かつてナポレオン・ヒルは、偉大な多くの成功者たちにインタビューすることで、成功哲学を築き、世の中に広められました。私Johnも、経営者やイノベーター支援者などとの対談を通じて、ビジョンや戦略、成功だけではなく失敗から再チャレンジに挑んだマインドを聞き出し「イノベーション哲学」を体系化し、皆様のお役に立ちたいと思います。
今回、記念すべき第1回に登場していただきましたのは、不動産事業にVRを活用しイノベーションを起こしている「ナーブ株式会社」の代表取締役、多田英起氏(以下インタビューでは「多田」)です。
1 「10代の頃、アメリカに行こうと思って」(多田)
John
記念すべき第1回の対談者になってくださり、多田さん、愛りがとう(愛+ありがとう)ございます。多田さんはメディアに数多く登場されていますよね。今回は、これまでになかったような内容のお話をしたいと思います。他ではなかなか聞けない泥臭い内容でいきましょう! まずは、起業のきっかけからお聞かせください。
多田
起業のきっかけですよね……。実は僕、目立ちたくないというか、あんまり社長になりたくなかったんですよ。
John
そうなんですか、それは驚きですね。では、子供のころは何になりたかったのですか?
多田
正直言って、何もなかったかもしれません(笑)。
John
でも、高校生の時から、やはり多田さんはアメリカを見ていましたよね。以前に多田さんにお会いした時、お姉さんが優秀だと言っていたじゃないですか。お姉さんは、何をしていた方なのですか?
多田
姉が優秀でできない弟(僕)で……。姉は国立大学から大学院、大企業に入りました。本当に優秀で……。そうそう! 僕がアメリカに行った理由は、姉と比較されたくなかった。同じフィールドで戦いたくなかったからです(笑)。
John
そうなんですね。アメリカはボストンでしたよね。
多田
18歳から20歳までボストンで、最初はNortheasternという大学へ行き、その後Wentworth Institute of Technology(ウェントワース工科大学)へ行きました。その後UC(カリフォルニア大学)を経て、アメリカで金融系の会社で働いていました。
2 「世界のトップの人たちと関わりたい」(John)
John
大学は何の授業が楽しかったですか?
多田
僕は高校時代は勉強を一切しませんでした。しかし、アメリカの大学で勉強することは本当に楽しすぎました。印象的だったクラスは、「Any question?」という質問から始める先生がいて、授業が始まったら最初から「Any question?」(何か質問ありますか?)と言われたことです。「Any question?」と聞かれても、そもそもまだ何も習っていないし……しかし、(他の学生は)バンバン手を上げるわけですよ。そして、どんどん授業が進んでいく。恐ろしいことに僕は勉強をしていないので、単語すら何一つ分からないわけです。質問が何か分からない。単語も分からないし、意味も分からないし、答えている答えの内容も分からない。分からないだらけで、何にもならない無駄な1時間。早く帰りたいって思っていました。
John
そういうの、海外の大学でありましたね。1週間で分厚い教科書を数冊読んでいかないと授業についていけないという感じでしたね。私は、英語で5教科で受験し、シドニー大学に入学しました。図書館の席をとるために並んでまで勉強する学生が多かったです。私の勉強の仕方は、全部のチャプターのサマリーをざっと見て、自分で先生になったふりをして、7割ぐらいを、自分の言葉で簡単に英語で説明できるようになるまで勉強するというやり方でやっていました。
多田
なるほど~Johnさん、その勉強方法良さそうですね。
John
レクチャーというか人前でプレゼンするのが昔から好きでした。「先生になったふり」をするのが良いと思います。チャプターごとの理解度が7割ぐらいで授業に出て先生の話を聞けば、一瞬で理解度が8割ぐらいまで分かるようになります。そして、テスト前にもう一回見たら9割ぐらいになるという具合です。結果として、テストを受けたら7割ぐらい点数がとれるという感じです。私も高校まで全然勉強してなかったし、すごく苦手でした。だけど、いつもリーダー的な存在で、仲間と遊ぶのが大好きでした。
多田
なるほど。僕はJohnさんと違って、全くリーダーの真逆だから、その感じは分からないな~(笑)。
John
いや、僕も最初から社長になりたいとは思っていなかったですよ。世界のトップの人たちと関わりたい。世界のトップの人たちとたくさん対談したり、政治家や宗教家、文化人などのトップの人たちを結び付けて、世界により良いインパクトを与えたいと思っています。
多田
なるほど。すごいですね。逆に僕は世界のトップを取りたいです。いや、世界を取りたいわけではなくて、世界を変えたい。変えたいだけです。世の中を変えてみたいっていうのはありますよね。変えたほうが面白いじゃないですか。
3 「本当に会いたい時に、会いたい人物に会える」(多田)
John
多田さんは、人にも恵まれてますよね。
多田
はい、おかげさまで、僕の場合、神様が僕の味方になってくれているのかなと思うことが多いです。やることなすこと全部うまくいくような感じです。ですので、本当に会いたい時に会いたい人物に会えるとか。振り返ってみたら、「あの瞬間あの人に会っていなかったらゲームは終わっていたよね」という出来事がたくさんあるわけです。
John
そういうのすごくありますね、会いたい人は、目の前に寄ってきません? いきなり現れませんか?
