量化する、人工知能に次ぐ新たな技術の開発も進められています。私たちの業界も、大きく変わっていくのは間違いありません。

当社も、この下期から、新規事業への取り組みを本格化させます。それだけではありません。新しい仕組みもどんどん取り入れていきます。それが、今後もこの会社が生き残り、成長していくために、必要なことだからです。

今日ここに集まっている皆さんには、全社を挙げて、新しいことにチャレンジしていくということを、改めて認識してもらいたいのです。

これまでの当社は、いわば国立公園でした。きれいに人の手で区画整理され、安全で、どこに行けばどのようなエサがあるか分かっており、この中にさえいれば、無事に何事もなく、平和な毎日を生きていける状態でした。

しかし、これから当社が目指すのは、未開の地、ジャングルです。ジャングルでは、区画整理はおろか、敵がどこにいるのか、エサがどこにあるのかさえ全く分かりません。生きていくために、自らエサを探し、ジャングルを開拓していかなければならないのです。陸上だけでなく、空や川、海なども開拓しなければならないかもしれません。ジャングルこそが、皆さんを成長させるのです。

つまり、私たちは、これから、私たち自身の手で、会社の新しい仕組みをつくろうとしているのです。そのためには、皆さん一人ひとりが、「ジャングルを目指す」ことを理解し、自ら開拓者にならなければなりません。

ジャングルは、厳しい世界です。国立公園のような安全な世界とは違います。黙っていても仕事が与えられるわけではありません。言葉を選ばずに言えば、これまでのように、言われたことを言われた通りにやっているだけでは、生き残っていくことは難しいでしょう。

そこで、皆さん一人ひとりに考えてほしいことがあります。皆さんは、この会社を、そして皆さん自身を、どのような姿にしていきたいですか。

将来、どのような姿でありたいと思いますか。そしてそのために、皆さんは、今から、何をしていきますか。ジャングルを生き抜くためには、「意思」が必要です。一人ひとりが、「自分はこうしたい」という意思を持ち、行動していかなければなりません。

もちろん、簡単にできることではないでしょう。私も皆さんと一緒になって考え、議論し、新しいことにチャレンジしていきます。

ジャングルは、とても厳しい世界です。しかし、自ら開拓していけば、皆さんが、未来永劫(えいごう)、誇れる宝物のような世界にもなるのです。私は皆さんの意思と行動を、心から応援します。一緒に、ジャングルを目指しましょう!

以上(2019年10月)

pj16978
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】部下指導に悩める管理職への「たったひとつの処方せん」

管理職の皆さんは、日ごろ、一生懸命、部下を指導してくれています。しかし、なかなか部下が成長してくれないと悩む管理職も多いようです。今日は、そうした悩める管理職に、私から一つアドバイスをお伝えします。それは、「部下には、答えは教えない。答えにたどり着くための方法を教える」ということです。

分かりやすい例を挙げてみましょう。部下が、何かの参考として、書籍やインターネットの中から資料を探そうとしているとき、皆さんの多くは「これを見て」と参考になりそうな資料を渡しています。部下のためによかれと思っているのでしょうが、これでは「参考になる資料はこれだ」という答えを教えているにすぎません。

皆さんが部下に教えるべきなのは、「資料の探し方」です。どのようなキーワードで探すのか、どのような得意分野の人に聞いてみるとよいか。そうしたことを教えるほうが、部下本人のためになります。もっと言えば、「どのようなキーワードで探すのか」ということから部下に考えさせ、大きくズレているようなときにだけ、「自分だったらこのキーワードで探すと思う」とアドバイスするくらいでよいでしょう。

初めから答えを教えてしまうと、部下は自分で考えられなくなります。教えてもらったそのときは、無事に参考資料を手に入れられるでしょうが、「探し方」が身に付いていないので、別のときに、部下は自分で探すことができません。

また、こうしたことが続くと、部下は、管理職に教えてもらったことが全てだと思い込みます。それ以外のこと、それ以上のことにチャレンジしなくなってしまうでしょう。これでは部下が成長するわけがありません。

そうならないために、管理職の皆さんには、常に「相手軸」で考えてもらいたいのです。これは、「相手の立場で考えて、本当にためになるか」という視点です。ここでいう「相手軸」は、皆さんにとっての部下です。皆さんには、本当に部下のためになることを考えてほしいのです。

とはいえ、相手の立場に立つのは簡単ではありません。そこでヒントとなるのは「再現性」です。

今、自分が部下に教えようとしていることは、部下が次に似たようなシーンに出くわしたとき、管理職の力を借りず、部下自らの力で再現できる方法か。部下指導をするときには、常にこの点を考えてみてください。再現性があれば、部下は自らの力で突破できるようになります。部下の成長にもつながるでしょう。

管理職の皆さんに、はっきり言っておきます。部下が、いつまでたっても管理職の力を借りなければならない状態だとしたら、それは管理職の教え方が良くないからです。

管理職の皆さん、今日から、自分の部下指導を見直してみてください。この上半期が終わる頃、皆さんが「部下のこの点が成長した!」と大いに自慢してくれることを期待しています。

以上(2019年10月)

pj16979
画像:Mariko Mitsuda

保有目的によって異なる「有価証券」の会計処理

書いてあること

  • 主な読者:会計の基礎を身につけたい中小企業の経理担当者
  • 課題:有価証券は保有目的ごとに会計処理が異なり、判断に迷いやすい
  • 解決策:保有目的の判断基準や、それぞれの区分ごとの会計処理を解説

1 会計処理が複雑な有価証券

会社はさまざまな目的で有価証券を保有します。しかし、有価証券と一口に言っても、会計上はその保有目的ごとに区分されており、期末の評価などの会計処理が異なるなど、実務上、判断に迷いやすい勘定の1つでもあります。本稿では、会計上の分類や基本的な会計処理を紹介します。

2 有価証券とは

会計上、有価証券は法律(金融商品取引法)で定められており、主なものは次の通りとなります。

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これらの有価証券を会社が取得した場合、原則売買契約を締結した日に、資産として計上されます。そこでポイントとなるのが、その有価証券を「どのような目的で保有しているのか」という点です。

有価証券は、保有目的ごとに次の4区分に分類されます。

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また、区分ごとに会計処理が異なります。特に期末時の評価方法がポイントとなります。以降では、取得時・期末時・売却時・満期償還時の会計処理を区分別に紹介します。

3 有価証券の会計処理

1)売買目的有価証券

1.取得時

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売買目的有価証券を取得した場合には、手数料など購入に要する費用を取得価額に含めた金額で、貸借対照表に「有価証券(流動資産)」として計上します。

2.期末時

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売買目的有価証券を期末時に保有している場合には、期末日の時価で貸借対照表に計上します(以下「時価評価」)。時価評価による差額は、損益計算書に有価証券売却益(営業外収益)または、有価証券売却損(営業外費用)として計上します。

3.売却時

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売買目的有価証券を売却した場合には、売却時の時価との差額を損益計算書に有価証券売却益(営業外収益)、または有価証券売却損(営業外費用)を計上します。なお、売却時の手数料などの費用については有価証券売却損益に含めて処理します。

2)満期保有目的の債券

1.取得時

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満期保有目的の債券を取得した場合には、発行価額の金額で、満期までの期間に応じて「有価証券(流動資産)」か「投資有価証券(固定資産)」として計上します。

なお、社債などの債券については、額面金額より低い金額または高い金額で発行されることがあります。この額面と発行価額の差額(以下「調整差額」)は市場金利との調整によるものです。この調整差額は償還日までの期間にわたって、償却原価法(詳細は後述)により計算し、有価証券の帳簿価額に加減算していくことになります。

2.期末時

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満期保有目的の債券を期末時に保有している場合は、原則、償却原価法により計算した金額を取得原価に加算または減算した金額で計上します。

償却原価法とは、金利の調整とみなされた調整差額を取得日から償還日までの期間にわたって、毎期一定の方法で有価証券の取得価額に加算または減算する方法をいいます。

償却原価法により計算された調整差額は、「有価証券利息(営業外収益または営業外費用)」として計上されます。なお、詳細な説明は省略しますが、償却原価法には利息法(原則法)と定額法(簡便法)の2つの方法があります。

3.満期償還時

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満期保有目的の債券の満期償還時には、調整差額の残額を有価証券利息(営業外収益または営業外費用)に計上します。このとき、額面金額と帳簿価額は一致することになります。そして利息の支払いを受けた場合には、その金額も有価証券利息(営業外収益)に計上します。

最後に、額面金額で償還することになります。

3)子会社株式及び関連会社株式

1.取得時

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子会社株式及び関連会社株式を取得した場合には、取得原価で「関係会社株式(固定資産)」として計上します。

2.期末時

子会社株式及び関連会社株式については、期末時においても取得原価で、貸借対照表に計上します。そのため、期末の評価替えは行いません。

3.売却時

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子会社株式及び関連会社株式を売却した場合には、帳簿価額と売却価額との差額を有価証券売却益(特別利益)、または有価証券売却損(特別損失)として計上します。

4)その他有価証券

1.取得時

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その他有価証券を取得した場合には、取得価額で、「投資有価証券(固定資産)」として計上します。

