円満に退職したはずの社員が豹変する理由は行動経済学で説明できる

1 人間は合理的じゃない。行動経済学で社員の行動を先読み

社員が退職するときは、退職(解雇を含む)の成立や未払い残業代の支払いなどをめぐって、何かとトラブルが起こりやすいものです。会社としては円満に社員と別れたいところですが、残念ながら落としどころが見つからず、トラブルが泥沼化するケースがあります。

落としどころが見つからない理由は、

会社は「合理的」に社員の行動を先読みしようとする一方、社員は「非合理的」に行動することが多いから

です。そこで、この記事では、

行動経済学の見地から、あえて社員の「非合理的」な行動を見据え、退職トラブルの落としどころを見つける方法

をご提案します。ちなみに、行動経済学とは、

経済学をベースにしつつ、「人間は常に合理的な思考をするわけではなく、非合理的な行動をするほうが多い」という前提に立って、人間の行動を分析する学問

です。皆さんのお役に立てると思います。

2 会社に不満がある社員と円満に別れられない

1)問題社員に無事退職してもらえたと思ったら……

ある会社に、成績や勤務態度の著しく悪い社員がいました。何度指導をしても全く改善しないため、会社は社員との面談の席で、会社にとって戦力になっていないこと、このまま退職しないで会社に在籍されても困ることを説明し、自発的に退職するよう求めました。社員は不満に思いつつもこれを承諾し、その後の退職手続きも滞りなく終わりました。

しかし、会社が無事に退職してもらえたと思った矢先、社員がSNSに会社の不満を書き込んでいることが分かりました。その結果、SNSを見た内定者が内定を辞退する、求人の応募がほとんどなくなってしまうなどのトラブルにつながりました。

2)ピークエンドの法則を用いた対応例

ピークエンドの法則とは、

人間の快楽・苦痛の記憶は、ピーク時と終了時の快楽・苦痛の度合いで決まる

というものです。こんな実験があります。

  • A:痛いほど冷たい水に60秒の間手を浸す
  • B:痛いほど冷たい水に計90秒の間手を浸す。初めの60秒の温度はAと変わらないが、次の30秒間は少しだけ温度が上がる

この2つの実験で、被験者に「もう一度同じ実験を受けるなら、どちらを選ぶか(どちらのほうが楽か)」を聞いたところ、80%以上の人が「B」を選択しました。BのほうがAよりも水に手を浸す時間は長いのに、最後に少しだけ温度が上がって苦痛が和らげられるため、「Aよりも楽」と感じた人が多かったのです。

今回の問題社員の事例も、会社が退職する社員の不満を少しでも和らげようとしていれば、結果は違っていたかもしれません。例えば、

  • 問題点は指摘しつつ、「ウチの会社と合わないだけで、他社では活躍できると思う」「あなたに合う会社はたくさんあると思う」など、相性の問題にすぎないことを強調する
  • 「今まで会社で働いてくれてありがとう」「あなたのおかげで〇○の契約が取れたのは良い思い出だ」など、感謝の気持ちを述べる
  • 送別会を開いて、感謝の気持ちを示す

といった対応が考えられます。「無理やり感謝を伝えたところで、社員のほうも『本心ではない』と気付くのではないか」と思うかもしれませんが、それで構いません。意図はどうあれ、気を使って最後に言葉をかけるという行動が、相手の不満を少なからず和らげます。

3 未払い残業代について会社と社員の主張が食い違う

1)会社としては、きちんと未払い残業代を計算して支払うつもりだったが……

ある会社で、退職した社員が未払い残業代を請求してきました。しかし、会社の計算した額は130万円、社員の請求額は200万円と主張が食い違い、話が進展しません。

会社が社員に「130万円の一括払い」を提案したところ、社員が「そんな少額では話にならない」と怒り出し、訴訟に発展しました。訴訟は1年かかり、最終的に社員の主張が認められ、200万円を支払わざるを得なくなりました。

2)現在志向バイアスを用いた対応例

現在志向バイアスとは、

人間は長期的な利益よりも、目先の利益を優先しやすい

というものです。こんな実験があります。

子どもをマシュマロが1個だけ置いてある部屋に入れて、「私が帰ってくるまでにそのマシュマロを食べなければ、マシュマロを2個あげる」と告げました。その結果、ほとんどの子どもが目の前の利益を優先して、1個のマシュマロを食べてしまうという実験結果が出ました。少しの間我慢してマシュマロを2個もらったほうが得なのに、です。

今回の未払い残業代の事例も、訴訟に発展する前に、会社が未払い残業代について複数の提案をしていれば、結果は違っていたかもしれません。例えば、会社が和解案として、

  • A:200万円を月20万円の10回払い
  • B:130万円の一括払い

の両方を提示します。金額だけを考えればAのほうが得ですが、多くの人はBを選んでしまいます。本当にもらえるのか不確定な200万円よりも、今確実にもらえる130万円を選ぶのです。AとBのどちらを選択するかは、社員が自分の意思で決定するので、「だまされた」「詐欺だ」などと言われてトラブルになるケースはほとんどありません。

なお、言うまでもないことですが、未払い残業代の金額について会社と社員との間で認識が一致しているのに、会社が実態よりも安い金額を提示することは許されません。

4 パワハラ、未払い残業代…複数の退職トラブルが発生

1)パワハラの問題から解決させようとしたばかりに……

ある会社で、退職した社員が会社に対し、上司のパワハラ(パワーハラスメント)に対する慰謝料と未払い残業代を請求してきました。会社が「当時の上司はパワハラを一切行っていない」として交渉を拒否したため、訴訟になりました。

しかし、訴訟は1年半かかり、最終的に上司のパワハラが一部認められました。しかも、未払い残業代の請求については、社員側の請求がほぼ通った金額で和解することとなりました。

2)テンションリダクション効果を用いた対応例

テンションリダクション効果とは、

何かの決断(購入など)をした後は緊張が緩和され、他の交渉に対する警戒心が弱くなる

というものです。こんな話があります。

靴屋で靴を選んで購入を決めた顧客に対して、「こちらの防水スプレーもいかがでしょうか」と提案をすると、本来購入する予定がないのに一緒に購入してしまうことがあります。ECサイトのカート画面に、商品購入後、最近チェックした商品やおすすめの商品を表示させるのも、購入後の追加購入を促すためです。

今回の複数のトラブルが発生した事例でも、交渉の進め方を少し変えれば、結果は違っていたかもしれません。例えば、

パワハラよりも先に、未払い残業代の問題を決着させることを優先する

という考え方があります。未払い残業代は労働時間の記録があれば論点が明確で、残業代の計算が正しいか、休憩が取れていたかなど、どこかで落としどころを見つけられるケースがほとんどです。そこで、退職した社員の代理弁護士に、「まずはパワハラの問題を脇に置いて、未払い残業代請求について交渉を先行させましょう」と提案します。弁護士も同時に交渉を進めるのは非効率である場合が多いことを知っているので、この提案に乗ってきます。

ここで大切なのは、

未払い残業代については、多少時間がかかってでも会社の譲れない部分についてははっきり主張し、場合によっては訴訟も辞さないという強気の姿勢を示すこと

です。未払い残業代の交渉のハードルが上がると、それが解決したとき相手の弁護士に少なからず安心感を与えます。そのタイミングで、「パワハラについては客観的な証拠もなく、お互いの言い分が平行線をたどるので、未払い残業代とパワハラを合わせて◯万円で解決するのはいかがでしょうか」と投げかけます。すると、弁護士も人間なのでテンションリダクション効果が働き、自分の依頼者を説得して早く合意をさせようと努力するわけです。

以上(2025年5月更新)
(執筆 杜若経営法律事務所 弁護士 向井蘭)

