中小企業には【共感ブランディング】が必須です!〜時間軸を超え、深みのある共感が事業承継にも有益なワケ/岡目八目リポート

 年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人 杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、株式会社ドットライフの代表取締役である新條隼人さんです。

 私の愛読誌である『Wedge』。その2019年8月号には、いつも気付きを与えてくださる一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生が、【「三つの過剰に」に陥った平成の日本企業 今こそ共感や直観による経営を取り戻せ】の文章を寄稿されていて、私自身感銘を受け、まさに【共感】させていただきました。その共感の深さを追求し、時間軸を超えていくブランディングを提供しているのが今回の新條さんです。中小企業における【共感ブランディング】について掘り下げ、事業承継にも有益なお話と捉えて今回はお伝えできればと思います。

1 新條さんの事業の一つanother life.について

1)私のこともすてきな記事にしてくださいました

上記は私の2年前の記事。53歳のときに今回の新條さんが運営されているサービス【another life.】にて記事にしてくださいました。記事掲載サイトはこちらです。

新條さんとは2年ほどのお付き合いで、スタートアップの世界では投資家であり、事業開発のお兄さん的存在の山口豪志さんのご紹介で知り合いました。そこからすぐにもう一度お会いしたいと思い、アポイントを入れさせていただいたことが鮮明です。

その理由は、収益性が見えない事業をよくここまでやりきっている、それでいて自信にあふれ、これからの世の中で大切な無名の個人の人生ストーリーにフォーカスし共感を生み出していることに、私自身も気付かせてもらったこと。2度目にお会いした際に私のプロフィールをお伝えしたところ、その場で『杉浦さんのインタビューがしたい』と仰ってくださいました。すぐにインタビューを表参道のカフェで実現し、この記事につながりました。インタビューのときに感じたこと、それは私の人生を丁寧に何度も掘り返してもらっている感覚、新條さんの優しいトーン、言葉遣いでありながら、私の人生ストーリーで記憶のかなたに忘れ去っていたことまで力強く呼び戻してくださったと感謝しています。深掘り感、その感性の深さに驚くばかりでした。

程なくして、私の記事が公開、その途端、大反響となりました。最近会っていなかった方々からは久しぶりに会いたいとか、全く会ったこともない方からは感動しましたという感想を寄せてもらったことから、私自身が感動したことも。

杉浦氏、新條さん、ご紹介者の山口さんの画像です

実際に、このanother life.の特徴は、読了率が圧倒的に高いこと、しかも5000文字を超える記事も多数ありながら、記事全文を読了する人が70%を超えていること。不特定多数の大量の人々に訴求するマスメディアの発信とは全く異なるものであり、点と点である人と人、個人と個人を深い共感で結びつけていく、そんな特徴があります。しかもその共感が時間軸をはるかに超えていき、テレビの世界で見られるその場の【瞬間風速】【はやり、すたり】にやきもきする視聴率競争とは遠い世界のWebメディアという位置づけで、実際私の記事リリースから2年近く経過した今年の春ごろに、記事への感想を寄せていただきました。それがこちらです。

『こちらのanother life.を読ませていただきました。人と人をつなぐことの価値を感じるひとりとして、共鳴の想いで鳴く如くメッセージを差し上げました。まことにありがとうございました。私もこれからも人と人のつながりを大切にします。信頼する気持ちや安心感、挑戦する想いを持ち歩みます。あらためてこころさせていただく記事でした。敬意と感謝をこめて』

まさに点と点がつながったことを感謝し、確信するコメントをいただきました。

2)日本の国境問題、その意識することの大切さもストーリーから

このanother life.を内閣府総合海洋政策推進事務局も注目をし、記事の作成をした経緯があります。ほとんどの日本人が意識から遠い、国境の問題。離島での人口減少問題。そこに住む人々の人生ストーリーを共有することからの共感、今まで意識することのなかった離島での生活や人生ストーリーから、日本の現実に意識を向けることにもつながっています。

東京都の青ヶ島ってどこ? と思いながらも、すてきな人生ストーリーにホロッとするような、勝手に空想の世界で映像が動き出すようなお話の数々。2年前に公開となった、山田アリサさんの記事。山田さんのストーリーはこちらです。人口165人、面積5.98平方キロメートル、東京から358キロメートルの絶海の孤島で育った山田さん、大っ嫌いだった地元で見つけた自分の居場所に共感しました。

そこから2年後にフジテレビの番組セブンルールに、この山田さんがご登場されました。

山田さんのすてきな人生経験がシェアリングされたという証しに感じますね。

内閣府総合海洋政策推進事務局のサイトはこちらです。この離島に住むみなさんへのインタビュープロジェクトを3カ月かけて取り組んだそうです。すごい経験になりますね。

また、このプロジェクトから生まれたお話には、

  • 長崎県の壱岐島で海女として働く女性の取材記事に多数の反響メッセージが届く
    その詳細はこちらです。
  • 漁師など漁業で活躍される方が、Yahooのメディアに転載される
    その記事はこちらです。

3)境遇への共感 点と点が結びついていく

私からは、私以上にすてきな人生を歩んでいらっしゃる方々を、新條さんにご紹介させていただいたりもしています。代表的な3名の方を挙げますと、転職エージェントとしてNHKのプロフェッショナルにも出演された森本千香子さん(森本さんの記事はこちら)、国内初のSDGsアワード2017大賞に輝いた阪口竜也さん(阪口さんの記事はこちら)、ベンチャーキャピタリストからキャリアコンサルタントやラジオのパーソナリティーで活躍の森清華さん(森さんの記事はこちら)がいらっしゃいます。ご縁の広がりが、このanother life.から見ず知らずの方々につながっていくことを体感した次第です(この記事をご覧になった方々から、採用への応募とか、またご縁が広がっているそうです)。

他人の人生を【ジブンゴト】となっていくことで深い共感性、高い価値観を生んでいく、マスメディアから遠い人々にリーチできていることがanother life.の価値と感じます。

最近では、マスメディア側から、このanother life.への歩み寄りも見られるようになり、テレビ局とのタイアップ、新聞とのタイアップの実績もでき始め、メディア×メディアの掛け算となり、クロスメディアの打ち出しにもつながってきました。

新聞とのタイアップ事例を示した画像です

2 起業のキッカケについて

新條さんの会社のミッションと、起業へのキッカケは密接に関係しているように思います。

『やりたいことをやる人生を、あたりまえに』

私たちは、誰もが「自分にとって幸せな人生」を歩むことができるような社会、世界を目指しています。「やりたいことが見つからない」「やりたいことを諦めた」。そんな悩みやモヤモヤを感じている人が、人生経験のシェアリングを通じて、新しい人生を一歩踏み出すキッカケを提供したいと考えています。

このミッションそのものが新條さんがモヤモヤを解き放ち、自身のやりたいことに突き進んだ結果の起業ということになります。

ご実家が和裁やちょうちんを作る【稼業】を営む中で、継ぐな、自分でやりたいことを考えてやりなさいと小さい頃から言われて育った新條さん、0(ゼロ)から価値を何か提供したいと思いつつ、自信や覚悟がなかったそうです。

転機は、大学生のときに母校の高校に講師として2年生と対話の機会があった際、講師である新條さんに救われたという感想が寄せられたそうです。新條さん自身がこの講師体験で得たものは、人がどう生きるかの根幹に価値を提供できたことに対して、やりがいを感じ、また起業という特定の選択肢に縛られることもなく、その都度、目の前にある選択肢を自分で決めて飛び込んでみる。そしていきなり起業でなく、一旦、就職を選択することに。

起業目的で就職した新條さん、1年目でいきなりリーダー格に。しかし、そのまま会社員をやる選択はなく、2年間の会社員時代はとにかく起業資金を作る期間に充てたそうです(ご本人いわく、起業資金目的の就職ではなく、その会社の【人】ベースで選択、まさにやりがい目的でその会社を選択したそうです)。そこで200万円の【資本金】を蓄え、前述のミッションを実現するための【人軸】のストーリーを表現すること、見知らぬ誰かにとってキラッと光る部分にフォーカスを当て、【事例】をキチンと出していくこと、多数の人生経験をシェアリングすることを打ち出していきました。しかも事業、企業活動として成立していくことにコミットしながら。

3 中小企業に共感ブランディングの時代、事業承継にも有効なワケ

1)中小企業での共感ブランディング

採用ブランディングの企業の方ともお会いする機会が多いのですが、見せかけだけを良くする、脚色して打ち出す、さもきらびやかな人生が待っているかのような。現実はかけ離れて、ニセブランドにだまされたと思っても気付くのは入社後、不幸の連鎖を生んでいること、見かけます。このようなブランディング企業に多額の費用を支払い、結果せっかく入社した社員が辞めていくのも事実。なんのために、誰のために会社経営をしているのか? 本当に分からなくなってしまっている経営者もいらっしゃいます。

another life.で共感を呼ぶ人生経験のシェアリングを、中小企業向けブランディングでも活用が進んでいます。嘘のないストーリーを主軸としたマーケティングで、人事、採用、広報へ展開し、企業の組織力強化を底上げするお手伝いをしています。このあたりのことはセミナーでお話をされる場面もあるそうです。

セミナーで話す新條さんの画像です

具体的な採用事例も。
コーヒー専門店に就職 独立 そしてまた人が来る

another life.の記事を見た沖縄で働いていた和田さんが、コーヒー専門店のお話、記事の中に出てくる「人のために生きるのが自分にとっての幸せ」という考え方に衝撃を受け、自分が満足していないと他人を満足させられるわけないよなという気付きを得て、手紙を書き、そこから会う、そこからそこで2年間ストーリーの主と一緒に働き、今般独立へ。茨城県で【ただいまコーヒー】を開店したそうです。人生のシェアリングがリアルに一緒に働く共感を呼び、そこから独立につながる。なんてすてきなことか。さらにその和田さんのストーリーを知った方が、その和田さんのお店で働くという共感の連鎖。就職、就社というような今までの【働く】概念を超えた、嘘偽りのない人生を共に歩みたいと思うからこその、自分で決めた【居場所】となっていると感じます。

この和田さんの記事はこちらです。

和田さんに共感して居場所を決めた神定さんの記事はこちらです。

2)事業承継も共感の時代へ

三重県の町工場に決まっていた内定を蹴って、自身の父が経営する会社に入社することを決めた野見山さん。入社以来退職者は1名も出していないそうです。この野見山さんが活用したのが、another life.とマスメディアです。

野見山さんのanother life.の記事はこちらです。

野見山さんのテレビ動画はこちらです。

Q.マスメディアタイアップ実施後、自社内、社外に変化はありましたか? もしあったならどんな変化、効果があったか教えてください。また、ドットライフ社への期待、上記以外に感じたこと等々教えてください。

A.社外的には、等身大のストーリーを語ったことにより親近感が湧いた等と言われました。
今後の期待としては、今まで世の中で認知されていないけれども、必死に働いている方にスポットを当ててくれると思います。

杉浦氏、新條さんの画像です

4 今後について

another life.や会社が、ニュース配信をしている共同通信社のような存在、しかも【人軸】とした配信を行う事業で、いろんなメディアや企業で活用される事業体を目指したい、前述の国境の島のストーリーのような地方活性化の文脈でも取り組んでいきたい、人生ストーリーを発信していく中で、シンデレラを輩出するようなこと、シンデレラストーリー自体を自分たちで巻き起こすことにもチャレンジしたい、と幅広くお考えです。

新しいことへのチャレンジ、答えのない世界に喜んで飛び込んでいくそのお手伝い、個人が主体の誰かの価値をみんなの価値に変えていく、そこに自分たちの居場所を見いだしていきたいと新條さんは語ります。

私もこの価値観への共感がますます大切な時代に入っていくと感じます。なにかしら新條さんたちとご一緒できるように、私も人軸を大切にしたいと思います。

最後に新條さんから一言、想いを

新規顧客の開拓や採用向けの広報など、中小企業が事業を成長させていくために、PR・ブランディングが大きな力を発揮するシーンは多々あります。一方で、SNS発信をしても反響がない、自社サイトで記事を更新しているが工数的に継続できない、何を発信すればいいか分からないなど、効果を得られぬまま頓挫してしまうことも。another life.では、人軸のストーリー配信と、テレビ・新聞・Webでのメディア配信を通じて、これまでメディアに縁遠かったような中小企業の方々の発信をお手伝いしていきたいと考えています。

以上(2019年8月作成)

運転資本(WC)とキャッシュフロー計算書(CFS)でキャッシュの動きを感じる

「損益計算書(P/L)で経営者が見るべき点は?」では、利益と併せて見ることで生産性、効率性を把握することの重要性について解説しました。また前回の「【資金繰りチェック】経営者は貸借対照表(B/S)のどこを見るべき?」では、資金の調達とその使い道の状況を把握すること、我が社が潰れる恐れはないのかを安全性の観点から把握することを紹介しました。

 続く今回は、キャッシュフロー、資金繰りについて、貸借対照表からビジネスに必要な資金の額を確認する方法、また、一定期間のキャッシュフローを見るためのキャッシュフロー計算書(CFS)について解説していきます。

1 日々の資金繰りは運転資本(Working Capital、WC)で確認

起業したての経営者にとって、資金繰りは会社がもうかっているのかどうかと並んで気になる問題でしょう。国民的人気映画の「男はつらいよ」でも、柴又のとらやの裏の印刷会社の社長が登場するシーンでは、暑い日も、寒い日も、雨の日も「資金繰りが」と言いながら金融機関に向かうという場面が描かれています。町の中小企業経営者を描写するのに最も分かりやすい演出ということでしょうか。

起業に至るまで、皆さんは「このビジネスはもうかるのか?」と、何度も戦略を練り、吟味し、修正し、という作業を繰り返してこられました。そして、我が社の戦略、ビジネスプランを磨いてきたのです。

起業後は、「納税は期限内にできるのか」「従業員に賞与は払えるのだろうか」「投資をしたいが、資金を借り入れした場合、この先きちんと返済できるだろうか」と、日々の資金繰りがどうなっているのか、この先資金繰りはどうなるのかといった問題に、多くの時間を割いているのではないでしょうか。

会社の経営では、資金繰りの問題が必ずついて回ります。資金繰りの問題といっても、定期的な支払い、長期の返済計画などさまざまです。経営者が特によく見ておかなければならないのが、日々のビジネスを回していくための資金繰りであり、これを運転資本(Working Capital、WC)と呼びます。経営者は自身のビジネスで、どれくらいの資金が必要なのかを把握しておかなければなりません。それでは、実際にどの程度の資金が日々ビジネスを回していく上で必要になるのでしょうか?

