【自社を強くする管理会計(5)】 管理会計ができる仕組みの作り方

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:管理会計を導入するためには、新たな会計システムが必要だと感じている
  • 解決策:管理会計の導入段階では、現時点の財務会計システム上の勘定科目の調整や補助科目を使うことで、十分に対応できる

1 管理会計システムはなくてもいい

管理会計の実務に関して、「管理会計システムは必要ですか」、あるいは「どの管理会計システムがお薦めですか」などの質問をよくいただきます。

いずれの質問に対しても、「新たな管理会計システムを導入することは必須ではありません。どれがいいかも会社の管理会計の段階や課題次第です」とお答えしています。自社の管理会計で見るべき視点や項目が固まっていない段階でシステムを導入することは、むしろ業務を混乱させる原因になりかねないからです。お金やリソースが不十分な場合は特に、既存のシステムを活用することをまず考えるようにしてください。

なお、自社の管理会計で見るべき視点や項目については、以下のコンテンツをご参照ください。

2 会計システムをフル活用しよう

多くの会社では、お金に関する情報の全てが記録される会計システムが使われていることでしょう。このシステムを管理会計目的に活用することができます。例えば、損益計算書(以下「PL」)の月次推移は、ほとんどの会計システムで標準的な帳票として用意されています。

中小企業が管理会計においてまず取り組んでほしいのは、過去のデータが使える形で、すぐに用意できるように仕組みを整えることです。それができて初めて、予算や業績見込みといった将来の数値にも範囲を広げることが可能になります。

そのためには、まず会計情報を保管する際に使っている会計システムを、自社仕様にカスタマイズすることで、自社に有用なデータを整備するようにしましょう。

3 売上を勘定科目に分ける

会計システムには勘定科目を設定するので、この設定の仕方次第で管理会計の分析にさらに役立ちます。

第3回で売上の中身を区分することについて詳しく紹介しましたが、その区分ごとに勘定科目を用意するのもいいでしょう。例えば、流通業ならば「卸売売上」「小売売上」など、飲食業ならば「持ち帰り売上」「店内飲食売上」などといった感じです。PLにこれらの数字が記載されますので、経営者と話すときにも別資料を用意する必要がありません。売上は会計的には1つの勘定科目としてPLに記載されていることが多いですが、現場に合った複数の勘定科目を用いる対応は経営者にも分かりやすくなります。また、各種の数字の内訳が会計システム内に保管されていれば、過去の分も遡って確認できたり、売上などの推移表も出しやすかったりと、データ管理の点からも有用です。

4 費用は補助科目を使って月次推移を確認する

費用は、内容別に補助科目を設定するのもいいでしょう。例えば、交通費が多額であり、気になるのであれば、電車、タクシー、ガソリン、有料道路といった内容ごとに補助科目を設定します。そうすれば、補助科目別の残高を会計システムから出力することが容易になります。そうしないと、仕訳をしてから、(バラバラな)摘要欄を確認しつつ手作業で集計することになってしまいます。そこで、重要な勘定科目、高額な勘定科目、興味がある勘定科目については、あらかじめ補助科目を設定するとよいでしょう。

補助科目を月次推移表で確認すると、仕訳の起票漏れなどが見つかることがあります。管理会計だけではなく、経理業務上のミスを発見する効果もあり一石二鳥です。

5 事業部門の設定も有益。ただし、“コスパ”には注意

複数の部門がある場合は、事業部門コードを活用するのも1つの手です。例えば、営業部門の中に、営業1課と営業2課に分かれているなら、それぞれの利益を把握するために事業部門を設定し、伝票を事業部門ごとにします。

管理会計では、これを「部門別損益管理」といいます。売上や売上原価といった把握しやすいものだけでなく、人件費や交通費なども個別に把握することで、事業部門ごとの実態が分かります。ただし、管理部門(経理部や総務部)の共通費用の扱いなど細かい決め事も発生するので、実施前にコストパフォーマンスを慎重に検討するようにしてください。

6 設定を工夫すれば、現場への確認も減る

勘定科目や補助科目の内容が分かるようにすることで、What(何に)お金を使ったのかが明確になります。同時に、事業部門を設定することで、Who(誰が)使ったのかが明確になります。そうすると、現場への確認は、「Why(なぜ)使ったのか」が中心になるはずです。「誰が何に使ったのか」について現場に確認することが減れば、現場の負担は軽減されます。

7 エクセルなど、まずは身近にあるものを徹底活用しよう

エクセルなどをうまく使うことも重要です。例えば、よく使う資料は、会計システムからあらかじめダウンロードして、使いやすい形でエクセルに保管しておくのもいいでしょう。急ぎで資料を提出しなければならないときも手間が省け、またミスを減らすことができます。

会計システムやエクセルといった「ありもの」の使い慣れた仕組みをまずは活用することで、管理会計への取り組みを始めてみましょう。そうすることで、数字の分析や経営者への説明に時間やエネルギーを割く余裕が生まれます。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

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画像:pixabay

飲み会が増えた社員の痛風は「労災」になるか?

書いてあること

  • 主な読者:労災(労働災害)の判断基準について知りたい経営者や労務担当者
  • 課題:「接待続きで痛風になった」など、労災かどうかが判断しにくいケースがある
  • 解決策:「業務起因性」「業務遂行性」を理解した上で、具体的な事例でイメージをつかむ

1 「お酒の飲み過ぎは自己責任」とも限らない?