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画像:BBuilder-Adobe Stock

企業全体で、そして働く一人一人が価値を創造できる人になるための支援をしている高橋さんは、いわば中小企業にとっての「シェルパ(案内人)」。実業の中で一緒に試行錯誤し、面白い新商品を開発して成果を上げたなど事例も多数!/岡目八目リポート

年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、高橋輝行さん(KANDO(カンド)株式会社 代表取締役)です。

高橋さんが行っているのは、

企業の「価値創造の伴走支援」や「価値創造を実現する“推進役”の育成」(人材育成)

です。

日ごろの仕事の中では、顧客に対する「価値の提供」を意外と疎かにしている、むしろ忘れてしまっているのが実情かもしれません。現場の従業員が「うちの商品・サービスの価値ってなんだっけ?」となってしまったり、従業員に「うちの顧客は誰?」と尋ねても「誰……? あまり考えたことなかったです。とにかく売り上げは上がってますから」となってしまったり。実はよくあることかもしれません。

高橋さんはそうした状況に警鐘を鳴らします。そして、これからの日本のために「価値を創造する人材」を育てようとしています。

後ほど詳しく説明しますが、“推進役”とは、理想と現実の両方を見ながら、あるべき姿=価値創造を実現すべく、プロジェクトを「推進」していく役割の人です。高橋さんが10年かけて形にしたプロジェクトマネジメントメソッド「Roles®」(ロールズ)の肝ともいえます。

高橋さんは現在、中小企業やスタートアップ企業、そして中小企業などを支援する金融機関(銀行・生命保険など)向けに、「Roles®」を指導・伴走しています。金融機関と一緒に、取引先企業に対して「顧客価値創造プログラム」(塾のようなイメージ)を提供しているケースもあります。プログラムを受けて成果を上げた企業もあり、また、金融機関の中には、自ら「推進役になりたいので勉強したい」という人も出てきているそうです。

今回、高橋さんには、価値創造するための「Roles®」のポイントや、“推進役”の意義、価値創造のプロジェクトを進めるときに企業がつまずきがちな壁などを伺いました。

実際に高橋さんが伴走して成果を挙げた事例なども教えてもらいましたので(第6章)、

「新しいことにチャレンジしたいが従業員がなかなか動いてくれない」

「従業員に自ら考え提案し、行動を起こしてほしいのだが……」

と悩む中小企業経営者の方、そして、金融機関など中小企業を支援する立場の方々には、大いにヒントになるかもしれません。よろしければご一読ください。

1  KANDO(カンド)株式会社の事業内容、そして高橋さんのプロフィール

高橋さんはまず、事業について次のように話してくれました。

「価値を創造できる人材を育てる。そして、そういう人材をこれからの日本に残していかなければ。そうしないと日本に未来はない。そう考えて、我々はこの一点に集中して事業に取り組んでいます」

ひいては、「働くことに感動できる社会」を実現するのが高橋さんたちの経営理念です。

会社概要

(出所:KANDO(カンド)株式会社 会社説明資料)

高橋さんはもともと、大学院までは物理学を学び、そのあと大手広告代理やベンチャー企業で仕事をし、急成長企業でいくつかのターンアラウンドを経験してきました。

その中で、10年かけて「Roles®」(ロールズ)という「価値創造プロジェクトの型」、メソッドを見出し、体系化してきました。

複数社のターンアラウンドなども含め、100社以上の価値創造を推進し、その実績から仮説検証を繰り返して編み出したメソッドなので、説得力が違います。

代表略歴

(出所:KANDO(カンド)株式会社 会社説明資料)

高橋さんは、2025年4月22日に新しく書籍を出版しています。気になる方は、下記からご確認いただけます。

「伝わらない」がなくなる話し方の順番

「伝わらない」がなくなる話し方の順番

2 「Roles®」(ロールズ)の肝は“推進役” 。そして必ず「実体験」で身に付けること

高橋さんの「Roles®」(ロールズ)のキーコンセプトは、

「優れた起業家の脳みそを追体験することができる」

というものです。この追体験を、ロールプレイ型でプロジェクトとして展開できるのが  「Roles®」の仕組みです。

優れた起業家の脳みそには3つのモードがあります。「理想脳」「現実脳」「推進脳」です。それを3つの役割「理想役」「現実役」「推進役」として、自分たちの企業(伴走支援される企業)に落とし込み、それぞれの役割を明確に分担しながらプロジェクトを進めていく。これによって、顧客が感動できる価値を提供できる。そう高橋さんは語ります。

キーコンセプト

(出所:KANDO(カンド)株式会社 会社説明資料)

ここで重要になってくるのが「推進役」です。「理想と現実がぶつかる場面で、両者の解像度を引き上げつつ、価値創造するためにプロジェクトを推進していく」役割だからです。

また、高橋さんたちの行っている人材育成・伴走支援の大きな特徴は、

実業の中で実際に価値を生み出す経験をさせて「価値創造の型」を身に付けてもらう。必ずアウトプットが出る

というところです。

実際にゼロイチで新しい価値を生み出したアウトプット事例も、次のように数々あります(事例の一部は後ほど第6章で紹介します)。「提供サービス」の左端にある通り、「ガチプロジェクト事業を伸ばす/変える」を実践している高橋さんたちです。

大切にしていること

提供サービス

(出所:KANDO(カンド)株式会社 会社説明資料)

やはりポイントとなるのは推進役で、「価値創造を担う推進役の育成は急務」と考えている高橋さんは、「推進役を育てるビジネススクール」を2025年夏から秋に立ち上げる予定とのことです。

3 「Roles®」(ロールズ)の進め方と大事な「自走」

「Roles®」の進め方について、高橋さんからいくつかお話を伺いました。

まず大事なのは、「Roles®」に取り組む目的=「顧客価値の創出」を明確に設定していること。そして大前提として、ドラッカーが言った通り、「顧客は誰か」をちゃんと見る。そこから始まります。

「Roles®」では実際に、次のように進めていきます。この一連のプロセスを「型」として落とし込んでいるのが「Roles®」の核となります。

  • 取り組むテーマと課題を絞り込む
  • 答えを出せるメンバーを集める
  • 役割分担(理想役、現実役、推進役)をする
  • ディスカッションを通してアウトプットを磨き上げていく

全体像

(出所:KANDO(カンド)株式会社 会社説明資料)

高橋さんたちの伴走支援の大きなポイントは

企業が自走できるようにする

ところです。高橋さんは、

「誰が顧客なのか。そしてその人たちをどのように喜ばせるかを、自分たちで考え抜いて実行していく。これを、従業員、組織ができるようにしていくことが最も大事」

といいます。安易に外部の力に頼るのではなく、

「自分たちでやる。だからこそ感動体験につながっていく」

ということなのだと感じます(外部の力を借りるのが悪いというわけではありません。必要であれば、外部の力を借りることも大事です)。

4 新規事業などで企業がつまずきがちな6つのポイント。これを自覚するだけでも勉強になる!

