経営者と管理職の役割分担を考える

書いてあること

  • 主な読者:もっと管理職に期待に応えてほしいと思っている経営者
  • 課題:管理職との意思疎通がうまくできていない、管理職が頼りない
  • 解決策:経営者がやるべきは、思いの共有、役割の確認、そして我慢

1 経営者から見ると管理職が頼りない?

経営者は、管理職が自分(経営者)の考えや思いを正しく理解し、それを現場に伝えてまとめてほしいと期待します。しかし、これができている管理職は多くはありません。経営者から見ると、管理職が管理職としての仕事をしていないのです。

見かねて管理職のやり方に口を出し、場合によっては経営者自身が細かく指導することもあるでしょう。社員育成は経営者の仕事ですが、細かなところまでやっていては、将来のビジネスの種を見つけ、組織を前に進めるという経営者本来の仕事ができません。

このように、経営者が管理職を頼りないと感じると、経営者と管理職の役割分担がうまくいかなくなり、企業活動に支障を来すことがあります。本稿では、そうならないようにするために、経営者が意識すべきポイントをまとめました。

2 組織のギャップを解消する

1)まずはギャップの認識

理想的な組織は、経営者が掲げる“理想の社員像”を少なくとも管理職が理解し、それに基づく指導を現場で行うことです。しかし、経営者と管理職の考えや思いには次のようなギャップがあり、なかなか認識合わせができません。

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2)理解できる? 管理職の経営者に対する不満

経営者が管理職に不満を覚えているのと同様に、管理職も経営者に不満を覚えています。管理職も「管理職としての役割を果たそう」と思ってはいます。「自分がこの組織を回していく!」という責任感や、やりがいを持っている管理職もいます。

しかし、経営者の思いが分からず、自分のやり方に自信が持てない管理職もいるのが事実です。特に、答えが見えにくい部下指導については、自分のやり方が正しいのかどうか迷うことが多いのです。

経営者は、管理職の部下指導が正しくない、迷っているのだろうと感じると口を出します。経営者は指導方法の手本を管理職に見せているつもりですが、管理職にはそれが分からず、「自分のやり方はそんなにまずいのか」と自信をなくします。

そして、経営者が直接社員を指導するなら、「自分は何も言わないほうがよいのではないか」と誤解する管理職が出てきます。経営者は管理職を指導しているつもりが、自信のない管理職は、強烈な“ダメ出し”をされているように感じるのです。

3)経営者と管理職のギャップを埋めるには?

こうした経営者と管理職のギャップを埋めるために、経営者は管理職に2つの働き掛けをしましょう。1つ目は経営者の考えや思いを管理職に伝え、理解させることです。2つ目は、経営者が管理職に対して、管理職として成長させる機会をつくることです。

そのためには、経営者自身が経営者と管理職の役割を整理した上で、「経営者として何をすべきか」「どこまで管理職に任せるか」を考えなければなりません。管理職も、「経営者が教えてくれないから分からない」と言っているだけではなく、経営者の考えや思いを理解するよう努め、部下指導に生かす方法を考えなければなりません。

以降ではそれぞれのやるべきことを見てみましょう。

3 経営者と管理職が考えや思いを共有する

1)経営者は管理職に「何を大切にしているか」をイメージさせる

経営者は、管理職に自分の考えや思いを伝える機会を設けましょう。経営者の考えや思いをある程度理解し、行動に移すことのできる管理職もいます。そうした管理職に協力してもらって、他の管理職に伝えてもらうのも一策です。ただしその場合、えこひいきに思われないよう注意が必要です。

経営者の言うことを“腹落ち”しないと思う管理職もいますが、そうした管理職に対しては、ゆっくり時間をかけて話すしかありません。

2)管理職のほうから経営者に近づく努力をする

経営者の考えや思いが分からない、期待されている役割が分からないという管理職は、遠慮せずに経営者に質問してみましょう。しかし、一見簡単なようでいて、この「経営者に質問する」ことがなかなかできないのが管理職です。

管理職には「管理職なのだから自分でなんとかしなければ」という思いがあるのです。そこでまず、経営者の愛読書や普段よく使う言葉などから、「経営者が何を大切にしているか」を学び取ることから始めてみましょう。

経営者が大切にしていることを学ぶと、経営者と同じ言葉で話ができるようになります。経営者が管理職や他の社員に、考えや思いを伝えるのは言葉です。経営者と同じ言葉で話せるようになれば、経営者の考えや思いに近づくことができるでしょう。

管理職が経営者の考えや思いを理解するために、部下指導について具体的な相談を持ち掛けるのも一策です。経営者の答えとその理由を聞けば、経営者がどのような部下指導を求めているかを知るためのヒントになるでしょう。

3)「耳の痛い話」こそ共有できる関係を目指す

「こんなことは経営者に言えない」と思い、自ら口を閉ざしてしまう管理職もいるでしょう。特に、自分の部下のマイナス点は「部下のために」「経営者に心配を掛けたくない」と、よかれと思って言わない管理職は少なくありません。

しかし、部下にマイナス点があるのなら、その事実は早く経営者に伝えなければなりません。経営者には、現状を正しく把握し、組織全体の今後を考える責任があります。現場の社員(部下)の現状を、正しく経営者に伝えるのも管理職の重要な役割です。

一方の経営者も、管理職から部下のマイナス点など「耳の痛い話」を聞き出せるように、一緒に飲みに行くなどの機会をつくらなければなりません。耳の痛い話こそ、経営者と管理職で共有していくことが大切です。

4 管理職が管理職としての役割を果たすには

1)経営者はとにかく我慢する

基本的には、「経営者が決めて管理職が実行する」というのが経営者と管理職の役割分担です。経営者が部下指導について決めるのは、会社としてのルール、社員のあるべき姿、そして個々の社員について「どのレベルに達してほしいか」の3つです。

この3つを管理職に伝えた上で、具体的な部下指導の方法は管理職に考えさせましょう。どうしても管理職がうまく指導できないときなどは、経営者が口を出す必要がありますが、原則として部下指導は管理職に任せ、「我慢する」のも経営者の役割です。

経営者から見れば、管理職の部下指導は不十分に思えることが多々あります。その場合も、経営者が直接その部下に指導する前に、管理職に「もし私だったらこうする」と伝えてみるとよいでしょう。そうして管理職を成長させることが必要です。

2)管理職は経営者の決めたことを部下に行動で示す

管理職の役割の1つは、経営者と部下(社員)のクッションになることです。経営者の決めたことを部下が理解できるよう、管理職が自分(管理職)の言葉や行動で、「どうすればよいか」を具体的に示すことが大切です。

例えば、経営者が「自己啓発に積極的に励んでほしい」と決めたとしましょう。管理職がやるべきは、まず、セミナーに参加したり資格取得を目指すなどして、管理職自身が自己啓発に努めている姿を部下に見せ、まねさせることです。

部下にまねさせるには、実績を上げなければなりません。この場合、本気で自己啓発に取り組み、資格取得にチャレンジするなら合格することが大切です。その上で、部下の適性やキャリアなどを考え、具体的に部下が行くべきセミナーなどを指示しましょう。

ルールについても同様です。「挨拶をする」のが会社のルールなら、管理職自身が職場の誰よりも挨拶をしっかりしなければなりません。時間管理を徹底するのがルールなら、管理職がまず時間管理をしなければならないのです。

3)管理職の仕事を取り上げられるのは経営者しかいない

多くの管理職が抱えるのが「時間の壁」です。プレイングマネジャーの管理職は、部下指導に割く時間がないというのが本音です。状況に応じて管理職の仕事を取り上げ、他の社員に振り分けるのは経営者の仕事です。

