書いてあること
- 主な読者:採用や解雇、有給など、社員の労務管理に悩んでいる経営者や労務担当者
- 課題:専門家に相談したいが、何をどこまで相談していいのか分からない
- 解決策:会社から社会保険労務士への相談が多い事項を押さえる
社会保険労務士(以下「社労士」)には、よく経営者や人事労務担当者から相談の電話がかかってきます。労務に関する法律は、学校などで教わる機会がないので、知らなかったり誤解したりしていることが多いものです。
そこで、この記事では、社労士への相談が特に多い問題とその解決策を、10個ピックアップして紹介します。なお、解決策は一案ですので、実務で同じような問題が起きた際は、社労士や年金事務所、労働基準監督署などにお問い合わせください。
1 問題社員を解雇したいけど……大丈夫?
あまりにも勤務態度が悪かったり、何度注意しても同じミスを繰り返したりする社員がいる場合、頭に「解雇」の2文字がよぎるかもしれません。しかし、早まってはいけません。解雇は法律によって、非常に厳しく制限されているからです。
労働契約法第16条では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」とされています。
会社が適切な指導をしたり、本人の話を聞いたりしないまま解雇に及べば、手続き上の不備があるとして、解雇そのものが無効になる可能性
があるのです。その場合、会社は一旦解雇された社員を職場に復帰させた上で、無効となった解雇期間の収入を補填しなければなりません。
社員が犯罪や重大なハラスメントなど法律に抵触する行為をしていたり、履歴書に虚偽を記載していたりする場合などを除けば、解雇はリスクが大きいです。どうしても雇用し続けるのが難しければ、解雇ではなく
退職勧奨(会社から社員に自主退職を促し、社員が同意した場合に退職させること)
を検討しましょう。労使で話し合い、円満に退職してもらうように持っていくのが無難です。
2 試用期間中は、社会保険に加入させなくてもいいよね?
多くの会社は社員の採用に当たって、試用期間(本採用するかを判断するための準備期間)を設けていると思います。「すぐに辞めるかもしれないし、本採用ではないから社会保険(健康保険、厚生年金保険)や雇用保険に加入させる必要はない」と考える経営者もいるようですが、
試用期間中の社員であっても、一定の要件を満たす場合、社会保険などに加入させる義務
があります。具体的には、次の要件を満たすと試用期間中でも被保険者になります。
- 社会保険:週の所定労働時間が正社員の4分の3以上(通常30時間以上)であること
- 雇用保険:週の所定労働時間が20時間以上で、雇用期間の見込みが31日を超えること
ちなみに労災保険については、事業場単位で保険に加入するので、被保険者という概念はありません。適用事業の会社に雇用されていれば、試用期間中の社員を含む全社員が、自動的に労災保険の適用対象になります。
3 パート等でも社会保険に加入できるの?
パート等(パートタイマーや契約社員、アルバイトなど)であっても、前述したように週の所定労働時間が正社員の4分の3以上(通常30時間以上)であれば、社会保険に加入します。また、4分の3未満であっても、
社員(厚生年金保険の被保険者)が「常時100人超」(2024年10月からは「常時50人超」)の会社に勤務
している場合、次の4つの要件を全て満たすと社会保険に加入します。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 賃金の月額が8万8000円以上であること
- 雇用期間の見込みが2カ月を超えること
- 学生でないこと
4 パート等にも有給は与えないとダメ?
有給(年次有給休暇)は「正社員だけのもの」と誤解している経営者もいるかもしれませんが、次の2つの条件を満たしている場合、パート等にも有給を与えなければなりません。
- 入社日から継続的に働き始めて6カ月以上経つこと
- 雇用契約書などで交わした所定労働日の8割以上の出勤を満たすこと
ちなみに、週の所定労働時間などに応じた有給の付与日数は次の通りです。例えば、週1日勤務のパート等の場合、入社から6カ月後に1日の有給が発生します。
なお、会社は年10日以上有給が付与される正社員・パート等(図表の赤字部分)について、
時季を指定して年5日の有給を取得させる義務
があります。
5 社員がうつ病で休みたいと言ってきたんだけど……?