2.期末時

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その他有価証券を期末時に保有している場合は、その他有価証券に市場価格があるかないかで、次の金額で評価することになります。

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市場価格ありのその他有価証券の場合は、期末日の時価で貸借対照表に計上します。時価評価による差額は、その他有価証券評価差額金として、貸借対照表の純資産の部に計上されます(注)。また、時価評価した場合には、翌期首に洗い替え(期末の仕訳と逆仕訳)をすることになります。そのため、その他有価証券が時価で計上されるのは、期末時のみとなり、基本的に期中は取得原価で計上されていることになります。

市場価格なしのその他有価証券の場合は、取得原価で貸借対照表に計上されるため、特段処理はありません。なお、債券の場合は、上述した満期保有目的の債券の期末時の仕訳と同様の処理をすることになります。

(注)時価が取得原価を下回る場合には、時価評価による差額を純資産ではなく、投資有価証券評価損(営業外費用)として損益計算書に計上する方法によることもできます。

3.売却時

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その他有価証券を売却した場合には、帳簿価額と売却価額との差額は、その他有価証券が次のいずれに該当するかに応じて、売却損益の表示場所が異なります。

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5)減損

決算時における時価評価をしない売買目的以外の有価証券については、通常の場合には損益計算書上に損失は計上されません。しかし、時価が取得原価よりも著しく下落し、回復が見込めない場合には、売買目的有価証券以外の有価証券においてもそのときの時価をもって貸借対照表に計上し、かつ損失(特別損失)を損益計算書に計上しなければなりません。この損失は減損損失といいます。

時価が著しく下落し、回復が見込めない場合とは主に次の通りです。

  • 時価が50%以上下落した場合
  • 時価が30%以上50%未満下落した場合で、継続して30%以上時価が下落している場合など、回復の見込みがない合理的な基準があること

なお、詳細な説明は省略しますが、時価評価が困難な株式などは、純資産方式、または企業価値算定方式といった一定の計算により時価を把握することになります。

以上(2019年10月)

pj35048
画像:photo-ac

棚卸資産の取得価額

書いてあること

  • 主な読者:会計の基礎を身につけたい経理担当者
  • 課題:棚卸資産の取得価額は購入代価以外にも、含めなければならないなど、会計処理が複雑で分かりにくい
  • 解決策:取得価額に含めなければならない費用、含めなくてもよい費用や、期末の評価方法を解説

1 購入した棚卸資産

1)購入した棚卸資産の取得価額

購入した棚卸資産の取得価額には、その購入の代価のほか、これを消費しまたは販売の用に供するために直接要した全ての費用の額が含まれます。

しかし、次に掲げる費用については、これらの費用の額の合計額が少額(当該棚卸資産の購入代価のおおむね3%以内の金額)である場合には、その取得価額に算入しないことができます(法人税基本通達5-1-1)。

  • 買入事務、検収、整理、選別、手入れなどに要した費用の額
  • 販売所等から販売所等へ移管するために要した運賃、荷造費等の費用の額
  • 特別の時期に販売するなどのため、長期にわたって保管するために要した費用の額

1.~3.に掲げる費用の額の合計額が少額かどうかについては、事業年度ごとに、かつ、種類等(種類、品質及び型)を同じくする棚卸資産ごとに判定することができます。事業所別に異なる評価方法を選定している場合には、事業所ごとの種類等を同じくする棚卸資産とすることができます。

棚卸資産を保管するために要した費用(保険料を含む)のうち、3.に掲げるもの以外のものの額は、その取得価額に算入しないことができます。

2)棚卸資産の取得価額に算入しないことができる費用

次に掲げるような費用の額は、たとえ棚卸資産の取得または保有に関連して支出するものであっても、その取得価額に算入しないことができます(法人税基本通達5-1-1の2)。

  • 不動産取得税の額
  • 地価税の額
  • 固定資産税及び都市計画税の額
  • 特別土地保有税の額
  • 登録免許税その他登記または登録のために要する費用の額
  • 借入金の利子の額

3)取得後の事業年度において購入代価が確定した場合の調整

棚卸資産を取得した日の属する事業年度において、その購入の代価が確定していないため、見積価額で棚卸資産の取得価額を計算している場合、その後の事業年度において購入の代価が確定したときは、その確定した金額と見積価額との差額に相当する金額は、その確定した日の属する事業年度の益金の額または損金の額に算入します。

ただし、その差額が多額である場合には、その差額については、原価差額の調整方法に準じて調整します(法人税基本通達5-1-2)。

2 製造等に係る棚卸資産

1)製造等に係る棚卸資産の取得価額

自己の製造等に係る棚卸資産の取得価額には、その製造等のために要した原材料費、労務費および経費の額の合計額の他、これを消費しまたは販売の用に供するために直接要した費用の額が含まれます。

しかし、次に掲げる費用については、これらの費用の額の合計額が少額(当該棚卸資産の製造原価のおおむね3%以内の金額)である場合には、その取得価額に算入しないことができます(法人税基本通達5-1-3)。

  • 製造等の後において要した検査、検定、整理、選別、手入れ等の費用の額
  • 製造場等から販売所等へ移管するために要した運賃、荷造費等の費用の額
  • 特別の時期に販売するなどのため、長期にわたって保管するために要した費用の額

1.~3.に掲げる費用の額の合計額が少額かどうかについては、事業年度ごとに、かつ、種類等を同じくする棚卸資産(工場別に原価計算を行っている場合には、工場ごとの種類等を同じくする棚卸資産)ごとに判定することができます。

棚卸資産を保管するために要した費用(保険料を含む)のうち、3.に掲げるもの以外のものの額は、その取得価額に算入しないことができます。

2)製造原価に算入しないことができる費用

次に掲げるような費用の額は、製造原価に算入しないことができます(法人税基本通達5-1-4)。

  • 使用人等に支給した賞与のうち、例えば創立何周年記念賞与のように特別に支給される賞与であることの明らかなものの額(通常賞与として支給される金額に相当する金額を除く)
  • 試験研究費のうち、基礎研究及び応用研究の費用の額並びに工業化研究に該当することが明らかでないものの費用の額
  • 措置法に定める特別償却の規定の適用を受ける資産の償却費の額のうち特別償却限度額に係る部分の金額
  • 工業所有権等について支払う使用料の額が売上高等に基づいている場合における当該使用料の額及び当該工業所有権等に係る頭金の償却費の額
  • 工業所有権等について支払う使用料の額が生産数量等を基礎として定められており、かつ、最低使用料の定めがある場合において支払われる使用料の額のうち生産数量等により計算される使用料の額を超える部分の金額
  • 複写して販売するための原本となるソフトウエアの償却費の額
  • 事業税及び地方法人特別税の額
  • 事業の閉鎖、事業規模の縮小等のため大量に整理した使用人に対し支給する退職給与の額
  • 生産を相当期間にわたり休止した場合のその休止期間に対応する費用の額
  • 償却超過額その他税務計算上の否認金の額
  • 障害者の雇用の促進等に関する法律第53条第1項「障害者雇用納付金の徴収及び納付義務」に規定する障害者雇用納付金の額
  • 工場等が支出した寄附金の額
  • 借入金の利子の額

3)製造間接費の製造原価への配賦

法人の事業の規模が小規模である等のため製造間接費を製品、半製品または仕掛品に配賦することが困難である場合には、その製造間接費を半製品および仕掛品の製造原価に配賦しないで製品の製造原価だけに配賦することができます(法人税基本通達5-1-5)。

4)法令に基づき交付を受ける給付金等の額の製造原価からの控除

法人が、その支出する休業手当、賃金、職業訓練費等の経費を補填するために「雇用保険法」「雇用対策法」「障害者の雇用の促進等に関する法律」等の法令の規定等に基づき給付される給付金等の交付を受けた場合、その給付の対象となった事実に係る休業手当、賃金、職業訓練費等の経費の額を製造原価に算入しているときは、その交付を受けた金額のうち、その製造原価に算入した休業手当、賃金、職業訓練費等の経費の額に対応する金額を当該製造原価の額から控除することができます(法人税基本通達5-1-6)。

5)副産物、作業くずまたは仕損じ品の評価

製品の製造工程から副産物、作業くずまたは仕損じ品(以下「副産物等」)が生じた場合には、総製造費用の額から副産物等の評価額の合計額を控除したところにより製品の製造原価の額を計算します。

しかし、この場合の副産物等の評価額は、継続して当該副産物等に係る実際原価として合理的に見積もった価額または通常成立する市場価額によるものとします。

ただし、当該副産物等の価額が著しく少額である場合には、備忘価額で評価することができます(法人税基本通達5-1-7)。

3 棚卸資産の評価

1)原価法による評価方法

原価法とは、当該事業年度終了の時において有する棚卸資産を取得価額をもって当該期末棚卸資産の評価額とする方法をいいます。

法人税法で定めている原価法による棚卸資産の評価方法には、個別法、先入先出法、総平均法、移動平均法、最終仕入原価法、売価還元法の6つの方法があります(法人税法施行令第28条第1項)。

