営業最強フレーズ集 アプローチ編2 初めて話す相手に少しでも興味を持ってもらうための一言

御社と同地域の他社で○○という効果があった事例です。全くご興味ありませんか?

メリットをより分かりやすく

新規開拓の営業では、いきなり連絡をしてもアポイントを取るのは難しいのではないでしょうか。初めのうちは、相手がこちら側の商品・サービスにほとんど興味を持っていないからです。

そこで「営業最強フレーズ集:アプローチ編1」で挙げた「御社と同じ○○業の企業様での最近のご活用事例をお持ちします」というフレーズを使って、会うメリットを伝えるわけですが、それでも「必要ないから」と断られるかもしれません。

そう言われたら、冒頭のような言い方で実際の効果を分かりやすく伝え、相手に少しでも興味を持ってもらいましょう。例えば、相手にとっての競合他社や顧客が「販路開拓に成功した」「コストを削減することができた」などの効果を伝えるのが理想的です。

具体的な数字が効果的

このとき、「具体的に」「簡潔に」「インパクトのある言葉を使って」成功事例を伝えることがポイントです。「△件の販路開拓に成功した」「□%のコストダウンが実現できた」など具体的な数字を挙げると分かりやすく、インパクトを与えやすいかもしれません。数字を挙げることが難しい場合には、「~が増えた(減った)」「~できなくて困っていたのができるようになった」というように、ビフォーアフターの違いが分かるようなフレーズを使うと効果が伝わりやすくなります。

相手にとっての競合他社や顧客に関する具体的な効果を挙げ、「それでも全くご興味ありませんか」と尋ねると、相手は断りにくくなります。自分(相手)のビジネスに関わりがあるのではないかという気持ちが強くなるからです。「全くない、というわけじゃないけど」と言ってくれるかもしれません。

「食い下がらない」ことも選択肢に

逆に、そこまで伝えても「必要ない」と言われたら、今の段階では成約の可能性は低いと考え、諦めたほうがよいかもしれません。ここで食い下がって印象を悪くするより、他の見込み先にアプローチするほうが効率的です。

ただしその場合も、資料と名刺を送り、時期を置いてから改めて連絡してみましょう。相手の状況は、いつどのように変化するか分かりません。状況が変わったとき、思い出してもらえる可能性が少しでも高まるように布石を打っておくのです。

初回アポイントは工夫のしどころ

新規開拓の営業では、初回のアポイントを取るのが一番難しいといっても過言ではありません。相手に、少しでも会うことのメリットを感じてもらえることを目標に、内容や言い方を工夫して伝えることが大切です。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

営業最強フレーズ集 アプローチ編1 初回のアポイントを取ろうとするときの一言

御社と同じ○○業の企業様での最近のご活用事例をお持ちします

用件は堂々と

新規開拓の営業では、まず、「会ってもらう」ことが第一の壁になります。何件電話をかけてもアポイントが取れずに悩む営業担当者は少なくないでしょう。相手に「時間が無いから」と断られることを警戒して、「ご挨拶だけなので」「名刺交換だけでも」「ほんの5分程度ですから」など、つい、「お願いトーク」をしたくなるものです。しかし、こうしたお願いトークは、相手に不信な印象を与えてしまい、かえって逆効果になることもあります。

アポイントを取るときは、お願いトークではなく、「なぜお会いしたいのか」という用件を堂々と伝えるほうが好印象を持ってもらえます。このとき、「相手にとって役に立つ情報がある」という、「会うことのメリット」を伝えるようにすることがポイントです。

いかにメリットを伝えられるか?

法人営業の場合、相手が「会って役に立つかもしれない」と感じる情報は、相手の同業他社や顧客に関連するものです。そこで、冒頭のような言い方で会うことのメリットを伝えましょう。「御社のお客様の○○業界での~」という言い方に置き換えることもできます。「最近の」というフレーズを挟むことで、相手に「自分の知らない新しい情報が入手できるかもしれない」という期待感を持ってもらうことができるかもしれません。

釣り糸を垂らすのは……

会うことのメリットを伝えるトークを展開するときには、提案する商品・サービスを活用すると想定される部門、もしくは担当者にたどり着いておくことが大切です。魚のいない釣り堀に、いくら釣り糸を垂らしても魚を釣ることはできません。魚のいる釣り堀を探して釣り糸を垂らすから魚が釣れるのです。

そこで、初回の電話のときには、これまでの営業経験や上司・先輩社員の事例などを参考に関連部門のあたりをつけ、「△△部門の方をお願いします」と伝えて担当者につないでもらうようにしましょう。

異動があったら後任の担当者を

一度担当者にたどり着けば、今回はアポイントが取れなかったとしても、次回からは直接担当者に連絡できるようになります。担当者が異動した場合でも、「後任の方をお願いします」と伝えれば、新しい担当者にたどり着くことができるでしょう。

新しい担当者には、「前任の□□様には何度かお話しさせていただき大変お世話になりました。ご後任の●●様にも一度ご挨拶をさせていただきたいと思いご連絡しました」と具体的な名前を出せば、相手との距離感が少し縮まります。不信感を与えることなくアポイントを取ることができるでしょう。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

営業最強フレーズ集 アプローチ編4 お金に関する話で相手の本音を探るときの一言

高い、というのはどのくらいの金額をお考えですか?

営業ではカードを隠す人が多い?

営業は交渉事の連続で、その戦法は次の二つに分かれます。一つ目は、自分のカードを隠し続け、最も有効なタイミングを待って切る戦法。もう一つは、あえてカードを相手に見せつけ、自分はこんなに強いのだから降りたほうが得ですよと、懐柔する戦法。

通常の営業の現場でどちらの局面になることが多いかといえば、当然、前者のほうです。特に、お金に関する話になると、「高いんでしょ?」「いやいや、お安くできますよ」等、具体的な基準もないまま曖昧な話が続くことがあります。しかもこの状況は、売り手である営業側が不利になるのが常で、「もしかして他社より高いのかも?」等とついつい弱気になって、当初の想定よりも安い金額を提示してしまいがちです。

「高いんでしょ?」の本音は?

お金の話はとても大切なのに有利に進めることができない。そんな状態に陥らないために、相手に「高いんでしょ?」と聞かれても、ビビることなく冷静に状況を判断するようにしましょう。例えば、「高いんでしょ?」の言葉から、次の二つのシナリオが思い浮かびます。

一つ目は、相手が断る理由を探している状況です。この場合、こちらが頑張って安値を提示しても「高いな~」等と断られます。

二つ目は、相手が割と本気で検討している状況です。こちらにとってはチャンスであり、不用意に値引きをしたくありません。

さて、相手の答えはどっち?