2 キャッシュの動きを把握するために必要なこと

「損益計算書の当期純利益(ボトムライン)で利益が出ていれば、その分だけ手元にキャッシュが増え、赤字だったらキャッシュが減る」。こうお考えの経営者はいないでしょうか。実は、この考え方は正しくありません。

損益計算書の費用には、減価償却費のようにキャッシュの支出を伴わない費用もあります。この場合、利益を計算する際には費用として減算されますが、キャッシュが減らないことはお分かりの通りです。このように「損益=キャッシュの増減」ではないのです。

また、損益計算書に反映されない資金の増減もあります。例えば、小売業を起業したとします。販売するための商品を現金で仕入れると手元のキャッシュは当然減りますよね。ところが、この仕入れに関わる取引は仕入れただけでは損益計算書に反映されません。売るための商品を仕入れても、それだけでは費用にならないのです。この商品が販売されると、販売された商品分に対応する仕入額が売上原価として初めて費用に計上されます。これはやや専門的ですが、「費用収益対応の原則」と呼ばれています。販売されるまでは、損益計算書には一切登場せず、貸借対照表の棚卸資産に計上されることとなります。このように損益計算書には反映されないキャッシュの移動があるのです。

また、逆に損益計算書では、商品を販売すると、現金販売であろうが、掛けで販売しようが、売上として計上され、その結果として利益も認識されます。現金販売するとキャッシュが増える一方、掛けで販売すると、キャッシュの回収はまだなので、損益計算書に計上されている利益ほどのキャッシュを手元に持っていないことになります。

このことからも、損益計算書の利益が、そのまま手元キャッシュの増減を示すのではないことがご理解いただけたかと思います。

掛けで販売した際の売上債権(売掛金、受取手形)は、キャッシュの回収が済んでいないので、損益計算書で計算された当期純利益のうち、未回収の売掛分だけ実際の手元のキャッシュは少ないということが分かります。

また、棚卸資産として仕入れた販売用の商品は、まだ販売されていません。そのため、当然にキャッシュの回収もできていませんが、仕入先に対して支払いを行わなければならず、キャッシュの減少要因となります。このように棚卸資産は、手元のキャッシュを減らす作用を持つので、「在庫の管理はしっかりと」「在庫を減らせ」「在庫は棚に現金を積んでいるようなものだ」などと言われるのです。このように売上債権と棚卸資産はキャッシュを減らす(損益計算書で計算された当期純利益よりも実際の手元キャッシュが少なくなる)ように作用します。

一方、仕入れも掛けで行われている場合、これは支払いの期日がまだ到来していないということを示すので、逆にキャッシュを減少させないという作用を持ちます。キャッシュの増減に関して逆の動きをもたらすわけです。

3 運転資本の基本的な考え方

日々ビジネスを回すためには、「売上債権+棚卸資産―仕入債務」の資金が必要となるということがお分かりいただけたと思います。この「売上債権+棚卸資産―仕入債務」を運転資本と呼び、この部分が日々ビジネスを回していくために必要な資金です。

具体的な例で考えてみましょう。仕入れの支払いが自社に納品後30日、在庫の滞留日数が30日、売上の回収が販売先に納品後30日の場合(図表1参照)、販売代金回収の30日前に仕入代金の支払期日が到来することとなり、金額ではなく日数で表現すれば、30日分の資金が不足することとなります。

代金回収より30日前に仕入代金支払を示した画像です

一方で、仕入れの支払いが納品後60日で、その他の条件が同じであればどうでしょう(図表2参照)。

代金回収で仕入代金支払可能であることを示した画像です

回収した販売代金で仕入れの支払いができますね。同じビジネスをやっていても、支払い、回収の条件の設定、在庫管理の巧拙で資金繰りに大きな影響が出てきます。起業された経営者にとって、販売代金の回収条件、在庫の適正な滞留日数の管理、仕入代金の決済条件は、とても重要なテーマであり、自ら考え、戦略的に決めるべき事項です。

ここまでご理解いただければ、売上債権、棚卸資産、仕入債務の3つだけでなく、未収金などのその他の流動資産、未払金、未払費用などのその他の流動負債も同様にキャッシュを増減させることが分かることでしょう。運転資本は「流動資産―(有利子負債を除く)流動負債」とも表現されます。こちらのほうが広く一般に知られており、広義の運転資本と呼べます。

対して、「売上債権+棚卸資産―仕入債務」で表現される運転資本は、狭義の運転資本と呼べるでしょう。

広義・狭義の運転資本を示した画像です

ネットで注文した文具の支払いや、出張用航空券の発券手数料の旅行会社向け支払いができずに倒産した会社を見たことがありません。会社を潰さないための資金繰りを把握するという目的にあっては、経営者は狭義の運転資本にこそ注意を払うべきで、ご自身のビジネスの資金繰りの面での事業構造をしっかり把握することが必要だろうと考えます。

メールマガジンの登録ページです

4 日々の資金繰りを把握できたらキャッシュフロー計算書で年間の資金の流れをつかむ

1)キャッシュフロー計算書とは

ここまでの回では損益計算書、貸借対照表を順に紹介してきましたが、最後にキャッシュフロー計算書について解説します。これは財務諸表の中で最もなじみがないものかもしれません。

キャッシュフロー計算書は、日々の資金繰りの結果として、一定の期間(通常決算期の1年間)の資金繰り、キャッシュフローがどうなっているかを示すものです。損益計算書では、一定期間の売上と費用の関係を見ました。一方で、売上、費用の計上時期と資金の出入りが同時に行われないことが多いことは、ここまで紹介してきた通りです。

黒字倒産(損益計算書上では利益は出ているが、資金不足が主な原因で倒産すること)という言葉もあるように、会社を潰さず存続させるために資金繰り、キャッシュフローが注目される中、一定期間の資金の出入りの状況を見たいというニーズが高まり、キャッシュフロー計算書の重要性は増しています。

融資を行う金融機関の立場で見ても、高度成長、インフレの時代には、優良な担保があれば、担保価値の上昇により、貸出の回収に対する懸念は少なく、融資を行いやすかったときもありました。しかし、バブル崩壊以降は、低成長、特にデフレの世の中になり、担保価値が下落することもあり、担保があるからといって融資を行えるという状況ではなくなりました。

そこで金融機関も貸出を行う基準として、(もちろん従来、資金繰りは融資を行う際の大事なポイントでしたが)年々キャッシュフローを重要視する傾向が強くなっています。語弊を恐れずに言えば、高度成長期の担保に基づく貸出から、融資先が今後生み出すキャッシュローに基づく貸出へと大きくかじを切っています。

必要な資金を銀行借入に頼ろうと考えている経営者であれば、キャッシュフロー計算書は見なければなりません。こう言うと「借り入れするのも大変だな」と思われるかもしれませんが、起業されたばかりの経営者にとって、借入の担保となる資産を用意することは難しく、むしろ、これから先のビジネスが生み出す事業計画に基づく利益、資金繰りで融資の審査が行われることは、チャンスかもしれません。今後の回で詳述しますが、ご自身の経営戦略、ビジネスプランを事業計画の形で定量的に検証し、その戦略ビジネスプランの妥当性、有効性を数字のエビデンスをもって金融機関に説明するスキルが、経営者に求められる時代になったのです。

キャッシュフロー計算書を具体的に見ていきますが、まずは、ご自身の会社でキャッシュフロー計算書を作成しているかどうか確認ください。もし作成していないようでしたら、税務申告でお付き合いのある税理士事務所、社内の経理部門に作成をお願いしてみてください。もう慣れたと思いますが、せっかくですから過去3期分を作成してみましょう。

キャッシュフロー計算書の基本構造を示した画像です

キャッシュフロー計算書も上から順に1行ずつ読んでいくのではなく、まずは大きく3つのパーツを見てみましょう。キャッシュフロー計算書は、「営業キャッシュフロー」「投資キャッシュフロー」「財務キャッシュフロー」に分かれています。最初はこれで、本業でキャッシュを生み出したのか、投資に資金を使ったのか、この1年間を通して借入は返済したのか、新たに資金調達を行ったのかを把握しましょう。

中でも重要なのは「営業キャッシュフロー」です。これは、仕入れて、(製造業であれば)作って、販売してという本業のサイクルでキャッシュを生み出しているかを見ます。キャッシュフロー計算書では3つのキャッシュフローの「+(プラス)」「-(マイナス)」の符号が理解しにくいのですが、「営業キャッシュフロー」は、本業がキャッシュを生み出したかを見るものですからプラスが望ましいですね。

「投資キャッシュフロー」は、将来の成長に向けて投資をしっかり行っているかを見ます。投資をすることは将来への布石、つまり会社にとって良いことではあるのですが、投資をするとキャッシュは社外に流出します。そのため投資を行うと「投資キャッシュフロー」の符号はマイナスになります。この部分が分かりにくいといわれる理由です。

投資をした結果、「その投資に対する回収(以下「投資回収」)が始まると、投資キャッシュフローはプラスになるのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうはなりません。例えばモノを作るための製造ラインに投資をしたとしましょう。投資によりキャッシュが減少するので、「投資キャッシュフロー」はマイナスになります。

一方、この投資を行った製造ラインで商品を生産して投資回収しますが、この場合、生産された商品を販売(本業)して投資回収を行うので、この商品販売による投資回収は、「投資キャッシュフロー」ではなく、本業の「営業キャッシュフロー」に反映されます。もちろん、この製造ラインそのものを誰かに売却した場合には、これは本業ではないので「投資キャッシュフロー」をプラスにする方向で作用します。

「営業キャッシュフロー」と「投資キャッシュフロー」の合計を「フリーキャッシュフロー(FCF)」と呼びます。本業で生み出したキャッシュを将来の成長に必要な投資に使った残りのキャッシュで、自由に使えるおカネというわけです。ここで面白いのは、おカネの世界では、投資は自由にできるおカネの中から行うモノだと捉えていないということです。生き残り、競争に打ち勝ち、将来の成長を手に入れるには、投資はせざるを得ないものと位置付けられています。従って、投資が終わった後の残ったキャッシュが自由に使えるフリーキャッシュフローと呼ばれているのです。

一般に、本業で生み出した「営業キャッシュフロー」の範囲内で投資におカネを使い、フリーキャッシュフローがプラスであるのが望ましいとされていますが、昨今はM&Aなどで一時的に大きな投資が発生することもあります。また、起業されたばかりの会社では、創業期特有ではありますが、投資が先行しがちで、必ずしもフリーキャッシュフローがプラスになるとは限りません。

フリーキャッシュフローがプラスであることが常に望ましいわけではなく、会社の成長ステージ、業界の成熟度合いなどによって異なってきます。

最後に「財務キャッシュフロー」ですが、これもキャッシュの動きに注目しますので、増資をした、借金をしたといった場合には、株式の投資家、金融機関から会社にキャッシュが振り込まれますのでプラスになります。一方で、借金を返済すると金融機関にキャッシュが移動しますのでマイナスとなります。経営者の皆さんにとって借金の返済は気の晴れることかもしれませんが、ここで大事なのは気が晴れるかどうかではなく、キャッシュがどう動くかのみなのです。

2)経営者が押さえておきたいポイント

経営者にとって、(誰かが作った)キャッシュフロー計算書を読むことは必要不可欠ですが、自ら作成できる必要はないでしょう。投資をすればマイナスになる「投資キャッシュフロー」、借金や増資をするとプラスになる「財務キャッシュフロー」は比較的イメージしやすいと思いますので、少し分かりにくい「営業キャッシュフロー」の作成の大まかなメカニズムだけ解説しておきます。