次の前提条件を基に、各評価方法による期末棚卸資産の取得価額を算出してみます。

  • 期首商品=10円×10個=100円
  • 第1回当期仕入=20円×20個=400円
  • 第2回当期仕入=30円×20個=600円
  • 当期販売数量 =40個
  • 期末棚卸数量 =10個

1.個別法

個別法は、棚卸資産全てを個別に算出します。例えば期末商品が第1回当期仕入分4個、第2回当期仕入分6個で構成されている場合、次の通りです。

  • 期末棚卸高=20円×4個+30円×6個=260円

2.先入先出法

先入先出法は先に仕入れたものから先に売れるものと考えます。期末棚卸資産の取得価額は、最も後に仕入れた商品で構成されます。

  • 期末棚卸高=30円×10個=300円

3.総平均法

総平均法は次式で計算します。

  • 商品仕入単価=(100円+400円+600円)÷(10個+20個+20個)=22円
  • 期末棚卸高=22円×10個=220円

4.移動平均法

移動平均法では、棚卸資産を仕入れる都度、平均仕入単価を改定します。

  • 第1回当期仕入時の仕入単価=(100円+400円)/30個≒16.7円

次に、20個を販売した後、第2回当期仕入をしたものとした場合、次の通りです。

  • 第2回当期仕入時の仕入単価=(16.7円×10個+600円)/30個≒25.6円
  • 期末棚卸高=25.6円×10個=256円

5.最終仕入原価法

最終仕入原価法では、次の通りです。

  • 期末棚卸高=30円×10個=300円

6.売価還元法

売価還元法では、次のように算出されます。

  • 原価率=(期首商品+当期仕入高)/(当期売上高+期末棚卸資産の販売価額)
  • 期末棚卸資産=期末棚卸資産の販売価額×原価率

そこで、販売単価を50円とした場合、次の通りです。

  • 原価率=(100円+1000円)/(50円×40個+50円×10個)=44%
  • 期末棚卸高=50円×44%×10個=220円

2)原価法による評価と低価法による評価

法人税法施行令第28条第1項には、棚卸資産の評価方法として、次の2つの方法が規定されています。

  • 原価法(第28条第1項第1号)
  • 低価法(第28条第1項第2号)

原価法は前述の通り、期末棚卸資産を取得価額をもって当該期末棚卸資産の評価額とする方法をいいます。低価法は期末棚卸資産を原価法により評価した価額と当該事業年度終了の時における価額とのうち、いずれか低い価額をもってその評価額とする方法をいいます。

3)棚卸資産の評価方法の変更

法人税法施行令第30条第1項には、「内国法人は、棚卸資産につき選定した評価の方法を変更しようとするときは、納税地の所轄税務署長の承認を受けなければならない」と規定されています。例えば、先入先出法を総平均法に変更する場合や原価法による評価を低価法による評価に変更する場合、納税地の所轄税務署長の承認を受ける必要があります。

4)低価法採用後の処理

低価法により評価した場合において、翌事業年度終了の日において評価をする場合の当該棚卸資産の取得価額は、前事業年度終了の日における評価額ではなく、実際の取得価額を基礎として計算します。

以上(2019年10月)
(監修 税理士法人アイ・タックス 税理士 山田誠一朗)

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画像:photo-ac

第5回 北九州市立大学 経済学部 准教授 牛房義明氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく、失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し、「イノベーション哲学」を体系化し、皆さまのお役に立ちたいと思います。

第5回に登場していただきましたのは、研究や指導を行っておられる他、イノベーターを育てる活動なども幅広く実施されている北九州市立大学 経済学部の准教授、牛房義明(うしふさよしあき)氏(以下インタビューでは「牛房」)です。

1 「『北九大(北九州市立大学)はどれくらいノーベル賞を受賞した人がいるのですか』と聞かれたと言っていました」(牛房)

John

今回は、羽田空港にて牛房義明先生にインタビューさせていただきます。
フライト前のお忙しい中、お時間をつくっていただき、よしさん、本当に愛りがとうございます。私はいつも「よしさん」とお呼びしておりますので、今日も「よしさん」と呼ばせていただきます。

「イノベーション哲学」は、実際に起業しているCEOに聞くことも大事ですが、私とよしさんが行っているような「イノベーションカルチャーを作りイノベーターを生む」というアントレプレナーシップ教育の活動においても、「イノベーション哲学」は重要です。そこで今回、よしさんに、ぜひお話をお聞きしたいと思いました。とても楽しみにしておりました。よろしくお願いいたします。

牛房

Johnさん、そうなのですね、光栄です! ありがとうございます。

John

まず、よしさんが普段何を研究されているのかということを、読者の皆さんに教えていただけたらと思います。よしさんが行っている「環境経済学」とは、どのようなことなのですか?

牛房

実は今、環境経済というのはあまりやっておらず、どちらかというとエネルギーや電力の研究になっていると思います。環境経済学というのは、二酸化炭素を出したり廃棄物を出したりするなど、環境に負荷を与えているような経済活動の悪い影響を、どのようにコントロールするかといったようなことを研究対象にしている「経済学」です。

John

なるほど、面白いですね!

牛房

一口に経済学と言っても、実はさまざまな分野があります。基本としては、一国全体の経済を見るマクロ経済学と個々人の経済行動に焦点を絞るミクロ経済学。その他、企業の経済活動に注目した産業組織論、途上国の経済発展をどうすればいいかを考える開発経済、教育経済、医療経済など、いろいろな「経済学」があります。

John

経済学といっても、さまざまな分野に分かれているのですね。その中で、今はエネルギーや電力に関する研究を行っておられるのですね。

牛房

はい、そうです。エネルギー関係です。

少しお話が戻りますが、経済学へのアプローチの方法としては、「行動経済学」というものもあります。例えば、人々は合理的に行動しない場合もあって、「ダイエットしないといけない」「もうタバコを吸うのをやめないといけない」というときに、なぜかダイエットを途中でやめてしまうとか、禁煙をやはり守れなかったというような、そうした行動についての経済学もあります。行動経済学は今、とても注目されています。ナッジ(nudge)という、人に情報を提供することで、いい方向に行動してもらうというようなイメージのものです。環境省も「日本版ナッジ・ユニット」というのを立ち上げています。

そうした行動経済学的なものも、エネルギーの分野で応用できないかということをやっています。特に、省エネ、節電などに活かせるのではないかと。

例えば、東日本大震災の後、原子力発電所が停止し、電気が足りなかったときがありましたよね。電気というものは、電気を使う量とつくる量が同じでないと停電してしまいます。そうなると経済的にも大きな損失になるので、停電にならないように、電力会社は1分単位、秒単位で、電力の需要と供給をコントロールしているのです。

John

ナッジ(nudge)は「肘で軽く突く」という意味もありましたね。人々にいい方向に行動してもらうための気付きを与える行動経済学、興味深いです。

牛房

例えば、お昼休みになれば、皆、電気を消しますよね。そのときにも、ちょうどそれに合わせて発電量を抑えないといけません。要は、ある範囲の中でバランスがしっかり取れていないと、停電してしまったりするのです。

John

こうしてお話をお聞きしていると、日ごろの生活を裏で支えてくれていることがよく分かります。なかなか、普段から意識できていないことがたくさんありますね。

牛房

そうですね、ありますね。皆さんが、あまり関心のないところかもしれませんが、そういうことをやっています。

John

とても面白いです。勉強になります! どのようなエネルギーが専門になるのですか?

牛房

電力ですね。電力の中でも、今は特に、再生可能エネルギーです。2015年12月に21回目の気候変動に関する国際会議がパリで開かれ、そこで産業革命前からの世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑えましょうというパリ協定が締結されました。特にヨーロッパが率先してやっていますが、日本もそれをやろうとしています。

John

それで去年(2018年)は、パリに行っていたのですか?

牛房

去年のパリは、OECD関係のプロジェクトになります。北九州市は2011年にOECDのグリーン成長都市に選ばれました。グリーン成長都市に選ばれた都市は世界に4都市あり、パリ、ストックホルム、シカゴ、そして北九州市です。

John

北九州市が選ばれたのですね。すごいですね!

牛房

グリーン成長都市に選らばれた都市にある大学と連携して、環境エネルギーに関する国際共同研究のネットワークを構築しているところです。

ところで北九州市立大学の職員が以前、シカゴ大学に訪問した際に、「大学間協定できませんか」と提案したことがあります。その時、シカゴ大学から「北九大はどれくらいノーベル賞を受賞した人がいるのですか」と聞かれたと言っていました。

John

驚きの質問ですね。シカゴ大学はノーベル賞を受賞している人が多いのですか?

牛房

シカゴ大学は受賞者が多いです。経済学では何人もいます。最近では、先ほどお話した行動経済学の分野で受賞した人がいます。

牛房氏の近影の画像です

2 「電気が足りないので、皆さん電気を使うのをやめてくださいと言っても、やめる人もいればやめない人もいます。そこで、別のやり方で電気の使用量を減らすようなことができないかというのを北九州でやったのです」(牛房)

John

なぜ、エネルギー、経済学、環境といったことに興味を持たれたのでしょうか?