管理職は、ある程度は自分で差配してなんとかしなければなりませんが、難しい場合はそのことを経営者に相談しましょう。「大丈夫です」と言って無理に仕事を抱え込むのは、管理職として正しい選択ではないことを理解しなければなりません。

5 経営者も管理職も考えるべき管理職の成長

部下指導について経営者と管理職のやるべきことを見てきましたが、重要なのは、経営者が決めたことを管理職が実行できるよう、経営者が管理職を育てることです。同様に管理職は、自ら管理職として成長できるよう努めなければなりません。

経営者が管理職に求めることは、経営者の考え方や会社の規模などによって違ってきますが、「全体を捉えられる大局観」「部下がまねしようと憧れる人間力」「やるべきことを遂行する仕事力」です。そして、これを表しているのが次のカッツ・モデルです。

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カッツ・モデルの特徴は、ヒューマン・スキルがどのレベルの管理職にも求められることと、管理職のレベルによって重要度が増す能力(コンセプチュアル・スキルとテクニカル・スキル)が違ってくることです。

しかし、人数の少ない会社では、「上位だから」「下位だから」と言っている場合ではありません。管理職である以上、前述の3つの能力全てを身に付けて成長できるように、経営者も管理職も努めなければならないといえるでしょう。

組織の成長は、日ごろ現場の社員を指導している管理職の成長なくして実現することはできません。人が育つ、人を育てる会社になるには、経営者も管理職も、互いに思いを共有し、力を合わせなければならないことを、いま一度、自覚することが大切です。

  • 【参考文献】
  • 「一日一話 仕事の知恵・人生の知恵」(松下幸之助(著)、PHP総合研究所(編)、PHP研究所、1999年4月)

以上(2019年4月)

pj10023
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信頼される経営者になるための「10のチェックリスト」

書いてあること

  • 主な読者:改めて自分自身の立ち位置、足りない部分を知りたい経営者
  • 課題:どのような経営者であれば、社内外でもっと信頼されるか分からない、迷う
  • 解決策:自分自身の「やりたいこと」を考え抜き、周りに感謝の気持ちを持つことが大切。本稿では、経営者が今日からやるべき10のことを明らかにする

1 経営者に求めるものは何か

経営者は「会社の顔」であり、常に、顧客や取引先、金融機関、社員などから見られています。これらの人々が経営者に対して求めるものはさまざまですが、根源にあるのは、「『この人なら』と信頼できるかどうか」ではないでしょうか。

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上表は、経営者から見ると、「言われなくても分かっている」と感じることかもしれません。しかし、実際に身に付けられているかは別問題です。本稿では、「信頼される経営者」になるために、経営者が自らを振り返る「10のチェック項目」を紹介します。

2 どのような経営者が信頼されるのか

経営者の仕事は、利益を出し、社員を雇用し、何があっても会社を存続させることです。会社の規模にもよりますが、「この人ならそれができる」と信頼されるためには、「先見性」「決断力」「ビジネスを形にする行動力」「人を育てる力」などが必要です。

これらの力さえあればよいわけではありませんが、時代を読み顧客が何を望んでいるのか、ビジネスチャンスはどこにあるのかを見極めて進む力、それを形にして利益を出す力、会社の成長を担う社員を育てる力などは経営者の基本といえるでしょう。

3 信頼される経営者になるために必要な10のこと

1)「やりたいこと」を明確に示しているか

よくいわれる例えですが、経営者は会社という船の船長です。船長は、世の中の流れを読みつつも、船がどこに進むのか、何を目指しているのかということを一番明確に持っていなければなりません。会社の「理念」と言い換えてもよいでしょう。

社内外に対して、この理念を明確に示すのは経営者の重要な仕事です。何をしている会社なのか、これから先、何を実現しようとしているのか。顧客や金融機関などの他、実際に現場で働く社員に対しては、特に繰り返し伝えていかなければなりません。

2)自分の弱点を認識しているか

経営者一人の力では会社は立ちゆきません。社員や周囲の協力、補完があって初めてて、会社は成り立ちます。この点についてよく例に挙げられるのは、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏とその名参謀、藤沢武夫氏の関係です。

2人は、「技術の本田」「経営(販売)の藤沢」と呼ばれるほど、それぞれが得意分野を突き詰め、互いに補完し合って会社を成長させたといいます。経営者には、自分の弱点を認識した上で社員や周囲に協力してもらい、それに対して感謝する器が必要です。

3)社外ネットワークを広げているか

経営者には、社外ネットワークも必要です。「困ったときに相談できる“その道のプロ”がどれだけいるか」「自社のために一肌脱いでくれる社外の人がどれだけいるか」は、信頼される経営者のバロメーターの一つといえるでしょう。

また、テクノロジーが発展し、グローバル化が進む現在では、社内のリソースだけでは今後の成長が難しい局面も出てくるでしょう。新しい分野の社外ネットワークを築き、ビジネスの可能性を広げていくことも、経営者にとって欠かせない仕事です。

4)誰よりも勤勉であるか

経営者は、自社のことに加え、顧客や業界のことについて社内外の誰よりも詳しいといえるくらい常に情報収集し、学び続けなければなりません。経営者には、会社を存続させていくために先見性が求められますが、それには裏付けとなる知識が必要です。

また、業種や規模にもよりますが、現場に行って情報収集することにも勤勉でなければなりません。顧客が今、何を求めているのか、オペレーションにはどのような課題があるのかなどは、実際に現場に行ってこそ見えてくるものです。

5)キャッシュフローを把握しているか

会社の規模にもよりますが、経営者が意外と正確に把握できていないのが「会社のお金の動き」です。金融機関などステークホルダーに対して説明するのはもちろん、会社のあらゆる活動を進めていくため、「お金の動き」は必ず把握しなければなりません。

ただし、経営者が知っておくべきなのは、細かい仕訳などではありません。例えば、前月どれだけの利益を出しているのか、すぐに動かせるキャッシュはどのくらいあるのか。こうした数字を把握しておけば、経営者は迅速に“次の一手”が打てるでしょう。

6)決断する軸を持っているか

会社の最終的な意思決定者は経営者です。大なり小なり、日々、あらゆることを決断するのが経営者の仕事です。しかも、決断したことの責任も、最終的には全て経営者が負うことになります。経営者とその他の社員とでは、この点が決定的に違います。

だからこそ、経営者は決断するのに迷うことがあります。そこで必要なのは、決断する軸として、「どのようなことを大切にする会社なのか」「どのような経営者でありたいか」といったことを、常に自分の中に持っておくことです。

7)社員の「人間力」を磨いているか

経営者には社員を成長させる責任がありますが、それは仕事面のことだけではありません。会社で重要なのは「人」です。「相手のことを考える」「礼儀をわきまえる」「困難を乗り越える」など、社員の基本的な「人間力」を育成することが必要です。

また、経営者が直接指導して育成するだけでは足りません。経営者がいなくても、あるいは次の経営者にバトンタッチした後も、「社員が社員を育てる」会社にしていくことが理想です。非常に難しいことですが、信頼される経営者としての重要な役目です。

8)社員に誇りを持たせられているか

考え方は人によりますが、社員が働きがいを感じ成長していく源泉は、「この会社で働くことを誇りに思える」ということです。そして、社員に誇りを持たせることができるのは、経営者に他なりません。

自社のビジネスや社員一人ひとりの活動にはどれだけ価値があるか、どのような顧客に喜ばれているか、どれだけ経営者が社員に感謝しているか。そうしたことを社員に伝え、社員と一緒に大きな夢を描いていきましょう。それが社員の誇りにつながります。

9)素直であり続けているか

環境や時代の変化など、何があっても会社を存続させていくために、経営者には時に柔軟性も必要です。そのために忘れてならないのは「素直さ」です。立場や年齢などにこだわらず、社員や周囲の人の話に、素直に耳を傾けてみましょう。