これまで100社以上を伴走支援してきた中で、多くの起業がつまずくポイントは6つに集約される、と高橋さん。この「つまずきポイント6つ」について、高橋さんに解説してもらいましたので、以降でまとめます。思い当たる方も多いのではないでしょうか。

サポート

(出所:KANDO(カンド)株式会社 会社説明資料)

【高橋さん解説:新規事業などでつまずきがちな6つのポイント】

1.取り組むべきテーマの具体化

→経営者は「思い込んでいる」場合が多い

新規事業に取り組もうとする際、経営者の「やりたいこと」や「直感的な危機感」からスタートするケースが多いです。

しかし、「それが本当に今、取り組むべきテーマかどうか」は別問題です。

例えば、経営者に色々と話を聞いていくと、「今は新規事業をやるのではなくて、現業を深掘りした方が早い」となることも少なくありません。そこで、まずは経営者との壁打ちを通じて、企業の本質的な課題やテーマを抽出する必要があります。

 

2.メンバー選定と役割分担

→「使いやすい人」をアサインしてしまう

新規事業のプロジェクトなどの失敗でよくあるのが、「使いやすい人」をアサインしてしまうことです。「誰ならどういうアウトプットができそうか」「誰にどういうアウトプットしてほしいか」ことを考慮して人を選んでいないというケースです。

理想役・現実役・推進役という役割分担に基づき、アウトプットベースで、適性のある人材を割り当てることが重要です。

 

3.オリエンテーションの実施(目線合わせ)

→コミュニケーションが荒っぽい

忙しい中小企業の経営者などはどうしても、「新規事業を思いついたので、進め方をとりあえず考えといて」など、従業員に対して説明不足になりがちです。「とりあえず考えといて」とだけ言われて動ける人はあまりいないでしょう。「どのような背景で、どのような顧客がいる仮説なのか、アウトプットの期待値、そのアウトプットが出せるかどうか」などを、従業員ときちんと共有し、目線を合わせてからスタートするのが望ましいでしょう。

 

4.ディスカッションのファシリテーション

→建設的にディスカッションするのがどういうことか分かっていない

ファシリテーション、これはかなり難しいものです。単に集まってワーワーと話すだけでは話は前に進みません。

段階を経て議論を深めていく設計が必要であり、技術も経験も求められます。

 

5.アウトプットのフィードバック

→「価値を提供する先(顧客)」の視点から価値を見なければ進化はしない

社内視点での「これでいいんじゃないですか」では価値は磨かれません。価値を提供する先は顧客なので、ちゃんと顧客視点で見直してフィードバックをするという文化、習慣が必要です。

 

6.プロジェクトの推進方法

→新しいことをやるときの一つ一つの障害を根気よくつぶしていく

新しいことをやるには障害がつきものです。そこで、一つ一つ整理し、打ち返していくプロセスが必要ですが、途中で面倒になって放り出す、投げ出すことも多いです。

障害を一つ一つつぶして、乗り越えていくことが求められます。

 

この6つはどれもとても重要なことばかりですが、特に技術や経験が求められるのが「ディスカッションのファシリテーション」かもしれません。おそらく、多くの人が「ディスカッションがうまくいかない」体験があると思います。

高橋さんたちは、ファシリテーションのトレーニングを次の2つの方法で提供しているそうです。特に2つ目のトレーニングはなかなか難しそうですが、実践的で身につきやすい方法といえます。

 

【ファシリテーションのトレーニング方法】

1.問題解決のトレーニング

ディスカッションの問題集を解いてもらいます。あるいは、ディスカッションで相手が色々と発言していることを一言で要約してみる、論点をMECEで挙げてみるなど、発言の中にある課題を整理し、表現する訓練を行います。

 

2.実践とフィードバック

実際のディスカッションに入ってもらい、ファシリテーションを行ってもらいます。それを高橋さんたちが横でチェックしながらフィードバックを行います。実践なので、緊張感を持ってディスカッションを行っているようです。

 

【テーマの具体化】

初手となる「テーマの具体化」についてもかなり大事です。最初にしっかりと明確化しておかなければ、スタートラインにも立てません。

例えば、「DXをやりたい」というような漠然とした目的を、

  • 既存事業の変革か?
  • 新たな顧客への価値提供か?

などに分解し、「何のためにやるのか」を明確にする作業を行います。

また、何かを作る、売る、広げる、などのプロセスがありますが、「売れないのは売り方(営業)に課題があるのか、それとも商品そのもの(作り方)に課題があるのか」を明らかにすることも大事です。これを曖昧なまま進めてしまうと、プロジェクトは形骸化します。

だからこそ、最初の「問いの設計」が非常に重要だと高橋さんは語ります。

テーマ設定

課題設定

(出所:KANDO(カンド)株式会社 会社説明資料)

5 推進役に向く人、向かない人。事業承継など目的によって推進役に適する人は変わる

高橋さんは、「推進役には、やはり向き不向きがあり、向いていない人の例としては、自分でガンガン進めたいタイプの人です。推進役には、他人に成果を出させるマネジメント視点が必要だからです」と説明します。

高橋さんたちは、推進役の選定を次のように行っているそうです。

「私たちは、適性診断(チェックリスト)を用いて、役割のフィットを見極めています。本人の希望があれば育成は可能ですが、時間と覚悟が必要です。現場では、多くの企業の場合、現実役・理想役には立候補者がいるものの、推進役は名乗り出にくいという傾向があります。そこで、最初は私たちが役割分担を決めてスタートすることが多いです」

ちなみに、推進役候補の年齢層は主に以下の2パターンだということです。

  • 30~40代(マネジャー):プロジェクト推進を担う中堅層として育成
  • 50~60代(事業部長や経営者など):次の「理想役」(後継者)を支援する役割として事業承継の一環

特にこれからの中小企業にとって必要だと感じたのは、

事業承継の一環として、50~60代の経営者自身や事業本部長などが推進役を学ぶ

という高橋さんのお話です。

経営者の多くは理想役で、一足飛びにやりたいこと・理想の姿を実現しようとする傾向にあります。そうするとプロジェクトがうまく進まないので、推進役が理想の姿をブレイクダウンし、段階を踏んでステップワンから、というふうに進めることになります。

こうした一足飛びに進めがちな理想役である経営者が、理想役のまま、事業承継をして次の世代に継いでもうまくいかないことが多いので、

経営者自身が推進役を学び、「推進役」となって「次の理想役」を支援できるようにする

ことが必要です。これは、今後の中小企業にとても大事な考え方だと感じます。

高橋さんのお話を踏まえると、プロジェクトの推進や事業承継などの目的に応じて、推進役に適した人材像はある意味適材適所、変わってくるといえるでしょう。

6 価値創造の事例。実際に成果が上がっている事例をみてみましょう

最後に、高橋さんたちの伴走支援で価値創造した事例をいくつかご紹介します。面白い確かな成果を上げている数々の事例がありますので、「自社で取り組むとしたら」のご参考になればと思います。

1.井筒八ッ橋本舗(創業220年の京都の超老舗)

井筒八ッ橋本舗

(出所:KANDO(カンド)株式会社 資料)

井筒八ッ橋本舗

(出所:KANDO(カンド)株式会社 ホームページ)

創業220年という超老舗の八ツ橋本舗で、高橋さんがファシリテーターとして入って産学連携で価値創造に取り組み、若手の従業員が中心となって新しくて面白い商品を作り出した、という好事例です。

大阪芸術大学との産学連携で「Yatsuken(ヤツケン)」=「八ッ橋食感研究所」という新ブランドを立ち上げました。

そしてなんと2週間に1回という驚異的なスピードで、商品アイデアを試作・実験するプロジェクトを実施します。

「2週間に1回」は最初、さすがに経営者も従業員も消極的だったようです。しかし、そのうち、特に若手の従業員が積極的になってきます。バレンタイン向け【むにゅっとしょこら】という全く新しい商品を開発・販売します。

このチョコ商品は今までの八ツ橋の概念をガラッと変えるもので、八ツ橋の生地をチョコで包んでいます。今までの八ツ橋の「つつむ」を「つつまれる」に変えた新食感のチョコレートということで人気になり、完売したそうです。

高橋さんにヤツケンの取り組みについて伺ったところ、次のお話をしてくださいました。

「今回、キーになったのは製造部門の若い女性従業員です。その方が『楽しい!』となってスイッチが入り、全体的に変わって行った感があります。その従業員の方は、最初は現業も忙しかったので、『アイデアがあっても商品がつくれないかも』と消極的でした。しかし、みんなで議論して試作品をつくってみたら『楽しい』ということで、どんどん積極的に自発的に動くようになりました」