牛房

エネルギーについては、東日本大震災がきっかけです。それと、北九州市が、「スマートコミュニティ創造事業」というのを実施したこともあります。それは、電気が足りないときでした。電気が足りないので、皆さん電気を使うのをやめてくださいと言っても、やめる人もいればやめない人もいます。そこで、別のやり方で電気の使用量を減らすようなことができないかというのを北九州でやったのです。

IoTが進んで、その一つに「スマートメーター」というものがありまして、電気使用量を30分単位で把握することができます。それが把握できるということは、「時間帯ごとにどれくらい電気を使っているか」が分かるので、「ある時間帯に電気代を上げたら、電気の使用がどれだけ減るのか」ということを確認するための社会実験を北九州で実施しました。それからエネルギーに関する研究をやっており、もう7年近くになります。

John

研究は、どのように行うのでしょうか?

牛房

まず、研究ですので、今までやった「先行研究」というのがあり、その先行研究を基にするのですが、当然その研究は完璧ではありません。課題があったり、十分に検討されていないところがあったりします。そういう課題を解決するために、「こんな課題を、こういう形で解決することができますよ」という仮説を立てて進めていきます。

John

解決する人たちは事業会社なのでしょうか? よしさんたちは、解決策を提案するのですか?

牛房

はい、提案します。

John

よしさんはどのように研究しているのですか?

牛房

今は、自治体や事業会社と連携し、ある仮説を立て、「こういうことをやったらどのような効果があるのか」ということをやっています。例えば最近では、これから実施する調査になりますが、電気の使用状況のデータを住民の方に見せる。ただ、見せるだけではなくて、「この時間帯にたくさん電気を使っているので、それだけ無駄な電気の使われ方をしていますよ。このようなエネルギーの使い方をしたら、節約できるかもしれませんよ」と情報提供して、エネルギーの使う量を減らしてもらうというような取り組みです。

John

なるほど。そのように課題を解決するための仮説を立て、実際に取り組んでみて、効果の確認をしていくのですね。今回の研究は、どのようなところと一緒に行うのですか?

牛房

今回は、北九州市と、北九州市の事業に関わっている大手メーカーやIT関連会社などです。そういうところからデータを提供してもらって実施します。

John

なるほど~。そうすると、大学の先生でありながらも、戦略コンサルタントのような役割を行うわけですね。データに基づいて、課題があって、それを解決することを、自治体や会社に提案しながら進めるということですよね?

牛房

そうですね。

John

その際の費用はどこから発生するのですか?

牛房

外部資金を申請して、自分で研究費を獲得したり、行政や企業から研究費を提供してもらったりしています。

John

大学の教員も資金獲得は大変そうですね。コンサルティング料としてもらうことはないのですか?

牛房

基本的に大学の教員は、何か相談が来て、「ちょっと教えてください」というときにはお金は取らないですね。社会貢献ということで、お金を取らずにやっている先生も多いような気がします。

John

研究費を負担してくれる会社もありますか?

牛房

出してくれる会社もあります。一緒にやりましょうということで。

3 「大切なのは『5つのi』。important、interest、impact、innovation、そして……」(John)

John

スタートアップのように、ピッチをしてお金を集めるというようなケースもありますか?

牛房

ありますよ。書類審査があり、その後、プレゼンをするというものもあります。

John

そのようなときは、誰が対象になるのでしょうか?

牛房

資金を提供する国、自治体、民間企業になります。

John

そのような資金調達は、スタートアップの人が投資家からお金を得るのと似ているように感じますが。

牛房

似ていると思います。その際に大切なのは「3つのi」と言ったりしています。important、interest、impactですね。

John

面白いですね。innovationはないのですか?

牛房

ああ~そうですね。そこにinnovationは入っていないですね。そこまでできる研究であればいいのですが。とりあえずは、important、interest、impactの3つです。

でも、入れたほうがいいかもしれないですね、innovation。そうすると、4つのiになりますね。

John

5つかもしれないですね。「愛りがとう」も入れて。やはり、最後は「愛」が大切だと思いますから、「5つのi」にしましょう!

牛房

素晴らしいですね! 今日、「5つのi」になりました。

John

大切なのは「5つのi」。important、interest、impact、innovation、そして……「愛」。やはり、この5つです。

森若氏の近影の画像です

4 「基本的にはSVOCや5文型などをしっかりと押さえた上で、英文を読まないといけませんよ、というものです」(牛房)

John

よしさんは、海外では、どういったことを発表されているのですか?

牛房

自分の研究です。

John

どういった国々に?

牛房

今まで行ったのは、アメリカ、ギリシャ、フランス、ドイツ、シンガポール、台湾。今度は、中国に行くかもしれません。

国際学会での発表は、まず、abstractという要約を書いて、国際会議の運営者に送ります。それを、運営委員会が見て、面白いといいますか、発表する価値があるかどうかを判断します。審査されるわけです。その審査に通ったら、発表できるというプロセスです。

John

審査は英語ですよね?

牛房

はい、英語です。

John

それは大変ですよね。英語はどのように勉強されたのですか?

牛房

中学高校の勉強と、あとは、参考書などを使って自分で勉強しました。受験英語ですが。

John

ご自分で。すごいですね!

牛房

いやいや、全然できなかったですよ。中学のときはそれほど難しくなかったですが、高校のときは……あまりできなかったです。しかし、予備校の授業を受けたときに、「英文を読むときにはこういう考え方が大事なんだなあ」と思ったことがありました。

John

どういった考え方なのですか?

牛房

基本的にはSVOCや5文型などをしっかりと押さえた上で、英文を読まないといけませんよ、というものです。どこからどこまでが主語で、どこからどこまでが目的語で、修飾語なのか。予備校ではそういうことをしっかりと教えてくれました。僕はそこが分かっていなかったのだな、と気付きました。

John

分かります。私も全く一緒です。私もいつもSVOが大切で、目的は何かということを考えて読んでいるので、速読ができるのだと思っています。やはりSVOですね。

牛房

そうだと思います。もう少しレベルの高いことを教えてくれた先生もいました。英語を話す人や海外の人は、英文を左から右に読みますよね。そういう風に英語を読めるようになったほうがいい、と。関係代名詞が後ろにあるから後ろをまず先に訳してから、ということではなく、とにかく左から右に読むように、ということでした。

John

なるほど。それから、「全部読める」と思って読むことも大事ですよね。そして、自分の言葉で要約すること。65~80%くらいの理解になっておけば大体、内容は分かると思います。

牛房

そうですね。そして、「いい文章」を読むことですね。特に、論文を書く時は、学術論文をたくさん読むことだと思います。

John

賢い他の人の言い回しを勉強するということですね。論文はどこから見つけてくるのですか?

牛房

インターネットで探して見つけてきます。

John

見るのは疲れませんか?

牛房

結構疲れます。それだけでも、軽く半日くらいはかかりますし。

John

それはそうでしょうね。ずっと読んでいるのですか?

牛房

さすがに、ずっとは読めません。途中で集中力が切れてしまいますから。1時間か2時間くらいです。分からない単語もたくさん出てきますし。ということもあり、一から十まで全部は読まないですね。まずは、始めのabstract(要約、概要)と、introduction(導入)と、最後のconclusion(結論)を読む。もう少し知りたいと思ったら内容を読む、という感じで進めると情報収集しやすいかもしれません。

John

なるほど。まずは、概要を把握して、それから詳細を確認するのですね。とても良い勉強方法をお聞きしました!

牛房

ありがとうございます。

John

これまでのお話では、研究者や大学の先生がお金を取ってくることは、起業家が投資家からお金を取ってくるのと同じ。そして世界で発表するのも同じということですよね。発表は、何分間くらいですか?

牛房

15分くらいだと思います。

John

英語で発表するわけですよね?

牛房

そうです。まずは、なぜこの研究をするのか。要は研究の動機ですね。それから、何がその研究で新しいのか、何が貢献点なのか。

John

それは、誰に対しての貢献なのですか?

牛房

その分野に対してです。学術的な分野。環境経済学であれば、その分野で今まで解決されてない課題に対して、こういう解決方法が明らかになりましたよ、ということを言わなければなりません。それから、なぜその結論になったかという根拠。その上で、「だから今回やった発表というのは、意義があるのです」ということを伝えていきます。

John

社会的にどういう成果をもたらす可能性があるか、ということも伝えるのですか?

牛房

それは分野によります。重箱の隅をつつくような研究もありますからね。ただ、それはそれで価値あることだと思います。

John

なるほど、そうなのですね。研究者の方々がどのように日々研究を行っているのかがよく分かりました。ありがとうございました。

5 「ラッパーたちとスタートアップの仲間づくりは似ていると思います」(John)

John

さて、話は変わりますが、よしさんと私が出会ったのは、2016年の12月1日でしたね。

牛房

3年前ですね。

John

私が北九大のAIの権威である永原教授と出会って、「#StartupFire」をやろうということで。イベントタイトルを「イノベーションナイト」として、若い学生などを集めました。大阪からもVCの方が来てくださいました。スピーカーとしてシンガポールに行っているスタートアップ企業のCEOなども来てくださいました。また、東京からラッパーのDirty R.A.Y氏を呼んで司会をやってもらったりしました。開催場所は地方でしたが、「とんがっているイベント」を企画してやっていました。そこに、よしさんが来られたのですよね。

牛房

はい、北九州でこんな面白そうなイベントがあるのかと思って参加しました。そして、Johnさんと出会って、数日後にまた2人でランチミーティングした時に、来月またイベントをやろうというお話になりましたね。

#StartupFireステッカーの画像です

John

出会ってすぐに、一時間のランチであっという間に決まりましたね。最初の時は、やはり物珍しさに、とんがっている学生がたくさん来てくれました。

牛房

イベントをきっかけに、VCやスタートアップにインターンに行くような学生もいましたよね!