多田
はい、突然現れる(笑)。
John
全部たまたまの出会いが運命になっていると思います。その人と仕事しようとか最初から思って近づいたことは一度もなくて。全部、偶然でいい人としか出会っていない。
多田
そう、偶然ですよね。
John
こちらが「今日あの人何してるんだろうな」と思っていたら、連絡が来たりします(笑)。
多田
そういう意味では、資金調達の時の話がいい例でした。その時は、投資契約の3日前までいっていました。あと3日で1億円が振り込まれるというタイミングで真夜中に電話がかかってきて、いろいろあって、結局、そこで(話が)無くなってしまったのです。
そうしたら、ちょうどその前に断られたVCさんから、お客さまを紹介したいという軽い訪問の予定がありまして。その軽い訪問をしてくれた時に、「実は投資契約の3日前に事件が起こりまして、入金まで見えていたものがいきなり無くなってしまいました」という話をしたら、そのVCの方が、「じゃ、検討しましょうか」と言ってくれて、そこで改めて検討してもらうことができて、出資してもらえました。
4 「交渉よりも大切なことは、何度も何度も資料を見せてダメ出ししていただくこと」(多田)
John
多田さん流VCの方との交渉テクニックはありますか?
多田
VCさんの場合、僕は交渉というより無償のコンサルタントだと思っていて、シード期はたくさん相談をしました。特に、すごく優秀なVCさんにはとことん食いついていったほうがいいと思います。その間に自分の考え方や“イケてない”ところ、知らないところなどを全部見てくれますよね。「この辺は心配だ」「これが分かりにくい」などと教えてくれます。
「君の行動とビジョンが異なってる」とも言ってくれますので……。例えば「これをやってくれたらお金出します」という話が他からあったとしても、「それが君のビジョンと何の関係があるの?」「君、何やりたいんだっけ?」と指摘してくれたりします。
John
素晴らしい投資家の方ですね。
多田
はい、その方はとても優秀な方で、シリコンバレーとイスラエルにしか投資をしていない担当の方です。初めて会った時に「申し訳ないけど、日本は担当していないから投資できないよ」と言われました。
それからお付き合いが始まったのですが、最初は僕が作った40枚の資料を5秒で読み捨てられたりしてました(笑)。「面白いけどね、全然ダメ」という感じで。その2日後ぐらいに、またアポを取って「また来ました!」と行くわけです。そうすると、またポイッて捨てられてしまう。その繰り返しで、最後に「ああ、よくなったね」と言ってもらうことができて、その資料をベースに大手VCさんに出資してもらえるようになったりしました。
John
多田さんの粘り強さもすごいですね。
多田
本当にいいファウンダーは、ビジネスモデルがシャープになっていきます。VCさんたちは、「ソリッドになる」という言い方をしますね。例えば、Facebookで考えてみると、今から(Facebookを)つくっても間に合わないことは誰でも分かるじゃないですか。ということは、すなわち「時系列」が存在していて、多分、Facebookがつくられなかったとしても、3年後ぐらいまでに誰かがFacebookっぽいものをつくっていて、そうするとFacebookの市場は存在しなくなっていたはずで。
Lyftもそうですよね、Uberも。あのタイミングでやっていたからいいのであって、いまからLyftをつくりますって言われても……。なので、そういう「タイミング」はすごく重要だと思っています。すなわち自分がアイデアを思いついて、それで成功するには、必ずタイムリミットがある。今思いついてなくても、誰かが近い将来きっと同じアイデアを思いつく。どれほど長くても5年とか。短ければ3年で。
John
急がないと、誰かがやりますからね。
多田
そう。だから、右往左往している時間はないので一直線に走るしかない。それを応援するのがVCだと言われました。
John
最高に良い話ですね。多田さんのアドバイザーにはどんな方がいらっしゃいますか?