最近元気がないと思っていた社員が、急に「メンタルを病んだので休みたい」と言ってきたらドキッとするでしょうが、まずは落ち着いて、本人の話をしっかりと聞くことが大切です。
特に確認が必要なのは、メンタル疾患になった原因です。もし、その原因が労働環境のストレスや人間関係にあるなら、会社にはそれを改善する責任があります。そうでなくとも、
メンタル疾患になった社員の問題を真剣に受け止め、サポートする姿勢を示すこと
で、会社への信頼が保たれます。
話を聞いた上で、社員をすぐに休ませる必要があると感じた場合、有給を取得させたり、職場の休職規定などに則って休職(一定期間、労働を免除する)を発令したりします。また、医療機関を受診するよう促し、必要に応じて医師の診断書を提出するように求めます。
なお、メンタル疾患の原因が自社の労働環境に関係している場合、労災保険が適用される可能性があります。会社の休職制度は、プライベートの病気やケガに適用されるものなので、
労災認定が出たら、「休職」扱いから「業務上の事由による休業」扱いに変更すること
も忘れないようにしましょう。
社員が休職を経て回復してきたら、医師の診断書などをもとに復職が可能か判断します。ただ、メンタル疾患の場合、復職した矢先に再び症状が悪化してしまうケースがあるので、会社の産業医に相談するなどして、社員にとって無理のない働き方を検討するようにしてください。
6 良い人材が採用できる求人広告の書き方は?
今や人手不足はどこの会社にとっても大きな課題ですが、良い人材がなかなか採用できないからといって焦りは禁物です。
例えば、求人広告を作る際は、できるだけ多くの人に見てもらおうと、「性別や年齢、学歴、前職など問わない」といった具合に募集の間口を広げがちですが、やり過ぎると
働き方のイメージがぼやけ、かえって求職者に伝わりにくくなる恐れがある
ので注意が必要です。仮に製造業であれば、
「簡単な部品のアッセンブリ(組み立て)や検品をしていただきます。日中4時間だけなので子育て中の主婦も多数在籍」
といった具合に、会社で働いている光景がイメージしやすいような募集要項を考えましょう。
ターゲットが決まったら、彼らが魅力的に感じる会社の特徴を洗い出します。仮に「主婦」がターゲットであれば、主婦が働きやすいような職場環境を強調することも有効です。例えば、
「急な休みや早退にも対応可能。子供が熱を出した時も安心して迎えに行けます」
「子育てが落ち着いたら社員へのキャリアアップもあり」
といった具合です。「会社の長所はいろいろあるが、どれが求職者にささるか分からない」という場合は、長く働いている社員などにヒアリングしてみるとよいでしょう。
7 社員の「だらだら残業」をやめさせるにはどうすればいい?
会社は、社員の残業(時間外労働や休日労働)の時間を1分単位で把握し、通常の賃金に法定以上の割増賃金を上乗せして、残業代を払う義務があります。労働時間の端数を勝手に四捨五入したり、15分単位に丸めたりするのは違法です。
ただ、時間を管理する会社側にとっては、社員がタイムカードを押さずにおしゃべりをしたり、急ぎではない仕事をわざわざ会社に居残ってやったりといった「だらだら残業」が気になることでしょう。これを防ぐためには、
残業を許可制にすることが効果的
です。社員には終業前に残業を申請してもらい、上司が業務の緊急性や重要度を確認した上で承認を与えるようにすれば、不必要な残業を避けることができます。
ただし、仮に社員から残業申請がなくても、管理職が残業しないと終わらない量の業務を与えていたり、社員が残業をしていることを知りながら放置したりしていた場合などは、残業代を払わなければならなくなるケースがあります。ですから、
管理職が社員の働きぶりをよく見て、「必要な残業はさせる」「不要な残業はさせない」を徹底すること
が大切です。
8 出張中の移動は労働時間じゃないし、賃金はいらないよね?
