122年の歴史を持つ保険代理店「株式会社龍崎」/杉浦佳浩の岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人 杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が、今回紹介する面白い会社は株式会社龍崎です。

長く続く企業には特徴があります。日本で1番古い保険代理店といわれる株式会社龍崎には、どのような特徴があるのでしょうか。

保険業界では成績優秀な社員などを対象に、旅行などの大規模な表彰制度を実施しているところが少なくありません。保険というある意味大切なインフラ事業において、表彰制度の派手さに違和感を覚えるのは私だけではないように思います。今回ご紹介する株式会社龍崎は、これとは真逆といえる存在で、創業122年目を迎えながらも地道に顧客に寄り添い、社員を大切にし続けています。株式会社龍崎 齋藤社長様からお聞きした会社経営や事業に対する思い、姿勢を紹介していきます。

1 株式会社龍崎の注目ポイント

まずは、「えっ、嘘でしょ!」と言いたくなる、株式会社龍崎の保険代理店らしからぬ状況を紹介します。

  • 厳しいイメージがある保険営業の仕事でありながら、この50年間で退職者は3名だけ
  • 紹介などで採用できるので、新卒採用に全く困っていない。採用コストも0円
  • お客様も紹介で獲得しているので、「飛び込み」等の新規顧客開拓は一切禁止
  • 保険代理店ですが、歩合給は全くなし
  • 顧客の本業支援に関わる紹介事業で収入は得ない。保険販売などの本業に集中!

派手さはなくても、社員や顧客をとことん大切にしているからこそ、このようなことを具現化でき、しかも継続できているのだろうと思います。もう少し突っ込んで、株式会社龍崎の強さの神髄を見ていきましょう。

2 株式会社龍崎、齋藤社長について

株式会社龍崎が事業をスタートした1896年(明治29年)は、日清戦争が終わった翌年のことです。こう聞くと、改めて122年という時間の重みを感じます。現在の社員数は20名で、内訳は社長を含む営業担当が14名、内務事務担当が6名です。損害保険主体の代理店事業からスタートした後、保険自由化によって生命保険販売の代理店事業も行うようになりました。

4代目となる齋藤社長は現在68歳です。新潟県出身で、地元商業高校を卒業した後は大阪の会社に就職することが決まっていましたが、お兄様からの強烈なオファーで、当時社員を探していた、株式会社龍崎に1人目の社員として就職することになりました。齋藤社長、最初はカバン持ちをしていたといいます。

やがて経営に携わっていくことになるわけですが、齋藤社長が社長になるまでの株式会社龍崎は、初代、2代目、3代目と【家族継承】で事業をつないでいました。「親戚関係のない自分がこの会社を潰してはいけない、次の世代へとにかくバトンを繋いでいく!」といった強い思いが、齋藤社長に芽生えていったそうです。

株式会社龍崎、齋藤社長の画像です

3 なぜ退職者がこれほど少ないのか?

自身が【社員1号】だった齋藤社長ですが、2人目、3人目の社員採用は失敗だったと自ら言っています。自身は歩合給ではなかったのですが、2人目、3人目として採用した社員には、成果を反映する歩合給を適用したのです。

しかし、歩合給とすると、経営も現場も目先の利益に目がいってしまうことがあり、うまくいきませんでした。そこで齋藤社長は思い切って、歩合制を廃止したのです。そして、「まず徹底的に社員を大切にする」そして「【カバン持ち】の期間を設けて自分(齋藤社長)の背中を見せる」そのような姿勢で社員に向き合うことにしました。これが、顧客を大切にする、社員が辞めないといった風土ができあがるきっかけになっていったそうです。

営業中心の会社であれば当たり前の「個人担当制」を排除していることも、大きな特徴であると齋藤社長は言います。1人の営業担当者が1つの顧客を担当するのではなく、チームで担当するようにしています。

こうすることで、社内の風通しがよくなり、またお客様とのコミュニケーションも密になっていきます。チャレンジをする責任を1人に課すのではなく、チームで仕事をするという体制が作り上げられているからこそ、退職者が出ない風土になっているのでしょう。

4 なぜお客様がお客様を連れてきてくれるのか?

お客様に寄り添うことを、齋藤社長は、『「丁寧」に仕事をすること』と話されます。短く簡潔な言葉ですが、「丁寧」に込めた思いには並々ならぬものがあります。例えば、交通事故の中で最も重いのは死亡事故です。そして、加害者側が加入している保険契約の代理店が齋藤社長という場面です。長年、保険代理店を経営していれば、このような場面に遭遇することは少なくありません。お通夜、お葬式、初七日、四十九日、1周忌には、必ず齋藤社長が加害者を連れて被害者側に出向き、手を合わせます。その姿勢を見ている被害者の親族は、最初、齋藤社長を加害者の親族と勘違いするらしいのですが、後々、それが保険代理店の人だと知って驚くそうです。そして、こうした齋藤社長の姿勢と気持ちに感動し、死亡事故の被害者側の約70%が、自分たちの保険契約を齋藤社長にお願いするようになるそうです。

自分が、加害者側が加入している保険契約の代理店であっても被害者に誠意を尽くす。齋藤社長は、「ほとんどの保険代理店は、保険契約ばかりに執着している。事故に遭ったときに、お客様に安心を与えられるか? 保険会社との間に立って通訳することができるか? そこが重要だと思います」と言います。金銭的なことは保険会社が決めること。だから、金銭的なことではなく、道義的なことをしっかりと「丁寧」に進めるのが人として大切なことであるとも、齋藤社長は話します。

5 なぜ採用に困っていないのか?

『「お金を貸してくれ」以外の相談には、全て乗ります』という齋藤社長。株式会社龍崎では、前述したような事故対応における丁寧な対応を、保険契約のみならず、個人、法人の“よろず相談”にまで広めています。齋藤社長だけではなく、社員の皆さんも多種多様な相談に無償で応えています。

例えば、自宅の修理だったら工事会社、特殊な治療が必要だったら病院、複雑な事案であれば頼れる弁護士を紹介するといったように、本当に多様な相談に応えています。そして、そうした齋藤社長の姿に感動し、『うちの子供を預けたいので、ぜひ齋藤社長の会社の社員にして欲しい』という声が、お客様からも掛かるそうです。

加えて、齋藤社長は私費を投じて、【卓球場】を郷里に建設しています。中国から有名コーチを招聘し、地元の子供たちのために卓球教室を20年前から開いています。齋藤社長曰く、「これは会社経営とは別」。そのため、全て個人の責任としてやっていることだそうです。なかなかできることではありませんね。この卓球教室では、次回の東京五輪を狙える逸材も輩出していますが、それだけではありません。卓球教室を巣立った若者たちが、今度はぜひ齋藤社長の下で働きたいと、株式会社龍崎に新卒として入社してくることもあるようです。親からしてみれば、小学生のときから知っている齋藤社長の会社に入社するわけですから安心です。

株式会社龍崎、齋藤社長の画像です

齋藤社長の本業や郷里での姿勢が共感を呼び、株式会社龍崎に入社したい人が増えるという環境が自然とできているように感じます(これは、狙っても、なかなかできるものではないですね)。その結果、20代から70代の各世代に社員が存在し、世代間の衝突もなく皆さん仲良く仕事をされていると聞きます。

6 会社を支える 2つの額縁

ここまで徹底的に社員やお客様に向き合う齋藤社長に、「何か教科書的なものはございますか?」と尋ねてみました。すると、2つの額縁をお持ちくださいました。

1つには、「名将の定義」とあり、その内容は次の通りでした。

  • 己の心をととのえ、部下の心をとらえ、他人の心を読み得るものにして、将来を予測して現在の準備を怠らず、事に当たっては積極的にやり抜く気概と実行力を持ち、自分の体験を通じて、独自の法則を生み出す者である。

名将の定義の画像です

もう1つの額縁には

  • 人の道と降る雪は、つもりつもりて、道を誤る

とありました。

人の道と降る雪は、つもりつもりて、道を誤るの画像です

齋藤社長は、「まずは自分の心をととのえているか? そして社員を大切にし、その次にお客様のことを考える。この順番を間違えないことが大事」と素敵な笑顔で語ってくださいました。採用が困難な時代、丁寧に仕事に向き合うからこそ、社員やお客様から支持され続けるということなのだと思います。

私は数カ月に1度、株式会社龍崎を訪問し、齋藤社長とお話ししています。会社経営の姿勢を常に学ばせていただけることを、有り難いと思っています。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年10月1日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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ニッチビジネスで成功するために必要な視点とマインド

工具のエンジニア、串刺機のコジマ技研工業、高級デニム素材のカイハラなど、特定の市場に集中・特化することで、小規模ながらグローバル市場で高いシェアを誇り、活躍している中小企業があります。

こうした企業が手掛けるビジネスは、いわゆるニッチビジネスです。ニッチとは、隙間を意味します。潤沢な経営資源を持つ大企業に対抗していくには、中小企業はフットワークの軽さを生かして新しい市場を見つけ、あるいは創造して経営資源を集中・特化することが欠かせません。

1 「10本のバラ」に対抗するためには「15本のバラ」が必要か?