この正反対の二つのシナリオ。相手の本音はどちらにあるのかを探るときに、ぜひ、投げかけてみたいのが、冒頭の営業最強フレーズです。相手の反応から、ある程度、本音を推測できる場合があります。

相手が「断る理由を探している」場合、具体的な答えはまず返ってきません。「何か高そうじゃない?」といった具合です。このとき、安値を出すのは、後のことも考えてタブーです。丸めた金額を示すにとどめます。

一方、「割と本気で検討している」場合、相手の口から「例えば○百万円?」といった具体的な金額が出てくることがあります。これは、相手の予算が決まっていたり、既に競合他社から話を聞いている可能性があります。この場合、「定価だと○百万円になりますが、仕様によって……」等、交渉の幅を広げるようにし、必要に応じて、ボリュームディスカウント等、値引きのカードも切ります。

「高いんでしょ?」に慌てることなかれ

「高いんでしょ?」と聞かれると、つい値引きを口にしたくなったりします。そうしないと、買ってもらえないという思いに駆られるからです。

しかし、その対応は正しくありません。慌てずに、相手の出すヒントから本音を見極めて、しっかりとチャンスにつなげていきましょう。お金の話になって初めて、営業の交渉は本格的に始まったようなものなのです。

以上(2018年8月)

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画像:Mariko Mitsuda

本音を引き出す「質問力」を磨くには

1 なぜ、質問力が大事なのか

聞く力と銘打った書籍が100万部を超えるベストセラーとなり、営業から人事まで、傾聴力・質問力に関する研修やビジネス書が大量にあふれかえる昨今。そもそも、ビジネスパーソンにとって「話を聞く力」がなぜ重要なのでしょうか。

答えはとてもシンプルです。ビジネスとは課題解決であり、相手の課題が認識できないと、適切な解決策を提供できないからです。

新規営業先や既存のお客様、社内の上司や部下、株主や社外の協力者など、会社を取り巻くステークホルダーは様々。経営者はおのおのの思惑や期待値を理解し、調整していく必要があります。そのために、相手が考えていること、求めているものを正しく理解することが重要で、それらを引き出す力が質問力、というわけです。

あくまで一つの定義ですが、質問力とは、「相手と同じ視点で物事を見る力」だと私は考えています。みなさんの周りでこんなことはありませんか。

  • 現場の営業担当者が商談先の要望を正しく理解できず、的外れな提案が失注につながった
  • コールセンターの担当者がお客様に寄り添った応対をできず、クレームにつながった
  • 部下と面談をしてもモチベーションや成果が上がらず、最終的に退職してしまった

経営に大きなインパクトを与えるこれらの課題について、「相手と同じ視点で物事を見られていない」ことが原因の一つとして考えられます。

では、どうやって質問力を高める教育をするべきなのか。これまで、1000人以上の人生ストーリーをインタビューした経験を基に、幾つかエッセンスをお伝えします。

2 何が質問力の高い・低いの差を分けるのか

まず、質問力を高めるために、分かりやすいゴールのイメージを持つことにしましょう。

そもそも、質問力が高い・低いとは、どういった状態なのでしょうか。先ほど、質問力とは、「相手と同じ視点で物事を見る力」であると定義しました。具体的な例をイメージしながら考えてみます。

例えば、御社で新卒採用を検討し、人材紹介会社の営業担当者と打ち合わせを設定するとします。

・1人目の営業担当者

御社の事業内容の理解度が低く、質問を聞いていると、業態を勘違いしているような印象です。募集職種に必要なスキルや特性についても、相づちを打ちながら聞いていますが、どこまでこちらの意図が伝わっているのか、いまいちピンときません。最終的には「このプランはオススメです。今なら値引きが可能です」とAプランを提案されました。

・2人目の営業担当者

御社に近い業態のクライアントを担当したことがあるようで、事業の内容や採用職種の要件について、こちらが伝えたいことを正しく理解してもらえました。その場でホワイトボードにまとめてもらいましたが、認識に相違はありません。また、商談の中で「実際にこれまで採用した新卒社員のうち、活躍する社員の共通点」について尋ねられ、皆体育会の経験があるということに気付きました。最後に、その会社で提案できるプランの説明を一通り受けた上で、体育会系の学生にリーチできるプランが良いのではないかというアドバイスをもらいました。

やや極端な例ですが、「相手と同じ視点で物事を見る力」=「質問力」によって、上記のような差が生まれます。

2つのケースで一番大きく異なるのは、話者に対する信頼の有無です。1人目の営業担当者が「この人に言っても伝わらないのではないか」と疑われているのに対し、2人目の営業担当者は、「考えていることが正しく伝わっているし、自分が気付かなかったことまで示唆してくれた」という信頼の獲得に至っています。

信頼のない相手とのコミュニケーションは、机を境界線に180度で対面した「対立構造」となる特性があります。「なぜこんなことを聞かれるんだろう」「なぜこの商品を提案されるんだろう」「なぜ値引きされるんだろう」といった探り合いが起こる構図です。

反対に、信頼できる相手とのコミュニケーションは、お互いが横の席に並んで座っているように、0度の「並列構造」となる特性があります。「実は、こんな内情なんですよね」「それであれば、無理にXXせず、YYするのがよいかもしれませんね。御社にはこのプランは合わないと思います」というように、同じものを2人で見て、相談するような構図が出来上がるのです。

目指すべきゴールは、対面の探り合いでなく、相手と横並びで同じものが見られる状態です。そのためには信頼を得ることが重要。では、どうすれば信頼を得られるのでしょう。

3 質問力を磨くには

いよいよ質問力をどう磨くかというパートに入ります。相手と信頼関係を構築し、同じ視点で物事を見るためには、「どう聞くか」「どう答えるか」の2点が重要です。

1)どう聞くか:相手が話しやすい順番で聞く

コミュニケーションにおいて、質問の順番は非常に重要です。「Aを説明するためには、前提となるBを説明しなければいけない」という考えが働いたり、「初対面でいきなりCの話をするのははばかられる」という感情が働いたりするためです。幾つか例を挙げます。

1.全体から部分へ

いきなり個別具体的な話に入らず、全体像の擦り合わせを行いましょう。特別なケースを除き、大枠から詳細に入っていくほうが、同じ前提を持って会話することができます。例えば、あなたが先の例に挙げた新卒採用の営業担当者だった場合、「新卒採用説明会の集客にお悩みではありませんか?」と聞くよりも、年次の採用目標や取り組んでいる施策、目標に対する進捗状況、と順々に絞り込んでいくほうが、相手も説明がしやすく、より本質的な課題に至ることができます。

2.事実から解釈へ(事象から感情へ)

相手が話していることが事実(事象)なのか、解釈(感情)なのかを分けて認識しましょう。商談相手が、「既存のベンダーの仕事に満足していない」のと、「今期で該当ベンダーの契約を打ち切ることが決まっている」のは明確に異なります。相手が説明しやすいのは、変動性がない事実です。まずは事実から質問し、次に解釈を聞く、という順番がオススメです。例として、ご自身がインタビューを受ける際に、「略歴」を聞かれてから「キャリア選択のこだわり」を聞かれるのと、反対の順で聞かれる場合を想像すると、前者のほうが答えやすいのではないでしょうか。

3.クローズドからオープンへ

全ての質問は、Yes/No、A/Bなど回答範囲の区切られた「クローズドクエスチョン」と、範囲が制限されない「オープンクエスチョン」の2つに分かれます。まずはクローズドから入り、関係性を築いた上で、一歩踏み込んでオープンに聞いてみる、というのが定石の一つです。例えば、営業の商談時に、相手の決裁体制を伺う際、「このような意思決定はXX様が決められるんですか?」と、範囲を限定して聞くこともできますし、「御社の意思決定フローや基準を教えてください」と、制限せずに相手に委ねることもできます。関係性を考慮して使い分けることが重要です。

2)どう答えるか:何を理解したか、相手に伝える

「質問力」というテーマで、「どう答えるか」と書かれると違和感があるかもしれませんが、相手の回答に対してどんなリアクションを取るかは、実は質問選びと同じくらい重要です。どんな受け答えが信頼を生み、相手と目線を近づけるのか、例を挙げて説明します。

1.言質を取る

トラブルなどの文脈で使われることが多い言葉ですが、「あなたがこう言ったと私は認識した」と、相手に伝えることは非常に重要です。「相手は言葉に出していないけど、恐らくこうであろう」という予測から失敗を招かぬよう、お互いが見える場に言葉を出すことが重要です。

2.復唱、要約する

一つ目と一部重複しますが、質問において「復唱・要約」は最も重要な要素の一つです。なぜなら、相手はあなたの相づちを打つのを見て、どの程度理解したか、これからどこまで話すべきかを判断するからです。そういった意味では、ただ相手におうむ返しをすればよいわけではなく、相手が伝えたい真意、重きを置いている点をくみ取った返答を行うことが、信頼の構築につながります。さらに、こちらの要約に対し、先方から、一巡目では説明できなかった深い点への言及を引き出すきっかけにもなります。

