2025年度から拡充の「IT導入補助金」でDXを推進しよう!

1 IT導入補助金2025の概要

「IT導入補助金」とは、

中小企業・小規模事業者等が、業務効率化や生産性向上を目的としてITツール(ソフトウェア、クラウドサービス等)を導入する際、費用の一部を国が補助する制度

です。2025年度は「通常枠」「複数社連携IT導入枠」「インボイス枠(インボイス対応類型)」「インボイス枠(電子取引類型)」「セキュリティ対策推進枠」の5つの申請枠が用意され、

2024年度よりも内容が拡充(最低賃金近傍の事業者への補助率引き上げなど)

されています。

IT導入補助金2025の概要

採択率も高く、2023年度は9万3211件のうち7万742件(75.9%)、2024年度は7万1767件のうち5万175件(69.9%)の申請が採択されています。とはいえ、申請する際には、

IT導入補助金事務局に登録された「IT導入支援事業者」(ITツールを提供するベンダー)と、パートナーシップを組んで申請することが必要となる

ため、ある程度、準備に時間がかかります。以降で、2025年5月23日時点における各申請枠の内容、申請の流れなどを簡単に紹介します。詳細は、公式ウェブサイトをご確認ください。

■IT導入補助金2025■
https://it-shien.smrj.go.jp/

2 各申請枠の内容

1)通常枠

働き方改革、賃上げ等に対応するため、生産性向上・業務効率化に役立つITツールの導入を支援します。補助の対象は次の通りです。

  • ソフトウェア(必須):ソフトウェア購入費、クラウド利用料(最大2年分)
  • オプション:機能拡張、データ連携ツール、セキュリティ
  • 役務:導入コンサルティング・活用コンサルティング、導入決定・マニュアル設定・導入研修、保守サポート

補助率と補助額は次の通りです。赤字部分は、2025年度から拡充されている内容です。

通常枠

補助額の欄の「業務プロセス」とは、

ソフトウェアを導入することによる、特定の業務工程の生産性向上・効率化に資する機能

のことで、このプロセスの数によって補助額が変わります。なお、業務プロセスの他に、業種・業務が限定されず、生産性向上への寄与が認められる「汎用プロセス」がありますが、こちらは単体での使用は不可となっています。

業務プロセス

2)複数社連携IT導入枠

商業集積地やサプライチェーンに関連する複数の中小企業・小規模事業者等が連携し、ITツールを導入する場合、「通常枠」よりも補助率を引き上げて支援します。補助の対象は次の通りです。

  • 基盤導入経費:「会計・受発注・決済」の機能を保有するソフトウェアとそのオプション、役務およびそれらの使用に資するハードウェア
  • 消費動向等分析経費:異業種間の連携や地域における人流分析・商取引等の面的なデジタル化に資するソフトウェアとそのオプション、役務、ハードウェア
  • その他経費:参画事業者のとりまとめに係る事務費、専門家費

補助率と補助額は次の通りです。複数の事業者が連携するタイプの申請枠であるため、補助額はその連携したグループ構成員数によって変動します。

複数社連携IT導入枠

3)インボイス枠(インボイス対応類型)

インボイス制度への対応を強力に推進するため、インボイス制度に対応した会計ソフト等を導入する場合、「通常枠」よりも補助率を引き上げて優先的に支援します。補助の対象は次の通りです。

  • ソフトウェア(必須):インボイス制度に対応しており、かつ「会計」「受発注」「決済」の機能を1種類以上有するソフトウェア
  • オプション:機能拡張、データ連携ツール、セキュリティ
  • 役務:導入コンサルティング・活用コンサルティング、導入設定・マニュアル設定・導入研修、保守サポート
  • ハードウェア(単体での使用は不可):PC・タブレット・プリンター・スキャナー・複合機、POSレジ・モバイルPOSレジ・券売機

補助率と補助額は次の通りです。

インボイス枠(インボイス対応類型)

4)インボイス枠(電子取引類型)

インボイス制度への対応を強力に推進するため、インボイス制度に対応した受発注ソフトを導入する場合、「通常枠」よりも補助率を引き上げて優先的に支援します。補助の対象は次の通りです。

  • 受発注ソフト:インボイス制度に対応した「受発注」の機能を有しているものであり、かつ取引関係における発注側の事業者としてITツールを導入する者が、当該取引関係における受注側の事業者に対してアカウントを無償で発行し、利用させることのできる機能を有するクラウド型のソフトウェア

補助率と補助額は次の通りです。

インボイス枠(電子取引類型)

5)セキュリティ対策推進枠

サイバーセキュリティ対策において、生産性向上を阻害するリスク(例:サイバーインシデントにより、事業継続が困難になる)や、潜在的リスク(例:供給制約やそれに起因する価格高騰)を低減するため、ITツールの導入を支援します。補助の対象は次の通りです。

  • ITツールの導入費用およびサービス(最大2年分):独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公表する「サイバーセキュリティお助け隊サービスリスト」に掲載されており、かつIT導入支援事業者によりITツール登録されたサービス
■IPA「サイバーセキュリティお助け隊サービスリスト」■
https://www.ipa.go.jp/security/otasuketai-pr/index.html#service_area

補助率と補助額は次の通りです。赤字部分は、2025年度から拡充されている内容です。

セキュリティ対策推進枠

3 交付申請の手続き

交付申請の手続きの流れは次の通りです。中小企業・小規模事業者等がやるべきことを簡単に整理しましょう。

交付申請の手続きの流れ

1)GビズIDの取得

IT導入補助金の申請は電子申請となるため、GビズID(1つのIDで複数の行政サービスにアクセスできるサービス)のプライムアカウントが必要です。アカウント発行までの期間は、おおむね2週間です。

■GビズID(gBizID)■
https://gbiz-id.go.jp/top/

2)SECURITY ACTION宣言の実施

SECURITY ACTION宣言とは、中小企業・小規模事業者等が情報セキュリティ対策に取り組むことを自己宣言する制度です。取り組み目標に応じて「★一つ星」と「★★二つ星」のロゴマークがあり、宣言するには、中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン付録の