ビジネスを有利に進めるためには、他社に対する競争優位性を発揮しなければなりません。競争優位性の源泉は、規模、技術力、情報力、ブランド力などさまざまですが、最も単純かつ効果的で、しかも模倣が困難なのは規模だといえるでしょう。大企業が本気で経営資源を投入すれば、ほとんどの市場でたちまちシェアを拡大することができるからです。

これに対して、中小企業は“量”にモノをいわせる戦略をとることができません。では、どのようにすれば競争優位性を確保できるのでしょうか。この点について、アップル社の創業者の1人であるスティーブ・ジョブズ氏が興味深い言葉を残しています。

「美しい女性を口説こうと思った時、ライバルの男がバラの花を一〇本贈ったら、君は一五本贈るかい? そう思った時点で君の負けだ。その女性が本当に何を望んでいるのか、見きわめることが重要なんだ」(*)
出所:「スティーブ・ジョブズ全発言 世界を動かした142の言葉」(PHP研究所)

バラの花を経営資源の量、美しい女性を市場に読み替えると、中小企業の1つの戦略が見えてきます。つまり、“量”の勝負ではなく、市場が「すごい!」と感じる圧倒的な付加価値を生み出すことが重要であるということです。

これは、たとえ市場が小さくても、その中で自社が戦う“土俵”を決め、そこに経営資源を集中的に投下することで競争優位性を発揮するという、「選択と集中」の1つの在り方です。

企業が市場に参入するか否かは市場の規模、成長の余地、技術の困難さなどによって判断されるため、これらを総合的に勘案して “魅力的”に映らなければ、その時点で競合他社がすぐに参入してくることはありません。

ただし、ニッチビジネスは規模が小さいために、環境変化によって市場そのものが消滅してしまうことがあります。また、市場が拡大して魅力度が高まると、大企業の参入があることも認識しておかなければなりません。

2 コトラーの「競争的マーケティング戦略」

以上で紹介した内容を、マーケティングの視点で体系的にまとめているのがコトラーの「競争的マーケティング戦略」です。相対的経営資源の質・量の2軸によって競争上の地位を4つに分け、それぞれの立場で定石となる戦略を示しています。

競争的マーケティング戦略について、経営資源の量と経営資源の質の2軸から紹介した画像です

1)リーダー

戦略的課題はシェアの維持や利潤の最大化です。全方位的な視点で周辺需要の拡大を図りつつ、他社の試みについては、同質化など圧倒的な経営資源の質・量をもって対抗します。

2)チャレンジャー

戦略的課題はシェアの拡大です。差別化戦略でリーダーに勝負を挑みつつ、自社よりも企業力が劣る企業に攻勢をかけます。

3)ニッチャー

戦略的課題は利益追求とブランド構築です。限られた経営資源を最大限に生かすため、リーダーやチャレンジャーとの勝負を避け、特定の市場に「集中・特化」します。

4)フォロワー

戦略的課題は利益追求です。生存のため、リーダーやチャレンジャーの戦略を速やかに模倣します。「勝つ」よりも「負けない」という、“不敗”の方策をとることが多くなります。

コトラーの「競争的マーケティング戦略」を見ると、ニッチビジネスを展開するニッチャーの戦略を、他と対比しながら確認することができます。

ところで、ニッチビジネスを成功させるためには、“戦う土俵をどこに定めるのか”が重要になるわけですが、それを「この事業をやりたい!」という社長の熱意やひらめきだけで決定するのは危険だといえます。そこで重要になってくるのが、競争優位性の源泉の1つである情報力です。

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3 ニッチビジネスで成功するために必要なこと

コトラーの「競争的マーケティング戦略」は、あくまでも相対的経営資源の質・量によって自社の状況を把握するものです。しかし、特に経営資源の質については、その切り口や時間軸によって評価が変わってきます。

これを大きく読み違わないようにするためには、「3C分析(Customer:顧客、Competitor:競合、Company:自社の関係を分析するフレームワーク)」などを用いて、顧客の評価、競合他社との優劣を把握する必要があります。「3C分析」などの精度は、基本的なビジネススキルと良質な情報を収集・分析することで高まってきます。

中小企業であっても、その活動いかんによって情報力を高めることができます。特に顧客から得られる情報は貴重です。単なる業者としての立場ではなく、きめ<細かなサービスの提供と現状に甘んじない定期的な提案活動などを通じて、顧客のパートナーとしてのポジションを勝ち取ることができれば、顧客は本音(価値ある情報)を話してくれるようになるでしょう。

同様に、サプライヤーや業界団体などはもとより、取引先の金融機関、友人・知人などからも情報収集できるネットワークを構築しておくことも欠かせません。

情報力の他に、自社の技術などを知的財産化して模倣を防ぐ、国外マーケットにも目を向けて市場を拡大する、次の飯のタネとなるニッチを見つける努力を続けるなども、ニッチビジネスを成功させるために不可欠な取り組みです。

4 ニッチビジネスを見つけ出す視点とマインド

ニッチビジネスが展開できそうな土俵を発見することは容易ではありません。少し考えれば思いつくようなビジネスは、すでに別の企業が取り組んでいます。

一方、過去を振り返ってみると、インターネット通販の「Amazon」、オフィス用品などの通信販売の「アスクル」のように、今では知らない人がいないサービスも、もとはニッチビジネスとして始まりました。潜在的な需要は至る所に隠れており、着眼点とタイミングさえ合えば、先行者のメリットによって成功を収められる可能性があります。

例えば、既存の市場の形を変えることで、新しい市場が誕生することがあります。今では居酒屋にも置かれているノンアルコール飲料ですが、発売当初はニッチな市場でした。

同様に、既存の流通を見直し、エンドユーザーに一歩近づくことで新しい市場をつくり出している例もあります。分かりやすいのは宅配で、「水の宅配」「食材の宅配」「レンタルDVDの宅配」など、この類は枚挙にいとまがありません。

また、ITをうまく活用することでビジネスの可能性はますます広がります。タクシーの配車予約サービス、衣料品のレンタルサービスなど、「あったら便利だな」という市場のニーズを比較的容易に形にすることができます。

ニッチビジネスに限らず、新しいビジネスを始めるには勇気が要ります。新しいビジネスに取り組んできた多くの企業は、「新たな投資に見合うほどの収益が見込めない」「新しいサービスの価値を市場が認識するまでには時間がかかるため、動向を見きわめたあとに参入しても間に合うだろう」などと不安に駆られたかもしれません。

しかし、そうした不安をはねのけて、新しいビジネスを形にしていった企業の中から勝利者が生まれています。こうした企業は、競合他社が参入に迷っている、あるいは市場すら発見していない状況を尻目に、経営資源を集中的に投下してきました。こうした勇気も、ニッチビジネスを成功させるために必要なマインドだといえるでしょう。

【参考文献】

(*)「スティーブ・ジョブズ全発言 世界を動かした142の言葉」(桑原晃弥、PHP研究所、2011年12月)

以上

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残業や解雇の基礎知識/スタートアップのための法務(4)

こんにちは、弁護士の松林智紀と申します。「スタートアップのための法務」の第4回は、労務を扱います。

少数の創業メンバーで業務を行っているうちはあまり問題になりにくいのですが、会社が軌道に乗り始め、規模を拡大していく過程で新たな従業員を雇用するようになると、労働法に関係する問題が出てきやすくなります。

労働法のカバーする範囲は幅広いものの、とりわけ問題になりやすい労働時間規制と解雇規制について、その概略をご説明します。


あわせて読む
シリーズ・スタートアップのための法務

こちらはスタートアップのための法務シリーズの記事です。
以下の記事もあわせてご覧ください。

1 残業など労働時間に関する規制

労働時間は1日8時間、1週40時間までが原則です。これを超える労働時間の場合、次の対応が必要になります。

  • 労働者の過半数を代表する者との労使協定(いわゆる36協定。「サブロク」協定と読むのが一般的です)を締結する
  • 36協定を労働基準監督署に届け出る
  • 就業規則に時間外手当を命じることがある旨の規定を置く

このような規定整備等を行った上で、上記時間を超える労働をさせた場合、時間外手当(通常の労働時間の賃金の1.25倍以上の金額。また月60時間を超える場合は、超える時間について1.5倍以上(例外あり))を支払う必要があります。

36協定により延長できる労働時間については「限度基準」というものがあり、それに違反するような36協定だと、労働基準監督署長から助言や指導を受けることがあります。

具体的には、1日8時間、1週40時間を超える労働時間を1年間で360時間以内とする他、次の期間から一つを選択して、その限度時間以内にする必要があります(変形労働時間制を用いている場合は、限度時間が異なる場合があります)。

1週間、2週間、4週間、1カ月、2カ月、3カ月ごとの時間外労働の限度時間を示した画像です

上表の規制はそれだけを見るとかなり厳しい規制です(1年間で360時間ということは、仮に毎週5日勤務×52週とすると1日1.4時間程度です)。

実際には、一定の臨時的な特別事情がある場合、上表の限度時間を超える一定の労働時間まで働かせることができるという、特別条項を定めることが認められています。この特別条項の適用が可能なのは年のうち半分まで(月単位であれば6カ月まで)という限定はありますが、特別条項において定めるべき労働時間については上限がありませんでした(特別条項は実質「青天井」といわれていました)。

しかし、2018年の通常国会で成立した働き方改革関連法で、上記の規制が強化されました(時間外の上限規制の施行は原則2019年4月1日ですが、中小企業については2020年4月1日となっています)。

新しい規制では、時間外労働の原則的な上限時間(限度時間)を月45 時間、年360時間としつつ(これ自体は現行の限度基準と実質的に同じです)、臨時的な特別事情がある場合についてはこれまでのように青天井ではなく、上限が法定されました。