そうすることで、経営者が気付いていなかった思わぬヒントが得られる場合があるからです。特に、経営者とは異なる視点や反対意見を持つ人の話は、腹が立つかもしれませんが、素直に聞いてみれば大きな発見があるかもしれません。

10)24時間365日、経営者でいられるか

社員には休みがありますが、経営者には休みはありません。24時間365日、経営者は経営者です。会社のこと、社員のこと、ビジネスのことなどを、いつでもどこでも考えることができるのが真の経営者といえるでしょう。

会社を経営するのは簡単ではありません。つらいことも困難も山ほどあります。しかし、ビジネスが成功したときや社員の成長を感じられたときなど、24時間365日経営者でいた者にしか味わうことのできない、大きな深い喜びもあることを忘れてはなりません。

4 まとめ:10のチェックリスト

  • 「やりたいこと」を明確に示しているか
  • 自分の弱点を認識しているか
  • 社外ネットワークを広げているか
  • 誰よりも勤勉であるか
  • キャッシュフローを把握しているか
  • 決断する軸を持っているか
  • 社員の「人間力」を磨いているか
  • 社員に誇りを持たせられているか
  • 素直であり続けているか
  • 24時間365日、経営者でいられるか

以上(2019年3月)

pj10020
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シニア層の需要が広がる自費出版の動向

1 自費出版の動向

1)自費出版のニーズについて

自費出版の顧客は、60歳以上がメーンとなっています。この理由として、退職などをきっかけに、自分のこれまでの歩みを自分史として書籍に残したいなどのニーズが増えていることが挙げられます。一方で、若年層の場合は、紙媒体よりもSNSやウェブサービスによって手軽に自己表現、情報発信をする傾向にあるようです。

自費出版物の制作、販売支援や日本自費出版文化賞の開催などを通じて自費出版物の社会的評価の向上に取り組む日本自費出版ネットワークへのヒアリングによると、「書籍の制作費用が高額なことから、自費出版文化賞への応募も資金面に余裕がある高齢者が多いとみられる。応募総数は全分野合わせて毎年500部前後で推移しており、自費出版文化賞の地域文化、個人誌、小説、エッセー、詩歌、研究・評論、グラフィックの7部門のうち、写真・画集などのグラフィック部門と現代詩、俳句、短歌などの詩歌部門の応募が増えている」(*)とのことです。

また、今後の自費出版のニーズについては、「会員企業を通じての応募の呼び掛けや、郵送による応募の強化などに取り組んでいるため、今後も自費出版文化賞への応募や、自費出版をやりたいというニーズは増えていくと思われる」(*)とのことです。

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(*)日本自費出版ネットワーク(2020年2月7日時点)

一方で、自費出版を手掛ける企業にとっては、どのようにして顧客からの受注を増やすのかといった課題があります。また、顧客の中には、自費出版をやりたいが、原稿の書き方が分からないといった悩みを抱えている人もいます。

そのため、企業の中には、地域の公共施設で自費出版に関する講座を開いたり、原稿を制作するためのマニュアルを配布したりすることで、顧客からの相談や受注の増加につなげているケースがあります。

以降では、自費出版に注力する企業に対して、顧客層や受注状況、自費出版の取り組みなどをヒアリングした結果を紹介します。

2)朝日印刷工業(群馬県前橋市)

書籍の制作、画像加工、ウェブサービスなどを手掛ける朝日印刷工業では、デジタル印刷ショップの「ディップス朝日」を運営しており、個人市場をターゲットにした小ロットの書籍づくりに注力しています。同社は、社内に自分史活用アドバイザー(自分史活用推進協議会の認定資格者)がいることから、自分史を中心とした自費出版の制作提案に取り組んでいます。

朝日印刷工業にヒアリングした結果は次の通りです。(2020年2月8日時点)

【顧客について】

60歳以上の顧客がメーンとなっている。朝日印刷工業では、県内の図書館や公民館で自費出版に関する講座を開催しており、それがきっかけで、来社した顧客からの相談や依頼を受けるケースが増えている。

【受注状況、制作部数について】

年間平均で20件程度となっている。1人当たりの制作部数は、作成した書籍を家族や友人に配りたいのか、書店で販売したいのかといった目的によっても異なるが、少ない場合で15~20冊、多い場合で150~200冊程度となっている。顧客が原稿を用意していない場合でも、外部のライターと提携し、一から原稿を作ることができる。

3)清水工房(東京都八王子市)

研究誌、機関誌、会社案内などの冊子印刷を手掛ける清水工房では、自伝・社史を制作するための簡易年表や、自分史の書き方を分かりやすく解説したマニュアル本の提供などの丁寧な対応を強みとしています。

また、書籍の企画段階から配送までを一貫して手掛けており、出版部門の「揺籃社(ようらんしゃ)」を立ち上げ、自費出版で制作した書籍を全国の書店で販売したいというニーズに対応しています。

清水工房へのヒアリング結果は次の通りです。(2020年2月12日時点)

【顧客について】

制作費用の都合や、編集者と頻繁に打ち合わせをする必要があることから、60歳以上で地元の顧客からの受注が多い。

知り合いからの紹介や、口コミで評判を聞いた人から受注が来るケースが多い。また、駅前の公共施設などを借りて、自費出版に関する無料相談会を開催することで、顧客からの相談や受注の増加につなげている。

【受注状況、制作部数について】

1人当たりの平均制作部数は200冊程度、書店で販売する場合は、1500~2000冊程度制作するケースがある。また、清水工房では電子書籍での自費出版も手掛けているものの、紙の書籍を出版したいという顧客が多い。

4)めぐみ工房(新潟県長岡市)

学校印刷物の制作や文集の製本などを手掛けるめぐみ工房では、自費出版でエッセーや郷土史、ブログ本、写真集などの制作実績があります。

めぐみ工房へのヒアリング結果は次の通りです。(2020年2月8日時点)

【顧客について】

60歳以上の高齢の顧客が多い。知り合いからの紹介や、口コミで評判を聞いた人から依頼を受けることがほとんどとなっている。

【受注状況、制作部数について】

受注件数は非公表だが、高齢の顧客がほとんどなので、自分が亡くなったときに、家族に残すための終活ノートを作成するケースが多い。作成した書籍は家族や親戚のみに配るため、制作部数も10~15冊程度となっている。

5)自費出版の競争状態

自費出版の競争状態について、ビジネスフレームワークの「ファイブフォース分析」に沿って考えます。

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自費出版は厳しい環境に置かれているといえます。書籍を制作する材料となる印刷用紙やインクの価格が高騰しており、清水工房へのヒアリングによると「紙の価格は、本のページに使う書籍用紙で1~2割程度、表紙に使う特殊紙は書籍用紙よりも高くなっていると感じる。また、使われる頻度が少ない紙はメーカーが生産を取りやめているため、紙の供給も少なくなっているのではないか」(*)とのことでした。

一方で、自費出版は、60歳以上の高齢者がメーンとなっています。電子書籍に対する抵抗や、紙の書籍を創る憧れがあることから、すぐに電子化で代替される可能性は低いといえるでしょう。

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(*)清水工房(2020年2月12日時点)

以上(2020年5月)

pj59024
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民間主導で空き家、空き店舗などを活用したまちづくりに取り組む事例

書いてあること

  • 主な読者:空き家・空き店舗を活用して地域を活性化させたい企業や団体
  • 課題:活用するためのアイデアが十分に集められていない
  • 解決策:他地域での成功事例を参考にする

1 空き家、空き店舗、廃校利活用の方向性

一言に空き家、空き店舗、廃校の利活用といっても、建物を管理する事業者が建物をリノベーションし、利用者に貸し出す場合もあれば、利用者自身で建物をリノベーションする場合もあります。以降で紹介する事例は、建物をリノベーションする主体と目的の違いで、次のように整理できます。

