適材適所の極意〜守屋淳の、ビジネスに生かせる『論語』と『韓非子』(5)〜

うまく機能する組織、成員が幸せになる組織とはどのようなものか。この難問の答えを、まったく正反対の立場にある『論語』と『韓非子』を読み解きながら、守屋淳が導き出していくシリーズです。

1 「適材適所」の必要性

連載の第三回目で触れたように、孔子は「天体のような組織」を理想の形だと考えていました。

  • 政を為すに徳を以ってす。譬(たと)えば北辰のその所に居りて、衆星これに共(むか)うが如し(政治の根本は、徳である。徳とは、たとえて言えば北極星のようなもの、デンとまんなかに座っているだけで、他の星はすべてそのまわりを整然とめぐっている)『論語』

この一節の冒頭にあるように、この図式のなかで何より重要なのは「徳」。上に立つ人間が、

「あの人ならついていきたい」
「あの人の命令なら聞ける」

と下から思われる「徳」を持ってこそ、組織は健全にまわっていくというわけです。ただし上に立つ人間に「徳」さえあればいいのか、といえば、実はもう一つ重要な要素があります。それを示したのが次の言葉です。

  • 一夫(いっぷ)も獲ざれば、則ち曰く、これ予の辜(つみ)なりと(一人でも適材適所で登用されていない人間がいたら、それは皆わたしの責任だ)『書経』

これは殷王朝の名宰相だった伊尹(いいん)の語った言葉。組織運営ではよく言われますが、「適材適所」が不可欠だというのです。

確かに、いくら上下の絆が固く結ばれていたとしても、数字が苦手な人間に経理をやらせたり、コミュニケーション下手に営業を担当させたりしたのでは、組織として成果があがるはずもありません。

では、どうしたらうまく「適材適所」はできるのか。実は原理はいたって簡単で、次の言葉に集約されています。

  • その長ずる所を貴び、その短なる所を忘る(その長所だけを見て、短所は忘れてやる)『三国志』

『三国志』の時代、呉の君主だった孫権は、人使いがうまいことで知られていました。そんな彼が「適材適所」の要諦を語った一節。さらに、『論語』にもこんな言葉があります。

  • 君子は人の美を成し、人の悪を成さず。小人はこれに反す(君子は人の美点を育むが、悪い点は助長しない。小人は逆である)『論語』
  • 君子は事(つか)え易(やす)くして説(よろこ)ばしめ難し。これを説ばしむるに道を以ってせざれば、説ばざるなり。その人を使うに及びては、これを器(き)にす(君子に仕えるのはやさしいが、気に入ってもらえるのは難しい。なぜなら、仕えるときにはうまく能力を引き出してもらえるが、きちんと道理にかなったことをしなければ気に入ってもらえないからである)『論語』

いずれの名言にも共通するのは、ただ一言、「長所だけを見て、使っていく」ということです。ただし、これは簡単なようでとても難しい。この難しさはよく「欠けた円」でたとえられるのですが、「円」の一部が切れて、「C」のようになっていたとします。そこで、人はどこに注目するのかといえば、当然のように切れている部分。繋がっている部分ではありません。

人の長所や短所も同じこと。どうしても人の目は短所にいきがちになり、長所で使いこなせなくなるのです。

まず長所にのみ焦点を合わせる、これが「適材適所」の大原則なのです。

単純な話にも見えますが、それぞれを探究していくと、結構、奥深い中身が見えてきます。

2 士は己を知る者のために死す

さらに、「適材適所」がうまく実現できたなら、それは上と下との結びつきを何よりも緊密にする効果を発揮することがあるのです。まず、その前提となるのが、『老子』という古典にあるこんな指摘です。

  • 人を知る者は、智なり。自ら知る者は、明なり(人を知る者はせいぜい智者のレベルに過ぎない。自分を知る者こそ明知の人である)『老子』

確かに人間は自分のことを客観視できない以上、自分のことが案外わかっていなかったりします。しかも、それは自分の強みや弱みに関しても同じだ、と指摘しているのが、かの有名なドラッカーなのです。

《誰でも、自らの強みについてはよくわかっていると思っている。だが、たいていは間違っている。わかっているのは、せいぜい弱みである。それさえ間違っていることが多い。しかし何ごとかをなし遂げるのは、強みによってである。弱みによって何かを行うことはできない。できないことによって何かを行うなど、とうていできない》『プロフェッショナルの条件』ピーター・F・ドラッカー 上田惇生編訳 ダイヤモンド社

後段は、まさしく「適材適所」の教えとも重なり合ってきますが、ドラッカーの観察はまさしく『老子』とそっくり同じなのです。

ただしこれは裏を返せば、第三者であるならば、その人のことを客観的に見ることができるということも意味します。他人だからこそ、本人の気付いていない長所を見抜くことができる場合があるのです。

組織において、上司が部下に対してこうした観察を発揮し得て、しかも適材適所で使いこなせたなら、最終的には次のような人間関係の構築が期待できます。

  • 士は己を知る者の為に死し、女は己を説(よろこ)ぶ者の為に容(かたち)づくる(士は己を知る者のために命を投げ出し、女は己を愛する者のために化粧をする)『戦国策』

「あの人は自分のことをわかってくれた」「自分ですら気付かない長所を開花させてくれた」

そんな思いが、「あの人のためなら命すら投げ出せる」という強い思いを育んでいくわけです。

3 臆病者の武士をどう使うか

こうした「適材適所」における絶妙な事例を一つご紹介しましょう。

日本の戦国時代、最強といわれた武田軍団を率いた武田信玄に、こんなエピソードがあります。

武田家に、岩間大蔵左衛門(いわまおおくらざえもん)という家臣がいました。彼は生まれついての臆病者で、合戦になると決まってひきつけを起こして、目をまわし、一度も前線で戦ったことがなかったそうです。

他の家臣たちは口々に、「今は戦国の世のなかで、一人でも多く武功を立てる者が欲しいご時世。ところが大蔵左衛門は、とんでもない臆病者。武士として召し抱えておくべきではありません」と言いますが、信玄は、まだやりようがあるのではないかと考えます。

そこでまず、合戦のときに良馬を選んで、その鞍に大蔵左衛門を縛りつけて、大勢の血気盛んな若者たちに馬の尻を叩かせて、敵中に突進させました。ところが馬というのは、乗る人間の気持ちを読むのに長けているので、大蔵左衛門の臆病心に影響されてしまい、スゴスゴと途中で戻ってきてしまったそうです。

ここまでやってもダメなので、信玄はさらに考えて、大蔵左衛門をある役職につけます。この配置が絶妙なのです。お読みになっている皆さんだったら、そのような役職につけるでしょうか。

答えは、「隠目付(かくしめつけ)」。つまり、味方へのスパイに使ったというのです。信玄は大蔵左衛門にこう申し渡します。「家中の悪事を内偵して、それを聞いたら、隠さず報告するのだ。もし隠し事がわかったら死罪にいたすぞ」。臆病者の大蔵左衛門は、死罪にだけはなりたくないと、必死に家中を内偵して、聞いたことを信玄の耳に入れたそうです。この話、何より絶妙なのが、大蔵左衛門は他の家臣から臆病者として侮られている存在ゆえ、油断を誘ってかえって家中のことが内偵しやすかったということでしょう。

どんな人間にも使いようを見出していく――ここに徳治の一つの極意があるのです。

以上

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無借金経営のメリットとデメリット

「無借金経営」には、財務の健全性が高い、経営の自由度が高いなどのイメージがあり、これを目指す経営者も少なくありません。一方で、無借金経営ではなく、金融機関借入などでレバレッジを効かせたほうがよいという意見もあります。

無借金経営に対する評価は、立場や企業の成長ステージによって変わります。例えば、一般株主の立場であれば、基本的には負債利用によるROE向上を評価します。一方で経営者としては、経営の安定性や返済計画を考慮して財務戦略を検討する必要があります。これらも踏まえた無借金経営のメリット、デメリットについて紹介していきます。


財務・会計の基本が分かる
以下の連載記事もあわせてご覧ください。

1 負債(Debt・デット)と株主資本(Equity・エクイティ)の特徴

まず、負債(Debt・デット)と株主資本(Equity・エクイティ)による資金調達の特徴を整理してみましょう。財務戦略を考える際の大きな特徴は、「負債コスト<株主資本コスト」である点です。

リスク、要求リターン、資本コストの3つの視点から負債(Debt・デット)と株主資本(Equity・エクイティ)の比較結果を示した画像です

企業の立場で見ると、負債は期限までに元本と利息を返済する義務があります。ただし、負債のコストである支払利息は税務上損金算入されるため、節税効果分だけ負債コストが低くなります。株主資本は返済義務がない一方、配当還元(インカムゲイン)と株式価値向上による売却益獲得(キャピタルゲイン)の機会を提供する必要があります。