  • 「情報セキュリティ5か条」に取り組むこと(★一つ星)
  • 「5分でできる!情報セキュリティ自社診断」で自社の状況を把握した上で、情報セキュリティ基本方針を定め、外部に公開すること(★★二つ星)

が必要です。

■SECURITY ACTION セキュリティ対策自己宣言■
https://www.ipa.go.jp/security/security-action/

3)ITツールの選定

第1章でも述べた通り、IT導入補助金事務局に登録された「IT導入支援事業者」からのサポートを受けて申請します。そのため、申請前に自社の業種や事業規模、経営課題に沿って導入したいITツールやIT導入支援事業者を選ぶ必要があります。ITツール・IT導入支援事業者は、こちらから検索できます。

■IT導入補助金2025「ITツール・IT導入支援事業者検索(コンソーシアム含む)」■
https://it-shien.smrj.go.jp/search/

4)交付申請

IT導入支援事業者と相談しながら、交付申請の事業計画を策定し、次の流れで交付申請を行います(複数社連携IT導入枠については手続きが異なるため、公募要領を別途ご確認ください)。

  • IT導入支援事業者から「申請マイページ」の招待を受け、代表者氏名等の申請者基本情報を入力する
  • 交付申請に必要となる情報入力・書類添付を行う
  • IT導入支援事業者にて、導入するITツール情報、事業計画値を入力する
  • 申請マイページ上で入力内容の最終確認後、申請に対する宣誓を行い事務局へ提出する
■IT導入補助金2025「申請マイページログイン」■
https://portal.shinsei.it-shien.smrj.go.jp/

5)交付決定

提出した書類が審査され、交付が決定されます。

4 交付決定後の手続き

交付決定後の手続きの流れは次の通りです。中小企業・小規模事業者等がやるべきことを簡単に整理しましょう。

交付決定後の手続きの流れ

1)ITツールの契約・発注・支払い

交付申請を完了し、事務局から交付決定を受けたら、ITツールの契約・発注・支払いを行います。なお、交付決定前に契約・発注・支払いを行った場合、補助金の交付を受けることができないので注意が必要です。

2)事業実績内容を事務局へ報告

補助事業の完了後、IT導入支援事業者と連携して、実際にITツールの契約・発注、納品、支払い等を行ったことが分かる証憑(しょうひょう)を提出します。証憑の提出の流れは次の通りです。

  • 申請マイページから必要情報の入力・証憑の添付を行い、事業実績報告を作成する
  • 事業実績報告の作成後、内容の確認・必要情報の入力を行う(これはIT導入支援事業者が行う)
  • 最終確認後、事務局に事業実績報告を提出する

3)補助金決定額を確認・承認

補助事業者が申請マイページから確定検査の結果・補助金交付決定額を確認し、内容に相違がなければ承認(SMS認証が必要)を行います。承認を行うと、補助金が交付されます。

4)事業実施の効果を報告

定められた期限内に補助事業者が申請マイページから必要な情報を入力し、IT導入支援事業者の確認を経て提出します。

5 不正行為にご注意を!

次の不正行為は、交付決定取消、補助金の返還請求、IT導入支援事業者登録取消の対象となります。自社が不正行為をしないだけでなく、IT導入支援事業者等が該当する行為をしていないかにも注意しましょう。

1)ITツールを実質無償で提供する、減額する等の販売行為

  • 会計ソフトの購入費用を後日、IT導入支援事業者もしくは第三者から返金される
  • その他営業先への紹介料と称して、IT導入支援事業者もしくは第三者から「紹介料やコンサル料等」を受け取る など

2)補助対象者以外が申請手続きを代理で行う行為

  • 補助対象者がGビズID(法人・個人事業主向け共通認証システム)等を他者に共有し、申請マイページの開設やその後の交付申請における手続き等を行わせる など

3)ITツールが導入されていない、役務(導入研修・コンサルティング等)が実際に遂行されていない行為

  • 会計ソフトを購入したが、試供版のみが提供されており、利用可能なソフトウェアが導入されていない
  • 在庫管理ソフトの購入とソフトウェア導入研修を10時間受講したという内容で補助金を受給したが、実際は導入手順をメールで共有されたのみで導入研修が行われていない など

4)同じ内容で国から他の補助金や助成金を受給する行為

  • 1つの顧客管理システムについて、「IT導入補助金」と「ものづくり補助金」の両方に申請し、顧客管理システム購入費用に対してそれぞれの補助金を受給する など

5)補助事業者として不適切な行為

  • 補助金の受給要件を満たすため、社員を過少申告するなど企業実態を偽装して申請する など

以上(2025年6月作成)

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画像:takasu-Adobe Stock

【分かりやすい原価計算(4)】固定費の配賦と直接原価計算~固定費を製品に割り当てるのは難しい~

1 変動費は製品に紐づけできるけど、固定費は紐づけできない

今回は、

固定費の配賦:製品との紐づきが明らかではない費用を、何らかの基準で割り当てること

における実務の難しさを見ていきます。なお、本シリーズでは「変動費と直接費」「固定費と間接費」を、それぞれ同じものとして扱います。

変動費/固定費、直接費/間接費の分け方については、次の記事をご確認ください。

画像1

このケースのPLを作成すると、前回紹介した財務会計PLと管理会計PLになります。

画像2

ここで、1箱当たりの製造原価を考えてみましょう。

1箱当たりの変動費は、製品に紐づけできます。直接材料費が1500円、外注費が500円となり、変動製造原価は2000円となります。

次に固定費を考えてみます。工場の従業員の給料、工場の地代家賃や機械の減価償却費などの固定製造原価が年間1200万円かかります。これらは、製品との関係が明らかではなく、紐づきが間接的にしか分からないような費用です。このため、利用度に応じた配賦基準が必要となります。ここでは、

製造数量を配賦基準

に考えてみましょう。5000箱を製造したので、

1200万円÷5000箱=2400円

となります。1箱当たりの製造原価は、変動製造原価+固定製造原価なので、

2000円+2400円=4400円

となります。

2 1箱当たりの製造固定費は製造数量で変わる

次に、8000箱を製造して販売した場合を考えてみましょう。損益計算書はこのようになります。

画像3

そして、1箱当たりの変動費は5000箱を製造して販売した場合と同じで、変動製造原価は2000円となります。

次に固定費です。先ほどと同様、製造数量を基準に配賦すると、

1200万円÷8000箱=1500円

となります。1箱当たりの製造原価は、変動製造原価+固定製造原価なので、

2000円+1500円=3500円

となります。

このように固定費を製造数量で割り当てると、製造数量が増えるほどに1箱に割り当てられる固定費が減って、原価が安くなります。これが、経済学の「規模の経済」につながります。

