書いてあること
- 主な読者:農業の法人化を検討している事業主
- 課題:法人化に当たり、どのような形態が向いているのかを知りたい
- 解決策:会社法人の場合、家族経営を法人化したい、大規模の農家が小規模の農家を巻き込んで規模の拡大を図りたい場合などに適している
1 農業法人の区分と法人化するメリット
1)農業法人と農地所有適格法人の区分
農業法人とは、法人形態で農業を営む農家の総称です。農業法人の区分は次の通りです。
2)農業経営を法人化するメリット
1.経営意識の転換
農地所有適格法人になることで、農業経営に掛かる経費と家計の明確な区別が必要となり、コスト削減を意識するなど、農家が経営責任に対する自覚を持ちやすくなります。
2.対外信用力の向上
農地所有適格法人には財務諸表の作成が義務付けられているため、経営内容を数値で示すことができ、金融機関や取引先への対外信用力が向上します。
3.農業従事者の福利厚生面の充実
農地所有適格法人になることで、農業従事者の福利厚生を充実させやすくなり、外部からの新規就農者が見込みやすくなります。
4.機械・設備費の削減
経営を一本化することで機械や設備を共有することができ、効率的な利用やコストの削減が可能となります。
5.税制上の優遇
農地所有適格法人の場合、課される税金は定率課税である法人税となり、所得が一定以上の場合、累進課税である所得税よりも税率が低くなることがあります。これに加えて、役員報酬が損金として処理できる、欠損金の繰越控除が可能な期間が10年間(個人の場合は3年間)(注)になるといったの税制上の優遇措置があります。
(注)2018年4月1日以後に開始する事業年度分において生ずる欠損金の繰越期間は10年間です。また、2008年4月1日以後に終了する事業年度から2018年4月1日前に開始する事業年度分において生ずる欠損金の繰越期間は9年間となります。
2 農地所有適格法人の設立要件
会社法人である農地所有適格法人の設立手続きなどは、基本的には他の業種の法人と同様ですが、事業要件・構成員要件など、別途満たさなければならない要件もあります。こうした要件が設定されているのは、農地権利を取得した他の業種の法人が農業以外の目的で農地を利用することなどを防止するためです。
農地所有適格法人の設立のために満たさなければならない要件は次の通りです。
1)事業要件
農地所有適格法人の主たる事業は、農業および関連事業でなければなりません。農業は農畜産物の生産・販売、関連する事業は、他の農家などで生産されたものを含む農畜産物の加工、貯蔵運搬、販売や農業生産に必要な資材の製造、農作業の受託などです。
また、農業および関連事業の売上高の合計が全体の売上高の50%を超えていれば、他の事業を営むこともできます。
2)構成員要件
会社法人である農地所有適格法人の構成員は、株式会社にあっては次のいずれかに該当する者が有する議決権の合計、持分会社(合同会社など)にあっては次のいずれかに該当する社員の数が社員総数に占める割合がそれぞれ過半数である必要があります。
- その法人に農地の権利を提供している者(農地を売ったり貸したりしている者)
- その法人が行う農業に常時従事する者(原則として年間150日以上従事)
- 農地を現物出資した農地中間管理機構
- 地方公共団体、農協、農協連合会
- 農作業の委託者
- 農地を農地利用集積円滑化団体や農地中間管理機構に貸し出している者
3)役員要件
農地所有適格法人は、理事等(農事組合法人では理事、株式会社では取締役、持分会社では業務を執行する社員)の過半数が農業(販売・加工を含む)に常時従事する者(原則として年間150日以上従事する者)でなければなりません。
そして、役員または重要な使用人(農場長等)のうち、1人以上がその法人が行う農業に必要な農作業に一定期間(原則として年間60日以上)従事している必要があります。
4)要件適合性の確保のための措置
農地所有適格法人の要件は、農地の権利を取得した後も満たされていることが必要です。農地所有適格法人が必要な要件を満たさなければ、農地所有適格法人ではなくなり、最終的に農地は国に買収されることとなります。
農地所有適格法人が農地の権利を取得した後も、要件に適合していることを確保するため、次に挙げる措置が設けられています。