  • 年間の時間外労働は年720時間(月平均60時間)以内
  • 休日労働を含んで、2カ月ないし6カ月平均は80時間以内
  • 休日労働を含んで、単月は100時間未満
  • 月45 時間を超える時間外労働は年半分を超えないこととする

このため、36協定において延長できる労働時間を定める際には、上記1~4に適合したものでないと適法な36協定が締結されていない扱いとなり、また、刑事罰の対象ともなりますので、今後より一層の注意が必要です。

なお、「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」については、上記の限度時間に関する規制の対象外となっています(36協定の締結自体は必要です)ので、スタートアップのコアメンバーについては、この例外規定が利用できることも多いかと思います。

以上のような労働時間規制はともすると、労使ともに時間外手当という経済面に目がいきがちです。しかし、長時間労働が労働者の健康を害するというリスクに対応した規制でもあることに注目する必要があります(上記の2や3に違反するような時間外労働をしている労働者が脳血管疾患・心臓疾患で死亡すると、過労死として労働災害認定されます)。

創業間もないスタートアップ、ベンチャー企業で働く方は若い人が多く、健康に自信を持っていて、つい仕事の面白さを優先して長時間労働をしているのではないかと思います。とはいえ、若年者の過労死・過労自殺の例も多く、注意が必要です。

また、メンバーが増え、組織が大きくなるにつれて、人によって健康状態も仕事への向き合い方もさまざまになりますので、そういった人たちにも目配りしながら、ぜひバランスのとれた成長を実現していっていただきたいと思います。

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2 解雇に関する規制

創業間もないスタートアップ、ベンチャー企業の場合、企業の成長に伴い、求められる人材のありようが変わることが多く見られます。もちろん、企業の新たな成長ステージにおいて求められる人材でなくなった者が、前向きに新たな活躍の場を求めて自ら退職する、というのはお互いにとって幸せな別れであり、シードステージやアーリーステージにおいて活躍できる有為な人材を社外に供給するという、社会的な効果もあります。

しかし、その認識が合わない場合や、あるいは新たに採用した者が思ったように活躍できない、業績が悪化して人員整理の必要があるなど、会社として従業員を解雇しようと思う場合には、解雇権濫用法理に気を付けなければなりません。

解雇権濫用法理とは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効となるという法理です。文字面だけからはどの程度解雇が無効になりやすいのか分かりにくい面もありますが、裁判所の実際の運用からすると、解雇が無効と判断されることは非常に多いといわざるを得ませんので、経営者としては注意する必要があります。

例えば、能力不足を理由とする解雇であれば、単に成績が下位何人であるという相対評価では解雇は正当化されず、その能力不足故に企業経営に支障を生ずる等、企業から排斥すべき程度に達していることが必要とされます。

そして、実務的には、能力不足を裏づける具体的な出来事や、それに対する注意・指導について、なるべく客観的な証拠をもって立証しないと、解雇が有効とは認められにくいのが実情です。

また、企業の経営上の理由による解雇(整理解雇)については、1.人員削減の必要性、2.解雇回避努力、3.被解雇者選定の妥当性、4.適正な手続きの4つの要素を総合的に考慮するというのが裁判例の立場です。各要素については個別事案ごとの判断になりますが、特に2の解雇を回避するための真摯な努力をしたかどうかという要素のクリアが困難な面があります。

上記の通り、解雇は強く規制されており、解雇された者が解雇に不満を持つと労働審判の申し立て等がなされ、会社にはそれに対応する時間的、金銭的負担が生じます。従って、実務的には、解雇より先にまずは話し合いによる円満な退職が実現できないかを試み、どうしても折り合いがつかない場合に、初めて解雇を行うという段取りが望ましいといえます。

3 労働法は必ず守らなければならないルール

労働法の怖いところは、当事者同士が真意から合意した条件であっても、それが労働法規や就業規則に違反する(労働法規や就業規則に定める労働条件に満たない)のであれば、合意が無効となり(第1回でも出てきた「強行規定」です)、労働法規や就業規則に定める基準が契約内容になってしまうことです。

また、労働基準法は刑罰法規でもあることに注意が必要です。重大・悪質な場合には送検され、厚生労働省のホームページに企業名を公表されるなどします。レピュテーションという面でも大きなダメージを受けることになりかねない点に注意が必要です。

以上

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「キャリアアップ助成金 正社員化コース」を利用して人材定着を図ろう

補助金・助成金は年間で3000種類発表されているといいます。非常にたくさんの種類があります。

正確な集計はありませんが、補助金・助成金の中でも、特に利用が多いとされるのが「キャリアアップ助成金」の「正社員化コース」です。

1 キャリアアップ助成金とは

キャリアアップ 助成金とは、非正規雇用労働者のキャリアアップなどを促進するため、正社員化などの取り組みを実施した事業主を助成する制度です。厚生労働省の助成金であり、正社員化コースなど、複数のコースがあります。

正社員化コースの場合、中小企業であれば、労働者1人当たり57万円から最大72万円が支給されます。1事業所当たり1年度につき20人まで申請することができ、支給されればとても大きな金額になります。

人手不足に悩む企業であれば、この助成金を利用して、アルバイトなどの正社員化を進めることで、人材の定着を図ることなどができるでしょう。

2 キャリアアップ助成金の主な支給条件

正社員化コースの主な支給条件は次の通りです。

  • 非正規雇用労働者を正社員に登用する制度を用意する
  • 新制度に基づき、実際に正社員登用を行う
  • 正社員登用前よりも、賃金を5%増額する(例:登用前の月給が30万円の場合、1.5万円を増額)

上記のうち、1つ目については、単に制度を用意するだけでなく、この制度を就業規則などに定めたりする必要があります。

3つ目の賃金の増額については、ボーナスで対応する企業が多いようです。

なお、上記3つは条件の一部について、ごく簡単に紹介したものです。上記で紹介したもの以外にも、多くの条件が設けられています。

3 キャリアアップ助成金が策定された背景

一般的に、補助金・助成金の支給条件などは、制度の目的に沿うように設定されています。そのため、補助金・助成金を利用するに当たっては、制度が策定された背景や趣旨を理解することが重要です。

キャリアアップ助成金が策定された背景には、非正規雇用労働者数の増加があります。非正規雇用労働者は、企業にとっては業務の繁閑に応じて柔軟に活用できる労働力です。

一方、非正規雇用労働者の中には、不安定な立場から、消費や結婚を控える人もいるなど、日本経済全体に悪影響を及ぼすのでは、と懸念されています。

こうした問題を是正するために、キャリアアップ助成金は策定されました。

4 不支給になる行為にはご注意を!

事業計画書の審査がある補助金とは異なり、厚生労働省の助成金は基本的に条件を満たせば、あらかじめ決められた金額が支給されます。とはいえ、制度の趣旨に反することをしてしまえば、不支給になる場合もあります。

正社員化コースの場合、雇用時にあらかじめ正社員登用を約束しているのであれば、支給の対象外です。また、正規雇用の正社員を、助成金申請のために、非正規雇用だと偽る行為は厳禁です。

5 申請するには、どうすればいい?

「よし! 早速優秀なバイトを正社員に登用しよう!」

そう思われた方は、まずは厚生労働省のホームページをご覧ください。キャリアアップ助成金の支給対象や申請時の手続きなどについて、詳しく説明されたパンフレットなどが掲載されています。

●厚生労働省「キャリアアップ助成金」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/jigyounushi/career.html

パンフレットなどをご覧いただくと分かりますが、キャリアアップ助成金は正社員化コース以外にもさまざまなコースがあります。また、申請時の提出書類なども多く、経営者自身で全ての準備や申請を行うのはなかなか難しいかと思います。

「あまり“時間をかけず”に申請する方法を教えてほしい!」

そういったニーズをお持ちの経営者の皆さまは、ぜひお問い合わせください。下記の点をまとめて助言させていただきます。

  • どのような申請書類や社内制度が必要か
  • どの士業事務所に依頼すると、安く迅速に申請できそうか
  • キャリアアップ助成金以外に、どのような助成金が利用できそうか

厚生労働省の助成金の原資は雇用保険料であり、助成金の支給対象は雇用保険料を負担している雇用保険適用事業所の事業主です。ぜひ有効に利用し、「強くて優しい会社づくり」にお役立てください。

以上

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お客さま第一の会社を作る「小さな行動」〜小宮一慶の社長コラム

シリーズ第3回「お客さま第一を徹底する」では、「お客さま第一」の大切さを紹介しました。続く今回は、「お客さま第一」の会社の作り方について考えてみましょう。会社を繁栄させるには「お客さま第一」が何より大切であることは分かっていても、その作り方を知っている経営者は少ないものだからです。

1 「意識」より「行動」

「お客さま第一」が徹底されると、お客さまからの評判は上がり、働く人たちは働きがいを覚え、その結果、高収益企業になることができます。しかし、これがなかなかうまくいきません。

私はその最大の理由は、「社員の意識を高める」ための「意識教育」から入ってしまうところにあると思っています。もちろん、意識が高まるのは悪いことではありません。そのために、社員に優れた会社のことが書かれた本を読ませたり、ビデオを見せたり、場合によっては優れた会社を訪問させているところがあります。そのことで感銘を受けた経験のある人も多いと思います。

しかし、その直後はヤル気が出るのですが、長く続かない人がほとんどです。意識を高めることは大切なことですが、意識教育だけでどうにかしようとしてもなかなか難しいのが現実なのです。