図にすると、このようになります。数量が増えれば1箱に割り当てられる固定費の金額が下がるのをイメージしてください。

画像4

増産すれば「規模の経済」が働くというのは、感覚的に分かりやすいかなと思います。ただ、1箱当たりの製造原価が、製造数量によってころころ変わってしまうと困るのではないかと考えられた方もいるかもしれません。

その通りで、1箱当たりの製造原価から販売価格を決めようとする場合には、使い物にならない、また、使っても毎年変わってしまうのではないか心配になってしまいます。そんな状況では、価格なんか決められないですよね。

ここで、製品の販売価格の決め方について見ておきます。販売価格の決め方には、マーケット・アプローチとコスト・アプローチとがあります。マーケット・アプローチは、顧客が自社製品に対してどれだけの価値を認めて、どれだけの金銭を払ってくれるかという視点から価格を決める方法です。

一方、コスト・アプローチは、経費を積み上げて製造原価を計算して、そこに儲けたい利益を上乗せして価格を決める方法です。いずれの方法もどちらか一方というわけではなく、両方の視点から考えるのが経営者の見方ではないでしょうか。

具体的には、マーケット・アプローチによって価格を決めたとしても、そこで出てきた価格が自社の製造原価で適正な利益を出せるかどうか検討する必要があります。利益が出ないのであれば、製造・販売するわけにはいきません。このため、製造原価が製造数量によって変わってしまうことは、やはり問題となります。

それではどうすればいいのでしょうか。経営では、

目標となる製造数量をイメージしておく

必要があります。そこで、会社としての通常の製造数量で固定費を配賦したケースを考えながら、価格を決めていくなどの工夫をしていくというのが実務といえます。

製造原価を正しく計算することの難しさを感じていただけたでしょうか。

そして、右肩上がりの時代であれば、増産により「規模の経済」が働き製造原価が下がるため、固定費はあまり意識する必要なく過ごせます。しかし、これからの低成長時代や、新たな関税による輸出減などのように、製造数量が減少する局面で利益を見誤ったり、価格設定を間違えたりしないためにも、固定費の配賦が大事ということを押さえておいてください。

3 固定費の配賦をしない原価計算「直接原価計算」

このように固定費を製品に配賦することには難しさがあります。そこで、固定費の配賦をやめてしまおうと考えたのが「直接原価計算」と呼ばれるものです。ここでは、直接原価計算の概念を見ていきましょう。

今まで見てきた

変動費だけでなく固定費も製品に配賦し、全ての製造原価を集計して、製品の原価を計算する方法を「全部原価計算」

と呼びます。一方、

製造原価のうちの変動費だけを集計して、製品の原価を計算する方法を直接原価計算

と呼びます。

全部原価計算による損益計算書と直接原価計算による損益計算書を見てみましょう。

画像5

そうです。全部原価計算による損益計算書は財務会計の損益計算書、直接原価計算の損益計算書は管理会計の損益計算書と同じになります。

先ほどの例で考えると、5000箱製造しても、8000箱製造しても変動製造原価は、直接材料費が1500円、外注費が500円の2000円です。これを製品の原価とするということです。製品と紐づけができない固定費は計算に含めないため、とてもシンプルな計算になります。

ただ、税務申告や外部報告のために決算書を作成する場合には、全部原価計算が前提とされています。このため、直接原価計算で計算をした場合は、製品の原価が少なく計算され、その金額をそのまま使うわけにはいきません。

また、前回も説明したように、変動費と固定費の分け方に100点満点はあり得ません。このため、人によって変動費と固定費の区分が違ったり、準変動費と準固定費といったものが含まれたりすることによって、結局1箱当たりの製造原価には恣意的な部分が残ってしまいます。

このように原価計算には絶対的な正解がないということを理解しつつ、経営者の経営判断に役立つという大事な目的を第一に置いて、まずはやってみるという考えで取り組んでいただけたらと思います。

以上(2025年5月更新)

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味の素創業者 二代鈴木三郎助の「一人勝ちしない」経営哲学

「四海兄弟(しかいけいてい)」

二代 鈴木三郎助(すずきさぶろうすけ)氏は、味の素の創業者です。同社からは代表商品「味の素」の他、ほんだし、コンソメなど、食卓に欠かせない調味料や食品が数多く発売されています。

冒頭の言葉は、鈴木氏が大切にし、書にもしたためたもの。「人に対して敬う気持ちを持って礼を忘れず接すれば、世界中の人と兄弟になれる」という、『論語』からの引用です。鈴木氏は、「涙もろくて、人間が大好き。商売に向いていない」と評された人物で、ビジネスで交渉をする際も、常に相手を立てることを忘れませんでした。一方で、絶対に自社が不利にならず損をしない条件を取り付けるという、したたかな一面もありました。

例えば、鈴木氏は若い頃、海岸に打ち上げられるカジメ(海藻の一種)を加工し、ヨードの原料として販売していました。しかし、房総半島に工場を建ててまもなく、ライバル会社の営業部長で、のちに昭和電工の総帥となる森矗昶(もりのぶてる)氏が、高値でカジメを買い集め、「房総戦争」と呼ばれる騒ぎに発展してしまいます。

ですが、鈴木氏は「日本人同士でケンカをするなんてつまらない」と、縄張り争いをするどころか、自社の工場を相手会社に売却します。ただし、その代わりに「工場相当額の株券譲渡」と「相手会社の重役への自社社員の派遣」という条件を取り付けました。森氏に花を持たせつつ、相手会社と協力して業界シェアを獲得する道を探ったわけです。

また、味の素の原料となる「グルタミン酸ナトリウム」の特許を巡る交渉でも、鈴木氏はその才覚を発揮しました。当時、池田菊苗(いけだきくなえ)博士によって発見されたばかりのグルタミン酸ナトリウムには、当時最大の財閥・三井物産が目をつけていました。