キャッシュフロー計算書は、損益計算書、貸借対照表の2つの財務諸表を加工して作成します。「営業キャッシュフロー」は、損益計算書の当期純利益からスタートします(図表4参照)。

営業キャッシュフロー

当期純利益
±本業に無関係な損益(例:有価証券の売却益、設備の処分損)
+減価償却費
±運転資本の増減(運転資本の増加で-、減少で+)

投資キャッシュフロー

±本業に無関係な損益(例:有価証券の売却益、設備の処分損)。営業キャッシュフローと符号が逆
±固定資産の増減(固定資産の増加で-、減少で+)

財務キャッシュフロー

+資本金の増加
±借入金の増減(借入金の増加で+、減少で-)
-配当金の支払い

この当期純利益がそのままキャッシュで残っていればよいのですが、そうではないので多少加工します。まずは、当期純利益の中で本業に関係のないものを抜き出します。例えば、有価証券の売却益、設備の処分損などです。これらは投資に関わるもので、本業に関する営業キャッシュフローとは無関係ですね。そこで本業に無関係な利益は当期純利益をかさ上げしているので、営業キャッシュフローの計算においてはマイナスで抜き出します、同じように本業に無関係な損失は当期純利益を押し下げていますのでプラスで調整します。

次に減価償却費をプラスします。これは本稿の前半にも書きましたが、当期純利益を計算する過程で減価償却費は費用として減算されています。ところが、この減価償却費は費用としては発生していますが、キャッシュは動いていません。つまり、キャッシュは減っていないのです。キャッシュが減ったのは、かつて投資をして設備などの固定資産を取得した際であり、減価償却費を認識しているときではないのです。もちろん設備投資した年のキャッシュフロー計算書では、その分が「投資キャッシュフロー」でマイナスの要因として計上されているはずです。そこで、当期純利益はキャッシュが減っていない減価償却費を減算して計算されているので、キャッシュの額を知りたい私たちは、この減算された費用分だけプラスすることで、キャッシュの額を把握するのです。

最後に、損益計算書に反映されない資金繰り、キャッシュフローである運転資本(広義の運転資本=流動資産-(有利子負債を除く)流動負債)の増減を加減算します。運転資本が増えるということは、日々の資金繰りが不足するということでしたからマイナス、運転資本が減少するということは資金繰りに余裕ができるということですからプラス。なぜ運転資本そのものでなく、運転資本の増減額を調整するかは図表5を参照ください。

運転資本の増減額の調整を示した画像です

前年度の運転資本は、おカネを工面しなければ資金繰りがうまくいかず破綻してしまうので、図表5で言えば、長期借入など固定負債および流動負債のうち有利子負債(利息を支払う必要のある流動負債ですから短期の銀行借入などの借金)でその不足キャッシュを賄っています。つまり、既に資金繰りの不足キャッシュには対応済みなのです。次の年度には、運転資本の増加分(増加運転資本を【Δ(デルタ)運転資本】と呼びます)の手当が新たに必要となるわけです。

これで、最も重要な営業キャッシュフローがどのようなメカニズムで計算されているかお分かりいただけたでしょうか。

5 運転資本のメカニズムを理解しよう

運転資本は、資金の支払いと回収の時間差が生み出す資金ニーズのことでした。では、「販売代金を回収すれば、生み出された利益分だけ手元に残り徐々に運転資本は減少するのでは?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。その通りです。ところが、薄利多売のビジネスでは、利益回収が小さいのに対して、ビジネス拡大で必要な仕入れや在庫が増大し、ビジネスが伸びれば伸びるほど資金が足りなくなりがちです。売上が伸びて利益も増えているのに、資金不足が深刻になるということが起こり得るのです。

経営者はその辺りのメカニズムを理解しておく必要があります。ビジネスの成長期に最も大事なのは、資金繰りのマネジメントということになるでしょう。残念ながら、売上が伸びて利益も出ているのに、資金が不足するという仕組みをきちんと理解できている経営者が多いとは思えません。

ただ、心配しないでいただきたいのは、このビジネス拡大に伴う運転資本の増大と資金不足は、語弊を恐れずに言えば、成長の痛み、健全な資金ニーズであり、金融機関にとっても一般に後押ししたくなる資金ニーズです。従って、経営者には、これがビジネスの成長による健全な資金ニーズであることをきちんと理解し、金融機関に説明できるレベルにしておくことが重要です。

蛇足になりますが、上記のメカニズムが分かれば簡単なことですが、一般にビジネスが減退期を迎えると資金繰りは楽になります。売れ行きが芳しくないので、仕入れを減らし、在庫も減らします。一方で、過去の調子の良かったときの売上はどんどん回収が進むので、資金繰りは楽になるのです。

今回は、なじみのない運転資本、キャッシュフロー計算書の話をしましたが、損益計算書に登場しない運転資本を経営者が理解することの重要性、また理解できていると資金繰りの把握が容易になることについて、ご納得いただけたでしょうか。

これで、財務諸表の見方はいったん終了です。次回以降は、競合他社、業界平均と比較して、自社の強み、弱み、経営課題を容易に把握するための財務指標について解説します。規模の異なる財務諸表の数字を単純に比較しても、そこから何が分かるのか判然としません。せっかく財務諸表の見方を理解されたのですから、財務諸表を活用して、戦略、ビジネスプランの進捗の状況、他社、業界と比較した自社の経営課題抽出に活用してみたいですね。財務諸表を少し加工して指標化すると他との比較が容易になります。登場する指標には、ROEや自己資本比率などがあります。聞いたことのある指標もあるのではないでしょうか。


あわせて読む
経営者としての計数感覚を磨く

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年8月28日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

第10回 クイズ! 講演ツアーで伝えたイノベーションに必要なものとは? /イノベーションフォレスト(イノベーションの森)

皆さま、こんにちは。いつも私のりそコラのコラムを読んでくださり、SNSでシェアしていただき、愛りがとうございます(愛+ありがとう)。

2019年7月8日から16日まで株式会社シリコンバレーベンチャーズが主催するSummer Startup Talk Tour(#サマスタ)を開催し、コミュニティラジオ天神、九州工業大学(戸畑・飯塚キャンパス)、北九州市立大学(北方・ひびきの)、徳山工業高等専門学校にてトーク・講演を行いました。

講演では、大切なことをクイズ形式で問いかけ、参加者とともに考えながら話を進めていくのですが、この記事では、特に伝えたいことを「講演で伝えたイノベーションに必要なもの」としてまとめました。この内容は、学生さんだけでなく、社内の新規事業やオープンイノベーションに関わる方、イノベーションが起こりやすくなるカルチャー作りを行いたい方にも役立てていただけると思います。

では、早速一緒に考えていきましょう!

次の文章の〇〇に当てはまる言葉は何でしょうか?

■シリコンバレーの著名インキュベーターであるFounders SpaceのCEOであるSteven S. Hoffman氏は、著書「シリコンバレー式 最高のイノベーション」の中で“頭脳は成功のカギではない。それよりもはるかに重要なのは、(1)〇〇と(2)〇〇だ”と述べています。

■シリコンバレーのエンジェル投資家であるRon Conway氏が語る、スタートアップに必要な3つの条件は「(3)〇〇・(4)〇〇・(5)〇〇」。

自分なりの答えを考えて、続きをお読みください。

では、答えです。

■シリコンバレーの著名インキュベーターであるFounders SpaceのCEOであるSteven S. Hoffman氏は、著書「シリコンバレー式 最高のイノベーション」の中で“頭脳は成功のカギではない。それよりもはるかに重要なのは、(1)勢い(2)多様性だ”と述べています。

(1)勢い

これは私が日本人に身に付けていただきたいと強く願うものでもあります。なぜなら、私自身がHarvard Business School Program for Leadership Development (PLD)にて、勢いの大切さを実感するとともに、日本の現状との違いに大きく驚いたからです。それは、ある日のPLDの授業のときでした。授業の開始とともに大きな声で「What’s your number!?」と尋ねる教授に、間髪を入れずにやはり大きな声で、思い思いの数字を答えるクラスメートたちの姿。

自分の答えが正しいかどうかを気にして口ごもる人は一人もいませんでした。これが、日本だったらどうでしょうか。間違えたら……注目されたら……恥ずかしい、という気持ちが先立ち、発言することをちゅうちょする人が多いように感じます。これではもったいない。特に、これからイノベーションを起こそうとするならば、答えの分からない課題にも、どんどん立ち向かわなければなりません。正解を探すのではなく、「正解にする!」という気持ちを持ち、勢いよく行動し続けていきましょう。

(2)多様性

シリコンバレーは、世間ののけ者、ハッカー、ヒッピー、芸術家、技術者の集まりから始まり、今や伝説となりました。現在シリコンバレーには、世界中から賢い人たちが集っています。そして、多種多様な国籍・職種の人々が、おのおのの文化的な視点・考え方・体験・問題解決へのアプローチを共有し合います。これがシリコンバレーの強みなのです。そのため、私は日本でも多様性の重要さがうたわれ始めたことを喜ばしく感じています。

しかし、いくら立場の違う人々を集めたとしても、イエスマンばかりの集団となっては意味がありません。私は「Diversity of ideas」、つまり、アイデアの多様性こそが一番重要ではないかと考えています。一人の意見に固執せず、さまざまなアイデアを出し合い、よりよくアップデートできる社会の実現を目指したいですね。

■シリコンバレーのエンジェル投資家であるRon Conway氏が語る、スタートアップに必要な3つの条件は「チーム・チーム・チーム」

(3)(4)(5)チーム

Ron Conway氏は、Google、Facebook、Twitter、PayPal、Y Combinatorなどに投資をしているシリコンバレーのスーパーエンジェル投資家で、1週間に約25社とミーティングをして、1社に投資をしています。その彼がここまでチームの必要性を説くのですから、いかにチーム作りが大切かが分かるでしょう。

昨年、私自身、Yコンビネーターが初めて開催したエンジェル投資家を作る勉強会に参加させていただいたときに、Ron Conway氏の講演を生で拝聴しましたが、そこでも、チームの重要性と、実際に、プロダクトがデモできる状態にしておく重要性を説かれていました。

ここでいうチームとは、 Cクラス人材とアドバイザーの存在です。ビジョンやアイデアを語るCEO、それを形にするCTO、そして資金調達を一緒にする財務をつかさどるCFO、プロダクトを広めるCMO、CEOの経営を支える副社長的存在のCOOに加え、エンジニアのアドバイザーだけではなく、マーケティングや経理のアドバイザーもスタートアップをスケールさせるためには必要です。

このような人材をいかに集め、共通のビジョンに向かって進んでいく体制を整えることができるか。また、社内チームだけでなく、社外にもビジョンを共有し協業できる広い意味でのチームを作ることができるか。このチームを作る力があるかどうかで、イノベーションの速度が左右されるでしょう。講演ツアーでは学生の皆さまに、友達グループでもサークル活動でも趣味の集まりでも何でもよいので、「自分が最初に声を出して新しいチーム作りをしてみましょう」とお伝えさせていただきました。何事もどんどん練習することで上達します。チーム作りも同じです。

このコラムを読んでくださった皆さまも、ぜひご自身のビジョンを共有できるチーム作りに取り組んでみてほしいと思います。素晴らしいチームをたくさん作り、みんなで世界をより良くするイノベーションを起こしましょう!

いつも愛りがとうございます。森若幸次郎ことジョンがお届けいたしました。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年8月27日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】
inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

【後編】第3回 LINE株式会社 Developer Relations室 室長 砂金信一郎氏/森若幸次郎(John Kojiro Moriwaka)氏によるイノベーションフィロソフィー

かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し「イノベーション哲学」を体系化し、皆様のお役に立ちたいと思います。

今回ご登場していただきましたのは、数々のイベントで登壇し、LINEの魅力を国内外で広く発信している「LINE株式会社」のプラットフォームエバンジェリスト、砂金(いさご)信一郎氏(以下インタビューでは「砂金」)です(以下の内容は、インタビューした時点のものとなります)。前後編に分けてお送りします。今回は後編です。前編はこちらからご確認ください!

8 少なくとも、「自分が楽しめるフィールド」は自分で作っている(砂金)

John

砂金さんは、規模の大きな組織の中でとても目立つ存在の方だと思います。そうすると、失礼ですが、砂金さんの事を大好きな人とアンチの人と、両方いらっしゃるのではないかとも思います。賛成派と反対派、という感じかもしれません。そうした中で、どのようなコミュニケーションを取られているのでしょうか?

砂金

おそらく僕の個人的なスキルの1つだと思いますが、僕は、人にあまり嫌われにくいという特性があります。逆に言えば、「ものすごく(僕の)ファンです」という人が多いかというと、超一流のロックスター的な方々に比べれば、そうした「とんがり感」はないかもしれません。ただし、人に嫌われないというのは、1つ特性としてあるのかなと思っています。

僕自身は結構いい加減な人生を送っていて、いい加減にいろいろなことをやっているのですが、困っている人たちの課題解決を、割と親身にするほうかもしれません。課題解決できないときは「課題解決はできないですが、きっとあなたはこういうことで困っているのですね」というように、課題を整理して分解する。これは、僕が過去に身に付けてきたスキルですので、そういうことはずっとやってきたかなと思います。

John

邪魔してくるような人はいないということでしょうか?