それではどうすれば良いのでしょうか。私は多くの会社を見てきた経験上、「意識」から入るのではなく「行動」、それも「小さな行動」から教育をすることが一番有効だと思っています。

私がこのことに気づいたきっかけは、武道や茶道などでした。「○○道」というものは、最初は必ず「形(かた)」から入ります。同じ形を何千回、何万回と繰り返すのです。剣道だったら素振りばかり、柔道だったら受け身ばかりを最初は練習しますが、その「形」を何千回、何万回と繰り返しているうちに、「意識」も少しずつ変わるのです。だから、私たち凡人は「意識」ではなくまず「形」から入るべきだというのが私の持論です。

そして、お客さまも、社員の意識向上よりも行動を望んでいるのです。お客さまは、社員の意識の高低に関わりなく、電話を早く取って欲しいのです。書類を間違わないで欲しいのです。お客さまが望んでいるのは行動だということを、「お客さま第一」を目指す経営者は認識していなければならないのです。

そして、もう1つの行動の利点は、「やったか、やらないか」が一目瞭然で分かることです。その場ですぐに分かります。社員も、行動を変えることで、自身に変化が生まれ、結果が変わっていくことを認識すると思います。

2 具体的な小さな行動が働く人を変える

お客さま志向の「小さな行動」を行うわけですが、最初はそれほど難しいことをする必要はありません。例えば、次のようなことを徹底するのです。

  • 社内の会議でも「お客さま」という言葉遣いをする
  • 電話は3コール以内でとる

まずは、普段からの言葉遣いや小さな行動を変え、それを徹底するということが働く人の意欲を高め、高収益企業を作る第一歩となります。働く人も行動を変えると結果が表れ、また、お客さまから喜ばれるので働きがいを感じるようになるのです。

私の長年のお客さまで、「会社に行くのが楽しいので早く朝が来ないか待ち遠しい」という若い社員がいる会社があります。中には、朝早く出社して車をピカピカに磨いてお客さまに出向いていく社員もいます。

その会社も、以前はこれほどでもなかったのですが、社長が社員に「お客さま志向の小さな行動」を徹底させたことで会社が大きく変わりました。具体的には、毎月、各人が決められたシートにお客さま志向の「小さな行動」の目標を立て、それを、月末に自身、上司が5段階で評価し、常務や社長が、シートにコメントするということを繰り返したのです。

現場仕事や夜の作業も多く、肉体的にも結構きつい仕事なのですが、離職率も格段に下がり、最近社長に聞いたところでは、150人ほどいる社員で辞めた人はこの1年でだれもいなかったそうです。むしろ、この2年間ほどで、以前辞めた社員が4人戻ってきたとのことでした。お客さまに褒められるということは本当に働きがいになるのです。

お客さまに喜んでいただくことが、働く喜びを知り、モチベーションを高める最高の特効薬なのです。その会社では「お客さまが喜ぶこと」に加えて「働く仲間が喜ぶこと」、「工夫」といった、私がいう「良い仕事」の3つを毎月の目標として設定しています

3 経営者自身が先頭に立ってやる

「小さな行動」を行い、徹底すると言っても、実際にそれを社内に浸透させるのは簡単なことではありません。上で挙げた会社でも、抵抗勢力は少なからずありました。それを徹底させるのは、社長の仕事なのですが、まずは、自身が先頭に立ってそれを行うことです。自分は言う人、部下はやる人では部下はついてこないのです。会社を良くするためにやると決めたことは、先頭に立って行う強い「覚悟」が必要なのです。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年9月24日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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「2020」に向け到来する「電子決済」戦国時代

現金大国、日本。現金を好むユーザーが多いだけでなく、店舗が現金払いしか受け入れていないことも少なくありません。お昼を食べに定食屋さんへ行くと、“ランチは現金のみ”とクレカ(クレジットカード)や電子マネーが使えず、慌ててお金を下ろしに行った……という経験をされた人も多いのではないでしょうか。

日本の電子決済比率は2016年時点で18.4%ともいわれており、韓国の89.1%、中国の60.0%などと比較すると、その低さは歴然です(経済参照省「キャッシュレス・ビジョン」平成30年4月)。しかし、今その流れが徐々に変わろうとしており、電子決済が広がりつつあります。

1 2018年は“QR決済元年”

電子決済の普及を後押しする動きとして、政府は「日本再興戦略2016」において「キャッシュレス化の推進等」を掲げています。これは、電子決済の導入によって、店舗における省力化や無人化につながることや、増え続ける外国人観光客の購買ニーズを取り逃がさないなどのメリットが見込めるからです。

現在、クレカをはじめ、Suica、WAON、nanacoなどの多くのカード決済が導入されており、コンビニなどの店頭でもさまざまな決済手段が選べるようになっています。

また、ここ2~3年で、モバイルアプリを用いたQR決済についても広がり始めています。LINE Pay、Kyash、paymo、楽天ペイなどのFintechプレーヤーの他、NTT ドコモがキャリア決済を利用できるd払いを提供するなどの動きもあります。こうした状況から、2018年は“QR決済元年”ともいわれます。

クレカなどが普及したところに加え、なぜ今このタイミングで、各社がQR決済に取り組むのか。どういった戦略で臨んでいるのか。

実は、日本のQR決済の盛り上がりには中国の決済事情が絡んでいます。日本のQR決済と中国に、一体どのような関係があるのでしょうか。

2 いち早くQR決済が広まった中国

AlipayやWeChat Payという名前を聞いたことがあるでしょうか。この2つは、中国で急速に広まっているQR決済機能がついたスマートフォンアプリです。

AlipayはJack Ma氏率いるAlibaba.comから独立したAnt Financialが提供する、金融ワンストップアプリ。本体のAlibaba.comではTaobaoやTmallといったECが主体事業ですが、Ant Financialでは決済、融資、運用など金融サービスにフォーカスしています。

銀行口座を紐付けてAlipayへチャージしたり、クレジットカードを紐付けてQR決済ができたりします。また、芝麻(ジーマ)信用と呼ばれるスコアリングシステムと連動して、低い金利でローンを借りることができたり、余額宝(ユエバオ)と呼ばれる投資商品で銀行預金よりも高い金利で運用ができたりします。

Alipayはスマートフォンがあれば個人店舗でも簡単に導入できることもあり、約14億人とされる中国の人口に対し、ユーザー数が約5.2億人に上るほど普及しました(2018年8月時点のウェブサイトより)。

金融サービスや連携しているECサービスの内容を示した画像です

一方でWeChat Payは、Pony Ma氏率いるTencent Holdingsが展開するSNS、WeChatに紐付いた決済・送金サービスです。

UI(ユーザーインターフェイス)としてはLINEに近しく、チャットアプリとして使えるのに加えて、ユーザー間で無料送金が行える他、紅包(ホンバオ)という中国独自の機能が人気です。これはお年玉のようなものなのですが、複数人が入っているチャットルームで紅包を送ると、早い者順でそれを手に入れられるというゲームにもなり、1位の人にはいくら、2位の人にはいくらといった設定も可能です。

SNSということもあり、WeChatそのもののユーザー数は約10.6億人、WeChat Payのユーザー数も約8億人いるようです(2018年8月公表のIR資料より)。

中国ではこの2つのアプリの爆発的普及を背景に、すでにお財布を持たず、カードも出さず、スマホ一つでQR決済ができる文化が浸透してきています。

日本においては、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控える中で、さらなる外国人観光客の増加が見込まれています。中でも中国人の比率は、人数としても決済額としても圧倒的であり、この市場を取るべくAlipay/WeChat PayのQR決済に対応する店舗が現れ始めました。

店頭POSがQR決済に対応し始めたことや、店員がオペレーションに慣れ始めたこともあって、QR決済導入のハードルは下がっているといえます。

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3 手早さが魅力のNFC、付加価値を提供できるQR

一口にキャッシュレス決済といっても、POSなどとエンドユーザー間で支払先情報や金額などをやり取りするための規格には、さまざまな種類が存在します。

日本はクレカに代表されるようにカード決済が主流です。クレカは磁気テープでデータの読み取りをしていますが、チップ型であるNFCもおサイフケータイやSuicaをきっかけに普及しています。足元ではスマートフォンの普及に伴い、アプリでQRを表示するタイプが増加しています。

接触型決済と非接触型決済の具体例を示した画像です

非接触型決済のうち、かざすだけでピピッと手早く決済できるのがNFCという技術です。日本でSuicaなどに導入されているのは、Type-F(通称「FeliCa」)と呼ばれる規格で、SONYが開発したものです。

特徴は速い通信速度にあります。交通系電子決済であるSuicaの課題は駅の改札で人がスムーズに通信できることであり、高速通信が可能なFeliCaが導入されました。

海外ではType-A/Bと呼ばれる規格が使われており、同じNFCでも互換性がありません。コンビニなどで決済する際、店員に「どの電子マネーで決済されるかお選びください」と言われることが多々あります。あれは各カードで採用されている通信規格が異なるためであり、通信するのに規格を選ぶ必要があるからです。

政府では2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、外国人観光客が母国と同じ規格で決済しやすいよう、このType-A/B決済普及を進めており、EMV contactlessという名前で各国際ブランドでの導入拡大が検討されています。