そこで、鈴木氏は博士に「特許を買い取るのではなく、共同経営をやりたい。売上の3%を差し上げる」と伝えました。売れるかどうかも分からない状況で、これは破格の条件であり、結果、鈴木氏は三井物産に先んじて博士を口説き落とすことに成功したのです。

交渉の場において、「一人勝ちをしないこと」は現代においても大切なポイントです。自社の利益を考えるのは経営者なら当然ですが、相手にこちらの条件を一方的にのませるだけでは、その後良い関係を築くことは望めません。鈴木氏がさまざまな交渉相手とWin-Winの関係を実現できたのは、冒頭の言葉の通り、彼が交渉相手に対する敬意を払うことを忘れなかったからでしょう。その上で両者にとって利益のある道を本気で探ろうとする人物だからこそ、さまざまな人が鈴木氏を好きになり、その話に耳を傾けたのです。

実際、「房総戦争」の交渉相手である森氏と鈴木氏は、生涯の友人であり続けたそうです。鈴木氏にとって「四海兄弟」はただの理想ではなく、彼自身の生きざまだったのかもしれません。

出典:「レット・ミ―・イントロデュース・マイセルフ!」(味の素株式会社Webサイト)

以上(2025年5月作成)

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社員ががんを告白……会社がすべき最適なサポートとは?

1 がんになった社員の約7割が、仕事を続けている

2人に1人が「がん」になる時代。誰にとっても無縁の病気ではありません。厚生労働省の委託事業「がん対策推進企業アクション」が中小企業を対象に実施した調査によると、がんになった社員がいると回答した会社は32.0%に上ります。一方、注目すべきは、

がんになっても68.0%の社員は、勤務を継続している(休職中を含む)

という点です。

がんになった社員の数と就労状況(2024年)

がんは重い病気ですが、医療技術の進歩により、仕事を続けながら治療することもある程度可能になりました。そこで、この記事では、がんになっても仕事を続けたいと望む社員のために、会社が社員の「治療」と「仕事」を両立できるように支援する方法を紹介します。

2 社員の不安に寄り添うことが大切

1)治療と仕事の両立のために望むこと

東京都の調査によると、治療と仕事の両立に当たって、がんになった社員は職場に次のようなことを求めています。

両立支援のため、職場に求めること

2)がんになった社員の不安に寄り添った支援を

がん治療の大まかな流れは、

がん発見 → 通院治療もしくは入院・手術 → 自宅療養(通院治療・経過観察) → 職場復帰(通院治療・経過観察)

となりますが、その過程で、社員の不安と会社が行うべき支援は変わります。図表3は「社員の不安」と「会社の支援」の関係をイメージしたものです。会社は、

社員の不安に寄り添い、その解決に必要な支援を都度検討することが大切

です。

「社員の不安」と「会社の支援」の関係

次章では「会社の支援」について、実務上のポイントを紹介していきます。

3 会社が支援を行う際のポイント

1)病状を確認

社員からがんであるとの申告があった場合、

現在の健康状態、手術の有無を含めた治療スケジュール・治療方針などを確認

します。

がんは進行度合いや治療方法などによって病状が大きく異なります。例えば、抗がん剤の影響で、気分が優れない時間があったり、注意力が散漫になったりする場合もあります。そこで、

  • 従来通りの勤務が可能なのか、通勤に支障がないか、業務上、配慮を要することなど、会社が喫緊に対応すべき事項を確認
  • 手術などによって、休職する可能性があるのかを確認

します。

2)休暇や勤務形態を相談

社員には手術や通院などが必要になります。社員と相談して、休みの見込み日数や、勤務形態などを確認します。

厚生労働省によると、がん(悪性新生物、腫瘍)で入院した患者の平均在院日数は、全体で14.4日となっています。

がんで入院した患者の平均在院日数

通院治療の日数については具体的な数値は示されていませんが、例えば、

  • 化学療法(抗がん剤治療):1~2週間程度の周期で治療を行うことが多い
  • 放射線治療:1週間に5日の治療を数週間にわたって行うことが多い

など、治療法や患者の状況に応じて相応の時間を要するようです(厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」)。

社員が休む場合、年次有給休暇も使えますが、治療が長引くと日数が足りなくなるので、「病気休暇」を設けるのもよいでしょう。病気休暇とは、

社員が業務外の私傷病によって就労できない場合に付与する休暇

で、会社が就業規則などで独自に定めます(有給にするか無給にするかは、会社の自由)。長期間働けないなら休職させるのも1つの方法ですが、「仕事をしつつ、定期的に休んで治療を受けたい」という場合、病気休暇のほうが対応しやすいかもしれません。この他、時短勤務やテレワークなどのニーズについても確認するとよいでしょう。

3)金銭的な負担への配慮

図表5は、厚生労働省の調査を基に、がん(悪性新生物、腫瘍)治療の平均費用を試算したものです。入院する場合、どの部位も治療費が平均6万円を超え、さらに食事・生活療養費が別途発生します。

がん(悪性新生物、腫瘍)治療の平均費用

がんになった社員は自分の病状もそうですが、こうした金銭的な負担にも不安を抱えています。ただ、治療費の負担を軽減できる支援制度もいくつかあるので、例えば図表6のような情報を社員に提供してあげると、少しは不安が和らぐかもしれません。

金銭的な負担を軽減する支援制度の例

4)周囲の社員への説明

社員の中には、上司や同僚にがんであることを伝えたくないという人もいます。個人情報保護の観点からも、本人の同意なく、他の社員に病名を伝えることは避けなければなりません。

とはいえ、周囲の社員の理解なくして仕事と治療の両立は難しいため、どの程度、病気について説明するかなどを相談しておきます。例えば、病名を明らかにしないものの、

「病気で手術が必要になるため、しばらく休暇を取得する」「手術後は重いものを運ぶのが難しくなる」など、病状の一部や、従来通りの働き方が難しくなること

を伝えます。

5)業務分担の確認

周囲の社員が業務を代替できるような体制にしておきましょう。具体的には、担当している業務を洗い出し、業務マニュアルを作成します。

社内に既存の業務マニュアルのフォーマットがない場合は、業務マニュアル作成ソフトの利用を検討してみましょう。用意されたフォーマットに必要事項を記入したり、スマートフォンで手順を撮影した動画をアップしたりすることができます。