3.意見する、アドバイスする

上記の復唱・要約からさらに一歩踏み込んだのが「意見・アドバイス」です。関係性ができていない中で行うと気分を害されたり、失礼に当たったりすることもありますが、相手の意見を引き出す上で、自分の意見を述べるのは、最も有効なアプローチの一つです。新卒採用で苦しんでいる相手に、「新卒採用よりも、中途採用のほうがいいんじゃないですか」と意見を当ててみる、などの例が挙げられます。

4 実践編:ビジネスを前に進める質問テクニック

シーンごとに、相手と同じ視点で物事を見るための簡単なテクニックをお伝えします。

1)営業の商談

「木」と「森」の両方を見ることが重要です。目の前の相手の視点を追えばよいのではなく、意思決定者であるその上司や、反対する他部署の人など、相手の周りを取り巻く他者の視点も意識することが重要です。受注の意思決定に関わる影響範囲を広く捉えた上で、それぞれの立場の視点を理解できるような質問を投げかけましょう。

2)社内の部下との1on1

「理解」と「共感」を分けて考える・振る舞うことが重要です。相手の話した内容に対し、すぐに反論したり、評価する目線で返答したりしては、純粋な意見を聞くことはできません。ご自身が相手の意見に共感するか否かは一旦置いた上で、相手の意見を引き出すための質問の仕方を心掛けましょう。

3)採用の面接

過去の意思決定や仕事の内容を「点」で聞くのではなく、「線」で聞くことが重要です。時間軸に沿って前提を積み重ねていくことで、一つ一つの意思決定を独立して聞くよりも、話の解像度が上がります。

5 おわりに

最後に、私自身の経験から、失敗例と成功例を少しだけお話しします。

・失敗例

集中力を欠いていると、会話中に「次に何を聞こう」と考え込んでしまうことがあります。会話が弾まず、こちらの価値も提示できないことで、相手からは無意味な時間だとか、面白くないやつだ、と思われてしまう。しまいには、スマートフォンを見ながら話をし始める、なんてこともありました。

こうなると、私はすぐに気持ちをリセットして相手と同じ目線に立つことに集中し直します。実は、相手と目線が合い、信頼関係が築けているときは、「相手に何を聞くか」には注目せず、「相手が何を見ているか、考えているか」に注目しています。そもそも、質問は手段であり、目的ではないのです。

・成功例

信頼関係は必ず次の機会につながります。シンプルな事例として、相手と同じ目線に立つと、意見を求められる機会が増えます。事業の相談のうち、自社でお力添えできるものはソリューションを提案し、その場で受注、なんてこともしばしば。実は取材で知り合った方と次の仕事につながるケースは非常に多いのです。

少し話はそれますが、私は、これまでの経験から「墓場まで持っていく」という言葉をあまり信用していません。誰しも、自分のことを語りたく、理解してもらいたいという特性が少なからずあると思うのです。だからこそ、それがプライベートであろうと、ビジネスであろうと、相手目線で物事を考えられる人の価値は非常に高いのではないかと思います。

質問力を高め、相手と同じ視点で物事を見ることは、経営を行う上で関わる様々なプレーヤーと、長期的に利益を共有できる関係を作るのに大きな一歩となります。無数の会話で成り立つ日々の生活の中で、本稿で紹介した質問力のエッセンスが、少しでもみなさまの役に立てるとうれしいです。

以上(2018年8月)
(執筆 株式会社ドットライフ 代表取締役 新條隼人)

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画像:artinspiring-Adobe Stock

ベンチャー企業が融資を活用する際のポイント

ここ数年、ベンチャー企業に関するイベントが増えてきたように感じます。また、公的なベンチャー支援施策も拡充されています。今後、後継者不足などを背景に廃業が増えると考えられる中で、ベンチャー企業は“経済発展のために欠かせない重要な存在”として、再認識されてきているのでしょう。

多くのベンチャー企業は、販路拡大、研究開発、人材確保、資金繰りなど、様々な課題に悩んでいます。とりわけ、資金繰りについては、事業存続のカギを握ることから、多くのベンチャー企業にとって最重要課題といっても過言ではないでしょう。

ベンチャー企業の多くは、ベンチャーキャピタルなどからの出資を受けることを念頭に置いています。しかし、出資が実現するまでには、資金提供者との交渉などで時間がかかるのが一般的です。スピーディに資金調達するためには、金融機関の融資が有効な選択肢の一つです。今回は、ベンチャー企業が金融機関の融資を活用するためのポイントや留意点を紹介します。

1 本稿におけるベンチャー企業の定義

まず、本稿におけるベンチャー企業を定義しておきましょう。「ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会最終報告書 ~ベンチャー企業の創出・成長で日本経済のイノベーションを~(2008年4月)」(ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会)では、ベンチャー企業を「新しい技術、新しいビジネスモデルを中核とする新規事業により、急速な成長を目指す新興企業」と記載しています。

最近では、AIやIoTなど斬新な技術を駆使したベンチャー企業が話題になっていますが、従来型の業種でも新たなビジネスモデルを実現している企業もあります。例えば飲食店でも、食材や料理方法、サービス、マーケティングなどでイノベーションを起こして多店舗展開を図るとすれば、それはベンチャー企業と呼べるでしょう。

本稿では、業種にかかわらず、新技術や新しいビジネスモデルを構築して、大きな成長やIPOを目指す企業をベンチャー企業と捉えて解説します。

2 「死の谷」(valley of death)を乗り越えるために

ベンチャー企業の成長段階を語る際に、「魔の川(開発段階に進めるか?)」「死の谷(事業化できるか?)」「ダーウィンの海(競争に打ち勝てるか?)」といった表現が使われることがあります。もともとは、製造業における「基礎研究→製品開発→事業化→収益化(市場地位確立)」といった各段階で越えなければならない壁を指します。

最近は、起業して軌道に乗るまでの、資金繰りが厳しい状況を「死の谷」と表現するケースが増えています。ベンチャー企業は、起業後しばらくは製品開発や体制整備など“態勢を整える”必要があり、この間、手持ち資金が急速に減少することがあるのです。かといって収益化を急ぎすぎると、競争力ある製品・サービスがリリースできず、事業化に失敗する懸念があります。

「死の谷」を乗り越えるために必要なのは十分な資金です。タイミングよくベンチャーキャピタルなどから潤沢な資金提供があればよいのですが、多くのベンチャー企業は期待通りの資金調達ができずに苦労しています。

また、「死の谷」の訪れは1回とは限りません。一般的に、ベンチャー企業は「死の谷」を乗り越えたら、その後は右肩上がりに成長していくというイメージがあるかもしれませんが、実際には「山あり谷あり」です。例えば、製品・サービスについてA・B・Cの3種類をリリースするとすれば、最初の「死の谷」を乗り越えてAによる収益化が実現しても(これだけでも成功ですが)、B・Cを開発するための資金が必要となる、あるいはトラブルが発生するなどで、再び「死の谷」に直面することになるのです。

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3 公的制度をうまく活用しよう

ベンチャー企業が「死の谷」を乗り越えるために、出資(エクイティファイナンス)だけではなく、融資(デットファイナンス)もうまく活用したいものです。こうすることで、資金の枯渇を防げる可能性が高くなります。

ただし、赤字が続いている企業にプロパー融資(信用保証なしの融資)を実行する金融機関は少ないのが実情です。そこで、創業間もないベンチャー企業が活用しやすいのは、信用保証協会の保証付き融資と日本政策金融公庫の融資です。