多田
うちの会社は、アドバイザーはいませんが、不動産テックのCOOやCFOをやっていたようなVCの方は、とにかく僕が泣き言を言いまくれる良い相談相手です。あとは、もう一人、僕を普通に叱ってくれる人がいます。「君は誰とでも議論したいだろ? それが人としてダメ!」と教えてくれました。
VCさん相手なので、本来は泣き言を言ってはいけないのですけど、正しいことを高速で言ってくれるので、泣き言も言える。「だから分かってるんですけど、僕だってね、つらいんですよ」というようなよく分からないことを話してるんです(笑)。
John
その人たちは会社の中に顧問としていらっしゃるのですか?
多田
2人とも社外取締役です。顧問には元リクルートの人を入れています。この人は僕の営業面の相談役としてアドバイザーをしてもらっています。
John
営業のアドバイザーはどうやって見つけられたんですか?
多田
顧問を紹介してくれるサービスを使って見つけました。結局、(起業家の)相談役になれるのは、とても優秀でスタートアップのCEOができるような人じゃないとダメなのではないかと思います。
John
つまり、「やってみたら、自分もスタートアップのCEOをできるけど、今VCやってるよ」という方ですね?
多田
そうです。しかも、経歴的にも、CEOをやったことがあるというレベルじゃないと難しいですよね。ちゃんと過去にやったことのある人。
5 「イノベーションは、新しいものを起こすことではなくて、『普通のことをつくること』」(多田)
多田
Johnさんは、お知り合いの方が多くて顔が広いですよね。
John
はい、おかげさまで、たくさんの素晴らしい方々に恵まれております。VC、起業家、アクセラレーター、インキュベーター、行政、大学などさまざまなジャンルの仲間がいます。趣味が多いからかもしれません。だから、言ってみれば「何の業界」という枠が自分にはなく「ノージャンル」なのですよね。文系理系も関係ない。私は、講演もしますし、アクセラレーターもつくる、企業のコンサルティングやシリコンバレー視察ツアーなども行います。芸術も好きなのでラップも出しますし、絵も描きますし、詩も書きます。
多田
才能に恵まれたんでしょうね。
John
いやいや、才能は、全員あるじゃないですか。
私の場合、昔から、全部が中途半端だと言われてコンプレックスでした。どのような仕事に就こうか、いろいろと考えたりもしました。でも、やっていることは一貫して、「人と一緒に楽しくやる」ということであり、「世界中の人々にとって、日本にとっていいかどうか」で仕事を決めます。私の志は、Innovations for a healtheir life。日本語では「世界中の人々のより健やかな人生のためにイノベーションを起こす」です。
多田
やはり、(Johnさんと僕は)太陽と月みたいですね(笑)。
John
ああ、そうかもしれないですね(笑)。
多田
僕は、一点突破主義です。うちの姉に勝ちたかったので、勝てる方法があるとすれば一点突破主義しかないと思ってきました。
John
お姉さんの存在がすごく大きいですよね。でも、お姉さんからすれば、「(弟は)すごい。自分で会社やっているのは本当にすごい」と思っているんでしょうね。
多田
はい。すごく応援してくれます。姉は常識人。それに対して僕は、常識を疑い、壊してしまいます。
アメリカに行き、常識=(イコール)その人が生まれ育った環境での経験値だと思いました。やはり国が違うと常識も違ってきます。例えば、ある国の人と待ち合わせをしたら、冬のボストンで1時間以上も待たされたんです。連絡も来ないし、死にそうだと思うくらい寒くて、何だと思っていたら、平気な顔をして来たんです。僕が「今日のアポって2時じゃなかった?」と聞いたら、「1時間ぐらいの遅刻でそんなことを言ってくるのは器が小さい人間だ、大成しないぞ」と言われて驚きました。それだけ常識は違う。
だからきっと、常識は、新しい経験をすると常識じゃなくなる。今はスマホがないと生きていけないじゃないですか、だけど、スマホがない時代は、みんな、スマホがなくても生きていた。
John
確かに。スマホがなくなっても生きることはできますね。
多田