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2 空き家の利活用事例

1)尾道空き家再生プロジェクト(広島県尾道市)

尾道空き家再生プロジェクトは、NPO法人尾道空き家再生プロジェクトの代表である豊田雅子氏が、2007年に空き家となっていた「旧和泉家別邸」を購入、修復したことがきっかけで始まった取り組みです。

空き家をリノベーションし、尾道市街の古い町並みや景観の保全などを図るため、空き家に放置されている家財道具のチャリティー蚤(のみ)の市、市民に空き家問題についての理解を深めてもらうためのまちづくり発表会、古い空き家の修復と「坂の町」尾道の暮らしを楽しむ体験型夏合宿などに取り組んでいます。

■NPO法人尾道空き家再生プロジェクト■
http://www.onomichisaisei.com/

2)越後妻有 大地の芸術祭の里(新潟県十日町市)

「越後妻有(つまり) 大地の芸術祭の里」は、NPO法人越後妻有里山協働機構が運営元として、3年に1度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の舞台となっている場所です。この場所では、過疎化、高齢化や2004年の新潟県中越地震などの影響で空き家や廃校が増えています。こうしたことから、地域の景観を維持するために、空き家や廃校をリノベーションし、アート作品や美術館として活用しています。空き家や廃校のリノベーションは、大地の芸術祭の会期中に限らず、通年で取り組んでいます。

空き家をリノベーションした施設として、家全体に彫刻刀で彫り込みを入れることでアート作品に再生させた「脱皮する家」や、かやぶき屋根の古民家を「やきものミュージアム&レストラン」に再生させた「うぶすなの家」などがあります。

■越後妻有 大地の芸術祭の里■
http://www.echigo-tsumari.jp/

3 空き店舗の活用事例

1)岩村田本町商店街(長野県佐久市)

岩村田本町商店街では、同振興組合が中心となって空き店舗の活用に取り組んでいます。空き店舗は、住民アンケートによる活用策を基にリノベーションをしており、これまでに、地域コミュニティーの集い場「中宿おいでなん処」、手作り総菜の店「本町おかず市場」、若手起業家の育成施設「本町手仕事村」の他、「岩村田寺子屋塾」「子育てお助け村」などの地域密着型施設を整備しています。

この取り組みの結果、空き店舗数は2000年時点で15店舗でしたが、2015年には2店舗まで減少しています。

■岩村田商店街オフィシャルサイト いわむらだ.こむ■
http://www.iwamurada.com/

2)長浜・黒壁スクエア(滋賀県長浜市)

長浜・黒壁スクエアは、地元企業や長浜市が共同で設立したまちづくり会社の黒壁が、黒壁銀行の愛称で親しまれた古い銀行の建物をリノベーションしたのをきっかけに始まった取り組みです。同社では、ガラス工芸品の販売事業を手掛けており、その売り上げを空き店舗のリノベーション費用などの町並み形成に充てています。

また、長浜・黒壁スクエアのにぎわいを周辺の地域に拡大するため、まちづくり会社の長浜まちづくりが設立され、空き家再生バンクや空き家をリノベーションしたシェアハウスの運営、若者の創業支援などを手掛けています。

長浜まちづくりへのヒアリングによると、「既存店舗のリノベーションを含む空き店舗を活用した出店実績は、2008年からの累計で118店舗となっている」(*1)とのことです。また、来街者数について、黒壁へのヒアリングによると、「2017年が195万9000人、2018年が211万6000人と増加傾向にある」(*2)とのことです。

■黒壁■
https://www.kurokabe.co.jp/

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(*1)長浜まちづくり(2019年11月14日時点)
(*2)黒壁(2019年11月14日時点)

3)なごのや(名古屋市西区)

なごのやは、観光まちづくりに関するコンサルティングや訪日外国人向けツアーオペレーターなどを手掛けるツーリズムデザイナーズが、円頓寺(えんどうじ)商店街の廃業した喫茶店「西アサヒ」をリノベーションし、2015年4月にオープンした複合店舗です。店舗の1階が喫茶・食堂、2階が民宿となっています。1階は喫茶・食堂としての役割だけでなく、アーティストのライブ会場や作品展示の場としても活用されています。

また、2018年4月にはボルダリング施設とゲストハウスを併設した別館をオープンしました。

■なごのや■
https://www.nagonoya.com/

4)沼垂テラス商店街(新潟県新潟市)

沼垂テラス商店街は、旧市場の長屋が連なる沼垂地区のシャッター通りを再生するため、地元の商店主が旧市場全体を買い取り、2014年に管理事務所となるテラスオフィスを設立したのがきっかけで始まった取り組みです。2019年11月時点で雑貨店や飲食店など28の店舗と、管理事務所兼ゲストハウスなど4つのサテライト店舗があります。

空き店舗のリノベーション方法や、新規出店を誘致するための方法などについて、商店街の運営を手掛けるテラスオフィスへヒアリングした結果は次の通りです。

  • 空き店舗は、テラスオフィスで屋根や外壁などを修復し、内部のリノベーションは入居する店舗にお願いしている。リノベーションの費用は、店舗の規模によって異なるものの、例えば1棟を丸ごとリノベーションし、ゲストハウスにした場合は1000万円以上の費用が掛かっている。
  • 新規出店の募集、来訪者の誘致などの情報発信はSNSを中心に行っている。また、商店街のほとんどの店舗が何かしらのSNSツールを利用しており、各店舗の情報発信が相乗効果を生み、情報が広がっている。それをキャッチしたメディア(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・WEBメディアなど)が取り上げてくれることで、さらに認知度が高まっていると実感している。他にも、外部イベントへの出店によって、知名度アップや新規顧客の誘致につながっている場合もある。
  • 知名度のアップなどによって「沼垂テラス」というブランドが構築されつつあり、この場所で起業したい、出店したいという相談を受けており、空き家のオーナーとの調整を行っている最中である。今後、年に何軒もリノベーションを手掛けるのは難しいものの、1年に1軒程度は実現していけるような目標設定をしている。(*3)
■沼垂テラス商店街■
https://nuttari.jp/

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(*3)テラスオフィス(2019年11月13日時点)

4 廃校の活用事例

1)猟師工房ランド(千葉県君津市)

猟師工房ランドは、狩猟ビジネスを手掛けるTSJが君津市から旧香木原(かぎはら)小学校の体育館と土地を借り受け、同社が改装、2019年7月にオープンした施設です。

君津市では、鳥獣による農作物への被害が大きな問題となっていることや、旧香木原小学校を地域活性化の拠点として有効活用するため、鳥獣被害対策をテーマに民間事業者を公募した結果、TSJからの応募があり施設を貸し付けることになりました。

約2500坪の土地に狩猟大学校、キャンプ場、ドッグラン、バーベキュー場があります。施設は、君津市内で捕獲された鹿やイノシシを加工した食品、工芸品の販売に利用されているだけでなく、有害鳥獣の駆除、狩猟ビジネスに取り組みたい市内の若者が、狩猟の知識や技術を学ぶ場所としても活用されています。

■廃校施設を活用した地域活性化の拠点「猟師工房ランド」■
http://maruchiba.jp/sys/data/index/page/id/18829

2)潮の杜(宮崎県日南市)

潮の杜は、マリンスポーツ用品の販売などを手掛けるレジェンドが、廃校となった旧日南市立潮(うしお)小学校を活用し、起業支援や地域交流の拠点として2014年4月にオープンした施設です。校舎は地域の団体が教室やワークショップを開くための場だけでなく、日南市鵜戸(うど)地区の地域おこしにつながる起業支援の場として活用されています。起業支援は、空き教室の提供だけでなく、経営に関するノウハウ提供やインターネットでのPRなどのサポートもしています。