1)信用保証協会の保証付き融資

信用保証協会とは、企業が民間金融機関から融資を受ける際に、保証人になってくれる公的な機関で、都道府県ごとに設置されています(一部市の保証協会もあります)。創業後成長途上で赤字の企業でも、将来性を考慮して返済力を判定するので、保証を受けられる可能性があります。この保証協会の保証を受けることで、ベンチャー企業も銀行からの融資を活用できるようになります。

2)日本政策金融公庫の融資

日本政策金融公庫は政策金融機関で、創業融資に注力しています。ベンチャー企業向けの制度として特徴的なのは、「挑戦支援資本強化特例制度(資本性ローン)」です。これは、5年1カ月以上15年以内の返済期間中、毎月支払うのは利息のみで元本は期限到来時に一括返済するというユニークな制度です。借入でありながらも、資本的な役割を果たす効果があります。

信用保証協会と日本政策金融公庫をうまく活用して事業を軌道に乗せていけば、民間の金融機関からプロパー融資を受けられる可能性が高まってくるでしょう。また、公的な制度を利用することで信用力が高まり、民間金融機関の融資を引き出す「呼び水効果」も期待されます。

4 積極的な情報発信による客観的評価が重要

筆者がクライアントの支援をしていて感じるのは、最近、信用保証協会や日本政策金融公庫、民間金融機関が、いずれもベンチャー企業に対して前向きな審査判断をしていることです。信用保証協会、日本政策金融公庫、民間金融機関が協調して融資を実行してくれるケースも増えています。

あるIT系のベンチャー企業は、創業して4年目になりますが、技術開発に長期間を要したので未だに赤字です。自己資本もマイナス、つまり債務超過の状態です。それでも、日本政策金融公庫から1,500万円、民間金融機関から保証協会の保証付きで500万円の融資を受けることに成功しているので驚きです。

同社が融資を受けられているのは、同社の成長性などが高く評価されているからですが、そのきっかけは、起業家本人の積極的な情報発信です。複数のピッチイベントなどに出場し、大企業にもアプローチした結果、大企業との取引の約束を取り付けました。これが、このベンチャー企業の評価向上に寄与し、融資につながったのです。

自社や製品・サービスについてうまく情報発信すれば、メディアに取り上げられるなどして、知名度を高めることができます。また、ベンチャーを支援する立場の人たちとも積極的に会って、起業家本人や経営陣の“人となり”を知ってもらうことによっても、多くのチャンスが生まれます。

金融機関に対して、「うちの製品・サービスはこんなに成長見込みがある」と自己主張するだけで信用を勝ち取るのは難しいものですが、「他者が高く評価している」という客観的な事実があれば話は別です。もちろん、ピッチコンテストで上位に入賞したとしても、すぐに融資に結び付くわけではありませんが、金融機関などから注目してもらえる可能性は高まります。

(注)読者の皆様へ:このリポートの記載内容は、あくまでも執筆者個人の見解であり、りそな銀行の見解を代表しているものではないことにご留意ください。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年7月31日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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契約の基礎知識/スタートアップのための法務(1)

こんにちは、弁護士の市毛由美子と申します。今回から始まるシリーズ「スタートアップのための法務」の第1回は、契約の基礎知識を扱います。

起業・創業しようというときには、最初から自分が当事者となる様々な契約(オフィスの賃貸借契約、事務機器や什器備品の売買契約、リース契約またはレンタル契約、スタッフとの労働契約、銀行その他金融機関との金銭消費貸借契約、取引先との取引基本契約等々)を結ぶことになります。

しかし、慣れない契約書の内容をいちいち読んでいる時間はない。あるいは、読んでも意味が分からないけれど、契約を結ばないとビジネスは先に進まない。仕方がないのでよく分からないまま契約書に判を押す、というのはよくある話です。しかし、そんなことではスタートから思わぬ落とし穴に陥る危険があります。


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シリーズ・スタートアップのための法務

こちらはスタートアップのための法務シリーズの記事です。
以下の記事もあわせてご覧ください。

1 契約とは何か

契約が成立すると、当事者間には権利(債権)と義務(債務)が生じ、義務者(債務者)が契約上の義務(債務)を履行しない場合には、契約違反(債務不履行)となります。義務者に契約違反があるにもかかわらず、催促をしても履行されない場合には、権利者側は裁判を起こすことで、判決によって義務者に対する義務の履行や損害賠償を命じてもらえます。さらに、それでも履行されなければ裁判所に強制執行を申し立てることで、権利の実現(直接強制できない義務は金銭での賠償)が図られます。

つまり、契約は、権利者(債権者)からすると、法律と裁判制度を通じて国家がその実現を保証してくれるもの、ということになり、他方で義務者(債務者)からすると、国家によりその実現を強制され得るもの、ということになります。よって、契約書に判を押す前には、自分が望んでいないこと、できないことが義務付けられていないかどうか、5W1Hの観点から細心の注意を払って契約書を読む必要があります。

2 契約書を作る目的

「契約」というと「双方当事者が契約書に調印すること」を思い浮かべる方も少なくないと思いますが、法律的には、「契約」は申込の意思表示(A製品を〇円で売りたい)と承諾の意思表示(A製品を〇円で買いたい)の合致により成立し、必ずしも「契約書」「発注書」「発注請書」といった書面の作成は必要ではありません(注)。では、なぜ企業間の取引では書面を作るのでしょうか。

(注)ただし、保証契約等の一部の契約では、例外的に書面の作成が必要となります。

その最大の目的は、裁判になったときに備えた証拠づくりにあります。口約束だけでは、「言った」「言わない」の争いになる可能性があるところを、裁判では証拠をもって事実認定されるため、締結済み契約書があれば、裁判官の事実認定はとても容易になります。また、民事訴訟法第228条第4項では、署名または押印がある私文書は真正に成立したものと推定されると規定していることから、署名または押印のある契約書の証拠価値は、ファクシミリやEメールより高いといえます。

そして、契約書が裁判時の証拠となることで、裁判になる前の段階から、当事者、特に義務者は契約上の義務を履行しなければならないという心理的圧力を受けるため契約を順守しようとし、また、不注意による契約違反も防止できます。さらに、口頭での曖昧な約束を書面で明確にすることで、当事者間の認識の齟齬(そご)をできるだけ少なくし、無用な争いを避けることもできます。

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3 多義的表現を避ける

このような契約の目的を果たすための工夫として、契約書の表現は多義的表現(読む人によって様々な解釈があり得るような表現)を避け、一義的表現(誰が読んでも同じ意味にしか解釈できないような表現)が重要になります。

例えば、以下の契約例1と契約例2を比べたとき、1では、「瑕疵(かし)」が何なのか、また、「遅滞なく」とはどのくらいの期間なのか、人によって解釈にばらつきが出る可能性があります。しかし、2のように規定することで、一義的で解釈に幅がない契約書となります。

(契約例1)

本製品の受け入れ検査時に瑕疵が発見された場合には、買主は遅滞なく売主に通知をしなければならない。

(契約例2)

本製品の受け入れ検査時に、本契約に添付された仕様書 の記載内容を充足しない製品が発見された場合には、買主は本製品の受領日から10営業日以内に売主に通知をしなければならない。

4 法律と契約の優劣関係

ところで、法律と契約とで、異なる取り決めがされている場合は、どちらが優先するのでしょうか?