ある日突然、足の親指を激痛が襲う「痛風」。体内の尿酸が増えすぎて起きる病気で、外食が多かったり、お酒をよく飲んだりする人は痛風になりやすいといわれます。さて、ここで質問です。もしも営業担当の社員が

「接待で飲み会が続いて痛風になりました……。これって労災(労働災害)ですよね?」

と言ってきたら、経営者や労務担当者の皆さんはどう返しますか?

「好きに飲み食いしておいて、労災とは何事だ!」と憤慨する人がほとんどでしょう。ですが、仮にその社員がプライベートではほとんどお酒を飲まず、かつ会社から定期的に取引先を接待するよう業務命令を受けていたとしたらどうでしょう。ちょっと返答に困りませんか?

このように、労災かどうかが判断しにくい「グレーゾーン」はさまざまあります。労災に遭うと、その社員は労災保険からさまざまな給付を受けられますが、そのためには、

労災認定(けがや病気が「労災である」と国が認めること)を受けなければならない

ので、経営者や労務担当者は「どのようなケースが労災に当たるのか」をある程度知っておく必要があります。

労災は、業務に伴い発生する「業務災害」と、通勤に伴い発生する「通勤災害」とに分けられますが、この記事では「業務災害」にスポットを当て、判断が難しい「グレーゾーン」の事例4つについて、判断のポイントを紹介します。

2 まずは労災の基本ルールを押さえよう

細かい事例に入る前に、まずは労災の基本ルールを押さえましょう。業務災害の場合、労災認定は「業務遂行性」「業務起因性」を基準に行われます。

  • 業務遂行性:けがや病気の原因となった出来事は、「会社の支配・管理下にある」ときに発生しているか
  • 業務起因性:けがや病気の原因となった出来事は、「業務と因果関係がある」といえるか

業務遂行性の「会社の支配・管理下にある」とは、会社が社員に干渉できる状態にあるという意味です。業務起因性の「業務と因果関係がある」とは、業務に従事しなければ病気やけがをしなかったという意味です。そして、

業務遂行性と業務起因性の「両方」が認められる場合、けがや病気は労災になる(逆に、どちらか一方でも認められない場合、労災にならない)

というのが基本的な考え方になります。例えば、業務で重い荷物を運んでいて、階段から転倒しけがをした場合、

  • 業務遂行性:あり(業務中、つまり会社の支配・管理下にあるときに転倒した)
  • 業務起因性:あり(業務命令で重い荷物を運ばなければ、転倒しなかった)

で「労災になる」というイメージです。

このルールを押さえておけば、前述した労災の“グレーゾーン”についても、ある程度判断のポイントが分かります。以降で具体的な事例を4つ紹介します。ただし、実際の労災認定は個別の案件ごとに行われるので、似たような事例であっても労災になるかどうかの判断が変わることがあります。あくまで1つの考え方であることにご注意ください。

3 飲み会続きで痛風になったら労災?

Aさんは、営業担当として取引先を接待するため、上司とともに取引先との飲み会に参加することが多々あります。夜遅くまでの飲み会が続いた結果、Aさんは痛風になってしまいました。

【ポイント】

  • 業務遂行性:そもそも飲み会は、業務といえるか
  • 業務起因性:飲み会がなければ、痛風にならなかったといえるか

1)業務遂行性

飲み会が業務といえるかを判断するポイントは主に3つあります。

  • 企画:飲み会は会社公認の行事か、それとも自主的に企画するものか
  • 費用負担:飲み会の費用は会社負担か、それとも自己負担か
  • 強制力:会社の方針や上司の命令で参加しているのか、それとも参加は任意か

仮にAさんの参加する飲み会が、「会社公認の行事」で「経費も全額会社負担」で「上司の命令で参加している」場合、「業務遂行性がある」と判断される可能性があります。逆に、上司が「付き合いも仕事のうち」と言って自主的に飲み会を開き、Aさんも自分の意思でそこに参加している場合、業務遂行性が認められる可能性は低くなるでしょう。

2)業務起因性

飲み会がなければ、痛風にならなかったといえるかどうかですが、例えばAさんが

プライベートで飲酒する習慣がなく、明らかに接待が原因で痛風になったといえる場合

であれば、「業務起因性がある」と判断される可能性があります。逆に、Aさんがプライベートでも大酒飲みの場合、接待がなくても痛風になり得たということで、業務遂行性が認められる可能性は低くなるでしょう。このあたりは本人や周囲へのヒアリングを行ったり、医師の診断書を提出してもらったりして、客観的に判断することになります。

なお、Aさん(営業担当)のケースからは外れますが、

痛風を発症した場合に「労災と認められやすい業務」

もあります。例えば、社員が「さく岩機、鋲打機(びょううちき)、チェンソー等の振動工具を取り扱う業務」に従事している場合、「振動業務の負荷によって、疾病の程度が著しく増悪された」と認められれば、労災になるとされています(厚生労働省「振動障害の認定基準について」)。

4 休憩時間中に給湯室でやけどをしたら労災?