一方、QR決済を行うには、店頭で表示されているQRを読み込むにしろ、ユーザー側がQRを表示するにしろ、スマートフォンなどのデバイスが必要となります。

よって、QR読み取りアプリか、QR表示のためのウォレットアプリが用意されています。AlipayやWeChat Payでも分かる通り、アプリがあるとSNSや送金、クーポン、その他金融機能を付加するなど、カード型にはない機能があります。アプリを立ち上げるのは多少面倒でも、NFCに勝る価値を提供することができます。

4 規制がつきまとう銀行口座入出金との関係

実はNFCとQRといったUIの違いの他に、チャージ金の使途によって、サービス提供者に求められる規制が異なってきます。

これは、預金・送金など銀行に似た動きをするFintechサービスが続々と増えてきたことによります。

銀行業、前払式支払手段、資金移動業などの許認可別に要件などを示した画像です

一方、銀行業務に近づけば近づくほど適用される規制は増え、アカウントを開設するのにもユーザー側で対応すべきステップが増えてしまうため、コンバージョン率へ影響します。

「本人特定事項」など、犯罪収益移転防止法における本人確認規定の内容を示した画像です

5 決め手は導入店舗数

多くのプレーヤーが参入するQR決済サービスですが、その勝敗を分けるのは導入店舗数です。より多くの店舗に自社の決済サービスを導入してもらうための鍵となるのが、決済手数料と導入コストです。

実は、電子決済が選択されると、店舗側はその売上の規定割合を電子決済事業者に支払っています。従って、その手数料負担を相殺できるほど、電子決済導入による顧客増加が見込めるならば開始してもよい、という経営判断となります。

また、店舗側にNFCやQRのリーダーを導入したり、POSへ情報・システムを連携したりと、インフラ周りの整備にもコストがかかってきます。ここを事業者が負担して初期コストを0円にしたり、決済手数料も大幅に下げたりして、各社は自社のサービスを多くの店舗に導入してもらうための戦略を取っています。

足元では、8月末に米国EC大手のAmazonも日本での店舗決済参入を表明しました。ユーザーにECアプリからQRを表示してもらい店舗側端末で読み取る、いわゆる「見せる決済」。決済パートナーのNIPPON PAYはすでにAlipay対応に向け約1万5000店(2018年6月末時点)にQR読み取り端末を配布済みで、Amazon Payはここにジョインする形です。また、年内に導入すると2年間店舗決済手数料無料とのことです。

PayPay、LINE Pay、pringなど2018年リリースのQR決済サービスの概要を紹介した画像です

各社、猛勢を見せるQR決済。果たして勝者はどこになるのか。その動向から目が離せません。

以上

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銀行は決算書のどこをチェックしているのか?

今回は、銀行や信用金庫など金融機関の融資審査において、決算書をどのようにチェックするのか、知っていただきたいことを解説します。

1 決算書は審査において重要な意味を持つ

2015年以降、金融庁から地域金融機関(例えば、地方銀行や信用金庫など特定地域を主要な営業基盤とする金融機関)に対して、「企業の事業性を評価すべき」という指針が出されています。いわゆる「事業性評価」と呼ばれるもので、基本的には財務情報だけではなく、企業の事業内容や将来性を評価して融資の判断を行うものです。

昨今、この事業性評価が注目されていますが、銀行等の融資審査においては、決算書が重要な意味を持つことに変わりはありません。企業の維持力や返済力を判断する上で有効な資料だからです。

私は日本政策金融公庫で、中小企業の融資審査に携わっていました。政府系金融機関なので、民間金融機関が踏み込みにくい中小企業へ融資することもあります。そのため、以前から事業性評価の観点を重視した審査を行っていました。

しかし、事業性が高いと評価できる企業であっても、決算書に問題がある場合は、融資後のデフォルト(債務不履行)のリスクが懸念されます。つまり、決算書に問題がある企業の場合、事業性評価で融資ができる範囲は限定的にならざるを得ないということです。

2 決算書でチェックされるポイントとは

今やほとんどの金融機関で、決算書をコンピュータで分析して「信用格付」を行っています。膨大な量のサンプルデータと比較するなど、高度な統計手法を用いてプログラムされたシステムが使われており、「返済できなくなるリスクの高さ」が数値化されます。

とはいえ、これは決算書の数字を定量的に分析しただけであり、それだけで決められた「信用格付」は正確でない場合があります。中小企業の決算書は千差万別で、必ずしも実態を十分に表していない可能性があるからです。

そこで、金融機関の審査担当者は、経営者へのヒアリング、補足資料の提出依頼、企業への訪問調査など、実態を把握するための材料を集めた上で、修正入力を行うなどして最終的に判定します。

優秀な審査担当者は、決算書3期分を短い時間眺めただけで、融資可能かどうかを見極めることができます。その際の主なチェックポイントは次の通りです。

1)売上・利益の推移

売上、売上総利益、営業利益、経常利益の推移を見て、増加傾向か減少傾向かなどをチェックします。急増や急減がある場合には、その要因について経営者にヒアリングします。

2)自己資本

純資産の金額や、自己資本比率(純資産÷資産)、増資の有無などをチェックします。一般的には自己資本比率が高いほうが「リスクが低い」と判断されます。

3)現預金の残高

現預金の残高が、増加傾向か減少傾向かをチェックします。また、売上規模に見合う水準か(少ない場合は資金繰りがひっ迫している可能性がある)、預金ではなく「現金」が過大ではないか(粉飾の可能性がある)、預金口座はどこの金融機関にあるかなどについてもチェックします。

4)売掛金の状況

売掛金が平均月商に対して何カ月分あるか、3期分の売掛金明細を比較して残っている先がないか、売上の回収条件から算出される推定有高と比較してどうかなどをチェックします。

推定有高とは、例えば回収条件が「月末締め翌月末振込」で、決算期末が月末の場合、「月商の1カ月分の売掛金があると推定される」ということです。これらは、架空の売掛金計上による粉飾決算の可能性や、回収が長期化している先がないかをチェックする手法です。回収困難な売掛金は含み損として認識され、自己資本から差し引きます。

5)棚卸資産の状況

棚卸資産が急増していないか、回転期間( 棚卸資産/(売上原価÷12))(分母に平均月商を使う場合もあります)が長期化していないかなどをチェックします。特に、不良在庫の有無や発生可能性などについて入念にチェックします。

6)買掛金の状況

売掛金と同じく、月の平均仕入額に対する倍率、増減、仕入の支払い条件から推定される有高との整合性などをチェックします。多い場合は、資金繰り難による支払繰り延べなどの可能性があるからです。

7)固定資産と自己資本との比較

固定比率(固定資産÷自己資本)が100%以下か、含み益や含み損はないかなどをチェックします。含み益や含み損については、その場で判断するのは難しいので、経営者に資料の提出を求めるなどして、後日調査することもあります。例えば、不動産を時価評価して簿価との差額をチェックするといったことです。

8)借入金の状況

借入金については、シリーズ第3回「銀行の『融資審査』で準備しておきたいこと」で解説した「債務償還年数」の計算のほか、増減、借入先の変化などについてチェックします。個人など金融機関以外の借入先については、借入に至った経緯などをヒアリングします。

9)雑勘定

いわゆる「雑勘定」の状況をチェックします。雑勘定とは、「仮払金」や「短期貸付金」などを指します。一般的に雑勘定は、審査においてネガティブにとらえられるので、できるだけ決算書に残らないようにするのが好ましいです。中小企業でよく見られるのが、代表者への貸付金ですが、金額や内容によっては問題視されることもあるので要注意です。

10)減価償却費の計上

償却資産に対して適正に減価償却費が計上されているか、税務申告書の「別表16」でチェックします。償却不足の場合は、利益を水増ししているといった見方をされます。

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3 決算書のコンピュータ分析の仕組み

審査担当者に、決算書を分析するコンピュータシステムの仕組みや内容について質問しても、詳しくは教えてくれないでしょう。企業秘密ということもありますが、高度な統計手法を使ったシステムなので、簡単に説明できるものではないからです。しかし、これでは中小企業が経営や決算書を改善する方法が分かりません。

そこで参考として「経営自己診断システム」(独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が運営)を紹介します。

この自己診断システムでは、自社の財務データ(決算情報)26項目を入力することにより、自社の財務状況を点検することができます。また、CRD(中小企業信用リスク情報データベース)に蓄積された同業他社の大量データと比較することで、業界内における自社の各財務指標値の位置を把握することもできます。

この自己診断システムの活用法ですが、例えば、業界標準値より劣っている指標の改善に注力し、改善が実現した場合には、審査担当者からの評価が好転する可能性も期待できます。また、自社の財務状況の点検結果を材料として、審査担当者と意見交換することも有意義かもしれません。

4 融資を受けられる決算書を目指す3つのポイント

1)本業の業績を高めて自己資本を厚くする

身も蓋もない話になってしまいますが、企業は本業について工夫と改善を行い、利益を増やすのが王道です。利益が増えてくると、しだいに自己資本も厚くなり、安全性の評価が高まります。

2)自社の決算書の内容をしっかり把握する

自社の決算書に無頓着な経営者もいるようです。しかし、それでは審査担当者からの質問に的確に回答できません。前述のチェックポイントを意識して、自社の決算書を自己分析し、常に自信をもって説明できるようにしましょう。

3)決算書は税理士任せにせず能動的に関わる

決算書の作成は、税理士任せにするのではなく、経営者が能動的に関わることが重要です。税理士の主な仕事は税務申告であり、金融機関融資を含む企業の資金調達を意識していないことがあります。決算期が近くなってからでは修正できる範囲も限られてきます。そのため、決算月の数カ月前から、雑勘定を極力なくすなど、経営面でも意識した取り組みが必要です。