株主の立場で見ると、負債の場合、企業活動で獲得したキャッシュフローは債権者に優先的に分配されるため、株主は資金回収という点において債権者に劣後します。つまり、株主は債権者と比べて高い資金回収リスクを負っているということなので、株主の立場では、低いリスクしか負わない債権者よりも高いリターンを要求することになります。

2 無借金経営と負債利用の比較

無借金経営と負債利用について、経営のさまざまな視点からインパクトを比較してみましょう。詳しくは後述しますが、無借金経営と比較して、負債利用は財務リスクの高まりや経営の自由度が制限されるなどのデメリットがあるものの、投資機会の有効活用、WACCの低下、ROEの上昇、ガバナンスの強化などを通じて、企業価値を向上させるメリットがあるといえます。

投資機会の有効活用、ガバナンスなど複数の視点から、無借金経営と負債利用の場合の比較結果を示した画像です

1)投資機会の有効活用

企業が成長するためには、既存設備の強化や水平・垂直展開などの新規事業開発は欠かせません。ただし、経営環境が目まぐるしく変化する現代において、これらの投資判断や実施に時間を要していては、本来見込んでいた効果が得られない可能性もあります。

そのため、すでに運転資金を超えた余剰資金で投資予算を組んでいることや、運転資金を保持していない場合でも銀行などの金融機関との強いパイプがあり、タイムリーに資金調達できることが重要となります。金融機関からのタイムリーな資金調達には、過去の借入および返済実績があることが重要となるため、来るべき投資機会に備え、金融機関借入を検討しておくことが望ましいと考えられます。

2)WACC(Weighted Average Cost of Capital。加重平均資本コスト)

前述した通り、負債コストは株主資本コストよりも低いため、負債利用はWACCを低下させることになります。WACCとは、株主資本コストと負債コストの加重平均で求める資本コストで、いわば「資金調達をするのに、どれだけのコストをかけているのか」が分かります。

一般的な企業価値評価手法であるDCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)を前提とした場合、負債利用はWACC低下を通じて企業価値を高める効果があります。DCF法とは、企業価値を将来キャッシュフローの割引現在価値により評価する方法です。

3)ROE(株主資本利益率)

ROEは、「当期純利益/株主資本」で算定する総合的な経営分析指標です。ROEが高いほど株主の出資金を効率的に運用しているということを意味しており、株価との連動性が高くなる傾向があります。

負債コストを上回る収益力のあるビジネスを手がける場合、負債利用により規模を拡大することで、株主の拠出は伴わず(分母は一定)利益を増大(分子が増加)させることが可能となります。

これは負債利用による財務レバレッジ効果といわれており、ROEを高めることが可能です。すなわち、負債利用によってROEを上昇させ、その結果として株価を高める効果が期待できるということです。

4)財務リスク

負債利用によって、財務健全性を示す自己資本比率(自己資本/総資本)は低くなります。自己資本比率が低いと、例えば景気後退により自社の利益が急激に減少した場合などには、返済原資が不足し、倒産リスクが高まることを意味します。

これを踏まえると、負債利用を高める場合は、例えば継続して安定収益を生むことが可能なストック収入型のビジネスモデルを構築することで、可能な限り景気変動による影響を低減させることが理想だといえます。

5)ガバナンス

金融機関は、元本および利息が期日に返済されることを期待して資金を貸し付けます。そのため、金融機関は、自らの資金回収を確実にするのに経営状況を常にモニタリングします。これにより不採算投資や過剰投資が抑えられるなど、経営者が効率的な経営を意識することが期待できます。すなわち負債利用が経営者にとっての規律付けとなり、ガバナンスが働くことになります。

6)経営の自由度

ガバナンス効果が期待できる半面、経営者は重要な意思決定の際に金融機関の意向を考慮する必要があるため、経営の自由度が狭まります。なお、金融機関から経営上有用な情報を入手できる場合もあるため、金融機関と信頼関係を構築しながら経営を行わなければなりません。

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3 財務戦略構築の上で大切な視点

負債利用は企業価値向上の観点から重要であるものの、過度な負債利用は倒産リスクを高めることにつながります。経営者は「最適資本構成」を意識しつつ、企業実態に合った適度な負債利用を検討する必要があります。

では、適度な負債利用とはどれくらいの割合を意味するのでしょうか?

企業のライフサイクル、業種にもよるため一概には言えませんが、一般的には自己資本比率40%以上、フリーキャッシュフローで10年以内に返済できる規模が、財務健全性の観点からは望ましいといわれるので、1つの目安になるかもしれません(あくまでも、一例です)。

まず、自社はどの成長ステージに位置しているのかを踏まえ、自社ビジネスの安定性に資する最適資本構成を考え、企業価値最大化を実現できる財務戦略構築を目指すことが望ましいといえるでしょう。


財務・会計の基本が分かる

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より全体のことを考え、実行する〜守屋淳の、ビジネスに生かせる『論語』と『韓非子』(4) 〜

 うまく機能する組織、成員が幸せになる組織とはどのようなものか。この難問の答えを、まったく正反対の立場にある『論語』と『韓非子』を読み解きながら、守屋淳が導き出していくシリーズです。

1 最高の道徳「仁」とは

前回に引き続いて、トップやリーダーが持つべき三つの「徳」について見ていきましょう。

前回やったのが、まずは状況判断や未来予測をするための「知」でした。

今回は、「知」をベースとした上での「仁」。ビジネスでいえば、プロジェクトなどの方向性を決める段階です。

孔子はこの「仁」こそ人の持つべき最高道徳の一つであり、人々がこの「仁」を旨とすれば、素晴らしい社会が実現する、とまで考えていました。

この「仁」に言及している、『論語』のくだりを、まず見てみましょう。

  • 人を愛すること(人を愛す)顔淵篇
  • 私心に打ち勝って、礼に合致することが仁である(己に克ちて、礼にかえるを、仁となす)顔淵篇
  • 仁者は、率先して困難な問題に取り組み、得ることは後で考える(仁者は難きを先にして、獲ることを後にす)雍也篇
  • 仁者は、自分が人の上に立ちたいと思ったら、まず他人を立たせてやり、自分が手に入れたいと思ったら、まず人に得させてやる(仁者は己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す)雍也篇

親愛の情や思いやり、他人や社会の立場に立つ、といった態度が浮かびあがってきますが、いま一つ「これだ」という説明がありません。

孔子は「仁」をとても重要視したいが故に、それを語ることに慎重だった面があったようです。また、弟子から「仁とは何でしょう」と質問されて、ようやく答えるのですが、それもその弟子に合うようアレンジされているのです。このため、決定的な説明が残されませんでした。

そこで、後世の学者たちは、「仁」について、いろいろな解釈を編み出していきました。

  • 韓愈――《博愛》
  • 朱熹――《愛の理、心の徳》
  • 伊藤仁斎――《性情の美徳、人の本心》
  • 荻生徂徠――《生まれ、成長させ、養い、育むこと》
  • 加藤常賢――《己に忍耐し、他人を親愛する》『中国古代文化の研究』
  • 安岡正篤――《天地・自然の生成化育の人間に現れた徳》『人物を修める』
  • 宮崎市定――《人の道、人道主義、ヒューマニズムのこと》『論語の新しい読み方』
  • 吉川幸次郎――《人間の人間に対する愛情、それを意志を伴って、拡充し、実践する能力》『中国の知恵』
  • 本田濟――《思いやりの心で万人を愛するとともに、利己的欲望を抑え礼儀を履行すること。ただし万人を愛するといっても、出発点は肉親への愛にある》『日本大百科全書』

これまた、わかったようなわからないような説明が並びますが、筆者なりにざっくりまとめるとこうなります。

「愛する範疇を広げていくこと」

なぜこうなるのか、平和な社会を作ったり、よき組織を作るためには、上司や部下、同僚、顧客などへの愛は必要不可欠なものですが、一つ欠点があります。それは、その範疇が狭まりやすいということなのです。

例えば、よく企業同士の合併があると、たすき掛け人事などを始めてしまい、10年以上たってもまだやめられないといった実情があったりするわけです。せっかく合併して一つになり、規模のメリットを生かそうとなっても、人の心情として「前の会社の仲間優先」「前のくくりにどうしてもこだわってしまう」ということが起きるわけです。もちろん組織全体として見れば、これは決していいことではありません。