Bさんは、休憩時間中、昼食のカップラーメンを食べるため、オフィスの給湯室でお湯を沸かしていました。その際、お湯の入ったヤカンを倒し、手にやけどをしてしまいました。

【ポイント】

  • 業務遂行性:休憩時間中は、会社の支配・管理下にあるといえるか
  • 業務起因性:やけどは業務によるものといえるか

1)業務遂行性

休憩時間中、社員は業務から解放されて自由に過ごせるので、会社の支配・管理下にないように思えますが、実は

休憩時間中でも、会社の施設内で休んでいる場合、「会社の支配・管理化にある」

とみなされます。緊急時など必要があれば、会社は社員に干渉できるからです。今回のBさんは、休憩時間中ですがオフィスの給湯室にいるので、「業務遂行性はある」といえます。

2)業務起因性

Bさんは休憩時間中(業務時間外)に、昼食の準備のために給湯室を利用しやけどをしているので「業務起因性はない」といえます。ただし、

会社の設備自体に問題があってけがをした場合は別

です。例えば、Bさんが不注意でヤカンを倒したのではなく、給湯設備が故障していたりヤカンの取っ手が壊れかけていたりしたのに、会社が修理せず放置したせいでやけどをした場合、

会社が安全管理を怠ったために、オフィス内に潜む危険が顕在化した

として、「業務起因性がある」と判断される可能性があります。

5 テレワークのし過ぎで腰痛になったら労災?

Cさんは、1年以上テレワークで働いています。ですが業務用のPCが小さく机も低いため、姿勢の悪い状態で仕事をする癖が付いてしまい、ある日の業務中、椅子から立ち上がった際に、ぎっくり腰を起こしてしまいました。

【ポイント】

  • 業務遂行性:テレワークでも、会社の支配・管理下にあるといえるか
  • 業務起因性:そもそも腰痛は、業務によるものといえるか

1)業務遂行性

テレワークは1人で行うものですが、今どきは社員同士がオンラインツールなどでつながれるので、そうした環境が整っていれば、社員は会社の支配・管理下にあるといえます。また、

オンラインツールなどの環境が整っていなくても、社員が会社の命令で業務を行っている場合、一般的には業務遂行性が認められる

とされています。Cさんの場合、業務遂行性はほぼ確実に認められるでしょう。

2)業務起因性

実は、腰痛の業務起因性については独自の認定基準が設けられていて、

  • 災害性の原因による腰痛(腰への外傷などによるもの)
  • 災害性の原因によらない腰痛(蓄積された腰への負荷によるもの)

に分けて、図表1のように定められています(厚生労働省「業務上腰痛の認定基準」)。

画像1

Cさんのぎっくり腰は、腰に負荷が蓄積されて起きたものなので「災害性の原因によらない腰痛」ですが、図表1の認定基準の対象業務にテレワーク(デスクワーク)は含まれていません。ずっと同じ姿勢を強いられているわけではなく、業務の途中で立ったり、ストレッチをしたりできるからです。業務起因性が否定される以上、

テレワークの場合、腰痛が労災と認められる可能性はかなり低い

といえます。

6 愛犬と散歩中に倒れたら労災?

Dさんは、顧客からのクレーム対応業務に従事しており、ストレスで毎日眠れぬ夜を過ごしていました。ある日、Dさんは愛犬を散歩させているときに、突然倒れて緊急搬送されてしまいました。一命は取りとめたものの、医師からは「くも膜下出血」と診断されました。

【ポイント】

  • 業務遂行性:プライベートで倒れた場合、会社の支配・管理下にあるといえるか
  • 業務起因性:ストレスは抽象的……本当に業務によるものといえるか

1)業務遂行性

Dさんが倒れたのは愛犬との散歩中ですが、原因そのものは過度のストレスにあります。このストレスとDさんの業務との間に因果関係があるかは後述の2.で判断しますが、仮に因果関係があるものとした場合、業務中の出来事で過度なストレスを受けたことになるので、「業務遂行性がある」と考えられます。

2)業務起因性

くも膜下出血は「脳・心臓疾患」の一種です。脳・心臓疾患の業務起因性についても、腰痛と同じように独自の認定基準が設けられています。具体的には図表2のように

認定要件が3つあり、そのいずれかを満たす場合、業務起因性がある

とみなされます(厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定」)。

画像2

Dさんが認定要件を満たすかどうかの判断は難しいですが、例えば、

  • 1カ月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が続いていた
  • クレーム対応業務で重大な失敗をしてしまい、精神的にまいっていた
  • 顧客から明らかに理不尽なクレーム(いわゆるカスタマーハラスメント)を受けていて、なかには生命の危険を感じさせるような脅しなどもあった

といったケースの場合、「業務起因性がある」と認められる可能性があります。

以上(2024年6月作成)

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画像:ChatGPT

労働条件明示ルールの見直し

労働者に労働条件を明示するルールが、今年4月に見直されました。労働者が、労働条件についてこれまで以上に明確に把握し、安心して働けるようにするためです。本稿では、厚生労働省が行った省令等の改正を参考に、新しい労働条件の明示ルールについてお伝えします。

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【朝礼】「配属ガチャ」は何回回せば当たるのか? 

最近、ニュースなどで「配属ガチャ」という言葉をよく耳にします。入社した際に自分の希望の勤務地や職種に配属されないことを、ソーシャルゲームの「ガチャ」の当たり外れになぞらえ、「配属ガチャ」と呼ぶのだそうです。希望のポジションに就けなかった新入社員が、入社してすぐに会社を辞め、転職してしまうという話、皆さんも聞いたことがあるでしょう。

私は、「転職」そのものについては、特にネガティブなイメージを持っていません。今どき、入社から定年まで1つの会社に勤め続ける人というのはまれですし、自分がやりたいことを追求し続けるポジティブな姿勢は、むしろ評価します。また、本来あってはならないことですが、入社前に説明したものと明らかに違う労働条件を強いるブラック企業などもありますから、そういった場合に自分を守る手段として、転職が必要なケースもあるでしょう。

一方で、自分の希望のポジションに就けないことを「ガチャ」と捉える風潮については、いささか疑問があります。ソーシャルゲームのガチャの景品には、当たりと外れがあり、当たりの景品が欲しい人は、それが出るまでガチャを回し続けます。これを「配属ガチャ」の場合に置き換えると、自分の希望のポジションに就けるまで転職活動を続けるという意味になります。私が疑問を感じるのはそこです。この配属ガチャ、はたして何回回せば当たりが出るのでしょうか?