砂金

人間的にはいないです。ただ、環境といいますか、例えば私が昔、推進していたクラウドビジネスではよくありましたね。クラウドビジネスは、お客様からの支払がサブスクリプション(月次払い)になるので、ライセンスの売上をプロジェクトの初期に大きく立てたい営業担当者からすると、見込んでいた売上を短期的には大きく失うことになります。そうなると、味方だと思っていた営業担当者から「せっかくここに2億円のビジネスあるのに、(砂金が)クラウドだったら安くできると言うから200万円になってしまった。どうしてくれるんだ」と文句を言われたりすることはありました。

ただ、そうした状況は、その後サティア・ナデラがCEOになったことで大きく変わりました。目の前の利益を追い求めるライセンス販売から、お客様の成功にコミットするクラウドに事業を大きく転換し、マイクロソフトは大きな成功を収めています。ライセンス販売に依存していた営業担当の方々の態度も、そのタイミングでだいぶ変わりましたね。

John

そういうときは、相手も一生懸命やっておられると思いますし、砂金さんご自身も間違ったことをしているわけじゃないじゃないですか。その場合、気持ちの整理はどのようにされていたのでしょうか?

砂金

正直に言えば、気持ちが萎えることはあります。ただ、皆、悪意を持ってやっているわけではありません。それぞれが皆、一生懸命にやっているのです。ですので、先ほどの話を例に挙げれば、「この人はなぜ目の前の2億円の売り上げに固執するのか」ということを考えて、その案件の影響で今期予算の達成が難しくなったということなのであれば、「他の案件を一緒にやりましょう」と言って課題解決してきたつもりです。

John

砂金さんは今まで、本社が外国の大企業でお仕事されていることが多いと思いますが、そこで自由に振る舞うとは、どのようなことなのでしょうか?

また、外国の会社を日本に持ってきた場合のカルチャーの作り方や、日本人のいい部下の集め方などに関して、アドバイスなどはありますか?

砂金

まず、基本的に外資系はシンプルで、結果さえ出していれば比較的自由にしていられます。与えられた売上などのKPIをしっかり達成していて、「達成しているので、あとは好きにしていいですよね」ということを何回か繰り返していると、信頼とともに自分の自由度は高まっていきます。

また、僕はマイクロソフトを退職する前のタイミングで、「これからの日本でのマイクロソフトを強くしていくには、もっと外部から人をいれなければならない」ということで、外部から人を採用するための特殊チームに召集されました。なぜ僕が呼ばれたかというと、エバンジェリストとしてさまざまな活動をしていく中で、外部にいらっしゃるキラキラした能力の高い人と一緒にお仕事をする機会が多くて、そういう人たちを一人ずつ口説いて仲間にしていったからだと思います。ある方が、「砂金さんたち(のようなエバンジェリスト)は、タレントマグネットで、何らかの能力を持った人たちを引き寄せてくれる」と言ってくださいました。

John

いい言葉ですね!

砂金

ありがとうございます。そう言っていただいて、確かにそうかもしれないと思いました。そして、これは、さまざまなところで役に立つ能力かもしれないとも思ったのです。

John

そうした能力は特殊なものですよね。「自然と人に好かれる」ようなイメージです。普通の人は、どのようにして(そうした能力を)育てていけばよいのでしょうか?

砂金

おそらくエバンジェリストという仕事もそうですし、今僕がやっていることもそうかもしれませんが、まずは、本人が心の奥底から楽しくやっていることが大切なのだと思います。

僕が心掛けているといいますか、多分これは性格なのですが、「やるべきこと」と「やりたいこと」があったとしたら、僕は「やりたいこと」のほうに比重を置いて、少なくとも自分が楽しめるフィールドは自分で作っていると思います。

John

そうなのですか。これまでお仕事されてきた各社とも、楽しかったですか?

砂金

そうですね。今振り返ると全部楽しかったです。後から言うといくらでも格好よく盛れるじゃないですか。しかし、当時は当時ですごくもがき苦しんだり、嫌だったりしたことももちろんあります。全てがバラ色だったというわけではないですが、その苦しんだプロセスも含めて、全部楽しかったですね。

砂金氏との対談の様子を示した画像です

9 「ユーザーの困りごと、課題に立脚している」というのは、(LINEの)どこのチームもブレないです(砂金)

John

今の1日の過ごし方はどのような感じでしょうか? CTO直轄で、上司はいるものの、全部自由に動いているイメージですか?

砂金

自由度は高い方だと思います。CTOは、日本以外の地域もマネジメントしているので日本にいるのは月に2週間ほど。その間にさまざまな相談事をしています。1日の流れでいうと、まず、朝活的に政府CIO補佐官として内閣官房に行ってからLINEに出社することが多いです。

John

これもすごいことですよね! 砂金さんがこうした活動をされることは、LINEの価値を上げていると思います。

砂金

ありがとうございます。ただ、僕がそれをやるだけで全てが変わるわけではなくて、さまざまなプロジェクトとの相乗効果ではないでしょうか。我々は、LINEが「楽しい」「かわいい」というだけではなく、役に立つ生活のユーティリティとして「なくてはならないもの」にしようということをやっています。しかし、通常のやり方だけでは物事が進むスピードが十分に確保できないこともあります。そういう意味では、政府CIO補佐官としての見方ができて、LINEとしての見方もできるというのは、非常に良い機会をいただいていると思っています。

John

LINEでは、去年(2018年)8月にブロックチェーンによる新サービスを発表されました。新しいサービスは誰が作っているのでしょうか?

砂金

ブロックチェーンに関してはBlockchain Labにいるメンバーがプラットフォームの開発をしていますが、LINEグループ内のサービスで利用することも検討してます。LINEには、新しいサービスを作っている人たちがたくさんいて、企画職という立場の方々がコンセプトを考えていることが多いです。

John

なるほど! 企画職のみなさんが、「エンドユーザーには、本当はこういうものが必要なのではないか」ということを、エンジニアの方々に提案しながら一緒に進めていくのですか?

砂金

そういうケースは多いですね。ただ、僕は、本当の始まりは形がないところからだと思っています。技術検証から始まることもありますし、それこそ経営層の思いつきから始まることもあるでしょう。さまざまなプロセスを経ているとは思いますが、「ユーザーの困りごと、課題に立脚している」というのは、どこのチームもブレないですね。

John

なるほど。「ユーザーの困りごと」は、どのようなところから拾い上げてくるのでしょうか?

砂金

それには、いくつかのパターンがあります。もちろん、自分自身が一ユーザーとして困っている点を基に仮説を立てて、それを確かめていくというパターンのプロダクトもあります。また、私たちは、裏で統計データを取っていますので、それを分析すれば、改善のポイントが分かります。「こういうことでみんな困っているのだな。では、それを改善しよう、もっといいサービスにしよう」ということを、割とデータドリブンでやっているイメージです。誰かの思いつきももちろん大事ですが、それだけでは走りません。どちらかというと、仮説を立てて、それを検証しながら、「データを見てみたら全然違うことが起こっていた」というようなことも含めて、データドリブンで真面目に作っています。真面目に作っていますが、出てきたプロダクトやキャラクターがファンシーでキャッチ―なので、あまり「真面目に作っている」ようには見えないかもしれないですね。LINEは、裏側では、割と愚直なものづくりをしています。

John

それは素晴らしいですね! タイ、台湾、インドネシアの地域のエンジニアともサービスを一緒に作ったりするのでしょうか?

砂金

LINEが日本で大成功を収めたのは、「日本人が日本人のために、日本だけのこと」を作ったからです。要は、ハイパーローカライズすることができたのが成功の鍵であったと認識してます。したがって、タイで展開するとき、台湾で展開するときにも、必ず現地のニーズはあって、それを分かっているのは、現地の人なのです。そのため、「日本で作ったこの機能を、タイや台湾でも使ってくれ」ということは、基本的にはありません。

もちろん、タイや台湾で展開していく中で、「日本で作っていたこのプロジェクトを使うと効率的なので、使ってもいいか」というような話はあります。ただ、やはり起点は、一番ユーザーに近いところの人が、自分たちのマーケットに必要なサービスを考えます。そのフィロソフィーといいますか、ものづくりの考え方は、割とグローバルで浸透しているのではないでしょうか。

John

なるほど。来年(2020年)の五輪に向けて、大ヒットしているLINEだからこそ、外国人のお客様が増える可能性もあると思いますが、いかがでしょうか?

砂金

具体的ではないかもしれませんが、日本の文化や日本そのものの面白さが、その後(2020年の後)もよりよく伝わるための努力をしたいと思っています。今、日本人や、アメリカ人もそうかもしれないですが、スマホを使ってデジタルで新しいことをやろうとすると、多くの人がスマホ先進国である中国の深センなどに視察に行きますよね。そういう深センのような存在に、日本がなってくれたらすごくいいですね。日本には、伝統的な芸能や文化、食事などさまざまなものがありますが、「日本にはLINEというものを中心としたやり取りがあって、すごく先進的だよね」と思ってくださる人が出てくるようにチャレンジしていきたいです。

John

それは面白いお考えですね! 各国からのゲストがLINEのスタンプを送り合っていたりしたら面白いです!

砂金

確かに面白いですね。例えば海外からVIPなゲストをお招きしたときに、「日本の通勤ラッシュを経験する」というアトラクションの一環で、銀座線や山手線に一緒に乗ってもらうのもよいかもしれません。そうすると、電車はギューギューに混んでいるのに、皆、スマホを開いてLINEでスタンプ送っているという、ある意味「異様な光景」がそこにあるわけです。こうした状況を、見てもらうだけでも意味があるかもしれませんね。

10 LINEを通して世の中の家族や友達、上司などの絆を近付ける、手助けする。できますよね?(John)

John

震災のときに使えるサービスや、シェアリングエコノミーサービスとの連携など、今後、LINEを使ってイノベーションが起きそう、あるいは「起こしたい」といったことはありますか?

砂金

震災防災に関しては、僕はそのポジションをやっているわけではないのですが、LINEとして取り組んでいることはあります。東日本大震災のとき、電話はつながらなくなりましたが、アプリ上であれば通話・会話ができたという状況でした。LINEはそのような状況の中生まれてきたのです。したがって、震災防災に関しては、儲かる儲からないではなくLINEのできることは全部やろうとしています。

例えば、LINEでは、トーク画面の「誰と会話している」という部分の一番上に、広告エリアの提供を開始しています。最初から広告を出すと、人によっては嫌がられてしまいますので、今は、その地方の天気予報や、その人がそのタイミングで必要としてそうな情報も出すようにしています。

その広告エリアのことを、我々は「Smart Channel」という名称で呼んでいます。そこは、ユーザーが一番目にするところであり、それこそマンスリーアクティブユーザー8100万人の多くの方々が見る画面です。この規模感は、テレビでも成し遂げられないことですよね。

そのSmart Channel画面に、緊急速報があればそれを流しますし、ないことを祈りますが万が一災害が起こってしまった場合に有益な情報はここで得られますと通知する。そうすれば、テレビよりLINEのほうが役に立つチャネルになれるのではないかと思いながら、LINEではさまざまなことを準備しています。それぞれ個別のサービスの中でLINEを進化・発展させていきます。

また、先ほど、他のところでお話したことを、Johnさんに触れていただいたので改めてお伝えしたいと思いますが、僕らはあまり、「ブロックチェーン」という言い方はしません。裏側ではブロックチェーンの技術を使っていますが、「トークンエコノミー」という言い方をしています。

「NAVERまとめ」でも、ニュースピックスでピックしてくれたものや社外のサービスでもいいのですが、「そのピックするなどの行動によって皆が便利になった」あるいは、「いい情報を得られた」「楽しい気持ちになった」とすれば、そのエコシステム全体の価値は上がるはずですよね。そのことを表現するのに、トークンエコノミーはとても便利なのです。今は1LINK(LINEのトークンエコノミーの名称はLINK)かもしれませんが、その活動をずっと続けていけば10LINKになるかもしれないわけです。情報を一方的に受け取って消費するだけではなくて、「いいね」を押すだけでもいいので、一人ひとり皆が情報発信側になり、なんらかの情報を「生産する側」に、皆を切り替えていきたい。これが、僕らがLINEとして成し遂げたい世界観であり、トークンエコノミーを推進しようとしている背景です。

LINEは、ブロックチェーンの技術や仮想通貨で儲けようと思っているわけではありません。皆が助け合える、そしてそのときに「ありがとう」という気持ちを、現金ではなく法定通貨でもない「何か」、最終的には法定通貨に還元できる価値のある「何か」で伝える。その「何か」は、運営母体であるLINEに制約を受けずに透明性が高く、誰もが参加できる。そうしたネットワークとして、LINKを作ってみようとしているのです。

この試みがうまくいくかどうかは全然分かりませんが、ネット社会がさまざまな取り組みを試行錯誤してきた中で、ようやく皆がやりたかったものに対して技術的に追いついてきたような気がしています。ですので、ここは頑張ってみようかと思います。

John

本当に、すごいですね! LINEを通して世の中の家族や友達、上司などの絆を近付ける、手助けする。できますよね?