また、グラウンドはオートキャンプ場として活用されており、宿泊も可能です。

■潮の杜■
https://www.ushio.co/

5 その他の事例

ヤマキウ南倉庫(秋田県秋田市)は、インテリアやグラフィックなどのデザイン制作を手掛けるSee Visionsが、不動産事業を手掛けるヤマキウの旧倉庫を改装し、2019年6月にオープンした複合施設です。倉庫内にはスーパーマーケット、雑貨店、美容院など10の店舗と6つのオフィス、コワーキングスペース、ホールがあります。

同社は、秋田市南通亀の町のエリアリノベーションに以前から取り組んでおり、閉店した居酒屋を改装したバル(軽食喫茶店)やベーカリーなどを開店した実績があります。

■ヤマキウ南倉庫■
https://yamakiu-minamisoko.com/

以上(2020年2月)

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【朝礼】道を切り開くのは「上司」ではない。自分だ

先日、当社の若手・中堅社員にアンケートをとりました。内容は、「将来、当社がもっと輝くために、改善すべき点は何か?」というものです。普段、思っていることや考えていることを、正直に答えてほしかったので、あえて匿名でのアンケートにしました。

すると、若手・中堅社員のさまざまな不満が明らかになったのです。今日は、そのアンケートの結果を基に、皆さんにお話しします。腹が立つ人や耳が痛いと思う人もいるかもしれませんが、現状を真摯に受け止めてください。

回答の中で特に多かったのは、「自分たちが日ごろ頑張っているのだから、上司にももっと仕事をしてほしい」「上司には、部下の頑張りをもっと分かってほしい」「上司にはちゃんと判断してほしい」といった、上司に対する不満や要望でした。皆さんは、これを、どのように感じますか。

本当に至らない上司が多いのか、それとも若手・中堅社員が分かっていないだけなのか。もちろん、それも問題なのですが、私が気になったのは、別のことです。「若手・中堅社員は、将来も、この会社を動かしていくのは上司だと思っているのか。自分たちでどうにかしてやろうとは思わないのだろうか」。そう危機感を覚えたのです。

若手・中堅社員に聞きます。「能力の高い、ちゃんとした上司がいて、それに従う」のが、皆さんにとっての「将来、当社が輝いている姿」なのですか。本当にそれでいいのでしょうか。

誤解を恐れずに言います。若手・中堅社員の皆さん、当社は、「上司ありき」の会社ではありません。社歴も役職も関係ありません。上司がふがいないなら、「自分たちで会社を変えてやる」と行動を起こしてください。「これを自分たちにチャレンジさせてほしい」と、ぜひ、手を上げてほしいのです。若手・中堅社員のチャレンジを、私は心から応援し、バックアップします。

もちろん、至らない上司には、私から指導しますが、上司が変わるのを待たないでください。変わるのは、上司の指示に従うだけだった若手・中堅社員の皆さんです。大切なのは、「上司がどうするか」ではなく、「将来に向けて、自分がどうしたいか」です。

また、上司の皆さん。実情はどうであれ、あなた方の部下は、「上司本願」で物事を捉えています。若手・中堅社員には、自分で考え、行動し、道を切り開いていく力を付けてもらわなければなりません。その機会を創るのが上司の仕事です。将来を担っていく若手・中堅社員が、上司を基準に物事を捉えているのは、皆さんが部下のやる気や成長の機会を奪ってきた結果ではないでしょうか。私は、それが部下の「上司が変われば会社が良くなる」という考えの根本にあると思います。

そして、もう一度言います。若手・中堅社員の皆さん、これから会社を変えていくのは、皆さん自身です。今、この時から、立ち上がってください。

以上(2020年2月)

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画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】審議書は新たなチャレンジのチケット

先日、とある上司と部下のコンビ、ここではAさんとBさんとしておきますが、その2人のデスクの前を通りかかったときのことです。書類を前に、2人で難しい顔をしながら話し合っていたので、何の件なのかと思って聞いてみると、審議書を作成しており、上司のAさんから部下のBさんに対して修正の指示をしているとのことでした。

部下のBさんはついこの前入社したばかりだと思っていたのに、審議書を作成するようになったのだなと思うと、頼もしく感じました。

ちなみに皆さんは、審議書と聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか。もし、「手続き、根回し、面倒」というイメージを持っていて、「できれば審議書なんて作りたくない」と考えているのだとしたら、ビジネスパーソンとしてはあまりに物足りません。

審議書の目的は、会社の想定を超えたレベルでビジネスをすることにあります。投資であったり、新規契約であったり、何かあれば会社に大きな影響がある内容だからこそ、審議書を通して、複数の人間がさまざまな角度から、この取り組みには問題がないかを確認するのです。

審議書が承認されれば、チャレンジはお墨付きだといえます。しかし、この点を意識していない人からは、会社にとって想定内のビジネスについての審議書しか挙がってきません。例えば、当社の今月の取締役会に上程された、パソコン入れ替えに関する審議書がそうです。

この審議書の内容は、リース期間の終了に伴い、今と同スペックのパソコンを調達するというものでした。確かに審議書は上程されましたが、単に前例踏襲のための手続きであり、全くチャレンジしていません。それでは、いつまでたってもビジネスチャンスは訪れないでしょう。

働き方改革を進めている当社にとって、パソコン入れ替えは千載一遇のチャンスです。デスクトップをノートにしたり、ファイル管理方法を見直したりすれば、フリーアドレスやリモートワークなど、働き方改革が加速します。

しかし、その審議書はパソコンを調達できるギリギリの時期に上程されたので、もはや新たな計画を検討する猶予はありませんでした。結局、その内容のまま承認されることになりました。

この例で上程された審議書が、いけないわけではありません。パソコンの入れ替えのための手続きとしては、要件を満たしています。しかしそこまでのことで、私から見ると本当に物足りません。

審議書が承認されたら、新たなチャレンジをするための“公式チケット”を手に入れたのと同じです。今年度、皆さんは何枚のチケットを手に入れたでしょうか?

その枚数は、皆さんのチャレンジのバロメーターです。新年度、積極的にチャレンジする皆さんの姿勢が、審議書として上程されてくることを楽しみにしています。

以上(2020年2月)

pj16993
画像:Mariko Mitsuda

織田信長(武将)/経営のヒントとなる言葉

「人を用ふるの者は能否を択ぶべし。何ぞ新故を論ぜん」(*)

出所:「戦国武将のひとこと」(丸善)

冒頭の言葉は、

  • 「部下(家臣)の能力を見極めて、適材適所で仕事を任せることが組織づくりの要である」

ということを表しています。

信長は従来の因習や決まり事などを打ち破り、独創的な発想で政治に取り組みました。その1つに有名な、楽市・楽座令の発布が挙げられます(楽市・楽座令の発布は信長以外の戦国大名によっても行われましたが、特に信長が発布したものが有名です)。

楽市・楽座令の発布は戦いによって荒廃した市場の復興や、新設市場・新城下町の繁栄を目的としたものです。信長は既得権を廃止し、参入障壁を取り除くことで、自由競争を促しました。

また、戦いにおいても、信長は当時の最新兵器である鉄砲を導入するなど、常に新しい取り組みによって、天下統一まであと一歩というところまで上り詰めました。

信長の躍進を支えた要因の1つに、部下との密なコミュニケーションがあったといわれます。次の言葉からも信長がそれを重視していた一端をうかがい知ることができます。

「およそわが命ずるところ便(びん)ならざるものあらば、即ち来たりこれを争え。われまさに改めんとす」(**)