ソーシャルゲームなら、スマホゲーム上のボタンをクリックするだけで数分のうちに何回でもチャレンジすることが可能です。しかし、転職活動はそうはいきません。会社を探したり、面接を受けたりするだけでも相当の時間がかかります。何度も会社を変え、入社と退職を繰り返していたら、あっという間に数カ月、場合によっては数年という時間を消費してしまうでしょう。そして、転職活動をしている間、その人は職場で仕事をしているわけではないので、ビジネスパーソンとしての成長は止まってしまいます。

だったら、仮に希望ではないポジションに配属されたとしても、まずはそこで踏ん張って、希望のポジションに就ける機会を待つというのも一つの手ではないでしょうか。自分の希望と違っても、職場で積んだ経験は無駄にはなりませんし、実績を重ねていけば、会社が自分の希望を聞き入れてくれる機会も出てくるはずです。

繰り返しになりますが、私は「転職」そのものを否定するつもりはありません。ただ、皆さんによく考えてほしいのは、

自分の夢や目標に向かって「近道」をしているつもりが、実は「遠回り」になってはいないか

ということです。転職に限った話ではありません。最近はネットで調べればすぐに自分の求める情報が見つかることもあり、近道をしたがる人が多いですが、時には「石の上にも三年」と思って辛抱してみるのも大事ではないでしょうか。

以上(2024年6月作成)

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画像:Mariko Mitsuda

【自社を強くする管理会計(4)】費用から利益を把握する

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:売上は伸びているのに、利益が出ないことがある
  • 解決策:費用と利益の関係を把握し、利益を効率的に上げる費用の考え方がある

1 利益を考えるときに便利な変動費と固定費

変動費と固定費という言葉を聞いたことはあるでしょうか。変動費というのは、売上に比例して金額が増減する費用のことで、例えば、小売業の商品原価が該当します。一方、固定費というのは、売上が変動しても金額が変わらない費用のことで、例えば、オフィス家賃や人件費などが該当します。

変動費と固定費は、管理会計を進める上で非常に重要です。費用を変動費と固定費のどちらとして認識するかによって、利益に大きく影響するからです。極端な例ですが、費用の全てが変動費だと、売上をいくら稼いでも手元に残る利益は少なくなります。なぜなら、売上が増えるほど変動費も同時に増えてしまうからです。反対に、変動費の代わりに費用の全てが固定費である場合には、売上が増えても費用の金額は一定です。

そのため、売上が固定費を超えた後は、売上が増えるほど手元の利益もどんどん増えていきます。そのため、事業が安定しているなど大きな売上が期待できる場合には、なるべく固定費を選んだほうが利益は多くなります。しかし、売上が上がるかが分からない場合、例えば、事業の立ち上げ当初などは、必ず発生する固定費よりも、変動費を選んだほうが安全なのです。

2 損益分岐点売上高

この考え方に関連して計算されるのが「損益分岐点売上高」です。損益分岐点売上高というのは、ざっくりいえば「利益がトントン(ゼロ)になる売上」のことです。会社にとっては、最低限これだけは上げないといけないハードルラインの売上金額といえます。

コロナ禍真っ只中の頃、多くの会社がまず気にしたのがこの損益分岐点売上高でした。自社の損益分岐点売上高に対して、今月の売上はどうなのか、そして翌月以降はどうなりそうなのか。損益分岐点売上高と比べることで、自社の業績への影響の大きさを正しく知ることができます。また、必要に応じて融資などの手を打つことができます。このような非常時に早期に行動を起こすためには、自社の損益分岐点売上高をあらかじめ知っておくことが大事です。

損益分岐点売上高は固定費/(1-変動費率)で求めることができます。変動費率というのは、売上に占める変動費の割合(変動費/売上高)のことをいいます。例えば、自社の固定費は月40万円、変動費率は20%ということでしたら、損益分岐点売上高は40万円/(1-20%)=50万円と計算できます。売上が50万円だと、固定費40万円と変動費10万円(=50万円×20%)で、確かに利益ゼロ(=50万円-40万円-10万円)になります。この計算式は覚える必要はありません。代わりに、計算の結果出た自社の損益分岐点売上高の金額を必ず覚えておいてください。非常時にさっと取り出して判断材料にできることが重要なのです。

3 経営者との会話に活用

この変動費率や固定費の金額を知っておくと、日常の経営者とのやりとりでも活用できます。経営者から、「売上が2000万円伸びたら利益はいくら残るか」と聞かれたとしましょう。皆さんの会社の変動費率が40%ということがあらかじめ分かっていたら、「1200万円」(=売上2000万円-変動費2000万円×40%)と暗算で答えることができるでしょう。先に述べたように、業績=利益であり、多くの経営者がこれを重要視しています。経営者がこのような質問をしてくる場合には何か心当たりの案件があってのことですので、ぜひテンポよく答えられるようにしましょう。経営者にとってはまずは精緻な数値よりも、概算値でも構わないことが多いものです。