そう、スマホがなくなっても生きていける。しかも、スマホがない時代は、スマホができたらいいなと思ってもいなかったんです。それはそれで世界は成立していました。それが常識だったんですよ。だけど今は、スマホがないと結構つらいじゃないですか。だから、人の常識は変わりいくものだと思います。今みんながつくっているものがうまくいったら、明日の当たり前になるというだけの話。だから、イノベーションは、新しいものを起こすことではなくて、「普通のことをつくること」なのだと思います。
John
「イノベーションとは、未来の当たり前をつくる」。それは、製品であってもそうだし、考え方、常識でもそうですね。
多田
本当にそれだけだと思います。だからあんまりすごいイノベーティブな、全くこれまでにないものを生み出すというよりは、「こんな社会になればみんな幸せになる」というところだけでイノベーションは起こるのではないか。僕は、勝手にそう思っています。
John
私の場合、物事について、社会的な評価を基準にしていません。ファッションに関しても絵に関しても、歌に関しても。自分の心で決めています。
日本の枠の中だけでというのは、あまり楽しくなく、ワクワクしないかもしれません。何か危なっかしいものや、クセが強いけれど光るものがある若者などのほうが好きです。これは全て、僕の勝手な持論です。まだ売れてないし社会はまだこの歌手や画家の存在に気づいてない……。でも自分は知っていて、応援したい。今の社会の基準で既に選ばれているものよりも、まだ選ばれていないものが待つ可能性が好きです。ダイヤモンドの原石、一人一人がギフテッドで、みんなの才能を応援したいです。
6 「誰がつくってるんだろうって。本当に気になって。会いに行って。そして一緒に住んじゃう」(John)
多田
Johnさんは「自分」がありますよね。僕は逆に「自分」がないです。僕は“ガジェッター”なんです。
John
多田さんは、何かのファンとかあります?
多田
ないです。これを言うと人に興味がないと思われてしまうかもしれないですけど……。別に人に興味がないわけではなくて、自分に興味が全くないのです。自分がどう思う、とかは興味がなくて、とにかくガジェット好きで、面白いおもちゃとか。ガチャガチャしたものが好きなんです。
例えば、キックスターターで新しいおもちゃを買ったりします。全く使えないものもありますけど(笑)。そういうものは、新しくて僕をワクワクさせてくれますよ。届いた日は一緒に寝ます(笑)。
キックスターターのものは、出来上がらないことも多々あります。夢が大きすぎるんでしょうね。「自分で排出した二酸化炭素を、中で酸素に換えてくれる」というものがあって、確かに学術的に考えてみたら絶対にできそうにないのですけれど。でも、できそうかどうか、そういうことは関係ないじゃないですか。そんなことを言ったら、水素エンジンだって誰もできないと言ったんじゃないかと思います。燃料電池だって僕が高校時代には、できないと習いました。意外とうまくいったら面白いなと思って買いますけど、ダメな例も少なくないですね(笑)。惜しいですね。ナイスチャレンジ! 大丈夫。いつかはみんな成功しますよ!
John
やはりお金が足りないから、みんな最後までつくれないんでしょうか?
多田
いや、夢が大きすぎたんじゃないですか。さすがに。でも、本当によく思いついたな、発想がまず面白いなと思います。
John
そういう人、実際に近づいたりするんですか?
多田
いや、僕はモノが届けば十分です。
John
つくっている人に近づきたくなりません?
多田
それはないかな~。
John
僕はそっち(会いに行く)なんですよ。
多田
お金は出したい。応援したい。
John
僕は絶対、会いに行きます。我慢できなくなって。そういう人を見つけた瞬間。国をまたいででも行きます(笑)。
多田
でも、やはりそれ(会いに行く行動力)なんだろうな、僕が足りないと言われているところ(笑)。
John
いやいや、そんなことはないです。僕は、誰が作ってるのか本当に気になります。会いに行って、そして一緒に住んじゃうんですよ。
多田
それは僕も少し似ていますね。届いた時、一緒に寝るのと一緒です。モノが好きか人が好きかの違いでしょうか?