砂金

我々のコーポレートミッションは「CLOSING THE DISTANCE」です。海外のメッセンジャーアプリも便利ですが、彼らは情報を送るツールです。それに対して、僕らがやっているのは気持ちを送るサービスです。ですので、これをやり続けると気持ちが近づくので、僕らのミッションにとてもマッチしているサービスといえます。

気持ちが近づくのはもちろん人間同士でもいいですし、「ブランドと人」という捉え方をすると、「ブランド広告」という形になります。「お金と人」であれば、決済など金融系のサービスになります。こうして、「ちょっと心の距離感のあるもの」に対して、「いや、そんなことないですよ」という提案をし続けるのがLINEの務めだと思いますね。

LINEのコーポレートミッションを示した画像です

11 視野を広げることと、視座を高めることには、とてもこだわっています(砂金)

John

砂金さんの以前のインタビューを拝見しましたら、「LINEを使って元気な日本に」というお話をされていました。「楽しい」や「元気になる」とはどのようなことを指すのでしょうか? どのような日本の姿を描かれていますか?

砂金

楽しいということに、理由は多分ないのかもしれません。「何が楽しいのか」ということを真剣に議論せずに、素直な感覚として皆が楽しいと思えることが大切なのではないでしょうか。例えば僕らが成し遂げたい、「人々の日常生活を支えるユーティリティとしてLINEが広まる」ということも、「面倒くさい事務処理」を「面倒なこと、楽しくないこと」のままどうにかしたいのではなく、「楽しんでいるうちに自然に終わっちゃった」というくらいな快適なユーザーエクスペリエンスを提供したいということです。

John

その「楽しいもの」はどのようにして作っていくのですか? 楽しんで作るということでしょうか?

砂金

そうです。作っている側、企画している側、広めようと思う人たち自身が楽しめるものでなければ、絶対つらい話になってきてしまいます。

John

なるほど、料理と一緒ですね。美味しいものを作る、ということと同じなのでしょうね。聞いてよかったです。ありがとうございます。

最後の質問をしたいと思います。これまで砂金さんが、キャリアを積まれる中で行動されてきたこと、決断されてきたこと、ご自身の中で確たる哲学があったことと思います。砂金さんのイノベーションの哲学とは、一言で言うと、何でしょうか? 大切にしているものでもいいと思います。

今までのお話をお伺いしていると、単に技術だけを広めようとするのではなく、砂金さんにはエモーショナルな部分や人をハッピーにする部分など、やはり何か「核」があると思います。そういうものがあるので、砂金さんは人から好かれたり広く知られたりする存在になっていかれたということなのではないでしょうか。

砂金

哲学というとなかなか難しいところがありますが……。僕は、「視野を広げることと、視座を高めること」には、とてもこだわっています。「自分から見えていることが全てではない、今見えていることが不完全である」ということを前提に、他の人であればこの現象をどのように考えるのかというように、他のさまざまな人でシミュレーションをする。視野を広げるというのは、たぶんそういうことだと思います。

そして、視座を高めるというのは、経験豊富な人や立場が上の人の考え方を身に付けるということでしょうか。いろいろなことを経験したりその責任ある立場に追いやられたりしないと、そういう人たちのシミュレーションはできませんが、たとえ自分の立場が上にならなくても、そういう人たちの考え方を身に付けておきさえすれば、実行できると思います。「遠くを見る」という感じでしょうか。

「今僕がやりたいことは、最終的なマップとしては、全体でどのような感じなのか」ということを、僕は先に描いています。そしてそのマップを、最大限に良い状態で実現するには、意思決定権者的な目線で考えなければならないのか、現場ではどのような苦労があるのか、その中で自分は今何をしなければならないのか。こうした視点の上下は、割と繰り返していると思います。

こうしたことは、普段はあまり自分では意識していません。自然にやっていることです。あえて言語化して表してみると、新しいものを目指すときは、見えている範囲をとにかく広げる。広げる中で特殊な領域が見えてきたら少しだけでも掘り下げて、全体を俯瞰することは、とても心掛けていると思います。

John

なるほど、オーケストラの指揮者みたいですね。もしくは、船長なのかもしれません。大航海に行く地図を自分で描くことができて、距離感もつかみ、目的地にはどこからどのように航海するべきか。どのような船員とチームを組み、何を蓄え、そしていつまでに着くのか。そうした目標設定が素晴らしいのですね。

砂金

どうなんでしょうか。自分では、あまり指揮者や船長を意識したことはありませんが、そうかもしれないですね。

John

何歳までに何をやるということを、決めているのでしょうか?

砂金

全然ないです。僕が苦手なのは、時間軸の整理ですね。僕にとって楽しいチャレンジとは、今まで見えていなかったことがどんどん広がって見えていくという状況であり、その瞬間です。マーケットポテンシャルの広がりかもしれないし、技術的な応用の可能性かもしれないし、人との出会いの広がりかもしれない。どのようなことでもいいのですが、さまざまなものが広がっていき、かつ、「昨日の自分ではできなかったが、今日の自分であればこの人の視点で考えられるようになったぞ」ということが楽しいのです。要は、上にも下にも、範囲の振れ幅が広がっていくこと自体が僕にとっては楽しいことです。ファン(fun)というより、インタレスティング(interesting)のほうですね。

そういう視点を持っていると、常に新しいことを探索していますし、これはと思えるものに出会える思考パターンなのではないかと思います。

John

本当に幅広いですよね。砂金さんの哲学は、「視野を広げる」と「視座を高める」。素晴らしいと思います! ありがとうございます。

LINEのコーポレートミッションを示した画像です

12 中小企業にエバンジェリストを育てるには?(John)

John

最後に、私への質問は何かありますか?

砂金

Johnさんのようにビジネスを広げていく方は、手広いといいますか、扱っている範囲が広いですよね。一見するとバラバラなことをやっているように見えて、何らかの「筋」があるのだと思うのですが、いかがでしょうか?

John

私の場合は、付き合った人、関わった人から「やってほしい」と言われたら一緒に楽しいこと、世の中を良くするために事業をやるだけです。出会ったCEOやリーダーの夢やビジョンを叶えるサポートをする事で、企業、病院、大学、団体が成長し、世界をより良くする手助けになると信じてます。

砂金

人間的なつながりがあり、信頼できる人から言われたら、一緒に働きたくなるということですか?

John

信頼できる人というよりは、困っている人を助ける、支えるという感じだと思います。それから、憧れた方から言われたときもそうかもしれません。私の場合はそういう形なので、砂金さんの素晴らしいキャリアがとても羨ましいと思ったりもします。

砂金さんは技術がしっかり分かっていて、その上でエバンジェリストとしてサービスを広げられているのだと思います。今日のご説明も、とても分かりやすかったです。私は、そういうことはできないので、そういうことができる方を格好いいなと思いますし、いろいろな賢い方やすごい方にお会いしてお話を聞いて、手伝うだけでもとても楽しいのです。

私の中の1つの軸としては、自分が「好きだ」と思える人でなければ関わらないということです。ただ、このことについては、賛否両論あるとも思っています。周りの人、皆とうまく関わって、大きいことを動かせるようになったほうがいい、といったご意見もあるでしょう。

砂金

そういう意味で言えば、僕は割と楽観的かつ性善説なのでしょうね。本当に性根から悪い人もいるかもしれませんが、そういう人たちとは距離を置いているつもりです。そうすると、僕にいろいろと言ってくる人は、(性根が悪いわけではないので)「なぜそう言ったか」という理由を考えます。きっと、そうせざるを得なかった状況があったのではないかと。

ローランドベルガーにいたとき、ある方がおっしゃっていたことがあります。それは、「二流三流のコンサルタントは表面的な数字やロジックを分析する。しかし、一流のコンサルタントは、人の心の中をロジカルに理解する」ということです。例えば、独裁的な経営者の会社でなければ、経営者も役員もお互いそれぞれの責任を持っている方なので、対立する方もいれば、いろいろなことを言ってくる方たちもいます。例えば、経営会議の場で、誰かが癇に障る発言をしたとしても、「なぜその方は、そういうポーズをとらなければならなかったのか」という感じで、ビジネスの状況や人間関係などから、その人の心の中を紐解いていくと、「あの場ではそういうことを言いそうでしたよね。それを予見できなかった我々の分析が甘かった」ということになります。

Johnさんは、アントレプレナータイプのキャリアをいろいろやられているのでお分かりだと思いますが、ゼロイチのタイミングでは、メンバーの多様性はあまり重要ではありません。同じタイプの人たちが密度の濃い時間を過ごしたほうが、生産性が高まることが多いです。その後、10を100にするというタイミングで初めて、多様性が必要になってくるのではないでしょうか。最終的に100を目指す、1000を目指すのであれば、最初から多様性の種を入れておかなければならないかもしれませんが、あえてそこにこだわらないのであれば、同じタイプのメンバーで気心知れた仲間でやったほうが、絶対に楽しいのです。ですので、Johnさんの「自分が『好きだ』と思える人でなければ関わらない」という軸は、それはそれで一環したビジネススタイルだと思います。

John

私の今年(2019年)からのテーマは、「海外起業」です。今年は海外で勝負したい、完全移住して起業したいと思っています。他の人がやっていないこと、他の人と違うチャンスを見つけて、小さくてもたくさん作っていこうかと思っています。この先がとても楽しみです。

話は変わりますが、1つ、砂金さんからアドバイスをいただきたいことがあります。それは、「どのようにして、日本の中小企業にエバンジェリストを育てるか」ということです。これはとても重要なことだと思っています。

自社のことをしっかりと世界に伝え、広めて、いい人(仲間)を連れてくることができる、ユーザーも増やせる。そうしたエバンジェリストのような存在が、日本の中小企業にも必要だと思います。今の現状では、経営者以外ではほとんどいないと思います。こういう状況の中で、日本の中小企業は何をすれば良いでしょうか? 砂金さんでしたら、どのように中小企業内に、エバンジェリスト改革を起こしますか?

砂金

それでいうと、割とスタートアップピッチという起業家が投資家に対して5分程度の短時間で行うプレゼンテーションにおける「ひな型」はとても応用性が高いので、それに則って考えることができると思います。例えば、中小企業であろうと、規模にかかわらず、とにかく会社として存続していて、自分たちが提供している価値にお金を払ってくれている取引先やお客様がいるわけです。要は、取引先やお客様の何らかの課題を解決しているということです。

自分たちがやっていることは何の課題を解決しているのか。10年、20年、あるいは50年も続けてきたら、そういうことを改めて言葉にするのも恥ずかしいかもしれませんし、誰も口にしなくなるでしょう。しかし、それをあえて、言葉にすると次のようなイメージにまとめられるかもしれません。

「ここには大きな課題があります。私たちは世の中のこの課題を解決するソリューションを提供しています。それにはこういう難しさがあるが、それを社員のパッション、特殊な技術、昔からの地域のコネクションといった他社にはない差異化ポイントで解決していて、今、創業50年の会社になっている。今はここまでしかできていないが、この技術を使って何か協業したら新しいことを生み出せそうだと思いませんか。興味ある人は連絡してください」

こうしたスタートアップピッチのようなものは、会社の外でやってもいいし、中でやってもいいと思います。ただ、最初からプレゼンテーションを社外で、というと難しいかもしれないので、まずは日本語で行われている課題解決型スタートアップのピッチをたくさん見ることから始める、というのはどうでしょうか。経営者がやってもいいでしょうし、若手社員ができるかもしれないし、パートの方ができるかもしれません。立ち位置は重要ではなくて、「そういう(広め方の)手法がある」ということを知るのが大切です。

自分たちの価値を相手に伝えて、2分あるいは5分といった中で「面白い! 出資したい」って言わせしめるための「守破離」の「守」の型がある。それを徹底的に実践する、というのが、中小企業にエバンジェリストを育てるために、まずは必要かもしれませんね。

John

なるほど~。これだけで、中小企業向けの新しいサービスが一緒にできそうですね。日本を再生するためのサービスが作れそうですね!

今日は、お忙しいところ、本当に長い時間、とても勉強になるお話をたくさんお聞かせいただきました! 第3回目のイノベーションフィロソフィーも、大成功です! 素晴らしいお話ばかりでした。砂金さん、本当に愛りがとうございます!

砂金氏のイノベーション哲学を示した画像です

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年8月26日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

【資金繰りチェック】経営者は貸借対照表(B/S)のどこを見るべき?