4 営業部門の重点販売商品を決める

営業部門でも利益の考え方はとても重宝します。例えば、同じ販売単価の商品でも、仕入れ値が異なることがしばしばです。仕入れ値は変動費に当たるので、どちらを売るかで手元に残る利益が異なります。もし売るのにかかる手間が同じだとしたら、もちろん利益が高いほうの商品、つまり仕入れ値が安いほうの商品を売ったほうが会社にとって望ましいのです。

しかし、実際には、営業部門にはこのような商品ごとの利益率(売上に占める利益の割合のこと)や仕入れ値の情報が渡されていないことがよくあります。とすると、営業担当者は自分が売りやすい商品を売ってしまうので、利益の最大化にはつながりません。問題がないのであれば、ぜひ営業部門にも利益につながる情報を共有できるといいでしょう。

5 管理会計用語は分かりやすい言葉に置き換える

今回は幾つか管理会計用語をご紹介しましたが、実務で活用するためには、定義や計算式はそれほどこだわらなくて結構です。まずは、自分たちにとって分かりやすい言葉に置き換えて理解しましょう。例えば、売上から変動費を差し引いた「手元に残る利益」のことを、管理会計では「限界利益」と呼びます。しかし、これでは多くの方にとって分かりにくいので、手元に残る利益と覚えてもらっていいでしょう。

その上で、このような用語は何の役に立つのかという本質を押さえてください。そして、実際に使うためには、自社の数値を知っておくことが必要です。理論上は固定費で、実務でも固定費とされていても実際には金額が増えるということもしばしばです。そこで、より精度の高い試算をするためには、どのような事柄が影響するのかという影響要因も、大きなものを押さえておきましょう。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役 公認会計士 梅澤真由美)

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画像:IRStone-Adobe Stock

2024年度版 税制改正早わかりハンドブック(2024年6月号)

2024年度の税制改正法案が3月に可決・成立しました。“中長期の経済成長の実現”と“成長の果実の還元”を主な目的として、「賃上げ促進税制」のように従来から設けられている制度の改正だけでなく、「プラットフォーム課税」のような新しい制度の導入や、ことしに限定される「定額減税」など、幅広い内容が盛り込まれています。
本冊誌では、2024年度の税制改正の内容を中小企業に影響を及ぼすものを中心に解説していきます。

労働条件明示ルールの見直し

労働者に労働条件を明示するルールが、今年4月に見直されました。労働者が、労働条件についてこれまで以上に明確に把握し、安心して働けるようにするためです。本稿では、厚生労働省が行った省令等の改正を参考に、新しい労働条件の明示ルールについてお伝えします。

1 すべての労働者に明示すべき事項

新しいルールのポイントは、以下のようになっています。

労働条件明示のルール

※厚生労働省「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」より抜粋

上の表のうち、パートや有期雇用などを含むすべての労働者に明示しなければならないのが、「就業場所・業務の変更の範囲」です。労働条件通知書には、次のような記載が求められます。

<就業場所の記載例>

(雇入れ直後)
広島支店

(変更の範囲)
海外(イギリス・アメリカ・韓国の3か国)及び全国(東京、大阪、神戸、広島、高知、那覇)への配置転換あり

(雇入れ直後)
金沢駅西通り店

(変更の範囲)
変更なし

(雇入れ直後)
松江支店

(変更の範囲)
会社の定める支店(ただし会社の承認を受けた場合はAブロック内の支店。詳細は就業規則第〇条参照)

<従事すべき業務の記載例>

(雇入れ直後)
店舗における会計業務

(変更の範囲)
全ての業務への配置転換あり

(雇入れ直後)
ピッキング、商品補充

(変更の範囲)
雇入れ直後の従事すべき業務と同じ

(雇入れ直後)
企画立案

(変更の範囲)就業規則に規定する総合職の業務(ただし会社の承認を受けた場合は業務を限定する。詳細は就業規則第〇条参照)

2 有期契約労働者に明示すべき事項

有期契約の労働者には、更新の上限の有無とその内容、無期転換を申し込むことができる旨(無期転換申込機会)と無期転換後の労働条件を明示します。労働条件通知書には、次のような記載が必要です。

<更新上限の記載例>

契約期間は通算4年を上限とする

契約の更新回数は3回まで

また、通算契約期間の上限を5年から3年に短縮する、更新回数の上限を3回から1回に短縮するなどの場合には、その理由を、あらかじめ文書や面談等で労働者に説明する必要があります。

<無期転換申込機会の記載例>

本契約期間中に無期労働契約締結の申込みをした時は、本契約期間満了の翌日から無期雇用に転換することができる

<無期転換後の労働条件の記載例>

無期転換後の労働条件は本契約と同じ

無期転換後は、労働時間を○○、賃金を○○に変更する

3 さいごに

労働条件の明示は、労働基準法に定められた基本的ルールです。しかし、労働条件通知書を労働者に渡さない企業も多く、雇用期間や賃金、労働時間などを巡って労使トラブルに発展するケースも珍しくありません。労働条件明示ルールの見直しを機に、新規採用や契約更新時には必ず労働条件通知書を交付するよう、心がけてみてください。

※本内容は2024年5月10日時点での内容です。
(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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画像:photo-ac

オフィスでできる簡単SDGs 身近なごみを積極的にリサイクル

書いてあること

  • 主な読者:手軽な形でアップサイクルし、環境問題の解決に貢献したい経営者
  • 課題:オフィスで簡単にできそうな取り組みを始めたい
  • 解決策:クリアファイル、ペットボトルなど、身近なごみのリサイクルからやってみる

1 ごみを資源化して処理コストを抑えよう

事業活動に伴って発生する「事業系ごみ」は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)」で大きく次のように分けられています。