7 「やるべきは『笑って馬謖(ばしょく)を褒める』だったでしょうね」(多田)
多田
僕は、本当に月なんだと思います。僕が太陽的なポジションになると、ダメになってしまうのですよね、部下が。理由は、僕が理論的に詰めてしまうからです。
例えば、「だって、忙しいって言うけど、今やってる内容からしたら、これとこれをアウトソースする。で、このアウトソースに関わる時間て2時間ぐらいじゃない? で、この2時間を君が今捻出できないとすると、それってどういうことなのか分からないなぁ」というふうに、部下に言ってしまうので(笑)。
別に、僕は普通に考えて理論的に正しいことしかしゃべってないです。それを、アドバイザーがしゃべれば「まぁそうですよね、ありがとうございます」となりますが、それを社長という立場で僕がしゃべると、部下は「社長に詰められた」となるわけですよね。
John
普通ですよね。「効率化するのは、あなた(部下)にとっても良いことがあるのですよ」という、むしろ良いことを言ってるんですけどね。私もおせっかいで、人に指示などを、よく出しているらしいです。「それでは人は育たない」とアドバイスを頂いた経験もあります。
多田
そう。やはり、三国志で言うと、劉備(りゅうび)がいるときの諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)は、力があるのですよね。強いわけですよ。
だけど、劉備がいなくなって諸葛亮孔明が上になったとき、当時はかなり優秀な武将がこれでもかというくらい次々と現れたわけですが、それから15年ぐらいたって、諸葛亮孔明が「何でこんなに人(優秀な部下)がいないのだ」と嘆きますよね。泣いて馬謖(諸葛亮孔明の部下)の首を斬ったりするじゃないですか(注:馬謖は、優秀な部下だったが、諸葛亮孔明の命令に背いて独自の戦術を展開して失敗したため、諸葛亮孔明が泣く泣く馬謖を斬ったとされている)。
それは結局、諸葛亮孔明が一番の問題なんです。それはなぜかというと、諸葛亮孔明が先に「山に登るな」と言ってしまったからです。そうではなくて、あれは諸葛亮孔明が(馬謖に)「山に登ったらどう思う?」とちゃんと聞かなきゃいけなかったんだ、と、ある人に言われました。
最初に「山に登ったらどう思う?」と聞いてみる。そうすれば優秀な人(部下)だったら自分で考えられたはずなのに、諸葛亮孔明が「登るな」って言ってしまった。そういうことが、人をダメにすると、ある人から言われて、なるほどと思いました。
僕は、諸葛亮孔明ほど有名じゃないし強くないし頭もよくないですけど、あのレベルのすごい人でも、そういう間違いをしてたんですよね。日本では、「泣いて馬謖を斬る」は、「泣いて馬謖を斬るようなつらい時があっても、判断すべきことがある」というような意味で伝わってますが、もともとの故事からすると、実はそれ、もう少し違うんじゃないかと思います。経営として考えると、あの斬るシーンではなくて、教えたシーン、ここが一番大きな問題であると、僕の先輩が教えてくれました。
John
すごく良い話ですね。多田さんは、歴史から学んでいますね、人間関係など。教えてくれたのは、どういったご関係の方なのですか?
多田
僕の飲み友達です。僕、飲み友達で、10年以上仕事関係がない人が多いですね。出資してもらったことも、一緒に仕事したこともないです。ただ、そういう関係のほうが、素直に、等身大に相談できる気がします。会社のことを知ってる人がいると、やはり、話していいことと、いけないことが出てくるじゃないですか。でも、全然関係ない人は、困っている時に話しやすいし、すごく大きな世界観から言ってくれる気がします。「分かるけどさ、君みたいなこと言う人ってさ、大体失敗することって同じでさ」みたいな(笑)。
John
褒めてくれたり、けなしてくれたりですね。私も、そのようなメンターがいてすごく大切な存在です。
多田
これまで自分が学んできた「泣いて馬謖を斬る」というシーン、この意味は「つらくても決断すべきである」と勉強してその通りに覚えていましたけど、そうではない見方があった。教えてもらって、「経営者はこう見るんだ」と思いました。確かに馬謖を斬ったシーンだけとらえれば諸葛亮孔明が正しかったかもしれないですが、馬謖を斬ったことで、「諸葛亮孔明に逆らってはいけない」ということが、全員に浸透してしまったのだと思います。
本当は、あの事態を(馬謖が)引き起こしてしまったとしたら、多分、諸葛亮孔明がやるべきは「笑って馬謖を褒める」だったでしょうね。諸葛亮孔明が「オッケー、ナイストライ、生きててよかった」という一言をちゃんと言えていれば、「一緒に頑張ろう」という思いが部下に伝わって、「失敗しても認められるんだ」と部下が思える。そういう話だったと思っています。
John
多田さん、素晴らしいですね。そういう話は、会社でもするのでしょうか?