前回の「損益計算書(P/L)で経営者が見るべき点は?」から、具体的に財務数値を見るということで、財務諸表の数字をどう見ればよいのか、そこから何が分かるのか、自社の財務諸表を外部の銀行、投資家などはどのように見ているのかを紹介してきました。

第3回の今回は、貸借対照表(B/S)について解説します。いつものようにお手元に自社の財務諸表をできれば3期分、創業間もなく3期分ない方は、創業期からのものをご用意ください。

損益計算書(P/L)は、売上やもうけを表すもので、経営者の皆さんにとって、売上の状況や利益が出ているのかを確認することは必要不可欠なことですし、楽しみでもありますから、比較的なじみがあるものだったでしょう。

貸借対照表(B/S)は、会社が潰れる心配はないのか、資金繰りは大丈夫かといったことをチェックするために見るもので、本来起業された経営者の皆さんにとっては、見ておかなければならないものです。しかし、正直、起業されるまでは見たこともない、起業した後は手元にはあるが、何をどう見ればよいのか分からない、これで何が分かるのかが理解できないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。せっかく始めたビジネスを潰さず、継続させていく必要のある経営者の皆さんだからこそ見ておかなければいけない貸借対照表について解説していきます。

1 資金の調達とその使い道の状況を貸借対照表(B/S)で俯瞰する

経営者の皆さんにとって、最大の関心事は、前回の損益計算書で見た「もうかっているか」と、もう1つ、「我が社は潰れる心配はないのか」ではないでしょうか。

会社が潰れるのは、期日に資金繰りが間に合わず、支払いができないからです。従って、どこからいくらお金を調達していて、それをどのように使い、現時点において、調達したお金がどのように形を変えて、どこに存在しているのかを把握しておくことは、極めて重要なことです。

貸借対照表は、期末など特定の一時点における資金の調達とその使い道の状況を表したものです。その見方が分かれば、どのタイミングで、誰にいくらの支払いがあるのかを正確に把握することが可能となりますから、次々と訪れる支払いに対する心配から解放されて、安心してビジネスの推進に集中できるものと思います。

貸借対照表は、バランスシート(Balance Sheet、略してB/S)とも呼ばれています。これは貸借対照表の左右の合計数字のバランスがとれている(同じ数字になる)ことから、そのように呼ばれています。

トヨタ自動車の総資産は、52兆円弱ありますが(2018年3月期連結)、全く同額が右側に負債、純資産の合計として計上されており、見事にバランスがとれています。約52兆円もの金額が左右で1円も違わずにバランスがとれるものですから、会計、財務は無機質で、冷徹で、専門家の匠(たくみ)の技の世界のもののように受け止められがちです。しかし、これにはカラクリがあるのです。貸借対照表の右側には、ビジネスに必要な資金をどこからいくら調達しているかが書かれてあり、左側にはその使い道が書かれています。従って、どれだけ会社の規模が大きくなっても必ず貸借対照表はバランスがとれるようにできているのです。実際の仕分け作業には専門知識が必要ですが、この記事をお読みいただいている起業された経営者の方々には、誰かが作ってくれた貸借対照表をどう分析、解釈し、日々のビジネス活動にどう活かすかが重要ですので、上記のように右に資金の調達、左にその使い道が書いてあるのでバランスがとれるのだという理解でよいと思います。

いよいよ貸借対照表の中身を見ていきますが、上から順に1行ずつ見ていく必要はありません。損益計算書では、売上と4つの利益(売上総利益、営業利益、経常利益、当期純利益)の5つの数字に注目しましたね。今回は、左側の資産合計、右側の負債合計、純資産合計の3カ所に注目します。

左側の資産合計は、どれだけ資金をビジネスにつぎ込んでいるかを示しています。いわばビジネスの規模です。右側の負債と純資産の合計も同じ額になっていて、見事にバランスがとれていますが、負債は支払期限のある資金の調達状況を表しており、残った純資産は支払期限のない資金の調達状況を表しています。つまり、負債に記載されているものが期日に支払えれば潰れる心配はないのです。

資産と負債は、それぞれ流動と固定に分かれます。1年以内に売上を獲得するための費用やキャッシュになる流動資産と、売上を獲得するための費用やキャッシュになるのに1年超の期間を要する固定資産に分類されます。また、1年以内に支払期日が到来する流動負債と、いずれ支払いを要するものの、1年を超えた先の日付で支払いを行えばよい固定負債に分類されます。

まずは、貸借対照表の3つのパーツ(資産、負債、純資産)の金額を確認しましょう。次に流動と固定に分けて、どこからいくら調達して、どこにいくら使っているのかを俯瞰(ふかん)し、ビジネスに関わるお金の状況を確認しましょう。

貸借対照表の構成を示した画像です

ここまでの解説で、負債の状況を見ておかなければならないことはご理解いただけたかと思いますが、「これでは必要な情報が足りないな」とも感じておられるのではないでしょうか。「仕入債務のおのおのの金額、期日が知りたいな」「銀行への元利金の支払いスケジュールを具体的に見たいな」と感じませんか。これこそ経営者に必要な経営センスですね。財務諸表の見方が分かれば、財務諸表をきっかけにして、より詳細にご自身が推進しているビジネスの状況を数字というエビデンスを押さえながら把握したいと思えてくるはずです。どの数字を用いながらビジネスを検証していくかは、いわゆるPDCA(Plan-Do-Check-Action)のサイクルを回すうえで、経営者ご自身が考えなければならないことです。

メールマガジンの登録ページです

2 貸借対照表で我が社は潰れる心配はないのかを確認する

我が社は潰れる心配はないのか、つまり会社の安全性を見るうえで重要なポイントを2点解説します。

負債と純資産のバランス、流動資産と流動負債のバランスを確認を示した画像です

1つ目は、必要な資金の調達を、期日に支払いをしなければならない負債に依存し過ぎていないかを、負債と純資産のバランスで確認しましょう。例えば、負債と純資産が1:1の関係にあるとするなら、ビジネスに必要な資金のうち、半分を期日に返済しなければならない資金で調達しているということになります。よく尋ねられるのは、「いったいどの程度の割合で負債(特に借金)を活用してよいのか」ということですが、残念ながら一概に「この程度あれば安全ですよ」という水準はないのです。負債を活用してよいのか悪いのかはビジネスによるのです。少し具体的に見ていきましょう。

例えば、製薬業界で見てみましょう。製薬会社は、どこの会社も新薬の開発などに、多額の研究開発費を掛けています。さて、皆さんが製薬会社の社長さんだとして、この研究開発に充てる資金を借金で調達しますか。期日に開発が成功しているか、商品化されて売上に貢献しているか不安になりますよね。そこで、世界的に製薬会社はビジネスに必要な資金を比較的返済期日のない純資産に多く依存しています。ビジネスに必要な資金のうち、7割から8割程度を純資産で賄っている会社が多く見られます。貸す側の金融機関にとっても、いくら名の通った会社であっても、返済できるのか不安で貸しにくいのです。うまく開発ができて製品化していれば業績は良くなるでしょうが、開発がうまくいかなければ、費用だけ発生し、売上がないわけですから業績の悪化も予想されます。将来の業績がどうなるか分からない。つまりリスクが大きいビジネスだと評価されるのです。

一方で、今度は電鉄会社で考えてみましょう。沿線の住民の方々は、最寄りの電鉄会社を利用しますし、景気が悪かろうが利用しますよね。業績が安定していて、今後の業績がどうなるか分からなくない。つまりリスクが低いので、貸す側の金融機関も貸しやすいのです。

リニアモーターカーの実用化に向けて投資がかさむJR東海は借金が多いですが、投資が大きいから借金が多いというわけではないのです。いくら投資が大きくても製薬業界のように借金がしにくいビジネスもあるのです。JR東海が借金できるのは、東海道新幹線をはじめ、安定した稼ぎがあり、経営者も返済に自信があり、貸す側の金融機関も、業績が安定しているので返済の可能性が高いと判断しているからなのです。

経営者の皆さんは、ご自身のビジネスが果たして借りやすいのか、借りにくいのか、よく考えておかなければなりません。リスクという言葉は日常よく使われますが、これは不確実性のことを言っているのです。業績が安定していれば、将来の業績の不確実性が低いのでリスクは小さいということになりますし、業績が安定していなければ、将来の業績の不確実性が高く、リスクが大きいということになります。

創業間もない会社では、当然過去の実績がありませんから、今後どうなるか分からない、不確実性が高い、つまりリスクが大きいということになるわけですね。だからこそ、貸す側の金融機関は過去の業績が気になり、「できれば過去3期分の決算書をお持ちください」と求めるのですね。創業間もない会社が負債、とりわけ借金を活用しようとするのは、こうやって考えるとなかなか難しいことですね。ビジネスが安定してくるまでは、ある程度純資産で資金が回るようにしておくことが重要です。

また、借金をする際には、必ず「事業計画を出してください」と言われるでしょう。「やってみなきゃ分からないよ」というのは、ごもっともなことですが、貸す側の銀行はこの事業計画をPDCAのP(Plan)として、経営者の皆さんと同じように、その後の実績と比較しながらPDCAのC(Check)を行っているのです。ビジネスプランを練っている経営者の思惑通りビジネスが進展しているのかを見ているのです。この計画と実績の差が大きければ、「どうなるか分からないビジネスだな(つまりリスクの大きなビジネス)」と思うでしょうし、この差が小さければ、「この先どうなるかを経営者がしっかり把握できていて、先の読めるビジネスだな(つまりリスクが小さいビジネスだな)」となるわけです。もちろんこれだけで融資の判断をしているわけではありませんが、こういう視点があるということはご理解いただけるでしょう。

ビジネスに必要な資金のどの程度を負債に依存してよいのかは、大いに悩んでください。借金の返済が気になって眠れないという状況は、明らかに借入依存が過ぎるのでしょう。自ら考えるといっても全くアイデアが浮かばないという方は、取引銀行に相談してみてはいかがでしょう。前回も書きましたが、銀行には多くの取引先があります。業界特性、事業構造などから、どの程度であるべきかについて、アドバイスをもらえるかもしれません。

潰れる心配はないのかをチェックする2つ目として、流動資産と流動負債のバランスを確認しましょう。

流動負債とは、1年以内に支払期日の到来するものです。1年以内に売上を獲得するための費用となるものや、キャッシュで回収できるものである流動資産が、この流動負債よりも大きければ(流動資産>流動負債)、返済が滞る心配は少ないですね。これが逆転、つまり流動資産<流動負債となっていたらどうでしょう。すぐに支払期日が来るものに対して、すぐにキャッシュになる資産が少なければ、支払いができるかどうかはおぼつかないですね。

流動負債よりも流動資産を大きく維持することは、当たり前のことのように思われるでしょうが、昨今、逆の状況が比較的散見されるのです。理由は借入金利にあります。現在、金利は未曽有の低水準にあり、比較的支払利息の負担は経営者にとって重たくないのですが、それでも支払金利の負担は軽くしたいと考えるのが常でしょう。住宅ローンをイメージしていただければ分かりやすいと思うのですが、金利は一般に長期になればなるほど高くなります(まれに最近の米国で見られたように長期金利が短期金利よりも低くなることもありますが、歴史的に見れば、長期金利のほうが短期金利よりも高いことがほとんどです)。35年固定金利よりも、毎年金利見直し型の1年物のほうが低いですよね。会社経営において金利水準の低さのみを見て借入期間を決めていると、ついつい短期の借入を多くしがちです。この結果、流動資産よりも流動負債が大きくなることもあるのです。一度ご自身の会社の流動資産と流動負債を比べてみてください。

この話は、固定負債の借入年限にも同様のことが言えます。本来5年使う設備投資を行うのに、3年の借入金利が低いから3年で調達するといったことです。業績が調子良ければ結果として問題は発生しないかもしれませんが、将来の業績は保証されたものではありません。将来起こり得る不測の事態を考えれば、資金使途に見合った年限、期間で資金調達を行うのは当然のことですが、財務部門はビジネスが安定しない創業期だからこそ、少しでも支払利息負担を減らしたいという意識から、悪気なく、会社によかれと考えて、低い金利(短めの調達)を選択しかねません。経営者も借入の状況については、金利の水準のみならず、借入の年限、返済のスケジュールと毎回の返済額などの詳細を把握しておく必要があります。借入の年限を短めにすると、前回解説した損益計算書での支払利息の負担は小さくなりますが、一方で、毎回の元金の返済負担は大きくなります。借入元本の返済は損益計算書には登場しないので、いざ支払うタイミングになって、その負担の重さにがくぜんとするということがありますので、資金調達は財務の担当者に任せきりという経営者の方もおられるかもしれませんが、負債の状況については、詳細を把握しておかなければなりません。

ここまで、我が社は潰れる心配はないのかということで、主として貸借対照表から会社の安全性が読み取れるという話をしてきました。

会社の安全性というと、「資金繰り」という言葉も気になりますね。日々の資金繰り、一定期間の資金の移動状況の確認については、次回キャッシュフロー計算書と併せて詳細を解説していきたいと思います。

3 損益計算書と貸借対照表を併せて見ることで、ビジネスの生産性、効率性が分かる

ここまでは、会社の安全性について解説してきましたが、貸借対照表はビジネスの生産性、効率性を見るためにも利用されます。

損益計算書の売上、利益の成長と貸借対照表の資産合計の成長を比較することによって、ビジネスの生産性は高いのか、効率良く運営されているのかが分かります。資産の成長(資金使途の拡大)に対して売上、利益の成長が低ければ、投資の生産性が落ちているということになります。出資した外部株主や融資を行った金融機関は、投資した資金が効率良く使われて、生産性の向上に貢献しているのかをモニタリングしています。経営者はビジネスに投じた資金が売上や利益につながっているのかをしっかりモニタリングしておく必要があります。

また、使った資金(資産合計)に対する利益を見ることによって、果たして同業他社と比べて、生産性が高いのか、効率良く運営されているのかを評価することができます。特に金融機関は多くの取引先があるので、同じ業種の中における皆さんの会社の生産性、効率性を評価することは比較的容易です。こうした点も追加投資を行う際、投資家の意思決定に大きく影響を与えることは想像に難くないと思われます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年8月13日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

【電子メールでのお問い合わせ先】inquiry01@jim.jp

(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

ご回答は平日午前10:00~18:00とさせていただいておりますので、ご了承ください。

ディスカッションを通じて、ビジネスを広げる!/半歩先行く中堅社員(15)

企画を担当する中堅社員のAさんは、自分の主張を述べますが、自分の意見に固執することが問題です。今日の会議でも、Aさんは自分の考えを一気にまくし立てた後、「ふぅ~」と一息ついて椅子に深々と座り込んでしまいました。

それでも、参加者のうちの何人かはAさんの意見に興味を持ったようで、Aさんとディスカッションしようとしました。しかし、Aさんはうまく意見をやりとりすることができません。そればかりか、何だかんだと言いながら、結局、最後は自分の意見を押し通そうとしてしまいます。

深まらない議論に業を煮やした参加者は、Aさんとのディスカッションを諦めてしまいました。Aさんと一緒に会議に参加し、一連の動きを見ていた課長がAさんに言いました。

「Aさんのアイデアは、他の人の意見を取り入れたらもっとよくなるよ。そのチャンスがたくさんあったことに気付いてた?」

「1×1」は幾つになりますか?