  • 産業廃棄物(特別管理産業廃棄物含む):燃え殻、汚泥など業種を問わず発生する12種類の廃棄物と、建設業で発生する木くずなど、特定の業種で発生する8種類の廃棄物
  • 事業系一般廃棄物:産業廃棄物以外のごみ。燃えるごみ、粗大ごみ、資源化できる古紙類

オフィスで発生する事業系一般廃棄物は、たとえ家庭ごみと同じ種類のものでも、原則として地域のごみ集積所に袋詰めにして出すことはできず、自治体の処理施設へ自社で持ち込むか、一般廃棄物収集運搬業者に委託して処理しなければなりません。

そこで検討したいのが、ごみをそのまま捨てるのではなく、資源化することで処理コストを抑えることです。

この記事では、

身近なごみを資源化してリサイクルしたり、環境負荷の低いものに置き換えたりすることで、ごみの削減につなげる事例

を紹介します。

ごみの削減はSDGsにも関連しますので、オフィスで手軽にSDGsに貢献できることがしたいと考えている方も参考にしてみてください。

2 オフィスでできる資源化の実践例

1)不要なOA用紙を名刺や封筒にアップサイクルする

古紙の中でも、オフィスで使われるコピーやファックス用のOA用紙は再生率が特に低いといいます。そこで、不要なコピー用紙を裏紙やメモに使うだけでなく、新しい製品にアップサイクルするのはいかがでしょうか。

例えば、山陽製紙(大阪府泉南市)が提供している「PELP!(ペルプ)」は、会員企業から不要になったコピー用紙を回収して、名刺や封筒、年賀状などの事務用品にアップサイクルするサービスです。

ウェブサイトでは、会員企業によるPELP!の活用事例や、コピー用紙を回収して作られた商品の事例も見ることができます。

■PELP!■
https://pelp.jp/

2)使用済みのクリアファイルを再利用する

事務用品で広く使われているクリアファイルは本来、繰り返し使えるものの、少し折り目やキズが付くと社外に出しづらく、使用済みのものがどんどんたまってしまった経験はないでしょうか?

こうしたときにはステッカーを貼るなどして、再利用していることをアピールするとよいかもしれません。例えば、GOMITAIJI(東京都世田谷区)では、「REクリアファイル」 プロジェクトとして、クリアファイル用のステッカーを販売しています。ステッカーには再利用によって環境保全を訴えるだけでなく、同社のプロジェクトページにリンクするQRコードも掲載されているので、クリアファイルを受け取った企業へ賛同を呼びかけることもできます。

また、オフィス用品の通販サイトを手掛けるアスクル(東京都江東区)では、「アスクル資源循環プラットフォーム」として、使用済みのクリアファイルの回収を受け付けています。自社のみで処理が難しければ、こうした外部のサービスを活用するのも一つの手段です。

■GOMITAIJI■
https://www.gomitaiji.or.jp/
■アスクル資源循環プラットフォーム■
https://www.askul.co.jp/kaisya/shigen/

3)会議用や来客用の飲料を紙製容器のものに変える

オフィスでの会議用や来客用の飲料をペットボトル製品で備えている会社も多いと思いますが、これを紙製容器のものに変えることで、脱プラスチックや森林育成につなげることができます。

例えば、ポッカサッポロフード&ビバレッジ(愛知県名古屋市)では、オフィスでの会議用や来客用飲料として、紙製飲料容器「カートカン」に入った水やお茶を販売しています。

カートカンは缶の形をした紙製の容器で、元々はヨーロッパで生まれたものをTOPPANが日本国内向けに改良し、取り扱っているものです。素材にアルミなどの金属類を使わず、国産材を30%以上、間伐材も積極的に活用しているため、紙パックとしてリサイクルがしやすくなっています。また、カートカンの売り上げの一部は緑の募金に寄付されるだけでなく、消費が増えることで、森林育成に欠かせない作業となる間伐が進むことにもなるため、企業のサステナビリティ向上に貢献できます。

■ポッカサッポロフード&ビバレッジ「カートカン」■
https://www.pokkasapporo-fb.jp/cartocan/

4)ペットボトルなどのプラスチックごみを製品にアップサイクルする

オフィスで出るペットボトルなどのプラスチックごみは、外部の企業と提携して新たな商品を作るのも一つの方法です。

例えば、REMARE(三重県鳥羽市)では、企業から出るプラスチックごみを回収し、新しい商品に作り替えています。

これまでの実績として、オフィスで出たペットボトルのキャップを回収し、マガジンラック、バインダーなどの文房具やコースターを製作したり、コロナ禍が過ぎて不要となったアクリル板を回収し、時計、ボールペン、テーブルや什器(じゅうき)の天板、棚などに利用できる板材を製作したりしています。

■REMARE■
https://www.remarematerial.com/

5)不要になったアクリル板のリサイクルを図る

新型コロナウイルス感染症対策として使われていたパーティションなどのアクリル板は感染対策上不要となり、そのまま保管しているところもあるのではないでしょうか。

アクリル板は、産業廃棄物(廃プラスチック類)扱いになるので、一般ごみではなく、適切な産業廃棄物処理業者に収集や処分を委託する必要があります。

一方で、環境省では、プラスチック使用製品廃棄物などの排出抑制や、再資源化(リサイクル)できるものは再資源化を実施することを求めています。そこで、ただアクリル板を処分するだけでなく、アップサイクルに取り組む企業に回収を委託して再資源化することを検討してみましょう。