私的自治の原則(国家は私人間の問題になるべく介入すべきでないという原則)からは、契約(当事者の意思)は国家の決めた法律に優先するとされていますので、多くの民事に関する法律の規定は、当事者の意思がはっきりしないときに、公平の見地から権利義務を確定するための補完として機能することになります。

このように当事者の意思を補完するような法律の規定(当事者の意思によって適用しないことができる法律の規定)を「任意規定」といいます。しかし、私的自治の原則に委ねると、社会秩序の維持が図れない場合、いずれかの当事者が重大な不利益を被る場合、弱者救済や実質的な公平確保を目的として法律が定められている場合は、当事者の意思のいかんにかかわらず法律の規定が守られなければその目的を達成できません。このような公の秩序に関する規定を「強行規定」といい、当事者がこれに反する契約をしても無効となります。

この強行規定と任意規定と当事者意思の関係(任意規定 < 当事者意思 < 強行規定)を定めているのが、民法第90条と第91条です。

第90条

公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

第91条

法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う。

ここで、契約書を作るとき、読むときに最も神経を使うべき点は、契約書に書かれることによって初めて効果が発生する条項(任意規定と異なる規定)についてです。例えば、売買契約においては、売主は、民法第533条により、いわゆる「同時履行の抗弁権」があるので、買主が代金を支払うまで対象物を引き渡さないと主張できます。

しかし、これは任意規定ですので、当事者が合意すれば、代金後払い、あるいは先払いの契約条項も有効となります。通常、買主の力が強い場合は、支払いサイトは納品の翌月、あるいは長い場合には3~6カ月も先と定められることがあります。ここで、後払いの場合には、実際には支払い期日までお金を貸しているのと同じ金融的効果が生じますので、相手方の資力・信用力や経営状況いかんでは、担保や保証を入れてもらう等の手当てを求めたほうがよい場合もあります。

他方で、その取引が下請代金支払遅延等防止法という法律の対象となる取引に該当する場合には、発注者たる親事業者は、給付を受領した日(役務の提供を受けた日)から60日以内に下請代金を支払わなければならないという「強行規定」があります。この場合には、契約書上の支払い期日の規定いかんにかかわらず、親事業者は60日以内に支払いをしなければなりません。

このように契約と法律に関する知識を駆使すると、契約書はビジネス条件を組み立てるための効果的なツールのひとつとなり得ます。

以上

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身代金要求型ウイルス「ランサムウェア」の脅威

  • OSやInternet Explorerなどのブラウザ、 Adobe Acrobat ReaderやJava 実行環境(JRE)など、ソフトウェアのアップデートを欠かさず行っている
  • セキュリティ対策ソフトの定義ファイル(パターンファイル)は常に最新版を利用している
  • 定期的なバックアップの取得とリカバリーのテストを実施している

これらができていない中小企業は、いわゆる「ランサムウェア」の被害を受けてしまう恐れがあります。この記事では、実際に中小企業で起きた情報セキュリティ問題を取り上げ、対策のポイントを紹介します。

1 ランサムウェアとは

ランサムウェアとは、感染することでパソコンがロックされたり、パソコン内の保存したファイルが暗号化されたりするウイルスです。感染後、制限解除の引き換えに金銭の支払いを要求してきます。金銭は仮想通貨で要求されることが多く、また金銭を支払っても制限が解除されないケースが多く確認されています。「Ransom(身代金)」と「Software(ソフトウェア)」を組み合わせた造語であり、「身代金要求型ウイルス」と呼ばれることもあります。

2 危険な「ランサムウェア」

プリント基板製造「XYZ工業」(仮名)。大手電機メーカーの下請け企業で、経営は安定しています。

ある日の昼休み、社員Aが工場内に設置しているCAD用パソコンを使ってネットサーフィンをしていました。大手ポータルサイトやリンク先のブログなどを眺めていたところ、突然、パソコンのデスクトップにあるファイルの拡張子が次々と見慣れないものに書き換わっていきます。Wordの報告書、Excelの進行表、クライアントから預かっているCADデータまでも……。

クリックしてもファイルは開きません。そして画面には「お客様のファイルをもとに戻すには、お支払いが必要となります。お支払いのない場合、ファイルは失われます」といったメッセージが表示されています。社員Aは大いに混乱していますが、悪いことに、このパソコンと同じ現象が事務所にある他のパソコンにも広がってしまいました。社内は大混乱で、昼休みが終わっても業務を再開することができません。

「ファイルが暗号化されました。ファイルを取り戻す唯一の方法は、以下の手順に従って暗号化を購入することです」。ランサムウェアが何を表示してくるのかを説明した画像です。

総務課では、IT管理者Bが状況を上司に報告し、すぐにサイバーセキュリティの専門家であるC氏に調査を依頼しました。

ちょうどXYZ工業の近くに来ていたC氏は、小一時間で到着。さっそくパソコンやサーバを解析し、その結果をXYZ工業の経営陣に報告しました。

「今回の調査結果から、御社のパソコンやサーバが『ランサムウェア』に感染していることが分かりました。ランサムウェアとは、身代金要求型ウイルスとも呼ばれる不正プログラムのことです。ランサムウェアに感染すると文書ファイルや画像ファイルなどコンピュータ上のファイルが暗号化されて開けなくなり、解除する代わりに金銭を要求されます。仮想通貨での支払いを要求されることが多いのですが、支払っても暗号化が解除される保証はありません。

今回、社員Aが閲覧したウェブサイトがランサムウェアをダウンロードするように仕組まれており、感染したと考えられます。サーバについてはバックアップを取っているのでファイルの復元は可能です。しかし、個々のパソコンはバックアップが取られておらず、ファイルまでは復元できません。再発防止に向けて、速やかにセキュリティ対策を見直しましょう」

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3 基本的な対策が重要

まず、今回はインターネット利用時に使用しているブラウザのバージョンが古かったため、その脆弱性(セキュリティホール)を突かれてランサムウェアに感染したものと考えられます。

OSやInternet Explorerなどのブラウザ、 Adobe Acrobat ReaderやJava実行環境(JRE) など、ソフトウェアのアップデートを欠かさず行うことが大切です。可能であればIT資産を管理するためのツールなどを導入して、ソフトウェアのバージョン管理を集中して行えるようにするのが理想です。

ウイルス対策をしっかり行うことも欠かせません。ウイルスの定義ファイル(パターンファイル)が最新であれば多くのウイルスを防ぐことができます。セキュリティ対策ソフトの運用を個々の社員に任せるのではなく、IT管理者が集中管理できる体制にします。そうすれば、ウイルス定義ファイルの更新漏れやウイルス感染状況も把握しやすくなります。

なお、XYZ工業の場合はウェブサイト閲覧中にランサムウェアに感染しましたが、最近はメールにランサムウェアを添付して送りつけてくるケースも多く確認されています。公的機関の注意喚起によると、「請求書」「商品発送のお知らせ」などのように、業務に関係しそうな件名や文面で送りつけてくるので注意が必要です。

差出人のメールアドレスが身に覚えのないものだったり、日本語の言い回しがおかしかったりするメールの添付ファイルなどは、決して開かないように周知徹底しておきましょう。また、そうしたメールが送られてきたら、速やかにIT管理者に報告することもルール化します。

4 バックアップは最後のとりで

これまで紹介した対策を講じても、ランサムウェアの感染を100%防ぐことは難しいと言わざるを得ません。そこで、ランサムウェアに感染してもファイルや業務を素早く復旧できるように、必ずバックアップを取るようにします。

XYZ工業の場合、サーバのバックアップは取っていましたが、個々のパソコンはバックアップを取っていなかったため、ファイルを復元できませんでした。理想は全てのパソコンのバックアップを取ることですが、管理や費用の面から実施が難しいケースもあるでしょう。

このような場合、重要なファイルはサーバ上に保管するようにして、まとめてバックアップを取るようにするとよいでしょう。個々のパソコンに重要な情報を残さないことで、社内の情報管理の改善につながりますし、情報漏洩を狙ったウイルスに感染したときの被害を軽減することにもつながります。