6)復帰後の計画の相談

社員から復帰のめどについて連絡があったら、復帰後の計画を相談します。その際、主治医に意見書を提出してもらうと、復帰の可否や就業上必要な配慮が明らかになります。

守秘義務があるため、会社が本人の同意を得て主治医の意見を聴取するか、本人を通じて主治医に意見書を提出してもらうなどしてもらいます。確認すべき点は、

  • 現在の病状
  • 復帰の可否と配慮や禁止事項
  • 勤務時間・職場環境・病状に影響する作業や通勤方法
  • 今後の見通し
  • 日常で気を付けるべき事項

などです。厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」では、意見書を求める際の様式例を掲載しているので、参考になります。

■厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115267.html

7)復帰後のフォロー

いざ復帰してみると、想定した以上に負担が大きく、予定通りに勤務できなかったり、周囲の社員に遠慮して無理をしてしまったりすることがあります。一方、経過が良好にもかかわらず、周囲がいつまでも過度に気を使って業務の負担を減らそうとすることで、本人が仕事にやりがいを感じられず、不満や悩みを抱いてしまうこともあります。

復帰後1カ月目は週に1回、2カ月目以降は2週に1回など、定期的に面談の時間を設けるなどして、勤務の負担感や安全面での不安など、困り事がないかを確認します。

また、本人だけでなく、支援する周囲の社員とも面談の機会を設けます。特に、直属の上長の不安や負担は大きいものです。周囲の社員の様子とともに、上長の状況なども確認し、必要があれば業務分担の配分を変更し、メンタル面でのフォローを行うようにします。

以上(2025年5月更新)

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「大学×企業の可能性を広げる」近畿大学リエゾンセンターに聞く産学連携の今と未来(1)

令和4年3月24日、近畿大学と徳島大正銀行は「産学連携包括契約」を締結しました。

産学連携・交流を円滑に推進するための組織が近畿大学リエゾンセンター(KLC)です。

「とくぎんサクセスクラブnavi」(とくさくnavi)では、KLCのコーディネーター武田和也さんへのインタビューを3回連載でお届けします。産学連携の『今』、地域企業とのつながり方や未来の可能性に迫ります。

【第1回】

第1回では、近畿大学リエゾンセンターの設立背景や役割、特徴について詳しく伺いました。企業と大学を繋ぐ「架け橋」のリアルな現場をお届けします。

―近畿大学リエゾンセンター(KLC)の設立背景や目的についてお聞かせください。

KLCは2000年2月に設立されました。1971年近畿大学では、「近畿大学公害研究所」を設立し、日本の高度成長期に発生していた健康問題や環境破壊など、数多くの社会問題の研究が行われていました。1981年には「近畿大学環境科学研究所」を設立、そして1998年にTLO法(技術移転促進法)が制定されました。

地域の研究機関や大学が特許化したものを有効活用していこうとなったわけです。それまでは大学が産学連携を行うことはいいイメージを持たれていませんでした。海外は先行して大学で作られた知財を使って商業化し、社会へ還元していく動きが活発にありました。日本でもTLO法の制定により、大学で眠ったままになっている知財を外に出していこう、大学の持っている研究力で企業のお困りごとを解決していこうという機運が高まりました。そして外部からのご相談を受ける機関としてKLCが設立されました。

―「企業と大学をつなぐ」仕組みについてお聞かせください。

まずは企業からお困りごとの連絡を受けます。新聞記事をみた、インターネットで調べた、こんな研究をしているならうちの相談にのってよ、と様々なきっかけでご相談をいただきますね。金融機関からの紹介も、最近とても多くなっています。

そしてKLCに所属しているコーディネーターがお困りごとの内容を見て、このご相談ならあの学部のあの先生だろう、とあたりをつけて面談をしてもらいます。面談がうまくいけば共同研究につながっていく。このような流れで企業と大学をお繋ぎしています。

―まさに企業と大学を繋ぐ「架け橋」の存在ですね。コーディネーターの皆さんの活動や役割についてお聞かせください。

コーディネーターは、企業から相談を受けて企業と大学をお繋ぎした時に教員のサポートをしています。面談中に話のネタになっているデータを調べて提示したり、制度を見せたり、話し合いがスムーズに進むようお手伝いしています。

また、面談がうまくいくと共同研究に進みますが、共同研究の契約もコーディネーターが担当します。企業の契約担当者とやりとりをして契約書をかためていく作業になります。契約書を締結して研究へ繋がった後は、研究そのものは先生と企業が直接やりとりしますが、研究の結果、良いデータが出たので知財を出したい、となった時はまたコーディネーターの出番です。企業の知財担当者とコーディネーターが連携し、特許の中身や、どこの特許事務所に出すのか、また、いつごろ出すのか、などの期限管理も行っています。特許、商標、意匠などを企業と一緒に出願し、管理もコーディネーターが担っているのです。

インタビューに答えてくださるコーディネーターの武田和也さん

―コーディネーターの皆さんはどのようなご経歴の方がいらっしゃるんでしょうか。

コーディネーターは企業出身者が多いですね。企業で勤めていて、産学連携分野に興味がわいてKLCに来る方が多いです。企業で知財関連の仕事をしていた方もいます。企業にいたコーディネーターは企業目線で企業側にも立てるのでとてもいいメリットになっています。

私自身は特殊な経歴で、もともとは航空宇宙に関連するレーザー応用分野の研究を行っており、近畿大学で学位を取得しました。博士後期課程を修了後、近大での非常勤、NEDOフェローを経てコーディネーターとなりました。KLC歴は私が一番長いですね。