例えば、緑川化成工業(東京都台東区)では、アクリル製品のマテリアルリサイクルに取り組んでいます。同社では、アクリル板を回収し、国内で初めてエコマークを取得した再生アクリル板「リアライトRE」に製品化するだけでなく、回収したパーティションなどのアクリル板を、ノベルティーなどの新しい製品にアップサイクルする提案も行っています。

■緑川化成工業■
https://www.midorikawa.co.jp/

3 リサイクル促進の鍵は「ごみの分別」

オフィスで出るごみを適切にリサイクルするためには、ごみの分別が適切にできていることが大切です。ごみの分別がうまくいかない背景には、「ごみの分別ルールが自宅と異なる」「オフィスでのごみの分別方法が周知されていない」「オフィスだと、自宅よりもリサイクルに意識が向きにくい」などの理由もあるようです。

ごみの分別がうまくいっている会社では、「駅や町のごみ箱と同じように、分別する種類ごとにごみ箱を用意する」「分別に迷いそうなごみは、写真を付けて例示する」といった工夫をしているところもあります。

ごみの分別は社員全員で取り組む必要があるため、継続して呼びかけていくことが肝心です。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2024年5月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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(株式会社日本情報マートが、皆様からのお問い合わせを承ります。なお、株式会社日本情報マートの会社概要は、ウェブサイト
https://www.jim.jp/company/をご覧ください)

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【事業承継】経営理念など「知的資産」の承継で、経営者の思いと強さを引き継ぐ

書いてあること

  • 主な読者:事業承継において「経営理念」などをしっかりと引き継いでいきたい経営者
  • 課題:目に見えにくいものであるため、どのように承継するか迷ってしまう……
  • 解決策:後継者教育、体制の整備、自社の把握、それぞれの取り組みの中で承継していく

1 知的資産の承継で「仏造って魂も込める」

事業承継の対象で「知的資産」と呼ばれるのは、

「経営理念、経営者の信用」など業種や規模に関係なく全ての会社にある競争力の源泉

です。事業承継において、人や資産を承継して器をつくっても、知的資産が承継されなければ「仏造って魂入れず」の状態に陥ってしまうため、経営者は知的資産を確実に承継しなければなりません。目に見えにくい知的資産の取り扱いは難しいのですが、例えば、

  • 後継者教育を通じて承継すること
  • 体制の整備で承継すること
  • 自社の把握によって明らかにし、承継すること

と整理すれば分かりやすいです。以降で順番に確認していきます。

2 後継者教育を通じて承継する知的資産

後継者教育を通じて承継する知的資産には、

「経営理念、組織力、経営者の信用」

があります。このうち経営理念については、

「事業承継とは【経営理念】の承継である」

と言う経営者がいるくらい、とても大切です。経営理念とは、会社の理想の姿であり、向かうべき目的地でもあります。経営理念がなければ、会社はまとまりがなく、また、向かうべき目的地も定まらないまま空中分解してしまうかもしれないからです。

経営者には、「どのような会社にしたいか」という理想や、大切にしたい価値観があります。これは、経営上の意思決定において最も基本的かつ重要な指針であり、「会社らしさ」です。経営理念のように明文化されたものばかりではなく、暗黙のうちに組織内で共有されているものもあるので、経営者はきちんと言語化し、後継者に伝えましょう。

この経営理念という力強い大黒柱があるからこそ、組織力が発揮され、経営者の対外的・対内的な信用につながるわけです。一方、「経営理念がない」という会社があるかもしれませんが、正しくは「経営理念として明文化していない」だけのことです。事業承継を機に後継者の思いも踏まえた経営理念を明文化し、社内に共有してください。

3 体制の整備で承継する知的資産

体制の整備で承継する知的資産には、

「社員の技術や技能、ノウハウ、取引先との人脈、顧客ネットワーク」

があります。

1)社員の技術や技能、ノウハウ

まず、社員の技術や技能、ノウハウについてですが、これは会社内の職務分析を通じて明らかにする必要があります。日々、社員が当たり前のように提供してくれるので気付きませんが、他社からうらやましがられるような素晴らしい技術や技能が自社にはあります。それをきちんと棚卸ししてください。

そして、ここが重要なのですが、

社員が「ヘソを曲げる」と技術や技能は十分に発揮されず、最悪の場合は社員の離職によって社外に流出する

ことです。残念ながら事業承継によってやる気を失う社員や離職する社員が出てくると思います。高い技術を持つ社員が反目に回っては困るので、必ず事前にケアしてください。

一体感を高めるためには、全社的な取り組みとして会社の強みを棚卸しします。そして、その強みが価値の源泉であることを社員に伝え、「誇り」を持ってもらいます。また、事業承継にあたり、後継者を中心とする経営チームをつくることがありますが、重要な技術を所管する責任者を経営チームに加えることも検討します。

2)取引先との人脈、顧客ネットワーク

会社経営では、社内外との良好な関係が欠かせません。とはいえ、経営者が長年にわたって培ってきた信頼関係は、「後継者」という立場だけで自動的に引き継がれるものではありません。そこで経営者は、

後継者が、「社内の幹部、金融機関、取引先」とのコミュニケーションを深める場をセッティング

しましょう。例えば、経営者が頼りにしている社内の幹部と後継者を一緒に仕事させれば、互いのことがより深く理解できます。また、社外については金融機関や取引先などとの会談、会合に後継者を同席させ、必ず発言させるようにします。ここで重要なのは、主役はあくまでも後継者ということです。「まだまだ若くて、私が見ていないと……」と、経営者は後継者をフォローするつもりで言っているかもしれませんが、そんなことよりも後継者が真っすぐ話したほうが相手に伝わります。