また、ランサムウェアはネットワーク接続されたコンピュータへ感染を広げるため、仮に感染した場合には、感染箇所を速やかにネットワークから分離できるようなシステム構成にするのも大切なポイントです。加えて、緊急時にバックアップから復旧(リカバリー)できないというトラブルをなくすために、あらかじめ復旧のテストを行うようにしましょう。

C氏は一通りの対策を説明した後、まとめの言葉で締めくくった。

「ランサムウェアに対しては、一般的なマルウェア対策と同様に基本的なセキュリティ対策をしっかりと実施することが重要です。また今後、もしもの際に備えてバックアップの取得を徹底するとともに、緊急時の対応手順をまとめておくようにしましょう」

ランサムウェア感染からの復旧には時間がかかりましたが、取引先との納期を守ることができたため、大きな問題に発展せずに済みました。その後、XYZ工業ではランサムウェア感染の被害は発生していません。

次回は、被害者がいつのまにか加害者になってしまうかもしれないWebサイト改ざんの脅威と対策について解説します。

以上

(監修 エドコンサルティング株式会社 代表取締役 江島将和)

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IPOを目指す上で欠かせない資本政策とは

IPOを目指す社長が真剣に考えなければならない資本政策。資本政策とは、株式上場に向けて株主構成や発行済株式数などを勘案しつつ、必要となる資金調達を行うための計画です。資本政策は、上場予定の2~3年前から計画を立案し、実行していきます。

1 資本政策の主な検討事項

資本政策を立案し、実行していくためには、主幹事証券会社、ベンチャーキャピタル、会計事務所の他、銀行(証券会社などのグループ企業を含む)のサポートが不可欠です。とはいえ、資本政策は会社の命運を左右するものなので、専門家任せにせずに、最終的な決定は社長自身が行わなければなりません。そのため、社長は資本政策の基本的な検討事項として、次のことを理解しておくことが大切です。

1)資金調達

事業計画などに基づいて、いつ、誰から、どのような方法で、いくら資金を調達するのかを検討します。主な資金調達の方法は、金融機関系のファンド等からの出資、ベンチャーキャピタルなどの第三者による出資になりますが、注意が必要なのは第三者による出資です。

IPOを目指すのであれば、第三者による出資は不可欠です。それは、必要な資金を調達するためだけではなく、上場審査においても流通株式数などの要件が定められているからです。例えば、東京証券取引所のマザーズの上場審査には次の要件が定められています。

上場審査においても流通株式数なども審査されます。マザーズを例に説明している画像です

一方、無計画に第三者に出資をしてもらうと、経営者の持株比率が低下(=経営権が低下)してしまいます。また、発行済株式数が増加すると、1株当たりの価値が減少するという「株式の希薄化(ダイリューション)」が進み、上場時の株価の下落要因になることがあります。そのため、資金調達については、慎重に検討しなければなりません。

2)株主構成(安定株主対策)

株主構成を検討します。具体的には、安定株主を誰にして、どの程度の株式を保有してもらうかということです。発行済株式数の増加によって、経営者の持株比率が下がり、経営権が低下していくという問題があります。また、上場後は誰でも株式を取得できるようになるため、敵対的買収のリスクもあります。

こうした中で、上場後も経営の安定化を図るためには、自社の“味方”となる安定株主を一定程度確保しておく必要があります。安定株主の候補としては、オーナー一族、経営陣、従業員持株会、金融機関、取引先などが一般的です。

安定株主の株式の保有割合を決めるときの目安となるのが、株主総会の議決権です。株主総会における決議要件は、決議する事項によって異なります。

安定株主の株式の保有割合を決めるときに、必ず考慮しなければならない持株比率。株主総会における決議の種類と密接に関係します。決議の種類をまとめた画像です

株主構成は各社の実情に応じて決めますが、例えば、重要事項を決議できる議決権の3分の2以上を安定株主が保有し、安定株主の中でも特に信頼のおけるオーナー一族が2分の1以上を保有するのが1つの目安です。少なくとも、株主から敵対的な議案が提出された場合であっても、特別決議を単独で阻止できるよう議決権の3分の1超は、安定株主で占めるようにすることが大切です。

3)役員・従業員へのインセンティブ

役員や従業員を対象に、誰に、どのようなインセンティブを、どの程度付与するのか検討します。代表的な方法としては、ストックオプション制度や従業員持株会制度、株式給付信託(退職給付型、従業員持株会処分型)があります。

1.ストックオプション制度
 ストックオプション制度は、役員や従業員などに、将来あらかじめ定められた価格で、株式を購入する権利を割り当てるものです。業績が向上して株価が上昇すれば、あらかじめ定められた価格(低い価格)で株式を購入し、上昇した株価で売却することで差益を得ることができます。ストックオプション制度は、高額な報酬の支払いが難しいことの多いベンチャー企業では、インセンティブを付与するための重要な方法となります。

2.従業員持株会制度
 従業員持株会制度は、従業員から会員を募集して、給与や賞与の一部を原資として、自社株式を購入する制度です。会社が従業員の拠出金額の一定割合を奨励金として支給する場合も多くみられます。上場により株価が上昇すれば従業員の財産の増加につながります。

なお、持株会には従業員持株会の他に、役員を対象にした役員持株会・拡大従業員持株会などがあります。

3.株式給付信託(退職給付型、従業員持株会処分型)
 退職給付型は、退職給付資産として従業員への支払いに充てるために、会社が拠出して従業員に対して株式分配を行う形態です。従業員持株会処分型は、持株会が一定期間内に購入する株式を会社が一括取得し、その中から毎月持株会に対して株式を売却する形態です。いずれも、従業員へのインセンティブ付与につながります。

なお、役員を対象とする株式給付信託も、近年導入件数が増加しています。

4)創業者利益

創業者が、いつ、どれだけ株式を売却するのか(どの程度の利益を求めるか)ということを検討します。

上場時に放出する株式には公募と売出しがあります。公募は新株を発行すること、売出しは創業者などが保有する株式を売却することです。創業者利益は、売出しによって確保するのが一般的です。上場後は、インサイダー取引規制があったり、創業者の売却が市場の不安感を招いて株価の下落要因となったりすることがあり、創業者は株式を気軽に売却できなくなるので注意が必要です。

なお、売却する株式数は流通株式比率、安定株主比率、マーケットの動向などを考慮して決定します。

5)事業承継対策

事業承継をスムーズに進めるための対策を検討します。若い社長には「事業承継なんて、関係ない」と考える人もいるでしょう。しかし、上場後の株価は上場前に比べて高くなることが多いため、社長が死亡して相続が発生した場合、多額の税負担が生じて事業承継に支障を来すこともあります。

そのため、後継者が決まっている場合は、上場前に後継者への株式一部移転を検討する、または、資産管理会社の活用を検討するなど、若い社長であっても、今、できることがないかを確認し、必要に応じて対策を検討するようにしましょう。

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2 主なファイナンスの手法

資本政策においては、さまざまなファイナンスの手法が用いられます。主なファイナンスの手法と目的・効果は次の通りです。

資本政策では、さまざまなファイナンスの手法を知っておくことが大事です。株式異動、第三者割当増資、株主割当増資、自己株式取得、自己株式処分、ストックオプション制度・従業員持株制度の目的と効果をまとめた画像です

1)株式移動

既存の株主が他の者へ、発行済株式を移動(売買または贈与)する方法です。発行済株式数は変わりませんが株主構成を見直すことができます。

2)第三者割当増資

特定の第三者(役員、従業員、金融機関、取引先など)に、新株を発行して株式を割り当てる方法です。資金調達だけではなく、信頼できる相手に新株を割り当てることで安定株主を確保したりするなど、株主構成の見直しを行うことができます。