この言葉は家臣の柴田勝家(しばたかついえ)に越前国(現福井県)を任せた際に宛てた書状に記されたものです。独創的な発想に優れていたものの、家臣に対して、時には冷酷な処罰を下したとされる信長は、どちらかと言えばワンマンなイメージが強いのではないでしょうか。しかし、この言葉からは信長が何でも独断するのではなく、家臣の意見に耳を貸すリーダーであることが分かります。

ちなみに、信長は長きにわたって仕えた家臣である佐久間信盛(さくまのぶもり)とその息子が本願寺を攻略できなかったことに対して怒り、折檻(せっかん)状を書いて、追放しています。その折檻状の中には、信盛親子が武力をもって期待通りの働きができないならば、謀略を巡らし、足りない部分については、信長に報告して意見を求めるべきであるのに、それすらしないとして、信盛親子の無策を断じています。

もしかすると、信盛親子があらかじめ信長に状況を報告し、策を相談していれば、追放されることはなかったかもしれません。

生き馬の目を抜く戦国時代、判断の遅れは命取りになります。特に、領地が広がるにつれて、信長1人では全ての領地の状況を把握し、つつがなく治めることは不可能です。

そのため、信長の命令を順守することが前提ではあるものの、勝家には北陸方面、豊臣秀吉(とよとみひでよし)には中国方面などのように、信長は信頼できる家臣に領地を任せました。それによって、いち早く情報を収集し、新たな発想の源泉や判断材料としたのでしょう。

結局、信長は家臣の明智光秀(あけちみつひで)の裏切りに遭い、天下統一の夢を果たすことができませんでした。光秀が信長を裏切った理由は定かではありませんが、信長と光秀の間で、組織としてのビジョンや戦いの目的が共有できていれば、事態は違う展開を見せていたかもしれません。

戦国時代のような、日常的に命の危険にさらされている場合、組織においては裏切りはもとより、少しの足並みの乱れも許されません。組織一丸となって敵に当たる必要があるものの、そのためには家臣おのおのが組織としてのビジョンや戦いの目的を理解し、そこに意義を見いださなければ、命を賭して戦うことはないでしょう。

現代のビジネスにおいては、戦国時代のように命を賭すといったような極端な場面に遭遇することはありません。しかし、組織が一丸となって困難な状況を打開する場面はたくさんあります。そうしたときに必要となるのは、リーダーが日ごろから部下の話に耳を傾けることでコミュニケーションを図り、組織のビジョンを部下に理解してもらうことです。

信長のエピソードからは、迅速な情報収集と部下への接し方という、現代の経営にも通じるリーダーの在り方を学ぶことができます。

【本文脚注】

本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。

【経歴】

おだのぶなが(1534~1582)。尾張国(現愛知県)生まれ。尾張国を統一し、天下統一を図る。本能寺の変にて自害。

【参考文献】

(*)「戦国武将のひとこと」(鳴瀬速夫、丸善、1993年6月)
(**)「心に響く勇気の言葉100」(川村真二、日本経済新聞出版社、2011年11月)
「信長公記 現代語訳」(太田牛一(著)、中川太古(訳)、KADOKAWA、2013年10月)
「戦国武将の名言に学ぶ」(武田鏡村、創元社、2005年8月)

以上(2020年2月)

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画像:Josiah_S-shutterstock

職人からクリエーターに 顧客とともに創る若者が製造業を変える

書いてあること

  • 主な読者:技術力を活かした新商品の開発を成功させたい経営者
  • 課題:顧客のニーズを柔軟に取り入れていく開発手法ができていない
  • ポイント:3人の若き製造業の革命児に聞く、ものづくりの“クリエーター”としての力

1 顧客との連動でサロンのような店に

1)オリジナル紳士靴企画販売「スタジオヨシミ」 吉見鉄平代表取締役

東京・浅草の中心部から600メートルほど離れた場所に、紳士靴のオリジナルブランドショップ「RENDO(レンド)」はあります。遠方からの顧客にとっては決して便利とはいえない場所ですが、紳士靴にこだわりを持つ人たちは、この店でしか味わえない満足感を求めて足を運ぶといいます。

RENDOを運営するのは、「スタジオヨシミ」の吉見鉄平代表取締役。吉見さんが商品の企画・デザインをして、製造は国内の靴職人に依頼しています。オーダーメードは受け付けておらず、既製品の販売と、顧客の要望に応じて素材の一部を変更するなどのカスタムメードを行う「既製品とオーダーメードの中間」までに対応しています。同社の特徴について吉見さんは、「靴をオーダーして、履き心地を試しながら調整し、購入後に修理に持ち込むところまで、全体で満足してもらうところに価値がある」と話します。

吉見さんの店舗運営や靴作りの根底には、店名でありブランド名でもあるRENDOの語源である「連動」の考えがあります。吉見さんは、「靴作りは1人ではできない。工場の職人や顧客など、周りの人たちとつながって動くことでうまくいく、という気持ちが強い」といいます。

例えば、来店者の足を採寸する作業。今では当たり前の作業ですが、創業当初は行っていませんでした。履き心地の良さを求める顧客の要望を聞いているうちに、人によっていろいろな足の形があることに気づき、取り入れることにしました。顧客の足の形に合わせて靴を加工調整するサービスは、現在の同社の大きな売りになっています。

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外国人採用を円滑に!〜YOLO JAPAN社は在留外国人の生活応援企業です!〜/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人 杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、人手不足が当たり前化している中小企業、言葉の壁がある?コミュニケーションが難しい?と尻込みしている、在留外国人採用、その現実と向き合いながら企業経営者のお役立ちを事業にしている、株式会社YOLO JAPANの加地社長。日本における現状から加地社長が手掛ける事業の概要について話を伺いました。

東京、大阪を毎週行き来している際に感じるのが、東京における外国人の数。中でも日本に住んでいると思われる在留外国人の数がここ数年伸びていることを肌で感じます。加地さんから、東京に住む18人に1人が外国の方ですよと教えてもらってビックリでした。日本全体では46人に1人が在留外国人。当たり前と言えばそうかもしれませんが、2019年に282万人を突破しているこの特定の経済圏はすでに3兆円を超えているそうです。そこにある社会課題に向き合っている加地社長がどのような取り組みをされているかについてまとめたいと思います。

1 外国人雇用の最先端 加地さんの講演録から見えてくること

1)外国人に依存し始めている日本

今から10年前の2009年、日本に住む外国人は、112人に1人の割合。2020年には300万人に到達が確実視されています。農業や漁業においても在留外国人の【人手】がないと成り立たない現実もあります。茨城県においては、農業従事者のうち3人に1人が外国人という事実(YOLO社調べ)、在留外国人なしでは食卓に野菜が並ばないということですね。

在留外国人数の推移を示した画像です

2)【外国人採用トークライブ】で見えてくるもう一つの現実

2019年12月に大阪で開催された外国人採用のイベント、そこに加地さんが登壇しました。参加者の99%が満足したという圧倒的な評価を集めた内容でした。そこで集められた参加者の声を拝見すると。

  • 外国人採用のノウハウが十分理解できた
  • 外国人採用に関する知識が高まった→94.7%
  • 外国人採用意欲が高まった→84.21%
  • 外国人採用が身近に感じられた
  • 外国人を採用する際の注意点

というのが参加者の感想、意見でした。

今後期待する(知りたい)テーマには(複数回答)、

  • 採用試験や面接の方法→42.11%
  • 労使間トラブルの実例、解決法→39.47%
  • 外国人の募集方法→36.84%

この3つが上位を占めていました。回答の内容からも中小企業全体では、これから相当の広がりがあるように感じます。

3)入国から帰国までのデファクトスタンダードを造っていく

外国人が日本に行こう!と決意すると、

このような循環が在留外国人の皆さんが見えている課題感。この課題に向き合う事業を順次造っていくそこに加地さんはコミットしていこうとしています。続いて同社のビジネスモデルについて。