また、その女性従業員いわく、

「みんなで、どのような顧客にどのように喜んでもらうかなどを議論していて、誰に喜んでもらえるのかを考えたら、とても楽しくてスイッチが入った」

「顧客のために」「自分たちはどういう感動を提供できるか」を問いかけると、従業員の目の色が変わって自発的に考え動くようになる、と高橋さん。そうなると、従業員自身も「楽しい!」と感じて、組織の自走が進むのだと感じます。

 

2.ネイル整形サロン(学生起業)

ネイル整形サロン

(出所:KANDO(カンド)株式会社 資料)

こちらは、KANDOが出資して子会社を設立した事例です。

大阪公立大学の学生が持つ「爪を補整する技術」をビジネス化。議論と仮説検証を重ねて、大阪天王寺に一号店をオープンしました。

この学生の方は、もともと技術を持っていて何かやりたいと思ってはいたものの、不安があって踏み出すことができないでいました。

高橋さんは、「いいもの、面白いものを持っていても世に出てない人、踏み出せない人はたくさんいる。しかし、こうしてガイドしていくとちゃんと形になる」と話してくれました。

高橋さんのやっていることを山登りで例えると、一緒に山に登るシェルパ(登山ガイド、案内人)が思い浮かびます。「あそこの山の登り方を教えます」ではなくて、高橋さんたちは一緒に山に登って案内する。高橋さんの言葉を借りると、次のようなことかもしれません。

「山登りで例えるなら、『荷物が重いのなら、たまには持つよ。危険そうな場所があったら先に行ってみるよ』という感じで、一緒に解像度を上げていくことをやっています」

 

3.まんまるおにぎり(行列ができるおにぎり屋さんに)

まんまるおにぎり

(出所:KANDO(カンド)株式会社 ホームページ)

こちらはまさに新規事業、新業態を立ち上げた事例です。

もともとは工場などの社食を展開しているこの企業、コロナ禍で社食を誰も利用しなくなってしまい、会社の危機に直面します。経営者の方は、「そういうときだからこそ新しいことにチャレンジしよう!」ということで、BtoCにチャレンジしてみることになります。

経営者がご飯大好きなので「最高においしいご飯をつくろう!」ということに。高橋さんと議論を重ね、1年半かけて行列のできる人気のおにぎり屋さんにまでなりました。テレビの取材なども受けています。

「本気で顧客のことを考え続けたら、行列店にまでなれるという事例です」

と高橋さんは教えてくれました。

 

4.大同生命×KANDO「どうだい?顧客価値共創プログラム」(第2回がもうすぐ開催!)

高橋さんたちは大同生命と一緒に、「顧客価値共創プログラム」も実施しています。

これは、大同生命が運営している経営者向けメディア「どうだい?」の特別プログラムとして行っているものです。「どうだい?」による特別価格でKANDOの顧客価値を創造する4カ月間のプログラムを受けられるというもので、いわば「4カ月間の実践的なビジネス塾」です。

受講した経営者の中には、「このプログラムを受けたおかげで2000万円の売り上げがあがりました!」という方もいたそうです!

なお、この「どうだい?顧客価値共創プログラム(第2回)」は、2025年6月4日(水)からプログラムの1回目を開始する予定です。4月25日(金)より「どうだい?」内イベントページにて本プログラムの応募開始をしています(応募〆切5月下旬予定)。

https://dodai.daido-life.co.jp/event/detail/1656

どうだい?顧客価値共創プログラム

高橋さんたちのこれらの事例からも分かる通り、

顧客は誰か、そして、その顧客にどのような感動を提供できるかを問い直し、アウトプットし続ける

ことが、企業や、企業で働く個人を大きく変えるきっかけになるといえます。

高橋さん、とても勉強になる、かつ実践的なお話を有り難うございます!

以上(2025年4月作成)

指導した部下が「それ、パワハラです!」と反論してきたら?

1 部下の指導からは逃げないが、反省すべき点は反省する!

この記事では、日本ハラスメントカウンセラー協会の顧問として、数々の会社のハラスメント対策に向き合ってきた弁護士(筆者)が、

部下から「パワハラだ」と言われた上司の事例を2つ取り上げ、対応のポイントを紹介

します。まず、事例に入る前に、大前提となる「パラハラの定義」を以下に明記しておきます。上司の皆さんは、この定義を確認しつつ、第2章以降の事例で「どう対応するのが望ましいのか」をご確認ください。パワハラ(パワーハラスメント)とは、

職場の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた(行き過ぎた)言動により、就業環境が害される(仕事に支障を来す)こと

です。優越的な関係の最たるものは「上司と部下」で、次の6つが一般的なパワハラの行為類型(通称:パワハラの6類型)とされています。

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パワハラは許されない。これは大前提ですので、

上司は、「業務上必要かつ相当な範囲」を超えないように部下を指導する(人格を否定しない、プライベートには干渉しないなど)

ようにしなければなりません。一方、

上司が明らかに正当な指導をしているのに、部下が「それ、パワハラです!」と反論してくるケースなどもありますが、そうした場合は毅然とした態度で臨む

ことが必要です。部下の反論を恐れて指導できなくなってしまうのは、本末転倒でしょう。

そして、大切なのはこの2つの指導方針を両立することです。実際のビジネスでは、上司か部下の一方だけが悪いケースより、双方が悪いケースのほうが多いものです。ただ、指導の目的は「上司と部下、どちらが間違っているかを決めること」ではなく、「部下を成長させて、業務を円滑に進めること」ですので、上司は

「指導からは逃げないが、自分に反省すべき点があれば反省する!」

という姿勢を徹底することが大切です。

2 仕事の遅い部下を注意しただけなのに「パワハラだ」と言われた……

1)ケーススタディー

システム開発などの事業を行う会社に勤めるA課長は、「エンジニアの経験がある」ということで中途採用されたBさんを部下に迎えました。

あるとき、A課長は、Bさんが本来なら2日で終わるはずの業務に、1週間以上の時間をかけていることを知りました。A課長は、「いつまで時間をかけているんだ!」とBさんを叱りつつ、状況を確認して改善点を教え、「残りを明日までに終わらせるように」と指示しました。

しかし、Bさんが「無理な要求をしないでください。パワハラです」と反論してきたため、A課長は、カッとなって「パワハラとは何事だ!」と声を荒げてしまいました。ただ、会話の途中で「もし、自分の対応が本当にパワハラだとしたら、処分されるのでは……」と怖くなったA課長は、人事部に通報されては困ると思い、「もういいよ」と言って指導を切り上げました。

2)受け手が「不満に感じた」というだけでは、パワハラにはならない

マスコミなどの影響もあり、最近はハラスメントへの理解が不十分なまま、「叱る=パワハラ」「受け手がパワハラと感じたらパワハラ」などの誤った解釈を盾に、上司に反抗する人が少なくありません。

パワハラの定義は冒頭でお伝えした通りですが、上司の言動がパワハラに該当するかどうかは、「社会通念(平均的な労働者の感じ方)」を基準に判断します。つまり、

受け手の主観(感じ方)は重視しますが、客観的に見て上司が部下を指導する必要性があり、指導の内容も「平均的な労働者からすれば、別におかしくない」といえるレベルなのであれば、部下が不満に感じたとしても、パワハラにはならない

ということです。

ケーススタディーでは、Bさんが「無理な要求をされた=パワハラ」と感じてA課長に反抗しています。確かに、業務上明らかに不要なことや遂行不可能な業務を押し付けることは、冒頭で紹介したパワハラの6類型の「過大な要求」に当たります。