多田
僕は会社ではしゃべらないようにしています。僕がしゃべると部下が緊張してしまうので、僕は静かにしています(笑)。
John
多田さんは、朝礼はどうしていますか?
多田
全社的にやってますよ。ビジョンはちゃんとしゃべりますが、それ以外はしゃべりません。ビジョンはパワーポイントまで落とし込んでいます。本当にやりたいことは何か。これをかなえてほしい。こういう話までしかやらないです。夢と、エコシステムとかの話ですかね。
John
数字については社員さんとどのように話しますか?
多田
僕は数字の話はしないです。もうかるかもうからないかを聞きたいわけではない、お金は後から付いてくると僕は思っています。何が狙いで、何がどう評価されるかということは社内で伝えていきますけどね。例えば、「プレユニコーンの規模になっている会社は、日本にこれだけの会社(数社)しかない」「そうした中で当社が認められているということは、みんなの仕事が認められたということだよ」といった話は社内でします。
John
多田さんの会社では、数字の話は、誰の仕事なのでしょうか?
多田
そこはCOOと、営業部長の仕事です。そこはもう、僕は(人の仕事を)取ってはいけないと思っています。うちの社外取締役からも、「多田君、もういいんだよ。しゃべらないでおきなさい。それでも120%主張してるから」と言われました(笑)。名言だと思います。僕が自分でしゃべろうとしなくても、もう既に人から見たら120%ぐらい自己主張が終わっているのでしゃべらなくていいって言われて(笑)。
8 「1個のことをやると、本当にいろんなパターンがポンポン出てくるんですよね」(多田)
多田
僕は苦労している人が好きです。一緒に働きたい人も苦労している人です。失敗したり、苦労したりしている人が、どうにかして成功させようと努力する過程って、やはり力があると思います。
あまり成功してキラキラして、exitして2周目ですというCOOとかに興味はないですね。こう言っては失礼ですが、タイミングや他の人が優秀で乗り切ることができた例が、結構あると思うんですよね。それよりは、失敗して悔しい思いをしてくれている人のほうが、僕は好きですね。
John
私の大好きな先輩方も苦労された方々しかいないかもしれないですね。はたから見たら「ただ善い人」や「もうかってる人」に見えるかもしれないですが、やはりすごく努力して成功されていらっしゃいます。仕事的にも人間的にも優れた方々です。
多田
起業して、「事業」というジャンルはまだまだ深いなぁと思いました。コンサル時代にやっていた内容や、見えていた内容よりもずっと深い。起業して事業をやっていると、自分でいろいろなことを下に掘り進めていくじゃないですか。それで新しい発見がたくさんあります。今までこれほど深く掘ったことはありませんでしたし、誰もが掘れないくらいまで掘れるわけですよ、自分の事業では。そうすると、また新しいものが見えてきます。これはすごくいい経験だと思います。一つのことをやると、本当にいろいろなパターンが出てきますよね。結局、それはそれですごく価値を生む気がします。
9 「最初から『育ててもらおう』というつもりでは成功しない」(多田)
John
アクセラレーターについてお聞かせください。日本のスタートアップのエコシステムを強くしていく上でどのようなことが必要だと思いますか。コーワーキングスペースやアクセラレーターが増えていますが、今からスタートアップを行う人たちは、そうしたところに入ったほうがいいのでしょうか。それとも、自力でいい人脈をつくったほうがよいでしょうか?