なお、融資申込みのタイミングが、決算月から半年以上経過していると、「合計残高試算表」の提出も求められます。合計残高試算表を作成する際も、早めに税理士へ資料を提供して、経営実態を正しく示せるものにすることが重要です。

融資を受けるか受けないかにかかわらず、決算書は「会社の通信簿」といえます。経営者は、日頃から財務データを意識した経営を行うことが重要です。

次回は、「円滑に資金調達するための事業計画書」というテーマを予定しておりますので、どうぞお楽しみに。

(注)読者の皆様へ:このリポートの記載内容は、あくまでも執筆者個人の見解であり、りそな銀行の見解を代表しているものではないことにご留意ください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年9月7日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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スタートアップ・ビジネスと知財/スタートアップのための法務(3)

こんにちは、弁護士の市毛由美子と申します。シリーズ「スタートアップのための法務」の第3回は、知的財産(知財)を扱います。

知的財産(知財)権は、人間の知的活動の成果や顧客吸引力のある表示に、一定の独占的な地位を認めていこうという経済政策を反映した法制度です。具体的には、特許庁に登録することによって成立する特許権・実用新案権(発明・考案)、意匠権(デザイン)、商標権(マーク)と、登録がなくても創作活動があれば当然に認められる著作権、不正競争防止法上の営業秘密などが挙げられます。

知財に限らず、法律とビジネスが交錯する局面では大きく分けて「紛争解決法務」「予防法務」「戦略法務」の3つがあります。このうち「紛争解決法務」は経営効率上できるだけ避けたいところであり、そのためには紛争から自社を守る「予防法務」が重要になります。そして、攻めの「戦略法務」によって自社の収益拡大などを図る場合の典型として、知財の活用が考えられます。

以降では、知財に関する予防法務と戦略法務において、実際に何を行うべきなのかをもう少し詳しく紹介します。


あわせて読む
シリーズ・スタートアップのための法務

こちらはスタートアップのための法務シリーズの記事です。
以下の記事もあわせてご覧ください。

1 知財に関する予防法務(守りの戦略)

守りの第一段階は、ビジネスを開始する前に実施する権利調査です。ビジネスの成長や成熟が見えてきた段階で、知財侵害を理由とした差止請求や損害賠償の警告が来てしまうと、事業計画の中止や大幅な変更を余儀なくされ、大きな打撃となります。だからこそ、最初の調査が肝心です。特許権・実用新案権、意匠権、商標権については、特許庁などが運営する「J-PlatPat」で簡易検索ができます。さらに、既存特許との抵触や、類似商標はどの範囲までが含まれるのかなどの具体的判断には、専門的な知見が必要ですので、迷ったら専門家にご相談ください。

新規の技術や表示に関しては、権利を早期に取得することも重要になります。特許庁では2018年7月から、権利の早期取得が可能となる、ベンチャー企業対応スーパー早期審査を開始しています。この制度はベンチャー企業が、製品を実際に製造・販売している場合や、2年以内に生産開始を予定している場合に適用されます。スーパー早期審査の申請後、約2.5カ月で最終処分(特許(登録)査定すべきか否か)の判断が下されます。

対象となる「ベンチャー企業」やスーパー早期審査の手続きについては、特許庁のサイトに詳細が掲載されています。

●特許庁「スーパー早期審査の手続について」
https://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/super_souki_qa.htm

さらに、国や自治体には、侵害調査や出願に関して助成金制度がありますので、高額な費用のかかる調査や出願については、助成金の利用も検討してみてください。

●東京都知財総合センター「助成事業について」
https://www.tokyo-kosha.or.jp/chizai/josei/index.html

登録が権利の要件とされていない営業秘密や著作権に関しても、権利の取得や帰属について、管理体制を整備しておくことが重要です。

例えば、不正競争防止法上で保護される「営業秘密」(同法第2条第6項)は、1.事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること、2.非公知であること、3.秘密として管理されていること、の3要件が求められます。

特に3.の秘密管理性については、裁判になると管理が不十分であったとして請求棄却となることが多いので、手を抜かずに管理する必要があります。具体的には、経済産業省が公表している「営業秘密管理指針」を参考にしてください。

●経済産業省「営業秘密管理指針」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/trade-secret.html

また、コンテンツやコンピュータソフト等も対象となる著作権に関しては、著作者、すなわち著作物を創作した者が初めに権利を取得します。注意を要するのは、自社の従業員や外注先が著作物を創作した場合です。

従業員が創作した著作物に関しては、職務著作(著作権法第15条)の要件を満たしているかを確認しておきましょう。

外注先(協力会社)が創作した著作物については、一旦は外注先またはその従業員に権利が帰属します。従って、業務委託契約等により著作権が自社に承継されているか、その際、「特掲」しないと権利者に留保されることになってしまう翻案権等や、二次的著作物に関する原著作者の権利(著作権法第61条第2項、第27条、第28条)も承継対象になっているか、譲渡できない著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)の不行使がうたわれているか、といった点も要確認です。

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2 知財を活用した戦略法務(攻めの戦略)

知財は、法的には「禁止権」、つまり、他人に差止請求ができる権利として構成されています。その権利を特定の相手にだけ行使しないという合意がライセンスです。この禁止権とライセンスをどう組み合わせて活用するかが、知財戦略を組み立てる要素となります。

例えば、ある製品の基幹技術の特許権を持っているメーカーであれば、特許権を収益に結び付ける方法として、製品を自ら製造・販売することが考えられます。しかし、製品やサービスを世に出すためには、多額の設備投資や人の手当て、販売チャネル、時には許認可も必要になります。

そこで、これらの経営資源がない企業は、資源を持っている企業に知財をライセンス(実施許諾・利用許諾)して製造・販売してもらう代わりに、ライセンス料としてプロフィットをシェアでき、自社の身の丈に合ったビジネス・スキームを構築できます。ライセンスは、社会に存在する既存の経営資源を活用できる、実に効率的な仕組みだと思います。

その際、ライセンスは独占的か非独占的か、特定の事業分野や地域に限定するか等々の契約条件は、自社の資源と許諾先の資源、製造や販売のキャパシティー、マーケットを総合的に考慮して組み立てていくことになります。

バーゲニングパワーのある許諾先は、得てして独占ライセンスを実施する権利を強く求めてきますが、独占ライセンスはビジネスチャンスを一社に集約することになり、許諾先の製造・販売能力いかんでは、ビジネスチャンスを生かしきれない、あるいは失ってしまうリスクが残ります。

よって、独占ライセンスを与えるにしても、一定期間を定めて最低限の製造・販売数量やライセンス料をコミットしてもらう、また、目標が達成できないときには、契約解除や非独占契約に移行できる権利を留保するなど、契約条件によるリスクマネジメントが必要になってきます。

さらに、最近では「オープンクローズ戦略」という手法も注目されています。「オープン戦略」とは、技術を無償で公開するか、広範囲に低額でライセンスをして、自社の技術などを普及させる戦略です。対極にある「クローズ戦略」とは、営業秘密としてブラックボックス化する、あるいは特許権を取得して自社のみで実施することで差別化する戦略です。

クローズ戦略の究極は、コーラのレシピです。特許権は登録から20年で権利が消滅するのに対し、レシピは営業秘密として厳格な管理のもとに維持されている限り、競争上の優位性を長年保つことが可能です。

他方、多くの医薬品や機械などは、製品を売り出すと、これを他者が分析、解析して技術を解明できてしまうことが多く、営業秘密として秘密性は維持できない場合もあります。そのため、むしろ特許権を取得して20年の独占的地位を確保する戦略となります。

最近は、ある製品の周辺技術情報をあえてオープンにして、誰でも使えるようにすることで、関連製品の普及を目指すというオープン戦略も見られます。この際、コア部分の技術はクローズにして、自社の製品や技術を使わなければ、周辺技術も使えないといった仕組みをつくり、優位性を確保するという手法が「オープン&クローズ戦略」です。

このように知財を経営戦略に効果的に組み込んでいくことで、これまでにない方法でビジネスを飛躍的に発展・展開できる可能性があります。

以上

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キャッシュ・フロー計算書の基本構造と活用方法

書いてあること

  • 主な読者:会計の勉強を始めた若手社員
  • 課題:キャッシュ・フロー計算書の読み方や、そもそもなぜ必要なのかが分からない
  • 解決策:キャッシュ・フロー計算書では、損益計算書と貸借対照表では見えてこない活動別の資金の量と流れが容易に把握できる

1 キャッシュ・フロー計算書の基本

1)貸借対照表とは

貸借対照表は、期末日現在の資金の調達と運用の状態を表したものです。資金の調達とは、資本金、借入金などで、貸借対照表の右側に計上されます。

調達された資金は企業活動を通して運用され、利益または損失を生み出します。資金は、商品・製品・材料、建物、設備、土地などに投下され、営業活動を通して利益または損失を伴いながら投下した資金の回収を目指します。資金を投下し未回収段階のものを現預金以外の資産として、また、未投下の余剰資金である現預金も流動資産として、貸借対照表の左側に計上します。