2 YOLO JAPANのビジネスモデルは3本柱で

1)単純な人材サービスではない JOBマッチング 3つの収入マッチングを提供

YOLO JAPANへの登録人材ですが、2019年12月16日に14万人を突破、これは日本における外国人労働者の約10%(同社調べ)に相当するレベル。国別で言うと、これも2019年10月に226カ国を数え、これは国連加盟国数を超えるレベルになってきています。

社名と同じサービス名の【YOLO JAPAN】。これは外国人のための採用メディアの位置付け。そこに3つの収入マッチングを提供しています。

  • YOLOバイト
    日本に来て最初に収入を得る手段であるアルバイト、日本語が出来なくても出来るアルバイトを紹介。実は私も懇意の企業さんが利用されたことがあります。ほとんど日本語が出来ませんでしたが2年近くアルバイト以上の戦力として頑張ってもらった実績があります。
  • 高時給モニター参加サービス
    2017年5月にリリース、電機メーカーの新商品を体感してもらったり、行政の外国人向けアンケート等、すぐにアプローチ出来ない外国人にYOLO JAPANに登録する226カ国14万人のデータベースから企業や市区町村の行政が必要な情報、外国人、市場調査を【モニター】という手段で得られるサービス。
  • インフルエンサー機能
    FacebookやInstagramに企業が拡散したい情報、商材を投稿することで【お小遣い】が稼げるサービス。投稿する外国人を公募の形で企業側に提供するモデル。

この特徴的な3つの人材マッチング事業に加えて、外国人社員の採用も行っています。

YOLO社ならではの登録人材のデータベースの面白いところをいくつか。宗教、結婚の有無、身長、体重、目の色、携帯電話の支払情報、Facebookの友人数、Instagramのフォロワー数まで。これも単なる人材紹介で終わらないという加地社長が大切にしている貪欲な情報収集の一環ですね。

2)外国人へのライフサポートを提供していく

加地社長と話していて、以前から大切にしていたのが、『我々のお客さんはあくまで外国人、採用してくれる企業が顧客ではない』という一言。この発想から、企業に寄り添うのみの人材サービスにフォーカスするのではなく、外国人に日本を好きになってほしい、できるだけ滞在期間を長くしてもらいたいという部分にフォーカスしていました。そこから、離職率の高い外国人人材をどのようにすれば定着してもらえるか?(半年で35%は離職する)という発想に至ります。ある意味儲からないことへのチャレンジ、遠回りとわかっていての生活支援(ライフサポート)の事業化を考えるようになっていきます。

企業の人事部で対応不可能な、出入国の手続き、携帯電話の手配、不動産の契約、日本での生活マナー研修、日本語サポート、特定技能VISAの取得、銀行口座の開設、クレジットカードなどの金融サポート、カウンセリングなどのメンタルケア、学校・子育てなどの生活支援。このようなところに着目して、実際に事業化を実現しています。

  • YOLOモバイル(SIMカード)を2019年10月にスタート、日本特有の2年縛りがなく滞在期間が限られている外国人ユーザーの需要が見込まれる。
  • 問診票サービスを2019年10月スタート、日本語が不自由な外国人でも、病状や怪我の状況を医師に説明できる問診票自動作成サービス、17言語で対応が可能です。

2020年にリリース予定なのは、外国人が入居可能な物件を多数紹介することで、日本に来たばかりの外国人に不動産探しのサポートをする不動産サービス。さらに2つのEラーニングも控えています。【特定技能Eラーニング】と【日本語学習Eラーニング】、合格できれば、正社員化への門戸が広がったり、日本での生活の利便性向上に役立てるサービスを提供予定です。

外国人経済圏の規模を示した画像です

3)外国人消費経済圏リーチを開始する

加地さんが笑顔で話す【YOLO経済圏】これが一番あるべき姿だと。『外国人の代名詞だった観光は労働へと代わり外国人消費へと成長を遂げる』と話します。

消費者へと変化していくことを先取りして、すでに事業提携を発表しているものには次のような企業があります。

  • 銀行口座開設、海外送金→セブン銀行
  • 日本におけるクレジットカード発行→三井住友VISAカード
  • YOLOモバイル→JPモバイルと提携。入国間もない、銀行口座やクレジットカードが無い外国人にも提供可能に。ベトナム語、中国語、英語で申込も多言語化へ

ここからYOLO JAPAN×不動産、YOLO JAPAN×エンタメ、YOLO JAPAN×ウェディング、YOLO JAPAN×旅行と事業展開を繰り出していこうとしています。

3 各地で誕生させる就労インバウンド施設

1)2019年9月にYOLO BASEが誕生

2019年11月23日、日本では勤労感謝の日。加地さんは外国人限定の勤労感謝フェスがあっても良いのでは?となかなかオモシロイアイデアを実行に移しました。

外国人のみが出られるミスコン(YOLO KAWAII AWARD)、演歌や日本のバンド曲を熱唱する歌唱大会(YOLO MUSIC KARAOKE AWARD)、各国のおつまみが勢揃い約20種類の中からグランプリを競うYOLO FOOD AWARDと、アワードあり、日頃の疲れを癒やす【足湯ブース】が出現したりと、在留外国人のための勤労感謝、労いの場を開催したのも単に人材ビジネスで終わろうとしない表れに感じます。

●外国人就労者向け勤労感謝フェスを大阪で開催 世界のフードや音楽、日本の足湯で日頃の疲れを吹き飛ばす!
https://www.yolo-japan.co.jp/news-release/5481

これもネットのみでなく、リアルな場の大切さを感じているからでもありますね。

このフェスが行われたのが2019年9月にオープンしたYOLO BASE。こちらは、2年前から準備を重ねてきたプロジェクト、南海電鉄との連携から業務スキルの習得と、知識・語学の習熟、実務経験の増進を図るというもの。

日本での就労機会をリアルに応援していこうとする加地さんの覚悟とも思える施設です。

●YOLO BASE
https://yolo-base.com/ja/

2)外国人と出会える場を各地に創造していく

オープンから3カ月を経過して、YOLO HOTELでは、現在日本人と外国人の宿泊の割合は20:80の割合と加地さんの思惑通りになっています。2週間連泊のツワモノも出現しており、外国人による口コミ評価も上昇中とのことです。受付やスタッフ全員が外国人、宿泊も外国人という交流がスタートしています。

このYOLO BASEを早い段階で全国4カ所に展開したいと話す、加地さん、YOLO BASE間でバスが発着する、YOLO BASEから全国各地への長距離バス、空港バスが発着することを目標にしています。

今後は地方の有力企業、鉄道会社、地方銀行と連携しながら在留外国人生活応援企業として確固たる地位を築いていきたいと笑顔で話します。世界の人々の笑顔が集まる企業へと成長を期待しています。

加地さんと杉浦さんの近影画像です

以上(2020年1月作成)

退職給付引当金が引き起こす財務上の問題

書いてあること

  • 主な読者:退職金制度の見直しを検討している経営者・経理担当者
  • 課題:長い間、退職金制度の見直しなどを行っていない企業は、一度、自社の退職金制度に問題がないか、確認をしてみる必要がある
  • 解決策:退職一時金制度を前提に、退職給付会計の概要を簡単に整理した上で、中小企業によく見られる財務上の問題などを解説

1 退職金制度に問題はありませんか?