「あなたの思い入れる対象を、もう少し大きくして、全体のことを考えようよ」

これが「仁」の考え方になるわけです。ビジネスでのプロジェクトにこれをたとえれば、

「それは全社の利益に本当になるのか」「社会貢献になるのか」

といったことを根底できちんと考えているのか、といった話と結びつくわけです。

2 退くべきときは退く実行力

最後に「勇」。『論語』には、こんな言葉があります。

人間として当然なすべき義務と知りながら行動をためらうのは、実行力に欠けている証拠である(義を見て為さざるは勇なきなり)『論語』為政篇

子路が尋ねた。

「君子は、勇を大事にするのでしょうか」

孔子が答えていった。

「君子にとっては、義の方が大事なのだよ。君子に勇があっても、義がなければ反乱を起こしてしまう。小人に勇があっても、義がなければ泥棒に手を染めてしまう」(子路曰く、「君子は勇を尚ぶか」。子曰く、「君子は義を以って上となす。君子勇ありて義なければ乱をなす。小人勇ありて義なければ盗をなす」)『論語』陽貨篇

この「勇」という徳目、一般的には「勇気」と訳されていますが、ニュアンスとしては前者の訳にある「実行力」の方がより正鵠を得ています。なぜなら、「勇気」と聞くと日本人は、

「リスクにひるまず突き進む」

といったイメージを一般に思い浮かべがちだからです。でもリスクを取れば、失敗するのも人の常。その場合は、「パッと潔く散る」のを美学として感じたりもするわけです。満開の桜が風に吹かれて、はかなく散っていくように……。

でも、中国における「勇」はまったく意味が違いました。『論語』にはこんな問答があります。

孔子が顔回に語りかけた。

「いったん登用されたら、すすんで手腕を発揮するが、認められないときは、じっと社会の動きを静観している。これができるのは、私とお前くらいなものであろうな」

そばから子路が口をはさんだ。

「では、先生が国軍の総司令官に任命されたら、どんな人物を頼りにされますか」
「素手で虎に立ち向かい、歩いて黄河を渡るような命知らずは、ご免被りたい。いざというとき、周到な策をめぐらし、慎重に対処する人間の方が頼りになるよ」(子、顔淵に謂いて曰く、「これを用うれば則ち行い、これを舎つれば則ち蔵る。ただ我と爾とこれあるかな」。子路曰く、「子、三軍を行わば、則ち誰と与にせん」。子曰く、「暴虎馮河、死して悔いなき者は、吾与にせざるなり。必ずや事に臨んで懼れ、謀を好んで成す者なり」)『論語』述而篇

直接「勇」という言葉は出てきませんが、まさしく中国の「勇」のあり方を端的に示しています。つまり、中国人にとっては、

「リスクをきちんと計算し、退くべきときには退いて、結果の出せる実行力」

が「勇」だったのです。これを「君子の勇」、つまり立派な人間の勇気と称します。一方、「パッと潔く散る」のを美学として感じる人のようにリスクを顧みず突き進んでしまうようなやり方は「匹夫の勇」、つまらない人間の勇気として蔑まれました。

さて、ここまでの話をまとめますと、

「あの人、現状認識や未来予測が正しいし、適当なこと言わないから、信頼できるよな」

と思わせるのが「知」。

「あの人、私心なく常に全体のこと考えているよな、あこがれちゃうな」

というのが「仁」。

「あの人、きちんと成果あげられるよな、ついていきたいな」

というのが「勇」になるわけです。

こうした「徳」を身に付けることで、トップやリーダーは信頼され、組織を引っ張っていくわけですが、実はこれだけでは「天体のような組織」はうまくまわりません。

もう一つ、とても重要な「適材適所」という仕事があるのです。(続)

以上

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日米でまったく違う「知」のあり方〜守屋淳の、ビジネスに生かせる『論語』と『韓非子』(3) 〜

 うまく機能する組織、成員が幸せになる組織とはどのようなものか。この難問の答えを、まったく正反対の立場にある『論語』と『韓非子』を読み解きながら、守屋淳が導き出していくシリーズです。

1 三つの達徳――「知」「仁」「勇」

信用や信頼をベースにした理想的な組織とは、どのように作っていけばよいのか――今回からは、この実現法について『論語』をもとに考えていきたいと思います。

まずは、孔子の描いた理想の組織像を端的にあらわしているのが、次の言葉です。

  • 政を為すに徳を以ってす。譬(たと)えば北辰のその所に居りて、衆星これに共(むか)うが如し(政治の根本は、徳である。徳とは、たとえて言えば北極星のようなもの、デンとまんなかに座っているだけで、他の星はすべてそのまわりを整然とめぐっている)『論語』

一言でいえば、トップやリーダーとは北極星であり、その求心力の中心は「徳」だというのです。「徳」の磁力に引かれて、他の星々は北極星であるトップやリーダーを信頼し、そのまわりをクルクルまわっているのです。

では、「徳」とは何なのか。これはいろいろな解釈が可能ですが、『論語』での使われ方を筆者なりにまとめると、こんな感じです。

「対人関係のなかでのよき行動のルール」

例えば、人名にも使われる「諒」という徳目があります。これは一言でいえば、約束を守ること。確かに、社会人として遅刻しない、締切りを守るといった事柄は、よき行動のルールとなるわけです。こうした徳目を、「無意識にできる」「当たり前にできる」というレベルまで会得するのを「修己」――つまり、徳を身に付けたといいます。

こうした「徳」は数多くありますが、なかでもトップやリーダーが信頼されるために身に付けるべき徳目があります。

『中庸』という古典と『論語』には、それぞれこんな指摘があります。

  • 知、仁、勇の三者は天下の達徳なり(知と仁と勇こそが、天下にすぐれた徳なのだ)『中庸』
  • 知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼(おそ)れず(知者は迷わない、仁者は思い悩まない、勇者は恐れることを知らない)『論語』

「知」「仁」「勇」という三つこそ、トップやリーダーには最も重要な「徳」であり、これらを身に付ければ、いざというときも迷わないというのです。この三つは、現代のビジネスでたとえると、新規事業などの立ちあげに必要となる、次の三段階に対応しています。

  • 「知」:情報を大量に集め、選別して、きちんと現状を認識すること。
  • 「仁」:プロジェクトの方向性を決めること。
  • 「勇」:決まった方針通りきちんと実行すること。

単純な話にも見えますが、それぞれを探究していくと、結構、奥深い中身が見えてきます。

2 知らざるを知らざるとなす

まずは「知」について。『論語』にこんな言葉があります。

  • 由、汝にこれを知るを誨(おし)えんか。これを知るをこれを知るとなし、知らざるを知らずとなせ。これ知るなり(これ子路よ、そなたに「知る」とはどういうことか教えてあげよう。それは他でもない、知っていることは知っている、知らないことは知らないと、その限界をはっきり認識すること、それが「知る」ということなのだ)『論語』

子路(本名は仲由、字が子路)とは、孔子の高弟の一人。この一節は、われわれ日本人の「知」のありようを知る上でも――当然、『論語』の影響があるわけです――示唆に富む言葉に他なりません。

まずこの言葉からわかるのは、「知」であるためには、自分の知っていること、知らないことの区分けが必要である、ということです。確かに、

「あるジャンルにおいて、その人が本当に一流か否かの分け目は、そのジャンルの限界を語れるか否かだ」

と言われたりしますが、確かに限界を語れるのは、そのジャンルの知るべきことは知りつくしているからこそ。こうした意味からも、『論語』の指摘の妥当性を見ることができます。

さらに、こうした考え方からは、

「よくわからないことを、ペラペラしゃべらない」
「自分が不案内なことには、口をはさまない」

といった態度こそ、知的であるという観点も生まれてきます。

この点で、とても面白いことに、欧米、特にアメリカでは、「知」に対してこれと対極的な考え方をとっています。『日本辺境論』などのベストセラーで有名な内田樹さんが、『ためらいの倫理学』という本のなかで、こんなことを書いています。

当時はユーゴで悲惨な内戦が起こっていた時期なのですが、アメリカの高校生はこの戦争についてはっきり意見を述べる、と聞いた内田さん、こんな指摘をするのです。

《アメリカの高校生だってユーゴの戦争についての知識は私とどっこいどっこいのはずである。それにもかかわらず、彼らはあるいは空爆に決然と賛成し、あるいは決然と反対するらしい。なぜそういうことができるのか。たぶんそれは「よくわからない」ことについても「よくわからない」と言ってはいけないと、彼らが教え込まれているからである。「よくわからない」と言うやつは知性に欠けているとみなしてよいと、教え込まれているからである。》『ためらいの倫理学』内田樹 角川書店