John

そうですね、アメリカに留学したり、クラウドファンディングを成功させたりしている学生もいました。

当時は、関門エリア(北九州と下関)で学生やスタートアップを応援できるものがなかったので、私たちがつくろうということになりました。

私たちが考えていたのは、やはり最初からシリコンバレーを意識して、海外のメンタリティやマインドを若い人に移植する、インスパイアできるようなカルチャーを生み出すイベントにしようということでした。それは本当に最初から意識していました。司会をラッパーにやってもらうようなイベントは、東京でもあまりありませんよね。スタートアップイベントでラッパーが司会するなんて。そういうことを、私たちは最初から意識していましたね。

ポスターも、Dirty R.A.Y氏の知り合いのヒップホップアーティストにつくってもらいました。ヒップホップとスタートアップは一見、全然違いそうに思えますが、実は同じようにStruggleしていると思うのです。はいつくばって、もがいている感じです。起業家はさまざまなことで苦しんでいますが、楽しみながら仲間とともに生きています。ラッパーも同じです。ラッパーたちとスタートアップの仲間づくりは似ていると思います。好きだからやっている。そうしたことを若者に味わってもらいたかったのです。

「#StartupFire」のビジョンは、「Fire Your Soul」「Design Your Future」。魂に火を灯せ、未来をデザインせよ。というものです。2016年12月4日に北九州でイノベーションナイトとして開催し、「#StartupFire」が始まりました。それから、いろいろなところで「#StartupFire」と言ってきました。シリコンバレーによしさんと2人で行って、「#StartupFire」のディナー、会食もしましたね。地方でもそういうことができたらいいなあと思っていました。一緒にやってくださるよしさんがいてくださったので、本当に感謝しています! 今まで、私たちは(イベントを)何回くらいやりました?

牛房

この2年で、10回ほどやっているかと思います。アメリカのサンフランシスコやシリコンバレーでもやりました。

確か去年(2018年)には、下関市立大学でJohnさんに来ていただいて1コマ講義してもらいました。

また、2人で福岡のラジオに生出演してアントレプレナー教育について語ったのち、急いで北九州に移動して#StartupFireを開催したこともありましたね。

John

そのとき、タイトルを「#StartupFire」にしていただきました! ありがとうございます。講義の中で「#StartupFire」させていただいて、本当に感謝しています。

新たなイノベーションカルチャーを生み出すことを目的として北九州から始めた#StartupFireですが、東京、大阪、シリコンバレーやインドにも広がっています。昨年は、某大企業と共同開催で、3度#StartupFireを東京で行いました。北九州では、大学内だけではなく、レストランやバーで毎年#StartupFireクリスマスパーティーも開催してます。3年前からサマートークツアーも行い、全国各地で#StartupFireの講演ツアーも行っています。

StartupFireの講演ポスターの画像です

StartupFire講演ポスターを掲げる牛房氏と森若氏の画像です

牛房

Johnさんに講義してもらうと、やはり、学生が何人か関心を持ちますよ。本当に。

John

ありがとうございます。1回ずつ、講義内容は変えましたね。

StartupFireの講演の様子の画像です

牛房

そうですね、変えました。海外に行って感じたことや、その都度内容は変えていましたね。そのほうが情報が新しいですし。ピッチ大会もやりました。

ピッチ大会では、参加した人たちに対して、どのようなビジネスモデルを考えていますかということを聞いたりしましたね。

John

そうでしたね。日本では、まだあまりピッチがなかったころです。未来予測などもやりました。とがったことを、東京よりも早くやっていました。

それにしても、本当によく(イベントを)やっていましたね。ポスターを、よしさん自らつくっていただいたりもしました。下関で講演させていただいて、学校の車で迎えに来ていただいて、私が(講義で)叫んで、そこから北九州空港まで車で一緒に行って、一緒に飛行機に乗って、東京の大手町まで行ってまた講演しましたよね。

私がアンバサダーをさせていただいているスタートアップワールドカップも、前夜祭からサンフランシスコに一緒に、二度行きましたね! 本当に思い出に残っています!

スタートアップワールドカップでの様子の画像です

6 「(Johnさんに出会って)面白そうだなというのが一番大きいですね。楽しそうって」(牛房)

John

いろいろと振り返ってみましたが、よしさんは、なぜスタートアップワールドカップに行こうと思ったのですか? 普段とてもお忙しいと思うのですが、なぜアントレプレナーシップをそこまで重要視されるようになってきたのでしょうか。

牛房

まず、一つ大きい要因として挙げられるのは、Johnさんに出会ったことです。それから、2016年4月に電力自由化がスタートしたこともあります。そこからさまざまな企業が電力に参入し始めました。もちろんベンチャー企業もです。Johnさんと会って、スタートアップやベンチャー、イノベーションにとても魅せられましたし、電力自由化もありましたので、いろいろと勉強したいなと思いました。

John

ありがとうございます。私と会って、よしさんの中で何が変わられたのでしょうか?

牛房

面白そうだなというのが一番大きいですね。楽しそうだと思いました。とてもパッションを感じたのです。Play、Passion、Purpose。3つのPですよ(笑)。

John

経済学者として、イノベーションを創出する必要性といいますか、アントレプレナーシップ教育の大切さに、よしさんは、どういうことから気付いたのでしょうか?

牛房

まず、学生に元気がないということだと思います。大学に入って初めのうちは、学生にはやりたいことがあります。勉強したい、サークル活動やりたいなどなどです。ところが、2年生、3年生になると、やりたいことを尋ねても「特にありません」と答えるようになってきます。「就職どうするの?」と聞いても「考えていない」とか。目標がだんだんなくなってくるのですよね。それはおそらく、大学に入ったはいいものの、つまらないということなのかもしれません。

John

何がつまらないのでしょうか?

牛房

授業そのものかもしれません。一方的に教員が「これを教えなきゃいけない」ということを話しているだけで、なぜそれが大事なのか、どう社会に役立つのかが、学生に十分に伝わっていないのではないかと思います。

John

それは寂しいことですね。(泣き)

牛房

本気で何かやりたいと思っているような学生は、授業に出て来ないかもしれないです。自分でインターンをやったり、何か行動を起こしたりしているのだろうと思います。

7 「自ら物事を解決する能力や、『恥をかける』ような、そういう人材育成を、講義やイベントを通して行いたい」(John)

John

よしさんは先ほど学生にモチベーションがないと仰られましたが、私が講義したときは、学生は皆、話を聞いてくれました。学生たちには、学生やスタートアップなど若い人がイノベーションを起こすのが大事ということを、3つのPで一緒に伝えてきましたよね。

先ほども少し話に出ましたが、3つのPは、ハーバードの初代イノベーションラボのトニーワグナー博士が提唱したものです。「Play、Passion、Purpose」。やはり、「Play(遊び)」が大事で、それがまず日本の中では足りません。まず、ワクワクさせて楽しくさせて、これが大事だと思います。

そしてPassion、授業も情熱的にインタラクティブにすることが大切です。そして最後に目的、Purposeを掲げる。夢だけではなくて、意義ですね。何のためにやるのか。ただのイベントや講義ではなく、それが核となって、イノベーション教育をやってきています。

牛房

本当にそうですね。ただイベントを開催してそれでおしまいではなくて、イベントで火を付けて、その火を灯し続けないといけないですよね。

John

私は、「シリコンバレー道場」というものを、CTOと一緒にオンライン教育で、英語でやっていたことがあります。

このオンラインプログラムに参加してくれた学生の中には、外資系の大手コンサルティング会社に内定した人もいましたが、もしかしたら、そういう子は地方や中小企業では就職先がないかもしれません。人から見たら「落ち着きがない」かもしれませんが、反対の意味でいうと、「いろいろなことに興味がある」ということになります。そうした子の可能性を摘むのではなくて、伸ばす。弱点じゃなくて、長所と捉えて伸ばす。それが私たちの「#StartupFire」です。

「#StartupFire」は例えば、就職率を高くするのではなくて、起業率を上げる。それで地方から世界に羽ばたける人を増やす。自ら物事を解決する能力や、「恥をかける」ような、そういう人材育成を、講義やイベントを通して行いたいなというのは、いつも思っていました。

よしさんには、何回も「#StartupFire」で講義に呼んでいただきましたが、なぜそこまで呼んでくださったのでしょうか?

牛房

学生に変わってもらいたいからです。大学の教員が話しても、どこか真実味がなさそうに聞こえてしまうところがあります。しっかり伝わっていないような。Johnさんのような外部の方に話していただいたほうが、現場感があるかなと思います。やはり、社会に出ている人の言葉って重いですからね。

John

それはただ社会人経験がある人が話せばいいということではなくて、イノベーションやアントレプレナーに詳しい人など、そういう何かを持っている人がいい理由はありますか?