KLCのコーディネーターの皆さん

―多岐にわたるご経歴を持つコーディネーターさん方だからこそ、さまざまなご相談に対応できるんですね。他の大学との違いや、近畿大学ならではの特徴を教えてください。

近畿大学では、中小企業との連携が非常に多いですね。商品化の数も非常に多いです。文部科学省の調査結果でも、令和5年度において受託研究の数が国公私立あわせて8年連続日本一でした。一方で、受託研究の際にもらった研究費の額はそんなに高くありません。ということは一件あたりの費用が少ないんです。近畿大学では中小企業との連携に力を入れているため、研究費の下限を設けていません。研究費は大学の教員の人件費は入っておらず、消耗品代や、学生が動く場合は交通費、学会発表する場合は学会の経費とかかるお金だけになっております。そのため中小企業からも申し込みしやすいと思います。

また、近畿大学は私立では珍しく農学部があるので、農学部の研究を利用した相談も増えています。学部数が多いため、幅広くご相談に対応できるのも強みです。

次回は実際に企業と行われた産学連携の事例を中心に紹介します。
近畿大学産学連携についてのご相談は、お取引のある営業店にお問合せください。または、とくぎんサクセスクラブnaviのお問合せフォームからご連絡ください。

以上(2025年5月作成)

画像:近畿大学リエゾンセンター

『夕暮市場 IN 徳島総合流通センター』開催!


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5/28(水)徳島総合流通センター(徳島県徳島市川内町)にて「夕暮市場IN徳島総合流通センター」を開催いたします!

ご家族・ご友人をお誘い合わせの上、ぜひお越しください。

【開催概要】

  • 日時 2025年5月28日(水)16:00~19:00
  • 場所 協同組合徳島総合流通センター 共同駐車場(西)
  • 主催 ANANシビックプライド/協同組合徳島総合流通センター
  • 協力 徳島大正銀行

以上(2025年5月作成)

求人サイト利用時のトラブル

人材を採用するにあたって、雇用仲介事業者が運営する「求人サイト」を利用するケースも多いと思います。しかし、一部の求人サイトを巡ってトラブルが発生していることから、厚生労働省が注意を呼び掛けています。また、トラブルを防ぐため、厚生労働省は職業安定法に基づく指針を改正し、今年4月1日に施行しました。本稿では、求人サイトを巡る主なトラブル事例や対処法をお伝えします。

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求人サイト利用時のトラブル

人材を採用するにあたって、雇用仲介事業者が運営する「求人サイト」を利用するケースも多いと思います。しかし、一部の求人サイトを巡ってトラブルが発生していることから、厚生労働省が注意を呼び掛けています。また、トラブルを防ぐため、厚生労働省は職業安定法に基づく指針を改正し、今年4月1日に施行しました。本稿では、求人サイトを巡る主なトラブル事例や対処法をお伝えします。

1 複数の料金請求

求人サイト(雇用仲介事業者)の多くは、求人者からサービス利用料金(情報提供代金)を取ります。人材の採用が決まった後に、成功報酬として請求するのが一般的です。「成功報酬型の募集情報等提供事業者」と呼ばれ、次のようなトラブルが発生しています。

労働者の採用を仲介した雇用仲介事業者を正しく把握しましょう

※厚生労働省リーフレット「求人者の皆さまへ 労働者の採用を仲介した雇用仲介事業者を正しく把握しましょう」より

求人者Cは、雇用仲介事業者Aが運営する求人サイトに無料登録し、求職者に関する情報をもらい、求職者Dの採用が決まりました。求人者Cは、雇用関係が成立したので、利用料金を雇用仲介事業者Aに支払いました。しかし、求人者Cは雇用仲介事業者Bからも、利用料金の支払いを求められました。求人者Cは、採用決定と直接関係ない雇用仲介事業者Bからの請求に納得がいきません。

原因は、求職者Dが雇用仲介事業者A、Bの両方に登録し、Bにも採用決定の報告を行ったためです。その結果、Bからも求人者Cに利用料金の請求が届いたのです。

このトラブルの背景には、採用決定後、雇用仲介事業者が求職者に「就職のお祝い」として金銭やギフト券を渡すサービスがあります。求職者は、この金銭やギフト券を受け取りたくて、登録した複数の雇用仲介事業者に採用決定の報告をするのです。このため、厚生労働省は今年4月1日施行の改正指針で、募集情報等提供事業者による労働者への金銭等提供を、原則禁止しました。

2 利用時の注意点

人材を採用したい中小企業が、複数の成功報酬型サービス事業者を利用するケースもあります。その場合にトラブルを避けるには、採用する労働者について、次の点を整理し、記録しておくことが欠かせません。

  • ✓ どの事業者のサービスを通じて面接に至ったのか
  • ✓ 当該労働者と連絡や面接を行った日時や内容
  • ✓ 採否結果の連絡方法・日時
  • ✓ 事業者への成功報酬の支払日 など

別の成功報酬型サービス事業者から請求を受けた場合に、この記録を見せ、「御社から提供してもらった求職者の情報は、今回の採用とは直接関係がない」と説明するとよいでしょう。

また、成功報酬型サービスの契約時には、次の点を必ず確認してください。

  • ✓ 労働者を採用したときの事業者への報告(その期限や方法を含む)
  • ✓ 労働者との連絡方法(連絡手段に関する制限の有無など)
  • ✓ 情報提供を受けた労働者を他の機関経由等で採用した場合の扱い(この場合にも料金の支払いを求める定めはあるか、その内容はどのようなものか)
  • ✓ 違約金について(どのような場合に違約金が発生するか、内容・金額)
  • ✓ 返戻金について(早期退職の場合に、支払った料金の一部が返金される定めはあるか、対象となる期間や返戻率)
  • ✓ 契約主体(求人事業所のみに適用される契約なのか、法人全体に適用される契約なのか)

最後の「契約主体」もよく調べてください。契約主体を巡っては、求人者と求職者のマッチングを行う「職業紹介事業者」でトラブルが起きています。ある企業の一つの事業所で、職業紹介事業者から紹介された人材を不採用とした後、同じ企業の別の事業所が、そのことを知らずにこの人材を直接採用したところ、紹介手数料を請求されました。

※チェック項目は、厚生労働省リーフレット「求人者の皆さまへ 民間人材サービス(職業紹介、募集情報等提供)を利用する際の留意点」を参考に作成

3 さいごに

今年4月1日の改正指針で、募集情報等提供事業者や職業紹介事業者には、違約金の額や発生条件を含む契約の内容について、求人者にわかりやすく、正確に書面やメールなどで明示する義務も課されました。また、厚生労働省は「人材サービス総合サイト」を運営し、全国の募集情報等提供事業者や職業紹介事業者の情報を掲載しています。