「わからない」ことでもはっきり意見を述べられることが知性である、と考えているわけです。まさしく、『論語』的な知のありようとはまったく逆なのです。

実際、筆者はアメリカ人や、アメリカで子育て経験のある日本人を取材したことがあるのですが、

「自分なりのユニークな意見を持ち、それをきちんと他の人に主張できることが重要」

との考え方で、先生たちが子供たちに接しているそうです。こうした指導の前提には、

「とりあえず自分の意見を持って、他人と議論を闘わせるなかから、より真実に近いものが見えてくる」

という、いわば議論型の「知」のあり方があります。

一方の日本では、ちょっと変わったことをやる園児がいると、すぐに親が呼ばれて、

「なぜ他の子と同じ行動ができないんでしょう、家庭できちんとしつけてますか?」

と言われてしまうことが往々にしてあります。あれこれ言う前に、まずは自分を高めておくことが「知」の要件という考え方であり、これはまさしく『論語』的なのです。

3 情報の大量入力と選別

さらに『論語』にはもう一つ、「知」のあり方に関わる重要な教えがあります。少し長くなりますが引用します。

  • けだし知らずしてこれを作る者あらん。我はこれなきなり。多く聞きてその善なる者を択(えら)びてこれに従い、多く見てこれを識(しる)す。知の次ぎなり(世のなかには、十分な知識もなく、直観だけで素晴らしい見解を打ち出す者もいるであろう。だが、私の方法は違う。私は、なるべく多くの意見に耳を傾け、そのなかから、これぞというものを採用し、常に見聞を広げてそれを記憶にとどめるのである。これは最善の方法ではないにしても、次善の策とは言えるのではないか)『論語』
  • 多く聞きて疑わしきを闕(か)き、慎みてその余を言えば、則ち尤(とが)め寡(すく)なし。多く見て殆(あやう)きを闕き、慎みてその余を行えば、則ち悔い寡なし(できるだけ人の話に耳を傾け、疑問を感じたところはしばらくそのままにしておき、納得のいった部分だけを発言する。そうすれば、つまらぬ失敗から免れることができよう。また、多くのことを見ることも忘れてはならない。そして、疑問に思った箇所はしばらくそのままにしておき、納得のいった部分だけを行動に移す。そうすれば、後悔することも少なくなるであろう)『論語』

一言でいえば、いずれも「情報の大量入力と選別」こそ重要という指摘に他なりません。これは現代のビジネスにおいても、マーケティングを行うような際、当たり前の考え方と言ってよいでしょう。この指摘に、先ほどの子路への教えを合わせると、

「情報を大量に仕入れ、確実なものと、確実かどうかわからないものをきちんと選別する。そして、確実だと思える情報をベースにして現状認識や未来予測を行う」

という「知」のあり方が浮かびあがってきます。こうした認識の土台を作った上で、「仁」と「勇」を発揮していくわけです。

以上

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上下は一日に百戦す〜守屋淳の、ビジネスに生かせる『論語』と『韓非子』(2)〜

 うまく機能する組織、成員が幸せになる組織とはどのようなものか。この難問の答えを、まったく正反対の立場にある『論語』と『韓非子』を読み解きながら、守屋淳が導き出していくシリーズです。

1 信用ベースの組織、不信ベースの組織

『論語』が「信用」や「信頼」に注目して組織やリーダーについて考えた古典だとすれば、まったく逆の立場からそれを考察してみせたのが『韓非子』に他なりません。実際、両書には見事に対照的な指摘が並んでいます。

まずは『論語』から――

  • 老者はこれを安んじしめ、朋友はこれを信ぜしめ、少者はこれを懐かしめん(年長者からは安心され、同輩からは信頼され、年少者からは懐かれる、そういう人間になりたい)『論語』
  • それ仁者は、己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す(仁者は、自分が人の上に立ちたいと思ったら、まず人を立たせる。自分が手に入れたいと思ったら、まず人に得させる)『論語』

人の上に立つなら、「人と信頼し合える関係を作るのが最重要だ」というのが『論語』の考え方でした。

日本では江戸時代以来、こうした『論語』をベースとした組織観が常識となり、海外の研究者から見れば日本の多くの企業が『論語』くさい文化を持つに至ります。

《西欧に必要なものは、(筆者注:日本企業の繁栄を支えた)非神聖化し非宗教化された「精神主義」である》『ジャパニーズ・マネジメント』リチャード・T・パスカル&アンソニー・G・エイソス 深田祐介訳 講談社

《「和」の精神こそ、この50年間に今日の日本を築き上げた方々、私が40年前の初訪日以来親しくさせていただいた方々と、その同僚の方々の偉業だった》『明日を支配するもの』ピーター・F・ドラッカー 上田惇生訳 ダイヤモンド社

筆者はここ数年、かなり企業研修を行っていますが、こうした企業風土は特にメーカー系の企業に色濃く残されていて、その好業績の基盤になっていると感じることがしばしばありました。

ところが『韓非子』になると、こう変わるのです。

  • 人主(じんしゅ)の患いは人を信ずるに在り。人を信ずれば則ち人に制せらる(君主がしていけないことは、相手を頭から信用してかかることである。そんなことをすれば相手からいいように利用されてしまう)『韓非子』

人なんか信用してたら騙されるだけ、お人好しじゃ生き残れないよ、と冷たく言い放ちます。実際、こうした面も現実にはあるわけで、ドロドロした足の引っ張り合いは組織につきもの。筆者も企業の研修の講師として出向いたとき、「参加者はきっとお互い足を引っ張り合っているんだろうな」という雰囲気が、講師の立場からも感じとられてゾッとしたことがありました……

『論語』と『韓非子』にも、実に対照的な上下関係の描写が収められています。

  • 君、臣を使うに礼を以ってし、臣、君に事(つか)うるに忠を以ってす(君主が家臣を使うには礼を基本とし、家臣が君主に仕えるには、良心的であることを旨とする)『論語』

『論語』の場合は、節度と良心をベースとした前向きな関係が前提とされるのですが、『韓非子』になるとこうなります。

  • 上下(しょうか)は一日に百戦す。下はその私を匿(かく)して用(も)ってその上を試し、上は度量を操りて以ってその下を割く(君主と臣下とは、一日に百回も戦っている。臣下は下心を隠して君主の出方をうかがい、君主は法を盾に取って臣下の結びつきを断ち切ろうとする)『韓非子』

書き下し文にある「上下(しょうか)は一日に百戦す」というのは現代でも使われる有名な言葉ですが、ではなぜ『韓非子』はここまで極端な組織観、人間観を打ち出すに至ったのでしょうか。ここには『韓非子』が生まれた時代背景が絡んできます。

2 競争の激化が不信を募らす

『論語』の主人公である孔子が活躍したのは、春秋時代の末期でした。この時代は、戦乱の真っ最中とはいえ、まだ天下や諸侯国には、秩序を重んじる気風が残っていました。孔子は、

「確かに今は戦乱の時代だが、昔のように秩序ある状態にもどれるはず」

という考えから、「信用」や「和」を重んじる組織観を打ち出していきました。会社でいえば、沈みかけた会社にコンサルタントが乗り込んでいって、

「まだ大丈夫です、この会社は確かに業績が悪化して、社内の雰囲気もいいとはいえませんが、今からでも十分立て直せます」

と、力強く主張するような感じでした。

一方、『韓非子』の著者である韓非が活躍したのは、孔子の没後200年以上たってから。もう戦乱や下剋上がどうしようもないほど進んでしまい、

「自分の生き残りしか考えられない。部下なんか信用したら本当に寝首をかかれかねない」

というシビアな時代状況に陥っていました。『韓非子』にはこんな言葉もあります。

  • 上古は道徳を競い、中世は智謀を逐(お)い、当今は気力を争う(大昔は道徳を競い合ったものだが、少したつと智謀が求められ、今では気と力を削り合う争いになっている)『韓非子』

つまり、昔の競争は牧歌的だったから「道徳」だとか「和」だとか言っていられたけれど、今の競争はシビア過ぎて、そんなこと言ってられないんだよ、というわけです。

この点、現代でもまったく同じ面があります。戦後の日本企業は『論語』的だとずっと言われ続けてきました。ところが1990年代に入り、アメリカでのブームを受けて「成果主義」を導入した結果、人間関係がひどくギスギスするようになっていきました。同僚や後輩は、助け合い、信頼し合う対象という以上に、蹴落とし合うライバルという側面が強く出始めてしまったわけです……。

実は『韓非子』の考え方は、現代の「成果主義」を2000年以上前に先取りしている内容を持っています。しかも、その考え方は「成果主義」以上にシビアで先鋭的だったりもするのです。