しかし、Bさんが命じられていた業務は、本来であれば2日で終わるレベルのものですから、それが1週間たっても終わっていないのであれば、注意を受けるのは仕方のないことでしょう。しかも、A課長は、業務の改善点も教えた上で、「明日までに終わらせるように」と指示しているので、Bさんが不満に感じたとしても、パワハラにはならない可能性が高いです。

A課長は、Bさんとの会話の途中で「人事部に通報されては困る」と思い、指導を切り上げてしまいましたが、パワハラでない以上、指導は続けるべきでした。

3)パワハラでなくても、「グレーゾーンの言動」には注意が必要

A課長の言動はパワハラにならない可能性が高いですが、ここで注意したいのが、

パワハラでなければ、何をやってもいいわけではない

ということです。「何が社会通念(平均的な労働者の感じ方)か」を判断するのは簡単ではなく、上司が「パワハラではない」と思っても、裁判では逆の判断になるケースがあるからです。

また、パワハラとまではいえない言動でも、例えば相手を下に見るような不適切な言動は、相手にストレスを与えることがあります。

パワハラとまではいえない不適切な言動を、筆者は「グレーゾーンの言動」

と呼んでいますが、グレーゾーンの言動にさらされ続けた人が、うつ病などになってしまうケースは一定数存在します。会社には社員が安全に働けるよう配慮する「安全配慮義務」があるので、上司は部下がうつ病などにならないよう配慮しなければなりません。そして、

パワハラになる言動だけでなく、グレーゾーンの言動にも安全配慮義務違反のリスク

はあるので、「パワハラでなければOK」などと短絡的に考えるのではなく、不適切な言動があれば改善することが大切です。

ケーススタディーでは、A課長がBさんの態度に声を荒らげていました。どの程度声を荒らげたかなどにもよりますが、もしかしたら不適切な言動だったかもしれません。

4)部下の言い分を聞き、自分の考えを伝える。落ち度があるときは謝罪も忘れずに!

部下から「パワハラだ」と言われたら、まずは冷静に対応することを意識してください。昨今は厚生労働省ウェブサイトでも、

「ハラスメントは、受け流しているだけでは状況は改善されません。『やめてください』『私はイヤです』と、あなたの意思を伝えましょう」

などの啓発の文言が出ていますから、指導に対して部下が反論してくるのも、ある意味無理からぬことです。「そういうものだ」と諦め、次のポイントを押さえて冷静に対処しましょう。

1.まずは部下の言い分を聞く

反論する前に「まず傾聴」という意識を持ちたいところです。これは、筆者が会社のハラスメント相談窓口の担当者にお伝えしていることですが、一般的に、

ハラスメントのような深い問題についての相談は、忍耐強く傾聴し、聞き役に徹する姿勢を持つことが効果的である

といわれています。部下から「パワハラだ」と言われたときも、即座に「違う」と反論するのではなく、まず部下の言い分を聞くのが望ましいです。A課長の場合も声を荒らげるのではなく、冷静に「なぜ、パワハラだと思うの?」などと尋ねるのがよかったかもしれません。

2.自分の考えを伝えつつ、指導をする

自分の指導が業務上の必要性などに照らしてパワハラでないと考えるのであれば、そのことを冷静に部下に説明します。例えば、

「業務上の必要性があるから指導しているのだし、言い方も社会的に許容される限度を超えたものとは思わない」

といった具合です。

その上で、改めて部下を指導しますが、その際には、

行動や内容の問題点に焦点を絞り、乱暴な言い方や、相手を軽く見るような言い方、相手の人格に踏み込むような言い方(「君ってさあ、いつもこうなの?」など)は避ける

べきです。グレーゾーンの言動であっても、言われた人の多くはストレスや不満を感じます。そのときは我慢しても、ストレスを繰り返し受けることで、時間がたってからうつ病などになったと主張する人もいるからです。

3.不適切な言動があったときは謝る

自分の言動に不適切なところがあれば、その点については素直に謝ったほうがよいでしょう。「パワハラだ」と言う部下の主張を認めるのではなく、不快に感じるような言い方があればその点についてのみ謝る、限定的な陳謝をするわけです。

また、前述したように「社会通念(平均的な労働者の感じ方)」の判断は簡単ではないため、

相手が納得しなければ、人事部門などの第三者的な者に判断してもらうことになる

という覚悟は必要です。この覚悟がないと、部下の強引な態度に押し切られてしまう恐れがあります。

3 何度指導しても改善しない部下にキレてしまったら、3年後に「パワハラだ」と言われた……

1)ケーススタディー

ある会社の企画グループで働くC課長とその部下Dさん。Dさんには、「スケジュール管理が甘い」という欠点があります。例えば、Dさんに作成を指示した役員会への提出資料が、当日になっても上がってこなかったことがありました。また、新システムの開発プロジェクトを進めていて、担当者のDさんが納期直前に「間に合わない」と言ってきたこともありました。

C課長はDさんに任せっ放しではなく、細かく進捗を確認するのですが、いつ聞いても、Dさんは「大丈夫です」の一点張り。C課長は毎回、その尻拭いをさせられ、その都度Dさんに、「できないならできないと、早めに言ってくれ!」と厳しい口調で注意するのですが、Dさんは「すみません」と謝りはするものの、一向に改善が見られません。

こうした状況が続き、我慢の限界に達したC課長はとうとうキレてしまい、あるときDさんに「君は新入社員以下だ、もう任せられないよ!」「なんで分からないの、馬鹿じゃないの!」と言ってしまいました。Dさんはいつもの通り「すみません」と謝りましたが、間もなくうつ病と診断されて会社を休職。1カ月後に復職して別部署に異動しましたが、その後もうつ病は回復せず、休職と復職を繰り返すことになりました。

そして、企画グループを離れてから3年後、Dさんはハラスメント相談窓口に「C課長からパワハラを受けてうつ病になった」と通報しました。話を聞いたC課長は、3年も前のこと故に、「いつの指導?」「なぜ、今になって通報したの?」と困惑してしまいました。

2)人格否定などに当たる発言は、1回でもパワハラになると思ったほうがいい

上司の言動がパワハラと認定されるのは、

原則として問題のある言動が「何度も、継続的」に行われた場合です。ただ、頻度や継続性に関係なく、1回の言動でパワハラ(一発アウト)になるケースも存在

します。このケーススタディーのように、「新入社員以下」「馬鹿」など、名誉・人格を著しく傷つける言動をしてしまう場合がそうです。

そもそも、このケーススタディーでは、「新入社員以下」「馬鹿」発言の前に、継続的に厳しい口調での注意が続いていました。これらの言動はパワハラにはならないものだったとしても、Dさんの中では、度重なる失敗に対する焦りや指導のプレッシャーからストレスが蓄積され、「新入社員以下」「馬鹿」発言がとどめとなり、うつ病になってしまった可能性があります。

何度指導しても改善が見られないDさんに対し、C課長が一定程度強く注意すること自体は、業務上必要なことなので問題ありません。ただ、

人格否定などの発言をしてしまった場合については、指導する業務上の必要性が認められるとしても、社会通念上相当な範囲を逸脱した言動としてパワハラになる可能性が高い

です。部下に問題があったとしても、1回でもこうした言動をしてしまえば、「上司の負け」だと思ったほうがよいでしょう。

3)時間が空いたとしても、パワハラは成立する

Dさんは、企画グループを離れてから3年後に、C課長の言動がパワハラだったと訴えています。民法上、パワハラなどの不法行為に対する損害賠償請求は、

被害または加害者を知ってから3年(身体に害を与える不法行為の場合は5年)