人手不足が続いているので、人材の確保は、多くの中小企業で悩みの種になっていると思います。採用については、公共職業安定所(ハローワーク)を活用することもできます。

※本内容は2025年5月10日時点での内容です。

(監修 社会保険労務士法人 中企団総研)

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画像:mapo-Adobe Stock

2025年度版 税制改正早わかりハンドブック(2025年6月号)

2025年度の税制改正法案が3月に可決・成立しました。“賃上げと投資が牽引する成長型経済” への移行を促進、さらなる発展を主な目的として、法人税に関しては中小企業者等の法人税軽減税率の見直し、中小企業経営強化税制の拡充、地域未来投資促進税制の見直しおよび適用期限の延長などが盛り込まれています。
所得税に関しては、103万円の壁の引上げや、特定親族特別控除の創設、子育て支援に関する政策税制などが盛り込まれました。
本冊子では、中小企業に影響を及ぼす内容を中心に、2025年度の税制改正について解説します。
※本冊子は、2025年4月30日時点の情報に基づいています。


もう迷わない! 企業が成長する 「補助金」選び&事業計画のコツ

1 補助金は申請すれば必ずもらえるとは限りません

資金調達手段として有効な補助金や助成金。実は次のような違いがあります。

補助金と助成金の違い

助成金は受給要件を満たすことと書類に不備がなければ受給できますが、補助金は申請時に事業計画の提出を求められ、事業計画の内容が審査されて採択・不採択が決まります。ハードルが高いといえますが、

補助金は、原則として返金不要(事業で利益が出た際に一部納付する収益納付の場合もあります)

であることが大きな特徴です。

うまく補助金や助成金を使いたいところですが、国や地方自治体などがさまざまな事業を行っているので、どのように選び、どのように活用したらよいのか迷う方も多いようです。また、近年は補助金も助成金も受給要件について、細目が追加や変更され複雑化しています。

この記事では、数ある補助金の中で、主に企業の成長に活用される補助金の選び方と、事業計画が採択され補助金を得るためのポイントをご紹介します。

2 目的・対象者・要件に合致したものを選ぶ

補助金の目的と内容はさまざまです。さらに最近の傾向として、1つの補助事業の中に複数の「枠」が設けられていたり、1つの枠が複数の「型」に細分化されていたりするケースもあります。例えば、IT導入補助金は、「インボイス枠」「セキュリティ対策推進枠」「複数社連携IT導入枠」といった枠があり、さらにインボイス枠が「インボイス対応類型」「電子取引類型」に分かれています。枠や型というのは、「申し込むコース」と考えると分かりやすいでしょう。それぞれの枠や型に要件が定められていることもあります。

補助金は、補助事業ごと、枠・型ごとの、目的・対象者・要件に合致しているものを選びましょう。

補助事業の目的(何のための補助金なのか)・対象者・要件は、補助金の“ルールブック”である公募要領に記載されています。

補助金の申請を検討する際は、公募要領を読み込まなければなりませんので、時間がかかります。そのような場合は、専門家(中小企業診断士など)に相談することをお勧めします。

また、各補助金には概要版やガイドブックが作成されていることもありますので、制度の概要を確認したい場合はそちらを参照されるとよいでしょう。ただし、公募要領と違って、あくまで概要版ですので、要件について細部まで記載されているわけではありませんので注意が必要です。

1)目的を確認する

まず、補助事業の目的を確認しましょう。自社が補助金を得て取り組みたい事業が、補助事業の目的に沿うかをチェックします。目的に沿わない申請は、審査で対象外と判断されてしまいます。

例えば、「事業再構築補助金」の後継として2025年に新設された「中小企業新事業進出促進補助金」の場合、目的は次のように書かれています。

「中小企業等が行う、既存事業と異なる事業への前向きな挑戦であって、新市場・高付加価値事業への進出を後押しすることで、中小企業等が企業規模の拡大・付加価値向上を通じた生産性向上を図り、賃上げにつなげていくことを目的とします」

この場合、既存店舗を増やしたり休眠会社を復活させたりというのは、そもそも目的から外れているわけです。

また、補助対象事業に関して、新市場・高付加価値事業への進出が求められており、「実質的には中小企業の賃上げなどが目的になっている」ことを読み解く必要があります。

2)対象者を確認する

次に、対象者を確認しましょう。公募要領では補助金の対象者を明記しており、表でまとめている場合が多いです。また、多くのケースでは、対象者は従業員数や資本金の額によって決められています。

補助金は基本的には経済産業省の管轄の中小企業(商業、工業)が対象ですが、補助金によっては、学校法人や医療法人が対象の場合もあります。ただし、大企業の関連会社は対象外のことが多いので注意しましょう。また、

幾つも会社を経営している場合(会社の株の過半数を持つ場合)は、1つの会社で交付決定(補助予定金額の決定通知)を受けると、同じ補助金については、他の会社で申請できなくなることもあります

ので、公募要領で確認してください。

3)要件を確認する

目的、対象者の確認が済んだら、要件を確認しましょう。補助金には複数の要件を課しているものが多いので、

全ての要件を満たす必要があるのか、一部でよいのかを確認します。

また、対象の事業終了後(申請した経費を使い、実績報告書を提出し終えた後)に、賃上げなどの要件が課されている場合がありますので要注意です。

要件を満たさない場合は、補助金の一部(もしくは全額)を返還することを義務付けられていることがあります

ので、しっかりと公募要領を確認してください。

4)補助対象経費の内容、補助率、補助金額の上限にも要注意

目的、対象者、要件に合致しても、

必ずしも事業に関する全ての経費が補助されるわけではありません。

公募要領には補助対象経費についても詳しく記載されていますので、内容、補助率、補助金額の上限などを確認しましょう。補助対象外の例も挙げられています。

補助対象経費の説明書きに記載されていない場合は、補助の対象外の可能性があると考えることがベターです。

補助の対象かどうか迷うときには、事務局やコールセンターに連絡して確認しましょう。また、たとえ補助の対象となっていたとしても、

原則、補助金は精算払い(後払い)なので、補助対象経費を自社で立て替えることが必要

です。融資等を検討する場合は、金融機関等との相談も行いましょう。

5)参考:4つの主要な補助金など

ここで、参考として、国が幅広く行っている4つの主要な補助金の概要を紹介します。補助金選びにお役立てください。多様な枠や型がありますので、必ず補助金の公募要領で細目をご確認ください。