2)損益計算書とは

企業の1年間の活動実績は、損益計算書において「収益-費用=利益」として算出されます。

現在の企業会計は、発生主義の原則による損益計算が行われています。発生主義に基づく損益計算の場合、決算時点ではいまだ現金の流入を伴っていない未収金、現金の流出を伴っていない未払金が計上されることになります。また、土地・建物、機械装置、器具・備品、車両運搬具などの購入は、現金の流出があるものの、費用ではなく資産に計上されます。損益計算書は、発生主義(厳密には収益は実現主義)を基に計算されるため、現金収支とは必然的にかい離することになります。

3)キャッシュ・フロー計算書とは

キャッシュは現金、フローは流れという意味で、キャッシュ・フローとは、企業の現金の流れ、企業の現金収支を表す言葉です。現金収支は現金の収入(流入)と支出(流出)の差を指します。

キャッシュ・フロー計算書では、損益計算書と貸借対照表では見えてこない活動別の資金の量と流れが容易に把握できるようになります。

キャッシュ・フローは次の3つに分けられます。

  • 営業活動によるキャッシュ・フロー 
  • 投資活動によるキャッシュ・フロー
  • 財務活動によるキャッシュ・フロー

2 キャッシュ・フロー計算書の作成方法

1)営業活動によるキャッシュ・フロー

営業活動によるキャッシュ・フローは、営業活動を通して得られる一定期間のキャッシュ・フローを計算するものです。営業活動によるキャッシュ・フローの計算に当たっては、継続適用を条件に直接法と間接法のどちらかを選択できます。

直接法は、損益計算とは別に新たに営業活動によるキャッシュ・フロー計算のための手続きを一から行う必要があり、計算手続きは大きな労力を必要としますが、間接法の場合には、税引前当期純利益を基に加減算を通して計算ができるため、直接法に比べて作成手続きは簡単になります。従って、日本では間接法が主流となっています。

1.間接法による営業活動によるキャッシュ・フローの計算

●営業活動におけるキャッシュ・フロー(間接法)
税引前当期純利益           *****
減価償却費              *****
のれん償却額             *****
貸倒引当金の増加額          *****
受取利息および受取配当金      -*****
支払利息               *****
為替差損               *****
持分法による投資利益        -*****
有形固定資産売却益         -*****
損害賠償損失             *****
売上債権の増加額          -*****
棚卸資産の減少額           *****
仕入債務の減少額          -*****
・・・・・・・            *****
小計                 *****
利息および配当金の受取額       *****
利息の支払額            -*****
損害賠償金の支払額         -*****
・・・・・・・            *****
法人税等の支払額          -*****
営業活動によるキャッシュ・フロー   *****

間接法により営業活動によるキャッシュ・フローを計算する場合、小計を経る計算手続きとなります。小計は「純粋に営業活動により生ずるキャッシュ・フロー」です。この小計に利息および配当金の受取額、利息の支払額、法人税等の支払額などを加減算して「営業活動によるキャッシュ・フロー」を計算することになります。

まず、営業活動によるキャッシュ・フロー計算は、損益計算書の税引前当期純利益から計算を開始し、これに、その期に支出を伴わない費用である「減価償却費」「のれん償却額」「貸倒引当金の増加額」などを加算します。

次に、投資活動によるキャッシュ・フローおよび財務活動によるキャッシュ・フローの区分に含まれる損益項目と営業活動に係る資産および負債の増減を加減算することによって、営業活動によるキャッシュ・フローを計算します。

2.投資活動によるキャッシュ・フローおよび財務活動によるキャッシュ・フローの区分に含まれる損益項目

  • 利息および配当金の受取額
    税引前当期純利益から発生主義による受取利息・受取配当金(損益計算書の数値)を減算し小計を算出します。小計の後にあらためてキャッシュベースによる受取利息・受取配当金を加算し営業活動によるキャッシュ・フローを求めます。
  • 利息の支払額
    税引前当期純利益に発生主義による支払利息(損益計算書の数値)を加算し小計を算出します。小計の後にあらためてキャッシュベースによる支払利息を減算し営業活動によるキャッシュ・フローを求めます。
  • 為替の換算差額
    為替差益は減算し、為替差損は加算することにより、営業活動によるキャッシュ・フローの算出過程から除きます。為替の換算差額は「現金および現金同等物に係る換算差額」の欄であらためて独立表示します。
  • 有形固定資産売却損益
    有形固定資産の売却益は減算し、逆に売却損は加算します。有形固定資産の売却については、あらためて投資活動によるキャッシュ・フローの計算で「有形固定資産の売却による収入」として総額を表示します。
  • 損害賠償損失
    税引前当期純利益に加算し、小計を計算した後にあらためて減算します。

3.営業活動に係る資産および負債の増減

  • 売上債権の増減額
    売上債権の増加額は減算し、逆に売上債権の減少額は加算します。売上債権が増えれば、利益は増えていますが、現金は入ってきていませんので、この増加額を減算して利益を現金の流れに合わせます。売上債権の減少はその逆の処理になります。
  • 棚卸資産の増減額
    棚卸資産は売り上げの実現により、将来の現金収入につながる資産です。棚卸資産を購入しただけでは利益は動きませんが、現金は出ていっていますので、この増加額を減算して利益を現金の流れに合わせます。棚卸資産の減少はその逆の処理になります。
  • 仕入債務の増減額
    仕入債務が増えれば、棚卸資産がその分増えた場合を除いて、利益は減っていますが、現金は出ていっていませんので、この増加額を加算して利益を現金の流れに合わせます。仕入債務の減少はその逆の処理になります。

4.直接法による営業活動によるキャッシュ・フローの計算

直接法による場合、損益計算に拘束されることなく、現金収支の事実に基づいて計算するため、収入金額を加算し支出金額を減算するだけの簡潔な計算書になります。しかし、発生主義に基づいた通常の企業会計とは異なるため、直接法によるキャッシュ・フローの算出作業は間接法(従来の会計結果を基に調整して算出する方法)に比べて労力を必要とします。

営業収入は現金収入の事実を伴った売上高です。原材料または商品の仕入支出・人件費支出・その他の営業支出は現金支出を伴った費用です。以上を加減算し小計を求めます。

次に、利息および配当金の受取額、利息の支払額、損害賠償金の支払額を加減算して営業活動によるキャッシュ・フローを算出します。これは、主要な取引ごとにキャッシュ・フローを総額で表示した計算書というイメージになります。

●営業活動によるキャッシュ・フロー(直接法)
営業収入               *****
原材料または商品の仕入支出     -*****
人件費支出             -*****
その他の営業支出          -*****
小計                 *****
利息および配当金の受取額       *****
利息の支払額            -*****
損害賠償金の支払額         -*****
・・・・・・・            *****
法人税等の支払額          -*****
営業活動によるキャッシュ・フロー   *****

2)投資活動によるキャッシュ・フロー

投資活動によるキャッシュ・フローは、固定資産や有価証券の取得・売却、資金の貸付・回収などによる資金の収支を計算するものです。

固定資産・有価証券の取得は損益計算書とは関係せず、貸借対照表の資産の中で、または資産・負債で組替が行われます。また、固定資産・有価証券の売却は、損益計算書では売却益または売却損のみが計上され、残額は貸借対照表上の資産の中で組替が行われます。

つまり、貸借対照表と損益計算書だけでは固定資産・有価証券を売却した場合、売却額(売却による現金収入の総額)が明確になりませんが、投資活動によるキャッシュ・フロー計算では資金の回収状況が把握できる利点があります。

●投資活動によるキャッシュ・フロー
有価証券の取得による支出         -*****
有価証券の売却による収入          *****
有形固定資産の取得による支出       -*****
有形固定資産の売却による収入        *****
投資有価証券の取得による支出       -*****
投資有価証券の売却による収入        *****
連結範囲の変更を伴う子会社株式の取得   -*****
連結範囲の変更を伴う子会社株式の売却    *****
貸付けによる支出             -*****
貸付金の回収による収入           *****
・・・・・・・               *****
投資活動によるキャッシュ・フロー      *****

3)財務活動によるキャッシュ・フロー

財務活動によるキャッシュ・フローは、営業活動および投資活動を維持するための資金の調達や返済に当たる内容になります。資金の借入による収入、社債発行による収入、株式発行による収入、借入金返済による支出、社債償還による支出や自己株式の取得による支出、配当による支出などが一覧で把握できます。

財務活動によるキャッシュ・フロー
短期借入れによる収入            *****
短期借入金の返済による支出        -*****
長期借入れによる収入            *****
長期借入金の返済による支出        -*****
社債の発行による収入            *****
社債の償還による支出           -*****
株式の発行による収入            *****
自己株式の取得による支出         -*****
・・・・・・・               *****
財務活動によるキャッシュ・フロー      *****

4)現金および現金同等物の計算

「営業」「投資」「財務」の各キャッシュ・フローの合計額に「現金及び現金同等物に係る換算差額」を加減算し、「現金及び現金同等物の増加額」を計算し、これに「現金及び現金同等物の期首残高」を加算し、「現金及び現金同等物の期末残高」を計算します。この「現金及び現金同等物の期末残高」は、貸借対照表に表示される現金及び現金同等物の額と一致することになります。

1.営業活動によるキャッシュ・フロー    *****
2.投資活動によるキャッシュ・フロー    *****
3.財務活動によるキャッシュ・フロー    *****
4.現金及び現金同等物に係る換算差額    *****
5.現金及び現金同等物の増加額       *****
 (=1.+2.+3.+4.)
6.現金及び現金同等物期首残高       *****
7.現金及び現金同等物期末残高       *****
 (=5.+6.)