多田
最近のスタートアップについては、アクセラレーターに育ててもらうのではなく、自分たちで完成した後、大企業とコラボレーションするときに使うほうが、僕は正解だと思います。やはり日本の場合、参入障壁は高いと思いますが、それを大企業のアクセラレーターで超えることができるので、そうした方法は積極的にやったほうがいいと思います。
でも、最初から『育ててもらおう』というつもりでは成功しないと思います、そもそも(笑)。授業じゃないですし、そういうのは勘違いだろうと言いたくなります。やはり、自分で苦労はしようよと思います。
スタートアップだったら、やはりVCに持って行って本気で挑め、という感じでしょうか。アクセラレーターは今、なんとなく軽いイメージがあります。誰にでも「いいねいいね」と褒めてくれる感じがします。
でも、VCの場合、本当に良くなければ連絡が来なくなるなど、本当にハードな反応を受けますよね。シビアな反応をもらったほうが、人は成長すると思います。
多くのアクセラレーターは大企業の看板が付いていますが、そこに採択されたからといって、自分の実力が付いたように勘違いするのは違うかなと思います。
今、山のようにアクセラレーターがあり、いろいろなところと組むことができますが、それに甘えて成功するイメージを持つのはよくないですよね。本当は、もっと、スタートアップを自分たちで考えて自分たちでつくり上げていって、ある一点まで玉になっていったところで、「大企業さんいかがですか? 僕たちはこれを死ぬほどやりたいんです、一緒に世界を変えましょう」というのだったら大企業を使うべきだし、大企業も受け入れると思うのですが。
John
それは、多田さんのおっしゃる通りですね。私も先日、自身で立ち上げたアクセラレーターをやりました。有名大学の学生や大企業で働いている人たちが授業受けに来てくれました。大企業に就職するタイプじゃない人、スタートアップをどのようにつくっていくかまだ分からない人向けに、2カ月で8回、私だけではなくて他の先生方にも起業する時に必要なことを教えに来ていただきました。授業を受けることは誰でもできますが、そこで終わらずに実際に会社を起こして、経営して、軌道に乗せることが重要です。最後は自力でやった人しか、勝ち上がれないのだと思います。先生は自分しかいない。また、アクセラレーターに入るのなら、外国のアクセラレーターに2~3週間行ってそこでマインドを変えて、世界に出るきっかけになればいいのかもしれませんね。
多田
何か物足りないです。学んだ気になってしまう気がします。アクセラレーターは、学ぶのではなくて仕掛けることが大切だと思います。経営者は、常にそうじゃないですか。何かしらの戦略があって、仕掛けるための武器がアクセラレーターだと思うんですよ。
僕はそう思っているので、「アクセラレーターに育ててもらう」ような発言が出た時点で、アクセラレーター任せになるので、それはうまくいくわけないと思ってしまいます。
John
5月に4日間だけ、ルクセンブルクでアクセラレーターブートキャンプがあります(本稿掲載時には終了しています)。ルクセンブルクで活躍する主要VCやエンジェル投資家から学べます。私はこれに行こうと思いまして。今年シリコンバレーで設立したスタートアップが採択されたので行ってきます。今後、日本でもこうしたアクセラレーターがつくれればいいなと思います。ブートキャンプの4日間のように、短期間でやるほうがいいのかなと思ったりします。
10 「イノベーションの哲学は、『本当に困っているものを見つける』」(多田)
John
最後に、多田さんのイノベーションの哲学をお聞きしたいと思います。今回のこの対談のタイトルは「イノベーションフィロソフィー」です。私は、このりそなCollaborare(通称りそコラ)というメディアで、もう一つの連載コラム「イノベーションフォレスト」を持っています。イノベーションを起こす生態系をつくるという思いを込めて、イノベーションの森というシリーズ名にしています。
一方、今回の対談は、「イノベーションの哲学」です。多田さんが考える、今からイノベーションを起こしていくための核というか、哲学というか、そうしたものを教えてください!