現在、中小企業における退職金制度が問題になっているケースがあるようです。例えば、中小企業では退職一時金制度を導入している企業が多くありますが、その際の退職金の算定基礎額に退職時の給与を用いていることから、退職金の額が多額になり、必要資金の手当てが十分にできていない企業が見られます。

また、かつては「入社したら、その企業に定年まで勤め上げたい(できるだけ長く働きたい)」という従業員が多かったため、退職金は従業員に対するインセンティブや定着率向上に資する制度として機能してきました。しかし、現在は若年者層を中心に転職をいとわない人が多くなっていることもあり、こうした効果が低下しているといった指摘もなされています。

とはいえ、退職金制度に関する問題は各社各様です。そのため、長い間、退職金制度の見直しなどを行っていない企業は、一度、自社の退職金制度に問題がないか、確認をしてみる必要があります。

その際に大切になるのが、退職金制度に関する会計処理(退職給付会計)や税務上の取り扱いに関する知識です。

退職給付会計の制度は、詳細な定めがなされており、非常に複雑です。本稿では、退職一時金制度を前提に、退職給付会計の概要を簡単に整理した上で、中小企業によく見られる財務上の問題などを紹介します。なお、制度の詳細などについては、公認会計士などの専門家に確認をするようにしてください。

2 退職給付会計の確認

1)退職給付会計の概要

退職給付会計とは、退職以後に支給される給付(退職給付)を扱う会計処理のことをいい、退職一時金や退職年金等が対象になります(退職給付会計の対象については後述を参照)。

通常、退職給付は「退職金規程」などの定めに従って支給されますが、こうした規程を定めており、かつ後述する「退職給付会計の対象」となる制度を導入している企業は、原則として退職給付会計を行う必要があります。

退職給付会計の基本的な考え方は、将来の退職給付のうち当期の企業負担に属する額を当期の費用(退職給付費用)として計上するとともに、引当金に繰り入れ、当該引当金の期末時点での残高を貸借対照表の負債の部に「退職給付引当金」として計上するというものです。

画像1

図表1の退職給付債務とは、退職金規程などに基づいて企業が従業員に対して支給する給付のうち、認識時点(一般的には決算日)までに発生していると認められる金額の総額です。また、年金資産は、企業年金制度に基づき退職給付に充当するために、社外に積み立てられている資産のことをいいます。

退職給付債務のうち、当期の負担に属する額を当期の費用(退職給付費用)として損益計算書に計上し、当該退職給付引当金の残高を貸借対照表の負債の部に計上します。

2)退職給付会計の対象

退職給付制度は、退職一時金制度と企業年金制度(確定給付年金または確定拠出年金)に大別できます。また、この中で、退職給付会計の対象となるのは、原則、退職一時金制度と確定給付年金制度となります。

これらは、将来従業員に支払うべき退職金や年金の額が決まっているため、退職給付会計を通じて、認識時点までに企業が負担すべき金額などを明らかにする必要があります。

一方、確定拠出年金制度は、拠出する掛金があらかじめ確定しており、掛金拠出後は企業に追加負担が生じることはないため、退職給付会計の対象となりません。確定拠出年金の会計処理は、掛金拠出時に掛金を費用処理するのみで終了します。

なお、多くの中小企業が利用している中小企業退職金共済制度や特定退職金共済などは確定拠出型のため、退職給付会計の対象外となり、掛金拠出時に掛金を費用処理するのみで会計処理は終了します。

3 退職給付債務の計算方法の概要

1)「原則法」と「簡便法」

退職給付会計を行う際のポイントの1つは退職給付債務の計算にあります。ここでは、退職給付債務の計算方法の概要を紹介します。

退職給付債務の計算方法には、原則法と簡便法があります。詳しい説明は割愛しますが、原則法は文字通り、原則的に適用する計算方法です。年金数理計算(確率や統計学を中心とした高度な数理知識を活用する計算)を行う必要があるなど、非常に複雑な方法となります。

こうした計算を行うことは、中小企業にとっては事務負担が大きい、信頼性の高い計算をすることが難しいといった問題があります。そのため、中小企業などの小規模企業には、簡便な方法で計算できる簡便法が認められています。

簡便法を適用できる小規模企業とは、原則として従業員数300人未満の企業となります。退職一時金制度における簡便法による計算方法には、次の3つがあります。

2)簡便法による計算方法

1.原則法による計算と比較指数を用いる方法

退職給付会計の適用初年度の期首における退職給付債務の額を原則法に基づき計算し、当該退職給付債務額と自己都合要支給額との比(比較指数)を求め、期末時点の自己都合要支給額に比較指数を乗じた金額を退職給付債務とする方法です。

  • 退職給付債務=自己都合要支給額×比較指数

(注)比較指数=退職給付会計適用初年度期首時点の原則法による退職給付債務額/適用初年度期首時点の自己都合要支給額

2.割引率および昇給率の係数を使用する方法

退職給付に係る期末自己都合要支給額に、平均残存勤務期間に対応する割引率および昇給率の各係数を乗じた額を退職給付債務とする方法です。

  • 退職給付債務=自己都合要支給額×割引率係数×昇給率係数

(注)各係数の算出方法は省略します。

3.自己都合要支給額をそのまま使用する方法

退職給付に係る期末自己都合要支給額を退職給付債務とする方法です。

  • 退職給付債務=自己都合要支給額

中小企業においては、実務上は、上記3つの中で最も容易な方法である「自己都合要支給額をそのまま使用する方法」で計算しているケースが多く見られます。

4 税務上の取り扱いと税効果会計を考慮した仕訳例

1)税務上の取り扱い

退職給付会計では、年度に発生した退職給付費用を計上します。

一方、法人税法上は、退職給付費用計上時には損金算入が認められません(損金不算入)。損金に算入できるのは、実際に退職金を支払ったときとなります。

2)税効果会計を考慮した仕訳例

前述の通り、会計と税務の間では、費用計上の時期に差異が生じます。この点を考慮した上での退職給付引当金を計上したときと、退職金を支払ったときの仕訳例は次の通りです(簡便的に実効税率は30%とします)。

1.退職給付引当金2000万円を計上したときの仕訳例

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2.退職金1000万円を支払ったときの仕訳例

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5 よくある財務上の問題

中小企業における、財務上に起こりがちな主な問題を紹介します。自社の退職金制度を確認する際に参考にするとよいでしょう。

1)適正な会計処理ができているのか

中小企業では、計算に手間が掛かる、決算書上は費用や負債が増加してしまう(決算内容が悪く見えてしまう)といった理由などから、退職給付会計を行っていないケースがあるようです。

また、中小企業退職金共済制度などを利用している場合、退職給付会計を行う必要はありませんが、その給付額よりも退職金規程で定めた支給額が多いとき、その差額は企業負担となるため、その部分については、退職給付会計を行う必要があります。しかし、「中小企業退職金共済制度に加入しているから、大丈夫」と考え、不足額を正確に把握できていないこともあるようです。

退職給付会計は、遵守すべき会計上のルールであることはもちろんですが、退職給付会計を行わないと、企業の退職給付に関する負債を把握できなくなってしまう恐れがあります。

そのため、「退職金の負担が過大になっている」「十分な資金対策が講じられていない」といったような問題があっても、その事実を把握しにくくなってしまいます。

2)将来の資金繰りを勘案しているか

退職給付会計を行うことで、決算書上は企業の退職給付に関する負債を明確にすることができます。しかし、実際にその金額を現金などで別途積み立てているわけではありません。そのため、例えば、短期間に多数の従業員が退職すると、退職金の支給が企業の資金繰りを圧迫する要因となり得ます。

最近は、以前と比べると若年層を中心として転職をする従業員が多くなっています。また、従業員の高齢化が進み、比較的近い将来に従業員が次々と退職するという企業もあるでしょう。

従業員の退職に伴って資金繰りに窮することがないようにするためには、給付予定時期なども踏まえた資金対策が講じられているか確認をしておくことが大切です。

以上(2020年1月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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