4つの主要な補助金

この他に、2025年から新設された補助金として、令和6年度補正予算による「中小企業成長加速化補助金」があります。

  • 補助上限が5億円、補助率1/2
  • 売上高100億円を目指す、かつ、売上高10億円以上100億円未満の中小企業が補助対象
  • 「100億円宣言」を行うことや、投資額1億円以上などが要件

売上高100億円を目指す中小企業を対象にしていることが珍しいですね。次年度以降も公募があるかは不明ですが、今後、こうした企業への補助金も活性化するかもしれません。

3 採択される事業計画づくりのポイント

申請した事業計画が採択されなければ補助金は受給されません。採択される事業計画づくりにはポイントがありますので紹介します。

1)様式と枚数制限を守る

補助事業によっては、

事業計画の様式を指定していたり、計画書の枚数制限をしていたりする場合があります。

必ず公式のウェブサイトで様式や枚数制限の有無を確認しましょう。様式を指定していない場合でも、参考様式を公開しているケースがあります。必ずしも参考様式を使用することはありませんが、事業計画に盛り込むべき必要項目が記載されている場合がありますので、確認しておきましょう。

枚数に関して、「〇〇枚以内」と書かれている場合は、必ず規定枚数以内に収めてください。

審査が厳しい場合は、枚数を超過すると「不備」として不採択になることがあります。

2)審査員への説得文のつもりで合理的に分かりやすく

事業計画には、自社の現状を踏まえ、「なぜ補助金の活用が必要なのか」「補助金を活用することで自社の業績にどう効果が出るのか」というストーリーを、合理的に一貫性を持たせて記載しましょう。事業計画を「審査員への説得文」と捉えるとよいでしょう。

審査員が審査にかけられる時間は、1つの事業計画につき短いものは15分ほどといわれています。短時間で事業計画を確認し採点しますので、分かりやすさも重要です。

ストーリーの分かりやすさはもちろん、図やイラストなどを用いるとより効果的になります。

事業計画に記載する内容は補助金によって細目が異なりますが、大まかには次のようなものになります。

  • 現在の自社の事業の概要、財務状況、内部環境分析と外部環境分析
  • 補助金を活用して実施する新規事業の必要性
  • 新規事業の具体的な内容
  • 新規事業の市場分析、競合分析、自社の優位性や差別化要素
  • 新規事業の課題やリスクと解決方法
  • 実現可能性の高いマーケティング戦略
  • 実施体制、スケジュール、資金調達計画
  • 収益計画

3)審査基準を押さえる

事業計画の審査では、複数の審査員が、主観や事業計画の印象ではなく、審査基準に従って点数を付けているといわれています。補助金の公募要領には審査基準が記載されています。

例えば、ものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)では、次のような審査項目例があります。

ものづくり補助金の審査項目例

審査項目(1)には、「要件を満たすか」が書かれていることが分かります。審査項目に入っているものですので、事業計画にも「この要件を満たしている」旨の記載が必要になります。

電子申請の場合、申請画面に入力するだけでなく、事業計画にも記載してください。

また、(2)のそれぞれの質問に対する回答も事業計画に明記しましょう。前述したように、審査員は短時間しか審査にかけられません。そのため、

ニュアンスで分かるというレベルではなく、明記されていることが重要です。

4)加点項目を押さえる

審査員が事業計画を審査する際、

多くの場合は「加点審査」であり、減点はないといわれています。加点項目は公募要領に記載されていることがありますので、必ず確認しましょう。

補助金を支援するコンサルタントなどからすると、加点項目は単なる「付け足し」ではなく、「該当項目は必ず盛り込む項目」です。

「加点項目があって当然、なければ他社と比べて弱い」といえるくらい、加点項目を盛り込むことは重要です。

また、場合によっては減点項目が設定されていることもあります。例えば、

過去に類似の補助金を受給している場合に減点されることがあります

ので、減点項目が設定されているかどうか、忘れずに確認しておきましょう。

4 こんな事業計画は採択されにくい!

最後に、採択されにくい事業計画について解説します。「採択されない」と悩む経営者の事業計画には、大きく分けると次の3つの傾向が見られます。

1)ストーリーが分かりにくい/一貫性がない、専門用語の解説がない

自社の業務や研究開発の説明に大半を使ってしまい、自社の現状を踏まえての「なぜ補助金の活用が必要なのか」「補助金を活用することで自社の業績にどう効果が出るのか」という、ストーリーの説明が不足している事業計画は採択されにくいです。

加えて、専門用語の解説がないものも多く見られます。審査員は、必ずしも各業界の業務内容まで理解しているわけではありません。過去の業務経験で知っている場合がありますが、審査員は業界を知らないものとして記載しましょう。ポイントは、

中学生が読んでも理解できる内容を目指す

ことです。

2)審査項目の記載漏れがある

不採択の事業計画の特徴の1つに、審査項目の記載漏れが散見されます。審査項目は、必ず分かりやすく記載してください。

審査項目を審査員に見落とされないようにする

ことも大切です。

3)根拠がない、もしくは弱い

「なぜ機械を導入する必要があるのか」「なぜ新規事業で売り上げが立つのか」という説明に対して、その根拠がない、もしくは根拠が弱いものがよくあります。

特に採択か否かの差がつくのは、事業化の箇所です。

不採択になる事業計画には、「なぜ新規事業として成り立つのか」が分かりにくい、もしくはその記載がほとんどない場合が多いです。事業化した後の想定までしっかりと検討した上で、事業計画に落とし込んでください。

昨今、補助金の制度自体が複雑化しており、募集時期が変わるたびに枠や要件が変更されることもあります。申請を検討する際は、必ず最新の情報をご確認ください。補助金をうまく活用して、自社の成長に結び付けましょう。

以上(2025年6月更新)

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画像:bleakstar-shutterstock