さらに現代は、『韓非子』のような組織観、人間観をとらざるを得ない局面が、とても増えています。その根本にあるのが、グローバル化と価値観の多様化という問題なのです。

3 グローバル化が招く不信

筆者は、日本企業が海外に広告を出す際の、仲介をしているビジネスマンから、こんな話を聞いたことがあります。

「日本のメーカーが、イタリアの新聞に4色カラーの広告を出稿したときのことです。実際に出来上がった紙面を見ると、4色の線が1ミリくらいずつズレて印刷されていたんです。日本の常識では、あり得ないような状態なのに、イタリアの新聞社側は、
『載せたんだから、金を払ってくれるのが当たり前』
という態度。いったいどうしたらよいのか、と頭を抱えましたね……」

さらに、ある会社で研修したときには、こんな話も聞いて度胆を抜かれました。

「自分は中東で仕事をしていたんですが、中東の人は時間にルーズ。それはわかっていたんですが、一度4時間遅刻されたことがありまして、さすがに、
『なんで遅刻するんだ』
と聞いたことがあるんです。すると返ってきた答えはこうでした。
『時間って何?』
これには返しようがありませんでした……」

いずれも極端な例といえば例ですが、これは異文化の人と仕事をする際にはつきまとう問題なのです。つまり、お互いの常識や無意識の価値観が違うと、どうしても、

「こちらの意図通りにならない」
「思いもよらず期待や信頼を裏切られた」

ということが起こらざるを得ません。『韓非子』の場合、裏切りはわざと行われるものですが、こちらの場合わざとではない分、さらに問題が根深いともいえるのですが……

さらに、価値観の多様化という切り口でいえば、「仕事中毒」と「イクメン」、「男尊女卑」と「完全実力主義」など、考え方の違う人はいくらでもいます。そんなベクトルの混乱した状況でも組織を一つにまとめ、成果をあげるための強い手法として『韓非子』はあるのです。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年12月10日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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本当に必要? コーポレートサイト制作のすゝめ

会社が「コーポレートサイト」を作るのは当たり前。近年、このようなイメージが定着してきていますが、そもそもコーポレートサイトとは、どのようなサイトなのかをご存知でしょうか。

会社が作るWebサイトには、コーポレートサイト以外にも目的や用途によってさまざまな種類があります。

  • 自社の情報を開示し発信するための「コーポレートサイト」
  • 人材採用に特化した「リクルートサイト」
  • 製品やサービスを販売する「ECサイト」
  • さまざまな情報配信やリードナーチャリングを目的とした「オウンドメディア」
  • 製品やサービスの情報がメインで、申し込みや問い合わせを目的とする「サービスサイト」(サービスサイトは、用途によって「キャンペーンサイト」「ランディングページ」と呼ばれることもあります)

この記事では、会社の情報を掲載してインターネットに公開するシンプルなWebサイト、いわゆる「コーポレートサイト」について、長くIT業界でWebサービスに携わっている筆者がご説明します。

1 なぜコーポレートサイトを作るか

コーポレートサイトの役割は、「インターネットにある名刺のようなもの」と考えるとイメージしやすいと思います。

会社名、事業内容、住所、連絡先、設立年月日、代表挨拶など、その会社が「何者なのか」を示す情報を、公式の情報として配信するのがコーポレートサイトです。

これから新しく取引を始めるかもしれない会社との挨拶で、「必要ないので名刺は作っていません」と言われたら、どのような印象を持たれるでしょうか。

極端な例のようですが、コーポレートサイトがない会社は、インターネットでその会社の情報を得ようとしているユーザーに対して、社員が名刺を持っていない会社と同じような印象を与える可能性があります。

もちろん、コーポレートサイトがなくても立派な会社は数多くあります。しっかりしたサイトがあるからしっかりした会社、という保証もありません。

しかし近年は、コーポレートサイトがないというだけで、会社の信用や印象を損ねてしまう時代になりつつあります。

名刺の役割と同じく、「あるのが普通で具体的なメリットは分かりにくいけれど、ないと何かと困ることが多い」と考えると、分かりやすいのではないでしょうか。

従って、コーポレートサイトに期待できるメリットは限られています。「認知度の向上」「対外的な信用力の強化」などが主な役割です。

実は、上記以外の目的(例えば、人材採用、製品やサービスの販売など)に、コーポレートサイトはそれほど向いておらず、他の効果を期待しすぎて、必要以上に情報や機能を追加していくことはあまりお勧めできません。

サイトに来訪するユーザーから見ると、情報量が多くなりすぎて、自分が欲しい情報や機能にたどり着きにくく、結局何をしたいサイトなのか分からなくなるからです。

このようなサイトを作ってしまうと、名刺なのか広告なのか分からなくなり、これでは、本来期待できるはずの効果も薄れてしまいます。

コーポレートサイトの効果を最大限に引き出すには、自社の情報をまず「正確に」、そして「分かりやすく」発信することに集中し、それ以外の効果を求める場合はコーポレートサイトではなく、初めから目的に合った種類のWebサイトを作るほうが、より効果が期待できると思います。

2 どうやってコーポレートサイトを作るか

コーポレートサイトは、大きく分けて3通りの作り方があります。

1)全て自分で作る

Webサイトを作るのに必要な一通りの作業(ライティング、デザイン、プログラミング、サーバーとドメインの契約と設定等)を自社内で対応できる場合です。この場合、知識も豊富にあると思いますので、以降の内容は必要に応じて参考にしてください。

自分で作る際に注意するポイントとしては、近年、パソコン等の端末からではなく、Webサイト経由で発生するセキュリティー事故が増加傾向にあります。

セキュリティーに脆弱性のあるWebサイトをインターネットに公開するということは、サイバー攻撃の入り口を自分から用意してあげるようなものです。

このような理由から、本当に自信があるという方以外には、自分で作ること自体をあまりお勧めしていません。

2)制作を社外に依頼する

3つの方法の中で最も多く選ばれるのがこの方法です。依頼先としてよくあるのは、「制作会社」「フリーランス」「知人」の3つです。

1.制作会社

品質は比較的良いものが期待できます。費用は3つの依頼先の中では一番割高ですが、依頼者の手間は比較的少なく、制作者から文章やデザインなどの提案が受けられることが多いです。保守契約を交わせばアフターフォローも受けられますし、フリーランスの場合よりもさまざまな面で安心感があります。

制作会社に外注する際のポイントとしては、サイトを制作するための費用だけでなく、サイトが完成した後の費用も含めて、委託費の妥当性を判断することです。

例えば、初期費用が非常に安い制作会社もありますが、その場合はサイトを維持するための費用や、情報を更新する際の作業費用が割高だったりする可能性があります。

発注する前に必ず、完成した後のアフターフォローや、その際に追加でかかる費用を確認しておくことが、トラブルを避けるために重要です。

2.フリーランス

品質はバラツキがあります。費用は制作会社よりも安めのことが多く、その代わりに電話やメールなどリモートでのコミュニケーションが前提です。依頼者からデザインや文章についてかなり具体的な指示をしなければならないことが多いです。個人のため、十分なアフターフォローが受けられないこともあるようです。

コーポレートサイト制作が可能なフリーランスは、以下のようなWebサービスで探すことができます。

●クラウドワークス
https://crowdworks.co.jp/

●ランサーズ
https://www.lancers.jp/

フリーランスに外注する際のポイントですが、上記のようなフリーランス検索Webサービスでは、受注実績数やクライアントからの評価、実績や作品などを確認することができます。なるべく評価が高く、自分が依頼したい内容に近い経験を持つ方に依頼することが重要です。

しかし、評価が高いフリーランスは人気があり、多忙なことが多いです。また金額面では、制作会社とそれほど変わらないこともあります。

かといって、まだ評価が低く、実績が少ないフリーランスへの発注にはリスクが伴います。納期が守られない、突然連絡が取れなくなるなど、よく聞く話ですので、フリーランスとの付き合いに慣れているという方以外には、あまりお勧めできない方法です。

3.知人

品質はバラツキがあります。気軽に依頼できる半面、品質に満足できなかったり、納期に間に合わなかったりしても、気を使って強く依頼ができないことがあります。費用は制作会社、フリーランスと比べて一番割安となることが多いです。

知人の方に依頼する際には、完成した後、サイトを更新したいときに、すぐに依頼を受けてもらえる間柄の相手かどうかが、非常に重要なポイントです。

例えば住所が変わったとき、配信したプレスリリースを掲載したいとき、長期休暇のお知らせなど、意外と更新の機会は多いものです。

自社で更新する手段がある場合は問題ないのですが、そのサイトを更新できるのが制作者の方しかいない、という状況は大きなリスクがあります。

たとえ親しい間柄の方であっても、事前にアフターフォローや保守についての内容を確認し、費用を支払い、簡易的ではあっても書面で合意した上で、制作を依頼することをお勧めします。