牛房

そうですね……。大人がどのようなことを真剣に考えているかということを伝えられる人は、実はなかなかいないのです。会社の方が来ても、かしこまって淡々と喋っていたりします。

John

私を呼んでくださる前も、外部から頻繁に招いていたのですか?

牛房

いえ、そうでもありません。たまに「話をさせてほしい」という人がいるときに、少し話してもらうくらいです。

John

私の講義を聞きに、どこでやっても来てくださっているファンの方もいました。言葉は悪いかもしれませんが、その人たち自身がイノベーションを起こそうという人に、勝手に育っていっているのが、本当にうれしく感じます。イベントを通じて、そういう方々といい出会いがあり、縁や友情が芽生えている。本当にありがたいことです。

それから、「#StartupFire」を通して、イノベーションを起こそうという仲間が日本全国でもアメリカでも増えました。上場企業の社長でも、スタートアップでも、投資家でも、分け隔てなく、全員で「いいこと」を話すようになっています。世の中をどのようにして良くしようかと話すときには、「若者の育成が大切。アントレプレナーだ」というのが全員で一致しています。特にこの2年で、そういう話が増えたと思います。

皆、同じことを考えて、同じことをやっているのです。結局、皆、人を助けるためにやっています。自分たちだけでは無理だから若者をスタートアップに変えていくという思いが、全員一致になってきましたね。そういうところにいるからかもしれませんが。かなりそういう動きが強くなり、温度差が少なくなったなと思っています。よしさんは、何か感じますか?

牛房

起業に対して無意識な人が結構多いと思いますが、それが少しずつ減ってきて、実際に行動する人が増えてきたのではないかと思っています。

牛房氏と森若氏の近影の画像です

8 「単にお金儲けではなくて、自分のやることが人の役に立っている、社会の役に立っている、そういうところですね」(牛房)

John

最後の質問ですが、よしさんにとってイノベーションの哲学とはどのようなものですか?

今までの人生の中や学ぶこともそうですが、学んだ学問でも研究でも、行動するときに、何か自分自身で「これはやったほうがいい」と決断するポイントがあると思います。それを私は、その人の「哲学」と思っています。あるいは、どういう風にイノベーションを起こしたら良いか、ということでもいいですが、何かご自身の哲学はありますか?

牛房

単にお金儲けではなくて、自分のやることが人の役に立っている、社会の役に立っている、そういうところですね。常に、自分のためだけじゃなくて、皆のためになっているというところを意識しています。

映画「ボヘミアンラプソディー」の中で、フレディ・マーキュリーの父親が「よい考え、よい言葉、よい行い。そういう生き方をしろ」とフレディに言います。フレディは、若いころはそれに反発していましたが、エイズ支援のチャリティコンサートをやったときに、父親が言ったことをそのまま言ったら、父親も喜んで、和解したというエピソードがあります。「よい考え、よい言葉、よい行い」そういうようなことを意識して活動したいと思いましたね。今もそう思っています。

John

よしさん、最高に素晴らしいです!!

牛房

「いつの世も、人・社会のためになるかどうか」というのが私のイノベーションの哲学です。

John

いつの時代であっても、人のためになるかどうかですよね。本当にそうだと思います。

今日は、お忙しいところ、たくさんお話お聞かせいただきまして、よしさん、本当に愛りがとうございます!

共に、「#StartupFire」を通じて、世界中の人々のことを考えられる人を教育し、イノベーションを起こすカルチャーを日本の地方都市にもたくさんつくって参りましょう。よしさんに会えて本当に良かったです。

これからも同志としてよろしくお願いいたします。

最後に、読者の皆さまの地元でも、私たちと一緒に#StartupFireを開催しませんか? 私、Johnがどこにでも駆けつけます!

牛房氏のイノベーション哲学を示した画像です

以上

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【2019年9月改訂】定型約款の定義と契約上の影響〜民法改正と契約書の見直し(4)

1896年に現行民法が制定されて以来の大改正となる 民法 。この改正で契約書をどのように見直す必要が出てくるのでしょうか。シリーズ第4回においては、今回の民法改正により設けられる「定型約款」の規律の概要および定型約款の「定義」について解説いたします。

なお、本稿の内容は、筆者の個人的な見解に基づくものであることをあらかじめご理解ください。

1 現行民法の取扱いと問題点

現行民法には、約款に関する特別な規定は存在しません。しかし、現代社会において、約款は、鉄道・バス・航空機などの運送約款、各種の保険約款、銀行取引約款など、市民生活にも関わる幅広い取引において利用されており、大量の取引を合理的、効率的に行うための手段として重要な意義があります。

すなわち、契約の種類・性質によっては、結ぶべき契約の内容の詳細にまでわたって個々的に検討し、労力を費やして交渉することは効率が悪いため、あらかじめ約款の形でその細目を定めておき、これを多数の取引にそのまま取り入れることが、当事者双方にとって合理的かつ効率的である場合があります。

他方、このような約款を用いた契約においては、約款の内容を相手方が十分に認識しないまま契約を締結することが少なくないことや、個別条項についての交渉がされないことなどから、相手方の利益が害される場合があるのではないかといった問題が指摘されています。

そして、このような問題が生ずる約款を特徴付けている要素としては、個別の契約ごとの調整を予定せず、多数の取引に画一的に用いられる定型的な契約条項として用意されていることが指摘されています。

つまり、多数の取引に画一的に用いられる定型的な条項であるからこそ、大量の取引を合理的・効率的に行うことが可能となるのであり、特定の取引のみを例外扱いすることは交渉コストを増加させ、約款の有用性の否定につながるといわれています。そのため、改正民法において規律の対象とすべき約款について考える際には、多数の取引に画一的に用いられることを予定し、定型的な契約条項となっているものかどうかが、重要な要素になります。

2 定型約款の規律の全体像

改正民法では、以下の定型約款の規律が設けられました。

  • 定型約款の定義
  • 定型約款のみなし合意の効力が認められるための組入要件
  • 定型約款のみなし合意の適用除外(不当条項規制・不意打ち条項規制)
  • 定型約款の内容の表示に係る相手方の請求権
  • 定型約款の変更

なお、経過措置として、定型約款に関しては改正民法施行日前に締結された契約にも、改正後の民法が適用されますが、平成30年(2018年)4月1日から、施行日前(平成32年(2020年)3月31日まで)に、反対の意思表示をすれば、改正後の民法は適用されません(改正法附則第33条第2項・第3項参照)。

この点につき、法務省では以下のような注意喚起をしています。

(反対の意思表示に関するご注意)

※反対の意思表示がされて、改正後の民法が適用されないこととなった場合には、施行日後も改正前の民法が適用されることになります。もっとも、改正前の民法には約款に関する規定がなく、確立した解釈もないため、法律関係は不明瞭と言わざるを得ません。改正後の民法においては、当事者双方の利益状況に配慮した合理的な制度が設けられていますから、万一、反対の意思表示をするのであれば、十分に慎重な検討を行っていただく必要があります。

※契約又は法律の規定により解除権や解約権等を現に行使することができる方(契約関係から離脱可能な者)は、そもそも反対の意思表示をすることはできないこととされていますので、ご注意ください。

※反対の意思表示は、書面やメール等により行う必要があります。書面等では、後日紛争となることを防止するため、明瞭に意思表示を行うようご留意ください。

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3 定型約款とは?

1)定型約款の要件

「定型約款」に該当するためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。

  • 不特定多数要件
    不特定多数の者を相手方として行う取引であること。

  • 画一性要件
    取引の内容の全部又は一部が画一的であることが、
    契約当事者双方にとって合理的であること。

  • 目的要件
    契約の内容とすることを目的として準備されたものであること。

1.不特定多数要件
「不特定多数の者を相手方として行う取引であること」(不特定多数要件)は、相手方の個性に着目した取引は定型約款に該当しないことを明確にするための要件です。

例えば、労働契約は、相手方の個性に着目して締結されるものであり、この要件を充足しないため、労働契約において利用される契約書のひな型は定型約款に含まれないと考えられます。

不特定多数の者を相手方として行う取引 = 相手方の個性に着目せずに行う取引

2.画一性要件
「その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの」(画一性要件)は、1.多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することが通常であり、2.相手方が交渉を行わず一方当事者が準備した契約条項の総体をそのまま受け入れて契約の締結に至ることが取引通念に照らして合理的である取引であることを求める要件です。

例えば、事業者間の契約であっても、ある企業が一般に普及しているソフトウエアを購入する場合には、ソフトウエア会社が準備した契約条項の総体はこの画一性要件を満たすと考えられます。他方、例えばある企業が製品の原料取引契約を多数の取引先企業との間で締結する場合には、画一的であることが通常とまではいえない場合が多いと考えられます。

また、仮に当該企業が準備した基本取引約款に基づいて、同じ内容の契約が多数の相手方との間で締結されることがほとんどである場合であっても、契約内容に関して交渉が行われることが想定されるものである限り、相手方がその変更を求めずに契約を締結することが取引通念に照らして合理的とは言い難く、画一性要件は満たさないと考えられます。