出張が多い会社であれば、社員から「長時間の移動時間に対しても賃金を支払ってほしい」と言われたことがあるかもしれません。「移動時間って通勤時間みたいなものでしょ? だったら賃金はいらないだろう」と思うかもしれませんが、実は
出張中の移動が「業務」と認められる場合、移動時間は「労働時間」になり、賃金の支払いが必要
になります。例えば
- 新幹線の中で、商談のために上司と打ち合わせをしたり、プレゼン資料を作成したりする場合
- 展示会出展のために車で商品を移送したり、会社から指示を受けてお金を管理したりする場合
などがそうです。
逆に移動中、こうした業務に従事せず、読書をしたり睡眠を取ったりと、社員が移動中の時間を自由に使える場合、「業務」と認められないケースがほとんどです。
社員の混乱を避けるため、出張に伴う移動が労働時間として賃金支給の対象となるかどうかは、事前に就業規則や雇用契約書に明示しておいたほうが無難です。
9 退職日は「月末の1日前」にしたほうがお得? それとも?
「月末に退職するより、その1日前に辞めた方が得だ」という話を聞いたことがありませんか?
実は、退職日を1日前倒しにするだけで、社会保険料の負担が1カ月分軽くなるケース
があるのです。
法律上、社会保険料は「退職日の翌日の属する月の前月まで」徴収することになっています。例えば、社員が3月31日に退職したとします。退職日の翌日は4月1日です。その前月までの徴収ですから、3月分までは社会保険料がかかります。
では、もし、1日前の3月30日に退職したらどうなるでしょうか? 退職日の翌日は3月31日。その前月は2月ですから、社会保険料の徴収は2月分までということになります。つまり、社会保険料を折半負担する会社側からすると、月末の1日前に退職した方が得なわけです。
ただ、日本には「国民皆保険」というルールがあるので、社会保険(健康保険、厚生年金保険)に入らない人は、自分で国民健康保険、国民年金に加入しなければなりません。例えば、社員が3月30日に退職し、4月1日から別の会社に入社する場合、
- 2月分:退職前の会社で社会保険料を徴収(労使折半)
- 3月分:社員本人が国民健康保険料、国民年金保険料を納付(全額自己負担)
- 4月分:新しい会社で社会保険料を徴収(労使折半)
となります。ほんの1日退職日がずれるだけで、社員は国民健康保険などの加入手続きをし、1カ月分の保険料を全額負担しないといけません。社員の立場からすれば、月末に退職したほうが得といえます。
こういったルールがあるので、実際に社員が退職する際は、退職日についても労使双方で話し合い、トラブルがないようにしましょう。
10 年収が130万円を超えても家族の扶養に入れる?
これは、2023年の年末に多くの経営者に聞かれた質問です。皆さんもご存じの通り、これまでは年収が130万以上になると、扶養の範囲から超えてしまうため仕事をセーブする方がたくさんいました。しかし、
2023年の10月20日からは、「被扶養者認定の円滑化」の取り組みのため、一定の場合、年収130万円を超えても扶養に入ったままにできる特例
ができました。特例を受けられるのは、
繁忙期の残業などによる一時的な収入増加があった場合、会社が一時的な増加であることを証明(事業主の証明)した場合
です(収入増加の上限額なし)。
簡単な書類を1枚提出するだけで、年収を気にせず扶養内で働けるので、会社と社員双方にとってもメリットがある仕組みです。書類は「事業主証明様式」という名称で、厚生労働省ウェブサイトからダウンロードできます。
ただ、あくまで会社都合の一時的な収入増加にのみ適用される制度ですので注意が必要です。例えば、昇給や労働契約の変更などで収入が増加した場合は、「一時的な収入増加」ではないので、この特例は使えません。また、この制度の利用は、原則として「1人につき連続2回まで」とされています。
以上(2024年7月作成)
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