3)株主割当増資

全ての既存株主に対して、持株割合に応じて新株を割り当てる方法です。持株比率は変わりませんが、資金調達と各株主の保有株式数の増加を図ることができます。

4)自己株式取得

会社が発行済株式を購入して保有する方法です。自己株式には議決権がないため、会社の自己株式はその会社の議決権数から除外します。また、例えば、安定株主以外の株主から会社が自己株式を購入すれば、安定株主比率を高めるなど株主構成の見直しを行うことができます。

5)自己株式売却

会社が保有している自己株式を売却する方法です。発行済株式数は変わりませんが、新株発行と同様に資金を調達することができます。

6)ストックオプション制度・従業員持株会制度

ストックオプション制度や従業員持株会制度を通じて、株主構成を見直したり、役員や従業員へのインセンティブを付与したりすることができます。

以上

(監修:TOMA監査法人 パートナー 公認会計士 神谷隆行)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年5月15日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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過去の失敗に学べ。個人情報保護で重要な組織と人の問題

企業は、個人情報の漏洩を未然に防ぐための対策を講じる必要があります。従業員一人ひとりが個人情報保護に対する高い意識を持つことが求められますが、個人任せにしていては、綻びが生じます。実際の事例から、漏洩事故の原因を探り、組織としての体制づくりのポイント、社長が果たすべき役割を見ていきましょう。

1 情報漏洩の主な原因

個人情報の漏洩事故の多くは、従業員など内部関係者の不注意によるものです。プライバシーマーク付与事業者から報告があった事故を見ると、不注意の態様としては、メール誤送信(20.7%)、紛失(20.0%)、宛名間違い等(14.8%)、封入ミス(13.4%)の割合が高くなっています(日本情報経済社会推進協会プライバシーマーク推進センター「平成28年度 個人情報の取扱いにおける事故報告にみる傾向と注意点」)。漏洩事故対策で重要なのは、このような不注意への対策となります。

また、従業員による故意の漏洩もしばしば見られます。例えば、従業員が「退職時に顧客情報を持ち出して競合会社への転職に利用する」「対応した好みの女性顧客の住所等の個人情報を自社のデータベースから不正取得する」といったケースなどがあります。これらは顧客情報の目的外利用であり、従業員のモラルの問題としてだけで片付けることはできません。

ここで、過去に発生した大量漏洩の事例をいくつか振り返ってみましょう。

2004年から2015年の間に起きた個人情報の大量漏洩の事例に関して、漏洩件数や損失額等について説明した画像です。

大量漏洩事故の場合、原因のほとんどが故意、すなわち内部関係者による、いわゆる「不正アクセス禁止法」や「不正競争防止法」違反等の犯罪行為や、外部の悪意の第三者による標的型メール攻撃などに起因するウイルス感染です。

中小企業の場合、それほど多くの個人情報を取り扱っているわけではないかもしれません。しかし、自社で個人情報の漏洩事故が起きてしまったら、問題は漏洩事故のおわび(賠償金)や対策費用などの金銭負担だけでは済みません。報道や訴訟などによって事故が明るみに出れば、会社の社会的評価が低下し、今まで築いてきた信用も失墜します。漏洩件数の規模や会社が所属する業界によっては、ビジネスが立ち行かなくなることもあり得ます。

なお、裁判例による個人情報の漏洩事故による1人当たりの賠償金額は、多くが5000~3万円程度ですが、訴訟を起こされた場合、弁護士に依頼し、だいたい1年以上にわたってそれに関わることになるので、業務上の大きな負担となります。

2 社長が果たすべき役割

個人情報の漏洩事故を防ぐためには、従業員個人が注意を払うだけでは足りません。組織としての迅速・適切な対応が不可欠です。

例えば、日本年金機構の事例では、個人情報を扱うファイルにはパスワードを設定するという運用ルール(注)があったのに、それがほとんど守られておらず、運用ルール実施の点検・確認も行われていないことが事故調査によって判明しました。この他、漏洩事故に対する組織全体としての対応方針の明確なルール化と、訓練等による徹底が図られていなかったとも指摘されています。

(注)ただし、当時の日本年金機構では、重要情報が暗号化されずに共有フォルダ上に保管されており、仮にファイルにパスワードが設定されていたとしても、標的型メール攻撃への防御策としては極めて不十分な状況でした。

こうした組織の機能不全は、個人情報を管理する担当者レベルでどうにかしようとしても解決が難しいことかもしれません。やはり、次のような社長の「トップダウンのマネジメント」が有効でしょう。

・情報管理について強い関心を持っていることを従業員に示す。

情報漏洩は、一旦発生すると会社に大打撃を与えます。一方、情報セキュリティは売り上げに直結しないため、従業員に自主的に取り組ませることが難しいものです。そこで、社長自らが情報セキュリティに強い関心を持っているという姿勢を示し、従業員が行動しやすくすることが大切です。

・情報管理の担当者を明確にし、命じるだけでなく、実際に権限を与える。

情報セキュリティについて、「責任ある立場の者」が実効性ある行動を取れるだけの権限と責任を明確にしておくべきです。

・セキュリティ機器やセキュリティソフトの導入で終わらせない。人が最後のとりでであるという意識を持つ。

セキュリティ機器やセキュリティソフトを導入しても、完璧というわけではありません。悪意ある者に破られてしまう可能性を認識することが求められます。大切なのは、危機に対応できる組織体制を整え、実際に人が迅速に行動することです。

・危機管理の基本は、社長が逃げないこと。

情報漏洩に限らず、企業不祥事において、傷口が拡大していくのは、社長が責任を回避して担当者任せにする場合です。社長が矢面に立ち、先頭を切って全社的に対応する姿勢を示さなければ、危機管理は機能しません。

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3 情報漏洩の個人情報保護法上の影響

個人情報保護法(以下「法」)では、基本的に、法律違反に対しては個人情報保護委員会による行政的な監督で対処することになっており、いきなり処罰されるというわけではありません。

個人情報保護委員会による監督と罰則を説明した画像です

管理ミスによる漏洩の場合は、法第20条(安全管理措置を講ずる義務)の違反となります。また、働いている従業員や役員、派遣社員の漏洩行為による場合は、法第21条(従業者の監督義務)の違反となることがあります。この他、情報処理等を委託した先から漏洩した場合は、法第22条(委託先の監督義務)の違反となることがあります。

これらの義務違反が認められる場合は、個人情報保護委員会が監督権限を行使して、事業者に報告を求めたり(法第40条)、違反を是正するために必要な措置をとるべき旨を勧告することがあります(法第42条第1項。なお、勧告したことは公表されます)。

勧告に従わない場合や重大事案の場合、個人情報保護委員会は、違反の是正等の命令を出すことができます(法第42条第2項および第3項)。

なお、顧客データベース等を不正に漏洩した場合は、「個人情報データベース等不正提供罪」(1年以下の懲役または50万円以下の罰金)に処せられることがあります(法第83条)。ただし、個人情報保護法の罰則の対象は「故意犯」だけであり、不注意で漏洩事故を起こしたとしても、いきなり処罰されることはありません。

このように、しっかり対応さえしていれば、法的な罰則を恐れることはありません。個人情報を保護する強い姿勢を基本とし、組織的、人的、物理的、技術的の4つの側面から安全管理措置を図っていきましょう。次回は、4つの安全管理措置の概要と押さえておくべきポイントを紹介します。


連載
個人情報保護への対応

以下の記事もあわせてご覧ください。

以上

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銀行の「融資審査」で準備しておきたいこと

銀行の融資姿勢について、「晴れの日に傘を貸して、雨の日は傘を取り上げる」と表現されることがあります。業績がいいときは「ぜひ融資をご利用ください」と言うのに、悪くなると「融資したお金を返してください」となるのを揶揄(やゆ)したものです。