1.農業委員会への報告
農地所有適格法人は、毎事業年度の終了後3カ月以内に、事業の状況などを農業委員会に報告しなければなりません。この毎事業年度の報告をしない、もしくは虚偽の報告をした場合には30万円以下の過料が課せられます。
2.農業委員会の勧告およびあっせん
農業委員会は、農地所有適格法人が要件を満たさなくなる恐れがあると認められるときは、法人に対し必要な措置を取るべきことを勧告できます。この場合、法人から農地の所有権の譲渡をしたい旨の申し出があったときは、農業委員会はあっせんに努めることとされています。
5)農地所有適格法人がその要件を欠いた場合
農地所有適格法人がその要件を欠いた場合、農業委員会は買収すべき農地等の公示を行い、農地の所有者に通知します。公示があった場合、その法人は3カ月以内に農地所有適格法人の要件を満たすよう努力し、要件が回復できれば、公示は取り消されます。しかし、3カ月以内に要件を回復することができなかった場合、その後3カ月以内にその法人は所有している農地を譲渡し、貸し付けを受けている農地は所有者に返還しなければなりません。
3カ月を過ぎても所有している農地などや貸し付けられている農地などは、最終的に国が買収します。
3 会社法人の形態を取る農地所有適格法人の概要と設立手続き
1)会社法人の形態を取る農地所有適格法人の概要
会社法人は営利行為が目的とされています。また、会社法人は、1人以上の構成員により設立することができ、1人当たりの出資額には制限がありません。従って、経営者に権限を集中させることや、他の農家あるいは農家以外の者から出資を受けることが可能であり、次に挙げるような目的がある場合に適しています。
- 家族経営を法人化する
- 大規模農家が小規模農家を巻き込んでさらに規模拡大または経営の効率化を図る
会社法人である農地所有適格法人の類型には株式会社・合同会社・合名会社・合資会社などがあります。経済産業省「人的資産を活用する新しい組織形態に関する提案」によると、出資者と会社債権者との関係および所有と経営の関係から見た会社法人の位置付けは次の通りです。
合資会社と合名会社は個人事業主と同様に無限責任であり、法人が多額の債務を抱えるなどして破綻・倒産した場合、個人の私財を全てなげうってでも法人の債務を弁済しなければなりません。農業では天候不順や自然災害などが作物の生育に与えるリスクが大きく、農地所有適格法人の形態として無限責任に基づく合資会社や合名会社を選択することは一般的ではありません。それらに対して、有限責任に基づく株式会社や合同会社の場合は、個人の出資額の範囲内で法人の債務を弁済します。従って、会社法人である農地所有適格法人を設立する際には、株式会社か合同会社のいずれかを選択することが多くなっています。
山形県「農業経営の法人化マニュアル」によると、株式会社と合同会社の組織形態の特徴は次の通りです。
2)会社法人の形態を取る農地所有適格法人の設立手続き
農林水産省「農業法人について『法人の設立手続』」によると、会社法人である農地所有適格法人の設立手続きは次の通りです。なお、実際に農地所有適格法人を設立する際には、弁護士・税理士・行政書士・社会保険労務士などの専門家と相談しながら手続きを進めることになります。
会社法人の組織形態を取ることから、会社法の規定にのっとって設立手続きを進める必要があります。特に株式会社については、農事組合法人および合同会社に比べて、手続きが複雑になります。設立登記は各地の法務局にて行い、社会保険等は行政官庁などに届け出をします。
会社法人の設立手続きは他の業種と同様ですが、法人を設立しただけでは農地の権利を持つことができません。法人設立に加え、各市町村の農業委員会に対して農地の権利の許可を申請する必要があるため、会社法人設立手続きと並行して、農地の権利の申請について農業委員会と相談しながら進めるとよいでしょう。また、法人の設立後は毎事業年度の終了後3カ月以内に、事業の状況などを農業委員会に報告する必要があります。
以上(2019年4月)
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