まで認められるので、「時間が空いたからパワハラではない」という考えは通用しません。ちなみに、C課長は「なぜ、今になって通報したの?」と困惑していますが、

ハラスメントを受けていた当時は我慢していても、その不満がだんだんと大きくなって、時間を置いて爆発するケース

は珍しくありません。「新入社員以下」「馬鹿」と言われた当時のDさんは、度重なる自分の失敗に負い目を感じていたため、C課長の発言を問題視できなかったのでしょう。ですが、その後もうつ病が回復せず、休職・復職を繰り返す中で、

次第に「私がうつ病になったのは、C課長のパワハラのせいだ」と考えるようになった

可能性があります。

4)段階を踏んだ指導をし、口頭でダメなら書面やメールなどに切り替える

まずは、「人格否定などの発言は一発アウト」ということを認識した上で、冷静な指導を心掛けましょう。基本的なポイントは第2章のケーススタディーと同じ、

  • まずは部下の言い分を聞く
  • 自分の考えを伝えつつ、指導をする
  • 不適切な言動があったときは謝る

です。

また、何度も同じような問題を起こす社員に対して、口頭での注意を繰り返すことは、場合によっては避けたほうがよいでしょう。パワハラになる・ならないの問題以前に、口頭で注意されるだけでは、自分の問題点を明確に認識できない人がいて、かえって逆効果になるケースがあるからです。

このような部下への対応は容易ではありませんが、例えば、「段階を踏んだ指導をする」という対処法があります。

  • 業務中の口頭注意で改善が見られなければ、場を改めて面談する
  • それでも改善が見られなければ、書面やメールなど形に残る方法で指導する

といった具合に、少しずつ強度を高めていけば、多くの人は、こちらの意図を理解して改善してくれます。

このような段階を踏んでも全く改善が見られない場合、上司が自分だけで対応しようとすると、上司自身が疲弊してしまいますし、C課長のようにキレてパワハラ事案に発展する事態にもなりかねません。このような場合は、上司自身の上席に相談するなどして、対応を検討したほうがよいでしょう。

以上(2025年5月作成)
(執筆 東京エクセル法律事務所 弁護士 坂東利国)

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画像:ChatGPT

経営者が知っておきたい 「褒めて伸ばす」技術

1 会社と社員の関係が変わってきた

「褒める」という行為が、改めて注目されています。見直しが進んでいるとはいえ、ほとんどの日本企業では終身雇用が根付き、家族的な雰囲気を醸し出そうとしています。家族的な関係づくりを進めるからこそ、一方では厳しさも容認され、「仕事だから経営者が社員を指導するのは当然。厳しくても、それは社員を思ってのこと」といった感覚が生まれます。

しかし、こうした感覚は通用しなくなりつつあります。厳しすぎる指導は社員を疲弊させ、なかには経営者の意図に関係なく「パワハラだ!」と言ってきたり、「この会社は自分に合わない……」と入社早々に転職を決めてしまったりする社員もいます。また、別の視点からは、不要な「圧」があると、社員は思ったことを口に出せなくなり、多様性が失われていきます。

厳しい経営環境を勝ち抜くためには、社員を萎縮させるのではなく、伸び伸びと働いてもらうことが必要です。そして、そのきっかけとなるのが「褒める」という行為です。それも、

「具体的に、タイミングよく、全力で」褒める!

というのが大切です。以降で、褒めることについて少し掘り下げて考えていきましょう。

2 具体的に褒める

まず、経営者は

社員がいなければ会社は成り立たない

ことを認識し、感謝の気持ちを社員に伝えましょう。「よく頑張っているね」「いつもありがとう」といった声掛けをするのです。会社の規模にもよりますが、社員にとって経営者は遠い存在です。経営者が思っているよりもずっとです。そのような経営者から肯定的な言葉を掛けられれば、うれしくなり、声掛けの内容が漠然としたものであっても、「褒められた、認められた」と感じるはずです。

ここから一歩進んで全力で褒めるために、自社の管理職をお手本にしてみましょう。管理職は現場で部下を指導し、細かなことも把握しています。そして、管理職は部下が自分の教えた通りに、あるいは期待を超える成果を上げたときに褒め、逆の場合は叱ります。つまり、管理職が褒めたり叱ったりすることは、社員の仕事と連動した具体的な内容になっています。

例えば、社員がプロジェクトに成功した場合、

  • 経営者は「よくやった!」と声掛けします。
  • 管理職は「君がお客様から『○○があればいいな』という一言を引き出し、それに真剣に向き合ったからだ。よくやった!」といったように具体的に褒めます。

大切なポイントは、「相手が褒めてほしい、認めてほしい」と思っている部分を的確に捉えていることなのです。

3 基準を明確にし、タイミングよく褒める

社員とのコミュニケーションを深めたとしても、経営者が全社員の仕事を細かく把握することはできません。それに、経営者が社員とのコミュニケーションばかりに時間をかけることもできません。そこで、経営者は褒める基準と叱る基準を明確にしておきましょう。

例えば、

「イエスマンは評価しません。意見や、“異見”を言ってくれる社員を評価します」

と宣言し、実際にそのようにします。こうすることで、経営者の“ご機嫌取り”をして、褒められようとする社員のムダな行動を排除することもできます。

また、褒めるタイミングも大事です。1年前の成功でも褒められればうれしいものですが、成功直後ほどの効果はありません。

仕事に成功した社員を褒めるなら、社員の気分が高揚しているときが一番よい

のです。

4 褒める組織をつくる

社員をよく褒める経営者が率いる会社では、管理職も同じように部下のことをよく褒めるようになります。また、社員は経営者の人柄をよく見ています。いくら経営者が全力で褒めたとしても、そもそも社員に尊敬されていなければ、社員の心の琴線に触れることはできません。

そのため経営者は、仕事はもちろん、公私ともに“全力”で率先垂範し、ちょっとした声掛けであっても、社員が「尊敬する経営者に声を掛けてもらえた!」と思えるほどの存在になれるよう努力しなければなりません。

以上(2025年6月更新)

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画像:kapinon-Adobe Stock

プレゼンで、三流は資料ばかり見て、二流はアイコンタクトをする。では一流は?

アイコンタクトは有効だが、ただやれば良いというものではない。話題の書籍『対話するプレゼン』の著者、岩下宏一は、「相手を見る意味を考えましょう」と言います。本記事では、プレゼンの場を「一方的に説明する場」から「対話の場」に変えることを提案した『対話するプレゼン』より、本文の一部を抜粋・加筆・再編集してお届けします。

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職場の「なぜか好かれる人」が無意識にやっている4つの習慣

「なぜか好かれる人」の多くは4つの習慣を実践している。どれも簡単にできることばかりだが、なぜ好印象を持たれるのだろうか。※本稿は、有川真由美『なぜか好かれる人の小さな習慣』(毎日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

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【やってはいけない】節税したい人必見…“相続税対策”のつもりが裏目に出る典型例

相続は誰にでも起こりうること。でも、いざ身内が亡くなると、なにから手をつけていいかわからず、慌ててしまいます。さらに、相続をきっかけに、仲が良かったはずの肉親と争いに発展してしまうことも……。そんなことにならにならないように、『相続のめんどくさいが全部なくなる本』(ダイヤモンド社)の著者で相続の相談実績4000件超の税理士が、身近な人が亡くなった後に訪れる相続のあらゆるゴチャゴチャの解決法を、手取り足取りわかりやすく解説します。

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「青空を見るだけで健康になる」の科学的エビデンス、眼科医が教える「目のすごい機能」

生命の持つ目には「見る」機能だけでなく、光を感知して昼と夜を認識する「時計」の機能も備わっている。また、赤色を検出できる私たち人類の目は、血液や赤く熟れた実を認識しながら生存確率を上げてきたという。生命の“目と光”の関係について、ドライアイや近視の研究を行う慶應義塾大学名誉教授・坪田一男氏が解説する。※本稿は、坪田一男『「外にいる時間」があなたの健康寿命を決める』(サンマーク出版)の一部を抜粋・編集したものです。

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徳島県上勝町。美しい「ごみゼロ」の町は環境変化に適応する達人だった

1 徳島県上勝町に行ってみた!