人とディスカッションして知恵を出し合うと、新たな発見があります。そのまま意気投合して新しいビジネスが始まることもあります。「1×1」の結果が10にも100にもなるという、“プラスサムゲーム”のイメージでアイデアが広がる感覚です。

しかし、ディスカッションが苦手な人は“ゼロサムゲーム”のイメージで捉えています。議論をしているだけなのに、「相手に“マウント”をとられないようにしたい」「言い負かされないようにしたい」と、勝負のように考えてしまうのです。

“ゼロサムゲーム”のディスカッションから、ビジネスの可能性が広がることはほとんどありません。また、ディスカッションを、正しいか間違っているかの証明、あるいは勝負と捉えている参加者がいると、その時点で議論が停滞して前に進みません。

こうした失敗をしないように、中堅社員は“ディスカッション上手”にならなければなりません。以降で、そのために重要となるポイントを紹介していきます。

ディスカッション上手になるために

1)まずは、己を知る

自分と相手の意見がかみ合わない主な理由は次の通りです。

  • 向かっている方向が違う
  • 向かっている方向は同じでも、持っている情報が違う
  • 最初からディスカッションするつもりがない

ビジネスでは、まれに3.のケースに出くわします。その場合は“ツイてなかった”と諦め、早々にディスカッションを打ち切るしかありません。“損切り”の感覚です。

大切なのは、1.と2.の場合です。これらは、正しいか間違っているかを証明するという“戦闘モード”でいると、なかなか見えてこないので、まずは冷静になって、ディスカッションの場を俯瞰(ふかん)してみましょう。その際、「自分の主張は何だっけ?」と再確認してみると、相手との違いが分かってきます。

もし、1.の問題でそもそもの方向性が違う場合、「右か左か」の打ち合いをするのは時間のムダなので、双方で歩み寄れる余地があるのかを確認するようにします。

2)相手の発言を自分に「入力」する

ディスカッションが苦手な人の特徴は、相手の発言を「うんうん」といかにも聞いているふうを装い、頭の中では次に何を言うか考えていることです。つまり、最初から相手の言葉など耳に入っていないわけなので、よい結果など出ないのです。

こういう人は、前述した2.のケースに当てはまり、損をします。向かっている方向が同じで、ビジネスの広がりが期待できる絶好の機会なのに、相手が持っている情報と自分が持っている情報とを擦り合わせることができないため、物別れに終わってしまうのです。

実際のビジネスでは、一方が正しくて、もう一方が間違っているということはほぼありません。大切なのは、自分の価値観を相手に伝えつつ、相手の発言からその価値観を探ることなのです。

「正解」のバージョンアップ

多くの会社では、「上司が言うことが正解」という感覚が根付いているかもしれません。権限や役職が正解と密接に関係している状況です。そうした環境に慣れている社員は、ディスカッションにおいて、発言の内容よりも、“マウント”をとって自分の立場を上にすることで自分の正当性を確保しようとしがちです。

しかし、技術も考え方も目まぐるしく進化する昨今、経験がちょっと長いだけで、その人の発言が常に正解であるはずがありません。その気になれば、360度、至る所から正解を導き出せる時代になったのです。

今、中堅社員に求められるのは、次の2つのことです。

  • 慣習にとらわれない柔軟性
  • 具体的に変革を進める勇気と行動

これができる中堅社員は、さまざまな知恵を取り入れ、具体的なビジネスに結びつけていくことができるはずです。「ディスカッションを、正しいか間違っているかの証明、あるいは勝負」などと小さく考えてはいけません。部下の“異見”を自分への反乱と捉えるのも問題外です。

視野を広く持ってください。会社の未来を切り開くのは中堅社員の皆さんです。

  • 中堅社員の皆さんにとって、自身の、そして会社の「あるべき理想の姿」とはどのようなものでしょうか?

その理想の姿を実現するために活動していきましょう!

Point

  • 中堅社員は、視野を広く持つ。「あるべき理想の姿」を考え、それを実現するために活動すべし。
  • 会社の未来は中堅社員にかかっている!

以上(2019年8月)

pj00434
画像:Eriko Nonaka

「原点回帰」と言って格好つけるな!/半歩先行く中堅社員(14)

法人営業課に所属する中堅社員のAさん。新規顧客も定期的に獲得して勢いに乗っています。

しかし、ここで問題が起こりました……。

複数の既存クライアントから、「最近、“放置”されている。もっと提案をしてほしい!」などのクレームが寄せられるようになり、ついには契約解消先も出てきてしまいました。お客様第一がモットーのAさん。このままではまずいと反省し、心に決めました。

ここは原点回帰するしかない。しばらく新規営業を控えて、既存クライアントのフォローに回ろう!

次の日、Aさんはこのことを課長に相談しました。活動方針の見直しによって営業計画も変わってくるので、事前に承認を得ておこうと思ったのです。Aさんの報告を最後まで聞いていた課長が言いました。

「原点回帰は大事だが、本当にそれでいいの?」

原点回帰は攻めか守りか?

ビジネスで行き詰まったとき、「原点回帰しよう!」と、立ち止まることはよくあります。原点に立ち返り、会社や自分を見つめ直すことはとても重要です。冷静になり、見落としていた貴重なヒントが見つかることもあります。

どちらかというと、原点回帰という言葉にはプラスのイメージがあります。「今の問題を解決するために冷静になって、一から見つめ直す」「おごり高ぶってしまったことを反省し、一からやり直す」といった意味を感じ取ることができるからです。

しかし、実際はこうした前向きな意味合いのものばかりではありません。原点回帰という言葉が使われた文脈や、発言者のその後の行動を見ていると、言葉のイメージだけが先行し、何ら中身が伴っていないケースも少なくないのが実情です。

中堅社員も原点回帰を考えることがあるでしょう。では、その原点回帰に中身は伴っているでしょうか。少なくとも、以降で紹介する好ましくない原点回帰は避けなければなりません。

好ましくない原点回帰の2パターン

1)浅はかな原点回帰

1つの問題に過度に引きずられ、全体を見る視野を失った状態での原点回帰は浅はかです。冒頭のAさんの場合、既存クライアントで起きた問題を機に、お客様第一という原点に回帰するということであり、この姿勢は誠実に見えます。

しかし、既存クライアントの対応で、具体的にどこに問題があるのかを把握しようとしていません。それに、理想は好調な新規営業を継続しながら、既存クライアントの満足度も高めることであり、この可能性を追求しなければなりません。

にもかかわらず、お客様第一に徹すると言って新規営業をやめようとしています。新規を開拓できなければ、会社の収益にも悪い意味でインパクトを与えるわけであり、中堅社員として、Aさんの判断は、視野が狭過ぎると言わざるを得ません。

2)無策の原点回帰

業績不振の会社ほど、その経営戦略の中に原点回帰という言葉が踊ります。不振の原因を徹底的に検証することは大切ですが、その後の具体的な行動の裏付けがなければ意味がありません。

そして、裏付けのない原点回帰ほど“先祖返り”をしがちです。その時点で間違いを修正したものの、それが組織に浸透せず、いつの間にか修正前の間違った状態に戻ってしまうのが、ここでいう先祖返りです。もともと具体的な方針がなく、取り組み自体がブレているので、こうしたことが起こってしまいます。

原点回帰への“正しい”アプローチ

1)アクションプランとゴールを設定する

原点回帰をすること自体が、ゴールではありません。原点に立ち返った先で何を見つけたいのか、何を改善したいのかのほうが大切です。そして、それを達成するための具体的なアクションプランを立案し、実行する必要があります。

2)本当に原点回帰が必要かを考える

原点回帰は、それまでの活動の一部を否定することに他ならず、組織に与える印象も痛烈です。軽々しく原点回帰を口にする前に、今の課題を正しく把握し、そのレベルに合った対策を講じる冷静さが求められます。実際、仰々しく考える前に、スピード感を持って細かくPDCAを回したほうが、改善につながるケースは多くあります。

原点回帰を軽率に口にしない

中堅社員が直面する壁の1つは、思考の質と量です。複数のことを同時に考え、行動ベースにまで落とし込まなければなりませんが、思考することに慣れていないと、すぐに気持ちが一杯になり、思考停止の状態に陥ります。そうなったときに出てくる言葉はだいたい決まっていて、その中の1つが「原点に立ち返ってみます」だったりするわけです。

中堅社員に求められているのは、具体的なアクションと、分かりやすい成果です。思考停止は活動停止でもあるため、その状態では何も改善されません。原点回帰を軽率に口にする前に、もう一度、問題の本質を考えてみましょう。意外と身近なところに解決のヒントが転がっていることが珍しくありません。

Point

  • 軽率に「原点回帰」を口にしない。
  • 原点回帰を進めるならば、必ずアクションプランとセットにする!

以上(2019年8月)

pj00433
画像:Eriko Nonaka

「決められる部下」を育てるには?/半歩先行く中堅社員(13)

取引先X社に、自社製品を最終プレゼンする大事な日。こちらからは中堅社員のAさんの他に、部長と課長が出席しました。また先方からは、社長をはじめ役員全員が出席しました。

熱のこもったAさんのプレゼンは大成功で、最後の質疑応答の時間となりました。そのとき、Aさんのスマートフォンが鳴りました。Aさんは無視していましたが、何度も着信があるのを見かねた先方の社長が、「急ぎの用件のようなので連絡をしてきたら。一旦休憩にするから」と言ってくれました。

Aさんは、おわびをしながら会議室を出て、着信履歴を確認しました。相手は留守を任せている部下のBさんです。早速Bさんに連絡してみると、慌てた様子で報告してきました。

「大きなトラブルが発生しました……」

しかし話を聞くと大した問題ではなく、Aさんは矢継ぎ早にBさんに指示を出したのでした。

「権限委譲」で「働き方改革」が進む

多くの上司にとって、「権限委譲」は古くて新しいテーマです。権限委譲によって部下に一定の裁量権を与えることで、自主性を育て、モチベーションを高めることを目指します。「働き方改革」を進めるためには、文字通り、「決められる部下」を育成し、マネジメントの負担を軽くすることが欠かせません。そして、指示待ちではなく、ある程度、自身の判断で仕事を進める部下を育成するために、権限委譲が大事です。

また、現場の中堅社員としては、部下に権限委譲しないと定例的な仕事に忙殺され、自身が本当に取り組むべき重要な仕事がおろそかな状況に陥ってしまうのです。

基本は委譲する権限の明確化

中堅社員としては、権限委譲を通じて自主性の高いチームを作りたいところです。そのための重要な第一歩は、委譲する権限を明確にすることです。部下が、自分の任された範囲を迷うようでは、自ら判断して行動することなどできません。まずは、取引先の担当、プロジェクトの役割、予算額など、比較的分かりやすい基準に基づいて権限委譲しましょう。

この他にも権限委譲で大切なポイントが2つあるので、以降で紹介します。

1)部下に意思決定の経験を積ませる

意思決定には一定の責任が伴うため、これに慣れていないと、必要以上に責任を重く感じ、尻込みしてしまいます。そこで、小さなことでいいので、部下に意思決定の経験を積ませます。

最初から、何も責任を負いたくないという部下は問題外ですが、通常は、場数を踏んでいくことで、意思決定することへの抵抗感や恐怖心が拭われていき、決めることに慣れてきます。

2)上司は部下を信頼する

部下に権限委譲したのであれば、上司は部下を信頼し、できるだけ部下が決めたことに口を出さないようにします。もちろん、取り返しのつかない結果を招きそうな場合は、上司は部下の意思決定を改める必要があります。しかし、ささいなことにまで上司が口を出してしまうと、部下は、「結局、何でも上司が決めてしまう」とやる気を失ってしまいます。

効率の悪い進め方をしているなど、上司の目からは多少問題があるように見えても、「部下の成長のため」と見守るくらいの余裕を持ちましょう。また、口を出すのであれば、「このままだと、大きなトラブルになる恐れがある」など、明確な理由を部下に伝えることが大切です。

悪いのはBさんだけではない

以上を踏まえた上で、冒頭のAさんのケースについて考えてみましょう。

最終プレゼンの最中という切羽詰まった状況で、Aさん自身も判断に迷うところです。ただ、「Bさんの権限で意思決定すべき案件である」と考えたのであれば、短い時間で省略した指示を出すよりも、思い切ってBさんに任せるべきだったかもしれません。大した問題ではなかったので、AさんとしてもBさんに任せやすい案件だったはずです。それに、Bさんにとって、意思決定のよい経験になります。

こうした意思の疎通は、上司と部下が離れた場所にいる場合に、より難しくなります。このあたりのマネジメントをそつなくこなすことが、これからの中堅社員に求められます。

そうした意味でいうと、Aさんは、自分への連絡がとりにくくなる時間を、Bさんに明確に伝えておくべきでした。そうすれば、よほどのことでない限り、その時間にBさんが連絡をしてくることはなかったでしょう。また、万一、トラブルが生じた場合に備え、まずはチャットツールで状況を共有するなどの対応手順を決めておくことも大切です。

「権限委譲」は意味づけとセットで!