多田
イノベーションを起こす……。全ての人が、自分が本当に欲しいものを実は知らないということが根幹にあると思っています。人に、「困っていることはなんですか?」と聞いても、多分、本当に困っていることは出てこないで、もう少し表面的な話になってしまうと思います。そう考えると、本人でも気がつかない「本当に困っていることをかなえてあげた時」に多分、恐ろしくイノベーションが起こるんですよね。極端なことを言うと、解決するまで「困っていることだったかどうかも誰も分からない」くらいのことが、イノベーションを起こすのではないかという感じです。
例えば、1週間のレシピで考えてみましょう。食事のレシピは、テクノロジーを使って、自動で1週間分考えてほしいじゃないですか。でも、人は途中で違うメニューをつくりたくなる。そうして違うメニューをつくった時も、最初の想定とは違う残りの野菜の消費期限を自動的に教えてほしい。そういうふうに自動で適正に軌道修正してほしいじゃないですか。そしてそういうことを永遠に繰り返しながら、足りない野菜などを朝、自動的に届けてくれたら最高だと思いませんか。それを、今は、人が「なんとなく」でこなしていますよね。でも本当は、その「なんとなく」を深掘りすると、「実はあなた、本当は困ってないですか?」ということが分かるのだと思います。
そう考えているので、「本当に困っているものを見つけた時にイノベーションは起こる」という気がします。
John
多田さんのイノベーションの哲学は、「本当に困っているものを見つける」。どうやって見つけるのでしょうか?
多田
とにかく、僕は深掘りするのが一番分かりやすいと思います。自分が一番近い問題であるかどうか、やはり深掘りできるかどうかで決まると思います。要は自分の興味ですよね。興味ないことは愛せなくて深掘りもできないと思います。
John
興味から体験に入るということですか?
多田
興味があるから、「どうしても何とかしてあげたい。なんでなんだろう」と考えていくのだと思います。
僕の信念として、「人はみんなバカじゃない」という定義があります。誰しも、それなりに努力していて、それなりにやっているにもかかわらず解決されていないことがあるんです。すなわち、誰もが本質的課題に行き当たらずにその手前側を解決しているだけなのではないかと。だから、「これは本質的課題じゃない」という定義を置いてあげて、この本質的課題を探しに行く。見つかる時もあれば、見つからない時もあるとは思うのですが。
あとは、どういう社会にしたいかという思いですよね。いろいろな概念があり、考え方や視点もさまざまな中で、本当に、自分が、他のみんなが幸せに生きるためにはどうしたらいいのかっていうことを考える……。
「絶対にこういう社会ができれば、幸せになる」という信念が持てるものに関しては、人は投資できると思います。きっと、もうかるもうからない、はやってるはやってないでビジネスをしていくのではなく、「本質的に人間は何に困っているのだろう。それを解決しよう」というのがイノベーションではないかと思います。例えばUberもそうじゃないですか。Uberのイノベーションはシンプルですが、とてもイノべーティブだと思います。
John
Uberで一番すごいと思うのは、「win-win-win」になっていることです。Uberもwinでパッセンジャーもwin、ドライバーもwinですからね。
多田
全員がwin-win-winになるためには、そういう本質課題を解決して「三方よし」が可能なんだと思います。
John
三方よしの真ん中に課題があって、みんなで解決しようとしていますからね。
多田
それが本質課題ではなくて、単に例えばUberよりも利用勝手の良いアプリケーションをつくって、ドライバー還元を増やそうとした瞬間に、三方よしにはならなくなってしまいますよね。それは多分、どちらかだけを有利にすることになってしまいます。
John
お金の価値観も不思議なものですよね。
多田
もうかるように他社よりたくさん売ろうとしたり、とにかく値段を下げたりすると、三方よしではなくなってきます。そして利益が無くなってくると、ユーザーに対して良いものを提供できなくなるなど、何かしら負の要素が出てきてしまいますよね。
要はみんなが同じ方向を向けなくなってしまうということです。でも、真ん中に課題がある限りは、みんな同じ方向を向いて気持ちよく仕事ができるということですから。イノベーションというのは、気持ちよく仕事をするための、一つの本質課題をどのように解決するかということなのかもしれないです。
John
多田さんそれはすごく素晴らしいですね。「win-win-win」で真ん中に問題があるというのは。
今日は、多田さんとお話しさせていただくことができて、本当に良かったです。「win-win-win」なビジネスモデルをつくらなければ、と改めて思います! ユーザーだけではなく、関わる人全てにメリットを与えるビジネスをつくらないと長続きしないと、僕は思っています。多田さん、愛りがとうございます!
以上
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