4 自社の把握によって明らかにし、承継する知的資産

自社の把握によって明らかにし、承継する知的資産には、

「知的財産権、許認可」

があります。他の知的資産に比べると、最も分かりやすいものである半面、専門的なものなので、必要に応じて専門家に相談しながら整理しましょう。知的財産には、特許や商標などさまざまなものがありますが、著作権を除けば、権利化しないと守れません。そのため、

まだ権利化していない知的財産があれば、事業承継を機に、権利化を検討する

ことが大切です。

また、許認可については有効期間を確認しながら一覧にし、更新に抜け漏れがないようにしなければなりません。その際、

  • Pマークなど会社が取得しているものと、その担当者
  • 社員が取得している資格

の両方を整理することが大切です。

以上(2024年5月更新)

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画像:Mariko Mitsuda

【自社を強くする管理会計(3)】 売上の中身をじっくり見よう

書いてあること

  • 主な読者:管理会計を取り入れたい中小企業の経営者、経理担当者
  • 課題:コスト削減など守りも重要だが、収益向上の攻めの施策も講じたい
  • 解決策:顧客ごと、商品・サービスごとの売上に注目すると今後の戦略が見えてくる

1 まずは顧客別に目を向けよう

売上は部や課の単位で把握されるのが通常です。例えば、営業部門が一課から三課まである会社は各課の売上を把握しています。これは、予算作成時に各課に設定したノルマの進捗管理のためです。営業担当者1人当たりの売上を集計する場合も同じ考え方です。

売上アップのヒントを得たい場合は、このような会社「内」の区分だけではなく、会社「外」の区分にも目を向けてみましょう。代表的なものは、顧客に着目した区分です。

パレートの法則というものがあります。「上位2割の顧客で売上の8割を占める」というもので、2対8の法則とも呼ばれます。皆さんの会社の顧客数、平均売上、売上上位2割のシェアはどうなっているでしょうか。これだけ見ても、一部の顧客にどれだけ依存しているか、同業他社も同じ傾向なのかなど、有益な状況が得られます。また、単に顧客ごとの売上を計算するのではなく、全体の売上傾向を定量的に分析した上で、今後の戦略を検討していきましょう。

現場経験が長いと、自分の感覚が正しいと思い込みがちです。また、資料が共有されても、分析や検討が十分になされていない会社は多くあります。逆にいえば、集計された数字の分析を丁寧に行うことで、他の会社より頭一つ抜け出ることができるといえます。

顧客別に分けた売上を、もう少し大きな区分とするのも有効です。例えば、顧客の業種別、顧客の本社所在地エリア別などです。それ以外にも、顧客の新規獲得に力を入れる事業であれば、今月の新規顧客と既存顧客という分類もいいでしょう。

2 商品・サービスに注目するのも有効

顧客ではなく、自社の商品やサービスに注目する方法もあります。商品などに注目することで、顧客が自社に何を期待しているかを把握できます。商品アイテム数が多い場合、商品を種類ごとにまとめる「商品種類別」もよく使われています。

自社の将来の売上につながるという意味では、商品の性質に応じて、一時的売上と継続的売上に分けるのもいいでしょう。例えば、機械類は一時的売上であり、その保守費用や取換部品などは継続的売上となります。継続的売上はある意味固定売上(サブスクリプションにも通じます)なので、大きな手間もなく引き続き期待できます。一方、一時的売上も定期的に上げないと全体の売上が先細りするため、両者のバランスが重要になります。

3 過去の売上を見るのは、将来のため

売上の傾向を見ることで、今後の販売戦略の方針を考えるのに非常に役に立ちます。つまり、過去のデータは将来に有用なわけで、まさにこれは管理会計的な使い方といえます。

販売戦略を考える上では、ここまで紹介してきた区分以外に心当たり(一般に仮説と呼びます)があれば、それを試してみます。例えば、自社の課題が利益率の低さにあると感じているのであれば、利益率ごとに商品を区分して売上を集計してみましょう。そうすると、利益率が低い商品の売上シェアが高いことが分かるかもしれません。利益率の区分では目立った傾向がなかった場合は、営業部門ごとに見てみましょう。すると、一部の部門で値引きが多用されていることが見つかるなど、報告だけでは見えてこない実情が分かるかもしれません。

というように、既存の区分ありきというよりは、自社の状況や戦略ありきで分解の仕方を工夫したほうが効果的なのです。

4 年に2回程度は分析・検討を

このような分析や検討は毎月実施する必要はありません。状況に応じて、年2回程度行えばいいでしょう。月次のような頻度で見てしまうと、一時的な事象の影響に目が奪われ、戦略を考える上でかえって不都合になることがあるからです。直近6カ月や1年のデータを集計した上で、過去の同期間のものを3~5期分並べて分析や検討をしてみましょう。

ただ、勘違いのないように補足しますと、分析や検討は年2回程度でいいのですが、データ収集は常に行っておく必要があるということです。区分の仕方が途中で変わってしまうと、データが比較できなくなるので、仕組み化する(第5回で詳しくお話しします)などの点にも注意が必要です。

まずは、これまでやってきたことが数字として表れているか過去を確認し、これから将来にわたってはどのような戦略が良さそうか検討します。営業の勘でしか販売戦略は考えられないと思われがちですが、過去の数字の延長線上で見える情報もあります。宝の山である売上データをぜひ活用してみてください。

以上(2024年6月更新)
(執筆 管理会計ラボ株式会社 代表取締役・公認会計士 梅澤真由美)

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