「ソフトウエア会社が準備した契約条項」
⇒契約内容に関して交渉を行わないことが社会通念上合理的であり、定型約款に該当。

「製品の原材料の供給契約等のような事業者間取引に用いられる契約書」
⇒契約内容に関して交渉が行われることが想定されるので、定型約款に該当しない。

なお、画一性要件においては、取引の内容の「全部」が画一的であることが合理的である場合に限られず、取引の内容の「一部」が画一的であることが合理的である場合も含まれています。すなわち、定型約款の一部について別段の合意が成立することはあり得るところ、このように個別交渉した結果として別段の合意をした条項(個別合意条項)については、画一性要件を満たさず、定型約款の規律が適用されないことになります。

3.目的要件
「契約の内容とすることを目的」とは、当該定型約款を契約内容に組み入れることを目的とするという意味です。

改正民法第548条の2第1項においては「定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう)」と規定されています。

つまり、契約のひな型やたたき台のうち、その内容について当事者間で十分に吟味し、交渉することを想定している場合には、これらのひな型やたたき台は「契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」とはいえないため、定型約款に当たらないことになると考えられます。

契約のひな型やたたき台
⇒契約内容として組み入れることを目的としておらず、定型約款に該当しない。

2)定型約款に該当することの影響

定型約款準備者である事業者にとって、定型約款に該当する場合に適用されることになる改正民法の規律のうち特に関心が強いのは、1.不当条項・不意打ち条項に当たる場合には個別の条項に係るみなし合意(注1)の効力が否定されること、および、2.定型約款の変更により、個別に相手方と合意をすることなく一方的な契約内容の変更が認められること(注2)、の2点でしょう。

(注1)以下の要件を全て満たした場合には、定型約款の個別の条項について合意をしたものと見なされます(改正民法第548条の2第1項)。

※定型取引を行うことの合意をしたこと
※以下のいずれかに該当すること

(ア)定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたこと
(イ)定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたこと

(注2)もちろん無条件で一方的な契約内容の変更が認められるわけではありません。詳しくは、改正民法第548条の4第1項・第2項をご覧ください。

他方で、対消費者取引については、相手方が膨大な数に上ることも多いため、定型約款準備者である事業者にとっては、個別に相手方と合意をすることなく、一方的な契約内容変更をするニーズがある場合も多いでしょうが、改正民法第548条の4第1項・第2項の適用により、このようなニーズに対応できるようになるというメリットもあります。

次回は、消費者向け約款の『定型約款』該当性について解説いたします。


あわせて読む
民法改正と契約書の見直し

以上

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事業計画書と予測財務諸表の作成

このシリーズでは、起業3年程度の経営者が知っておきたい財務諸表の構造、読み方、分析方法を取り上げてきました。

財務諸表は、経営者にとって「自身のビジネスの成績表」です。これを読み、分析することは、自身の戦略、ビジネスプランの何がうまく機能し、問題はどこにあるのかを正しく把握するために必要不可欠だということはご理解いただけたと思います。また、資金の提供者である金融機関やベンチャーキャピタル(VC)が、投資の意思決定に際し、財務諸表をどのように読んでいるのかについても、ご理解いただけたと思います。

最終回の今回は、経営者の皆さんが練りに練った戦略、ビジネスプランを定量化する予測財務諸表の作成方法を解説していきます。

1 事業計画書の作成

財務諸表の読み方、分析方法が理解できれば、それで十分でしょうか。本シリーズ第1回「創業3年後までに経営者が学ぶべき計数感覚」に記載しましたが、財務諸表を読むのはPDCAサイクルのCの部分の精度を上げるためです。定量的にCheckし、次のActionにつなげていきます。

一方、ビジネスを拡大する、新規に出店するなどの今後の戦略、ビジネスプランを描く際、つまりPDCAサイクルのPの部分の段階にも、定量化された財務予測に基づきPlanの妥当性、有効性を検証しなければなりません。

事業計画とは、戦略を練り、具体的なビジネスプランを描き、それを実行するとどうなるのか財務面から予測し、定量的に検証する一連の作業です。数字の裏付けのないストーリーはビジネスプランとは呼べないことは、起業された経営者の皆さんには十分お分かりいただけると思います。ストーリーとしてのワクワクするような戦略、ビジネスプランを描くだけでは不十分で、定量的にもビジネスとして妙味のあるものかどうかを検証し、資金調達に際しては、投資家にそれを説明する必要があるのです。

事業計画を遂行するに際し、将来の財務諸表を予測しますが、これには2つの目的があります。1つは、経営者が練った戦略、ビジネスプランの妥当性、有効性を定量化し、もうかり具合や、資金繰りの状況を検証することです。戦略を実行に移す前にこれを定量化し、思っているようにもうかるのか、資金繰りで外部調達がどの程度必要なのかなど徹底的にシミュレーションを行い、「利益が思ったよりも少ない」「想像以上に資金が必要になる」など、ビジネスとして数字に面白みがなければ、再度戦略、ビジネスプランを見直し、定量化するという作業を繰り返しながら、戦略、ビジネスプランを徹底的に磨き上げていきます。

戦略、ビジネスプランを練ることと、財務予測を行うことは別々のものではありません。「定性的な戦略立案」⇒「定量化による妥当性、有効性検証」⇒「定性面での戦略見直し」⇒「定量化」を繰り返すことで、これならうまくいくという戦略が出来上がるときには、同時に予測財務諸表も作成され、定性面からも定量面からもよく練られた事業計画書一式が完成するというわけです。このように戦略、ビジネスプランと将来の財務予測は表裏一体ですので、この作業は全体を通して、戦略、ビジネスプランを描いた本人、つまり経営者自身がやらなければ意味がありません。

もう1つの目的は、事業計画書の読み手に対して、ワクワクする物語としての戦略やビジネスプランに定量的な裏付けを与え、例えば事業計画書の読み手が取引金融機関であれば、融資の検討をしてもらう。つまり、事業計画書の読み手に対してアクションを起こしてもらうことです。そのためには、将来の予測財務数値に戦略やビジネスプランのワクワク感を“語らせ”、かつ、正確な予測財務諸表を作成することが重要です。

しかし、それ以上に取引金融機関などの投資家が知りたいのは、経営者の熱く語る戦略やビジネスプランが実行された場合、それがどう数字に表れると経営者が考えているのかです。

ビジネス拡大に向けて広告宣伝費や従業員は増やすつもりなのか、将来の売価や販売数量の推移はどう見込んでいるのか、その結果、売上はいくらになるのか、設備投資はいつ頃にいくらの投資を予定しているのか、その結果、どの程度の資金がいつ必要になるのかを、予測財務諸表から読み取りたいと考えているのです。

起業からこれまでの成長の実績を横にのばしただけの無味乾燥な予想や、毎年○○%売上増加といった根拠のない前提条件で作成された予測財務諸表は、経理面で正しく作成されていたとしても読み手の心を動かしません。これでは、読み手のアクションを引き起こしません。

3年目から競争が激しくなることを想定して売価を低めに見積もっているのだな、足元の業容を拡大しているので、今期は2人の従業員を増やすのだな、次の大きな設備投資は4年後か、といった具合に経営者から聞いている戦略、ビジネスプランの裏を予測財務諸表から取っているのです。予測財務諸表の数字には、こうした経営者の想い、魂を込めなければなりません。

2 「予測財務諸表」作成の手順とコツ

ここからは、一般的な予測財務諸表の作成手順を紹介した後、経営者の想い、魂の込め方について説明していきます。

損益計算書、貸借対照表を示した画像です

事業計画書、予測財務諸表の作成における肝は何といっても売上です。皆さんのビジネスの提供する価値がお客様に認められた結果が売上ですから、ビジネスの根本といえます。特に起業されて間もないビジネスでは、売上が安定しません。ここはじっくり時間をかけて検討してください。語弊を恐れずに言えば、予測財務諸表作成の8割の労力をここに注いでいただきたいです。

単純に前期比○○%ではなく、どの商品(サービス)をいくら(単価)でどれくらい(量)売るのか、「単価×量」に分解して検討しましょう。値段を低く抑えて量を追求する、商品やサービスのブランド価値を高めるため量は追求しないが価格は下げないなど、経営者の想いが読み取れるポイントです。

次に費用ですが、ここからは売上を獲得するためにどのような活動を行うつもりなのかが読み取れます。損益計算書に登場する費用を個別に見積もる前に、まずは売上に比例して変動する費用(=変動費)と、売上の変動に関係なく発生する費用(=固定費)に分類しましょう。損益計算書で出てきた「原価」や「販売費及び一般管理費」といった費用の分類と異なる切り口で費用を分類してみましょう。この作業自体が面倒に思えるかもしれませんが、自社の固定費を思い浮かべてください。経営にインパクトのある規模で発生する固定費は多くありません。固定費は、売上がなくても発生する費用ですから、起業間もない企業の経営者にとっては、こうした費用は極力抑えたいものです。人件費、減価償却費、家賃、リース料、広告宣伝費などが代表的なものですが、ビジネスによって異なるので、ぜひ一度ご自身のビジネスを変動費、固定費という切り口で見てみてください。