1 快晴の海辺でビーチパラソルを借りよう

金融機関に勤めていた私の感覚としては、冒頭の指摘は今でも7割くらい当たっているかもしれません。ただし、業績が悪いときに、傘(資金)を貸さないという姿勢は、銀行にとってはある意味当然のことです。

例えば、ベンチャーキャピタルは、複数の投資先の失敗(損失)を、一部の投資先の成功から得る大きな収益でカバーするビジネスモデルになっているので、多少の失敗を許容することができます。

しかし、銀行の融資は違います。利息収入が頼りなので、融資先が倒産して回収不能になると、補填するのが大変です。そのため、「着実に返済してもらえる」と判断できなければ融資するのは難しいのです。

もっとも、企業が「晴れの日」か「雨の日」かについて、金融機関は多角的な視点で検討しています。そこに銀行の「融資審査」のノウハウがあるのです。企業が目標とするのは、好業績を実現して、事業をさらに繁栄させるための融資を受けることです。つまり、銀行から「快晴の海辺で快適に過ごすためのビーチパラソル」を借りることを目指してください。

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2 審査のチェックポイントとパスするためのコツ

私のこれまでの経験を交えながら、経営者や財務担当者に知っておいていただきたい銀行の審査のチェックポイントなどを、簡単に紹介します。ケース・バイ・ケースなので、どのような場合でも当てはまるわけではないことを、あらかじめご了承ください。

1)「債務者区分」と「信用格付」

「債務者区分」とは、債務者(会社)の財務状況、資金繰り、収益力等を基に判定した区分です。返済の能力に応じて「正常先」「要注意先」「破綻懸念先」「実質破綻先」「破綻先」の区分があります。金融庁の「金融検査マニュアル」に基づいて、銀行が判定します。

最近「金融検査マニュアル」が廃止されるというニュースが報道されましたが、今のところはこの債務者区分が重要な意味を持ちます。「正常先」であればさほど問題はありませんが、「要注意先」以下になると融資を受けにくくなります。

ごく単純に説明すると、決算書の損益計算書が黒字、自己資本がプラス、借入金の水準が適正といった企業は「正常先」になる可能性が高まります。もちろん、それ以外の要素も加味されるので、絶対ではありません。

一方「信用格付」とは、銀行が独自の基準で信用力や返済力を判定するものです。主に決算書をコンピュータで解析した結果で決められます(それ以外の要素も加味されます)。銀行によって異なりますが、信用格付では、10~15段階に会社を分類します。ランクが高ければ審査が通りやすく、金利などの条件も良くなりますが、低い場合は逆となります。

2)企業の定性情報

定性情報では、その企業がどんな事業をやっていて、どんな強みがあるのかということなどを評価します。

特に重要なのは、独自性、競合優位性、存立基盤など他社にはない強みです。具体的には、技術力、ビジネスモデルの秀逸性、代表者や経営陣の能力、優良な取引先などです。決算書が赤字であっても、「定性情報」を客観的な根拠とともに伝えると、審査にプラスに働くことがあります。

ところが、経営者の中には、自社の強みをきちんと言えない人もいるようです。強みを再確認するとともに、それを社外の人にうまく説明できるようにプレゼンの練習をしておくことが大切です。

3)決算書などの財務諸表

決算書は、コンピュータで解析されますが、人(審査担当者)もチェックします。例えば、売上の推移、利益の推移、自己資本比率、借入の状況(金額や借入先など)、キャッシュフローなどの項目です。

また、決算対策として利益を減らそうとする企業がありますが、ある程度利益を計上していなければ、「信用格付」が下がり融資が受けにくくなるので要注意です。一つの目安は、「債務償還年数」です。「債務償還年数」とは、借入金を利益などで完済できるまでの年数のことです。正確な計算式は複雑ですが、次の方法で簡易的に算出できます。

【債務償還年数(簡易な算出方法)】
=(今回の借入を含んだ有利子負債-運転資金-現預金)
÷キャッシュフロー(=経常利益+減価償却費-税金)

この数値が、10(債務を完済するのに10年)未満なら妥当な水準ですが、それ以上になると、返済能力の判定に黄色信号が灯ります(ホテルなどの装置産業は、もっと長くても良い場合もあります)。

4)資金使途

「資金使途」とは、融資を受けた資金の使い道のことで、例えば、新規出店や機械購入などの設備資金、売掛金回収までの運転資金など、何にいくら使うのかということです。信ぴょう性(本当にそれに使うのか)、金額の妥当性(過大投資ではないか)、投資後の効果(どんなリターンがあるか)といった点がチェックされます。

資金使途として不適格とみなされるものもあります。例えば、他の会社へ転貸する、許認可を要する事業なのに、必要な資格を取得していないといった場合です。資金使途の妥当性と効果について、しっかり説明できるようにしましょう。

5)他の金融機関との取引状況

他の金融機関との取引状況については、借入の残高や今後の取引見込みなどがポイントになります。これらは表にまとめるなどして提出することになりますが、その際、預金通帳や借入金明細書のコピーなど、実証資料を添付するのが基本です。

6)今後の見通し

過去の財務状況に加えて、今後の見通しを伝えることが重要です。決算書の数字が思わしくなくても、「○年後に黒字化する」といった具体的な計画を事業計画書にまとめると、理解してもらえることがあります。根拠となるデータも併せて提出するのが基本です。

7)債権保全策

信用保証協会の保証や不動産担保の提供など、銀行にとっての債権保全策で審査結果が左右されます。銀行独自の「プロパー融資」ではリスクが高いと判断された場合、信用保証協会の保証付きの融資で検討されるケースが多くなります。

この場合、銀行の審査だけではなく、信用保証協会の審査をパスできるかどうかがポイントになります。そのため、銀行員から「保証協会がこんな資料を求めています」と言われたら、速やかに提出することが重要です。

8)代表者個人の状況

中小企業の場合、経営者個人の資産や負債の状況が審査判断に加味されます。預金や不動産などの資産をどれくらい持っているか、借入金はあるか、同居家族を含めて別収入はあるかといった点です。法人が赤字や債務超過でも、個人資産が潤沢にあれば、マイナスをカバーできる場合もあります。

「個人的なものは見せたくない」という経営者もいますが、積極的に開示することが大切です。特に借入金は、「個人信用情報」を参照される場合もありますので、隠そうとしても見透かされてしまうことがあります。

個人信用情報機関には、シー・アイ・シー(CIC)、日本信用情報機構(JICC)、全国銀行協会(全国銀行個人信用情報センター)があり、自分の信用情報を取得することができます。初めて融資の申込みをする場合、事前に自分の信用情報を調べておくとよいでしょう。

3 申込み後のやり取りをおろそかにしない

銀行の融資審査は、交渉する担当者が一人で決めるわけではなく、融資課長、支店長と、段階を経て審査が進められるのが一般的です。場合によっては、支店だけではなく本店の審査部まで稟議(りんぎ)が回付されることもあります。信用保証協会の保証を付ける場合、保証協会の審査も要します。

そのため、担当者から質問や追加資料を何度も求められることがあります。「また追加資料か。まとめて言ってくれよ」などと思うかもしれませんが、質問への回答や提出資料は、各段階での審査結果に影響するので、的確な回答や資料を提出しましょう。

また、審査が進むと「金利〇〇%、返済期間○年」といった条件が提示されます。場合によっては、もっといい条件になるよう交渉してみるようにしましょう。こうした申込みした後のやり取りをおろそかにしないことが、融資を受けるための大切なポイントです。

次回は、「銀行は決算書のどこをチェックしているのか?」と題して、審査で決算書のどこを見られるのか、より具体的に解説いたします。

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以上

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