3 キャッシュ・フロー計算書の活用方法

中小企業にはキャッシュ・フロー計算書の作成は義務付けられていません。とはいえ、キャッシュ・フローが重視される時代にあっては、中小企業においてもキャッシュ・フローとは何かを理解し、企業経営に生かすことが必要です。

例えば、新規事業計画や設備投資計画を立てる場合に、その新規事業や設備投資から、将来どれだけのキャッシュ・フローが得られるのかが重要なポイントですから、投資家や金融機関は将来のキャッシュ・フローに大きな関心を寄せています。その計画書に将来のキャッシュ・フローの予測を盛り込まなければ、投資や融資の判断はできません。

キャッシュ・フローを意識した経営は、営業活動による資金獲得力と財務状況の向上につながります。キャッシュ・フローを向上させるには、まずキャッシュ・フローとは何かを理解し意識することから始まります。常にキャッシュ・フローを念頭において企業の経営をすることができればキャッシュ・フローを向上させることにつながるのです。

企業を将来の投資能力・健全性の観点から見た場合には、営業キャッシュ・フローから得られる「フリーキャッシュ・フロー」をどれだけ多く獲得できるかが重要なポイントとなります。「フリーキャッシュ・フロー」とは「自由になるお金」の意味で、営業キャッシュ・フローから現在の事業を継続するために必要な投資キャッシュ・アウトフロー(現金流出額)などを引いたものです。

1)営業キャッシュ・フローの向上策

営業キャッシュ・フローを向上させるためには、本業の強化により利益を増大させることが必要です。

資産関係では、在庫の圧縮などが挙げられます。その他、売り上げから入金までの期間の短縮、仕入れから支払いまでの期間の延長も挙げられます。

利益の増大(売上増、経費削減など)は、将来キャッシュ・フローの増大をもたらし、企業価値の増大につながります。一方で、在庫の圧縮、入金サイトの短縮、支払サイトの延長はその期のキャッシュ・フロー向上に寄与しますが、将来キャッシュ・フローには直接的影響を与えません。それらによって浮いた資金を効率的に利用(設備投資、借入金の返済など)することによって、はじめて利益の増大を通じて、将来キャッシュ・フローの増大をもたらし、企業価値の増大につながりますので、注意してください。

2)投資キャッシュ・フローの向上策

いわゆる財テクを収益の柱と考えている企業は別ですが、通常の会社は投資キャッシュ・フロー自体の向上を目指すのではなく、より多くの営業キャッシュ・フローが期待できる投資案件を選択することを目指します。そのためには営業キャッシュ・フローを生まない資産は処分し投資案件を組替していきます。

また、投資をせずに現金を保有しているだけでは、将来の営業キャッシュ・フロー向上の実現にはつながりませんので、借入金の返済、つまり支払利息の低減などを通じて財務キャッシュ・フローの向上を目指しましょう。

3)財務キャッシュ・フローの向上策

多種多様な資金調達方法を選択利用できる立場にある企業を除いて、財務キャッシュ・フローもそれ自体の向上を目指すものではありません。営業キャッシュ・フロー獲得の機会があったときに、いかに機動的に必要額を低利で調達できるかがポイントです。そのためには、日ごろから安定した借入先を確保しておく、社債や増資を引き受けてくれる先を探しておくなどが必要です。

以上(2018年9月)
(監修 辻・本郷税理士法人 税理士 安積健)

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画像:Perfect Gui-shutterstock

被害者なのに加害者に!? Webサイト改ざんの脅威と対策

  • OSやソフトウェア(CMSやその拡張機能を含む)の脆弱性対策を実施
  • 認証画面を突破されないための対策を実施
  • Webサイトの管理用端末からの認証情報の漏洩対策を実施
  • Webサイトへの攻撃対策や改ざんに気付く仕組みの導入

これらができていない中小企業は、「Webサイト改ざん」の被害を受けてしまうかもしれません。この記事では、実際に中小企業に起きた情報セキュリティ問題を取り上げ、対策の考え方を紹介します。

1 WAF(Web Application Firewall)とは

 WAF(Web Application Firewall)とは、SQLインジェクションやクロスサイトスクリプティングといったWebアプリケーションの脆弱性を狙ったサイバー攻撃からWebサーバを保護するセキュリティ対策システムです。Webサーバと外部ネットワークとの間に設置することでWebサーバへの通信を監視し、通信が攻撃であると判断した場合はブロックします。WAFを導入することで、今回のテーマであるWebサイトへの攻撃対策などにつながります。

2 知らぬ間に起きた「Webサイト改ざん」

税理士事務所「XYZ税理士法人」(仮名)。税理士2名と事務員5名の税理士法人です。2年程前にクライアントでもあるWeb制作会社に依頼して、WordPressという無料のCMS(コンテンツマネジメントシステム)を利用したWebサイトを構築し、事務員が記事等の更新作業を行っています。

ある日、Google社からXYZ税理士法人の代表社員A氏のもとに「ハッキングされたコンテンツが https://○○○○.com/ で検出されました」というメールが届きました。A氏 は何事かと思いつつWebサイトを確認しようとインターネットで検索したところ、検索結果のリンクに「このサイトは第三者によってハッキングされている可能性があります」との警告文が掲載されていました。

A氏は慌てて、更新作業を任せていた事務員に確認したものの対処方法が分からず、Web制作会社の担当B氏に相談しました。しかし、B氏も対処は専門家にお願いした方がよいとの回答のため、サイバーセキュリティの専門家であるC氏に調査を依頼することとなりました。

C氏は、WebサーバのログやCMSのphpファイル等を解析し、その結果をXYZ税理士法人の代表社員に報告しました。

「今回の調査結果から、御法人は『Webサイト改ざん』の被害に遭っていたことが分かりました。Webサイトが改ざんされると、Webサイトが書き換えられてしまうだけでなく、訪問者がマルウェアに感染したり、悪意のあるWebサイトに誘導されたりもします。

今回はCMSのアップデートを怠っていたため、その脆弱性(セキュリティホール)を突かれ、Webサイトを訪れた人を、悪意のあるWebサイトに誘導するコードが埋め込まれていました。御法人は被害者ですが、そのままでは加害者にもなりかねない状態でした。問題のコードは修正対応ができましたが、再発防止に向けて、速やかにセキュリティ対策を見直しましょう」

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3 OSやソフトウェア(CMSやその拡張機能を含む)の脆弱性対策を実施

OSやソフトウェアの脆弱性情報が公開されると、攻撃者はその情報を悪用し、脆弱性を狙った攻撃を仕掛けてきます。従って、できるだけ早く脆弱性対策が施された最新のOSやソフトウェアにアップデートするようにしましょう。また、利用していないCMSの拡張機能等があれば削除することで、その脆弱性を狙った攻撃を回避することができます。一度見直してみましょう。

4 認証画面を突破されないための対策を実施

CMSの管理画面にログインするためには、認証画面でユーザIDとパスワードを入力する必要があります。しかし、ユーザIDやパスワードが安易なものであると、推測や総当り攻撃等で管理画面にログインされてしまう可能性があります。「root」「Administrator」「admin」など、ありがちなユーザIDを使用するのは危険です。また、パスワードは、できるだけ長く、複雑で、使い回しではないものを使用するようにしましょう。

そもそもCMSの認証画面に誰でもアクセスできることが問題です。認証画面のURLをデフォルト設定から変更するとともに、IPアドレスによるアクセス制限をかけるようにしましょう。また、認証画面に二要素認証を設定するCMSの拡張機能もあるので導入を検討しましょう。

5 Webサイトの管理用端末からの認証情報の漏洩対策を実施

Webサイトを管理する正当な権限を奪われると、容易に改ざんされてしまいます。従って、コンテンツをアップロードするためのFTPやCMSのユーザIDとパスワードは厳重に管理するようにしましょう。

Webサイトの管理用端末に対する攻撃でユーザIDとパスワードが窃取される可能性があります。ウイルス対策ソフトの導入や、OSやソフトウェアの脆弱性対策は怠らないようにしましょう。また、その端末を使用する担当者がフィッシングサイト(偽の認証画面)に騙されてユーザIDとパスワードを入力してしまうことのないように注意させましょう。

6 Webサイトへの攻撃対策や改ざんに気付く仕組みの導入

OSやソフトウェアをアップデートすると、CMSやその拡張機能が正常に動作しなくなる場合があります。また、利用しているサーバの契約によっては、Webサイトの管理者自身でアップデートできない場合があります。そのような場合はWAFを導入することで攻撃を防ぐことができます。WAFは、Webサイトへの不正な通信を検知したり、許可していない通信を遮断したりします。また、攻撃の兆候があればアラートして知らせてくれるため、攻撃に早期に気付くことができます。御法人が利用しているレンタルサーバにはWAF機能が有償オプションとして提供されているので、導入を検討しましょう。加えて、Webサイトの改ざん検知を行うCMSの拡張機能等も導入を検討しましょう。

C氏は、一通りの対策を説明した後、まとめの言葉で締めくくった。

「Webサイトもパソコンと同様に脆弱性対策やパスワード管理等の基本的なセキュリティ対策を実施すれば被害に遭う確率を大幅に低減することが可能です。ただし、Webサイトの改ざん対策は、一度実施したから終わりというわけではありません。新たな攻撃手法が見つかる可能性がありますので、定期的に対策の見直しを行うようにしましょう」

次回は、Webサービス妨害攻撃と対策について解説します。

以上

(監修 エドコンサルティング株式会社 代表取締役 江島将和)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年1月31日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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