広告宣伝費が固定費なのに違和感を持つ方もいらっしゃるかもしれません。毎年変動する費用であっても、売上に比例して連動するものを変動費といいます。しかし、毎年変動するものの、売上に比例するわけではない広告宣伝費は固定費なのです。最近は成果報酬型のWeb広告などもありますが、こうしたものは売上に応じて発生するのであれば変動費となります。自社の損益計算書を見ると、上に挙げた費用以外にも固定費といえるものがあるでしょう。

細かいものを挙げると切りがありません。経営にインパクトのある規模かどうかで適宜細かいものは「その他固定費」としてまとめてみるとよいでしょう。例えば、最も大きな費用から金額が3桁少ないものは、比較対象の大きな費用に対して1%の規模もありませんから、「その他固定費」としても全く問題ないでしょう。減価償却費は過去に行った投資の費用化ですから、前期の実績に将来の投資計画を立てれば見積もることができます。人件費も同様に、将来の人員計画を立てれば見積もりできますね。

変動費は、売上に比例して変動するものですから、売上の○○%という前提条件を設定すれば、売上が固まった時点で自動的に見積もることができます。

水道光熱費のように固定費(基本料金)と変動費(従量課金部分)が混在している費用もあるかと思いますが、あえて言うならどちらなのかを考えてください。これも戦略、ビジネスプランを考えている人、つまり経営者が、どこでどうお金を使うかを考えてビジネスを組み立てているので、個別の費用を固定費として考えているのか、変動費として使うつもりなのかは経営者にしか分からないことなのです。財務経理の担当者に聞く話ではありません。

売上と費用を見てきました。これで、損益計算書は出来上がりです。次に貸借対照表に移りましょう。ここでも損益計算書同様、売上に連動するものと、連動しないものを分けておくと、予測財務諸表は作成しやすくなります。まず、流動資産と(有利子負債を除く)流動負債ですが、代表的なものに売上債権、棚卸資産、仕入債務があります。これは第4回「運転資本(WC)とキャッシュフロー計算書(CFS)でキャッシュの動きを感じる」で解説しましたが、運転資本(Working capital)関連の項目でした。皆さんは、起業する際、どのようにご自分のビジネスを回そうと考えましたか。売上債権は何日で回収するとか、棚卸資産は何日分持つとか、仕入債務は何日で支払うとか、滞留日数でビジネスを組み立ててみたのではないでしょうか。とすると、これらは売上の変化に連動して変動することになりますね。つまり、流動資産と(有利子負債を除く)流動負債は、売上に比例して変動するものとして、売上の○○%と見積もればよいでしょう。

次に固定資産ですが、これは売上と連動して変動するわけではなく、皆さんの今後の投資計画によって決まります。

事業計画立案に際し、必要とされる予測財務諸表ですが、コツをつかんでいただけたでしょうか。専門家でないと作成できないと思われていた方もいらっしゃると思いますが、損益計算書も貸借対照表も、売上に連動して変動するものと、売上に関係なく発生するものをあらかじめ分けておけば、予測財務諸表の作成はそれほど難しいことではありません。

予測財務諸表の作成に際し、テクニカルで留意すべきことを2点ほど述べます。1つは、損益計算書の当期純利益(ボトムライン)が、貸借対照表の純資産に利益剰余金として組み入れられるということ(損益計算書と貸借対照表のつながり)です。

もう1つは、将来の予測を項目ごとに立てていくので、貸借対照表の左右がバランスしなくなるということです。左右の数字をバランスさせるために、現金ないしは短期借入金で調整します。これ以外の項目で調整してはいけません。貸借対照表の1つ1つの項目について前提条件を置いて見積もった結果、右側の負債、純資産が多くなれば、資産の現金を増やしてバランスさせる。逆に左側の資産が多くなれば、負債の短期借入金を増やしてバランスさせることで調整します。お金が余ったので現金が増えた、お金が足りないのでお金を借りたという具合です。

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3 事業計画書、予測財務諸表に経営者の想い、魂を込める

予測財務諸表は、ご自身の練った戦略、ビジネスプランが妥当な打ち手か、有効な打ち手なのかを検証するためのものですから、ぜひ一度ご自身で考えながら作成してみてください。予測財務諸表を作成してみると、思ったほどの利益が見込めない、思った以上に資金が必要だといった戦略の問題点が見えてくることがあります。そこで、戦略やビジネスプランを再度磨き直し、見直した戦略に沿って予測財務諸表を作り直すという作業を繰り返します。こうして事業計画書の精度を上げていくわけです。

また、予測財務諸表を含む事業計画書は、取引金融機関や資金の提供者に融資などの行動を促すために作成するものなので、経営者自身がその作成に関わらなければなりません。予測財務諸表は、読み手に、経営者が今後何をしようとしているのか、経営者が練った戦略を実行すると、どういう姿に会社がなると経営者自身が考えているのかを定量的に伝えるためのものです。税務申告のために作成する決算書のように正しく作成されているかという点よりも、経営者の想いを伝えることが大事です。

そこで、最後になりましたが、事業計画書、予測財務諸表に経営者の想い、魂を吹き込む作業について触れていきます。予測財務諸表の作成にあたっては、それぞれの項目の数字を見積もる際、前提条件を設定しなければなりませんが、これこそが経営者の想い、魂を吹き込むポイントです。

経営者は、日々いろいろなビジネスプランや戦略を考え、検討を繰り返していると思います。

  • 新サービスの価格をいくらに設定すれば、どの程度の利用者が見込めて、どれくらい売上増加になるだろうか
  • 材料費が上がってきているが売価には転嫁しにくいので、来期は原価率が上がりそうだ、毎年人員は〇人くらい増やしていきたい
  • 来期は新サービスの広告宣伝費を多めに準備しておきたい、その結果、売上がどの程度増えそうか
  • 3年後には新店舗をオープンさせるので大きな投資が必要になる、現金販売だけだったがカード決済を始めるので売掛金が発生することになりそうだ、新商品の評判が良く注文の引き合いが強いので在庫を多めに持つとか、資金繰り改善のため、起業後の信用の積み重ねによって仕入れ代金の支払いサイトを延ばしてもらおうとか

このような経営者が頭の中で考えている戦略、ビジネスプランを予測財務諸表の前提条件に盛り込んでいくことで、経営者の想いや具体的なビジネスのアイデアが読み手に伝わり、数字に魂を吹き込むことになります。

新サービスを開始して売上増加が見込めるのなら、どれくらいの量を、いくらの価格で販売する予定なのかが前提条件として示されているとよいですね。材料費高騰で原価が上がりそうだと考えているのであれば、前期の原価率は売上比○○%だが、原価高騰により今期は△△%を想定しているという具合です。同じように、棚卸資産を厚めに用意するのであれば、前期は売上比○○日分を在庫として抱えていたが、注文の引き合いが強いので、今期は△△日分持つといった前提条件があるとよいですね。

設備投資や広告宣伝費は、費用対効果が分かるように、これらが売上増加にどう貢献する見込みなのかも前提条件として必要です。このように具体的に前提条件を書き出して、事業計画書の予測財務諸表の数字の横に記述すると、事業計画書の読み手は、経営者が何をやろうとしているのか、その打ち手によって会社の数字がどの程度変化すると経営者が見積もっているのかを、容易に読み解くことができます。

読み手は、数字もさることながら、その数字を置いた根拠を知りたいものです。また、その打ち手がどれほどの効果を生み出すのかを読み手自身も考え、その妥当性、有効性を評価し、金融機関であれば融資を行うかどうか判断します。読み手が金融機関であれば、「その広告費でそれだけ売上が伸びるというのは楽観的すぎませんか」といったアドバイスももらえるでしょう。そうして得たアドバイスを再び戦略のブラッシュアップにいかすと、皆さんの戦略、ビジネスプランは成功確率のより高いものになっていくでしょう。

単に起業から直近までの実績を横にのばしただけの事業計画書には想いが入っておらず、読み手の心に響きません。ビジネスに対する想いを数字に込められるのは、戦略を描いた人、そう経営者しかいないのです。実際に表計算ソフトに数字を打ち込み、会計ルールにのっとって正確に予測財務諸表を作成するのは財務経理の担当者で構いませんが、前提条件を決めるのは、戦略立案者である経営者でなければなりません。この前提条件を置くところまでが、事業計画立案における経営者の責任範囲なのです。

さて、全6回にわたって連載してまいりました。財務諸表を読むことで、戦略の進捗状況を定量的にモニタリングし、経営者の練った戦略がきちんと実行されて予想通り効果を上げているか、どこかに経営課題はないかを数字の面から早期に発見し、戦略を修正するという一連のPDCAの精度を上げることにご活用いただければ幸いです。起業間もない頃は、業績も安定せず、試行錯誤の連続かと思います。そうした試行錯誤の結果がどうなっているのかを客観的な数字で検証し、経営課題を早期に発見し、戦略を修正していくことは、起業間もない経営者の方々にとって死活問題だと思います。うまくご活用いただければと思います。

創業3年程度の経営者にとって、資金繰りは経営の一大事です。資金は大きくビジネスを成長させるための燃料のようなものです。起業間もない経営者に必要な財務知識について解説してきましたが、本記事が皆さんの経営力、資金調達力向上に資すればありがたく思います。

以上

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