3)Webサービスを使って自分(社内)で制作する

ここ数年で、デザインやプログラミングの知識、技術がなくても比較的簡単にWebサイトが作れる便利なサービスが増えてきました。

どのサービスが良いかは目的や用途、最終的には好みによるのですが、以下のようなWebサービスがあります。

●WIX(ウィックス)
https://ja.wix.com

●Jimdo(ジンドゥー)
https://jp.jimdo.com

●Wordpress(ワードプレス)
https://ja.wordpress.org

●baser CMS(ベイサーシーエムエス)
https://basercms.net

●ペライチ
https://peraichi.com

●Google Sites(グーグルサイト)
https://sites.google.com

●BiNDup(バインド・アップ)
https://bindup.jp

●FIRSTWEB(ファーストウェブ)
https://firstweb.jp

3 いくらで作れるか

Webサイトのページ数、コンテンツ数、デザインなどによって大きく変わってくるので一概には言えませんが、完成までに必要な制作費用は「0~300万円/1サイト」、完成してからの維持費用が「0~5万円/月額」の範囲、と考えておけばよいと思います。

あくまで私個人の感覚値ですが、制作会社に依頼した場合は、初期費用60万~80万円前後、月額維持費用が5000~1万5000円くらいのところが多いと思います。

なお、初期費用が安いところもありますが、そういった制作会社の場合、月額費用が高めの設定になっていることが多く、結果、変わらないか、むしろ割高に設定されていることがあります。

フリーランスの場合は、制作会社の50~70%程度、知人の場合は、私の周りだと10万~20万円で引き受けてもらえるケースが多いように思います。

特に親しい間柄の場合は無償同然で作ってくれる方もいます。

コスト的にはうれしいのですが、作ったWebサイトに、何らかの問題があったときや追加対応が必要になったとき、遠慮して依頼がしにくい関係になってしまうため、適正な費用を支払い、簡易的でも契約を交わすことをお勧めします。

前述したWebサービスを使って自分(社内)で制作した場合、初期費用はほぼ無料から数万円、月額費用が数百円から数千円と安価で制作することができます。

Webサイトに求めるものによって変わりますが、自社内である程度対応できる体制が整えられるのであれば、初期はWebサービスを使うことを検討されてもよいと思います。

4 どれくらいの期間で作れるか

誰かに制作を依頼する場合、完成までに必要な期間は、簡単でシンプルな内容のものであれば1カ月、一般的な内容であれば2~3カ月です。ただしこれは、自社がスケジュール通りに要件を決め、必要な原稿を提出し、デザインもスピーディーに決めることが前提となります。

以上のスケジュール感は、どこに頼んでも大体同じ納期だと思います。複数人で作業をすることが前提のため、一般的に制作会社の納期が一番長いことが多いです。

Webサービスを使って自分で制作する場合は、早ければ当日中に、かなり時間をかけても1週間以内には完成すると思います。すぐにコーポレートサイトが必要な場合は、Webサービスで作るのがよいと思います。

5 結局のところ本当に必要なのか

これから創業する人や、まだコーポレートサイトを作っていない方々が知りたいのは、「本当に必要なのか」「具体的に何の役に立つのか」「かけたコストに見合う効果はあるのか」といった、本音の話だと思います。

私の経験から正直にお伝えすると、コーポレートサイトがなくてもそれほど困らない、という会社は確かにあります。逆に、サイトを作ってすぐに、具体的な効果が出たという会社は、私の知る限りそれほど多くないです。

これまでご説明してきた通り、コーポレートサイトはあくまでインターネット上にある名刺のようなもので、製品やサービスを直接販売することができるECサイトや、自社製品のPRや集客ができるサービスサイトとは違い、すぐに効果が見込めるという類のサイトではありません。

しかしながら、インターネット上に会社の公式情報が存在しないことによって、小さなリスクや機会損失がたびたび発生し、それが月日を経て積み重なってじわじわ効いてくる、というのもまた現実の出来事なのです。

きちんとしたコーポレートサイトを作っていることによって、その会社に一定の好印象と信用を与えることは紛れもない事実だと思います。

また先にご紹介した通り、近年では、気軽に試せてコストや手間をあまりかけずにコーポレートサイトを作ることができるWebサービスがたくさんあります。

もし御社がまだコーポレートサイトを作っておらず、今まさに検討しているという状況であれば、まずはWebサービスで簡単にお試しのサイトを作ってみる、それで十分と満足すればそれでよし。それで満足いくものができなかった場合はどこかに制作を依頼する、という流れを筆者からはお勧めします。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年12月10日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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守屋淳の、ビジネスに生かせる『論語』と『韓非子』(1) 〜なぜ孔子は食糧よりも信頼を取ったのか〜

うまく機能する組織、成員が幸せになる組織とはどのようなものか。この難問の答えを、まったく正反対の立場にある『論語』と『韓非子』を読み解きながら、守屋淳が導き出していくシリーズです。

1 よき組織をいかに作るのか

古今東西を問わず、ほとんどの人は何らかの組織に属しながら、生計を立てたり、生きがいを見つけたりしてきました。
人は一人でできることには限界がありますが、きちんとした組織に入ったなら、単純な個々の成員の和以上の大きなことが成し遂げられるからです。

このため、

「うまく機能する組織とは、どのようなものだろう」
「成員が幸せになる組織とは、どのようなものだろう」

といった問題が、どの地域、どの時代でもクローズアップされてきました。
中国の古代、この難問に対して、まったく正反対の立場から、解答を出そうとした二つの書籍があります。

それが『論語』(ろんご)と『韓非子』(かんぴし)。ともに中国の紀元前、戦乱が真っ盛りだった春秋戦国時代に著された古典に他なりません。

最初に、両者の立場の違いをざっくりと言ってしまうと、

『論語』:「ひとまず人を信用してかからないと、よき組織など作れるはずがない」
『韓非子』:「人は状況によって信用できなくなるから、人を裏切らせない仕組みを作らないと、機能する組織など作れない」

というものになります。両者は、こうした立場から、現代にも通用する素晴らしい組織論、リーダー論を打ち立てていきました。前者を「徳治」、後者を「法治」と呼んだりもします。

人間というのは、古今、その行動パターンが変わらないもののようで、『論語』の考え方は、現代日本の家族主義的経営にかなりの影響を及ぼしています。このため、日本企業の多くは、『論語』的な組織観の強みと、そして弱みをそのまま受け継いでいる面があります。

また、『韓非子』の方は、アメリカ型の組織観にそっくりだと言われ、実際1990年代以降に流行した「成果主義」やそれとセットで扱われた「目標管理制度」の考え方とほぼ同じ指摘が『韓非子』に収められているのです。

こうした意味で、『論語』や『韓非子』の考え方を知ることは、現代の組織を知ることにそのまま繋がってくるものなのです。

ただし、もちろん対極的な両者の考え方はかなり偏っているのも確か。中国においても後世、二つを折衷すべしという下記のような考え方が出てきます。

  • 国を治める道とは、寛大さ(徳治)と厳しさ(法治)、その中庸を取ることにある
    (国を治むるの道は、寛猛、中を得るに在り…宋の太宗による言葉。「宋名臣言行録」に収録されている)

『論語』的な立場、『韓非子』的な立場、二つを折衷する立場――この連載では、全12回で、それぞれの考え方の特徴とその強み、弱み、さらには現代的にどのような意味や生かし方があるのか、について探究をしていきます。

今回はまず、『論語』についての、基礎的な事柄について、皆さんにご紹介していきたいと思います。

2 『論語』は孔子の著書ではない

まずは『論語』について。

『論語』は現代の日本人にも人気の高い古典ですが、ついつい間違えてしまいやすい落とし穴が一つあります。

それは、著者が誰かという点。「孔子の書いた『論語』」と言ってしまいそうになりますが、孔子は『論語』の執筆には関わっていません。孔子の死後、100年ほどたって、その教えがバラバラにならないようにと孫弟子や曾孫弟子たちが集まってまとめたのが『論語』だと言われています。

『論語』という書名も、諸説ありますが、一番わかりやすいのは『論』が「編集」や「編纂」の意味で、『語』が「孔子や弟子の語ったこと」というもの。二つ合わせて、

「孔子や弟子が語ったことを編集しました」

となります。

さて、ではこの孔子はいったい何をしようとした人なのか。

当時は、ひどい戦乱の時代で、下剋上が蔓延していました。一言でいえば、孔子は戦乱をやめさせて、平和な国や天下を作ろうとした人物だったのです。そのために自ら政治家になろうとし、弟子たちもよき政治家として育てようとしました。