この記事でご紹介するのは、徳島県上勝町が進めている「ごみゼロ」に向けた取り組みです。人口1500人に満たない小さな町ですが、2003年9月に日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」(ごみゼロ宣言)をしました。これをきっかけに世界から大いに注目を集め、移住者も増えたことで、2024年には、いわゆる「消滅可能都市」からも脱却しました。

「ゼロ・ウェイスト宣言」で掲げた目標を達成するための活動の中心地は、「?」の形をした「上勝町ゼロ・ウェイストセンター”WHY”」(以下「センター」)です。実際にセンターを訪れてみると、そこには様々な仕掛けがありました。

思いだけでは成し遂げ難いゼロ・ウェイスト。上勝町が「ゼロ・ウェイスト宣言」をした背景や、町の小学生が考えた循環経済の仕組みなどを、センターで働く徳重 尚(とくしげ ひさし)さんに教えていただきました。企業がESGやSDGsに取り組む際のヒントが満載です。

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2 環境意識が高かったわけではない

「ゼロ・ウェイスト宣言」とは聞き慣れない言葉ですが、次のような意味を持ちます。

ゼロ・ウェイストとは、無駄、浪費、ごみをなくすという意味です。

出てきた廃棄物をどう処理するかではなく、そもそもごみを生み出さないようにしようという考え方です。

上勝町役場 企画環境課「ZERO WASTE TOWN Kamikatsu」

上勝町は日本で初めて「ゼロ・ウェイスト宣言」をした町で、現在、なんとごみを43種類に分別しています(2024年4月までは45種類)。こう聞くと、「上勝町は、古くから環境配慮の意識が高い先進的な町なのだな」と感じてしまいますが、この活動は近年、役場職員や住民、ゴミステーションスタッフの試行錯誤によって生まれたものだそうです。

「実はこの場所は1975年前後から1997年までは野焼き場でした。ここで穴を掘ってごみを燃やしていたのです」と教えてくれたのは、センターの徳重さん。

上勝の財源規模では処理設備を整える余裕はなく、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃掃法)」によって野焼きが禁止されていました。にも関わらず、なかなか野焼きをやめることができずにいたところ、県から「野焼きをやめて適切に処理をしてください!」と注意され、1997年から容器包装リサイクル法施行に伴い分別制度を導入し、1998年に小型焼却炉を2基設置しました。

これで安心と思いきや、2年後の2000年に、「ダイオキシン類対策特別措置法」が施行され、せっかく設置した焼却炉の1基が規制の対象になってしまいました。もともと小型で容量が小さいこともあり、そのままではごみを処理することができなくなりました。徳重さんいわく、「やむにやまれずというか、要は町の中ではごみがどんどん出てくるので、その量を減らす方向に進めていくしかなかった」というのが実情のようです。

「上勝町はもともと環境意識が高い町だった!」というわけではなく、環境変化に自らを適応させてきたということです。このあたりは、企業がESGやSDGsに取り組む背景にも似ていると感じます。

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3 「ゼロ・ウェイスト宣言」に至った意外な背景

上勝町が「ゼロ・ウェイスト宣言」をしたのは2003年9月のことですが、この2カ月前に、セントローレンス大学のポール・コネット化学博士が上勝町を訪れています。上勝町の状況について相談をしている中で、「ゼロ・ウェイスト宣言をしたらどうだろう」と博士から提案され、そこからわずかな期間で、下の宣言をするに至りました。

未来の子どもたちにきれいな空気やおいしい水、豊かな大地を継承するため、2020年までに上勝町のごみをゼロにすることを決意し、上勝町ごみゼロ(ゼロ・ウェイスト)を宣言します。

  1. 地球を汚さない人づくりに努めます。
  2. ごみの再利用・再資源化を進め、2020年までに焼却・埋め立て処分をなくす最善の努力をします。
  3. 地球環境をよくするため世界中に多くの仲間をつくります!

平成15年9月19日
徳島県勝浦郡上勝町

上勝町「ゼロ・ウェイスト政策」

徳重さんいわく、「ポール・コネットさんの提案がなかったら、ここまで大きな上勝町の転換はなかったと思います」とのこと。わずかな期間で宣言までこぎ着けるために、上勝町役場では急いで町民にゼロ・ウェイストについて説明をしたり、特定非営利活動法人ゼロ・ウェイストアカデミーを立ち上げたりしたそうです。

4 ごみをお金に換える仕組みが必要だ!

上勝町では、「ゼロ・ウェイスト宣言」において、

目標として2020年までにごみをゼロにする

という目標を掲げています。

しかし、現代的な生活をしている限り、ゼロ・ウェイストの達成は非常に難しいということが、2003年からの取り組みで分かりました。そもそも分別の負担もあります。自治体によってごみ分別の種類は違いますが、上勝町は43種類です。分別の種類が一気に増えるタイミングでは、うまく分別することができずにごみがたまってしまう家もあったようです。そのような場合は、ゼロ・ウェイストアカデミーなどが相談に乗りながら、解決していったそうです。

こうした現状にあって、次の展開をどうするかと考えたときに、町外の人とも連携していかなければならないと思い、そのシンボルとしてセンターを立ち上げ、そこから情報を発信していこうということになったのです。

センターを見学して気が付いたのは、ごみの「入」と「出」が円単位で確認できるプレートが設置されていることです。例えば、「紙」ごみは町にとって収入になり、具体的に何円なのかを「入」として示しています(写真は、ライターとその他の布類の例)。逆に、町の支出になるごみもあり、それは「出」として示されています。まさにごみの収支の「見える化」ということですが、これはごみを徹底的に分別して資源を取り出し、それを「入」として示しているからこそできることです。「入」と「出」を示したプレートは、

面倒な分別をしなければならない理由を、町民に分かりやすく伝える役割

を果たしているわけです。金額が手書きで示されているところも、何か身近で温かい印象を受けます。

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分別するための道具として、ハサミやカッターが置いてある作業エリアもありました。紙ごみを縛るときは必ず紙ひもにすることで回収業者の負担を減らし、「入」を大きくする工夫もされています。新聞紙をまとめるなど分別の作業が大変なときは、センターの方がお手伝いしているそうです。

5 牛乳パックを捨てたら何円もらえる?

センターでさらに面白いエリアを見つけました。その名も「ちりつもPoint」。上勝町にはごみ収集車が走っていないので、町民が自らごみを持ち込まなければなりませんし、43分別に取り組まなければなりません。これは大変なことです。そこで、インセンティブとして、「ちりつもPoint」が機能しています。

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ポイントは分別種類の多い紙類や、企業連携によって回収を行っている資源を対象にポイントが付与されています。まず1種類のごみを持ってくるごとに1ポイントがもらえます。

例えば、牛乳パックを1個持ってくると1ポイントが付与されます。10個持ってきても、種類は1つなので、もらえるのは1ポイントです。そうであれば、10回に分けて持ってきたほうが多くのポイント(1種類のごみを10回に分けて持ち込むので10ポイント)をもらえることになります。これが、小まめにごみを持ち込むインセンティブです。他にも、町内事業所でリユースやリデュースに取り組んだ際にもポイントが付与される仕組みになっています。また、貯まったポイントは環境にやさしい日用品や学用品等と交換ができるようになっています。例えば、学校で使える上履きは50ポイントと交換ができます。

気になるポイント単価ですが、これがなかなかお値打ちです。50ポイントなら50円相当というのが多くのポイント制の交換レートですが、センターでは、

なんと1ポイント10円相当のレートになっていて、50ポイントごとに500円相当の商品券と交換することが可能

です。ちなみに、センターにごみを持ち込めるのは町民だけなので、町外の人はごみを持ち込むことはできません。

6 なぜ、ごみ処理センターなのに臭わない?