権限委譲は、部下に対する仕事の丸投げではありません。上司が部下に期待していることをきちんと伝え、自分(上司)のやり方と違ったとしても、部下が目的に向かって自走することをサポートするものです。

かつては、権限委譲は“上司の期待の証し”でした。しかし、若い世代の部下は、「なぜ、その仕事を自分が行うのか?」という理由を求める傾向にあります。“部下が仕事をする理由”を伝えることがポイントです。

Point

  • 「決められる部下」を育てるには、部下に意思決定の経験を積ませつつ、権限委譲することが大切。
  • 仕事の意味づけも忘れずに!

以上(2019年8月)

pj00432
画像:Eriko Nonaka

コーラとコーヒーを一緒に売るのは正しいのか?/半歩先行く中堅社員(12)

メディア運営会社に勤める中堅社員のAさん。日ごろから情報収集に余念がなく、社内会議でも新しいアイデアを次々と発表し、「動画を取り入れたほうがよい、やっぱり今の時代はAI(人工知能)でしょう。いや、この際アプリ化を進めるべきではないか!」といった感じです。

アイデアを出すのはよいことですが、会社のリソースは限られています。いくらチャレンジするとはいえ、あれもこれもと手当たり次第というわけにはいきません。また、会社には事業ドメインやブランドがあります。思い付きに振り回されて事業ドメインを逸脱したり、ブランドを損なったりすることはできません。

今日の会議でも活発に発言するAさんですが、相変わらず意見が散らかり気味です。見かねた課長が指摘しました。

「Aさん、いろいろと考えるのはよいけれど、本当に重要なのはどのアイデアなの? またそのアイデアはなぜ重要なの?」

コーラとコーヒーの落とし穴

会社が成長するには新たなチャレンジが必要です。異分野に取り組むのはリスクが高いので、既存の商品やサービスに関連する分野でチャレンジするのが1つのセオリーです。

ただし、こうした考え方がリアルのビジネスで常に通用するわけではありません。例えば、皆さんは「コーラなどの炭酸飲料(以下「炭酸飲料」)とコーヒーを一緒に売る」という戦略をどう評価しますか?

清涼飲料の代表格である炭酸飲料とコーヒーを一緒に売れば、収益の拡大が期待できるかもしれません。実際、清涼飲料メーカーは炭酸飲料もコーヒーも取り扱っています。

しかし、事業戦略の視点で考えると、炭酸飲料とコーヒーを一緒に売ることに問題があるケースもあります。

  • 中堅社員の皆さん、これがなぜだか分かりますか?

炭酸飲料とコーヒーは似て非なるもの

炭酸飲料とコーヒーは類似商品と思われがちですが、少し考えると想定される消費者や購入シーンが大きく異なることに気付きます。好みはありますが、一般的には炭酸飲料はスカッとしたいとき、コーヒーはホッとしたいときに飲むことが多いでしょう。

もし、会社が「炭酸飲料にかける!」という状況なら、安易にコーヒーに手を出すべきではありません。「炭酸飲料で勝負する」場合の戦略と、「炭酸飲料に加えてコーヒーも販売する」場合の戦略とでは、リソースの配分などが大きく異なります。それに、同時に2つのことに取り組むと、PDCAも2分の1以下しか回すことができなくなります。その結果、「どうなれば成功なんだっけ?」という、非常に根本的なところさえも曖昧になり、撤退の判断も鈍ってしまいます。

例えば、「炭酸飲料は好調。コーヒーは伸び悩んでいるが、足元では伸びつつある」といった場合にありがちなのは、「炭酸飲料とコーヒーを合算すれば利益が出ているし、コーヒーをもうちょっと頑張ってみようよ」という発想です。出発点は炭酸飲料で、その収益をもっと拡大するチャンスがあるのに、着手したコーヒーに愛着が湧いてきて撤退できず、機会損失が大きくなってしまうのです。

ビジネスは行動しなければ始まらないので、「取りあえずやってみる!」というのは悪くありません。しかし、思い付きに近い状態で着手してよいのは、「今すぐに低コストでできて、撤退も簡単なもの」だけです。

思い付きをビジネスプランに変える!

以上のことを踏まえた上で、中堅社員は次の“飯のタネ”を見つけなければなりません。最近は、フラットで多様性のある組織運営を目指す会社が増えています。そうした会社では、社員のアイデアに真摯に耳を傾ける雰囲気があります。

中堅社員はビジネスの仕組みが少しずつ分かってきて、新しいことにチャレンジしてみたくなる時期であり、活躍の機会が広がるでしょう。ただし、せっかくのアイデアも、「これからはAIしかない。わが社もやろう!」といった軽率なアウトプットに終わるのは残念です。このまま上司に相談したら、「もっと考えてから発言しないとダメじゃないか!」と一蹴されて終わりでしょう。

最初は思い付きのアイデアでもよいですが、ビジネスプランに落とし込む際は、少なくとも「AIを選ぶ理由、短期・中期の収益、既存事業やブランドとの関係、リソース確保と実現の可能性」は明確にしなければなりません。

アイデアを精査する目が養われていないといけないということであり、これを養うためには、常にいろいろな人と会って話す、書籍を読むなどして、ビジネスアイデアを模索することが大切です。

中小企業は一点突破?

リソースが限られた中小企業は、「これだ!」と決めた事業で一点突破を図ることが少なくありません。どんなときでも、会社が最初に着手するのは、最も効果的と思われるたった1つのアイデアです。中堅社員は、それを慎重に見極めるようにします。

ただし、大事なことなのでもう一度触れますが、「今すぐに低コストでできて、撤退も簡単なもの」は、すぐに着手してみるべきでしょう。将来大きく成長するかもしれませんし、新たな知見が得られる可能性もあるからです。

また、素晴らしいアイデアでも、小さな声で自信なさげに伝えられたら、「よし、やってみよう!」という気にはなれません。中堅社員は、自分のアイデアを魅力的に伝えるために「Show and Tell」の訓練をしましょう。「Show and Tell」とは、資料などを見せながら、論理的かつ情熱的に伝える手法で、最近は教育の現場でも注目されています。積極的にピッチイベントや交流会などに参加して、会社や自分のことなどを相手に伝える経験を積むとよいでしょう。

Point

  • 「アイデア出し」は積極的に行う!
  • 同時に、思い付きレベルを脱し、何が最も効果的であるかを検討できるビジネス力を養う。

以上(2019年8月)

pj00431
画像:Eriko Nonaka

その “リスケ” では事態が悪化します!/半歩先行く中堅社員(11)

現在の時刻は17:45。営業を担当する中堅社員のAさんは、本日18:00までに企画書をクライアントにメールで送ることになっています。しかし、現段階で、企画書は70%の出来です。

そこでAさんは、先方にリスケジュール(以下「リスケ」)をお願いしようと電話をしました。その際、納期遅れの後ろめたさからつい焦り、次のように言ってしまいました。

「18:30までに必ず提出します」

70%の出来の企画書が18:30までに終わるはずもなく、再びリスケをお願いする羽目になりました。結局、企画書を提出できたのは23:00でした。念のためとクライアントに電話してみましたが、既に営業終了を伝える自動アナウンスに切り替わっていました。

翌日、Aさんから一連の報告を受けた上司は言いました。

「なぜ、もっと早くクライアントに連絡して適切な時間にリスケしなかったの?」

中堅社員に求められる“リスケ力”

時間厳守は理屈抜きのルールです。ビジネスで時間にルーズな人は、決して信用してもらえません。

一方、ビジネスではさまざまな要因によって、スケジュールが変更されます。時間厳守が前提ですが、正当な理由によるリスケは織り込み済みであるということです。

注意が必要なのは、どのような理由があるとはいえ、リスケによって一度約束した時間が変更されるため、“まずい”リスケをすると、相手の信頼を失い、関係を悪化させてしまうことです。中堅社員には、トラブルなくリスケを行う“リスケ力”が必要です。

“まずい”リスケの典型例

“まずい”リスケの典型例を確認していきましょう。「あぁ~、やったことがある」と心当たりのあるリスケはないでしょうか?

1)時間に鈍感な人の「俺様リスケ」

ビジネスは、関係者が時間を分け合いながら進めるものです。この基本を理解せず、時間の価値を軽んじる人は、簡単なメールだけで気軽にリスケをします。リスケをされた相手がスケジュール変更を余儀なくされ、手待ち時間が生じることをイメージできないのです。

こうした自分勝手な「俺様リスケ」に対して、相手は“大人の対応”をしてくれるかもしれませんが、信頼関係は確実に損なわれています。

2)“ビビり”な人の「自作自演リスケ」

“ビビり”な人は、リスケする自分を過度に責める傾向があり、必要以上に相手に気を使います。その結果、冒頭のAさんのように、自分で自分を苦しめるような、できもしないリスケを申し出てしまいます。

結局、リスケしたスケジュールも守れずに何度もリスケをお願いするという、「自作自演リスケ」に陥ります。一見、丁寧なように見えますが、相手にとっては、何度もリスケをされて迷惑です。

情報を集め、素早く、丁寧に

  • 「リスケの申し出は、その可能性が高まった時点で速やかに」

言うは易しで、これを実行するには、ビジネスの計画と、その遂行を妨げる要因が生じていないか(生じる恐れがないか)をチェックしておかなければなりません。

そこで、中堅社員は部下を巻き込んで、仕事に関する情報が自分のところに集まってくるようにしましょう。集まってくる情報は、部分的・断片的で、バイアスもかかっています。その情報をいかに適切に処理するかが、中堅社員の腕の見せどころです。

リスケが確定したら相手に新しいスケジュールを伝えます。その際、焦って連絡せず、もう一度状況を確認しましょう。最近は、メッセンジャーなどのツールで手軽に相手と連絡がとれるため、考えがまとまっていない状態で用件を伝えてしまいがちですが、リスケの場合は慎重にならないと、「俺様リスケ」や「自作自演リスケ」になってしまいます。

“相手ありき”を忘れない

リスケは、「確実に実現できる最も早い時間」とするのが基本ですが、これも相手の状況次第です。例えば、当日の23:00であれば確実に企画書を提出できるとしても、それはあくまでこちらの都合です。相手からしてみれば、当日の18:00に間に合わないなら、翌朝の9:00でも同じことかもしれません。それに、「働き方改革」が進む今、遅い時間に連絡をするのは、相手にも迷惑ですし、こちらの状況も“透けて見える”ことになってしまいます。

一方、少し違った見方をすれば、リスケを当日の23:00とするのがよいのか、翌朝の9:00とするのがよいのかを、その場で考えているようではいけません。中堅社員には、事前に「自社が企画書を提出した後、相手はどのように動くのか?」を把握しておき、それに適した対応が求められます。「次工程はお客様」という言葉がありますが、文字通り、リスケをする際は次工程を考えることが大切です。

ビジネスを成功させる「良いリスケ」

最後に、リスケには「良いリスケ」もあることを、中堅社員は覚えておきましょう。「良いリスケ」とは、双方の利益を高めるために必要な時間を見込んだリスケです。例えば、「もう少し周囲の状況を把握・調整してから動いたほうが、お互いに進めやすくなる」といった場合です。

「良いリスケ」をする必要が生じたら、その理由を相手にきちんと説明し、相談をしてみましょう。タイミングさえ間違わなければ、これは「提案」の一環でもあるのです。

時間厳守は理屈抜きのビジネスのルールですが、「良いリスケ」もまた、ビジネスを成功させるために必要なものなのです。

Point

  • 時間厳守がビジネスの基本。しかし、一定のリスケはやむを得ない。
  • 相手のことを考えて丁寧にリスケすること!

以上(2019年8月)

pj00430
画像:Eriko Nonaka