『論語』には、以下のような問答があります。孟武伯(もうぶはく)というのは、魯という国の政治を牛耳る貴族の家の有力者です。

孟武伯という貴族が、孔子に尋ねた。

「あなたの弟子の子路(しろ)は、仁を身に付けておりますか」
「それはわかりません」

さらに尋ねてきたので、孔子はこう答えた。

「子路は、諸侯国において、軍備の切り盛りをさせることができます。仁のレベルに至っているかどうかはわかりませんが」
「では、弟子の冉有(ぜんゆう)については、どうでしょうか」

孔子が答えるには、

「冉有は、大きな町や、名家の番頭役を務めさせることができます。仁のレベルに至っているかどうかはわかりませんが」
「では、弟子の公西赤(こうせいか)については、どうでしょうか」

孔子が答えるには、

「公西赤は、威儀を正して朝廷に立ち、外交を司ることができます。仁のレベルに至っているかどうかはわかりませんが」

(孟武伯問う、「子路、仁なりや」。子曰く、「知らざるなり」。また問う。子曰く、「由や、千乗の国、その賦を治めしむべし。その仁を知らざるなり」。「求や如何」。子曰く、「求や、千室の邑、百乗の家、これが宰たらしむべし。その仁を知らざるなり」。「赤や如何」。子曰く、「赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむべし。その仁を知らざるなり」)『論語』公冶長篇

これはいったいどういう問答かといえば、現代に置き換えると、企業の人事担当者と大学の先生との会話なのです。

「おたくにいい学生いない? ○○という学生は、最高なの?」

と人事担当者(孟武伯)に聞かれた私学の学長(孔子)が、

「最高とは言いませんが、長所をうまく使ってくれれば、きっとお役に立ちますよ」

と答える、そんな絵柄なのです。

3 信なくんば立たず

では孔子は、いったいどのような政治家を育てようとし、そもそも政治には何が最も重要だと考えていたのでしょうか。そのさまを端的に示しているのが次の問答です。

子貢(しこう)という弟子が、政治の課題について尋ねた。孔子が答えるには、

「食糧を確保すること、軍備を充実させること、そして、国民の信頼を得ること、この三つだ」
「では、やむを得ない事情があって、そのうちの一つを切り捨てなければならないとしたら、どれになりますか」
「軍備だよ」
「では、残りの二つのうち、切り捨てなければならないとしたら、どれになりますか」
「食糧だよ。人間はしょせん死を免れない。それに引き換え、国民の信頼が失われたのでは、政治そのものが成り立たなくなる」

(子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民これを信にす」。子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、この三者に於いて何れをか先にせん」。曰く、「兵を去らん」。子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、この二者に於いて何をか先にせん」。曰く、「食を去らん。古より皆死あり。民、信なくんば立たず」)『論語』顔淵篇

末尾にある、「信なくんば立たず」という言葉は特に有名ですが、この問答は現代の企業に当てはめてみると、とてもわかりやすくなります。

険呑な比喩を使いますと、皆さんの企業が不景気のあおりを受けて、資金がショートしてしまったとします。そこで社長が従業員全員を集めてこう述べるわけです。

「申し訳ないが、資金繰りが悪化してしまった。ついては、3カ月給料を我慢して欲しい。そうすればわが社は立ち直って、またきちんと給料を払えるようになる」

これに対して、皆さんがどう反応するのか。

「食い扶持も出せない会社に誰がいられるか」

と全員辞めてしまえば、そこで会社はおしまいです。一方、

「あの社長の言うことだ、信用してついていこう」

と皆が思えば、会社は立ち直るわけです。食い扶持よりも信用を取る、ということがないと、組織は存続できない場合が出てきてしまうものなのです。

こうした観点をもとにして、「信用」や「信頼されるリーダー」をキーワードとした組織論が『論語』からは生まれていきました。(続)

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年12月9日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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IPO時に必要な企業統治体制や内部管理体制

IPOを行い、企業経営の健全性・透明性を確保しながら継続的に成長するためには、企業統治体制や内部管理体制の構築が不可欠です。例えば、企業の成長段階に応じた機関設計や諸規程の整備、内部管理体制の維持に必要な人員の確保などを行います。

上場企業としてふさわしい経営をするために必要となる、企業統治体制や内部管理体制の構築のポイントを紹介します。


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シリーズ・IPO

こちらはIPOシリーズの記事です。
以下の記事もあわせてご覧ください。

1 企業統治体制や内部管理体制で考慮すべきポイント

1)機関設計および役員構成

企業統治体制を検討する上で、まずは役員の適正な職務の執行を確保するための体制が、適切に整備・運用されている必要があります。会社法では、株主総会および1人以上の取締役の設置が義務付けられています。また、取締役会・監査役・監査役会・会計監査人・監査等委員会・指名委員会等・会計参与については、必要な機関を選択して設置できるとされています。

多くの上場企業の場合、会社法上の公開会社でかつ大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上の企業)に該当するため、取締役会の設置に加え、監査役会または監査等委員会、指名委員会等の設置が必要になります。上場準備企業の多くは譲渡制限会社に該当し、株主数や株主の異動も少ないため、上場後の企業と比較して簡素な機関設計が制度的にも認められています。

また、上場企業は不特定多数の株主や債権者など、利害関係者が数多く存在することから、厳格な機関設計が求められています。上場準備の段階で大会社になっていない場合、会社法上は監査役会または監査等委員会、指名委員会等の設置は義務付けられません。しかし、上場審査の際に監査役および会計監査人による監査が機能しているかどうかなどのコーポレート・ガバナンスの確立が問題となることから、上場準備の段階から取締役会および監査役会または監査等委員会、指名委員会等を設置することが適切といえます。

取締役会はガバナンスにとって重要な役割を期待されていることから、その独立性を担保するために独立役員を少なくとも1人以上確保することが上場企業の義務となっています。上場審査においては、「取締役会のメンバーが充実しているか」「活発な発言が行われているか」がポイントとなり、それらの記録である取締役会議事録の整備が重要です。

2)業務管理体制・社内諸規則の整備

業務管理体制のなかでも、組織や社内諸規則の整備などの業務管理の仕組みを構築することが重要です。社内の多くの関係者を巻き込みながら、相応の時間と労力をかけて取り組む必要があります。

形式的な規程を詳細に作成しすぎてしまうと、経営の機動性が害される可能性があることから、業務管理体制の整備に消極的な経営者も多くいます。しかしながら、業務管理体制の整備は、役員や従業員の責任や権限、業務のルールを明確化することにより、業務の効率性や有効性を高め、コンプライアンス(法令順守)や財務報告の信頼性確保、資産の保全を行うには重要となるものです。そのため、上場を契機として、前向きに取り組むことが望まれます。

さらに、金融商品取引法の規制として、上場した期の末日を基準として「内部統制報告書」を提出することが求められ、原則として「内部統制報告書」に対して公認会計士の監査証明が必要となります。この点について、ベンチャー企業が新規上場した際の内部統制報告実務の過度な負担を軽減する目的で、一定規模の会社を除き、新規上場後3年間は、内部統制報告書に関わる監査義務が免除されています。

具体的な進め方としては、業務管理の現状分析、業務管理方法の見直し、規程・マニュアル・フローチャートの作成および見直しの順で行うのが一般的であり、通常はプロジェクトを推進するためのプロジェクトチームを組成して、遅滞なく進むように運営します。

1.業務管理の現状分析
 まずは、現状どのような業務管理を行っているかを分析する必要があります。どの部署の誰が、どのタイミングで、どのような管理を行っているのかという点について、関係各部署へのヒアリングや社内書類の閲覧により、業務の状況を把握し、フローチャートで可視化します。

上場準備の段階は、売上拡大に重きを置いている企業が多いため、重要な業務の兼務が多いケースや必要な業務管理のための仕組みがないケースが多く、ダブルチェックや承認手続きが適切に行われていないことがよくあります。まずは現状の業務を可視化して、その後に必要な業務管理の仕組みを設置します。

2.業務管理方法の見直し
 業務管理方法の見直しでは、各業務プロセスのなかにどのようなリスクが潜んでいるのか、またどのように対処するのかを検討していきます。具体的な業務管理の方法は、部署間の職務分掌やダブルチェック、定期的な数値の分析、システム的な担保が考えられます。個別の業務管理の体制で主要な点は次の通りです。