町民以外の人は、センターに併設されたホテルに宿泊して、ごみの分別を体験することができます。自治体や企業が研修で宿泊するのはもちろん、有名人が宿泊することもあるそうです。

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ここで徳重さんからクイズが!

ごみ処理場(センター)にホテルを併設できるのはなぜだと思いますか?
他のごみステーションとは異なる特徴がそこにはあります。

答えは、センターでは「生ごみ」を引き取っていないので、臭いがないということです。取材当日は風が強かったので気が付きにくかったですが、確かに臭いが一切ありませんでした。これならセンターにホテルを併設できるわけです。

生ごみは、町民がコンポストなどを使って家庭で処理をしています。コンポストなどの購入費用の一部は、上勝町が補助をしているそうです。

7 どうしても燃やさなければいけないごみ

現在、上勝町のごみリサイクル率は80%を超えていますが、100%ではありません。これだけ徹底的に分別し、様々な仕掛けを施して町ぐるみでゼロ・ウェイストを目指していますが、その達成は非常に難しいのです。

これだけ努力しても、焼却ごみ・埋立ごみが排出されます。上勝町では、これを焼却ごみとは呼ばず、

どうしても燃やさなければいけないごみ・どうしても埋め立てなければならないごみ

と言っています。たとえ燃やすとしても、そこに至るまでの多くの人の協力と努力を大切にしている呼び方ですね。

8 くるくるショップでリユースを促進!

次に案内されたのは、「くるくるショップ」というおしゃれな空間です。高い天井からつり下げられた空き瓶のシャンデリア、きれいに陳列された陶器などが印象的でした。

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ショップと書かれていますが、陳列されている物品は無料です。町民がまだ使える陶器や子供服などを持ち込み、ここを訪れた人(町民でない人も含みます)は無料で持ち帰ることができるのですが、このネーミングを地元の小学生が考えたというのですから驚きです。ゼロ・ウェイストの町に暮らしていると、こういったリユースのアイデアが浮かんでくるものなのでしょうか。こうした子供たちが成長していくと、環境に優しい生活スタイルが自然と定着していくのだと感じます。

さて、くるくるショップでは、これまで持ち帰られたリユース品の重さが紹介されているのですが、ここで徳重さんから再びクイズが!

取材日時点で、持ち帰られたリユース品の重さは、下の画像のように「534キログラム」でした。これはどれくらいの期間で到達した重さでしょうか?

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筆者は、直感的に「年単位だろうな」と思ったのですが、答えはなんと1カ月。わずか1カ月で「534キログラム」がリユースされるとは、改めてゼロ・ウェイストの町の底力を感じました。

写真にも写っているのでお気づきかもしれませんが、くるくるショップの建具は規格がバラバラです。これらの建具は町内で公募をして集められたものです。数百の建具が集まったそうで、上勝町の職員もサイズを測りながら採用する建具を決めていったそうです。また、建物の構造材には町内産の杉が使われています。施工業者が決まってからだと、杉は乾燥などに時間がかかるので、施工業者を決める1年くらい前から、上勝町が町内産の杉を調達したそうです。

くるくるショップの仕組み自体も素晴らしいのですが、建物も地産地消、リユースの考え方が取り入れられています。「スタイリッシュ」な空間には、本当にいろいろな工夫が施されていて、手間をかけて丁寧に造られていました。

9 取材後記

ごみゼロの町と聞けば「すごい」と思いますが、正直なところ実感が湧きません。ごみを43種類に分別する経験がないので、想像がつかないのです。

しかし、実際にセンターを訪れ、そこで働く人などの話を聞いてみると、きれい事だけではない町の事情や、世の中の変化に巧みにキャッチアップしてきた歴史がありました。人を集め、情報を発信するためにスタイリッシュに造られた建物にもストーリーがあり、何より町の小学生のアイデアでくるくるショップが生まれたことには驚きました。

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長い時間をかけてジワジワと上勝町になじんできたゼロ・ウェイスト。企業がESGやSDGsに取り組む際のヒントがここにあると思います。外部の要請を受け、トップダウンで一気に進めなければならないタイミングもありますが、それを定着させるには、企業文化として根付かせていく仕掛けが必要だと感じます。

自然と共存して暮らす人々の魅力と、可能性に満ちた上勝町。この町が目指す未来を体感するため、ぜひ再訪したいと思いました。

以上(2025年4月作成)
(取材 日本情報マート 松田泰敏)

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画像:上勝町ゼロ・ウェイストセンター”WHY”
徳島大正銀行 泉 はる香
日本情報マート 松田 泰敏

【朝礼】初めて解剖図を見た杉田玄白の「焦り」

【ポイント】

  • 杉田玄白は初めて西洋の解剖図を見た際、「自分は人体のことを何も知らない」と焦った
  • 焦りが玄白を駆り立て、「解体新書」の完成という大仕事を成し遂げる原動力になった
  • 「自分の無知」を認めるのには勇気がいるが、認めると焦りが成長を後押ししてくれる

私たちのビジネス環境は、ここ数年で劇的に変わりました。特にAI技術の進化はすさまじく、ChatGPTなどの生成AIに文章を作らせてみても、少し前までは機械特有の不自然さがあったのが、ほんの短い期間で作家が書いたような滑らかな文章にレベルアップしている状況です。私たちは、こうしたビジネス環境の変化に頑張ってついていかなければなりませんが、なかには自分の仕事の進め方や常識をアップデートするのが苦手な人がいます。今日はそんな人に向けて、江戸時代中期に活躍した医者・杉田玄白(すぎたげんぱく)の話をします。

杉田玄白は、オランダの医学書「ターヘル・アナトミア」を翻訳して日本語版の「解体新書」を完成させ、西洋医学の知識を世に広めた人物です。今、さらっと翻訳と言いましたが、当時の翻訳はとても大変な作業でした。現代であれば外国語を即座に日本語に訳してくれるアプリなどもありますが、当時は辞書すらなかったのです。ましてや医学書は専門用語のオンパレードで、作業は困難を極めます。しかし、玄白は4年の歳月をかけて、この大仕事を成し遂げました。

それは、玄白の中に「自分は医者なのに、人体のことを何も知らない」という焦りがあったからです。当時の日本の医者は、患者の体の外側だけを見て治療の方針を決めていたため、玄白を含め、体の内側を見たことがある人はほとんどいなかったのです。あるとき、処刑された囚人の解剖に立ち会った玄白は、ターヘル・アナトミアの解剖図と本物の人体を見比べ、解剖図の精巧さに衝撃を受けます。「人体のことをもっと知らなければ……」という焦りが玄白を翻訳へと駆り立てました。

自分が知らない知識に出会ったとき、「難しそうだからいいや」とそれを遠ざけたり、表面的な情報だけを見て「大したことない」「自分には必要ない」と決めつけてしまったりする人がいます。おそらく「自分の無知を認めたくない」という一種の防衛本能なのでしょうが、それでは今以上の成長はあり得ません。知らない知識に出会ったときこそ、まずは勇気を出して、「自分は無知だ」と認めましょう。私自身も経験がありますが、一度認めてしまえば、あとは物事を知らないことへの焦りが「勉強しよう」という原動力になって、成長を後押ししてくれます。その焦りは、玄白が証明しているように、時に偉業を達成するほどの大きな力を授けてくれるのです。

以上(2025年5月作成)

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画像:Mariko Mitsuda