販売管理など業務別に管理方法を示した画像です

3.規程・マニュアル・フローチャートなどの作成および見直し
 業務管理方法の見直しを行った後は、責任者と担当者が当該フローに沿って業務の遂行および管理ができるようなルールを構築します。そして、規程やマニュアルを作成して関係者に周知しますが、ビジネスや業務の状況に応じて柔軟に見直しを行います。

規程・マニュアル・フローチャートなどの文書類の作成は、現状の社内文書を参照しながら、必要な規程の決定・作成、規程の運用、問題点・改善事項の洗い出しを計画的に進めます。一度で完璧な文書類ができることはほとんどなく、ビジネスや業務の状況に合ったものにするために何度も改訂を繰り返し行う必要があります。一般的な規程の種類は次の通りです。

基本規程など規程の種別とその具体例を示した画像です

3)コンプライアンス(法令順守)の体制

経営者はコンプライアンスの意義や重要性を理解し、企業倫理を高めなければなりません。上場審査では、企業に関連する法規制や監督官庁などによる行政指導の状況がポイントになります。また、これらの法令等をどのように役員および従業員が順守できる体制にあり、その体制を維持しているかという点について確認が行われます。重要な法規制への対応としては、反社会的勢力との関係、労務関係法規の順守が挙げられます。

1.反社会的勢力との関係
 暴力団等の反社会的勢力との取引や資本関係がないことの確認が行われます。反社会的勢力と企業との関係性としては、株主や役員、取引先が反社会的勢力である場合だけでなく、企業の関係者が反社会的勢力に資金提供などを通じて、その運営に関与していることがないかが検討対象となります。これに関連して、上場申請時に提出する書類である「反社会的勢力との関係がないことを示す確認書」において、役員の経歴、仕入先・得意先、出資者などを証券取引所に報告する必要があります。

2.労務関係法規の順守
 労務関係法規で特に重要になるのが労働基準法であり、労働時間・休日・深夜残業などについての法規を順守しているかがポイントになります。上場準備企業の場合、勤怠管理の未整備、割増賃金の未払や長時間労働の問題が生じていることが少なくありません。

特に時間外労働の未払賃金の有無は上場審査上の重点ポイントであり、過去に時間外労働の未払が発生している場合、2年間に遡って支払う必要が生じる可能性があります。上場準備の過程で過去の未払賃金を全社的に調査し、未払賃金が存在する場合には速やかに精算するとともに、未払賃金の問題が発生しないような勤怠管理などの仕組みを整備する必要があります。

2 上場を考える上で内部管理体制構築に最も重要なこと

上場すると、さまざまなステークホルダーの関与が発生するため、多くの規制に対応する必要があります。しかしながら、企業が上場を検討する際の成長ステージもさまざまであり、全ての上場企業が一律の内部管理体制を構築することは実務的ではありません。

そのため、企業のグループ体制、事業領域の広さ、企業の規模、ビジネスの複雑さに応じた内部管理体制を構築することが大切です。つまり、企業の規模が大きく、グループ企業も多数に上るような企業は、ステークホルダーも多岐にわたることから厳格な企業統治体制が必要であり、事業やグループ体制がシンプルな企業は、柔軟な企業統治体制を構築すれば足りるということになります。

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【朝礼】「売上」は信頼の証し、「利益」は工夫の証し

もうすぐ2018年も終わりを迎えます。今年もさまざまなことがありました。中でも、9月に女優の樹木希林さんが亡くなったことは、私自身がファンだったこともあり、とても衝撃的な出来事でした。

独特の雰囲気を持っていた樹木希林さんは、さまざまな名言を残したとされています。私が忘れられないのは、あるインタビューで次のような趣旨の発言をしていたことです。

「自分のことを俯瞰(ふかん)して、自分が今、この世の中でどのくらいの位置にいるのかなというのを見誤らないようにしている」

樹木さんは、マネジャーを置かず、出演料の交渉も自分で行っていました。彼女は、先の言葉の通り、いつも自分がどのくらいの位置にいるかを見誤らないようにしているため、「出演料の交渉ほど簡単なものはない」のだそうです。

相手が提示した金額が少ないと思えば断り、過大に評価されていると感じれば、自ら、「そこまでの金額を出さなくてもよい」と言うこともあったそうです。言葉を選ばずに言うと、業界における自分の価値と、自分に付けられるべき「値段」を分かっていたということなのでしょう。

私は、「値段」とは、「支払う側が価値を認めてくれた信頼の証し」だと思っています。ビジネスでは、「売上」と言い換えてもよいでしょう。当社の「売上」は、お客様が当社の価値を認め、信頼してくれている証しではないでしょうか。

皆さん、いま一度振り返ってみてください。今年一年、皆さんは、お客様からの信頼に応える仕事、つまり「売上に値する仕事」をしてきましたか。お客様の立場に立ち、どのような対応や提案をすれば、お客様にとって一番良いのかを考え、行動に移そうとしてきたでしょうか。

また、ビジネスでは「売上」を見ているだけでは不十分です。「利益」のことも考えられるようにならなければなりません。「利益」を生み出し、そして増やすには工夫が必要です。誰と関わり、どのような進め方をすれば「利益」が今より増えるのか。無駄なこと、少しでも改善できることはないのか。「利益」とは、皆さんがそうして一つひとつの仕事に対して向き合うことで増えていくものなのです。

皆さんは今年、何か一つでも「利益」を生み出す工夫、増やす工夫をしましたか。ぜひ、上司や同僚と話をしてみてください。もし、工夫が足りなかったというなら、来年こそは工夫するよう心掛けましょう。

お客様が私たちにくれた「売上」という名の信頼。その「売上」に対し、私たちが工夫して「利益」を増やし、新しいビジネスや取り組みに投資して成長していくことこそ、お客様の信頼に応えることに他なりません。

「売上」は信頼の証し、「利益」は工夫の証しです。肝に銘じておきましょう。

以上(2018年12月)

pj16939
画像:Mariko Mitsuda

【朝礼】知人を招けるオフィスにしよう

おはようございます。今朝、管理職の皆さんに集まってもらったのは、来年に実施する当社のオフィスレイアウト変更に向けて、オフィスが持つ意味を真剣に考えたかったからです。

オフィスは仕事をするための場所ですから、そうした意味では、働く人にとって居心地の良い空間でなければなりません。そこで私や管理職の皆さんは、社員が働きやすいオフィスにしようと考えます。実際、当社のオフィスレイアウト変更もこうした経緯から出発しました。働きやすいオフィスを実現すれば、社員のモチベーションが高まることが期待できます。また、魅力的なオフィスをアピールできれば、人材の採用にもつながるかもしれません。

これは当社に限らず、多くの企業にとって重要なテーマになっています。私の知り合いの会社にも、卓球台を設置して自由な雰囲気を醸し出したり、机や椅子の機能性にとことんこだわったりしているところがあり、社員の評判は上々のようです。しかし、それはハードを整えたことによる一過性のものかもしれません。その場で働く人たちのマインドが伴っていなければなりません。

先日、ある有名なIT企業を訪問しました。サービスが優れていることはもちろん、遊び心満載のオフィスやリモートワークによる自由な働き方を実践していることでも知られる会社です。本当にすてきなオフィスだったのですが、印象に残ったのは取締役の意外な発言でした。

その取締役はこう言いました。「どれほどオフィスを奇麗にしても、社員はすぐに飽きちゃいます。リモートワークも実際は効率が悪いです。私はオフィスよりも別のところに投資したほうがよいと思っているのです……」。この発言を聞いた私は確信を得ました。オフィスレイアウトの変更は、ハードを整えるだけでは不十分で、そこに込める“想い”が重要であるということです。

「新しい酒は新しい革袋に盛れ」という言葉があります。解釈はさまざまですが、新しいことをしたければ、新しい環境が必要であると解釈することもできます。私は、レイアウト変更後のオフィスを新しい革袋とし、その中で新しい酒、すなわち新しい企業文化を育みたいのです。起点となるのは、既に皆さんに示している中期経営計画なので、今後も周知徹底していきます。

こうして、新しい革袋の中で新しい酒がなじめば、単なる奇麗なオフィスが整備された会社ではなく、奇麗なオフィスに負けない、社員がいきいき働く素晴らしい雰囲気を持った会社になると信じています。

私の知人に、数多くの会社の顧問を務める、良い会社の目利き役のような人物がいます。その人いわく、「良い会社の社員は躍動している」そうです。この知人を含め、たくさんの知人を招けるオフィスにしましょう。そこでは、皆さんが自由な発想で躍動しているのです。来年、我々は新しいオフィスで大きく成長します。

以上(2018年12月)

pj16938
画像:Mariko Mitsuda